吉川英治 神州天馬侠(一)   序  私は、元来、少年小説を書くのが好きである。大人《おとな》の世界にあるような、|きゅうくつ《ヽヽヽヽヽ》な概念《がいねん》にとらわれないでいいからだ。  少年小説を書いている間は、自分もまったく、童心《どうしん》のむかしに返る、少年の気もちになりきッてしまう。——今のわたくしは、もう古い大人《おとな》だが、この天馬侠《てんまきよう》を読み直し、校訂《こうてい》の筆を入れていると、そのあいだにも、少年の日が胸によみがえッてくる。  ああ少年の日。一生のうちの、尊《とうと》い季節だ。この小説は、わたくしが少年へ書いた長編の最初のもので、また、いちばん長いものである。諸君の楽しい季節のために、この書が諸君の退屈《たいくつ》な雨の日や、淋《さび》しい夜の友になり得《う》ればと思い、自分も好きなまま、つい、こんなに長く書いてしまったものである。  いまの日本は、大人の世界でも、子どもの天地でも、心に楽しむものが少ない。だが、少年の日の夢は、痩《や》せさせてはいけない。少年の日の自然な空想は、いわば少年の花園《はなぞの》だ。昔にも、今にも、将来へも、つばさをひろげて、遊びまわるべきである。  この書は、過去の伝奇《でんき》と歴史とを、わたくしの夢のまま書いたものだが、過去にも、今と比較して、考えていいところは多分《たぶん》にある。悪いところは反省し、よいところは知るべきだと思う。その意味で、鞍馬《くらま》の竹童《ちくどう》も、泣き虫の蛾次郎《がじろう》も、諸君の友だち仲間へ入れておいてくれ給え。時代はちがうが、よく見てみたまえ、諸君の友だち仲間の腕白《わんぱく》にも、竹童もいれば、蛾次郎もいるだろう。大人についても、同じことがいえる。  以前《いぜん》、これが「少年倶楽部」に連載されていた当時の愛読者は、成人《せいじん》して、今日では政治家になったり、実業家になったり、文化人になったりして、みな社会の一線に立っている。諸君のお父さんや兄さんのうちにも、その頃の愛読者がたくさんおられることと思う。  わたくしはよくそういう人たちから、少年時代、天馬侠《てんまきよう》の愛読者でした——と聞かされて、年月の流れに、おどろくことがある。もし諸君がこの書《しよ》を手にしたら、諸君の父兄《ふけい》やおじさんたちにも、見せて上げてもらいたい。そして、著者の言伝《ことづ》てを、おつたえして欲しい。  ——ご健在《けんざい》ですか。わたくしは健在です、と。  そして、いまの少年も、また天馬侠を読むようになりました、と。    昭和二四・春 [#地付き]著 者   [#改ページ]  目 次   序  武田伊那丸《たけだいなまる》  富士《ふじ》の山大名《やまだいみよう》  黒衣《こくい》の義人《ぎじん》  月《つき》の裾野《すその》  朱柄《あかえ》の槍《やり》を持《も》つ男《おとこ》  雷火変《らいかへん》  天《てん》の筏《いかだ》  怪船《かいせん》と巽小文治《たつみこぶんじ》  大鷲《おおわし》の鎖《くさり》  鞍馬《くらま》の竹童《ちくどう》  智恵《ちえ》のたたかい  笛《ふえ》ふく咲耶子《さくやこ》  天翔《あまがけ》る鞍馬《くらま》の使者《ししや》  水火陣法《すいかじんぽう》くらべ  天罰《てんばつ》くだる  湖南の三|騎士《きし》  悪入道《あくにゆうどう》の末路《まつろ》  自然城《しぜんじよう》・小太郎山《こたろうざん》  奇童《きどう》と怪賊問答《かいぞくもんどう》  銀河《ぎんが》の箭《や》づくり  魔人《まじん》隠形《おんぎよう》の印《いん》  早足《はやあし》の燕作《えんさく》  吹針《ふきばり》の蚕婆《かいこばばあ》  石投《いしな》げの名人《めいじん》  隠密落《おんみつお》とし  鼻《はな》かけ卜斎《ぼくさい》と泣《な》き虫《むし》蛾次郎《がじろう》  深夜《しんや》の珍客《ちんきやく》  死地《しち》におちた雨《あま》ケ岳《たけ》  密林《みつりん》の出来事《できごと》  信玄《しんげん》の再来《さいらい》  幽霊軍隊《ゆうれいぐんたい》  虎穴《こけつ》に入《い》る鞍馬《くらま》の竹童《ちくどう》 [#改ページ]   武田伊那丸《たけだいなまる》     一  そよ風のうごくたびに、むらさきの波、しろい波、——恵林寺《えりんじ》うらの藤《ふじ》の花が、今をさかりな、ゆく春のひるである。  朱《しゆ》の椅子《いす》によって、しずかな藤波《ふじなみ》へ、目をふさいでいた快川和尚《かいせんおしよう》は、ふと、風のたえまに流れてくる、法螺《ほら》の遠音《とおね》や陣鉦《じんがね》のひびきに、ふっさりした銀《ぎん》の眉毛《まゆげ》をかすかにあげた。  その時、長廊下《ながろうか》をどたどたと、かけまろんできたひとりの弟子《でし》は、まっさおな面《おもて》をぺたりと、そこへ伏《ふ》せて、 「おッ。お師《し》さま! た、大変《たいへん》なことになりました。あアおそろしい、……一大事《いちだいじ》でござります」  と舌《した》をわななかせて告《つ》げた。 「しずかにおしなさい」  と、快川《かいせん》は、たしなめた。 「——わかっています。織田《おだ》どのの軍勢《ぐんぜい》が、いよいよ此寺《ここ》へ押しよせてきたのであろう」 「そ、そうです! いそいで鐘楼《しようろう》へかけのぼって見ましたら、森も野も畠も、軍兵《ぐんぴよう》の旗指物《はたさしもの》でうまっていました。あア、もうあのとおり、軍馬の蹄《ひづめ》まで聞えてまいります……」  いいもおわらぬうちだった。  うら山の断崖《だんがい》から藤《ふじ》だなの根もとへ、どどどどと、土けむりをあげて落ちてきた者がある。ふたりはハッとして顔をむけると、ふんぷんとゆれ散った藤《ふじ》の花をあびて鎧櫃《よろいびつ》をせおった血まみれな武士《ぶし》が、気息《きそく》もえんえんとして、庭《にわ》さきに倒《たお》れているのだ。 「や、巨摩左文次《こまさもんじ》どのじゃ。これ、はやく背《せ》のものをおろして、水をあげい、水を」 「はッ」と弟子僧《でしそう》ははだしでとびおりた。鎧櫃をとって泉水の水をふくませた。武士は、気がついて快川《かいせん》のすがたをあおぐと、 「お! 国師《こくし》さま」と、大地へ両手《りようて》をついた。 「巨摩どの、さいごの便《たよ》りをお待ちしていましたぞ。ご一門はどうなされた」 「はい……」左文次はハラハラと涙《なみだ》をこぼして、 「ざんねんながら、新府《しんぷ》のお館《やかた》はまたたくまに落城《らくじよう》です。火の手をうしろに、主君の勝頼公《かつよりこう》をはじめ、御台《みだい》さま、太郎君《たろうぎみ》さま、一門のこり少なの人数をひきいて、天目山《てんもくざん》のふもとまで落ちていきましたが、目にあまる織田徳川《おだとくがわ》の両軍におしつつまれ、みな、はなばなしく討死《うちじに》あそばすやら、さ、刺《さ》しちがえてご最期《さいご》あるやら……」  と左文次《さもんじ》のこえは涙にかすれる。 「おお、殿《との》も御夫人もな……」 「まだおん年も十六の太郎|信勝《のぶかつ》さままで、一きわすぐれた目ざましいお討死《うちじに》でござりました」 「時とはいいながら、信玄公《しんげんこう》のみ代《よ》まで、敵《てき》に一歩も領土《りようど》をふませなかったこの甲斐《かい》の国もほろびたか……」  と快川《かいせん》は、しばらく暗然《あんぜん》としていたが、 「して、勝頼公の最期のおことばは?」 「これに持ちました武田家《たけだけ》の宝物《ほうもつ》、御旗楯無《みはたたてなし》(旗と鎧)の二|品《しな》を、さきごろからこのお寺のうちへおかくまいくだされてある、伊那丸《いなまる》さまへわたせよとのおおせにござりました」  そこへまた、二、三人の弟子僧《でしそう》が、色を失ってかけてきた。 「お師《し》さま! 信長公《のぶながこう》の家臣が三人ほど、ただいま、ご本堂から土足《どそく》でこれへかけあがってまいりますぞ」 「や、敵が?」  と巨摩左文次《こまさもんじ》は、すぐ、陣刀《じんとう》の柄《つか》をにぎった。  快川《かいせん》は落ちつきはらって、それを手でせいしながら、 「あいや、そこもとは、しばらくそこへ……」  と床下《ゆかした》をゆびさした。急なので、左文次も、宝物《ほうもつ》をかかえたまま、縁《えん》の下へ身をひそめた。  と、すぐに廊下《ろうか》をふみ鳴らしてきた三人の武者《むしや》がある。いずれも、あざやかな陣羽織《じんばおり》を着、大刀《だいとう》の反《そ》りうたせていた。眼《まなこ》をいからせながら、きッとこなたにむかって、 「国師《こくし》ッ!」  と、するどく呼《よ》びかけた。     二  天正《てんしよう》十年の春も早くから、木曾口《きそぐち》、信濃口《しなのぐち》、駿河口《するがぐち》の八ぽうから、甲斐《かい》の盆地《ぼんち》へさかおとしに攻めこんだ織田《おだ》徳川《とくがわ》の連合軍《れんごうぐん》は、野火《のび》のようないきおいで、武田勝頼《たけだかつより》父子、典厩信豊《てんきゆうのぶとよ》、その他の一族を、新府城《しんぷじよう》から天目山《てんもくざん》へ追いつめて、ひとりのこさず討《う》ちとってしまえと、きびしい軍令《ぐんれい》のもとに、残党《ざんとう》を狩《か》りたてていた。  その結果、信玄《しんげん》が建立《こんりゆう》した恵林寺《えりんじ》のなかに、武田《たけだ》の客分、佐々木承禎《ささきじようてい》、三井寺《みいでら》の上福院、大和《やまと》淡路守《あわじのかみ》の三人がかくれていることをつきとめたので、使者をたてて、落人《おちゆうど》どもをわたせと、いくたびも談判《だんぱん》にきた。  しかし、長老の快川国師《かいせんこくし》は、故信玄《こしんげん》の恩《おん》にかんじて、断乎《だんこ》として、織田《おだ》の要求をつっぱねたうえに、ひそかに三人を逃《の》がしてしまった。  織田《おだ》の間者《かんじや》は、夜となく昼となく、恵林寺《えりんじ》の内外をうかがっていた。ところが、はからずも、勝頼《かつより》の末子《ばつし》伊那丸《いなまる》が、まだ快川《かいせん》のふところにかくまわれているという事実をかぎつけて、いちはやく本陣へ急報したため、すわ、それ逃《の》がしてはと、二千の軍兵《ぐんぴよう》は砂塵《さじん》をまいて、いま——すでにこの寺をさして押しよせてきつつあるのだ。  快川《かいせん》は、それと知っていながら、ゆったりと、朱《しゆ》の椅子《いす》から立ちもせずに、三人の武将をながめた。 「また、織田《おだ》どのからのお使者ですかな」  と、しずかにいった。 「知れたことだ」となかのひとりが一歩すすんで、 「国師《こくし》ッ、この寺内《じない》に信玄《しんげん》の孫、伊那丸をかくまっているというたしかな訴人《そにん》があった。縄《なわ》をうってさしだせばよし、さもなくば、寺もろとも、焼《や》きつくして、みな殺しにせよ、という厳命《げんめい》であるぞ。胆《きも》をすえて返辞《へんじ》をせい」 「返辞はない。ふところにはいった窮鳥《きゆうちよう》をむごい猟師《りようし》の手にわたすわけにはゆかぬ」  と快川のこえはすんでいた。 「よしッ」 「おぼえておれ」と三人の武将は荒々しくひッ返した。そのうしろ姿《すがた》を見おくると、快川《かいせん》ははじめて、椅子《いす》をはなれ、 「左文次《さもんじ》どの、おでなさい」  と合図《あいず》をしたうえ、さらに奥《おく》へむかって、声をつづけた。 「忍剣《にんけん》! 忍剣!」  呼ぶよりはやく、おうと、そこへあらわれた骨たくましいひとりの若僧《わかそう》がある。若僧は、白綸子《しろりんず》にむらさきの袴《はかま》をつけた十四、五|歳《さい》の伊那丸《いなまる》を、そこへつれてきて、ひざまずいた。 「この寺へもいよいよ最後の時がきた。お傅役《もりやく》のそちは一命にかえても、若君を安らかな地へ、お落としもうしあげねばならぬ」 「はッ」  と、忍剣《にんけん》は奥《おく》へとってかえして、鉄の禅杖《ぜんじよう》をこわきにかかえてきた。背には左文次《さもんじ》がもたらした武田家《たけだけ》の宝物《ほうもつ》、御旗楯無《みはたたてなし》の櫃《ひつ》をせおって、うら庭づたいに、扇山《せんざん》へとよじのぼっていった。  ワーッという鬨《とき》の声は、もう山門ちかくまで聞えてきた。寺内は、本堂《ほんどう》といわず、廻廊《かいろう》といわずうろたえさわぐ人々の声でたちまち修羅《しゆら》となった。白羽黒羽《しらはくろは》の矢は、疾風《はやて》のように、バラバラと、庭さきや本堂の障子襖《しようじぶすま》へおちてきた。 「さわぐな、うろたえるな! 大衆《だいしゆ》は山門におのぼりめされ。わしについて、楼門《ろうもん》の上へのぼるがよい」  と快川《かいせん》は、伊那丸《いなまる》の落ちたのを見とどけてから、やおら、払子《ほつす》を衣《ころも》の袖《そで》にいだきながら、恵林寺《えりんじ》の楼門《ろうもん》へしずかにのぼっていった。 「それ、長老と、ご最期《さいご》をともにしろ——」  つづいて、一|山《ざん》の僧侶《そうりよ》たちは、幼《おさな》い侍童《わらわ》のものまで、楼門の上にひしひしとつめのぼった。  寄手《よせて》の軍兵は、山門の下へどッとよせてきて、 「一|山《ざん》の者どもは、みな山門へのぼったぞ、下から焼きころして、のちの者の、見せしめとしてくれよう」  と、うずたかく枯《か》れ草をつんで、ぱッと火をはなった。みるまに、渦《うず》まく煙は楼門をつつみ、紅蓮《ぐれん》の炎《ほのお》は、百千の火龍《かりゆう》となって、メラメラともえあがった。  楼上《ろうじよう》の大衆は、たがいにだきあって、熱苦のさけびをあげて伏《ふ》しまろんだ。なかにひとり、快川和尚《かいせんおしよう》だけは、自若《じじやく》と、椅子《いす》にかけて、眉《まゆ》の毛もうごかさず、 「なんの、心頭《しんとう》をしずめれば、火もおのずから涼《すず》しい——」  と、一|句《く》のことばを、微笑のもとにとなえて、その全身を、焔《ほのお》になぶらせていた。     三 「おお! 伊那丸《いなまる》さま。あれをごらんなされませ。すさまじい火の手があがりましたぞ」  源次郎岳《げんじろうだけ》の山道までおちのびてきた忍剣《にんけん》は、はるかな火の海をふりむいて、涙《なみだ》をうかべた。 「国師《こくし》さまも、あの焔《ほのお》の底で、ご最期《さいご》になったのであろうか、忍剣よ、わしは悲しい……」  伊那丸《いなまる》は、遠くへ向かって掌《て》を合わせた。空をやく焔は、かれのひとみに、生涯《しようがい》わすれぬものとなるまでやきついた。すると、不意だった。  いきなり、耳をつんざく呼子《よびこ》の音《ね》が、するどく、頭の上で鳴ったと思うと、かなたの岩かげ、こなたの谷間から、槍《やり》や陣刀《じんとう》をきらめかせて、おどり立ってくる、数十人の伏勢《ふせぜい》があった。それは徳川方《とくがわがた》の手のもので、酒井《さかい》の黒具足組《くろぐそくぐみ》とみえた。忍剣は、すばやく伊那丸を岩かげにかくして、じぶんは、鉄杖《てつじよう》をこわきにしごいて、敵を待った。 「それッ、武田の落人《おちゆうど》にそういない。討《う》てッ」  と呼子をふいた黒具足の部将《ぶしよう》は、ひらりと、岩上からとびおりて号令《ごうれい》した。下からは、槍《やり》をならべた一隊がせまり、そのなかなる、まッ先のひとりは、流星のごとく忍剣の脾腹《ひばら》をねらって、槍《やり》をくりだした。 「おうッ」と力をふりしぼって、忍剣の手からのびた四|尺余寸《しやくよすん》の鉄杖が、パシリーッと、槍の千|段《だん》を二つにおって、天空へまきあげた。 「払《はら》え!」と呼子をふいた部将が、またどなった。  バラバラとみだれる穂《ほ》すすきの槍《やり》ぶすまも、忍剣《にんけん》が、自由自在にふりまわす鉄杖にあたるが最後だった。藁《わら》か棒切《ぼうき》れのように飛ばされて、見るまに、七人十人と、朱《あけ》をちらして岩角《いわかど》からすべり落ちる。ワーッという声のなだれ、かかれ、かかれと、ののしる叫《さけ》び。すさまじい山つなみは、よせつかえしつ、満山を血しぶきに染《そ》める。  一|介《かい》の若僧《わかそう》にすぎない忍剣のこの手なみに、さすがの黒具足組《くろぐそくぐみ》も胆《きも》をひやした。——知る人は知る。忍剣はもと、今川義元《いまがわよしもと》の幕下《ばつか》で、海道一のもののふといわれた、加賀見能登守《かがみのとのかみ》その人の遺子《わすれがたみ》であるのだ。かれの天性の怪力は、父能登守のそれ以上で、幼少から、快川和尚《かいせんおしよう》に胆力《たんりよく》をつちかわれ、さらに天稟《てんぴん》の武勇と血と涙とを、若い五体にみなぎらせている熱血児《ねつけつじ》である。  あの眼のたかい快川和尚が、一|山《ざん》のなかからえりすぐって、武田伊那丸《たけだいなまる》と御旗楯無《みはたたてなし》の宝物《ほうもつ》を托《たく》したのは、よほどの人物と見ぬいたればこそであろう。  新羅三郎《しんらさぶろう》以来二十六|世《せい》をへて、四|隣《りん》に武威《ぶい》をかがやかした武田《たけだ》の領土《りようど》は、いまや、織田《おだ》と徳川《とくがわ》の軍馬に蹂躪《じゆうりん》されて、焦土《しようど》となってしまった。しかも、その武田の血をうけたものは、世の中にこの伊那丸《いなまる》ひとりきりとなったのだ。焦土のあとに、たった一粒《ひとつぶ》のこった胚子《たね》である。  この一粒の胚子に、ふたたび甲斐源氏《かいげんじ》の花が咲くか咲かないか、忍剣の責任は大きい。また、伊那丸の宿命もよういではない。  世は戦国である。残虐《ざんぎやく》をものともしない天下の弓取りたちは、この一粒の胚子をすら、芽《め》をださせまいとして前途に、あらゆる毒手をふるってくるにちがいない。  すでに、その第一の危難は眼前にふってわいた。忍剣《にんけん》は鉄杖《てつじよう》を縦横《じゆうおう》むじんにふりまわして、やっと黒具足組《くろぐそくぐみ》をおいちらしたが、ふと気がつくと、伊那丸《いなまる》をのこしてきた場所から大分はなれてきたので、いそいでもとのところへかけあがってくると、南無三《なむさん》、呼子《よびこ》をふいた部将が抜刀《ばつとう》をさげて、あっちこっちの岩穴《いわあな》をのぞきまわっている。 「おのれッ」と、かれは身をとばして、一|撃《げき》を加えたが敵もひらりと身をかわして、 「坊主《ぼうず》ッ、徳川家《とくがわけ》にくだって伊那丸をわたしてしまえ、さすればよいように取りなしてやる」  と、甘言《かんげん》の餌《え》をにおわせながら、陣刀《じんとう》をふりかぶった。 「けがらわしい」  忍剣は、鉄杖をしごいた。らんらんとかがやく眸《ひとみ》は、相手の精気をすって、一歩、でるが早いか、敵の脳骨《のうこつ》はみじんと見えた。  そのすきに、忍剣のうしろに身ぢかくせまって、片膝《かたひざ》おりに、種子島《たねがしま》の銃口《じゆうこう》をねらいつけた者がある。ブスブスと、その手もとから火縄《ひなわ》がちった——さすがの忍剣も、それには気がつかなかったのである。  かれがふりこんだ鉄杖は、相手の陣刀をはらい落としていた。二どめに、ズーンとそれが横薙《よこな》ぎにのびたとおもうと、わッと、部将《ぶしよう》は血へどをはいてぶったおれた。  刹那《せつな》だ。ズドンと弾《たま》けむりがあがった——  はッとして身をしずめた忍剣《にんけん》が、ふりかえってみると種子島《たねがしま》をもったひとりの黒具足《くろぐそく》が、虚空《こくう》をつかみながら煙のなかであおむけにそりかえっている。  はて? と眸《ひとみ》をさだめてみると、その脾腹《ひばら》へうしろ抱きに脇差《わきざし》をつきたてていたのは、いつのまに飛びよっていたか武田伊那丸《たけだいなまる》であった。 「お、若さま!」  忍剣は、あまりなかれの大胆《だいたん》と手練《しゆれん》に目をみはった。 「忍剣、そちのうしろから、鉄砲《てつぽう》をむけた卑怯者《ひきようもの》があったによって、わしが、このとおりにしたぞ」  伊那丸は、笑顔《えがお》でいった。   富士《ふじ》の山大名《やまだいみよう》     一  木《こ》の実《み》をたべたり、小鳥を捕《と》って飢《う》えをしのいだ。