夏の思い出 [亜瑠] -------------------------------------------------------------------------------- 夏の思い出 *その1*   by亜瑠 --------------------------------------------------------------------------------   彼が風邪をひいて寝込んでしまった。  最初にパニックを起こしたのは当然特務部だった。 「ど、どーする!?」 「どーするもこーするもあるかよ!」  おたおたする後輩を怒鳴りつけたのが新米。 「と、とにかく今やってるのはそのまま続けるんだ!」 「で、でも問題が出たら・・・」 「出さないでよ!ンな時にンなモン!」 「見なかったフリに決まってるだろ!」  澪と徳川も怒鳴りつけて後輩を落ち着かせようとするがこの動揺はさすがにちょっとやそっとではおさまりそうにない。 「だから作業は止めるな!問題は出すな!ンなことが知れたらあの人のことだ。幽体離脱してでも怒鳴りに出てくるぞ!いいな!?」  それが単なる言葉の綾でも冗談でもないことを彼ら一同は知っている。 「お、おう!」 「はい!」  必死の顔になった後輩を見回して新米が再び怒鳴った。 「なら仕事に戻れ!いいな!三日だ!三日だけなんとしても乗り切るぞ!」 「は、はい!!」  従って科学局が大混乱になった。 「なんだとぉ!?」 「そんな馬鹿な!」 「ありえるはずがない!」  報告を聞かされた局長以下の幹部一同が思いっきり否定したくなる気持ちはわかるが事実は事実。  それにしてもあんまりな言われ方をしているような気がしたのは特務部長の代理で出席していたフランシアの気のせいではないだろう。 「では特務部の抱えている作業は・・・」 「現在進行形のものはとりあえずそのまま進めていく予定でいます。しかし、その後の新規のものとなると若干の遅れをみるのではないかと・・・」  言い終える前に怒鳴られた。 「ならウチのプロジェクトはどうなる!」 「後回しに決まっているだろうが!こっちが先だ!」 「ふざけるな!重要度はこっちの方が遙かに上だぞ!」 「最初っから特務部をアテにして予定を組むからそんなことになるんだろうが!ウチなんか・・・」  ケンカを始めてしまった上官一同をため息混じりに見守るしかないフランシアだった。  結果として司令部が大騒ぎになった。 「・・・そうか・・・あの男もやはり人間だったのだな・・・」  しみじみとした口調で司令長官がつぶいた。 「納得しておられる場合ですか!」  参謀長に怒鳴られて、およ。 「科学局がパニックを起こしているのですぞ!明日には影響が拡大するのは必至!このまま放置しておけば開発部門の大混乱は目に見えております!」 「し、しかし風邪の特効薬がない以上、自然治癒を待つしか・・・」 「それでは遅いのです!」  詰め寄る参謀長にビビる司令長官。そこに割って入った別の声。 「参謀長!彼がひいたということは・・・まさか!?」 「恐ろしいことを口にするな!そんなことにでもなったら・・・」 「ありえない話ではなかろう!大至急隔離命令を!」 「手配を急げ!」 「ええい!自宅療養などまどろっこしい!軍病院のICUに収容してしまえ!」  ・・・何でたかが技術者ひとりが風邪ひいてちょいと寝込んだだけのことをここまでの騒ぎに仕立てることができるのだろう・・・ひとり古代守があきれ果てながら参謀会議を見守っていた。 「てな状況になってるんでとっとと治してさっさと復帰するように」  てんこ盛りのおじやの入った土鍋をでん!と置かれながらのセリフにベッドの主が頭痛を感じてしまってもそれは正当な権利だろう。 「これ以上悪化するとさらになに言われるかわかったものじゃないし」 「たかが風邪ひいてちょっと寝込んだだけでなんでそんな騒ぎに・・・」  ブツブツ言っていたら口から体温計を引っこ抜かれた。 「38度6分ね・・・まだちょっとか」  枕元にほったらかしてある解熱剤を適量取り出して脇へ置く。 「しかたないでしょう?実働部隊の半分は山崎さんの配下なんですから」  すかっと言って返した特務部長だった。  ちなみに真田本人はと言えば実働部隊の残り半分と新規開発の3分の2を直属にしているのだが。  ブツブツ言いながらも山崎がおとなしくおじやを食べ始めた。 「ま、これに懲りてウチをアテにしてくれなくなるとありがたいんですがね」 「それは無理だと思うぞ」  言いながら姿を現したのは古代守だった。 「真田にうつったら困るから接触禁止令を出せ!って本気で長官に迫る連中がいるくらいだからな」  頭痛が酷くなった気がする。 「絶対少数に頼り切るとエライ目にあうぞ、おい」 「今あってるところだ。対応は思い切り間違っているけどな」  でん、とイスに座って古代が持ってきたリンゴを切り分け始めた。 「ったく。で、その騒ぎをほったらかしてなんで部長ともあろう人が病人の昼食を作りに来たんだ?」 「風邪だけでも大問題になってるのにこれに輪をかけて食あたりだのなんだので腹下しまで起こしたらそれこそ寝る暇もなくなりそうですからね。その防止のためですよ」  ぬけぬけと言ってのける真田だった。 「これで君までひいたらどうなるんだろうな」 「あー、そん時は地球防衛軍全軍が臨戦態勢に入るでしょうね」  ウサギと化したリンゴを皿に並べている古代。 「この時とばかりにガルマンガミラスとボラーが攻撃してくるかもしれないってな理由でね」 「人をなんだと思ってるんだ?おい」 「そういう無責任発言は先月の暗殺未遂者の数を見てからにするんだな。・・・ところで真田、俺も腹減ってるんだが」 「キッチンにカップラーメン置いたる。それでも食ってろ」  健康な者には薄情な真田であった。  夕方また来ますね。そう言い残してふたりが一旦山崎の官舎を後にした。  それを見送ると山崎はやれやれとため息をつきつつベッドに横になった。  こんな時期に風邪とはな・・・と改めて自分に呆れる。  平日のこんな時間に自宅のベッドにいるなど何年ぶりのことだろう。  健康だけには自信があったんだがなぁ・・・とひとりぶつぶつ。  に、してもどこからもらったのだろう?  最近忙しくて夜遊びはしていないし、人混みの中といってもいつもの連中の中だったし。  考えても思い当たる節が浮かんでこなかったのであきらめて一眠りするために山崎は目を閉じた。 「んでどーなんだ?」  ハンドルを握りながら古代が訊いた。 「インフルエンザとか言わんだろうな?」 「正真正銘、ただの風邪だ。三日も寝ていれば完治する。・・・問題がなければな」  真田の方はそれほど心配していなかった。 「モンダイ?」 「どっかの馬鹿が間抜けたことやって引っ張り出されるハメになったり、ヘンなもん食わされて脱水症状起こさなければ、だ」 「・・・なるほど」  やっぱりおまえの部下だもんな、と深く納得した古代であった。 「まー、とにかくおまえはうつるなよ。これ以上の騒ぎになるからな」 「だから人をなんだと思ってるんだよ」 「暇なんだよ、司令部も」  平和なんだよなぁ・・・としみじみ思う現役軍人のふたりであった・・・ 「さっさと基盤整備が一段落ついてくれれば俺も一休みできるんだがな」  助手席でため息をつく真田に古代が笑った。 「一休みして?おもむろに太陽系征服でも始めるのか?」 「悪くない考えだな。手伝ってくれるなら成功後おまえにやるよ。その代わりに年金と研究所よこせよ」 「そうだな。大帝にしてもらえるなら考えておこう」  言って、ふたりが大笑いした。  