ショートショー卜「笑」 神様志願 伊集院光 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)僭越《せんえつ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)ある程度|目処《めど》を [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#改ページ] -------------------------------------------------------  今から6年も前だろうか、親友がタレントをやめた。 「いつか神様になってやる」  が口ぐせだった彼が、突然廃業を口にした。  僕なりに引き止めようとしたものの、 「岡田有希子が翔んだことで、芸能界の頂上に神様などいないことが証明されたのだ」  彼の言葉には不思議な説碍力があり、僕はただ彼の背中を見送った。  一年後、ラジオ局の帰り道、彼と再会した。  夜の銀座、道路のはしで折りたたみのイスに腰かけ、白いテーブルクロスをかけた小さな机に、大きく『易』と書いた提灯をのせ、黒い服をきていた。 「久し振り、お前、今何やってんだ?」  その状況を見て、『何やってんだ!』もないもんだが、彼の答えは意表をついていた。 「神様になるための修行中」  久し振りに再会したうれしさと、ラジオ局のレポーターをしている事を自慢したいのとで、居酒屋にくりだしたのだけれど、そこでの僕は、彼の話に釘付けだった。 「ターゲットは女だ。しかも中途半端な上昇志向をもったOLの、孤独な自尊心をくすぐってやるんだ。手相でも星座でもいい、見たふりしながらこう言うんだ。『あなたは今の職場で本当の自分を出していませんね、その証拠に|本当の《、、、》友達が一人もいない。心を許せる人がいない。親友を演じようとしても、思い込もうとしても、|頭のいい《、、、、》あなたは、相手の心の裏側がちらついてしまい、最後の1パーセントが見せられない。そんな中での人間関係にストレスがたまり始めている。ちがいますか?!』こんなこと百人OLがいりゃ、百人『自分だけはそうだ』って思ってんだよ。あとは上手に誘導尋問して行って最後に占いだ。『今週の金曜日。ささやかな幸せが訪れます。そして二年後、大きな幸せが訪れます。ただし、私に対して疑いをもたぬこと、疑う位だったらすべて忘れた方がいい、疑いは負のイメージにつながり、かえって悪い出来事を呼びよせてしまう。とにかく、明かるい気持ちで金曜日を迎えなさい……』『ささやかな幸せか、その逆のささやかな不幸のどっちか』なんて百%起こるにきまってんだよ。まして二年後なんて知ったこっちゃない。それでも金曜日の夜、奴らは来るんだよ。『好きな人と社員食堂で隣の席でした』だの『社員旅行の行き先が私の前から行きたかった所にきまりました」だの「私疑ってたんです。そうしたらコピー機がこわれてしまって大きわぎ』だの「母が倒れて』だの的中率百%だぜ、噂を聞いて次から次へOLが来る来る——』  彼は楽しそうに話し、僕は久し振りにドキドキする話を聞いた。うかつにも連絡先も聞かず、地下鉄のホームで別れてしまったが、また会える様な気がした。  レポートが好評で、僕は自分のラジオ番組をもった。ゆっくりとではあったが、人気がではじめていた。企画会議の途中、構成作家の一人が、番組で取り上げたい人物がいると、オカルト雑誌を持って来た、 『沖縄の霊媒師、尾崎豊の死を予言』  三ぺージにわたる特集を組まれていたのが彼だった。  地下鉄のホームで別れて5年、彼は易者から霊媒師ヘステッブアップ。神様に一歩近づいていた。  僕は彼の技《テクニック》を知っていたから、番組で|大々的《、、、》に取り上げるのはあまり乗り気ではなかったが、彼に会えれぱ、久し張りにドキドキする話が聞ける気がして、スタッフ一同沖縄に飛んだ。  空港から90分ほど車で行った所に、彼の仕事場があった。古い木造の家、待ち合い室には、数十人の人が順番をまっていた。  扉の前で泣きながら何度も頭を下げて帰って行く女性と入れ違いに奥の部屋に入ると、そこに彼がいた。  彼は僕に気付かない様子で、次々と語りはじめた。自分が捨て子であったこと(本当は葛飾区の団子屋の次男)、ノアの箱舟のノアを尊敬して育ったこと(確かタレントの頃は欽ちゃんを尊敢していた)、青春時代インドを放浪して過したこと(17歳の時、長野の温泉ストリップの司会をしていた)。