AV女優(上) 〈底 本〉文春文庫 平成十一年六月十日刊  (C) Mitsuo Nagasawa 2002  〈お断り〉  本作品を「文春ウェブ文庫」に収録するにあたり、一部の漢字が簡略体で表記されている場合があります。  また、差別的表現と受け取られかねない表現が使用されている場合もありますが、作品の書かれた当時の事情を考慮し、できる限り原文の通りにしてあります。差別的意図がないことをご理解下さいますようお願い申し上げます。 〈ご注意〉  本作品の全部または一部を著作権者ならびに(株)文藝春秋に無断で複製(コピー)、転載、改ざん、公衆送信(ホームページなどに掲載することを含む)することを禁じます。万一このような行為をすると著作権法違反で処罰されます。 AV女優(上)│永沢光雄│目次 冬木あづさ   広島以外にはよう住まん 吉沢あかね   自分を変えるのは自分の気持ち次第なのね 希志真理子   渋谷や新宿は性に合わない下町AV女優 藤岡未玖   子供をそこまで淋しくさせて追いつめてるのは大人なんですよ 森川いづみ   お兄ちゃん、四万円返せ! 幸あすか   今のヤクザはチマチマした奴ばっかりで、理屈抜きで惚れてしまうような本物はおれへんわ 有賀ちさと   あたしが出ているビデオは全部、“タナベさん”へのラブレターなのよ 白木麻実   窓の外を見てると、ディズニーランドから風船が飛んでくるの 川村弥代生   アメリカへの留学資金を稼ぐためAV業界に入りました 沢口梨々子   つき合うなら絶対もてない人がいい 姫ノ木杏奈   好きになったら、男でも女でも誰とでもセックスできますねぇ 小沢なつみ   教護院に響いた彼のバイクのクラクション 有森麗   強気・アマノジャク・淋しがり……愛らしい不良娘 卑弥呼   三千万円を取られた時は、死ぬほどショックだった 桜井瑞穂   どっかの諜報機関に入って、ケネディ暗殺の真犯人を捜したいの 片桐かほる   『徳川家康』全二十六巻を読破した明朗快活少女 藤田リナ   超好きなの超好きなのにどうしようもできない 沙羅樹   わたしがAVで働くしかない 永嶋あや   わたしって、オチンチンをしゃぶるのが本当に好きなんです 安藤有里   この前、ロック座に車イスの人が来てくれたんで嬉しかったなあ 風吹あんな   SMと出会ってなかったら気が狂ってたかもしれない 細川しのぶ   (東北+関西+アメリカ)×バブル崩壊=AVギャル      章名をクリックするとその文章が表示されます。 [#改ページ] AV女優(上) [#改ページ] 冬木あづさ AV Actress Azusa Fuyuki 広島以外にはよう住まん

「広島の女は気が強いけ。あんた、奥さんを殴ったことある? ほう、あるんけ。その時、奥さんどないしとった? 泣いとったんか。広島の女はそうじゃないけ。相手がダンナであろうが恋人であろうが、やられたらやり返すけ。ウチが結婚してダンナに殴られたら、『おんどりゃあ、なにさらすんじゃ』言うて、そばにある灰皿でもなんでも、物を持って殴るけ。投げはせん。投げてはずれたらしまいじゃろ。持って殴るのが確実じゃけ。木刀があれば、|ぶち《〔注一〕》いいんじゃがのう。木刀で突けば、相手が男でも一発でしまいじゃけ。そうじゃ、ウチが結婚する時は嫁入り道具の中に木刀も入れることにするけ。木刀さえあったら、|ハア《〔注二〕》、何があっても安心じゃけ」 ■ 広島以外にはよう住まん  冬木あづさに会いに、広島に行った。東京から車で、十二時間の旅だった。  広島に着き、駅前のホテルのロビーに待っていると、彼女が「お姉ちゃん」と呼ぶ友人を連れて冬木あづさが現れた。 「遠いところを、よう来てくれたねえ。お腹へってるじゃろ。ウチが美味しいお好み焼き屋に連れて行ったるけ」  編集者とカメラマンと私は、彼女に連れられてホテルを出た。途中、パチンコ屋の前を通ると店の人間らしい中年の男が出て来て、冬木あづさに、 「ようけ玉の出る台が、まだ空いとるよ」  と声をかけた。 「ホンマ? ほんなら後から来るけ、その台は空けといて」  と彼女は答え、男に手を振り再びお好み焼き屋に向けて歩き出した。知り合いなのか、と尋ねると彼女は、 「知らん知らん」  と言いながら、意味あり気にクックックッと笑った。  焼きソバがたっぷりと入った広島のお好み焼きは、確かに美味しかった。そう言うと、 「そうじゃろ。やっぱりお好み焼きは広島に限るけ。なんといっても、ソースが違うけ」  と冬木あづさは得意そうに笑った。  冬木あづさは、昭和四十七年の十二月八日に生まれた。まだ十八歳である。血液型はO型。スリーサイズは上から91・57・88。身長は一五六センチである。彼女に言わせると、背はまだ伸びている最中なのだそうだ。 「なんたって、生理が始まったのが十六歳の時じゃけ。人より成長が遅いんよ。しかし、いつまでたっても生理が来んかったじゃろ。正直言って、真剣に悩み倒し|たけ《〔注三〕》。ウチは本当は女じゃないんじゃろうか、今にチンチンが生えてくるんじゃなかろうか、思うて。髪の毛が抜けるぐらい悩んだけ」  悩んだ少女は、母親にそのことを打ち明けた。母親は娘に、「ナプキン代が浮くし、うっとうしくなくてええじゃろ。このままずっとこんかったら面白いけ。ギネスに挑戦してみい」と答えた。母親の暖かい言葉に目の前が真っ暗になった少女は電話帳をめくり、「青少年の悩みごと相談室」に電話をした。電話にはびったれそ|うな《〔注四〕》お姉さんが出た。 “生理が全然こんのじゃけど、どうしたらええじゃろ” “絶対にいつかくるけ、心配せんほうがええよ” “ほうじゃね”  少女は安心して電話を切った。 「どんなに思いやりのない言葉でも、人に大丈夫じゃと言われれば、安心するもんじゃけ」  根が単純な少女は、それ以来すっかり生理のことを忘れてしまった。しばらくたち、ある朝、少女は腹痛で目を覚ました。股間から血が流れて、下着を汚していた。 「これが生理とは全然思わなかったけ。痔になってしもうた思うて、大騒ぎしたけ」  娘のギネスへの挑戦という夢を絶たれた母親は、黙って赤飯を炊いてくれた。  冬木あづさは広島在住のAV女優である。広島市内でAVにスカウトされた彼女は、仕事の時だけ東京に出て来る。 「広島から離れる気はないけ。広島なら隅から隅までようけ知っとるし、友達もおるし、住みやすいじゃろ。家賃も東京みたいに高くないけ。広島の人間は、一度広島を出ても、必ず広島に戻ってくるけ。それが広島人じゃけ。広島以外にはよう住まん」  先日、東京に行った彼女は、仕事の合い間をぬって、池袋のサンシャインビルの水族館に行き、そこでマンボウを生まれて初めて見て驚愕した。 「ビックリしたけ。なんであんなキッカイな魚が生きとるんじゃろ。東京にはなんでもあると思うとったけど、マンボウまでいるとは思わんかったき。ウーッ、マンボ! じゃ」  冬木あづさの父親はホテルのガードマンをしており、母親もパートで勤めに出ている。幼い頃からワンパクで、男の子とばかり遊んでいた。カンケリと木登りが好きだった。私たちが広島に行った日、彼女と山口県の岩国にある錦帯橋に行ったのだが、そこで登りやすそうな松の木を見つけると、「これはええ木じゃね」とよだれを垂らしそうな表情で木を撫でていた。  幼稚園は、彼女にとって退屈な場所だった。 「だって、昼寝ばっかりさせよるんじゃけん。こっちは外で遊びたいのに」  小学校の頃は、けっこう勉強した。国語が得意だった。 「家に帰ってから、やることがなかったけ。オモチャやゲームなんか買ってもらえんかったけ、勉強くらいしかすることがなかったけ。貧乏やったんじゃろうね。小遣いなんか、もらったことがないけ。その頃からじゃね。ウチが世の中は金じゃ、思うようになったんは。どんなに夢を語っても、きれいごとをウッタラバッ|タラ《〔注五〕》しゃべりよっても、金が無かったら何もでけんき。金もなくて夢ばっかり言うとる奴には、まず金を貯めてから言いんさい、と言ったるけ。世の中は金じゃもん」  そんな彼女が、一度だけ物を買ってくれと、親にねだったことがある。小三の時だった。 「空気銃を買うて下さい、言ったんよ。ハア、近所に|ぶり《〔注六〕》気にくわん年上の女がおって、そいつがウチのことを『みにくいアヒルの子』って言うとったじゃけ。そりゃま、色は黒いし決して可愛い子じゃなかったけど、|ばり《〔注七〕》腹が立ったじゃけ。その子を空気銃で撃ったろうと思ったけ。結局、買うてもらえんかったから、夜にその子の家の前まで行って、石を投げて帰って来たけ」 ■ 先輩の出所祝いにシンナー一リットル  小遣いをもらえなかった少女は、水が高いところから低いところへ流れるように、自然の勢いで万引きに走った。 「スーパーマーケットに入るじゃろ。そうしたら、大人の人の後ろについて店の中を歩くんじゃ。いかにもこの人の子供です、みたいな顔して。そして、用意しとった紙袋に、バンバン、お菓子とかジュースを入れるんじゃ。店を出る時には、大きい紙袋がバンバンにふくれとるけ」  少女は友人たちと、学校の近所の橋の下にダンボールやベニヤ板で作った基地を持っていた。 「そこへ万引きしたお菓子を持ってって、みんなでパーティをやったもんじゃけ。夫婦ごっこ、いうのもやったよ。酒屋に行ってビールを万引きして、基地で女の子が男の子にビールをつぐんじゃけ。『あなた、お疲れさま』とか言うて。コップもみんな万引きしたもんじゃけ。あの頃は、毎日のように万引きしとったけ」  それまでは勉強もよくやっていた万引き少女は、小学校の高学年になるにつれて、授業もよくサボるようになった。 「一日に三回は保健室に行っとったけ。気にくわん教師の授業は、全部サボり倒したけ」  ちなみに、彼女が気にくわない教師というのは、宿題をたくさん出す教師と、授業中に騒ぐ彼女を「うるさい」と怒る教師だそうだ。私が教師でも、授業中に騒がれたら「静かにしろ」と怒ると思うが……。  小学校時代、冬木あづさは陸上クラブと水泳クラブに入っていた。とにかく、体を動かすのが好きだった。 「水に入るのが大好きじゃけ。泳ぐというより、水の中にもぐるのが好きじゃけ。水の中にいると、なんか違う世界に来たみたいな感じがするじゃろ。耳がツーンとなって。あれが好きじゃけ。ウチの本当の親はカッパじゃと思っとるけ」  万引きカッパ少女は、小六の時に恋をした。相手は、クラスじゅうの女の子が狙ってるような、背が高くてハンサムな男の子だった。堂々と万引きをするわりには恥ずかしがり屋の少女は、彼にその思いを告白することができずに卒業式を迎えた。その日、彼のほうから彼女に声をかけて来た。 “お前、誰か好きな奴おるんか?” “おるよ” “誰じゃ、そいつ” “あんたじゃ” “そうか” 「それでオシマイじゃけ。可愛いもんじゃろ」  可愛いかどうかはわからないが、万引きカッパ少女は、まだ恋愛に関しては淡白だったようだ。  少女は親の転勤のため、中学は島根の学校に入学した。入学式に黒い靴下をはいていった彼女は、早速、先輩の女の子に呼びだされた。その黒い靴下が生意気だというわけだ。さすがに彼女はビビり、先輩の言葉に素直に「ハイハイ」とうなずいた。するとその先輩は彼女の態度に感心し、 「お前は素直ないい子や。これから、気に入らん奴がおったら、遠慮せずにワシ(女の子ですからね——筆者注)に言うてこい」  と言った。翌日から少女は、同じクラスでちょっとでも気にくわない女の子がいると、すぐにその先輩に言った。何があったのかわからないが、そのうちの一人は三日間学校を休むハメになった。 「その先輩は、とにかくすごい人じゃったけ。制服のポケットやらカバンの中やら、どこにでもカミソリが入っとる人やったけ」  当然、水が上から下に流れるごとく、その先輩は少年鑑別所に入った。鑑別所で子供を生み、その子を養子にやって、先輩は出所した。冬木あづさはその日、出所祝いにシンナーを一リットル持って先輩の家に行った。 「シンナーを始めたのは中二の時。頭の中が真っ白くなって、ボーッと力が抜けて、なんとも言えずいい気持ちになるけ。やり始めたら、三日間ぐらい(シンナーの入った)ビニール袋は離さへんけんね。時間がたつのを忘れるけ」  冬木あづさの広島インタビューと撮影は三日間にわたって行われたが、二日目にアクシデントが起きた。私の宿泊しているホテルの部屋でインタビューをしようと、彼女をこっそり部屋に入れようとしたら、フロントの女性に見つかりクレームがついたのだ。フロントの女性は、冬木あづさの分の宿泊料金を払えば彼女を部屋に入れてもいいと言う。私がそれに応じようとすると、後ろでやりとりを聞いていた冬木が突然怒り出した。 「そんな金、払わんでええがね! こがいなホテルは、もう一秒たりともおりとうないがね!」  確かにフロントのその女性の態度には私もカチンと来たが、冬木がここまで怒るとは思わなかった。私が「マアマア」と彼女をなだめようとすると、 「もしあんたらが今日もここに泊まるんじゃったら、もう取材は断るけ。ウチにインタビューしたかったら、すぐにこのホテルをキャンセルせえ!」  結果、私たちはその日、彼女の予約してくれた「全日空ホテル」に移った。昼もかなり過ぎた時間だったから、その駅前のビジネスホテルに前金で払っていた金は返ってこなかった。編集の松沢雅彦は、「アハ、アハ、仕方がないですよ」と笑いながら、目は虚ろだ。そりゃそうだろう、今夜「全日空ホテル」に泊まったら、経費は確実にオーバーする。かわいそうに。  インタビューは、彼女の友人の「お姉ちゃん」の部屋で続けられた。本当に、広島の女は気が強い。冬木あづさも気が強いが、あのホテルの女性も気が強かった。両者にはさまれて、私、本当に泣きたくなったもん。 ■ケンカするたびに、自分が強くなるのがわかるさけ、嬉しくなってくるんよ 「中学の頃はようケンカしたけ。よその学校の奴らから、生意気じゃいうて、目ェつけられとったけ。呼び出されたら、『それがどうしたんなら! か|ばち《〔注八〕》言うな!』いうて、即ケンカじゃ。ケンカする時は体がブルブル震えるんよ。最初は恐いから震えるんか、と思ったんじゃけど、ちゃうねん。目が笑っとるのが自分でもわかるんよ。ケンカをするたびに、自分がだんだん強くなるのがわかるさけ、嬉しくなってくるんよ。その嬉しさで、体が震えるんじゃね」  しかし、そんなシンナー喧嘩少女でも、喧嘩に負けることはある。制服をボロボロにされて家に帰って来る娘を見て、母親は、 「なんじゃ、負けたんね。ケンカに負けるような子供は家に入れたらんけえ、もう一回勝負してこい!」  と言った。彼女はその度に、お礼参りに出向いた。やられてもやられても、立ち向かっていった。勝たないと、家に入れてもらえないから。 「本当は、ウチはさわやかな青春を夢見てたんよ。日曜日、彼氏と遊園地に行くために、朝早く起きて台所でサンドウィッチ作るような。お母さんが、『こんな朝早く何をしてるの』と言って、『ウウン、なんでもないの、キャッ』とか言うような。それが、ウチの場合は、『こんな早く何をしてるの』、と聞かれたら、木刀かついで『お礼参りじゃけ』じゃけんね。どこで間違うたんじゃろ、青春を」  ちなみに、冬木あづさの父親は学生時代に番長で、母親はスケ番だったそうだ。押し入れから父親の学生時代の学ランを見つけ、その裏地に昇り龍の刺繍を発見した彼女は、改めて父親を尊敬するようになった。 「それまではなんとなくお父ちゃんを軽く見てたけ。それが、学ランには昇り龍やし、学生カバンには鉄板が入っとるさけ。こりゃ、映画の『ビー・バップ・ハイスクール』で見たのと同じじゃ思うて、目からウロコが落ちたけ。思わず、『お父さま、おみそれしました』ゆうて、頭を下げたけ」  シンナーと喧嘩にあけくれた少女は、そんな女の子には珍しく、処女のまま中学を卒業した。生理がまだ来なかったこともあったろうが、第一の要因は「ロクな男がおらんかった」ためである。  少女は中学を出て、看護婦になろうと、看護学校に入学した。それをキッカケに、それまで吸っていたシンナーをやめた。 「そんなん当り前じゃろ。ウチの友達も、中学を出たらみんなシンナーはやめるけ。それに、看護婦がシンナーを吸っとったら、さすがにやばいじゃろ。そのかわりに、マリファナや煙草を吸うようになったけど」  しかし、せっかくシンナーをやめて看護婦を目指していた少女は、病気をしてしまって学業が遅れ、その焦りで学校をやめてしまった。 「ノイローゼみたいになって、親に、『あが|あな《〔注九〕》学校をやめたいんじゃ』と言うたら、『やめたかったらやめてええよ』と言われて」  学校をやめた少女は、再びシンナーの世界に戻って行った。家にも帰らず、友人の家で寝泊まりしていた。 「フリーターやね。ガソリンスタンドやラーメン屋で働いとったけ。仕事としては、ラーメン屋が一番好きじゃった。『いらっしゃいませぇ』とか言うだけでええんじゃもん」  その家には、男女を問わず友人たちが毎晩のように出入りし、乱交パーティが行われた。つまり、十代の男女が集団でセックスをしていたわけだ。 「オメコ|電球《〔注十〕》つけて、乱交パーティが始まると、ウチだけ隣の部屋に行ってシンナー吸いよったんよ。なんかそういうの、いやじゃったけ」 ■前戯はあんまり好かん、ピストン運動が一番感じるけ  そんなある夜、同じように友人たちがセックスをしている物音を聞きながら、少女は別の部屋でシンナーを吸っていた。すると、突然、頭の中が真っ白になり、意識が無くなった。 「ハッと気がつくと、ウチが全裸でベッドに寝とるんよ。そしてその横に、グループのリーダー格の男がやっぱり裸で寝とるんよ。『どないしたん?』て聞いたら、『お前とやったで。覚えてないんか。気持ちよかったけ』と言われたけ。ビックリしたけ。でも、実は初めてじゃ、言うんは恥ずかしかったけ、『フーン』言うて、その日は家に帰ったんじゃけど、やっぱりショックじゃったけ。結婚するまでは処女でいようと思っとったけ」  痛みも記憶もなく初体験を終えた冬木あづさは、「ハメラレタ、もう駄目じゃ。そんならこれからヤリマクロウ」と思い、本当にヤリマクリ始めた。出会う男で、ちょっとでもいいなと思う男とは、すぐにセックスをした。 「五十人までは覚えとるけど、それ以上は忘れたけ」  その頃、彼女はもうアルバイトはせずに、金が無くなると広島駅前でカツアゲをして金を稼いだ。 「十七歳の終わり頃に、やっとセックスが気持ちよくなったけ。チンチンを入れられて、ピストン運動されるじゃろ。あれが一番感じるけ。前戯はあんまり好かん。前戯ばっかりして、ジラす男がおるじゃろ。あれをされると、思わずイライラして、『早く入れんさいや!』って言ってしまうけ。体位はバックと側位が好きじゃね。性感帯は首筋と背中じゃろうか」  取材の最後の日、広島市内の「お好み村」というお好み焼き屋だけが立ち並んでいる所で、冬木あづさの撮影をした。地元ということもあり、彼女は非常に恥ずかしがったが、それでもちゃんとポーズは取ってくれた。撮影が終わると、彼女は「お好み村」から脱兎のごとく逃げ出した。 「あかん、恥ずかしい。もう、あと一年はお好み村には行けん。どないしてくれるんじゃ」  と彼女は私たちに、うらみがましそうに言った。私たちは、「ごめんね、ごめんね」といいながら、車に乗り込み、広島から逃げ出した。  車に乗り込んだ私たちは、これからまた十二時間かけて東京に戻らなくてはいけないのかと、いささかウンザリしたが、しかし顔は笑っていた。撮影とインタビューにすべての時間を取られてしまったため、広島の街をほとんど見れなかったが、そのかわり、冬木あづさを通して広島という街を見ることができた、というそんな笑みだった。  やはり、東京でインタビューをせずに、広島までやって来てよかった。多分、東京でインタビューしたら、彼女が発する言葉はかなり違っていたものになっただろう。その土地にはやはり、その土地のみが持つ|言霊《ことだま》というものがあるのだ。  冬木あづさは、将来はAVのプロダクションを広島で開きたい、と言う。もちろん、集める女の子は広島の人間ばかりだ。広島弁が飛び交うAVを、私は心待ちにしている。そして、それをキッカケにあらゆる地方で、そしてそこの土地の言葉で、AVが作られればいいなあ、と思っている。   〔注一〕ぶち とても、とか、大変な、の意。この言葉は、ぶち、ぶり、ばりと変化し、その順に気持ちの込め方が重くなる。例えば、「あいつはぶち許せんけ」と言えば、「今度、あいつにあったら殴ろう」という意味であり、「あいつはばり許せんけ」と言えば、「今度、あいつに会ったら殺してやる」という意味である。ぶり、は「半殺しにしてやろう」というところだろうか。   〔注二〕ハア 広島弁には、よくこの「ハア」が多用される。しゃべりながら、自ら合いの手を入れていると思えばいいだろうか。   〔注三〕悩み倒したけ 単に、悩んだ、と言ってるのであろうが、倒したけ、と続くと、本当に悩んだのだなということがよくわかる。ちなみに、「受け倒しとるけ」というのは、面白い話を聞いて死ぬほど受けている、という意味である。こういう、感情の最大表現に「倒す」という狂暴な言葉を用いるのは、広島人ならではであろう。   〔注四〕びったれそうな きたなそうな、という意味である。   〔注五〕ウッタラバッタラ つまらないことをぐちゃぐちゃと。   〔注六〕ぶり 〔注一〕を見よ。   〔注七〕ばり 〔注一〕を見よ。   〔注八〕かばち この「かばち」には二通りの使い方がある。「人に見られとっても、かばちじゃけんね」という場合には、「人に見られても平気さ」という意味であり、「かばちたれよんなら」の場合は、「生意気なこと言わないでね」という意味である。   〔注九〕あがあな あんな。ちなみに、こんなは「こがあな」。   〔注十〕オメコ電球 豆電球のこと。 AV Actress Azusa Fuyuki★1991.7 [#改ページ] 吉沢あかね AV Actress Akane Yoshizawa 自分を変えるのは自分の気持ち次第なのね

 松田聖子が好きだ、と吉沢あかねは言った。いつでも仕事に前向きで、自分の信じた道を歩んでいる姿が好きなのだそうだ。「中森明菜よりずっと好き。明菜も嫌いじゃないけど、マッチヘの当てつけで自殺を図るなんて……。女の一番イヤらしい部分を出しちゃったわよね、前向きじゃないじゃん」  かつてアイドル歌手を目指していた吉沢あかねは、ウーロン茶を飲みながらちょっと吐き捨てるようにそう言った。じゃあ君は自殺なんか考えたことはないの? と私は何の気なしに尋ねた。その瞬間、彼女はちょっと息を呑み私から視線をそらした。そして何秒かの沈黙の後、口を開いた。 「あるよ。考えただけじゃなくて、実際に手首を切ったことがある」 ■ 両親の涙を拭いてあげた幼少のころ  九州は鹿児島に吉沢あかねは生まれた。その一年半後に、彼女の両親は離婚した。父親に女ができたことが原因だった。離婚に至るまで、ヨチヨチ歩きの一人娘を横目に若い夫婦は何度も激しいケンカを繰り返した。そしてケンカに疲れ果てると、お互いに涙を流した。その二人の涙を自分が手にしていた白いタオルで拭いてあげたことを吉沢あかねは覚えている。 「この前ママにそのことを話したら、とっても驚いてた。まさかそんな昔のことを覚えてるとは思ってなかったんだね」  彼女の図抜けた記憶力もさることながら、ある種の地獄の渦中にいる両親の間に入りその涙を拭く幼児がいたことに私は驚く。具体的なことは何一つわからなくとも、家中に充満する殺伐とした空気を敏感に体で感じとり、一番先に声をあげて泣きたいのは子供であろうに。  離婚後、母親は洋装店を開いたので、吉沢あかねは子守のために雇われたオバサンに育てられた。オバサンはかなりの年配だったので三時のオヤツはいつも日本茶と漬物だった。そのせいか今でも彼女は漬物が大好きだ。  鹿児島には桜島があり、断続的に噴火し灰を振り撒いている。そのため鹿児島市民は雨の日でなくとも傘をさして町を歩く。大抵は雨傘なのだが、彼女は母親にねだってオシャレな日傘を買ってもらった。加えて彼女は着せ替え人形のように、様々なフリルのついた可愛らしい服を着せられていた。火山の灰が降る中、フリルのワンピースを着た女の子が日傘をさして歩く。画家が見たら放っておけない風景だろう。  ある日、母親が一人の見知らぬ男性を家に連れて来た。母親は娘に「この人は新しいパパだよ」と男性を紹介した。男性は歯科医ということだった。娘は素直にその新しい現実を受け入れた。そして、「新しいパパをあたしが困らせたら、またママが泣いちゃうんだな」と思った。それ以来、娘は家の中では新しいパパの顔色をうかがいながら生活するようになる。それは決してつらいことではなかったが、気持ちのいいことでもなかった。そんな計算をしながら暮らしている自分がイヤだった。  娘は小さい時から歌ったり踊ったりするのが好きだった。母親はそんな娘にクラシックバレエを習わせた。感受性がとても強く、近所の子供と比べてどこかが違う娘を見て、母親はこの子は絶対に芸能人になると思った。以来、モダンバレエ、ジャズダンス、エアロビクス、そしてオペラと、次々と吉沢あかねは習いごとを始めることになる。 ■ 教科書で見た類人猿そっくりの男の子が夢に出てきて……  吉沢あかねが幼稚園の時、彼女は自宅で義父が持ち帰った週刊誌を見つけた。パラパラとめくっていると、全裸の男女が重なり合っているイラストを見つけた。正常位である。彼女はそのページを開いて母親に言った。 「あかねね、これ見たことあるよ」 「エッ、ど……どこで見たの?」 「昨日の夜、ママとパパがこれと同じことしてたんだよ」 「………!!」  その晩から少女は親と別の部屋に寝かされることになったのは言うまでもない。  同じ頃、少女はオナニーを覚える。椅子に坐り足を組み、ギュッと太股に力を入れるとなぜか下半身がとても気持ち良くなるのだ。幼稚園の教室でそうやって快感に浸り顔を真っ赤にしている少女に女性の先生が声をかけた。 「あかねちゃん、気分でも悪いの?」 「ウウン、こうしてるとオシッコをするところがとっても気持ち良くなるの」  その日、母親が幼稚園から呼び出しを受けたのは言うまでもない。 「それからずーっとオナニーをしてるんだけど、オナニーで本気にイッたのはついこの前なの。ある程度は気持ちがいいんだけど、なかなかイカなかったのね。セックスの方がよっぽどいいと思ってた。それがこのあいだ、なんとなく指でアソコを触ってたら、突然ビビーンって来たの。驚いちゃってその日はもう一回しちゃった。それからはいつオナニーしてもイケるようになっちゃった」  小学校高学年の頃、吉沢あかねは翌日の予習をしようと社会の教科書を開いた。そこにはクロマニョン人やネアンデルタール人などの類人猿のイラストが描かれていた。それらの顔を見た彼女は異様な恐怖に襲われ、教科書を閉じるとベッドの中に潜り込んだ。そしてその晩、彼女は夢を見た。夢の中で彼女は風呂に入っていた。すると風呂場の窓がガラッと開き、近所に住む同級生の男の子が入って来た。彼女はその男の子の顔を見て驚いた。彼の顔が眠る前に見た類人猿そっくりだったからだ。男の子は裸のまま、驚く彼女を尻目に風呂場を出て家の中に入って行った。夢はここで終わる。  翌朝、娘を起こしに来た母親が娘の顔を見て悲鳴をあげた。そして言った。 「絶対に鏡を見ちゃ駄目よ!」  娘の上唇と下唇が極端に腫れ上がり、まさに猿のような顔に変化していたからだ。吉沢あかねは義父の知り合いの歯の矯正専門の医者に連れて行かれ、レントゲンを撮られた。家に帰り午後になると唇の腫れは嘘のようにひいた。その夜、彼女の家に来たその先生が言った。「虫歯もないし、どこも悪い所はないんだよね。夕べ、なんか変な物を食べなかった?」。「いいえ」、と彼女は答えた。「じゃあ、何か変わったことはなかった?」。彼女は昨夜見た夢の話をした。話を聞き、先生は少しおびえた目をして言った。「医学的にはどう説明していいかわからないけど、今日あかねちゃんの身に起こったことは、その夢が原因だとしか考えられない」  もう今夜からわたしは眠れない、と吉沢あかねは思った。すると、母親が言った。 「じゃあ、今夜は松田聖子の夢を見なさいよ」  その一言でホッと安心した彼女は、その晩は何の夢も見ずに眠ることができた。だから、松田聖子に変身することはできなかった。  高校に入学した吉沢あかねは、あるアイドル歌手のオーディションに合格し、学校を休学し単身東京ヘ出た。レコード会社も決まった。しかし彼女は一年で鹿児島に帰った。 「自意識過剰だったのね。人には見られたいくせに、朝、髪の毛が一本ハネてたら、もう今日は部屋から出られないって落ち込んじゃう子だったの」 ■ 手首を切れば彼がやって来てくれるんじゃないかと思ったの  高校に復学した彼女は初恋をする。彼は当然彼女の体を求めたが、彼女はどうしても体を開くことができず、フェラチオで彼をイカせてあげた。やがて彼女は彼と別れ、高校卒業前に二歳年上の男性と知り合い熱烈な恋に落ちた。もちろん初体験はその彼が相手である。 「最初はすごく痛かったけど、二度目にはイッちゃった」  しかし、しばらくして吉沢あかねは包丁で手首を切る。彼と電話で話をした後の夕方だった。 「いろんなことがね、あったのよ。もうメチャクチャ頭がパニクってさ、手首を切れば彼がやって来てくれるんじゃないかと思ったの。本当に死ぬ気は無いのよ。本当に死ぬつもりだったら、ビルから飛び降りてるもん。一瞬のカケなのよ。手首さえ切れば、彼を含めて私の周りのすべてが変わるんじゃないかって。中森明菜が自殺未遂をしたのはそれから後だったけど、そのニュースを聞いてとってもイヤだった。昔の自分を見せつけられたような気がして。だから、こんなことを言うのは変だけど、岡田有希子ちゃんに対しては恥ずかしいと思う。だって彼女、飛び降りたもんね」  何度かためらい傷をつくった後、吉沢あかねはエイママヨとばかり手首に包丁をグサリと当て動脈を深く切り、血液が花火のように噴き上げた。桜島の噴火のように。  帰宅した母親が、血だらけの部屋の中で失神している娘を発見し救急車を呼んだ。ただならぬ気配を察した恋人が彼女の家の前に着いた時、玄関には血が点々と落ち、家の中には誰もいなかった。  吉沢あかねは、坐る姿勢がよく似合う。インタビューの前に夕暮れの新宿の街で撮影をしたのだが、彼女は路上であれ工事現場であれ、その風景の中に溶け込むかのようにペコタンと坐り込む。その姿はなんとも可愛らしく、そして素敵だった。まるで、ビルが、並木が、行きかう人々が彼女に協力して風景を作っているかのようだった。  退院した吉沢あかねは、ほどなくして恋人と別れた。そしてAV女優になろうと思い再び東京に出る。 「このまま彼とつき合ってても同じことの繰り返しだと思ったの。それよりも、昔からの自分の夢に忠実になろうと思ったの。親も私がこういう仕事してることは知ってるよ。この前、ママが東京に来た時、一緒に私のビデオを見たんだ。オナニーシーンとかセックスシーンとかって、やっぱり恥ずかしいじゃない。思わず早送りしたらママが止めるの。ちゃんと見たいって。見終わった後でママが言ったわ。『アレ、本当にやってるの?』って。どう思うって聞いたら、『ウーンやってるね』だって」 ■ つかこうへいの芝居に出るのが夢  吉沢あかねは、自分は人気がないAV女優だと言う。 「事務所の人も、お前のビデオは売れねえんだ、って言うのよね。雑誌の人気ランキングなんかにも入ったことないしさ」  そんなことはない、僕は君という女優がとても好きだ、と私は言った。 「ありがとう。私もね、デビューした頃は百人中百人に受けなくちゃいけないと思ってたの。でも今は、たった一人でもAVなら吉沢あかねだって言ってくれる人がいれば頑張れると思う。あの自殺未遂までは他人が私をどう見てるかってことが気になってたけど今は違う。自分を変えるのは自分の気持ち次第なのね。変に被害者意識を持たずに一生懸命に仕事をしてれば、周りも自分を認めてくれるし、自分も周りのことをちゃんと見れるようになるんだ」  吉沢あかねは現在、ビデオの他にストリップ劇場にも出演している。最初に舞台に立ちスポットライトを当てられた時、彼女は濡れた。みんなが自分を見つめている。みんなが私に拍手をしている。舞台って、セックスよりも気持ちがいい。彼女の今の夢は、つかこうへいの芝居に出ることである。どんな役でもいいからつかこうへいのもとで仕事をしたいと念じている。 「私さ、最近思うんだ。人間って、こうなりたい、こうやりたいってずっと心の中で思い続けていれば、必ずそれは実現できるものだって」  ウィスキーを飲みながら彼女の話を聞くうち、私はいささか酔っぱらってきて下心が芽生えてきた。 「君の目って、すごくキラキラしてて素敵だねえ」 「今ね、とっても充実してるの。どんな仕事でも楽しいの。それにさ、本当に愛してる彼ができたしね。こんな仕事をしているうちは男の人とつき合えないと思ってたから、とっても幸せ」  吉沢あかねは夜の十一時頃にタクシーで帰っていった。 AV Actress Akane Yoshizawa★1992.6 [#改ページ] 希志真理子 AV Actress Mariko Kishi 渋谷や新宿は性に合わない下町AV女優

 AV女優のHが覚醒剤取締法違反で逮捕された。希志真理子はHと同時期に同じビデオ会社からデビューした。地方のサイン会にも二人で行くことが多く、また二人とも東京の下町育ちということもあって仲が良かった。 「だからね、ショックだった。信じられないよ。だってアレって食欲が無くなっちゃうんでしょ。でもパーティなんかあると、わたしとHちゃんだけバクバク食ベまくってたよ。他の女の子はダイエットとか考えて全然食べないのにさ。だから、なんかの間違いじゃないかと思うんだ。とってもいい子なんだから」  しかし、最近のAV業界にはクスリ関係の噂が絶えない。私も二、三のそういった話を聞いたことがある。君は大丈夫なのと希志真理子に言うと、彼女はヒャヒャヒャと笑い、「わたしがそんなことをやってるように見えますか?」と答えた。見えない。絶対に見えない。けど、Hちゃんだってそんな風にはまるで見えなかったんだよなァ……。 ■ ビデオの悩ましい姿と、愛らしい素顔と  素顔の希志真理子は、大阪弁で表現すると、どこかどんくさい。  映像の中の希志真理子は絶品である。インタビュー前に彼女の『ヌーディテー——堕ちたビーナスの肖像』というビデオを観たのだが、彼女の悩まし気に悶える表情は、なんともはや背筋がゾクゾクしてしまうほど美しい。また、グラビア撮影中の希志真理子も美しい。スタジオでライトを当てられ、カメラのシャッターの連続音につつまれ始めると、彼女の目は妖しく輝き出し、男を弄ぶ危険な女へと変身する。その時の様子を、私はかつて次のように書いている。 《カメラの前に立つ彼女は、とても大人っぽく、そしてセクシーだった。最近のビデオ女優にはあまり感じられない色気を見せてくれた。なんと言えばいいのだろう。近寄りがたい美しさ、と言えばいいのだろうか。僕は「多分、一生こんな女性とはつき合えないんだろうな」と思いながら、一人で溜息をついていた。スタジオの照明を浴び、カメラのシャッター音を体で受け止め続ける希志真理子は、そのくらい色っぽかった——》  その希志真理子が、今、私の目の前でマグロのステーキを美味しそうに頬張っている。十分前にはアジのひらきを頭だけ残してきれいに食べた。最初の店では、ピザと鳥の唐揚げとチーズ盛り合わせとアタリメとタコ焼きを彼女は平らげている。以前に彼女と焼き肉屋に行ったことがあるのだが、その時に彼女は二人前ずつのカルビとロースとタン塩をペロリと食べ、私がコッソリと注文した雑炊に目をつけ、「それ美味しそうですね。いいなァ、わたしも食べたいなァ」と目をキラキラさせて何度もおっしゃり、とうとう私はその重圧に耐えきれなくなり食べ始めたばかりの雑炊を彼女に献上することになった。希志真理子がその雑炊をスープも一滴残さず召し上がったことは言うまでもない。  だが、その恐るべき食欲を見て希志真理子はどんくさいと言ってるわけではない。素顔の彼女のしぐさや話し方が、実に子供っぽく愛らしいのだ。箸の上げ下げ一つにも、思わず「大丈夫かい?」と言って面倒を見てやりたくなる。私でも彼女とつき合うことができるかもしれないと、希望をもってしまう。 「わたしってねぇ、黙ってると大人っぽく見られるんだけど、しゃべるとたちまちガキだってことがバレちゃうのよねぇ。わたしってバカだからさ」  女性に母性本能があるように男性にも父性本能がある。見ていてどうにも危なっかしい女の子には、「しょうがねえなあ」などと乱暴な口をききながらもついつい世話をしてしまう。年の離れた妹と接するように。待ち合わせの喫茶店で別れた彼女のマネージャーが、「インタビューが終わったらその辺に捨てて下さい。勝手に一人で帰りますから」と猫の子をあずけるように、笑いながらも乱暴に言った。それを聞いた時、「ああ、彼女はスタッフにとても愛されているんだな」と思った。  どんくさいという言葉は、愛らしいという言葉と同義かもしれない。ビデオの姿と素顔が一致する女優などいるわけがないが、希志真理子ほどそのギャップが大きい女優も、これまた珍しい。 ■ たまに渋谷や新宿に出ると、もう疲れちゃって  希志真理子は昭和四十七年に生まれ、今年成人式を迎えた。 「お父さんに晴着を買ってもらったの。一度、晴着っていうものを着てみたかったからとっても嬉しかった。でも成人式の後に高校の同窓会があったんだけど、出席しないで帰って来ちゃった。わたしがAV女優をやってるって、多分みんなにバレてると思うのね。面と向かってそう言われなくても、特に女の子たちに『あの子はAVに出てるんだって』っていう目で見られるのがイヤだったの。知らない人たちに『AV女優だぜ』って言われるのは全然平気だけど、知ってる人にそう言われるのはやっぱりツライ」  希志真理子は三人兄弟の末っ子である。一家は東京の江戸川区に住んでいる。最近末っ子は家を出て一人暮らしを始めたが、それも実家から自転車で五分ほどの場所だ。 「最初は新宿とか渋谷に住もうと思ったんだけど、やっぱり昔から住み慣れた土地がいいもんね。都心に行ったら知ってる人もいないし、街が派手だから恐いじゃん。わたしもたまには買い物とかで渋谷や新宿に出るけど、もう疲れちゃってクタクタになって江戸川に帰るもんね。地元に帰って行きつけのもんじゃ焼き屋に入るとホッとするの」  希志真理子の父親は会社員。かなりの酒飲みで、昔は酔っぱらって道に寝てしまい家に帰ってこないことが度々だった。 「でも最近はわたしがうるさく言うから、家で飲むようにしてるみたい。わたしもちょっとお酒が飲めるようになったから、つき合ったりしますよ。お父さんはわたしの仕事を知ってるみたいなの。『東京スポーツ』を毎日買ってくるんだけど、いつだったかな、お父さんがわたしの写真が載ってるページを広げたまま台所で酔っぱらって寝てたんですよ。ああ知られちゃったなと思ったけど、お父さんは何も言わなかった。時々、『何をしてもいいけど……』って言ったりするけどね」  母親は専業主婦である。 「これが家で一番の問題児なの。いつもフワフワして夜遊びばっかりしてるの。外に男もいたみたい。わたしが高校の頃なんだけど、家に男から電話がかかってくるわ、お母さんは毎晩のように遅く帰ってくるわで、お父さんは何も言わなかったけど、かわいそうだったな。でもわたしは子供の頃からこの夫婦は合わないなって思ってた。お互いが要求することを、お互いが与えないんだもん。いつもカラ回りなの。お姉ちゃんとお兄ちゃんはサッパリした性格だから、わたしだけが両親の間で板ばさみになっちゃって、大変でしたよ。お母さんももう年なんだし世間体もあるんだから、もうそろそろおとなしくなって欲しいんだけどなァ」  こう言っちゃなんだが、AV女優をしている娘から世間体を気にされる母親とはどんな女性なのだろう。実に興味がある。希志真理子の母親のことだ。きっと年増ながらもすごく色っぽい女性に違いない。一度お会いしたいものだ。  希志真理子は、勉強面ではあまりかんばしくない子供だった。どんなにつらいことがあっても人前で涙を見せたことのない生来の負けず嫌いの性格から、小学校の成績はまだましだったが、中学・高校と進学するにつれて「もう最悪」の状態となった。 「だって勉強が大嫌いだったんだもん。どんなに負けず嫌いでも、嫌いなものはやれないわよ!」  高校時代は、学校をサボりにサボりまくり、たまに授業に出ても一心不乱に枝毛の手入れ。 「サボってね、よく近所の健康ランドに行ってお風呂に入ってた。あとは友達と公園で日なたぼっこしてたかな」  どんなに地味なサボり方でもサボりはサボり。出席日数不足と低成績で、希志真理子の卒業は風前の灯となった。 「レポートを百枚書けば卒業させてやるって言うの。そんなのできるわけないじゃん。もう卒業なんかできなくてもいいやと思ったんだけど、一応そのことをお父さんに話したら、『俺がやってやる!』って言って会社を休んで全部やってくれたの。娘から言うのもなんだけど、父親のそんな頑張ってる姿を見たら、じゃあ、卒業ぐらいはしようかなって気になるよね」  希志真理子の初体験は高校一年の時だった。相手は幼な友達の男の子。それ以来、彼女は現在の仕事以外のプライベートでは九人の男性と性体験を重ねた。 「でもね、いっつもフラれるの。わたしが好きになる人って、みんな浮気をするの。わたしって相手を好きになればなるほど感情を表に出せなくなるんですよ。すると、『お前は何を考えてるかわからない』って言ってみんな去っていく。だから結婚はまだ考えられませんね。男なんてどんなに尽くしても、結局他の女の人のところに行っちゃうものだと思ってるから。よくわからないけど、恋愛と結婚ってまるで別なものなんでしょ? これからはずっと年上の、大人の優しさを持った人とつき合いたいな」  希志真理子はマグロステーキを食べながら、「なんでもない人とはこんなにおしゃべりができるのに、どうして好きな人の前だとぎこちなくなっちゃうんだろう」と残酷なことを言った。 ■ 朝早い仕事の時は事務所に泊まるようにしてるんです  希志真理子は仕事に遅刻することが多い。どうにも朝が苦手なのだ。彼女がAVに入ったのもこのことが原因となっている。高校を卒業した彼女は建設会社のOLになったが、朝は八時に出社して夕方の五時に退社というキッチリしたシステムが性に合わず、また守れなかった。それで半年で会社をやめた彼女は、友人の紹介でパーティ・コンパニオンとなる。パーティはたいてい夕方からである。この仕事は給料もいいし時間も短いし、彼女にとっては実に都合がよかった。しかし、仕事自体は退屈である。その時、所属していた事務所から打診されたのが、AVの仕事である。刺激を求めていた少女はその話に乗った。セックスが決して嫌いじゃなかった少女にとって仕事は面白かったが、ただ一つ誤算があった。AVの仕事というのは、OL時代よりも朝が早いのだ。 「毎日、反省の日々です。明日こそはちゃんと約束した時間どおりに来ようと自分に誓うんですけど……駄目です。ですから最近は朝早い仕事の時は事務所に泊まるようにしてるんです」  希志真理子は、これからは年上の男とつき合いたいと言った。私は現在三十二歳である。彼女は二十歳。充分に年上である。私は希志真理子に交際を申し込んだ。ビデオの中の彼女にはとても恐れ多くて近づけないが、素顔の彼女ならなんとか私でも相手にしてくれるのではないかと、酔った頭で愚考したわけだ。私は彼女に電話番号を教えてくれと言った。彼女は困ったような顔をして小さく笑った。私にはそれが女性特有のはにかみとして映った。「では私の電話番号を君に教えようじゃないか!」。私はメモ用紙を引きちぎりそこに自分の部屋の電話番号を記すと彼女に手渡した。彼女は、私が思う限りでは嬉しそうにその紙片をハンドバッグにしまい込むと、必ず電話をすると言った。絶対だよ、と私は念を押した。絶対だ、と彼女は言った。  希志真理子と別れてから数日後にゴールデンウィークがスタートした。そして世間が遊びふけってるその期間中、私はアパートに閉じ籠り酒を飲みながら彼女からの電話を待っていた。海外は無理だが、彼女が三浦半島の城ヶ島あたりに泊まりで遊びに行きたいわ、とか言うなら銀行から有り金を全部おろしてあるから大丈夫だ。大人の貫禄と優しさを見せてやろうじゃないの!  だが、電話はとうとうかかってこなかった。そう言えば、地方でのサイン会がたてこんでて忙しいって言ってたな。仕事じゃ仕方ないよな。大人は理解があるものだ。それにさ、ゴールデンウィーク中にどっかに行くなんてバカじゃん。やっぱり大人の恋愛はゴールデンウィーク過ぎよ。真理子ちゃん、オネガイね。いつまでもオジサンは電話待ってるからね。 AV Actress Mariko Kishi★1992.7 [#改ページ] 藤岡未玖 AV Actress Miku Fujioka 子供をそこまで淋しくさせて追いつめてるのは大人なんですよ

