永六輔 タレントその世界 [#表紙(表紙.jpg、横180×縦261)] [#ここから4字下げ]    口  上  芸の世界に興味を持って、観たり、聞いたり、読んだりした中からエピソードをメモするようになって十年。  勿論、これで芸の世界がわかったわけではなく、ますますわからなくなったのが実情。このエピソードを踏み台にして、もう一度初めから芸に接し直そうという気持である。  先達《せんだつ》は故安藤鶴夫、そして武智鉄二。  この二人の芸に対する愛情は、対立するほど違うのだが、そのおかげで僕には僕の方向がつかめそうなのだ。  素晴しい芸と相対した時の、あの押しまくられて身動きの出来なくなる体験もいくつか味わえた。その体験だけが頼りなのだと悟った時が、エピソードの収集を休もうと思った時であった。  日本の芸と、芸を支える間《ま》。  これを日本人の手から手へ受け渡し、受けついでいきたいと考えると、知らず知らずのうちに、保守的な意識が強くなり、それは四十代を迎えるという現実と重なって、自分の将来が、出逢ってきた「芸」に変えられつつあることを知る。  そしてたしかな手応えで、そうした「芸」が自分の財産になっているのを知る此頃である。 [#地付き]永 六輔  [#ここで字下げ終わり] [#改ページ] 目 次  口  上 「巨万の富が私をスポイルする」    ジュリイ・アンドリュース 「私は娼婦でありたい」    浅川マキ 「お化粧に五分以上の時間をかけない」    ブリジット・バルドー 「みんな、ラリっちゃえばいい」    ボブ・ディラン 「家元なんて、存在理由はない」    観世栄夫 「明日は何をやってるかわからない」    中村敦夫 「生きている映画を私は撮りたい」    フランソワ・トリュフォ 「たくさん税金が払いたい」    三波春夫 「妻帯者は信用出来ない」    三国連太郎 「私の神様はお嬢なんです」    加藤喜美枝 「私の狂気は人間に向けられている愛だ」    ニジンスキー 「私は天才です」    ジョン・レノン 「谷崎潤一郎が永井荷風を襲名した」    小沢昭一 「女優は不幸であっていいと思うの」    小川真由美 「この頃の歌手には素人はだしの玄人が多い」    藤山一郎 「どうして酒がウンコになるの?」    古今亭志ん生 「利用しない、されない、感じない」    中山千夏 「勉強し直して参ります」    桂文楽  お わ り に  参 考 資 料   おわりにのおわりに [#改ページ] [#小見出し] 「巨万の富が私をスポイルする」           ジュリイ・アンドリュース         ☆  ジェイムズ・カーカップの『日本随想』(朝日出版)の中にフォビォン・バウアーズの次のような言葉をみつけた。 「一九四五年の占領時代、三島(由紀夫)は、性的変質者のグループの関心をはじめてひいた。彼はまだ二十歳、ハンサムで英語らしいものを話し、当時は日本人として背も高く、胸毛もあった。彼は歌舞伎俳優と一夜床を共にしたことを私に話してくれた。そのことは『女と寝るみたい』だったので非常に不満だったとも語った」         ☆  三島由紀夫が女形と寝たことが本当だったとしても、「女と寝るみたい」だと不満をこぼすのはおかしい。  その女形が衆道を心得てなかったという意味であろう。         ☆ 「教養番組のつもりで白痴番組をやり、白痴番組のつもりで教養番組をやるのが司会のコツです」 [#地付き]三国一朗         ☆ 「あたし、美空ひばりとか、水前寺清子とかすごく好きなんですよ。というのは、どんなにお金かけても垢抜けないでしょ」 [#地付き]太地喜和子         ☆  先代三津五郎ははやっている芸を絶対にみとめなかった。  理由は「駄目になるから流行《はや》るんだ」         ☆ 「僕達、小さい劇場でやっているでしょう。そうすると、肉声が伝わる範囲というのがすごく人間にとっては大切で、肉声を越えた範囲というのは何か不気味な感じがするわけです」 [#地付き]佐藤信         ☆ 「一度会った人の顔は必ず忘れるな、これが俳優の心がけであり、新国劇に人気と発展をもたらす為の最大の方法だ」  沢田正二郎は常に座員にそう教えてきた。  今、新国劇そのものが忘れられそうである。         ☆  芸人に旦那はつきものである。  相撲ではタニマチ。今でいうスポンサー。  自民党と財界みたいなもの。  鈴々舎馬風は、自分の旦那に「決して恩返しはいたしません」と宣言していた。  芸人に恩返しされるようになったら旦那もおしまいなのである。         ☆  六代目菊五郎は自分でつくった俳優学校の修業式で「皆さん、早死にをして下さい。つまり、芸の為に寿命をちぢめて下さい」と演説している。 「生命をけずっているような芸」という表現の出来る芸人は少ない。         ☆ 「襲名とか、真打披露とかは気分転換みたいなものです」と正蔵がいう。  全く、その通りだと思うが、そうすると日本の芸人は、気分転換という大切なことが、とても下手なのではないだろうか。  別ないい方をすれば休暇がとれない、そのシワヨセという貧しさなのか。         ☆  二代目吉住小三郎。  長唄の名手だが晒《さらし》の腹帯をプツンと切ってしまうほど腹に力をいれている。         ☆  三代目の芸談には、冬に薄べりを三枚敷き、それに浴衣ですわって、汗が薄べりの下に抜けるほど唄ったという話がある。  その三代目は自分の臨終の時に、死の直前まで身体の情況を放送でいう実況中継した。  だから「間もなく死ぬぞ」といって死んだ。         ☆  吉住慈恭(四代目小三郎)は六歳の時から長唄を始めて七十歳までは「間」に気をつけてきたといい、八十歳を過ぎてからは「気分」に気をつかったという。         ☆  吉住慈恭の艶話に……。  ラブレターを貰ったが、好きではない女なので、返事の出しようがない。そこで年寄りに相談したら「そういう手紙は返事を出しても、出さなくても後ぐされが悪い。向うから来た手紙をズタズタにちぎって、それを封筒にいれて郵送しなさい」という。  その通りにしたら、それっきりになったというのだが……。         ☆  福沢諭吉は杵屋弥十郎を贔屓《ひいき》にした。  ある時に弥十郎を呼ぶと「三味線がこわれているので」と断わってきた。  福沢が弥十郎の家の近所の質屋を調べると案の定、弥十郎の三味線が入っている。  それを受けだしておいて、芸はしなくていいからと弥十郎を呼び「私の三味線で弾いてくれ」と例の三味線を出した。  これが弥十郎を大成させるキッカケになった。         ☆  太鼓の名人が、その皮を破いた。  調べてみたら太鼓の桴《ばち》なんて先が丸いものなのに、錐であけたような穴があいていたそうである。  三味線の場合でいうと裏皮が破けると、その腕が上達したということで赤飯をたく。太鼓も裏が破けるようにならなければいけないというが……。  猫の皮と馬の皮では……。         ☆  アート・ブレイキーがドラムを叩くようになったのは、店を経営しているギャングが、それまで演奏していたピアノをエロール・ガーナーに命じ「お前は太鼓だ」と決めたからだ。         ☆ 「ヘロインを用いても演奏はよくならない。ただし、耳はよくなる」 [#地付き]アート・ブレイキー         ☆ 「音楽とは自分自身の体験、思考、知恵なのだ。実際に体験した、ほんとうに自分のものでなければ、ホーンから音になって出て来ない。音楽には限界があるというけれど、芸術には限界などない」 [#地付き]チャーリー・パーカー         ☆ 「バード(チャーリー・パーカー)は太陽のような存在だった。彼が発散させるエネルギーを私たちは吸収していた」 [#地付き]マックス・ローチ         ☆  ジャズの世界で「ザ・マン」といわれ、麻薬と奇行で知られるチャーリー・パーカーが死んだのは三十四歳。  口論になると彼はいった。 「俺も、あんたも、同じようにオマンコから生れてきたのに」  彼は夜中にタバコの火を借りるだけの目的で友達の家をタクシーで訪ねたりした。         ☆  一九五二年、ルネ・クレマンはラジオで聞いたギターの音色に感動し、パリからそのマドリッドのギタリストに電話をして、撮影の済んでいるフィルムをギターだけで伴奏してみたいといった。  こうしてナルシソ・イエペス演奏の「禁じられた遊び」が出来た。         ☆ 「僕は莫大な収入で人生を駄目にしたスターを沢山みてきた。俳優の価値はギャラで決まるものではないのに」 [#地付き]アンソニー・パーキンス         ☆ 「巨万の富が私をスポイルしつつあることを、私は承知しています」 [#地付き]ジュリイ・アンドリュース         ☆ 「私は七十歳まで生きてシェクスピアの老醜に満ちた人物を演じながら死んで行きたいと思う」 [#地付き]ローレンス・オリヴィエ         ☆ 「映画で稼いだ金でまかなっていたころは会社に活気があったが、ウォール・ストリートの金を使いだしてからというもの、悲しみが映画産業を襲ってきた」 [#地付き]セシル・B・デミル         ☆ 「チャップリン映画は永遠のニューシネマなのだ」 [#地付き]山田宏一         ☆ 「商売人というものは、いつどんなにおかしいことに出会うかもしれない。たとえばお得意様が失敗した時でも笑っちゃいけない。お得意様が何をしようと笑わないのが、商売人の礼儀で、それを勉強するために寄席に行く」  従って寄席で笑う商売人は馬鹿だという大阪商人に育てられた武智鉄二。         ☆  故坂東三津五郎の若い時の踊りをみて「あんな息子を持った三津五郎(先代)は気の毒だ」と同情のあまり寝込んでしまったというのが武智鉄二の母親。  この三津五郎と武智鉄二の対談集『芸十夜』(駸々堂)は芸の重みでズシリと手応えのある本である。         ☆  三津五郎「苦しいとか、痛いということが日本の芸の宿命なんですよ。踊りでも、能でも、義太夫でも、みんな苦しいとか、辛いとか、そこを通らなきゃダメなんだというのが、明治的近代精神では野蛮だよということになるんですね」         ☆  三津五郎「今の邦楽が悪くなったのは、自分の声をテープで聞けるでしょう。だから自分で聞いてみて、ウム、案外いけるなと思っちゃうんですよ」         ☆  武智「伝統というものを芸の世界にあるとか、古典芸術の中にあると考えること自体が間違いなので、われわれの日常の生活自体がすでに伝統なんですね」         ☆  武智「テレビの俳優と歌舞伎の俳優とが同じ舞台で芝居をした時に、テレビの俳優の方がうまいことがあるわけですよ。というのは、テレビ俳優というのは歌謡曲と同じで何百万人の中から選び出されてきて、非常に才能のある人であるわけですよ。歌舞伎の俳優なんかは何百人の中から選ばれただけに過ぎないから、ただつき合せてみれば、テレビの役者のほうがうまいですよ」         ☆  この二人の対話の中にある芸談の重みは他の百冊に匹敵する。  僕は恥かしさに耐えようと思う。 [#改ページ] [#小見出し] 「私は娼婦でありたい」           浅川マキ         ☆ 「劇では何ごとかが起る。能では何ものかがやって来る」 [#地付き]ポール・クローデル         ☆ 「出てきてなにかを演じるのではなく、出てきて魅力を出すのが女優というもの」 [#地付き]寺山修司         ☆ 「B・Bは演技するのではない、B・Bは存在するのだ」 [#地付き]ロジェ・バディム         ☆ 「ブリジット・バルドーの栄光は彼女の女優としての多彩な才能の上に孤独に築かれたものだ」 [#地付き]ジョルジュ・シムノン         ☆  故山茶花究が帝劇の楽屋のエレベーターの中で同乗した女優の顔をゆっくりみまわしてから、そばにいた益田喜頓にささやいた。 「これじゃ、お手伝いさんが少なくなるわけだ」         ☆  山茶花究は戦時中の召集令状に対し、「心配するな、即日帰還する、うまくゆかなかったら役者をやめる」と宣言し、その日に帰ってきた。         ☆ 「今、テレビなどでは本当のことが言えなくなってきています。金を出す側に俳優を吸い上げて、大衆と切離そうとしているのです」 [#地付き]望月優子         ☆  古今亭志ん生と同じような音楽家がいる。 「私は演奏する度に違った弾き方をするが、それは、私が自然だからだ」 [#地付き]パブロ・カザルス         ☆  芸の良さというものは、その時に感じるとは限らない。 「団十郎(九代目)を見た時にそれほどと思わなかったけれど、同じ役を吉右衛門(初代)で見た時に、団十郎は偉いと思った」 [#地付き]志賀直哉         ☆  昭和二十年三月十日は東京大空襲。  僕の家もこの日に焼けた。  この日の高見順の日記には、講談の貞山、奇術の李彩、尺八の扇遊、太《だい》神楽《かぐら》の岩てこ、落語の玉輔、浪曲の愛造などの名を列記して「庶民と共にあった芸人は庶民と共に死んだのである」と書いている。         ☆ 「文士というものは、もともと泥だらけなのです。泥にまみれずして、誰が文士になりえましょうか」 [#地付き]川端康成         ☆ 「私が第一行を起すのは絶体絶命のあきらめの果てである。つまり、よいものが書きたいとの思いを、あきらめて棄ててかかるのである」 [#地付き]川端康成         ☆  フランツ・カフカの短篇に『断食芸人』というのがあり、四十日間の断食を見世物にし、やがてサーカスに入って餓死してしまう男が書かれている。  彼は自分の好きな食事がみつからないという理由で芸人になるのだが、本当は誰もが食べているものを食べたかったといって死んでゆく。  芸人はやむをえず芸人になっていくのだ。         ☆ 『かもめ』の初演が失敗した時、チェーホフはダンチェンコに手紙を書いている。 「芝居は絶対に書かない、上演もさせない、たとえ七百歳まで生きても」         ☆ 『伊丹万作エッセイ集』(大江健三郎編)が出た。  このエッセイが全く古くなってないのは映画そのものが古いからだろうか。         ☆  種モ仕掛ケモナシニ手品ガデキナイコトハダレデモ知ッテイル。  ニモカカワラズ手品師ハ十年一日ノゴトク「種モ仕掛ケモゴザイマセン」トイッテ見物ヲダマス。  リアリズムトハ、要スルニコノ「種モ仕掛ケモゴザイマセン」ト同ジ役目ヲハタスモノデアル。         ☆  説明ニモ、描写ニモ、興行価値ニモ役立タナイヨウナシーンハ捨テテシマエ。         ☆  適当ナセリフヲ発見スルマデハ、何百回デモ自分デイッテミルコトダ、ソレヨリホカニ方法ハナイ。         ☆  タトエバ、アルシナリオ作家ガ自分ノ作品ヲ演出シタ監督ノ手法ガ気ニイラナイトイッテ、スデニ出来上ッタ映画ヲ勝手ニチギッテ捨テタリ、撮リ直シタリシタラドウイウコトニナルダロウ。私ノ想像デハソノ作家ハキノドクナガラ精神病院ニ送リコマレルホカハナイト思ウ。  ソシテ事実彼ノシタコトガ精神病院行キニフサワシイトシタナラバ、彼ノシタコトトマッタク同ジコトヲイツモシナリオ作家ニ対シテヤッテイル監督タチハ、ヤハリ精神病院行キノ価値十分デアルコトヲ認メナイワケニハ行カナイハズデアル。 [#地付き]伊丹万作         ☆  日本の芸能には「舞い」「踊り」と区別される「狂い」というジャンルがある。  ニューロックにも多分に「狂い」の要素があって、巨大なアンプから発する音と共に神がかりになってゆく。         ☆  水俣病を描いた『苦海浄土』が劇化されたが、これは招魂の儀式として演出された。  ここにも演劇の源流をさかのぼる姿勢がある。         ☆  本来、相撲は負けを演ずる儀式であり、従って俳優に近い存在だった。今でも、花相撲で子供達に負けてみせたりする。  この頃、やっとスポーツと演技が区別されるようになった。  しかし、ドリフターズやコント55号、又は漫才の正司敏江・玲児などの芸はスポーツ化された芸であり、プロレスは演技化されたスポーツともいえる。         ☆ 「自分の踊りは練習なんか出来るものではない」 [#地付き]土方巽         ☆  大正十二年九月一日。関東大震災。ドサクサにまぎれて七千人の朝鮮人が虐殺されている。  この時に朝鮮人と間違われて、千駄ヶ谷でコリャァ! と殺されそうになったことから、センダコレヤと芸名を名乗った。         ☆  この千田是也という人は奇言の主。  相撲を見ていて、仕切直しの長いのに「協会もここで音楽をいれればいいのに」  競馬と一緒にしている。  さらに、横綱時代の朝潮にいった。 「相撲をやめて俳優座にいらっしゃい」         ☆  民俗学では祭りをする生活状態をハレといい、日常生活をケという。 「テレビは見ている人のケの中ヘハレを持ちこんでくる」 [#地付き]戸井田道三         ☆ 「借金の証文に、もし返却しないばあいは村なかにてお笑い下されたく、と書いたことが昔はあった。ひとに笑われることは死に相当したのだ。  それだから相互に村の生活の中では笑いを規制しあっていた。笑っていいことと、笑ってはならぬことがきめられていた。  従ってひとは無実な笑いを求めたので、笑話、落語、漫才の類が発生したのである」 [#地付き]戸井田道三『幕なしの思考』より         ☆  福田恆存は自分の喜劇のプログラムに「どうぞ笑って下さい」と書いた。         ☆ 古川緑波「これから、どこにゆくのですか」 戸板康二「民芸を見にゆきます」 古川「何をやっているのですか」 戸板「楡の木蔭の欲望」 古川「ホウ、作者は誰です」 戸板「オニールです」 古川「ホウ……」 戸板「ユージン・オニールです」 古川「オニールはあなたの友人ですか」         ☆  中村鴈治郎は毎年一回家族そろって写真を撮る。そして撮る場所は必ず宮城の二重橋の前なのである。  それも、あの宮城前広場にいる写真師でなければいけない。         ☆  エド・サリバン・ショーが終ったのは、バラエティは予算が高いからである。日本でバラエティ・ショーが多いのは安くても出来るからである。  ズーッと昔のことだが渥美清がこういったことがある。 「どうしてアメリカに江戸裁判所《ヽヽヽヽヽ》があるの?」         ☆  芸術座に出演中の中村メイコに「看護婦学枚の団体サン」という言葉を聞いた。  客の入りが悪い時は客席の椅子にかけられた白いシーツばかりが目立つので、それで……。  古川緑波は同じ状態を「ぶどうパンのぶどうみたいな客席」といっている。         ☆  メイコの夫君でもある神津善行が歌の上達する本を書いた(『歌謡曲の歌い方教室』)。  その中にクラリネットの萩原哲昌(現作曲家)がオーケストラの中で演奏をしていて、彼のソロになり、立ちあがった途端にひっくり返った話がある。萩原は足を組んでいたのを忘れて立ちあがったのである。         ☆  その神津善行が麻布中学時代に演劇部に入ったら、先輩に「いい役は俺たちがやる」と凄まれた。  時の演劇部にいたのが、加藤武、小沢昭一、フランキー堺、仲谷昇、内藤法美といったコワイ学生。         ☆  武満徹の出逢った尺八の名人は、二人のいる部屋の窓をあけはなつようにいった。  尺八を吹くのに、部屋の中の空気だけでは足りないという理由だったそうな。         ☆ 「私はいつも恋をしていたい」 [#地付き]ブリジット・バルドー 「私は娼婦でありたい」 [#地付き]浅川マキ  そして娼婦だったのがビリー・ホリディ。         ☆  母が十三、父が十五の時に生れ、十歳の時に強姦されるというのがビリー・ホリディの自伝の書き出しである。  母が二十四、父が三十六で生れ、幸福な家庭で育つというのが美空ひばり自伝の書き出しである。  そして戦争、十歳の時には美空楽団で一家そろって旅まわり……。  二人に共通なのは譜面が読めないで歌手になったこと。         ☆ 「ニグロ(カウント・ベーシー)のバンドで歌うには私の色が白すぎるという理由で、私は黒いグリースを顔に塗らされて歌ったことがある」 [#地付き]ビリー・ホリディ         ☆  ビリー・ホリディは巡業中に草むらでオシッコをすることがうまくなった。  ホテルやレストランでは断わられることが多いからである。         ☆  ルイ・アームストロングも、ビリー・ホリディも時には差別されるかどうか賭けて稼ぐほど自虐的なところがあった。         ☆ 「南部では誰でも堂々と差別してくれる。 『ニグロ』『ブラッキー』『けつめど』……。  北では背中から闇討ちの差別をする」  [#地付き]ビリー・ホリディ         ☆ 「ハーレムでは淫売は淫売、おかまはおかま、ヒモはヒモ、泥棒は泥棒であった。ところが町では妙に複雑で、淫売は時に金持の令嬢であり、ヒモは町の有力者であり、泥棒は行政官であったりする」 [#地付き]ビリー・ホリディ         ☆  ビリー・ホリディを差別したことを怒った友達の中にボブ・ホープやクラーク・ゲーブルがいた。ボブは毒舌で、ゲーブルは腕力でビリーを守った。  そんな中で彼女はオーソン・ウェルズと恋をする。 『奇妙な果実』(晶文社)のさわりである。         ☆  リンカーンは奴隷解放宣言について次のようにいう。 「これはアメリカを救うことであって奴隷を救うことではない」         ☆ 「東京にある六ツの能学院(能楽堂)は独自のスタイル、演目を誇り、それぞれ秘密の錬金術をもっている。競争する流派の娘と恋に落ちたりすることは出来ない」  一九七一年六月三日、ル・モンド紙から。         ☆ 「能は『いら立ちの演劇』である」  フランスの詩人アンリ・ミシューの言葉。         ☆  美しい舞姿に息を呑んだ花柳有洸が亡くなった。数日後にサッチモが……。  上月晃の引退はお粗末だった。  タレント議員が増えた。  サミイ・デビス・ジュニアもニクソンの為に働くことになった。  藤山寛美が上京した。そして梅雨があけた。  ジァンジァンの『ファンタスティックス』を観て、主演の宝田明にファンレターを書いたら返事が来た。毛筆の鮮やかさに再び拍手したくなった。  東宝劇場『東海道は日本晴れ』の再演を観て、あまりの退屈さに笑ってしまった。  おりからのお盆である。八波むと志がなつかしい。  芸術座の『芸者お山に登る』を観る。浜木綿子の達者さに、やっぱり女優は気が強くなきゃいけないと思う。男の為にも結婚しない方がいい。  信州の松本でサロン・シネマという応接間のような映画館に入った。ソファで煙草を吸いながら楽しめる。  博多の山笠祭に出かけ、締め込み一本で山笠をかついだ。 『儀式』(大島渚作品)を観て、賀来敦子が忘れられなくなった。音楽は武満徹。 『林光 音楽の本』(晶文社)にある武満の言葉。 「音楽は儀式や行事に従属した使用価値としての存在から解放されて人間の内部に位置し、表現芸術としての使命をもった。  作曲家は音の感覚世界を通じて人間存在の本質を探究しつづけた。そして形式が生れた。  しかし、長い歴史の間に、音楽はその使命を危うくしている。作曲家が、その本来の目的から離れて『方法』の追求にのみ終始するようになったからだ」  LP『日本の放浪芸』(小沢昭一・ビクター)を聴く。土の中に、暮しの中に生きている日本のメロディを部屋を暗くして聴いていると、歴史の音までが聴えてくる。 [#改ページ] [#小見出し] 「お化粧に五分以上の時間をかけない」           ブリジット・バルドー         ☆ 「わたしにいわせれば、芸と人気とどちらが欲しいと聞かれたら、迷わず人気のほうをとる。また人気のほうをとらないような人は芸人ではない」 [#地付き]立川談志         ☆ 「ゼニもうけると卑しい心になります。いえ卑しいったって、ケチケチするとか何とかというんじゃなくて、何か資本をおろしてもうけようという、噺家のこれまでにない料簡になるんです。それが一番いけないことなんですよ」 [#地付き]桂文楽         ☆ 「新しい研究をしてるてェと、世の中がこわくなりません。ジッとしていると、こわくなっちゃう」 [#地付き]林家正蔵         ☆ 「名人ならば何度出て来ても得心して聞いてくれるだろうけど、こっちは名人じゃないんだもの、他人の迷惑も考えなくちゃ」  正蔵があまり放送に出ない理由である。         ☆ 「私は昔からオペラというものを好みません。あれはすべてにわたって大げさでいけないのです。十円玉を拾っても、まるで一万円札を拾ったような身振りをするし……」 [#地付き]芥川也寸志         ☆ 「美の為には破ってはならない法則は存在しない」 [#地付き]ルードヴィヒ・フォン・ベートーベン         ☆  ピアニスト、パデレフスキーはポーランド大統領でもあった。         ☆  バッハ一族の家系は二百年間に五十人以上の著名な音楽家を生みだした。  日本の芸の世界にもこういうことがある。  バッハも「何代目バッハ」というようにしたらわかりやすいのに。         ☆  七十歳、八十歳という老指揮者が、よくも体力を消耗しないで指揮が出来るものと思っていたのだが、指揮者にとって指揮台の上が最も楽にしていられるという話を聞いた。         ☆ 「舞台に出たら、その空気に身をあずけたい、空気の中で風にそよぐ葦のようにフワーンとやりたい」 [#地付き]西村晃         ☆ 「舞台において、足をそろえて立つ時、つまり静止|佇立《ちよりつ》の姿勢をとるとき、重心は筋門体言の伝統と同じく、両足のあいだ、あるいはそろえて立った両足の土ふまずの裏の、かすかな空間に置かれると考えられる」 [#地付き]武智鉄二         ☆  三味線に使うネコの皮は、人間でいうと胸の部分、ここが一番皮が厚くて、脇の下の方へかけて薄くなっている。このことが、とても共鳴をよくしているとのこと。  それも日本で弾かなければいい音がしないというのだから風土との関係も重要である。         ☆  田中一光邸で初めて法竹を聞いた。  海童道法竹(わたずみどう・ほっちく)。  竹を切って節をあけ、そのまま竹と人間が一体になる音、というモノスゴイものである。  うっかり聞き惚れると、コチラの呼吸を自由自在に押えつけ、胸苦しくなるほど。久しぶりにグーの音も出なかった。         ☆ 「美容の秘訣、お化粧に五分以上の時間をかけないこと」 [#地付き]ブリジット・バルドー         ☆  俳優が化粧をし扮装をしてきた時、演出家は初めからやり直させる目で見なければいけない。そうでないと、思わず化粧や扮装そのものにひきこまれて判断を誤る時がある。  というような演出上のメモを書いた伊丹万作のノートから。         ☆  演技とは俳優が「自己」の肉体を通じて、作中人物の創造に参与し、これを具体化し完成せしむることによって自己を表現せんとする手続きをいう。         ☆  演技指導の本質の半分は「批評」である。         ☆  自信と権威ある演技指導というものはすぐれた台本を手にしたときだけに生れるものだ。作のくだらなさを演技指導ないし演出で補うなどということはあり得べきこととは思えない。         ☆  演出者と俳優と、二つの職業的立場を生み出した最大の理由は、人間の眼が自分を見るのに適していないためらしい。         ☆  どんなに個性の強烈な演出家と、どんなに従順な俳優を結びつけても、俳優が生きている限り、彼が文字通り、演出者の傀儡《かいらい》になりきることはありえない。         ☆  百の演技指導も、一つの打ってつけの配役にはかなわない。         ☆  俳優に関するどんな厖大《ぼうだい》な予備知識も、演出者として半日彼と交渉することとくらべたらほとんど無意味に等しい場合がある。         ☆  俳優をだれさすな、カメラマンをだれさせても、照明部をだれさせても、俳優はだれさすな。         ☆  俳優は実生活では軽い化粧カバンさえ持つのをいやがって弟子と称するものに持たせるくせに、演技中には絶えず何かを持ちたがる。         ☆  演出家が大きな椅子にふんぞりかえっているスナップ写真ほど不思議なものはない。  病気でもない演出家がいつ椅子を用いるひまがあるのか、私には容易に理解出来ない。         ☆ 『伊丹万作エッセイ集』(筑摩叢書)は、戦中に書かれた「戦争中止ヲ望ム」という一文があり、敗戦直後には「戦争責任者の問題」という骨のある文章もあって、この映画作家の勇気と冷静さにはおどろかされる。         ☆  四十六年八月一日、徳川夢声が死んだ。 「話芸の神様逝く」という見出しが各紙をかざった。 「話芸の神様」とは何をさしていうのだろう。誰もがいうことは「間」のうまさである。  そこで、この夢声と「間」「ま」「マ」「MA」についての小論文。         ☆  活動弁士としてスタートした徳川夢声は他の弁士がいかにしゃべろうか努力している時に、いかに黙るかを工夫した。  この点が、トーキー以後、夢声を話芸家として成功させたのである。  いかに黙るかということは、いかに間をおくかということになる。  これは今日の芸能界では全く無視されているわけで、スットンキョーな声でペラペラやれば、とりあえず仕事にありつけるのだから世の中変った。         ☆  話芸で間をおくということは聞く相手に想像させる時間を持たせるということになり、これはとりも直さず聞き手との交流ということにもなる。  かといって聞き手の想像力の緊張感を持続させておく為には、その間の長さを感覚的に捕える技術が要求される。  よく、当人だけがうまいつもりで妙に間をおいてしゃべる為に聞き手が疲れてしまうことがある。代議士なぞにこの例が多い。         ☆ 「日本の伝統的芸術の基本的技術を『イキ』と呼ぶ。『イキ』は呼吸作用という意味である。  名人は『イキをつめる』ことに長じているともいわれる。呼吸作用の停止という意味である」 [#地付き]武智鉄二         ☆  聞き手を含む観客の緊張感を持続させるのは、この息をつめる以外にない。  これから何が起るのだろうという期待をしている相手と呼吸をあわせて、同じように息をつめさせてしまう。  話芸の上手下手は怪談か、Y談をやらせればすぐわかるが、怪談の場合。  恐しい場面では、思わず|息を呑む《ヽヽヽヽ》。  そして呑みこんだ息をとめている。  恐しい場面が終る。  ホッと息をつく。  つまり呑みこんだ息を吐くわけで、ここで呼吸として成立する。  これは聞き手側の呼吸だが、語り手はどうなっているかというと、聞き手よりはるかに多く、息をつめ、吐きだし、途中で停め、吐ききるということを繰返さなければならない。  聞き手を大きく吸って大きく吐くようにあやつりながら、語り手は自分の呼吸器官を一瞬で吸い一瞬で吐ききる、又は、吐ききったかのようにみせかけて、実はためているという操作を意識的に、又は無意識のうちにしているのであり、その操作にかかる時間こそが「間」なのである。  アイ・ジョージが、マラゲニヤを歌う時、これでもか、これでもかと引きのばす。あァなると歌そのものよりも、どこまで長く続くかと期待する。  そして、こんなに長くのばしたのだからさぞ苦しいだろうと思うと、実にさりげなく、さらに歌いついでしまう。  これは浄瑠璃にしても同じことがいえる。真赤になってうなる太夫が実はそのままひっくり返ってしまわないのは、一瞬に呼吸を回復出来るからである。         ☆  人体の安静時は230〜250CCの酸素を吸い、200CCの炭酸ガスを出す。  従って息を吸わないで吐くことが多くなるとそれだけ血液中に炭酸ガスが増える。         ☆  近頃の公害ほどではないが、体力と訓練がものをいうわけである。  夢声の活弁時代は当然マイクロフォンがない。従って修業中は相当に大声を出している。  後にラジオでマイクを駆使するようになっても、時に大音声をはりあげて気合をととのえていた。 『宮本武蔵』など子供心に僕の印象に残っているのは描写している部分よりも、裂帛《れつぱく》の気合である。 「武蔵は……ダーッ!」  息をつめておいて、ほとばしらせるという感じだった。  これは剣道をやればわかるが息を吐ききらなければ出ない声である。         ☆  息を吐ききるということは必ずしも声を出さないでもいいのだが、声を出した方が吐ききれるのである。  重量挙の三宅選手がバーベルを持ちあげる時の奇声。  ミーハー族のファンが失神するのはキャーッという声を吐ききってしまうからである。セックスのエクスタシー、これも同じ。一挙に吐ききる場合でないと、声を出さないでも大丈夫。  例えば相撲のハッケヨイは「発気用意」なのだが、両者がジックリ息を吐きながら、神経を集中させたところで軍配がひかれる。  野球でいうとピッチャーの投球モーションにあわせて吐きだし、バットとボールがインパクトした一瞬に吐ききっていればライナー性の当りということになる。  短距離ではこれも、ヨーイで息を吐き、ドーンで吐ききってそのままゴールまで呼吸しない。  この種の例はいくらでもある。  熱いお湯に入る時はキンタマをつかんで息を吐き出しながら身を沈めればなんとかなるものだ。         ☆  さて夢声論からはずれるが、こうしてみると人間が息を吐ききった時、つまり吸わなければ死んでしまう時、人間はある異常な状態になることがわかる。  能の世界では息を吐ききって橋がかりをすり足で進む。呼吸をすれば形が乱れるのである。  地唄舞の場合でも、それにボリショイのバレーの場合でも、形をきめる時は息を吐き、さらにそれをつめているのだ。  能楽師に舞台で死ぬことが多いのは、吐ききることでエネルギーを使い果し、そのまま文字通り息絶えてしまうのである。  それだけに厳しい芸でもあるわけだが、これは剣道で、息を吸った時の乱れで斬られるということにも通じる。  つまり、それは死の直前なのだ。それをなんとなく意識しているから観客も身をひきしめ、ひきしめるということが吐くことにつながるのである。  誰だってアイ・ジョージが、マラゲェ——とのばしたまま遂に死んでしまうとは思わないけれど、浪曲や浄瑠璃を初めてみた外人は演者が死んでしまわないかと心配する。         ☆  気軽な話芸にいつでも死を控えていると思わせることもないが、そこまでの訓練が出来ているといないとでは月とスッポンなのである。  今日、芸の世界では間よりもリズムが優先する時代だが、日本の芸における間は譜面なんかで記録され、それが再現出来るものではない。         ☆  日本人独特の間は、日本人の体格、生理、しいては歴史を無視しては考えられるものではなく、六代目菊五郎のいうように「間」は「魔」なのである。  日本の古典芸能の発声を踏まえてマイクロフォンの機能を把握し、さらに呼吸を自在に使いこなし、それを雑学知識で支えたというところが夢声の評価であろう。         ☆  さて学生活動家の演説を思い浮べてほしい。 「我々はァッ、米帝資本主義のォッ!」というように一語一語を吐ききって語る実に古典的な発声をしている。ところが、そこから発展しないのが惜しい。  狂言や歌舞伎のセリフだってここから生れてきているのだ。  今の若手では猿之助が振りにせよ、セリフにせよ、見事に吐ききっているのでこれも注目してほしい。  このような古典的な話芸と、ラジオのDJで代表されるペラペラ話芸が同居しながら新しい話芸が生れつつある。しかしながら話にひそむ「間」だけは、日本人である限り今でも、これからも変ることなく伝えられていくに違いない。  そしてこの日本独特の「間」こそ、最もインターナショナルなものになる可能性を秘めている。 [#改ページ] [#小見出し] 「みんな、ラリっちゃえばいい」           ボブ・ディラン         ☆ 「僕たちは一度として黒人でないことを心配したりしたことはない。僕たちがやっているのは確かにイミテーションのブルースだけど、いつも、すぐれたイミテーションをやっているつもりだ」 [#地付き]ミック・ジャガー         ☆  ミック・ジャガーはジョン・レノンについて「問題は彼がマルクスを全然読んでいないってことだ」といっている。         ☆  自分が興奮して、楽員も興奮させる指揮者は三流。  自分は冷静で、楽員だけを興奮させる指揮者は二流。  自分は冷静、楽員も冷静、お客を興奮させる指揮者が一流。         ☆ 「ぼくはヨーロッパ音楽の伝統をベートーベンを三百年かかってダラダラつづけてきた�癖�だとしか思わない。そんな�癖�にぼくらは影響されずに生れてきた。われわれ異民族の血で、これから先、すでに行き詰った西洋音楽が救われるのだとさえ感じている」 [#地付き]ハーグ交響楽団常任指揮者 岩城宏之         ☆ 「眼から血を吹くような思いをしたか!」  黒沢明の仕事の時の口癖だという。         ☆ 「私は三十七歳で年をとるのをやめちゃったのよ。それなのに芸歴三十五周年記念公演なんていわれると困っちゃう」 [#地付き]山田五十鈴         ☆ 「芸人は若いうちは売れねェ方がいいね」 [#地付き]古今亭志ん生         ☆  野沢喜左衛門がいった。 「私も年をとりましたのでそろそろ新作にとりかかろうと思います」  新作というものは年をとらなければ出来ないという姿勢にドキンとさせられる。         ☆ 「十吾先生は名人、天外先生は天才や。わしは名人にはなれそうもない」 [#地付き]藤山寛美         ☆ 「自分の人生、生活、内面というものを肩に力いれず気どらず、ナマの自分を出せたらいいというのが、あたしの願いなんですけど」 [#地付き]岸洋子         ☆ 「みんな、ラリっちゃえばいい」 [#地付き]ボブ・ディラン         ☆  林家染丸が売り出しの頃、タクシーに乗って運転手にいった。 「わいが誰だか知っとるか」 「知りまへんなァ」 「林家や」 「チンドン屋さんですか」 「染丸やがな」 「はァ、染物を……」  染丸くさってしまったが、自分の家の前についたので降りようとすると運転手が、 「ヘェ、師匠、お疲れさまでした」         ☆ 「今のお客さんは芝居みにきて下さっているのに、客席ではお弁当食べたらいかん、煙草吸うたらいかん、しゃべったらいかん……お察し申し上げます」 [#地付き]現・片岡仁左衛門         ☆  幕の内弁当。  役者が簡単に食事をする為に工夫した弁当である。  うな丼。  客席でうな重の出前をさせる時に、うなぎがさめないように御飯の上にのせさせたのである。  どちらも芝居小屋の発明。         ☆  野口兼資の芸談を読んでいたら「乙甲」という言葉が何度も出てくる。乙甲と書いてメリハリと読むのだった。  念の為、広辞苑では「減張」「乙張」になっている。  鶴屋南北という人、あて字の大家だそうで「その畠渡せ」というのを「その旗渡せ」などと書いてあるという。「花篠得修」てなものだ。         ☆ 「その役になろうと思ってはいけない」  野口兼資の言葉。  無心になれということなのだが、その役になりきろうとして、なりきってこそ無心になるのであって、このあたり芸談特有のニュアンスが楽しい。         ☆  六代目菊五郎は|すり《ヽヽ》の役を演じる時に着物の袖口を一寸五分ほど余計にあけさせた。  観客に気がつくことではないが、そうすることによって、芝居の中でもすりやすくなる、そうなれば、すりの気分にもなりやすいという三段論法の役づくりなのである。         ☆ 「指先に力が入るようでは駄目、腹の底に力が入らねば……」  これは大阪のホテルで頼んだ按摩さんの言葉。トルコのスペシャルも指先ではなくて腰がすわっていないと駄目だって。         ☆ 「徒らに性欲を興奮または刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する……」  こんな言葉でセックスをとりしまろうというのだから古いというか、堅いというか……。         ☆  プレスリーに強姦されたと裁判に持ちこみ、強姦されていないのに五千ドルせしめた女の子がいるという。スターの出費が多いのも無理はない。         ☆  名古屋東山動物園でショーをみせていたゴリラのグループが引退してから久しい。  このショーは世界でも珍しく、ソ連のボリショイサーカスですらゴリラは調教されていないのである。  日本の場合は調教師というより、世話係が愛情で芸もやらせる例が多い。  ゴリラは人間の二歳から三歳までの知能があるそうだが、逆にいうと二百五十キロという巨体になっても、赤チャンのように甘えて飛びかかってくるので、それが危険なのだそうである。  東山動物園でも係員がゴリラの愛情表現で大怪我をしたのがショーをやめたキッカケになっている。  面白いのはこうして芸人であることをやめたゴリラが淋しくてノイローゼになってしまったことである。         ☆  日本には古来、猿まわしという芸があり、ひとつの芸を一年かかって教えるという気の長い、かつ厳しい調教をしているのだが、その努力はまるでむくわれることがない。  テレビで歌手を売り出すプロダクションは猿まわしといわれながら、時には一年もしないうちに猿をつぶしてしまう。         ☆ 「猿まね」という言葉があるが、猿に芸を仕込む時は、頭の良い一匹に仕込むと、あとの猿はそのまねをするのだそうだ。  当然、その動物の習性を理解した上で、それを助長する形で芸を仕込む。  これも、プロダクションの怠っているところで、タレントは習性を無視されているケースが多い。         ☆  上野動物園の「ブルブル」も二百五十キロクラスの立派なゴリラだが、その彼がテレビを見ているというので出かけた。  ブルブルはカラー・テレビをじっと見ながら食事をしていたが、好きなのは子供向けの番組で、歌手では辺見マリを喜ぶとのこと。         ☆  あるテレビ婦人番組のプロデューサーがいった。 「これは主婦向けですから、小学校四年生に話すつもりでお願いします」         ☆  動物園から国電で有楽町の日劇へ。「岸洋子ショー」を見る。まずは、われらの岸洋子の元気な姿にホッとする。  舞台は発病して倒れる前にはなかった逞しささえ感じられたのだが、ファンというのは妙なもので、今にも倒れそうな岸洋子が気力で歌っている時の方に感動したりする。  しかし、そうした残酷な楽しみ方こそ芸の存在価値といえるのではないだろうか。  健康になることはいいことだが、「元気になりました」と健康を売りものにしてしまうとチョット違う気がする。  それが、どんな芸でも、亡びつつある美しさをかねそなえてほしいと思う。  