森 瑤子 別れの予感 目 次  ㈵ 別れの予感   Story ホテル    別れの予感    電 話    嫉妬の情景    三十五歳の憂鬱  ㈼ 夫婦の長い夜   Story 晩餐会    眉    煙 草    パリの憂鬱    犬と猫のこと    レディの躾    夫婦の長い夜  ㈽ 微笑う   Story 五月の夜、私は    二十四歳の憂鬱    微笑う    男の条件    「情事」の周辺    あとがき  ㈵ 別れの予感  Story ホテル  シーズンオフのホテルは、薄紫色の夕暮れ時の靄《もや》の底で、ひっそりと夜の訪れを待っていた。  黒塗りのシトロエンが音もなくポーチに横づけになると、どこからともなく青い制服のボーイが現れ、大理石の階段を駈《か》け降りるというよりは、滑るように一気に降りてきた。  女客は気取った態度のボーイに先導されながら、高い円天井のロビーを足早に横切り、フロントデスクまで歩いて行った。どこか教会のような雰囲気を漂わせているロビーには、客らしい姿は一人も見あたらず、テラスに向って開かれている幾つかの、下半分がステンドグラスになったフランス式ドアから吹きこむ、微かな潮風の気配だけがあった。 「ようこそお越しくださいました、奥様」  支配人が控えめではあったが、丁寧に挨拶《あいさつ》を述べた。 「安藤《あんどう》常務さまには、お変わりもなくご活躍と伺っておりますが」 「ええ、ありがとう。主人からもあなたにくれぐれもよろしくとのことです。安藤は明日の夕方には到着するはずですわ」少し固い声で要件だけをそう伝えると、さっさと宿泊カードにボールペンを走らせ始めた。カードが動かないように軽く置かれた左手の薬指と小指には、対の金の指輪がはめられているが、それが唯一のアクセサリーで、彼女には宝石や貴金属で身を飾りたてる趣味はなかった。テニスで日焼けしたほっそりとした手に、金の見るからに重たげな指輪がよく似合っている。 「スーツケースだけ先に運んでおいてください」  杳子《ようこ》はテラスの方に躯《からだ》のむきを変えながら言った。 「私、日が暮れてしまわない内に、庭を少し歩いてみたいわ」 「つい先刻《さきほど》まで、素晴らしい日没がご覧になれたのですが」  と支配人が口|髭《ひげ》の下で残念そうに言い添えた。 「お部屋のキーは、こちらに戻しておくようにいたしましょう。お上りになる前にもう一度お寄りください」  テラスに出ると、潮のにおいは更に濃く、暮色と相まって物哀しいような郷愁を誘った。  こういう瞬間、否応なしに過去が立ち戻ってくる。あの日々はとうに過ぎてしまい、もう二度と真に蘇《よみがえ》ることはないのに、まだそこから何かが刈りとれるかのように、今でも時々掘り起こしてしまう、過去。  両側に熱帯性の樹木の茂った、煉瓦《れんが》舗装の道を少し行くと、急に広々と芝を敷きつめたなだらかな丘の麓《ふもと》に出る。今、存在しないもので過去には確かにあったものは、何だろう。  野心。安楽に生きることで喪失してしまったのは、それだった。  海は芝の起伏の先に、アイルランド人の瞳《ひとみ》のような濃い菫《すみれ》色に染まって横たわっている。海面よりわずかだけ明るい空も、次第に色彩を失いつつ、急速に滑り降りてくる夜の闇《やみ》の下に、じっと息をひそめていた。この緊迫した情景の中に鏤《ちりば》められている、数え切れないほどの哀しみの断片が、杳子をなぜか孤児のような気持にさせるのだった。  感動を人と共有することができない故に、そして彼女が何かを目撃してその心が激情で震える時、いつも独りであるという、彼女自身の運命的な巡り合わせのために、孤独感はひたひたと内部深くまで押し入ってくるのだった。  何時であったか、そのことについて嘆いた時、夫はこう言った。 「感動を人と共有できないんじゃないよ。きみが共有することを拒否しているんだ」  しかしそう言う夫も、二つの会社の経営と他に数社に関係する多忙の身で、ほとんど不在がちだった。休暇らしきものをとると、彼は眼を閉じ、耳に栓をして完全な休息を要求した。ずっと昔にはそうではなかったかもしれないが、彼女が結婚したときには既にそうだった。彼は来年には五十九歳になる。  杳子は夫の疲れた顔と、社会的な重圧のために打ちひしがれたように見える背中を、眼の底から追い払うように頭を振った。  穏やかで巨大な動物のように、眠りにつこうとしている海に背をむけ、今しがたの道をゆっくりと戻りながら、彼女は胸にぽっかりとあいた欠落感を凝視《みつ》めていた。それはもうかなり以前から、何の前触れもなしにしばしば訪れる憂鬱《ゆううつ》な感情だったが、最近では日に何度かふいに彼女を襲うようになっていた。ホテルの華やかな灯が、樹木を通して索漠とした心に場違いなほど輝いて見える。  夫との年齢差は最初から承知のことだった。むしろ夫の歳が自分の倍もあり、家庭的な一切の義務からも解放するという贅沢《ぜいたく》な条件が、この結婚に踏み切らせた理由だった。絵さえ描き続けられたらそれで良かった。  美術大学を卒業した後、生活の為に中学校の美術教師になったが、彼女自身の創作の時間が作れないというジレンマに苦しみぬいたあげく五年で止め、夕方から出ればいいある画廊に勤めを変えた。世間で一般に言う婚期はとっくに過ぎていたが、それでもまだ充分若かったし、情熱も野心もあったから、生活の貧しさ、将来に対する漠とした不安や焦り、人生への、あるいは愛の飢餓感などは、逆に創作意欲を刺激する要因になり得た時期だった。  縁あって安藤|太一《たいち》の後妻に入る決意をしたのは、ただ単に画布《キヤンバス》にむかう時間が増やせる、と考えたからだ。絵の具や画布を買うために働かなくとも良かったし、夫の身の回りはもちろん、自分の口に入れる三度の食事でさえ手伝いの者が作ってくれる。好きなだけ絵が描ける、そう単純に計算をした。むろん心の隅では、女一人で生きていくには人生は重すぎると思っていたし、既に半分ほど過ぎた道のりは充分に険しかった。それに彼女は疲れてもいたのだ。  それから六年の歳月が流れ過ぎた。その間に杳子の大部分の夢は夫によって叶《かな》えられ、今はもう望むことさえ残っていない。最初は真新しく刺激であった贅沢という冒険も、しばらくするとありふれた日常のリズムに組み入れられ、それに馴れ、やがて彼女ではなく贅沢の方が杳子を支配するようになっていた。それにつれて創作からは日を追うごとに遠ざかり、今では時々自分のことをきらびやかな奴隷のように感じることがある。  見上げると頭上には厳しい青さをたたえた初夏の夜空があり、彼女の内部の暗闘もまた、底知れぬほど奥深くなっていくのだった。  自分には描きたいものが無限にあるというのに、そのどのひとつも完成されることができない、というあせりから彼女は一瞬も眼を背けられない。絵を取りもどすためにしなければならないことは、わかっているような気がする。この生活を捨てること。そうでなければいかなる創造への野望も、きっぱりと諦《あきら》めてしまうこと。  内へ内へとめくれこんでいく胸の中を覗《のぞ》きこんでいたので、杳子は反対側から来る、これもまた同じように、考えごとに注意を奪われている長身の男と、危く正面衝突をするところだった。相手は長すぎる手を大きくひろげて、外国人のような大袈裟《おおげさ》な謝罪のゼスチャーをして、失礼しました、とよく響く低い声で言った。自分の美貌《びぼう》を意識した仕種《しぐさ》だった。杳子は軽く頭を下げて行き過ぎようとした。 「大丈夫でしたか?」ぶつかったわけでもないのに、男はそう言って引き止めようとした。この種の 男《ドンフアン》 は己《おの》れの美貌が無視されることに、馴れていないか、我慢がならないのだろう。杳子は、テラスからの青白い夜光灯を浴びて立っている男の、浅黒い引きしまった顔に、不躾《ぶしつけ》で無関心な視線をひたとあてた。二人は十秒ばかり、まるで敵同士のようにお互いを眺めあい、観察しあうと、男はまるで、自分たちは同類だと言わんばかりにニヤリと笑った。杳子はそれを高慢に眉《まゆ》を上げて受けとめ、お生憎さまとばかり、いきなり男に背をむけて歩きだした。背に好奇心に燃えた視線が突き刺さるのを感じながら。  ホテルの部屋に上ると、スーツケースを開いておいてシャワーを浴びた。憂鬱が濃くなると、いつも、まるでその憂鬱を洗い流せるかのように、彼女は熱い湯に打たれる。時には日に五回も六回もシャワーの下に立つこともあった。そして彼女は鏡の中に全身を映しだして、自分は真に何を欲しているのだろうか、と啜《すす》り泣くのだった。もしかしたら私の中には破滅を夢みている気持があるのではないかと、疑った。それとも私が恐れているのは、本当は老いなのではないだろうか? テニスクラブのコーチだった高村亮《たかむらあきら》との情事は、肉体の欲望を満たすためというよりは、まだ残っている若さと美しさへの証人が欲しかったのに過ぎなかったのだ。ところが彼女がひもじいのは、実はその魂だったので、肉体をいくら乱用して酷使しても飢餓感は満たされはしなかった。この不毛性に気づいた時、二人の一年続いた関係は終った。もう二年も前のことだ。  夕食に降りていくために着替えをしながら、彼女は思わず深々と溜息《ためいき》をついた。  そうだ、溜息——この溜息が今度のたいして意味があるとも思えない旅行の原因となったのだ。  その朝、新聞を読みながら食事をしていた彼女の夫が、尋ねた。 「どうした、さっきから溜息ばかりついているじゃないか」 「ごめんなさい……気がつかなかったわ」  杳子は抑揚のない声で謝った。 「このところ何日もその調子だよ。どうかしたのかね?」  コーヒーを口に運ぶ夫の、染《し》みの浮きでた乾いた手を眺めながら、彼女はほとんどだしぬけに言った。自分でも何を言おうとしているかわからないで。 「私、画廊勤めに戻ってみようかしら」  安藤は怪訝《けげん》そうに妻を見た。 「気分転換に外に出て働きたくなったのかね」 「いいえ」夫の辛抱強い態度が彼女を苛々《いらいら》させた。 「気分転換はもうたくさん。言ってみれば毎日が気分転換の連続でしたもの。もっと差し迫った必要のために、もう一度一人になってみようかしら」  その言葉を口にするそばから、彼女は夫がそれを笑い飛ばすであろうと確信していた。だからこそ私はこんなことを、平然と言ってのけるのだわ。  案の定、安藤は朝刊を食卓の上に置きながら穏やかに答えた。 「駄目だよ。第一、杳子はもう元の生活には戻れないし、戻るつもりもないんだよ。子供みたいに駄々をこねているだけさ」  そうなのだ。私は戻るつもりなど毛頭ないのだ。この生活、この贅沢、お金が与えてくれるあらゆるものの中で彼女が最も気に入っている、�待たなくとも良い権利�を、捨て去ることなどできないだろう。  例えば私はもうバスの行列に連なることさえできはしない。二十分も三十分も到着の遅れているバスの長い行列。しかも冬で冷たい雨が降っていれば尚更だ。運転手つきの自家用車がどこへでも運んでくれ、前評判の高いコンサートやオペラの切符を手に入れるためにも、電話一本で、それは魔法のように届けられる生活。地中海の色が見たいと思えば、何年も生活を切りつめて貯金しなくとも、夫に頼みさえすれば希望が叶うとしたら? そうした全てのものを杳子は放棄できるだろうかと考えた。しかも、自分の絵を完成させるのと引き換えに? そしてその絵はこの世界にどれほどの意味と存在価値とを持ちうるというのだろうか。(でも、私にとってはそれが生きる感覚の全てだわ。でなかったら死んだように生きるしかない) 「何が不満なんだね?」と再び安藤は妻に問いかけた。 「毎日がまるでお墓の底にいるみたいなの」低く軋《きし》んだように響く杳子の声。 「それはわたしのせいかい?」あくまでも冷静な夫。 「いいえ。ただこの家には私のすることは何ひとつないんですわ。私はあなたのお役にも立っていないの」 「だって何もしないことを条件で、杳子はこの家に入ったんじゃなかったのかい?」安藤は苦笑した。 「条件だなんて」と嘆く妻を手で制して彼は重ねて尋ねた。 「絵はどうなっている? 最近あまり描いていないようだと、麻さんが言っていたがね」  夫の口から自分の怠惰を指摘されるのは辛かった。かと言って、時間がありすぎて今では逆に描けないのです、と答えたところで、夫には理解できないだろう。あるいは創造にはある種の危機意識が必要なのだ、と説明しようとしたところで。野心を燃え上らすのには、ハングリーでなければならないと、彼女がいくら叫んだとしても無意味だろう。 「きみがわたしの役に立っていないとか言ったけどね、そんなことはない。杳子は立派にわたしの力になってくれているよ」 「私が? どんなお力になっていますの?」  彼女は疑い深いまなざしで夫を眺《なが》めた。彼は出逢《であ》った時には既に完成した大人の男だった。彼女が入ることによって何ひとつ変わるでもない夫の家と家人たち。私が夫の役に立つとしたら、月に一度かそこら、彼のベッドの中でしかないだろうと、杳子は寂しく考えた。 「杳子が側にいるということでさ。まだ若くて、わたし以外に身寄りのない妻を守っていくという重い義務がわたしにあるんだよ。そのおかげで仕事にも打ちこめる。杳子という存在がなかったら、仕事など実に空しいものさ」  しかしその妻が内部にどんな暗黒を抱いていようと、それは問題ではない、というわけだ。彼女は溜息と共に深い考えもなしに呟《つぶや》いた。 「あなたを裏切りでもしないかぎり、私は自由になれそうもないんですのね」  それを聞くと、安藤の顔がわずかに曇った。 「だがきみは、既にわたしを裏切っているじゃないか。テニスのコーチとは長く続いたんじゃなかったのかね」  声には棘《とげ》はなかったが、感情のこもらない無表情な調子だった。杳子は屈辱感と後めたさで眼の前が暗くなった。 「私は見張られていますの?」ようやく最初のショックが去ると、彼女は掠《かす》れた声で訊いた。 「見張る?」安藤はテーブルごしに妻を見た。 「わたしは自分の妻を見張らせたりはしないよ」夫婦の視線が絡んだ。 「ただ人には眼があり口がある。そして私には耳というものがあったということさ」 「じゃ、あのことを黙認したとおっしゃるの?」  彼はそこで初めて口ごもった。 「きみがある程度の品位と誇りさえ保ってくれれば、やむをえないと考えたんだよ。もういいじゃないか、済んだことだ」そう言って彼は眼を伏せた。杳子は老犬のように寂しい横顔だと思った。 「きみにはいつも何か刺激が要るんだよ。別の土地へ行けば何か吸収できるだろう。気分を変えるために、ぜひ行っておいで。シーズンオフだから伊豆は静かだよ。わたしも金曜の夕方までに都合をつけて合流するよ。久しぶりで二人でゆっくりできるだろう」  と安藤は埋合わせでもするかのようにそう言った。実際には夫が埋合わせをしなければならないことなど、何もなかった。  反対する理由もなかったのだ、結局全ては夫の有能な秘書のお膳《ぜん》立て通りに、彼女は一足先に伊豆にあるこのホテルにやってきたのだ。部屋に入って最初に気づいていたことだが、テーブルの上には両手に余るほどの花束が飾られていた。おそらくそれも万事そつのない秘書の独断なのであろう。夫はそんな考えすら思いつきもしないだろう。彼女は黄色いバラの、ひんやりとする花びらに蒼ざめた唇を押しつけた。  時刻は九時を少し廻っていたので、夕食には遅すぎるせいか、あるいは在客がほとんどいないのか、広いダイニングルームには人影はなかった。染みひとつない輝くばかりの純白のテーブルクロスを、無意識に撫《な》でながら、杳子は追放されたように感じられるこの旅行に、どんな意味があるのか考えようとした。しかし旅先のこの孤独と、使用人にかしずかれた西麻布《にしあざぶ》の広い家での彼女の孤独と、一体どれほどの相違があるというのか。私は何時までこの索漠とした後悔を反芻《はんすう》しつづけなければならないのだろう? 大体、どうして今こんなところに来て、眼に痛いばかりの白いテーブルを前に、たったひとりで座っているのだろうか?  近づいてきたボーイに、メニューを断わって彼女は早口に注文した。 「鮭《さけ》のリソット。ワインは適当に選んでくだすって結構よ。ええ、白。残したら、あとでボトルをお部屋の方に届けておいてくださいな。それから何かサラダを。海老《えび》か貝の入ったサラダ、できる?」  夫の地位とお金があれば、不可能なことは何ひとつないだろうと、彼女は立ち去っていくボーイを見ながら苦笑した。  ガラス窓に映る自分の姿を相手に軽い夕食をすませると、杳子はすぐ部屋に戻る気にはならず、地下のバーへ降りていった。  船室を模して造られたバーは、さして広くはないがどこもかしこも磨きぬかれて鈍く輝やいていた。マホガニーと真鍮《しんちゆう》が醸しだす独特の雰囲気。薄暗い店内にはアメリカン・カントリー・ミュージックが低く流れ、バーテンダーの他に、男が一人カウンターで飲んでいるだけだ。  バーテンダーは愛想よく杳子を迎えたが、男の方は俯《うつむ》きかげんの厳しい横顔を見せたままだった。先刻庭で衝突しそうになった男だった。その横顔に貼《は》りついている黒々とした苦悩の色に、杳子は思わず歩みを止めた。男が振り返り杳子を認めると、その表情がにわかに崩れて、かわりに彼女がよく覚えている、あの自信過剰な遊び人の顔が現れた。この段になってよそよそしく離れて席を取るのも大人気《おとなげ》ないと、杳子は男のひとつおいた隣のスツールに浅く腰をあずけた。  音楽はちょっとめそめそしたような男の声で�バーのむこう側で女が指輪を外そうとしている、俺は声をかけようと近づいた、女は呟いた、あたしは決して途中で投げ出すような女じゃないけど、今度ばかりは疲れたの……�と唄《うた》っている。おあつらえむきすぎて、笑いだしたくなる。 「ケニー・ロジャースの�ルシール�」  尋ねもしないのに男が言った。 「今にも泣きだしそうな声ね」 「でも黒人にもアジアの男にも出せない声ですよ。白人独特のハスキーだね」  カウンターの上にはそのレコードジャケットが置いてあった。彼女はフローズン・ダッカリーを注文しておいてジャケットを手に取った。写真の男は髭だらけの、暖かい眼をした男で、白い歯の口元がセクシーな印象を与えている。——ケニー・ロジャース。三十八歳……と杳子がジャケットを裏返して小声で読むと、隣で男が後をひきとるようにして言った。 「僕は山本龍彦《やまもとたつひこ》。三十二歳。よろしく」  杳子は眼の隅で浅く笑ったが何も言わなかった。 「山本龍彦。職業は物書き。目下休業中。アルバイト、有閑マダムの運転手——これは表向き。裏は想像にまかせるよ。現在マダムは部屋でお休み中。何しろ夜ふかしは美容の最大の敵らしいんでね」  杳子がジャケットの上からあきれて顔を上げた。 「一人言? それとも誰かに聞かせているつもり?」 「こうでも言わなければ、あなたはその髭面のカウボーイから眼を外してくれそうにもないからね。そんなアメリカ男の顔より、僕の方が少しは見られるんじゃないかなあ」 「それをきめるのはあなたじゃないわ」  杳子はひややかに言った。 「そうかなあ、下手な小説書く分には、顔なんかどうでもいいけどさ、この商売《アルバイト》は相当いい線いっていないとお呼びじゃないんだ。というわけで、僕は三段論法的に自分の容姿に自信をもっているんですよ」 「結構ですこと。でもよかったら別のこと話さない? あなたの美貌についての話にはぜんぜん興味がないわ。小説をお書きになるって、一体どんな?」 「ボクがこれまで書いてきたものは、かぼそい、ひ弱な神経のふるえにすぎない——と言ったのは、実は北杜夫《きたもりお》ですがね」龍彦の声が急に投げ槍《やり》になった。 「現在は神経をすりへらすより、肉体を酷使して生計を立てているんです。いずれ又、僕は書き始めるでしょうけどね。——時間もたっぷりあるし金にも困らないってのが、堕落の始まりなんだな」  そこで言葉を切ると、男は杳子の全身に不躾な視線を注いだ。「それより、深夜の散歩はいかがです。月の光の下を少し歩きませんか?」 「せっかくですけど、私遠慮するわ」杳子はそっけなく断わって、砕氷の中の飲み物を一口啜った。  龍彦はカウンターの上に置かれた彼女のルームキーを、無造作に手の中でもてあそびながら、たいして失望もせず「散歩も駄目。名前も教えてもらえない。多分お酒をご馳走すると言っても断わられるんだろうね」と言った。 「女に断わられることなんて、めったにないんでしょう。そうあなたの顔に書いてある。でも断わる女が一人くらいいても、いいんじゃない?」  バーテンダーに素早く合図して伝票にサインすると、杳子はさよならも言わずに、ほとんどだしぬけにバーを出て行った。彼女は彼の臆面《おくめん》のなさが嫌だった。それは彼のポーズだった。何か非常に脆《もろ》いものを守るために、言葉や態度で虚勢を張っているのだ。それにしてもどうして私は逃げ出すように、あんなに唐突にバーを飛びだしてきたのだろう?  自室のドアに手を触れた時、彼女はあることに気付いた。彼は私に似ているんだわ。あらゆる種類の夢が、自分自身の血と涙と汗による努力ではなく、他人の手と金で、いとも簡単に叶えられてしまった私の哀れな同朋。野心と魂を売り渡した人間が、私の他にもう一人いたのだ。  夕食の飲み残しのワインボトルが届いていた。杳子はテレビをつけ、ボリュームを切り部屋の灯りを消した。画面には西部劇らしい光景が慌《あわただ》しく映し出されたが、彼女は何も見ていなかった。無意識に手を伸して、ワインを注ぎ足しては、酔いが廻り、龍彦と名乗った男の、あの自信たっぷりな表情ではなく、彼女に気づく前、バーでふと見せた、暗い苦悩に満ちた横顔が脳裏から薄れて消えていくのを、そして眠くなるのをひたすら待った。  どれくらいたったのだろうか。ドアにノックの音がし、男の低い銜《くぐも》った声がした。 「……龍彦。三十二歳。目下休業中。ドアを開けて……」  何だかありふれていて、低俗なドラマの筋書き通りだわ、と杳子は内心|軽蔑《けいべつ》しながら、ドアに近づいた。 「月夜の散歩は、すでにお断わりしたはずよ」 「じゃせめて、話でもしませんか。まだ眠くないんですよ」 「そんなことあなたの問題で、私には関係ないわ。一体何時だと思っているの」西部劇の主人公の背に、インディアンが放った矢が突き刺さるのを見ながら、彼女は無関心な声で答えた。 「でもぜひ、聞いてもらいたいことがあるんだ。ちょっとドアを開けてくれませんか?」 「気でも狂ったの? それとも酔っているのね。たとえ一晩中がんばってもドアを開けるつもりはないわよ。わかったら、どうぞ帰って」 「じゃ試してみる?」龍彦がそう言うと、ノックの音が一段と強まった。両隣りに宿泊客はいなかったが、その調子で騒ぎ続けたら、誰かが不審に思い始めるだろう。 「すぐに止めなさい。さもないと支配人を呼びます」内側から怒鳴ると、男も同じように怒鳴り返した。「どうぞ! 支配人でも警察でも好きな方を呼べばいいよ」  杳子はベッドの傍にある電話をチラっと眺めた。夫が大株主の一人であるこのホテルで、たとえ自分は一方的に被害者だと主張しても、めんどうな説明やら言い訳なしで済みそうにもなかった。龍彦に対する怒りが一気に爆発した。彼女は乱暴にロックを解いてチェーン一杯までドアを引いた。 「一体、何だっていうの!!」  ドアが開《ひら》いたので、龍彦が勝ちほこったように自慢の歯をみせて笑った。 「見事な歯並びですことね」と皮肉たっぷりに杳子は言った。「さすがそれで生計を立てているだけのことはあるわ。さあ、何なの? 散歩の件なら、もう断わるの三度目よ」  男は部屋の中を覗きこんだ。杳子は龍彦の前に立ちはだかった。 「お入れするわけにはいかないのよ。わかるでしょう?」 「実は頼みがあって来たんです。真面目な事なんだ。ちょっと聞いてください」急に深刻な表情になって龍彦が言った。「さっきも少し話したように、僕は一種の囲われの身でね。生活は保証され、贅沢|三昧《ざんまい》で、そのために精神が堕落してしまった男なんですよ。中に入れてくれませんか? 立話もなんだから」  杳子の眼が警戒するように光った。彼女は黙って首をふった。諦めたようなゼスチャーをすると、男は続けた。 「これも既にご存知の通り、僕は小説を書きたいと思っている人間です。そのためには腐り切った性根を叩き直さねばならない、この怠惰の極みとも言うべき甘い生活を放棄せねばならないんですよ。もう一度一文無しの宿無しから出発しなければ、僕は絶対に書けないんだ。どうしてかなどと聞かないでください。説明しても他人にはわかってもらえないし、わかってもらう必要もないからね。で、あの婦人《マダム》と別れたいんです」  まるでそれを言うために百回も練習をしたかのように、龍彦は滔々《とうとう》と喋《しやべ》った。——でもわかるわ、あなたがなぜ書けないか私にはわかるわ——杳子は胸の中で呟いた。だが口にだしては、冷たく突き離すように、 「さっさと別れたらいいじゃありませんか。私にわざわざ宣言なさるまでもないわ」と言った。 「それならもう何十回となく脱出を計ってみたよ。全て失敗に終ったけどね。僕の方から、この馴れ親しんだ生活を捨て去ることなんて、とうていできない相談だってことを、嫌というほど思い知らされただけだった。——しかし」龍彦の瞳の光が急に鋭くなった。 「彼女の方が僕を捨てるということになれば、話は別だ」  そう言って自分の首を掻《か》き切る仕種をしてみせた。 「ぜひとも、そうしむけたいんだ。彼女が僕を捨てる——その手伝いをしてくれませんか?」  私? というように杳子は疑い深い指で、自分の胸を指した。 「そう。あなたに共犯になってもらいたい」 「何の共犯ですって?」驚いて杳子が問い返した。 「僕があなたの部屋で、朝まで過ごすという意味です」  呆気にとられて、彼女は一歩後退した。 「まさか——冗談でしょう」 「本気ですよ。むろんご迷惑は絶対にかけません。あの女《ひと》は僕に破局を宣告して、それで終りです」もう一度指でさっと首を切ってみせ「あなたのところへ何か言ってくることは、ありえない。ちょっとばかり世に知られた名前に、彼女はこだわるんですよ」と言って、鼻先で笑った。 「それなら私をわざわざ共犯にすることもないみたいね、架空の女と過ごしたことにして、どこか空いている部屋で一夜をお過ごしになったら?」 「もちろん、僕がどの部屋で一夜過ごそうといいんだけどね、相手はあなたということにしてもらわないと、この計画は成立しない。今夜ホテルに泊っている婦人客は、彼女の他にはあなただけなんですよ」 「ああ、そういうことなの」と、ようやく話がわかりかけた。 「それで明日の朝、あなたは私との一夜の情事を告白するってわけね?」 「イエス。彼女に問いつめられて、渋々白状するという筋書きです。でもあなたの名前は死んでも僕の口からは言いませんよ。第一、白状しようにも本当に知らないんだから」 「でもフロントで調べれば結局わかるってことね? 悪賢《わるがしこ》いひとね、あなたがあくまでも私の名前を隠そうとすれば事はより真実らしく見えるのは、計算ずみなんでしょう?」杳子は嫌悪を隠さずに、棘々しい声で言った。「もう一度聞くけど、あなたは私の部屋に朝までいる必要はないのね? この後、すぐに消えるのね?」 「それがお望みならば」と、龍彦はクラーク・ゲーブルがよくやったように、肩を軽くひねって会釈した。 「ではそうして頂きましょう。そして、ぜひご成功を祈るわ」そう言うと、杳子は龍彦の鼻先をドアでピシャリと閉じた。  ——いずれにしろ、私には関係のないことだわ——と、男の足音が遠ざかるのを聞きながら彼女は呟いた。あなたの小説も、あなたの苦悩も、この計画さえもよ。疲れと酔いと奇妙な興奮で頭は混乱しているけれど、私は天使のように潔白だわ、と再び声に出して言った。現に部屋にいるのは私一人だし、そして朝まで一人で眠ることは歴《れき》とした事実なのだから。そして杳子はベッドにもぐりこみ、次の瞬間には眠っていた。  翌朝はひどい二日酔だった。積極的に死にたい気持になっている時は、龍彦のことは思い出しもしなかった。ようやく昼頃になって、降りて行ったテラスにも、夕方安藤が到着したのを迎えに出たロビーにも、しかし龍彦の姿は見当らなかった。何も起らずに終った可能性が強いのだろうと彼女は考えた。彼はただ、ひどく酔っていて、果たせぬ脱出の夢を見ただけなのだ。  部屋で二時間ほど眠って疲れをとった安藤の提案で、夕食前のカクテルに降りていくことになり、洗面所で髪にブラシをあてていると、電話が鳴った。安藤がそれに出た。甲高い女の声が、途中まで電話をとりにでた杳子の耳にも届いた。 「ご主人さまでいらっしゃいます?」と女の声がまず訊《き》いた。「失礼ですけれど訳がございまして私の名前は申し上げられませんわ。前置きも省略させて頂いて、ずばり申し上げます。実は昨夜奥様の部屋に私の運転手が伺いましたの。彼は今朝の六時まで自室に戻りませんでしたわ。何があったかは、奥様にお尋ね遊ばせ。運転手は朝食前にホテルを出しました。私はそういう安易で淫《みだ》らな短絡的な恋愛というものを好みませんし、ましてそれを使用人に許すわけにはまいりませんの」それから未知の女は、打ちあけ話をするように、わざとらしく声をひそめた。「実は彼、私がやとう以前はジゴロでしたの」  電話がぷつりと切れた。  ——ジゴロでしたの。ジゴロ。彼は、ジゴロでしたの——安藤はゆっくりと受話器を戻しながら、妻を見た。 「聞こえたろうね?」 「ええ——でも」と言いかけた妻の釈明を厳しく拒否するように安藤は苛立たしげに首を振った。頑固で癇性《かんしよう》な老人の仕種そのものだった。夫は急に十も老けて見えた。絶望的な距離感が杳子から言葉を奪った。「どうやらきみの希望は叶いそうじゃないか。え?」奇妙に響く声。 「すぐに荷物をまとめなさい。離婚の手続きはこの週末あけに秘書が進めるよ」  離婚? 事の以外の成り行きに茫然《ぼうぜん》自失して、杳子が呟いた。「一体、私が何をしましたの? 私はただ——」 「言い訳はいい。聞きたくないよ」鋭くさえぎる夫。その拒絶はもはや杳子の手に負えそうもなかった。 「でも私、何もしていませんわ」 「それを信じるか信じないかは、わたしの側の問題さ。わたしはきみを信用しないよ」今まで聞いたこともない、冷えびえとした声だった。彼女は無実の唯一の証人は龍彦で、そして彼の行方は知れなかった。怒りや悲しみや驚きの感情を通り越して、空しさが杳子を包みこんだ。 「わたしは警告したはずだ。情事をもつなら、気品と誇りを失うなと、はっきり言っておいた。それを私のホテルで、従業員の眼と耳があるところでこの騒ぎだ。しかも相手は、きみ、ジゴロというじゃないか」最後の一言を、薄汚いものを吐き出すように、発音した。杳子は罠《わな》にはまったような気がした。  安藤は部屋を出ていき、残された杳子は命令どおり荷物をまとめた。何かひどく不本意だった。自分はなぜ泣き叫んでも事実を説明しようとしなかったのだろう? こうなることを心のどこかで望んでいたのだろうか? しかしこうして決定的に自由を宣告されてみると、あれほど夢みた自由は、彼女の考えていたものとは違っていた。それは口の中で粘々《ねばねば》と厭《いや》な味がした。彼女は急に吐き気を覚え、洗面所で激しく嘔吐《おうと》した。  これが自由の味だった。涙で滲《にじ》んだ眼の底に、龍彦の姿が浮んだ。彼は今どこで、この苦い解放感を味わっているのだろうか。果して彼も又、この自由を嘔吐したろうか?  最後に彼女はテーブルの上の薔薇《ばら》の花を見た。黄色い薔薇が好きだと知っているのは、夫だけであることを突然思いだした。秘書ではなく、この花束は夫からの贈り物だったのだ。お礼も言っていなかったわ、と小さな悔恨が胸を噛《か》む。  それから杳子は、車の手配を頼むために、打ちひしがれた手を伸して電話をとった。  別れの予感  私はマゾヒスティックな気質なので、人との出会いや恋愛の目眩《めくるめ》く過程より、その別れに興味がある。  ひとつの関係《リエゾン》が終る時、ひとつの世界が崩壊し、その寂寥《せきりよう》とした瓦礫《がれき》の中に立ちつくして、自分はもう生きてはいられそうにないと思う。それでもやっぱり生きていて、痛みをくぐりぬける。  