「ママが家にやってきたのは、わたしが小学校三年生の時。それまでわたしの家にはパパとおばあちゃんとおじいちゃんしかいなかった。おばあちゃんはパパのお母さんだけど、おじいちゃんはパパのお父さんじゃないの。もちろんおばあちゃんのダンナさんでもない。わたしが保育園に通っていた頃、おばあちゃんが突然、おじいちゃんを連れて来たんだ。でもその当時はその全く他人のおじいちゃんが一番わたしのことを可愛がってくれてた。おじいちゃんはパパやおばあちゃんが家にいない時に、わたしにお菓子やお小遣いをくれました。だからわたしもパパとおばあちゃんがいない時は、思いっきりおじいちゃんに甘えたりしてみた。わたしがおじいちゃんの膝の上に乗ったりワガママを言ったりすると、おじいちゃんは困ったような、でもとっても嬉しそうな顔をしました」 ■ 子供時代の記憶はドロドロした霧の向こうにあるみたいで思い出せない 「ときどき、なんでわたしにはママがいないのかなと感じる時はあったけど、おじいちゃんがいればいいやと思ってた。御飯はおばあちゃんがちゃんと作ってくれるし、ママがいなくてもなんの不自由も感じなかった。そんなある日、パパが知らない女の人を家に連れて来て、『今日からこの人がママだよ』って言ったの。わたしの本当のママはどこにいるのって聞きたかったけど、なんか聞けなかった。そのことを聞くと、パパがとても困るような気がして。  それからすぐに弟が生まれたの。可愛かったなァ。赤ちゃんって大好き。なんにも知らずにこの世に生まれてくるんだもんね。このまま何も知らずに育てばいいなって、本当に舐めるように可愛がった。でもママは嫌いだった。わたしがママにうちとけなかったこともあるんだろうけど、ことある度に彼女は『どうせわたしはあんたの本当のお母さんじゃないからね』って言うの。『あんたさえいなけりゃわたしは幸せなのに』って。  だからなのかな。小学校時代の思い出ってほとんど無いんだ。多分、家庭でイヤなことばっかりあったから無意識のうちに記憶を閉じ込めちゃってるんだろうね。だからこういうインタビューで小さい頃はどういう子供でしたかってよく聞かれるんだけど、思い出そうとしてもすっごいドロドロした霧の向こうに子供時代があるみたいで全然わからない。唯一覚えているのは、小学校五年生の時におじいちゃんが死んだこと。あの時は自分の部屋に閉じ籠ってワンワン泣いたね」  藤岡未玖。公称、昭和四十七年四月十一日東京生まれ、二十歳。血液型、O型。身長一六七センチ。スリーサイズ、83・59・83。AV女優。『被虐のエクスタシー』ではマゾ女を見事に演じ、最新作『背徳の絆』は彼女がアナル処女を奪われる壮絶な作品になっている。 「いつかママを殺そうと考えてました。この人がいる限りわたしは幸せになれないと思って。毎日、どうやったらママを殺して犯人がわたしだとバレずに完全犯罪になるかってことばかり考えてた。  中学の頃かな。学校から家に帰るとママが居間で内職の裁縫かなんかしてたの。わたしに背を向けて。殺すなら今だと思って台所から包丁を取ってきてママの後ろに立ったの。『ただいま』って言うと、ママは振り向きもせずに『あらお帰りなさい、今日は珍しく早いお帰りね』なんて言っている。わたしは後ろ手にしていた包丁を前に持ちかえて両手で握った。このまま体重を乗せて背中から刺せば絶対にママは死ぬ。腋の下を冷たい汗がツツーって流れたのを覚えてる。その時、買い物に出かけていたおばあちゃんが帰って来たの、玄関の戸をガラガラと開けて。わたし、慌てて包丁を背中に隠して台所に戻った。あの時におばあちゃんが帰ってこなかったら、多分ママを刺してたんじゃないかな。  ホントはね、ママと一緒に買い物に行ったり恋愛の悩みごととか相談したかったんだけどね。テレビのドラマなんかでさ、そういう友達みたいな母と娘って出てくるじゃない。ああいうのを見てて、とってもうらやましかったな。  要するにわたしって、親の愛情を受けて育ってないのよ。だからこんな変な人間になっちゃったんだわ。妙に暗くて、妙に淋しがり屋で、そして自分の行動にブレーキがきかないの」 ■ シンナーを吸って気持ち良くなると、なんか他人の体温が欲しくなるわけ  大洋図書の社屋にあるスタジオで会った藤岡未玖は、ジーパン姿の笑顔が明るい女の子だった。とりあえずビールを勧めると「わたしお酒は駄目なんです」と言ってウーロン茶を手にした。「飲めないわけじゃないんですけど、どうもわたしは酒癖が良くないらしいんですよ。カラミ酒みたい。やたらと人に酒を勧めて断られると、わたしの注ぐ酒が飲めないのって文句をつけるらしいの。わたしは全然覚えてないんだけどさ。後から人に言われてアチャーって思って、とっても恥ずかしくなっちゃった。だからできるだけお酒は飲まないようにしてるんです」 「初体験は中二。相手は同じ年のやたらと遊んでいる子。その子の家でやったんだけど、とにかく痛かったな。嬉しくもなんともないよ。そいつのことが特別に好きだったわけじゃないし、そいつ、他の女の子ともイッパイやってたからね。ただ少しでも遅く家に帰りたかっただけ。あのママがいる家にはできるだけ帰りたくなかった。でも部活に入ってたわけじゃないから学校が終わってからの時間をつぶすのが大変だったの。友達とダラダラと遊ぶしかなかったんだよね。  シンナーもやりましたよ。中学、高校ともうほとんど毎日。今から考えると淋しさをシンナーで紛らわしていたって言うか、シンナーっていう公園に逃げ込んでいただけなんだよね。その公園ではセックスもやたらとしたね。シンナーを吸ってボーッと気持ち良くなると、なんか他人の体温が欲しくなるわけ。もう誰でもいいんだ。とにかく人と肌を合わせたくなる。寝た男の数? 三十人目までは勘定してたけど、後は乱交パーティみたいなこともたくさんあってわけがわかんなくなっちゃった。なにしろシンナーでボーッとなってるから、自分を抱いてる男が誰なのかわからないのよ。まあ、今まで八十人ぐらいとはしたんじゃないのかな」  インタビューの最中、藤岡未玖はかたわらにあった『AVいだてん情報』を何気なさそうに手に取ると開いて読み始めた。私が何を質問しても彼女は雑誌から目を離さずに「フン、フン」と空返事をするばかり。私は彼女が雑誌を読み終えるまでインタビューを中断しようと黙って酒をすすることにした。すると藤岡未玖はフッと雑誌から顔を上げて目を輝かせてこう言った。 「フフッ、インタビューできなくて困ってるでしょう? わたし、人を困らせたりいじめるのが好きなんだ」 ■ 仲良しの友達がどんどん死んでいっちゃう 「いろんなことがありましたよ。新宿にシンナーを買いに行って警察につかまったり、知り合いの女の子を騙してヤクザに売り飛ばしたら、他のヤクザから目をつけられて殺されそうになったり。  綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人事件? わかるね。そのやった方の気持ちもやられた方の気持ちも。徹底的に淋しくてお互いにあんなことをしているうちに、あんな結果になっちゃったんだよ。親がさ、ちゃんと子供に愛情を注いでいれば子供はあんなことしないって。わたしは東京の江戸川区で育ったけど、あそこじゃあんなことはたくさん起こってるもん。あれはたまたま女の子が死んじゃっただけでさ。親とか教師とか、大人が変にビクビクしてるから子供は自分がどんなにいけないことをしているのかも知らずに、ああいうことをやっちゃうのよ。  子供をそこまで淋しくさせて追いつめてるのは大人なんですよ。別に子供たちが悪いわけじゃない。どんなに不良ぶってる子でも、その懐にちゃんと入ってつき合えば驚くほど素直に対応しますよ。みんな、淋しいんですよ。愛情が欲しいんですよ。なのに大人はそれをくれない。だからわたしは大人なんか大嫌いだったし、絶対に大人になんかなりたくない。生き続けている限り年は取っちゃうけど、いわゆる大人ってものにはなりたくない。  わたしね、お葬式に十回以上行ってるの。営業上は二十で本当は二十一歳なんだけど、この歳でそんなに葬式に出席してるって珍しいでしょ。しかもその半数以上が友達の葬式。原因は女の子がシンナーで男の子はバイクの事故。仲良しの友達がどんどん死んでいっちゃう。だからわたしも死ぬことなんて恐くなかったね。友達の葬式に出た後でみんなでシンナーを吸って、ああわたしも死んじゃうんだろうなって思ってた。夢もなんにもなかった。今日が気持ち良ければいいやって。でも高校をなんとか卒業してOLになった時にシンナーをやめようと思ったの。いつまでもふてくされてるのはやめようって」 ■ 愛してる人がいるんです 「それまで散々セックスはしてきたけど本当に好きになった男の人はいなかったの。だから、本当に愛する彼を見つけてその人と結婚して子供を産んで幸せな家庭を作ろうって思ったの。そして恋をしました。相手は同じ会社の営業の人。すぐに社内でも公認の間柄になっちゃって、式はいつだよ、なんてからかわれてた。もちろん、わたしもその人と結婚するつもりだった。でも彼に他の女がいることがわかったの。わたしは会社をやめて、再びシンナーに手を出すようになりました。そんな時にママが何につかったのか知らないけど莫大な借金をしてることがわかったの。それをパパに相談されて、わたしは風俗で働くことにした。ソープとSMクラブ以外は全部やった。ピンサロ、ホテトル、マンヘル、覗き部屋、性感マッサージ……。マンヘルの時、同僚の子が殺されたこともあった。ナイフでめった突きにされてたらしい。その日、わたしはたまたま体調が悪くて休みだったんだけど出勤してたらわたしが殺されてたかもしれないね。  でも、風俗をしていて、男って本当にバカなんだなあって思った。どんなに偉そうにしている男でも、結局セックスしたいのよね。オマンコを舐めちゃうのよね。わたしのことを愛してもいないくせにさ。抱かれながらほとんどわたしは眠ってた。いくらオマンコにチンチンを出し入れされても少しも感じなかったもん。  そんな時に新宿でAVにスカウトされたの」  AVに出演しながら藤岡未玖は、あれほど殺したかった母親の借金を返し続けた。そんな彼女の苦労を知ってか知らずか、ママとパパはまた子供をつくった。彼女にとっては二十歳年下の弟である。彼女はその弟の写真をいつもハンドバッグに入れて持ち歩いている。「ね、すごい可愛いでしょう……」  もうすぐ借金は返し終わる。その時藤岡未玖はAVから引退するつもりだ。 「愛してる人がいるんです。同棲してたんですけど、わたしがAVをやっているのを知って出て行っちゃった。でもわたしがAVをやめれば彼は帰ってきてくれると思ってるんです。だから一日でも早くAVをやめなくちゃいけないと思ってるんです。もしかしたら彼は今、別の女性とつき合ってるかもしれないけど、そんなこと気にしません。ねえ、もうAV女優はやめるからわたしのもとに帰って来て! そして、二人で平凡な幸せな家庭を作ろうよ!!」 AV Actress Miku Fujioka★1992.8 [#改ページ] 森川いづみ AV Actress Izumi Morikawa お兄ちゃん、四万円返せ!

 森川いづみと一緒に大洋図書の社屋で彼女の出演しているビデオを観た。本人のビデオを本人と共に観るというのは妙に気恥ずかしいものがある。彼女は平気な顔をしているのだが、こちらが変に遠慮してしまい、つい早送りにしてしまう。  画面では彼女が、中野D児にアナルにタンポンを入れられている。 「タンポンって水分を吸収しちゃうでしょ。だから小さいから楽そうに見えるけど、お尻の穴がカサカサになって結構痛いんですよね」  次に中野は彼女のアナルからタンポンを引き抜き、今度は自分のペニスをそこに挿入する。スルッといった感じで入った瞬間、森川いづみは大きく呻く。 ——アナルセックスって、やっぱり気持ちいいの? 「とんでもない。ただ痛いだけですよ。この時もさすがに出血はしなかったけど、頭の中が真っ白になるくらい痛かった」  フーンとうなずきながら私は再び早送りのボタンを押した。音声が消え粒子の粗くなったその画面の中で、四つん這いになった森川いづみがアナルにタンポンを、膣にバイブを入れられてニッコリと微笑んでいる。 「笑ってる場合じゃないんですけどね」  彼女はそう言って自嘲気味に笑った。 ■ 小学校四年の時、同じ年に両親がバタバタって死んじゃったんです ——一度AVを引退したんだよね。 「ウン。最近また出ましたけど、でも基本的には引退ですね」 ——どうして? 「だって二年近くの間に四十五、六本に出てるんですよ。いい加減疲れちゃった」 ——これからはどうするの? 「ストリップの舞台を中心に仕事をしていきます。舞台で踊るのが好きなんですよ。もともと歌手になりたかったんで、劇場でスポットライトを浴びるのが好きなんですね」  彼女がそこまで話した時、早送りをしていたビデオが終わり、画面は真っ暗になった。  森川いづみ、二十一歳。昭和四十六年五月二十七日に東京の三鷹市に生まれる。現在は世田谷のマンションで一人暮らし。血液型、A型。 「六人兄妹の末っ子なんです。上は兄が二人と姉が三人です。一番上の兄なんかとっくに四十歳を越してるはずです。親子みたいな年齢差ですよね。  物心がついた頃には、父は家にいませんでした。愛人を作っちゃって家を出てしまってたんです。だから父親がどんな仕事をしてたのかも知りません。母親は父に愛人がいることは当然知っていたと思いますけど、諦めてたというか、別にそのことで、こぼしたりはしてませんでしたね。兄や姉にはいろいろ言ってたかもしれませんけど。家は一番上の兄がペンキ屋をやってました。母親もパートかなんかに行ってたんじゃないかな。二番目の兄はトラックの運転手。姉は三人とも結婚しちゃってて家にはいませんでした。  わたしが小学校四年の時、同じ年にバタバタって両親が死んじゃったんです。どっちも病気で。まだ小さかったから、何が起こったのか意味がよくわかりませんでしたけど、ただボンヤリと悲しいなと思って涙を流したのだけ覚えてます。  今思うと、父は別として母には長生きして欲しかったですね。今ならいろいろと親孝行してあげれるのに。死んでしまったことは仕方ないし、その時のわたしが母が死なないように何かをできたわけじゃないんですが、やはり後悔してます」  両親を同時期に失くした森川いづみは当時独身だった三十代の長兄と二人暮らしを始める。 「兄もわたしも料理なんかできないでしょ。たまに姉たちが来て御飯を作ってくれましたけど、普段は二人で弁当の日、『すかいらーく』の日、焼き肉屋の日って決めてそんなものばかり食べてました。だからかなり栄養に偏りがあったと思いますね。それでこんな子に育っちゃったのかなァ(笑)。  親のいない生活にはすぐに慣れました。もともと片親みたいなものだったから、ショックも二分の一で済んだんですかね。淋しかったのは授業参観の時ぐらいかな。わたしだけ誰も来ないからね。でも兄が来るよりはマシだったけど。兄ってケンカっ早いから多分授業参観に来たら先生とトラブルを起こしてたと思いますよ。  兄は山口百恵と三原順子のファンで家には二人の写真集があったんです。そしてお金が入るとその写真集に必ずはさむんですね。わたしはそれを知ってたからそこからちょこちょことお金を取っては文房具とか買ってたんです。その度に兄は妹が取ったとは思わずに、ドロボーが入ったと言っては騒いでましたけど(笑)。  わたしが中学に入って変声期になった時、兄は『順子ちゃんの声になれ』って言って三原順子のレコードを毎日聞かせるんです。おかげでこんなに低い声になっちゃった」 ■ お兄ちゃん、四万円返せ! 「その頃兄はペンキ屋をやりながら、レンタルビデオ屋も始めたんです。そこで裏ビデオも扱ってたんですね。わたし、店の掃除をしていてそれを見つけたんです。なんのビデオだろうと思って観てみてビックリ。それまではキスをしたら妊娠するんだと本当に思ってたから、モロにセックスを見ちゃってショックでした。気持ちが悪くなって一週間ぐらい食欲がありませんでした。  勉強はそこそこできましたよ。兄や姉に甘やかされて育ったわりには、自分で言うのもなんですがワガママにもならずグレもせずよく素直に育ったと思います。遊びといってもせいぜいシンナーを吸うぐらいでしたもん(笑)。家がペンキ屋だったからシンナーは手に入り放題だったんです。友だちがみんなやってたから罪の意識は別にありませんでしたね。中学を卒業してからはキッパリやめました」  そんな頃、突然、彼女の長兄は姿を消してしまった。 「商売がうまくいかなかったんでしょうねえ。兄はペンキ屋もビデオ屋もやめて家を売り払い、アパート暮らしを始めたんです。わたしを姉の家にあずけて。  わたし、お年玉を何年もかけて貯めた四万円を兄に貸してたんですね。子供にとっては大きい金額でしょう。それでそのお金を返してもらいたいと思って、ある日兄のアパートに電話をしたんです。明日行くから四万円を返してくれって。兄は返すって言いました。それで翌日、兄の部屋に行くとモヌケのカラ。大家さんに聞くとその日の朝早く引っ越したって言うんです。びっくりしましたねえ。それにしても妹に借りた四万円足らずでいなくならないで(笑)。まあ他にもたくさん借金があったんでしょうけどね。  今も兄がどこで何をしてるか知りません。風のウワサで結婚したらしいという話は聞きましたけど。もう、どこで何をしててもいいから、とにかくあの四万円は返してもらいたいですね(笑)。そりゃ、今だったら四万円ぐらいならすぐに稼げますよ。でも金額の問題じゃないですよ。兄妹の間だからこそ、金のケジメはつけなくちゃ。  兄はやたらとケンカっ早いから、もしかするとどっか出れない所に入ってるかもしれないけれど(笑)、入っててもいいからお兄ちゃん、四万円返せ!」  ちなみに、トラックの運転手をしていた二番目の兄も行方不明である。トラックに乗ったままどこかへ行ってしまったらしい。「最初のうちはとっても心配しましたけど、今はもう諦めてますね。世間に迷惑さえかけてなければいいやって」と彼女は言うが……迷惑をかけているような気がする。それにしてもお兄ちゃん、四万円だけは妹さんに返してやって下さい。妹さんは今でもそのことにものすごくこだわってらっしゃいますよ。 ■ 両親の墓参り 「初体験は高一の時です。相手は同級生。場所は吉祥寺のラブホテルでした。二人とも初めてで、雑誌のセックスマニュアルページを読みながら、なんとかやりました。緊張でわたしも彼もガタガタ震えてましたね。可愛いもんでした。それから今まで、プライベートで体験した男性の数は十人くらいかな。エクスタシーを初めて覚えたのはこの業界に入ってからです。  業界に入ったのは十九歳の時に新宿でスカウトされたのがキッカケです。高校を卒業して、バイトをしながらブラブラしていた頃です。三日ほど悩みましたが若いうちにやれることはやってみようと思い、決心しました。  姉たちにはすぐにバレてしまいました。『フライデー』に載ってたのを見られちゃったんです。でも最初は反対されましたが、どうせやるなら後悔しないようにトコトンやりなさいって言ってくれました。ただ長姉の息子がもう十八歳なんですね。それで悪影響を及ぼされると困るから家には来ないでくれって言われちゃいました。ちょっと悲しかったですね」  体を壊して以来酒をやめているという彼女は、ウーロン茶を飲みながらそれでも楽しそうに笑いながら二時間あまりしゃべってくれた。今は恋人はいないらしい。クリスマスを一人で過ごすのは淋しいから、それまでには彼氏を見つけたいと言った。  八王子にある御両親のお墓には、年に一回はお参りに行っている。その時彼女は、「元気で頑張ってますから、毎日見守ってて下さいね」と心の中で言うのだそうだ。 AV Actress Izumi Morikawa★1992.11 [#改ページ] 幸あすか AV Actress Asuka Yuki 今のヤクザはチマチマした奴ばっかりで、理屈抜きで惚れてしまうような本物はおれへんわ

 幸あすかは昭和四十七年六月八日に大阪の生野で生まれた。現在、二十歳。私は学生の頃に大阪で四年ほど暮らしていたので、若干大阪のことは知っている。生野という土地は決して柄のいい所ではなかったはずだ。そう幸あすかに尋ねると、 「当り前やん。大阪に住んでたら知ってるやろ。メチャクチャ柄が悪い。アル中やシャブ中のオッサンがゴロゴロおるから、危なくて女の子は夜に一人で外を歩かれへんもん。でも、一番怖いのはそんなオッサンたちやなくて同年輩の人間なんや。若くてエネルギーがありあまっとるから何をするかわからへん。カツアゲや強姦なんて毎日のことやもん。わたしなんか恐くて恐くて学校から帰ったら、家から一歩も出えへんかったわ」  という答えが返ってきた。家から出なかったなんて嘘でしょ、と言うと、 「あ、やっぱりわかります? 生まれた時から環境がそうやったから、それが当り前と思ってましたからね、不思議ともなんとも思わんとノビノビと遊んでましたわ」  と幸あすかは言い、ハハハッと大声で笑った。 ■ 死んだペット犬の話で泣き出して……  大阪といえども最近の若い人の言葉は少しずつ標準語というか、テレビ言葉化しつつある。だが二十歳の幸あすかの言葉は、しっかりと、コテコテにキツい大阪弁である。インタビューの最初の方こそ「エッ、そんなことありませんよ」などと言っていたが、十分もたたないうちにキッチリと大阪弁になった。 「四国や九州の言葉はその土地に行くとすぐ影響を受けて知らんうちにしゃべってるけど、こっち(東京)の言葉はようしゃべらんわ。しゃべる気もないしね。わたしってマゾっ気があるんですよ。ムチとか痛いのはイヤだけど、言葉で|嬲《なぶ》られたりするとごっつう感じるねん。でもその言葉も、『どこが気持ちいいんだい? 言ってごらん』って東京弁で言われるよりも、『どこが気持ちええんじゃ? はよう言わんかい!』って言われた方が感じます。東京の言葉って、なんかこそばいわ」  本当にイキのいいナニワ娘なのである。インタビューをしながら、そのあまりに気っ風のいい言葉づかいにこちらが思わずひるんでしまうことが度々だった。思わず、広島弁の名手・冬木あづさの顔が脳裏に浮かんだ。幸あすかと冬木あづさを対談させたら、さぞ面白いものになるだろう。  ところが、その幸あすかを私が泣かせてしまったのである。今までそれこそ何十人ものAV女優にインタビューしてきたが、インタビュー中に相手に泣かれたのは初めてである。きっかけは犬の話だった。中学時代、彼女は小遣いを貯めてペットショップでビーグル犬を買った。彼女はその犬を大変可愛がったのだが不幸なことに死んでしまった。そこまでは彼女は淡々としゃべっていたのである。だが私がついその犬の名前を尋ねたら、幸あすかの表情が一瞬ゆがんだかと思うと、その両目からみるみる涙が溢れてきた。彼女は慌ててハンドバッグからハンカチを出して顔を覆い嗚咽する。シラーッとした表現しようのない空気が私たちを包みこむ。彼女のマネージャーはいきなり手帳をめくり始めるし、それまで「初体験の相手は誰なの? どうせ大阪なんだからヤッチャン関係なんでしょ」などと乱暴極りないことを言っていた中沢慎一編集長は、「あらあら、永沢が泣かせちゃった。俺は知ーらない」といった表情で手元にあった『ビデオ・ザ・ワールド』を開いておもむろに読み始める。校正の段階でいやっていうほど読んでるだろっ! 何を今さら読む必要があるんだっ! 困ってしまった私は助けを求めてカメラマンの顔を見た。カメラマンは私と目が合うと笑いを噛み殺しながら慌ててレンズの掃除を始める。  彼女が泣き止むまで、時間にすれば一分もなかったろうが、私にとっては実に長くつらい時が流れた。やがて幸あすかは、鼻をグスングスンといわせながらもハンカチを顔から離し、赤い目でニコッと笑いながら「ごめんなさい。もう大丈夫」と言った。ホッとした。でも、「それでさ、その死んだ犬の名前はなんだったの?」と訊く勇気は私にはなかった。別にどうしても犬の名前が知りたかったわけでもないしね。 ■ 理不尽なわけのわからん関係って一番嫌いやねん  幸あすかは四人姉妹の三番目である。彼女が三歳の時に一番上の姉が肺炎で入院したため、母親は生まれたばかりの四番目の子供を連れて病院に泊まり込んで看病をした。二番目の女の子は保育園に通っていたので、父親がその送り迎えを担当する。自然、あすかの面倒をみる大人がいなくなった。そのためあすかは、近所の母親の姉の家へあずけられる。 「その家には中学生ぐらいまでやっかいになったんかな。だから今でもその伯母さんのことを本当の母親だと思ってます。ママって呼んでたしね。実の母親はババアって呼んでた。嫌いやねん、母親のこと。お姉ちゃんたちも母親のことは嫌いやったよ。大きくなって結婚しても、あんな母親だけにはならんとこうなって言ってました。母親って、頭ごなしに怒るねん。『なんでそんなことしたん?』って絶対に訊きよらへん。何をしてもこっちには理由があるのに、ただもうダダーッて怒るだけ。酒が好きでよく近所のスナックに飲みに行っとったしね。工務店を経営してるお父ちゃんは酒も煙草もギャンブルも一切やらん人やったから、お父ちゃんが気の毒やったわ。ババアばっかり遊びくさって。  ババアはね、わたしが十七歳の時にお父ちゃんと離婚してどっかに行きよった。原因がなんだったのか、今どこでどうしてるのか、なんにも知らん。訊きたくもないし、知りたくもないしね。お父ちゃんはその後すぐに再婚したみたい。再婚相手? 一度顔を見たことあるけど、しゃべったことはないなあ。どうでもええねん、人のことなんか興味ない……。姉妹? みんな結婚してるよ。うちって結婚するの早いねん。わたしだけや、一人でブラブラしてるの」  小学校四年の時、幸あすかは厳しいことで有名な進学塾に入る。地元の中学校が校内暴力などで大変に荒れていたので、彼女が住んでいた所から駅で二つ目にある、大阪のお嬢さんたちが集まる私立の女子校に進もうと思ったからだ。それにそこの中学に入ればエスカレーター式で高校にも進学できる。  幸あすかはそれまで習っていたピアノやバレエをやめて、「メチャクチャに」勉強した。毎日、最低四時間は塾で過ごした。 「はっきり言ってなんもおもしろうなかったけどね、なんでも思い込んだら徹底的にやる方やねん」  そして、幸あすかはめでたく志望中学の入学試験に合格する。 「中学三年間はメチャ楽しかったわ。あっという間に三年間が過ぎたって感じ。遠足が二泊三日なんやで、南紀白浜とかで。修学旅行は長崎やったけど、これが超豪華なホテル。もうビックリしたわ。さすが、入学金を二百万円とるだけあると思うたね。周りは本当にお嬢さんばっかり。夏休みを勝手に一カ月延長して家族で海外旅行に行って、十月一日に真っ黒になって学校に来る子なんてザラやったもん。出席日数足りんでも、その分親が何口も寄付金払っとるから大丈夫だったんやろね」  中学で幸あすかはクラシックバレエ部に入るが、すぐに退部する。 「ああいうとこって、上下関係が厳しいやん。先輩には絶対に従わんとあかん。先輩が黒のものを白と言ったら、こっちも白と言わなあかん。なんでやねん! たかが一つか二つ歳が違うだけで、なんでそんな偉そうにされなあかんねん。黒いもんは誰が見たって黒やろ。そういう理不尽なわけのわからん関係って一番嫌いやねん。だから先輩とケンカして問題を起こす前にやめてん。ケンカして部をやめるのはええけど、それが原因で学校までやめさせられたらかなわんやん。せっかく入った学校やのに。さわらぬ神にたたりなしって言うやん」 ■ 毎日|あっこ《ヽヽヽ》をさわってたから血が出たんやと思った  この日、幸あすかはマネージャーがいる手前か遠慮して用意してあったビールやワインを飲まずにウーロン茶を飲んでいたが、飲もうと思ったらアルコールはかなりいける口らしい。 「酒を美味いと思って飲んだことはないけど、夜に友達と長電話してるとついつい飲んでしまうんですよ」  幸あすかの長電話はハンパじゃない。五、六時間はあっという間にたってしまう。だが、別に大した話をしているわけじゃない。同じテレビ番組を見ながら同時進行で感想を言い合ったり、「今日CD買うて来たんやけど、メチャいいから聴いて」と言って相手にCDを聴かせたりする。相手もヒマなものでそれを受話器ごしにジックリと最後まで聴いて、「ホンマや、メチャええやん、わたしも買おう」なんて言う。そんな他愛もないやりとりをしながら幸あすかの大阪の夜は更けてゆくのである。  マネージャー氏が溜息をつきながらこう言った。 「仕事がある度に彼女は大阪から東京に出てくるんです。当然、事務所としては彼女のためにホテルをとるじゃないですか。でもチェックアウトの時に請求書を見て、冗談じゃなく目の玉が飛び出ちゃうんです。電話代が宿泊費を上回ってるんですからねえ……」  マネージャー氏の言葉を聞き、幸あすかは申し訳なさそうに苦笑しながらこう言った。 「だって、淋しいやん。大阪で生まれた女が馴染めん東京に出て来て仕事をしてるんやもん。仕事が終わって一人でホテルの部屋におったら、どうしてもナマの大阪弁が聞きとうなるやん……」 「あの伝票を落とすの、大変なんやで……」  東京出身のマネージャー氏が、大阪弁でつぶやいた。  ところで、幸あすかは小学校二年生の時にオナニーを覚えた。もちろん、その頃はオナニーなどという言葉は知る由もなく、股間を手で擦り続けるとやけに気持ちがいいなと思っていた。気持ちがいいものだから、なんの疑問も持たずに毎日のようにパンツの上やパジャマの上から股間をまさぐった。  そして一年後、小学校三年生のそんなオナニー少女に初潮が訪れた。 「ビックリしたわぁ。|あっこ《ヽヽヽ》から血が出てきたんやもん。生理なんて知識はないから、毎日|あっこ《ヽヽヽ》をさわってたから血が出たんやと思った。ママ(伯母さんのことです)に相談しようかと思ったけど、そんなことを言ったら|あっこ《ヽヽヽ》をさわってたことがバレてしまうと思って言えんかった。悶々と悩みましたわ。このまま血が止まらんのやないかと思って……」  しかし、姪っ子のパジャマに付着している血を見てママは早くも姪に生理が訪れたことを知り、ナプキンを買い与える。  幸あすかが言うには、その頃から現在にいたるまで体格は変わっていないらしい。つまり、ビデオで観ることのできる今の幸あすかの体をした小学四年生の少女が大阪に存在していたわけだ。そのくらい成長が早かった。学校の先生が親に、「男の子たちがパニック状態に陥るから娘さんにブラジャーをつけさせてくれ」と懇願したほどだ。  今でも幸あすかは、三日に二日はオナニーをして眠りにつく。 ■ 何もかも失ってしまって、パニクっとったから……  さて、幸あすかは中学を卒業し望み通りに同じ敷地内にある高校へ進んだ。中学と同じような楽しい学園生活が送れればいいなと思ったし、また、そんな生活が自分を待っていると彼女は確信していた。  だが、担任になった古文の中年女性教諭はなぜか彼女を目の仇にした。別に化粧をしているわけではないのに妙に雰囲気が派手で、制服を着ていながら|おんな《ヽヽヽ》を感じさせる女生徒を、存在自体が許せないという目で見る女教師は確かにいる。私が中学生の頃もそういう女生徒と女教師がいた。その女生徒が何も悪いことをしたわけでもないのに、やたらと女教師はその女生徒につらくあたる。私は子供心ながら、これは女としての性を自ら抑圧してきた教師の嫉妬にしか過ぎないなと思った。教育でもなんでもない。幸あすかも、自分の性欲を儒教的教育精神というオブラートでくるんだそんな女教師に遭遇してしまった被害者の一人である。 「信じられんかもしれんけど、テストで正解を書いてもわたしだけがバツなんや。字が汚ないとか言って……。挙句の果てに、『あんたは精神的に問題がある。先生が精神分析をしてあげるから箱庭を作ってみなさい』と言って、箱庭を作らされてん。それって|ワシ《ヽヽ》は頭がヘンって言ってることやろ。メチャ腹立ったから、木にブタを登らせたりしてムチャクチャ作ってやったわ。そして、『さあ、分析してみいや』言うたら『これはちょっと……』とか言って困っとった。でも、これも一年間だけ我慢すればいいことや、二年生になったら先生も替わると思っとったら、二年になってもまた同じ先生やねん。もう頭の中が真っ白になったわ」  幸あすかは高校二年で学校を中退する。最初、「どうして?」と訊いた時、彼女は「セックスの喜びを知ったら真面目に学校に通うのがアホくさくなったから」と答えた。  彼女の初体験は十七歳の時である。相手は近所の幼な友達のお兄ちゃん。よく彼女はそのお兄ちゃんの家に遊びに行っていた。ある日そのお兄ちゃんが、「お前の友達ももうずいぶん(セックスを)やってるんちゃうか?」と尋ねた。彼女は「そうやね、〇〇ちゃんも××ちゃんもやったって言ってたで」と、お兄ちゃんも知ってる女の子の名前を挙げた。するとお兄ちゃんは「ほな、お前ももうやってもええんちゃうか。よかったら、俺とやってみいへんか」と言った。お兄ちゃんのことが決して嫌いではなかった彼女は、「ええよ、やろか」と答えた。オナニーをし続けていたからか、初体験は友人から聞いていたように痛くはなかった。だが別に気持ちよくもなかった。「こんなもんか」と思った。これやったらオナニーの方がずっとええ。  その半年後、幸あすかは高校を中退するのだが、しつこく話を聞けば聞くほど、その後に何度も彼女はお兄ちゃんとセックスをしたのにエクスタシーを感じていない。すると、セックスの喜びを知ったから高校をやめたというのは違うのではないか、と私は言った。 「そうやね。いろんなことがあったから……何もかも失ってしまって、ホンマに頭の中がパニクっとったから……わたしが退学届けを出したら、その担任の先生、ごっつう喜んではったで……」  このあたりから幸あすかの言葉は急に曖昧になる。何もかも失った、とは何を失ったのだろうか。まさかまた飼い犬ではあるまい。だが、今までの関西的笑顔を再び消して、悲しい表情で「何もかも失ってしまって……」と語る彼女に、「どんなことがあったの?」とは訊けなかった。訊いたら今度は泣くどころか、「なんで初対面のアンタにそんなこと言わなあかんねん」と怒り出しそうな気がしたからだ。 ■ わたしも刺青を入れとんねん  学校をやめた彼女は、二年ほどアルバイトもせずにプラプラとする。プラプラと何をしてたのと訊くと、「プラプラはプラプラやんか」という答えが返ってきた。 「わたしがやめた時、何人かの友だちも一緒にやめたんです。でもお嬢様学校でみんないい家の娘だから、学校をやめたからといってすぐに働いたりするのは恥ずかしいことなんや。だからわたしも|ママ《ヽヽ》から小遣いをもらってプラプラしとったんです。その頃ナンバの飲み屋で知り合った不動産屋にくっついて四国の高松に半年ほど行ってたりして。今までつき合った人は、お兄ちゃんを除けば七人かな。お兄ちゃんとは近所でウワサになりかけたから別れてん。面倒臭いのが一番嫌いやから。七人は全部年上。三十代が多かった。一番年上は五十二歳の人。みんな奥さんがおったね。不動産屋とか金融業者が多かったな。でもヤクザとちゃうよ。ちゃうって、真珠なんか入れてへんて。ホンマやで。なんか業界ではわたしはヤクザとばっかりつき合ってるって誤解されてるみたいやけど、そんなこと絶対にあらへんからね。みんな普通の不動産屋や金融業者やったんやから。ホンマやて!」  そして去年の暮れ、天満の商店街を友だちの女の子とともに、クリスマスを一緒に過ごす男を探しながら買い物をしていると一人の男が「姉ちゃん、アダルトビデオに出えへんけ」と声をかけてきた。さすが大阪のスカウト。言い方がストレートである。 「自分でもさすがに働かなあかんなと思ってた時やったから、内心、やるやるって感じやったんや。でもアダルトビデオと言われてすぐにOKしたら、いかにも軽い女の子やと思われるやん。せやからちょっと考えさせて、言うて次の日にこっちからその事務所に電話をしたんや。やらせてもらいます、言うて。そして今の東京の事務所を紹介されたんや。一緒にいた友だちも誘われたんやけど、その子、背中一面に龍の刺青があんねん。だからあかんかったみたいやわ。ちゃうて、ヤクザと関係ある子じゃあらへん。自分が好きで入れただけなんや。今は普通の人と結婚して子供もおるもん。実はわたしも刺青を入れとんねん。二の腕の上やけど、な、見える? チョウチョの刺青や。中学生の時に入れてん。ちゃうて、ヤクザは関係ないて。ウチのおじいちゃんが大阪では有名な彫り師やってん。そんなで、ちょっと入れてみようかな思うて入れたんや。でも、撮影の時に隠すのが大変。白粉をベタベタ、メイクの人に塗ってもらって隠すんねん。  野球? 好きやで。もちろんタイガースやんか。でもタイガースには恨みがあんねん。今年の九月にな、こりゃ優勝は間違いない思うてビデオの一本分のギャラ、全部阪神の優勝に突っ込んだんや。そうしたらヤクルトの優勝やろ。ヤクルトが優勝した時、わたし撮影中やってん。もう力が抜けたわ。これでこの仕事のギャラ全部パアやと思うて。えっ、野球賭博? そんな大袈裟なもんやあらへん。友だちの間だけの遊びや。ちゃうて、ヤクザは関係あらへん」  好きな男のタレントは、との質問に、幸あすかは、 「そやねえ。菅原文太と松方弘樹やね」  と答えた。それを聞きヤクザ映画ファンのカメラマンが、「あの二人はいいよね。今の現役のヤクザにはあんな男はいないもんね」と言った。すると幸あすかは深くうなずいて言った。 「ホンマやな。今のヤクザはチマチマした奴ばっかりで、女が理屈抜きで惚れてまうような本物のヤクザはおれへんわ。情ない」  ちなみに幸あすかという名前は本名である。父親が大分の生まれで、大分には幸家が何軒かあるらしい。本名があまりにも芸名らしいので、そのまま名乗っているのだそうだ。 AV Actress Asuka Yuki★1993.1 [#改ページ] 有賀ちさと AV Actress Chisato Aruga あたしが出ているビデオは全部、“タナベさん”へのラブレターなのよ

『社長と私——ファックスしてます』という、有賀ちさとが出演しているビデオがある。この中で監督の池島ゆたかに抱かれながら有賀ちさとが「タナベさん!」と脈絡もなく叫ぶシーンがある。もちろん、タナベさんとは池島ゆたかの役名ではない。池島は彼女とのカラミをやめて、「エッ、タナベさんって誰?」と訊く。有賀ちさとは曖昧な惚けた表情をしたままその問いには答えない。ええい、そんなことどうでもいいやとばかり池島ゆたかは再びカラミを続けて、ビデオはそのまま何事もなかったように進行し、有賀ちさとは喘ぎ続ける。  私はそのビデオを有賀ちさとにインタビューをする日の前夜に観た。毎度のことながら酔眼朦朧であったが、彼女の発した“タナベさん”という固有名詞が私はやけに気になった。さっきまでいた新宿の飲み屋で知り合った何人かの人間の名前はとうに忘れているのに、翌日の朝、自分の内臓がモツの煮込みになったような不快感を覚えながら目覚めても“タナベさん”の名前はズキズキと痛む頭の中から消えてはいなかった。 “タナベさん”って、誰だろう? ■ そのひと、チンチンを手でこすりながら追いかけてくるのよ  有賀ちさとは昭和四十六年三月十四日に東京で生まれた。現在十九歳。今でも盆踊りの時は品川音頭をカッコよく踊ってみせる、と自慢する江戸っ子である。 「でもお祭りはあまり好きじゃないの。痴漢が出そうだから」  有賀ちさとは、小学校の授業が終わると家の近所の公園で同級生の女の子たちと遊ぶのが常だった。ちさとは勉強こそあまりかんばしくなかったが、運動神経は抜群で黙っていればいつまでも外を走り回っている子供だった。  ちさとが小学校の三年生になった頃、道端に「チカンに注意!」と書かれた立て看板が目立ち始めた。だがちさとにはチカンの意味がわからなかった。注意、とあるのだから危ないものだとは思ったが、子供の自分には関係のないことだろう。わたしが気をつけなくてはいけないのは、せいぜい野良犬の類いだろう。だが放し飼いの犬など、その頃の東京でもほとんど目にすることはなかった。ちさとは看板のことなどまるで気にせず、毎日公園で遊び回っていた。  ある日、ちさとがいつものように数人の女の子の友達と公園の砂場で遊んでいる時だった。公園の前の道路で何かの工事をしていた男の一人が、ニヤニヤと笑いながら彼女たちに近づいてきた。子供たちは遊ぶ手を休めてその中年の男を見た。男は少女たちの前で長靴を脱ぎ、上着を脱いだ。そしてTシャツを脱ぎ、作業ズボンを脱ぎブリーフ一枚になった。少女たちはその異様な光景を見ながら、金縛りにあったように立ちすくんでいた。  そして、男はなおもニヤニヤと笑いながらブリーフを脱いだ。今まで少女たちが目にしたことのない屹立した男根が現れた。その瞬間、言いようのない恐怖が少女たちの呪縛を解き、何かにはじかれたように無言で走り逃げた。 「そうしたらさ、追いかけてくるのよ、そのひと。チンチンを手でこすりながらさ。いやあ、こわかった。なんとかみんな逃げられたけど、あの時つかまってたらどうなってたのかと思うと、ゾッとするね。それにしても大きかったなあ、あのチンチン……」  ほどなくして、ちさとの住む町内で祭りがあった。その日は、いつもは帰宅時間に厳しい父親も夕方過ぎまで外にいることを許してくれた。ちさとが親からもらった小遣いを握りしめて目をキラキラさせ何を買おうかと夜店をひやかしていると、水アメ屋のオヤジが声をかけてきた。「お嬢ちゃん、水アメをただであげるから、オジサンとお皿を洗いに行こうよ」  数分後、水アメを手にした少女はそのオヤジに連れられ人通りのない路地に入っていた。オヤジは「水アメをあげたんだから、このことは誰にも言うんじゃないよ」と言い、少女のスカートに手を触れた。少女の体がピクンと震え、硬直した。オヤジはスカートをまくり、下着に手をかけそれをずり下げようとした。イヤーッ! 少女は叫ぶとオヤジに水アメを投げつけ家に走って帰った。  顔を青ざめさせて帰宅した娘に、尋常ならざるものを感じた両親は「何があったのだ」と訊いたが、少女は何も答えなかった。自分は何も悪いことをしていないのに妙な罪悪感につつまれていた少女は、何をされたのかということをしゃべると怒られそうな気がしたからだった。  余談だが、その罪悪感とはなんだったのだろう。もしかすると、これは男である私の勝手な考えなのだが、そして幼女に悪戯をしようとする男を弁護するつもりは毛頭ないが、女として生まれた自分自身の存在そのものに対する罪悪感だったのではないだろうか。自分が女の子でなければ、あんなイヤな目にはあわなかったに違いない、という罪悪感。  とにかく、この二つの事件によって、有賀ちさとは自分が女性であることを認識した。認識をして彼女はどうしたか? 近所の合気道の道場に通い始めたのである。自分が女性である限り、これからもああいう恐ろしい事は何度もあるだろう。その時に誰かが助けてくれるとは限らない。自分の身は自分で守らなければ。 ■ 高校退学  だが、この合気道が、自分を守るどころか、将来、せっかく入学した女子高校を退学する原因となるとは、幼き有賀ちさとは知る由もなかった。 ——タナベさんて、誰なの。  インタビューの途中、私はできるだけさりげなく有賀ちさとにそう尋ねた。 「エッ!?」  彼女は目を丸くして私を見つめ絶句した。 ——タナベさんて誰?  私は同じ問いを繰り返した。 「なぜタナベさんのことを知ってるんですか?」 ——ビデオの中で池島さんに抱かれながら、タナベさん、って叫んでたでしょ。 「エッ? あたし、そんなこと口走ってました?」 ——ウン。 「まいったなあ……」  有賀ちさとは顔を真っ赤にして照れ笑いをした。 ——ねえ、タナベさんて誰なの? 恋人? 「恋人だったらいいんだけど……」  有賀ちさとはそう言うと、しばし口を閉じた。そして、やがてこう言った。 「タナベさんはね、あたしがAV業界に入るキッカケになった人なの……」  有賀ちさとは高校生になると、学校に内緒でパーティのコンパニオンのバイトを始める。中学の頃から水商売に憧れていたし、時給が二千五百円というのも魅力だった。 「その頃、親からもらう小遣いって一月に二万円だったの。少ないでしょ。そんなの一回渋谷に遊びに行ってショッピングして食事をしたらなくなっちゃうじゃない」  それとともに、彼女はパーティで知り合う社会人の男たちと次々とつき合い始める。バーやディスコに連れて行かれ、大人の気分を楽しんだ。ラブホテルにも行った。男たちは十六歳の少女を裸にし、その体を舐めまわした。求められればフェラチオをすることも厭わなかった。だが、最後の一線だけは越えることはなかった。別に処女だけは守ろうと思っていたわけではない。それどころか、早くセックスというものをしてみたかった。だが、中学生の時に初めてタンポンを試してみた時のあまりの激痛を彼女は忘れることができなかった。あんな小さいものでさえあんなに痛いのに、大きくなったオチンチンが入ってきたらどんなに痛いのだろう……。そう思うと、どうしても男の前で足を開く勇気がなかった。そんな男たちが三十人はいただろうか。その中には、フェラチオまでしながら体を許さない彼女に腹を立てて、ホテルのベッドに彼女を一人置いて帰ってしまう男もいた。  いつの間にか、彼女はそんな自分にプライドを感じ始めた。友人の女の子に、「エッ、処女なの? ウッソー、絶対処女に見えないよ」と言われるのが嬉しかった。それほど、ブランド品好きの彼女の外見は派手だった。  だが、そんな綱渡りのような夜を過ごしてそうそういつまでも処女を守れるわけがない。十七歳の誕生日を目前にして、いつものようにパーティで知り合った二十七歳のサラリーマンとラブホテルに行き、ついに処女を捨てた。抵抗したが、そのサラリーマンはそれまでの男とは違い無理矢理に彼女の中に押し入って来た。 「痛かったなんてもんじゃないわよ。その男とはその後にもう一回セックスしたけど、それっきり……」  高校二年生となったある日、有賀ちさとは学校の帰りに友人とケンタッキー・フライドチキンの店に寄った。そこに、別の女子校に通う女の子がいた。彼女はちさと達の制服を見ると、「バカが来たわ」とボソッと言った。その言葉を聞き、ちさとの中で何かがプツンと切れた。 「だってさ、あたしが高校に入った時、そいつの学校はあたしの学校より偏差値が二つは低かったんだよ。それって、そいつはあたしよりバカってことでしょ。バカにバカって言われちゃ、黙ってられないわよ」  ふと気がつくと、ちさとはその不幸にも「バカが来たわ」と口走ってしまった女の子を店の外に連れ出し、路上で相手に馬乗りになって顔を力まかせに殴っていた。合気道で鍛えた腕だ。素人の女子高生がかなうわけがない。相手は半ば意識を失いながら殴られるがままだった。  そこに偶然、ちさとの通う学校の教師が通りかかり、慌ててちさとを取り押さえた。だがその時はもうグッタリとなった女の子の顔はグチャグチャに骨折していた。  三週間後、ちさとは校長室に呼ばれた。校長はちさとに、「申し訳ないが、自主的に退学届を出してくれないか。もし高校生を続けたいのなら他の学校を紹介する」と言った。教育者らしい、素晴らしい言葉である。  ちさとは、校長の他校を紹介するという申し出を断り、学校を去った。  それにしても鳩山文部大臣。偏差値という概念は日本にしっかりと根づいてしまったのですね。子供たち同士が偏差値という訳のわからない物差しで差別し合っているのですから……。 ■ 水商売に入ってからはやりまくったわ  高校を中退した有賀ちさとは知人の紹介で都内のある会社に受付嬢として勤め始めた。しばらくは九時から五時まで働き夜は自由という生活を楽しんでいたが、なにせ給料が手取りで九万円で、そのうち一万円を家に入れていたのでそうそうお気楽に遊ぶわけにはいかない。やがてちさとは、会社が終わると夜は五反田のクラブでホステスとして働き始めた。パーティコンパニオンをしていたので、接客業はお手のものだった。 「初体験から一年間は誰ともセックスをしなかったけど、水商売に入ってからはやりまくったわ。客とじゃないわよ。客とやっちゃったらホステスとして終わりだもの。客はやらせるふりをして、いつまでもやらせないのがコツなの。そうすればずっと店に通ってくれるもん。やる相手は、ディスコとかであたしの方がナンパしちゃうの。そうね、一年間で六十人とはやったかしら」  ちさとは夜の仕事が楽しくてたまらなかった。そしてつい昼の受付の仕事をしていても、水商売のクセが出た。 「ある時ね、よその会社の営業の人に、『また来てねえ』って手を振っちゃったの。先輩のOLの人にすごく怒られちゃった。ここはキャバレーじゃないのよって」  だが、水商売で身についた愛想の良さはそうそう隠せるものではない。その頃、頻繁に社長の奥さんが会社に顔を出していた。ちさとはお世辞のつもりで奥さんに、「不倫をするならやっぱり社長さんですよね。渋くてかっこいいですもん」と言った。「あら、ありがとう」と奥さんは答えた。それが奥さんの口を通して四十三歳の社長の耳に入ったのだろう。それから社長はやたらとちさとだけを食事に誘うようになった。ちさともちさとで、水商売と同じノリで「社長と食事を一緒にできるなら、ラーメンでもフランス料理でもなんでもいいわ」なんて言ってしまう。その一言で、今まで仕事一筋で来て十六歳の娘のいる社長は、ちさとは自分に惚れていると勘違いしてしまった。社内でスキを見ては彼女の体に触ったり、会議室に呼び出してはキスを強要する。  ちさとはそんな社長を見て、今まで忘れていたはずの、子供の頃に出会った全裸で追いかけてくる工事現場の男や、パンツを脱がそうとした水アメ屋のオヤジを思い出した。  やはり、あたしが女だからいけないのだろうか?  社内でも社長とちさとのことが噂になり始め、彼女に露骨にイヤミを言う女子社員もでてきた。  ちさとは社長に辞表を出した。社長は驚き、自分の娘と二歳しか違わない女の子の足に取りすがり、「頼むからやめないでくれ、君を愛してるんだ!」と号泣した。  ちさとは、「ごめんなさい。あたしは社長のことをなんとも思っていません。ですから、やめさせてもらいます」と言って、泣き崩れる社長に背を向けて社長室を出た。  この時の彼女の実体験をもとにして作られたビデオが前述の『社長と私——ファックスしてます』である。ただしビデオとは違い、ちさとは社長の前で一度も裸になっていない。 ■ 恋敵襲撃計画  実はその頃、有賀ちさとには深く想いを寄せる男性がいた。それが、“タナベさん”である。 “タナべさん”は彼女が働いていた五反田のクラブの店長だった。年は三十二歳。ピンサロの呼び込みからクラブの店長にまで成り上がった、なかなかのやり手である。 “タナベさん”は女が大好きで、女をくどくのも上手だった。商品であるホステスに手を出すのは御法度の世界にもかかわらず、自分の店のホステスともやりまくった。  そんな、やられたホステスの一人に有賀ちさとがいた。“タナベさん”はちさととは一回寝ただけで、二度と彼女を求めてこなかった。 「だから惚れちゃったんだよね。あれが他の男みたいに、一回やっただけで『こいつは自分の女だ』みたいな顔をされたら、あたしの方がイヤになっちゃったんだろうけど、逆だったからね……」  会社をやめ、水商売に専念しようとしたちさとは、自分の恋人だと思っていた“タナベさん”に新しい女ができたことを知る。その憎き恋敵はあろうことか同僚のホステスだった。ちさとは逆上した。逆上してどうしたかというと、その恋敵を殴ろうとした。高校時代のケンタッキー・フライドチキンでのにがい経験は、彼女の中でまだ教訓とはなってなかったのだ。  だが、高校の時とは相手が違った。相手はちさとの殺気を敏感に感じとり、一目散に店の外へ逃げたのである。ちさとは彼女を直線コースで追おうとした。当然そのラインには椅子やテーブルや、そして客がいる。ちさとはそれらのすべてをなぎ倒す勢いで恋敵を追った。店内は騒然となる。もう、わけがわからなくなりただやたらと椅子を投げテーブルを倒すちさとの前に、店長の“タナベさん”が現れた。“タナベさん”はちさとの頬をパチンと叩くと、「いいかげんにしろ、出ていけ!」と言った。 「二日後に、店から椅子やテーブルを壊した弁償金の請求書が届いたわ。あたしは“タナベさん”からの『ごめんね』って電話を待っていたのに……」  失意のちさとは、しかし弁償金を持って店に行った。とにかく“タナベさん”に会いたかったのだ。だが店の入り口に出てきて金を受け取った男の従業員は、「タナベさんから、お前は店に入れるなと言われてるから」と言い、彼女を追い返した。  ちさとは考えた。“タナベさん”に会うにはどうしたらいいだろう。そうだ、あの今“タナベさん”とつき合っている女をボコボコに殴れば“タナベさん”は店から出てくるだろう。会って話をすれば彼はきっとあたしの想いをわかってくれる。そのためなら、あの女を殺してもかまわない。  もはや、有賀ちさとの心は普通ではなかった。逆に自分が殺されるかもしれないと思い、親に遺書を書いた。「もしかすると死んじゃうかもしれないけど、本当に愛してる人のためだから許して下さい」  私は有賀ちさとの話を聞きながら、江戸時代の八百屋お七の話を思い出していた。  お七は八百屋を営む自分の家が火事で焼けた時、近くの寺に身を寄せていた。その時、寺の小姓である左兵衛に恋をした。だがすぐに家の普請も出来上がりお七は寺を出る。お七は愛しい左兵衛に会いたい。だが女の身で寺につかえる男性に会いに行くわけにはいかない。どうしたら左兵衛に会えるか。悪い男の入れ知恵もあり、お七は一つの方法を思いついた。そうだ、もう一度家が燃えればまたお寺に身を寄せることになり、左兵衛様に会えるに違いない。そう考えたお七は自宅に火を放ち、その火は町内中を包み込み六日間燃え続けた。しかしお七は左兵衛と再び会うことはなく捕えられ、火あぶりの刑に処せられた。  この時、お七は十七歳である。“タナベさん”に会いたい一心で遺書を書いた有賀ちさとは当時十八歳。男はその年でまだオナニーばかりしている子供だが、女はもう否応なく女なのである。正直言って、女は、恐ろしい。  だが、有賀ちさとの恋敵襲撃事件は失敗に終わった。店が終わる時間を見計らい店の前の電柱の陰に隠れていたちさとは、店から出てきた恋敵にケリを一発入れビンタを一発入れたところで店の人間に取り押さえられたのだ。  そして、店の人間はちさとに言った。 「もう、“タナベさん”はやめたよ」 「どこに行ったの?」 「さあね……」  その日から、ちさとは酒に溺れた。ヘネシーをラッパ飲みで一日に一本も二本もカラにした。“タナベさん”のことを少しでも考えると胸が痛くなり、酒を飲まずにはいられなかった。しかし、酒を飲めば飲むほど自分の意識の中で“タナベさん”への想いの部分だけがハッキリと浮かび上がり、ますます彼女を苦しめた。その挙句、三度、ちさとは手首を切った。だが、それは死ぬためではなかった。血を流すことによって、自分の“タナベさん”への愛を確かめたかったのだ。風呂場で手首を切っては、腕をギュッとゴム紐で縛り、ボトボトと流れ落ちる血液が排水口に吸い込まれる光景を“タナベさん”への想いを込めて見つめ続けた。こんなにも、こんなにも愛してるのよ。なのにあなたは、どこへ行ってしまったの? ■ あたしが出ているビデオは全部、“タナベさん”へのラブレターなのよ  いつまでも落ち込んでないでたまにはパッと遊びましょうよ、と言う友人の誘いでちさとは渋谷のディスコに行った。  そこで、AVにスカウトされた。  ちさとはすぐにOKした。 「あたしからは“タナベさん”は見えないけど、AVに出れば“タナベさん”からはあたしの姿が見えるかもしれないじゃない? もしそんなあたしの姿を見てくれれば、昔の遊女じゃないけど、こんな仕事をしているあたしを“タナベさん”が救いに来てくれそうな気がするの。そしてね、あの頃の“タナベさん”は携帯電話つきのベンツを乗り回してたんだけど、いろいろなお金の問題で店をやめたようだから、今はもうベンツを手離してると思うのね。だから今、“タナベさん”があたしの前に現れたら、あたしは彼にキャッシュでポンとベンツを買ってあげたいの。前はさ、むこうは店長であたしがホステスだったから、あたしの立場が弱かったけど、今度会った時には立場を逆転させて、“タナベさん”をあたしから離れられなくさせたいのよ。でも、いざそうなったら、あたしの心が“タナベさん”から離れちゃうかもしれないな。その時にならないとどうなるかはわからない。とにかく、あたしが出ているビデオは全部、“タナベさん”へのラブレターなのよ。でも、人を好きになるって、こわいですね」  ビデオでも、そして他の雑誌のインタビューでも有賀ちさとは自分のことを「性格が悪い」と言っている。しかし、私は彼女と話をしていて彼女の性格が悪いとはとうとう思わなかった。 ——どういうところが、自分で性格が悪いと思うの? 「あのですね、あたしって外ヅラがいいんですよ。誰と会ってもその人に合わせちゃうんです。そして、その人と別れた後で、本当の自分は全然違うのにって後悔しちゃうんです。そんな自分が大嫌いです。だから、性格が悪いのかなって……」 AV Actress Chisato Aruga★1993.2 [#改ページ] 白木麻実 AV Actress Asami Shiraki 窓の外を見ていると、ディズニーランドから風船が飛んでくるの