お互い『こいつが言うと冗談に聞こえないんだよな』と思いつつ・・・  科学局特務部。  地球防衛軍の内部にあっては誰もが『ああ、あの・・・』とうなずく部署。  どんなモンダイでもそれが技術的なものならば大概なんとかしてしまう才能と能力の持ち主が集められているところ。  より正しくは『能力はあるが、性格がそれに反比例している連中の吹きだまり』と言われているのだが。  まぁ親玉が『その気になれば6時間で太陽系を壊せる』真田なのだから仕方がないのかもしれないが。  とにかく、いまだ再建途上にある地球防衛軍にとっては極めて便利に使い回せる集団なのである。  その分、取り扱いに注意が必要、とも言われているのだが・・・  で、今回その実働部隊の半分を仕切っている部長補佐がダウンしたのだから影響は深刻。  平和で暇な司令部が心ワクワクと騒ぎに仕立ててもある意味、当たり前だったりするのである・・・  科学局に戻った真田を待ちかまえていたのは大量の依頼書だった。 「・・・なんだこれは」 「『ウチを優先するよーに』というお願いの束です」 「送ってこなかったところを優先するように通達」 「は」  こんなにこき使うならその分給料も上げてくれと言いたいところである。 「山崎さんのとこが抱えていたのはいくつだ?」 「ちょっと待ってください。え〜〜っと・・・」  ひとり一仕事でないのでチェックも一仕事である。 「動いているのは18件ですね。うち4件はもう終わりかけています。3件が手を付けたばかりで、次に待機しているのが7件。で、揉めているのが・・・14件」  そんなものかと思いつつ、自分の抱えている分をチェックする真田だった。  まぁウチに回されるので揉めない方がおかしいんだし、と。 「あ、それで新米先輩と澪さんがひとモメ終わったとこだったので手を貸しに出てます」 「ということはふたりの件は終わったんだな?」 「あとは残務処理なので本来の部署に戻したそうです」  こんな時にはあいつらもそれなりに頼りになるようになったか、と内心喜びつつも顔には出さない。 「手の施しようがなくなる前に連絡しろと各部署に伝えておけ」 「はい!」  バタバタと動き出した中でひとりが真田に訊いてきた。 「あの・・・それで山崎さんの具合は・・・」 「ん?まだ少し熱はあるが心配するほどじゃない。三日も寝ていれば治るさ」 「そ、そうですか・・・」  三日「も」かかるのか、と内心真っ暗になったのが何人もいたことは知りたくない真田であった。 「・・・というわけで回復まで三日の予定です。今のところ特務部長は元気なので特にモンダイはないと思われます」  古代守の報告に参謀一同は内心つまらん、と思いつつ表面上はやれやれ。 「土日を挟みますので来週の月曜には仕事に戻れそうとのことです」 「大事にならずに済みそうだな」 「ならいいのだがな・・・」  ぼそっとつぶやいたのは司令長官その人。 「長官?」 「いつものパターンだと・・・いや、忘れてくれ」  言いかけて止めてしまったがその先を予想しない一同でもなかった。 「・・・『本当に』何事も起こしてくれないことを祈っているぞ・・・」  しかしまぁ地球上においては古来より平和を求める祈りというのは神も仏もアッラーも無視するものと決まっている。  間違って叶えてやろうと思ったとしても他の何かが横槍を入れてきて余計悪化するのは歴史が証明している。 よって、そんなことを祈ろうものならまず間違いなく揉め事が発生するのが世の常なのである。 「で、どこまでこじれたんだ?」  歩きながら訊いた真田にすかさずディスプレートが差し出された。 「これくらいなら・・・」 「部長!うえーーーー!!!」  限りなく悲鳴に近い叫びが響き渡った。  ど・しーん!!  二重の意味を持った悲鳴が飛び交った。 「ぶちょうー!」 「真田さーん!」 「い、生きてますよね!?」  もうもうと埃の立ちこめる中、駆け寄った彼らの目に映ったのは床に倒れ伏している制服だった。  まさか!?と蒼白になった一同の耳に声が届いた。 「・・・勝手に殺すな」  埃がおさまる。倒れている奴の後で座り込んでいる真田がいた。 「よ、よかったぁ・・・」  ホッとしてへたへたとなった連中の耳に届いた別の声。 「ひとりくらい俺の心配もしてくれよなぁ・・・」  恨みがましい言葉と共に倒れていた板東も起きあがった。 「しかたないだろ。モノには順序ってものがあるんだから」  誰かの返事にどっと笑いが上がり、ようやく気配が和らいだ。 「まったく、何落としたんだ?」  やれやれとため息をつきつつ真田が立ち上がった。 「っとに誰だよ。危ねーな」 「部長に何かあったらどうすんのよ、もう」 「あの騒ぎが司令部に知れました」  山崎に代わり、補佐役を務めることになって喜々としているフランシアの言葉に真田がキョトン。 「知れた?で?」 「護衛を送り込まれました」 「・・・なぜそうなる」 「だから司令部も暇なんだよ」  ぬっと顔を出したのは空間騎兵の斉藤だった。 「空間騎兵も、だろ?」  まったく、と真田が肩を落とした。 「ウチの連中、今気が立ってるからな。ちょっかいかけるなよ」 「安心しろ。俺も命は惜しい」  どう考えても殴り合いで勝ち目がないのだ。当然特務部側は最初から武器を持ちだしてくるだろう。それも「特務部の」対人兵器である。斉藤としてもその効果を自らの身体で試してみたいとは思っていない。  そもそも真田に護衛がいるのか?というきわめて基本的で巨大な疑問もあるのだが、その辺は平和な世の中、暇なヤツにタダメシ食わせておかないで雑用くらいさせてやろうという司令部の「ありがたい」配慮なのだろうと思うことにした彼らであった。 「じゃ、さっそく働いてもらおうか」  来い、と真田が斉藤を伴って再び現場へ戻っていった。  連れていった先は今が山場の作業現場。  主任格を何人か呼んで真田が単純に経過を説明して後、さっくりと言ってのけたのは 「と、いうわけでいい荷物運びができた。存分にこき使ってやれ」  だったのでもちろん斉藤が驚いた。 「おい!」 「軍で一番忙しい部署へ来て昼寝できると思うのが間違いだ」  冷たく真田が言ってのけたので澪がニコニコ笑いながら近寄った。 「じゃ、早速お願いしますね」 「人をなんだと・・・」 「ほーお、隊長、おまえさんここでその態度の取れる立場か?」  畳みかけた真田のさらに冷たい言葉に斉藤がギク。  腕組みしてニコニコ笑ってはいるが目が笑っていない。その冷え切った真田の視線が今だ忘れきれない過去をありありと斉藤に思い出させた。  意地の張り合いの結果、地球防衛軍の大半が真田を敵に回してしまったそもそもの元凶のひとりとしてまだ当分は真田に強気に出れない斉藤である。 「・・・わかった」 「働き如何では晩飯くらい食わせてやる。んじゃ」  てなわけでしっかりこき使われるハメになった斉藤であった。 「・・・部屋が狭いわね」  つぶやいた澪に山崎が苦笑した。 「また大男ばかり3人もいてはね」 「機関長、あんた自分の体格の自覚はねぇのか?」  テーブルについている山崎の前には澪と真田と古代守に斉藤始。  2メートルに届きそうな身長とそれに相応しい体躯を持つのが3人もそろっていれば8畳間も狭く見えて当然。しかも部屋の主もそいつらに劣らない体格の持ち主なのだから、斉藤の言葉に反論はできない。 「に、してもなんでメシ作るのが技師長なんだ?」  斉藤が素朴な疑問を発した。 「こういう場合、フツーは美少女の手作りってのが相場だろう?」 「外見に対しての褒め言葉はありがたく受け取っておこう」  真田が鍋を片手に重々しくうなずいた。 「確かに澪は外見は母親似だ。育ての親の俺が言うのも何だがしっかり美少女だと思う。