平岩弓枝 ちっちゃなかみさん 目 次  ちっちゃなかみさん  邪魔《じやま》っけ  お比佐《ひさ》とよめさん  親なし子なし  なんでも八文  かみなり  猩《しよう》 々《じよう》 乱《みだれ》  遺《のこ》り櫛《ぐし》  赤絵獅子《あかえじし》  女ぶり  ちっちゃなかみさん     一  松飾《まつかざ》りのとれた朝に、雪がうっすらと積った。  向島《むこうじま》で雪見酒を汲《く》み交そうと言う粋客《すいきやく》が、日暮《ひぐれ》前から舟やら駕籠《かご》やらを仕立てて、つめかけたが、どの屋敷《やしき》も夜が更《ふ》けぬ先におひらきになった。  初春《はる》早々だというのに、相変らず木綿ものをかっちりと着て、朝からくりくり店の采配《さいはい》をふって動きまわっていた一人|娘《むすめ》のお京が、両親の居間へ引きあげて来たのは亥の刻《よつ》(午後十時)を少し廻《まわ》っていた。  炬燵《こたつ》の上に娘の夜食を運ばせ、嘉平《かへい》夫婦は首を長くして待ちかねていた。 「御苦労だったね。お客様は、みな、お気持よくお帰り下さったかい」  正月からの風邪《かぜ》気味もあって五十歳というには、かなり老けた感じの嘉平は炬燵に膝《ひざ》を入れた娘へ、可愛《かわい》くてたまらぬという眼《め》をした。 「舟のお供も、駕籠衆《かごしゆう》にも熱燗《あつかん》をふるまってあげました。外は冷え込んで天水桶《てんすいおけ》に氷が張っているんですよ」  お京は、表情の豊かな瞳《ひとみ》で両親にうなずいたり、笑ったりしながら、口はせっせと熱い汁《しる》をすすり、飯やお菜に気持がよいほどの食欲をみせた。色気なんぞ、微塵《みじん》もない、子供っぽい食べ方も、親の前なればこそだが、そんな娘の振舞《ふるまい》が嘉平も、母親のお照も嬉《うれ》しくてたまらない、が、又《また》、気にならないでもなかった。お京はこの正月で二十歳《はたち》になっていた。 「今日は、あげだしのつけ醤油《しようゆ》に柚子《ゆず》を絞《しぼ》ってみたんだけどね。大方のお客様に賞《ほ》められて……さっぱりして乙《おつ》な味だって……そうそう、お父つぁん、日本橋の納屋さまからのお縁談《はなし》、まだ断ってくれなかったんでしょう。今夜、返事を聞かれて困ってしまった。あれは、暮《くれ》に、きっぱりお断りして下さいって申し上げたでしょう」  娘からきめつけられて、嘉平は狼狽《ろうばい》気味に手をふった。 「だが……あれは、もったいないような縁談だと……つい……その」 「嫌《いや》なんです。ことわって下さいね」 「しかし、お前……」  嘉平は空咳《からぜき》をし、父親の威厳《いげん》を取戻《とりもど》し、なんとなく居ずまいを直した。娘は父親の先手をうって出た。 「そりゃ、私も今年は二十歳《はたち》です。一人娘だから、そろそろお婿《むこ》さんをきめなくては世間体も悪いし、お父つぁんやおっ母さんも気がかりでしょう。私も、それは考えているんです」 「考えてるって、お京……」  食後のお茶を注《つ》いでやりながら、お照も口をだした。 「だったら、お見合だけでもしてごらんな。なにも改まってじゃなくていい。相手の人を他《よそ》ながら見て……それで……」 「私は。あてがあるんです……」  両手で茶碗《ちやわん》を包みこむように持ち、湯気に視線を落したまま、お京はぽつんと言った。 「あて……?」  不安そうに顔を見合せた両親を、ちらと目のすみに見て、お京は緊張《きんちよう》した笑顔を作った。  話す決心は、もう、だいぶ以前から出来ていた。ただ、きっかけがなかっただけである。 「向島の笹屋《ささや》って言えば、三代続いた料理屋で、大きくはないけれど、独特のお豆腐《とうふ》料理が名物で、いいお客がついている。競争相手の多い商売で、これだけののれんを守り、今以上にお店を繁昌《はんじよう》させる腕《うで》のある養子さんをもらおうと思うと……私は、並《な》みの若旦那《わかだんな》じゃ食い足りないと考えているんです」  すらすらと、お京は言った。 「お前……食い足りないなんて……そんな言葉は玄人衆《くろうとしゆう》のあばずれが使うものですよ」  母親が眉《まゆ》をひそめるのに、 「変な意味じゃないんですよ。あたしは十五の時からお店の手伝いをして、しっかり者とか、看板|娘《むすめ》とか、世間が囃《はや》すのが面白くて、お父つぁんがまかせてくれるのをいい事に、今では店のきりもりをさせてもらって、曲りなりにもなんとかやって行けます。自信もあります。だから、もし、ぼんくらな御亭主《ごていしゆ》を貰《もら》ったって、私がしっかりやっていれば店ののれんを小ゆるぎもさせやしない……」  勝気さを体中にみなぎらせて、お京は頬《ほお》を赤くした。 「でも……私、そんな御亭主なら、かえって足手まといですから、もらいたくないんです。夫婦になるからには、私以上の男でないと……私が本当に信頼《しんらい》出来て……私がその人の力になって、二人でのれんを盛《も》りたてて行けるような……そういう人じゃなければ、私はお嫁《よめ》に行きません」  この時まで、嘉平《かへい》夫婦には娘《むすめ》の気負いを微笑《びしよう》して聞く余裕《よゆう》があった。で、 「そんな男の、あてがあるとでも言うのかい」  嘉平は鷹揚《おうよう》にかまえた。お京が、こくりとうなずいた。夫婦の顔色が変った。 「そんな……お前……まさか……」 「いったい、誰《だれ》なんだ、その男……」  お京は視線を落したまま、 「信吉さん……です」 「信吉……?」 「かつぎ豆腐売《とうふう》りの、信吉さんです。家へ、いつも、豆腐を入れている……」  まぶしそうな眼《め》を上げて、はっきり言った。 「かつぎ豆腐売り……」  夫婦は唇《くちびる》まで白くした。 「冗談《じようだん》じゃない。笹屋《ささや》の跡《あと》とり娘に、豆腐売りなんぞ……」 「お父つぁん……働いている人間に貴賤《きせん》はないっていつもおっしゃってるじゃありませんか。第一、笹屋の初代だって豆腐のかつぎ売りから、この店をおはじめなすった……小さな腰《こし》かけ茶店で湯豆腐を食べさせるだけのものだったのが、三代かかって、これだけの身代を築いた……そうでしたね、お父つぁん」  お京は一歩も引かない顔をしていた。色の白い、小さな顔が五月人形の金時みたいに赤く、力みかえっている。 「信吉さんのことは……ただ、惚《ほ》れた、はれたじゃないんです。……それは……好きは好きですけど……好きだと思ったのは昨年|頃《ごろ》からで……」  ちらりとしおらしい娘《むすめ》の素振《そぶり》で炬燵《こたつ》がけのすみを弄《もてあそ》びながら、声はあくまでも強気だった。 「私、五年間も信吉さんを見続けて来たんですよ」  信吉の売りにくる豆腐《とうふ》を店に仕入れるようになったのが、五年前だとお京は言った。その頃《ころ》、店へ品物をおさめていた豆腐屋が火事で焼け、間に合せのつもりで、かつぎ売りの信吉を入れたのだが、この豆腐の出来が滅法《めつぽう》いい。板前が気に入って、次に信吉の人柄《ひとがら》が店の者たちに好かれた。 「豆腐には、どんな豆腐屋でもその日によって出来不出来があるものですけど、信吉さんの持ってくるのには、それは殆《ほとん》どないって板前さんが感心しています。たまに、ほんのちょっと柔《やわら》かい、固いがあると、あの人は必ず、それを言うんです。今日のは心もち固めですが、お料理には差支《さしつか》えがありませんかって……今日のはいつもより柔かいので、あげだしをなさるんでしたら、水きりに少し時間をかけて下さいまし……それが、素人《しろうと》なら気がつかない程度の、固さ、柔かさなんですよ」  うっかりすると板前が気がつかないで、 「なんだ、あんなこと言いやがったが、いつもの豆腐《とうふ》と変りねえじゃねえか」  と料理にかかってみて、信吉の言葉通りであることに気がつき、舌を巻くことがしばしばだった。  お京が注目したのは、信吉の豆腐に関する勘《かん》だけではなかった。  笹屋へ信吉が出入りするようになって、三年目頃に、かついでくる豆腐|桶《おけ》などが、すっかり新調され、持ってくる豆腐も、固いめのと柔《やわら》かいのと絹ごしと三種類にわけて作るようになった。稼《かせ》ぎがどんどん増えて、その余分な銭《ぜに》を商売のためにまず使っていることがよくわかった。商売のほうがすっかり整ってから、信吉の身なりも粗末《そまつ》ながら小ざっぱりと新しくなった。 「短い歳月の間に、見事なほど稼ぎ高が上って行ったのは、商売に腕《うで》のある証拠《しようこ》です。その稼いだ銭の使い道にも、筋が通っています。若い男なら、余分の銭が入れば、つい、やってみたいことが世の中にはうようよしています。あの人は、そんなものには目もくれていない……立派だと思ったら、好きになってしまいました」  お京は炬燵《こたつ》がけのすみに顔をかくすようにした。 「それで、お前……その信吉とかいう人と、夫婦|約束《やくそく》でもしているのかい」  嘆息まじりな母親の問いに、娘《むすめ》は大きくかぶりをふった。 「私、信吉さんとは商売のこと以外に、口をきいた事がありません。信吉さんの人柄《ひとがら》が、私のお婿《むこ》さんとしてふさわしいという理由を今まで、確かめ続けて来ました、それをお父つぁんや、おっ母さんに話して納得してもらえたら、縁談《はなし》をすすめてもらうつもりでした。だから、あの人がどこに住んでいて、どんな身の上なのか、なんにも知りゃあしません。親の許しも得ないで、勝手に男と夫婦約束をするなんて、そんな筋の通らないこと、私はしません」  母親は娘の言葉に泣き顔になり、嘉平《かへい》も、それで、ふっと気が折れた。 「でも……私……」  勝気な眉《まゆ》に、くもりを浮《うか》べてお京は呟《つぶや》くように続けた。 「もしかすると信吉さんには、もうおかみさんがあるかも知れないんです……そんな素ぶりがないでもないし……」 「お京……」  ふた親は再び、仰天《ぎようてん》の声をあげた。今夜は、いいように娘《むすめ》に翻弄《ほんろう》されている。 「もし、おかみさんがいたら……あきらめます……そのかわり……私、もう、お嫁《よめ》には行きません……」  お京はそう言って、にこりと笑い、おやすみなさいと部屋《へや》を出て行った。     二  翌日、嘉平夫婦は腫《は》れぼったい顔で、午《ひる》近くに起き出すと、まず、板前の長太郎を呼んだ。もう四十を過ぎて、女房《にようぼう》子もある男だが子飼《こが》いから笹屋《ささや》に奉公《ほうこう》して、洗い方、煮方《にかた》と叩《たた》き上げて来た実直者だ。  それとなく、豆腐屋《とうふや》の信吉について訊《たず》ねてみると、これはお京以上に惚《ほ》れ込んでいる。 「今時、珍《めずら》しいような気持のいい男でしてね。娘《むすめ》があったら、嫁にやりてえようなもんで……」  あんまり賞《ほ》めるので、ひょっとしてお京から鼻薬でもかがされているのではないかと気をまわしてみたが、そんな気配もない。お京が信吉と親しくしている様子はないか、という問いには、目を丸くして否定した。 「豆腐を持ってくる時に、お嬢《じよう》さんが調理場に居なすって、声をかけてなさることはありますが、豆腐のことか、寒いとか暑いとか時候の挨拶《あいさつ》くらいのことで……信吉ってのは口の重い男でしてね。豆腐のこと以外は、めったに自分から声もかけねえようで……」  住いは川向うの馬道《うまみち》辺、親は二人とも早くに死んだらしいという程度しか、長太郎も知っていないのには、嘉平《かへい》も唖然《あぜん》とした。五年前から店に出入りしているのである。身の上話くらい、当然、聞いていそうに思うのだが、一番、親《ちか》しそうな板前が、これでは仕様がない。  次に呼ばれたのは、女中頭のお次である。これは女だし、お京には乳母《うば》のような存在でもあったので、板前よりはお京の気持を見抜《みぬ》いていた。 「いえ、別にお嬢《じよう》さんが信吉を特に贔屓《ひいき》になさるというのではございません」  お次も二人の仲については真向から、なんにもないと証言したが、 「ただ、この暮《くれ》に信吉が豆腐を届けに店へ来ました時、たまたま、小間物屋が来て居りまして女中たちが正月の櫛《くし》、かんざしをえらんでいたんでございます」  すると、信吉が珍《めずら》しく小間物類をのぞいてみて、若い娘《むすめ》さんには、どんなのが喜ばれそうかと聞いて、小さな赤い飾《かざ》り櫛《ぐし》と、糸のビラビラの下った前挿《まえざ》しの花かんざしを一本、求めて去ったので、女中の一人が冷やかして、 「おや、いつから、いい女が出来たの」  とからかうと、信吉が真顔で、 「なあに、家で待ってるかみさんにさ」  と答えたものである。その話を、なんの気なしにお次が話すと、お京は顔色を変え、 「信さんには、おかみさんがあったの……」  と、その日は一日中、嘆息ばかりついていたというのである。  住いや家族については、ただ、川向うから商いに来るらしいというだけで、なにも知らない。女には殊更《ことさら》の無口で、話しかけようとしても、そんなきっかけを与えないで、すっと帰ってしまう。女中たちの間では、とっつきにくいが玉に疵《きず》、で通用しているそうだ。  次の日、嘉平《かへい》夫婦は早起きして、物かげから、そっと信吉を見た。  今までにも逢《あ》ったことが、一度もなかったわけではない筈《はず》なのだが、まるっきり注意していなかったから、どんな年恰好《かつこう》の、どんな男か、気がついていなかったものだ。  見て、お照が先に安心したような声で言った。 「思ったより、感じの良さそうな男ではありませんか」  二十三、四だろう、背が高くて、肩《かた》も胸もがっしりしている。若者らしい清潔な感じが、母親には気に入った。 「男っぷりが良いだけじゃあ仕様がない。役者が養子をもらうんじゃないんだから……」  一応は苦い顔で言ったが、嘉平も内心は、ほっとしたらしかった。  午《ひる》すぎに、出入りの植木屋の老爺《ろうや》がそっと庭から夫婦の居間を訪ねた。律儀《りちぎ》な人柄《ひとがら》を信用して、嘉平が信吉の住いを探させたものであった。 「馬道でたずねますと、すぐにわかりました。横町の小ぢんまりした豆腐屋《とうふや》で、近所の評判は上々でございますが……」  人の好い植木屋はちょっと困った表情で、口ごもった。信吉の評判は申し分なく良いのだが、近所のおかみさんに、信吉に女房《にようぼう》がいるのかときくと、なんとも言えない複雑な含《ふく》み笑いをして、 「ええ、おかみさんがねえ……おかみさんって言えば、まあ、おかみさんですねえ」  あとは笑い出してしまって、どうにも具合の悪い思いをしたという。 「他でも当ってみようかと思ったんですが、どうも、そのかみさんの笑い方が変なんで……いっそ、豆腐屋をのぞいてとも考えたんですが、旦那《だんな》が、あんまり出すぎたことはしてくれるなとおっしゃったのを思い出し、子供の使いのようですが、とりあえず、お知らせに……」  頭をかいて植木屋が帰ってから、お照はそそくさと身仕度をはじめた。 「わたくしが行って参ります。自分の娘《むすめ》の大事を、他人にばかり頼《たの》んでいたのでは埒《らち》があきません。私が出かけて、はっきりと女を確かめて参ります……」  場合によっては、相手の女に金を積んでも信吉と別れさせて、とまで考えているようなお照の剣幕《けんまく》に、嘉平《かへい》も腰《こし》をあげた。 「わしも行こう。お前一人では心もとない」 「大丈夫《だいじようぶ》でございます」 「いや、二人で行こう。どうせ、店はお京が取りしきっている。私が留守で、どうこうということもないのだ」  店の者には、どこへとも言わず、夫婦は供も連れずに出かけた。  言問《こととい》を渡《わた》って、浅草《あさくさ》聖天町《しようでんちよう》から馬道へ。  久しぶりに夫婦そろっての外出に、冬の空がよく晴れていた。  植木屋に聞いておいたから、豆腐屋《とうふや》はすぐにわかった。成程《なるほど》、小さな店だが、開け放した店のなかは掃除《そうじ》が届いて、土間も板の間もさわやかな感じがする。信吉は、ちょうど外方の商いに出ている時刻で、暮《く》れなずんだ店に人影《ひとかげ》はない。留守居をしている女は、奥《おく》で夕餉《ゆうげ》の仕度でもしていると思われた。  夫婦は店の前で、僅《わず》かの間、たたずんでいた。 「あなた、娘《むすめ》の大事でございますよ」  お照が少し蒼《あお》ざめた顔で、念を押《お》すように嘉平にささやいた。  わかっている、と嘉平は重々しく咳《せき》ばらいをして、先に店の土間へ入った。 「ごめんなさいよ、こちらは信吉さんのお住いだな」  声をかけると、切り張りした障子の向うで、はい、と返事が戻《もど》って来た。 「信吉は手前どもでございますが……」  大人顔まけの挨拶《あいさつ》で障子をあけて出て来たのは十歳くらいの少女だった。地味な木綿の着物に赤い帯、前かけで手を拭《ふ》く動作が、世話|女房《にようぼう》の恰好《かつこう》だった。客の風体《ふうてい》をみて、すぐに豆腐《とうふ》を買いに来たものでないと悟《さと》ったらしく、 「どなたさまでございましょうか。信吉は只今《ただいま》、商いに出かけて居りまして留守でございますが……」  嘉平《かへい》は面くらった。妻をみると、お照も茫然《ぼうぜん》と突《つ》っ立っている。止《や》むなく嘉平は、身分を告げ、この近くまで来る用があったので、ついでに立ち寄ってみたのだと、お照をうながして手《て》土産《みやげ》を出させた。 「それは……わざわざお立ち寄り下さいまして有難うございます。いつもお世話になりました上に、頂戴物《ちようだいもの》まで致《いた》しまして、お礼の申しようもございません」  少女は丁寧《ていねい》に礼を述べ、小走りに奥《おく》へ消えた。信吉の女房を呼びに行ったのかと、夫婦は緊張《きんちよう》したが、戻《もど》って来たのは少女一人だった。座布団を二枚、持っている。 「汚《きたな》いところでございますが、どうぞ、おかけ下さいまし」  続いて奥から五歳ばかりの少年が危っかしい手つきで盆《ぼん》を持って出て来た。湯呑茶碗《ゆのみぢやわん》が二つ、のっていて、渋茶《しぶちや》らしいが、あたたかそうに湯気が立っている。少女は盆を受け取って、 「兄《あん》ちゃんが、いつもお世話になっているお店《たな》の御主人様ですよ。御挨拶をしなさい」  と少年にいう。少年は紅葉《もみじ》のような手を突いてお辞儀《じぎ》をした。  嘉平夫婦は気を呑《の》まれて、座布団に腰《こし》を下し、勧められて茶を飲んだ。 「お小さいのに、よくお留守が出来ますね。信吉さんのおつれあいは、お出かけですか」  やや、あってお照が切り出したが、おつれあいという意味を少女が解しかねているのに苦笑し、ざっくばらんに又《また》、言った。 「兄《あん》ちゃんのおかみさんのことですよ」 「兄ちゃんは無妻でございます」  夫婦は顔を見合せ、思わず吹《ふ》き出したくなるのを必死で押《お》し殺した。子供っぽい顔と姿と声に、あまりにそぐわなさすぎる応対ぶりが、遂《つい》に、無妻という言葉を口にしたとたん爆発《ばくはつ》しそこねたものである。  少女は別に照れた顔もせず、問われるままに自分の名は加代《かよ》、弟は治助《じすけ》、十一歳と六歳だと答えた。 「あの、兄ちゃんに御用でしたら、戻《もど》りましてから、お店へ伺《うかが》わせますが……」  という。嘉平夫婦は早々に、豆腐屋《とうふや》を逃《に》げ出した。  この長屋の差配《さはい》の家へ立ち寄って、差しさわりのないだけの内情を打明けて話をきいてみると、幼い姉弟は信吉の姉の子だとわかった。 「おせんちゃんといってね。器量も気だてもいい娘《むすめ》さんだったんですがね。悪い奴《やつ》に欺《だま》されて……やくざなんですよ。ずるずるべったりに子供を産まされて……その頃《ころ》はまだ信吉さんの親たちが生きていましてね。自分たちの子供という事で育てたんだが、五年前の冬に悪い風邪《かぜ》が流行《はや》った時に、続けざまにわずらいついて歿《い》っちまった。おせんちゃんのほうは、それ以前に、やくざの男の口車にのったかして、子供を置いたまま、ぷいっと家を出たっきり、今だに行方知れずですよ。男が木更津《きさらづ》あたりにでも売りとばしたんじゃないかなんて噂《うわさ》してましたが……へえ、男のほうも、それっきりこの界隈《かいわい》に姿をみせませんが……」  あとは信吉が男手一つ、豆腐作りから売り歩きから、飯の仕度、一歳と六歳だった姪《めい》と甥《おい》をかかえて悪戦|苦闘《くとう》の連日だったという。 「信吉さんもよく出来た人だが、あのお加代ちゃんってのが利発な子でね。五歳ぐらいから飯たきの手伝い、拭《ふ》き掃除《そうじ》、弟の子守と、いじらしいようによく働いて、今じゃ立派な信吉さんのおかみさん代りですよ。この近所の女どもは、信吉さんとこのちっちゃいかみさんなんて呼んでますけどね……」  差配はここを先途《せんど》と、信吉、加代、治助の姉弟のけなげさを礼讃《らいさん》したが、とっぷりと暮《く》れた川っぷちを帰る嘉平《かへい》夫婦の足は、水を吸った木場《きば》の材木みたいに重かった。     三  両親が、こもごもに話す馬道での顛末《てんまつ》を、お京は首を垂れて聞いていたが、話が終ると淋《さび》しそうな微笑《びしよう》を浮《うか》べ、低い声で言った。 「今、お話下さったこと、あたし、信さんから、今日ききました」  夕方、商いに来た信吉を庭先へ通して、お京は自分の口から、この店へ聟《むこ》に来てくれないかと切り出したというのだ。 「まあ、お前は女のくせに……」  母親は悲鳴をあげたが、 「でも、私のことですから自分で話したほうが間違《まちが》いがなくてよいと思ったのです。お父つぁんもおっ母さんも、信吉さんのことを、どうやら悪くは思っていらっしゃらないらしいし、そうとなったら一日も早く、信吉さんの気持を聞いてみたいと……」  しっかり者でも、そこはお嬢《じよう》さん育ちの怖《こわ》いもの知らずで、お京は単刀直入に恋《こい》を打ちあけた。 「信さんは、お父つぁんやおっ母さんが今、話してくれた通りの、内輪のわけを打明けて……あの人、おっ母さんが死ぬ時に約束《やくそく》したんですって。お加代ちゃんと治助ちゃんとを本当の姉弟と思って、必ず一人前に育ててみせるから、心配しないで成仏してくれって……あと十年もたつと加代ちゃんはお嫁《よめ》にいくし、治助ちゃんも一人前になる。それまであの人、独りでいる決心なんですって。そうでないとお嫁さんにも気の毒だし、加代ちゃんたちが気を使うとかわいそうだから……。男は二十五になろうと、三十を過ぎようと自分に我慢《がまん》が出来れば独りでいたってどういうことはない。だが、女の人に三十まで待ってくれとは言えやしないって……」  十年|経《た》ったら、私は三十、とお京は歌うように言って涙《なみだ》ぐんだ。 「当り前ですよ」  憤《いきどお》った声で母親が言った。 「十年と口で言えば気軽だが、女が三十まで独りでいるなんて……三十すぎての初産《ういざん》は重いものだって言うんだし……第一、十年も待って、男の気持が変ってごらん、男なんてのは自分がいくつになったって、年の若い女を好むもんなんだよ。四十、五十にもなって、娘《むすめ》ほども年の違《ちが》う妾《めかけ》を持つ男は世間にはざらだもの……」 「まあ、それはともかく、万が一、信吉の気持が変らなかったにしろ、十年の歳月の間には、老少不定ということがある。信吉にもしもの事がないとは言えない。そうなったら、お前は嫁入りもしないで後家になる……」  お京は二人の顔を等分に眺《なが》めた。 「お二人のおっしゃる、そのどっちも私は考えました。それでも私は三十まで信さんが待ってくれっていうなら、待ったっていいんです。女が惚《ほ》れたんだから、どうせ、信さんの所へ行かないんなら、一生一人で居たっていいと思ってるんですから……」  前挿《まえざ》しの銀のかんざしを抜《ぬ》いて、ビラビラを指ではじいた。 「だけど、信さんは駄目《だめ》だって言うんです。あの人の姉さんがやくざといっしょになってるから……いつ、江戸へ戻《もど》ってくるかわからない。悪い男だから、そうなればお加代ちゃんだって、どこへ売りとばす気になるか知れないし、信さんは、加代ちゃん治助ちゃんだけは、どんなことがあっても守り抜く気でいるんです。それだけだって覚悟《かくご》がいるのに、うちみたいな大店《おおだな》とひっかかりが出来たら、そいつが、どんな難癖《なんくせ》をつけて、この店にタカるか知れたもんじゃない。御恩になっているお店に、そんな迷惑《めいわく》はかけられないって……」  しょんぼりと肩《かた》を落してお京は立ち上った。 「そうまで言われては、私だってどうしようもない。だって、お店に迷惑がかかるって事は、お父つぁん、おっ母さんに迷惑を及《およ》ぼすってことでしょう。私一人なら、惚《ほ》れたんだから苦労したっていい。でも、親まで巻き添《ぞ》えにしちまっちゃあ……」 「お京……」  嘉平《かへい》が悲痛な声を絞《しぼ》った。 「親のことはどうでもいい。お前の気持は、どうなんだ……」  お京の顔がくしゃくしゃになった。 「豆腐屋《とうふや》のかみさんになりたいのです……この家を出て……でも、駄目《だめ》なんです。信さんにその気がないんだもの……」  子供のように声をあげて泣きながら居間を出て行く娘《むすめ》を見送って、夫婦はがっくりと膝《ひざ》をついた。     四  二十年も手塩にかけて育てた娘に、親を捨てても嫁《よめ》に行きたいと、はっきり言われて、嘉平夫婦の衝撃《しようげき》は大きかった。  お京は、その日一日、部屋《へや》で泣いたが、翌日からはちゃんとしっかり者の笹屋《ささや》の娘になって、きちんと店をやってのけていたが、夫婦は、なんとなく娘が、もう遠く手の届かない所へ行ってしまったような、虚《むな》しく、頼《たよ》りない気持になっていた。大げさにいうと、娘に裏切られたような按配《あんばい》なのである。  夫婦は、無意識の中にお互《たが》いをいたわり合っていた。  その日も、どちらが言い出すともなく長命寺へ詣《もう》でようかということになって家を出た。  梅《うめ》の香《か》がしきりにして、舌足らずに鶯《うぐいす》の声も聞える。  境内《けいだい》の茶店で桜餅《さくらもち》には少々早いので、代りのわらび餅に茶を飲んでも、夫婦の話題はいつか娘の恋《こい》に戻《もど》っていた。 「どうしたものか……」  と嘉平《かへい》が浮《う》かぬ声で呟《つぶや》いた。信吉を聟《むこ》にする話も、豆腐屋《とうふや》へ嫁入らせるのも、もはや問題外として、困るのはお京が一生、独りでいると宣言したことである。若い娘の我儘《わがまま》だから、その中には気も変ろうと高《たか》をくくってみるものの、二十歳にもなっていて、この上、縁談《えんだん》を断られては、それこそ本当に来る養子も来なくなってしまう。 「あなたが、あんまり甘《あま》やかして育てたからですよ」  とお照は愚痴《ぐち》り、 「なにを言うか。娘《むすめ》の躾《しつけ》は母親のつとめだぞ」  嘉平も責任のなすり合いを言ってみるが、行きつく所は嘆息の他はない。茶をすすっては吐息《といき》ばかりついていた嘉平が、ふと、茶店の外に立ちすくんでいる加代と治助に気がついた。気がつかれてみると、加代は治助の手をひいて茶店へ入って来た。 「すみません。どうしてもお話申し上げたいことがございまして、お店のまわりをうろついていましたら、お出かけの様子でしたので……」  後をつけて来てしまったと、加代は詫《わ》びた。  茶店の老婆《ろうば》は釜《かま》の向うで居眠《いねむ》りをしている。時季はずれなので、境内には参詣《さんけい》の人もなかった。 「あの……差配の小母《おば》さんから聞いたんですけど……兄ちゃんを……あの、もし、間違《まちが》いましたらごめんなさい。笹屋《ささや》さんのお店で、兄ちゃんを御養子さんにって……そんな話があるって聞きましたけど……本当でしょうか……」  一生|懸命《けんめい》になっているのが、よく分る。加代は両手を握《にぎ》りしめ、涙《なみだ》ぐんだような眼《め》で嘉平を瞶《みつめ》ていた。  嘉平は当惑《とうわく》し、苦い表情を作った。小娘を相手に大人気ないと思いながら、つい日|頃《ごろ》の忿懣《ふんまん》が口に出た。 「そんな話がないわけではなかったが……もう、こわれた……」 「やっぱり……」  加代は唇《くちびる》を噛《か》み、かすかに身ぶるいした。 「こわれたのは……私たちのせいです……」  姉に抱《だ》き寄せられて、傍《そば》の治助が怯《おび》えた顔になった。弟を抱いて、加代は、いきなり地面に片手を突《つ》いた。 「笹屋《ささや》の旦那《だんな》様……お願い申します。兄ちゃんを貰《もら》って下さいまし」  嘉平《かへい》は金持の鷹揚《おうよう》さで冷笑した。 「信吉が笹屋の婿《むこ》になれば、お前たちも笹屋のお嬢《じよう》さん、お坊《ぼつ》ちゃんになれると思ったのかい……」  加代は激《はげ》しく首をふった。前挿《まえざ》しが地面へ落ちた。 「いいえ、もし、笹屋さんが兄ちゃんを貰って下さるんでしたら、あたしは治助を連れてどこかへ行きます。決して、お邪魔《じやま》にはなりません……」 「どこかへ行くったって、あんたのような小さな子が……」  落着いて嘉平は応じた。小娘の泣き落しにのるものかと腹の中で笑った。 「大丈夫《だいじようぶ》です。私は年より背が高いので、大きく見られます。子守だって、洗いものだって、拭《ふ》き掃除《そうじ》だって出来ます……どこへ行ったって一生|懸命《けんめい》になれば……やれます……兄ちゃんには知れないように出て行きます」  十一歳の娘《むすめ》の言葉ではなかった。 「兄ちゃんが、かわいそうなんです……」  不意に、ぽろぽろと加代は泣いた。 「ずっと前に、兄ちゃんが寝言《ねごと》をいったことがあるんです……お京さんだったか、お嬢さん、だったか、よく聞えませんでした……」  泣きじゃくりながら、次第に子供の口調に戻《もど》って、加代は訴《うつた》えた。  この前、嘉平夫婦が訪ねた日、夜半に目をさまして、加代は信吉が畳《たたみ》をかきむしって泣いているのに気がついた。具合でも悪いのかと、声をかけようとして、加代はうめくような信吉の声を聞いた。 「お京さん……好きだ……」  悪いことを見てしまったように、加代は慌《あわ》てて布団をかぶったが、気をつけていると、毎晩のように信吉はお京の名を呼んで泣いている。余っ程、苦しいその想《おも》いが、恋《こい》ということなのだと、裏町育ちだから加代にもおぼろげにわかった。たまたま、差配のおしゃべりなかみさんが、笹屋《ささや》からの養子の話を近所の女たちへ噂《うわさ》しているのを、加代は立ち聞いて、兄ちゃんのお京さん、が、笹屋の一人|娘《むすめ》の名だと気がついた。自分たち姉弟が、兄ちゃんの幸せの邪魔《じやま》になっていることも、兄ちゃんが自分たちのために、歯をくいしばって悲しみに堪《た》えていることも。  一と晩中、考えて加代は決心した。これ以上、兄ちゃんの重荷になってはいけないのだ。  感情に激《げき》し、たどたどしい調子で話す加代には、例の大人ぶった、ちっちゃなかみさんの口調は消えていた。苦労が身につけた分別であり、智恵《ちえ》であっても、十一歳は十一歳なのだ。  嘉平も、いつか、しんと聞いていた。加代が語り終えた時、お照は眼《め》を泣き腫《は》らしていた。  話はよくわかった。とにかく悪いようにはしないからと、嘉平は加代をなぐさめ、とりあえず馬道へ帰るようにと言った。近くの船宿で船を頼《たの》み、夫婦で送ってやることにして、遠慮《えんりよ》する姉弟を連れて行った。  舟宿では、船頭が近くに用足しに出ているという。 「別に急ぐわけじゃないんだから……」  待たせてもらうことにして、姉弟を先に船へ乗せた。置き炬燵《ごたつ》があるし、陽《ひ》が当って船の中はあたたかい。菓子《かし》でも買って来ようと夫婦は一たん陸へ上った。  川岸にも梅《うめ》があった。白い花がよく咲《さ》いている。 「あなた……」  決然とした調子でお照が口を切った。 「お京を嫁《よめ》にやりましょう」  嘉平は妻を眺《なが》めた。 「あんなに想《おも》い合っているのなら、夫婦にしてやるのが親のつとめです」  答えず、嘉平は煙管入《きせるい》れを取り出した。 「あなた、加代って子の言ったこと、考えて下さいまし。十一かそこらの子が、六つの弟を連れて、家出をしようと決心したんですよ。この世でたった一人、杖《つえ》とも柱とも頼《たの》む兄ちゃんの幸せを考えて……どんなに辛《つら》かったか……悲しかったか……心細かったか」  お照は改めて袖口《そでぐち》へ目を当てた。 「十一の子の分別なんですよ、それが……お京なんか、加代ちゃんにくらべたら苦労を知らなすぎます。信吉さんにもらってもらって、せいぜい仕込んでもらいましょう。あの子だって、それが幸せだと思っているんですから……」  長い間、夫婦は川っぷちに立っていた。 「お京を嫁に出すと……寂《さび》しくなるぞ、お前も……俺《おれ》も……」  煙管を石に叩《たた》いて、ぽつんと嘉平が言った。  待っていたように、お照が応じた。 「お京の代りに、加代と治助を貰《もら》いましょう。私たち、娘《むすめ》がしっかり者なのに安心して、つい、年齢《とし》より年寄り臭《くさ》くなっていましたけれど、まだまだ子供の一人や二人、育てられますよ。もう十年もがんばれば、お京の他に、もう一人の娘の嫁入り姿が見られます。治助には、いい嫁を探してやりましょう……」 「治助は六つだろう。嫁《よめ》をもらうまでには二十年はかかる……俺《おれ》が七十、お前は……」 「六十六でしょうか」 「えらいことになるぞ……」  夫婦は眼《め》を見合せた。久しぶりにいきいきしている妻に、嘉平は若やいだ気分になった。  まだ、俺もそんな年齢《とし》ではなかったのだ、と、今更《いまさら》らしく指をくった。  船へ戻《もど》ってみると、姉弟は抱《だ》き合うようにして眠《ねむ》りこけていた。  先に治助が眠ってしまったのを抱いてやっている中に、つい、加代も眠ってしまった、そんな恰好《かつこう》だった。  妻が羽織を脱《ぬ》いで治助に着せかけるのをみて、嘉平も羽織を加代へかけてやった。それでも目をさまさない。 「余ッ程、疲《つか》れている……昨夜は、きっと眠《ねむ》らなかったのかも知れませんね」  弟を連れて、家を出なければと十一の少女が思いつめた夜は、おそらく声をしのんで泣くことはあっても、瞼《まぶた》を合せる余裕《よゆう》はなかったに違いない。 「同情はいいが……あとで後悔《こうかい》するなよ。この子の父親が、いつ、江戸へ舞《ま》い戻《もど》って来ないとは限らない。面倒《めんどう》なことになるぞ」  声をひそめて妻へ言った。お照は母親の落着きを持って、眼だけで笑った。 「あなた、この子たちの若い叔父《おじ》さんは、たった一人で、この子たちを守り抜《ぬ》く覚悟《かくご》をしていたんですよ。私たちには分別もあります。若い人よりは世の中を見ています。自分の子なら、親は死に物狂《ものぐる》いになったって、守り抜いてみせるものです」  治助が大きないびきを立てた。  船の中にまで、梅《うめ》の香《か》が忍《しの》び込んでいた。  邪魔《じやま》っけ     一  赤い地紙に黒い文字で「むぎゆ」と書いた竪行燈《たてあんどん》が橋の袂《たもと》に、ぼうっと点《とも》っている。 「有難うございました」  二人ばかりの客を送り出した麦湯売りの女の声にまろやかな言葉|癖《ぐせ》があった。長太郎は行燈の灯かげに眼《め》を凝《こ》らした。気がついたのは相手のほうが早かった。 「万石の若旦那《わかだんな》……」  走りよって来たおこうに、長太郎は肩《かた》をすくめてみせた。 「若旦那は恐《おそ》れ入った……店はもう潰《つぶ》れたんだぜ。知ってるだろう」  寄るつもりはなかった涼台《すずみだい》の一つへ、長太郎は腰《こし》を下した。行燈の下に麦湯の釜《かま》、茶碗《ちやわん》などを並《なら》べて、その周囲に二つばかり涼台が出ている。店というにはあまりに簡素だが、暑苦しい江戸《えど》の夏の夜に、麦湯や桜湯《さくらゆ》くず湯あられ湯などをあきなう「むぎゆ」の露店《ろてん》は涼《りよう》を求めて夜歩きする八百八町の人々に結構、珍重《ちんちよう》された景物であった。 「お前さん、いつからこんな商売に出てるんだい」  麦湯を一杯《いつぱい》くれと頼《たの》んでから、長太郎は腰をかがめて湯をくんでいるおこうの背に問うた。 「川開きの晩からなんです」 「豆腐屋《とうふや》の店は、どうしたんだ」 「やってます。お父つぁんと……」  麦湯を涼台へおいて、おこうは微笑《わら》った。 「この夜店、昨年まではお隣《となり》の蝋燭屋《ろうそくや》のおしんちゃんがやってたんですけど、あの人、春にお嫁《よめ》に行ったでしょう。だから、お隣の小母《おば》さんが私にやってみないかって……豆腐屋は朝の商売だし、やってみたら面白いようにお客様があるんです」  洗いざらしらしい白っぽい浴衣《ゆかた》をきっちりと着て、相変らず白粉《おしろい》っ気《け》のないおこうには、紅染の襷《たすき》とふっくらとした愛敬《あいきよう》の良さだけがこうした客商売らしさを匂《にお》わせている。 「おこうちゃんは働き者だからな」  自嘲《じちよう》めいて、長太郎は言った。おこうは黙《だま》って立っている。  父親が急死してすぐ、それまで老舗《しにせ》を誇《ほこ》って来た仕出し屋「万石」の店を、番頭と親戚《しんせき》連中が寄ってたかっていいようにしてしまい、半年目には長男で一人|息子《むすこ》の長太郎が無一文で店を閉めることになった経緯《いきさつ》は、同じ町内のことだから、とっくに知っている筈《はず》のおこうが自分からその話題を避《さ》けているふうなのに、長太郎は苛々《いらいら》した。 「俺《おれ》、今、どこへ行って来たと思う。柳橋《やなぎばし》の料理屋へはんぺんの注文取りに歩いて来たんだぜ」 「駿河屋《するがや》さんのお店へ御奉公《ごほうこう》なすったって聞きました……」  駿河屋はこの界隈《かいわい》では指折りのはんぺん商だ。 「そうさ。働かなけりゃ喰《く》えねえからね」 「柳橋は大変なにぎわいでしょう。きれいでした……花火?」  おこうは橋の上の空を仰《あお》いだ。この橋は大川とは支流になる小さな川にかかっているので、花火の気配はまるでない。ただ、音だけがよく聞えた。 「花火なんざ、見るもんか」 「まあ、どうして……」 「しみったれ野郎が大勢でわいわいさわいでやがる……」  吐《は》き出すように長太郎は言った。 「そうだろう。江戸《えど》中の船宿や、南両国《みなみりようごく》あたりの料理屋が金を出して川開きだ、花火だと景気をつける。いわば商売でやる花火を一文も出さずに橋の上やら、屋根なんかから玉屋|鍵《かぎ》屋と浮《う》かれるなんざ、見倒《みだお》しもいい所だ。瘋癲白痴《ふうてんはくち》じゃあるまいし、他人の商売物を船にも乗らず、料理屋の二階に上りもせず、銭を出さずに見ようなんて、しみったれでなくてなんだってのさ」  花火の音が続いて聞えた。長太郎は見えない夜空へさえ、眼《め》を上げようとしない。  川風が吹いて、おこうは行燈《あんどん》の火をのぞいた。  長太郎が涼台《すずみだい》から立ち上って、懐中《かいちゆう》へ手を入れた時、おこうは咄嗟《とつさ》に言った。 「いいんです。これは……」  とたんに長太郎の眼が怒《いか》った。 「はんぺん屋の手代に成り下ってもね、茶代を恵《めぐ》まれるほど零落《れいらく》はしちゃあいねえよ」  ざらりと涼台《すずみだい》に投げた銭《ぜに》の数は茶代にしては多すぎた。おこうは素早く、その過半数をつかみわけた。 「若旦那《わかだんな》、むぎゆの茶代は多すぎると野暮《やぼ》なんですって……」  別に、ゆっくり言った。 「麦湯の店は、水茶屋じゃございません」  微笑《わら》った顔だが、声の底にはきびしいものがあった。  長太郎は無言で踵《きびす》を返した。  路地を入ったとたんに甲高《かんだか》い女のどなり声がした。妹のおせんである。  おこうは重い足を路地の奥《おく》へ運んだ。 「ちょっと、おこうちゃん……」  一|軒《けん》手前の蝋燭屋《ろうそくや》の戸が開いていて、暗い中にお熊《くま》が立っている。蝋燭屋の女房《にようぼう》で、名前はきついが世話好きな親切者である。 「今、家へ入っちゃあまずいよ。ここへお出《い》で……」  背後から亭主《ていしゆ》の和助も言った。 「嵐《あらし》が止《や》むまで、おこうちゃん、うちで茶でも飲んで行きなよ。いま、お前さんが顔を出したら、嵐が火事になる……」 「すみません。いつも……」  隣家《りんか》の土間へ足を入れかけたとたん、我が家から妹の声がはっきりと聞えた。 「お父つぁんはね、二言目には姉ちゃんがかわいそうだ、おこうが気の毒だっていうけれど、それじゃ、あたい達は少しもかわいそうじゃないってのかい」  父親のおどおどした制止が続き、瀬戸物《せともの》の割れる音が続いた。 「姉ちゃんは好きで嫁《よめ》に行かなかったんだもの、二十五にもなって、うすみっともない娘《むすめ》のなりをしていようと自業自得さ。だがね。あたいは姉ちゃんの犠牲《ぎせい》だよ。あたいが嫁に行けなかったのは、上がつかえてるからだ。嘘《うそ》だと思ったら町内で聞いてみろ。おせんちゃんの嫁の世話をしてやりたいが、それじゃおこうちゃんに悪いからって……みんな、姉ちゃんに義理立てて、あたいを貰《もら》ってくれないのさ。あたいだけじゃない。常吉だって嫁を欲しい年|頃《ごろ》になっているのに、姉ちゃんがいい年して家にいるんじゃ、誰《だれ》も来手があるもんか。小姑《こじゆうと》は鬼千匹《おにせんびき》ってね」  おせんの声は、深夜であることにも、棟割《むねわり》長屋で近所|隣《となり》へ筒抜《つつぬ》けであることにも遠慮《えんりよ》なしだった。 「例の血の道が起ってるんだよ。気にしたらいけないよ、さあ、お上りな。突《つ》っ立っていないで……」  お熊《くま》に腰《こし》を押《お》されて、おこうは上りかまちへべったりと坐《すわ》り込んだ。夕方から立ちっぱなしの体も重かったが、心の重さが辛《つら》かった。 「おせんちゃんにも困ったもんだな。まあ、あの年まで嫁に行かないでいるのだから、いらいらもするだろうが……」  団扇《うちわ》を使いながら、和助は蚊帳《かや》の吊《つ》り手を一つはずし、布団をぽんと二つ折りにして坐る場所を作った。 「なに言ってるんだい。おせんちゃんって人はね、自分がどんな女だか考えた事があるのかい。朝寝《あさね》はする、いい年をして商売の手伝いはしない。台所仕事は嫌《いや》、水仕事は手が荒《あ》れる、拭《ふ》き掃除《そうじ》は気鬱《きうつ》だ。裁縫《さいほう》をすりゃあ肩《かた》が凝《こ》る……大名のお姫《ひめ》さまじゃあるまいし、そんな女を嫁にもらう馬鹿《ばか》がいるものかね。嫁に行けないのはおこうちゃんのせいじゃない……当人の心がけが悪いからじゃないか」 「小母《おば》さん……」  弱々しく、おこうは制した。 「そりゃあ、おせんちゃんはあんたの妹だ。だがね。私はあんたがかわいそうで見ていられないんだよ。怠《なま》けもののくせに欲深で、おせんちゃんは銭箱《ぜにばこ》だけはしっかり握《にぎ》り込んでいて、あんたにもお父つぁんにも一文だって自由にさせないってじゃないか……」 「小母さん……もうかんにんして下さい」  上りかまちに手を突《つ》いておこうは頭を下げた。  いくら自分につらく当っても、実の妹である。他人からの責め言葉はそっくりおこうが背負わねばならない。  泣くつもりはないのに眼《め》のすみにたまった涙《なみだ》を、おこうは浴衣《ゆかた》の袂《たもと》で何気なく拭《ふ》いた。  路地をばたばたと下駄《げた》の音が、かけ抜《ぬ》けて行く。呼び止める父親の声が二言ばかり追ったが、それっきりになった。  おこうはうつむいて腰《こし》をあげた。 「すみませんでした。おさわがせをして……お休みなさい」  気の毒そうな和助夫婦の視線が、おこうには身を切られるようだ。  路地に出て、闇《やみ》をすかしてみたが、妹の姿は無論みえない。家のくぐりを入ると、店先に途方《とほう》に暮《く》れた父親が坐《すわ》りつくしている。  土間には明日の仕込みに用意した大豆《だいず》がぶちまけられて足のふみ場もない。 「只今《ただいま》、お父つぁん」  新しくたまった涙《なみだ》を飲みこみながら、 「お隣《となり》で、今まで……」  流石《さすが》に語尾が泣き声になった。     二  豆腐屋《とうふや》の朝は早い。  四時起きをして、前夜から水につけておいた豆を石臼《いしうす》でひき、ひいた豆を木綿|袋《ぶくろ》に入れて圧《お》しをかけて汁《しる》を取る。これが父の米吉の仕事だが、ここ二年ばかり父親がめっきりおとろえて来ているのを知っておこうは石臼の役はなるべく自分一人でやってのけた。汁にニガリをまぜ、長方形の穴のあいた箱《はこ》へ入れて固まらせる間に、おこうは油あげを作り、父親はおからの始末をする。  父親が荷をかついで朝商いに出かけた後、おこうは掃除《そうじ》をし、朝食の仕度にかかる。その頃《ころ》、近所隣がガタピシと雨戸を繰《く》り出すのであった。  朝商いから父親が帰って来る頃、漸《ようや》く末の妹のおかよが起き出して来た。むっつりした表情でいつまでも鏡台の前に坐《すわ》っている。 「かよちゃん、常吉は……?」  弟の常吉も二階に寝《ね》ているとばかり思っていたのだ。 「兄さんはいないわよ」 「え?」 「又《また》、横町のお師匠《つしよ》さんに可愛《かわい》がられてるんでしょうよ」  十五になったばかりなのに、そんな時だけ品のない笑い方をする。  おかよが末で、その上の常吉が二十歳《はたち》。父親と母親の良い所だけを取って生れたような器量で、苦み走った男っぷりだ。小柄《こがら》で子供子供した感じなのに、なかみのほうはませていて、同じ町内のお囲い者の清元の女|師匠《ししよう》に重宝がられ、旦那《だんな》の来ない晩などは女ばかりで物騒《ぶつそう》だからと泊《とま》り込んだりする。勿論《もちろん》、それが只《ただ》の用心棒ではないことは当人が自慢《じまん》たらたら町内を喋《しやべ》って歩いたから、忽《たちま》ち評判になってしまった。師匠は旦那をしくじったが、そうなっても十歳も年下の男はそれほどいいものなのか、常吉を入りびたらせて平然としている。常吉のほうは三、四日もすると派手な口喧嘩《くちげんか》をしたあげく、 「年上の女は、ねちっこくてかなわねえ」  などと、きいたふうなことを言っては家へ帰って来て丸一日、もぐらのように布団をかぶって眠《ねむ》り込んでいる。無論、そんなだから石臼《いしうす》もまわさなければ、てんびんをかついで商いに出ることもない。  十三、四までは父親もガミガミ叱《しか》ったが、小言をいえば口でも腕力《わんりよく》でもむかってくる。そうなったら所詮《しよせん》、若い男のめちゃくちゃな反抗《はんこう》にかなう者は一人もなく、いつの間にか、 「さわらぬ神にたたりなし」  に、なってしまった。  父親の米吉が朝商いから帰って来て、おこうが足を洗ってやったりなぞしている間も、おかよは髪《かみ》がうまく結えないと言って焦《じ》れていたが、三人だけの朝飯を終えると、 「白粉《おしろい》が切れたから買って来ます」  ぷいっと出かけてしまった。 「おかよはだんだん、おせんに似てくるようだな。あの子だけはお前の力になってくれるかと思っていたが……」  湯呑《ゆのみ》を掌《てのひら》に包んで、米吉はもう軒先《のきさき》からじりじりと暑くなって来ている夏の陽《ひ》にまぶしげな眼《め》を向けて呟《つぶや》いた。 「昨年までは台所仕事ぐらいは手伝ってくれたのに、近頃《ちかごろ》は、私にろくろく返事もしないんですよ」 「おときが死んだ時、あの子は三つだった。十三になったばかりのお前があの子を背負って、なにもかも母親がわりに育てて来たのに……恩知らずな奴《やつ》だ」 「おっ母さんがいけないのよ。四人もの子供を残して、先に死ぬなんて……」  二十歳《はたち》までは泣き泣き言った言葉を、二十をすぎてからは笑いながら言う。おこうはそんな自分に女の年齢《とし》を想《おも》った。苦労が教えた諦《あきら》めである。 「そうだ。誰《だれ》もいない中に、これを渡《わた》しとこうか」  どっこいしょと立ち上って、奥《おく》の部屋《へや》から細長く、丸い包を持って来た。 「浴衣《ゆかた》だよ、お前んだ。近|頃《ごろ》のはやりなんだってね。おっこち絞《しぼ》りというんだそうだね」 「お父つぁん」  藍《あい》が手に染まりそうな鮮《あざ》やかさを膝《ひざ》にひろげて、おこうは息を呑《の》んだ。着物を新調することはここ数年来であった。たとい浴衣でも嬉《うれ》しさに変りはない。 「お前が麦湯売りに出ているだろう。夜だからいいようなものの、あんまりかわいそうなんで、昨日、商いの帰りに買って来たんだがね。夜の勘定《かんじよう》の時、銭が足りないとおせんがうるさく言うんだよ」  商いに持って出た豆腐《とうふ》や油あげの数と、稼《かせ》いで来た金とを、おせんは毎晩、父親から当然のように受け取って、神経質なくらい勘定が合うかどうかを算用する。一家の銭箱《ぜにばこ》はがっちりおせんがおさえていて、日々の入用《いりよう》はその度におせんに言って、僅《わず》かずつ出してもらう習慣が、これもいつの頃《ころ》かついてしまっていた。  何度かは、いっそ稼《かせ》ぎをおせんに渡《わた》さずに、と父もいい、おこうも考えたことがあるのだが、 「おせんには銭勘定《ぜにかんじよう》だけが生き甲斐《がい》みたいなのだから……」  と、肉親だけに、不愍《ふびん》がって実現しなかった。  その他にも、おせんから銭箱《ぜにばこ》を取り上げるとなれば、かなりな大騒動《おおそうどう》となることも予想出来たし、その繁雑《はんざつ》さに堪《た》える勇気は父親にもおこうにもなかったのだ。 「それで、昨夜のさわぎだったんですね」  浴衣《ゆかた》に眼《め》を落したまま、おこうは言った。 「おせんにも、おかよにも買ってくれば良かったんだろうが……よけいな無駄《むだ》づかいだと叱《しか》られるのは知れているし……あいつらはつい先だって、かつぎ呉服屋《ごふくや》の清さんから新しいのを二枚も三枚も買ったばかりだ」  小さいが二|棹《さお》ある箪笥《たんす》の中は、殆《ほとん》どがおせんの着物で、続いておかよ。おこうのは、 「姉さんのは古くさくて汚《きたな》らしいから……」  と箪笥にも入れさせず、柳行李《やなぎごうり》を使わせている。もっとも、汚いのはろくに手入れもしない妹たちのもので、おこうのは古くとも、洗いも繕《つくろ》いも行き届いているから小ざっぱりと始末がいい。 「浴衣一枚、買ってもらったくらいで、近所|隣《となり》に聞えるように罵《ののし》られたり、嫁《とつ》ぎおくれの、邪魔物《じやまもの》扱いされるんじゃたまりませんね」  皮肉っぽく、おこうは言った。我儘《わがまま》で手前勝手な弟妹たちをおさえ切れない父親への小さな腹立たしさもあった。 「そうだよ。たかが浴衣一枚だ」  横鬢《よこびん》が目立って白くなっている。まだ五十そこそこなのに、うっかりすると六十過ぎにも見られそうな父親の老いである。おこうは口をついて出そうな皮肉や悪態をそっと胸で消した。 「有難う、お父つぁん、早速、仕立てて着ます。こんな絞《しぼ》りのが、本当は欲しくてならなかったんだもの」  その日の夕方、麦湯売りに出かけようとしている矢先、ふらりと弟の常吉が帰って来た。 「姉ちゃん、なんとかしてくれなきゃ困るじゃないかよ」  女|師匠《ししよう》のお仕着せか、粋《いき》な浴衣《ゆかた》をぞろりと着て店先に突《つ》っ立ったまま、いきなりに言う。 「困るって……なにが……」  父親もおかよも湯屋へ行っている。 「昨夜遅《おそ》くに、おせん姉ちゃんが師匠の家へ転がり込んで来たんだよ」 「そうですってね」  そのことは、昼間、父親が心当りをたずね廻《まわ》ったあげく、ちゃんと見届けて来ている。 「そうですってね、などと乙《おつ》にすまされちゃあ困るぜ。こっちはなにかと世話をかけてる師匠の家へ、迷惑《めいわく》かけてもらいたくねえなあ、俺《おれ》の立場がなくなるぜ」  おこうは弟に近づいた。近づいてみると、弟の息はまだ日が明るいのに酒くさい。 「お師匠さんには、ちゃんとお父つぁんがお詫《わ》びにうかがってますよ。困ると思ったら、常ちゃん、あんた、おせんを泊《と》めなけりゃあいいのに……」 「だって……夜更《よふ》けに女一人……無分別でも起したら、困るのはこの家だ」 「それだけ思いやりがあるなら、おせんを力ずくでも家へ連れ戻《もど》してくれたらいいじゃないか。暑い日盛《ひざか》りを、お父つぁんは心配して、あっちこっち商いを放り出して探して歩いたんだよ。せめて、朝にでも、おせんが師匠の所へ来ていると、知らせてくれる器量がないものかい」  へらへらと常吉は笑った。 「おせん姉ちゃんは怒《おこ》ってるぜ」 「浴衣《ゆかた》一枚くらい……欲しけりゃお父つぁんに買っておもらいよ。がっちりしまい込んでる銭箱《ぜにばこ》から銭を出してね」 「浴衣なんざ、一夏着きれねえほど買ってあるとさ」 「じゃあ……なにが……」 「姉ちゃんが、麦湯売りで稼《かせ》いだ金を出さねえのが癪《しやく》の種だとさ」 「常吉」  おこうは弟の眼《め》をみつめた。 「あんたも聞いてたね。川開きの二日前の夜、私がお父つぁんの新しい着物や下着を買うんだから銭を出してくれと、おせんに頼《たの》んだのを……その時、おせんがなんて言った。もう間もなく死ぬようなおいぼれに着物なんか無駄《むだ》な費《つい》えだって……五十のお父つぁんが間もなく死ぬのかどうか神さまじゃないから、あたしは知らない。だがね、老い先短い人だったら尚更《なおさら》、小ざっぱりした着物ぐらい着せてあげたいとあたしは思った。十二年前におっ母さんがなくなってから、あたしたちが継母《ままはは》を持ったら可哀《かわい》そうだと、とうとうやもめを押《お》し通したお父つぁんにせめてそれくらいのことは……」 「姉ちゃん」  嘲笑《ちようしよう》を含《ふく》んで、常吉がかぶせた。 「麦湯売りは親孝行のための銭稼《ぜにかせ》ぎかい。又《また》、世間さまが姉ちゃんをたんと賞《ほ》めるだろうよ」  土間にあった麦湯の釜《かま》へ手をのばした。 「いけないよ。商売物を……」 「へっ、好きな男にゃ何|杯《ばい》でも只《ただ》飲みさせたがりゃあがってさ……俺《おれ》は見てたんだぜ。昨夜……暗い中で二人っきり……あれは潰《つぶ》れた万石の馬鹿旦那《ばかだんな》の……」  おこうの手が傍《そば》の桶《おけ》の中の商売物の豆腐《とうふ》をつかんだ。水気を含《ふく》んだ白い豆腐は力まかせに常吉の横っ面《つら》へはじき飛んだ。     三  六月に入って、町の世話役の一人であるはんぺん屋の駿河屋《するがや》で大きな慶事《けいじ》があった。  普段《ふだん》からなにかと世話になってもいるし、お得意先でもあるからと、父親の勧めでおこうはおせんと二人で手伝いに出かけた。  愛敬者《あいきようもの》で、てきぱきと気のつくおこうは、今までにもよく町内の物持の家で法事や慶事のあるごとに頼《たの》まれて手伝いに行っているから、重宝がられて次々と用事を頼まれて気持よく働き廻《まわ》っていたが、万事、不馴《ふな》れなおせんは要領悪く、台所のすみでつくねんとしていることが多い。  