TITLE : 中国笑話集 講談社電子文庫 中国笑話集 駒田信二 編訳   目 次 のどとふところ 施餓鬼 ついていない 三蔵法師 李太白 酒好き 飲みそこねた 大学の道 暴飲 味をしめる 酒乱 近い 針小棒大 薄い酒 淡い酒 酸い酒 作法 妙技 勇者 養魚法 井戸の魚 膏薬 昼飯 乗り物 豆腐 蓮根 肉と汁 塩加減 孔子の教え 親玉 田螺 塩漬け卵 満腹 小便 値段 ばか 野菜畑 垂涎 黒猫の団子 食いしん坊 暴食 身代つぶし 海の味 夢のつづき 料理の中身 白蟻 食客三千 物を惜しまず 多すぎる 金に目がくらむ 餞別 引き船 川の中(一) 川の中(二) 虎の皮 李の種 十八羅漢 袋 評判 節約 テーブル 指 小石 遺言 靴下 暦 半殺し 大金の使い道 命の恩人 こりごり 清福 貧乏書生 約束 大金持 へつらわない 金持とは 成金 無精 貧乏人 盗人に追銭 掛蒲団 証人 首吊り 居留守 済す時の閻魔顔 逆夢 席 ほんとうのこと 保証人 元利合計 返してくれぬ 借金魔 おたのしみ 身を切る斧 男の子 雨 足袋 羅切 やめられない 身体髪膚これを父母に受く 素通り 質流れ 気を入れる 古道具 手癖 理屈 痣 母親 自白 驢馬の物 物の大小 天帝 好色 哭礼 下がかたい 曲取り 飯米 小便無用 開き乾し 犬取り 禁止 耳掻きと盥 高望み 祈願 そっくり スカートの下 家庭教師 三突き よい気持 手助け 肉と魚 夜泣き くしゃみ お易いこと 精をつける 瓜と韮 老虫 死ぬ死ぬ(一) 死ぬ死ぬ(二) 同じこと 半分 約束違い 轎で行く 舟で行く 歩いて行く 担ぎ棒 嫁盗み 二股かける 大ぼら だれと? どなた? 三男 胆 女道学者 小役人 四つめ 抽送 義理 みだら 喜郎 舌の味 腹の皮 楽しい 周公 はらわた 枕 半分だけ起きる 再婚 ベテラン ご馳走 こわがらない 死んでもこわい 刑具 酒のうえ 男子の一言 ひげの李 纏足 威風堂々 便器の始末 李存孝 誇り 手弱女 ショック死 葡萄棚が倒れる 女上位 おたがいさま 体と心 殺す 天罰覿面 差別なし ごもっとも どっちもどっち 夢のまた夢 判定 お祓い 猫 証拠の靴 米 頭の跡形 生薬屋 浮気 手玉にとる 亀の女房 寝取られ男 まだ生れぬ太子 妻 仕立屋 ひげ面 道具 手柄 仙女 尻ぬぐい いちばん楽しいこと もとに戻る 死体を扇ぐ 塚を扇ぐ 破瓜 抜ける 合意のうえ 生娘 糸束 くいしばる 割れ目 共用 目玉 相手ちがい 不倫 あれの形 あてはずれ 無一物 春を思う 前と後 すばらしい 斎の字 行脚僧 迷婦薬 精進あけ 大ふぐり病 突き抜ける 天の報い 初釜 竜陽の初夜 あるべきもの 蜘蛛の糸 両刀使い 突き固める 虻 野ざらし 唾 貸す 女亀 商売しょうばい 二倍 杭 親代々 熱病 薬の勝利 満員 名医 薬 医者の手 処方 疥癬医 乳房 外科 治療法 塗り薬 放屁 団子 大ふぐり 因果 大石 奉加 経文の御利益 和尚の頭 破戒 蝦 放生 香袋 坊主頭 念仏尼 地獄 腹の中 女ごころ 精進 太鼓 家兄 任官 朝に蓆を盗む 法律どおり 邪悪 禍の門 人を食う 出題 役人 牛の歳 宦官 天気が正しい 土地神 避暑 夢のお告げ 的の神 問題なし 夜禁 聶の字 大便 半値 用心 釜をぬく 鶏泥棒 団子と餅 秘術 隠身草 内実 泥棒の盗難 牛泥棒 泥棒の屁 意見無用 矛盾 鍋売り 団子売り 針の穴 耳掃除(一) 耳掃除(二) 耳 千手観音 口下手 習性となる 婆肉 欲張り 鵞鳥売り 火種 鳥刺し 靴の底 閂 専門店 引越し 笛 丸儲け 臭い足 交換 肖像画 似顔絵 葉隠れ 月謝 象と豚 学校 先生 柳の葉 すれちがい舟 赤壁の賦 学者相罵る ちんぷんかん 厳粛 過ぎたるは及ばざるが如し 厩火事 試験 いましめ 書物が低い 秘法 供物 神おろしの奥儀 赤鼻 魔除札 蚊除けのお札 予言 易者 人相 地相 善人 願掛け 開路神 門神 できる! 王と甘の字 王の字 王と馬の字 蘇の字 水の骨(一) 水の骨(二) 滑る(一) 滑る(二) 笑の字 鳳の字 合の字 なぞの字 一の字 万の字 屎 川の字 塔のような字 賦の字 吉の字 禿の字 沐浴 可の字 嫁の歌 女の名吟 当意即妙 賛辞 屁文章 謎かけ 出る所 千字文 なまり 馬驢 評語 鼠猫 謎解き 豈有此理 鉄面皮 寒がり 朝三暮四 遠近 風呂番 悪役 親切 虎の威を借る狐 己を責める 骨董品 払子 法網 気分 新旧 現実 名君 丸坊主 腐刑 祝儀 無人 半分わけ 鬼の顔 真犯人 瘤 大人と子供 酒盗人 楊梅と孔雀 談論 俗物 禅問答 禅杖 老小 徳行(一) 徳行(二) 僧と鳥 虱の始末 大桶 虱 母親が同じ 正直者 羊の目 髪の毛 郢書燕説 顔を合わせる 黒衣 不死の薬 死んだ子供 漱石枕流 ちび 巧言令色 単衣 痩我慢 さかさま 文盲 難産 夢に周公を見る(一) 夢に周公を見る(二) 昼寝 三つめ 擬音 臭さの種類 居候 とげ猿 嘘も方便 嘘 饅頭こわい 嘘の名人(一) 嘘の名人(二) 卵の数 四角 石敢当 かきたて棒 帳消し 仲人口 巨牛 とんちん漢 健忘症(一) 健忘症(二) 問答 火急のとき 冬帽夏帽 短気くらべ まにあわせ 火急 せっかち 尚早 熨斗鏝 下男の使い 杞憂 前科 漁父の利(鷸蚌の争い) 強情 負けず嫌い 自慢 女房自慢 観音 北京かぶれ 貴人 片腕 同病 大言 罰 面倒 お粗末 助長 挿木 邯鄲の歩み 顰に效う 履の寸法 株を守る ズボン スッポン 舟に刻して剣を求む 布と麻 墓穴 鐘泥棒 無駄骨 孝行 筍 踏み台 実地検証 長い竿 長い手綱 鏡の中の奴隷 月のようなもの 黒豆 飯泥棒 顎の値段 三十而立 同い年 親心 夢の中 煮られる鬼 腰掛の足 大声 お辞儀 雅号 早産 仁愛 不死の術 教訓 忠告 白と黒 宋襄の仁 服喪 様子を見る 強弓 梟の引越し 親思い 善行 道理 老後 石人 釘 下穿き用 名言 の中 虫干し 飛脚 大雲寺の門 野菜づくり 小のために大を失う 大仏 雀鼠 息子同士 怠慢 靴 帽子 孝行の手本 三聖 俗念 代り 爆竹 蓆 蛍雪 太鼓橋 お嬢ちゃん 薬代 雷 六本足 留守番 早駆け 農繁期 賭け事 不逞の輩 父と子 境目 徒労 念仏婆 一つ目 金蒔絵 寝惚け 犬のあくび 解 説 中国笑話集 のどとふところ 施餓鬼(せがき) 笑海叢珠    金持の信心家が、僧侶たちを招いて施餓鬼を行なった。盛大な法会(ほうえ)だったが、酒は出なかった。  その夜、法会がすんで僧侶たちはそれぞれ部屋に引きとった。酒好きの僧侶がいたが、その僧侶の割りあてられた部屋は、たまたま酒倉の隣りだった。なかなか眠れずにいると、夜中に酒倉の鍵をあける音がした。誰かがはいって行き、中でこっそり酒を飲んでいる気配である。僧侶は癪(しやく)にさわってならず、起き出して法会の広間へ行き、鉦(かね)や太鼓を鳴らして家じゅうの者を起こし、 「亡霊が酒倉へ忍び込んで酒を盗んでいる。おそろしいことだ!」  と叫んだ。家の者が起きてきて僧侶をとり静め、 「亡霊なんかじゃありません。あれは人間です。どうかお静まりを」  というと、僧侶は首を振って大声でいい張った。 「いや、亡霊だ。もし人間なら、一甕(ひとかめ)出してわしたちにも飲ませるはずじゃないか」 ついていない 笑林広記    田舎の親戚で酒を造ったときいて、町の者がその家へ訪ねて行ったところ、あいにく主人は留守。しかしその女房が息子にいいつけてもてなさせ、その夜は泊めてくれた。  男は酒にありつけなかったので、むしゃくしゃしてなかなか寝つけない。その部屋は女房の寝室の壁隣りだった。女房は夜中に便器にまたがって小便をしだしたが、あまり品(ひん)のわるい音をさせてはまずいと思い、つとめて股を締めつけるようにして、少しずつぽたぽたと垂らしつづけた。男はその音をきいて、ひそかによろこび、 「ほほう、今頃になって隣りの部屋で酒をこしているようだ。しめた、明日の朝は一杯飲めるぞ」  とつぶやいた。女房はそれをきいて、思わず頬をゆるめたが、そのとたんに下の方もゆるんで、小便がどっと出だした。男はその音をきくと手を打ってくやしがり、 「やれやれ、ついていないな。惜しいことに酒をこす搾(しぼ)り袋が破れてしまったらしい」 三蔵法師 艾子雑説    艾子(がいし)は酒好きで、酔っていない時はほとんどなかった。そこで弟子たちが、先生に酒をひかえさせようと思って相談した。 「酒が体にどんなに毒かという証拠を見せて、先生をこわがらせることにしよう。そうすれば先生も少しは慎(つつし)んでくださるだろう」  ある日、艾子はしたたかに飲んで、へどを吐いた。弟子たちは艾子に気づかれないようにしてそのへどの中へ豚のはらわたを入れ、それを艾子に見せていった。 「人間は五臓があるから生きておられるのです。先生は度をすごして酒をお飲みになったため、とうとう五臓のうちの一つを吐き出してしまわれました。あと先生には四臓しかありません。これからはよほど気をおつけにならないと生きてはおられません」  艾子は自分が吐き出したという一臓をつくづく眺め、そして笑っていった。 「かまわん。三蔵法師でさえ生きていたんだ。おれにはまだ四つもあるじゃないか」 李太白(りたいはく) 拊掌録・笑賛    李太白は大の酒好きで、大の孟子(もうし)ぎらいだった。  ある士人、酒が飲みたいが金がないので一計を案じ、孟子を罵った詩を数首作って李太白のところへ見せに行った。李太白はその詩を見て大いによろこび、その人を引きとめて二人でさかんに孟子の悪口をいいながら酒を飲んだ。何日か飲みつづけて、ついに酒がなくなってしまうと、その人は帰って行った。  その後、李太白がまた酒を手に入れたことを知って、その人がまた訪ねて行ったところ、李太白はその腹を見すかして、いった。 「先日、君と別れてからよくよく考えてみたところ、孟子にもいくらかはよいところのあることがわかったよ」 酒好き 笑賛    酒好きの男、あまりに長くなるので、その下男がつれ帰ろうと思い、空が曇っているのを見て、 「雨が降りそうですから……」  といった。するとその人は、 「降りそうなら帰れないじゃないか」  という。しばらくすると降りだし、かなり降りつづいてから止んだので、下男がまた、 「雨が止みましたから……」  というと、その人のいうには、 「止んだら何も心配することはないじゃないか」 飲みそこねた 笑府    酒好きの男が、酒の一升はいっている壺(つぼ)を拾い、 「これはありがたい」  と、さっそく燗(かん)をつけているうちに、眼がさめてみれば夢だったので、 「ちぇっ! 冷やで飲めばよかった」 大学の道 笑府   『大学』の開巻第一句は、 「大学の道は、明徳を明らかにするに在り」(大学之道、在明明徳)  である。  さて、ある素読(そどく)の先生、弟子に、 「『大学の道』とはどういう意味ですか」  とたずねられ、急に酒に酔ったふりをして、 「おまえたちは意地がわるい。よりによって、わしが酔っているときに質問をする」  といって答えなかった。  家に帰ってから妻にそのことを話すと、妻は、 「『大学』というのは書物の名で、『之道』というのはその書物の中に書かれている道理ということですよ」  といった。先生は「なるほどそうか」と思い、よく覚えておいて、翌日、弟子たちに向っていった。 「おまえたちは意地がわるい。きのうわしが酔っていたときには質問をしたくせに、きょうはいっこうに質問しないのは、どういうわけじゃ。きのう質問したのは何だったかな」 「『大学の道』ということでした」 「うん、そうだったな」  先生はそういって、妻に教えられたとおりに説明した。そこで弟子たちはまた、 「『明徳を明らかにするに在り』とはどういう意味ですか」  とたずねた。すると、先生はまた急に額をこすりはじめて、 「ちょっと待て。わしはまた酒に酔ったようじゃ」 暴飲 笑府・広笑府    ある親子、旅に出て酒を買ったが、一度に飲んでしまうのが惜しく、箸を酒の中へひたして、その箸の先をなめることにした。  互いにそうして酒をなめあっているうちに、息子が二度つづけてなめたところ、親父が叱りつけた。 「こら、なぜおまえは、そんなに無茶飲みをする!」 味をしめる 笑府    蘇州では、死者の野辺送りをするとき、親戚や友人が酒をとどけて喪主を慰めるしきたりがある。この酒を「節哀酒(せつあいしゆ)」という。  さて、ある男、父親の野辺送りをして節哀酒をもらい、さんざんに酔って家に帰ると、母親を見てにやにやと笑いだした。 「お父さんが亡くなって、何がうれしいんだね。にやにや笑って!」  と母親が怒ると、息子、 「だって、お母さんの顔を見たとたん、近いうちにもう一度飲めると思ってうれしくなってしまったんだ」 酒乱 笑府・広笑府    酒倉に棲んでいる鼠、いつも米倉の鼠に米をふるまわれているので、いちどお返しをしようと思って酒倉へ招待し、米倉の鼠の尻尾を口にくわえて酒甕(さけがめ)の中へつり下げた。米倉の鼠は、口が酒にとどいたので、飲む前に、 「いただきます」  といったところ、酒倉の鼠が、 「どうぞ」  といったので、どぶんと酒の中へ落ち、甕の縁(ふち)へはいあがろうとしてばたばたともがいた。酒倉の鼠はその音をきいて、 「いただきますといったばかりなのに、あいつ、もう酔っぱらって暴れているようだな」 近い 笑府    酒宴のあと、大勢の客たちが、帰り道のことを話しあっていると、一人が、 「このなかでは、おれがいちばん近い」  といった。 「いくら近くても、この家の主人にはかなうまい」  と別の一人がいうと、 「いや、おれの方が近い。主人も奥へ行くには少し歩かなければならんだろう。おれはここでこのまま寝るからな、おれがいちばん近い」 針小棒大 笑府    独り暮しの老人、冬の夜、酒を飲んで寝たところ、酔っていたために行火(あんか)の火でちょっと足にやけどをした。  翌朝、老人は隣りの家へどなり込んで行った。 「わしは年寄りだから、少しばかりの酒で眠り込んでしまったが、おまえたちは若い者のくせに、隣りの家で人間が焼けている臭(にお)いにどうして気がつかなかったんだ!」 薄い酒 雪濤諧史    ある人が夜中に酒屋へ酒を買いに行ったところ、戸を叩いても開けてくれずに、 「戸の隙間から銭を入れてください」  という。 「酒はどこから出すんだ」  ときくと、 「やっぱり戸の隙間から出します」 「そんな、ばかな」  と笑うと、 「笑いごとじゃありません。うちの酒は薄いんです」 淡(うす)い酒 笑府    ある人、客に水を割った淡い酒を出した。客はその酒を飲みながら、 「お宅の料理は味つけがうまい」  という。主人が不審に思って、 「まだ料理も出していないのに、どうしてわかります?」  ときくと、客は口をなめながら、 「それはわかりますよ。だいいち、この、酒で味つけをした白湯(さゆ)だって、なかなかうまくできているじゃありませんか」 酸(す)い酒 笑府・広笑府    ある男が酒屋で酒を飲みながら、 「この店の酒は酸いな」  といったところ、主人が怒ってその男を梁(はり)から吊り下げた。そこへまた客がはいってきて、 「どうしたんだ」  ときいた。主人がわけを話すと、客は、 「それじゃ、試しに一杯飲ませてくれ」  という。主人が酒を出すと、客は一口飲んで黙っている。 「どうですか」  と主人がきくと、客は、 「わしもやっぱり、吊り下げてもらおうか」 作法 韓非子(内儲説篇)    年少者が年長者といっしょに酒を飲むときには、年長者が一杯飲んだら自分も飲むのが作法である。  魯の国に作法を気にする男がいた。年長者が酒を飲んだが、飲みくだせなくて吐き出したところ、男もそのまねをして吐き出した。 妙技 広笑府    ある人が息子にいいつけた。 「一言一動、みな先生のなさるとおりにするのだぞ」  その後、息子は先生のお供をして行って陪食することになった。そのとき息子は父親のいいつけを思い出し、先生が食べれば食べ、先生が飲めば飲み、先生が体をちぢめれば体をちぢめた。先生がそれに気づいて思わず笑いだし、箸を置いてぷっと吹き出したところ、息子はうまくまねをすることができず、お辞儀をしてあやまった。 「先生のその妙技は、まだわたくしにはとてもまねられません」 勇者 呂氏春秋(仲冬紀篇)    斉に勇を好む者が二人いて、一人は東郭(とうかく)に住み、一人は西郭(せいかく)に住んでいた。  あるとき二人は道で出会った。 「一杯飲もうか」  といって居酒屋へはいり、しばらく杯のやりとりをしているうちに、一人が、 「肉を取ろうか」  というと、一人が、 「おまえも肉だし、おれも肉だ。なにも別に肉を取ることはない。醤油をつければ食えるよ」  といった。そこで刀を抜いて互いに肉を食いあい、そして、死んでしまった。 養魚法 笑海叢珠    むかし、ある人が客を招いてご馳走をしたが、料理人に、客にはなるべく小さい魚をつけるようにといいつけておいた。  さて、魚がつけられると、客はいった。 「わたしはかねがね魚を飼う方法を研究しております。澄んだ水の中へ放して、十分に餌をやり、池の中に幾つも洲をつくって、その間を自由に泳ぎまわらせておくと、魚は必ず大きく育ちます」 「そううまくいくものですか?」  と主人がきくと、客は自分につけられた魚を箸でつまみ上げて、主人のとくらべ、 「さよう、たとえばこんな小さな魚でも、一年もたたないうちに、ご主人のその魚と同じくらいの大きさになります」 井戸の魚 広笑府    ある人が客を招いて魚の料理を出したが、小さくてほとんど肉がない。客が何気ないふりをしてたずねた。 「これはどこで取れた魚ですか」 「池で飼っていた魚です」  と主人がいうと、客は、 「池ではなくて、井戸でお飼いになったのではありませんか。そうでなければ、なかなかこんなに小さくは育たないでしょう」 膏薬 笑府    ある道士、弟子をつれて法事に行った家でお斎(とき)を出され、この際とばかり、出されたご馳走を二人ですっかり平らげてしまったため、腹がはち切れそうで苦しくてならない。  帰り道で、道士の頭巾(ずきん)が風に吹きとばされて、地面にころがった。 「おい、拾ってくれ」  と道士がいうと、弟子は、 「わたしの靴下もずり落ちて、歩きにくくてならんのです。お師匠さんの頭巾が拾えるくらいなら、自分で靴下の紐を結びますよ」  しばらく行くと、道に大きな牛の糞が落ちていた。道士はそれを見ると、いかにもうらやましそうに、 「ああ、わしもあれくらいの糞がひり出せたら、腹の中がさっぱりするだろうになあ」  ようやく家に着くと、道士は下男にいった。 「ああ苦しい。すぐ寝るから籐(とう)の寝台を持ってきてくれ」 「お加減がわるいのでしたら、薬を買ってまいりますからお飲みください」  下男が心配してそういうと、道士は、 「いやいや、わしはもう一滴も腹へははいらん。膏薬を買ってきてくれ。腹の上へ貼るから」 昼飯 笑府    正午になっても、主人はいっこうに食事を出そうとしない。ちょうどそのとき、鶏が鳴いたので、客が主人に向って、 「お昼の鶏が鳴きましたね」  というと、主人、 「あれはよその鶏で、確かではありません」  すると客はいった。 「わたしの腹のすき具合では、確かにお昼です」 乗り物 笑府    遠方からきた客、長時間いたが、その家には鶏や家鴨(あひる)がたくさん飼ってあるにもかかわらず、いっこうに食事を出そうとしないので、業(ごう)を煮やして、 「庖丁(ほうちよう)を貸してくださいませんか」  といった。 「どうなさるのです」  と主人がきく。 「わたしの乗ってきた馬を料理して、ごいっしょに食べようと思いまして」 「帰りはどうなさるつもりです?」 「お宅にたくさんいる鶏か家鴨の中から、ほんの一羽だけお借りして、それに乗って帰ることにします」 豆腐 笑府    ある男、客に食事を出したが、おかずは豆腐だけしか出さずに、 「わたしは豆腐が命より好きで、これほどうまいものはありませんよ。うちは豆腐しか食べないのです」  という。その後、男がその客の家へ行ったところ、客は男が豆腐好きだということを覚えていて、魚に豆腐をまぜたおかずを出した。すると男は魚ばかりよって盛んに食うので、客が不審に思って、 「あなたはこの前、たしか、豆腐が命よりも好きだといったはずだが、今日はどうして食べないのです?」  ときくと、男のいうには、 「魚を見たら、もう命もいらなくなりました」 蓮根(れんこん) 広笑府    ある人が客を招いて蓮根の料理を出したが、細いところばかりで、太いところは台所に残しておいた。 「こういう詩をご存じでしょう?」  と客がいった。 「太華峰(たいかほう)頭玉井(ぎよくせい)の蓮(はす)、開花十丈藕(はすのね)船の如し。わたしはこの詩を読むたびに、藕船の如しなどというのは誇張も甚しいと思っていたのですが、今やっとほんとうだということがわかりましたよ」 「どうしてです」  と主人がきくと、客は皿の上の蓮根を指さして、 「蓮根の先はここにあるのに、太いところはまだ台所にあるのですから」 肉と汁 広笑府    大のけちん坊で、しかもすぐ怒りすぐ喜ぶ男、あるとき、ほんのわずか肉を買ってきて女房に吸い物をこしらえさせた。  碗に脂(あぶら)が浮いているだけなのを見て、かっとなり、 「おれとおまえは前世からの仇(かたき)同士だ! さっさと出て行け!」  とどなりつけた。ところが箸で碗をかきまわすと肉が少し見えたので、忽ちにこにこして女房の肩を撫でながら、 「おれとおまえは五百年も前から定められていた夫婦だよ」  といって、うまそうに汁をすすった。 塩加減 笑林    ある男、吸い物をつくり、杓子(しやくし)ですくって嘗(な)めてみたところ、塩味が足りなかったので、杓子を右手で持ったまま左手で塩を足してから、また杓子を嘗めてみて、 「やっぱり塩が足りない」  といい、また左手で塩を足した。こうして何度も塩を足し、およそ一升ほど塩を入れたが、杓子はいっこうに塩辛くならない。男はしきりに首をかしげて、 「おかしなこともあるものだ」  とつぶやいた。 孔子の教え 笑禅録   『論語』に孔子の飲食について記した一章があって、 「食(し)は精(しら)げたるを厭(いと)わず、膾(なます)は細きを厭わず」(飯は白米がよく、膾は細く切ったのがよい)  とある。  さて、ある道学先生が人々にいった。 「孔子の言葉を一、二句でも体得すれば、尽きざる利益を得るものである」  すると一人の若者が進み出て、一礼していった。 「わたくしは孔子の言葉を二句、深く体得しております。そのため、心はゆたかになり、体もふとりました」 「その二句というのは?」  と先生がたずねると、 「はい。食は精げたるを厭わず、膾は細きを厭わず、という二句でございます」 親玉 笑林    南方の男が都(洛陽)へ奉公に上ったところ、ある人が食べ物についての注意をして、 「出された物は何でも食べたらよいのだ。これは何ですかなどと物珍らしそうにきくんじゃないぞ」  といった。さて主人の家へ行き、門のなかへはいって行くと馬の糞があったので、さっそく食ったところ、臭いにおいがした。さらになかへはいって行くと、古草履(ぞうり)が捨ててあったので、また食ってみたが、とても喉を通らない。そこで連れの者をふりかえって、 「やめた! 人のいうことをそっくり信用することはできん」  といった。その後、高官のところへ行ったところ、ご馳走が出された。彼はそれを見まわしながらつぶやいた。 「さっきの食い物の親玉だな。まあ、食わないことにしよう」 田螺(たにし) 笑林広記    ある人、夏の日ざかりに田螺を食べていて、うっかり中の身を取り落し、手さぐりでさがしているうちに、まちがえて鶏の糞を拾って口へ入れ、傍の人にいった。 「何しろこの暑さだ、ちょっと下へ落しただけで、すぐ臭くなってしまいますなあ」 塩漬け卵 笑府    田舎からはじめて町へ出てきた二人づれの男、はじめて塩漬けの卵を食った。 「この卵、どうして塩からいのだろう」  と一人がいうと、もう一人はしばらく考えてから、 「わかった。塩漬けの家鴨(あひる)に生ませた卵だろう」 満腹 笑府    余姚(よよう)から松江(しようこう)へ出稼ぎに行って家庭教師をしている先生が帰郷したというので、親戚友人がおしかけて行って、松江のことをあれこれとたずねた。  先生は得意になって松江の賑わいぶりを話し、 「普照寺の前では魚市が開かれるが、その種類の多いことといったら、とても数えきれるものではない」  という。人々がうらやましそうに、 「あなたはその魚を食べたのですか」  ときくと、先生、 「いや、なに。わしはただ、眼で満腹するほど見ただけだ」  人々はそれをきくと、みんなで先生を取り囲んでその眼をなめだした。 小便 笑府    ある男、女房の里へ行ってご馳走になり、はじめて氷というものを出された。食べてみるとうまかったので、そっと紙に包み、かくしに入れて持ち帰った。そして家に帰るなり女房に、 「おまえの里でうまいものを出されたので、おまえに食べさせようと思って持ってきたよ」  といい、かくしをさぐったところ、濡れた紙があるだけなので、おどろいていった。 「あいつ、小便をして逃げて行きよった!」 値段 笑府    ある人が下男に、楓橋(ふうきよう)へ行って麦の値段を調べてくるようにいいつけた。下男が楓橋へ行ってみると、 「うどんをどうぞ」  と呼んでいる者がいたので、ただだろうと思って二杯食べ、そのまま立ち去ろうとしたところ、 「もしもし、お代を」  といわれた。 「金は持っておらんよ」  というと、いきなり頬を六つ打たれた。  下男は急いで家に帰って、主人にいった。 「麦の値段はわかりませんでしたが、うどんの値段がわかりました」 「いくらだった」 「一杯がびんた三つでした」 ばか 笑府    兄が弟をつれて人を訪問した。席につくと、西域の乾葡萄がお茶請けに出された。弟が兄に、 「これは何というものなの」  ときくと、兄は、 「ばか」  といって弟を制した。乾葡萄のあと、橄欖(かんらん)が、やはりお茶請けに出された。すると弟がまた兄に、 「これは何というものなの」  ときいた。兄がまた制して、 「ばか」  というと、弟は怪訝(けげん)な顔をした。  帰り道で弟がいった。 「兄さん、さっき食べたばかのうち、はじめのばかは甘酸っぱくてうまかったけど、二番めのばかは、渋くてまずかったねえ」 野菜畑 笑林    いつも野菜ばかり食べている男が、あるとき羊の肉を食べたところ、その夜、夢に五臓の神があらわれて、 「羊が野菜畑にはいり込んできたぞ」 垂涎(すいぜん) 笑府    ある男、死んで閻魔大王の前に引き出されたとき、 「わたくしは一生精進(しようじん)を守ってまいりましたので、どうかもういちど人間に生れかわらせてくださいませ」  とたのんだ。すると大王は、 「係りの者に調べさせよう」  といい、そして鬼卒に、 「この者の腹を裂いて、中身を調べてみろ」  と命じた。鬼卒が男の腹を裂いてみると、中身は唾(つば)と涎(よだれ)ばかりだった。 黒猫の団子 笑林広記    ある男、生れついての怠け者で、昼も夜も寝ころんだまま、めったに体を動かすこともなく、三度の食事も口を動かすのが大儀だからといって食べずに、ただうつらうつら寝ているうちに、とうとう餓死してしまった。  死んで地獄へ行ったその男に、閻魔大王は、生前の怠け根性を罰して、 「猫に生れかわらせる」  と言い渡した。すると男はめずらしく口を開いて、 「大王さま、お願いがございます。猫になるのでしたら、大王さまのお情けによりまして、どうか、体の毛は全部黒色で、ただ鼻の先だけを白く残してくださいませ」 「なぜそういう猫を望むのだ」 「はい。そういう猫に生れかわらせていただけますならば、わたくしはじっと暗がりに寝ていることにいたします。そうすると鼠がわたくしの白い鼻を見て団子かと思い、食べようとしてわたくしの口の傍までやってくるはずでございます。そうすれば一口で鼠を噛み取ることができて、手間がはぶけると思いまして」 食いしん坊 笑賛・笑府    ある男、道で砂糖黍(さとうきび)の食べかすを拾ってしゃぶってみたが、まるで味がないので、腹をたてて罵った。 「食いしん坊め! とことんまで食いやがって!」 暴食 広笑府    ひどくけちん坊な男、食事のときにはいつも空(くう)に指で「鮓(すし)」という字を書き、 「鮓!」  と叫んでは飯を一口食うことにしていた。あるとき弟が、 「鮓、鮓、鮓!」  といったところ、男はひどく腹をたててどなりつけた。 「食いすぎだ! 腹をこわしておれに薬を買わせようという気か!」 身代(しんだい)つぶし 笑府    徽州(きしゆう)の人には吝嗇家(りんしよくか)が多い。  蘇州に出てきている徽州のある男、塩豆を作って壺へ入れ、箸で一粒ずつつまみあげて、一食に四、五粒以上は食べぬときめていた。ある人がその男に向って、 「あなたはそんなにつましくしておいでだが、ご子息は町で豪遊しておられましたよ」  というと、その男はかっとなり、壺の豆を掌(てのひら)へ一杯あけ、 「ええいっ、伜(せがれ)がそんなことをしているのなら、こっちも思い切って身代つぶしをしてやれ!」  と、全部口の中へ放り込んでしまった。 海の味 笑府    ある士人、海の物を食べたいと思ったが、金を出してまで買う気にはならない。貝売りがきたのをさいわい、買うふりをして呼びとめ、あれこれ手に取ってみて、長くのばした爪の裏へ貝の汁をためこんだ。  そして食事のたびに、爪の裏の汁を少しずつ嘗(な)めては、おかずの代りにしていた。夜は指を蒲団の外へ出して寝て大事にしていたが、四、五日たつとせっかくの爪の裏が臭くなってきたので、口惜しくてならず、 「ええいっ、惜しいことをした。こうなるのだったら、けちけちせずに、もっと贅沢に嘗めたらよかった!」 夢のつづき 笑府    ある男、夢で芝居を見ながら酒を飲んでいた。ところが、ちょうどよいところで女房にゆすぶり起こされたので無念でならず、ぐずぐずいうと、女房、 「文句をいわずに早く寝なさいよ。お芝居はまだ半分もすんでいないのでしょう」 料理の中身 雪濤諧史    国子監の博士が、鶏を一羽殺し、大根といっしょに料理して、二十人あまりの学生を招待した。  その鶏の魂が冥土へ行って役人に訴えた。 「鶏を殺して客をもてなすことは、誰しもよくやることです。しかし、たった一羽の鶏を二十人あまりもの客にふるまうとは、不都合ではありませんか」 「いくらなんでも、そのようなしみったれたことをする者があるとは思われぬ。嘘であろう」 「嘘ではございません。大根が証言をしてくれるでしょう」  さっそく大根を呼び出して訊問すると、大根のいうには、 「鶏のいうことは嘘です。あの日の博士の料理に参加したのはわたくしだけでした。鶏など一かけらも参加していなかったと思います」 白蟻 笑府・笑林広記    ある金持、客を呼んだが、客には茶菓を出しただけで、自分だけ奥で食事をしてきた。客がそれに気づいて主人にいった。 「お宅はなかなか立派な普請(ふしん)ですが、惜しいことに梁(はり)も柱も全部、白蟻に食われておりますな」 「いや、そんなはずはありませんが」  と主人がいうと、客は、 「白蟻というやつは中でかくれて食いますからな。外からは見えないのですよ」 食客三千 笑府    ある人が、何某は客が好きで、三千人の食客を養ったという孟嘗君(もうしようくん)にも劣らない人だとしきりにほめた。それをきいた男、そんなに立派な人ならぜひ会ってみたいと思い、さっそく訪ねて行ったところ、門の内はひっそりとして誰もいない様子。そこで隣りの人に、 「あの家の食客たちはどこへ行ったのでしょうか」  ときくと、 「いまはちょうど食事時なので、みんな自分の家へ食べに帰られました」 物を惜しまず 笑林    姚彪(ようひよう)が張温(ちようおん)といっしょに武昌(ぶしよう)へ行ったときのこと、呉興(ごこう)の沈〓(しんこう)が揚子江の岸に船をとめて風を避けていたが、食糧が尽きてきたので、使いの者に手紙を持たせて姚彪に塩百石(こく)を貸してほしいとたのんだ。姚彪はその手紙を受け取ったまま回答もせずに張温と話をしていたが、しばらくすると、部下の者にいいつけて、塩百石を揚子江の中へ投げ入れさせた。そして張温に向ってこういった。 「わたしは物惜しみをするのではない。人に物をやることが惜しいのだ。そのことをはっきりさせたまでだ」 多すぎる 笑林    呉の沈峻(しんしゆん)という人は吝嗇(け ち)なたちであった。太湖の岸を通ったときのこと、従者に塩水を汲んでくるようにいいつけたが、従者が汲んできたのを見ると、 「多すぎる。少し減らしてこい」  とどなった。そのあと自分でも気づいて恥かしくなり、 「これはおれの天性なのだ」  といった。 金に目がくらむ 列子(説符篇)    むかし、斉の国に、金がほしくてたまらなくなった男がいた。朝早く、ちゃんとした身なりをして盛り場へ行き、両替屋の店さきの金を取って逃げた。  役人がその男を捕えて、 「大勢の人が見ているなかで、どうして人様の金を取ったのだ」  と詰問すると、その男は、 「金を取るときには、人なんか目にはいらず、金だけが見えたのです」  といった。 餞別 笑林    呉の沈〓(しんこう)の弟の沈峻(しんしゆう)は、字(あざな)を叔山(しゆくざん)といって、高名な人であったが、吝嗇なたちであった。  張温(ちようおん)が蜀(しよく)へ使いすることになって沈峻のところへ別れの挨拶に行ったときのこと、沈峻は奥へはいって行き、しばらくしてから出てきてこういった。 「布を一反(たん)、餞別にしようと思ってさがしていたのだが、いくらさがしても手頃な安物がなくてね」  張温は、沈峻が自分の欠点をかくさずにいったことをほめた。 引き船 艾子雑説    呂梁(ろりよう)から彭城(ほうじよう)まで行こうとする男、船頭に五十銭で乗せてくれとたのむと、船頭は手を振っていった。 「品物をくれずに乗るお客さんには、彭城までなら百銭もらうことにしている。五十銭なら半値だ。あんたがここから彭城まで引き綱を引っぱっていってくれるなら、半値にまけてやってもいいよ」 川の中(一) 笑苑千金    〓京(べんけい)の孟良(もうりよう)一家は大金持だったが、たいへんなけちんぼうだった。父親は病気になったが医者にかかろうとはせず、 「せがれや、病気が長びいてなかなかなおらんので、醴泉観(れいせんかん)(〓京東郊の道教の寺)へ平癒祈願に行きたいのだが、わしは歩けんから、おまえ、おぶって行ってくれ」  といった。孟良はそこで父親をおぶって行ったが、〓橋(べんきよう)を渡るとき、船を引く綱に足をひっかけてころんだ拍子に、父親は投げ出されて川へ落ちた。近くにいた船頭が孟良に、 「一両くれたら、川へ飛び込んで助けてあげるよ」  というと、孟良は首を振って、 「三銭やるから助けてくれ」 「いやだ。一両くれなきゃいやだ」 「それじゃ四銭やるから……」 「いやだ」  すると父親があっぷあっぷしながら、孟良にいった。 「せがれや、五銭以上は一銭も出してはならんぞ」 川の中(二) 笑府・広笑府    ある親父、川に落ちて溺れかかった。息子が大声で助けを呼ぶと、親父はあっぷあっぷしながら、 「銀三分でなら助けてもらうが、それ以上なら絶対に助けてくれるな」 虎の皮 笑府    ある親父が虎に襲われた。虎は親父を口にくわえて逃げ去ろうとする。息子が弓矢を持って追いかけ、狙いを定めて弓を引きしぼると、遠くの虎の口から親父が叫んだ。 「せがれや、足を狙って射るんだぞ。皮に傷をつけると値が下るからな」 李(すもも)の種 世説新語(倹嗇篇)    竹林の七賢の一人王戎(おうじゆう)は、官位は司徒(三公の一で、人臣最高の官)にのぼり、家屋敷(いえやしき)や召使の数、美田や水車の数の多さは、都の洛陽に及ぶ者のないほどの金持であった。  しかし、王戎はけちん坊だった。家にはよい李の木があったが、その実を誰にもやらず、売って金にかえた。しかも、人がその種を植えてよい李の木をつくることをおそれ、かならず一つ一つの種に鑽(きり)で穴をあけてから売った。 十八羅漢 笑府・広笑府    畑を耕していて黄金の羅漢像を掘りあてた男、興奮して羅漢の頭をたたきながらいった。 「おい、あとの十七人はどこにかくれている?」 袋 笑府    ある男、金を持って市場へ米を買いに行ったが、人ごみの中で金の袋を落してしまって、すごすごと帰ってきた。そして妻にいった。 「今日は市場がひどくこんでいてね、袋を落した人もずいぶんいたようだ」 「まさか、あなたも落したのではないでしょうね」 「あのこみようでは、天下の豪傑だってどうすることもできないよ」 「やっぱり落したのね。それで、お金の方は?」 「それは大丈夫だよ。袋の口をしっかりと縛っておいたから」 評判 笑府・広笑府    あるけちん坊な人が、道士にたのんで家で祈祷をしてもらうことにした。ところが、いざ祈祷になると、道士が東西両京の神ばかり招くので不審に思い、 「どうしてそんなに遠方の神様ばかり招くのです」  ときくと、道士のいうには、 「近くの神様はみな、あなたのことをご存じなので、呼んだところできてはくださいません」 節約 笑府・笑得好    ある人、ズボンを作ろうと思ったが、布が惜しい。仕立屋を呼んで相談したが、わずかしか布を使ってはいけないというので、みんなことわって帰って行く。ところが最後にきた仕立屋が、 「三尺あればできないことはありません」  といったので、その人は大よろこび。さっそく布を三尺だけ渡して作らせることにした。やがて仕立てあがってきたズボンを見ると、片方ぶんだけである。 「これでは、はけないじゃないか」  というと、仕立屋は、 「両足をいっしょに入れてください」  という。両足を入れると動きがとれない。 「窮屈だ。どうして動くのだ」  というと、仕立屋は笑って、 「これだけ節約すれば、動けないのがあたりまえでしょう」 テーブル 笑府・笑得好    ある人、テーブルを作ろうと思い、大工に、なるべく木を使わずにすませる方法はないかと相談をした。すると大工が、 「足を二本だけにして、柱にくっつけて使えばよいでしょう」  といったので、なるほどと思い、そのように作らせた。  ある夜、月が綺麗なので、そのテーブルを中庭へ出して据えようとしたが、どうしても立たない。そこで大工を呼んで、 「これじゃ、使いものにならんじゃないか」  というと、大工のいうには、 「足は部屋の中では節約できますが、外では節約ができません」 指 笑府    ある貧乏な男、道で偶然昔の友達に出会った。友達は修行を積んで仙人になっていて、いろいろな術を心得ていた。  挨拶がおわると、仙人は道端の瓦の破片を指さしてそれを金に変え、 「もう二度と会うことはあるまいから、それをみやげにあげましょう」  といった。すると男、 「せっかくくれるのなら、もっと大きな物をくれないか」  という。 「それでは」  と仙人があたりを見まわして、大きな石の獅子を指さそうとすると、男は、 「いや、あれでは足りない」  仙人があきれて、 「いったい何がほしいのです」  ときくと、 「あんたのその指がほしい」 小石 笑府    何につけ、たとえわずかでも得をしなければ承知できないという男がいた。町の人々はみなその男を毛嫌いして、その家の前を通る者さえいない。  ある人が小石を一つ持って、これならどうということもあるまいと思い、その男の家の前を通ったところ、男はそれを見てさっそく呼びとめ、家の中から庖丁を持ってきて、その小石で二、三度磨(と)いでから、手を振っていった。 「さあ、もう行ってもいい」 遺言 広笑府    食う物も食わずに金をため込んだ男、病気が重くなって死にそうになったとき、女房を呼んで遺言した。 「わしは一生けちを通して、親類とのつきあいもせずに金をためたが、死んでもまだ金がためたい。わしが死んだら、皮を剥いで皮屋へ売り、肉を切って肉屋へ売り、骨を切って漆屋へ売ってくれ。きっと、たのんだぞ」  息が絶えてから半日すると、また息をふき返したが、女房を見るなりいいふくめた。 「人はあてにならんから、皮も肉も骨もかけ売りをせずに必ず現金で売るのだぞ」 靴下 笑倒    江南の人が、暖いので靴下をはかずに人の家へ行ったところ、その家の飼犬が足に噛みついた。ひどく痛いのでさわってみると、血が出ていたので、 「やれやれ、靴下をはいてこなくてよかったわい」  といってよろこんだ。 暦(こよみ) 笑倒    ある人、大(おお)晦日(みそか)に贈り物をとどけにきた使いの男に、駄賃としてその年の暦をやった。使いの男がそれを見て、 「この暦は今日でおしまいで、もう役には立ちません」  というと、その人、 「うん、うちに取っておいてももう役に立たんのでな」 半殺し 笑林広記    欲張りの男がいた。金持の男が、 「千両やるから、おれに打たれて死ぬか」  というと、欲張りはしばらく考えてから、 「五百両で半殺しということにしてくれると、ありがたいのだが」 大金の使い道 笑苑千金    ある大金持が誤って人を殺したため、死刑の身代りになる者を大金で雇うことにした。すると、三千貫くれたら身代りになってもよいと申し出た男がいた。ある人がその男に、 「いくら金をもらっても、自分が死んでしまうんでは仕様がないじゃないか」  というと、その男、 「いや、そんなことはない。一千貫は父母の老後を養う金にし、一千貫は七日七日の法事をしてもらうための金にする。あとの一千貫はおれの墓の傍に積んでおくのだ」 「父母の老後を養うのはよいことだ。七日七日の法事をしてもらうのもよいことだろう。だが墓の傍に積んでおくというのは、どういうわけだ」 「墓の前を通る人たちが、死んだ男はそんなに金持だったのかと思ってくれれば、それでいいんだ」 命の恩人 笑賛・笑府    人に雇われて、身代りに笞(むち)打ちの罰を受けることになった男、身代り賃として手に入れた金を笞打ち係にやって少し軽く打ってくれるようにたのんだ。  罰が終ると、男は体の痛みをこらえて雇った者のところへ行き、叩頭(こうとう)していった。 「あなたは命の恩人です。もしあなたに身代り賃をいただいていなかったら、わたしは打ち殺されてしまうところでした」 こりごり 笑府    ある男、重罪を犯した者から金をもらって身代りになったところ、斬罪を申し渡された。 「金欲しさに命を捨てるなんて」  と妻子がなげくと、男はいった。 「おれも今度こそこりたよ。元をすって損をするようなことは、もうこれきりでやらないことにする」 清福 笑府    冥土に住んでいた男が、また人間世界へ生れかわることになった。そのとき閻魔大王が、 「そなたを金持に生れかわらせる」  というと、その男は、 「お言葉を返すようで失礼ではございますが、わたくしは富貴を望みません。ただ、一生衣食に事欠くことなく、平々凡々に、香(こう)を焚き茶を飲んで日をすごすことができますならば、それで満足でございます」  すると大王が、 「いや、それはならぬ」  といった。 「金が望みなら何万でもさずけてやるが、そのような清福をさずけるわけにはいかぬ。もし人間世界にそのような清福があるならば、このわしがつれて行ってもらいたいわ」 貧乏書生 笑府    ある金持の秀才、死んで閻魔大王の前に引き出され、 「おまえは娑婆(しやば)にいたとき贅沢(ぜいたく)をしすぎたゆえ、再び秀才に生れかわらせたうえ、五人の息子をさずけてやろう」  と申しわたされた。獄卒がその裁きをきいて大王にたずねた。 「この者の罪は重うございます。それなのにそのような結構な身分に生れかわらせておやりになるのは、どういうわけでございますか」  すると大王は笑っていった。 「金持に生れかわらせるのではない。貧乏書生に生れかわらせ、大勢の息子を与えて足手まといにし、つらい目にあわせてやるのじゃ」 約束 笑府    けちん坊な金持、客を招いてご馳走をふるまうなどということは一度もしたことがない。  ある日、隣家の人が宴会をするのに手狭だからといって、その金持に部屋を貸してくれとたのんだ。貸賃が取れるので金持はよろこんで貸したが、それを見た人が金持の家の下男に、 「めずらしいこともあるものだな。おまえの家で客を招(よ)んでいるじゃないか」  というと、下男は頭をふってわけを話し、 「うちの主人に招ばれようと思うなら、あの世まで待つことですな」  といった。すると金持がそれをきいて、下男を叱りつけた。 「きさま、うかつなことをいうではない。たとえあの世とはいえ、客を招ぶ約束をきめるなど、もってのほかだ」 大金持 笑府    蘇州に潘(はん)十万という大金持がいた。  死んで地獄へ行ったところ、大金持がきたというので鬼卒どもは大さわぎ。茶をとどける者、菓子をとどける者、果物をとどける者がひきもきらず、たいへんなもてなしぶり。潘十万はその鬼卒どもに向って、 「大王さまへのお目通りがすんだら、みなさんにお礼します」  と約束した。  さて潘十万が閻魔大王との会見をすませて門から出てくると、外で待ちかまえていた鬼卒どもが、どっと寄ってきて我さきにと手を出した。潘十万はおもむろに袖の中をさぐってみて、はじめて気がついた。 「ああ、一文もない。どうしたらよかろう……」  金はみんな娑婆へ置いてきたのであった。 へつらわない 笑府    ある金持が、威張って貧乏人にいった。 「誰でも皆わたしにへつらうのに、君はどうしてへつらわないのだね」  すると貧乏人がいった。 「君が金持だろうと何だろうと、わたしには何の関係もないことだ。それなのになぜへつらわなければならんのだ」 「もしわたしが君に財産を半分わけてやったら、君はへつらうかね」 「半分くれたら、君もわたしも同じ金持じゃないか。なぜへつらわなければならんのだ」 「それじゃ、もしわたしが君に財産を全部やったら、君はへつらうかね」 「そうすれば君は一文なしになり、わたしは大金持になる。わたしが君にへつらうことはないじゃないか」 金持とは 笑府    ある金持が貧乏人に、 「わたしには百万の蓄えがある」  といって威張った。すると貧乏人が、 「わたしにも百万の蓄えがある。君が知らないだけだ」  といった。金持がおどろいて、 「ほんとうか。いったいどこへ隠しているのだ」  ときくと、 「君は蓄えているだけで使わないし、わたしも使わない。使わないものなら、あろうとなかろうと同じことじゃないか」 成金 笑林広記    にわか成金が、贅(ぜい)をつくした書斎をこしらえ、書画骨董のたぐいをずらりと並べて悦(えつ)に入っていた。ある日、客がきたので得意になって、 「この中に、もしふさわしくない物があったらおっしゃってください。さっそく取り替えますから」  といった。すると客が、 「どれもこれも、みな見事な物ばかりですが、ただ一つだけ取り替えた方がよいと思われるものがあります」 「それは何でしょうか」 「あなたです」 無精(ぶしよう) 笑禅録・笑府    泥棒がある家へ押し入ったが、貧乏な家で何一つ取る物がない。そこで戸をあけたままで出て行こうとすると、貧乏人が寝床の上から呼びとめて、 「おい、君、戸を閉めて行ってくれよ」  という。泥棒が、 「なんて無精なやつだ。だからおまえの家にはなんにもないんだ」  というと、その男のいうには、 「一生懸命に働いたところで、おまえに盗まれるんじゃつまらんからな」 貧乏人 笑府    ある貧乏な家へ泥棒がはいった。いくらさがしても目ぼしい物がないので、唾を吐いて、戸をあけたまま出て行こうとすると、貧乏人が寝床に寝たままで呼びとめて、 「おい、泥棒、戸を閉めて行ってくれ」  といった。すると、泥棒がふりかえって、 「きさまのようなやつが、おれを泥棒呼ばわりするとは、けしからん!」  また一説には、貧乏人が戸を閉めて行ってくれというと泥棒が笑って、 「ちょっときくが、戸を閉めてどうするんだね?」 盗人(ぬすつと)に追銭(おいせん) 笑府    みえ張りの貧乏な男の家へ泥棒が忍び込んだが、がらんとして何もないので、 「こいつはひどいもんだ」  と悪態をついて出て行こうとすると、その家の主人があわてて起きだし、枕もとから一文銭を何枚かさぐり寄せて泥棒を追って行き、その銭を渡してたのんだ。 「せっかくおいでくださったのに、なんのおもてなしもできませんでしたが、どうかこのことは人さまには内証にしておいてください」 掛蒲団 笑府    貧乏な漁師夫婦、冬になって網を掛蒲団がわりにして寝ながら、網の目から手を出してみて、しみじみといった。 「寒い。こんな寒い晩に、掛蒲団のない人たちはさぞつらいことだろうな」 証人 笑府    ある男、靴も靴下も、ひどく破れたのをはいている。  さて、その靴と靴下とが口論をしだした。靴は靴下がわるいといい、靴下は靴がわるいといって互いにゆずらず、とうとう神様のところへ訴え出た。神様は裁きをつけかね、証人として足の踵(かかと)を喚問した。すると踵がいった。 