別れの愁嘆場を演じたいから、恋をすると言っても、いいくらいだ。あの躰《からだ》が二つ折れになるような辛《つら》さや、自分の手が無様《ぶざま》で目障《めざわ》りで、それをどう扱っていいのか、突然わからなくなり、振り上げた拳《こぶし》で壁を叩き続けるしかない別れた直後の感覚は、実際、ほとんど快感によく似ている。  ずっと昔、まだとても若かった頃、大切な愛を失った体験がある。その時、泣き叫んだり相手を問いつめたり、あるいは哀願するかわりに、私はじっと自分の胸の内を凝視《みつ》めていた。そして、待った。私の中で何か激しいものがめざめて、噴《ふ》き上げ、爆発するのを。そして、やみくもに駆《か》け出して恋人の部屋の扉を叩き、情熱のありたけを言葉にして、冷えた男の心を再び愛で掻きたてる情熱が湧《わ》いてくるのを、待った。けれども、どんなに自分自身を嗾《けしか》けても、その勇気は生れなかった。もし、ほんとうにそのひとが、自分にとってかけがえのない存在であったら、一瞬たりとも躊躇《ちゆうちよ》などせず、髪振り乱し、眼を吊《つ》り上げて、捨てないでくれと絶叫するのではないか。  そうしないのは、結局、情熱が足りないのだ、自分の自尊心より、大切ではなかったのだ。そんなふうに考えて、波だつ心を鎮めていった。辛かったので眠ってばかりいた。自分を�眠り姫�と呼んで嘲《あざけ》った。  実際に恋愛をしなければ、好きな別れの場も演じられない。色々事情があって、そう恋をしたり別れたりもしていられない。そこで小説の中に切ない思いを書きこむわけである。いわば、小説で願望を充足するわけだ。当然私の小説は、ほとんどブロークン・ラブで終る。 「ね、今晩何が食べたい?」と訊くと、彼は、「いつも同じさ」と答える「きみだよ、きまっているじゃないか」 「馬鹿ね、真面目《まじめ》に訊いているのよ。何か美味《おい》しいものを食べましょうよね、だから何が食べたい?」 「言っただろう、きみだって」  何時《いつ》かその恋に終りがくると知らなかったら、愛人たちのその会話は気障《きざ》でしかないだろう。しかし三か月先に、あるいは一年後に、別れが訪れると、心に言い含めて聞けば、言葉は熱く、特別の様相さえ帯びて胸に響く。そして別れは、突然、その日にでもやってくるかもしれないのだ。  どんな男と女の関係でも必ず別れを内包している。瞬間強力接着剤みたいに永久に離れない、などという関係は仮にあったとしても不気味なだけだ。  飲み物を手渡してくれながら、ふいに、さり気なく、彼は言うのだ。 「楽しかったな、俺たち」  楽しかったと言いながら、口調が何故か沈んでいる。別れの予感。ぴんとくる。そのきらびやかな哀しみへの予感は、動物の慟哭《どうこく》に似ている。目眩《めまい》がして、眼の底が昏《くら》くなる。 「終りにする?」  と、相手に劣らずさり気なく訊き返して、ウイスキーを口に含む。厭《いや》な苦い味がする。 「そんなに哀《かな》しそうな顔をするなよ。きみのことは今でも好きなんだ」  彼の声は、冬の海の水平線の彼方《かなた》から吹いてくる、ひえびえと冷えた風のように響く。  ——じゃ何故別れるの、などと野暮なことは訊かないことだ。と言ってああそうなの、と簡単にすませることも、できない。未練がある。意地もある。自尊心もある。  口では強そうに言っているが、彼だって内心当惑しているのだ。捨てられる女より、捨てる男の痛みの方が、深いのではないか、と考えなくてもいいことを考えるから、言葉がとどこおりがちになる。 「さあ、元気を出せよ。きみらしくもないぜ。そうだ、何か美味しいものを食べにいこうか? できるだけ豪勢に、パッとやろうよ!」昨日までは、�きみが食べたい�と言っていたのに。 「最後の晩餐《ばんさん》ね、でもそんなの、お断わり」  彼の眉根が次第に暗くなる。新しい煙草《たばこ》に火をつけ、灰皿の上の喫《す》いかけが、まだ蒼《あお》い煙を出しているのにさえ、気づかない。煙草の灰を落す指の爪《つめ》が、わずかに汚れている。おや、と思う。 「無理しなくていいのよ」 「無理なんてしてないさ。きみと食事がしたいんだ」 「そうかしら? 私だったら、したくないわ。私があなただったら、この一杯を飲み終ったら、さっさと帰りたいだろうと思うわ」  灰皿の中で、忘れられたままの姿で喫いかけの煙草が、灰になっていく。 「そんなこと言ったら身も蓋《ふた》もないよ」 「そうね、悪かったわ。私があなただったらやっぱり、あなたのように言うと思うわ……(楽しかったな、俺たち……今でも大好きなんだよ……食事に行こうよ、豪勢に美味いものを食おう……)ただ、問題なのは、私はやっぱりあなたじゃないし、あなたも私じゃないってことよ。それぞれの役柄をきちんと演じなくちゃね」  つまり捨てられる女の役柄を上手《うま》くやることが、私の義務で、それが最後に自分を救うのだ。だがこんな時にさえも、期待されるようにふるまわなければならないなんて、なんという重荷だろう。  なぜ自分は下降していく彼の胸の内が、もっと早い時期に見抜けなかったのだろうか。あんなにも親密で、あんなにも一体だったのに。彼のことなら何もかも承知していると思っていた。ところが何も知らなかったし、何も見ていなかった。知らないことがきっと無限にあるのだろう。  何も知らされなかったということは、一種の拒絶なのだ。優しい仮面をかぶってはいるが、本当はとても冷酷で、私の手に負えそうもない拒絶。 「さよなら、……あたしはむろん大丈夫。爪が汚れていると、女に嫌われるわよ」  外へ出ると、冬の冷気が皮膚に突き刺さる。たった一杯のスコッチなのに、体が前のめりになって足がふらつく。酔いの所為《せい》なんかではない。足早に歩きながら、彼が追ってくるのではないかと、ほとんど切実に祈るような気持。——あれは、本気じゃなかったんだ、きみをそんなふうに行かせるわけにはいかない。もう一度やりなおそう。——だが、自分の足音の他、何も聞こえない。彼は、追ってはこない。  顔を振り仰ぐと、深く切りこんだ狭い六本木の夜の冬空に、白く星たちが霞《かす》んでいる。馬鹿だな、何もかも失くしてしまったような気持になるなんて。だって私はひとりぽっちじゃないもの、夫もいるし、子供たちもいるんだわ。  急ぎ足が何時《いつ》のまにか駆け足になっている。娘たちの柔らかい声や、手の小ささが、その小ささ故に強烈に胸を突く。爪の先が汚れている男なんて、何故愛せたのかしら? でも、愛している。汚れた爪さえ、愛《いと》しい。ああやっぱりひとりぽっちだと、寂寥感で足をすくわれそうになる。  電 話  こちらが、「もしもし」と言っただけで、「あら、マサヨさんね!」(私の本名)と、嬉しそうな声をあげてくれたひとがいた。彼女は、私に対してだけでなく、電話をかけてくる全ての人の声を憶《おぼ》えていて、素早く、あっ、〇〇さんね! と、まず言った。声が微笑《わら》っていた。そして最後に必ず、 「お電話くだすってとてもうれしかったわ」と温い声で心からそう言い、こちらが切るのを待ってから、受話器を置くのだった。  電話嫌いというより極端な電話恐怖症だった若い頃の私にとって、このひとだけは例外で、 「あら、マサヨさんね!」の一言が聞きたくて、たいして用もないのに一日置きぐらいに電話をしたものだった。  以前日航のスチュワーデスの第一期生だったそのひとは、(当時スチュワーデスと言えば、女優より高嶺《たかね》の花だった)大輪の真紅のバラの花のように、ふくいくと華やかで、結婚して第一線を退いたずっと後々までも、その色香や社交性に魅せられた大勢の人々が、彼女の周辺を蝶《ちよう》のように群がり舞っていた。  そのように取り巻きが多く、公私共々忙しかったにもかかわらず、芸大でヴァイオリンを勉強していた頃《ころ》の私を非常に可愛《かわい》がってくれ、二人いた幼いお嬢さんたちのベビーシッター兼、彼女のコンパニオンとして、交際が続いた。  さて、彼女は常に、非の打ちどころのない完璧《かんぺき》な電話の応対をしていたが、そして私も、その彼女の電話の魅力の虜《とりこ》となったのだが、私の内のどこかに常に、いつか、彼女が愛想良くしつづけることに疲れ、必ずボロを出す一瞬があるのではないか、ある時、不意に、「あっ、マサヨさんね!」と明るい声で言うかわりに、受話器の中に恐ろしい沈黙が流れ、やがて「どなた?」と、聞いたこともないような不機嫌な声で問い返すのではないか、という恐怖があった。それはいつしかほとんど絶望的な願望とみわけのつかないものになっていった。  奇妙な、眼に見えない闘いが始まった。私は、ほんとうはそんなことを少しも望んではいないのに、いやそれどころか非常に恐れていたのにもかかわらず、彼女に一度でも、疲れた無愛想な声で 「……どなた?」  と電話口で訊《たず》ねさせようと、微妙な策略を弄《ろう》し始めたのである。  好かれていたい、愛され続けたいと切実に思う中で、一点の染みのように、突き離され、捨てられたい、というサディスティックな暗い思いがあった。  彼女の美しさに憧《あこが》れ、彼女を取り囲む人々——建築家や成功した画家や、映画俳優やデザイン関係といった種々雑多ないわゆるビューティフルピープル、に対する羨望《せんぼう》と嫉妬《しつと》もあった。そうした取り巻きの一人に自分も辛うじているということに対する幸福感と、不安と嫌悪とが複雑に入りまじった感情。このぬくぬくして温く快い環境に、いつまでもひたり続けていたいという思いと、それを破壊してしまいたい、というすさまじい欲望とがあった。  私は彼女との小さな約束を時々破ってみたりした。ベビーシッターに行くと言いながら、まぎわになって、行けなくなりました、と電話を入れたり、容易に見破られそうなたくさんの小さな嘘《うそ》をついたりした。裏切りながら、心の底で、もし彼女がほんとうに私を大切に思い愛してくれているのなら、私のそんな小さな裏切りは許されるはずだと、勝手なことを考えていた。  そして彼女がついに、その美しい眉をひそめたり、顔を曇らせたりすると、後悔と悲しみとで躰を刻まれるように苦しかった。苦しみの最後にいつも、ヒリヒリとする痛みと区別のつかない快感が残った。  そして少しずつ、彼女の心が私から離れていくのが、まるで私自身の皮膚から薄皮を剥《は》がされるようにわかった。それは何よりも、電話の声に表われていた。彼女は相変らず、 「あら、マサヨさんね」と言ったが、語尾にはもう力がなかった。  同じように終りに、「電話をくだすって、うれしいわ」と言ったが、それはほとんど呟きのように私の耳に響いた。  彼女の声に含まれる当惑と私に対する失望が、いつしか無関心さに変り始めた時、私は彼女に電話をするのを、ふっつりと止めた。胸が張りさけそうだった。  そして彼女の方からは、二度と電話はなかった。  失わなくても良い大切なひとを失ってしまったのは、ほんとうは自分の中の自虐性のせいなのに電話という無情な機械のためなのだ、と私はそれを一方的に電話のせいにして、以前にまして電話嫌いになった。  電話というのは、あたり前のことだが相手の姿形が見えない。相手の顔や、仕種、様子、表情によって会話というものは柔らげられたり、強調されたり、救われたり、補なわれたりするものなのに、電話だとそういった一切の助けなしで、自分の思いや要件を相手に伝えなければならない。そして事実、電話は非情なほどありありと、その時々のその人の心の状態を、暴露する。  ブラインド・デイトというのがある。  一度も会ったことのない相手から電話がかかり(信用のできる紹介者はいるのだが)、その声、話し方だけから相手の容姿や顔型、知的かどうかまで想像し、気に入ればデイトを約束する。  声が甲高すぎるとか低すぎるとか、話の仕方がせせこましいとか下品だとか、インテリジェンスが感じられないとか、どこか感性にぴんとこないとか、耳だけに全神経を集中して、それこそきき耳をたてるわけだ。  あらゆる粗《あら》と欠点をほじくりだし、美点らしきものとを秤《はかり》にかけて、なおかつ良さそうなひとだとなったら、初めてデイトを約束する。  冷静に判断すれば、大体期待は裏切られない。人の声や話しかたは、その人自身をそれとなく彷彿《ほうふつ》するものだから。  時々声美人というのもいて、(男なら声美男というのかしら)ころりと騙《だま》されることもあるかもしれないけど。  一九歳の秋に、私にかかってきた電話のことを、私は一生忘れないだろうと思う。  その日の午後、私は美校の佐々木豊という油絵科の友だちにこう、あらかじめ告げられていた。 「マコ(と、その頃私は呼ばれていた)、今夜、ある男から君のとこへ電話がいくからね」 「知らない男のひとから電話がくるの? いやだなあ、どんなひと?」  けれども佐々木豊はニヤリと笑って、 「いずれわかる」としか答えなかった。  その夜、その見知らぬ電話の相手はだしぬけに「……マコ?」と私の名を呼びかけた。  その時私は自分の名を生れて初めて聞くような気がしたのは、なぜだろう。  男の声は黒々と低く、かすかに嗄《か》れたような響きがあり、とてもたくさんの沈黙をはさみこみながら、詩のように喋った。  その声には、吹き過ぎた嵐《あらし》や、雨や川や、海、沼などを思わせるものがあった。  私はその声にまず恋をしてしまったのだと思う。ためらいがちで、とぎれとぎれで、黒々と危険な声に。  翌日の午後、新宿の|風[#底本では「几」の中に「百」。以下すべて]月堂《ふうげつどう》で彼と待ち合わせた時、一度も会ったことのないひとなのに、私には一眼で彼が見分けられる自信があった。  けれども彼は私に見つけられることを好まなかったらしく、三十分も約束に遅れてから、不意に私の肩に手を置くと、背後から私の耳に、 「あなたがボクのジュリエットですね?」と囁《ささや》いた。  あの、電話の声で。  ふり返ると、彼はそこにいた。電話の声そっくりの様子で——。青ざめた美しい手と、ほっそりとした優雅な躰つきと、頬の殺《そ》いだような線と切れ上った眼と——。  既に人生の多くのことに飽《う》んでいることを証明する、あの疲れた一本の深い皺《しわ》が口の両わきに刻まれていた。私は恋に落ちた。  後に、ずっと後に、一年の後に、彼には妻がいて、それも私が毎日のように、彼や佐々木豊や当時私たちがヴィレジャンと呼んでいた十人ばかりの誰《だ》れかと風月堂や、お茶の水のジローで会っていた。彼の妻はその仲間の中の一人だということが私にわかった時、私と彼のストイックな恋愛がだしぬけに終った。  その夜、彼から最後の電話がかかった。 「マコ、覚えていないだろうか……」と、彼は言った。 「ボクたちが出逢った最初の夜、ボクはキミにこう質問したんだよ。  ……傷心と空虚と、どちらかを選ぶとしたら、きみはどちらを選ぶ?……覚えている? キミが何と答えたか」 「ええ、覚えているわ、わたし�傷心�と答えたのよ」 「そうだったね。それから、マコ……ボクがどう答えたのかも、覚えているね」 「ええ、それも覚えているわ。あなたは�空虚�と答えたわ」 「じゃ、いいね」と、最後にひっそりと言った。「……ボクたち、最初にそれぞれが望んでいたとおりの結果になったんだもの」  彼の声は、初めと同じようにとぎれて続き、やがて黒々とした余韻を残して、電話は切れた。私は今でもなお、時々、夜の闇の中に、あるいは、朝方の白々とした暁の孤独の中に、彼の残していった、とだえがちな声の余韻を、聞くことがある。  コクトーの戯曲に�声�という一人芝居がある。相手役は観客に見えない電話の男で、その男に捨てられたばかりの女の会話だけの舞台だ。  今にもくずれ落ちそうになりながら、けなげに喋る女の哀しみが、ずっしりと伝ってくるような戯曲だ。  彼女は空しく男を取り戻そうとしたり、絶望したり、再び希望のクモの糸にしがみついたりしながら、次第に、躰のどこかに口を開いている無惨な傷口から、眼に見えない血を流しつづける。舞台が血潮で赫《あか》く染っていくようなのとは逆に、彼女の方は青ざめてどんどん貧血していくような、すさまじい演技を要求される戯曲である。観客の耳に、実際には聞こえないはずの、相手の男の非情な声や、冷淡な言葉が、聞こえてきそうだ。  愛する男が、現在どんな心境にいるのか、電話の声は端的に教えてくれる。私のもうひとつの別れも、又、電話口から、ほとんどだしぬけに訪れてきた。  呼び出しが十二鳴って、私の婚約者はようやく電話口に出た。  私だとわかると、彼は言った。 「今どこから?……ああ、そう。じゃ、三十分後にこっちから電話するよ」  そして一方的に彼は電話を切った。  私は長いこと、無人になってしまった、受話器に耳を押しつけたまま、電話の前にいた。ツーという無慈悲な音が、鼓膜を堪え難いほど刺激していた。彼はなぜ、あんな聞いたこともないような声で、慌しく喋ったのだろうか。  私は自分の耳から、受話器を引き剥がすようにして、その黒いひからびた胎児の死骸《しがい》のようなものを、初めて見るものであるかのようにじっと眺めた。  きっと、彼は単に忙しかったのだ。もしかしたら、誰れかお客が訪ねてきていたのかもしれない。それにしても、彼の声はあまりによそよそしくはなかったろうか。  きっと、誰れかが、確かに傍《そば》にいたのだ。自分の婚約者に対して、あのように喋らせるような他人の存在が、私をおびやかした。女に相違ない、と私は思った。  しかし、彼の声に有無を言わせぬ調子があったので、私は言われたとおり、三十分待った。時間は這《は》うようにのろのろと進んで、胸は疑惑で次第に膨《ふく》れ上った。  三十分たっても、約束の電話は入らなかった。四十分がたち、五十分、六十分、九十分と過ぎていった。  私の中で何かが激しく悲鳴をあげ、待つことに堪えられなくなると、震える指をけしかけるように、ダイヤルを廻した。  出かけてしまったのか、電話は相手を求めて空しく呼び続けたが、とうとう彼は電話に出なかった。  翌日、三度電話をしたが、一度目は会社で、席を外していると告げられ、二度目は夕方だったが、出先から直帰するということだった。三度目に自宅に電話をしたが、夜の十一時でも、彼の電話は空しく鳴りつづけた。  ようやく、つかまったのは、それから二日後で、電話口に呼び出された彼は、明らかに不機嫌を押し殺した声で喋った。 「どうかしたの、仕事が忙しいの? 声が変よ」と、自分の感情は極力制して、明るくそう聞いたが、相手の陰鬱《いんうつ》さに影響されてか、口調がどうしても恨みがましくなるのだった。 「そうかな、多分、疲れてるんだろう」 「この間、三十分したら電話すると言ったから、わたし待っていたのよ」 「悪かったな」 「でも、どうして電話くれなかったの?」 「悪かったと言ってるじゃないか。くどくど言うなよ。ところで、今日の要件はなに?」  一刻も早く電話を切りたがっている様子がまざまざと眼に見えるようだった。  うっとうしいと思われたら、もう駄目だ。それに気づいた瞬間から、心が急激に褪《さ》めていく。つい三日前までは要件などなくとも毎日のように電話をしあったのに。一体、何が起ってしまったのだろうか。 「いいえ、別に用はないの。あなたの声を聞きたかっただけ」 「そうか。じゃ又、こっちから電話するよ」  と、彼はあっさりとした口調で、言った。 「ええ、そうして。電話、待っているわ」  結局、彼の方からは電話はなかった。数日してから、再び私からかけた電話口で、私が聞いたのは、婚約を解消したい、という言葉だった。  この時生れて初めて、電話をありがたいものだと思った。相手に、こちらの手の震えや、激しくひきつれる口元や、涙で汚れた頬《ほお》を見られずにすんだから。  私は婚約者を失ったが、電話のおかげで自尊心を救うことができた。  別れというものは、そのように不意にやってくる。交通事故のように、だしぬけに襲ってくる。  夜の九時に居間の電話が鳴った。  テレビでショーグンをやっている時だった。  娘たちと、夫がそれを見ていた。私は、邪魔にならないように、受話器を手でおおい、小声で、もしもしと言った。  私の耳に、聞き覚えのある声と、忘れがたい名が棘のように突き刺さった。眼の中が真赫《まつか》になり、掌《てのひら》に汗が吹きだした。  けれども次の瞬間、私はそれらの打撃からどうやってそんなに早く立ち直れたのか、自分でも理解できないが、とにかく冷静な声で、こういった。 「……いいえ、違います。番号違いです」  受話器をそっと置くと、私は娘たちの横に戻っていき、視線をTVの画面に移した。何も見えず、何も聞こえなかった。耳には今しがたの相手の声だけが、こだまのようにいつまでも響いていた。それは私のこれまでの生涯で、最も短い電話だった。  嫉妬の情景  M・シャプサルが言うように、私も長いこと嫉妬は恥ずべき感覚だと思っていた。  事実少女の頃、私より八歳年下の妹に対してしばしば抱いた、黒々とした嫉妬をどう扱ってよいかもてあましたものだった。  彼女が生れた時、母はこう言った。 「この子は躰が小さく生れたから、気をつけてあげなければならないのよ」  それを聞いて私は、この小さな皺だらけの赤んぼうが、上手にミルクを飲むことができなくて、段々に衰弱して死んでしまうのではないか、ある朝、ベビーベッドをのぞいてみたら、赤んぼうはからからにひからびて横たわっているのではないか、という妄想に怯えるようになった。  不安と愛《いと》おしさとで、胸が張り裂けそうだった。〈かあいそうな赤ちゃん、かあいそうな赤ちゃん——〉この子を守ってあげなければ、と固く心に誓った。  と同時に、何かが、小さな針の先のようなもので、たえまなく内側から皮膚を突き刺しているような、ひどく苛立たしい感覚に悩まされるようになった。  赤んぼうが丈夫に育たないで死んでしまうかもしれないという恐怖にからめとられると、ほんとうに死んでしまった妹を取り囲んで嘆き悲しむ両親や、身もだえして泣いている自分の姿をよく想像した。想像するだけで涙が流れ落ち、顔を汚した。  奇妙なことに、頬を濡《ぬ》らすその涙と熱さが快かった。口の端にたまった塩辛い水は、苦いというよりほとんど甘美な味がした。そして私は日に何度も空想の中で赤んぼうを死なせた。  まだ嫉妬という言葉さえ知らなかったので、嫉妬をストレートに表現する術《すべ》もなく、妹に対する羨望や憎しみや嫌悪などは、愛や同情や哀れみのオブラートで何重にも包みこまれたまま、複雑に屈折して膨らみ、皮膚を内側から突き刺す苛立ちと相まって、眼の中が真赫に燃え上ると、私は人知れず殺人を冒し、涙を流し、そして再び秩序が戻るのを感じるのだった。赤んぼうの死は空想であったが、涙は実際に溢《あふ》れでて頬に熱い濡れた感触を残したので、想像と現実の境い目が溶けあっていた。泣き濡れた後、まだひくひくとひきつっている胸の空洞を、冷たい風が吹き、私はじっと膝《ひざ》をかかえてその遠い海鳴りのような音に耳をすますのが好きだった。  ある時、母が聞いたこともないような声の調子でこう言った。 「あら、馬鹿な子ねえ、あんた、赤んぼうに焼き餠《もち》やいているのね」  私が何をしたというのだろう? 自分の指を赤んぼうの手に握らせて、ただじっと彼女の寝顔を眺めていただけではないか。歯のない口の中で、ピンク色をした小さな舌が、まるで軟体動物のようにうごめくさまに、みとれていたのだった。  しかし母の声には、実に侮蔑《ぶべつ》的な響きがあったので、私はなぜか咄嗟《とつさ》にひどく狼狽《うろた》え、屈辱を覚えて深く傷ついた。  それまで赤んぼうの手にしっかりと握らせていた自分の人指し指を、無理矢理にふりほどこうとした。  だが赤んぼうは驚くべき力で私の指をその小さな手の中にしっかりと封じこめたまま、離そうとしなかった。  その時であった。発作的で兇暴《きようぼう》な真黒な怒りが、稲妻のように私を刺しつらぬいたのは。  それは私の嫉妬を見破り、それを見とがめ、私の眼の前にさりげなく突きつけた母に対する怒りでもあったが、生れて初めて嫉妬という感情を自分の中に認めた少女の絶望でもあった。  母の視線を痛いほど浴びながら、私は赤んぼうの痛々しいほど小さな指を、ひとつひとつ広げていき、ようやくその汗ばんだ掌《て》の中から自分の指を解放することに成功した。自分を恥ずべき醜悪な愚かもののように感じたのを覚えている。  あの時母はどうして私の嫉妬を見ぬいたのだろうか。私はむしろとても優しい眼をして妹のピンク色をした口の中をのぞきこんでいたような気がするのだ。  いずれにしても、嫉妬は恥ずべき実に醜い感情であるということを、いやというほど私の中に植えつけて、そのことは忘れ去られた。  しかしそれはひとつの後めたい罪の意識を、私の中に残した。それはいつまでも口のふさがらない古傷のように、時々じくじくと痛んだ。  妹に対して焼き餠を妬《や》くということは全くのタブーなのであり、焼き餠という言葉さえ、聞くのも口にするのも嫌だった。私は無意識の罪ほろぼしに前にも増して、妹の世話を進んでするようになったが、それはほとんどけなげなほど真剣であった。  小さな赤ちゃんのめんどうを見れば見るほど、愛情はつのっていく。従妹《いとこ》や、伯母《おば》や祖母などが時々訪ねてきて妹を抱きあげると、とられてしまうのではないかと、心から恐れた。誰れかが彼女の寝顔をそっと眺めるのさえ、嫌だった。母以外の誰れに対しても妹を触れさせたくなかった。私は小さな赤んぼうに気狂いのように夢中だった。  私は母の許しをうけて、乳母車《うばぐるま》でよく散歩に赤んぼうを連れだした。  その事件は、妹がやっと六か月になった頃に、起った。  私の家の前は、かなり急な勾配《こうばい》の坂道になっている。家は坂の中ほどにあった。  昇る時は、汗をかくほど乳母車を押さなければならないので、もっぱら坂を下り、下まで行くと左に左にと曲って、結局元の坂の上へ出てくるようなコースをとった。  あの午後、あの坂の途中で、一体何が起ってしまったと言うのだろうか。あの無秩序、支離滅裂な空白の一瞬の中で、自分の手が乳母車の取手を離れるのを、私は見た。そして、車はスローモーション映画を見るように、非現実的なゆっくりとしたスピードで、私の手の先から遠去かり始めた。  無重力の中で金縛りにあったように、私は身動きもせず、滑り出していく乳母車が、次第に、そして確実に加速度をつけて転り出すのを、呆然《ぼうぜん》として凝視していた。  やがて、何かが頭の中ではじけ、手足が萎《な》え、畏縮《いしゆく》しそうな恐怖の中で弾《はじ》かれるように、走りだす私。  口の中がからからになり、風が顔の両側を吹き飛び、悪夢のような追跡が始まる。  しかし赤んぼうを乗せた乳母車の加速は更に増えつづけ、それはみるみるうちに私をひき離して下り落ちていくのだった。  坂の下は、少し広目のT字路になっており、つきあたりに黒く塗った板塀があった。  乳母車はその板塀に音をたてて突き当って、止った。  もしその時、右か左からでも、自動車が走って来ていたらと思うと、今でも冷たい汗が胸に滲《にじ》む。  ようやく追いついて乳母車の中を覗くと、眠っていた赤んぼうは、眼をひらいて、私をじっと見あげた。安堵《あんど》の汗がどっと吹きだした。〈わざとじゃないのよ、ごめんね〉と呟いたが、私にはなぜ、坂の途中で手を離してしまったのか、説明ができなかった。  再びあのどす黒い疑惑——嫉妬の予感、が胸を掠めた。〈ちがうのよ、ちがうのよ〉と啜り泣きながら、乳母車の散歩を続けた。  私はそのようにして、嫉妬というものに対して用心深くなってしまっていた。それに直面しようとは決してせず、見て見ぬふりができるならそうしたし、避けて通れるものなら多少遠回りであろうとも、又、始めからやり直さなければならない場合でも、是非とも避けようとした。  それは恐らくきっと、私自身が誰れよりも嫉妬深い人間だからなのだろう。  嫉妬とは何なのか。  それは、ひどく無防備な絶望の状態。恥辱と深い悲しみの中の無秩序。茫然自失状態の金縛り。  ひとたびその中に呑《の》みこまれたら、私などの手には負えない。それはもう心の病い、進行する病気を通りこして、完全に肉体的な混乱までひき起こしてしまうにきまっている。自分の躰が前のめりにくの字になるのを、支えることもできない。  この病に冒された私の友の一人は、いつだったかこう言ってうめいたことがある。 「わたしは日に十回は発狂するの」  すなわち彼女は日に十回、床の上をのたうちまわって慟哭するのだという。  彼女が私に、嫉妬の苦しみを語るのを聞くだけで、私の心臓は縮み上った。  ある時、彼女から電話を受けてその差し迫った声に驚いてかけつけてみると、生れたばかりの赤んぼうがお腹を空かせて泣き叫んでいる。その傍で、彼女は赤んぼうよりもっと手ばなしに泣いていた。それを見て私の髪が逆立ち心が凍った。 「どうしたの、どうしたの」  とおろおろする私に、彼女は泣きながら言った。 「赤ちゃんがお腹空かせているのに、わたし、赤ちゃんが抱けないの。力がでないの」  彼女は嫉妬のために、あの恥辱と悲しみの中で茫然自失して、文字通り無力になってしまったのだ。指一本、手一本動かすことさえできないほど深い絶望。なんという無防備。  あの時私は、彼女の苦しみを少しでも肩がわりできるものなら、そうしたいと心から願った。  けれども、彼女をなぎ倒さんばかりの苦しみではあっても、私は彼女の夫を愛しているわけではないし、彼が私を裏切ったわけでもなかったから、嫉妬の真似さえもできなかった。  それでももらい泣きして、啜りあげながら、赤ちゃんを抱き上げ、ミルクを作って飲ませた。  そして私がその時、まだ嗚咽《おえつ》にむせんでいる彼女の打ちひしがれた後姿を眺めながら思ったことは、思いだすだけでも恥ずかしさで躰が震えるほど非情で残酷なことだった。  私でなくてよかった、と私は考えていた。こんな不条理な悲しいめにあうのが私でなくてほんとうによかった、そして女をこんなふうに絶望させるのが私自身の夫でなくて幸せだった——。  もはや顔を上げることもできなかった。私はうなだれ恥入ったまま、赤んぼうの口にミルクを含ませ続けた。  私は嫉妬が嫌いだ。  正確には、嫉妬の状態に自分を置くのが厭だ。だから、それを避けて通る。 「嫉妬」という私の三番目の小説に描かれている女主人公の嫉妬は、私自身のそれとはぜんぜん似ていない。  彼女は嫉妬を避けない。  見て見ぬふりができない。周囲で起っていることを全て知っていないと、妄想が肥え太ってなおのこと苦しいのだ。  従って、彼女は夫に相手の女のことを執拗《しつよう》に質問する。 「どんなひとなの? 髪は短いの? やせているの? きれいなの? 齢はいくつで、いつどうやってめぐり会ったの? そして週に何回逢って、どこで愛しあうの?」  と、とどまるところを知らない。  そうして無理矢理に夫の口から相手の女の様子を訊き出せば出したで、やはりつらい。髪が長ければ長いでつらいし、短ければ短いでやはりつらい。そのつらさは肉体的な苦痛である。彼女はその苦痛を抱いてじっとしているのが、好きなのである。  相手の女にも、訪ねていって会う。すると自分の眼つきが羨望の眼になっているのがわかる。嘔吐感に襲われる。 「きっとそのひと、あれが上手なんでしょう」と、血を吐く思いで夫を詰問する。  私は私の主人公をそんなふうに書いたが、私自身は、ひたすらに姿を消したくなるだけだ。  過去、自分を嫉妬の妄想の中にさらしたくないだけの理由で、何人かの男たちから立ち去ってきた。  すると友だちは、 「あなた、強いのね」と言った。  そう言われ続けているうちに、自分でも私は強い女なのかもしれないと、半ば信じるようになった。その方が楽だった。男たちの眼が他の女に移ったり、そちらへ心が傾きそうだと見ると、さっさと逃げだした。  今でもそれはあまり変らない。  たとえば夫が、私以外の誰れか他の女と、話をする、話をすることによって楽しみを見いだしている、私以外の人間と充実した時をもっていると知ったとたん、私はもうその場にいない。彼に私を探させるために、逃げ出す。  実にしばしば私はそんなふうにしてパーティーの会場から、ディナーの席から逃げだした経験がある。自分でも大人気なくて嫌なのだが、かっと頭に血が昇ったと思うと、次の瞬間、気がついた時にはそこを抜けだしてしまっているのだ。  