最初の中こそ、おこうはそんな妹に何かと用事をみつけてやったり、教えたりもしていたが、おせんがふくれっ面《つら》で返事もろくにしないし、その中には自分自身がいそがしくて妹の世話まで焼き切れなくなった。  客の接待が一通り終って、店の者たちにも祝膳《いわいぜん》が配られるようになると、戦争のようなさわぎだった台所も一段落して、あとは酒の燗《かん》くらいになる。  長太郎が空になった徳利《とつくり》を五、六本まとめて台所へ運んで来た時、がらんとした土間で、おこう一人が洗い物をしていた。 「おや、ほかの者はどうしたんだ」  おこうはふりむいて、長太郎と知ると急いで濡《ぬ》れた手を拭《ふ》き、衿許《えりもと》を気にした。 「みんな、表へ御接待に出てなさるんですよ。あたしはこんななりだから……」  それでも新調のおっこち絞《しぼ》りに母親の形見の帯をしめて来ている。 「おせんちゃんはさっき帰ったようだよ」 「すみません、あの子、ちょっと体具合が悪いようなので……」  いつ帰ったのか知らずにいたのだが、すぐにそんな取り繕《つくろ》いが口から出た。 「この間の晩は……ごめんよ。つい、キザなことを言っちまった……」  徳利《とつくり》に酒を入れるのを手伝いながら、長太郎がそっと言った。おこうは耳の奥《おく》まで熱くなった。 「とんでもございません。おわびはあたしが申さなけりゃあ……ほんとに勘忍《かんにん》して下さいまし。若旦那《わかだんな》に、あんな……」  無器用な長太郎の手から徳利を取り上げた。 「そんなこと……私がします」 「俺《おれ》だって、この店の奉公人《ほうこうにん》だよ」  声に皮肉はあったが、長太郎はおこうには笑っていた。 「でも……私がします。私がいるんですもの」  長太郎は少しはなれて、おこうの手許《てもと》をみていた。 「あたし……気が強いもんですから、あんなことを言っちまったんです。自分でも気をつけているつもりなんですけど……一年ごとにだんだん気の強い女になっちまって……」  黙《だま》って立っている長太郎がどんな表情で自分の言葉を聞いているのか、おこうはそれが知りたかったが、どうしても顔が上げられない。しきりとなにか話したいと思うのだが、そのなにかが出て来ない中に、五本の徳利は燗《かん》がついてしまった。  長太郎が台所から去ると、おこうの体の中から、なにか大事なものが引き抜《ぬ》かれでもしたように、わけもなく寂《さび》しくなった。こんな心の状態になった記憶《きおく》を、おこうは今までに持っていない。父親の女房《にようぼう》代り、幼い弟妹の母がわりであっけなく過ぎていった青春だった。 「いやだ。あたし……」  おこうは頬《ほお》を赤くし、あわてて水桶《みずおけ》の洗い物に手を入れた。  だが、その日、おこうは長太郎ともう一度二人きりになる機会に恵《めぐ》まれた。  すっかり台所が片付いた四ツ過ぎ、おこうが駿河屋《するがや》の主人から御祝儀《ごしゆうぎ》やら折詰《おりづめ》やらを貰《もら》って帰りかけると、表に長太郎が大きな風呂敷《ふろしき》を背負って立っていた。 「柳橋《やなぎばし》まで、届けるものがあるのでね。ちょうど、途中《とちゆう》だからおこうちゃんを送って行くよう旦那《だんな》から言いつかったんだ。女一人、夜道はぶっそうだから」 「夜道なら馴《な》れっこですよ。もう若くないし……」  しかしおこうはいそいそと長太郎に並《なら》んだ。 「若旦那《わかだんな》も大変ですねえ。こんな遅《おそ》くまで……」  つい一年ばかり前は「万石」の若旦那で、たまの用足しには必ず小僧《こぞう》が供についていた人だのに、とおこうは思う。もっとも、その頃《ころ》の長太郎だったら、気軽く声はかけてくれても、こうして一緒《いつしよ》に歩くなんぞ夢《ゆめ》にもあり得まい。 「万石の店を乗っ取った叔父《おじ》がね。俺に万石の店を返してやるというのだ」  だしぬけに長太郎が言った。腹の中に貯えていた怒《いか》りが一度にほとばしるような激《はげ》しさであった。 「世間が、俺《おれ》を無一文で追い出したと噂《うわさ》しているので、少々、具合が悪くなったらしい。駿河屋《するがや》の旦那に、もし俺が商売を始める気なら店を返してやると言って来たそうだ」 「…………」 「だが、俺は断ったよ」 「お断りになった……」  おこうは眼を見はった。 「誰《だれ》があんな奴《やつ》の恩を着るものか。番頭とグルになって俺を追い出しておきながら、世間の風当りがきつくなって、気がさしたんだ。おまけに万石の店もうまく行かなくて、ここの所、荷厄介《やつかい》になっている。どうせ潰《つぶ》れる店なら、俺に返して有徳人面《うとくにんづら》するほうが得だと算盤《そろばん》をはじいたものさ。誰がその手に乗るものか。俺が返してもらって早速に店が潰れたら、あいつはふところ手をして言うだろう。やっぱり潰れましたね。私がやっていればなんとかなるんですが、若い者はどうも……」 「潰れますかしら。もし、若旦那が今からあの店をおやりなすっても……」 「どうかね。やってみなけりゃわかるまい。俺にはやる気がないのさ」 「なぜ……?」 「みすみす、叔父貴の手で踊《おど》らせられるのなんざ、真平《まつぴら》だ」 「でも、もしかしたら万石のお店が、昔《むかし》のように御繁昌《ごはんじよう》を取り戻《もど》すかも知れないのに……」 「知るもんかよ」  二人は川に向って、道を折れた。 「若旦那《わかだんな》って……やっぱり旦那さまなんですね」  うつむいて、おこうが言った。声の中に冷ややかなものがあった。 「駿河屋《するがや》さんで一年近くも御苦労なすったのに、それじゃ苦労の甲斐《かい》が……」 「おこう、お前、俺《おれ》を侮《あなど》るのか」  長太郎は背の荷をゆり上げて、足を止めた。 「違《ちが》います。侮るなんて……そんな……」  おこうも足を止めた。路地の闇《やみ》に二人は向い合った。おこうの白い顔がそっと川を見た。 「あたし、こう思ったんです。若旦那はやっぱり、本当の苦労を御存じない……」 「なに……」 「本当の苦労って……どんなのか私だって知りません。でも、あたし、苦労のかなしさは知っています。何日もごはんが食べられない。自分だけなら我慢《がまん》もします。まだ、ききわけのない幼い妹や弟が、腹がへったと泣いていて……あたしが十四の年でした。お父つぁんが、長い間のおっ母さんの病気で無理をしたあげく、そのおっ母さんが死んで、気も弱くなっていたんでしょう、風邪《かぜ》をこじらして寝込《ねこ》みました。二、三日は作ってあった豆腐《とうふ》や油あげを売って……それから先が難儀《なんぎ》でした。あたし、妹と弟と三人がかりで、どうにか豆腐らしいものを作りました。それをかついで売りに出て、まだ何個も売らないのに、酔《よ》っぱらいにからまれて、荷がひっくり返ったんです……」  暮《くれ》であった。最初の中こそ、なにかと面倒《めんどう》をみてくれた近所|隣《となり》も親類も、我が家が猫《ねこ》の手でも借りたいようなせわしさでは、力になってやりようがなかったのだ。暮は貧乏人《びんぼうにん》にとって決して暮《くら》しよい季節ではない。  おこうははじめて誰《だれ》にも頼《たよ》らずに自分たち父と子、妹弟の食べるものを自分の手で稼《かせ》ぎ出さねばならないのを悟《さと》った。  地べたに膝《ひざ》をついて、茫然《ぼうぜん》と土にまみれ、くだけた豆腐《とうふ》を眺《なが》めているおこうを残して、酔《よ》っぱらいどもは笑って去ろうとした。おこうはその一人の裾《すそ》を捕《とら》えた。 「あたし、夢中《むちゆう》でした。なにを言ったのかおぼえていませんけど、商売物をこんなにされては困るから、それだけのことをして欲しいって言ったんです」  十四の娘《むすめ》が、よくぞ言った、とおこうは思い出すたびに自分の心が悲しくなる。  酔っぱらいは僅《わず》かの銭を出し惜《お》しみして、なんだかんだと言い逃《のが》れて、去ろうとしたが、おこうは一歩もひかなかった。 「ひけなかったんです。あたし……。その中に酔っぱらいの一人が、こう言いました。そんなに銭が欲しいんなら、くれてやるから芸をしろって……」  通りすがりにこの光景を見た人も大方は足を止めただけで行き過ぎたり、でなければ遠くからにやつきながら眺《なが》めている手合ばかりだった。 「あたし……芸なんか出来ないって言いました。そしたら……そしたら……」  十一年前のその時の屈辱《くつじよく》が甦《よみがえ》って、おこうは咽喉《のど》の奥《おく》で嗚咽《おえつ》した。 「犬の真似《まね》をさせられました……」 「おこうちゃん……」  長太郎の声が変っていた。 「なにをしたって銭を貰《もら》って帰らなけりゃ、弟や妹が飢《う》えて泣いているんです。明日、売る豆腐《とうふ》の大豆《だいず》を買うお金だってありゃあしません。女の一番大事なもの以外ならどんな恥《はじ》知らずだってやってやろうと思いました」  おこうは月を浮《うか》べてゆれている川面《かわも》を見た。  宵《よい》から厚い雲だったのに、いつの間にか夜空は晴れていた。 「でも、お銭《あし》をもらって家へ帰る途中《とちゆう》のつらさったらありませんでした。口惜《くや》しくって、悲しくって………本当に死にたいと思いました。でも、家へ帰ってみんなに温い飯を食べさせ、明日のことを考えたら、死んでる暇《ひま》なんかありませんでした……」  涙《なみだ》を拭《ふ》き拭き、おこうが歩き出し、長太郎が黙念《もくねん》と後に続いた。  川沿いの道は月が明るく、提灯《ちようちん》なしでも歩けそうだ。 「若旦那《わかだんな》は、こないだの晩、人さまの金を出してあげる花火を只《ただ》で見て喜ぶ手合をしみったれだとおっしゃいましたね。でも、それは若旦那のように豊かにお育ちになった人の言うことなんです。私たち、その日ぐらし、ぎりぎり一杯《いつぱい》の暮《くら》しをしているものは、花火があがったら、ああ、きれいだと楽しんでみせてもらっています。そんなことで心が貧しくなると一々気にしていたら、世の中の美しいもの、きれいなもの、豊かなものに、みんな目をつぶって通らなけりゃあなりません。そんなかたくなな暮し方、ものの考え方のほうが、余っ程、心が貧しいように思えるんです」  橋の袂《たもと》まで来て、おこうはふりむいた。長太郎の姿はどこにもなかった。     四  その年の秋、末娘《むすめ》のおかよに縁談《えんだん》があった。  相手は日本橋の糸屋の手代で、願ってもない良縁《りようえん》だと喜んだが、中二日おいて慌《あわ》てた断りが来た。  話の間違《まちが》いは、この夏の駿河屋《するがや》の慶事《けいじ》の折に祝いに来ていた糸屋の主人が、愛敬《あいきよう》よく働いているおこうをみて、 「あの、良い娘は?」  と聞くと、豆腐屋《とうふや》の米吉の娘だという。その時はそれきりだったのが、後になって又《また》、話となり、いっそうちの手代の嫁《よめ》にもらったらと思いついて聞き合わせると、間に立った使いは、手代の年齢《とし》から、てっきり、これは末娘と感違《かんちが》いして、 「年は十五」  と報告した。よかろうというので正式に話を持って来たら、とんだ姉妹ちがいだと気がついた。 「馬鹿《ばか》もいい加減にしてくれだ。おこうに申し分はないが、三つ年上ではたあなんて言い草だ」  父親は怒《おこ》ったが、おこうはそれほど傷つかなかった。そんな立場には、もう馴《な》れっこになっている。だが、おせんの聞えよがしな悪態には我慢《がまん》がならなかった。 「お気の毒さまだねえ。愛敬者《あいきようもの》で働き者で、親孝行と三|拍子《びようし》そろった姉ちゃんの売り込みぶりは達者だが、二十五の大|年増《どしま》だって売り込んどかなかったのが手落ちだったね。ふん、二十二のお手代さまに二十五の花嫁《はなよめ》さまじゃ気の毒を画《え》に書いたようだ」  おせんは自分が嫁ぎそこねたような、奇妙《きみよう》な怒《いか》りを感じていた。姉か妹か、どちらかが嫁に望まれた筈《はず》だのに、どちらも断られた結果になったのが肉親としてどうにも口惜《くや》しく、それがおこうへの憎《にく》まれ口となるのだ。 「ふん、とにかく二十五歳の大年増が上にでんとつかえてるんだからね。私はとにかく、常吉やおかよはいい迷惑《めいわく》だよ」 「おせんちゃん……いい加減におし」  とおこうもひらき直った。 「今度のことは、あんたになんのかかわりもない話じゃないか」 「そうよ。だから、あたいはおかよがかわいそうだって言ってるのさ。姉ちゃんみたいな評判のいい女の妹に生れるとね、なにをしたって目立たないし、普通《ふつう》にしたって怠《なま》け者だ、甲斐性《かいしよう》なしだって言われるのよ。世間はそうなんだ。姉ちゃんを良い娘《むすめ》だって賞《ほ》めるついでに、それにひきかえ妹は、と、くるんだ。そういうふうにきまってる。駿河屋《するがや》さんの手伝いん時だって、あたいがいくら働いたって姉ちゃんにゃかなわない。姉ちゃんは働き者で、あたいは役立たず、みんながそういう顔であたいをみるんだ。おかよだってその通りだ。だんだん、あたいの二の舞《まい》さ」 「おかよちゃん……」  すがるような思いで、おこうは末の妹へ言った。 「お前は違《ちが》うね。おせんも常吉も自分の悪いことは棚《たな》に上げて、私を悪者にするけれど……おかよちゃんだけは……」  黙《だま》っていたおかよが眼《め》を上げた。 「おこう姉ちゃん……姉ちゃんなんか嫌《きら》いだよ……」 「おかよちゃん……」 「あたいだって、おせん姉ちゃんだって、常吉兄ちゃんだって、みんな姉ちゃんの犠牲《ぎせい》なんだ。兄ちゃんが、かわいそうじゃないか」 「常吉が……」 「常兄ちゃんはね。好きな人がいたんだよ。惚《ほ》れてた娘が……だけどその人は言ったんだ。あんな、しっかり者の姉さんがいたんじゃあ、あたしはとてもつとまらないって……他の男の嫁《よめ》になっちまったよ……」 「誰《だれ》なのよ。その人……」  おこうはあえいだ。 「お隣《となり》の蝋燭屋《ろうそくや》のおしんちゃん……」  がんと棍棒《こんぼう》で頭をなぐられたような衝撃《しようげき》だった。おこうは眼《め》を据《す》えた。 「本当なの。おせん……だったら横町のお師匠さんのことは……?」 「あれは、かくれ蓑《みの》よ。常吉は見栄坊《みえぼう》だから女に捨てられたなんて、死んでも思われたくないんだろうよ」  おせんが、うながしておかよも立ち上った。 「あたい、おこう姉ちゃんなんか大嫌《だいきら》いだよ。二十五にもなって、十五の娘《むすめ》に見間違《みまちが》えられる姉ちゃんなんぞ、うす汚《ぎた》なくって……大嫌いだよ」  妹二人がうなずき合って外へ出て行ってから、おこうは長い間、じっと突《つ》っ立っていた。  いくつかの事が、頭の中をぐるぐる廻《まわ》っては出口も入口もない暗闇《くらやみ》に立ちすくんでしまう。気がついた時、足はしびれて棒になっていた。這《は》うようにして鏡台の前に坐《すわ》る。鏡の中の顔は蒼《あお》く、世帯やつれして見えた。  底深い悲しみが、おこうを襲《おそ》った。おこうは両手で自分の衿《えり》を鷲《わし》づかみにした。 「あたしだって……あたしだって一生|懸命《けんめい》だったのに……せい一杯《いつぱい》にやって来たんだのに……」  声を放っておこうは泣いた。涸《か》れるまで泣いた。  しゃくりあげが漸《ようや》く止った時、おこうは店先へ訪《おとな》う男の声を聞いた。泣き顔を拭《ふ》き、髪《かみ》を直して、店へ出た。  長太郎であった。  泣き腫《は》れた顔を見せまいと伏《ふ》し眼《め》がちのおこうへ、明るく言った。 「俺《おれ》、万石の店を返してもらったよ。奉公人《ほうこうにん》は一人も居ないが、明日《あした》っから俺一人で店を開けるんだ。潰《つぶ》れるか潰れないか、俺の力だめしさ」 「若旦那《わかだんな》がお一人で……」  おこうは顔をかくすのを忘れた。 「仕入れと商いは俺が一人でやってのける。だが、肝腎《かんじん》の弁当の中身を作る職人がいないんだ。おこうちゃん、どうだ。俺の女房《にようぼう》にならねえか」  不意打だったので、おこうは聞き違《ちが》いかと思った。 「というと御都合野郎《ごつごうやろう》に聞えるか知れないが、そうじゃあない。俺はおこうちゃんを女房に欲しいんだ。お前さんといっしょなら、万石の店を潰さねえで、やって行く勇気が湧《わ》いてくる。なあ、おこうちゃん、今すぐ、俺の女房になって欲しいんだ」  おこうは長太郎の眼の中に、必死なものを認めた。 「若旦那は……今、すぐ、私がお入用《いりよう》なんですね。私がお役に立つんですね」  ふるえる声でおこうは言った。 「そうだ。どうしてもお前さんが要るんだ」 「行きます……あたし……若旦那といっしょに……」  震《ふる》えは声だけでなく、おこうの全身に起った。がたがたと激《はげ》しく震えているおこうの手を、長太郎はありったけの力で握《にぎ》りしめた。 「ありがと、よ」 「お礼をいうのは私なんです、あたし……この家では邪魔《じやま》っけな人間なんです……でも、どこにも行く所がなかったんです……有難うございます。若旦那……」  おこうの眼《め》から一筋、白く涙《なみだ》が落ちた。  前掛《まえかけ》一枚と赤い襷《たすき》一本だけを持って、おこうは家を出た。  万石の仕出し弁当は、忽《たちま》ち思いがけない人気を取った。  新しく看板をかけ直した日、 「うまく註文《ちゆうもん》がとれるかどうか」  と危んだものの、昔《むかし》からの馴染客《なじみきやく》が少いながら註文を出してくれて、その最初の弁当が好評を得た。おこうの作った素人《しろうと》っぽい総菜に、食べる人に対する細やかな親切がこもっていてそれが忽ち、評判になった。  一日ごとに、僅《わず》かずつだが註文も増えた。働き者のおこうにとっても修羅場《しゆらば》のような毎日が続いた。それは、長太郎も同様であった。しかし、この忙《いそが》しい働きずくめの日々には、生き甲斐《がい》があった。  暮《くれ》と正月は、夢中《むちゆう》で過ぎた。藪入《やぶい》りの日、開店以来、始めての休みにして、長太郎はおこうと浅草寺《せんそうじ》へ参詣《さんけい》に行った。  帰りに南両国で用足しをすませ、川っぷちを戻《もど》ってくると、 「姉ちゃん……」  てんびんをかついだ若い豆腐売《とうふう》りである。おこうは眼を疑った。 「常ちゃん……あんた、いつから、そんな……」  常吉は照れた笑いで姉と、義兄をみた。 「お父つぁんも年だからな」 「有難う。常ちゃん、よく、その気になっておくれだ……」  おこうの取った手を、常吉は軽くはずした。 「おせんはどうしているの」 「この冬はヒビとアカギレだらけの手になっちまって……痛い痛いって大さわぎさ。朝四時に起きて石臼《いしうす》ひいてるよ」  常吉はもう一度、照れ笑いに笑った。 「お父つぁんも元気だよ。おかよが淋《さび》しがってるから……姉ちゃん、時々は顔をみせに来てくれよ」  言い捨てて、常吉はてんびんに肩《かた》を入れた。  見送っていると、器用に調子をとって荷《にな》って行く。板についた豆腐売りだ。 「みんな良く働いてるよ。おせんちゃんも、おかよちゃんも、なりふりかまわずにね」  長太郎が微笑《ほほえ》んで言った。 「あなた、御存知だったんですか」 「働き手のお前を貰《もら》っちまって、親父《おやじ》様が御苦労じゃないかと心配でね。時々、のぞいては見たんだが……案じる事は何もなかったよ」 「私が居なくなったら、なにもかも良くなるなんて……本当に私はあの家の邪魔者《じやまもの》だったんですね」  がっかりした調子でおこうは呻《うめ》いた。 「いや、みんなお前に感謝しているよ。姉さんの有難味が身にしみてわかったって、いつか、おせんちゃんが言っていたっけ……」  ただね、と長太郎はいたわりをこめて妻を眺《なが》めた。 「木が大きく枝葉《えだは》をひろげて下の者をかばおうとすると、下の者はお日さまに当れなくて伸《の》びようとしても伸びられない。程よく育ったら一人一人、根分けして一本立になって行く。お前は少々根分けするのが遅《おそ》かったんだ」 「私が枝《えだ》や葉を力|一杯《いつぱい》ひろげてやっていなかったら、風に吹《ふ》きとばされたり、雨や雪でびしょぬれになったかも知れないくせに……」 「そうさ。その通りさ。おかげでみんなうまく育ったし、お前は俺《おれ》みたいな上等の地所へ植えかわったんだ。良かったんだよ。これで……」  おこうは夫を見、袂《たもと》を抱《だ》いて小さく笑った。  家へ帰って、出がけに乾《ほ》しておいた洗濯物《せんたくもの》を取りこみに、おこうが物干場へ上ると、長太郎もついて上って来た。  やや遠く、冬の川が灰色にくすんで見える。  柳橋も、南両国も、よく見渡《みわた》せた。 「川開きの時は、ここからだと花火がよく見えるでしょうね」  何気なく言ってしまって、おこうは、はっとした。  長太郎は春の海のような穏《おだ》やかさで、うなずいた。 「そうだ。五月二十八日の川開きの晩は、早じまいにして、お前と二人でここで花火見物をするか」  素直な声であった。 「あなた……」  洗い物を胸にかかえて、おこうは夫の肩《かた》へそっと言った。 「あたし……もう、邪魔《じやま》っけなんかじゃありませんねえ」 「当り前だ。この家では大事な、大事な女房《にようぼう》どのさ」  長太郎は二十六にもなって、まだ子供っぽさの残っているおこうの頬《ほお》を、両手で軽くはさみ込んだ。  お比佐《ひさ》とよめさん     一  路地のとばくちの所で駕籠《かご》を下りた。  約束《やくそく》の駄賃《だちん》に心づけをやって、お比佐《ひさ》は小走りに路地へ行った。  角から二|軒《けん》目に、小ぢんまりとした質屋がある。普段《ふだん》は「久能屋《くのや》」と染めたのれんの下っている表に、大戸が下りていた。  この質屋は暮《くれ》六ツには表戸を下すが夜になって人目を忍《しの》んで来る客や、急場の金策にかけつける客のためには、わきのくぐり戸が夜更《よふ》けまで鍵《かぎ》を下さずにあけてあった。  くぐり戸から僅《わず》かに灯が見える。 「まだ、帳つけでもしているのかしら……」  横目《よこめ》に見ながら、お比佐はさっさと裏口へまわった。 「おや、お嬢《じよう》さん、おかえりなさいまし」  飯炊《めした》きの老婆《ろうば》に迎《むか》えられて、お比佐は居間へ通った。  じっとりとむし暑い夜で、長いこと駕籠《かご》にゆられて来たから体中、どこもかしこも汗《あせ》ばんで気持が悪い。手早く帯をとき、浴衣《ゆかた》をひっかけた。 「姉さん、お帰り……」  障子があいて、弟の正太郎が顔を出した。姉の帰宅を聞いて、店のほうから出て来たらしい。 「お留守番、御苦労さん、なにも変ったことはなかった?」  くるくると伊達巻《だてまき》を巻きつけ、お比佐は卓袱台《ちやぶだい》の前にすわって、冷たい麦湯を飲んだ。 「商売のことは、新助があとから報告に来るが、特にどうってことはなかったよ。姉さんこそ、暑いのに大変だったねえ。法事はどうだった……」  綾瀬《あやせ》にある遠い親類に不幸があって、平素はあまりつき合いのない家だったが、お比佐が通夜、葬式《そうしき》と三日ばかり手伝い方々、くやみに出かけた。 「歿《なくな》った方のお年齢《とし》がお年齢だったし、この暑さだから、万事、手っとり早くお骨にしてしまったんだけど……旧家だから、やっぱりいろいろとね……」  肉親の弟の前だから、安心して衿《えり》のあたりを大胆《だいたん》に抜《ぬ》いて着ている。女盛《ざか》りをもて余したような瑞々《みずみず》しい肌《はだ》の色艶《いろつや》に、正太郎はそっと眼《め》をそむけた。 「すまないなあ、厄介《やつかい》なことは、みんな姉さんにまかせきりで……」 「なに言ってるのよ、今更《いまさら》……それよりも正ちゃん……」  姉は二重で切れの長い特徴《とくちよう》のある眼に、悪戯《いたずら》っぽい微笑《びしよう》を浮《うか》べた。 「法事のお席で、あんたの噂《うわさ》が出たわよ。もう二十一になりましたって言ったら、びっくりしてた。御親類方ときたら、みんな子供の時の弱々しそうだったあんたの記憶《きおく》しかないのね。だから言ってやったわ。おかげさまで体も健やかな、立派な男に成人して居りますから、どうぞお知り合いによい娘《むすめ》さんがございましたら、嫁《よめ》にお世話を願います……」 「姉さん……」  男にしては色白の顔が、かすかに赤くなった。 「だって本当だもの。今年こそは、あんたにお嫁さんを貰《もら》って、この店をまかせるわ。気だてが良くて、かわいらしくって、正ちゃんの気に入るようなお嫁さんを……姉さん、鉦《かね》と太鼓《たいこ》で探して来なけりゃあ……」  お比佐は、うっとりした表情で弟を眺《なが》めた。 「姉さんのほうが、先だろう……」 「私はもう嫁《とつ》ぎ遅《おく》れよ。今更《いまさら》、あせったって始まらない……まず、正ちゃんに落着いてもらって……」  ふ、ふ、ふ、とお比佐は明るく笑った。 「姉さん……」  声の調子が思いつめていた。正太郎は膝《ひざ》で少し、姉のほうへにじり寄った。 「もし、俺《おれ》が……嫁をもらって落着いたら……としたら、姉さん……安心して御亭主《ごていしゆ》さんを貰うかい……」 「さあね……」  姉は、あくまでも冗談《じようだん》として会話を楽しんでいる。 「それは、その時になってみないと……」  鏡台の蓋《ふた》をとって、櫛《くし》やかんざしを髪《かみ》からはずしはじめた。湯へ入るための準備であった。 「姉さん……話があるんだ……」  お比佐は鏡の中の弟を見た。正太郎は居ずまいを直し、きちんと正座している。 「なによ、あらたまって……」 「俺《おれ》……嫁《よめ》に貰《もら》いたい女《ひと》がいるんだ」  聞き違《ちが》いではないかと、お比佐は疑った。  ふりむいて弟を凝視《ぎようし》した。正太郎の顔に冗談《じようだん》の気配はなかった。 「正ちゃん……あんた、まさか……」 「もう少し経《た》ってから……折をみて話そうと思ってたんだ……けど、姉さんが本気になって俺の嫁探しを始めてしまっては、厄介《やつかい》なことになるし、迷惑《めいわく》をかけるといけないから打ち明けるんだ……」  まだ少年らしさの残っている額ぎわに汗《あせ》を滲《にじ》ませて、正太郎は熱心に言った。 「俺、いつか嫁をもらうんなら、もらいたい人がいるんだ。もう、きまっているんだ」 「誰《だれ》なの……どこの誰なの、その人……」  鋭《するど》く、お比佐が叫《さけ》んだ。正太郎の頬《ほお》に、ぱっと朱《しゆ》がさした。 「待ってくれ、姉さん……もう少しなんだ」 「なにが、もう少しなのよ。言ってよ。正ちゃん、いったい、どこの娘《むすめ》なの」  正太郎は赤い顔で、実はまだ相手の承諾《しようだく》を得ていないから、名前だけは堪忍《かんにん》してくれ、と言った。 「相手に気持は通じている……相手の気持もわかってるんだ。しかし、まだ、はっきりと嫁になってくれと頼《たの》んだわけじゃない……」  お願いだから、もう少しの間、黙《だま》ってみていてくれないか、と視線をぶつけるようにして言う正太郎に、お比佐は度を失ってうなずいてしまった。     二  寝苦《ねぐる》しい夜があけた。  午《ひる》まえは質の出し入れをする客がたて混《こ》んで、お比佐は目の前で、客の応対をする弟を気にしながら、つい、番頭の新助への受け答えが、とんちんかんになったりした。 「どうしたんですか。綾瀬《あやせ》で、なにか心配なことでもあったんじゃありませんか」  夕方になって、品物を倉へ収めている時、番頭の新助が気づかわしそうに、お比佐をのぞき込んで訊《き》いた。  番頭といっても、お比佐より一つ年上の二十八歳である。子飼《こが》いからの奉公人《ほうこうにん》で、九年前に両国橋《りようごくばし》が落ちて大勢の人死《ひとじに》が出た事件で不運にも両親を一度に失ったお比佐が十二歳の弟を抱《かか》え、ともかく今日まで久能屋ののれんを守って来られたのは、お比佐自身が年に似合わないしっかり者であったにしても、近所の人たちの同情や親切と、それに当時、手代だった新助の骨身|惜《おし》まない尽力《じんりよく》があってのことだった。  お比佐が二十歳《はたち》になった頃《ころ》、久能屋の将来を思って、親類や知人が、さまざまの縁談《えんだん》を持って来てくれた折に、誰《だれ》かが言い出して、いっそ、新助を養子にしたらという話も持ち上ったが、お比佐が首をふった為《ため》に、当の新助の耳にはいらずじまいになった事もある。その頃のお比佐は、誰とも夫婦になる気がなかったし、二十一歳になったばかりの新助がそれほど頼《たよ》りになるとも思えなかったのだ。 「弟が一人前になるまでは、養子の話も、嫁入《よめい》りのこともお断り申します。どうぞ、放っておいて下さいまし」  親類や知人には、そんな憎《にく》まれ口しか言わなかったが、お比佐の内心では、もし自分が婿《むこ》をもらって、その男がやがて弟にゆずる久能屋の身代に欲を出されたら、という不安や、もし子供でも生れて、自分も夫や子に情が移り、久能屋の財産に未練でも出来たら、それこそ死んだ両親に顔むけのならない破目になると考えたあげくの答だった。  親類でも、お比佐の強情にあきれて、二十二、三までは、どうにか持ち込まれて来た縁談《えんだん》も、たてつづけに断ってしまうと、それっきり、ぷっつりとなくなった。お比佐のほうは、それを良いことに、ひたすら商売に精を出し、娘《むすめ》時代の友達が二人も三人もの子供の母になっているというのに、歯も染めず、娘姿で働いて来た。 「お嬢《じよう》さん、もしお加減が悪いんだったら、源庵《げんあん》先生を呼んで来ましょうかって番頭さんが言ってますけど……」  箸《はし》があまり進まない夕餉《ゆうげ》の膳《ぜん》を、もて余していると、女中のお常が遠慮《えんりよ》がちに言った。 「別にどこも悪くなんかないのだけど……」  新助がそんなに言うくらいだから、余っぽど屈託《くつたく》しているように見えるのか、とお比佐は頬《ほお》のあたりを撫《な》ぜた。 「正太郎は、まだお店のほうなの……」  さっきから心待ちにしているのだが、奥《おく》へ戻《もど》って来ない所をみると、又《また》、客が混《こ》んでいるのかとお比佐は思っていた。 「若旦那《わかだんな》は、お出かけになりましたよ」  お比佐は唖然《あぜん》とした。 「どこへ……?」 「さあ、存じませんが、先程……」 「御飯も食べないで、かい」 「はい」  肩《かた》すかしを食った感じだった。今夜こそは、ゆっくり話し合って、弟に相手の女の名を白状させようと待ちかまえていたのだ。 「新助は?」 「番頭さんは、まだお店のほうです」  箸《はし》をおいて立った。  帳場では新助が一人で算盤《そろばん》をはじいていた。 「邪魔《じやま》をして悪いんだけど、正太郎がどこへ行ったか聞いてないかしら……」 「聞いて居りませんですが……」  生真面目《きまじめ》に両手を膝《ひざ》へおいて返事をした。 「そう……」  ためらって、思い切って新助の傍《そば》へすわった。 「あのね、かくさずに言ってちょうだい。正太郎に好きな女がいるんでしょう……どこの誰《だれ》なの……番頭さんは男同士だから、うすうす感づいてるんじゃない」  新助は静かな眼《め》でお比佐を眺《なが》めた。 「手前は、一向に存じません……」  取りつく島もない返事だった。別に、かくしている風でもないが、お比佐はなんとなく腹が立った。 「そうなの、だったらいいんですよ」  店と奥《おく》のしきりまで、ずんずん歩いた。ふりむいて、投げつけるように言った。 「番頭さん、あたしはどこも具合なんか悪くないのよ。変な気のまわし方は止《や》めてちょうだい」  居間へ帰って来ても落着けなかった。  正太郎が惚《ほ》れた女というのは、どこの誰《だれ》だろう、と、そればかりを考えた。 「ほんとに、人の気も知らないで……」  小さく声が出た。まだ二十一歳になったばかりなのに、もう好きな女が出来るなんて、これだから男は油断がならないと思った。  それにしても、どこの娘《むすめ》だろう、お比佐は自分の記憶《きおく》にある限りの年頃《としごろ》の娘たちの顔を次から次へと思い浮《うか》べた。  いったい、どこでその娘と知り合って、どんな風に話が進んだのか、お比佐は正太郎の日頃の行動半径を考えた。  そうだ、浅草橋《あさくさばし》のお師匠《つしよ》さんに聞いてみようと、気がついた。 「お由紀《ゆき》さんに聞いてみよう……」  なぜ、もっと早く気がつかなかったのか、お比佐は慌《あわただ》しく帯を締《し》め直しながら苦笑した。  この近所では浅草橋のお師匠さんで通っているお由紀は長唄《ながうた》と踊《おど》りと裁縫《さいほう》を教えていた。  芸事のお師匠さんにしては、人柄《ひとがら》が地味で万事ひかえめな性格なのが損をして、派手な弟子はつかないが、本当に稽古事《けいこごと》を身につけようとする娘やその親たちには人気があった。  貧乏《びんぼう》で月謝の払《はら》えないような子でも、一向に嫌《いや》な顔もせず教えている。  正太郎が浅草橋のお師匠さんの長唄《ながうた》の弟子になったのは、もう四年ほど前だった。子供の時から体が弱く、すぐ風邪《かぜ》をひいたり、腹をこわしたりする正太郎を、なんとか丈夫《じようぶ》にしたいと苦労していたお比佐が、人から、 「なにか声を出す稽古事をさせてみたら、どうですか、体のためには非常にいいようですよ」  と勧められ、運動になるという点では義太夫《ぎだゆう》が一番だが、どうも正太郎には重そうだと思案したあげく、長唄にきめて浅草橋へ稽古を頼《たの》んだ。 「どうせ、長唄のお師匠さんにするんじゃないんですから、うまくならなくって結構なんです。ただ、大きな声を腹から出して、体を丈夫《じようぶ》にしてもらえれば……」  と、聞きようによっては大変に礼を失した入門願いをしたお比佐へ、お由紀は怒《おこ》りもせず、気易く引き受けてくれた。もっとも、 「お稽古は一生|懸命《けんめい》、おつけしますけれど、それで正太郎さんが丈夫におなりになるかどうかは……」  保証できませんよ、と念を押《お》されたが、正太郎は長唄が性に合っているのか、稽古日には休まずに通った。長唄のせいかどうかはともかくとして、ここ二、三年、めきめき丈夫になって来ている。  正太郎のようなのは特別の弟子で、大体、長唄、踊《おど》り、裁縫《さいほう》の師匠といえば、弟子の多数は若い女ときまっている。  月に少なくとも四、五回は出入りする稽古場に若い女がひしめいているとすれば、恋《こい》が生れるのも容易かも知れない。正太郎はやや華奢《きやしや》にみえるが、鼻筋の通った男らしい顔をしているし、気性も優しく若い女に好まれそうだ。おまけに小さくとも質屋の跡取《あとと》り息子《むすこ》で、まとまった財産もあるとなれば、若い女たちがちやほやしないのが可笑《おか》しいくらいである。  せかせかと夜の道を急ぎながら、お比佐はふと、浅草橋のお師匠さんの所に集っている弟子《でし》には、あまり金持の家の娘《むすめ》はいないようだったと、少しがっかりした。  なにも、金持の娘に持参金つきで来てもらいたいのではなかったが、正太郎の嫁《よめ》は、いい家から欲しいように思った。 「あんないい家の、あんな気だてのやさしいお嬢《じよう》さんを嫁になすって、正太郎さんはお幸せですね」  と世間の誰彼《だれかれ》からお世辞にせよ言ってもらいたい女の虚栄《きよえい》が、お比佐の中にも無意識に出来ていた。が、それも、結局は正太郎が可愛《かわい》いからの心でもある。  浅草橋のお師匠《つしよ》さんの家は袋小路《ふくろこうじ》の突《つ》き当りだった。無論、貸し家で入口の格子も粗末《そまつ》だったが、手入れが行き届いていて、いつもさっぱりとしている。  格子をあけた所が、狭《せま》いたたきで、すぐ六|畳《じよう》ばかりの部屋《へや》がある。若い娘が三人、縫《ぬ》い物をしていたが、入って来たお比佐をみると、奥《おく》へ、 「お師匠さん」  と呼んだ。  お由紀が出てくる間に、お比佐は三人の娘をじろじろ見た。この中に正太郎の相手がいないとは限らない。三人とも近くの店に奉公《ほうこう》している小女かなにかと見える様子だが、それぞれに器量は悪くなく、殊《こと》にお比佐に座布団を勧めてくれた娘は、物腰《ものごし》もしっかりして愛敬《あいきよう》がいい。  お由紀は、ちょっと間があってから出て来た。手の放せない用事でもあったのかと、 「すみませんねえ、お師匠さん、夜分にお邪魔《じやま》しまして……」  お比佐は恐縮《きようしゆく》して詫《わび》を言った。 「こんな遅《おそ》くまで稽古をなさるんですか、お弟子さんも大変だけど、お師匠さんも御苦労さまでございますね」  手《て》土産《みやげ》にと用意して来た、到来物《とうらいもの》のつくだ煮《に》の折詰《おりづめ》を出して愛想も言った。 「あの……こんな時分に申しわけございませんが、ちょっと気のついたことがありましてねえ……お師匠《つしよ》さんに伺《うかが》いたいと思って出かけて来ましたんですが……」  ちらと三人の娘《むすめ》を気にした。この娘たちの前で話せる内容ではない。 「お師匠さん、あの、私たち、今夜はこれで……」  顔を見合せて、ささやき合っていた娘の一人が言い出した。座布団を勧めてくれた娘である。  三人の娘が帰ってから、お比佐は部屋《へや》へ上った。長唄《ながうた》も踊《おど》りも裁縫《さいほう》もこの部屋で稽古《けいこ》をするらしく、部屋のすみに三味線がかけてあり、扇《おうぎ》や踊り傘《がさ》が棚《たな》にあり、裁ち台がたてかけてあった。  がらんとしているが掃除《そうじ》がここも行き届いている。  卓袱台《ちやぶだい》も、なにもない所で女二人が向い合った。  お由紀は黒っぽい木綿物をきちんと着ていた。お比佐と同い年と聞いていたが、並《なら》んでみると着物もずっと地味にしていて、赤いものは何もつけていない。一度、嫁《とつ》いで夫に死にわかれた女という慎《つつ》しみのせいだろうと、お比佐は同情した。正太郎が稽古に通うようになって、盆《ぼん》と暮《くれ》には必ず、挨拶《あいさつ》に来てお由紀と会っていたが、彼女がずっと以前に芸者にでていて、好きな男が出来、苦労したあげくに夫婦になって一年かそこらで男に死なれ、それからずっと後家を通しているという噂《うわさ》も、つい最近になって聞いたくらいで、それまではお由紀を素人《しろうと》とばかり思い込んでいた。  こうして、向い合ってみても、水商売の出だとは気ぶりにも見せていない。しっとりと落着いて、もの静かで、考え深そうで、お比佐は、この人なら弟の恋《こい》の相手について相談に乗ってくれるだろうと、心丈夫《じようぶ》に思った。 「実はお師匠さん、今夜、伺ったのは弟のことなんですよ」  お比佐が話し出すと、お由紀はかすかに眉《まゆ》を寄せ、相手を凝視《ぎようし》した。 「ざっくばらんに打ち明けての話なんですけど、弟に好きな人が出来たんです。当人の口から聞きました。ですが、名前を言わないんです。困ってしまいましてねえ。そりゃあ、あの子も二十一ですし、今年中には嫁《よめ》をみつけて、久能屋の身代もゆずりたいと心がけてはいましたが、不意に好きな女が出来たと言われて、私もびっくりいたしました……」  つとめて物わかりの良い姉になろうとしてお比佐は喋《しやべ》った。 「まあ、当人が惚《ほ》れた女でしたら、場合によっては望みをかなえてやりたいとも思いますが、相手がどういう女なのか、さっぱりわからないんではどうしようもありません。まさか、正太郎のことですから水商売の女とか、妙《みよう》な女とかかわり合いになるようなことはないだろうと、その点は安心していますけれど……どうでしょうね、お師匠さん、なにか弟の相手についてお心当りはございませんか」  視線が合うと、お由紀はふっと眼《め》を伏《ふ》せた。  なにか言いかけて、くちごもった。  この人は知っている、とお比佐は自信を持った。 「ねえ、お師匠さん、どうぞ打ち明けて下さいな。もし、仮にお師匠さんのところのお弟子さんだったとしても、私は別にお師匠さんの監督《かんとく》不行届だなんて申しはしません。恋《こい》は思案の外といいますし、そうなったのは、あくまでも当人の気持なんですから……」  十中八、九、お由紀の弟子に違《ちが》いないとお比佐はふんだ。さっきの娘《むすめ》の顔が浮《うか》んだ。 「どうぞ言って下さいな。どんな娘さんなんです……どこの家の……」  うつむいたきり黙《もく》しているお由紀の様子にお比佐は次第に不安になった。口を閉して語りかねているのは、正太郎の相手の女が、あまり好条件の人間でないことを証拠《しようこ》だてるようなものであった。奉公人《ほうこうにん》か、女中か、とにかくお嬢《じよう》さんと呼ばれる筋の女ではなさそうだった。 「かまいませんから、おっしゃって下さいよ。かくされていると、私は心配で……昨夜もろくすっぽ寝《ね》ていないんです……正太郎は久能屋の大事な跡《あと》とりなんです。私にとっては一人っきりの、かけがえのない弟です。あの人が一人前に成長するのを唯一《ゆいいつ》の頼《たの》みにして、私、女だてらに質屋商売にはげんで来たんです。弟が……正太郎が、私の知らない所でどんなことを考え、どんなことをしているのかと思ったら、気が狂《くる》いそうになっちまったんです。お師匠さん、お願い、どうぞ打ち明けて下さいな。正太郎の女は、どこの誰《だれ》なんです……お師匠さん……」  がくりとお由紀が手を突《つ》くのと、隣《となり》との間の襖《ふすま》が開くのが同時だった。 「姉さん……」  お比佐はあっけにとられた。 「正太郎……あんた、いつ、ここへ来てたの……」  咄嗟《とつさ》に事情がのみこめなかった。正太郎はお由紀のそばへ並《なら》んですわった。姉と向き合う恰好《かつこう》になる。 「お由紀さん……」  正太郎は畳《たたみ》に突いているお由紀の手を取った。 「姉さんには俺《おれ》から話す、いいだろう」 「いけません……そんなこと、いけません」  お由紀の細い首が、激《はげ》しくかぶりをふっているのを、お比佐はぽかんとみていた。 「正ちゃん……」 「姉さん……」  熱っぽい眼で言った。 「昨夜、姉さんに言ったね。嫁《よめ》にもらいたい女《ひと》がいるって……」 「正ちゃん……」 「正太郎さん……」  女二人が同時に呼んだ。押《お》しかぶせて正太郎が言った。 「この人なんだ……お由紀さんなんだよ」     三  お比佐は弟をひきずるようにして久能屋へ帰った。もっとも、正太郎にしてみれば、姉の興奮をなだめるには黙《だま》ってついて行くのが一番いいと知って大人しく従ったのでもある。  この夜の正太郎の発言の一つ一つは、お比佐にとって雪の季節に雷《かみなり》が落ちたような驚《おどろ》きだった。 「正ちゃん、あんた、欺《だま》されてるのよ。この女は家の財産がめあてで、あんたをたぶらかしているのよ」  半狂乱《はんきようらん》でお比佐が叫《さけ》んだとき、正太郎の言ったことは、お比佐の驚愕《きようがく》に拍車《はくしや》をかけた。 「俺《おれ》、久能屋の跡《あと》は取らない事にきめたんだ。店は姉さんにまかせる……俺は仕立屋になる気なんだ……」  姉さんにかくしていてすまなかったが、長唄《ながうた》の稽古《けいこ》はとっくに止《や》めて、もっぱらお由紀に習ったのは裁縫《さいほう》だと正太郎は言った。 「俺、裁縫が性に合ってるらしいんだ。着物を裁ったり、縫《ぬ》ったりするのが面白くてたまらない。仕上りも、自分の口で言うのは可笑《おか》しいが、俺の仕立てたのは評判がいいそうだ。衿《えり》や袖《そで》つけに工夫をしたら、みんなが着よいと喜んでいる……」  質屋の店をやりくりするより、仕立職のほうに魅力《みりよく》もあるし、自信も出来た、と、はっきり正太郎は言い切った。 「正ちゃん、後生よ。もう一度、考え直してちょうだい……」  家へたどりつくと、お比佐は恥《はじ》も外聞もなく弟に哀願《あいがん》した。 「姉さん、なんのために今まで苦労して来たのか……姉さんには正ちゃんが夢《ゆめ》だったのよ。よりによってあんな……」  水商売上りの一度、他人の女房《にようぼう》になった女を、と言いかけて、お比佐は先刻、同じ言葉をぶっつけたときのお由紀の悲しげな眼《め》が浮《うか》んだ。 「昔《むかし》、芸者をして、一度、夫を持った女は、二度と人を好きになってはならぬ、とおっしゃるのでございますか」  今にも涙《なみだ》のこぼれそうな眼で、だが、しっかりとお由紀は言った。細い体が、全身で抗議《こうぎ》をしているとお比佐は感じた。 「よりによって、なにも正ちゃんが年上の後家さんを女房にすることないじゃありませんか、あんたには汚《けが》れのない無垢《むく》のお嬢《じよう》さんを嫁《よめ》にして幸せになってもらいたいのよ」  理屈《りくつ》ではなく、お比佐は弟が他の男のお古の女と夫婦になることがたまらなかった。 「女なのに、なぜ姉さんは分ってくれないんだ。お由紀さんが芸者になったのは親に死なれたからだ。好きな男が出来て、その男と夫婦になるために二人で必死に働いて金を貯《た》め、芸者の足を洗った。夫婦になって男に死なれた。それも、今から六年も前の話なんだぜ。なぜ、こだわるんだ、姉さん、それじゃあ、お由紀さんが気の毒だ……」 「お由紀はかわいそうで、姉さんはどうでもいいって言うの。あの女、貞女《ていじよ》ぶっているけど、正体はどんなあばずれだか知れやしない、現にあんたのような若い男と年甲斐《としがい》もなく、惚《ほ》れたのはれたのって、嫌《いや》らしいったらありゃあしないわ……」  どうしてもあんな女に弟は渡《わた》せないとお比佐は唇《くちびる》をかみしめた。 「姉さん……それじゃ言うが、姉さんは俺《おれ》にこの久能屋の身代をゆずるために苦労して来た……それはわかる……だが、身代を守ることに夢中《むちゆう》で、姉さんは恋《こい》も出来なかった……欲なんだ、なまじ金があるばっかりに男の心が信じ切れない……好きだと思う前に財産のことに気が働く……姉さん、金の番人じゃないか……俺は久能屋の財産なんかどうだっていい、俺が欲しいのはもっと素直な姉さんだ、人の心を真直ぐにみてくれる姉さんなんだ。今の姉さんは女じゃない……久能屋の倉にへばりついた化物だ……金の化物だ、俺は、そんな姉さんが嫌《きら》いなんだ……女のくせに、不幸な女の立場がわからない、女の真心が見えない……それじゃ姉さん不幸だぜ」  俺は、もう自分の行く道をきめたのだから、姉さんもどうか理解して、安心してみていて欲しい。俺も子供じゃないしこれだけは自分の決心の通りにする。と言って正太郎はどうお比佐がおどしてもすかしても承知しなかった。  お比佐は泣き、狂《くる》った。気がついた時、弟の姿は久能屋のどこにもなかった。  正太郎は帰って来なかった。  お由紀の家の近くに部屋《へや》を借りて、仕立物をして暮《くら》しているという報《しら》せを、新助から聞かされた。 「冗談《じようだん》じゃないわ、久能屋の跡《あと》とりがそんなうすみっともない真似《まね》を……」  それもこれも、あの女のせいだとお比佐は嘆き悲しんだが、新助は落着いて、少々、様子をみましょう、と言った。 「お由紀さんという人は、しっかりしたお人のようです。若旦那《わかだんな》が御不自由なさるといけないと思って、私の一存で金を少々、用意して参りまして、お由紀さんにあずけようと致《いた》しますと、こんな事になって申しわけないが心配なことは決しておさせしないからと受け取ってくれませんでした……」  お由紀に好意のある新助の言い方に、お比佐はむかむかした。あの、つつましやかで優しい見せかけに、男はみんな骨|抜《ぬ》きにされてしまうのだと忌々《いまいま》しかった。  お比佐は酒を飲むようになった。  金の番人だ、情知らずの化物だと弟に罵倒《ばとう》されたことが、お比佐の心の傷になった。誰《だれ》のために、そうなったのかと涙《なみだ》がこぼれた。  十八の年から九年の歳月をがむしゃらに店のため、弟のためと生きて来て、ついぞ恋《こい》にも男にも縁がなかった。 (それが、私の罪だっていうのか……)  二十七にもなって娘《むすめ》姿でいなければならない女の悩《なや》み、恥《はず》かしさも、弟にだけは分ってもらえると安心して押《お》し通して来た、情なかった。悲しさを訴《うつた》える人もいない。  商売は新助にまかせっぱなしで、お比佐は外に酒を飲み歩いた。流石《さすが》に世間体をはばかって人目にふれないよう、遠くの土地へ出かけて飲む。もともと性質だったのか、忽《たちま》ち量が乱れた。  いい年をして女だてらに酒を飲んでいる自分が悲しく浅ましかったが、飲まないでは居られない。  その日も娘時代の友達を誘《さそ》って向島で飲んだ。友達が先へ帰ってからも、かなりを飲んで駕籠《かご》に乗ったのが夜更《よふ》けだった。  うつらうつらして、ふと眼《め》がさめた。 「駕籠屋《かごや》さん、ここ、どこの辺り……」 「へえ、浅草橋《あさくさばし》でさあ」  ぎくりとした。 「おろして下さいな」  無理に下りて、駕籠をかえした。定まらない足で路地を入った。お由紀の家は格子がしまって、あかりも消えていた。留守か、それとも……お比佐は、この家の中にお由紀と正太郎が抱《だ》き合っている図を想像した。頭をふって、消した。体が熱い。  暗い川っぷちをのろのろと歩いた。立ち止ると涙《なみだ》がこぼれそうな気がした。  夜泣きそばの屋台があった。茶碗酒《ちやわんざけ》をもらって、ぐいぐい飲んだ。  つらく、みじめだった。酔《よ》った眼で夜空の星をかぞえた。あの世で父や母が、どんな思いで自分をみているだろうと思った。久能屋の総領娘《そうりようむすめ》が一人ぼっちで酒を飲み、夜更《よふ》けの川っぷちをさまよい歩いている。  父や母が健在だった幼い日に、一家そろってこの川を舟で下って遊山《ゆさん》に出かけたことが思い出された。舟の中で、弟に折り紙を折ってやったり、歌をうたって聞かせた。  九年前に両国橋が落ちなかったら……お比佐は暗い川面《かわも》を睨《にら》みつけた。  (今|頃《ごろ》、私は誰《だれ》かの幸せな女房《にようぼう》になって、沢山《たくさん》の子供に囲まれていただろう……)  夜泣きそばの親父が止めるのもきかずに、お比佐は茶碗酒《ちやわんざけ》を重ねた。正体がなくなるほど飲んだ。 「おい、姐《ねえ》さん、御機嫌《ごきげん》だね……」  お比佐の様子をじっとみていた男が声をかけて来た。遊び人らしい風体《ふうてい》である。  気がついて、お比佐は金を払《はら》い、屋台を出た。足をふみしめても頼りがない。腰《こし》から下が泥沼《どろぬま》にはまったようであった。 「危ねえなあ」  がっしりと肩《かた》を抱《だ》かれた。 「姐《ねえ》さん、どこへ帰るんだい」  ふりはらおうとしたが、男の力は強い。 「やけ酒は体に毒だぜ。悩《なや》みがあるなら聞いてやろうじゃねえか……淋《さび》しいんなら相手になるぜ」  お比佐は男を突《つ》きとばした、と思ったら体が泳いだ。汗《あせ》くさい男の体臭《たいしゆう》がむっとかぶさって来た。逃《のが》れようともがいた。背中に葭簀《よしず》が当った。材木置場が葭簀でかこってある。男はその暗がりへお比佐をひきずり込もうとしていた。お比佐の手が逆らった。葭簀が切れた。男の手が胸へ入り、足に足が絡《から》みついた。  男の唇《くちびる》が放れたとき、お比佐は声にならない叫《さけ》びをあげた。二度、三度、必死で叫んだ。 「姉さん……姉さんじゃないか……」  思いがけない近さで、なつかしい声が聞えた。 「正ちゃん……助けて……」  それきり、お比佐は気を失った。     四  一度、気がついたときは布団の中だった。枕許《まくらもと》に新助が坐《すわ》っている。正太郎はどこに居るんだろうと思いながら、そのまま深い眠《ねむ》りに落ちた。  二度目に醒《さ》めると、新助がすぐ水を飲ませてくれた。 「正太郎は……正太郎はどこ……」  弟のついていてくれないのが不満だった。 「若旦那《わかだんな》は隣《となり》の部屋《へや》で寝《ね》ておいでです……清七というんですが、遊び人に腹を刺《さ》されました……」  お比佐は、はね起きた。体の自由がきかず仰《あお》むけに倒《たお》れかかった。新助がささえた。 「御心配には及《およ》びません。源庵《げんあん》先生が命に別条ないとおっしゃっています……今しがた治療《ちりよう》がすんで、眠《ねむ》られたところです……お由紀さんがついていてくれますから、安心しておいでなさいまし」 「あの女がついているって……いけないよ、新助……あんな女に正太郎の看病をさせるなんて……あんな女に久能屋の敷居《しきい》をまたがせたら、歿《なくな》った両親に顔むけがならない……正太郎は私が看《み》ます……女を早く……叩き出して……」  ふらふらと立ち上った。 「お嬢《じよう》さんッ」  ぴしゃりと平手打ちだった。お比佐は布団の上に突《つ》っ伏《ぷ》した。 「大旦那様、奥様に顔むけがならないのはお嬢さん自身でございますよ。若旦那は昨夜、お嬢さんを助けようとして清七に腹を刺されたんじゃあありませんか……」  打たれた頬《ほお》を押《おさ》えて、お比佐は凍《こお》ったように新助をみつめた。  正太郎があの場に来合せたのは偶然《ぐうぜん》ではなかった。  姉が酒を飲んで歩いているという噂《うわさ》をきいて、正太郎は何度も新助を訪ねて相談をしたり、様子をきいたりしていた、という。 「なまじお止めしても、どうなる事じゃありませんし、私に考えがありますから、もう少々、このまま放ってお置きなさいまし」  と新助は言ったが、正太郎は不安がって落着かない。  昨夜も遅《おそ》く、お由紀と共に新助を訪ねて、ひそかに久能屋へやって来た。ちょうど、新助はお比佐の帰りがおそすぎるので向島へ使を出したり、心当りへ小僧《こぞう》を走らせたりしている最中だった。向島からの使が戻《もど》って、浅草橋の近くでお比佐が駕籠《かご》を下りたことがわかり、すぐに手わけして探しに出た。 「若旦那《わかだんな》の怪我《けが》が軽くてすんだのも、いっしょだったお由紀さんが助けを呼んだり、丸太棒で清七をなぐりつけたり、死にもの狂《ぐる》いで働いたからのことなんです……」  別な場所を探していた新助がかけつけ、清七は役人に突《つ》き出された。 「新助はお嬢《じよう》さんを責めているんじゃありません……ですが、お嬢さん、お由紀さんは手前にこう言いました、年甲斐《としがい》もなく、身の程知らずな女とさげすまれても、自分は若旦那が自分を必要だと思ってくれている限り若旦那と苦労を共にしたい。だがお比佐さんにはすまなくて、それを想《おも》うと今にも若旦那と別れて知らない土地にでも行ってしまったほうがいいかと悩《なや》んでいる、とねえ。若旦那があんなに丈夫《じようぶ》になったのも、お由紀さんが心がけて薬湯をのませたり、体にいいということはなんでもお由紀さんがいっしょになって実行して来たからのようですよ。よく胸に手を当てて考えて下さいまし。それでも、お嬢さんはお由紀さんを若旦那のそばから引きずり出せとおっしゃいますか」  珍《めずら》しく厳しい声で新助は言った。新助の眼《め》の中に怒《いか》りと、それからお比佐への思いやりが同居していた。  半時ほどして、正太郎の意識が戻《もど》ったと、医者が知らせに来た。 「姉さんに逢《あ》いたいといって居る。話をしても大丈夫《だいじようぶ》、若いだけあって元気ですな」  お比佐は走って、正太郎の部屋《へや》へ行った。  