SF日本むかし話全セット 小松 左京  目次  キンタロウの秘密  カチカチ山  ウラシマ・ジロウ  シロの冒険  花さかじじい  新サルカニ合戦  むかし、むかし…… 【テキスト中の記号について】  《 》→ルビ 例)辿《たど》る  ‘ ’→傍点 例)‘冒険科学小説’の創始者  (※)→JISコード対象外の特殊文字を含む表現    キンタロウの秘密  むかしむかしのそのむかし。  相模《さがみ》(いまの神奈川県)の国の足柄山《あしがらやま》の山奥で、ひとりの子どもがうまれました。  その子どもは、金太郎と名まえがつけられましたが、おとぎばなしにつたわっているような強い子どもではなくて、ほんとうはからだが弱くて、おとうさんおかあさんはたいへん心配しました。そのかわり──おとうさんおかあさんは、なにしろ昔のことですから、ちっとも知りませんでしたが──金太郎は、実は‘ミュータント’だったのです。  (ミュータントってことばを、きいたことはありませんか?──日本語では、突然変異種《とつぜんへんいしゅ》といいます。いろいろな生物の中で、突然、いままでのものとは、かわった種類のものが、うまれてくることがありますが、この中でも、子孫にまで、その変化が遺伝してゆくものを、突然変異種といいます)  つまり、金太郎は、何千年、あるいは何万年にひとりしかうまれない、かわった子どもだったのでした。どうかわっていたかというと金太郎は、それこそ何千年、何万年にひとりしかうまれない、ものすごい天才児だったのです。  そんな天才児が、どうして、もっと有名にならなかったのかって?──それはつまり、金太郎の、うまれた時代と場所が、わるかったのです。金太郎が、うまれたのは、いまから八、九百年まえのことでした。ちょうど、源氏《げんじ》や、平家《へいけ》など、武士《ぶし》というものが勢力をもってくる、平安時代のおわりのころで、人びとは、まだ、鬼《おに》やお化けや、幽霊《ゆうれい》を信じていたり、病気がはやると、悪い神さまのたたりだと思って、おまじないや、おいのりをしていた時代です。  そんな時代の、それも人里はなれた山の中で、たいへんな天才児がうまれても──これはあまり役にたたないし、有名にもなれそうもありません。たとえば──いま、きみたちの中で、どんなに学校の勉強がよくできて、数学や、物理学のことをよく知っている人がいても、そういう人が、アフリカやアマゾンの奥地などで、毎日猛獣と戦い、狩りをして生きていかなければならないとすると、そこでは、そういった数学の天才など、なんの役にもたたないでしょう。  そういう原始的な社会では、早く走れる人、からだの強い人、弓やヤリ投げの、ずぬけてうまい人がすぐれた人であって、むずかしい数学の問題を、スラスラ理解できる力などというものは、あまり役にたたないし、したがって、あまり気づかれもしないのです。  そんなわけで、足柄山の山奥でうまれた、天才少年金太郎は、せっかくの天才を、発揮する場所もないまま、大きくなっていきました。──ただ、小さいときから、かわった子どもであったことはたしかで、木の小枝で地面に線をひいて、自分で、むずかしい微分積分《びぶんせきぶん》の方法を考えだしたり、石や竹を使って精巧なオモチャをつくったりしましたが、なにしろ、おとうさんが、まずしい‘きこり’だったため、そんなわけのわからないあそびを、とてもいやがりました。  「また、みょうチキリンな数《かず》のあそびなんかやってるな!」  とおとうさんは、しかりました。  「‘きこり’のむすこは、数なんか十まで数えられればいいんだ。──それよりマサカリの使い方の練習でもしろ!」  もっとからだをきたえるために、金太郎はおかあさんとふたりだけで、もっと山奥にやられました。不便な山奥を、おかあさんのいいつけであちこち歩いているうちに、からだは自然にじょうぶになりましたが──その山奥で金太郎は、自分の天才を生かすような、ひとつのチャンスにぶつかったのです。  それは──、ある日まよいこんだ、とても深い谷の奥で、金太郎が、ふしぎなものを発見したことです。  ふとい木をへし折り、谷底の岩にぶつかって、グシャグシャになっていた、その大きな、銀色のものを見つけたとき、金太郎は、すぐ、  (おや、これは乗り物らしいぞ)  と思いました。  (それもどうやら、空から落っこちてきたらしい)  ひとめ見て、すぐわかったのは──そこは、天才少年ですからね。  こわれたとびらをくぐって、その丸い、ふしぎな乗り物の中にはいってみた、金太郎少年は、そこにいっぱいにならんだ、ふしぎな機械に目を見はり、たちまち心をうばわれてしまいました。  (これは……これは、たいへんなからくりらしいぞ!)と金太郎は思いました。  (もし、わたしが考えたように、この乗り物が空をとんできたとすると、このからくりの中に、空をとぶ秘密がかくされているんじゃないかな。──ひょっとすると、天狗《てんぐ》の乗り物かもしれない)  それから、金太郎の、毎日の山奥がよいがはじまりました。──おかあさんにいったって、そんなふしぎなもの、タタリがあるかもしれないから、近よってはいけない、といわれるだけなので、おかあさんにはないしょで、朝から晩まで、そのふしぎな乗り物をしらべました。  しらべるにつれて、いろんなことがわかってきました。どうやら、この乗り物が、人間よりだいぶ大きな生物の使っていたものらしいこと、それに、いろんな点から、この乗り物が、お日さまよりはるかに遠い星の世界からきたのではないか、と思われること──あまりのふしぎさに、金太郎は夢中《むちゅう》になりました。  しかし、いくら天才少年でも、いろんな基礎的な知識がなければ、その理解できることに限度があります。──近代になってはじめてはっきりしてきた宇宙《うちゅう》の構造や、物理学の基礎知識がなければ、いったいどうやって、太陽のまわりを、地球をふくめた九つの惑星《わくせい》がまわっていることなどが、わかるでしょう? で、とうとう金太郎には、その乗り物の秘密は、完全には理解できませんでした。──そのかわり、落ちたときにこわれたと思われる、小さな機械を、カンによってくみたてることができました。それがどう使われるのか、わからないままに、とび出したポッチを押してみると──金太郎は、腰をぬかさんばかりにびっくりしました。  その機械をからだにつけていると──なんと、‘まわりの動物の話している言葉が’、‘すっかりわかったのです’!  足柄山の山奥に、山伏《やまぶし》姿のさむらいたちがやってきたのは、それからまもなくのことです。  「だれか、このあたりに、役にたちそうな若者はおらんかな」  と、その武士たちのかしらは金太郎の父親にいいました。  「あちこちをまわって、そういう若者をさがし出し、武士にとりたてたいと思っている」  それをきいた金太郎の父親は、いそいで山奥にとんでいき、母親にいいました。  「金太郎はなにしている? 出世ができるかもしれないぞ!」  「でも、あの子は、とてもさむらいになれるような、強い子じゃありませんわ」  と母親はあきらめたようにいいました。  「このごろじゃ、山のけものたちをならしてあそんでます」  ところが──そのころ、源氏のさむらい源頼光《みなもとのらいこう》たちの一行は、山奥で、おどろくべき光景にであっていました。  日にやけた少年が、熊《くま》とすもうをとって、コロコロなげとばしているのです。  あの機械のおかげで、ことばが通じあうようになって、すっかり仲よしになった熊と、ころげまわってふざけていたのを、おっかなびっくりの頼光たちは、熊とすもうをとっていると、見まちがったのでした。  「あの若者こそ、わたしたちのさがしていたものだ!」  と頼光はいいました。  「ぜひ、わしの家来にしたい」  こうして金太郎は、自分ではわけのわからないまま、頼光の家来にされて、京の都につれていかれました。そして、あの有名な、大江山《おおえやま》の鬼退治に参加させられたのです。──頼光は、当時、都をさわがせていた大江山の酒呑童子《しゅてんどうじ》を退治するために、山にくわしい、強い若者をスカウトして歩いていたのでした。  しかし──金太郎が、いちばんおどろいたのは、山伏姿で、おそろしい酒呑童子の岩屋にとまったとき、はだ身はなさずもっていた、あの動物のことばのわかる機械から、酒呑童子の声がきこえてきたときでした。  “あーあ……”と別室で寝床にはいった酒呑童子は、かなしそうにひとりごとをいっていました。  “この星も、いやになったなあ。──早くだれか、救いにきてくれないかなあ……”  「あなた──あなたはいったいだれです?」  金太郎は、思わず小声で、その機械にさけびました。  「どうして、あなたのことばがこの機械からきこえてくるんです?」  「えっ?」  酒呑童子がおどろいた声でいいました。  「きみはだれだ? 言語翻訳機《ほんやくき》を、どうしてもってるんだ?」  「山奥に落ちてた乗り物でひろったんです」  と金太郎は、頼光たち一行にきかれないように、注意しながらいいました。  「そ、その乗り物の落ちていたところはどこだ?」  酒呑童子は、いきおいこんでいいました。  「じつはわたしは、この星のものじゃない。