造り話の連続に僕は笑いをこらえるのに精一杯だった。  突然彼が力を見せた。 「43、26、27、24、22」  スタッフの顔を指さしながら、次々と年齢をあてて行く、一歳の違いもなく全員ピタリ。おどろく僕たちを尻目に、彼はこう続けた。 「こんな物は、ホンのお遊び。本当の力を見せるので、一対一になりたい。そうだな、あなたが一番波長があいそうだ、あなたを残して、みなさん、一度待ち合い室に戻って下さい」  指名されたのは意外にも、レポーターの女の子だった。  テープレコーダーの彼女を残して都屋を出てから40分。彼女が戻ってきた。扉の前で何度も何度もおじぎをした後、ボロボロに泣いたらしい顔で、興奮気味に話し始めた。 「すごい力ですよ、私こういうのは全部インチキだと思ってたんですけど、すごく当るんです。猫のこと、彼のこと、私のマンションに赤いパンプスがあること、おばあちゃんが死んじゃったこと、みんな当たるんです。すごいんですよ! すごい」  すごいすごいをくり返してまた泣いた。  後ろからついて来た彼が彼女の頭をポンポンたたきながら言った。 「それじゃ、もう一人くらい……そちらの方」  指名されたのは僕だった。  完全防音の扉を閉めて、彼の前に座った。  あぐらをかいていた彼がだまったままテープレコーダーをとめた。 「5年振りだな、びっくりしたよ」  やっぱり彼はおぼえていた。  となれば僕の方は聞きたい事が山ほどある。年齢当てのこと、レポーターの女の子のこと、それから雑誌に書いてあった尾崎豊のこと……。 「俺な、本当の霊能力を手に入れたんだ」 「え?!……」 「って言ったら信じるか? 嘘だよ、みんな技《テク》だよ、技《テク》。俺がなんで沖縄で仕事をしてるか解かるか? 沖縄って所は飛行機でしかこれないんだ。そこが技さ、あらかじめ、予約を受つける。『17日午後6時から取材をしたい。誰と誰というものがうかがいます』って具合にな。6時にここっていうことは4時前後の便で着く。空港職員の友達に電話して名簿をちょっと調べれば年齢くらいチョチョイのチョイだ」  ぽかんとする僕を、得意そうな顔つきでながめながら、今度はテープレコーダーをまき戻した、流れてきたのはレポーターの女の子の声だ。 「ハイ」 「あなたのそばに猫が見えます……猫に心当たりは?」 「イイエ、猫なんてかってません」 「おかしいですね。子供の頃を思いだして下さい……かわいがってた猫がいるでしょ」 「予供の頃ですか? かってませんよ……」 「私はかっていたとはいってませんよ……ホラ」 「あっ……そういえば……」 「そういえば?」 「そういえぱ、友達の家に猫がいて、それがすごく可愛くて……」 「ホラいたでしょ……」 「ハイ!」 「イニシャル『K』の男性に心当たりがあるでしょ」 「なんでわかるんですか! 今つぎあってる人です。その人のことで心配が……」  こんな調子の会話が続いていく。誘導尋問と心理操作をくり退し、彼女の全てを思うままに聞き出している。  テープを早送りして彼は言った。 「それで、だれにでも使えるトドメの言葉がこれだ……」  テープが再生される、 「あなたのおばあちゃん、死んでいませんね!」 「ハイ。去年の夏、事故で……」  得意そうに彼は言った。 「これなんだよ。『死んでいませんね』、相手はもう俺ことを90%信じているから、勝手に『おばあちゃんは死んでしまってもういません』っていう風に解釈する。生きてりゃ生きてるで『死んでません、生きてます!』って受けとる……どうだ! 見事だろ!」  見事だ。そして『尾崎豊の技』もまた、見事だった。 「別に俺は尾崎豊が死ぬとは言ってない、あいまいな予言詩を事前にいくつか発表しておいただけで。その中の一つに、『人々から慕《した》われ続けた男。黒い手につかまって、飛び去る』というのがあったんだ。あとは事が起こった時に。どれだけ知っていた風に言えるかが勝負なんだ。『若者に愛きれた尾崎豊が死神につかまって、天国へと飛んで行く』という風にもとれるし『政治家がワイロを手にして解任される』ともとれるし、『人気の的のプロ野球のピッチャーがクロマティに殴り飛ばされる』ともとれる」  彼は笑った。僕も笑った。いろんな刺激の中で、面白さのインフレに悩んでいた僕は、久し振りに涙ができる程笑った。 「今度宗教法人を作るんだ。そしてここに教団の本部を建設する」 「夢は大きいにこしたことはないからね」 「いや、夢じゃんない。現実だ。神奈川県の山奥に、新しいダムの底に沈む予定の村があるんだ。