それにこりているから、夫も最近では品行方正に徹している。彼は私が、嫉妬に立ちむかうよりは、嫉妬そのものを根こそぎに、夫もろとも捨ててしまうということに、薄々と気づいているから、私にまだもし、彼の子供たちの母親でいてもらいたいと彼が考えている間は、品行方正が続くだろうと思っている。  嫉妬をすることが嫌なだけでなく、嫉妬されることも、従って好きではない。  けれども長い結婚生活の中には、事実であろうとなかろうと、夫も又、嫉妬の妄想に苦しめられたこともあったようだ。  男の嫉妬というのは女たちよりずっと無防備で、見ている方がつらい。  彼も又、自分の嫉妬を認めたがらなかった。少なくともひた隠しに私の眼から隠すことに神経を使っていた。  わずかに口数が少なくなり、眼は暗かったが、時々信じられないほど陽気になったりした。  彼が苦痛を抱いてそれに堪えているのだけが、妻には感じられた。彼はそれを上手に手なずけることに、ほとんど成功しているかのように見えた。  それでもたまに、とてもささいなことで不満や怒りが一挙に爆発するのを、私は何度か目撃した。  ある時は、クリーニングから戻ってきたYシャツの袖口のボタンがひとつ取れていることを発見して、だしぬけに兇暴になった。  私は、彼が私に襲いかかり、私を打つのではないかと、咄嗟に恐怖にかられて青ざめたのを覚えている。  しかし彼は私の上に暴力をふるうことを辛うじて避けて、かわりにクリーニングの上って来たYシャツをいきなりひきちぎった。貝ボタンが前みごろから弾けとんで寝室の隅々にちらばった。  又、別の時、ワイングラスが食堂の窓ガラスめがけて投げつけられ、赫《あか》いワインがとびちったこともあった。  それはグラスが少し油で汚れていたのに私が気がつかず、ワインを注いだからだった。  夫は、食卓につくとすぐにそれに気づいたのだ。そして私がいつグラスの汚れに気づくか、待っていた。  私は、無神経にワインを注いだ。  夫はそれを手にとって口のところまでもっていった。  そして、ふと動作が凍りついた。黒々とした危険な空気が、一瞬彼の周囲にたちこめ、私は再び、夫がワイングラスを私の顔めがけて投げつけるのではないか、とおびえた。  グラスが宙を飛び、右手の窓に当って砕けた時、実際にはあたりもしないのに、私は顔に痛みを感じた。そして濡れてもいないのに、自分の胸が赫ワインを浴びて、冷たく濡れたように思った。  そうした屈折した嫉妬の発作を目撃するのは、悲しかった。いっそのこと、私を問いつめ、撲《なぐ》り倒してくれたほうがまだましだった。  彼は嫉妬から逃げなかった。先に書いたように、それを手なずけようとした。  けれども、それは扱い難い猛獣のように、手なずけたと思ってもいきなり牙《きば》をむいて彼を襲った。彼は手を焼いていた。  ボクはキミを疑っている。だがボクはそのことについて知りたくない、とそう言葉ではなく態度で私に示しつづけた。  ずっと後になって彼が、 「嫉妬は最低の戦略さ」と言って苦笑した時、彼は猛獣の檻《おり》から歩み出て来たのだと思う。檻の中に、完全に牙と爪を抜かれた嫉妬という名の猛獣を残して。  私たちが愛する者を別の人に奪われる恐怖にからめとられる時、彼を、あるいは彼女を失うのが恐いのではない。自分が確かに存在してきたことの目撃者を失うのが恐いのだ。  もう一度最後にシャプサルの言葉を引用しよう。  ——嫉妬は依存関係に根をもつ、進歩のおくれた行動である——  彼女は嫉妬がゲームの一部なのだと言っている。  私のように何も言わずにすっと抜けてゲームを下りてしまうのは、実は強さなどではなく、もろさ、弱さのせいなのであって、それは少しも解決にはならないと思っている。むしろゲームをゲームとして眺め、手なずけ、そしてそこから歩み去ること、嫉妬の苦しみから眼を外らさず、それを進んでくぐりぬけることこそ、もっとも早く、しかも確実に嫉妬に勝つことかもしれない。  私は嫉妬の解決法を知らない。  でも過去をふりかえってみると去っていく男の後姿を眺めながらこんなふうに考えたことを思いだす。  ——この男《ひと》は私のほんとうの良さがわからないんだわ。私を失って、損をするのは彼の方なんだ、と。  けれどもこの言葉を吐いた時の私は、自分が値打ちのある人間だなどとは思ってはいなかった。むしろ劣等感にさいなまれていた。それは単なる強がりであった。あるいは願望であった。  しかし、これは解決の糸口にはなりはしまいか。つまり、私を失えば彼の損失となるような、そんな女になればいいのだ。  他の女ではかわりになれない唯一無二の女であれば、嫉妬の苦しみから逃れられるのではないだろうか。  三十五歳の憂鬱《ゆううつ》  三十五歳のとき、私は、自分の生き様《ざま》を凝視《みつ》めて、声のない動物のように不幸であった。 「幸せではないのよ」  と、ある時のとある昼下り、六本木のル・コントでお茶を飲みながら溜息をついたら、向いの席で美事な焼け具合のミルフィユに、金色のフォークをまさに突きたてんとしていた女友だちが、ふいにその手の動きを止めて、 「えっ? 彼、他の女に心を移したの?」  と言った。 「いいえ」  そう答えると、 「じゃ、子供が病気?……違う? あっ、まさかあなた、いい年をして、恋をしたのじゃないでしょうね」 「そんなんじゃないの、私の魂が病んでいるのよ」  すると彼女は綺麗《きれい》に手入れのいきとどいた眉《まゆ》を、弓のように上げて、私が幸せであるはずの理由を、百も並べたてたのである。 「あなた、何を言っているの、罰《ばち》があたるわ、この東京の中で一番洗練された街に住み、週末には油壷《あぶらつぼ》の海の見える家で、汚れた肺にオゾンをたっぷり供給し、夏にはまるまる三か月も軽井沢で、テニスと読書と昼寝の日々、あんなに素敵で思いやりのあるイギリス人のご主人と、将来どんな美人に育つかと、人ごとながら胸がときめくような三人の娘たちに囲まれて、あなたの魂が病んでいるとは、何とも解せない話だこと」  そんなふうに言われると、私は 「そうね、それはそうなんだけど……」  と客観的事実としてそれは認めたが、贅沢に恵まれているということと、女の幸せが必ずしも同義語であるとはかぎらないと、考えていた。  素敵かどうかは別として、人目には優しい|英 国《ブリテイツシユ・》 |紳 士《ジエントルマン》でも、実は誇り高きことエヴェレストのごとく、一事が万事英国風亭主関白であったり、将来は、もしかしたら美人になるかもしれない娘たちが、現実には子猿のように一時も恐ろしい騒ぎを止めないで、母親の神経をずたずたに切り裂いているなどといったことは、彼女は識《し》らない。しかし、そんなことはたいして問題ではない。私の内部に巣くってしまった自分自身の不在感に比べれば、それは三十五歳の女を激しく苛立たせる真の理由ではない。  私の晴れない表情を敏感に見てとると、わかっているわよ、女の渇《かわ》きの問題なのでしょう?とずばり核心に触れるようなことを言った。 「それにしてもあなたね、あなたに女の渇きとか飢えとか騒ぎたてる権利はあるかなあ。だって月曜日にはご主人が映画か音楽会に連れだしてくれるんでしょう? 木曜の夜はあなたたち、たいてい六本木のパブでダーツを投げて遊んでいるそうじゃない。そこで出逢う外人の男たちは女を喜ばす術に長《た》けているんでしょ、じっと凝視《みつ》めたりして」 「ええ、まあ。夫と一緒にいる女を平然と口説いたりするのよ、もっともそれは挨拶のようなものなんだけど」 「女としては悪い気分じゃないわね」 「そうね、決して不愉快じゃないわね。�今夜のドレスいいね�とか、�今日は特別に瞳が輝いて綺麗だよ�なんて囁かれると、女優のような気持になるじゃない」(実際にはもっと際疾《きわど》い台詞《せりふ》もある。�キミのソノ、小さな乳房にキスしたら、どんな気持だろう�とか�足首が締ってセクシーだね、ちょっと触れてみたい気がするね�などという性的な会話もゲームだと思えば、それなりの楽しみ方はあるわけだ。だが、このことは友だちには言わずにおいた) 「女がいつまでも若くいられるって、そういう刺激の所為《せい》もあるわね、さて、話を戻すけど、金曜の夜ともなれば、パーティーやディナーの招待があなた方に集中するとするわ、どれに出席するかを決めるのだって、義理人情などにはまったく縛られない、あくまでも自分たちにとって楽しい夜になるかどうかだけが、選択の基準なのだから、それすらあたしに言わせれば贅沢な悩みよ。あたしなんて、こうしてあなたと午後の早いうちに会って、美味《おい》しいお菓子と紅茶でお喋りするくらいが精一杯で、それも毎週なんてわけにはいかないの。最後に主人と映画を観たのは、十六年前の婚約時代のことだし、あのひとと連れだってパーティーにも出かけない、夜な夜なパブでお酒を飲んで、ダーツをするなんて洒落《しやれ》たこともしない、他の男たちの熱い視線とも無関係だわ、でもこれが普通なのよ、あたしはたいていの日本の妻たちより不足もしていないし、かといって余分に恵まれてもいないと思うわ」 「多分、夫婦の意識の違いなんでしょうね」  と私は言った。私の夫は妻を一貫して彼のパートナーとして扱うから、楽しいことは分け合う主義だ。そのかわり、嫌なことも辛いことも、その半分はがっちりと受けとめなければならない。日本の夫たちの多くのように、仕事上のことや外での憂《う》さを、家庭に持ちこまないというのも、女にしてみればずいぶんありがたいことかもしれない。  社交の場では妻は常に自分自身の考えをもち(できることなら夫のそれに近いこと。絶対に逆行するものであってはならない)かつユーモアとウィットを駆使してそれを表現できなければならない。  ミセス誰れそれは、パーティーで一度も口をきかなかったよ、などと噂《うわさ》が拡がれば、もう二度とパーティーの声が掛らなくなる。それでなくとも狭い日本の中の更に狭い外国人社会から、抹殺されてしまう。  私の夫は特別その社会に執着をもたないから良いようなものだが、私は、パーティーが終ると顔中皺だらけにひきつらせて、一晩中続いたお喋りのせいでふぬけのようになってしまう淑女《レデイ》たちを、いっぱい知っている。顔中皺だらけになるのは、むろん一瞬も絶やすことなく一晩中浮べつづけた微笑《ほほえみ》のためだ。  目立ち過ぎず、かといって没個性ではなく、出しゃばることなく感じよく、愛想のよい淑女を演じるということは、想像以上に体力と精神力を消耗するのである。 「そのかわりこちらの亭主たちは、楽しいことも家に持ちこまないけどね」  と彼女は話を元に戻してシニカルに微笑《わら》った。  それでも彼女は、あたしは日本の平均的な男と結婚したのだから、彼との生活に大方不満はないわ、と言いきり、あなたの物質的、精神的贅沢を羨ましいとは思うけど、そのかわりあたしは魂を病むこともないし、第一最初からそんな生活とは無縁だと思えば、諦めもつくわね、と今度は陽気に笑った。 「あなたは上手に年をとっていく方法を、識っているみたいね」  と、別れ際に私は彼女にひっそりと問いかけた。するとその女《ひと》は、ダイヤモンドとエメラルドの指輪が煌《きらめ》く手を、曖昧《あいまい》に振って、三度目の微笑を浮べて答えた。 「あまり多くを期待しないことね、始めから期待しなければ、失望することもないし、まして裏切られたり苦々しい思いをすることもないのよ」  そう言って去っていった女友だちの、あの屈託のない美しい笑顔と、彼女が最後に語った言葉とを(そしてそれは、彼女の陽気さとは裏腹に、なんと空《むな》しい絶望の意識を含んでいたことか)、私は長い間、忘れることができなかった。  三十五歳のとき、私は始終不満で膨れ上った心を持て余し、苛立たしい声で話し、暗い眼つきをしていたのは、まさに、彼女とは正反対の意識で日々を送っていたからであった。  私は期待していた。組み伏せられ、言葉を失ったままの状態には、まだとうてい諦めきれず、とても多くを期待していたのだ。自分の存在を在《あ》らしめ、自分の言葉を持つこと、そのことに比べれば、物質的な贅沢など、何ほどの価値があろう?  思いとは逆に、現実の私はすべてに亘《わた》り夫に依存し、夫の大きく拡げた腕の中で、子供ともども安逸な日々を過ごしていた。たとえ夫といえども自分以外の人間に、身も魂もあれほど全面的に寄生して暮らすということは、しかし、なんと無神経な生き方であったことか。  私は何かしら? 夫にとって妻であり、子供たちの母親であること以外に、何者でもない私という存在は? 私という女、あるいは人間は、いないのではないだろうか? そして自分を在《あ》らしめるためには、私は誰れであるべきなのだろうか? 果てるともしれない自己との問答。解答は常になし。私は嘆きに嘆いた。  しばしば自分自身の能力に過大な期待をしていたが、私はそれについては何ひとつ具体的に努力をしようとはしなかった。下手に手出しをして、この生温い日常に何か不吉な風が吹きこむことが、怖かったのだ。自分の怠惰からは眼を外らし(眼を外らしても決して心が外れることはなかったので、そしてそれが私の不幸の真の理由であったが)自分が何かしなければならないこと、このまま無為に老いたくはないことなどは、時限爆弾のように幾重にも厚く梱包《こんぽう》して、できるだけ目につかないところへしまっておいたのである。  そして何をしたかと言えば、自分の為《な》し得ない行為を夫に、あるいは娘たちに託して、口喧《くちやかま》しい厭な女になっていった。特に夫に、以前にも増して多くを期待し、要求し、そのことで夫が窒息しそうになると、手綱を緩《ゆる》めるかわりに叱咤《しつた》激励し、更に愚かなことには、誉《ほ》め言葉のひとつさえ碌《ろく》に使えなくて、ついにある日、夫は息切れし、キミの期待にはとても添えないよ、とあっさり兜《かぶと》を脱いでしまったのである。だがそれさえ素直に認められず、開き直ったふてぶてしい態度だわ、と腸《はらわた》が煮えくりかえる有様で、胃腸を病《や》み、こうなると夫婦の関係は下り坂を転げ落ちるようなものだった。私たちは危機を迎えたのである。  そこにはたくさんの不毛な葛藤《かつとう》があり、憎悪や軽蔑や哀れみで感性がささくれだち、あるいは別の異性への眼移りなどもあったかもしれない。不毛の刻《とき》は、中々立ち去りそうにもなかった。その苛立ち、血を吐くような苦しみの後、張りつめるだけ張りつめていた何かが、私の中でふいに弾《はじ》けた。三十五歳の、雨の降り続く八月の軽井沢でのことである。  私はなぜか突然小説を書こうと思い、事実|憑《つ》かれたように書きだしていた。小説の世界に、自分のおもいを書き込むということは、しかし、途方もない作業であった。私は「情事」の第一稿を書き続けた十日ほどで、三キロ痩《や》せた。だがついに、それを完成したとき、長いこと厚く垂れ籠《こ》めていた雨雲に亀裂が入り、一条の光線が射しこむのを見る思いだった。長い長い陰鬱な日々であった。最初の体験であるその小説が、幸運にも賞をとり、その日以来、私の視線は原稿用紙に埋める夥《おびただ》しい言葉へと、まっすぐに向けられている。 「ボクはね、キミがボク以外のものに興味を示してくれて、うれしかった。解放されて、今、とても自由に感じるのだよ」  と誠実な声で夫が私にそう語った時、私たちは和解した。危機は去ったと思う。今では時折、彼が冗談とも本気ともつかない声で、 「あまりボクや娘たちのことを、放っておかないでくれないか」  と言うことがある。 「ああ! 放っておいてくれ、ボクのことはかまわんでくれ、あっちへ行け、気が狂いそうだ!」  と夫が叫んだ日々が、脳裏を過《よ》ぎる。  あまり、放っておかないでくれないか、と今、そう言われて、私はペンを置き、夫に、何をして欲しいの、と聞く。彼が「|お茶を《テイー》|どうぞ《プリーズ》」と所望すればイギリス風にミルクティーを作る。温めたミルクをまずカップに注いで、その上から濃く熱い紅茶をたっぷりと注ぎ入れて。  アイロン掛けや床磨きの忙しい最中お茶だなんて、と膨れ面でティーバッグにお湯を注いだだけの粗末なお茶を、夫の前に音をたてて置く、などということは、もうしたくてもできない。何故かと言えば、今、私は自分の言葉を発見し、自分の真にやりたいことをしているので、満たされていると感じているから。そして自分が充実していれば周囲の人をも満たすことができることを学んだ。以前私は不幸で頑《かたくな》な心を持て余していたので、囲《まわ》りの誰れも彼れもに同じ不幸で頑な心を伝染させてきた。  頭の隅でほんの少し、書きかけの原稿のことを気にしながら、私は夫とお茶を飲み、午後のひととき、柔らかな緑色の木洩《こも》れ日が、ちらちらと庭へ落ちるのを眺めている。そして今、考えていることは、飢えや渇きや怒りが私の最初の小説を書かせたが、それらのものをすっかりではないけれど、大部分燃焼させてしまった今、何が創作の糧になるか、ということである。  私はそれは愛ではないかと、思い始めている。不在感や不毛性の立ち去った後に、愛を胸に抱いて書かれる小説こそ、いい作品になるのではないかと、そんなことを考えながら、私は、それでは、愛とは何か、と、今それを凝視めている。  ㈼ 夫婦の長い夜  Story 晩餐会《ばんさんかい》  チャイニーズブルーの夜会服を寝台の上にふんわりとひろげておいてから、ゆっくりバスを使ったところだった。  ハンド・ドライヤーで吹き上げられる洗いたての髪が、熱風に煽《あお》られて、苦し気に悶《もだ》える黒い鳥のように見える。スイッチを切ると風はふいに止み、毛髪はそれ自体の重みで崩れ落ちて肩の上で揺れた。  素肌に着ると絹のドレスは、まるでもう一枚の皮膚のように自然に体に馴染《なじ》んだ。アクセサリーを身につける趣味はぜんぜんなかった。テニスで薄く日焼けしている顔には、ファンデーションも塗らない。化粧《メイクアツプ》はマスカラで上下の睫毛《まつげ》を染めることだけで、一分とはかからない。香水と口紅にわずかに執着したが、料理を味わうことが主体の|集り《パーテイー》には、その二つは絶対に邪魔だと思っていた。  サヨは数歩退いて、姿見の中を点検した。そこには頬骨《ほおぼね》の高い、ほっそりとした顔立ちの女が、夜のドレスに微かな風を孕《はら》んで立っているのだった。  その背後に油絵が見えている。官能的な女たちと、それに対照的な蒼《あお》ざめた花を配した構図。裸体の女たちはどれも肉体を薔薇《ばら》色に染めている。小田《おだ》リュウと別れてから既に三年が過ぎた。その間、複雑な経路をとって、人を介して買い求めた彼の絵は、十三枚になっていた。  リュウの絵を見ると、現在《いま》でも彼女の中に激しい後悔とそれと同じくらいの安堵《あんど》とが呼び覚まされる。殺意まで抱いた暗澹《あんたん》とした最後の日々。  ——リュウは絵を描く以外は徹底的に何もしないという男だった。生活のために働くなどといったことは心底から軽蔑《けいべつ》していたし、贅沢《ぜいたく》のために使う以外の金については興味すら示さなかった。必然的に二人の日常はサヨによって支えられてきた。日中は商社のオフィスに務め、リュウの絵の具代のためには更に夜、近くのカフェで働かなければならなかった。が、どんなに肉体的にきつくとも、いずれリュウの絵が世の中に認められれば、直ちに止められる仮の生活のはずであった。その喜ばしい交替の瞬間を、どれだけ空想しつづけたことだろう。  しかし皮肉にも、そういった日常はリュウの自己中心で気性の激しい本来の性格を、次第に歪《ゆが》ませていくのだった。自分の女が、昼も夜も外へ働きに出かけていくことに対する理不尽で、病的な嫉妬《しつと》に加えて、男としての奇妙な誇りが事態を救いようもない地獄に変えてしまったのである。  そこには愛というものが厳然として存在したがために、なお一層複雑で陰惨だった。暴力と涙で終わる一日。憎しみと愛とをぎりぎりと噛《か》みながら、二人の間に黒々と生じてしまった亀裂を凝視して、やがてそれぞれの孤独な眠りにつく夜々が延々と続いた。  そしてついにサヨは不幸の共犯者でありつづけることを放棄することによって、彼を救おうと決意したのである。  事業家の佐々壮一郎《ささそういちろう》との出逢いは運命であったが、結婚は計算だった。それはリュウの側から見ればある朝突然に、サヨは行き先も告げずに出ていってしまったのである。  以来、彼女が心にかけつづけてきたのは、償いをすること、小田リュウの絵を様々な匿名を使って買い求め、生活力のまるでない彼と、彼の絵と、彼の誇りとを救うことだった。リュウに自分の存在を知られないために、細心の注意を払ったのは言うまでもない。さもなくば、自尊心を傷つけられ彼は描くことさえ止めてしまうだろう。夫には、妻の金の使途に無頓着でいられるほどの経済力があった。  時々、そうすることによって辛うじて支えられているのはむしろ、彼女自身なのかもしれないと思うことがあったが、失意の底に置き去りにしてきた恋人への償いに情熱を注ぐことは、燃え滓《かす》のように感じられる彼女の残りの人生の中で、唯一の生き甲斐《がい》のようなものにさえなっていったのである。  サヨは弱々しい一瞥《いちべつ》を鏡の中に与えた。  青春をあのように貪婪《どんらん》に貪《むさぼ》り喰《く》って生きたために、今ではぼろぼろに牙《きば》の抜けてしまった雌の狼《おおかみ》のように自分を感じる。それでも時折、胸の中から響いてくる音に驚いて聞き耳をたてることがあった。肉体のどこか深いところで、倦《う》むことなく泡立ち続ける、暗く重い海流のうねり——それはサヨの肉体と精神の大きなずれ、まだ二十七歳の若い肉体と、諦《あきら》め悟った老女の心境とに、彼女の神経が軋《きし》んであげる悲鳴の不協和音なのであった。  クリスマスイブのその晩餐会《ばんさんかい》は、佐々壮一郎の仕事の関係で深く係わりのある、フランス人の実業家、アラン・セリニアンの西麻布《にしあざぶ》の素晴らしい邸宅で開かれた。  招待された三十名ばかりの男女は、例によってアランとパスカル特有の気紛《きまぐ》れで選ばれた人々だった。というのはパーティーに食傷していると同時にそれを生き甲斐としているセリニアン夫妻は、そんなふうにでたらめに招待者リストを作って、当日自分たちのサロンで顔を合わせた人々の上に起こる、思いがけないドラマを目撃してやろうという悪趣味の持ち主たちなのである。  砂利を敷きつめた広大な玄関前のスペースには、既に十台近い車が駐車していたが、そのひっそりと凍りついた十二月の夜を隔てている巨大な鉄の扉の向う側には、装われ飾りたてられた煌《きらめ》く光景と、温かい別の世界が用意されているはずであった。  屋敷の中に足を踏み入れると、広いホールに飾られている野性動物の剥製《はくせい》たちが放つ、獣《けもの》めいた気配に混じって、シャンパンと香水、煙草や葉巻《シガー》、シナモンといったこの季節のサロン特有の香りが一体となった、いわゆる富の臭気が鼻を打った。グラスの触れあう陽気な音、女たちの哄笑《こうしよう》、遠くの海鳴りのようにたえず湧《わ》き上がる男たちの低い私語。たくさんの�メリークリスマス�が着飾った人々の頭上を飛び交う。  アランがすぐに二人の姿を認め、顔中に笑いをひろげながら大急ぎで近寄ってくる。オーソバージュの匂う胸にサヨを抱き寄せ、両頬に派手な音のする接吻《せつぷん》をすると、彼は彼女の美しさを大袈裟《おおげさ》に誉《ほ》めたたえ、急に声を落して囁《ささや》いた。 「それに、とてもよい匂いがしますね」 「そんなはずありませんわ」と、サヨが笑った。「せっかくのお料理を楽しむために、今夜は香水をつけていませんもの」  すると、その鳩胸の実業家は芝居気たっぷりに片目をつぶって、 「あなた自身の体の匂いのことですよ、ボクが言った意味はね」  と臆面《おくめん》もなく言ってのけ、サヨが顔を赤らめるのを見て、二重に楽しむのだった。  サロンの中には様々な国籍の男女が、立ったまま談笑しており、その人々の間をユニフォームを着た日本人のボーイが魚のような敏捷《びんしよう》な身のこなしで泳ぎまわり、客の飲み物をたえず新しくしていく。 「あなたにぴったりの飲み物が用意してあります」と、アランはサヨの肘《ひじ》を軽く支え、もう一方の手を壮一郎の肩へ回しながら、二人をサロンの中心へと導いていった。ボーイの捧げ持った銀製のトレイの上から、クリスタルグラスの中で金色に泡立っているシャンパンをサヨのために取り上げた。 「あなたに。フローレンス・ルイですよ。さて、ソーイチロー、キミは何を飲みます?」  アランが夫と話し始めたのを潮に、サヨは二人から少し離れて改めてサロンの中を見廻した。クリスマスツリーの下の四、五人のグループに何となく眼がとまり、その中で自分に向けられている浅黒い顔に注意を吸い寄せられ、はっとした。その黒々と危険な表情に見憶《おぼ》えがあると思った瞬間、サヨの心臓は冷たく凍りついた。小田リュウであった。  最初の衝撃が去ると、彼女は上の空でその方角へ歩きだした。顔はひどく青ざめ激しい胸の鼓動のせいで吐き気がした。  この時、その夜の真の実力者であるセリニアン夫人が、サヨめがけて突進してくると、白い手を女王のように差しだして叫んだ。サヨは内心救われたような気がした。 「まあ、素敵《トレ・ジヨリー》なソワレ。オスカー・デ・ラ・レンタ? 日焼けと、とてもよくおにあいね、ハワイにいらしたの?」  ハワイだけをわざと声高に発音したので、それは周囲の人々の耳に、まるでたった今、サヨが世俗的なワイキキ海岸から帰り着いたかのような印象を与える効果を生みだすのだった。それがパスカルの得意とするところで、そしてその意図は何時ものように成功した。もし彼女自身のことなら「カリブ島」と、そこだけはっきり人々の耳に届かせておいて、あとは声を落して「行きたいのは山々だけど、実はグアムにしたのよ。ちょっと週末にというには、カリブは遠すぎるわね」と言うところだろう。 「いいえ、パスカル」とサヨはうんざりして答えた。「テニスのせいなの」  例によってパスカルは返事など求めてはいなかったので、テニスについては当然のように黙殺され、サヨは遠い南の島で十二月の砂浜に横たわり、なまけながら日に焼いたということにされてしまうのだった。すなわち、怠惰の贈り物の日焼けというわけだ。  しかしそれはこの社交界では、決して恥ずべきことではなかった。それどころか、むしろ、冬の日焼けは指に燦然《さんぜん》ときらめく三カラットのダイヤモンドより人眼を引き、かつ価値のあるものだった。  ここでの問題は、それがカリブやシェーシェル島ではなくワイキキという世俗的な海岸の砂にまみれたということだけである。しかも、その海岸には、サヨは行ったことすらないのに。 「さあ、みなさんを紹介させて頂戴」  女主人《ホステス》は柊《ひいらぎ》の緑色のドレスの裾をひるがえしてサロンの中を歩き回り、招待客同士を引き会わせた。ポインセチアの赤のネックレスと同色のイヴニングサンダルの組み合わせで、彼女はまるでクリスマスツリーのようだ。服装に対するパスカルのエスプリには誰《だ》れもが脱帽する。 「リュウは初めてね?」と彼女がサヨに訊いた。「ムッシュウ・オダは有望な画家よ。とても才能がおありなの。そしてリサはもうご存知ね? リュウは彼女のお友だち」  それでリュウがこの集りに出席している理由が呑《の》みこめた。歳上の金持の女友だちのエスコートだったのだ。彼女は何だか自分が騙《だま》されてきたような気分に襲われ、落ち着かなかった。再会の最初の驚きがひくと、失望と疑惑が暗い鎌首を擡《もた》げた。リュウがこの虚飾に満ちたサロンに居るのが嫌だったし、フランス人の金持の女といるのも嫌だった。女が美しく歳上なのも許せないような気がした。  それで、最初のサヨとリュウの目礼は、ひどくよそよそしかった。 「彼の絵をぜひあなたにお見せしたいわ」と言ったリサの声にはそれとなく所有の調子が織り込まれている。リュウとサヨの視線が一瞬絡みあい、「喜んで」と、サヨは低く答えた。  リュウはさり気なくサヨの視線を外すと、手の中の飲み物を一口|啜《すす》った。あけすけな侮辱より、そんなふうに取り澄ましている男の態度に彼女は傷つけられるような気がする。目の前で平然と酒を飲み続ける冷やかで行儀の良い絵描きは、かつて自分が命がけで愛した男なのだ。そして最後には燃えさかる嫉妬の炎の中に、思い出と苦しみとともに置き去りにしてきた男なのだ。  サロンの中央にある大理石の暖炉の中で、薪《まき》が贅沢《ぜいたく》に燃やされ、炎の赤い影がサヨの足元でゆらめいている。そのさまを茫然《ぼうぜん》と眺《なが》めながら、彼女はただひとつのことだけを考えていた。  ——私を失っても、彼は平然としている。——  それは大きな安堵を与えるはずなのに、サヨが胸の中に凝視していたのは索漠とした砂漠であった。  一方リュウは、外見の穏やかさとは裏腹に、三年前に自分を見捨てた女が、当時より、はるかに美しく、若くさえ見え、金のかかった装いをしているばかりか、いかにも幸せそうな様子であるのを一瞬の内に見てとると、自分に対しての冷淡で素気ない態度と思いあわせて、着|馴《な》れないダークスーツの下で、怒りと屈辱の脂汗を流すのだった。そこで突然の出逢いを呪《のろ》いながら、たてつづけにスコッチを流しこんだ。  パスカルがサヨを他の人々の方へ連れ去るのを見やりながら、リサが囁いた。 「彼女、綺麗《きれい》ね。それに会うたびに目を奪われるような素晴らしいドレスを着ているわ」  リュウは鋭い一瞥をサヨの背中に投げつけると、思わず吐きだすように言った。 「そうですかね? 僕には自己顕示欲という名のドレスにしか見えないね」  声の中の憎しみの調子に、リサが眉《まゆ》を顰《ひそ》めた。 「あまり楽しそうじゃないのね、リュウ?」 「こういう集りは僕の趣味じゃないんですよ。特に首を締めつけるこんなものに馴れていないから」と、高い衿《カラー》の中に指を突っこんで乱暴にぐいと引いた。  ネクタイの所為《せい》ではないのに、とリサは思った。(リュウがあのニッポン人の女を認めた時、はっと息を呑むのを聞いたわ)  男に息を呑ませるような女の存在について、リサの年代の女ならとてもよく承知していた。 「もっと飲みたいわ、リュウ。あなたのグラスも空ね。さあ、私たちの飲み物をもらいに行きましょうよ」意識的に陽気さを装うと、リサは自分より一廻りも若い情人の腰へ黒いレースの布地で覆われた美しい腕を絡ませた。  ダイニングルームの、まるで飾りたてたテニスコートを思わせる巨大な食卓に案内され、主人側の配慮に従って定められた席に着いた時、皮肉な偶然にも(セリニアン夫妻が、サヨの過去を知っているとは思えなかったので)彼女の左隣りにリュウが座った。  主人《アラン》は上機嫌で女主人《パスカル》は勝ち誇った眼差しを食卓の両側に並んだ客たちの上に投げかけていた。  サヨの夫は女主人の側に連れ去られ、リサはアランの横、サヨの斜向《はすむか》いに引き離されてしまっていた。ナプキンを膝《ひざ》の上にひろげながら、ひそひそと交わされる私語は、知人の噂《うわさ》話にかぎられ、それでなければ芸術家気取りかで、どれもサヨが不得意とする話題であった。彼女は軽く俯《うつむ》いて、ジョルジュ・ボワイエの食器と、それを光らせておくためにフィリピン人の女中《メイド》が夜中の二時まで磨かせられたのに違いない、マッピン|&《アンド》ウエッブの銀器を凝視《みつ》めていた。だが、隣りのリュウを意識してその表情は白く強張《こわば》っている。無数に燈された赤いローソクの灯に、クリスタルグラス類が燦然と輝き、音楽はロック風のクリスマス曲から今はクープランの室内楽に変わっていた。  給仕たちがオードヴルを器用な手つきで取り分け、主人が|味を見た《テステイング》あと各々のグラスにシャブリが注がれる。 「まあ、なんですの、この素晴らしいムースは?」と、承知しているくせに、パスカルの取り巻きの一人がまずお世辞の叫び声を上げて、晩餐のテープが切られた。 「サーモンのムースですよ、マダム・テイラー。いかがです、お味は?」と、アランが台本に書かれた台詞《せりふ》のように言う。 「|天国みたい《ヘヴンリー》。それにこのきじのテリヌのお味の良いこと。