布団のすそのほうに、お由紀がうつむいて坐《すわ》っていた。髪《かみ》がほつれ、蒼《あお》ざめていたが相変らず落着いて、しゃんとしている。  お比佐をみると、深く頭を下げた。慎《つつし》み深く、それでいて毅然《きぜん》としている。惚《ほ》れた男に命をかけて頼《たよ》り切っている。そんなお由紀の気迫《きはく》が、女だからお比佐にすぐぴんと来た。  正太郎は眼《め》をあけて姉をみた。力|一杯《いつぱい》に笑ってみせた。 「姉さん……ごめんよ……」  いきなり、お比佐は正太郎の布団に獅噛《しが》みつき、声をあげて泣いた。 「正ちゃん……かんにんして……かんにんして……」  弟の手が姉の背をさすった。 「大丈夫だよ、怪我《けが》は軽かったんだ。明日にだって起きられるよ……姉さん……」  泣きぬれた姉の眼へ、遠慮《えんりよ》がちに言った。 「姉さん……お由紀さんがいるんだよ……お由紀さんに何か……声をかけてくれないか……すっかり世話になってしまったんだよ……」  お比佐は弟をみ、お由紀をみた。  正太郎の眼が頼《たの》む、と言っている。お比佐は狼狽《うろ》たえた。  弟の手を握《にぎ》りしめた手が、がくがく慄《ふる》えた。  声が咽喉《のど》に絡《から》んだようで、出て来ない。 「姉さん……」  弟にうながされたとたん、お比佐の両眼からぼろぼろっと涙《なみだ》が噴《ふ》きこぼれた。  あわててお比佐は立ち上り、そのまま部屋《へや》の外へとび出した。  廊下《ろうか》をまがって、柱につかまった。涙がいいように流れてくる。  悲しいのでもなく、口惜《くや》しいのでもなく、ただ泣けた。  庭に朝顔が咲《さ》いている。  うすい紫《むらさき》の三輪、花を並《なら》べていた。両親が好きで、種を採っておいては、毎年、鉢《はち》に播《ま》き、苗《なえ》が大きくなると庭の土へ移しかえた。  花の種類は薄紫と桃色《ももいろ》とがあって、薄紫のほうが色も美しく大輪であった。  子供の日に、朝顔の種を正太郎と奪《うば》い合った。薄紫のほうの包みのを、二人とも欲しいといい、喧嘩《けんか》をした。結局、正太郎が負けて、彼のは桃色の種類のほうのにきまった。  鉢にそれぞれが種を播き、名札《なふだ》を書いて大切に育てた。苗を庭に植えたときも、それぞれの朝顔の隣《となり》に「正太郎」「比佐」と書いた木の札が立っていた。  花が最初に咲いたのは正太郎のほうだった。  薄紫の大輪である。どうして間違《まちが》ったのか、お比佐は口惜しくて、その時もこの柱にもたれて、わあわあ泣いたのをおぼえている。  翌日、木の札がとりかわっていた。薄紫のほうに「比佐」の札が立っていた。 「姉さん……ごめんね」  植木鉢の間に札を取り変えたのだと、正太郎が小さくなってあやまった。 「黙《だま》ってると、姉さん、今日も泣くだろう」  正太郎の困っている小さな顔が瞼《まぶた》の中に、くっきりと甦《よみがえ》って、お比佐はいつか微笑《わら》っていた。 「お嬢《じよう》さん……」  背後に新助が立っていた。 「新助……」  くるりとふりむいて、お比佐は自分の顔を新助の前へ突《つ》き出した。 「ぶってよ……さっきみたいに、思いっきり私をぶって……」 「お嬢さん……」 「質屋商売、長いことしていると客は少しでもよけいに借りたがる、こっちは少しでも少なく貸したがる、そんなかけひきばっかりに暮《くら》してきたもんで、私、人の気持に素直じゃなくなっているのよ。かまわないから、ぶってちょうだい。そうしたら、あたし、素直になってお由紀さんに言えるかも知れない……」  この度は、弟が大変お世話様でございます。  今後とも、よろしくお願い申します。  ふと、お比佐はそれと同じ台辞《せりふ》をずっと以前に言ったと思った。お由紀の家へ入門のため、正太郎をつれて行った時である。  それでいいんだ、と思いながら、お比佐はもう一度、自分の顔を新助のほうへ差し出して、しっかりと眼《め》をつぶった。  親なし子なし     一  どきりとして、志乃《しの》は眼《め》をあげた。  庭へむかって開け放した障子の外に、なにか礫《つぶて》の当ったような物音をきいたように思う。  しんと耳をすましてみたが、物音は一つだけであった。  日本橋本石町《にほんばしほんこくちよう》にある呉服商《ごふくしよう》、三河屋《みかわや》の奥《おく》である。ちょうど午下《ひるさが》りで、店のほうは客との応対で活気づいていた時刻だが、うなぎの寝床《ねどこ》のように細長い奥まった住いのほうは、人も少く、ひっそりとしている。  縫《ぬ》いかけの縮緬《ちりめん》を膝《ひざ》からすべらせて、志乃は立ち上った。  庭は蝉《せみ》が啼《な》いている。見渡《みわた》したところ、人がどこかにひそんでいるようでもない。だが、縁側《えんがわ》のすみに、志乃《しの》は小さな紙つぶてをみつけた。反古紙《ほごがみ》へ小石をくるんだものである。  (やっぱり……)  吐息《といき》が洩《も》れた。すばやく、紙つぶての小石を庭に捨て、反古紙を丸めて袂《たもと》へかくした。  一度、廊下《ろうか》の前後を窺《うかが》ってみる。  女中達は下女|部屋《べや》へさがって、縫物《ぬいもの》にかかっている時刻であった。ここより更《さら》に奥《おく》まった隠居所《いんきよじよ》のほうも人影《ひとかげ》がない。  それでも要心深く、志乃は庭下駄《にわげた》をはいた。  狭《せま》い庭を横切って、くぐり戸の前に立った。  もう一ぺんふりむいて、人の居ないのを確かめてから、思い切って木戸をあけた。  路地の日蔭《ひかげ》に、志乃が思った通りの顔が待っていた。  夏も終りというのに、汗《あせ》じみた木綿物に帯を粋《いき》がったつもりか、やくざっぽくしめて、頭だけは今、髪床《かみどこ》から出て来たばかりのような当世風である。  志乃をみて、市太郎はそれがくせの、照れ笑いを浮《うか》べた。 「わかったかい、おっ母」  紙つぶてのことである。 「何故《なぜ》、あんなことをするのです。用があるなら、ちゃんと表からお入りなさい」 「冗談《じようだん》じゃねえや。表から入ろうとした日には、番頭や手代が、いやな眼《め》つきで睨《にら》みやがってよ、どこの野良犬《のらいぬ》が帰って来たって面《つら》あしゃあがるんだ。へん、入れるもんかどうか……糞《くそ》くらえだ」  そっぽをむいて、ぺっと路地に唾《つば》を吐《は》く。 「それは、あなたの心がけの故ですよ。あなたさえ、ちゃんとしていれば、この家はあなたの家なのだから、大手をふって帰れるものを……」  この前、金を渡《わた》してから、ぷいっと出て行って、十日の余も音沙汰《おとさた》なしであった。いつもそうである。帰ってくるのは一文なしになった時にきまっていた。 「俺《おれ》がこの家の息子《むすこ》だと、おっ母、本気でそう思っているのかい。としたら、相当におめでてえねえ」  十六歳とは思えないほど男っぽい声で、市太郎はせせら笑った。 「三河屋じゃ、おっ母を嫁《よめ》には貰《もら》ったが、俺って奴《やつ》を連れ子とは思っちゃいねえ」 「そんなことはありません。あなたのことはここへ来る前に、吉兵衛《きちべえ》どのにもよくよくお願いしてあるのですから……」 「そうかい」  市太郎の調子が変った。 「それじゃ、おっ母、三河屋の息子がお帰りだ。黙《だま》って、十両出してくんな……」 「市太郎……」  志乃《しの》の蒼《あお》い顔に血が上った。剃《そ》り落した青眉《あおまゆ》のあたりが困惑《こんわく》と怒《いか》りで朱《あか》く染って行くのを、市太郎は上眼《うわめ》づかいに眺《なが》めていた。  どうみても三十三には見えない、と思う。  歿《なくな》った市太郎の父親の許《もと》へ、志乃が嫁《とつ》いで来たのが十七の年ときいている。嫁いで来て一年足らずで亭主《ていしゆ》に死なれ、以来、ずっと独りで働いて来た。  いってみりゃあ、ろくすっぽ、男に荒《あら》されていない躯《からだ》の女を、三河屋の吉兵衛の野郎、五年|越《ご》しにくどきゃあがって女房《にようぼう》にしたんじゃねえか。それにしちゃあ、おっ母への待遇《たいぐう》は、あんまり良くねえな、と市太郎は、血の続いていない母親の横顔を無遠慮《ぶえんりよ》に見下した。  おっ母がお人好しなんだ、と思う。  惚《ほ》れられている強みで、もっと亭主《ていしゆ》をうまく尻《しり》に敷《し》いて、三河屋の財布《さいふ》を握《にぎ》るくらいの才覚がどうしてないのかと腹が立つ。これだけの身代へ嫁《とつ》ぎながら、自分の自由になる金が殆《ほとん》どないというのも、市太郎にとっては馬鹿馬鹿《ばかばか》しくてならなかった。 「十両だなんて、そんなお金、あるわけがないでしょう。この前の五両だって、どんなに辛《つら》い思いをしてもらってあげたか、あの時、あんなにいったじゃありませんか。当分、銭《ぜに》もらいに来たって、あたしじゃどうにもならないって……」 「からっ尻《けつ》になっちまったんだよう」 「十日かそこらで、五両も使っちまったんですか」  下女の給料が七年年期で十両にならない時代であった。五両は決して少い額ではない。 「五両や十両がなんだよ。この三河屋の身代からいやあ、ほんのはした金じゃねえか。おっ母、この家のお内儀《かみ》さんじゃねえか。この家へ嫁《よめ》に行く時、なんていった。今までは親父《おやじ》なしで苦労させたが、今度は立派な後楯《うしろだて》が出来たんだから、安心しろと……ええ、そうじゃなかったのか」  倉の壁《かべ》に片手をついて、のしかかってくるような恰好《かつこう》で威張《いば》っている義理の息子を、志乃《しの》は情ない気持で眺《なが》めていた。  市太郎の母親が死んだのは、彼を産んで二か月目であった。みるにみかねて同じ長屋にいた志乃がなにくれと面倒《めんどう》をみたのが、間もなく、市太郎の二度目の母親の座におさまるきっかけになった。  だが、嫁《とつ》いで一年にもならない中に、大工だった市太郎の父親は正月酒に酔《よ》って仲間と喧嘩《けんか》になり、厳寒の川に、はまって死んだ。  なんのことはない、苦労の荷を背負い込むために嫁《よめ》にいったようだと、近所の人から同情されたが、その当時の志乃は、人が思うほど不幸だとは思っていなかった。苦労して育てた市太郎が、もしまともなら、志乃は自分の一生を後悔《こうかい》しないで生き抜《ぬ》いたに違《ちが》いない。  少年から青年に移り変る時期へ来て、市太郎はぐれた。悪い仲間とつき合うようになって賭《かけ》ごともするらしいし、いかがわしい女と遊ぶこともおぼえた。どちらかというと、女を知って、駄目《だめ》になった男であった。女と遊ぶ金欲しさに、世の中のけじめをふみはずしたようである。  かっぱらい、万引などからはじまって、ゆすりたかりのような真似《まね》もする。それが今まで表沙汰《おもてざた》にならずにすんだのは、志乃が金を弁償《べんしよう》して歩いたためである。  もともと働き者で、仕立職だった父親から充分《じゆうぶん》、仕込まれた腕《うで》があったから、志乃の稼《かせ》ぎは決して悪くなかった。にもかかわらず、市太郎がぐれてからは三度の飯を二度にしても生活がたたなくなってしまった。市太郎の作る借金がいつも志乃を追いまわしていた。  志乃が仕立物をおさめていた本石町の三河屋から女房《にようぼう》にと望まれた時、志乃は、もう自分の手に負えなくなってしまっている市太郎を新しい父親が、なんとか叱《しか》って真人間に叩《たた》き直してくれるのではないかと夢《ゆめ》を持った。  まるで、心の交流がなくなっている市太郎との生活にも疲《つか》れ切っていた。  だが、三河屋へ嫁いで三月、志乃は自分の思惑《おもわく》が悉《ことごと》く間違《まちが》っていたことを悟《さと》らねばならなかった。  市太郎は前にも増して横暴になった。金をもらいに来る時以外は、三河屋によりつかない。長谷川町《はせがわちよう》の長屋に母子で暮《くら》していた時には、せいぜい家中の金を洗いざらい持って行かれても一分か二分であった。今の市太郎はまるで宝の山を手に入れたような気分になっている。 「市太郎、そんな無理をいわないで……」  泣くまいと志乃《しの》は耐《た》えた。今までにどれほど、市太郎のために無駄《むだ》な涙《なみだ》を流し続けて来たことか。 「実はよう、俺《おれ》、しくじりやっちまってよ。今、十両ないと、とんだことになるんだ」  根岸《ねぎし》の寮《りよう》へ仲間が忍《しの》び込んで、留守番の老人を縛《しば》りあげ、金目のものをかっぱらったが、忽《たちま》ち足がついて二人ばかり、しょっぴかれた。 「お前も仲間だったんですか」  なんということをするのかと、志乃は足が慄《ふる》えた。 「俺《おれ》は、おどかされて見張りをしただけさ、岡《おか》っ引《ぴき》が十両持ってくりゃあ、なんとか見逃《みのが》してやるってね」 「そんなことを……」  良家の不良|息子《むすこ》が間違《まちが》いを起した場合、余っ程の罪状でない限りは、岡っ引や町廻《まちまわ》りの同心に金をつかって、内々にしてもらうのが常識であった。志乃にしても、今まで市太郎のために、どれくらい番屋へつけ届けをしているかわからない。 「俺がお上にしょっぴかれりゃ、どうしたって、三河屋の名前が出る。な、おっ母、そこんところを、よくよく亭主《ていしゆ》に相談して、なんとか十両出させて来るんだよ。十両ですみゃあ、御《おん》の字だぜ」  他人事のように、けらけら笑っている息子を、義理の仲でなかったら、ひっぱたいてやりたいと思う。 「すぐにといったって、とても出来やしませんよ、お店へ出ていなさることだし、夜にでもなったら、そっと御相談はしてみるけれど……」  市太郎のいうことには半信半疑だったが、結局、志乃はそういう他はなかった。もし、事実なら、十両の金を惜《お》しんで、とりかえしのつかないことになる。 「じゃ、明日の今頃《いまごろ》、ここへ来らあ。それ以上は待てないぜ。俺のいうことが疑わしけりゃ、伊勢町《いせちよう》の源吉親分にきいてみな。いいかい、たのんだぜ、おっ母……」  ひょいと手がのびて、志乃《しの》の髪《かみ》から平打ちのかんざしと蒔絵《まきえ》の櫛《くし》を抜《ぬ》き取った。どちらも、三河屋へ嫁《とつ》いでから、吉兵衛が買ってくれたものである。それまでの志乃は、安物の櫛一枚持っていなかった。大店《おおだな》のお内儀《ないぎ》としてあんまりみっともないというので、夫になった男は渋《しぶ》い顔で財布《さいふ》の紐《ひも》をといた。 「あっ、それはいけませんよ。市太郎……」  気がついて志乃が追った。市太郎はもう路地をかけ抜けていた。追って追いつく相手ではない。  重い足で、志乃は庭から縁《えん》へ上った。ふと、植込みのむこうの隠居所《いんきよじよ》の、庭へむいた窓の障子が、その時、急に閉ったような気がした。  隠居所には、この春、息子《むすこ》に店をゆずって隠居した先代吉兵衛、俳号《はいごう》を五郎三といっているのと、つれあいの、これも俳名を柏女《はくじよ》というのが住んでいる。  (見られたのだろうか……)  忘れていた胸の鼓動《こどう》が再び激《はげ》しくなり、志乃は縫物《ぬいもの》の前へすわって針山から針を探したが、いいように指がふるえて、どうにもメドが通らなかった。     二  夜になって、吉兵衛に話をするひまもない中に、風呂《ふろ》へ入ると声をかけられた。  背中を流すために身仕度して湯殿へ下りると、お前も一緒《いつしよ》に入れという。  夫がそれをいい出すときは、どういうことになるのか、志乃にはわかっていた。といって、夫婦であれば逆いようがない。  志乃の躯《からだ》を、吉兵衛はすみずみまで洗った。紅《あか》い糠袋《ぬかぶくろ》を使って、志乃が気が遠くなるほど、丹念《たんねん》に洗う。躯だけではなく、髪《かみ》も解いて洗った。あげくには、洗い場へ志乃の躯を横たえて、眼《め》が眩《くら》むような悪さをする。  湯殿は隠居所《いんきよじよ》にそう遠くもなかったし、窓の外には風呂焚《ふろた》きの耳もあるので、志乃は声を出すことも出来ず、両手で顔をおおい、吉兵衛の変態的とも思える愛撫《あいぶ》に耐《た》えていた。  寝間《ねま》へ戻《もど》ってから、志乃は濡《ぬ》れた髪の始末をし、身づくろいを直した。  吉兵衛は寝具《しんぐ》にねそべって、さっきの痴態《ちたい》など忘れたような顔で今日の売上げの帳簿《ちようぼ》をみている。  おそるおそる、志乃は夫の枕許《まくらもと》にすわった。なんといい出したものかと迷っていると、 「今日、市太郎が来たそうだな」  吉兵衛のほうから、ずばりと切り出した。 「つぶてを投げて、裏木戸へ誘《さそ》い出したそうじゃないか。なぜ、うかうかとそんな誘いに乗るのだ。放っておけばいい。もし、庭へまで入って来たら声を出して、人を呼ぶのだ。若い者がいいように叩《たた》き出してくれる。ぼんやり出て行くから気違《きちが》い犬の口車にのせられるのだ」  あっけにとられて、志乃はよく動く夫の口許《くちもと》をみつめた。市太郎が帰って来たら、若い者に叩き出させるといった吉兵衛の言葉が理解出来なかった。たとい、ぐれて手に負えない若者であろうと、志乃の連れ子ではないのか。義理にも、犬猫扱《いぬねこあつか》いは出来ない筈《はず》ではなかったのか。 「隠居所の親父《おやじ》どのもお袋《ふくろ》さまも、苦々しく思って居られる。いったい、なにをいって来たのだ。どうせ、金をねだりに来たのだろうが……」  苦り切っていた吉兵衛が、志乃の話をきくと、更《さら》に苦虫を噛《か》みつぶしたようになった。  起き上って着がえると、そそくさと奥《おく》の隠居所《いんきよじよ》に行った。  三十をすぎて家督《かとく》をついだのに、家の中のことに関しては、自分で決断しない。必ず、隠居所の、それも主として母親に裁可を求めに行くのであった。  小半刻で戻《もど》ってくると、 「着がえ……」  と慌《あわただ》しく、やがて行く先も告げずに出かけて行った。  夫を送り出して暗い廊下《ろうか》を戻《もど》ってくると、姑《しゆうとめ》の柏女《はくじよ》が寝間《ねま》に待っていた。 「困るではありませんか、気をつけてくれなければ……」  とげとげした調子であった。 「こんなことになるのではないかと思って、わたしはあなたを嫁《よめ》に迎《むか》えるのが、どうにも気がすすまなかった……三河屋は厄病神《やくびようがみ》を背負い込んだようなものですよ」  なにもいえず、志乃はただ手をついた。 「とにかく、市太郎という人と、縁《えん》を切るのですね。このままでは、三河屋があなた達のためにめちゃめちゃにされてしまいます。今度の始末がついたら、きっぱり、縁をお切りなさい……」 「それは……出来ません」  必死で志乃は答えた。 「出来ない……?」  姑は居丈高《いたけだか》になった。 「どうして出来ないのです。もともと血をわけたあなたの子ではないのでしょうに」 「それですから、尚更《なおさら》……今、あの子を見捨てては、あの子の歿《なくな》った両親に申しわけが立ちません。お店に御迷惑《ごめいわく》をおかけしたことは幾重《いくえ》にもお詫《わ》び致《いた》します。これからは二度と今度のようなことがないよう、当人にもよくいってきかせます。お店へ御迷惑のかからないよう、気をつけます。ですから、縁《えん》を切ることだけは、どうぞ御勘弁《ごかんべん》下さいまし」 「詫びてすむことだと思っているのですか。そんな了見《りようけん》だから、ますます、あいつがつけ上るのですよ。大体、市太郎をあんなにしたのはあなたが甘《あま》やかしすぎたからじゃありませんか」  柏女《はくじよ》は憎《にく》さげに、うつむいている嫁《よめ》を眺《なが》めた。三十五まで独りでいた息子《むすこ》が、他に良い縁談《えんだん》がなかったわけでもないのに、どうしてこんな後家の女に惚《ほ》れたのか、柏女には忌々《いまいま》しくてならぬことであった。 「あなた、胸によく手をあててお考えなさい。義理の仲なら、それなりに、もっと気をつけてお育てにならなければいけなかったんじゃありませんか。十六にもなって、人のものも自分のものもけじめがつかない。それじゃ馬鹿《ばか》か盗《ぬす》っ人《と》ですよ。今までお上の御厄介《ごやつかい》にならなかったことが、私たちには不思議ですね。それがかえっていけなかったのじゃありませんか。罪の償《つぐな》いは自分でするのだということを、当人に思い知らせてやることですよ。いつもいつも、あなたが尻《しり》ぬぐいをして、それが結局、あの子を手のつけられない悪党にしてしまったんじゃありませんか」  姑の言葉の鞭《むち》は、志乃《しの》を激《はげ》しく叩《たた》きのめした。義理の子だから甘やかして駄目《だめ》にしたというのは、志乃にとってもっとも辛《つら》い言葉であった。  たしかに、それはあるかも知れないと思う。  しかし、志乃は思う。まだ襁褓《むつき》の時から貰《もら》い乳をし、米の粉を煮《に》て、夢中《むちゆう》で育てて来た市太郎であった。今でこそ義理の、他人のと世間はいうが、育てた志乃にとって我が子も他人の子もなかった。自分が産んだ子のように可愛《かわい》かったのも事実だし、そうでなければとても育てることが出来なかったと思う。  少くとも、市太郎が七、八歳の頃《ころ》までは、真実の母と子のように、市太郎の成長を生甲斐《いきがい》にし、よりそって生きて来たものであった。  一つ駒《こま》が狂《くる》って、市太郎がぐれたのを、やはり継母《ままはは》だったからと、その一言で理由づけられては、志乃にとって酷《こく》すぎた。  だが、世間は平気でそれを口にするし、姑《しゆうとめ》 も、なんの思いやりもなく志乃を責める。  行燈《あんどん》の灯をかきたてて、志乃はやりかけの縫物《ぬいもの》を始めた。  三河屋の嫁《よめ》になってからも、以前、この店の得意客の註文《ちゆうもん》の着物や帯の仕立をしていたのと同様に、やはり、客の品を縫《ぬ》うことになっていた。 「お前の仕立でないと、お客様が気に入らないのだ」  などと吉兵衛はいっていたが、ありようは、姑の柏女が息子をつっついて、嫁に只飯《ただめし》を喰《く》わせまいと針仕事をさせるよう入れ智恵《ぢえ》したものであった。もっとも、志乃にとっては、そんなことはどうでもよかった。働くことは苦痛ではなかったし、少しでも婚家《こんか》の役に立っていると思うのは、むしろ嬉《うれ》しかった。  一|刻《とき》ばかりで、吉兵衛はこの上もない不機嫌《ふきげん》さで帰って来た。 「お前という女は、どこまでお人好しなんだ。馬鹿《ばか》も休み休みにしてもらいたいね。おかげでいい恥《はじ》をかいた」  伊勢町の岡《おか》っ引《ぴき》の家を訪ねて、それとなくきいてみた結果、市太郎のいった根岸の寮《りよう》の押《お》し込みの話は、全く根も葉もない嘘《うそ》とわかった。 「伊勢町の親分は苦労人だから、笑ってすませてくれたようなものの、馬鹿馬鹿しくて話にもならん」  夫の怒《いか》りとは別に、志乃《しの》は、ほっとしていた。  よかった、と思う。市太郎が本当に押し込みをしていたのだったら、それこそ、どう世間様に詫《わ》びてよいかわからない。嘘で幸せと、つい、神にも仏にも合掌《がつしよう》したい気持になる。 「夜分に御苦労をおかけして、本当に申しわけございません。でも、嘘でようございました。もし本当なら、あなたにもどんな御迷惑《ごめいわく》をおかけしたことかと、空恐《そらおそろ》しいようでございました」 「縁《えん》を切るのだな」  姑《しゆうとめ》と同じ調子で吉兵衛がいった。 「これ以上の迷惑は真っ平だ。あんな出鱈目《でたらめ》な奴《やつ》に家をひっかきまわされてはかなわん。なにをしでかすかわからん奴だ。以後一切、この家に出入りさせるな。伊勢町の親分にもよくよく話して来た。あいつが今後、なにをしでかしても、三河屋とは一切、関係がないとな」 「あなた……」  流石《さすが》に志乃は顔色を変えた。 「それは、あんまりじゃございませんか。あの子は悪事を働いたわけではございません。子供が親に小遣《こづか》い銭欲しさに、ちょっとした嘘《うそ》をついた……それだけでございます。世間様に御迷惑をかけたわけではないのですから、……明日、あの子が参りましたら、あなたからきびしく叱《しか》ってやって下さいまし。そして、心をいれかえてお店の手伝いでもするように、なんとか……」 「冗談《じようだん》ではない。俺《おれ》が叱ったくらいで、あいつの根性がどうなるものか。縁《えん》もゆかりもない奴に逆怨《さかうら》みされるのは真っ平|御免《ごめん》だ」 「縁もゆかりもない……? でも、あの子は私の子供でございます。こちらへ参ります時にも、あの子のことだけはくれぐれもあなたにお願い申しました。わたくし、あなたがそれを御承知下さったとばかり思って、嫁《とつ》いで参りました……」  それだけが志乃の条件であった。市太郎の義理の父として、後見人になってもらうことである。  志乃の激《はげ》しさに、吉兵衛はひるんだ。 「そりゃそうだが……あの子が大人《おとな》しく、店の仕事を手伝って、神妙《しんみよう》にしてくれているのなら、わたしだって、それ相応にあの子の将来も考えてやれるが……今のように、ただもう金もらいに顔を出すだけではわたしとしても手の打ちようがない。それは、お前だってわかりそうなものだ」  うなだれている志乃に、思いつきらしくつけ加えた。 「お前、あの子を一度、突《つ》き放してみないか」 「突き放す……」 「かわいい子には旅をさせろ、獅子《しし》は我が子を千仞《せんじん》の谷底に蹴落《けおと》して一人前にするというではないか。大体、市太郎はお前に甘《あま》えすぎてああいうことになったのだ。なにをしても、必ず、お前がなんとか後始末をしてくれるという気があるから、いつまで経《た》っても目がさめない……男というものは、なにも頼《たよ》るものがなくなった時、本当の値うちをあらわすものだよ」 「もし、私が見放したら、あの子、どうなりますやら……」  金に困って本当に押《お》し込み強盗《ごうとう》でも働くのではないかと志乃は不安であった。 「そんな度胸があるものか。根は臆病《おくびよう》な甘ったれなのだ。悪い仲間にしたって、あいつに金がなくなれば、相手にしなくなる。そこがつけめなのだ」  吉兵衛の説得に、志乃は少しずつその気になっていた。  姑《しゆうとめ》にも責められたように、確かに市太郎を甘やかしたのは自分の罪である。思い切って突き放して、それが市太郎の薬になるのなら、思い切ってそうするべきかも知れないと思う。 「当分、市太郎が訪ねて来ても逢《あ》うな。伊勢町の親分にも、市太郎から目を離さないでくれと頼《たの》んで来た。ま、悪いようにはしないから、お前も心を鬼《おに》にして、あいつを立ち直らせることだな」     三  翌日、縁側《えんがわ》に紙つぶてがとんで来た時、志乃のそばには吉兵衛がいた。  腰《こし》を浮《う》かした志乃へ、 「出るな」  という。自分はそそくさと店のほうへ走って行った。間もなく、塀《へい》の外に人の声がして、 「冗談《じようだん》じゃねえや、俺《おれ》はなんにも悪いことなぞしてねえよ」  市太郎の声が大きく聞え、 「なんでもいい、来いってことよ。親分が、ちっとばかし、お前に話があるそうだ」 「知らねえよ。おいら、岡《おか》っ引《ぴき》になんぞ用はねえんだ」  不意にものの倒《たお》れる音と、大地を走る音と、 「おい、待ちやがれ……」  志乃は夢中《むちゆう》で部屋《へや》を出た。廊下《ろうか》に吉兵衛が立っている。 「あなた……」 「伊勢町の親分のところのお手先だよ。わたしが昨夜、たのんで来たのだ。なあに、心配することはない。親分が市太郎にじっくり意見して下さるというのでな」 「それじゃ、別に捕《つかま》って番屋へ送られるわけじゃないんですね」  それにしても、あの分ではおそらく力ずくで、伊勢町へ連れて行かれるであろうし、そうなれば、市太郎は最初から反抗的《はんこうてき》な気分で、伊勢町の親分の話をきくことになる。折角、意見をしてもらってもなんにもならないのではないか。むしろ逆効果だと志乃《しの》は頼《たよ》りなかった。  夕方になって、伊勢町から源吉がやって来た。十手をあずかってお上の御用聞をつとめているが、本業は宿屋で、これは女房《にようぼう》の名義になっている。別に湯屋を一|軒《けん》もっていて、湯屋も宿屋も人の集る商売だから、そんなところから聞き込みも多く、御用聞にはうってつけの副業であった。このあたりでは顔もきくし、実力もある。 「息子《むすこ》さんとじっくり話をしてみましたがね。どっちにしても、この店には当分、帰りたくねえというんですよ」  通された奥《おく》の部屋で吉兵衛と志乃に向い合うと、すぐにいった。 「まあ、あの年頃《としごろ》は微妙《びみよう》なもんだ。自分一人のお袋《ふくろ》と思っていたのが、急に嫁《よめ》に行って、さあ、その亭主《ていしゆ》を父親と思えといっても、そりゃあ、ちっと無理な話でね」  ちらと志乃のふっくらした膝《ひざ》のあたりへ視線をむけた。 「あの子が、そのように申しましたのでしょうか」  志乃には意外であった。三河屋へ嫁《とつ》ぐに当っては、まず第一に市太郎に相談をした。彼が少しでも不快そうにみえたら、志乃はそれがどんな玉の輿《こし》でも断るつもりでいた。 「いいじゃないか、おっ母、まだ若いんだ。今まで苦労したんだから、少しはいいめに逢《あ》わなけりゃ、人間なんてつまらねえもんだぜ。俺《おれ》も、そうなりゃ安心さ」  二つ返事で笑ってくれた市太郎の言葉は、嘘《うそ》だったのかと志乃は目をみはるばかりである。 「まあ、表立ってはお袋《ふくろ》の幸せになることだから、否《いな》やもいえまいが、心の中はやっぱりなにかとふっきれねえのが人情ってもんだ。まして、義理の仲なら、尚更《なおさら》、嫁に行くなとはいいかねた。あっしのようなものでも、その辺の気持はおおよそ想像がつきますよ」  源吉の言葉は、暗に志乃《しの》の無神経を責めているようであった。仮にも母親が、それくらいの子供の気持をどうして見抜《みぬ》けないのかと笑っているようでもあり、三十すぎて、なにも今更《いまさら》、大きな義理の子まで抱《かか》えて嫁に行こうというのが間違《まちが》いだと非難しているようでもある。  志乃は顔があげられなかった。 「そんなわけで、当人はここへは戻《もど》りたくない。吉兵衛さんの意向も出来ることなら他人の飯を喰《く》わせて少し苦労させたほうが本人のためとおっしゃる。それもいいと思いましてね。あっしの知り合いで、大川に船宿を出しているのが若い衆を欲しがっている。市太郎さんに話したら、大きに乗り気で、是非、世話をしてくれろといいなさるんで、当分、そこへやってみたらどうかと思うんですよ」  無論、吉兵衛に異存はない。夫がいいというのを、志乃はまして口は出せなかった。ただ、くれぐれもよろしくお願い致しますと、くりかえすだけである。  礼の包み金を懐中《かいちゆう》にして、源吉は帰った。 「やれやれ、縁《えん》もゆかりもない奴《やつ》のために、えらい無駄金《むだがね》を使うことだ」  愚痴《ぐち》のいい放題だった吉兵衛が、ひたすら詫《わ》びている志乃の白い首筋をみていたかと思うと、急に声を変えて、 「納戸《なんど》へおいで」  という。なにか、納戸からとり出すものでもあるのかとついて行くと、吉兵衛は納戸の内側から、心張棒をして、行燈《あんどん》に灯を入れた。  帯をとけ、という。  あっけにとられて、志乃《しの》は夫の顔をみた。れっきとした夫婦が昼日中、納戸へかくれて抱《だ》き合うというのは、志乃の常識からは異常であった。もし、夫婦でこんな所へ入り込んでいるのを、姑《しゆうとめ》 や女中達にみられたらと思うだけで、志乃はただ苦痛であった。  吉兵衛が納戸を出て行ったあと、志乃は今朝、結ったばかりの髪《かみ》がどうしようもないほどに根が落ちているのに気がついた。妻の体裁を考えて、髪をかばってくれるなどという配慮《はいりよ》は夫にはなかった。むしろ、わざと髪を掴《つか》んでぐらぐらにしてしまったりする。  どういうつもりで、夫が突然《とつぜん》、自分を納戸で犯したりするのだろうかと思う。市太郎のことで余分な費《つい》えだと怒《おこ》っていたのが、一転してこうである。  遣《つか》った分だけ、志乃の躯《からだ》でとりかえそうとでも思っているようである。そのことをふと思い、志乃はあわてて首をふった。いくらなんでも夫であった。そこまで悪推量をするのは堪《た》えられない。  髪をまとめて納戸を出ると、そこに姑がいた。 「なんということでしょうね」  志乃の髪と着くずれた襟許《えりもと》を睨《にら》みつけた。 「いくら、長いこと後家|暮《ぐら》しで、男に飢《う》えたか知らないけれど、昼日中から納戸へ誘《さそ》うなどとは、淫売宿《いんばいやど》ではあるまいし……奉公人《ほうこうにん》の手前も恥《はず》かしいとは思いませんか」  きこえよがしであった。  廊下《ろうか》のむこうで何事かと、女中達が足をとめてこっちをみている。志乃は全身が火になった。     四  大川の船宿で働いているという市太郎からは、なんの消息もなかった。  一度、様子を見に行きたいと思いながら、志乃《しの》にはその暇《ひま》もなく、夫も許さなかった。 「お前が行けば、当人の気のゆるみになるだけだ……」  そうかも知れないと思い、志乃はひたすら神に祈念《きねん》した。どうか、今度こそ、まじめに長続きしてもらいたいと思う。  だが、そのそばから志乃は今度も駄目《だめ》なのではないかという危惧《きぐ》をどうしようもなかった。  今まで、何|軒《げん》、奉公《ほうこう》先を変ったか知れない市太郎であった。  長谷川町にいた時も、いろいろな人が世話をしてくれて、あらゆる奉公先をみつけてくれた。指物師《さしものし》の家は一か月で性に合わないととび出したし、棟梁《とうりよう》の家は子守をさせるのが気に入らないと、赤ん坊を放り出して帰って来た。茶問屋へ奉公し、そこをやめて穀物問屋《こくもつどんや》へ行き、人足にもなった。力仕事は苦手で算盤《そろばん》はやりたくないという。どこも長くて三月、早ければその日の中にお払《はら》い箱であった。  いくら、源吉親分の口添《くちぞ》えでも、市太郎の性格が一ぺんに変るものかどうか、志乃は薄氷《はくひよう》をふむような思いであった。 「おかみさん、幸吉さんが来てますけど……」  女中が知らせて来た時、志乃はやはり店の仕事で帯を縫《ぬ》っていた。 「出来上った品物をおさめに来たそうですけど、ちょっと御挨拶《ごあいさつ》して行きたいっていってるんですよ」  こっちへ通すようにと、志乃《しの》は答えた。  幸吉というのは、以前、長谷川町にいた時分、同じ長屋に住んでいた。やはり母一人子一人で、母親のほうは浅草の水茶屋で働いていたが、男ぐせが悪く、時には夜鷹《よたか》の真似《まね》までするという噂《うわさ》であった。  幸吉という子は、大人しいがしっかりした息子《むすこ》で、子供の時に右足を怪我《けが》していまだに少し歩行が不自由であった。そのため、将来はすわって出来る仕事で生活をたてたいといい、志乃のところへ十二の年から裁縫《さいほう》を習いに来た。  教えてみると、根気はいいし、仕事もていねいである。やがて、志乃の口ききであちこちの呉服屋《ごふくや》から仕事がくるようになった。三河屋でも、かなりいい仕事は幸吉に頼《たの》んでいる。年は二十だが、四十、五十の腕《うで》のいい仕立職と同等の仕事をする。賃金は安いし、実直で期限に遅《おく》れることもないから、呉服屋にとっては便利な存在であった。  庭伝いに幸吉は入って来た。風呂敷包《ふろしきづつみ》を大事そうに抱《かか》えている。 「ごめん下さいまし。お仕事中、お邪魔《じやま》を致《いた》します」  縁側《えんがわ》へ手をついて、律義《りちぎ》に挨拶《あいさつ》した。 「お久しぶりでしたね。お変りはありませんでしたか。さ、こっちへお上りなさいよ。今、お茶をあげますから……」  市太郎の遊び友達でもあった。むしろ、幸吉が幼い日の市太郎のお守りをしてくれた感じである。年は四つ上だが、分別からいうと十歳も違《ちが》うようであった。仕立賃が入ると、酒好きの母親のために黙《だま》って酒の用意をしておくという息子《むすこ》であった。そのくせ、当人は酒も煙草《たばこ》ものまない。女遊びもまだ知らないようであった。  志乃《しの》は気易だてから部屋《へや》へ上れといったが、幸吉は固辞して縁側《えんがわ》のすみに腰《こし》かけている。むかしはとにかく、今はお得意先のお店《たな》のお内儀《かみ》さんというけじめを、きちんと守っているふうであった。  今日は近く婚礼《こんれい》のある上総屋《かずさや》の末娘《むすめ》の着物や帯を五枚ほど仕上げて来て、別に豪華《ごうか》な振袖《ふりそで》の衣裳《いしよう》の註文《ちゆうもん》をもらったということであった。 「いつも御苦労さまですね。いい仕事をして下さって、店でも喜んで居りますよ」 「なにもかも、おかみさんのおかげでございます……」 「なにをいうのです。あなたのお心がけがよいからですよ」  ふと、志乃は心の中で幸吉と市太郎を比較《ひかく》していた。同じような年頃《としごろ》であり、環境《かんきよう》なのに、こうも人柄《ひとがら》が違《ちが》うものかと吐息《といき》が洩《も》れた。  母一人子一人でも、志乃が浮《う》いた噂《うわさ》もなく、ただ市太郎の成長だけを幸せに思ってかたく暮《くら》して来たのに、幸吉の母のおさきは始終、男出入りが絶えなかった。いくら幼いとはいえ、幸吉の眼《め》の前で男とふざけたり、抱《だ》き合ったりは始終であった。  幼い日の幸吉は、いつも食事時に飯もなく、破れた着物は垢《あか》じみたままで捨てておかれていた。みかねて、志乃が自分の家へ呼んで飯を食べさせたり、洗濯《せんたく》や繕《つくろ》いものをしてやったものである。  そんな母親でも、息子はこんなに真面目《まじめ》な素直な若者に育っているのに、風にも雨にもあてないように大事に育てた市太郎があんな人間になってしまっている。自分の育て方になにか大きな間違《まちが》いがあったのかと、志乃は情なかった。 「実は……市っちゃんに逢《あ》ったんです」  やがて、いいにくそうに幸吉が告げた。 「市太郎に……」 「ええ、大川の船宿で働いているって……」 「どんな様子でした……あの子……元気でしたか」  流石《さすが》になつかしさが声に出た。 「ええ、元気なようでした……」  志乃は幸吉が言い渋《しぶ》っているのに気がついた。 「あの子、なにか幸吉さんにことづけたんじゃありませんか。あたしに逢ったら、こうこういってくれとか……」  幸吉は両手で自分の膝《ひざ》を握《にぎ》りしめていた。 「市っちゃんは……おかみさんに、こづかいが欲しいといってくれって……いくらでもいいから俺《おれ》にもらって来てくれというんです」 「こづかい……」  船宿で働いているからには、着ること食べることには不自由しない筈《はず》であった。 「たまには仲間に一杯《いつぱい》おごったりしないと、つきあいが悪いといわれるんだそうです。少しぐらいなら、俺にも持ち合せがあったんですが、市っちゃんはそれんばかりじゃ話にならないと……」  やっぱり、と志乃は肩《かた》を落した。  やっぱり、あの子は前と同じことをいい出している。  母親に金をせびり、その金で仲間に酒をおごっていい顔になろうなどという了見《りようけん》からして、まともに辛抱《しんぼう》する気がないのを如実《によじつ》に物語っている。  それも、三河屋の敷居《しきい》をまたげないので、幼友達の幸吉を使って、無理に嫌《いや》な頼《たの》みを引受けさせた。  幸吉に対して志乃は恥《は》じた。そんな子に育ててしまった自分の不甲斐《ふがい》なさがしきりに悔《く》やまれた。 「おかみさん……」  志乃の苦悩《くのう》をみかねたように、幸吉がいった。 「申しわけありません。悪い使いをしてしまいました。わたしがきっぱり市っちゃんに申します。そんなことをしてもなんにもならないと話してみます。おかみさんの立場も考えずに、とんだことを申し上げてしまいました。どうか、堪忍《かんにん》して下さい」 「いいえ……」  相手に詫《わ》びられて、志乃はうろたえた。同時に迷っていた心もきまった。 「幸吉さん、どうか、あの子のことは放っておいて下さい。意見されて、素直にきくような子じゃありません。かえってあなたを怨《うら》むか、乱暴でもするか……どうか、知らん顔をしていて下さい。あたしに逢《あ》って話はとりついだが、あたしが相手にしなかったと、そういって下さればいいんです」 「しかし、おかみさん……」 「あたしがいけなかったんです。あの子を甘《あま》やかして……今度という今度は、あの子がどんなに困っても、あたしは放っておくつもりなんです。それがあの子のためだとみんなにいわれました……あの子が立ち直るためなら、どんなに不安でも、あたしはそうしなけりゃいけないと思っています。幸吉さんもどうか、あの子にお金を貸してやったりしないで下さい。それが、あの子のためなのですから……」  わかりました、と、幸吉は答えた。 「おっしゃるように申します」  考え深い様子で、そっと腰《こし》をあげた。 「どうも、お邪魔《じやま》を致《いた》しました。それじゃ、又《また》……」  ひっそり帰って行く肩《かた》に、重い荷が乗っているようであった。  なんという子だろうと、志乃《しの》は市太郎が憎《にく》かった。なにも知らない幸吉にまで、よけいな苦労をかけてしまった。  (それでなくても、あの子はおっ母さんという苦労の種をしょっているのに……)  三河屋へ嫁《とつ》いで来てからも、幸吉の母親の破廉恥《はれんち》な噂《うわさ》はきこえてくる。  四十をとうに越《こ》えたのに、赤いものをちらちらさせ、昼間でも襟白粉《えりおしろい》をこってり塗《ぬ》っている。 「朝から立て膝《ひざ》で酒を飲んでいるんだよ。いくら暑いからって、胸も裾《すそ》もおっぴろげちまってねえ。息子《むすこ》だって眼《め》のやりばがありゃあしないよ」  葛西《かさい》から毎朝、青物の荷をかついでくる婆《ばあ》さんが、三河屋の台所で、そんな話をしているのを小耳にはさんだこともある。  終日、志乃は重い心で針を動かしていた。  それっきり、幸吉は奥《おく》へ来なかった。店のほうへは始終、仕事を届けに来たり、もらって行ったりしているらしいが、奥へ来ない限り、志乃とは顔を合せない。  幸吉をそっと呼んで、その後の市太郎の様子をきいてみたいとも思ったが、結局、志乃は諦《あきら》めた。  なにかあれば、おそらく伊勢町の源吉から知らせてくるに違《ちが》いなかった。  夏の終りが、かけ足で秋になり、十一月の暦《こよみ》をめくると、店は連日、活気づいた。  その頃《ころ》の大きな呉服店《ごふくてん》では、店先の上りかまちに数十人の番頭が並《なら》び、その頭の上には正吉とか、忠三とか、それぞれの名前を書いた紙札《かみふだ》を天窓の上に張出してあった。得意客はそれぞれ、番頭をえらんでその前に上り込んで、あれやこれやと品定めをするのである。  よく売れる番頭の後には手代がつき、景気よく奥《おく》から反物を持って来ては広げて行く。  殊《こと》に春着の仕度のはじまる秋の終りからは、呉服店はどこも客の呼び込みが派手に、年の瀬《せ》へ続いて行く。  志乃《しの》は幾晩《いくばん》も徹夜《てつや》をした。三河屋へ嫁《よめ》に来たのか、仕立職として三河屋に住み込んだのかわからない日々が続いた。違《ちが》うことは、嫁である以上、何枚仕立てても一文の銭にもならないことだけである。  そして、一日おきくらいに、吉兵衛が風呂場《ふろば》へ呼ぶ。  暮《くれ》になった時、志乃は奉公人《ほうこうにん》たちでさえ、ぎょっとするほど、やつれた。  二の酉《とり》の日に、伊勢町から源吉がやって来た。  茶を持って入って行った時の部屋《へや》の空気で、志乃は来るべきものが来たことを悟《さと》っていた。 「市の奴《やつ》がとび出したそうだ」  上ずった声で吉兵衛がいった。 「それも、とんでもないことをしでかしたあげくだ……」 「とんでもないこと……?」  今度はなにをしでかしたのかと、志乃は胸が苦しくなった。船宿へ働きに行ってかれこれ三か月余りである。  ひそかに、今度は、と心だのみにしていたのも無駄《むだ》になった。 「それがな、お内儀《かみ》さんの前じゃ、ちっと話しにくいんだが……」  源吉が苦っぽろく笑って話したのによると、船宿へ来る客は、所用のため大川を渡《わた》って行く者とか、舟遊び、釣《つ》りの客などの他に、いわば人目を避《さ》けての忍《しの》び逢《あ》いの客がある。  世間の眼《め》に触《ふ》れては困る男と女が、舟を逢引《あいびき》の場所に使うのだ。  こういう客は船頭も心得ていて、人眼のない川っぷちまで漕《こ》いで行って、自分は心づけをもらって陸へ上り、一|刻《とき》ぐらいをどこかで一杯《いつぱい》やってつぶしてくる。その間に舟の中の首尾《しゆび》が終っていて、再び船頭がお供をして、元の船宿へ帰るか、相手の都合のよい岸へ下すか、そこはお好みという按配になるのだが、船宿の得意は殆《ほとん》ど、この種の客であった。大抵《たいてい》はおなじみさんで、口止料の気持もあって船宿にも船頭にもかなりの祝儀《しゆうぎ》が出る。  船宿で働いていると、こうした逢引の客がどこの誰《だれ》で、相手は誰、どういう事情があって忍び逢わねばならないかが、おおよそわかってくる。  市太郎はそれに目をつけたらしい。  表沙汰《おもてざた》になっては困るような相手をえらんでは、あとでそっとゆすりに出かけた。無論むかしの仲間がゆすりの表に立って、市太郎は、相手を教えることで、分け前をもらっていたらしい。  旦那《だんな》が長患《ながわずら》いで、番頭と出来合っていた大店《おおだな》の内儀《ないぎ》だの、養子の身分で、家つきの女房《にようぼう》にかくれて芸者と逢っている旦那など、それが表沙汰になったら、世間体どころか、自分の一生の大事になりかねない連中は、あわてて彼らのゆすりに乗った。 「事情が事情で表沙汰に出来ないが、三月ばかりで、かれこれ、二十両近くの金が動いたようだ」  どうも可笑《おか》しいと客と船宿の間でひそかに調べたところ、市太郎が情報を流していることが知れたという。  れっきとしたゆすりだが、今度のことは表沙汰にはならない、と源吉はいった。  市太郎やその仲間の罪状を明らかにするためには、被害《ひがい》にあった人々の証言が必要であった。そのためには逢引《あいびき》の人々の姓名《せいめい》が公けになる。当人達にとっても大恐慌《だいきようこう》だし、船宿としても風俗|紊乱《びんらん》の片棒をかついだ罪で処罰《しよばつ》される。  そんなことにならないように、平常、岡《おか》っ引《ぴき》や定廻《じようまわ》りの旦那方《だんながた》につけ届けが行き渡《わた》っているのだから、今更《いまさら》、野暮《やぼ》な詮議《せんぎ》になるのはどちらにとっても迷惑《めいわく》至極であった。 「ここだけの話だが……」  源吉が切り出したのは、金の始末であった。  被害《ひがい》にあった客には、船宿が一応、弁償《べんしよう》という形で金を返す。勿論《もちろん》、市太郎は馘首《くび》である。  源吉の要求は、市太郎の親許《おやもと》として、船宿が弁償した金を、船宿のほうへ支払《しはら》ってくれという。 「俺《おれ》も、おかげですっかり顔をつぶされちまった。ま、おたがい、道楽|息子《むすこ》は持ちたくねえな」  苦笑されて、吉兵衛も志乃《しの》も恐縮《きようしゆく》するばかりだった。  結局、その場で二十両を源吉にことづけて船宿へ返してもらい、別にかなりの金包を源吉に詫《わ》びのしるしとして収めてもらった。  つまらぬことで源吉につむじをまげられると、これから先、なにがあった時に、えらいしっぺ返しをされる怖《おそ》れがある。 「あの……まことに申しわけございませんが、それで今、市太郎はどこに……」  源吉の帰る時に漸《ようや》く、志乃は訊《たず》ねた。船宿をとび出したのが二日前だという。 「そうそう、それをいい忘れちゃなんにもならねえな」  志乃をみて、源吉はくすぐったそうな表情をした。 「うちの若い者の話では、女のところにころがり込んでるそうだ……」 「…………?」 「それも、あんたの知ってる女さ」 「わたくしの……」 「長谷川町の長屋に札《ふだ》つきがいただろう。おさきっていう飲んだくれの色気違《いろきちが》い婆《ばば》あ、そいつとべったりだそうな」 「おさきさん……」 「どうやら、市太郎って子は、年増《としま》女に可愛《かわい》がられる性質らしいな」  語尾《ごび》を低く笑って、源吉は志乃《しの》に背をむけた。     五  どうやって家を出たのか、志乃はおぼえていない。  とにかく、その夜の三河屋には志乃の身のおきどころがなかった。  吉兵衛の他に 姑《しゆうとめ》 までが加わって、志乃を責めた。志乃を嫁《よめ》に迎《むか》えたばかりに、半年にもならない中に三十両近い金を無駄《むだ》にしたという。  たしかにその通りだったが、志乃にとってはどうしようもないことである。  三河屋へ嫁に来たのにしたって、別に志乃が押《お》しかけて来て居すわったわけではない。吉兵衛から望まれた時、市太郎という子がいることも了解《りようかい》ずみだし、その市太郎がぐれて志乃の手に負えなくなっているのも、承知の上で嫁にした筈《はず》である。  しかし、志乃は一言の抗弁《こうべん》もしなかった。ただ、婚家《こんか》に損をかけたことを身を縮《ちぢ》めて詫《わ》び、おののいていた。  吉兵衛も姑も、市太郎と縁《えん》を切れといった。  この前、それを口にした時よりも、はるかに強く主張した。どうしても市太郎と縁が切れないというなら離縁《りえん》するという。 「離縁するからには、今までたてかえた三十両、耳をそろえて返してから出て行ってもらいましょう」  姑の柏女《はくじよ》は激《はげ》しくいった。隠居《いんきよ》の五郎三のほうがみかねて、なにもそれまでいわなくとも、といったが、柏女は無視した。 「どうして、血の続きもないのに、別れることが出来ないのです。実の子なら、血は切っても切れないというけれど……」  志乃《しの》の困惑《こんわく》をむしろ楽しんでいるような口調であった。 「赤の他人じゃありませんか。あなたは二言目には義理のなんのというけれど、赤ん坊の時からあの年まで育て上げたんですからね、義理はとっくにすんでいますよ。それとも、他にあのならず者と切っても切れないようなわけがあるんですか」  志乃は驚《おどろ》いて顔をあげた。 「それは、どういうことでしょうか」 「市太郎と別れられないわけがあるのかといっているのですよ。母子といっても、あなた方は他人なのだし、市太郎さんは年増《としま》に好かれる人だと伊勢町の親分さんもおっしゃったそうな。親子ほど年が違《ちが》おうと、義理の仲だろうと、男と女なのだから、そこはどんなわけになっているのか他人にはわからないものですよ」  意味がわかって、志乃は真っ蒼《さお》になった。 「あんまりでございます。いくらなんでも、そんな人の道にはずれたこと……出来るわけがございません」  市太郎を男として意識したことはなかった。  襁褓《むつき》の世話までした相手と、冗談《じようだん》にもせよ推量をされるとは、夢《ゆめ》にも思わなかった。 「あなたには出来なくたって、市太郎さんは立派な大人ですよ。十六かそこいらだって、女を泣かせるのが大層上手だそうじゃありませんか。いったい誰《だれ》があんな若い人をそんなふうに仕込んだんでしょうね」 「およし……」  五郎三が口をはさんだ。 「はしたないと思わないか。なにがあったにしろ、志乃《しの》はうちの嫁《よめ》だ。証拠《しようこ》もないのに、息子《むすこ》の嫁をよってたかって辱《はず》かしめることはあるまい」  隠居《いんきよ》してからは俳諧《はいかい》だけが楽しみで、殆《ほとん》ど商売にも家のことにも口出しをしない五郎三だったが、流石《さすが》に腹にすえかねたらしい。 「吉兵衛も吉兵衛だ。男が惚《ほ》れて女房《にようぼう》にしたのではないのか。たとい、なにがあろうと、女房をかばい、店を守るのに最善を尽《つく》すのが男というものではないか。母と一緒《いつしよ》になって志乃を責めたとて、どうなるものでもあるまいに……」  舅《しゆうと》の言葉で志乃は初めて涙《なみだ》がこぼれた。  親夫婦が隠居所《いんきよじよ》へ戻《もど》り、吉兵衛が店へ行ってから、志乃は三河屋を抜《ぬ》け出した。  気がついた時は長谷川町の路地を歩いていた。  もし、市太郎とおさきの仲が本当なら、幸吉になんといってよいか、と志乃は思う。  どんな気持で幸吉が、母親と市太郎を眺《なが》めているのかと胸が切ないようであった。  それにしても、よもや、おさきが市太郎を相手にするとは、どうしても信じられなかった。誤解ではないのかと、しきりに考える。行き所のない市太郎を、ひょっとして幸吉が自分の家へ連れて行って世話をしてくれているのではないだろうか、それを世間が面白ずくに……。  そうだ、と志乃《しの》は夢《ゆめ》からさめたようになった。それに違《ちが》いないと思う。  共同|井戸《いど》の前で、志乃は足をとめた。  なつかしい場所であった。  つい半年前まで、この井戸で毎日、水をくみ、すすぎものをし、米をといだ。  朝から夕方まで人の絶えない井戸|端《ばた》も九ツ(午前|零時《れいじ》)をすぎた今では、ひっそりと片づいている。  おさきの家は井戸からすぐの南側だった。 「こんばんは……」  格子に手をかけて、志乃は近所に住んでいた時と同じ調子で訪うた。返事がない。  水商売をしているおさきは夜がおそい筈《はず》であった。大抵《たいてい》は幸吉が一人で夜なべ仕事をしている。 「こんばんは……」  二声目に手が格子をあけていた。  とっつきが三|畳《じよう》、その奥《おく》が四畳半である。奥で人のうめくような声がした。てっきり、幸吉が腹痛でも起したのかと思った。 「どうしたの、幸吉さん、どこか按配が悪いんですか」  三畳を抜《ぬ》けて四畳半の入口に立った。  あっと声をあげた。行燈《あんどん》の灯《ほ》かげにすさまじい光景が展開していた。男と女が重なり合って、二人とも素っ裸《ぱだか》であった。部屋《へや》中に、けだものじみた匂《にお》いが充満《じゆうまん》している。  おさきの顔がこっちをむいて、なにか叫《さけ》んだ。とたんに男がふりむいた。  瞬間《しゆんかん》、志乃《しの》は両手で顔をおおい、三|畳《じよう》へとび出した。男は市太郎であった。 「いやだねえ。人んちへ黙《だま》って入りこむなんて、盗《ぬす》っ人《と》じゃあるまいし……」  おさきの声で、志乃は漸《ようや》く自分を取り戻《もど》した。  四畳半と三畳の境めに、おさきが、自堕落《じだらく》な恰好《かつこう》で立っている。長襦袢《ながじゆばん》に綿入れをひっかけて、帯も紐《ひも》もしめていない。かき合せただけの襦袢の前を片手でおさえていた。 「なんだい。お志乃さんじゃないの。ふうん、あんただったの……」  志乃の頭の上から足の先までじろっと一瞥《いちべつ》した。  恥《はじ》をみられて困惑《こんわく》したふうはまるでなかった。むしろ、志乃のほうが息をはずませている。 「市っちゃん、出といでよ。お前のおっ母さんだよ」  ぬけぬけと奥《おく》をふりむいていう。  二度も声をかけたのに、それすら耳に入らないほどの狂態《きようたい》がくりひろげられていたのかと、志乃は背筋が冷たくなった。