しかしだな、産ませの父はあれなんだからな」  指さす先には古代守。 「俺は山崎さんを脱水症状で入院させたくないんだ」 「そこまで酷くないわよ!」  皿を手にした澪が怒鳴るが養父はふん。 「いらん見栄をはるな」 「ぶ〜〜」 「・・・そんなに酷いのか・・・?」  訊かれた古代が悲しげに首を振った。 「体験してみるか?」  山崎の前に真田手作りの雑炊が置かれる。 「すぐにわかる。おまえらの分作ったのは澪だ」 「真田!てめー俺まで病人にする気か!」 「お父さんまで!なによそれ!!」  さすがの斉藤が考え込んだ。 「胃袋には多少の自信はあるが・・・」 「た・い・ちょ〜?」 「ともかくさっさと食え」  相変わらず健康なヤツには冷たい真田であった。  テーブルの上には一見真っ当な外見の料理が並べられ、食べられるのを待っていた。 「すっかり世話になってしまったな」 「なら早いとこ完治してくださいね」  今日だけでもみんなパニック起こしたんですから、と澪が笑って山崎に言い返した。 「2,3日いないのはいつものことだろう?」 「病気と出張とは違いますよ。『絶対に呼び出せない』って思うとみんな緊張しちゃってまっさおになったんですからね」 「そうそう。それで技師長まで何かあったら一大事、ってことで俺まで呼びつけられたんだからな」  大男4人と美少女ひとりの5人が和気藹々と夕食に取りかかったのであった。   -------------------------------------------------------------------------------- 夏の思い出 *その2*   by亜瑠 -------------------------------------------------------------------------------- 「特務部がどーしたって?」  遅い夕食を取りながら山本が訊くと加藤三郎がうなずいた。 「山崎機関長が風邪ひいて寝込んだんだとさ。それでパニック起こしてるらしい」 「なんでまた」 「抱えてる仕事が多すぎるんだよ、あのへんのふたりは」 「・・・なるほどね」  ラーメンをすすりながら納得した山本である。 「んで?それと俺達とどう関係があるんだ?」 「そのパニックのせいで新型の試作機の最終チェックが遅れそうなんだとよ」 「だとぉ!?」  瞬間、テーブルに手をついて立ち上がり、加藤に詰め寄って胸ぐらを掴み上げようとしているあたり、やはり地球軍のエースパイロットとして名を馳せている山本だけはある。 「な?関係あるだろ?」 「加藤!おまえそれでよく落ち着いてられるな!」  戦闘機のこととなると目の色が変わるのがこのふたりである。 「ちゃんと手は打った」  相棒の反応は予想できていたので加藤はニヤニヤ笑いながらも伸ばされて襟首につかみかかろうとしている山本の手を避けていた。 「最終便で四郎を送りつけた。しっかり泣き落としてくるよう言い含めてな」 「役に立つのか?」 「技師長に泣いてしがみつけるのは直属以外ならあいつくらいなもんだぞ」  その結果まわりの連中に殴り飛ばされる可能性というモノを完璧に無視してるなと思いつつも口に出さずに山本は素直にうなずいた。 「それもそうだな・・・」  なんといっても殴り飛ばされるのは加藤四郎であって自分ではないのだから。 「ついでにネコの手程度には役に立つだろう」  と思いたい無責任な実の兄貴である。  とりあえず納得したので山本は座り直して再びラーメンを食べ始めた。 「ところでよ、あの噂本当か?」 「噂?」  フイに山本に訊かれ、トンカツに噛みつきかけていた手を止めて加藤が聞き返した。 「なんの?」 「四郎が澪ちゃんとそれなりの仲ってヤツ」 「山本」  加藤が急に真顔になった。 「俺も一応は兄貴としてあいつの健全な幸せを祈ってる。しかしだな、あのダブルパパを敵に回す勇気を持てるとは思わん」 「・・・だろうな・・・」  同時刻。タイタン艦隊本部。 「特務部の山崎?というとあのマッドエンジニアか?ヤツがどうした?」  訊いたのは私室で就寝前の一杯を楽しんでいた艦隊司令の土方。 「地球の司令部からの裏電によりますと、風邪ひいて全治三日だとか」  持ち込んできたのは情報と引き替えに御相伴を期待した副官。 「あれが風邪?・・・なるほど、地球のあの辺は今は夏だな」  それで納得するのも困りものかも知れない。 「まぁ来週には復帰できるそうですが、あおりで特務部の抱えている仕事が滞っているらしいです」 「フム、それは困るな」  しばしグラスを傾けながら考えた後、土方は副官にオンザロック一杯と引き替えで関わりのありそうな作業の一覧表を持ってこさせた。 「結構あるな」 「そうですね。ただ、これとは別に真田部長が忙しくなった分、新規開発の方が止まりかけているとか。あ、本日午後にはいつもの暗殺未遂も発生したらしく、空間騎兵の斉藤が科学局に派遣されてます」  一覧表を眺めながら再びフム、と土方が首を傾げた。 「・・・となるとあいつらのことだ。まともにメシも食ってないだろうし・・・親分がふたりそろって、となるとまた遅れが出そうだな」  そう簡単に死ぬような連中ではないと思い知らされているので生命の心配は『全く』していないのだが、新造艦の完成が遅れるのは非常に困るので手を打っておくことにしようと決めた土方艦隊司令であった。 「地球へ通信回線を開け」 「は」  どこもかしこも暇なようで・・・  そして再び地球。  古代守はため息と共に同居人を見た。 「やっぱり幕の内に頼むか?」 「それも一度は考えたんだがな」  真田がため息を返した。 「本人に興味がないのに押しつけても憶えないだろう?」 「しかし・・・そのうち俺達まで病院送りになりかねんぞ」  古代の視線の先では斉藤が青い顔で腹を押さえてうめいていた。 「これは・・・警告したのに見境なく食ったせいだろ?」  一応は教育責任者として義娘をかばった真田だが、もちろん当の澪はぶ〜〜である。 「なによー、多少の自信はある、なんて言ってたくせにだらしないんだから」 「そーいう問題じゃねぇだろ!」  青い顔で怒鳴る斉藤の様子に古代守が決意した。 「サーシャ、おまえ来月から幕の内に料理を習いに行け」 「なんでー!」 「おまえの名誉のためだ。このままだとユキの珈琲と並び称されることになるぞ。それでもいいのか!?」 「・・・いくない」 「決まったな」  じゃ、幕の内に電話を・・・と思っているとドアホンが鳴った。  今どき誰だと思いつつ真田が出てみると加藤四郎が半分べそをかきながら立っていた。 「ど、どーした?」 「技師長〜〜」  抱きついて泣き出した加藤弟にギョッとしたが、次の瞬間には澪が引きはがし、蹴り飛ばし、叩きだしてドアを閉め、鍵までかけていた。  その早業に古代家の血を感じた真田と、真田の教育成果を感じた古代守。どちらの責任がより重いのかはまだ誰も知らない。 「さ、義父さま、お茶にしましょ」 「技師長〜〜開けてくださいよぉ〜〜」  ドア越しに銃口を向ける娘に頭痛を憶えつつ古代が割って入った。 「おまえら中に入ってろ。俺が出る」 「まかせる」 「撃ちたい!」 「ドアの修理と廊下の掃除は誰がするんだ?」  真田が義娘を引っ張って居間へと戻っていった。  それを見届けてから古代がドアを開けた。 「で、どうしたんだ?」 「兄貴におっぽり出されたんです。技師長泣き落としてこいって」 「撃ち殺されてこいの間違いじゃないのか?」  ため息と共に古代は四郎を室内に招いた。 「試作機のテストならどうやっても早まらないぞ」 「そこをなんとか・・・!」 「ならんな。