さるところに久しく売り家の札(ふだ)、斜めに張りたる待合(まちあい)、もとより横丁なれども、その後、往来の片側、取りひろげたなりで表通りの見ゆるようになりしかば、待合稼業当節のご規則とて代がかわれば二度ご許可なるまじとの噂(うわさ)に、普請(ふしん)は申し分なき家なれど買い手なかなかつかざりしを、ここに金風山人(きんぷうさんじん)という馬鹿の親玉、通りがかりに何心もなく内をのぞき、家づくり小庭の様子ひとめ見るなりむやみとほれこみ、早速買い取りここかしこ手を入れる折から、母家から濡れ縁づたいの四畳半、その襖(ふすま)の下張りなにやら一面にこまかく書きつづる文反古(ふみほご)、いかなる写本のきれはしならんと、かかることには目ざとき山人、経師屋(きょうじや)が水刷毛(みずはけ)奪い取って一枚一枚はがしながら読みゆくに、これさても誰(た)が筆のたわむれぞや。
 はじめのほうはちぎれてなし、持って生まれし好きごころ、いくつになっても止むものでなし。十八の春、千種(ちぐさ)の花読みふけりしころ、ふと御神燈(ごじんとう)のかげくぐり初(そ)めしより幾年月の仇夢(あだゆめ)、相手は新造(しんぞ)、年増、小娘のいろいろと変われども、主のこなたはいつも変わらぬ好きごころ飽くを知らず、人生五十の頃もはや一つ二つ越しながら、寝覚(ねざめ)の床に聞く鐘の音も、あれは上野か浅草かとすぐに河東(かとう)からの鼻唄、まだなかなか諸行無常とひびかぬこそいやはや呆れた次第なり。

 思えば二十歳のころ、身は人情本中の若旦那よろしくひとりよがりして十七八の生娘などは面白からず、五ツ六ツも年上の大年増(おおどしま)泣かして見たしと願掛けまでせし頃は、四十の五十のという老人の遊ぶを見れば、あの爺(じじい)なんという狒々(ひひ)ぞや、色恋も若気のあやまちと思えばゆるされもすべきに、分別ざかりの年にも恥じず金の威光でいやがる女をおもちゃにするは言語道断と、こなたは部屋住まいの身のふところままならぬ、役にも立たぬ悲憤(ひふん)慷慨(こうがい)、今となって思い返せばおかしいやら恥かしいやら、いつのまにかわれ人ともに禿頭、しわがれ声となりて、金に糸目はつけぬぞあの妓(こ)をぜひと、茶屋の女房へ難(なん)もちこむ仲間とはなるぞかし。人さまのことは言わずもあれやつらし、おのれがむかしを顧みるに、二十代はただわけもなきことなり。思い詰めて死にたいと泣きしも、後日にいたれば何のことやら夢にも残らず。
 ただし若きころはたいてい女一人にて馴染み重ねしものを天にも地にもと後生大事にまもるなど、案外諸事気まじめなり。二十五過ぎ三十に及べば、おいおいうぬぼれつよくなりて、馴染みは馴染み、色は色、浮気は浮気と、いろいろと段をつけ、見るものみな一度づつ手が出して見たく、心さらに落ちつく暇なく衣裳持ち物にも心をつくし、いかなる時も色気たっぷり、見得と意地とを忘れざるゆえ、さほど浅間しいことはせずにすめども、やがて四十の声聞くようになりては、そろそろ気短に我欲(がよく)ようやく盛んになるほどに、見得も外聞もかまわぬ賎(いや)しき行ない、かえって分別ざかりと見ゆる年頃より平気でやり出すものぞかし。

 老いやまことや顔形のみならず、心までみにくくするぞ是非もなき。遊びもようやく老い来りては振られぬ先からひがみ根性のまわし気早く、言わでもよき厭味(いやみ)皮肉を言いならべ、いよいよ手ひどく振りつけられること知れば、大人げなく怒気(どき)を発し、あるいはますます意地わるく押しつよく出かけて恥をわするるなり。たまさか運よく持てることありても、無邪気にうれしがることなく、相手の女をぐっと見下げて卑しむか、さらずばこいつなにかねだる下心かとおのがふところの用心にかかるなり。絵にも、歌にもなったものにあらず。
