文化衝突 [亜瑠] -------------------------------------------------------------------------------- 文化衝突   by亜瑠 --------------------------------------------------------------------------------  始まりは食糧管理の打ち合わせだった。  部下一同が気付いたときには幕の内と平田の大論戦になっていた。  古代が駆けつけた時には幕の内と平田が取っ組み合い寸前の状態で怒鳴り合っていた。 「な、なんだ!?どうしたんだ!?ふたりとも落ち着け!」 「これが落ち着いていられるか!」 「そうとも!艦長!聞いてくれ!幕の内チーフときたら産業廃棄物食わせるつもりなんだぞ!止めてくれ!」 「平田!貴様言うに事欠いてなんと言った!?」  胸ぐらひっつかんでの幕の内の剣幕にも平田は負けなかった。 「何度でも言ってやる!あれが産業廃棄物以外の何だってんだ!」 「本物を食ったこともなしに何を言う!あの芳しき香りとしっとりした味わい、なんともいえぬ歯ごたえ!その良さがなぜわからん!?」 「チーフこそ早くあんなモノの不気味さに気付くべきだ!」 「不気味だ!?馬鹿言うな!あれなしで正しい日本人の朝食が成立するわけがない!それを廃棄物だ?不気味だ!?何考えてる!」 「あんな腐りきったモノ、廃棄物以外のなんだってんだ!」 「貴様学校で何を習った!腐敗と発酵の違いもわからんのか!」 「あれが腐ってなかったら、何が腐ってるんだ!」  話が見えない。  ふたりのあまりの剣幕に古代も割り込めずにおたおたしていると、話が伝わったのか島と真田が駆けつけてきた。 「なんなんだ?」 「さ、さぁ・・・俺にもさっぱり・・・腐敗がどうしたとか産業廃棄物がどうしたとか」  古代の説明を聞いても理解できなかったし、ふたりの争いを眺めていても埒があきそうになかったので島が首を振って真田を見上げた。 「とりあえず頭を冷やさせるのが先ですかね」 「そうだな。それから始めるとしようか」  うなずいた真田が右手を差し出すと、どこからともなくバケツが差し出されその手に握らされた。  重さを確認すると真田は狙い定めて中味をふたりにぶっかけた。  じゃっぽん。  水音と共にわずかな時間静寂が食堂内を支配した。  文字通り水の滴る男にされたふたりへ真田は冷たい声をかけた。 「頭は冷えたか?それともまだ足りないか?」 「・・・いや、十分冷えた」 「・・・はい。冷えました」  水よりも真田の発する冷気で凍りつきかけてしまっているふたりである。 「で、原因は」  冷え切った声で問いかける真田とその後の古代と島の姿に艦内の真の序列を悟った新規乗員達である。  腕組みしている真田はまだ右手の中指にバケツをひっかけている。次はあれが直撃するのかと思えばケンカしていたふたりもさすがに言葉を選ぶしかない。 「いえ、その、つまり・・・積み込み予定の食糧をチェックしていたんですが、その中に『納豆』があったので・・・」 「は?」  平田の話に古代と島がキョトンとし、真田が全てを悟って顔をしかめた。 「平田、おまえ西の出身だったのか」 「わかります?やっぱり」  わからないはずないだろう、と言いたいところを堪えて真田は幕の内を見た。 「たしかヤマトでは以前から積んでいたはずだろ?なんで今になって揉めたんだ?」 「あ、あぁ、ヤマトは特務艦、ってことで最初っから規定以外の嗜好品も多く積まれていたんだ。その流れもあって、今があるんだが・・・」 「本来軍では納豆は御法度なんです。今回は訓練航海の一面もあるということなので、ある程度は嗜好品の積み込みを削って本来の形に戻そうという話になりまして、それなら当然納豆なぞ真っ先に削られて然るべきではないかとチーフに進言したのですが、聞き入れてもらえずに・・・」  上官の言葉を遮っての平田の言い分に再び幕の内がカッとなった。 「だからなぜ納豆なんだ!他に削るべき物は山ほどあるだろうが」 「食品でもない物を生活班の管轄で積んでいた今までが間違っていたんです!それを正してどこが悪いんですか!」 「ふざけるな!納豆は立派な日本の食文化だ!それを我々炊事科が管理しないでどうする気だ!」 「しかし規則で禁じられているのもたしかです!」 「その規則の方が間違っているんだ!だいたいヤマトは・・・」 「次は熱湯にするぞ」  冷え切った真田の声にふたりがギクリとして上げかけた手を下ろした。  まったくもう、と呆れるしかない真田であるがふたりの言い分もわからないでもない。 「しかし・・・」 「わかっている。だが幕の内、納豆を積むとなると今どきなら以前と違って確認しておくべき項目もあるぞ?いいのか?」 「あ?」  問われ、キョトンとした幕の内に薄く笑うと真田は古代を見た。 「艦長、納豆には何を混ぜる?」  急に訊かれて古代がえ?え? 「な、何って・・・醤油、でしょう?」 「カラシは?」  当然のような顔で島が聞き返す。その横から別の声。 「ネギでしょう?カラシとネギ」 「カラシなら昆布だしの利いたタレでしょう?」 「馬鹿言うな!納豆といえば当然塩だろうが!」 「何言ってんです!美味いのはキムチですよ!キムチ!あの辛みがこう・・・」 「そんなに辛くしたら納豆の味が消えるだろうが!」 「納豆ったらオクラに決まってるだろう!」 「んなもん入れるのか!?そんなにねばねばにしてどうするんだ!納豆には山芋降ろしが一番だ!」 「その方が粘りすぎて不気味だろーが!」 