「わたくしは、これまでずっと外へ追い出されておりましたので、何も存じません」 首吊り 笑倒    首を吊って死んだ者は成仏(じようぶつ)できず、首吊り幽霊になってこの世をさまよっている。首吊り幽霊が成仏するためには、自分の身代りとして、新しい首吊り人を見つけなければならないのである。  さて、ある男、博打(ばくち)で負けて財産をなくし、もう暮して行くことができなくなったので、梁(はり)に縄を掛けて首を吊ろうとした。すると突然、梁の上に首吊り幽霊があらわれて、 「早く首をおくれ」  といったので、男は腹を立てて、 「よくもそんなむごいことがいえたもんだ。おれは何もかも取られてこのざまなのに、この上まだ首まで取り上げようというのか」 居留守 笑府    金を借りている男、借金取りがくるたびに居留守を使って逃れている。  ある日、借金取りが行くと、いつものように、家の中から、 「留守だよ」  という本人の声がきこえてきた。 「現にいるくせに、なぜ居留守を使うんだ」 「わしは親戚の者で、留守番にきているのですよ」  そこで借金取りが、窓紙を濡らして穴をあけ、中をのぞいて見ると、男は大いに腹をたてて、 「わずかな借金のために窓をこわされるとは心外だ。ちゃんと修理しないことには借金は払わん」  という。借金取りは仕方なく紙を買ってきて貼りかえ、 「さて、払ってもらおうか」  というと、中から、 「やっぱり留守だよ」  という本人の声。 済(な)す時の閻魔顔 笑府    証文を書いて金を借りにきた男に、主人がいった。 「証文はいらん。それよりも、おまえさんの笑っている顔を絵にかいて持っておいで」 「わたしの顔の絵なんか、どうするのです?」 「あとでわしが借金取りに行ったとき、おまえさんに見せようと思ってね」 逆夢(さかゆめ) 笑府    ある男、借金取りがきたので、話をそらせようと思っていった。 「わたしの寿命ももうあまり長くはないようです。昨夜、死んだ夢を見ましたので」 「いやいや、夢は逆夢といって、死んだ夢を見た者は逆に長生きをするといいますよ」 「ああ、そうそう。もう一つ夢を見ました」 「どんな夢を?」 「あなたに借金を返した夢を見ました」 席 笑府    ある家に借金取りが大勢つめかけて居催促。中には門口の敷居に腰をかけている者もいるありさま。主人、その敷居に腰かけている人の傍へ行き、 「あしたの朝、早くきなさるといいよ」  とささやく。その人は、あしたはほかの者よりも先に払ってくれる気だなと思い、よろこんで帰って行った。  翌日、夜の明けるのを待ちかねて出かけ、主人に会って、 「さあ、約束どおり払ってもらいましょう」  というと、主人、 「早くきなさるといいといったのは、そうすれば敷居に腰をかけずにちゃんと椅子にかけられるからですよ」 ほんとうのこと 笑府    ある男、借金取りがやってきていくらことわっても帰らないので、 「あんたはわたしに、どうしてもほんとうのことをいわせたいのか」  というと、借金取りは黙って帰って行った。  男はその後、借金取りがくるたびに同じことをいった。すると借金取りはやはり黙って帰って行く。  ある日、また借金取りがやってきて、 「もう我慢がならぬ。たとえあんたがなんといおうと、わしはこわくないぞ」  という。男が、 「それでは、わたしにほんとうのことをいえというのだな」  というと、 「ああ、いってもらおう」 「それならいおう。わたしは絶対に金は返さん」 保証人 笑府    ある男、借金取りにせめたてられて逃げだし、涸井戸(かれいど)の中へ飛び込んだ。借金取りがあわてて、 「おい、出てきてくれ」  というと、男は、 「いやだ。出て行ってもあんたに返す金はないんだ」 「困ったな。それじゃ、出てきたら証文を焼いてやるから、出てくれ」 「それはありがたい。しかし、おれは出ないよ。出て行っても貧乏で、どうせ暮していけやしないんだから」 「出てきてくれたら、多少の金や米は用立てるよ」 「それはありがたい。しかし、やっぱりおれは出ないよ。おれには仲のよい友達がいるんだが、そいつはおれよりももっと貧乏なんだ。そいつに十両ほど貸してやってくれるなら出て行ってもいいよ」 「あんたに用立ててやるうえに、その友達にまでというわけにはいかないよ」 「まあ、そういわずに、貸してやってくれ。おれが保証人になるから大丈夫だよ」 元利合計 笑府    ある男、銀子(ぎんす)五両を四分の利息で借り、十ヵ月たったら七両返済するという取りきめをした。  十ヵ月たって返済する段になると、 「いまのところ都合がつかないので、もう三両足してもらって、十両の証文に書きかえてもらいたい」  という。貸主はそのとおりにして、三両渡した。四分の利息で十ヵ月たったら十四両返済するというとりきめである。  十ヵ月たつと男はまたいった。 「今年も都合がつかないので、もう一両足してもらって、十五両の証文に書きかえてもらいたい」  貸主は一両ぐらいのことならと思い、しぶしぶそのとおりにして、一両渡した。四分の利息で、十ヵ月たったら二十一両返済するというとりきめである。  十ヵ月たって貸主が催促に行くと、男は、 「やっぱり都合がつかないので、もう四両足してもらって、二十五両の証文に書きかえてもらいたい」  という。また四両せしめようというのか、と貸主は癪にさわってならず、 「もうその手には乗らん」  というと、男は怒っていった。 「わたしが、いつ元利をごまかした? いつも元利をはっきりさせているではないか。こんどは二十五両借りて、四分の利息で、十ヵ月たったら三十五両返済しようというのに、なんでもうその手には乗らんなどといいなさる? 道理のわからん人だ!」 返してくれぬ 笑府    いくら催促しても借金を返さない男がいた。業(ごう)を煮やした貸主が、下男に、その男をひっとらえて、かついでくるようにいいつけた。  下男がその男をかついでくる途中、疲れて一休みすると、男は下男に向っていった。 「早く行けよ。休んでいるあいだに、ほかの家の者におれがかついで行かれたら、なかなか返してはくれぬぞ。そんなことになってもおれは知らないよ」 借金魔 笑府    閻魔大王の命令で娑婆へ蔡青(さいせい)という者を捕えに行った地獄の鬼卒が、まちがえて債精(さいせい)(借金魔)を捕えてきた。大王が鬼卒のまちがいだったことを知って、娑婆へ送り帰らせるように命じると、その債精のいうには、 「しばらくここへかくまっていただけないでしょうか。娑婆へもどって、もし貸主にかつがれて行かれでもしたら、なかなか返してはくれないでしょうから」 おたのしみ 身を切る斧(おの) 笑府・広笑府    ある男、酒と女が過ぎたため病気になり、医者に相談した。医者が、 「古来女色は身を切る斧にたとえられております。あなたの場合は酒もですから、二本の斧で身を裂くようなものです。今後は両方とも絶対におつつしみになるよう」  というと、傍で病人の妻が、うらめしそうに医者の顔を見たので、医者はその気持を察して、 「女色の方はまあまあとして、酒だけは絶対におつつしみなさい」  といいかえた。そこで病人が、 「女色の害は酒よりもひどいということですが……」  というと、妻が、 「あなた! 先生のおっしゃることをきかないと、病気がなおりませんよ」 男の子 笑府    ある夫婦、つづけさまに男の子ばかり五人もうけた。亭主が医者に、 「女の子がほしいのですが、どうすれば生れるでしょうか」  とたずねると、医者はへつらって、 「情欲が少ないと男の子が生れるといいます。あなたはお若いにも似ず、たいへんおかたくて、つつしみ深いので、男の子ばかり生れるのでしょう。それも結構ですが、若くてお元気なうちは、もっといろいろとお楽しみになった方がよろしいでしょう」  といった。すると衝立(ついたて)のかげでそれをきいていた女房が、 「あなた、先生のおっしゃるとおりですよ。わたしも男の子を生むのは、もうあきあきしたわ」 雨 笑府    夜中に亭主がきざして女房をゆすぶった。すると女房は、 「いけません。あなたは明朝、お宮参りをなさるのでしょう? 清浄(せいじよう)な体でお参りにならなくては」  という。やがて亭主はあきらめて眠ってしまった。女房が後悔して、なかなか眠れずにいると、窓の外に雨の降る音がきこえたので、いそいそと亭主をゆすぶり起こしていった。 「あなた、もういいのよ。きこえるでしょう? しあわせが降ってきたわ」 足袋(た び) 笑府    夫婦喧嘩をして、互いちがいに寝た。夜中に女房はきざしてきたが、口に出しかね、亭主の物をつかんで、 「これ何なの」  という。 「足だよ」  と亭主がいうと、 「足なら足らしく、足袋の中へ入れたらどうなの」 羅切(らせつ) 笑府    お産をひかえた女房、腹がひどく痛むので、亭主に向って、 「わたしにこんなつらい思いをさせて! みんなあんたのせいよ」  と怒る。 「すまん、すまん。これからはもう、あとで怒られないように、おれ、ちょん切ってしまうよ」  と亭主がいうと、女房はまた怒りだした。 「ばか! やっと少し痛みがおさまったと思ったら、あんたったら、またわたしを怒らせる!」 やめられない 笑林広記    ある女房、陣痛がひどいので亭主に向って、 「わたし、もう二度とあのことはしないから、あなたもこれからは絶対にわたしの傍に寄らないでちょうだい。子供なんか一生なくてもいいわ」  という。 「よしよし、わかった」  と亭主はいったが、やがて無事に女の子が生れ、夫婦であれこれと名前を考えあっていると、女房がいった。 「ねえ、招弟(しようてい)(弟を招く)という名にしましょうよ」 身体髪膚(しんたいはつぷ)これを父母に受く 笑林広記    亭主が女房に一物を示して、 「これはもっと長い方がいいか、それとも短い方がいいか」  ときいた。女房は亭主のをちょうどいいと思ったが、わざと、 「短い方がいいわ」  といった。すると亭主が剃刀(かみそり)を取って切ろうとする真似をした。女房はあわててとめて、 「少し長いけど、ご両親に生んでもらった大事な体に、少しでも傷をつけるようなことをしてはなりません」 素通り 笑府    ある女房、夜中にきざしてきたが、口に出しかねて、 「ねえ、あなた、壁際の方へ寝てよ」  といった。亭主は女房の体の上を越えて行ったが、手を出そうとはしない。そこで女房はまた、 「やっぱり元の方がいいわ。もういっぺん入れかわってよ」  という。亭主はまた女房の体を乗り越えて行ったが、やはり手を出そうとはしない。すると女房は、 「誰もわたしの気持をわかってくれない!」  といって、わっと泣きだした。亭主が、 「どうしたんだ。それはどういうことだ」  ときくと、 「あなたは門の前を二度も通りながら、中へはいってみようともしないじゃないの。そんな人にわたしの気持がわかるものですか」 質流れ 笑府    いつも女房の尻に敷かれている男、思うように女房が金をくれないので、あるとき一計を案じ、一物をうしろへまわして布できつくしばりつけ、 「この前、急に金がいったとき、おまえにたのんでもくれなかったものだから、一物を銀一両で質に入れてしまったよ」  といった。女房、手をのばしてさぐってみたが、すべすべとして何もないので、びっくりして、 「いますぐ請け出しておいでよ」  と、銀子(ぎんす)二両を渡した。 「一両だといったのに、どうしてこんなにたくさんくれるのだ」  と男がいぶかると、女房のいうには、 「もし質屋に、ほかの人の質流れでもっと大きいのがあったら、つけかえてきてほしいからだよ」 気を入れる 笑府    親父が息子の嫁に、しきりにちょっかいを出す。嫁が困って姑(しゆうとめ)に訴えると、姑は、 「安心しなさい。今夜わたしがじいさんをとっちめてやるから」  といい、その夜、嫁の寝台に寝て、あかりを消して待っていた。夜がふけると、はたして親父が忍び込んできて、相手を嫁だと思い、存分に楽しんだ。やがて事が終ると婆さんがどなった。 「ちくしょう! 寝床をかえただけなのに、どうしてあんなに気を入れてしやがった!」 古道具 笑府・笑林広記    古道具屋の親父、しばしば息子の嫁に持ちかける。嫁からそのことをきいた姑、ある夜、嫁の身代りになって寝ていると、親父が忍んできてしきりにさぐりまわす。婆さんがきつく挟んでやると、親父は、 「婆さんよりもずっとよい」  といって、夢中になってやらかすので、婆さんは大声で罵った。 「糞じじいめ、こんな古道具の見分けもつかぬくせに、それでよくも古道具屋がつとまるものだ!」 手癖 笑林広記    ある老人、しきりに息子の嫁に手を出そうとする。嫁が姑に告げると、姑は笑って、 「あの糞じじいったら、手癖のわるいところは、あのじじいの親父さんとそっくりなんだね。それで、おまえはじじいのいうことをきいたのかい」 理屈 笑府    親父が息子の嫁を手ごめにしようとしているところを、息子が見つけて、 「いくら何でもひどいじゃないか」  と怒ると、親父、 「何がひどいものか。おまえは子どものとき、ずっとおれの女房と寝てきたじゃないか。おれがおまえの女房と寝るのがなぜわるい!」 痣(あざ) 笑府    大道で人相見が、 「陰門に痣のある女は、かならず貴子(きし)を生む」  といっているのをきいて、ある男、大いによろこび、 「ほんとうにそうなら、うちの嫂(あによめ)は貴相(きそう)だ」  という。人相見が、 「嫂(ねえ)さんのそこに痣があることを、どうしてあなたはご存じなのです」  ときくと、 「親父がわしの家内にそう話したということを、家内がわしに話してくれたんだ」 母親 笑府    他郷に住んでいる人が、郷里からきた人に会って、 「郷里の方で何か変ったことはおこりませんでしたか」  ときくと、 「先日、五、六人の者が雷に打たれて死にましたが、それがみんな、息子の嫁を寝取っていた連中でした」  というので、おどろいて、 「うちの親父は……」  ときくと、 「お宅のお父さんは無事でしたが、お祖父さんがそのとき亡くなられました」 自白 笑林広記    舅(しゆうと)が頭から掛蒲団をかぶって昼寝をしていると、通りがかった婿がそれを見て、そっと下へ手を入れ、下穿きをぬがせようとした。舅がびっくりして掛蒲団をはねのけて見ると、何と婿である。さんざん油をしぼっているところへ、姑(しゆうとめ)がとんできていった。 「おまえさん、気をまわすんじゃないよ。この人はよく確かめもせずに、わたしとまちがえてしたんだろうから」 驢馬(ろば)の物 笑府    ある男、死んで閻魔大王の前に引き出され、悪事をした罰として驢馬の姿に変えられた。ところが、その男には身に覚えのないことだったので大いに弁明したところ、疑いが晴れて、もとの姿にもどしてもらい、娑婆へ帰ることがゆるされた。  男は大よろこびで家に帰ったが、あまり急いできたために一物だけが驢馬のままだった。男ははじめてそのことに気づき、 「しまった! もういちど冥土へ行って付けかえてもらってくる」  といい、また出かけようとすると、女房が引きとめて、 「また行ったら、大王さまがもう帰らせてくれないかもしれないよ。わたしはそれで我慢するから、あなたも我慢しなさいよ」 物の大小 笑府    ある男、女房に鞋(くつ)をつくらせたところ、小さすぎてはいらないので、腹を立て、 「小さい方がよい物は小さくないくせに、鞋だけは小さくこしらえやがる」  というと、女房、 「あんたは、大きい方がよい物は大きくないくせに、足だけは大きいのね」 天帝 笑府    天帝がお忍びで下界へおくだりになり、土地神の案内で民情をご視察になった。  ある家をのぞいて、 「あれは何をしているのだ」 「子どもをつくっているのでございます」 「一年に何人くらいつくるのか」 「せいぜい一人でございます」 「それなら、何もあんなにいそがしくすることはあるまいに」 好色 笑府    女色を好む男、病気が重くなってもますますそれに耽(ふけ)るので、友人が忠告して、 「そんなことをしていたら死んでしまうぞ」  というと、男、 「死んでしまえばできなくなると思えばこそ、やっているのだ」 哭礼(こくれい) 笑府    ある女が男にたずねた。 「夫が死んだとき、天に向って哭礼をささげるのはどうしてですか」 「一儀(いちぎ)を行なうときには夫が上になるだろう。だから夫を天とみなすのだ」  女はしばらく考え込んでいたが、やがてうなずいていった。 「わかったわ。妻が死んだときも、たまには天に向って哭礼していいわけね」 下がかたい 笑林広記    夕食がすんだ後、さきに板の寝台にあがって寝た亭主が、寝返りをうって、 「下がいやにかたいよ」  というと、台所にいた女房がそれをきいてふり返り、 「おまえさん、そう急(せ)きなさるな。後(あと)片づけがすんだらすぐ行きますよ」 曲取(きよくど)り 笑林広記    貧乏な夫婦がいた。三度の飯も食えず、空腹をかかえたまま寝たが、女房がしきりになげくので、亭主は、 「まあ、そうなげくな。今夜はひとつ、三度つづけて曲取りをして、三度の飯のかわりにしようじゃないか」  女房は承知し、そして疲れて眠った。  さて翌朝起きようとすると、目はかすみ、頭はふらつき、足もともおぼつかない。亭主はよろよろと立ちあがりながら女房にいった。 「こいつは豪勢だ。飯のかわりどころか、酒のかわりにもなる!」 飯米 笑林広記    貧乏な夫婦がいた。夜中に亭主がきざして誘うと、女房は、 「あしたの飯米もないというのに、あんた、よくそんな気になれるわねえ」  といった。そのとたんに亭主の一物がしぼんでしまうと、女房は気の毒に思って、 「そうはいっても、米櫃(こめびつ)の中をかき集めたら、あしたやあさって食べるぶんくらいはあると思うわ。しっかりしてよ」 小便無用 笑林広記    舟と舟とがすれちがうとき、外へ手を出していたために指をはさまれて怪我をした男が、帰ってからそのことを話すと、女房がびっくりして、 「これからは、舟と舟がすれちがうときには決して小便だけはしないようにしてね」 開き乾し 笑林広記    老人夫婦が向いあって日向(ひなた)ぼっこをしていた。そのうちに婆さんがおかしな気になってきて、爺さんを引っぱってうながしたが、爺さんのそれは寒さのためにちぢかんでしまったまま、いっこうに立ちあがらない。そこで婆さんがいった。 「出して、日にあててみましょう。ぬくもってきたらきっと立ちますよ」 「そうだな」  二人はズボンをぬいで、いっしょに日にあてた。しばらくすると婆さんが、 「わたしはもう、十分にぬくもってきましたよ。さあ、早く早く」  といったが、爺さんは、 「わしのはまだぬくもらんよ」  という。 「いっしょに乾(ほ)しているのに、どうしてこうもぬくもり方がちがうのでしょうかねえ」 「おまえは開いて乾しているが、わしは丸ごとで乾しているのだからな。丸乾しは開き乾しのような具合にはいかないよ」 犬取(いぬど)り 笑林広記    犬がつるんでいるのを見て、幼い娘が母親にたずねた。 「あの二匹、どうして一つにつながっているの」 「たぶん寒いからだろうよ」  と母親がいうと、娘は、 「ちがうよ」  という。 「どうして、ちがうというの」 「だって、いつだったか暑い日に、お父さんとお母さんがああやっているのを見たよ」 禁止 笑林広記    老人夫婦、一儀の最中に婆さんが突然くしゃみをしたため、一物がつるりと抜けた。それきりしぼんでしまったので、爺さんは怒りだし、それがもとで口喧嘩になった。  翌朝、隣家の女房が婆さんに、 「あんたがた、昨夜は何で夫婦喧嘩をしていたんです」  とたずねると、婆さんのいうには、 「ろくでもないことがもとなんですよ。うちの糞じじいったら、このごろますますたちがわるくなって、わたしにくしゃみ一つさせないんですよ」 耳掻(か)きと盥(たらい) 笑林広記    夜中に女房が亭主にいった。 「盥の中で足を洗ったら、気持がいいのは盥の方かしら、それとも足の方かしら」  すると亭主がいった。 「足の方だろうな。ところで、耳掻きで耳をほじくったら、気持がいいのは耳掻きの方だろうか、それとも耳の穴の方だろうか」 「耳の穴の方ね」  二人はくつくつ笑いながら、やがて一儀をはじめた。  すると壁隣りの男が、つぶやいた。 「耳掻きが盥の中に落ちたのなら、どっちも気持よくはなかろう」 高望み 笑府    陰萎(インポ)になった男、神様に牛・豚・羊の三牲(せい)を供え、巫(みこ)にたのんで祈ってもらった。 「どうぞこの男の一物が鉄のように堅くなりますように」  巫がそう祈るのをきいて、男が、 「それほどの高望みはしないよ」  というと、女房が衝立のかげから亭主を呼んで、 「おまえさん、せっかく大金を使ったんだから、せめてそれぐらいにしてもらわなければ、損じゃないか」 祈願 韓非子(内儲説篇)    衛(えい)のある夫婦が、いっしょに神様にお祈りをした。 「どうか、ただで百束(そく)の布が手にはいりますように」  妻がそういって祈っているのをきいて、夫は不審に思い、 「おまえ、どうしてそんなに少なく祈るのだ」  とたずねると、妻のいうのには、 「百束よりも多いと、あなたが妾(めかけ)を買いなさるだろうから」 そっくり 笑苑千金    西蜀(せいしよく)の男、女房をもらって半年ほどたったとき、都(〓京(べんけい))へ商売に出てきたきり、ずっと帰らなかった。西蜀を出るとき女房はみごもっていて、翌年、男の子を生んだ。  その子が十五になったとき、 「父さんはどこにいるの」  と母親にたずねた。 「都で商売をしていなさるんだよ」 「会いに行ってもいい?」 「そうだね、もう十五にもなったんだから、行ってもいいよ」  息子は都へ行き、方々をさがしまわったが、それらしい人に出会わず、途方に暮れた。と、ある日、一人の僧侶を見かけた。はっと思って近寄り、丁寧(ていねい)にお辞儀をすると、僧侶が、 「どうしてわしにお辞儀をしなさる」  ときいた。 「あなたが、わたしの父上だからです」 「なにをいうか。とんでもない言いがかりだ。それとも、誰かと見間違えでもしたのか……」 「いいえ、わたしは確かに覚えております。わたしがまだ母上のおなかにいたとき、あなたは毎晩、乳をふくんでわたしに飲ませてくださいました。頭がてらてらと光っていて、あなたとそっくりでした。間違いございません」 スカートの下 笑苑千金    ある女房、船で商売をしている亭主から、何月何日ごろ必ず帰るという知らせがあったので、いそいそとして酒を一甕(ひとかめ)仕込み、早く醸(かも)しあがるように使いふるした裙子(スカート)でくるんで、亭主の帰りを待ちわびていた。  その息子はませた子で、毎日甕の所へ行って匂いをかぎ、早く飲ませてほしいといってせがむ。女房は、 「父さんが帰ってくるまではだめだよ。それより、川端へ行って見張っておいで。父さんの船が見えたら知らせにくるんだよ。そのときはおまえにも飲ませてあげるからね」  という。川端で見張っていた息子は、ある日、父親の船が川をのぼってくるのを見つけ、急いで帰ってきていった。 「母さん。父さんの船が見えたよ。帆柱をおっ立てて川をのぼってくるよ。母さんの裙子の下のもの、今夜はたのしみだねえ」 家庭教師 笑府    家庭教師は一年契約で、長つづきのしないたよりない職業である。  さて、ある夫婦。夜中に女房が亭主の一物を握って、 「これ、なに?」  ときくと、亭主は、 「先生だよ」  と答えた。 「先生なら、ちょうどここに家庭教師の口があるわ。どうぞおはいりになって」  一儀が終って、翌る朝、女房は食膳に卵二つと酒を添えた。亭主が笑って、 「ははあ、これが先生に対する謝礼というわけか。ところで、先生はどうだったね」  ときくと、女房のいうには、 「とてもいい先生でしたわ。ただ、長つづきしないのが玉に疵(きず)だけど」 三突き 笑府    ある道学先生、房事を行なう際には、下着をぬいで一礼し、大声でいう。 「わしは色を好んでかようなことをしようとするのではない。先祖の供養をする者を絶やすまいと思ってするのじゃ」  そして一突きすると、またいう。 「わしは色を好んでかようなことをしようとするのではない。お上(かみ)のために人口をふやそうと思ってするのじゃ」  そして一突きすると、またいう。 「わしは色を好んでかようなことをしようとするのではない。天地のために万物の生成を願ってするのじゃ」  そしてまた一突きする。  ある人がそれをきいて、 「四突きめにはなんというのだろう」  ときくと、物知りがいった。 「道学先生は三突きでもうおしまいなんだ。それ以上、なんのいうことがあろう」 よい気持 笑府    ある老爺が老婆と再婚した。その息子が夜中にそっと親父の部屋の前へ行って聞き耳を立てると、しきりに、 「ああ、よい気持じゃ、よい気持じゃ」  という声がきこえてくる。息子が、 「親父さん、あの年になってまだ例のことをやっているのか」  とあきれながら中をのぞいて見ると、親父は婆さんに背中を掻かせているのだった。 手助け 笑府    ある老人が、久しぶりで老妻と房事を行なおうとした。老妻はそのとき、広いのを恥じて、片手をうしろからまわし、下の方をつまんでせばめた。老人は老人で、十分に硬(かた)くならないので、二本の指ではさんで押しこもうとする。老妻がそれをなじると、老人は、 「おまえだってうしろから手助けしているじゃないか。おれがちょっとばかり前から手助けしたって文句をいうことはあるまい」 肉と魚 笑府    閨房で感極(きわ)まって相手を呼ぶとき、「わたしの肉よ!」(我的親肉)というのは、一般にいわれていることである。  ところで、ある漁師夫婦、あるとき沖に出て舟の中で事を行なったが、そのとき女房、あまりの心地よさに我を忘れ、亭主の首に抱きついて叫んだ。 「ああ、わたしの魚よ!」 夜泣き 笑府    ある家で子どもの夜泣きに困り、医者を呼んだ。医者は小僧をつれて診察に行き、投薬をすませて、そのままその家に泊った。  夜中に医者は気になって、小僧に子どもの様子をそっと見てくるようにいいつけた。しばらくすると小僧が帰ってきていった。 「子どもさんはよく眠っておりましたが、隣りの部屋で奥さんが泣いておいででした」 くしゃみ 笑府    ある男、町へ行って帰ってきて、女房にいった。 「町へ行ったら、つづけさまに何度もくしゃみが出たが、どういうわけだろう」  すると、女房がいった。 「それは、わたしが家でおまえさんのことを思っていたからだよ」  その翌日、糞桶をかついで丸木橋を渡っているとき、また何度もつづけさまにくしゃみが出て、あやうく足を踏みはずしそうになった。そこで舌打ちをしていった。 「ちぇっ、助平女め。おれのことを思うにしても、場所がらを考えて思えばよいのに」 お易いこと 笑府    朝帰りをしてきた亭主に、女房がいった。 「商売女のどこがいいの? 何千人何万人もの男の相手をして、さだめしあそこも広くなっているだろうに、なんだってそんなにご執心なんだろうね」  すると亭主がいい返した。 「それがちがうんだ。客とつきあえばつきあうほど、あそこはよくなるものなんだ」  すると女房もいい返した。 「あら、そういうものなの。お易いことじゃないの。それならそうと、もっと早くいってくださったら、わたしもそうしたのに」 精をつける 笑府    蝦(えび)を食べると精がつくといわれている。  ある母親、息子が蝦に箸をつけようとすると、あわててとめて、 「それはお父さんに取っておきなさい」  という。息子が、 「どうして? お父さんは蝦が好きなの?」  ときくと、 「それほど好きじゃないけど……。おまえも嫁をもらえばわかるようになるよ」 瓜(うり)と韮(にら) 笑府    ある人、客を招いてあれこれと話しているうちに、 「瓜は腎(あれ)を弱くするが、韮は腎を強くする」  という話が出た。やがて酒壺がからになったので、主人が、 「おい、酒だ」  と呼んだが、返事がない。そこで台所へ行ってみると、女房の姿が見えない。 「お母さんはどこへ行った?」  と子どもにきくと、 「畑へ行ったよ」 「何をしに?」  ときくと、 「瓜をぬいて、代りに韮を植えるといって」 老虫 笑府    蘇州では一物のことを「老虫」という。  さて、ある夫婦。夜中に妻が夫の一物を握って、 「これ、なあに?」  ときくと、夫、 「老虫だよ」 「虫なら、早く穴の中へはいればいいのに」  かくて夫婦は事を行ないだした。行なっているうちに穴が鳴りだした。  子どもが床の中でその音をききつけ、母親を呼んでいった。 「母さん、虫が穴へはいると、どうして音がするの?」 死ぬ死ぬ(一) 笑府    ある夫婦、子どもが寝静まったのを見て、事を行ないだした。まもなく妻は感極(きわ)まって、しきりに死ぬ死ぬと叫びだす。  二人の子どもがその声で目をさましたが、夫婦は気がつかず、夢中になってつづけている。兄の方がそのありさまを見て、くすくす笑いだした。母親は恥かしいやら腹が立つやら、いきなり腕をのばして兄の頭をなぐった。すると弟が兄にささやいた。 「兄さん、なぐられるのはあたりまえだよ。母さんが苦しがって、もう死ぬもう死ぬといっているのに、兄さんったら、泣きもせずに笑うんだもん」 死ぬ死ぬ(二) 笑府    ある夫婦、事を行なうのに、子供に見られないようにと思って、寝台の渡し板の上へ子供を寝させた。やがて佳境に入ると、寝台がゆれ、妻はしきりに死ぬ死ぬと叫びだした。  すると渡し板の上で突然、子どもがわめいた。 「母ちゃんはそこにいるから大丈夫だよ。振り落されて死にそうなのは、ぼくの方じゃないか」 同じこと 笑府    ある夫婦、昼間、事を行なおうとしたが、子どもがそばにいるので具合がわるい。そこで、うまくいいふくめて隣りの王(おう)おばさんのところへ遊びに行かせた。  さてこれでよしと始めていると、いつのまにか子どもが帰ってきて見ているので、母親がびっくりして、 「なんだってすぐ帰ってきたんだい」  と叱ると、 「だって、王おばさんとこでも同じことをやってるんだもん」 半分 笑府    ある男、房事が過ぎたために体がひどく衰弱した。そこで夫婦で話しあい、これからは半分しか入れないことにしようと約束した。  さて事を行なう段になって、亭主が半分まで送入すると、女房はぐっと亭主の腰を引きつけて、尽(ことごと)く納めてしまった。 「約束がちがうじゃないか」  と亭主がなじると、女房がいうには、 「わたしが約束したのは、根元の方の半分だよ」 約束違い 笑府    ある亭主、女房に、今夜はあくまで堪能(たんのう)しようと約束したが、夜になると酔っぱらって寝てしまった。女房は長いあいだじりじりしていたが、やがてたまりかねて亭主をゆすぶり起こし、すっかり目をさまさせていった。 「あんた、酔っぱらったようだから、昼間の約束はなかったことにしましょうね」 轎(かご)で行く 笑府    轎かき、花嫁を乗せて行く道で、花嫁が悲しげに泣きつづけているのをきいてふびんに思い、足をとめて、 「お嬢さん、なんなら引き返しましょうか」  というと、娘は泣きやんで、 「もう泣かないから、早く行って」 舟で行く 笑府    舟に乗って嫁入りをする娘、あまり悲しそうに泣いているので、船頭がふびんに思い、 「お嬢さん、舟をとめましょうか」  というと、娘は泣きやんで、 「わたしはわたしで泣いているのよ。船頭さんは船頭さんで舟を漕いだらいいでしょう」 歩いて行く 笑府・広笑府    花嫁を乗せた轎(かご)の底が、途中でぬけ落ちたので、轎かきどもがあわてて、 「轎をとりかえにもどるには遠いし、そうかといって花嫁さんに歩いて行ってもらうわけにもいかないし」  と困っていると、花嫁が、 「わたしによい考えがあります」  という。轎かきがよろこんで、 「どういうお考えで?」  ときくと、 「あんたたちはこのまま轎をかついで行けばいいわ。わたしは中でこのまま歩いて行くから」 担(かつ)ぎ棒 笑府    ある娘、嫁に行くとき、悲しげに泣きつづけていたが、轎(かご)かきが担ぎ棒をどこかへ置き忘れてさがしているときくと、泣きやんで母親にいった。 「おかあさん。担ぎ棒は門の脇にあるわ。早く教えてやって」 嫁盗み 笑府    花嫁の家は金持で、花婿の家は貧乏だった。婿の家では嫁の家が婚約をたがえることをおそれ、吉日を選んで婿をつれて嫁盗みに行った。ところが、あまりあわてたため、まちがえて嫁の妹を盗み出した。  嫁の家の人たちもあわてて、 「ちがいます、ちがいます」  と叫びながら追いかけてくる。すると、婿の背中に負われている嫁の妹がいった。 「いいのよ、いいのよ。かまわずにどんどん走ってちょうだい」 二股かける 笑林広記    娘のために婿選びをしていると、同時に二軒の家から申し込みがあった。東の家は金持だが息子は醜男(ぶおとこ)、西の家は貧乏だが息子は美男子だった。両親が娘に、 「おまえはどちらへ行きたいか」  ときくと、娘は、 「両方へ行きたい」 「それはどういうことだ」 「昼は東の家で暮して、夜は西の家へ行って寝たい」 大ぼら 笑府    婚礼のとき、親戚の者や花婿の友人たちが大勢で、ことさらに卑猥な言葉を花嫁に投げかけるしきたりがある。これを「撒帳(さつちよう)」という。  さてその撒帳のとき、みんなが声をそろえて、 「めでたいな、めでたいな、花婿さんの一物は、釣鐘突きの大物だ」  とはやしたてた。すると帳(とばり)の中から花嫁が、 「わたし、そんなもの平気よ」  といい返したので、付添の婆さんがあわてて花嫁の口をふさぎ、 「そんなこと、おっしゃるものじゃありません」  というと、花嫁、 「だって、あんまり大ぼらを吹くものだから、わたし、癪(しやく)にさわって……」 だれと? 笑府    婚礼のとき、新郎と新婦が帳の中へはいって礼をかわす儀式を「坐帳(ざちよう)」という。  さてその坐帳のとき、花婿と花嫁が向いあって坐ったとたん、花嫁は花婿の頭を抱き寄せて接吻をした。花婿がびっくりして怒りだすと、花嫁の付添の婆さんが花婿をなだめていった。 「お嬢さんはきっと人ちがいをなさったのですわ。だから、どうかお怒りにならないでください」 どなた? 笑府    結婚して間もない夫、部屋へはいって行ったところ妻がうたた寝をしていたので、そっと近寄って行って接吻をした。  すると妻は目をつむったままで、うれしそうに、 「どなた?」  ときいた。 三男(なん) 笑府    婚礼のとき、新郎新婦が並んで新郎の両親に拝礼する儀式を「拝堂(はいどう)」という。  さて新婦がその拝堂の儀式をすませたとたん、にわかに産気づいて男の子を生んだ。姑(しゆうとめ)は世間体(せけんてい)を恥じて、あわてて人目につかぬように隠して世話をした。すると新婦が姑にいった。 「おかあさまがこんなによくしてくださることがわかっていたら、家に置いてきた長男と次男もいっしょにつれてくるのでしたわ」 胆(きも) 笑海叢珠    ある染物屋に娘がいた。まだ嫁入り前だったが、すでに処女(おとめ)ではなかった。  その娘に仲人婆さんの口ききで縁談がまとまった。婚礼の日が迫ってくるにつれて、娘の家では心配でならない。そこで仕方なく、娘の体のことを仲人婆さんにうちあけた。すると婆さんは、 「よくあることですよ。心配なさいますな」  という。 「気づかれずにすむ法でもあるのでしょうか」 「婚礼のときにはわたしがついて行くのですから、わたしにおまかせくだされば大丈夫です。当日になったら、染物に使う紅(べに)を少し包んでわたしにお渡しください」  やがてその日になった。娘は心配のあまり気が転倒していたので、藍(あい)の染粉の壺を紅の壺とまちがえ、一つまみ包んで婆さんに渡した。  式は無事にすみ、床(とこ)入りをしたが、一儀(いちぎ)のあと新郎は嫁が処女ではなかったといって怒った。仲人婆さんが不審に思い、使い残した染粉を指の先につけて見ると、なんとそれは藍の染粉だった。そこで婆さんは新郎にいった。 「花嫁さんが処女ではなかったなんて、とんでもない言いがかりです。きっとあなたは夢中になって力を入れすぎなさったのでしょう、だから胆まで突き破ってしまったのです。この黒っぽい血のあとがその証拠ですよ」 女道学者 笑府    ある道学先生の娘、結婚をして初めての夜、夫よりも先に達してしまった。するとこの娘、突然起きあがって衣服をつけ、寝台から下りて身づくろいをしてから、寝台の上の夫に向ってお辞儀をした。  夫がおどろいてわけをきくと、娘はいった。 「お先に失礼いたしました」 小役人 笑府    小役人が嫁をもらった。  初夜の一儀のとき、嫁がこらえきれなくなって思わずよがり声をあげたところ、小役人も思わず大声でどなった。 「こら、騒ぐでない!」 四つめ 笑府    花婿、初夜の床で花嫁を抱き、 「わたしたちの結婚には、おまえのお父さんはずいぶん反対なさったが、やっとゆるしてもらえて、こうして夫婦になることができた。よかったねえ」  といって一儀を行なった。ところが、しばらくするとまたきざしてきたので、 「おまえのお母さんも、はじめはずいぶん反対なさったが、やっとゆるしてもらえて、こうして夫婦になることができた。よかったねえ」  といい、二つめを行なった。ところが、またしばらくするとまたきざしてきたので、 「おまえの兄さんは、お父さんやお母さんが反対なさっても、とりなしてもくれなかったが、それでもこうして夫婦になることができた。よかったねえ」  といい、三つめを行なった。しばらくすると、こんどは花嫁がいった。 「あなた、うちの嫂(ねえ)さんも、ちっともとりなしてくれなかったのよ。それなのにこうして夫婦になることができて、ほんとうによかったわねえ」 抽送(ちゆうそう) 笑府    花嫁、初夜の床で夫が送入すると、 「いや」  という。夫が、 「いやなら抽(ひ)き出そうか」  というと、また、 「いや」  という。 「では、どうすればいいんだ」  というと、 「入れたり出したりしてほしいの」 義理 笑府    花嫁、初夜の床で夫に着物をぬげといわれて、 「わたしは幼いときからずっと、人の前で着物をぬいではいけないと母にさとされてまいりました。娘として母の教えに背くわけにはまいりません。それなのにあなたは、わたしにぬげとおっしゃいます。妻として夫のいいつけに背くわけにもまいりません。いったいどうしたらよろしいのでしょう」  しばらく考え込んでいたが、夫がまたせかせると、 「わかりました。それではわたし、下半分だけぬいで、両方への義理を立てることにいたします」 みだら 笑林広記    ある道学先生が娘を嫁にやった。その夜、真夜中になってもまだ広間の前を行ったり来たりしているので、下男が、 「旦那さま、夜もふけましたからお休みください」  というと、先生、怒って足を踏みならしながら、 「あの若いやつらども、今頃はあっちで、さんざんみだらなことをやらかしていることだろう」 喜郎(きろう) 笑府    結婚の初夜、新婦に月のものがはじまった。新郎がたわむれて、 「これでもし男の子ができたら、喜郎(おめでたの子)という名前をつけよう」  といい、そのまま一儀を行なった。  翌朝、新郎の脱いでおいた頭巾が風で下に落ちた。新婦はそれを見ると、付添の老婆をふり返って、思わず口をすべらせた。 「婆や。喜郎のお父さまの頭巾を拾っておくれ」 舌の味 笑林広記    婚礼の翌朝、料理人が昨夜の祝宴の後片づけをしていると、台の上に飾っておいた砂糖でつくった人形が一つなくなっている。料理人があちこちさがしまわっていると、花嫁がくすくす笑いだした。 「何を笑っていらっしゃるのです」  と付添の乳母がきくと、 「昨夜、あの人の舌がとってもおいしかったけど、そのわけがわかったわ」 腹の皮 笑府    ある男、妻を迎えることになって、人から一儀の仕方を教えられたものの、いっこうに合点がいかない。  初夜の床で、勝手のわからぬまま、妻の腹のあたりをあちこち行き来させていたところ、そのうちに偶然、ぷすりとはいってしまったので、びっくりして引き抜き、床から飛び下りるなり着物をひっかけて逃げ出し、そのまま姿をくらましてしまった。  二、三日たってから、闇夜をさいわい、家の近くの横町まで行って、人にきいた。 「もしもし、この先の家で、二、三日前に花嫁が腹の皮を突き破られたという噂をきいたのですが、その花嫁、命に別状はなかったでしょうか」 楽しい 笑府    婚礼をひかえた娘が、嫂(あによめ)にたずねた。 「ねえさん、あのことって楽しいものなの?」 「楽しくなんかないわよ」 「楽しくないのに、なぜするの?」 「あれは周公さまという聖人がおきめになったことで、夫婦はそうすることになっているからですよ」  やがて娘は嫁いで行ったが、一月(ひとつき)して里帰りをしてくると、嫂の顔を見るなりいった。 「ねえさんの大うそつき!」 周公 笑府    嫁に行くことになった娘、嫂に向って泣きながらいった。 「結婚なんて制度、いったい誰がきめたのかしら」 「周公さまですよ」  と嫂がいうと、娘はさんざん周公を罵った。  やがて娘は嫁いで行ったが、一月(ひとつき)して里帰りしてくると、嫂にきいた。 「ねえさん、周公という人はどこにいらっしゃるの?」 「どうしてそんなことをきくの?」 「わたし、靴をこしらえてお礼をしたいと思って」 はらわた 笑府    ある娘、たまたま父親の一物を見て、 「あれは何なの」  と母親にきいた。母親は困って、 「あれは、はらわただよ」  といった。  その後、娘は貧乏な家へ嫁に行った。一月(ひとつき)して里帰りしてきたので母親がなぐさめて、 「貧乏だからつらいだろうね」  というと、娘は首を振って、 「貧乏は貧乏だけど、でも、うちの人、はらわただけはとても立派なの」 枕 笑府    他郷へ嫁に行った娘が、一月たって里帰りしてきたので、母親がたずねた。 「所かわれば品かわるで、いろいろと戸惑うことも多いだろうね」  すると娘は首を振って、 「いいえ、こっちとあまりちがったことはないけど、ただ、枕の使い方がちがうわ。こっちでは枕は頭の下に使うけど、あっちでは腰の下に使うのよ」 半分だけ起きる 笑林広記    新婚の夫婦が昼近くになっても起きてこないので、母親がにがにがしく思い、女中に、そっと見てくるようにいいつけた。  女中は帰ってきて、 「若旦那さまも若奥さまも半分だけ起きていらっしゃいます」  という。それはどういうことかときくと、 「若旦那さまは上半分だけ、若奥さまは下半分だけ起きて、いっしょになって動いておいででした」 再婚 笑府    再婚した新婦、初夜の床で夫が送入しても気がつかず、 「はいりましたか」  ときく。 「はいった」  と夫がいうと、急に顔をしかめて、 「あ、痛いっ!」 ベテラン 笑府    新郎、初夜の床で新婦の下の方をさぐってみたが、足がない。あちこちさぐってみると、なんと、もう両足を高く上げて待っているのだった。新郎があきれていると、新婦は溜息をついてつぶやいた。 「いまごろまだごそごそしているなんて、こんどもまた、とんだのろまのところへ嫁いできたものだ」 ご馳走 笑府    再婚することになった寡婦(かふ)、夜中に便器にまたがって自分の隠しどころを見ながら、 「ひげさん、長いあいだひもじい思いをさせたけど、あしたは存分にご馳走が食べられるよ」  とつぶやいている。すると壁隣りに住んでいる鬚男(ひげおとこ)がそれをきいて、 「おかみさん、わたしは式に呼ばれていないよ」 こわがらない 笑苑千金    女房をおそれている男がいた。その友人が入れ知恵をしていった。 「奥さんをこわがらないようになるまじないがあるから、やってみるがよい。奥さんの肖像を掛けておいて、毎朝それに水を吹きかけ、指をさして、『おまえをこわがらない! おまえをこわがらない!』というのだ。そうすればだんだん奥さんがこわくなくなってくる」  男がそれを真(ま)に受けて、 「おまえをこわがらない! おまえをこわがらない!」  といっていると、女房がそれをききつけ、いきなり殴りかかってきた。男は逃げまわりながら、 「待ってくれ。おれの祈りにはまだあとがあるのだ。殴るのはあとの文句をきいてからでもよかろう」 「あとの文句って何よ」 「おまえをこわがらない! おまえをこわがらないで、いったい誰をこわがろう!」 死んでもこわい 笑府    ある恐妻家の妻が死んだ。  夫は妻の肖像を棺の前に掛け、これまでの怨みを晴らそうとして、拳骨(げんこつ)をふり上げた。すると、そのときさっと風が吹いてきて、肖像が揺れた。夫はびっくりし、はっと手を引っ込めて、 「いまのは冗談だよ。おれにおまえを殴ることができるわけはなかろう」 刑具 雪濤諧史    ある男、妻に怒られて指締めの刑を受けることになった。 「さあ、持っていらっしゃい!」  といわれて、 「うちにはそんな道具はないよ」  というと、 「お隣りへ行って借りていらっしゃい!」  という。男は仕方なく借りに出かけたが、そのとき口の中でぶつぶついったところ、呼びもどされて、 「あなた、いま口の中で何といったのです!」  と問い詰められた。 「さあ、いいなさい!」 「何も不服をいったわけじゃないよ。ただ、うちにも指締めの刑具を一揃い買っておいた方がいいなといっただけだよ」 酒のうえ 笑賛    恐妻家の役人に、友人がいった。 「酒を飲んで酔っぱらって、気が大きくなったところで家へ帰り、何かいいがかりを見つけて思い切り奥さんをぶん殴るのだよ。そうすれば奥さんが君をこわがるようになる」  恐妻家はなるほどと思い、友人に教えられたとおりにしてみたところ、はたして妻はこわがった。  翌朝、妻が夫にいった。 「あなたは普段はとてもおとなしい人なのに、昨夜はどうして急にあんなひどいことをなさったの」 「ひどいことをした? 酔っぱらっていたので何もおぼえていない」  夫がそういうと妻はにわかに態度を変えて、 「男のくせに、酔っぱらって妻を殴るとは卑怯じゃありませんか。しかも何もおぼえていないなんて、いよいよゆるせません」  といい、いきなり夫に殴りかかった。 「おれのせいじゃない。友達がそうすればよいと教えてくれたものだから」  と夫がいうと、妻はますます怒って、 「その人もわるい人だけど、あなたは役人でしょう。役人のくせにそんなわるい人のいうことをきくなんて、あなたの方がもっとわるい。殴られるのは当然です」  といい、さんざんに夫を殴った。 男子の一言 笑賛・笑府    ある男、女房に殴られ、たまりかねて寝台の下へもぐり込んだ。 「さあ、出ていらっしゃい!」  と女房がどなると、男はいった。 「おれも男だ。出ないといったら絶対に出ないぞ」 ひげの李 笑賛    李〓子(りこし)(ひげの李)という渾名(あだな)の男の隣りに、張(ちよう)という大の恐妻家が住んでいた。ある夜、張が女房に殴られて李の家へ逃げて行くと、李は人ごとながら大いに憤慨し、張の家へ行ってその女房をさんざんに殴った。  張の女房はそれを亭主だと思い、 「おまえさん、隣りの李〓子とつき合っているうちに、気性まで似てきたんだね」  というと、そこへ下女が明りを持ってやってきて、 「気性だけではなく、顔つきまで〓子さんに似てきなさいましたよ」 纏足(てんそく) 笑府    ある男、女房にいいつけられて纏足の包帯をほどいてやっていたが、臭くてたまらないので、思わず片手で鼻と口をおおった。すると女房が怒って、 「何です、そのしぐさは。いやなら、してもらわなくてもいいのですよ」  といったので、あわてて、 「いいえ、ちがうんです。さっき蒜(にんにく)を食べたので、その息がおみ足にかかってはいけないと思いまして……」 威風堂々 笑府    ある武官、いつも女房をおそれて小さくなっているので、友人が見るに見かねていった。 「君の奥さんは君の威風堂々とした姿を見たことがないので、君をなめているんだよ。男は胸を張って堂々としていなければいかん」  武官はそれをきいてもっともだと思い、さっそく鎧甲(よろいかぶと)に身をかため、剣を杖突き、胸を張って家へ帰った。女房がそれを見て、 「何をするのよ、そんな恰好をして」  とどなりつけると、武官は思わずひざまずいて、 「いや、なに、いまから教練に行こうと思うのですが、行ってもよろしいでしょうか」 便器の始末 笑府    ある男、友人のところへ行って、 「うちの女房ときたら、このごろますますひどくなって、夜の便器の始末までおれにやらせやがるんだ」  とこぼした。すると友人は肱(ひじ)を張って、 「そうか。それはひどい。おれだったら、そんなことをいわれたら……」  といいかけたが、そこへその女房がはいってきて、 「あなただったら、どうするとおっしゃるのです」  というと、びっくりして女房の足もとにひざまずき、 「わたしだったら……やっぱりいわれたとおりに始末します」 李存孝(りそんこう) 笑府    李存孝は唐末五代の武将で、虎退治をしたことで有名な人である。  さて、ある男、女房に殴られて友人のところへ逃げて行き、 「なんとか女房の気を静める方法はないものかねえ」  と相談した。