遠い星の世界から、あの乗り物にのってやってきたんだが、この星の上で故障したんで、やむなく落下傘《らっかさん》というものでここへおりたんだ。もし乗り物の落ちた場所がわかれば、その中の通信機で、仲間と連絡をとって、助けてもらうんだが……」  「あなたのいってることは、半分もわかりませんが……」  と金太郎は、胸をドキドキさせていいました。  「じゃ──あなたは、鬼じゃなくて、星の世界からきた人なんですね」  「きみたちにとって、おそろしく見えるかもしれないが──わたしの顔は、じつはマスクなんだよ。空気のない所からとびおりてくるときに、着ていた宇宙服を、そのままつけてるんだ。このほうが、わたしのほんとの顔かたちを見られるより、こわがられないと思って……」  「でも、どうして、女をさらったり、百姓《ひゃくしょう》をいじめたりしたんですか?」  「じょうだんじゃない!」  と、酒呑童子とよばれた宇宙人は、憤慨《ふんがい》したようにさけびました。  「お百姓たちから、むりな税金をとりたてようとする役人を、おっぱらったことはあるが、百姓をいじめたりしたことはないよ。女たちだって、悪い役人に、むりやり連れていかれそうになったので、わたしの所へ逃げこんできているんだ。──百姓たちは、わたしにとられたという口実をつくって、税金をのがれているし、ヘッポコ役人には、だいぶうらまれて、都じゃ評判が悪いらしいがね」  「そうだったんですか……」  のみこみの早い金太郎は、うなずきました。  「じゃ、うまいこと逃げてください。──主人の頼光っていう武士は、今夜あなたを退治するつもりです。──乗り物は、足柄山の奥にあります」  「わかった、ありがとう」  と、鬼とまちがえられた宇宙人はいいました。  「でも、何かお礼がしたいな──。そうだ、きみたちに退治されるふりして、一つ、きみたちにてがらをたてさせてあげよう」  こうして──その夜、頼光たちが、酒呑童子のへやにきりこんだとき、宇宙人の酒呑童子は、鬼らしく大あばれして見せました。鬼の顔をした、宇宙服のヘルメットは、きりはなされてからも、首の所についている、宇宙空間用の小型ロケットをふかして、岩屋の中をとびまわりました。首が火を吹いてとんだ、といって、頼光たちが大さわぎしているすきに、宇宙人は、まんまと逃げてしまいました。──巨大で重い宇宙帽を、鬼の首だといって、みんなでかついで帰りながら、金太郎はひとり、クスクス笑っていました。  というわけで──金太郎の最大のてがらは、大江山の鬼を退治したことじゃなくて、千年も前に、地球に墜落《ついらく》した宇宙人を助けてやったことなんです。信じられないって? でも、ついこのあいだ、わたしのところへきた宇宙人が、金太郎にお礼をいいたいけど、どこにいるかって、きいてましたよ。自分が二千年以上も生きるので、金太郎もまだ生きてると思ってたんです。でも、彼がいうには、もしあのとき、大江山の宇宙人が、頼光たちに殺されてたら、そのしかえしに地球を攻めほろぼしてたかもしれないんですって。とすると──金太郎はあのとき、地球を救ったことになりませんか? “信じられない”って? いやまったく、わたしだって信じられません。  でもこうやって科学がすすみ、地球人と宇宙人とが、自由に交際するようになってくると、いままでおとぎ話としか思われていなかったことが、ずいぶんちがった意味をもってくるものですね。   カチカチ山  「たいへんよ!」  キャンプに帰ってみると、アキコが青い顔をして出てきた。  「何かあったか?」とヨシオはきいた。  「キャンプがあらされたの」  とアキコは、背後を指さした。  「この星には、やっぱりなにか、生物がいるわ」  「姿を見たか?」  ヨシオは、光線銃を肩からはずし、あたりのジャングルを見まわしながらいった。  「見なかったわ──ちょっと留守《るす》をしている間のことだったの」  アキコは、少しふるえながら答えた。  「きっと、このあいだから、このキャンプのまわりを、うろついてたやつだわ」  「きっとそうだ……」  そういってヨシオはキャンプのまわりの地面を見まわした。だが足あとはなかった。  「あらされたって──いったい何をとられたんだ?」  「それがおかしいの──荷物をひっくりかえしただけで、何もとられていないらしいのよ」  とアキコはプラスチック・ドームの中にはいりながらいった。  「もっとおかしいのは、子どもたちの荷物を、いちばんひどくひっかきまわしてるのよ」  「子どもたちの出発を、少し待たせよう」  とヨシオはいった。  「相手の正体が、わかるまで……」  その星は、遠いG型恒星系《こうせいけい》の中に見つかった、地球型の惑星《わくせい》だった。──植物はよくしげり、気候はおだやかだったが、発見してから一年間、調査したところ、植物と昆虫《こんちゅう》以外、これといったチエのある動物はいないと、いうことになっていた。  ヨシオとアキコは天体生物学者だった。ふたりは、この星の生物を、もっとくわしくしらべるための、調査隊の隊員として、本隊がやってくるより、一年ほど早くやってきて、この星で生活してみることになった。火星にいる、ヨシオとアキコの小さな子どもたちも、春休みになったらこの星へやってきて、いっしょにくらすことになっており、子どもたちの荷物だけが、さきに運ばれてあった。  「とにかく、警戒をもっときびしくしよう」  ヨシオは、ひっくりかえったへやの中を見まわしていった。  「なんとか、そいつをつかまえてやりたいもんだ」  「何かとられたような気がするんだけど」  アキコは、ひっちらかされた、子どもたちの本をつみかさねながらつぶやいた。  「それがなんだか、わからないのよ」  その翌朝《よくあさ》──ヨシオは、外でよびたてるアキコの声に目をさました。  「ちょっとあなた! きてごらんなさい」  とアキコはさけんでいた。  「これを見てよ!」  ヨシオが出てみると、こんどは、キャンプの前のジャングルが、めちゃくちゃにほりかえされていた。──木がひっこぬかれ、地面がほりかえされ、しかもキャンプのまわりには、動物の足あとがいっぱいついていた。  「おかしいわね」とアキコはいった。  「まるでマンモスがあばれたみたいだのに……この足あとは、まるで犬みたいに小さいわ」  「まさに……」  足あとをしらべていたヨシオはいった。  「こいつは、犬、あるいは犬科のもっと小さい動物の足あとだ」  「どうして、今まで姿をあらわさずに、急にこんなことをはじめたのかしら?」アキコは首をひねった。  「こんな小さな動物に、あんな木がひっこぬけるかしら?」  「とにかく、ワナをかけてみよう」  とヨシオはいきおいよくいった。  ジャングルの中に、動物用のワナをしかけて、ドームに帰ったとたんに──森の奥で、ピーンというするどい音がした。  「あら! もうかかったらしいわ」  と、アキコはおどろいていった。  「まさか! いくらなんでも早すぎるよ」  ところが、ほんとうに、ワナには大きな犬ぐらいの大きさの動物がかかっていた。ムクムクした毛におおわれたからだ、ふさふさしたしっぽ、それにキョトキョトする目……。  「こりゃおどろいた!」  ワナのまわりの足あとをしらべて、ヨシオはさけんだ。  「ジャングルをあらしたのは、たしかにこいつらしいが……こいつはいったい、何に見える?」  「そうねえ──犬じゃないわね」  とアキコは首をかしげた。  「タヌキみたいだわ」  「タヌキだよ!」  と、ヨシオは、興奮してまっかになって、その動物をしらべながらいった。  「誓《ちか》ってもいい。たしかに、こいつは、タヌキだ。すくなくとも外見だけは……」  「信じられないわ。」アキコは頭をかかえた。  「こんな星にタヌキがいるなんて……。どうして今まで見つからなかったのかしら?」  「これが、地球と同じ、哺乳類《ほにゅうるい》だとすると大発見だぞ! アキコ、こいつを標本用の檻《おり》にいれといてくれ。ぼくはこの森の近くに、こいつの仲間がいるかどうか、しらべてみる」  ヨシオは、麻酔銃《ますいじゅう》をつかむと、ジャングルの奥にとびこんでいった。  あちこち歩きまわって、結局、なにも見つからず、キャンプへ帰ってみると──なんと檻はからっぽで、アキコがぶったおれていた。  「どうした?」ヨシオがおどろいてゆさぶると、アキコはやっと気がついた。  「あ、あのタヌ公に、頭をぶんなぐられたわ」  アキコは、フラフラしながらいった。  「どうしてまた、檻から出したんだ?」  「あいつ──あいつ、‘人間のことばをしゃべるのよ’!」  アキコは、今になってガタガタふるえながらいった。  「ことばじゃない。テレパシーらしいわ! 檻の中からこういったの──“ちょっとはなしてください。おてつだいしますよ”って……」  「それで──檻をあけたのか?」  「あんまりふしぎだから、ちょっと……そしたら、光線銃の台じりで、いきなりぶんなぐって逃げていったわ」  「おかしい……」ヨシオは首をふった。  「なんだか……なんとなく……」  そのとき外でカチカチという音がした。  ふたりがあわてて外へ出てみると、──そこになんともふしぎな光景があった。  「‘ウサギ’だ!」ヨシオはあきれてさけんだ。  