百日あまりも、釈迦《しやか》ケ岳《たけ》の山中にかくれていた忍剣《にんけん》と伊那丸《いなまる》は、もう甲州《こうしゆう》攻めの軍勢も引きあげたころであろうと駿河路《するがじ》へ立っていった。峠々《とうげとうげ》には、徳川家《とくがわけ》のきびしい関所《せきしよ》があって、ふたりの詮議《せんぎ》は、厳密《げんみつ》をきわめている。  そればかりか、織田《おだ》の領地《りようち》のほうでは、伊那丸《いなまる》をからめてきた者には、五百|貫《かん》の恩賞《おんしよう》をあたえるという高札《こうさつ》がいたるところに立っているといううわさである。さすがの忍剣《にんけん》も、はたととほうにくれてしまった。  きのうまでは、甲山《こうざん》の軍神といわれた、信玄《しんげん》の孫伊那丸も、いまは雨露《うろ》によごれた小袖《こそで》の着がえもなかった。足は茨《いばら》にさかれて、みじめに血がにじんでいた。それでも、伊那丸は悲しい顔はしなかった。幼少からうけた快川和尚《かいせんおしよう》の訓育《くんいく》と、祖父|信玄《しんげん》の血は、この少年のどこかに流れつたわっていた。 「若さま、このうえはいたしかたがありませぬ。相模《さがみ》の叔父《おじ》さまのところへまいって、時節のくるまでおすがりいたすことにしましょう」  かれは、伊那丸のいじらしい姿《すがた》をみると、はらわたをかきむしられる気がする。で、ついに最後の考えをいいだした。 「小田原城《おだわらじよう》の北条氏政《ほうじよううじまさ》どのは、若さまにとっては、叔父君《おじぎみ》にあたるかたです。北条《ほうじよう》どのへ身をよせれば、織田家《おだけ》も徳川家《とくがわけ》も手はだせませぬ」  が、富士《ふじ》の裾野《すその》を迂回《うかい》して、相模《さがみ》ざかいへくると、無情な北条家《ほうじようけ》ではおなじように、関所《せきしよ》をもうけて、武田《たけだ》の落武者《おちむしや》がきたら片ッぱしから追いかえせよ、と厳命してあった。叔父《おじ》であろうが、肉親《にくしん》であろうが、亡国《ぼうこく》の血すじのものとなれば、よせつけないのが戦国のならいだ。忍剣もうらみをのんでふたたびどこかの山奥へもどるより術《すべ》がなかった。今はまったく袋《ふくろ》のねずみとなって、西へも東へもでる道はない。  ゆうべは、裾野《すその》の青すすきを|ふすま《ヽヽヽ》として寝《ね》、けさはまだ霧《きり》の深いころから、どこへというあてもなく、とぼとぼと歩きだした。やがてその日もまた夕暮れになってひとつの大きな湖水《こすい》のほとりへでた。  このへんは、富士の五|湖《こ》といわれて、湖水の多いところだった。みると汀《なぎさ》にちかく、白旗《しらはた》の宮と額《がく》をあげた小さな祠《ほこら》があった。 「白旗の宮? ……」と忍剣《にんけん》は見あげて、 「オオ、甲斐《かい》も源氏《げんじ》、白旗といえば、これは縁《えん》のある祠《ほこら》です。若さましばらく、ここでやすんでまいりましょうに……」  と、縁へ腰をおろした。 「いや、わしは身軽でつかれはしない。おまえこそ、その鎧櫃《よろいびつ》をしょっているので、ながい道には、くたびれがますであろう」 「なんの、これしきの物は、忍剣の骨にこたえはいたしませぬ。ただ、大せつなご宝物《ほうもつ》ですから、まんいちのことがあってはならぬと、その気づかいだけです」 「そうじゃ。わしは、この湖水をみて思いついた」 「なんでござりますか」 「こうして、その櫃《ひつ》をしょって歩くうちに、もし敵の目にかかって、奪《うば》われたらもう取りかえしがつかぬ」 「それこそ、この忍剣としても、生きてはおられませぬ」 「だから——わしがせめて、元服《げんぷく》をする時節まで、その宝物を、この白旗《しらはた》の宮へおあずけしておこうではないか」 「とんでもないことです。それは物騒千万《ぶつそうせんばん》です」 「いや、あずけるというても、御堂《みどう》のなかへおくのではない。この湖水のそこへ沈《しず》めておくのだ。ちょうどここにある宮の石櫃《いしびつ》、これへ入れかえて、沈めておけば安心なものではないか」 「は、なるほど」と、忍剣《にんけん》も、伊那丸《いなまる》の機智《きち》にかんじた。  ふたりはすぐ祠《ほこら》にあった石櫃へ、宝物をいれかえ一|滴《てき》の水もしみこまぬようにして、岸にあった丸木のくりぬき舟にそれをのせて、忍剣がひとりで、棹《さお》をあやつりながら湖の中央へと舟をすすめていった。  伊那丸は陸《おか》にのこって、岸《きし》から小舟を見おくっていた。あかい夕陽《ゆうひ》は、きらきらと水面を射《い》かえして、舟はだんだんと湖心へむかって小さくなった。 「あッ——」  とその時、伊那丸は、なにを見たか、さけんだ。  どこから射出《いだ》したのか、一本の白羽《しらは》の矢が湖心の忍剣をねらって、ヒュッと飛んでいったのであった。——つづいて、雨か、たばしる霰《あられ》のように、数十本の矢《や》が、バラバラ釣瓶《つるべ》おとしに射《い》かけられたのだ。  さッと湖心には水けむりがあがった。その一しゅん、舟も忍剣も石櫃も、たちまち湖水の波にそのすがたを没してしまった。 「ややッ」  おどろきのあまり、われを忘《わす》れて、伊那丸《いなまる》が水ぎわまでかけだしたときである。——なにものか、 「待てッ」  とうしろから、かれの襟《えり》がみをつかんだ大きな腕《うで》があった。     二 「小童《こわつぱ》、うごくと命《いのち》がないぞ」  ずるずると、引きもどされた伊那丸は、声もたて得《え》なかった。だが、とっさに、片膝《かたひざ》をおとして、腰の小《こ》太刀《だち》をぬき打ちに、相手の腕根《うでね》を斬《き》りあげた。 「や、こいつが」と、不意をくった男は手をはなして飛びのいた。 「だれだッ。なにをする——」  とそのすきに、小《こ》太刀《だち》をかまえて、いいはなった伊那丸には、おさないながらも、天性の威《い》があった。  あなたに立った大男はひとりではなかった。そろいもそろった荒くれ男ばかりが十四、五人、蔓巻《つるまき》の大刀《だいとう》に、革《かわ》の胴服《どうふく》を着たのもあれば、小具足《こぐそく》や、むかばきなどをはいた者もあった。いうまでもなく、乱世《らんせい》の裏《うら》におどる野武士《のぶし》の群団《ぐんだん》である。 「見ろ、おい」と、ひとりが伊那丸をきッとみて、 「綸子《りんず》の小袖《こそで》に菱《ひし》の紋《もん》だ。武田伊那丸《たけだいなまる》というやつに相違《そうい》ないぜ」と、いった。 「うむ、ふんじばって織田家《おだけ》へわたせば、莫大《ばくだい》な恩賞《おんしよう》がある、うまいやつがひッかかった」 「やいッ、伊那丸。われわれは富士の人穴《ひとあな》を砦《とりで》としている山大名《やまだいみよう》の一手だ。てめえの道づれは、あのとおり、湖水のまンなかで水葬式《みずそうしき》にしてくれたから、もう逃げようとて、逃げるみちはない、すなおにおれたちについてこい」 「や、では忍剣《にんけん》に矢を射《い》たのも、そちたちか」 「忍剣かなにか知らねえが、いまごろは、山椒《さんしよう》の魚の餌食《えじき》になっているだろう」 「この土《つち》蜘蛛《ぐも》……」  伊那丸は、くやしげに唇《くちびる》をかんで、にぎりしめていた小《こ》太刀《だち》の先をふるわせた。 「さッ、こなけりゃふんじばるぞ」  と、野武士《のぶし》たちは、かれを少年とあなどって、不用意にすすみでたところを、伊那丸は、おどりあがって、 「おのれッ」  といいざま、真眉間《まみけん》をわりつけた。野武士《のぶし》どもは、それッと、大刀《だいとう》をぬきつれて、前後からおッとりかこむ。  武技《ぶぎ》にかけては、躑躅《つつじ》ケ崎の館《やかた》にいたころから、多くの達人やつわものたちに手をとられて、ふしぎな天才児《てんさいじ》とまで、おどろかれた伊那丸《いなまる》である。からだは小さいが、太刀《たち》は短いが、たちまちひとりふたりを斬《き》ってふせた早わざは飛鳥のようだった。 「この童《わつぱ》め、味《あじ》をやるぞ、ゆだんするな」  と、野武士《のぶし》たちは白刃の鉄壁《てつぺき》をつくってせまる。その剣光のあいだに、小太刀ひとつを身のまもりとして、斬《き》りむすび、飛びかわしする伊那丸のすがたは、あたかも嵐《あらし》のなかにもまれる蝶《ちよう》か千鳥のようであった。しかし時のたつほど疲れはでてくる。息《いき》はきれる。——それに、多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》だ。 「そうだ、こんな名もない土賊《どぞく》どもと、斬《き》りむすぶのはあやまりだ。じぶんは武田家《たけだけ》の一粒としてのこった大せつな身だ。しかもおおきな使命のあるからだ——」  と伊那丸は、乱刀のなかに立ちながらも、ふとこう思ったので、いっぽうの血路をやぶって、いっさんににげだした。 「のがすなッ」  と野武士たちも風をついて追いまくってくる。伊那丸は芦《あし》の洲《す》からかけあがって、松並木へはしった。ピュッピュッという矢のうなりが、かれの耳をかすって飛んだ。  夕闇《ゆうやみ》がせまってきたので、足もともほの暗くなったが松並木へでた伊那丸は、けんめいに二町ばかりかけだした。  と、これはどうであろう、前面の道は八重十文字《やえじゆうもんじ》に、藤《ふじ》づるの縄《なわ》がはってあって、かれのちいさな身でもくぐりぬけるすきもない。 「しまった」と伊那丸《いなまる》はすぐ横の小道へそれていったが、そこにも茨《いばら》のふさぎができていたので、さらに道をまがると藤《ふじ》づるの縄《なわ》がある。折れてもまがっても抜けられる道はないのだ。万事休《ばんじきゆう》す——伊那丸は完全に、蜘蛛手《くもで》かがりという野武士《のぶし》の術中におちてしまったのだ。身に翼《つばさ》でもないかぎりは、この罠《わな》からのがれることはできない。 「そうだ、野武士らの手から、織田家《おだけ》へ売られて名をはずかしめるよりは、いさぎよく自害《じがい》しよう」  と、かれは覚悟をきめたとみえて、うすぐらい林のなかにすわりこんで、脇差《わきざし》を右手にぬいた。  切っさきを袂《たもと》にくるんで、あわや身につきたてようとしたときである。ブーンと、飛んできた分銅《ふんどう》が、カラッと刀の鍔《つば》へまきついた。や? とおどろくうちに、刀は手からうばわれて、スルスルと梢《こずえ》の空へまきあげられていく。 「ふしぎな」と立ちあがったとたん、伊那丸は、ドンとあおむけにたおれた。そしてそのからだはいつのまにか罠《わな》なわのなかにつつみこまれて、小鳥のようにもがいていた。  すると、いままで鳴りをしずめていた野武士が、八ぽうからすがたをあらわして、たちまち伊那丸をまりのごとくにしばりあげて、そこから富士《ふじ》の裾野《すその》へさして追いたてていった。     三  幾里《いくり》も幾里ものあいだ、ただいちめんに青すすきの波である。その一すじの道を、まッくろな一|群《ぐん》の人間が、いそぎに、いそいでいく。それは伊那丸《いなまる》をまン中にかためてかえる、さっきの野武士《のぶし》だった。 「や、どこかで笛《ふえ》の音《ね》がするぜ……」  そういったものがあるので、一同ぴったと足なみをとめて耳をすました。なるほど、寥々《りようりよう》と、そよぐ風のとぎれに、笛の冴《さ》えた音がながれてきた。 「ああ、わかった。咲耶子《さくやこ》さまが、また遊びにでているにちがいない」 「そうかしら? だがあの音《ね》いろは、男のようじゃないか。どんなやつが忍《しの》んでいるともかぎらないからゆだんをするなよ」  とたがいにいましめあって、ふたたび道をいそぎだすと、あなたの草むらから、月毛《つきげ》の野馬《のうま》にのったさげ髪《がみ》の美少女が、ゆらりと気高《けだか》いすがたをあらわした。  一同はそれをみると、 「おう、やっぱり咲耶子さまでございましたか」  と荒くれ武士《ぶし》ににげなく、花のような美少女のまえには、腰をおって、ていねいにあたまをさげる。 「じゃ、おまえたちにも、わたしが吹いていた笛の音が聞えたかえ?」  と駒《こま》をとめた咲耶子は、美しいほほえみをなげて見おろしたが、ふと、伊那丸のすがたを目にとめて、三日月なりの眉《まゆ》をちらりとひそめながら、 「まあ、そのおさない人を、ぎょうさんそうにからめてどうするつもりです。伝内《でんない》や兵太《ひようた》もいながら、なぜそんなことをするんです」  と、とがめた。名をさされたふたりの野武士《のぶし》は、一足《ひとあし》でて、咲耶子《さくやこ》の駒《こま》に近よった。 「まだ、ごぞんじありませぬか。これこそ、お頭《かしら》が、まえまえからねらっていた武田家《たけだけ》の小伜《こせがれ》、伊那丸《いなまる》です」 「おだまりなさい。とりこにしても身分のある敵なら、礼儀《れいぎ》をつくすのが武門のならいです。おまえたちは、名もない雑人《ぞうにん》のくせにして、呼《よ》びすてにしたり、縄目《なわめ》にかけるというのはなんという情けしらず、けっして、ご無礼《ぶれい》してはなりませぬぞ」 「へえ」と、一同はその声にちぢみあがった。 「わたしは道になれているから、あのかたを、この馬にお乗せもうすがよい」  と、咲耶子は、ひらりとおりて伊那丸の縄《なわ》をといた。  まもなくけわしいのぼりにかかって、ややしばらくいくと、一の洞門《どうもん》があった。つづいて二の洞門をくぐると天然《てんねん》の洞窟《どうくつ》にすばらしい巨材《きよざい》をしくみ、綺羅《きら》をつくした山大名《やまだいみよう》の殿堂《でんどう》があった。  この時代の野武士の勢力はあなどりがたいものだった。徳川《とくがわ》北条《ほうじよう》などという名だたる弓とりでさえも、その勢力|範囲《はんい》へ手をつけることができないばかりか、戦時でも、野武士の区域《くいき》といえば、まわり道をしたくらい。またそれを敵とした日には、とうてい天下の覇《は》をあらそう大事業などは、はかどりっこないのである。  ここの富士浅間《ふじせんげん》の山大名《やまだいみよう》とはなにものかというに、鎌倉《かまくら》時代からこの裾野《すその》一円に|ばっこ《ヽヽヽ》している郷士《ごうし》のすえで根来小角《ねごろしようかく》というものである。  つれこまれた伊那丸《いなまる》は、やがて、首領《しゆりよう》の小角の前へでた。獣蝋《じゆうろう》の燭《しよく》が、まばゆいばかりかがやいている大広間は、あたかも、部将《ぶしよう》の城内へのぞんだような心地がする。  根来小角は、野武士《のぶし》とはいえ、さすがにりっぱな男だった。多くの配下を左右にしたがえて、上段にかまえていたが、そこへきた姿をみると座をすべって、みずから上座にすえ、ぴったり両手をついて臣下にひとしい礼をしたのには、伊那丸もややいがいなようすであった。 「お目どおりいたすものは、根来小角ともうすものです。今日《こんにち》は雑人《ぞうにん》どもが、礼《れい》をわきまえぬ無作法《ぶさほう》をいたしましたとやら、ひらにごかんべんをねがいまする」  はて? 残虐《ざんぎやく》と利慾よりなにも知らぬ野盗《やとう》の頭《かしら》が、なんのつもりで、こうていちょうにするのかと、伊那丸は心ひそかにゆだんをしない。 「また、武田《たけだ》の若君ともあるおんかたが、拙者《せつしや》の館《やかた》へおいでくださったのは天のおひきあわせ。なにとぞ幾年でもご滞留《たいりゆう》をねがいまする。ところでこのたびは、織田《おだ》徳川《とくがわ》両将軍のために、ご一門のご最期《さいご》、小角ふかくおさっし申しあげます」  なにをいっても、伊那丸は黙然《もくねん》と、威《い》をみださずにすわっていた。ただこころの奥底まで見とおすような、つぶらな瞳《ひとみ》だけがはたらいていた。 「つきましては、小角は微力ですが、三万の野武士と、裾野《すその》から駿遠甲相《すんえんこうそう》四ヵ国の山猟師《やまりようし》は、わたくしの指ひとつで、いつでも目のまえに勢ぞろいさせてごらんにいれます。そのうえ若君が、御大将《おんたいしよう》とおなりあそばして、富士《ふじ》ケ根《ね》おろしに武田菱《たけだびし》の旗あげをなされたら、たちまち諸国からこぞってお味方に馳《は》せさんじてくることは火をみるよりあきらかです」 「おまちなさい」と伊那丸《いなまる》ははじめて口をひらいた。 「ではそちはわしに名のりをあげさせて、軍勢をもよおそうという望みか」 「おさっしのとおりでござります。拙者《せつしや》には武力はありますが名はありませぬ。それゆえ、今日《こんにち》まで髀肉《ひにく》の歎《たん》をもっておりましたが、若君のみ旗《はた》さえおかしくださるならば、織田《おだ》や徳川《とくがわ》は鎧袖《がいしゆう》の一|触《しよく》です。たちまち蹴散《けち》らしてごむねんをはらします所存」 「だまれ小角《しようかく》。わしは年こそおさないが、信玄《しんげん》の血をうけた武神の孫じゃ。そちのような、野盗人《のぬすびと》の上《かみ》にはたたぬ。下郎《げろう》の力をかりて旗上げはせぬ」 「なんじゃ!」と小角のこえはガラリとかわった。  じぶんの野心を見ぬかれた腹立ちと、落人《おちゆうど》の一少年にピシリとはねつけられた不快さに、満面に朱《しゆ》をそそいだ。 「こりゃ伊那丸、よく申したな。もう汝《なんじ》の名をかせとはたのまぬわ、その代りその体を売ってやる! 織田家《おだけ》へわたして莫大《ばくだい》な恩賞《おんしよう》にしたほうが早手まわしだ。兵太《ひようた》ッ、この餓鬼《がき》、ふんじばって風穴《かざあな》へほうりこんでしまえ」 「へいッ」四、五人たって、たちまち伊那丸をしばりあげた。かれはもう観念《かんねん》の目をふさいでいた。 「歩けッ」  と兵太《ひようた》は縄尻《なわじり》をとって、まッくらな間道《かんどう》を引っ立てていった。そして地獄の口のような岩穴のなかへポーンとほうりこむと、鉄柵《てつさく》の錠《じよう》をガッキリおろしてたちさった。  うしろ手にしばられているので、よろよろところげこんだ伊那丸《いなまる》は、しばらく顔もあげずに倒れていた。ザザーッと山砂をつつんだ旋風《せんぷう》が、たえず暗澹《あんたん》と吹きめぐっている風穴《かざあな》のなかでは、一しゅんのまも目を開《あ》いていられないのだ。そればかりか、夜の更《ふ》けるほど風のつめたさがまして八寒地獄《はつかんじごく》のそこへ落ちたごとく総身《そうみ》がちぢみあがってくる。 「あア忍剣《にんけん》はどうした……忍剣はもうあの湖水の藻《も》くずとなってしまったのか」  いまとなって、しみじみと思いだされてくるのであった。 「忍剣、忍剣。おまえさえいれば、こんな野武士《のぶし》のはずかしめを受けるのではないのに……」  唇《くちびる》をかんで、転々と身もだえしていると、なにか、とん、とん、とん……とからだの下の地面がなってくる心地がしたので、 「はてな? ……」と身をおこすと、そのはずみに、目のまえの、二|尺《しやく》四方ばかりな一枚石が、ポンとはねあがって、だれやら、覆面《ふくめん》をした者の頭が、ぬッとその下からあらわれた。   黒衣《こくい》の義人《ぎじん》     一  山大名《やまだいみよう》の根来小角《ねごろしようかく》の殿堂《でんどう》は、七つの洞窟《どうくつ》からできている。その七つの洞穴《ほらあな》から洞穴は、縦《たて》に横に、上に下に、自由自在の間道《かんどう》がついているが、それは小角ひとりがもっている鍵《かぎ》でなければ開《あ》かないようになっていた。  また、そとには、まえにもいったとおり、二つの洞門《どうもん》があって、配下の野武士《のぶし》が五人ずつ交代《こうたい》で、篝火《かがりび》をたきながら夜どおし見はりをしている厳重《げんじゆう》さである。  今宵《こよい》もこの洞門のまえには、赤い焔《ほのお》と人影がみえて、夜ふけのたいくつしのぎに、何か高声《たかごえ》で話していると、そのさいちゅうに、ひとりがワッとおどろいて飛びのいた。 「なんだッ」  と一同が総立ちになったとき、洞門のなかからばらばらととびだしてきたのは七、八ひきの猿《さる》であった。 