(山人、日一枚の紙ここにて尽きたり。後はいずこの紙へつづくやら、このひとくだりこれにて終れるものか、さるにても終れるものかさるとても次の紙片読み見るに、いやはやどうも恐れ入るもの怪(け)しからぬものなり)

 これぞと思う若者、茶屋の女中にわけ言いふくめ、始めて承知させし晩の楽しみ、男の身にはまことに胸も波立つばかりなるを、後にて女に聞けば、初会や裏にては気心知れず、気がね多くして人情移らずと、これだけにても男と女はちがうなり。女は一筋にわき目もふらず深くなるを、男はとかく浅くして広きを欲す。女のそこの気心知りて、すこしわがまま言うようになれば、男は早くも飽きたることにはあらねど、珍しさ薄らぎて、初手ほどにはちやほやせず、女の恨みこれより始まるなり。おのれ女房のお袖(そで)、まだ袖子とて芸者せし頃のことを思い出すに、二十三、四の年増ざかり小柄にて肉づきよきに目をつけ、折りを計って否応言わさず泊らせける。その首尾いかに、と回顧するに、女はまず帯解いて長襦袢(ながじゅばん)ひとつ伊達巻(だてまき)のはしきっと締め直して床に入りながら、この一夜のつとめ浮きたる稼業の是非もなしといわぬばかり、長襦袢の裾(すそ)さえ固く引き合わせていたるにぞ、この女なかなか勤めに馴れて振る道もよく覚えているだけ、ひとつ破目はずさせれば楽しみまた一倍ならんと、そのままこなたから手は出さず、しごくさっぱりした客と見せかけ何ともつかぬ話して時分をはかり、ふと片足を向こうへ入れ、起きなおるような振りすれば、それと心得る袖子、手軽に役をすません心にて、すぐにのせかける用意するゆえ、おのれもこれが客のつとめという顔つきににてなすがままに、ただし口も吸わねば深く抱きもせず、もとより本間取りにて静かに抜きさしなしつつ道具のよしあし、肌ざわり、肉付き、万事手落ちなく瀬ぶみするとは女さらにも気がつかず。いかに売女なりとてこの場合にいたりては、男の顔まともに下から見上げるわけにも行かぬと見えて、尋常に目をつぶり、男の抜きさしにつれ腰をつかうことややしばらくなり。時分を計りて、酒を飲みすぎたせいか、これではあんまり長くかかって気の毒なり、形を替へたらば気もかわるべしと、独り言のように言いて、おのれまず入れたなりにて横に身をねじれば女も是非なく横になるにぞ、上のほうにしたる片手やり場なきと見せかけて、女の尻をいだきみるに堅ぶとりで円くしまった肉付き無類なり。およそ女の尻あまり大きく、挽き臼のごとくに平(たいら)きものは抱きぐあいよろしからざるのみか、四ツ這いにさせての後取りはもちろんなり、膝の上に抱き上げて居茶臼の曲芸なんぞ到底できたものにあらず。女は胴のあたりすこしくびれたように細くしなやかにて、下腹ふくれ、尻は大きからず小さからず、円くしまって内股あついほど暖かに、その肌ざわり絹のごとく滑らかなれば、道具の出来すこしくらい下口なりとて術磨けばずいぶんと男を迷わし得べし。