まかり間違ってできたとすると他が全部止まる。おまえ、土方司令に言い訳しに行くか?」  四郎が言葉に詰まったとき居間で電話が鳴ったのが聞こえてきた。  当然でたのは真田だった。  相手は土方だった。 「無理です」  顔を見た瞬間に真田は口走っていた。  訊かれる前に答えられ、土方が笑った。 『まだ何も言ってないぞ』 「言われなくてもわかりますとも。無理です。絶対に、不可能です!」 『君からそのセリフを聞くとは思わなかったぞ』 「悪魔にだって不可能はあるんですよ?」 『不可能を可能にするのが君の趣味だろうが。それを期待しているだけだぞ』 「人を人外みたいに言わないでくださいよ。だいたい他全部敵に回す度胸はありません。どこも公平に遅れさせてもらいます!」 「・・・真田さんってまっとうな人間でしたっけ?」  ぼそっとつぶやいた四郎に古代が複雑な顔をむけた。 「それは俺が10年以上に渡って解けずにいる疑問なんだ」  べき。 「おまえら!聞こえてるぞ!」  振り向いた真田が怒鳴った時には古代の頭をかすめた分厚い電話帳が四郎の顔面に張り付いていた。 「とにかく!3日や4日遅れたところで事態に影響はないはずです!『絶対に』不可能ですからね!」  将官相手にここまで強気に出れる佐官というのも極めてごく少数であろう。  真田の言葉に土方が笑ったままうなずいた。 『わかったわかった。そう怒るな。他が抜け駆けしていなければそれでとりあえずはかまわん。で、あいつは本当に三日で治るんだろうな?』 「それ以上かかっていたら本気でICUにぶち込まれそうですからね。今のところ風邪だけですから大丈夫だと思いますよ」  まったくもう、とブツブツいいながら真田が電話を切った。 「どいつもこいつも人をなんだと思ってやがる」 「しかたねぇだろ?結局それだけの実績を持ってるんだからな」  胃薬を飲みながら言ってのける斉藤にうんうんと同意する古代と四郎。 「好きで持ったわけじゃない!」 「まぁそう怒らないでよ。ね?」  澪がクスクス笑いながら義父にオンザロックを差し出した。 「そういえば君はどこに泊まる気だ?」 「・・・最終便で兄貴に放り出されたもんでまだ決めてないんです」  古代の問いに対する四郎の答えに頭痛がしてきた真田だった。 「なら斉藤と山崎さんのとこに泊まれ。夜中に悪化しないか診ていろ」 「なんだよ。ここじゃダメなのか?」 「これでも父親なんでな。嫁入り前の娘のネグリジェ姿をその辺の野郎に見せてやるほど心は広くない」 「ちょっとまて!ガキのパジャマ姿なんか頼まれても見たくねぇぞ!」 「斉藤」  真田に言い返した斉藤の肩を古代がポンと叩いた。 「だから外見は母親似だと言ったろう?これでも80のCカップだぞ?」 「・・・それならちっとは・・・」  げし×2 「古代、貴様それでも産ませの父か!?」  古代の顔をソファにめり込ませた真田が怒鳴る。 「その腕で本気で殴るなぁ!殺す気か!?」  ちなみに殴られたもうひとりである斉藤はしっかり壁に叩きつけられて伸びていた。  で、朝になって話を聞かされた山崎が笑うことになったのである。 「艦隊本部も暇だったわけだ」 「その暇な連中に振り回される身になってください」  いらないストレスが溜まりそうだとブツブツ言いながら真田がオートミールを山崎の前に置いた。 「しっかし機関長が風邪ひいたくらいでこれなら技師長がひいたらどうなってたんだ?」  フレンチトーストを作っている斉藤の隣でスクランブルエッグを作る古代が答えた。 「もの凄く考えたくない状況が発生することは確かだろうな」 「だから絶対少数に頼るなと言ってるだろうが」 「牛乳とグレープフルーツジュース買ってきましたぁ!」  四郎が紙袋を抱えて帰ってきた。 「おう、御苦労。ちょうど飯もできたぞ」 「・・・ますます部屋が狭くなったみたいね」  皿を出している澪のつぶやきに真田がやれやれ。 「これ以上長引いたらもっと狭くなりそうな気がするな」 「なら明日から戻るか?もう熱も退いたぞ」 「で?こじらせて来週一週間潰す気ですか?」  冗談じゃない、と澪まで反対に回る。  昨日と一昨日とでどんだけ騒ぎになったと思ってるんです?と言われて苦笑するしかない。 「ま、そんなわけですから明日までのんびり休み取ってた方がいいですよ」  スクランブルエッグ大盛りの皿を持った古代が笑って言った。  じゃ、また昼食時に。そう言い残して出勤しようとした真田がふと思い出したように監視役の四郎にひとつの封筒を差し出した。 「なんスか?これ」 「とりあえず持ってろ。万が一使うような事態になったら俺が『なんとしても、直接』指示する」 「・・・はぁ」  そうならないことだけを切に願うがな、と複雑な表情で言うと真田は出勤していった。 「・・・中味なんだろ?」  封はされていない。見たい気がする。見たところで真田は怒らないだろうともわかる。万一の時には自分が使うハメになるのだから。  しかし同時に見るのがもの凄く怖く感じて四郎はそれをテーブルの上に放り出してしまった。  使うためには『あの』真田志郎の直接指示が必要なブツが入っているということなのだ。それすなわち使うような事態とは一般人の自分では絶対に考えたくないようなとことんロクでもない状況なのだろうから。  不気味な封筒よりも洗濯と掃除が先だと自分に必死に言い聞かせ、四郎は意識を逸らしたのだった。 「すまんね。掃除までさせてしまって」  どたばたしていると山崎が顔を出して照れたような笑いをむけてくれた。 「それほど汚れてないですからね。たいした手間じゃありませんよ」  兄貴や山本隊長の部屋に比べれば掃除する必要もないと思えるほどだったので四郎は本気でそう答えた。 「騒ぐほどの風邪じゃないんだから仕事に出てもいいんだがな。みんなして大げさに騒ぎ立てて何がそんなに楽しいんだか」 「最近平和ですからね」  クスクス笑いながら四郎は冷蔵庫からグレープフルーツジュースを取り出した。 「冷たいけど大丈夫ですよね?」 「ホットでは飲みたくないぞ」 「腹なんか壊されたら技師長に殺されますんで」  大笑いしてしまったふたりだった。   -------------------------------------------------------------------------------- 夏の思い出 *その3*   by亜瑠 --------------------------------------------------------------------------------  平和を満喫しているふたりと違い、科学局特務部は相変わらずドタバタしていた。  とはいっても「ドタバタしていない」特務部、という方がどちらかといえばまわりに驚かれるのであるが。  彼らが常態で平和で暇になったとき、地球防衛軍の再興が完了したということなのだが、まだそれまでは遙かなる道のりがありそうである。  ドタバタと指示を出している真田の元へ顔を出したのは幕の内だった。 「山崎のおっさん風邪ひいたって?」 「ああ、寝込んで三日目だ。いちお熱はひいたようだがな」  右手が報告書にサインしながら左手がキーボードを叩いて指示を出している。そんな真田の様子も慣れている幕の内は気にしない。 「で、おまえさんがメシ作りに行ってるそうだな?今日明日くらいは俺が代わろうか?」  おや、と真田が両手を一瞬止めた。 「いいのか?」 「古代がむくれてんだよ。『俺が風邪ひいた時にはほったらかしてたくせに』ってな」  笑っている幕の内に真田も笑ってしまった。 「当たり前だ。