 白夜書房の社屋にある会議室でインタビューをする前、陽のあるうちに撮影をしようとカメラマンが、白木麻実を近所の公園に連れて行った。私もそれに同行した。  夕暮れの訪れが近い師走の風は冷たく、私はミニスカート姿の白木麻実に「大丈夫? 寒くはない?」と尋ねた。耳にした瞬間、思わずこちらの体の力が脱けてしまうような気にさせる舌ったらずな声で、彼女は「大丈夫です」と恥ずかしそうに答えた。  カメラマンの注文に従い、白木麻実は滑り台の階段を中程ぐらいまで登った。ちょうど、私の目の前に彼女の二つの膝小僧が位置した。私は人の膝小僧をマジマジと眺めた経験はないので比較はできないが、今、目の前にある膝小僧は丸くポコンとそこだけが独立しているように突き出ていて、とても子供っぽい印象を受けた。そして、何の脈絡もないのだが、富岡製糸工場の女工たちも似たような膝小僧をしていたんじゃないだろうかと、ふと思った。寒風の中の幼い二つの膝小僧は、何か妙に痛々しく思えたのである。  撮影は短時間で終わったが、それでも会社に戻る頃には白木麻実の頬は化粧を通してもうっすらと赤くなっているのがわかった。私はそのことをからかいながら、彼女に尋ねた。 ——今は一人暮らしなの? 「いえ……猫がいるんです」 ——一匹? 「……二匹」 ——名前はなんて言うの? 「ヘヘッ、恥ずかしい名前なんですけど、ニャンポコリンとモグラっていうの。キャハッ、恥ずかしいや、やっぱり」  猫の話を始めると、それまでオドオドしていた彼女の顔がパッと明るくなった。 ——へえ、じゃ、淋しくないね…… 「……あと、もう一匹いるの……」 ——えっ、あと何を飼ってるの? 「男……人間の……ずっと部屋にいるの、そいつ。だから、そいつが浮気しないように、猫ちゃんたちに見張っててもらってるの」  やっと明るくなったと思った彼女の頭に、再びかすかにだが翳がさしたように思えた。 「そいつ、全然働こうとしないんです」 ■ 自分なんて生まれなければよかった  白木麻実がこの世に誕生した時、彼女の父親はレストランで調理師をしていた。父親は酒を飲むとよく荒れ、母親との喧嘩が絶えなかった。夫婦喧嘩が始まると、自分の存在がその喧嘩の原因ではないかと思い、幼い少女は小さな胸を痛めた。自分がいるから、お父さんとお母さんは|諍《いさか》いをするのではあるまいか。自分なんて生まれなければよかったんじゃないだろうか。  そんな少女を慰めてくれたのは、同居していた祖父と祖母だった。特に祖父は少女を可愛がった。少女も祖父にいたくなついた。だが、その祖父は少女とは血のつながりはなかった。彼は、少女の実の祖母の愛人だったのである。その事実を知った時、少女はますますおじいちゃんのことを好きになった。血のつながりとは無縁のところで自分を愛してくれる人がいる。その事実は、少女にとってかなり衝撃的なものだった。  白木麻実は、その頃の自分を振り返って、「こんな自分が生まれてしまって申し訳なかった、と思った」と、太宰治のようなことを言う。  そんなことを思っていたから、白木麻実はなかなか親に対して甘えることができなかった。何かを買ってやろうと言われても、欲しい物は何もないと答え、小遣いをやろうと言われると、かたくなにいらないと断り続けた。親をはじめとして他人に好意を示されると、相手が自分のために無理をしているに違いないと思ってしまうのである。 「可愛くない子供だったでしょうね」  彼女より五歳年下の妹は、姉とは性格が正反対の明るい|子供らしい《ヽヽヽヽヽ》子供だった。「お父さん大好き!」などと言っては親に物をねだるのが上手だった。そんな素直な妹が、姉としては羨ましかった。  そんな子供だから、外で仲間たちと遊ぶよりも家の中で一人で人形遊びをしたりすることが多かった。  だが、初恋は早かった。それは白木麻実が幼稚園の時だった。相手はおなじクラスの男の子。少女は、自分は将来その彼と結婚するのだと思い込み、ある日曜日の昼下がりに男の子の家に挨拶に行った。男の子の父親は居間で新聞を読んでいた。少女はその父親の前に正座をすると深々と頭を下げ、「オトウサマ、これからよろしくお願いします」と言った。そのおしゃまな姿はさぞ可愛らしかっただろう。突然、幼児に慇懃に挨拶をされたその父親は驚き慌てて坐り直し、「いや、こちらこそ、よろしく……」などとしどろもどろだったらしい。小遣いは遠慮しても、恋には遠慮のない女の子だったのである。  小学校の時も、さして目立つことのないおとなしい子供だった。当時ドッジボールが流行っていたが、ボールに当たるのがイヤでほとんどしたことがなかった。ただなぜか、運動会は好きだった。徒競走は嫌いだったが、ムカデ競走や綱引きなどの団体競技は楽しかった。強制的にやらされるということが逆に、引っこみ思案の少女にとっては遠慮することなく仲間と遊べる機会だったのだろう。  中学に進んだ白木麻実はバレーボール部に入部したが、走らされてばかりなのに嫌気がさしてすぐに退部した。二十七歳の国語の男性教師に恋をして、ひそかにその教師の写真を集めたりしたことはいい思い出である。 ■ ペニスを持ってる不潔な男の代表が父親だ、みたいな  修学旅行の前日、白木麻実はスーパーマーケットでパンティを万引きした。別に下着に不自由していたわけではないが、友人たちに負けないようなセクシーなパンティがどうしても欲しかったのである。  その辺、男にはどうも理解しがたいものがあるが、聞くところによると女の子というものは修学旅行など仲間で泊まりに行く時に、下着にかなりの気合をいれるものらしい。生理はあるわ、下着で見栄をはらなくちゃいけないわ、女の子は何かと大変なのである。  白木麻実は最初、親に理由を話して小遣いをもらいパンティを買おうと思った。だが、今まで小遣いを断り続けてきた身としては、今さら小遣いが欲しいとはなかなか言い出せない。そして悩みに悩んだ挙句、少女はピンクの紐パンティを万引きしてしまったのである。物が下着ということもあったのだろうが、親にねだるよりは盗むほうが精神的にははるかに楽だった。  同じ頃、白木麻実ははっきりした理由もなく父親が大嫌いになった。生理的に男としての父親の存在が許せなくなった。父親の顔を見るだけで鳥肌が立った。もちろん言葉を交わしたりなぞしない。ましてや、父親の入った後の風呂に入るなんて、死んでもイヤだった。 「なんであんなに嫌いだったんでしょうね。処女って想像力だけはものすごいでしょ。もしかしたら早く体験したいという欲求が裏返しになっちゃって、必要以上に父親を男として意識してしまって拒否してたのかもしれない。ペニスを持ってる不潔な男の代表が父親だ、みたいな。その証拠に、セックスを経験したらそんな気持ちはまるでなくなったもん。  今ね、妹がそんな時期なのよ。やたらと父親を毛嫌いするの。でも姉として、『あんたもセックスをすればお父さんに優しくなれるわよ』とは言えないしね。妹にはきれいな体のままでお嫁さんに行ってほしいから……。でも娘を持った父親って、なんかかわいそうですね……」  中学を卒業した白木麻実は、高校への進学が決まっていた。セーラー服の制服が可愛い学校だった。  だが、高校に入学する直前に、白木麻実は処女を散らす。相手は友人の紹介で知り合った二十一歳のサラリーマンだった。 ■ 窓の外を見てると、ディズニーランドから風船が飛んでくるの 「その頃は変だと思わなかったけど、今から考えると二十歳過ぎた大人が、よく中学を出たばかりの女の子とセックスができたもんだと思う。そんなこと何も考えなかったのかなあ。ただやりたいだけだったのかなあ……」  白木麻実はその頃はまだ胸は薄かったが、毛は濃かった。足のすね毛も濃かったし、陰毛もビッシリと生えていた。初体験の時、男がボソッと「毛が濃いんだね」と言った。白木麻実は非常に恥ずかしくなり、その夜に自宅の風呂場で陰毛を全部剃ってしまった。次に男と会った時、ツルツルになった彼女の陰部を見て男は非常に喜び、興奮した。  高校に進学した彼女は、しばらくは真面目に学校に通っていたが、やがて欠席が目立つようになった。 「けっこう期待して高校に行ったんだけど、担任の教師がイヤな奴だったのね。なんか知らないけど、何も悪いことをしてないのにやたらとわたしを目の敵にしてイヤミばっかり言うの。なんか学校に行きたくなくなっちゃってさ、学校をさぼって街をボーッとほっつき歩いてた。そうするとさ、学校から家に連絡が入るじゃない。親はカンカンよ。もう家にも帰りたくなくなって、とうとう、初体験をした男のアパートに転がり込んじゃった」  男のアパートは東京ディズニーランドがある千葉県の舞浜にあった。  男は、これでセックスに不自由しなくなるとでも思ったのだろうか、別に怒りもせずに少女を受け入れた。二十一歳にしては社会的な想像力のとぼしい男だったらしい。  親に無断で男の部屋に転がり込んだ少女は、ますます学校に足を向けなくなった。それはそうだろう。ただでさえ背伸びをしたい時期に、曲がりなりにも社会人の男と一緒に暮らし始めたら、同級生が子供に見えるし、今さら教科書を開く気などバカバカしくて起きなくなるに違いない。私だってもし高校時代に女性と同棲していたら、それでも毎日学校に通えたかどうか疑問である。多分、セックスを含めたいろいろな意味で、それは無理だったろう。私の同級生だった一人の男も、女と暮らし始めて高校を退学した。その時の彼の目は、確実に私たちクラスメイトを子供扱いしていたような気がする。 「もともとね、わたしは将来何になりたいっていう夢がなかったの。中学の時は化粧品会社の美容部員になりたいと思ってたけど、それもただ就職するならっていうボンヤリとした気持ちで、絶対になりたいというもんじゃなかったからね。できるもんならとっとと結婚して、二十歳前後で子供を生みたいと思ってたの……。はっきり言って、働く気なんてなかったな……」  男は朝、会社に出かけ、夜に戻ってくる。その間、少女は何をしていたかというと、まるで何もしなかった。男としては、相手が子供とはいえ多少は掃除や洗濯をしてくれることを期待していたらしく、少女もそのことを薄々感じてはいたが、男に対して悪いとは思いつつ何もしなかった。 「本当に、何もしたくなかったの。歩くのさえ億劫だった。その頃からお酒を飲むことを覚えたのね。だから彼が会社に出かけた後は、部屋に寝転がってボケーッとビールとかウィスキーを飲んでた。酒を飲みながら窓の外を見てると、ディズニーランドから風船が飛んでくるの。今でも覚えてるなあ……ちょうど夏でさ、青空が広がって、そこにポツンポツンと風に乗って風船が現れるのよ。今のは赤だったから、次は白だな。よし当たった。じゃあ次は青だって、一人で酒を飲みながら一日中予想していた。楽しいっていうんじゃないけど、自分なんかどうなったっていいやっていう、妙に開き直った気分でしたね。六畳の部屋で酒を飲みながら空を見ている自分の姿を楽しんでるっていうか……」  まるで、昔のATGの映画のワンシーンを観ているようである。十代の少女、夏、青空、そして風船。そんな陳腐なシナリオを書く脚本家がいたらその才能に同情するばかりであるが、白木麻実の話には少しばかり感動した。なんのケレンもなくトツトツと舌ったらずな声で話すそのしゃべり方もよかったが、まず彼女は、そのいかにも青春といったシーンをスクリーンの上ではなく実人生の上で演じたのだ。これは簡単にできそうで、なかなかできることではない。高校でめいっぱいに運動部で頑張った人間が後に社会に出てかつての夏合宿のつらさを思い出し「まだ頑張れる」と思うのと同じように、白木麻実は何かつらいことがある度にあのディズニーランドの風船を思い出すに違いない。多分、そんな気がする。十代の人間の最大のつらさとは、自分が何をすべき人間であるかわからないというつらさである。 「でもわたし、考えてみたら、まだディズニーランドに行ったことがないのよね」  ある日、娘が転がり込んだ男の部屋を探し出した父親がやって来た。ドンドンとドアを叩いて父親は娘の名前を呼ぶ。相も変わらず酒を飲んで空を見ていた娘は、体をこわばらせて息をひそめた。やがて諦めた父親は大きな溜息を残して帰って行った。  父親が階段を降りて行く足音を聞きながら、少女は学校をやめる決意をした。これ以上、親に迷惑はかけられない。  久し振りに家に帰った少女は、両親に学校をやめたいと言った。娘が子供の頃から老人に弱いことを知っていた母親は、親戚や町内の老人を集めて娘に学校をやめないように説得してくれるように頼んだ。少女の家に集まった老人たちは口々に「学校をやめるな」と言い、母親の思惑どおりに老人に弱かった少女は涙を流したが、しかし、決心が変わることはなかった。  学校に退学届けを出した後も、しばらくの間少女は男の部屋にいた。  だが、男がある日少女に言った。 「おまえさ、もう家に帰れば……」  さすがに想像力の欠如した男も(いや、想像力が欠如しているからこそか)、毎日何もせずに酒ばかり飲んで畳の上をゴロゴロしている少女にイヤ気がさしたのだろう。  翌日、少女は荷物をまとめて家に帰った。父親は一言、「明日から働けよ」と言った。夜に久し振りに自分の部屋で寝ていると、酔っぱらった父親が母親に「あいつはもう男とやってるんだなあ……。男と暮らしてたんだから、やっぱりやってるよなあ……やってるに決まってるよなあ……」と言っている声が聞こえた。母親の声は聞こえなかった。 ■ 大変な男のところに転がり込んじゃったなあ  白木麻実は近所のパン屋で働き始めた。そしてすぐにパン職人の男と恋仲になり、今度はその職人の部屋に転がり込んだ。  この頃から、白木麻実の放浪記が始まる。男と知り合うとすぐにその男の部屋に荷物を持って転がり込むのである。だが、相変わらず掃除も洗濯もしなかったのですぐに追い出された。パン屋の職人には一カ月で「出て行け」と言われた。男に追い出されると、彼女は実家に戻りバイトを始めた。別な男が見つかると部屋に転がり込み、バイトはやめた。その繰り返しが長く続いた。 「ある時ね、またわたしが別の男の部屋に行こうと思って荷物をまとめてたら、お母さんが『どうせあんたはすぐに帰ってくるんだから、パンツだけ持って行きなさい』って言ったの。われながら、母親にそんな台詞を言わせるなんて、なんてひどい娘だろうって思っちゃった……」  白木麻実が、現在一緒に暮らしている男と知り合ったのは、彼女が十七歳の時だった。バイトに行こうと千葉県のある駅に彼女が降り立った時、彼が声をかけてきたのである。男は二十五歳だと言った。  その晩、白木麻実は久し振りに酒を飲まずにセックスをした。今までは酔っぱらわないと感じないと思っていたので、セックスの度に酒を飲んでいたのだ。それが、シラフなのにその晩のセックスではエクスタシーを感じた。おまけに彼は何の仕事をしているのか知らないが、やたらと金を持っていた。  白木麻実は男にすっかりゾッコンとなり、例によって翌日には彼の部屋に転がり込んだ。それから十日間、男は金払いのよさを彼女に見せつけて彼女を喜ばせた。その間、彼が仕事をしている(もしくは仕事に出かける)姿を一度も見なかったが、彼女はそれを深く疑問には思わなかった。多分、自分などのわからないスケールの大きな仕事をしているのだろう。 「でも、十一日目に彼が『金が無くなった』と言うんです。問い質すと彼は無職で、パチンコで生活をしていたらしいんですね。パチンコで負け続けると、仕方なくバイトをしていたらしいんです。こりゃ、大変な男のところに転がり込んじゃったなあと思いましたよ。今まで転がり込んだ男の人たちは、少なくとも仕事はしてたもん……」  白木麻実は男に、「仕事をする気はないのか?」と尋ねた。男は「ある」と答え、アルバイトニュースを買ってきては、面接に出かける。だが何が悪いのか、大抵面接で断られた。運良く面接を通っても、「気にくわない」とか言って三日ももたずに自分から仕事をやめてくる。 「こりゃ、わたしが働かなくちゃと思いましたね。初めて、自分から積極的に働こうと思いました。でも、男は家賃も払えない状態だから、二人で生活していくためには今までのようなファーストフードのバイトでは無理でしょう……。それで飲み屋で知り合った芸能プロダクションの人に相談して、AVの仕事を紹介してもらったんです。彼にAVに出ると言ったら、ニッコリ笑って、『それでお金がたまったら二人で旅行に行こうね』って言ってた。本番しちゃうんだけどいいのって訊いたら、『仕事なんだから仕方ないよな』だって……」  だが、今までどんな男と暮らしても三カ月ともたなかった白木麻実が、その男とは一年半続き、今に至っている。男はやはり無職で、白木麻実から小遣いをもらっては、毎日真面目に朝の十時にはパチンコ屋に顔を出している。 「こんな生活、いつまでも続くわけないよね。わたしのビデオの仕事だって、もう無くなるだろうしさ。わたしの仕事がなくなっても彼が働こうとしなかったら、その時は別れるしかないですよね。ストリップや風俗? ウーン……。他人のためにそういう仕事をするのはイヤだけど、自分が生きるためならやるかもしれない……」  別れ際、白木麻実は私にこう言った。 「小さい頃は、生まれてすみませんって思ってたけど、今はそうは思わない。どんな人よりも長生きしてやるわ……」 AV Actress Asami Shiraki★1993.3 [#改ページ] 川村弥代生 AV Actress Yayoi Kawamura アメリカへの留学資金を稼ぐためAV業界に入りました

 川村弥代生と会う前に、彼女の主演作である『発情牝』というビデオを観た。 『発情牝』の中で、川村弥代生は実に淫らだった。私はかつてエロ本の編集者をしており女の裸には馴れている。そして、編集者をやめてフリーライターとなり、AV女優のインタビューを始めて、AVを観る機会が非常に多くなった。だからかもしれないが、正直いって、深夜に一人でアパートの一室でそれらのビデオを観ていても、チンポコがピクリと反応するものにはなかなか出会えるものではない。やはり、年なのかなと思ってしまう。十代の頃ならば、ただ単に女性が裸体になった映像を観るだけで射精寸前にまでいっていたのに……。最近はどんなビデオを観ても、自分の精力の衰えを確認するばかりだ。人生の先達の方々にうかがいたい。三十三歳というのは、そういう年齢なのだろうか。  だが、そんな私のチンポコが、川村弥代生の『発情牝』を観て、久々にピクリとした。だからといって、『発情牝』が特別に変わった作品というわけではない。前半に、川村弥代生が黒人と白人と絡み、その二人のペニスを交互にフェラチオするシーンなどがあるが、AVのセックス表現としてはいたってノーマルである。ではなぜ私のチンポコがピクリと動いたのか。川村弥代生の声が、表情が、そしてなんといってもその体のしぐさが実にスケベであったからだ。川村弥代生に私は性欲を感じた。彼女がビデオの中で男に抱かれ「そこが気持いいの。舐めて、舐めて」という度に私はなんともいえぬ興奮に下半身をつつまれた。ビデオを観ていた場所が白夜書房の編集室でなかったら、多分私はジーパンのジッパーを降ろしていたに違いない。  川村弥代生は際立って美人でも胸が大きいわけでもない。ただ、ビデオの中の彼女は妙なフェロモンを発していた。宣伝をするわけではないが、『発情牝』は一見の価値があると思う。 ■ 茶髪・日焼け・ピンクの口紅  ビデオを見終わり、その興奮を鎮めるために、そこにいる誰もが仕事をしている編集室で一人ビールを飲んでいると、マネージャーとともに川村弥代生が現れた。  黒い!  ビデオの中での川村弥代生は肌が白かったが、今の目の前に立っておどおどした目をしている女性の肌は、見事なほどに小麦色である。聞くと、三週間ほどハワイにサーフィンをしに行っており、つい数日前に日本に戻ったばかりなのだそうだ。  どうも私は、小麦色の肌をしてショッキングピンクの口紅とマニキュアをし、赤茶けた髪をしている女性に弱い。なんともいえぬ性的な魅力を感じる。だが同時に、せっかくのたった一度の人生なのに、自分はそんな女性とは絶対にセックスはできないのだろうなあ、とも思っている。「好きです」と告白しても、クックックと笑われ、「だっさーい」と小声で言われるのがオチだろう。情ない話だが、それだけは絶対に自信がある。魔女にガマガエルに変身させられた男が、美女にプロポーズしているようなものだ。  やはり、小麦色の肌をしてピンクのマニキュアをしている川村弥代生にとって、私はガマガエルだったようだ。この業界に入ってインタビューを受けるのは初めてだということもあったろうが、私が何を尋ねても複雑な笑みを浮かべて沈黙する。 ——今、いくつなの? 「…………」 ——どこで生まれたの? 「…………」  やっと答えてくれたと思うと、「いろいろね、ありましたから」という返事。そりゃあ、そんなことを私が訊くことなどよけいなお世話だろうし、尋ねている私もそう思うけど、それにしても私は顔を会わせた時からよっぽど川村弥代生に嫌われたようだ。私だって馬鹿ではない。人としゃべっていて自分が嫌われていることぐらいわかる。インタビュアーがこんなことを言っても仕方がないが、けっこうつらいインタビューになってしまった。彼女の好きなハワイにくわしい、そして肌の色の黒い中沢編集長がなにかとフォローしてくれなかったら、多分このインタビューは目もあてられないものになっていたろう。  考えてみれば、私が発した最初の質問がいけなかったのかもしれない。彼女の表情から自分が嫌われているのがわかった私は、まず何を訊こうかと、精力とともに衰えつつある脳細胞を駆使して考えた。結果、私が発した言葉は次のようなものだった。 ——今までで、一番嬉しかったことって何? 「今までですか?」と川村弥代生はとまどったようにしばらく考えこみ、「最近のことなんですけど」と口を開いた。 「この前ハワイに行ってた時、今日は日本に帰るという日に向こうでサーフィンで知り合った友人が移動遊園地に連れて行ってくれた事です。それが嬉しかったな」 ——移動遊園地って? 「サーカスみたいにね、ジェットコースターやメリーゴーランドがハワイの各地を移動してるんです。私が日本に帰るっていう日に、たまたまその遊園地がわたしがいた所に来てたんですね」 ——その友人って、アメリカ人の男? 「ええ」  そのまま「へえ、よかったねえ」とか言って話題をかえればよかったのに、私はこんなことを口走ってしまった。 ——じゃあ、そいつとやっちゃったんだ?  いつもなら、私はこんな傍若無人な訊き方はしないのに……。なんとかなごやかな雰囲気にしようと思って、私は焦っていた。  私の言葉を聞いて、川村弥代生はあからさまにムッとした表情を見せた。 「彼には奥さんがいるんですよ」 ——い、いや、その、奥さんがいても好きだったらやっちゃえばいいじゃん…… 「…………」 ——そ、その人のことは好きだったんでしょ? 「好きですよ」 ——だったら、……本当はやっちゃったんでしょ? 「……もしわたしがそんなことをしたら、奥さんに申し訳ないじゃないですか……」 ——あ、ああ、そうだよね。そんなことしちゃいけないよね。でも、三週間もハワイにいたら向こうの男とはセックスしたんでしょ?(ああ……) 「…………」 ——ビデオでもさ、黒人や白人とやってたじゃん? 外人の男が好きなんでしょ?(ああ……) 「あれは疑似です。白人とはやってみようかと思ったけど、大き過ぎて痛くてできなかった」 ——じゃあ、ハワイでもセックスはしなかったの? 「そんなことが目的でハワイまで行ったんじゃないですから。あくまでもサーフィンをしに行ったんです」  こうやって書き記していると、一応会話をしているようだが、彼女の口調はまさにケンもホロロ。私は一瞬、なんかどうでもよくなって、まるでテレビドラマの中の刑事のような気分になった。 ——初体験はいつ? 「…………」 ——セックスを初めてしたのは何歳の時なの? 「……十六歳……」 ——高校二年の時だね。 「……ええ……」 ——相手は? 「……中学の時の知り合い」 ——同級生? 「…………」 ——その男のことは愛してたの?(我ながら、本当によけいなお世話だ) 「……愛とかいうよりも、早く大人になりたいって感じでしたね。あの、ちょっとトイレに行っていいですか?」  川村弥代生がトイレに立つと、それまでつまらなそうに持っていた週刊誌に目を落としていたマネージャー氏が顔をあげて、 「彼女ね、外見はいかにもイケイケっぽいんですけど、けっこうマジメなんです」  と、別にタレントを弁護する風でもなく、うつろな目をして淡々と言った。そして、 「でも、あんなに肌を黒く焼いたら、しばらくはビデオの仕事はこないでしょうね。いいんです。彼女がハワイに行くと言った時点でもうあきらめてますから。いいんです、もう」と一人言のように続けた。 ■ 外国で暮らしたいんですよ、とにかく日本を出たい 「家は自営業です。父も母も朝から晩までその仕事で忙しかったから、わたしが何をしても何も言われませんでしたね。全く会話のない家庭でした。兄が一人いるんですが、仲は良くなかったです。  子供の頃から体を動かすのが好きでした。そのかわり、勉強は全然駄目でした。なんかね、要領が悪いんですよ。  中学の時は軟式テニス部に入ってましたけど、あまりマジメな部員じゃありませんでした。勉強をするでもなく、部活に熱中するでもなく、何人かの友達となんということなくブラブラと遊んでましたね。煙草も吸ったりしてたけど、高校生になったらなんかバカバカしくなってやめちゃった。  高校は女子校だったんですけど、ディスコによく行ってました。そこで知り合った男の子にサーフィンを教わったんです。それ以来、海が大好きになりました。  高校の頃は、タイプが合えばけっこうセックスをしてましたよ。四〜五人ぐらいはしたかな。  野性的で男っぽい人が好きなんです。タレントでいえば、清水宏次朗かな。でも最近そういう人って少ないですよね。変に優しい男ばっかり。女に気をつかい過ぎる人ってイヤなんです。  外泊しても、親には何も言われませんでしたね。友達からは羨ましがられたけど、何をしても全然怒られないから、淋しかった。たまには思いきり叱られたかったですね。小遣い? 友だちと比べてけっこうもらってたほうじゃないですかね。自営業の親って子供にかまっていられないから、愛情を金でごまかそうとするんですよ。  結婚は考えたことないですね。一回だけプロポーズをされたことがありますけど、嬉しかったけど断りました。まだまだ、自分でやりたいことがありますからね。  外国で暮らしたいんですよ、とにかく日本を出たい。なんか日本って、近所がうるさすぎて、どうにも束縛されてるような気がするんですよ。わたしのことは放っといてくれって言いたくなる時があります。その点、アメリカって個人主義の社会でしょう。道に坐り込んでパンを食べてても誰も変な目で見ないじゃないですか。身体障害者の人も、日本じゃ変な目で見られるでしょ。アメリカじゃ助けこそすれ、そういう人たちを決して白い目で見ませんよ。そういう社会ってステキだと思う。  アダルトビデオ業界に入ったのも、アメリカへの留学資金をためるためなんです。まあ、その他にも失恋をしたとか、いろいろなキッカケはありましたけどね……。  アメリカへの憧れ? 高校の時にディスコでブラック・ミュージックを知って、それを通じて英語に憧れたんです。  英語が上達するためには、やはりアメリカ人の男とつきあえばいいんでしょうけど……でもまだ外人とそんな関係になったことがないんです……なんて言ったらいいんだろう……気持ちが通じる前にセックスになってしまいそうなのがイヤなんです……わたし、そんな勇気がないから……やっぱりそういうことはよく知り合ってからじゃないと……ハハッ、高校の時はかなり気軽にセックスをしてたんですが、歳を取るにしたがってなんかそういうことに臆病になってきましたね。  ハワイには何度も行ってますが、現地の男の人とそんなことになったことはありませんよ。そりゃね、好きになった人はいますけど、ウーン、あの、最近、日本の女はすぐにやらせるという評判があって……それを考えると怖いというか……自分はそんな人間に見られたくないというか……確かに言葉が通じないぶんセックスでコミュニケーションをとればいいんだろうけど……だからって、すぐやらしちゃうのはどうかなあって思っちゃうんです。  それにね、たとえばハワイだとサーフィンの友達が多いから、一回でも誰かとそんなことになっちゃって、翌日に海に行ったらみんなにバレてたらイヤだしねぇ。  確かに、いい雰囲気になってセックスの一歩手前までいったことはありますけど、最後の最後で自分にブレーキがかかっちゃうんですね。やっぱり臆病なのかな」 ■ 男の人に甘えたりしないから、かわいくないって言われるんです 「親とはまだ一緒に住んでますけど、わたしがアダルトビデオに出演しているということは知らないと思います。バイトをしていると言ってますから。でも、もともと会話のない家庭ですから、バレても見て見ぬふりをするんじゃないでしょうか。  ハワイの他は、イギリスに行ったことがあります。高校時代の友人が商社に勤めている人と結婚してロンドンに住んでいて、そこに遊びに行ったんです。建物を見たり、美術館に行ったりして楽しかったですね。でも、やっぱり暗かったな。わたしがいた間じゅう、ロンドンでは太陽が見れなかったですからね。  プライベートなセックスは、もう半年もしてないんですね。どうしようもなくしたくなる時はありますけど、やっぱり本当に好きな人としたいですからね。我慢してます。  オナニー? たまに……します。  仕事でセックスしていると、プライベートでは変に保守的になっちゃうんですよ。普段の生活の中でチラッとセックスをしたいなと思う人がいても、そう簡単にしちゃいけないなって思うんですよ。ビデオでセックスをしてても、本当はいけないことなんだと思いながらやってるんですから。  将来はハワイかニューヨークで暮らしたいですね。ブラジルもいいな。どこにしろ、そこの人と結婚しちゃえば一番簡単なんですけどねえ……。  読書は好きですよ。三島由紀夫が好きです。どこが好きかって? ウーン、難しいところかな。一回読んでもわからないところ。なんか勉強してる感じですよね。昔、あんまり勉強しなかったから、今になってそういうのを読もうとしてるのかもしれません。  休日ですか? 海に行ってます。千葉とかの。明日も休みだから、天気が良かったら海に行こうと思ってます。  寝つきはいいですよ。いつでもどこでもすぐに眠れます。悩みもあまりないですね。  悲しかったこと? 最近、ストリップ劇場に出ているんですが、初めて舞台に上がった時に振り付けが全然思い出せなかった時は、情ないというか悲しかったですねえ。  ああ、あと、失恋した時はやっぱりつらいです。相手の態度とかで、他の女ができたことがわかりますからね。その時はどうやって自分を支えるのかって?……まあ……なんとか今まで生きてきたんで……。  やっぱり、一人の方が一番ラクですね。こういう性格がいけないんですかね。男の人に甘えたりしませんから、かわいくないって言われるんです。ベターッ、とした恋愛はどうも苦手です。いろんなことがあって、いつの間にか強くなっちゃったんですかね。  ペットはいません。死んじゃったら悲しいでしょ。でも飼うなら猫ですね。犬はイヤです。愛情がしつこいでしょ。押しつけがましい愛情って、大嫌いなんです。  わたしがバリアを張ってる? ウーン……そうかもしれませんね。ここにいる自分は、あくまでも仕事をしている自分ですからどこかでかまえてるのかもしれません。海に行ったら取れるんですよ、このバリアが。海……特にハワイの海にいるわたしが本当のわたしかもしれません」  インタビューは一切盛り上がることなく、淡々と進んだ。もう訊くこともないやと思って私がフーッと溜息をついた時、中沢編集長が突然叫んだ。 「君ってさ、あんまりAVの世界に合ってないよね!」  川村弥代生はその大声に驚き、そしてその言葉の意味をどう把握していいかわからずにあいまいに笑って首をかしげた。  だが、私は編集長の言葉を聞き、一人心の中で納得した。「なるほど。川村弥代生はAVに似つかわしくないからこそ、ビデオの中の彼女はスケベなのだ」と。  編集長は言葉を続ける。 「でもさ、君は自分自身はスケベだと思うでしょ?」  編集長の気迫におされて、川村弥代生は「ハイ」と答えた。 「そうでしょ。君は本質的にエッチなんだと思うな」 「ハイ」 「セックスの時に、燃えて燃えて、自分でも驚くぐらいの声を出したりするでしょ?」 「ハ、ハイ……そういえば……」 「やっぱりね。だって口の回りにホクロがあるもん。根は淫乱だと思ったんだ」 「口の回りにホクロがある女は淫乱なんですか?」 「いや、今なんとなくそう思ったの」  思わず私は、「いいかげんにしいや」とツッコミを入れたくなったが黙っていた。ちょっとの間、しらけた沈黙が続き、編集長が再び口を開いた。 「今の仕事、好きじゃないんでしょ?」  川村弥代生は思わず「ウン」とうなずいた。そして慌ててマネージャー氏を見た。マネージャー氏は彼女の言葉が聞こえているはずなのに、何も聞いていないかのように週刊誌に目を落としていた。彼女はそんなマネージャー氏の姿を見て、少し困ったような表情をし、「ウン、なんて言っちゃいけないんですけどね」と言って、口を閉ざした。 AV Actress Yayoi Kawamura★1993.6 [#改ページ] 沢口梨々子 AV Actress Ririko Sawaguchi つき合うなら絶対もてない人がいい