「いったい何をしてるんだ?」  たしかに、そこには、ウサギそっくりの動物がいた。さっき逃げていったタヌキそっくりの動物もいた。それだけでなく──。  二ひきの動物は、背中に、タキギのようなものをしょっていた。前にいく、タヌキに似た動物の背中の木に、ウサギに似た動物が、何か石をたたきあわせて火をつけていた。──火はみるみるうちにもえあがり、タヌキに似た動物は、悲鳴をあげて逃げていった。  「これ、どういうわけなの?」  アキコもあきれかえってつぶやいた。  ウサギに似た動物は、こっちをむいて、もっと見ろというふうに合図《あいず》した。──背中の毛がまる焼けになったタヌキが、ヨロヨロ出てくると、ウサギはその背中に、カラシらしいものをぬりつけ、タヌキはまた悲鳴をあげて逃げていった。  「こんどは、こっちを見ろといってるわよ」  とアキコは、ヨシオのそでをひっぱった。  ジャングルの中から流れ出る川の上に、二そうの舟があらわれた。二ひきの動物は、器用に櫂《かい》をあやつっていたが、そのうち、タヌキに似た動物ののった黒い舟が、溶けて沈みはじめた。ウサギに似た動物は、櫂をふるって、タヌキに似た動物を沈めると、ピョンと岸にとびうつって、ふたりの足もとにやってきた。そして長い耳を伏せ鼻づらをしきりにふたりにこすりつけた。  「これどういうわけ?」  とアキコは、あまりのことに、ぼんやりしてつぶやいた。  「わたし、夢を見てるのかしら?──ここは、おとぎ話の星なの?」  「待てよ──」  ヨシオは腕をくんだ。  「ちょっと考えさせてくれ」  「この──ウサちゃんみたいなのは? やっぱり檻《おり》へいれるの?」  「逃げそうになければいいだろう」  とヨシオは考えながらいった。  その夜ヨシオは、ジャングルの中からおかしなものをぶらさげて帰ってきた。  「やっぱりそうだったよ。これをごらん──こいつが森の中にあった」とヨシオいった。  ヨシオのなげ出したものを見て、アキコは目を見はった。  「なんだ、子どもの絵本じゃないの」  とアキコはいった。  「‘カチカチ山’のお話の立体絵本……」  「‘あいつ’は、きっと、これを読んだんだよ」  ヨシオは、おでこの汗をぬぐいながらいった。  「‘あいつ’はやっぱり──タヌキでもなけりゃ、ウサギでもないんだ。哺乳類《ほにゅうるい》でもない。この星の生物にはちがいないが、きっと、どんな形にも化《ば》けられる生物なんだ」  「で──どうして、あんなことをしたの?」  「悪意はないと思うけど──きっとひどく憶病《おくびょう》で、人間と近づきになりたいけど、どうやったら友だちになれるか、それをいっしょうけんめい知りたがってたんだ、と思うよ。で、この本にあるカチカチ山の話を読んで、──字はわからないだろうが、やつには、テレパシーができるから、意味はつかめたんだろうね──こうやれば、人間の気にいられると思ったんだろう」  「それで、ウサちゃんに化けて、ゴマをすってみせたのね」  アキコは、なんともいえぬ顔をしてつぶやいた。  「タヌキもウサギも──その変な生物のひとりふた役だったわけ?」  「おそらくそうだろうね」  とヨシオはいった。  「おかしなやつだ──だが、危険はなさそうだけどね」  「おもしろいわ……」  アキコは、くすぐったそうに首をすくめた。  「まるで、なんにでもなれる妖精《ようせい》みたいね。──子どもたちがきたら、きっとよろこぶわよ」  「ところで、ウサ公──いや、‘あいつ’はどこにいる?」  とヨシオはきいた、  「となりのへやにいるわ」  とアキコはクスクス笑いながらいった。  「おとなしくしてるわよ」  しかし──となりのへやをのぞいたヨシオは、少し青くなった顔で、ふりかえった。  「おい!──やっぱり子どもたちを呼びよせるのはやめよう。早く通知しなきゃ」  「なぜ?」  アキコは、おどろいてきいた。  「あいつは今……」  ヨシオは、ちょっとツバをのみこんでいった。  「グリム童話集を夢中《むちゅう》になって読んでるよ。それも、人食い鬼の話を……」    ウラシマ・ジロウ  ウラシマ・タロウの話《はなし》は、日本《にっぽん》のむかし話《ばなし》の中《なか》でも、とても古《ふる》いもののひとつです。  いまから、千二百年《ねん》も前《まえ》に、日本《にっぽん》ではじめてつくられた、「万葉集《まんようしゅう》」という、そのころの歌をたくさんあつめた本《ほん》の中《なか》に、もうちゃんと、このウラシマ・タロウの伝説《でんせつ》のことをうたった歌《うた》がのせられています。  学者《がくしゃ》は、この伝説《でんせつ》は、南《みなみ》のほうの海《うみ》からわたってきた人《ひと》たちのあいだで、語《かた》りつたえられたものだろうといっています。  ところで、じつをいうと、ウラシマ・タロウのようなふしぎな体験《たいけん》をした人《ひと》が、ほかにもいたのでした。  この人物《じんぶつ》も、やはり姓《せい》はウラシマといいました。だが、名《な》まえはタロウじゃなくて、ジロウでした。  ウラシマ・ジロウは、ウラシマ・タロウよりもずっとあとの、江戸時代《えどじだい》にうまれました。ですから、子《こ》どものときに、むかしむかしのウラシマ・タロウの話《はなし》を聞《き》いていました。  名《な》まえがよくにているし、仕事《しごと》もタロウと同じ漁師《りょうし》だったから、ひょっとすると自分《じぶん》にも、タロウと同《おな》じようなことがおこるかもしれないな、と思《おも》っていました。  ところがある日《ひ》、ほんとうに、ジロウはタロウと同《おな》じように、浜辺《はまべ》で子《こ》どもたちが一ぴきのカメをいじめているのを見かけました。 「これ、よさねえか!」と、ジロウはさけびました。「生《い》きものをいじめるもんじゃねえ。さあ、金《かね》をやるから、カメをはなしてやるんだ。」  子《こ》どもたちがお金《かね》をもらって行《い》ってしまうと、ジロウは思《おも》わず、にがわらいしました。 「やれやれ、へんなことになったものだ。まるで、ウラシマ・タロウの話《はなし》とそっくりだ。」  そう思《おも》って、カメを海《うみ》にはなしてやろうとすると──ジロウは思《おも》わず、息《いき》をのみました。  子《こ》どもたちのいじめていたのは、カメではなかった!カメによくにているが、よく見《み》ると、まるっきりちがった生《い》きものだったのです。  こうらのように見《み》えたのは、なにか金属《きんぞく》でできた、よろいのようなものだったのです。その下から、まるいかぶとのようなものをかぶった。小《ちい》さくてヘンテコな顔《かお》がひょいと出《で》て、こういったのです。 「やあ、どうもすみません。うかうか上陸《じょうりく》したら、ひどいめにあっちゃった。」  ジロウは、口《くち》がきけないほどびっくりして、ぽかんと、そのみょうな生《い》きものを見《み》つめていました。 「なにか、お礼《れい》をしたいんですがね。」と、その生きものは、みじかい手《て》をふりまわしながらいいました。「そんなにおどろかないでくださいよ。お礼《れい》をしたいんだけど、いま、なにももっていないんで……ああ、そうだ、わたしのところへきてくれませんか?じゅうぶん、お礼《れい》しますよ。」 「あ、あんたは、だれだ……。」ジロウは、かすれた声《こえ》でいいました。「どうして、わしろのことばが話《はな》せるんだね?」 「むろん、勉強《べんきょう》したんです。」へんな生《い》き物《もの》は、ケタケタわらいました。「どうぞわたしの船《ふね》にのって、わたしたちのところへきてください。船《ふね》がこげますか?じゃ、人《ひと》のいないところを見《み》て、みさきの沖《おき》まで、きてください。」  そういうと、みょうな生《い》きものは、ポチャンと水《みず》の中《なか》にとびこみました。  カメのこうらのように見《み》えた乗《の》りものは、ブルルッ!と、えらい音《おと》をたてて水《みず》にもぐっていきました。ジロウは、びっくりしながらも、いわれたとおりに船《ふね》をこぎだして、みさきの沖合《おきあ》いに行《い》ってみました。──きみのわるさよりも、あの生《い》きものはなんで、いったい、どこへつれていかれるのだろう、という好奇心《こうきしん》でいっぱいでした。  みさきの沖《おき》で船《ふね》をとめていると、とつぜん、ザーッと音《おと》がして、水《みず》の中《なか》から、すごく大《おお》きなカメのこうらのようなものが、うかびあがりました。──ジロウが思《おも》わず身《み》を引《ひ》くと、そのまるいものの上《うえ》のところがポンとあいて、中《なか》から、さっきの生《い》きものが首《くび》を出《だ》しました。 「さあ、早《はや》くのってください。」と生《い》きものはいいました。「あなたたちのなかまに見《み》つかると、さわがれてうるさいので、海《うみ》の底《そこ》にかくしておいたんです。──なにしろ、あなたたちの科学《かがく》は、まだすすんでいませんからね。」  つるつるすべる、そのおかしな「船《ふね》」の背《せ》にのりうつり、中《なか》に入《はい》ると、そこには、見《み》たこともないおかしな形《かたち》のものが、いっぱいにならんでいました。