あいつが寝込んでも俺の仕事に影響はないからな」 「薄情な女房だな」 「誰が女房だ、誰が」  どうせ司令部があいつ経由で接触禁止令だそうとしたんだろ?と言い返すと幕の内があっさりうなずいた。 「暇なんだよ、どこもかしこも。ちなみに言ってきたのは艦隊本部だ。土方の親父の方だな」  まともなメシ食わせてやれってことの方だろなの同期の言葉を否定できるほど料理に造詣は深くない真田であるので苦笑しながらもうなずいた。 「なら頼む。加藤四郎が掃除番でいるはずだからあいつの分も頼む」 「わかった。で、この三日何食わせてたんだ?」 「俺の作れるモノだぞ?」 「・・・わかった」  それなりの付き合いといっても10年も続けていればその程度のことはわかる仲にならざるを得ないといういい見本であろう・・・ 「まったく、おまえまで出てくるとはな。どこもかしこもそんなに暇なのかよ」 「おまえらの仕事が終われば自動的に他が忙しくなるんだよ」  こっちはひたすら忙しいのに、と文句のひとつも言いたい真田に幕の内が笑って言い返した。 「なにしろ基盤が出来上がらないと話は始まらないからな」  ほれ、とどこからともなく取り出したポットからとぽとぽと紙コップに液体を注ぐと幕の内は真田の前に置いた。 「なんだ?」 「免疫強化剤と各種栄養剤入りのココアだ。飲んでおけ」 「・・・医務局の差し金だな?」  佐渡の差し金ならココアでなく酒だろう。 「味は真っ当なココアだ。俺が保証する」 「そしてさらにこき使われるわけかよ・・・」  右手の作業を一時中断して真田が素直にココアを一口飲んだ。  幕の内が保証しただけあって、たしかに味は良かった。 「ああ、古代から話が行ってると思うが・・・」 「料理の講習だろ?講義料は高いぞ」 「まともな料理を作れるようになってくれるなら安いもんだ」  あれだけ味を崩せるというのもある種才能なのかもしれない、とも思う真田なのであった。  材料一式を抱えて幕の内が現れたので四郎が驚いた。 「どうしたんです?」 「機関長にいつまでも寝込まれてると困る上層部からの命令さ。ほら、どけ」  さっさとキッチンに陣取るとてきぱきと調理を始めた幕の内にあっけの四郎である。 「おとなしく待ってろ。今日明日くらいちっとはまともなモノ食わせてやるから」   「・・・床抜けない?」  澪の一言に思わず全員がお互いを見てしまった。 「そこまで手抜き工事はしていないはずだぞ」 「そーいう意味じゃないんだけど・・・」 「なんだ?床が心配で俺の作ったメシが食えないとでも言うのか?」  幕の内が運んできたのは団子鍋だった。 「階下の人命より自分の胃袋だな。俺は食うぞ」  真っ先に古代が宣言した。 「長引かなくても狭くなったな」  笑う山崎に真田が肩を落とした。 「ウチ以外は全部暇な証拠ですよ」 「てーより技師長ンとこ『だけ』が忙しすぎるんじゃねぇのか?」  昨日に引き続きこき使われてしまった斉藤の一言に古代がしかたないさ、のため息。 「『不可能を可能にする集団』って呼ばれるようじゃ誰だってコキ使いたくなるだろ?」 「それを命令で押しつけられる方の身になれ」 「文句言いつつ全部こなしてるんでしょ?だから人外扱いされるんですよ」 「・・・斉藤、二人前食いたかったらそのボン窓から放り出せ」 「お、すまねぇな」 「わー!参謀、助けて!」  斉藤につまみ上げられかけた四郎が慌てて古代の背中に駆け込んだ。  笑って年少の友人達を眺めていた山崎だったがフイに奇妙な光景だな、と思った。  この部屋に集っている連中の関係をすぐに理解できる者がどれくらいいるのだろう? 「どうしました?」  山崎の前に小分けした小鉢を置きながら幕の内が訊いた。 「いや・・・このメンツの繋がりを考えたらね」  その道ではトップクラスの、一線級ばかりが顔を揃えているのだ。 「よく考えたら凄いのがそろってるなと思ってね」 「そのメンツを揃えることのできた部屋の主はなんなんですよ」  笑って幕の内が言い返した。  穏やかな、和気藹々とした室内。 「さ、冷めないうちに食べましょ」  少女の一言に男たちがテーブルについた。 「明日さえ乗り切ればなんとかなるのね?」 「そういうことになるだろう。しかし酷い三日間だったな」  ため息をつきつつ箸を動かす真田に斉藤が? 「三日?まだ二日だろ?」 「その前日に熱出して午前のうちに早退してるんだよ。ほとんど一日いなかったみたいなもんだ」  仕事は山になってるし、だからといってほっとくと医者に行かないのが明白なのでそのまま帰すわけにもいかず、さすがの真田も数秒ほど優先順位をつけるのを悩んだのだ。 「んで呼び出されたのが俺だったんだからな」 「半径10キロを見渡したときに暇そうな奴がおまえしかいなかったんだよ」  ケロリとした真田の答が古代に戻る。 「なんだ、その半径10キロってのは。俺だってそれなりに忙しい身分なんだぞ」 「『茶でも飲みに来れるか?』で5分で現れたヤツが何言っても無駄だぞ」 「で、強引に病院に連れ込んで診察受けさせてここまで輸送したってわけか」  半分呆れながら幕の内がケンカになる前にふたりに割って入った。残りの半分はこいつらならそれくらいやるよな、という納得なのが付き合いの長さの証明であろう。 「しかし機関員に科学士官に戦闘士官か。あと航海士官がいたら戦艦動かせるな」 「主計士官もいることだしな」 「言ってると現れないか?」 「島さんならそんなに巨体じゃないからいいじゃない。それにどっちみち今地球にいないでしょ?」  澪がそう言った時、ドアホンが鳴った。  思わず硬直と静寂が一同の前を通り過ぎる。顔を見合わせ、視線の集中攻撃を受けた四郎が立ち上がり、インタホンに近寄った。 「・・・どちら様でしょうか?」 『雷電です。島航海長の名代でお見舞いにまいりました』  あっちゃ、と真田が目を覆い、幕の内が額を押さえた。 「島ももうちょっと軽いヤツをよこせばいいものを・・・」  そういう問題でもないのだが。 「倍量作っておいて正解だったな」  四郎につれられて見舞の花とケーキを抱えた雷電が姿を見せた。 「ったく、どこまで情報が広がっているんだ?」  苦笑しながら山崎が訊くと雷電が肩をすくめて笑い返した。 「太陽系中みたいですよ。冥王星から電話が届きましたから」 「でもなんでおまえなんだ?島さんなら真田さんに直接頼む気がするけど」 「『どうせ看病してるだろうから頼んでも意味ない』ってことです」  四郎の問いに笑って雷電が答えた。  確かにそうだよな、と一同が納得する。  まぁ座って食え、と招かれて雷電も座り込んだ。 「で『最低でも5人はいる』と言われたので・・・余裕を見て15人分買ってきたのですが」 「たしかに計算は間違っていないな」  古代がケーキの箱を受け取った。 「食後のデザートにさせてもらうよ」  始業前に特務部全員を集めて真田が言い切った。 「今日一日を乗り切れ!そうすれば月曜からはなんとかなる!いいな!?」 「はい!」 「気を緩めるな!事故るとすれば今日だぞ!わかっているな!?」  わかっていてもタダでさえ気の弛む週末の金曜である。滅多なことでは発しない真田のハッパもそれを心配してのことであったが・・・  窓の外をぼんやり眺めながら山崎は間抜けな部下の心配をしないように意識を明後日の方向に向けることに苦労していた。  しでかすとしたらやはり今日だろうなぁと思う。それもとびきり悲惨なヤツをしでかしそうな気がしてならない。  もっとも、しでかされたところでここにいる自分が何かできるわけでもないのだが、その結果として発生するであろう月曜から後始末のことを考えると気も重くなるというもの。  ・・・何事もないことを祈るしかないのか・・・  目を覚ましていると熱が上がりそうだったので山崎は目を閉じ、眠ることに決めた。  