 いつものようにビールやワインやカクテルを用意して沢口梨々子を待っていたのだが、彼女が選んだのはウーロン茶だった。彼女に限らず最近のAV女優は酒を飲まない人が増えているような気がする。樹まり子や林由美香など、こちらがもう勘弁してくれとお願いしてしまうほど飲んでくれたのに……なんか淋しい。  私は黒ビールを喉に流しこみながら沢口梨々子に尋ねた。 ——お酒は飲まないの? 「飲めないことはないんだけど、あまり好きじゃない。お父さんが酒飲みで飲むとお母さんを叩いたりしてちょっと酒乱気味だったから、お酒に対していいイメージがないんです」 ——お父さんは今でも飲んでるの? 「ううん、飲んでない」 ——やめたんだ。 「死んじゃったの。お酒の飲み過ぎで……」 ■ 父親が普通のサラリーマンの家庭に憧れたなあ  沢口梨々子は東京の下町に生まれた。下に弟と妹がいる。父親がなんの仕事をしていたのか梨々子はよく知らない。いつも朝早く軽トラックに乗ってどこかへ出かけていた。夕方過ぎに帰ってくると夕飯を肴にしながら一升瓶を横に置いて延々と飲み始める。過ぎるほど人のよい父親は外での評判はよかったが、家では酔っぱらうと女房にあたり散らした。性格のおとなしい妻は殴られても蹴られても声ひとつ出さずにじっと耐えた。子供たちは「ああ、またお父さんが暴れてる」と思いながら眠りについた。 ——じゃあ、お父さんのことは嫌いだったの? 「ううん。小さい頃はそれが当たり前だと思ってたから、お父さんのことは好きでしたよ。小学校に上がってからですね、父親という人間はみな酔っぱらって暴れるものじゃないということがわかったのは(笑)。それからは父親が普通のサラリーマンの家庭に憧れたなあ。朝はみんなでおしゃべりをしながらトーストかなんか食べて、お父さんはネクタイをして『じゃ、行ってくるよ』とか言って会社に行くような家庭にね。ウチは家族がバラバラでそんなこと全くなかった。だから、大人になって結婚するならサラリーマンの人って決めてました。でも今はそうでもない。サラリーマンって暴れないかもしれないけど、すぐに不倫とかするんでしょ。そういうのはイヤだなあって思う。ウチのお父さんはそういうことはしなかったから」 ——じゃあ、お父さんよりお母さんの方が好きだったんだね。 「それがね、違うんです。お母さんってどういう人って訊かれても、御飯を作ってくれた人っていう印象しかないのね。それくらい存在感のない人だったの。お母さんとちゃんと何かについてしゃべった記憶がないもん。好きとか嫌いとか以前の人でしたね」  小学生の時、沢口梨々子は琴と生け花を習い始める。その二つは高校を卒業するまで続いた。よっぽど好きだったんだね、と訊くと、他に何もすることがなかったから、という答えが返ってきた。  学校での梨々子は人見知りをしてひっこみ思案の、実におとなしい子供だった。誰とでも仲良くできる性格ではなかったので、友達も少なかった。  中学の時、その数少ない女友達の一人からオナニーの仕方を教えられた。 「お風呂に入った時、シャワーをアソコに当てるととっても気持ちがいいのよ」  その晩、梨々子は早速それを試してみた。なるほど今まで感じたことのない不思議な快感が女子中学生の体を包んだ。その日から梨々子の風呂に入っている時間が妙に長くなった。 ■ かっこいい人って好きじゃないの、もてるから ——その頃、恋はしなかったの? 「しましたよ。一緒に学校から帰ったりしました」 ——相手はかっこよかった? 「全然。今でもそうなんだけど、梨々子ね、かっこいい人って好きじゃないの、もてるから。かっこいい人を見れば素敵だなって思うけど、絶対に好きにはならない。そんな人から交際を申し込まれても断る。だってそういう人は誰にでもそんなことを言ってるような気がするじゃない。  梨々子って自分で言うのもなんだけど、性格も悪いし口も悪いから、自分に自信がないんですよ。だからつき合うなら絶対にもてない人がいい。もてないけど性格のいい人。もてる人だと、梨々子よりいい女の子と出会ったらすぐにそっちに行っちゃうでしょ。人間なんてそんなもんでしょ。いくら口で『君だけをずっと愛してる』なんて言っても信用できないもん。  梨々子ね、基本的に人を信用しないようにしてるんです。下手に信用すると裏切られた時のショックが大きいから。お父さんが人のいい人で、すぐに他人を信用しては裏切られてたんですよ。そんな姿を小さい時から見てたから、人は絶対に信用しちゃいけないと思って育ったのね。悲しいけど、よほどのことがない限りこの性格は直りそうにないな」 ——よっぽど男で痛い目にあったの? 「ううん。だって今までつき合った男の人って、かっこ悪い人ばっかりだもん。ふる時はいつも梨々子の方から。誰とつき合っても半年ぐらいで他に好きな人ができちゃうんだなあ。やっぱりかっこ悪い人なんだけど(笑)」 ——つき合ってる間は、けっこう男に尽くすの? 「全然。高校を卒業していろいろ男とつき合うようになってわかったんだけど、梨々子ってお父さんに性格がソックリなんです。ワガママで、すぐに暴力を振るっちゃう。ちょっとでも気にくわないことがあると、相手の男の人の顔を殴ったり蹴りを入れたり近くにある物を手当たり次第に投げつけたり、もう大変。自分ってお父さんに似てるなあって思ったら、なんかイヤになっちゃった。ね、性格悪いでしょ……」  高校二年の時、沢口梨々子は初めてセックスをした。相手はバイトをしていた千葉の海岸の海の家で知り合った同じ歳の男の子。最初は梨々子の方から好きになったのだが、一度体を許したら、会う度に彼は体を求めてくるようになり、それが嫌で別れた。この人、梨々子の体だけが目的なんだわ……。  それにしても男は大変だとつくづく思う。十代後半から二十代前半の性欲がピークの時は「体だけが目的なのね」と非難され、性欲が落ちてくると「抱いてくれないのはわたしを愛してないからだわ。それともどこかでいいことをしてるの!」なんて目くじらを立てられる。ああ、本当に男はつらい。もうイヤんなる。  話が横にそれてしまった。ええと、高校を何事もなく無事に卒業した梨々子はイベントのコンパニオンになり、デパートの屋上でスイカ割り大会の司会をしたり、街頭でミニスカート姿で煙草を配ったりした。仕事は楽しかったが、収入は思ったより少なかった。一刻も早く家を出て自由な一人暮らしをしたいと思っていた梨々子は、コンパニオンをやめてキャバクラに勤め始めた。接客をしながらショータイムではステージで踊り、店が終わってから朝方までダンスのレッスンをする毎日は非常にきつかったが、収入はよかった。梨々子は親には何も言わずこっそりと家を出て一人暮らしを始めた。どうせ父親に言っても殴られるだけに決まっている。  だが、昼と夜が逆転した生活が続くと、体調がどうも思わしくなくなった。このままでは体を壊してしまう。早く次の仕事を見つけなければ……。 ■ やっぱりね、精神的にとっても疲れちゃった  そんなことを思い始めた頃、梨々子はキャバクラ店でAVにスカウトされた。話を聞くと、一カ月に一本のビデオに出演するだけで店の給料よりもずっと多いギャラがもらえるという。即座にOKした。まだバブルが崩壊する前だった。  AV業界に足を踏み入れた梨々子にとって、見るもの聞くものすべてが新鮮で、楽しかった。マネージャーはなんでも自分のワガママをきいてくれるし、スタイリストが今までしたことのなかったようなオシャレをさせてくれる。まるで芸能人になったような気分だった。  デビューしてしばらくは、本番はしなかった。しかしセックスシーンをあたかも本当のように演ずるのに疲れ、本番をすることにした。その方がラクだし、気分的にも乗れた。  ある日、フィリピンのセブ島で撮影する仕事が入ったので、梨々子はパスポート取得のため戸籍謄本を入手して驚いた。父親が死んでいた。父親の四十九日の日に、久し振りに梨々子は家に帰った。死ぬ前に一度くらいは会いたかったな、と思った。  やがてバブルがはじけ、仕事も少なくなりギャラも下がってきた。梨々子はビデオの仕事をしながら、ストリップ劇場に出演するようになった。もう、AVデビューの頃に感じた新鮮さはとっくに失っていたし、セックスをしなくてもいいストリップはビデオよりも楽しく思えた。 ——デビューして二年か。ずいぶんお金はたまったでしょ? 「ううん。車とか欲しい物をバンバン買ったから貯金はこれから」 ——今も一人暮らし? 「沢口まりあちゃんと一緒に暮らしてるの。別にレズじゃないわよ。仕事の時間帯が別だから、ほとんど顔を合わせないけどね」 ——将来の夢は? 「ある程度お金がたまったら、サッサとこの仕事をやめて普通の女の子に戻りたい。やっぱりね、精神的にとっても疲れちゃった。早くやめて、普通の人と普通に恋をして、普通に結婚したいなあ。それが夢ですね。まりあちゃんなんかもそうだと思うよ。この業界の女の子って、どんなに明るくみせててもどっかで疲れてて、普通の生活に憧れてるんじゃないかな」 ——いい奥さんになれる? 「ウーン……そうなれるように頑張る。その辺の女の子よりはお金のありがたみを体で知ってるつもりだから、男の人の収入が少なくともちゃんとやりくりができると思うし」 ——結婚を決意した時が、君が初めて人を心から信じられる時なのかな。 「そうだったら、いいね……」  インタビューの最中、梨々子のポケットベルが何度か鳴った。知り合って四カ月目の大阪に住む彼氏からだそうだ。結婚はまだ考えてないけど、と言いながら梨々子は幸せそうだ。その彼はやはりかっこ悪いのだそうだ。 AV Actress Ririko Sawaguchi★1993.7 [#改ページ] 姫ノ木杏奈 AV Actress Anna Himenoki 好きになったら、男でも女でも誰とでもセックスできますねぇ

 去年の夏に新宿二丁目のアパートに引っ越してから、なにかにつけ様々な性癖を持つ人々と出会うことが多くなった。  なにせゲイバーが密集している町だからゲイはもちろんだが、他にもレズやSMマニアなど、いろいろなタイプの人と飲み屋などで知り合う。  先日は、仕事を兼ねて会員制のクラブに行った。ここは一見普通のバーなのだが、会員である客たちがすごい。スワップマニアの夫婦、自縛の好きなホモのマゾ、革製の首輪を御主人様につけさせられているマゾ女、バイセクシャルの女。そんな人々が何くわぬ顔をしてカウンターでウィスキーの水割りを飲んでいる。そして、夜が更けるに従って、店内のあちこちで思い思いのプレイを始める。それらはやがて合流し、なんでもありの乱交パーティへと移行していく。私はただただ、目を点にしてその風景を見つめるばかりだった。こんなことが毎晩、自分の住むアパートから徒歩二分くらいの所で行われているのだと思うと、なんか不思議な感じがした。  さっき、この原稿を書く前に近所の釜めし屋にいくと、カウンターの隅で若い女性二人がウーロンハイを飲みながら、互いの頬にキスをしたりしてイチャイチャしていた。一人は髪を短くしてスラックスをはいており、もう一人は髪が長くフワリとしたスカート姿だった。他の客は彼女たちを見て見ないふりをしていたが、私は釜めしを食べるのも忘れてついつい彼女らを注視してしまった。ゲイにはもう慣れっこになってしまったし、ゲイの友人も多くできたが、レズはまだ慣れていない。もちろんレズの女性の友人もいない。ゲイバーほどではないが、この町にはレズバーもかなりの数があり、二人で寄りそう女性たちの姿はよく目にするのだが、どうもゲイのように簡単に知り合いになれない。彼女らは、特にタチ(男)役の女性は、男性に対するガードがかなり強固だからだ。男を敵視しているとしか思えない。残念なことである。 ■ 本物のレズビアンの匂い  私は昔からなぜか、レズビアンになみなみならぬ興味を抱いていた。ポルノ映画などを見ていても、レズシーンがあると大層に興奮したものだった。逆に、普通の男女の絡みになるとどこか白けてしまった。男の裸が、どうも直視できなかったからだ。自分の体を含めて、脛毛の生えた男の裸体は、美とは無縁のように思えた。  こんな自分が心理学的にはどういうカテゴリーに入るのか知らないが、私は今でも、一生に一度でいいからレズビアンを体験したいと思っている。私が男として生まれた以上、絶対に不可能な夢であるが、いやそれだからこそ、私はそれを深く渇望する。  私は白夜書房の編集室で、姫ノ木杏奈を待ちながら彼女のデビュー作『自爆するかもしれない』を観ていた。ストーリーは、姫ノ木扮する素人女性が自ら希望してAVに出演するというものだ。いろいろなパターンで男優か監督との絡みが続く。私は二日酔いの頭を持て余しながらボケーッと観ていた。まだ昼間で、私の他の、編集室にいる人間は皆、机に向かって仕事をしている。私は姫ノ木杏奈が大きな喘ぎ声を出す度に、周りに遠慮していつまでたっても慣れないリモコンスイッチで音量を低くした。  ビデオも終わりに近づいた頃、スタッフが姫ノ木杏奈に、「次はどんなセックスをしてみたい?」と尋ねた。姫ノ木は、「女性とやりたい」と答えた。私は思わず身を乗り出して画面を見つめた。  やがて、レズビアンで姫ノ木より年上というふれこみの女性が現れ、二人は裸で抱き合う。やがてソファーの上で二人はシックスナインの形になり、ペチャペチャという唾液音をたてながらお互いの性器を舐め合う。姫ノ木は、一層甲高い喘ぎ声を発する。私は音量を低くすることを忘れてビデオに見入った。恐らくあの時、かなり広い編集室には「ペチョ、ペチョ」「アアーン、イッちゃう!」という音が鳴り響いていたことだろう。  私はごくりと唾を飲んだ。決してハードなレズシーンではなかったが、姫ノ木杏奈の舌の動かし方や指づかいに、どこか本物の匂いを感じ、私は会社内にいるにもかかわらず、興奮した。  その時、「おはようございまーす」の声とともに、男性のマネージャーに連れられて姫ノ木杏奈が現れた。 ■ 三社祭りの人気者  姫ノ木杏奈は昭和四十七年十一月二十八日に、会社勤めの父親と専業主婦の母親との最初の子供として、東京の池袋に生まれた。姫ノ木の下には妹と弟がおり、現在二人とも高校生である。  子供の頃の自分を思い返すと、なんの変哲もないどこにでもいるような子供だったと姫ノ木は思う。だが最近、AV女優として姫ノ木が出演した深夜のテレビ番組を見た小学校時代からの友人から、「子供の頃から、あんたは何か突拍子もないことをすると思ってた」と言われて驚いた。  えっ、わたしって、そんな変な子だったのかしら。  確かに、どこか派手好きな子供だった。姫ノ木が中学生の頃、父親が夕方に会社から帰ってくると、家の近所の商店街で|バーのホステス《ヽヽヽヽヽヽヽ》のような服を着た女の子が、友人と立ち話をしている。友人は娘の通う中学の制服を着ているから、あの派手な子も中学生だろう。なんてことだ、中学生のくせにあんな恰好をするなんて、世も末だな。親の顔が見たいもんだ。そう思ってその女の子の横を通り過ぎる時にチラッと目を走らせると、わが娘だった。その晩、父親は半狂乱で娘を怒った。  テレビに出演したり、ほとんど普通の時のヘアメイクで二作目のビデオを撮ったために、姫ノ木の友人のほとんどは彼女がAV女優になったことを知ってしまったが、幸いなことに両親にはまだバレていない。あの父親のことだ、バレたら実家に監禁されてしまう、と姫ノ木はその点に関してだけはビクビクと脅えながら仕事をしている。  マ、バレたらバレたで、どんなことをしても仕事はやめないと思うけど……ビデオの仕事って楽しいんだもん。  姫ノ木杏奈の住所は父親の仕事などの都合で、池袋から横浜、浅草と変わる。そして浅草で暮らしている時に、祭りの魅力にとりつかれた。それ以来、毎年五月に行われる浅草の三社祭りに参加して、神輿をかついでいる。  今年も参加したのだが、姫ノ木が所属する祭りの会はやたらと盛り上がった。二作目のビデオで姫ノ木が祭りの法被を着るシーンがあるのだが、それを会の一人の男が見て驚いた。 「こいつは、毎年三社祭りに来るあの子じゃねえか」  たちまち、ダビングされたテープが会の連中に行き渡り、姫ノ木が祭りに行くともう一番の人気者になっていた。今までは口をきくこともできなかった会長までが、休憩所では「俺の横に坐りな」と言ってくれた。今年ばかりはその会は、祭りよりも、「俺たちの仲間からAV女優が生まれた」ことに暖かく興奮してくれた。みんな、「てえへんだろうけど、頑張りな!」と言ってくれた。姫ノ木はそんな祭り仲間のぶっきらぼうな心配りが、嬉しくてたまらない。 ■ 同級生の女の子の甘美な愛撫に身をまかせて 「お医者さんごっこ? 小さい頃にしましたね。わたし、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちと遊ぶのが好きだったんですけど、その人たちとお医者さんごっこをすると、わたしはいつも死体の役なの。『あんたは死体だから、目をつむって動かないようにね』って。つまんないんですよ、死体の役は。だから、みんなは何をしてるんだろうってうっすらと目を開けると、『死体は目を開けちゃダメ!』って怒られるのォ。今から考えると、わたしを死体にしといて、みんなエッチなことをしてたんだと思うわ。小さいと思ってバカにしてさ。  勉強は小・中学校はわりとできた方じゃないかな。そんなに勉強をしてたわけじゃないけど、要領がよかったんですね。先生からも、『君は上手く世間を渡れるよ』って言われてた。今のわたし、上手く世間を渡ってる部類に入るかしら?  部活にはなんにも入りませんでした。帰宅部ってやつ? アレ。あのさあ、部活をちゃんとやってたら、わたし、今のこの仕事してないと思う。だって、部活でもなんでも、一つのことを全うする人を、世間は認めるでしょ。だから、そういう人はいい学校に推薦で行けるし、就職の時だって喜ばれるじゃない。私も部活で頑張ってたら、今頃は銀行とかに勤めてたかもね。  やっぱり、高校でわたしの人生は狂っちゃったんだなあ……」  子供の頃から、姫ノ木はあまり男の子に興味がなかった。男の子と遊ぶより、女の子と遊んでる方が楽しかった。  セックスの初体験、といっていいのだろうか? 他人と初めて性的な意味あいをもって肉体を接触させた時、相手は女の子だった。  姫ノ木は共学の高校に進学した。高校一年の頃、彼女のクラスでは試験が終わると打ち上げと称して、気の合った友人たちと集まって酒の飲み会を開くことが恒例だった。姫ノ木もそんな一つのグループに入り、友人の家の飲み会に参加していた。  飲み会とはいっても、そこはまだ高校生。酒の飲み方などわかるはずもない。  ウィスキーや焼酎をジュースで割ると、口当たりがいいのでスイスイ飲めてしまう。姫ノ木も調子に乗ってガンガン飲んでいるうちに、体がフラつき始め、なにがなんだかわからなくなってしまった。だが、もともと酒に強い体質なのだろう、気分が悪くなることはなく、雲の上に坐っているような感じでニコニコと笑っていた。  すると、一人の女の子が姫ノ木の横に坐った。背が高く、髪もショートカットで声も低く、実にボーイッシュな感じの女の子だった。  彼女とは特別に親しくはなかったが、別に不思議には思わずに姫ノ木は彼女の顔を見た。 「大丈夫?」  彼女は姫ノ木に言った。うん、大丈夫、と姫ノ木は答えた。 「そう、よかった。あんまり飲むから、心配になって……」  そう言うと、彼女は姫ノ木の耳たぶをチロッと舌を出して舐めた。アンッ、と姫ノ木は心の中で小さく叫んだ。だが、それは決して嫌な感じではなかった。  彼女は姫ノ木の唇に自分の唇を重ねてきた。そして、Tシャツの上から胸を掌で包み、ゆっくりと揉んだ。姫ノ木はされるがままになっていた。周りには同級生たちがいたが、誰も何も言わず、それぞれの話に夢中になっていた。 「今度はわたしにキスしてごらん」  彼女がそう言った。姫ノ木はそっと唇を合わせた。 「そうじゃないよ、舌を入れるのよ。こうやってね」  彼女は姫ノ木を強く抱きしめるとキスをし、舌が姫ノ木の唇を割って口の中へ入って来た。  何回か試験の打ち上げをするうちに、姫ノ木の横には必ず彼女がいるようになった。  そして、ある打ち上げの日、友人たちが気をきかせて部屋を出て行ったのか、気がつくと姫ノ木は彼女と二人きりになっていた。  彼女は姫ノ木のTシャツをまくりあげると、姫ノ木の乳首を吸った。そして、初めて姫ノ木のパンティの中に手を入れてきた。気持ちよかった……。 「俺、入学してからずっと、お前のことが好きだったんだ」  彼女は急に男言葉でそう言うと、姫ノ木の性器を優しく、だが熱く愛撫した。姫ノ木は目をつむり、されるがままにゆるやかな快感に身を委ねていた。  高二になり、姫ノ木杏奈は男とセックスをしてみたくなった。女性とのセックスがあんなに気持ちいいんだから、男とのセックスはもっとすごいに違いない。  姫ノ木は、たまたま声をかけてきた他所の学校の男の子とつき合い始めた。まさに、男とセックスをするための交際だった。つき合い始めて半年後に、姫ノ木は処女を失った。 「なあんだ、こんなもんか」  男との初体験は、友人たちが教えてくれたほど痛くはなかったが、気持ちよくもなんともなかった。女性と体を触り合うほうがどんなに気持ちがいいかと思った。  その男とはすぐに別れた。やたらと電話をしてくるのもうっとうしかったし、もとより、その男が好きでつき合ったのではないのだから、当然の結論である。  結局、姫ノ木杏奈は女性二人、男性一人を経験して高校を卒業した。 「大学に行く友達が多かったから、わたしもそうしようかなと思ったんだけど、親が、『いい大学なら行ってもいいけど、三流大学ならなんの意味もないし無駄だから、家にいて花嫁修業をした方がいい』って言うんで、何もせずに家でブラブラしてました。高校で酒と女性とのセックスの気持ちよさを覚えて全然勉強が駄目になったんで、いい大学なんか行けっこないですからねェ。  親から小遣いをもらって遊んでばかりいましたねえ。毎晩のように酒を飲んでたなあ。一度、喫茶店でバイトを始めたんだけど、親に水商売はやめろって怒られたんで、すぐにやめちゃいました」 ■ 男も女も、友達になってからセックスをするの  そんなある日、姫ノ木杏奈は行きつけのスナックで友人から一人の女性を紹介された。姫ノ木は彼女とよく一緒に飲むようになった。夜遅くまで飲んでは、彼女の部屋に泊まった。女友達の部屋に泊まると電話をし、彼女にも電話に出てもらうと、親も安心して許してくれた。  そして、姫ノ木は初めて女性とのシックスナインを体験した。 「一緒に住まないか? 俺が面倒を見てやるよ」  彼女は、高校時代の恋人と同じように男言葉で姫ノ木に言ったが、束縛されることが大嫌いな姫ノ木はその申し出を断った。  同じ頃、姫ノ木は再び男性とのセックスに興味が湧いてきて、何人かの男と寝た。  そして、やっと男とのセックスで快感を得ることができた。一度快感を得ると、それまで死んでも嫌だと思っていたフェラチオもできるようになり、女性にしかされたことのなかったクンニリングスも男性に許せるようになった。  バイセクシャル・姫ノ木杏奈の誕生である。 「男とでも女とでも、慣れですよね、セックスなんて。最近そう思うな。  わたしはセックスでは男と女を区別しません。男だから嫌だ、女だから嫌だということはないですよ。好きだと思ったら、誰とでもセックスはできますねぇ。  好きなタイプですか? こう言っちゃなんだけど、男女とも美形が好き。だってそうでしょう。どうせセックスをしたり、一緒に町を歩くのならきれいな人とがいいじゃないですか。  女の人とセックスする時は、わたしは本物のレズじゃないから、いつもネコ(女)役。ネコの子って、バイセクシャルが多いんですよ。だから男の人とも気軽に話ができるの。タチの人は絶対に男と口もきかないもんね。オチンチンがついてるだけで、男ヅラするんじゃねえよって思ってるんじゃないのかなあ。自分の方がその辺の男より、ずっと男らしいんだってプライドがあるんだと思う。だから男性をライバル視するのよね。  でもね、男の人とセックスする時は、上に乗るのが好きなの。女性との時とは逆に、わたしが主導権を握るんです。それで精神的なバランスをとってるのかもしれないなあ。  わたしね、自慢することじゃないけど、ナンパされてその日のうちにセックスをしたことは一度もないんです。男も女も、友達になってからセックスをするの。友達とセックスをすることに、なんの抵抗もないんですよ。何度かセックスをした後も、ちゃんと友達づきあいができますからね。だから、変にドロドロした関係になりそうなセックスはパス! やっぱりセックスは明るくやらなきゃ。  わたし、特定の人とだけセックスしてると飽きちゃって駄目なんです。だから、ついつまみ食いしちゃうのォ。つまみ食いっておいしいんだもん。男も女も、つまみ食いのセックスが一番いいな。  でもそれって、私が淋しがり屋だからかもしれない。淋しいから、ついその時に近くにいる人としちゃうのかもねえ……」  姫ノ木杏奈は、あるスナックで今の事務所の社長と知り合った。何度か一緒に飲むうちに、ポロッと、「わたし、アダルトビデオに出てみようかな」と言った。「本気か?」と社長は尋ねた。姫ノ木は、酔眼朦朧としながらコクンとうなずいた。 「なんかねえ、この業界にはオチンチンのようにヌルッと入っちゃったのよ。なんであの時、あんなこと言っちゃったんだろう。正直言って、自分でもよくわからないの……。  でも多分、プラプラ遊んでいることに飽き飽きしてたんだろうなあ。なんでもいいから自分で何かやりたかったんだと思います。それがたまたまアダルトビデオだったんですね。  仕事は楽しいですよ。毎日が新鮮です。  セックス? 今は男とのセックスの方が気持ちいいなあ……。実は今、男の人と暮らしてるんです。二十六歳のサラリーマン。  でもねえ、また一人で暮らそうと思ってるんです。どこかいい部屋を知りませんか? だって、お互いに遊びで暮らしてみようって言って同棲したのに、最近『結婚しよう』ってうるさいんですよ。それと、わたしの仕事には文句を言わないって約束をしてたのに、『もうやめろ』って怒るし。さっきも言いましたけど、わたし、とにかく束縛されるのが大嫌いなんです。  ねえ、どこか安くていい部屋を知りませんか?」  今回、私はとにかく、レズの世界のことを聞きたかった。女と女は、どういう具合にセックスをするのか、微に入り細に入り聞きたかった。だが彼女は、「わたしは女の人とイチャイチャしてるのが好きで、ハードなことは知りません」と言うばかり。私が酩酊寸前までいって「でもさ、もっとレズのことを知りたいんだよお!」と言うと、とうとう、「わたしはレズじゃありません。ただ男女とも裸で抱き合えるだけなんです!」と怒られてしまった。すみませんでした。  ああ、やはり私にとって、レズとは永遠の謎なのだろうか。そう思いながら、今日も私は新宿二丁目で酒を飲む。カウンターの隅でいちゃついている女性二人に、どんなセックスをするんですか、よかったら一度見せてくれませんか、と言いたい心を抑えつつ……。 AV Actress Anna Himenoki★1993.8 [#改ページ] 小沢なつみ AV Actress Natsumi Ozawa 教護院に響いた彼のバイクのクラクション

 小沢なつみのデビュー作『ソープランドの女』は、妙な卑猥感のただようビデオである。それは他のAV女優の処女作で感じられるいかにも素人っぽい(当り前だが)「あら! 渋谷で遊んでいたらスカウトされちゃってこんなことになっちゃったけど、あらあら、えっ、そんなことまでしなくちゃならないの!? どうしよう、お母さん、ごめんなさい」といった、観ているこちらがサディスティックな気分になってしまう初々しさでもなく、何本も作品をこなし、「ハイハイ、今度はわたしは看護婦役で、医者と患者にやられちゃうのね。エッ、浣腸もされちゃうの? まいったなあ……でも仕方ないわね……わたしもこのギョーカイ、長いしさ……さ、じゃ、カントクさん、始めようか!」といった職人芸的ないやらしさでもない、なんといえばいいのだろう、その両者の中間の、ベテランのようでベテランじゃない、素人のようでそうじゃない、不思議な生々しい卑猥感である。  私はいつも家人がいようがいまいが、お仕事という大義名分で堂々とAVを観ているのだが、本職がソープランド嬢である小沢なつみの『ソープランドの女』を観ていて家人が仕事先から帰ってきた時は、つい慌ててビデオのSTOPのスイッチを押して普通のテレビ画面に変えてしまった。正直言って、私は、小沢なつみに興奮していたのである。長年飲み続けている酒のせいか、単に体力が落ちてきたためかわからないが、最近ウンともスンともいわずピクリとも動かず、まさに小便をするしか能のなくなってしまった我がオチンチンが、あいやまあ、驚いたことに勃起していたのである。家人にそれを見破られることが、なんだかわからないが、恥ずかしいというか、ヤバイ、と思ったのである。浮気の現場を見つけられてしまったような感じだった。 「いや、怒るのは待て。まだ先っぽしか入れてないぞ!」  家人は、テレビの画面を一瞥するなり、「あんた、ゴルフが好きなんだっけ?」と怪訝そうな顔をした。「う、うん、やっぱりジャンボ尾崎ってすごいよな……」と私は答えた。テレビでは岡本綾子がインタビューを受けていたような気がする。人は虚を衝かれると、何を口走るかわからない。  私はその後、家人がシャワーを浴びてベッドに入り寝息をたて始めたのを確認し、ボリュームを下げて息をひそめて小沢なつみの姿態に見入った。  そのことを小沢なつみに言ったら、彼女は少し笑いながら、でも残念そうに、「どうしてですかあ? 奥さんと一緒に観て欲しかったなあ。二人でわたしのビデオを観て、その後にエッチをしてくれれば夫婦円満になれたのにィ……」と言った。  しかし、その本人も、デビュー作だけは自分で観てないそうだ。 「なんかさあ、あれだけは、隠しておきたい本当の自分が出ちゃってるようで、恥ずかしくて観れないんです。夜中に書いた日記みたい、っていうんですか? そんな感じ。その後のビデオは、ストーリーもあるし、わたしも仕事だっていう自覚を持って出演できるようになれたから、フィクションとして観れますけど『ソープランドの女』だけはねえ……」 ■ パパにもオジサンにも犯された  小沢なつみは昭和四十五年六月十五日に横浜で生まれた。家の近くには港があり、当時から活気のあるしゃれた街だった。今でも小沢なつみは横浜の街を気に入っている。  アテナ映像の社屋内で、その小沢なつみと会った。私と編集者がソファーに坐って待っていると、私たちの目の前にジーンズにタンクトップのTシャツ、そしてその上から深い緑色の薄くて大きなコートをフワリと羽織った、往年の美人女優・鰐淵晴子に似た女性が現れた。ところが、マネージャーに紹介されるまで彼女が小沢なつみであるとは、私も編集者も確信が持てずソファーから立つことができなかった。それくらい、ビデオで見たよりも実物の彼女の方が美人だったのだ。  その日、彼女は本職の川崎のソープランドが休みなので、昼間は次作のスチール撮りをし、夜に私たちの取材に応じてくれることになったのだ。撮影もすべて店が休みの日に行われるから、かなり忙しい毎日を送っているに違いない。私たちに気づかれないように、何度か彼女はアクビをフッと漏らした。大変だな、と私は思った。  後から訊くと、取材の日の早朝四時までソープ店の店長と同僚の女の子と三人で、仕事を終えてからカラオケボックスで歌いまくったのだそうだ。そりゃ、疲れるわなァ……。  三人兄弟の末っ子として生まれた小沢なつみは、生まれてすぐに親戚の家にあずけられた。四歳の頃に実家に戻されるが、既に父親は家を出て母親と別居していた。そして実家に戻ったのもつかの間、一度も会ったことのない夫婦の家に今度は正式に養子に出されることになった。その間の事情は、小沢なつみは何もわからない。ただ、養子に出される日、家を出ていた父親が彼女に会いに来たことだけは覚えている。彼女は、なんと言っていいかわからない顔をしている父親に、「さようなら」と言い、それまで大切に持っていた小さなダルマを手渡した。その日から、その父親は出奔した。父親の実家から捜索願いが出されたが、行方は杳として知れなかった。  父親の行方がわかったのは、小沢なつみが十六歳の時だった。父親と一緒に住んでいた女性が、実家に連絡をしてきたのである。 「あの人、自殺しちゃったんです……」  親戚の人間の手を通じて、小沢なつみに父の遺品が手渡された。それは、彼女が幼き日に父親にあげたダルマだった。そのダルマのお尻の部分がくり抜かれてあり、中に彼女あての遺書が入っていた。 「弱いお父さんで、ごめんね」  小さな紙片には、そんな文字が並んでいた。  養父と養母を、小沢なつみは「パパ、ママ」と呼んだ。彼女がこの世に生まれて五年目にして初めて口にする言葉だった。  新しい両親はポーカーゲーム機などを置いたスナックを経営していた。仕事が終わるのは朝方なので、小学生のなつみが起きる時は両親はいつも深い眠りの中にいる。なつみは一人で身仕度をすると、茶ダンスの中にある菓子パンを食べて、ランドセルを背負って学校へ向かった。「行って来ます」とつぶやいて。  夕食は、養父母のスナックのカウンターでとった。客へのつき出しをオカズにした食事を済ますと、一人で家に帰った。たまに、常連の客のテーブルの上に立って、カラオケマイクを握りピンクレディの歌を唄った。  なつみが小五の時、養母が突然いなくなった。そのことについて養父は何も言わなかったし、なつみも尋ねることはしなかったが、店の客の話などで、「ママは他の男の人と仲良くなって家を出て行ったらしい」ということがわかった。  養父となつみは同じ部屋で寝ていた。なつみが小六のある夜、眠っていた養女の布団の中に養父がゴソゴソと入って来た。驚き、息をひそめて眠ったふりをしている養女の下着をおろすと、養父は養女を犯した。  それからは、毎晩のように養父は養女を抱いた。しまいには、なつみがコホンと合図の咳払いをすると養父が布団に入ってくるようになった。そんな会話のないセックスが、一年ほど続いた。 ——するとさ、パパは布団に入ってくると、まず君のパンツを脱がすわけ?  そんな風に私がその頃のことを根掘り葉掘り訊き始めると、それまで機嫌よくなんでもしゃべってくれていた小沢なつみの顔から、フッと笑みが消えた。 「なんか、警察で事情聴取されてるみたい。警察の訊き方と同じですよ……」  私は慌てて、ゴメンと謝った。すると再び彼女の顔に笑みが戻った。 「もっと、優しく訊いて下さいね。なんでもお話ししますからね」  中学に入学してからも養父との関係は続いた。さすがに友人にはしゃべらなかったが、別に悪いことをしているという気持ちはなかった。養父と肌を合わせていると暖かくて安心できたし、妻に逃げられた男がかわいそうでもあった。自分が慰めてあげられるなら……。  そんなある日、ママ、つまり家を出ていた養母がなつみを引き取りに来た。養父は別に反対もせずなつみを送り出した。ところがなぜか養母は自分の家になつみを連れて行かず、別れた夫の弟に養女をあずけた。  そこでもなつみは、その養父の弟に犯された。 「この前、テレビを見てたら、アパートが全焼したっていうニュースをやってたんです。あれ、どっかで見た風景だなって思ったら、そのパパの弟のアパートだったんですよ。ハハハッ、ザマーミロって思いましたね」  しばらくして、やっと養母がなつみを引き取りに来てくれた。その時、彼女はふっとこんなことを義母に口走った。 「わたしはねえ、パパにもオジサンにも犯されてたんだからね!」  なぜ自分があんなことを言ってしまったのか、今でも小沢なつみはわからない。少なくとも、養父のことは決してうらんではいなかった……。もしかすると、それは、自分を置いて出て行った養母への復讐の言葉だったのかもしれない。  驚いた養母は、そのことを警察に通報した。養父とその弟はつかまる。なつみも警察に呼ばれ、いろいろと話を聞かれた。小沢なつみが事情聴取みたい、と言ったのはその時のことである。養父は事実を認め、弟は否認した。だがすぐに二人は釈放された。訴えていた被害者がいなくなってしまったからである。なつみは家出をしてしまった。小沢なつみ、十四歳の時だった。 ■ 教護院の時に聞いたクラクションの音が忘れられないんです  ナンパをしてくる男の部屋を転々としながら家出は続いた。金がなくなると、売春まがいのこともした。  やがて、小沢なつみは生まれて初めて、恋をした。相手は十九歳のトラック運転手。二人はアパートを借りて一緒に暮らし始めた。なつみは、年齢を十七とごまかして、居酒屋で働いた。  だがまずいことに、そのアパートの部屋は彼の友人の溜まり場になってしまった。友人の中にはいろいろな人間がいる。近所の人間たちが、あのアパートには不良が集まるとささやきだした。  ある日、なつみがその部屋で寝ていると、警官と刑事が突然踏み込んできた。なつみは補導され、そして教護院に送られる。  教護院の話をする時の小沢なつみの顔はとても楽しそうだ。 「あの頃が一番楽しかったなあ……」  本当に、心の底からという感じでそう言うものだから、その話しぶりを聞いていた彼女の女性マネージャーが思わず「わたしも教護院に入ればよかったなあ」と言ったほどだ。  教護院はもちろん全寮制である。なつみの入った学校は私立で、全国から小学校五年生から十八歳までの、登校拒否やシンナー中毒など様々な問題を抱えた少女たちが集まってきていた。外出は許されず、教師に二十四時間監視されているようなものだが、生まれて初めての規則正しい安定した生活、周りに仲間が沢山いて、そしてちゃんと叱ってくれる大人のいる生活は、小沢なつみにとってまさに天国だったようだ。水泳やマラソンといった運動だけは苦手だったが。 「食事がとってもおいしいの! わたし、それまで、食べ物の好き嫌いがとっても激しかったんですけど、あそこの食事のおかげで何でも食べられるようになったんです。三時にはオヤツが出るし、夕御飯の後でみんなでテレビを見てると、その時もオヤツが出るしね。ハハッ、なんかわたしってオヤツさえもらえれば幸せみたいですね。  あれでねえ、運動の時間さえなければ、それこそ天国だったんですけどねえ。わたし、ものすごい運動オンチなんですよ。でも、あの時のマラソンなんかで、根性はついたような気はしますね」  教護院の部屋で夜眠っていると、外で、「パパッパー、パパッパー」とバイクのクラクションの音がする。彼だ、となつみはわかった。今、彼がわたしのすぐそばまて来てくれているんだ。愛してる、と思うと、なつみの枕が熱い涙で濡れた。  十五歳になり、なつみは教護院を卒業した。そして再び彼と暮らし始めた。今度は歳をごまかすことなく、ラーメン屋で働き始めた。昼前から夜遅くまで「いらっしゃい! ありがとうございました!」と声を枯らして働き続けた。それだけ働いても、家賃と彼の車のローンを払うと生活費は三万円しか残らなかったが、なつみは幸せだった。実父の死を知ったのはその頃のことである。  ところで、若い二人の幸せというものは、古今東西、なぜこうも長続きしないのだろう。  十六歳の時、小沢なつみは立っていられないほどの痛みを腹に覚え、入院した。子宮に腫瘍ができていた。手術は成功したが、入院費と手術代などで五十万円の借金が残り、彼と彼女は再び働きに働いた。  三回目の妊娠を知ったのは、なつみが十八歳の時だった。それまでの二度は、彼に「堕ろせ」と言われ、その言葉に従った。しかしもう三度目である。彼とは結婚したいし、彼もそう言ってくれている。今度こそは産みたい。愛してる彼の子供なんだもん……。それに、よもや今度は彼も「堕ろせ」とは言わないだろう。三回も中絶したら、一生赤ちゃんを産めない体になっちゃうかもしれないんだから……。だが、なつみが妊娠したことを打ち明けた時の彼の返事は、今までと同じだった。 「別れましょう……」  なつみはポツリとそう言った。約三年間の若くて甘く、そしてにがい二人の生活の幕が閉じた。 「でも、つい最近まで、彼のことはずっと愛してたんですよ。会うことはなかったけど。心の中では、わたしが愛しているのは彼だけだって思ってたんです。あの教護院の時に聞いたクラクションの音が忘れられないんですよ。それがこの前、友だちに彼が結婚したって聞いて、思いきって彼に電話をしたんです。ショックだった……。電話の向こうで赤ちゃんの泣き声が聞こえるんです。わたしには三度も堕ろさせたくせに……。でも、やっぱり会いたかったから、久し振りに会いました。そして、久し振りに抱かれたんです……………………彼のね、セックスが昔のと全然違ってるの……。もうね、結婚した女の人のためのセックスになってるの。女の体って、そういうことってわかっちゃうの。そうかあ、もうこの人は、他の女の人のものなんだなあって、抱かれながらつくづく思っちゃいましたよ。だから、もう、会わない、あれから何度も彼から電話があるけど……もう、会わない」 ■ わたしぐらいは男優さんに奉仕してあげたいな  彼と別れた小沢なつみは、一人の中年の男と知り合う。その男は喫茶店のマスターだった。男女の仲になってから、男に妻がいることを知った。妻はソープランド嬢だった。店も妻が男のために出してやったものらしい。  だが、なつみは男と別れることができなかった。愛する人と別れた寂しさはもちろんあったが、どうも一度肌を重ねた相手には情が移ってしまう癖がある。  男は経営能力など一切無いくせに見栄っ張りだったものだから、喫茶店はすぐにつぶれた。どうしよう、救いを求めるようにして涙を流す男の姿を見ながら、小沢なつみはファッションヘルスで働くことを決意する。  ラーメン屋と違い、風俗業は驚くほどすぐに金が貯まった。バブル全盛の頃である。その金で、なつみは男と暮らすマンションを借りた。不思議なことに、それは男の妻の公認だった。多分、自分が男の生活を支えていくのに疲れていたのだろう。ただ、親や親戚への手前、離婚はできないと言った。  そんな三角関係を続けていくうちに、なつみは男の奥さんと妙に仲が良くなり、二人でスナックを出そうということになる。二人で金を出し合うと三千万円ほどあった。なんとか小さなテナントを借りることができた。金がないので内装のペンキ塗りもなつみがやり、働いてもらう女の子も昔のツテを頼ってなつみが集めてきた。その甲斐あって、店は順調なすべり出しを見せた。いつも店は満員だった。ところが、二カ月ほどして、男の妻の様子がおかしくなってきた。ことあるごとになつみを「あんたは店を乗っとるつもりなんだろう」とせめるのである。  もともと、その奥さんは根っからのソープ嬢で、個室での一対一の接客はお手のものだが、多人数を相手というのは初体験だ。ましてや店全体を仕切るなどとても無理。勢い、なつみが仕切ることになる。それが妻には気に入らなかったらしい。 「そんなこと言うなら、いいわよ。わたし、やめる。店もダンナも全部あんたにあげるわ」  一文無しになろうとも、働けば金が入ってくる。食べることに困ることはないだろう。じゃあ、全部人にくれてやった方がいい。変なことでグチャグチャもめるより、全部を捨てた方が、よっぽどスッキリする。  さて、これからどうしよう。店で一緒に働いていた女の子になつみは言った。その女の子は元ソープ嬢だった。 「もう一回、ソープに戻ろうかな」  女の子は気のないようにボソッと答えた。なつみはその言葉を聞くと、即座にこう言った。 「じゃあ、わたしもそうする。ね、そのお店にわたしも紹介してよ」  そして二人はそのまま川崎に行き、一軒のソープランドの面接を受けた。翌日から小沢なつみはその店で働き始めた。今も、同じ店で月に十日、働いている。 「わたしって、何をするにも行きあたりばったりっていうか、なんとなくなんですよ。ビデオに出たのもなんとなく。休みの日に女性週刊誌を読んでたら、アテナの女優募集の広告を見て、自分なんか無理だと思いながら面白半分に写真を送ったんです。それがキッカケ……」  ビデオの中で、小沢なつみは「男優さんを救いたい」と言っている。 「ああ、あれはそんな深い意味はないんですよ。他のAVを観てると、男優さんって女の人を悦ばせるのに必死じゃないですか。だからわたしぐらいは、男優さんに奉仕してあげたいなって感じですかねえ……」 ■ どんなに貧乏でもいいから、結婚して愛のある生活を送りたいですね  人は、どんなつらい状況でもささいなことに喜びを感じられる人と、そうじゃない人に分かれると思う。  そして、人が生きていると、金とか人間関係とか病気とかいろいろのつらいことに出っくわしてしまうものだが、どんなにつらい時でも、窓を開けた時にフーッと部屋に吹き込んできた風を、「気持ちがいいな」と心の底から思える人は、状況がどうあれ、幸せなのだと思う。  先日、行きつけの飲み屋でグダグダしていると、知り合いのカメラマンが二人の女子大生を連れてやってきた。二人とも、有名な私立大学の四年生である。今は、就職活動で大変なのだそうだ。「東京海上が第一希望なんだけどォ、駄目だったらJTBかサントリーがいいなァ」なんて言っている。  私も合流させてもらい、久々に女子大生という種族と話をさせてもらったが、しかしウワサには聞いていたが、そしてもちろん今の女子大生のすべてがそうであるわけはなく、私が会った二人がたまたまそうだったのだろうが、二人とも驚くほどしゃべる言葉が軽かった。すっかり酔っぱらった中年カメラマンの唖然とするような駄ジャレにもキャッキャッと笑い転げ、「やっぱり年上の人って面白い。今の若い男の子なんて、しゃべってても全然つまらないの。もう、ダッサ、ダサー!」なんて言う。そうかと思うと、レタスの卵いためを口に頬ばりながら、「男の人ってえ、結婚してもやっぱりオナニーとかするんですかぁ?」おいおい……。 「でもぉ、本当は就職なんかしないでぇ、結婚しちゃいたいよねぇ」 「そうよねぇ、顔はちょっとダサくても、金持ちだったらもうラッキーみたいな」  週刊誌に書かれているような女子大生って、本当にいるのである。私はそのことに驚きながら、先日会った、小沢なつみの言葉を思い出していた。 「将来ですか? どんなに貧乏でもいいから、結婚して愛のある生活を送りたいですね。でも、三度も中絶してますから……結婚は、無理かもしれませんね……」  だんだん女子大生たちの声が遠くに聞こえるようになってきた。 「お店に来てくれるお客さんって、みんな、わたしの恋人だと思ってます。奥さんには言えないことややれないことを、わたしに求めて来てくれるんですからね。嬉しいですよ」  もう女子大生の声は聞こえない。  今夜こそは家人が寝静まった後、恋人・小沢なつみにたっぷりと慰めてもらおう。 AV Actress Natsumi Ozawa★1993.9 [#改ページ] 有森麗 AV Actress Rei Arimori 強気・アマノジャク・淋しがり……愛らしい不良娘