だから病気になれというのではない、病気になるにはまず健康であることが必要なのだから……。         ☆  大阪で、これが最後のチャンスと思われる。「三曲万才」「あいならえ」を見る(YTVサロン・四十六年九月十三日)。  すでに長老捨丸は病気。  夢丸、出羽助、末子、千代八、梅夫、津多子、文春、道子がうち並んで和気あいあいと舞台をつとめ、小沢昭一いうところのひとつの芸の臨終をみる思いがした。  この古風な万才(漫才)の新しさは、同時に口演された広沢瓢右衛門の浪花節にもあり、要するにナンセンスの出来るキャリアの問題なのである。  瓢右衛門のような奇想天外な節を引退させたままで「浪曲ブーム」などとよくいえたものだ。  チンピラやくざがお産の手伝いを英語まじりでやるエログロ場面が笑わせる「雪月花三人娘」。ポルノ浪曲など足元にも及ばない。  この老浪花節語り瓢右衛門の存在を教えてくれたのは小沢昭一先輩である。         ☆ 「まちがっては恥をかき、まちがっては恥をかき、たびかさなるうちに度胸ができ、しまいには恥をかくことが快楽になってくる。ここに漫才の力強い楽天性がある。  恥の重みに耐えかねて自殺した太宰治・田中英光の系列に代表される日本の知識人と較べるとき、漫才に代表される庶民的人間像は解毒剤である」 [#地付き]鶴見俊輔         ☆ 「私が漫才を笑うのは優越感からではない。あまりにラジカルにタテマエ文化、恥の文化が突きくずされているのを見て笑うのである」 [#地付き]多田道太郎         ☆  コント55号が二人別々に働きはじめた。  コンビが別に働けばそれだけプロダクションの収入が増えるわけで、昭和の初め、吉本興業が人気絶頂のエンタツ・アチャコを別々にして売っている。         ☆  雄弁家として名前の残る永井柳太郎の話をよく聞く。  ヒットラーやゲバラの演説場面がフィルムに残されているが、その聴衆の水を打ったような静寂と、爆発するような熱狂に、名人芸をみる思いがする。しかも、スピーカーや、マイクの完備していない状態である。  ジョン・ケネディの演説も、歌うようになめらかなものだったが、永井柳太郎も伝説では二万人の聴衆をマイクなしで三時間も釘づけにしてしまったといわれる。  こういう人の雄弁という芸を一度でも聞きたかったと常々思っていたが、レコードにも残されていない。  それがさるところで元東京工大教授現朝日新聞の永井道雄論説委員の講演を聞いた時に、これが雄弁というものかと感激、そして同姓は当然のこと、つまり息子サンなのであった。  講演が形になっている。見得をきる、長いと思われるほどの間をおく、畳み込む。聞くものに息をつかせない。  赤尾敏が野性なら、こちらは知性。  国会議事堂にはそのカケラもない言葉の豊かさ、逞しさ、楽しさ。  世界の違いはあっても名人は名人である。         ☆  舞台に名優がいるなら、客席には名観客がいて、その修業は五分と五分であろうと思っているのだが、次に「観る側の履歴書」というサブタイトルのついた本を御紹介。         ☆  この頃「ミュージカルをやりたい」というのが流行語だったように「河原乞食として生きる」というタレントが増加している。  この風潮に対して『上方芸能』(三田純一・三一書房)に明快な文章がある。  ちょっと長いが引用する。 「うしろめたさを大声で叫んで、居直ったりすることは、野暮なこととして河原乞食の美学をもってすれば軽蔑されるべきことなのである。  大声でうしろめたさを叫べないかわりに、彼らには人知れぬ楽しみがある。  勲章をもらったあと、舌を出す楽しみ。  自分の芸を客に見せて、客をだます楽しみ。  貴顕紳士より先に、ホームスパンの服を着る楽しみ。  下手な俳句を作って、一日だけ世捨人を気取り、自分自身をだます楽しみ。  と楽しみを書きつづけて、ここで私が思うのは、彼らの最大の楽しみは贋者の河原乞食を区別する楽しみではないだろうか、ということである。  大声でうしろめたさを叫び、オレは河原乞食だと居直っている芸術家たちを、彼らは内心ひそかに自分たちと区別し、そして、それを楽しんでいるのではないだろうか。  河原乞食はひっそりと生きるべきであった。それが、主として外部からの騒音によってみずから河原乞食と名乗らざるを得なくなったとき、こんどは血の純潔を求め出した。  河原乞食の純血種を誇る人たちは、昨日や今日、河原乞食の群れに身を投じた人たちを、いつまでも差別しつづけるのではないだろうか」  この本、卓見の多い本ですと、贋の河原乞食としておすすめしておく。 [#改ページ] [#小見出し] 「家元なんて、存在理由はない」           観世栄夫         ☆ 「フランスのお札を見てごらんなさい。いちばん安い十フラン紙幣はボルテール、五十フランがラシーヌ、百フランがコルネイユ、五百フランの高額紙幣はモリエールの肖像がはいってます」 [#地付き]飯沢匡         ☆ 「成功の秘訣? それはガンコであること」 [#地付き]ブリジット・バルドー         ☆ 「ある強烈なイメージをつくりあげてしまった一人の俳優が、みずからそのイメージを打破しようとして、他の性格に変貌することにウキ身をやつすのは愚かなことである。むしろ、そのイメージの極限まで到達することによってのみ、彼は新たな役柄への飛翔を可能にするのだ」 [#地付き]ルイ・ジューベ         ☆ 「愛を出し惜しみするなんて私にはとても出来ない。愛している時には、どんな危険にでも走ります。たとえ、その為に年をとってから不幸な生活を送ることになったって、今の愛に自分を燃やしつくす喜びから考えたら、それがいったい何でしょう」 [#地付き]ジャンヌ・モロー         ☆ 「役者が台詞を覚えるなんて寿命が縮まるよ。台詞なんてねえ、覚えて出るもんじゃないよ」  故左団次がセリフを忘れた山田五十鈴をなぐさめた言葉。         ☆  歌手や役者、それに芸人が、詞やセリフを忘れてドギマギしたからといって批判されることがあるが、問題は忘れた時にどうしたかということにある。  忘れること自体はドチラカトイウト偉いことなのである。  忘れちゃうぐらいでなきゃ、おぼえたとはいえないのだ。だから、おぼえてないのだとしたら、これは僕だって許せない。         ☆  僕も新派のプロンプターをやったことがある。僕の声は出演者よりもよく客席に聞こえてしまうので、すぐクビになってしまった。  客席には聞こえないが、出演者にはよく聞こえるというプロンプター声というのがあるのである。  よく、ホテルのロビーの呼び出しアナウンスがあるが、あれも、当人にだけ聞こえるように話すのがコツ。         ☆  かつて渡辺邦男が、どうして超人的なスピード撮影が出来るのか話題になったことがあるが、高松フク子という天才的スクリプターがあってこそとのことであった。  プロンプター、スクリプターという技術者も、今や全く名人がいなくなってしまったという。         ☆ 「近頃は、芸よりインタビューのほうがむずかしくなりました」 [#地付き]嵐寛寿郎         ☆ 「日本映画は実はもう亡びているんです」 [#地付き]篠田正浩         ☆ 「枡目を埋めているうちはどんなことをしても、借金が出来ることはない。だが映画は作れば作るほど借金が出来るのだ」 [#地付き]大島渚         ☆ 「能楽師はこういうエピソードがあるんです。�うまくゆくと、私がやりましたといい、失敗すると、あそこは家の流儀ですとか、オヤジがそういいましたとかいう�とね。家元制度がカクレ蓑になってしまうんですね」 [#地付き]観世静夫         ☆ 「家元なんて、どんな意味でも存在理由はない」 [#地付き]観世栄夫         ☆  宝生新は舞台に出ている間、まばたきをしなかったという伝説があるが、当人は「人間だもの、まばたきをしてるよ」といっている。         ☆  首にコブのある能楽師が、舞台に出ている間はそのコブに気づかれなかったという話もある。         ☆ 「いってわかる者はいわなくてもわかる、いわなきゃわからない者はいってもわからない」 [#地付き]六世 尾上菊五郎         ☆  足の親指の内側にマメが出来て、そのマメの上に、又、マメが出来て……。  だから六代目菊五郎はお湯につけてはカミソリでマメをけずっていたという。         ☆  親指と人差指で輪をつくると、これはOKというサインである。  もっとも、ブラジルでは「ケツの穴みたいな奴だ」という意味だが……。  録音や、放送でよくガラスをはさんでこのOKのサインを出す。  北村和夫は初めてこのサインを見た時に、テッキリ、ギャラをくれるサインかと思って「すみません、今日はハンコを持ってないんです」と返事したという。         ☆ 「仕事に熱中すると、家庭がうっとうしい、女房がいなけりゃもっと飛躍出来るんじゃないかなんて思ったりする」 [#地付き]坂上二郎  誰だってそう思っているに違いないことをいう勇気は信用出来る。  ボクダッテ、ソウオモッテイルゾ。  芸人・役者は全員で家庭を捨てよう。  みんながやれば、僕もやるぞ!         ☆ 「CMって、見てると涙が出てくる。出ている奴が阿呆に見えて。役者は舞台で孤独なボクサーなみのことやってる。いくらカネもらっても、ドッカの会社のチョーチン持ったサルみたいのはイヤだよ」 [#地付き]佐藤慶  CMとCMの間に出るのはどうなのでしょうか。         ☆ 「投網を打つでしょう。それをギューッと自分の方にひっぱってくる、あの気分と似ているわね」  美空ひばりが客席に歌いかける時のことである。 「でも、その時、自分ってものは消えちゃうの。網の中の魚に、自分もなっちゃわないとダメなのよ」         ☆ 「ロックはこれこれだという定義づけは出来ないし、そんな議論はやめたほうがいいだろう。まァエネルギーの発散の場というか、生命に直結するような限りない興奮と楽しみとを味わえる生活のハイポイントといえるだろう」 [#地付き]レッド・ツェッペリン         ☆ 「歌って即席ラーメンみたいなもの。毎日喰わされたらイヤになる。できたら時たま食べるものにしたい。そして、どうせ食べるんなら、野菜を少しでもいれたいな」 [#地付き]高田渡         ☆  広場と芸能はきってもきれない。広場はあらゆる芸能の故郷である。  その新宿西口広場のフォーク・ゲリラ集会の裁判を傍聴した。  西口広場は道路か広場かという論争がポイントのひとつなのだが、都市工学の専門家の証言も含めて裁判というドラマはこの一カ月のどの舞台よりも面白かった。  道路交通法違反という項目について弁護士がモッソリと、 「下町じゃ道に縁台を出して将棋なんかしてます、あれ取締って下さい」  なんていうのが嬉しい。  そして、このフォーク・ゲリラ事件の裁判長はかの三島事件の裁判長その人です。         ☆ 「いっぱいのお運びで、ありがたくおん礼申し上げます。噺のほうはみなお馴染みでございまして、相変らずのバカバカしいお噺でおひまを頂戴いたします」  落語ファンならおなじみの桂文楽のきまりきった前口上。  そして、この種のあいさつぬきで、いきなり本題に入るのが林家正蔵。         ☆  志ん生すでに引退、文楽も身体をいたわりつつの高座、小円朝も寝ていれば、小勝も当分は無理、正蔵も気力で支えている。  外国の人が「芸は手渡され、受けつがれるが、芸術は手渡される筈がない」といっているが冗談じゃない、芸だって手渡されるものかという気がしてくる。 [#改ページ] [#小見出し] 「明日は何をやってるかわからない」           中村敦夫         ☆  民放開局当時、アナウンサーはみんなNHKからひきぬかれてきた。  当時、NHKには和田信賢、藤倉修一、青木一雄、高橋博、志村敏男というスター・アナに続いて宮田輝や高橋圭三がいた。  丁度、今のDJのような形で花形だった。  民放はアナウンサーを育てるのに必死になり、二十年たって、レモンチャンという次第。         ☆  昔からあるアナウンサー教育用の言葉。 「マイクに向った時は、自分が世界中で一番巧いアナウンサーだと思え。マイクを離れたら、自分は世界中で一番拙いアナウンサーだと思え」         ☆  そのアナウンサーも愛宕山時代は河原乞食とまじるのは報道者として許せないなんていったことがある。  従ってアナウンサーには出演《ヽヽ》という言葉を使っていない。         ☆ 「見物を対手《あいて》に演《や》るからイヤになる時もあるのだ。生きている見物に見せようと思ってはだめだよ、いつも死んだ先輩が見ていると思っていたら、毎日が恐ろしくて気を抜くなんてことは出来なくなる」 [#地付き]先代 坂東三津五郎         ☆  鎌倉の古本屋で久し振りの掘り出しものをした。三浦環のサインの入った自伝を三百円で買ったのである。  このプリマドンナほど日本で評判の悪い、それでいて世界に通用した人もいない。  海外での生活が長く、その間に日本で夫が亡くなり、帰国して夫の墓石を抱いて歌ったのがヒンシュクをかった始まり。  なかなか素直でいいではありませんか。         ☆  山猫、スキャンダル女、ヒステリー女王とこれ又、最も嫌われ、最も人気のあるプリマドンナ、マリア・カラスは次のようにいう。 「歌いさえすれば誰だって私のことを好きになってくれるわ」         ☆ 「ヒステリーというのは生命力の爆発なんです。だからいい女優はみんなヒステリーですよ。冷静で何ごとにも理解があるという女優は、舞台の上では�花�がありません」 [#地付き]渡辺浩子         ☆  指揮者でオーケストラに最も嫌われ、聴衆に最も愛されているのはヘルベルト・フォン・カラヤン。カラヤンは特定の目標に向う時、最も苛酷な条件の仕事がないと不快を感ずるという。  その彼がディジー・ガレスビーのバンドを聴いて、ジャムセッションの中で自分がピアノを弾くべきだと考えたと書いている。 「人間が音楽と肌身で対決するときはそういうことがありうるのです」         ☆  カラヤンは自家用飛行機で演奏会直前に会場に入るのが趣味。  悪口をいう人は忙しそうにみせる為だときめつける。  そのカラヤンの耳は飛行機の両翼のプロペラが同時にまわらないだけでも苦痛に感じるという。         ☆  寿々木米若は芸人の中でも早く自動車をつかいこなしたが、その理由は、少しでも早く舞台にかけつけて自動車で稼いだ時間だけでも長く勤めたかったからだという。今は早く遊びたい為に持つ人ばかり。         ☆  その米若の「佐渡情話」は昭和三年アメリカで初演され、帰朝披露興行から人気を集めている。         ☆  昭和三年、ローリングトゥエンティ。  一九二九年にはトーキーの時代。 「トーキー映画? わたしはそいつを軽蔑するね、そいつの出現は世界から最古の芸術パントマイムを滅ぼすものだ。そいつは偉大な美しい沈黙をだいなしにしてしまう」 [#地付き]チャーリー・チャップリン         ☆  そして三〇年代となるとビング・クロスビー、彼の「ホワイト・クリスマス」はレコード売上げ五千万枚を越えている。  四〇年代はフランク・シナトラ。彼はすでに引退している。  そして五〇年代にはプレスリーの登場。  さてアメリカの代表的作曲家アーロン・コープランドは次のようにいう。 「後年になって誰かが一九六〇年代の雰囲気を再現しようと思った時、その人はビートルズの音楽をかけるだろう」         ☆ 「中国の古い諺に『城は内側から崩れる』というのがあります。たとえばアメリカは共産主義に乗っとられるのではなく、その内部から崩壊するのです」 [#地付き]ジョン・レノン         ☆  ビートルズのマネージャー、エプスタインの葬式がロンドン・ユダヤ教会で行なわれたように、欧米の芸能界がユダヤ系の人材と資本によって動かされているのは事実。  ハロルド・ロビンスの小説『後継者』を読むとテレビ界の内幕ものながらここでもユダヤ人が活躍する。         ☆ 「現代の一番悲劇的な存在はいわゆる知識人という連中だ。この連中は学校を出たとか、本を読んだとかいっただけで、何でも物がわかり、何でも批判が出来ると思っている恐るべき人種なのだ。  実は何もわかっちゃいないにもかかわらず、わかったような顔をせねばならない。まさに『悲劇』だ」 [#地付き]ジャン・コクトー         ☆ 「私は最低の人間ですので、人様からどんなにひどいことをいわれましても許せます」 [#地付き]桜川忠七         ☆ 「自分より優れたる者を、自分のまわりに集める術を心得し者ここに眠る」  カーネギー・ホールを建てた人でもある鉄鋼王の墓石に、そうきざんである。         ☆ 「作品が芸術なのではない。純粋に生きることが芸術なのだ。ひたすらな生き甲斐を持つ者こそが芸術家だ。表現は魂の中でするのだ」  十八歳でポルノ女優として売られている池玲子も私は芸術家ですといっていた。  そういわれるとひたすらに脱ギまくっているものね。         ☆  ウーマン・リブ、ゲイ・リブにつづく、ジーザス・レボルーション。  パット・ブーンはキリストを見たといって自宅のプールで一度に三百人の洗礼をした。  このニュースの前、パット・ブーンはノイローゼで入院中と聞いていたのだが——。         ☆  田辺一鶴の弟子の夕鶴がポルノ講談とやらでマスコミ受けをしている。  このポルノという言葉をつければとりあえず当世風になるだけのことで、一鶴とその門下はやっぱり講談の可能性に見切りをつけているようで困る。  無名時代の一鶴の面白さは今や全く姿を消してしまった。         ☆  マスコミは自分のことを利用しているに過ぎないということを理由に一切のインタビューを拒否している人がいる。  その名をボブ・ディラン。         ☆ 「映画の俳優なんて誰でもやれますよ。だってたまたまやっているだけ、明日は何をやってるかわからない」  そういいながら木枯し紋次郎を演じる中村敦夫。         ☆ 「役者になってよかったと思うのは、うまく演れたあと、楽屋風呂に入った時」  その島田正吾にとって新国劇の不振は……。         ☆ 「二枚目は一日に二度ぐらい風呂に入る気持がなくてはいけない」 [#地付き]東野英治郎         ☆ 「ぼくは女優なんかやらんですね。魅力ないですね、ずいぶん女の数は多いが、一人もありません」 [#地付き]殿山泰司         ☆ 「色町の女子《おなご》は何よりも世帯じみたことを戒められ、お金のことを表面に出したり、世間的な知識を得ることは歓迎されなかったのどす」 [#地付き]安藤孝子         ☆ 「上は昼きて夜帰る  中は夜きて朝帰る  下下の下の下は流連《いつづけ》をする」  吉原では遊びをこう区別した。         ☆ 「芸者は粋な噂があるから芸者なのよ」  芸人も同じこと、粋な噂がなければ面白くないのだが、どうも現実的なトラブルばかり目についてしまう。 [#改ページ] [#小見出し] 「生きている映画を私は撮りたい」           フランソワ・トリュフォ         ☆  ジプシーとか、フラメンコという名前はその中に放浪の、やくざな、といった意味が秘められている。  民族として流浪したユダヤ人にしても政治社会の主流、つまり官僚への道がない。  彼等は差別に耐えながら財力を蓄え、その仕事を芸術、芸能、学術の世界に求めたわけだが、この生き方は被差別民族に共通する。         ☆  ヒッチコックの『鳥』というスリラーに登場する無数の黒い不気味な鳥は黒人を象徴するものとしてアメリカで問題になった。  日本ではそうした見方は問題にならなかった。         ☆  アメリカ軍にいる黒人兵は9%。  ベトナムにいるアメリカ軍に所属する黒人兵は11%。  ベトナムでの戦死者の内、黒人兵は19%。         ☆  黒人の平均所得は白人の半分であり、その失業率は白人の二倍である。  黒人は、最初に首を切られ、最後に雇われるのだ。         ☆  昭和四十六年六月十二日。  独立運動を起していたアメリカ・インディアンが官憲の圧力に屈した。  ジェーン・フォンダや、キャンディス・バーゲンはこの運動を支持してカンパを続けていた。         ☆ 「今の私は急進的な女性解放運動家であり、また一人の女優なのです。現在の私にとって最も重要な行動とは、反戦兵士たちを支持するために、私の政治活動と、私の職業をうまく結びつけることだと思うのです」 [#地付き]ジェーン・フォンダ         ☆  大映が解散した。  大映作品に限らず、昔の映画をテレビで見る時の胸のトキメキはなんだろう。 「何度読みかえしてもよく分らない評論の対象とされる映画、じゃが芋面や深刻面、本当に、それでお前さん映画スターを気取っていられるねといいたくなるような、醜男醜女の登場する映画は、ぼくにとって映画ではないのである。いったい美男美女はどこへ行ってしまったのだろうか、アルコールのように酔わせてくれる映画はやはり死に絶えてしまったのかなあ」 [#地付き]野坂昭如         ☆  マリリン・モンロー以前の美女ジーン・ハーローはブラジャーをつけたことはないし、人前に出る時には、前もって乳首を氷の塊でこすり形をよくしていた。  そして彼女はトイレのドアをしめることを好まなかった。         ☆  ジーン・ハーローがハリウッド・ブールバールを歩いていると、男色家の二人連れに逢った。  するとその一人が、溜息をついて相手にいった。 「俺は生れてはじめてレスビアンになりたくなったよ」         ☆ 「お客さんが喜んでくれ、好いて下されば女優じゃなくたってかまわないんじゃない」 [#地付き]ジーン・ハーロー 「ジーンに演技をつけようとしたり、セクシーに見せようとする必要なんかないんだ。彼女はセックスそのものだからな」といわれた女優だが、一九三七年二十六歳で死んでいる。         ☆ 「ヤギの乳《チチ》は人間に一番近いというのを膣《チツ》と聞き間違えて、ためしてみました」  三笑亭夢楽はこうしてなんでもためすことになり、オカマの夢楽と異名をとるようになる。         ☆  四代目小さんは|さげ《ヽヽ》をいって高座を降り、楽屋で足袋をはきかえたあたりで、ドッと客を笑わせたという。  この種の芸談はヨーロッパにも古くからあって、エディット・ピアフのデビューも幕が降りてから二十秒たって拍手が湧き起ったという。         ☆  ビリー・ホリディも、マリリン・モンローも未成年の母親から生れたが、エディット・ピアフも又、十六歳の母親から生れている。  ピアフの腹違いの妹が書いた『ピアフの生涯』(三輪秀彦訳・新潮社)を読むと、これは歌手というより脳梅毒の淫売婦の伝記である。         ☆  フィンガー・ボールの水を飲むのはなにも農協のオジサンだけではない。  ピアフもそれを飲んだ。  無知無教養と笑われながら街の女が歌手に育っていくのは、男達のベッドの中である。  逆にピアフのベッドの中で育つ歌手もいる。例えば、イヴ・モンタン。         ☆  一九五一年から一九六三年までに、エディット・ピアフは自動車事故四回、自殺未遂一回、麻薬中毒療法四回、睡眠療法一回、肝臓病の昏睡三回、狂気の発作一回、アル中発作二回、手術七回、気管支肺炎二回、肺水腫一回を経て六三年十月死んだ。享年四十七歳。  日生劇場でピアフを演じた越路吹雪もほぼ同年である。         ☆ 「歌の感動というのはオフクロのおなかにつながるみたいなものじゃないかな」  これは小室等の言葉。         ☆  御存知「あゆみの箱」が「やすらぎ荘」という施設を福岡郊外|夜須《やす》高原に建てた。  僕はこの運動を大切だと思うが、その姿勢が残念ながら……。  つまり、開所式に佐藤夫人がやってくるのを喜ぶ性質があるのだ。ナントカの妃殿下だとか、厚生大臣だとかがノコノコとやってくるのが耐えられない。  僕はチャリティショーのあいさつに来た厚生大臣に「能力の無いことを謝るのでないなら帰って欲しい」と祝辞を断わったことがある。それっきり「あゆみの箱」とは縁がない。         ☆  政治家と芸能人のつながりには、今でも「神に奉仕する奴隷」関係が脈打っている。  神を演ずる政治家のあつかましさ。  これは一級の芸人である。         ☆  気があわなかった九代目団十郎と五代目菊五郎が仲直りするについて、その間に入ったのは芸者だった富貴楼のお倉と伊藤博文である。  役者、芸者、政治家と三拍子そろって、ここにやくざがいないのが残念である。         ☆  海老蔵という名前は唐犬十右衛門という侠客が初代につけた名前である。  この初代は舞台で殺され、二代目は不動尊を信仰して成田屋と称し、三代目は二十一歳で若死。三代目に続いて四代目も養子。五代目は実子だが、六代目は妾の子で二十二歳で死亡。  七代目は江戸を追放されたが後に赦免。八代目は切腹自殺。  九代目は七代目の妾宅で生れている。そして十代目は女中サンと一緒になって、今の海老蔵へつながる。         ☆  今の猿之助が身が軽いと評判になっているが、先代の幸四郎は七十歳でトンボをきったというし、九代目団十郎も六十歳すぎてトンボをきったという。         ☆ 「ぶるな、らしくせよ」  九代目団十郎の口癖である。 「役者は役者|ぶるな《ヽヽヽ》、役者|らしくせよ《ヽヽヽヽヽ》」         ☆  市川寿海が光源氏を演じた時にいった。 「光源氏てえのは、義経の弟でござんすか」  こういうのを役者らしいという。         ☆  劇評家三木竹二は自分の劇評の誤りを書き直して発表したことがある。  同じ書き直しでも、九代目団十郎は歌舞伎脚本の中の複雑な面白味をドンドン上品なものにしてしまっている。         ☆  五代目菊五郎は毎月二十五日を怒る日と決めて、その日は朝からどなり散らしていたという。         ☆ 「今の女形の若いものは踊っても背中の縫目が動かぬから駄目だ」 [#地付き]五世 尾上菊五郎  一般に女形は背中のカイガラ骨をつけろといわれているが、ついていれば縫目も動くという意味である。         ☆  狂気の画家として最近再びクローズアップされている大蘇芳年。  五代目菊五郎の芝居を手伝っていたことがあり、彼が気が狂ったというので五代目が演技の参考に芳年を訪ねた。 「とても目茶苦茶すぎて芝居にもならねェ」         ☆  俳優が知性で行動するものと思っているのは書斎人である、という意味のことを飯沢匡が書いている。         ☆ 「僕は小学校しか出ていませんから、先生は貸本屋と講談、落語ですね」 [#地付き]中村翫右衛門         ☆ 「僕は人に紹介されたら、その人の過去などいろいろ調べないで握手をするように育てられた」  これはフランク・シナトラの言葉だが、こうして暴力団がタレントと仲良くなるのだ。  プロ野球の選手も去年同じことをいった。八百長もいちいち気にしない方がいい。土俵どころか国会の与党野党だって怪しいんだから。         ☆ 「五年前の開場以来、�伝統芸能保存の見地からすぐれた作品を選び、これを出来るだけ正しい姿で、かつ高い水準で公演する�のをたてまえとしてきたはずの国立劇場が総じて、歌舞伎座以上に俳優の仕勝手を黙認しているばかりか、時には監修者の無知も加わって一層歌舞伎の崩壊をはやめているような現状に強い不満を抱かざるを得ない」 [#地付き]和角仁         ☆ 『伝統演劇と現代』(堂本正樹・三一書房)では、武智歌舞伎に触れてこの武智を「国立劇場が一回も招請しないのはなぜであろうか。まことにシンボリックなこの事実は、現在の歌舞伎の安っぽい色気を売る即席主義のあらわれにほかならないであろう」といっている。  三島歌舞伎が亡びた以上、武智歌舞伎そして小芝居にかわる小劇場歌舞伎が、面白さを取り戻してくれるのではないだろうか。  そして僕の趣味でいうと東映歌舞伎の市川右太衛門。  この人の見得こそ、歌舞伎である。         ☆ 「親が金をもうける。子がパッパとつこうてしまう。これが大阪の根性やで、ようおぼえとき」  武智鉄二は芸のためにパッパとつかって、この親の教訓を守った。         ☆  国立劇場で「万作芝居と茶番狂言」をみる。十三回になる民俗芸能公演である。国立劇場で最も税金が有効に使われている例だ。  そして今回の舞台でも、キンタマをつかんだりオチンチンをからかうようなセリフがドンドン出て来た。  司会の小沢昭一が、その昔、歌舞伎にあった「ほめことば」をかけた。  その言葉の中から紹介すると、 「……ベベ升天様の股ぐらへ、ホホ布袋様の頭をばさしこんで揉んで押しての櫓のさばき、自由自在に梶をとり、やがて港へついたその時は半紙五帖程福の神と、ホホ敬って申す」  国立劇場民俗芸能公演バンザイ!         ☆  一月いっぱいで本牧亭が改築すると、もう下足番のいるところで芸を楽しむということはなくなってしまうことになる。  下足札をパチンとあわせて客が入るよということを高座に知らせると、それにあわせて話のテンポを変えたというのも伝説なら、先々代の小さんのように、下足番のことを考えて少しずつ客を帰すような話をしたというのも伝説である。         ☆ 「舞台に立った名人・上手は、おのおの演奏によって、観客たちの賞讃をかちえ、名演奏家としての栄誉をほしいままにすることが出来る。だが、その時、演奏を支えた楽器の美しい音質を、初手の基礎のところで創造しているのが、楽器づくりに精魂を賭けている無名の職人たちだ」  [#地付き]安田武         ☆  歌舞伎の花道。能舞台の橋がかり。  そこに揚げ幕があるわけだが、この幕の揚げ方にもいろいろ技術がある。  まず速度だが、アッというまに登場人物が揚げ幕前にいる場合と、ゆっくりと揚げ幕があがっておりるのではその距離感が違ってくる。  同じことを退場でいうと、サッとあがってサッと垂直におろす場合は、すぐにいなくなった感じ。垂直におろさず、ななめに楽屋寄りにおろすと遠くまで去ってゆく感じがでるのである。         ☆  狂言や能では観客にみえない楽屋内から演技を始めると決められている曲目(演目)があるが、九代目団十郎も楽屋を出る時から演じ始めて、袖で出を待つということがなかったという。         ☆  日本の能や歌舞伎が外国へ行って上演される場合、特に外人にわかり易いように演出を変えるのが普通になっている。  逆に、イタリア・オペラや、モスクワ芸術座が日本に来た時、彼等は日本人にわかり易いように演出を変えるだろうか。  その反対で本国のままという努力をしているではないか。  そういう意味のことを書いているのは『能——神と乞食の芸術』(戸井田道三)。         ☆  この本と同じ著者の『幕なしの思考』『祭りからの脱出』、あわせて三冊は高校生に読んでほしい芸能入門書である。  つまり、僕も高校生なみなのだ。         ☆ 「祭というのは闇の中から日向へ出てバーッと騒ぐ、そしてまた闇の中へ帰る、そういうもんじゃなかったかという風な感じがするんですね」  [#地付き]磨赤児         ☆ 「昔、お祭りには乞食が出た、それはレプラだったり、梅毒だったり、不具だったりした。彼等こそがお祭りの最も華やかな部分を背負っていたのである」 [#地付き]別役実 『ジンタ』第二号が祭の特集をしている。若い雑誌だが、ネーミングが嬉しい。  日本の音楽史で絶対に欠かせないのに無視されつづけてきたジンタ。  そのことを指摘して、誰か研究してほしいと書いた人に古川緑波がいる。         ☆ 『キネマ旬報』のカレンダーが来た。  毎月ごとに作家の言葉が書いてある。 (一月)映画作家は映画の中でものをいうべきだと思う。 [#地付き]黒沢明 (二月)映画はたいへんよくサーカスに似ている。 [#地付き]フェデリコ・フェリーニ (三月)いかなる場合でも私の演出は冷たい。 [#地付き]ルキノ・ヴィスコンティ (四月)生きている映画を私は撮りたい。 [#地付き]フランソワ・トリュフォ (五月)潜在意識を描くことが問題だ。 [#地付き]ミケランジェロ・アントニオーニ (六月)私は神という名の至高の理念を信ずる者だ。 [#地付き]イングマル・ベルイマン (七月)ぼくの映画というのは、ぼく自身の悶えみたいな気がする。 [#地付き]大島渚 (八月)映画は今や抽象のレベルにまで達しなければいけない。 [#地付き]アーサー・ペン (九月)私は映画を探索している。 [#地付き]ジャン・リュック・ゴダール (十月)私は冒険者になったつもりで自分の映画を作る。 [#地付き]デヴィッド・リーン (十一月)映画を作るとは、平凡でない物語を語ることだ。 [#地付き]アルフレッド・ヒッチコック (十二月)映画というものはポエジーがなければならぬ。 [#地付き]クロード・ルルーシュ         ☆ 『演芸画報』の大正元年九月号(団十郎特集号)を読む。  この雑誌は「芸術の為に各自心血を注いで製作せる演芸画報」と編集者自身が書いているが、なるほど団十郎特集号はお妾サンまで動員してその素顔を描いている。  浮気の相手までドンドン登場したり、「あまり頭が良いとは思えない」などという文章まであって面白い。 [#改ページ] [#小見出し] 「たくさん税金が払いたい」           三波春夫         ☆  モーリス・シュバリエが亡くなった。 「彼の成功は単なる歌手、俳優としての領域をはるかに越えたものだった。フランス人は彼のなかに自己の姿を見出し、外国人はそのなかにたとえ部分的にせよ、暖かく、陽気なフランスそのもののイメージを見出した」 [#地付き]ポンピドー大統領         ☆  井上順がインタビューに答えて「いちいち演技していたら、疲れちゃいますから」といっているのを聞いた。  古今亭志ん生も同じことをいっている。  若者は疲れてもいいのである。         ☆ 「人はみな われと同じく 祈るらん    わが文楽の 命ながきを」 [#地付き]吉井勇  その文楽が亡くなった。         ☆ 「あたくしは仕合せでした、なぜってェと無器用でしたから」 [#地付き]桂文楽         ☆ 一、嘘はつくべし理屈は言うべからず 一、高座の上とて高く止まるべからず 一、笑わるるとも悪《にく》まるるは悪し 一、その席によりて言う事に斟酌《しんしやく》あるべし 一、前に出る者の言いたるくすぐりをあとへ出て言うべからず 一、顎の掛け金はずさすとも 連中の取りきめにはふんどしを締めかかるべし  |従今日 連中《こんにちよりれんじゆう》に|差 加 申 候 条 如 件《さしくわえもうしそろじようくだんのごとし》  [#地付き]三遊亭円朝         ☆  中国で十世紀から十三世紀まで続いた宋という国がある。  当時は臨安という都が栄え、繁華街、盛り場が多かったという。 「このような盛り場には各種の市場、酒楼、食堂、歌館などのほかに瓦といわれたものがあり、これは瓦子、瓦舎、瓦肆などと呼ばれ、劇場や寄席のような伎芸を演ずる場所であった」 [#地付き]岩村忍 『歌舞伎』十四号に書かれている「瓦と河原」という随筆にあった。         ☆  雅楽の舞には右舞と左舞があり、中国系を左舞、朝鮮半島系を右舞という。  こうしてみると、中国と日本の芸能の比較研究が重要であることは確かなのだが、早くあらゆる分野の中国の芸人が来ないかねェ。         ☆ 「楽しんだ仕事には気品がある」 [#地付き]高田博厚 「うまくならないように注意してます。うまくなると誤魔化すから」 [#地付き]岩城信嘉  なにげなく耳に残った作家の言葉だが、テレビ芸人にはグサリと突き刺さってくる。         ☆ 「人から物を教わる時、聞きながら書く奴は大嫌いだ」 [#地付き]市川中車  その理由は「聞いたことをその場で書き留めなければすぐ忘れるような料簡では、教わることを下調べして来ない証拠だ」そうだ。  だからというわけではないが、僕はひそかに鞄の中のテープレコーダーをまわすことがある。ドチラにしても耳が痛い。         ☆  一月でいうと、歌舞伎座に幸四郎、芸術座に吉右衛門、帝劇に染五郎。つまり一家族の三人が別々の劇場に出ているということは演劇史上珍しい。         ☆  歌舞伎の見どころのひとつに見事に結いあげられた日本髪の美しさがある。  そして、髪が乱れる美しさがある。  伊藤晴雨の責め絵もそこから出発する。         ☆ 「この頃、漸く娘形というものが解ってきた。だが解った時分には皺だらけになってしまって、もうやれない」 [#地付き]六世 尾上梅幸         ☆ 「十七、八の役が本当に出来るようになったのは四十を過ぎてからでした」 [#地付き]水谷八重子         ☆  吉住慈恭は十四歳の時から「椀久」の研究をはじめ、それがうたえるようになったのが四十歳だったという。         ☆  歌舞伎の照明が明るくなったのは昭和九年前後だという。そして、次にはピンスポットがフォロウするようになる。  逆に老優は自分の老いをかくす為にフットライトを消させるようになる。         ☆ 「団十郎(九代目)の芝居に感心している内に、自分もうまいという自信がついてくる」という菊五郎の言葉を借りた説教がある。  本多周山という布教の名人といわれた説教師がこの芝居の話から、仏に感心することが仏に近づけることだと……。         ☆ 「菊五郎(六代目)の芝居は気がはいっている時は二倍の木戸銭でも惜しくないが、投げている時は半額だって惜しい」 [#地付き]川尻清潭         ☆  一九七一年の一年間のテレビ広告費は二、四四五億円。テレビ総台数は二、三〇〇万台なので、一台当りの年間広告費は一〇、六三〇円となる。一カ月で割ると約八八六円になる。従ってNHKより高い受信料を払っているという論法もある。         ☆ 「テレビが『素朴』にドキュメントできるものはなにかといえば、『うつっている人間』をドキュメントすることです」 「沢田雅美や、森光子のテレビにおけるよさはどこにあるのでしょう、それは、ほとんど演技をしないところにあります」 「いったい誰が、せっかく無限に流れる時間を、三十分だの一時間だのに区別して『空間的』な『作品』を作るようにしてしまったのでしょうか」 「テレビみたいなものに教養、情報、娯楽、芸術の一切をたよらざるをえなくなるほど、国民的知的水準を低下させておきながら何が低俗番組規制だ」 [#地付き]佐々木守  [#地付き]—TBS調査情報より—         ☆ 「視聴者の評判は気にしません。私の演技がわかる人を、あのテレビ(『繭子ひとり』)で育てているつもりなんです」 [#地付き]山ロ果林         ☆ 「日本の俳優の中には自分の芸を褒められることには熱心であるが、観客を喜ばそうというサーヴィス精神の点で外国の俳優には及ばない」 [#地付き]本庄桂輔         ☆ 「世界の演劇は、文学、美術、音楽などに喰い荒されて、演劇の独自性を失ってきたが、ひとり日本の歌舞伎だけが演劇性を守ってきた」 [#地付き]金子洋文         ☆ 「近代が生んだ演出は役者を指導する名において、役者の創造性を奪う過ちを犯してきた」 [#地付き]金子洋文         ☆  この春、再びロイアル・シェクスピア劇団がくるが、ここのスタッフがいっている。 「演出なんか半ばスポーツだ。若さと体力がなければ大胆な仕事は出来ない」         ☆ 「俳優は人間の心を照す光として重要な存在であり、精神病学者、あるいは医者、あるいは、お望みなら大臣と同じくらいに重要な人物といってもいいのである」 [#地付き]ローレンス・オリビエ         ☆  舞台で死んだ役者のことは書いたが、女役者で人気のあった沢村紀久八は、明治三十年、神田三崎座の六月狂言で巡礼を演じている最中に突如発狂して舞台を目茶苦茶にしている。         ☆  エルビス・プレスリイ。軽い精神異常者という説がある。  自宅の中で暴れてカラーテレビまで目茶苦茶にしてしまうというし、遊園地を借りきって一人で遊んだり、水の上を歩けると思っていて何度もプールに沈んだりするとのこと。         ☆ 「あァ、いい声だ、まだ唄えるなァという夢をみます」 [#地付き]藤原義江         ☆ 「日本には昔から『声を殺して情をとる』、『一ふし二こえ』という言葉がある。  歌というものは、声だけではどうにもならぬ、その節まわしの中にこめられた。�情�こそ人の心を打つものでなければならぬ」 [#地付き]畑中良輔  そして、その例として森進一を挙げているのだが、日本を代表する声楽家の発言だけに心嬉しくなる。         ☆  国立劇場のプログラムでドナルド・キーンが、英語はオペラにならないからいやらしくて聞くに耐えないということをいっている。日本語のオペラがいやらしくて聞くに耐えないと思っていたのだが、考えてみれば外国語で歌舞伎の出来るわけもない。         ☆ 「小唄は結構なお釜で煮た湯のようなもので、淡々とした味を楽しむ……」  僕の小唄は油で炒めて唐がらしをかけたようだといわれた。         ☆ 「喜劇をやって私は自分を笑わそうと努力した。見物人を笑わそうとすると、どれだけ努力しても平凡になってしまう」 [#地付き]チャーリー・チャップリン         ☆  ガンジーはチャップリンを紹介されて、 「で、あなたのお仕事は?」         ☆  花柳章太郎は人気のあったフランキー堺について、 「アレ? 野球の選手じゃないの」         ☆ 「浮気して可哀そうなのは男。次に愛人」 [#地付き]ミヤコ蝶々         ☆ 「新内のいのちは、甘美さを突き抜けた果ての断魂の絶唱にこそある」 [#地付き]大西信行  一月十日、本牧亭最後の文弥の会へ行く。新内の会が超満員なのである。  新内の世界の男と女に憧れる若者達が増えているのだ。若い二人が寄り添って聞いている。ウラヤマシイッ!         ☆ 「昭和二十六年の真木不二夫の『東京へ行こうよ』に煽られて、僕なんかも東京へきたわけです」 [#地付き]寺山修司  横尾忠則も、歌謡曲風に上京してきたと書いているのだが、東京ッ子の僕は不幸にもこれがわからない。         ☆ 「なんとしてでも税金をたくさんお支払い出来る歌手になりたいのです」 [#地付き]三波春夫         ☆  フランク・シナトラは自分のタキシードが黒ければ、マイクも黒というように気をつかって、客にマイクを意識させなかった。  日本の歌手は目立つマイクを、目立つように持つ努力をするが、うまく歌おうという努力はしない。         ☆ 「シナリオ・ライターというものは絶えず待っているのだ、凌辱の手を待っているのだ。