──ジロウがぽかんとしていると、おかしな船《ふね》は、たちまち水《みず》の中《なか》を走《はし》りはじめました。  ジロウは、すきとおったまどから、たいへんなはやさで通《とお》りすぎていく海《うみ》の底《そこ》の光景《こうけい》を、目《め》をまるくして見《み》ていました。 (ひょっとすると、おとぎ話《ばなし》のウラシマ・タロウも、ほんとうはカメでなく、このふしぎな乗《の》りものにのせられて、リュウグウジョウへ行《い》ったのかもしれない。) と、ジロウは思《おも》いました。 「陸《りく》の見《み》えない沖《おき》まで出《で》たら、とびあがります。」と、子《こ》ガメによくにた生《い》きものはいいました。「ちょっとスピードをあげますが、びっくりしないでくださいよ。」 「ど、どこさつれていくんだ?」  ジロウは、まどにしがみつきながら、ふるえ声《ごえ》でたずねました。 「どこへって──むろん、わたしたちの星《ほし》へですよ。」  へんな生《い》きものは答《こた》えました。 「たいしてかかりません。安心《あんしん》していらっしゃい。」  そう──。  ジロウのつれられていったのは、リュウグウジョウではなくて、宇宙《うちゅう》のおくに光《ひか》っている遠《とお》い星《ほし》のひとつだったのです。  そこでは、なにもかもが、目《め》を見《み》はるようなめずらしいものばかりです。──赤《あか》や、青《あお》や、黄《き》、白《しろ》にぬられた、高《たか》いみょうなかっこうのたてものが立《た》ちならび、カメのような宇宙人《うちゅうじん》、タコのような宇宙人《うちゅうじん》、ヒラメみたいなからだを、ひらひらさせて歩《ある》いている宇宙人《うちゅうじん》が、ぞろぞろ歩《ある》いていました。──そこは、いろんな種類《しゅるい》の宇宙人《うちゅうじん》があつまっている都会《とかい》らしいのです。  地球人《ちきゅうじん》にそっくりのすがたをした宇宙人《うちゅうじん》もいました。──ジロウは、なつかしさのあまり、自分《じぶん》の同《おな》じ人間《にんげん》かとたずねましたが、首《くび》をふりました。 「あなたたちのすむ星《ほし》と、とてもよくにた星《ほし》のものです。」と、その人《ひと》はいいました。「しかし、科学《かがく》は、あなたたちより、ずっとすすんでいます。」  ジロウは、なにをいわれても、チンプンカンプンでした。──ただ、めずらしさのあまり、毎日《まいにち》ゆめをみているような気分《きぶん》ですごしました。  ジロウは、いたるところで大《だい》かんげいされました。──中《なか》でも、地球《ちきゅう》のうつくしい女《おんな》の人《ひと》そっくりの宇宙人《うちゅうじん》がひらいてくれた、かんげいパーティーの楽《たの》しさは、口《くち》ではいいあらわせませんでした。  こうして、うかうかとすごしているうちに、ジロウはふと、ふるさとのことが気《き》になってきました。 「もう、ここへきて何日《なんにち》になるかね?」 と、ジロウはたずねました。 「きみたちの世界《せかい》の時間《じかん》で、十日《とおか》だな。」 と、カメににた宇宙人《うちゅうじん》が教《おし》えてくれました。 「たいへんだ。帰《かえ》るべえ!」  ジロウはさけびました。 「そうか、それじゃまた、あの乗《の》りものでおくってあげよう。」 と、宇宙人《うちゅうじん》がいいました。 「これを、わすれずにもっておゆきなさい。」とうつくしい女《おんな》の宇宙人《うちゅうじん》が、なにか重《おも》いはこを、さしだしました。「あなたは、もとの時代《じだい》には帰《かえ》れませんからね。」 「もとの時代《じだい》に帰《かえ》れねえって?」ジロウは、おどろいてさけびました。「それじゃ、ウラシマ・タロウとおんなじだ。どうすべえ?」 「だから、このはこをうまくつかえばいいんだ。」と、カメににた宇宙人《うちゅうじん》はいいました。「これは、タイムマシンってものです。これをじょうずにつかえば、もとの時代《じだい》に帰《かえ》れます。」 「なぜ、このまま、もとの時代《じだい》に帰《かえ》れねえだね?」 「きみにせつめいしても、わかるかなあ。」と、宇宙人《うちゅうじん》はいいました。「あのね、きみののってきたあの乗《の》りものは、この星《ほし》まで、とてもはやいスピードできたんだ。ところで、乗《の》りものが光《ひかり》に近《ちか》いスピードでとぶと、その乗《の》りものの中《なか》では、時間《じかん》が外《そと》の世界《せかい》より、ゆっくりたっていくんだ。(これは、ほんとうの話《はなし》です。アインシュタイン効果《こうか》といって、光《ひかり》に近《ちか》いスピードでとぶ宇宙船《うちゅうせん》の中《なか》では、時間《じかん》が地球《ちきゅう》よりずっとおそくたちます。)──だから、あの乗《の》りものの中で、一日《にち》たつあいだに、きみのふるさとの星《ほし》では、百五十年《ねん》もたってしまうんだ。」  ジロウは、わけがわかりませんでした。江戸時代《えどじだい》の漁師《りょうし》であるかれに、こんなむずかしいりくつが、わかるわけがありませんでした。 「だから、このタイムマシンという、時間《じかん》を旅行《りょこう》できる機械《きかい》をつかって、もとの時代《じだい》へ帰《かえ》ればいいんですよ。──中《なか》をあけて、このボタンをおせば、もとの時代《じだい》に帰れます。」 「でも、気《き》をつけてね。」と、うつくしい女《おんな》の宇宙人《うちゅうじん》はいいました。「機械《きかい》に水《みず》がかかると、こしょうして、たいへんなことになるわよ。」  ──ジロウは、なにがなんだか、さっぱりわかりませんでした。  まもなく、ジロウは、きたときと同《おな》じ乗《の》りものにのせられて、広《ひろ》い宇宙《うちゅう》をわたり地球《ちきゅう》について、ふるさとの浜《はま》におくりとどけられました。  浜《はま》について、あたりを見《み》まわしたジロウは、思《おも》わず、アッとさけんでしまいました。  そこには、ジロウのすんでいた浜《はま》の風景《ふうけい》は、あとかたもありません。  大《おお》きな四角《しかく》いたてものが、いくつも立《た》ちならんで、高《たか》いえんとつからけむりをもくもくはき、海《うみ》には、まっ黒《くろ》な小山《こやま》のような船《ふね》が何《なん》そうもうかび、空《そら》には、銀色《ぎんいろ》をしたふしぎな乗《の》りものがとびかい、陸《りく》の上《うえ》を、カブトムシのような車《くるま》が走《はし》りまわっていました。  ──ジロウは、江戸時代《えどじだい》から、いっぺんに二十世紀《せいき》の世界《せかい》へとびこんでしまったのです。  あまりのショックに、ジロウは、よろよろと波《なみ》うちぎわにひざをついて、とほうにくれてしまいました。  そのとき、やっと、手《て》にもっていた黒《くろ》いはこのことを思《おも》いだしました。 「そうだ!これさえあれば、もとの世界《せかい》に帰《かえ》れる!」  むちゅうでふたをとり、教《おし》えられたとおりにボタンをおそうとしました。ところが、そのときジロウは、宇宙人《うちゅうじん》たちにいわれたたいせつな注意《ちゅうい》をすっかりわすれていました。  波《なみうち》ぎわにおかれて、ふたをとられた機械《きかい》の中《なか》に、ザブンとおしよせた大波《おおなみ》のしぶきがかかってしまったのです。  ジロウがボタンをおしたとたんに、ぬれた機械《きかい》の中《なか》で、ボン!と電線《でんせん》のショートする音《おと》がおこって、もくもくと白煙《はくえん》がたちのぼったのです。 (しまった!)と、そのときになってはじめてジロウは思《おも》いました。(むかしのウラシマ・タロウも、やっぱり……。)  だが、そのときは、すでにおそすぎました。波《なみ》しぶきで、ショートしてこしょうしたタイムマシンは、ジロウを三百年《ねん》まえの世界《せかい》におくりかえすかわりに、ジロウをいっぺんに三百年《ねん》も年《とし》をとらせてしまったのです。  白髪《はくはつ》の老人《ろうじん》になったジロウは、ばったりたおれました。そのからだは、みるみるうちに白骨《はっこつ》になり、やがてうちよせた大《おお》きな土用波《どようなみ》が、その白骨《はっこつ》と黒《くろ》いはこを、遠《とお》い沖《おき》へとさらっていってしまいました。    シロの冒険  「こいつは、こまったことになったぞ……」  シロは、着陸の失敗で、岩にぶつけてぶっこわれてしまった小型の空中スクーターを見て、ため息をついた。  前まえから、少しおかしかったブレーキが、着陸したとたんに、ショックでこわれてしまい、ハンドルをとられて、あっというまに海岸の砂浜につき出ている大きな岩に、すごいいきおいでぶつかった。  からだをなげだして、砂浜にころがったので、さいわいケガもなく、宇宙服《うちゅうふく》もなんともなかったが、空中スクーターのほうは、ちょうどエンジン部が、岩にもろにぶつかって、メチャメチャになってしまった。  シロは、情けなさそうに、ぶっこわれて煙をたてているスクーターを見つめていた。とんだ不注意だったが、いまさらどうしようもない。  シロは、岩のそばにたって、いまわたってきた海をながめた。