「なんだ猿《さる》じゃないか、臆病者《おくびようもの》め」 「どうして檻《おり》からでてきたのだろう。咲耶子《さくやこ》さまのかわいがっている飼猿《かいざる》だ。それ、つかまえろッ」  と八ぽうへちってゆく猿《さる》を追いかけていったあと、留守《るす》になった二の洞門《どうもん》の入口から脱兎《だつと》のごとくとびだした影《かげ》! ひとりは黒装束《くろしようぞく》の覆面《ふくめん》、そのかげにそっていたのは、伊那丸《いなまる》にそういなかった。 「何者だッ」  と一の洞門では、早くもその足音をさとって、ひとりが大手をひろげてどなると、鉄球《てつきゆう》のように飛んでいった伊那丸が、どんと当身《あてみ》の一|拳《けん》をついた。 「うぬ!」と風をきって鳴った山刀《やまがたな》のひかり。  よろりと泳《およ》いだ影は、伊那丸のちいさな影から、あざやかに投げられて、断崖《だんがい》の闇《やみ》へのまれた。 「曲者《くせもの》だ! みんな、でろ」  覆面の黒装束へも襲《おそ》いかかった。姿《すがた》はほっそりとしているのに、手練《しゆれん》はあざやかだった。よりつく者を投げすてて、すばやく逃げだすのを、横あいからまた飛びついていったひとりがむんずと組みついて、その覆面の顔をまぢかく見て、 「ああ、あなたは」と、愕然《がくぜん》とさけんだ。  顔を見られたと知った覆面は、おどろく男を突ッぱなした。よろりと身をそるところへ、黒装束の腰からさッとほとばしった氷の刃《やいば》! 男の肩からけさがけに斬《き》りさげた。——ワッという絶叫《ぜつきよう》とともに闇《やみ》にたちまよった血けむりの血なまぐささ。 「伊那丸さま」  黒装束《くろしようぞく》は、手まねきするやいなや、岩|つばめ《ヽヽヽ》のようなはやさで、たちまち、そこからかけおりていってしまった。     二  下界《げかい》をにらみつけるような大きな月が、人ひとり、鳥一羽の影さえない、裾野《すその》のそらの一|角《かく》に、夜の静寂《しじま》をまもっている。  その渺《びよう》としてひろい平野の一本杉に、一ぴきの白駒《しろこま》がつながれていた。馬は、さびしさも知らずに、月光をあびながら、のんきに青すすきを食べているのだ。  いっさんにかけてきた黒装束《くろしようぞく》は、白馬《しろうま》のそばへくるとぴッたり足をとめて、 「伊那丸《いなまる》さま、もうここまでくれば大じょうぶです」  と、あとからつづいてきた影へ手をあげた。 「ありがとうござりました」  伊那丸は、ほッとして夢心地《ゆめごこち》をさましたとき、ふしぎな黒装束の義人《ぎじん》のすがたを、はじめて落ちついてながめたのであるが、その人は月の光をしょっているので、顔はよくわからなかった。 「もう大じょうぶです。これからこの野馬《のうま》にのって、明方までに富士川《ふじがわ》の下までお送りしてあげますから、あれから駿府《すんぷ》へでて、いずこへなり、身をおかくしなさいまし、ここに関所札《せきしよふだ》もありますから……」  と、黒装束《くろしようぞく》のさしだした手形《てがた》をみて、伊那丸《いなまる》はいよいよふしぎにたえられない。 「そして、そなたはいったいたれびとでござりますぞ」 「だれであろうと、そんなことはいいではありませんか。さ、早く、これへ」  と白駒《しろこま》の手綱《たづな》をひきだしたとき、はじめて月に照らされた覆面《ふくめん》のまなざしを見た伊那丸は、思わずおおきなこえで、 「や! そなたはさっきの女子《おなご》、咲耶子《さくやこ》というのではないか」 「おわかりになりましたか……」涼《すず》しい眸《ひとみ》にちらと笑《え》みを見せて、それへ両手をつきながら、 「おゆるしくださいませ、父の無礼《ぶれい》は、どうぞわたしにかえてごかんべんあそばしませ……」と、わびた。 「では、そなたは小角《しようかく》の娘でしたか」 「そうです、父のしかたはまちがっております。そのおわびに鍵《かぎ》をそッと持ちだしておたすけもうしたのです。伊那丸さま、あなたのおうわさは私も前から聞いておりました、どうぞお身を大切にして、かがやかしい生涯《しようがい》をおつくりくださいまし」 「忘れませぬ……」  伊那丸は、神のような美少女の至情にうたれて、思わずホロリとあつい涙を袖《そで》のうちにかくした。  と、咲耶子はいきなり立ちあがった。 「あ——いけない」と顔いろを変えてさけんだ。 「なんです?」  と、伊那丸《いなまる》もその眸《ひとみ》のむいたほうをみると、藍《あい》いろの月の空へ、ひとすじの細い火が、ツツツツーと走りあがってやがて消《き》えた。 「あの火は、この裾野《すその》一帯の、森や河原にいる野伏《のぶせり》の力者《りきしや》に、あいずをする知らせです。父は、あなたの逃げたのをもう知ったとみえます。さ、早く、この馬に。……抜けみちは私がよく知っていますから、早くさえあれば、しんぱいはありませぬ」  とせき立てて、伊那丸の乗ったあとから、じぶんもひらりと前にのって、手ぎわよく、手綱《たづな》をくりだした。  その時、すでにうしろのほうからは、百足《むかで》のようにつらなった松明《たいまつ》が、山峡《やまあい》の闇《やみ》から月をいぶして、こなたにむかってくるのが見えだした。 「おお、もう近い!」  咲耶子《さくやこ》は、ピシリッと馬に一鞭《ひとむち》あてた。一声たかくいなないた駒《こま》は、征矢《そや》よりもはやく、すすきの波をきって、まッしぐらに、南のほうへさしてとぶ——     三  それよりも前の、夕ぐれのことである。  夕陽《ゆうひ》のうすれかけた湖《みずうみ》の波をザッザときって、陸《おか》へさして泳いでくるものがあった。湖水の主《ぬし》の山椒《さんしよう》の魚《うお》かとみれば、水をきッてはいあがったのはひとりの若僧《わかそう》——かの忍剣《にんけん》なのであった。  どっかりと、岸辺《きしべ》へからだを落とすと、忍剣はすぐ衣《ころも》をさいて、ひだりの肘《ひじ》の矢傷《やきず》をギリギリ巻きしめた。そして身をはねかえすが否《いな》や、白旗《しらはた》の宮へかけつけてきてみると、伊那丸《いなまる》のすがたはみえないで、ただじぶんの鉄杖《てつじよう》だけが立てかけてのこっていた。 「若さま——、伊那丸さまア——」  二ど三ど、こえ高らかに呼んでみたが、さびしい木魂《こだま》がかえってくるばかりである。それらしい人の影もあたりに見えてはこない。 「さては」と忍剣は、心をくらくした。湖水のなかほどへでたとき、ふいに矢を乱射《らんしや》したやつのしわざにちがいない。小さな|くりぬき《ヽヽヽヽ》舟であったため、矢をかわしたはずみに、くつがえってしまったので、石櫃《いしびつ》はかんぜんに湖心のそこへ沈めたけれど、伊那丸の身を何者かにうばわれては、あの宝物《ほうもつ》も、永劫《えいごう》にこの湖から世にだす時節もなくなるわけだ。 「ともあれ、こうしてはおられない、命にかけても、おゆくえをさがさねばならぬ」  鉄杖をひッかかえた忍剣は、八ぽうへ血眼《ちまなこ》をくばりながら、湖水の岸、あなたこなたの森、くまなくたずね歩いたはてに、どこへ抜けるかわからないで、とある松並木をとおってくると、いた! 二、三町ばかり先を、白い影がとぼとぼとゆく。 「オーイ」  と手をあげながらかけだしていくと、半町ほどのところで、フイとその影を見うしなってしまった。 「はてな、ここは一すじ道だのに……」  小首をひねって見まわしていると、なんのこと、いつかまた、三町も先にその影が歩いている。 「こりゃおかしい。伊那丸《いなまる》さまではないようだが、あやしいやつだ。一つつかまえてただしてくれよう」  と宙《ちゆう》をとんで追いかけていくうちに、また先の者が見えなくなる。足をとめるとまた見える。さすがの忍剣《にんけん》も少しくたびれて、どっかりと、道の木の根に腰かけて汗をふいた。 「どうもみょうなやつだ。人間の足ではないような早さだ。それとも、あまり伊那丸さまのすがたを血眼《ちまなこ》になってさがしているので、気のせいかな」  忍剣がひとりでつぶやいていると、その鼻ッ先へ、スーッと、うすむらさき色の煙がながれてきた。 「おや……」ヒョイとふりあおいでみると、すぐじぶんのうしろに、まっ白な衣服をつけた男がたばこをくゆらしながら、忍剣の顔をみてニタリと笑った。 「こいつだ」  と見て、忍剣もグッとにらみつけた。男は背《せ》に笈《おい》をせおっている六部《ろくぶ》である。ばけものではないにちがいない。にらまれても落ちついたもの、スパリスパリと、二、三ぷくすって、ポンと、立木の横で、きせるをはたくと、あいさつもせずに、またすたすたとでかけるようすだ。 「まて、六部《ろくぶ》まて」  あわてて立ちあがったが、もうかれの姿は、あたりにも先にも見えない。忍剣《にんけん》はあきれた。世のなかには、奇怪なやつがいればいるものと、ぼうぜんとしてしまった。  疑心暗鬼《ぎしんあんき》とでもいおうか、場合がばあいなので、忍剣には、どうも今の六部の挙動《きよどう》があやしく思えてならない。なんとなく伊那丸《いなまる》の身を闇《やみ》につつんだのも、きゃつの仕事ではないかと思うと、いま目のさきにいたのを逃《に》がしたのがざんねんになってきた。 「あやしい六部だ。よし、どんな早足をもっていようがこの忍剣のこんきで、ひッとらえずにはおかぬぞ」  とかれはまたも、いっさんにかけだした。   月《つき》の裾野《すその》     一  並木《なみき》がとぎれたところからは、一望千里の裾野《すその》が見わたされる。  忍剣《にんけん》は、この方角とにらんだ道を、一|念《ねん》こめて、さがしていくと、やがて、ゆくてにあたって、一|宇《う》の六角堂が目についた。 「おお、あれはいつの年か、このへんで戦《たたか》いのあったとき焼けのこった文殊閣《もんじゆかく》にちがいない。もしかすると、六部《ろくぶ》の巣《す》も、あれかもしれぬぞ……」  と勇《いさ》みたって近づいていくと、はたして、くずれかけた文殊閣の石段のうえに、白衣《びやくえ》の六部が、月でもながめているのか、|ゆうちょう《ヽヽヽヽヽ》な顔をして腰かけている。 「こりゃ六部、あれほど呼《よ》んだのになぜ待たないのだ」  忍剣はこんどこそ逃がさぬぞという気がまえで、その前につッ立った。 「なにかご用でござるか」  と、かれはそらうそぶいていった。 「おおさ、問うところがあればこそ呼んだのだ。年ごろ十四、五に渡らせられる若君を見失ったのだ。知っていたら教えてくれ」 「知らない、ほかで聞け」  六部の答えは、まるで忍剣を愚弄《ぐろう》している。 「だまれッ、この裾野《すその》の夜ふけに、問いたずねる人間がいるか。そういう汝《なんじ》の口ぶりがあやしい、正直にもうさぬと、これだぞッ」  ぬッと、鉄杖《てつじよう》を鼻さきへ突きつけると、六部はかるくその先をつかんで、腰の下へしいてしまった。 「これッ、なんとするのだ」  忍剣《にんけん》は、渾力《こんりき》をしぼって、それを引きぬこうとこころみたが、ぬけるどころか、大山《たいざん》にのしかかられたごとく一寸のゆるぎもしない。しかも、六部《ろくぶ》はへいきな顔で、両膝《りようひざ》にほおづえをついて笑っている。 「むッ……」  と忍剣は、総身《そうみ》の力をふりしぼった。力にかけては、怪童といわれ、恵林寺《えりんじ》のおおきな庭石をかるがるとさして山門の階段をのぼったじぶんである。なにをッ、なにをッと、引けどねじれど、鉄杖《てつじよう》のほうが、まがりそうで、六部のからだはいぜんとしている。すると、ふいに、六部が腰をうかした。 「あッ——」  思わずうしろへよろけた忍剣は、かッとなって、その鉄杖をふりかぶるが早いか、磐石《ばんじやく》も|みじん《ヽヽヽ》になれと打ちこんだが、六部の姿はひらりとかわって、空《くう》をうった鉄杖のさきが、|はっし《ヽヽヽ》と、石の粉《こ》をとばした。 「無念ッ」とかえす力で横ざまにはらい上げた鉄杖を、ふたたびくぐりぬけた六部は、杖《つえ》にしこんである無反《むぞ》りの冷刀《れいとう》をぬく手も見せず、ピカリと片手にひらめかせて、 「若僧《わかそう》、雲水」と錆《さび》をふくんだ声でよんだ。 「なにッ」と持ちなおした鉄杖を、まッこうにふりかぶった忍剣は、怒気《どき》にもえた目をみひらいて、ジリジリと相手のすきをねらいつめる。  六部《ろくぶ》はといえば、片手にのばした一刀を、肩から切先《きつさき》まで水平にかまえて、忍剣《にんけん》の胸もとへと、うす気味のわるい死のかげを、ひら、ひら——とときおりひらめかせていく——。たがいの息と息は、その一しゅん、水のようにひそやかであった。しかも、総身《そうみ》の毛穴からもえたつ熱気は、焔《ほのお》となって、いまにも、そうほうの切先から火の輪《わ》をえがきそうに見える……。  突《とつ》として、風を切っておどった銀蛇《ぎんだ》は、忍剣の真眉間《まみけん》へとんだ。 「おうッ」と、さけびかえした忍剣は、それを鉄杖《てつじよう》ではらったが、空《くう》をうッてのめッたとたん、背をのぞんで、六部はまたさッと斬りおろしてきた。  そのはやさ、かわす間《ま》もあらばこそ、忍剣も、ぽんとうしろへとびのくより策《さく》がなかった。そして、踏《ふ》みとどまるが早いか、ふたたび鉄杖を横がまえに持つと、 「待て」と六部の声がかかった。 「怯《ひる》んだかッ」たたき返すように忍剣がいった。 「いやおくれはとらぬ。しかしきさまの鉄杖はめずらしい。いったいどこの何者だか聞かしてくれ」 「あてなしの旅をつづける雲水の忍剣というものだ。ところで、なんじこそただの六部ではあるまい」 「あやしいことはさらにない。ありふれた木遁《もくとん》の隠形《おんぎよう》でちょっときさまをからかってみたのだ」 「ふらちなやつだ。さてはきさまは、どこかの大名《だいみよう》の手先になって、諸国をうかがう、間諜《いぬ》だな」 「ばかをいえ。しのびに長《た》けているからといって、諜者《ちようじや》とはかぎるまい。このとおり六部《ろくぶ》を世わたりにする木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》という者だ。こう名のったところできくが、さっききさまのたずねた若君とは何者だ」 「その口にいつわりがないようすだから聞かしてやる。じつは、さる高貴なおん方のお供《とも》をしている」 「そうか。では武田《たけだ》の御曹子《おんぞうし》だな……」 「や、どうして、汝《なんじ》はそれを知っているのだ?」 「恵林寺《えりんじ》の焔《ほのお》のなかからのがれたときいて、とおくは、飛騨《ひだ》信濃《しなの》の山中から、この富士《ふじ》の裾野《すその》一帯《いつたい》まで、足にかけてさがしぬいていたのだ。きさまの口うらで、もうおいでになるところは拙者《せつしや》の目にうつってきた。このさきは、伊那丸《いなまる》さまはおよばずながら、この六部がお附添《つきそ》いするから、きさまは、安心してどこへでも落ちていったがよかろう」  忍剣《にんけん》はおどろいた。まったくこの六部のいうこと、なすことは、いちいち|ふ《ヽ》におちない。のみならず、じぶんをしりぞけて、伊那丸をさがしだそうとする野心もあるらしい。 「たわけたことをもうせ。伊那丸さまはこの忍剣が命にかけて、お護《まも》りいたしているのだわ」 「そのお傅役《もりやく》が、さらわれたのも知らずにいるとは笑止千万《しようしせんばん》じやないか。御曹子《おんぞうし》はまえから拙者《せつしや》がさがしていたおん方だ、もうきさまに用はない」 「いわせておけば無礼《ぶれい》なことばを」 「それほどもうすなら、きさまはきさまでかってにさがせ。どれ、拙者《せつしや》は、これから明け方までに、おゆくえをつきとめて、思うところへお供《とも》をしよう」 「この痴《し》れものが」  と、忍剣《にんけん》は真から腹立たしくなって、ふたたび鉄杖《てつじよう》をにぎりしめたとき、はるか裾野《すその》のあなたに、ただならぬ光を見つけた。  六部《ろくぶ》の木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》も見つけた。  ふたりはじッとひとみをすえて、しばらく黙然《もくねん》と立ちすくんでしまった。  それは蛇形《だぎよう》の陣《じん》のごとく、うねうねと、裾野《すその》のあなたこなたからぬいめぐってくる一|道《どう》の火影《ほかげ》である。多くの松明《たいまつ》が右往左往《うおうざおう》するさまにそういない。 「あれだ!」いうがはやいか龍太郎は、一|足《そく》とびに、石段から姿をおどらした。 「うぬ。汝《なんじ》の手に若君をとられてたまるか」  忍剣《にんけん》も、韋駄天《いだてん》ばしり、この一足《ひとあし》が、必死のあらそいとはなった。     二  ただ見る——白い月の裾野《すその》を、銀の奔馬《ほんば》にむちをあげて、ひとつの鞍《くら》にのった少年の貴公子《きこうし》と、覆面《ふくめん》の美少女は、地上をながるる星とも見え、玉兎《ぎよくと》が波をけっていくかのようにも見える。たちまち、そらの月影が、黒雲のうちにさえぎられると、裾野《すその》もいちめんの如法闇夜《によほうあんや》、ただ、ザワザワと鳴るすすきの風に、つめたい雨気さえふくんできた。 「あ、折りがわるい——」  と、駒《こま》をとめて、空をあおいだ咲耶子《さくやこ》の声は、うらめしげであった。 「おお、雲は切れめなくいちめんになってきた。咲耶どの、もう駒《こま》をはやめてはあぶない、わしはここでおりますから、あなたは岩殿《いわどの》へお帰りなさい」 「いいえ、まだ富士川《ふじがわ》べりまでは、あいだがあります」 「いや、そなたが帰ってから、小角《しようかく》にとがめられるであろうと思うと、わしは胸がいたくなります。さ、わしをここでおろしてください」 「伊那丸《いなまる》さま、こんなはてしも見えぬ裾野のなかで、馬をお捨てあそばして、どうなりますものか」  いい争《あらそ》っているすきに、十|間《けん》とは離れない窪地《くぼち》の下から、ぱッと目を射てきた松明《たいまつ》のあかり。 「いたッ」 「逃がすな」と、八ぽうからの声である。 「あッ、大へん」  と咲耶子はピシリッと駒《こま》をうった。ザザーッと道もえらまずに数十|間《けん》、一気にかけさせたのもつかの間《ま》であった。たのむ馬が、窪地《くぼち》に落ちて脚《あし》を折ったはずみに、ふたりはいきおいよく、草むらのなかへ投げ落とされた。 「それッ、落ちた。そこだッ」  むらがりよってきた松明《たいまつ》の赤い焔《ほのお》、山刀《やまがたな》の光、槍《やり》の穂《ほ》さき。  ふたりのすがたは、たちまちそのかこみのなかに照らしだされた。 「もう、これまで」  と小《こ》太刀《だち》をぬいた伊那丸《いなまる》は、その荒武者《あらむしや》のまッただなかへ、運にまかせて、斬りこんだ。  咲耶子《さくやこ》も、覆面《ふくめん》なのを幸いに一刀をもって、伊那丸の身をまもろうとしたが、さえぎる槍や大刀に畳《たた》みかけられ、はなればなれに斬りむすぶ。 「めんどうくさい。武田《たけだ》の童《わつぱ》も、手引きしたやつも、片ッぱしから首にしてしまえ」  大勢のなかから、こうどなった者は、咲耶子《さくやこ》と知ってか知らぬのか、山大名《やまだいみよう》の根来小角《ねごろしようかく》であった。  時に、そのすさまじいつるぎの渦《うず》へ、突《とつ》として、横合いからことばもかけずに、無反《むぞ》りの大刀をおがみに持って、飛びこんできた人影がある。六部《ろくぶ》の木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》であった。一閃《いつせん》かならず一人を斬り、一気かならず一|夫《ぷ》を割る、手練《しゆれん》の腕は、超人的《ちようじんてき》なものだった。  それとみて、愕然《がくぜん》とした根来小角は、みずから大刀をとって、奮《ふる》いたった。  と同時に、一足《ひとあし》おくれて、かけつけた忍剣《にんけん》の鉄杖《てつじよう》も、風を呼んでうなりはじめた。  空はいよいよ暗かった。降るのはこまかい血の雨である。たばしる剣《つるぎ》の稲妻《いなずま》にまきこまれた、可憐《かれん》な咲耶子《さくやこ》の身はどうなるであろう。