四十すぎの女と十六の男のあられもない姿は、まだ瞼《まぶた》の底にくっきりと残っている。  ふと、幸吉はどこへ行ったのだろうと思った。  三畳のすみに針箱とくけ台と裁ち板が一まとめになって、きちんと片づけられている。 (仕立物を届けにでも行ったものだろうか)  のっそりと観念したように市太郎が出て来た。おさきの背中にかくれるようにどさっとすわると、手をのばして徳利《とつくり》を掴《つか》み、そのまま顔をあおむけて、じかに飲んだ。 「ああ、うめえ……」  袖《そで》で口許《くちもと》を横に拭《ふ》いた。  どこでそんな飲み方をおぼえたものかと、志乃《しの》は今更《いまさら》ながら、義理の子の変貌《へんぼう》が悲しかった。 「伊勢町の親分が、おみえになって、なにもかもききましたよ。市太郎、あんた、なんてことをしてくれたんです」  いっても無駄《むだ》だとわかっていて、やはり、志乃はいった。いわないわけには行かなかった。 「伊勢町の親分かい。好かねえ奴《やつ》さ。ころんでもただは起きないってね」  肩《かた》をゆすって、おさきが笑った。 「なんだって、市っちゃんを御用弁にでもするってかい」 「そんなことのないように、船宿へはお金をちゃんと返すようにしました。お店へとんだ御迷惑《ごめいわく》をかけてしまったのですよ。あたしはもう、どうしていいか……」 「けっ、金を持って行きやがったのか、あのどぶねずみ……」  市太郎が肩をそびやかし、 「くえない奴だねえ、全く……」  おさきが他人事のように嘲笑《ちようしよう》した。 「市太郎、お前、これからどうする気です。おねがいだから、まじめに考えてちょうだい。世の中、遊んで暮《くら》せるわけはないのだし、あたしだって、そういつまでもあんたの後始末は出来やしません。今度、なにかあったら間違《まちが》いなく、お上の御厄介《ごやつかい》になるんですよ」  志乃の涙《なみだ》をおさきが横目にみた。 「大丈夫《だいじようぶ》だわよ。市っちゃんには三河屋という大身代がついているんだ。地獄《じごく》の沙汰《さた》も金次第ってね」 「そんなわけに行かないのです。三河屋じゃ今のままなら、市太郎と私が縁《えん》を切るようにといっています。今度は、市太郎に間違いがあっても、ビタ一文出す気はありません。それは、もう、はっきりしているんです」 「へえ、それで、あんた、市っちゃんと親子の縁を切る気なの」 「あたし、どうしていいかわからないんです。三河屋から去り状とってと思うんですよ。これ以上、市太郎のことでお店に迷惑《めいわく》はかけたくはありませんし……でもお金をお返ししない中は自儘《じまま》なことも出来ませんし……」  こんな女と話すつもりはないと思いながら、成行きで志乃はいつの間にかおさきに翻弄《ほんろう》される破目になった。 「こりゃ、おどろいた。三河屋じゃ市っちゃんのために使ったお金を、お志乃さんからとり返そうってのかい。あきれた因業亭主《いんごうていしゆ》だねえ」  首をすくめて、けたたましく笑った。 「お志乃さんも、いやな奴《やつ》の所へ嫁《よめ》に行ったもんだ。あんたの亭主の吉兵衛ってのは、あたい達の仲間でも鼻っつまみだったんだよ。けちなくせに、しつっこいんだってねえ。おまけにいけすかない真似《まね》をするってじゃないの。よくもまあ、あんな男のかみさんになる女がいたもんだって、よるとさわるとその話でもちきりさ。お志乃さん、あんたも顔に似合わず、好きなほうなのかねえ」  志乃は耳をふさぎたかった。どうして、こんな女にまでさげすまれねばならないのか。 「おさきさん……あたしのことなんかどうだっていいんです。あなた、市太郎をいったいどうするつもりなんですか。子供の時から知っている仲なのに、あんまりじゃありませんか」 「おや、野暮《やぼ》なことおっしゃいますね。市っちゃんは男、あたしは女、それだけのことじゃないか。好いて好かれて、こうなったんだ。おっ母さんでも文句はいえない筈《はず》だよ」 「それだって……親子ほども年が違《ちが》うのに、まさか、一生、添《そ》いとげようってわけじゃないんでしょう」  おねがいだから、玩具《おもちや》にするのは止めてくれと、志乃は哀願《あいがん》した。市太郎のためだけではなかった。幸吉のためにも、このまま、捨てておけなかった。 「おどろいたね。あたいが市っちゃんを玩具にしてるんだって……お志乃さん、あんただって男と女がどういうものか、満更《まんざら》、知らないわけはないんだ。女が男を玩具に出来るものかどうか、ためしにみてごらんよ」  おさきがいきなり市太郎の手をとった。大胆《だいたん》に胸をひらいて、乳房《ちぶさ》を掴《つか》ませた。 「みてごらん。市っちゃんがあたいを玩具にしているんだ。ねえ、みてごらんよ。これでも、あたいが市っちゃんを玩具にしていることになるのかねえ」 「止《や》めて、市太郎……」  眼《め》をそむけて、志乃は叫《さけ》んだ。体中を悪寒《おかん》が走った。  だが、市太郎はせせら笑って、おさきの乳房を乱暴にもみ、片手は膝《ひざ》を割って長襦袢《ながじゆばん》の奥《おく》を探っている。おさきは顔を志乃にむけたまま、これみよがしに恍惚《こうこつ》の表情になって行く。  けだものだと思った。仮にも義理の母親の眼《め》の前で、けだものでなくては出来ない所業であった。 「おや、お志乃さん、いやな眼でみるじゃないか。あんた、あたいを淫売《いんばい》だと思ってるんだね」  不意におさきが市太郎の手をふりはなした。  女の勘《かん》が、志乃の眼の中の蔑《さげす》みに気がついたものかも知れなかったし、いくら痴態《ちたい》をみせつけても、眼をそむけて見ようとしない志乃の態度と、うわべは虚勢《きよせい》を張っているものの、次第に意気地なくなって行く男の体に苛立《いらだ》ってもいた。 「おさきさん……」 「あたいはね、あんたのその取りすました様子が気に入らないんだ。気どったって女は女じゃないか。男に抱《だ》かれるのを待ってやがるくせに、乙《おつ》にかまえやがってさ。あたしは知ってるんだよ。うちの幸吉の奴《やつ》、あたいをみる時は汚《きたな》いものをみるような眼つきをしやがって……あんたをみる時は天女でもみるようなんだ……へっ、天女がきいてあきれらあ。三河屋じゃ、毎晩、風呂場《ふろば》で犬にされるんだってね」  蒼《あお》くなっている市太郎をふりむいた。 「お前も、いつもいってるじゃないか、おっ母のとりすました面《つら》の皮、ひんむいて、裸《はだか》にして乗ってみたいってね。かまわないから、やっちまいなよ。そうすりゃ、お前、一人前になれるのさ。おどおどするんじゃないよ。赤の他人の女じゃないか。どうってことがあるもんかね」  狂《くる》ったようにわめき立てながら、おさきは自分の思いつきに酔《よ》っていた。  同じ長屋の貧乏人《びんぼうにん》のくせに、三河屋の内儀《ないぎ》におさまった女が、義理の息子《むすこ》に犯されたと世間が知ったら、どんな顔をすることだろう。  考えただけで、おさきは興奮し、爽快《そうかい》な気分になった。  おさきにけしかけられて、とまどっていたような市太郎が次第に呼吸を荒《あら》くしはじめた。  危い、と志乃は感じた。  背をむけてかけ出そうとした時、市太郎が組みついた。 「なにをするんです」  夢中《むちゆう》でふりはなしたところへ、おさきが立ちふさがった。 「このすべた。大人しくするんだよ」  いきなり平手打ちだった。頬《ほお》をおさえ、倒《たお》れた志乃《しの》の上におさきが馬のりになった。乱暴に志乃の着物の前をはだけ、自分は胸の上にまたがって志乃の両手をおさえつけた。 「なにをぼんやりしているんだ。早くしないか、馬鹿野郎《ばかやろう》……」  あっけにとられたような市太郎がはだけられた志乃の躯《からだ》へ武者ぶりついた。  格子があいたのは、その時であった。  片手を懐中《かいちゆう》に突《つ》っ込んで、幸吉は一瞬《いつしゆん》息を呑《の》んだ。  次の瞬間《しゆんかん》、幸吉は不自由な足をひきずるようにして市太郎に近づき、懐中に入れていた手を大きく突き出した。  幸吉の手に刃物《はもの》が光っていた。     六  志乃が幸吉を抱《だ》きとめ、おさきが、 「人殺しッ」  と絶叫《ぜつきよう》し、長屋の衆が集って来て、幸吉を押《おさ》えつけた。  医者がかけつけ、岡《おか》っ引《ぴき》がとんで来て、事件は明るみに出た。  市太郎の刺《さ》された傷は、背中から脇腹《わきばら》へかけてだったが、急所をはずれていたのと、医者の手当てが早かったので、どうやら命に別条はないようであった。  幸吉とおさき、それに志乃《しの》は番屋へ曳《ひ》かれたが、志乃は調べを終えると帰宅を許された。  まさか、三河屋へ帰る気にもなれず、長谷川町時代の家主が、身柄《みがら》をあずかるという形にして、志乃を引受けてくれた。  事件を扱《あつか》ったのは定廻《じようまわ》り同心で三枝《さえぐさ》源次郎という。八丁堀《はつちようぼり》でも若いが清廉《せいれん》の士であり、苦労人でもあった。  取調べに対して、幸吉は意外な告白をした。  その夜の幸吉は、もともと市太郎とおさきを殺すつもりで刃物《はもの》を買って帰って来たというのである。  たまたま、格子をあけたら、志乃が来ていて、母と市太郎から地獄《じごく》の責めにあっていた。  思わず、かっとして市太郎を刺《さ》した。 「本当は、母も刺すつもりでした。けれど、お志乃さんがわたしにしがみついて、どうしても動けませんでした。その中に近所の方が集ってしまって……」  失敗したと、うなだれてしまった。  奉行所《ぶぎようしよ》でも、町内でも幸吉に対する同情は強かった。  評判の孝行息子が、親を殺そうと思いつめるまでには、よくよくのわけがある。  おそらくは、母親を殺して自分も死ぬ気だったのだろうと衆目は一致《いつち》した。  調べれば調べるほど、おさきの評判は悪い。よくもまあ、今まで幸吉が辛抱《しんぼう》した。並《な》みの倅《せがれ》なら、とっくに親に愛想をつかしてとび出してしまっている、と、みんなが口を揃えて申し立てた。  幸吉が牢内《ろうない》にいる間中、志乃《しの》は毎日、差し入れに通った。  三枝源次郎のはからいで、新しい肌着《はだぎ》を持って行けば、着がえさせてくれるし、好物を届ければ、内緒《ないしよ》で当人の口に入るようにしてもらえた。  一日も欠かさず、志乃は奉行所《ぶぎようしよ》へ通った。 「どっちが本当の母親かわからんな」  志乃をみて、源次郎が苦笑した。  一足先に牢《ろう》を出たおさきのほうは、相変らず飲んだくれて男をひき入れているが、ただの一度も幸吉の差し入れに来たこともない。 「二度と牢から出られないようにしてくれなどといっていますよ。親を殺そうとした大罪人だといって……」  岡《おか》っ引《ぴき》が顔をしかめて報告した。  誰《だれ》しもがおさきと市太郎を憎《にく》んだ。殺される原因は彼らが作ったのだが、法のたてまえからいうと、被害者《ひがいしや》を処罰《しよばつ》するわけには行かない。  もう二日で節分という日に、志乃はいつものように幸吉の肌着と手づくりの菓子《かし》を用意して奉行所の門をくぐった。  三枝源次郎は志乃の来るのを待っていた。 「幸吉の罪科が決った……」  親殺しをしようとしたのは大罪だが、未遂《みすい》に終ったことでもあるし、非はむしろ親のほうにある。 「ろくでなしの親をおどかすために、子供が庖丁《ほうちよう》をふりあげたくらいじゃ、おとがめにもなるめえ」  ざっくばらんに若い同心は笑った。  結局、幸吉は市太郎を傷つけたことのおとがめだけで、江戸おかまいになったという。 「明日、辰《たつ》の刻に御牢内《ごろうない》を出る。心得ておけ」  別に今日は面会を許《ゆる》すからといわれて、志乃は別室に案内された。待つほどもなく、源次郎に伴《ともな》われて幸吉が姿をみせた。  思ったより元気で、血色もいい。 「あまり、長くはならんぞ」  いいおいて、源次郎は部屋《へや》を出て行った。  向い合って、志乃は言葉がなかった。自分のために、市太郎のために、一人の若者が罪を着て江戸追放になる。  申しわけないとか、すまないとかいうのではなく、体を切りさかれるような苦痛であった。我が子が追放になるような悲しみと嘆きが、志乃をただ泣かせた。 「そんなに嘆かないで下さい」  幸吉が明るい声でいった。 「三枝《さえぐさ》様がおっしゃいました。一度、死んだつもりになれと……」 「死んだつもり……」 「死んだ者には、もう母はないのだとおっしゃるのです。一人、自由な体になって好きな土地に行き、腕《うで》をみがいて立派な仕立職人になれといわれました。母から私を切りはなすための江戸おかまいなのだそうでございます」  あの母親がついていては、生涯《しようがい》幸せになれまいと知って、奉行所《ぶぎようしよ》が考えた慈悲《じひ》の裁きであった。 「有難いことだと思っています。ただ、心残りは、もう……」  おかみさんに逢《あ》えないことだと、幸吉は志乃をみつめた。 「長いこと……子供の時分から、わたしはおかみさんをお袋《ふくろ》さまだと思っていました。わたしの母は飲んだくれでも色気違《いろきちが》いでもなかった。いつも、まじめに働いて、やさしくて強くて、心のあったかい……おかみさんがわたしのおっ母さんだと思いました。そう思えたから、ぐれもせず、必死になって生きて来れたんです。そのお袋さまのためなら、たとい母親殺しで死罪になっても後悔《こうかい》はしません。お袋さまの苦労を一つでも取り除くことが出来たなら……けれど、わたしはお袋さまに何一つ、役に立つことも出来ず、江戸から出て行かねばならないんです。お袋さまの居ない土地で、これから先、一人、どうやって生きて行くのか……」  ほろほろと幸吉は泣いた。志乃も泣いた。真実の母と子が別れるような悲しさが、母でない、子でない二人の間を交流した。  奉行所《ぶぎようしよ》を出る時、源次郎がかなり重い袱紗包《ふくさづつみ》を志乃に渡《わた》した。 「幸吉から、お前に渡してくれと頼《たの》まれた。金だそうな」  志乃は狼狽《ろうばい》した。 「とんでもない。そんなものを頂くわけがございません」  源次郎が志乃をみつめた。 「世の中に星の数ほど親子ってものがいる。だが、真実、親子と呼べるようなのは、どれほどいるものか。子が親を慕《した》い、親が子の支《ささ》えになって生きて行く親子なら、血が続いていようといまいと、俺《おれ》はそれが本物の親子だと思っている」  金包を志乃の手にのせて笑った。 「三河屋は三十両返したら、離縁《りえん》をしてもいいといったそうだな。この金は大方、それだけある。幸吉がためた金に、俺《おれ》が足しておいた。この金で幸せな母子が出来るなら、と思って、俺のほんのはなむけだ」  茫然《ぼうぜん》と立ちすくんでいる志乃へ、もう一つつけ加えた。 「母親を犯しにかかるような息子《むすこ》はもう息子じゃねえ。あんたにも、もう倅《せがれ》はねえ筈《はず》だぜ」  蒼《あお》ざめていた志乃の頬《ほお》に、ふっと血の色が甦《よみがえ》った。  金包を抱《だ》いて小走りに奉行所の門を出て行く志乃の足許《あしもと》に、一足早い早春の陽《ひ》が躍《おど》っていた。  なんでも八文     一  神田明神下《かんだみようじんした》にある搗米屋《つきごめや》「山金」では、朝が早かった。  もっとも、これは「山金」に限ったことでなく、搗米屋はどこも一年中、暗い中《うち》から、づん、づんという蹈臼《ふみうす》の音をさせはじめる。  江戸の川柳《せんりゆう》にも   ぞんざいに世間を起す搗米屋   しぶしぶに米屋の隣《となり》早く起き  などとある。  搗米屋といっても、米を搗《つ》くのが商売ではなく、いわゆる町人相手の米屋であった。玄米《げんまい》で買い入れた米を適当に搗いて、小売りするのである。 「山金」はもう三代続いている米屋で、その三代目の主、金兵衛は昨年|還暦《かんれき》の祝いをしたのをきっかけに、智《むこ》の幸太郎にすっかり店をまかせ、隠居《いんきよ》同様に暮《くら》していた。一人|娘《むすめ》のみつが六年前に幸太郎と夫婦になり、市太郎にたまという二人の孫まで誕生《たんじよう》している。 「山金さんもよい聟をとってよかった。当世、あれだけ働き者で人間の出来た男は、なかなか……」  と世間が評判するように幸太郎は実直で手固い商売をする。  朝も奉公人《ほうこうにん》と同じに起きて、食事も店へ出るのも一緒《いつしよ》であった。  いそがしい時は、自分も米搗《こめつ》き男にまじって米を搗いたりもする。  もともと、十五の年に信濃《しなの》から出て来て、米搗き男として「山金」に奉公したのが、やがてその人柄《ひとがら》のよさを主人、金兵衛に認められて一人娘の聟に迎《むか》えられたものである。  幸太郎は、「山金」の番頭や手代にも評判がよかった。奉公人から養子になって主人の座につくのは、それまで同輩《どうはい》だった他の奉公人への対し方が、非常に難かしいものであった。本質的に、ねたみは誰《だれ》にもある筈《はず》である。  ふんぞりかえって主人顔をすれば、成り上りが、と白い眼《め》でみられるし、卑屈《ひくつ》になれば、やっぱり奉公人根性が抜《ぬ》けないと笑われる。  幸太郎はそのどちらにもならなかった。もともと、聟に迎えられる前は、金兵衛の子供の時から奉公しているという老番頭の伊助を手伝って、実際には番頭格の仕事をしていたし、伊助をはじめ、奉公人達の信望も厚かった。  金兵衛から聟にとのぞまれた時も、幸太郎はまっさきに、伊助や奉公人仲間に打ちあけて相談した。 「よかったじゃないか、幸さん……」  伊助がまず手放しで喜んでくれたし、他の仲間も、 「やっぱり旦那《だんな》は眼《め》が高い」 「他から来た養子さんじゃ、この先どうなるか不安だが、幸さんが四代目なら安心して山金で働ける」  と、自分達の将来を含《ふく》めて祝ってくれた。それでも大勢の中には、 「ふん、信濃者《しなのもん》が……」 「大飯ぐいの若旦那《わかだんな》か」  などと幸太郎の出世を羨《うらや》んでの蔭口《かげぐち》もきかれないわけではなかったが、それも歳月が幸太郎に「山金」の主人としての実績を作り、みつとの間に二人の子まで産まれては、悪口のほうがどこかへもぐり込んでしまう他はなかった。 「兄さん、一合、お願いします、左官屋の常さんとこなんですけど……」  店をあけてすぐに、奥《おく》から水仕事をしていたらしいゆいが、手を拭《ふ》き拭《ふ》き、小さな米の袋《ふくろ》を持って来た。  小売の米屋でも一合、二合を買うには、表から入りにくく、裏からそっとゆいに声をかけるのが多かった。 「常さん、体どうだって……」  暮《くれ》の働きすぎで風邪《かぜ》をこじらせて、もう十日も寝《ね》こんでいる左官屋のことは、幸太郎の耳にも入っている。昨年、漸《ようや》く苦労して恋女房《こいにようぼう》と所帯を持ったばかりで、物入り続きのあげくの病気だから、貯《たくわ》えのあろうわけがなく、桜《さくら》の咲《さ》く頃《ころ》、赤ん坊《ぼう》がうまれる予定の大きなお腹をかかえた女房が賃仕事をして、なんとかやりくりしている。 「おかげさまで熱もとれたし、あと二日もしたら、働きに出られるって、おかみさん喜んでましたよ」 「そりゃよかった」  妹の手から袋《ふくろ》を取って、幸太郎は山盛《も》り一合にして米を入れた。 「兄さん……」  ゆいが裏口でしょんぼり待っている左官屋の女房《にようぼう》の代りに頭を下げた。 「無理しちゃいけないって、お前からいっておやりよ」  ええ、と眼許《めもと》を笑わせた妹へ、幸太郎はちょっと難かしい表情になった。 「お前の縁談《えんだん》な」  低くいった。 「やっぱり、ことわることになるかも知れないが……」  ゆいは明るい顔のまま、兄を見た。 「兄さんがいけないとお思いだったら……」 「ことわってもかまわないか」 「ええ、あたしはちっとも……」  米袋を持って、いそいそと裏口へかけて行った妹を見送って、幸太郎は軽く嘆息をついた。 「若旦那《わかだんな》……」  帳場から、そっと伊助が声をかける。表向きにはとにかく、内輪では昔《むかし》のまんま、幸さんでいいといくら幸太郎がいっても、この律義《りちぎ》な老番頭はけじめをくずさない。番頭がそうだから、店の者もそれにならって公私の区別をきちんとつけている。 「おゆいさんの縁談《えんだん》、まさかおことわりになるんじゃありますまいね」  自分の娘のことのように、顔色を変えている。  幸太郎はちらと気弱な眼《め》をした。彼の性格では珍《めずら》しいことである。妹のことに関してだけ、幸太郎は時折、こうした表情をみせることがあった。 「お内儀《かみ》さんが……又《また》、反対なすってるので……」  低い声で訊《き》く。  もっとも、そんな低声で話さなくとも、みつはまだ奥《おく》の部屋《へや》で寝《ね》ている筈《はず》であった。子供の時から体が弱く、冬は風邪《かぜ》をひきやすいので朝はいつも遅《おそ》い。店では米つきの音でゆっくり出来ないといっては、両親が隠居所《いんきよじよ》にしている橋場《はしば》の別宅へ行って何日も泊《とま》って来たりもする。大店《おおだな》の主婦が、そんな勝手が出来るのは、両親がまだ揃《そろ》っていて、なにかとかばってくれるのと、幸太郎の妹のゆいが、家事一切をひき受けてくれているからであった。 「ゆいねえちゃん……ゆいねえちゃん……」  起きたらしい五歳の市太郎と、四歳のたまが、ゆいを呼ぶ声が店に小さく聞えてくる。  着がえも朝の食事も、ゆいでなければ二人とも承知しない。産んだ母親は間違《まちが》いなくみつだったが、育てたのはゆいだとはっきりいえるほど、ゆいが赤ん坊の時から手塩にかけた子供達である。 「そりゃいけません。若旦那《わかだんな》、いくらおゆいさんが重宝だからって……いつまでもこのままじゃ、おゆいさんのためになりませんよ。いったい、いくつにおなりなすってると思います……」  子供達に返事をしているゆいの声を聞きながら、伊助はいつもより強い声を出した。  この正月で二十二になるゆいであった。当時としては嫁《い》き遅《おく》れのほうである。  今までに縁談《えんだん》がなかったわけではない。  実の兄が、やがて「山金」の四代目になるのであった。器量も十人|並《なみ》以上である。なにより、働き者で、子供好きで、年寄の面倒《めんどう》みも上手であった。兄が養子に入ってから、ひきとられて「山金」へ来たのだが、金兵衛にも、その女房《にようぼう》のことにも気に入られて、殊《こと》に神経痛の持病があって、起居が不自由な金兵衛は、なにかにつけて、 「ゆい……ゆい……」  と、たよりにした。  若いに似ず、よく気がついて、いつも明るい顔をしている娘は、町内でも評判であった。  息子《むすこ》の嫁《よめ》にと望まれたことも、いい家の若旦那《わかだんな》に見染められたことも、何度かある。  だが、縁談《えんだん》は今まで一つもととのわなかった。故障はいつもみつからであった。ゆいが、 「若すぎるからかわいそう……」  に始まって、やがて二十の声をきくようになると、 「あの家は 姑《しゆうとめ》 がきつい人だから、ゆいさんが苦労する……」 「あの若旦那には、前に深川《ふかがわ》の芸者のいい女がついていて、切れたとか切れないとか……。そういう人の女房《にようぼう》にするのは、ゆいさんが不幸を背負いに行くようなもの……」 「内証があんまりよくないそうですよ。もし店が左前にでもなったら……」 「小姑《こじゆうと》が多すぎるのは気苦労なものね」  縁談の度に、もっともらしい理由がみつの口から出る。一人|娘《むすめ》に甘《あま》い親なのか、金兵衛夫婦も、みつがそういい出すと、なんとなくその尾《お》についてしまい、結局、縁談は幸太郎がことわりをいうようになった。  だが、今度の縁談は、文句屋のみつにも、けちのつけようのない上等なものであった。  相手は深川の料理屋の若主人で、弟が一人いるが、これはもう他家へ養子に行っている。両親とも早く歿《なくな》って、商売の後見をしたり、相談にのっているのが若主人の伯父《おじ》に当る人で、それの女房が「山金」の金兵衛と従兄妹《いとこ》になる関係で、縁談がもち出された。  年は二十八、浮《う》いた噂《うわさ》もなく、といって木仏金仏のような朴念仁《ぼくねんじん》ではなくて、深川育ちらしい粋《いき》な若旦那《わかだんな》が、今まで嫁《よめ》をもらわなかったのは、当人の気に入る娘《むすめ》に出逢《であ》わなかったからだという。  昨年の暮《くれ》に、見合というような改まった形式ではなく、なんとか自然にゆいを当人にみせたいという伯父さんの肝煎《きもい》りで、たまたま、その家の先代の法事があったのにことよせて手伝いという形で、ゆいが行った。  勿論《もちろん》、ゆいも知らないことで、きりっとした木綿物の着物に化粧気《けしようけ》もなく、他の手伝いの女達にまじっててきぱき働いているのを、やっぱり、伯父さんがねらった通り、若主人はちゃんと気がついて、あの娘なら是非という話になった。  料亭の名は「八りき」若主人は新吉という。 「いったい、お内儀《かみ》さんはどんなところがいけないっておっしゃったんですか」  むかっ腹の立った顔で伊助が問う。幸太郎は苦笑した。 「少し、遠すぎて寂《さび》しいというんだ。それに……八りきは新吉さんの代になって、少々、無理をしているという噂《うわさ》もあるといわれてね」  女房《にようぼう》に遠慮《えんりよ》しているような幸太郎に、伊助は歯がゆかった。 「遠いといったって、神田《かんだ》と深川じゃございませんか。同じ江戸の中……京大坂や長崎へ嫁入りさせるのとはわけが違《ちが》います。それに、八りきが無理をしているといったって、そりゃ商売をしていれば、どこにだって少々の無理はつきものでございますよ」  そんな理由で今度の縁談《えんだん》をことわっては、ゆいさんがかわいそうだといわれて、幸太郎はうなずいた。 「わたしも考えてはいるんだよ。結局は当人の心次第なんだが……」 「お内儀《かみ》さんの反対を押《お》し切って、嫁《よめ》に行けるゆいさんだとお思いですか。今までだって、おゆいさんがいいと思ったって、みんなお内儀さんが……」 「そんなことはないんだ」  幸太郎がやわらかく応じた。 「ゆいはあれで、けっこう気が強いんだ。本当に嫁《い》きたいと思えば、誰《だれ》が反対しても嫁くという。今までの話は、やっぱり、ゆいもふみ切れなかったんだよ」  伊助はなにかいいかけたが、幸太郎は立って店へ出て行った。今日、得意先へ届ける米を吟味《ぎんみ》している。  客が続いて店へ入って来た。     二  昼近くなって、みつは起きた。  昨夜は遅《おそ》くまで、夫と話し合って、その興奮からなかなか寝《ね》つかれなかった。  大体、夫が店から戻《もど》ってくるのが遅すぎるのだと思う。帳合いをすませて奥《おく》へ幸太郎がくるのが早くて四ツすぎ(午後十時)であった。もっとも、その前に夕餉《ゆうげ》の時、仕事に支障がなければ奥へ来て、子供達と一緒《いつしよ》に飯を食べ、そのあと、半刻《はんとき》ばかり相手になってやっている。それから、再び店へ戻って、夫婦が二人きりになれる時間というと、さっきいった四ツすぎになってしまう。  おまけに朝の早い夫は、布団につくとあくびをする間もなく高鼾《たかいびき》で、とかく寝《ね》つきの悪いみつにとっては、それも苛々《いらいら》の種であった。  もっと夫婦でゆっくり話し合う時間が欲しいと、いつもみつは思う。  だが、そんな愚痴《ぐち》は母親も、 「お前のわがままですよ。お父さんだって、奥《おく》へ帰って来なさるのは、いつも遅《おそ》かったし……それも外へ遊びにでも出かけるのならとにかく、店で仕事をしているのだもの。幸さんだって、そういつもお前の話相手ばかり出来ますものか」  と笑われてしまう。  起き上って、のろのろと身じまいをしていると、髪結《かみゆ》いが来たと女中が知らせてくる。  十日に一度ずつ、娘《むすめ》の頃《ころ》からなじみの髪結いがやってくるのがきまりだった。母が橋場の別宅のほうへ行ってしまうまでは、母娘で結ってもらっていたが、今はみつ一人である。  髪を結ってもらっている間、みつはぼんやりしていた。別に考えねばならないことはなにもない。  髪結いが帰って、朝と昼とを兼ねた食事をしていると、 「佐久間町《さくまちよう》のお内儀《かみ》さんがおみえですけど」  取り次いだ背後からもう、 「ごめんなさいよ。おみつさん、いる……」  神田佐久間町で明樽《あきだる》問屋をしている伊勢屋清兵衛《いせやせいべえ》の女房《にようぼう》、つねで、あけて五十七になるというのに、髪はまだ黒々として眼《め》も耳も若い者なみというのが自慢《じまん》のしっかり者である。みつの父、金兵衛の従兄妹《いとこ》に当り、亭主《ていしゆ》の清兵衛の甥《おい》の新吉が、目下、ゆいと縁談《えんだん》の進んでいる相手であった。 「今しがた起きたって顔ね、相変らず泰平楽《たいへいらく》をきめてるじゃないの。ゆいさんは……」  終りは茶を運んで来た女中に訊《き》いた。 「坊《ぼつ》ちゃんのお手習に、たまちゃんを連れてついて行ってます」  市太郎は今年の正月から近所の手習|師匠《ししよう》のところへ入門した。送って行くのも、迎《むか》えに行くのも、ゆいの役目になっている。 「ゆいさんになにもかもまかせっきりだから、なかなか嫁《よめ》に出せないんじゃないの。あんたはいいかも知れないが、それじゃ、ゆいさんがかわいそうよ」  遠慮《えんりよ》なく長火鉢《ながひばち》の前にすわって、つねは遅《おそ》いテンポで食事をしているみつを眺《なが》めた。なんとまあ、愚図《ぐず》っぽい食べ方だといっている眼《め》である。みつにしても、そう思われていることはわかっていた。といって、大いそぎで食べることが出来ない。気はあせっても長年の習慣で、他人がみるともたもたと食事を続ける恰好《かつこう》になる。 「今日は縁談《えんだん》の催促《さいそく》に来たのよ。まさか、今度はことわるんじゃないだろうね」 「そんな……小母《おば》さん……」  みつは箸《はし》をおいて、湯呑《ゆのみ》を取った。 「ゆいさんはあたしにとって、たった一人の妹なんですよ。その子を嫁《よめ》にやるんだもの、よくよく考えてじゃないと……」 「新吉さんに不足があるというのかい」 「家がちっと遠すぎると思うんですよ。子供達は、ゆいさんになついているし、もう少し近くなら遊びに行くにも来るにも便利だけれど……」 「冗談《じようだん》じゃないよ」  つねは細身の煙管《きせる》を長火鉢のふちに叩《たた》きつけた。 「市太郎もたまちゃんも、あんたの子じゃないの。いくら、ゆいさんになついていたって、ゆいさんと子供達とは他人じゃないの。あんまり本末|転倒《てんとう》しないでおくれ……」  煮《に》え切らないみつの表情を、じっと見た。 「あんた、わがままもいい加減にしなさいよ。あんた、ゆいさんにやきもちやいてるんじゃないのかい」 「やきもち……」 「深川の八りきといえば一流の料理屋だ。そこの若主人にのぞまれて嫁入《よめい》りするゆいちゃんが羨《うらやま》しい。そうなんだろう、本心は……」  流石《さすが》に、みつが赤くなった。 「違《ちが》いますよ、小母《おば》さん……」 「世間の口に戸はたてられないよ。山金のお内儀《かみ》さんは義理の妹が、自分よりいい家へ嫁に行くのが気に入らないんだ。それで、片っぱしから義理の妹の縁談《えんだん》をぶちこわしてるってね……」 「小母さん……」 「あんた、胸に手をあてて考えてごらん。ゆいさんは義理の妹なんだよ。ご亭主《ていしゆ》の妹をいくら重宝だからって、女中同様にこき使って、嫁《い》き遅《おく》れにしちまっちゃ……なんぼなんでも幸太郎さんに義理がすまないよ。いい年した両親がそろってるのに、なんであんたにそれくらいの道理を教えてやらないのか、うちじゃ、あたしもうちの人もあきれかえっているんだよ。恥《はず》かしくないのかい、世間様から、そんな蔭口叩《かげぐちたた》かれて……」  いいたい放題をいって、お前さんじゃ埒《らち》があかない、これから橋場へ出かけて、あんたの両親に話をつけてくると、つねが出て行ったあと、みつは蒼《あお》い顔をして動かなかった。  つねのいったことは、みつの本心を衝《つ》いていた。確かに、自分の育った家よりも、裕福《ゆうふく》で格も上の店の内儀に、ゆいがおさまるのは不快だった。もう一つ、今まで、ゆいの縁談の相手はみんな江戸育ちの、いい家の若旦那《わかだんな》であることにも、みつはこだわっていた。自分の夫は、 (信濃者《しなのもん》だ……)  毎年十一月|頃《ごろ》になると信州の百姓《ひやくしよう》が農閑期《のうかんき》の出稼《でかせ》ぎに、ぞろぞろと江戸へ出てくる。  彼らは米搗《こめつき》とか、飯炊《めしたき》、薪割《まきわり》などの力仕事に使われて銭をため、翌年の二月二日に、又《また》ぞろぞろと信州へ帰って行くのが普通《ふつう》であった。で、江戸の人間は彼《かれ》らを信濃者とか椋鳥《むくどり》などと綽名《あだな》し、田舎者《いなかもの》の大飯食いと嗤《わら》うふうがあった。  みつの夫になった幸太郎も信州育ちである。彼は出稼ぎに来たという形で、江戸へ来て、結局、「山金」に奉公《ほうこう》し、信州へは帰らなかった。その意味では、毎年、群をなしてやって来て、二月に帰る信濃者とは違《ちが》うのだが、みつの心には、やっぱり田舎者として幸太郎を軽くみるものが残っている。そして、世間も又《また》、みつの夫を、 (信濃者……)  と軽蔑《けいべつ》しているのではないかと思い、信濃者を夫にした女だという劣等感《れつとうかん》が、いつもみつにつきまとっている。  だから、その信濃者の妹が、れっきとした江戸の男の女房《にようぼう》になるのが、どうにも口惜《くや》しくてならないのだ。  それにしても、つねに自分の本心をいいあてられたことが、ショックであった。ゆいや幸太郎も、そのことに気がついているのだろうかと思う。  義妹のいい縁談《えんだん》を片はしからことわってしまえば、当然、世間の関心を惹《ひ》き、つねがいったようなことを、世間が考えるだろうとは、みつは思い及《およ》ばなかった。親の庇護《ひご》の中で苦労知らずに育った娘《むすめ》には、そうした気のまわり方すら出来なかったのである。  長火鉢《ながひばち》の前にすわり込んだまま、みつは夫や義妹へのいいわけと、今まで義妹の縁談《えんだん》をことわり続けた大義名分を、あれこれと考えていた。  夕餉《ゆうげ》の時、みつは頭痛がするといって食膳《しよくぜん》につかなかった。子供達はいつものように、ゆいが食事をさせ、風呂《ふろ》に入れて寝《ね》かせた。  夜が更《ふ》けてから、幸太郎が居間へ来ると、みつは蒼白《あおじろ》い顔でしんと待っていた。 「まだ起きていたのか、具合が悪いのだろう。先に寝てかまわなかったのに……」  いつも平気で寝てしまう妻をいぶかりながら、幸太郎は長火鉢の前にすわった。店から戻《もど》った夫へ熱い茶をいれる気くばりすら、みつは忘れている。 「あなた、ゆいさんの縁談、やっぱりことわって下さいな」  のっけからそれであった。 「どう考えても深川は遠すぎますよ。私も寂《さび》しいし、一人っきりの義妹を、なにも深川までやらなくても……それに料理屋というのは水商売でしょう。古い女中なんぞもいることだろうし、ゆいさんには気苦労が多いんじゃありませんか」  黙《だま》っている夫が、こっちの本心を見すかしているようで、つい、声が苛立《いらだ》ってくる。 「あたしも、もうこの辺で、ゆいさんの縁談をまとめたいとは思うんですよ。あたしがあの人を重宝に使って、嫁《よめ》に出さないと思われるのは真っ平ですし……でも、だからってどんな相手でもかまわないから、ゆいさんを片づけるって気にはなれないんです。女にとって嫁入りは一生のことですもの」 「お前のいう通りだ」  穏《おだ》やかに幸太郎がうなずいた。 「お前が、ゆいのために考えてくれているのはわたしもゆいもよくわかっている。他人がつまらぬことをいったか知らないが、ちっとも気にすることはない。もともと、他人は無責任なものだから……」 「でも、ゆいさんが……」 「ゆいを呼んで、話してみよう。あれは今度の縁談《えんだん》をどう思っているか……」 「私は心配なんですよ。今度のは、なんだか佐久間町の仲人口がうますぎるんじゃないかと思います……」 「そんなこともあるまいが……わたしはむしろ、ゆいのような田舎者《いなかもの》が、料理屋という派手な商売について行けるかどうかが心配なのでね」 「楽じゃないでしょうよ。芸者だって出入りするんでしょうし……うちのような固い店とは違《ちが》うんです……」  ゆいが呼ばれて来た。みつの話を大人しく聞いている。いつもと同じ態度だった。話が一段落すると、ちゃんと顔をあげて、 「私には向かないおはなしだと思いますので、申しわけございませんが、おことわりして下さいまし」  という。話はそれで終った。  翌日、橋場の別宅から使いが来て、幸太郎に、なるべく早く訪ねてくるようにという。 「私も行きますよ」  みつは慌《あわ》てていた。昨日、佐久間町のつねが両親を訪ねている。どう考えても用件はゆいの縁談に違いなかった。折角、当人が断るといっているのを、老人どもがしゃしゃり出て、まとめられては困るのであった。 「ゆいさん、子供達をたのみますよ。ひょっとするとわたしは二、三日むこうへ泊《とま》るかも知れないから」  久しぶりに打ちそろって出かけて行く兄夫婦を、ゆいは市太郎とたまの手をひいて見送った。子供二人は母親が出かけて行くというのに後追いもしない。     三  橋場でも、みつは両親に殆《ほとん》ど口をきかせなかった。  先方の商売が派手で、気がむかないと当人がいっていること、自分としても、一人っきりの義妹だし、実の姉妹のように思っているのだから、出来ればもっと近くへ嫁《よめ》にやって気やすく行き来をしたいと思うなどと、ねばっこい調子で反対の理由を説明した。 「そういわれれば仕方がないけれど、佐久間町は、まるでお前がゆいさんの縁談《えんだん》の邪魔《じやま》をしているように思っているのだもの。今度、断ったら、お前の立場が悪くなるんじゃないのかい」  母親の心配はそれだけであった。なんでも娘《むすめ》中心にしかものを考えられない。 「いいたい人にはいわせておくことですよ。あたしがなにをいわれようと、そのためにゆいさんに気に染まない縁談を押《お》しつけたら、とんでもないことになるじゃありませんか」  みつはひらき直った。理屈《りくつ》からいえばその通りである。 「全くだ。ゆいさんが気が進まないというのだから、これはどうにも仕方がないじゃないか」  娘に甘《あま》い金兵衛がすぐに結論を出した。  ゆいの縁談は、その日の中に、先方に断りをいってやった。  橋場で四日ばかり好き勝手に暮《くら》して、みつは帰宅した時、まず、ゆいの顔色を気にしていた。  破談にしたことは、もうゆいの耳にも届いている筈《はず》である。先に帰宅した幸太郎が黙《だま》っているわけはない。  ゆいの表情が寂《さび》しそうではないか、自分に対して怨《うら》めし気《げ》ではないかと、みつは気にしていた。断って下さいときっぱりいったものの、ひょっとしたら、ゆいは新吉が好きだったのではないかと思う。女の直感のようなものであった。  だが、どう仔細《しさい》に観察しても、ゆいの態度に変ったものは見出せなかった。いつもと同じように、はきはき留守中の報告をし、二人の子供の世話をして、女中達と甲斐甲斐《かいがい》しく働いている。暗い表情は微塵《みじん》もみえなかった。  その年は気候不順で、梅《うめ》が咲《さ》いてから大雪が降ったり、桜《さくら》の季節に突風《とつぷう》が吹《ふ》くなど、あちこちで垣根《かきね》が倒《たお》れたり、庭木が折れたりのさわぎがあったが、その月の終りの、やはり風の強い夜に、深川の煎餅屋《せんべいや》から火が出て、忽《たちま》ち門前仲町《もんぜんなかちよう》から洲崎《すさき》にかけてかなりの町家が焼け、死亡五名の他、おびただしい重軽傷者が出た。  火元の煎餅屋は親子五人が逃《に》げ遅《おく》れて焼死したのだが、その家が貸家で、家主は「八りき」だという。  その「八りき」も無論、全焼ときいて、とりあえず「山金」では幸太郎が見舞《みまい》にかけつけた。  帰って来ての報告では、火が出たのが、ちょうど寝入《ねい》りばなで、おまけに風が強かったから二、三か所に飛び火して、諸所から一度に火の手があがる有様で、焼け出された人々は殆《ほとん》ど着のみ着のまま、位牌《いはい》すら持ち出す暇《ひま》がなかったという。 「新吉さんには、とうとう逢《あ》えなかった。自分の家作から火を出したというので、責任を感じてとびまわっているそうだ。八りきの店は人にまかせっきりで……」  焼跡《やけあと》の整理も、ろくに手がついていないと幸太郎はいう。 「人様の不幸の時に、こんなことをいうのはなんだけれど、つくづく、ゆいさんを嫁《よめ》にやらなくてよかったじゃありませんか、もし、嫁《い》ってたら、とんだことですよ」  実際、みつはほっとしていた。ゆいが新吉の嫁になっていれば、当然、焼け出されて来て、いろいろと厄介《やつかい》なことになっている筈《はず》であった。おまけに火元が新吉の家作では、自分達もつながる縁《えん》で、世間に肩身《かたみ》をせまくするところである。 「本当にまあ、人間一寸先は闇《やみ》というけれど、なにが幸せになるかわかったものじゃないわね」  ゆいに対して持っていた良心の痛みが軽くなったようで、みつは上機嫌《じようきげん》に繰返《くりかえ》したが、幸太郎はなんとも答えず、ゆいも又《また》、しんとうつむいたきりであった。  十日も経《た》つと、今度は佐久間町のほうから知らせが入って来た。  相変らず、新吉は自分の店の復興をよそにして、焼け出された人の落ちつき先の世話をしたり、金の融通《ゆうずう》をしたりしているのだが、 「ひょっとすると、八りきの再建はむずかしいかも知れない」  というのである。十|軒《けん》ほど持っていた家作が全部焼けてしまった上に、先代の死後、いろいろ無理をして内証は金繰《かねぐ》りがむずかしかったのを、今までなんとか襤褸《ぼろ》を出さずにやって来た。それが、今度の火事で明るみに出てしまい、そうなると世間は非情なもので、借金のほうは矢の催促《さいそく》、貸金のほうは取りたてがうまく行かない、なんだかんだで新吉はどたん場に追いつめられているという。 「そんな内情を知らないものだから、うっかり、おゆいちゃんに縁談《えんだん》を持って来たんだけど、こうなってみると、全く、おみつさんに先見の明があったってことだね」  話が終って、つねがしょげた顔をみせた。  みつは得意であった。世間がなにをいおうと結局は自分が正しかったのだと思う。それにしては、幸太郎もゆいも、もっと自分に感謝してくれてよさそうなものだが、二人とも無反応なのが気に入らない。  その夜、みつの待っている居間へ、幸太郎はゆいを連れて入って来た。 「ゆいが、新吉さんのところへ嫁《い》きたいというのだよ」  夫の言葉に、みつは最初、自分の耳が遠くなったのかと思った。 「今更《いまさら》、嫁《よめ》にもらってくれるかどうかわからないが、ゆいは女中奉公に行くつもりで新吉さんの傍《そば》へ行くというんだ。あの人の力になりたいというのでね」  それを、もう許しているような幸太郎の口ぶりに、みつは逆上した。 「冗談《じようだん》もいい加減にして下さいよ。あちらさんは無一文どころか、借金を背負って店がつぶれようってさわぎなんですよ。そんな所へなんでゆいさんが……」 「ゆいは、新吉さんが好きなんだよ」 「なんですって……」 「あの人のためなら、どんな苦労をしてもいいと決心しているそうだ……」  兄にみつめられて、ゆいは赤くなった顔をあげ、しっかりとうなずいた。 「じゃあ、なんだって、この前、縁談《えんだん》のあった時……」 「あの時は、まだ新吉さんが金持だと思っていたからです。なにもかも立派すぎて、とても、あたしのような田舎者《いなかもの》には不釣合《ふつりあい》の縁談だと思って……」  火事で裸《はだか》一貫になった新吉なら、安心してついて行けそうな気がすると、ゆいはいう。  みつは落着いている義妹を睨《にら》みつけた。 「あんたが惚《ほ》れるのは勝手だけれど、今更、あんたが新吉さんの所へ行けば、八りきの借金だの、店の建て直しだの、かかるものはみんなうちがなんとかしなけりゃならない……そんなお金が、うちには……」 「お金はいりません」  切りかえすような、ゆいの声だった。 「あたし、もう兄さんに約束《やくそく》したんです。この家を出て新吉さんの所へ行く前に、兄さんと兄妹の縁《えん》を切ってもらって行きます……」 「兄妹の縁を……」 「そうでないと、大恩のあるこのお店に、あたしが御迷惑《ごめいわく》をかけることになる……それでは申しわけありませんから、勘当《かんどう》してもらいます……」 「あなた、本気なんですか」  幸太郎は懐中《かいちゆう》から二つ折にした半紙を出した。  一つ、本日限り、妹ゆいを勘当の事、という書き出しで、以後、山金の店とは縁のないものとして、出入り無用のことと結んである。 「伊助に立会ってもらって、二人の印をついたのだ。明日は橋場へこれを持って行き、お二人にもお許しを頂いてくる」  静かな声で幸太郎は続けた。 「それから、銭箱《ぜにばこ》の鍵《かぎ》はお前にあずける。毎日の帳合いも、伊助から直接、お前に報告をさせることにする。わたしの入用《いりよう》はその都度、お前に話して、出してもらうことにするから」  つまり、幸太郎が一存で、妹へ内証の金を渡《わた》せないよう、みつに店の財布《さいふ》をあずけるという意味であった。 「そのかわり、ゆいはわたしにとってたった一人の妹だ。もしも、ゆいが新吉さんと夫婦になり、他人の力を借りずに食べて行けるようになった時は、ゆいがそれをのぞむなら、わたしだけは兄妹としてつき合って行きたいと思う。それだけは了承《りようしよう》してくれ」  あっけにとられているみつの前に、ゆいは手をついて、長い間、世話になった礼をのべ、立ち上った。 「送らないよ」  妹を見上げていった幸太郎に、ゆいはにこりとうなずき、音もなく出て行った。  ゆいの出て行くことは、もう家中にわかっていたとみえ、店のほうで伊助の声がし、すすり泣く女中達の声が洩《も》れてくる。それが裏口のほうへ移動して行くのは、みんながゆいを見送っているようであった。 「あなた、何故《なぜ》、止めないんです」  とがった声でみつは叫《さけ》んだ。 「このまま、放っておくつもりなんですか」 「妹の好きにさせてやりたいんだ。一生に一度のことだからね……」  幸太郎は妻をみつめた。 「あいつはうまれてはじめて、人を好きになったのだよ」  お前は気がつかなかったか、といわれて、みつは顔色を変えた。 「気がつくって、なにを……」 「新吉さんの縁談《えんだん》を断ってから、ゆいはかくれて泣いていたよ。時々、ぼんやり考え込んでいたこともあった。正直の話、わたしは断ったことを後悔《こうかい》していたんだ。兄妹でも、男には女の気持がわからない……」  女のお前がどうしてわかってやってくれなかったのかといいたげな幸太郎にみえて、みつは立腹した。 「ゆいさんもいやなことをするのね。それならそうと、はっきりいってくれたらよかったのに……」 「だから、あれはいっていただろう。金持の時の新吉さんは立派すぎて、自分には不釣合《ふつりあい》にみえたって……好きでも、ふみ切る勇気がなかったのだよ」 「こじつけですよ」  案外、ゆいと新吉は二人ひそかに夫婦|約束《やくそく》でもしていたのではあるまいかと、みつは気がついた。そうでもなければ、ゆいのような大人しい女に、あんな思い切った真似《まね》が出来る筈《はず》がない。 「夫婦なんていっても、結局は他人なのね。あんたとゆいさんと二人で勝手に話をきめて、あたしはつんぼ桟敷《さじき》じゃありませんか」  口惜《くや》しさがこみ上げて来て、みつはそれからそれへと夫に絡《から》んだが、幸太郎は殆《ほとん》ど口をきかなかった。ただ、寂《さび》しそうな眼《め》が、たけり狂《くる》って悪態をついているみつを、そっと眺《なが》めているだけである。     四  翌朝、みつは子供の泣き声で眼《め》がさめた。  隣《となり》の夫は、いつものことでとっくに起き出して店へ行っている。  づん、づんという米搗《こめつ》きの音にまじって、 「ゆいねえちゃんがいない……」 「ゆいねえちゃんッ、ゆいねえちゃんッ」  市太郎とたまが、あらん限りの声で泣き叫《さけ》んでいた。  起き上って、重い頭に苛々《いらいら》しながら居間へ出た。女中が二人の子をもて余している。 「ゆいさんは御用があって遠くへ行ったんですよ。さあ、もう泣きやんで……」  菓子《かし》を与《あた》えても、ものを買ってやるといっても、二人の子は母親のみつをふりむきもしなかった。  やがて、店から幸太郎が来た。手に人形と風車を持っている。 「ゆいがお前達に作って行ったんだ。どんな遠くに行っても、ゆいはお前達が泣くと胸が痛むといっていた。お前達のことだけが心残りだと泣いていたんだ。市太郎もたまもよく聞くんだよ。ゆいねえちゃんが恋《こい》しかったら、いつもゆいねえちゃんがいっていたことを思い出すんだ。ききわけのよい、元気な子供が、ゆいねえちゃんは好きだといっていただろう」  父親の言葉がわかるのか、幼い子供は風車と人形を抱《だ》きしめて、しんと聞いていた。 「いい子でいたら、ゆいねえちゃんは帰ってくるね……きっと、帰ってくるね」  ぽろぽろと泣きながらたまがいったのに、女中が声をあげて泣いた。  我慢《がまん》が出来なくなって、みつは家をとび出した。夫も女中も、自分に対して嫌《いや》がらせをやっているように思えた。  行く先は橋場しかない。すでに伊助が来て話をして行ったということで、両親共、ゆいのことは知っていた。 「困りましたね」 「若い者は無分別で……」  両親がいえるのはせいぜいそんなことであった。山金の店に迷惑《めいわく》はかけないと筋を通して出て行ったのだから、文句のつけようもない。 「まあ、なんといっても、お前の亭主《ていしゆ》の妹だし……十年近くも働いていた子なんだから」  もし、新吉と夫婦になるようなら、結局いくらかは援助《えんじよ》してやるほかはあるまいと金兵衛は考えている。 「そこが、むこうのつけめなんですよ。まるで鴨《かも》が葱《ねぎ》をしょってとび込んで来たと思ってるでしょうよ」  しかし、二、三日して、佐久間町からつねが来ての話では、新吉は訪ねて来たゆいをきっぱり断ったという。 「いくら兄妹の縁《えん》を切って来たといっても、もし、ゆいさんと夫婦になれば、結局、山金さんへ迷惑《めいわく》をかけることになるし、それでは自分の気持がすまないってね。焼けない前ならとにかく、今の八りきの新吉は嫁《よめ》をもらうどころじゃない……」  そういわれて、ゆいは佐久間町へ来たという。山金の店へは帰らず、そこから通って一人で焼跡《やけあと》を片づけているという。 「まあ、新吉という人も男の意地があるだろうし……ゆいさんもおそらく近い中に幸太郎が引取りに行くんじゃないか」  金兵衛はちょっとしびれたような舌で笑っていた。  だが、ゆいは帰って来なかった。焼跡に掘立《ほつたて》小屋が出来て、そこで暮《くら》しているという。 「新吉さんが自分の家を放ったらかして、他人のために尽力《じんりよく》しているのをみて、隣町《となりまち》の大工が自分で材料を運んで来て小屋らしいものを作ってくれたそうですよ。寝泊《ねとま》り出来るだけのひどいものですが……」  ゆいは新吉とそこに住み、早朝に葛西《かさい》のほうまで野菜を仕入れに行っては、かつぎ売りをして働いているという。 「まるで悪女の深情じゃないか。そんなにしてまで女房《にようぼう》になりたいのかね」  女のくせにみっともないと、みつは眉《まゆ》をしかめた。 「いえ、おゆいさんと新吉さんは一緒《いつしよ》に暮《くら》していても、まだ……」  その話をした伊助が、抗議《こうぎ》らしい眼《め》をむけて、そこまでいいかけたが、すぐに口をつぐんで店へ去った。  伊助の話は幸太郎にも伝わっただろうから、なにかいうだろうとみつは待っていたが、幸太郎は全く、ゆいを話題にしない。 「やっぱり、信濃者《しなのもん》だから……」  田舎者《いなかもの》だから、恥《はじ》も外聞もないのだろうと、みつは不快だった。ゆいのことが世間に知れたら、自分まできまりが悪い。  その年の秋口に、金兵衛が卒中で倒《たお》れた。幸い手当が早くて意識が回復したが、寝《ね》たり起きたりの不自由な生活になった。  みつは橋場へ泊《とま》ることが前よりも多くなった。別に病人につきっきりで看病するわけではなかった。女中も三人いるし、手は余っているのである。  店からは一日おきくらいに幸太郎か伊助が来て、売上げの報告をして行く。 「あんた、あんまり幸太郎さんに不自由させてもいけないよ。たまにはお帰り……」  母親が時々、みつにいうほど、夫婦の仲は疎遠《そえん》になっていた。訪ねて来ても、幸太郎は決して橋場へは泊らない。 「あの人、もう、ずっとそうなのよ。働くこと以外に能がないんだから……」  幸太郎を性には淡泊《たんぱく》な夫だとみつは小馬鹿《こばか》にしていた。結婚《けつこん》当初はそうでもなかったが、子供が出来るに従って、間遠くなった。  他に女を作ったわけではなく、そういう体質なのだとみつは考えている。みつのほうから望めば、いつでも満足はさせてくれる。情熱がなくなったのは年齢《とし》のせいと、みつは諦《あきら》めていた。不満は不満だが、浮気《うわき》をするだけ無分別にもなれないのだ。世の中の夫婦なぞというのは、大体、こんなものかと思う。  子供はずっと店のほうにおいていた。橋場へは来たがらないし、病人のいるところへ子供をおいても仕方がないと、幸太郎もいう。  一度、連れて来たものの、たまはつまらないことで泣き通すし、市太郎はあばれまわるし、一日でみつのほうがうんざりしてしまった。  やがて、又《また》、年の瀬《せ》が来る。  みつにとっては天下|泰平《たいへい》の年の暮《くれ》だったが、ゆいと新吉にとっては一生、忘れられない大晦日《おおみそか》であった。  十二月のなかばをすぎてから、新吉はそばの屋台をひいて稼《かせ》いでいた。大体、罹災者《りさいしや》の世話もすんだし、復興の早い店は、もう、以前と同じ新築の店で商売をはじめている。もう、他人のことはいいだろうとみきわめをつけて、新吉は漸《ようや》く自分のために働き出した。  それまでの新吉の生活はゆいの野菜売りや賃仕事でまかなわれていたのである。  同じ家に住みながら、二人は他人だった。一緒《いつしよ》に暮《くら》していて、新吉は殆《ほとん》ど口をきかなかった。しかし、ゆいを嫌《きら》っているのでも迷惑《めいわく》がっているのでもないことは、そぶりでもわかる。それだけがたよりで、ゆいは身を粉にして働いていた。  二人ではじめて迎《むか》える正月である。  大晦日に、ゆいは新吉が出かけてしまうと小屋の中を掃除《そうじ》し、餅《もち》を買った。暮《くれ》には思いがけず沢山《たくさん》の縫《ぬい》仕事が来て、それこそ毎夜、遅《おそ》くまで夜なべしたせいで、いくらか銭の余裕《よゆう》も出来た。新吉のために少しだが、酒も買い、花も活けた。  