──水平線に、青い島影「しまかげ」が、長く長くのびていて、見ただけなら、つい手がとどきそうなのだが、実際はずいぶんはなれている。泳いでわたろうにも宇宙服を着たままでは、とてもむりだ。  といって、昼間の光の弱い、遠くの星からきたシロにとっては、ここの太陽の光はつよすぎて、宇宙服をぬいだら、たちまちうすい皮膚《ひふ》が、まっかにやけただれてしまうだろう。  そのことを考えて、シロたちの仲間が、この星で使っている宇宙服は、強い光を反射するように、銀色に近い、まっ白なプラスチックでできている。  シロは、海岸に立って、うらめしそうに、本土の陸地のほうをながめた。  ──波はゆったりとうねっていた。  (こんなことなら、ひとりで、こんなはなれ小島にくるんじゃなかった……)  いい天気なので、島や海岸の美しいけしきにみとれて、ついうかうかと、遠出《とおで》したのが失敗のもとだった。  いつかは──みんなが、シロのゆくえ不明に気がついてさがしにきてくれるだろうが、この小さな島は、どうやら潮《しお》がみちてくると、海中にもぐってしまうらしい。  それまでに救いだされなければ──シロは、おぼれて死んでしまうのだ。  なんとかしなければならない。  宇宙船との間が、あまりはなれすぎているから、だめだとはわかっていたが、シロは一応宇宙帽の両側にたれさがった、はばのひろいアンテナを立てて、助けを呼んでみた。  「こちら、調査隊員シロ──はなれ小島に不時着……助けてください……」  いくら呼んでも、レシーバーの中は、ブツブツいうばかりで返事はやっぱりなかった。  ──シロは、がっかりして、アンテナをおろし、歩きだした。  波うちぎわを、歩いていくと、ふとなにかの足あとを見つけた。──この島に、シロを助けてくれるような、‘だれか’がいるのか、それとも、シロをひきさいてしまうような恐ろしいこの星の生物がいるのか。──シロは、胸をどきどきさせながら、そっとその足あとをたどってみた。  なにしろ、この原始的な星では、いちばん‘かしこい’生物でも、まだ宇宙船どころか電気も知らないような野蛮《やばん》なくらしをしており、へたにつかまると、シロたちの何倍もあるような、その大きな生物に、しめころされてしまうのだ。  ──何回も調査にきたシロたちの仲間のうちにも、その生物に殺されて、食われてしまったものがいる。  足あとの消えている岩かげを、そうっとのぞいてみると──はたして、その大きな生物がいた! 岩から落ちて頭をうったらしく、頭から血を流し、動かなかった。  こわごわそばによってみると、その生物は死んでいた。  死体のそばに、なにかゴチャゴチャしたものがはいった入れものがひっくりかえっており、中身は、どこかに流されてしまっていた。  パシャッ!  そのとき、すぐそばの波うちぎわで、なにか大きなものが、はねる音がした。──びっくりしたシロは、あわてて、波うちぎわをとびのいた。  浅い海の中で、青黒い大きなものが動いた。──息をのんで見まもっていると、そいつは、とんがった、みにくい鼻づらを、ヌウッと水の上につきだし、なにかをほしがるように、左右に動かした。とんがたった鼻づらは、つづいて、いくつもあらわれた。  気をおちつけてよく見ると、ヌラヌラした黒い背と、とんがった背びれと、するどい歯のズラリとならんだ口をもった、ものすごく大きな、海の中の生物だった。──その恐ろしい生物が、あちらからも、こちらからも、何千匹、何万匹とあつまってくる。  タベモノ……。  ふるえあがっているシロの頭の中に、その生物の考えていることがひびいた。  ──シロは、ことばは話せなくてもテレパシーで、どんな生物とでも話せるのだ。  タベモノ……クレ。──ハラ、ヘッタ……。  その生物たちは、鼻をニョキニョキつき出して、シロにいった。  シロはやっとわかった。──そうか!  死んでいるこの二本足の生物は、この海の中の生物に、どういうわけか知らないが、毎日エサを与え飼《か》っていたのだ。  ──いま、食事の時間がきたが、エサを与えるものは死に、巨大な魚たちは、はらをすかして、あつまってくる。  タベモノ……ハヤク、クレ……。  何匹もの生物たちの考えが、シロの頭の中にひびいた。  ハヤク……ミンナ、モウ、‘ナランダ’……。  ならんだ、ということばにシロはハッとした。──何万匹という生物が、目の前の海に、ズワッと沖のほうまで一列にならんでいた。その黒い、ツルツルした背の列は、はるかむかいがわの岸にまでつづき……。  「よし!」とシロは決心しながらいった。  「いまやるぞ。そうやってならんでいろ」  それは、たいへん勇気のいることだった。  ──だが、シロは、思いきって、いちばん前にいる生物の背に、パッととびのった。  そのままシロは、すべりそうな足をふみしめふみしめ、ズラリとならんだ魚たちの背をわたりはじめた。──長い長い、グラグラゆれる道だった。  タベモノ……タベモノ……。  けげんそうな、魚たちの声が、つぎつぎにシロの頭にひびいた。──迎える魚たちは、シロがエサをくれるのかと思って、鼻づらをつき出した。その鼻づらを、シロはピョンピョンふんでいった。  魚は何万匹もおり、道は長かった。──それでもシロは、ついにめざす岸にたどりつきかけた。最後の一匹の背をふんだときニガスナ? という、おこったことばが、頭にひびいた。ソイツ、タベモノ、クレナイ。  あぶない!──と思ったとき、最後の一匹が、ガバッと身をひるがえし、そのするどい歯で、宇宙帽の、ダラリとたれさがったアンテナにかみついた。そのままグイグイと、水の中にひきずりこもうとする。──巨大な生物と、小さなシロとでは、とても問題にならない。ひきずりこまれたらおしまいだ──。とっさに、シロは、宇宙服をぬぎすてるチャックに手をかけた。スルリと宇宙服をぬぎすてると、魚は、はずみをくって、バシャッと水の中でひっくりかえった。あかはだかになったシロは、ギラギラ照る光の中を、どこかものかげはないかと、必死になって走った。  ──だが、数歩も行かないうちに、そのものすごい光に焼かれ、苦しさのあまり、シロは砂浜をころげまわった。  「なんだ、こいつは?」という声が頭の中でした。──見ると、例の、この星でいちばん‘かしこい’生物たちが、シロの前に、四、五匹ヌーッと立っていた。  「助けてくれ!」とシロはテレパシーでさけんだ。  「苦しい! 熱い!──太陽に焼かれてしまう」  「なあんだ、太陽が熱いんなら……」  その見上げるような、生物の一匹はいった。  「水の中にでもいれば、涼しいだろう」  そういうと、シロのからだは、ひょいともちあげられ、海の水の水たまりの中にボチャンとなげいれられた。  生物たちは笑いながらいってしまった。  ──塩水につかったシロは、その瞬間は、ヒヤリとした冷たさに、助かった、と思った。しかしすぐ、シロのうすい、日にいためつけられた皮膚に、塩水がしみこみはじめ、シロは苦しさのあまり、金切り声をあげた。  「どうした?」  やさしそうな声がした。さっきの連中より、ずっとやさしく、かしこそうな目をもった生物が、のぞきこんでいた。シロが苦しがって、ヒイヒイいいながらうったえるのをきくと、その生物は急いでシロを、海水からつかみあげた。  「塩水がしみるんじゃ、洗い落とさなきゃ……」  と、その生物はいってシロのからだを大急ぎで、川の真水《まみず》で洗った。──それから植物の、やわらかい穂《ほ》をたくさんとると、それでシロのからだをつつんだ。  「お日さまが、皮膚をいためるのなら、そうやってかくしておいで」と生物はいった。  「その草の穂は、やけどにもきくからな」  「わたしの──宇宙服をさがしてくれませんか?」  シロは、息たえだえにいった。  「白いやつです。海の中に、魚がもっていきました」  「これかね?」  その生物は、白い小さな宇宙服をさし出した。  「あ、ありがたい!」  シロは、草の穂のふとんからとびだすと大急ぎで宇宙服を着た。  「ああ、助かった!」シロはさけんだ。  「仲間が先へ行っているから、わたしは行くよ」  と、その生物はいった。  「まあ、これから、あまりあんなものに、手を出さんことだな。──じゃ、さよなら、白いおかしな小人《こびと》さん」  スタスタと去っていく、姿を見おくりながら、シロは思った。  (見知らぬ、へんてこな生物にも、ちゃんとああして親切にする──生物をあわれむことを知っている。ああいう生物が出てくるところをみると、この星の生物の上にも、きっと新しい、りっぱな時代がやってくるだろう……)  このお話は、今でもこの星に、「イナバのシロウサギと、大黒《だいこく》さまの話」として、語りつたえられている。    花さかじじい  「花さかじじい」の話、──君たちも知ってるだろう?  じつは、あの話のモデルになったのは、ぼくなんだ。昔ばなしだから、だいぶほんとの意味とは変わってしまったところもあるが、もとになった事件というのは、ほとんどあの昔ばなしとおんなじだ。  ぼく?  ぼくは三十世紀の社会学者。  タイムマシンで、助手の女の子といっしょに日本の古い時代にさかのぼり、そこでその時代の人間にすっかりなりすまして、古い歴史や、その時代の社会のことを、いろいろしらべていた。