——そして、武田伊那丸《たけだいなまる》の運命は、はたしてだれの手ににぎられるのか?   朱柄《あかえ》の槍《やり》を持《も》つ男《おとこ》     一  雲の明るさをあおげば、夜はたしかに明けている。しかし、加賀見忍剣《かがみにんけん》の身のまわりだけは、常闇《とこやみ》だった。かれは、とんでもない奈落《ならく》のそこに落ちて、土龍《もぐら》のようにもがいていた。 「伊那丸《いなまる》さまはどうしたであろう。あの武士の群《む》れにとりかえされたか、あるいは、六部《ろくぶ》の木隠《こがくれ》というやつにさらわれてしまったか? ——そのどっちにしても大へんだ。アア、こうしちゃいられない、グズグズしている場合じゃない……」  忍剣は、どんな危地《きち》に立っても、けっしてうろたえるような男ではない。ただ、伊那丸の身をあんじてあせるのだった。地の理にくらいため、乱闘のさいちゅうに、足を踏《ふ》みすべらしたのが、かえすがえすもかれの失敗であった。  ところが、そこは裾野《すその》におおい断層《だんそう》のさけ目であって、両面とも、切ってそいだかのごとき岩と岩とにはさまれている数丈《すうじよう》の地底なので、さすがの忍剣《にんけん》も、精根《せいこん》をつからして空の明るみをにらんでいた。 「む! 根気だ。こんなことにくじけてなるものか」  とふたたび袖《そで》をまくりなおした。かれは鉄杖《てつじよう》を背なかへくくりつけて、護身《ごしん》の短剣をぬいた。そして、岩の面へむかって、一段《いちだん》一段、じぶんの足がかりを、掘りはじめたのである。  すると、なにかやわらかなものが、忍剣の頬《ほお》をなでてははなれ、なでてははなれするので、かれはうるさそうにそれを手でつかんだ時、はじめて赤い絹《きぬ》の細帯《ほそおび》であったことを知った。 「おや? ……」  と、あおむいて見ると、ちゅうとから藤《ふじ》づるかなにかで結びたしてある一筋《ひとすじ》が、たしかに、上からじぶんを目がけてさがっている。 「ありがたい!」  と力いっぱい引いてこころみたが、切れそうもないので、それをたよりに、するするとよじのぼっていった。  ぽんと、大地へとびあがったときのうれしさ。  忍剣はこおどりして見まわすと、そこに、思いがけない美少女が笑《え》みをふくんで立っている。少女の足もとには、謎《なぞ》のような黒装束《くろしようぞく》の上下《うえした》がぬぎ捨てられてあった。 「や、あなたは……」  と忍剣《にんけん》はいぶかしそうに目をみはった。その問いにおうじて、少女は、 「わたくしはこの裾野《すその》の山大名《やまだいみよう》、根来小角《ねごろしようかく》の娘で、咲耶子《さくやこ》というものでございます」  と、はっきりしたこわ音《ね》でこたえた。 「そのあなたが、どうしてわたしをたすけてくださったのじゃ」 「ご僧《そう》は、伊那丸《いなまる》さまのお供《とも》のかたでございましょうが」 「そうです。若君のお身はどうなったか、それのみがしんぱいです。ごぞんじなら、教えていただきたい」 「伊那丸さまは、ご僧《そう》と一しょに斬りこんできた六部《ろくぶ》のひとが、おそろしい早技《はやわざ》でどこともなく連れていってしまいました。あの六部が、善人か悪人か、わたくしにもわからないのです。それをあなたにお知らせするために夜の明けるのを待っていたのです」 「えッ、ではやっぱりあの六部にしてやられたか。して六部めは、どっちへいったか、方角だけでも、ごぞんじありませんか」 「わたくしはそのまえに、富士川《ふじがわ》をくだって、東海道から京へでる関所札《せきしよふだ》をあげておきましたが、その道へ向かったかどうかわかりませぬ」 「しまった……?」  と、忍剣は吐息《といき》をもらした。と、咲耶子は、にわかに色をかえてせきだした。 「あれ、父の手下どもが、わたくしをたずねてむこうからくるようです。すこしも早くここをお立ちのきあそばしませ。わたくしは山へ帰りますが、かげながら、伊那丸《いなまる》さまのお行く末をいのっております」 「ではお別れといたそう。拙僧《せつそう》とて、安閑《あんかん》としておられる身ではありません」  ふたたび鉄杖《てつじよう》を手にした忍剣《にんけん》は、別れをつげて、恨《うら》みおおき裾野《すその》をあとに、いずこともなく草がくれに立ち去った。  ——咲耶子《さくやこ》も、しばしのあいだは、そこに立ってうしろ姿《すがた》を見おくっていた。     二  浜松《はままつ》の城下は、海道一の名将、徳川家康《とくがわいえやす》のいる都会である。その浜松は、ここ七日のあいだは、男山八幡《おとこやまはちまん》の祭なので、夜ごと町は、おびただしいにぎわいであった。 「どうですな、鎧屋《よろいや》さん、まだ売れませんか」  その八幡《はちまん》の玉垣《たまがき》の前へならんでいた夜店の燈籠売《とうろうう》りがとなりの者へはなしかけた。 「売れませんよ。今日で六日もだしていますがだめです」  と答えたのは、十八、九の若者で、たった一組の鎧《よろい》をあき箱の上にかざり、じぶんのそばには、一本の朱柄《あかえ》の槍《やり》を立てかけて、ぼんやりとそこに腰かけている。 「おまえさんの燈籠《とうろう》のほうは、女子供が相手だから、さだめし毎日たくさんの売上げがありましたろう」 「どうしてどうして、あの鬼玄蕃《おにげんば》というご城内の悪侍《わるざむらい》のために、今年はからきし、商《あきな》いがありませんでした」 「ゆうべもわたしがかえったあとで、だれかが、あいつらに斬られたということですが、ほんとでしょうかね」 「そんなことは珍しいことじゃありませんよ。店をメチャメチャにふみつぶされたり、片輪《かたわ》にされたかわいそうな人が、何人あるか知れやしません。まったく弱いものは生きていられない世の中ですね」  といってる口のそばから、ワーッという声が向こうからあがって、いままで歓楽《かんらく》の世界そのままであったにぎやかな町の灯《あか》りが、バタバタ消えてきた。  燈籠売《とうろうう》りははねあがってあおくなった。 「大へん大へん、鎧屋《よろいや》さん、はやく逃げたがいいぜ、鬼玄蕃がきやがったにちがいない」  にわか雨でもきたように、あたりの商人たちも、ともどもあわてさわいだが、かの若者だけは、腰も立てずに悠長《ゆうちよう》な顔をしていた。  案のじょう、そこへ旋風《つむじかぜ》のようにあばれまわってきた四、五人の侍《さむらい》がある。なかでも一きわすぐれた強そうな星川玄蕃《ほしかわげんば》は、つかつかと鎧屋のそばへよってきた。泥酔《でいすい》したほかの侍たちも、こいつはいいなぶりものだという顔をして、そこを取りまく。 「やい、町人。この槍《やり》はいくらだ」  と玄蕃《げんば》はいきなり若者のそばにあった朱柄《あかえ》の槍《やり》をつかんだ。 「それは売り物じゃありません」  にべもなく、ひッたくって槍をおきかえたかれは、あいかわらず、無神経《むしんけい》にすましこんでいた。 「けしからんやつだ、売り物でないものを、なぜ店へさらしておく。こいつ、客をつる山師《やまし》だな」 「槍はわしの持物です。どこへいくんだッて、この槍を手からはなさぬ性分《しようぶん》なんだからしかたがない」 「ではこの鎧《よろい》が売りものなのか。黒皮胴《くろかわどう》、萌黄縅《もえぎおどし》、なかなかりっぱなものだが、いったいいくらで売るのだ」 「それも売りたい品《しな》ではないが、お母《ふくろ》が病気なので、薬代《くすりだい》にこまるからやむなく手ばなすんです。酔《よ》ッぱらったみなさまがさわいでいると、せっかくのお客も逃げてしまいます。早くあっちへいってください」 「無愛想《ぶあいそう》なやつだ。買うからねだんを聞いているのだ」 「金子《きんす》五十枚、びた一|文《もん》もまかりません。はい」 「たかい、銅銭五十枚にいたせ、買ってくれる」 「いけません、まっぴらです」 「ふらちなやつだ。だれがこんなボロ鎧に、金五十枚をだすやつがあるか、バカめッ」  玄蕃《げんば》が土足《どそく》をあげて蹴《け》ったので、鎧《よろい》はガラガラとくずれて土まみれになった。こんならんぼうは、泰平《たいへい》の世には、めったに見られないが、あけくれ血や白刃《しらは》になれた戦国武士の悪い者のうちには、町人百姓を蛆虫《うじむし》とも思わないで、ややともすると、傲慢《ごうまん》な武力をもってかれらへのぞんでゆくものが多かった。 「山師《やまし》めッ」  ほかの武士《ぶし》どもも、口を合わせてののしった上に鎧《よろい》を踏《ふ》みちらして、どッと笑いながら立ちさろうとした時、若者の眉《まゆ》がピリッとあがった。——と思うまに、朱柄《あかえ》の槍《やり》は、いつか、その小脇《こわき》にひッかかえられていた。 「待てッ」 「なにッ」とふりかえりざま、刀の柄《つか》へ手をかけた五人の、おそろしい眼つき。  すわと、弥次馬《やじうま》は、潮《うしお》のごとくたちさわいだ。——と、その群集のなかから、まじろぎもせずに、朱柄の槍先をみつめていた白衣《びやくえ》の六部《ろくぶ》と、ひとりの貴公子《きこうし》ふうの少年とがあった。  玉垣《たまがき》を照らしている春日《かすが》燈籠《どうろう》の灯影《ほかげ》によく見ると、それこそ、裾野《すその》の危地《きち》を斬りやぶって、行方《ゆくえ》をくらました木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》と、武田伊那丸《たけだいなまる》のふたりであった。  六部の龍太郎は、はたして、なんの目的で伊那丸をうばいとってきたかわからないが、ここに立ったふたりのようすから察《さつ》すると、いつか伊那丸もかれを了解《りようかい》しているし、龍太郎も主君のごとく敬《うやま》っているようだ。しかしそれにしても武田の残党《ざんとう》を根だやしにするつもりである敵の本城地に、かく明からさまに姿をあらわしているのは、なんという大胆《だいたん》な行動であろう。今にもあれ、徳川家《とくがわけ》の目付役《めつけやく》か、酒井|黒具足組《くろぐそくぐみ》の目にでもふれたらば最後、ふたりの身の一大事となりはしまいか?  それはとにかく、いっぽう、鎧売《よろいう》りの若者は、はやくも、槍《やり》を、穂短《ほみじか》にしごいて、ジリジリと一寸にじりに五人の武士へ迫ってゆく—— 「小僧ッ、気がちがったか」玄蕃《げんば》はののしった。 「気は狂《ちが》っていない! 町人のなかにも男はいる、天にかわって、汝《なんじ》らをこらしてやるのだ」 「なまいきなことをほざく下郎《げろう》だ、汝らがこのご城下で安穏《あんのん》にくらしていられるのは、みなわれわれが敵国と戦っている賜物《たまもの》だぞ。罰《ばち》あたりめ」 「町人どもへよい見せしめ、そのほそ首をぶッ飛ばしてくれよう」 「うごくなッ」  鬼玄蕃《おにげんば》をはじめ、一同の刀が、若者の手もとへ、ものすさまじく斬りこんだ。     三  とたんに、朱柄《あかえ》の槍《やり》は、一本の火柱のごとく、さッと五本の乱刀を天宙《てんちゆう》からたたきつけた。  わッと、あいての手もとが乱れたすきに、若者はまた一声「えいッ」とわめいて、ひとりのむなさきを田楽刺《でんがくざ》しにつきぬくがはやいか、すばやく穂先《ほさき》をくり引いて、ふたたびつぎの相手をねらっている。  その早技《はやわざ》も、非凡《ひぼん》であったが、よりおどろくべきものは、かれのこい眉毛《まゆげ》のかげから、らんらんたる底光をはなってくる二つの眸《ひとみ》である。それは、槍《やり》の穂先よりするどい光をもっている。 「やりおったな、小僧《こぞう》ッ。もうゆるさん」  玄蕃《げんば》は怒りにもえ、金剛力士《こんごうりきし》のごとく、太刀《たち》をふりかぶって、槍の真正面に立った。かれのがんじょうな五体は、さすが戦場のちまたで鍛《きた》えあげたほどだけあって、小柄《こがら》な若者を見おろして、ただ一|撃《げき》といういきおいをしめした。それさえあるのに、あと三人の武士《ぶし》も、めいめいきっさきをむけて、ふくろづめに、一寸二寸と、若者の命《いのち》に、くいよってゆくのだ。  ああ、あぶない。 「龍太郎《りゆうたろう》——」  と、こなたにいた伊那丸《いなまる》は、息をのんでかれの袖《そで》をひいた、そしてなにかささやくと、龍太郎はうなずいて、ひそかに、例の仕込杖《しこみづえ》の戒刀《かいとう》をにぎりしめた。いざといわば、一気におどりこんで、木隠《こがくれ》一|流《りゆう》の冴《さ》えを見せんとするらしい。  ヤッという裂声《れつせい》があたりの空気をつんざいた。鬼玄蕃星川《おにげんばほしかわ》が斬りこんだのだ。朱《あか》い槍《やり》がサッとさがる——玄蕃はふみこんで、二の太刀をかぶったが、そのとき、流星のごとくとんだ槍《やり》の穂《ほ》が、ビュッと、鬼玄蕃《おにげんば》の喉笛《のどぶえ》から血玉をとばした。 「わッ——」と弓なりにそってたおれたと見るや、のこる三人の侍《さむらい》は、必死に若者の左右からわめきかかる、疾風《しつぷう》か、稲妻《いなずま》か、刃《やいば》か、そこはただものすごい黒《くろ》旋風《つむじ》となった。 「えいッ、木《こ》ッ葉《ぱ》どもめ!」  若者は、二、三ど、朱柄《あかえ》の槍《やり》をふりまわしたが、トンと石突きをついたはずみに、五尺の体をヒラリおどらすが早いか、社《やしろ》の玉垣を、飛鳥のごとく飛びこえたまま、あなたの闇《やみ》へ消えてしまった。  バラバラと武士もどこかへかけだした。あとは血なまぐさい風に、消えのこった灯《ともしび》がまたたいているばかり。 「アア、気もちのよい男」  と伊那丸《いなまる》は、思わずつぶやいた。 「拙者《せつしや》も、めずらしい槍《やり》の玄妙《げんみよう》をみました」  龍太郎《りゆうたろう》は助《すけ》太刀《だち》にでようとおもうまに、みごとに勝負をつけてしまった若者の早技《はやわざ》に、舌《した》をまいて感嘆《かんたん》していた。そして、ふたりはいつかそこを歩みだして、浜松城に近い濠端《ほりばた》を、しずかに歩いていたのである。  すると、大手門の橋から、たちまち空をこがすばかりの焔《ほのお》の一列が疾走《しつそう》してきた。龍太郎は見るより舌うちして、伊那丸とともに、濠端の柳《やなぎ》のかげに身をひそませていると、まもなく、松明《たいまつ》を持った黒具足《くろぐそく》の武士が十四、五人、目の前をはしり抜けたが、さいごのひとりが、 「待て、あやしいやつがいた」とさけびだした。 「なに? いたか」  バラバラと引きかえしてきた人数は、いやおうなく、ふたりのまわりをとり巻いてしまった。 「ちがった、こいつらではない」  と一目見た一同は、ふり捨ててふたたびゆきすぎかけたが、そのとき、 「ややッ、伊那丸《いなまる》、武田伊那丸《たけだいなまる》ッ」と、だれかいった者がある。     四  朱柄《あかえ》の槍《やり》をもった曲者《くせもの》が、城内の武士《ぶし》をふたりまで突きころしたという知らせに、さては、敵国の間者《かんじや》ではないかと、すぐ討手《うつて》にむかってきたのは、酒井|黒具足組《くろぐそくぐみ》の人々であった。  運わるく、そのなかに、伊那丸の容貌《かおかたち》を見おぼえていた者があった。かれらは、おもわぬ大獲物《おおえもの》に、武者《むしや》ぶるいを禁《きん》じえない。たちまちドキドキする陣刀は、伊那丸と龍太郎《りゆうたろう》のまわりに垣《かき》をつくって、身うごきすれば、五体は蜂《はち》の巣《す》だぞ——といわんばかりなけんまくである。 「ちがいない。まさしくこの者は、武田伊那丸《たけだいなまる》だ」 「お城《しろ》ちかくをうろついているとは、不敵なやつ。尋常にせねば縄《なわ》をうつぞ、甲斐源氏《かいげんじ》の御曹子《おんぞうし》、縄目《なわめ》を、恥《はじ》とおもわば、神妙《しんみよう》にあるきたまえ——」  侍頭《さむらいがしら》の坂部十郎太《さかべじゆうろうた》が、おごそかにいいわたした。  伊那丸は、ちりほども臆《おく》したさまは見せなかった。|りん《ヽヽ》とはった目をみひらいて、周囲のものをみつめていたが、ちらと、龍太郎《りゆうたろう》の顔を見ると——かれも眸《ひとみ》をむけてきた。以心伝心《いしんでんしん》、ふたりの目と目は、瞬間にすべてを語りあってしまう。 「いかにも——」龍太郎はそこでしずかに答えた。 「ここにおわすおん方《かた》は、おさっしのとおり、伊那丸君であります。天下の武将のなかでも徳川《とくがわ》どのは仁君《じんくん》とうけたまわり、おん情けの袖《そで》にすがって、若君のご一身を安全にいたしたいお願いのためまいりました」 「とにかく、きびしいお尋ね人じゃ、おあるきなさい」 「したが、落人《おちゆうど》のお身の上でこそあれ、無礼のあるときは、この龍太郎が承知いたさぬ、そう思《おぼ》しめして、ご案内なさい」  龍太郎は、戒刀《かいとう》の杖《つえ》に、伊那丸の身をまもり、すすきをあざむく白刃《はくじん》のむれは、長蛇《ちようだ》の列のあいだに、ふたりをはさんで、しずしずと、鬼《おに》の口にもひとしい、浜松城《はままつじよう》の大手門のなかへのまれていった。   雷火変《らいかへん》     一  本丸《ほんまる》とは、城主のすまうところである。築山《つきやま》の松、滝《たき》をたたえた泉《いずみ》、鶺鴒《せきれい》があそんでいる飛石など、戦《いくさ》のない日は、平和の光がみちあふれている。そこは浜松城のみどりにつつまれていた。  伊那丸《いなまる》と龍太郎《りゆうたろう》は、あくる日になって、三の丸、二の丸をとおって、家康《いえやす》のいるここへ呼びだされた。 「勝頼《かつより》の次男、武田伊那丸《たけだいなまる》の主従《しゆじゆう》とは、おん身たちか」  高座《こうざ》の御簾《みす》をあげて、こういった家康は、ときに、四十の坂をこえたばかりの男ざかり、智謀《ちぼう》にとんだ名将の|ふう《ヽヽ》はおのずからそなわっている。 「そうです。じぶんが武田伊那丸です」  龍太郎は、かたわらに両手をついたが、伊那丸ははっきりこたえて、端然《たんぜん》と、家康の顔をじいとみつめた。——家康も、しかと、こっちをにらむ。 「おう……天目山《てんもくざん》であいはてた、父の勝頼、また兄の太郎|信勝《のぶかつ》に、さても生写《いきうつ》しである……。あの戦《いくさ》のあとで検分《けんぶん》した生首《なまくび》に瓜《うり》二つじゃ」 「うむ……」  伊那丸《いなまる》の肩は、あやしく波をうった。かれをにらんだ二つの眸《ひとみ》からは、こらえきれない熱涙が、ハラハラとはふり落ちてとまらない。  この家康《いえやす》めが、織田《おだ》と力をあわせ、北条《ほうじよう》をそそのかして、武田《たけだ》の家をほろぼしたのか、父母や兄や、一族たちをころしたのか——と思うと、くやし涙は、頬《ほお》をぬらして、骨に徹《てつ》してくる。眼《まなこ》もらんらんともえるのだった。 「若君、若君……」  と、龍太郎《りゆうたろう》はそッと膝《ひざ》をついて目くばせをしたが、伊那丸は、さらに真情をつつまなかった。 「おお……」と家康はうなずいて、そしてやさしそうに、 「父の領地《りようち》は焦土《しようど》となり、身は天涯《てんがい》の孤児《こじ》となった伊那丸、さだめし口惜《くや》しかろう、もっともである。いずれ、家康もとくと考えおくであろうから、しばらくは、まず落ちついて、体をやすめているがよかろう」  家康はなにか一言《ひとこと》、近侍《きんじ》にいいつけて、その席を立ってしまった。ふたりはやがて、酒井の家臣、坂部十郎太《さかべじゆうろうた》のうしろにしたがって、二の丸の塗籠造《ぬりごめづく》りの一室へあんないされた。伊那丸は、ふたりきりになると、ワッと袂《たもと》をかんで、泣いてしまった。 「龍太郎、わしは口惜《くや》しい……くやしかった」 「ごもっともです、おさっしもうしまする」  とかれもしばらく、伊那丸《いなまる》の手をとって、あおむいていたが、きッと、あらたまっていった。 「さすがにいまだご若年《じやくねん》、ごむりではありますが、だいじなときです。