すると友人は胸を張って、 「君は気が弱すぎる。女房などというものは、おどかしておとなしくさせればいいんだよ。一つ、虎の恰好でもして奥さんをおどかしてやったらどうかね」  そのとき衝立(ついたて)のかげでそれをきいた友人の女房が、 「虎の恰好をしたら、どうだっていうのよ」  とどなった。すると友人はびっくりしてひざまずき、 「わたしが虎の恰好をしたら、あなたは李存孝さんです」 誇り 笑府    恐妻家たちが同類を集めて十人兄弟を作ろうと相談した。城内で九人集まったが、あと一人だけ足りない。そこで城外へ同類をさがしに行ったところ、一人の男が便器の始末をしに出てくるのが見えたので、 「あの人こそわが党の士だ」  と大いによろこび、呼びとめてわけを話すと、その男は手を振っていった。 「わたしはこれでも城外では筆頭です。城内のみなさんの仲間にはいって十番めになるのはまっぴらです」 手弱女(たおやめ) 笑府    恐妻家でしかも体面をつくろってばかりいる男、客と対坐しながら、 「おい、お茶を持ってこい」  と呼ぶのだが、何度呼んでも女房はいっこうに持ってこない。そこで、わざと怒ったふりをして、 「まったく何という女だ! 仕様のないやつだ!」  などといいながら、じつは自分でお茶を取りに行った。  すると衝立のかげで待ちかまえていた女房が、いきなり夫の頬を殴った。男は痛さをこらえながら、客にきこえないように小さい声でいった。 「わたしが、何という女だとか仕様のない人だとかいったのは、あんたがお茶を持ち上げられないということをおもしろくいっただけのことなんだよ」 ショック死 笑府    恐妻家たちが大勢集まって、女房をおそれずにすむ方法を考え出して夫の権威をとりもどそうと相談しあった。すると、そもそもこういう相談をすることはおそろしいことだとこわがっていた一人が、 「もしこのなかの誰かの奥さんがこの集まりのことをかぎつけ、奥さんたちを誘いあわせて、みんなで殴り込みを掛けてきたら、どうします」  といいだした。そういわれると一同はにわかに浮足だち、怖気(おじけ)づいて、一人二人と逃げだし、やがてみんな逃げてしまったが、なかに一人だけ、椅子にふんぞりかえって微動だにしない者がいた。  さてはあの男だけは女房をおそれない方法を考えだしたのかと、一同がそろそろ引き返して行ってよくよく見ると、恐怖のあまりの即死だった。 葡萄棚が倒れる 笑林広記    恐妻家の役人が女房に顔をひっ掻かれた。翌日、役所へ出勤すると、知事が、 「その傷はどうしたのだ」  ときいたので、 「昨晩、外で涼んでおりましたところ、葡萄棚が倒れてきて怪我をいたしました」  とごまかしたが、知事は信用せず、 「その傷はおまえの女房がつけたにちがいない。主人の顔に傷をつけるとは不埒(ふらち)な女だ。さっそく捕手(とりて)をつかわし、捕えてこさせて処罰しよう」  といったが、そのとき衝立(ついたて)のかげで立ち聞きをしていた知事夫人、大いに腹を立てて、 「あなたッ!」  と呼んだ。知事はびっくりして恐妻家の役人にいった。 「危いから逃げろ。わしの家の葡萄棚も倒れてきそうじゃ」 女上位 听子    ある男、女房に馬乗りになられてさんざんに殴られた。それを見ていた人が笑いながら、 「君のところはいつもああなのか」  というと、男はむきになって、 「いや、ちがう。あのときはちょっと下になったが、いつもはたいていおれの方が上になる」 おたがいさま 笑苑千金    むかし、ある金持が、家事が煩雑なので妻に、 「妾(めかけ)を買っておまえの仕事を手伝わせようと思うが、どうだ」  ときいた。妻が承知したので、夫は吉日を選んで妾を迎え入れた。その日、妻は集まった親戚の人々に挨拶をしていった。 「主人が妾を家に入れましたので、わたしもこれからは、かくさずに下男とやれます」 体と心 笑府    妾を持っている亭主が、女房と一儀を行なっているとき、女房があまえていいだした。 「あなた、いまあなたの体はここにあっても、心はあっちにあるんじゃないの?」  すると亭主がいった。 「それじゃ、こんどからは、体はあっちへ置いて、心はこっちにあるようにしようか」 殺す 笑林広記    妻と妾とが口喧嘩をした。夫は、わざと妾を叱りつけ、刀を取って、 「こんないやな思いをするくらいなら、いっそのこと、おまえを殺してしまった方がましだ」  と、逃げる妾を追いかけて行った。  妻は夫が妾を殺すのだと思い、そっとあとをつけて妾の部屋の前まで行ってみると、すでに二人は一儀を行なっている最中で、 「死ぬ、死ぬ」  という妾の声が漏れてくる。妻は大いに腹を立てて、 「そんな殺し方なら、わたしの方が先に殺してもらいたいわ!」 天罰覿面(てんばつてきめん) 笑林広記    ある男、夜中に妾の部屋へ行こうと思い、 「便所へ行く。すぐ帰ってくるよ」  といったが、女房がゆるしてくれないので、 「邪推するなよ。誓うよ。もし妾のところへ行ったらわたしは天罰を受けて犬になります!」  と誓った。しかし女房は信用せず、亭主の足に綱をつないで行かせた。  亭主は部屋から出ると、足の綱をほどいて犬に縛りつけ、そのまま妾の部屋へ行った。  女房は亭主がいつまでたってももどってこないので、綱をたぐり寄せてさわってみると、なんと犬だったので、おどろいて肝をつぶし、 「あの性(しよう)わる亭主、あんな誓いをしてわたしをだましたのかと思ったら、ほんとうに天罰があたって犬になってしまった!」 差別なし 笑賛    代州の趙世傑(ちようせいけつ)という人が夜中に眼をさまして、その妻に、 「おれはいま、よその女と交っている夢を見た。女でもこんな夢を見るだろうか」  というと、妻は、 「男と女に何の差別がありましょう」  といった。趙世傑はそれをきくと、いきなりその妻を殴りつけた。 ごもっとも 笑府    女郎が夜中に客にいった。 「あなた、奥さんのことを思っているんじゃない?」 「女房が思ってもくれないのに、おれが思うわけはなかろう」 「奥さんが思っていないということが、どうしてわかるの」 「おれのような女郎買いの好きな男を、思ってくれるわけはなかろう」 どっちもどっち 笑府    女郎が客にいった。 「あなたがここで遊んでいらっしゃるあいだ、奥さんは家で一人さびしくしていらっしゃるわけね」 「女房が一人でいるわけはないよ」 「それはどういうことなの?」 「考えてみるがよい。女房がもし一人でいるなら、おれを出してくれるわけはなかろう」 夢のまた夢 笑府    女郎が久しぶりに逢った客にいった。 「この前あなたと別れてから、わたし、あなたといっしょに食事をし、あなたといっしょに寝、あなたといっしょに楽しんだ夢を見ない夜はなかったわ。きっと、積る思いがそうさせたのね」  すると客が、 「おれもおまえの夢を見たよ」  といった。 「まあ! どんな夢?」 「おれの見た夢は、おまえがおれの夢を見なかったという夢だよ」 判定 笑府    貧乏な男が女房の妹を家に泊めたが、夜具が一つしかないので、足の方へ逆に寝させたところ、夜中に妙な気になって、つい、犯してしまった。  あとで妹がそのことを両親に訴えたので、男はいった。 「それはちがいます。互いちがいに寝たものだから、足の指がはいったのをまちがえているのです」  すると妹がいった。 「足の指があんなにてらてら光っているはずはありません。足の指があんなにかっかと熱いはずはありません。足の指があんなに長くて爪がないはずはありません。足の指にあんなにもじゃもじゃと毛が生えているはずはありません。足の指があんなにつるりと中へはいるわけはありません」  父親がそれをきいて母親にいった。 「ばあさん、そうするとやっぱりへのこだろうな」 お祓(はら)い 韓非子(内儲説篇)    燕の国の李季(りき)という男は、遠方へ旅をすることが好きであった。その留守をさいわいに、李季の妻はある男と私通していた。  あるとき、李季が不意に旅から帰ってきた。男は寝床のなかにいるし、妻がどうしようかとうろたえていると、下女が入れ知恵をしていった。 「あの人を裸にし、髪の毛をふり乱させて表門から飛び出させたらよろしいでしょう。わたしたちは口をあわせて、何も見なかったといえば、きっとうまくいきます」  妻は下女のいうとおりにして、男を表門から飛び出させた。李季がそれを見て、 「あれはいったい何だ?」  といぶかると、家じゅうの者は口をあわせて、 「あれって、何ですか」 「髪をふり乱した裸の男だ」 「まさか、そんなおかしな姿をした男が……。わたしたちには何も見えませんでしたけど……」  李季は不審に思い、 「おかしいなあ。おまえたちには見えなかった? するとおれは亡霊でも見たんだろうか」 「あなたにだけ見えたのでしたら、きっとそうですわ」  と妻がいう。 「そうかもしれん。そうだとすると、おれはどうすればいいのだ」 「お祓いをしなければ……。五牲(せい)(牛・豚・羊・犬・鶏)の小便をとって頭からかけると亡霊を祓うことができますわ」 「仕方がない。そうするか」  李季はそういって、五牲の小便を集め、それを頭からかぶることになった。 猫 笑苑千金    ある漁師の女房、なかなかの器量よしで、隣家の若者とよい仲になっており、かねてから「亭主が夜の漁に出ている留守にくるように。そのときは猫の鳴き声をまねして確かめるように」と示しあわせてあった。  ある夜、亭主が家にいるとき、若者がやってきて猫の鳴き声をまねたので、女房は大きな声で、 「猫ちゃん、きてはだめ! 今夜はお魚を取りに行かなかったのよ。あしたの晩、またおいで」  といった。すると若者はあわてて、うっかり、 「はい」  と返事をした。うろたえてごまかそうとしている女房に亭主がいった。 「あれは二本足の猫だな」 証拠の靴 雪濤諧史・笑府    ある夜、女房が部屋に男を引き入れているところへ、亭主が帰ってきた。男は窓から飛び出して、逃げて行く。亭主は男が残して行った靴を拾い、それを枕にして寝て、 「夜があけたら、この靴を証拠にしてお上(かみ)に訴えてやる」  といった。女房は亭主がぐっすりと寝入ったすきに、男の靴を亭主のはいていた靴と取りかえておいた。  翌朝、亭主は起きて靴を見たが、いくら見ても自分の靴である。そこで女房に謝っていった。 「おまえを疑って、すまなかった。昨夜窓から飛び出して行ったのは、あれはこのおれだったのだ」 米 艾子後語・笑賛・笑府    ある女房、亭主の眼を盗んで男と私通していた。ちょうど男を部屋の中に引き入れているところへ、亭主が外から帰ってきたので、女房はあわてて男を布袋(ぬのぶくろ)の中へ入れ、戸の後に立てかけた。亭主がそれを見て、 「その袋には何がはいっているのだ」  ときいた。女房がおろおろとして返事をしかねていると、男が袋の中で、 「米です」 頭の跡形 笑府    ある和尚、人妻と通じ合っていた。あるとき、見つけられてあわてて逃げ、塀を乗り越えたまではよかったが、真逆さまに落ちたために、地面に丸い頭の跡形がついた。そこで、拳(こぶし)を握ってその上に指の跡形をつけ、冠の形にしてつぶやいた。 「これできっと、道士だと思うだろう」 生薬屋(きぐすりや) 笑府    ある男、何年か長旅をして帰ってみると、女房が子どもを三人も生んでいたので、 「おれがいないのにどうして子が生めたのだ」  というと、 「毎日毎晩あなたのことばかり思いつづけていたので、一心が凝(こ)りかたまってみごもったのでしょう。それで名前もそれにふさわしい名をつけました。長男は遠志(えんし)という名だけど、遠くへ旅に出ているあなたを思いつづけているという意味です。次男は当帰(とうき)といいますが、これはあなたに帰ってきてほしいという意味です。三男は茴香(ういきよう)(茴香(フイシアン)は回郷(フイシアン)と同音)という名で、あなたのお帰りを待ちつづけているという意味なのです」  遠志、当帰、茴香、いずれも薬の名である。  亭主はそれをきくといった。 「こんどまた何年か旅に出たら、うちは生薬屋が開けるな」 浮気 笑府    女房が亭主に、 「ねえ、おまえさん、隣りの王(おう)さんがしょっちゅういやらしい目でわたしを見るんだよ」  という。亭主が、 「かまわずに放っとけばいいんだ」  というと、女房、 「せっかく知らせてあげたのに、おまえさんが気にしないのなら、こんど王さんがわたしと浮気をしても、わたし放っとくよ」 手玉に取る 笑府    ある家の下男の女房、大旦那とも若旦那とも通じていた。ある日、若旦那が部屋にきて、いっしょに寝台へ上ろうとしていると、大旦那がやってきて扉をたたいた。女はそこで若旦那を寝台の下へ隠し、扉をあけて大旦那を迎え入れた。すると外に靴音がして、外出していた亭主が帰ってきたらしい様子。大旦那があわててうろうろしだすと、女は、 「大丈夫です。その棒を持って、怒ったふりをして部屋から出て行ってください。あとはわたしがうまくやりますから」  という。大旦那が女のいうとおりにして部屋を出て行くと、ちょうど亭主がやってきて、 「どうしたんだ」  ときく。女は、 「若旦那さまが何か大旦那さまのお気にさわることをなさったらしく、大旦那さまが棒を持ってさがしにいらっしゃったのよ」 「それで若旦那はどこにいらっしゃる」  と亭主がきくと、女は寝台の下を指さして、 「大旦那さまには内証だけど、そこに隠れていらっしゃるわ。逃げていらっしゃったので、かくまってあげたのよ」 亀の女房 笑倒   『魏書(ぎしよ)』の刑罰志に、犯罪者の妻を没収し、妓院を設けて淫を売らせたということが記されている。そのようにして妻を没収された者を楽戸(がくこ)といった。楽戸はみな緑の頭巾(ずきん)をかぶらせられたことから、その頭巾が亀の頭に似ていたため、彼らのことを亀といった。つまり亀とは、妻を他人に犯されながら坐視している者という意味で、最大の罵語(ばご)であった。そこから一般に、妻を寝取られた男のことを亀といい、転じて大馬鹿野郎という意味にも使われるようになった。  さて、すこぶる浮気なたちの女がいた。何度嫁に行っても必ず離縁されて帰ってくるので、ある人が、 「いつも、いつも、どうしてうまくいかないのかねえ」  というと、その女、 「わたしは生れつき運がわるくて、どこへ嫁に行っても必ず相手が亀になってしまうのよ」 寝取られ男 笑林広記    亭主の留守をさいわいに女房が男を引き入れているとき、突然亭主が帰ってきた。男があわてて逃げようとすると、女房はおしとどめて、そのままじっと寝たふりをさせておいた。亭主がそれを見て、 「寝台で寝ているのは誰だ!」  とどなると、女房は指を口にあてて、 「しーっ。大きな声を立てないで。あれは隣りの王さんですよ。おかみさんにひどく打たれ、逃げ出してきて、ここに隠れているのだから」  すると亭主はげらげら笑いだして、 「あの寝取られ男め、女房がそれほどこわいのかねえ」 まだ生れぬ太子 韓非子(内儲説篇)    鄭君(ていくん)が侍臣の鄭昭(ていしよう)にたずねた。 「太子はこのごろどうだ」  すると鄭昭が答えていった。 「太子はまだお生れになっていません」 「なにをいうか。太子はちゃんと立ててあるではないか」 「なるほど、現に王は太子をお立てになっておられます。しかし王の色好みがやまない限り、ご寵愛なさっている妃嬪(ひひん)たちにつぎつぎにお子さまができましょう。新しいお子さまができれば、王はそのお子さまを可愛く思われましょう。可愛くお思いになれば、きっとそのお子さまを、いまの太子に代えて後つぎにしようとお考えになりましょう。それゆえわたくしは、太子はまだお生れになっていないと申しあげたのでございます」 妻 戦国策(秦策)    楚(そ)の国に二人の妻を持っている者がいた。ある男が、その年上の方に言い寄ったところ、女は罵って従わなかったが、若い方は言い寄るとすぐになびいた。  そのうちに女たちの夫が死んだので、ある人が前に言い寄った男に、 「あの二人のうちどちらかを嫁にもらうとしたら、年上の方にするかね、若い方にするかね」  とたずねた。すると男は、 「年上の方をもらうね。他人の女房なら、なびいてくれる方がうれしいが、自分の女房なら、自分のために人を罵ってくれる方が望ましいじゃないか」 仕立屋 笑海叢珠    ある若者、器量よしの隣家の娘に惚(ほ)れ込み、なんとかしてねんごろな仲になりたいと、その機会をねらっていた。娘の方でもその若者を憎からず思っていたので、気持はぴったりと合ったものの、人目がうるさくて、じかに会う機会がない。二人は塀をへだてて密談をかわしたあげく、塀のちょうどうまい具合のところに節穴(ふしあな)があいているのを幸い、その穴を使って交合することにした。  その何度めかのとき、待ちかまえていた若者は塀の向うで娘の声がしたので、いそいで一物を穴へさし入れた。ところがそれよりも一瞬早く、娘は誰かが庭へはいってくるのを見て、あわてて身をかくした。  庭へはいってきたのは娘の家の下男だった。下男は塀の節穴から一物が突き出ているのを見ると、そっと近寄って行って、針をその頭に突き刺した。 「あ痛っ!」  と若者がうめき声をあげると、下男はどなった。 「仕立屋を見ろ。頭に何本も針を刺しているじゃないか。たった一本ぐらいで何をそんなに痛がるんだ」 ひげ面(づら) 笑海叢珠    腹が痛むときには、火で腹をあぶるとなおるといわれる。  ある男、友人の家をさがしているうちに道に迷ってしまったので、道をきこうと思って、ある家の窓から中をのぞいたが、ハッとおどろいて飛びさがり、 「すごい顔をしたひげ面の男が、あそこで火を吹いている」  といって指さした。ちょうど通りかかった人がのぞいてみたが、その人もやはりハッとして飛びさがった。家の中ではその家の女房が、腹痛のためにズボンをぬいで腹を火にあぶっていたのである。 道具 笑苑千金    むかし、ある秀才が姦通をして捕えられた。役人が、 「秀才ともあろう者が、なにゆえ不当にも姦通などしたのか」  となじると、その秀才はいった。 「不当というならば、そもそも天が人間に姦通をする道具を与えたことが不当なのです」 手柄 世説新語(排調篇)    晋の元帝(司馬睿(しばえい))は皇子が生れた祝いに、あまねく群臣に下賜をした。そのとき予章郡太守の殷羨(いんせん)が、 「皇子のご誕生、天下ひとしくお喜び申しあげております。臣は何の手柄もございませんのに、手厚い賜物(たまもの)を頂戴し、恐縮至極に存じます」  とお礼を言上した。すると元帝はいった。 「このことでは、そなたに手柄を立てさせるわけにはいかんよ」 仙女 笑賛・笑府・広笑府    董永(とうえい)は漢代の孝子である。  天帝がその孝行をめでて、一人の仙女を董永に嫁がせられた。その仙女が下界へ降(くだ)るとき、多くの仙女たちが見送りにきていった。 「下界にもしほかにも孝行な人がいたら、どうか手紙で知らせてくださいね」 尻ぬぐい 笑府    ある男が厠(かわや)へはいったところ、隣りの厠に女がはいっていて、声をかけてきた。 「もしもし、わたし、紙をなくして困っております。もしわたしに紙をくださいますなら、あなたの妻になってもよろしゅうございます」  男はそれをきいて、自分の使う紙を壁の隙間から入れてやった。ところが女はその紙を使うと、そのまま出て行ってしまった。男はなげいていった。 「やれやれ、結婚の約束はできたが、この尻はいつになったらぬぐえるのだ」 いちばん楽しいこと 笑府    ある男、人から、 「この世でいちばん楽しいことは何か」  ときかれて、 「房事をすることだ」  と答えた。 「それじゃ房事をしたあとで、いちばん楽しいことは?」  ときかれると、しばらく考えてから、 「やっぱり、もう一度房事をすることだな」 もとに戻る 笑府    ある男、酒に酔ってから房事をすることを好んだ。友人が戒めて、 「酔ってから房事をすると五臓がひっくり返るそうだよ。体に毒だからやめた方がよい」  というと、 「なに、おれは大丈夫だ」 「どうして?」 「おれはいつも二度ずつやるからな」 死体を扇ぐ 笑府    亭主に死なれたばかりの女のところへ親戚の者がお悔みに行くと、女房が団扇(うちわ)で夫の死体をしきりにあおいでいる。あやしんでわけをたずねると、 「悲しくてなりません。主人が最期(いまわ)のときに、再婚するならおれの体が冷え切ってからにせよといいつけましたので」 塚を扇ぐ 警世通言(第二巻)    ある日、荘子(そうじ)が南華(なんか)山の麓を散歩していると、まだ盛り土の乾かない新しい塚の前に喪服を着た若い女が坐って、白絹の団扇で塚をあおいでいた。不思議に思ってわけをたずねると、女はいった。 「塚の中はわたしの夫で、生きていたときには、死んでもはなれられないほど愛しあっておりましたが、死ぬときわたしに、もし再婚するなら葬式がすんで墓の土が乾いてしまってからなら、してもよいと遺言しました。それでわたしは、新しく盛ったこの土を何とか早く乾かそうと思って、こうしてあおいでいるのです」 破瓜 笑府    ある女、十三歳のときに処女を破った。  ある日、向いの家の娘を見て、 「いくつになったの」  ときくと、 「十四です」  と答えた。するとこの女、手を打って、 「あら、そう。もう破れているのね」 抜ける 笑府    ある女が役所へ訴え出て、 「井戸で水を汲んでおりましたところ、男にうしろから犯されました」  といった。役人が、 「そのときおまえは、なぜ立ちあがらなかったのか」  ときくと、女は、 「立ちあがったら抜けるのではないかと思いまして」 合意のうえ 笑林広記    娘が男とできたことを知って両親が、 「何というふしだらなことを!」  といって責めると、娘は、 「わたしがわるいんじゃない。あの男が無理やりにわたしを犯して、どう仕様もなかったのよ」  という。両親がそこで、 「何でそのとき声を立てて逃げなかったのだ」  となじると、 「だって、声を立てようにも、舌はあの人の口の中へ吸い込まれているし、逃げようにも、あの恰好では逃げられるわけがないでしょう」 生娘(きむすめ) 笑府    ある男、手つかずの生娘を妾にしたいと思って、人に見分け方をきくと、 「一物を見せて、それが何だか知らなかったら、ほんとうの生娘だよ」  と教えられた。そこで何人かの女にためしてみたが、みな知っている。最後にいかにもういういしい若い女にためしてみたところ、 「何か知りません」  という。しめたと思い、 「これはへのこだよ」  というと、その女、 「まあ、それがそうですか。わたし今までにそんな小さなへのこは見たことがありません」 糸束 笑府    二人の女が向いあって、麻糸をつむぎながら話しあっている。東側の女が、 「わたし、あのことをしてほんとうに満足したことはまだ一度もないのよ。この束くらいの太さで、かたいのがあったら、さぞかしいい気持だろうけど」  というと、西側の女が、 「わたしなら、この束くらいの太さで、やわらかいのがいいわ」 「やわらかいのなんて、役に立たないじゃないの」 「やわらかいのがかたくなったら、この束の倍くらいの太さになるじゃないの」 くいしばる 笑府    姑(しゆうとめ)も嫁(よめ)も後家(ごけ)で、男手なしで暮している家があった。姑は嫁に向っていつも、 「後家というものは、歯をくいしばって暮さなければならんのだよ」  といいきかせていた。ところが、そのうちに姑が男をこしらえた。そこで嫁が、これまでの姑の言葉を引いてなじると、姑は嫁に口をあけて見せて、 「ごらんよ。わたしにはもう、くいしばる歯がないんだよ」 割れ目 笑府    嫂(あによめ)のスカートが尻の割れ目へ食い込んでいるのを見た義弟、うしろから引っぱってなおしてやったところ、嫂はいたずらをされたと思い、ひどく腹を立てて、 「何をするんです!」  と叫んだ。 「そう怒ることはないでしょう」  と義弟はいい、 「それじゃ、もとどおりに入れておきましょう」  といって、またスカートを割れ目へ突っ込んだ。 共用 笑府    蘇州へ商用で行く男、友人に、 「蘇州人は何でも倍くらいにいうから、半分に思えばよい」  と教えられた。  さて蘇州へ行ったその男、ある人に、 「お名前は」  ときくと、 「陸(りく)と申します」  といったので、  ——ははあ、六(りく)というと、三男坊というわけか。 「お住居(すまい)は幾間(ま)で?」 「五間です」  ——ははあ、二間半というわけか。 「ご家族は何人で?」 「女房一人きりです」  ——ははあ、誰かと共用しているわけか。 目玉 笑府    ある女、戸口に立っていると、通りがかりの男がいやらしい目でじっと見つめて行ったので、腹を立てて、 「何を見てるのよ。その目玉をくりぬいてやるから」  というと、その男、 「おかみさん、もしおれの目玉をくりぬいたら、どうかおかみさんの便器の中へ入れといておくれよ」 相手ちがい 笑林広記    ある女房、戸口に立っていたところ、通りがかりの男がじろじろ見て行くので腹をたて、さんざんにその男を罵った。隣家の老婆がそれをきいて出てきて、 「あんたがそんなところに立っているのがいけないんだよ。人に見られたって仕方がないじゃないか」  というと、その女房のいうには、 「わたしは、見られるのはかまわないんだよ。ただ、あんな醜男(ぶおとこ)にじろじろ見られたのが癪にさわるんだよ」 不倫 笑倒    ある人、大勢の子と孫のいることが自慢である。たまたま、子供のいない友人が訪ねてきたので、得意になって、 「一人も子供をつくることができないとはなあ。わしはこんなに大勢、子や孫をつくったのに」  というと、その友人、 「子供をいくらつくろうと、それはあんたの勝手だが、孫まであんたがつくったとはなあ!」 あれの形 笑林広記    いちども女色を経験したことのない男、あれがどんな形をしているものか見当がつかないので、人にたずねてみたところ、 「まあ、目が縦についているような形と思えばよい」  と教えられた。その後、急に女を買いに行きたくなったが、どこに女郎屋があるのかわからない。町をあちこち歩きまわっていると、目の形を幾つもかいた目医者の看板が、偶然横になっているのを見つけ、この家にちがいないと思ってはいって行って、 「女を買いたい」  というと、医者が怒って、 「おれの家は女郎屋じゃない!」  という。男は怪訝(けげん)な顔をして、 「女郎屋でないなら、なんのためにあんなにたくさん、あれの形をかいた看板を出しておくのだ。ああ、わかった。あんたは、あれの医者か」 あてはずれ 笑林広記    女が男の鼻の大きいのを見て、ふざけていった。 「あんたの鼻は大きいのね。きっとあれも大きいのでしょう?」  男も女の口の小さいのを見て、ふざけていった。 「あんたの口は小さいね。きっとあそこも小さいんだろうな」  ふざけあっているうちに、二人ともあじな気になってきて、ついに一儀に及んだ。  すんでから女が笑って、 「あんたの鼻、あてにならないのね」  というと、男も笑って、 「あんたの口も、あてにならんね」 無一物 笑府(江戸、須原屋板)    ある貧乏な先生、住込みの家庭教師の口にありついたが、下男をつれて行かなければならない。しかし下男を雇う金などないので、仕方なく女房を下男に仕立てて、つれて行った。  さてその家に着き、食事をふるまわれた後、主人がいった。 「今夜は息子を先生といっしょにやすませましょう。下男のかたは別室で、拙宅の下男といっしょに寝ていただきます」  先生はどうすることもできず、主人のいう通りにした。  さて翌朝、息子が父親にいった。 「先生はよほど貧乏だとみえて、服の下はまるはだかで、何もつけておられませんでした」  すると下男も主人にいった。 「つれてこられた下男もよほど貧乏だとみえて、服の下はやはりまるはだかで、おまけに一物さえもございませんでした」 春を思う 笑海叢珠    ある役人が尼寺に泊ったが、夜中に牝(めす)猫が鳴いてうるさいので、 「いったい、あの猫はどうしたのです」  というと、尼僧は、 「あれは、春を思って鳴いているのですわ」  と答えた。役人が笑って、 「庵主(あんじゆ)さんは春を思わないのですか」  ときくと、 「いつも思っております。ただ、牝猫のように声に出さないだけですわ」 前と後 笑府    ある僧がはじめて女郎屋に泊った。しばらく女郎のそのあたりをなでまわしていたが、やがて大声で叫んだ。 「不思議だ、不思議だ。前の方は尼僧のようだが、後の方はわしの弟子のようだ」 すばらしい 笑府    旅の僧が尼寺へ行って、一夜の宿をたのんだ。尼僧は、 「この庵は手狭でございます。その上、尼寺ですから、お泊めするわけにはまいりません」  といってことわったが、旅の僧が、 「わたしは女色を絶っている僧侶です。ご心配は無用です」  というので、泊めることにした。  その夜、尼僧は旅の僧にたずねた。 「あなたは、女色をお絶ちになってから、長くなられますか」 「さよう、長くなります」 「どれほど長くなるのですか」 「一年に一寸は長くなります」 「お絶ちになってから何年になりますか」 「七、八年になります」  尼僧はそれをきくと、手を合わせていった。 「阿弥陀仏(ま    あ)、すばらしい!」 斎(とき)の字 笑府    僧侶と尼僧が「とき」という字について喧嘩をした。僧侶は「斉」と書き、尼僧は「斎」と書いて、互いに自分の方が正しいという。 「あんたはかねがねわしのを小さいと思っているので、それであてつけに『斎』と書くのだろう」  と僧侶がいうと、尼僧は、 「あなたこそ、かねがねわたしのを広いと思っているものだから、それであてつけに『斉』と書くのでしょう」 行脚僧(あんぎやそう) 笑府    頭虱(あたまじらみ)が毛虱に招待されて下へ行ったところ、ちょうど家主(やぬし)の女性が一儀を行なうところで、頭虱はその一部始終を見てきた。  帰ってくると、仲間の頭虱たちがたずねた。 「下には何かおもしろいことでもあったかい」 「うん。はじめ黒松の林の中でご馳走になっていたら、一人の和尚に出会った」 「その和尚がどうした」 「おかしな和尚でね、はじめはぐにゃぐにゃしていて、まるで病気にかかった和尚みたいだったが、そのうちにしゃんと堅くなって、少林寺(しようりんじ)の和尚のように逞しくなり、林の下の谷へ出たり入ったりしだした。そのありさまはまるで世帯持ちの和尚のようないそがしさだったが、やがて突然、へどを吐き出したところを見ると、酒に酔った和尚みたいだったよ」 「いったいどういう和尚だろうな」 「そのあとで嚢(ふくろ)を引きずってどこかへ行ってしまったから、やはり行脚の和尚だろうな」 迷婦薬(めいふやく) 笑林広記    ある道士が、女を迷わすという薬を売っていた。それを女の体へふりかけると、自然に女がよろめいてくるという薬である。  ある日、町の若者がその薬を買いに行った。道士は出かけていて家にはおらず、その女房が薬を渡した。若者は薬を受け取ると、それをその女にふりかけ、女のあとについて行って部屋の中へはいった。女は仕方なく若者のいうままになった。  道士が帰ってきてから、女房がありのままに事の次第を話すと、道士は怒って、 「誰がそいつとしろといった!」  とどなりつけた。すると女房はいい返した。 「だって、わたしがもしいやだといったら、おまえさんの薬がきかないということになるじゃないの」 精進(しようじん)あけ 笑府    ある和尚が、夜中に、小僧をさそっていった。 「今夜は一つ、精進でやるとしよう」 「精進というのはどうすることですか」 「唾をつかわずにやることだよ」  小僧は承知したものの、いざとなると痛くてたまらず、大声で叫んだ。 「お師匠さん、もう我慢ができません。早く精進あけにしてください」 大ふぐり病 笑府    ある和尚、大ふぐり病をわずらい、医者に診(み)てもらったところ、医者は首をかしげて、 「この病気は、在家(ざいけ)の人なら治せますが、ご出家(しゆつけ)のはなかなか治しにくうございます」  という。 「どうしてですか」 「この大きな袋の中には、お弟子さんたちのおならが、いっぱい詰っておりますのでな」 突き抜ける 笑府    これまで和尚に掘られてばかりいた小僧が、はじめて弟弟子(おとうとでし)を誘ってやらかし、よい気持でいるうちに、弟弟子の一物も硬(お)えてきた。兄弟子(あにでし)の小僧、うしろからふとそれにさわり、びっくりして叫んだ。 「阿弥陀仏(う  わ  あ)、突き抜けた!」 天の報い 笑府    老僧が用を足そうと思って竹林(ちくりん)へはいり、しゃがんだところ、尻の穴へ筍(たけのこ)が突きささった。 「阿弥陀仏(う  わ  あ)、痛い」  と飛びあがると、小僧がそれを見て合掌し、 「阿弥陀仏(あ    あ)、天の報いだ!」 初釜 笑府    ある童子、はじめて釜を掘られて痛くてならない。数百歩も駆けだしたが、まだ痛みがとれないので、ゆきずりの人に尻をまくって見せていった。 「おじさん、すみませんがちょっと見てください。一物がまだ中に刺さっているのではないでしょうか」 竜陽(おかま)の初夜 笑府    ある竜陽、妻を迎えたが、初夜の床(とこ)でいきなりその尻にとりついて行なおうとした。妻があわてて、 「そこはちがいます、ちがいます」  というと、竜陽は、 「おれが子どものときから習いおぼえているのはこうだ。どこがちがうというのだ!」  といった。すると妻のいうには、 「わたしが子どものときから習いおぼえているのは、そうではありません」 あるべきもの 笑府    ある竜陽、初夜の床でその尻を妻にすり寄せた。妻はさぐりまわしてみて、 「どうしてないの?」  といぶかる。竜陽も手をうしろへまわして妻の前をさぐりまわし、 「おまえも、どうしてないんだ?」 蜘蛛(く も)の糸 笑府    ある竜陽が新調の繻子(しゆす)の服を着て外へ出た。ある人がそれを見ていった。 「ほう。その繻子は変っているね。蜘蛛の糸で織ったんじゃないか」 「蜘蛛の糸が織れますか?」  と竜陽がいうと、 「蜘蛛の糸ではないにしても、似たようなものだ。どうせ一本一本、尻の穴から引き出したものだろうからな」 両刀使い 笑府    ある男、なじみの竜陽がいい年になったので嫁を持たせてやり、親戚づきあいをして自由に家に出入りさせていた。  ある日、妻の里の母親がきているとき、その竜陽がやってきて勝手に奥へはいっていったので、母親が娘に、 「あれは親戚の人?」  ときくと、娘はしばらく考えてから、 「あの人は夫の夫なの」 突き固める 笑府    百姓が大きな寺院へ糞(ふん)を買いに行ったところ、寺男が倍の値を要求した。 「どうしてそんなに高いことをいうのです」  ときくと、 「ここの糞はよそのとはちがって、みんなお師匠さんたちが突き固めなさったものばかりだからな」 虻(あぶ) 笑府    ある小僧、大便をしていたら尻の穴へ虻が飛び込んだので、通りがかった人に取り出してくれるようたのんだ。その人は見て、 「これは取り出せそうにもないから、わしが突き殺してあげよう」  といい、一物を穴へ押し込んだ。小僧はふり返って、 「早く突き殺してください。もし人に見られたら、男色をしているのじゃないかと疑われますから」 野ざらし 笑府    ある人、郊外で遺骸が野ざらしになっているのを見てあわれに思い、これを埋めてやったところ、夜中に戸をたたく音がした。 「誰だ」  ときくと、 「妃(ひ)です」  という。 「妃とおっしゃいますと……」 「はい、楊貴妃(ようきひ)です。馬嵬(ばかい)で殺されて遺骸が野ざらしになっておりましたのを、埋めてくださいましてまことにありがとうございました。つきましてはそのお礼として、一晩お傍(そば)に仕えさせていただきたいと思いまして」  そして一晩、枕を共にして帰って行った。  隣りの男、それをきいてうらやましくてならず、さっそく郊外へ出かけて行ってさがしまわった末、ようやく野ざらしの遺骸を見つけて、これを埋めてやった。すると、夜中に戸をたたく音がした。 「誰だ」  ときくと、 「飛です」  という。 「飛とおっしゃいますと……」 「張飛(ちようひ)です」  という返事にその男、ぎょっとして、 「張飛将軍がどうしてわたくしなどのところへ?」 「拙者は〓中(ろうちゆう)で殺されて遺骸が野ざらしになっていた。それを埋めてくださった段、まことにかたじけない。ついてはそのお礼として、お粗末ながら拙者の尻を一晩ご用立てしたいと存じ、かく参上した次第でござる」 唾(つば) 笑府    新郎、初夜の床で、新婦が痛がるだろうと思って唾を塗った。すると新婦がおどろいて、 「あら、所かわれば品かわるですわねえ。わたしの郷里では唾は男色に使いますけど」 貸す 笑府    ひどく貧乏な夫婦がいた。女房はなかなかの器量よしだったので、言い寄ってくる男もあったが、亭主が承知しなかった。ところが、亭主は食い物をさがしに出かけて行くとまる一日帰ってこないことが多かったので、女房はそのあいだに体を売って、どうやら食いつないでいた。  ある日、外から帰ってきた亭主がひもじいひもじいとわめきたてるので、女房が、 「この前わたしを世話しようという人があったとき、おまえさんが承知しなかったからだよ」  というと、亭主は黙ってしまった。どうやら後悔している様子なので、女房は米の飯と肉の料理を出してやった。亭主はびっくりし、よろこんですっかり食べてしまってから、 「どうしたんだ」  ときいた。女房が、 「ひもじくてならなかったので、ちょっと体を貸したの」  というと、亭主は膝を乗り出して、 「その人は、男色の方は好きじゃなかろうか」 女亀 笑府    ある女、嫁に行ったが、夫は男色の方が好きで、しょっちゅう外で泊ってくる。そこで女は里へ帰って両親に泣きつき、 「わたしを離縁させて!」  とたのんだ。両親がおどろいてわけをきくと、 「わたし、女なのに、亀にされてしまったのです」 商売しょうばい 二倍 呂氏春秋(似順論篇)    魯(ろ)に公孫綽(こうそんしやく)という男がいて、 「わしは死人を生かすことができるのだ」  と広言した。そのわけをきくと公孫綽はいった。 「わしは人の半身不随をなおすことができる。だから、その半身不随をなおす薬を二倍にすれば、死人も生きかえらせることができるはずなのだ」 杭(くい) 笑海叢珠    ある人が下痢をわずらい、長いあいだなおらなかった。最後にかかった医者は、薬はこれまでの医者が飲ませたのと同じ物を使ったが、ただ煎薬(せんやく)だけはちがって、川岸の杭(くい)を欠いてきてよく煎じて飲むようにといった。病人が、 「人参(にんじん)や附子(ふし)や肉豆〓(にくずく)などを飲んでもなおらないのに、杭なんか飲んでもどうにもならないでしょう」  というと、その医者のいうには、 「医は意なりと申します。杭は大きな川の水でもせきとめることができるのです。小さな穴がせきとめられないはずはありますまい」 親代々 笑海叢珠    都の長安(ちようあん)に王生(おうせい)という医者がいた。親代々の医者で、出入りしているのは高官や富豪の家ばかり。多額の礼金を出す者でなければ診(み)てくれないのである。そのため王家は大金持になった。  長安の金持たちは、夏のさかりには客を招いて庭園で宴会を開く。これを避暑の会といったが、王生もある日、おとくいの高官や富豪を招いて避暑の会を開くことにし、百金をついやして山海の珍味を用意した。ところが、あいにくその日は雨が降り、客は一人も来なかった。王生はすっかりしょげて家の者にいった。 「わしが大金持になったのは、みなさんのおかげだ。ご恩は忘れてはならぬと思っている。それでみなさんをお招きしたのだが、あいにくの雨で、どなたも来てくださらない。暑いおりだから、用意したご馳走も長くはもたないだろう。せっかく用意したのだから、この際、ご馳走を広間に並べて、わしがこれまでに匙(さじ)加減をまちがえて死なせた人たちの供養(くよう)をすることにしよう」  山海の珍味を広間に並べおわると、王生はその前で祈った。 「親代々医者をしておりますあいだには、時には匙加減をまちがえたために亡くなられた方もございましょう。どうかこの宴席においでになって、この供物(くもつ)をお受けくださいますよう」  しばらくすると、外にざわざわという音がして、だんだん近づいてくる。耳をすますと、それは何百人もの足音であった。みんなは広間にはいって席につき十分に飲み食いをして、帰って行った。  それからまたしばらくすると、再び何百人もの足音がきこえ、みんな席についた。王生が不審に思い、 「いちどお帰りになったのに、どうしてまたおいでになったのですか」  ときくと、なかの一人がいった。 「前に帰って行ったのは、あなたがまちがえて殺した人たちです。わたしたちはみな、あなたのお父上に殺された者です」 熱病 笑府    子どもが熱病をわずらったので、医者に薬をもらって飲ませたところ、死んでしまった。父親が医者のところへねじ込みに行くと、医者は、 「そんなはずはない」  といってその家へ行き、子どもの死体をなでながら、その父親にいい返した。 「おまえさん、よくもわたしの薬がきかんなどといいなさったな。熱はちゃんと引いているではないか」 薬の勝利 笑府    子どもが病気になったので、医者に薬をもらって飲ませたところ、一層ひどくなった。父親が医者のところへ駆けつけてわけを話すと、医者は、 「ご心配には及びません。わたしの薬が病気と戦っているところですから」  といった。そこへ、子どもが死んだという知らせがきた。すると医者は、 「わたしのいったとおりでしょう」  といった。 「わたしの薬が病気と戦って勝ったのです。だが、お子さんはわたしの薬と戦って負けなさった」 満員 笑府    ある人、子供が病気になったので医者を呼んだところ、医者は、 「わたしがお引き受けした以上、ご心配はいりません」  といった。ところが莫大な薬代を払ったのに子供は死んでしまった。その人はひどく怒り、下男に、医者の家へねじ込みに行かせた。しばらくすると下男が帰ってきたので、 「どうだった」  ときくと、 「だめでした」  という。 「どうしてだめなのだ」 「ねじ込みにきた連中が大勢いて、とても割り込めませんでした」 名医 笑府    閻魔大王が地獄の鬼卒に、娑婆へ行って名医をさがしてくるように命じて、 「よいか。門前に怨めしそうな亡霊のいない医者が名医だぞ」  と教えた。鬼卒は大王にいわれたとおりにして名医をさがしたが、どこの医者の門前にも亡霊が群れをなしていて、名医は見つからない。ところが、最後にある医者の家へ行ったところ、その門前にはただ一人だけしか亡霊がいない。 「ああ、やっとさがしあてた。これこそ名医にちがいない」  と思い、近所の者にたずねてみたところ、その医者は昨日看板を出したばかりの医者であった。 薬 笑府    ある医者、引越しをすることになり、近所の人々に挨拶をして、 「いろいろお世話になりました。何かお礼のしるしをと思ったのですが、手もとが不如意ですので、せめて薬を一袋ずつみなさんにさしあげます」  といった。近所の人々がくちぐちに、 「わたしたちは何の病気もありませんから」  とことわると、医者のいうには、 「いやいや。わたしの薬を飲めば、きっと病気になります」 医者の手 笑府    薪(たきぎ)をかついだ木こりが、あやまって医者に突きあたった。医者が怒って拳(こぶし)を振り上げると、木こりは薪を投げ出して地面にひざまずき、 「どうか足で蹴ってください」  とたのんだ。  見ていた人々が不審に思ってわけをたずねると、 「あの人の手にかかったら、命がなくなります」 処方 笑府    ある医者、「すこぶるよくきく虱(しらみ)取りの薬」という看板を出していた。ある人がそれを買いに行って、 「どのように用いるのですか」  ときくと、 「虱をつかまえて、その口にこの薬を塗りつけるとすぐに死にます」  という。 「つかまえたら、ひねりつぶした方が簡単じゃありませんか」  というと、医者はうなずいて、 「なるほど。そういわれてみると、その処方のほうがよさそうですな」 疥癬医(かいせんい) 笑府    ある医者、「すこぶるよくきく疥癬の薬」という看板を出していた。ある人がそれを買いに行ったところ、医者は顎(あご)で薬棚をさして、 「代金を置いて、持って行ってください」  という。その人が腹をたてて、 「なんと無精な」  というと、医者は、 「疥癬にかかっているので」  という。 「それなら、なんでその薬をつけないのですか」 「いや、つけるにはつけたのですが」 乳房 笑府    ある女、左の乳房が腫(は)れて痛むので、医者を呼んでみてもらった。女が胸を出すと、医者はしきりに右の乳房をいじる。女が腹をたてて、 「何をなさるのです。痛いのは左です」  というと、医者、 「さよう。こちらの乳のようならよろしいのですが」 外科 笑府    ある男、演武場へ競射を見に行ったところ、それ矢が飛んできて耳にささった。外科医を呼ぶと、医者は小さなのこぎりで外に出ている矢幹(やがら)だけ切り取って、治療代を請求した。そこで、 「内にはいっている分はどうするのです」  ときくと、 「それは内科にみせなさい」 治療法 笑府    医者になりたての男、よい治療法をきくたびに手帖に書きとめる。  ある日、田舎道で強盗が人を追いかけているのを見かけた。繁みにかくれてそっと様子を見ていると、強盗が大ふぐりの男を殺すところで、首が落ちたとたん、見る見るふぐりが縮んでいった。医者はさっそく手帖を出して書きつけた。 「大ふぐりの絶妙の治療法……」 塗り薬 笑府    ある女房、隠しどころにできものができたので、医者を呼んだ。医者はくわしく診察してから、亭主に、 「薬はわしが、じかに塗り込まんことにはゆきわたらないが、よろしいかな」  といった。亭主がうなずくと、医者は一物を出してその頭に薬を塗りつけ、女房の中へ入れた。亭主は固唾(かたず)を呑んで医者が事を行なうのを見ていたが、大分たってからいった。 「先生が薬をつけていなければ、わたしも気をまわさないわけにはいかないだろうが」 放屁 笑林広記    ある医者、病人に薬を飲ませ、脈をとってから、うなずいていった。 「薬を飲むと腹が張ってきて、おならが出るはず。そうすればもう、安心です」  しばらくすると、ぷうっと一発、音がした。医者がよろこんで、 「それそれ、わたしのいったとおりでしょう。もう大丈夫」  というと、見舞客の一人が、 「じつは、いまのはわたしがとりはずしましたので……」  といった。 「なに? あなただと? それでもよろしい。いずれにしても放屁であることには変りはないのだから」 団子 啓顔録    ある和尚(おしよう)、急に団子が食べたくなったので、寺の外へ行って数十個の団子をこしらえ、蜜を一壺買ってきて、部屋で一人こっそり食べていた。  満腹すると、残った団子を鉢の中にしまい、蜜の壺は寝台の下へ入れて、小僧を呼んでいった。 「わしの団子がなくならないように、よく番をするのだぞ。寝台の下の壺には毒薬がはいっている。食べたら死ぬぞ」  和尚が出て行ってしまうと、小僧はさっそく壺をあけ、蜜を団子につけて食べだした。  団子は二つだけ残った。  和尚は帰ってくるなり、残しておいた団子に蜜をつけて食べようとしたが、団子は二つしかなく、蜜の壺は空(から)っぽになっているので、すっかり腹を立て、 「なんでわしの団子と蜜を食った!」  とどなりつけた。すると小僧は、 「和尚さんが出て行かれたあと、団子の匂いをかいでおりますうちに、ひもじくてたまらなくなり、つい手を出して食べてしまいましたが、和尚さんが帰ってこられてから叱られるのがこわいので、死のうと思って壺の中の毒薬を飲みました。ところがどうしたことか、まだ死なずにおります」  という。和尚がいよいよ怒って、 「ちくしょう、あんなに沢山あったわしの団子を、どうして食ってしまったんだ」  というと、小僧は手をのばして鉢の中に残っている二つの団子をつかみ、口の中へ入れてむしゃむしゃ食ってしまって、 「こうして食べてしまいました」 大ふぐり 笑海叢珠    むかし、ある寺に大きくて立派な飼犬がいた。これを盗もうとたくらんでいる賊のいることを知った和尚が、夜中に犬小屋へはいってうずくまり、じっと賊のくるのを待っていたところ、はたして忍び寄ってくる二、三人の足音がきこえた。やがてそのなかの一人が手さぐりをしながら犬小屋へはいってきたが、和尚の頭に手をふれるなり、あわてて外へ飛び出して、仲間の者にささやいた。 「やめておこう。おそろしい犬だ。ふぐりさえ人間の頭ぐらいあるんだから、どれくらい大きいか知れぬ。あれじゃとてもおれたちの手にはおえないだろう」 因果 笑海叢珠    むかし、ある家で法事をいとなんだ。たのまれてきた僧侶がお経を読んでいると、ちょうど頭の上に燕の巣があったので、糞(ふん)が落ちてきて僧侶の頭にぺたりとくっついた。