 待ち合わせをした四谷の喫茶店に約束の時間より早く行くと、すでに有森麗は来ていて、窓ぎわの席に一人でポツンと坐っていた。窓ガラスを雨が叩いていたこともあって、少し寂し気に見えた。  近寄り挨拶をすると、彼女は緊張した顔をして立ち上がり、ニコリともせずに「有森です。よろしくお願いします」と言った。ビデオで見た限りでは人なつこそうに思えたが、意外と人見知りするタイプなのかもしれない。  マネージャーは? と訊くと、一人で来たとの答え。ビデオの撮影以外の仕事は、大抵一人で行動するのだそうだ。頼る人間がいないのだから、不安で緊張するのも無理はない。  車でインタビュー場所の白夜書房に向かう途中、何度か車を停めて路上で撮影をした。カメラを向けられると笑顔を見せるが、まだ硬い。カメラマンがフィルムを取り替えている時などは、恥ずかしそうに手を後ろに組んでずっとうつ向いている。なんかかわいそうになってきた。 「ハイ、オッケーです」  カメラマンがそう叫んで撮影が終わると、逃げるように走って車の中に入ってしまった。  そんな有森麗が初めて自然な笑顔を見せてくれたのは、白夜書房の会議室に入った時だった。会議室のテーブルには、ビールやワイン、ウーロン茶など編集者が用意したいろいろな飲み物が置かれてあった。それを見ると彼女の顔がパッと輝いた。 ■ セックスの時、覚醒剤をあそこに塗るとすっごい気持ちいいんだよ 「アッ、お酒を飲んでもいいんですか?」  うん、と私が答え、何を飲む? と訊こうとしたら、もう彼女は目をクリクリさせて満面に笑みをたたえながら、白ワインのボトルを胸に抱いていた。  幼い子供のようなその表情はとても可愛く、部屋にいた男たち全員が、一瞬にして幸せな気持ちになった。 「お酒は強い方だと思う。ビールとワインが好き。最近は焼酎が気に入ってるんだ。この前、知り合いの人に新宿のゲイバーに連れて行ってもらったんだけど、そこで飲んだメロンサワーっていうのが口当たりがよくてとてもおいしかった。ホストクラブはブランデーが定番だけど、あれは変に甘くてあんまり好きじゃないな。  ホストクラブは今は行ってないけど、一時は凝ったね。月に飲み代が百五十万ぐらいになったことがあったもん。好きなホストがいてさ、通いつめちゃった。  酒を飲み始めたのは中学の頃かな。あの頃は、今日はアルコールにするか、シンナーにするかって感じ。両方一緒にやると気持ち悪くなるからね。  わたし、|ヤク《ヽヽ》物が好きな人なの。もう大人だから、さすがにシンナーは恥ずかしくてやめちゃったけど、今でももし目の前にポンとシンナー置かれたらやっちゃうね。気持ちいいんだ。  他にもコカインとか覚醒剤とかいろいろ試してみたよ。わたしね、セックスの時、どうもアソコがヒリヒリして痛くなっちゃうの。でも、覚醒剤をアソコに塗り込むと熱を持ったみたいにボンボンと熱くなって、すっごい気持ちいいんだよ。アッ、これは全部ずっと昔の話ね。今はもちろんやってないですよ。お酒だけ。このワイン、おいしいですね。  ビデオファンの男の人って、色白で髪の長い女性が好きな人が多いんだってね。だから事務所からは、『髪をのばせ、日焼けはするな』って言われてるんだ。やなこったい。わたしはマリンスポーツが好きだから、夏はよく海に行くのね。海に行けば日に焼けるし、ショートカットの方が動きやすいじゃん。  第一さあ、楽しく生活するために必要なお金が欲しくてこの仕事をやってるのに、なんでやりたいことをやっちゃいけないのって感じ。仕事のために、夏も部屋に閉じ籠ってなくちゃいけないなんてバカバカしいじゃん。  わたしねえ、アマノジャクだから、人から何かを強要されるとそれと反対のことをしたくなっちゃうのね。中学の時は、『髪はショートカットにしろ。染めたりするな』って言われたから、ロングの髪を染めてた。もし先生が『髪は伸ばして染めろ』って言ってたら、逆にしてたろうね」 ■ 人が困ってる時、不良はみんなで助けてくれるもん 「父親は商社マン。別に裕福じゃなかったけど、貧しくもなかったね。まあ、普通の家庭かな。お姉ちゃんが一人います。  子供の頃から気は強かった。気に入った服とかを買ってもらえないと、買ってくれるまで三日も四日もブスーッとして親と口をきかないの。泣いたりはしない。可愛い気のない子供だったろうなあ。ずいぶんね、親には心配をかけましたねえ。中学の時は友達がみんないわゆる不良ってやつで、夜遊びばっかりして学校に行かなかったから、人より卒業が遅れちゃったしね。  でも、優等生の友達より、不良の友達の方がいいよ。人が困ってる時、優等生は知らん顔をするけど、不良はみんなで助けてくれるもん。中三の時に、進学グループと就職グループにわかれるんだけど、就職グループ(みんな不良ってわけじゃないけど)の連帯感はちょっと強いもんがあったね。わたしはもちろん就職グループ。高校に進学するつもりはなかった。お金がもったいないもん。わたしが行ける高校なんてたかが知れてるしね。父親の関係の方から、金を払えばいい学校に裏口入学できるって話があったけど、そんなの嫌いだし……。だって、そんなことをして学校に入ったら、一生なんか世間に対して負い目を持って生きなきゃいけないじゃん。人に偉そうなこと言えないじゃん。だから断った。  お姉ちゃんは親が敷いたレールの上を素直に走ってるけど、わたしは脱線どころかレールの上にも乗らなかったなあ。  でもね、十九歳の頃からかなあ……親は大事にしなくちゃいけないと思い始めたの。だからってわけじゃないけど、半年に一回、家族旅行をしてるんだよ。費用はもちろんわたし持ちで。わたしが忙しくて行けない時は、お金を送って夫婦で温泉なんかに行ってもらってる。  あのね、おかしいんだよ。家族で旅行して旅館に泊まると、親父さんがわたしにビールを注いでくれたりするの。それで、いろいろとしゃべるの。わたしが子供の頃は、家ではほとんど口をきいたことのなかった無口な親父さんが。『温泉はやっぱりいいなあ』なんて笑いながらビールを飲んでる親父さんを見ると、ふけたんだなあって思っちゃう。そして、よけいにもっと大事にしなくちゃなあって……。だから、わたしの両親をまず一番に考えてくれる人とじゃないと、わたしは結婚しないもん。絶対に。  親は、わたしの仕事は知らない。クラブかなんかに勤めてると思ってる。むこうも深くは訊かないしね……。  でも、お姉ちゃんの結婚が決まったらこの仕事はやめると思う。結婚相手の家からいろいろ調べられたらまずいじゃん。そんな迷惑はかけたくないから。  初恋は中学生の時。相手は美容院の息子だったの。初体験は十四歳。でも最初の一年は、セックスは痛いばっかり。初めてエクスタシーを覚えたのは、十六歳の時かな。  中学の時から、その彼の店で働いてたの。朝の八時から夜の八時まで。一生懸命に働いたねえ。シャンプーとかずっとやってると、手がひび割れてすごく痛いんだけど、彼と一緒にいられるだけで幸せだったから、どんなことにも耐えられたって感じ。  学校? そんなもん、行ってないわよ。学校の先生がね、その店でちゃんと働いていれば学校に来なくても卒業させてやるって言ってくれたの。だから、学校の思い出ってほとんどないんだ。  でも、中学を一応卒業してすぐに、お店の先輩の人とケンカをして店をやめて、それと同時に彼とも別れちゃった」  いやあ、しゃべるしゃべる。白ワインを口にしたとたん、それまでとはうって変わって、有森麗は柔和な表情になりしゃべり始めた。一本しかなかったワインの瓶はたちまち空になり、彼女はビールに切り替えた。だが、私も相伴にあずかっていたため、用意していた缶ビールもすぐになくなってしまった。  編集者が、「お中元でもらった缶ビールが冷やしてあるから持ってくる」と言って、編集室の冷蔵庫に走った。  手渡された缶ビールはなぜか冷凍室に入っていたらしく、凍っていた。 「これもまたオツなもんよね」  シャーベット状になったビールを舐めながら、有森麗が嬉しそうに笑った。  私は掌で包んでビールを溶かしながら、彼女に出身地を尋ねた。 「えーとねえ、デビューの時は神奈川だったんだけど、それから変わったんだよね。今はどこだっけなあ……。ちょっと事務所に訊いてみるね」  有森麗はそう言うと、携帯電話をバッグから取り出した。 「もしもし、有森ですけど。あのねえ、今インタビューを受けてるんだけど、わたしの今の出身地ってどこだっけ。えっ、北海道。そうなんだ」  彼女は電話を耳から離し、私に「北海道だって」と言った。私は、北海道のどこなのか、と再び尋ねた。 「あ、もしもし。北海道のどこなの? エッ、ふーん、わかった」  そして彼女は私に、「そんな細かいことは知らないって。北海道は北海道なのよ。いい所よ、北海道って。今年の正月に行ったけど」と言った。 「他に事務所に訊いておくことはない?」  君の年齢と血液型、と私は答えた。 「もしもし。ねえ、私っていくつ。えっ、二十歳。ふーん。そしてさ、血液型は? 本当はABだけどさ……うん、そうだね、A型にしておこうか。うん、わかった。終わったら電話するね。久し振りに飲もうよ。うん、じゃあね」  有森麗は電話を切ると、クリクリとした目を見開いて、罪のない笑顔で私に言った。 「わたしねえ、ハタチでA型だって」 ■ 愛人バンクはもううんざりしちゃった 「子供の頃はね、とにかく人にバカにされないような仕事をしようと思ってたの。とにかく、人にバカにされるのだけはカンベンなのよ。  AV女優って、ある人はバカにするかもしれないけど、でもこの仕事に憧れてる女の子もいるでしょ。ファンの人も喜んでくれてるしさ。だから、まあまあいいかなって感じ。  美容院をやめてからは、しばらくブラブラ遊んでて、お金が無くなったから当時流行っていた愛人バンクに登録したの。そこでパパさんを見つけて、マンションを借りてもらって一人暮らしを始めたの。六十歳ぐらいの人だったかな。それから何人ものパパとつき合いましたよ。あれぐらいの歳で金持ちの人って、大抵インポ気味だからラクなんだよね。  でもね、やっぱりウンザリしちゃった。散々こりたから、パパはもう、イヤ……。  だってね、浮気がバレたら、もう一切が終わりなのよ。パパが帰った後に、本当に好きな彼を部屋に呼ぶでしょ。そして、その人とセックスをするでしょ。その現場を、忘れ物かなんかして戻ってきたパパに見つかったらもう終わり。マンションは解約されるし、車は取り上げられるし……。その部屋にあるものは全部パパに買ってもらったものだから、自分の通帳だけを持って泣く泣く実家に帰るの。そんなことばかり繰り返してたら、もう疲れちゃった。それにさ、パパがいると本当に何不自由ない生活ってものをさせてもらえるんだけど、やっぱり、退屈なんですよ。刺激はないし、つまんないったらありゃしない。若いうちは働かないと駄目だよね。  わたしって気が強くて負けず嫌いなの。……本当は弱いんだけどね。強く見せてるだけかもしれない……。  本当はね、自分で言うのはなんだけど、淋しがり屋で甘えん坊なの。今年、初めて東京に出て来たんだけど、誰も知っている人がいないから、一人で部屋ですごい泣いたもん。故郷の友達に電話をかけまくっちゃった。最初の頃は電話代だけで月に五、六万円かかった。仕事がなければ、週に一回は友達に会いに地元に帰ってるよ。  女の子の親友が三人いるんだ。歳はバラバラだけど、とっても仲良しなの。わたしが東京に出てくる時、彼女らと月一回は旅行しようねって約束したんだ。ちゃんと行ってるよ。先月は京都に行った。楽しかったなあ。  自分が泣いてるところは人に見られたくないんだけど……東京に来てから、二、三人に見られちゃったかな。『見たなぁ!』って感じ。ああ、恥ずかしい。  わたしがAV女優をしていることは、親は知らないけど、地元の友達はみんな知ってる。だから、もし誰かが|この事実《ヽヽヽヽ》を親にチクったら、ちょっと許さないぞって感じ。知り合いのヤクザをさしむけようかなって感じ」 ■ あんまり好きだから、何回も殺してやろうかと思った 「ヤクザって好きだよ。さっぱりしててさ。サラリーマンで、変に小汚い人たちよりはよっぽどいいね。  前につき合ってた男が三個、真珠をアソコに入れてたよ。やっぱりいいかって? ウーン……一応その人には『いいよ、感じるよ』とは言ってたけど……ハハッ、あんまりかわんないよ。(ペニスが)小さい人に限って(真珠を)入れたがるんだよね。  あのさ、刺青や真珠ってチンピラが入れるんだ。イキがっちゃって。幹部クラスの人の体なんて、きれいなもんだよ。  今はヤクザも学歴社会だから、大変だよね。例えば早稲田とか出て、五千万ぐらい組に持って行けば、その日からその人は幹部候補だもん。女をコマしてシノいでるようなチンピラは、ヤクザ社会ではもう生きていけないね。見てて、かわいそうになっちゃうよ。  今年の正月に、一年半つき合ってた男と別れたんです。三十歳近いホストだったんだけど、本当に好きだった。好きで好きで、一日中その男のことが頭から離れなくて苦しいもんだから、精神病院に通おうかと思ったぐらい。  ホストだからさ、いろんな女を食い物にしてるわけよね。それは仕事だから仕方ないとは頭でわかってるんだけど、あんまり好きだから、何回も殺してやろうかと思った。自分だけのものにしたくて。  どこに惚れたのかなあ……。それまではね、どんな男とつき合ってても、わたしの性格がアネゴ肌だからいつもわたしがリードしてたのね。わたしが『右向け右』って言えば、男はちゃんと右を向くみたいな。  それが、そいつは違ったの。わたしより、性格というか存在感が強かった。決してわたしの思い通りにはならない男だった。そこに惚れたのかもしれない。  でもね、二人でいるとケンカばっかりしてた。可愛さ余って憎さ百倍っていうでしょ。そんな感じ。ケンカの原因はいつもつまんないことなんだけど、最後は互いに骨にヒビが入ったりしてた。先に手を出すのはわたし。すると向こうが殴ってくるでしょ。するとカーッとなっちゃって、あとはムチャクチャ。わたしね、殴って殴り返してこない男なんかに用はないんです。別にマゾじゃないと思うんだけど、わたし、男の人に殴られたいみたい。  そんなに好きだった人とどうして別れたかって? 警察につかまっちゃったからですよ。薬物法違反で……。まあ、それまでもいろいろやってた人なんだけど、現行犯逮捕された時はハッパ(マリファナ)。それに、なんか知らないけど傷害罪がついちゃった。普段は、わたし以外には暴力をふるうような人じゃないんだけど……。  それでね、わたしは働いて保釈の為にお金をためてたんだけど、そいつったら裁判費用を他の女に頼んでたの。  ああそう、それじゃあ、わたしは手を引くわって感じ。  面会も行かなかった。だって、外にいる人間と中に入ってる人間が会うって残酷じゃん。どうしても向こうは、『今、何やってるんだ』って訊くだろうし、『AV女優だよ』なんて答えたら、『そうか、あいつは外で他の男に抱かれてるのか』って思うじゃない。それってさ、なんかかわいそうじゃん。  今の事務所にスカウトされて東京に出て来た時は、新しい恋愛をしようと思ってたんだけど、なかなかできないもんだね。今年に入ってプライベートでは一回もセックスをしてないよ。やっぱり、あいつのことが心にひっかかってるのかなあ……。やっぱり、あいつのことが今でも好きなのかなあ……」 ■ AVの仕事をやめたら、串かつ屋をやろうと思ってるんだ 「男のタイプ? 顔はいいにこしたことないよね。身長はわたしが一六四センチだから、一六七センチは欲しいな。  容姿を抜きにしたら、スポーツができて普通の会社に勤めている平凡な人が理想。性格的には、わたしの我をおさえてくれる人がいいな。でも、若い人じゃなかなかそういう人はいないのよね。若い男に、『そんなことじゃ駄目だぞ!』なんてイキがって言われると、バカじゃないのって思っちゃう。自分の器に似合わないこと言うなって感じ。やっぱり男は器だよ。器の大きい人がいいな。  この仕事をやめたら、串かつ屋をやろうと思ってるんだ。そのために、今、店舗を探してるの。汚い店でいいんだよ。汚いけど、学生さんが三千円で腹一杯になって、グデングデンになれる店をやりたいの。  わたしさ、今まで愛人バンクとかAV女優とか、女を売り物にして生きてきたじゃない。だからね、もうそろそろ女じゃない部分で、男の人と事業という勝負をしたいんですよ。わたし、女性には競争心はわかないんだけど、男性には絶対に負けたくないんです。  串かつ屋は、多分、名古屋でやると思うんで、開店したらよろしくお願いしますね」  有森麗と話をしていて、私は彼女が誰かに似ていると思った。そうだ、冬木あづさだ。冬木あづさは広島在住のAV女優である。気の強さ、心地良い不良性、義理人情の厚さ、淋しがり、故郷と親への愛情、どこをとっても有森麗は冬木あづさに似ている。私は冬木あづさが大好きだから、有森麗も大好きになってしまった。そのことを有森麗に言うと、「そうなんですよ。よくその冬木っていう人に似てるって言われるんです。一度会ってみたいな」と彼女は言った。  インタビューが終わり、今日はもう用事がないと言う有森麗を誘って私たちは焼き肉屋、焼き鳥屋と飲み歩いた。本当は、その時の彼女の姿を書きたいと思ったのだが、なんとも情ないことに、私にその時の記憶がほとんどない。いやはや、有森麗は本当に酒が強い。まいりました。 AV Actress Rei Arimori★1993.10 [#改ページ] 卑弥呼 AV Actress Himiko 三千万円を取られた時は、死ぬほどショックだった

 卑弥呼はつらかった。  大好きだった祖母が倒れたのだ。病院に担ぎこまれた時はすでに脳死状態にあり危篤だった。  報せを受け、卑弥呼は病院に駆けつけた。静かに眠っているおばあちゃんの顔を見ると、涙がボロボロと出てきた。おばあちゃんにとって卑弥呼は初孫だった。とても可愛がられた。卑弥呼が何をしても、おばあちゃんだけは叱らずにニコニコと笑って見守ってくれたものだ。 ■ おばあちゃんの死、そして……  卑弥呼はすべての仕事をキャンセルして病院に泊まり込み、物言わぬ祖母の看病をすることにした。卑弥呼の父親は、実の母親の脳死という現実を直視することに耐えきれず、病院に「もう死なせてくれ」と言おうとしたが、卑弥呼が猛反対して思いとどまらせた。  その頃、卑弥呼にはつき合っている男がいた。ディスコの店員だった。男性にはつい一途になってしまう卑弥呼は、男に惚れ込んでしまった。ほとんど半同棲のような生活を送り、仕事の時以外はいつも男と一緒にいた。そんなに好きな男とも会わない日が長く続いた。  ある日、病院に男から卑弥呼に電話があった。会いたいから俺の部屋に来い、と男は言った。悪いけどおばあちゃんのそばを離れることはできない、と卑弥呼は答えた。すると男が、 「フン。そんな明日にでも死ぬような人間と俺とどっちが大事なんだ!」  と受話器の向こうで叫んだ。  卑弥呼は愕然とした。まだ男は何かしゃべっていたが、卑弥呼の耳には何も届かなかった。 「さよなら……」  小さくつぶやいて卑弥呼は受話器を置いた。  病室に戻り、卑弥呼は眠っているおばあちゃんに話しかけた。 「おばあちゃん。あのね、わたしのつき合ってた男って、最低の男だったの。あんな男を好きになるなんて、わたしがバカだったんだねえ。ごめんね、おばあちゃん」  その時、おばあちゃんの顔がかすかにニコッと微笑んだような気がした。それはまるで「大丈夫だよ。お前はまだ若いんだからこれからじゃないか。いい勉強をしたね」と言ってるようだった。卑弥呼は痩せ細ったおばあちゃんの胸に顔をうずめ、泣いた。  その一週間後、おばあちゃんは眠ったまま息をひきとった。  葬式の翌日、卑弥呼は所属しているビデオ会社の社屋に足を向けた。そして卑弥呼は仕事をキャンセルしてしまったことを社長でもある監督に詫びた。監督は、「気にするな。それより大変だったなあ。気を落とすなというのは無理だろうが、早く元気になりなさいね」と言ってくれた。恋人と祖母を同時に失った卑弥呼の胸にその言葉は過剰に温かく滲み入った。 「わたしのことを心配してくれる人が、まだこの世にいるんだわ……」  ところで、と監督は言葉を続けた。 「卑弥呼は〇〇銀行にギャラを貯金してるんだろ?」 「ハイ。税金を取られないようにしてくれると言われたんで」  その時、AVで稼いだ卑弥呼の貯金は三千万円あった。他にまだ会社から支払われていないギャラが二千四百万。  監督の話は要約するとこうだった。あの銀行に預けていても税金対策はしてくれない。ガバッと税金を取られてしまう。そうならないための方法が一つある。三千万円を会社に寄付すると言って、貯金を会社の口座に移せ。そうすれば一週間後に現金でお前に渡す。それをいくつかにわけて貯金すれば税金は取られない。  理屈はよくわからなかったが、税金を取られるという言葉が卑弥呼の頭を殴りつけた。これ以上、自分の大事なものを取られてたまるものか。あの三千万円はこれからわたしが生きていく上で、絶対に必要なものだ。一円たりとも取られるものか。卑弥呼は監督の言葉にうなずき、言われた通りにした。こんなに自分のことを心配してくれる人が裏切るわけがない。  だが、一週間後、三千万円は戻ってこなかった。一カ月、二カ月、三カ月たっても、戻ってこなかった。  卑弥呼はつらかった。去年のことである。卑弥呼は二十一歳だった。 「三千万円を取られた時は、死ぬほどショックだった。未払い金の二千四百万円はまだ諦めがつきますけど、三千万円は一度自分の手元にあったお金でしょ。それがあっという間になくなったんですから、諦められませんよ。他のAVの女の子がホストクラブに通ったり、アルマーニとか高い洋服を買ったりしているのを横目で見ながら貯めたお金ですからね。一文なしになっちゃって、毎日部屋でボーッとしてました。電話にも出ず、テレビも見ず本も読まず、本当にボーッとしてました。テレビでも本でも、ちょっとでも今のみじめな自分を思わせるようなものが出てくると落ち込んじゃうんで、恐いんですよ。あっ、ファミコンはやってました。好きなファミコンが一つあるんですよ。資産を増やして金持ちになるゲームなんです。部屋で一人でそれをやって、金持ちになると『ああ、よかった』って安心して眠れるんです。  食べ物を買うお金がなくなって、スーパーで万引きもしちゃいましたよ、ハハッ。あらびきポークソーセージとかね。そう、五百八十円の。ハハハッ」 ■ 優等生だった子供時代の反動  卑弥呼は東京の池袋に生まれた。父親は小さな会社を経営している。三歳違いの弟が一人いる。現在、弟は大学生だ。「弟とはすごく仲がいいんですよ。弟はわたしがAVに出てるって知ってるのかなあ……。多分知ってますよね。そういうことに一番興味のある年頃ですもんねえ。知ってて何も言わないのかなあ……。そりゃそうですよねぇ。仲がいいほど『お姉ちゃん、AVに出てるだろう』なんて言えませんよねぇ。こりゃ困ったなあ」  卑弥呼は小学生の時は「自分でいうのもなんですけど」優等生だった。勉強をするのが好きという珍しい子供で、いつも学級委員長を務めていた。母親が教育熱心で習いごともたくさんやった。そろばん、習字、ピアノ、英会話、水泳、そして学習塾。遊ぶ暇などなかったが、つらいとは思わなかった。大きくなったらピアノの先生になりたいと思っていた。  小学校五年生の時、卑弥呼は有名私立中学に行きたいと親に言った。父親は「区立でいいじゃないか。子供の頃からそんなに勉強することはない」と反対したが、母親は娘を支持した。そして卑弥呼は厳しいことで有名な学習塾に通うことになる。  その塾は本当に厳しかった。毎日夕方四時頃から始まる授業は、終電近くまで続く。ちょっとでも問題ができないと、先生に新聞紙を棒状に丸めたもので手や尻を叩かれる。十二時過ぎに迎えに来た母親と家に帰っても、すぐには眠れない。復習ノートと称された問題集と取り組まなければいけないからだ。それは朝の三時、四時まで続いた。その間、母親は娘を監視するかのように隣に坐っている。ちょっとでも娘がウトウトすると、塾の先生に代わってピシャリと娘の手を打つ。 「母は小さい頃、貧乏でとっても苦労したらしいんです。お金がないんで習いごともできず、勉強をしたかったのに上の学校にも行けず……。だから、わたしにその夢を託してたんでしょうね。それがこんな娘になっちゃって……申し訳ないことです……」  猛勉強の甲斐あって、卑弥呼は希望する私立中学に入学した。常にある程度の成績を維持していれば大学までエスカレーター式で進学できる女子校である。  そこで、心身共に今まで受験勉強で押さえつけていたあらゆる反動が出た。中学生になった途端、一カ月で身長がメキメキと十センチも伸びた。生理が始まった。満を持して陰毛が姿を現した。そして、心は「勉強なんか、もう絶対にしないぞ!」と叫んでいた。あれほど好きだった勉強なのに……。やはり小学生にとって、睡眠時間が三、四時間の勉強漬けの毎日は無理があったのだ。この反動がAV女優へのベクトルを形作ったと考えるのは、うがちすぎであろうか。  中二の時、卑弥呼は一人の同じ年の男の子とつき合い始める。学習塾の夏季講習で知り合った男の子だ。卑弥呼の方が先に好きになり、知り合って半年後のバレンタインデーに手作りのチョコレートをあげた。後楽園遊園地での初めてのデートで卑弥呼はいきなりキスをされた。驚く卑弥呼の口に、彼は舌を入れてきた。 「びっくりしたし気持ち悪かったけど、好きな人だったからされるがままになってたわ」  ともに高校に進学しても二人は交際を続け、ラブホテルにも何度も行った。 「でも、体は許さなかったの。母から、結婚までは絶対に処女を守りなさい、って言われてたから。だから、触らせるのは胸だけ。彼、必死になってわたしのオッパイを揉むの。それがすごく下手くそで、もう痛くって痛くって、思わず声をあげるとこっちが感じてると思ってますます強く揉むんです。おかげで小さかった胸が大きくなりましたけどね」  高校二年になり、卑弥呼はその男の子と別れ、別の男とつき合い始める。男は、卑弥呼の実家の一階を事務所として間借りしていた会社のアルバイト大学生だった。あれほどかたくなに守っていた処女を、卑弥呼はその大学生とつき合って二週間後にあげてしまう。元旦だった。 「だって、愛撫が上手だったんだもん。本当はクリスマスの日にあげたかったんだけどその日は痛くてとても駄目で、元旦になっちゃった。とにかくなにかの記念日に処女を失いたかったんですよ」  つき合い始めてしばらく、大学生は自分の彼女が高校生だとは知らずにいた。それほど卑弥呼は当時から大人っぽかった。ある日、彼の部屋に泊まった卑弥呼が学校に電話をした。 「あの、二年〇組の〇〇ですけど、風邪をひいたので今日は休みます」  それを耳にした彼は、いたく驚いた。 「キ、君って高校生だったの?」  恋愛に夢中になった卑弥呼は、次第に学校をサボるようになった。勉強好きだった子供の頃の姿はもうなかった。ピアノももうやめていた。卒業はなんとかできたが、ほとんどの同級生がエスカレーター式に進む大学へは行けず、浪人が決まった。 ■ ラブホテルのビデオに映った卑弥呼の姿態  浪人が決まるとすぐ、母親は娘に家庭教師をつけた。家庭教師は女子大生で、美人だった。話を訊くと、何かのミスコンテストで準ミスになったらしい。「すごいねえ、先生」と驚く教え子に、先生は「あなたも出てみたら」と、ミス日本コンテストへの出場をすすめた。卑弥呼は言われるままに応募の手紙を出した。  だがその頃、それと同時に卑弥呼はAV女優への道を走り始めている。知り合いのモデル事務所の社長に当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったビデオ会社に連れて行かれ、そこの監督のカリスマ的な言葉に翻弄された十八歳の女の子はAVデビューを承諾していたのだ。  女の子がその夏にミス日本に選ばれた一週間後、主演のAVが発売された。  出会った頃は大学生だった彼氏も、もう卒業してサラリーマンになっていた。自分の彼女がミス日本に選ばれたので、彼は鼻高々だった。ある日、いつものように卑弥呼とラブホテルに行った。彼女を抱きながら彼はいつものように、テレビをつけチャンネルを2に合わせた。すると、そこに映った男優に抱かれて喘いでいる女性は、まごうかたなき、今、自分の体の下で喘いでいる、さっきまで結婚の夢を語り合っていた我が恋人。男は何も言わず卑弥呼から体を離すと、素っ裸のまま床にしゃがみ込み、さめざめと泣き出した。その姿を見て、「もう二人は終わりだな」と卑弥呼は思った。悲しかった。  現在、ビデオ会社の監督との問題は卑弥呼が弁護士を立てて係争中であるが、口約束で始まった事件のために進展は難しそうだ。そう語る卑弥呼は、どこかサバサバとしている。彼女の中で何かふんぎりがついたのかもしれない。いい勉強をしたと思えば、まあ、いいか。  現在、卑弥呼は別の会社に所属してビデオに出演しているが、彼女の言葉によれば今年いっぱいでビデオはやめて、実家に帰るそうだ。そして、世間のほとぼりが冷めた頃を見はからって、見合いをして結婚をしたいと言う。 「AVに出た時から、わたしは結婚なんかできないと思ってましたから、今、よけいに結婚がしたいんですよ。老後を一人で暮らすためと思ってたお金も取られちゃったしね……」  まだ若いんだからそんなこと言わないで下さいよ、これからですよ、と私は言った。 「でも、男の人っていいなあ」  卑弥呼はちょっとビールに酔った声で言った。 ——何がいいんですか? 「男の人ってさ、互いにオナニーの話ができるでしょ。女の子ってオナニーの話はしないもん。セックスの話はするけどさあ……」 ——卑弥呼さんはするんですか? 「しますよぉ。わたしはオナニーをします。あれっ、やばいこと言ったかな。わたし、営業上はオナニーをしないことになってたかなぁ……。まあいいか。ハハッ。ビールを飲ませるからいけないのよぉ、ハハッ」  帰りぎわ、卑弥呼はソファーの上で横になり、「こうやってオナニーをするの」と言って手を股間に持ってゆき悩ましいポーズを見せてくれた。  本当に、今年限りで引退して、本名だけの女の子に戻りなさいよ。悪い夢を見たと思って。 AV Actress Himiko★1994.1 [#改ページ] 桜井瑞穂 AV Actress Mizuho Sakurai どっかの諜報機関に入って、ケネディ暗殺の真犯人を捜したいの

 桜井瑞穂の二本目の出演ビデオ作品、『電撃ボディライブ』を観た。全身を覆う黒い網の下着のようなものを身にまとい、自発的とも思えるぐらいに熱心にフェラチオをしたり、男優のお尻を舐め回したり、なかなかにスケベである。最近とんとセックス日照りで、かつ性欲もどこかの道端に落としてしまったのではないかと我ながら思ってしまう私が、ついテレビの前で「ああ、セックスしてぇなあ」とつぶやいてしまった。 ■ 舌ったらずで子供っぽいしゃべり方  だが、そんなにイヤらしい姿態を見せる桜井瑞穂であるが、インタビューをされる場面になると「えぇ、あのぅ、それでぇ……」と舌ったらずでやけに語尾を伸ばす子供っぽい話し方をし、セックスシーンとのギャップがあまりにはなはだしく思わず吹き出してしまった。  このしゃべり方は地なのだろうか、それとも演技なのだろうか。演技だとしたら、すごい。  彼女の事務所に取材を申し込むと、マネージャーらしき人物に「その雑誌の発売はいつなのか?」と尋ねられた。年内発売の予定である、と答えると「それならOKです」という返事が返ってきた。  桜井瑞穂はまだビデオを二本しかリリースしていないが、今年で引退してしまうのだそうだ。 「ですから、来年発売の雑誌に桜井瑞穂の名前が載っていると、そちらに迷惑をかけることになっちゃいますから」  マネージャー氏はそう言った。  本当かよ? もし本当なら、そりゃ実にもったいない話だ。それを確かめるためにも、とにかくエッチな体とフェラテクを持ち、演技か地かわからぬ幼いしゃべり方をする桜井瑞穂に会ってみよう。  しゃべり方は、地だった。  顔を合わせるなり、「今年で引退するんだって?」と訊いた私に、ミニスカートにウエスタンブーツ姿の桜井瑞穂は困ったように眉間に皺を寄せて口を開いた。 「違うと思うんですよォ。わたしはたったこれだけで引退なんかしたくないしィ。でもォ、事務所の方がどう考えてるのかわかんないからァ、わたしとしてもォ、困っちゃってるんですゥ。実は三本目のビデオが来年の一月にリリースされるからァ、その宣伝もバンバンしたいんだけどォ、事務所からは何も言われてないしィ……」  ウーン、なんだかよくわからない、と思っていると、彼女のマネージャー氏が慌てて解説をしてくれた。 「あのですね、引退じゃないんですよ。メーカーさんの方から、名前を変えろと言われてるんです。ですから桜井瑞穂は引退しますけど、彼女は引退しないと思います。三本目のビデオも違う名前で出ると思いますよ。僕自身としてはせっかく桜井瑞穂という名前が売れてきた時ですから、もったいないと思うんですけどねえ」  そう言うマネージャー氏の横で、桜井瑞穂は頬をプーッとふくらませ、「そう、そう」とうなずいている。 「メーカー側の気持ちもわかるなあ。だって瑞穂って漢字、ちょっと難しいもの。今の中・高校生でこれをミズホって読めない奴はけっこういるんじゃないかな」  私がそう言うと、 「そうですよねェ。わたしもォ、事務所の人が名前をつけたくれた時にィ、瑞穂の瑞って端っていう字だと思ってたんですゥ。だからァ、デビューしてしばらくは、プロフィールを書いたりサインしたりする時はァ、桜井端穂って書いてたんですゥ。恥ずかしいィ」  と桜井瑞穂は愉快そうに言った。ハハハッ、と私とマネージャー氏は思わず笑った。 「笑うけどねェ、瑞穂の瑞に西って字をつけると、スイスって読むんだよォ。知ってたァ? そう、外国のスイス。この前わたし、事務所にあった『広辞苑』で調べたんだからァ。外国なんだからねェ。すごいんだからァ……」  それの何がすごいのかよくわからないが、すごい、すごいと私とマネージャー氏は半信半疑でそう相槌を打った。  アパートに帰り、『広辞苑』をひくと、本当だった。疑ってすまなかった。 「今の事務所との契約は確かに三本のビデオに出るってことなんだけどォ、でも引退はしたくないよォ。ここまでやってェ、後に引けないじゃん。これでやめちゃったら中途半端すぎるよねェ。せっかくこの業界に入ったんだからァ、この業界でトップになるまでがんばりたいんですゥ。でも事務所からはこれからのことを何も言われてないの。来年からはフリーになって仕事をしなくちゃいけないのかなァ。不安だよォ……」 ■ 親とケンカしても絶対に負けちゃうんですゥ  今年限りで消滅するらしい「桜井瑞穂」という名前を持つ女の子は、東京近郊の町に生まれた。 ——お父さんの職業はなんなの?  桜井「(マネージャー氏に訊く)公務員?」  マネージャー氏「会社員じゃないの?」  桜井「会社員かあ……」 ——……仕事は何をやってるの?  桜井「学校の先生。現代社会の……」 ——じゃあ、公務員でしょ。  桜井「ヒャアー、やっぱり公務員かァ。かっこいいじゃん!」  私の父親も公務員だったが、公務員のどこが「ヒャー、かっこいい」のかわからない。 ——どういう学校?  桜井「私立のねェ、中学・高校と六年制の学校……」 ——じゃあ公務員じゃないよ。  マネージャー氏「会社員ですよね」  桜井「なあんだ、会社員かァ。かっこ悪いなァ。残念、残念」  私はかつて会社員だったが、会社員のどこがここまで「残念、残念」と言われなくちゃいけないのかわからない。  桜井瑞穂の父親は学校に勤めながら、母親とともにそろばんと書道の教室を自宅で開いていた。瑞穂の上に五歳上の姉がいる。 ——じゃあ、御両親は頭がいいんだねえ。 「そうなのォ、すごく頭が良くてェ、ケンカしても絶対に負けちゃうんですゥ。最後はなんかよくわかんないうちに言いくるめられちゃってェ、『ごめんなさい』って謝っちゃうんですゥ」 ——やっぱり、親とケンカする時もそういう口調で? 「そう、『なによォ』とか『もうヤダよォ』とかって、全然迫力がないの。反抗しながら、自分でもこりゃ駄目だなァって感じ」 ——お姉さんも多分優秀なんでしょ? 「エーッ、なんでわかるんですかァ? そうなんですよォ。学校でも家でも、いつもお姉ちゃんと比較されてつらかったんですゥ。でもォ、小さい時からお姉ちゃんよりわたしの方が可愛いって思ってたからァ、ひねくれずにすみました。お姉ちゃんは可愛くないから、マジメに勉強をするしかないんだねって感じ? 女としてはわたしが勝ってる、みたいな」  桜井瑞穂の両親、特に母親は教育熱心だった。自宅で子供たちに教えているそろばん、書道はもちろん、エレクトーンや水泳も娘に習わせた。母親にその才能を見限られてしまった書道はともかく、瑞穂のそろばんの腕前は一級である。  とにかく厳しい親だった。小学校の頃から男の子からの電話は取りついでもらえない。日曜日などに男の子からドッジボールの誘いの電話があっても、親は「娘に伝える」と言って電話を切り、娘には伝えない。女の子からの電話も夜十時を過ぎると、「娘はもう寝ています」と、テレビを見ている娘を横目に受話器を置く。「エーッ、わたしはまだ起きてるのにィ」と思いながら娘達は何も言えずにテレビを見続ける。姉はそんな親の庇護の下で何の疑問も抱かずに従順に生きたが、いつまでたっても舌ったらずなしゃべり方が直らない次女にはその両親の庇護はゆるやかな監獄のように思えた。  中学に進んだ瑞穂は「苦しくったってェ〜」のテーマソングで知られるアニメ『アタックNo1』に憧れて、小柄な体をものともせずバレーボール部に入学した。  練習は厳しかったが、何せ「苦しくったってェ、悲しくったってェ〜」である。監督である先生からこれでもかとボールを体にぶつけられても、レシーバーである瑞穂は文句ひとつ言わずに耐えた。  それが裏目に出た。その日も苦しい部活動が終わり家路についた瑞穂を、四十人ほどの部員たちが道で待ち受けていた。彼女たちはさすがに暴力を振るうことはなかったが、口々に彼女に文句を言った。  いわく、「自分ばっかり優等生ぶっちゃってさァ、ムカつくのよね」。いわく、「そんなに先生にコビ売っちゃってさァ、内申書を良くしてもらおうと思ってんでしょ」。いわく、「この前、練習をサボったことを先生に怒られたけど、あんたがチクッたんでしょ」。  友達だと思っていた人間たちから、そんな身に覚えのないことを言われ、さすがに瑞穂も涙が出た。 「あれ以来ですかねェ。他人が恐くなったのってェ。いつもビクビクして生きるようになっちゃった。どこでもォ、人に嫌われちゃいけないってそればっかり考えてェ、なんか自分でもイヤんなるぐらいィ、八方美人になっちゃったんですゥ。だからァ、本当に友達っていえる女の子なんてェ、二人もいないかなァ。特にこの業界に入ったらァ、誰にでもいい顔を見せなくちゃと思っちゃってェ、うーん、そういう意味じゃ、ちょっと淋しいかなって感じ」 ■ やっとできたわと思ったらァ、今のは指だって彼が言うのォ  中学の卒業式の時、桜井瑞穂はかねてから想いを寄せていた野球部の男の子に、体育館の裏で愛を告白した。彼は勉強の成績は芳しくなかったが、エースで四番で性格もよく、学校中の人気者だった。  桜の花が咲く中で、瑞穂は彼に、「ホントはねェ、ずうっとあんたが好きだったんだよォ」と打ち明けた。彼は思わぬ告白にドギマギしながらも、髪の伸びかけている頭をポリポリとかき、「俺も……」と言うと、瑞穂の頬に唇を触れさせた。  しかし、幼い恋は長くは続かなかった。瑞穂は都内の私立の共学校に進学し、彼は甲子園を狙える野球部を持つ高校に入った。テレビで高校野球の甲子園大会を観て、チアガールに憧れた瑞穂はさっそくチアガール部に入り、彼氏に「甲子園で会おうね」と言ったが、知り合いから、彼に別の彼女ができたことを知らされた。ショックだった。授業の間の休み時間、そして放課後と、友人の女の子にその悲恋をうち明けては、泣きに泣いた。 「そんなァ、もう絶望だァみたいな時にィ、同じクラスの男の子がァ、『大丈夫かァ』なんて優しい声をかけてくれたんですゥ」 ——わかった。そしてその男の子と、ついにやっちゃったんだね? 「そうなのォ。やっちゃったのォ。わたしもセックスにとっても興味があるかなみたいな感じだったからァ……」  その彼の部屋で瑞穂は初セックスにトライした。初日はあまりに痛くて成功しなかった。二日目も同じ。そして三日目。やはりどんなバカでも、同じ失敗を二度すると三度目は考える。やみくもにペニスを突き立てても駄目だ。よし、まず指を入れてみよう。彼が瑞穂の膣に指を入れると、まさに手応えがあり、瑞穂は出血した。慌てて引き抜いた彼の指はおびただしい出血で真っ赤だった。 「ああ、やっとできたわと思ったらァ、今のは指だよって彼が言うのォ。そして、『次は本当に入れるよ』って体を乗っけてきたのォ。やっぱりィ、指より痛かったなァ」  指で処女を失った瑞穂は、その後二カ月間、毎日のように彼とセックスをした。別にセックスそのものが気持ちよかったわけではないが、男に抱かれているという感触が、瑞穂を安心させた。  高校二年生の夏休み、桜井瑞穂は父親の命令で一カ月間アメリカにホームステイに出かけた。 ——アメリカのどこに行ったの? 「ロサンゼルスの郊外のォ、パサディナっていう所」 ——なんていう人の家だったの? 「ベンジャミンさん」 ——ベンジャミン! 「そう、ベンジャミンさん。小学校の校長先生なのォ。もうおじいちゃんでェ、奥さんとォ、娘さん夫婦とぉ、その子供がいたァ。その子供ってェ、めちゃくちゃ生意気なんだよォ。七歳ぐらいなのにィ、英語がペラペラなのォ。超ムカツイたァ。こっちは十七歳なのに全然しゃべれないじゃん。中学の時からもう五年も英語を勉強してるのにさァ。そんな自分が、超ダサイって思っちゃってェ、落ち込んじゃいましたよォ。夕食の後なんかァ、家族みんなでテレビを見るんだけどォ、面白い場面みたいのになるとみんな『ワオ!』なんて叫んで笑うのねェ。そういう時はわたしもォ、一瞬遅れて、『ワオ!』とか言うの。なァんにもわからないのにさ。もう、泣きたくなりましたよォ……」  おっとりとした話し方とは裏腹に、桜井瑞穂は負けず嫌いの性格をしているのだろうか。それとも、どんなに言葉が通じないつらい想いをしても、異国の魅力というものはそれを上まわるものがあるのだろうか。それ以来、桜井瑞穂は、なんとしても将来は外国で生活したいと思うようになった。 ■ 野球部の態度って超ムカツク  ところで、桜井瑞穂には直接関係はないのだが、彼女の通っていた高校の野球部についての彼女の告発を書きたい。  彼女は三年間チアガールをやり、主に(というかほとんど)野球部の応援をしていたが、その野球部員の実態はとても応援に値するものではなかったと言う。 「授業は午前中だけで午後は練習なのォ。そして試験で赤点を取ってもォ、遅刻をしてもォ、許されるのォ。だからァ、野球部の人たちってとってもイバってるのォ。まるで自分は特権階級の人間なんだ、みたいなァ。それで甲子園に行けばいいんだけどォ、都の予選の三回戦ぐらいで負けちゃうのォ。そりゃ勝負だからァ、負けるのは仕方ないけどォ、その負け方が嫌いだったのォ。負け方に気迫が感じられないって言うかァ、ちょっと点差をつけられるとすぐに不貞腐れるんだよォ。スタンドはワンワン応援してるのにィ、ベンチはシーンとしちゃってるのォ。負けるにしても全力で負けて欲しいわよねェ。あんなに特別扱いされてるのにさァ。わたしのお父さんってェ、古風な人でェ、『人との待ち合わせ時間に少しでも遅れたら、誠心誠意をもって謝らなくちゃいけない』ってわたしが小さい時から言われてたからァ、ああいう野球部の態度って超ムカツク。甲子園に出なくてもォ、学校側と約束があったらしくてェ、大学とかに学校推薦とかで行けちゃうしさァ。あんなんじゃァ、絶対に人生を甘く見ちゃうよねェ。教育上さァ、よくないと思うよォ」  まったくだ。私は大の野球好きだが、こんな話を聞いてしまうと、困ったもんだな、と思う。そんな特別待遇をされても、その中からその才能を評価されてプロに進める人間は多分一人もいない。彼らはただたんに、学校の売名のための道具にすぎないのだ。だが、道具にだってその後の人生がある。その後の人生において、十代の頃の特別扱いはマイナスに作用するだろう。ほんのちょっとだけの才能というものは、人間をどうしようもないところまで追い込む。私がそんなことを言うと、桜井瑞穂は一瞬キョトンとした顔をし、「わたしィ、そんなことわかんない。ちょっとトイレに行ってくるねェ」と言って席を立った。訳知り顔に何やらしゃべった自分が、恥ずかしくなった。トイレに立った彼女が、私を暗に批判しているような気がした。「あんたはそうやっていつまでもしゃべってなさい。わたしは体を張って働くから」と。  大学受験。桜井瑞穂はどうしても四年制大学に進みたかった。 ——どうして? 「だってさァ、気楽じゃん。なんの責任もなく四年間、ブラブラしてられるんでしょう?」  だが桜井瑞穂は次々と「自分でも笑っちゃうぐらいにィ」受験に失敗し、やっと十五校目に受けた短大に拾われた。志望通りの、英語を専攻できる学校だった。そして、一年生の時、桜井瑞穂はサマースクールという名目でイギリスのロンドンで一カ月を過ごした。 ——楽しかった? 「もう最高!」 ——何が? 「何もかもがセンスがいいのよォ。音楽も、ファッションも何もかもォ。あっちは雨降りの日が多いんだけどォ、みんなファッションに自信があるっていうかァ、その自分のカッコを見てほしいからァ、傘をささないのよォ。中年の男の人は特にィ。でもステッキは持ってるのォ。そして雨の中、背筋を伸ばして歩いているのォ。そういうのって最高にかっこいいじゃん」 ——風邪ひかないかなあ。 「……ひいちゃさァ、かっこわるいからァ、ひかないのよォ」 ■ ジムに、フェラチオが上手になったってほめてもらいたい  そのロンドンで、桜井瑞穂はオックスフォード大学(ホンマかいな)の地質学を学んでいる男と出会い、セックスをする。 ——そいつの名前は? 「ジム」 ——ジム!(ベンジャミンといい、何もいちいち外人の名前に驚くことはないんだけど、でもやはりジムと言われると、こう応えざるをえない。やはり体内に巣食った鎖国根性のなせるワザであろうか)ジムはよかった? 「よかったァァァ。愛撫がとってもステキなんだよォ。日本人なら、ああウザったいと思うようなしつこい愛撫も、ジムがするとォ、いつまでもしてェッて感じ。でもジムはクリスチャンだから、結婚をしない限りインサートはしないのォ。だからァ、いつもフィニッシュはわたしのフェラチオ」 ——じゃあ君はイカないの? 「イクわよォ。その前に何度も何度もジムのクンニリングスでェ。でも、もう一度、ジムにフェラチオをしてあげたいなァ。あれから、ずっとフェラチオが上手になったと思うんですよォ。だって、この業界に入ってバナナでいっぱい練習したもん」 ——大学は卒業したの? 「しましたよォ。首席卒業ですよォ。欠席も一番だったけどォ」 ——今、彼氏はいるの? 「一応、いるかな、みたいな感じ」 ——これからは、どうしたいの? 結婚? 「結婚もいいと思うけどォ、やっぱりまたロンドンに行きたいなァ」 ——ロンドンに行ったら、またジムと会っちゃうんでしょ? 「うん。会ってね、フェラチオが上手になったってほめてもらいたい。わたしってさァ、フェラチオするのがとっても好きみたいなんだァ」  二十歳をちょっと過ぎた人間に、「これからどうしたいの?」と尋ねるのは酷なことだ。そんな質問への答えなど、本当に才能のある人間以外、わかるわけがない。  だが、私はそれでも桜井瑞穂にその質問をした。すると彼女はニッコリ笑ってこう答えた。 「CIAでもMI6でもいいからァ、どっかの国の諜報機関の人間になってェ、J・F・ケネディを暗殺した本当の犯人を捜したいのォ」  桜井瑞穂さん。ぜひその時は、私も仲間に入れて下さい。私もあの謎の真相は知りたい。あなたのその舌ったらずなしゃべり方は、出会う人間のすべてをだます、スパイの技術なのでしょう? 「桜井瑞穂」という名を持つ女スパイは、来年、どこで活動しているのだろうか。 AV Actress Mizuho Sakurai★1994.1 [#改ページ] 片桐かほる AV Actress Kahoru Katagiri 『徳川家康』全二十六巻を読破した明朗快活少女