おのれかくのごとく余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)として横取りに行なうことまたややしばらくとなれば、いかほど御義理いっぺん、ただ暫時(ざんじ)貸すばかりのつもりでも、そこは生身の是非もなく、夜具のなか蒸すように熱くなるにつれ、開中(かいちゅう)またようやく潤(うるお)い来たりて、鼻息もすこしずつ荒くなるにぞ、始めは四度目、五度目くらい、後には二度目、三度目くらいにぐっと深く突き入れ、次第しだい抜きさしを激しくすれば、女はもうじきお役がすむものと早合点して、この機はずさず一息に埒(らち)をつけてしまおうといふ心なるべし、両手にて男の胴をしめ、にわかにはげしく腰をつかい出せば、夜具のすれる響き、枕のきしむ音につれて伊達巻のはしもいつかほどけたり。遊びになれぬお客ならば、大抵この辺にて相手の女もよがり出せしものと思いこみ、意気地なく往生とぐるなるべし。しかれども兵に馴れたるものは、敵の計略を利用してかえってその虚を突く。さても女、早く埒を明けさせんと急いで腰をつかうこと激しければ、おのずとその身も幾分か気ざさぬわけには行かぬものなるを、こなたは時分を計り何もかも夢中の体(てい)に見せかけ片手に夜具はねのけるは後に至って相手をはだかになし、抜きさし見ながら娯しまんとの用意なり。このところしばらくして、女もしこのままに大腰つかい続けなば、いよいよほんとに気ざし出すと気づきてやや調子をゆるめにかかるをうかがい、こなたもまたもや二三度夢中の体にて深く入るれば、女はこのたびこそはと再び早合点してもとのごとく大腰になるを、三四回抜きさしに調子を合せし後ぐっと一突き深く入れて高く抜くはずみにわざとはずして見せれば、驚いて女は男の一物指先にて入れさせる。それにつれてこなたも手をさし込み、毛がはいりはせぬかあぶないよと、また抜いてこのたびはわれと我が手にて入れるをしおに、そのあたり手暗がりの所さがす振りにて女の急所指先にていじりかかれば、この場になりてそんな悪戯(わるさ)してはいやよとも言われず、だまって男のなすままにさせるより外なきは、これ初めよりこなたの計画、否応いわさず初会の床にしたたか気をやらせて見せる男の手なり。女というもの誰しもつつしみ深く、初めてのお客に初めより取り乱してかかるものは少なし。されば初めての客たるもの、その辺の加減を心得、初めは諸事あっさりと十分女に油断させ、中ごろよりそろそろと術を施せば、もともと死ぬほどいやな客なれば床へは来ぬ訳なり。口説かれて是非なきようにするは芸者の見得なり。初めての床入りに取り乱すまじと心掛くるも女の意地なれば、その辺の呼吸よく呑み込んだお客が、神出鬼没臨機応変の術にかかりて知らず知らず少しよくなり出したと気がついた時はいくら我慢しようとしても手おくれなり。

 元来、淫情(いんじょう)強きは女のつね、一つよくなり出したとなったら、男のよしあし、好き嫌いにかかわらず、恥ずかしさうち忘れて無上にかじりつき、鼻息丈のようにして、もう少しだからモット、モットと泣き声出すも珍らしからず。そうなれば肌襦袢も腰巻も男の取るにまかせ、曲取りのふらふらにしてやればやるほど嬉しがりて、結(ゆ)いたての髪も物かは、骨身のぐたぐたになるまでよがり尽くさねば止まざる熱すさまじく、腰弱き客は、かえってよしなきこと、仕掛けたりと後悔先に立たず、アレいきますヨウという刹那、口をすって舌を噛まれしドジもありとか。さても袖子指先にていじられているなか、折々腰をもじもじ鼻息しだいに烈(はげ)しく、男を抱く腕の力の入れ方はじめとは大分ちがった様子、まさしく真身に気ざせし兆(ちょう)を見てとるや、入れたままにてツト半身を起こして元の本取りの形、大腰にすかすかと四五度攻むれば、女首を斜めに動かし、やがて両足左右に踏ん張り、思うさま股を開いて一物をわれから子宮の奥へ当てさせる様子。