完全に、その時代の人間になりすましていたので近所の人間には、全然あやしまれなかった。──‘その事件’が起こるまでは。  ちょうどその日は、三十世紀にある、ぼくのつとめている大学から、通信がとどく日だった──いつもなら、ぼくか助手か、どちらかが、ちゃんと時間通信機のそばにいて、待っているのだが、その日はあいにく助手が、山一つこえた村に出かけており、ぼくはしらべものにおわれていた。  それに、その日は、いつもより通信がとどくのがおくれていて、ついうっかり、しごとに夢中《むちゅう》になっていた。  裏庭《うらにわ》で鳴く、けたたましい犬の鳴き声に、ぼくはハッと気がついて、あわてて立ちあがった。  ──犬は、つい二、三週間前、家にまよいこんできて、家にいついてしまった白犬で、裏庭の──たしか時間通信機のあたりで、くるったように鳴いている。  犬のやつ、人間以上にするどいカンで、通信機のありかをかぎつけたな、と思うと、ぼくは大急ぎで鍬《くわ》をとって裏からとび出した。──隣に、うるさがたのじじいがいる。犬にさわがれて、通信文を掘《ほ》り出す所を見られたらたいへんだ。  外に出てみると、いつのまにか夕方になっていた。  ──うすぐらい裏庭で、白犬が、くるったように、一か所をクルクルまわりながらほえたてている。  「シッ!」とぼくは犬にいった。  「わかった、わかった。そんなにほえるな」  ぼくはあたりを見まわして、大急ぎで鍬で土を掘った。未来とこの時代をつなぐ通信機は、かさばるので、せまい家の中におく場所がなく、裏庭にうめてある。  ──うめた場所の上には小さな野菜畑をつくってあるので、いつものように、ひるま通信が着いた場合には、畑の手入れをしているようなふりをして、通信文をとり出せるのだが、そのときは、夕方なのと犬がさわいだのと、こちらがあわてていたのとで、ついまわりの警戒を怠った。  犬がワンワンほえたてるのをおっぱらいながら、ぼくは大急ぎで、通信機にかぶせた土をのけた。──土をのけると、うすくらがりの中で、通信文が着いたことを知らせるランプが、意外にあかるく、パーッ、パーッ、と金色の光をなげかけた。ぼくは大急ぎで、送られてきた五、六本の通信筒《つうしんとう》をとりあげ、土をかぶせて立ち上がった。  まだ、さわいでいる犬をおっぱらって、あたりを見まわすと、うすくらがりのむこう隣のかきねのむこうに、だれかがじっとこちらを見ていた。  次の日──。  はたして、となりの欲ばりおやじがやってきた。──いままであまりつきあいもなかったのだが、ひどく他人のことをうらやましがり、しょっちゅう不平ばかりいっている男で、おまけに近眼だ。そいつがずるそうな顔つきで、いったいなにをいい出すのかと思うと、  「どうかね?──あんたの所のあのまよい犬を貸してもらいてえ」ときた。  「そりゃ、貸してもいいが……」  ぼくは、女助手と顔を見あわせていった。  「いったい、なんになさるね?」  「わしは見ただよ」  おやじは、こすからそうな顔でいった。  「あの犬がほえてる所を掘ると、なんだかえらい宝《たから》が出たようだな。──夕やみの中で土の中から金色の光が出るのを見ただ。──どんな宝が出ただね? ちょっと見せてもらえんかね?」  「いや、それは──」とぼくが口ごもると、  「そうかそうか。人にも見せられねえほどの宝か──それならそれで、ええだ、わしはわしで、あの犬に、もっとすごい宝をさがさせるからな」  と、ひとりでのみこみ顔で帰っていった。  あとにのこったぼくと助手は、ひっくりかえって笑った。  近眼の欲ばりが自分で勝手に犬が宝物《たからもの》のありかを教えた、と思いこんだのだ。──これで、通信機のこともばれずにすむし、犬は連れていってくれて、やっかいばらいになるし、大だすかりだ。  ところが、それから二、三日たった朝、ふと裏庭に出てみると、そこにあの白犬の死体がほうり出してあった。  「どうしたんだね?」  ぼくは、かきねのむこうでむくれている、隣のおやじにきいた。  「どうもこうも、こののら犬……」  とおやじはプンプンおこりながらいった。  「いくら宝物のありかを教えろといっても、なんにも教えねえだ──。たまにほえたてるので、いそいで掘ってみたら、中からトリの骨が出るしまつだ。ぶったたいたら、かみつきやがったので、ぶち殺してくれただ」  なにも殺さなくてもいいのに、と思いながら、ぼくはしかたなしに、裏庭のすみに穴を掘って、犬をうめた。  「かわいそうに──」  と、ぼくは土をかけながらいった。  「おまえは、とんだ‘そばづえ’だったな」  別にたいした意味もなしに、山から採集してきた小さな木の一本を、犬をうめた場所に植えておいた。  それからしばらくたって、ぼくたちは、ある、特別な鉱石《こうせき》を見つけた。──白い、やわらかい石で、どうやらぼくたちのさがしていた、特殊な物質をふくんでいるらしい。これをつきくだいて、しらべてみなければならないが、道具がなかった。  「木の入れものがいいんですわ」  と、鉱物をとり上げて助手がいった。  「石や、金属の入れものでやると、すぐ変化しちまってだめなんです」  「だけど、この近所には、道具になるような、大きな木はないぜ」  とぼくはいった。  「山奥《やまおく》にはあるが、運んでくるのは、たいへんだ」  「裏庭の木を、タイムマシンで、大きくして使ったらどうかしら」  それはいい考えだった。  ぼくたちは、夜のうちに、あの犬の墓《はか》の上に植えた木のまわりを、タイムマシンの場遮断用《ばしゃだんよう》の電線でかこんだ。──これでかこむと、そのかこまれた場所の中だけが、時間を移動する。──木の植わっている地面の時間をどんどん未来へすすめると、木はぐんぐん大きくなった。  つぎの日、目を丸くしている隣のおやじのまえで、ぼくは大きくなった木を切りたおし、それで木の入れものをつくった。  ──とってきた鉱石をその入れものに入れ、鉄くずをたくさん入れて、薬品といっしょに太い木の棒でたんねんにつきくだいた。ずいぶん時間がかかったが、白い鉱石が餅《もち》のようになると、鉄くずの表面に金色の金属がくっついてきた。  ぼくは、金色にピカピカ光る鉄くずをつまみあげていった。  「ほらやっぱりそうだ。この白い石の中には、‘あの’物質がふくまれている」  またあの近眼の欲ばりが見てただろう、と思うと、やっぱり次の日、あのふしぎなウスを借りにきた。──バカな男は、あの木の入れものにふしぎな力があり、あの中に餅と鉄くずを入れてつくと鉄が金にかわると思ったらしいのだ。やっこさん、もったいないのに、もち米と鉄くずをまぜて何時間もついたが──鉄くずはやっぱり鉄くずさ。とうとうカンカンにおこって、ウスをたたきわって、かまどでもやしてしまった。  ぼくたち、また腹をかかえて笑ったが、こううるさくのぞかれては、かなわないので、あの欲ばりの、ヒガミ屋の、ノゾキ屋を、こらしめるのとおっぱらうことを考えた。  そして──もっともらしい顔をして、かまどの灰をもらいにいくと、欲ばり屋は、はたして、こんどは何が起こるのかと、目を皿《さら》のようにして、あとをつけてきた。  ぼくはクスクス笑いながら、灰のはいったザルをもって、冬がれの丘のむこうへ歩いていった。ちょうどその日、土地の殿《との》さまの一行が、狩りにきて休んでいることを知っていたのだ。  ぼくは、殿さまの一行の近くまでくると、大声をはりあげた。  「花さかじじい、枯れ木に花をさかせましょう!」  それからあとは──ほら、みんなも知ってるとおりさ。ぼくが殿さまの命令で、枯れ木にのぼって灰をまくと、花がパッとさく。ほめられてほうびをたくさんもらうと欲ばりがさっそくまねをして、花は咲かずに、灰が殿さまの目にはいり、牢屋《ろうや》につながれる。おかげでぼくたちは、その後、うるさいやつに悩まされず、ゆっくり調査がつづけられた。  「えっ──なぜ、枯れ木に花が咲いたかって? 簡単なことさ。あの小さな木を、いっぺんに大きくしたときのように、あらかじめ何本もの桜《さくら》の木のまわりにタイムマシンの電線をはりめぐらしておいた。  ──ぼくが灰をまくと、すぐかくれていた助手が、タイムマシンのスイッチを入れ、その桜の‘木だけ’を、春の世界に送りこみ、それでパッと花が咲いたってわけさ」    新サルカニ合戦  ほとんどの機械が運びさられ、あとは役にたたないガラクタばかりがのこっている都市の中を、二台のロボットが歩いていた。  その星には、とても高い文明があったのだが、気候の変化で、住めなくなり、その星の人間は、いろんな機械といっしょに、宇宙船《うちゅうせん》にのって、よその星に移住をはじめた。──なにしろ、おおぜいの人間や機械を運ぶので、たいへんな期間がかかったが、その移住も、今ではほとんどおわって、あとには、カラッポの建物と、あまり必要でない機械がのこされた。──よその星ではあまり役にたたないロボットたちも、だいぶのこされた。二台のロボットは、そんなとりのこされたロボットたちの仲間だった。  ガランとした町を歩いていると、一方の召使《めしつかい》ロボットが、ふと妙なものをひろった。──細長い、黒くて小さなもので、ピカピカ光っていた。  