何かに犯されることによって、それを犯しかえし、いつかそれを征服しようとたくらんでいるものなのだ」 [#地付き]新藤兼人         ☆ 「私は芝居の中に思想と宗教は入れないようにしています、それに悪人は絶対に登場させません」 [#地付き]大宮敏光         ☆ 「営利の目的でわいせつな行為を観覧させた者は二年以下の懲役、又は、五十万円以下の罰金に処する」  これは新しい刑法改正によるもの。  現状は六月以下の懲役もしくは二万五千円以下の罰金。         ☆  相撲の世界で新弟子に対して関取がいう。 「いいかこの土俵の上に、地位も、名誉も、カネも、女もあるんだぞ」         ☆  大正年間、本苑幽蘭という新劇女優がいて自分の略歴に私生児だと書いている。  彼女は十九人の夫を持ち、八十人を越える男性との交渉記録をメモしていた。         ☆  芸者と遊ぼうなどと若者向きの週刊誌が特集を組んでいるので……。  ある若旦那が茶屋のおかみに「粋な客に仕込んでくれ」といった。  おかみの教育で、少しずつ粋になった。 「少しは粋になりましたよ」  この時に若旦那。 「そうだろう、少し苦しくなってきたもの」         ☆  慕わるや弟子など無しでやる私  わびしき日邸内泣いて弾きし琵琶  うたた寝の身やしばしば三味の音讃う  幕あくや置いた死体を焼く悪魔  プツリとすたれたストリップ  駕籠暗く揺れゆく落語家  上から読んでも下から読んでも同じという回文集『軽い機敏な仔猫何匹いるか』(土屋耕一・誠文堂新光社)という本から芸に関するものをちょっとばかり御紹介。         ☆  モーリス・シュバリエは八十歳でリサイタルを開いたが、昭和三年八十六歳で死んだ尾上松助には『舞台生活八十年』という本がある。  先代の三升家小勝は八十二歳までチャンとオチンチンが立った。         ☆  八十四歳の現役鶴沢寛治。浄瑠璃の三味線を弾く。 「力をいれてはあきまへん。力がのうてもあきまへん」  力をいれないで、力の入った音を出すには息をつめるしかないという。逆にいうと息をぬいてはいけないのだ。  それはどうすればいいのか、ここに芸の呼吸、そして「間」の秘密がある。         ☆  下町の老人がつぶやいていた。 「有名になるってことは無駄な人間になることさね」  僕は有名というにはスケールが小さいが、それでも浅草で耳に入った言葉。 「お気の毒にね、有名になんぞなっちゃってさァ」  念の為だが心から同情してくれているのである。         ☆  最後に再び鶴沢寛治の言葉。 「字ィを読んで、本を読んだ気ィになるな」 [#改ページ] [#小見出し] 「妻帯者は信用出来ない」           三国連太郎         ☆  西郷輝彦が辺見マリとの結婚式を突然に挙げ、それを女性週刊誌一誌の独占にしたことを、「記者会見」で追及された。 「社会的責任をどう思うか」 「どうもいたりませんでした」と頭をさげてオシマイ。  どうして「社会的責任てなんですか?」と開き直らなかったのですか?         ☆ 「黒人奴隷ならびにその子孫は所有者の財産であって市民ではない。劣等人種である彼等は白人と同じ権利を持つことは出来ない」  一八五七年のアメリカ最高裁判決。  そして一八六三年に奴隷解放宣言。  さて、突然結婚式を挙げたからといって社会的責任を追及されるとあれば、市民ではない劣等人種なのでしょうか。         ☆  昭和四十一年(一九六六年)。  故松本治一郎氏の演説。 「四十五年前の今日は京都でわれわれ自身の力による水平社が生れた。この四十五年間あらゆる苦難とたたかいつづけてきた。それでもなお目ざめないものがいる。それはいわれのない尊敬を受けているやからがいるからだ。日本にだけまだ神話を残そうとしている。しかし、世界各地で神話は消えつつある。世界は変りつつある」         ☆  黒沢明が「天皇」とよばれていた頃、三船敏郎が酔っ払って「黒沢のバカヤロー」と叫んでいるのを聞いたことがある。  僕はそこに屈折した俳優の苦しみを感じて感動した。  離婚問題、お疲れさま。  三国連太郎語録に次のようなのがあります。 「妻帯者はどうも信用出来ないっていう気がする」         ☆  札幌オリンピックでジャネット・リンが銅メダル、シューバーが金メダルというのが、女子フィギュア。  金メダルはまさに無芸、つまりスポーツに与えられたものであり、銅はスポーツマンというよりエンタァテイナーとして与えられた。         ☆   雨ニモマケズ   風ニモマケズ   東ニ習イタイトユウ老婆ガアレバ   行ッテ親切ニ手ホドキシテヤリ   西ニ貧シイ同志ガアレバ   行ッテ月謝ハイラヌト励マシ   出世ヲ目ザシテ悩ム友ニハ   ソレトナク人気ノムナシサヲ言イ   日照リノ夏ハ白玉ヲタベ   寒サノ冬ハウルメイワシヲ   アブッテタベ   欲ハナク ケッシテ怒ラズ   イツモ静カニ笑ッテイル   ソウユウ余生ヲ送ッテ死ニタイ     老芸人渡世要領 [#地付き]岡本文弥         ☆ 『芸術生活』三月号の「桂文楽の死」(大西信行)に弟子の小勇の話として、文楽は晩年、高座で絶句した時に客にあやまる、その稽古をしていたという。  そして、桂文楽の高座での最後の言葉は「申し訳ありません、勉強し直して参ります」         ☆  その小勇が文楽に叱られる時の言葉。 「了見が出てます」  掃除をしても、洗濯をしても「了見が出てます」といわれると、みすかされた感じで、やり直しをさせられてしまう、とのことであった。         ☆  文楽の芸はやるたびに同じといわれたが、「やるたびに同じ芸なのはホトケ芸といってよくない」と山城少掾がいっている。         ☆ 「品行が悪いのは構わない。しかし、品性がいやしいヤツは落語家にはなれない」 [#地付き]四代目 柳家小さん         ☆  芸人の世界では師匠が弟子を破門するケースがあるが、「破門とは表から出て行って裏口から入ってくればいい」という言葉もある。         ☆  日本の離婚における慰謝料の最高は三橋美智也が夫人に払った二千五百万円。  世界となるとハワード・ヒューズがジーン・ピータースに支払った三百七十億円。         ☆ 「自分の誕生日に記者を招いてパーティを開く人はプライバシーを放棄したものだと考えます」  芸能週刊誌のプライバシー論。         ☆ 「私は世界一不人気な国の国民になりたくない」 [#地付き]ジョン・バエズ  そして、さらにいう。 「二年前のアルバムは全部捨てたわ」         ☆ 「高橋圭三や宮田輝に血の出るようなインタビューが出来ないのは、彼らがジャーナリストとしてではなく、芸能人の仲間意識が生きているからである」 [#地付き]ばばこういち         ☆ 「チャップリンの名声は執筆者達の熱狂によるところが多く、彼等のひとりよがりが感じられる」 [#地付き]アルフレート・ポルガー  そうかといってチャップリンをコテンコテンにする批評家もいない。  ベートーベンは能無しだときめつけたトルストイの勇気は大変なものである。         ☆  客演指揮者が、まずうまくやるコツは、数人の名前をおぼえておいて、いきなり、おぼえた名前の奏者を注意することだという。         ☆ 「ある作品を演奏する度ごとに、その曲を前にやった時、自分がどれほど誤っていたかを思い知らされるんだ」 [#地付き]アルトゥーロ・トスカニーニ         ☆ 「スコアの中の音符が君の心に躍りこんでくるまで繰返し指揮しなければならない」 「一度うまくいった箇所は二度と練習しない」 [#地付き]アルトゥーロ・トスカニーニ         ☆ 「わたしはすべて偉大な音楽家たちがスコアに書き込んだとおりに演奏するようにしている」 [#地付き]ウィルヘルム・フルトヴェングラー         ☆ 「偉大な指揮者は、何よりもまず偉大な理解者でなければならない」 [#地付き]パブロ・カザルス         ☆ 「指揮者は大理石のかわりに時間を刻む彫刻家のようなものだ」 [#地付き]レオナード・バーンステイン         ☆ 「一本よりも十本の方がいいにきまっている。だから私は指揮棒を持たない」 [#地付き]レオポルド・ストコフスキー         ☆ 「指揮者とはいってみればオーケストラに追突されているようなものである」  ヨゼフ・カイベルト、モットル、アドルフ・ブッシュ等々、指揮の最中に倒れた人は多いという。         ☆  岩城宏之が指揮者の自己顕示欲の凄さを書いているが、『チェロと私』のピァティゴルスキーも、沢山の指揮者とめぐりあったが「コンプレックスを持った人は一人もいなかった」という。         ☆  アメリカで指揮棒つきのレコードが売り出されて、よく売れているとのことだ。         ☆ 「ここでは音楽評論家だけにかぎるけれど、彼らはだいたいにおいて、ヴァィオリンをやってみたがダメ、ではピアノ、これもダメ、作曲家になろうと思ったけれど才能がない、いっそのこと指揮者になろう、いやこれもダメであげくのはては評論家になった。いわば食いっぱぐれのダニみたいなものだ」 [#地付き]岩城宏之         ☆ 「映画評論家ははっきりいって何も役に立たなかったですね。演劇の世界でもそれがいえるのではないかと思う」  演劇批評家でもある戸板康二との対談で吉村公三郎がいっていた。         ☆ 「あれが非常に害があって、あれで監督の虚栄心、名誉心をいろいろ刺激するわけですよ。コンクールなんかで、みんな勲章が欲しいばかりに、お客のこない映画をとったんです。それが映画の衰退の原因の一つでもあり、大衆から離れたんですよ」 [#地付き]吉村公三郎         ☆ 「この劇開演中、誰方でも速記者で私の口上を間違いなく書取った方には、失礼ながら帝劇一等観覧券を進呈します」  帝劇女優の森律子がこうした新聞広告を出して速記者に挑戦したことがある。         ☆  築地小劇場が上演禁止という弾圧の中で芝居をつづけていた苦労話の中に、芝居の中で看板を赤くぬるだけで叱られた話が出てくる。         ☆  裸芸人といわれた相撲のお座敷芸に、ひたすら喰うというのがある。  これでは馬鹿の大喰いという見世物である。一升のんでは十人前ペロリというようなことをやって客を喜ばせるのだもの。         ☆  かつて名寄岩が、総当り制になってから控えの部屋で仲間と一緒にいると闘志が湧かないと、一人、警官詰所の片隅で出を待っていたという。         ☆  かつての横綱常陸山は眼力をきたえるのに堂々と道でウンコをした。  当然だが道を行く人は好奇の目でウンコをしている常陸山をみる。  その目をにらみ返すのである。         ☆  横綱谷風が引退しようとする力士に負けてやる話は、八百長にもかかわらず美談ということになっている。         ☆  呼び出し太郎の自伝は、飲む打つ買うが見事に三拍子そろっている。  博奕《ばくち》も打つが太鼓も名人。  遊びで太鼓を質にいれてしまい、醤油樽で櫓太鼓を打ったのに誰にも気がつかれなかったという。         ☆  石坂浩二が絵の展覧会を開き、米倉斉加年が二冊目の画集『OMARA&KOMARA』を出した。  多芸多才ということは素晴しいことなのに、どうも一芸に秀でる方が尊敬される雰囲気がある。  大正の末期から昭和にかけて、画家、演出家、ダンサー、批評家、翻訳家、舞台装置家、作家としてデビューし、そして今も健在なのが村山知義。  多芸多才の大先輩である。         ☆  名人の舞台を見ると、その夜は血が騒いで眠れないという話がある。本当に興奮してしまった経験は僕にもある。  さて、舞台を降りた芸人の耳に「今夜は眠れねェ」という客の声。  その芸人が感動して「ありがとうございます」といったら「勘違いしちゃいけないよ。あたしが眠れないのは、お前さんが演っている間寝てたからだ」         ☆  失業することを「首になる」というが、これは芸人の鑑札を並べておいて、この芸人とはつきあわないという時に、その芸人の鑑札にきせるの雁首《がんくび》をのせる、そこからきているというのだが……。         ☆  明治天皇が亡くなった時に演劇界でそれを惜しむ言葉があった。 「(前略)明治二十年井上邸に行幸の砌《みぎり》には俳優市川団十郎等の演劇を天覧あり、之によりて古来の因習市井の芸術たりし演劇に、一道の聖光を投げ与へたまへたる御英断を仰瞻《ぎようせん》するに至りては、微臣等、芸術趣味に乏しき民人の必ず堕落すべきを想ひ、而して演劇の至上芸術の一たるを信じ、平生此の趣味を鼓吹するに駑力《どりよく》を致しつつある者、徳化深厚到らざる処なかりしを顧《おも》ふて、感激実に措く所を知らず。  然り而して今や天路|杳冥《ようめい》、雲関|重畳《ちようじよう》、龍姿|復《ま》た拝す可からず、微臣等|拊胸《ふきよう》大息、唯涕泣あるのみ、噫《ああ》」         ☆  高野金太郎サンの『黄土花』。  あらゆる芸人の墓を訪ね戒名を記録し、その芸歴をまとめ、高野サン自身の考えを書き加えて、それを自筆のガリ版印刷で製本なさるという、実に手のかかった本なのである。  その調べ方がまた実に正確を期するから、僕などは圧倒されっぱなしで、このシリーズを続けることがひたすらに恥かしい。  歌舞伎役者はいうに及ばず邦楽、舞踊、それもバレーから新劇畑、そして歌謡曲、さらには泥棒まで含めて有名無名を問わない取材の姿勢に明治生れの下町ッ子の気迫を感じる。         ☆  例えば徳川夢声論。  映画説明者は浅草にいくらも名人がいて、夢声は山の手で目立ったにすぎない。  東京の文化が山の手中心になっていく過程で夢声が話芸の神様にまつりあげられただけだというあたり、浅草ッ子としては嬉しい限りである。         ☆  例えば人間国宝論。  一中節の保持者として人間国宝(無形文化財)に認定された故篠原治について。  一中節のような古典をキチンと聞きわけてこれは名人と決められるのかと疑問を呈している。そして人間国宝ならその芸を一人でも多くの人が聞くことが出来なければ意味がないと説く。  ヨタヨタの老人を賞めたいなら別の形がある筈だというあたり、大賛成。         ☆  例えば岡晴夫だと……。 「本名 佐々木辰夫  江東区深川平野町一丁目  日蓮宗本立寺  天晴院法唱日詠居士  昭和四十五年五月十九日 五十三歳」  ……という書き出しで岡晴夫論が展開されてゆくのである。  高野サンはチャンと墓を訪ねるから次のような文章にもぶつかる。         ☆ 「二代目三遊亭円遊  本名 吉田由之助  港区芝白金三光町浄土宗専心寺  娯楽院道興円遊居士  大正十三年五月三十一日 五十八歳  墓は大きく立派だが無縁、住職まことにガリガリにて無縁仏の戒名なぞ調べてくれず、こんな坊主のいる限り仏になっても浮ばれない、南無阿弥陀仏、合掌」         ☆ 「喜多六平太、昭和四十六年一月十一日 九十六歳、訪問して墓所法名寺にたずねたれど奇異ながら何等応答なく、残念乍ら他日を期す」         ☆  こうした形で一冊平均五人だとしても八百人以上の記録がつくられているわけである。  そうして明治以来、高野サンがあらゆる芸に実際に触れてきたその豊かな体験には驚くのを通り越して呆然としてしまう。  いつの日かこの手づくりの小誌が整理され一冊の本になることを夢みつつ。 [#改ページ] [#小見出し] 「私の神様はお嬢なんです」           加藤喜美枝         ☆ 「わたしの小唄はね……あれはわたしのひとり言」 [#地付き]初世 中村吉右衛門  この言葉から『ひとり言』という本を市川染五郎が出した。  残念ながら御曹司の本で終っている。染五郎の舞台にあるピリピリした神経質さが無い。  役者の本のむずかしさは、観客を意識しても、読者は意識しないところにある。         ☆  日本フィルが経営難で騒いでいるが、伝統芸能じゃないだけの話でなにも珍しいことではない。  文化にお金を出す国だったら四次防なんていうものか。  最古の映画館、電気館が廃業するという浅草で、藤純子が大入り満員。  みんな自分の悪いところを棚にあげているだけのこと。         ☆  明治三十一年に死んだ三味線の豊沢団平について……。  三味線の棹は紫檀のような固い材質でつくられるのだが、団平がにぎると棹に溝ができ、次に欠け、従って、よくトゲを刺したという。想像もできないことだ。         ☆  団平は弟子にしてくれというと、親のことを聞き、親がいるというと「修業いうもんは親があると思うたらあきまへん」と断わった。  修業も革命なみである。         ☆  その弟子を使いに出して早く帰ってくると「もっと世の中を見てこい、はよう帰ってくるものやない」と叱り、ゆっくり帰ってくるとそれはそれで叱られた。         ☆ 「花が咲くのも芸、鳥が啼くのも芸、およそ天地の間に芸でないものはひとつもない、ことごとく皆これ芸や」         ☆  団平は子供に教えるのでも大人と同じような教え方をした。  だから子供に出来ないことでもビシビシと注文をつける。  それを「子供にそないこと聞かしても」という弟子に「今はわからいでも、子供の時に聞いたことは忘れん。あいつらが年いったらホンにそうやったなァと思い出してくれる」         ☆  団平が亡くなったのは三代目大隅大夫の『志度寺』の最中、舞台の上のことである。  この春、四国、高松の志度寺へ行ったら、門前に平賀源内の生家があり、浄瑠璃も書いた彼の石碑に次の言葉がきざまれていた。 「ああ非常の人、非常の事を好む、行いこれ非常、何ぞ非常の死」  書いたのは杉田玄白である。         ☆ 「三味線は胸には弾きて、手に弾くな、   弾けよ、弾くなよ、心素直に」 [#地付き]初世 鶴沢文蔵  この文蔵が通りかかった初代鶴沢市太郎という盲人をみかけて、一の糸をトンと鳴らしたら市太郎が「ア、文蔵さん、こんにちは」とあいさつしたという。         ☆  五代目野沢吉兵衛は弟子に今でいうコンドームのような性器具を買いにやらせ「この程度の勇気がなければ修業は出来ない」といったという。         ☆ 「義太夫節の三味線は、三味線を弾くのではなくて、浄瑠璃を弾くのでございます。浄瑠璃を弾くということはむつかしいことでありまして、弾かぬところが一段とむつかしいのです」 [#地付き]鶴沢叶         ☆ 「私は、LPは好きじゃない。糸の音がしないから」 [#地付き]諏訪根自子         ☆ 「音楽のよさを言葉で書くことは、とうていできることではない。音楽は、音楽そのものを聴くことでしか、とらえられないのだから」 [#地付き]なだいなだ         ☆  五代目野村万蔵の言葉に、歌舞伎役者をさして「あれは役者、おれは|お役者だ《ヽヽヽヽ》」というのがある。  役者でも芸人でも「俺の方が……」というプライドだけが支えなのである。  同じ万蔵が次のようにもいう。 「上手になるな、下手か名人になれ」         ☆ 「私がついていなければ、ひばりは歌えないのです」 「私の神様は心の中にあります。私の神様はお嬢なんです」 「私は山はきらい、なぜかというと山は高ければ雲にかくれるからです。海は好きです、海はどこまでもひろがって空へつづくからです。ひばりのこれからの仕事も、海のようにひろびろとひろがって空につづいてゆくようにしたいのです」 [#地付き]加藤喜美枝         ☆  浅川マキを「世紀末の歌手」と書いた記事を読んだ。  同じ呼ばれ方をしたのが、フランスのイベット・ギルベェル。  彼女は当時の歌手が白い長い手袋をして歌ったのを、汚れが目立たず、洗濯しないで済む黒い手袋にし、衣裳もあわせた。  浅川マキも汚れが目立たない。         ☆ 「シャンソンというのは非常に短い抒情的な小さい詩の一種で、通常気持のいい主題に関して歌ったものであり、その詩に対して次のような場合に歌うために節づけたものである。即ち、うちくつろいだ時、もしその人がお金のある人だったら、テーブルのまわりに多くの友達や或いは情婦といっしょにいる時、或いはまた、たった一人でいる時、ちょっとした短い間の退屈をまぎらすために、もしその人が貧しい人であったら、惨めさや労働をやさしく慰めるために、歌う唄である」 [#地付き]ジャン・ジャック・ルソー         ☆ 「美しい声を持っている歌手はたくさんいるが、それが誰であるか区別することはできない。むしろ欠点がある声の方がいい。なぜなら欠点によって、それが誰だが識別することができるから」 [#地付き]芦原英了『巴里のシャンソン』から         ☆  芦原英了の紹介するシャンソン歌手列伝を読むと、売春婦と感化院出身者ばかりという感じがする。  ダミア、ピアフ、アルジャンヌ、モンタン、グレコ、ジョセフィン・ベーカー……。  暗い過去を背負った強みがここにある。  ジョセフィン・ベーカーが踊り出したキッカケは寒かったからなのだ。         ☆  久し振りにSKD「東京踊り」を観て、小月冴子の健在と、春日宏美と千月啓子という新スターが嬉しかった。なんといってもレビューはフィナーレの階段である。  一九一七年のカジノ・ド・パリに始まって、最も階段を立派に降りたスターとしてミスタンゲットの名が残る。  古川緑波も、あの階段を降りたいばっかりにジャーナリストから役者になった。  僕がショーに憧れたのもSKDの階段であり、川路竜子、曙ゆり、それにOSKから勝浦、芦月が並ぼうものなら胸が苦しくなるほど興奮したものである。         ☆ 「ミスタンゲットの声は街の物売りの声の伝統をひいている」 [#地付き]ジャン・コクトー         ☆  第一次世界大戦で独軍の捕虜になったモーリス・シュバリエを終戦前に釈放させたのはミスタンゲットだという説がある。  勿論この二人は恋人同士、二人とも八十二歳で死んだ。         ☆  シュバリエがプレイボーイだったのは数多くの女との交渉でもわかるが、パタシューに対する献辞も名文句。 「お前の亭主に非ず、お前の恋人に非ず、お前の友達に非ず、お前のモーリスより」         ☆ 「彼女は水晶のような純潔さと、最も猥雑な卑俗さを併せ持っていた」  スター、そして野たれ死の最後となったシャンソン歌手フレェルについてシュバリエが語った言葉。         ☆ 「芸術家にはスイートとグロテスクが同居していますね」 [#地付き]淀川長治         ☆ 「リハーサルを何度もくり返したりしたら、『真実の演劇』が死んでしまって、パターンになってしまう」 「私はいつか三日間で一本の映画を撮ってしまうことを考えています。きっと三日間で撮ったことが優れた利点となった面白い魅力的な作品が出来るでしょう」 [#地付き]クロード・ルルーシュ         ☆  谷啓は食事をするのを人にみられることを極度に嫌う。  従って一人どこかで食事を済ませてくるし、やむを得ない時は下を向いたまま手で食べるところを隠す。  食べることを恥かしがる神経は信用出来る。         ☆ 「全世界注目の空中大レズビアン独占」 「DX東寺」のポスターにひかれて出かけると、入場料は二千五百円。払う時は高いと思うが、出てくる時は安いと思うモノスゴサ。  まさに官憲に対する挑発という点で、連合赤軍なみである。  恥かしさをかなぐりすてる。これも又信用出来る。         ☆  ロナルド・リーガン。  元映画俳優で今や、夕カ派の政治家。  荒船清十郎。  新国劇の沢田正二郎に仕込まれた元役者、今や、これも威勢のいい政治家。  恥かしがらないのはいいのだが、あとで照れたり、言い訳をしたりするところがお粗末。         ☆  ニクソン訪中の際に中国現代バレー『紅色娘子軍』を観ている場面が宇宙中継された。  伝統的な京劇とシンフォニィとバレーが見事に調和していた。  日本でも前進座の『鳴神』を團伊玖磨の作曲で上演しているし、今回の『屈原』にもシンフォニィが使用されている。         ☆ 『屈原』の作者は郭沫若だが、彼は文化大革命の時に次のように自己批判した。 「私がこれまで書いたものは厳格にいうならすべて焼き捨てるべきであり、少しの価値もないものです。現在、労働者、農民は毛主席の著作を学び、われわれよりいいものを書いています」         ☆ 「たとえ封建階級や、ブルジョア階級のものであっても、われわれは、古人や外国人のものを継承し、手本とすることを決してこばんではならない。だが継承し、手本にすることをもって創造におきかえるわけにはいかない、これは絶対におきかえることの出来ぬものである」 [#地付き]毛沢東         ☆  中国の新しい芸術のリーダー毛沢東夫人の江青は、かつて日本映画にも出演したことがあるという上海のスターだった。 『紅色娘子軍』や『白毛女』は彼女の指導した「革命的模範劇」である。  毛沢東は秀れた作品、秀れた芸人には惜しみなく手紙を書き、逢って励ましている。         ☆ 「テレビドラマの使命は、なんでもない日常生活のなんでもない日常的なものを描くところにあると思っています」 [#地付き]石井ふく子  それではテレビニュースの使命はというと、これも結果的にはなんでもない日常的なものを中継することである。  例えば、連合赤軍、浅間山荘事件のような……。         ☆  僕がラジオに出たりすると、アナウンサーが「今日のパーソナリティは永六輔サンでした」と紹介する時がある。  パーソナリティ。語源はギリシャ悲劇の仮面ペルソナである。  まさにマスコミというのは仮面をかぶらなければ登場を許されない。         ☆  カシアス・クレイの仮面は、はがすと内側に肉がついてきそうな気がする。  記者会見でのショーマン・シップを他のどの芸人がみせてくれただろうか。 [#改ページ] [#小見出し] 「私の狂気は人間に向けられている愛だ」           ニジンスキー         ☆  舟木一夫が自殺未遂。  芸人・役者が自殺に追いこまれるケースは決して珍しいことではない。理由がスキャンダルであれ、芸の上のことであれ、生きているのがいやになったところで捨身になれるのである。  舟木一夫はかいた恥を武器に出来る絶好のチャンスに立っている。         ☆  西条凡児の『娘をどうぞ』(テレビ)を見ていると、名手が馬を乗りこなしているような、手綱さばきのあざやかさを感じる。非凡な芸人の復活は嬉しい。  この凡児の息子の、笑児、遊児というコンビが、東京ではお目にかかれないが、見事な芸人振りで関西ではホープ。  反骨を受けついでいるところ、親父を尊敬しているのがわかって気持がいい。         ☆  宝塚歌劇が定年制になって五十六歳まで。  世界でも珍しい処女の集団に六十歳になんなんとする人達がいることはお目出たいし、ささやかでも老後の保証があるということは芸能史上、珍しいことなのである。  日本の芸能界は高年齢者を粗末にしすぎるのだ。         ☆  ジェーン・フォンダが主演女優賞をさらった今年のアカデミー賞特別賞は、八十二歳のチャップリン。  ニューヨークの「チャップリンのタベ」で黒柳徹子の和服姿をなつかしがった彼。  高野サンという日本人のマネージャーがいた時代もあるのである。         ☆  出羽三山の即身仏を見にゆく。  大網の大日坊、酒田の海向寺などのミイラと対面していると、彼等が、今からミイラになると宣言して骨と皮になるような業に入り、数年かけて死ぬという見世物《ヽヽヽ》の凄みに圧倒される。  新潟には明治になってからの即身仏もあるというからヤコペッティに教えてやりたい。         ☆  発狂して死んだダンサー、ニジンスキーは狂った自伝『ニジンスキーの手記』(市川雅訳)の中で書いている。 「私の狂気は人間に向けられている愛だ」  彼は自分のダンスを「神との結婚」といっている。         ☆ 「ウーマン・リブですって、私はごめんこうむります。男のダンサーが私を持ちあげるのではなく、私があの人たちを持ち上げなければならなくなりますもの!」 [#地付き]マーゴット・フォンテーン         ☆ 「どんな名優でも不入りつづきの小屋で名演は出来まい。それが演技というものである」 [#地付き]小林秀雄         ☆ 「芝居というのはまずことばであって、それから動きというのが、僕の考え方なんです」 [#地付き]木下順二         ☆  特に名を秘す落語家が、自分の娘を妊娠させ、やがて出産。 「どうだい、親父そっくりだ!」         ☆  桂文治はケチで勇名をはせているが、あるパーティで寿司を喰っていると、そこへその会社の人間があいさつにきた。 「あいさつはあとにして下さい、今高いものを喰べているんですから」         ☆  ビートルズからローリング・ストーンズまで。  それもミック・ジャガーはどこの生れで何が好きでというところまで知っているという落語の前座が「柏木の師匠いますか」といわれて、 「柏木の師匠って誰ですか?」 (柏木の師匠とは三遊亭円生です)         ☆ 「俺たちは、午前九時から午後の五時までの人間にはなりたくなかった」 [#地付き]ビートルズ         ☆ 「俺たちの場合(山下トリオ)一人一人ができるだけの悪あがきをやるというのが演奏の唯一の原則になっている」 [#地付き]山下洋輔         ☆ 「何年か前に、新宿の西口広場をフォーク・ゲリラという若い連中が占拠しましたね、警官隊に蹴ちらされたあと、彼らがギターで自分たちの歌いたいフォークを門付けして歩かないかなと思ったんです。反戦歌なら反戦歌を歌って一軒一軒まわればいい」 [#地付き]小沢昭一         ☆  藤純子が目出たく引退。  そしてもう一人引退する大スターに一条さゆりがいる。  ピースサインを逆様にして毛をかきわけピラピラを押し広げキラキラ光らせるという名演も今はなつかしい。  近頃のレズショーではかきまわした指先をキラキラさせるのだから、ちょっと芸とはいいにくい。         ☆  アメリカのポルノはマフィアの資金源として麻薬にかわったといわれる。  マフィアがブルーフィルムをつくるせいか、マーロン・ブランド主演の『ゴッドファーザー』の製作にも協力したりする堂々の変身。  もっとも撮影中にホンモノの殺し屋がボスのジョゼフ・コロンボを狙い撃ちにしたりして話題をまいている。         ☆  ビールの銘柄をかくして、それがどこのビールかあてさせると半分以上は間違えるという統計がある。  新しいヴァイオリンの中にストラディバリウスをまじえて演奏して聴衆をテストした結果も同じ。  ショパンとリストが暗闇でピアノを演奏してこれも聞きわけた人がいなかったという。         ☆  ショパンはあるパーティに招かれ、自分より実力がないと思っている作曲家と同席し、その作曲家がていねいに扱われているのをみて、二度とそのパーティには出席しなかった。         ☆ 「理性が前進するに従って芸術は零落する」 [#地付き]ジョルジュ・ビゼー         ☆ 『桜の園』は、チェーホフの四十四歳の誕生日に初演され、彼は三カ月後にドイツで死んだ。彼の遺体はドイツから送られてきたが、それは「牡蠣運搬用」の貨車にのせられていた。         ☆  エリザベス・テイラーは四十歳になったということで記者会見をやっている。  だから新聞も「リズ、四十歳!」という見出しでこれを書いてる。年齢を機密にしたがる女優には珍しい。  モスクワ芸術座のタラーソワは国勢調査の年齢の欄にも「女優」という職業を書きこみ、社会主義国家でも、それは機密として認められたと外電にあった。         ☆  リチャード・バートンとの間に子供がいないエリザベス・テイラーは養子を探したが、彼女がユダヤ系ということで話がまとまりにくいという。         ☆  サイモンとガーファンクル、メンデルスゾーン、シェーンベルク、ガーシュイン、ハイフェッツ、メニューヒン、ブルノー・ワルター、リヒテル……。  こうした音楽家の共通点——ユダヤ人。         ☆ 「今は役者の子供ばかりふえて、外部から役者になろうという人が減っているでしょう、これとっても不安ですよ」 [#地付き]沢村田之助         ☆ 「私は仕事が古典劇専門の歌舞伎女形である。だから、あんまり身辺雑事は公開しない方がたしなみになっている」 [#地付き]河原崎国太郎         ☆ 「大夫で声のいいのと、相撲で力のあるのと、役者で男のいいのはみんな下手」 「ばかの稽古をしなさい、理屈っぽいことをいうと嫌われるよ」  中村仲蔵の『手前味噌』から。         ☆ 「差別観というのは、いつの時代でも時の為政者が自分の都合のためにつくりあげたものであることは、歴史をみればわかることで、それを知らずに偏見をもつことが、私はむしろ恥かしいことだと思う」 [#地付き]坂東三津五郎         ☆  一人の作家が小説を書き、戯曲を書くと、戯曲の原稿料は小説のそれよりはるかに下まわる。  これは差別以外のなにものでもない。         ☆ 「曲芸」の曲と「戯曲」の曲は同じで「うたいもの」「語りもの」である。  だから「曲芸」はショーで「戯曲」はミュージカルと考えていい。         ☆  使い古しの地下足袋を手にいれたくて労務者を招待して宴会をやったという北林谷栄、それほど苦心してそろえた小道具を芝居の為ならと気軽に人に貸す。  落ちているものまで拾い集めて整理する彼女の家にはきたない物置が二つあるという。         ☆  衣笠貞之助は旅役者からスタートするが、最初の師匠が藤田芳美。  この人は相手役の声が小さいと芝居中でも平気で、「失礼ですが今なんとおっしゃいましたか、もう一度おっしゃって下さい」とやった。  何度目かの師匠の瀬川辰次郎。女形なのにカイゼル髭をはやしていたという。思い出話を一冊にしてほしい人だ。         ☆ 「映画の将来についてなら、喜んで何時間でも話をしたい」 [#地付き]チャールトン・ヘストン         ☆ 「ドル・ショックでボウリングが伸びないでねェ、ほかはまあまあだが、商売も楽ではない」 [#地付き]片岡千恵蔵         ☆ 「私、大好きなんです、オナラとかウンチの話が。そういう話をすると、たいていの女性は『アラーッ』なんて大げさに恥かしがるけど、チャンチャラおかしいわ、誰だってするくせに」 [#地付き]高峰秀子  誰だってするということならポルノ映画についての御意見も伺いたいものである。         ☆  フランスの評論家アラン(一八六八—一九五一)の『芸術に関する一〇一章』(斎藤正二訳)を読む。  アランの紹介は次のように書かれている。 「この石工、この陶器職人、この庭園師、この旅役者、この民族舞踊芸人、このオルガン弾き、この記念碑の建築家、この散文の職人」  以下、アランの言葉である。         ☆ 「遠方の伝える言葉は、おのずから音楽的になる」         ☆ 「歌手がちょっとでも謙虚さに欠けると、その音声は、たちまち叫びとなり、耳ざわりとなる」         ☆ 「コロフォニュウム脂の粉末(松やに)、カエデ材の繊維(弦楽器の材料)、ヒツジの腸(弦)、馬のシッポ(弓)がありとあらゆる雑音をかなでて弦楽四重奏になる」         ☆ 「オーケストラの指揮者が音や各部門を身振りで表わし、それらを予告し、それを分析するのは単に演奏者のためばかりでなく、また聴衆のためでもあるのである」         ☆ 「ベートーベンはその新しい手法とハーモニーの豪放さとによって、崇高たりえたともいえるけれども、いっぽう単純さによってもそれに劣らず崇高なのである」         ☆ 「音楽が風の音や雨の音を模写するときその音楽は時間を浪費しているのだ」         ☆ 「ある芸術作品が芸術作品たりうるのは、それが、おのれ自身しか表現していない場合である。すなわち、それの表現しているものが他のどんな言語にも移しかえられないという場合である」         ☆ 「あるすぐれた俳優を、よくよく観察するならば、彼の演技の中での動きというものが不動から不動への移行にすぎないことに気づくであろう」         ☆ 「雄弁はそれ自身、卑俗きわまる意見を高尚なものにみせかけ、見事な形にととのえる一つの物真似である」         ☆ 「すべての芸術家にとって困難なものは美しい線を見わけることであり、しかも加筆によってその線をこわさぬことである」         ☆ 「芸術家の瞑想は鑑賞者のそれと似ている。すなわち、ものを理解しようと思ったら、まず、それを尊敬してかからなければならないのである」         ☆ 「劇場で作用している力といったものは、じつは、感情の伝染であって、これは模倣のひとつのケースにすぎないのだ。かりにあなたが劇場であくびをしたとする。すると、あなたのほうに顔を向けているひとびとまでが、まもなくあくびをし始めるだろう」 「サーカスでの道化芝居などにしても、かくべつワサビが利いているわけでもないのに、あのような威力を発揮するというのは、観客が向きあっているために、笑いの感染が、お互いの間に容易に起こりうるという、あの単純な事実に由来するのではないだろうか」         ☆ 「本格喜劇というものは、当然のことながら道徳をばかにする」         ☆  以上のアランの言葉で最も好きなのは「不動から不動への移行」というくだりである。 [#改ページ] [#小見出し] 「私は天才です」           ジョン・レノン         ☆  内容には不満だが、とりあえず目出たいという沖縄返還祝典を見ていると、儀式の持つ不気味さ、まやかし、まるで怪奇劇だ。  不満を盛り込んだセレモニーが出来ないことがどんなに恐しいかということが、天皇陛下バンザイにつながっていた。天皇の前で自分の意思に反したメッセージを読むことを強制され、それを読んでしまった沖縄の若者。  こうして芸人が生れてきたのである。         ☆ 「祝沖縄本土復帰レズビアン大特集」と銘うった『芸報ジャーナル』を読む。  なつかしや正邦乙彦の原稿も載っていた。憧れのジプシー・ローズ育ての親である。  外人ヌード第一号を紹介した文章なのだが、時は昭和二十七年三月、東宝芸能所属のミス・アンドレア。 「幼少より世界バレエ界の巨匠パブロワに師事し、十歳にしてブダペスト国立舞踊団の招聘に基き所属す。  昭和二十六年秋、東洋古典舞踊研究の目的で来日、特に日本舞踊会得の手段としてヌードを選び、ストリッパーに変身。本年初頭東宝芸能社と長期契約を結ぶ」  これ何度読んでも面白い。         ☆  このミス・アンドレアは自分の出番の前にある群舞を拒否した。 「なぜなら私の吸う空気が薄くなるから」         ☆  大正十一年に来日したアンナ・パブロワには菊五郎も驚いたが、先代の幸四郎も、「あちらの踊りは鍛練ですな」といった。  日本にはたくさんいるが、外国には肥った舞踊家なんていないもの。         ☆ 「レビューの女に比べると、あの中へ現れて一緒に踊る男ぐらゐ馬鹿に見えるものはない」  坂口安吾は『青春論』にこう書くが一人だけの例外を発見する。  それが「森川信」である。 「レビューの舞台で柔弱低能の男を見せつけられては降参するが、モリカハシンの堂々たる男の貫禄と、それをとりまいて頼りきつた女達の遊楽の舞台を見ると、女達の踊りがどんなに下手でも又不美人でも一向に差支へぬ、甘美な遊楽が我々を愉しくさせてくれるのである。  これも一つの奇蹟だけれども、常に現実と直接不離の場所にある奇蹟で、芸術の奇蹟ではなく、現実の奇蹟であり、肉体の奇蹟なのである」  森川信、伊志井寛、とかけがえのない人達が去って行った。         ☆  歌舞伎界で一番の長生きは尾上松助、八十七歳。この記録に挑戦して新記録になりそうなのが尾上多賀之丞。 「今の役者は役がすめば芝居が終らなくてもどんどん帰っちゃう。あたしはサラリーマンと芝居をしているようで……」 「昔は浅草だけでも芝居小屋が五軒はありました。ちゃんと中芝居から小芝居とね。本郷にも二軒、神田にも二軒、東京中に三十軒ぐらいあったんじゃないですか。それが全部、資本家が違って、今みたいに統一されていない。トラストじゃありませんから一所懸命にならざるを得ませんでした」  ひょいと「トラスト」なんて言葉が出て来るのが楽しい。  五月の歌舞伎座では十七代目羽左衛門の助六に母親満江で健在。         ☆  尾上松助は「舞台は八分目の力で演じています。あとの二分は、思いがけないことが起った時の用意に、まごつかないようにとっておきます」といっている。  同じことを、ジェリー・ルイスもいっている。         ☆  松助は帝劇時代に新作となると誰よりも生き生きとしたという。  この老人は現代劇はお手本がウヨウヨいるからやりやすいと、若いくせに現代人になれない役者に皮肉をいった。         ☆  何代か前の岩井半四郎は女形のたしなみから女湯へ入ったという。  彼が女湯に行くと近所の女達が一緒に入りたくて満員になる。裸でいても半四郎が一番女らしかったという。         ☆  昔の女形の役者は普段はフンドシをしめていて、舞台に出る時にはずす。  そうすると裾の乱れが気になって色気が出るのだそうだ。         ☆  男芸者はあくまで芸者。  幇間は客の財布をあずかり、客にも茶屋にも損をかけないという大役がある。  男芸者は座敷についているもの。  幇間は客につくものなのである。         ☆  遊女は右褄。  芸者は左褄。  左褄は右手に三味線の撥《ばち》を持つからだし、右褄は裾をチラチラさせて悩殺する為である。         ☆  日本の音楽で役に立つのは太鼓だけだといった六代目菊五郎の言葉。 「日本の踊りはすべて四ッ間と八ッ間でおこなっています。私はそれを三ッ間と六ッ間でやってみているだけです」         ☆  今や別れたままの河原崎長十郎と中村翫右衛門が昭和八年にコンビとして対談しているのを読むと、劇壇に対して「体制内の反体制」的立場だったのが長十郎、断固として戦うという反体制派が翫右衛門。         ☆ 「前進座は修正主義に従って方向転換してしまったので、長十郎先生は孤軍奮闘で苦労が多いと思う。しかし、やる以上は成功してほしい」 『屈原』のプログラムの郭沫若の言葉。         ☆ 「演劇とは政治劇だ。誰にもやれるし、また誰もがやるべきなのだ。気取ってないで、やれ」 [#地付き]中村敦夫         ☆  渥美清が『あゝ声なき友』の宣伝を自分でやったという。  昔の歌舞伎役者も同じこと。  ただし、歌手が「新曲です。六月一日発売です。どうぞヨロシク」とバカのひとつおぼえをやっているのはお粗末すぎる。         ☆ 『顔切り』で青山光二は長谷川一夫の頬を二枚剃刀で切った犯人をモデルにしている。  