まあ、フォアグラはどうでしょう!」  サヨは冷たい白ワインに手を伸ばした。辛口のワインは、ムースのデリケートな味にわずかに強すぎるような気がしたが、それがホストのわざとした冷笑趣味によるものかどうか、計りかねたのでアランの問うような得意気な眼差しに出会って、彼女はあいまいに微笑を返すに止めた。少なくともワインの味と冷え具合だけは非の打ちどころがない。その時、リュウの押し殺した声がはじめて彼女に語りかけるのを聞いた。 「お幸せのようですね、佐々夫人」  その声と、その言い方に露骨な敵意と憎悪がこめられ、男の短い言葉の銃弾は美事にサヨの心臓を打ち砕いた。その激しい痛みに喘《あえ》ぎながら、サヨは再び立ち直るのにワインの力を借りなければならなかった。給仕が誰れよりも先に、彼女のグラスを二杯目のシャブリで満たした。  佐々壮一郎は、はるか彼方《かなた》の席から、妻の飲み物のピッチが早いのに気付き、微《かす》かに眉根を寄せた。妻が自分の方を見たら、そう合図して注意を与えようかと思ったが、何故か彼女は頑《かたく》なに皿の上のムースから視線を上げようとはしないのだ。 「今のは愚問だったようですな」とリュウが自嘲《じちよう》した。 「と言って、食事の最中黙っているのも無礼だそうだから」事実当惑したように彼はグラスを手にとった。「結局、きみのように少しばかり早いピッチで飲むしかないのか」  それが近頃のやり方なのか、セリニアン家でもスープを省略して平目と伊勢海老のコキールが出されたのは、後に続くメイン・ディッシュを考慮してのことに違いない。サヨは三杯目のシャブリに口をつけた後、ようやくリュウに語りかける勇気を得た。 「個展が評判だったと聞いているわ。そのこと、とても喜んでいるのよ」  口から出た三年ぶりの最初の言葉がそのようにさり気ないのに、誰れよりもサヨ自身が驚くのだった。 「きみもね。たいそう贅沢に暮らしていると風の便りに聞いていた。もっとも僕はそのことを少しも喜んじゃいないがね」  それを聞いて、サヨの眉が弓のようにきりきりと引き絞られた。リュウがニヤリと笑った。 「少しも変わってはいないんだな。そうやってすぐ柳眉《りゆうび》を逆立てるとこなんか——だが、まさかこの席ではヒステリーは起こせまい?」  三年の年月が一気に消し飛んだ。  この時、サヨの右隣りの紳士が鼻に抜ける甘いスノビッシュな英語で話しかけたので、めらめらと燃え上がった突然の憤《いきどお》りを、彼女は辛うじて呑みこんだ。 「ところで、ロンドンへは?」と英国人が訊《き》いた。 「ええ、二度まいりましたわ」と、サヨは礼儀正しく答えた。指先がまだ細かく震えている。 「では、ドーヴァーのソールはご存知でしょうね?」 「もちろんですわ」と、微笑を浮かべようと努力しながら言った。「とても大きくて、食べきれないほどでした」 「でも、英国料理は大体が大味じゃありません?」とミセス・テイラーが横から強引に割りこんだ。英国紳士のウィリアムズ氏は、内心はともかくも、それをさらりと受けて、では、デリケートな英国料理を、といくつか名を上げ始めた。  リュウが言った。 「この季節で、そういう日焼けの仕方をするってことは、金のかかることなんだろうな? 一体、その暇と金で体を焼く以外に、毎日何をしているんだい?」  嫌な言い方だった。  男の無礼さに対する仕返しのつもりでサヨは、 「何にも」  と素気なく答えた。「ありあまる時間とお金で何もしないことが最高に贅沢なことなのよ」サヨの眼に影が浮かんでいたが、リュウはそれに気がつかない。  とても大きな七面鳥が二羽、その見事な焼き具合をたっぷりと披露されたあと、一旦ひっこめられて今度はナイフを入れられて再登場してきた。サヨは給仕に問われるまま「ダークミートの方を」と、柔らかい胸肉よりずっと味の良い肢《あし》の肉を所望したが、食欲はとっくに失われていた。  トリフの入ったグレイビィーソースが添えられ、付け合わせは栗の|詰 め 物《スタツフイング》と、じゃがいも、青々と仕上げられたいんげんなどであった。  ボルドー産の高価な赤《ルージユ》ワインが注がれ始めたが、サヨはそれを断って同じシャブリの方を頼んだ。ソースの味は上等だった。斜め前の席から、時折リサがリュウをじっと凝視めて眼があうとコケティッシュな微笑を浮かべたが、媚《こび》は彼女を十歳は老けて見せるのだった。 「あなたに夢中なのね」と、サヨは穏やかだがちょっと棘《とげ》のある声で言った。すぐその棘に気づいて、彼女は自分を軽蔑した。 「ふん。俺はジゴロだからな」と、それに答えたリュウの語気は鋭かった。自分を卑下するくせは少しも直っていない。不幸に対する嗜好《しこう》。 「そんなこと、私、言っていないのに」  サヨはゆっくりと、だが辛そうに言った。 「あなたはちゃんと描いているんじゃないの。そういうふうに私、聞いているわ」 「誰に俺のことを聞いて廻ったんだ?」  その言い方にサヨはまたしても傷つけられた。 「聞き廻ったりはしないわ。友だちが言ったのよ」 「友だちって、誰だい?」 「誰でもいいでしょう、そんなこと。それにその友だちは画廊ででも聞いたのよ、きっと」  言葉が喉につかえて、息がつまりそうだった。 「あなたはまるで今でも昔通りの口のきき方をするのね。あなたから逃げ出した卑怯《ひきよう》な女のことなんか、とっくに忘れててもいいはずじゃない?」  咄嗟《とつさ》にリュウは彼女の左腕を掴《つか》んで、過去そうしたように捩《ねじ》り上げようとした。さすがに捩じ上げることは思い止まったが、絹の薄い布地を通して締めつける手は熱く、そして力は強かった。サヨの右隣りで英国人の横顔が一瞬緊張した。次の瞬間、自分のしたことに呆然《ぼうぜん》としてリュウが手を離したので、ウィリアムズ氏は何事もなかったように食事を続けた。  急にサヨは、自分がこのように取り澄まして晩餐会の席に着いていること自体が、信じられないことのように思えてくるのだった。髪を掻《か》き乱し、怒りと悲しみで息たえだえになり、自分と同じように絶望している男と共に、以前のように床の上をのたうち回って苦しむことこそ、自分に最もふさわしいのではないかという思いに、強く憑《つ》かれはじめていた。  テイラー夫人の話し続ける声が、そのあたりの気まずい沈黙を救っている。 「あの二人は最近離婚なすったのよ。あなた、ご存知でした? 可哀想《かわいそう》な彼女《ひと》」と、共通の知人の噂話。 「知りませんでしたね。それはお気の毒だ」同情してウィリアムズ氏が言った。「もっとも、彼女にも同じだけの責任はあるんでしょうな」 「おや、そう? で、どんな責任ですの?」とナプキンで唇をおさえて夫人が訊き返した。 「つまり、彼を幸せにできなかった、という点で。妻は夫と同じ責任があると思いますよ」  その時、固い表情で押し黙っていたリュウが唇の端から苦々しく喋《しやべ》った。 「おまえこそ、昔通りの言い方をするじゃないか」 「おまえだなんて、下品な言い方で私を呼ばないで」  サヨは思わずぴしりと言った。同時に胸の中には、おまえと呼ばれた頃の愛の日々が鮮かに蘇《よみがえ》る。  リュウはそれを聞いて、いきなりサヨに平手打ちを喰らわせたい衝動に身体を震わせた。今ではもう自分に属さない、だがこの瞬間にはお互いの体温を感じ合う距離に座っている、この高慢で美しい女を、撲《なぐ》りつけることは可能だった。(そしてあるいは抱きしめることも)その距離の近さと、同時に信じ難い二人の遠さが、彼を苛立《いらだ》たせ激怒させた。 「止めましょうよ、こんな話。それより、絵はどう? 売れて?」休戦を申し入れるように、サヨは言葉を柔らげた。 「ああ。熱狂的な中年の太ったご婦人のファンがいるよ。金が無くなる頃になると新しい絵を買ってくれる」憮然《ぶぜん》としてリュウ。 「幸運ね。そのひとにお逢いになったの?」 (胸の動悸《どうき》が聴こえてしまわないだろうか?) 「いや、一度も」 「では中年の太った女だなんて、どうしてわかるの?」 「俺がそう想像するだけさ。画廊では口を濁しているがね。こっちだって気になるから執拗《しつよう》に聞いたんだ。苦し紛れにでたらめなことばかり言うんで、いい加減頭にきたさ。もう詮索は諦《あきら》めたがね。俺の絵は投資だそうだ」  食卓の向い側から、リサが唇だけの動きでリュウに何か伝えようとしていた。その血の気のない唇は、ジュ・テ・ムと繰り返している。  サヨはその薄い唇から苦しそうに眼を背けて夫の姿を探した。すると壮一郎は自分のワイングラスを指で示して、その指を二度、否定するように振り、もう飲まないよう注意を送ってきた。サヨは笑って頷《うなず》いた。  リュウはサヨがふいに笑ったので、反射的にその相手を見た。初老の彼女の夫。突然、嫉妬がリュウを噛《か》んだ。サヨが他の男に笑いかけたり、話しかけたり、単に、その男を見ることにさえ、今でもほとんど堪え難く狂おしいのだった。たとえそれが彼女の夫でも。その発見は彼を打ちのめした。 「きみがどんな暮らしをしているかは、想像できるさ」と軽蔑しきった口調でリュウが呻《うめ》くと、サヨは心の中で叫んだ。 (そう? ほんとうに? その中年の太った女だとあなたが思いこんでいる熱狂的なファンが、実は私だということについてはどうなの?) 「私がどんなふうに暮らしているというの? 私たちが、私と夫が、どんなふうにやっているか、関係のない他人に、どうして想像ができるの?」  関係のない他人という言葉の短剣が、男の心臓に致命的に突き刺さり、傷口から吹きでる熱い血は、臓腑《ぞうふ》の中で煮えたぎり泡立った。リュウは返すべき言葉を失った。サヨは自分に絶望して同様に黙りこんだ。  クレソンとマッシュルームのサラダの後、チーズと、ブッシュ・ド・ノエルが食卓に並び、それが済むと女主人がコーヒーはサロンの方でと宣言したのを機に、客たちは晩餐の食卓から解放された。  椅子《いす》を引いて立ち上がりながら、リュウが「結局、俺たちはいい勝負だな」と死んだような声で言った。「きみは俺を捨てて金持の男に乗りかえ、俺の方も今では似たような女に係わっているというわけだ」 「あなたは昔の女の幸せを、素直に喜ぶという気持には、絶対になれないのね」 「なれないね。そんな気持には、とても。きみは、どうだい? 俺が今幸せだったら、それを喜んでくれるのかい?」 「心から喜べないことがあったとしても、少なくともそういう振りをするだけの礼儀は心得ているつもりよ」  リュウは鼻先で笑った。 「相変わらず強い女だよ、きみは」  サロンにはコーヒーの香りが漂い、手から手へコニャックの瓶が回されていった。  リュウがいきなり足を止め、振り返ってサヨを見据えた。 「要するに娼婦《しようふ》さ」  サヨの体に電流が走った。 「どういうこと?」 「言葉通りだよ」 「わからないわ、なぜ私が娼婦なの?」 「金で体を売る女のことをそう言うんじゃなかったのかい」 「そんなに大声を出さなくても聞こえるわよ、リュウ」 「違うかい?」 「ぜんぜん違うわ。それに馬鹿馬鹿しいわ」少なくとも自分のためにお金が欲しいなどと望んだことは一度もなかった。彼女が真に執着した唯一の贅沢は、リュウの絵を買うことだけだった。  突然、リサの黒い影が二人の間に入ってきた。 「ずいぶん深刻なのね、リュウ」悪意を隠しきれない声だった。 「すまないがね、リサ。僕にコーヒーを取ってきてくれないか」リュウがその場を外して欲しいことを言外にほのめかすと、リサの表情が変わった。彼女は、 「もちろんよ」と低く言って、くるりと背を向けると足早に歩み去った。それとほとんど入れ違いに女主人がデミタス・カップを両手に二人に近づいてきた。 「私のサロンで新しいお友だちができるのは、うれしいことよ。あなたたち、お互いのパートナーを妬《や》かせようというわけね?」  作意的な笑い声を残してパスカルも立ち去った。 「悪かったよ。さっきのことは言い過ぎだった。忘れてくれないか」  長い沈黙のあと、苦しそうな息遣いの下から、リュウがそう謝った。 「きみの生活について、他人の俺が横からとやかく言うべきではなかったよ」  それを聞くと、ふいにサヨの眼に涙が滲《にじ》んだ。そんな風に彼が言うのは、辛かった。謝罪は彼には似つかわしくない。かつて、一度も謝罪したことのない男だった。 「泣くのは止せ」とリュウが小声で命令した。 「あなたが、今でも私のことを——」いきなり、リュウが一歩詰め寄った。 「その言葉を一言でも言うな」  語気の鋭さがサヨをぞっとさせた。 「俺と、俺の愛について、おまえの汚れた口からなど、一言も聞きたくはない」  手がすっと冷たくなったかと思った次の瞬間、サヨは手の中のコーヒーを男の顔にぶちまけようとした。が、リュウは本能的な素早さで、寸前に彼女の手首を掴んでいた。コーヒーがセリニアン家の高価な絨毯《じゆうたん》の上に零《こぼ》れた。 「止せよ」  リュウの声は冷やかだった。 「涙も、その愛とやらの一言も、熱いコーヒーをぶちまけるのも、止せ。きみのご亭主が見ているよ」  そしてサヨの手首を離した。リサが顔色を変えて馳《か》け寄ってきた。その背後には壮一郎も来ていた。サヨはその場を繕わなければならなかった。 「私、急に気分がわるくなって、コーヒーを零してしまいましたわ」  下手な言い訳だった。それから傍《そば》に立った夫にむかって、 「あなた、こちら小田リュウさんです」  と消え入りそうな声で、改めて紹介した。今にも倒れてしまいそうに体ががくがくと揺れていた。  佐々壮一郎は頷き、何かほんの一瞬考えるような表情をした。夫は、妻が絵を何点も買っていることは知っていたが、画家の名前を記憶しているかどうかは疑問だった。サヨはそれを単に投資だと説明してあるだけだった。 「たしか」  と、落ち着いた声で佐々がリュウに語りかけた。 「あなたの絵が家にも何点かありますよ」  彼は妻を振り返った。 「どのくらいあったかね? きみが求めた小田さんの作品は?」  声は穏やかだったが執拗だった。サヨはふいに自分が小さな女の子だったらいいのに、と途方もないことを考えた。そうしたら、今ここで泣き喚《わめ》いて、大人たちが髪を撫《な》ぜたり腕をさすったり、やさしい言葉をかけて慰めてくれるだろう。沈黙が流れた。  驚愕《きようがく》がリュウの眼の中に浮かんでいるのをサヨは見た。今リュウは額に汗を滲ませ、からからに乾いた唇を人指し指の背で乱暴にこすり、その無意識の仕種のために彼はまぬけな道化のように、うろたえて見える。壮一郎の眼鏡が答えを促すようにキラリと光った。 「十三枚ですわ」  と、彼女は他人のように響く嗄《しわが》れた声で答えた。  眉《まゆ》  どういうわけか、私の小説に出てくるのはいずれも、自尊心の異常に強い女たちである。その彼女たちに共通しているのは、いかにも傲慢《ごうまん》に、片方の眉を高々ともちあげて、冷やかに相手を一瞥するといった仕種で、どの小説にも、眉をきりきりと引き搾《しぼ》った気性の激しい女の描写が、どこかに出てくるのには、我ながら辟易《へきえき》してしまう。現実にそういう女の仕種に自分が出会ったとしたら、ずいぶん不愉快だろうと思う。  何故だろうか、と考えこむまでもなく、ルーツはスカーレット・オハラなのである。彼女がレッド・バトラーに対して示し続けた、あの闘争的で猛々《たけだけ》しく、いかにも美しいサソリといった緊迫した挑発《ちようはつ》のポーズが、『風と共に去りぬ』を観た当時、十一、二歳の少女だった私の脳裏に、強烈に焼きついてしまった。  スカーレットすなわちヴィヴィアン・リーの、濃い緑色の瞳《ひとみ》の上にかかった眉が、黒々とアーチを描き、それ自体が危険で獰猛《どうもう》な小さな生き物のように、彼女の苛立ち、怒り、軽蔑といった心の動きをまざまざと反映して、誇り高い白い額の上をのたうちまわる様は、あの頃の私の眼に、なぜか女の最高に美しい表情として映った。  当然、その仕種を真似て鏡を覗《のぞ》きこんだものだが、少女時代の私は俗にいう八の字眉で、どんなに練習しても、眉尻が美しくはね上がるかわりに眉根が逆に上がってしまい、それも片方だけぴんと持ちあげるような器用なことは更にできず、結果は八の字が一層強調されてしまうといった悲劇的なものだった。  そんなことがあって、眉を引き搾るという動作はいつしか内的な感覚へと変化していった。私の青春は従って、この心の眉を狂おしく上下させ、のたうちまわらせて過ぎていった道化じみた葛藤《かつとう》の時代とでもいうべきか。  そして今、自分で小説を書くようになって、私の悲願はようやく実り、私の美しい主人公たちは実にしばしば眉を駆使して、男たちを苦しめるのである。私は彼女たちの眉を高々と弧を描かせ、きりきりと可能なかぎり引き搾り、額の中ほどまでぐっともちあげたり、自由自在思いのままにあやつり、昔日の屈辱を晴らして大変に気分が良い。  さて、私の青春というと、ヌーベルバーグ全盛の時代でアントニオーニやゴダールやルイ・マルの映画に、それこそ通いつめた。上野の山からヴァイオリンのケースを片手に、池袋《いけぶくろ》、飯田橋《いいだばし》あたりの名画座まで出かけていった。  時代とともに銀幕に登場してくる女優のタイプも変わっていくが、その時代時代が要求する表情というものもあって、ヌーベルバーグはそれこそ膨《ふく》れっ面オンパレードだった。モニカ・ヴィッティ、ジャンヌ・モロー、マリー・ラフォレ、ベベ——いずれ劣らぬ不貞腐《ふてくさ》れ顔の女優たちが、口の端をへの字に下げ、膨れっ面ぶりを華々しく競いあったものだ。当然のことながら、我が青春は膨れっ面に激しく傾倒し、不貞腐れ、おまけに前述の心の眉なるやっかいなものを内心にピクつかせつつ、揺れ動きながら過ぎていく。  しかし考えてみれば、モニカ・ヴィッティなら辛うじて格好がつくのである。ジャンヌ・モローだからこそ、への字の口でも良かった。ベベなれば、膨れっ面が似合う。  むろん当時は、不貞腐れ顔などとはまちがっても言わず、憂愁を帯びた無表情の美とかなんとか理屈をつけて、ひたすら憧《あこが》れた。元々顔立ちなど似せようはないのだから、そこは謙虚に認めて、せめて口の端への字でも真似ればとやってみると、浅はかなもので、女振りが一段くらいは上がったような気がするから不思議だ。むろん、それは儚《はかな》い錯覚で、元来憂愁とは程遠い顔をしているのだから、口の端への字は様になるわけはなく、可愛い気のないふてぶてしい顔つきをしていたのにちがいないと、今思い出すにつけ冷汗が滲《にじ》みでる。  だからする恋、おちる恋、ことごとく失うはめになる。恋多き時代はそのまま失恋多き時代だった。その結果、今頃になってハッピーエンドが書けないと、嘆くことになる。当然なのだ。いくら探してもハッピーな恋愛の体験など私の青春にはなかったのだから。どんなにあがいても、体験のない感覚は、文字にはならない。これもひとえに、ヌーベルバーグの影響である、と私は思っている。もし、あの多感な時代に、ダイアン・キートンやジル・クレイバークのような笑い顔の素晴らしく良い女優たちが登場していたら、私の青春もまた笑顔に満ち、ハッピーな恋の数々を体験したであろうと、これは仮定なので大いに楽天的に想像してみる。そういうことであれば、今ごろ私はきっと、ハッピーで心温まる恋物語をたくさん書いていただろう。(むろん眉をきりきりと上げた修羅のごとき女などは、登場しないのである)  完全な西洋かぶれで、子供の頃から日本映画を観ることはなかった。黒沢《くろさわ》作品など、最低これだけはというものもほとんど観ていないが、乏しい経験から言って、良し悪しではなく、単純に好きになれなかった。画面の中に違和感を感じるのである。登場人物の表情が貧弱で不自然で硬質な演技がひどく気になってなじめなかった。それは小説の世界でも同様で、開高《かいこう》、江藤《えとう》、大江《おおえ》と言った当時の新人の出現には目もくれず、サルトルやボーヴォワールやサガンやカミュに現《うつつ》をぬかしていた。翻訳小説の中で、より自然に呼吸ができるような気がするのであった。又、自分が書く小説の中に、異邦人が登場してくるのも、そのあたりの理由だろう。これは感覚、好みの問題だから仕様がないと思っている。  しかし、観た映画のほとんどは忘れた。それらはその時々、水面に小石を落とすように、私の胸に波紋を描いたが、いずれそれも消えてしまう。しかし、たしかに小石は落とされたのだし、その石も長い間にはずっしりと溜《たま》って重い。いくつかの小石が、今でも光っている。コクトーやヴィスコンティの作品である。  煙草《たばこ》  このところ、煙草《たばこ》を止める人が目立つようになった。去年の夏は私の周辺でその現象が著しかった。パーティーに出席したある夜など、お酒も程よくまわり、大好物のパパイヤの|前菜《オードブル》が出たので、これに目がない私は二つも食べたりして、そのような人目のある席で飽食するのは、はなはだ無粋なことと重々承知の上でも、美味《おい》しいものとみるとつい手を出して当夜もすっかり満腹。大いなる満足の溜息と共に、ポシェットからマイルドセブンを一本抜き取って口にくわえるところまでは良かったのだ。  いつもなら、居あわせた男性の何人かが、そわそわと上着のポケットに手を突っこみ、最初にマッチかライターに指さきが届いた|紳 士《ジエントルマン》が、女性《レデイ》の口元の煙草に火を差し出すという光栄に浴すはずなのだが、その夜にかぎって誰もそわそわとポケットの中をさぐらない。火のない煙草をいつまでも口にくわえて、殿方の無作法を思い知らせるほどの勇気もなく、自分でマッチをすり火をつけたのだが、いやしくも正装した女性《レデイ》がパーティーの席上で、自分の煙草に自ら火をつけるというのはおよそ屈辱的な風景に相違はなく、改めて室内を見廻すと、驚いたことに煙草を喫《す》っている人間など、外に誰もいない。  パーティーといえばたいていもうもうたる紫煙灰煙の下で、喉を痛め、眼を赤く充血させて進行するものと思っていたから、この夜にかぎって煙草を喫わない人が偶然に寄り集まった例外的な現象であろうと、二口ほど喫ってそそくさと火を消した。しかし、それは例外的な現象ではなかったのだ。  秋の中頃、親しくしている三組の夫婦が集まった夕食のあと、例のごとく満足の吐息とともに取り出した一本の白き煙草。それを見てすかさず、英国人のホストが大袈裟に眉をしかめた。 「なんだい、まだそんな汚らしいもの喫ってるの!!」  カナダからたまたま両親を訪ねて日本に来ているジェーンもホストに口をあわせた。 「カナダではクリンエア運動が進行しているのね。煙草はもうとても時代遅れなの」  我が唯一の味方と覚しき夫も、その年の一月一日に禁煙して以来断固として二度と喫わないから二人の言葉に異論があろうはずはない。禁煙者、嫌煙家たちに睨《にら》まれてその長い夜の間、二本目はとうとう取り出さなかった。  自分にごく近い周辺に嫌煙者がいて、始終口うるさく忠告され文句を言われ続けると、喫煙数が極端に減る。夫が禁煙してから積極的な嫌煙家へと変身したおかげで、小さくなってこそこそと喫うようになった。しかもいつのまにか仕事部屋でのみ、というところまで追いつめられてしまった。  娘たちまでが、学校で徹底的に煙草と肺癌《はいがん》の因果関係を叩きこまれるらしく、口をそろえて事あるごとに�マミィー、|煙草やめてよ《ストツプスモーキング》�と叫び立てる。長女となると、マミィが勝手に喫って肺癌になるのは仕方ないけど、私たちまで汚染しないでちょうだい、などと生意気なことを言う。  考えてみれば至極もっともなので、こうなったら仕事机ひとつ持って家出するか、それともなくば煙草を止めるしかない、というところまで追いこまれた。物を書いている時に煙草の煙がゆっくり立ち昇っていくのが視野の片隅に映らないと、頭の動きがはたと止って進行しないという奇癖|故《ゆえ》に、煙草はおそらく止められないだろう。残る道は家出のみだ。  煙草というと思い出すのは、ヘンデルのソナタやザイツのコンチェルトを習っていた少女時代の、ヴァイオリンの恩師、T先生のこと。いわゆるチェーンスモーカーで、ピースを口の端から片時も離さない人だった。たえず顔の前面に薄青色の煙をなびかせていた。ヴァイオリンを奏《ひ》く時も例外ではなかった。浅黒い細面の彫りの深い顔をこころもち傾けて、煙くないはずはないのに表情ひとつ顰《しかめ》ない。長くなった灰が今にもヴァイオリンの上に落ちそうになるのを、私ははらはらと眺めたものだが、不思議にも灰は一度として楽器の上に落ちるようなことはなかったし、ヴァイオリンの胴体に焼けこげなど、ただのひとつもみつからなかった。一時間程のレッスン後、譜面台のわきの灰皿の上は、みごとにそろった長さ一センチくらいの吸い殻が山のように積み上げられていた。  私はヘビースモーカーではないから、原則的には夕食の後一本喫えば、いい。ただし例外として、例えば、人と会う喫茶店でコーヒーと一緒に数本、パーティーの際、アルコール類と共に数本、それに物を書く場合、時間に応じて数本から十数本というように結局は例外の方が多くなる。  原稿を書いている時は一種のチェーンスモーカーと化すが、実際に喫うより灰皿の上で煙草の型のまま灰にしてしまうことの方が圧倒的に多い。とにかく、仕事机のそばで煙さえたえずゆっくりと立ち昇っていればそれで満足なのだ。  煙草の味が美味しいと感じるのは、夕食後のただの一本だけである。もう二十年喫っているが、未だに肺の中へ喫いこめないから、何のための喫煙だか、煙草飲みの風上にもおけない。  そんなこんなで厭煙家たちに囲まれて暮らしているうちに、妙なことに私にも厭煙家のような現象が生じてきた。  つまり自分が喫いたくない時に、同室の誰かが煙草を喫うと、ひどく不愉快になるのである。 そういう時は、煙草を喫っている男や女が薄汚れて見える。  嗅覚《きゆうかく》も敏感になって、煙草飲みは臭いと思うようになった。特に女は厭《いや》な臭いがする。化粧品や香水の香りと混った冷えた煙りの臭いは悪臭そのものであるという発見に愕然《がくぜん》とした。  春にはまだ遠いある週末、六か月の赤ちゃんのいる夫婦を油壺《あぶらつぼ》の家へ招待したことがある。この若夫婦はホープ党で、チェーンスモーカーだということを忘れていた。ホープというのは、燃えている煙草の香りはとても良いのだが、冷えると独特の悪臭に変わる。一時間もすると家の中はもうもうの煙。夫は犬の散歩と称して海岸へ逃げだし、娘たちも子守部屋へ閉じこもった。赤ちゃんは紫煙の霞《かすみ》の下ですやすやと睡眠中。  ミルクの時間だわ、と若い母親が言って立ち上った。消毒をしたビンに黴菌《ばいきん》などが入らないよう細心の注意を払って粉ミルクを入れ、五分間沸騰させて冷ましておいたお湯を注いで彼女はミルクを作った。  そこまでは良いのだが、驚いたのはその後である。  赤ちゃんを左腕に抱き、右手にミルクビンを持った母親は、くわえ煙草のまま授乳しはじめた。傍で眼を細めて母子のミルクタイムに陶然と見入る父親の口にも煙草が煙を上げている。時折赤ちゃんがむせると、母親はミルクビンを宙にかざして、ミルクの出方を調節する。むせるのはもしかしたら煙草の煙のせいかもしれない、とは、夢にも考えない様子なのだ。  この光景を目撃するまで、実は私は、煙草を喫う者にも多少は権利があると、心の隅で思っていた。  けれども喫煙者の権利など、これっぽちもないのだと眼から鱗《うろこ》が落ちるようにわかった。あってはならない。室内に子供がいたら、絶対に喫うべきではない。無視すれば、犯罪になるべきだと、この時、煙にむせながらミルクを飲む可哀そうな赤ちゃんを眺めてそう思った。同様に、ひとりでも煙草を喫わない人間がいる部屋で、相手の意向を確かめずに煙草は喫うべきではないと思うようになった。  私はその若い友達夫婦と口論するつもりはなかったが、少なくともそこは私の家だったから、立っていって窓をあけた。  日射しの薄い冬の午後だったので、寒い海の風が吹きこんできた。夫婦は同時に顔を上げ、批難するように私を見た。 「ベィビーが風邪をひくから」と、母親があまり遠まわしでなく窓を閉めるようほのめかした。 「でも肺癌にさせるよりは、まだいいでしょう」と、私はいつのまにか、以前娘たちにさんざん言われていた言葉を口にした。二人は口をそろえて、オー、ナンセンス! と笑った。その無知がうとましかった。  少し前まで、私自身がまったく同じようにうとましく、無知で、薄汚れ、傍若無人に振る舞っていたのだと思うと、かっと血が滾《たぎ》るほど恥ずかしかった。  ところで肝心の私自身のことだが、現在ではほとんど煙草を止めている。完全にというわけにはいかないのは、私の意志が脆弱《ぜいじやく》だからで、自慢にもならない。  困ったことがひとつだけある。原稿の量《はか》が極端に減ったことである。  パリの憂鬱《ゆううつ》  この原稿を書いている現在は六月末で、軽井沢《かるいざわ》の唐松林の中にいる。十日前には、私はパリにいた。高原の木々を擦り抜けてくるのと同じ芳しい風が、あの美しい街には、あった。  パリにはたえず柔らかな初夏の風が吹いていた。カフェの小さなテーブルの上にも(カフェと言えばサルトルの通った例のフロールにも一応行ったが、私には有名な店の気取った給仕や、男同士がまだ日の高い内から手を握りあっているそういう名所よりも、たとえば二十区のナッション駅近くにあるスタンドバー、旅行者よりはその地の人たちが気軽に立ち寄って一杯やっているそういう場所の方が、ずっと寛《くつろ》げたのだったが)、悪戯《いたずら》らな小さな旋風《つむじかぜ》が吹き、私の妹の住むシャロンヌ三十四番地の、エレベーターのない六階の屋根裏のアパルトマンの、開け放した窓という窓から吹きこんで、あっという間に一方の窓から吹き抜けていくのも、同じひんやりと芳しい緑色の風だった。  妹のアパルトマンの小さな台所では、私たちはお金のかかる外食を避けるためによく自炊した。  そういう日には早朝妹から私の泊っているシャンゼリゼ・マリニオンのホテルにモーニングコールがかかり、私は眠い眼をこすりこすり地下鉄でナッションまで行った。目的は朝市。  節約が目的の自炊のはずなのに、市をひやかして歩くにつれてお金がどんどん出ていく。一時間もすると両手に山盛り一杯のチェリーや、作りたてのとろりとした山羊《やぎ》のチーズ、型や色は悪いが、ピリリと辛いラディッシュ(東京では五ツ一束で百五十円するけど、パリではこれが百円で五束くらい買える)、カンヅメでない生の白いアスパラガス、生きたカニや海老やムール貝、英語ではブラックプディングと呼ぶ私の夫がいたら絶対に感激疑いなしのブタの血をかためたソーセージ、生ハム等々を山のように買いこんで、もうどうせ浪費ついで、と近所の花屋でバラを二十本、焼きたてのバケットを二本、デザートのパイを二種類、赤と白のワインを一本ずつと止《とど》まるところを知らない鰻《うなぎ》登りの出費で、当初の目的はどこへやら。  料理と言っても、カニや海老やムール貝やアスパラガスを茹《ゆ》でるだけ。簡単なビネグレットソースや塩、胡椒《こしよう》があればそれで充分。素材のもつ独特の甘みや香りを楽しむのに、ゴテゴテとしたソースはいらない。  ちょっと無粋なことを白状すれば、私も妹も白米党で、ワインがなくとも食事はできるが、お米なしでは喉に通るものも通らない。それにパリではかの有名なカリフォルニア米という日本ではとてもお目にかかることのできない上等の米が買える。ほんのちょっぴり鍋《なべ》で炊き、当然しょう油も用意する。  狭い食卓の上は見るまに山海の美味で溢《あふ》れんばかりになり、パンとワインとバラの花の置き場もない。そこでバラはバスルームの洗面台の中へ水を張って放りこみ、ワインは台所の調理台の上まで、いちいち注ぎにいかなければならない。それでもああ美味しい、ああ天国だわ、しょう油に入れる生|山葵《わさび》があればもう何も言うことないわね、と、窓からエッフェル塔を眺めながら満足の溜息。  あとでこっそり、お土産《みやげ》リストからひとりの名が消される状況を想像し、後めたい思いが脳裏を過ぎるのだが、ケ・セラ・セラ。  私と妹はよくカフェでも待ち合わせた。そこでとりとめもないお喋《しやべ》りに時間をつぶし、それから腕時計を覗きこんで二人で悲鳴を上げるのだった。 