僧侶が顔をしかめて、 「ちくしょう。くそやろうめ」  というと、主人は自分が罵られたのだと思って、 「なにごとです」  といった。 「いや、なに、燕がわたしの頭に糞をひっかけよったので」  すると主人がいった。 「それはそれは……。だが、それも因果というものでしょう。『果報経』にも『もし前世の因(いん)を問わば、今生(こんじよう)受くるもの是れなり』とございます。おそらくこれは、あなたがまだ僧侶になられる以前に、鳥の頭に糞をひっかけなさったことがあって、いまその報いをお受けになったのでしょう」  僧侶はいよいよ顔をしかめてつぶやいた。 「わしの商売を横取りして、因果を説きやがる」 大石 笑海叢珠    二人の男が、畑の真中の大きな石を取りのけようとしていたが、石はびくとも動かない。通りかかった一人の僧侶がそれを見て、 「拙僧が取りのけて進ぜましょうか」  といった。二人がよろこんで頭を下げ、 「よいところへおいでくださいました。お願いいたします」  というと、僧侶は、 「まず拙僧にお斎(とき)をふるまっていただきたい。そのあとで取りのけて進ぜましょう」  という。二人は僧侶を家へつれて行き、お斎をふるまってから、またいっしょに畑にやってきた。すると僧侶は、石に背中を向けてしゃがみ込み、 「さあ、拙僧が背負って行くから、お二人で拙僧の背中へ石を載せてくだされ」  という。二人が、 「わしたちには動かせないので、おまえさんにたのんだのじゃないか」  というと、僧侶は、 「おまえさんたちが背負わせてくれなければ、拙僧とて背負うわけにはまいらぬ」 奉加 雪濤諧史    強盗と僧侶とが山で虎に出会った。強盗は弓で虎を防いだが、虎は悠々と近寄ってくる。僧侶はもはやこれまでと思い、持っていた奉加帳を投げつけた。すると虎はおどろいて逃げて行った。  さて、逃げ帰った親虎に子虎がたずねた。 「どうして強盗をこわがらずに、坊さんなんかこわがるの?」  すると親虎はいった。 「強盗には太刀打ちできるが、坊主はおれに奉加を求めやがった、太刀打ちできるわけはないよ」 経文の御利益 笑府    ある和尚、檀家へお経を読みに行った帰り道で虎に出会った。肝をつぶし、鐃〓(にようはち)(僧侶が法会(ほうえ)に用いる楽器。浅い鍋形の薄い銅板二枚を打ち合わせて鳴らせる)の一枚を投げつけると、虎はそれを呑み込んで進み寄ってくる。残りの一枚を投げつけると、また呑み込んで、いよいよ近寄ってくる。和尚はもはや絶体絶命と観念して経文を投げつけた。すると虎は、あわてて穴の中へ逃げ帰って行き、和尚は事なきを得た。  さて、穴へ逃げ帰った虎は、仲間の虎にわけをきかれて、いった。 「じつに怪(け)しからん和尚だった。薄いこりこりするものを二切れご馳走してくれたのはよいが、なんと、そのあとですぐ勘定書きをつきつけやがるんだ。逃げないわけにはいかないじゃないか」 和尚の頭 笑府    ある和尚、檀家へお経を読みに行った帰り道で虎に出会った。肝をつぶし、経文を投げつけたところ、虎はそれを呑み込んでおどりかかってくる。和尚はもはや絶体絶命と観念し、頭巾をぬいで、てらてら光る頭を虎にぶっつけた。すると虎は、あわてて逃げて行ってしまい、和尚は事なきを得た。  さて、和尚がある人に、不思議なこともあるものだといってこのことを話すと、その人はいった。 「わかった。その虎はきっと雌(めす)だったんですよ。和尚さんにてらてら頭を突きつけられて、これはかなわんと、びっくりして逃げて行ったんですよ」 破戒 笑府    ある貴人が寺へ遊びに行き、和尚にたずねた。 「あなたは生(なま)ぐさものを食べますか」 「いや、あまりいただきません、ただ、酒を飲むときに少しばかり……」 「なに、酒も飲むのですか」 「いや、たいして飲みません。ただ、舅(しゆうと)がきたときに相伴(しようばん)をして少しばかり……」 「なに、舅だと? そうすると、妻も持っているのか。けしからん! 明日にでも知事にいって度牒(どちよう)(僧侶の免許状)を取りあげてやる!」  貴人が憤然としてそういうと、和尚は平然として、 「いや、度牒はもうありません。一昨年、盗みを働いていたことが露見して、そのとき取りあげられてしまいましたので」 蝦(えび) 笑府    ある和尚、精をつけようと思い、ひそかに蝦を買ってきて煮ていると、鍋の中でばたばたはねだしたので、合掌しながら蝦に向っていった。 「阿弥陀仏(なんまいだ)。しばらくの我慢じゃ。いまに赤く煮えたら痛くはなくなるからな」 放生(ほうじよう) 笑賛・笑府    鷹に追われた雀が、和尚の袖の中へ飛び込んだ。和尚は雀を握りしめて、 「阿弥陀仏(ありがたや)。今日は肉が食えるわい」  とつぶやいた。掌の中の雀を見ると、目をつぶって動かないので、和尚は死んでしまったのだと思い、手をあけた。すると雀はぱっと飛んで行ってしまった。和尚は舌打ちをして、 「阿弥陀仏(なんまいだ)。放生してやるぞ」 香袋 笑府    ある和尚、部屋へはいるといつも戸を閉め切って、しきりに、 「いとしい、いとしい」  といっているので、弟子たちが不審に思い、和尚が外へ出た隙に鍵をあけて部屋の中を見たが、格別のものはなく、ただ寝台の上に香袋が一つあるだけだった。弟子たちは、これにはきっとわけがあると思い、袋の中の香を取り出して、代りに鶏の糞をつめておいた。  和尚は外から帰ってくると、いつものように戸を閉め切り、 「ああ、いとしい、いとしい」  といったが、すぐ、 「おや、おまえどうしたのだい? 屁をひったのじゃないかい?」 坊主頭 笑府    ある人が役人にたずねた。 「強盗をして捕まった囚人の頭は、どんなふうに剃(そ)るのですか」 「片側を半分だけ剃るのだ」 「ということは、頭の半分だけ坊主頭にするのですね」 「そうだ」 「なるほど。強盗二人ぶんの頭が坊主一人というわけですか。まったく坊さんというのは強欲だからなあ」 念仏尼 笑府    ある極寒の年に、真珠商人の船が洞庭湖(どうていこ)で浅瀬に乗り上げた。幾日も動きがとれず、食糧がなくなってきて、乗組員たちはこのままでは餓死(うえじに)するよりほかないありさまになった。近くの船に一人の尼僧が乗っていて、米をたくさん積んでいたので、真珠を安くするから米と交換してほしいとたのんだが、尼僧は木魚を叩いて念仏をとなえながら、 「いやだ、いやだ」  と首を振る。 「真珠一斗と米一石(十斗)なら換えてくれますか」 「いやだ、いやだ」 「真珠一斗と米一斗となら?」 「いやだ、いやだ」 「それでは、どうしたら承知してくれるのですか」  尼僧はやはり木魚を叩きながら、 「どうしてもいやだ。おまえさんたちが餓死してしまったら、真珠はそっくりわたしのものになるはずだから」 地獄 笑府    不信心な男が死んで冥土へ行ったところ、最も重い罪を言い渡された。男はそこで、罪を軽くするために、持ってきた金を全部出して坊さんにお経を読んでもらおうと思い、あちこちさがし歩いたがどこにも坊さんがいない。男は不審に思い、 「こちらには坊さんはいないのですか」  ときくと、その人はうなずいて、 「坊主はここへ来るには来ても、みんな地獄へ送られて行く。いるはずはないよ」 腹の中 笑府    僧侶が渡し場で、 「船に乗せてください」  とたのんだ。船頭は、 「船の中にはご婦人の客がいらっしゃるので、ずっと眼をつぶっているなら乗せてあげてもよい」  といって乗せた。僧侶は船に乗ると、船頭にいわれたことを守ってずっと眼をつぶっていた。  やがて船が向う岸に着くと、船頭が僧侶に、 「さあ、立ちなされ」  といった。僧侶が立ちあがったとたん、船頭は僧侶の頭を殴りつけた。僧侶が顔をしかめて、 「阿弥陀仏(お や お や)、愚僧は一度も眼をあけなかったのに、どうして殴るのです?」  というと、船頭は、 「わしに、おまえさんが腹の中で考えていたことがわからんとでもいうのかい」 女ごころ 笑倒    僧侶が婦人と同じ船に乗り合わせた。  婦人は、僧侶がじろじろと自分を見るので、怒って、下男に僧侶を打たせた。すると僧侶は眼をつぶってしまった。  やがて船が向う岸に着くと、婦人はまた下男に僧侶を打たせた。 「いったい、こんどは何の罪で?」  と僧侶がいうと、婦人は、 「おまえさんはいままでじっと眼をつぶって、わたしのことをあれこれと考えていたでしょう」 精進 笑得好    ある家の宴会に、僧侶も呼ばれて行った。主人が、 「和尚さんはお酒は?」  ときくと、僧侶はすまして、 「お酒はちょうだいいたしますが、その代りに、精進料理は絶対にいただかないことにしております」 太鼓 笑府(江戸、須原屋板)    ある天子が、有徳の高僧をさがし出して師と仰ぎ、解脱(げだつ)の道を求めようと思い立った。ところが、出家には色を好む者が多く、世に高僧といわれている者でも、じつは欲心が深く、真に清浄な者はほとんどいない。  そこで天子は一計を案じ、各地から、高僧としてあがめられている者十余人を招いて、宮中の一室に集めた。ちょうど夏だったので、一同を輪になるように立ち並ばせ、衣(ころも)をぬがせて裸にし、各人の臍(へそ)の下に太鼓をつるした上、宮中の美女十余人を呼んでその輪の中へ入れ、衣裳をぬがせて全裸にし、ころげまわらせたり、歌い踊らせたりして、僧侶たちの一物が硬(お)えるかどうかによって欲心の有無を知ろうとした。  さて、宮女たちが裸になったとたん、僧侶たちの一物はみな硬えて、四方の太鼓がいっせいに鳴りだした。ところがそのなかで、一人の僧侶の太鼓だけは音をたてないばかりか、微動だにしない。  天子はそれを見て大いによろこび、 「あの僧こそ、わが師と仰ぐべきまことの高僧だ」  といい、侍臣に命じて衣を着せかけさせ、歩み寄って、 「わたしの、弟子としての礼をお受けいただきたい」  といってその僧侶の前にひざまずいたところ、見れば、その僧侶の太鼓は鳴らぬのも道理、一物によって突き破られていたのであった。 家兄(かけい) 笑海叢珠    貪欲な役人がいた。ある下役人がその気持を察し、銀で人形を造って役人の机の上に置き、奥へ知らせに行った。 「家兄が役所でご下命をお待ちいたしております」  家兄とは兄のことだが、兄のように頼りになるという意味から俗に銭のことをもいうのである。  役人が出て行って見ると、机の上に銀の人形があったので、ふところへしまってまた奥へもどって行った。  その後、その下役人は些細なことで棒打ちの刑をくらうことになったので、 「どうか家兄に免じておゆるしくださいますよう」  と哀願した。すると役人はいった。 「おまえの家兄は、わしが着任してから一度顔を見せたきりで、二度とやって来ないじゃないか。だからおまえを棒打ちにするのだ」 任官 笑海叢珠    昔、ある人が粉屋をはじめた。当初は人の力でひいていたが、粉があらく、宮中へ献上しても御意(ぎよい)に召さない。その後、赤牛にひかせたところ、きめのこまかい粉ができた。天子はたいそう気に入り、粉屋を召し寄せてわけをたずねられた。 「このごろ赤牛を手に入れ、それにひかせましたところ、力が強い上に、ゆっくりとひきますので、きめのこまかい粉ができるようになりました」  粉屋がそういうと、天子は、 「それは牛の力だ。その牛を特に将仕郎(しようしろう)に任じよう」  との仰せ。こうして、牛は詔勅を受けて将仕郎の官に就いた。  それからというもの、牛は天子じきじきのお言葉によって官位を得た役人であるため、歩こうとしなくともこれまでのように笞(むち)で叩くわけにはいかず、粉屋はひたすら礼をつくして、 「将仕郎閣下、どうぞお歩きになってくださいませ」  というようになった。 朝(あした)に蓆(むしろ)を盗む 笑海叢珠    昔、ある男が宿屋に泊り、朝になって出かけるとき蓆を盗んで逃げた。  宿屋の主人が男を捕えて役所へ突き出すと、役人はその男に対して死刑の判決をくだした。同僚たちが、 「それは少しひどすぎる」  というと、その役人は首を振って、 「いや、法律の書物に死刑にせよと書いてあるのだ。だからこそ『論語』にも『朝(あした)に道を聞かば夕(ゆうべ)に死すとも可なり』と記されているのだ」 「道(どう)」と「盗(とう)」、「夕(せき)」と「蓆(せき)」は同音である。それゆえ、朝、蓆(むしろ)を盗んだ者は死刑にすべきであるという解釈をしたのである。 法律どおり 笑海叢珠    宋の黄丕(こうひ)が梅水県の知事になったときのことである。丁福(ていふく)という者と冉乂(ぜんかい)という者とが殴りあいの喧嘩をし、冉乂が丁福の顔に傷をつけた。下役人の報告をきいた黄丕は、酒に酔ったまま二人を裁き、税金を取りたてるときに使う千斤秤(きんばかり)で二人の体重をはからせた。傷を受けた丁福は百斤あったが、傷を負わせた方の冉乂はその半分もなかった。すると黄丕は、 「丁福の方が重いな。よろしい、丁福には臀(しり)に笞十三の刑を加える。冉乂は無罪とする」  といいわたした。そこで下役人が、 「加害者が無罪で、被害者が罰をくうとはどういうわけでしょうか」  とたずねると、黄丕はいった。 「おまえは法律にちゃんと書いてあるのを知らないのか。『二罪倶(とも)に発するときは重き者を以て論ぜよ』とあるではないか」 邪悪 艾子雑説    斉(せい)の宣王(せんおう)が艾子(がいし)にたずねた。 「むかし、〓豸(かいち)というものがいたそうだが、あれはいったい何物だ」 「〓豸といいますのは堯(ぎよう)の時にいた獣(けもの)で、朝廷に棲み、群臣のなかに邪悪な者がいると襲いかかって行って食ってしまったといわれております」  艾子はそう答えてから、膝を乗り出していった。 「今もし〓豸がこの宮廷におりましたら、別に餌(えさ)をお与えになる必要はございません」 禍(わざわい)の門 艾子雑説・笑苑千金    ある役人が死んで、閻魔大王の前につれて行かれた。すると地獄の書記が進み出て、大王にいった。 「この男は世に在るとき、もっぱら人の秘密をほじくり出して財物をおどし取ったり、何の罪咎(つみとが)もない者を巧みに口実を設けて罪におとしいれたりして、法を盾(たて)に世を渡ってきたわるいやつでございます。その罪は釜ゆでの刑にあたります。よろしく五百億万斤(ぎん)の薪を以て大釜でゆでた上で放免すべきでございましょう」 「よろしい。そうするがよい」  大王はそういって、その男を地獄へ下げさせた。牛頭(ごず)の獄卒に引きたてられて行く途中、男はそっとたずねた。 「あなたさまの官職は?」 「おれは、大釜の湯の獄主だ。釜ゆでの刑はすべてこのおれが司(つかさ)どっているのだ」 「さようでございますか。獄主といえば主任さんでしょう。主任さんともあろうお方が、どうしてそんなぼろぼろの豹の皮の褌(ふんどし)をしめていらっしゃいますので?」 「これが冥土の制服だから、ぬげないのだ。冥土には豹の皮のかわりがないので、仕方なしに、こんなにぼろぼろになってもしめているのだ。もし人間世界の者が豹の皮を焼いてくれたらおれの手にそれがはいるのだが、おれは人間世界できらわれているので、焼いて贈ってくれる者がいないのだ」 「わたくしの妻の実家は猟師をしておりまして、豹の皮なら家に何枚もございます。もし主任さんがわたくしを哀れとおぼしめして、薪の数を少しでも減らして無事に人間世界へ帰らせてくださいますならば、主任さんのために必ず豹の皮を十枚焼いてさしあげます。それで新しい褌をお作りになれば、威厳がいっそう備わりましょう」  牛頭は大いによろこんで、 「そうか。では、そなたのために部下の者どもをあざむいて、五百億万斤の『億万』の二字を除いてやることにしよう。そうすれば釜ゆでの苦しみはうんと減るし、その上、早く人間世界へ帰ることができるからな」 「よろしくお願いいたします」  男は地獄の大釜へ投げいれられはしたものの、主任の牛頭がしばしば様子を見にくるので、部下の獄卒たちは、主任がこの男をかばおうとしているのだと察し、火加減に手ごころを加えて湯を煮えたぎらせずに、規定の薪はことごとく焚きおわりましたと報告した。  こうして男は刑をすませ、大釜から出されて人間世界へ帰ることになった。牛頭が耳うちをして、 「豹の皮を忘れるではないぞ」  というと、男はにやりと笑って、 「こんな詩ができましたので、主任さんにお贈りします。 牛頭獄主要知聞    (牛頭の主任よ聞き知るべし) 権在閻王不在君    (権は閻王に在り君に在らず) 減刻官柴猶自可    (薪を減らすはなお可なるも) 更枉法求豹皮    (法をまげて豹皮を求むとは)  どうです? おもしろい詩でしょう」  牛頭はそれをきくと大いに怒り、男をひっとらえて再び大釜の中へ投げ入れた。そして、あらためて五百億万斤の薪を焚かせたという。  まことに、口は禍の門である。 人を食う 笑苑千金    ある役人が知人の家へ行って数日泊ったので、その人は鶏を殺したり黍(きび)を蒸したりしてもてなした。ところが、その後会っても役人は一言も礼をいわない。  そこでまた家に招いて、こんどは羊や豚を殺してもてなした。ところが、その後会っても役人はやはり、一言も礼をいわない。  そこでまた家に迎えて、こんどは子供を殺してもてなした。ところが、その後会ってもやはり、一言も礼をいわない。  その人はたまりかね、礼をつくして役人に伺いを立てた。 「わたくしの家においでくださっても、十分なおもてなしはできませんので、あなたにとっては言うに足りないことかもしれません。しかし、子供を殺して酒の肴(さかな)にいたしましたことは、礼として決して薄いことではないと思います。それなのにどうして一言のご挨拶もいただけないのでしょうか」  すると役人はいった。 「わしは普段から人を食いつけているのでな。子供なんかは、全く言うにも足りないことなんだよ」 出題 笑府    ある宦官(かんがん)が学政官になって任地へ行き、科挙の試験の八股文(はつこぶん)の作文の題に、『論語』から取って「後生可畏焉」という題を出した。『論語』の文は「後生可畏。焉知来者之不如今也」(後生畏(おそ)るべし。焉(いずくん)ぞ来者(らいしや)の今に如かざるを知らんや)である。  学生たちはその切りかたが間違っているのを見て、みな笑った。 「なぜ笑うのだ」  と宦官がきくと、一人の教官が、 「いえ、笑っているのではありません。学生たちは出題が大変むずかしいので、一字減らしてもらうとありがたいといっているのです」  といった。すると宦官は笑って、 「そうか。それじゃ『後』の字を減らして『生可畏焉』としてやろう」 役人 艾子後語    艾子(がいし)が朝食をすませて表を散歩していると、近所の男が飼犬を二匹、棒でかついで西の方へ行く。艾子が呼びとめて、 「おまえさん、その犬をどうするのだね」  ときくと、 「肉屋に売るのです」  という。 「それは番犬だろう? どうして肉屋へ持って行くんだね」  その男は犬を指さしながら罵っていった。 「この畜生ったら、昨夜泥棒がはいったのに、おそれてじっとしていて、一声も吠えなかったくせに、今日門をあけたら、見さかいなしに吠えたて、むちゃくちゃに噛みついて、大事なお客さんに怪我をさせやがったんです。それで殺してしまおうと思いまして」  艾子はそれをきいていった。 「よろしい。そんな犬は殺してしまうがよい」 牛の歳(とし) 笑府・笑得好    ある役人の誕生日の祝いに、下役人たちが金(かね)を集め、その役人が鼠歳(ねずみどし)の生れなので金(きん)の鼠を造って贈った。  すると役人は大よろこびでそれを受け取っていった。 「どうもありがとう。ところで、うちの奥さんの誕生日も間近(まぢか)だが、奥さんは牛歳の生れだということを忘れないようにな」 宦官 艾子後語    艾子(がいし)は垣の中に二頭の羊を飼っていたが、牡(おす)の羊が気が荒く、人を見ると追いかけて行ってぶっつかった。垣の中を通る弟子たちはその羊に手をやいて、艾子にたのんだ。 「先生の飼っていらっしゃる牡の羊は、たけだけしすぎます。どうか去勢してください。そうすればおとなしくなるでしょう」  すると艾子は笑っていった。 「君たちは知らないのか。今時の陽物のない連中は、陽物のある者よりもずっとたけだけしいということを」 天気が正しい 笑府    ある高官、雪の降る日、毛氈(もうせん)の幕を張りめぐらし、爐(ろ)の火を強くおこして、酒を飲んでいるうちに、体がほてり、しきりに汗が出てきたので、 「天気が正しくない」  といった。すると、幕の外に控えていた下役人が、ぶるぶるふるえながら、 「わたくしの立っておりますところは、天気がずいぶん正しゅうございます」 土地神 笑府・笑得好    役人が人民からひどく搾取することを「剥地皮」(地の皮を剥ぐ)という。  さて、ある役人、任期が満ちて郷里に帰ってみると、家の中に見覚えのない老人が一人いるので、 「あなたは、どなたでしたか」  ときくと、 「わしは、おまえさんの前任地の土地神じゃよ」  という。 「土地神がどうしてわたしの家に?」 「おまえさんに地の皮まで剥がされてしまったので、ついてこないわけにはいかなかったのじゃ」 避暑 笑府    役人が人民に対して苛酷であることを「天あるも日なし」という。  さて、ある役人、夏の暑さに耐えかねて、どこかよい避暑地はないものかとたずねたところ、ある者はどこそこの山がよいといい、ある者はどこそこの寺がよいという。すると一人の老人が、 「いや、どこよりもこのお役所がいちばん涼しゅうございます」  という。 「どうしてじゃ」  ときくと、 「ここには天はありますがお日様がありませんから」 夢のお告げ 笑府    ある役人、役所の小使が鬢(びん)に一文銭をはさんでいるのを見て、なんとかして取り上げたいと思ったが、うまい口実がない。そこで居眠りをしているふりをして、 「一文銭でよい、一文銭でよい」  とつぶやき、ぱっと目をあけて、 「つい居眠りをしてしまった。不思議な夢を見たが、なにか寝言をいわなかったか?」  とたずねた。 「はい、なんでも、一文銭でよいとかいっておいでのようでしたが……」  と小使がいうと、 「おお、そうだ。そうだったのだ」  といって、小使が鬢にはさんでいる銭を取り上げ、神に祈るふりをして、 「神様、夢のお告げのとおりにいたしましたゆえ、どうかおめぐみを与えてくださいませ」 的(まと)の神 笑府・広笑府    ある武将、戦(いくさ)に出て大敗しそうになったとき、突然、神兵があらわれて加勢したため、大勝利を収めた。そこで叩頭(こうとう)して、 「お助けくださいましたのは何神様でございましょうか」  とたずねると、 「わたしは的の神じゃ」  との仰せ。 「わたくしに何の徳があって、的の神様の御加護を受けることができたのでございましょうか」 「そなたは弓の訓練のさい、ついに一矢もわたしにあてたことがない。その志に感じて助けたのじゃ」 問題なし 笑府    ある武官、夜廻りをしていて一人の男を見つけ、捕えて訊問した。 「夜行が禁じられていることを知らぬわけではあるまい。なにゆえにそれを犯したのか」 「わたしは学生です。試験を受けに行って帰りがおそくなったのです」 「なに、学生だと? ほんとうに学生なら、わしが一つ試験をしてやろう」 「では、問題を出してください」  そこで武官は頭をひねって問題を考えたが、何も出てこない。仕方なく、どなりつけた。 「もうよい。行け! きさまは運がよかったぞ。今夜は問題が一つもないんだ」 夜禁 笑府    ひどく足ののろい男がいた。城外に住んでいたが、ある日、城内へ行こうとして昼ごろ家を出たのに、城壁の近くまで行ったときにはもう日が暮れてきた。城外の夜巡り役人がこの男を見て、 「どこへ行く」  とたずねた。 「府庁の近くまで行きます」  と答えると、役人は夜禁の現行犯として逮捕した。 「まだ夜中にならないのに、なんで夜禁を犯したことになりますか」  と抗議すると、 「その歩き方では、府庁の近くまで行くころには、早くみつもっても二更(夜十時)を過ぎる」 聶(じよう)の字 広笑府    ある役所の書記、よく字をまちがえる。あるとき陳(ちん)という字の〓(コザトヘン)を右に書いたために、笞打ち二十の罰をくらった。それにこりて、以後は〓(コザト)をすべて左に書くことにきめたために、鄭(てい)という字の〓(オオザト)も左に書き、また笞打ち二十の罰をくらった。  その後、聶(じよう)という人が訴状を書いてほしいとたのみに行ったところ、書記は大いに慨嘆していった。 「わしは二つの耳(〓)のために、これまで合計四十の笞打ちをくらった。もしあんたのために訴状を書いてやったら、こんどは命が危い」 大便 笑得好    村の百姓が城内へ行き、儒学殿(じゆがくでん)の前で大便を一山たれた。儒学殿の先生がそれを見て百姓をふんじばり、役所へ突き出した。 「おまえはなんで聖人をけがしたのだ」  知事が訊問してそういうと、百姓は、 「わたしは大便がしたくなったのでしただけでございます。聖人をけがしたりなんかしません」  という。 「話が通じぬな。まあよい。おまえは打たれるのがよいか、罰金をとられるのがよいか」 「罰金の方がましです」 「それじゃ、罰金として銀一両五分を納めよ」 「三両くらいの銀塊を持っておりますが、それを二つに切ってもよろしいですか」 「どれ、見せてみろ」  知事は百姓から銀塊を受け取ると、うれしそうに袖の中へしまい、百姓に向っていった。 「銀塊は切らない方がよい。わしがあずかっておくから、わしのゆるしを得たといって明日また儒学殿の前へ行って大便をするがよい」 半値 笑林広記    知事から、純金二錠を購入するゆえ持参せよという書状がとどいた。商人がさっそく役所へ持って行くと、知事、 「値段はいくらじゃ」 「時価ではこれこれでございますが、知事さまにお買い上げいただくことですから、その半値(はんね)頂戴すれば結構でございます」  すると知事は側近の者に、 「では一錠は返してやれ」  といった。商人が一錠を受け取り、あとの一錠ぶんの代金をもらおうとして待っていると、知事、 「代金はもうはらったぞ」 「いいえ、まだ頂戴しておりません」  すると知事は大いに腹を立てていった。 「けしからぬやつだ! おまえは半値もらえばよいといったではないか。それゆえ二錠ぶんの代金の半値として一錠を返してやったのだ。おまえは一文も損をしておらぬではないか。それなのにこの上、代金を請求するとは不埒(ふらち)千万。ものども、こやつを叩き出してしまえ」 用心 笑林    甲が都へ肉を売りに行った。便所へはいるとき、持ってはいるわけにはいかないので、外へ掛けておいた。乙がそれを見つけて盗んだが、そのときちょうど便所から甲が出てきて、肉をさがした。そこで乙は、肉の包みを口にくわえてみせて、こういった。 「外へ掛けておいたら、なくなるにきまっているよ。こんな具合に口にくわえておれば、なくなるはずはないんだ」 釜をぬく 雪濤諧史    ある男が釜をかついで野道を行く途中、小便がしたくなり、釜を道に置いて立小便をした。泥棒がそれを見て歩み寄り、その釜を自分の頭にかぶせて、男と並んで立小便をした。  男はさきに小便をすませ、釜をさがしたがない。すると泥棒は男にいった。 「おまえさん、用心をしないからいけないんだ。おれみたいに釜を頭にかぶって小便をすれば、人に盗まれる心配はないんだ。おまえさんのように道へ置いたままじゃ、盗まれたって仕方がないよ」 鶏泥棒 孟子(滕文公篇)    毎日のように隣家の鶏を盗む男がいた。  ある人がその男に、 「そんなことは、君子(くんし)のやることではない」  と忠告すると、その男のいうには、 「それでは、少し減らして、毎月一羽ずつ盗むことにし、来年になったらきっぱりとやめることにしよう」 団子と餅 笑苑千金    福州から川をさかのぼって江南の地へきた男、他人の糟(かす)団子を盗んでふところへかくした。 「きさま、おれの団子を盗んだな。さあ、返せ!」  といわれた福州の男、胸元をどんと叩いて団子を平たくし、取り出していった。 「おれが団子を盗んだと? 見ろ、おれのは糟餅だ。糟団子じゃないぞ」 秘術 応諧録    ある泥棒、なかなかわるがしこく、長いあいだ盗みを働いてきたが一度もつかまったことがなかった。このごろは年を取ったので仕事をやめていたが、その息子は、せっかくの父親の秘術が一代で終ってしまうことを残念に思い、毎日のように父親に秘術を伝授してくれとたのむ。だが父親は、 「伝授することなんかないよ。やればいいんだよ」  としかいわない。  ある夜、息子は金持の家の寝室へ忍び込んだ。大きな衣裳箱があって、うまい具合に鍵がかかっていなかったので、その中へかくれ、主人が寝込んでしまってから仕事にとりかかることにした。ところが主人は寝るときになって気がつき、その衣裳箱に鍵をかけたのである。息子は箱の中であれこれと思案したが、どうしようもない。夜がふけてくるにつれて、ますますいらいらしてくるばかり。切羽(せつぱ)つまった息子は、爪で箱を引っ掻いて鼠がかじる音をまねた。するとそれを聞いて目を覚ました主人が、鼠に衣裳をかじられたら大変だと思い、起きてきて鍵をあけ鼠を追い出すしぐさをした。息子はそのすきに衣裳箱からぬけ出て、逃げ帰った。そして父親に、 「父さんが秘術を伝授してくれないものだから、すんでのことで殺されてしまうところだったよ。もし鼠のまねを思いつかなかったら、いまごろはどうなっていたことか」  とうらみをいうと、父親はうなずいて、 「それでいいんだ。伝授することなんかないんだよ」  といった。 隠身草(いんしんそう) 笑賛    ある男、知り合いから隠身草という草をもらった。それを持っていると、ほかの者の眼には姿が見えないという草である。  男はその草を持って市場へ行き、人の金をひったくって逃げた。その人が追いかけてきてつかまえ、 「この泥棒やろう!」  といって殴ると、男は殴られながら、 「いくら殴っても、おまえにはおれの姿は見えまい」 内実 笑府    ある男が新しい服を着ているのに眼をつけた泥棒、これはよほど金持にちがいないと思い、夜中にその男の家の壁に穴をあけておし入った。するとその男はまだ起きていて、泥棒には見向きもせず、すぐに大鍋の蓋をあてがってその穴をふさいだ。 「ふーん、身なりがちゃんとしているだけではなく、家の中のこともちゃんとやるんだな」  と泥棒が感心すると、その男のいうには、 「外から見るとちゃんとして見えるかも知れんが、内側はごらんのとおりつぎはぎだらけですよ」 泥棒の盗難 笑府    ある家に泥棒が忍び込んだが、その家は貧乏で、米をいれた小さな甕(かめ)が一つ寝台の前にあるきりだった。泥棒が下着をぬいで床(ゆか)にひろげ、甕の米をその上へあけようとしていると、その家の主人が寝台の上から手をのばして、そっとその下着を引き取り、そして突然、 「泥棒だ! 泥棒だ!」  と叫んだ。泥棒はびっくりして逃げようとしたとたん、下着がないことに気づき、いっしょになって叫んだ。 「ほんとうだ、泥棒だ。たったいままでここにあった下着が、あっという間になくなってしまった!」  また一説には、下着がないことに気づいたとき、泥棒はこういった。 「なんだ、ここにも泥棒がいたのか」 牛泥棒 笑林広記    枷(かせ)をはめられて役人に引きたてられて行く男に、その友人がたずねた。 「君はいったい、どんな罪を犯したんだ」 「道を歩いていたら一本の縄が落ちていたので、いらないのだろうと思ってつい拾ってしまったんだ」 「縄を拾ったぐらいのことで、どうして捕えられたんだ」 「その縄の端に物がついていたんだ」 「物って何だね」 「それが一頭の小牛だったというわけさ」 泥棒の屁 笑林広記    ある家の寝台の下にかくれていた泥棒、不覚にもぷすっと一発、大きなおならをやらかした。その音に目を覚ました夫が、 「なんだおまえ、女のくせに不謹慎な!」  と妻を叱りつけると、妻は、 「ひどい人! あなたがやったのですよ、それをわたしになすりつけるなんて!」  といい返し、寝台の上で夫婦喧嘩がはじまった。  泥棒は自責の念にたえず、仕方なしに寝台の下から這い出していった。 「いまのおならは、じつはわたしがやらかしましたので」 意見無用 淮南子(氾論訓篇)    楚(そ)の北にやくざ稼業の男がいた。その息子がしばしば意見をして、やめさせようとしたが、いっこうにきかない。  やがて仲間が県城で事件をおこし、男はその一味として役人に追われた。男は夜中に県城を脱出したが、役人が追跡してくると、仲間のやくざたちが役人をふせいで男を逃した。  男は逃げのびて家にたどりつくと、息子にいった。 「おまえはしばしばおれに意見をしたが、やっぱり、やくざは頼りになる。やつらのおかげでおれは今夜、難をまぬがれることができたのだ。今後はもうおれに意見をするではないぞ」 矛盾(むじゆん) 韓非子(難篇)    楚(そ)の男が盾(たて)と矛(ほこ)を売っていた。  盾を手に取っていうには、 「この盾の岩乗(がんじよう)なことといったら、どんなものでもこれを突きとおすことはできない」  また、矛を手に取っていうには、 「この矛の鋭いことといったら、どんなものでも突きとおせないものはない」  それを見ていた者が、 「それじゃ、おまえのその矛でおまえのその盾を突いたら、いったいどういうことになるのだね」 鍋売り 笑府    大道で鍋を売る商人は、たいてい、鍋の底を地面へたたきつけて音を出し、岩乗なところを見せて売る。  ある鍋売り、口上をいって鍋を地面へたたきつけたところ、真二つに割れたので、いった。 「ほらね、こういう脆(もろ)い品はわしは売らんよ」 団子売り 艾子外語・笑府    籠をさげた男が、かぼそい声で、 「団子いらんかね、団子いらんかね」  といいながら歩いている。 「体の具合でもわるいのかね。息もたえだえな様子じゃないか」  ときくと、 「すきっ腹で荷を持っているので、力が出ないのですよ」  という。 「腹が減っているのなら、籠の中の団子を食えばよかろう」 「いや、この団子はみんな饐(す)えているものだから……。だから、早く売ってしまわないことには……」  そして「団子いらんかね、団子いらんかね」といいながら歩いて行った。 針の穴 笑禅録    ある男、道を歩いていて腹が減ったので、一軒の家へ行って、 「わたしは針の穴のつぶれたのを修理することができます。飯さえ食べさせてくだされば修理しましょう」  といった。その家ではさっそく男に飯を食べさせ、穴のつぶれた針をたくさんさがし出してきた。やがて男が飯を食べ終ったので、 「さあ、修理してください」  というと、男は、 「では、ここへ針の穴を持ってきてください」 耳掃除(一) 笑府    床屋が客の耳掃除をしている。客がひどく痛がって、 「おい、待ってくれ。左の耳もやるのかい?」  ときくと、床屋、 「へい。右が終ったら、もちろん左もやらせていただきます」 「おれはまた、そのままずっと左までやろうとしているのかと思ったよ」 耳掃除(二) 笑府    床屋が客の耳掃除をしている。客は気持がよいあまり、思わず口をあけて横へゆがめた。すると床屋がいきなり客の頬をひっぱたいた。客がびっくりして、 「なんてことするんだ!」  というと、床屋、 「おまえさんこそ、なぜ噛みつこうとした!」 耳 笑府    和尚の頭を剃(そ)っていた床屋、剃刀(かみそり)がつるりとすべって、思わず片方の耳を剃り落してしまった。 「あ痛っ!」  と和尚が叫ぶと、床屋はあわてて落ちた耳を拾い上げ、両手で捧げて、 「お師匠さん、大丈夫でございます。ちゃんと生(なま)のままここにございますから」 千手観音 笑府    新米の床屋の小僧、客の頭を剃るのに一剃りごとに傷をつける。その傷跡を一つ一つ指でおさえていたが、たちまちおさえきれなくなって、 「やれやれ、頭を剃ることがこんなにむずかしいとは! こんなこと、千手観音でなければできることじゃない」 口下手 笑府    ある家のおかかえの髪結(かみゆい)が泥棒にはいられ、せっかくためた金をごっそりと取られてしまった。翌日、しょんぼりしていると、主人が、 「どうした。いやに元気がないじゃないか」  ときくので、泥棒に金を取られたことを話して、 「しかし、まあ、泥棒にただで髪を結ってやったと思えばすむことでございます」  といったところ、主人は機嫌をそこねてその髪結をお払い箱にし、ほかの者にかえた。  その新しい髪結が、 「これまでお宅にかかえられていたあの男を、どうしてわたしにかえられたのでしょうか」  ときいたので、主人がわけを話すと、 「そうでしたか。そんなに口下手な男なら、お払い箱になったらもう暮してはいけないでしょう」 習(ならい)性となる 笑府    ある料理人、自分の家で肉を切りながら、一切れをふところへかくした。女房がそれを見て、 「おまえさん、ここは自分の家だよ、なんでそんなことをするんだね」  というと、 「つい、忘れていた」 婆肉(ばばにく) 笑府    ある肉屋、豚の婆肉ばかり並べていたが、小僧に向って、 「婆肉だといってはならんぞ」  ときびしくいいつけた。  しばらくすると客がきた。小僧は客に見破られることをおそれて、 「うちでは婆肉は売っておりません」  といった。すると客は気づいて、買わずに行ってしまった。主人が怒って、 「あれほどいっておいたのに、なぜこっちから疑われるようなことをいうんだ」  といい、小僧を殴った。  やがてまた客がきた。小僧が黙っていると、客は肉を見て、 「この肉はなんだか婆肉のようだな」  といった。すると小僧は、 「こんどはわたしがいったのじゃありませんからね」  といって主人を見た。 欲張り 笑府    ある欲張りな男、冥土では豚肉の値がよいときき、肉屋にある肉を全部買い占め、首をくくって死んで、肉を売りながら十八層地獄まで行った。ところがなかなか門を通してくれない。まだ売れ残った肉がたくさんあるのに、中へはいらなければ売りそこなってしまうと思い、門番にたんまり賄賂(わいろ)をつかってようやく入れてもらった。中には大勢の亡者がいたので、大儲けができるぞとほくそえんで荷をおろすと、亡者たちが怪訝(けげん)な顔をしていった。 「おまえ、場所をまちがえたようだな。ここの者はみんな精進を守っているのだ。肉なんか一切れも売れやしないよ」 鵞鳥(がちよう)売り 笑府    道端で鵞鳥を売っている男が、便意をもよおして用を足しに行った。そのあいだに、わるいやつが鵞鳥を家鴨(あひる)とすりかえて持って行ってしまった。  便所からもどってきた鵞鳥売り、家鴨を手に取って見て、 「ちょっとの間に、どうしてこんなに痩せて黒くなってしまったんだろう」 火種 笑府    ある人が居酒屋へはいったところ、店は小綺麗にととのっていて、客は一人もいない。ここならゆっくり飲めるとよろこんでいると、亭主が出てきて、いきなり、縄で椅子に縛りつけた。おどろいて、 「何をするんだ!」  とどなると、亭主は恐縮しながら、 「わたしが隣りへ火種をもらいに行っているあいだに、あなたが逃げて行ったら困るので」 鳥刺し 笑府    年頃の娘を持った貧乏な親父、手に職を持った男を婿にしたいと物色していたところ、仲人が雀を刺すのがうまい男の話を持ってきたので、それならいくらかでも日銭がはいるだろうと思って、さっそく婿に迎えることにした。  さて、婿入りもすんで三日たったので、婿に稼ぎに出るよういいつけたが、新婚早々あまり働かせるのも可哀そうだと思って、雀十羽だけ取ればよいといった。ところが、日が暮れても婿は帰ってこない。どうしたのかと様子を見に行ってみると、婿は竿を持って雀のくるのを待ちかまえていた。 「まだ十羽取れんのか」  ときくと、婿のいうには、 「もうすぐです。あの一羽が取れたら、あとは九羽だけですから」 靴の底 笑府・笑得好    ある男、靴直しという看板を出して店を開いていたが、靴底にする皮は一足(そく)分しか持っていなかった。そこで、靴底をつけるときには必ず落ちるようにつけ、客のあとをつけて行って落ちたのを拾ってきては、別の客にそれを使って、同じことをくりかえしていた。あるとき、客のあとをつけて行ったところ、どこまでつけて行っても落さないので、あきらめて帰り、 「ああ、とうとう元手をなくしてしまったわい」  とがっかりして土間を見ると、そこに靴底が落ちていた。客は店を出ないうちに、もう落して行ったのだった。 閂(かんぬき) 笑府    ある大工、門へ閂をとりつけるのに、まちがえて門の外側へつけてしまった。主人が怒って、 「きさま、目が見えんのか」  というと、大工は、 「目が見えないのはおまえさんの方だ」  といい返した。 「おれが何で目が見えん」 「目が見えるなら、おれのような大工を雇うはずはない」 専門店 笑府    ある男、どこにも売っていない物を売る店を開きたいと考えた末、天子の冠る平天冠(へいてんかん)を売る店を出した。ところが、一人も客がこない。ある人が、 「天子は都にいらっしゃるのだから、都へ行かなければ商売にならんよ」  といったので、店を都へ移すことにした。  都へ行く途中、山の宿に泊ったところ、垣根の向うから虎が片方の掌を突き出して、かなしそうに鳴いているので、おそるおそる近寄って行って見ると、その掌に竹の刺(とげ)がささっている。抜いてやると、虎はうれしそうに躍りあがって行ってしまった。男は自分もうれしくなり、 「また一つ、どこにもない術をおぼえたぞ」  といった。そして都へ着くと店を開き、看板に大きく書き出した。 「平天冠を売り、兼ねて虎をよろこばせる術を教授する」 引越し 笑府    閑静好きの人がいたが、あいにく住居が鍛冶屋と鍛冶屋との間にあったので、いつも、 「あの二軒が引越してくれたら、一杯おごってやってもよいのだが」  といっていた。すると、ある日、二人の鍛冶屋がやってきて、 「このたび、わたしたち引越しをすることにいたしました。かねがねわたしたちが引越しをしたら一杯おごるとおっしゃっていましたので、ご挨拶にあがった次第です」  といった。 「いつ引越しをするのですか」  ときくと、二人はいっしょに、 「明日です」  といったので、大いによろこんで、さっそく二人に酒をふるまった。酒がすんでから、 「お二人はどこへ移られるのですか」  とたずねると、 「わたしはこの人の家へ、この人はわたしの家へ引越します」 笛 笑府    笛吹きの友人がきたので、主人が、 「待っていたよ。一曲吹いてきかせてくれ」  というと、 「おれの笛は変っていて、ご馳走を供えて祭らないことにはいい音(ね)が出ないんだ」 「笛には腹があるわけでもないのに、どうしてご馳走をほしがるんだい」  すると笛吹きは笑って、 「笛には腹はないが、吹く人間には腹がある」 丸儲け 笑府    ある男、元手なしで質屋を開いた。  開店早々、客がきたので、質草を受け取り、金は渡さずに質札だけを渡した。 「金は?」  と客がいうと、男、 「金はいまお渡ししても、どうせ返していただくわけですから、差し引き零(ゼロ)ということにいたしまして、質草を請け出しにいらっしゃるときには、ただ利子だけを持ってきてくだされば結構でございます」 臭い足 笑府    足の手入れをする商売の男、客の足に手をのばしたが、あまりの臭さに思わず、その手で扇いだ。 「早くせんか。何をしている」  と客がいうと、 「はい。ちょっと冷えるのを待っているところです」 交換 笑府    脚のわるい驢馬に乗った男、前方から駿馬に乗ってくる男を見つけると、急いで驢馬から下り、待ちかまえていて、お辞儀をしていった。 「ちょっとお願いしたいことがあるのですが」 「なんだね」 「あなたの馬とこの驢馬とを交換してくれませんか」  相手があきれて、 「おまえさん、ばかじゃないのか」  というと、 「いいえ、わたしはあなたがばかじゃないかと思ったものですから」 肖像画 笑府    ある男、肖像画をかいてもらうのに、紙や墨の代から謝礼までこめて、たった三分(ぶ)しか出さなかった。  さて、絵師がかいてきた絵を見ると、荊川紙(けいせんし)に水墨(すいぼく)で後向きの像がかいてあった。男がむっとして、 「肖像画というものは顔が大事なんだ。どうして後向きにしたんだ」  というと、絵師のいうには、 「あなたには面子(メンツ)などというものはございません」 似顔絵 笑林広記    ある男、似顔絵かきをはじめたが、一人も客がこない。ある人が、表へ自分たち夫婦の似顔絵をかいて貼っておいたらよかろうといったので、そうしたところ、ある日、妻の父が訪ねてきて、 「この女は誰だね」  ときいた。 「あなたの娘さんですよ」  というと、舅は怪訝(けげん)な顔をして、 「わしの娘が、なんでこんな見も知らぬ男といっしょに坐っているんだね」 葉隠れ 笑林    楚に貧乏な学者がいた。あるとき『淮南子(えなんじ)』を読んでいて、「蟷螂(かまきり)は蝉(せみ)をねらうとき、葉にかくれて身をかくすことができる」とあるのを見つけ、さっそく木の下へ行って葉を見上げると、はたして蟷螂が葉にかくれて蝉をねらっていた。そこでその葉を叩き落したが、もとから落ちていた葉のなかへまぎれ込んでしまい、どれがその葉なのか見わけがつかない。そこで葉を全部掃き集めて持ち帰り、一枚一枚手に取って体をさえぎり、妻に向って、 「おい、おれが見えるか」  ときいた。妻ははじめのうちは、 「見えます」  と答えていたが、そのうちにだんだんうるさくなってきたので、 「見えません」  と答えた。すると男は大よろこびをし、その葉を持って市場へ行き、人の目の前で人の物を取った。そこで役人に捕えられ、役所へ引っぱって行かれた。  県知事に訊問されて男が事の次第を白状すると、知事は大笑いをして無罪放免にした。 月謝 笑海叢珠・笑府    ある人、子供のために素読(そどく)の先生を雇った。ところがその先生がよく字を読みまちがえるので、主人は、 「気をつけてください。これからは一字読みまちがえるごとに一月(ひとつき)ぶんの月謝を差し引きますから」  といいわたした。  年末になって主人が先生の読みまちがえた回数をかぞえてみると、月謝は二ヵ月ぶん払えばよいことになった。そこで先生にそのことをいうと、先生は慨嘆して、 「これ何の言おこる、これ何の言おこる」  といった。すると主人がいった。 「それで残った二月(ふたつき)ぶんの月謝も消えてしまいましたな」 『孝経』に「これ何の言ぞや、これ何の言ぞや」(是何言與、是何言與)という句がある。先生はその「與」を「興」とまちがえて「おこる」と読んだのである。 象と豚 笑府    孔子祭の行事を終って朝廷から退出してきた教官、象を見て、いつまでもぼんやりとしている。それを見た人が不審に思って、 「先生、どうかなさったのですか」  とたずねると、 「いや、なに。お祭りの豚があれくらいの大きさだといいのだがと思いましてな」  ——学校の教官は実入りの少ない職で、役得もほとんどない。ただ、仲春と仲秋におこなわれる孔子祭に供えられるいけにえの豚は、祭りが終ると教官たちに分けられた。それが教官のほとんど唯一の役得であったという。 学校 笑府    国子監の学生が教官に選任されて、学校のなかの官舎に住むことになった。官舎へ引越しをした夜、その妻が声をあげて泣きだしたので、夫がわけをきくと、 「わたし、あなたがやっとのことで学校の門を出られたと思ってよろこんでいたら、また学校の門におはいりになるんですもの、かなしくて……」 先生 笑府    素読(そどく)の先生が二人、死んで閻魔大王の前に引き出された。一人はよく字を読みまちがえる先生であり、一人はよく句読(くとう)をまちがえる先生であった。  取調べが終ると、大王は罰として、字を読みまちがえる先生は狗(いぬ)に、句読をまちがえる先生は猪(ぶた)に生れかわらせる、と申し渡した。  すると、字を読みまちがえる先生が大王に請願した。 「狗に生れかわるのでしたら、どうか母狗(めすいぬ)にしてくださいませ」 「どうしてじゃ」 「『礼記(らいき)』に『財に臨んでは母狗これを得、難に臨んでは母狗これを免る』(臨財母狗得、臨難母狗免)とございますから」  ——『礼記』には「財に臨んでは苟(いやし)くも得る毋(なか)れ、難に臨んでは苟くも免るる毋れ」(臨財毋苟得、臨難毋苟免)とあるのだが、この先生、閻魔庁に来てもなお「毋苟」(苟(いやし)くも毋(なか)れ)を「母狗(めすいぬ)」と読みまちがえているのである。  句読をまちがえる先生の方も、大王に請願した。 「猪(ぶた)に生れかわるのでしたら、どうか南方に生れさせてくださいませ」 「どうしてじゃ」 「『中庸』に『南方の之(ぶた)は、北方の之よりも強(まさ)る』(南方之、強與北方之)とございますから」  ——『中庸』には「南方の強か、北方の強か」(南方之強與、北方之強與)とあるのだが、この先生、「之(チー)」と「猪(チユー)」が江南音では同音(ツー)になることから「之」を猪の意に解した上で、句読をまちがえ、「南方之」で切り「強與北方之」で切ったのである。 