お心をしかとあそばさねば、この大望《たいもう》をはたすことはできません」 「そうであった、伊那丸は女々《めめ》しいやつのう……」  と快川和尚《かいせんおしよう》が、幼心《おさなごころ》へうちこんでおいた教えの力が、そのとき、かれの胸に生々《いきいき》とよみがえった。にっこりと笑って、涙をふいた。 「わたくしの考えでは、家康《いえやす》めは、あのするどい目で、若さまのようすから心のそこまで読みぬいてしまったとぞんじます。なかなか、この龍太郎《りゆうたろう》が考えた策《て》にのるような愚将《ぐしよう》ではありませぬから、必然《ひつぜん》、お身の上もあやういものと見なければなりません」 「わしもそう思った。それゆえに、よしや、いちじの計略《はかりごと》にせよ、家康などに頭をさげるのがいやであった。龍太郎、そちの教えどおりにしなかった、わしのわがままはゆるしてくれよ」  果然《かぜん》、ふたりはまえから、家康の身に近よる秘策《ひさく》をいだいて、わざと、この城内へとらわれてきたのらしい。しかし、すでにそれを、家康が見破ってしまったからには、鮫《さめ》をうたんがため鮫の腹中にはいって、出られなくなったと、おなじ結果におちたものだ。  このうえは、家康がどうでるか、敵のでようによってこの窮地《きゆうち》から活路《かつろ》をひらくか、あるいは、浜松城の鬼となるか、武運の分れめを、一挙《いつきよ》にきめるよりほかはない。     二  日がくれると、膳所《ぜんしよ》の侍《さむらい》が、おびただしい料理や美酒をはこんできて、うやうやしくふたりにすすめた。 「わが君の志《こころざし》でござります。おくつろぎあって、じゅうぶんに、おすごしくださるようにとのおことばです」 「過分《かぶん》です。よしなに、お伝えください」 「それと、城内の掟《おきて》でござるが、ご所持のもの、ご佩刀《はいとう》などは、おあずかりもうせとのことでござりますが」 「いや、それはことわります」と龍太郎《りゆうたろう》はきっぱり、 「若君のお刀は伝家の宝刀、ひとの手にふれさせていい品《しな》ではありませぬ。また、拙者《せつしや》の杖《つえ》は護仏《ごぶつ》の法杖《ほうじよう》、笈《おい》のなかは三尊《さんぞん》の弥陀《みだ》です。ご不審《ふしん》ならば、おあらためなさるがよいが、お渡しもうすことは、誓《ちか》ってあいなりません」 「では……」  と、その威厳《いげん》におどろいた家臣たちは、おずおずと笈のなかをあらためたが、そのなかには、龍太郎の言明したとおり、三体のほとけの像《ぞう》があるばかりだった。そして、杖《つえ》のあやしい点には気づかずに、そこそこに、そこからさがってしまった。 「若君、けっして手をおふれなさるな、この分では、これもあやしい」  と、膳部《ぜんぶ》の吸物椀《すいものわん》をとって、なかの汁《しる》を、部屋の白壁にパッとかけてみると、墨《すみ》のように、まっ黒に変化して染まった。 「毒だ! この魚にも、この飯にも、おそろしい毒薬がまぜてある。伊那丸《いなまる》さま、家康《いえやす》の心はこれではっきりわかりました。うわべはどこまでも柔和《にゆうわ》にみせて、わたしたちを毒害《どくがい》しようという肚《はら》でした」 「ではここも?」  と伊那丸は立ちあがって、塗籠《ぬりごめ》の出口の戸をおしてみると、はたして開《あ》かない。力いっぱい、おせど引けど開かなくなっている。 「若君——」  龍太郎《りゆうたろう》はあんがいおちついて、なにか伊那丸の耳にささやいた。そして、夜のふけるのを待って、足帯《あしおび》、脇差《わきざし》など、しっかりと身支度《みじたく》しはじめた。  やがて龍太郎は、笈《おい》のなかから取りのけておいた一体の仏像《ぶつぞう》を、部屋《へや》のすみへおいた。そして燭台《しよくだい》の灯《ともしび》をその上へ横倒しにのせかける。  部屋の中は、いちじ、やや暗くなったが、仏像の木に油がしみて、ふたたびプスプスと、まえにもまして、明るい焔《ほのお》を立ててきた。  龍太郎は、伊那丸の体をひしと抱きしめて、反対のすみによった。そして、できるだけ身をちぢめながら、じッとその火をみつめていた。プス……プス……焔《ほのお》は赤くなり、むらさき色になりしてゆくうちに、パッと部屋のなかが真暗になったせつな、チリチリッと、こまかい火の粉《こ》が、仏像からうつくしくほとばしりはじめた。 「若君、耳を耳を」と、いいながら龍太郎も、かたく眼をつぶった。  その時——  轟然《ごうぜん》たる音響《おんきよう》とともに、仏像のなかにしかけてあった火薬が爆発した。——浜松城の二の丸の白壁は、雷火《らいか》に裂《さ》かれてくずれ落ちた。  ガラガラと、すさまじい震動《しんどう》は、本丸《ほんまる》、三の丸までもゆるがした。すわ変事《へんじ》と、旗本《はたもと》や、役人たちは、得物《えもの》をとってきてみると、外廓《そとぐるわ》の白壁がおちたところから、いきおいよくふきだしている怪火! すでに、矢倉《やぐら》へまでもえうつろうとしているありさまだ。 「火事ッ、火事ッ——」  降《ふ》りかかる火の粉《こ》をあびて、口々にうろたえた顔をあおむかせていると、ふたたび、どッと、突きくずしてきた白壁の口から、紅蓮《ぐれん》をついてあらわれた者がある。無反《むぞ》りの戒刀《かいとう》をふりかぶった木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》、つづいて、武田伊那丸《たけだいなまる》のすがた。 「曲者《くせもの》ッ」  と下では、騒然《そうぜん》と渦《うず》をまいた。その白刃の林をめがけて、焔《ほのお》のなかから、ひらりと飛びおりた伊那丸と龍太郎——  ああ、その危《あや》うさ。     三  小《こ》太刀《だち》をとっては、伊那丸《いなまる》はふしぎな天才児である。木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》も戒刀の名人、しかも隠形《おんぎよう》の術からえた身のかるさも、そなえている。  けれど、伊那丸も龍太郎も、けっして、匹夫《ひつぷ》の勇《ゆう》にはやる者ではない。どんな場合にも、うろたえないだけの修養はある。——だのに、なぜ、こんな無謀《むぼう》をあえてしたろう? 白刃林立のなかへ、肉体をなげこめば、たちまち剣のさきに、メチャメチャに刺《さ》されてしまうのは、あまりにも知れきった結果だのに。  しかし、ひとたび人間が、信念に身をかためてむかう時は、刀刃《とうじん》も折れ、どんな悪鬼《あつき》も羅刹《らせつ》も、かならず退《しりぞ》けうるという教えもある。ふたりがふりかぶった太刀は、まさに信念の一刀だ。とびおりた五尺の体《からだ》もまた、信念の鎖《くさり》帷子《かたびら》をきこんでいるのだった。 「わッ」  とさけんだ下の武士たちは、ふいにふたりが、頭上へ飛びおりてきたいきおいにひるんで、思わず、サッとそこを開いてしまった。  どんと、ふたりのからだが下へつくやいな、いちじに、乱刀の波がどッと斬りつけていったが、 「退《すさ》れッ」  と、龍太郎の手からふりだされた戒刀《かいとう》の切《き》ッ先《さき》に、乱れたつ足もと。それを目がけて伊那丸《いなまる》の小太刀も、飛箭《ひせん》のごとく突き進んだ。たちまち火花、たちまち剣《つるぎ》の音、斬りおられた槍《やり》は宙《ちゆう》にとび、太刀さきに当ったものは、無残なうめきをあげて、たおれた。 「退《ひ》けッ! だめだ」  と城の塀《へい》にせばめられて、人数の多い城兵は、かえって自由を欠《か》いた。武士たちは、ふたたび、見ぎたなく逃げ出した。龍太郎《りゆうたろう》と伊那丸は、血刀をふって、追いちらしたうえ、昼間《ひるま》のうちに、見ておいた本丸をめがけて、かけこんでいった。  家康《いえやす》にちかづいて、武田《たけだ》一門の思いを知らそうと思ったことは破れたが、せめて一太刀でも、かれにあびせかけなければ——浜松城の奥ふかくまではいってきたかいがない。めざすは本丸!  あいてはひとり!  と、ほかの雑兵《ぞうひよう》には目もくれないで、まっしぐらに、武者走り(城壁《じようへき》の細道《ほそみち》)をかけぬけた。   天《てん》の筏《いかだ》     一  矢倉《やぐら》へむかった消火隊と、武器をとって討手《うつて》にむかった者が、あらかたである。——で、家康《いえやす》のまわりには、わずか七、八人の近侍《きんじ》がいるにすぎなかった。 「火はどうじゃ、手はまわったか」  寝所をでた家康は、そう問いながら、本丸の四阿《あずまや》へ足をむけていた。すると、闇《やみ》のなかから、ばたばたとそこへかけよってきた黒い人影がある。 「や!」  と侍たちが、立ちふさがって、きッと見ると、物の具で身をかためたひとりの武士《ぶし》が、大地へ両手をついた。 「お上《かみ》、武田《たけだ》の主従《しゆじゆう》が、火薬をしかけたうえに狼藉《ろうぜき》におよびました。ご身辺にまんいちがあっては、一大事です。はやくお奥《おく》へお引きかえしをねがいまする」 「おう、坂部十郎太《さかべじゆうろうた》か。たかが稚児《ちご》どうような伊那丸《いなまる》と六部《ろくぶ》の一人や二人が、檻《おり》をやぶったとて、なにをさほどにうろたえることがある。それよりか、城の火こそ、はやく消さねばならぬ、矢倉《やぐら》へむかえ!」 「はッ」と十郎太が、立ちかけると—— 「家康ッ!」と、ふいに、耳もとをつんざいた声とともに、闇のうちからながれきたった一閃《いつせん》の光。 「無礼ものッ!」  とさけびながら、よろりと、しりえに、身をながした家康の袖《そで》を、さッと、白い切《き》ッ先《さき》がかすってきた。 「何者だ!」  とその太刀影《たちかげ》を見て、ガバと、はねおきるより早く、斬りまぜていった十郎太《じゆうろうた》の陣刀。 「お上《かみ》、お上」  と近侍《きんじ》のものは、そのすきに、家康《いえやす》を屏風《びようぶ》がこいにして、本丸の奥へと引きかえしていった。 「無念ッ——」  長蛇《ちようだ》を逸《いつ》した伊那丸《いなまる》は、なおも、四、五|間《けん》ほど、追いかけてゆくのを、待てと、坂部十郎太《さかべじゆうろうた》の陣刀が、そのうしろから慕《した》いよった。  と、伊那丸はなんにつまずいたか、ア——と闇《やみ》をおよいだ。ここぞと、十郎太がふりかぶった太刀に、あわれむごい血煙が、立つかと見えたせつな、魔鳥のごとく飛びかかってきた龍太郎《りゆうたろう》が、やッと、横ざまに戒刀《かいとう》をもって、薙《な》ぎつけた。 「むッ……」と十郎太は、苦鳴《くめい》をあげて、たおれた。 「若君——」  と寄りそってきた龍太郎、 「またの時節《じせつ》があります。もう、すこしも、ご猶予《ゆうよ》は危険です。さ、この城から逃げださねばなりませぬ」 「でも……龍太郎、ここまできて、家康を討ちもらしたのはざんねんだ。わしは無念だ」 「ごもっともです。しかし、伊那丸《いなまる》さまの大望は、ひろい天下にあるのではござりませぬか。家康《いえやす》ひとりは小さな敵です。さ、早く」  とせき立てたかれは、むりにかれの手をとって、築山《つきやま》から、城の土塀《どべい》によじのぼり、狭間《はざま》や、わずかな足がかりを力に、二|丈《じよう》あまりの石垣《いしがき》を、すべり落ちた。  途中に犬走りという中段がある。ふたりはそこまでおりて、ぴったりと石垣に腹をつけながら、しばらくあたりをうかがっていた。上では、城内の武士が声をからして、八ぽうへ手配《てくば》りをさけびつつ、縄梯子《なわばしご》を、石垣のそとへかけおろしてきた。南無三《なむさん》——とあなたを見れば、火の手を見た城下の旗本たちが、闇《やみ》をついて、これまた城の大手へ刻々に殺到するけはいである。 「どうしたものだろう?」  さすがの龍太郎《りゆうたろう》も、ここまできて、はたと当惑《とうわく》した。もう濠《ほり》までわずかに五、六尺だが、そのさきは、満々とたたえた外濠《そとぼり》、橋なくして、渡ることはとてもできない。ふつう、兵法で十五|間《けん》以上と定められてある濠《ほり》が、どっちへまわっても、陸と城との境《さかい》をへだてている。するといきなり上からヒューッと一団の火が尾をひいて、ふたりのそばに落ちてきた。闇夜の敵影をさぐる投げ松明《たいまつ》である。ヒューッ、ヒューッ、とつづけざまにおちてくる光—— 「いたッ、犬走りだ」  と頭のうえで声がしたとたんに、光をたよりに、バラバラと、つるべうちに射《い》てきた矢のうなり、——鉄砲のひびき。 「しまった」と龍太郎《りゆうたろう》は伊那丸《いなまる》の身をかばいながら、石垣にそった犬走りを先へさきへとにげのびた。しかし、どこまでいっても陸《おか》へでるはずはない。ただむなしく、城のまわりをまわっているのだ。そのうちには、敵の手配《てはい》はいよいよきびしく固まるであろう。  矢と、鉄砲と、投げ松明《たいまつ》は、どこまでも、ふたりの影をおいかけてくる。そのうちに龍太郎は、「あッ」と立ちすくんでしまった。  ゆくての道はとぎれている。見れば目のまえはまっくらな深淵《しんえん》で、ごうーッという水音が、闇《やみ》のそこに渦《うず》まいているようす。ここぞ、城内の水をきって落としてくる水門であったのだ。  矢弾《やだま》は、ともすると、鬢《びん》の毛をかすってくる。前はうずまく深淵《しんえん》、ふたりは、進退きわまった。 「ああ、無念——これまでか」と龍太郎は天をあおいで嘆息《たんそく》した。  と、そのまえへ、ぬッと下から突きだしてきた槍《やり》の穂《ほ》? 「何者?」  と思わず引っつかむと、これは、冷たい雫にぬれた棹《さお》のさきだった。龍太郎がつかんだ力に引かれて、まっ黒な水門から筏《いかだ》のような影がゆらゆらと流れよってきた。その上にたって、棹《さお》を手《た》ぐってくるふしぎな男はたれ? 敵か味方か、ふたりは目をみはって、闇《やみ》をすかした。   二 「お乗りなさい、はやく、はやく」  筏《いかだ》のうえの男は、早口にいった。いまはなにを問《と》うすきもない。ふたりは、ヒラリと飛びうつった。  ザーッとはねあがった水玉をあびて、男は、力まかせに石垣《いしがき》をつく。——筏は外濠《そとぼり》のなみを切って、意外にはやく陸《おか》へすすむ。そして、すでに濠《ほり》のなかほどまできたとき、 「その方はそも何者だ。われわれをだれとおもって助けてくれたのか」  龍太郎《りゆうたろう》が、ふしんな顔をしてきくと、それまで、黙々として、棹をあやつっていた男は、はじめて口を開いてこういった。 「武田伊那丸《たけだいなまる》さまと知ってのうえです。わたくしは、この城の掃除番《そうじばん》、森子之吉《もりねのきち》という者ですが、根から徳川家《とくがわけ》の家来ではないのです」 「おう、そういえば、どこやらに、甲州《こうしゆう》なまりらしいところもあるようだ」 「何代もまえから、甲府《こうふ》のご城下にすんでおりました。父は森右兵衛《もりうへえ》といって、お館《やかた》の足軽《あしがる》でした。ところが、運わるく、長篠《ながしの》の合戦のおりに、父の右兵衛《うへえ》がとらわれたので、わたくしも、心ならず徳川家に降《くだ》っていましたが、ささいなあやまちから、父は斬罪《ざんざい》になってしまったのです。わたくしにとっては、怨《うら》みこそあれ、もう奉公する気のない浜松城をすてて、一日もはやく、故郷《こきよう》の甲府にかえりたいと思っているまに、武田家《たけだけ》は、織田徳川《おだとくがわ》のためにほろぼされ、いるも敵地、かえるも敵地という|はめ《ヽヽ》になってしまいました。ところへ、ゆうべ、伊那丸《いなまる》さまがつかまってきたという城内のうわさです。びっくりして、お家の不運をなげいていました。けれど、今宵《こよい》のさわぎには、てっきりお逃げあそばすであろうと、水門のかげへ筏《いかだ》をしのばして、お待ちもうしていたのです」 「ああ、天の助けだ。子之吉《ねのきち》ともうす者、心からお礼をいいます」  と、伊那丸は、この至誠な若者を、いやしい足軽《あしがる》の子とさげすんではみられなかった。いくどか、頭をさげて礼《れい》をくり返した。そのまに、筏《いかだ》は|どん《ヽヽ》と岸についた。 「さ、おあがりなさいませ」と子之吉は、葦《あし》の根をしっかり持って、筏を食いよせながらいった。 「かたじけない」と、ふたりが岸へ飛びあがると、 「あ、お待ちください」とあわててとめた。 「子之吉《ねのきち》、いつかはまたきっとめぐりあうであろう」 「いえ、それより、どっちへお逃げなさるにしても、この濠端《ほりばた》を、右にいってはいけません。お城固《しろがた》めの旗本屋敷《はたもとやしき》が多いなかへはいったら袋《ふくろ》のねずみです。どこまでもここから、左へ左へとすすんで、入野《いりの》の関《せき》をこえさえすれば、浜名湖《はまなこ》の岸へでられます」 「や、ではこの先にも関所《せきしよ》があるか」 「おあんじなさいますな、ここに蓑《みの》と、わたくしの鑑札《かんさつ》があります。お姿をつつんで、これをお持ちになれば大じょうぶです」  子之吉《ねのきち》は、下からそれを渡すと、岸をついて、ふたたび、筏《いかだ》を濠《ほり》のなかほどへすすめていったが、にわかに、|どぶん《ヽヽヽ》とそこから水けむりが立った。 「ややッ」と、岸のふたりはおどろいて手をあげたが、もうなんともすることもできなかった。  子之吉は、筏をはなすと同時に、脇差《わきざし》をぬいて、みごとにわが喉笛《のどぶえ》をかッ切ったまま、濠《ほり》のなかへ身を沈めてしまったのである。後日に、徳川家《とくがわけ》の手にたおれるよりは、故主の若君のまえで、報恩の一死をいさぎよくささげたほうが、森子之吉《もりねのきち》の本望《ほんもう》であったのだ。   怪船《かいせん》と巽小文治《たつみこぶんじ》     一  伊那丸《いなまる》と龍太郎《りゆうたろう》が外濠《そとぼり》をわたって、脱出《だつしゆつ》したのを、やがて知った浜松城の武士たちは、にわかに、追手《おつて》を組織して、入野《いりの》の関《せき》へはしった。  ところが、すでに二刻《ふたとき》もまえに、蓑《みの》をきた両名のものが、この関《せき》へかかったが、足軽鑑札《あしがるかんさつ》を持っているので、夜中ではあったが、通したということなので、討手《うつて》のものは、地だんだをふんだ。そして、長駆《ちようく》して、さらに次の浜名湖《はまなこ》の渡し場へさしていそいだ。  いっぽう、伊那丸《いなまる》、龍太郎《りゆうたろう》のふたりは、しゅびよく、浜名湖のきしべまで落ちのびてきたが、一|難《なん》さってまた一難、ここまできながら、一|艘《そう》の船も見あたらないのでむなしくあっちこっちと、さまよっていた。  月はないが、空いちめんに磨《と》ぎだされ、かがやかしい星の光と、ゆるやかに波を縒《よ》る水明りに、湖は、夜明けのようにほの明るかった。すると、ギイ、ギイ……とどこからか、この静寂《しじま》をやぶる櫓《ろ》の音がしてきた。 「お、ありゃなんの船であろう?」  と伊那丸が指したほうを見ると、いましも、弁天島《べんてんじま》の岩かげをはなれた一艘の小船に、五、六人の武士が乗りこんで、こなたの岸へ舵《かじ》をむけてくる。 「いずれ徳川家《とくがわけ》の武士《ぶし》にちがいない。伊那丸さま、しばらくここへ」  と龍太郎はさしまねいて、ともにくさむらのなかへ身をしずめていると、まもなく船は岸について、黒装束《くろしようぞく》の者がバラバラと陸《おか》へとびあがり、口々になにかざわめき立ってゆく。 「せっかく仕返しにまいったのに、かんじんなやつがいなかったのはざんねんしごくであった」 「いつかまた、きゃつのすがたを見かけしだいに、ぶッた斬ってやるさ。それに、すまいもつきとめてある」 「あの小僧《こぞう》も、あとで家へかえって見たら、さだめしびっくりして泣きわめくにちがいない。それだけでも、まアまア、いちじの溜飲《りゆういん》がさがったというものだ」  ものかげに、人ありとも知らずにこう話しながら、浜松のほうへつれ立ってゆくのをやり過ごした龍太郎《りゆうたろう》と伊那丸《いなまる》は、そこを、すばやく飛びだして、かれらが乗りすてた船へとびうつるが早いか、力のかぎり櫓《ろ》をこいだ。 