年越《としこ》しそばを売って歩いていた新吉は、それでも除夜の鐘《かね》の前に帰って来た。 「外は寒いが、家の中は春のようだ」  売れ残りではなく、二人分の年越しそばを残しておいたのだと、笑う。  熱いそばをすすっていると、やがて除夜の鐘であった。 「おゆいさん、ありがとう」  じっと鐘をきいていた新吉が、ゆいの手を取った。 「なんにもいわない……嬉《うれ》しいんだよ」  新吉の眼《め》に光るものがあった。 「口ではあんたに帰ってくれといいながら、仕事から戻《もど》ってくる時、今日はあんたが去ってしまったか、今日はもう居ないんじゃないかと、心の中はうそ寒い風が吹《ふ》きっぱなしだ。  この小屋の前まで来て、あかりが洩《も》れているのをみるまでは不安で不安でたまらない。わかるだろうか、おゆいさん……」  ゆいはあたたかい眼で包み込むように新吉をみていた。 「あたし、兄と縁《えん》を切って出て来たんです。あなたに嫌《きら》われたら死ぬしかないと思っていました……」 「ゆい……」  抱《だ》きよせて呟《つぶや》いた。 「この広い世の中に、二人っきりなんだな」 「一人っきりじゃなくて、幸せなんです……」  ゆいの体が小刻みにふるえていた。辛抱《しんぼう》が切れたように、新吉がゆいを抱き直した。 「あかりを消して……恥《はず》かしい……」  それだけいうのがせい一杯《いつぱい》で、ゆいは体から力を抜《ぬ》いた。男はもう火のように燃えている。  正月の祝酒で三々九度の真似事《まねごと》をしたのは一夜あけてからであった。 「盃事《さかずきごと》があとになってしまったな」  体を許し合った気安さがおのずと声に出て、それが二人のはにかみになった。 「苦労させるが、一日も早くまがりなりにも店を出そう。そうすれば、お前も安心して兄さんに逢《あ》える……」  ゆいは、はっとしたように新吉をみた。 「御存じだったんですか」 「兄さんがよく、俺《おれ》のそばを食べに来てくれるんだよ」  一杯のそばに黙《だま》って三十文おいて行く。 「気にしないで下さい。これが、わたしの昼飯代でね」  妹とも、ゆいともいわず、黙ってそばを食べるとさっさと帰って行く。 「兄さんだけじゃない。番頭の伊助さんも来てくれる。下女のお初さんは二人子供を連れて来てくれた。自分のお給金から払《はら》って食べるんだから、気がねはないといってね。みんな、お前のことを心配してくれてるんだ」  ゆいは涙《なみだ》ぐんだ。どん底にいて、はじめてわかる人の情である。 「俺《おれ》はやるよ。お前さえついていてくれれば怖《こわ》いものなんかない……」     五  七年の歳月が経《た》った。  その日、みつは夫にいわれるまで、父親の命日に当ることを忘れていた。 「相変らずだな」  幸太郎は気のきかないまま年をとってしまった妻へ、憐《あわ》れむような眼《め》をむけた。  子供達は二人とも、とっくに手のかからない年齢《とし》になっていた。もっとも、みつは最初から子供に手をかけた母親ではない。  この七年の中に、父も母も逝《い》ったが、具体的にみつの生活が変ったわけではなかった。  例によって体が大儀《たいぎ》だといっては、店でも橋場でも愚図愚図《ぐずぐず》している。いつも昼すぎに起きて、寒いの暑いのといっている中に夕方で、夜は娘《むすめ》時代からの衣裳《いしよう》の端《は》ぎれなどをしまってある小箱《こばこ》を出して、飽《あ》きもせず眺《なが》めていた。別に端ぎれを集めて、なにか作ろうという気はなく、むかしの想《おも》い出に端ぎれによってひたっているようであった。  金の苦労も、家事の苦労もないのに、髪《かみ》は早くからうすくなり、小皺《こじわ》もふえた。三十代のなかばなのに、四十、五十の中婆《ばあ》さんのように老けている。  墓参が終ると、幸太郎はちょっと考えていった。 「これから、妹の店の祝いに寄りたいんだが、お前はどうする……」 「なんですって……」  きょとんとした妻へ、いささか面倒《めんどう》くさそうにくり返した。 「新吉さんが、なん八という店を開いたんだ。一膳《いちぜん》飯屋だが、なかなか気のきいたいい店だ。もっとも、俺《おれ》はあの連中にびた一文、援助《えんじよ》をしたわけじゃない。それは、銭箱《ぜにばこ》を握《にぎ》っているお前がよくわかっているだろうがね」  終りは皮肉っぽい語気である。だが、みつにその皮肉は通じないようであった。  夫婦はそろって、深川へむかった。 「なん八」は人であふれていた。開店を祝ってかけつけて来た人、噂《うわさ》をきいて食べに来る客で、かなり広い土間も小座敷《こざしき》も一杯《いつぱい》になっていた。 「まあ、兄さん……義姉《ねえ》さんも……どうぞ奥《おく》へ入って下さい。お店はこんなですから」  赤ん坊をおぶったゆいが眼早《めばや》くみつけて声をかけた。みつは思わず、ゆいをみつめた。さぞかし苦労をしただろうから、もっと老けていると思ったのに、七年前と全く変っていないゆいであった。少し肥って、女らしくなり、肌《はだ》はみずみずしく張り切っている。 「赤ちゃん、ゆいさんの……?」 「ええ、四人目なんです……」  奥の居間へ案内されてびっくりしたのは、市太郎とたまが来ていることだった。二人して、まだ小さい新吉とゆいの子を遊ばせている。入って来た母親をみて、びくっとしたようだったが、悪びれもせず、 「まあ、あんた達、いつ来たの」  という母親へ返事もしない。 「朝から来てくれたんです、すみません。小さい子が、すっかり市っちゃんとたまちゃんになついてしまっていて……」  とりなし顔にゆいが答えた。なついているということは、もっと前から市太郎とたまがゆいの許《もと》に出入りしていたことになる。 「兄さん、忙《いそが》しいのに、有難うございました。おかげでなんとか……」  板場で働いていた新吉が手を拭《ふ》き拭《ふ》き、挨拶《あいさつ》にくる。 「大変な繁昌《はんじよう》でよかったね。苦労の甲斐《かい》があった……」 「これからですよ。これからは一日一日が勝負です……」  幸太郎は土間へ下りて釜《かま》の下の火をみたり、薪《まき》を運んだり、手伝いはじめている。たまですら、子供のお守りをしながら、ちょいちょいと皿《さら》を拭《ふ》いたり、注文の取り次ぎをしているのに、みつはぼんやりすわり込んでいた。  立ち上るのも億劫《おつくう》だったし、自分が手伝いに割り込む余地もないように思う。 「おっ母さん、そこにすわっていると邪魔《じやま》だよ」  遂《つい》に市太郎がいった。 「だって……」 「忙しいんだ。用のない者はお帰りよ」  息子《むすこ》の眼《め》がはっきりと母を軽蔑《けいべつ》していた。救いを求めるように、みつはあたりを見まわしたが、誰《だれ》も手一杯《ていつぱい》に動きまわっていて、みつに注意する者はない。  みつは裏口から外へ出た。  垣根《かきね》のむこうが共同井戸《いど》だった。「なん八」の店には勿論《もちろん》、内井戸があるのだが、それだけでは足りないらしく、手伝いの近所のかみさん連中が共同|井戸《いど》で洗いものをしている。 「なん八なんて、いい名前じゃないの、なんでも八文ってことなんだって……」 「飯とお汁《しる》とお菜が一品で二十四文……それで済むんだから、はやるわよ」  水の音とお喋《しやべ》りが威勢《いせい》がいい。みつは垣根《かきね》のかげに突《つ》っ立っていた。幸太郎をおいて一人で神田まで帰るのは面白くない。れっきとした米屋の主人が、釜《かま》の下をたきつけているのも不快だった。 「山金のおかみさんが来てるんだって……」  女達の話題が変り、みつはぎょっとして聞き耳をたてた。 「ぼんやり、ぶっつわり込んでるってよ。十二、三の子だって、一生けんめいに手伝ってるってのに……役立たずったらありゃしない」 「山金の番頭さんが嘆いてるわ。御主人が気の毒だって……御主人はご養子さんだから、いくら妹夫婦がかわいそうだと思ったって、自分の口から、いくらいくら用立ててやってくれとはいえないでしょう。そこを察して、妹のほうに少しはお金の融通《ゆうずう》をしてやったらというのが女房《にようぼう》の役目じゃないの」 「いわないんだってね、一言も……」 「番頭さんは、おかみさんのこと、気がきかない人だからっていってるけど、あたしはずるいんだと思うわね」 「今日だって、お祝一つ包む器量がないんだもの……」 「ご主人の男がすたるわね」 「山金さんも後悔《こうかい》してるわよ。とんだ家つき娘《むすめ》の婿《むこ》になったもんだって……」 「おゆいさんが泣いたってね。これからは兄さんと天下晴れてつき合うことが出来るってね」 「随分《ずいぶん》、苦労したんだもの。赤の他人だってみかねて力を貸したわよ。それをまあ義理でも兄嫁《あによめ》だってのにねえ……」 「あんまり婆《ばあ》さんなんで驚《おどろ》いたわよ。山金のおかみさん……」 「人間、気も体も使わなさすぎると老《ふ》けるのよ」 「いやだ、いやだ、なんのために生きてるんだろう。御当人さん、つまらないと思わないのかね」  どっと笑い声が上って、みつは逃《に》げるように裏口へひき返した。 「ああ、義姉《ねえ》さん、おしるこが出来たんです。自分でいうのなんだけど、おいしいんですよ」  ゆいがお盆《ぼん》にのせた椀《わん》に箸《はし》を添《そ》えて出す。  店のほうが一段落したらしく、手伝いの人達も土間にしゃがんだり、腰《こし》かけたりして熱い汁粉《しるこ》をすすっている。  その人々が再び働き出しても、みつはまだ、のんびりと汁粉を食べている。漸《ようや》く食べ終えてから、思いついたように巾着《きんちやく》を出し、八文を盆の上へおいた。 「まあ、義姉《ねえ》さん、なにをなさるんです」  見咎《みとが》めて、ゆいが声をかける。 「だって、あんたのところ、なんでも八文なんでしょう」  皮肉でも、嫌味《いやみ》でもなく、みつはまじめであった。 「いやですよ。これは売りものじゃありませんよ」  ゆいが手をのばして、八文を義姉《あね》の巾着《きんちやく》へ戻《もど》した。まわりで、くすっと笑い声が起る。  やがて、みつは一人で神田へ帰ることになった。子供達は深川へ泊《とま》るというし、幸太郎も、 「今夜は遅《おそ》くなる……」  という。 「じゃあ、お先に帰りますよ」  つまらなさそうに出て行くのを、ゆいが店の外まで送って行った。戻《もど》って来て、 「兄さん、驚《おどろ》いたわ」  八文のことである。 「義姉《ねえ》さん、どう思ったのかしら」 「どうも思いはしないさ。なんでも八文なら八文おけばいいと思う、そういう女なんだ。子供のように……自分がどんなみっともないことをしたのかも気づいていないよ」  幸太郎は投げたようにいう。 「かわいそうな人ね……」  夫からも子供達からも見放された妻は、風の中で町|駕籠《かご》を待っていた。  少し、遠くに「なんでも八文、なん八」の旗がひるがえってみえる。  食べ物屋はいやだ、とみつは思っていた。  お茶一つ、汁粉一杯《しるこいつぱい》御馳走《ごちそう》になっても、なんでも八文かと考えてしまう。  金でしか、物事の計算が出来ない女は、肩《かた》をすぼめるようにして夕暮《ゆうぐれ》の中にいた。  かみなり     一  我が家の門をはいる前に来助《らいすけ》は無意識に髪《かみ》に手をやって身づくろいをした。  寺町へ妾宅《しようたく》をかまえてからは、五日か七日に一度の割合で、朝帰りの習慣がついた。  長崎|奉行所《ぶぎようしよ》の南蛮《なんばん》御係へ配属している来助としては、妾宅からまっすぐ奉行所へ出勤してもいっこうにさしつかえないわけだが、どういうわけか、彼は必ず本宅へ朝帰りして風呂《ふろ》へはいり、着衣を改めてから出役するという、変な律義《りちぎ》さを守っていた。  玄関《げんかん》へはいって来て、来助は舌うちした。広くもないが、小ぢんまりとした玄関前の庭は、南蛮|灯籠《どうろう》や蘇鉄《そてつ》などがしゃれた配置をしていて、来助の自慢《じまん》の一つであった。いつもなら、箒《ほうき》の目が通り、夏の朝はきちんと打ち水がしてあるべきであった。 「おい」  玄関《げんかん》で来助はどなった。  朝帰りのもやもやした照れくささを吹《ふ》きとばすには恰好《かつこう》のこごとの材料が、来助をいきいきとさせた。 「おい帰ったぞ」  一声でとび出してくるべき妻のおくめが、二声でも出て来ない。来助は子供のようにじだんだを踏《ふ》んだ。 「誰《だれ》もいないのかッ、ここは空屋敷《あきやしき》か」  奥《おく》でようやく人の動く気配がして、小柄《こがら》な老妻があわてたような顔をのぞかせた。来助より十歳も年下の四十五歳だが、ひどく老けていて、老妻と呼んでおかしくない。着物の好みも地味で、三十歳ごろから五十過ぎの女のものを着ていたが、これは一つには、来助の好みでもあった。 「このざまはなんだ。もはや日も高いのに玄関の掃除《そうじ》もできておらん。主人が帰っても出迎《でむか》えにも来ん。それで一家のたばねができると思うのか。だいたい、おまえはいくつになっても、ものの役に立たん。長崎|奉行所《ぶぎようしよ》南蛮《なんばん》御係通辞役来助の妻として恥《はず》かしいと思わんか」  敷台《しきだい》に手をついた妻へ、来助は思うさま雷《かみなり》を鳴りとばした。 「あれは来助じゃない、雷助《らいすけ》だ」とかげ口をたたかれるゆえんである。  草履《ぞうり》を脱《ぬ》ぎとばして、荒《あら》っぽく居間へ通る。  二人いる奉公人《ほうこうにん》は、台所のすみで息《いき》を殺している。来助の雷がなっている間は、いつもそうであった。  居間には、長女のおはつと次男の栄二郎が、うつむいたまま、手をついて頭を下げた。 「お前ら、家にいたのなら、なぜ出迎えん。この親不孝者ども……」  居間の中央に仁王立《におうだ》ちとなり、妻に羽織の紐《ひも》をとかせながら、来助は睨《にら》めつけた。 「妾《めかけ》の家からの朝帰りに、家族がそろって出迎《でむか》えたら、さぞ、親父《おやじ》様の敷居《しきい》が高かろうよ」 「これッ栄二郎……」  おくめは夫の帯をほどきながら、息子《むすこ》へ目くばせをしたが、栄二郎はぷいと立って居間を出てしまった。 「許さん。これっ、栄二郎を連れて来い。あいつ叩《たた》きのめしてやる……」  来助は顔中を口にした。 「おはつ、栄二郎を連れて来い」  はいと答えて、おはつは部屋《へや》を出て行ったが、これは形ばかりでいつまで経《た》っても戻《もど》って来ない。 「旦那《だんな》様……あの、お耳に入れたいことがございます」  栄二郎という奴《やつ》は、とか、いったい、お前の育て方が悪いとか、いつも栄二郎の反抗《はんこう》が始ると必ず言い出す文句を一通り口にして、来助の着がえが済んだときをみはからって、おくめは、そっと言った。 「なんだ」  不機嫌《ふきげん》に、冷たくした茶をがぶりと飲んだ。 「昨夜、あの……上町の梢《こずえ》でございますが……」  梢と聞いて、来助はさらに苦い表情になった。  長男の新太郎の許嫁《いいなずけ》の女である。  許嫁といってもまだ正式にそうなったわけではない。上町の借家に母一人|娘《むすめ》一人で他人の縫物《ぬいもの》をして細々と暮《くら》していると聞いたとたん、来助は真っ赤になって反対した。  だが、新太郎は諦《あきら》めなかった。弟の栄二郎とは対象的に、おとなしい、気の弱い性格のくせに、このことだけはがんばり通した。といって父親に楯突《たてつ》いて家出をする、かけおちをするというのではなく、ただ彼は辛抱《しんぼう》強く、許されるのを待ったのである。消極的だが忍耐《にんたい》のいる二年ばかりの間に、来助の気持が、変った。  一つは梢《こずえ》の母が死に、彼女に厄介者《やつかいもの》がなくなったことと、もう一つは梢の死んだ父親が大村|藩《はん》の侍《さむらい》の子だったという理由である。 「零落《れいらく》しても、まあ、侍の血筋ならな」  今年の春の終りに、来助は息子《むすこ》を前にして根負けしたように言った。  来助は侍に弱かった。  長崎|奉行所《ぶぎようしよ》に所属する南蛮《なんばん》通辞(ポルトガル語の通訳)の大半は侍であった。  町人の出は、来助の他に一人だけだった。しかも、その男は、侍の娘《むすめ》を妻にしている。  来助の生家は、長崎の米屋だった。  十五、六のときに、海に憧《あこが》れて、そのころ、豊臣秀吉《とよとみひでよし》から南洋|渡航《とこう》の許可を得た、長崎の末次《すえつぐ》平蔵(二艘)、船本|弥平次《やへいじ》、荒木《あらき》条太郎、糸屋随《ずい》右衛門《えもん》、茶屋四郎次郎、角倉了以《すみのくらりようい》、伊勢屋《いせや》、伏見屋《ふしみや》などの九艘船のうち、糸屋の船へ乗り組んで安南《アンナン》国やカンボジア、シャム、マラッカまでも貿易渡航した経験から南蛮語に精通していて、家業の米屋を継《つ》いでからも、南蛮船が着いて通辞の数がたりなくなると、しばしば臨時の通訳にやとわれて重宝がられたのが、正式に奉行所の南蛮御係へ配属されるきっかけであった。  根が町人だけに役所では腰《こし》も低いし、如才《じよさい》がない。六、七年も南洋の海で暮《くら》したから、いろんな国の風習や習癖《しゆうへき》にも通じていて、思わぬことに役立ちもして、通辞仲間ではいい顔になっていた。  むろん、稼業《かぎよう》の米屋はすっぱり止《や》めてしまったが、来助の弱味は、侍《さむらい》の出身でないことだった。  で、新太郎と梢《こずえ》の縁談《えんだん》もなんとなくほぐれてきて、うまくいけば、秋くらいには仮祝言《かりしゆうげん》をさせてもよいような気配になっていた。 「あの……旦那《だんな》様は、まだなにもおききではございませんか」  おくめは言いにくそうに、夫の顔色をみた。 「わたしは寺町から、まっすぐ帰ったのだ。なにも知るワケはない」 「咋夜おそくに……あの……南蛮人《なんばんじん》の黒ん坊《ぼう》が日本の娘《むすめ》を乱暴いたしまして」 「なにッ」  来助は目をむいた。 「それが……梢なのか……」  来助の脳裏にまず閃《ひらめ》いたのは、外聞の悪さであった。長男の許嫁《いいなずけ》が、人もあろうに南蛮人の奴隷《どれい》の黒ん坊におかされる……青天の霹靂《へきれき》に近かった。世間の好奇心《こうきしん》たっぷりな顔が、 「へえ、黒ん坊にやられたのは、南蛮通辞の来助の倅《せがれ》の嫁《よめ》になるはずの女なんだってよ」  と噂《うわさ》する声が、来助の心を占《し》めた。 「新太郎はどうした……」 「知らせてくれる人がありまして、すぐに梢の許《もと》へ……」 「連れ戻《もど》せ。すぐに家へ連れて来い。外へ出してはならんぞ。俺《おれ》が帰ってくるまで絶対に外に出すな」  けげんそうな妻へ浴びせつけた。 「ええ、世間体を考えろ。そのくらいの分別もないのか、この役立たずめッ」     二  来助が奉行所《ぶぎようしよ》の南蛮《なんばん》係御控《おひかえ》へはいってゆくと、大通辞の春木|蓮如《れんによ》が南蛮机にむずかしい表情で寄りかかっていた。 「来助か、とんだことができたよ」 「…………」 「聞いたか。黒ん坊《ぼう》の一件だ」 「はあ、噂《うわさ》にちらと……」  来助は汗《あせ》をふいた。暑がりな性分だし、今朝はまた、夏がぶりっかえしたような陽気だ。 「酒を飲んでいたらしいが、派手にやりやがったもんだ。雨戸を叩《たた》きこわしてはいりこんだそうだ」  江戸育ちのれっきとした武士の出のくせに、蓮如は好んで磊落《らいらく》な話し方をする。  このころの長崎は、まだ南蛮人や紅毛人《こうもうじん》が自由に市内を徘徊《はいかい》できた。  黒ん坊《ぼう》はポルトガル船の水夫だった。仲間と酒を飲んでいるうちにはぐれてしまい、歩きまわっていると一|軒《けん》の家の高窓が開いている。のぞいてみると若い女が行水をしていた。 「酔《よ》いも手伝って獣《けだもの》になりやがったんだな。女はかなり抵抗《ていこう》もしたし、助けも呼んだらしいが、近所の奴《やつ》は黒ん坊で気味が悪いのと、雲をつくような大男だったので、怖気《おじけ》づいて知らん顔をしちまったらしい。黒ん坊が逃《に》げちまってからさわぎ出して、町役人が朝になって届けてきたそうだ」 「女は……女はどう致《いた》しました……」  来助は蓮如の視線を避《さ》けながらきいた。 「かわいそうだが、相手の黒ん坊についていろいろ心当りをきかなきゃならない。連れてきて、調べの間へひかえさせてある。なんなら、今のうちに話をきいてきてくれ」  あたふたと来助は調べの間へ行った。町役人が二人付き添《そ》っていたのを、極内《ごくない》にききたいことがあるからと言って別間へ遠避《とおざ》け、来助は梢《こずえ》に向い合った。  みる影《かげ》もなくやつれている。これまでに他所《よそ》ながらだが息子《むすこ》の嫁《よめ》となるかもしれない梢を二度ほど見ている。小麦色の皮膚《ひふ》の健康そうな娘《むすめ》だった。  一夜の衝撃《しようげき》が、女の顔をこれだけ変えるものかと来助はとまどった。  うつむいている女の肩《かた》が小刻みにふるえている。それはしだいにこらえきれない嗚咽《おえつ》になった。  恋人《こいびと》の父親の前に、自分たちの恋に対して必ずしも好意的ではなかった相手の前へ、凌辱《りようじよく》された姿をさらす女の悲しみを、この時の来助はまだ思いいたらなかった。彼は、つとめて感情を制した声で言った。 「ひどい目にあったな……しかし、まあ、こういうことは早く忘れるほうがいい。狂《くる》い犬に噛《か》まれたようなものだ」  梢が泣きぬれた目をかすかにあけた。来助の言葉の意味を考えているふうであった。 「とにかく……」  来助は口ごもって咳《せき》ばらいをした。 「こういうことは……あまり世間体のよい話ではない……いろいろと係りの取り調べもあるだろうが……新太郎とのことは決して口外しないでくれ。まだ、本当にきまった縁《えん》というわけでもないのだから、これは、当然のことだ。新太郎の将来にもかかわることだから、くれぐれも心してもらいたい。その代り、これから先のお前の暮しむきには、必ず、それ相応のことはしてやるつもりだ……」  梢が目を閉じた。閉じた瞼《まぶた》のすみから涙《なみだ》が流れた。来助が再び口を開きかけたとき、梢はしっかりとした口調で答えた。 「おっしゃること、よくわかりました。ご心配なさるようなことは決して口外いたしません」  梢の手が丸い膝《ひざ》をわしづかみにしてふるえているのを、来助は後味の悪い思いで見ながら、それでもまだ二、三、念を押《お》して調べの間を引き上げた。  その日、帰宅するとすぐに新太郎が部屋《へや》にはいってきた。頬《ほお》のあたりがげっそりとして、顔色がおそろしく蒼《あお》い。 「お前、今朝、あの女に逢《あ》ったのか」  気になっていたことを、来助はまず口にした。 「いえ、かけつけたときは、もう町役人が奉行所《ぶぎようしよ》へ連れて行ったあとでした」 「それはよかった……」 「なぜです」 「馬鹿者《ばかもの》、いい年をしてそれくらいのことがわからんのか。第一、黒ん坊《ぼう》に手ごめにされた女の家へのこのこかけつける馬鹿があるものか。女がお前にとりすがって泣きでもしたぶんには……お前の立ち場を考えてみろ。こんな面目ない男があるものか」 「どうして面目ないのです」  おとなしい総領がひらき直った。 「梢《こずえ》は命がけで抵抗《ていこう》したのです。顔をなぐられて気を失って……理不尽《りふじん》なめにあいました。彼女《あれ》は意識が戻《もど》ると、いきなり井戸《いど》へとび込もうとしたそうです」  来助は、梢に町役人が二人、つきっきりでいたのを思い出した。あれは自殺の怖《おそ》れがあるためだったのだ。 「実はお願いがございます」  新太郎は改めて膝《ひざ》をすすめた。 「お前、まさか、あの女を、あんなになった女を、妻にするというのではあるまいな」  来助は先手をうったつもりだったが、新太郎はたじろがなかった。 「そのことは……また、改めてお願い申します。今日のお願いは……梢のことを穏便《おんびん》にお計《はか》らいいただきたいのです」 「穏便に……とは……黒ん坊《ぼう》か……」 「悪い奴《やつ》だと思います。さがし出して八つ裂《ざ》きにしてやりたいと……」  声がゆがんだ。 「なにもお前が手を下すまでもない。南蛮人《なんばんじん》の連れてきた黒ん坊が日本の女に乱暴を働いたのだ。これは厳重に糾明《きゆうめい》せねばならん。奉行所《ぶぎようしよ》からはポルトガル船へ黒ん坊の引き渡《わた》しを申し入れるはずだ」 「それをお父上がなんとかもみ消していただきたいのです。黒ん坊が処刑《しよけい》されれば、その罪状も公けにされましょう。それでは梢がかわいそうです。父上より、事情を春木様にでもお話し願って、なんとか内聞にすますよう……」 「たわけが……」  来助は蒼白《そうはく》になった。 「あの女はまだお前の妻に定まったわけではないのだぞ。もし、定まっていたとしても、誰《だれ》がそんな身内の恥《はじ》を上役へ話せるものか。恥の上塗《うわぬ》りだ……この上、俺《おれ》の顔に泥《どろ》をなすられてたまるものか」 「しかし女一人の一生にかかわることです。なんの罪もない梢《こずえ》が……このままでは……」 「うるさい、世間に女の数はくさるほどあるのだ。俺《おれ》はだいたい、あの女は虫が好かんのだ。黒ん坊《ぼう》に犯されるというのも、一つはあの女にゆだんがあるからだ。そういう女は人妻になってからも、他の男と間違《まちが》いをしでかすものだ。いかん……いかんと言ったら……こんどは絶対に許さん」  来助は顔中を口にしてどなると、あとは牡蠣《かき》のようにつぐんだ。     三  長崎|奉行所《ぶぎようしよ》からポルトガル船へ申し込まれた黒ん坊の引渡《ひきわた》しの件は、意外に簡単に受け入れられた。  ポルトガルの側からすれば、黒ん坊は奴隷《どれい》であって、支那《シナ》から仕入れて日本へ売りつける生糸よりも安価な品物に過ぎない。黒ん坊をかばって、日本側の心証を悪くし、今後の交易の妨《さまた》げとなるような、馬鹿《ばか》な算盤《そろばん》をはじくわけがなかったのだ。  黒ん坊を引渡された奉行所側では、何回もの協議の結果、断罪と決めた。  長崎は交易の港である。もと、この土地は直轄《ちよつかつ》していた大村|純忠《すみただ》が天正七年に耶蘇会《ヤソかい》へ寄進した時期があって、後に耶蘇会から取り戻《もど》し、豊臣氏の御料所となり、さらに徳川氏の天領となった現在も諸外国人の出入りが激《はげ》しく、居住する者の数も少くない。  こうした異国人と、当然起り得る日本の婦女との問題は、奉行所の悩《なや》みの種でもあった。  このさい、断固たる処置をとっておかないと、後の憂《うれ》いともなろうという首脳部の意見に、来助も信念をもってうなずいた。  黒ん坊《ぼう》は獄門《ごくもん》にかけられ、罪状は高札《たかふだ》に掲《かか》げられた。梢《こずえ》の名は伏《ふ》せてあったが、広くもない土地のことで、黒ん坊の獄門というショッキングなニュースとともに、たちまち長崎中でささやかれる結果となった。  新太郎は、もはや何も言わず、たまに来助と顔を合せても、目をそむけるようにうつむいている。家の中の空気は、どことなくよそよそしいものになっていたが、来助は相変らず傲慢《ごうまん》な亭主《ていしゆ》であり、父親の座を守っていた。若い男のことだ。事件の当座は同情やら、男の意地なぞで、なにがあろうと妻に、なぞと殊勝《しゆしよう》なことを言いたがるものだが、日が経《た》って落ちついてみれば、誰《だれ》が他人のお古をいただきたがるものか、まして黒ん坊なぞに犯された女という汚点《おてん》は、男が純粋《じゆんすい》であればあるほど、深いしこりとなって残るものだ。  そんな男と女が夫婦になったからとて、幸せにはなれまい、かえって傷つき憎《にく》み合うのがおちだ。まあ、新太郎にはこの先、いくらでも良いところから、梢以上の女を嫁《よめ》にむかえてやれる、来助は胸算用をしていた。  俺《おれ》の代では駄目《だめ》だったから、せめて子供たちは、れっきとした士分の家から嫁を取るなり、婿《むこ》を迎《むか》えたいものだという来助の夢《ゆめ》に、渡《わた》りに舟の話が舞《ま》い込んだのは、黒ん坊事件のあった年が、ぼつぼつ暮れようとする師走《しわす》のある日だった。  長崎奉行所で書役《かきやく》を勤めている真鍋《まなべ》という老人が、春木|蓮如《れんによ》を通じて、来助の次男の栄二郎を養子にほしいと言ってきたのである。 「いろいろと噂《うわさ》のある家だが、あんたが常日ごろ、侍《さむらい》の家と縁組《えんぐみ》したい由を申しておった故、話だけは取り次ごうと言ってきたが……」  あまり勧めたがらないような蓮如の口ぶりにもかまわず、来助は早急に話を進めてほしいと強く依頼《いらい》した。 「これで栄二郎の将来《ゆくすえ》も決った。わしは米屋の倅《せがれ》から苦労して、この地位まではい上がってきたのだ。商人あがりかと軽く扱《あつか》われ、嫌味《いやみ》を聞かされ、あなどられた。しかし、お前たちにはその苦労はさせぬぞ、真鍋様というお方は、なかなか厳格なお人柄《ひとがら》だそうな、それ故に世上はなにかとかげ口もきくようだが、栄二郎のような強情者は、そのくらい厳しい両親に仕えて、はじめて人間ができるのだ。こんな良い縁組《えんぐみ》が他にあると思うか」  珍《めずら》しく夜食の膳《ぜん》に酒をつけさせ、来助は上機嫌《じようきげん》だった。おくめは例によって、妻としての立場からも、母親としても意見は述べず、夫と栄二郎の顔色をうかがって不安気であった。  部屋《へや》には、新太郎もおはつも顔を揃《そろ》えている。来助は、栄二郎の送別の宴《えん》のつもりもあって、酒も肴《さかな》もふだんより贅《ぜい》を尽《つく》させた。  黙々《もくもく》と飯を喰《く》っていた栄二郎が家人たちの食事の終るのを見すまして、いきなり言い出した。 「この話は、お断り申します。私は真鍋なぞへ養子には参りません」 「なにッ」  来助は盃を宙で止めた。 「なんだと」 「お断り申します。真鍋へ参る気はありません」 「馬鹿者《ばかもの》ッ」  久しぶりの雷《かみなり》だった。 「親の心子知らずとはお前のことだ。十八にもなって、うちでのらくらしているのでは行く先々が思いやられる。真鍋様なら親代々の書役で、いずれ、あちらは子がないのだからお前が相続することになるのだ。一生食うに困らぬようにしてやったのを、なんで断る。己《おのれ》の分を心得よ」  栄二郎は返答をしなかった。ただ、いつもと違《ちが》って逃《に》げ出しもしなかった。両手を膝《ひざ》においたまま、父親の顔をじろじろと眺《なが》めている。 「真鍋様へ栄二郎をやること、私も承服しかねます」  そっと新太郎が膝《ひざ》を進めた。 「あちらは実の子がないのを理由に、しばしば金のある町人の子弟を養子に望み、多額の持参金を受取ってしまうと、その子を出て行けがしに扱《あつか》って、最後には難癖《なんくせ》をつけて追い出してしまう。これまでにも、そんな例が数度あったように聞いております。そのような所へ栄二郎をやっても、弟のためにもならず、もし、父上がこの縁組《えんぐみ》に多額の金をおつかいなさるとすれば、死に金となりましょう。お考え直しを願います」 「小賢《こざか》しいことを……」  来助は自分でも多少、心にひっかかっているものをあからさまに指摘《してき》されて、いっそう、腹が立った。 「世間の噂《うわさ》で人を評価することはならんとあれほどいうてあるのがわからんのか。真鍋様がいままで何度か養子を離縁《りえん》したのは聞いておる。あれは、みんなもらった町人の息子《むすこ》のできが悪かったからだ」 「私もできがよくございません」  けろりと栄二郎が言った。 「おまけに父は米屋の出でございます」 「こいつ」  盃《さかずき》がとんだ。肩《かた》に当って胸から酒が流れた。栄二郎は顔色も変えなかった。 「私は米屋になります。蛙《かえる》の子は蛙、米屋の倅《せがれ》は米屋になるのが分相応と心得ています」 「仮りにも長崎|奉行所《ぶぎようしよ》の南蛮《なんばん》通辞の倅が、小商人なぞになりくさって……恥《はず》かしいと思わんのか」 「それは違《ちが》いましょう」  またしても新太郎が、穏《おだ》やかに口をはさんだ。 「おのれは黙《だま》っとれ」 「いえ……父上が米屋の倅から志を抱《いだ》いて、現在の南蛮通辞の地位をかちとられた、それはそれでごりっぱです。しかし、栄二郎が米屋で身をたてたいというのも、りっぱなことでございます」 「なにが……なにが米屋なんぞがりっぱかッ」 「自分の力で生業《なりわい》を定め、生活《たつき》をたててゆくこと、たといどのような職であっても卑《いや》しむべきものではない、と存じます」 「理屈《りくつ》をいうな、おのれは理屈が多うていかん……生業がどうの、生活がどうのと言いおって、お金がなければ店も出せまい。親の金を当てにして……ふてぶてしい奴《やつ》らだ」 「当てにしておりません」  栄二郎が、白い歯をみせて、にっと笑った。 「幸い、私は五体満足に生んでいただき、どうやら人並みな力仕事に耐《た》えられるまでに育ててもらいました。この体さえあれば、あとは青銭一枚いただかずとも結構でございます」 「ほざいたな。よし、出て行け、どこへなりと行って好き勝手にするがいい。お前のような者、もはや子とは思わぬ。勘当《かんどう》だ、勘当してやる……」 「そのほうが、真鍋《まなべ》様への破約の申しわけをなさるにもつごうがよろしゅうございましょう」  栄二郎はすばしっこく立ち上った。 「では、おいとま致《いた》します。この着物、帯、それから履物《はきもの》を一足だけいただいて参ります」  栄二郎が出て行くと、新太郎が来助の前にすわり直した。 「私もおいとまをいただきます」  来助はあわてた。 「お前は、養子にやるとは言わん」 「いろいろと、考えることがございました……」  新太郎はちらっと暗い目つきをした。 「今の私は、このままでいると自分が駄目《だめ》な男になるような気がしております。栄二郎と共に、なんとか生きる道を考えたいと存じますので……」 「私も兄さんと行きます」  おはつが叫《さけ》ぶように言った。 「おはつ、お前は父上の側にいなさい」  新太郎が立ちかけた膝《ひざ》を止めて、さとすように言ったが、おはつは激《はげ》しくかぶりをふった。 「私には兄さんたちの気持がわかるんです。梢《こずえ》さんのことだって……どんなに兄さんが苦しんでいるのか、この人にはおわかりじゃない……」  おはつは、父をこの人という言い方で呼んだ。  父親へくってかかるような目を向けた。 「知らないでしょう。梢さんがどんなふうになっているか……兄さんと梢さんがどんなに苦しんでいるか……なにも知りゃあしないでしょう……」 「やめないか、おはつ」  新太郎は妹を遮《さえぎ》り別に父親へ言った。 「梢《こずえ》は……身をもちくずしたようです……南蛮船《なんばんせん》の水夫たちを相手に……好んで異国の者に身をまかせているようです」 「馬鹿《ばか》な女が」 「馬鹿な女です……私が逢《あ》いに行けば行くほど……梢は自分を泥沼《どろぬま》に叩《たた》きつけている……それが、どうしようもなくなった女の心だとおはつに教えられました」  書院窓の外に雨の音が強くなった。朝からのしとしと降りが氷雨《ひさめ》まじりに激《はげ》しくなっているらしい。ギヤマンをはめた窓に雨足が白く尾《お》をひいて流れている。 「正直に申しますと、私ももはや梢を救い上げる勇気がなくなったのかもしれません。男の身勝手と承知しています。今の私はそんな卑劣《ひれつ》な自分を憎《にく》み、あざけり、そのくせ、どうにもならない……それ故、栄二郎と行を共にしたいのです。苦労知らずに育って、ひよわな私の魂をこのへんで叩《たた》き直してやりたいのです」 「私はこんな家にいたくないんです……私、もう二十歳《はたち》です。世間じゃ私のことを無器量なくせに高望みするからいい年をして嫁《とつ》ぎ遅《おく》れの娘《むすめ》だって言ってます。私は別に高望みしたおぼえはない、誰《だれ》かさんがなんとか侍《さむらい》の家へ嫁入《よめい》りさせたいとやっきになって、片はしから縁談《えんだん》にけちをつけるから……私はなにも嫁ぎおくれたからって変にひがんでる気もないし、親を怨《うら》むつもりもないんです……でも、そうは言っても、自分がだんだん陰気な、嫌《いや》な女になっていくのがよくわかるんです」 「おはつ……お前にも良い婿《むこ》をとってやる。わしだってお前の縁談には、どのくらい、気を使っていることか」 「もういいんです。これ以上引っこみ思案の女でいたくないんです。私も自分をためしてみます。だから、兄さんと出て行きます。お願いだから連れて行って……兄さん」  おはつと新太郎が出て行ったあと、来助はぶっつけどころのなくなった怒《いか》りをもて余した。  ふだん、無口で無抵抗《むていこう》な子供たちが、それぞれ言いたいほうだいを言って出て行ってしまったのだ。来助は、雷《かみなり》のお株をとられたようであった。  いきなり、彼は立ち上った。膳《ぜん》を力まかせに足蹴《あしげ》にした。火桶《ひおけ》もひっくり返した。ギヤマンの壺《つぼ》を障子に叩《たた》きつけ、掛《か》けものを引き裂《さ》いた。  荒《あ》れ狂《くる》っても、どなり散らしても来助の腹の中のもたつきは消えなかった。思い切り、雷を落したあとの、すっぱりした気持にはどうしてもなれない。  おくめはひっそりと畳《たたみ》へ散りこぼれた火を火桶へ戻《もど》していた。物静かで緩慢《かんまん》な動作が、来助にはやりきれない。 「なんという子供たちだ……お前の育て方が悪いからこんなことになるのだ……だいたい、子供が出て行くというのに、ぼんやり止めもせずに見ている……そんな母親があるものか……この役立たずめが」  だだっ子のように来助は妻の肩《かた》を突《つ》いた。突かれて畳へ手をつきながら、また、おき直って火桶へ炭を一つずつ拾い上げている。とび散った炭火が、一つの畳の上でぶすぶすくすぶり出していた。 「おい、誰《だれ》かいないか、水を持ってこい、おいッ」  ついに来助は、たまらなくなって部屋《へや》をとび出して厨房《ちゆうぼう》へ走った。     四  翌年の正月は、来助にとってなんとも味けない初春になった。  三人いた息子《むすこ》と娘《むすめ》が消えた屋敷《やしき》内は空漠《くうばく》として、例によって必要以上には口をきかない老妻と向い合っていると、気分的にもじじむさくなって、急に老けてしまいそうな恐怖《きようふ》を感じる。  といって、寺町の妾宅《しようたく》へ行っていても、なんだか落着かず、気も変らなかった。  新太郎、栄二郎、おはつの三人が、あれからどこへ行ってなにをしているのか来助にはさっぱり耳に入ってこない。  老妻にでも聞けば、多少ともその後の消息がわかるに違《ちが》いないが、これは、 「三人ともに勘当《かんどう》したのだ。わしの留守に、金などせびりにきても渡《わた》してはならぬ。この家にあるもの、なに一つ持ち出させたら承知せんぞ」  と老妻をおどした以上、自分の口から、あいつらはどこにいるのかとは聞きにくい。  その後も注意しているのだが、彼らが来助の留守に家へ顔をみせるようすもないし、物を持ち出した形跡《けいせき》もない。金は、もともとおくめには月々の生活費ぎりぎりしか渡《わた》していないから、妻の手から子供たちへ金が融通《ゆうずう》されているはずはなかった。  どうせ、親類のどこかに厄介《やつかい》になっていて、そのうち誰《だれ》かを仲人にして詫《わび》を入れてくるだろうと心待ちにしていたが、春が深くなっても、いっこうにそんな気配はない。  たまりかねて親類をそれとなく問い合せたが、これもどこの厄介になっているのでもなかった。  その春ごろから、長崎|奉行所《ぶぎようしよ》の中が慌《あわただ》しげになった。  幕府の切支丹《キリシタン》禁圧がいよいよ激《はげ》しくなっていわゆるキリシタン狩《が》りが再三、再四くり返されて、かくれキリシタンがぞくぞく捕《とら》われてきていたし、いっぽうではポルトガルを退けて日本と独占《どくせん》貿易を望むオランダやイギリスが、ことあるごとに、幕府の首脳部へポルトガルの侵略《しんりやく》主義とキリシタンの密航を中傷したのが効を奏し、ポルトガル船の入港をうとんじる風潮がしだいに濃《こ》くなっていた。  南蛮人《なんばんじん》(ポルトガル)を敬遠し、紅毛人《こうもうじん》(オランダ、イギリス)を歓迎《かんげい》する奉行所の方針は、すぐ南蛮御係の通辞たちにひびいてくる。  通辞の中には、春木|蓮如《れんによ》のように南蛮語にも、イギリス、オランダ語にも精通している者もあれば、ポルトガル語しか通訳できない者もいた。 「来助は良いな。もし、南蛮船が渡航《とこう》禁止となってお役御免《やくごめん》になっても、もとの米屋へ戻《もど》れば生活《たつき》には困らんだろうが……」  同輩《どうはい》に嫌味《いやみ》まじりに言われるたびに来助は、ぞっとした。通辞の役にしがみついているには、イギリス、オランダ語を習得する他はないが、それも六十歳近い年齢になっては不可能という他はなかった。 「春木様………本当に南蛮船の渡航《とこう》がご禁止になりますのでしょうか」  おずおずと来助は蓮如に問うた。 「そうさなあ、海を埋《う》めたてて出島を作り、そこだけに限ってポルトガルと交易をするという方針らしいが、はて、いつまで続くか」  蓮如の答えも来助の心細さを増すだけのものであった。 「まあ、長いこと続いた南蛮人とのつき合いだ。そう一朝一夕にご禁止にもなるまいが」  事実、まだ上陸を許されているポルトガル商人たちが、懸命《けんめい》になって日本との交易を続けようと奔走《ほんそう》しているのを毎日見聞きしている来助には、どうしても甘《あま》い観測になりやすい。それでも、気の重さは晴らしようがなくて、来助は近ごろ、得意の雷《かみなり》を落すことすら忘れたようであった。  蒸し暑い日であった。  自然も来助に気を合せたように、このところ、夕立ちの訪れがない。  居間で南蛮の煙管《きせる》を持ち出して煙草《たばこ》を吸っていると、足音をたてないでおくめが入ってきた。小さな箱《はこ》を抱《かか》えている。黙《だま》って目の前へきて、箱を開けた。瑚《さんご》のかんざしに鼈甲《べつこう》の櫛《くし》、それに金の細工ものなどが三、四種はいっている。 「これだけが、私の嫁入《よめい》りのとき、実家から持って参ったものでございます」  おくめが低い声で言った。 「そうだ、お前のものだ……」 「私が自由に致《いた》しましてよろしゅうございますか」  来助は変な顔になった。 「好きにするがいい、俺《おれ》は女のかんざしなどは知らん」  おくめは箱をしまい、両手をついた。 「長らくお世話になりましたが、私、今日限りおいとまをちょうだい致します」  聞き違《ちが》いではないかと来助は思った。 「子供たちが、そうするように申して参りました。大村のほうで米屋をいたしまして、まがりなりにも食べることができますようで、私に来てくれと申しますのです」 「米屋を……」 「はい、以前に、あなたの店で使っておりました七造と申しますのが、大村におりまして、なにかと世話をしてくれた由にございます。三人が力を合せて……ずいぶんと苦しい目にもあったようでございますが……」 「お前が……なんで、お前が行くのだ」 「私を必要だ、と言ってくれましたのです……」  心なしか、おくめの目が、キラリと光った。 「私……あなた様に縁《えん》づきましてから、いつも役立たずでございました。気のきかない、ぼんやり者で、あなた様に叱《しか》られてばかりの女でございました。母となって三人の子を持っても、あなたからは役立たず、よけい者だと言われ通しで……私、このままでは、一生、役立たずで終りでございます。せめて一生に一度でも、役に立ったと言われて死にとうございます……子供たちは、私が参ることを喜んでくれております。私も、せめて水くみ、すすぎものでもして、子供たちの暮《くら》しの役に立ってやりたい、と存じました」  おくめは、生れてはじめてのようなしっかりした語調でしゃべった。いつも避《さ》けるような鈍《にぶ》い目の色が、生き生きとしている。  小箱《こばこ》を抱《だ》いていそいそと出ていく老妻の後姿を、来助は一言も言わずに見送った。     五  一年が経《た》った。  来助は家に閉じこもっている日が多くなった。  寺町の妾宅《しようたく》においていた女には、金をやって切れた。  女とは、嫌《いや》なものだ。来助はこの家を出て行った日のおくめの顔を思い出すと、素足でイモ虫をふみつぶしたような表情になった。  あんな鈍重《どんじゆう》で、手前勝手で、冷酷《れいこく》な妻や子のために、長い歳月をあくせくと働いてきた己《おのれ》が、あわれまれてならなかった。  ポルトガルとの関係は、いよいよ険悪になっていて、近ごろはめったに通訳の用がなかった。  来助は古びた手箱《てばこ》をひっぱり出して、終日、縁側《えんがわ》で眺《なが》めていることがある。手箱の中には、若い日、糸屋|随右衛門《ずいえもん》の御朱印船《ごしゆいんせん》に乗り組んで、遠くマカオ、安南《アンナン》まで出かけた折にその土地で求めて来た絵図や版画などがあった。黄ばんで、色あせたその数葉に、来助は昔の夢《ゆめ》を懐《なつか》しんで、孤独《こどく》を忘れるふうであった。  珍《めずら》しく長崎に一尺余りの雪の積もった朝、奉公人《ほうこうにん》が玄関《げんかん》先で大声をあげている。  来助は綿羽織をはおって出て行った。奉公人が、大きな籠《かご》を抱《かか》えてとほうにくれている。 「旦那《だんな》様、捨て児でございますよ」  ぼろ布団に幾重《いくえ》にも包まれて赤ん坊《ぼう》が泣いていた。赤ん坊といっても生後一年に近い。 「たった今しがたのようでございます。玄関の土間へ籠ごと放り込んで行ったようで……」  髪《かみ》の毛がちぢれていた。色がやや黒い。来助は一目みて、それが赤ん坊の混血児であることに気がついた。 「馬鹿《ばか》にしゃあがる。いくら南蛮《なんばん》通辞の家だからって、あいのこを捨てられてたまるものか」  憤然《ふんぜん》として来助は奉行所《ぶぎようしよ》へ出かけた。混血児の処分には、やはり御係へ届け出て裁可を仰《あお》がねばならない。奉行所のとば口で春木|蓮如《れんによ》に出会った。 「おう、来助か」  蓮如は暗い顔で言った。 「浜《はま》で身投げがあった。明るくなってからのことで、漁夫どもが助けたが毒物を飲んでいてすぐに死んだ……あの女なのだ。二年前、黒ん坊《ぼう》に手ごめにあった」  来助は、思わずあっと言った。今朝、玄関《げんかん》先に捨てて行った混血児が瞼《まぶた》にひらめいた。 (梢《こずえ》だ……梢が捨てていったのだ)  梢といったあの女の名も、顔すらも忘れかけていた。来助は、腹の底でうめいた。 「やはり、身をもちくずして異国人相手の女になっていたらしいが……かわいそうなことをした……」  蓮如がそそくさと出て行ったあと、来助の足は奉行所《ぶぎようしよ》へはいらず、もとの道を帰った。  混血児は女の子だった。最初に見たよりは愛くるしい顔をしている。奉公人《ほうこうにん》の老婆《ろうば》に湯をつかわせると、老婆はけげんな顔で言った。 「旦那《だんな》様、いくら洗っても白くなりませんが……」  それでもくめんしてきた着物を着せると、子供好きらしい老婆はかわいいと目を細めた。  あいそのいい児で、よく笑う。手をもってやると、危っかしい足どりでちょこちょこと歩いた。 (手ごめにあった黒ん坊の子だろうか)  来助は指を折ってみた。そのような気もするし、あれからずっと異国人相手の娼婦《しようふ》めいたことをしていたとすれば、他の黒ん坊の子かもしれない。  粥《かゆ》を煮てやると、気持がよいほどよく食べる。  なんとなく、来助はその混血児を手放しそびれてしまった。御係へは、捨て児の混血児をあずかる手続きを取った。 「来助の物好きめ、女房《にようぼう》子供に逃《に》げ出されて、あいのこを養子にしたか……」  などと仲間内ではかげぐちをたたき合っていたが、来助はあまり気にもとめないようであった。  それよりも混血児は日ましにかわいらしさを増していた。子供がもっともかわいらしい時期でもあった。名無しでは不便だと、来助は一と晩あれこれ考えて「きよ」とつけた。  きよは不思議なように来助になついた。おとなしくて、わるさをしない。人形を与《あた》えておけば小半日、一人遊びをしている。老婆《ろうば》がしつけのよい女で、間もなく大小便を教えるようになり、襁褓《むつき》も取れた。  ぼつぼつ片言がしゃべれるようになっていちばん先に言ったのが、 「おじい」  であった。むろん、来助をさしてこう呼んだものだ。これは来助に不思議な感動を与えた。  もともと、彼は自分のことを「小父《おじ》さん」呼ばわりさせるつもりであった。 「小父さんだよ」  と教えたのを、この子は無心に、 「おじい」  とおぼえてしまった。 (もし、梢《こずえ》に何事もなく、新太郎との仮祝言《かりしゆうげん》があげられていたら、このくらいの孫にお祖父《じい》呼ばわりされていたかもしれないのだ)  梢という女を不愍《ふびん》に思う気持が湧《わ》いた。といって、南蛮《なんばん》御係の一人としてあの事件に対処する方法は、やはりあれでよかったと思った。罪状を明らかにし、犯人を獄門《ごくもん》にしたからこそ、第二、第三の梢が出ずにすんだのではなかったか。  少くとも、あの結果は南蛮人及びその従者に、日本の素人女に手を出したらこうなるのだ、という警鐘《けいしよう》となって鳴り渡《わた》った。  だが、二年目に投身した女と、その女の残した混血児をみる気持は、それとは別個の感情だった。あの事件がなかったら、少くとも新太郎は来助のもとを去らなかったかもしれない。来助は首をふった。 「おじい……また、絵をみる……」  きよが膝《ひざ》にまつわりついた。 「よしよし、みせてやるぞ」  一人で縁側《えんがわ》に広げた手箱《てばこ》を、来助はきよのために運んで開いた。孫娘《まごむすめ》を抱《だ》いて絵物語をきかせる老人の姿は、いつの間にか来助の身についてしまっていた。  妻も、実の子三人もふっつりとこの家へ姿をみせなかった。大村のほうで米屋をしているという話は、来助の周囲だけでささやかれ、彼には直接、問いただす者もなかった。  きよは丈夫《じようぶ》な子だった。捨てられた冬に一度、風邪《かぜ》をひいて大熱を発し、来助に二晩|徹夜《てつや》させた以外には、病気らしい病気もしない。  利発で、性質の明るい、気のやさしい子だった。きよのいる場所には、いつも笑い声が起り、相好をくずした来助がいた。  きよが三歳になった春、来助は食当りで寝《ね》ついた。危いと気づいてすぐに吐《は》いたので、医者も命に別状はないと言ったが、その夜は熱が高く、意識がしばしば混迷した。夜半に、ふと気がついてみると、枕《まくら》もとにきよがちょこんと座っている。黒い小さい手が手拭《てぬぐい》をしぼり、危っかしく額《ひたい》にのせてくれるのだった。  医師が心配ないと言って、奉公人《ほうこうにん》すらも眠《ねむ》ってしまっている夜更《よふ》けだった。 「おじい、水か」  目を開けた来助を心配そうにさしのぞいた黒い顔を、来助は思わず両腕《うで》に抱《だ》きしめてしまった。  そのことがあって、来助のきよに対する愛情は、はっきり実の孫になってしまった。  誰《だれ》がふり返ってみようと、うす笑いで見送ろうと、おかまいなしに、きよを連れて浜《はま》で遊んだり、稲佐山《いなさやま》へ登ったりする来助の姿は、長崎の名物のように言われた。  だが、翌|寛永《かんえい》十三年、幕府は、ポルトガル船の入港並《なら》びにポルトガル人との交易を正式に出島に限ってのみ許可することに定め、同十月二十二日をもって、南蛮人《なんばんじん》と日本人の混血男女合わせて二百八十七人をマカオに追放するよう、厳命した。  二百八十七人の混血児の中に、きよの名を発見した来助は、ほとんど狂気《きようき》になった。 「違《ちが》う。きよは手前の孫です……混血児ではござらぬ」  奉行所《ぶぎようしよ》のだれかれに、見境いなく来助はわめいた。 「来助、無駄《むだ》だ。きよの髪《かみ》はちぢれている。皮膚《ひふ》は黒い。かくしようがない」  最後まで、きよを日本へ残すように奔走《ほんそう》してくれた蓮如《れんによ》が、嘆息《たんそく》とともにつぶやいた。 「日本人でも色の黒い児はままあります。髪がちぢれているのは不具だというてくだされ」  来助は血走った目で蓮如をみつめた。 「私は、きよを来助の孫だと信じることができる。目の色、髪の色、皮膚の色が違《ちご》うても、たとい、体を流れる血が別個であるにしても、きよは来助の孫だ。そういう祖父と孫があっても良いはずなのだ。しかし……幕府の役人にはわからぬ。そういう私もあんたも役人のはしくれだが……」  諦《あきら》めろと蓮如は寂《さび》しげに顔をそむけた。  来助は、家財の処分をはじめた。家にある金目の骨董類《こつとうるい》は、なにもかも売って金銀に替《か》えた。きよに持たせてやる気だった。きよといっしょに追放される混血の成人たちを訪ねて、多額の金を贈《おく》り、きよを頼《たの》んだ。  何人に頼んでも、何人が引き受けてくれても、来助は安心がならなかった。  きよは四歳であった。 「どうなるんだ……こんな幼い子が」  眠《ねむ》っているきよの枕《まくら》もとで、来助は泣いた。きよが不愍《ふびん》でならなかった。血をわけた、たった一人の孫を、むりやり奪《うば》われるような悲痛感が、来助をずたずたにした。  追放の船出の朝、来助はきよを抱《だ》いて港へ行った。他の混血児たちは、すでにかなり以前から牢屋敷《ろうやしき》へ収容されていたが、きよは幼年ということで、いよいよの時まで来助の家におくことを許されていた。  きよには、前夜、言葉をつくして言いきかせておいた。  どうしても、きよを日本へおけないこと、きよがどこへ行っても一生困らぬだけのものはマカオまで同行する日本の役人何|某《ぼう》にあずけてあること、何某が責任をもってマカオできよの養い親をさがしてくれること、たとい、別れても幕府のお許しの日がきたら、真っ先にマカオへ連れに行くから、必ず、心細がらずに待っていてくれるように、などと来助は夢中《むちゆう》で言いきかせた。四歳の幼児にどれほどの理解ができるものか、来助には見当もつかなかったが、きよは来助が語り終えると、 「きよはおじいのそばにいられないの」  と聞き、来助のうなずくのをみると、ぽろりと涙《なみだ》を黒い頬《ほお》へ伝わらせた。  乗船にはかなりの時間がかかった。浜から沖《おき》のポルトガル船まで小舟で何度も混血児を運ぶのである。  浜には、見送りやら野次馬《やじうま》やらが黒山のように群がっていた。 「旦那《だんな》様……」  聞きおぼえのある声に呼ばれて、来助はふりむいた。おくめが近づいてきた。 「お迎《むか》えに参りました。子供たちがそう申しました。いろいろ噂《うわさ》をききまして、かげながらお案じ申しておりましたのですが……今日、この船が出ますことを聞き、あなたがお一人になってお寂《さび》しかろうと……」  別人のように色艶《いろつや》のよくなった顔で、おくめはいそいそと話しかけた。むっと唇《くちびる》を結び、来助は、かつての妻を眺《なが》めている。 「大村で米屋を致《いた》しまして……繁昌《はんじよう》しております。