当時の映画とやくざの関係にしても、やくざが企業化して映画会社に入りこむ過程を、仮名とはいえタキノ正三、渡会国男、森京二郎、長井正和などと誰だかはわかるように書いてある。  勿論、長井正和は現在の大映倒産の責任者。当時は生命知らずを従えていたという。  映画界だけがそうだったのではない。 『鴈治郎の歳月』にも、「当時の大部屋の役者には、やくざじみた雲助のような男がごろごろしていました」という言葉が出てくる。  どうでしょう、映画会社は総力を結集して『日本映画創世期仁侠編』をつくったら。         ☆ 「暗い劇場の中で自分と映像とが一対一で対決する映画のよさはテレビにはありません。映画は絶対になくなりませんよ」 [#地付き]五所平之助         ☆ 「真白いボールをころがしていきたい。このボールがちょっとでも汚れたら俺は負けだ」 [#地付き]木下恵介         ☆ 「青春が残酷な時代のほうが一般的には幸せな時代なのかもしれない」 [#地付き]大島渚         ☆ 「私は神童だったが幸いに脳膜炎をわずらった」というのが小津安二郎。 「私は天才です」と断言しているのがジョン・レノン。         ☆ 「映画創世期の頃、いったい誰が予想したろうか、映画監督が自分の撮った作品について語るなんてことを!」 [#地付き]ルイ・マル         ☆ 「俳優も監督の共謀者になれたらいいと思います。わたしの『自我』の表現という問題もあるわけですが、そのあたりを、監督がうまくおだててつかってくれればと思うのです」 [#地付き]ジェーン・フォンダ  自分をおだててほしい、おだてれば、おだてにのるという点がわかっていることが、彼女の頭の良さである。僕だっておだてられれば、どんなことだって……。         ☆ 「たとえば探険物の実写を見る場合に、画面では一行僅か二人で、いろんな苦労や艱難を克服して進んで行くといった時に、その映画を撮影しているカメラマンはどうしているか、どんな方法で撮影されているかといったことが非常に気になり、それについての過程が少しも示されないから、芝居のような気がしてくるんです」 [#地付き]宮沢俊義  昭和十二年の『サンデー毎日』でいっている言葉。  例えばデモのニュースで機動隊の後にカメラマンがいれば、常にデモ隊が悪役になってしまうのと同じことである。         ☆  テレビを見ていると「主婦のバナナ早喰い競争」というのがある。  主婦を「オクサマ」とあがめてみたり、見世物にしたりしているスタッフを見ていると、どうしても|悪者と馬鹿《ヽヽヽヽヽ》という関係が浮んでくる。         ☆  講談は|読む《ヽヽ》という。  義太夫は|語る《ヽヽ》という。  落語は|話す《ヽヽ》という。  長唄は|唄う《ヽヽ》という。  この差を楽しむだけでも日本の芸能は面白い。         ☆  摂津大掾の芸談に、「お客を全部ねむらせた時に、われながら出来がよいと思いました」とある。         ☆  落語家や義太夫語りが座布団の脇に蓋つきの茶碗を置いているのは、飲む為ではなく、湯気を吸う、又は唇をしめらせる為である。         ☆  僕の聞いた限りで、文楽から馬生にバトンタッチされたとみえた「明烏」。それを志ん朝で聞いた。  ホップ、ステップ、ジャンプという感じそのままに、この古典落語が僕の財産になった。  馬生は模倣から脱け出す努力。  志ん朝は、馬生の後からでなく、いきなり新しい道を発見したという語り口の新鮮さがあった。         ☆  再び坂口安吾の言葉。 「ゲーテがシェクスピアの作品に暗示を受けて、自分の傑作を書きあげたやうに、個性を尊重する芸術に於てすら、摸倣から発見への過程は最も屡々《しばしば》行はれる。  インスピレーションは、多くの模倣の精神から出発して、発見によつて結実する」         ☆ 「私も脚本を書いたことがあります。しかし自分の書いたものは出来るだけいい役者をつかってやりたいと思う。そうするといい役は他の人にやらせることになり、結局私自身は一番悪い役を取らねばならなくなる」 [#地付き]六世 尾上菊五郎         ☆  新派の高田実の芸談に、舞台(海岸)に馳《か》けつける老漁師を演じた時のことがある。  彼は楽屋で、老漁師に扮して網の修理をしている。  彼の出番になるとタイミングをみはからって弟子が馳け込み「先生ッ!」と叫ぶ。  高田実はそれを聞くや網を投げうって、楽屋から走り出して舞台に出てゆく。  これが評判になったという記事と、彼自身の言葉で「そんな面倒なことするわけがない。ウソです」という記事がある。         ☆ 「花道」は相撲の言葉だという。  近江の国を中心に東西にわけ、東方の力士は葵の花を、西方は夕顔の花をつけて登場した。         ☆  歩く場合、右足が前に出る時に右手があがっている。  これを「ナンバ」という。 「ナンバ」とは南蛮からきたもので、要するに日本人離れをしていることになるらしい。  しかしながら、朝鮮半島ではこのナンバが主流であり、東南アジアの芸能でもよくつかわれている。  そして、花道の六法はこのナンバであることもお忘れなく。         ☆ 「偉いものを作ろうと思っても偉いものは出て来なくて、クズを作るまいと思うと、その中から偶然いいのが出てくる」  こうして斎藤秀雄門下から小沢征爾が現われる。 [#改ページ] [#小見出し] 「谷崎潤一郎が永井荷風を襲名した」           小沢昭一         ☆ 『アプローズ』は僕にとって木の実ナナ・ショーであった。  かつて「わが羽左衛門は」と劇評を書いた人がいたが、あやかって、「わが木の実ナナは、もしニューヨークなら翌日にスターとなっていたであろうという初日であった」と書く。         ☆  博多ハリウッドにおける二代目一条さゆりを小沢昭一先達の御案内で、マトモに拝観。  前名はカレン・シルビア。  小沢説では「谷崎潤一郎が永井荷風を襲名したようなものです」とのこと。         ☆ 「演劇のジャンルに確かに喜劇はあります。ですが、喜劇人という俳優の分類ははたしてあるのでしょうか、日本で通常いわれている〈コメディアン〉は本来の意味と違って受けとられているようです」 [#地付き]田中明夫         ☆  コメディアンのフリップ・ウィルソンが子供へのプレゼントにブルドッグを選んだ理由。 「子供があのみにくい顔の裏にひそむ愛情を発見するようにと思った、物事を表面だけで判断すると困るからさ」         ☆ 「年齢より十五歳も若造りしたりして、みっともないったらありゃしない。父と私との間には決してもとに戻らない断絶があるだけ」 [#地付き]ジェーン・フォンダ         ☆ 「若いうちはすぐカッカくるでしょう、火がついたばかりの炭みたいに、そういう時は悪いものをパチパチいっぱい吹きだしているんですな。それがやがて真赤になって静まりかえる、鉄瓶だけがチンチンたぎっているような、そんな役者になりたいですね」 [#地付き]藤原釜足         ☆ 「人間がもちものすべてを捨て、なにはなくてもそこに肉体が残っており、そこに火があれば始まるのは演劇である」 [#地付き]唐十郎         ☆ 「舞台に上る時はドレスもさることながら、最高にゴージャスなパンティをつけて、天下の美女って気持で歌うのよ」 [#地付き]淡谷のり子         ☆  美空ひばり、三波春夫、橋幸夫。  この人達の舞台公演には「歌と踊りとお芝居」というキャッチフレーズがつく。  芝居だけ、どうして「|お《ヽ》芝居」なのかね。         ☆  三波春夫邸の塀から猫が足をふみはずして落ちて死んだという話がある。  それほど、高い塀だという洒落である。         ☆  新橋演舞場が出来る時(大正十四年)の話だが、当時の芸者達が警視総監、内務大臣、司法大臣、はては総理大臣のところまで押しかけて当時の建築法を曲げてしまっている。  その時に閣議で芸者のわがままの対処を相談しているのだからのどかな話。         ☆  かつて広東には「盲妹」とよばれる芸者がいた。美しい少女の目をつぶして芸事を仕込むのである。あくどいが徹底しているといえる。         ☆  明治の浅草で人気のあった江川の玉乗りの修業ぶりを読んでいると、うまくやれなければ食事させないという動物まがいの仕込み方をしている。         ☆ 「若い役者が『かつら』のことを『づら』と略しているのは間違いだ。 『づら』とは茶番の『ぼてか|づら《ヽヽ》』の略であって『かつら』のことではない」  なんでも略せばいいと思っている、そう叱っているのは林家正蔵。 『民族芸能』の彼の連載に書いてあった。         ☆  林家正蔵宅のテレビは白黒である。  白黒の画面の片隅に「カラー」と出るのが気に喰わない。だから「カラー」という字が出ると師匠は雑巾でその字を拭いてしまう。 「拭いているうちに消えちゃうから、手前が消したような錯覚を起す」         ☆  正蔵が病気で一週間寝ていた。  当然、弟子なら見舞いに来るべきだが、柳朝だけが来ない。正蔵が柳朝に電話をして小言をいうと、当人が「ヘェ、それじゃ明日、柳朝を連れて行きます」         ☆ 「おかげさまで、大学出の与太郎が多いから落語はすたれません」 [#地付き]三遊亭円生         ☆ 「下品にこそ日本独特の卑近美をみる」といったのは、歌舞伎の評論家でもあった岸田劉生の言葉。  だから下品といわれた若き日の初代猿之助(二代目段四郎)のファンだった。  この段四郎の弟子に、殺陣師《たてし》段平がいて、これ又、下品な役者だったがトンボの名人。  後に新国劇に入って沢田正二郎と新しい殺陣を工夫するが、劇団の金を持ち逃げして、役者生命を終る。         ☆ 「役者という稼業、芝居というものは嘘を誠らしく、それに生涯をかけているのだから、『虚仮是真』と色紙に書いています」 [#地付き]八世 坂東三津五郎         ☆ 「私が弾くのではなく、曲に私がはいっていくのです」 [#地付き]鶴沢寛治         ☆  笛の福原百之助は吹きつづけていると笛が暖まって自然に鳴ってくる話をしていた。  松本英彦がフルートで同じ話をし、僕は吹いていないのに鳴っている彼のフルートを聞いたことがある。         ☆ 「声と年とは関係ございません。流行歌手が年をとって歌えなくなると聞きますが、どういうノドになっているのかわかりませんな」 [#地付き]遠藤直(安来節)         ☆  本当に年齢と関係がないと思わせるのが田谷力三。七十二歳でテナーとして通用する声を出す。  彼を育てたローシーは自腹を切ってイタリア・オペラを上演しつづけた(赤坂ローヤル館)。  入場料が高いという評判にも「オペラは安くない、客は私一人でもいいのだ」とがんばって、破産、帰国している。この芽が浅草オペラで育ち、田谷に憧れて藤原義江が歌手になる。  藤原歌劇団も財政難にあえぎつづけていてオペラ不毛の国である。         ☆ 「あのタドタドしい『文学』が滅びることがあらうと、マスクのやうに動かない『絵画』が滅びることがあらうとも、窮屈な『芝居』が又音ばかりの『音楽』が滅びることがあろうとも、この『機械の上にまたがつた騎士の如き芸術』は荷馬車を追ひ越す機関車のやうに、無慈悲にそれらを黙殺して行くだらう。『映画』が芸術の王座に坐る日の来るのは空想でなくなつた」  昭和四年に小林多喜二が書いた文章である。  札幌の演劇研究家清水一郎サンが送って下さった資料から引用。多喜二はこの四年後に築地警察で殺される。  僕はその二週間後に生れた。         ☆  マーロン・ブランド主演の『ゴッドファーザー』がマフィアの協力で製作されたという事実が『リーダーズ・ダイジェスト』の四月号に載っている。         ☆  マフィアのボスで七一年六月に重傷(暗殺未遂)を負っているジョゼフ・コロンボはこの映画の製作の片棒をかつぎ、引退前のフランク・シナトラのチャリティ・ショーも彼の主催になっている。  コロンボの子分と出演俳優は仲の良い交際をはじめ、私服刑事は俳優を新興ギャングだと思ってマークした。         ☆  アメリカのポルノがこのマフィアの手ににぎられていることもルポされている。         ☆  実に久し振りに全編興奮して読んだ本。 『映画のタイクーン』(フレンチ著、栗山富夫訳・みすず書房)である。  先に、僕は日本映画創世期のドキュメントが欲しいと書いたが、これはまさしく、ハリウッド映画創世期のドキュメント。  著者はイギリスのジャーナリスト。  訳者は松竹映画の演出助手。  登場人物は映画の黄金時代をつくったユダヤ人を中心とするプロデューサー。  僕はその忠実な観客の一人だっただけにその内幕には激しいショックをおぼえた。  今、アメリカ映画がマフィアの協力を得て史上最大のヒットも可能という『ゴッドファーザー』をつくるかと思うと、ジェネラル・エレクトリックをスポンサーにしたニューヨークのビデオ・クラフトが日本で『マルコ・ポーロ』を撮影中である。 『映画のタイクーン』の中でセルズニックはいっている。 「ハリウッドはまるでエジプトみたいだ、崩れかかったピラミッドだらけだ、二度と元通りにはならないよ。どんどん崩壊して、終いには最後の小道具倉庫を風が砂漠の彼方に吹き飛ばしてしまうんだ」         ☆  セルズニックは自分の墓碑銘を決めてある。 「『風と共に去りぬ』の製作者ここに眠る」         ☆ 「われわれ映画製作者はあらゆる種類の職業経験から成っている。  毛皮商、魔術師、ボイラー製造者……そのために、文化人からはしばしば馬鹿にされてきた。だが、ひとつだけ確かなことは、成功した奴はきまって生れつきのショウマンだったってことだ」 [#地付き]アドルフ・ズーカー  ズーカーはパラマウントの社長だった人で毛皮商出身。サミュエル・ゴールドウィンも毛皮商。         ☆  20世紀フォックスをつくったウィリアム・フォックスはユダヤ人の移民。  ユニバーサル社をつくったカール・レムルもユダヤ人。コロンビア映画をつくったハリー・コーンもユダヤ人。  ワーナー・ブラザースのワーナー一家は靴の修繕をしていたポーランド移民。  とにかく、ユダヤ人と貧しい移民がハリウッドを映画の都にしたのである。  彼等は自分達がやっと手にした地位と富を守る為に政治家とギャングに両手をさしのべた。  それがハリウッドを反共の拠点にして若者に背を向けられ、ギャングの資金源にもなって、テレビの時代に置き忘れられ、フリーのプロダクションによるニューシネマとして生き残ったのである。  このあたり、日本映画もおかしいように同じ経過をたどっている。  ハッキリと違うのは、日本の暴力団が組合を敵にしたのに、アメリカのギャングは、企業にも組合にも首を突っこんで資金を稼いだことである。  そして、女優を妾にしたり、妾を女優にしたり、スターに暴力を加えたりするのはドチラも同じであり、人気に応じて巨額な金を払う成金趣味もスケールの差こそあれ同じ。         ☆  コロンビア社長時代のハリー・コーンは、クリスマス・パーティの時に女秘書に、誰でもいいから指名しろといい、女秘書が指名した男を、彼女へのクリスマス・プレゼントとしてクビにした。  このプロデューサーは自分の部屋に精巧な電気椅子を置いて訪問者に坐らせ、自分でボタンを押すのが趣味だった。  彼はサミイ・デビス・ジュニアと自社のスター、キム・ノヴァクとのロマンスを知ると契約しているギャングに脅迫させて別れさせてもいる。         ☆ 「プロデューサーは予言者であると同時に将軍、外交官、仲裁人、守銭奴、浪費家でなければならない。プロデューサーとは、何事が起ろうとスター発掘に邁進し、タレーラン以上の寛容さで監督を宥《なだ》めることのできる者だ。あるいは、徹夜の会議では上衣を脱いで煙草を何本も喫いながら自己の全創造力を振り絞って脚本の検討にあたれる者だ」 [#地付き]ジェス・L・ラスキー         ☆  ハワード・ヒューズが映画界に乗り出した時、彼はその勉強を自身でカメラを分解したり、組み立てたりするところから始めている。         ☆  サミュエル・ゴールドウィンは天才プロデューサーと呼ばれるのを好んだ。 「事実のみ、誇張はいささかもなし」         ☆  ルイス・B・メイヤーは娘を大学に行かせるべきだという周囲の声に怒った。 「俺の娘が大学に行く? それでインテリになるのか?」         ☆  セルズニックに電車の車内のように大衆の目に触れるところに宣伝ポスターを貼ったらという人がいた。 「そりゃ金の無駄というものだ。私のところのスターたちは電車には乗らないんだ。スターが見ない宣伝広告なんて意味ない」         ☆  セルズニックが親父に仕込まれた人生哲学。 「贅沢に生きろ、何でも呉れてやれ、いいか身分相応に生きようと思うな、贅沢に生きろ、そうすりゃ男には自信が生れるのだ」         ☆  ハリウッドの保守的な体質は表現の自主規制につながり、その為に僕の好きだった『月蒼くして』(オットー・プレミンジャー)が十年間も|おくら《ヽヽヽ》になっていたことも初めて知った。  オーソン・ウェルズの『市民ケーン』(一九四一年)がいかに妨害されたかという話もあり、以来こうした体制が一九六六年まで続く。これではハリウッド映画が面白くなるわけがなかった。         ☆ 「一体誰がくだらん映画を観に外出するかな。テレビで家にいながらくだらん映画が観られるのに」 [#地付き]サミュエル・ゴールドウィン         ☆  久し振りにテレビで『ジョルスン物語』を見たが、ここではさりげなく、ジョルスンがユダヤ人であることが紹介されている。  初めてのトーキー映画をつくったのも、主演したのもユダヤ人という意味は大きい。  マルクス兄弟、エディ・キャンターしかり、そして『ポギーとベス』を作曲したガーシュイン、ユニセフ大使のダニイ・ケイなどなど。  彼等はジョルスンを演じたラリー・パークス同様、反ユダヤ・反共の差別に泣いた時期がある。  スタッフの多くは追放されても名前を変えて仕事をした。その変名のままオスカー(脚本賞)を貰った人にダルトン・トランボ(『黒い牡牛』)がいる。         ☆  こうしたプロデューサー列伝を読むと、『トラ・トラ・トラ』で黒沢明がクビになり、『風と共に去りぬ』のロンドン公演で菊田一夫の名前が消えていたりするのは、なんでもないことだということがわかる。         ☆  ビリー・ワイルダーはいう。 「私たちはあの頃映画をつくっていた。他人と話合いをしていたのではない。それが今では映画の八割は他人との交渉だ。あとの二割で映画をつくっている」         ☆ 「私は映画が二、三の例を除いて芸術作品として残るとは思いません。ですが、映画は私たちが現在このように生活していることを後世に示す方法として最も効果的でありましょう」  オスカーの中にあるサルバーグ記念賞として名前を残すMGMのプロデューサー、アービング・サルバーグの言葉。  しかし、今やテレビとてテープで保存され後世に残されるのだ。  とにかく、戦後、アメリカ映画で育った世代には読みごたえのある本であった。 [#改ページ] [#小見出し] 「女優は不幸であっていいと思うの」           小川真由美         ☆  昭和十年に出版された『レヴューおりおり』という本に、宝塚の橘薫がジョセフィン・ベーカーのように歌ったという文章がある。  著者は阪田栄一、最近まで映倫事務局長だった。         ☆ 『ベッドシーン楽しからずや』(阪田栄一)。  最近自費出版されたが、映倫の側面史になっている。  昭和二十四年「映画の自由を確保する為の映画界の自主規制の組織」として生れ、セックスの場合では「徒らに性欲を興奮または刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」ことのないようにしてきたのだが……。  なにが普通人で、なにが善良で……どうして十八歳以下は駄目なのか……。  この本では、十八歳以下でなく、老人にみせないようにすればいいと皮肉っている。         ☆  昭和四十七年七月十三日。  日本橋三越デパートの屋上で、六十歳を越すジョセフィン・ベーカーが歌っていた。  六十年前に、この三越の少年音楽隊員だった田谷力三が、通りひとつへだてた第一証券ホールで歌っていた。  七十三歳。  田谷力三を前座にして、九十二歳の服部伸が一席。四人そろって——他に今輔(七十四歳)、楽浦(七十四歳)——三百十三歳という長寿会である。  人体の中で最も丈夫な部分品は「声帯」だということだが、やっぱり痛々しさは隠しきれなかった。それを補って余りあるのが、赤チャンのような老人の愛嬌。  この会、残念乍ら満員とはいかず、若い芸人諸氏、もとより見当らなかった。         ☆  巴里祭に近い銀座で、バッタリと高英男に逢った。陽焼けした健康な男っ振り。 「どうですか、パリは」と聞いたら、 「冗談じゃない、この二年ほど千葉の海岸で暮しているんだよ。ピアノ一台だけの貧乏世帯でね、来年あたりから歌いますよ」  いいですねェ、ノンビリやっているエライ人もいますねェ。         ☆  七月十七日。鹿児島東映が映画館を廃業することになり、そのラスト・ショーを観た。  映画館が閉館するのは珍しいことではないが、その最後の上映に立ちあったのは初めてである。  最終日は高倉健、鶴田浩二の二本立、そして入場料は百円、この金は水害地に寄附されるとのことだった。  こうして鹿児島という土地柄でいえば、東映好みの映画館が消え、ピーター・ボグダノビッチの『ラスト・ショー』同様の感傷にひたった。  この鹿児島東映の経営者が元侠客。彼は最後の入場料を水害地に送り、そして自分自身七回も出入りした鹿児島刑務所に慰問に出かけた。  そして僕もノコノコ。  日本映画の主流である遊侠ものの、その実体が見事な引退をした日であった。  その夜、主人公は結婚式を挙げた。新郎、新婦共に七十歳を過ぎ、かつては夫の為に色街に身を沈めたこともあり、なぐりこみに行く夫にドスを手渡したこともあるという花嫁である。  企業家になることを拒否した極道一代。  男泣きする老人こそ、日本映画のラスト・ショーに思えた。         ☆  刑務所の慰問というのは勉強になる。 「満場の悪人諸君よ!」といった鈴々舎馬風。「立場が違うだけだ」といったチャップリン。  とにかく、五百人ほどの受刑者を前にして話をしていると、だんだん、正しいのは受刑者で、僕の方が悪いという実感に襲われてくる。  とても恥かしくなって、皆サンの方が僕を含めた娑婆の連中よりも立派だということになり「ここにいようかな」なんて口走って、看守ににらまれたりする破目になる。  よく講演会で、お金を払っている客席に対して申し訳なくなるのと同じだ。  とてもプロにはなれない。         ☆  一緒に出たのがにしきのあきらと女性コーラス。彼がいうには「歌っていて気がついたら、僕を見ている人が一人もいないんですよ。全員コーラスの女の子を見ているの。どうがんばっても駄目でした」  女性コーラスが慰問するだけでも、日本の刑務所は開放的になったわけで、これでアメリカのように実況録音がとれたら面白くなるのだが……。  いいと思うけどな、本当の悪い奴は刑務所に入っていないんだから。         ☆  京都の祇園祭、博多の山笠祭を棒にふって鹿児島の「六月灯」を楽しむ。  祭や行事が変質してゆく中で、かたくなに伝統を守ろうとする気迫があるのは、京都が一番だ。  祇園に惚れこむ安田武は次のようにいう。  第一に『芸』とその芸を支える『躾《しつけ》』が生きている。  第二に『季節』のなかの『行事』が生きている。  第三に『芸』と『季節』の『行事』の生きている『空間』がしっかりと存続している。         ☆  中村鴈治郎が母親を語る中に、芸者で父親と結婚する前に、一年の約束で他の旦那を持つ話が出てくる。  僕も好きな人と一緒になれるなら、一年間他の男に抱かれてもという考え方の方に女らしさを感じる。  惚れた男の為なら、耐えることも含めてなんでもするという女性が、昔はいたのである。         ☆  鴈治郎は北林谷栄同様総入歯にしている。  黒沢明に「歯が抜けますか」といわれてそうしてしまったのだという。         ☆ 「今できないことは十年たってもできないに違いない。思いたった以上はすぐやろうじゃないか」 [#地付き]二世 市川左団次         ☆  一、俳優は、危険な場面の撮影を拒否することが認められる。  一、危険であるかどうかの判断を下すのは、俳優自身である。  ——これは、ヨーローッパの俳優組合の規程の中にある。         ☆ 「僕が今一番感謝しているのは、僕を貧農に生れつけた運命というか、神というものです。人間はどんな金持ち賢者でも、自分の死ぬ時や場所を選べぬように、生れる腹を選ぶことも出来ないのだから」 [#地付き]スティーヴ・マックィーン         ☆ 「一人の観客では不満足だと感じるようになったら、僕は役者は止めると思う。それはもう役者とか芸人とか……|かたぶき者《ヽヽヽヽヽ》の心情ではなく、まともでいっぱしの企業家なみの心情だからだ」 [#地付き]仲代達矢         ☆ 「女優は不幸であっていいと思うの」 [#地付き]小川真由美         ☆ 「吉原の屈指の幇間、なき半兵師匠を、機会あってお宅に訪ねたことがあった。意外やお座敷の洒脱さに比べ、家ではどっしりとした風格で、どこか渡世人の大親分を思わせるものがあった。|よいしょ《ヽヽヽヽ》に徹して、|よいしょ《ヽヽヽヽ》に染まらぬ芸の重みのようなものを感じたのである」 [#地付き]加藤武         ☆ 「名人芸は予備条件であらねばなりません。決して支配的なものであってはなりません」 [#地付き]シュナイダーハン         ☆ 「子供が片目でも親にとっては可愛いのと同じように、自分の作品には非常に多くの欠陥が目につくが、それでも可愛いものだ」 [#地付き]デミトリー・ショスタコビッチ         ☆ 「わたしは自分は何でも知っていると思いこんでいる批評家という人種とも知合いになりました……。面白いことに彼らはみんな意見が違うのです」  ニューヨーク・フィルの指揮者だったミトロプーロスの言葉。         ☆ 「天才を理解出来るのは天才だけでしょう」 [#地付き]ロバート・シューマン         ☆ 「若い芸術家には、その芸術の何であるかを問わず、戦うべき恐ろしい敵がいる。その敵というのは、彼の恵まれた才能をほめちぎる友人たちである」 [#地付き]フョードル・I・シャリァピン         ☆  歌舞伎や文楽の欧州公演で不思議がられることのひとつに、指揮者無しでズラッと並んだ三味線の音が揃うことである。  これは音をあわせるのでなく、ハッと息をのんだりする、つまり呼吸をあわせる訓練をしているからである。         ☆  六代目菊五郎が初代猫八のお産の物真似に感心している文章があった。  現猫八も、ライオンとか鯨の昼寝といったおかしな物真似がうまいが、お産の物真似というのも是非ともみたい。         ☆ 「別の人間のふりをする……、自分を別の人間であると観客に思いこませるという思いつきが最高に楽しいアイデアであると知ったのは、たしか、私が七歳の頃であったと思う」 [#地付き]ローレンス・オリヴィエ         ☆  マリリン・モンローという女が、女優モンローになる為には四時間の化粧が必要だったという。         ☆ 『ライフ』と『タイム』の表紙を飾った大スターが東京に来て、デートを楽しんでいるのに、それを追いかけてジャーナリストがこないという話を聞いた。  日本の大スターは可哀そうだネ。         ☆ 『カイエ・デュ・シネマ』という雑誌の名前は知っていたが、そこの監督名鑑のクロード・ルルーシュの項目が紹介されているのをみて、目をみはった。 「監督という職業の恥辱、それが彼だ。何もかも小利口に計算されている。そして感性の卑俗さ、きまり文句の羅列、偽りのヌーヴェル・バーグのケバケバしい塗りたくり、ルルーシュは世間的には成功したが、映画を十年間遅らせたことは確かだ」  日本映画における若松孝二の場合を考えると、彼は監督名鑑でどう書かれるだろう。         ☆ 「面白い面白いというコマーシャルを劇映画なみに二時間つなぎあわせたとすると百二十本が必要になる。一本の製作費を五百万円とすると、二時間で六億円となる。六億円であの程度の面白さであるから、面白いといわれて忸怩《じくじ》たるものは関係者でなければならぬ」 [#地付き]鈴木清順         ☆ 「笑わせてもらうか、泣かせてもらうか、感心させられるかの三つだが、それらを総合したものの味は結局酔うということですよ。ものをみる時には文句なしにたっぷり酔いたい、ものをつくる時には理屈なしに人を酔わせたい」 [#地付き]橋本忍         ☆  流行歌手から俳優、そして監督になったビットリオ・デ・シーカはいう。 「私の描くのは頭で考えたテーマではない、人間を全的に捉える、武器なくて事実というものに直面する人間を描くことだ」         ☆ 「人を退屈させたり、また一部の人にしか語りかけないということを、私は自ら禁じている」 [#地付き]フランソワ・トリュフォ         ☆ 「監督というものはこんなにも美しい女たちの中から、どうして一人だけ選んで主演させ、確信をもって演技指導なんか出来るのだろうと驚嘆した。彼らはどうして女たちへの欲情に屈しないでいられるのだろうか?  どういうタイプの人間がこのように専制ぶりをもって女優を選び、演技をつけ、命令するだけの根性と自信を持ちうるのだろうか」  シナリオライターの頃のフェデリコ・フェリーニは、監督という人種についてこういっていた。  そして次に監督になってからの言葉。 「私とジュリエッタ・マシーナとは、ほとんど特殊といっていい間柄だ。彼女は単に私の幾本かの映画の演技者だというばかりでなく、私の映画のインスピレーションは彼女から生じたといっていい。彼女は私の生涯の仲間なのだ。繰返して言うが、ジュリエッタなしで私の映画はできないし、私の映画の魂だとさえ言っておこう」         ☆  東宝の菊田一夫がそうであったように、女優に惚れることが作品のスタートになるケースがヨーロッパの監督に多い。  ミケランジェロ・アントニオーニがモニカ・ヴィッティに惚れなかったら、『情事』も『太陽はひとりぼっち』も生れなかった。  ロジェ・バディムはバルドー、ドヌーヴといった女優を彼の女にすることで作品を生んだ。  別れた女同士が仲が良いのは、南都雄二、鳳啓介、そして金語楼と日本にも多いが、女優を創ってスターにする能力はバディムに及ばない。あのチャップリンだって女優には泣かされた。         ☆ 「チャップリンは幸福な男の印象を与えない。彼は貧民街への郷愁に悩まされているように私は思う」 [#地付き]サマセット・モーム  貧しかったチャップリンがやった小遣い稼ぎに、盲目の辻音楽師にあわせて踊り、帽子で金を集めて、そのまま逃げるというのがあった。         ☆ 「未来に対して君は何を望むか」 「もっと生活を、映画を通じてであろうとなかろうと、もっと生活を!」  答えたのはチャップリン。         ☆ 「チャップリンは権力を愛している。私の知っている誰にもまして権力を愛している」 [#地付き]サミュエル・ゴールドウィン         ☆  オーソン・ウェルズがチャップリンと雑談している時に、フランスの青ひげ殺人を映画化したら面白いだろうという話が出た。  そのあとでチャップリンは『殺人狂時代』をつくったわけだが、その時に雑談がヒントだったからといって、オーソン・ウェルズに二万五千ドルを送っている。         ☆  フーテンの寅サンのシリーズが九本目になった。五年足らずで九本である。  チャップリンはその人気が全盛期の一九二三年から四七年の|二十四年間に七本《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》の映画に出演した。         ☆ 「私はいかなる党にも属していないし、いかなる政治家にも与《くみ》していない。だからといって私が政治に無関心な人間だというわけではない。なぜなら、もし私が政治を無視していようと、どっちみち政治のほうで我々を無視してはくれないのだから。人間は政治的な旗印によってでなく、その行為によってこそ政治的判断が下されるのだ。そして私の行為は私の映画だ」 [#地付き]ルネ・クレマン         ☆ 「もし私が警察官で、ルイ・マルのパスポートに彼の特徴を記せと言われたら、こう記すだろう、�身長一メートル七二、眼には悪意と苦悩あり。髪は褐色。特性、俗っぽさ皆無。そして、いつも彼自身とだけ一緒にいる�」 [#地付き]ルイズ・ド・ヴィルモラン         ☆ 「私にとって、政治的でない映画はありえない」 [#地付き]ルイ・マル         ☆ 「私は単純に、自然に自分の作りたいものを作る。そしてその意味を探ったりはしない。例えば、絵を描くときに、自分がコミュニストだからという理由で、赤い色ばかりを塗っていたら、どういうことになるか」 [#地付き]ロマン・ポランスキー         ☆ 「芸術は人民のものである。  それは広範な勤労大衆の厚みそのものに深く根ざしていなければならない。  それは大衆によって理解され、大衆によって愛されなければならない」 [#地付き]レーニン         ☆ 「名声とは蝶のようなものです。蝶をみるとあなたは一時魅されるでしょう。でも、やがて蝶も、その魅惑もどこかへ消え失せてしまいます」 [#地付き]アンナ・P・パヴロワ         ☆ 「労働し、学ぶことを決してやめないから、私はいつまでも自分を生徒だと感じている」 [#地付き]ガリナ・ウラノワ         ☆ 「手の舞い、足の踏むところを知らず」という言葉がある。要するに、これが舞いとか踊るとかいうことだ。  上海舞劇団が来日して公演しているが、そのフィルムを見るとバレーの技術が、そのまま日常生活化されているのに驚く。日本はまだバレーを自分の生活の中にひきずりこんでいない。  思想的、政治的にまとめられた舞劇団として毛沢東主席の為に少しでも高くジャンプしたいという団員の言葉にはひっかかる。  楽しむ余裕ってことも考えて欲しい。  だから観にゆく気にならなかった。  田中内閣次第で中国の寄席芸人も来ることが出来るとあれば、これは抗日的曲芸というわけにはいくまいから期待したい。         ☆  田中角栄が浪曲をうなる。  その浪曲の祖といわれる桃中軒雲右衛門は頭山満の玄洋社を背景に登場してくる。頭山の祭文好きは有名で、彼自身、名手であった。  この玄洋社の初代社長が箱田六輔。  明治十八年、三十九歳で死んだ。         ☆  次の六輔は昭和六年に死んだ藤井六輔。新派の俳優で、彼の弟子だった大矢市次郎も先日この世を去った。  僕が新派の舞台裏を手伝っている時に、彼は六輔という名前に驚いていたが、玄洋社は新派の祖、川上音二郎とも関係があるから、この三人の六輔は赤い絹糸でつながれている。資料が集まったら二人の六輔について書くつもりである。国粋主義者の六輔サンと、どう対決するかが勝負どころという次第。 [#改ページ] [#小見出し] 「この頃の歌手には素人はだしの玄人が多い」           藤山一郎         ☆ 「どんな有名な落語でも、それはお客が初めて聞くんだという心構えでやらなきゃいけません」 [#地付き]柳家小さん         ☆  十五代目羽左衛門がある式典で祝辞を依頼されて立ち上り、 「めでてェといやァいいんでしょう? おめでとうござい」  これが厭味でなくいえたらいいね。         ☆  その羽左衛門は戦前アメリカでフォード自動車工場を見学していて、それだけで、勝てる訳がねェと日本の敗戦を予想していたという。         ☆  先々代の小金井芦州という人は親分をやっても感じが出ないが、子分三下をやらせると名人芸だった。  だから、この芦州という人は親分のセリフをつくりかえて子分にいわせるという工夫をしている。         ☆ 「名人とは、いったい自分一人が名人であればいいのか。伝統芸術にあっては、自分の優れた芸をつぎの者に残していくということが、終局の目的ではないのか、その精神なしに名人というものがあり得るであろうか」 [#地付き]安藤鶴夫         ☆  八月十五日正午、甲子園ネット裏にいた。沖縄の名護高対足利工八回表ワンダウン・ツースリー、一打同点という名護の攻撃の時である。  ここで一分間の黙祷、サイレンが鳴った。  そばにいた高校生が「このサイレンはなんだ」「なんや偉い人が来たんとちゃうか」といっていた。  歌舞伎にも「狂言なかばにはございますが」というのがある。  民放の場合、コマーシャルがこれだが、甲子園の黙祷も終戦のコマーシャルという感じで試合が再開、沖縄が負けた。         ☆  終戦特集という形での番組の中で、大橋巨泉の「11PM」が朝鮮人問題の特集を組んでいた。  差別の原因をいろいろな角度で追求しながら、ついに天皇の天の字も出てこなかったところがテレビである。そのことにイライラしていた巨泉はついに自分が謝ることで補おうとしたが、苦しそうだった。  歴史の中には朝鮮系の天皇もいたと伝えられるのだから惜しいチャンスではあった。         ☆  ライザ・ミネリ主演の『キャバレー』におけるナチスの描き方にミュージカルでなければ出来ない恐しさがあった。  ヒットラー・ユーゲントの少年の歌が甘い美しさに始まってファッシズムに変質してゆく場面である。そして大合唱にまでなってゆく。  ラスト・シーンのハーケン・クロイツのマークの不気味さとあいまって、ユダヤ資本のアメリカ映画の気骨を感じた。気骨、そして反骨は見事な商魂でもあるわけである。         ☆  海軍航空兵だった鶴田浩二は二年前に戦争映画に出たくないといっている。 「ぼくの歳では、ぼくらがさんざんいじめられた尉官以上の役でないと無理だ。だが、それでは散っていった同期の桜に顔向け出来ないではないか」         ☆ 『屋根の上のヴァイオリン弾き』に「トラディショナル」(伝統)というミュージカル・ナムバーがある。  この歌を、ライザ・ミネリが歌った時、母親であるジュディ・ガーランドの芸が受け渡されていることに感動した。  トラディショナルには「手渡す」という意味もあるのである。         ☆  ジーン・ハーロー、マリリン・モンロー、ジェーン・マンスフィールドと三人のセックス・シンボルの共通点。  十五歳までに強姦されている。強姦されたことの居直りが女をセクシーにするのならポルノ女優はみんな強姦されるべきだなんて思ってしまう。  思うだけである、中国における日本軍にはなりたくない。         ☆  中国における日本軍の戦争犯罪を告発した二冊(平岡正明・本多勝一)を読み終ったところへ駄目と諦めていた上海舞劇団の『白毛女』の切符が手に入った(八月九日、東京文化会館)。その日本軍が舞台に登場する。  それだけで楽しんで観てはいけないという気になり、つまり苦痛な三時間が始まった。 ※[#歌記号、unicode303d]アーアー  敬愛する毛主席  人民の偉大な救いの星!  ……最後の幕がおりる。  拍手が続く。拍手とはこんなにもいい加減なものかということを痛感した。  僕には拍手出来なかった。  毛主席が偉大だという意識がないからかもしれないが、拍手より先にゴメンナサイなのである。拍手が盛りあがれば盛りあがるほど「日本人民」は救われないと思った。  藤山寛美と新喜劇を絶讃するように上海舞劇団を讃えるわけにはいかないのだ。         ☆  九月になると安藤鶴夫の三回忌がやってくると気がついて著作の読み直しを始めた。  敗戦直後の劇評の中で、次のような文章があった。 「戦争中の日本の悪を、敗戦の現実を舞台に登場させて、作家も観客も、その苦い盃を飲みほした後にこそ、つまり、もっともっと演劇の上で辛くいやな思いをした後にこそ、われわれははじめて日本の演劇を愉しむことが許されるであろう」         ☆  中国の文革の時にもつかわれた「文化漢奸」という言葉がある。 「文化漢奸 李香蘭」といわれたことのあるのが山口淑子。上海の軍事裁判では銃殺の噂まであったが謝罪で済んで帰国。  北京の川島芳子は最後の望みに「新しい下着」と申し出て銃殺されたとか。         ☆  上海舞劇団で印象的だったことのひとつに司会者の発声がある。  京劇のウラ声と同じキンキンと張りつめた声で叫ぶのだ。  京劇は、唱(うた)、唸(セリフまわし)、做(しぐさ)、打(立回り)を基本とするが、その、唱、做、打が革命的現代バレーになり、唸が司会者にあったわけである。         ☆ 「洋為中用、古為今用」  西欧のものも、古典も、利用出来るものは利用する。その結果が『白毛女』であり『紅色娘子軍』なのだが、日本の場合、明治四十四年の帝国劇場がこの姿勢でスタートし、そして失敗している。         ☆  三階から観た『白毛女』をテレビで見直して、その目の動きが、これ又、京劇なのに驚いた。  この舞劇団は上海からきたわけだが、平岡正明のジャズ評論には日本のジャズ史を上海から書き起したものがある。  解放前の上海の新世界はあらゆる芸人のたまり場だった。世界中の旅芸人の吹きだまりという噂を聞いて、子供の頃に憧れたことである。浅草なんか問題じゃないという土産話、浅草ッ子としてショックだった。  その街からやってきたのである。  八月になってすぐ、僕は香港のプアマンズマーケットヘ行った。  今年四度目になるが、ここが芸人の吹きだまりとしては最後の場所だった。投げ銭目当の芸人達が去年まではいくらもいたのである。 「香港は義務教育がないからいい芸人が育つんです」  それがいなくなった。         ☆  香港へ行く前に松竹新喜劇を観る。かつて渋谷天外に役者になるようにすすめられた劇団である。  七月公演に珍しや勝浦千浪。  戦後、大阪の芸に圧倒されたのは笠置シヅ子、京マチ子に続いて勝浦千浪だった。  千葉蝶三朗も元気で怪演。  この二人だけで充分なのにという感じの藤山寛美であった。         ☆ 「舞台のアホ役は目のまわりにシワが出来るようになったらやめます。あとはボケで行きます」 [#地付き]藤山寛美         ☆  藤山寛美は渥美清について「彼は落語で、私は漫才」といういい方をしている。  渥美清は寛美の芸を「彼自身がうまいだけでなく、相手役もうまくみせてしまうところが恐しい」といっていた。         ☆  杉浦直樹の話。 