柳の葉 笑府    余姚(よよう)から蘇州へ出稼ぎにきて、住込みの家庭教師をしている先生、毎年春のはじめにやってきて歳の暮れに帰郷するので、故郷の景色をほとんど見たことがない。  ある日、住込んでいる家の庭の柳が緑の芽をふいているのを見た先生、しばらく見惚れていたが、主人に向って、 「まことにあつかましいお願いですが、あれを一株頂戴できないでしょうか。郷里へ送って植えたいと思いますので」  とたのんだ。 「あれはごく普通の柳で、どこにでもあるものですよ。ご郷里にもないはずはないと思いますが」  と主人がいうと、先生、 「あるにはあるのですが、しかし、わたしの郷里のは葉がございません」 すれちがい舟 笑府    崑山(こんざん)の周用斎(しゆうようさい)先生は世間のことにうとい人であった。  あるとき船に乗ったところ、すれちがって行く船の速度が非常に速く見えたので、びっくりして、 「あれは何だ」  ときいたところ、下男が、 「すれちがい舟です」  と答えた。すると先生はいった。 「船を造るやつは馬鹿が多いようだな。もしすれちがい船ばかり造れば、この船だってもっと速いだろうに」 赤壁(せきへき)の賦(ふ) 笑林広記    ある先生、よく字を読みまちがえる。ある日の夕方、弟子に蘇東坡(そとうば)の「赤壁の賦」(前後二篇から成る)の講義をしていて、大きな声で、 「この前(まえ)の赤壁の賊(ぞく)は……」  といったところ、ちょうど窓の外から中をうかがっていた泥棒が、びっくりして、さてはさとられていたのか、それなら、裏へまわって壁を破って押し入ってやろうと思い、夜がふけるのを待って家の裏へ忍び込んだ。やがて先生は講義を終って奥の部屋へはいり、寝ようとしたが、まだ論じ足りないのか、弟子に向って大声で、 「あの後(うしろ)の赤壁の賊は……」  といったので、外にいた泥棒、またもやおどろき、歎息していった。 「おれの前後の行動は、この家の先生にことごとく見破られてしまった。こんなえらい先生のいる家では、なるほど、犬を飼う必要はないわけだ」 学者相罵(あいののし)る 応諧録・笑府・笑得好    二人の男が道の真中で罵りあっている。 「おまえは欺心(うそつき)だ」  と一人がいうと、もう一人は、 「いや、おまえこそ欺心だ」  といい返し、一人が、 「おまえは天理(どうり)にはずれている」  というと、もう一人は、 「いや、おまえこそ天理にはずれている」  といい返す。  道学先生がそれを見て、弟子たちにいった。 「おまえたち、あれを聞くがよい。あれは学問をしているのじゃ」 「口喧嘩をしているのです。なんであれが学問ですか」  と弟子たちがいうと、先生、 「心(しん)を説き理(り)を説いているではないか。学問でなくて何だというのだ」 「学問なら、なぜ罵りあうのですか」 「おまえたち、よく考えてみるがよい。今日の学者で、一人でも相手を罵らない者がいると思うか」 ちんぷんかん 笑賛    ある秀才、まきを買おうとして、まき売りにいった。 「薪(しん)を荷(にな)う者、ここへ来い」  まき売りは「ここへ来い」という言葉がわかったので、まきをかついで秀才の前へ行った。すると秀才は、 「その価幾何(いくばく)ぞ」  といった。まき売りは「価」という言葉がわかったので、値段をいった。すると秀才は、 「外(そと)は実(じつ)にして内(うち)は虚(きよ)、烟(えん)多くして焔(えん)少なし、請(こ)う之(これ)を損(そん)せよ(まけてくれ)」  といった。まき売りは何をいっているのか全くわからず、まきをかついで行ってしまった。 厳粛 笑府    ある道学先生、道で雨に降られたが、手を束(つか)ねたまま悠然と歩いて行く。あわてずさわがず、ゆっくりと歩いて行くさまは、いかにも厳粛である。  やがて人通りのない横町へまがると、先生は供の童子にいった。 「うしろから誰か見ている者はいないか」  童子がふり返って見て、 「誰もいません」  と答えると、先生は急に走り出して、 「誰もいなければ、ちと雨宿りをしようよ」 過ぎたるは及ばざるが如し 笑府    道学先生が二人、雨の道を歩いていた。たまたま一人が足をすべらせて転んだところ、一人が助けおこして、 「いまの転び方はまことに立派でした。ほかの者にはとてもあのような転び方はできません」  というと、一人が、 「おほめいただいて恐縮です。全くつまらない転び方で、まことにお恥かしい次第です」 厩(うまや)火事 笑府   『論語』に次のような一章がある。 「厩焚(や)けたり。子、朝(ちよう)より退きて曰く、人を傷つけたるやと。馬を問わず」(郷党篇)  さて、ある道学先生が役人をしているとき、馬小屋が焼けた。童僕たちが総出で消しとめて大事に至らなかったが、あとでそのことを先生に知らせると、先生は、 「人を傷つけたるや」  ときいた。 「いいえ、怪我人は出ませんでしたが、馬の尻尾が少し焼けました」  童僕がそういうと、先生はひどく怒って重罰を課した。  ある人がそのわけをたずねると、先生はいった。 「孔子様が馬を問わなかったことは、誰でも知っているはず。わたしも馬を問わなかったのに、あの童僕はわたしの問いもしないことを答えたからです」 試験 笑府    ある学生が国学の前まで行くと、門のなかで、先生が二人の学生に向ってひどく怒っているところであった。そこで門番に、 「あの二人はどんな懲罰を受けるのだろう。罰金だろうか、笞(むち)打ちだろうか、手錠だろうか」  というと、門番が、 「いいえ、問題を出して文章の試験をされるようですよ」  といった。とたんに学生は顔色を変えて、 「それはひどい! それほどの厳罰を課さなくてもよかろうに……」 いましめ 笑府    先生と弟子が散歩していると、道に煮豆が一粒落ちていた。弟子が体をかがめてそれを拾うと、 「衆人環視のなかで、そのようなことをするではない」  と先生が叱ったので、弟子は赤面した。  帰ってから、弟子が一人で部屋の中にいると、扉をたたく音がした。 「どなたですか」  というと、先生が、 「わたしじゃ。さっき拾った豆を出しなさい。二人で食べようじゃないか。一人で贅沢をするものではない」 書物が低い 笑倒    受験勉強のために寺に寄宿している書生、毎日外へ遊びに出ていたが、ある日突然、昼ごろに帰ってきて、小僧に、 「書物を持ってきてくれ」  という。小僧が『文選(もんぜん)』を持って行くと、 「これは低い」  というので、『漢書(かんじよ)』を持って行くと、また、 「これも低い」  という。そこでこんどは『史記』を持って行くと、やはり、 「これも低い」  という。小僧が和尚にそのことを話すと、和尚は、 「その三書は、一書に通じているだけでも大学者といえるのに、どうしてどれも低いというのだろう」  と不審に思い、書生のところへ行ってきいてみると、書生は、 「枕にするのですよ」  といった。 秘法 笑海叢珠    むかしある男が、城外に露店を開いて油〓(ユウツー)(油で揚げた餅)を売っていた。ある日、一人の道士が買いにきたが、食べてみて、 「うん、これはなかなかうまい」  といい、主人に向って、 「油がいるからあまり儲(もう)からんだろう。わしは油のいらない秘法を知っている。そのうちに伝授してあげよう」  といった。主人は真(ま)に受け、その後は道士がくるたびに五つ六つ包んで渡し、 「お代はいりません」  といった。  ある日、その道士が荷物をかついで立ち寄り、旅に出ることになったといって別れの挨拶をした。主人は、 「路用の足(た)しに」  といって銭二百文を道士の手に握らせ、そして、 「その代りにというわけではありませんが、例の油のいらない秘法というのをお授けくださいませんか」 「よろしい。では、もう少し先まで送ってもらおうか。人のいない所で伝授してあげよう」  主人が荷物を持って送って行くと、 「ここでよい」  といって道士は荷物を受け取り、 「では、伝授してあげよう。これからは油で揚げずに、焼いて売るのだ。そうすれば油がいらない」 供物(くもつ) 笑海叢珠    女房持ちの貧しい道士、ある家の法事に呼ばれて行ったきり、夜になっても帰ってこない。世帯(しよたい)のやりくりに疲れはてている女房は、腹が立ってならず、ぷりぷりしながら先に寝てしまった。  夜おそく帰ってきた道士、寝ている女房の枕元に、法事の場からくすねてきた供物の包みを置いて、 「おい、供物だ。起きて食え」  といったが、女房は眠ったふりをして返事をしない。道士が部屋を出て行こうとしたとき、女房は空腹のあまりプーッとおならをした。道士はそれを聞きちがえ、ふり返っていった。 「その供物はいつものとはちがうんだ。いい家のものだから、きれいで、ほこりなんかついてはおらんよ。吹かなくっていいんだ」 神おろしの奥儀(おうぎ) 笑賛    北方では神おろしをする男のことを端公(たんこう)という。さて、ある端公のところに見習中の弟子がいた。ある日、端公の留守中に、神おろしをしにきてほしいとたのみにきた人がいたので、弟子は、まだ太鼓を打つことと歌をうたうことを習っただけで神おろしの奥儀は教えられていなかったけれど、まあなんとかなるだろうと思って、出かけた。  ところが、いざやってみると、いくら祈っても神は乗り移ってこない。そこで仕方なく、口から出まかせに神を引きおろし、いいかげんなことを並べたてて、礼をもらって帰った。そして師匠の端公に、 「さんざんでした」  といって神おろしをした次第を話すと、師匠は大いにおどろいていった。 「まだ教えていないのに、おまえはどうして奥儀を知ったのだ。わしもじつは、そうするだけだよ」 赤鼻 笑府    ある人が道教の寺へ知りあいの道士をたずねて行ったが、どこにいるかわからない。ちょうど一人の道士が机に向い、俯向(うつむ)いてお札(ふだ)に朱印を捺(お)していたので、 「赤鼻のお師匠さんはどこにいらっしゃいましょうか」  とたずねた。するとその道士は、法事をするために呼びにきたのだと思い、いそいで鼻の先に印肉をつけて顔を上げ、 「わたしですが、何のご用でしょうか」  といった。その人が、 「前に少しお金をお貸しいたしましたので、今日はそれをいただきにまいりました」  というと、道士はあわてて手の甲で鼻の先を拭(ぬぐ)い、東の方を指さして、 「それなら、あちらの坊におります」 魔除札(まよけふだ) 笑府・笑得好    ある道士、むかしの王族の館(やかた)の跡に迷い込んで亡霊にとりつかれているところを、通りかかった人に助けられた。道士はその人にしきりに感謝していった。 「お助けくださって、まことにありがとうございます。感謝のしるしに何かさし上げたいと思うのですが、何も持ちあわせておりません。ただ、商売道具の魔除札がございますので、せめてものお礼に、これをさし上げましょう」 蚊除けのお札(ふだ) 笑林広記    ある道士が蚊を追いはらうお札を売っていたので、買ってきて戸口に貼ったところ、なんの霊験もなく蚊はふえる一方。そこで道士のところへ行って文句をいうと、 「それはお札を貼る場所がわるいのです」  というので、 「どこへ貼ればよいのですか」  ときくと、 「蚊帳(か や)の中へ貼りなさい」 予言 笑海叢珠・広笑府    四川(しせん)に王尋竜(おうじんりゆう)という墓相見(ぼそうみ)がいて、なかなかよくあたるという評判であった。華州(かしゆう)の陳(ちん)知事はその評判をきき、自分の家の墓地を移す土地を王尋竜に見立てさせた。  王尋竜は陳知事といっしょに一ヵ月あまりも各地を見てまわり、ようやく墓相のよい土地を見つけた。いよいよ改葬の日になって、知事の親戚や友人たちが集まると、王尋竜はいった。 「改葬の儀式は、辰(たつ)の刻(八時)にはじめてください。その時刻になると、南の方から鉄鍋を持った男が来るはずです。それが吉祥の証拠です」  やがて辰の刻に近くなると、南の方に一人の男があらわれた。籠くらいの大きさの黒い物をかついでいる。近づいてくるのを見ると、それは村の若者だったが、かついでいる物は王尋竜の予言どおり鉄の鍋であった。  会葬の人々はみな感嘆した。 「えらいもんだ。ぴったりあたった。鉄鍋を持っているし、時刻もちょうど辰の刻だ。どうしてあたるのだろう」  そのとき、鉄鍋をかついだ村の若者は一同の前にきて、大声でいった。 「尋竜さん、尋竜さん。あんたにたのまれたとおりにして鍋を運んできたが、どこへ置いたらいいのかね」 易者 笑賛・笑府    ある易者、息子がいっこうに家業を習おうとしないので、 「そんなことでわしの後つぎができるか」  と叱ると、息子は、 「占いなんかわけないよ」  という。その翌日、雨風(あめかぜ)の中を一人の男が占いをたのみにきたので、父親は試しに息子にやらせてみることにした。すると息子はすぐ出て行って客にたずねた。 「あなたは東北(ひがしきた)の方からいらっしゃいましたね」 「はい」 「あなたの姓は張(ちよう)ですね」 「そうです」 「あなたは奥さんのために占いにみえたのですね」 「はい、そうです」  客は息子をすっかり信用し、よろこんでその占いをきいて帰って行った。  父親はおどろいてたずねた。 「おまえはどうして客のことがあんなによくわかったのだ」 「あの人の着物は肩と背中がずぶ濡れだったでしょう。今日の風は東北から吹いているから、あの人は東北の方から西へ向ってきたことがわかるじゃありませんか。それから、あの人の傘の柄には清河郡と彫ってあったでしょう。清河郡の人ならみな張姓じゃありませんか」 「それはそうだが、しかし、奥さんのために占いにきたということがどうしてわかったのだ」 「こんな雨風のひどい日に占いにくるなんて、奥さんのためにきまっていますよ。父親や母親のためなら、こんな日にわざわざくるはずはないじゃありませんか」 人相 笑府    大道の人相見が通行人を呼びとめて、 「見て進ぜましょう」  というと、呼びとめられた男、 「いや、わしがおまえさんを見てやろう」  という。 「これはおもしろい。さあ、どう見立てましたか」 「おまえさんの見立ては絶対に当らぬと見た」 地相 笑府    地相を盲信している男がいた。ある日、庭の土塀がくずれてその下敷きになった。 「助けてくれ、助けてくれ」  と呼ぶと、家の者が出てきて、 「そのままで我慢していてください。きょう土を動かしてもよいかどうか、地相見のところへ行ってきいてきますから」 善人 艾子雑説・笑賛    村はずれのお宮に木彫りの神像があった。一人の男がその前を通りかかったが、溝(みぞ)があって越えられないので、神像を取ってきて溝に渡し、その上を踏んで行った。  そのあとからまた一人の男がきた。その男は溝に渡されている神像を見て、 「こんな勿体(もつたい)ないことするとは」  と慨嘆し、神像を抱きおこして着物でほこりを払い、もとの台座の上に立てると、再拝して立ち去った。  すると神様は、その男が香(こう)も焚かずに行ってしまったことを咎めて、その男に頭の痛くなる災難を降(くだ)した。神様の家来の判官や小鬼たちが、不審に思って、 「どうして神様は、ご自分を踏んで行った男には災いを降されずに、おこしてくれた男に災いを降されたのですか」  とたずねると、神様は、 「前の男は信心をしておらぬから、災いを降しても仕様があるまい。それに、悪人はうるさいが、善人はあなどり易(やす)いからじゃ」 願(がん)掛け 笑苑千金    あるお宮の神様は、願をかけるとどんなことでもかなえてくださるという有難い神様であった。  ある日、一人の男が願をかけた。 「明日はどうか天気にしてくださいますよう。もしわたくしの願いをかなえてくだされば、羊の頭をお供えいたします」  そしておみくじを引くと、かなえられると出た。その日、別の男も願をかけた。 「明日はどうか雨を降らしてくださいますよう。もしわたくしの願いをかなえてくだされば、豚の頭をお供えいたします」  そしておみくじを引くと、かなえられると出た。  その夜、神様は奥方にいった。 「明日は天気だったら羊の頭が食べられるし、雨が降ったら豚の頭が食べられるぞ」 開路神 笑府    葬列の先頭に立てる、おそろしい顔をした紙張子(はりこ)の大きな神像を、開路神という。  あるとき門神が、ねたましそうに開路神にいった。 「あんたとおれは同じくらいの大きさなのに、あんたはいい物が食えるし、いい着物を着ておられるし、おれはうらやましくてならんよ」  すると開路神が首を振っていった。 「兄貴、それはちがうよ。食うものは別として、着るものは見かけだおしのお粗末なものなんだ。ぼろ隠しを一枚剥ぐと、あとは体じゅう竹片(たけぎれ)だけなんだから」 門神 笑府    門神が昼も夜も門に立っているのを見て、夜遊神(やゆうしん)が気の毒に思い、 「あんたは大きな体をしているくせに、どうして門番なんかになって、朝から晩までつらい奉公をしているんだ」  ときくと、門神は、 「これがおれの務めだから、仕様がないんだよ」 「それじゃ、務めをして飯を食わせてもらっているのか」 「いいや」 「門にいるのに、どうして飯を食わせてもらえないんだ」 「飯を食わせてほしいというと、それなら門にいなくてよいといわれる」 できる! 王と甘の字 啓顔録    唐の甘洽与(かんこうよ)と王仙客(おうせんかく)とは仲がよかった。あるとき、互いにその姓をからかいあったが、先ず甘洽与が、 「王さん、あんたの姓はもとは『田』だったにちがいない。あんたの顔がぶくぶくとふくらんできたので、両側が取れてしまったんだ」  というと、王仙客はすかさず、 「甘さん、あんたの姓はもとは『丹』だったにちがいない。あんたの頭に血がめぐらないので、足を上にして逆立ちしてしまったんだ」 王の字 啓顔録    北斉の徐之才(じよしさい)は後に西陽(せいよう)王に封ぜられた人であるが、あるとき尚書の王元景(おうげんけい)がその名をからかって、 「『之才』というのはどういう意味かね。わたしの見るところでは『ノ』を加えて『乏才(ぼうさい)』(才に乏(とぼ)し)とすべきだと思うけどな」  というと、徐之才はすかさず、王元景をからかって、 「『王』という字は、『言』(ことば)をつけると『(きよう)』(たぶらかす)になり、『木』に近づけると『枉(おう)』(まがる)になり、『犬』に近づけると『狂(きよう)』(くるう)になり、首と足をつけ加えると『馬』になり、角(つの)と尻尾をつけ足すと『羊』になりますな」  といった。  王元景は黙ってしまった。 王と馬の字 啓顔録    隋(ずい)のとき、馬(ば)という姓の人と王(おう)という姓の人が、いっしょに酒を飲んで冗談をいい合った。 「王さん、あんたの姓は、もとは『二』だったんだろう? あんたがのろのろと歩いていたんで、鼻に『丁(くぎ)』を打ち込まれたというわけだ」  馬という姓の人がそういってからかうと、すぐ相手はいい返した。 「馬さん、あんたの姓は、もとは『匡』だったんだろう? それなのに尻尾を振って馬になり、王旦那を乗せて走っているというわけだ」  聞いていた人たちはみな大笑いをした。 蘇の字 笑海叢珠・笑府   「蘇」という字は、また「蘓」とも書く。  ある家で客を招いて魚の料理を出したが、主人の席の魚は大きく、客の席の魚は小さかった。それを見て客が主人にたずねた。 「蘇州の『蘇』という字はどう書きましたかね」 「草かんむりの下に、左に『魚』の字、右に『禾(いね)』の字ですよ」  と主人がいうと、客は、 「『魚』の字を右の方へ置くのもありますが、あれはどうなんでしょう」 「『魚』は左右どちらへ置いてもよいことになっているのです」 「そうですか」  客はそういって、自分の席の魚と主人の席の魚とを置きかえて、 「それなら、こうしてもよろしいのですね」 水の骨(一) 調謔編・漫笑録    あるとき蘇東坡(そとうば)が荊公(けいこう)(王安石(あんせき))に「坡」という字の意味をたずねたところ、荊公は、 「『坡』は『土』の『皮』だ」  といった。そこで蘇東坡が、 「それでは、『滑』は『水』の『骨』ですかな」  というと、荊公は黙ってしまった。 水の骨(二) 笑賛    王安石は文字学を研究していたが、あるとき、 「『波』は『水』の『皮』というわけだ」  といって得意になった。すると、蘇東坡がいった。 「それじゃ『滑』は『水』の『骨』ですかな」 滑る(一) 笑府    主人、客が焼肉をおいしそうに食べているのを見て、童子を呼び、 「お客さまの皿を台所へ持って行って、焼肉をつけ足しておいで」  といいつけた。  童子は台所にまだ余分があると思っていたので、皿の中に残っている肉を途中でみな食べてしまった。ところが台所へ行ってみると、残りはないというので、皿を置いてもどってきて、主人に、 「もう、ないそうです」  といった。すると主人は、 「さっき、皿の中に残っていた分はどうした」  ときいた。 「途中で滑ってころびまして、落してしまいました」  童子がそういってごまかすと、主人は怒って、 「うそをいうな! だが、もし『滑』という字が書けたら、ゆるしてやろう」  すると童子は指で掌(てのひら)に「滑」の字を書きながらいった。 「一点、また一点、また長い一点。そのあとは『骨』でございます」  一点とは少しという意味である。少しずつ食べて骨しか残らなかったと、童子は白状したのである。 滑る(二) 笑倒    ある家で家庭教師を頼んだが、いつも食事がお粗末であった。  ある雨の日に、下男が運んできた食事を見た先生、骨ばかりで肉が少ししかついていない料理を見て、腹いせに、持ってくるのがおそいといって下男を叱りつけた。すると下男は、 「雨で路が滑るものですから」  といった。 「なに、滑る? よし、『滑』という字が書けたら、打つのをゆるしてやろう」  すると下男は料理を見ながらいった。 「一点、また一点、それにもう一つ斜めに一点はねあげて、あとは骨ばかりです」 笑の字 調謔篇    荊公(王安石)が『字説』という書を著わしたときいて、蘇東坡がたわむれていった。 「『竹』で『馬』を鞭うつと『篤』(篤実)になるのはわかるが、『竹』で『犬』を鞭うつと『笑』うのは、どういうわけですかな」 鳳の字 世説新語(簡傲篇)    竹林の七賢の一人〓康(けいこう)は、呂安(りよあん)と仲がよかった。二人は互いに、いったん相手のことを思うと、たとえ千里をはなれていても馬車を飛ばして会いに行くというありさまであった。  あるとき、呂安が訪ねて行くと、〓康は居らず、兄の〓喜(けいき)が留守居をしていた。〓喜は呂安を迎え入れようとしたが、呂安は内に入らず、門に「鳳」という字を書いて帰って行った。  〓喜はそれを弟に対するほめ言葉だと思ってよろこんだが、帰ってきた〓康はその字を見て、 「あいつめ」  と苦笑した。鳳という字を分解すると、凡鳥となる。鳥は罵語で、凡鳥とは「くそやろう」という意味である。せっかく訪ねてきたのに居らぬとは、この「くそやろうめ」という意味だったのである。 合の字 世説新語(捷悟篇)    ある人が魏の武帝(曹操)に一杯の酪乳(らくにゆう)を贈った。武帝は、 「おお、これはめずらしいものだ」  といい、少しばかり飲んでから、器の蓋(ふた)に「合」という字を書き、 「みんなにまわせ」  といった。一同は何のことかわからず、つぎつぎに器をまわした。順番が楊脩(ようしゆう)のところにきたとき、楊脩が蓋を取って一口飲むと、武帝はうなずいて、 「さすがに知恵者(ちえしや)だ」  といった。 「合」という字を分解すると、「人、一口」となる。各人一口ずつ飲めという意だったのである。 なぞの字 笑禅録    ある僧侶が、大勢の仲間が集まったときにきいた。 「『音』という字の下に『心』という字をつけたら、何という字だ?」  すると、ある者は、 「そんな字は見たことがない」  といい、ある者は、 「いつか古書で見たことがあるような気もするが……」  といい、ある者は、 「いつも見かける字のようだが、どうも思い出せない」  といい、ある者は指先で机の上に書いてみて、 「そんな字はないよ」  といった。  そこで、はじめの僧が、 「『意』という字だよ」  というと、一同は、 「なんだ、そうか」  といって、どっと笑った。 一の字 笑府    父親が幼児に「一」という字を教えた。  翌日、父親が机をふいていると、子供が傍へきたので、父親はふきんで机の上に「一」の字を書いて見せて、 「これ、何と読む?」  ときいた。子供は、 「知らない」  という。 「きのう教えた『一』という字じゃないか」  と父親がいうと、子供は眼を丸くして、 「たった一晩のうちに、どうしてそんなに大きくなったの?」 万の字 応諧録・笑府    ある金持の一家、代々字を知らなかった。ある人から、せめて息子さんには字を習わせた方がよいとすすめられ、もっともだと思った父親は、さっそく家庭教師をたのんで息子に字を習わせることにした。  家庭教師は先ず一画を書いて息子になぞらせ、 「これが『一』という字です」  と教えた。次に二画を書かせて、 「それが『二』という字です」  と教え、さらに三画を書かせて、 「それが『三』という字です」  と教えた。すると息子はよろこんで筆を投げだし、父親のところへ行って、 「もう字の意味はすっかりわかりました。先生はいりません」  といった。父親はそこで家庭教師をことわって帰らせた。  それから何日かたったとき、金持の家では万(まん)という姓の人を招待することになったので、息子に招待状を書くようにいいつけた。  ところが、朝いいつけたのに夕方になってもできあがらないので、父親が催促をしに行くと、息子はぷりぷりしていった。 「なんでよりによって万などという姓をつけたのだろう。朝からずっと書きつづけているのだが、まだ五百画あまりしか書けやしないよ」 屎(くそ) 笑府    生徒が先生に、 「『屎』という字はどう書くのですか」  とたずねた。先生は咄嗟(とつさ)には思い出せず、 「ううん、口のところまで出かかっているのだが、ちょっと出てこない」 川の字 笑府・笑得好    ある先生、「川」という字しか知らない。  たまたま弟子から手紙がきたので、その中から「川」という字をさがして人に教えてやろうと思い、一字一字見ていったがなかなか見つからない。ようやく「三」という字を見つけると、その字を指さしていった。 「いくらさがしても見つからぬと思ったら、こいつめ、こんなところに寝ころんでいやがったのか」 塔のような字 笑府    ある男が薑(はじかみ)という字はどう書くのかとたずねたので、 「先ず草かんむりを書き、その下に『一』の字を書き、その下に『田』の字を書き、その下にまた『一』の字を書き、その下にまた『田』の字を書き、その下にまた『一』の字を書けばよい」  と教えると、その男、「草壹田壹田壹」と書き、しばらく眺めていたが、 「どこにこんな長い字があるものか。これじゃ、まるで塔みたいじゃないか。ばかにするな!」  といって怒りだした。 賦の字 笑府    ある俄(にわ)か成金、夜も昼も賊(どろぼう)の心配ばかりしていた。  ある日、友人といっしょに浙江の江心寺(こうしんじ)へ行ったところ、その壁に「江心の賦(ふ)」と題してあるのを見て、急にそわそわとしだした。友人がわけをきくと、 「江心の賊がここにいる」  という。 「賦だよ。賊じゃないよ」  と友人がいっても、成金はきかず、 「いや、賦は賦だろうが、やっぱり少し賊の形をしている」 吉の字 笑倒    ある人、元旦の廻礼に出かけるとき、一年の最初の日からよいことがあるようにと、机の上へ「吉」という字を書いて出た。ところが、何軒もの家を廻ったのにお茶一杯のもてなしも受けなかった。  そこで、家に帰ってから「吉」という字を逆さにしてみて、 「なるほど、『口』と『干』か。道理でお茶一杯にもありつけなかったのだな。そうとわかれば『吉』の字をもっと離して書いておけばよかった。そうすれば『十』と『一』と『口』になるから、十一軒の家で口を潤してくれたかもしれん」 禿の字 笑林広記    ある秀才が僧侶に向っていった。 「『禿』という字は、どう書くか知ってるかい」  禿とは僧侶に対する蔑称である。  僧侶はすまして答えた。 「秀才の『秀』という字の尻尾を曲げたらいいんですよ」 沐浴(もくよく) 雪濤諧史    呉中(ごちゆう)(蘇州)の某尚書(しようしよ)が沐浴しているとき、一人の客が訪ねてきたので、沐浴中だといってことわらせたところ、客は腹を立てて帰って行った。その後、尚書がその人を訪ねて行くと、その人も沐浴中だといってことわらせた。そこで尚書はその家の壁にこう書いて帰った。 君謁我我沐浴    (君我を謁(たず)ぬとき我沐浴す) 我謁君君沐浴    (我君を謁ぬとき君沐浴す) 我浴於四月八    (我の沐浴するは四月八日) 君浴於六月六    (君の沐浴するは六月六日)  四月八日は浴仏(よくぶつ)(灌仏会(かんぶつえ))であり、六月六日は浴畜(よくちく)(家畜を川岸へつれて行って体を洗う日)である。 可の字 笑苑千金    ある村に金持の老人がいた。自分の誕生日に、三人の息子の嫁を呼んでいった。 「今夜のわしの誕生日祝いの席で、おまえたち、それぞれおもしろい趣向を工夫して、わしに祝い酒をすすめてくれ」 「かしこまりました」  と三人は声をそろえていった。  さて、夜になって祝宴がはじまり、一族の者が全部集まった。長男の嫁には二人の女の子がいたが、彼女はその二人の女の子を左右の手に一人ずつ引いて老人の前に進み出ると、 「おとうさま、おめでとうございます。わたくし、『姦』という字でおとうさまに一献(こん)さし上げます」  といって酒をすすめた。 「ありがとう。なるほど、女三人で『姦』の字か。うまい趣向だ」  老人はよろこんで酒を飲んだ。  次男の嫁には男の子が一人いた。彼女はその男の子の手を引いて老人の前に進み出ると、 「おとうさま、おめでとうございます。わたくしは『好』という字でおとうさまに一献さし上げます」  といって酒をすすめた。 「ありがとう。なるほど、女一人と男の子一人で『好』という字か。これもうまい趣向だ」  老人はよろこんで、また酒を飲んだ。  三男の嫁はとついできてから間もなく、まだ子どもがなかった。彼女はしばらくためらっていたが、やがて一人で老人の前に進み出ると、 「おとうさま、おめでとうございます」  といい、片足を腰掛けの上へ横ざまに伸ばし、自分のかくしどころを指さしながら、 「わたくしは『可』という字でおとうさまに一献さし上げます」  といって酒をすすめた。  老人は嫁の指さすところをのぞき込みながら、 「なるほど、『可』の字になっている。これはまたおもしろい趣向だ」  といい、よろこんで酒を飲んだが、飲みながらつくづくその『可』の字の『口』のところを眺めて、 「だが、『可』の字の『口』が少しゆがんでおるのう」  満座の人々はみな大笑いをした。 嫁の歌 笑苑千金    ある金持の老人、三人の息子とその三人の嫁がいたが、息子たちがみな商売に出て留守のとき、三人の嫁を呼んでいった。 「わしももう年で、いつまで生きておれるかわからない。金銀の装身具を少しばかり持っているので、この際、それをおまえたち三人に平等に分けてやろう。そのほかに金の腕輪が一対と金のかんざしが二本あるが、これは、おまえたちに詩を一首ずつ作らせて、よく出来た者にやることにしよう」 「ありがとうございます。それではお父さま、詩の題を出してください」 「題は何でもよい。ただ、七言絶句(ごんぜつく)で、尖(せん)・連(れん)・眠(みん)という脚韻(きやくいん)を踏めばよい」  まず、長男の嫁が一首を披露した。 春笋出時繊繊尖    (筍出たとき尖(とが)っている) 笋殻落時到垂連    (竹皮落ちて垂れ連なる) 風吹竹葉微微動    (風が吹けば葉は揺れる) 馬鞭却在泥裏眠    (根鞭(ねむち)は地下で眠ってる)  つづいて次男の嫁が披露した。 蓮蕋出時繊繊尖    (蓮の花出て尖っている) 荷花謝時到垂連    (花落ちる時垂れ連なる) 風吹荷葉微微動    (風が吹けば葉は揺れる) 藕根却在泥裏眠    (蓮根(れんこん)地下で眠っている)  最後に三男の嫁が披露した。 奴家十指嫩繊尖    (私の十指は尖っている) 胸前〓子却垂連    (乳房は二つ垂れ連なる) 公公肚上微微動    (父さんの一物硬(お)え動く) 我在公公肚下眠    (私は抱かれて眠ってる) 「うまい、うまい」  老人は手をたたいてほめ、腕輪とかんざしを三男の嫁に与えた。  この話をきいて、一家の者はみな腹をかかえて笑った。 女の名吟 笑苑千金    渡し舟の船頭が、ある日の夜明けごろ、和尚と婦人を乗せて川の中ほどまできたとき、 「自分のことを詠(よ)んだ詩を一首作ってくださったら、渡し賃はただにしますがどうです?」  といった。そしてまず、自分で一首を吟じた。 船児是雖小  (舟は小さいけど) 四辺江水遶  (ぐるりは川の水) 才到五更鐘  (夜明けになると) 載過一船了  (向うの岸に着く)  和尚はそれをまねて一首を吟じた。 寺院是雖小  (寺は小さいけど) 四辺松樹遶  (ぐるりは松の木) 才到五更鐘  (夜明けになると) 看経念仏了  (読経念仏をする)  つづいて婦人も一首を吟じた。 行貨是雖小  (物は小さいけど) 四辺茅草遶  (ぐるりはしげみ) 才到五更鐘  (夜明けになると) 和尚出来了  (坊主が出ていく) 当意即妙 啓顔録    唐に法軌(ほうき)という僧がいた。極めて矮小(わいしよう)な体をしていたが、学識は深く、それを鼻にかけるところがあった。李栄(りえい)という人がその鼻を折ってやろうと思い、法軌が寺で講義をしているところへ行って、議論を吹っかけようとした。すると法軌は、高座の上で詩をうたった。 姓李応須李    (姓は李(り)だから李(すもも)の木だろ) 名栄又不栄    (名は栄(えい)だが栄(さか)えもしない)  間髪をいれず李栄が歌いつづけた。 身材三尺半    (身のたけわずか三尺半で) 頭毛猶未生    (髪の毛もまだ生えません) 賛辞 笑府    ある秀才、死んで閻魔大王に会い、自分の文才を自慢した。そのときたまたま大王が放屁したので、さっそく頌屁(しようひ)の詞(し)を作って献上したところ、大王は大いによろこび、牛頭(ごず)の獄卒を呼んで、 「この秀才を別殿へ案内せよ。晩餐をともにするゆえ、御宴(ぎよえん)の用意をするように」  と命じた。牛頭に案内されて別殿へ行く道で、秀才は牛頭にいった。 「あなたの二本の角(つの)が丸く曲っているありさまは、まるで天上の月のようであり、二つの眼がぎらぎらと光っているありさまは、まるで海のかなたに輝いている星のようです」  すると牛頭は大いによろこび、秀才の袖を引っぱっていった。 「大王さまの御宴までにはまだ間があるから、ひとまずわたしの家に寄って一杯やってくださいよ」 屁文章 笑賛・笑府    ある秀才、寿命が尽きて冥土へ行き、閻魔大王に会ったところ、たまたま大王が屁を一発放(はな)った。すると秀才は即座に屁をたたえる文章を作って大王に献上した。 高く金臀(きんでん)を竦(そばだ)て、弘く宝気(ほうき)を宣(ひろ)む。依稀乎(いきこ)たり糸竹(しちく)の音に、彷彿乎(ほうふつこ)たり麝蘭(じやらん)の味に。臣下風(かふう)に立ち、馨香(けいこう)の至りに勝(た)えず。  閻魔大王は大いによろこび、寿命十年を増して人間世界へ帰らせた。  十年の期限が満ちて再び閻魔大王に会うことになったが、秀才は身も心も軽やかに森羅殿(しんらでん)さして上って行った。閻魔大王がそれを見て小鬼(しようき)にたずねた。 「あれは何者じゃ」  すると小鬼が答えていった。 「あの屁文章を作った秀才です」 謎かけ 啓顔録    侯白(こうはく)は人と謎かけをするのが好きだった。あるとき酒の席で、答は誰でも知っている実在するものだとことわって、 「犬くらいの大きさで、その顔かたちは牛にそっくりなものは?」 「〓(のろ)」 「ちがう」 「小鹿」 「ちがう。わからなければいおうか。それは犢子(こうし)だよ」 出る所 諧〓録    呉の国主孫権(そんけん)がたわむれて、太子の亮(りよう)にいわせた。 「諸葛恪(しよかつかく)は、馬糞を一石(こく)食べる」  すると諸葛恪が孫権に答えていった。 「臣が君にたわむれることができ、子が父にたわむれることができますならば、どうか太子に鶏卵を三百個食べさせてくださいませ」 「人がそなたに馬糞を食べさせようというのに、そなたは人に鶏卵を食べさせようとする。これはいったいどういうわけだ」  孫権がそういうと諸葛恪は答えた。 「出る所が同じだからです」 千字文 笑海叢珠    河伯(かはく)(川の神)が宴席を設けて、竜王を招いた。 「これはこれは、遠路わざわざお越しくださいまして、まことに光栄に存じます。どうかご遠慮なくおくつろぎくださいますよう」  と河伯が挨拶をすると、竜王は、 「このたびはお招きにあずかって、まことにかたじけない。ところで、お宅の酒は味がうすく、腹が脹(は)るばかりで、いっこうに酔いがまわってきませんな」  といった。 「そうおっしゃるところを見ると、竜王さまは『千字文』をお読みになったことがないようで……」 「それはどういうことかな」 「『千字文』にはちゃんと、こう書いてございます。『海鹹河淡』(海は塩からく河は淡し)と」 なまり 拊掌録・雪濤諧史    孔子の弟子の公冶長(こうやちよう)は鳥の言葉を解した。  あるとき孔子が鳩の鳴き声をきいて、 「あれは何といっているのだ」  とたずねると、公冶長は、 「觚不觚(クープークー)、觚(クー)……(觚(こ)や觚ならず、觚ならんや、觚ならんや——『論語』雍也篇)といっております」  と答えた。またあるとき、孔子が燕の鳴き声をきいて、 「あれは何といっているのだ」  とたずねると、公冶長は、 「知之為知之(チーシーウエイチーシー)、不知為不知(プーチーウエイプーチー)、是知也(シーチーエー)(之(これ)を知るを之を知ると為(な)し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり——『論語』為政篇)といっているのです」  と答えた。またあるとき、孔子が驢馬の鳴き声をきいて、 「あれは何といっているのだ」  とたずねると、公冶長は、 「はて、あれは解しかねます。どうやら田舎なまりのようでございます」  と答えた。 馬驢(ばろ) 世説新語(排調篇)    晋の丞相王導(おうどう)と尚書令諸葛恢(しよかつかい)とが、互いに家柄をほこりあった。 「なぜ葛(かつ)・王(おう)とはいわないで、王・葛というのだろうな」  王導がそういうと、諸葛恢はいった。 「たとえば、驢馬(ろば)といって馬驢(ばろ)とはいわないのと同じです。なにも、驢(ろば)が馬よりもすぐれているというわけではありますまい」 評語 世説新語(捷悟篇)    曹娥(そうが)は後漢のときの会稽(かいけい)の孝女で、父の水死を悲しんで江に身を投げた。県令の度尚(どしよう)がこれをあわれんで曹娥の碑を立てた。  魏の武帝があるとき、その曹娥の碑を見た。碑の裏には「黄絹幼婦外孫臼(せいきゆう)」という八字の評語が刻んであったが、その意味がわからない。 「この意味がわかるか」  供(とも)をしている楊脩にたずねると、楊脩は、 「わかります」  と答えた。 「そうか。まだ言ってはならんぞ。わたしがわかるまで待て」  三十里ほど行ったとき、武帝は、 「わかった」  といった。 「黄絹とは色のついた糸で、文字にすれば『絶』。幼婦とは少女で、文字にすれば『妙』。外孫とは女(むすめ)が嫁して生んだ子で、文字にすれば『好』。臼とは辛(からし)をいれたあえものを入れる器で、文字にすれば『〓(じ)』(辞)。つまり、絶妙好辞(絶妙の名文)という意味だ」  武帝がそういってから、楊脩が書いた解答に眼を通すと、やはりそのとおりであった。  楊脩がほめると武帝はいった。 「わたしの才はそなたに及ばないこと三十里であることが、やっとわかったぞ」 鼠猫(ねずみねこ) 応諧録    斉奄(せいえん)という人は、飼猫がよく鼠を取るので「虎猫」という名をつけて人々に自慢していた。するとある客がいった。 「虎は確かに強いが、竜には及ばない。だから『竜猫』という名に変えた方がよいでしょう」  するとほかの客がいった。 「竜は確かに虎よりもすぐれているが、竜が天に昇るにはどうしても雲に乗らなければならない。これは雲が竜よりもすぐれている証拠です。だから『雲猫』とつけた方がよいでしょう」  するとまたほかの客がいった。 「雲は空を蔽(おお)っていても、風が吹けば散ってしまう。つまり、雲も風にはかなわないのです。だから『風猫』という名にした方がよいでしょう」  するとまたまたほかの客がいった。 「風が吹いてきても、塀さえあれば防ぐことができる。風も塀にはかなわないという証拠です。だから『塀猫』とつけた方がよいでしょう」  するとまたまたまたほかの客がいった。 「いくら塀が堅固でも、鼠に穴をあけられたらくずれてしまう。つまり、塀も鼠にはかなわないのです。だから『鼠猫』とつけるのがいちばんよいでしょう」 謎解き 笑賛   「上は天を支え、下は地を支え、天地にふさがって空気も通さないものは? さあ、何だろう」 「答える前に、わたしも問題を出そう。頭は西に向き、尾は東に向き、天地にふさがって風も通さないものは?」 「わからん」 「君の問題と同じだよ。わたしのは君のを横に倒しただけだ」 豈(あに)有此理(このりあらんや) 笑賛    言葉を学ぼうとしている男、人が「豈有此理(そんなばかな)」といったのをきいて、なかなかいい言葉だと思い、ときどき口のなかで練習していた。たまたま川を渡るとき、どさくさしているうちについ失念してしまったので、船の中をあちこちさがしまわった。船頭がそれを見て、 「何か落し物をしましたか」  ときくと、男は、 「うん、言葉を落したんだ」  という。 「言葉を落すなんて、豈有此理(そんなばかな)!」  と船頭がいうと、 「なんだ、おまえが拾っていたのか。それならそうと、なぜもっと早くいってくれぬ」 鉄面皮 笑府   「世の中でいちばん堅いものは何だろう」  と大勢で話しあっていると、一人が、 「石だろう」  といった。 「いや、石はくだくことができる」 「鉄だろう」  と一人がいうと、 「いや、鉄は刻むことができる」 「君のその鬚(ひげ)がいちばん堅いよ。石も鉄もその鬚にはかないっこない」 「なぜだ」 「なぜって、君のその厚い面(つら)の皮を突き破って生えてくるんだからな」 寒がり 笑林広記    冬、二人の男が謎かけをしている。 「この世でいちばん寒がりでないものは何だろう」 「水洟(みずばな)さ。寒いと出てくる」 「いちばんの寒がりは何だろう」 「おならさ。尻の穴から出たと思うとすぐまた鼻の穴へもぐり込む」 朝(ちよう)三暮(ぼ)四 荘子(斉物論篇)・列子(黄帝篇)    宋の国に狙公(そこう)という人がいた。猿が好きで、たくさんの猿を飼っていた。狙公には猿の気持がわかったし、猿たちも狙公の心がわかった。狙公は家族の者の食料を減らしてまでも、猿の食欲を満足させるようにつとめていた。  ところが、狙公は次第に手もとが不如意になってきた。そこで猿の食料を減らそうとしたが、猿たちが自分をきらうようになりはすまいかと案じて、先ずこういった。 「これからは、おまえたちにやるおやつのドングリを、朝は三つ、暮は四つにしようと思うが、どうだ」  すると猿たちは、いっせいに立ちあがって怒りだした。そこで狙公はいった。 「よしよし、わかった。それでは、朝は四つ、暮は三つということにしよう。それならよかろう」  すると猿たちは、いっせいに平伏してよろこんだ。 遠近 列子(湯問篇)    孔子が東方の地を遊歴していたときのこと、子供が二人、言い争いをしているのを見た。どうしたのかとたずねると、一人の子供が、 「日は、出はじめたときがいちばん近く、空のまんなかへ上ったときがいちばん遠いと思うのだけど」  といった。するともう一人の子供が、 「ぼくは、出はじめたときがいちばん遠く、空のまんなかへ上ったときがいちばん近いと思うのだけど」  という。 「いや、ちがうよ。出はじめたときは車の蓋(かさ)のように大きいけど、空のまんなかへ上ったときは盆のように小さいじゃないか。大きく見えるのは近いからだし、小さく見えるのは遠いからだろう?」 「いや、ちがうよ。出はじめたときは涼しいけど、空のまんなかへ上ったときは熱くなるじゃないか。涼しいのは遠いからだし、熱いのは近いからだろう?」  二人の子供の言いぶんをきいて、孔子はどうともきめかねていた。すると子供たちは笑いながら孔子を指さしていった。 「このおじさんが物知りだなんて、おかしくって」 風呂番 韓非子(内儲説篇)    韓の僖侯(きこう)が入浴したところ、風呂の中に小石がはいっていた。僖侯は侍臣にたずねた。 「いまの風呂番をやめさせると、そのかわりになる者はきまっているのか」 「きめてあります」 「その者を呼んでまいれ」  僖侯はつれてこられた男を叱りつけた。 「なぜ、風呂の中へ小石をいれた!」 悪役 韓非子(外儲説篇)・淮南子(道応訓篇)    子罕(しかん)は宋の宰相になったとき、宋君に進言した。 「賞与は民のよろこぶところですから、わが君みずからとり行なってください。刑罰は民のにくむところですから、わたくしにお命じください」 「そなたは悪役を買って出ようというのだな。よろしい。そうすれば諸侯もわたしに一目(もく)置くようになろう」  こうして宋君は、酷令をくだしたり大臣を誅罰したりするときには、いつも、 「子罕に問え」  といって、彼にまかせた。そのため、大臣たちはみな子罕に追随し、人民は子罕をおそれ、一年もたたぬうちに子罕は宋君をしのいで国権を握るようになった。 親切 列子(説符篇)・呂氏春秋(去宥篇)    ある男の家に枯れた桐の木があった。隣家のおやじが「枯れた桐の木は縁起がわるい」と教えてくれたので、その男は木を伐り倒してしまった。  その後、隣家のおやじが「薪にするから譲ってくれ」というと、男は腹を立てて、 「隣りあわせに住んでいながら、こんな陰険なやり方ってあるものか」  とぼやいた。 虎の威を借る狐 戦国策(楚策)    楚の宣王が群臣にたずねた。 「北方の国々では、わが国の宰相昭奚恤(しようけいじゆつ)をおそれているということだが、ほんとうはどうなのか」  誰も答える者がなかった。すると遊説家の江乙(こういつ)が進み出ていった。 「虎は、あらゆる獣を食い殺します。あるとき虎が一匹の狐を捕えましたところ、その狐は虎にこういいました。 『あなたは、わたしを食べてはなりません。なぜなら天帝はわたしを百獣の王とさだめられているからです。あなたがわたしを食い殺すことは天帝のお心にそむくことになります。もしわたしのいうことが信じられないなら、わたしがあなたの先に立って歩いてみますから、あなたは後からついてきて、百獣がわたしを見てどうするかをごらんなさい。百獣はわたしをおそれて、みなこそこそと逃げかくれるはずですから』  虎はうなずいて、狐といっしょに出かけました。狐と虎の姿を見ると、百獣はみな逃げだします。虎は百獣が自分をおそれているのだと気づかず、狐をおそれてそうするのだと思いました。  ところで、王の地は五千里四方、軍兵は百万。王はこれをもっぱら昭奚恤にゆだねておいでです。北方の国々が昭奚恤をおそれますのは、じつは王の軍勢をおそれているのであって、それはちょうど百獣が、狐をではなく、虎をおそれるのと同じことでございます」 己(おのれ)を責める 漢書(東方朔伝)    漢の武帝は夏のさかりの三伏の日、郎官や侍従たちの労をねぎらって肉を下賜(かし)した。ところが、日が傾きかけても係りの役人が来ず、なかなか宴がはじまらなかった。常侍郎の東方朔(とうほうさく)はしびれをきらし、勝手に剣を抜いて肉を切り、同僚たちにいった。 「三伏の日は早退(はやび)けをするのが当然だ。わたしは下賜の品だけ頂戴して帰るよ」  そして切り取った肉を懐(ふところ)にいれて帰った。  翌日、東方朔が出仕すると、武帝が咎(とが)めていった。 「昨日、肉を下賜したとき、そなたはわたしの命令も待たずに、勝手に肉を切り取って帰ったそうだな。なにゆえか」  東方朔は詫びのしるしに、冠をぬいで平伏した。すると武帝がいった。 「東方朔! 起って己(おのれ)を責めて見せよ」  東方朔は立ちあがって大声でいった。 「朔よ。賜わり物を受けるのに、おそい命令を待たずにさっさと頂戴して帰るとは、なんと敏捷なことか! 剣を抜いて肉を切るとは、なんと勇壮なことか! 肉を切るのに多くを切り取らぬとは、なんと無欲なことか! 帰ってそれを妻に贈るとは、なんと情の深いことか!」 