通辞のお役もこのたびのご禁制で間もなく御解任になるとか聞いております……いっそ、大村へお出になって、以前のように子供たちと……」 「うるさい」  来助は一喝《いつかつ》した。あたりの人がはっとするような大声であった。  そのまま、ふり返りもしないで、ずかずかときよを抱《だ》いたまま小舟へ乗った。  きよは、じっと来助のふところに顔を埋《う》めている。 「おじい……おじいは一人きりにはならないんだね」  港の海を沖《おき》の親船へ漕《こ》いで行く小舟の、白い水しぶきを眺《なが》めながら、きよがぽつんと言った。 「きよがいなくなっても、おじいは一人ぼっちにならなくてすむんだね」  きよは、にっと微笑《わら》い、その目から溢《あふ》れるように涙《なみだ》がこぼれた。来助の胸に、決意がかたまった。 「きよ、おじいはきよといっしょにいくぞ。親船にいる春木様にお願いして、通辞として乗せて行ってもらう……日本へは帰らんでいい……きよといっしょにマカオで暮そう」  来助はきよの髪《かみ》をやさしくなぜた。 「おじいの南蛮語《なんばんご》は、もう日本では役に立たぬ、だがな、マカオへ行けば、きよやたくさんの混血児のためにりっぱに役立つ……」  そうだ、それでいいのだと来助はうなずいた。胸の中がにわかに軽くなった。  親船でマカオまで同行するという交渉《こうしよう》がむずかしいかと思ったが、二、三月か後には解任されるはずでも、現在の来助はまだ、れっきとした奉行所《ぶぎようしよ》の役人の一人だった。  こうなったら、職権を利用して、どうあってもマカオへついて行くぞ、と来助は若者のようにいきごんでいた。  長崎の港が遠くなっている。故郷を捨てるという感懐《かんかい》は、来助にはなかった。 「おじい……」  ふと安心したようにきよが言った。 「さっき、お舟に乗る前に、おじいが言ったの……あれが、雷《かみなり》だね」  とまどった来助へ、きよは真面目《まじめ》につけ加えた。 「だって……うちにいたおはしたさんやお婆《ばあ》がよく言ってたよ。おじいが大きな声でなにかいうと、旦那《だんな》様の雷が落ちたって……」 「そうか……雷か……」  来助はきよのちぢれ髪《がみ》に顔を埋《う》めた。子供っぽい、日なたくさそうなきよの匂《にお》いに、うっとりと目を細くした。  ポルトガル船の舷《ふなべり》が、すぐ目の前に近づいていた。  猩《しよう》 々《じよう》 乱《みだれ》     一  襖《ふすま》が忍《しの》びやかに開いた時、宮増小太郎は黙読《もくどく》していた謡本《うたいぼん》から顔を上げた。 「お稽古《けいこ》中、すみませぬが……」  廊下《ろうか》に手をつかえた儘《まま》、綾《あや》はおどおどと言った。今年の正月に宮増家へ嫁《とつ》いで漸《ようや》く半年、まだ妻と呼ぶには痛々しいような若さだった。小柄《こがら》で丸顔のせいか、年齢《ねんれい》よりもかなり子供子供して見える。小太郎は労《いたわ》りの微笑《びしよう》を浮《うか》べた。 「どうしたのだ」 「あの……奥《おく》の御様子がなにやら……」  剃《そ》りあとの初々しい眉《まゆ》をひそめる綾につられて、小太郎も奥|座敷《ざしき》の声に耳をすませた。言い争っているような調子が先刻から急に激《はげ》しくなっている。低く押《お》し殺した声は客の観世《かんぜ》方|笛《ふえ》の春藤|庄兵衛《しようべえ》で、それをぶち切るように別な男の声がと絶えては続く。 「そう言えば、義父上《ちちうえ》はだいぶ癇《かん》をたててお出でのようだな」  今更《いまさら》らしく言ったが、広くもない家ではある。小太郎にも気になっていたことであった。 「いずれ芸の上でのいさかいであろう。毎度のことだ。お二人とも言い出したら後へは引かぬのだから……」  なまじ若い者が口出しをしては尚《なお》、悪い。仮に春藤庄兵衛が立腹のあまり席を蹴《け》って帰ったとしても、数日を経て二人が顔を合せれば今夜の口論なぞどこを吹《ふ》いた風で済んでしまう仲なのだ、と今までに何度となくそうした羽目に出合している小太郎が不安気な綾《あや》をなだめている最中に物のこわれる音がぐゎらぐゎらと響《ひび》いた。足音が乱れ、春藤庄兵衛の声がはっきりと叫《さけ》んだ。 「わたしを……斬《き》る気かッ」  流石《さすが》に小太郎は立ち上った。 「お前は出るな」  妻のおびえた顔へ言い捨てて、暗い廊下《ろうか》を曲った。二間続きの書院である。稽古場《けいこば》と客間と同時に宮増流|鼓打《つづみう》ちの当主、宮増|小左衛門《こざえもん》の居間を兼ねていた。 「斬る、斬ってやる。おのれがような者は」  義父《ちち》の声を聞いて小太郎は部屋《へや》へとび込んだ。二つの部屋の間の襖《ふすま》が一枚、ひっぺがしたように倒《たお》れている。小左衛門は奥《おく》書院の床《とこ》の間《ま》から刀を掴《つか》んだという中腰《ちゆうごし》で、春藤庄兵衛は次の間に棒立ちに突《つ》っ立っていた。 「義父上《ちちうえ》、何事です」  ずかずかと小左衛門の前へ立ちふさがって小太郎はあっと身を沈《しず》めた。白い刀身が眼《め》の前を鈍《にぶ》く走った。 「なにをなさる。義父上、小太郎です」  叫《さけ》ぶのを追ってよろよろと刀が突《つ》き出される。小左衛門は無言だった。 「義父上ッ」 「小左衛門、気が狂《くる》ったか。小太郎に刃《やいば》を向けてどうする気じゃ」  蒼白《そうはく》な顔で春藤庄兵衛が怒鳴《どな》った。答えはない。代りに光芒《こうぼう》が又《また》、よろめいた。 「春藤様ッこれは……?」 「狂気《きようき》じゃ。狂気の沙汰《さた》じゃ。わたしはとにかく、其方《そのほう》にまで斬《き》りかかるとは……」  息をはずませ、春藤は刃を避《さ》けた。緩慢《かんまん》な小左衛門の動作だが狭《せま》い屋内で抜《ぬ》き身をふり廻《まわ》しているのだから油断はならない。小太郎は春藤庄兵衛を庇《かば》う位置に立った。 「お止《や》め下さい。義父上ッ、義父上ッ」  廊下《ろうか》には綾《あや》をはじめ内弟子や奉公人《ほうこうにん》がかけつけていたが、思いがけない座敷《ざしき》の様子にあっけにとられて立ちすくんでいる。小太郎の声だけが必死に響《ひび》いた。  燈芯《とうしん》が大きく揺《ゆ》れ、ふらふらと小左衛門の体が部屋《へや》の中央で止った。右手にだらりと刀をさげている。 「義父上ッ」  小太郎が一足近づこうとした時、小左衛門の表情が崩《くず》れ、甲高《かんだか》い笑い声が唇《くちびる》を割った。 「義父上ッ」 「旦那《だんな》様ッ」 「お師匠《ししよう》様ッ」  異口同音に呼ぶのをはね返しでもするように小左衛門はけたたましく笑った。顔も身体《からだ》もとろんとしてしまりがなくなっている。 「乱心じゃ。小左衛門、乱心したのじゃ」  あえぎあえぎ言った春藤庄兵衛の言葉が、宮増小左衛門の立場を決定した。小太郎は走りよって義父の手の刀をもぎ取り、奉公人《ほうこうにん》や内弟子《うちでし》は春藤の指図に従って暴れる小左衛門の体を寄ってたかって取りおさえ、取りあえず納戸部屋《なんどべや》へ軟禁《なんきん》した。  不安な夜であった。  納戸部屋の小左衛門は半刻《はんとき》ばかりは頻《しき》りに暴れた。時々|甲高《かんだか》く笑い、ぶつぶつととりとめもなく呟《つぶや》いたりなぞした。無論、誰《だれ》の言葉もうけつけない。やがて疲《つか》れ果てたのか鼾《いびき》をかいて眠《ねむ》り出した。そうなってから小太郎は改めて春藤庄兵衛に今夜の成り行きを訊《たず》ねた。 「それが、わたしにもよくわからぬのだ。話は先頃、加賀《かが》様お下屋敷《しもやしき》で勤めた観世《かんぜ》どのの道成寺《どうじようじ》の能のことで、小左衛門どのは其方《そのほう》の小鼓《こつづみ》の出来に大層な機嫌《きげん》で、小太郎も道成寺の囃子《はやし》を無事に勤め終えた上はどこへ出しても一人前の能楽師として恥《はず》かしからぬ。宮増流|鼓打《つづみう》ちの跡《あと》をゆずって心残りもないと、常日頃《つねひごろ》の毒舌に似合わぬしんみりした息子自慢《むすこじまん》をしてござった」  春藤庄兵衛の話は小太郎にとって意外だった。 「義父《ちち》が手前の道成寺を賞《ほ》めたと仰《おお》せられますのか……」  もともと観世|左近《さこん》大夫《だゆう》の遠縁《とおえん》に生れ、能楽師を志して左近大夫の内弟子に入っていた小太郎が宮増小左衛門に小鼓の手ほどきを受けたのが十歳の春であった。能楽師の常として、たとえシテ方へ進む者でも専門の謡《うたい》や舞《まい》の稽古《けいこ》の他に一通りの囃子の修業が必要だった。実際に能舞台《のうぶたい》で小鼓や大鼓を打つことはなくとも基礎《きそ》として心得ておかねば演能の上に不都合が生じる。小鼓も笛《ふえ》もわからなくては肝腎《かんじん》の舞《まい》が勤め得る筈《はず》がないからであった。  逆に又《また》、囃子方の家に生れた者も必ず謡を学ばねばならず、シテ方、ワキ方、囃子方、更《さら》に囃子の中では小鼓、大鼓、太鼓《たいこ》、笛と各々、専門の家に分かれてシテ方の者が囃子を勤めたり、囃子方の者がワキを代ったりという事は特例を除いては全く無く、完全な独立|独占《どくせん》を守って居りながら、演能がそれらの総合によって成る一つの芸であってみれば、基本的な意味でのお互《たが》いの習得は極めて緊密《きんみつ》に行われていたのだ。  で、勿論《もちろん》、小太郎も将来は一人前のシテ方となるべく、基礎《きそ》としての小鼓の修業に小左衛門を師と仰《あお》いだのだが、ちょうど鼓を習いはじめて一年目に左近大夫から、 「以後は囃子方の修業専一にする気はないか」  と訊《き》かれた。もし小太郎に得心が行くなら宮増小左衛門が彼を貰《もら》い受け、内弟子として鼓打ちに育てたい意向だという。一両日、思案して、小太郎はシテ方修業から囃子方へ転向する旨《むね》をきっぱり左近大夫に申し出た。  彼自身一年の稽古《けいこ》で舞《まい》や謡よりも小鼓のほうに惹《ひ》かれる何かがあるのに気づき始めていたのと、もう一つは天下一の小鼓、名人の鼓打ちと評判の宮増小左衛門から懇望《こんもう》されたという少年の誇《ほこ》らかな気持でもあった。  だが、修業十五年、小左衛門の内弟子生活は彼の予想以上に苦しかった。稽古の厳しさよりも小太郎の心を暗くしたのは小左衛門のかたくなさだった。他人からは傲慢《ごうまん》とも狷介《けんかい》とも見える彼の一徹《いつてつ》さである。芸の上でのシテ方やワキ方、もしくは他の囃子方との争論は日常茶飯だった。加えて毒舌家と来ている。小左衛門とは代々昵懇《じつこん》の家であり、彼の気心も熟知している観世左近大夫や春藤庄兵衛ですら、 「芸はよし、話の筋道も立っているのだから何とも致《いた》し方ないが、どうもあの口悪るには腹が立って……」  喧嘩《けんか》別れの度ごとに周囲の誰彼《だれかれ》に苦笑する程だ。それでも芸道にたずさわり、名人と呼ばれる同志の間柄《あいだがら》なら感情的な対立も時間が仲裁役となって、又《また》ぞろ同座もし仲直りも容易だが、門外漢が相手となるとそうはいかない。  しかも宮増小左衛門の強情|我慢《がまん》、毒舌は相手かまわずだから始末におえなかった。大名、貴賓《きひん》の区別がない。  能楽師たちは普通《ふつう》、将軍家の庇護《ひご》を受けている式能《しきのう》能楽師でも、別に大名家や旗本、豪商《ごうしよう》などの贔屓筋《ひいきすじ》を持っていた。パトロンであると同時に素人弟子《しろうとでし》でもある。稽古《けいこ》とはいっても相手が相手だし素人のお旦那芸《だんなげい》だから半分は御機嫌《ごきげん》とりになるのもやむを得ないのだが、これが宮増小左衛門には出来ない。相手が何万石の大名であろうと内弟子同様にびしびし稽古をつける。怒鳴《どな》りつけている中はまだしも、あまり相手の出来が悪いと自分から稽古を断って帰ってしまう。これでどれだけお出入り先をしくじっているかわからないのだ。中にはそうした小左衛門の気骨を愛し、珍重《ちんちよう》して贔屓にしてくれる大名もないではないが、それでも彼の所かまわぬ毒舌には辟易《へきえき》して次第に遠去かって行く。 「人間|誰《だれ》しも悪く言われるよりは良く言われるが気持のいいものだ。ましてお大名衆は殊更《ことさら》、周囲から大事にされつけているのだからそこはそれ世渡《よわた》りというもので、芸を真摯《しんし》にする気持は解っているが、宮増流の将来のためも考えて程々にな」  という同業の友人の忠告には一応、うなずいてみるくせに、いざとなるとさっぱり手加減が出来ない。あげくには毒舌|三昧《ざんまい》でお出入り先を烈火《れつか》の如《ごと》く怒《おこ》らせ小左衛門が詫《わ》びて来ねばその分には捨ておかぬという羽目になる。そんな場合、無論、小左衛門はてこでも詫になぞ動かない。仕方がないから観世なり春藤なりがつきそって代理として小太郎があやまりに出かけるのだ。 「この期に及《およ》んでも代理人なぞ……」  と出入り差し止めになることもあるが、若いに似ず素直で行きとどいた小太郎の態度に好感を持って、 「小左衛門は出入り差し止めじゃが、代わりとして小太郎に稽古《けいこ》を許す」  という邸《やしき》も少くなかった。 「そんなことをしては師匠《ししよう》に楯《たて》をつくことになります。私にそれだけの芸もございませんし……」  と辞退した小太郎も、宮増流の行く先のためを想《おも》え、と左近大夫らに叱《しか》られ、そうすることが結局、小左衛門の身のためにもなるのだと言い含《ふく》められて、心ならずお出入りするようになった。素質のあるのを見込んで小左衛門が叩《たた》きこんだ芸である。腕《うで》は確かだし、出入り先のお覚えもいい。結局、ここ数年、宮増流のお出入り先の稽古は殆《ほとん》ど小太郎専任という形になってしまった。  小太郎は師匠に気がねしながら稽古に通っていたが、そうした結果を普段《ふだん》の小左衛門はむしろ欣《よろこ》んでいるようだった。  だが、一たん何かで腹を立てると、 「出入り先で追従《ついしよう》ばかりの人気取りをする奴《やつ》は、見ろ、芸まで追従根性でみすぼらしい。量見を洗って出直して来い」  当てつけがましい叱責《しつせき》を浴びせ、小太郎の辛《つら》い立場に想《おも》いやりのかけらも見せなかった。  そんな小左衛門だったから、昨年の暮《くれ》、不意に自分から言い出して、亡妻の姪《めい》に当る綾《あや》という娘を小太郎に妻《めあわ》せ、夫婦養子として宮増流の跡目《あとめ》をゆずることを辞退する小太郎に納得させ、正式に手続きをすませ親子の盃《さかずき》を交した現在までも、小太郎は師匠《ししよう》であり義父である小左衛門から芸の上で甘《あま》やかされたり、賞《ほ》められたりした記憶《きおく》は一度もなかった。 (その義父《ちち》が……わたしの鼓《つづみ》を賞《ほ》めたという。しかも、その直後に狂気《きようき》とは……)  小太郎には解《げ》せない。 「わたしも珍《めずら》しい事だと思いながら聞いていたのだが、小左衛門どのは全く上機嫌《じようきげん》だった。その中に話がなにかのはずみで向島《むこうじま》の中野|石翁《せきおう》様のことになると急に小左衛門どのの様子が可笑《おか》しくなり、なにがなにやらわからぬ中にあの始末なのだ」  春藤庄兵衛はひっそりと静まりかえった夜をみつめるようにして呟《つぶや》いた。 「向島の御隠居《ごいんきよ》様のお話のあとで……」  向島|寺島《てらじま》村に屋敷《やしき》のある中野石翁は最近になってのお出入り先であった。主の石翁が鼓《つづみ》を真似事《まねごと》に打つ。 「向島のお屋敷へは確か昨日お伺《うかが》い申したようでございますが、その折になんぞ義父が又《また》、御隠居様の御機嫌《ごきげん》を損じるようなことでも……」 「其方《そのほう》は供しなかったのか」 「はい。義父の気性故、他の弟子も連れず……」 「それでは向島の首尾《しゆび》がどうであったか、知る由もないのだな」 「はい」 「向島から戻《もど》られてからの様子は……」 「別にいつもと……」 「そうか……」  納戸部屋《なんどべや》をちらりと見て、春藤庄兵衛は眉《まゆ》をよせた。 「ともかく、夜明けを待つことだ」     二  朝になったが、小左衛門の意識は戻《もど》らなかった。午《ひる》近く眼覚《めざ》めたものの、焦点《しようてん》の定まらぬ様子で家族の者が代り代りに呼んでも区別がつかない。  よく晴れた日で、真夏のような暑さなのにしきりと寒気を訴《うつた》えて夜具を求め、衣服を重ねさせた。暴れもしないが、言うことは昨夜と同じくとりとめがない。  医師も呼んだがこれは、当人が不快がって寄せつけない。離《はな》れた場所からの観察では、 「突然《とつぜん》の風狂《ふうきよう》、乱心の体《てい》らしく……」  どうにも医師の処方の及《およ》ぶところではないと言った。  この騒《さわ》ぎの最中に観世左近大夫からの使いがあって宮増小左衛門にすぐ屋敷《やしき》へ来るようにという口上である。 「なんの御用《ごよう》かは知らぬが、小左衛門どのがこの有様では致《いた》し方もない。其方《そのほう》、御使《おつか》いと同道してこの由をよく観世様にお話し申せ」  春藤庄兵衛の指示で小太郎は牛込二十騎町《うしごめにじつきちよう》の家を出た。  通されたのは離れ座敷《ざしき》だった。小太郎一人きりである。母屋《おもや》のほうではかなり人が集っている気配だった。そう言えばいつもは枯《か》れた林のように冷たく鎮《しず》まっているこの邸《やしき》の内が妙《みよう》に落着かない。  小太郎が開け放した障子ごしに庭をへだてた母屋《おもや》の渡《わた》り廊下《ろうか》を見ていると、小太郎を迎《むか》えに来た使いの男が慌《あわただ》しく広間へ入って行った。入れ替《かわ》りのように白髪《はくはつ》の左近大夫がこれも平常の彼らしくない狼狽《ろうばい》を露骨《ろこつ》にして離《はな》れ座敷《ざしき》へ渡《わた》って来た。 「小太郎、小左衛門が発狂《はつきよう》したというのはまことか」  挨拶《あいさつ》なしに問うた。声も上ずっている。小太郎の口から昨夜来の小左衛門の様子を聞くと返事もなしに再び母屋へとって返した。  母屋は俄《にわか》に人の出入りが激《はげ》しくなった。小太郎が顔見知りの同職の者もあれば、まるっきり見たこともない武家の姿も混っている。同じことは誰《だれ》しもが顔色を変え、せかせかと動き廻《まわ》っているのだ。  置き忘れられたように二刻《ふたとき》近くを小太郎は端座《たんざ》していた。  西陽《にしび》が縁《えん》のはしに射《さ》す時刻になって漸《ようや》く、茶が出た。続いて観世左近大夫が疲《つか》れ切った表情で入ってきた。頬《ほお》の辺りがげっそりとしてひどく老人じみて見える。  正面へ坐《すわ》った相手へ小太郎は手をつかえた。 「義父《ちち》のことで何かこちら様へ御迷惑《ごめいわく》がござりましたような……」  待たされている中にそれらしいと悟《さと》ったことである。 「どうやら無事に済みそうじゃ。一時は観世の座もこれまでかと心痛致《いた》したが……」  小太郎は眼《め》をあげた。将軍家お抱《かか》えの観世の座の興廃《こうはい》に響《ひび》くような失態を義父がしでかしたというのだろうか。 「もしや、義父は向島の御隠居《ごいんきよ》様の御不興を蒙《こうむ》ったのではござりませぬか」  左近大夫はまじまじと小太郎を瞠《みつ》めた。 「知らぬのか」  これ程の大事をと言いたげな調子だった。せっかちに続けた。 「一昨日、小左衛門は向島の中野石翁様のお屋敷《やしき》へ鼓《つづみ》のお手直しに参ったであろう」 「…………」 「その折、御隠居《ごいんきよ》様が一調《いつちよう》の天鼓《てんこ》の伝授をお望みなされたのじゃ」  うっと小太郎は声を呑《の》んだ。  一調というのは小鼓《こつづみ》が大鼓の手をも打って謡《うたい》と小鼓とがつかず離《はな》れず渾然《こんぜん》と一つになって面白くきかせるもので、鼓では重い習物《ならいもの》となっていた。鼓が謡を囃《はや》すのではなく、謡が鼓の手を引き立て、同時に鼓が謡を盛《も》り上げるという、いわばお互いが技を競い合うので謡も難しく、鼓も手が複雑で普通《ふつう》はかけない大鼓の掛《か》け声をもかける。  正式の演奏としては能一番以上にも匹敵《ひつてき》する程、重要視されるのが一調であった。無論、玄人《くろうと》の鼓打ちでも練達の士でなければ打てず、まして「天鼓」は宮増流では別習五番(勧進帳《かんじんちよう》、木賊《とくさ》、定家《ていか》、夜討曾我《ようちそが》、天鼓)の中の一つとして容易には伝授されないものである。  それを、素人《しろうと》の、いわば殿様芸《とのさまげい》に過ぎない石翁が伝授を強いたという。 「当然、小左衛門は辞退した。が、相手が相手なのだ」  中野石翁、身分は新御番格二千石の旗本だが、現将軍|家斉《いえなり》の愛妾《あいしよう》お美代《みよ》の方は、法華宗知泉院日啓《ほつけしゆうちせんいんにつけい》という坊主《ぼうず》のかくし子を彼が養女分にして大奥《おおおく》へ入れた女だ。天保《てんぽう》初年に隠居して向島寺島村の別宅に移り住んでからも隠居の身分で城内出仕、宿直《とのい》は自由という待遇《たいぐう》で隠然《いんぜん》たる勢力を張っていた。当時、役付きになりたい大名達の向島|詣《もうで》という陰口《かげぐち》があったように莫大《ばくだい》な貢物が連日、石翁の邸《やしき》に運び込まれ、賄賂《わいろ》が公然として通用もし、又《また》それだけの陰《かげ》の実力者でもあったわけだ。  将軍家、老中職ですら手玉に取る程の男である。一調の「天鼓」の伝授を望むくらい何ほどにも考えていなかったに相違《そうい》ない。  宮増小左衛門が断ると、用人がずっしりした袱紗包《ふくさづつみ》を彼の前へ置いた。五百両である。  小左衛門の眉間《みけん》に癇癪《かんしやく》がふくれ上った。ずいと袱紗包を押《お》し返す。用人は慌《あわ》てた。 「なんとする気だ」 「伝授を仕りませぬ者が伝授料は受けかねます」 「御伝授申し上げぬというのか」 「おそれながら……」  小左衛門は昂然《こうぜん》と胸をそらせた。 「こちらの殿様《とのさま》には芸を学ぶ資格がござりませぬ。およそ芸は心でござります。心|卑《いや》しければ芸も又《また》、卑しく品なきもの。一調《いつちよう》の伝授なぞ思いもよりませぬ」  顔色を失っている用人を尻目《しりめ》に小左衛門はさっさと向島の屋敷《やしき》を辞してしまったのだが、心卑しいと言ったのが石翁の急所を突《つ》いた。元来、三百俵の小姓《こしよう》づれに過ぎなかった彼が将軍家の愛妾《あいしよう》の養父をかせに立身出世したものだ。成り上り者の意識は常に彼のどこかでくすぶってもいたし、賄賂《わいろ》を取って栄耀三昧《えいようざんまい》に暮《くら》している現在を能楽師づれに非難された腹立ちは一しおだった。 「実は今朝方、かねて御贔屓《ごひいき》を頂いている老中太田|備後守《びんごのかみ》様御用人様からお使いがあって参上して仔細《しさい》を知ったのじゃ。石翁様は大層な御立腹でこのままでは宮増小左衛門は無礼な申し条を言い立てて死罪、ばかりか小左衛門と同座する観世の職分《しよくぶん》一同も式能《しきのう》能楽師を解かれ江戸ばらいになるやも知れぬという。小左衛門の無礼をその場でとがめなかったのは石翁様のお腹黒い処置で、一調の伝授を断られた故では無礼|咎《とが》めもしにくい。故意に日を経てお上を誹膀《ひぼう》した罪を負わせる手筈《てはず》なのだ」  暮《く》れなずむ庭木立に眼《め》を逸《そ》らせて、左近大夫は大きく肩《かた》で息をついた。 「備後守《びんごのかみ》様御用人の仰《おお》せには事が表沙汰《おもてざた》にならぬ中、然《しか》るべき手を打て、その上のお取りなしはなんとでも計ろうてやるとの事でな」  然るべき手とは、暗に小左衛門の処置を観世座の者が計らえという含《ふく》みとは承知したものの、仲間内としてみすみす小左衛門に詰腹《つめばら》を切らせるのも忍《しの》びない、と言って彼を救う気になれば由緒《ゆいしよ》ある観世の座が離散《りさん》せねばならぬ。 「それ故、早速、座の長老どもが集って思案に暮《く》れていた所だった」  左近大夫の暗い表情の中には或《あ》る安堵《あんど》が正直に覗《のぞ》いていた。折も折当事者が発狂《はつきよう》してしまったのでは事態はかなり違《ちが》ったものになってくる。 「なんにせよ、小左衛門乱心の儀《ぎ》は取りあえず太田備後守様までお届け申しておいた。いずれ、御沙汰《ごさた》もあろう。其方《そのほう》も身を慎《つつし》んで待つがよい」  沈痛《ちんつう》に左近大夫はうつむいている小太郎へ告げた。     三  二年が経《た》った。  宮増家の庭に一本きりある百日紅《さるすべり》が今年も一杯《いつぱい》に花をつけている。縁側《えんがわ》近く、縫物《ぬいもの》を広げている綾《あや》を小太郎は見るともなしに眺《なが》めていた。身重《みおも》のせいか小肥《こぶと》りに肥って、どことなく大儀《たいぎ》そうに見える。ここ数日、心に屈託《くつたく》を持つせいか、そんな妻の姿が不愍《ふびん》だった。  ふと、綾が顔を上げた。夫婦の視線が絡《から》み合って、止《や》むなく小太郎は声をかけた。 「何を縫《ぬ》っているのだ」 「はい……」  綾は縫物に眼《め》を落した。 「義父上《ちちうえ》さまの……」 「又《また》、肌着《はだぎ》か」 「せめてお肌につくものくらいはいつも新しく小ざっぱりしたものをお着せ申したく存じます故……」  それでなくとも狭苦《せまくる》しい牢内《ろうない》のことではあると言いかけて綾は口をつぐみ、そっと奥《おく》を見た。  六|畳《じよう》の奥書院《おくしよいん》が俄作《にわかづく》りの座敷牢《ざしきろう》に変っていた。部屋《へや》の二方が頑丈《がんじよう》な格子になっている。その一角が家全体を暗いものにしている。 (この暗さがもう二年、続いているのだ)  小太郎は唇《くちびる》を噛《か》んだ。  二年前の夏、中野石翁へ一調《いつちよう》の天鼓《てんこ》の伝授を拒《こば》んだ一件は、小左衛門の乱心で結局、表沙汰《おもてざた》にはならずに済んだ。勿論《もちろん》、それにはかねて観世一門の庇護者《ひごしや》であり、能楽愛好者でもあった太田|備後守《びんごのかみ》はじめ多くの大名衆の尽力《じんりよく》もあってのことだが、小左衛門の中野石翁に対する無礼は乱心逆上のためという事で一生、座敷牢|押《お》し込め、その他、観世座の職分及び小左衛門家族はなんのお咎《とが》めもなく終った。 (それにしても中野石翁というお人はどこまで酷《ひど》いお方なのか)  処分のきまった日、宮増家には石翁の指示を受けた役人が大工を伴《ともな》ってきた。奥書院を牢に直し、小左衛門を押しこめると厳重に鍵《かぎ》を下した。鍵の一個は石翁の許《もと》に、一個は観世左近大夫にあずけられた。又《また》、牢内における小左衛門の待遇《たいぐう》は衣服、食事、その他、万事、公けの罪人同様にすることがきびしく申し渡《わた》された。  日の中に何回か、石翁の手の者や上役人が不意に肪ねてくる。家族が情に負けて指示以上の待遇をするのを看視するためと、もう一つ別の理由に気がついたとき、小太郎はぎくりとした。 (向島の御隠居《ごいんきよ》様は義父上《ちちうえ》がまことの狂人《きようじん》か疑うてお出《い》でなのだ)  小左衛門の発狂《はつきよう》が時を得すぎていた。もう一日、彼が正気でいたならば断罪はとても免《まぬか》れぬ所だったのだ。  中野石翁は小左衛門が保身のため、にせ狂《ぐる》いを装《よそお》っているのではないかと疑念を持った。  しばしばやってくる石翁配下の者は隠居の命令で、小左衛門の狂気《きようき》を本物か否か、見きわめようとしているのだった。 (噂《うわさ》の通り、執念《しゆうねん》の深いお方だ。一介《いつかい》の鼓打《つづみう》ちに辱《はずか》しめられたのが余程、腹に据《す》えかねたものか)  が、その小太郎ですら、義父の発狂を信じかねるものがあった。  第一が、乱心の原因である。 「小左衛門どのは日頃《ひごろ》の一徹《いつてつ》から石翁様のお申し出をきっぱりとお断りしたものの、後になってよくよく思案してみれば、相手は飛ぶ鳥も落すという権勢の中野の御隠居様だ。当然、このままには済むまい。我が身の咎《とが》めはともかく折角、夫婦養子を迎《むか》えた其方《そのほう》たちの行く末に類を及《およ》ぼすこと、又《また》、己《おのれ》が所属している観世の座に難儀《なんぎ》のかかるのを憂《うれ》えるの余り、遂《つい》に鬱気《うつき》が昂《こう》じて正気を失うことになったのであろう。常には剛腹《ごうふく》に見える人ほど気の細いものじゃというで……」  と、乱心の場に居合せた春藤庄兵衛は小左衛門の発狂を推して言ったが、小太郎はなにかそれだけでは納得しかねた。  普段《ふだん》、剛毅《ごうき》な人ほど追いつめられると救いがないというのは小太郎にも合点が行く。まして小太郎は傲岸不遜《ごうがんふそん》に見える義父《ちち》が他方、神経の細やかな人でもあったのを知っていた。その意味では春藤庄兵衛のいうような理由も満更《まんざら》、否定はできない。或《ある》いはそうもあろうかと思う。  だが、言葉にも理屈《りくつ》にもならぬ何かが小太郎に義父の乱心にひっかかるものを感じさせるのだ。師と呼び、弟子《でし》と呼《よ》ばれて十余年、その人の性格の是も非も一つにひっくるめて敬し愛し抜《ぬ》いた小太郎の勘《かん》が、小左衛門と彼との間に幾星霜《いくせいそう》をかけて受けつがれ、ぶつかり合って来た芸への情熱が、小太郎に義父の乱心を素直にうなずかせないでいる。 (義父は俺達《おれたち》夫婦の安泰《あんたい》のために、家族への後難を怖《おそ》れて狂気《きようき》を装《よそお》っているのではないだろうか……)  だとしたら、子として義父の好意に甘《あま》えているわけにはいかない。  五十代といえば芸道の花の盛《さか》りの時期だ。円熟の域に達しようという働き盛りを能楽師の生命である舞台《ぶたい》を離れ、生涯《しようがい》を賭《か》けた小鼓《こつづみ》を断念して獄《ごく》につながれて空《むな》しい月日を送ることが、小左衛門にとって死以上の責め苦であるのは誰《だれ》よりも小太郎が解っている。  真綿で自らの首を締《し》めるような業苦を、義理の子故に耐《た》えているのだとしたら。  ひそかに、小太郎は彼なりの方法で義父の正気を確かめようと試みた。  発狂《はつきよう》の日から、小左衛門は終日|端座《たんざ》し続けていた。夜も横にならない。殆《ほと》んど端座したまま眼《め》を閉じている。粗暴《そぼう》なふるまいはなかった。一度だけ、豪雨《ごうう》の夜に突然《とつぜん》、 「なみ、なみ……なみッ」  眼を血走らせて牢内を狂《くる》い悶《もだ》えた。小太郎や綾《あや》が格子越《ご》しに必死に呼んでも、ただ、なみ、としか言わない。 「もしや、歿《なくな》られた伯母《おば》様を呼んで居られるのではございませんか」  綾が気づいた。小左衛門の亡妻の名が「なみ」であった。綾には血をわけた伯母に当る。小太郎が宮増家へ内弟子《うちでし》に入る前年に死んでいた。 「そうかも知《し》れぬ」  暗然と呟《つぶや》いて、小太郎はふと、小左衛門の秘蔵の鼓《つづみ》を想《おも》い出した。宮増家に古くから伝わっている名器で、作者は不明だが胴《どう》に金波銀波を現した美しい蒔絵《まきえ》がほどこしてある。小鼓《こつづみ》の銘《めい》が「なみ」であった。  かつて、小左衛門がよく奥《おく》に引きこもってこの小鼓を手にしながら、さも亡妻に語りかけるように長いこと呟《つぶや》き続けていたのを小太郎は知っていた。  夜が明けてから、小太郎は中野家用人まで嘆願《たんがん》し、許しを得て「なみ」の小鼓を牢内《ろうない》へ入れた。  小鼓を終始、小左衛門は愛撫《あいぶ》していた。膝前《ひざまえ》においてみつめていたり、宝物のようになでさすったりはしても決して打つことはなかった。鼓を打つ技も心も忘れ去ってしまったかに見えた。  そんな事があって間もなく小太郎は深夜、牢格子の前に坐《すわ》って鼓を打ちはじめた。  翔《かけり》、イロエ、羯鼓《かつこ》、神楽など、舞地《まいじ》を打つこともあれば、紅葉狩《もみじがり》、船弁慶《ふなべんけい》などの能一曲を打つ場合もあった。鼓の音が父の正気を呼びさますかも知れぬ故と家人には言ったが、鼓に向い合い、曲を聞けば他は知らず、必ず義父の本性がどこかに現れるに違《ちが》いないと小太郎は期待したのだ。  牢内の小左衛門は小太郎を不思議そうに見はしたが、別に反応らしいものを示さず、向い合って耳を傾《かたむ》けるかと思えば、ごろりと横臥《おうが》して鼾《いびき》をかき出した。故意に小太郎が鼓の手を間違《まちが》えて打ったり、小左衛門の怒《いか》りを買うような打ち方もしてみたが、小左衛門の表情は常に茫漠《ぼうばく》としてとらえどころがなかった。  秋が深くなるにつれ、小太郎は己の挙措《きよそ》を恥《は》じる気持になった。  偽《いつわ》りの鼓を打って義父をためそうとする邪念《じやねん》が無心の相手を前にしてはまるで効果がないのを悟《さと》った。小太郎の心から小左衛門が狂気《きようき》か否かの意識がふっと消えた。強いてそれを確かめようとする気持も失せた。  毎夜、牢前《ろうぜん》に坐《ざ》して真摯《しんし》に鼓を打つのが日課となった。鼓を聞かせることで義父《ちち》の正気を見極めようとする目的の代りに、師匠《ししよう》と牢格子をへだてて修業に余念もない、ひたむきな弟子の情熱だけが寒夜に裂帛《れつぱく》の気合を響《ひび》かせた。  中野石翁からの看視の役人は相変らず日に一度か二度、時を定めず不意にやって来た。底意地の悪いやり方で食事から衣類|万端《ばんたん》、厳しく制約した。家族の者が情愛に負けて僅《わず》かでも指示にそむけば、今度はそれを口実に宮増流を取りつぶそうという目算のようで、小太郎夫婦にしても迂闊《うかつ》な真似《まね》は出来ない。それでも看視の眼《め》を盗《ぬす》んでは小左衛門の好物や滋養《じよう》のあるものなどを牢へ運んだが、小左衛門は一切、受けつけなかった。  規定の食事は日に二回、伝馬町《てんまちよう》牢内と同様のものを町役人が一々立ち会って検閲《けんえつ》する。  終日、坐《すわ》ったきりの生活に粗食《そしよく》がこたえて小左衛門は冬を越《こ》す頃《ころ》になるとめっきり衰《おとろ》え出した。十日に一度、これも町役人が立ち会って肌着《はだぎ》を替《かえ》させる折に綾《あや》が許しを得て義父の体を拭《ふ》いてやるのだが、痩《や》せが激《はげ》しく、 「お義父《とう》様のお体をみるのが辛《つら》い」  と泣き泣き小太郎に訴《うつた》えた。  小左衛門の牢生活二年目の春、小太郎は観世左近大夫ら、観世一門の勧めで正式に宮増流の宗家を継《つ》いだ。 「向島の御不興はともかく、いつまでも宮増流宗家が空席では観世方小鼓《こつづみ》の名にもかかわる。適当な後継者《こうけいしや》がないならばさて、れっきとした嗣子《しし》のあること故、と、これは内々だが上様|御台《みだい》様の御思召《おぼしめし》でもあることなのだ」  将軍|家斉《いえなり》の御台所茂子《みだいどころしげこ》と中野石翁の養女であるお美代《みよ》の方とはいわば宿敵の間柄《あいだがら》だから、そんな女の感情が石翁の不興を受けた宮増流一家へかえって憐憫《れんびん》をかけられることになったものであろう。 「もともと、小左衛門どのにした所で、あのような不祥事《ふしようじ》がなくば、昨年の秋、其方《そのほう》に宮増流宗家の跡目相続を披露《ひろう》する所存であった。それはわたしも春藤庄兵衛どのもじかに相談を受け、既《すで》に内諾《ないだく》もしていたのだ。  してみれば一日も早く其方が宮増流宗家を継《つ》ぐことが廃人《はいじん》同様の小左衛門どのに対しても孝養と申すもの、我々もそれで肩《かた》の荷が下りる。いつまでも小鼓方が宗家なしでは演能に差し支《つか》える。そうなっては折角の御台様の御思召にももとるというものじゃ」  能楽には一子相伝の秘曲が各宗家にいくつかずつある。これは宗家が親から子にじかに伝授するもので宗家だけしか演奏を許されず、弟子家には絶対に伝授しなかった。左近大夫がいつまでも宗家の跡目《あとめ》を継《つ》がずにいると演能に差し支えるといったのはその意味であった。  結局、周囲の長老たちの強引さに押《お》し切られるようにして、小太郎は四月、相国寺勧進能《しようこくじかんじんのう》に、「木賊《とくさ》」の小鼓《こつづみ》を打って宮増流宗家を相続した。  小太郎の宗家相続には、観世左近大夫、春藤庄兵衛が後見人として打ち揃《そろ》って宮増家を訪れ、牢内《ろうない》の小左衛門に報告したが相変らず焦点《しようてん》のない眼《め》を宙に据《す》えたまま、何の感動もしめさなかった。  しかし、破綻《はたん》は一年余日を経て現れた。  一か月ばかり前である。  幕府|式能《しきのう》御係りの筋から秋の上覧能の催《もよお》しが観世の座へ通達された。しかもその演目の中に特にお声がかりとして「猩《しよう》 々《じよう》 乱《みだれ》」が加えられていたのだ。 「なに、乱の伝授を受けていないと……」  左近大夫から上覧能の指示を受けての帰途《きと》、思いあぐねた小太郎の告白に春藤庄兵衛は目をむいた。「猩《しよう》 々《じよう》 乱《みだれ》」は普通《ふつう》は単に「乱」といい、いわゆる能の「猩々」の中の舞《まい》の部分が「乱」となるもので、「乱」となると曲も重くなり、一般《いつぱん》の舞《まい》では囃子《はやし》がシテに従うのが「乱」に限りシテが囃子につくという、いわば囃子の中では秘曲として伝授も極秘にされていた。  秘密を守るために伝授にはよく海上に船を浮《うか》べその上で行うという伝えもある。  宮増流では一子相伝の曲の一つである。従って弟子《でし》家の誰《だれ》もがこの伝授は受けていない。  小太郎に宮増流宗家をゆずる心算だった小左衛門は養子|縁組《えんぐみ》を済ませると、宮増流一子相伝の秘曲伝授を行っていたのだが、たまたまその春に小太郎がこれも大曲の「道成寺」を披《ひら》いた為《ため》、その稽古《けいこ》に多くの時日を費したのと、乱という曲自体あまり多く演ぜられない事に油断して、つい後日、機会のある折にと伝授を延ばしていたのだ。事実、囃子方《はやしかた》にとって「乱」は当時、一生に一度、演奏の機会に恵《めぐ》まれるかどうかという程、稀《まれ》な曲だったし、小太郎も宗家を襲《おそ》う折、懸念《けねん》が湧《わ》かないでもなかったが、つい口に出しそびれてしまっていた。 「そうか、乱がまだだったのか……」  再び、呟《つぶや》いて春藤庄兵衛はふかぶかと腕をこまねいた。長身でいつも蒼味《あおみ》の勝った横顔が一層、蒼くなっている。 「困った……」  嘆息が小太郎には絶望の宣告に聞えた。  今更《いまさら》、乱の伝授はまだでございました、で済むことではない。小太郎の恥辱《ちじよく》はもとより、乱の伝授も済まぬ者を宗家に立てた観世一門が笑いものになるのだ。 「やむを得ぬ。わたしも思案してみよう。其方《そのほう》も出来るだけの手は尽《つく》してくれ。まだ時日には余裕《よゆう》のあることだ」  庄兵衛の気休めらしい言葉をきいて別れたが小太郎の覚悟《かくご》はついていた。  一か月、小太郎は懸命《けんめい》に宮増流の口伝書を調べた。ひそかに宮増流の義父《ちち》の弟子《でし》達の主だった者に、なにか口伝を聞いていないかも質した。すべてが徒労と解ったとき、小太郎の眼《め》には百日紅《さるすべり》の紅《あか》さが鮮《あざ》やかに映った。 (己《おのれ》の不所存から起ったことだ。俺《おれ》はいい、だが俺が死んだ後、義父はどうなる、妻や生れてくる子や、俺が背負っている宮増流の鼓《つづみ》の家は……)  焦燥《しようそう》が又《また》、一しきり彼を襲《おそ》った。     四  昼少し過ぎに、春藤庄兵衛の内弟子が使いに来た。  明日、代々木野にある春藤家の山荘《さんそう》に人を招いての催《もよお》し事があるのだが、その準備に人手が不足している。宮増家に住み込んでいる内弟子二人と老爺《ろうや》を借りたいという庄兵衛からの依頼《いらい》であった。 「お安いことです。すぐに同道|致《いた》させましょう」  三人を出してやると、今度は暮《く》れ方になって春藤庄兵衛自身が出むいて来た。  庄兵衛の内儀《ないぎ》が俄《にわか》の腹痛で寝込《ねこ》んでしまったという。 「医者の見立てでは食べ当りという事で、二、三日も大事をとって寝ておればという程のものだが、差し当って明日の接待の準備に当惑《とうわく》して居る。綾《あや》どのも並《なみ》の身体《からだ》ではない所へまことに申しかねるが……」  代々木野へ出むいて今夜と明日、接待の指図をして貰《もら》えまいか、と庄兵衛は困惑《こんわく》し切った様子で遠慮《えんりよ》がちに頼《たの》んだ。 「それはさぞお困りでございましょう。私でお役に立つかどうか知れませぬが、奥様《おくさま》におうかがい申し、出来るだけのことは致《いた》してみましょう」  小太郎は身重の妻を案じたが、綾《あや》はすぐに仕度にかかった。 「春藤様には重ね重ねの御恩になっている。お前が行ってくれれば、わたしも面目が立つが、体は大丈夫《だいじようぶ》か」  身ごしらえをしている妻へ小太郎はそっと労《いたわ》った。 「お案じなさいますな。産み月にはまだ余程の間でございますもの」 「それではれんをつれて行くがよい」  れんは古くから居る下婢《かひ》の名であった。 「それではあなたがお困りになりましょう」 「わしは大事ない、飯炊《めした》きも掃除《そうじ》も内弟子修業で腕《うで》にはおぼえがあるのだ」  冗談《じようだん》らしく笑って小太郎は庄兵衛と妻と下婢を送り出した。  家には小太郎と牢座敷《ろうざしき》の中の小左衛門と二人きりになった。  夜に入ってから雨になった。遅《おそ》い夕立らしく雷鳴を伴《ともな》い、風も荒《あ》れた。  裏戸を叩《たた》く音に、出てみると春藤庄兵衛だった。雨仕度はしているが、全身ぬれねずみの有様。 「何事です。今時分に……」  咄嗟《とつさ》に綾の身体が気づかわれた。庄兵衛の言葉は意外だった。 「鼓《つづみ》を持って牢《ろう》の前へ来るのだ。わたしに考えがある」  語尾《ごび》に否やを言わせない強さがあった。温厚なこの人には珍《めずら》しいことである。止《や》むなく小太郎は愛用の鼓を取って庄兵衛の後に続いた。  小左衛門は「なみ」の小鼓を膝前《ひざまえ》において黙念《もくねん》と端座《たんざ》していた。外の雨風にも格子の前の男にもまるで関心がない。 「わたしの流儀《りゆうぎ》に草の音取《ねと》りという秘曲がある。春藤流では禁断の曲だが、この曲を吹《ふ》くと失っていた記憶《きおく》を取りもどし、狂気《きようき》の者が一っ刻《とき》正気を呼びさますという言い伝えがあるのだ」  庄兵衛は牢の内の小左衛門を見、小太郎を瞠《みつ》めた。 「この秋の上覧能に猩《しよう》 々《じよう》 乱《みだれ》が決った。左近大夫どのの勤める能であれば、小鼓《こつづみ》のお役は当然、宮増流の宗家でなければならぬ。だが、乱の秘曲を知る者は宮増流では乱心の小左衛門以外には誰《だれ》も居ない」  低く、しかし底力のある一句一句を区切りながら庄兵衛は言った。 「わたしは草の音取りを性根こめて吹《ふ》こう、その上で乱を吹いてみるのだ。もし、小左衛門に多少なりとも正気が戻《もど》ったなら必ず私の笛に合せて乱の鼓を打とう。乱の伝授の道はそれ一つしかないのだ」  言い捨てると、庄兵衛は腰《こし》の一管を抜《ぬ》いた。  形を正し、歌口《うたぐち》を唇《くちびる》に当てた。  秘曲「草の音取り」の名を小太郎は以前耳にしたことはあっても実際に聞くのは今がはじめてであった。不思議なリズムであった。低い変化の乏《とぼ》しい曲のようでいて、変転極まりなく聞える。不気味であった。  小太郎の背筋を冷たいものが走った。鼓を持たない右手が袴《はかま》の膝《ひざ》をにぎりしめる。  風が雨戸に音をたて、庭木立をゆすった。雨はしきりと屋根を叩《たた》く。自然の音の中に笛《ふえ》の音は融《と》けて消えかかりながら、細く尾《お》を引く。  不意に笛の音が変った。あっと小太郎が形を改めたとき、鋭《するど》い掛《か》け声が夜を破った。タ、タ、タ、激《はげ》しく打ち出された鼓《つづみ》が忽《たちま》ち四辺を圧した。  小左衛門は坐《すわ》っていた。右|肩《かた》には「なみ」の小鼓《こつづみ》がゆるやかに構えられ、左手は竹のようにしなって皮に鳴った。  庄兵衛の笛と小左衛門の小鼓と、小太郎の周囲からはあれ程、強かった風雨の音が全く消え、変幻自在《へんげんじざい》な乱の秘曲だけが響《ひび》き渡《わた》った。  笛と鼓と、もつれ合い絡《から》み合う曲の面白さは六|畳《じよう》の牢獄《ろうごく》に金波銀波のゆらぐ大海を出現し、赤地|箔《はく》に緋《ひ》の大口《おおぐち》をはき、赤地|唐織《からおり》の壺折《つぼおり》をつけた猩《しよう》 々《じよう》の乱《みだれ》 扇《おうぎ》をかざし、波を蹴《け》り酒に酔《よ》った流れ足、乱れ足の舞《ま》い姿を彷彿《ほうふつ》させた。  揚子《ようず》の里の高風《こうふう》という酒売りの勧めた酒に酔いしれた猩々の乱れか、小左衛門の狂気《きようき》の故の乱れか、聞く者の肺腑《はいふ》をえぐるような正真の秘曲「猩々乱」であった。  鼓が消え、笛が消えた。小太郎は愕然《がくぜん》と顔を上げた。  小鼓はまだ小左衛門の肩にあった。小柄《こがら》な痩《や》せた全身をぴいんと一本、筋金のようなものが貫いている。正面にひたと向けた眼《め》の光も小太郎が知る限りのかつての小左衛門であった。 「義父上《ちちうえ》ッ」  我知らず小太郎は牢《ろう》格子に獅噛《しが》みついた。 「あなたはやっぱり狂《くる》ってはお出《い》でなさらない。嘘《うそ》だ。嘘だ。嘘だったのだ……」  むずと小太郎の口を指の長い庄兵衛の手が押《おさ》えた。 「なんのためにそれを言うのだ。言うてよい事、悪《あ》しいことのけじめのつかぬ其方《そのほう》なのか」 「酷《むご》い。むごうございます。このままでは義父上は一生、廃人《はいじん》同様の……子として忍《しの》ぶわけには参りません……」 「痴《たわ》けッ」  ぐゎんと庄兵衛の拳《こぶし》が小太郎の横鬢《よこびん》を殴《なぐ》りつけた。 「小左衛門の狂気《きようき》、我が身の安全のため、家族の保身のためと思うてか……」  肩《かた》で息を切り、庄兵衛は声を呑《の》んだ。 「宮増流の鼓《つづみ》のため、能の道を守るが為《ため》にこそ、死に勝る苦しみ、恥辱《ちじよく》の道を小左衛門は自ら選んだのだ。子として親の気持がわからぬのか」  そそけ立った髪《かみ》の翳《かげ》に圧《おさ》え切れぬ感情がふるえていた。ううっと小太郎の唇《くちびる》から嗚咽《おえつ》が洩《も》れ、やがて激《はげ》しい慟哭《どうこく》に変った。  小左衛門の左手がのろのろと肩《かた》の鼓《つづみ》を膝《ひざ》へ戻《もど》した。ひっそりとうなだれた身体《からだ》から先刻までの気魄《きはく》が去り、哀傷《あいしよう》がひたひたと彼を押《お》し包んだ。 「小太郎、其方、まことに小左衛門の芸の子なら義父《ちち》の心を守り通せ。向島の御方はな、事あらば観世に属する我ら一門の追放を狙《ねろ》うて居る。向島の御方に阿《おもね》る輩《やから》が観世一門を式能能楽師の座から追い落し、それに代ろうと画策しての事なのだ。正気の義父を狂気にする子の苦しみは辛《つら》かろう。が忍《しの》ぶのだ。  義父が忍んでいる苦しみなら、子として忍べぬ道理はないのだ」  身悶《みもだ》えて泣いている小太郎へ言う庄兵衛の声も啼《な》いていた。  雨と風とが、忘れていた人々の耳に激《はげ》しく甦《よみがえ》って来た。     *  宮増小左衛門の牢《ろう》生活は、十四年にわたって続けられた。  天保《てんぽう》十二年正月、十一代将軍|家斉《いえなり》が薨《こう》じ、それを契機《けいき》に幕政は大きく転換《てんかん》した。中野石翁一派の失格は生涯《しようがい》、牢住いかと思われた宮増家に春をもたらした。  三月、小左衛門は許されて正気の身となった。六十七歳の年齢《ねんれい》が外見には七十、八十の翁《おきな》の体だった。気魄《きはく》だけが牢に入った五十代の儘《まま》に彼を支《ささ》えていた。  秋十月、上覧能に古稀《こき》の観世左近大夫が「関寺小町」を勤めた。小左衛門は春以来、床《とこ》に親しみがちだったが、望んで舞台《ぶたい》に立った。 「小町のやつれを俺《おれ》の鼓《つづみ》が打ち現してみせるのだ。一世一代の置《おき》土産《みやげ》にな」  上覧能が終えて二日、小左衛門は朽木《くちき》が倒《たお》れるようにひっそりと死んだ。  遺《のこ》り櫛《ぐし》  河内国楠葉《かわちのくにくすば》の里で土地の者に訊《たず》ねると、中井家はすぐに判《わか》った。  河内でも指折の富豪《ふごう》というだけあって古風な門構えががっしりと厳《いか》めしい。土塀《どべい》が長々と続いている。  折江《おりえ》は門の前で僅《わず》かに逡巡《ためら》ったが、大きな呉服荷《ごふくに》を背負って突立《つつた》っている小僧《こぞう》の長吉をうながすと、思い切って草鞋《わらじ》の足を門内へ踏《ふ》み入れた。  屋敷《やしき》は古びていたが手入れも行届いている。折江は内玄関《うちげんかん》を避《さ》けて裏手へ廻《まわ》って行った。 「誰方《どなた》さんで……」  井戸端《いどばた》で水を汲《く》んでいた下女が見馴《みな》れない旅姿に怪訝《けげん》な眼《め》をむけた。折江は丁寧《ていねい》に腰《こし》をかがめ、懐中《かいちゆう》から一通の封書《ふうしよ》を取り出しながら言った。 「京の呉服|太物商《ふとものしよう》、京極屋《きようごくや》から、かねて御注文の品々をお届けに伺《うかが》いましたので」 「はあ、京極屋さんのお人かい」  釣瓶《つるべ》の水を勢よく手桶《ておけ》にあけた下女へ折江は素早く近づいて紙にひねった幾許《いくばく》かを握《にぎ》らせた。 「いえ、ほんの手《て》土産《みやげ》がわりでございます」  やんわりと笑って、 「主人が参る筈《はず》でございましたが折悪しく持病が出ましたので、私が代理で参りました。御取次下さいまし」  別に封書《ふうしよ》を手渡《てわた》した。京極屋の女主人お鹿《しか》が書いてくれた添《そ》え状である。 「そりゃあ、遠い所を御苦労さんで……奥様《おくさま》に申し上げてくるでそこの内玄関《うちげんかん》で待っておいでなさいよ」  下女は愛想よく母屋《おもや》へ消えたがすぐに戻《もど》ってくると庭伝いに奥へ案内に立った。  折江が通された所は居間の縁側《えんがわ》であった。磨《みが》き込んだ床《ゆか》にも庭先にも日ざしが明るく照り返している。折江の姿を見ると居間から若女房風《わかにようぼうふう》な女が立って来た。地味な木綿物ずくめだが、ちらとのぞける肌着《はだぎ》だけが赤い。年恰好《としかつこう》と物腰《ものごし》とで、折江はそれが中井家の当主、万太郎の女房と見当をつけた。お鹿から教えられてきた知識である。 「お鹿さんからの手紙を見ました。持病の痛風という事だが具合はどんなです……」  縁側へ立った儘《まま》の相手に折江は改まった挨拶《あいさつ》をした。 「はい。やはり年齢《とし》のせいでもございましょうか足腰《あしこし》の痛みが取れず、長道は無理のようで、暖かくなって参りますと追々楽になろうとお医者様は申されておりますが……」 「あなたはお鹿さんの身内の人かい」 「はい、遠縁《とおえん》の者でございます」  折江は悪びれずにきっぱりと答えた。 「品物を見せて貰《もら》いましょうか」  呉服荷《ごふくに》を縁側《えんがわ》へ運ばせると若い内儀《ないぎ》は長吉に厨《くりや》の方で休息しているようにと言った。折江は自分で呉服の荷を解く。中味は女物の帯と小袖《こそで》類、それに様々な小間物が別に箱《はこ》へ収めてある。殆《ほとん》どが京都でも中級品以上のものであった。  若い内儀は女らしく執着《しゆうちやく》の籠《こも》った眼《め》でそれらを眺《なが》め嘆息《たんそく》を洩《も》らした。その癖《くせ》、全く手を触《ふ》れようとしない。 「どうぞ、お手に取ってごらん下さいまし」  気をきかした心算《つもり》で折江が言うと、若い内儀は眉《まゆ》をしかめ、軽く手を振《ふ》った。 「そんな事をしたら義姉上《あねうえ》様に叱《しか》られますよ」  重ねて言った。 「これはみんな義姉上様の御注文の品なのだからね」  羨望《せんぼう》が言葉尻《じり》にありありと滲んでいた。 「少し待っておくれ、義姉上様に伺《うかが》ってくるから……」  奥《おく》へ行くのかと折江が見ていると、若い内儀は縁側から沓脱《くつぬ》ぎへ下りた。 「今日はあまり御機嫌《ごきげん》がよくないので、なんとおっしゃるか……」  飛び石伝いに枝折戸《しおりど》まで歩いた。庭の中に又《また》、枝折戸がある。それを開けると母屋《おもや》とは別にもう一棟《ひとむね》の建物が見えた。  呉服を注文した人はそこに住んでいるらしい。折江は縁側に腰《こし》を下して待った。呼吸が思いなしか早くなってくるようだ。  反対側の板戸が開いて下女が白湯《さゆ》を運んで来た。茶碗《ちやわん》を置いてから、開け放した枝折戸を眺《なが》めて言った。 「折角、京からお出《い》でなさんしたが、今日は離《はな》れの奥様《おくさま》にちとお取り込みがあるで、商売は難しいかも知れんな」  気の毒そうな表情は先程の心づけに対するお返しと見えた。白湯《さゆ》を押《お》し頂いて折江はさりげなく訊《き》いた。 「あちらの離れにお住いのお方がお志津《しづ》さまとおっしゃる御方でございましょうか」  下女は肥《ふと》った顎《あご》をうなずかせた。 「御主人様の姉様さね」  声を低くしてつけ加えた。 「お若い時分に大層、お上のお役に立つような事をなすったと言うので、出戻《でもど》りの癖《くせ》に御主人様も頭が上らない。あんたもお目にかかるんなら余っ程、気をつけないと御機嫌《ごきげん》を損じたら大変な事だよ」  そそくさと下女が行ってしまうと、折江の顔から愛想笑いが消えた。枝折戸《しおりど》の奥《おく》を強い眼《め》で睹《みつ》めた。 (あの女が、居る……)  下唇《したくちびる》を噛《か》みしめた折江の頬《ほお》を微《かす》かに痙攣《けいれん》が走った。  庭木立の中で頻《しきり》に藪鴬《やぶうぐいす》が啼《な》いている。  のどかな春の光の中で、折江の神経だけが針のように尖《とが》っていた。  離れへ行った内儀《ないぎ》はなかなか戻って来ない。  今日は取り込みがあると言った下女の言葉が思い出された。そう言えば内儀も、御機嫌がよくないのでと呟《つぶや》いていたようだ。  折江は我知らず腰《こし》をあげていた。遠慮《えんりよ》がちに技折戸《しおりど》へ近づく。好奇心《こうきしん》だけではなかった。少しも早く、一目でもその女の顔が見たい。京極屋の女主人から初めてその女の消息を聞いた時、折江の胸底に燃えた瞋《いか》りが再びちろちろと炎《ほのお》をあげていた。枝折戸を入って要慎《ようじん》深く中庭を進んだ。どこか京風に模した庭の造りである。  ふと、声が洩《も》れた。甲高《かんだか》い女のものである。折江は躑躅《つつじ》の植込みのかげで、ぎくと足を止めた。高々と女の笑い声が又《また》、聞えた。 