その村のポロ寺を二足三文で買った。腐っても宗教法人た。これを来月ここに書類上移転させる。あとは本部を建てる金だが、貯金が5億ある」 「ご、ご、5億! そんな金どこから……」 「占いをした帰りにいつもこれを買ってもらっている」  そういうと彼はポケットから直系3�ほどのきれいなガラス玉をとり出した。 「一つ、約二十万円」 「バ、馬鹿な! そんな値段で売れる訳がない!」 「それが面白いように売れるんだよ……。帰り際にこの玉を手に握らせる。そして二つの瞳をじっと見る。『このお守りを持って帰りなさい。きっとあなたを幸せにします。大変高価な物だけど、お金を払う必要はありません。なぜなら今私が代金の話をすれば、あなたは私を疑うでしょう。疑いをもてば最後、不幸があなたを襲います。それでは本末転倒です。あなたが本土に帰った後、お守りのおかげで幸福になった時。もしくは不幸をさけられたと思う時。その 時得したなと思った分から、お金を送ってちょうだい。何もなければ、ただもっていればいい、それなら少なくとも損は、ないはずだから」  彼の口調がだんだん強くなってきた。 「ドンドン金が送られてくるよ、『財布を拾った一万円』『宝くじが当った十万円』『結婚します三十万円』揚げ句の果てにゃ、『うちの長男が交通事故にあいました。お医者様は助からないとおっしゃいましたが、お守りを握らせた所、意識をとりもどし、片足を|切断するだけ《、、、、、、》ですみました。命はお金にかえられませんが五百万円送ります』どいつもこいつも幸せモンだ。ビー玉一個で愚民に幸せをあたえられるなんて、俺も神様まであと一歩だと思わないか?! ハッハッハ」  僕は笑えなかった。  沖縄から帰って半年。テレビの仕事もちょくちょく入り出し、僕の仕事も順調だった。 「奇跡の宗教」「現代の箱舟」「若きノストラダムス」  週刊誌の片隅で見かける彼の評判はおおむね好意的ではあったが、あれ以来、なんか後味が悪く留守番電話に二、三度入っていた「連絡とりたし」のメッセージも無視したままになっていた。  そんなある日、明け方にかかってきた彼からの電話は、いつもと様子が違っていた。 「もしもし、俺だ、わかるか」 「なんだよ、こんな明け方に、用なら明日にしてくれないか?」 「まずいんだよ俺。俺、神様になりそうなんだよ、このままじゃ俺、神様になるよ」 「よかったじゃないか」 「それがよくねえんだって、天気がよきゃ俺のお陰、雷が鳴りゃ俺のお怒り、咋日よぉ信者の子どもが死んだんだよ、海でおぼれてよ、ブヨブヨにふやけてよ……『生きかえらせてくれ』って泣かれたって無理じゃねえかよ。だから口からでまかせ言ってやったんだよ。「あなたの子供は元々5歳で召される運命にありました。それを私の力で9歳まで生き長らせたのです」ってさぁ。そしたらよ、この女「ありがとう」って笑うんだよ、「神様ありがとう」って笑いやがんだよ、ブヨブヨのガキだいてよ。俺は神様として恥ずかしいよ」 「気をたしかにもてよ」 「なんであの子を生き帰らせることもできないんだろう。運命の玉の力がきかないんだろう。なんで、俺は神様として」  完全に錯乱している。 「気を確かにもてよ。あれはビー玉だし、お前は神様なんかじゃない」 「そうだよなあ。なのに金が送られてくるんだよ、みんながひれふすんだよ。おれが神様だったら、俺は誰にいのればいいんだよ」  電話の彼は泣き叫んでいた。 「よくきけ、お前は神様なんかじゃない! 17歳の時ストリップ劇場ではいつくばっていた芸人くずれのインチキ野郎だ! お守りも占いも、予言も、奇跡も全部インチキだ!」 「……」  彼が泣きやんだ。 「……」 「もしもし、黙ってないで、何とか言え! もしもし、もしもし」 「……この罰当りがぁ俺は神様だ! 予言も奇跡も本当だ! 俺は今すぐ神様の国に行くだろう。この予言は絶対当たるぞ。待っていろ、その時お前は俺のすごさに気づくんだ。だいたいお前なんか、この俺の神通力で人気者になったくせに、恩知らずが、俺は神の国に行く。この予言は絶対あたる。俺は神の国へ行く。この予言は絶対あたる、俺は……」  そう叫びながら彼の声は受話器から遠ざかって行った。 「やめろ、何をする気だ」  遠くで一発、銃声がした。 初出『SF adventure '93 夏季号』 伊集院 光(いじゅういん・ひかる)昭和42年、東京都生。O型。ラジオのオーディション番組で優勝したのをきっかけにタレントに。現在、ラジオのDJやテレビのバラエティ番組を中心に活躍中。