「露伴の『五重塔』の最後に『十兵衛これをつくり、源太これをなす』っていうのがありますね。十兵衛はいるんですよ、源太つまりプロデューサーがいないんだなア」  新喜劇を観ていると「寛美これをつくり、天外これをなす」っていう感じがする。         ☆  渥美清の独言。 「外国へ行ってるとさ、『東京新聞』が読みたいね、わかる? なぜか『東京新聞』なんだ」         ☆  安藤鶴夫は東京新聞の記者だったわけだが、この新聞のラジオ欄の「一週間の邦楽番組」というコラムについて触れている。  邦楽というのは、つまり日本音楽。この邦楽の時間がない放送局があると怒っているのである。 「世界中のどこの国の放送局をさがしても、自分の国の生粋の音楽を絶対に放送しないというものがあるであろうか」         ☆ 「NHKの『ふるさとの歌祭り』はもう退屈で見ないことにしているが、あれをしばらく続けて見てわかったことは、日本の文化というものが、どのように均質的であるかということである」 [#地付き]桑原武夫         ☆ 「ラジオでは聴取者にイメージを作らせ、テレビでは臨場感を味わわせるのがうまいアナウンスだ」 [#地付き]志村正順         ☆ 「いくら早口だからといって、なにからなにまで描写するというのは不可能だ。肝心なのは何を省略すればよいかを知ることだ」 [#地付き]飯田次男         ☆ 「魂の真実から出ない動作は決して自分に許さない、それがレアリズムの舞台の極致だ」 [#地付き]ジャン・コクトー  省略に省略を重ねるのはいいのだが、それが難解になってしまうのが世の常である。  その点、まるで省略しようとしないまま通用するのが歌謡曲の作詞であろう。  世の中、省略すると儲からないものらしい。         ☆ 「ぼくの生活には歌のネタはない。ネタがなければ尽きるわけもないから書きつづけているんだ。なぜ歌をつくるかといったって、理由なんかあるわけじゃない、爆発的に売れたのは結果だけれど消えてゆくのも結果さ」 [#地付き]なかにし礼         ☆ 「私の本職は人生、作詞は趣味よ」 [#地付き]安井かずみ         ☆ 「若さとは失敗が許される、そしてその失敗を取りかえす時間を充分に持っている年代のことです。私には失敗は決して許されないし、まして取りかえす時は残されていません」 [#地付き]藤山一郎         ☆ 「歌い手も、|素人はだしの玄人《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》が大手を振ってまかり通る御時世です」  これも藤山一郎語録。         ☆ 「上手に弾こうとするよりは、むしろ悪い癖のつかないように心がけることが肝腎である」 [#地付き]宮城道雄         ☆ 「ジャズっていうのは、言葉で表現するとなると、ずいぶん骨のおれる仕事だ。かりに定義めいたことを何かいったとしたって、一秒後にはもうそれを撤回しなくちゃならんだろう」 [#地付き]ピー・ウィー・ラッセル         ☆ 「ジャズ・ミュージシャンは現実社会のレポーターなのだ。白人はニグロの音楽だと思いながらジャズを聴いているらしいけど、実はアメリカの音楽なのである」 [#地付き]アーチー・シェップ         ☆ 「音楽とは君自身の経験であり、君の思想であり、君の知恵なのだ。もし君がまことの生活を送らなければ、君の楽器は真実のひびきを持たないであろう」 [#地付き]チャーリー・パーカー         ☆ 「マリファナを吸ったとき、興奮剤を注射したとき、あるいは酔っ払ったときの方が良い演奏をしているというミュージシャンは飾り気のない率直な嘘つきである」 [#地付き]チャーリー・パーカー         ☆ 「西洋音楽では一つの音は音楽を形成することはできないが、日本の音楽ではそれが可能だということをぼくは信じます」 [#地付き]友竹正則         ☆ 「明日から人気がなくなると思うと犬も飼えないのです」 [#地付き]森進一  犬ならいいが、藤圭子なんか、ウッカリと結婚してしまった。  この二人に代表される「かすれ声」はあまり幸福になると人気がなくなる。はいあがってきた人の声というのは一様にだみ声である。  田中角栄しかり、声で得をしている。  だから五十万円の鯉を相手に餌なんてやっていると「ナンデェ」ということになる。  皇室の人の声はまるで生活というものがない。一所懸命に大きな声を出したことがない声である。  気品があって、凄みのある声となると浄瑠璃語りにしかいないかな。         ☆ 「浄瑠璃の文句の中ならば謡も歌も、うたふとはおもふべからず、語るといふべしとこそおしへ侍れ」 [#地付き]竹本義太夫         ☆  祭文、説教、はやりうた、小唄、俗曲はいうに及ばず、売り声にいたるまでを芸のこやしとして……、小沢昭一みたいなことをして古浄瑠璃を義太夫節と呼ばれるまでにしたのが竹本義太夫。         ☆  文楽の太夫が舞台の身ごしらえをする時に、その身につけるものに、いちいちお辞儀をして気持を締めつけてゆく話がある。  僕達が舞台でみられる、あの床本に一礼する姿はその集大成なのだ。  キックボクシングのタイ選手が試合前に祈るのもいい姿だが、こうしたところに芸能の生れてきた儀式をなつかしめる。         ☆  浄瑠璃の太夫が大掾、少掾、掾。  例えば山城少掾などという称号を貰うのは山城の国をまかされるということなのだが、秩父宮、高松宮というように今は意味がない。  以上のようなことをいったら、安藤鶴夫曰く、「君には浄瑠璃の芸を聞く資格はないね、あきれたもんだ」といわれた。  でも、この称号がある為に家元制度にならなかった珍しい古典芸能ではある。         ☆  昭和二十二年、豊竹|古靭《こうつぼ》太夫《だゆう》が秩父宮家から称号を受領して、豊竹山城少掾藤原重房になったことを考える。  昭和二十二年である。  天皇が人間宣言をするという世の中に、浅草雷門の筆職金杉銀蔵の伜として生れて、豊竹山城少掾藤原重房になるというところに天皇制のお化けがある。  面白いけれども、これは怖しい。         ☆  竹本都太夫を父として安藤鶴夫が生れ、義太夫が嫌いで大学もフランス文学を選びながら、結局は浄瑠璃がわからない奴は人間じゃないと思うばかりか、そういう人間が日本にいることが口惜しくって涙を流すというような人になった。 「ボクが生きている間に、永君を浄瑠璃のファンにしてみせる」  僕はいまだにファンになれず、時に咲大夫を聞く程度。         ☆  その安藤鶴夫の聞き書きによる古靭芸談が作品集(朝日新聞)の三にあり、これが昭和十九年の原稿であることに感動する。その中で古靭が自分の暮しを「渡世」といっている。  さらに客席で皆さんが食事をしたり、おしゃべりをしているのを拝見しながら語るのはいいものだともいっている。  まさにテレビジョンの思想ではないか。         ☆  仁侠映画で、この「渡世」と「稼業」が一緒くたになっているので整理をする。渡世というのは流れものであって、家があって子分又は弟子のある場合を稼業という。  僕のように定職がないのが渡世人。 [#改ページ] [#小見出し] 「どうして酒がウンコになるの?」           古今亭志ん生         ☆  徳川夢声、古今亭志ん生が初対面の時、当時二人とも酒ばっかり飲んでいた頃で……。  酒だけしか飲んでいないのに、どうして酒がウンコになるのかということがはじめての会話だった。         ☆  戦争中に、高座で志ん生が落語をはじめたところへ空襲で大騒ぎ。 「ところが、落語ってェものはヘンに終れない。はなしの中にはいりこんじゃうと、おいそれと『じゃ、やめます』なんてわけにいかない」         ☆  はじめた芸を途中でやめるぐらい白けることはないだろう。  敵が来ようが、警官が来ようが、はじめたら終りまでやるのが芸である。  それでいて志ん生はこうもいう。 「寄席ってェところは、あくまで商売をやるところで芸をやるところじゃない。あそこで芸をやったひにゃ、お客様が参っちまう」         ☆  客席に批評家がいると、特別に張り切るという芸人・役者がいる。  新聞・雑誌の記者が総見する日に行けばそれがハッキリとわかる。  この総見の日を問いあわせてくるのが中村勘三郎だそうである。         ☆ 「文学、芸術は政治に従属するが、逆にまた政治に偉大な影響を及ぼす」 [#地付き]毛沢東         ☆ 「前略、元来オマハリなどに文学の事に容喙《ようかい》させるが間違うた話なれど聞きしにまさる警視庁の愚劣、ただ/\呆然たるばかりに御座候。(中略)不幸なる日本国民はかくの如き悪政の下に意は減退可致は必然に御座候。民党内閣と相成候節は僕等も率先して此弊|釐革《りかく》に力《つと》むべきと痛憤に不堪候。  貴兄はじめ座主河合等もさぞかし落胆の事と察入候。  愚劣なる警視庁哉。頑冥なる警視庁なる哉。  理不尽! 没分暁漢《ぼつぶんぎようかん》! 噫々 [#地付き]尾崎」  これは明治三十六年に尾崎紅葉の『寒牡丹』が上演禁止になった時の手紙である。         ☆  このところ、一条さゆり、日活ポルノと警察のお手入れが忙しい。  芸能と政治の対立はあって当り前。  さらにいえば弾圧されて当り前。  毛沢東は麻雀を禁止すると共に、麻雀牌の輸出で利益をあげている。こういうのを政治家というのではないでしょうか。  一条さゆりや日活ポルノは輸出すべきなのだ。         ☆  NHKについて。 「アナウンサーや解説委員に特に魅力があるわけではない、どちらかというと、まじめで笑わず、自制心を持った職員である。ニュースの最大関心事は、米大統領や首相の言動に集まり、軽薄なものは話題として取りあげられない」 [#地付き]ニューズウィーク東京支局長 [#地付き]バーナード・クリッシャー         ☆  ニューヨーク帰りの黒柳徹子の土産話、これは渥美清に向って。 「つまりさ、あなたぐらいの実力と人気があっても仕事はないのよ。だから勉強するんだけど、また先生がチャンといるの。だってさァ、杉村春子さんや、滝沢修サンみたいな人だって先生ンとこへ通うのよ。収入があってもそれは月謝として使うわけ。有名な舞台俳優でもつつましい暮しよ」         ☆  日本の役者が勉強しようとすると(勉強しないけど)それは日本舞踊とか、仕舞という古典になってしまう。  古典も勿論大切だけれども、現代を演じようという人が現代を勉強しないことが問題である。  収入でボーリング場や喫茶店をつくるのは、あれは現代を勉強しているのでしょうか。         ☆  藤山寛美や、勝新太郎の豪快な遊びが話題になるが、これは月謝という感じがする。  しかし、金を使えばいいということにはならない。時間をかけて、ものをゆっくり味わうということが出来るかどうかだ。  富十郎になった竹之丞が、武智鉄二に「役者はどの店のなにがうまいということを知ってなければいけない」と育てられたといっているが、当然のことだが食通になれということではない。  味わう時間、感じる時間を持つことだろう。  そして金を使うことも投資だが、入ってくる金を拒否することで時間をつくることも、又投資なのだ。         ☆  おなじみの弥次サン、喜多サン。  男の二人旅だからホモだろうと冗談をいっていたら、この喜多サン、元はといえば役者華水多羅四郎の弟子で鼻之助といい、弥次サンとは男色の関係があったとのこと。  岡本文弥の『芸流し人生流し』(中央公論社)にはそんなことまで書いてある。  この本は、街育ち特有の恥じらい、はにかみに満ちている。         ☆  林家正蔵が、エッセイを書き続けている『民族芸能』に「芸職人」という言葉を使っている。  芸人というのは、芸職人のこと、つまりは職人だというのである。  職人というのは仕事から人格がつくられるもので、決して教養からではない。ものをこしらえる、そのこしらえたものから何かを教わる。それが生活の基盤になる。  自分の演じる役の中から、自分を育てた芸人・役者は多い。  例えば倍賞千恵子にそれを感じる。  これが歌手になると……イマセン。         ☆ 「私は芸人でして、芸術家じゃございません。別に術は使いません」 [#地付き]三遊亭円生         ☆  久し振りに角座(大阪)をのぞいたら、客席の通路に、乳母車が置いてあって赤チャンがむずかっている。そして、それが当り前みたいな高座と客席なのである。  東京から客演のケーシー・高峰だけがやりにくそうだったのが面白かった。         ☆  ある作家が鰻丼をかきまわして食べているのをみた桂文楽。  下品な食べ方だとは思いながら、きっとうまいんじゃないかという気がして、それからは鰻丼が出る度にかきまわすのを我慢するのに大変だったという。         ☆  田谷力三の想い出ばなしの中に、レストランや喫茶店で、他の客が自分のことに気がついてくれると、必ず、お金を払ってくれてしまったというのがある。         ☆  今でいうイラストレーターとしてグリコの「一粒三百メートル」の図案募集で二位だったことから、料理の本のカットをかいて生計をたて、後、映画界に入ったのが黒沢明。         ☆  その黒沢明について。 「彼は悪しき権威主義者であり、道徳主義者である」 [#地付き]石堂淑朗 「彼の作品に深さが欠けているのは、彼が思想性のある作家といわれているにもかかわらず、その知性が豊かではないからである」 [#地付き]増村保造  そして、中学生程度の頭といったのが三島由紀夫。         ☆ 「狂人の王」  マーロン・ブランドのニックネームである。  日本では三国連太郎にこの名前が捧げられるであろう。         ☆  生粋の映画スターは、とても下町の人間には恥かしくって乗れないようなアメリカ高級車に乗るのが伝統だが、運転手に金モールをつけた制服を着せたのは伏見直江。  日本の映画女優で、役柄によってメーキャップを変えた最初の人でもある。         ☆  スターの自動車事故が問題にされているが、無名時代には車を持っていたのに、売れだしたと同時にやめたのが渥美清。         ☆ 「泣く」「笑う」共に演技のポイントになり、上手、下手がわかるところでもある。  自由に涙を出すということは訓練次第だともいうが、単に涙腺をゆるめるということでなく、生活体験と役の状況を重ねあわせることで、感情移入の出来ることだと思う。  日本の女優で、いつでもいきなり泣けるので有名なのは森光子、京塚昌子。         ☆  無名時代に「おい、エキストラ」と呼ばれて「この野郎、気をつけて口をきけよ。俺はスターになるんだからな」と答えた小林旭。         ☆ 「遊牧民族の生活形態を〈流れ〉とすれば、農耕民族のそれは流れを溜めた〈澱《よど》み〉のようにみえる。  この両者の違いは、西洋舞踊の最も美しいポーズである〈アラベスク〉と日本舞踊の〈押しリキミ〉〈胸リキミ〉などの見得の形に極限されて現われている」 [#地付き]石田種生         ☆  ミュンヘン・オリンピックの「世界民族舞踊祭」に参加した、日本民族舞踊団のスタッフの一人である石田種生は、日本の民俗舞踊は〈吃り〉の踊りだとして、次のようにも書く。 「吃りには、言おうとする意思と、実際に声を発する行動までの間に不規則な時間的ずれがある。この時間的ずれを充足するのが〈ため〉であり〈おもい入れ〉である。 〈ため〉には、己を引きしぼった時の緊迫した〈ま〉が内包されている。〈ま〉をより充実させ肉体化するために、歌うたいは小節を考案し、踊り手はさまざまな身振り手振りを考えだし、ついには極まって目玉の動きまでも〈ため〉てしまうことになる」  この日本の芸における「間」は農耕民族の労働の、その力の出し方と深い関係がある。この問題には武智鉄二が明快なメスをいれていたが、こうした形で各分野からの多くの発言が欲しい。  ついに極まって目玉の動きをためるという点では、バリ島のガメランのダンスにとどめをさすだろう。ここでは、白目の中の黒目がピンポンの玉のように踊って、しかも決まる。  農耕民族で、小さな島の芸能。  そこに「間」についての考察の秘密がありそうな気がする。         ☆  後藤芳子の小さなコンサートに、古今亭志ん朝が出演した。  ジャズシンガーの後藤芳子が志ん生ファンであること、そして今は高座に出られない志ん生の息子志ん朝がジャズファンであることから実現して、ジャズにはさまって一席。  異質な芸なのだが、当事者同士が認めあっているところで、このコンサートにおいては不思議な調和がとれていた。  志ん生とその芸を、後藤芳子と志ん朝が相合傘にしているような楽しさがあった。  バラエティ・ショーというのは、ただ並べればいいものではないのである。 [#改ページ] [#小見出し] 「利用しない、されない、感じない」           中山千夏         ☆ 『七人の侍』の時の黒沢監督のエピソード。  どうしても演技がうまく出来ない役者をスタジオの外に連れだして、グローヴを渡すとだまってキャッチボール。そしてスタジオに入ったら一度でOKになったという。  エピソードというのは|出来すぎ《ヽヽヽヽ》の感じがするほど面白い。         ☆ 「人間、考えているものの十分の一が言葉になる、言葉の十分の一が文字になる。そいつに取組むなら、死ぬ覚悟でやれ」 [#地付き]川島雄三         ☆ 「ノーテクニック、ノードラマ、ノーストーリィ」  小津安二郎の『東京物語』がアメリカで受けた讃辞である。         ☆ 「利用しない、されない、感じない」  中山千夏の対マスコミ三原則。         ☆  中山千夏が青島幸男を評して曰く  一、私は政治家が嫌い。  二、彼は自己中心的。  三、彼は臆病。  四、その割に大言を吐く。  五、ブルジョワ趣味。  六、芸術という言葉に弱い。  七、その割に世俗的名誉欲旺盛。  八、軽率。         ☆ 「よろしくお願いします」これを鼻にかかった甘い声で、「ヨオシクオエガイシマース」と頭をさげる。  フォー・リーブスにはじまって新人歌手おきまりの挨拶である。  これは、あなたまかせのお願いで、お願いしたらしっぱなしなのだが、この頃はスタッフの中にも「オエガイシマース」とお願いだけして何もしない奴が増えつつある。         ☆  東海林太郎が死んだ。  巨星落つという感じで。  しかし、この人の直立不動の姿にはクラシックに対する歌謡曲の精一杯の哀しい抵抗があって、そのことに胸が痛んだ。歌を誇りにしようとした人の最後の意地なのである。  彼は動かなかったのではなく動けなかったのだ。 「板割の浅太郎もブラームスも同じです。だから正装で歌うのです」といっていたが、彼の中で本当に浅太郎もブラームスも同じになったのは晩年の四、五年だった。それまで四十年近く、彼はクラシックに対するコンプレックスに苦しんでいたのである。  本当に御苦労さまでした。         ☆ 「嫌いを好きと思うのが、これ、芸の始まりやおまへんか」 [#地付き]砂川捨丸         ☆  好きでストリッパーになった人はいないと思うが、それを好きでなったと胸を張るところから芸が始まる。  特出《トクダシ》のお姉チャンやおばチャンの誇りは自分にも嘘をつける自信だ。         ☆ 『芸報ジャーナル』(東京・八九八—五五五一)に連載をしている佐山惇。この人の名刺の肩書は「ドサ回リコメディアン」  昔の仲間、南条文若(三波春夫)を訪ねてケンもホロロに「知りません」と追い帰された話を書いている。 「人間偉くなりたくねェもんだ。聞いているのかい、この頃の手前の唄を。『チャンチキおけさ』時代はなんとなく底力の強さがあったが、この頃の唄はまるで自信たっぷりの唄声で底力がねェのを知ってんのかい」  ピタリと押えが効いている。  この新聞、他にも踊り子が特出《ヽヽ》で逮捕された場合の警察での応対をコーチしたりして面白い。これによると出演中に逮捕されると劇場から「ブタ箱入り礼金」(全国相場)五万円が出るという。  とにかく、ストリップファン必読紙。         ☆  ジューン・アリスン  フレッド・アステア  パット・ブーン  ジョニー・キャッシュ  シド・チャリシー  ビング・クロスビー  ロバート・カミングス  サミイ・デビス・ジュニア  クリント・イーストウッド  ビンセント・エドワーズ  グレン・フォード  ケーリー・グラント  ライオネル・ハンプトン  スーザン・ヘイワード  チャールトン・ヘストン  ドロシー・ラムーア  フレッド・マクマレイ  ジェーン・ラッセル  ロザリンド・ラッセル  フランク・シナトラ  レッド・スケルトン  ジェームズ・スチュアート  ロバート・ワグナー  ジョン・ウェイン  ザザ・ガボール  以上、ニクソン支持表明。         ☆  ウォーレン・ビーティ  キャンディス・バーゲン  ビリー・エクスタイン  アート・ガーファンクル  ジーン・ハックマン  ダスティン・ホフマン  ジーン・ケリー  バート・ランカスター  ジャック・レモン  シャリー・マクレーン  ウォルター・マッソー  ライザ・ミネリ  ポール・ニューマン  ライアン・オニール  ロバート・レッドフォード  エバ・マリー・セント  カーリー・サイモン  ロッド・スタイガー  バーブラ・ストライサンド  ディオンヌ・ワーウィック  ロバート・ライアン  ラクエル・ウェルチ  リチャード・ウィドマーク  以上、マクガバン支持表明。         ☆  日本の選挙ではタレントが立候補しても、投票する側のタレントは無関心を装う。  公明党を支持する創価学会会員タレントはこの点、ハッキリしていて気持がよい。         ☆ 「僕は詩人じゃありませんからと公言している。それは、全然へり下った意味ではなく、現代的な価値観において、僕の方が有価値であると踏んだ上での公言である」 [#地付き]阿久悠  阿久悠は最も売れている作詞家。  とにかく、日本のレコード会社は作詞家を発見して育てるということには無能だから、売れている作詞家はますます売れる。僕も昔は売れてましたのでよくわかります。         ☆  元作詞家としては最近「高石ともやとナターシャセブン」と一緒にピアノを弾いた。 「千鶴チャン」という曲の前奏と間奏そして後奏である。勿論レコーディングだ。         ☆ 「あわただしい世情の中で、喰うことも眠ることも十分ではなく、将来の見通しもたたないような日々に、疲れはて、追いつめられていたわたしがスターの存在に最後の救いを見出した。飢えた犬が餌にとびつく本能的な衝動のようなものだった」  春日八郎の自伝『どしゃぶり人生』から。         ☆ 「ロックは単に音楽というより、一つの国家であった。若者にとって信じられない家庭や社会にとってかわって、ただひとつ確かな手ごたえのする場所だった。  そこでは体制に対する政治的なデモンストレーションではなく、愛と自由を求める情念の解放を求める運動であった」 [#地付き]東由多加         ☆  歌は腹式呼吸だが、踊りは胸の呼吸がこれを支える。だから歌いながら踊るということがむずかしいのである。  木の実ナナはこの二つの違った呼吸を自由に出来るように、走りながら歌うというトレーニングをしている。         ☆  咲大夫の会第三回で『熊谷陣屋』を例によってストップ・ウォッチを片手に聞く。  こうした聞き方に意味があるかどうかは別として、僕にしてみれば、そうする以外に浄瑠璃とのトッカカリがないのである。 「奥へ連れてゆく」  ゆっくり読んで三秒。これを一分十秒かけて語るというのが浄瑠璃である。  長いのが好きになれないのではない。どうして長くなるのかわからないから好きになれないのである。         ☆ 「美しい声でも、痰ちゅうもんがないと浄瑠璃はあかん。爺や婆がつとまりまへん」  津大夫の言葉。         ☆  坂東三津五郎は歌舞伎界きっての理論家で「私の家の三代目は男色家で……」なんていえるぐらいに明快である。         ☆  舞台以外でも通人にして博学。  全国の旅館で朝食に海苔を出すのは、その昔、江戸の役者が巡業の時に海苔だけは用意して出かけたからだという。  今、日本人が梅干を持って海外に出かけるのと同じで、醤油にいたってはこれも世界の一流レストランに置いてあるようになった。         ☆  旅芸人は関所で芸をすれば、それが手形のかわりになった。  今ならばテレビに出ていると、誰でもが芸人として認めてくれる。交通違反も大目にみて貰い、税関の取調べも簡単だ。  田中真理も日活のポルノ取調べのあとで警官にサインをねだられたという。  テレビで顔を売るのは一種の手形の獲得なのである。         ☆  六代目菊五郎のイタズラ好きは天下に有名だが、あんまの役で吉右衛門(先代)をもみながら、もむとみせてくすぐる。  ついにたまりかねた吉右衛門が叫んだ。 「お客さん! 六代目が私をくすぐるんです」         ☆ 「つねづね、私は歌舞伎俳優には民主主義は不適当だ、いい意味の封建制こそ、むしろ必要だという考えを持っております」 [#地付き]守田勘弥         ☆ 「前進座では、翫右衛門、国太郎の指導部が宮本修正主義に盲従して、毛沢東路線に反対している」  これは河原崎長十郎の言葉。         ☆  上海からきた中国バレーボールのチームと一緒に旅行をするチャンスがあったので、僕は上海舞劇団の司会を賞めたら、あの司会者は中国でも一流の歌手とのこと。その発声のたしかさと、声の美しさで司会をやっているのだという。  日本の批評で司会が無視されたことを残念がっていたとのことで、ちょっと、得意になる。         ☆ 「早起き大根」という言葉がある。  大根役者ほど早起きをするという意味。  見まわしてみると、僕の知っている芸人諸氏も寝坊で、寝起きの悪い、寝かしておけばいつまでも寝ているという人は芸が上手だから面白い。  午前中の撮影があると出演しないということが知られている人に三木のり平。この人舞台にも寝坊して穴をあけた実績がある。         ☆ 「演劇は|劇団をつくる《ヽヽヽヽヽヽ》というより、|徒党を組む《ヽヽヽヽヽ》という姿勢でなきゃ出来ませんよ」 [#地付き]西村晃         ☆  七代目菊五郎襲名の噂もチラホラした中で竹之丞が富十郎を襲名。  その披露公演に、富十郎一人で一万枚の切符を売って歩いたという。 「演劇は経営なり」というのが持論の飯沢匡作品で出演者が多いのは、一人あたりの切符を売る量が馬鹿にならないからだともいう。  切符を大量に売れる人が主役になるのは踊りの会では当り前のこと。         ☆  芸術祭シーズンになると踊りの会が増え、それも「新作発表」が中心になる。  ところがこの新作の多くが有名作家に依頼される。こうして「舞踊作品」というより「文学作品」になってしまう。  日本の舞踊で言葉(歌詞)がないのは中国直輸入の雅楽ぐらいなのである。  舞踊家に創作能力が育たない以上、とても質の向上はあり得ない。         ☆ 『芝居・見る・作る』(飯沢匡・平凡社)を久し振りに目を洗われる思いで読む。  特に「世阿弥論」の説得力は、どの能の本よりも現実的な迫力に満ちている。  その直後、最後かもしれないという幸祥光の小鼓を聞きに観世能楽堂へ。  観世銕之丞、広瀬信太郎、松本謙三の「鷺」を観る。退屈して当然の能を、退屈して味わうことで満足した。 『芝居・見る・作る』でもいっている。 「能と狂言は化石化《ヽヽヽ》された芸能である。やむを得ず同じことを繰返す中から訓練の美が生じたものだ」         ☆  念願の川越祭に出かける。  江戸の神田祭と山王祭をそのままの形で残しているといわれ、山車が廻り舞台になっている上に、セリの構造まで持っている。  この山車がおはやし合戦をするのだが足踊りなども見せる。どこでもそうだが、祭りの笛だが、交通規制の笛だかわからないほどの警官にはウンザリ。         ☆  広場や街の芸が「道路交通法」で取り締まられる一方、「消防法」もホールや劇場はコンクリートでなければいけない、場内は明るくなければいけない、満員で立見席が一杯になってはいけないと、どれひとつとっても芸にはマイナスになる条件ばかりである。         ☆ 「芸能人とはいかなる職業であるのか、法的にはまったく目茶苦茶で、たとえば民法一七四条では労力者及芸人の賃金《ヽヽ》と表現され、所得税法ではサービス業その他に入り、職業安定法では特別な技術を必要とする技術家というように規定されている。  これでは職業統一がない、といってももちろん労働者でないから社会三法の恩恵もうけない。結局自分のことは自分でやれと社会的にも法的にも放置され、不安な状況におかれているのが芸能人である」 [#地付き]倉林誠一郎         ☆ 「芸人その世界」のシリーズで書いている間、僕自身が芸人であることを意識する場面は何度もあった。  例えば、浅田飴のコマーシャルをやり、ホールで歌い、テレビカメラに向ってジョークをいう、街でサインを求められる。  一日中ラジオのスタジオにいる。TBSの人気投票の中に自分の名前をみつけると、これはもう諦めるというか、居直るというか、芸人を意識しないといえば嘘になる。  僕はそんな風に芸人を意識するのだが、意識されているのは四六時中だ。意識するしないは関係なく生来の芸人なのだと、自分でそう思うようになった。  となれば素人ぶってみせる鼻もちならない芸人だ。  その三流の芸人が書きつづった芸と芸人のエピソードのオチのついたところで、長い間、ありがとうございました。  そして今(十月二十三日)、柳家金語楼の訃報を聞く。 [#地付き]合掌。 [#改ページ] [#小見出し] 「勉強し直して参ります」           桂文楽         ☆ 『芸人その世界』昭和四十四年四月。 『役者その世界』昭和四十六年八月。 『タレントその世界』が昭和四十八年四月。  以上三冊の本にまとまったのだが、これだけの間にも沢山の芸人・役者・タレントが亡くなっていっている。  ここでは四十六年、四十七年の二年間に亡くなった人達の個人的な思い出をまとめてみた。         ☆  四十六年一月 喜多六平太 九十六歳。  能役者を、ただそれだけで偉い役者と思っていた時に、六平太がラジオで、いかに能役者がみじめな暮しをしていたかを話すのを聞いて驚いたおぼえがある。  幕末から明治十年前後まで泥棒になった能役者もいれば、それを捕まえる警官になった能役者もいるということであり、六平太のロッペータはポルトガル語の財布という意味で、金が入るようにつけられたと笑っていた。  浅草から都電で早稲田中学に通うようになって、乗り換えをする大曲《おおまがり》の停留所の前が観世能楽堂であったから、学校の帰りに能・狂言を見る機会が多くなった。  狂言を笑って周囲の客からジロリとにらまれるような雰囲気に耐えながら通ったが、ついに能を好きになるわけにはいかないで今にいたっている。         ☆  二月 フェルナンデル 六十七歳。  フランス生れの喜劇俳優である。  デ・シーカやロッセリーニのイタリアン・リアリズムで衝撃を受けたあとで、牧師ドン・カミロに扮したフェルナンデルの明るさに、イタリアという国を見直したおぼえがある。  戦後、外国映画で知った喜劇俳優は誰もがドタバタと動きまわり、ナンセンスであればあるほど面白かったが、フェルナンデルはヒョイと首を曲げた瞬間のような時に、たまらなくおかしく、そして哀しかった。  馬が笑ったように歯ぐきを出すフェルナンデルには醜男《ぶおとこ》であることを楽しんでいる余裕があって、同じ馬面の僕は、どんなに勇気づけられたことか。そして決してスマートではないこの俳優の理知的な表情のきらめき。  僕は勉強しなければと思ったのだから凄い。         ☆  三月 横山エンタツ 七十四歳。  アチャコが健在なだけに淋しいが、この人は話をすると、古川緑波のような知性派であった。  例えば、インタビューでいうと僕の聞きたいことを実に早くつかんで答えてくれる。  アチャコをはえぬきの芸人とすれば、エンタツは芸人になりきれない不幸があった。漫才として成功する前に、彼は渡米して、パーマネントの機械を輸入したが、時期が早すぎて失敗したりしている。  又、芸人としてメガネをかけたのは日本人として最も早いかもしれない。  今では円鏡も円歌もメガネをかけて落語をやるが、これは珍しい部類なのである。  エンタツ・アチャコの洋服を着たしゃべくり漫才が、人気を集めるまでには時間がかかるのだが、観客が抵抗を感じたのはあくまでエンタツだったという。  万事派手好みのアチャコの野暮ったさに較べてみると、いかにエンタツが押えた芸人だったかがわかる。  彼はメガネとチョビヒゲなしでは芸人になれなかったという照れ屋なのであった。         ☆  三月 山茶花究 五十六歳。  凄みのきいた傍役として成功してみると、あきれたぼういず時代とつながらないというタイプだった。  晩年、痛風に苦しみ、歩くのも困難な状態が続いたが、客の前ではそれに耐えた。  羽田空港で逢った時に、大阪から東京へ飛ぶよりも、タラップを降りて空港を出るまでの方が時間がかかると笑っていた。 「手押車に乗れば」といったら「役者だからねェ」という言葉が返ってきた。  役者で小津安二郎や、黒沢明とまともに喧嘩をしたのはこの人だけだと聞いている。 「おかしくて やがて哀しき 役者かな」  よく芭蕉のもじり句を色紙に書いた。  気骨のある、それでこまかな心遣いもする人だった。森繁劇団から三木のり平が別れたのも、それまで間に入っていた山茶花究がいなくなったからだという。         ☆  四月 市川寿海 八十四歳。  僕の母の姉が寿海のファンで、彼が寿美蔵時代に東京から関西に移った時に一緒に京都について行き、そのまま一生を送った。  その立場が愛人であったとしても、寿海の数多い女の一人としてでしかない。「京都のおばさん」の存在はかくして我家では禁句であった。  役者と寺の娘という取りあわせに胸がおどったのは、僕自身、芸能界とかかわりあうようになってからだった。  あの鮮やかな口跡で口説かれたのかと思うと、うらやましくさえあった。  何回か寿海と逢った時にも、このことは言わずに終ってしまった。  中学時代に京都のおばさんから「寿海の養子になるかい」と冗談をいわれたことがある。なっていれば、僕が雷蔵ということになる。  ちなみに養子になって死んだ雷蔵は僕と同年である。         ☆  五月 左ト全 七十七歳。  山茶花究が足の痛みを耐えたのに、ト全はいつでも松葉杖を持って歩いたので有名。時にはかついでバスに飛び乗りさえもした。  帝劇出身のオペラ歌手という実力は晩年のレコードで発揮され、「ズビズバー」はこの年のヒットソングになった。  奇人で通っていたが、例えば、奥さんを教祖にして信仰したりするのは、熱中しているというより、楽しんでいるようにみえた。  それと常に年をとっているということを武器にしたわがままを発揮していたが、これも楽しんでいるように思えた。そう考えると、とぼけのうまい人生の達人である。  このように達観したというか、悟りきった風情の役者は貴重だ。  嵐寛寿郎、笠智衆の二人がだんだんこの域に近づきつつある。         ☆  六月 市川中車 七十四歳。  八百蔵の時代にラジオの朗読で名を馳せたが、この人気に徳川夢声が続くのである。  従って八百蔵は夢声より前に『宮本武蔵』を読んでいる。  浅草の吉原に生れて育ち、色街と役者の関係を地でいっている人だ。  いつも苦虫を噛みつぶしたような顔をしていただけに、ニッコリ笑うと、なんとはなしにコチラも嬉しくなった。  笑顔をよくみせようと思ったら普段は凄みをきかしておくべきである。  古風な江戸前の役者として最後の一人が去ったという印象だった。         ☆  八月 ルイ・アームストロング 七十一歳。  トランペットを汗ですべらないようにハンカチーフで持って、歌えば例のしゃがれ声。世界中をソビエトにいたるまで演奏して歩いたジャズマン。  映画でも軽妙な演技をみせたアメリカの名士であったのに、それでも差別の苦しみに耐えて生きていた。 「尊敬されるのは演奏している時だけ」  黒人の芸人はそのことをよく知っていて、それを諦める。ブラック・パワーの波の中でも白人と交際のある黒人は運動に加わることをしないで差別に甘んじていた。  それでも、ルイがビング・クロスビーにいった言葉は激しい。 「貴方に抱いてほしいといっているのではない。普通の人間のように扱ってほしいだけなのだ」  僕はルイ・アームとまでしか書いてない彼のサインを持っている。  そこで、僕の万年筆は折れてしまったのである。  朝鮮戦争の慰問に来た時だった。         ☆  八月 徳川夢声 七十七歳。  僕がこの人を好きになれなかったのは、本質的には陰気な性格だったからだ。  彼の日記が出版された中に僕の悪口が書いてある。悪口は構わないのだが、その日記に書かれている頃、僕は彼の台本作者であり、彼はニコニコとその本を読んでいたのだ。  逢っている時にニコニコして、家へ帰って日記に悪口を書いているところを想像するとどうもお気の毒でならない。  相手は青二才なのだ。注意するなり、叱るなりしてくれればいいではないか。  晩年、テレビで対談した時に、僕が使った「活弁」という言葉が気に喰わないと黙りこんでしまった。 「活弁」という言葉は活動弁士が自分のことを卑下していうのはいいが、それを第三者が使うのは差別であるというのである。僕が差別していっているのではない、知らないで使ってしまったのだからといっても許して貰えなかった。  晩年の夢声が、ラジオのスターであっても、テレビの話芸家になり得なかったのはこうした人柄にもよるものと思う。  話術の神様として、あるいは軽妙な随筆家、俳人として、役者として、インタビューアーとしての活躍もテレビの壁にはばまれたとすると、げにテレビとは恐しいものだと思う。         ☆  九月 荒川歌江 六十八歳。  五月に亡くなった都家文雄とコンビの漫才師であり、後を追った形になった。  大阪のぼやき漫才を背負っていた二人で、文雄の熱血漢振りを軽くいなす歌江の呼吸はなんとも絶妙なものだった。ぼやき漫才というのは不思議に大阪だけのものであり、大阪でなければ通用もしなかった。  東京でいうと、「ぼやき」ではなく「不平」になり、それが「文句」になる。つまりトップ・ライトの漫才がそれだ。 「ぼやき」の場合、まったく一方的に、トンチンカンにぼやきまくるのであって、それは決して建設的なものでもなく、抗議にもならない。だからこそ、くたびれ損のおかしさで笑えるのだ。  大阪の場合、それが中央(東京)に対してのぼやきになるから遠吠えの面白さが倍加することになる。それでいて観客の胸をスッとさせるところが芸といえる。  文雄・歌江のぼやき漫才を層の厚い大阪漫才の若手で受けつぐものがいないのが残念だ。  要するにテレビを含めた権力に反撥する勇気がないということになろうが、無理もない。         ☆  十月 砂川捨丸 八十歳。  最も古典的な万才の形を守り続けた人だった。  話のあいまにポンと鼓を鳴らすのどかさ。  張り扇をおデコでピシャリと受ける時の形の良さ。  万才が漫才になり、一時は猥雑を理由に大阪市内では上演禁止だったものを、なんとか舞台に乗せるように努力した苦闘時代の生き残りである。 「これに、にらまれましてなァ」とにぎりこぶしをおデコにあてる。  これが警官のことだから、まさに明治の表現である。  その昔各地を旅で歩き、歌った民謡の中で「串本節」がヒットし、串本町の名誉町民にもなったが、本当に漫才の原形をくずさずに、新しい脚本もやらなかった点が評価される。  古さに徹することが、新鮮でもあることをよく知っていた人だった。         ☆  十一月 エイブラハム・ハウスマン 六十八歳。  トランジスター・ラジオを発明した科学者である。  僕達がトランジスター・ラジオに驚いたのは昭和三十年。いつでもそうなのだが、科学の発達は芸能の姿を大きく変えてきた。  レコード、映画、ラジオ、テレビ……。  そして、この年から、僕達は芸を手の平に置いたり、ポケットにいれたり出来るようになり、歩きながらでも、それを聞くことが出来るようになったのである。  そして、これは静かに聞くというラジオ・ドラマとの別れでもあった。ラジオは聞く人間に語りかけ、日常生活の中に埋没して歌謡曲を流しつづけるようになったのである。  この頃から民放は二十四時間放送に踏み切って、ニュースとレコードの為のラジオになり、放送劇団とかアナウンサーの時代から、個性の強い語り手の時代になる。  そして、深夜放送から新しいラジオスターを生みだしたが、彼等の話術が話芸になることはなかった。  又、話芸になる必要もなかった。         ☆  十二月 桂文楽 七十九歳。  最後の高座は絶句して「勉強し直して参ります」と頭を下げておりた。  そのまま二度と高座の人にはならなかった。 「あの文楽が絶句した」という噂は落語ファンにとって、なんと淋しかったことか。  若い噺家が勉強不足で絶句したのではない。  修業に修業を重ねた文楽の絶句である。  無残という感がすると同時に芸の道の残酷さが怖しい。  当然のことながら絶句して高座をおりるというのは芸人として恥かしいことだ。  高座を勇退して五年、のんきに生きている志ん生に較べて、文楽は悲劇の人である。  しかし、金を払って文楽を聞きにきている客に対して、あまりにも無責任、と怒れるだろうか。 「あたしね、宇宙中継で落語をやってみたいン」  好奇心に満ちた若々しい文楽だったのに。 「この頃ね、世界のことが気になりましてね。メキシコってェ国はどういう国か、ローマってェ街はどういう街か、それを考えると楽しゅうござんすね」  その若々しい文楽がみじめな最後の高座を気にしながら死んでしまった。  その名人芸はレコードより、テープより、安藤鶴夫の『落語鑑賞』の中で生きている。         ☆  昭和四十七年一月 モーリス・シュバリエ 八十三歳。  八十歳を記念するリサイタルまでやって、いつまでも元気なと思わせて、そして死んでいった。  カンカン帽を振りながら天国への階段を昇ってゆくのがみえるようだ。  彼がムーラン・ルージュをはじめ、パリのレビューの世界で最も人気の高かった頃をそのままコピーしたのが、宝塚歌劇のグランドレビューである。  レビューの歴史の中からシュバリエが生れ育って、パリッ子の心の支えにまでなってゆくのは、東京ッ子と六代目菊五郎に似ている。  そして、そのコピーからスタートした宝塚歌劇からは越路吹雪が残った。  それにしても、女だけの、「清く、正しく、美しい」宝塚が、実は淫靡で猥雑であることを自覚しないと、本当に、清く、正しく、美しくなれないのではないだろうか。         ☆  一月 松内則三 八十一歳。  