その方がどう考えても精神衛生のためになりそうだったのだが・・・ 「機関長?・・・眠ったのか・・・」  様子を見に来た四郎がベッドの上の山崎が目を閉じているのを確認すると起こさないようにそっと部屋を出ていった。  そして一部の人々は思い知る。  やはり太陽系内において、平和を神や仏に祈ってはいけなかったのだったと。    鳴り響いた緊急通信に真田がギョッとして顔をむけた。 「どうした!?」 『第3ドックで爆発事故発生!15名が閉じこめられています!』 「屋上のヘリポートに高速機を回せ!俺が出る!」 『了解!』 「フランシア、後を任せる!」  言うが早いが真田が飛び出していった。 「状況は全てこちら経由で真田部長に回す!救助隊の出動はどうなっているか!?」  簡易装甲服を抱えた斉藤が真田に続いて高速艇に飛び乗ってきた。 「斉藤!?」 「一応護衛だ!」  一瞬の躊躇があったが真田はそのまま艇を発進させた。 『15名が閉じこめられたのは最奥の38番プラントです。三重隔壁が降りて連絡がつかなくなっていますが、そこが生きていますのでまだドック全体への電源供給は可能です』  フランシアからの連絡を聞きながら真田がざっと手元にデータを流した。 「生存反応は?」 『爆発は続いていますがその区画へ影響が及ぶ危険はひとまず収まったもようです。ですが発生している有毒ガスの流入までは押さえきれていません』  真田が顔がわずかに歪む。直接答えないフランシアに現場では既に絶望視されているのだと悟るしかない。 『まだ換気装置がフル回転を続けているのは確認されています。可能性は十分あります!』 「閉じこめられている連中の名前と所属はわかるか?」 『全員ウチの部員です』  返答を聞いた真田が思いきり悪態をついた。 「だから逃げ足だけは鍛えておけと言ってるものを!」  たとえ逃げられたとしても逃げないのが彼の部下だということをフランシアも横で聞いていた斉藤も知っている。閉じこめられた連中は逃げ損なったのではなく、逃げなかったのだろうということも。  自分達が逃げてその場所が破壊されてしまえば消火もその後の再生も難しくなるとわかっていて、守るために踏みとどまっているのだろうと。  わからない真田ではない。それでもそう怒鳴りたい真田の気持ちも理解できるフランシアと斉藤だった。 「技師長」 「・・・わかってる。だが、施設の再生はできてもスタッフの再生はできないんだぞ!どっちが重要だと思ってるんだ!あいつらは!!」 「あんたの部下だろ?そう簡単にくたばるつもりはないはずだぞ」  斉藤が真田の肩を押さえた。その肩がわずかに震えていた。  真田が顔を上げて外を見た。  黒煙と炎を上げているドックが大きく迫ってきていた。  夢を見ているような気がした。  夢だと思った。  どうせ見るならもっと楽しい夢の方がよかったなと思いつつも目覚める気もなくその夢を見続けた。  混乱している現場で走り回る技術者達と救助隊員。  そこへ駆け込んできた見知った顔。 「どうなっている!?」  真田が開口一番に訊いた。 「隔壁が上がらないんです!」  振り向きもせずに怒鳴り返したスタッフ。 「奥はともかく、この第一隔壁は無傷で上げないと・・・」 「システムは生きているのか!?」 「所々吹っ飛んでいますが大方無事です!」 「どけ!俺がやる!」  コンソールについていたのが弾けるように席を離れ、真田にその場を譲った。  あきらめたくない、あきらめきれないのは誰もが同じ。  少しでも可能性が残っているのならば・・・と。  ・・・なら中の連中ももう少しこらえてもらわないとな・・・  そんなことを思いながら彼は隔壁を素通りしてその奥へ向かった。   「ガスの濃度は?」 「上がってる。持たせて30分くらいかな・・・」 「外との連絡は?」 「ダメだ。取れない」  コンソールに向かっていたのが肩を落として手を離した。 「ここまで・・・かな?」 「死体になってまで部長にどやされたくないけどな・・・」 「思いっきりどやされるぞ。多分・・・」 「不可抗力なんだけどなぁ・・・」 「こんなことであきらめていて不可抗力もクソもあるか!」  いきなり怒鳴られて全員が驚いて振り返った。 「親父さん!」 「山崎さん!」  そこにいたのは山崎だった。 「部長はすぐそこまできている!だいたいおまえらが先にあきらめてどうする!ガスの流入口を閉鎖しろ!換気能力の維持を最優先にするんだ!」 「は、はい!」 「各システムの保安状況を再確認しろ!保守機構の動作を再チェック!急げ!」 「わ、わかりました!」   なぜ山崎がいるのかを疑う前に続けざまに怒鳴られ、命令されて慌てて彼らが再び動き出した。 「伝導系は生きているのか!?」 「無事です!」 「第一隔壁を残して第二、第三への供給はカットだ!」 「カット?」 「この期に及んでいちいち開閉するような手間をかける部長だと思うのか?」 「・・・了解!」  命令され、やるべきことを指摘されて全員が完全に絶望を忘れた。  まだあきらめることはないのだ、と。やってみることは残されていたのだと。 「上がるぞ!ガス濃度のチェックを忘れるな!」  真田の怒声の直後、分厚い隔壁がゆっくりと上がりだした。 「全員対ガス装備!救助隊員以外は退避していろ!」  立ち上がった真田に誰かがヘルメットと小型酸素ボンベを投げてよこした。ふと顔をむけるといつの間に来ていたのか古代守がいた。 「古代?」 「現場調査だ」  それだけ言うと先に走っていた簡易装甲服姿を追って上がりきらない隔壁を越えてゆく。 「ふたりとも!気をつけろ!」  人体に有毒なガスだけでなく爆発性のガスが充満していた場合のことを考えた真田だったが先頭の斉藤は気にしていない。 「だから俺が行くんだ!」 「おまえらがくたばったときに引きずるの、誰だと思ってるんだ!」  後を任せて真田も斉藤と古代を追った。  その彼らを追って完全装備の救助隊一個小隊が走る。  煙とガスの中を迷いもせず走った先に第二の隔壁が立ちふさがった。 「ガスの状態は!?」 『揮発性、引火性ともに確認されません!』 「ふたりとも下がれ!!」  聞くが早いが真田が膝を付き、背負っていた小型バズーカを構えた。  多少の爆発ではビクともしない隔壁である。誘爆の危険さえないのなら至近距離から砲撃を加えて一気に吹き飛ばすのが一番の早道だと心得ていた。 「ちょっと待てー!」 「うるさい!」  あわてて脇へ逃げようとするふたりを無視して天井と床を狙って続けざまに発射され、轟音が響き渡る。 「真田!てめぇ俺達を殺す気か!」 「おまえらがこれくらいで死ぬようなタマか!」 「さっきと言ってることが逆だぞ!」  起きあがりつつ怒鳴る古代に真田が怒鳴り返していたわずかな時間ののち、煙が薄れた向こうで傾ぎ、歪んでしまった隔壁が一同の視界に戻ってきた。 「参謀!下のは任せた!」  声とほとんど同時に斉藤の巨体が軽く弾んだように見え、同時にその横で古代の脚がふっと回されたようだった。  直後、どぅん!という鈍い音が響き、ふたりの向こうで歪んだ隔壁が床に蹴倒されてしまっているのを隊員達が知った。 「・・・あの・・・たいちょ・・・今、何が起こったのでしょうか・・・?」  呆然とした部下の声に救助隊長は首を振った。 「忘れろ。それが精神衛生上一番だ・・・行くぞ!」 「は、はい!」  至近距離でバズーカの直撃を2発も受けた後とはいえ、生身の人間が分厚い隔壁を蹴倒したなどという非現実的な出来事など、信じないのが当たり前なのだと自らの記憶に言い聞かせつつ、彼らは3人の後を追ったのだった。   -------------------------------------------------------------------------------- 夏の思い出 *その4*   by亜瑠 --------------------------------------------------------------------------------  三番目の隔壁の時には真田はもう膝を付こうともしなかった。バズーカを腰だめにしてそのままぶっ放すという荒技に出たのだった。  もちろん後に飛ばされかけたが古代と斉藤がふたりがかりで支えにまわり、負傷者の量産を防いでいる。  ・・・もっともその光景を目撃した救助隊員の精神的な負傷までは防げなかったのだが。    どぉん!という低い響きを感じて15人が顔を見合わせた。 「近い・・・よね?」 「でも爆発じゃないと思うけど・・・」 「それってやっぱ・・・り?」  敬愛する上官の無謀さを思い出すのに時間はいらない。 「全員ドアから離れろ!」  山崎の一声に慌てて部屋の一番奥へと走ったのであった。  そして、ドアが蹴倒された。 「全員無事か!?」 「生きてるだろうな!?」  飛び込んできてかけられた声に壁にへばりついて逃げていたのがわっとばかりに駆け寄った。 「部長!」 「真田部長!」 「怪我したのはいるのか?」 「いえ、全員無事です!」  その返事を聞いてようやく真田がホッとし、身体から力を抜いた。 「そうか・・・よかった」 「安心したところですぐ退避だ。急ぐぞ」  後から駆け込んでいた救助隊がヘルメットと小型ボンベを取り出している。 「しかしよくあきらめなかったな。たしかにおまえら真田の部下だよ」  呆れたような古代の声にえへ、と笑う。 「いえ、それは・・・山崎さんもいてくれたことだ・・・え?」  言いかけてようやく気がつくのがやっぱり真田の部下の証拠であろう。 「山崎さん?」  絶対にいるはずのない場所に間違ってもいるはずのない人物がいたのだ。 「・・・っておい!」  思い出して振り返った視線を追った真田達もそこに立つオッサンを見つけてしまった。 「「「「なんでここに!?」」」」  叫ばれてのけぞった山崎に真田があっと気付いた。 「なに幽体離脱なんかしてるんですか!」 「え?いや、その、これは・・・だから」 「だからじゃないでしょう!これ以上衰弱してどうするんです!」  詰め寄って怒鳴る真田を動くこともできずに見守る一同。 「すぐに身体に戻ってください!」 「しかし・・・」 「しかしじゃありません!本気でICUに放り込まれたいんですか!?だいたいこれ以上俺の仕事を増やさないでください!!」  ・・・そういう問題でもないんじゃなかろうかと思いつつも口に出す勇気は誰にもなかった。 「とにかく!今すぐ身体に戻ってください!!それとも・・・!」  真田が胸ポケットに手を伸ばすのを知って、山崎が一瞬青ざめ、あわてた。 「わ、わかった!」  壁際に追いつめられてへばりついていた山崎の姿がかき消すように消え去った。  もしかするとやらかすかもしれないんじゃないだろうかと予測していた特務部員でさえ呆然として『山崎課長の姿があった場所』を見つめたまま動けないでいる。  当然事情を知らない救助隊が真っ白になっていたが気にする真田ではない。 「何をぼけっとしている!退避だ!急げ!」 「は、はい!」  怒鳴られて正気に返った一同が慌てて走り出した。 「・・・参謀、今のはもしかして・・・」 「考えるな」  古代が斉藤の疑問を遮った。 「世の中には忘れた方がいいこともたくさんあるんだ」  そんな様子を気にすることもなく、真田はヘルメットの通信機を使い、外部との電話回線を開かせた。  かけた先は・・・山崎の官舎だった。  その頃、加藤四郎と雷電五郎は恐怖に怯えながら真田の残した封筒を握りしめながら壁にへばりついて震えていた。  なんだかんだと言われても加藤四郎もそれなりの戦闘を経験して生き残ってきた猛者である。  戦闘機を駆っての空中戦ならどんな乱戦にも立ち向かえる度胸も生き残る自信も持ち合わせているし、学生時代は真田と山崎に直接シゴかれたので白兵戦でも空間騎兵相手に立ち回る覚悟もある。  だがしかし、歴戦の勇者である兄貴や山本隊長も正体不明なハイパーマッドエンジニアである山崎も歩く銀河系の最終兵器と言われる真田も幽霊の大群相手のケンカ方法は教えてくれなかった。  雷電とて航海士官とはいえ選抜されてヤマトに乗り組み、生き延びてきた男である。多少の危機などではビクともしない精神を叩き込まれ、自らのものにもしている。  敵の大艦隊に囲まれての攻撃の最中でも冷静に確実に航路を読み取り、自軍の攻撃の効果が最大限に発揮できるよう航路設定してみせる自負もある。  だがしかし、今までどの教官も先輩も敬愛する島大介ヤマト航海班長でさえも幽霊相手の白兵だけは教えてくれなかった。  そして今、彼らの目前では大量の幽霊がベッドに横たわる山崎のまわりを飛び回り、うろつき、ポルターガイストを起こして暴れ回っているのだった。  そんなところへかかってきたのが真田からの電話。 「き、きょおかぁん!」  加藤四郎のその叫びだけで室内の惨状を認識してしまった真田。 『わかってる!封筒は持ってるな!?』 「はい!」 『まずNo.1と書いてあるのを窓に向けて投げつけろ!』  言われて慌てて封筒を開け、中に3枚の紙切れが入っていることを初めて知った。その中から隅っこにNo.1と書いてあるのを見つけると考えもせずに窓に向けて放り投げた。 『次に2と書いてあるのを山崎さんの額に貼り付けろ!』 「む、無理です!」  間髪入れずに四郎が叫び返した。とてもじゃないがそんなことは怖くてできない。 「だ、だって機関長のまわりには・・・」 『最後の一枚を握っていれば取り憑かれたりはせん!そのままほっとくと乗っ取りを食らって押し倒されて絞め殺されるぞ!それでもいいのか!?』 「絶対嫌だー!」  真田の脅迫を受け、悲鳴に近い叫びと共に四郎は飛び跳ねると、雷電を盾にして幽霊の束をかき分け、ベッドの山崎の額にお札を叩きつけようとしたのだった・・・が。  ふたりまとめて幽霊にはじき返されてしまった。 「き、教官!近寄れません!」 『なにぃ!?なんとしても貼り付けろ!さもないとおまえらの生命も保証できんぞ!』 「そ、そんなぁ!」  脅されたところで物理的に接近できないのだからどうしようもない。思わずそのまま逃げ出したくなったふたりだったが、そんなことをすればどのみち24時間以内に生きたまま地獄に放り込まれることになるのでそれもできない。  いったいどうすればいいんだぁ!と泣きべそをかきだしたときだった。 「これを貼れば良いのだろう?」  声と同時に四郎の手からお札と携帯電話をひよいと取り上げてそのままベッドへ向かった人物がいた。  あまり見覚えのないその後ろ姿にふたりが一瞬あっけにとられる。  入ってきた気配さえ感じなかった。それどころか、どうしてこの混乱と幽霊の大群の中を平然と歩けるのかと本当に人間なのかを疑ってしまった。  その人物は四郎と雷電が弾かれたあたりも平気で抜け去り、いとも簡単にぺたりと山崎の額にお札を貼り付けることに成功した。 「な・・・な・・・」 「真田君、貼ったぞ。後はどうするのだ?」 『そのまま電話の音量を最大にしてください』 「わかった」  耳から電話を離し、その人物は音量を上げた。  床の上ふたりの耳にも真田の唱名が聞こえた直後、ぱりんと薄氷が割れたような感覚が意識を通り抜けていった。 「・・・払ったようだな」 『ではのちほど』 「貼ったままでも良いのか?」 