骨董(こつとう)品 諧〓録・山中一夕話    江夏(こうか)の王義恭(おうぎきよう)は骨董品が大好きで、しょっちゅう同僚の朝臣たちに無心していた。侍中の何勗(かきよく)はこれまでに幾品か贈ったのに、王義恭がなおも所望しつづけるので、内心はなはだおだやかでなかった。そこで、たまたま外出したとき道端に犬の首輪と犢鼻(ふんどし)が捨ててあるのを見つけ、部下の者にそれを拾って持ち帰らせると、箱に納めて鄭重に王義恭のもとへとどけさせた。そして次のような手紙を添えた。 「ご所望によって骨董品二点をお贈りいたします。このたびの品は、李斯(りし)の犬の首輪と司馬相如(しばしようじよ)の犢鼻でございます」  李斯は秦の始皇帝の宰相であったが、罪を得て死刑になるとき次のような言葉を残した。「再び黄犬を牽(ひ)き、故郷上蔡(じようさい)の東門を出(いで)て、狡兎(こうと)を逐(お)わんと欲するも、あに得べけんや」——その犬の首輪だというのである。  司馬相如は漢の武帝のときの高名な文人であるが、貧窮のとき、卓文君(たくぶんくん)を誘って駈落ちをし、居酒屋を開いて、犢鼻一つになって皿洗いをした。そのときの犢鼻だというのである。 払子(ほつす) 世説新語(言語篇)    僧侶の康法暢(こうほうちよう)が東晋の〓亮(ゆりよう)を訪ねたとき、大鹿の尾で作ったすばらしい払子を手にしていた。〓亮が感歎して、 「そのようなすばらしいものが、どうして手もとにあるのですか」  というと、康法暢は答えた。 「清廉な人はくれとはいいませんし、欲ばった者にはくれてやりませんので、わたしの手もとに残っているのです」 法網(ほうもう) 世説新語(言語篇)    魏の文帝のとき、劉公幹(りゆうこうかん)が不敬のかどで罪に問われた。劉公幹は文帝(曹丕(そうひ))の父曹操(そうそう)に仕えた魏の功臣で、文学にすぐれていた人である。 「どうして法を守らなかったか」  と文帝がたずねると、劉公幹は答えた。 「罪に触れたのは、わたくしの思慮が足りなかったせいです。しかしまた、陛下の法網の目が疎(そ)ではないせいでもあると存じます」 気分 世説新語(排調篇)    〓康(けいこう)、阮籍(げんせき)、山濤(さんとう)、劉伶(りゆうれい)らが竹林に集まり、酒を飲んで清談しているところへ、王戎(おうじゆう)がひとり、おくれてやってきた。 「俗物めが、いまごろやってきて、人の気分をぶちこわしやがる」  阮籍がそういうと、王戎は笑っていった。 「君たちの気分は、おくれてきたぐらいのことでぶちこわせる程度のものだったのか」 新旧 世説新語(賢媛篇)    晋の車騎将軍桓冲(かんちゆう)は、新しい衣類を身につけることを嫌った。妻の王氏は夫の入浴中に、わざと新しい衣類にかえておいた。桓冲が怒って、召使にそれを持ち去らせると、王氏はもう一度持って行かせて、 「どんなものでも、一度は新しいときがなければ、古くなることはできません」  といわせた。  桓冲は大笑いをしてそれを着た。 現実 世説新語(夙恵篇)    晋の明帝(司馬紹(しばしよう))が五、六歳のときのこと。父の元帝(司馬睿(えい))の膝に坐っていると、長安から人がやってきた。 「長安とお日さまと、どちらが遠いと思うかね」  元帝がたずねると、明帝はすぐ、 「お日さまです」  と答えた。 「どうしてだ」 「お日さまから人が来た話はきいたことがありませんから」 「なるほど」  元帝はその答に満足した。  翌日、群臣を集めて宴を張ったとき、元帝は昨日のことを話して、もういちど同じことを明帝にたずねた。すると明帝は、 「長安です」  と答えた。 「どちらが遠いかときいているのだよ」 「長安です」 「それでは、どちらが近い?」 「お日さまです」 「どうしてだ」 「眼をあげると、お日さまは見えますが、長安は見えませんから」 名君 山中一夕話    屈原(くつげん)は戦国時代の楚(そ)の憂国の士。讒言(ざんげん)されて江南へ流され、汨羅(べきら)の淵に身を投げて死んだ。  さて、唐の玄宗(げんそう)が、あるとき近侍の臣の翻綽(ほんしやく)を、池の水の中へもぐらせた。  翻綽は水から出てきて玄宗にいった。 「水中で屈原に会いました。屈原はわたくしを笑って、こういいました。『そなたは名君に仕えているのに、どうしてこんなところへやってきたのか』と」 丸坊主 応諧録・笑賛・笑府    村役人が罪を犯した坊主を流刑地へ護送して行ったが、夜、宿に泊ったとき、坊主は酒を買って村役人を酔いつぶし、その頭を剃って丸坊主にした上、首に縄をかけておいて逃げて行った。  翌朝、目をさました村役人、坊主がいないのでびっくりし、あわてて自分の頭をなでてみたところ髪の毛がなく、しかも首には縄がかかっているので、うろたえて叫んだ。 「坊主はここにいる! だが、おれはいったいどこへ行ってしまったんだ」 腐刑(ふけい) 雪濤諧史    嘉靖(かせい)年間、蜀(しよく)の人で弁舌の才のある御史(ぎよし)(司法官)がいた。ある宦官(かんがん)がこの御史をからかってやろうと思い、鼠を一匹縛(しば)って行って、 「この鼠はわたしの衣服をかじりました。どうか御史どの、罪を裁いてください」  といった。すると御史は即座に裁いていった。 「その鼠があなたの衣服をかじったのならば、笞(むち)打ちの刑や流刑では軽すぎましょう。しかし凌遅(りようち)(八つ裂きの刑)や絞首刑は重すぎます。従って腐刑(陰茎切断の刑)に処するのが適当でしょう」  宦官は御史が自分をからかっていることを知ったが、しかし見事な裁きだと感服した。 祝儀 笑賛・笑府    ある人の家で慶事があったので、その友人が祝儀を包んで祝いに行った。祝儀袋には、 「銀一銭也。但し五分は前借」  と書いてあって、五分しかはいっていなかった。  その後、その友人の家でも慶事があった。すると前の人は空(から)の祝儀袋に、 「銀一銭也。但し五分は貸金から差し引き、五分は前借」  と書いて持って行った。 無人(ぶにん) 笑禅録    ある秀才、路傍の人家へ行って一夜の宿をたのんだ。その家には女の人が一人いるきりで、門の向うから、 「うちは無人ですから」  とことわった。すると秀才は、 「あなたがいらっしゃるじゃありませんか」  という。女が更に、 「うちには男がいませんので」  とことわると、秀才は、 「わたしがいるじゃありませんか」 半分わけ 笑府    兄弟が共同で畑を作った。収穫のときになって、兄が弟にいった。 「半分わけにしよう。おれが上半分を取るから、おまえは下半分を取れ」 「それは不公平じゃないか」  と弟がいうと、兄は、 「そんなことはない。来年はおまえが上半分を取り、おれが下半分を取ることにすれば同じじゃないか」  さて、翌年になって、弟が兄に種蒔きをせかせると、 「そう急ぐことはない。今年は芋(いも)をつくるんだから」 鬼の顔 笑府    日頃よく鬼の顔をして見せて人を笑わせていた男が、死んで閻魔大王の前に引き出された。大王が男にきいた。 「おまえは前世で、何か得意な芸があったか」 「はい。鬼の顔をまねて人を笑わせることが得意でした」 「わしは鉄面の閻魔王といわれているとおり、まだ一度も笑ったことがない。おまえがもしわしを笑わせることができたら、おまえを天上世界へ送ってやろう」  そこで男が鬼の顔をして見せると、大王はたちまちわっはっはと笑いだし、牛頭(ごず)と馬頭(めず)に、 「この者を天上世界へ送ってやれ」  と命じた。  牛頭と馬頭は男を送って行く途中、並んでひざまずいて男にたのんだ。 「大王さまはいつもこわい顔をしておいでで、とても厳しいお方です。わたしたちはびくびくしどおしなのです。もしわたしたちにもあなたのように鬼の顔のまねを上手にすることができて、大王さまに笑っていただけるならば、どんなに幸せになれるかわかりません。どうか、ぜひともわたしたちにそのまねの仕方をお教えください」  すると男は、 「わたしがあなたがたに教えるなんて」  といい、そして、 「ちょっと顔を上げて、よく見せてください」  といった。牛頭と馬頭が顔を上げると、男はつくづくその顔を見て、 「それで十分ですよ。わたしのは、じつはあなたがたの顔のまねなのです。あなたがたのはほんものだが、わたしのはまねだから大王さまはお笑いになったのでしょう」 真犯人 笑府・笑得好    大勢の者のなかで、誰かがおならをした。すこぶる臭い。みんなは一人の童子に疑いをかけて、罵ったり打ったりした。  童子は申し開きもせずに、笑いだした。 「何がおかしい!」  と人々がいうと、童子は、 「誰か知らないけど、ほんとうにおならをした人まで、ほかの人たちといっしょになって僕を罵ったり打ったりしていると思うと、おかしくて」 瘤(こぶ) 啓顔録    山東の人が蒲州(ほしゆう)の娘を娶(めと)った。蒲州には瘤のできている人が多く、妻の母親も首に大きな瘤があった。  結婚して数ヵ月たったとき、妻の実家では婿があまり賢くないようだと疑い、酒宴を設けて親戚の者を呼び集め、その席で父親が婿の知恵だめしをすることになった。  さて父親が婿に向ってたずねた。 「君は山東でずっと学問をしていたので、さぞかし物の道理に明るいだろう。そこでたずねるが、鴻鶴(こうかく)がよく鳴くのはどういうわけだろう」  すると婿は、 「天然自然(てんねんしぜん)にそうなのです」  と答えた。 「では、松柏(しようはく)が冬でも青いのはどういうわけだろう」 「天然自然にそうなのです」 「では、道端の木に瘤があるのはどういうわけだろう」 「天然自然にそうなのです」  そこで父親は、 「君は全く物の道理をわきまえていないな。何のために山東でぶらぶらしていたのだ?」  といい、さらにからかって、 「鴻鶴がよく鳴くのは首が長いからだ。松柏が冬でも青いのは心(しん)が強いからだ。道端の木に瘤があるのは車があたってすりむけるからだ。天然自然なんてものじゃないんだ」  すると婿がいった。 「わたしの見聞(けんぶん)したことを申し上げてもよろしいでしょうか」 「いってみるがよい」 「では申し上げます。蝦蟇(が ま)がよく鳴くのは首が長いからでしょうか。竹が冬でも青いのは心(しん)が強いからでしょうか。母上の首に大きな瘤があるのは車があたってすりむけたからでしょうか」  父親は恥じて、黙ってしまった。 大人と子供 世説新語(言語篇)    孔文挙(こうぶんきよ)は孔子二十世の子孫で、後漢(ごかん)末の代表的な文人である。  十歳のとき、彼は父といっしょに洛陽へ行った。そのころ李元礼(りげんれい)は司隷校尉(しれいこうい)(行政監督官)で名声が高く、その門を訪れる者は親戚の者か秀才のほまれ高い者かに限られていて、そのほかの者は門を通されなかった。孔文挙はその門を訪れて、取次ぎの役人に、 「わたしは李長官の親戚です」  といった。奥へ通された孔文挙に李元礼が、 「君とはどういう親戚関係になるのかね」  とたずねると、孔文挙は、 「むかし、わたしの先祖の仲尼(ちゆうじ)(孔子)は、長官の先祖の李伯陽(りはくよう)(老子)を師と仰いで教えを受けたという間柄です。つまり孔家と李家とは古いつきあいだということになります」  といった。李元礼や客人たちはそれを聞いて、くちぐちに、 「頭のよい子だ」  とほめた。そこへ太中大夫(たいちゆうたいふ)(侍従官)の陳〓(ちんい)がはいってきて、 「子供のときには頭がよくても、大人になってからもよいとは限らないよ」  というと、孔文挙はすかさずにいった。 「おじさんも、きっと、子供のときには頭がよかったのでしょうね」 酒盗人 世説新語(言語篇)    孔文挙には二人の子供があった。兄が六歳、弟が五歳のときのこと、孔文挙が昼間、酒を飲んだあと一眠りしていると、弟が父の枕元にあった酒を盗んで飲んだ。兄がそれを見て、 「なぜ、お辞儀をしてから飲まないのだ」  ととがめると、弟がいった。 「盗人がお辞儀なんかするもんか」 楊梅(ようばい)と孔雀 世説新語(言語篇)    晋の孔君平(こうくんぺい)が楊(よう)という友人の家を訪ねたところ、楊は不在で、九歳になる楊の子が果物を出してもてなした。  その果物のなかに楊梅(やまもも)があったので、孔君平が指さして、 「これは君の家の果物だね」  というと、その子はすかさずに答えた。 「孔雀(こうじやく)(くじゃく)がおじさんの家の鳥だということは、まだ聞いたことがありません」 談論 世説新語(排調篇)    豫州刺史の諸葛瑾(しよかつきん)が別駕(べつが)(刺史の属官で最高職)の者を朝廷へ派遣するとき、息子の諸葛恪(しよかつかく)の自慢をして、 「わたしの息子は談論を心得ているから、会って話してみるがよい」  といった。  ところが、別駕が何度訪ねて行っても諸葛恪は会おうとしない。  その後、ある人の宴席で別駕は諸葛恪に出会い、大声で、 「やあやあ、若殿さま」  と呼びかけた。諸葛恪が、 「豫州も乱れているとみえる。やあやあとは何事です」  とからかうと、別駕はいった。 「明君賢臣があって、その国が乱れたという話はきいたことがありません」 「いや。むかし堯(ぎよう)帝が上にありながら、四凶が下にいたということもある」 「なるほど、そうでした。四凶ばかりではなく、堯帝には丹朱(たんしゆ)という馬鹿息子もおりましたな」 俗物 世説新語(排調篇)    晋の王濛(おうもう)と劉〓(りゆうたん)は無二の親友で、二人とも蔡謨(さいぼ)を俗物として軽蔑していた。  あるとき二人は蔡謨を訪ね、しばらく話したのち、 「ところで、あなたは王衍(おうえん)とご自分とをくらべて、どう思われますか」  とたずねた。王衍は、竹林の七賢の一人王戒(おうじゆう)の従弟で、清談の大家といわれた人である。 「わたしは王衍には、とても及びません」  蔡謨はあっさりとそう答えた。 「どういう点で及ばないとおっしゃるのですか」  二人がさらにきくと、蔡謨はいった。 「王衍のところには、君たちのような客が来なかったという点でね」 禅問答 明道雑志・笑府    宋の殿中丞(でんちゆうじよう)の丘浚(きゆうしゆん)が、高僧として名の知られた釈珊(しやくさん)に会ったところ、釈珊は傲然(ごうぜん)として、丘浚を見くだすような態度を示した。  そこへ州の将軍の息子が面会にきた。すると釈珊は態度を一変し、下にもおかないもてなしをしたので、丘浚はますます腹を立てた。そのとき、釈珊が丘浚にいった。 「もてなすのはもてなさぬことであり、もてなさぬのはもてなすことじゃ」  丘浚は我慢ができなくなり、立ちあがりざま杖でつづけさまに釈珊を打っていった。 「和尚、わるく思うなよ。打たぬのは打つことであり、打つのは打たぬことだからな」 禅杖(ぜんじよう) 笑賛・笑禅録    ある貴人が寺へ行ったところ、僧侶たちはみな立ちあがって迎えたが、中に一人だけ坐ったままの僧侶がいた。 「そなたは、なぜ立ちあがらぬのか」  と貴人がいうと、その僧侶は、 「立つことは立たぬことであり、立たぬことは立つことであります」  といった。 「なるほど、そうか」  貴人はそういうなり、いきなり禅杖でその僧侶の頭を打った。 「なにも打たなくても……」  と僧侶がいうと、貴人は、 「打たぬことは打つことであり、打つことは打たぬことだ」 老小 雪濤諧史    呉中(ごちゆう)(蘇州)の人は、上下の別なく冗談をいい合うのが好きである。  さて、身分の低い地方役人が妓女をつれて船遊びをし、たわむれて、 「おまえ、どうして小娘(しようじよう)というんだね。年はかなり老(ふ)けているのに」  というと、妓女はすまして答えた。 「だって、老〓(おじさん)はずっと前から老〓(おじさん)でしょう? 役人の位(くらい)はずいぶん小(わか)いのに」 徳行(一) 笑賛    顔淵(がんえん)は孔門十哲の一人で、徳行では第一に擬せられている。  さて、ある金持の息子の学生が、国学の教官を買収して「徳行」の表彰を受けることになった。そこである人がその金持の息子にいった。 「顔淵は貧乏だったといわれていますが、もともと彼には負郭(ふかく)の田(城内に近い美田)が十頃(けい)もあって、貧乏ではなかったのですよ。貧乏になったのはずっと後になってからのことです」 「どうして貧乏になったのです?」 「その田を売って『徳行』を買ったからですよ」 徳行(二) 笑府   『論語』に次のような一章がある。 子曰く、賢なるかな回(顔淵)や。一箪(たん)の食(し)、一瓢(ぴよう)の飲(いん)、陋巷(ろうこう)に在り。人はその憂(うれい)に堪えざるも、回やその楽(たのしみ)を改めず。賢なるかな回や。  さて、酒と女遊びの好きな男が、賄賂(わいろ)をつかって「徳行」の表彰を受けることになった。ある人がそれをあざけって、 「顔淵という人は負郭の田を持っていたというのに、どうしてあんなに貧乏になってしまったのだろうな」  というと、一人が、 「彼は箪食瓢飲(たんしひよういん)したからだよ」  といった。するともう一人が、 「いや、女遊びも酒飲みもせずに『徳行』の株を買ったからだよ」  といった。  箪食瓢飲(たんしひよういん)は、単是嫖飲(たんしひよういん)(もっぱら女郎買いと酒飲みをする)と同音である。 僧と鳥 笑賛    蘇東坡(そとうば)が仏印(ぶついん)禅師にいった。 「古人はよく僧と鳥を対(つい)にしますな。たとえば、 鳥宿池辺樹   鳥は宿る池辺の樹 僧敲月下門   僧は敲(たた)く月下の門  とか、また、 時聞啄木鳥   時に聞く木を啄(つつ)く鳥 疑是扣門僧   疑うらくは是れ門を扣(たた)く僧  というように」 「鳥」とは俗語で男の一物を指す。坊主頭もまた「鳥」に似ている。つまり蘇東坡は仏印禅師をからかったのである。  すると仏印禅師はいった。 「しかし、今日は拙僧(わたし)とあなたが対になっておりますな」 虱(しらみ)の始末 笑府    女郎が客といっしょのとき、虱を一匹さぐりあて、そっと口の中へいれて噛みつぶした。客は気がついたが、知らぬふりをしていた。しばらくすると客も一匹さぐりあてたので、香(こう)を焚くようなふりをして爐(ろ)の中へくべた。と、焼けてピチッとはねる音がした。女郎が笑って、 「よく焼けたようだわ」  というと、客は、 「おまえのように、生(なま)で食うよりはましだよ」 大桶 笑倒・笑得好    大法螺(ぼら)を吹くことの好きな男が、 「おれの郷里の寺には、千人もの者がいっしょに足を洗うことのできる桶があるんだ」  というと、一人が、 「そんなものは別に珍らしくもないよ。おれの郷里にはもっとすごいものがある。それをきいたら君たちもびっくりするだろう」 「それは何だね」 「郷里の寺に竹林があるんだが、竹が生えてから三年もたたない間にぐんぐん伸びて何百万丈にもなり、いまは天に突きあたってしまって伸びられないもんだから、こんどは天から下へさがってきたんだ。どうだ、おどろいたか」 「そんな長い竹があるものか」  と人々がいうと、その男、 「その長い竹がないとすれば、いったいどんな竹でさっきの大きな桶のたがをはめるんだい?」 虱(しらみ) 笑倒・笑得好    ある男、友人の前で虱をつかまえたが、体裁を作って、わざと地面へ捨てて、 「ちぇっ、虱かと思ったら……」  というと、友人がそれを拾い上げて、 「なんだ、虱じゃないと思ったら……」 母親が同じ 笑得好    ある男が子供を抱いて表に立っていると、隣りの男がふざけて、 「親子の血というものは争えんものだな。その坊やの顔はおれとそっくりじゃないか」  すると子供を抱いている男がやり返した。 「そっくりかね。そうだとすると、君のおふくろさんとこの子のおふくろさんが同じだからだよ。君とこの子とは兄弟というわけだ」  ——「おまえのお袋とやったぞ(媽的)」というのは、相手に対する最大の罵語である。 正直者 論語(子路篇)・韓非子(五蠧篇)・呂氏春秋(仲冬紀篇)    楚(そ)に直躬(ちよくきゆう)(正直者)といわれる男がいた。  その父親が羊泥棒をしたので、直躬は役人に訴えた。役人は父親を捕え、死刑にしようとした。すると直躬は、父親の身代りになることを願い出、役人はそれをゆるした。  いよいよ死刑を執行されるとき、直躬は役人にいった。 「父が羊を盗んだのを訴え出たのは、正直な行為ではないでしょうか。父が死刑になるのを身代りになることは、孝行な行為ではないでしょうか。正直で孝行な者を死刑になさるのだったら、国じゅうで死刑にならない者はないということになりましょう」  楚王はそれをきいて、直躬の死刑をとりやめた。 羊の目 笑府・笑得好    ある女、隣家の羊を一匹盗んで寝台の下へ隠し、子供に、 「誰にもいってはいけないよ」  といいふくめた。やがて隣りの人が、羊を盗まれたといってさわぎだした。すると子供が、 「うちの母ちゃんは、羊を盗んだりなんかしないよ」  といった。女がかえってさとられるのではないかとはらはらして子供を睨みつけると、子供はその母親を指さして、 「うちの母ちゃんのあの目、寝台の下にいる羊の目にそっくりだよ」  といった。 髪の毛 韓非子(内儲説篇)    晋(しん)の文公のときのことである。料理人が炙(あぶ)り肉をこしらえたところ、その肉に髪の毛がついていた。文公が料理人を呼び出して、 「なぜ炙り肉に髪の毛をつけておいたのだ。おまえは、わたしがむせるのを見たいのか」  と叱りつけると、料理人は頭を地にすりつけていった。 「わたくしは、死罪にあたる罪を三つも犯しました。一つは、砥(と)石で庖丁を名剣干将(かんしよう)のように鋭く砥ぎあげて肉を切りましたにもかかわらず、肉だけが切れて髪の毛が切れなかったことでございます。二つは、串(くし)に肉片を刺しましたが、わたくしの眼には肉片だけが見えて、髪の毛はまったく見えなかったことでございます。三つは、爐(ろ)に火をおこし、炭火をまっかに燃やして肉にはよく火を通しましたにもかかわらず、髪の毛には火が通らなかったことでございます。しかしながら、お部屋の外に誰かわたくしの料理人としての腕をねたみ、わたくしを憎んでいる者がいないとは限りません」  文公はそれをきくと、 「よし、わかった」  といい、部屋の外まわりの者を呼び出して詰問したところ、髪の毛を炙り肉につけたのは、はたしてその者のしわざであることがわかった。 郢書燕説(えいしよえんせつ) 韓非子(外儲説篇)    郢の人が燕の宰相に手紙を書いた。  書いているうちにあかりが暗くなってきたので、書きながら侍者に「あかりを挙げよ」といいつけ、つい、手紙の中にもそう書き込んでしまった。  燕の宰相はその手紙を受け取ったが、「あかりを挙げよ」という言葉が解(げ)せない。あれこれ考えた末、これは賢人を抜擢(ばつてき)せよという意味だろうと思った。そこで王にそのことをいうと、王はよろこんでそれに従った。 顔を合わせる 呂氏春秋(審応覧篇)    ある男、盗賊に襲われて主人が殺されたが、自分は逃げて事なきを得た。  その後、男は道で知人に出会って、とがめられた。 「おまえ、自分だけ助かって、よくも平気でおられるな」 「ああ。人に仕えるのは得(とく)をするためだ。死んだって得にはならないから、逃げたのだ」 「おまえ、それで、死んだご主人に合わせる顔があるのか」 「おまえは、死んだ者が生きている者と顔を合わせられるとでも思っているのか」 黒衣 呂氏春秋(審応覧篇)    ある男、何者かに黒衣を盗まれたので、往来へさがしに行った。たまたま黒衣を着た女が通りかかったので、その袖をつかまえると、女は、 「何をするんです」  と怒った。 「おまえさんの、この黒衣がほしいのだ。おれはさっき盗まれたのだ」 「あなたが黒衣を盗まれたかどうか、そんなことはわたしの知らないことです。これはわたしが自分で仕立てたもので、あなたのではありません」 「おまえさん、さっさとおれによこした方がいいよ。さっきおれが盗まれたのは裏つきの黒衣だったが、おまえさんのはひとえじゃないか。裏つきとひとえの取りかえっこなら、おまえさんだって得(とく)じゃないか」 不死の薬 戦国策(楚策)    楚王に不死の薬を献上した者がいた。取次役が受け取って奥へとどけに行くと、近侍の者が、 「それは食べられるのか」  ときいた。 「食べられます」  というと、近侍の者は王にとどけずに自分で食べてしまった。  王がそれを知って近侍の者を殺そうとすると、彼はこういった。 「わたくしが取次役にたずねましたところ、取次役は『食べられる』と申しました。わたしはそれで食べたのです。つまりわたくしには罪はなく、罪は『食べられる』といった取次役にあるわけです。それに、不死の薬を献上されたのに、それを食べた者が殺されてしまったのでは、それは不死の薬ではなかったということになります。王がもしわたくしを殺されるならば、王は罪もない者を殺し、しかも人から欺かれたことを明るみにさらすことになりましょう」 死んだ子供 戦国策(秦策)    魏(ぎ)に東門呉という人がいた。その子供が死んだが少しも悲しがらないので、家令が不思議に思ってたずねた。 「あなたは無類の子煩悩(ぼんのう)でしたのに、お子さまが亡くなられてもいっこうに悲しがられない。これはどういうわけですか」  すると東門呉はいった。 「わたしにはもともと子供はいなかった。子供がなかったときは悲しくはなかった。子供が死んでしまった今は、子供がなかったときと同じではないか」 漱石枕流(そうせきちんりゆう) 世説新語(排調篇)    晋の孫楚(そんそ)は若いころ隠遁(いんとん)の志があった。  あるとき、友人の王済(おうせい)に「石に枕し、流れに漱(くちすす)ぐ」と言おうとして、誤って「石に漱ぎ、流れに枕す」といった。 「ほう、君は流れを枕にしたり、石に漱いだりするのか」  と王済がからかうと、孫楚はいった。 「流れを枕にするのは耳を洗うためだ。石に漱ぐのは歯をみがくためだ」 ちび 露書    進士(けいしんし)は極めて背丈(せたけ)が低かった。  あるとき〓陽(はよう)で強盗に遇い、持物をすっかり取られてしまった。そのあと強盗は、生かしておいてはまずいと思い、刀を抜いて進士を殺そうとした。すると進士はいった。 「ちょっと待ってくれ。わしはみんなからちびのと呼ばれているんだ。いまここで君に首をちょん切られたら、もっとちびになってしまうじゃないか」  強盗は思わず大笑いをして刀を落し、そのまま行ってしまった。 巧言令色 笑賛    唐の大暦(たいれき)年間、荊州(けいしゆう)に馮希楽(ふうきらく)という人がいた。この人、おべんちゃらがうまく、あるとき長林(ちようりん)県の知事に会って酒をふるまわれたところ、こういった。 「知事どのの仁風(じんぷう)に感化されて、虎や狼も県境から出て行ってしまいました」  そういっているところへ、役人がはいってきて、 「昨夜、虎があらわれて人を食いました」  と報告した。知事が、 「これはどうしたことだ」  ときくと、馮希楽は、 「それは、ただちょっと通りかかっただけのことでございます」 単衣(ひとえ) 笑賛・笑府    ある貧之書生が冬だというのに袷(あわせ)を着ているので、ある人が、 「こんなに寒いのに、どうして袷を着ているのだ」  ときくと、 「単衣ではもっと寒いからさ」 痩我慢 広笑府    ある貧乏な男、冬、金持の親戚の宴会に招かれたが、裘衣(かわごろも)がない。仕方なく葛衣(くずかたびら)を着て行ったが、人に笑われるのをおそれ、わざと団扇(うちわ)を使いながら、 「わたしはひどい暑がりでして、冬でもこうして涼(りよう)を取らないとやりきれないのです」  といった。主人はそれが嘘だということを見抜いていて、宴会が終るとわざと、歓迎の意を表わすふりをして男を池亭(ちてい)に泊らせた。夜具は夏枕に薄い掛布(かけふ)一枚きりである。男は寒くてならず、夜中に藁蒲団を背負って逃げだしたが、とたんに足を踏みはずして池の中へ落ちてしまった。物音をきいて起きだしてきた客たちが、このありさまを見てびっくりし、 「いったい、どうしたのです」  と池の中へ声をかけると、男はもがきながら、 「わたしはひどい暑がりで、ご主人の好意で真冬に涼しい池亭に泊めてもらったのに、それでもまだ暑くてならないので、こうして水浴びをしているのです」 さかさま 笑府    文盲の金持の老人、証文をさかさまに持って貸金の返済を催促するので、相手の男が、 「それはさかさまです」  というと、 「なにがじゃ」 「証文がです」 「わしはあんたに見せているのだ。なにもわしが見ることはないじゃないか」 文盲 笑府    金持の老人が客と話をしているところへ、隣家から使いの者が手紙を持ってきた。老人は文盲なのに、読めるふりをしてその手紙をあけて見ている。客が、 「なにか、ご用でも?」  ときくと、老人は、 「いや、なに、わしに酒をふるまいたいというのじゃ」  使いの者が横から、 「いいえ、銅鑼(どら)と太鼓をお借りしたいとのことで……」  というと、老人は笑って、 「銅鑼と太鼓を借りたら、どうせ酒をふるまわずにはおられまい?」 難産 笑府・笑林広記    ある秀才、何度試験を受けても失敗してばかりいる。難産を経験したことのあるその妻が、またもや試験に失敗した夫をなぐさめて、 「試験に及第するということは、お産みたいにむずかしいことなのですね」  というと、夫、 「それでもおまえの場合は、腹の中にあるのだからいいよ」 夢に周公(しゆうこう)を見る(一) 笑府   『論語』に次のような一章がある。  子曰く、甚しいかな、わが衰えたるや。久しいかな、われまた夢に周公を見ざるや。(述而篇)  さて、子供に『論語』の素読を教える先生、急に眠くなって、つい、うとうとと眠ってしまった。そして、はっと気がつき、あわてて、 「わしは夢に周公を見ていた」  といった。  翌日、こんどは子供が居眠りをしだした。先生が笞(むち)で机をたたくと、子供は眼をさまして、 「わたしも、夢に周公を見ていたのです」  といった。 「それではきくが、周公はおまえに何といわれた?」 「はい。きのう先生には会わなかったとおっしゃいました」 夢に周公を見る(二) 笑府   『論語』に次のような一章がある。 宰予(さいよ)、昼寝(い)ぬ。子曰く、朽木(きゆうぼく)は雕(ほ)るべからず、糞土(ふんど)の牆(かき)は〓(ぬ)るべからず。予に於てか何ぞ誅(せ)めん。(公冶長篇)  宰予が昼寝をしたというので、孔子様は、 「そなたはまるで朽木か糞土のような奴じゃ」  ときびしくお叱りになった。ところが宰予は負けてはおらず、 「わたしは夢に周公を見ようと思って眠ったのです。それなのに、なぜそのようにお叱りになるのですか」 「ふん、昼間が夢に周公を見る時か」 「そうです。周公は夜中においでになるような方ではありません」 昼寝 笑府    昼寝の好きな先生に弟子がたずねた。 「『論語』の宰予昼寝という四字は、どう解釈したらよろしいでしょうか」 「宰とは殺すという意味だ。予とは我ということだ。昼とは日中のことだ。寝とは眠ることだ」 「すると、四字全体ではどういう意味になるのでしょうか」 「予(われ)を宰(ころ)すとも昼は寝(い)ぬ、ということだ」 三つめ 笑府    よくおならをする娘、婚礼のとき、もしとりはずしても言い逃れのできるように、乳母と下女をつれて行った。  こらえていたものの、拝堂のときになってもはやこらえ切れなくなり、ぷっと一発。そこで右手に控えている乳母の方を見て、 「まあ、この婆やったら」  しばらくしてまた一発とりはずし、左手の下女を見て、 「まあ、このねえやったら」  やがて拝堂の儀式もすみ、やれやれと思って気をゆるめたとたん、また一発。しかし、もう乳母も下女もいないので、 「まあ、このお尻の穴ったら」 擬音 笑府・笑得好    ある人、客の相伴(しようばん)をしていて、うっかりぷうっと一発やらかしたので、ごまかそうと思い、指で椅子をこすって音を出した。すると客がいった。 「やっぱり、最初の音の方がそっくりですなあ」 臭さの種類 笑府    口臭(こうしゆう)のひどい男が、人にたずねた。 「口の臭みを消すよい薬はないでしょうか」 「大蒜(にんにく)を食うのが一番よかろう」 「大蒜を食うと一層臭くなります」 「いや、大蒜は臭いにちがいないが、まっとうな臭さだ」 居候 笑府    ある男、はじめて他家の居候になったが、主人のお供をして物を持って歩くのがはずかしくてならない。  ある日、主人の手箱を持ってお供をさせられ、その箱に売り物のしるしの藁(わら)しべを挿して、物売りのようにみせかけた。すると、 「おい、手箱屋」  と呼びとめられた。男は困って主人を指さし、 「前にいるあのお方が、もう買ってくださいました」 とげ猿 韓非子(外儲説篇)    燕王は小さな細工(さいく)物を好んだ。すると衛(えい)の男が、 「わたくしは、いばらのとげの先に猿を彫ることができます」  と申し出たので、王はよろこんでその男を召しかかえた。あるとき王が、 「おまえの彫ったとげ猿を見たいものだ」  というと、その男は、 「承知いたしました。しかし、ごらんになるのはむずかしゅうございます。半年のあいだ女色を遠ざけ、酒肉を絶ち、雨あがりの日が出たときに、このとげを薄暗いところに置いて、明るい方から眼をこらしてごらんくださいますよう。そうすれば、とげの先に猿が見えてまいります」  王にはとてもできない相談で、その男を召しかかえてはいるものの、とげ猿を見ることはできずにいた。すると鄭(てい)の鍛冶(かじ)師が王にいった。 「わたくしは鑿(のみ)を作ります。どんな小さなものでも、かならず鑿で彫ります。彫られたものは、かならず鑿よりは大きいはずです。どんなに小さな鑿でも、とげの先に鋒先がはいるはずはありません。ためしにその男の鑿をごらんになれば、とげ猿を彫ることができるかどうかおわかりになりましょう」  そこで王は衛の男を呼んでいった。 「おまえはとげ猿を彫るのに何を使うのか」 「鑿でございます」 「その鑿が見たい」 「承知いたしました。部屋へ行って取ってまいります」  男はそのまま逃げていってしまった。 嘘も方便 韓非子(説林篇)    伍子胥(ごししよ)が楚を出奔したとき、国境の見張役に捕えられた。すると伍子胥はいった。 「お上(かみ)がわたしを探しているのは、わたしがすばらしい珠(たま)を持っていたからだ。わたしはそれをなくしてしまったのだが、お上は信じてくださらない。わたしをお上へ突き出したら、きみは褒美(ほうび)がもらえるどころか、腹を裂(さ)かれるぞ」 「なぜだ」 「わたしは、きみが珠を奪って呑み込んだというつもりだ」  見張役はおそれて伍子胥を釈放した。 嘘 戦国策(韓策)    韓の顔率(がんそつ)が宰相の公仲(こうちゆう)に会おうとしたが、公仲は会わなかった。そこで顔率は公仲の取次役にいった。 「公仲はわたしを嘘つきだと思って会わないのだろう。公仲は女好きだが、わたしは彼を士を好むといった。公仲はけちだが、わたしは彼を施しを好むといった。公仲は素行がおさまらないが、わたしは彼を道徳家だといった。これからはわたしは彼のことを正直にいうことにしよう」  取次役からこのことをきいた公仲は、急いで出てきて顔率を迎え入れた。 饅頭こわい 山中一夕話・笑府    ある貧書生(ひんしよせい)、饅頭を食べたいが金がない。そこで、ある日、町で饅頭を売っている店の前へ行き、大声で叫んでぶっ倒れた。饅頭屋がおどろいてわけをたずねると、書生は、 「饅頭がこわいのだ」  という。饅頭屋は、 「こわいことがあるものか」  といい、饅頭を百個あまり並べた部屋の中へ書生をとじ込めて、外から様子をうかがっていた。しかし、なんの物音もきこえてこないので、不安になって戸をあけてみると、書生は次から次へと手づかみに饅頭をむさぼり食っていて、もう半分くらいしか残っていなかった。 「どうしたんだ」  というと、書生は、 「もう饅頭はこわくなくなった」  という。饅頭屋ははじめてだまされたことに気づき、怒って、 「こんどは何がこわいか」  とどなりつけると、書生のいうには、 「お茶が二、三杯こわい」 嘘の名人(一) 雪濤諧史    武陵(ぶりよう)に嘘をつくことのうまい少年がいた。  たまたま町で出会った老人が、その少年にいった。 「おまえさんは嘘をつくことがうまいそうだが、ひとつわたしをだましてごらん」  すると少年は、 「いま、それどころじゃないんです。さっき聞いたんだけど、東湖(とうこ)の水を干(ほ)しているとかで、みんなすっぽんをつかまえに行ったんです。わたしもいまから行くところで、そんなのんきなことをいってる暇はありません」  という。老人がそれを真(ま)に受けて、さっそく東湖へ行ってみたところ、湖は渺茫(びようぼう)と水をたたえていて、はじめて少年のいったことが嘘だったことに気づいた。 嘘の名人(二) 雪濤諧史    ある貴人が二階から、下にいる少年を呼んで、いった。 「おまえは人をだますことがうまいそうだが、わしをうまくだまして下へおろすことができるかね」  すると少年は、 「二階にいらっしゃるあなたをだまして下へおろすなんて、そんなことができるわけはありません。もしあなたが下にいらっしゃるのでしたら、だまして二階へお上げすることはできますけど」  という。貴人が、 「よし、それじゃやってみろ」  といっておりてきて、 「さあ、どうやってわしを二階へあがらせる?」  というと、少年は、 「ほら、あなたをだまして下へおろしたでしょう? それでもう、いいじゃありませんか」 卵の数 雪濤諧史    よく嘘をいう男、いつもいうことがくるくる変っていく。 「おれのうちに雌鶏(めんどり)が一羽いるが、一年に卵を千個生むよ」  といったものの、人に、 「そんなにたくさん生むわけがない」  といわれると、 「それじゃ、八百個だ」  という。また、 「そんなはずはない」  といわれると、 「それじゃ、六百個だ」  という。また、 「そんなはずはない」  といわれると、しばらく思案して、 「卵の数はもうこれ以上減らすわけにはいかんから、雌鶏を一羽ふやすことにしよう」 四角 笑府・笑得好    よくほらを吹く男がいた。 「昨日、山から帰るとき、長さ数百丈、高さ五、六尺もある大蛇を見た」  というと、人々が、 「あの山に、そんな数百丈もあるような大蛇がいるはずはない」  という。 「数百丈はなかったとしても、数十丈はあったよ」 「数十丈のだっているはずはないよ」  そこで男はだんだん短くして行って、数丈にまで減らしたが、それでも人々が信じないので、考え込んでしまった。 「どうしよう? だんだん長さと高さが同じになってきて、四角になってしまいそうだ」 石敢当(せきかんとう) 笑賛・笑府    橋のたもとや道路の要所などに不祥除(ふしようよ)けとして建てる石柱を、石敢当という。一説には、石敢当は五代(だい)の晋(しん)の勇士の名で、彼はよく凶を吉に化し、もろもろの危難をふせいだため、後世その名を石に彫って守護神にするようになったともいわれる。  さて、ある村の石敢当が、ある日突然、物を言ったという。それをきいたという男が急いで役所へ知らせに行くと、役人はその石敢当をつれてこいと命じた。そこで男が石敢当を背負って行くと、役人はあれこれと石を訊問した。だが石は何もいわない。役人は怒って、 「きさま、嘘をいったな」  と男にいい、笞(むち)打ち十回の罰を加えた上、石を背負って帰らせた。帰る途中、知り合いの者に出会って、 「役所ではどうだった」  ときかれると、男はくやしがって、 「こいつのおかげで、役人に五回も笞を打たれたよ」  といった。すると石敢当が物を言った。 「おまえ、また嘘をいったな。五つもごまかしやがって!」 かきたて棒 笑禅録    ある男、夕暮れに宿を借りようとして寺へ行き、 「わたしは代々使っても使いきれない物を持っております。それを寄進いたしますから」  といって一夜の宿を請うた。寺僧はよろこんで男を泊め、厚くもてなした。  翌朝になって寺僧が、 「代々使っても使いきれない物というのは何でしょうか」  ときくと、男は仏前のこわれた竹のすだれを指さして、 「あれで灯心のかきたて棒をつくれば、代々使っても使いきれませんよ」 帳消し 笑府    ほらを吹くことの好きな兄弟がいた。あるとき二人は話し合って、今後は嘘をついてもあやしんで問い返してはならぬ、あやしんで問い返した者は罰として銀一両ぶんを相手におごる、という約束をした。  ある日、兄が弟にいった。 「隣り村にとてもいい水の湧く井戸がある。昨夜泥棒がその井戸を盗んで逃げたが、人に気づかれて追いかけられたものだから、地面へ放り投げて行ってしまった。そのため井戸は三つに折れてしまったそうだ」 「まさか、そんなことが……」  と弟がいうと、兄は前の約束を持ち出して、弟に明日銀一両ぶんをおごることを承知させた。  さて翌日、約束の時刻になっても弟がこないので、兄が弟の家へ行ってみると、もう昼近いのに弟はまだ顔も洗っていない。 「いったいどうしたのだ」  ときくと、弟は、 「昨夜えらいことがおこったんだ。女房のやつが急に腹が痛みだして、夜中になってつづけさまに男の子を十七、八人も生んだのだ」 「まさか、そんなことが……」  と兄がいうと、弟は、 「よし、これで帳消しだ」 仲人(なこうど)口 笑府    貧乏を苦にしている男に、ある人がいった。 「何も苦にすることはない。仲人をたのんだらよくなるよ」 「仲人をたのんだって、おれのような貧乏人に嫁がもらえるわけがない」 「嫁はもらえなくても、金持にはなれるよ」 「どうして」 「どんなに貧乏でも、仲人口にかかれば金持になる」 巨牛 笑府    ある男がほらを吹いていった。 「おれの家には、叩くと百里さきまで鳴りひびく太鼓がある」  すると友達がいった。 「おれの家には、江南で水を飲むと頭が江北につかえる牛がいる」 「どこにそんな牛がいるものか」 「たとえいなくても、この牛を持ち出さないことには君の太鼓をやっつけるわけにはいかんからな」 とんちん漢 健忘症(一) 啓顔録・艾子後語    〓(う)県に忘れっぽい男がいた。あるとき、斧を持って山へ柴刈りに行った。妻もついて行ったが、山へはいると男は急に大便がしたくなったので、斧を地面に置いてその傍で用を足した。用を足し終ってから、ふと見ると傍に斧があるので、大よろこびをして、 「斧を見つけたぞ」  と小踊りしているうちに、さっきの大便を踏みつけ、 「これは誰かがここで大便をしたとき、この斧を忘れて行ったのにちがいない」  といった。妻が夫の忘れっぽいのにあきれながら、 「さっきあなたは斧を持って柴刈りにきて、大便がしたくなって、斧を地面に置いたじゃありませんか。どうしてそう忘れっぽいのです?」  というと、男はその妻の顔をしげしげと眺めて、 「はて、おかみさんはどなたですか。いったいどこで、おかみさんと知り合いになったんでしょうか」 健忘症(二) 笑府    ある男、竹を切りに鉈(なた)を持って竹林へはいって行ったが、急に大便をしたくなったので、鉈を置いて、しゃがんで用を足した。  用を足しながら上を向いて、つぶやいた。 「いい竹があるな。家でちょうど竹が入用だったんだが、鉈を持ってくればよかった。残念だな」  用を足してから、ふと下を見ると鉈がある。男は大よろこびで、 「願ったりかなったりとはこのことだ。ちょうどうまい具合に鉈があった」  いい竹を選んで、さて鉈をふりおろそうとしたところ、その竹の根元に糞がしてある。男は腹を立ててつぶやいた。 「いったい誰だろう、こんなところへ糞をしやがったのは! もうちょっとで踏んづけるところだったじゃないか!」 問答 笑府    ある老人が、張(ちよう)という老人に、 「お名前は?」  ときいた。 「張といいます」  と張老人が答えると、しばらくしてまた、 「お名前は?」  ときく。仕方なしにもう一度、 「張といいます」  と答えると、またしばらくしてから、 「お名前は?」  ときくので、張老人が腹を立てて、 「張といったではありませんか! どうしてそう何度もきくのです」  というと、その老人、張老人を指さして、 「この李(り)老人は、まことに短気なお人じゃ」 火急のとき 応諧録・笑府    于〓子(うせんし)という人が友人といっしょに爐(ろ)にあたっていた。友人は机によりかかって本を読んでいたが、その着物の裾が火に触れて燃えている。于〓子はそれを見るとゆっくり立ちあがり、友人の前へ行って丁寧(ていねい)に一礼していった。 「さきほどから一つの事がおこっているので、君に伝えたいと思うのだが、君は短気だから、いえばおそらく怒りだすだろう。しかし、いわなければ僕の友情がすたる。どうか心を落ちつけて、怒らないでほしい。君が心を落ちつけたらいうことにする」 「君は何をいいたいのだね? つつしんで聞くよ」  友人がそういっても于〓子は何度も同じことをくりかえし、それから、ためらいながらいった。 「君の着物の裾が燃えているのだ」  友人が立ちあがって見ると、ずいぶん焼けこげている。彼は顔色を変えてどなった。 「どうして早くいわないんだ。なんのかのと御託(ごたく)を並べやがって!」  すると于〓子はいった。 「人は君のことを短気だというが、やっぱりそうだったわい」 冬帽夏帽 笑府・広笑府    ひどく短気な男、夏のさなかに冬帽をかぶった人を見て、季節はずれだといって腹をたて、いきなり殴りかかろうとしたが、人々になだめられて家に帰り、それがもとで病気になってしまった。  冬になってようやく病気がなおったので、弟は気ばらしにと兄を歳末の町へ散歩につれ出した。すると、はるか向うの方に夏帽をかぶった人が見えた。弟はあわててその人のところへ走って行ってたのんだ。 「兄の病気がやっとなおったところなのです。どうか、ちょっと隠れていただけないでしょうか」 短気くらべ 笑府    短気な男がいて、いつも妻にいっていた。 「この世におれほど短気な者はおるまい。おれはきっと、いらだち死にをするだろう」  この男、ある日うどん屋へはいるや否や、 「さっさとうどんを持ってこい!」  とどなった。すると、まだその言葉の終らないうちに主人がうどんを持ってきたが、テーブルの上へ碗を置くや否やうどんをぶちあけて、 「さっさと食べんか。早く碗を洗わなければならんのだ」  といった。  男は怒って家に帰るなり、妻にいった。 「あいつに勝つためには、おれはさっさと死ぬよりほかない」  妻はそれを聞くと、さっさとよそへ再婚した。  さて、再婚して一夜あけると、二度目の夫がいった。 「おまえを離縁する」  妻がおどろいて、 「わたしのどこがわるいのです」  ときくと、 「結婚したのに、まだ子供が出来ないじゃないか」 まにあわせ 笑府    短気な男、下男があやまちをしたといって、ひざまずかせて笞(むち)で打とうとし、 「早く笞を持ってこい!」  とどなったが、誰も持ってこないので、いらだってじだんだを踏んでいる。それを見た下男、主人を見上げながらいった。 「旦那さま、ひとまずわたしの頬を平手打ちにして、急場をしのがれたらいかがですか」 火急 韓非子(外儲説篇)    斉の景公が渤海(ぼつかい)に遊んだとき、都から早馬が駆けつけて、 「宰相の晏嬰(あんえい)さまが重態です。一刻も早くお帰りください」  といった。景公があわてて起(た)ち上ったところへ、また早馬が駆けつけてきて、 「間に合わないかもしれません」  と告げた。景公は、 「すみやかに煩且(はんしよ)(駿馬の名)に車をつけ、韓枢(かんすう)(名御者の名)に御(ぎよ)させよ」  といい、急がせて馬車に乗ったが、数百歩走ったところで、韓枢の御し方がもどかしくなり、手綱をひったくって自分で御した。しかし、また数百歩走ると、こんどは煩且の走り方がのろいといい、車を捨てて駈けだした。 せっかち 笑府    宴会の招待を受けたせっかちな男、早目にくるようにといわれたことが気にかかって、真夜中に起きだしたところ、女房にとめられた。  四更(夜二時)にまた起きようとして、また女房にとめられた。その後うつらうつら眠って、目が覚めたのは明け方。びっくりしてとび起き、身仕度もそこそこに出かけて行くと、昨夜から引きつづいて飲んでいた客たちが帰るところで、門の外で別れの挨拶をかわしている。男はそれを遠くから見て、じだんだを踏んでくやしがった。 「ばかな女房のおかげで、やっぱり遅れてしまった。宴会はもうすんでしまったんだ」 尚早(しようそう) 戦国策(衛策)    衛の男が花嫁を迎えた。  花嫁は迎えの四頭だての馬車に乗ると、御者(ぎよしや)にたずねた。 「副馬(そえうま)(外側の二頭)もおうちの馬ですか」 「よそから拝借いたしました」  御者がそう答えると、花嫁は、 「それでは、副馬の方に鞭をあてて、服馬(ふくば)(内側の二頭)にはあてないようにね」  といった。  やがて馬車が婿の家の門口に着いた。花嫁は送り役の老女に手をとられて馬車から下りると、その老女に、 「帰ったらかまどの火を消しておいてね。