名アナウンサーとして鳴らした。  この人のあとに和田信賢、そして、藤倉修一、さらに宮田輝につづくのがNHKアナの系譜である。  美文調、漢文調の松内。それを都会的にした和田。さらに行動的にした藤倉。  ここまでが戦前から戦後にかけてのアナウンスの歴史とすると、それからあとは宮田輝、そして、その後継者はいない。  松内則三にしても、河西三省にしても、いってみれば自分勝手なアナウンスが、「名放送」ということになっている。  つまり、今日のアナウンサーがやったら、アッというまに悪評が集中するであろうというアナウンスである。  戦後、NHKが組織としてふくれあがるとアナウンサーもいやも応もなく、組織の一員になり、つまり、官僚的な体臭と、庶民性をミックスした人が喜ばれるようになった。  こうして役所の受付にいたら似合いそうなアナウンサーの時代になる。  片や、民間放送はアナウンサー不要論まで出る時代。 「名アナウンサー」という言葉自体が死語になりつつあるようだ。         ☆  二月 吉住慈恭 九十五歳。  自伝の中に福沢諭吉の屋敷に長唄をうたいに行く話がある。  諭吉はそばで長唄をうたわせておいて、考えごとにふけっていたという。  バッハを聞きながら小説を書く作家がいるが、そうした心境なのだろう。  九十歳を過ぎても現役として通用するのはこうした伝統芸の世界に限られるだろうが、果して、それは正しく芸を受けついでいるのだろうかという不安もある。  つまり師匠が三十歳台の芸を受けつぐ弟子と、九十歳を越している芸を受けつぐ弟子とでは、その差が大きすぎるのではなかろうか。  今こそ、芸の真髄をつかんだという一瞬を、弟子に渡してこそ、伝統が守られるのではないだろうかと思うのである。 「長生きも芸の内」という言葉は正しいのだろうか。         ☆  三月 森川信 六十歳。  坂口安吾が絶讃したコメディアンであり、その『堕落論』にも登場するが、森川信当人が安吾を語ると、さほど思い出にないところが面白い。  安吾ファンに声をかけられて時々びっくりしたそうである。  喜劇役者と脚本家がコンビというケースはたくさんあるが、森川信に対する淀橋太郎というコンビほど長い例はなかった。  このコンビが成功したかどうかは別として、舞台に関する限り、森川信が淀橋太郎で通したことは、その義理固さをものがたる。  渥美清の「寅サン」のオッチャンが最後のヒットになったが、座長芝居もやった人なのに脇役も見事という柔軟性も珍しい。えばりもせず、嫌われもせず、それでいてモッチャンがいると、みんなが安心するという人だった。  そう考えると楽屋にいりびたったという坂口安吾の気持がだんだんわかってくる。         ☆  四月 英太郎 八十六歳。  新派の女形の本当の最後の人であった。  テレビにお婆さんで出演しても新派を見たことがない人なら誰も男だとは思わなかった。  学生時代に僕はやとわれで舞台監督のようなことをやり、新派でも働いたことがあった。  新派の場合、新作だとセリフをおぼえていないまま初日の幕をあけるのが当り前のような習慣があり、プロンプターとアドリヴでなんとか芝居をすすめてしまうのだった。  英太郎は、そんな時でも、決してあわてなかった。  主役ではないから、ストーリィには余り関係ないにしても、セリフをおぼえていないまま、堂々と舞台に出ていって、その場にあわせて芝居をやり、堂々と退場してきてから「今の芝居はなんだっけ」と舞台袖の人に聞いたという話がある。  どんなところにでもピタリとおさまってしまう魅力を持っていたのである。         ☆  五月 大矢市次郎 七十八歳。  英太郎に続いて後を追い、この年は伊井友三郎も死んでいるから、新派にとってはまさに死相の現われた年であった。  大矢は藤井六輔の弟子ということで、僕は同じ名前の師匠の話を聞きにいったことがある。  新派の歴史の上では藤井六輔は縫いぐるみに入ったら名優という評価をされている。  つまり動物俳優。その弟子なのだからいってみれば不遇な時期の長い人であった。不器用この上なしの役者だったが、役に|はまる《ヽヽヽ》と、今度はビクともしない不動の役者になった。  なにをやっても大矢市次郎といわれるほどアクの強い人だったが、そのアクが抜けてくるところを脂が乗った演技といわれ、抜けきれると枯れた演技といわれた。  芸人、長生きの自信があったら、若い内はアクの強い方がいいという典型である。         ☆  六月 石田天海 八十三歳。  亡くなる直前に名古屋の病院にお見舞いにいったら、病気がなおったら奇術師よりもコメディアンになるのだと張りきっていた。  明治、大正、昭和と三代の天皇の前にその芸を演じたのはこの人だけという世界的な技術の持主だったが、その体験も貴重で、天勝と渡米した際にシカゴに残り、アル・カポネのクラブに出演していたりする。  日本にいたよりアメリカでのキャリアの方が長いのは、アメリカのショーのテンポに惚れこんでしまったからだという。  日本で二時間かかった天勝のショーがアメリカ人の演出でやったら三十分かからなかった時の彼の驚き。これを身につけて帰ろうと思ったのである。そのモダンな感覚が生かされないままに、年をとってしまったことが口惜しい。  今、やっと、中身はともかく、テンポだけはアメリカなみになってきたというのに。         ☆  七月 ○○○○ ○歳。  この二年間でこの月だけ、僕の知っている芸人が死んでいない。  ありがたいことだが、でもどこかで無名の芸人が死んでいるかもしれない。  この無名の芸人の死を追い、その墓を訪ねている老人が『黄土花』という小誌を出している高野金太郎サンである。 『黄土花』はすでに二百冊に近いが、そのすべてが芸能にかかわった人達の墓誌であり、その経歴、芸風のメモなのである。コツコツと働きながら、自費で、自分でガリ版を切って本にしている。 「安藤鶴夫サンに紹介されて……」とこの本を送って下さるようになって五年ほどになるが、お手紙だけのおつきあいで、いまだに一度もお逢いしたことがない。 「有名無名を問わず、芸人の墓は淋しいものです」という一行が忘れられないのだが、この一言がすべてをいいきっている。         ☆  八月 白木秀雄 三十九歳。  不幸な死体として発見された。  ジャズのドラマーとして有能だっただけに、その最後が同情を集めたが、僕にはドラマーというのはどこか、ボクサーに似ているようなところがあってならない。  鼓の名手には幸祥光《こうよしみつ》のように九十歳になってまだという人もいるが、ドラムの場合、半分は体力である。  二十代で力強いリズムを正確に叩きだしたとして、その迫力が落ちてゆくのをみつめなければいけない孤独感にどう耐えるかという問題がある。  その迫力を諦めて、年齢にあわせた楽しい太鼓叩きとして、技術で、あるいは人柄で補うことが出来る人は幸福である。白木秀雄は音楽的に第一人者であったという自負が、それを許さなかった。  結果として苦しまぎれの生活が死につながってしまった。  ドラマーだけの問題ではないと思う。         ☆  九月 桂南天 八十三歳。  桂米朝から南天師が亡くなったという通知を受けとった。  晩年は米朝がなにかと世話をしていた孤独な芸人だったが、影絵をはじめ、関西の寄席に続いた雑芸を沢山、あの世に持っていってしまった。  これで、うつし絵、江戸錦影絵とも呼ばれる影絵の技術は東京の小林源次郎一人が持っていることになってしまった。  南天の場合、障子の向うで指影絵をやっても、二本の手で、松の枯枝に鷹が飛んできて毛虫を喰べるところまでやってしまうという名人芸を持っていただけに惜しい。  本当に天涯孤独で、ヘルスセンターのようなところで宴会のエロ話をしては祝儀をいただき、どこで死んでもいいように、死後の手続き、連絡先を書いて、フトコロにいれていた人だった。         ☆  十月 東海林太郎 七十三歳。  直立不動の燕尾服で、股旅ものを歌う時、彼はクラシックを歌っているのだと、自分にいいきかせていた。  これはクラシックの人がやくざものを歌うのとはおのずからちがった劣等感に根ざしていたと思う。直立不動そのものが、彼が精いっぱいに踏んばって下品にならないようにしていた姿勢に他ならない。  そうすることによって、彼は自分の歌を聞いてくれるお客様をクラシックの客として扱ってもいたのである。  どこか、一条さゆりの居直りと似通っていやしないかと思う。三波春夫にしても、美空ひばりにしてもそうだが、土俵ぎわぎりぎりで踏んばっている姿勢が客の拍手を呼ぶのだ。  僕の娘が小学生時代、なぜか東海林太郎ファンで、手紙を出したことがある。  そして、丁重な礼状をいただいた。         ☆  十月 柳家金語楼 七十一歳。  長い間、顔で笑わせることが好きになれなかったが、ある時、その顔の筋肉を自由に動かせる訓練を毎日やっているという話を聞いてからは、その点を尊敬するようになった。  別に顔だけで笑わせているわけではないのだが、顔だけで笑う客もいるのだから顔だけの訓練もしておくのです、といった。  心構えという点で、今、金語楼のような人がいるだろうか。 「なんとかして笑わせたい」と思いこんでそのまま生きぬいてきた人である。  その為にはハゲまで売物にした。  三味線も、踊りも、全部一級品だが滅多にそうした芸を表面に出さなかった。  新作落語の作者としても立派な作品を残しているのに、最後まで頭を叩き、顔の筋肉を動かして笑わせた。  三人に軽蔑されても七人に喜ばれればいいということをチャンと割り切っていた人だった。         ☆  十一月 上田吉二郎 六十八歳。  悪役では定評があった。  映画でいえば最後まで生きていることは奇蹟であって、常に正義の味方に殺される役ばかりを演じ続けてきた。  この人の趣味が刑務所慰問。  日本中の刑務所で上田吉二郎の足跡の及ばないところはない。  僕も何回か刑務所慰問の体験があるが、受刑者に話をしている内に、なんだか申し訳ないような気がしてきて、このまま刑務所にいられたらという心地にさえなるものだ。 「いつ、自分が刑務所に入るかわからないから、外にいる間は慰問をするんです」  上田サンもそういっていた。いかにも極悪非道な面構えをしているのに、気弱な優しさに満ちた人だった。  晩年は喉頭ガンで声を失ってしまったが、それでも絵を描き続け、それを持って刑務所へ行き、展覧会をやるのを楽しみにしていた。  悪役に徹することで本当に悪い奴と思われてしまった人達は多いが、上手な悪役には悪人がいない。品行方正、趣味も又上品な悪役だからこそ長つづきするのである。  その証拠にはどこの刑務所へ行っても上田吉二郎ほどの迫力がある面構えはみつからない。         ☆  十二月 飯田蝶子 七十五歳。  映画畑から一番先にテレビに飛び込んできた女優だった。  テレビが映画界から馬鹿にされていた時代にである。  松竹大船というカラーがまだあった頃、その匂いをプンプンとさせていたからテレビのスタッフは喜んだものだった。仕事が生き甲斐のように普段よりは一つ調子の高い声をはりあげていた。 「騒ぐんじゃないよ、気狂いのオマンコに蜂が飛び込んだみたいだね」  これはグループサウンズのファンを叱りとばした時。 「平気よ、ふといウンコと同じなんだから」  これは、僕の女房が初産の時。  そんな人でも仕事を離れて、つまり、スタジオから帰ってゆく時の飯田蝶子は、小さな、淋しげなお婆さんだった。 [#改ページ] [#ここから4字下げ]    お わ り に  今、一九七三年、昭和四十八年の四月。  今年も沢山の芸人・役者・タレントがデビューし、そして、どれだけの人が生き残ってゆくのだろう。  又、どれだけの人が芸能界を、この世を、去って行くのだろう。  南都雄二去り、菊田一夫去り、そして、その後にいろいろなエピソードがこぼれ落ちて……。  僕はもう、それを拾い集めはしまい。  時間をおいて、見事な伝説として残っているものだけを、又、一冊にまとめてみようと思う。  五年後か、十年後に。  もし、まだ、好奇心いっぱいの中年男だったら。  前回同様、お世話になった資料を最後のページに並べて、最敬礼。そして連載中から、こうして本になるまで似顔絵・装幀だけでなく資料まで提供してくれた和田誠サンにはなんと御礼を申しあげていいやら。 [#地付き]永 六輔  [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]  参 考 資 料 日本演劇の説        伊井蓉峰          聚芳閣 芝居・見る・作る      飯沢匡           平凡社 遠近問答          〃           朝日新聞社 現代テレビ講座       飯島正・他編     ダヴィッド社 演劇と犯罪         飯塚友一郎         武侠社 山口組三代目        飯干晃一         徳間書店 日本文化史         家永三郎         岩波書店 名誉とプライバシー     五十嵐清・田宮 裕     有斐閣 三代目吉田奈良丸脚本集   井川 清編      奈良丸興行社 芸文散歩          池田弥三郎         桃源社 塵々集           〃             雪華社 日本芸能伝承論       〃           中央公論社 江戸時代の芸能       〃             至文堂 銀座十二章         〃           朝日新聞社 芸能            〃           岩崎美術社 私説折口信夫        〃           中央公論社 講座・日本民俗史      池田弥三郎・他    河出書房新社 江戸と上方         池田弥三郎・林屋辰三郎編  至文堂 女紋            池田蘭子         河出書房 石井漠とささら踊り     池田林儀      生活記録研究所 五代目菊五郎自伝      伊坂梅雪編         先進社 をどるばか         石井 漠      産業経済新聞社 欲望の戦後史        石川弘義          講談社 バケのかわ         石川雅章         久保書店 松旭斎天勝         〃             雪華社 旦那の遠めがね       石黒敬七       日本出版協同 俗悪の思想         石子順造         太平出版 新劇の誕生         石沢秀二       紀伊國屋書店 乞食裏譚          石角春之助         文人社 楽屋裏譚          〃              〃  はだか読本         石田一松編        妙義出版 明治変態風俗史       石田龍蔵          宏元社 奇術五十年         石田天海        朝日新聞社 文芸倶楽部         石橋助三郎編        博文館 国立劇場          石原重雄          桜楓社 人形芝居の研究       石割松太郎         修文社 劇談抄           〃              〃  女優情史          石上欣也          日月社 人をドッと笑わせる秘術   泉 和助        日本文芸社 ドレミファ交友録      いずみたく       朝日新聞社 裸にした映画女優      泉沢悟朗      日本映画研究社 ヨーロッパ退屈日記     伊丹十三         文藝春秋 静臥後記          伊丹万作          大雅堂 猿之助随筆         市川猿之助        日本書荘 続吉原史話         市川小太夫      邦楽と舞踊社 成城町二七一番地      市川 崑・和田夏十    白樺書房 九代目市川団十郎      市川三升         推古書院 歌舞伎紀行         市川左団次         平凡社 父左団次を語る       〃            三笠書房 寿の字海老         市川寿海          展望社 ひとり言          市川染五郎       文化出版局 中車芸話          市川中車         築地書店 ニジンスキーの手記     市川 雅・訳      現代思潮社 七世市川団蔵        八世市川団蔵        求龍堂 随筆・浅草         一瀬直行         世界文庫 宝塚歌劇五十年史      市橋浩二編       宝塚歌劇団 生きている貞丈       一竜斎貞花         非売品 話の味覚          一竜斎貞鳳         桃源社 講談師ただいま二十四人   〃           朝日新聞社 痴遊随筆思い出のままに   伊藤痴遊          一誠社 見聞淡叢          伊藤梅宇         岩波書店 ミュージック専科      伊藤レイ子         明光社 大根役者・初代文句いうの助 伊藤雄之助        朝日書院 流行歌           絲屋寿雄         三一書房 ジャズの前衛を求めて    岩浪洋三        荒地出版社 やくざ学入門        井出英雅         北明書房 やくざ覚え書        〃            東都書房 ぐれん隊史         〃             青樹社 髪と女優          伊奈もと        日本週報社 ひげとちょんまげ      稲垣 浩        毎日新聞社 明治史話          井上精二編     明治大正史談会 化け損ねた狸        井上正夫          右文社 てんぷくトリオのコント   井上ひさし        さわ出版 なつかしい歌の物語     猪間驥一        音楽之友社 演劇談義          井原青々園        岡倉書房 日本音楽史         伊庭 孝        音楽之友社 日本新劇小史        茨木 憲          未来社 変身の思想         今尾哲也      法政大学出版局 今昔流行唄物語       今西吉雄         東光書院 サヨナラだけが人生だ    今村昌平編      ノーベル書房 落語の世界         今村信雄          青蛙房 落語全集          〃             金園社 病理集団の構造       岩井弘融         誠信書房 男のためのヤセル本     岩城宏之           産報 根岸寛一          岩崎 昶編    根岸寛一伝刊行会 人物にっぽん音楽誌     岩崎呉夫          七曜社 草の葉雑記         岩崎善郎          創元社 歓楽郷ラスベガス      E・リード O・デマリス  弘文堂 大衆            E・オッファー    紀伊國屋書店 カラヤン          E・H・ホイサーマン・猿田悳・訳                             創元社 浪曲十八番集        浪曲研究普及会      魚住書店 明治大正の文化(「太陽」増刊)             博文館 テレビ台本作法       R・S・グリーン   ダヴィッド社 浪曲旅芸人         梅中軒鶯童         青蛙房 玉介おんなめぐり      灰山 信        日本文芸社 おとなの歌集        はかま満緒       青春出版社 お前はただの現在にすぎない 萩元晴彦・他       田畑書店 映画五十年史        筈見恒夫          鱒書房 女優変遷史         〃            三笠書房 芸道三十年         長谷川一夫       万里閣新社 丸長おぼろ漫筆       長谷川鏡次         創美社 味の芸談          長谷川幸延         鶴書房 奇席行燈          〃              〃 小説・桂春団治       〃             講談社 笑説・法善寺の人々     〃           東京文芸社 花咲く舞台         〃             同光社 泣き笑い人生        〃           東京文芸社 新・おんながた考      〃           読売新聞社 大阪歳時記         〃            〃   三亀松さのさ話       〃            日芸出版 働くをんな         長谷川時雨      実業之日本社 私眼抄           長谷川伸        人物往来社 女形の研究         長谷川善雄    立命館大学出版部 喜劇人回り舞台       旗 一兵         学風書院 変態演劇雑考        畑 耕一      文芸資料研究会 劇場壁談義         〃             奎運社 新丸の内夜話        秦 豊吉        小説朝日社 芸人            〃             鱒書房 三菱物語          〃             要書房 離れ座敷          〃              〃 日劇ショウより帝劇ミュージカルスまで               秦 豊吉          非売品 宝塚と日劇         〃           いとう書房 劇場二十年         〃           朝日新聞社 ガンマ線の臨終       八田元夫          未来社 支那劇と其名優       波多野乾一         文行社 歌舞伎成立の研究      服部幸雄         風間書房 世界民謡集         服部竜太郎     社会思想研究会 世界名演奏家事典      〃          〃     唄に生き味に生き      〃           朝日新聞社 世界民謡集         〃            〃   東京歌舞伎散歩       羽鳥昇兵        読売新聞社 遊芸稼人          花菱アチャコ      アート出版 いろはにほへと       花田清輝          未来社 乱世今昔談         〃              〃 俳優修業          〃             講談社 花柳流に反逆す       花柳幻舟      ベストセラーズ 追想花柳徳兵衛                 同書編集委員会 鶯亭金升日記        花柳寿太郎・小島二朔編 演劇出版社 きもの           花柳章太郎        二見書房 役者馬鹿          〃            三月書房 紅皿かけ皿         〃             双雅房 がくや絣          〃            美和書院 わたしのたんす       〃            三月書房 雪下駄           〃             開明社 あさき幕          〃            武蔵書房 技道遍路          〃            二見書房 カメラとマイク       羽仁 進        中央公論社 明治の東京         馬場孤蝶         〃 武者修業世界をゆく     早川雪洲       実業之日本社 死滅への出発        林  光         三一書房 林光 音楽の本       〃             晶文社 女優記           林芙美子          日本社 新芸者論          林田雪梯          建之社 歌舞伎以前         林屋辰三郎        岩波書店 歴史・京都・芸能      〃           朝日新聞社 日本の道          林屋辰三郎・上田正昭・他  講談社 日本文化事物起原考     速水建夫         鷺宮書房 三つの椅子         原  清          牧羊社 シューマン歌曲集      原 隆吉編         好楽社 現代プロレス怪豪伝     原 康史         双葉新書 日本の歌をもとめて     原 太郎          未来社 後継者           ハロルド・ビニス     角川書店 伴淳放浪記         伴淳三郎        しなの出版 伴淳好色放浪記       〃             光文社 古今の大ピアニスト     ハンス・クリストーフ・ウォルプス                            朝日出版 ビートルズ         ハンター・ディヴィス               小笠原豊樹・中田耕治・訳  草思社 劇場戯語          坂東三津五郎      中央公論社 言わでもの事        〃           文化出版局 聞きかじり・見かじり・読みかじり               坂東三津五郎       三月書房 舞踊芸話          〃             建設社 虚像の戯言         〃             淡交社 東海道歌舞伎話       〃          日本交通公社 芸のこころ         坂東三津五郎・安藤鶴夫                          日本ソノ書房 少女歌劇物語        西岡 浩         南風書房 絵本・落語長屋       西川清之          青蛙房 酔うて候          西崎 緑       ダヴィッド社 逸話三六五日        西元 篤          創元社 家元ものがたり       西山松之助     産業経済新聞社 名人            〃            角川書店 市川団十郎         〃           吉川弘文館 芸の顔           〃            秀英出版 演劇明暗          西村晋一         沙羅書房 夢幻の狂死         新田 直        現代思想社 演劇年鑑          日本演劇協会監修 中央公論事業出版 信託者名簿         日本音楽著作権協会資料部                       日本音楽著作権協会 写真・近代芸能史      日本近代史研究会      創元社 私の履歴書         日本経済新聞社   日本経済新聞社 演劇年鑑(一九二五)    日本年鑑協会編       二松堂 全国芸能資料        日本放送協会芸能局  日本放送協会 日本放送史         日本放送協会放送史編修室                        日本放送出版協会 放送夜話          日本放送協会    〃 続放送夜話         〃         〃 ドキュメンタリー明治百年  NHK特別取材班  〃 NHK放送劇選集      日本放送協会編   〃 放送作家          〃         〃 1963放送作家      日本放送作家協会  〃 放送年鑑(一九六五)    〃        日本放送作家協会 台本浪曲百選集       日本浪曲研究会編   東京八こう社 歌舞伎逸話         法月歌客          信正堂 歌舞伎ソヴェートを行く   訪ソ歌舞伎団編     演劇出版社 宝生新自伝         宝生 新         能楽書林 炉ばたの話         北条秀司          雪華社 富崎春昇          北条秀司        演劇出版社 ご両人登場         細野邦彦編       広済堂出版 俳優への道         穂積純太郎   未来プロモーション 壮士一代          穂積 驚        東京文芸社 侠花録           保良保之助        桃園書房 ヂンタ以来         堀内敬三        アオイ書房 音楽五十年史        〃             鱒書房 音楽明治百年史       〃           音楽之友社 日本の軍歌         〃          実業之日本社 音楽辞典(人名編)     堀内敬三・野村芳雄編  音楽之友社 日本唱歌集         堀内敬三・井上武士編   岩波書店 モダンジャズ        S・ボリス       朝日出版社 小山内薫          堀川寛一         桃蹊書房 民俗芸能          本間安次・他       河出書房 サラ・ベルナールの一生   本庄桂輔          新潮社 情況と演劇         程島武夫         社会新報 ビャーと集まれ       土居まさる         海潮社 芝居名所一幕見       戸板康二          白水社 演芸画報・人物誌      〃             青蛙房 歌舞伎十八番        〃           中央公論社 女優の愛と死        〃          河出書房新社 百人の舞台俳優       〃             淡交社 演劇人の横顔        〃             白水社 六代目菊五郎        〃           演劇出版社 芝居国風土記        〃             青蛙房 歌舞伎全書         〃             創元社 日本の俳優         〃              〃 今日の歌舞伎        〃              〃 歌舞伎人物入門       〃            池田書店 演劇五十年         〃           時事通信社 素顔の演劇人        〃             白水社 劇場歳時記         〃           読売新聞社 わが人物手帳        〃             白鳳社 久保田万太郎        〃            文藝春秋 夜ふけのカルタ       〃            三月書房 折口信夫座談        〃            文藝春秋 歌舞伎           戸板康二・郡司正勝                        日本放送出版協会 歌舞伎名作選        戸板康二編         創元社 対談・日本新劇史      〃             青蛙房 祭りからの脱出       戸井田道三        三一書房 幕なしの思考        〃             〃 能・神と乞食の芸術     〃           毎日新聞社 腰巻お仙          唐 十郎        現代思潮社 私の人生劇場        東京新聞社        現代書房 芸に生きる         東京新聞社文化部   実業之日本社 芸談            東京新聞社文化部      東和社 落語事典          東大落語会編        青蛙房 三遊亭小円朝集       〃              〃 私の俳優修業        東野英治郎         未来社 東宝三十年史        東宝三十年史編纂委員会    東宝 解説・日本史史料集     東北史学会        中教出版 南座            堂本寒星         文献書院 上方演劇史         〃             春陽堂 上方芸能の研究       〃            河原書店 男色演劇史         堂本正樹        薔薇十字社 伝統演劇と現代       〃            三一書房 昭和史           遠山茂樹・他       岩波書店 舞台照明五十年       遠山静雄         相模書房 東和の四十年        東和映画         東和映画 戦後風俗史         戸川猪佐武         雪華社 昭和現代史         〃             光文社 サーカスの風        戸川幸夫         角川書店 ピイヒャラ物語       〃          実業之日本社 明治大正史         土岐善麿編       朝日新聞社 近代女性史(7)芸能     土岐迪子     鹿島研究所出版局 花形稼業入門        徳川夢声      ダイヤモンド社 夢声戦争日記        〃           中央公論社 明治は遠くなりにけり    〃            早川書房 よき友よき時代       〃             〃 一等国にっぽん       〃             〃 守るも攻めるも       〃             〃 にっぽん好日        〃             〃 夢声半代記         〃           資文堂書店 夢声身の上ばなし      〃            早川書房 話術            〃             白揚社 放送話術二十七年      〃              〃 雑記雑俳二十五年      〃           オリオン社 夢声漫筆・大正篇      〃            早川書房 問答有用          〃           朝日新聞社 銭と共に老いぬ       〃             新銭社 夢声随筆          〃            河出書房 お茶漬哲学         〃            文藝春秋 閑散無雙          〃           アオイ書房 甘茶博物誌         〃             東和社 受難の芸術         徳田一穂          豊国社 三文役者のニッポン日記   殿山泰司         三一書房 行為と芸術         富岡多惠子       美術出版社 福沢文選          富田正文・宮崎友愛    岩波書店 近代世態風俗誌       豊泉益三   近代世態風俗史刊行会 呂昇            豊竹呂昇          盛文館 もう一つ別の広場     TBSパックインミュージック制作班編                           ブロンズ社 映画人           豊永寿人        小壺天書房 近松門左衛門        近松研究会     東京大学出版会 世界ノンフィクション全集  筑摩書房編集部      筑摩書房 台本浪曲百選集                    八こう社 秀十郎夜話         千谷道雄         文藝春秋 裏方物語          〃            早川書房 吉右衛門の回想       〃             木耳社 文楽聞書          茶谷半次郎        金田書房 文楽            〃             創元社 芸と文学          〃            全国書房 民間放送史         中部日本放送編       四季社 日本事物史         チェンバレン    平凡社東洋文庫 独身送別会         チャエフスキー                      社会思想研究会出版部 チャップリン自伝      チャールズ・チャップリン  新潮社 チャップリン        G・サドゥール      岩波書店 わが父チャップリン     チャップリン・ジュニア   恒文社 日本の百年         笠信太郎編       社会思想社 落語家の歴史        柳亭燕路          雄山閣 ブルースの魂        リロイ・ジョーンズ   音楽之友社 舞台・岡本綺堂追悼号    額田六福編         舞台社 サッチモ・ルイ・アームストロング               鈴木道子・訳      音楽之友社 雅楽            多 忠竜         六興出版 スターと日本映画      若槻 繁         三一書房 俳優講座          若月高編       東京俳優学校 相撲今むかし        和歌森太郎      河出書房新社 日本民俗史         〃            筑摩書房 芸能と文学         和歌森太郎・他       弘文堂 柝             鷲見房子        演劇出版社 若手歌舞伎俳優論      和角 仁         新読書社 新劇ハイライト       早稲田大学演劇研究会  新興出版社 演劇学                   早稲田大学演劇学会 京おとこ          渡辺喜恵子     アルプス出版社 ぼく自身のためのジャズ   渡辺貞夫        荒地出版社 歌舞伎に女優を       渡辺 保          牧書店 新浪花節全集        渡辺忠正編         東光堂 ヒーローの夢と死      渡辺武信          思潮社 落語の鑑賞         渡辺 均       大阪新興出版 落語の研究         〃           〃 放送ばなし         和田信賢      青山書店出版部 香具師奥義書        和田信義        文芸市場社 謡曲物語          和田万吉          冨山房 明治文化史         開国百年記念文化事業会   洋々社 上方ヌード盛衰記      改田博三        みるめ書房 舞踏の美          海藤 守         徳間書店 ある女形の一生       加賀山直三         創元社 かぶきの風景        〃            新読書社 八人の歌舞伎役者      加賀山直三編        青蛙房 笑根系図          花月亭久里丸        非売品 すかたん名物男       〃             杉書店 寄席楽屋事典        〃            渡辺力蔵 日本史小年表        笠原一男編     東京大学出版会 どしゃ降り人生       春日八郎       出版れいめい 体験的放送論        春日由三     日本放送出版協会 アンテナは花ざかり     春日由三編         鱒書房 軍歌と日本人        加太こうじ        徳間書店 替歌百年          加太こうじ・他    コダマプレス 国定忠治・猿飛佐助・鞍馬天狗               加太こうじ        三一書房 落語            〃         社会思想研究会 日本のやくざ        〃            大和書房 街の芸術論         〃           社会思想社 小ばなし歳時記       〃            立風書房 紙芝居昭和史        〃             〃 流行歌の秘密        加太こうじ・佃 実夫編  文和書房 ぼくはプレスリーが大好き  片岡義男         三一書房 ロックの時代        〃             晶文社 十一世仁左衛門       片岡千代之助編      和敬書店 評伝・三波春夫       片柳忠男        オリオン社 創意の人          〃            〃 あばらかべっそん      桂 文楽          青蛙房 米朝上方落語選       桂 米朝         立風書房 赤えんぴつ         加藤康司          虎書房 南の島に雪が降る      加東大介         文藝春秋 壊された大地の上に     加藤登紀子        合同出版 ろばと砂漠と死者たちの国  〃           文化出版局 みの助の思い出       加東康一  加東みの助年忌発起人会 見世物からテレビへ     加藤秀俊         岩波書店 大衆芸術家の肖像      〃             講談社 都市と娯楽         〃           鹿島出版会 明治大正世相史       加藤秀俊・他      社会思想社 世界の人間像        角川書店編集部      角川書店 バッハ頌          角倉一朗・渡辺 健編    白水社 放送文化小史・年表     金沢覚太郎     岩崎放送出版社 俳優の周辺         金沢康隆        演劇出版社 市川団十郎         〃             青蛙房 素っ裸人生         金川文楽         金剛出版 演芸問答五百題       兼子伴雨        いろは書房 絶望の精神史        金子光晴          光文社 ヨーデル入門        樺山武弘・他        朋文堂 断食芸人          カフカ           講談社 歌舞伎評判記集成      歌舞伎評判記研究会    岩波書店 褪春記           鏑木清方          双雅房 日本の恋唄         上笙一郎         三一書房 上方            上方郷土研究会       創元社 上方落語おもろい集     上方落語協会編     新風出版社 日本の流行歌        上方敬三         早川書房 都々逸・下町        亀屋忠兵衛          産報 日本人の履歴書       唐沢富太郎       読売新聞社 女形            河合武雄          双雅堂 チャンコ料理        河合 政        朝日新聞社 月曜ジャーナル       河上英一         学風書院 音楽の裏窓         河上徹太郎         鱒書房 役者            川口松太郎         新潮社 江戸風物誌         川崎房五郎         桃源社 江戸八百八町        〃              〃 拳闘秘話          川島 清          大誠堂 日本演劇百年のあゆみ    川島順平          評論社 名優芸談          川尻清潭編       中央公論社 楽屋風呂          川尻清潭        中央美術社 〃             〃            