「そろっていいかげんな事言ってんじゃねぇ!納豆ときたら生卵!それと醤油!スタミナ付けるにもこれしかない!」 「どーしてそんなややこしい味にするんだ!」 「朝食なんだぞ!スタミナ付けないでどうする!」  見物していた一同を巻き込んでの論戦になってしまった様子を幕の内だけでなく平田も呆然と眺めている。 「イスカンダルへむかう旅の途中、正月に餅ついたよな。憶えてるか?」  苦笑したまま大騒ぎを見ていた真田が幕の内に話しかけた。 「あ、あぁ。憶えてるが」 「あの時、沖田艦長は餅つきは許可しても雑煮は許可しなかった。その理由は知ってるか?」  幕の内が大きくため息をついて肩を落とした。 「・・・これと同じ理由だったな」 「そういうことだ。これ以上の混乱を防止するためにも積まない方がいいんじゃないのかと俺は思うぞ」  ふたりに視線を戻してクスッと笑った真田にふたりも笑うしかなかった。 「そうだな。これに『食い物じゃない派』も入るんだろうしな」  朝食の度に食堂で乱戦になったら目も当てられんな、と続けた幕の内に平田もクスクス。 「じゃ、削るということでいいですね」 「ああ。それが一番平和そうだ」  炊事科の結論がでたところへ現れたのはユキだった。 「どうしたの?何の騒ぎ?」 「ゆ、ユキ!君は納豆に何を混ぜるんだ!?」  勢い込んだ古代に訊かれてえ? 「納豆?納豆って、あの、朝食の?」 「そう!その納豆!」 「もちろんお砂糖よ。当然でしょ?」  にっこり笑ってユキは答えた。 「・・・軍で納豆が禁止されている理由ってのが、もの凄くよくわかった気がする・・・」  頭を抱えてテーブルに突っ伏している幕の内が呻くように言ったのに、何とも言えない顔の真田が頷いて同意した。 「さすがにあそこまでバリエーションがあるとは思わなかったな・・・」  そのふたりの前に平田がマグカップを置いた。 「料理の奥の深さを改めて思い知りました」  同じテーブルに座った平田の言葉に幕の内が顔を上げた。 「全くだな」 「それで・・・お礼といっては何ですが、食料積み込みに関して何かリクエストはありませんか?紛れ込ませられるようなものなら、検討しますよ」  言われて真田がおや。 「いいのか?」 「それくらいの役得がないとこの仕事の楽しみはないだろう?」  幕の内にまで言われておいおい。 「悪事に巻き込むなよ。これでも俺は副長なんだぞ」 「悪事とはなんですよ。権利と職権を利用しているだけじゃないですか」  普通はそれを悪事と言うのだが、自分の好みを優遇してくれるということを規制するほど真田は規則人間ではナイ。  利用できるモノは上官でもコキ使うし、賄賂はありがたく受け取って便宜は図らないのが主義である。 「じゃ・・・果物でドリアン、缶詰のシュールストレミング、紅茶でラプサンスーチョンなんかを」 「「却下!!」」  異口同音でふたりそろって間髪入れずに拒否した。 「臭気爆弾積み込んでどーすんだ!」 「クサヤの干物とたいして変わりは・・・」 「あれも積まないんです!それ以上のモノ積み込んで、乗員の嗅覚潰す気ですか!」 「そうかぁ?なかなか美味いんだけどなぁ。それに臭いも慣れればどってこと・・・」 「そんなレベルの話か!」  自分達はもしかしてとんでもない上官を持ってしまったのではないのか、と幕の内と平田が悟った瞬間だった・・・                       えんど(^^;) 注・ ドリアン。  知ってる人は知ってるが、こいつを輸送するときには密閉を三重くらいにする必要がある。それでも場合によっては臭いが漏れてくるんだな(^^;)  室内で切り分けるのはかなりの勇気が必要な果物である。もっとも住宅密集地の庭で切り分けるのも結構勇気がいるかもしれない(爆)しかし非常に美味なことはたしかである(^^)  一緒にブランデーを飲んだ場合、あの世に行く危険があるとも言われているらしい。 シュールストレミング。  これを室内で開けるのは通常自殺行為と分類される。ホテルの部屋でやろうものなら確実に損害賠償を請求されるであろう。なんたって地元でさえ専門レストランは期間限定の屋外(^^;)    世界最強の臭気を持つニシンの缶詰である。 ラプサンスーチョン。  ほどよく有名な紅茶。通常紹介文には「松の香り」と表現されているが、日本文化に育まれた者にとっては「正露丸の香り」といった方が遙かにわかりやすいであろう(爆)  この茶葉を入れるのに一度使った缶、あるいは茶筒は二度と他の茶葉を入れられないとまでいわれているほど強烈な香りを持つ。 クサヤの干物。  本物は世界レベルの臭気食物である。過去、ドイツの某都市で日本から空輸してもらったこいつを焼いて大騒ぎを起こした日本人は実在する。以来その都市では日本人が相手の場合賃貸契約書に「室内でクサヤの干物は焼かないこと」という一文が入るようになったとか、ならないとか。   納豆。  醤油から砂糖まで、全部実話(^^;)  最近見つけたのは納豆のチョコレートコーティングスナック。  怖くて食えないでいるので、誰か味見して報告して(自爆)   -------------------------------------------------------------------------------- top/画廊/オリジナル小説/亜瑠さん部屋/掲示板2/宮崎画別館/リンク --------------------------------------------------------------------------------