火事になるといけないから」  と注意した。  花嫁は家のなかへはいって、臼(うす)が置いてあるのを見ると、 「これは窓の下へ移しましょう。歩く邪魔になるから」  といった。  婿はこれをきいて、まちがってはいないが早すぎるといって笑った。 熨斗(の し)鏝(ごて) 笑林    太原の男が夜中に火事を出した。あわてて家財を持ち出したが、そのとき、鎗(やり)とまちがえて熨斗鏝を出した。  男はその熨斗鏝を見て驚きあやしみ、息子に向っていった。 「不思議なこともあるものだ! 火がまわらないうちに、鎗の柄が焼けてなくなってしまうとは……」 下男の使い 笑賛・笑府    ある村の人が下男に、 「城内へ使いに行ってくれ」  というと、下男は用事もきかずにすぐ飛び出して城内へ行ってしまった。県庁の前まで行ったところ、ちょうど税金取立てのことで知事に呼び出された村長十人のうち一人がまだ来ていなかったので、村長たちはこの下男にたのんで身代りになってもらった。知事は村長たちの怠慢をとがめて、それぞれに笞(むち)打ち十回の罰を加えた。下男は村に帰り、主人から、 「おまえ、城内へ行って何をしてきたのだ」  ときかれ、知事に笞で打たれたことを話した。すると主人は笑って、 「ばか!」  といった。下男は解(げ)せぬ顔をして、 「あの九人の人たちもばかだったのかな」 杞憂(きゆう) 列子(天瑞篇)    杞の国に、もし天が落ち地が崩れたら身の置きどころがなくなるだろうと心配して、夜も眠れず食べ物も喉に通らずにいる男がいた。  すると、その男が心配していることを更に心配する男がいて、出かけて行って言いきかせた。 「天というものは、気の積み重なったものにすぎない。気はどこにでもあるものなのだ。人が体をまげたりのばしたり、息を吸ったり吐いたりするのは、みんな一日じゅう天のなかでやっていることなのだ。どうして天が落ちてくるなどと心配するのかね」 「天がほんとうに気の積み重なったものなら、日や月や星が落ちてくることはないかね」 「日や月や星もやはり気の積み重なりで、そのなかの輝きを持ったものにすぎないのだよ。だからたとえ落ちてきたとしても、あたって怪我をするというようなものではないのだ」 「それじゃ、地が崩れたらどうしよう」 「地というものは、土の積み重なったものにすぎない。土は四方にみちふさがっていて、どこもかもみんな土でないところはない。人が歩いたり踏みつけたりするのは、みんな一日じゅう地の上でやっていることなのだ。どうして地が崩れるなどと心配するのかね」  心配していた男はそれをきくと、安心して大よろこびをした。言いきかせにいった男も、安心して大よろこびをした。 前科 艾子雑説    ある島の岩かげで、大亀と蝦蟇(が ま)が泣いていた。 「竜王さまから、尻尾のある者は斬罪に処すというおふれが出たのだ。おれが泣くのはあたりまえだが、おまえは尻尾がないのになぜ泣くのだ」 「今は尻尾がないが、おたまじゃくしだった時のことを調べ出されたら、やっぱり、無事にはすむまいと思って」 漁父(ぎよふ)の利(鷸蚌(いつぼう)の争い) 戦国策(燕策)    易水(えきすい)のほとりで蚌(はまぐり)が口をあけてひなたぼっこをしていた。すると鷸(しぎ)がやってきてその肉をついばんだので、蚌は貝殻を閉じて鷸のくちばしをはさんでしまった。  そこで鷸が蚌に、 「今日も雨が降らず、明日も雨が降らなかったら、死んだ蚌ができあがるぞ」  というと、蚌も鷸に、 「今日もはなしてやらず、明日もはなしてやらなかったら、死んだ鷸ができあがるぞ」  といい返し、両方とも負けずに頑張りあった。  そこへ漁師がやってきて、鷸と蚌をいっしょに持って行ってしまった。 強情 笑府・広笑府    負けず嫌いの親子がいた。ある日、父親は客を招くために、息子に町へ肉を買いに行かせた。息子は肉を買って城門を出ようとしたとき、向うからやってくる男に出会った。二人は互いに道をゆずらず、相手を遮(さえぎ)りあって、とうとう二人とも突っ立ったまま動かなくなってしまった。  息子の帰りがおそいので町へさがしに行った父親は、それを見ると息子にいった。 「おまえは肉を持って帰って、わしが帰るまでお客さんの相手をしていてくれ。ここは、おまえの代りにわしが立ってやる」 負けず嫌い 笑府    将棋自慢の男、ある人と手合わせをして三局打ったが、三局とも負けた。後、勝負はどうだったときかれていった。 「一局めはわたしが勝たなかったが、二局めは相手が負けなかった。それで三局めはわたしが勝つはずだったが、相手がわたしを勝たせなかった」 自慢 韓非子(外儲説篇)    斉の国のこそ泥の子供と刑罰で足を斬られた者の子供が、互いに自慢しあった。 「うちの父ちゃんは、しっぽのついた皮衣を持ってるんだぞ」 「うちの父ちゃんは、夏でも冬でも、ももひきをはいてるんだぞ」  ——こそ泥は犬の皮をかぶって人の家へ忍び込み、刑罰で足を斬られた者は特別にももひきを役所からもらっていた。 女房自慢 雪濤諧史    ある男、自分の女房を美人だと思っていて、いつも人にこういった。 「うちの女房の妹は絶世の美人でね、女房と並んで立っていると、どっちが姉でどっちが妹かわからないくらいなんだ」 観音 笑倒    女房の美貌が自慢の男、使い走りの小僧に向って、 「うちのおかみさんは生きた観音さまみたいだろう」  というと、小僧、 「ええ、とてもよく似ていらっしゃいます」  という。 「どこが似ている?」  顔というだろうと思ってそうきくと、小僧のいうには、 「足がそっくりです」 北京かぶれ 笑得好    ある息子、北京から郷里に帰ってきて、事ごとに北京のことをほめる。月の夜、父親といっしょに道を歩いていると、誰かが、 「今夜の月はいい月だなあ」  というのがきこえた。すると息子は、 「こんな月のどこがいいんだ。北京の月はこんなものよりずっとすばらしいよ」  といった。父親がそれをきいて怒り、 「月は世界に一つだ。なんで北京の月だけがよいものか」  といって、息子に拳骨をくらわした。息子は泣きべそをかきながらも、 「そんな拳骨なんか珍らしくないよ。お父さんは知るまいが、北京の拳骨はそんなものよりもずっとすばらしいよ」 貴人 孟子(離婁篇)    斉の国に一妻一妾を持ってのどかに暮している男があった。  彼は外出するたびに、必ずたらふく酒を飲み肉を食って帰ってくる。妻が、いったいどこで誰と飲んでくるのですときくと、夫はそのつど、富豪や貴人の名をあげた。  ある日、妻が妾にいった。 「あの人、外出するたびに酔って帰ってくるでしょう。誰と飲んだのときくと、お金持や身分の高い人の名をいうのだけど、いままでに一度だってそんなえらい人がうちに訪ねてきたことはないでしょう。どうもおかしいので、わたし今日は、こっそりあの人のあとをつけて行って、様子を見てこようと思うの」  妻は夫のあとを、気づかれないようにしてつけて行った。夫は町じゅうをぐるぐる歩きまわっていたが、誰も挨拶をする者もなく、一人も夫と立ち話をする者もない。やがて夫は町を出て、城東の墓場へ行った。  何をするのかと見ていると、夫は墓にお参りをしている人のところで、お供え物の残りをねだり、それでも足りずに、また別の人のところへ行って残り物をもらっているのだった。  妻ははじめて、夫が外出するたびにいつもたらふく飲み食いして帰ってくるわけがわかり、家へもどると妾にそのことを話して、 「夫というものは、生涯仰ぎ見て仕えるべき人なのに、わたしたちの夫が、あんな夫だったとは……」  二人でさんざん夫を罵り、そして泣きあった。  男は、妻にあとをつけられたとは知らず、たらふく飲み食いして上機嫌で帰ってくると、いつものように、得意そうに、今日は誰それと飲んだと貴人の名をあげて、妻と妾に威張りだすのだった。 片腕 笑苑千金    あるお宮にけだかい神像があって、牧童がよくその下へきて牛を遊ばせていた。  ある日、牧童が神像の腕に牛をつないだ。神様の奥方がそれをごらんになって、 「そんなことをされて、あなた、なぜ黙っていらっしゃるんです。そんなことでは威厳がたもてないじゃありませんか」 「よいではないか。したいようにさせておけばよいではないか」  神様がそういうと、奥方はいよいよ腹を立てて、 「あなたはよくても、わたしが我慢なりません」  といい、家来の急脚鬼(きゆうきやくき)を呼んで、杖で牛を打たせた。牛が逃げだしたとたん、神様は腕をもぎ取られ、牛は綱の先に腕を引きずって逃げて行った。  神様の家来の判官(はんがん)がそれを見ていった。 「なるほど、家に賢(さか)しらな妻がいると夫は思わぬ災難に遇うというのは、このことをいうのだな」 同病 応諧録・笑府・広笑府・笑林広記    張〓子(ちようくし)という男が寝台を修繕して綺麗にしたが、寝室の中にあるので、人の眼につかない。そこで仮病(けびよう)をつかって寝台の上に寝、親戚友人に見舞に来させてそれを見せた。  その親戚の一人に尤揚子(ゆうようし)という者がいて、靴下を新調したので人に見せたくてならず、わざと裾(すそ)をまくり上げ、足を膝の上に乗せて椅子の上で胡坐(あぐら)をかき、そしてたずねた。 「君は何の病気だね」  張〓子は尤揚子のそのありさまを見て、顔を眺めて笑いながらいった。 「僕の病気も君の病気と同じだよ」 大言(たいげん) 笑府    ある男、肉屋が豚肉をかついで行くのを見て、 「おい、肉をくれ」  と呼びとめた。肉屋が荷をおろし、秤(はかり)を持って、 「何斤(なんぎん)ご入用で?」  ときくと、 「人を見て物をいえ。何斤などときくのは失礼だと思わんのか。その脚を一本はかってみろ」  肉屋がはかって、 「九斤四両ございます」  というと、 「そうか。九斤はいらん。あとは全部買ってやろう」 罰 笑府    無精者の夫婦がいた。 「朝はゆっくり寝ていることにしよう。口をきくのもこれきりにして、黙って寝ているのだ。さきに口をきいた方が、罰に、起きて洗面の湯をわかすことにしよう」  二人はそう約束して、寝たままでいた。  昼になってもしーんと静まりかえっているので、隣りの者が心配して、戸をあけてのぞいた。女房があわてて、 「あら、誰かきたわ」  というと、亭主、 「湯はおまえがわかすんだぞ」 面倒 笑府    ひどい無精者、寝たままで起きようとしない。女房がご飯ですと呼んでも、返事もしない。いつまでも起きてこないので、女房はさぞ腹が減ったろうと思い、傍へ行って、 「どうか食べてください」  と泣かんばかりにしてたのんだ。するとようやく口を開いて、 「食うのが面倒だ」  という。 「食べないと死んでしまいます。それでもいいの?」  というと、 「ああ、おれは生きているのも面倒なんだ」 お粗末 笑得好    ある男、人と話をするとき、自分のことについては何ごとにも「お粗末でございますが」といって謙遜する。  あるとき、客を招いて酒をふるまっていると、月がのぼってきた。客がよろこんで、 「今夜はまことによい月で」  というと、その男、 「いいえ、ほんのお粗末な月でございまして」 助長 孟子(公孫丑篇)    宋の国のある男、苗がなかなか生長しないのを気に病んで、ある日、一本一本引き伸ばし、疲れはてて帰ってきた。そして家の者に、 「今日はくたびれたよ。苗の生長を助けてきたのでね」  といった。息子がそれをきいて畑へ走って行ってみると、苗はすっかり枯れてしまっていた。 挿木(さしき) 笑府    ある男、畑に柳の挿木をして、息子によく番をするようにいいつけた。十日ほどたったが、一本も盗まれなかったというので、父親がよろこんで、 「おまえが気をつけて番をしてくれたのでよかったよ。それにしても一本も盗まれなかったとは、いったい、どんなふうにして番をしたんだ」  ときくと、息子のいうには、 「毎晩、畑から引っこ抜いてきて、家の中にしまっておいたのさ」 邯鄲(かんたん)の歩み 荘子(秋水篇)    燕(えん)の都の寿陵の若者が、趙(ちよう)の都の邯鄲へ歩き方を学びに行った。  燕は小国、趙は大国。寿陵は田舎町、邯鄲は大都会である。  邯鄲へ行った若者は、まだ趙の国の歩き方を学び取ることができないうちに、自分のもとの歩き方まで忘れてしまった。そこで腹ばいになって、やっとのことで寿陵に帰ってきた。 顰(ひそみ)に效(なら)う 荘子(天運篇)    呉と越が抗争していたとき、越王勾践(こうせん)が呉王夫差(ふさ)を油断させるために献じた女たちの一人に、夫差の寵愛を一身に集めた西施(せいし)という美女がいた。  その西施がまだ郷里の村にいたときのことである。西施は胸を病んでいて、その痛みのために眉をしかめて歩いていたところ、同じ村に住んでいた醜女(しこめ)がそれを見て「美しいなあ」と思った。醜女は家へ帰ると、自分も西施のように眉をしかめて歩いたら村の人たちが美しいと思ってくれるかもしれないと考え、さっそく、西施のまねをして村を歩きまわった。  すると、それを見た村の人たちはみな怖気(おじけ)をふるい、金持は門をしめて家の中にとじこもってしまい、貧乏人は家族をつれて村から逃げだしてしまった。 履(くつ)の寸法 韓非子(外儲説篇)    鄭(てい)の男が、市場へ履を買いに行こうとして、自分の足の寸法をはかった。ところが、出かけるときにその寸法書きを持って行くのを忘れた。男は市場へ着いて履を手に取ってみてからそのことに気づき、 「しまった。寸法書きを忘れてきた」  といって、家へ取りに帰った。  寸法書きを持ってまたもどってみると、市場はもうしまっていて、とうとう履を買いそびれてしまった。ある人がそれをきいて、 「どうして履を足にあわせてみなかったのだ」  というと、その男のいうには、 「寸法書きの方が足よりも確かじゃないか」 株(くいぜ)を守る 韓非子(五蠧篇)    宋の国のある男が畑仕事をしていると、兎が走ってきて畑のなかの切り株(かぶ)に突きあたり、首の骨を折って死んでしまった。  それからというもの、男は毎日、畑をほったらかしにして切り株の番をし、また兎を手に入れようとしたが、二度と兎を得ることはできなかった。 ズボン 韓非子(外儲説篇)    鄭県の卜子(ぼくし)という男が、妻にズボンを作らせた。妻が、 「こんどは、どんなふうに作りましょうか」  とたずねたので、 「前のと同じように作ってくれ」  といった。すると妻は、新しいのを破ったり、穴をあけたりして、古いズボンのとおりにした。 スッポン 韓非子(外儲説篇)    鄭県の乙子(いつし)という男の妻が、市場でスッポンを買って帰る途中、潁水(えいすい)を通りかかり、 「スッポンも喉がかわいているだろう」  と思って川岸へ行き、川へはなして水を飲ませてやった。  スッポンはそのまま逃げて行った。 舟に刻して剣を求む 呂氏春秋(慎大覧篇)    楚(そ)の国のある男が河を渡っていて、舟から水の中へ剣を落した。 「落ちたのはここだ」  と、男はいそいで舟べりに刻みをつけた。  舟がとまると、男はその刻み目のところから水の中へはいって剣をさがした。 布と麻 呂氏春秋(先識覧篇)    西戎(せいじゆう)の男が、川で布を晒(さら)しているのを見て不思議そうにたずねた。 「何からそんな長いものを作るのか」 「あれからだよ」  と麻を指さすと、男は怒って、 「ばかにするな!」  といった。 「こんなもじゃもじゃしたものから、そんな長いものが作れるわけはない」 墓穴 呂氏春秋(審応覧篇)    宋の康王が宰相の唐鞅(とうおう)にいった。 「わしはおおぜいの者を殺したが、臣下どもはいっこうにわしをおそれない。いったい、なぜだろう」 「王が死罪になさったのは、すべて悪い者です。亜い者をいくら殺しても、善い者がおそれるわけはありません。臣下どもをおそれさせるには、善悪の別なく、手あたり次第に罪になさるのが一番です。そうすれば誰もみな、王をおそれるようになりましょう」  それから間もなく、康王は唐鞅を殺した。 鐘(かね)泥棒 呂氏春秋(不苟論篇)    晋(しん)の范(はん)氏が亡んだとき、その家から鐘を盗もうとした男がいた。  背負って逃げようとしたが、大きくて背負いきれないので、槌(つち)でうちこわそうとしたところ、がーんと大きな音がしたので、男はびっくりし、その音をききつけて人が横取りにきはしないかといそいで耳にふたをした。 無駄骨 戦国策(韓策)    秦は強大国であり、韓は弱小国であった。  韓は秦を嫌っていたが、親しんでいると見せかけるために、金を贈ることにした。しかし韓には金がない。そこで後宮の美女を売って金にかえることにしたが、美女の値が高いので諸侯は買えなかった。  韓が美女を売ろうとしていることを知った秦は、三千金で買い取った。そこで韓は、その三千金を友好のしるしとして秦に贈った。韓の美女は身売りをされた怨みから、 「韓は秦をおそれ嫌っている」  と告げた。韓は美女と金を失った上に、秦を嫌っていることがつつぬけになってしまったのである。 孝行 淮南子(説山訓篇)    東家の母親が死んだが、その息子はただ形どおりに泣くだけで、心から悲しんでいる様子は見えなかった。  それを見た西家の息子が、自分の母親にいうには、 「お母さん、安心していつ死んでもいいよ。お母さんが死んだら、必ず心から悲しんで泣いてあげるから」 筍(たけのこ) 笑林    漢(かん)の男が呉(ご)へいったところ、呉の人が筍をご馳走してくれた。 「うまい物ですな。これはいったい何ですか」  ときくと、 「竹です」  という。男は家に帰ってから、床(ゆか)の簀(すのこ)の竹を取って煮てみた。ところが、いくら煮てもやわらかくならない。そこで男は女房に向っていった。 「呉のやつはひどいやつだ。このおれをだましやがった! あれを竹だなんていって」 踏み台 笑林    甲と乙とが喧嘩をして、甲が乙の鼻を噛み切った。  役人がこれを裁(さば)こうとしたところ、甲は乙が自分で噛み切ったのだといってきかない。そこで役人が、 「そもそも人間の鼻というものは高く、口は低い。噛みつくことができるはずはないではないか」  というと、甲のいうには、 「やつは、床几(しようぎ)を踏み台にして噛みついたのです」 実地検証 笑府    ある男が耳を噛み切られたといって訴え出た。役人が被告を呼んで、 「おまえがあの男の耳を噛み切ったのか」  ときくと、被告は、 「いいえ、わたくしではありません。やつが自分で噛み切ったのです」  という。それをきいた小役人が、役人のうしろで、自分の耳をつまんでぐるぐるとまわりだした。役人がふり向いて、 「こら、場所柄もわきまえず、何をしている」  と叱りつけると、 「はい。実地検証をしております」 長い竿 笑林    魯の国のある男、長い竿を持って城門をはいろうとし、縦にしてみたがはいらず、横にしてもはいらず、どうしたらよかろうと困っていると、老人がやってきて、 「わしは聖人ではないが、いろいろと経験をつんでいる。鋸で真中から切ったらわけなくはいれるよ」  といった。  そこで男はいわれるままに切った。 長い手綱(たづな) 笑府    ある男、竹竿を持って城門をはいろうとし、横にしてみたがはいらず、縦にしてもはいらず、切るのも惜しいので困っていると、それを見ていた人たちが、 「千里向うに李三老(りさんろう)という知恵者がいるから、その人に相談してみるがよい」  といった。すると、ちょうどうまい具合にその李三老が驢馬(ろば)に乗ってやってきた。人々は大よろこびで、かけ寄って行って迎えたが、見れば李三老は驢馬の尻の上に乗っている。そこで、 「なぜ真中にお乗りにならないのですか」  ときくと、李三老は、 「手綱が長いのでな」  といった。 鏡の中の奴隷 啓顔録    〓(う)県の董子尚(とうししよう)という村の人々は、おめでたい人々ばかりであった。  ある老人が息子に銭を渡し、長安(ちようあん)の市場へ奴隷を買いに行くようにいいつけて、 「長安の者は奴隷を売るときには、たいてい、奴隷には知らせずに、どこかへ隠しておいて、そっと掛け合って値段をきめるそうだ。そういう奴隷がよい奴隷だということだから、そんなのを買ってくるように」  といった。  長安の市場へ行った息子は、鏡屋の前を通ったとき、鏡に映った自分の顔を見て、これは若くて強そうだ、きっと市場の者がよい奴隷を売ろうと思って、それを鏡の中に隠しているのにちがいないと思い、その鏡を指さして、 「この奴隷を買いたいと思うのだが、いくらかね」  ときいた。市場の者は、おめでたい男だと知って、 「十貫文です」  と吹きかけた。 「よし、買った」  息子は銭をはらって鏡を受け取り、ふところへ入れて家に帰った。父親が、 「買ってきた奴隷はどこにいるのだ」  ときくと、息子は、 「ふところの中にいるよ」 「出して見せろ」  父親が息子の出した鏡を見ると、眉も鬚(ひげ)も真っ白で、顔は黒く皺(しわ)だらけの老人が映っているので、大いに怒って、 「十貫文もの大金を出して、こんな老いぼれの奴隷を買ってくるばかがどこにいるものか」  と杖をふり上げて殴りつけた。息子が逃げて母親に救いを求めると、母親はまだ幼い娘を抱いたまま走り出てきて、 「どれ、わたしにその奴隷を見せて」  と鏡をのぞいて見るなり、夫に向って、 「この、ばかじじい! 息子がたった十貫文で母娘(おやこ)二人の下女を買ってきたのに、それを高いだなんて」  といった。老人はよろこんで息子をゆるしたが、どこにも奴隷の姿が見えないので、家じゅうの者はみな奴隷は隠れていて出てこないのだと思っていた。  たまたま近所に巫婆(み こ)がいて、村ではその巫婆のいうことがよくあたるという評判だったので、老人はその巫婆のところへ、奴隷がなぜ隠れたまま出てこないのかをききに行った。すると巫婆は、 「神さまも食べなければ生きてはいけません。まだお金が足りないので、神さまは奴隷を隠しておいでなのです。吉日を選んで十分にお金を用意して、もういちどお願いにいらっしゃい」  といった。老人はそこで金を用意し、ご馳走をたくさんととのえて、巫婆を招いた。巫婆はやってくると、鏡を入口に掛けて歌舞をした。村人が大勢やってきてそれを見物し、みんなで鏡の中を覗き込んだが、覗いた者はみな口々にいった。 「この家には運がついてきた。よい奴隷がたくさん買えたものだ」  ところが、鏡の掛け方がしっかりしていなかったため、巫婆が歌舞をしているうちに落ちて二つに割れた。巫婆はそれを拾って覗いて見たが、どちらの鏡にも自分の顔が映っているのを見て、大いによろこんで老人にいった。 「神さまが福を授けられました。一人の奴隷が二人の下女になりましたよ」 月のようなもの 笑府    ある女房、商売で旅に出る亭主に、 「おみやげに象牙の櫛を買ってきてほしいわ」  といった。亭主が、 「どんな形のだ」  ときくと、女房は、 「あんな形のを」  といって、三日月を指さした。  さて、亭主は商売をすませて帰ることになったとき、女房に何か買物をたのまれたことを思いだした。 「何だったかな」  と考えながら、ふと空を見上げると、円い月がかかっている。そこで、鏡を買って帰った。  鏡をもらった女房、見るなりびっくりして、 「わたしのたのんだものは買ってこないで、なんで妾(めかけ)なんかつれて帰ったのよ」  とわめきだして、夫婦喧嘩をはじめた。母親がさわぎをきいて止めにはいったが、ふと鏡を取りあげて見て、 「おまえ、わざわざ金をはらって、なんでこんな年取った婆を買ってきたんだい」  と怒りだし、三人ははげしく罵りあって、ついに裁判沙汰になった。  役所からやってきた捕手の小役人も、鏡を手に取って見て、はっとおどろき、 「ここにもう一人、捕手がいる。おれのくるのがおそかったので、おれを処罰するつもりかもしれぬ」  とあやしむ。  いよいよ裁判になったが、そのとき法廷の机の上に置かれたその鏡を見て裁判官は怒りだした。 「たかが夫婦のもめごとに、なにも、土地の有力者までつれてきて弁護をたのむことはあるまい」 黒豆 啓顔録    隋(ずい)のとき、ある男が黒豆を車に積んで都(長安)へ売りに出かけたが、長安郊外の〓頭(はとう)まで行ったとき、車が転覆して、豆がすっかり川の中へ落ちてしまった。そこで、家の者を呼んできて川へはいって拾わせようと思い、豆はそのままにして家へ帰ったところ、そのあいだに、〓頭の人々が先をあらそってすっかり拾って行ってしまった。  男が家の者といっしょに引き返して見ると、数千匹の科斗虫(おたまじやくし)が群をなして泳いでいるばかり。男はそれをもとの豆だと思い、川へはいって取ろうとした。すると、科斗虫は人の気配に驚き、ぱっと散ってしまった。男は驚きあやしむことしばし。そして、つぶやいた。 「黒豆よ、おまえたちにはこのおれがわからんのか、おれに背(そむ)いて逃げたりしやがって。それにしても、おれにもおまえたちがわからん、急に尻尾(しつぽ)なんか生やしやがって」 飯泥棒 啓顔録    隋のとき、同州(どうしゆう)の人が麦飯の弁当を持って都へ物売りに出かけた。渭水(いすい)のほとりまで行ったとき、弁当を食べようと思い、麦飯に水をかけようとしたが、あいにく川には氷がはっていた。そこで氷に穴をあけて水を汲もうとしたが、待てよ、水を汲み出すよりも飯を穴の中へいれた方が簡単だと思い、弁当を穴の中へぶちまけたところ、飯はみんな散らばって無くなってしまった。 「いったいこれは、どうしたわけだ」  と男は無念でならなかったが、しばらくすると水が澄んできたので、穴の中をのぞいて見ると、そこには男の顔が映っていた。そこで男は叫んだ。 「おれの飯を盗んだのは、こいつだ。盗んだだけでは足りず、仰向いておれを見上げるとは!」  そして、いきなり水面を叩いた。すると水が濁って見えなくなったので、男はいよいよ腹をたて、 「さっきまではここにいたのに、どこへ行ってしまったんだ」  と岸をさがしたが、岸には砂しかなく、あきらめて帰った。 顎(あご)の値段 啓顔録・笑府・広笑府    〓(う)県の男が銭を持って市場へ買い物に行った。市場の人はその男がおめでたいことを知って、顎が長いのをさいわい、 「きさま、どうしておれの家の驢馬(ろば)の鞍(くら)を盗んで、顎に造りかえやがったんだ」  といい、役所へ突き出すといっておどかした。男は仕方なく、持っていた銭を全部出して鞍の代金にし、手ぶらで家へ帰った。  妻にわけをきかれて男が事の次第を話すと、妻はあきれて、 「鞍がどうして顎に造りかえられますか。たとえお役所へ突き出されても、わけを話せばゆるされるにきまっております。むざむざ銭をやってしまうことはなかったのに」  すると男はいい返した。 「ばかもの! もしわけのわからん役人に会って、顎を切り取って調べるといわれたらどうする。わしのこの顎は、わずかばかりの銭には代えられないんだ」 三十而立(にしてたつ) 群居解頤・拊掌録    魏博節度使(ぎはくせつどし)の韓簡(かんかん)は純真素朴な人であった。文人たちと会っても、そのいうことがよくわからないので、内心いつもそれを恥じていた。そこで、ある日思い立って、一人の秀才を招き、『論語』の為政(いせい)篇の講釈をきいた。  その翌日、韓簡は側近の者にいった。 「わしはやっと、古の聖賢が極めて純朴だったということを知ったよ。なにしろ、三十にもなって、はじめて、立って歩くことができたというのだからな」 同(おな)い年(どし) 艾子雑説    二人の老婆が道をゆずりあいながら話していた。 「あなたはお幾つになられます」 「七十になります」 「わたしは六十九になります。そうすると、来年は、わたしとあなたは同い年になるわけですね」 親心 艾子後語    艾子(がいし)の旧友に虞任(ぐじん)という人がいて、今年二歳になる娘がいた。艾子がその娘を、将来自分の息子の嫁にもらいたいと申し込むと、虞任は、 「君の息子さんは幾つだ」  ときいた。 「今年四歳だ」  と艾子がいうと、虞任はむっとして、 「君はわしの娘を老人に添わせる気か」 「それはどういう意味だ」 「だってそうだろう。君の息子は四歳、わしの娘は二歳、ちょうど二倍じゃないか。もしわしの娘が二十歳で嫁に行けば、君の息子は四十歳だし、二十五歳で嫁に行くとすれば、君の息子は五十歳だ。幾つで嫁に行こうと、わしの娘は老人の嫁になるわけじゃないか」 夢の中 笑禅録    ある男、夢の中で白布一匹を拾い、しっかりと握りしめていたが、夜が明けると大急ぎで染物屋へ走って行き、 「布を一匹、色染めにしてくれ」  といった。 「どんな布ですか。見せてください」  と染物屋がいうと、男ははっと気づいて、 「しまった! 夢の中に忘れてきた」 煮られる鬼 笑賛    鍾馗(しようき)は好んで鬼を食う。鍾馗の妹が兄の誕生日に贈り物をしたが、その添え状に、 「酒一樽と鬼二匹、兄上に召しあがっていただきたく、お送りいたします。もし足りないようでしたら、この荷をかついで行った者をふくめて三匹、召しあがってくださいませ」  とあった。  鍾馗は荷を受けとると、荷をかついできた鬼をふくめて三匹の鬼を料理人に渡して煮させることにした。  かつがれてきた鬼が、かついできた鬼にいった。 「おれたちが殺されるのはあたりまえだが、おまえはなんでわざわざ、殺されるために荷をかついできたんだ?」 腰掛の足 笑府    田舎ではたいてい、腰掛の足には二股になっている木を使う。  さて、ある家の主人、腰掛の足の片方がこわれたので、下男に山へ行って二股の木を切ってくるようにいいつけた。  下男は斧を持って出て行ったが、なかなかもどってこず、夕方になって手ぶらで帰ってきた。「どうしたんだ」  ときくと、下男のいうには、 「二股になった木はいくらでもあったけど、みんな上向きに二股になっていて、下向きになっているのは一つもなかったもんで……」 大声 笑府    兄弟二人で畑仕事をしていたが、兄が飯を焚(た)くために先に帰り、やがて飯ができると、畑の弟に向って大声で、帰ってこいと呼んだ。すると弟も大声で、 「鍬(くわ)を畦(あぜ)のところへ隠しておいてから帰るよ」  と答えた。  飯を食べながら兄は弟に、 「物を隠すときには、人にわからないようにするものだよ。あんな大きな声でいったら、人がきいていて盗んで行くかもしれないじゃないか」  といった。弟は、なるほどそうかと思い、飯がすむとすぐ畑へ行ってみたが、鍬はもうなくなっていた。そこであわてて家へ帰り、兄の耳もとへ口を寄せて、声をひそめていった。 「兄さん、鍬はもう盗まれていたよ」 お辞儀 笑府    お辞儀の仕方が早すぎるために、よく人の機嫌をそこねる男がいた。友人に、 「胸の中で一月二月と数えて、十二月になったとき頭を上げると、うまくいくよ」  と教えられたので、ある日、道で人に出会ったときそうしてみたところ、頭を上げたときには相手はもういなくなっていた。そこで近くにいた人にたずねた。 「わたしがお辞儀をしていた人、何月に行ってしまいましたか」 雅号 笑府・広笑府    ある人、所用で遠方へ行かなければならなくなり、友人から馬を借りようと思って、 「駿足一騎拝借仕度(つかまつりたく)」  という手紙を持たせてやった。友人はそれを読んで、 「この駿足というのは何のことだ」  ときく。 「馬のことでございます」  というと、 「ほほう、馬にも雅号があるのか」 早産 笑林広記    女房が七ヵ月の早産で男の子を生んだ。亭主は子供が育たないのではないかと心配して、会う人ごとに大丈夫だろうかときく。 「大丈夫だよ。わたしの祖父も七ヵ月で生れたそうだから」  と友人がいうと、亭主、 「というと、君のそのお祖父さんはその後無事に育ったのだろうな」 仁愛 列子(説符篇)    邯鄲(かんたん)の人々は、元旦に鳩を趙簡子(ちようかんし)に献上すると手厚い褒美がもらえるので、争って鳩を生捕(いけど)りにした。そのために命を落す鳩も少なくなかった。  趙簡子は人民から献上された鳩を放って、 「元旦に生きものを放してやることは、仁愛の恩を禽獣にまで及ぼすことを示すためである」  といった。 不死の術 列子(説符篇)    不死の術を心得ているという者がいた。燕(えん)の王が、人をやってその術を学ばせようとしたところ、ぐずぐずしているうちに術を心得ている者が死んでしまった。 「おまえがぐずぐずしていたからだ」  燕王は怒ってその人を殺そうとした。  斉子(せいし)という人もその術を学ぼうとしていたが、術を心得ていた者が死んだときくと、胸をたたいて口惜(く や)しがったという。 教訓 韓非子(説林篇)・淮南子(氾論訓篇)    ある男、娘を嫁にやるときに、ねんごろに言いきかせた。 「夫婦というものは、よほど運がよくなければ長く添いとげることはむずかしい。運がわるいときには離縁されるかもしれない。だから、嫁に行ったら必ず、こっそりとへそくりをためるようにしなさい」  嫁に行った娘は、父のいいつけをまもってせっせとへそくりをためた。やがてそれが姑(しゆうとめ)に知られて、娘は離縁された。  実家に帰ってきた娘は、かなりのたくわえを持っていた。父はそれを見ていった。 「やっぱり、わしのいったことに間違いはなかったろう。たくわえもなしに離縁されたら、どんなにみじめなことか」 忠告 韓非子(説難篇)    鄭(てい)に金持の男がいた。息子が仕官することになり、赴任するときに、 「壊れている垣根を修理しておかないと、泥棒にはいられますよ」  といった。  隣家のおやじも同じことをいって忠告した。  しかし、なおしておかなかったために、ある夜、泥棒にはいられて、ごっそり金品を盗まれてしまった。  金持は「やっぱり伜(せがれ)はよく気がつくわい」と思い、そして、隣家のおやじを怪しいと疑った。 白と黒 列子(説符篇)・韓非子(説林篇)    楊朱の弟の楊布が白衣を着て外出したところ、雨が降ってきたので、白衣をぬぎ、黒衣を着て帰ってきた。すると飼犬が楊布とは気づかずに吠えかかったので、楊布は怒って犬を打とうとした。楊朱がそれをおしとどめていった。 「打つんじゃない。おまえだって同じはずだよ。もしこの犬が白犬で出かけていって、黒犬になってもどってきたら、あやしむのがあたりまえだろう」 宋襄(そうじよう)の仁(じん) 韓非子(外儲説篇)    宋の襄公が楚軍と〓谷(たくこく)のほとりで戦った。  宋軍はすでに陣形をととのえていたが、楚軍はまだ川を渡り切っていない。右司馬の購強(こうきよう)が襄公のもとに駈け寄ってきて進言した。 「楚軍は多勢、わが軍は無勢(ぶぜい)です。楚軍に半ば川を渡らせ、陣形をととのえさせないうちに攻撃をかければ、必ずこれを破ることができます」  しかし、襄公はいった。 「君子は人の弱みにつけ込まぬものだときいている。楚軍はまだ川を渡り終らぬではないか。これを攻撃することは道義にそむく。楚の全軍が川を渡って陣形をととのえたならば攻撃の命令を下す」 「君は宋の民を愛されぬのですか。腹心の部下の安全をはかることなく、ただ道義を口にされるとは!」  購強が諫(いさ)めると、襄公は怒った。 「陣にもどらぬと、軍法によって処断するぞ!」  購強はやむをえず陣にもどった。  楚軍が川を渡り終って陣形をととのえると、襄公はようやく攻撃の命令を下した。しかし宋軍は大敗し、襄公も股に傷を負うて、三日の後に死んだ。 服喪 韓非子(内儲説篇)    宋の崇門(しゆうもん)の近くの裏町に、親の喪に服してひどく衰弱した者がいた。宋公はそれを、親を思う心の深さだ、と感動し、その男を下士にとりたてた。  その翌年、親の喪に服する者のなかで、衰弱して死んだ者が一年間で十人を越えた。 様子を見る 韓非子(説林篇)    乱暴者と隣り合わせに住んでいた男が、家を売りはらって難を避けようとした。友人がそれをとめて、 「あいつの悪業もいずれは果てるだろう。もうしばらく様子を見た方がよい」  というと、男は、 「とんでもない。おれがあいつの悪業の最後になるかもしれないじゃないか」 強弓 呂氏春秋(貴直論篇)    斉の宣(せん)王は弓が好きで、人から強弓をひくといわれることをよろこんだ。宣王が使う弓は強さ三石(せき)のものだったが、人に見せると誰もみなひいてみて半分でやめ、 「これは九石以下ではないでしょう。王だからこそこれがお使いになれるのです」  といった。  宣王は終身、自分を九石の弓の使い手だと思っていた。 梟(ふくろう)の引越し 説苑(談叢篇)    鳩が梟に出会った。 「どこへ行くのだ」  ときくと、梟は、 「東の村へ引越しをするのだ」 「どうして引越しをするのだ」 「西の村がいやだからさ」 「どうしていやなのだ」 「村人がみんなおれの鳴き声をきらうからだ」 「鳴き声を変えない限り、どこへ行ったって同じことだよ」 親思い 淮南子(説山訓篇)    楚の都の郢(えい)の男が、自分の母親を奴隷に売った。引きわたすとき、男は買った人にいった。 「母は年をとっています。十分に食べさせて、苦しい目にはあわせないようにしてください」 善行 淮南子(説山訓篇)・世説新語(賢媛篇)    娘を嫁に出すとき、父親がさとしていった。 「さあ、行きなさい。体を大事にな。できるだけ、善行をしないように心掛けるのだよ」 「善行をしないとすれば、不善を行なうのですか」 「善行すらやってはいけないのだ。不善など、とんでもない」 道理 笑林    ある人、夜中に急疾になったので、門人にあかりをつけるようにいいつけた。ところがその夜は月のない闇夜で、あかりの道具がどこにあるかわからない。しかも主人が早く早くとせきたてるので、門人はいらだち、腹を立てていい返した。 「そんなにせかされても、それは無理というものです。漆(うるし)のような暗闇ではありませんか。どうしてあかりをつけて照らしてくださらないのです?」 老後 笑林    平原の陶丘(とうきゆう)氏が渤海(ぼつかい)の墨台(ぼくだい)氏の娘を娶(めと)った。娘は眉目(みめ)うるわしく才(さい)たけ、夫婦仲はむつまじかった。  その後、男の子が生れたので、妻は夫といっしょに子を見せに里帰りをした。夫婦はしばらくぶりで妻の老母の丁(てい)氏に会ったが、夫は家に帰ると妻に、 「おまえを離縁する」  といってきかない。妻は家を去るとき、 「わたしのどこがお気に入らないのでしょうか」  とたずねた。すると夫のいうには、 「おまえのお母さんに会ったら、すっかり老いぼれていて以前の面影がなかった。おまえもきっとあんなふうになると思うので、それで離縁するのだ。ほかに気に入らないことは何もない」 石人(せきじん) 笑海叢珠    ひどい近眼の男、道に迷い、墓地の入口に立っている石人(せきじん)(石像)を人かと思って近づいて行くと、石人の頭にとまっていた鳥がぱっと飛び去って行った。男は石人に道をきいたが、もとより答えるはずはない。 「なんで教えてくれぬ」  と男はいった。 「おまえが教えてくれぬ気なら、おれだって、さっき風が吹いておまえの頭巾(ずきん)が飛んで行ったことを教えてやらぬぞ」 釘 笑海叢珠    近眼の男、門の扉に釘の頭が出ているのを見て、蠅だと思い、追いはらおうとしたところ、釘にひっかかって手の皮がすりむけた。 「しまった! 蠅だと思ったら、蜂だったのか!」 下穿き用 世説新語(徳行篇)    晋の范宣(はんせん)は、廉潔で質素な人であった。  あるとき太守の韓伯(かんはく)が絹百匹を贈ったが受け取らなかった。五十匹に減らしたが、やはり受け取らない。韓伯は半分ずつ減らしていき、最後には一匹にしたが、それでもついに受け取らなかった。  その後、韓伯は范宣と車に同乗したとき、絹二丈を半分に裂いて范宣にさし出し、 「いくらなんでも、奥さんに下穿きをはかせないわけにはいかないでしょう」  といった。  そこで范宣も、笑いながら受け取った。 名言 世説新語(言語篇)    東晋の〓亮(ゆりよう)は明帝の皇后の兄で、明帝の遺詔を受け、王導(おうどう)とともに成帝を補佐した人である。  あるとき〓亮は仏寺へはいり、釈迦の臥像を見ていった。 「この人は衆生済度(しゆじようさいど)に疲れなさったのじゃ」 (ふんどし)の中 世説新語(任誕篇)    晋の劉伶(りゆうれい)(竹林の七賢の一人)は酒に酔うと、衣服をみなぬぎ捨ててすっ裸になるくせがあった。  人々がそれを見てそしると、劉伶はいった。 「わたしは天地をわが家とみなし、家屋をわが衣服、わが(ふんどし)と心得えている。諸君はなぜ、わしのの中をのぞき込むのだ」 虫干し 世説新語(任誕篇)    河内の陳留には阮(げん)氏の一族が多かった。  阮籍(げんせき)とその甥阮咸(げんかん)とは、ともに竹林の七賢に数えられる人であるが、道路の南側に住み、ほかの阮氏たちは北側に住んでいた。北側の阮氏は富裕だったが、南側の阮氏は貧乏であった。  七夕(たなばた)祭りの日、北側の阮氏は盛大に衣裳の虫干しをした。錦や絹のきらびやかな衣裳ばかりである。阮咸はそれを見ると、竿のさきに(ふんどし)を結びつけて家の中庭に立てた。ある人があやしんでわけをたずねると、阮咸はいった。 「まだ俗気をぬけることができないので、わたしも虫干しをしてみたというわけだ」 飛脚 世説新語(任誕篇)    晋の殷羨(いんせん)が豫章郡の太守になって赴任するとき、都の建康の人々が百箱あまりもの手紙をことづけた。  殷羨は建康の西郊の石頭まで行ったとき、それらの手紙をみな水中へ投げ込み、祝詞(のりと)をあげていった。 「沈むものは勝手に沈め。浮くものは勝手に浮け。殷羨は飛脚にはなれぬ」 大雲寺(だいうんじ)の門 群居解頤・拊掌録    信州(しんしゆう)のある女、落ちぶれて貧しい暮しをしていたが、それでも歌が好きで酒もよく飲んだので、日常の衣食にもこと欠くありさまであった。あるとき、人から信州の略図をかいた布をもらったので、洗って染めなおし、裙(スカート)につくりかえたが、略図の墨の跡は残っていた。  たまたま近所の人たちが集まり、芸妓を呼んで酒宴を開いた。彼女も呼ばれたが、しばらくすると、一人の女中があわただしく飛び出してきて、 「あの人が誤って裙を焦(こが)しました」  といった。きいた人がおどろいて、 「どのへんを焦したのだ」  というと、女中は自分の前のあたりを指さしながら、 「ちょうど大雲寺の門のあたりです」 野菜づくり 笑苑千金    ある貧乏な夫婦、野菜をつくって暮しを立てていたが、人糞を買う金がない。そこで道端に便所を掘り、たまった人糞を肥料にしたところ、野菜の出来がよく、次第に暮しがらくになっていった。  それを知った男、自分も野菜づくりをして一儲(ひともう)けしようとたくらみ、なけなしの金をはたいて道端に便所を建てた。瓦で屋根をふいて白壁を塗った立派な便所である。ところが往来する人々はみなお宮かと思い、礼をして通りすぎて行く。  男は困って、往来へ出て人々に呼びかけた。 「これは便所です。どうぞ使ってください」  だが誰も使ってくれない。そこで、使ってくれそうな人をつかまえて、 「どうぞ糞をしてください」  とたのむと、その人は、 「おれは糞は出ないよ」  といった。男はいよいよ困って、さらにたのんだ。 「糞が出なければ、おならでも結構ですから」 小のために大を失う 笑府    ある貪欲な男、道で人が立ちどまったのを見て、 「さては小便をするつもりだな。向いの家の便所でされては損をする」  と思い、急いで向いの家の便所へ行き、大便をするふりをしてしゃがみ込んだ。道に立ちどまった人は男の計算どおり自分の家の便所へはいったので、男は、 「やれやれ、うまくいったわい」  と安心したとたん、おならを一発放ち、つづいて糞を少しばかり出してしまった。そこで男は大いに悔み、 「ああ、小のために大を失ったか!」  となげいた。 大仏 笑苑千金    済州(さいしゆう)に万端(ばんたん)という人がいた。もとは大金持だったが、零落して都へ流れて行った。都のある寺で、万端は仏像を拝んでいった。 「仏さまは衆生(しゆじよう)を救ってくださるときいております。どうかお慈悲を垂れられてこの貧しい男をお助けくださいませ」  すると仏像が万端にいった。 「わしの威力はそれほど大きくはない。城西の宝相寺(ほうしようじ)へ行きなさい。あそこには百尺ほどもある大仏がいるから、その方(かた)にたのんでみるがよい」  万端が宝相寺へ行って大仏にたのむと、 「わしの威力もそれほど大きくはない。清涼山(せいりようざん)へ行きなさい。あそこには頭が天にとどくほどの大仏がいるから、その方にたのんでみるがよい」  万端が清涼山へ行って大仏にたのむと、 「わしの威力もそれほど大きくはない。黎陽(れいよう)の大仏にたのむがよい。あの方は地面に坐っているが頭は天にとどくほどだから」  万端がまた黎陽へ行って大仏にたのむと、 「わしの威力もそれほど大きくはない。天竺(てんじく)へ行きなさい。あそこには仏が地面に寝ているが、寝ていても上は天にとどくほどだ。その方にたのんでみるがよい」  万端は艱難辛苦してようやく天竺にたどりついた。見れば仏が地面に寝ているので、その耳もとに近寄って心をこめてたのんだ。すると仏がいった。 「わしにたのんでも仕様がない。なにしろわしは、自分でも、寝返りを打ちたくてもそれさえできないありさまだ。他人のたのみなどきいてやれるわけがなかろう」 雀鼠(じやくそ) 山中一夕話    梁(りよう)の文人張士簡(ちようしかん)は、酒好きで俗気がなく、ほとんど家事をかえりみなかった。あるとき家童を新安(しんあん)へやって米二千石(ごく)を運ばせたが、着いたときには半分に減っていた。わけをきくと家童は、 「雀鼠耗(じやくそこう)(目減り)です」  といった。すると張士簡は笑っていった。 「壮(そう)なる哉(かな)、雀鼠!」 息子同士 艾子後語・笑府    艾子(がいし)に十歳あまりになる孫がいた。怠けもので頭がわるく、しかも勉強ぎらいなので、艾子はいつも笞(むち)で折檻(せつかん)を加えたが、少しもよくならない。艾子の息子にとってはこの子がひとり子なので、折檻に堪えずに死にはしないかとおそれて、そのつど、泣いて許してやってくださいとたのんだ。すると艾子は怒って、 「わしは、おまえのためにおまえの子をしつけているのだ。なにがわるいというのか」  といい、ますますひどく折檻するので、息子はどうしようもなかった。  ある朝、雪が降ったところ、孫は雪をかき集めてよろこんでいる。艾子はそれを見ると、孫の着物を剥ぎ取って雪の上に坐らせた。孫は寒さにぶるぶるとふるえている。すると息子は、なにもいわずに自分も着物をぬいで、その子の傍に坐った。艾子が驚いて、 「おまえの子は罪があるから罰を受けるのは当然だ。おまえには罪がないのに、なぜいっしょに罰を受けるのだ」  というと、息子は泣いていった。 「あなたがわたしの子を凍えさせていらっしゃるので、わたしもあなたの子を凍えさせているのです」 怠慢 雪濤諧史    ある役人が吏部(りぶ)(官吏の任免賞罰などを司る中央官署)に呼び出されて、お叱りを受けた。 「どうしてお叱りを受けたの」  と妻にたずねられて、 「吏部がわしのことを職務怠慢だというんだ」  というと、妻はほっとして、 「怠慢でよかったわ。もし不謹慎だということがわかったら、このわたしまでお叱りを受けなければならないもの」 靴 笑賛・笑府・笑得好    兄弟二人で金を出しあって靴を一足買ったところ、兄がいつもはいているので、弟は、せっかく金を出したのにつまらないと思い、夜、兄が寝てしまってからはいて方々を歩きまわり、とうとうぼろぼろにしてしまった。 「もういっぺん金を出しあって買おうじゃないか」  と兄がいうと、弟は、 「もういやだ。靴を買うと寝るひまがなくなってしまうから」 帽子 笑賛・笑府    夏、氈帽(せんぼう)(毛織の帽子)をかぶって歩いている男、大きな木の下まで行って休み、氈帽を団扇(うちわ)がわりにつかいながら、 「もしこの帽子がなかったら、おれは暑さにくたばっていただろう」 孝行の手本 笑賛    ある男、継母につかえて孝行をつくそうと思い、ある学者にたずねた。 「古人で、継母につかえて最もよく孝行をつくした人は誰でしょうか」 「それは閔子騫(びんしけん)だ。彼は冬、蒲(がま)の穂を着て、綿衣(わたいれ)は継母の子にゆずったというから」  そこでその男は蒲の穂を着ることにした。そしてまた、たずねた。 「ほかには誰が孝行だったでしょうか」 「王祥(おうしよう)だ。彼は継母が冬、魚を食べたいといったところ、氷の上に寝て穴をあけ、魚を取ったというからな」 「その孝行は、わたしにはできそうにもありません」 「どうしてだ」 「王祥の着物はおそらく、わたしのよりも厚かったでしょうから」 三聖 笑賛・笑府    三教(儒教・仏教・道教)を信仰している人が聖像をあつらえ、先ず孔子、次に釈迦(しやか)、次に老子と並べて尊崇していた。  道士がそれを見て、老子を真中に移した。僧侶がきて、また釈迦を真中に置きかえた。儒者がきて、また孔子を真中に移した。三聖は苦笑していった。 