「まだ実家に住んでるんですよ。今まで一人暮らしをしたことがないんです。この前ね、土曜日だったかな、仕事が終わって駅で降りて家に向かっていたら、ビデオの自動販売機があったのね。何気なく見たら、なんとわたしのビデオがあるじゃない。家から歩いて三十秒の所よ。もうビックリしちゃうわ、アセっちゃうわ……。その自販機の前に立ち止まるのも恥ずかしかったけど、必死でその自販機のメーカーの電話番号をメモして、家に帰って自分の部屋からそこに電話をしたんです。最初は留守番電話になってたんですけど、『わたしはお宅の自販機で売られているビデオに出ているんですが、実家のすぐ近くなんで親にバレるととっても困るんです』って一所懸命に吹き込んでいたら、カチャッてそこの人が受話器を取ってくれたんです。ああいう会社って、PTAとかからの苦情電話ばっかりだから、人がいてもいつも留守電にしてるそうなんです。 『ごめんね』ってその人は言ってくれました。 『ごめんね。実は僕たちもアレを設置する時に、その近所に出演している女の子がいたらって、心配してたんだ』って。  そして、 『月曜の朝には回収するけど、それまで待てなかったら、二、三本しか入ってないから買っておいてくれる? 後からその分のお金を払うから』って。  いい人だなあって思った。月曜まで待ちますって言ったら、ちゃんと月曜の午前中にはわたしのビデオは無くなってました」  片桐かほる。平成五年の四月にAVデビュー。それまでは某メーカー会社のOLだった。  昼の二時に白夜書房で彼女と待ち合わせをしていると、二時前に彼女自身から編集者に電話があった。 「彼女、今、東京駅にいるから、少し遅れるんだって」 「東京駅? どこか地方のサイン会にでも行ってたのかなぁ」  やがて、化粧っ気の全くない片桐かほるが、その長い髪の毛を後ろで無造作に二つ束にまとめ、小さなリュックを背負って現れた。なんか、絵本から飛び出したような姿だった。 「ごめんなさい。遅れちゃいましたぁ」  思わず笑ってしまうぐらい、舌ったらずで可愛い声だった。 ——どこかにサイン会にでも行ってたの? 「ううん。昨日から泊まりがけで湘南の友達ん所に遊びに行ってたの。けっこうあっちにね、サーフィン好きの友だちがいっぱいいるんだ」 ——じゃあ、君も昨日、サーフィンをやって来たの? 「ううん。みんなはやってたけど、わたしは寒いからずっとパチンコをしてた。朝から夕方まで頑張って、な、なーんと、七万円も稼いじゃいました。スゴイでしょ。夜はみんなにおごってやりましたよ、ヘヘッ」 ——今日は、マネージャーの人は? 「来ない。その代わり、今日のギャラは全部わたしがもらっていいんだって。でも今日に限らず、うちの事務所ってあんまりマネージャーがついて来てくれないんです。撮影のスケジュールも、わたしとメーカーさんとで電話で打ち合わせをして決めるって感じ。でも、ギャラの支払いとかキチンとしてくれてるから、やってることはフリーみたいだけど、やっぱりプロダクションに所属してて安心かな、みたいな感じですね」  そう言って片桐かほるは、テーブルの上にあった缶コーヒーを両手で持つと、ジュジュッと音を立てて吸い込んだ。そして、念のため用意していたチョコ菓子を見つけると、 「アッ、コアラのマーチだ!」と言い、手を伸ばすとシャリシャリと食べ始めた。思わず、「かほるちゃんは偉いねえ。なんでも一人でできちゃうんだねえ」と、彼女の頭をかいぐりかいぐり撫でてあげたくなった。  ジュジュジュッ、シャリシャリ……。 ■ ノビノビとボケーッとしてるうちに中学時代が終わっちゃった 「とっても一人暮らしがしたかったの。それで『大学に行ったら家を出ていいの?』って父親に言ったら、『絶対に駄目だ』って。そんなら大学なんか行くもんかって、就職したの。わたしの通ってた学校って、中学・高校・大学とエスカレーター式で進学できる女子校だったのね。中・高と六年間も女の子ばっかりの中にいたから、もう女子校はイヤだって気持ちもあったし。  小学生の時は、なんでか習いごとばっかりやってた。えーと、ピアノでしょ、水泳でしょ、それに習字とバレエ。それに三年生ぐらいから学習塾に入って、日曜日はいつも模擬試験だったから、思いっきり友達と遊んだって記憶はないなあ……。  でも、その頃は勉強するのが楽しかったですよ。試験はクイズ感覚でやってましたね。『当たった』『はずれた』って。  わたしは近所の公立中学に入ろうと思ってたんだけど、親に言われて私立を受けたら合格しちゃったの。 『中学に合格したら、もう勉強しなくていいんだからね』って親に言われてたんで、中学に入ってその言葉を真に受けて本当に勉強しなかったら、たちまち赤点だらけになっちゃった。ありゃっ、これはヤバイと思った時はもう手遅れ。授業中も、何をやってるのか全然わからない。毎日、ボーッとしてましたねえ。体育と美術と国語は、まあなんとか人並みにできたけど、理科と数学はもうチンプンカンプンだったなあ。英語は好きだったけど、成績は悪かった。好きこそものの上手なれ、って嘘だよね。エッ、それは好きなことは人に言われなくても努力するから上手になるっていう意味なの? そうか。わたし、ただ英語ってかっこよくていいなァって思ってただけだもんねえ……。  でもね、勉強はできなくても、けっこうノビノビと明るくやってましたよ。あんまりね、そういうこと気にしないんだ。根が楽天家なのかな。  クラブは卓球部に入ってた。新人戦では、個人では準優勝、ダブルスでは優勝、団体でも優勝しちゃった。でも三年生になる時にやめちゃったの。卓球やってるなんて、かっこ悪くてあんまり人に言えないでしょ。  親? お父さんは会社員で、お母さんは専業主婦です。二人とも仲が良くて、今でも日曜日は二人でサイクリングに行ったりしてます。でも、お父さんってなんでも一所懸命な人だから、サイクリングに出かけてもひたすら目的地に向かってつっ走っちゃうんです。お母さんをおいてけぼりにして。その度に、方向オンチでおっとりしているお母さんは、泣きそうになるんだって。この前、とうとうお母さんが怒ったの。 『もうわたしはあなたとサイクリングには行きません!』 『エッ、ど、どうして?』 『だってあなたって、一人で走っちゃっていなくなるし、楽しそうな顔をしないんですもの。もうわたしはイヤです』  お父さんはそんなお母さんの言葉にすごいショックを受けたみたい。今まで、自分が楽しいんだからお母さんも楽しいはずだって信じてたんでしょうねえ。お父さんったら慌てちゃって。 『楽しい顔をするから。ね、いつもニコニコするからさ、行こうよ、サイクリング』  って、お母さんをくどくのにもう必死。お母さんは多分、久し振りに女冥利につきたんでしょうね。『どうしようかな』なんて、お父さんをジラしながら、鼻が嬉しそうにピクピクしてたもん。この前の日曜日、朝早くから二人で自転車に乗って出かけましたよ。あんまり仲が良すぎて目にあまる時もあるけど、両親の仲がいいっていうのは、子供にとっては嬉しいことですよね。  あっ、わたしの話ですね。えーと、どこまでしゃべりましたっけ。そうそう、中三までね。えーと、そんな訳で中学を卒業しました。キャハハッ。だって別になんにもなかったもん。ノビノビとボケーッとしてるうちに中学時代が終わっちゃった。ほら、エスカレーター式で高校に行けちゃうからさ、受験勉強もする必要がないし、雰囲気がピリピリしてないんですよ。  アッ、そうそう。うちのお父さんってね、テレビの『笑点』が大好きで、たまに日曜の夕方に外出する時なんか、必ず『笑点』をビデオに予約して出かけるの。変でしょう、ハハハッ。  保健体育の成績も悪かったんですよ、わたし。保健体育のテストがあって、わたしが『何を勉強したらいいんだろう』って悩んでいたら友達が、『バカね、あんなのは勉強しなくても大丈夫よ。それよりあんたは数学の勉強しなさい』って言ったのね。そうか、って訳もわからずわたし安心しちゃって何もしなかったの。そのテストは、妊娠とか避妊とかの問題だったんだけど、ハハッ、赤点取っちゃった。保健体育の試験で赤点取った人間って、わたしぐらいじゃないかなあ。数学は、やっぱり赤点だった。  お父さんはコーラスグループにも入っててねえ、エッ、お父さんの話はもういいって?……わかりました」 ■ 生理中の初体験で、二人とも血で制服が汚れちゃって 「中三の十月にファーストキスをしました。相手は四歳上の浪人生。友達のお兄さんの友達だったの。たまに喫茶店でお茶を飲む程度のつき合いだったけど、ある日、『受験が終わるまでは君とは会わない』って言われて、唇にブチューッてされちゃった。とっても気持ち悪かった。家に帰ってもなんだか恥ずかしくてテレビを見ていたら、お母さんが『おいなりさんを作ってあるから食べなさい』って。なんでファーストキスをした日の夕御飯がおいなりさんなんだよぅ、ダセェ、なんて思いながらそれでもお腹がへってたから食べてると、『テレビを見ながら物を食べるなんて、だらしがない!』って怒られたのを覚えてます。今でもおいなりさんを見ると、あの夕暮れのファーストキスを思い出しますね。  でも高校に入ったら、その彼とは別れちゃった。大学に合格した彼が、なんか大学生活が忙しくなっちゃって、自然に会わなくなったの。  でも、初体験は高一の六月よ。これはね、友達の中では二番目に早い記録です。一番早かった子は、五月のゴールデンウィークにやっちゃったの。その女の子は、わたしと一番仲が良かったんですよ。相手はアメリカ人。初体験の相手がアメリカ人だなんてすごいでしょう。いや、わたしじゃなくて、その親友の子の相手。彼女が通っていた英会話学校の先生だったの。今はね、その子、その彼についてアメリカに行って向こうで働いてるみたい。エッ、ああ、わたしの初体験ですね。エエト、わたしの相手は一コ上の高校生。グループ交際をしているうちになんとなく二人きりで会うようになって、とうとう駅ビルの屋上でやっちゃったの。その彼って、制服姿でもタバコを吸う人だったから、人に見つからないようにいつもその屋上でデートをしてたの。お互いにお金も無いしね。暗くなってきて、屋上にはわたしたち二人しかいなくなった。そしたら、急に彼がわたしを押し倒してきたの。 『いいだろ、な、いいだろ、愛してる』  って。  その日、わたしは生理だったのね。 『ダメ! わたし今日、アレの日だから』  って言ったけど、彼は、 『わかってる。わかってるけど……』  って、わたしのパンツを力ずくで脱がし始めるの。コンクリートの床に倒れながら、隣のビルの屋上のビアガーデンの光がまぶしかった。  ことが終わって、二人でビルを出て駅に向かったんですけど、二人とも、わたしの生理の血で制服が汚れちゃってて、互いにカバンでそれを隠しながら家に帰った。結婚するまで処女でいようと思っていたから、なんだか、なにが起こったのか理解したくなくて、ボーッとしていました。すると彼が、『泣くなよ』って歩きながら言うのね。わたし泣いてなかったから、後ろを歩いていた彼に振り向いて、『泣いてないわよ!』って言ったら、その瞬間涙がダーッて流れてきちゃった。  フラフラで家に帰ったら、お母さんが『どうしたの』って驚いてた。『急に生理が来ちゃったから制服が汚れちゃった』って言ったけど、お母さんは何があったのか気がついていたような気がする。おいなりさんは出て来ませんでしたね。  実はね、その少し前に電車でチカンにあったの。学校に行く時だったんだけど、サラリーマンのおじさんにいきなりパンツの中に手を入れられちゃったの。ああいう時って、何も言えないですよね。ただ、耐えるしかない。あの時も、『もうお嫁には行けない』って思った。  チカンに最初にあったのは、小学校五年生の時。日曜日だったかなあ。ふらっと一人で近所の神社の境内に遊びに行った時、おじいちゃんが近づいてきて、『お嬢ちゃん、ちょっとこれを手にのせて』と言って、わたしにティッシュペーパーを渡したんです。わたし、何がなんだかよくわからないけどそれを掌の上にのせました。するとそこに、ポン、と、おじいちゃんのオチンチンが置かれたんです。びっくりしたまま、わたしはおじいちゃんのオチンチンを手で支えてました。おじいちゃんはわたしに、『どうだ、俺のは大きいか? お父ちゃんのより大きいか?』なんて訊くけど、そんなこと答えられるわけがないじゃない。そのうちにだんだんとおじいちゃんのオチンチンは大きくなって、ピュッ、ダラーって感じでなんか白い液体を噴き出したの。ワーッ、ウミが出た、このおじいちゃんは病気だ、と思ったけど、病気の人に冷たくしちゃいけないと思って、そのドクッドクッっていうのが収まるまで目をそらして待ってたの。そのうち、おじいちゃんが『ありがとう』と言ってオチンチンをズボンにしまったから、『ハイ』ってウミの広がったティッシュを渡して家に帰って、何度も何度も手を洗いましたね。あの白い物がウミじゃないとわかったのは、高校生になってからでした。  ついこの前も変な人に会ったんですよ。日曜の朝に、仕事に行こうとして家を出て駅に向かって歩いていると、自転車に乗った男の人が近づいてきて、わたしの手を掴んで、『お願いがあるんだ』って。『なんですか?』って訊くと、『フェラチオをしてくれないか』だって。クラクラってめまいがしましたよ。『なんでわたしにそんなことを言うんですか?』って怒ったら、『君って、いい人そうだから』だって。バカにしてるわよね。『やめて下さい!』って言って手を振り切って、駅まで必死に走りましたよ」 ■ 男の人って一回体を許しちゃうと、  会う度にセックスしようとするじゃないですか 「高校時代は、三人の男の人とセックスをしたかな。バイト先で一緒に働いていた人とか、バイト先でナンパされちゃった人とか。バイトはマクドナルドです。  別にお小遣いに困ってたわけじゃないんですが、どうしても働きたかったんです。  だって……大人ってずるいじゃないですか。大人って、うちの親のことなんですけど……自分の都合で『お前はもう大人なんだから』とか『お前はまだ子供なんだから』って言うじゃないですか。そりゃ高校生ってあらゆる意味で中途半端かもしれませんけど、でもどっちかに決めてくれって思う。わたしは大人扱いしてもらいたかったから、お父さんに『大人ってなんなの?』って訊いたんです。するとお父さんが、『自分で働いて金を稼ぐようになったら大人だ』って言ったんですね。なら、バイトでもして金を稼ごうと。  バイトは楽しかったけど、男の人とのつき合いはあまり長続きしなかったな。長く続いて半年。その間に、痛くて罪悪感だけを感じていたセックスも、ちゃんと気持ち良くなったし、イクってこともわかったけど……男の人って一回体を許しちゃうと、会う度にセックスしようとするじゃないですか。それがね、なんかイヤになるんですよ。この人って、結局わたしの体が目的なんじゃないのかなって……。イヤっていうか、不安になるの。  将来、どんな仕事をしたいなんて、考えたこともなかった。高校を卒業したら結婚をして子供を生んで『若いお母さん』になりたかったんです。結婚すれば家を出れると思って。かといって、親が嫌いだったんじゃないですよ。とにかく、一度、家を出て一人暮らしというものをしてみたかった。  でも、そんな男の人がいなかったからOLになったんです。  これがねえ、メチャクチャ忙しいの。わたしはコンピューターを担当してたんだけど、どんなに頑張っても仕事は減るどころか増えるばかり。いつも休日出勤してましたよ。それで給料は十七万円。手取りだと十万円を切ってましたね。  見るに見かねたんでしょうね。お母さんが、 『女の子はね、そんなに一所懸命に会社のために働くことはないのよ。もうそんな会社をやめて、好きなことをやりなさい』  って言ってくれたの。  嬉しかったですね。ようし、やめてやろうと思った。でも、好きなことがAV女優だとは、お母さんはあたりまえとして、わたしも思ってませんでしたけど。  そんなある日、会社の帰りに男の人に声をかけられたんです。またチカンだと思って無視して歩いていたら、ギュッと手を掴まれた。わたし、手を振って歩くのが癖なんで、手を掴まれやすいみたい。 『決してあやしい者じゃないんだ。君、アダルトビデオに出てみないかい?』  ってその男の人は言ったの。充分、あやしいわよねえ。でも、わたし、その人に連れられるままに、事務所に行っちゃったの。そして、あれよあれよという間に撮影。  抵抗? 別になかったですね。それより、自分みたいなのを主演で撮ってくれるっていうのがありがたかった。  その三カ月後に会社はやめました。  これから? うーん、わかんないなあ。来年の三月でちょうど一年だから、それでやめようかなあと思ってるけど……。うーん、どうなるか自分でもわかんない」 ■ 一番感動した本は山岡荘八の『徳川家康』  ひとしきり話をした後、私たちは寿司屋に場所を移した。酒はまるで飲めないという片桐かほるは、お茶を飲みながらパクパクと寿司を口に運ぶ。  よっぽど腹が減っていたのだろう。彼女はしばらくの間、無言で口を動かしていた。やがて、「はあ、おいしかった」と言って、彼女は大きな茶碗を両手で持ち、ジュジュジュッとお茶をすすった。どうやら満足したようだ。  フーッ、とか溜め息をつき、畳の上で後ろ手に自分を支えている彼女に私は訊いた。 ——趣味はなに? 「エーッ、趣味ですかぁ。ゴロゴロしてることかなあ……あっ、読書が好きですね」 ——どんな本を読むの? 「なんでも読むけど、今までで一番感動したのは、講談社文庫の山岡荘八の『徳川家康』」 ——エーッ、あれって三十巻近い小説でしょ? よく読んだねえ。 「あれは読んだほうがいいですよォ。あれは新聞連載小説だから、常に盛り上がらせてくれるんです。もう、感動のしっぱなし。二十巻目を越えると、もうあとわずかだと思って悲しくなりました。だから、今も本を買う時は厚さがめやすなんです」  いい本の読み方をしているなあ、と私はうらやましくなった。私も十代の頃はそんな風に、ページが残り少なくなるのを気にかけながら小説を読んだ覚えがある。今は、もうそんなことはない。なぜだろう。多分、あらゆるものに対する純粋な気持ちがいつのまにか無くなってしまったのだろう。  それにしてもあの『徳川家康』を読破した人間に、私は初めて出会った。 ——セックスは好き?(我ながら、なんて質問だろうねえ) 「ウーン、嫌いじゃないとは思ってたんだけど、この仕事を始めるようになったら、プライベートじゃまるでしたくなくなっちゃった。好きなことを、仕事にしちゃいけないよね」  ウーン、まったくですね。何事も、一番好きなことは仕事にしちゃいけない。  寿司屋を出て、私は片桐かほると別れた。 ——これからどこに行くの? 「ウチ」 ——実家? 「ウン」 ——もう、あれほど出たかった実家から出る気はないの? 「そうですね。なんか、もうどうでもよくなっちゃった。最近、親がなんにもうるさいことを言わないんですよ。だから、実家にいるのが一番楽。もしかしたら、わたし、大人になったってお父さんやお母さんに認められたのかなぁ」  そう言って、リュックサックを背負い、片桐かほるはタクシーに乗って去って行った。  彼女の両親は、娘は有楽町でウェイトレスをしていると信じている。 AV Actress Kahoru Katagiri★1994.2 [#改ページ] 藤田リナ AV Actress Rina Fujita 超すきなの 超好きなのにどうしようもできない

 去年の暮れ、新人AV女優が登場する面白いテレビ番組があった。夜の七時から、TBS系で放映された、『PAPAパラダイス』という番組である。  その番組は「父親と家庭」というテーマによって作られているものらしく、その日は「困った娘と父親による一泊温泉旅行」というものだった。困った娘とは、つまり、父親が「あんなに大事に育てたのに、なんでこんな子になっちゃったんだろう」と嘆いてしまう娘のことである。 ■ お父さんと一緒にィ、『ピクピクマンホール』を観たい!  ロック歌手を目指している娘。OLをやめて占い師になった娘。|X《エツクス》というロックバンドのオッカケをしている娘。黒人が大好きで、とうとう黒人と結婚して黒い肌の赤ちゃんを産んでしまった娘。上野のショーパブでダンサーをしている娘。  そんな娘たちとその父親たちが団体でバスに乗り、鬼怒川温泉に行こうというのである。  確かにどの娘も、父親からすれば「ウーン困ったなあ……」という娘たちである。もし私が彼女らの父親だったら、やはり心配で仕方がないだろう。だが、バリエーションはいろいろあれど、すべて娘自身が好きで選んだ道だ。まあ、黙って見守るしかないか。娘がそれで幸せならば、しょうがないか。  だが、その困った娘たちの中に、一般的な常識で、父親が「しょうがないか……」とつぶやいて、庭に置いてある盆栽に鋏を入れる昼下がり、といったホームドラマの枠内でおさまりきれない、本当に困った娘がいた。  娘の名前は藤田リナ。本名、俵佐智子。去年の十一月にデビューした、二十歳のAV女優である。父親の名前は俵隆一、四十歳。名古屋で、妻と共にスナックを経営している。  番組はのっけから、この親子がメインになった。  そりゃそうだろう。毎月、AV女優にインタビューする仕事をし、いわばAV女優に食べさせてもらっているような私が言うのもなんだが、ロック歌手を目指すのもいい、占い師になるのもいい、愛した男がどんな肌の色をしていようがなんの問題もない。だが、それらと、娘がAV女優になったというのは父親として抵抗の度合いがかなり違うんじゃないだろうか。  当たり前のことだが、職業に貴賤はない。人間の価値は、人それぞれの内に備わるものによって決まる。それはよくわかっている。だが、私に娘が生まれ、その娘がAV女優になったとしたら、認めながらも、ほんのちょっとだけつらい思いを味わうような気がする。  藤田リナのデビュー作のタイトルは『ピクピクマンホール』である。そのタイトルが司会者に紹介されるなり、スタジオにいる人間たちはどっとわいた。  鬼怒川温泉に向かうバスの中で、レポーター役のヒロミというお笑いタレントが、藤田リナに尋ねた。 「旅館に着いたら、お父さんと何をしたい?」  藤田リナは屈託のない笑顔を見せて答えた。 「お父さんと一緒にィ、『ピクピクマンホール』を観たい!」  続いてヒロミは別の席に坐っていた俵隆一にマイクを向けた。 「娘さんが、自分の出演しているビデオを、お父さんと一緒に観たいと言ってるんですけど……」 「エッ、……フーン……ウーン……そう……」  父親は本当に困った表情をして、言葉を濁した。  年が明けて、一月十日に私は藤田リナと会った。彼女は年末から実家のある名古屋に帰ってスナックの手伝いをし、前日に東京に戻ったという。 ——名古屋で、テレビの評判はどうだった? 「もうすごい! すっかり有名人になっちゃっててェ、スナックのお客さんにサインをしてくれなんて言われたの。名古屋って、やっぱり田舎なんだなァって思いましたよ。近所の娘が全国ネットのテレビに出ると、もう超舞い上がりなんだもん。お店にね、テレビに出てるリナの顔を撮った写真をわざわざ持って来てくれた人もいたんだって。名古屋じゃ今、『ピクピクマンホール』はレンタルビデオ屋の人気ベスト3に入ってるんだよ。テレビの影響力ってすごいよねぇ」 ——なんでテレビに出ることになったの? 「TBSのプロデューサーから、ウチの事務所に電話があったの。父親と一緒に出演できるAV女優はいないかって。それまでいろんな事務所に電話をして、全部断られたんだって。リナはすぐにOKしたわ。すぐに名古屋に電話して……お父さんを説得するのに十分ぐらいかかったかな。最終的に、『お前のためになるんなら』って、OKしてくれました」 ■ 中学の卒業文集に「大人になったら、AV女優になりたい」って書いた  藤田リナの母親は、小さい頃から歌手になりたいと思っていた。だがその夢果たせず水商売の世界に入り、店でナンバーワンのホステスになったりした。その頃に知り合った五歳年下の男と結婚し、やがて長男が生まれた。そして三年後、藤田リナこと佐智子が誕生したのである。 「ママって、今は年をとっちゃって太って、ダサダサって感じだけど、昔はとってもいい女だったんだって。お父さんがそう言ってた」  藤田リナは、母親のことをママ、父親のことをお父さんと呼ぶ。リナが物心ついた頃から両親はスナックを経営しており、店で母親が客にママと呼ばれるので、自然に子供もママと呼ぶようになったのである。 「ママってね、名器なんだよ。家に帰った時、訊いたの。『ママのアソコってどんな具合なの』って。そしたら、『カズノコ天井とイソギンチャクが合わさったようなもんよ』だって。リナもそうなのよ。同じことを男優さんに言われたもん。思うんだけど、ガンと離婚と名器って、遺伝なのね。親がガンだと子供もガンになるし、親が離婚してると子供もまず百パーセント離婚しちゃうね」  藤田リナの語る、自分の家族や生い立ちについての話は、ちょっとファジーなところがある。 「実はさ、リナ、親子どんぶりになっちゃったことがあるの。ママとつき合っていた男とやっちゃったの。その時、その男が、『お前のアソコはお母さんに似て、とっても具合がいいなァ』って言ったんだよ」  ウーン……そんなことしゃべっちゃって……お父さんの立場はどうなるのだ。  幼い頃から、藤田リナはピアノと水泳を習っていた。特に水泳には秀でており、中学の時にはバタフライで、愛知県大会で優勝した。 「それを言うと、みんなに嘘だって言われるから、今でもちゃんと賞状を持ってるよ。名器になったのは、水泳のおかげかな」  変わった子どもだった。まず、学校の友人たちとつるんで遊ばなかった。なぜかテレビを観るのも好きじゃなかったので、当時人気のあったテレビ番組についてクラスメイトと話をすることもなかった。 「よくね、子供の頃から男の子にもてたでしょ? って訊かれるの。ゼーンゼン。全くもてなかった。暗かったし、自分で言うのもなんだけど、なんか妙な、何を考えているのかわからない、気持ちの悪い子どもだったみたい」  中一の時、生まれて初めてアダルトビデオを観た。兄の所蔵していたビデオだった。両親が夜はスナックで働いているので、その辺は自由だった。 「内容は今でも覚えている。企画モノでね、婚約者をレイプされて殺された男が、それを目撃していながら警察に通報しなかった団地の奥さんたちを次々とレイプするの。なんか、すごく興奮しちゃって、その日からオナニーを覚えちゃった」  毎晩のように指でオナニーをしまくっていた少女は、ある日、父親の部屋で肩こり用のL字型のバイブレーターを見つけた。 「これだって思ったの。直感かしら。これを使えば、指よりも絶対に気持ちがいいって思ったの」  それからは、父親が店から帰ってくる前に所定の場所にそのバイブレーターを戻す日々が続いた。昼間、水泳の練習でクタクタに疲れて家に戻った少女は、夜は三、四時間にもわたるオナニーで再びクタクタになった。 「夜になって両親が家を出て行くのが待ちどおしかった。両親が店に出かけると、さあオナニータイムって感じ。オナニーをする時は、いつもお兄ちゃんやお兄ちゃんの友達が持ってきたアダルトビデオを観ながらするの。エッ? どんな場面で興奮するかって? そりゃもちろん男優よ。女が女の裸を見て興奮するわけないじゃない。女はやっぱり、男の裸よ。  その時に、とってもかっこいい男優さんを見つけたの。それが、加藤鷹さん。クラスの他の女のコはチェッカーズがどうのこうのって騒いでいたけど、リナのアイドルは鷹さんだった」  藤田リナは、兄ととても仲が良かった。子供の頃は、いつも兄の後を追いかけていた。兄も、そんな妹を可愛がった。その愛する兄に、妹はあることを頼んだ。 「鷹さんを中心にした、男優のビデオを編集してって言ったの。だって、どのアダルトビデオを観ても、当たり前だけど女優が中心でしょ。男優のイク時の顔なんて、ほんの一瞬映るぐらいじゃない。その一瞬をいろんなビデオから集めて編集してって頼んだの。お兄ちゃん、ちゃんとやってくれたわ」  うーん、不思議な兄妹愛である。 ——じゃあ、中学時代の夜は、ほとんど自分の部屋に籠ってオナニーをしてたんだ…… 「そうね。部屋にビデオがあったし……」 ——お兄ちゃんに、オナニーをしているところを見つかったことはないの? 「気配で気づかれていたかもしれないけど、それはないな。リナがお兄ちゃんのオナニーを見たことはあったけど。お兄ちゃんの部屋のドアをノックしないで開けたら、シコシコやってたんで、『アッ、失礼』って言ってドアを閉めた」 ——お兄ちゃんはどうやってオナニーをしてたの? 「やっぱり、アダルトビデオを観ながらやってたよ」 ——AV好きの兄妹だったんだねえ。 「お兄ちゃんに限らず、お兄ちゃんの友達とか、つき合ってた彼氏も、みんなAVが大好きだった」 ——彼氏がいたんだ。 「ウン。同級生。中一の時からのつき合い」 ——じゃあ、初体験も中学生の時? 「ううん。なにせ童貞と処女でしょ。ペッティングはさんざんしてたけど、いざとなるとお互いどうしていいかわからないの。下手するとヘソの穴に入れちゃうって感じ」  中学を卒業する時、俵佐智子は卒業文集にこう記した。 「大人になったら、AV女優になりたい」 ■ 初体験はAVを流しながらやったの  テレビ番組に、話を戻す。  旅館に到着した藤田リナとその父親は、『ピクピクマンホール』を観ることになった。  旅館の一室で、ヒロミを真ん中にし、浴衣姿の父と娘がテレビの前に坐る。 「じゃあ、ビデオをセットします」  ヒロミがそう言って、ビデオの再生ボタンを押す。父・隆一は落ち着きなく煙草に火をつける。娘・佐智子は、自分で望んだことであるからか、なんか楽しそうだ。  ビデオが始まった。父親は、ほとんど画面に目を向けない。ひたすらうつ向いている。  そのテレビ番組を見た後、私は初めて『ピクピクマンホール』を観た。父親のつもりになって観た。  困った。  自分の娘があられもない姿で、「アア、イクイク」と口走っている。  自分の娘のこんな姿、父親はそりゃ直視できないでしょう。あの時の父・隆一の気持ちが、百分の一ぐらいわかった。ありゃ、直視できないよ。それに、直視していて、もし自分の娘のアデ姿に勃起してしまったら、シャレにならない。  番組の中でビデオがやっと終わった。 「わたしが頑張っている姿を、お父さんに見て欲しかった」  娘がそう言った。  それに応え、ほとんどその頑張っている娘の姿を視界に入れることのなかった父親はとぎれとぎれにこう言った。 「この仕事をやった以上は、中途半端でやめちゃいけない……例えば、十本に出たらやめるとかさ、そういう目標を持って……やりなさい……君が一生懸命なのはわかる……一生懸命にやってるから周りの人が動いてくれるんだよ……周りがあって自分がいるということを忘れちゃいけないよ……それに、親としてこっちは君のことをわかってあげようと努力しているから……そのことも忘れないで欲しい…………でも……わたしの本心は……やっぱり……やめてもらいたい……」 ——テレビを見てたけど、いいお父さんだね。 「そうですか。ありがとうございます」 ——普段はどういうお父さんなの? 「あんまり働かない人」 ——エッ? 「お店はママがしきっているから、お父さんが店の手伝いをするのは週に四日ぐらいかな。あとはゴルフとか、大体遊んでますね」 ——……ふーん……で、でも、いいお父さんだと思うな、ウン…… 「AV女優になりたい」と文集に書いて中学を卒業した藤田リナは、高校に進学せず美容学校に入った。昼は美容院を手伝い、夜は学校に行く毎日が続いた。もちろん、オナニーも毎日やった。多忙な日々が続いた。 「水泳でね、いくつかの高校から、『ウチに来ないか』って声はかかったんですよ。でも、手に職をつけた方がいいと思ったから美容学校に行ったんです。もしAV女優になれなかった時、美容師の資格を持ってたらなんとか食べていけるじゃないですか。でも、もしあの時に高校に進んで水泳を続けていたら、オリンピックに出てたかもしれませんね、ハハハ、いや、マジな話、その可能性はあったと思いますよ、ハハハ」  そして、藤田リナはやっと初体験を迎える。相手は、中学時代にずーっと、あきるほどにペッティングをし合ったボーイフレンドだった。 「もう、本当にやろうよって、彼の家で、AVを流しながらやったの。AVの結合シーンをストップモーションにして、そのとおりに。なんとか上手くいったよ。痛いだけで全然気持ちよくなかったけど、AV女優みたいに『イク、イク』って叫んでさ。よし、これでAV女優への道を一歩踏み出したと思って、嬉しかったな」  人間、ひとつの目標があると、他のことにはなかなか集中できないものである。AV女優になるんだと心に決めていた藤田リナもそうだった。一年半で美容学校を卒業した彼女は、同時に勤めていた美容院もやめてしまった。 「だからね、リナ、シャンプーしかできないの。リナのシャンプー、上手いですよォ」 ■ 鷹さんが横に坐っただけでイキそうになっちゃった  十八歳になるまで、藤田リナは名古屋のバーやクラブでホステスのバイトをした。十八歳にならないと、AVに出演できないことを知っていた。  十八歳の誕生日を迎えるやいなや、藤田リナは上京する。 「でもさァ、東京に出てきたって、どうすればAV女優になれるかわかんないじゃないですか。だから、とりあえずショーパブにダンサーとして勤めたの」  再び、話はテレビの画面の中へ戻る。  ビデオを観終わった親娘は、他の親娘たちとの宴会に加わった。  やがて宴はたけなわとなり、カラオケ大会となる。それぞれの、「困った娘」たちが、父親と演歌をデュエットしたりする。  マイクが藤田リナに回ってきた。  藤田リナが選んだ歌は、小坂明子の「あなた」だった。  もしもわたしが家を建てたなら 小さな家を建てるでしょう  歌いながら、藤田リナはなぜか突然泣き出した。  わたしの横には、あな〜たあ  そのくだりになると、娘の歌を聞いて感極まった父・隆一がうたう娘の横に立ち、泣き笑いの表情で娘の肩を抱く。  私は自慢じゃないが涙もろい。それまで、ケタケタと笑ってテレビを見ていたが、そのシーンでは思わず涙ぐんでしまった。  東京に出てきてショーパブで踊るかたわら、藤田リナはAV女優になるための勉強に没頭した。毎日のようにレンタルビデオ屋でアダルトビデオを三本、四本と借りてきては早回しすることなく寝る間も惜しんで観続けたのである。 「今までは、自分のオナニーのためにビデオを観てたでしょ。男優さんばっかり観ていて、女優さんがどういうことをしているか観ていなかったの。AV女優になるためにはそれじゃいけないと思って、女優さんを中心に観るようにしたの」  何百本、ビデオを観たろうか。それと同時にビデオ雑誌をむさぼり読み、業界について勉強した。 「V&Rはちょっと過激すぎるとか、宇宙企画はあまりにカワイコちゃん路線でリナには合っていないな、とか、いろんなことを考えましたよ」  そして、考えに考えたあげく、藤田リナは自分から、身分証明書としてパスポートを持って、今の事務所のドアをノックした。  藤田リナのマネージャーは言う。 「変な話ですよね。普通はこっちが路上なんかで声をかけてスカウトするのに、女の子の方から、『AV女優になりたいんですけど』ってやってきたんですから……」  去年の十一月、AV女優・藤田リナはデビューした。デビュー作で、いきなり、彼女は憧れの加藤鷹と出会い、セックスをした。 「もう、感激! 鷹さんが横に坐っただけでイキそうになっちゃった」 ■ リナ、精神的に恋をしたことってないかもしれない ——今、幸せ? 「幸せですよ。やっとAV女優になれたんだもん。超がつくぐらい幸せ」 ——よかったねえ。心から好きだって職業につける人って、なかなかいないよ。 「そうかもしれませんねえ……リナね、思ってるんだけど、ずっと歳を取っても、藤田ウメとか藤田キクとかって名前を変えてAVに出ようと思ってるの。そのくらい、AVが好きなの」 ——彼氏はいるの? 「いない。東京に出て来てから、本当にいないんです」 ——じゃあ、あいかわらずオナニーばっかりで。 「ええ。毎日やってます。L字型のバイブレーターも自分で買ったし……。多い時は一日十回ぐらいオナニーをしちゃう。リナの人生の中で、オナニーは一番大事。明日撮影で鷹さんと会えるなんて思うと、もう興奮しちゃって一睡もせずにオナニーしまくっちゃう。この前さ、あんまりオナりすぎちゃって、陰唇っていうの、あれが切れちゃって血が出ちゃった」 ——じゃあ、プライベートじゃ、全然セックスしてないの? 「ううん。彼氏はいないけど、セックスフレンドは、ええと、四、五人はいるかな」 ——どんな人たち? 「某有名芸能人とか……ハハッ、でもリナは口が固いから、誰だとかってしゃべらないですよーん」 ——今まで、真剣に恋をしたことある? 「シンケンって?」 ——この人と一緒になれなかったら、死んじゃうっていうようなさ。 「……ないな。そう言われれば、リナ、精神的に恋をしたことってないかもしれない。いつも誰とも、体だけのつき合いだもん」  インタビューが終わった。藤田リナはこれからTBSの『PAPAパラダイス』の新年会に行くという。 ——やっぱり、芸能人やプロデューサーなんかとやっちゃうと、テレビの仕事が増えるの? 「ウーン……まあ、ギブすればテイクありってとこですかね……でも、リナはあくまでもAV女優ですよ。今年はけっこうテレビに出るかもしれないけど、それはあくまでもAVの宣伝です」  そう言って、藤田リナはマネージャーの車に乗り込もうとした。 ——テレビで、「あなた」を歌ったよね。なんであの曲を歌ったの? 「なんとなくかな……」 ——じゃあ、歌っている時にお父さんが横に立ったらなんで泣いたの? 「お父さんの肩こり用バイブを使ってオナニーしちゃって申し訳ありませんでしたって感じかな。じゃ、お疲れさまでした」  そう言って、藤田リナは小雨の降る中、私の前から去って行った。  そうか、あの時私がもらい泣きした彼女の涙は、そういう意味だったのか……。 AV Actress Rina Fujita★1994.3 ■ 人間としてカッコいい人が好きだな——八カ月ぶりの藤田リナ  私が藤田リナに最初に会った時、インタビューが終わると彼女はなにやらそそくさと心ここにあらずといった感じで帰り仕度を始めた。これからTBSの新年会に出席するのだと言う。 「今日は気合が入ってるんですよ。下着もいいやつをはいてきたし」 ——エッ? 下着? 「今日のパーティに、B21スペシャルのヒロミさんが来るんですよ。あの人と今夜ファックできたらいいなと。田代まさしでもいいな。リナってお笑いの人が好きなの」  私は「頑張ってね」と言って、藤田リナの跳び跳ねるような後ろ姿を見送った。そしてそれ以来、テレビでヒロミ氏を見ると、「藤田リナにやられちゃったのかなぁ」と思うようになった。  八カ月ぶりに会った藤田リナは、髪を薄茶色に染めていた。 ——元気だった? 「ウン。元気」 ——痩せたんじゃない? 「エー、うそ! 太っちゃったよ。一時期ね、事務所を移るとかどうのこうのってことがあって、ストレスがたまって、三九キロまで痩せたんだ。みんな、そう見てくれないけど、リナってけっこう神経質なんだよ。それでさ、こりゃいけない、もっと太らなくちゃっていっぱい食べたら、ぶくぶく太っちゃった。また痩せなきゃ」 ——この前さ、ヒロミとファックするって、すごい気合入れてTBSのパーティに行ったでしょ。 「行った、行った。あの時は気合入ってたよね。パンティもいいもん、はいてさ」 ——で、あの日はどうだったの? ヒロミとやれたの? 「だーめ。だってあの日は(松本)伊代ちゃんが来てたんだもん。あの二人って、結婚するだけあってとっても仲がいいの。もう、立ち入る隙がないって感じ」 ——田代まさしは? 「あの人ってすごいマジメみたい。自分にも娘がいるから、リナのことなんか子供だと思ってるんじゃないかな。むこうから口説いてくるのは赤信号のワタナベぐらいでさ。でもリナって基本的にデブが嫌いだからパス」 ——じゃあ、その日は誰ともやらなかったんだ。 「ウン」 ——残念だったね。 「そうだね」 ——君の好きな男性のタイプって? 「ハンサムな人ってイヤ」 ——エッ? だって、(加藤)鷹さんってハンサムでしょ。 「ハハハッ。鷹さんの話はやめよう、ネッ」 ——どうして? 「だって、リナが鷹さんのことが好きだっていうのが有名になりすぎちゃったんだもん」 ——自分で言ってるからでしょ。 「ウン。それはそうなんだけど、最近仕事で男優さんと会うと、『君って鷹さんが好きなんだよね』ってなんか腰がひけてオドオドしちゃってるんだもん」 ——加藤鷹っていう名前があまりにもビッグだからな。 「そうかもしれない。それに鷹さんも若い男優さんに『藤田リナの性感帯はあそことあそこだぞ』みたいなこというから、あの人たちはますますプレッシャーがかかるみたい」 ——つまり、若い男優は森繁久彌や宇野重吉に可愛がられている女優とからまなくちゃいけないって心境なわけだ。 「モリシゲは知ってるけど、ウノ? ウノって誰?」 ——……いや、そういう偉い人がいたんだよ。 「フーン」 ——で、ハンサムな男は嫌いだと……。 「ウン。三枚目なのに二枚目気取りしてる人が好き」 ——それってどういうこと? ブサイクなのに分不相応にかっこつけてる奴がいいってわけ? 「違う、違う。リナってほら、ボキャブラリーっていうのかな、言葉をよく知らないからよく誤解を受けるんだけど、ウーン、なんて言ったらいいのかな……渋い人間が好きっていう感じ? 味のある人間っていうの? そんな男の人が好き。かたちやかっこじゃないの。芸能人でもそうじゃん。写真ではかっこいい男って、実際に会ってみるとてんでつまんないじゃん。中身がないっていうかさ。だから、ウーン……人間としてさ、かっこいい人がリナは好きだな」  八カ月前の藤田リナは、今までセックスをした男性は三十人ほどだと言っていた。それが今は五十人に達したらしい。その後の二十人はいったいなんなのか。どうも、芸能関係者らしい。 ——俳優とか歌手とか? 「ウウン。リナはそういう人たち、あんまり好きじゃないの。リナはお笑い系の人が好きなの」 ——じゃあ、お笑いの人たちとやりまくってるんだね。 「やりまくるってほどじゃないけど……まあまあ食ってるよね」 ■ 超好きなの 超好きなのに どうしようもできない  でも、藤田リナは今、恋をしている。 「リナね、今、詩人なの。この前|何気《なにげ》に新幹線に乗ったら(多分、大阪の芸人に呼び出されてセックスをしに行ったのだろう。ちなみに藤田リナによれば、ビッグネームの芸能人はやはり一流ホテルを使い、そうではない芸能人はラブホテルで彼女とセックスをするらしい)、ふと彼のことを想って詩を書きたくなったの」  そう言って、「見てみる?」と嬉しそうに開いてくれた彼女の手帳に記されてあった詩。  《すごく好きなんて燃えることができるのは   ずっとずっと遠いことだと思っていたのに   今こんな気持ちでいるわたし   思いをつたえなきゃなんて思ってばかり   でもこの気持ち つたわるよね きっと   そう信じてるから   胸も頭も体ごと爆発しそう   毎日まいにち君のことで頭がイッパイ   君はどうすればふり向いてくれるの?   気づいてる? わたしのこと   答えて お願い   君はいつも何をしているの?   何を考えているの?   そっと教えて わたしにだけ   超好きなの 超好きなのに   どうしようもできない》 「よかったなあ」  私はその詩を読んで心からそう言った。 「エッ、なんで?」  藤田リナは目をクリクリさせながらそう言った。 「だって、やっと真剣に恋をする相手ができたわけじゃん」  藤田リナは照れかくしのようにアッハッハと大きい声で笑い、「そうだよね。わたしも恋ができるんだ」と言った。  藤田リナが恋をしている相手を私は知っている。絶対にその彼の名前を書かないという約束をして、私は彼女の想い人の名を教えてもらった。その男は連日のようにテレビに出演している。だから、どうもテレビのお笑い番組を眺めていても気持ちが落ちつかない。ヒロミは大丈夫だったらしいが、〇〇は今頃……。いやいや、藤田リナは人生のつらさをきっちりと知ってる女の子です。いい子です。どうか〇〇さん。藤田リナを一夜の遊び相手と思わず、ちゃんときっちりつき合って下さい。だって、今度やっとデートをするんでしょ。 「もうひとつ、詩があるの。読んで」  藤田リナはそう言って手帳の一番後ろのページをめくった。  《思いをとどけらんなくて   つらい すごくつらい   なのに どんどん好きに思えてくるの   どうしよう   毎日一人よがり   でもいつかかなうよね この恋》 ——一人よがりって何? 心が苦しいってこと? 「ハハハッ。心も苦しいんだけど、彼のことを想うとオナニーしまくっちゃうのよ。彼の出てる番組を録画して、|いい顔《ヽヽヽ》してるところをストップモーションにしてオナるの。お笑いの人だからさ、なかなかかっこいい顔って見せないからこっちも大変なのよ。一日、二十回ぐらいオナニーしちゃう。もう気が狂っちゃいそう。だから、今はアパートに帰りたくないの。ドアを閉めたら、もうあの人のことを想ってオナニーしちゃうからさ。ねえ、今晩、カラオケボックスに遊びに連れてってよ。一人になりたくないんですよ」  藤田リナの手帳に記されてあった「思いをとどけらんなくて——」という詩の横に、腹立たし気な筆跡で「SEX」「SEX」「SEX」と、SEXという文字が三つ書かれていた。 AV Actress Rina Fujita★1994.11 [#改ページ] 沙羅樹 AV Actress Sara Itsuki わたしがAVで働くしかない