「龍太郎、いったいいまのは、何者であろう」  舳《みよし》に腰かけていた伊那丸が、ふといいだした。 「さて、この夜中に、黒装束《くろしようぞく》で横行《おうこう》するやからは、いずれ、盗賊《とうぞく》のたぐいであったかもしれませぬ」 「いや、わしはあのなかに、ききおぼえのある声をきいた。盗賊の群れではないと思う」 「はて……?」龍太郎は小首をかしげている。 「そうじゃ、ゆうべ、八幡前《はちまんまえ》で、鎧売《よろいう》りに斬りちらされた悪侍、あのときの者が二、三人はたしか今の群れにまじっていた」 「おお、そうおっしゃれば、いかにも似通《にかよ》うていたやつもおりましたな」  と、龍太郎はいつもながら、伊那丸のかしこさに舌《した》をまいた。そのまに、船は弁天島《べんてんじま》へこぎついた。 「若君——」と船をもやってふりかえる。 「浜松から遠くもない、こんな小島に長居《ながい》は危険です。わたくしの考えでは、夜のあけぬまえに、渥美《あつみ》の海へこぎだして、伊良湖崎《いらこざき》から志摩《しま》の国へわたるが一ばんご無事かとぞんじますが」 「どんな荒海、どんな嶮岨《けんそ》をこえてもいい。ただ一ときもはやく、かねがねそちが話したおん方にお目にかかり、また忍剣《にんけん》をたずね、その他の勇士を狩《か》りあつめて、この乱れた世を泰平《たいへい》にしずめるほか、伊那丸《いなまる》の望みはない」 「そのお心は、龍太郎《りゆうたろう》もおさっしいたしております。では、わたくしは弁天堂の禰宜《ねぎ》か、どこぞの漁師《りようし》をおこして食《た》べ物の用意をいたしてまいりまするから、しばらく船のなかでお待ちくださいまし」  と龍太郎は、ひとりで島へあがっていった。そしてあなたこなたを物色《ぶつしよく》してくると、白砂をしいた、まばらな松のなかにチラチラ灯《あか》りのもれている一軒の家が目についた。 「漁師の家と見える、ひとつ、訪《おとず》れてみよう」  と龍太郎は、ツカツカと軒下へきて、開けっぱなしになっている雨戸の口からなかをのぞいてみると、うすぐらい灯《ともしび》のそばに、ひとりの男が、朱《あけ》にそまった老婆《ろうば》の死骸《しがい》を抱きしめたまま、よよと、男泣きに泣いているのであった。     二  龍太郎《りゆうたろう》が、そこを立ちさろうとすると、なかの男は、跫音《あしおと》を耳にとめたか、にわかに、はねおきて、壁《かべ》に立てかけてあった得物《えもの》をとるやいなや、ばらッと、雨戸のそとへかけおりた。 「待てッ、待て、待てッ!」  あまりその声のするどさに、龍太郎も、ギョッとしてふりかえった。すると——そのせつな、真眉間《まみけん》へむかって、ぶんとうなってきたするどい光りものに——はッとおどろいて身をしずめながら、片手にそれをまきこんで袖《そで》の下へだきしめてしまった。見ればそれは朱柄《あかえ》の槍《やり》であった。 「こりゃ、なんだって、拙者《せつしや》の不意をつくか」 「えい、吐《ぬ》かすな、おれのお母《ふくろ》をころしたのは、おまえだろう。天にも地にも、たったひとりのお母《ふくろ》さまのかたきだ。どうするかおぼえていろ!」 「勘ちがいするな、さようなおぼえはないぞ」 「だまれ、だまれッ、めったに人のこないこの島に、なんの用があって、うろついていた。今しがた、宿《しゆく》から帰ってみれば、お母《ふくろ》さまはズタ斬り、家のなかは乱暴|狼藉《ろうぜき》、あやしいやつは、汝《なんじ》よりほかにないわッ」  目に、いっぱい溜《た》め涙《なみだ》をひからせている。憤怒《ふんぬ》のまなじりをつりあげて、|いッかな《ヽヽヽヽ》きかないのだ。この若者は浜松の町で、稀代《きたい》な槍法《そうほう》をみせた鎧売《よろいう》りの男で——いまは、この島に落ちぶれているが、もとは武家生まれの、巽小文治《たつみこぶんじ》という者であった。 「うろたえ言《ごと》をもうすな、だれが、恨みもないきさまの老母などを、殺すものか」 「いや、なんといおうが、おれの目にかかったからにはのがすものか」 「うぬ! 血まよって、後悔《こうかい》いたすなよ」 「なにを、この朱柄《あかえ》の槍《やり》でただひと突き、おふくろさまへの手向《たむ》けにしてくれる。覚悟《かくご》をしろ」 「えい! 聞きわけのないやつだ」  と、龍太郎《りゆうたろう》もむッとして、槍《やり》のケラ首が折れるばかりにひッたくると、小文治《こぶんじ》も、金剛力《こんごうりき》をしぼって、ひきもどそうとした。 「やッ——」とその機をねらった龍太郎が、ふいに穂先《ほさき》をつッ放すと、力負けした小文治は、槍《やり》をつかんだままタタタタタと、一、二|間《けん》もうしろへよろけていった。——そこを、 「おお——ッ」ととびかかった龍太郎の抜き討ちこそ、木隠流《こがくれりゆう》のとくいとする、戒刀《かいとう》のはやわざであった。  いつか、裾野《すその》の文殊閣《もんじゆかく》でおちあった加賀見忍剣《かがみにんけん》も、この戒刀《かいとう》のはげしさには膏汗《あぶらあせ》をしぼられたものだった。ましてや、若年《じやくねん》な巽小文治《たつみこぶんじ》は、必然、まッ二つか、袈裟《けさ》がけか? どっちにしても、助かりうべき命ではない。  と見えたが——意外である! 龍太郎《りゆうたろう》の刀は、サッと空《くう》を斬って、そのとたんに槍《やり》の石突きがトンと大地をついたかと思うと、小文治《こぶんじ》の体は、五、六尺もたかく宙《ちゆう》におどって、龍太郎の頭の上を、とびこえてしまった。  この手練《しゆれん》——かれはただ平凡な槍使《やりつか》いではなかった。  龍太郎は、とっさに、眸《ひとみ》を抜かれたような気持がした。すぐ踏《ふ》みとまって、太刀《たち》を持ちなおすと、すでにかまえなおした小文治は槍を中段ににぎって、龍太郎の鳩尾《みぞおち》へピタリと穂先《ほさき》をむけてきた。  かつて一ども、いまのようにあざやかに、敵にかわされたためしのない龍太郎は、このかまえを見るにおよんで、いよいよ要心《ようじん》に要心をくわえながら、下段《げだん》の戒刀《かいとう》をきわめてしぜんに、頭のうえへ持っていった。  玄妙《げんみよう》きわまる槍と、精妙無比《せいみようむひ》な太刀はここにたがいの呼吸をはかり、たがいに、兎《う》の毛《け》のすきをねらい合って一瞬一瞬、にじりよった。  |天※[#「(犬/犬+犬)+風」]《てんぴよう》一陣! ものすごい殺気が、みるまにふたりのあいだにみなぎってきた。ああ龍虎《りゆうこ》たおれるものはいずれであろうか。     三  船べりに頬杖《ほおづえ》ついて、龍太郎を待っていた伊那丸《いなまる》は、宵《よい》からのつかれにさそわれて、いつか、銀河の空の下でうっとりと眠りの国へさまよっていた。——松かぜの奏《かな》でや、舷《ふなばた》をうつ波の鼓《つづみ》を、子守唄のように聞いて。  ——すると。  内浦鼻《うちうらばな》のあたりから、かなり大きな黒船のかげが瑠璃《るり》の湖《みずうみ》をすべって、いっさんにこっちへむかってくるのが見えだした。だんだんと近づいてきたその船を見ると徳川家《とくがわけ》の用船でもなく、また漁船《ぎよせん》のようでもない。舳《みよし》のぐあいや、帆柱《ほばしら》のさまなどは、この近海に見なれない長崎型《ながさきがた》の怪船であった。  |ふかしぎ《ヽヽヽヽ》な船は、いつか弁天島《べんてんじま》のうらで船脚《ふなあし》をとめた。そして、親船をはなれた一|艘《そう》の軽舸《はしけ》が、矢よりも早くあやつられて伊那丸《いなまる》の夢をうつつに乗せている小船のそばまで近づいてきた。  ポーンと鉤縄《かぎなわ》を投げられたのを伊那丸はまったく夢にも知らずにいる。——それからも、船のすべりだしたのすら気づかずにいたが、フト胸《むな》ぐるしい重みを感じて目をさました時には、すでに四、五人のあらくれ男がよりたかって、おのれの体に、荒縄《あらなわ》をまきしめていたのだった。 「あッ、龍太郎《りゆうたろう》——ッ」  かれは、おもわず絶叫《ぜつきよう》した。だがその口も、たちまち綿《わた》のようなものをつめられてしまったので、声も立てられない。ただ身をもがいて、伏《ふ》しまろんだ。  水なれた怪船の男どもは、毒魚のごとく、胴《どう》の間《ま》や軽舸の上におどり立って、なにかてんでに口ぜわしくさけびあっている。 「それッ、北岸《きたぎし》へ役人の松明《たいまつ》が見えだしたぞ」 「はやく軽舸《はしけ》をあげてしまえッ」 「帆綱《ほづな》に集《たか》れーッ、帆綱をまけ——」  キリキリッ、キリキリッと帆車《ほぐるま》のきしむおとが高鳴ると同時に、軽舸の底にもがいていた伊那丸《いなまる》のからだは、 「あッ」というまに鉤綱《かぎづな》にひっかけられて、ゆらゆらと波の上へつるしあげられた。  龍太郎《りゆうたろう》はどうした? この伊那丸の身にふってわいた大変事を、まだ気づかずにいるのかしら? それとも、巽小文治《たつみこぶんじ》の稀代《きたい》な槍先《やりさき》にかかってあえなく討たれてしまったのか……?  西北へまわった風を帆《ほ》にうけて、あやしの船は、すでにすでに、入江を切って、白い波をかみながら、外海《そとうみ》へでてゆくではないか。   大鷲《おおわし》の鎖《くさり》     一  うわべは歌詠《うたよ》みの法師か、きらくな雲水と見せかけてこころはゆだんもすきもなく、武田伊那丸《たけだいなまる》のあとをたずねて、きょうは東、あすは南と、血眼《ちまなこ》の旅をつづけている加賀見忍剣《かがみにんけん》。  裾野《すその》の闇《やみ》に乗じられて、|まんま《ヽヽヽ》と、六部《ろくぶ》の龍太郎《りゆうたろう》のために、大せつな主君を、うばいさられた、かれの無念《むねん》さは思いやられる。  したが、不屈《ふくつ》なかれ忍剣は、たとえ、胆《きも》をなめ、身を粉《こ》にくだくまでも、ふたたび伊那丸《いなまる》をさがしださずに、やむべきか——と果てなき旅をつづけていた。  おりから、天下は大動乱《だいどうらん》、鄙《ひな》も都も、その渦《うず》にまきこまれていた。  この年六月二日に、右大臣織田信長《うだいじんおだのぶなが》は、反逆者光秀《はんぎやくしやみつひで》のために、本能寺であえなき最期《さいご》をとげた。  盟主《めいしゆ》をうしなった天下の群雄は、ひとしくうろたえまよった。なかにひとり、山崎の弔《とむら》い合戦に、武名をあげたものは秀吉《ひでよし》であったが、北国の柴田《しばた》、その他《た》、北条《ほうじよう》徳川《とくがわ》なども、おのおのこの機をねらって、おのれこそ天下をとらんものと、野心の関《せき》をかため、虎狼《ころう》の鏃《やじり》をといで、人の心も、世のさまも、にわかに険《けわ》しくなってきた。  そうした世間であっただけに、忍剣の旅は、なみたいていなものではない。しかも、酬《むく》いられてきたものは、けっきょく失望——二月《ふたつき》あまりの旅はむなしかった。 「伊那丸さまはどこにおわすか。せめて……アア夢《ゆめ》にでもいいから、いどころを知りたい……」  足をやすめるたびに嘆息《たんそく》した。  その一念で、ふと忍剣のあたまに、あることがひらめいた。 「そうだ! クロはまだ生きているはずだ」  かれはその日から、急に道をかえて、思い出おおき、甲斐《かい》の国へむかって、いっさんにとってかえした。  忍剣《にんけん》が気のついたクロとは、そもなにものかわからないが、かれのすがたは、まもなく、変りはてた恵林寺《えりんじ》の焼《や》け跡《あと》へあらわれた。     二  忍剣は数珠《じゆず》をだして、しばらくそこに合掌《がつしよう》していた。すると、番小屋のなかから、とびだしてきた侍《さむらい》がふたり、うむをいわさず、かれの両腕をねじあげた。 「こらッ、そのほうはここで、なにをいたしておった」 「はい、国師《こくし》さまはじめ、あえなくお亡《な》くなりはてた、一|山《ざん》の霊《れい》をとむろうていたのでござります」 「ならぬ。甲斐《かい》一帯《いつたい》も、いまでは徳川家《とくがわけ》のご領分だぞ。それをあずかる者は、ご家臣の大須賀康隆《おおすかやすたか》さまじゃ。みだりにここらをうろついていることはならぬ、とッととたちされ、かえれ!」 「どうぞしばらく。……ほかに用もあるのですから」 「あやしいことをもうすやつ。この焼けあとに何用がある?」 「じつは当寺の裏山、扇山《せんざん》の奥に、わたしの幼《おさな》なじみがおります。久しぶりで、その友だちに会いたいとおもいまして、はるばる尋《たず》ねてまいったのです」 「ばかをいえ、さような者はここらにいない」 「たしかに生きているはずです。それは、友だちともうしても、ただの人ではありません。クロともうす大鷲《おおわし》、それをひと目見たいのでございます」 「だまれ。あの黒鷲は、当山を攻めおとした時の生捕《いけど》りもの、大せつに餌《え》をやって、ちかく浜松城へ献上《けんじよう》いたすことになっているのだ、汝《なんじ》らの見せ物ではない。帰れというに帰りおらぬか」  ひとりが腕《うで》、ひとりが襟《えり》がみをつかんで、ずるずるとひきもどしかけると、忍剣《にんけん》の眉《まゆ》がピリッとあがった。 「これほど、ことをわけてもうすのに、なおじゃまだてするとゆるさんぞ!」 「なにを」  ひとりが腰縄《こしなわ》をさぐるすきに、ふいに、忍剣の片足が|どん《ヽヽ》と彼の脾腹《ひばら》をけとばした。アッと、うしろへたおれて、悶絶《もんぜつ》したのを見た、べつな侍《さむらい》は、 「おのれッ」と太刀の柄《つか》へ手をかけて、抜きかけた。  ——それより早く、 「やッ」と、まッこうから、おがみうちに、うなりおちてきた忍剣の鉄杖《てつじよう》に、なにかはたまろう。あいては、|かッ《ヽヽ》と血へどをはいてたおれた。  それに見むきもせず、鉄杖をこわきにかかえた忍剣はいっさんに、うら山の奥《おく》へおくへとよじのぼってゆく。——と、昼なおくらい木立のあいだから、いような、魔鳥《まちよう》の羽《は》ばたきがつめたい雫《しずく》をゆりおとして聞えた。     三  らんらんと光る二つの眼は、みがきぬいた琥珀《こはく》のようだ。その底にすむ金色《こんじき》の瞳《ひとみ》、かしらの逆羽《さかばね》、見るからに猛々《たけだけ》しい真黒な大鷲《おおわし》が、足の鎖《くさり》を、ガチャリガチャリ鳴らしながら、扇山《せんざん》の石柱《いしばしら》の上にたって、ものすごい絶叫《ぜつきよう》をあげていた。  そのくろい翼《つばさ》を、左右にひろげるときは、一|丈《じよう》あまりの巨身《きよしん》となり、銀の爪《つめ》をさか立てて、まっ赤な口をあくときは、空とぶ小鳥もすくみ落ちるほどな威《い》がある。 「おおいた! クロよ、無事でいたか」  おそれげもなく、そばへかけよってきた忍剣《にんけん》の手になでられると、鷲《わし》は、かれの肩に嘴《くちばし》をすりつけて、あたかも、なつかしい旧友《きゆうゆう》にでも会ったかのような表情をして、柔和《にゆうわ》であった。 「おなじ鳥類《ちようるい》のなかでも、おまえは霊鷲《れいしゆう》である。さすがにわしの顔を見おぼえているようす……それならきっとこの使命をはたしてくれるであろう」  忍剣は、かねてしたためておいた一|片《ぺん》の文字《もんじ》を、油紙《あぶらがみ》にくるんでこよりとなし、クロの片足へ、いくえにもギリギリむすびつけた。  この鷲《わし》にもいろいろな運命があった。  天文《てんもん》十五年のころ、武田信玄《たけだしんげん》の軍勢が、上杉憲政《うえすぎのりまさ》を攻めて上野《こうずけ》乱入《らんにゆう》にかかったとき、碓氷峠《うすいとうげ》の陣中でとらえたのがこの鷲《わし》であった。  碓氷の合戦は甲軍《こうぐん》の大勝となって、敵将の憲政《のりまさ》の首まであげたので、以来《いらい》、信玄《しんげん》はその鷲《わし》を館《やかた》にもちかえり、愛育していた。信玄《しんげん》の死んだあとは、勝頼《かつより》の手から、供養《くよう》のためと恵林寺《えりんじ》に寄進《きしん》してあったのである。ところがある時、檻《おり》をやぶって、民家の五歳になる子を、宙天《ちゆうてん》へくわえあげたことなどがあったので、扇山の中腹に石柱をたて、太い鎖《くさり》で、その足をいましめてしまった。  幼少から、恵林寺にきていた伊那丸《いなまる》は、いつか忍剣《にんけん》とともに、この鷲《わし》に餌《え》をやったり、クロよクロよと、愛撫《あいぶ》するようになっていた。獰猛《どうもう》な鷲《わし》も、伊那丸や忍剣の手には、猫《ねこ》のようであった。そして、恵林寺が大紅蓮《だいぐれん》につつまれ、一|山《ざん》のこらず最期《さいご》をとげたなかで、鷲《わし》だけは、この山奥につながれていたために、おそろしい焔《ほのお》からまぬがれたのだ。 「クロ、いまこそわしが、おまえの鎖《くさり》をきってやるぞ、そしてその翼《つばさ》で、大空を自由にかけまわれ、ただ、おまえをながいあいだかわいがってくだすった、伊那丸さまのお姿を地上に見たらおりてゆけよ」  そういいながら、鎖に手をかけたが、鷲《わし》の足にはめられた鉄《くろがね》の環《かん》も、またふとい鎖も断《き》れればこそ。 「めんどうだ——」と、忍剣は鉄杖《てつじよう》をふりかぶって、石柱の角にあたる鎖を|はッし《ヽヽヽ》と打った。  そのとき、ふもとのほうから、ワーッという、ただならぬ鬨《とき》の声《こえ》がおこった。鎖《くさり》はまだきれていないが、忍剣《にんけん》はその声に、小手《こて》をかざして見た。  はやくも、木立のかげから、バラバラと先頭の武士がかけつけてきた。いうまでもなく、大須賀康隆《おおすかやすたか》の部下である。扇山へあやしの者がいりこんだと聞いて、捕手《とりて》をひきいてきたものだった。 「売僧《まいす》、その霊鳥《れいちよう》をなんとする」 「いらざること。この鷲《わし》こそ、勝頼公《かつよりこう》のみ代《よ》から当山に寄進《きしん》されてあるものだ! どうしようとこなたのかってだ」 「うぬ! さては武田《たけだ》の残党《ざんとう》とはきまった」 「おどろいたかッ」と、いきなりブーンとふりとばした鉄杖《てつじよう》にあたって、二、三人ははねとばされた。 「それ! とりにがすな」  ふもとのほうから、追々《おいおい》とかけあつまってきた人数を合《がつ》して、かれこれ三、四十人、槍《やり》や太刀《たち》を押ッとって、忍剣の虚《きよ》をつき、すきをねらって斬ってかかる。 「飛び道具をもった者は、梢《こずえ》のうえからぶッぱなせ」  足場がせまいので、捕手の頭《かしら》がこうさけぶと、弓、鉄砲《てつぽう》をひッかかえた十二、三人のものは、猿《ましら》のごとく、ちかくの杉《すぎ》や欅《けやき》の梢にのぼって、手早く矢をつがえ、火縄《ひなわ》をふいてねらいつける。  下では忍剣《にんけん》、近よる者を、かたッぱしからたたきふせて、怪力のかぎりをふるったが、空からくる飛び道具をふせぐべき術《すべ》もあろうはずはない。  はやくも飛んできた一の矢! また、二の矢。  夜叉《やしや》のごとく荒れまわった忍剣は、突《とつ》として、いっぽうの捕手《とりて》をかけくずし、そのわずかなすきに、ふたたび鷲《わし》の鎖《くさり》をねらって、一念力、戛然《かつぜん》とうった。  きれた! ギャーッという絶鳴《ぜつめい》をあげた鷲《わし》は、猛然と翼《つばさ》を一はたきさせて、地上をはなれたかと見るまに、一陣の山嵐をおこした翼のあおりをくって、大樹《たいじゆ》の梢《こずえ》の上からバラバラとふりおとされた弓組、鉄砲組。 「ア、ア、ア!」とばかり、捕手《とりて》の軍卒《ぐんそつ》がおどろきさわぐうちに、一ど、雲井《くもい》へたかく舞いあがった魔鳥《まちよう》は、ふたたびすさまじい|天※[#「(犬/犬+犬)+風」]《てんぴよう》をまいて翔《か》けおりるや、するどい爪《つめ》をさかだてて、旋廻《せんかい》する。  ふるえ立った捕手どもは、木の根、岩角《いわかど》にかじりついて、ただアレヨアレヨと胆《きも》を消しているうちに、いつか忍剣のすがたを見うしない、同時に、偉大なる黒鷲《くろわし》のかげも、天空はるかに飛びさってしまった。   