『大丈夫です。正気に返ったら自分ではがすでしょうから。御協力感謝します』 「これくらいなら、いつでも」  そして彼がへたり込んだままの青少年ズを振り返った。 「なーにを情けない顔をしてるんだ?」 「み・・・水谷艦長!!」  笑ってふたりを見下ろしていたのは山崎のナンパ仲間にして加藤四郎の訓練学校時代の地球本校校長である水谷だった。 「な・・・なんでここに!?」 「なんだなんだ?助けてもらっといて最初に質問か?」  咎めている風はない。 「一応友人なんでな。さっき地球に戻ってきたんで見舞にきたんだ。インタホンにも返事がなかった割には鍵がかかっていなかったんで入ってみたら君らが泣いてたというわけだ」  実に明快かつシンプルな説明にふたりともぼーぜん。 「他に質問は?」 「・・・珈琲と紅茶とどちらがいいですか?」  加藤四郎は深く考えることを放棄した。  水谷は山崎と「友人」だと言ったのだ。  それすなわち自分では理解できそうもない世界に脚半分突っ込んでいても当然な人物、という意味であるのだから。  山崎が目を覚ましたのはその5分後のことだった。  まだお札を握りしめたまま水谷にへばりついている若年者ふたりにどんな状況が発生したのか理解してため息をついた。 「またいいタイミングで現れたものだな」 「なんなんですよ!いったい!!」 「だからまた幽体離脱してたんだろ?」  ベッド脇にイスを持ち込んで座り込みながら珈琲を飲む水谷があっさりと一言。 「で、抜け殻をちょうだいしようとした浮遊霊がわしゃわしゃと寄ってきてたってことだろう?」 「単純に言うとそうなるな」  またあっさりと肯定する山崎である。  そんなやりとりにたしかにこのふたりは友人だ、と思い知った加藤四郎である。 「・・・それでなんで艦長は平気で歩き回れたんですか?」 「特異体質」 「霊的不感症なんだよ。それも極度に強烈な不感症であーいった類のモノには一切影響を及ぼされないんだ」 「だから不感症と言うなと言ってるだろうが」 「事実なんだからあきらめて受け入れろと言ってるだろーが」  つまりはそれくらいの特技か特異体質の持ち主でなければ『普通に』友人付き合いなどやっていけない、ということなのかもしれない。  水谷という人物、表面的にはごくフツーの軍人のような顔をしていながらも、その実真田や山崎とは別の分類でとんでもない人物かのかも知れない・・・  加藤四郎は自分の人生の選択を本気で後悔したくなってしまったのであった。 「しかしまぁ・・・相変わらずよく無事に毎日生きてられるヤツだな」 「素直に成仏もできず、自分で恨みもはらせずにいるような根性も能力もないような幽霊のどこが危険だ?」 「まわりの迷惑はどうする」 「そこまで知ったことか!」 「・・・珈琲のおかわり持ってきますね・・・」 「おう、すまんな」  で、復旧作業をほったらかして帰宅した真田にどやされる山崎を笑って水谷が眺めていたのだった。 「いつもと逆だな」  幕の内が特大のちゃんこ鍋を居間に持ち込みながらつぶやいた。 「まぁ年に一回や二回はこんなことがあってもいいんじゃないのか?」  幕の内にうなずいた古代が水谷に訊かれた。 「なんだ、特務部長が部下に健康管理されているってのはホントだったのか?」 「ま、所詮あれの上司が務まるような男ですからね」 「その俺に健康管理させてる貴様に言えた義理か!」 「モノを投げるな!鍋に落ちたらどうする気だ!」  食事に関しては古代よりも真田よりも強い幕の内であったりする。 「そうです。幕の内先輩が褒めてくれた俺のちゃんこ、台無しにしないでください」  胸を張っている雷電はさすが相撲部出身。料理にはうるさい幕の内に褒められたのがうれしいらしく昼間のショックを忘れたようにニコニコしている。 「どうせ足りないだろうからな。中味がカラになる前にうどんも入るから楽しみにしていろ」  そろったメンツの体格を考えればまだ足りないかも知れない、と密かに幕の内が考えていることをまわりは知らない。 「おーう、どんぶり持ってきたぜー」  古代と真田の官舎にどんぶりを取りに行っていた斉藤と澪が戻って来たので一同がタライのまわりに座り込んだ。 「加藤、テレビつけてくれ。今日の事故のニュースやってるだろう?」  水谷に言われて四郎がリモコンのスイッチを入れるとちょうどそのニュースが始まったところだった。 『幸いなことに死者は確認されておりません。重傷6名、軽傷37名が病院で手当を受けております』  おや?と真田が首をひねった。 「どうした?」 「いや、軽傷者がそんなにいたはずは・・・」 「あれじゃないのか?対応に慌ててて、一段落ついてホッとしたら怪我してたのに気付いたってヤツ」  古代に言われてもまだ首をひねっている。 「それでもちょっと多いような・・・」  もっとも、謎はすぐに解けたが。 『なお、救助に当たった消防隊員の小隊長以下8名が救助活動終了後病院に収容されたという情報も入ってきております。軽傷者の中にはこの8名も入っているもようです』 「怪我人出したのか?」  今度は古代がキョトンとなったが、ひとり斉藤が納得して重々しくうなずいた。 「そりゃー予備知識なしに技師長と機関長のやりとり目の前で見せられたら精神的な負傷もするだろうさ」 「・・・それもそうだな」 「隔壁蹴倒した貴様らがそれを言えるのか?」 「小隊の皆さん、よく軽症で済んだわね」  澪の素直な感想に4人以外が心から納得したのだった。 「ま、いいや。とにかくメシにするか」 「それもそうだな」  被害が自分達の仕事に影響がなさそうだったのであっさり忘れることにした薄情な連中であった。 「とうとうテーブルに収まりきらずに床に座り込みか」 「ホントに床大丈夫なの?」 「そりゃー・・・」  みし。 「・・・あの、今の音は・・・」  さすがに気にした雷電。だが年長者は誰もが無視。 「心配ないだろう。どうせ階下も同業者だ」 「それとも俺の打ったうどんが食えないとでも言うのか?」 「いえ、ぜひにいただきます!」  結局階下の人命より我が身の胃袋を取った彼らなのである・・・  ようやくの月曜。    出勤した山崎の姿に泣いてしがみつく姿が科学局内あちこちで見受けられたのは言うまでもない。  科学局特務部にいつもの怒鳴り声が戻り、科学局が安堵し、地球防衛軍司令部がホッとしたのであった。  いつもの日常の風景がようやく取り戻された安らぎと共に・・・  そして月日は流れた・・・  Trrrr・・・・・trrrrr・・・・・カチャ。 「はい。こちら科学局特務・・・おや古代参謀?どうしました?」  取り上げた受話器を思わず見てしまった山崎。相手は古代守だった。 『あー、すいません。真田の馬鹿が40度の熱出して動けなくなってるんで数日よろしくお願いします』 「熱?了解。局の方は私がなんとかしときますが・・・戒厳令発令の阻止は参謀がやってくださいよ」 『努力はしますがね・・・』  ためいき混じりの返事が戻った。  ・・・・・地球連邦主星・太陽系第三惑星地球。  そこは『まだ』平和の夢の中を漂っていた・・・                                えんど(^^;)     -------------------------------------------------------------------------------- top/画廊/オリジナル小説/亜瑠さん部屋/掲示板2/宮崎画別館/リンク --------------------------------------------------------------------------------