 |あの《ヽヽ》沙羅樹がAVに復帰するという。沙羅樹は昭和六十一年にビデオデビューし、六本の作品に出演し(うち五本は村西とおる監督のダイヤモンド映像より)、強烈な印象を残して四年前に突然私たちの前から姿を消した。私はその引退の半年ほど前に彼女にインタビューをしたことがある。しっかりしているが、どこか淋し気な女の子だな、と思ったことを覚えている。なんか無理をして生きているように思えた。そのインタビュー記事の最後に、私は次のようなことを書いている。 《ガードの固い人だった。多分、もはやそれは彼女の地になっているのだろう。めったなことでは他人に心を開かない人なのだと思う。それは、なんでもしゃべってくれるとか、全然しゃべってくれないとかそういう次元でのことではない。実際、彼女はよくしゃべってくれた。しかし、もっと微妙な部分、心のヒダの部分で彼女はめったなことで他人を信用しないのじゃないだろうか。逆に言えば彼女にとって他人を信用する、しない、は、一つのカケというか勝負なのだろう。元気な時はいいが、やはり疲れてしまうと思う。(中略)いらぬおせっかいだが、早く避難所を見つけて欲しい。それが男であってもいいではないですか》 ■ 四年ぶりのAV復帰  別にその時のインタビューで彼女が直接、「つらい」と言ったわけではない。いやむしろ、これからの仕事に実に意欲的だった。だが、どうも彼女は精神的に疲れているように私には思えたのだ。だから、彼女の引退の報を聞いた時、「やはり疲れていたのだな。避難所は見つかったのだろうか」と思ったものだ。  その沙羅樹が復帰するという。なぜ引退をし、四年間をどう過ごし、そして今またなぜビデオ界に戻ってくるのだろうか。  沙羅樹に会う前日、駅のホームの売店で一冊の写真週刊誌を購入した。表紙に黒木香という文字が見えたからである。御存知のように黒木香はダイヤモンド映像での沙羅樹の先輩であり、ダイヤモンド映像の初期は彼女たち二人だけが会社専属の女優だった。  週刊誌のタイトルは、「失踪した元祖AV女王『黒木香』貧窮生活恨み節」とある。記事によると、ダイヤモンド映像の倒産と共に愛人関係にあった村西監督と別れた黒木香は、今は収入もなく都内の商人宿のような所でひっそりと暮らしているのだそうだ。黒木香にも以前に会ったことがあるが、写真で見る現在の彼女は顔がかなりふっくらとし、かつての派手さなど微塵もなかった。宿の一室で全裸になり有名だった腋毛を披露している写真も掲載されていたが、その崩れた体の線は痛々しくて直視できないものだった。  私はその記事を読みながら、明日会うことになっている沙羅樹のことを想った。四年という歳月は人を変えさせるには充分な時間である。沙羅樹は変わっているのだろうか。  久し振りに会った沙羅樹は、顔がひとまわり小さくなっていた。嬉しいことに、一度会っただけなのに彼女は私のことを覚えていてくれた。  ——痩せたねえ。 「そうでもないんですよ。顔だけは昔みたいに張りがなくなって小さくなっちゃったけど。体重はそんなに変わってません」  缶ビールを美味しそうに飲みながら、彼女は言った。言葉をひとつひとつ慎重に選んで話すしゃべり方と、その童顔からはちょっと予想しにくい低く落ち着いた声は四年前と変わりなかった。 《米軍基地のある町や港町は、エキセントリックである。兵士や船乗りなど「通りすぎてゆく人々」が街中を闊歩し、彼らを相手に商売をする店が林立している。そこでは、珍しくまた新しい様々な情報が飛び交い、大人たちはそのナマの姿を隠そうとしない。だからだろうか、基地の町や港町の子供たちには、マセて大人びた子が多い。彼らは性的にも早熟であるし、口を開けば生活や生き方やお金などについて、妙にしっかりとした意見を言う。話をしていると、年齢的にはとっくに大人になっているはずのこちらの方が、彼らに説教されているような気分になってくる。(中略)ただ、彼らはとてつもなくしっかりしている反面、どこか刹那的な雰囲気を漂わせている。世の中のしくみをすべて把握している口ぶりでいながら、その口調はどこかなげやりなのである。早熟でしっかり者の彼らは、あまりに早くナマの大人たちの喜怒哀楽を見てしまったために、なにかを諦めてしまったんじゃないだろうか。しっかりした考え方と、なげやりな口調が同居し得るのは、そのせいなんじゃないだろうか》  この文章も、私が前回、沙羅樹にインタビューをした時に記したものである。  沙羅樹は、東京の米軍基地のある町で育った。やはり幼い時からマセた子供だった。中学、高校時代は、小遣い稼ぎのために新聞配達などのアルバイトに明け暮れた。セックスは中学二年の時に覚えた。高校の時、四歳年上の男性と大恋愛をし結婚も意識したが、高校を卒業した彼女がAV業界に入ったのをきっかけに、別れた。  沙羅樹はダイヤモンド映像(当時クリスタル映像)の専属となった。両親の反対を押し切り、彼女は村西監督のもとで無我夢中で仕事をした。なんとか、両親のために家を建てかえたかった。三年目でその念願は実現した。ホッとした。そして、ふと気づくと、いつの間にか村西監督を愛してしまっている自分がいた。しかし、その時はすでに黒木香という愛人が監督にはいた。 「どうして引退したのか? そうですね。自分の目標というか、役目が終わった気がしたんです。家を建てかえて、落ち着いてしまったんですね。貯金もあったし、生活が安定してきて、いつの間にか仕事に対する情熱が薄れてきちゃったんです。それに、最初は専属の女優は黒木香さんとわたししかいなかったんですけど、後から若い子がいっぱい入ってきて……なんか、自分の居場所がなくなったように思えたんです。  若い子って、がむしゃらに仕事をするじゃないですか。それを見て、『自分のデビューした頃みたいだなあ』と思うんですけど、わたしもまた同じように頑張ろうとは思えなくなってたんです。将来のことを考えて仕事は選ぼうという会社の方針もあって、仕事も少なくなってたし。会社もまだ余裕があったんですね。それでダンスや歌のレッスンなんかをしてたんですけど、だんだん、こんなことをしてていいのかなあ……と。  とうとう、ウツ状態になっちゃったんです。人ともしゃべりたくないし、体も動かしたくない。マンションの部屋の布団の中で、ただただジーッとしていました。電話が鳴っても、受話器を取ることができないんです。孤独ってこういうことなのかって、生まれて初めてしみじみと思いましたね。  村西さんに対しては、監督と女優という関係を越えた感情というものは、確かにわたしの中にありました。でも、自分でその感情を抑えたんです。そして、自分の中でその恋を力ずくで終わらせたんでしょうね」 ■ 結婚できない人を愛してはいけないと思うんですよね  村西監督への恋。そして、ダイヤモンド映像をやめたことは、沙羅樹にとって今までの人生の中でもかなり大きな出来事だった。 「自分はあくまでも会社にとって女優でしょ。そういう立場を考えたら、恩のある監督に恋心は抱いてはいけないと思ったんです。だって、これからも一緒に仕事をしていかなくちゃいけないんですからね。公私混同は絶対にしてはいけないですよね。わたしは女優なんだから、それをわきまえた行動をしなくてはね。そうやって悩んだ時期が一年ぐらい続きましたかね。次第に仕事に対する情熱も薄れてきました。くやしいですけど。  黒木さんの存在は別に意識はしませんでしたよ。でも、わたしには、仕事はやりたくないけど監督のそばにいさせて欲しい、なんて図々しいことは言えなかったんです。  仕事に欲がなくなって沙羅樹という存在が薄れ、本名のわたしとして監督を愛した時、自分の身はどうすればいいのか? 隠れて愛さなきゃいけないのか? それは空しすぎるし、監督に対して失礼ですよね。やはり監督との接点は仕事でしか生まれないんですよ。だから、仕事ができなくなったら、監督の前から去るしかないんです。  監督に対して尊敬心というものがあったから駄目だったんでしょうね。ただ『好きだ』という感情だけだったなら、まだ気楽だったと思います。尊敬してるわ、会社では上司だわ、あげくの果てには愛してしまったわ……がんじがらめになっちゃって、自分を苦しめるだけでした。  やはり、結婚できる人に自分のすべてを委ねたいんですよ。結婚できない人を愛してはいけないと思うんですよね。不倫とか、一緒になれないから燃えるということもあるんでしょうが、わたしは一緒になれる可能性のある人に愛を注ぎたいんです。まだ、結婚に夢を持っていますからね」  沙羅樹の母親は昔から病弱だった。とうてい働くことなどできない。引退しようと考えた時、沙羅樹はその母親に相談をした。母親は娘にこう答えた。 「家のローンもあるし、経済的にはあなたに仕事を続けて欲しいけど、でも、おやめなさい。そして、あなたと結婚してくれる人を見つけなさい。ママやパパはいつまでもあなたのそばにいられないんだからね」  沙羅樹は会社をやめ、八王子にある実家に戻った。 「結局、わたしが弱かったんでしょうね。仕事を続ける孤独よりも、家庭の暖かさを求めてしまったんですね。もっとわたしが強ければ、ダイヤモンド映像が倒産する最後の最後まで、会社に残っていたと思います。会社の終わりを自分の目で見れなかったというのは、正直言ってくやしいです」  四年ぶりに家に戻った沙羅樹は、家事手伝いをしてのんびりと過ごした。外出もすることはなかった。たまに母親と買い物に出かけるぐらいだった。沙羅樹は初めて、普通の生活の喜び、一家団欒の喜びというものを味わった。 「妹とじっくりと話し合えたことがよかったですね。わたしがデビューした時、妹は中学生だったんですが、周りからわたしのことをいろいろ言われて、一時登校拒否になったことがあるんです。女の子として微妙な年齢でしたから、つらかったと思います。でも実家に戻って話をして、妹はそれまでのわたしの生き方を理解してくれました。そして、『お姉ちゃん。やっぱり家族が一緒に暮らすっていいね』って言ってくれたんです。目頭が熱くなりました」  しばらく、沙羅樹の幸せな日々は続いた。恋もした。相手は同じ年齢の会社員だった。彼とデートをしている間じゅう、彼女は彼に「わたしのこと愛してる?」と何度も尋ね、彼を苦笑させた。やっと、一生をともにできる相手が見つかった、と沙羅樹は思った。  だが、ダイヤモンド映像の経営が急激に悪化してきた。もう沙羅樹は引退しているのだからそんなことは関係ないだろうと思われるだろうが、しかしそうはいかなかった。実は、彼女の父親がダイヤモンド映像に役員として勤めていたのだ。その父親の給料が、次第に支払われなくなった。  父親も体は丈夫な方ではなかった。だが、どんなに体調を崩しても、給料が払われなくとも父親は律儀に毎日きちんと出社した。昔|気質《かたぎ》の人物だった。 ■ わたしがAVで働くしかない  そして、父親は倒れた。原因不明の病気で、父親は体も言葉も不自由となり、寝たきりになってしまった。  一年間はなんとか今までの貯金で生活したが、それも底をついた。だが、家のローンはそんな事情を考慮してくれはしない。年に三回、決められた金額を払わないと家は競売にかけられてしまう。 「僕が夜も昼も働いてお金を稼ぐよ」  恋人はそう言ってくれたが、沙羅樹の耳にその言葉は空しく響くばかりだった。気持ちはありがたいが、そんなこと長く続くわけがない。まだ彼は若いのにそんな苦労をさせては気の毒だし、第一それで体を壊してしまったら目もあてられないじゃないか。  沙羅樹は恋人に、別れようと言った。彼の顔に、ほんの少し、安堵の色が浮かんだのを彼女は見逃さなかった。そして、思った。  わたしが、AVで働くしかない。  沙羅樹の復帰ビデオの撮影は今年の一月に行われた。アナルセックス・シーンもあるハードな撮影だったが、沙羅樹は、「売れる作品を作らなきゃ意味がない」と頑張った。この作品が売れなかったら後が続かず、ローンが払えず、父母の面倒も見れないのだ。  その撮影の模様を、監督した神野竜太郎が『ビデオ・ザ・ワールド』誌に次のように書いている。 《最初のカラミとなり、俺はその一部始終をモニターで見つめ続けていた。そしてすべてが終わり「カット」の声を掛けた時、周りは静寂を保ったまま誰も言葉を発しようとはしない。俺自身も言葉を失い、モニターの前から動けなかったのだ。「……動けなかったよ」カメラマンが初めて口を開く。いつもなら、カラミの最中カメラを手持ちにして、忙しく動き回るカメラマンの言葉だ。「凄すぎて、フルサイズ以外にはいけなかった」。俺はやっとの思いでモニター前から立ち上がり、彼女のそばにいく。「大丈夫?」。俺は間抜けな言葉しか掛けられない。「どうですか? ちゃんと出来ていたでしょうか?」。彼女はいつもの不安げなまなざしを向ける。「全然問題ないよ」。俺は自分自身が嫌になるほど馬鹿な言葉しか掛けることができない。それほど凄かったのだ!  彼女は与えられたシチュエーションの中で、設定を崩さずにAV女優「沙羅樹」を演じ切ったのだ。言葉の出ない感動なんて何年振りのことだろう。(中略)俺は全身に震えがくるほどの感動と、心地良い仕事の充実感を与えてくれた「沙羅樹」という類い希なAV女優に出会えたことに感謝している》  大洋図書のスタジオで私が沙羅樹に会ったのは、三月十日の午後だった。互いにビールを飲みながら二時間ほど話をしているうちに、窓の外には夕闇がせまってきた。私たちの間に、ふっと沈黙が落ちた。私は煙草に火をつけ、白い煙をフーッと吐き出した。煙がユラユラと天井に向けて舞い昇る。  それを目で追いながら、沙羅樹がボソッと言った。 「わたし、今、とっても精神状態が不安定なんです」  その口調は、今まで淡々としていた彼女のそれとちょっと違っていた。私は黙ったまま次の彼女の言葉を待った。 「あの……七日に、父が亡くなったんです。実感はまだないんだけど、気持ちはとっても不安定……だって、わたしが働かないとパパとママが死んじゃうと思って復帰したら、パパがいなくなっちゃったんだもん……」  それまで、かたくなに両親のことを父、母と呼んでいた彼女が、初めてパパ、ママと言った。 「皮肉ですよね。パパが死んじゃって、生命保険で家のローンもチャラになっちゃったんです。もう、背負うものがなくなっちゃった……もう、普通に結婚しても、ダンナさんの収入で普通に食べていけますよね……」  この原稿を書いている今も、私は彼女に答える言葉はない。  沙羅樹の復帰第一作、『人間発電所'94』は四月二十八日にサムビデオから発売された。 AV Actress Itsuki Sara★1994.6 [#改ページ] 永嶋あや AV Actress Aya Nagashima わたしって、オチンチンをしゃぶるのが本当に好きなんです

クイズ 千葉県松戸市に住む、いたいけな中学一年生の女の子が、次に挙げる物をつかって|ある物《ヽヽヽ》を作りました。その|ある物《ヽヽヽ》とはいったい何でしょう。 ○ヘアースプレーの缶 ○おじいちゃんがなぜか瓶の中にためていたパチンコの玉 ○アロンアルファ ○ペンチ ○ガムテープ ○脱脂綿 ○ラジコンのモーター ○乾電池 答え バイブレーター ■ 今日はどんなオチンチンが来てくれるんだろう?  目覚まし時計の音で女は目を覚ました。時計の針はいつものように午前十時をさしている。まだ昨夜の酒の酔いが残っている頭を枕から持ち上げ、女はベッドの上にちょこんと坐る。部屋がガランとしている。  ああそうか、あの人はもう出て行ったんだっけ……。  女は、先日まで一年近くこの部屋で一緒に生活していた男の顔をボンヤリと思い浮かべた。男が部屋から姿を消して日が浅いため、女はこのところいつもこんな想いで朝を迎えていた。だが、一人で迎える朝は決して淋しいものではなかった。むしろ、やっと自由になれたという爽快感があった。  女はベッドから降りるとパジャマ姿のまま窓のカーテンを開ける。今日もいい天気だ。眼下には亀戸の町が広がっている。  ンーッ、と喉の奥で声を出して女は両手を上げて背筋を伸ばす。 「さあ、今日も頑張るか」  一人でそう口に出して言うと、アルコールが体から抜けていくような気がした。かわりに、心から本当に好きな仕事をしているという喜びが体じゅうに満ちて溢れる。キャバクラやスナックで働いていた頃は気分が乗らないと、店に電話を入れてよく休んだものだが、今の仕事を始めてからはそんなことはない。初めて労働の喜びというものを知ったような気がした。やはり、仕事というものは好きなことをするに限る。  女はシャワーを浴び化粧をし外出着に着替えると、十一時にはマンションを出た。シャワーを浴びている時、ムラムラとオナニーがしたくなったが、遅刻をするといけないので我慢した。  電車に乗った女が降り立った駅は巣鴨。駅から歩いて五分ほどの店に入って行った。その店は俗にピンサロと呼ばれる店である。 「お早うございます」  開店に備えて店内を掃除している男性従業員に女は声をかける。そして、仕事用のミニスカートに着替えながら女は思う。  今日はどんなオチンチンが来てくれるんだろう? 何本のオチンチンをしゃぶることができるのだろう?  女の胸はワクワクと高鳴った。  それにしてもわたしって、本当にフェラチオが好きなんだなあ……。ピンサロは天職だ。  たまさかの休日。女は友人の女性と吉祥寺のバーにいた。友人とたわいもないおしゃべりをしていると、酔いも手伝い日頃の疲れが一瞬でもとれるようだった。いくらオチンチンをしゃぶることが好きでも、毎日三十本以上のオチンチンを相手にしてはさすがに疲れる。昼の十二時に店に入り夜の十時に仕事は終わるのだが、生フェラで精液も飲んでくれる女への指名は多く、仕事の間じゅう、食事をとるのもままならないぐらいだった。花の蜜を吸う蝶のようにオチンチンからオチンチンへと渡り移り精液をしぼりとっていると、仕事を終える頃には膝がガクガクになっている。 「仕事、忙しいの?」  友人が尋ねる。友人は、女がかつて北千住のキャバクラで働いていた時の同僚で、今は小さな会社のOLをしている。結婚を約束した男性もいるらしい。 「うん、まあね」  女は口を濁してそう答える。友人には錦糸町のスナックでチイママをしていると言っている。三カ月前までは確かにそうだったのだから、あながち嘘ではない。ピンサロで働くことが悪いことだとは思わなかったが、とりたてて言うほどのことでもないと思っていた。  その時、二人組の男たちが声をかけてきた。 「ねえ、一緒に飲まない?」  男たちはカウンターに坐っている女たちの両脇に分かれて坐る。いかにも、女をナンパすることに物慣れている振る舞いである。  女は、自分の隣に坐った男の顔を見るなり、男に恋をした。この惚れやすい体質は自分でもどうしようもない。今まで百人以上の男と体を重ね合わせたことも、三カ月前に三角関係で修羅場を経験したことも、一年前に流産をしたこともすべてを忘れ、女は恋する乙女と化した。話をするうちに、男が女より一歳上の早稲田大学経済学部の学生であることがわかった。 ■ 本当はピンサロで働いていたんだな!?  三日後、女は目覚まし時計の音で目を覚ました。何やら窮屈な感じがして横を見ると、自分が恋をした男が裸で寝ている。昨日までガランとしていた部屋がやけに狭い。  女は鼾をかいて眠っている男を起こさないようにベッドを降り、全裸姿のままカーテンを開ける。女の股間の毛に遅い朝日が差し込み、キラキラと光る。眼下には亀戸の町。振り返ると、ベッドで寝ている裸の男。 「ま、これもいいか」  女はそう一人でつぶやき、なぜだか自分でもわからぬままに、クスッと笑った。  その日から男は女の部屋から大学に通うようになった。女は男に、クラブのホステスをしていると言った。  ある夜、女がいつものように三十本以上のオチンチンをしゃぶった後でマンションに戻ると、男はまだ起きて女を待っていた。まあそれはいつものことなのだが、今日は男の顔が妙にひきつっている。  どうしたんだろう……。  女は不安な気持ちにかられながらも努めて明るく「ただいま」と男に言った。男は黙ったまま、ライターとイソジンうがい薬の入った箱をテーブルの上に置いた。ライターには女が勤めている店の名が記されており、イソジンはいつも精液を飲んでいる彼女の喉を心配した店長がくれたものだった。どちらも女がつい部屋に置き忘れたものである。 「なんでこんな物を持ってるんだ」  女は答えなかった。 「……本当は、ピンサロで働いていたんだな!?」  女は小さな声で「ウン」と答えた。  その途端、男は立ち上がりテーブルの上に置いてあったコーヒーカップをフローリングの床に投げた。二人で買ったカップだった。カップはこなごなにくだけた。 「もう、人が信じられない」  男が呻くように言った。  女は男がなぜそんなに怒るのか理解できなかった。ただ、男の怒り方があまりに激しいのでそれを収めるため、「ゴメン。もうやめるから」と言った。女のその言葉を聞くと男は今度は泣き始めた。泣きながら、「でも、お前のことが好きだから別れられない」と言った。いつから男は自分のことを「お前」と呼ぶようになったんだっけと思いながら、女はウンザリした気持ちになっていた。男の人にはいつも堂々としていて欲しい。自分の女のことでウジウジと悩むような男はまっぴらごめんだ。人を殺したわけじゃない。たかがピンサロじゃないか。  だが、翌日からも女は男と一緒にいた。男は家事が得意だったしセックスもまあまあだったので、その点では便利だったからだ。ただ、男はパニック状態がしばらく収まらず、テスト勉強ができず留年してしまった。  三カ月が過ぎた。女は依然としてピンサロで働いていた。男にはパーティコンパニオンをしていると説明していた。  ある日、一人で買い物をしに新宿の街を歩いていると、携帯電話を持った若い男が声をかけてきた。 「君、雑誌とかのモデルをしてみない。脱がなくていいからさ。水着姿になるくらいで……」  AVのスカウトだな、と女は思った。だが若い男は遠回しな話をグダグダとするばかりだ。しびれを切らした女が言った。 「あなた、AVのスカウトでしょ。わたし、一度でいいからAVに出てみたかったんです。プロの男優さんと一回セックスしてみたかったんです」  若い男が狂喜したことはいうまでもない。  数日後、女は今度は本当にピンサロをやめた。  また時間が流れた。女は大阪から新幹線で東京に戻った。前日、大阪のテレビ局の生番組に樹マリ子や松本コンチータ達と一緒にAV女優として出演したのだ。全国放送だった。  マンションのドアを開けると男がいた。「ただいま」と言っても男は黙っている。この雰囲気、前にも経験があるなと女は思った。しばらくして男が口を開いた。 「見たよ」 「何を見たの?」 「テレビ。お前、AVに出てたんだな」 「アリャー、見られちゃったの。ヘヘ、本当はそうなの。ごめんね、黙ってて」  男は涙を流しながら言葉を続ける。よく泣く男である。 「テレビは見なかったことにするから、AVはやめてくれ。金のためにやっているのなら、金のことは俺がなんとかするから」  学生のくせに何を偉そうなことを言うのだろう、と女は思った。今までも何かというとわたしの金をあてにしてきたくせに。いくら勉強ができるか知らないけど、しょせんはまだ社会に出ていない子供のくせに。 「金のためにやってるんじゃないの。わたしはAVの仕事が好きだからやってるの」 「お前は騙されてるんだ。あんなの、売春婦と同じじゃないか。恥ずかしくないのか。お前は強がっているけどまだまだ弱いところがある。俺が支えてやらないと駄目なんだ。お前には俺が必要なんだ。だからそんな仕事はすぐにやめて、俺と結婚しよう」  何かが、女の体の中でプッツリと切れた。 「あのね、あんたはもう必要じゃないから。もういいから。わたしは一人でやっていけるから」  男は部屋を出て行った。「そうか、まいったなあ。必要ないって言われちゃったか。そこまで言われたら、俺、出て行くしかないな」と言って。 「もう変な女にひっかかって留年しちゃ駄目よ。ちゃんと卒業するのよ」と言って女は男を送り出した。そして、また一人になれたと思うと久し振りに解放感が体に戻ってくるのを感じた。明日は雑誌のインタビューがある。早く寝なくちゃ。 ■ バイブは全部で八本持ってるけど、自分で作ったバイブが一番気持ちいいな  東京の錦糸町で生まれた永嶋あやだが、ほどなくして一家は千葉県松戸市に引っ越した。父親は三十代後半で外資系のフィルム会社の社長になったが、しょせん雇われている身を嫌い退社。クルーザーをアメリカから輸入し販売する会社を興した。  父親はあやが小さい頃から外に女性を囲い、家にはほとんど帰って来なかった。その女性は銀座のクラブのホステスだった。父親は彼女との間に男の子を三人もうけている。あやには実の母親が産んだ現在医大に通う弟がいるので、弟が四人いることになる。 「お父さんに外に女がいて子供までいると知ったのは、つい最近のことなんです。成人式の日にお母さんが教えてくれたの。それでよくお母さんが夜中に一人で泣いてたわけがわかりましたね。  でもお父さんのことは嫌いじゃないよ。たまに家に帰ってくると欲しい物はなんでも買ってくれたからね。家にいつもいてうるさく言われるより、その方がいいじゃん。  外の弟たち? ううん、会ったことない。あんまり会いたくないですね。でも、一番下の男の子ってまだ五歳なんだって。お父さんって元気だよね。わたしのセックス好きってお父さんの血をひいたのかな、ハハッ」  小学校二年生の時、あやはオナニーを覚えた。夜に布団の中で何気なく股間をまさぐっていると、今まで味わったことのない快感が体を襲った。本能的に、これは自分でするより人にしてもらった方がもっと気持ちがいいに違いないと思ったあやは、母親に「オシッコをするところを触ってくれ」と頼んだ。母親は娘の意外な言葉にうろたえ、そして激怒した。 「何を言ってるの、アンタ! そんな所は触るもんじゃありません! 病気になりますよ!」  母親に、アンタと呼ばれたのは初めてだった。だが、あやは一度知った快感を忘れることはできず、オナニーをやめることはできなかった。  その頃、あやの学校での渾名は本名に「満」の字が入っていたためマンコだった。運動会の徒競走の時など同級生たちは走るあやに向かって、「がんばれ、マンコ!」と応援した。走るマンコである。それからのあやの人生を考えると、まさに運命的な渾名と言わざるをえない。  中学に入ると、あやのセックスへの興味はますます強くなった。自分もセックスというものをしてみたいと思い悶々としてはオナニーをする毎日が続いた。 「今でもオナニーは毎日してますよ。あれって一度イクと、次から次へとイケるの。まるでさ、パチンコでフィーバーになったみたいなの。大当たりって感じ」  やがてあやはバイブレーターなる物が世に存在することを女性雑誌の告白記事で知る。ぜひ、自分もそのバイブレーターが欲しい。  あやは正月にもらったお年玉をサイフに入れて一人で上野に行った。雑誌で、上野の大人のオモチャ屋に行けばバイブレーターが買えると知ったのだ。だがどうしても、中一の少女にとって大人のオモチャ屋の敷居は高かった。  よし、それなら自分で作ってやろう!  あやはヘアスプレーの缶にペンチで穴を開け、同居していた祖父がなぜか瓶に溜めていたパチンコ玉を入れてアロンアルファでくっつけ、ガムテープで巻きその上から脱脂綿をくるみ、ラジコンのモーターを買ってきてそれを缶の中に装着した。完成である。途中、夜中まで部屋に閉じ籠り何かを作っている娘を見、工作の宿題をしていると思った母親が珍しく夜食を作って持って来てくれた。逸る気持ちを抑えながらパンティを脱ぎそれを股間に押し当てた。スイッチを押す。微かだがはっきりと振動が幼いクリトリスに伝わってくる。  こりゃ、気持ちいい!  嬉しくなったあやは、布でそのバイブを入れるケースを作り糸で自分の名前まで刺繍をした。人間、好きなことには情熱を惜しみなく注ぐものである。 「今もそのバイブはありますよ。今は全部でバイブを八本持ってるけど、その自分で作ったバイブが一番気持ちいいな。やっぱりハンドメイドはいいよね」  だが実際の男女交際に関しては、あやは奥手だった。好きな男の子はいてたまにはデートをしたが、彼と手をつなぐだけで満足だった。「とっても痛かった。二度としない」と処女を失った友人の話を聞くと、好奇心とは裏腹にセックスがとても恐いことに思えたのだ。それに、セックスをしたら相手にオナニーをしていることがバレるんじゃないかという漠然とした不安もあった。  オナニーのしすぎか勉強はてんで駄目だったあやだが、なんとか公立の共学高校に進学した。二年生の時、あやはハンバーガー屋でバイトを始める。そこであやは、同じバイト先で働く大学生の男に恋をする。思いきってあやは男に自分の想いを告白する。 「でもね、彼にはちゃんと彼女がいたんです。ふられちゃった。それだけじゃなく、高校時代はふられてばっかりだった。ふられて落ち込んで、それでまたオナニーで自分を慰めるっていうことの繰り返し。暗かったなあ、高校生活は……」  卒業も間近にせまった高三の二月、あやはディズニーランドでコンパニオンのバイトをしていた。その夜、家に帰ろうとしたが電車の中で眠ってしまいそれまで聞いたこともないような名の駅で降りた。タクシーを探して夜道をとぼとぼと歩いていると、車が近づいて来て中から男が「家まで送ってあげる」と言う。やれ嬉しやと乗り込むが、車はラブホテルの中へ。だが、いかんせんやたらと眠い。ベッドで眠っているうちに、処女を奪われてしまった。だから、初体験の男の顔は覚えていない。バイブで慣らしていたためか、痛みもなかった。  初体験を済ませたあやは、もうセックスに対する恐さが無くなった。三日後には自分に好意を示していた同級生の男に体を許す。それ以来、まさに堰を切ったように男たちとセックスをするようになる。眠れる獅子がついに目を覚ましたのだ。 「それからはもう、男はとっかえひっかえ。一日に四人の男とやったこともあるもん。それまでモテなかった自分が嘘みたい。女って、やらせてもいいわよって思ってると、簡単に男がついてくるもんなのね。今まで? そうですねえ……少なくとも百五十人とはやったと思うな。その内、三分の二は名前も顔も覚えてないけどね。セックス自体ももちろん大好きだけど、セックスに至る段階が好きでさ。この男はどんな風にわたしを口説くんだろうって、ワクワクしちゃう。今まで印象に残っている口説き方? あのねえ、キャバクラに勤めてる時なんだけど、お客さんが『君って犯罪者だよね』って言うわけ。『どうして』って訊くと、『盗んだでしょ』って言うの。『私が何を盗んだの』って訊いたら、『僕の心を』だって。何言ってんだ、こいつって思って笑っちゃったけど、やっちゃった。面白いよね、男って」  高校時代から、卒業したら水商売に就きたいと考えていたあやだが、卒業すると栄養士の専門学校に入った。母親や教師の勧めもあり、自分でも何かの資格を取得しておいた方が将来のためにもいいだろうと思ったからだ。だが水商売をやりたい気持ちは抑えられず、夜は北千住のキャバクラで働いた。そして、自分を指名してくれる客と、どんどん寝た。 ■ 彼が自分だけの男になったんだなと思ったとたん、スーッと冷めちゃった  その頃である、六本木のディスコで一人の男にナンパされたのは。男は二十三歳の電気技工士だった。あやは男を一目見るなり、 「あっ、わたしが探していた男性はこの人だ」と直感した。後から聞くと、男もあやを見て「俺はこいつと結婚することになるな」と思ったと言った。  だが、男はあまりにも女好きの遊び人だった。男の手帳には常に五十人近い女性のアドレスが書かれてあった。男の車に乗るとシートにあやのではないイヤリングが片方落ちている。男の部屋に行くと、ベッドの白いシーツに長い髪の毛が落ちている。洗面所には女物の腕時計が忘れ置かれている。その度、あやは「またこの人、浮気をしたんだな」と溜息をついた。そして、男に対して怒る代わりに自分も他の男に抱かれた。 「自分も浮気をすれば、後ろめたい気持ちになって男を許そうと思えるでしょ。怒ったら嫌われそうだったんだもん。本当にね、好きだったんですよ、その男が。今から考えるとなんてバカな男に惚れたんだろうと思うけど、その当時はもうゾッコンで、いいように気持ちを振り回されてましたね。頭では別れなくちゃいけない男だとわかってても別れられない。だから、どんなに浮気をされてもそれに耐えるためには自分も他の男に抱かれなくちゃね。気持ちのバランスを取るためにさ。バカな女だったと思いますよ。でも、愛してる男がちゃんといるのに他の男とセックスするって、精神的にはとってもつらかったな。体は気持ちよかったけど……」  男と出会って二年後、あやは妊娠をした。それがわかった時、すでに妊娠四カ月だった。中絶することも考えたが、それは恐ろしくてできなかった。二人は初めて真面目に話し合い、結婚をすることを決意した。男はそれまで交際をしていた女性のすべてと手を切ることを約束した。妊娠の事実をつきつけられると、家に戻ってこないあやの父親はもちろん、母親も結婚を認めざるを得なかった。 「結納もかわしてね、二人で亀戸のマンションに引っ越したの。でも楽しかったのは最初の一週間だけだったな。彼が、本当に自分だけの男になったんだなと思ったら、急に恋する気持ちがスーッと冷めちゃった。それまでは、彼の周りにいる五十人の女たちに対する意地で彼とつき合ってたみたい。本当は彼のこと、好きじゃなかったんじゃないかな、なんて思った。ゲームみたいですよね。勝つまでは一所懸命にやるけど、いざ勝っちゃうとそのゲームになんの興味も無くなっちゃうみたいな……。でも、これも運命だから仕方ないかなと……」  男と暮らし始めて初めての正月を女は迎えた。女の腹は、傍目から見ても目立つぐらいふくらんでいた。もう妊娠六カ月である。通っていた専門学校もどうにか卒業できそうだし、女は主婦業に専念していた。  男を仕事に送り出して昼、女は近所のスーパーマーケットに買い物に出かけた。そこで、女の股間から突然、大量の水がビシャッと流れ落ちた。女は驚いた。驚きながら「これが産婦人科で聞いていた破水というものかもしれない」と思い、病院に行く。だが医者は、「完全な破水ではありませんから大丈夫です」と言い女を帰らせた。二日後、女に大量の出血があった。一月八日、女の誕生日である。  男の車で病院に行くと、女はすぐに診察台の上に寝かせられた。薄れゆく意識の中で、女は医者が「アレッ、赤ちゃんの足が出ちゃってるよ」と言う声を聞いた。「このヤブ医者め」と思いながら女は気を失った。  翌日。目覚めた女は男から流産したことを告げられた。男は「子供も産めねえような女とは結婚できねえ」と言った。女にその声はひどく遠いところで発せられたように感じられた。ただ、自分の誕生日の度に流産したことを思い出すのだろうなと考えると、つらかった。  女がつらくて涙を流したのは流産を知ったその日だけだった。次の日には妙な解放感を覚えた。 「もう夫や子供に規制される人生はなくなったんだ。これからはまた働けるんだ。そして、自由に遊べるんだ!」 ■ わたしって、オチンチンをしゃぶるのが本当に好きなんです  女は自分の生まれた錦糸町のスナックでチイママとして勤めた。そこで、新しい彼氏ができた。彼氏は婚約者と同じ歳の、宝石のブローカーのようなことをやっている男だった。  ある日、酔っぱらってしまった女をブローカーの男がマンションまで送ってくれた。女がガチャガチャとドアの鍵を開けると婚約者が「遅いじゃないか」と出て来た。 「なんでお前の部屋に男がいるんだ」  次の日、店にやって来たブローカーが女を問いつめた。婚約者だとも言えず口を濁した。  その深夜、女と婚約者が部屋で寝ているとガンガンと誰かがドアを乱暴に叩く。婚約者がドアを開けると、目を血走らせたブローカーが立っている。二人はたちまち殴り合いになった。女は「やめて! 御近所に迷惑でしょ!」と止めに入るが、同じ女を愛している男たちの勢いは増すばかりだ。ここで自分が泣けばケンカをやめてくれると思ったが、いつもは涙もろいくせにどう頑張っても女は涙を流すことができなかった。仕方なく、女は警察に電話をした。パトカーが来る頃には男二人の顔は血まみれだった。特に婚約者は前歯のすべてが折れていた。三人ともに連行される時、ブローカーが女に向かい、「お前が腐れマンコをブラブラさせてるからこんなことになるんだぞ!」と怒鳴った。女は、なぜ自分とつき合う男達は皆、わたしのことを「お前」と呼ぶのだろうと思った。  警察署で、女は警官から「君が一番悪いよ」と説教された。そうだろうな、と女は思い「ごめんなさい」と謝った。「君」と自分を呼んでくれたことへの感謝の気持ちだった。ただ、婚約者とブローカーに謝る気はなかった。もうどちらに対しても愛情のかけらもなかった。自分に対しても男達に対してもウンザリしていた。  三人は別々に帰された。それ以来、女は婚約者ともブローカーとも顔を合わせていない。  女はスナックをやめ、巣鴨のピンサロで働き始めた。今までのすべてをふっきるためだった。それに、ピンサロに来る客は、少なくとも女のことを「お前」とは呼ばない。 「わたしって、本当にオチンチンをしゃぶるのが好きなんです。男の人が気持ちよさそうな顔をしてくれてるのを見ると、それだけでアソコが濡れちゃうんです。ピンサロで働いている時は何度このまま本番をしたかったかわからないです。でも店長から本番をしたらクビだと言われてたんで、我慢しました」  永嶋あやは現在、亀戸のマンションを出て松戸の実家で母親と一緒に住んでいる。同棲していた学生が見たのと同じテレビ番組を見ていた母親が怒って電話をかけて来て連れ戻されたのだ。だがあやは今のところAVをやめる気はない。先日も九月発売のビデオで、大根を挿入してはりきってきたばかりだ。 「AVの仕事がなくなったら? そうですね。普通のOLをしてみたいな。どうせ三カ月で飽きちゃうと思うけど、OLを演じている自分を見てみたいんですよ。それに、一度ぐらい普通の仕事をすれば、お母さんも安心すると思うし。結婚? 夜の夫婦生活を満足させてくれる人がいれば結婚できると思う。そんな人はいないですって? ちゃんと、自分で探すもん」 AV Actress Aya Nagashima★1994.9 [#改ページ] 安藤有里 AV Actress Ari Andoh この前、ロック座に車イスの人が来てくれたんで嬉しかったなあ

 もうずいぶん前のことである。私は深夜、自室で昼間に送られて来た『AVいだてん情報』のページをめくっていた。仕事の〆切りは明朝に迫っているのだが、机の上に広げてある真っ白な原稿用紙に立ち向かう勇気がなかなか出ぬまま時間はダラダラと過ぎていく。  あるページで目が止まった。「安藤有里の寄ってらっしゃい見てらっしゃい」というページである。連載三回目であるらしいが、迂闊にも今まで見逃していた。読み始めてすぐ私はつい深夜であることを忘れて大声で笑ってしまった。その部分を引用してみる。 《私、前から文を書くのは嫌いではありませんでした。小学生の時は何かと作文を書く事が多くて原稿用紙と向かい合う機会がありました。夏休みの課題とやらで「郵便局と私」とか、「森林と私」といった具合の、やたら……と私、というのが多かったのを記憶しています》  なんともいいですね。自分も小学生の頃に何を書くか悩んだ挙句に確かに「……と僕」といったような作文を書いたことのあるような気がして懐しくなる。そしてまた、「郵便局と私」という作文を眉間に皺を寄せて書いている少女の姿を想像して微笑ましくなる。「郵便局と私」をぜひとも読みたくなる。  そんないろいろな思いが絡み合い、私は実に愉快な気分になり笑ってしまったのだ。  次のような文章も素敵だ。 《この連載を頂いて、数年ぶりに原稿用紙と向かい合った時、久しぶりに再会した友達のような感覚でした。「あっ、久しぶり」と思わず声をかけたくなるような。三度目の連載となった今、やっとその友達と、「元気? 何してるの?」という挨拶程度の会話を交わしたところです。話に花が咲くのは今から、というわけで、何だか言い訳がましくなりましたが、これからを楽しみにしていて下さいね》 ■お姉さんたちの声援がありがたくて、思わず涙がポロポロ……  すっかり安藤有里のファンになってしまった私は、翌日『AVいだてん情報』の編集部のT氏に電話を入れた。彼女の文章はとても面白い、と言うとT氏は「そうでしょ。文章を書くAV女優はけっこういるけど、安藤有里はその中でもかなりの方だと思うんだ」と我が意を得たりとばかりに言った。編集者が担当するライターの文章を褒められて喜ぶのは当たり前だが、T氏の言葉にはそれ以上のものがあるような気がした。T氏は言葉を続けた。「でも彼女ね、読者からの反応が全然ないんで、とても心配がってるんですよ。誰も読んでくれてないんじゃないかって」  私はT氏に、「じゃあ僕が彼女にファンレターを書くよ」と約束して電話を切ったのだが、〆切りも遅れがちな人間は手紙もなかなか書けずいまだにその約束を果たしていない。  私がファンレターを出さないことに業をにやしたわけではないだろうが、T氏は四月の連休中に東京で「安藤有里のファンの集い」を主催した。編集者とはいえ、なかなかできることではない。私は残念ながら行けなかったが、名古屋や大阪、なんと佐賀からまでファンが集まり会は大成功だったらしい。その時の安藤有里のことをT氏はこう書いている。 《さ、先ずは安藤さんに挨拶してもらいましょう。「ハーイどうもー」……この人は……もう何言ったか忘れたよ。(略)じゃ乾杯、の前にビールつがないと。オー有里さんみずからついで回りますか。ま、少人数だしね。だが彼等にとっちゃこれは嬉しいと思うぞ。大体今回の企画だって、有里さん自身がこういうファンの集いをやりたいってんで実現したんだから、ファン思いの人だわなあ。でもそれが有名になりたいメジャーになりたいっていうのに直結してないんだ、この人は。欲がねえっつうか。少しはそりゃそういうのもあるんだろうが、あまりそれを感じさせない。ま、得なキャラクターかもね。でも時々思うけどね、この生き馬の目を抜くような芸能界でこんな欲なくて生き残れんのかなーって》  その頃すでに安藤有里はAVの仕事をほとんどしておらず、活動の場をテレビへと移そうとしていた。私も何度か彼女の姿を深夜のバラエティ番組で見かけたが、確かに彼女にはT氏が心配するように「私が、私が」という欲が感じられなかった。常に周りの人間から一歩下がって邪魔にならないように立っているといった感じだ。T氏じゃなくとも「そんなに謙虚でやっていけるの?」と思ってしまう。一般社会では謙虚は美徳であるかもしれないが、芸能界では必ずしもそうとは限らないだろう。  その後、私とT氏は会う度に安藤有里のことを話題にした。T氏が彼女について話し私はもっぱら聞き役だったが、そのうちに私はまだ一度も会っていない彼女が旧知の仲のような気がしてきた。一度、「あなたは安藤有里に恋をしているんじゃないか?」とT氏に訊いたことがある。T氏は顔を真っ赤にしてかぶりを振ると、「いや、そんなんじゃないですよ。ただ、なんていうか彼女っていつもボーッとしてとろくさくて、守ってあげなきゃなって気にさせるんです。それって、僕だけじゃなく彼女の周りにいる人はみんなそんな気持ちになると思いますよ」と言った。真面目なんである。私は思わずクスッと笑ってしまったが、喉元まで出かかった「それがもう恋の徴候だよ」という言葉は口にしなかった。  六月の末日、T氏から電話があった。少し声が動揺している。 「大変です。安藤有里が七月一日から十五日間、浅草ロック座に出演するらしいんですよ。しかも|トリ《ヽヽ》で」 「ロック座って、ストリップ……」 「ええ」 「彼女、踊れるの?」 「それが心配なんです。運動神経なんかひとかけらもなさそうなのに……。マネージャーも不安そうでした」  T氏と私は七月十四日の夕方、ロック座へ行った。T氏が「初日なんかに行ったらこっちの心臓がもたないからできるだけ彼女が馴れた頃に行こう」と言ったからだ。  ロック座の入口にはいろいろな出版社やビデオ会社からの安藤有里への花束が飾られてあった。やはり、皆さん御心配のようだ。  客席は立ち見も出て満員である。T氏と私は胸をドキドキさせながら安藤有里の出番を待った。何人かのステージが終わり、いよいよ|トリ《ヽヽ》の登場だ。照明がきらめき、彼女が二人の女性とともに踊り始める。「不思議の国のアリス」を連想させるかわいらしい衣装を着ている。彼女は音楽のリズムに合わせて首をコクッコクッと動かし、見るからに他の二人と振り合わせるのに必死だ。こちらとしては学芸会での娘の晴れ姿を見守る気分である。失敗するなよ。続いて黒いシースルーのネグリジェを着た彼女のソロ。一人になり気分が楽になったらしく、ノビノビと演技をする。客は喰い入るように彼女を見つめる。そして万場の拍手とともになんとか無事にステージは終わった。T氏が胸をなでおろすような深い息を吐いた。安藤有里を中心に踊り子が全員出るフィナーレも楽しかった。初めての舞台ながら、彼女が他のお姉さんたちに好かれているのがわかるフィナーレで安心した。十日以上も続くステージで、ベテランのお姉さんたちに嫌われると何かとつらいことになるからだ。  二日後、私は大洋図書のスタジオで初めて安藤有里と会った。T氏が、「昨日で楽日だったんでしょ。おめでとう」と言うと、女性のマネージャーが「最後のステージで有里ったら泣いちゃったんですよ」と言った。安藤有里は照れ笑いをし、「だって踊ってると、ステージの端からお姉さんたちが『有里ちゃーん、がんばれ』って言ってくれたんです。ありがたくなって思わず涙がポロポロって……」と頭をかいた。 ■この前、ロック座に車イスの人が来てくれたんで嬉しかったなあ ——最近AVの仕事をしていないようだけど、もうAVはやめるの? 「はい」  私の質問に安藤有里は拍子抜けするほどなんのためらいもなくあっさりと答えた。 「二月に撮影したビデオが九月に出るんです。それで終わりですね。だって、もう二十本近いビデオに出てるんですよ。もういいかなって感じ……」  安藤有里は今年で二十二歳になる。某地方都市から、ある専門学校に入学するために東京に出て来て四年目である。四年前、自分がAV女優になるとは夢にも思ってなかったという。そういう世界があることは知っていたが、自分とは全く無縁のことだと感じていた。  田舎にいた頃、安藤有里は将来は身体障害者の世話をする福祉の仕事に就きたいと思っていた。近所に脳性マヒの子供が住んでおり、その子供のようなハンディを持つ人たちの力に少しでもなりたいと思ったからだ。老人ホームで働くのもいいなと考えた。実際彼女は子供の頃からおじいちゃん、おばあちゃん子だったし、小学校の時に『老人と私』という作文を書き校内放送で読まれたことがある。 「でも、高校の時にその夢を父に話したら、ものすごく反対されたんです。そういう仕事は立派だと思うけど、何もお前がやることはないって。親にとってみれば、娘がよそのおじいちゃんのオシメを取り替えているより、普通のOLになって結婚して孫を産んでくれた方がいいんでしょうね。それで、この家にいたら自分のやりたいことができないと思って、高校を卒業したら家を出て東京へ行く決心をしたんです」 「仕送りなんかいらない。とにかく家から出してくれ」。そう親に頼み、安藤有里は東京へ出た。ある専門学校へ通いながら、夜は居酒屋でバイトをする毎日だった。 「結局仕送りはちょこっとだけもらえることになったんですけど経済的には苦しかったですね。友達とハンバーガー屋に行っても、ポテトも食べたいけどそうするとアパートまで帰る電車賃がなくなるって感じ。でも、福祉関係の仕事をしている人たちと知り合ったり、聴覚障害を持っている友達ができたりして楽しかったですよ。この前もロック座に車イスに乗った障害者の人が来てくれたんで嬉しかったなあ。あとね、まだ福祉の仕事をしている友達も観に来てくれて、『お前のビデオに聴覚障害者用の字幕を入れようかな』なんて言ってた、ハハハ。ア、そうそう、ファンの集いに来てくれた佐賀や名古屋の人も浅草まで来てくれたんですよ。嬉しかった」  そんな、田舎から出て来て福祉の仕事を目指す少女が、ある日、安藤有里というAV女優になった。 「知人の紹介でね、モデル事務所に話を聞きに言ったんです。事務所の人が、『お金と有名になることとどっちが欲しい』って訊くんです。わたし、有名になんかなりたくなかったから、『どっちかと言われたらお金です』って答えたんですね。財布の中身を気にせずに食べたい物を食べてみたかったから。そうしたらAV会社に面接に連れて行かれて、なんかポンポンと仕事の話が決まってしまったんです。アララと驚いたけど、ウーン、でもお金が入るし二、三本やってやめようかと」  役者は三日やったらやめられないという。収入のこともあったのだろうが、二、三本でやめるつもりが安藤有里のビデオは五本、六本と世の中に出続けた。  去年の五月、安藤有里は女友達の彼氏から一人の男を紹介された。彼は彼女より一歳年上の大学生だった。剣道の選手で誠実そうな男だった。たちまち安藤有里は彼と恋に落ち、二人は交際を始めた。男は彼女に言った。 「二人の間ではどんな小さなことでも隠し事はよそうね」 「ウン」と答える安藤有里の心は暗かった。AVの仕事をしていることを隠していたからだ。何度か言おうと思ったが、言えなかった。そのうち、男にそれがバレた。「ひどいよね」と男は青ざめた顔で彼女に言った。彼女は「仕事をやめます」と答えた。だが男は「別れよう。お前が仕事をやめたからって、もう前みたいに仲よくできないよ。さよなら」と言った。 ■人生を間違えたかなって感じてるの 「まだね、あの人が好きなの」  冷房のききすぎたスタジオで、安藤有里はクシュンとくしゃみをした後、そう言った。 「本質的なところでお互いが嫌い合ったんじゃなくて、わたしの仕事が原因で別れることになったから、よけいひきずってるのかな」  T氏が尋ねた。 「AVをやめて、これからどうするの?」 「これから? ウーン……どうするんだろう」 「テレビのタレントになるの?」 「わたしね。芸能人になりたいと思ったこと一回もないの。そういう憧れとか執着心って全くないの。テレビの仕事をしている他の女の子って、『絶対に売れてやるんだ。大きくなるんだ』って気持ちがすごいでしょ。わたしにはそういう気持ちがないわけだから、そういう人たちにかなうわけがない。マネージャーさんには悪いけど、わたしってテレビの仕事は向いてないんじゃないかな。やっぱり福祉の仕事をしたいと思うし。今ね、一番感じてるの……人生を間違えたかなって」  しばし沈黙が流れた。そしてT氏がポツリと口を開いた。 「俺、これが安藤さんに会う最後かもしれないんだ」 「えー、なんで!」  安藤有里がその日一番の大声をあげた。 「会社、やめるんだ」  そのことは二日前に聞いていたから私は驚かず黙っていた。 「どうしてやめるの?」  安藤有里とT氏の立場が逆転した。 「まあ、いろいろとね。三十歳になる前にサラリーマンをやめたいという気もあったし」 「やめてどうするの?」 「ハハハ。よくわかんない。だから、君のことをどうのこうのと言えないんだ」  突如、私の前に「これからどうしていいかわからない」人間が二人出現したわけだ。だが考えてみればフリーライターという妙な職業の私だって同じようなものだ。  やがて安藤有里がテレビ局のスタジオに向かわなくてはいけない時間がやって来た。 「会社をやめても、また会いましょうね」  安藤有里がT氏にそう言った。 「ウン……」  とT氏は答えた。  後日、私は『AVいだてん情報』の九月号に掲載される安藤有里の原稿を読む機会に恵まれた。縦書きの原稿用紙にきちっと書かれたその文字は、彼女の繊細な性格をうかがわせた。文章の内容は「匂い」について。短い枚数の中で彼女は今まで体験してきた木や香水や人の匂いを、年齢に似合わないしっとりと落ち着いた文章で綴る。正直言って私、舌を巻きました。それまでの文章も面白かったが、九月号の文章は実に志が高い。  文筆家・安藤有里。私なんぞが言うのもおこがましいが、はっきり言って才能があります。 《最後に、私はタオルにかすかに残った柔軟剤と、靴屋さんの匂いも好きです》  これはその、いろいろと匂いについて語った、文章の締めである。行替えをし、なにやらつけ足すようなこの一行でエッセイは終わる。私はこの一行が好きだ。上手く言えないが、この一行が安藤有里からT氏への送別の辞のように思える。 AV Actress Ari Andoh★1994.10 [#改ページ] 風吹あんな AV Actress Anna Fubuki SMと出会ってなかったら気が狂ってたかもしれない