「やかましい。もうよい加減にしておくれ。私が何をしようと一々、お前の指図は受けないよ」 「姉上に指図がましい事を申す心はございませんが、中井家の体面にもかかわる事です」 「体面……すると何かね。私が中井家の家名を恥《はず》かしめるような真似《まね》をしたとお言いか。大仰《おおぎよう》な、たかが仙三郎《せんざぶろう》に茶の相手をさせただけの事を……」 「姉上はそのお気持でも世間はそうは受取りません。今朝ほども仙三郎の許嫁《いいなずけ》の篠《しの》という娘《むすめ》が納屋《なや》で首をくくろうとして大騒《おおさわ》ぎになったと知らせが来ております」 「それが、私とどういうつながりがあるのだね」  男の声は激《げき》して、どもりがちなのに、相手の女は次第に落着きを取り戻《もど》しているようだ。折江は躑躅のかげに腰《こし》をかがめた。声の主の顔を見たいと頻《しきり》に思ったが、それ以上近寄ることは危険だった。 「そんな事を、手前の口からは申せません」  男はせいぜい二十六、七であろう。語尾《ごび》には時々、ひどく稚《おさな》いものが感じられる。 「姉弟の間柄《あいだがら》で言えないことがあるものか。言ったらいい」  僅《わず》かな沈黙《ちんもく》が続いて、男の声が捨て鉢《ばち》に言った。 「娘《むすめ》は……お篠《しの》は仙三郎を貴女《あなた》に奪《うば》われたと、ひどく怨《うら》んでいるそうですよ」  女は驕慢《きようまん》な笑い方をした。 「馬鹿《ばか》な……仙三郎はまだ十七歳の子供ですよ。色恋《いろこい》の相手になろうか。あれにはただ茶の相手をさせているのですよ」 「茶の相手だけとは世間が通りません。一日中、時には夜更《よふ》けまで男と女が狭《せま》い茶室に入ったきりでおれば、人の口の端《は》に上《のぼ》るは当り前です」 「そうかい、わかったよ」  じんわりと暗く、女は続けた。 「お前達の量見はよく解った。二言目には世間が、世間様がと言うけれど、お前達はある事、無いこと騒《さわ》ぎ立てて私をこの家から突《つ》き出そうというのだね。そうだ。それに違《ちが》いない。そうではないか。私が仙三郎と一日中、茶室に閉じ籠《こも》っている、そんな事を世間様がどうして知ったのさ。土塀《どべい》の中の、人様の家内のことを何故《なぜ》、外の人が噂《うわさ》する。お前達夫婦か、奉公人《ほうこうにん》か、何にせよ、この家の者が言い触《ふ》らさずに誰《だれ》が知るものか。え、万太郎、お前が言うたのか、それとも、其方《そのほう》の恋女房《こいにようぼう》どのか、え、誰じゃ、誰が根も葉もない噂をふりまいたのじゃ」  物の倒《たお》れる音が聞え、女は感情にまかせて言い募《つの》った。 「中井家の者は誰も身勝手じゃ。酷《ひど》い人ばかりじゃ。歿《なくな》った父上にしてからがそうではないか。江戸の伯父上《おじうえ》の御出世のために私をいいように利用して、女の一生を滅茶滅茶《めちやめちや》にしてしもうた。ええ、言わずにはおかぬ……」  声が乱れた。 「十年前の春、江戸の伯父上は私に何を頼《たの》んだというのじゃ。藪《やぶ》から棒に京の御所役人の嫁《よめ》になれ……。それもよかろう、嫁《とつ》ぎ遅《おく》れの厄介者《やつかいもの》には渡《わた》りに舟の縁《えん》かも知れぬ。けれど、伯父上は私に嫁《よめ》入りして何をせよというた。夫となる男から何を探って来いとおっしゃったのじゃ……」 「姉上、わかりました。姉上の御心中はよく分ります。姉上はお上の御用のために犠牲《ぎせい》になられたのです。それ故、江戸の伯父上からも、姉上の余生は不足のないようにと、月々|充分《じゆうぶん》な御手当が届いているではございませんか……」  男の声は次第にもて余し気味だ。 「余生……長い余生じゃ。二十一の年から既《すで》に十年……これからも長々と余生が続くであろ。私は江戸の伯父に一生、飼《か》い殺しにされたも同然じゃ。犬猫《いぬねこ》同様にな……」  気違《きちが》いじみた嗚咽《おえつ》が混り、それをなだめる男の声が、水よ、お持薬を、と家人を呼び立てた。  折江は植込みを抜《ぬ》けて、元の縁側《えんがわ》へ戻《もど》った。引返して来てよかったと思ったのは、すぐにその枝折戸《しおりど》を青い顔をした内儀《ないぎ》が出て来たからである。 「気の毒だけれど、今少し待っておくれ」  内儀はそう言って疲《つか》れたように縁側へ腰《こし》を下した。 「お待ち致《いた》しますのはかまいませんが、なんぞお取り込みでも……」  折江は内儀の顔を窺《うかが》った。若い内儀はそれほど口の堅《かた》い性質ではなさそうだった。 「いえね。取り込みという程でもないが、あんたもお鹿《しか》さんに聞いたことがあるだろう、離《はな》れの義姉上《あねうえ》様のこと……」 「はあ、あの、お志津様とかおっしゃる、昔《むかし》、京へお輿入《こしい》れをなすったとかいう……」  折江はまぶしそうに日ざしを仰《あお》いで言った。 「御《ご》不縁になって御実家へお戻りとか伺《うかが》いましたが……」 「ただ、不縁《ふえん》になったというのならまだよいのだけれど、お志津様の場合はもともと下心があって嫁《よめ》入りされたのだからね。大きな声では言えないが、義姉上様は禁裏の御役人の不正を探るために御賄所《おまかないどころ》役人の許《もと》へわざと輿入《こしい》れしたのですよ。その隠密《おんみつ》のお仕事が済むと御自分から御病気を理由にさっさと御実家へ帰って離縁《りえん》をお取りになった。その義姉上様のお働きが大層お上のお役に立ったというので、御徒目付《おかちめつけ》をなすっている江戸の中井清太夫様、旦那《だんな》様の伯父上《おじうえ》に当るお人ですがね、その御方や、上役の山村|信濃守《しなののかみ》様からも莫大《ばくだい》なものを賜《たまわ》って一生、贅沢三昧《ぜいたくざんまい》に暮《くら》せるような御身分なのだけれど、女としては決して幸せという事ではない。だから少々の我儘《わがまま》はみんな眼《め》をつぶっているが、時々は本当に旦那様も困っておしまいなのだよ」  内儀は眉《まゆ》を寄せて枝折戸《しおりど》の向うを見やった。そこに住む人へ少しの好意も持っていないよそよそしさが眼《め》にも言葉付きにもはっきり出ている。折江にはそれが満足だった。 「それは私だとて女だから、義姉上様が一生を犠牲《ぎせい》にしたと言われるのが分らないではないけれど、もともと義姉上様という人は器量|自慢《じまん》で気位が高く、そのため二十一まで嫁《とつ》ぎ遅《おく》れておいでだったのだし……こういってはなんだが、私は義姉上様というお人は余っ程、情の薄《うす》い方だと思うのだよ。たといどんなお上の御用でも、みすみす夫と呼ぶ人を欺《あざむ》き、裏切るという事は普通《ふつう》の女だったら……」  内儀は急に言葉を切った。下駄《げた》の音がして枝折戸から背の高い男が出て来た。 「佐登《さと》、そんな所でなにを喋《しやべ》っているのだ。義姉上が京極屋を呼べと言うておられるぞ」  太い男の声は、先刻、折江が盗《ぬす》み聴《き》いたものである。  案内された離《はな》れの部屋《へや》は、母屋とは比較《ひかく》にならない程、贅沢《ぜいたく》なものだった。調度品も高価なものばかりだし、色彩《しきさい》も華《はな》やかだった。  折江の前に坐《すわ》っている女の衣服も絹ずくめで、髪《かみ》もきっちり結い上げられている。 「お鹿《しか》さんの代りの人だと言ったね。品物は気に入ったから全部貰《もら》っておくよ」  周囲に並《なら》べた小袖《こそで》や帯を一通り見てから志津はあっさりと言った。たった今、弟を相手に喚《わめ》いていた声とは調子も雰囲気《ふんいき》も別人のようである。 「代金はいつものように、改めてこっちから京極屋へ届けさせるから……これはあんたへ……遠い所を御苦労でした」  紙包を膝前《ひざまえ》に置かれても折江はひっそりと伏眼《ふしめ》に坐《すわ》っていた。沸々《ふつふつ》と胸に煮《に》えたぎっているものを強いて圧《おさ》えた。相手は催促《さいそく》がましいと感じたらしい。 「お鹿さんも承知の事なのだよ。その方がなにかと間違《まちが》いがないからね……」  折江はうつむいた儘《まま》、言った。 「お代金の事ではございません。貴女《あなた》様にもう一つお見せしたい品がございます」  懐中《かいちゆう》から小さな袱紗包《ふくさづつみ》を取り出し、かすかに慄《ふる》えの伝わる指先でそれを開いた。一にぎりの男の髪《かみ》の毛と別に蒔絵《まきえ》の櫛《くし》が現れた。櫛は見事なものだが、歯が何枚か欠けていた。古い品である。 「お見憶《みおぼ》えはございませんか」  じりっと折江の膝が相手へ寄った。志津の顔色が変った。櫛を取り上げてしげしげと見る。嫁《よめ》入りして間もなく夫が買ってくれた品であった。二人きりの夜の部屋《へや》で、この櫛を自分の髪《かみ》に挿《さ》してくれた夫を志津はふと瞼《まぶた》の裡《うち》に描《えが》いた。 「どうして、これを」  折江は正面から相手の視線を捕《とら》えた。 「この御髪《おぐし》のお方は昨年の秋に歿《なくな》りました。最後までその櫛を肌身《はだみ》に添《そ》えた儘《まま》、裏切ったお人の事を、遂《つい》に一度もお怨《うら》みにも、お憎《にく》しみにもならずに……」  はね返すように志津が叫《さけ》んだ。 「お前が……お前があの女なのだね……」  その意味が折江には解らなかった。折江は自分の感情だけを声にした。長い間の怨《うら》みが凍《こご》えて文字になっていたものが、燃え上る敵意に溶けて流れ出したように折江の舌は滑《なめ》らかに動いた。 「今から十年前、あなたのなされた事は確かに御立派だったかも知れません。その頃《ころ》の禁裏様の御賄所《おまかないどころ》の役人の私曲は本当に目に余る程だったと聞いております。禁裏様の御用金を邪《よこし》まにして、その利得で島原の遊女を受け出すなどの不祥事《ふしようじ》が殆《ほとん》ど公然と行われていたそうでございます。京の西町奉行《ぶぎよう》、山村|信濃守《しなののかみ》様がお上の御命令でそうした不正をあばく決意をなされたのは当然のことで、むしろ遅《おそ》すぎたくらいだと、歿《なくな》った者も常々、私に申し聞かせてくれました」  志津の眼に嘲《あざけ》りが浮《うか》んだ。相手が何を語ろうとしているのか既《すで》に熟知している事が彼女を優位に置いた。安永二年。当時、禁裏御料は山城《やましろ》、丹波《たんば》のうち三万石、不足分は幕府からの御取替金《おとりかえきん》によって補充《ほじゆう》されていた。ところが明和《めいわ》の末から急に御物入りが続き、御取替金が次第に厖大《ぼうだい》な数字にふくれ上った。この時は後桃園《ごももぞの》天皇の御即位式《ごそくいしき》やら、仙洞《せんとう》御造営など臨時の支出の多い年でもあり皇室の御会計の変化も当然と幕府でも見ていたが、その後も一向に臨時御用が減らない。その中に実際の支払《しはらい》を担当している御賄所の役人が、御買上品に二重証文を商人から出させたり、値増しをした買上書を出させて御勘定《ごかんじよう》を掠《かす》め、各自の栄耀《えいよう》歓楽に費消しているという風説が立った。幕府では早速、京都西町奉行、山村信濃守をして真偽《しんぎ》を確かめさせ、もし噂《うわさ》が単なる誣説《ふせつ》でない場合は直ちに訐発《けつぱつ》することを内命した。  しかし御賄所が宮廷《きゆうてい》にあって、そこで事務を行い、役人はすべて公家侍《くげざむらい》である。町奉行の与力《よりき》同心では迂闊《うかつ》に手が出せないし従って肝腎《かんじん》の証拠《しようこ》が掴《つか》めない。窮余《きゆうよ》のあげく御徒目付《おかちめつけ》の中井清太夫の策で、彼の姪《めい》を縁遠《えんどお》いのを疵《きず》にして持参金を多く付け、御所役人へ嫁《よめ》にやり不正の証拠《しようこ》を通報させた。その結果、因幡薬師《いなばやくし》の御戸帳御寄進の際の夥《おびただ》しい贈賄及《まいないおよ》び加筆|入墨《にゆうぼく》による請取書変造の罪科が明るみに出、安永《あんえい》三年八月二十七日付をもって御賄所役人《おまかないどころやくにん》の主だった者、事件に連座した者など各々死罪、遠島、中追放、洛中《らくちゆう》|洛外|並《ならび》江戸|構《がまえ》に処分されて一件は落着した。 「なるほど、あなたのお働きで御賄所の邪《よこし》まは正され、お係の方々は御出世もなさいました。御自身を犠牲《ぎせい》になすったあなたの御功労は誰《だれ》が聞いても御見事という他はございますまい」  折江は引きつった頬《ほお》にいびつな笑いを浮《うか》べた。それを認めると志津の手が櫛《くし》を静かに畳《たたみ》へ戻《もど》した。 「そのお話でしたら昔《むかし》のことです。伺《うかが》いたくはございません」 「聞きたくなくば耳をふさいでおいでなさいまし」  容赦《ようしや》なく折江は続けた。 「あなたのお働きによって御賄所の主だった方々が処分を受けた時、あの御方は洛中《らくちゆう》洛外ならび江戸構に処せられました。宇治《うじ》のしるべを頼《たよ》り、家財の始末をつけてあの方は働き盛《ざか》り、出世盛りのお年齢《とし》をみすみす隠棲《いんせい》という暗い明暮《あけく》れの中に世を送り、心に深い傷手を包んだ儘《まま》、空《むな》しくなっておしまいになりました。出世|途上《とじよう》にあった御運も捨て、魂《たましい》をふみにじられ、それでもあなたを愛《いと》しい者と思いつづけていたあの方が、私には口惜《くや》しい。歯がゆい。呪《のろ》わしい。あの方はあなたの為《ため》に世の中から葬《ほうむ》られた。あなたが殺したも同じですよ」  志津はそこまで相手に喋《しやべ》らせてから、ゆったりと遮《さえぎ》った。 「あの方を殺したのは私ではございません。もし、そういう言い方が許されるものなら、あの方自身があの方を殺した……それともあなたこそあの方を葬った……」  折江は憤《いきどお》りで蒼白《そうはく》になった。 「私が、あの方を……どういう意味です」  すぐには答えず、志津は香箱《こうばこ》を引き寄せた。上流階級の者しか使わぬような立派なものである。志津の白い、柔《やわ》らかな指が香を取って火桶《ひおけ》の灰へ埋《う》めた。 「私だとて女でございます……」  しっとりと辺りに漂《ただよ》う香気《こうき》をなつかしむように志津は遠い目になった。 「縁《えん》づいた当初こそ、伯父《おじ》の言葉もあり、禁裏様のおため、御奉行《おぶぎよう》様のお頼《たの》みと心に鞭《むち》うってはおりましたものの、初めて知った夫婦の情は日々に深まるばかり、夫は穏《おだや》かな人、優しい人と思うにつけてもその人を裏切る事など夢《ゆめ》にも空怖《おそ》ろしく、いっそ夫になにもかも打ち明けてと思うたり、いやいや伯父へは何も証拠《しようこ》らしいものは掴《つか》めぬと言うてやればよいなどとあれこれ迷いこそしても夫を欺《あざむ》こうの、夫の許《もと》を去ろうのという心は露《つゆ》ほどもなく消え失せてしまい、その日その日の小さな幸せをしっかと握《にぎ》りしめて、ただもう夫を信じ、夫によりかかって生きる喜びだけに満足していたのでございます。あの頃《ころ》の私は、たとい役目を怠った罪にて死を賜《たま》うとも夫に不利となるような事柄《ことがら》など、唇《くちびる》を破っても洩《も》らすまいとひそかに覚悟《かくご》さえきめておりました」  折江は志津の横顔に冷笑した。 「それほどのあなたが、なぜ……」 「何故《なぜ》とおっしゃるのですか、あなたが」  志津の声が急にけわしくなった。 「理由はあなたの胸にこそお聞きなされ」  瞼《まぶた》が朱《あか》く染まっていた。三十一という年齢《ねんれい》より遥《はる》かに若くも美しくも見える志津の、うそぶいた首筋に隠《かく》されぬ女の老いが翳《かげ》っている。折江は身じろぎもせずに問うた。 「わかりません。おっしゃって下さいまし。私には解りません」  志津の頬《ほお》に軽侮《けいぶ》の色が浮《うか》んだ。なにを虚々《そらぞら》しいと言いたげな唇《くちびる》が開いた。 「解らぬとおっしゃる。ならば申しましょう。忘れも致しませぬ。あれは輿《こし》入れして二か月ばかり経《た》った葵祭《あおいまつり》の宵《よい》の事でございました。祭見物に行く約束の夫から役所の都合で戻《もど》れぬという使が来て、私は一人で出かける気になりました。京の加茂祭《かものまつり》の噂《うわさ》は河内《かわち》でもしばしば聞いておりましたし、年に一度の祭を見たい気持が強かったのでございます。河原は大勢の人で都|馴《な》れない私は人波に押《お》され、思いもよらぬ方角を歩いておりました。家へ戻《もど》る心算《つもり》でどこかの橋を渡《わた》りかけ、私は橋の下に夫の姿を見かけたのでございました。夫は女を抱《だ》いておりました。夕まぐれでしかとは解りませなんだが、聞えてくる声はまぎれもなく夫のものでした。長いあいだ日陰《ひかげ》者の苦労をさせたが、これから先はたとい人目を憚《はばか》っても度々、逢《あ》いにも行こう、不自由もさせぬ、と女の髪《かみ》を撫《な》でている夫、私は目も眩《くら》み、体もしびれて、そのまま家へ逃《に》げ戻ってしまいました。夜更《よふ》けて帰宅した夫が、役所の交際《つきあ》いと眼《め》を逸《そ》らして言うのを聞くと私はもう夫に訊《たず》ねる気力も尽《つ》き果てました」  志津は皮肉な眼差《まなざし》を折江へ向けた。 「間もなく、私は夫の供をする下僕《げぼく》の口から、夫が白河《しらかわ》辺に女を住まわせている事も、役所の往き帰りに足しげく通っているのも聞きました。私が夫を裏切って隠密《おんみつ》の役目を果たそうと思い返したのはそれからの事です。夫は私を裏切ったのです。私は……」  火桶《ひおけ》のふちにかけていた志津の手がぶるぶる慄《ふる》えていた。それを睹《みつ》めている折江の顔も激《はげ》しい驚愕《きようがく》に引きつり、唇が痙攣《けいれん》をくり返している。志津は感情を押《お》し殺した声で続けた。 「私は私の心の変化を夫に悟《さと》られぬよう努めました。そして一か月ばかり後、私は夫の口から新しく禁裏より因幡薬師《いなばやくし》へ御寄進になった御戸帳の請取書のからくりを酒の相手をしながら聞き出したのです。銀一貫二百目で調進できる御戸帳を、贈賄《まいない》の結果、銀二貫二百目で造らせ、更《さら》にその請取書に十の文字を加筆して銀十二貫二百目の御戸帳代金とした。銀十貫は誰《だれ》やらの懐《ふところ》に、と笑い草にした夫の言葉はその夜の中に江戸の伯父《おじ》へ文にしたためて飛脚《ひきやく》を立てました。伯父から折返し、役目は済んだ実家へ戻《もど》れと密《ひそ》かな使が来て、私は何の未練もなく河内《かわち》へ戻りました。身がすぐれないから実家へ帰ってみたいという私を、夫は何の疑いもなく途中《とちゆう》まで見送ってくれました。私の駕籠《かご》から夫の姿が見えなくなった時、私はそれまで胸につかえていたしこりがさっぱりと外《と》れたような快さを味わったものです」  志津は火桶《ひおけ》のふちに絡《から》みついた指を一本一本引きはがすようにした。 「あの人を殺したのはあの人自身、もしかするとあなたがあの人を殺したのだという私の気持が、これでお解りでございましょう」  折江は畳《たたみ》に手を突《つ》いていた。そうしなければ身体《からだ》をささえておれないという恰好《かつこう》である。志津の言葉が彼女を打ちのめしたようでもあった。向い合っている女に、長い間の怨《うら》み、怒《いか》りを叩《たた》きつけようと勢込《きおいこ》んでいた先刻までの気魄《きはく》はその不自然な姿勢のどこにもなかった。途切《とぎ》れ途切れに言った。 「お志津さま、あなたは何故《なぜ》、どうしてその女のことを、あの方にお訊《たず》ねにならなかったのでございます」 「改めて問い糺《ただ》すまでもございません。私がこの目でその女の姿を見、夫の声をこの耳で聞いたのです。私にも……女の誇《ほこり》はございます。みじめな私の姿をあの人の前にさらしたくはありません」  ああと折江は小さく叫《さけ》び、支《ささ》える力を失った体をがっくりと畳に伏《ふ》せた。志津は冷ややかに相手を見据《みす》えた。 「あの人は最初から私を愛《いと》しんで下すったのではなかったのです。公家《くげ》の諸大夫などという連中は女房《にようぼう》食いが常習で、田舎《いなか》の物持から来る持参|嫁《よめ》は大喜びで咽喉《のど》を鳴らす代物《しろもの》だとは嫁入り前から聞かされておりましたが、あの人だけは、我が夫だけはとうぬぼれたのが女の浅はかさと申すのでしょう」  煙草盆《たばこぼん》を引き寄せ、器用な手つきで煙管《きせる》を取った。 「妻になって夫の口から役所の悪事を探る。人の道、女の道でない事は承知しています。けれど夫もそれだけの報復を受けてよい人間でした。私は私の役目を果したのです。同時に女の夢《ゆめ》も心も命すらも失ってしまったようなものです。贅沢三昧《ぜいたくざんまい》に綺羅《きら》を飾《かざ》り、我儘《わがまま》のし放題、それでも誰《だれ》も私をどうする事も出来ない。私は気の向く儘《まま》に生きてやる。人に迷惑《めいわく》をかけ、嫌《きら》われ、白い眼《め》で見られ、世の中に背を向けて生きてやるのですよ。それだけが私の生甲斐《いきがい》なのだし、娯《たの》しみなのだから……」  朱《あか》い唇《くちびる》が苦く煙《けむり》を吐《は》いた。 「金でも品物でも買うことの出来ない高価な代償《だいしよう》を支払《しはら》ってしまったのですよ。お上から頂いた莫大《ばくだい》なお手当も、江戸の伯父《おじ》からの月々の仕送りも、私は有り難いとも思いません。  私は時々、自分の体の中に残っているあの人の記憶《きおく》を根こそぎ洗い落してしまうために売女《ばいた》の真似《まね》でもしてやろうかと本気になって考えもしました。それが出来ない自分に腹立たしく情けないとさえ思うのですよ」  志津の煙管が灰|吹《ふ》きに甲高《かんだか》い音をたてた。その時、折江が音もなく身を起した。顔はまるで色が無くなって眼《め》ばかりが異様に熱っぽい。乾《かわ》き切った唇《くちびる》が少し噛《か》み破られて薄《うす》く血が滲《にじ》んでいた。 「あなたは馬鹿《ばか》です……何故《なぜ》、聞かなかったのか……」  声にならない程のあえぎが言った。 「あの人は馬鹿です。何故、言わなかった」  焦点《しようてん》を失った眼《め》が、おろおろと空間をさまよっていた。 「たった一言、聞いて下されば……言うて下されば……それだけの事がどうしてあなた方にお出来なさらなかったのか……」  折江の手が畳《たたみ》をかきむしるように動いた。節くれ立った指はどれも荒《あ》れて黒ずんでいる。長いこと百姓《ひやくしよう》仕事をして来たような手であった。 「私はあの方と、あの方が息を引き取るまでご一緒《いつしよ》におりました。あなたが家を去ってから、すぐあの方の許《もと》へ参りました。あの方が罪を被《かぶ》って宇治へ引き籠《こも》る時も離《はな》れずお供を致《いた》しました。畑をたがやし、薪《たきぎ》を切り、草刈《くさか》りもして、いつも、片時もあの方のお側を離れは致しませんでした」  煙管《きせる》を唇《くちびる》へ運んでいる志津の磨《と》ぎすまされた横顔に、折江は初めて哀《あわ》れみを乞《こ》うような眼差《まなざ》しを投げた。 「あの方のために、私はあなたを怨《うら》みました。怒《いか》りました。一人では胸に収め切れなくて、よくあの方の前でも口にしました。あなたの非情さを酷《ひど》さを……血もない女だと蔑《さげす》みました。私はあなたの御顔を存じません。けれど、まだあなたがあの方の妻だった時分、あの方から美しい人だ、きれいな女だと度々、聞かされておりました。どのように美しい顔をしていようと心は鬼《おに》だ。夜叉《やしや》じゃとあの方の前でわざと面当てのように申しました。そんな時、あの方はなにもおっしゃりはしませんでした。ただ、その悲しげな眼と不快そうな様子とで、私は、私があなたを罵《ののし》るのをあの方は好まないのだと悟《さと》りました。それが一層、私のあなたに対する憎《にく》しみを増したように思います。あの方は、あなたが実家へお帰りになり、間もなく自分が裏切られたと知ってからも只《ただ》の一度もあなたのお名前を口になすったことはございません。お歿《なくな》りになるまで、遂《つい》に一言も……。でも私は存じておりました。あの方のお胸の中がいつもあなたとの思い出ばかりに満たされていることも、あなたを憎み切れず、諦《あきら》め切れず、むしろ慕《した》わしさ、懐《なつか》しさだけを大切にしたいと努めておいでだったことも私は残らず読み取っていた筈《はず》でございます。あの方がお歿《なくな》りになると、野辺送りを済ませて私は京へ戻《もど》りました。乳母《うば》だった者のしるべで京極屋さんへ奉公《ほうこう》に上がったのはつい一か月ばかり前の事でございます」  折江は譫言《うわごと》のように続けた。自分が何を喋《しやべ》っているのかまるで意識していないもののようであった。 「あの方はお死にになりました。それでも私はあの方のお傍《そば》にいます。あの方から離《はな》れは致《いた》しません。私の生命のある限り、あの方は私とご一緒《いつしよ》なのです。私とあの方とはそうでなければならないのです。生れた時から離れてはならなかったのです」  志津はあきれたように相手を見た。女の執念《しゆうねん》かと、己《おのれ》が女であることを忘れて眺《なが》めた。  不意になんの連絡《れんらく》もなく折江が言った。 「お志津さまは畜生腹《ちくしようばら》ということを御存知ですか……」  虚《きよ》を突《つ》かれた形で志津は素直に応《こた》えた。 「夫婦子《めおとご》……双子《ふたご》のこと……でございましょう」  男女のふたごの出産を畜生腹と称して忌《い》みかくす風習はまだ武家にも町家にも強く残っていた。  殊《こと》に堂上方、公家侍《くげざむらい》の家柄《いえがら》ではその傾向《けいこう》が強い。同胞《きようだい》でありながら他人として育てられたり、極端《きよくたん》な場合はその片方の命を絶つ事すら珍《めずら》しくなかった。  折江の喉《のど》から嬰児《えいじ》のような声が洩《も》れた。大きくしゃくりあげて切れ切れに叫《さけ》んだ。 「私と……あの方とは夫婦子……畜生腹の兄妹でございました……」  志津はうっと息を呑《の》んだ。  声が途絶《とだ》えて、時刻《とき》が流れた。  藪鴬《やぶうぐいす》が、何羽も啼《な》いている。丸やかな軽い囀《さえず》りがいつまでも続いていた。  赤絵獅子《あかえじし》     一  店先で祝い客の挨拶《あいさつ》を受けながら小柳万作はしきりに時刻が気になった。  暮《くれ》六つの鐘《かね》を聞いてからもう余程になる。 (行くまいか……いや……)  思案がふっと頬《ほお》に出て、万作は客の世間話につい、上の空でいた。 「これは、初春早々とんだ長居を致《いた》しました。大旦那《おおだんな》様、お内儀《ないぎ》様にもなにとぞよろしゅう……」  最後の客が漸《ようや》く腰を上げたのを待ちかねたように、小間使のおきんが万作の耳もとへささやいた。 「大旦那様が先程からお待ちでございます」  すぐ行くと答えて小間使を去らせてから、万作は改めて迷い出した。 (奥《おく》へ顔を出したら、外へ出る口実がめんどうになる……)  約束《やくそく》の時刻は迫《せま》っていた。  店と奥とを仕切った板戸の所で万作は逡巡《しゆんじゆん》した。暗い廊下《ろうか》を真直ぐに行けば父の居間だし、右に折れて内|玄関《げんかん》を出れば庭伝いに枝折戸《しおりど》があった。 「あなた……」  思わぬ近くから呼ばれた。厨《くりや》のある左手の渡《わた》り廊下を妻の里枝が黒塗《くろぬり》の盆《ぼん》を捧《ささ》げて近づいて来る。手造りらしい料理の皿《さら》が盆の上に並《なら》んでいた。 「実家《さと》の父が参って居りますのよ。お義父《とう》さまのお部屋《へや》に先程から……」  いそいそとした声で里枝は告げた。結いたての髷《まげ》にかけた淡紅《とき》色の手絡《てがら》がまだ娘々《むすめむすめ》してみえる。ひんやりした夜気の中で髪油《かみあぶら》の匂《にお》いが甘《あま》く流れた。 「それは……長くお待たせしているのか」 「いいえ、ほんの半刻ばかり……」  肩《かた》を並べて、つい万作の足は奥への廊下を踏《ふ》んでいた。 「万太郎は……?」 「よく眠《ねむ》って居ります。泣かずに、良い子でございます」  里枝は暗がりの中で微笑《びしよう》し、夫を見上げた。  母となって間もない妻の幸せそうな顔から万作は眼を逸《そ》らした。或《あ》る苦しさがずんと胸に響《ひび》いて来た故だ。 「どうかなさいましたか」  声が曇《くも》った。夫の心の動きに細かく気のつく妻だった。 「いや、少し疲《つか》れたようだ」  わざと大仰《おおぎよう》に首筋へ手をやってみせて、万作は自分から先に父の部屋《へや》の障子に手をかけた。  小柳家の当主、万兵衛《まんべえ》は寝具《しんぐ》の上に坐《すわ》っていた。秋のはじめに風邪《かぜ》を引いたのがきっかけで、七十という年齢《とし》のせいか暮《くれ》も正月も病床《びようしよう》で過した。だが、入って来た万作へ向けた笑顔は血色もよく、上機嫌《じようきげん》だった。 「店先で冷えただろうが……さ、おあたり、おあたり……」  真赤に火のおきている手あぶりを指した。 「店のことはなにもかも、これがとり仕切ってくれますので、このような気ままな初春《はる》を迎《むか》えたのは小柳家を継《つ》いで初めてのことでございますよ」  倅自慢《せがれじまん》に細めた眼《め》が客座の舟木|作左衛門《さくざえもん》へ別に笑いかけた。  前に膳部《ぜんぶ》が出ている。舟木作左衛門は僅《わず》かの祝酒に染った赭顔《あからがお》をほころばせて娘婿《むすめむこ》を眺《なが》めた。 「お出《い》でなされませ」  ぴたりと折目正しく手をついた万作へ、 「こたびは赤絵屋小柳家の跡目《あとめ》相続もすみ、一子相伝の赤絵具調合の秘伝もつつがのう伝授が終えたそうな。まずはめでたい。その祝いを申しかたがた孫の顔を見に出かけて来たのじゃが……」  語尾《ごび》を苦笑に消して作左衛門は里枝の酌《しやく》を受けた。 「いつ来ても眠《ねむ》ってばかり居って、張り合いのない孫奴《まごめ》じゃ」 「赤ん坊の中《うち》はみんなそうでございますよ。あなた……」  里枝が甘《あま》えた素振《そぶり》で万作へ言った。 「父へ少し申して下さいまし。折角、眠っている万太郎の頬《ほお》をついて、無理に起こそうとなさるのでございます」 「よいではないか。たまさかに来るのじゃ。泣き声の一つも聞いて帰りたいが、のう、婿《むこ》どの」  大きく笑った顔が全くの好々爺《こうこうや》めいて、皿山《さらやま》代官所きっての剛直《ごうちよく》の士という世評が嘘《うそ》のようだった。八年前に老妻に先立たれてからの男やもめで、一昨年、姉娘の里枝が赤絵屋小柳家へ嫁《か》し、続いて弟の彦太《ひこた》が鍋島本藩《なべしまほんぱん》のお城|奉公《ぼうこう》に召《め》し出され、以来、召使《めしつかい》を相手の不自由な独り暮《ぐら》しを続けている。秋の末に生まれた初孫、万太郎の顔を見に来るのが唯一《ゆいいつ》の楽しみでもあった。     二  孫のことになると老人二人の話は果てしがなかった。どちらにとっても、はじめての孫である。そうでなくても作左衛門と万兵衛のつき合いはもう三十年余にもなる。武士と商人のへだてはあっても気心の知れた碁敵《ごがたき》でもあった。  もっとも、小柳万兵衛は商人といっても藩主《はんしゆ》鍋島|勝茂《かつしげ》から苗字帯刀《みようじたいとう》を許された、れっきとした赤絵屋で、士分の家との縁組《えんぐみ》も決して不当ではない家柄《いえがら》だった。  文禄《ぶんろく》、慶長《けいちよう》年間、豊臣秀吉《とよとみひでよし》の大陸|制覇《せいは》の夢《ゆめ》に踊《おど》らされて朝鮮《ちようせん》へ出陣《しゆつじん》した九州の諸大名は、秀吉の歿後《ぼつご》、ことごとく撤兵《てつぺい》したが、その折に朝鮮から数多くの工人——陶工《とうこう》、織物工、鍛冶工《かじこう》などを引連れて帰国し、領内の一定の地域に逗留《とうりゆう》せしめて産業に従事せしめた。  鍋島藩の重要な産業である有田|陶業《とうぎよう》は、佐賀藩《さがはん》祖、鍋島|飛騨守直茂《ひだのかみなおしげ》が帰陣の際、伴《ともな》って来た陶工、李三平《りさんぺい》らを始祖とすると伝えられている。  ともあれ、有田泉山での陶石発見によって興った有田|窯業《ようぎよう》は鍋島藩の独占企業《どくせんきぎよう》として強力な保護を受け、同時に一定の生産量に対し運上金(課税)を進上納入するというシステムによって急速に発展した。  独占企業であるために、鍋島藩では企業者を統制し、その陶技《とうぎ》が他国へ洩《も》れること、殊《こと》に有田焼の総仕上げともいうべき赤絵の秘法を他領へ公開することを固く取締《とりしま》った。  元来、有田の陶業は技術を盗《ぬす》まれるのを防止するために、すべてが分業であった。  即《すなわ》ち、原料である陶石、釉石《ゆうせき》の採石業、坏土《はいど》の精製、成型工程《ろくろ》、素焼、下絵付、本焼、赤絵付、とその工程によって各々《おのおの》の職人を区別している。従って一枚の皿《さら》が出来上るまでには各専門の職人の手を何人も経なければならない仕組みになっている。  寛文《かんぶん》十二年、鍋島藩《なべしまはん》の規制による窯焼《かまやき》業者は百八十戸、赤絵業者十一|軒《けん》。小柳万兵衛の赤絵屋はその十一軒の内の一であった。  そして、これらの窯焼業者、赤絵業者の総取締《そうとりしまり》に当っているのが鍋島藩直属の皿山《さらやま》代官所であった。  先祖代々赤絵業者である小柳万兵衛と、佐賀藩士、舟木作左衛門とが昵懇《じつこん》になったのは、作左衛門が皿山代官所配下に就任して以来のことである。  職業|柄《がら》、作左衛門が始終、小柳家へ出入りする。性が合うというのか、万作は彼になついた。作左衛門も余暇を作っては万作に習字、素読《そどく》の稽古《けいこ》をしてくれた。知人の長男という以上の好意を作左衛門は万作に対して抱《いだ》いているようであった。  老人達の間に碁盤《ごばん》が運び出されたのをしおに、万作はさりげなく部屋《へや》を出た。廊下《ろうか》のはずれで小間使と行き違《ちが》った。 「母上はお出かけか」 「はい、法元寺様まで御用足しに……」 「お一人ではなかろうな」 「万次郎様が御一緒《ごいつしよ》でございます」  小間使をやりすごして、万作は渡《わた》り廊下《ろうか》を左に折れた。  椿《つばき》や八つ手のこんもりした庭には夜寒がしんとうずくまっていた。月は無い。  松の内なので、店は早終《はやじま》いで家内はひそとしている。 (どうしたものか……)  呟《つぶや》きが唇《くちびる》に出て、万作は眉根《まゆね》をよせた。  迷いが重く心にしこっているのだ。  奥《おく》から野太い笑い声が聞え、続いてピシッと碁石《ごいし》を下す音がした。烏鷺《うろ》を戦わせている二人の父親の平和な表情が万作の眼《め》に浮《うか》んだ。 (父……)  その想《おも》いが不意に胸を突《つ》いた。 (俺《おれ》に父が三人《みたり》あるというのか)  物心つく頃《ころ》から父と呼んで育った小柳万兵衛と、妻の父である舟木作左衛門と、万作はその二人の背後にもう一人の男の顔を描《えが》いた。 (治助……)  名も、顔も知ってはいた。小柳家と取引きのある窯業《ようぎよう》の家の職人の筈《はず》だった。無口の性質らしくたまさか顔を合せても言葉をかわしたことはない。  昨日、用足しの帰途、赤絵町の辻《つじ》で治助と出会った。後で考えると、治助はかねてからその機会をねらっていたもののようだった。  腰《こし》を低くかがめてのすれちがいざまに、治助は素早い動作で万作の掌《てのひら》に小さく畳《たた》んだ紙片を押《お》し込んで去った。  開いた紙片の文字が万作に衝動《しようどう》を与えた。  「掛《か》け守《まもり》の中の梅につき存じよりあり、    今夜、亥《い》の上刻、勧請寺《かんじようじ》裏まで」  幼時から首にかけている肌守《はだまもり》の中に黄ばんだ一枚の紙が折りたたんで入っているのを万作は知っていた。紙には「梅」と一字、墨色《すみいろ》は薄《うす》かったが、香《かおり》はかすかに残っている。 「梅」の文字について、父の万兵衛も母も万作にはその意味を語らなかったが、少年の日、彼自身、ひそかに想《おも》うことがあった。 「梅とは……母の名ではないのか」  万兵衛の妻であるよねの他に、万作は若く美しい女の顔を考えていた。弟の万次郎と共に、母と呼んでいるよねが、生みの母ではないのではないかという疑いは、なに一つ具体的な根拠《こんきよ》があるわけでもないのに、長く万作の心に巣《す》をくっていた。誰《だれ》にもその疑問を口にしたことはない。妻にさえも、である。ただ、時折、そっと開いてみる掛け守の中の「梅」の文字にだけ、万作は己《おのれ》の想像を訴《うつた》えていた。  亥の上刻、万作は単身、家を抜《ぬ》け出して勧請寺へ走った。 (なぜ、治助が……?)  という疑いもあったが、彼によって己の出生の秘密が解けるのかと期待する心が大きかった。結果は万作の予想をはるかに上廻《うわまわ》った。  治助は加賀藩士《かがはんし》、室生《むろう》源七郎と本名を名乗った。父だという。万作は、生れて六か月目、その父の手によって小柳家の門前に捨てられた。 「なぜに……そんな……」  信じられない万作は叫《さけ》んだ。父と打ち明けた男の声は闇《やみ》に低く這《は》った。 「父子二代をかけて、有田の赤絵を盗《ぬす》むためだ」  当時、鍋島藩《なべしまはん》の国焼赤絵と前後して、加賀百万石を背景とした大聖寺《だいしようじ》支藩に古九谷《こくたに》の赤絵の窯《かま》が築かれつつあった。いずれも東洋赤絵の家郷である中国の赤絵——呉須《ごす》赤絵、万暦《まんれき》赤絵、康煕《こうき》赤絵などの伝統を学んで、新しい日本の赤絵を創《つく》ろうとするものだったが採石、陶技《とうぎ》、着色など原料、技術の点に非常な困難があった。就中《なかんずく》、苦心したのが色である。  赤絵と呼ぶが、着色に用いる色は赤だけではない。黄、青、緑などの基本的なものから稀《まれ》には採金、黒、紫、群青《ぐんじよう》、黒の上に淡紫を施《ほどこ》した所謂《いわゆる》セピア色もある。それらを総称して赤絵というのだが、この色を創り出すのが赤絵|窯業《ようぎよう》の極め手であった。秀れた、美しい色を生み出す薬品の調合は職人たちの失敗の積み重ね、血と汗の経験のあげく発見され、工夫されるものだった。当然、その調合法は人に語らず、我が家の秘伝として極秘裡に子孫へ受けつがれた。同じ赤絵にたずさわる職人としては、相手の色の調合法を強く知りたがった。技術盗みをすることで、それ以上の良い赤絵の製品を造り出すことが可能となる故だ。  色鍋島と古九谷と、どちらも日本で創られた赤絵である。技術にも原料にも未解決の問題が山積していた。その解決のために、相手の技を盗むことは必須《ひつす》だった。  まして、色鍋島には鍋島藩が、古九谷には加賀藩が背景となっている。赤絵産業の優劣《ゆうれつ》は藩の名誉《めいよ》と財政を賭《か》けてもいた。技盗みへの警戒《けいかい》は双方《そうほう》共、極度に神経を使った。  殊《こと》に赤絵では一日《いちじつ》の長《ちよう》がある鍋島藩では、早くから職人に陶技の秘密を他藩の者に口外するのはもとより肉親にさえ洩《も》らすのを許さなかった。同時に他国者の領内|潜入《せんにゆう》、職人の他領への遁走《とんそう》を厳しく取締《とりしま》った。  加えて、有田の赤絵付は藩《はん》に登録された十一|軒《けん》のみに制限され、赤絵町一か所に集中して居住せしめ、顔料(上絵付原料)の調合法は一子相伝、主人と相続人以外には伝承させない慣習となっていた。  他藩の者が職人となって化け込んでも到底《とうてい》、顔料調合の秘伝だけは会得出来ないように仕組んだものだ。 「二十五年前の春、私は其方《そのほう》の母と共に伊万里津へ潜入した。命を賭《か》けても有田の赤絵の技法を会得せねばならなかったのだ」  加賀藩からは既《すで》に数回、藩の密命を受けて隠密《おんみつ》が赤絵の技法を盗《ぬす》みに有田へ入っていたが、いずれも徒労だった。素姓《すじよう》が露見《ろけん》して処刑《しよけい》された者もある。無事だった者も一子相伝の赤絵の上絵付の原料調合だけは盗みようがなかったのである。  親から長男のみに伝承される一子相伝の顔料調合の秘法、それを盗む手段は一つしかなかった。  伊万里津から旅商人を装《よそお》って有田郷へ通いながら、室生源七郎は子のない赤絵屋を物色した。十一軒の赤絵屋中でも特に鍋島藩の御用を承る御用赤絵師に指定されている小柳家の当主万兵衛が五十近くなっても子宝に恵《めぐ》まれないでいるのを知ったとき、源七郎は酷《むご》い賭を思いついた。  幸か不幸か源七郎の妻はみごもっていた。  伊万里津に定着した翌年の秋、無事に出産した男児は半年の後、襁褓《むつき》のまま小柳家の老女中に拾われた。  とんだ拾い物に当惑《とうわく》した万兵衛夫婦も育てている中に日一日と愛着が生れて来る。もともと欲しくてたまらない子であった。一子相伝の御用赤絵屋は相続人のない場合はお取りつぶしとなる。といって素姓《すじよう》の知れない捨て子を養育して家督《かとく》を継《つ》がせなどする事が表沙汰《おもてざた》となれば許される筈《はず》もなかった。苦慮《くりよ》の果に、万兵衛は赤児を忠義者の老女中の里へかくまった。半年後、万兵衛の妻よねは妊娠《にんしん》と称して老女中の里へ身をひそめた。二年の後、よねに抱《だ》かれて赤絵町の小柳家へ戻《もど》った赤ん坊は万兵衛長男万作として世間に披露《ひろう》され、一年、年齢《ねんれい》を偽《いつわ》ったまま無事に成長した。万作五歳の年、よねは今度は本当に懐胎《かいたい》して男子を生んだ。万次郎である。意外な成行きに当惑《とうわく》した万兵衛も今更《いまさら》、万作の出生の秘密を暴露《ばくろ》するのは家名にもかかわったし、利発な生れつきの万作への愛も一しおだったから、よねにも実子万次郎と分けへだてすることを強くいましめた。実際、成長するにつれて家業の赤絵には万次郎より万作のほうが遥《はる》かに秀《すぐ》れていた。  職人たちにまじって赤絵付の筆を持ちはじめた万作は忽《たちま》ち、万兵衛でさえ舌を巻くような技術をしめした。赤絵具の摺合《すりあわ》せの勘《かん》も鋭《するど》く、独特の美しい色を創《つく》り出す才に恵《めぐ》まれてもいた。 「赤絵の顔料伝授は万作に、万次郎には相当の家財をわけて好きな商売でもやらせよう」  万兵衛の腹は決った。万作二十三歳の春、皿山《さらやま》代官配下の舟木作左衛門の娘《むすめ》、里枝を嫁《よめ》に迎《むか》え、二人の間に万太郎が出生したのを機会に、万兵衛は小柳家に伝わる赤絵の秘法を残らず万作に伝授し、正式に跡目《あとめ》相続の披露を済ませたのである。  二十五年にわたる室生源七郎の賭《かけ》は見事に当った。     三  勧請寺《かんじようじ》へ続く胸つきの道を、万作の草履《ぞうり》がひたひたと上って行った。  昨夜、この時刻にこの道を急いだ折には不安と期待が彼を押《お》し包んでいた。今夜は期待の代りに懊悩《おうのう》が重くよどんでいる。  打ち明けられた素姓《すじよう》を信じかねている万作へ、実父と名乗る男は一日の思考の時を与《あた》えた。明夜、再び此所《ここ》で逢《あ》おうという。 (行くまい。俺《おれ》の父は万兵衛、作左衛門の二人だ。他にはない)  藩命《はんめい》とはいえ、我が子を他人の門前へ捨てるような無慈悲《むじひ》な親について、今更《いまさら》、過去を忘れる心になぞ到底《とうてい》なれないと万作は思う。 (俺には妻がある、万太郎という子も生れているのだ……)  まして、もし打ち明けられた事実の通りなら、万兵衛は実の子の万次郎をおいて捨て子の万作に家督《かとく》を継《つ》がせているのだ。温情を足蹴《あしげ》にして加賀へ帰る気など犬畜生《いぬちくしよう》に劣《おと》る行為《こうい》だ。 (嫌《いや》だ。俺は有田を去ることは出来ない)  勧請寺の庭は暗くひそとしていた。冬の夜半である。足の下で霜《しも》が折れた。  昨夜と同じ位置に、同じ影《かげ》が立っていた。 「考え直してくれただろうな」  押《お》しつけるような声だった。万作は黙々《もくもく》と近づいた。 「私たちの役目は済んだのだ。私は二十数年の歳月をかけて、有田の陶石《とうせき》を調べた。ロクロの技も身につけた。窯《かま》の火加減、呉須《ごす》のダミ絵付も会得した。どうしても分らなかった赤絵付の秘法はお前が小柳万兵衛から確かに伝授を受けた。もはや有田に止《とどま》る要はないのだ。一刻も早く、この土地を逃《のが》れて父の国へ戻《もど》るのだ」  声が深くなった。答えない万作へもどかしげに続けた。 「お前は万兵衛の子ではない。加賀藩士、室生源七郎の嫡子《ちやくし》源太郎だ。お前の掛《か》け守《まもり》の中の梅《うめ》の文字は、殿様《とのさま》の御家紋《ごかもん》から頂いてお前の素姓《すじよう》のために肌身《はだみ》につけておいたのだ。有田の土に育っても加賀の者であることを忘れぬためだ」 「私は……有田の者です……有田の他に国はない」  ひきつった調子で万作は応じた。 「なにをいう……」 「私には妻も子もある。私の父は小柳万兵衛だ。捨てた子を今更《いまさら》加賀へなぞ……」 「酷《むご》いは承知だ」  がくりと肩《かた》が落ちたようだった。 「捨てた親には違《ちが》いないのだ。しかし、それより他に道がなかったのだ」  自らをはげますように言った。 「私たちは加賀へ帰らねばならないのだ。殿をはじめ多くの人々が帰国を待ち続けているのだ。お前の母も、どんなにか……」 「母が……」  万作は眼《め》を伏《ふ》せた。守袋《まもりぶくろ》の中の梅《うめ》という文字から独り合点な想像に描《えが》いていた若く美しく、どこか自分に似た面影《おもかげ》の女が、万作の瞼《まぶた》をよぎった。 「お前を捨てて半狂乱《はんきようらん》で嘆《なげ》き暮《くら》していた母を、私は無理に加賀へ帰した。有田の近くに居てはどんな機会にお前の素姓を露《あら》わすきっかけを作らぬとは限らない。お前が小柳家の跡継《あとつ》ぎとして赤絵の伝授を受けるまで、どんな事をしてもお前の素姓を秘さねばならなかったのだ。加賀の国で、母はお前の帰る日を待ちかねている。それだけを頼《たよ》りに生きているのだ……」  語尾《ごび》がかすれた。 「無慈悲《むじひ》な親だ。私にとっても初めての我が子だった。作男となって有田へ住むようになってから、私は夜半、小柳家の周囲をうろついて歩いた。もしや、お前の泣き声なりと聞けまいものかと、人目をはばかりながら立ちつくした……」  うつむけた横鬢《よこびん》に白いものが目立っていた。 「嫌《いや》だ……私は……」  激《はげ》しく万作は叫《さけ》んだ。叫ぶことで心に湧《わ》いた情を打ち消そうとした。己の心が不安だった。太い腕《うで》がむずと万作を掴《つか》んだ。 「お前は加賀の男なのだ。おのれ、力ずくでもつれて帰るぞ」  がくがくと前後にゆすぶられて、万作は息がつまりそうになった。 「嫌だ……殺されたって加賀なぞへ……」  憎悪《ぞうお》を顔中にみなぎらせた。怖《おそろ》しさが、僅《わず》かに湧《わ》いた情を吹《ふ》きとばしていた。  万作を近々と見つめていた男の顔が歪《ゆが》んだ。  腕の力が抜《ぬ》けた。 「もう一度だけ考えてくれ……」  気弱く言った。 「お前の体を流れている血は加賀の侍《さむらい》のものなのだ……」  明日の晩、又《また》、ここへと呟《つぶや》いて男は闇《やみ》の中から小さな箱包《はこづつみ》を取り出した。 「私が二十年かかって、この土地で会得したものを形に造り上げたのだ。これにお前の赤絵付で仕上げをして、故郷への土産《みやげ》にするつもりでいるのだが……」  ずしりと重い箱包を万作の手に残して、影《かげ》は夜に消えた。万作はまるで気づかなかったが、足音を忍《しの》んで勧請寺《かんじようじ》の裏へ抜《ぬ》けて行くその影《かげ》を、ひそかに追うもう一つの影があった。 「はて……あの男……」  舟木作左衛門は酔《よ》いの消えた眼《め》で、星明りだけの山道を瞶《みつ》めた。     四  白川の町で、今朝早く捕物《とりもの》があり、舟木作左衛門が負傷したという知らせが赤絵町に聞えたのは午《ひる》近くになってからであった。  下女一人を連れた里枝が慌《あわただ》しく出かけて行った後、万作は捕物の様子をききに、店の手代を白川へ走らせた。  手代が帰って来ない中に、里枝が蒼白《そうはく》な顔のまま戻《もど》って来た。 「父が、貴方《あなた》に早急に話したいことがあるから、すぐ来るようにと申しますのですけれど……」  怪訝《いぶかし》そうに里枝が告げた時、万作は、やはりそうだったのかと唇《くちびる》を白くした。 「すぐ、行こう」  と答えてから、念のため訊《たず》ねた。 「今朝の捕物で捕《つか》まったのは何という男だ」 「治助とかいう人だそうですよ。白川の窯場《かまば》で細工人をしていたのですって、それが加賀様の隠密《おんみつ》だったらしゅうございます」  予期した返事だったが、万作は背筋に錐《きり》をもみ込まれたような痛みを感じた。 「最初、父は一人で出かけて捕《とら》えようとした所、かえって肩に傷を受けてしまったとか……」  それでも剛毅《ごうき》な作左衛門は声をあげて助力を求めようともせず、かなり苦戦になったのを、さわぎに驚《おどろ》いて代官所へ知らせた者があって役人たちが駆《か》けつけ、どうにか取り押《おさ》えたのだと、里枝は青い眉《まゆ》をひそめて話した。 「気ばかり強いお人で……いつまでも若い時のように御自分を思っていらっしゃるのですから……」 「お怪我《けが》はどうなのだ」  それを最初に訊《たず》ねるべきだったと、万作は漸《ようや》く気がついた。 「幸い急所ははずれて居りましたし、命に別状はないとお医師の方が申されてでございます。ただ当分は左手は動かせまいと……」 「それは……不幸中の幸であったな」  本物の不幸はこれから先の事なのだと万作は妻をみつめた。白川で起った捕物《とりもの》と、現在向い合っている夫との間につながりがある事を里枝は知らない。 「とにかく、義父上《ちちうえ》にお目にかかって来よう」  もはやあがいても無駄《むだ》とは思いながら、万作は胸の中が煮《に》えた。 (俺《おれ》になんの罪があるというのだ……)  赤ん坊《ぼう》の時、実の親から捨てられて赤絵屋の倅《せがれ》として育った。赤絵の技もおぼえ、妻も子も出来て一人前の男の生甲斐《いきがい》を想《おも》うようになった頃《ころ》に加賀の密偵《みつてい》の子と知らされた。 (俺は加賀へなど帰る気はなかった。俺を育ててくれた有田の、赤絵の秘伝を加賀へ盗《ぬす》み去ろうとは、夢《ゆめ》にも思わない……)  見も知らぬ加賀国などへなつかしさも恩義も感じなかった。にもかかわらず、万作が加賀の密偵の子で、赤絵の秘伝を盗むために策を設けて赤絵屋の相続人に仕立てられたのは動かし難い事実なのだ。  しかも、彼にその事実を明かした治助は、加賀藩の密偵と知れて捕縛《ほばく》された。取調が進めば、否応なしに万作の素姓《すじよう》も暴露《ばくろ》する。  父子して有田の陶技《とうぎ》を盗《ぬす》まんと企てた不届者として処刑《しよけい》、晒首《さらしくび》にされる己が目に見えるようだった。万作は髪《かみ》の毛が一本一本逆立つのを感じた。 (俺は死にたくない……)  逃《に》げ出したい衝動《しようどう》は何度も万作を襲《おそ》った。が不可能は知れていた。赤絵町を囲む有田郷の要所要所には万が一に具えて番所が設けられている。逃げ終《おお》せる望みは百に一つも難かしかった。  白川代官所に近い役宅で、舟木作左衛門は白布で巻いた左手を首から吊って縁側《えんがわ》に趺坐《ふざ》していた。その姿を見ただけで万作は膝《ひざ》ががくがくした。おずおずと尻《しり》を突《つ》いた。眼《め》があげられなかった。  しんと坐《すわ》っている作左衛門の右手から今にも捕縄《ほじよう》が蛇《へび》のように己に向けてとびかかってくるような気がしてならない。  ふっと作左衛門が唇《くちびる》を開いた。 「いや、馬鹿《ばか》なことをしたものだ。年寄りの冷や水じゃというて、里枝にきつく叱《しか》られてしもうたよ」  苦笑が洩《も》れて、のどか過ぎる作左衛門の言葉だった。万作は面喰《めんくら》った。 「其方《そのほう》にまで心配をかけて、すまなんだな。これに懲《こ》りて無駄《むだ》な腕立《うでだ》てはするまい。そろそろ隠居《いんきよ》願いでもして気楽な花造りでもして暮《くら》そうかの」  縁先の福寿草の鉢《はち》へ視線を止めたまま、さりげなく続けた。 「昨夜、其方の家からの帰りじゃ、勧請寺《かんじようじ》の住職に言伝てを思い出して庭を横切った。思わぬ所に声がする。加賀とやら聞えた」  あっと万作は体を固くしたが、作左衛門は頬《ほお》から微笑《びしよう》の痕《あと》を消さなかった。 「不審《ふしん》に思うて近づこうとしたが、何分にも暗うてのう。足許《あしもと》がおぼつかない。物音でもたてて獲物《えもの》に逃《に》げられてはと耳だけ澄《す》まして居《お》ったが、低うてこれもよくは解らぬ。どうやら加賀の隠密奴《おんみつめ》が有田の男をそそのかして赤絵の秘法を口外させようとするふうに聞えた……」  庭の山茶花《さざんか》の枝《えだ》で雀《すずめ》が啼《な》いていた。一羽ではない。葉が細かく揺《ゆ》れている。温かな日ざしを身体一杯《からだいつぱい》に浴びているくせに万作は何度も胴《どう》ぶるいした。歯の根がかちかちと鳴る。咽喉《のど》の奥《おく》が、乾《かわ》いていた。 「昔《むかし》から、何度となくあることだ」  作左衛門はゆったりと喋《しやべ》った。 「他国者が有田の陶技《とうぎ》を盗《ぬす》もうとて、腕《うで》の良い職人に近づく。利で誘《さそ》い、欲で指嗾《しそう》して秘伝を聞き出そうとする。うかとその手に乗って他国へ奔《はし》り、有田の追手を受けて身を滅《ほろ》ぼした者も少くない。それでも他藩の隠密は手をかえ、品を替《か》えてやってくる。好餌《こうじ》をしめし、罠《わな》をもうけて有田の職人を誘《さそ》い込む。一度、彼らの手に落ちたら忽《たちま》ち蟻地獄《ありじごく》のように抜《ぬ》きさしならぬ立場に追い込まれるのだ」 「わ、わたしは……」  あえいでいう万作を作左衛門は初めてじろりと見た。 「有田の男は弟|想《おも》いの奴《やつ》だった。長男として家督《かとく》を継《つ》いだことを心苦しく思っていた。自分が有田の土地を捨てれば家産を弟にゆずることが出来る。それをふた親も望んでいると解釈したものだ。きっかけを蟻地獄が作った。今少しでとんでもない事になる処《ところ》であった有田の男を蟻地獄に陥《おとしい》れようとしている男の後を私は尾行《つ》けた。かくれ家を確かめておいて翌朝ふみ込んだ。単身で出むいたのは手柄《てがら》のためではなかった。蟻地獄《ありじごく》と知らずに誘われかけた有田の男の名を出来れば公けにしたくなかった故だ」 (違《ちが》う……)  万作は必死で叫《さけ》んだつもりだったが、声にならなかった。