「まあ、もうこんな時間、もったいない!」  限られた私の日程を、少しでも有効に使おうと、私より彼女の方が真剣だった。 「今日はこれからレアールに連れていってあげるわ。それから五時にスポーツクラブで汗を流して、爪先《つまさき》から頭の天辺《てつぺん》まで綺麗になって、八時にピエールたちとリップで食事ね。その後お姉さんを飛びきりスノッブなディスコに案内するわ」  と張切る。まるでパリが自分の庭でもあるかのように自由に飛び廻る。彼女はもう十年もそこに住む写真家で、フランスの男性と結婚し、混血の娘が一人いる。  私の心情としては、レアールの新しいガラス張りの建物より、例えば雑踏と、曲りくねった坂道と、小さな白い建物が軒並に立ち並ぶ一種独特の混然とした、あのほとんど頽廃《たいはい》の香りのたちこめるモンマルトルの美しい夕暮れ時(と言っても夏のパリでは夜の十時にならないと暗くならないが)とか、あるいはシテ島の昼下がり、どの店にも〈昼休み〉の札がドアに下がり、白い細長いその通りだけが妙にしんとしている不思議な時刻、まるでどこか別の次元に踏みこんでしまったような錯覚に陥るパリの中心の、奇妙な真昼間の静寂。そういうものの方に、目下パリで流行のスポーツクラブやスノッブなディスコより、あきらかに異国の風情を感じるのだが、観光コースでない日常のパリの顔をと妹に頼んだ以上、彼女の提案に喜んで従うべきなのだ。  真新しいガラス張りのショッピングアーケードを歩きながら、青山《あおやま》あたりの風景と変らないと内心思い、象牙《ぞうげ》の美しいチェスをみつけて知人の顔を思い浮べたが、あと残りの五日間を、海老《えび》やカニや生のアスパラガスなしで過すのはあまりにも情けないと、これは潔く諦め、知人への土産はアクリル製のチェスに格下げすることにして、その問題を解決すると、私たち共通の友人の消息に話題が移っていった。 「フランソワ、その後どうしている?」 「そうね、別れたとも言っていないから……」  と妹は口を濁す。彼女のつけているシャネルの五番が、ひどくイキな香りを放っていた。パリでは香水がとてもよく匂う。私はかつてシャネルの五番が好きなことはなかったのに。そう言うと妹は、空気が乾燥しているからじゃないかしら、と言った。 「パリの女のひとたちのこと、もっと話して」  と、私はベトナム料理店で夕食をとっていた時にも頼んだ。次々に噂する知人の女性たちは、妻子ある男との恋愛に悩むか、若い男たちとの残酷な別れを経験しているし、街で出逢う若い女性たちが一様にとても不幸そうな表情に映ったのが、気になっていたのだ。それに比べると、三十代、四十代の女たちの、なんと生々と魅力的で美しいことか。 「若い女が不幸そうな顔をしているのは、事実、彼女たちが不幸だからよ。お金はないし、おしゃれはできないし、労働条件は悪いし。それに、多分、ピルのせいね」 「ピル?」 「そう。ピルは確かにパリの女たちをある意味で解放したわ。解放しすぎて今では高校生まで使っているって社会問題にまでなっているけど。でもね、これは私の感じたことだけど、それで真に解放されたのは、実は私たちではなく、男の方ではないかしら」  成程。妊娠の恐れがなければ、それはむしろ男の思うツボだろう。セックスが解禁されて、それを一番歓迎したのは、まだ性的に未熟な若い娘たちであるはずは、ない。男たちと、女盛りを持てあましている一部の有閑マダムたちだ。 「にもかかわらず、若い娘たちは毎朝、アメ玉をしゃぶるようにピルを口に放りこむのよ」「それが生け贄《にえ》の儀式であるとは、夢にも知らずにね」  だがピルは、彼女たちから妊娠の不安だけは取り去ってくれるが、そのかわり弊害はどっさりとある。性病の危険、男性への不信感、性的フラストレーションetc、etc。彼女たちの表情が一向に晴れないはずだ。  以上は妹の意見と、短期日の私自身の観察の感想で、全てのパリジェンヌがそうである、と言うのではむろんない。多分一握りの、たまたま私の出逢った女たちが、偶然そんな悲しそうな顔つきをしていたのかもしれない。  ただピルの問題は、その後も私に憂鬱な影を投げかけた。私にもそろそろ十四歳になる娘がいる。インターナショナル・スクールに通わせているから、十四歳になると別のインターナショナルの男子校とのいわば学校ぐるみの交際が始まる。週末の体育館でのダンスパーティーや、海や山やスキーへのグループ旅行や普段のデートと、急に彼女の周囲に男の子が出現してくるわけだ。  親としては男の子たちから声のかからないような娘であればそれなりに心を痛めるし、声がかかればかかったで、門限や何をしていたかで眼くじらをたてることになるのだろう。  もし、十八歳に達した娘に、ピルの相談を受けたら、私はどんな応対をするのだろうか。 「ママにまず相談してくれて、嬉しいわ」と果して言えるだろうか。  自分の娘でなければ、もしピルを必要とするような交際を女の子たちがしているのなら、私はその子たちのためにピルを可とするだろうが、いざ自分の娘にその問題が起きた時、素直にピルを認める気持になれるかどうか。頭から闇雲《やみくも》に、「いけません、あなたにはまだ早すぎます」と拒絶してしまわないだろうか。そして娘が不本意な妊娠をしてしまった時、誰れが一番心身共に傷つくかということを考えると、今からもう私は狂乱してしまう。  自分の娘にかぎってそんなことは……と事が起って驚愕《きようがく》する多くの母親たちのような、期待を私は自分の娘たちに抱いてはいない。自分自身の青春を振り返っても、それはすぐわかることだ。私が結婚前に妊娠しなかったのは今考えると脂汗が浮ぶが、ほとんど偶然だった。けれども自分の娘が、その同じ偶然に身をまかせるのを知るのは、堪え難い。  かと言ってアメ玉をしゃぶるように未婚の自分の娘がピルを嘗《な》めることにも強い抵抗がある。ある信頼のできる医者がこう言ったことを、どこかに書いていたのを忘れられないからだ。 「私は自分の診療所を訪れる若い娘がそれを望むかぎり、ピルの処方箋《しよほうせん》を書きます。未婚の若い女性の、それも生むことを望まない妊娠は、彼女の肉体及び精神を著しく損うものだからです。そのような妊娠及び中絶は、絶対に避けなければなりません。しかし——しかし、私は自分自身の娘にピルを与えるかと質問されれば、答えは否《ノウ》です」  日本ではまだ幸いになどと言うと、ウーマンリヴに逆行するようだが、ピルは解禁されていない。女の解放は、ピルに関するかぎり裏目にでる可能性は大いにありそうだ。それがパリに於《お》ける私の憂鬱であった。  そうは言うものの、スポーツクラブのヨガ体操で流した汗は爽快《そうかい》であったし、パリの女に限らず男たちの、健康で美しい痩身《そうしん》を保つための努力には眼を見張るものさえあった。ピガールのいかにも場末と言った小屋にかかっていたジェロームのシャンソン、朝市での豪勢なショッピング、そして通いつめたベトナム料理の郷愁を誘う味覚。パリ交響楽団のベルリオーズを聴いた後、コンコルド広場の夜景を眺めながら、刻々と過ぎていった美しい長い夜は、忘れがたいものとなった。  今、私の憂鬱は、私があの美しいパリにいないこと。シャネルの五番が、あのレアールで嗅《か》いだのと同じ、イキな香りを放たないこと。そして娘が日一日と眼に見えて大人《おとな》になっていくことである。  犬と猫のこと  夫が、自分は犬好きだと言うのを私は密《ひそ》かに疑っている。  彼が好きなのはコリー犬なのであって、コリー以外の種類の犬に対する興味は、皆無に等しい。ドーベルマンなど、ほとんど憎悪しているし、小さなもつれた毛糸玉みたいな犬や、コーヒー茶碗に入ってしまうくらい小さいくせに値段はばか高いチワワ種など、その飼い主共々、冷笑的に横眼でやりすごす。コリー犬だけがひたすら好きなのである。そう言えば、彼はなんとなくコリーに似ている。  不思議なことに、よく観察してみると、犬はどことなくその飼い主に似ている。多分、人がそれとなく無意識に自分に似ている犬を好きになるからだろう。  ダックス犬ばかり可愛がる人を知っているが、いくら冷静に見ても彼はやっぱりダックス犬みたいな体型をしている。手足が短くて長い胴体に、ソーセージみたいに肉がずっしりとつまっている感じが、なんともそっくりなのだ。  太っている人が飼っている犬は、どうしても肥満型になりやすい。なぜかというと肥っている人は当然大食だから、犬にもついつい過剰に食事を与えてしまうからだ。でぶのブルドッグやビーグルに引かれて、ぜいぜいと息を切らせながら散歩するのは、やはりでぶの飼い主なのだから、おかしい。  最初に自分にどことなく似た犬を好きで選ぶから、元々似たもの同士なのに、一緒に暮らす内に更に似てくる。犬の方でも飼い主の性格やくせや動作など似てくるが、飼い主の人間の方も、いつのまにか自分の犬に似てくる。道を歩いていて、二本足の犬と、四本|肢《あし》の人間がむこうからやってくるのに出逢って、一瞬ギョッとさせられるのは、そのせいだ。  犬の好きな人間というのは、性格も犬に似ていて、よく吠《ほ》える。感情を上手にセーブしたり喜怒哀楽を隠すことが苦手で、犬なら尻尾を振るところを、犬型の人間はすぐに顔に表わす。どちらかと言うと単純なのだ。  これに比べて、猫型の人間というのがいる。何を考えているかわからない。顔型も、犬型の人間が面長で骨っぽいのと反対に、こちらは丸顔で動作も猫科動物のようにしなやかだ。猫型同士ならお互い多少は何を考えているかわかるのだろうが、犬型の人間から見ると、想像さえできない。当然、犬と猫は仲が悪い。猫の方は、単純な犬の考えそうなことくらい手にとるようにわかるらしく、したり顔をするので、それが更に犬を苛立たせる。  犬型と猫型とでは、まとまる商談がまとまらなかったりするから、相手が猫だと見ぬいたら、こちらも猫型人間と選手交替するとか、手を打った方がいい。  自分が犬か猫かわからない人は、犬と猫とどちらが圧倒的に好きかできめる。もしかして、犬も猫も同じくらいに好きだという人がいれば、その人は、犬と猫の性格を半々に持った便利な人である。何がなんでも100パーセント犬が好きで、猫は見るだけで鳥肌が立つという人は、100パーセント犬型の性格で、その逆もある。  たいていの人がいくらか犬と猫を自分の中にもっているから、世の中、犬対猫の戦争が起らずにすんでいるのかもしれない。とにかく犬の猫に対する本能的な憎しみようときたら、すさまじい。私のところのコリーなど、一日中、庭に猫が一歩でも入りこまないかと、そればかりが心配で憎き仮想敵の姿を額のあたりに貼《は》りつけて、パトロールに余念がない。  相手の人間が、犬型か猫型かを見抜くのは、それほどむずかしくないが、時にはわからない人がいる。犬猫を自分の中に半々に持っている人など、わかりにくい。 「あなた、犬と猫、どちらがお好きですか」と聞けばいいが、聞けない場合もある。  そんな時には、自分の直感を信じるしかない。太古の動物的嗅覚を呼び戻すのである。鼻をくんくん、耳をぴくぴくやって、観察するのだ。——なんとなく虫が好かない相手だな、とぴんときたら、それは自分とは反対の型だと思えばいい。  結婚前に、相手が何型かわかっていると、しなくてもいい離婚が避けられるかもしれない。犬は犬と、猫は猫と一緒に暮らした方が、当然波風がたたなくてよろしい。  ところで、私自身は、99パーセント犬型の女だが、これまた99パーセント犬型の男と結婚したがために、十六年間離婚もせずなんとか続いてはきたが、典型的な犬型人間の喧嘩《けんか》ときたら、けたたましいことこの上なく、これだけが悩みのたねである。  私も当然猫が大嫌いで、猫、とみると、吠えたてて追い払ってしまう口だから、真の友人というのはいずれも犬型だけ。従って敵も多い。誤解されることも又、多い。  どうした訳か犬と犬との間に、突然変異のように猫の子が産れたりすると、母親たるもの大いに苦しみ悩むはめになる。私にも二匹の小犬と一匹の子猫が産れ、この子猫ちゃんにほとほと手を焼く。  本能的に吠えたくなるのである。鼻先でこずきまわしたり、追いたてたり、噛みつきたくなる。けれども実際には血を分けた我が子であるから、そうはいかない。人知れず本能と理性の血みどろの葛藤に、明け暮れる。  夫は男だし、外へ出ることが多いので、私ほどに子猫が気にならないらしいが、それでも、三人の中でやはりその子にどちらかと言うと厳しい。  私の友人の一人に例外的に猫型の典型的な女性がいて、本来ならとっくに吠えつくか八つ裂きにしているはずなのに、どうしたことかこの二十年来、つかず離れずのつきあいをしている。  ひとつには、お互いの徹底した犬なり猫に、魅せられているのかもしれない。自分にないものに対する恐れや憧憬《どうけい》があるのだろう。会話は好奇心と嫌悪の間を大きく揺れ動き、別れる段には二人ともすっかり疲労こんぱいしている。相手は相手で私に爪をたてまいと、しっかりと手指の先の爪を自分の肉の中に食いこませて堪えているし、私は私で、吠えまい、噛みつくまい、と全神経をそのことに集中する。  だから、二人で顔を見合わせてお喋りをする、というような関係ではなく、二人で組んで何かに当る、という時に、彼女と私は絶妙のコンビネーションを発揮する。お互いの欠点を補いあい、自分の美点を最高に発揮できるのである。  私たちは、従って、一緒によく助けあって仕事をしてきた。  けれども一歩まちがえると、お互いの上に爪を立て、牙を突っこまないともかぎらない危険な関係なので、それがたゆまぬ刺激になって、長い間、お互いに飽きもせず、今までのところは上手にやってきたとも言える。  私など今でも、人に会って、その人が猫型だとすると、彼女に電話をかけて、 「助けてえ、あなたの出番よ」と助力を頼む。逆も又、可なのである。  ところで当然、彼女、猫を飼っている。この猫が、話を聞くだけでも私などには身の毛がよだつ化け猫なのだ。なんと、その猫、涙を流してよよと泣くという。  飼主の彼女が何か故あって、涙にくれるとする。それを目撃した猫、急に部屋の隅に顔を埋めて、身も世もあらんばかりによよと泣きくずれる。  二人は抱きあって、しばしお互いの涙を嘗めあうという気味のわるい情景がくりひろげられる。 「ぞっとするわ、わたし」と、それを聞いて思わず言ったら、彼女、 「あら、あなたのところの犬、笑うそうじゃない。それこそ気色悪いわよ」と言い返した。  でも事実、犬は笑うのだ。  泣き濡れる猫より、笑う犬の方が、よほど陽気でよろしい、と思うのだが。  レディの 躾《しつけ》  まず最初にお断りしておくが、私自身は母親失格の人間である。娘たちの顔さえ見れば、四六時中同じことを口走っている鸚鵡《おうむ》式|躾《しつけ》しかできないからだ。  たとえば、彼女たちが学校から帰るやいなや「おかえりなさい」を飛びこして「手を洗いなさい」と言ってしまう。何故かと言うと敵もさるもので、「手を洗いなさい」と出鼻を挫《くじ》いておかないと、玄関で靴を脱ぎ捨て一目散に冷蔵庫へ突進する。三足の大小様々な靴が、天井を向いたり互いに一メートルもばらばらに転っていたりするのを一目見れば、我が娘たちの出来具合も、親の程度も、自《おの》ずとわかろうというものである。 「靴を揃えなさぁい!」と怒鳴る頃には、冷蔵庫に取りついたピラニアどもは、食べられそうな中身をきれいさっぱりと平らげてしまっている。  かくして母親である私は、やれ手を洗いなさい、制服を着替えてからオヤツだと何度言ったらわかるの、ほら脱いだものはきちんと畳むんですよぉ、お片づけお片づけ、お部屋がゴミ箱みたいじゃないのぉ!! またすぐTVをつけるぅ、宿題を先にやるんでしょう、宿題をぉ!! と悲鳴に近い声を上げっぱなしである。時々自分の口調と言っていることが、その昔私自身の母親が繰り返し口が酸《す》っぱくなる程言っていたことと、そっくりだと苦笑する。あれほど彼女が絶望視していたその娘が、今、小さな子供たちに、ああしろ、こうしろと命令している。  それにしても私の娘たちは、ずばぬけてできが悪いのではあるまいかと、つくづく情けないが、だからといって自分の娘たちなればこそ、それで諦めてしまうわけには断じていかない。言わなければ言いだすまで決してやらないから、ここで負けてなるものかと、「背中をしゃんとして、ご飯を食べなさい」、「食べたら食器を流しへ運びなさいよ」「ホラ、口に物が入っている時にお喋りするんじゃないの」と愚かな母親は口うるさくつきまとうのである。  私もむろんそうだが娘たちも心底うんざりしているのだ。私は彼女たちに深く失望しているし、この不信感はかなり根強い。娘たちだって同様だ。なんとボキャブラリーの貧弱な母親よ、それに同じことを年がら年じゅう飽きもせず繰り返して、もしかしたら馬鹿なのではあるまいか、と、敵の考えることぐらい、わかっている。共に出来の悪い母と娘たちなのだ。  母と娘たちの間の、この終ることのない愚劣な葛藤に比べれば、父親というのは得な役割を受けもっているものだ。彼が帰宅する時には、母親にやいやい言われて部屋は一見、片づいているふうだし、お風呂にも入って手足は清潔になっている。宿題もなんとか終って、パジャマに着替えて眠るばかりだ。遊び疲れ、TV疲れ、食い疲れ、喋り疲れでもうぐったりとしているから、外見上いかにも可憐《かれん》気である。父親を見る眼も愛情に溢れてトロリとしている。(実は疲れと眠気のせいなのであるが)父親の方は美事にハートを射ぬかれ、ボクの娘たちは世界一いい子だよ、と目尻を下げている。ピラニア軍団め、と内心いまいましいが、父と娘たちの仲を裂くこともあるまいと、闘い疲れて日が暮れて、母親は長い長い溜息をつくのである。  さて真面目《まじめ》な話、極端に自己顕示欲の強い性格である女は、作家としては通用するところもあるかもしれないが、母親の質としてはあまり上等ではない、と思っている。  自分のことだけで精も根も使い果すから、三人はおろか、たった一人の娘だってまともに育て上げる自信はない。娘たちの父親である私の夫に、全面的に依存して、始めて私の家族は安泰なのである。  昔、ある男性が当時ずっと同棲《どうせい》していた美しい女性と別れて、突然別の女《ひと》と結婚した。その際、彼が言った言葉を決して忘れることはなかった。彼は、「僕はね、将来生れてくる自分の子供たちの母親としてふさわしい女を、妻にするんだよ」と、そう語った。  私の夫が十四年前、そういう尺度で妻を迎えたのではないことだけは確かだが、もし万が一、そういう誤解をしていたとしても、それが過ちであったことだけは、とっくに気づいているはずである。だから今彼は、自分の犯した大変な過ちの責任を自らとるべく、日夜悪戦苦闘している。  もっとも私の方には夫を選ぶ際、意識の底にその期待があったように思われる。本能的な直感で、自分に欠けたものを探りあてたのであろう。  そこで私自身の欠陥母親ぶりは棚に上げておいて、悪戦苦闘する夫の父親ぶりの一端を紹介してみると、  例えば、私には娘たちと次のような会話は、絶対に行なえない。それは女親と男親の違いもさることながら、国民性や習慣の相違もあるし、言葉自体の構造にも大きな違いがあるものと思われる。  ある週末、インターナショナル・スクールに通っている長女と、夫の間でかわされた英語による会話である。 「ねえ、私の宗教は何なの?」と十二歳になる娘が、締切りの迫った原稿書きに忙殺されている私の背中にむかって訊《き》く。気の毒なことだが、このところ彼女たちは机に俯《うつむ》いて呻吟《しんぎん》している母親の後姿以外、あまり縁がない。 「うん、うん、あとで、あとで」と、母親業脱落の私。そういうデリケートな問題は、夕食の時にでも顔と顔を見合わせて、話しあおうじゃないか、という意味をこめた、うん、うん、あとで、あとでである。  ところがこの娘、イギリス人の父親に似て、そういう言外の含みに関しての想像力は皆無に等しいから、私の後頭部の髪の寝癖などをひたと睨んで、「ねえ、何なの?」と諦めない。  母親の方は引き続き、ひどく曖昧《あいまい》な呻《うめ》き声を発して、いっこうにはっきりとした答えを言わない。イエスかノーで返事をすればいい場合でさえ、それすら億劫《おつくう》な時というものが、あるのだ。  もう一度「ねえ」と言ったら、こっちはヒステリーが起きるにきまっている。すぐ背後に人が立っている気配にも次第に我慢がならなくなってくる。それどころじゃないのよ、六時までにこの原稿を渋谷まで届けなければならないんだから。一体あなたたちの学費に年間いくら払っていると思うの、二百三万円ですよ、三人で。それにこの物価高で——とあまり関係のないことをあれこれ考えそうになってあわてて頭を振って追い払う。  ここはぐっとこらえて、 「頼むから、ね、ヘザーちゃん、ダディに訊いてちょうだいよ、ね? ママ今、お仕事のことで頭が一杯なんだから、ね? ね?」  と、ねを重ねるごとに哀願調が消えていき、語調が命令的になっていく。 「だって、ダディはお風呂場でペンキ塗っているんですもの」とつべこべとうるさい。 「ペンキ塗ってたって、お口はきけるでしょ!!」  ついに爆発。ああ、あたしは駄目な母親だなあ、と、何千回目かの深い自己嫌悪に陥り、反省する間もそこそこに、溜息をつきつきペンを握り直す。  やがて風呂場の中から、少し銜《くぐも》った二人のやりとりが聞こえてくる。  娘の宗教に対する質問に、父親は、 「キミはまだ、どの宗教にも入っていないよ」  と答えてやっている。 「じゃ、あたしどれ選んでもいいのね?」 「サーティーワンのアイスクリームを選ぶのとは、わけが違うんだよ」とやんわりと制しておいて「もし、心から信じられる宗教があれば、いいよ」と言う。 「ダディは何を信じているの?」と娘が訊く。 「ボクは、どの宗教にも入っていないんだ。キミのイギリスのおじいちゃんたちは英国正教だけどね。ボク自身は考えてそうきめたのさ」  娘はふうんと言って、しばらく父親がペンキを塗るのを眺めているのか、沈黙が続く。 「ねえ、ダディ、あたしにもペンキ塗らせて?」  私なら即座に「駄目です」と言うところだ。服が汚れるとか、かえって邪魔なのだ、とか言って。それを夫は、 「おや、手伝ってくれるのかい?」と明るい声を出し「じゃ、下の方の壁を頼むよ」  もっとも夫にしてみれば服にペンキがついたって、後の始末は母親の方へいくから、いっこうにかまわないのだろう。しばらくの間、ペンキの塗り方を教える夫の声だけが続く。 「あたし、やっぱり宗教をもつことにするわ。いいでしょう、ダディ?」と、やがて長女の声。 「そんなに急いできめることはないと思うけどねえ」 「だってダディだって自分できめたって言ったでしょ」 「そうだよ。でもボクはその時十六歳だったよ。キミももう少し待って、きめたらどうだい? 色々なことがずっとよくわかるようになるよ」 「でもあたし、今すぐにきめたいの」 「ふむ? 何故だい?」 「だって、クラスのお友だちはみんな持っているわ。アンナはカソリックだし、スーザンはプロテスタントよ。イザベラはイスラムだわ。シントーのひともいるし、仏教の子もいるの。宗教の時間に、みんな一人ずつ自分の宗教について話すことになっているのよ。私だけが宗教をもっていないなんて、すごく変よ」 「そうかなあ。ボクにはそれほど変なこととは思えないけどねえ。�私はまだどの宗教にも入っていません�と言うのも、立派な答えだと思うよ——で、キミはそんなに急いで宗教をもったとして、それをどうするつもり? 毎日ランチボックスに詰めて学校へ持っていくのかね?」  かくして、微妙な宗教問題は、実に巧妙に笑いにすり変えられ、娘は口の端に微笑を漂わせながら風呂場から戻ってくることになる。この際、髪の先とドレスの一部に白ペンキがついていても、文句を言うような野暮なことは、ぐっと堪《こら》えるべきである。  イギリス人の父と娘のこの種の会話は、実に良いものである。彼らのユーモア精神にはしばしば眼を見開かれる。男同士のやりとりの中でのユーモアは往々にして虚勢に似ているが、それが妻や子供たちにむけられる時には、ほのぼのとした愛情の表現になる。私たち夫婦の危機が、何度夫のさり気ないユーモアで救われてきたかわからない。  やがて娘たちが年頃になり恋を知ったり、その恋を失ったりして、どのような会話を父親と持つのだろうか? 私は今から、それを聞くのが楽しみなのである。  右手でペンを握り、左手でフライパンの中身を掻《か》きまわしている女にできることは、参加してしまうことではない。聞き耳をたてること、この眼で良く見て観察すること、である。むろん体験なくしては、いかなる小説も、私は書けない。それと現在体験しつつあることも小説にはならない。  おや、今の話の中身は面白いぞ、と思うことがあれば、直ちにそれを心にとめる。メモができればメモをとる。たとえ夫婦喧嘩の最中でもだ。今の夫の言い方は、ひどく胸にこたえる、と思えば、それを記憶する。私は目下、記憶と表現力をそなえた機械なのだ。  人の喋る言葉は気になるが、本人はたいてい碌《ろく》なことは言わない。たとえ面白い言葉が頭に浮かんだとしても、それを口に出してしまうことは、ない。創造の宝石箱の中から、大切にしている宝石のひとつが失われるような気がするからだ。言葉にしてしまうより、それを小説の中に書き込むことの方がはるかに重要だからだ。  そのような理由《わけ》で、娘たちに対しても夫のようには、とても話しかけてやれない。  それは大いに日常の言葉の性格にもよると思っている。私は口やかましく叱るときには、がみがみと日本語でやるが、少し真面目に話したいという時には、できるだけ英語を使うように努力している。それは日常の話し言葉としては、日本語より英語の方がずっと質が上だと思うからである。  言葉というものは、その国の習慣や物の考え方などと切り離しては考えられない。その国の言葉を幼い頃より使い続けることによって、言葉のもつ性格のようなものが自然に身につくのである。それが人格になる。私が大人になってからいくら努力しても英語を英国人のように使いこなせないのはそのせいだ。幸い娘たちは日英の混血でもあることだし、父親との会話も、学校での授業も英語でうけている。  私は家族の中では言葉の異端者だ。たとえばハサミひとつとってもらうにも、白い眼で見られる。 「ね、そこのハサミ、とってよ(パス ミー ザッツ シザース)」と言ったのでは、日本的には親しさの表現であっても、直訳すると無礼なことになってしまう。私の英語はたいてい日本語からの直訳である。ひどい時には、 「|ハサミ《シザース》!」なんて大声を張り上げる。誰れも返事もしてくれない。親しき仲にこそ礼儀あり、というわけだ。 「お願いがあるんですけど、あなた、そこのハサミを、すみませんけど、とって頂けます?(ウィル ユー ドウー ミー ア フェイヴァー ダーリン? プリーズ……)」と、夫に対してはそんなふうに言わなければ、「|いいとも《オーライ》、|きみ《デイア》」とは答えてくれないのだ。 「ちょっとそこの窓、開けてくれない?」と軽く頼む時にも英語では、 「窓をあけてください、とお願いしたらご迷惑?(ドー ユー マインド イフ アイ アスクト ユー ツー オープン ザ ウィンドウ)」という風に言わなければならない。  子が親に物を頼む時はもちろん、親が子に言う時にも全く同様で、大人用、子供用の言葉の使いわけなどない。 「どうぞそこのお塩、とってくださいな(プリーズ パス ミー ザ ソルト)」と、親が子に�どうぞ�と頼む。敬語などという特別の観念があるわけではないから、子供たちは普段の親の言い方をそのまま真似すればよい。 「それ、とってよ」と子供に言っている母親が急に「なんですか、その言葉は。どうぞ、とってくださいとおっしゃい」などと人前で恐縮しても所詮《しよせん》無理な話なのである。  丁寧だから良いというのではない。美しい正しい言葉遣いの背後にある緊張感や毅然《きぜん》とした独立の姿勢が良いのだ。日常語の中にさり気なく組みこまれた相手に対する思いやりや尊敬の態度が好ましい。そういう言葉を、幼時の時から繰り返し使うことによって形成されていく人格が素晴らしいのだ。国際的な場に於いて個人の資質に差はないのに、それを表現する時に日本人があまりにも稚拙で味も素気もないスピーチをするのも、日本語の喋り言葉のせいだと、私は思っている。  そんなわけで娘たちには大いに無理をしてでも、インターナショナル・スクールに通わせて母親の欠点を補ってやろうというのである。むろん彼女たちは日本語も上手に話す。その日本語ですら、質的には母親の私より上なのである。何故なら彼女たちは英語から直訳した日本語を使う。例えば、 「すみませんけど、その本、とっていただけますか」と、いう具合だ。英語的発想の日本語というのは、なんのことはない、こう書いてみるとごく当り前の美しい日本語のことなのであった。それなのに母親はあいかわらず、未熟な無礼英語で「それとって(パス ミー ザッツ)!」とやっている。かろうじて語尾に「プリーズ」をつければいい方である。  また、私には男の子がいないが、子供の育て方に男の子と女の子の違いは、ない、と思っている。違いが出てくるとしたら十二歳頃からである。  英語には女言葉も男言葉も原則としてはないし、女の子がやることなら、皿洗いだろうと料理の手伝いだろうと、そうじだろうと、男の子にもやらせるべきだ。女の子だから何かおけいこごとでも、とか、男の子だから一生懸命勉強を、という考えも、私はもたない。  女の子にも男の子にも、自分より弱いものに対する思いやりだけは、厳しく躾けるべきで、それが将来、礼儀作法や人格につながり、男の子なら女性に優しく、女の子なら男性に対して優しい心遣いを示すようになるわけだ。動物や地球上の全ての生きものや自然に対して優しい眼をもつように、なるのだ。  そして女の子をいつか一人の女性として開花させるのは父親の存在である。彼のまなざし、大きな温い手の感触、煙草やなめし皮のような清潔で男らしい匂《にお》い、低い落着いた声、愛情に溢れたたくさんの誉め言葉、ユーモア、そういうものが女の子を女らしく成長させる。  同様に男の子がノーマルな男らしい男性になるためには、立派な人格を持った母親が必要なのだ。(ああ、男の子が生れなくて、ほんとうによかった!)  あれこれ書いているうちに、玄関に物音がする。娘たちが学校から帰ったらしい。 「おかえりなさあい!」と言いながら、靴を脱いでいる。末娘は未だに「ただいま」と「おかえりなさい」が逆なのだ。私が「おかえりなさい」と言って迎えるので、母親の言葉を盲目的に真似して、そうなる。しかたなく、こっちは「ただいまあ」と言いながらペンを置く。  原稿書きはこれまでか、と少々心残りながら立ち上り、「手を洗い……?」と言いかけて、いや、まてよ、そろそろ言われなくともやるのではあるまいかと、逸《はや》る口を押える。言いたい事を言わないのは、なんと忍耐のいることだろう。そうだ。躾の第一歩は忍耐なのである。母親がまずそれを学ばなくては、いけない。  夫婦の長い夜  私は英国人の男と結婚したので、私の結婚生活は当然日本人同士のそれとは多少異なるかもしれない。  けれども、まあ、肌や髪の色が違っても、日本と英国は共に島国であることだし、男は外へ狩に行き女は家で子を守るという基本的姿勢を原則とすることや、かつては自国の名の上に大の字をかかげ、名の下に帝国という字をぶらさげて他国への侵略に次ぐ侵略を重ねたという歴史も共通しているところからみても、さほど決定的な相違があるようにも思えない。  私の夫は中産階級の真中あたりから出て来た男なので、妻に対する態度は終始一貫して、パートナーシップの線を崩さない。すなわち、結婚生活に伴う苦も楽も夫婦は同等に分け合う、あるいは責任を共有することを原則とする。  日本の妻たちは、夫によって社会から断絶させられているけれど、そのかわり外部社会での壮烈な男の闘いの憂《う》さとやらを、夫は決して家庭に持ちこまないから、その点はまあ羨《うらや》ましい。  それではどこがどう違うのかというと、最大の点は、生きる姿勢の相違だろうと思われる。  日本の平均的男たちの生き甲斐が仕事なら、私の夫を平均的西欧人とする彼らの生き甲斐は遊びである。