梨の花会 菊五郎百題         〃             右文社 俳優通           川尻清潭・浜村米蔵    四六書院 人形劇ノート        川尻泰司       紀伊國屋書店 芸能辞典          河竹繁俊          東京堂 日本演劇文化史話      〃             新樹社 日本演劇とともに      〃            東都書房 日本演劇通史        〃             創元社 日本演劇全史        〃            岩波書店 歌舞伎演出の研究      〃            早川書房 逍遙、抱月、須磨子の悲劇  〃           毎日新聞社 河竹黙阿弥         〃             創元社 〃             〃           吉川弘文館 日本演劇図録        〃           朝日新聞社 歌舞伎百題         〃             青蛙房 牛歩七十年         〃             新樹社 歌舞伎名優伝        〃             修道社 初代花柳寿輔        〃             白鳳社 歌舞伎名場面名台詞     河竹登志夫        秋田書店 文芸                         河出書房 河原なでしこ        河原崎国太郎        理論社 女形芸談          〃             未来社 勧進帳           河原崎長十郎       角川書店 能と狂言          横道万里雄・増田正造   大同書院 能と狂言の世界       横道万里雄編        平凡社 維新の逸話         横瀬夜雨        人物往来社 松竹の内幕         横溝竜彦          兼言社 エンタツ僕は探偵      横山エンタツ      八千代書院 日本の下層社会       横山源之助        岩波書店 松のや露八         吉川英治          同光社 邦楽と人生         吉川英史          創元社 紅白歌合戦         吉川義雄監修     日本総合出版 芸の心まことの心      吉住小くに ポロブドウル文化研究会 芸の心           吉住慈恭        毎日新聞社 翁草            〃            自費出版 吉田栄三自伝        吉田栄三         相模書房 歌舞伎座          吉田暎二      歌舞伎座出版部 築地小劇場の時代      吉田謙吉        八重岳書房 芸能落書          吉田貞澄      神戸芸能同好会 かみがた漫才太平記     吉田留三郎        三和図書 文五郎芸談         吉田文五郎        桜井書店 あの人この人        吉村公三郎     協同企画出版局 三浦環のお蝶夫人      吉本明光        音楽之友社 私の見た人         吉屋信子        朝日新聞社 劇団覗機関         吉原東一郎   日刊スポーツ新聞社 日本童謡集         与田準一         岩波書店 溝口健二の人と芸術     依田義賢        映画芸術社 日本歌曲のすべて      四家文子          創彩社 サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ               淀川長治       朝日ソノラマ 淀長映画館         〃           朝日新聞社 ザコ寝の人生        淀橋太郎         立風書房 映画によるもう一つの戦後論 第三映画の会       那須書店 フォークは未来をひらく   高石友也・岡林信康・中川五郎                            社会新報 照葉始末書         高岡辰子        万里閣書房 宝塚花物語         高木史朗         秋田書店 ぼくの音楽論        高木東六     日本放送出版協会 歌舞伎屋漫談        高坂金次郎        歌舞伎屋 人気役者の戸籍調べ     高沢初風          文星社 NHK王国         高瀬広居          講談社 冬鶴春鶴          高田浩吉          平凡社 校歌寮歌全集        高田三九三     共同音楽出版社 人情馬鹿          高田 保          創元社 ブラリひょうたん      〃              〃 オッぺケペからフォークまで 高田光夫         宇野書店 流行歌三代物語       高橋掬太郎        学風書院 しねま抄          高橋 晋        笑いの泉社 黄土花           高野金太郎        自費出版 流行歌でつづる日本現代史  高橋碩一        音楽評論社 沸る            高橋とよ         東峰出版 日本芸能独断        高橋睦郎         大和書房 アナウンサー        高橋 博          洋々社 東京故事物語        高橋義孝編        河出書房 浅草            高見順編          英宝社 日本舞台装置史       高谷 伸       舞台すがた社 明治演劇史伝        〃             建設社 江戸時代非人の生活     高柳金芳          雄山閣 評判ラジオ講談集      宝井馬琴        国民出版会 往年のスターたち      滝川和巳         三田書房 音楽史の休日        武川寛海        音楽之友社 岡鬼太郎伝         竹下英一          青蛙房 歌舞伎の黎明        武智鉄二          青泉社 武智歌舞伎         〃            文藝春秋 私の芸術人生女性      〃          ノーベル書房 かりの翅          〃            学芸書林 私の演劇論争        〃            筑摩書房 伝統演劇の発想       〃            芳賀書店 伝統と断絶         〃             風濤社 三島由紀夫死とその歌舞伎観 〃             濤書房 文楽その背景        〃             駸々堂 芸十夜           武智鉄二・坂東三津五郎    〃 舞台裏の現代史       竹島 茂         三一書房 呼び屋           竹中 労          弘文堂 美空ひばり         〃              〃 タレント帝国        〃            現代書房 レノンとヨーコ       〃          実業之日本社 芸能界をあばく       〃         日新報道出版部 くたばれ!スター野郎    〃            秋田書店 スター36人斬り       〃          ホリデー新書 エライ人を斬る       〃            三一書房 マスコミの世界       竹村健一       誠文堂新光社 でんでん虫         竹本綱大夫        布井書房 芸談かたつむり       〃             〃 土俵の砂が知っている    田子の浦        かもめ新書 左団次芸談         田島 淳          南光社 管理社会の影        多田道太郎       読売新聞社 テレビの思想        多田 晃       サイマル出版 映画道漫談         立花高四郎       無名出版社 ジャズへの愛着       立花 実       ジャズ批評社 てんてん人生        橘家円蔵          木耳社 プロレス黄金時代の栄光と暗黒               田鶴浜弘          恒文社 大大阪と文化        伊達俊光        金尾文淵堂 方庵随筆          立岩 茂   そうびエージェンシー からくり          立川昭二      法政大学出版局 中国講談選         立間祥介          平凡社 らくだ・源平盛衰記     立川談志      協同企画出版局 笑点            〃          有紀書房 あらイヤーンナイト     〃          〃 勝手にしやがれ       〃             桃源社 現代落語論         〃            三一書房 立川談志のなまいき論    〃      アド・サークル出版部 邦楽手帳          館野善二         真珠書院 映画演技読本        田中栄三        映画世界社 明治大正新劇史資料     〃           演劇出版社 新劇その昔         〃            文藝春秋 一粒の籾          田中義一      全音楽譜出版社 かぶりつき人生       田中小実昌        三一書房 かぶりつきバカ       〃            立風書房 日本映画発達史       田中純一郎       中央公論社 宣伝ここに妙手あり     〃             四季社 謡曲狂言歌舞伎集      田中千禾夫      河出書房新社 新劇辞典          〃             弘文堂 東京人           田中義郎         早川書房 新橋生活四〇年       田中家千穂        学風書院 講談研究          田辺南鶴         自費出版 明治音楽物語        田辺尚雄          青蛙房 日本の楽器         〃             創思社 日本の音楽         〃         全音楽譜出版社 日本音楽概論        〃           音楽之友社 楽器            〃          ダヴィッド社 音楽粋史          〃          日本出版協同 俳優            田辺若男          春秋社 小説宝塚          玉井和美          悠元社 音楽で生活を楽しく     玉岡 忍         同文書院 おとぼけ一代        玉川良一        日本文芸社 日本映画盛衰記       玉木潤一郎         万里閣 講談西遊記         玉田玉秀斎       岡本増進堂 友田恭助のこと       田村秋子・伴田英司    自費出版 世直し           田村栄太郎         雄山閣 浅草吉原隅田川       〃              〃 やくざ考          〃              〃 やくざの生活        〃              〃 無線電話          田村成義          玄文社 海外の映画作家たち     田山力哉       ダヴィッド社 今晩お願い         丹下キヨ子         光文社 なつかしの鉄道唱歌     大悟法利雄         講談社 かん※[#「う」に濁点、unicode3094]ぁせいしょんたいむ  團伊玖磨        音楽之友社 ダークの世界よちよち歩き  ダークダックス     音楽之友社 相撲五十年         相馬 基        時事通信社 義太夫盛衰論        副島八十六     大日本浄曲協会 浅草底流記         添田※[#「口+亞」、unicode555e]※[#「虫+單」、unicode87ec]坊        倉持書館 日本春歌考         添田知道          光文社 演歌の明治大正史      〃            岩波書店 香具師の生活        〃             雄山閣 十五年の足跡        曾我廼家五郎        双雅房 曾我廼家五郎自伝喜劇一代男 〃            大毎書房 芸に生き、愛に生き     曾我廼家桃蝶       六芸書房 日本民衆歌謡史考      園部三郎        朝日新聞社 演歌からジャズへの日本史  〃             和光社 日本の子どもの歌      園部三郎・山住正己    岩波書店 未解放部落         塚原美村          雄山閣 浄瑠璃           塚本哲三編       有朋堂書店 演劇            津島寿一        芳塘刊行会 わがページェント劇     坪内逍遙          国本社 歌舞伎画証史話       〃             東京堂 それからそれ        〃          実業之日本社 日本の大衆芸術       鶴見俊輔・加太こうじ・他                      社会思想研究会出版部 日本の百年         鶴見俊輔・他       筑摩書房 限界芸術論         鶴見俊輔         勁草書房 ゴシップ10年        内外タイムス文化部    三一書房 明治再見          中尾喜道・草柳大蔵                       東京中日新聞出版局 踊りの風流話        仲沢清太郎        学風書院 中川とも芝居絵集      中川とも          桂書院 浪花節発達史        中川明徳      日本コロムビア 踊らんかな! 人生     中川三郎        学習研究社 ランカイ屋一代       中川童二          講談社 昭和時代          中島健蔵         岩波書店 天田愚庵の世界       中柴光泰・斎藤卓児編                      天田愚庵の世界刊行会 ギャングの季節       中野五郎          四季社 愛人の記          中村翫右衛門       三一書房 芸話おもちゃ箱       〃           朝日新聞社 人生の半分 上・下     〃            筑摩書房 歌右衛門自伝        中村歌右衛門        秋豊園 鴈治郎自伝         中村鴈治郎       毎日新聞社 鴈治郎の歳月        〃           文化出版局 吉右衛門日記        中村吉右衛門      演劇出版社 吉右衛門自伝        〃             啓明社 演劇独語          中村吉蔵         東苑書房 現代演劇論         〃             豊国社 随筆集・芝居        中村義一        大河内書店 役者の世界         中村芝鶴          木耳社 大文字草          〃            東京書房 中村芝鶴随筆集       〃            日本出版 かぶき随筆         〃             高風館 歌舞伎の幻         中村哲郎          前衛社 日本想芸史         中村直勝          学生社 日本芸能小史        〃             浪速社 手前味噌          中村仲蔵         北光書房 口訳手前味噌        中村仲蔵・小池章太郎   角川書店 マリリン・モンロー     中田耕治       ソノブックス 日本の児童遊戯       中田幸平        社会思想社 喜劇の王様たち       中原弓彦         校倉書房 笑殺の美学         〃             大光社 日本の喜劇人        〃             晶文社 世界の喜劇人        〃              〃 多情菩薩          中山喜代三        学風書院 千夏千記          中山千夏         大和書房 三遊亭円朝         永井啓夫          青蛙房 市川子団次         〃              〃 終戦っ子          永田時雄       誠文堂新光社 映画道まっしぐら      永田雅一        駿河台書房 著作権で損をするな     長野伝蔵       新興楽譜出版 ニューフェイス       中目順子         学風書院 水のように         浪花千栄子        六芸書房 天保六佳選         浪上義三郎         博陽社 人形劇入門         南江治郎          保育社 生きてるジャズ史      並河 亮          朋文堂 現代テレビ講座       並河 亮編      ダヴィッド社 日本の大衆演劇       向井爽也         東峰出版 スポーツへの誘惑      虫明亜呂無        珊瑚書房 音楽とは何か        宗像喜代次・河野保雄   垂水書房 梢風名勝負物語       村松梢風        読売新聞社 川上音二郎         〃          太平洋出版社 松竹兄弟物語        〃           毎日新聞社 明治大正実話全集      〃             平凡社 演劇的自叙伝        村山知義         東邦出版 上方落語考         宇井無愁          青蛙房 日本人の笑い        〃            角川書店 落語の原話         〃             〃 俳人山頭火         上田都史          潮文社 人間尾崎放哉        〃              〃 大阪の夏祭         上田長太郎     上方郷土研究会 落語の研究         上原輝男     早稲田大学出版部 起原と珍聞         植原路郎       実業之日本社 ワンダー植草甚一ランド   植草甚一          晶文社 五木の子守唄ノート     上村てる緒   人吉児童文化研究会 曾我廼家五郎自伝      上田芝有編        大毎書房 虚彦映画譜五十年      牛原虚彦         鏡浦書房 日本芸能叙説        臼田甚五郎      新人物往来社 映画監督五十年       内田吐夢         三一書房 ミュージカル        内田直也        音楽之友社 テレビドラマ入門      〃             宝文館 新しいドラマトゥルギー   〃             白水社 現代の演劇         内田直也・坂本朝一監修  三笠書房 明治はいから物語      内山惣十郎       人物往来社 オペラ序曲         〃           東京新聞社 落語家の生活        〃             雄山閣 浅草オペラの生活      〃              〃 紙芝居精義         内山憲尚         東洋図書 文楽盛衰記         内海繁太郎        新読書社 役者            宇野信夫         北光書房 歌舞伎役者         〃             青蛙房 むかしの空の美しく     〃              〃 新劇・愉し哀し       宇野重吉          理論社 詩集日本文化1・2・3   梅棹忠夫・多田道太郎    講談社 劇界へへののもへじ     梅島 昇          宝文館 万三郎芸談         梅若万三郎         積善館 芸界歳時記         浦野富三          有厚社 映画わずらい        浦辺粂子・菅井一郎・河津清三郎                            六芸書房 世界の名優         F・ヴァンチーゲム     白水社 浅草            野一色幹夫        富士書房 浅草紳士録         〃             朋文堂 愛と死の歌         野上 彰         角川書店 兼資芸談          野口兼資        わんや書店 黒門町芸話         〃            〃 歌舞伎           野口達二         文藝春秋 能の今昔          野々村戒三         木耳社 ミュージカル入門      野口久光        荒地出版社 風狂の思想         野坂昭如        中央公論社 次郎長           野沢広行         戸田書店 テレビ稼業入門       野末陳平         三一書房 江戸ッ子百話(上)     能美金之助        三一書房 ショパン          野村光一          弘文堂 お雇い外国人        〃           鹿島出版会 楽聖物語          野村あらえびす      角川書店 狂言の道          野村万蔵        わんや書店 テレビ番組論        ノーマン・スワロー 岩崎放送出版社 本朝話人伝         野村無名庵       協栄出版社 侍市川雷蔵その人と芸    ノーベル書房編    ノーベル書房 無手の法悦         大石順教         大蔵出版 ちゃんばら芸術史      大井広介       実業之日本社 永遠の言葉         大内兵衛          平凡社 伊丹万作エッセイ集     大江健三郎編       筑摩書房 歌舞伎の素顔        大木 豊          冬樹社 あの舞台この舞台      〃             劇評社 タレントずーむいん     〃            寿満書店 菊之助と玉三郎       〃        ロータリー出版局 わが芸と金と恋       大蔵 貢         東京書房 大阪弁           大阪ことばの会      杉本書店 百年の大阪         大阪読売新聞編       浪速社 大阪労音十五年史      佐々木隆爾        大阪労音 味の伝承          大島建彦        岩崎美術社 魔と残酷の発想       大島 渚         芳賀書店 新洋楽夜話         大田黒元雄        第一書房 はいから紳士録       〃           朝日新聞社 私の三好十郎伝       大武正人         永田書房 明治のおもかげ       鶯亭金升         山王書房 鶯亭金升日記        〃           演劇出版社 親鸞聖人御一代記      大富秀賢        永田文昌堂 放送ことば         大西雅雄          東京堂 狂乱の一九二〇年代     大原寿人         早川書房 演劇戦線          大平野虹         銀座書房 近代日本戯曲史       大山功    近代日本戯曲史刊行会 日々願うこと        大矢市次郎        六芸書房 群像断裁          大宅壮一         文藝春秋 炎は流れる         〃             〃 日本歌謡史         丘灯至夫         弥生書房 歌舞伎眼鏡         岡鬼太郎         新大衆社 西部劇入門         岡 俊雄編       荒地出版社 タレント性開発入門     岡崎柾男編   未来プロモーション 明治の東京         岡田章雄          桃源社 日本の歴史         岡田章雄・他      読売新聞社 壁画からテレビまで     岡田 晋       三笠図書販売 日本映画の歴史       〃          ダヴィッド社 明治大正女義太夫盛観物語  岡田道一      明徳印刷出版社 十人百話          緒方知三郎・他     毎日新聞社 バーンスタイン音楽を語る  岡野 昇・訳    全音楽譜出版社 新水や空          岡本一平          先進社 明治の演劇         岡本綺堂          同光社 〃             〃           大東出版社 歌舞伎談義         〃            〃 明治劇談ランプの下にて   〃             青蛙房 岡本綺堂読物選集㈫巷談編  〃              〃 ななめがね         岡本喜八        文化出版局 原色の呪文         岡本太郎         文藝春秋 神秘日本          〃           中央公論社 日本再発見         〃             新潮社 私の現代芸術        〃              〃 今日をひらく        〃             講談社 現代タレントロジー     岡本博・福田定良・岡本文弥                         法政大学出版局 縁でこそあれ        岡本文弥          同成社 文弥芸談          〃              〃 遊里新内考         〃              〃 新内四季          〃              〃 芸渡世           〃            三月書房 曲芸など          〃              〃 ひそひそばなし       〃              〃 めくらあびん        〃      弘前・緑の笛豆本の会 芸人ふぜい帖        〃             同成社 芸流し人生流し       〃           中央公論社 特殊部落の解放       岡本 弥       近代工芸資料 映画百年史         荻 昌弘編       ビデオ出版 テレビへの挑戦       沖本四郎       あゆみ出版社 ジャズ三度笠        奥成 達       アグレマン社 土俵            奥村忠雄         早川書房 撮影所           小倉武志          講談社 日本軍歌集         長田暁二       新興楽譜出版 日本のサーカス       尾崎宏次         三芽書房 演劇はどこにある      〃             〃 坪内逍遙          〃             未来社 女優の系図         〃           朝日新聞社 島村抱月          〃             未来社 戦後演劇の手帳       〃           毎日新聞社 パントマイムの芸術     〃             未来社 ドイツの人形芝居      〃            新大衆社 現代俳優論         〃             白水社 軟派漫筆          尾崎久弥          春陽堂 大衆文化論         尾崎秀樹         大和書房 戦後生活文化史       尾崎秀樹・山田宗睦     弘文堂 大衆文学研究        尾崎秀樹編         南北社 女形今昔譚         尾崎良三         筑摩書房 演出者の手記        小山内薫        洸林堂書店 旧劇と新劇         〃             玄文社 就眠前           〃           平和出版社 今日の雪          大佛次郎        光風社書店 私は河原乞食考       小沢昭一         三一書房 小沢昭一雑談大会      〃           芸術生活社 私のための芸能野史     〃            〃 新やくざ物語        尾津喜之助        早川書房 明治話題事典        小野秀雄編         東京堂 芸             尾上菊五郎         改造社 おどり           〃             時代社 踊りの心          尾上松緑        毎日新聞社 梅の下風          尾上梅幸        演劇出版社 女形の事          〃           主婦之友社 ワカナ一代(おもろい女)  小野田勇 太陽のピエロ        オレグポポフ       三一書房 日本芸能史六講       折口信夫         三教書院 折口信夫全集        折口博士記念古代研究所編                           中央公論社 世界の愛唱歌                    音楽之友社 新ミュージカル読本(ポップス)            〃 LP小辞典                      〃 新案剣舞指南        恩邦散人        井上一書堂 現代名優身の上話      久佐太郎          博文館 ナンセンスの練習      草森紳一          晶文社 底のない舟         〃             昭文社 話題の新劇人        日下令光         集団形星 任侠映画の世界       楠本憲吉編       荒地出版社 金丸座           草薙金四郎     香川県教科図書 舞踊の文化史        邦 正美         岩波書店 橘や            邦枝完二          硯友社 名人松助芸談        〃            興亜書院 市川独歩録         〃             聚芳閣 中村鴈治郎         〃             雁文庫 劇壇独歩録         〃             聚芳閣 舞台八十年         邦枝完二編        大森書房 駄々ッ子人生        国井紫香         妙義出版 小山内薫          久保 栄         文藝春秋 芝居修行          久保田万太郎     三田文学出版 むかしの仲間        〃           中央公論社 世界の賭けごと       倉茂貞助      東洋経済新報社 演出のしかた        倉橋 健          三省堂 相撲百話          栗島狭衣        朝日新聞社 映画スキャンダル五十年史  クリタ・信 小野好雄  文芸評論社 芸談百話          黒崎貞次郎         博文館 郷土芸能          郡司正勝         創元新社 かぶきの発想        〃             弘文堂 かぶき           〃            学芸書林 かぶき袋          〃             青蛙房 かぶき入門         〃           社会思想社 地芝居と民俗        〃          民俗民芸双書 笑いの科学         桑山善之助         同成社 魅力ある話し方       八木治郎       実業之日本社 遊びの論          安田 武         永田書房 芸と美の伝承        〃           毎日新聞社 岡山音楽夜話        保田太郎       日本文教出版 江戸から東京へ       矢田挿雲         芳賀書店 文五郎一代         梁 雅子        朝日出版社 新派の六十年        柳永二郎         河出書房 絵番付新派劇談       〃             青蛙房 宝生九郎伝         柳沢英樹        わんや書店 明治の書物明治の人     柳田 泉          桃源社 日本の祭          柳田国男          弘文堂 話のジェスチャー      柳家金語楼         冬樹社 泣き笑い五十年       〃            東都書房 あまたれ人生        〃             冬樹社 漫談的なそして余りに漫談的な人を喰ってる話               〃            田中書房 落語の世界         柳家つばめ         講談社 「私は栄ちゃんと呼ばれたい」〃            立風書房 創作落語論         〃            三一書房 御存じ三亀松色ざんげ    柳家三亀松        立風書房 芸者論           矢野恒太          博文館 落語散歩道         矢野誠一      協同企画出版部 落語            〃            三一書房 落語──長屋の四季     〃           読売新聞社 百八人の侍         八尋不二        朝日新聞社 歴史読本          八尋舜右編       人物往来社 わらべ唄考         藪田義雄        カワイ楽譜 神戸市社会事業史      山上 勲      神戸市史編集室 大阪の芝居         山口広一          輝光堂 大阪の芸と人        〃            布井書房 延若芸話          〃             誠光堂 梅玉芸談          〃              〃 陸軍軍楽隊史        山口常光          非売品 世阿弥           山崎正和       河出書房新社 日本の名著・世阿弥     山崎正和編       中央公論社 古川柳名句選        山路閑古         筑摩書房 ふたりの昭和史       山下 肇・加太こうじ   文藝春秋 若き日の狂想曲       山田耕筰          講談社 はるかなり青春のしらべ   〃            長嶋書房 映画テレビ風物誌      山田宗睦         番町書房 野球五十年         大和球士        時事通信社 音楽の歴史         山根銀二         岩波書店 をどるばか         山野辺貴美子      宮坂出版社 これぞ眼鏡         山本 明        社会思想社 日本人の笑い        山本 明・他     誠文堂新光社 カツドウヤ人類学      山本嘉次郎         養徳社 カツドウヤ水路       〃            筑摩書房 カツドウヤ紳士録      〃             講談社 カツドウヤ自他伝      〃             昭文社 劇評と随筆         山本勝太郎         宝文館 上方今と昔         山本為三郎        文藝春秋 演劇寸史          山本修二         中外書房 オーケストラがやってきた  山本直純       実業之日本社 明治世相百話        山本笑月         第一書房 文楽の世界         山本益博          芸風社 鶴によせる日々       山本安英          未来社 素顔            〃            沙羅書店 おりおりのこと       〃             未来社 日本語の発見        山本安英の会編        〃 明治一〇〇年        毎日新聞社         雄山閣 日本人物語         〃           毎日新聞社 ラジオ           〃            〃 十人百話          〃            〃 続・組織暴力の実態     毎日新聞社社会部     〃 ローリング・ストーンズ   マイケル・ランドン     晶文社 上方落語の歴史       前田 勇         杉本書店 大阪弁入門         〃           朝日新聞社 近世上方語考        〃            杉本書店 上方演芸辞典        前田 勇編       東京堂出版 しゃべり屋でござい     前田武彦       コダマプレス 夜のヒットスタジオ     〃          新人物往来社 あーやんなっちゃった    牧 伸二        報知新聞社 楽屋ばしご         牧野五郎三郎 カツドウ屋一代       マキノ雅弘       栄光出版社 川上音二郎         牧村史陽      史陽選集刊行会 円朝            正岡 容         三杏書院 寄席囃子          〃             竜安居 芸能入門選書        〃             新灯社 雲右衛門以後        〃          文林堂双魚房 艶色落語講談鑑賞      〃          あまとりあ社 膝栗毛のできるまで     〃             東光堂 寄席行燈          〃             柳書房 寄席恋慕帖         〃         日本古書通信社 随筆寄席風俗        〃            三杏書院 荷風前後          〃            古賀書店 日本浪曲史         〃             南北社 乞食のナポ         益田喜頓         六芸書房 ぼくは深夜を解放する    桝井論平        ブロンズ社 勝負            升田幸三    サンケイ新聞出版局 わらべうた         町田嘉章・浅野建二    岩波書店 市川左団次         松居桃楼         高橋登美 劇団今昔          松居松翁        中央美術社 風来の記          松尾邦之助       読売新聞社 日本の一〇〇年       松島栄一監修       〃 忠臣蔵           松島栄一         岩波書店 私のアンソロジー(遊び)  松田道雄         筑摩書房 うたの思想         松永伍一       新人物往来社 旅芝居の生活        松村駿吉          雄山閣 金はなくても        松村達雄         未央書房 大阪百年          松村英男編       毎日新聞社 日本新劇史         松本克平         筑摩書房 芸談一世一代        松本幸四郎         石文社 民謡の歴史         松本新八郎         雪華社 小説日本芸譚        松本清張          新潮社 松韻私話          松本 長        わんや書店 殿方草紙          丸木砂土          要書房 わっはっは笑事典      真山恵介         徳間書店 落語学入門         〃           日本文華社 日本中が私の劇場      真山美保         有紀書房 紫の履歴書         丸山明宏          大光社 丸山定夫・役者の一生    丸山定夫遺稿集刊行委員会 ルポ出版 芸能            芸能発行所        芸能学会 芸能入門選書        芸能文化選書刊行会編    新灯社 落語系図          月亭春松        橋本卯三郎 大阪坂口祐三郎       食満南北         食満貞二 作者部屋から        〃             宋栄堂 盲滅方           深沢七郎対談        創樹社 演劇に生きる        福田和彦         刀江書院 劇場への招待        福田恆存          新潮社 私の演劇教室        〃              〃 日本流行歌年表       福田俊二編         彩工社 芸術と大衆芸能       福田定良         岩波書店 民衆と演芸         〃             〃 芸は長し          福原麟太郎        垂水書房 歴史家のみた講談の主人公  藤 直幹・原田伴彦    三一書房 桂春団治          富士正晴         河出書房 変態見世物史        藤沢衛彦      工芸資料研究会 明治風俗史         〃            三笠書房 〃             〃             春陽堂 はやり唄変遷史       〃           有隣洞書屋 流行歌百年史        〃           第一出版社 花粉            藤沢桓夫         浪華書房 人生師友          〃             弘文社 タンゴの異邦人       藤沢嵐子        中央公論社 さらば長脇差        富士田元彦        東京書房 歌の中の日本語       藤田圭雄        朝日新聞社 女形の系図         藤田 洋編        新読書社 贋芸人抄          藤本義一         文藝春秋 十人十色          〃             昭文社 ドキュメント日本人㈮アウトロウ               藤森栄一・他       学芸書林 流行歌百年史        藤本栄一        第一出版社 「おかげまいり」と「ええじゃないか」               藤谷俊雄         岩波書店 あほやなあ         藤山寛美          光文社 なつめろの人々       藤浦 洸        読売新聞社 らんぷの絵         〃            東京美術 歌に生き恋に生き      藤原義江         文藝春秋 オペラうらおもて      〃           カワイ楽譜 わが女人抄         舟橋聖一        朝日新聞社 