鞍馬《くらま》の竹童《ちくどう》     一  はなしはふたたびあとへかえって、ここは波明るき弁天島《べんてんじま》の薄月夜《うすづきよ》——  いっぽうは太刀《たち》の名人、いっぽうは錬磨《れんま》の槍《やり》、いずれ劣《おと》らぬ切《き》ッ先《さき》に秘術の妙《みよう》をすまして突きあわせたまま、松風わたる白砂の上に立ちすくみとなっているのは、白衣《びやくえ》の木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》と朱柄《あかえ》の持ち主、巽小文治《たつみこぶんじ》。  腕が互角《ごかく》なのか、いずれに隙《すき》もないためか、そうほううごかず、彫《ほ》りつけたごとくにらみあっているうちに、魔か、雲か、月をかすめて疾風《はやて》とともに、天空から、そこへ翔《か》けおりてきたすさまじいものがある。  バタバタという羽《は》ばたきに、ふたりは、はッと耳をうたれた。弁天島の砂をまきあげて、ぱッと、地をすってかなたへ飛びさった時、不意をおそわれたふたりは、思わず眼をおさえて、左右にとびわかれた。 「あッ——」とおどろきの叫《さけ》びをもらしたのは、龍太郎のほうであった。それは、もうはるかに飛びさった、鷲《わし》の巨《おお》きなのにおどろいたのではない。  いま、鏡《かがみ》のような入江をすべって浜名湖から外海《そとうみ》へとでてゆく、あやしい船の影——それをチラと見たせつなに、龍太郎のむねを不安にさわがしたのは、小船にのこした伊那丸《いなまる》の身の上だった。 「もしや?」とおもえば、一|刻《こく》の猶予《ゆうよ》もしてはおられない。やにわに、小文治《こぶんじ》という眼さきの敵をすてて、なぎさのほうへかけだした。 「卑怯《ひきよう》もの!」  追いすがった小文治《こぶんじ》が、さッと、くりこんでいった槍《やり》の穂先《ほさき》、ヒラリ、すばやくかわして、千段《せんだん》をつかみとめた龍太郎《りゆうたろう》は、はッたとふりかえって、 「卑怯《ひきよう》ではない。わが身ならぬ、大せつなるおかたの一大事なのだ、勝負はあとで決してやるから、しばらく待て」 「いいのがれはよせ。その手は食わぬ」 「だれがうそを。アレ見よ、こうしているまにも、あやしい船が遠のいてゆく、まんいちのことあっては、わが身に代えられぬおんかた、そのお身のうえが気づかわしい、しばらく待て、しばらく待て」 「オオあの船こそ、めったに正体を見せぬ八幡船《ばはんせん》だ。して、小船にのこしたというのはだれだ。そのしだいによっては、待ってもくれよう」 「いまはなにをつつもう、武田家《たけだけ》の御曹子《おんぞうし》、伊那丸《いなまる》さまにわたらせられる」  しばらく、じッと相手をみつめていた小文治《こぶんじ》は、にわかに、槍を投げすててひざまずいてしまった。 「さては伊那丸君《いなまるぎみ》のお傅人《もりびと》でしたか。今宵《こよい》、町へわたったとき、さわがしいおうわさは聞いていましたが、よもやあなたがたとは知らず、さきほどからのしつれい、いくえにもごかんべんをねがいまする」 「いや、ことさえわかればいいわけはない、拙者《せつしや》はこうしてはおられぬ場合だ。さらば——」  ほとんど一|足跳《そくと》びに、もとのところへひッ返してきた龍太郎《りゆうたろう》が、と見れば、小船は舫綱《もやい》をとかれて、湖水のあなたにただようているばかりで、伊那丸《いなまる》のすがたは見えない。 「チェッ、ざんねん。あの八幡船《ばはんせん》のしわざにそういない。おのれどうするか、覚えていろ」  と地|だんだ踏《ヽヽヽふ》んでにらみつけたが、へだては海——それもはや模糊《もこ》として、遠州灘《えんしゆうなだ》へ浪《なみ》がくれてゆくものを、いかに、龍太郎でも、飛んでゆく秘術《ひじゆつ》はない。     二  ところへ、案じてかけてきたのは、小文治《こぶんじ》だった。 「若君のお身は?」 「しまッたことになった。船はないか、船は」 「あの八幡船のあとを追うなら、とてもむだです」 「たとえ遠州灘のもくずとなってもよい! 追えるところまでゆく覚悟《かくご》だ。たのむ、早くだしてくれ」 「小船は一|艘《そう》ありますが、八幡船のゆく先ばかりは、いままで領主《りようしゆ》のご用船が、死に身になって取りまいても、霧《きり》のように消えて、つきとめることができないほどでござります」 「ええ、なんとしたことだ——」  と、思わずどッかり腰をおとしてしまった龍太郎《りゆうたろう》は、われながらあまりの不覚に、唇《くちびる》をかみしめた。  小文治《こぶんじ》は、それを見ると、不用意なじぶんの行動が後悔されてきた。母をうしなった悲しさに、いちずに龍太郎を下手人《げしゆにん》とあやまったがため、このことが起ったのだ。さすれば、とうぜん、じぶんにも罪《つみ》はある。  かれは、いくたびかそれをわびた。そして、あらためて素性《すじよう》を名のり、永年よき主《しゆ》をさがしていたおりであるゆえ、ぜひとも、力をあわせて伊那丸《いなまる》さまを取りかえし、ともども天下につくしたいと、真心《まごころ》こめて龍太郎にたのんだ。  龍太郎も、よい味方を得たとよろこんだ。しかし、さてこれから八幡船《ばはんせん》の根城《ねじろ》をさがそうとなると、それはほとんど雲にかくれた時鳥《ほととぎす》をもとめるようなものだった。——むろん小文治《こぶんじ》にも、いい智恵《ちえ》は浮かばなかった。 「こうなってはしかたがない」  龍太郎はやがてこまぬいていた腕から顔をあげた。 「お叱《しか》りをうけるかもしれぬが、一たび先生のところへ立ち帰って、この後の方針をきめるとしよう。それよりほかに思案はない」 「して、その先生とおっしゃるおかたは」 「京の西、鞍馬《くらま》の奥《おく》にすんではいるが、ある時は、都にもいで、またある時は北国の山、南海のはてにまで姿を見せるという、稀代《きたい》なご老体で、拙者《せつしや》の刀術《とうじゆつ》、隠形《おんぎよう》の法なども、みなその老人からさずけられたものです」  鞍馬《くらま》ときくさえ、すぐ、天狗《てんぐ》というような怪奇が聯想《れんそう》されるところへ、この話をきいた小文治《こぶんじ》は、もっと深くその老人が知りたくなった。 「龍太郎《りゆうたろう》どのの先生とおっしゃる——そのおかたの名はなんともうされますか」 「まことの姓《せい》はあかしませぬ。ただみずから、果心居士《かしんこじ》と異号《いごう》をつけております。じつはこのたびのことも、まったくその先生のおさしずで、織田徳川《おだとくがわ》が甲府攻《こうふぜ》めをもよおすと同時に、拙者《せつしや》は、六部《ろくぶ》に身を変じて、伊那丸《いなまる》さまをお救いにむかったのです。それがこの不首尾《ふしゆび》となっては、先生にあわせる顔もないしだいだが、天下のこと居《い》ながらにして知る先生、またきっと好いおさしずがあろうと思う」 「では、どうかわたしもともに、お供《とも》をねがいまする」 「異存《いぞん》はないが、さきをいそぐ、おしたくを早く」  小文治は、家に取ってかえすと、しばらくあって、粗服《そふく》ながら、たしなみのある旅支度《たびじたく》に、大小を差し、例の朱柄《あかえ》の槍《やり》をかついで、ふたたびでてきた。 「お待たせいたしました。小船は、わたしの家のうしろへ着けておきましたから……」  という言葉に、龍太郎がそのほうへすすんで行くと、小船の上には、ひとつの棺《かん》がのせてある。  武士《ぶし》にかえった門出《かどで》に、小文治《こぶんじ》は、母の亡骸《なきがら》をしずかな湖《うみ》の底へ水葬《すいそう》にするつもりと見える。  と、あやしい羽音《はおと》が、またも空に鳴った。はッとしてふたりが船からふりあおぐと、大きな輪《わ》をえがいていた怪鳥《けちよう》のかげが、潮《しお》けむる遠州灘《えんしゆうなだ》のあなたへ、一しゅんのまに、かけりさった。     三  みんな空をむいて、同じように、眉毛《まゆげ》の上へ片手をかざしている。  烏帽子《えぼし》の老人、市女笠《いちめがさ》の女、侍《さむらい》、百姓、町人——雑多《ざつた》な人がたかって、なにか評議《ひようぎ》の最中《さいちゆう》である。 「さて、ふしぎなやつじゃのう」 「仙人《せんにん》でしょうか」 「いや、天狗《てんぐ》にちがいない」 「だって、この真昼《まひる》なかに」 「おや、よく見ると本を読んでいますよ」 「いよいよ魔物《まもの》ときまった」  この人々は、そも、なにを見ているのだろう。  ここは近江《おうみ》の国、比叡山《ひえいざん》のふもと、坂本《さかもと》で、日吉《ひよし》の森からそびえ立った五重塔《ごじゆうのとう》のてッぺん——そこにみんなの瞳《ひとみ》があつまっているのだった。  なるほどふしぎ、人だかりのするのもむりではない。太陽のまぶしさにさえぎられて、しかとは見えないが、鶴《つる》のごとき老人が、五重塔《ごじゆうのとう》のてッぺんにたしかにいるようだ。しかも目のいい者のことばでは、あの高い、登《のぼ》りようもない上でのんきに書物を見ているという。 「なに、魔物《まもの》だと? どけどけ、どいてみろ」 「や、今為朝《いまためとも》がきた」  群集はすぐまわりをひらいた。今為朝《いまためとも》といわれたのはどんな人物かと見ると、丈《たけ》たかく、色浅ぐろい二十四、五|歳《さい》の武士《ぶし》である。黒い紋服《もんぷく》の片肌《かたはだ》をぬぎ、手には、日輪巻《にちりんまき》の強弓《ごうきゆう》と、一本の矢をさかしまに握《にぎ》っていた。 「む、いかにも見えるな……」  と、五重塔のいただきをながめた武士は、ガッキリ、その矢をつがえはじめた。 「や、あれを射《い》ておしまいなさいますか」  あたりの者は興《きよう》にそそられて、どよみ立った。 「この霊地《れいち》へきて、奇怪なまねをするにっくいやつ、ことによったら、南蛮寺《なんばんじ》にいるキリシタンのともがらかもしれぬ。いずれにせよ、ぶッぱなして諸人《しよにん》への見せしめとしてくれる」  弓の持ちかた、矢番《やつがい》も、なにさまおぼえのあるらしい態度だ。それもそのはず、この武士こそ、坂本《さかもと》の町に弓術《きゆうじゆつ》の道場をひらいて、都にまで名のきこえている代々木流《よよぎりゆう》の遠矢《とおや》の達人《たつじん》、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》という者であるが、町の人は名をよばずに、今為朝《いまためとも》とあだなしていた。 「あの矢先に立ってはたまるまい……」  人々がかたずをのんでみつめるまに、矢筈《やはず》を弦《つる》にかけた蔦之助は、陽《ひ》にきらめく鏃《やじり》を、虚空《こくう》にむけて、ギリギリと満月にしぼりだした。  塔《とう》のいただきにいる者のすがたは、下界《げかい》のさわぎを、どこふく風かというようすで、すましこんでいるらしい。     四 「日吉《ひよし》の森へいってごらんなさい。今為朝が、五重塔《ごじゆうのとう》の上にでた老人の魔物《まもの》を射《い》にゆきましたぜ」  坂本の町の葭簀《よしず》茶屋でも、こんなうわさがぱッとたった。  床几《しようぎ》にかけて、茶をすすっていた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》は、それを聞くと、道づれの小文治《こぶんじ》をかえりみながら、にわかにツイと立ちあがった。 「ひょっとすると、その老人こそ、先生かもしれない。このへんでお目にかかることができればなによりだ、とにかく、いそいでまいってみよう」 「え?」  小文治《こぶんじ》はふしんな顔をしたが、もう龍太郎《りゆうたろう》がいっさんにかけだしたので、あわててあとからつづいてゆくと、うわさにたがわぬ人|群《む》れだ。  両足をふんまえて、狙《ねら》いさだめた蔦之助《つたのすけ》は、いまや、プツンとばかり手もとを切ってはなした。 「あ——」と群集は声をのんだ、矢のゆくえにひとみをこらした。と見れば、風をきってとんでいった白羽の矢は、まさしく五重塔《ごじゆうのとう》の、あやしき老人を射抜《いぬ》いたとおもったのに、ぱッと、そこから飛びたったのは、一羽の白鷺《しらさぎ》、ヒラヒラと、青空にまいあがったが、やがて、日吉《ひよし》の森へ影《かげ》をかくした。 「なアんだ」と多くのものは、口をあいたまま、ぼうぜんとして、まえの老人がまぼろしか、いまの白鷺がまぼろしかと、おのれの目をうたぐって、睫毛《まつげ》をこすっているばかりだ。  そこへ、一足《ひとあし》おくれてきた龍太郎と小文治はもう人の散ってゆくのに失望して、そのまま、叡山《えいざん》の道をグングン登っていった。  ふたりはこれから、比叡山《ひえいざん》をこえ、八瀬《やせ》から鞍馬《くらま》をさして、峰《みね》づたいにいそぐのらしい。いうまでもなく果心居士《かしんこじ》のすまいをたずねるためだ。  音にきく源平《げんぺい》時代のむかし、天狗《てんぐ》の棲家《すみか》といわれたほどの鞍馬の山路は、まったく話にきいた以上のけわしさ。おまけにふたりがそこへさしかかってきた時は、ちょうど、とっぷり日も暮れてしまった。  ふもとでもらった、蛍火《ほたるび》ほどの火縄《ひなわ》をゆいつのたよりにふって、うわばみの歯のような、岩壁をつたい、百足腹《むかでばら》、鬼すべりなどという嶮路《けんろ》をよじ登ってくる。  おりから初秋《はつあき》とはいえ、山の寒さはまたかくべつ、それにいちめん朦朧《もうろう》として、ふかい霧《きり》が山をつつんでいるので、いつか火縄もしめって、消えてしまった。 「小文治《こぶんじ》どの、お気をつけなされよ、よろしいか」 「大じょうぶ、ごしんぱいはいりません」  とはいったが、小文治も、海ならどんな荒浪にも恐れぬが、山にはなれないので、れいの朱柄《あかえ》の槍《やり》を杖《つえ》にして足をひきずりひきずりついていった。千段曲《せんだんまが》りという坂道をやっとおりると、白い霧がムクムクわきあがっている底に、ゴオーッというすごい水音がする。渓流《けいりゆう》である。 「橋がないから、その槍《やり》をおかしなさい。こうして、おたがいに槍の両端を握りあってゆけば、流されることはありません」  龍太郎《りゆうたろう》は山なれているので、先にかるがると、岩石へとびうつった。すると、小文治のうしろにあたる断崖《だんがい》から、ドドドドッとまっ黒なものが、むらがっておりてきた。 「や?」と小文治は身がまえて見ると、およそ五、六十ぴきの山猿《やまざる》の大群である。そのなかに、十|歳《さい》ぐらいな少年がただひとり、鹿《しか》の背にのって笑っている。 「おお、そこへきたのは、竹童《ちくどう》ではないか」  岩の上から龍太郎が声をかけると、鹿の背からおりた少年も、なれなれしくいった。 「龍太郎《りゆうたろう》さま、ただいまお帰りでございましたか」 「む、して先生はおいでであろうな」 「このあいだから、お客さまがご滞留《たいりゆう》なので、このごろは、ずっと荘園《そうえん》においでなさいます」 「そうか。じつは拙者《せつしや》の道づれも、足をいためたごようすだ。おまえの鹿《しか》をかしてあげてくれないか」 「アアこのおかたですか、おやすいことです」  竹童《ちくどう》は口笛《くちぶえ》を鳴らしながら、鹿をおきずてにして、岩燕《いわつばめ》のごとく、渓流《けいりゆう》をとびこえてゆくと、猿《さる》の大群も、口笛について、ワラワラとふかい霧の中へかげを消してしまった。  鹿の背をかりて、しばらくたどってくると、小文治《こぶんじ》は馥郁《ふくいく》たる香《かお》りに、仙境《せんきよう》へでもきたような心地がした。 「やっと僧正谷《そうじようがたに》へまいりましたぞ」  と龍太郎が指さすところを見ると、そこは山芝《やましば》の平地で、甘《あま》いにおいをただよわせている果樹園《かじゆえん》には、なにかの実《み》が熟《う》れ、大きな芭蕉《ばしよう》のかげには、竹を柱にしたゆかしい一軒の家が見えて、ほんのりと、灯《あか》りがもれている。  門からのぞくと、庵室《あんしつ》のなかには、白髪童顔《はくはつどうがん》の翁《おきな》が、果物で酒を酌《く》みながら、総髪《そうはつ》にゆったりっぱな武士《ぶし》とむかいあって、なにかしきりに笑い興《きよう》じている。 「龍太郎《りゆうたろう》、ただいま帰りました」  とかれが両手をついたうしろに、小文治《こぶんじ》もひかえた。 「なんじゃ? おめおめと帰ってきおったと」  翁《おきな》——それは別人ならぬ果心居士《かしんこじ》だ。龍太郎の顔を見ると、|ふい《ヽヽ》と、かたわらの藜《あかざ》の杖《つえ》をにぎりとって、立ちあがるが早いか、 「ばかもの」ピシリと龍太郎の肩をうった。     五  果心居士《かしんこじ》は、なにも聞かないうちに、すべてのことを知っていた。八幡船《ばはんせん》に伊那丸《いなまる》をうばわれたことも、巽小文治《たつみこぶんじ》の身の上も。——そして、きょうのひる、日吉《ひよし》の五重塔《ごじゆうのとう》のてッぺんにいたのもじぶんであるといった。  かれは、仙人《せんにん》か、幻術師《げんじゆつし》か、キリシタンの魔法を使う者か? はじめて会った小文治は、いつまでも、奇怪な謎《なぞ》をとくことに苦しんだ。  しかし、だんだんと膝《ひざ》をまじえて話しているうちに、ようやくそれがわかってきた、かれは仙人《せんにん》でもなければ、けっして幻術使《げんじゆつつかい》でもない。ただおそろしい修養の力である。みな、自得《じとく》の研鑽《けんさん》から通力《つうりき》した人間技《にんげんわざ》であることが納得《なつとく》できた。  浮体《ふたい》の法、飛足《ひそく》の呼吸《いき》、遠知《えんち》の術《じゆつ》、木遁《もくとん》その他の隠形《おんぎよう》など、みなかれが何十年となく、深山にくらしていたたまもので、それはだれでも劫《こう》をつめば、できないふしぎや魔力ではない。  ところで、果心居士《かしんこじ》がなにゆえに、武田伊那丸《たけだいなまる》を龍太郎《りゆうたろう》にもとめさせたか、それはのちの説明にゆずって、さしあたり、はてなき海へうばわれたおんかたを、どうしてさがしだすかの相談になった。 「竹童《ちくどう》、竹童——」  居士は例の少年をよんで、小さな錦《にしき》のふくろを持ってこさせた。そのなかから、机の上へカラカラと開けたのは亀《かめ》の甲羅《こうら》でつくった、いくつもいくつもの駒《こま》であった。  かれの精神がすみきらないで、遠知の術のできないときは、この亀卜《きぼく》という占《うらな》いをたてて見るのが常であった。 「む……」ひとりで占いをこころみて、ひとりうなずいた果心居士は、やがて、客人のほうへむいて、 「民部《みんぶ》どの、こんどはあなたがいったがよろしい」といった。龍太郎はびっくりして、それへ進んだ。 「しばらく、先生のおおせながら、余人《よじん》にその儀《ぎ》をおいいつけになられては、手まえのたつ瀬《せ》も、面目《めんぼく》もござりませぬ。どうか、まえの不覚をそそぐため、拙者《せつしや》におおせつけねがいとうぞんじます」 「いや龍太郎、おまえには、さらに第二段の、大せつなる役目がある。まずこれをとくと見たがよい」  と、革《かわ》の箱から取りだして、それへひろげたのは、いちめんの山絵図《やまえず》であった。 「これは?」と龍太郎《りゆうたろう》は腑《ふ》におちない顔である。 「ここにおられる、小幡民部《こばたみんぶ》どのが、苦心してうつされたもの。すなわち、自然の山を城廓《じようかく》として、七陣の兵法をしいてあるものじゃ」 「あ! ではそこにおいでになるのは、甲州流《こうしゆうりゆう》の軍学家、小幡景憲《こばたかげのり》どののご子息ですか」 「いかにも、すでにまえから、ご浪人なされていたが、武田《たけだ》のお家のほろびたのを、よそに見るにしのびず、伊那丸《いなまる》さまをたずねだしてふたたび旗《はた》あげなさろうという大願望《だいがんもう》じゃ、おなじ志《こころざし》のものどもがめぐりおうたのも天のおひきあわせ、したが、伊那丸さまのありかが知れても、よるべき天嶮《てんけん》がなくてはならぬ。そこで、まずひそかに、二、三の者がさきにまいって地理の準備《じゆんび》、またおおくの勇士をも狩《か》りもよおしておき、おんかたの知れしだいに、いつなりと、旗あげのできるようにいたしておくのじゃ」 「は、承知いたしました。