いかに週末を楽しく過ごすか、いかに夏休みを快適に暮らすかがまず最初にあって、そのために働き、お金を貯める。そこが違う。そしてなにをおいても遊びこそは、夫婦が共有すべきものであると考えている点にある。  私の夫はひとりでゴルフへは行かないし、たとえ付き合いでそういうことになっても、運転のできない私を油壺の家へ子供と犬と食料品ともども送り、私たち母子と犬の週末が満足いくべきものかどうか見届けた上でなければ、彼個人の遊びをしない。多分、そうでなければ楽しめないのに違いない。  週日には、家で夕食を摂《と》った後、二人で普段着のままふらりと映画を観に出ることもあれば、近所のパブで飲みながら、ダーツゲームをしたり友人たちとお喋りを楽しむ。ここまでは日常生活の延長線上にあり、お金もかけないし、外出着も着ないし、あまり遅くならないうちに、帰宅する。  友達の家でパーティーがあるから、あるいはディナーに招《よ》ばれているからと、連れだって出かける夜には、三人の娘たちのために早目に夕食を作り、バスに入れ、あとはベビーシッターにまかせる。  今は長女が十三歳になったので、妹たちのベビーシッター役は彼女がやるが、上の子が十歳になるまでは、必ずベビーシッターを頼んだ。  何かの理由で頼まなかった時には、子供たちが眠ってしまう前に、夫婦のどちらか一人が先に帰るようにした。以前、夫がベトナムで闘っている米兵の妻が、夜の十時半から十一時までの間のたったの三十分だけ外出した。戻ってみると、家が全焼していた。中には三人の幼い子供たちが眠っていた。妻は発狂した。こんなニュースを新聞で読んで以来、たとえ十分でも眠っている幼い子供たちだけを残して外出することは、とてもできなくなった。  私はこの米兵の妻のことが、長い間忘れられないでいた。異郷で夫の生死を案じながら留守宅と子供たちを守っていた一人の妻が、たった三十分だけ自分に許した現実からの逃避——。彼女はその三十分の間どこで、そしてどのように自分を解放していたのだろうか。横浜の近所のバーで、一人で孤独にウイスキーを飲んでいたのかもしれない。同じような境遇の女友だちを訪れたのかもしれない。あるいは、情人と慌《あわただ》しく愛しあったのだろうか。三十分間。三十分は彼女にとっては、あっという間に過ぎた短い時間だったろう。けれどもその三十分は家を全焼させ、三人の子供たちの命を奪うには充分長かった。  さて、夜の外出の話に戻るが、ドレスを選んでおいてシャワーを浴び、鼻の頭に白粉《おしろい》を叩いて唇を赫《あか》く塗る。  彼が、うん、いいね、とか、まあまあだとか、時にはまあ、綺麗だよとか言ってくれればそれで出かけられるが、唇が赫すぎるとか、髪が膨みすぎるとか、ドレスの胸が開きすぎるとか、そのスカートは長すぎるとか短かすぎるとか、要するに自分のパートナーとして同伴するにふさわしい格好かどうかで細かい注文をつけてなかなか首をたてにふらないこともある。  そんな時にいつも私は、女友だちが語った言葉を思い出す。  ——わたしの亭主はね、わたしを彼の子供たちの母親か、せいぜい家政婦ぐらいにしか見ていないのよ——三十五歳の女盛りの中で、その美しい女《ひと》がそう言ったのである。  どれだけ多くの三十五歳の女たちが、鏡の中を凝視《みつ》めて、彼女のように怒りの、諦めの溜息をついているのだろう。一体、彼女以外の誰れが彼女の美しさを賞賛し、女として今や完成されたすべてを——肉体も精神もひっくるめて、受けとめてくれるというのだろう。夫? もちろん夫であるべきである。その夫が彼女を凝視めない、熱い言語で語りかけない。もったいない話だと思う。  日本の社会が男を家庭とその妻たちから取り上げ、搾取し、濫用するかぎり、妻のもとへ帰っていく時夫たちが生きた屍《しかばね》にすぎないのは当然である。それでも尚、夫たちが働くことに男の生き甲斐を感じ、老いさらばえるまで会社という無慈悲な怪物に奉仕して悔いないというのなら、それは彼らの勝手だが、搾り滓《かす》の抜け殻と暮らさなければならない女盛りの妻にしてみれば、残酷かつグロテスクな話である。私には何故彼女たちがその非人間的な仕打ちに堪えていられるのか、よくわからない。夫がそこまで妻を侮辱して顧みないのなら、そんな男はさっさと離縁するか、さもなくばせめて男友だちが持てないものだろうか。  六本木のパブで、顔見知りの男女と交わす会話も、私の好きなもののひとつで、それは例えば最近観た映画のことだったり、英国の女の支配者は女王一人でたくさんだと、新しい女党首の話題だったり、あるいは擽《くすぐ》りや仄《ほの》めかしや怪し気な省略や沈黙をふんだんに駆使した性的な会話だったりする。そこでの男たちは臆《おく》しもせず他人の恋人や妻たちを誉め称《たた》え、熱い視線を注ぎ、耳の中に恍惚《うつとり》するような口説き文句を、それは熱心に囁き続ける。こちらもそういったものは一種の挨拶《あいさつ》のようなものと識っているから、「あら、あなたの手も素敵よ、男らしくて美しいのね」などとお世辞を返す。三十五歳の女にとっては、男の誉め言葉、さりげない口説きの台詞《せりふ》を聞くのは、実際心を擽られるし、楽しいのである。  セックスには進まないだろうが、しかし絶対に何も起こらないとは言い切れない、もし万一そのような関係が生じても可とする、そういう生理的に好ましい男の友だちが何人かいて、彼らとの知的な、あるいは性的な大人の言葉の遊びが交わせるのは、これはどんな贅沢とも換えがたい。  むろんすべて遊びである。寛《くつろ》ぎなのである。こういう遊びの刻《とき》を持たない人生は味気ない。そうは気付いていないかもしれないが、その美味を識ってしまえば、やはり味気ないとしか思えない。  私がそういう男女の中にいて、熱心に喋り笑い興じているのを、別のグループの中からじっと視《み》ている夫の眼と出会うことがある。私たちの視線が人々の肩ごしに絡み、夫は私に軽くウィンクをして眼をそらす。夫が他の女と楽しそうに話しこんでいるのを、私がみつめる時も、ある。嫉妬は生温かい結婚生活に吹きこむ一陣の風のようなもの。涼風だったり、冷たい嵐《あらし》だったり熱帯性の暴風だったり様々だが、適度なものなら淀《よど》んだ空気が入れかわり、夫婦の関係に緊張をもたらす。軽い嫉妬は倦怠《けんたい》の妙薬である。  長い夜が過ぎて、家へ帰ればベビーシッターを帰して真面目な父親と母親の顔を取り戻し、忍び足で三人の娘たちの寝室へ入っていく。幼い女の子たちの寝顔を覗《のぞ》きこんで夫は毛布を掛けてやり、私は下の子を起こしてトイレに連れていく。こうして遊びの刻は終わるのである。私たちは溜息をついて、おやすみを言い、シーツの下に滑りこむ。  夫と共有した夜、その夜の中で夫と共有しなかった小さな時間、そこで起こったこと、目撃したこと、交わした会話については、私たちはめったに話さない。話してもいっこうにかまわないが、話す必要もないと思っている。  三十五歳の女は貪欲《どんよく》である。女盛りを余すことなく味わいたい。それにもし夫が協力してくれないのだったら、何のための夫婦だろう?  私がここで言ってきた遊びの刻など、長い一生の中でみれば、ほんの一刻のことである。二十代の女には遊びの味はわからない。第一、子育てに忙殺されて、その時間もないだろう。四十代は先の人生のための精神的知的な貯えの時機だ。遊びは三十代の女にこそ与えられるべきである。油を注《さ》さなければ機械だって摩滅する。ましてや女は機械ではない。夫の労《いたわ》りの言葉、誉め言葉は油である。遊びの刻を夫婦が共有すること、更にできることなら夫以外の男たちとの会話の刻を持つこと。そんなたあいのないことなのだ。だがそのたあいのないことで妻の機嫌が一定して気持よければ、家庭というものは夫にとっても絶対に良いはずである。何故なら不満で膨れ上がった身心を持て余している中年の女ほど、夫をげんなりさせるものはないのだから。三十五歳の女が美しく光り輝かなかったらそれは絶対に夫の責任である。  ㈽ 微笑《わら》う  Story 五月の夜、私は  街には夕暮れ時の騒《ざわめ》きがあり、微かな光の残滓《ざんさい》と、始まったばかりの闇《やみ》とが混り合うその底で、ネオンサインがひっそりと瞬いていた。透明な蒼《あお》さを湛《たた》えた暮色の中を、柔らかい風が吹きぬける。夜の訪れを告げる風。遥かなる宇宙の草原から吹きこんでくる、香《かぐ》わしい五月の風。  一日の中で、胸を締めつけられるのは、たいていこの時刻だ。暮色の蒼さゆえに、風の甘さゆえに、特に初夏の黄昏《たそがれ》時の美しさゆえに、そして——。  ——そして孤独ゆえに。  しかし私はこの感覚を孤独と名づけるべきではないかもしれない。なぜなら、それは敗北感を抱かせるから。  多分、自由、あるいは解放と呼ぶべきなのだろう。自分から進んで求めたのだし、それを手離さないために長々と続いた、苦悩に満ちたあの葛藤《かつとう》の日々を思えば、むしろ今宵私は、勝利の杯を掲げてしかるべきではないか。  乾杯? 一体誰と杯を合わせるのだ?  ——勿論、自分自身と。  並木通りまで来て、勤め先に電話を入れ、社には寄らず直接八時にスタジオに行くから、と伝えた。電話に出た同じCF(コマーシヤル・フイルム)制作室の吉見《よしみ》は、オーケイと言い、いくつかの伝言を素早く読み上げた。主として今夜のフィルム撮影に関するものだった。 「フィルム撮りの後、打ち合わせが入っているよ。ロダンで。これは課長の伝言」  フィルム撮りの後? とすると今夜も帰りは十二時を廻ってしまう。だしぬけに亮《あきら》の不機嫌な顔が浮ぶ。——俺はおまえさんのように芸術家じゃないからね、そういう不規則なリズムにはついていけないよ。——  芸術家を長くひっぱるように発音して皮肉を言われているうちはまだ良かった。そんな仕事さっさと止めちまえよ。たかがコマーシャルだろう、くだらねえよ。そう吐き捨てるように言ったことも何度かあった。(莫迦《ばか》ね、あのひとは、もう二か月も前から仙台《せんだい》じゃないの)  コインが落ちる音がしたので、無意識に新しい十円玉を入れながら、暗さの増した皇居の方角の、星のない夜空を眺《なが》めた。仙台では、きっと星が零《こぼ》れるほど、見えるだろう。  ——八月には来いよな、七夕《たなばた》、一緒に見よう。何もかも終った後で、彼はぽつりと言った。 「それから長沢《ながさわ》ってひとから電話。用件は別にないみたいだな」 「長沢?」私は意識を受話器の中の声に戻しながら訊いた。「それ何時頃かしら?」 「ええっと——、あれ、書いてないな。受けたの大《だい》ちゃんだけど、彼Nプロへモデルの打ち合わせに行ってるから」 「そう、いいのよ。伝言、それだけ? じゃあとでね、ありがとう」  電話を切ると、ざらざらと音を立ててコインが五、六枚戻ってきた。いつのまに入れたのか、まるで記憶にない。何かが気持ちにひっかかっていて、私は上《うわ》の空でそのまま地下鉄入口まで歩き、階段を下りた。夏になると、地下鉄特有のむっとする厭《いや》な熱気が立ち昇ってくるだろう。東京はどこもかも埃《ほこり》っぽくて悪臭がし、そして堪え難く暑苦しくなるのだ。俺と行こうよ、あっちの方が空気はきれいだし、夏は涼しいし、冬にはスキーが楽しめるからさ——。  亮は何百回も言葉を尽して説得しようとした。一緒に来てくれ、頼むから俺《おれ》について来いよ。そして最後にはいつも口論になり、それが縺《もつ》れてどうしようもなくなると、彼の右手が、彼の本当の意志とは無関係にとんできて私の頬《ほお》を打ち、不毛な喧嘩《けんか》に止《とど》めを刺すのだった。話し合いで始まった会話は口論に発展し、暴力と涙で終る日々が続いた。  階段を下り切った所で私は立ち止って苦笑した。たった今八時からの仕事の打ち合わせをしたばかりなのに、足は無意識に家に向っている。平穏だがとても虚《から》っぽな部屋。私を待つ人がいないと言うより、私には帰ってくる男《ひと》が、もういないのだ、ということの方が辛い。つい二か月前まではいた。それからずっと逆上《さかのぼ》って、四年の間私のところへ帰ってきていた亮がいた。  同僚の吉見が言っていた長沢とは、どの長沢のことだろうか? その名の人間を二人知っているが、咄嗟《とつさ》にどうしてか男か女か尋ねられなかった。女なら制作プロダクションのスタイリストをしている長沢|由美子《ゆみこ》だし、男だとしたら雄一郎《ゆういちろう》だ。  亮が何か話して行ったのだろうか? 男同士の友情には、女が窺《うかが》い知ることのできないことが、あまりに多い。  大学を卒業した翌年に、私は長沢雄一郎と婚約していた。岩井《いわい》亮は彼も同じ建築事務所に勤めていた。  私たちが三人で伊豆《いず》の海で休暇を過ごした夏、まだ誰もが若く、陽気で闘争的で、しかも自分たちに自信がなかった。それまでに亮とは二度しか会ったことはなかった。雄一郎とは正反対の、臆面《おくめん》のないどちらかといえば傲慢《ごうまん》な印象が強い若者だった。  最初の日から一度に太陽にあたりすぎた雄一郎が、ひどい日焼けをしてしまい、強過ぎる日射しを避けて宿に残った午後、亮は、雄一郎といると言う私を強引に海へ連れ出した。海岸で、私たちは二人とも紫外線に強く、皮膚は赤くなるかわりにどんどん小麦色に焼けていく、といった同じ体質なのを発見して笑いあった。 「俺たちは同類だね」と亮が言った時から、警戒と同じくらいの好奇心が芽生え、私は半ば、あまりに感覚的で雑駁《ざつぱく》な神経を持ったこの建築家の卵に反感を覚えながら、同時にずっと以前からよく識っていたのに、その日まで真の意味で出会わなかった、非常に懐しい男《ひと》を見る思いに打たれて、混乱と目眩《めまい》の中で胸騒ぎを感じていた。白砂が眼に痛いほど輝き、七月の初めで人影はなく、お互いの肌の焼ける健康なにおいと潮の香りとがあった。 「俺、なんだかきみが好きだな」  と、唐突に亮が言った。溜息《ためいき》のようでもあり、呻《うめ》き声のようにも耳に響く声で。  砂の上に腹這《はらばい》になっていた私の肩や背に、厳しい陽光が重くのしかかる。私たちは微笑も浮かべないでお互いの顔をみつめあった。 「私も」  と、私は彼と同じように軋《きし》んだ声で囁《ささや》いたが、海上から軽やかに吹き寄せてきた一陣の優しい旋風《つむじかぜ》が、その言葉を掠《かす》め去っていった。  途方に暮れて、私は自分の胸に問い糺《ただ》した。  ——私も、ってどういうことなの? 雄一郎の親友として彼が好ましいという意味なの? それならなぜ私の心はもっと陽気でないのだろう。  目の前に拡がる真夏の情景でさえも、フィルターをかけたように、急にひっそりとかげって見える。胸の中にはどうしたことか物哀しさだけがあった。恋が始まろうとする時の、あのひたひたと押し寄せる悲しさ、鼻の奥に淡い樟脳《しようのう》の香りに似た郷愁を呼ぶにおいがたちこめ、|顳※[#「需」+「頁」]《こめかみ》のあたりは期待と不安の入り混った霧が漂っているのだった。私は、無造作に投げ出された、砂の上の亮の日焼けした手を眺めながら、もう一度声にだして言った。 「私も。……あなたが好き」  その骨張った手の上の薄い皮膚はいかにも美しく、それでいて労働者のように力強く見えた。その手は亮自身とよく似ていた。  ゆっくりと過ぎていく時の流れがあった。彼の眠たげな手のずっと先に、真夏の海が残酷な青さをたたえて横たわり、私たちはもう一言も口をきかずに、まるで二つの死体のようにいつまでもじっと横たわっていた。緊張に堪えながら、息たえだえに——。  その夜、夕食のずっと後で、ひどく疲れていたのに誰も眠れずにいた時、亮が散歩でもしようかと言った。雄一郎と私の両方に声をかけたのだが、眼はまっすぐ私の瞳《ひとみ》の中を覗《のぞ》きこんでいた。昼からずっと読み続けていたフォーサイスのスパイ小説から眼を上げて、雄一郎は私と亮の視線が一瞬ではあったが絡むのを、見逃がさなかったのに違いない。なぜならその後すぐに私が「一緒に行かない?」と誘った時、彼は「僕は止《よ》しとくよ」と言って、さりげなく本の上に視線を戻したのだが、その横顔は硬張《こわば》ってわずかに蒼ざめていたし、止しとくよ、と言った調子が、あまりにもさりげなさすぎたから。  私はあの瞬間の雄一郎の眼の色を、生涯忘れることはできないだろう。彼は亮と私の一瞬の眼くばせで、全てを察したのだ。——私たちでさえまだ定かでなかった何かを。そして雄一郎の瞳の底に、私は更に了承の色を、許しを認めたと勝手に思った。  漆黒の動物のように蜒《うね》る夜の海。潮風はその海が吐きだす香《かぐわ》しい溜息だ。私たちの宿命——私たちが共通に愛するひとりの男、雄一郎を裏切ることなしには実らせることのできない恋を思って、亮と私は長いこと声もなく立ち尽していた。  波打ち際に夥《おびただ》しい夜光虫が砂金のように輝き、レースのような優しい波に手をつけると、私の手の甲や指先が銀色の粉をふいたように、幻想的に輝きだすのだった。その指で私は、潮風に乱れた髪を梳《す》き上げ、とめどもなく流れる涙——たくさんの理由によって、それは私の眼の中に溢《あふ》れだしたのだが——を、拭った。すると傍《そば》で亮が息をのみ、感情を抑えるあまり震える声で囁いた。 「きみは天使みたいだ。きらきら光って妖精のようだ」  私は夜光虫で輝いている両手を眺め、自分でも信じられないくらい優しい仕種でそっと亮の頬に触れた。するとそこがぼうっと微かに光った。  彼の手がふいに伸び、私は日向《ひなた》のにおいのする胸に抱き寄せられ、苦悩に満ちただが星のような二つの瞳がゆっくりと私の上に降りてくるのを見ていた。温い乾いた唇が、私の口に重なり、二つの胸の鼓動がひとつになって、お互いの肉体の空胴に共鳴した。それから私たちは少し震えながら離れた。亮の頬や唇の上に星を砕いたような銀粉が残った。 「あなたも今夜、天使になった」と私は掠《かす》れた声で言った。喉に熱い塊がこみあげ、私は何時《いつ》しか啜《すす》り泣いていた。宿に独り残った雄一郎を思って、亮のせいで、接吻《せつぷん》のせいで、そしておそらくは世にも美しいこの海辺の夜のせいで、声もなく泣いた。  その後、雄一郎と亮の間に何らかの話し合いが行なわれたかどうか、私は知らない。  休暇の最後の夕方、雄一郎と私は二人だけで海岸を歩いた。私は薬指から小さなダイヤモンドの指輪を外して、彼に返した。  それはなんと憂鬱《ゆううつ》な一時だったろう。私は新しい恋のことで精一杯だった。惨めなことに、それを雄一郎の眼に隠すことすらできなかった。 「それでいいんだよ」と雄一郎が言った。手に今では不用となった指輪を固く握りしめて。 「もし君が悲しいふりなんかしたら、僕はずっと苦しむよ」  その時不意に雲が切れて、その鋭い亀裂の中から金色の光が海面を貫いた。すると、それまで蒼紫に静まっていた海が、水平線の彼方《かなた》から津波のように金色に染まり始めた。その日没の海に向けて、何を思ったか雄一郎は手の中の指輪を力一杯放り投げた。そして振り向いて誰にともなく言った。——ひとつの終りと、別のひとつの始まりだ。     *  あの指輪は、今でもあの海底にひっそりと沈んでいるのだろうか。あれから四年がたった。私たちは二度と二人で会うことはなかった。男同士のつきあいは続いたらしかったが、やがて雄一郎は大阪支社に移って行った。自ら希望したものか、偶然かわからない。  ソニービルの地下から再び夜の街に昇っていきながら、私は自分にかかってきた電話のことを考える。果たして雄一郎だろうか。由美子の可能性の方が実は多かった。今夜のCF撮影スタッフに彼女は入っていたから、おそらく指定しておいた小道具の何かが手に入らないとか、そんな用件なのだろう。私は地上に出ると彼女に連絡をとるために公衆電話を探した。だが、もし由美子なら、必ず伝言を残しはしないか? それに吉見は長沢さんというひと、と言った。彼女のことならCプロの長沢さん、とたいていそう言うし、大助も伝言のメモにその旨書くはずだった。では、やはり雄一郎なのだ。彼であることにもはや疑いの余地はない。あの日以来彼から電話が入ることは、一度もなかった。  こちらからは数回、電話をしたような記憶がある。ただ少し話をしただけだが、そしてどんな事を話したのかもうまるで覚えていないが、私だけが一方的に語り続けたことだけは思い出せる。そうだ、こんな会話があったっけ。 「私のこと怒っている? 恨んでいる?」  受話器の中の雄一郎はひどく寡黙だった。 「そんなこと、ないよ」と彼は短く答えた。あの時私は彼が怒っているさ、もちろん恨んでいるにきまっているだろう、と厳しく言わなかったことに、理不尽にも逆に苛々《いらいら》していたのだった。執着が薄いということは、それだけ愛も浅かったのか、とそんなふうに考えたりした。そのことがあって、私の後めたい気持はいくぶん後退したのではなかったか。だが現在《いま》、亮との辛い別れを体験して、必ずしも執着を示すことが愛の深さにつながりはしないことを、知った。その証拠に私は彼を一人で発《た》たせてしまったではないか。  亮は一緒に来いと言った。来てくれと哀願もしたし、最後には強迫したり暴力をふるって私の仙台行きを説得しようとした。 「なぜなんだ、おまえが東京に残りたい理由は何なんだ」と彼は叫んだ。 「残りたいわけじゃないのよ。一緒に行けないだけなの」と私は彼が激すればその分だけ逆に冷静になって行った。「あなたについて行ってどうするの? キァリアを積んだ仕事を捨ててまで仙台に行って、それで私は何をするの?」 「俺と暮らすだけでは不服なのか?」  そうじゃない。それは私があの時望んでいる答えではなかった。何をするって? 家庭を作るんだよ、結婚をして、それから子供を作るんじゃないか。私はその言葉だけを聞こうと全身耳にして、待った。しかし、彼は一度もそれを口にしなかった。私は絶望して言った。 「私が一日中あなたの帰りだけを待って暮らすなんてこと、できないの知っているでしょう」 「だったら何か仕事を探せばいいさ」 「どんな仕事?」私はわざとゆっくりその言葉を口にした。 「どんな? 探せば何かあるさ」 「何かって?」私はなおも冷静に追及した。 「何かだよ」亮は苛立った。 「どんな仕事があると思うの?」 「いいじゃないか、そんなこと。行ってみなければわからんよ」 「でも、アキラ、行ってしまってからじゃ遅いのよ。この仕事を途中で放り出すならそれなりの仕事なり覚悟がなくっちゃならないの」  亮の顔に冷笑が浮んだ。「そんなに仕事が大事か? この俺のことより仕事の方が大事だと言うんだな?」 「仕事は私を裏切らないからよ」売り言葉に買い言葉。私の神経はささくれ立った。 「俺がいつおまえを裏切った?」亮の怒りも増す。私は力なく首を振った。今はまだよ。でも四年前の夏、親友から婚約者を奪った亮が、再び、何時また他の女と恋に陥らないと誓えるだろうか。私には断定する自信はなかった。その時になって、もし私が誇りを失わずに亮と別れることができるとしたら、それは私に打ちこめる現在の仕事というものがあってこそ、始めて可能なのではないか? 私が仕事を大切に思うのは、結局はあなたのためでもあるんだわ。女にも仕事があるからこそ、愛する自由も、そしてその愛から歩み去る自由も確保されるのだ。 「本当よ、あなたが何時か私と別れたいと思うことがあった時に、私が仕事を続けていてよかったと、きっと思うわ」  その時になって私にすがりつく仕事がなかったら、私は亮の失われてしまった愛に、あるいは憐《あわれ》みや同情にまとわりついて離れないかもしれない。あるいは軽蔑《けいべつ》ですら、他に何もなければ、その軽蔑にさえもすがりつくだろう。自分自身に対して面目を失うくらいなら死んだ方がましだった。 「わかったよ」と彼はとうとう投げだすように言った。「結局おまえも結婚か仕事か、そのせまい選択しか持たない女なんだな」  亮は結婚を拒否する男の一人だった。区役所の用紙に印鑑を押そうが押すまいが、男と女は愛し続けられるのだし、その愛が壊れるのなら印鑑に関係なく壊れるものは壊れていくのだ。俺は結婚しないことによって生ずる、ある種の緊張感が好きなんだ、と彼は言ったことがある。同じ名字になったとたん、どれだけ多くの男と女が、肉体的にも精神的にもぶくぶくと醜く肥えたるみ、堕落していくことか。そして私はその考えに積極的に同意さえしていたのだ。つい最近まで。亮の会社で仙台のビル建設に本格的に乗り出す計画が具体化して、彼がそちらへ二年間移ることがきまる前までは。  けれども私は仕事、結婚、愛などについて考えを訂正せざるを得なくなった。結論として、亮の言うことは正しかった。私には結婚か仕事か、どちらかしかなかった。そのどちらも放棄して、亮が望むようにただ彼について仙台へ行くことは、とうてい考えられなかった。彼が結婚を、決して使用することのない切り札としてしまいこむなら、私は私の切り札、仕事、を前面に押し出すしかない。彼が彼の切り札をテーブルの上に広げないかぎり、私には、結婚か仕事かの選択さえも可能ではないのだ。 「仕事って言うけどねえ、ケイ、おまえ一体どんな立派な仕事をしているつもりだい?」厭な言い方で亮が訊いた。「俺より大事な仕事って何なんだ? たかがテレビコマーシャルじゃないか」  彼が本気でそんな事を言っているとは思わなかったが、私はかっとして言い返した。 「私の仕事が、ビルの設計図を引く仕事に比べて、そう劣るものだとは思わないわ」 「へえ、おっしゃいますねえ。そうかね、コマーシャルがかね、つまり今流行のとんでる女ってわけか? カタカナの職業は目下、注目の的らしいものな」  そうじゃない。と私は心の中で叫んだ。あなたを信じていないのよ、四年前のある日突然、ずかずかと私の心に入りこんできたのと同じように、又何時か、足音をたてて出ていく種類の、あなたは男なのよ。だからどっちにしても結婚自体でさえ、無意味なのだ。私は絶望し、開き直って苦々しく言った。 「じゃいっそあなたが東京に残ることは、考えられないの?」 「そして首になれってことか? 女のために男の一生を棒に振れと?」  私はさんざん彼に言われた事を、今度は逆手に取って皮肉たっぷりに言い返した。 「私を本当に愛しているなら、できるでしょう。なぜ女だけが愛か仕事かの選択に迫られなければいけないの? 私にだって収入があるわ。あなたに仕事がなくとも食べていけるわ」 「それで? それでウーマンリブの演説は終りかい?」亮は圧《お》し殺した声で言った。 「俺は今の仕事が気に入っている。おまえから見れば仙台くんだりまで行って設計図引くなんて莫迦みたいに見えるかも知れないがね、しかしそれが俺の生き甲斐《がい》なんだよ」  そこで私はようやく微笑して言った。 「じゃわかるでしょう、アキラ。たった今あなたが言ったとおり、私も私の仕事に生き甲斐を感じているのよ」  しかしその時点で私はまだ、その自分の言葉に確信は抱いていなかった。心は空《うつ》ろだった。そして亮は一人で発って行った。  彼のいない生活が二か月続いたのに、今でもまだそれに馴《な》れることができなくて、今夜のように空白の時間ができると、私はたちまち孤独感に呑《の》みこまれ、寂しさをもてあましてしまうのだ。日常の忙しさ、機械的な仕種などが、所かまわず泣き喚《わめ》きたくなる衝動を、辛うじて抑えていた。  時計を見ると、まだ六時半だった。八時までには時間がある。一人でいると、気持が内側へばかりめくれこんでいく。会社に電話して、まだ誰かいたら呼びだして一緒に食事でもしようと、ダイヤルを回した。池大助《いけだいすけ》がNプロから戻っていた。 「めし、喰《く》っちまったよ」と彼は言って「長沢ってひとから連絡あったぞ、ケイ。電話くれって」大助が教えてくれたのは、新橋のホテルの番号だった。雄一郎は上京しているのだ。     *  雄一郎が、やあ、と言って笑った時、やっと私の中の激しい緊張が解けるのを感じた。その瞳の底の飄々《ひようひよう》とした暗さは、しかし私が最後に見た時のものと同じだった。彼の傷は、未だに癒《い》えていないのだ。私はもうあまり思い出すことさえないのに。  ホテルの中にある喫茶室で、元気そうだね、と彼が言い、あなたも、と私が答え、お互いの近況のことをひとつふたつ尋ねあうと、もう私たちには話すことがなくなった。  テーブルの上の冷めてしまったコーヒーの表面に、薄い皺《しわ》を作っているクリームの膜に眼をあてながら、私にとって雄一郎はもう完全に過去の男なのを改めて確信していた。淡いベージュのスーツの下のネクタイは非の打ちどころがないくらい、ぴったりだった。その上に刺してある真珠のピンは、しかし私の好みではない。同様に袖《そで》口から覗いているカフスボタンにも真珠がはめこまれ、爪の手入れがゆきとどき、胸のポケットには、ネクタイの柄から一色とったハンカチーフが、無造作に見えるように実は細心の注意を払って飾られている。亮のいつもどこかの爪が汚れている労働者のような手を、私はしきりと懐しく思い浮かべていた。かつて自分が雄一郎を愛したことが、今では信じられない。 「岩井から、連絡は?」とうとう、私たちの共通の話題、おそらくは今夜の会見の本当の目的である亮のことが、切りだされた。 「いいえ」急に用心深くなって私は固い声で答えた。できることなら亮のことは、話したくなかった。頑《かたく》なに瞼《まぶた》を伏せている私を見ると、雄一郎はスーツの内側から白い手紙のようなものを取りだして、私の前に置いた。「彼からだよ」私がそれにチラリと眼をあてて黙っていると「読んでいいよ」と、彼は重ねて優しく言った。 「でも私|宛《あて》じゃないから」と私は口ごもった。 「うん。でも君に関係があるんだ。できたら読んで欲しいんだけど」 「悪いけど、私、読みたくない」消えてしまいたい、とだしぬけに思い、私はガラス窓の夜景に顔を背けた。亮の手紙。亮の文字、彼の言葉。亮。あなたが今、来いと言えば、今夜なら私はとんで行くわ。 「じゃ僕が読もうか?」雄一郎はあくまで手紙にこだわる。 「聞きたくないの」 「でも僕たち三人に重要な係《かか》わりがあるんだ。それでは内容だけ簡単に説明するから、それなら聞くね?」  私はいいとも悪いとも言わなかった。私に係わりがあってそんなに大事なことなら、亮は雄一郎でなく私に手紙を書いてくるはずだった。それくらいの信頼関係はまだ残っている。だから目の前の手紙はあくまでも雄一郎宛の私信のはずだ。知りたくもない他人の秘密を無理矢理に知らされるような、粘ついた不快感が私を包む。私の思惑にはかまわず雄一郎が喋《しやべ》りだす。 「岩井は手紙の中で、君を僕に返すと言っているんだ。言い遅れたけど、僕は九月から東京本社に戻ることになっている」 「何ですって?」私は愕然《がくぜん》として声を上げた。 「言い方がまずかったかな。話せば長くなるけど、君の心が岩井に移り、君たちの恋愛が始まった時、僕たちはある話し合いをしたんだ」私はじりじりとして待った。 「僕は身を引いた。君の心が僕を去り、君たちの恋が真剣なら、もはや何人と言えどもそれを止めることはできないと考えたからだよ。しかし、他の男だったら、僕は決して君を手離しはしなかった。たとえ、君を殺してでも」  私は不快感のために吐き気さえ覚え、耳を手で被《おお》いたかった。 「男の友情ってそんなものさ。僕は岩井に君を譲った。僕はね、彼の為になら死ねるんだ。多分彼も僕に対して同じだろうと思う」 「死ぬとか殺すとか、私あなたの話とても厭だわ」私は率直に言った。「何なの、その私をあなたに返すって?」 「それを説明しようとしていたところさ」  雄一郎は喉に啖《たん》が絡んだような声で言った。 「もし岩井が君と別れるようなことになったら、君を僕に返して欲しい、と、言ったんだ。岩井は約束した。そして、それを守って、この手紙をくれたんだよ」  亮が本当にそんなことを書いたなんて私にはとうてい信じられなかった。彼はそういう種類の人間じゃない。だが、男の友情の世界のことだと言われれば、私には想像の余地もない。 「あなたの話を聞いていると、私の意志は関係ないみたいね?」と私は冷たく言った。 「君の意志?」 「そう。私がそのことをどう思うかってこと」 「だから、その答えを聞くために、こうしてわざわざ上京したんじゃないか」逆に驚いたように、雄一郎が言った。