「われわれは仲よく並んでいるのに、人々があっちへ移したりこっちへ移したりして、われわれの仲を裂こうとしよる」 俗念 笑禅録・笑府    ある禅師が施主に、俗念をなくするためには坐禅を組んで瞑目するのが最もよいと教えた。ある夜、その人は夜明けまで坐禅を組んでいたところ、はっとあることを思いおこした。そこで妻を呼び起こしていった。 「禅師がわしに坐禅を組むとためになると教えてくれたが、ほんとうにその通りだった。すんでのことで隣りの親父に、大麦一斗を貸したままだまし取られるところだったよ」 代り 笑府    ある人が寺へ詣って西坊へ行ったところ、僧侶にそっけなくあしらわれたので腹を立て、こんどは東坊へ行ってみた。すると僧侶がお経を読んでいたので、たずねた。 「誰のためにお経を上げているのです?」 「誰のためということなしに読んでおります。もし旦那さんがお布施をくださいますならば、旦那さんに代ってお経を上げてさしあげましょう」 「代りをするのが坊主の役目というわけか」  その人はそういうなり、いきなり僧侶の頭を拳骨で殴った。 「いったい、わたしに何の罪があって……」  と僧侶がいうと、その人は、 「西坊の坊主が生意気なやつだったので、そいつの代りにおまえさんを殴ったのだ」 爆竹(ばくちく) 笑府    近眼の男、爆竹を拾ったが何だかわからず、火に近づけてみたところ、火がついてポンポンとはじけた。傍にいた耳の遠い男、近眼の男の肩をたたいてたずねた。 「何を拾ったんだね。手からパッと散って行ったじゃないか」 蓆(むしろ) 笑府    近眼の男、川のほとりで渡し舟を待っていたが、なかなか来ない。いらいらしているとき、藁蓆(わらむしろ)が流れてくるのを見て、薪(まき)を積んだ舟かと思い、 「おい、乗せてくれ」  とたのんだが、蓆はどんどん流れて行く。男は岸を追って行って飛び乗ったが、そのとたんに水の中へ沈んでしまった。  ようやく浮きあがると、舟で助けにきた人に向っていった。 「おまえがおれを乗せてくれないものだから、おまえの薪まですっかり川の中へひっくり返ってしまったじゃないか」 蛍雪(けいせつ) 笑府    東晋の車胤(しやいん)は家が貧しく、灯油を買うことができなかったので、夏の夜は薄絹の袋に数十匹の蛍(ほたる)をいれてその明りで読書をした。孫康(そんこう)も家が貧しく、やはり灯油を買うことができなかったので、冬の夜は雪を積み上げてその明りで読書した。二人はこうして、夜を日についで勉強した甲斐があって、後、出世して車胤は吏部尚書(りぶしようしよ)になり、孫康は御史大夫(ぎよしたいふ)になった。  ある日、孫康が車胤を訪ねて行ったところ、車胤は家にいなかった。あの勉強家が、と孫康は不審に思い、 「どこへ行かれた?」  とたずねると、門番が、 「たぶん、蛍を取りに行かれたのかと思います」  と答えた。  その後、車胤が答礼のために孫康を訪ねて行ったところ、孫康は庭に出てぼんやりとたたずんでいた。車胤が不審に思って、 「どうして読書をなさらないので?」  ときくと、孫康はふり返っていった。 「空模様を見ていたのです。このぶんでは雪は降りそうにもありませんな」 太鼓橋 笑府    太鼓橋の上に、頭を下に足を上にして寝ている男がいるので、 「さかさまじゃないか」  というと、 「頭を上にすると立っているのと同じで、寝ることにならんからな」 お嬢ちゃん 笑府    神仙の道にあこがれている夫婦がいた。かねがね六十になったら山にはいって修行しようと話しあっていたが、いよいよそのときがきたので、二人は道教の本山の終南山(しゆうなんざん)へ行った。 「わしが先ず様子を見てくるから、おまえは麓で待っていなさい」  じいさんはばあさんにそういって、一人で山を登って行ったが、頂上まで行くと、本山にいるのは何千何百歳という仙人ばかりで、じいさんに、 「坊やはどこからきたのだい」  ときいた。  じいさんはあわてて山を下り、待っていたばあさんに、 「早く帰ろう」  といった。 「せっかくきたのに、どうして帰るのです」  とばあさんがいぶかると、じいさんのいうには、 「わしはこの年になるのに、坊やと呼ばれたんだよ。おまえが行って、もしお嬢ちゃんと呼ばれたら、おまえだって気持がわるいだろう」 薬代 笑府    赤目をわずらった男、いろいろ治療をしたがなおらずに困っていたところ、ある人から自分の小便を塗ればよいと教えられ、物は試しとやってみたら、なおった。  ある日、道端で小便をしながらそのことを思いだし、一物に向っていった。 「おまえのおかげで目がなおったのだから、何かお礼をしなければならんが、頭巾を作って贈ろうにもおまえは時によって大きくなったり小さくなったりするし、服を作って贈ろうにもおまえは時によって長くなったり短くなったりするし……」  通りがかった人が不審に思って、 「何を独りごとをいってなさる」  ときくと、 「いや、なに。薬代のことで相談しているんですよ」 雷 笑府    ある舅(しゆうと)、婿の頭を試してみようと思い、表の柳の木を指さして、 「あれは何の役に立つと思う」  ときいた。すると婿が、 「あの木が大きくなったら、車の輪も造れます」  と答えたので、舅は、 「世間のやつらは婿を阿呆(あほう)呼ばわりするが、それほどでもないじゃないか」  と思い、うれしそうな顔をした。それを見た婿は、家の中へはいって台所の擂鉢(すりばち)を見ると、 「あの擂鉢が大きくなったら、石臼も造れます」  といった。そのときたまたま姑(しゆうとめ)がぷうっとおならをしたところ、婿はすかさず、 「あのおならが大きくなったら、雷も造れます」 六本足 笑府    急ぎの文書を飛脚にとどけさせようとして、役所で早馬を出してやったのに、その飛脚、馬には乗らず、手綱を取ったまま馬といっしょに走りだした。 「急用なのに、なぜ馬に乗らないのだ」  ときくと、飛脚のいうには、 「急ぐからだ。四本の足で走るよりも六本の足で走る方が早いはず」 留守番 笑府    ある人、遠方へ出かけることになって、息子に、 「わしの留守中に誰かが訪ねてきて、お父さんはとたずねたら、『所用で遠方へ出かけました。どうぞおはいりになって粗茶でも召しあがってください』というんだぞ。そういえば帰って行くからな」  と教えたが、忘れてはいけないと思って口上を紙に書いて渡した。息子はそれを袖に入れて、父親が出かけて行ったあと、ときどき出して見ていた。ところが三日たっても誰も訪ねてこないので、もう書付けはいらないと思い、火にくべて焼いてしまった。すると四日めに、突然、人がきて、 「お父さんは?」  ときいた。息子はあわてて袖の中をさぐったが、もうないので、いよいよあわてて、 「なくなりました」  というと、客はびっくりして、 「いつなくなられました?」  ときく。 「はい、きのう焼いてしまいました」 早駆け 笑府    馬に乗ることの好きな男、人にだまされて五十両で馬を買ったが、たいへんな駄馬で、いくら鞭(むち)をあてても走らない。そこで舟を雇って馬を載せ、その上に乗ったが、舟足がのろいのにいらいらして船頭にいった。 「酒手(さかて)をはずむから、もっと早く漕いでくれ。一つ早駆けといきたいんだ」 農繁期 笑府    ある男、重罪を犯した者にだまされて替え玉になったところ、絞首刑の判決を受けて、牢へとじこめられた。男は牢の中でしきりにぼやいた。 「このいそがしい時に、何をぐずぐずしていやがるんだ。絞首刑なら絞首刑で、さっさとやってくれないことには、田植に間(ま)にあわんじゃないか」 賭け事 笑府    賭け事の好きな男、昼も夜も家に帰らず、とうとう無一文になってしまった。残ったものといえば女房だけである。そこで女房をかたにしてまたやったが、また負けてしまって、もう何も賭けるものがない。 「たのむ。もういっぺん女房をかたにしてやらせてくれ」  というと、勝った男、 「二重のかたにするほど値打のある女房なのか」 「うん、その値打は十分ある。じつは女房はまだ処女(きむすめ)なんだ」 「そんなばかなことがあるか」 「嘘だと思うならいおう。おれは結婚してから、まだ一晩も家で寝たことはないんだ」 不逞(ふてい)の輩(やから) 笑府    ある人、客と対談中、虱(しらみ)をつかまえたが、客の手前、口へ入れて噛みつぶすわけにもいかず、爪でおしつぶすわけにもいかず、客にさとられないようにそっと両指でひねりつぶした。  殺された虱は、それをあまりにも惨酷な刑罰だといって、閻魔大王に訴えた。そこで大王はその人を捕えて虱と対決をさせた。対決の結果、その人は釈放され、またこの世にもどってきた。  客は対談中に急死した人が生き返ったときいて、また訪ねて行った。挨拶がすんで席につき、しばらくすると、また一匹の虱が噛みついたので、その人はいった。 「お話の途中ですが、不逞の輩をつかまえて処罰するまで、ちょっとお待ちください。また告訴されると面倒ですから」 父と子 笑府    父親と息子がいっしょに薪を割っているうちに、父親の手もとがくるって、息子は指に怪我をした。息子が怒って、 「このやろう、おまえの目は節穴か!」  とどなりつけると、傍にいた孫が、祖父が悪態をつかれたことに腹を立て、父親に向って、 「ばかやろう、自分の父親に悪態をつくやつがいるか!」 境目 笑府    蘇州では、野菜売りは明け方から売り歩く習慣がある。  ある野菜売り、大通りに面した家の二階で夜通しで酒を飲んでいる人たちを見て、 「どうしてこんなに早くから酒を飲んでいるのだろう」  といぶかった。すると酒を飲んでいる人たちも通りの野菜売りを見て、 「どうしてこんなにおそくまで野菜を売り歩いているのだろう」  といぶかった。 徒労 笑府    ある男、道を歩いていて何かにつまずいてころび、やっと起きあがったところ、またすぐころんだ。 「ちぇっ、またころぶんだったら、起きるんじゃなかった」 念仏婆 笑得好    ある家の婆さん、数珠(じゆず)をつまぐりながら、 「南無阿弥陀仏(な ん ま い だ)、南無阿弥陀仏……」  ととなえていたが、すぐつづけて下男を呼び、 「鍋に蟻がたくさんたかっているから、焼き殺しておくれ。わたしゃ、あれが大嫌いなんだよ」  といいつけ、すぐまた大声で、 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」  ととなえ、またすぐつづけて下男を呼び、 「鍋の下の灰をすっかり掻(か)き出しといておくれ。うちの箕(み)を使うんじゃないよ。焼き焦がすといかんからね。隣りの張(ちよう)さんとこから借りてきて、それを使うんだよ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」 一つ目 笑林広記    兄弟二人が川にはいって体を洗っていると、水蛇が出てきて兄の一物に咬みついた。弟が小刀で切りつけようとすると、兄がいった。 「あわてずに、よく見きわめて切りつけるんだぞ。目が二つあるのが蛇で一つのはおれのだからな」 金蒔絵(きんまきえ) 笑林広記    道に大きな牛の糞が落ちていた。ある男、それを見て誰かが小箱を落して行ったのだと思い、拾い上げようとしたところ、濡れてべとべとしていたので、 「やれやれ、よい手箱なのに、惜しいことにまだ漆(うるし)が乾いていないのか」 寝惚け 笑林広記    三人の男がいっしょに寝た。  一人の男が、股がかゆくてならないので、うつらうつらしながら二番めの男の股を掻いたが、いっこうにかゆみがとまらないので、きつく掻いているうちに、とうとう血がにじみ出てきた。  二番めの男は血のにじみ出たところをさすってみて、三番めの男が寝小便をもらしたのだと思い、 「おいおい、起きて小便に行け」  とゆすぶり起こした。  三番めの男はしぶしぶ起きて外へ小便をしに行ったが、隣家の造り酒屋から酒をしぼる音がぼたぼたときこえてくるのを耳にして、自分の小便の音だと思い、明け方までそのまま立ちつくしていた。 犬のあくび 笑林広記    耳の遠い人が友人の家へ行ったところ、飼犬がさかんに吠えたてた。そこで友人にいった。 「君のうちの犬は昨夜よく寝なかったようだな」 「どうしてわかる?」 「わたしを見て、さかんにあくびをしていたからさ」 解 説 駒田 信二    この『中国笑話集』には、いわゆる笑話本以外の書物からも九十篇あまりの笑話を収録したので、先ずそれらについて触れておく。  秦の始皇帝が統一国家を樹立したのは紀元前二二一年。それ以前の時代を先秦(せんしん)時代というが、その先秦時代のいわゆる「諸子(しよし)」の書には、殊に『孟子(もうし)』『荘子(そうじ)』『列子(れつし)』『韓非子(かんぴし)』などには、数多くの笑話が使われている。  それらの笑話からは多くの警句的な成語が生れている。たとえば、「助長(じよちよう)」という言葉は『孟子』公孫丑(こうそんちゆう)篇の、苗の生長を助けようとして枯らしてしまった男の話から、「顰(ひそみ)に效(なら)う」という言葉は『荘子』天運篇の、美女西施(せいし)が眉をひそめて歩いているのを見てその真似をした醜女(しこめ)の話から、また「矛盾(むじゆん)」という言葉は『韓非子』難篇の、矛と楯とを共に最強の武器だといって売る男の話から生れたのである。  これらの笑話が原典ではどのように使われているかということを補って、先秦諸子の笑話の使い方の例を示しておこう。 「助長」の話は、孟子が弟子の公孫丑の質問に答えて「浩然の気」を養うためにはどうすればよいかということを語る中に引用される。 〈気を養うためには、義を行なうことを踏み重ねて行かなければならない。しかし、気を養うという目的を以て義を行なってはならない。そうかといって気を養うということを全く忘れてもいけないし、また無理に気力を助長しようとすることもよろしくない。〉  そして、苗の生長を助けようとした男の話を引き、つづけて次のようにいうのである。 〈世の中には、無理をして苗の生長を助けようとする者が少なくはない。勿論、気を養うことは無益だとして何もしないことは田の草取りもしないのと同じであって、よろしくない。しかし無理に養おうとすることは、苗を引き抜いてしまうことと同じであって、無益であるどころか、かえって有害である。〉 「顰に效う」は、孔子の高弟の顔淵(がんえん)に対して魯(ろ)の師金(しきん)という人が語った話(——という形で荘子が孔子の尚古(しようこ)主義をそしった話)の中に引かれている。 〈かの三皇五帝の礼義や制度も、形をととのえるという外面が重要なのではなく、よく世を治めるという内面が重要なのである。礼義や制度というものは、時代に応じて変化して行くべきものであって、固守すべきものではない。いま猿をつれてきて周公の服を着せたならば、猿は服を噛みきり引き裂いてしまうであろう。古今の人情風俗のちがいには、猿と周公ほどのちがいがあるのである。〉  師金はそういってから、西施の真似をした醜女の笑話を引き、そして話をこう結ぶ。 〈この醜女は西施が眉をひそめる風情の美しさはわかっても、その美しさが何によるものであるかを知らなかったのである。あなたの先生(孔子)がいたずらに古の聖王たちの真似をしようとするのは、ちょうど西施の顰に效うこの醜女のようなものだ。〉 「矛盾」は、ある人と儒者との対話(——という形での韓非子の孔子批判)の中で引かれる。 〈むかし、歴山(れきざん)の農民たちは互いに田地の境界を争っていたが、舜(しゆん)がそこへ行っていっしょに耕作したところ、一年後には自然と畦(あぜ)みちが正しくなった。また、そのころ黄河のほとりの漁民たちは互いに釣り場を争っていたが、舜がそこへ行っていっしょに漁をしたところ、一年後には自然と釣り場は年長者にゆずられるようになった。また、そのころ東夷(とうい)の陶工たちの造る器はみんな粗悪な物だったが、舜がそこへ行っていっしょに造るようになったところ、一年後には自然と立派な器が造られるようになった。  孔子はこの話をきいて感嘆し、 「農業も漁業も製陶も、もともと舜の役目ではない。しかも舜が自ら出かけて行ってそれをしたのは、悪弊を正すためであった。まことに舜は仁者ではないか。自ら労苦することによって民を教化したのである。これこそ聖人の徳化というものだ」  といったという。そこで、ある人が儒者にたずねた。 「そのとき、堯(ぎよう)はどこで何をしていたのだろう」 「堯はそのとき天子だった」 「それなら、孔子が堯のことを聖人というのはおかしいではないか。明察な聖人が天子の位におれば、天下が悪くなるはずはないではないか。もし堯が聖人なら農民も漁民も争うわけはなく、陶工も粗悪な品を造るわけはないはずだ。従って舜にいくら徳があっても、教化の仕様がないはずだ。つまり舜が悪弊を正したということは、堯に失政があったということではないか。舜を賢者だとすれば、堯が明察な聖人だったことを否定することになり、堯を聖人だとすれば、舜の徳化を否定することになろう。両立させることはできないのだ」〉  そして矛と楯の笑話を引き、つづけていう。 〈そもそも、何で突いても突き通せない楯と、どんな物でも突き通せない物がない矛とが、同時に存在することはあり得ないのである。堯と舜とを同時にほめることができないのは、この矛と楯の話と同じことである。しかも舜が悪弊を正したのは一年に一つ、三年に三つである。舜は一人しかおらず、その寿命には限りがあるが、天下のあやまちには限りがない。限りあるもので限りないものを追いかけたところで、正せるあやまちの数は知れたものだ。ところが、賞罰によるならば、天下の人々に必ず実行させることができる。たとえば法に合うものは賞し、合わぬものは罰する、という命令を朝出せば夕方までに、夕方出せば翌朝までに、民は従うであろう。何も一年も待つことはないのである。……〉  こうして、韓非子の代弁者である「ある人」の論は法治主義の主張へ移って行くのである。  これらの例によって明らかなように、先秦時代の諸子は、自説を主張する道具として笑話を利用したのである。それらの笑話の大半は、諸子が自説を有利にするために自ら作ったものではなく、多くは当時民間に行なわれていた笑話を臨機応変に利用したものと思われる。  つまり、先秦時代の民間の笑話は、それを諸子が利用したことによって今日まで残されているのである。本集には先秦諸子の書の中に見えるそれらの笑話を、約四十篇撰集した。  秦・漢時代(紀元前二二一—後二二〇)の書物、秦の宰相呂不韋(りよふい)が多くの学者を集めて編んだ『呂氏春秋(りよししゆんじゆう)』、漢の高祖劉邦(りゆうほう)の孫で淮南(わいなん)王に封ぜられた劉安(りゆうあん)の撰になる『淮南子(えなんじ)』、漢の劉向(りゆうきよう)の著わした『戦国策(せんごくさく)』などにも、多くの笑話が使われている。  だがその使われ方は、先秦諸子の書物の場合とは幾らかのちがいがある。たとえば、「舟に刻して剣を求む」は『呂氏春秋』慎大覧篇に見える話だが、この笑話は次のように語りつづけられる。 〈舟は動いてしまっているのである。しかし剣は動いていない。それなのにこのようにして剣をさがすとは、何とたわけたことではないか。古い法令で国を治めるのもこれと同じである。時代は移り変っているのに法令は変らない。これではよい政治が行なわれるはずはない。〉  これだけなのである。自説を主張するために笑話を使うという点では変りはないが、先秦諸子のように笑話をもとにしてくどくどと説を述べることはない。  東家の息子が母親が死んだのにあまり悲しまないのを見て、西家の息子が母親に「わたしはお母さんが死んだら必ず心から悲しんで泣いてあげるよ」といった話は『淮南子』説山訓篇に見える話だが、この笑話は次のように語りつづけられる。 〈自分の母親の死を望んでいるような者は、母親が死んでも悲しみをこめて泣くはずはない。暇がなくて学問ができないという者は、たとい暇があっても学問ができるはずはないのだ。〉 「漁父の利」は『戦国策』燕策に見える話で、趙(ちよう)の恵文(けいぶん)王が燕(えん)を討とうとしているとき、策士の蘇代(そだい)が燕のために恵文王に説いた言葉として記されている。蘇代は恵文王に先ず蚌(はまぐり)と鷸(しぎ)の話をしてからいう。 〈いま、王は燕を討とうとしておられますが、趙と燕とが戦って民が疲弊すれば、強国の秦がこの漁父(漁師)になりはしないでしょうか。どうかよくお考えくださいますよう。〉  恵文公はそれをきいて「なるほど」とうなずき、燕を討つことをやめた。——と『戦国策』は結んでいる。  先秦諸子の笑話の使い方にくらべると、比喩として笑話が使われている点では変わりはないものの、比喩を使っての主張の部分はあっさりとしている。これは先秦諸子の書がそれぞれの思想を述べたものであるのに対して、『呂氏春秋』は道家の説を重んじているとはいえ他の諸子の説をもまじえた百科事典的な雑家(ざつか)の書であり、『淮南子』も道家思想が強いとはいえ一種の随筆集・寓話集であり、『戦国策』は戦国時代の策士たちの謀略譚集であることからのちがいによるものであろう。  本集にはこれら三書のほかに、漢の劉向の編んだ、先賢の逸話集『説苑(ぜいえん)』と、後漢の班彪(はんぴよう)とその子班固(はんご)・班昭(はんしよう)兄妹の撰になる前漢の歴史書『漢書(かんじよ)』からも一、二篇選び、あわせて約三十篇を収めた。  漢代以降になると、正統派の文学者は諧謔を遠ざけるようになる。その代表的な意見が六朝(りくちよう)の梁の劉〓(りようきよう)(四六五—五二一)の『文心雕龍(ぶんしんちようりゆう)』の諧〓(かいいん)篇に見られる。 〈古の諧謔・隠語は、危急を救ったり労苦をいやしたりするのに役立った。それゆえ絹や麻のようなすぐれた物があってもなお、菅(すげ)や茅(かや)のようなつまらない物も捨てなかったのである。諧謔・隠語はそのいうところが事理にかない肯綮(こうけい)にあたるならば、大いに諷諫(ふうかん)に役立つ。しかし、いたずらに滑稽をもてあそんで人を笑わせることは、君子の徳をそこなうものである。〉 〈魏の文帝(曹丕(そうひ))はふざけた話を集めて笑話の書を著わし、呉の薛綜(せつそう)は宴席で蜀(しよく)の使節をからかったが、そのような諧謔は同席の人々を笑わせることができるだけのことで、何ら時世に益するところはない。〉  これによって、当時、曹丕の著といわれる笑話集のあったことが知られるが、その書は伝えられていない。薛綜のことは『呉志(ごし)』に記されている。  劉〓はまたいう。 〈魏(ぎ)・晋(しん)の時代には滑稽をきそいあい、ついには応〓(おうとう)の鼻をたとえて、卵を盗んできてくっつけたようだといったり、張華(ちようか)の頭の形を杵(きね)のようだといったりしたが、これらはみな醜悪な言葉で聞こえがわるく、溺れる者の馬鹿笑いや曳(ひ)かれ者の気違い歌と何のちがうところもない。〉  その魏・晋時代の知名の人たち数百人についての短い逸話を集めた書に、南朝の宋の劉義慶(りゆうぎけい)(四〇三—四四四)の著わした『世説新語(せせつしんご)』がある。劉義慶は宋の武帝の弟の長沙王劉過憐の第二子。本集にはその『世説新語』の千百篇を越える逸話の中から約二十篇を撰集した。  劉〓はまた次のようにもいっている。 〈文章に諧謔・隠語があるのは、諸子に小説家があるようなものである。〉  これは、諧隠を一段と低いものとみなしているのである。「諸子」は諸子十家、「小説家」は今日の小説家という言葉と同じ意味ではない。  後漢の班固は『漢書』を編纂したとき、「藝文志(げいもんし)」という一巻を設けて、当時の現存の書物の名を列記したが、その「漢書藝文志」の「諸子略(しよしりやく)」には、先秦の諸子を、儒家・道家・陰陽家・法家・名家・墨家・縦横家・雑家・農家・小説家の十家に分けた上で、 〈諸子十家、その観るべき者は九家のみ。〉  として「小説家」を一段と軽んじた。それでも「小説家」の書名十五(十五家、千三百八十篇)を挙げ、そのあとに、他の九家の場合と同様に「小説家」なるものの淵源を記して、次のように述べている。 〈小説家というものは稗官(はいかん)(小役人)から出たものであろう。街談巷語(がいだんこうご)(町や村のうわさ話)や、道聴塗説者(とうちようとせつしや)(いいかげんなことをいいふらす連中)が作りあげたものである。孔子は「小さなことの中にも必ず見るべき点はある。しかし遠大なことを為すには役に立たない。それゆえ君子はそのような小事にはとりあわない」といっている。しかしこれを滅ぼしてしまうようなこともせず、閭里小知者(りよりしようちしや)(田舎のこざかしい連中)が考えだしたことでも、集めて失われないようにしておいたのである。たとえその中に見るべき意見があるとしても、要するにそれらは芻蕘狂夫(すうぎようきようふ)の議(草刈りや木こりの言説)にすぎないのである。〉 「小説家」とは、このような「小説」(つまらない言説)を集める一派のことをいったのである。文章に諧謔・隠語があるのは諸子に小説家があるようなものだという劉〓の言葉は、諧謔・隠語は本質的に典雅なものではなく、絹や麻ではなくて菅や茅であるという点において「小説」と同じようなものだということに他ならない。 「漢書藝文志」に挙げられている十五家千三百八十篇の先秦の「小説」は、今日伝えられていないが、それらの中には「小説家」以外の諸子が使った笑話あるいはそれに類するものもふくまれていたのではなかろうか。  漢代の小説も伝えられていないが、その次の六朝の小説は数多く残されている。六朝の小説は「志怪」(怪を志(しる)す)と呼ばれているように、その内容は『論語』に「子、怪力乱神を語らず」とある怪(怪奇)、力(暴力)、乱(紊乱)、神(鬼神)についての説話であって、笑話的要素のものは皆無とはいえないけれども、ほとんどない。しかし逸話集的なもの、たとえば宋(南朝)の虞通之(ぐつうし)の『妬記(とき)』などには笑話といえるような話もある。(それらのものは本書に収めなかったので、一例を記しておく)  謝太傅(しやたいふ)(東晋の宰相謝安(しやあん))の夫人劉(りゆう)氏はたいへん嫉妬ぶかく、夫が妾(めかけ)を置くことをゆるさなかった。謝太傅は歌舞音曲が好きだったので、芸のうまい妓女を妾に置きたいと思っていたが、もとより夫人は承知しない。それを知った親戚の者が夫人の劉氏に、 「詩経には、妻が嫉妬をしないことを婦徳としてほめた詩がありますね」  というと、夫人は、 「詩経は誰が編んだのですか」  ときき返した。 「聖人の周公です」  と答えると、夫人はいった。  「そうですか。もし周公ではなく周公夫人が編んだら、そんな詩は取らなかったでしょうよ」  唐代の小説は「伝奇」(奇を伝(ものがた)る)と呼ばれ、「志怪」よりも物語性が強くなるため、いよいよ笑話から離れて行く。この志怪や伝奇の時代には、笑話は独立し、先ず後漢(ごかん)の邯鄲淳(かんたんじゆん)(一三二—二二〇頃)によって『笑林(しようりん)』が編まれる。邯鄲淳は後漢末の学者で、魏の武帝(曹操)に召されて厚遇され、文帝(曹丕)のときには博士、給事中(きゆうじちゆう)(博士は教学を司る官、給事中は「加官」で宮中の奏事を司る官)に任ぜられた。そのとき邯鄲淳は九十歳を越えていたという。『文心雕龍』に「魏の文帝はふざけた話を集めて笑話の書を著わした」とあるのは、あるいはこの『笑林』のことを指したのかもしれない。『笑林』の原典は伝わらず、唐の欧陽詢(おうようじゆん)等の撰になる『太平御覧(たいへいぎよらん)』、同じく欧陽詢等の『太平広記(たいへいこうき)』、宋の李〓(りぼう)等の撰になる『藝文類聚(げいもんるいじゆう)』に引かれている合計二十余話が残っているだけである。本集にはその中から十余話を収めた。  隋の侯白(こうはく)(?—六〇〇頃)の『啓顔録(けいがんろく)』も原典は伝わらないが、唐の開元十一年(七二三)の敦煌(とんこう)発掘本の写本に収められている四十話のほか、明(みん)刊の各書に収録されているものをあわせると百余話が見られる。本集にはそれらの中から十余話を選んだ。  唐の朱揆(しゆき)の『諧(かい)〓(きよ)録(ろく)』と高懌(こうえき)の『群居解頤(ぐんきよかいい)』とは、ともに『世説新語』にならった歴代著名人の逸話集。両書とも、これまた原典は伝わらないが、前者は三十九話、後者は十九話が他書に収められている。本集には両書から二話ずつを選んだ。  陸亀蒙(りくきもう)(?—八八一)の『笑海叢珠(しようかいそうじゆ)』は中国では全く亡んでしまって、わが国に残されている笑話集。陸亀蒙は晩唐の著名な詩人で、一時官途についたことがあったが間もなく郷里の蘇州に隠棲し、文名高く、風雅の人として知られた。七十三話ある中から本集には二十余話を収めた。  宋代になると、白話(はくわ)(話し言葉)の小説がおこって文言(ぶんげん)(文章語。わが国でいう漢文)の小説を圧倒する。量においてではなく、質においてである。あるいは、勢いにおいてである。文言で書かれる笑話についても同じことがいえよう。  唐の中期から、首都長安や洛陽などの大寺院では、布教の手段として、仏教の教理やその功徳などをわかりやすく民衆に説き聞かせる行事が行なわれだした。この行事は、僧侶を対象とする講義を「僧講」といったのに対して、俗人を対象とするという意味で「俗講」と呼ばれた。わが国でいう教説あるいは教法にあたる。「俗講」は娯楽の少なかった当時の民衆によろこばれ、唐末になると長安の寺院で「俗講」が行なわれるときには、境内に見世物小屋なども掛けられて寺院は民衆の娯楽場になったという。そういう雰囲気の中で「俗講」もその布教という目的を離れ、聴衆の興味にあわせて話題を広げて行ったこと、つまり勧善を越えて娯楽化して行ったこと、寺院が民衆の人気に乗じて「俗講」を興行化して行ったことは想像に難くない。そのため北宋の中期、「俗講」は勅命によって禁止されるに至る。  そのとき寺院を追われた「俗講僧」たちは、演芸場に招かれて、民衆にさまざまな話を語り聞かせる講釈師になる。この講釈を北宋では「説書」といい、南宋では「説話」という。講釈師はそれぞれ「説書人」「説話人」と呼ばれる。その講釈師たちの演ずる種目は、南宋では首都〓梁(べんりよう)(開封)のにぎわいを記した孟元老(もうげんろう)の『東京夢華録(とうけいむかろく)』、北宋では首都臨安(りんあん)(杭州)のにぎわいを記した耐得翁(たいとくおう)の『都城紀勝(とじようきしよう)』や呉自牧(ごじぼく)の『夢梁録(むりようろく)』等に見られるが、それらの中には、講釈(説話)という概念からはずれた「商謎(しようめい)」「合生(がつしよう)」「説諢話(せつこんわ)」等という種目がふくまれている。 「商謎」は『文心雕龍』にいう隠語で、演芸場では説話人が聴衆に対して文字や詩句についての謎をかけてそれを解きあかすという形を取る。笑話の中にそれと同じものがあることは、本集に収めた二十余話の文字についての笑話によって明らかであろう。 「合生」は二人の説話人が登場して行なうもので、いわば掛け合いまんざいである。笑話にも二人の対話という形を取るものが少なくない。 「説諢話」は一人で話す冗談ばなしのたぐいで、わが国でいえば江戸時代におこった小咄(こばなし)や落語(らくご)にあたる。これまた笑話にほかならない。  つまり、小説の場合と同じく、文言の笑話も宋代には白話に圧倒されてしまったのである。宋代は市民社会のおこってきた時代であるが、金と時間的余裕を持ちだした新興の商人階級にとっては、文言の笑話を読むよりも演芸場へ聞きに行くことの方がおもしろかったのである。量的にはかなり多くの笑話集が編まれるが、おもしろいものが少ないのはそのためだと見てよかろう。  宋代の笑話集で最もおもしろいのは張致和(ちようちわ)の『笑苑千金(しようえんせんきん)』だが、この書も晩唐の『笑海叢珠』と同じく、中国では全く亡んでしまって、わが国に残されている。おそらく相次いで刊行されたであろう二書が、全く亡んでしまったということの中に、宋代における白話の優位がうかがわれるのである。『笑苑千金』はすべて六十七話。本集にはその中から十八話を収めた。  蘇軾(そしよく)(東坡居士(とうばこじ)。一〇三六—一一〇一)の撰と伝えられている『艾子雑説(がいしざつせつ)』は、艾子という架空の人物を主人公にした笑話集。三十七話あるうち、本集には五話を選んだ。ほかに同じく蘇軾の撰と伝えられている『調謔篇(ちようぎやくへん)』と徐慥(じよぞう)の『漫笑録(まんしようろく)』とから一話ずつ、居実(けいきよじつ)の『拊掌録(ふしようろく)』から四話、張耒(ちようらい)の随筆集『明道雑志(めいどうざつし)』からも一篇を選んだ。  明代になると、宋以来「説話人」に語りつがれてきた「説話」が、文人によってまとめられるようになり、さらには文人が「説話」の形を踏んで「話本」を書くようにもなる。こうして、「説話」の種目の一つであった「小説」(ここでは「つまらない言説」という意味ではなく、読切りの講釈をいう)が短篇小説に、「講史」(毎回読みついで行く歴史物の講釈)が長篇の歴史小説(章回小説)に定着し、「説話」の他の種目である「談経」(「俗講」の形を踏む仏教的講釈)や先に挙げた「商謎」「合生」「説諢話」なども、短篇小説や長篇歴史小説の中に流れ込んでしまうのである。  このような小説、殊に白話小説は、儒者たちの甚だ疎んじ軽んじるものであった。儒者は詩と文(文言で書かれた、「小説」ではないところの「説」)しか文学とはみなさなかったのである。彼らにとっては、小説は非文学であるばかりか、非文化でさえあった。しかし、なかには明の儒者李卓吾(りたくご)(李贄(りし)。一五二七—一六〇二)のように、「童心」(人間の純真な生得の心)さえあるならば小説であろうが戯曲であろうがすべてみな文学であると主張した人もいた。しかし彼は異端邪説の徒として官憲に追われ、捕えられて獄中で自殺した。その李卓吾には『山中一夕話(さんちゆういつせきわ)』という笑話集がある。本集にはその中から、わが国の落語(らくご)にもなっている「饅頭こわい」ほか三篇を収めた。  李卓吾の文芸思想を受けついだのが金聖嘆(きんせいたん)(?—一六六一)であるが、彼も、悪役人の罪を追及したために反逆罪にとわれ、腰斬の刑に処せられた。  李卓吾や金聖嘆や、陽明学左派の革新的な人たちは別として、当時の儒者の大半は、たとえば次のようなかたくなな考え方しかできなかった。 〈古くから儒・仏・道の三教があるが、明以降、また一教がふえた。それは小説である。小説演義の書は自ら教とはいっていないが、しかし、士大夫も農・工・商人もみなこれを読み、文字を知らない子供や女まで、みんな聞いて夢中になっているところを見ると、この教は儒・仏・道よりも広がりが大きいといわなければならない。仏と道は人に善をすすめるけれども、小説は専ら人を悪に導く。姦邪淫盗のことは儒・仏・道の書では明らかにいうことを避けるが、小説は事こまかにそれを描いて、いかにも楽しげであり、殺人者を好漢といい、漁色を風流とみなし、喪心病狂、何のはばかるところもないのである。〉  これは清(しん)の史学者銭大〓(せんたいぎん)の『潜研堂文集(せんけんどうぶんしゆう)』に見える説だが、当時の儒者としては極めてあたりまえの意見だったのである。銭大〓がここでいっている小説は「明以降」とあるところから見て、また志怪とも伝奇ともいわずに「小説演義の書」といっているところから見て、文言小説ではなくて白話小説をさしていることは明らかである。文言小説と白話小説とのいちじるしいちがいは、その言語のほかに、小説としての姿勢であろう。それは文言小説が儒者的・官僚的であるのに対して白話小説は庶民的であるということである。従って白話小説の世界では、お高くとまっている儒者を笑ったり、いばっている官僚をそしったりもする。彼らが人とみなさない殺人者や漁色家や喪心病狂者を白話小説では人であるとして語る。儒者であり官僚であった銭大〓がこれを「喪心病狂」といったのは当然であろう。  笑話は文言で書かれるが、しかも、白話小説よりも更に端的直截に儒者(道学先生)や官僚(役人)や医者、僧侶や道士や私塾教師(先生)を笑いものにする。その種の笑話は本集にも極めて多いが、殊更に多くを集めたのではない。また、淫猥なものも多いが、しかしそれらはみな極めて大らかで、健康である。  蘇東坡の『艾子雑説』を真似たものに陸灼(りくしやく)の『艾子後語(がいしこうご)』十五話と、屠本〓(とほんしゆん)の『艾子外語(がいご)』二十二話があるが、その半ば以上は他書の笑話と重複する。本集には前者から六話、後者から一話を選んだ。ほかに江盈科(こうえいか)の『雪濤諧史(せつとうかいし)』から十五話、劉元卿(りゆうげんけい)の『応諧録(おうかいろく)』から七話、姚旅(ようりよ)の『露書(ろしよ)』と趙仁甫(ちようじんぽ)の『听子(ぎんし)』とから一話ずつを選んだ。  潘游龍(はんゆうりゆう)の『笑禅録(しようぜんろく)』はその題名のように禅の語録の形を踏んで「挙(こ)」「説(せつ)」「頌(しよう)」の三段から成っている。すべて十八話のうち本集では十話を選んだが、「挙」と「頌」は省いて「説」だけを収めた。前後はむしろわずらわしく思ったからである。  趙南星(ちようなんせい)(夢白(むはく)。一五五〇—一六二七)の『笑賛(しようさん)』は、馮夢龍(ふうむりゆう)(墨〓斎(ぼくかんさい)主人。一五七四—一六三〇)の『笑府(しようふ)』とともに明代笑話集の双璧といってよかろう。趙南星は硬骨漢(こうこつかん)として知られ、官途についてしばしば要路の高官を攻撃して罷免されるが、その高官が失脚するごとにまた任用され、ついに吏部尚書にまで上った。しかし宦官の魏忠賢(ぎちゆうけん)に逆らって山西(さんせい)の代州(だいしゆう)へ流され、その地で死んだ。『笑賛』は七十二話から成る。本集にはそのうち三十六話を収めた。書名は、各話のあとにそれぞれ「賛」が付けられていることに由来する。その「賛」には硬骨漢らしい面影が見えるけれども、笑話そのものの興を削ぐという意味で蛇足だと思うので、本集では省いた。「賛」の一例を挙げておこう。「放生」と題して収めた一篇の「賛」である。 〈この雀は一瞬の間に二度も死に直面したが、結局生きることができたのは、そう定められていた天命だったのだろう。この僧は殺生をしようとするときにも念仏をとなえた。これは仏をそしったのである。殺生ができなくなっても念仏をとなえた。これは仏をあざむいたのである。こんな奴こそ地獄へ落すべきである。〉  詩文ではない「非文学」を俗文学というが、馮夢龍は明末のその俗文学界の第一人者で、宋以来の白話短篇小説から百二十篇を選んで『喩世明言(ゆせいめいげん)』『警世通言(けいせいつうげん)』『醒世恒言(せいせいこうげん)』(これを『三言(さんげん)』という)を編んだのをはじめ、『平妖伝(へいようでん)』『新列国志(しんれつこくし)』の編集校定、民謡を採録した『山歌(さんか)』、散曲を集めた『太霞新奏(たいかしんそう)』、逸話を集めた『古今譚概(ここんだんがい)』など、おびただしい編著がある。『笑府』もその一つで、中国笑話の集大成といってよかろう。およそ七百話。原典は中国では散佚し、わが国に残されている。本集にはそれらのうち、他書と重複するものをもふくめて二百二十余話を撰集した。ほかに同じく馮夢龍の撰といわれる『広笑府(こうしようふ)』があるが、約二百八十話のうち半ばは『笑府』と重なる。本集には他書と重なる話をもふくめて二十数話を選んだ。また『警世通言』の「荘子(そうし)休鼓盆(きゆうはちをたたいて)成大道(たいどうをなす)」からも数行を引いて一話とした。  清代には、陳皋謨(ちんこうぼ)の『笑倒(しようとう)』、石成金(せきせいきん)の『笑得好(しようとくこう)』、游戯(ゆうぎ)主人の『笑林広記(しようりんこうき)』の三書のほか、数種の笑話集があるが、先行の笑話集から取ったもの、あるいはそれを改作したものが多い。『笑倒』には改作した話の中にも独自な味わいのあるものが少なくない。約四十話のうち本集には十数話を選んだ。『笑得好』はその初集に七十七話、二集に九十話、あわせて百六十七話が収められているが、これまた先行の笑話と重複するものが多い。本集には約二十話を選んだ。原典には笑話のあとに短文の批評をつけ加えたものが多い。たとえば本集に「魔除札」と題して収めた、亡霊にとりつかれて人に助けられた道士の話は、すでに、『笑府』に見える話だが、『笑得好』には次のような短文がつけられている。 〈ある人が「魔除札があるのにどうして自分で救わなかったのだ」ときくと、道士はいった。 「お札は人を救うものであって、自分を救うものではありません」〉  また、本集に「四角」と題して収めた話もすでに『笑府』に見える話だが、『笑得好』には次のような短文がつけられている。 〈嘘というものは必ず見破られるものであるのに、どうして本人は気づかないのであろうか。〉 『笑林広記』に収められている話の数は八百を越える。その数は『笑府』をしのぐが、『笑府』その他の先行書と重複する話や改作した話が多い。また、淫猥な話も少なくないために下等の書とみなす人もいるが、儒者的官僚的な眼を以てすれば、もともと小説や笑話は非文学であり非文化なのである。だが、庶民の眼にはそのようには映らないはずである。洋の東西を問わず、コントはもともと艶笑的要素を持つ。  これらの中国笑話の中には、あるいはほとんどそのまま、あるいは巧みに換骨されて、江戸小咄や落語(その枕やさげ)になっているものが少なくないということは、読者のすでにお気づきになっているところであろう。  たとえば、さきに引いた「魔除札」は『うぐいす笛』(大田南畝(なんぽ)作。天明頃〈一七八〇頃〉)では次のような話になっている。 〈近所の山伏、狐にばかされ、田のくろにて馬糞を食ひ居けるを、つれ帰りて介抱しければ、やうやう正気つきけり。山伏、皆の者にむかひ、 「やれやれ、おかげでたすかりました。お礼に魔よけの札をあげませう」〉  つまり、ほとんどそのままである。また、本集で「突き抜ける」と題した『笑府』の話は、『間女畑(まめばたけ)』(天明頃)では次のような話に変えられている。 〈近所にきれいな若衆があつた。どうぞあいつを〓〓とつけ廻し、いろ〓〓だまし、とふ〓〓くどきおとし、 「そんなら痛くないやうにして。お前、面倒だあろふが、私は初めてだから」  といゝざま、うつむけになるかわゆらしさ。まづ中指につわをつけて、そろ〓〓入れていじり、モウよかろふと、つばきたつぷり付けて、ぬつと入れると、根までぬる〓〓ウと入ると、若衆、アイタヽヽヽといふ。びつくりして前へ手をやつて見ると、若衆がおやしているのをみて、 「なむ三、つきぬけた」〉(原文のまま。以下同じ)  換骨奪胎というべきだろうか。「牛の歳」と題して『笑府』『笑得好』から採った話は、『楽牽頭(がくたいこ)』(明和九年、一七七二)では更に換骨の妙を示して次のように語られる。 〈士、供一人召連れ、途中に死したる鼠あり。 「角内、この鼠を持つて参れ」 「ヘエあれは死んでおります」 「そりや知れたことさ。身どもは子(ね)の年じやから見のがしにはならぬ」 「ヘエ旦那、牛の年でなくつて、我ら仕合せ」〉  また、『笑林広記』から採って「開き乾し」と題した老人夫婦の話は、『さし枕』(安永二年、一七七三)では次のような百姓夫婦の話に変る。 〈百姓夫婦、野良へ出て、昼ごろ、退屈して休む中に、嚊(かか)が内股が見えると、俄に味な気になり、すぐに畠中で一幕。  さて、仕舞ふたが、拭くものがないので、 「嚊、どふしよう」 「仰のけになつて天道干にしませう」 「成程それでよい」  と二人ながら仰のけに成つて干し付る。  嚊はそのまま仕事にかかる故、 「もう干したか」  と問へば、嚊がいふよう、 「ととのは丸干だから干やうが遅い。わしのがは割干だから早く干し申した」〉  この『笑林広記』と『さし枕』との話のあいだには、朝鮮笑話がある。朝鮮にも数多くの漢文で書かれた笑話集が残されているが、その一つの『陳談録』に「曝行」(日向(ひなた)乾し)と題した次のような話が見える。 〈みだらな男女が、山かげのくぼみにかくれて事を行なった。やがて一つすんだが、あまりにもぬれているので、 「日に乾かしてから、もういちどしよう」  と男がいうと、女も、 「そうね」  といい、二人は肩を抱きあって両脚を開き、そこに日をあてながら並んで寝た。  しばらくすると、女が脚をのばしていった。 「わたしのは、もう乾いたわ」 「おれのは、まだ乾かんよ」  男がそういうと、女はうらめしそうに、 「わたしのは乾いたのに、どうしてあなたのだけ乾かないの」 「おまえのは中を割って干すから早く乾くのだよ。おれのは丸ごと干すから、おそいというわけさ」〉  中国笑話と江戸小咄とのあいだには、このように朝鮮笑話があることが多い。中国では亡んでしまった笑話でわが国に残っているものがあるように、中国で亡んでしまったものが朝鮮に残ったまま、わが国には伝わらなかったというものもあるようである。  寛延四年(一七五一)、岡白駒(はつく)編『開口新語(かいこうしんご)』が刊行された。中国笑話や軽口本の話を簡潔な漢文で書いたもので、百話の短い話が収められている。その体裁を示すために一話を挙げよう。 守夜人(ヤ バ ン)寒夜扣 テ二 各門 ヲ一 曰、切 ニ 警 メヨレ  火 ヲ 。一戸方 ニ 飲 レ 酒。乃請 テ 与飲 シム 。臨 テ二 辞去 ニ一 曰、唯府上之火 ハ 請 フ 自  ニセヨ 。  これは『百登瓢覃』(元禄十四年、一七〇一)の中の「番太郎」という話(落語「市助酒」の原話)を縮めて漢文にしたものであるが、この簡潔な形が江戸小咄に影響を与えて、『再成餅(ふたなりもち)』(安永二年、一七七三)の「火の用心」では次のように語られる。 〈寒風強き夜、番太が裏店を「火の用心さつしやりませふ〓〓」と鉄棒の音。ある家から、 「これ番太どの、ちよつと寄つて一ぱいすゝつてござらぬか」 「それは有難し」  と内へ入りみれば、ねぎぞうすい。日ごろは好きなり、御意はよし、寒さは寒し。二はいまで代へて食ひ、 「アイお忝(かたじけ)のふごさります。火の用心はお勝手次第になさりませ」〉 『開口新語』が出た翌年(宝暦二年、一七五二)、中国笑話の最初の紹介本が出た。松忠敦編『〓窓解頤(けいそうかいい)』で、『笑海叢珠』『笑苑千金』『諧〓録』の三書から五十話を抄出したものである。同書は寛政九年(一七九七)『開口新話(かいこうしんわ)』と改題して再刊される。  明和五年(一七六八)、『笑府』と題した二種の本が出された。一つは京都円屋清兵衛等の板で、『笑林広記』から二十五話を抄出したもの、一つは江戸須原屋半兵衛板で、『笑府』と『笑林広記』から八十話を抄出したものである。本集にその出典を「江戸須原屋半兵衛板」とした話が二話あるが、それはこの本に収められていて、現存の『笑府』『笑林広記』には見当らないことを示したのである。  この二書の翌年(明和六年)には『刪(さん)笑府』が、安永七年(一七七八)には『笑林広記鈔』が、寛政六年(一七九四)には『解顔新話(かいがんしんわ)』が、寛政八年には『即答笑合(そくとうえあわせ)』が、文政十二年(一八二九)には『訳解笑林広記』が出される。『刪笑府』には七十話、『笑林広記鈔』には三十二話、『解顔新話』には『笑林広記』から四十五話、『即答笑合』には『解顔新話』に八話を加えて五十三話が、『訳解笑林広記』には三百五話が抄出されている。  これらの和刻中国笑話集が、『開口新語』以来続出した漢文体笑話とともに、江戸小咄に影響を与えて行ったのである。 『笑顔はじめ』(天明二年、一七八二)はすべて中国笑話を種にして、二十九話のうち二十六話を安永七年の『笑林広記鈔』に拠って翻案し、そのまま江戸小咄の世界に溶け入っている。  本集を編むに当っては内外の先学の恩恵を受けたが、中国書のほかには、松枝茂夫氏編訳の『歴代笑話選』(『中国古典文学大系』第五十九巻、平凡社)と武藤禎夫氏編『江戸小咄辞典』(東京堂出版)に多くの恩恵を蒙った。 中国笑話集(ちゆうごくしようわしゆう) *電子文庫パブリ版  駒田信二(こまだしんじ) 訳 (C) Setsu Komada 1978 二〇〇一年一〇月一二日発行(デコ) 発行者 野間省伸 発行所 株式会社 講談社     東京都文京区音羽二‐一二‐二一     〒112-8001     e-mail: paburi@kodansha.co.jp 製 作 大日本印刷株式会社 ◎本電子書籍は、購入者個人の閲覧の目的のためのみ、ファイルのダウンロードが許諾されています。複製・転送・譲渡は、禁止します。 ●講談社電子文庫《好評既刊》 現代の常識を超えた奇想天外な傑作物語集! 『中国怪奇物語《神仙編》』 『中国怪奇物語《幽霊編》』 『中国怪奇物語《妖怪編》』 『中国妖姫伝』