こうなっては何をするもこなたのものと思えど、なお大事を取るにしかずと、口など吸わず、ただ腰を早めて様子をうかがうに、たちまちがっくり枕はずして、それなり直そうともせぬにぞもうしめたりと、腰を使いながら半身起こして手早く長襦袢の前左右にかき開き、親指の腹にて急所を攻むれば、袖子たまらぬといふ風に身をもがきて、たちまちよがりの一声思わず高く発するを心づいてか、襦袢の袖にて顔をおおう。こなたはますます泰然自若として徐々に女の伊達巻解きすて、緋縮緬(ひちりめん)の腰巻引きはだけて、乳房より下腹までぱっちりとして雪のようなる裸身、上なる電燈くまなく照らすを打ちながめつつ、おのれも浴衣かいやりはだかとなり、女が両足腿(もも)よりすくい上ぐるようにして、こなたへすこし反り身になって抜きさし見ながら行なう面白さ、何とも言えたるものにあらず。どうやらこなたもよくなって来そうになれば、これではならぬと上になって浅く腰をつかい、ひたすら親指のみ働かすほどに、女は身をふるわせ、夢中に下から持ち上げて、襦袢の袖かみしめ、声を呑んで泣き入る風情。肌身と肌身はぴったり合って、女の乳房わが胸にむずがゆく、開中はすでに火のごとくなればどうにも我慢できねど、ここもうひとしきり辛抱すれば、女よがり死するも知れずと思うにぞ、息を殺し固唾(かたず)を呑みつつ心を他に転じて、今はの際にもう一倍いやが上にもよがらせ、おのれも静かに往生せんと両手にて肩の上より女の身ぐっと一息にすくい上げ、膝の上なる居茶臼にして下からぐいぐいと突き上げながら片手の指は例の急所攻め、尻をかかえる片手の指女が肛門に当て、尻へと廻るぬめりをもって動かすたびたび徐々とくじってやれば、女は息引き取るような声して泣きじゃくり、いきます、いきます、いきますから、アレどうぞ、どうぞと哀訴するは、前後三箇所の攻め道具、その一つだけでも勘弁してくれという心か。髪はばらばらになって身をもだゆるよがり方、こなたも度を失い、仰向けの茶臼になれば、女は上よりのしかかって、続けざまにあれあれまたいく、またいくと二度つづきの淫水どっと浴びせかけられ、これだけよがらせてやれば思い残りなしと静かに気をやりたり。さて拭く段になりて、女は用意の紙、枕元にあるを知れども、手は届かず、その身は茶臼の最中、長襦袢うしろにすべり落して腰巻さへはがれし丸はだか、さすがに心づいて余りの取り乱しかた今さらと恥ずかしく顔かくそうにも隠すべきものなき有様、せん方なく男の上に乗ったままにて顔をば男の肩に押し当て大きな溜息つくばかりなり。どうしたえと下から問い掛ければ、鼻つまらせ泣き声にてあなたどうかして頂戴よ、紙がとれませぬ、取れねば拭かずともよいワ、重くてならぬと下から女の肩押して、起きなといえど煌々(こうこう)たる電燈このままにて起きも直れぬと見え、なおじっとしているにぞ、入れたままの一物まだ小さくなる暇なきをさいわい、そっと下から軽く動かして見るに、女は何とも言わず今方やっと静まりたる息づかいすぐにあらくさせて顔を上げざれば、こりャてっきり二度目を欲する下心と内心をかくし、しばらくして腰を休めて見るに、女は果たせるかな夢中にて上から腰をつかうぞ恐しき。くすぐったくないかと聞いて見れば、鸚鵡返(おうむがえ)しにあなたはと情けなさそうにいうは、もしそうであろうとも我慢して下さいとの心なるか。