私に意志など始めからない、とでも信じているかのように。 「そのこと自体、もう私には理解出来ないわ。上京するまでもないでしょ。冗談じゃないわ。私、物じゃないし、感情もあるし、誰を愛し誰を愛さないか自分でちゃんと知ってるわ。あなたの言うこと、すごく変よ。誤解のないようこの際はっきり言っておきますけど、私、あなたの所に戻る意志なんて、全然ないわ」  雄一郎はとても信じられないというように一瞬ぽかんとして私を見た。 「だって僕はずっと君を愛し続けてきたんだよ」 「でも、そんなこと、あなたの問題で、私のじゃないわ」私は冷やかに言った。 「今すぐには駄目かもしれないけど、考えてみてくれないか。亮とのことは、そう簡単に忘れられないのはわかるよ。  だからせめて、僕に何か力になれることがあれば、そのあたりから僕たちはもう一度やり直せるんじゃないだろうか、と思ったんだ」 「気持はとてもうれしいけど」と私は言った。「私の力になれるとしたら、それは私自身だけだと思うの」  私の声の断固とした調子に気づいて、その時初めて、夢からさめたように、雄一郎の顔の上から思いつめた表情が急激に引いていった。彼は低い、だが誠実な声で、言い足した。 「君が望まないかぎり、何も押しつけるつもりはないよ。ただ、僕の気持は変らない。このことは忘れないでくれないか」  私はありがとう、忘れないわ、と言って、それからかなり唐突に、失礼します、と雄一郎から歩み去った。胸に残ったのは雄一郎にではなく、あの手紙を書いた亮に対する激しい憤《いきどお》りだった。     *  十分ばかり遅れたことを内心|呪《のろ》いながらスタジオに入ると、長沢由美子がモデルの化粧の仕上げをしているところだった。私は、鏡のセットの上に広げてある自分の創ったストーリー・コンテを取り上げて、傍の大助に素早く言った。 「ちょっとセットがうるさくない? その花取っちゃって。それからカメラの位置、もっと寄せた方がいいわ」  その時ケイちゃん、電話だよ、と誰かがスタジオの隅から叫んだ。所狭しと並んでいる小道具を縫うようにして電話のあるところまで行った。 「よお、元気か? あいかわらず仕事ひとすじなんだな、ケイは」もしもしとも言わずに、いきなり亮の声がとびこんできた。 「酔ってるのね」 「ああ、酔っている。俺は酔っているさ。なぜだかわかるか?」 「わかるわ」 「じゃ言ってみろよ。なぜだ?」 「寂しいのね」 「その通り。寂しくて寂しくて、それで酒で紛《まぎ》らす」 「紛れるの?」 「いや、だから益々飲む。連日二日酔だ」 「…………」 「ケイ」亮の声が変わる。「俺と、結婚してくれ」 「…………」 「聞こえたのか、ケイ? すぐ来てくれないか、来て俺の女房になってくれ」  ふいに涙が零《こぼ》れる。 「どうしたの、アキラ。お酒で気が弱くなっちゃったの? 駄目じゃないの、信念まで変えちゃ」 「俺がまちがっていた。別れて初めてわかったよ。二か月、それでも歯を喰いしばって堪えたけど、やっぱり俺にはおまえが必要なんだ」 「……アキラ、私、やっぱり行かないわ」 「じゃ俺が行く。仕事なんて放り出して、俺が帰る。それならいいか? 俺を迎えてくれるな?」 「莫迦《ばか》ね、あなたには仕事が止められるわけがないじゃない」 「おまえのためなら止められる。俺は止めてみせる」  酔がさめれば、亮は自分の言ったことすら、覚えてはいないだろう。 「そっちに行って、結婚するよ」  何かが、私の中で軋んだ。 「でもあなた、雄一郎に手紙書いたこと忘れたの?」 「手紙?」 「私をあのひとに返すって、書いたでしょ? 私逢ったのよ」  亮の声が凍りついた。 「それで? おまえ何て言った!!」 「オーケイしたわ」自分でもぞっとするくらい冷やかな声で私は言った。 「寂しかったし、気弱くなってたから。私」  亮が突然叩きつけるようにして電話を切った。私はゆっくりと受話器を置いた。今度こそ、終りだ。あなたたちが私をまるで物をやり取りするように扱うからよ。  セットにはスタッフがすっかりそろっていた。 「鏡の角度、もう少し上に向けて」と私は言いながらモデルに仕種の念を押す。「鏡の上に口紅で I Love You って書く所ね、そのあと、さっと乱暴に線を引いて消すわね、そこのとこ一気に強くね」  モデルが画用紙の上で仕種《しぐさ》を練習する。遠く仙台のどこかのバーで飲んでいる亮の姿が、意識から遠ざかる。 「手にもっと表情を表わしてちょうだい。それにはあなた自身の心で悲しみや怒りを感じなければだめよ——さあ、テストいきましょう」  カメラが回り出し、モデルが手にした口紅で鏡の上に文字を書き、それを一気に消す。 「消す時に、手にもっと憤りや絶望みたいな感じ、こめられる?」再び回るカメラ。テスト。そしてようやく本番。OK。 「では次、エンディングいきまあす!」と叫ぶ大助。  特大のスポイトから鏡の上に水滴が落されそれを捉《とら》えるカメラの眼に、水滴はひとしずく女の涙となって、鏡の上の赤い文字の上を、ゆっくりすじをひいて流れ落ちていく。     * 「お疲れさま」とあちこちで声が上り、仕事が終った。 「この口紅の�涙シリーズ�評判いいよ。今度のも受けると思うな」  吉見が私の背中に呼びかける。 「うん、だといいわね」  私は、自分の部屋を、ちらと頭に浮べながら、そう言った。あの静けさ、もはや何ごとも私を乱すことのない、あの単調な流れに、私はいずれ慣れることができるだろうか。  スタジオの灯が次々と消されていき、あれほど色彩と光と、活気に溢れていた空間が、今、暗闇に呑まれようとしている。私は踵を返すと、今日最後の打ち合わせのために、スタジオの外へ歩み出ていった。  二十四歳の憂鬱《ゆううつ》  今でこそ、自立をめざすキャリアウーマンにとって、二十四歳はほんのスタートライン、まして二十四歳で結婚するなんて非常に格好悪い、同じ志を抱く同胞に対して後めたいし、第一、一種の敗北感さえ覚えるのではないだろうか。  私が二十四歳の時、その年齢で結婚できないことが逆に後めたく敗北感に塗《まみ》れることであった。二十四歳は適齢期ぎりぎり、最後方に聳《そび》える厳然とした結婚ラインであった。まして女の生き方を表現してくれる便利な言葉——自立、解放、キャリアウーマン、結婚しない女、ウーマンリブ、女の重役などなど——もなかった頃だ。あってもせいぜい「共稼ぎ」くらいのもの。しかも共稼ぎをしなければ成り立たないような結婚は、新妻の虚栄心を著しく傷つけた時代の話である。  さて、当時私自身には三つの壁があった。つまり、適齢期の壁、仕事の壁、恋愛の壁である。それらはたいへんな障害あるいは重荷となって弱冠二十四歳の双肩に襲いかかった。  適齢期というのは、これはもう自分自身でどう努力しようと、どうあがこうと、どうにもしようのないもので、周囲の眼がそれこそ突き刺すように急きたてる。道で出会えば挨拶がわりに「あなたも、もうそろそろね」と言われる。ねというのは言葉尻に優しく添えられるねではなく叱咤激励のね、強調のね、強迫のね、さもなければ「売れ残りますよ」を言外に含めての嫌味のねなのである。  余計なお世話だと思うが、当時はそういう時代であって、隣近所、町内区内、都内、日本全国一体となって適齢期の娘の嫁入り先を心配してくれた、良き古き時代でもあった訳だ。  それに家という存在。つまり両親の家。両親が創造した家庭の中の、たとえ大きく踏《ふ》み外し落ちこぼれた一員といえども、一員であることに変りはなく、しかも長女という位置にあってみれば後に続く血を分けた弟妹のためにも、トコロテン式に押されて出ていくのがルールであり秩序であるのだが、このトコロテン、便秘をしたごとく詰まって押そうが突こうが出ていかない。「どうするつもりなんでしょうね」と、困惑した両親が悲嘆にくれて漏らすねは絶望のねであった。  どうするもこうするもない、出て行こうにもさしあたって嫁ぐ相手がいないのだから、二十四歳適齢期の私としてはひたすら項垂《うなだ》れ恐縮して、トコロテンの竹筒の先端にへばりついているより他に仕様がないのだった。  次に仕事の壁。  私は上野の東京芸術大学の、音楽学部器楽科というところを、これもトコロテン式に嫌々ながらも押し出されて卒業すると、考えるところあって十七年間それのみに執着してきたヴァイオリンで生計をたてるという生き方を否定し、一年半ほど、音楽とは何ら関係のないあるボランティア活動に身を投じながら、果《はた》して自分は何をなすべきであるか、と探索しつつ煩々悶々《はんはんもんもん》の日々を過ごした。日々は週に、週は月に、月は年に変わったが、音楽が全てであった私からそれを取り上げたら、残るものはなにもない。まったくの無。ただ自分という身長一六二センチ、体重五十一キロ(当時)、容姿まあ十人並み(当時)の、ありのままの私自身がすべてなのだ。その自分をボランティアの中へ投じながら、大義名分の陰に隠れつつ、一体これは真に私の望む生き方であるのか、違うのではないか、と憔悴《しようすい》し消耗しきった辛い毎日。これは逃避だ、良《い》い年をした若い者が、自分の口に入れるパン代も稼げないで何がボランティアだ、自立の(当時そういう言葉を使ったかどうか確かでないが)第一歩は、経済的に一人立ちすることなのだと、たいそう遅|蒔《ま》きながら、脂汗冷汗を流しつづけた一年半の無料奉仕に終止符を打った。  それでは、私は何をすべきなのか、と、無料奉仕の職さえ失ってから呆然《ぼうぜん》とした。手に職のない女が(ヴァイオリンを奏《ひ》く以外には、ソロバンもタイプもできなかった)、しかも二十三歳という半端な年齢での就職が果して可能なのであろうか。  働きたい。是非とも働かなければならない。それもクリエイティブな仕事でなければ、やりたくはなかった。  不思議なもので、そう心が激しく要求すると、仕事が、それこそ天から降ってきたのである。私は人の紹介で、ある広告代理店のテレビコマーシャル制作にたずさわることになる。主としてコマーシャルフィルムのストーリーを作る仕事だ。これにはある程度の絵の素質と文章力、それに音楽の知識が要求される。で、私に正に打ってつけだった(と当時は思った)。絵は子供の頃、長谷川町子《はせがわまちこ》さんに弟子入りするんだと、さんざん両親を困惑させたくらいだったから、ある程度の素養らしきものはある。文章力——まあ一応なんとか。その昔、やはり子供時代に、将来マンガ家か小説家になるんだと、心に固く決意を抱いたではないか、たとえそれが子供の儚《はかな》い夢でも、コマーシャルの文句ぐらいどうってことない、と無理矢理に自分を納得させる。肝心の音楽は、クラシック畑の出身なのでCF界にどう役に立つものやら大いに不安ではあったが、とにかく希望に燃えて自立の道、プロの道、(何しろそれでお金をもらうのだからプロである)へと飛びこんでいった。  その頃はまだTVコマーシャルは新分野で、それにたずさわる女性制作者も非常に少なかった。で、当然の成り行きで、過保護。大事にされ可愛がられる、ということは、しかし仕事面ではマイナスなのだ。深夜の勤務は女だからということで労働基準に反するから、とやらせてもらえない。ところが今でこそビデオが常識だけど当時は生放送も多かった。十時、十一時の生コマーシャルに担当の人間が出られないのでは話にならない。ロケーションや撮影も、適当にお茶をにごされる。冬山の撮影? むろんだめ。ヨット? それもだめだめ、君、嫁入り前の若い女性に、もしものことがあったら、責任はこっちだよ。それもだめ、これもだめ、全部だめで、もっぱら机上のアイディアで勝負することになる。私の絵コンテは、だが次々とボツになる。  ——うーん、アイディアや着想は抜群だけど、スポンサーがねえ、予算がねえ、と唸《うな》り、ポンと背中を叩かれる。「ま、諦《あきら》めないで、ガンバロウね」と、これはちょっと激励のねに聞こえるが、実際にはアキラメヨウねのねである。だがアキラメないぞ。どこかに出口があるはずだ。いいものはいい、とちゃんとわかってくれるところが……。  CF(コマーシヤルフイルム)コンテ・コンクールに応募してみた。これが入選して給料の三倍の賞金をもらったりする。やればできるし、出るところに出れば認められるのだ、という自信だけはついた。  が、実際には相変わらず私のコンテはボツに次ぐボツ。そのたびに肩をポン、「ガンバロウね」のね。 「プロ」とは何だろう、としきりに考え始める。コンクールでいくら認められ評価されても、それは机上の案で、現実に何の役にもたたないのでは、プロとは言えないではないか、と、スランプに陥る。 「プロってのはさ、仕事が早いこと、それにつきるね」といってくれるデザイナーがいたが、いくら早くたってその仕事が実用にならなければ、話にもならない。  とりあえず、プロの目標を大幅にずり下げて、与えられたテーマの仕事を、とにかくボツにしない、ということに置くことにした。当然のように妥協がある。コンテの上に媚《こび》がある。制作費の計算も頭のすみでしなければならない。営業担当とのうんざりするようなつきあいも生じる。こうして少しずつ私のアイディアが採用され始めた。しかしあきらかに質は落ちた(と思った)。夢は、砕けた。そして嗚呼《ああ》、二十四歳。  事務関係の女の子は結婚へ職場を変えるために去っていく。私もこのあたりで仕事か結婚かの選択をしなければならないのだろうか? 幸か不幸か、誰も私に結婚か仕事かの選択を迫らない。是が非でも嫁に来てくれという男性がいないのだから、嫌でも仕事にへばりついて生きざるを得ない(トコロテンの竹筒の先端やら、仕事やら、へばりつくことがやたらに多かった)。  同時に入った男子の給料や地位は確実に上っていくらしいのに、私のほうはそのようなことは、ない。これは確実だった。仕事の壁に突き当たるし、差別はあるし、同僚が私のためを思うあまり言う忠告も骨身に滲《し》みる。——「さっさと嫁にいけよね」これは突き放しのねである。  恋愛の壁。  二十四歳、適齢期、そして売れ残り。身長一六二センチ、体重五十一キロ、まあまあ十人並みの私にも、人並みに男性《ひと》を好きになり、時には男性《ひと》からも好かれたりすることはあったわけで、学生時代の終りにかけがえのない片われ、神がその昔半分に裂いて別々にしてしまった私の半身との運命的な出逢いがあった。愛しあい、そしてたいていの運命的大恋愛がそうであるように、私たちの愛にもやがてヒビが入りはじめ、みるみる拡がり、それはもう繕《つくろ》うことができなくなると、一気に壊れた。別離は二十三歳の秋。ジョン・F・ケネディーがダラスで兇弾《きようだん》に倒れた日と同じ日に、宣告された。手に職もなく親に養われつつ、ボランティア活動に身を置いていた失意の日々に、更に新たな絶望が加わることになる。 「俺たち、しばらくの間だけ別れてみようよ、大丈夫だ、きっとうまくいくよ」  彼はそう言って二年間の関係に区切りをつけたようなつけないような、ひどく曖昧《あいまい》な言葉を残して、去って行った。希望のねも、約束のねも、かといって絶望のねもつけないで。  でも、ねという語尾に急《せ》きたてられつつ過ごした青春の終りの日々には、このねなしの別れの言葉は哀しく辛く胸をえぐった。  自分の運命に定められた半身に出逢い、そして別れたのだから、もう生涯私には人を愛することはないだろうと確信しつつ迎えた二十四歳。適齢期最後の厳しい壁。仕事の壁も厚く、自らをもてあまし肉体の内部のあらゆる神経をケイレンさせつつ矢のように過ぎ去る時間。そのぎりぎりのせとぎわで、私は一人の異邦人とめぐりあう。その彼が言った。 「きみこそ、ボクが世界の果てまで探し求め、ついに発見した運命の半身だよ」  確かに彼の国イギリスから見れば日本は地の果てである。ところが私には、人種も育ちも外見もあまりに違うその英国人の青年が、自分の片われ、運命の人だとはどうしても思えない。 「あなたは私の失われた半身であるはずはない」と口にこそ出さないがそう胸の内に呟《つぶや》きつつも、彼のなんという優しさ、そしてなんという献身。 「ボクたち、結婚しようね」と、救済のね、決定のね、結論のね、二十四歳ぎりぎりセーフのね。  かくして挫折《ざせつ》に次ぐ挫折の終りに飛びこんだ結婚。あばたはあばた、えくぼはえくぼとちゃんと認めてのゴールインだから、途方もない期待もないかわりに大きな失望もない。多少の波乱は人並みにあったが、今までのところ、離婚しようねと、失敗のねを実行することなく続いている。もしかしたらあちらは、理想の半身だなどと血迷っていたくらいだから、こんなはずではなかったと、臍《ほぞ》を噛《か》んでいることは大いにありえる訳で、結婚十二年目にして小説を書き始めた妻なんていうのは、その最たる裏目かもしれない。小説を書く女の夫というのは、そういう立場になってみなければ本当のところはわからないが、もうかなりしんどいのではないか、と思う。  かくして私の二十四歳は、ね、ね、ねッね! と、いろいろなねに翻弄《ほんろう》されつつ過ぎてしまった。  もし今、もう一度二十四歳からやり直せるとしたら、とにもかくにも、まず、このねによって急き立てられることだけは、ごめんこうむりたいものだ。  それにしても、今と十四年前と、どれだけ世の中が変わったのか、と考えてみる。多分、適齢期が二年位は延長されたかもしれない。それにごく一部のカタカナ名の職業をもつ女たちが華々しくマスコミに登場したこと。その彼女たちが痛々しいほど孤軍奮闘している。まるで全ての働く女のあらゆる重荷を背負いこんだみたいに。その彼女らにしても、企業にがっしりと食《く》い込んでいるわけでは決してない。失業保険もなければ社会保障もない。全ては自分たちの肉体の労働と健康さにたよっているという現状。  そして若い男たちはどうかというと、暇をもてあました母親たちによって超過保護に育てられた年代だから、何も出来ない。表参道をペアルックで背負いカゴに赤んぼうを入れて連れ歩く若い父親を見かけはするが、あれは流行の一種であって、趣味、ファッションの域を出ない。日本の社会を動かす真の力は旧態然とした男たちが握っているかぎり、若い男たちは兵隊であり働きアリであることに今も昔も変わりはない。働きアリは家に帰りつくと横の物をタテにもしない腑《ふ》抜け男に変身してしまう。従って女の役割は変わらないし、女の負担は減少するどころか増えてさえいる。  こんなことではいけないと思う女たちだけが、ではそんな社会、そんな男ごめんこうむりますと、独身を宣言する。女が真に男と肩を並べて仕事をするためには、独身で通すしかしようのない世の中。子供は結婚しなくとも産もうと思えば女には産める。産めばなんとか育つ。子供より手のかかるのは夫。働く女のほんとうの足手まといは子供たちではなく、家事万端に無能な夫たちなのだ、という新たな認識。そんなもの、いらない、いらないよね、ねッね!  かく言う私は、もとより二十四歳からやり直しができようはずもなく、現在夫一人、娘三人、コリー犬一匹と、なんとか共存しつつ、中山千夏《なかやまちなつ》って偉いんだな、国会議員の半数は女性であるべきだなんて、しごく当り前のことを今まで誰も気づかなかったし誰も口に出して言わなかったもの、その視点に期待が持てるんじゃないだろうか、と、次の時代の女性に希望をたくし、現在の自分がしたいこと、そしてできる唯一のこと、つまり小説を書くことに全精力を注ぎこむ以外に、なにもないのである。  微笑《わら》う  例えば、クラーク・ゲーブルのように微笑《わら》う男。ジョルジュ・ブラッサンスのような声で詩を読みかつ唄《うた》う男。J・F・ケネディのように政治をする男。アラン・コーレンのようなユーモアを持つ作家。チャーリー・ブラウンのような子供を描けるシュルツのようなマンガ家etc、etc。そういう男たちが、日本にはいない。従って日本の女たちは、そのような微笑、詩、唄、政治、ユーモア、文学、マンガなどに触れる機会がきわめて少ない。識《し》らなければそれはそれで幸せかもしれないが、既にその不在に気がついている女も、実は非常にたくさんいる。諦める女もいる。諦めきれない女たちは、日本の男に見切りをつけ、それを持っている異国の男へと走る。或いは、それを持てる彼の国に住むかもしれない。  日本の男に見切りをつけきれず、かといって諦めきれないでいる大多数の女たちはどうするか、ということがここでは問題になってくる。  私は、怒ったらいいと思う。大いに憤ればいいのだ。怒りや憤りは往々にして誤った観念からの解放者になり得るからだ。男たちがそういうふうでないから、私たちは、ダイアン・キートンやココ・シャネルや、ローレン・バコール(ちょっと支離滅裂だけど、好みの問題だから許してください)のようには決してなれないのだ、と。男たちがいくら待っても一人前の男として乳離れしないから、私たちは何時までも母親役から解放されないのだ、と。  クラーク・ゲーブルのように微笑《わら》うとは、どういうことなのか。そのわらいが、温く、シニカルであるような微笑。その底を流れるのは、優しさだ。男が優しいためには、強くなければならないと、チャンドラーも言っている。強いがまた傷つきやすい感性。  もしゲーブルを知らない若い人がいたら、例えばあなたのお父様の微笑、或いは理想とする父親像が浮かべるであろう微笑(苦笑、寛容、愛情、失意、悲哀そして太古の森や雨や沼などがその底にひっそりと息づいているような微笑)。それに一滴、皮肉《シニカル》のエッセンスを落して滲《にじ》ませたような微笑。  ジョルジュ・ブラッサンスの声については、これはもう彼のシャンソンを聴いてもらうしかない。あの父性的な声。海を宿した声——うねり、怒濤《どとう》、遠い海鳴り——。大人の男の声。そういう声で話しかけられたら、女たちだってもはやテレビのコマーシャルみたいな声で返答しなくなるだろう。  日本の政治家たちに、ケネディの若々しい政治を期待するのは絶対に無理なのはわかっているが、せめて一人でも彼の爪の垢《あか》を煎《せん》じて飲んだ政治家でもいれば、女たちの熱い視線が政治に注がれることは確かなのだ。少しでも知的であろうとしたら、現実の政治に背をむけざるを得ないというのは、あまりにも情けない。  無いものねだりはこの辺で止めておこう。苛々して胃が痛くなる。どうやら日本の男に欠けているものが見えてきた。  真の意味での男らしさ。大人の男。一人立ちした男。つまりちゃんと自立した男のこと。  あるパーティーで在日外人新聞記者が語った言葉。 「日本には、二つの民族が同居しているね」と彼は言った。「つまり男族と女族さ」 「そんなこと、フランスでもイギリスでも同じじゃあないの」 「ボクの言う意味は、違うんだな」と言って外人記者が話したのは、こういうことだった。  日本人の男と女は、まるで異民族同士のように、彼らの目に映るらしいこと。これは、かの記者だけでなく、その時、周囲に居合わせた各国のジャーナリストや商社マン、外交官などが、異口同音に「そうだ、そうだ」と言ったことからも、かなり知れ渡った話らしい。  日本の男と女では、姿形も、骨格も表情も、センスも、感性も、およそ同一国人種とは、見えないらしい。女たちはセンスも良く、スタイルもなかなかいい。会話も陽気で機智に富んでいる。大体、国際的なレベルに達している。それに比べると日本人男性は、一様に子供っぽく見える。服装は野暮で、姿勢も悪い。表情も身振りも、会話もぜんぜん垢抜けない。たまに自分では相当抜けたつもりの男たちもいるが、彼らは例外なく病的にナルシシストだ。おしなべて何故か日本の男性は、エキセントリックで、ナルシシストの傾向が異様に強い。それが子供じみて滑稽《こつけい》に見えるらしい。エキセントリックなことも、ナルシシスト的傾向も、幼児社会学で言えば、三歳児の「ねたみ」「模倣《もほう》」「見せびらかし」の残滓だ。  日本の女たちは美しいが、男たちはぜんぜん美しくはないのだそうだ。  女たちのことを誉められたのだから、同じ日本人としてはうれしかったが、同国人の男たちのことをそうまで言われると、喜んでばかりもいられない。どういうことなのか、じっくり考えてみた。  思うに、結論から言うと、女は自立しており、男は未だ一人立ちしていない、ということではないだろうか。  女は、子供の時から、厳しく礼儀作法、言葉遣いなどを躾《しつ》けられてきた。(躾けられなかった女もいるらしいが、ここでは女としては除外)  男はというと、「男の子は、いいのよ」と大目に見られ、気の毒なことに躾の外に置かれてしまった。勉強さえしてくれればいいのだと、男の子は教科書以外の全ての良書を取り上げられ、芸術の香りからも遠ざけられてきた。人間が生きていくために必要な、最低限度の家事さえも、教えられていない。一人立ちなど、できるわけがない。  女たちが洗練され、国際的にも通用する一人前の大人に育つのは、当然の結果なのだ。私たち女は、そのように躾けられてきたし、それに自らすすんで本も読めば、映画も観る。  男のひとたちが教科書や、社会に出れば「成功する方法論」的本や、マンガや裸の雑誌をパラパラやっている時、私たち女は文学書を読んでいると思う。日本だけではなく、世界に視野を拡げたくて、語学も真剣に勉強する。男が日本の社会の中で止むをえず学ばなければならない、方法論やテクニック論のかわりに、人間の生き方の核心に触れてくる書物を読み、またそういう核心に触れる読み方をする。女は、男がマンガ本や戦争映画やポルノやプロレスを観ている間に、最近の映画でいえば、アニー・ホールやジュリアやグッバイ・ガールなどを観る。そして感性に深く刺激を受ける。その結果、物事を考えようとする姿勢をとる。  むろん、もっと浅い見方もする。ヒロインの声や表情、喋《しやべ》り方やドレスの着こなしなどを凝視し、記憶する。そこで話された会話に注目する。その動作《しぐさ》や、話し方を真似てみる。何時のまにか、そういうものが自分の身につき、更に洗練されていく。そんな時、ふと相手役の男は、と見ると、パジャマのまま寝そべって野球やプロレスなど、TVで観戦中。鼻糞《はなくそ》なんぞ、ほじくっている。幻滅する。深く失望して周囲を一生懸命見まわすが、同じような男たちしか見当らない。  仕事が生きがいの男たちは、文学書を読む時間も、女たちと一緒に映画を観る時間も、オペラや室内楽を聴きに行く時間も、単に身だしなみを整える時間も、ないらしいのだ。  私たち女は、男たちが明日の仕事にそなえて、ストレス解消と称するお酒の上でのつきあいや、マージャンなどに、時間やお金を注ぎこんでいるのを識っている。どうせやるなら楽しんでやればいいのに、上役の悪口など言って、あまり楽しんでいるようにも、みえない。  もう日本の男たちは、女たちをあまり映画や音楽会へは連れていきたくないらしいから、私たちは女友だちと連れだって行くし、時には一人だって、どんどん出かけていく。(たまに映画館に来ている男がいると思うと、連れのいない場合、たいがい痴漢ときまっている)  仕事ひとすじにのめりこんでいく男のひとたちが、私たちをさそいだしてくれるのを待っても、無駄なのだ。  彼らはいつまでたっても私たち女を熱い視線で見ようともしないし、女たちに熱い言葉で語りかけそうにも、ない。  もう、女もそれを待たない。  男たちがそうなら、私たちは彼らをそこへ残して、歩きだすだけだ。  そして今、たくさんの女たちが、自分たちの性が、より多くの能力を何時のまにか学んでしまっていることに気づいている。  私たちは、まず仕事ができる。男と同じようにできるし、彼ら以上にできる女も、既に相当いる。男と同等か、あるいは男以下に甘んじなければならないのは、それは彼女たちが男の数倍も余分な労働を強いられているからだ。私たちはむろん、家事もできる。家のことをきりまわし、子供を産み、育て、性を楽しみ、尚かつ仕事をする。その上、映画を観る時間を作りだし、バッハを聴きながらシチューやパテを作る。  休日ともなれば、寝そべって野球しか観ない夫に遠慮しながら、展覧会を回ったり、ジョギングで体を鍛えたり、ヨガ教室や、メンタル・サイエンスの講義を聞く。あるいは単に、本を読む。男は仕事で大変疲れるらしいから、一日中ごろりと横になってTVでも眺めていればよろしい。女だって仕事や家事や育児で疲れるが、一時間も何もしないでいると、刻《とき》が自分の内部を通って過ぎていく、あの音が聴こえてくる。じっとしていられない。  女たちの一部が、女の自立、自立と声高に叫ぶわけがわからない。私たちはもう、とっくにそれを成し終えているのではないだろうか。自立しなければならないのは、むしろ男たちの方なのだ、とは考えられないか?  男の自立のために、私たち女が力を添えてやる、というのなら、話は大分わかりやすい。  例えば、あなたがいなかったら、自分のコーヒーにお砂糖が何杯入るのかもわからないご主人に、まず、「スプーンに〇杯よ」と教え、ついでに砂糖のある場所を知らせることからでも、始めたら?  私たち女にできることが、もともと有能な男の方たちにできないはずはないのだから、そうじだって、料理だって、子育てだって、私たちにやれるものなら、もっと上手にできるかもしれないではないか。女に初めから、そういう能力があったわけではない。教えられ躾けられ、後にはすすんで会得した能力や知識だ。そしてそれは正に、今となっては財産なのだ。それを男にはできないのよ、と頭からきめこんでしまうのは、女の横暴だ。私たちの男たちと、その喜びを分かち合わないでおくのは、女たちよ、ずるい。  男に手を貸してやれるのは、女なのだ。日本の男がみんな伊丹十三《いたみじゆうぞう》さんのように、自立していたら、どんなに良いだろう! 彼は日本の男の中で果して例外なのだろうか。  具体的に男を一人立ちさせる方法が、実際にあるものだろうか? 世の中の男たちはもう、あまり変わりそうもない。期待できそうにない。諦める? クラーク・ゲーブルも、ケネディも? 伊丹十三はやはり、一人しかいないのかしら?  それでは、私たちがこんなに多くの刻《とき》と情熱をかけて生きてきたことが、全く無駄になりはしないか? それは女の生き様《ざま》に、重大なかかわりをもつことなのだから。  そこで女は限りない怒りを覚えるわけだ。いいわ、それなら今の日本の男たちのことは、もう諦めよう。  ただ忘れないで欲しいのは、私たち女に、クラーク・ゲーブルや第二の十三さんのような男を産むことはできるということ。彼らのように私たちの息子を育てることは、できるということ。  だからもし、あなたに息子《むすこ》が生れたら、是非とも、例えば台所へ送りこんで茶碗を洗わせて欲しい。例えば学習塾や、家庭教師のかわりに、質の高い音楽会やバレエの公演や絵の個展などへ、連れていってあげて欲しい。例えば教科書のかわりに芸術の香り高い文学全集の世界へ、案内する勇気を持って欲しい。青白きインテリの卵のかわりに、例えばチャーリー・ブラウンのような、涙とユーモアと笑いのあるナイーブな少年時代を送らせてあげて欲しい。  あなたにできて、ご主人にできないことを、幼い息子たちに躾けて欲しい。ちゃんとしたあいさつや感謝の言葉が言えるだけではなく洗練された会話を楽しむことのできる人間に。  男が嫌なことは、女も又嫌なのだ、とわかる人間に、育てて欲しい。  男の子が台所に入って、妹や母親と同じように、ひととおりのことを学べば、将来大人になった時に、妻がもし自分を捨てて去ったとしても、インスタントラーメンばかり食べ続けて、とうとう栄養失調で死んでしまったなどという馬鹿な話もなくなるだろう。  元々頭脳|明晰《めいせき》で有能なのだから、その上になお、女と同じように何でも一通りできて、更に力もち、完全自立の、そういう男に育ち上った暁には、自信と情熱に満ち溢《あふ》れた政治家が多数生れるだろうし、男らしさに余裕があれば、自ずとその人間には質の高いユーモア精神が身につくはずだ。すると全く不思議な現象が起るだろう。男たちは何時のまにか、威厳のある低音で喋りはじめている、という。  私たちの息子たちは、女が男と同じ価値をもつ自由を手に入れることは、実は男を真に解放することなのだ、と識るだろう。  女と同じことができ、更に女より以上にできるかもしれない男らしい男たちは、きっと女を可愛らしいと思い、愛情を込めて労ってくれる余裕をもつだろう。  