体中が熱く、眼《め》が血走った。 (私は欲にかられて治助の誘《さそ》いに乗ったのではない……弟に家督《かとく》をゆずるためでもない。あの男は私の……) 「私のもくろみは失敗した。が、蟻地獄は捕縛《ほばく》された。これで済んだのだ……」 「済んだ……?」 「蟻地獄は死んだよ」  投げ出すように無造作《むぞうさ》な言葉だった。 「捕縛されて代官所へ曳《ひ》かれる途中《とちゆう》、舌を噛《か》み切って死におった」  うっと万作は声を呑《の》んだ。頭の中で火花が炸裂《さくれつ》したような音がした。 「これでなにもかも済んだのだ。流石《さすが》、密偵《みつてい》をつとめるほどの男だけあって最期も見事なら、要心もいい。かくれ家を探索《たんさく》したが何一つ手がかりらしいものも残っていなかったそうだ。彼が有田でどういう者と交渉《こうしよう》があったか、身元|素姓《すじよう》はおろか証拠《しようこ》めいたものがなにもない今では死人に口なし、代官所でも調べようがないのだ……」  いたわりのこもった声でつけ加えた。 「わざわざ見舞《みまい》に来てくれてすまなかったな。もうよいのだ。帰って其方《そのほう》の父や、妻や子を大切にしてやってくれ」     五  十日ばかりを、万作は痴呆《ちほう》のように暮《くら》した。 (助かった……)  と、何度も想った。  意外だったのは義父《ちち》の舟木作左衛門が誤解《ごかい》している事だった。 「義父は俺《おれ》が捨て子だったという事実を知っているのだ。だから俺が万兵衛の子でない事に気づき、親たちへの気がねから出奔《しゆつぽん》して弟へ家産をゆずろうと考えたと解釈しているのだ」  たまたま、近づいた加賀の密偵《みつてい》がそうした万作の気持を知って言葉|巧《たく》みに加賀へ誘《さそ》おうとしたのが勧請寺《かんじようじ》の庭での密会だったと作左衛門は推理しているようだった。  なんにしてもよい。とにかく治助は死んでしまったのだ、俺《おれ》の素姓《すじよう》は誰《だれ》にも知られていない。俺は俺の幸せを奪《うば》われずに済んだのだ。そう、万作は思おうとした。事実、これで彼の安泰《あんたい》は保てたようであった。  だが万作の安堵《あんど》の中には黒い澱《おり》のようなものが重く沈《しず》んでいた。舌を噛《か》み切って死んだという治助の顔がいつも万作の脳裏を離《はな》れなくなった。  死んだという事が、万作に父の実感を深くした。それは日を重ねるにつれて、次第に鋭《するど》いものとなって万作の心に滲透《しんとう》した。  外出から戻《もど》って来て居間の戸をあけると内から、わっと驚《おどろ》きの声がした。万次郎である。  部屋のすみに踏台《ふみだい》をおき、一枚ずらした天井板《てんじよういた》の間から小さな箱包《はこづつみ》を取り出している。 「なにをする……」  反射的にかけよって、万作は弟の手から奪《うば》い取った。 「お前、兄の部屋《へや》へ無断で入って……よくもこんな……」  息を切らして万作は叫《さけ》んだ。怒《いか》りで耳のつけ根が熱くなっていた。 「お前、まるで泥棒猫《どろぼうねこ》じゃないか……」  足音をたてずに万次郎が踏台《ふみだい》を下りた。不貞《ふて》た笑いが口辺に浮《うか》んでいる。 「大きな声で叫《さけ》ばないほうが、兄さんの身のためですよ」 「なに……?」 「泥棒猫は兄さんじゃありませんか」  万作が一歩ふみ出すと、万次郎は一歩下った。 「兄さん……その箱の中に何が入っているというんです……」  万作の狼狽《ろうばい》ぶりを憐《あわ》れむように眺《なが》めた。 「私は知っていますよ。素焼しただけの唐獅子《からじし》だが、実に見事な出来ですね。治助という職人は何年かかって盗《ぬす》んだのか、全く凄《すご》い技を身につけたものだ」 「なにをいうのだ。その唐獅子の細工物は、私がある職人に頼《たの》んで作らせたものだ。治助など、私は知らない……」 「箱の中に……」  と万次郎は冷たく笑った。 「へらが入っていましたよ。二つの獅子を固定させるために使ったのでしょうが……。へらに名が彫《ほ》ってあるんです。治助とはっきり読めるんですがね」 「馬鹿《ばか》な……」  万作は声を失った。 「もう一つ、私の知っていることがありますよ。兄さんは十日ばかり前、二夜つづいてどこかへ出かけましたね。兄さんがその箱包《はこづつみ》の唐獅子《からじし》の置物を持って帰って天井裏《てんじよううら》にかくした翌朝、白川で治助という男が捕《とら》われて死んだのじゃありませんか」  兄さん、と万次郎の調子がきびしくなった。普段《ふだん》はねちねちとものを言う男である。 「赤絵町では妙《みよう》な噂《うわさ》が流れていますよ。御用赤絵屋の誰《だれ》かが、この間死んだ治助という加賀の隠密《おんみつ》にそそのかされて、赤絵の顔料調合の秘伝を売ろうとしたのだと……。赤絵町赤絵屋十一|軒《けん》の主の中、どいつでしょうね。そんな不届者は……祖先代々、赤絵屋をつとめるれっきとした血筋のものなら、まさか御恩を受けた殿様《とのさま》にそむいて、他国へ技を売るような真似《まね》ができるとは思いませんがね……捨て犬を育てて噛《か》みつかれたという話ならわけがわかるが……」  女のように白い手を胸の上で絡《から》み合せた。 「御存知でしょうね。赤絵町の掟《おきて》では仮に他国者へ秘伝を口外、もしくは口外しようと企《くわだ》てた者は家族ぐるみ縛《しば》り首、近親|縁者《えんじや》に到《いた》るまで国外追放というきついお咎《とが》めを蒙《こうむ》るのですよ」  大仰《おおぎよう》に肩《かた》をすくめた。 「俺《おれ》が……俺が何をしたというんだ……俺はなにも……」  勢一杯《せいいつぱい》の反抗《はんこう》のつもりだったが、万作の声は弱々しかった。 「世間の口に戸はたてられませんからね、お上の耳に入ったら、もう取返しがつきゃあしません。弁解もなにも通るものか。秘伝|盗《ぬす》みに厳しいのは有田の慣《なら》いですよ」  戸口まで歩いて、万次郎はふりむいた。 「捨て犬なら捨て犬らしく、累《るい》を辺りへ及《およ》ぼさない中に、さっさと退散したらどうなんです」  吐《は》き捨てるように言うとぷいととび出して行った。  箱包《はこづつみ》をかかえて、茫然《ぼうぜん》と居間へ坐《すわ》った。 (赤絵町にそんな噂《うわさ》が広がっているのか)  助かったと思ったのが一時の気休めにすぎなかったのだと万作は途方《とほう》に暮《く》れた。情なさに打ちひしがれた。それ以上に万作を打ちのめしたのは万次郎の言葉だった。 「捨て犬は捨て犬らしく……か」  はっきり言われたことで、万作は子供のときから漠然《ばくぜん》と感じていた両親や弟との心のすきまを確認した。小柳家という家自体が自分とは疎遠《そえん》な、ひどく冷たいものに感じられた。 (俺《おれ》は加賀の男なのだ……俺の故郷は加賀の国なのだ……)  加賀という言葉が、今の万作を支《ささ》えている唯一《ゆいいつ》のもののようだった。 (加賀へ帰ってくれ。みんなが俺たちを待ちこがれている……)  勧請寺《かんじようじ》の暗闇《くらやみ》の中でささやいた治助の声が甦《よみがえ》って来た。治助の声や顔が。 「父……」  万作は箱包を開いた。もう何度となく眺《なが》めた素焼の唐獅子《からじし》がしんと箱の中に収まっていた。  高さ五寸ばかりの小さな一対の獅子である。 「俺が二十年の歳月をかけ会得した技がこの獅子だ……」  治助、否、父の声が又《また》、聞えた。 (帰るか、加賀へ)  心のどこかに、ふっと呟《つぶや》きが出た。みるみるうちに万作の身体《からだ》中にひろがった。 (加賀へ帰って、この獅子《しし》に赤絵付をしよう。有田でおぼえた赤絵の技を、色を、この獅子にほどこして……父子二人で作りあげた獅子を供えて、まだ見ぬ母と二人、父の供養をするのだ……)  それは同時に恩を受けた小柳家のためでもあった。赤絵町の噂《うわさ》が、万次郎の言葉通りに治助と万作の関係を指摘《してき》しているのだとしたら、ぐずぐずしては居られないのだ。  舟木作左衛門は治助のかくれ家から万作に疑惑《ぎわく》を持たれるような証拠《しようこ》の品はなにも発見されなかったといって居ったが、それは作左衛門の一人合点で、実際はなにか万作に不利な手がかりがお上の手に入っているのかも知れなかった。 (万が一俺の素姓《すじよう》が露《あら》われでもしたら、小柳の家はとんだ事になる……)  他国者の捨て子を育てて、世間を偽《いつわ》って家督《かとく》相続させているのだ。それだけでも有田の掟《おきて》を破ったことになるし、まして加賀藩の密偵《みつてい》の子とあっては一しおである。素姓を知らなかったことは弁解にならないのだ。  一家一族、縛《しば》り首、追放——万次郎のいう通りだった。育ててくれた万兵衛夫婦を、なにも知らない里枝や万太郎を、処刑《しよけい》の座へ送ることだけはなんとしてもくい止《と》めねばならない。 (俺《おれ》さえ、この土地から姿を消せば……)  逃《に》げられるだろうかと思う。逃げねばならなかった。 (大丈夫《だいじようぶ》だ。今の中ならまだ役人の眼《め》もきびしくはあるまい……)  一日|遅《おく》れれば、それだけ逃げ終《おお》せるのが難しくなりそうだった。膝《ひざ》の上の唐獅子《からじし》をみつめた。 (今夜……発《た》つか……)  赤ん坊《ぼう》の泣く声がした。あやしている里枝の声が子守歌に変った。  万作は膝《ひざ》の上にぽろぽろっと涙《なみだ》をふりこぼした。     六  万作の失踪《しつそう》に気づいたのは里枝だった。  夜明け方、万太郎へ乳をやるために目覚めると傍《そば》の夜具に夫の姿がなかった。手洗いかと待ったが、その様子もない。  里枝は乳を飲み終えて眠《ねむ》った万太郎を夜着の袖《そで》に抱《だ》いて、店の仕事場をのぞいてみた。夜半に着想が湧《わ》くと起き出して仕事を始める夫の習慣であった。仕事場は暗く、寒かった。人の気配はない。  廊下《ろうか》伝いに戻《もど》ってくると、はずれの雨戸が一枚開いている。庭から裏木戸を経て、万作が外出したのは明らかだった。 「どこへお出《いで》になったのだろう。今時分に……」  今までにない事であった。寝間《ねま》へ戻って、万太郎を寝《ね》かしつけながら里枝は思案した。  なまじ騒《さわ》ぎ立ててはいけないと思った。騒いでは夫の不面目《ふめんぼく》になるかも知れなかったし、自分も笑いものにされる。  不安に怯《おび》えながら、里枝は夜明けまで待った。気がついて手を伸《の》ばした。万太郎の夜具の下に紫色の布がのぞいている。手にとってみた。万作が肌身《はだみ》につけている掛《か》け守《まもり》だと知って、里枝は真蒼《まつさお》になった。理由はわからなかったが或《あ》る恐《おそ》れが閃《ひらめ》いた。  掛け守を掴《つか》んで、里枝はもう起き出していた舅《しゆうと》夫婦の寝室《しんしつ》へ走った。  時刻が経《た》つにつれ、万作の出奔《しゆつぽん》は明らかになった。心当りの所へは人をやって確かめさせたが勿論《もちろん》、どこにも行っていない。  急を聞いて舟木作左衛門もとんで来た。 「困った奴《やつ》だ。なにを血迷ったのか……」  失踪《しつそう》の理由は作左衛門にも納得が行かなかった。治助の事は大丈夫《だいじようぶ》だと言ってあったのだ。役所でも万作に疑惑《ぎわく》を向けている者はない。赤絵町の噂《うわさ》は万次郎の創作に過ぎなかったのだ。 「どうして万作が出奔《しゆつぽん》なぞ……」  おろおろしている万兵衛へ、万次郎がしたり顔で告げた。 「ここだけの話ですが、兄さんは加賀へ行きたいと言っていましたよ。加賀へ行って赤絵の秘法を売れば莫大《ばくだい》な金儲《かねもう》けが出来るのだと……」 「馬鹿《ばか》な……」  作左衛門が一喝《いつかつ》した。 「仮にも弟の身で、言ってよいことと悪いことのわきまえがつかんのか」  万次郎へ強く言った。 「万作はそんな男ではない。そんな男なら、わしが娘《むすめ》を嫁《よめ》にやる筈《はず》がないのだ」  皺《しわ》だらけの顔に涙《なみだ》の筋を光らせて万兵衛も言った。 「私も……万作を信じて居ります」  作左衛門は腹心の小者を、万兵衛は忠義者の番頭、手代を各々四方へ走らせて、万作の行方をひそかに求めた。 「事が公けにならぬ中に帰って来てくれ。万作、さもなくば、無事に逃《に》げてくれ」  二人の老人の焦燥《しようそう》を、万次郎だけはせせら笑いで眺《なが》めていた。  万作の逃亡《とうぼう》、及《およ》び捕縛《ほばく》が赤絵町にもたらされたのは、翌日の午すぎであった。  伊万里津へ抜《ぬ》ける山の番所で不審《ふしん》尋問され、争って逃《に》げようとするのを役人に取り押《おさ》えられたものだ。  万作の身柄《みがら》は同日夕刻、白川代官所へ護送された。  万作|召捕《めしとり》に湧《わ》く赤絵町の噂《うわさ》の中で、小柳家の大戸を下した古い店がまえが無慙《むざん》だった。  白川代官所での取調べに対して、万作は逃亡《とうぼう》の理由は固く口を閉ざして語らなかった。ただ、 「この度のことはすべて私一存にて家族の者は父母、妻子も全くあずかり知らぬことでございます」  とのみ繰《く》り返した。窯業《ようぎよう》に従事している者の領内逃亡は重罪だが、家族はそれを幇助《ほうじよ》した疑いがない限り咎《とが》めない。  結局、小柳万作は名誉《めいよ》ある御用赤絵屋相続人の身もわきまえず、妄《みだ》りに領外へ出奔《しゆつぽん》を企《くわだ》てたる不逞《ふてい》の徒、ということで打ち首、小柳の家族は監督《かんとく》不行届きを以て一年間家業停止、但《ただ》し、その後は次男万次郎をして家督相続をさし許す旨《むね》、申し渡《わた》された。     七  裁断の下った日、舟木作左衛門は殊《こと》に重役に願い出て、万作との対面を内々に許可された。  代官所の牢内《ろうない》に万作はぽつんと正座していた。重罪人を押《お》し籠《こ》めるこの奥《おく》の牢は、万作一人だった。  太い牢格子をへだてて作左衛門は万作と向かい合った。あらかじめ金を使って牢役人を買収してあったので、辺りに人影《ひとかげ》はなかった。  暫《しばら》く、瞶《みつ》め合ってから、作左衛門は低く口を切った。 「わしの他に聞く人はない。一つだけ答えてくれ。領内を逃亡《とうぼう》してどこへ行く気だったのだ。まさかに加賀では……」 「加賀へ参るつもりでした……」  押《お》しかぶせるような万作の答えだった。 「なぜだ……」  万作は正面から作左衛門を見た。 「正月、お召捕《めしとり》になった治助……加賀藩士室生源七郎は私の父でございました……」 「なに……」 「目的のために、父は乳呑《ちの》み子の私を赤絵屋の門前に捨てたそうにござります」  大きな瞳《ひとみ》を見開いたまま、作左衛門は絶句した。目前の万作の顔に、うろ憶《おぼ》えの治助の顔を重ねた。 「まことか……」 「万兵衛|殿《どの》に拾われました折、私が首にかけておりました肌守《はだまもり》の事、御承知でござりましょう。その肌守の中の紙片に梅《うめ》と一字書かれて居りましたは、加賀の由縁《ゆかり》を思うて父がしたためおきくれましたものとか、勧請寺《かんじようじ》境内にて申し聞かされました」  涼《すず》やかに言い放った万作には加賀藩士の子と自覚した潔《いさぎよ》さが見えた。  乳呑み子の我が子を他人の門前に捨ててまで、父子二代、有田の赤絵|盗《ぬす》みに賭《か》けた室生源七郎の執念《しゆうねん》が、作左衛門を圧倒《あつとう》した。 「父は目的を遂《と》げずに果てました。父が死んで、私、有田を離れる心になりました。私が加賀へ戻《もど》らねば、父の死は無でございます。私の身体《からだ》を流れている加賀の血のために、私は有田を出奔致《しゆつぽんいた》しました」 「そうであったか……」  がっくりと肩《かた》を落した作左衛門に老いの翳《かげ》が急に濃《こ》くなった。  長い無言の対座の果《はて》、牢《ろう》役人の迎《むか》えを受けて立ち上った作左衛門は最後に訊《き》いた。 「なんぞ望みのことはないか。御重役に願い出て、許されることならなんなりと……」  万作の目が輝《かがや》いた。 「捕《とら》えられました折に、私が所持しておりました素焼の唐獅子《からじし》は如何《いかが》、相なっておりましょうか」  最後の願いが叶《かな》うものなら、その唐獅子に赤絵付をさせて欲しいと万作は言った。 「あの唐獅子は、父の造ったものでござります……」  加賀へ帰る望みの絶えた今、せめて父の執念《しゆうねん》の残っている素焼の唐獅子に赤絵の仕上げをして処刑《しよけい》されたいという万作の心は、作左衛門にだけはすぐに通じた。 「願って許しを頂こう」  重い足を曳《ひ》きずるようにして、作左衛門は牢を離《はな》れた。  中一日おいて、万作の願いは許され、牢内に例の唐獅子一対と、赤絵付に用いる様々の顔料、絵付道具の筆——濃筆《にごしふで》、唐筆、画《か》キ筆、それに顔料調合の乳鉢《にゆうばち》、絵具箆《えのぐべら》などがととのえられた。  処刑までの三日、万作は一対の唐獅子の赤絵付に取り組んだ。  獅子の眼《め》に最後の墨《すみ》の筆を下し終えて、万作は刑場《けいじよう》へ曳かれた。  その年の秋のはじめ。  伊万里津から北陸へ向けて出帆《しゆつぱん》する便船へ若い女が漸《ようや》く歩けるような幼児を連れて乗り込もうとしていた。 「父の国へ行くのじゃ。達者で成人せいよ」  見送りの老武士、作左衛門は万太郎を抱《だ》き上げて、桜貝《さくらがい》のような耳へささやいた。  里枝は胸にかなり重げな箱包《はこづつみ》をかかえていた。箱の中には、美しく焼き上った一対の赤絵|獅子《じし》が幾重《いくえ》にも布に包まれて収められていた。 「その赤絵獅子を父の国の白い雪の上に供えるのだ。父の声が祖父の声がその雪の中から聞えて来ようぞ」  万太郎をあやしながら、作左衛門はしめった声で呟《つぶや》いた。  はたはたと風に帆《ほ》が鳴っている。  よく晴れた海と空の果てに、親と娘《むすめ》と孫はしんしんと雪の降り積む加賀の国を想《おも》いながら寄り添《そ》って立ち尽《つく》していた。  女ぶり     一  客の前には桜湯《さくらゆ》が手もつけずに冷えていた。  結納《ゆいのう》の打ち合せに来たと判断して、亀治《かめじ》が内弟子《うちでし》に用意させたものである。 「それじゃあ何でございますか。あいの父親の名を申し上げなけりゃ、この御縁《ごえん》は無いものと思えとおっしゃる……」  と亀治の声が甲走《かんばし》って、それを制する藤左衛門《とうざえもん》の調子は重く、当惑《とうわく》げだった。 「そう言ってしまっては実もふたもないだろう。先方にしてみれば、親代々の材木問屋の長男の嫁《よめ》に迎《むか》える娘《むすめ》の父親がどこの誰《だれ》とも知らされないのでは、どうも不安心な話だから、ごく内々で教えて欲しい。勿論《もちろん》、他言するなということなら、秘密は固く守るからと筋道たてた申し分なのだ」  室町《むろまち》に手広く呉服商《ごふくしよう》をしている井田屋藤左衛門は娘を二人、亀治へ踊《おど》りの稽古《けいこ》に寄越《よこ》している。  もう十年からのつき合いで、亀治の一人娘おあいの今度の縁談《えんだん》には随分《ずいぶん》と肩入《かたい》れをしてくれていた。 「私があの子の父親のことを親兄弟にも口外しない。口外するのを嫌《きら》っているのは、井田屋さんもよく御存知じゃございませんか」  どうしようもない程、腹が立ってくるのを押《お》し殺しながら亀治は言った。 「第一、今度の縁談《おはなし》は丸屋さんの御長男の信太郎さんがうちの娘《むすめ》をたって嫁《よめ》に貰《もら》いたい、あいが生れた時から父親と名のつく人がいないことも承知の上で是非にとおっしゃったんですよ。それを、もう結納《ゆいのう》という段になって今更《いまさら》……」 「だがね。師匠《ししよう》、この縁談がまとまれば丸屋とここの家とは親類だ。そうなってからあいちゃんの父親のことでもし面倒《めんどう》が持ち上ったら、かえって厄介《やつかい》なんじゃないか」 「おあいの親は私一人でございますよ。あの子は坂東《ばんどう》亀治の一人娘。他に親と名のつく人なんざございません。おあいに父親はないんです。ない父親のことで先様に迷惑《めいわく》をおかけする筈《はず》はありませんのです」 「あんたの気持は分りますよ。女手一つで育てた娘だ。しかし、この世の中は父親と母親があって子供が生れる」 「おあいは私一人で生んだんです」 「困るねえ。そう意怙地《いこじ》になってしまっては……話のしようがありませんよ」  藤左衛門は苦笑して、声を落した。 「私もね。おあいちゃんの父親が本当に口外出来ないような素性《すじよう》の人のようなら、こんな無理を言いません。実はこれは以前に師匠の義理の弟さんの谷崎|久右衛門《きゆうえもん》さんから極内で聞いたことだが、師匠は十九の年に前の将軍様の御台所《みだいどころ》づきの御年寄《おとしより》、萩浦《はぎうら》様の部屋《へや》へ御奉公《ごほうこう》に上り、明神下《みようじんした》の家へ帰って来たのは二十五の春、その時、すでにおあいちゃんは師匠のお腹に宿っていたという。その上、萩浦様からは相当な賜金《しきん》が下されたそうじゃないか。もし、それが本当なら、おあいちゃんの実の父親はれっきとした身分の方と私らにも想像がつく。だからこそ師匠《ししよう》がその名前を口外しないのも道理だと私は解釈したのだよ」  そっぽをむいたきり、眉《まゆ》も動かさない亀治《かめじ》の強《きつ》い表情をみつめて、藤左衛門はぼんの窪《くぼ》へ手をやった。 「私が立ち入った詮索《せんさく》をしたと気を悪くするかも知れないが、それもおあいちゃんに良い縁談《えんだん》をまとめてやりたい気持からなのだ。ここ一、二年、おあいちゃんに持ち込まれた縁談が、片はしからこわれてしまうのは何のためだか、誰《だれ》よりも母親の師匠がよく知っている筈《はず》だ」  ぎりっと、亀治の歯が嶋った。 「先様が身勝手すぎるからですよ。おあいに惚《ほ》れた、おあいが欲しいと望んでおきながら、おあいになんの関係もない父親のことに、ねちねちとこだわるんです。そういう手合には、こっちから御免《ごめん》をこうむりますよ」 「世間とはそういうものだ。師匠の勝気は結構だが、それでは世間は通らない。第一におあいちゃんがかわいそうだ。おあいちゃんの今度の相手が貧乏人《びんぼうにん》ならともかく、れっきとした大店《おおだな》の後とりなのだ。おあいちゃんの父親がどんな立派な御身分の方と知れたとて、そちらへ迷惑《めいわく》をかけるような真似《まね》はまかりまちがったってするものじゃあないのだ。誰も彼もにとは言わない。せめておあいちゃんの亭主《ていしゆ》となる信太郎と丸屋の主人夫婦にだけでも打ち明けてやって貰《もら》えないかね」 「お断り申します」  間髪《かんはつ》を入れない亀治の答えだった。 「師匠《ししよう》、それじゃこの縁談《えんだん》はこわれる」 「よろしゅうございます。無理に貰《もら》って頂こうとは思いません」 「母親のあんたがそんな気では、おあいちゃんは一生、嫁《よめ》に行けもしまい。師匠はまさか、娘《むすめ》に自分の二の舞《まい》をさせるわけではないだろうに……」 「お帰んなすって下さいまし。丸屋さんのお縁談《はなし》は、こちらからきっぱりお断り申します」  開け放した家の中を、亀治の声が表まで筒抜《つつぬ》けた。     二  外神田界隈《そとかんだかいわい》は勿論《もちろん》、多少とも芸事に関心のある人達の間では「明神下の師匠」で通用する坂東亀治《ばんどうかめじ》は四十二歳、色白の瓜実顔《うりざねがお》に生際《はえぎわ》の濃《こ》い、くっきりした眼鼻立《めはなだ》ちが十歳は若く見える美しさの上に、十二歳で名取りになった舞踊《ぶよう》の技は十九歳から六年間、柳営《りゆうえい》の御茶所に奉公《ほうこう》して年に三、四回は催《もよお》される大奥《おおおく》の御|狂言《きようげん》には花形役者として待遇《たいぐう》された芸達者が評判で、町家|暮《ぐら》しに戻《もど》って始めた踊《おど》りの師匠も弟子《でし》の数は増える一方、江戸中の豪商《ごうしよう》の子女を独占《どくせん》していると噂《うわさ》される程の繁昌《はんじよう》ぶりだった。加えて、天保《てんぽう》十五年十一月、亀治が以前、御奉公に上っていた十二代将軍|家慶《いえよし》の御台所《みだいどころ》、楽宮喬子《ささのみやたかこ》の御姪《おんめい》、有栖川韶仁《ありすがわつぐひと》親王の御息女、精姫《あきひめ》様が柳営の御養女ということで江戸へ下向されると、翌、弘化《こうか》二年に精姫様のお名指しで、亀治は御本丸の御茶の間に召《め》されて御狂言を勤めることになった。  精姫《あきひめ》様は亀治《かめじ》が大変のお気に入りで、亀治というのも、それまでは坂東照代の芸名だったものを、精姫様から頂戴《ちようだい》して改めた名でもあった。  嘉永《かえい》二年十二月四日に精姫が有馬中務大輔慶頼《ありまなかつかさたいふよしより》へ御入輿《ごじゆよ》になった後も、亀治は召されて赤羽根《あかばね》の御屋敷《おやしき》へしばしば御相手に参上していた。  その日、明神下の稽古所《けいこじよ》で母と娘《むすめ》は僅《わず》かのことから口論をはじめた。  亀治は明日、赤羽根の御屋敷で精姫様に御披露《ごひろう》するつもりの「賤機帯《しずはたおび》」の稽古《けいこ》に立ち、地《じ》はここ数年来の習慣で娘の弾《ひ》き語りであった。  亀治が御台所付御年寄、萩浦《はぎうら》の許《もと》を辞して明神下の実家へ帰った暮《くれ》に出産したあいも十七歳、母親に似て幼少から芸事に才をしめしたが、彼女の得手は音曲だった。十四、五歳から母親の踊《おど》りの地を弾いて、昨今はどこの稽古にも亀治の影身《かげみ》に添《そ》って離《はな》れない。 「明神下の師匠は娘さんの三味線だと安心し切って踊っていなさる。血の続きってのは怖《こわ》いようなもんだ」  と、人目にもはっきりとわかるほど、この母娘《おやこ》のコンビは息が合っていた。仲の良い親子でもある。稽古の合い間に他愛もない世間話に声を出して笑っている時など、姉妹のように見える。亀治の気が若く、あいが年齢《とし》より分別くさい、しっかり者のせいである。  勝気で向うっ気の強い亀治は言いたいことは相手おかまいなしにぽんぽん言ってのけるし、稽古に至っては金持のお嬢《じよう》さんの道楽稽古《どうらくげいこ》も内弟子なみに用捨なく厳しい。おまけに愛想も色気も売り物にしない亀治《かめじ》が、江戸で指折りの豪商《ごうしよう》を何軒《げん》もお出入り先に持ち、七、八人の内弟子を使って裕福《ゆうふく》な師匠として通用するのも、人あたりが柔《やわら》かで気転のきく娘が、母親と世間との間に立って、いいように気を使っているせいであった。  母親似で色が白い上にふっくらした愛敬《あいきよう》のある顔立が、いつもにこにこと家のすみずみにまで笑いをふりまいている。底抜《そこぬ》けに明るくって、屈託《くつたく》もなさそうな娘が昨日、今日と二日、うっとうしい顔をしていた。若さを丸だしにした笑い声が仕様ことなしの笑いにすりかわっている。それが、なんのためだか解っているだけに、亀治は自分で自分がどうしようもなく、苛々《いらいら》していた。  三度目にあいが三味線の手を間違《まちが》えたとき、亀治はおさえていたもやもやを爆発《ばくはつ》させた。 「あんた、母さんに何が言いたいんだね。言いたいことがあったら、とっとと言っとくれな。そう、しんねりむっつりされたんじゃ、こっちは気が滅入《めい》っちまって踊《おど》りにも何にもなりゃあしない」 「すみません」  ぽつんと、小さくあいが笑った。 「別にしんねりむっつりしているつもりじゃないんですけと、今日はとちってばかりいるんです。ごめんなさいね、おっ母さん」  素直なままの娘の声が、亀治を一層、窮地《きゆうち》に追い込んだ。 「三味線は、もういいよ」  ぱちりと扇《おうぎ》を閉じて、亀治は娘の正面へ坐《すわ》ろうとして、考え直して斜《なな》め横へ落着いた。 「あんたと私は母娘《おやこ》なんだ。親子の間に遠慮《えんりよ》があっては困ります。なんでも、おっ母さんに打ち明けてくれなけりゃ……」  あいは撥《ばち》をおき、三味線の胴《どう》を膝《ひざ》からはずした。 「私は親子の間にも、親子にだけ通じる遠慮ってもんがあったほうがいいと思います」  娘の声は落着いて、母親の調子は上ずっていた。 「あんたは私が勝手に丸屋さんとの縁談《えんだん》をお断りしちまったのに腹を立ててるんだろう」 「あれは、やっぱり、ああなるものだったと思います。ただ……」 「ただ……?」 「私は今度の縁談に乗り気でした。信太郎さんというお人もやさしそうな感じだったし、虫が好くっていうんでしょうか、ああいう人の所へなら、お嫁《よめ》に行ってもいいと思ってました」  顔を赤らめもせず、少々、伏《ふ》し目の形であいは言った。 「そんなに行きたかったんなら押《お》しかけ嫁にでも押しかけて行くんだね。向う様はあんたを気に入っているんだから、どうとでもなるだろう」 「おっ母さん……」  たしなめるといった呼びかけだった。 「私は、丸屋さんが聞きたがっている私の父親の名前も素性《すじよう》も知らないんですよ」 「おっ母さんに言えってのかい」  自分で自分を追いつめた恰好《かつこう》で、亀治《かめじ》は額《ひたい》に汗《あせ》を滲《にじ》ませた。 「今、私に教えて下さるんでしたら、とうにおっ母さんはおっしゃっています。第一、昨日、井田屋の御主人に打ち明けていなさるでしょう」  あいは袂《たもと》から手拭《てぬぐい》を出して母親に渡《わた》し、亀治はそれで額を拭《ふ》いた。 「これは、今度の縁談とかかわりなしに聞くんですけどね。おっ母さん」  膝《ひざ》においた自分の手をみつめるようにしてあいは低く、強く言った。 「私の父親は、口外できないような人なんですね」 「口外できないんじゃない。しないんだ。してはいけないと人から命ぜられてしないんでもないし、お前が居たたまれないような思いをするような人でもない。ただ、私一人の気持で口外しないときめているんだ。その人の名前は私がお墓に入る時、一緒《いつしよ》にこの世から葬《ほうむ》っちまうつもりなんだよ。そう、決めてるんだ」 「そうですか」  娘《むすめ》の大人しい返事には亀治へのいたわりがこもっていた。それが、亀治の心を孤独《こどく》にした。 「そのお話、もう忘れます。おっ母さん、お稽古《けいこ》しましょう」  あいは三味線を取り上げると、張った調子で謡《うた》い出した。   春もくる、空の霞《かすみ》の滝《たき》の糸   乱れて名をや流すらん  人買にさらわれた幼児を追う狂乱《きようらん》の母親の姿を歌った「賤機帯《しずはたおび》」の出の文句である。  娘に背を向けて、亀治は暮《く》れなずんだ空へ目を上げた。  今日一日の暑さを残す空の一角に、江戸城の甍《いらか》が逆光を浴びて茜色《あかねいろ》に染まっていた。     三  赤羽根の有馬邸《ありまてい》で、亀治《かめじ》は内弟子の八重《やえ》を相手に「賤機帯」を踊《おど》った。  主人の有馬中務大輔慶頼《なかつかさたいふよしより》は登城して留守だったが、精姫《あきひめ》様の部屋《へや》には客があった。  七十を過ぎたかと思われる白髪《はくはつ》の老人だが、がっしりと上背は高い。精姫様の実父、有栖川韶仁《ありすがわつぐひと》親王の古い知己で、たまたま所用あって出府し、実家の消息などを伝えに立ち寄ったのだと、精姫様は亀治に引き合せた。  精姫様も侍女《じじよ》たちも、その老人を、 「御堂《みどう》様」  と呼んでいたが、亀治にはそれが仮名ではないかと思えた。柳営《りゆうえい》に六年間、奉公《ほうこう》した折に自然と身につけた勘《かん》がそう教えるのだ。  踊《おど》りが済み、日暮《ひぐれ》に酒が出た。 「亀治は道成寺とか、逆櫓《さかろ》の樋口《ひぐち》のような派手なものが得意で、私も好きだが、今日の賤機《しずはた》のようなしっとりしたものもよいではないか。今まで、出し惜《お》しみをしていたのか」  精姫様は上機嫌《じようきげん》だった。 「あいはどうしました」 「内弟子と共に先へ戻《もど》らせました。まだ子供でございますから、酒のお相手は致《いた》しかねますので……」  酔《よ》えない顔で亀治《かめじ》は答えた。 「あいどのは本当によい娘でございますね。芸もよし、人柄《ひとがら》も愛らしい。あのような娘なら、どうぞして私も授《さずか》りたいと思いますよ」  御老女、とは言っても亀治よりは十歳も年若の浮橋《うきはし》が口を添《そ》えた。  娘自慢《むすめじまん》では親|馬鹿《ばか》の愚《ぐ》になる亀治が日頃《ひごろ》以上にぶっきら棒で取りつく島もないのに、精姫様も、侍女《じじよ》たちも途方《とほう》に暮《く》れていると承知しながら、亀治はかたくなに口をつぐんでいた。あいを話題にされることは、今日の亀治にとってすりむいた傷口に塩をこすりつけられるような気持なのだ。  御堂老人が京の巷談《こうだん》をはじめたのを機《き》に、亀治は酔を口実に座敷《ざしき》を脱《ぬ》けた。 「酔いざましに御庭を歩かせて頂いて参ります。暫時《ざんじ》、お許しを……」  と、御老女に断った手前もあって、亀治は庭下駄《にわげた》を拝借《はいしやく》して、夜の奥庭《おくにわ》へ下りた。  風は涼《すず》しかったが、無意識に重ねたらしい酒のせいか、頭の芯《しん》がずきずきと痛んだ。 (私の父親は口外できないような人なのですか)  うつむいたまま、低く訊《き》いたあの声が胸に浮《うか》んだ。娘が自分から父親のことを言い出したのは、あれが年頃《としごろ》になって最初であった。母親の嫌《きら》う話題と心得ていて、決して口に出さない。そんな遠慮《えんりよ》深さを身につけている娘《むすめ》だった。 (やっぱり、物心つく年頃を離《はな》れて暮《くら》したせいだろうか)  乳を飲ませたり、襁褓《むつき》をかえたりという母親らしい真似《まね》を亀治《かめじ》は生後六か月ぐらいまでしかしてやれなかった。母娘《おやこ》が、これからの一生を親にも親類にも厄介《やつかい》にならずに暮《くら》そうと考えて、掲《かか》げた踊《おど》りの師匠《ししよう》の看板のためだったし、同じ理由であいが四歳になった弘化《こうか》二年に精姫《あきひめ》様から召《め》し出されると、再度、柳営《りゆうえい》へ御奉公《ごほうこう》に上ってしまったから、精姫様が江戸城本丸を出て有馬家へ御入輿《ごじゆよ》になった嘉永《かえい》二年まで、母娘は別居を余儀《よぎ》なくされた。あいは九歳の正月まで祖母まかせに育った。  亀治が時折、娘に対して感じる肩身《かたみ》のせまさは、そんなことにも起因していた。 (せめて、父親の名前だけでも、こうこうだとはっきり聞かせてやれたら……)  どんなに胸の中がすっきりするだろうかと思う。言うのは容易だった。お前の本当の父親は誰《だれ》それ、それだけで済む。 (それを言ったら……)  亀治は泉水のふちで足を止めた。  だが、それを言ったら、あいを腹に宿したまま御本丸|大奥《おおおく》を下ってからの十八年を、これからの亀治の一生を支《ささ》えている女の意地がふっつりと切れてしまう。亀治にとっては死よりも怖《こわ》い。 (怨《うら》みはあっても愛も恋《こい》もない、情知らずの男なのだ。そんな男をあいの父だと思ってなんかやれるものか)  その男の名を口にしたら、娘も自分もうす汚《ぎた》なくなってしまうような気がする。蹌踉《そうろう》と亀治は歩き出した。  築山《つきやま》へ続く道は今朝方《けさがた》の雨でぬかるんでいた。庭の手入れをしている途中《とちゆう》なのか、土を掘《ほ》りかえした跡《あと》がそこここにあって、雨にぬれた赤土の上は歩きにくい。すべりかけた足に力を入れたはずみに、ゆるんでいた庭下駄《にわげた》の前|鼻緒《はなお》がぷつんと切れた。  思案の最中である。均衡《きんこう》を失って大きく前へ泳いだ亀治の体は後からひょいとおさえられた。同時に泥《どろ》にまみれる筈《はず》だった片足の下に、ついと別な庭下駄がおかれる。  よろめいた亀治の体を支《ささ》えながら、咄嗟《とつさ》に自分の片足を脱《ぬ》いで、その下駄を亀治の足許《あしもと》へ置くのが一瞬《いつしゆん》の動作だった。  ふり仰《あお》いだ亀治の目の前で白髪《はくはつ》の御堂《みどう》老人が笑っていた。 「前緒だな。これは易い」  泥の中に転げていた亀治の庭下駄に御堂老人が手をのばしたので、彼女は慌《あわ》てた。だが、下駄は老人の手に拾われた。 「待ちなさい。すぐにすげて進ぜる」 「とんでもございません。そのような事、自分で致《いた》します。お返し下さいまし」  老人は袂《たもと》から細い紐《ひも》を取り出していた。亀治にはわからないが、竹刀《しない》の弦《つる》の切れはしである。 「わたしは生れつき器用な性質《たち》でな。見るところ、こういう仕事はあなたよりわたしのほうが馴《な》れているようだ。まあ、まかせなさい」 「いえ、御身分のある御方にそのようなことをおさせ申しては……」  亀治は狼狽《ろうばい》して言ったが、老人は背をむけたまま、すでに鼻緒立ての操作に取りかかっている。止《や》むなく、亀治は沈黙《ちんもく》した。 「精姫《あきひめ》様はひどく御案じなされて居られる。亀治は何か大きな悩《なや》み事を持っているようなと仰《おお》せられてな」  それで御堂《みどう》老人が様子を見に来たのかと気づいたが、今夜の亀治はもっと大きなものに対して腹を立てているから、詫《わび》をいう気にもなれない。 「悩《なや》みというものは一人で思い悩んでいると大きくふくれ上って手がつけられなくなる。亀治《かめじ》どのには利発な御娘《おむすめ》が居るようじゃ。そうでなくとも世の中は持ちつ持たれつ。相談相手には事欠くまい」  月明りだけで手ぎわよく鼻緒をすげながら、あっさりと言った御堂老人の台辞《せりふ》が亀治の癇《かん》にさわった。 「あいにく悩みは娘のことなんでしてね。私は一人者ですから、安心して相談出来る亭主《ていしゆ》もございません。馬鹿《ばか》でもちょんでも自分で考えるより仕方がないんですよ」 「御亭主は……なくなられたのかな」 「最初《はな》っからございません。持ちたくもないと思っています。男には懲々《こりごり》ですから……」  突然《とつぜん》、御堂老人が笑い出したので亀治は驚《おどろ》き、別に中っ腹になった。 「なにが可笑《おか》しいんです。御堂様……」 「いや、気の毒だと思ったのだよ。その年齢《とし》まで良い男にめぐり合わなかったのはあなたの不幸だ」  人を茶化すのもいい加減にしろ、と亀治は本当に腹を立てた。 「男には嫌《いや》という程、お目にかかっています。十九の年から六年もの間に、上は将軍様から御側衆《おそばしゆう》のお大名、御小姓衆《おこしようしゆう》まで、憚《はばか》り様ですが殿方《とのがた》の裏も表も見て来ました。身分の上下はあっても、男はみんな似たりよったり。自分勝手で、思い上って、女を人らしく扱《あつか》う心はけしつぶ程も持っちゃあいません。  女に人並《ひとな》みな情をかけては男がすたるとでも思っていなさるらしい。早い話がうちの娘のあいです。あの娘はよい娘だ、気だてもいい、器量も十人|並《なみ》だ、気に入った、嫁《よめ》に欲しいと向こうから望んで来たくせに、娘に何のかかわりもない父親のことを持ち出して、氏素性《うじすじよう》、名を明かせ、それが嫌《いや》なら娘も断る。そんな手前勝手が男のやりくちなんです。嫁に欲しいのは娘で、娘の父親じゃあありますまい。父親の名を明かさないのは明かさない理由があってのことだ。第一、父親の名を聞かなけりゃ嫁に貰《もら》えないというのなら、最初から軽はずみに惚《ほ》れたの、はれたのと言って来てもらいますまい。嫁に寄こせ、是非とも欲しいと大上段にふりかぶっておいて、娘もその気になる、親は、はい承知しましたと喜ばせておいて、どたん場に掌《てのひら》かえして知らん顔の半兵衛《はんべえ》だ。女の気持がどんなものか、察する心もなけりゃ情もない。それが男なんですよ。そうじゃありませんか」  自分が言い過ぎていると途中《とちゆう》で気づきながら、酔《よ》いも手伝って亀治《かめじ》は後に引けなくなっていた。 「亀治どのは、精姫《あきひめ》様の伯母《おば》君、楽宮《ささのみや》様が慎徳院《しんとくいん》様の御台所《みだいどころ》として御存生の頃《ころ》、大奥《おおおく》勤めをなされたそうじゃな」  亀治の剣幕《けんまく》に気押《けお》されたように沈黙《ちんもく》していた御堂老人が全く、別に言った。 「御台様おつきの御年寄《おとしより》、萩浦《はぎうら》どのの部屋《へや》に奉公《ほうこう》していたと聞いたが……」 「はい」  止《や》むを得ず、亀治はうなずいた。 「その頃《ころ》は大御所様御在世にて、慎徳院様はまだ西の丸にお住いの筈《はず》であったな」  御堂老人は淡々《たんたん》と続けた。  大御所とは十一代将軍|家斉《いえなり》、慎徳院とは十二代、家慶《いえよし》のことである。家斉将軍の在職は五十六年の長きにわたり、六十五歳で漸《ようや》く大御所として家督《かとく》を世子、家慶にゆずったので十二代将軍は四十五歳まで世子として西の丸住いを余儀なくされていたものだ。亀治が、まだ坂東《ばんどう》照代として御奉公《ごほうこう》に上った天保《てんぽう》六年は家慶《いえよし》が四十三歳、御台所の楽宮が四十一歳である。 「亀治《かめじ》どのが大奥《おおおく》を致仕《ちし》されたのは、いつであったな」 「御台所様|御逝去《ごせいきよ》の翌年でございます」  御台所、楽宮は家慶が将軍職となって三年目の天保十一年に病いを得て歿《ぼつ》している。 「天保六年から十二年の間……」  ふっと遠い眼《め》をして御堂老人は呟《つぶや》いた。 「すると、亀治殿が最初の奥勤《おくづと》めをされたのは水野|越前《えちぜん》が献上《けんじよう》のおきんの方と稲生右門《いのううもん》の女《むすめ》のおふでの方が慎徳院《しんとくいん》様の御寵幸《ごちようこう》を争っていた頃《ころ》に当ろうかな」  おきんの方というのは、もともと風月堂という菓子舗《かしみせ》の娘《むすめ》であったのを水野越前守|忠邦《ただくに》が見出して、竹本|安芸守《あきのかみ》の養女にして西の丸の奥向《おくむき》に献納《けんのう》した美女で、里姫、吉姫、万釵姫《まんさひめ》の三女を産んでいる。水野忠邦が将軍の寝所《しんじよ》にまで出入を許されるという希有《けう》な信任を得たのも、おきんの方の存在の故と噂《うわさ》されたほどの寵女《ちようじよ》である。 「世の中は皮肉なものだな。慎徳院様は御在世中に御台所を別として七人の御愛妾《ごあいしよう》を持たれ、二十五人もの御子を産ませた。然《しか》るに今日、御無事に成長されたのは二十五人中のたった一人、現将軍家、家定様ばかりじゃ。これなど、さしずめ亀治どのの口を借りて言えば、女をないがしろに扱《あつか》った報《むく》いかも知れぬな」  御堂老人は微笑して黙《だま》りこくっている亀治を見た。 「先の将軍様のお子様は、家定様お一人……」  嘆息《たんそく》ともつかず、亀治は独言《ひとりごと》を言った。 「そうだ、そなたが大奥|奉公《ぼうこう》をしていた時分に御愛妾のおきんの方とおふでの方が競争のように産んだ姫君《ひめぎみ》たちも、慎徳院様晩年の寵《ちよう》を一人占《じ》めにしたお琴《こと》の方の四人の御子もお一人としてまともに成長されては居らぬ。もっとも、そのほうが嫁取《よめと》り、聟入《むこい》りなどの余分な費《つい》えにならなかっただけ儲《もう》けものであったかも知れぬが……」 「生れた子供が気の毒でございます、産まされた女も……」  激《はげ》しく亀治《かめじ》は首をふった。髪《かみ》に挿《さ》した銀の平打ちが月を受けてキラと光った。他に、なんの飾《かざ》りもない。黒く、豊かな髪だけが亀治の誇《ほこり》のようであった。 「女に子を産ませることしか知らぬ将軍家、己《おのれ》の野望のために女を出世の手段とする大名ども……成程、亀治どのは男の屑《くず》ばかりを眺《なが》めて来たに違《ちが》いないな」 「そのようなこと……お声が高うございます」  流石《さすが》に亀治は周囲を見廻《みまわ》した。 「だが、そういう男たちには必ず天の配剤がある。女という花の力で出世した者は花が散れば失脚《しつきやく》する。二十五人の中、僅《わず》かに一人生き残った現将軍は病弱にして三十五歳の今日、一人の子もない。女の罪は怖《おそろ》しいではないか」  御堂《みどう》老人は哄笑《こうしよう》したが、眼《め》の奥《おく》は笑っていなかった。 「将軍家はこの春以来、御容態がお悪いとやら、精姫《あきひめ》様からうかがいましたが……」  おずおずと亀治は言った。 「御回復は難かしいようだな。御家督《ごかとく》も、もはや、紀州《きしゆう》の慶福《よしとみ》様と決ったそうだ」 「では、万が一の折は、慎徳院様お血筋の方はお一人もなくなるわけでございますか」  ふっと考え込んでしまった亀治の足許《あしもと》へ、御堂老人はそっと庭下駄《にわげた》を置いた。 「どうやら出来たようだが、歩けるかどうか、ま、おはきなさい」  まえつぼに竹刀《しない》の弦《つる》を通した俄仕立《にわかじたて》の庭下駄《にわげた》に亀治は急いで礼を言い、それまで借りていた御堂《みどう》老人の下駄《げた》を懐紙《かいし》ではらって近づいた。 「御足袋《おたび》を、頂戴致《ちようだいいた》します……」  地についていた老人の片足は当然、泥《どろ》にまみれていると察しての口上だったが、老人の足許《あしもと》へかがんだ亀治《かめじ》は思わず、あっと声をたてた。  下駄を履《は》いていない老人の片足の下に、いつ投げ落されたのか老人の懐紙が分厚いままに敷《し》かれている。亀治が返した庭下駄へ戻《もど》した御堂老人の足袋には僅《わず》かな泥《どろ》はねの痕《あと》もなかった。  亀治が下駄の緒《お》を切ると同時に、亀治を支《ささ》え、自分の下駄を脱《ぬ》いで亀治の足許へ置いたとだけ解釈していたのだが、七十余歳の老人は更《さら》に脱いだ自身の足を地へ下す前に、懐紙を投げて泥濘《でいねい》に足を汚《よご》す煩雑《はんざつ》を避《さ》けている。 「亀治どの」  なんでもない声で老人が言った。 「路傍《ろぼう》の花を摘《つ》み取るように女を抱《だ》いて、子を産ませる。生れた子の行末も、生んだ母の心もおかまいなし、なんの用意も、思慮《しりよ》もない。男の屑《くず》のする事だ。娘《むすめ》が気に入った。嫁《よめ》に欲しい。しかし娘の父親が定かでなければ断るという。たとい、父親が乞食《こじき》であれ公方《くぼう》様であれ、娘自身、心豊かに、けなげな女であれば、妻として充分《じゆうぶん》の筈《はず》だ。どんな蝶《ちよう》が媒介《ばいかい》しようと美しい花は美しい。それが解らぬ男は阿呆《あほう》だ。  これまで、屑や阿呆の男ばかりにしか出逢《であ》わなかったのは亀治どのの不幸だと思う。だが、世の中に星の数ほどもある男を、すべて屑の、阿呆のときめて色《いろ》眼鏡《めがね》で見るのは亀治どの自身の不幸になる。少くとも、これからは花を咲《さ》かそうという娘御《むすめご》に、その色眼鏡は押《お》しつけぬ事だな」  ゆっくりと懐紙《かいし》で手を拭《ふ》き、御堂《みどう》老人は先に立って築山《つきやま》を下り出した。 「自信を持つことだな。亀治《かめじ》どの。先刻、精姫《あきひめ》様の御部屋《おへや》で踊《おど》った其方《そのほう》、天衣無縫《てんいむほう》の踊りであった。客が有栖川《ありすがわ》家の姫君《ひめぎみ》であろうと、公方《くぼう》様、大大名であろうと、踊っている時の亀治どのはなんの気遅《きおく》れも持つまい。芸一本で生きている女の強さなのだ。江戸の女の意気地というもの、わたしは始めて見せてもらったようだ。鼻緒《はなお》をすげて進ぜたのは、その見事な女ぶりへの礼心……老人の志じゃ。転ばぬよう歩いて行きなされ」     四  三日目、  午前《ひるまえ》に稽古《けいこ》が済んで、亀治は二階へ花茣蓙《はなござ》を敷《し》いて横になっていた。今日もむし暑い。  遠くに太鼓《たいこ》を聞いたように思ったが、目がさめたのは階下の男の声であった。  客か、と耳をすませたが、声はそれっきり聞えず、階段を忍《しの》びやかに上ってくる足音がした。 「おっ母さん、あら、起きてたんですか」  藍地《あいじ》の浴衣《ゆかた》に赤い帯をしめているあいは髪《かみ》を洗ったらしく、長く背に垂らしていた。母親の枕許《まくらもと》に軽く坐《すわ》って、 「将軍様がおなくなりになったんですって。今日から三日間は音曲御停止《ごちようじ》だから、稽古《けいこ》は遠慮《えんりよ》するようにって町名主《まちなぬし》さんが知らせて来ましたよ」  がばと亀治は、はね起きた。 「上様が、おなくなりになったのですか」  忘れていた筈《はず》の御殿《ごてん》言葉が出た。 「まだ三十五のお若さですってね」  あいは立ち上って窓をのぞいた。町家の屋根が続いて、遥《はる》かに黒い御堀《おほり》と江戸城の天守が見える。 「あの太鼓《たいこ》、御城内で打っているんだそうですよ。おっ母さん」  亀治は膝《ひざ》でにじって窓ぎわへ寄った。太鼓の音が、体の芯《しん》に響《ひび》くような気がする。不意に、理由もなく涙《なみだ》が流れて、亀治はあわてて指で瞼《まぶた》をおさえた。 「いやだ。おっ母さん、泣いているの」  驚《おどろ》いた娘《むすめ》の声が、窓を離《はな》れて側へ来た。 「いえねえ。おっ母さん、あんたに済まないと思って……私が意地を張ってるばかりにいい縁談《えんだん》がみんなこわれちまう。丸屋さんから正式にことわって来たんだよ」 「知ってます」  あいは笑っていた。屈託《くつたく》のある笑い方ではなかった。 「そのことなら気にしないでいいんですよ」  茶箪笥《ちやだんす》から、はな紙を持って来て母親の膝《ひざ》においた。 「この前、おっ母さんが話してくれたでしょう。赤羽根《あかばね》の御邸《おやしき》で御堂《みどう》様とかおっしゃるお髭《ひげ》の白い御老人が、屑《くず》や阿呆《あほう》の男をみた色《いろ》眼鏡《めがね》で世の中の男をこうだと決めてしまうなと言っておいでだったというお話……あれを聞いてから考えついたんです。私はまだ男の人を見る目が浅い。本当に、生きて動いているこの私に惚《ほ》れて女房《にようぼう》に欲しいって言ってくれる人が出てくるまで、私はおっ母さんのそばで好きな三味線を弾《ひ》いています。ただ、ぼんやりしていると、その人が私に気づかないで通りすぎてしまうと大変だから、しょっ中、目を光らかして、屑でも阿呆でもない本物の男が惚れてくれるような、見つけてくれるような私でいるように一生|懸命《けんめい》なんです。  そう考えたら、まだすることがどっさりあって、てんてこ舞《まい》もいいところよ。おっ母さん、少し加勢して頂戴《ちようだい》……」  亀治《かめじ》は娘の手を握《にぎ》りしめた。 「あんた、本気なんだろうね」 「おっ母さんに嘘《うそ》をつけるほど、私は器用じゃありませんからね。御堂様が、芸一本で世の中を堂々と生きるおっ母さんを見事な女ぶりだとお賞めなすったってじゃありませんか。私はそういうおっ母さんの娘だってことが嬉《うれ》しいんです。私の親はおっ母さん一人で沢山《たくさん》」  母親の手をはずして、あいは笑った。 「さあ、涙《なみだ》をふいて、洟《はな》をおかみなさいよ。誰《だれ》かが上って来たら、変に思われるでしょう」  あいが階下へ下りてしまってから、亀治は窓の外の江戸城を眺《なが》めた。  十九の年、風呂敷包《ふろしきづつみ》一つを抱《だ》いて西の丸の大奥《おおおく》へ奉公《ほうこう》に上った日が瞼《まぶた》に浮んだ。  ずっと後になって知らされた事だが、御年寄|萩浦《はぎうら》が亀治を手許《てもと》へ召《め》し使いたいと望んだ理由は、その年、西の丸の主、家慶《いえよし》が上野へ御成《おなり》の時、行列を拝観していた亀治を目に止められた為《ため》であった。しかし、気まぐれな家慶は召し寄せて、それきり亀治のことは忘れっ放しに放っておいた。亀治自身もまさかに将軍家に見染められての御奉公とは露《つゆ》ほども悟《さと》らず、ただ御茶所の狂言師《きようげんし》として芸の稽古《けいこ》に他念もなかった。  たまたま柳営《りゆうえい》に御狂言の催《もよお》しがあり、主役をつとめた亀治を家慶が再発見をして夜伽《よとぎ》が命ぜられ、若い体はすぐ懐胎《かいたい》した。普通《ふつう》、将軍家の寵幸《ちようこう》を得た者は、仮親をして御中臈《おちゆうろう》になるのだが、亀治が大奥から追払《おいはら》われるようにして宿下りとなったのは、家慶の愛妾《あいしよう》おきんの方の嫉妬《しつと》とおきんの方に将軍家の愛を独占《どくせん》させなければ都合の悪い、おきんの方|献上《けんじよう》の立役者、水野|越前《えちぜん》らの差し金で、利発で美しい亀治がおきんの方のライバルとなるのを怖《おそ》れての処置だった。勿論《もちろん》、懐胎《かいたい》のことも極秘にして隠蔽《いんぺい》してしまったものだ。  そんな事はどうでもいい、と亀治は思った。  好色にまかせてふみにじった女の行末など心のすみにも残っていないような男の玩弄物《がんろうぶつ》となって終るより、野に放たれて好きな芸に生きるほうがどれほど幸せかわからない。  今日の日まで、男|嫌《ぎら》いで過ぎたのも、怨《うら》みこそあれ愛のない家慶に操を立てたわけではなく、自分を安くするまいという亀治の意地がさせたことだ。  それにしても……亀治は涙《なみだ》の乾《かわ》いた眼《め》でもう一度つくづくと城をみつめた。  愛も恋《こい》もなかったとは言え、一生に一人の男には違《ちが》いなかった家慶が死んだ時は、なんの感動も衝撃《しようげき》も持たなかった自分が、今、娘《むすめ》のあいを除いてはたった一人の、その人の血筋が死に絶えたと聞いて、こうも動揺《どうよう》するのは何の故かと思うのだ。  おそらく、と亀治は両手をあげて自分の肩《かた》を抱《だ》きしめた。  長い間、ぎりぎりと自縛《じばく》していた女の意地が、家慶につながる只《ただ》一人の男、家定の死によって、ふっつりと切れたためかと思うのだ。 (これからはこの体だけが心の支《ささ》えだ。生きている私の命が、支えなのだ)  亀治は愛《いとお》しむように自らをみつめた。 (私には踊《おど》りという杖《つえ》がある。あいという命の形見が生きている……)  太鼓《たいこ》は、まだ窓の外に音高く鳴っていた。     *  明治二十四年四月、芝《しば》公園|紅葉館《こうようかん》で御所望によって山姥《やまんば》の山廻《やまめぐ》りを舞《ま》って、彰仁《あきひと》親王より至芸の花、今、咲《さ》き盛《さか》る、と賞讃《しようさん》を賜《たまわ》った坂東兼治《ばんどうかねじ》は、晩年の亀治で、三年後の明治二十七年七月七日、七十六歳の生涯《しようがい》を終えるまで、江戸の女の意地は彼女の踊《おどり》の中に永遠に散らぬ花として鮮《あざ》やかに咲《さ》いていた。 本書は昭和六十年六月、東京文藝社刊行の単行本『女ぶり』を改題文庫化したものです。  角川文庫『ちっちゃなかみさん』 昭和62年1月25日初版発行                 平成11年10月20日25版発行