 一度気をやればしばらくはくすぐったくてならぬという女あり。また二度三度つづけさまに気をやり四度目五度目に及びし後はもう何が何だか分らず、むやみといきづめのような心持ちにて骨身のくたくたになるまで男を放さぬ女もあり。男いっぺん行なう間に三度も四度も声を揚げて泣くような女ならでは面白からず。男もつい無理をして、明日のつかれも厭わず、入れたままに蒸し返し、一晩じゅう腰のつづく限り泣かせ通しに泣かせてやる気にもなるぞかし。お袖とかくするなか、茶臼にてもろくも三度目の気をやりしが、こなたはもともと蒸し返しの無理なれば、いっこう平気にて今度こそ我慢せずともなかなか行きそうな気もせねば、まず入れたままにて横になし、女の片足を肩へかつぎ、おのれは身を次第に後にねじ廻して、半分後取りの形、抜きさし電燈の光によく見ゆれば、お前も見て楽しみなと知らすれど、女は泣き張らせし眼つぶりしままにて、またいいのよどうしたんでしょう、あなたあなたアレわたしもう身体じゅうがと皆まで言い得ず四度目の気をやり始め、ぐっと突きまくるたびにひいひい言って泣きつづけしが、突然泣き止むと見れば今にも息や絶えなんばかり、肩にて呼吸(いき)をつき、両手は両足もろともバタリと投げ出し、濡れぼぼさらけ出して耽じる風もなし。こなたは今方よりすこし好くなりかけて来たところ、この分にて気の行くまで行ないてはそれこそ相手の疲れさぞかしと、さすが気の毒になり、そのまま双方ふきもせずうとうとと一眠り。目が覚めて顔見合わせ互いににっこり笑いしが、その時女なんと思うてか小声で、あなたも行ってときく。どうだったかと笑えば、あなた人ばかりやらして御自分は平気なのよ、ほんとに人がわるいと内股へ手を入れるゆえ、そのままいじらせて、もう駄目だろうと言えば、大丈夫あなたもちゃんとやらなくちゃいやよ、私ばかり何ぼ何でも気まりがわるいわとやわらかに鈴口を指の先にて撫でる工合、この女思うに老人の旦那にでもよくよく仕込まれた床上手と覚えたり。されどどうしたものか一物容易に立ち上らぬにぞ、女もはや奥の手出すよりせん方なしと思いてや、ほんとにおつかれ筋なのね、と言いながら潜るように後じさりして、それとなく男の乳を静かに舐(な)め、やがて一物を口にふくめて、舌の先にて鈴口を撫でる順取り呆れたほど上手なり。今まで幾年となく諸所方々を遊び歩きしが、これほどの容色にて、これほどの床上手にはまだ一度も出合ったことなし。今夜はどうした巡り合わせかと思えば、しみじみ嬉しくなり、おのれも女の内股へ顔をさし入れ、まず舌の先にて上の方の急所を舐め、折々舌をまるめて奥深く入れてはまた上の方をなめてやると、女はたちまちうつつによがり始め、口の中なる男の一物、唇にて根本を堅くしめてはこきながら舌の先にて鈴口を弄(もてあそ)ぶ。その心地開中にあるよりはまた別段の快味にこなたも負けじと舌をはたらかすうち、続けさまにぐっとこかれていよいよたまらず、もう行くからと腰を浮かして取らんとすれど、女くわえたなりにて放さず、ひときわ巧みな舌のはたらき、ウムと覚えず、女の口中にしたたか気をやれば、女も同じく気をやると覚えて泉のごとく出しかける淫水、あごより胸へとべたべたつたわる。まして今度こそは後先の恨みなく人には話されぬいやな真似仕尽くして、さすがに夜があけてから顔見合わすも恥ずかしきばかりなる。

 気の合った同志、知らず知らず馴染みを重ねしも無理はなし。しかりといえども、女一人わがものとなしおおせて、床の喜悦も同じ事のみを繰り返すになりぬれば、また折に別の女ほしくなる男のくせなり。三度の飯は常食にして、佳肴(かこう)山をなすとも八時ともなればお茶菓子もよし。