だが、一人一人の女の力には所詮《しよせん》、限りがある。どんなに頑張っても、どんなに騒いでも、一人では自分の息子を、理想的に育てることはむずかしい。もし、今の教育制度やそれを助長する社会や政治のあり方が変わらなかったら、女の努力は、空しい。私たちに悪しき制度を変更していく意志がなかったら、息子たちは何時までたっても一人立ちなど、できないだろう。女たちのそのような意志が集って、大きな力となって動きださないかぎり、この国は変わらない。男の自立も、夢のまた夢の話に終ってしまう。  私は男を一人立ちさせることが、女の解放につながると書いたが、むろんアンチテーゼも成立する訳だ。どちらかといえば現実は男の方に優しい。その証拠に男の方は絶対に、結婚か仕事かという選択を迫られない。もし女が、その両方をやると言ったら、ほんとうに両方の労働の面だけは、ずっしりとやらされる。一方、夫の方は自分の結婚が上手《うま》くいっていると信じて、妻の犠牲の上に安住している。妻が、それをどう受けとめているのかは、考えもしない。日本の男にとって結婚は永久安全就職なのだ。妻がその結婚で、自分の存在に危機感を抱いていようなどとは、夢にも思わない。女は結婚生活をそれ以上続けていくことに、自分の生き方を合わせることが、どうしてもできなくなってきているのに、ぜんぜん気づこうとしない。再びそこで女たちは自問するのだ。何故、自分たちの性だけが結婚か仕事かという選択を迫られるのか、と。そこで、男が自立していないからだ、という結論が現実の重みを増す。  ここまで書いてきて、私はこのエッセイの中で、あまりにも、「私たち」という言葉の中に逃げ込みすぎたと反省している。自分の個人的な立場をできるだけ隠蔽《いんぺい》しようとした所為《せい》なのだ。そしてそれはフェアでなかったと思う。すでにおわかりのように、私の結婚は国際結婚で、自分で書いた流儀で言えば日本脱出組だ。だが私の夫が英国人であっても、彼はゲーブルのようには微笑わないし、ブラッサンスみたいには唄えない。自分のコーヒーにお砂糖がいくつ入るのかも知らない男のモデルは彼であるし、そういう駄目男に逆戻りさせてしまったのは、なんと、この私自身なのだ。しかも夫は、女は家の中のことさえきちんとやっておれば良い、という封建的な男なのである。私が小説を書いて賞を受けた時の餞《はなむけ》の言葉というのがこうなのだ。曰《いわ》く、 「キミは第一に、ミセス・ブラッキンというぼくの妻であり、第二にぼくの三人の娘たちの母であり、最後にヨーコ・モリであるということを、ゆめゆめ忘れてはならないのだ」と。  十六年前、彼に出逢って結婚した。彼が外国人であることは問題ではなかった。彼の感性が自分に合いさえすれば、相手の国籍など、どこでもかまわなかった。  強いて私が英国人を選んだ理由をあげれば、妻といえども、他人。その心の中に土足で入りこまない、という真の意味での個人主義を尊重する精神だろうと思う。たとえ夫婦でも、識り合えない部分があるということ。その魂の中の自由を確保しあうということ、それが私の性格には何よりも必要だった。  今私は、理想とは程遠い外国人の夫と、一人息子どころか三人もの娘たちに縛られて、家事の合い間をそれこそ縫うようにして、小説を書こうと苦悩している。伊丹十三さんは日本人の例外だが、私の夫もまた、外国人の例外であったらしい。  だから、このエッセイも、私の小説「情事」と同様、フィクションであり、また、夢の願望充足に他ならないことを、告白した方がいいみたいだ。  男の条件  二つに一つの結婚が、確実に壊れていく国があって、今のところ北米大陸での話だが、何事も世界の一番でないと気のすまぬ日本人のことだから、いずれ近い内に離婚率もアメリカに追いつき、やがて追い越す日は必ずくるのにちがいない。  我が身にあてはめて考えてみると、空恐ろしく厄介なことで、二組の内一組といえば、例えばお隣りのご夫婦か我々夫婦のうちどちらかだし、もしかすれば親しい友人夫婦かうち、ということだってありうる。  大体、子供というものは妻の方がひきとるのが慣例にはなっているが、夫のサラリーを考えてみると慰謝料はもとより、養育費だって危いものだ。子連れ中年女に言い寄るような勇気のある男は、日本にはまだそうそうはいまいから、女の方も自衛上、子供を夫に残して出るようなケースも増えるのに違いない。その際にはせめて、夫としては駄目な男であったが、子供の父親としては良い人間だったと言えるような相手を、始めから選んでおきたいものだ。どうせ、いずれは二組に一組でも、できることならお隣りに、あるいは親友の夫婦の方に、離婚話はおまかせして、自分たちは安泰でありたい。一体どんな男を選んだなら、その結婚は安泰でありつづけることができるだろうか。  若い女《ひと》が、夫の条件に�やさしいひとを�と挙げるのを聞くと、胸がむかついて仕様がない。  やさしいひと、とはどんな男かと思えば何のことはない、彼女に対してやさしい男なのであって、人間的な真の優しさにはおよそ関係はないのである。  ——私を怒鳴らない、私に手をあげない、私の誕生日やクリスマスはもちろん、折りに触れて贈り物をくれ、週に一回は私を夕食に連れだしてくれること。私の話には、いつも喜んで耳を貸し、私以外の女には見向きもしないこと等々|云々《うんぬん》と続く。  要するに私の機嫌をとれということなのだが、考えようによれば、またずいぶんと慎しくも幼ない要求であって、いずれは夫側からすべて回数的に処理され、妻の側は回数的に不満を持ち、外でのディナーがたったの一回、皿洗いの手伝いは二回だけ、深夜の帰宅が計七回、なによこれ、最初の約束とぜんぜん違うじゃあないの、もう私のことなんか、愛してもいないのね、と数字を盾にとって愛情不足を嘆き、やがて短絡的に夫婦の危機に繋《つな》がっていくこと、時間の問題である。  なぜ女たちがこうまで男に�やさしさ�など求めるのかといえば、彼女たちは自分の母親の結婚生活をずっと間近に目撃してきているからで、日本の妻というものがいかにつまらない存在であるか、夫婦共通のエンタテイメントがいかに少ないかを、身につまされて識っているからである。私はお母さんのようにだけは、なりたくない。それが彼女たちの本音なのだ。では一世代前の母親たちのような結婚生活を送らないためには、どんな男を選んだらいいのだろうか。周囲をみまわしてみても、一見やさしそうな男たちがゴマンといて、この中から猫なで声で迫る狼《おおかみ》たちを確実に除外していかなければならないのだ。  大学は出たけれど、読んだのは教科書と少年マンガとポルノ雑誌だけみたいな男たちが、それこそ星の数ほどいる。特に、少年マンガに現《うつつ》をぬかしている男には要注意。  まず知性を疑った方が良い。電車の中などで、大きく跨《また》をひろげて、熱心に読みふけっているサラリーマンや大学生を見ると、この男、白痴じゃないかと、深刻に心配してしまう。  カップヌードル、深夜のディスクジョッキー、インベーダーゲームなどと共通のイメージ。うそ寒い、得体の知れぬ孤独。なんという貧困。情緒の消耗、浪費、枯渇、頽廃《たいはい》、それでなくとも乳離れしていない日本の若い男たちの、不安定で稚拙な情緒のみを異常に刺激して、ほら、よくあるでしょう、銀行ギャングの真似ごとだとか、大学生の内ゲバ的陰惨なリンチ事件とか、英雄気取りのハイジャックとか。こういう男たちは共通して言葉遣いやイントネーションに、幼児性ヒステリー症の残滓があるから、それを厳しくチェックした方が良い。  家に帰ってくるとすぐに、下着姿になったり、寝るわけでもないのにパジャマに着がえて、TVナイターなどを観る男。そういう男とも一緒に長くは暮らせない。いくら家庭は憩いの場所といっても、一方的にそこまで寛《くつろ》がれたのでは、女として立つ瀬がない。たとえ妻だって、いや妻だからこそ一生つきあわねばならぬ大切な相手ではないか、身心の緊張をそこまで失って欲しくはない。大体男の下着姿や、よれよれパジャマスタイルなぞ、たとえアラン・ドロンだって色気どころの騒ぎではないのだから、ましてや並の男たちが何を血迷うのかと、こちらの気持は褪《さ》める一方である。  そういう男たちにかぎって、新婚の夢、覚めやらぬ前から、妻の名を勝手に�オイ�に変え、メシ、フロ、ネルの三言亭主になり果てるのに、きまっている。  日本の男たちが、外国人の眼に、異常にナルシシストに映るらしいのは、周知の事実であって、気がつかないのは、当の本人たちだけである。母親の育児に知性がなかったのと、父親が子育てにまるで参加しなかったためで、精神的乳離れの悪い証拠だ。  髪にパーマをかけたり、赤く染めたりする男は、例外なくナルシシストの最たるもので、男が髪をそこまでいじりまわす国民は、他にはないのではないか。それにディスコダンスを上手に踊りまくる男たち、これも完全にナルシシスト。あの自己陶酔の表情を見れば一目|瞭然《りようぜん》。こういうのが最近著しく増えてきているのは嘆かわしい。  夏の湘南《しようなん》海岸に群生するナルシシストたちを見よ。肩を揺すり、ほらよくゴリラがやる一連の示威動作——腕を振り回したり、胸を拳《こぶし》で叩いたり、筋肉をぐりぐり動かしたり——肝心の筋肉など、どこをどう探してもみあたらない薄寒い胸と、貧弱な腰と、汚らしく見える黒い毛臑《けずね》と曲った短い脚しか、こちら側の目には見えない。  自分の肉体であれば、多かれ少なかれ誰しも大目に見たい傾向はあるものだが、それも程度の問題で、湘南の海辺で大衆の目に晒《さら》すのなら、恥入ることはないまでも(見ている方は恥入りたくなるが)、そこまで堂々と誇示しなくとも良いではないかと、全身ギトギトと油を塗りたくり、海岸に打ち上げられた栄養失調のマグロのようにゴロゴロと横たわっている砂まみれのナルシシストたちを見ると、真夏でも肌寒く鳥肌がたってくるのである。  このような男たちの頭の中は、己れに対する異常な愛情と興味で一杯だから、女に分け与えるものなど、何もない。こういう男の妻になった女こそ悲劇である。何事につけても自分が一番大事、自己の快楽最優先であるから、セックスも酷《ひど》く排泄《はいせつ》的、女のオルガスムなど爪の先ほども考えない、要するに赤んぼうと同じなのだ。  男だからという理由で、家事全般、不得手であって良い、ということにはならない。自分の口に入れる食事くらいは、作れて当り前で、お湯も満足に沸かせない、米のとぎかたも知らない、お風呂もつけられないし、もっと酷いのはヒューズの扱いかたまでわからないのでは、この先どのような不慮災難、天変地異が起こるかわからない日本という不安定な土壌、政情では、頼りなくて、まず、男としての基本的条件に失格。女が立派にやりこなしている諸々の家事を、男も一通りやれてこそ一人前なのであって、それを普段やるかやらぬかは、妻と相談して分担すれば良いことだ。それを最初から、まるきり女の仕事ときめてかかる男を、まず疑ってかかること。  たとえ天変地異は起こらずとも、妻が病気にでもなれば、その無能ぶりにいやというほどつきあわされるのは、こっちなのだ。塩はどこだ、醤油《しようゆ》は、砂糖は、ガスの元栓から、電気釜の扱い方までいちいち説明のしどおし、その上やり残し、片手落ち、果てはお前のために会社を一日休んだのだぞと、恩にきせられては、直る病気もかえって悪化する。出社してくれた方が、その間ぐっすり眠れるのだからずっとありがたいし、第一、帰宅してから手早く家事をやってのけるのが能力なのであって、共働きの女たちがもうそんなことは昔からやっているのである。手を使ってする家の中の仕事を、惨めたらしくなく、さり気なくやれる男こそ、最も好ましい。  子供の躾は妻にまかせる、ときっぱり言ってのける男たちに出会うと、実に不可解で理解に苦しむのだが、これもまた日本だけに存在する、無責任現象のひとつだ。男親が育児に参加しないのは論外だし、絶対に卑劣である。  それでなくとも日本の女は慢性的欲求不満型情緒不安定性ヒステリー症なのだから(こんな病気になったのは、元はといえば日本の男たちのせいなのだが)、こんな母親だけに育てられる子供の方こそ不幸だ。  さんざん放任しておいてあるいは逆にしめつけておいて、子供が問題を起した時では遅すぎる。例えば幼い子供を自殺へ追いやるのは、学校でも社会でもない、まず、直接その子の両親に問題があるはずであって、そういう親たちは、特に父親は、赤んぼうの時をのぞいては息子を(あるいは娘を)、その腕でしっかりと抱きしめてやったことなぞ、ないだろう。肩に手をおいたり、背中を叩いて励ましてやったり、しっかり手をつないで歩いたこともないだろう。息子に対して、友だちのように話しかけたことは、あっただろうか。  男は育児を女だけにまかせてはいけないし、その責任から絶対に手を引くべきではない。あなたの選んだ男性に、この問題を是非、確かめて欲しい。でないと、その結婚もやはり昔の母親たちのように不毛ではないかと、危ぶまれる。  最後に、離婚率50パーセントの世の中になれば、安心していられなくなるのは、むしろ男たちの方ではないかということ。女たちが精神的にも経済的にも、男たちと同じように一人立ちのできる時代であればこそ、女は不毛な結婚生活や、男として魅力を失った夫に堪え忍ばずとも済む。  男にだけ都合の良い結婚の形態も変わっていくだろうし、女の側から申し出る離婚の数が、驚く程増え、失敗を未然に防ぐために、女が男に求める結婚の条件も、更に厳しくなるのに違いない。  女が男に求めるものが、家を守り、家族を養う雄《オス》としての存在から、今後は、人間の質の問題に変わっていき、真の意味でのパートナーシップが叫ばれるようになるからである。  私がいくつか挙げた�男の条件�も、言いかえれば、ただひとつの言葉に集約される。それは一にも二にも、�大人の男�ということである。精神的にも肉体的にもバランスのとれた真の大人の男こそ、女たちが求める本当の姿だし、逆にそういう大人の男たちがリードしていく結婚生活こそ健全であると信じるのである。 「情事」の周辺  女といっても、わたしが、わたしは、わたしって、と、わたしを前面に押し出すしか能のない十代、二十代の女たちには全く興味がない。私が女と言う場合、それは大人の女である。  自分自身を振り返ってみても、十代と二十代は生っ白い肥え過ぎた動物みたいで薄気味悪く、生臭《なまぐさ》くて、自我の怪物で、少しも好きではなかった。  しかし大人の女というものの、定義があるわけではない。  彼女は微かに嗄《しわが》れた声で物を言うかもしれない。よく注意してみると、眼の下に刻まれた数本の皺《しわ》がある。それが彼女の顔立に美しい陰影を与えるような、知的でセクシャルな皺だ。  悔恨と理性の季節(アポリネール)に、今|漸《ようや》くいる。刻《とき》が肉体を著しく損いながら貫通していく哀しみを識っているのは、かつてその過ぎ去る時間に爪をたてた体験があるからだ。  感性が放縦《ほうじゆう》で、そして性愛に対してはあくまでもナイーブで優しい。  彼女にとって言葉は多少とも胡散《うさん》くさく、だからこそそれを厳密に選ぶ。そのような女の恋愛はどこかミステリアスで、孤独で、少なからず秘密のにおいがする。  女はたった一言の言葉に万感の想いを託すが、たいてい男には通じない。肝心なところは沈黙する。沈黙に百万もの言葉の意味を思い入れる。  大人の女は、相手の男に多くを望まない。何故なら彼女は結婚している女かもしれないし、仕事をもっているかもしれない。少なくとも恋愛に自分の全存在を賭《か》けたりは、しない。男が年上であろうと年下であろうと、職業が何であろうと、お金があっても無くても、そういうことはさして重要ではない。その男が彼女にとってセクシャルであれば、痩《や》せていようと逆に太っていようと一七〇センチ以上あろうとなかろうと、それはかまわないのである。彼女の感性にあいさえすれば、それでいい。  例えば私の小説『情事』で、主人公のヨーコは、男の美しい手、を問題にしただけだ。知的で重々しく、繊細で男らしい、美しい手だ。そういう手の持ち主でなければ、絶対に寝なかった。 「知的で繊細で美しい手をした下劣な男はゴマンといるよ」と、彼女は皮肉られるのだが、私は、作者として言うが彼女の、この条件は実はかなり贅沢《ぜいたく》なのではないかと思っている。  手というのは、よく観察してみると面白いことに、大体その男に(あるいは女に)似ている。大きい手の男は身体つきも大柄だし、骨張った手の男は痩せ型の筋肉質だろう。知的な感じのする手の持ち主なら、当然知的な男にきまっている。その上に繊細な手をしていたら、感性がナイーブなはずなのだ。それらを含めて、なおかつその男の手が美しいということは、彼が美しい男だという意味だ。  私の主人公はそのような男の選び方をしたが、別の小説では男の手に違う見方をする。例えば彼の手は労働者のような手だ。指のひとつひとつは重たげで、その爪は汚れている。その手の持ち主は嘲笑的で粗野で、細めた瞼の隙間《すきま》から、狼のような視線で女をみる。  また、別の大人の女は、男の声を問題にするかもしれない。あるいは単に、彼が清潔であるかどうかを。  私の主人公のヨーコは、情事の相手に外国人の男を選んだ。  あえて異邦人の男を登場させたことには、意味がある。  一般に、日本の男は、女を熱いまなざしで凝視《みつ》めない。女に熱い言葉で語りかけない。さらに言わせてもらえば、例えば病的なオーディオマニアはいるが、真の意味で音楽を楽しまない(日本では音楽とは音の知識であり技術の問題にすぎず、芸術にはなっていない)。マンガ本や|裸の女《ポルノ》の雑誌は眺めるが、カポーティーやアップダイクなどは、読まない。  寝そべってTVのプロレスは観ても、最新の映画の問題作は、観ない。彼らは基本的な家事すらもできないし、上役の悪口や同僚のうわさ話、下半身に関する話以外には、興味をそそられるような会話も口にしない。仕事ひとすじで、脇目をふらず、仕事が生甲斐などと言い、事実そう信じている。週末を、あるいはヴァカンスを楽しく遊び過すためにこそ、猛烈に仕事をするんだなどと言おうものなら、白い眼で見るか気でも狂ったのかと疑われる。ましてやそれを人間らしい生き方とか、羨《うらや》ましいなどとは夢にも思わない。  果して、道で擦れ違った時に、振り返ってみたくなるような男が、日本にいるだろうか? ただ視線が出会っただけで、見知らぬ男が、見知らぬ女に、挨拶のような微笑を送るだろうか?  初めて会った女を、すっかり寛がせてしまうような優しいユーモアを含む会話をする男が、周囲にいますか?  ビルのウィンドウに映る、己が姿をほれぼれと見惚《みと》れる自己愛は異様に強くても、他人の女の装いや仕種には、卑しい想像はかきたてられても、それ以外には、何の発展もないし、冒険の心も持たない。  そういう男たちを、ヨーコの恋の相手には選べなかった。気障《きざ》であろうとなかろうと、女は何時だって男から熱い視線で眺められたいし、熱い言葉を語りかけて欲しい。自分を愛することに精一杯で自分のことしか念頭にない幼児的な男たちでは、話にならない。せめて小説の世界の中でぐらい、そうでない男たちにめぐり逢いたいし、そういう男たちと愛しあってみたい。  大人の女たちは何故、恋愛もしくは情事の相手に、若い娘たちのような、情熱的で厳しい条件を課さないのかといえば、彼女たちが体験的に恋とは、情事とは、相手の様子でないことを識っているからだ。それは五感であり、感触であり、感性であり、感覚であり、快感であり、要するにとらえどころのないものだ。  女が、自分の内部を流れ去る刻《とき》を凝視《みつ》め、その同じ視線で男をみるとき、言葉は空しい。そのような刻をくぐりぬける女と男の会話は、切ないのである。  互いに相手に属すると思い始めたとき、言葉は空しくなる。相手が自分のものだと思うことが、実は二人を遠ざける。それを識っているから、恋愛は寡黙になる。  流れ去っていく刻を、どのように横切るかによって、女の生き方がかわる。  人が生きるということは、どういうことなのか。自分を完全に表現することではないだろうか。  女が、自分を表現する方法をもたない時、あるいはその機会を与えられないか、見失ってしまったか、単にまだその時がきていないとすると、女は己の爪で自らの内部を掻《か》き毟《むし》る。その痛み——。  引き裂かれた魂の中に、小さな黒点が生じ痛みと不安と憤りと悔恨を養分にして、エネルギーを貯え凝縮し、さらに凝縮してついに心の宇宙でブラックホールとなる。  魂の中に突如として生じたブラックホールの、その暗さ、その重さ、その辛さ。  そのような精神の状況があって、私は初めて小説を書いた。  妻であり三人の娘たちの母親であり、そして創造の手段を持たない一人の女であった時、自分がもうあまり若くはなく、夫に依存し、子供に過大な期待をかけて生きていることに倦々《あきあき》していた。  現在の結婚生活に、自分の生き方を重ねあわせることが少しずつむずかしくなっていき、そのずれに心を痛めても、夫は妻のそのような苛立ちを理解しないものだ。世の夫たちにとって、まだ結婚は安泰なのであり、永久に安泰なはずであった。妻の溜息など聞こえないふりをし、時に、気づいたとしても、せいぜいセックスの回数的周辺を想像し、疲れるわいと、逆に溜息をおつきになる。  仕事を持つ妻(子供を育てる妻、商《あきな》いを手伝う妻、そしてただ家事に専念する妻まで含めて)の意識が、対社会的に向けられ、高まっているその一方で、妻の座は少しも変わらない。妻は第一、女でさえないという有様なのだ。  結婚生活の制度《ありかた》が変わらないかぎり、私たち女は不毛だ。お互いに歩みより近づいて、男が女に似、女が男に似てきた時、初めて結婚生活の中で、女は解放される。女が解放されれば男にも真の解放が訪れる。男たちにとって嫌なことは女にもまた嫌なのだと、彼らにわかる日がこないかぎり、妻の捌《は》け口はせいぜい昔の同級生との浮気程度にとどまる。  そのような不毛の時期に、周囲を見廻すと、私によく似た女たちがたくさんいた。彼女たちは騒がしく喋り、夫に狎《な》れ羞恥心《しゆうちしん》を失い、ユーモアがまったくなかった。肉体も精神もぶくぶくと肥えさせ、あらゆる意味での欲求不満でさらに肥えつつあった。そういう女たちの中にいて彼女らを嫌悪し、自分があまりにも彼女たちに似ていることに、突然、激しい憤りを感じた。その怒りを表現するのに、手当り次第に言葉を探しだした。そして私は『情事』を書いた。  主人公のヨーコは結婚しており、したがって夫と子供が一人いる。彼女を夫以外の男の腕へと駆り立てたのは、彼女の怒りである。夫に対する憤りもあるが、自分自身に対する憤り、流れ去る刻に対する怒り、嘆きもある。  私はヨーコに罪悪感を抱かせなかった。夫と情人の間にあっての葛藤《かつとう》というものを、意識して無視した。葛藤はあって当り前なのだ。そこをあえて取り払ったところから始まるストーリーがあっても良いと思った。  彼女は、結婚生活と恋愛を決して天秤《てんびん》にかけない。夫に知られてはならないが、しかし知れてしまってもそれは仕方のないことだと思っているのかもしれない。夫に情事が知れたら、家庭は崩壊するかもしれない。かといって情人のところへ押しかけていきそうな女でもない。  実際の問題として、結婚している女が夫以外の男と情事をもったら、もうその時点で大いに葛藤があるのだが、そこを思いきって外してしまった。ストーリーはそのような、いわば一種のお伽噺《とぎばなし》的次元で展開する。  私はどうして、葛藤を省略し、メルヘンにしてしまったのだろうか。  その理由は、現実の生活からの逃避であり解放なのではないかと、考える。たかが嫌になるほど知りつくしている結婚生活の倦怠《けんたい》や、ありふれた妻の浮気の話や、どろどろとした葛藤なのである。そういうものを、現実生活と同じレベルで描いた小説はすでに数限りなくある。私にはその趣味はないし、考えただけで嘔吐《おうと》感に襲われる。  だが、このあたりの問題を、世の、特に男性が、気に入らないらしいのである。現実から離れたそのような設定、類型的な表現、風景として描かれたにすぎない性愛の描写などを指して、気障だとか、遊び女ふうだとか、高級ポルノだとかいう。小説の世界を、自分たちの知っている現実の中に引き下し、しかもきわめて末梢的下半身的に理解しようとする。類型的で、お伽噺の次元だからこそ、一人の女《ヨーコ》の性愛が、感性が、より現実的な様相を帯びるという、そういう創造の(あるいは想像の)世界は、嫌いらしい。  大人の女の恋愛というのは、大人の男と一人立ちした女の|関係《リエゾン》だと思う。常に、ヨーコのように危険な関係だとは限らないが、おそらく危険であり秘密であればあるだけ、その恋愛の陰影は濃くなるはずだ。小説としてはそのほうが面白い。  人を愛するということは、時に、私たちから笑いも、言葉も、勇気さえも、とりあげてしまうことがある。そのことを識っていなければならない。識っているからこそ、いっそうその愛が愛《いと》しいのである。そのような愛に拍手喝采はない。善行でもなければ、かといって悪業でもない。単なる男と女の関係。それだけのことなのだ。告白は迷惑だし、悲嘆にくれることもない。自嘲《じちよう》するには及ばないし、あわてて自画像を描き変えなくともいい。  ある日突然、もう私はこの男に少しも夢中ではない、と気づいた時、したたかに微笑してさよならが言いあえる。つまりそのような稀薄《きはく》な関係。その稀薄さが、切ない。そういう男と女の愛を、掬《すく》いあげて描写したい。  あなたが今、ひとを愛しているとして、一日に何十回も起る不安と眩惑《げんわく》。この二つの感情をどのように受けとめ、どのように行なうかで、そのひとの愛の質がきまる。時がのろのろと過ぎていくのかもしれない。あるいは矢のように走り過ぎるだろうか。その中で、眩暈《めまい》を覚え、混乱、錯綜《さくそう》する心を鎮めるのは、あなた自身なのだ。相手に懇願したり要求することは自尊心が許さない。時には舞台の上の女優のように冷笑することはあっても、誇りを傷つけてまで男の前には跪《ひざまず》かない。必要とあらば昂然と足音を荒立てて、愛の棲家《すみか》から歩み去る。  愛の終りを、どのように堪《た》えるか、に大人の女の質がかかってくるように思う。男が歩み去る、その背中を見送る時、彼が二度と振りむかないことを、願おう。去るものの痛みを想うことにしよう。残される側の哀しみがいかに深くとも、去っていくもののそれには遠く、及ばない。  また、あなたが立ち去る側だったら、同じように振りかえらないことだ。残される者の屈辱をひそかに思い遣るのはいいが、やましく思うことはない。男からの旅立ちは、女の勲章がひとつ増えることなのだから。  ヨーコは男たちをそのように見送ってきた。出逢いがそれぞれ違うように、別れもまたみな違う。別れた後も友情が残り続けるような、そのような恋愛関係を、ヨーコは持った。少なくとも建築家の学生と、デイヴィッドとは、そうだ。性愛の終えた後も、友情で結ばれている。友情というのも愛である。性愛を含まない愛である。しかし、レインの時は違っていた。彼との別れには、友情の残る余地がない。悪意はないのだが、結果的に男を裏切り、傷つけてしまったから。ここでも言葉の空しさ、言い足りなさが、問題になってくる。  燃焼してしまった愛には、灰しか残らない。ヨーコの好みから言えば、この別れは失敗である。  私はハッピー・エンドが好きではない。そうかと言って、悲惨な結末でストーリーを終らせるのも気がすすまない。大体、その中間で、どちらかといえば、アンハッピー(ハッピーでない)のほうに近いのが、感覚的には一番良い。アンハッピーでも、一抹の光明がみえるような終り方だ。どっちつかずで、よくわからないが、多分彼女はなんとかやっていくであろう、というのが感じとしては好きなのだ。  大人の愛の結末は、どうしてもアンハッピー・エンドか、それに近いものになる。それは何故なのか。  多分、彼女たちが自立した女だからだ。もし、恋人をとるか仕事をとるかということになれば、どうしたって仕事を取らざるを得ない(結婚している女だったら、夫を取らざるを得ないだろう)。  仕事をすてても、夫をすてても、その恋に生きようというのなら、人の幸せの決定をとやかく言うつもりはないし、恋の成功を妬《ねた》むつもりはないが、大人の女の、そのようなハッピー・エンドは、どうもイメージ違反のような気がしてならないのだ。  ちなみに、私が抱いている大人の女のイメージは、女優のローレン・バコール。バネッサ・レッドグレープ。フランソワーズ・サガンと彼女の小説に登場する女たち。シモーヌ・ド・ボーヴォワール。サマセット・モームの「劇場」のヒロイン、ジューリア。  彼女たちに共通するものは、何だろう。それはその激しい生き様の底を流れる、優しさではないだろうか。  あとがき  別れというのは、その出逢いと似ていないだろうか。  突然夏の夜空の花火のように燃え上った恋は、強烈な印象だけを残して幻のように消え去るものだし、ひとの恋人だった男を奪えば、いずれ別の女にその愛を奪われて終る。  夏に始まった恋愛は、その次の夏にひっそりと終りを告げ、運命的な出逢いはやはり運命的な別れにつながる。  私は出逢いよりも別れが好きである。  恋にのめりこんでいく時の、まるで世界は二人のためだけにあるかのような、あの傍若無人さには眼を背けたくなるものがあるし、恋人たちから発散されるのは、動物的体臭だ。恋の戯言《ざれごと》には耳をおおいたくなる。まるで、屋根の上の盛りのついた二匹の猫にそっくりだから。  別れには、そのような喧噪《けんそう》はない。  去っていく者も、置き去りにされる者も、それぞれの痛みをくぐりぬけるしかない。そのしんとして青ざめた孤高さがいい。  去っていく男は、捨てていく女の傷口を思い、捨てられた女は自分から歩み去る男の心の重荷を思う、そのやさしさが好きだ。  これまでにどれだけ、去っていく男たちのうちひしがれた背中を、私は眺めてきたことだろう。茫然自失して。  どのような出逢いも、必ず別れを包含している。そしてひとつの別れは他の出逢いを導く。  出逢いの中に別れを予感すれば、恋はあのように傍若無人な喧噪とは無縁になる。  いつかこのひとを失うのではないかと、恐れる心を抱けば、その恋は物哀しい陰影とかぎりないやさしさをもつに至る。  絡みあう恋人たちの視線の背後に、常に涙があれば、恋はあくまでも甘美なのだ。  そして別れはいつも突然に恋人たちを襲う。ある朝、だしぬけに彼が告げる。——もうきみを愛していない、と。  それは裏切りのように耳に響く。  だが、真実を告げることは裏切りではない。そして真実を告げられるのは、屈辱ではない。  別れの苦しみは、嫉妬のそれとよく似ている。自分がこの世で何の値打ちもない羽根をもがれた蝶のような気がする点に於いて。  嫉妬と同じように、捨てられた女の苦しみも、どこか道化じみたところがある。それに気がついた時、苦しみは終る。あとは流れる時が傷口を乾かしてくれるのを待てばいい。  けれども嫉妬には、闘う相手がいる。とり戻さなければならない恋人なり夫がいる。まだ自分を、彼にとって唯一無二の女に作りかえるチャンスが残されている。しかし別れには、それがない。  立ち向っていける具体的なものが何もない場合、ひたすらその悲しみから遠ざかるしかない。くるりと背をむけて、足早に歩み出すしかない。  別れはもしかしたら、二人の間にある絆《きずな》、かけがいのないもの、絶対に朽ちるはずのないものにもう一度活を入れようとして、それに失敗してしまう結果なのかもしれない。あるいは意地悪い眼でみれば、人を征服するという最もスリリングな楽しみを、もう一度自分に与えるために、別れを利用するのかもしれない。そういうふうに考えるのも、あまり悲愴《ひそう》感がなくて私は好きだ。                    森 瑤子 昭和五十六年六月、単行本としてPHP研究所より刊行 角川文庫『別れの予感』昭和58年9月10日初版発行            平成9年12月15日62版発行