「おい……」  と、そのロボットはいった。  「こんなものひろったぜ」  そういって、ふとふりかえるともう一台の工業用ロボットのほうも、手に変なものをもっていた。白い、泡《あわ》のようなかたまりだ。  (あ、発砲《はっぽう》プラスチックのかたまりか。うまいもの見つけたな)  と召使ロボットは思った。  (あれを、おれの腹の中の分解器へいれて、分解したらとてもいい油になるんだけどな。──おれもだいぶあちこち油が切れてきたし……なんとか、うまくだまして、とりあげられないかな)  「なんだ──つまんないものひろったな」  と、召使ロボットはいった。  「それ、なんだか知ってるか?」  「うん……」と、ちょっとウスノロみたいに見える工業用ロボットはいった。  「なにか……いいものらしい。エネルギーか油にならないかな」  「なるかもしれないが、そんなもの、おまえの図体《ずうたい》にくらべれば、ほんのわずかな分にしかならないぜ」  と、召使ロボットはいった。  「そいつを、‘これ’と交換しないか」  「いやだ……」と工業用ロボットは、にぶく目を光らせた。  「だけど──それ、なんだい?」  「こいつあ、すてきなもんだよ」  と、召使ロボットはいった。  「ええと──つまり、こいつを使えば、炭酸《たんさん》ガスと水から、油をつくる工場ができあがるんだ」  「そんな小さなものでかい?」  と、工業用ロボットは、首をのばした。  「うそだろ」  「ほんとだ。ここにちゃんと書いてあるさ」  と、召使ロボットはいった。  「これは小さいけど、その工場のつくり方が、全部この超小型の電子脳《でんしのう》の中にはいってるんだ。これを、おまえの頭の電子脳にさしこめば、おまえひとりで、油をつくる工場ができるぜ」  「ほんとかい?」  工業用ロボットは、鉄板でも、紙のように切れる、巨大なハサミになった手をのばした。  「ちょっと見せてくれ」  「そのプラスチックと交換だよ」  と召使ロボットはいった。  「さ、貸しな」  ひったくるようにプラスチックのかたまりをとると、召使ロボットは、自分の腹のふたをあけて、アッというまにそいつをほうりこんだ。  ──それから、とりかえされないように、ピョンピョン早足で、にげていった。  あとにのこった工業用ロボットは、その小さな、黒い電子脳を、ふしぎそうにながめていたが、自分の頭のカバーをあけて、でかいハサミの先でそっとその超小型電子脳を自分の電子脳にさしこんだ。──超小型電子脳は、工業用ロボットの電子脳に油合成工場のつくり方を、つぎつぎに教えはじめた。工業用ロボットは、にわかにキョロキョロして、都市のガラクタの中に、材料をさがしはじめた。  あちこちから、パイプだの、電線だの、いろんな材料をあつめて、油をつくる工場を建てるのに、ずいぶん日数がかかった。──全部できあがってみると、その工場は、高くて太い塔《とう》の先に、赤さびた、丸いたまがいくつもぶらさがったようなかっこうになった。──工業用ロボットは、スイッチを入れてみた。工場はたしかにうまく動き出した。しかし、彼は、どこに油ができてくるのかわからなくて、塔の下を、ただうろうろしているだけだった。  そこへ、召使ロボットが、またヒョコヒョコやってきた。  「うわァ、すごい工場ができたな!」と召使ロボットは、塔を見あげていった。  「できたことはできたけど、どこにできた油がたまるのか、わからないんだ」  と、工業用ロボットはいった。  「あいかわらず、おまえはグズだな」  と、召使ロボットは笑った。  「待ってろ。おれが見つけてきてやる」  工業用ロボットより、ずっと身の軽い召使ロボットは、太い塔のような工場の外がわをヒョイヒョイとのぼると、丸い大きなかたまりのひとつをもぎとった。──そのたまはタンクになっていて、機械が炭酸ガスと水から合成した油が少したまっていた。召使ロボットは、からだをギイギイいわせてよろこんだ。油は、とても上等なもので、それを流しこむと、機械のすみずみがなめらかになり、エネルギーがみちあふれてくるような気がした。  「なにしてんだよう」下から、のろまの工業用ロボットがいった。  「おれにも飲ませてくれよ」  「チェッ……」  と召使ロボットはつぶやいた。  ──工場がつくられたばかりで、一つのタンクにたまっている油があまりわずかなので、やるのがおしくなったのだ。召使ロボットは、からっぽになったタンクをもちあげると、叫んだ。  「そら、やるぞ! うまく受けろ!」  いたずらのつもりで投げおろしたのを、のろまな工業用ロボットが、よけそこねた。フットボールぐらいの大きさの、かなり重いタンクを、高い所から投げおろしたのだ。──おまけに、あたりどころがわるく、工業用ロボットの背中にある、だいじな動力源にガツンとあたってしまった。工業用ロボットは、たちまちぶったおれて、もがきはじめた。おどろいた召使ロボットは、  「おれ、知らないっと」  といって、大急ぎで逃げていった。  そこへやってきたのが、まだのこっていたらしい三人組の工業用ロボットだった。  「おや?」と、でっかい運搬《うんぱん》用ロボットがいった。  「おれたちと同じ、工業用ロボットがたおれてるぞ」  「背中の動力用パイプがひしゃげている」と、溶接《ようせつ》ロボットがいった。  「なおしてやろう」  とからだじゅうに、いろんな道具をくっつけた加工ロボットが、腕の中からペンチとネジマワシを出していった。やっと、口がきけるようになった、のろまのロボットから話をきいた三人は、召使ロボットに対して、ひどく腹をたてた。  「だいたい、召使ロボットというのはナマイキだ。われわれ工業用ロボットをバカにしてる」  と、運搬用ロボットがいった。  「とっつかまえて、しかえししてやろうじゃないか」と、溶接ロボットはいった。  「だが、召使ロボットは、すばしこいから、なかなかつかまらないぞ」と加工ロボット。  「じゃ、こうしようじゃないか……」  三人は、頭をよせて相談した。  召使ロボットは、油のおかげですっかりからだが軽くなって、ピョンピョンとびながら、自分が住んでいるロボット倉庫に帰ってきた。──ドアをあけて中にはいったとたん、召使ロボットは、ものすごくまぶしい光に、あっと目がくらんだ。  物かげにかくれていた溶接ロボットが、はげしい溶接用の電気火花をちらして、召使ロボットの電子眼《でんしがん》をくらませたのだ。あわててドアから逃げようとすると、入り口のほうから、加工ロボットが、腹からつき出したするどいドリルの先をブンブンまわしながら、せまってきた。こりゃかなわんと、裏口のほうに逃げようとすると、上から、重たい運搬用ロボットが、ドスンと落ちてきて、おさえつけた。  「さあ、どうだ──」と運搬用ロボットはいった。  「あのロボットにあやまるか?」  「あやまるよ、かんべんしてくれ!」  と召使ロボットは悲鳴をあげた。  「おまえたち、そこで何をしてるんだ?」  突然うしろで声がした。──いつのまにか、倉庫の前に、小型宇宙艇がおり、その星の人間がひとり、あきれたように立っていた。  「わたしは、のこったものがいないか、見まわりに帰ってきたんだ。──ロボットでも、新しい星にゆきたければ、のせてやるが……」  「ゆきますとも!」  と、ロボットたちは叫んだ。  「もう一台、むこうにのこってます。そいつも連れてってやってください」  「それはいいが──」  と人間はいった。  「いったい、何をしてたんだね? ロボットのケンカなんてはじめて見た」  宇宙空間にとまっている、巨大な移民用宇宙船までゆく間、その人間はロボットたちの話をきいて、腹をかかえて笑った。  「そいつはおもしろい話だ」  と、その人間は、クツクツ笑いながらいった。  「移民船に着いたら、みんなに話してやろう。ハッハッハ、“ロボット合戦”か──こいつは、まったく傑作《けっさく》だ」  さて──  このおかしな“ロボット合戦”の話がその星の人間たちの間に、口から口へつたえられ、みんなにおもしろがられて、そのまま、移民たちのわたり住んでいった星ぼしの間にまで、語りつたえられていったかどうか──、それは知りません。  はてしない宇宙空間を、星から星へとわたっていった、たくさんの移民船のひとつが、むかしむかしの地球にもやってきて、その移民たちが大むかしの日本にも移りすみ──そして、この“ロボット合戦”の話が大むかしの日本人の間で、サルとカニと、ウス、クリ、ハチの出てくる“サルカニ合戦”の話になったのかどうか、──それもわたしは知りません。  だけど、ロボットなんて見たこともないむかしの人間が、話をつくりかえるとしたら、そういう自分たちのまわりにあるものの姿にかえたかもしれませんね。  世界じゅうで山ほどある、むかしむかしのおとぎ話の中のひとつや二つは、ひょっとしたら、こういうぐあいに、遠い宇宙のかなたからやってきた、宇宙人によってつたえられたものが、あるかもしれませんね。    むかし、むかし……  ちょうど、その星のそばを通りすぎようとしたときに、宇宙船《うちゅうせん》の後部に、ものすごいショックがあった。  うとうとしていたタロは、ショックと、鳴りだした非常ベルに、ハッとして目をさました。  (しまった!)とタロは思った。  (隕石《いんせき》と衝突したな。──衝突警報装置が、故障してたんだっけ……)  急いで隕石のぶつかった箇所をしらべようとしたが、もう手おくれだということがひとめでわかった。  ──急いで脱出するほかはない。  タロは、座席ベルトをしっかりしめ、赤くぬられたレバーをグイッとひいた。──ドン! というショックがおこって、タロののっていたカプセルは、燃えだした宇宙船から、はなれて、まっ暗な空間にとびだした。すぐ目の下に、青白くかがやく大きな惑星《わくせい》が見えていた。タロは、逆ロケットをふかしながら、うまく水の上か、森の上に落ちてくれればと思った。  カプセルは、その星の大気圏《たいきけん》の中につっこんだとき、空気との摩擦《まさつ》のために、まっかに焼けた。──タロは、空気にぶつかったときのショックと、恐ろしい熱のために、気を失った。  カプセルは、やがてパラシュートをひらき、ふわりふわりと落ちていった。やがて、その星の、ものすごいジャングルにおおわれた山地に近づくと、ジャングルをぬって流れる、小さな谷川に落ち、そのまま流されていった。  タロが気がつくと、目のまえに年をとった男の人と女の人の顔があった。──自分と同じ種類の人間だと気がつくと、タロは急に元気になった。  「あなたたちが、ぼくを救ってくれたんですね」とタロはさけんだ。  「ここはどこです? ──あなたたちはだれですか?」  「わたしが、川に洗い物に行ったとき……」と年とった女の人はいった。  「あのカプセルが川上からプカプカ流れてきたのよ。──おじいさんにたのんでクレーンでひきあげてもらったの」  指さすほうを見ると、空気との摩擦による高熱で、すっかりピンク色にかわってしまったカプセルが、クレーンにぶらさがっていた。  「この星には、わたしたちふたり以外のだれもいない──」  と男の人はいった。  「この星に、むかしから住んでいる、原始人たちは、この川下にいるが、とても凶暴《きょうぼう》で野蛮《やばん》で、手がつけられない」  「わたしたちは、ずっとまえ、この星に逃げてきたの」  と女の人はいった。  「むかし、わたしたちの星で、それはひどい戦争があったのよ。──あなたなんか、若いから、おぼえてもいないでしょうね。でも、わたしたちは戦争がいやで、ふたりきりで逃げだしてこの星にきたの」  「あなたたちの、のってきた、宇宙船はどこにありますか?」  とタロはいった。  「もし、燃料があったら、分けてほしいんです。──あのカプセルでも燃料さえあれば、宇宙空間へでられます。そうしたら、定期宇宙航路の宇宙船に、救ってもらえるでしょう」  「宇宙船は、このずっと川下にある」と老人は口ごもった。  「だけど、そこは、さっきいった、この星の原始人たちがたくさんいてとても近よれない。──わたしたちは武器を宇宙船の中においてきてしまった」  「もう、帰るのをあきらめて、わたしたちといっしょに、この星に住みなさいな」  とやさしそうな女の人はいった。  「わたしたち、子どもがいないので、ずいぶん長いあいだ、さびしくくらしてきたの」  「でも、ぼくは帰らなきゃなりません」  とタロはいった。  「そうだ!──武器なら、ぼくがもっています。車があったら貸してくれませんか?──ぼくが、宇宙船まで行って、そのほかいろんなものをとってきます」  老人夫婦は、顔を見あわせた。  「車なら、わたしのを使いなさい」と老人はいった。  「トレーラーもつけてあげよう」  「食べ物を用意してあげるわ」と女の人はいった。  「ここから、車で三日もかかるのよ」  女の人が、食料の用意をしているあいだ、タロは、カプセルの中から、光線銃と、二つのロボットをとりだした。──ひとつは、宇宙旅行中に、こまごました用をやってくれる小さな召使《めしつかい》ロボット。もひとつは真空の宇宙空間でも、空気の中でもとべる、小型の通信用ロボットだった。  「それをどうするんだね?」  とロボットに翼《つばさ》をとりつけているタロのそばで、老人はたずねた。  「テレビカメラをとりつけるんですよ」とタロはいった。  「無線操縦で、その野蛮人の村の上にとばして、偵察《ていさつ》をさせるんです。小型の爆弾も積めます」  「それだったら、これも連れていきなさい」  老人が口笛をふいた。──‘五本足’の奇妙な動物が、しげみの中からとびだしてきた。その動物は、おかしな声でほえたて、あとあしの一本を、はげしくふった。  「この動物はこの星に住んでいる動物の中で、いちばんよく、わたしたちになついたやつだ」  準備がととのうと、タロは車に二つのロボットと、その変な動物を積みこみ、元気よく手をふって、ジャングルの中に消えていった。  「うまくいくかしら──」と女の人は涙ぐみながらいった。  「無事《ぶじ》に帰ってくれるといいが──」と老人もいった。  タロはジャングルのしげみをかきわけて、すすんでいった。この星の奇妙な植物は、ときどき車にからみついて、車をストップさせた。  三日め、タロは、ジャングルのしげみのむこうから、かすかにドンドンなる太鼓《たいこ》の音をきいた。タロは、偵察ロボットをとばした。車の中のテレビのブラウン菅には、ジャングルのきれた広場に、恐ろしい顔をした、この星の原住民が、はだかに毛皮をまとい、輪になっておどっているのがうつっていた。──広場の奥に、大きな宇宙船があり、そのまえに何人もの、槍《やり》をもった連中が番をしていた。  「ゆだんしてるな」と、タロはロボットと、小さな動物をふりかえっていった。  「よし、行こう!」  タロが、川上のキャンプを出発して、一週間たったとき──キャンプでたきぎを割っていた老人は、ジャングルのずっと奥で、ききおぼえのある動物の声をきいた。  思わず立ちあがると、しげみの中から、タロについていった五本足の動物が、ころげるようにかけだしてきた。  「やっつけましたよ!」  車の上では、タロがニコニコ笑いながら手をふった。  「燃料も、それから生活に必要な道具も、みんなとってきました」  トレーラーいっぱいに積まれた、武器や、ストーブや、発電機や、ランプなどのいろいろな道具を見て、老人はよろこびの声をあげた。──いままで、宇宙船にとりにいけなかったばかりに、ずいぶん不自由で危険な生活をしてきたのだ。女の人は、道具よりも、タロの無事な姿を見て、抱きついて涙を流した。  「では、ぼくはこれで帰ります」  と、タロはカプセルのロケットに、燃料を詰めながらいった。  「どうします? あなたたちも、ぼくといっしょに帰りませんか? もう戦争もありませんよ」  「いや──わたしたちはやっぱり、この星にのこる」と老人はいった。  「この星は、原始的だけど、わたしたちの星にくらべれば、よっぽど平和でしずかだ。交通地獄《じごく》もない、税金もない」  「それなら──」とタロは考え考えいった。  「ずっと川下に行かれたらどうですか? そこには、農業をやってくらしている、平和な人たちがいます。その人たちは、ぼくが、あの野蛮で乱暴な種族をおいはらってやったので、とても感謝していますよ。──ぼくにもぜひきてくれといってました。あの人たちの所なら、こんなジャングルの奥より、住みやすいですよ。だいいち猛獣もいないし……」  「ありがとう──」老人はいった。  「そうするよ」  「じゃ、さようなら……」  女の人は、ハンカチで目をおさえながらいった。  「わたしたちのこと、おぼえておいてね……」  「忘れませんよ」  タロはカプセルにのりこみながら手をふった。  「元気で……平和にくらしてください」  やがて、カプセルのロケットが、轟然《ごうぜん》と火をふいた。──ぐんぐん上昇していくカプセルの窓から、ジャングルのしげみで、女の人がふっている、白いハンカチが小さくなるのが、いつまでも見えていた。  それから、この老人夫婦がどうなったか、だれも知らない。──その後、この星の上に、長い年月が流れ、はじめは石の道具を使うことしか知らなかった、この星の原住民の生活もだんだんと進歩していった。人びとは、着物を織《お》ることをおぼえ、鉄を使うことをおぼえ、家を建てて住むようになった。  そのころ、この星の小さな子どもたちは、夜ねむくなると、いつもおじいさんおばあさんに、‘あの話’をせがむのだった。  「またあのお話かい?」  おばあさんは、いろりに木をくべながら、ゆっくりゆっくり話しだす。  「じゃ、これがおわったら、ねるんだよ──。むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんは山にしば刈《か》りに、おばあさんは川にせんたくに行きました。おばあさんが、川でせんたくしていると、川上から、ドンブラコ、ドンブラコと……」    書名:SF日本むかし話全セット   著者名:小松左京  初版発行:2000年 3月10日   発行所:株式会社イオ    住所:東京都千代田区九段北4-3-32一口坂前田ビル8F    電話:(03)3234-5581   制作日:2000年 3月10日   制作所:株式会社パピレス    住所:東京都豊島区東池袋3-11-9ヨシフジビル6F    電話:(03)3590-9460    ※本書の無断複写・複製・転載を禁じます。