新・花の百名山 〈底 本〉文春文庫 平成七年六月十日刊 (C) Takao Tanaka 2001 〈お断り〉 本作品を「文春ウェブ文庫」に収録するにあたり、一部の漢字が簡略体で表記されている場合があります。 また、差別的表現と受け取られかねない表現が使用されている場合もありますが、作品の書かれた当時の事情を考慮し、できる限り原文の通りにしてあります。差別的意図がないことをご理解下さいますようお願い申し上げます。 〈ご注意〉 本作品の全部または一部を著作権者ならびに(株)文藝春秋に無断で複製(コピー)、転載、改ざん、公衆送信(ホームページなどに掲載することを含む)することを禁じます。万一このような行為をすると著作権法違反で処罰されます。
花こそいのち つい最近のNHKの特別番組に、臨死体験を持ったひとびとの話があつめられ、アメリカや日本のひとたちが、死から蘇った自分の体験を語っていた。 殆ど共通していたのは、何の苦しみもないこころよさで、生から死への世界にむかって歩いていった時、眼の前にひろがったのは、一面に咲きさかる美しい花たちの群れであったということである。 画面には、紅や白や黄のケシの花の大群が風にそよぎ、その上に青ぞらがひろがっていた。そして、よく私自身が、大量の花の群れの中に身を沈めて、青ぞらを仰いでいるとき、こころよい眠りに誘われ、このままあの世へいってもいいなあという、あらがい難い誘惑に全身が溶けてゆくような思いにかられることがあるのを思い出していた。 それはまだ十代にもならぬ幼い日々から、二十代三十代と、それぞれの日々の記憶の中にある。十代前半の頃の東京の町には空地がいっぱいあり、白いヒメジョオンの花むらの中に身をかくすことができた。よく泳いだ多摩川の河川敷には、うす黄のオオマツヨイグサとうす紅のカワラナデシコの大群落があった。二十代のとき一人で登った赤城の小沼周辺は、マツムシソウのうす紫の花以外、土のいろ一つ見えないのであった。三十代に住んでいた鵠沼海岸では、砂山の紫のハマエンドウのじゅうたんに眼を見張り、四十代には疎開した鳥取でカキツバタの大群落にであった。 五十代六十代と、私はだんだん山にゆく回数をふやしてゆく。花にあいたいために。幼い日々に、自分のまわりをつつんでくれた花たちは、幼い日の幼いなりの悩みや憂いを吸いとってくれたと思う。十代二十代と、ひとは年を重ねて、世に生きる悩みや憂いを深めてゆく。それをやさしく吸いとってくれるのは、どんな身内や知友にもまして、物言わぬ花であったと思われてならぬ。 臨死体験を経たひとびとが、美しい花ぞのを見るのは、そのひとびとの生きていた日々の記憶の底に、花から得た慰めやよろこびが、まぎれようのないたしかさで潜在していたからではないだろうか。 もしもこの世に花がなかったらなどとは、考えたくもない。多分花々が死に絶える日は、人間も死に絶える日なのであろうと思っている。権力闘争に明け暮れ、恩愛の絆で身動きならぬ世を捨てた西行は歌った。 願はくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月の頃 私はまだ自分の死ぬことはあまり考えない。今年の花を見れば、すぐ来年はどんな花が咲くかと思い、花にわが身の明日を託している。 もし花の歌を一首つくれと言われるならば次のようなものである。 花花花花花 花花花花花花花 花花花花花 花花花花花花花 花こそいのち。 一九九一年早春。 庭のセントウソウの咲いた日。 [#改ページ] 目 次 花こそいのち 北海道 1 礼文岳 オオカサモチ レブンソウ 2 利尻山 ボタンキンバイ シコタンハコベ 3 暑寒別岳 エゾオヤマリンドウ シオガマギク 4-1 大雪山 黒岳 ジンヨウキスミレ 4-2 大雪山 小泉岳 チョウノスケソウ 5 夕張岳 ユウパリコザクラ ユウバリソウ 6 羅臼岳 ジムカデ チシマツガザクラ 7 斜里岳 エゾゼンテイカ 8 目国内岳 イワウメ 9 アポイ岳 ミヤマハンショウヅル アポイゼキショウ アポイマンテマ 10 オロフレ山 ツマトリソウ 11 室蘭岳 オクエゾサイシン 12 白雲山 ナガハノキタアザミ 東北・北関東 13 北八甲田山 サンカヨウ サワラン 14 八幡平 タテヤマリンドウ イソツツジ 15 種山高原 ムシカリ 16 秋田駒ケ岳 ヒナザクラ・キオン 17 早池峰山 ナンブイヌナズナ ミヤマオダマキ ハヤチネウスユキソウ 18 姫神山 ガンコウラン 19 栗駒山 ムシトリスミレ クルマユリ 20 鳥海山 チョウカイフスマ ニッコウキスゲ 21 月山 ウズラバハクサンチドリ クロユリ 22 鎌倉岳 クリンソウ 23 大滝根山 シャクナゲ 24 会津駒ケ岳 クロクモソウ コバイケイソウ 25 燧ケ岳 キンコウカ ツルコケモモ 26 日光白根山 シラネアオイ 27 上州武尊山 ウメバチソウ 28 赤城山 クサタチバナ 29 榛名山 ユウスゲ 30 鳴神山 イワタバコ 31 石裂山 フタバアオイ 32 三毳山 カタクリ 33 両神山 ヒイラギソウ 34 伊豆ケ岳 アズマイチゲ 35 武州御岳山 エイザンスミレ 36 雲取山 イワウチワ 南関東・中部 37 飛龍山 ツバメオモト 38 笠取山 キバナノコマノツメ 39 甲武信岳 クモイコザクラ レンゲショウマ 40 乾徳山 イワインチン 41 乙女高原 シモツケソウ 42 大菩薩嶺 スズラン 43 九鬼山 フジザクラ 44 二十六夜山 ヒゴスミレ マルバスミレ 45 三ツ峠山 レンリソウ フジアザミ 46 黒富士 セキヤノアキチョウジ 47 甲斐駒ケ岳 タカネバラ 48 仙丈ケ岳 イワギキョウ シコタンソウ 49 北岳 キタダケソウ ミソガワソウ タカネマンテマ 50 鳳凰三山 タカネビランジ ホウオウシャジン 51 櫛形山 アヤメ テガタチドリ センジュガンピ 52 天狗山 ママコナ 53 権現山 シモバシラ 54 長九郎山 カンアオイ 55 風越山 ヤマハハコ 56 恵那山 オオチドメ ズダヤクシュ 57 尾高山 ヤブレガサ 58 八島湿原 サワギキョウ 59 蓼科山 オヤマリンドウ ヤナギラン ワダソウ 60 鉢伏山 アカバナ ハナイカリ ヤマラッキョウ 61 浅間高原 ハクサンイチゲ ヒメシャジン 62 針ノ木岳 キヌガサソウ 63 蓮華岳 コマクサ 64 鹿島槍ケ岳 シナノキンバイ オヤマノエンドウ チングルマ タカネミミナグサ 65 白馬岳 リンネソウ イワイチョウ シロウマアサツキ 66 北信五岳 リュウキンカ ザゼンソウ 67 小松原湿原 ウラジロヨウラク トキソウ オノエラン モウセンゴケ 68 平ケ岳 ワタスゲ 69 守門岳 ヒメシャガ 70 浅草岳 ヒメサユリ タニギキョウ 71 日倉山 ユキツバキ 72 角田山 スカシユリ 73 金北山 イワカガミ 74 早月尾根 ベニバナイチゴ 75 大日連峰 カライトソウ ウサギギク タマガワホトトギス 76 太郎兵衛平 ミズバショウ 77 北ノ俣岳 ミヤマキンポウゲ 78 医王山 ベニバナイチヤクソウ 79 白山 モミジカラマツ ハクサンチドリ ハクサンコザクラ 80 笠ケ岳 ミヤマダイコンソウ シナノキンバイ ヒメレンゲ 81 弓張山地 ミカワバイケイソウ キリンソウ チゴユリ 西日本[近畿・中国・四国・九州] 82 猿投山 センボンヤリ 83 藤原岳 フクジュソウ ヒロハアマナ アワコバイモ エンレイソウ 84 大杉谷 イワチドリ・ササユリ 85 熊野路 センブリ 86 冷水山 イワナンテン 87 伊吹山 イブキジャコウソウ 88 小谷山 イチヤクソウ 89 大江山 オオバギボウシ 90 船上山 シラヒゲソウ 91 氷ノ山 シロバナエンレイソウ 92 伯耆大山 コケモモ 93 道後山 アケボノソウ 94 比婆山 ショウジョウバカマ 95 石鎚山 キレンゲショウマ フガクスズムシソウ 96 別子銅山越 ツガザクラ 97 古処山 シュウメイギク 98 阿蘇高原 リンドウ 99 霧島連峰 マイヅルソウ 100 開聞岳 ヤマタツナミソウ あとがき 山の花の恵み 山の花譜 [#地付き]本文カット 森 玲子