相撲記           〃             創元社 落語名作全集                      普通社 フランキー太陽伝      フランキー堺      報知新聞社 チャップリン        F・ヘルツフェルト    朝日出版 マリア・カラス       〃             〃 ヘルベルト・フォン・カラヤン               〃             〃 映画に生きた古海卓二の追憶 古海 巨   古海卓二遺作集刊行会 日本人物語         古川哲也・他      毎日新聞社 能の世界          古川 久      社会思想研究会 見世物の歴史        古河三樹          雄山閣 ロッパ自伝         古川緑波 ロッパ食談         〃             創元社 劇書ノート         〃            学風書院 あちゃらか人生       〃           アソカ書房 やむをえぬ事情により    フレッド・フレンドリー  早川書房 映画のタイクーン      フレンチ        みすず書房 奇術の中のパントマイム   フロタマサトシ   ニューマジック 読本戦後十年史                    文藝春秋 芝居と映画名優花形大写真帖               講談社 現代の名優         F・ヴァンチーゲム     白水社 新作落語四〇年傑作集    興津 要        新風出版社 落語明治一〇〇年名演集   〃            〃 落語            〃            角川書店 異端のアルチザンたち    〃           読売新聞社 大正大震災火災                     講談社 我が心の歌         古賀政男          展望社 丸山遊女と唐紅毛人     古賀十二郎       長崎文献社 今輔・おばあさん衆     古今亭今輔        東峰出版 一〇〇万人の歌集      国際音楽出版社編集部                         国際音楽出版社 なめくじ艦隊        古今亭志ん生        朋文社 びんぼう自慢        〃           毎日新聞社 びんぼう自慢        〃            立風書房 志ん生長屋ばなし      〃             〃 志ん生廓ばなし       〃             〃 漫才世相史         小島貞二        毎日新聞社 落語三百年         〃            〃 高座変人奇人伝       〃            立風書房 三亀松色ざんげ       〃             〃 横綱            〃            ルック社 落語名作全集        〃            立風書房 定本・艶笑落語       小島貞二・能見正比古編   〃 芸業五十年         小島二朔          青蛙房 狂言作者          〃              〃 円朝            小島政二郎         新潮社 悪妻二態          〃             光風社 場末風流          〃              〃 明治の人間         〃             鶴書房 俺伝            〃             南窓社 浪曲名家選         小菅一夫     日本放送出版協会 江戸笑話集         小高敏郎校注       岩波書店 活動狂時代         児玉数夫         三一書房 無声喜劇映画史       〃            東京書房 郷土舞踊と盆踊       小寺融吉         桃蹊書房 楽我記           小谷省三・桂 米朝   市民新聞社 放送できないテレビの内幕  小中陽太郎       自由国民社 王国の芸人たち       〃             講談社 歌謡曲の歌い方教室     神津善行           〃 ベートーベエンの人間像   近衛秀麿        音楽之友社 宝塚漫筆          小林一三       実業之日本社 芝居ざんげ         〃         三田文学出版部 うつし絵          小林源次郎        自費出版 道化現代史         小林信彦          晶文社 わが思い出の楽壇      小松耕輔        音楽之友社 懐かしのメロディ      〃            文藝春秋 日本流行歌史        古茂田信也・他     社会思想社 裸の女神ジプシー・ローズ  近藤啓太郎        文藝春秋 こしかた          近藤乾三        わんや書店 日本芸能史入門       後藤 淑   社会思想研究会出版部 能の形成と世阿弥      〃             木耳社 烙印・芝居茶屋       小宮豊隆          春陽堂 娯楽業者の群        権田保之助      実業之日本社 一人ぼっちの二人      永 六輔        えくらん社 誰かどこかで        〃             雪華社 一流の三流         〃          サンケイ出版 街・父と子         〃           毎日新聞社 旅・父と子         〃            〃 女・父と子         〃            〃 あの日のあなた       〃             桃源社 芸人その世界        〃            文藝春秋 わらいえて         〃           朝日新聞社 芸人たちの芸能史      〃            番町書房 極道まんだら        〃            文藝春秋 役者その世界        〃             〃 陰学探検          永 六輔・小沢昭一     創樹社 落語手帳          江國 滋          普通社 落語美学          〃            東京書房 現代たれんと気質      〃            三一書房 落語無学          〃            東京書房 絵本落語風土記       〃             青蛙房 スター           江藤文夫        毎日新聞社 見る            〃            三一書房 喜劇放談          榎本健一         明玄書房 喜劇こそわが命       〃           栄光出版社 落語小劇場         榎本滋民         寿満書店 日本風俗史         江馬 務         地人書館 演芸画報          演芸画報社       演芸画報社 俳優名鑑          〃            〃 芝居名せりふ集       演劇出版社       演劇出版社 現代の舞台俳優       〃            〃 国劇要覧          演劇博物館         梓書房 かわら版明治史       遠藤鎮雄         角川書店 江戸東京風俗史       遠藤元男編         至文堂 テレビに関する一〇一章   遠藤 淳         三一書房 あざやかな女        円地文子          新潮社 女舞            円地文子・秋元松代     講談社 私のおいのりの本                エンデルレ書店 愛の自叙伝         エリザベス・テーラー    恒文社 ビートルズ神話       エプスタイン・片岡義男・訳 新書館 亡き人のこと        寺島千代・述      演劇出版社 からたちの花        寺崎 浩        読売新聞社 白夜討論          寺山修司          講談社 バーンスタイン物語     デービッド・コーエン・藁科雅美・訳                           音楽之友社 落語芸談(上)       暉峻康隆・桂 文楽・林家正蔵                             三省堂 落語芸談(下)       暉峻康隆・三遊亭円生・柳家小さん                             三省堂 ボギーとべス        デュ・ボース・へイワード                          東京ライフ社 現代ジャズの視点      相倉久人        音楽之友社 一〇〇一夜シカゴ狂想曲   愛知謙三          春陽堂 ひとりだけの歌手      アイ・ジョージ     音楽之友社 東海の大侠次郎長      会巴範治       郷土史研究会 興行師           青江 徹          知性社 大日本軍宣撫官       青江舜二郎        芙蓉書房 ざまアみやがれ       青島幸男        青春出版社 反骨の系譜         青地 晨          評言社 ライバル物語        〃            河出書房 顔切り           青山光二         三笠書房 ヤクザの世界        〃          実業之日本社 情念の話術         赤塚行雄        青春出版社 雨雀自伝          秋田雨雀         新評論社 放送演芸三〇年       秋田 実      CBCレポート 漫才の笑い         〃          〃 笑いの創造         〃         日本実業出版社 日本の洋楽百年史      秋山 英       第一法規出版 東京っ子          秋山安三郎       朝日新聞社 随筆ひざ小僧        〃             雪華社 ニッポン女傑伝       秋吉 茂          謙光社 私の音楽談義        芥川也寸志       音楽之友社 音楽の現場         〃            〃 音楽を愛する人に      〃            筑摩書房 決められた以外のせりふ   芥川比呂志         新潮社 ことのはじまり       亜坂卓己         久保書店 女剣劇           浅香光代         学風書院 ドキメントウンド      浅川マキ・川上寛代   ブロンズ社 随筆事典          朝倉治彦          東京堂 明治世相編年辞典      朝倉治彦・稲村徹之      〃 見世物研究         朝倉夢声 ビートルズその後      朝妻一郎       主婦と生活社 日本の民謡         浅野健二         岩波書店 関東大震災火災惨状                実業之日本社 私の築地小劇場       浅野時一郎        秀英出版 シャンソン散歩       浅野信二郎        角川書店 朝日新聞・社会面で見る世相七十五年三省堂               朝日新聞社       朝日新聞社 新・人国記         〃            〃 大阪人           〃            〃 いまに生きるなにわの人ひと 〃            〃 一日一文          〃            〃 続・一日一文        〃            〃 東京のうた         〃            〃 東京五百年         朝日新聞社会部       修道社 造反する芸術(日本本国)              朝日新聞社 昭和史の瞬間        朝日ジャーナル編     〃 ここに生きる        朝日ジャーナル編集部    光風社 おやじ           〃            秋田書店 大阪史話          朝日放送編         創元社 大阪の笑い         〃            朝日放送 若草の歌          葦原邦子         刀江書院 巴里のシャンソン      芦原英了          白水社 おどり           吾妻徳穂       邦楽と舞踊社 ※[#「口+亞」、unicode555e]※[#「虫+單」、unicode87ec]坊流生記        ※[#「口+亞」、unicode555e]※[#「虫+單」、unicode87ec]坊顕彰会                     ※[#「口+亞」、unicode555e]※[#「虫+單」、unicode87ec]坊顕彰会編集委員会 林家正蔵随談        麻生芳伸編         青蛙房 関西おんな         足立巻一         文研出版 芸人風俗姿         足立直郎         学風書院 芝居五十年         渥美清太郎       時事通信社 六代目菊五郎評伝      〃             冨山房 歌舞伎舞踊の変遷      〃             アルス 春日とよ          渥美清太郎編       志のぶ会 寄席fan                   アドポイント社 演劇──なぜ?       アーノルド・ウェスカー・柴田稔彦・               中野里皓史・訳 ウェストサイド物語     アーウィング・シュルマン                          河出書房新社 奇術随筆          阿部徳蔵         人文書院 落語など          阿部洋三編       新風出版社 音楽界実力派        安部 寧        音楽之友社 流行歌の世界        〃            〃 東京の小芝居        阿部優蔵        演劇出版社 わたしの落語        甘木由芽        中央公論社 踊りごよみ         天津乙女     宝塚歌劇団出版部 蓄音機とレコード通     あらえびす        四六書院 日本のレジスタンス     荒垣秀雄       河出書房新社 中世芸能の研究       新井恒易         新読書社 京都史話          荒金喜義          創元社 連舞            有吉佐和子         集英社 地唄            〃             新潮社 出雲の阿国         〃           中央公論社 シャンソンの泉                 ARS音楽出版 野望と幻影の男ハワード・ヒューズ               A・B・ガーバー  ダイヤモンド社 酒・うた・男        淡谷のり子         春陽堂 一期一会          網野 菊          講談社 祇園育ち          安藤孝子         ルック社 落語名作全集        安藤鶴夫・吉川義雄監修   普通社 まわり舞台         安藤鶴夫          桃源社 雪まろげ          〃              〃 巷談本牧亭         〃              〃 寄席            〃          ダヴィッド社 寄席紳士録         〃            文藝春秋 竹とんぼ          〃           朝日新聞社 百花園にて         〃            三月書房 落語鑑賞          〃             創元社 随筆舞台帖         〃            和敬書店 ある日その人        〃           婦人画報社 おやじの女         〃             青蛙房 古い名刺          〃              〃 落語国・紳士録       〃              〃 芸について         〃              〃 わが落語鑑賞        〃            筑摩書房 わたしの寄席        〃             雪華社 寄席はるあき        〃           東京美術社 舞台人           〃           読売新聞社 雨の日           〃            〃 名作聞書          〃            〃 年年歳歳          〃             求龍堂 わたしの東京        〃              〃 笛の四季          〃            東京美術 安藤鶴夫作品集       〃           朝日新聞社 激励            安藤 昇          双葉社 How To Write Television Comedy               Irving Settel   The writer.Inc. All Hit 1001 Songs           Associated Pub.Chicago ハーロー          I・シュルマン・平井イサク・訳                            早川書房 芸術に関する一〇一章    アラン・斎藤正二・訳    平凡社 あの夢この唄        西条八十    イブニングスター社 唄の自叙伝         〃            小山書店 我愛の記          〃             白鳳社 女妖記           〃           中央公論社 民謡の旅          西条八十        朝日新聞社 明治奇聞          廃姓外骨         自費出版 面白半分          〃             文武堂 占領下の日本        斎藤栄三郎       巌南堂書店 近世世相史概観       斎藤隆三          創元社 なにが粋かよ        斎藤竜鳳          創樹社 瞽女(盲目の女芸人)    斎藤真一      NHK出版協会 日本遊戯史         酒井 欣        弘文堂書房 現代べラボウ紳士録     境田昭造          一水社 趣味馬鹿半代記       酒井徳男         東京文献 安吾巷談          坂口安吾         文藝春秋 猥談            阪田俊夫          弘文社 前進座           阪本徳松          黄土社 演劇コース         佐賀百合人・石沢秀二   徳間書店 たいこもち         桜川忠七          朱雀社 桜間芸話          桜間弓川        わんや書店 能・捨心の芸術       桜間道雄        朝日新聞社 風雪新劇志         佐々木孝丸         現代社 大阪労音十五年史      佐々木隆爾        大阪労音 上方落語 上・下      佐竹昭広・三田純一編   筑摩書房 日本の芸能         佐藤 薫          創元社 最後の記者馬鹿       佐藤喜一郎       中央公論社 明治の英傑         佐藤紅緑・他      講談倶楽部 レンズからみる日本現代史  佐藤忠男・他      現代思潮社 テレビの思想        佐藤忠男         三一書房 斬られ方の美学       〃            筑摩書房 日本映画思想史       〃            三一書房 日本童謡集         サトウハチロー編    社会思想社 滝廉太郎          属 啓成        音楽之友社 羽左衛門伝説        里見         毎日新聞社 この道ひとすじ       佐怒賀三夫     NHK出版協会 講談五百年         佐野 孝          鶴書房 歌ごよみ一〇〇年史     佐野文哉          光風社 清水次郎長伝        佐橋法龍         三一書房 かべす           左本政治         六芸書房 この世に生きた証を     小百合葉子      あすなろ書房 苦闘の跡          沢田正二郎         新作社 人情寄席雀         沢田一夫          新典社 貝のうた          沢村貞子          講談社 安来節           山陰文化シリーズ刊行会  今井書店 明治百年にあたって             サンケイ新聞出版局 寄席育ち          三遊亭円生         青蛙房 明治の寄席芸人       〃              〃 円朝怪談集         三遊亭円朝        筑摩書房 浮世断語          三遊亭金馬         有信堂 ふてくされ人生学      三遊亭円窓       社会思想社 四季を語る         サー・エードリアン・ボールド                          誠文堂新光社 芝居づくり         菊田一夫      オリオン出版社 流れる水のごとく      〃          〃 明治文明綺談        菊池 寛         六興商会 私の映画史         岸 松雄         池田書店 日本映画人伝        〃            早川書房 日本映画様式考       〃            河出書房 続・詩・黒人・ジャズ    木島 始          晶文社 歌舞伎美論         岸田劉生         早川書房 モダン流行語辞典      喜多壮一郎監修    実業之日本社 人物日本映画史       〃          ダヴィッド社 演能前後          喜多 実        光風社書店 六平太芸談         喜多六平太         春秋社 十大歌手誕生物語      北 光生         文芸出版 狂言百番          北川忠彦         淡交新社 世阿弥           〃           中央公論社 マキノ光雄         北川鉄夫          汐文社 喜多村緑郎日記       喜多村九寿子編     演劇出版社 嬉遊笑覧          喜多村信節       成光館書店 芸道礼讃          喜多村緑郎        二見書房 戦争を知らない子どもたち  北山 修        ブロンズ社 くたばれ! 芸能野郎    〃           自由国民社 文楽史           木谷蓬吟         全国書房 道頓堀の三百年       〃          新大阪出版社 日本のギャンブル      紀田順一郎         桃源社 明治ニッポンてんやわんや  〃            久保書店 吉右衛門句集        吉右衛門         笛発行所 日本映画伝         城戸四郎         文藝春秋 大谷竹次郎演劇六十年    城戸四郎編         講談社 ミュージカルスター                キネマ旬報社 風雪            木下宗一        人物往来社 号外近代史         〃             同光社 号外昭和史         〃              〃 世界映画事件人物事典               キネマ旬報社 キューサインの呪術師たち  キャンパス          産報 巧言令色の狙撃兵たち    〃               〃 興行師の世界        木村錦花          青蛙房 守田勘弥          〃            新大衆社 明治座物語         〃         歌舞伎座出版部 三角の雪          〃            三笠書房 灰皿の煙          〃            相模書房 ハッケヨイ人生       木村庄之助     帝都日日新聞社 日本スポーツ文化史     木村 毅          洋々社 文芸東西南北        〃             新潮社 大東京五百年        〃           毎日新聞社 文明開化          〃             至文堂 東京            〃             光文社 まわり燈籠         〃            井上書房 続・まわり燈籠       〃             〃 東京案内記         木村 毅編         黄土社 鬼の柔道          木村政彦          講談社 京舞            京都新聞編集局      淡交新社 日本文化の百年       共同通信社        三一書房 延寿芸談          清元延寿太夫       三木書店 なつかしの浅草オペラ              キングレコード 銀座百点                      銀座百店会 随筆大阪          錦城出版編集部     錦城出版社 小唄夜話          湯浅竹山人         新作社 ジャズの歴史        油井正一          創元社 奇妙な果実ビリー・ホリディ自伝               油井正一・大橋巨泉訳    晶文社 糸あやつり         結城孫三郎         青蛙房 日本風俗史                       雄山閣 ボリジョイ劇場       ユリイ・ソロニムスキイ               石田種夫・渡辺洪兵訳                        出版書肆パトリア 東遊記           梅蘭芳         朝日新聞社 ポップス          目黒三策編       音楽之友社 美空ひばり         〃            〃 お蝶夫人          三浦 環          右文社 冗談十年          三木トリロー      駿河台書房 トリロー歌集        〃            音楽工房 ひばり自伝         美空ひばり         草思社 芸術の顔          三島由紀夫        番町書房 尚武のこころ        〃           日本教文社 源泉の感情         〃          河出書房新社 役者芸風記         三島霜川        中央公論社 新劇通           水木京太         四六書院 築地小劇場史        水品春樹         梧桐書院 新劇去来          〃          ダヴィッド社 竹紫記念          水谷八重子         非売品 芸・ゆめ・いのち      〃             白水社 ターキー舞台日記      水の江滝子       少女画報社 ターキー自画像       〃            〃 フォークソングの世界    三橋一夫        音楽之友社 日本のテレビジョン     溝上      日本放送出版協会 山口組ドキュメント血と抗争 溝口 敦         三一書房 上方落語全集        三田純一編       ヤマト印刷 上方芸能          〃            三一書房 江戸百話          三田村鳶魚         大日社 芝と上野浅草        〃             春陽堂 芝居風俗          〃             宝文館 町人と娯楽         〃             青蛙房 江戸の珍物         〃             桃源社 ラジオ・テレビのドラマと芸能             三笠書房 大阪            水上滝太郎         新潮社 すべてをわが師として    三波春夫        映画出版社 アメリカフォークソング55話 皆河宗一         三一書房 吉原夜話          宮内好太郎編        青蛙房 旅芸人始末書        宮岡謙二          修道社 死面列伝・旅芸人始末書   〃            自費出版 宮城道雄全集        宮城道雄         三笠書房 演劇手帳          三宅周太郎         甲文社 演劇巡礼          〃           中央公論社 演劇美談          〃           協力出版社 文楽の研究         〃             創元社 続・文楽の研究       〃              〃 演劇評話          〃             新潮社 芸能対談          〃             創元社 名優と若手         〃              〃 羽左衛門評話        〃             冨山房 演劇五十年史        〃             鱒書房 観劇半世紀         〃            和敬書店 演劇往来          〃             新潮社 俳優対談記         〃            東宝書房 文楽之研究         〃             春陽堂 狂言の見どころ       三宅藤九郎       わんや書店 女ひとり          ミヤコ蝶々         鶴書房 明治は生きている      宮沢縦一        音楽之友社 名作オペラ教室       〃           中央公論社 近世名人達人大文豪     宮下丑太郎編        講談社 みんな仲間だ        宮田東峰         東京書房 猥褻風俗史         宮武外骨         稚俗文庫 奇事流行物語        〃           人物往来社 明治演説史         〃             成光館 大阪今昔          宮本又次        社会思想社 大阪案内          〃            〃 変態商売往来        宮本 良      文芸資料研究会 浪花節一代         三好 貢          朋文社 大衆芸術論         民主主義科学者協会学術部会 解放社 解放            三和一男編         大鐙閣 放送をつくった人達     塩沢 茂      オリオン出版社 放送エンマ帳        〃          〃 スター101人の仮面をはぐ   〃      国際商業研究所出版局 映像の技法         志賀信夫         白樺書房 テレビ社会史        〃             誠志堂 裸のNHK         〃          誠文堂新光社 テレビ人間考現学      〃           毎日新聞社 渡世人の謡         志賀大介         音楽春秋 日本歌謡集         時雨音羽        社会思想社 夢とおもかげ        思想の科学研究会    中央公論社 古今名家珍談奇談逸話集   実業之日本社     実業之日本社 実業之日本(大震災惨害号) 〃           〃 明治開化奇談        篠田鉱造         須藤書店 明治百話          〃            角川書店 幕末百話          〃             〃 現代音楽の歩み       柴田南雄          〃 音楽はあなたのもの     柴田 仁         三一書房 映画館ものがたり      柴田芳雄         学風書院 アメリカのテレビその実態と教訓               芝村源喜編     読売テレビ放送 浅草っ子          渋沢青花        毎日新聞社 側面史百年         渋沢秀雄        時事通信社 笑うとくなはれ       渋谷天外         文藝春秋 わが喜劇          〃            三一書房 菊がさね          篠原 治         単式印刷 明治事物起源事典      至文堂           至文堂 琉球の民謡と舞踊      島袋盛敏        おきなわ社 タレント学入門       島津 亘          広済堂 一筆対面          清水 崑         東峰書房 スポーツジャーナリズム   清水哲男         三一書房 夢のたわごと        清水 雅         梅田書房 日本民謡曲集        志村建世         野ばら社 愛国歌集          〃             〃 新劇            下村正夫         岩波書店 一葉草紙          下山京子          玄黄社 現代の差別と偏見      信濃毎日新聞社編      新泉社 役者論語          守随憲治      東京大学出版会 中座                        松竹企画課 徳川夢声・大辻司郎漫談集  春江堂編輯部        春江堂 与太郎戦記         春風亭柳昇        立風書房 上方はなし         笑福亭松鶴        三一書房 仁鶴の鼻ちょうちん     笑福亭仁鶴       六月社書房 裸の足           朱里みさを     オリオン出版社 宝塚と私          白井鉄造         中林出版 中村鴈治郎を偲ぶ      白井松次郎         創元社 花と幽玄の世界       白洲正子        宝文館出版 お能            〃            角川書店 梅若実聞書         〃            能楽書林 現代歌謡百話        白鳥省吾         東苑書房 親分子分侠客篇       白柳秀湖          東亜堂 新国劇五十年        新国劇          中林出版 流れ者歌謡考        新藤 謙        ブロンズ社 落語など                      新風出版社 世界のショー                      新風社 親分子分ニッポン                  人物往来社 エルビス          ジェリー・ホプキンス   角川書店 愛の讃歌ピアフ       シモーヌ・ベルトー     新潮社 僕の初旅・世界一周     ジャン・コクトー     第一書房 ラジオ・テレビの社会学   ジャン・カズヌーヴ     白水社 グループ・パワー      週刊朝日編       朝日新聞社 ドノゴオトンカ       ジュウル・ロオメエン   第一書房 喜劇の論文         ジョージ・メレディス    原始社 ハワード・ヒューズ     ジョン・キーツ      早川書房 ビートルズ革命       ジョン・レノン・片岡義男・訳                             草思社 新劇女優          東山千栄子        学風書院 紅塵三百五十年       樋口清之         弥生書房 東京の歴史         〃             〃 おんどりの歌        土方浩平          講談社 道頓堀通          日比繁治郎        四六書院 白井松次郎伝        日比繁治郎編      白井信太郎 マイクのたわごと      平井常次郎         鴨書林 舞台奇術ハイライト     平岩白風          力書店 日本の手品         〃             青蛙房 歌舞伎演出論        平田兼三郎        室戸書房 東京おぼえ帳        平山蘆江         住吉書店 ポケット小唄集       〃           文雅堂書店 芸者繁盛記         〃            岡倉書房 日本の芸談         〃            和敬書店 女優展望          〃            世界書房 浪曲入門          広沢竜造          鶴書房 悪場所の発想        広末 保          三省堂 絵金            広末 保・藤村欣市朗編   未来社 ジャズ           ヒューズ         飯塚書店 世界演劇史         ビニャール         白水社 チャップリン        ピーター・コーツ セルマ・クロース                           中央公論社 チェロと私         ピァティゴルスキー     白水社 川柳見世物考        母袋未知庵        有光書房 生きて愛して演技して    望月優子          平凡社 生きて生きて生きて     〃            集団形星 俳優逸話          元宿源右衛門       小美文社 女優            森 赫子       実業之日本社 女優生活二十年       森 律子        〃 明治人物逸話辞典      森 銑三        東京堂出版 大正人物逸話辞典      〃            〃 明治人物夜話        〃            東京美術 大衆文化史         森 秀人           産報 日本の大衆芸術       〃            大和書房 遊民の思想         〃            虎見書房 素女物語          守 美雄          蒼林社 レコードと五十年      森垣二郎       河出書房新社 森繁自伝          森繁久弥        中央公論社 ブツクサ談義        〃            未央書房 こじき袋          〃           読売新聞社 エノケン          森下 節         〃 新講大日本史        森末義彰・他        雄山閣 芸術祭十五年史       文部省社会教育局芸術課編 青泉スタンダード      ジャズフォリオ      青泉書院 エレキ百年         関寅太郎         電気新聞 明治劇壇五十年史      関根黙庵          玄文社 講談落語考         〃             雄山閣 劇壇五十年史        〃             玄文社 説教と話芸         関山和夫          青蛙房 安楽庵策伝         〃              〃 寄席見世物雑志       〃             泰文堂 中京芸能風土記       〃             青蛙房 一筋の道          瀬戸内晴美        文藝春秋 花野            〃             〃 女優            〃             講談社 恋川            〃           毎日新聞社 美女伝           〃             講談社 芸能名匠奇談        千田九一       河出書房新社 演劇入門          千田是也         岩波書店 ベートーヴェン       全音楽譜出版社   全音楽譜出版社 流行歌120曲集        〃          〃 紙芝居読本         船場満郎         室戸書房 新劇その舞台と歴史     菅井幸雄          求龍堂 随筆演劇風聞記       菅原 寛         世界文庫 帝劇十年史         杉浦善三          玄文社 都々逸笑辞典        杉原残華         芳賀書店 都々逸読本         〃             〃 楽屋ゆかた         杉村春子         学風書院 自分で選んだ道       〃            六芸書房 女優の一生         杉村春子・小山祐士     白水社 傾く滝           杉本苑子          講談社 現代にっぽん奇人伝     鈴江淳也         久保書店 暗転            薄田研二         東峰書院 日本劇場史の研究      須田敦夫         相模書房 松竹七十年史                   松竹株式会社 ムーランルージュ                 (新宿百選) 人間清水次郎長                    戸田書店 伝統と現代「大衆芸能」                学芸書林 [#改ページ] [#ここから4字下げ]   おわりにのおわりに  この本が文庫になったのは一九七七年、昭和五十二年の十二月である。  七五年、昭和五十年。  僕はこの年から二年間、計量法の中の尺貫法に対する罰則(懲役三年以下、罰金二十万円以下)をはずして下さいという運動にのめりこんでいた。  日本の芸は尺貫法ぬきでは考えられないし、現に舞台の寸法から、尺八という楽器にいたるまで、尺貫法で仕事をしている。  曲尺、鯨尺の物差で生きている世界がある限り、メートル法に併用して下さいという提案なのである。  コンサートや、芸能座公演を通じて、支持者も増え、通産省も警察も考え直してくれるらしいということになった。  例によって「前向きの姿勢で善処する」という奴である。  日本の芸が、計量法、又は消防法、又は道路交通法といった法律にしばられている以上、政治とかかわりあいながらの芸の伝承ということになる。  そのことを意識している芸人、タレントはいないといっても、いいのだが……。  それも、又、芸人らしいと思わなければいけないのである。 [#地付き]永 六輔  [#ここで字下げ終わり] 〈底 本〉文春文庫 昭和五十二年十二月二十五日刊