 風吹あんなはまれに見るマゾ女優であるらしい。本人も「わたしって変態なの」と誇らし気に言う。  なるほど。デビュー作『双宮の牝』(宇宙企画)でも彼女の地の変態性が垣間見える。本気のレズあり、SMあり、3Pあり。眼鏡をかけた作家役の彼女の横顔は先頃失踪事件を起こして話題になった林葉直子を彷彿とさせ興奮させるが、同時にデビュー作からこんなにメニュー豊富で大丈夫なの、と思ってしまう。ちなみにタイトルの由来は彼女が膣穴と子宮をそれぞれ二つずつ持っていることにあるらしい。  だが風吹あんなのマネージャーに言わせると、「デビュー作はあまりにソフト過ぎて彼女自身が物足りなかった」そうだ。そして風吹あんなの二作目以降は、マニアックなSM作品で知られるシネマジックから出ることになった。所属プロダクションとしては反対だったが、彼女自身がどうしてもと希望したのである。 「七月二十七日が誕生日でこの前二十二歳になったんですが、その日が撮影だったんです。すごかったですね。待ち針を何本も肩の肉に貫通させたり、背中を鞭で叩かれそこに塩をすり込まれたり、ソロバン責めっていうんですか、三角形の木がギザギザに並んだ所に正座させられたり。最後は切腹シーンだったんですが、二時間ずっと膝立ち。本気で、死んで楽になりたいと思った。撮影が終了してスタッフの人が『誕生日おめでとう』って花束をくれたんですが、私の体は涙と血ノリでベトベト。一生記憶に残る誕生日でしたね」  そう言う風吹あんなのノースリーブの肩には、針の刺さった痕跡である黒い点々がいくつもきれいに並んでいる。 ——そういうのは無理矢理というか、打ち合せなしにやらされるの? 「いいえ。事前に監督さんから電話がありますよ。『風吹さん、待ち針は?』『いいですよ。じゃ自分で肩に並べて刺しましょうか?』『人間ダーツは?』『やりましょう、やりましょう』って具合。最近では『次は何をやりたいの?』って訊いてくれます。それでこの前、『荒縄で顔から体からグルグル巻きにして、顔に真っ赤なロウソクでロウを垂らして欲しい』ってお願いしたら、やってくれました。嬉しかったな。顔、少しやけどしちゃったけど」  また、風吹あんなは自称アニメおたく、機械おたくでもある。マンガやコンピューターの話をし始めるともう止まらない。マンガはともかく、コンピューターなどチンプンカンプンの私が、「僕ができるのは乾電池を取り替えることぐらいですよ」と言うと、風吹あんなは「なんだって!」と驚いた。 「そんなことでは世界征服はできませんよ」 ——せ、世界征服? 「そう。わたしの夢は世界を征服して総統閣下になることなんです。電化製品を集めるのもそのため。そんな気がしませんか? 機械を扱えると世界征服ができるような」 ——だから僕は世界征服を諦めてるんです。もうひたすら謙虚に生きて行こうと。 「アラ、わたしだって謙虚ですよ。謙虚にね、皆様のお邪魔にならないように世界を征服するんです。ハハハッ」 ■子供が知らなくてもいいことを、たくさん知っちゃいました  風吹あんなは四歳の時、間違って飼っていた小鳥を足で踏んでしまった。小鳥が、なついていた彼女にいつもまとわりついていたためだった。 「ショックでした。今でも足の裏にあの時のグシャッという感触が残っています」  翌日起きると、両手両足が力を失っていた。バナナの皮も満足に剥けない。歩いてもすぐに転んでしまう。そのうち、手足が全く動かなくなってしまった。驚いた両親が病院に連れて行ったが原因はわからない。大学病院をたらい回しにされたが、医者たちは首をひねるばかり。原因を追究するよりまず動けるようにしようと、四歳の少女のリハビリが始まった。 「今から考えると精神的なショックが原因だったと思います。この足さえ動かなければ小鳥を踏むことはなかったのに、と自分の足を憎んだんじゃないかな。今もその名残があって階段の登り降りがとても苦手なんです」  半年ほど経ちようやく歩けるようになった風吹あんなは、ある日、一歳下の弟と近所の神社まで遊びに行った。まだフラフラとではあったが外を歩けることが嬉しかった。境内の地面にマンガを描いて遊んでいると、見知らぬ男が近づいて来た。男は「虫に刺されたね。揉んであげよう」と言い、彼女の股間に手を伸ばすと短パンの上から撫で始めた。少女は恐くなり「家に帰らなくちゃいけないから……」と言い、何度も転びながら逃げ帰った。弟がどうしたかは覚えていない。  小学校に入学してもまだ友達と同じように校庭を駆け回れなかった風吹あんなは、一人でノートにマンガを描いて一日を過ごす少女だった。  その頃、両親が離婚した。子供心に両親の仲がしばらく前からギクシャクしていたのは察知していたが、とうとう父親が家を出て行った。そして、母親の生活が荒み始めた。母親は地元の横浜のスナックで働いていたのだが、店で知り合った男を次々と家に連れてくる。学校から帰ると母親が知らないオジサンに抱かれて泣いているような声をあげている。最初のうちこそ驚いたが、度重なるうちにそれも慣れっこになってしまった。  自分の部屋に入りランドセルを置く。机に坐りノートを開き、マンガのストーリーを考える。母親の嬌声が永遠に続くかのように聞こえてくる。頭に浮かぶストーリーは主にSF物か怪奇物だった。宇宙を冒険する自分の姿や、世にも恐ろしい姿をした化物に殺されて血を流して悲しくも美しく死んでいく自分の姿を想像し、ノートに描く。それに飽きると裁縫箱から待ち針を取り出し自分の指をプツンと突つく。プクッと血が丸くなって現れる。またプツン。プクッ。痛い。  でも、この痛さを感じているうちは、お母さんのあの変な声が聞こえなくなるんだ。  またある日、風吹あんなは台所で、置きっ放しにされている注射器を見つけた。 「お母さん。これ何?」 「あ、ああ、それね、栄養剤を打つのに使うんだよ。最近お母さん、なんか疲れ気味だからね」  うそつけ! と思った。子供だから知らないと思って。なんで家で栄養剤を打つんだよ。お母さんは、テレビでよくやっているカクセイザイってやつをやってるんだろ。わかってるんだから。  母親は二、三日、家に帰って来ないこともしばしばだった。そんな時は家にある小銭を集めてパンを買って来て弟と食べた。  他のお|家《うち》とは違って、わたしの家は大人っていうのがいないんだな。  お母さんが帰って来ないと泣きながらパンをかじる弟をボーッと眺めながら、風吹あんなはそう思った。 「子供が知らなくてもいいことをたくさん知っちゃいました。それを知らないと思い込むことが自分が生きていくための最大の防衛策でした」  風吹あんなは体の成長が早かった。小学生にしては胸も大きかった。そのためか、道を歩いていても電車に乗っていても、よくチカンにあった。少女にとって男は敵以外の何者でもなかった。  男に生まれればよかった。自分が女だからこんなイヤな目にあうんだ。  風吹あんなは髪をバッサリと切り、外出する時はいつもズボンをはくようになった。男に変身したのである。だがそれでも電車の中で尻を撫でてくる中年の男がいた。思わず「やめてよ!」と叫ぶと、その甲高い声に男はびっくりしたようにつぶやいた。 「なんだ、女か」  ホモだったのである。  中学に入り久し振りにスカート姿で電車に乗ると、今度はTシャツにジーパン姿の二十代の女性が近寄って来ていきなり手を握り、耳元で「あなた、可愛いわ」とささやいた。  バ、バカヤロー! なんでみんな、わたしのことをそういう対象にするんだよぉ! 「次第に、わたしが悪いのかな、わたしがそういう人たちを呼んでるのかなって思い始めました。それが、子宮が二つあることがわかって納得しました。そうか、わたしって人よりも性的フェロモンを二倍出しちゃってるんだ。こりゃ科学的に証明されることだぞ。じゃあ仕方ないかって諦めました」  だが、敵は外だけではなかった。家にも敵はゴロゴロいた。母親の日変わりのような恋人たちは一人残らず、母親の目を盗んで風吹あんなにいたずらをしたのである。だが彼女は「自分さえ黙っていれば済むことだ。自分がお母さんに告げ口をしたら、お母さんの幸せを壊してしまう」と我慢した。マンガを描き待ち針で指を刺しながら。  やがて母親は再婚した。母親は相手との間に女の子を儲けるがすぐに離婚。ほどなくして今度は板前の男と再々婚をする。母親と板前は割烹の店を開く。そしてまた女の子が産まれる。 「初体験ですか……早いんです。十歳の時。相手? えーと、はっきり言えないけど、身内みたいな人ですかね……。  あの、内田春菊さんの『ファザーファッカー』という小説(主人公の女性が子供の頃に義父に犯され、そして実の母親と訣別するまでの物語)を知ってますか。わたし、あの本をむさぼるように読んだんですが、読み終わってからは一度も開いていません……なんか……昔を思い出すようで……イヤなの……」 ■ぐれる余裕もなかった  セックスという知識と意味を、風吹あんなは中学に進学して初めてはっきりと知った。  十歳の時のアレがセックスだったんだ。  家に帰り、静かに泣いた。  わたしって処女じゃないんだ。  当時、彼女には生まれて初めて好きになった男の子がいた。同級生だった。教室ですれ違うだけで自分の顔が赤くなるのを感じた。そんな純な片想いを同じ年頃の少女同様に、彼女は密かに楽しんでいた。いつもはマンガを描くノートのページが彼の名前で一杯になる日も珍しくはなかった。  なのに、そんなわたしがもう処女じゃないなんて……。  二年になり彼女はその初恋の彼とつき合うようになる。つき合うといっても交換日記を交わすぐらいの可愛いものだったが。 「今日の試験はどうだった? わたしは……」などと書きながらいつも、「本当はわたし、処女じゃないの。ごめんね」と心の中で謝っていた。  また、中学二、三年ともなればクラスの不良っぽい女の子たちが「あの子はやったらしい」とか「今度こそ処女を捨てるつもり」などと話し始める。そんな会話を耳にすると、「あんな不良でさえまだあんなことを言って騒いでいるのに、なぜ勉強熱心で真面目なわたしがとっくの昔に処女じゃなくなったんだろう」と暗澹とした気持ちになった。 「その彼とセックスをしたのは十六歳の時。処女じゃないことがバレたらどうしようって恐かったけど、ちゃんと出血したんで安心しました。処女膜って一回破れてもずっとやってないと自然に再生するものらしいですね。彼はわたしに童貞を捧げてくれたわけですが、わたしも処女を捧げたと思っています。それで後日談があるんですが、ある日自分でキュウリを入れてみたんです。そしたら血がドボドボって出たの。びっくりしてねえ。もう処女膜は破れたはずなのに、病気じゃないかって。そういえば彼も、『なんかお前のアソコは変だぞ』って言ってたなあと思って病院に行ったんです。それでわかったんです。膣と子宮が二つずつあるって。だからわたし、一つの処女膜を人間で、もう一つをキュウリで破ったんですよ。情ない」  中学に入っても風吹あんなの家庭環境は悲惨だった。  板前の義父が、何が不満なのか働かなくなった。板前が働かないのでは商売にならない。惚れた男に異常に甘い母親は店を閉めて、またスナックで働き始めた。  義父は自分のことは棚に上げ、子供たちには厳しかった。いや、厳しいを通り越し偏執的だった。  家計が苦しいという理由で子供たちの生活すべてをきりつめた。  義父だけおいしいものを食べ、子供たちのオカズは一年間納豆だけという時もあった。いくら納豆が体にいいといっても、育ち盛りの子供にはたまらない。子供たちは全員栄養失調で湿疹だらけになった。 「勉強している時以外は電気をつけるな」とも言った。テレビを見るなんてもってのほか。そして、勉強はさせてやってるんだから成績は一番になれ、と言った。ちょっとでも成績が落ちると殴り蹴られた。義父は柔道三段、空手二段である。いくら手加減をしたといっても相当こたえる。そのくせ、参考書の類いは一切買ってくれなかった。教科書だけで充分だというのが持論だった。 「男の子と交際するなんて許さん。しゃべることも禁止だ」と義父は長女に言った。そして夜になると母親がいないのをいいことに長女の布団に潜り込んできた。長女は義父に体を撫で舐められながら、無表情にジッと暗い天井を見つめていた。  成績にはうるさかったくせに、長女の高校受験が迫ると、「昔は中学を卒業したら働きに出たもんだ」と言いだす。長女は土下座をして高校進学を乞う。やっと、「商業か工業高校なら許す」と義父は言った。長女は普通校に行きたかったが、商業高校に進学することになった。  家庭訪問に来た長女の担任教師が不思議そうに母親に言った。 「失礼ですけど、こんな家庭環境でよくあんなに明るい娘さんに育ちましたねえ」 「家庭のことは先生にも友だちにも相談したことはありません。もちろん彼氏にも。家庭のことがバレるのがイヤだったんです。だからいつも笑ってた。それが癖になって、いつの間にかどんなにつらくても泣けなくなっちゃった。  鑑別所に行っちゃうぐらい不良になる人たちっているでしょ。ああいう人たちって余裕があるんですよ。ぐれて困るのは親ぐらいだし、守らなきゃいけないものは何もないから家を飛び出せるんじゃないですか。  わたしだってぐれて家を飛び出そうと何度思ったか。でもわたしが家を出たら誰が弟や妹たちを守るんだと思うと……。ぐれることもできなかったんです」 ■夢中で働くお母さんの姿を見て今までのことがすべて許せました  だが弟はぐれた。弟の面目躍如といったところだ。ぐれるのは俺しかない。姉ちゃんの分までぐれてやろう、と頑張った。中学も一年間しか行ってない。家を飛び出すことはなかったが、代わりに警官や刑事が何度も家にやって来た。  ある日、風吹あんなが彼氏に送られて学校から家までの道を歩いていた。もうすぐ家だ。いつものように、「じゃ、この辺でいいから」と言おうとしたら、二人の横を二台のパトカーがピュンと家の方向に走って行く。  イヤな予感がした。  案の定、その予感は当った。パトカーは家の前に止まり、中からドドッと警官や刑事が出て来て家の中に入って行った。  アチャー、大変なところを彼に見られちゃった。  彼氏は呆然としてそのパトカーのある風景を眺めている。  だが言い訳をしている暇はない。「ごめんね。送ってくれてありがとう」と言って彼女は制服のスカートをひるがえし小走りに家に向かって駆けた。弟が検挙される際の書類に署名をしなければいけないからだ。 「でも弟は中学を卒業してね、エッ、ああ、学校には全然行ってなかったけどあんまり悪い子ちゃんだから、学校の方がやっかい払いみたいに卒業させちゃったの。で、卒業して|鳶《とび》になったんです。それで十七歳で親方になって今は年上のヨメさんを養ってますよ。今年、子供が産まれるみたい。今、二十一だけどラメ色の腹巻きして雪駄をはいて、なんか職人気質のガンコ親父みたい。  弟が更生したのはお母さんの一言がキッカケなんです。お母さんが弟を警察に引き取りに行って家に帰って来た時、弟に、『あんなくっだらないことでお母さんを警察に頭下げさせんなよ。悪いことやるんなら、もっと大きいことをしろ。だったらお母さんだって頭の下げ甲斐があるってもんだ』って言ったんです。弟ったら本当に鳩が豆鉄砲をくらった様な顔しちゃってそれ以来ぐれるのをやめちゃった。惚れた男にだけは弱いけど、お母さんって強いっていうかスケールの大きい人なんです。なにしろ若かりし頃は運転手お抱えのベンツを持ってた人ですから。その、『アネさん』ってやつですか。そこから足を洗おうとしてわたしの実の父と結婚したらしいんですけど……男を見る目さえあればねえ。結婚して子供を全部引き取るまでは偉いんだけど、母親という自覚よりも、まだ自分は女なんだという思いが勝つ人だったんですねえ」  風吹あんなは高校で奨学金をもらおうと思った。奨学金を受けるには親の確定申告書が必要である。義父の確定申告書を取り寄せ、彼女は愕然とした。前年の年収がなんと二十七万円。教師もさすがに「これじゃあ仕方ないよな」と呆れた。  もうこの辺が潮時だ、と思った。母親も亭主と子供たちの板ばさみになり苦しかったろう。わたしたち子供たちも義父と母親の板ばさみでつらかった。でも今までずっと我慢してきた。だが、もういいだろう。少なくともわたしはもう我慢したくない。  風吹あんなは意を決した顔で母親に言った。 「お願い。あの男と別れて!」  次の日、風吹あんなは自分の荷物をまとめて家を出て、親戚の家で居候を始めた。  娘の言葉と行動が、母親の目を覚ました。自分の体の中の半分は占めていた男の存在がかき消え、体中が四人の子供たちで一杯になった。  目が覚めた女の行動は素早い。母親は男に「別れよう」と言った。「突然何を言い出すんだ」とグズグズ言う男に母親は言った。 「土地も家も店も全部あんたにあげる。わたしは子供たちを連れてここを出て行く」  風吹あんなが家を出て三カ月もたたないうちに正式に離婚が決まった。  そして子供四人と母親は四畳半一間のアパートで暮らすことになる。夜は寝返りもうてず、トイレも共同だったが風吹あんなは嬉しかった。もうあの男の顔色をうかがって生活しなくてもいいんだ。もう夜になってもあの男が布団に入ってくることはないんだ。  母親は生活保護を受けながら、子供たちのためにそれこそ働きに働いた。ファミリーレストランと清掃会社のパートを掛け持ちし、深夜は様々な内職。睡眠時間は毎日四時間を切った。風吹あんなもバイトをして家にお金を入れた。その甲斐あって、一家は六畳二間のトイレ付きのアパートへ引っ越した。  やっぱり、寝返りが打てるって、いいな。 「お母さんのそんな生活がずっと続いていたんです。もともと体の弱い人なんだけど、とっても頑張ってくれた。昔はメチャクチャな生活をしてるお母さんを恨んだことも数限りなくあるけど、あの姿を見て今までのことすべてが許せました。よし、高校を出たらわたしが稼いでお母さんをラクさせよう。妹たちもわたしが養おうって思いました。だから、早く卒業式が来ないかなってジリジリして待ってました」 ■SMと出会ってなかったら気が狂ってたかもしれない  高校を卒業すると、風吹あんなは神奈川一大きい水道関連会社に勤める。コンピューターの得意だった彼女はすぐに某支店の情報管理を一手に任されるようになる。月収は手取りで十五万円。ボーナスは年に四回支給されそれぞれ三十万円。同じ年齢の女性に比べたらかなりいい収入だが、これではまだ足りない。わたしはお母さんに早く家を建ててあげたいのだ。  風吹あんなはOLをやめ、横浜の高級クラブのホステスに転職し、一年もたたないうちにナンバーワンホステスになる。  そして昨年の五月、彼女は叔父と共同でついに家を建てた。三階建ての立派な家である。一階は叔父夫婦。二、三階を彼女の家族で使っている。働き過ぎて体に変調をきたした母親には仕事をやめてもらった。  だが、困った問題が起きた。念願の家を建てたはいいがそのローンが月に三十万円。家に入れる生活費がやはり三十万円。ホステスの給料はどう頑張っても八十万円。衣装代やら客へのプレゼント代も馬鹿にならない。これでは自分の使えるお金が全くないことになる。さてどうしよう。  そこに、店に客として来たアダルトビデオのスカウトから声がかかったのだ。  渡りに舟とばかりに彼女はその話に乗った。  AV女優・風吹あんなの誕生である。 「子供の頃から待ち針で手を刺すとか自虐趣味があったから、マゾの素質はあったと思うんですよ。  高校の時は同級生の女の子に恋をしちゃって、その子とレズの経験もしました。わたしってバイセクシャルなんです。  SMプレイというものと出会ったのは十八歳の時です。その頃つき合ってた男の人がちょっと変態っぽい人で、セーラー服を着せられ縄で縛られバイブレーターでイカされちゃったんです。それが最初。  SMを知って本当によかったと思う。わたし、子供の頃からずっと大声で泣くことができなかったんですね。それがSMプレイでは痛かったり恥ずかしかったりしたら、思いっきり泣けるじゃないですか。やっと自分が解放されたっていうのかな。SMと出会ってなかったら気が狂ってたかもしれない。わたし夢遊病癖があって、人の家に泊まったり、学校の修学旅行に行くのがとても恐かったんですけど、SMプレイを始めてすっかり治りましたもん。  今ですか。プライベートでは最高の御主人様が一人います。四十一歳の人で妻子持ちだけど、縛り方も鞭の叩き方もわたしにピッタリなんです。ちょっと離れられそうにない。レズの彼女もいます。三十歳の人で、彼女もサディストなの。彼女とは一生別れたくない。男ならいくらでもつくっていいけど、もし彼女がわたしの他に女をつくったら、彼女を殺しちゃうかもしれない」  風吹あんなのビデオは、今年中にあと四本は出る予定である。また大洋図書の『シャイ』という雑誌でマンガ家でデビューも果たし、『東京スポーツ』でコラムも連載した。 「でも、まだ今はわたしが働いてナンボでしょ。いずれはわたしが働かなくともお金が入ってくるシステムを作りたい。だって、妹二人はまだ中学生でこれからどんどんお金が必要になるんですもん。  まず一年以内に水商売のお店を一軒出す予定。モデルプロダクションも興味があるし、ビデオのプロデューサーもやってみたい。今はたまたま表に出てるけど、わたし裏方の仕事の方が好きなんですよ。目指せ、実業家って感じですかね。いつか『シャチョーッ』って呼んでもらいたいもんだ。世界征服までもうすぐですね」  別れの際、ふと風吹あんなが言った。 「あのね、最近、妹たちの学校にあの義父だった男が放課後とかに出没してるらしいんです。それだけが心配だなあ。何をするかわからない人ですから……」  な、なんか、アメリカの連作ホラー映画みたいな終わり方になってしまった。 AV Actress Anna Fubuki★1994.10 [#改ページ] 細川しのぶ AV Actress Shinobu Hosokawa (東北+関西+アメリカ)×バブル崩壊=AVギャル

 初秋の昼下がり、バスト九八センチの巨乳娘がロマンスグレーの目尻の優しい紳士に連れられて白夜書房にやって来た。紳士は娘が所属するプロダクションの社長である。娘は社長のことを「じい」と呼んで甘え、「じい」は何を言われても目を細めてウンウンとうなずく。タレントとマネージャーというより仲の良い親子のようだ。 「|じい《ヽヽ》はお父さんみたい」  と娘も言う。  二人はさっきまでテレビの深夜番組の撮影現場にいたのだそうだ。年の離れた男女が二人三脚で頑張っているのである。 「飲み物は何がいい?」と娘に訊くと、娘はウーンと口をとがらせて考え込んだ。 ——ビールでもいいんだよ。 「エッ、本当ですか。ワーッ、嬉しい。じゃあねじゃあね、わたしモルツ。いや、やめたやめた。やっぱりスーパードライがいいや」 ——ビールが好きなの? 「ウン! お酒大好き!」  編集者が買ってきたスーパードライのロング缶をプシュッと開けると、娘はゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。 「プハーッ……おいしい」  思わずそう口に出してから娘は、こちらが何も言ってないのに、目を見開きかぶりをふって慌てて言った。 「あ、でも違うんですよ。こんなふうに飲めるようになったのはつい最近のことなんです。高校の頃はとっても真面目だったんですよ」  その可愛い慌てぶりに私は声を出して笑った。|じい《ヽヽ》もウーロン茶を飲みながらニコニコと娘を見つめている。窓の外の秋の陽が淡い黄色を深め始めた。  あ、でも十九歳の娘さんにビールを飲ませてよかったんだっけ? ■AVの仕事をお父さんが知っちゃうと自殺されそうで恐いんです  細川しのぶのビデオを観ていて、私は彼女は福井の出身に違いないと思った。  福井の言葉は一種独特のものがある。言葉そのものは関西のそれに近いのだが、アクセントは一本調子な東北弁に似ている。だから福井に行き土地の人としゃべっていると、どこかギクシャクというかチグハグというか、ここはどこなんだろうという妙な感じを覚える。  そして、細川しのぶの話し方にもその妙な違和感があった。 ——生まれは福井でしょ? 「いいえ、違います」 ——じゃあ東北? 「よく言われるんです。私の話し方って東北訛りがあるって。この前撮ったビデオで秋田弁をしゃべるシーンがあったんですけど、『すごく上手い』って監督さんにほめられちゃった。でも生まれも育ちも神奈川なんです。営業上では東京出身っていうことにしてるんですけど、ちょっと後悔してる。嘘をつくってとっても息苦しいですよね。最初っから正直に神奈川って言ってればよかった。誕生日も七月に変えたらもう二十歳になっちゃった。本当は一月生まれだからまだ十九歳なのに……やっぱり嘘はいけないですね」 ——神奈川のどこなの? 「厚木基地の近く。いつも頭の上を軍用飛行機がビュンビュン飛んでるの。高校の時に修学旅行で沖縄に行ったんですけど、友達は飛行機が珍しいらしくて羽田空港でキャーキャー言ってたけど、わたしは飛行機のなにが珍しいんだろうって不思議でしたね」 ——御両親も神奈川生まれなの? 「ううん。お父さんは宮城でお母さんは大阪」  やっぱり、と私は膝を叩いた。細川しのぶは東北と関西が交わって生まれた子供なのだ。それはすなわち福井ではないか。彼女は神奈川出身であるかもしれないが、存在が福井なのである。よかった。私の勘は正しかった。私は一人で喜んだ。それがどうしたと言われると、何も言えませんが。 「両親とも働いてますよ。お父さんは設計技師でお母さんはコンピューターのオペレーター。でもお母さんの方が仕事ができるんです。バリバリのキャリアウーマンって感じ。お父さんも仕事はできるんだろうけど、世渡り下手っていうか、人とのコミュニケーションが苦手なんですよ。ボソボソってしゃべるんですけど、何を言いたいのか相手に全然伝わらないんです。それでいつも損をしているみたい。わたしは大好きなんですけどね」  お父さんと同じ宮城県出身の私は、お父さんの持つ県民性がよくわかる。大事なところで自己主張ができないんですよね。それにお母さんが大阪でしょ。私もかつて長いこと関西出身の女性と暮らしていたが、東北の男が関西の女にかなうわけがない。ボソボソひとこと言うと「なんやねん。そうやねん。どうやねん」と百ぐらい言葉が返ってくる。 ——御両親は細川さんがAVの仕事をしていることは知ってるの? 「お母さんは知ってるけどお父さんは知らない。お父さんが知っちゃうと自殺されそうで恐くて言えないんです」 「お父さんに自殺されそう」という言葉の裏には、暗い県民性に加えもう一つの理由がある。  お父さんはかなり大きな会社に勤めるサラリーマンだった、そしてバブルが全盛の頃、お父さんは株に手を出した。最初は自分の小遣いで遊ぶ程度だったがあまりに面白いように儲かるので、いつの間にか借金をしてまで株を売買するようになった。借金は雪ダルマ式にふくれあがった。そしてバブルがはじけた。お父さんも、はじけた。残ったのはお父さんの失意と、半端じゃない額の借金だった。  お父さんはその頃部長職にまで出世していたが潔く会社をやめた。その退職金で借金はなんとか返せたが、家はたちまち貧乏になった。現在お父さんは人材派遣会社に登録をしフリーの設計技師として働いている。だがその収入はサラリーマン時代の頃とは、当然比べようもない。 「だからさ、そりゃお金のためもあるけど、わたしは好きでこの仕事をしてるんだけど、お父さんがそれを知ったら、自分が株で失敗したから娘が家計を助けるためにこういう仕事をしてると思うと思うんですよね。それで自分を責めちゃうと思うんです。まるで娘を借金のカタに売っちゃったように感じるんじゃないかな。東北の人ですからねえ。だから、お父さんを苦しめたくないから、言えないんです。お父さんの内にこもっちゃう性格からいって、本当に自殺しちゃいそうだもん」  細川しのぶはそう言うと、ビールを飲み過ぎたのか「トイレに行って来ます」と言って部屋を出て行った。部屋の中には私と|じい《ヽヽ》だけとなった。それまで黙ってニコニコ笑いながら私たちの話を聞いていた|じい《ヽヽ》が口を開いた。 「ぼくも彼女のお父さんと同じなんですよ」 「ハ?」 「ぼくもバブルといっしょにはじけちゃったんです。友人と小さな貿易会社をやってたんですが倒産しましてね。この仕事を見よう見まねで始めたんですよ。今さらこの歳で再就職は難しいですからねえ」 ——お子さんはいらっしゃるんですか? 「娘がいます。まだ学生ですけどね」 ——娘さんがAV女優になりたいと言ったら、どうされます?  |じい《ヽヽ》はちょっと考え込み、そしてその白髪の頭を手でそっと撫でてから言った。 「仕方ないんじゃないですか……本人がやりたいと言うならねえ……仕方ないですよねえ……」  細川しのぶが戻って来た。 「わたしねえ、ゆくゆくはお店を持ちたいんですよ。どんなに不況になっても、自分の土地と店さえあれば、なんとか頑張れるような気がするでしょ。財産を持ってないとやはり生き残れませんよ」 ——どんな店を持ちたいの? 「タコ焼き屋かお好み焼き屋。わたしお好み焼きを作るのはちょっと自信があるんです」  タコ焼きかお好み焼き……この辺は大阪生まれの母親の血が流れているらしい。  窓の外は、もういつの間にか薄暗くなっている。バブルがはじけた時と似て、秋の陽もまさにつるべ落としである。 ■初体験はやり直したいな  細川しのぶが最初にブラジャーをつけたのは小学校五年生の時である。友人たちと同じようにスポーツブラだったがどうもきつく、母親が大人用のBカップブラを買ってきてくれた。当時でもうバストは八五センチあった。周りの男子たちはさぞ勉強どころではなかったに違いない。  だが(というのもなんか変だが)、運動は得意だった。五年生の時のマラソン大会では学年で六番の成績を残したし、六年生の時の腹筋大会(妙な大会があるものだ)では、三百回以上腹筋運動を繰り返し、男子も一緒の大会ながら断トツで優勝した。「二百回を超えた時点で男の子が二人だけ残ってて、わたしはもう女子でトップだったんですが、ここまでやったら誰にも負けたくないって思ったんです。頭がガンガンして吐き気がしましたがなんとかやりました。意地ですね。負けず嫌い? ウーン、見栄っぱりなんですよ」と彼女は言うが、巨大なオッパイというオモリをつけての優勝はさすがである。 「オッパイは邪魔ですよ。裸の時なんかボヨーンって腕の間にはさまってくるんです。もう邪魔で邪魔で。お相撲の小錦がそうですよね。取り組みの時に胸の肉が脇にはさまってすごく邪魔そうでしょ。あれを見てると、うんわかるわかるって感動しちゃうんです」  セックスという知識を得たのは六年生の時だった。同級生の男の子が彼女の股間を指さし「女のここはなんて言うか知ってるか」と聞いた。彼女は「お尻の反対側」と答えた。 「バーカ。マンコって言うんだ。お父さんがチンコをお母さんのマンコに入れると子供ができるんだぞ。お前だってそうやって生まれたんだぞ」と男の子は言った。ショックだった。とてつもなくいやらしいと思った。しばらく両親、特に母親とは口をきかなかった。 「なぜか、いやらしいって感じたんですよね。不潔とかじゃなくていやらしいって。だから今から思うと、あの時からセックスに対する興味が芽生えたんじゃないかな。そんな自分を認めたくなくて、同じ女であるお母さんと口をきかなくなったんじゃないかな」  中学に進んだ細川しのぶは、今度は小学校の時に同級生だった女の子からショッキングなことを聞かされる。 「わたしね、六年の時に同じクラスの〇〇君とセックスをしちゃったの」  自分と同じ歳の子でさえ、もうあの、チンコをマンコに入れるセックスとやらをしているんだ!  細川しのぶのセックスに対する興味は、友人のあっけらかんとした物言いもあり、やや肯定的な方向へとふくらみ始めた。  細川しのぶが所属したクラブはバレーボール部である。身長は現在と同じ一五八センチ。同級生の女の子と比べるとやや高いぐらいの身長だった。主にセッターを務めたが、顧問の教師が指導する練習は厳しく、顔にボールをぶつけられる度に、明日は部をやめようと思った。 「でも、わたしがもうやめようと思うといつも誰かが先にやめちゃうんです。それでやめづらくなっちゃって、ズルズルと三年間やっちゃった。わたしってなんか人とテンポがずれてるっていうか、どんくさいんですよね」  だが、彼女がバレー部をやめなかったのにはもう一つの理由があった。  恋である。相手は一年上のバスケットボール部のエース。バレー部もバスケ部も同じ体育館で練習するため、クラブをやめない限り毎日彼のかっこいい姿を目にできる。  学校の近くに、|子育て地蔵《ヽヽヽヽヽ》と呼ばれる「場所が余っているから建てたような町のオマケみたいな」神社があった。  二年生の時、彼女は勇気をふりしぼって憧れの人を電話でその子育て地蔵に呼び出した。彼に誕生日のプレゼントを渡そうと思ったのである。 「何をプレゼントしたのかは忘れちゃった。その後で起こったことの印象の方が強すぎて……。わたしがプレゼントを渡すと、その人が『じゃ、僕もいいものをあげるから目をつぶって』って言うんです。それで目をつぶったらいきなり胸を触られて、唇にキスをされたんです。恐くなって何も言わずに走って逃げちゃった」  思いもかけずキスをされ、相手を突き飛ばして走り去るセーラー服の少女。頬は紅潮し心臓は鼓動を速める。まるで青春映画のワンシーンである。  翌日、今度は彼女が彼に子育て地蔵に呼び出された。「胸を触らせてくれ」と彼は言った。「嫌われるのがイヤだったから」触らせた。ヘッヘッヘ、とばかりに彼は彼女の胸を揉みしだく。そしてやがて彼の手はセーラー服の中へ……。  調子づいた彼はそれから毎日のように彼女を子育て地蔵に呼び出した。彼の行為は日に日にエスカレートし、気がつくと彼女は境内の裏でパンティを脱ぎ彼に股間を舐めさせていた。  セーラー服姿のまま股間を舐めさせる少女。頬は紅潮し心臓は鼓動を速める。まるでポルノ映画のワンシーンである。青春映画がポルノ映画に変容するのに要する時間は、そう長くはいらない。 「でも気持ちよくも嬉しくもなかった。今なら好きな人とならそういうことをしたいと思うけど、まだ子供だったんですね。セックスに興味はあったけど、好きな人にはそんなことはして欲しくなかった。それにわたし、キリスト教徒なんです。お母さんがそうなんです。だから宗教は違っても、神様のいる場所でそういうことをしている罪悪感が常にありましたね。いつも胸がザワザワしてた」  それにしても神社はどうもいけませんな。前回の風吹あんなも幼い頃神社でチカンにあったと言ってたし……世の親御さんは娘さんを神社には近づけないほうがいい。  ところが一年後、彼女の卒業式の直前、彼から電話があった。 「やらせてくれって言うんですよ。高校に進学しても彼女ができずに焦ってたんじゃないですか。あんまりしつこいんで、仕方がないからやりました。親が留守の時にわたしの家で。その時のことはあまり記憶にないです。そんなに痛くもなかったし気持ちよくもなかった。なかなか入らなかったことだけ覚えてます。しらけちゃって、早く終わんないかなって思ってた。初体験はやり直したいな。わたしの男運がよくないのは、スタートが悪かったからかなあ」 ■セックスしながら精神的にオナニーしてたようなものですね  高校は東京都内の共学の私立校に入った。 「中学時代は自分で言うのもなんですが、頭良かったんですよ。それで見栄をはって名のある高校に進学したら、授業について行けずに落ちこぼれちゃった」  そこで彼女は友人に誘われて陸上部のマネージャーになる。選手のタイムを計ったり試合の手続きをしたりと部の中では地味な存在だが、けっこう楽しかった。中学のクラブのように教師に命令されてやるのではなく、自分たちで部を運営しているんだという感じが気に入った。 「でも一年でやめちゃったの。一コ上のマネージャーが、仕事もできないのに先輩風を吹かすんで、頭来ちゃって」  二年生の時、彼女の家にアメリカの女子大生が三カ月間のホームステイにやって来た。名前はパトリシア。愛称パット。細川しのぶはパットとたちまち仲が良くなった。 「語学に力を入れてる高校だったんで、簡単な日常会話ならできたんですよ。パットもかたことの日本語はしゃべれたし」  夏休みに入ると細川しのぶはパットに誘われて横浜のディスコに遊びに行くようになる。「日本を案内するんだ」と言うと、親は何も言わなかった。そして彼女はディスコの楽しさ、夜遊びの楽しさを知る。  秋になりパットが帰国しても細川しのぶのディスコ熱はおさまらなかった。つき合う友人の種類も変わってきた。  その頃からすでに高校生の間では合コンが流行っていた。ある合コンに出席した彼女はそこで一人の男に恋をする。 「でもつき合って一カ月目にセックスをしたら、その日のうちにふられちゃったの。向こうはただわたしと一回やりたかっただけみたい。『胸の大きい女って一度やってみたかった』って言ってたから。チクショーと思ってヤケになって、それからは本当に毎晩のようにディスコで知り合った男たちとセックスしまくりました。顔なんか覚えてないですよ。何人とやったのかも覚えてないもん。セックス? 全然気持ちよくない。ただ、ふられてくやしかったんで、わたしはこれだけ男が抱きたがる女なんだぞって、自分に証明したかったんですね。自己満足です。セックスしながら精神的にオナニーしてたようなものですね。家にも全然帰らなくなりました」  それもこれも、すべてはパットとの出会いから始まったことだ。パットさえ日本に来なければ、細川しのぶの人生は変わっていたかもしれない。  細川しのぶがまたトイレに立った。すると|じい《ヽヽ》がしみじみと言った。 「神社と外人には気をつけなければいけませんな」  株で失敗した父親が会社をやめたのは、細川しのぶが高校三年の時である。それまでも家に帰って来ない娘に苛立っていた母親の怒りは頂点に達した。父親とは口をきかなくなり、たまに帰って来る娘を殴った。 ■私の娘はふしだらじゃない!  その頃、娘には二十一歳の恋人がいた。母親に殴られるのがイヤで、娘はその恋人のアパートに入りびたった。ほとんど同棲だった。  ある日、恋人が細川しのぶに言った。 「明日から俺の知っているスナックで働け。話はつけてある。欲しい皮ジャンがあるんだが二十万円するんだ。お前がバイトをして買ってくれ」  水商売のバイトがばれると退学になるかもしれないからイヤだと細川しのぶが言うと、、恋人は彼女を殴った。  仕方なく彼女はスナックで働き始めた。恋人のことを愛していたので嫌われたくなかったからだ。  夏の暑い夜、二人が暮らす部屋のドアをノックする音がした。ドアを開けると彼女の父親と恋人の母親が立っていた。 「帰って来なさい」  無口な父親は六畳一間の畳の上に正座すると娘にそう言った。できるだけ冷静に話を進めようという意志が全身からにじみ出ていた。だが恋人の母親は違った。彼女は細川しのぶにヒステリックに怒鳴った。 「あなたね。うちのサトシをたぶらかした子は。高校生のくせに水商売してるんですって。なんてふしだらなんでしょ」  父親の膝の上に置いた両拳がギュッと固くなるのを細川しのぶは見た。 「あなた、この部屋の鍵を持ってるでしょ。返してちょうだい。どうせサトシから盗んだんでしょ。そうよね、サトシちゃん」  恋人はコクッとうなずいた。信じられない思いで細川しのぶは恋人の顔を見た。鍵はあなたが渡してくれたんじゃないの。だが細川しのぶは黙って鍵をハンドバッグから取り出すと恋人の母親の前に差し出した。  その時、父親が「ウォーッ」と叫ぶと正座姿のまま号泣し始めた。 「私の娘はふしだらじゃない! 私の娘は鍵を盗んだりしない! そんな娘じゃない!!」  恋人の母親は慌てて言った。 「じゃ、こういうことにしましょ。うちのサトシと娘さんはもう二度と会わない。鍵は返してもらう。いいですね」  帰りの車の中で父親は一言だけ、「血液検査をしなさい」と言った。娘は一瞬頭に血が昇ったが、いろいろと説教をしたい父親がそれを我慢して、唯一選んだ言葉がそれなんだろうと思い、黙ってライトが照らす路上を見つめていた。  家に帰り、久し振りに会った母親は娘の顔を見るなり「けがらわしい」と吐き捨てるように言った。  翌日から、会社をやめた父親は車で娘の学校の送り迎えをしてくれた。食事も父親が作ってくれた。母親が弟二人の分の食事は作るが、細川しのぶには作ってくれなくなったからだ。夜間高校に通ってた頃、昼間は定食屋で働いていた父の料理はおいしかった。豚肉の生姜焼きとか焼きウドンとか、まさに定食屋のメニューだったが、細川しのぶは食べながら涙が出そうになった。  母親は毎日残業で夜の十時過ぎに帰ると、台所で溜息をつきながらビールを飲んだ。その頃父と娘は娘の部屋で仲良く無言でファミコンをやっていた。  秋が過ぎ、細川しのぶの就職先が決まった。都内にあるビルの床専門の設計会社である。  高校を卒業して就職したら一人暮らしをしたいと思っていた細川しのぶは、その資金稼ぎのためにテレクラのサクラのバイトを始めた。一人暮らしをすればまたサトシに会えるようになれる。ひどい仕打ちをされたにもかかわらずまだサトシに未練があった。  ひと月ほど働いたところで、店がつぶれた。もらえるはずだった五十万円ほどのギャラが消えた。細川しのぶは泣きたくなった。その時、父親から持たされていたポケットベルが鳴った。家に電話をすると弟が出て、母親が交通事故にあったという。彼女は慌てて病院に駆けつけた。幸い母親は軽傷だった。だがそれより幸いだったのは、看病をしてくれる夫や娘にやっと母親が長く閉ざしていた心を開いてくれたことだった。  卒業までの二カ月、今度はレストランのウェイトレスのバイトをして堅実に金をためた細川しのぶは、都内で念願の一人暮らしを始めた。アパートから会社に通うのはいかにも社会人っぽく、新鮮な喜びがあった。  会社では設計部に所属した。面接の時、彼女が「設計をやりたい」と希望したからである。事務というといかにもやる気がなさそうに思われて、採用されないと思ったのだ。  最初のうちこそ仕事はお茶くみやコピー取りだったが、元気とやる気を見込まれ次第に設計の仕事を任されるようになる。今も新高円寺に細川しのぶが床を設計したビルが建っているはずである。  仕事は楽しかった。だが、一年足らずで細川しのぶはその会社をやめた。いや、やめさせられた。飲み会で社長の息子である常務にホテルに誘われ、それを断ったためである。翌日会社に行くと、細川しのぶの机がなくなっていた。  仕方なく、細川しのぶは新宿のクラブで働き始める。彼女を指名する客も増えたが、細川しのぶは無性に実家に帰りたくなった。自分のことを心配しているだろう父親の顔が見たくなったのである。サトシとはとっくに切れていた。社会に出てみると、彼のどうしようもないマザコンぶりがはっきりとわかったのである。  実家に戻った細川しのぶは横浜のキャバクラに勤めた。  そして、その店で細川しのぶはAVにスカウトされた。 「本当はホテトルのスカウトマンだったの。でもわたしが勝手にAVだと思って一人ではしゃいでたら、その人って気が弱くて、『じゃあAVもやってる事務所を紹介するよ』って、|じい《ヽヽ》に会わせてくれたの。会社をやめた時から、お店で働くならAVをやりたいなって思ってたんですよ」 ■一九九九年に地球がなくなっちゃうまでに、  自分のやりたいことを全部やりたいんです  今、細川しのぶは新しい恋人と横浜で一緒に暮らしている。もちろん両親公認である。彼女に言わせると「わたしにとって天使のような、イエスキリストのような人なんです。とっても優しい人なの」ということである。  細川しのぶがキリストと出会ったのは、彼女が働いていたキャバクラだった。煙草代を払おうと開けたキリストの財布には、一万円札がギッシリと入っていた。 「お金持ちなのね」  細川しのぶが言った。 「いや、今日勤めていた会社が倒産してね、これは退職金なんだ」  キリストは新潟に生まれた。父親は建設会社を経営していたが、バブルがはじけてキリストが高校生の時に会社が倒産した。家に、借金を取りたてるヤクザが連日のように押しかけてきた。キリストは東京の私立大学に推薦入学が決まっていたが、就職することにした。その会社が今日つぶれたのである。  キリストの話を聞き、細川しのぶは「この人となら心が通じ合えるかもしれない」と思った。  その夜、細川しのぶはキリストのアパートに泊まった。胸がドキドキした。まるで初体験を迎えるようだと彼女は思った。初体験のやり直しだと思った。だが、同じ布団に寝たにもかかわらず、キリストは彼女を抱こうとしなかった。キリストが眠ってしまったわけではない。起きているのは気配でわかる。その気配を感じると、細川しのぶも緊張して眠れなくなった。  こんなことって初めてだ。男の人はすぐに女に襲いかかってくるものだとばかり思っていたのに……なんて優しい人なんだろう。二人は朝まで一睡もせずに、棒のように体を固くして過ごした。  キリストは現在、就職活動中である。 「知ってます? 一九九九年に核戦争が起こって地球がなくなっちゃうんですよ。もうあと五年しかないんです。だからその間に自分のやりたいことを全部やりたいんです。やりたいこと? この業界でお金をためて、タコ焼き屋を彼と一緒に開きたい。そしてそのお店がたった一日でも黒字だったら、もう何も思い残すことはないですね。次の日に地球がなくなってもいいです」  とっぷりと暮れた秋の空の下を、|じい《ヽヽ》と細川しのぶは肩を寄せ合うようにして帰って行った。バブルが崩壊しなかったら、細川しのぶは|じい《ヽヽ》ともキリストとも出会えなかったわけだ。「よかったね、バブルがはじけたおかげで心の暖かい人たちと出会えて」って言っていいのだろうか。いいよね。  でも細川さん。あなたは「高校時代は真面目だった」って言ってましたが……ウーン、そうですね、一所懸命でしたよね。  細川しのぶ。来年、成人式である。 AV Actress Shinobu Hosokawa★1994.11 [#改ページ]          文春ウェブ文庫版     AV女優(上)     二〇〇二年六月二十日 第一版     著 者 永沢光雄     発行人 上野 徹     発行所 株式会社文藝春秋     東京都千代田区紀尾井町三─二三     郵便番号 一〇二─八〇〇八     電話 03─3265─1211     http://www.bunshunplaza.com     (C) Mitsuo Nagasawa 2002     bb020604