 屋台店の立ち食い、用たしの帰り道なぞ忘れがたき味あり。女房は三度の飯なり。立ち食いの鮨に舌鼓打てばとて三度の飯がいらぬといふ訳あるべからず。家にきまった三度の飯あればこそ間食のぜいたくも言えるなり。この理知らば女房たるもの何ぞ焼くに及ばんや。おのれ袖子が床の上手に打ち込みて、懐中都合よき時は四日五日と遠出をつけ、湯治場の湯船の中、また海水浴には浅瀬の砂の上と、ところきらわず淫楽のさまざま仕尽くして飽きた揚げ句の浮気沙汰に、切るの切れぬのとお定(きま)りのごたごた。一時はきれいに片をつけしが、いつか焼け棒杭に火がつけば、当座は初めにもまさり稀世(きせい)の味わい、昼あそびのお客が離れ座敷へひたるを見れば、待合稼業のかいもなく、むやみと気をわるくし、空いた座敷へそっと床敷きのべる間も待ちきれず、金庫の扉を楯に、帳場で居茶臼の乱行、女中にのぞかれしも一二度ならず、夜はよっぴて襖越しのすすり泣きに、家のおかみさてはそりゃ一通りや二通りではないのよと、出入りの芸者に家の女中が虚言ならぬ噂、立ち聞してはさすがに気まりのわるいこともありしが、それはいわゆるそれにして、また折々のあいだ食い止めがたきぞ是非もなき。無類の美味家にありて、その上になお間食いの不量見、なみ大抵のあそびでは面白いはずもなし。山手は下町とちがい、神楽坂(かぐらざか)、富士見町、四谷、渋谷あたり、いずれも寝るのが専一にて、待合茶屋より口掛ける折も身体の都合はどうかと念を押すほどの土地柄、ずいぶんその道にかけては優物(ゆうぶつ)あり。大勢の前にてはだか踊りなんぞはお茶の粉さいさい、人の見る前にても平気で男のものを口に入れて気をやらせるお酌もあれば、旦那二人を芸者家の二階と待合とに泊らせてたくみに廻しを取るもあり。昼も夜でも口があれば幾座敷でもきっとお引けにして見事に床裏返させるのみかは、旦那もまずお座敷もない時にはお抱えの誰彼えらみなく、いっしょに昼寝をさせ、お前さんはおいらんにおなり、わたしはお客になってお女郎屋ごっこしようよと、初めは冗談に見せて足をからませているうちに、アレサ何が気まりがわるいんだよ、もっと上のほうなんだよ、この児は十八にもなってまだ知らないのかい、呆れたねえと、自分から唾をつけ、指持ち添へていじらせ、一人で腰つかう稀代の淫乱にたまりかね、抱えの妓さえ居つかぬ家ありと、兼ねて聞いたる人の話を思い出し、わが家の首尾気にしながら、はるばる山手の色町に出かけ上玉三円、並二円で、よりどりどれもすぐに寝る便利に、好き勝手な真似のかずかず、ついに一人の女では物足らず、二人三人はだかにして左右に寝かし、女のいやがること無理にしてたのしむなんぞわれながら正気の沙汰とはいいがたし。


 跋(ばつ)
 四畳半襖の下張りと題せる一篇は、ちすかぜの大人(たいじん)が物し給える戯文なりといえども、真偽つまびらかならず、聞く耳に痛う口にするだに憚(はばか)る、好き好ましき筋をいと優艶(ゆうえん)に書きなしたるこの道の風流を尽くせし稀世の名人が年のすさびなるべし。つとに好事者(すきもの)の写し伝えて珍重するぞかし。されどようように書き換えるなども少なからねば、同学のともがらと相はかり、これを鉛版(えんばん)にうつしておのおの家蔵の珍宝となさんとす。もとより麗々(れいれい)しく世に示すべきものにあらず、みだりに門外に散出して作者の心に背くことなかれというは。(完) ◆四畳半襖の下張り◆
金風山人(伝永井荷風)作

二〇〇四年十月二十日