して、この図面《ずめん》にあります場所は?」  という龍太郎の問いに応じてこんどは、小幡民部が膝《ひざ》をすすめた。 「武田家《たけだけ》に縁《えん》のふかき、甲《こう》、信《しん》、駿《すん》の三ヵ国にまたがっている小太郎山《こたろうざん》です。また……」  と、軍扇《ぐんせん》の要《かなめ》をもって、民部は掌《たなごころ》を指すように、ここは何山、ここは何の陣法と、こまかに、噛《か》みくだいて説明した。  肝胆《かんたん》あい照らした、龍太郎、小文治《こぶんじ》、民部の三人は、夜のふけるをわすれて、旗上げの密議をこらした。果心居士《かしんこじ》は、それ以上は一言《ひとこと》も口をさし入れない。かれの任務《にんむ》は、ただここまでの、気運だけを作るにあるもののようであった。  翌日は早天に、みな打ちそろって僧正谷《そうじようがたに》を出立《しゆつたつ》した。龍太郎と小文治は、例のすがたのまま、旗あげの小太郎山《こたろうざん》へ。  また、小幡民部《こばたみんぶ》ひとりは、深編笠《ふかあみがさ》をいただき、片手に鉄扇《てつせん》、野袴《のばかま》といういでたちで、京都から大阪|もより《ヽヽヽ》へと伊那丸《いなまる》のゆくえをたずねもとめていく。  その方角は、果心居士の亀卜《きぼく》がしめしたところであるが、この占《うらな》いがあたるか否《いな》か。またあるいは音にひびいた軍学者小幡が、はたしてどんな奇策《きさく》を胸に秘《ひ》めているか、それは余人《よじん》がうかがうことも、はかり知ることもできない。   智恵《ちえ》のたたかい     一  板子《いたご》一枚下は地獄《じごく》。——船の底はまッ暗だ。  空も見えなければ、海の色も見えない。ただときおりドドーン、ドドドドドーン! と胴《どう》の間《ま》にぶつかってはくだける怒濤《どとう》が、百千の鼓《つづみ》を一時にならすか、雷《いかずち》のとどろきかとも思えて、人の魂《たましい》をおびやかす。  その船ぞこに、生ける屍《しかばね》のように、うつぶしているのは、武田伊那丸《たけだいなまる》のいたましい姿だった。  八幡船《ばはんせん》が遠州灘《えんしゆうなだ》へかかった時から、伊那丸の意識《いしき》はなかった。この海賊船《かいぞくせん》が、どこへ向かっていくかも、おのれにどんな危害が迫《せま》りつつあるのかも、かれはすべてを知らずにいる。 「や、すっかりまいっていやがる」  さしもはげしかった、船の動揺もやんだと思うと、やがて、入口をポンとはねて、飛びおりてきた手下どもが伊那丸のからだを上へにないあげ、すぐ船暈《ふなよい》|ざまし《ヽヽヽ》の手当にとりかかった。 「やい、その童《わつぱ》の脇差《わきざし》を持ってきて見せろ」  と舳《みよし》からだみごえをかけたのは、この船の張本《ちようほん》で、龍巻《たつまき》の九郎《くろう》右衛門《えもん》という大男だった。赤銅《しやくどう》づくりの太刀《たち》にもたれ、南蛮織《なんばんおり》のきらびやかなものを着ていた。 「はて……?」と龍巻は、いま手下から受けとった脇差の目貫《めぬき》と、伊那丸の小袖《こそで》の紋《もん》とを見くらべて、ふしんな顔をしていたが、にわかにつっ立って、 「えらい者が手に入った。その小童《こわつぱ》は、どうやら武田家《たけだけ》の御曹子《おんぞうし》らしい。五十や百の金で、人買いの手にわたす代物《しろもの》じゃねえから、めったな手荒をせず、島へあげて、かいほうしろ」  そういって、三人の腹心の手下をよび、なにかしめしあわせたうえ、その脇差を、そッともとのとおり、伊那丸《いなまる》の腰へもどしておいた。  まもなく、軽舸《はしけ》の用意ができると、病人どうような伊那丸を、それへうつして、まえの三人もともに乗りこみ、すぐ鼻先《はなさき》の小島へむかってこぎだした。 「やい! 親船がかえってくるまで、大せつな玉を、よく見はっていなくっちゃいけねえぞ」  龍巻《たつまき》は二、三ど、両手で口をかこって、遠声をおくった。そしてこんどは、足もとから鳥が立つように、あたりの手下をせきたてた。 「それッ、帆綱《ほづな》をひけ! 大金《おおがね》もうけだ」 「お頭領《かしら》、また船をだして、こんどはどこです」 「泉州《せんしゆう》の堺《さかい》だ。なんでもかまわねえから、張れるッたけ帆《ほ》をはって、ぶっとおしにいそいでいけ」  キリキリ、キリキリ、帆車《ほぐるま》はせわしく鳴りだした。船中の手下どもは、飛魚《とびうお》のごとく敏捷《びんしよう》に活躍しだす。舳《みよし》に腰かけている龍巻は、その悪魔的《あくまてき》な跳躍《ちようやく》をみて、ニタリと、笑みをもらしていた。     二  この秋に、京は紫野《むらさきの》の大徳寺《だいとくじ》で、故右大臣信長《こうだいじんのぶなが》の、さかんな葬儀《そうぎ》がいとなまれたので、諸国の大小名《だいしようみよう》は、ぞくぞくと京都にのぼっていた。  なかで、穴山梅雪入道《あなやまばいせつにゆうどう》は、役目をおえたのち、主人の徳川家康《とくがわいえやす》にいとまをもらって、甲州|北郡《きたごおり》へかえるところを、廻り道して、見物がてら、泉州の堺《さかい》に、半月あまりも滞在《たいざい》していた。  堺は当時の開港場《かいこうじよう》だったので、ものめずらしい異国《いこく》の色彩《しきさい》があふれていた。唐《から》や、呂宋《ルソン》や、南蛮《なんばん》の器物、織物などを、見たりもとめたりするのも、ぜひここでなければならなかった。 「殿《との》、見なれぬ者がたずねてまいりましたが、通しましょうか、いかがしたものでござります」  穴山梅雪の仮《かり》の館《やかた》では、もう燭《しよく》をともして、侍女《こしもと》たちが、琴《こと》をかなでて、にぎわっているところだった。そこへひとりの家臣が、こう取りついできた。 「何者じゃ」  梅雪入道は、もう眉《まゆ》にも霜《しも》のみえる老年、しかし、千軍万馬を疾駆《しつく》して、鍛《きた》えあげた骨|ぶし《ヽヽ》だけは、たしかにどこかちがっている。 「肥前《ひぜん》の郷士《ごうし》、浪島五兵衛《なみしまごへえ》ともうすもので、二、三人の従者《じゆうしや》もつれた、いやしからぬ男でござります」 「ふーむ……、してその者が、何用で余《よ》にあいたいともうすのじゃ」 「その浪島ともうす郷士が、あるおりに呂宋《ルソン》より海南《ハイナン》にわたり、なおバタビヤ、ジャガタラなどの国々の珍品もたくさん持ちかえりましたので、殿のお目にいれ、お買いあげを得たいともうすので」 「それは珍しいものが数あろう」  梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は、このごろしきりに、堺《さかい》でそのような品《しな》をあつめていたところ、思わず心をうごかしたらしい。 「とにかく、通してみろ。ただし、ひとりであるぞ」 「はい」家臣は、さがっていく。  入れちがって、そこへあんないされてきたのは、衣服、大小や、かっぷくもりっぱな侍《さむらい》、ただ色はあくまで黒い。目はおだやかとはいえない光である。 「取りつぎのあった、浪島《なみしま》とはそちか」 「ヘッ、お目通りをたまわりまして、ありがとうぞんじます」 「さっそく、バタビヤ、ジャガタラの珍品などを、余《よ》に見せてもらいたいものであるな」 「じつは、他家《たけ》へ吹聴《ふいちよう》したくない、秘密な品《しな》もござりますゆえ、願わくばお人|払《ばら》いをねがいまする」  という望みまでいれて、あとはふたりの座敷となると梅雪はさらにまたせきだした。 「して、その秘密な品《しな》とは、いかなるものじゃ」 「殿《との》——」  浪島という、郷士《ごうし》のまなこが、そのときいような光をおびて、声の調子まで、ガラリと変った。 「買ってもらいたいのは、ジャガタラの品物じゃありません。武田菱《たけだびし》の紋《もん》をうった、りっぱな人間です。どうです、ご相談にのりませんか」 「な、なんじゃッ?」 「シッ……大きな声をだすと、殿《との》さまのおためにもなりませんぜ。徳川家《とくがわけ》で、血眼《ちまなこ》になっている武田伊那丸《たけだいなまる》、それをお売りもうそうということなんで」 「む……」入道《にゆうどう》はじッと郷士《ごうし》の面《おもて》をみつめて、しばらくその大胆《だいたん》な押《お》し売《う》りにあきれていた。 「けっして、そちらにご不用なものではありますまい。武田《たけだ》の御曹子《おんぞうし》を生けどって、徳川さまへさしだせば、一万|石《ごく》や二万|石《ごく》の恩賞《おんしよう》はあるにきまっています。先祖代々から禄《ろく》をはんだ、武田家《たけだけ》の亡《ほろ》びるのさえみすてて、徳川家へついたほどのあなただから、よろこんで買ってくださるだろうと思って、あてにしてきた売物です」  ほとんど、強請《ゆすり》にもひとしい口吻《こうふん》である。だのに、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は顔色をうしなって、この無礼者を手討ちにしようともしない。  どんな身分であろうと、弱点をつかれると弱いものだ。穴山梅雪入道は、事実、かれのいうとおり、ついこのあいだまでは、武田勝頼《たけだかつより》の無二の者とたのまれていた武将であった。  それが、織田徳川連合軍《おだとくがわれんごうぐん》の乱入とともに、まッさきに徳川家にくだって、甲府討入《こうふうちい》りの手引きをしたのみか、信玄《しんげん》いらい、恩顧《おんこ》のふかい武田《たけだ》一族の最期《さいご》を見すてて、じぶんだけの命と栄華《えいが》をとりとめた武士《ぶし》である。  この利慾のふかい武士へ、伊那丸《いなまる》という餌《え》をもって釣《つ》りにきたのは、いうまでもなく、武士に化《ば》けているが、八幡船《ばはんせん》の龍巻《たつまき》であった。     三  都より開港場《かいこうじよう》のほうに、なにかの手がかりが多かろうと、目星をつけて、京都から堺《さかい》へいりこんでいたのは、鞍馬《くらま》を下山した小幡民部《こばたみんぶ》である。  人手をわけて、要所を見張らせていた網《あみ》は、意外な効果《こうか》をはやくも告《つ》げてきた。 「たしかに、八幡船のやつらしい者が三人、侍《さむらい》にばけて、穴山梅雪《あなやまばいせつ》の宿をたずねた——」  この知らせをうけた民部は、たずねさきが主家《しゆけ》を売って敵にはしった、犬梅雪《いぬばいせつ》であるだけに、いよいよそれだと直覚した。  いっぽう、その夜ふけて、梅雪のかりの館《やかた》をでていった三つのかげは、なにかヒソヒソささやきながら堺の町から、くらい波止場《はとば》のほうへあるいていく。 「おかしら、じゃアとにかく、話はうまくついたっていうわけですね」 「上首尾《じゆうしゆび》さ。じぶんも立身の種《たね》になるんだから、いやもおうもありゃあしない。これからすぐに島へかえって、伊那丸をつれてさえくれば、からだの目方と黄金《きん》の目方のとりかえッこだ」 「しッ……うしろから足音がしますぜ」 「え?」  と三人とも、脛《すね》にきずもつ身なので、おもわずふりかえると、深編笠《ふかあみがさ》の侍《さむらい》が、ピタピタあるき寄ってきて、なれなれしくことばをかけた。 「おかしら、いつもご壮健で、けっこうでござりますな」 「なんだって? おれはそんな者じゃアない」 「エヘヘヘヘ、わたしも、こんな、侍姿にばけているから、ゆだんをなさらないのはごもっともですが、さきほど町で、チラとお見うけして、まちがいがないのです」 「なんだい、おめえはいったい?」 「こう見えても、ずいぶん浪《なみ》の上でかせいだ者です」 「おれたちの船じゃなかろう、こっちは知らねえもの」 「そりゃア数ある八幡船《ばはんせん》ですから」 「しッ。でっかい声をするねえ」 「すみません。船から船へわたりまわったことですからな、ながいお世話にはなりませんでしょうが、おかしらの船でも一どはたらいたことがあるんです」  話しながら、いつか陸《おか》はずれの、小船のおいてあるところまできてしまった。あとをついてきた侍すがたの男は、ぜひ、もう一ど船ではたらきたいからとせがんでたくみに龍巻《たつまき》を信じさせ、沖にすがたを隠している、八幡船《ばはんせん》の仲間のうちへ、まんまと乗りこむことになった。  その男の正体《しようたい》が、小幡民部《こばたみんぶ》であることはいうまでもない。なまじ町人すがたにばけたりなどすると、かえってさきが、ゆだんをしないと見て、生地《きじ》のままの反間苦肉《はんかんくにく》がみごとに当った。  民部のこころは躍っていた。けれどもうわべはどこまでもぼんやりに見せて、たえず、船中に目をくばっていたが、どうもこの船にはそれらしい者を、かくしているようすが見えない。で、いちじはちがったかと思ったが、梅雪《ばいせつ》をおとずれたという事実は、どうしても、民部には見のがせない。  船は、その翌日、闇夜《あんや》にまぎれて、堺《さかい》の沖から、ふたたび南へむかって、満々《まんまん》と帆《ほ》をはった。     四  伊那丸《いなまる》は、日ならぬうちに気分もさわやかになった。それと同時に、かれは、生まれてはじめて接した、大海原《おおうなばら》の壮観《そうかん》に目をみはった。  ここはどこの島かわからないけれど、陸《りく》のかげは、一里ばかりあなたに見える。けれど、伊那丸には、龍巻の手下が五、六人、一歩あるくにもつきまとっているので逃げることも、どうすることもできなかった。 「ああ……」忍剣《にんけん》を思い、咲耶子《さくやこ》をしのび、龍太郎《りゆうたろう》のゆくえなどを思うたびに、波うちぎわに立っている伊那丸《いなまる》のひとみに涙が光った。 「なんとかしてこの島からでたい、名もしれぬ荒くれどもの手にはずかしめられるほどなら、いッそこの海の底に……」  夜はつめたい磯《いそ》の岩かげに組んだ小屋にねる。だが、そのあいださえ、羅刹《らせつ》のような手下は、交代《こうたい》で見張《みは》っているのだ。 「そうだ、あの親船が返ってくれば、もう最期《さいご》の運命、逃げるなら、いまのうちだ」  きッと、心をけっして、頭をもたげてみると、もう夜あけに近いころとみえて、寝ずの番も頬杖《ほおづえ》をついていねむっている。 「む!」はね起きるよりはやく、ばらばらと、昼みておいた小船のところへ走りだした。ところがきてみると、船は毎夜、かれらの用心で、十|間《けん》も陸《おか》の上へ、引きあげてあった。 「えい、これしきのもの」  伊那丸は、金剛力《こんごうりき》をしぼって、波のほうへ、綱《つな》をひいてみたが、荒磯《あらいそ》のゴロタ石がつかえて、とてもうごきそうもない。——ああこんな時に、忍剣ほどの力がじぶんに半分あればと、益《えき》ないくり言《ごと》もかれの胸にはうかんだであろう。 「野郎ッ、なにをする!」  われを忘れて、船をおしている伊那丸のうしろから、松の木のような腕《うで》が、グッと、喉輪《のどわ》をしめあげた。 「見つかったか」伊那丸《いなまる》は歯がみをした。 「こいつ。逃げる気だな」  喉《のど》に閂《かんぬき》をかけられたまま、伊那丸はタタタタタと五、六歩あとへ引きもどされた。  もうこれまでと、脇差《わきざし》の柄《つか》に手をやって、やッと、身をねじりながら切《き》ッ先《さき》をとばした。 「あッ——き、斬《き》りやがったなッ」  とたん——目をさましてきた四、五人の手下たちも、それッと、櫂《かい》や太刀をふるって、わめきつ、さけびつ撃《う》ちこんできたが、伊那丸も捨身《すてみ》だった。小太刀の精のかぎりをつくして、斬りまわった。  しかし何せよ、慓悍無比《ひようかんむひ》な命しらずである。ただでさえ精《せい》のおとろえている伊那丸は、無念《むねん》や、ジリジリ追われ勝ちになってきた。     五  その時であった。  空と波との水平線から、こなたの島をめがけて、征矢《そや》のように翔《か》けてきた一羽のくろい大鷲《おおわし》。  ぱッと、波をうっては水けむりをあげた。空に舞《ま》っては雲にかくれた。——やがて、そのすばらしい雄姿を目《ま》のあたりに見せてきたと思うと、伊那丸《いなまる》と五人の男の乱闘《らんとう》のなかを、さっと二、三ど、地をかすって翔《か》けりまわった。 「わーッ、いけねえ!」  のこらずの者が、その巨大な翼《つばさ》にあおりたおされた。むろん、伊那丸も、四、五|間《けん》ほど、飛ばされてしまった。  嵐か、旋風《つむじ》か、伊那丸は、なんということをも意識《いしき》しなかった。ただ五人の敵! それに一念であるため、立つよりはやく、そばにたおれていたひとりを、斬りふせた。  くろい大鷲《おおわし》は、伊那丸の頭上をはなれず廻っている。砂礫《されき》をとばされ、その翼にあたって、のこる四人も散々《さんざん》になって、気を失《うしな》った。——ふと、伊那丸は、その時はじめて、ふしぎな命びろいをしたことに気づいた。空をあおぐと、オオ! それこそ、恵林寺《えりんじ》にいたころ、つねに餌《え》をやって愛していたクロではないか。 「お! クロだ、クロだ」  かれが血刀《ちがたな》を振って、狂喜《きようき》のこえを空になげると、クロはしずかにおりてきて、小船のはしに、翼をやすめた。 「ちがいない。やはりクロだった。それにしても、どうして、あの鎖《くさり》をきったのであろう」  ふと見ると、足に油紙《あぶらがみ》の縒《よ》ったのが巻きしめてある。伊那丸はいよいよふしぎな念に打たれながら、いそいで解《と》きひらいてみると、なつかしや、忍剣《にんけん》の文字! 若さま、このてがみが、あなたさまの、お目にふれましたら、若さまのおてがみも、かならず私の手にとどきましょう。忍剣《にんけん》いのちのあらんかぎりは、ふたたびお目にかからずにはおりません。甲斐《かい》の山にて。  ハラハラと、とめどない涙《なみだ》を、その数行の文字にはふり落として立ちすくんでいた伊那丸《いなまる》は、いそいで小屋に取ってかえし、今の窮状《きゆうじよう》をかんたんに認《したた》めて、かけもどってきた。  夜はほのぼのと、八重《やえ》の汐路《しおじ》に明けはなれてきた。  見れば、クロはよほど飢《う》えていたらしく、五人の死骸《しがい》の上を飛びまわって、生々《なまなま》しい血に、舌《した》なめずりをしていた。  同じように、かえし文《ぶみ》を、鷲《わし》の片足へむすびつけて、それのおわったとき、伊那丸の目のまえに、さらに呪《のろ》いの悪魔《あくま》が悠々《ゆうゆう》とかげを見せてきた。  八幡船《ばはんせん》の親船がかえってきたのだ。もうすぐそこ——島から数町の波間《なみま》のちかくへ。 「いよいよ最期《さいご》となった。クロ! わしの運命はおまえのつばさに乗せてまかすぞよ」  坐《ざ》して死をまつも愚《ぐ》と、伊那丸は鷲の背中へ、抱きつくように身をのせた。  思うさま、人の血をすすったクロは、両の翼《つばさ》でバサと大地をうったかと思うと、伊那丸の身を軽々とのせたまま、天空高く、舞《ま》いあがった。   笛《ふえ》ふく咲耶子《さくやこ》     一 「あれ、あれ、ありゃあなんだ?」 「おお、島からとび立ったあやしい魔鳥《まちよう》」 「鷲《わし》だッ。くろい大鷲《おおわし》だ」  白浪《はくろう》をかんで、満々《まんまん》と帆《ほ》を張ってきた八幡船《ばはんせん》の上では多くの手下どもが、あけぼのの空をあおいで、潮《しお》なりのようにおどろき叫んでいた。  さわぎを耳にして、船部屋《ふなべや》からあらわれた龍巻《たつまき》九郎《くろう》右衛門《えもん》は、ギラギラ射《い》かえす朝陽《あさひ》に小手をかざして、しばらく虚空《こくう》に旋回《せんかい》している大鷲の影をみつめていたが、 「ややッ」にわかに色をかえて、すぐ、 「あの鷲《わし》を射《い》おとせッ、はやくはやく。遠のかねえうちだ」  とあらあらしく叱咤《しつた》した。おう! 手下どもは武器倉《ぶきぐら》へ渦《うず》をまいて、弓鉄砲《ゆみてつぽう》を取るよりはやく、宙《ちゆう》を目がけて火ぶたを切り、矢つぎばやに、征矢《そや》の嵐をはなしたが、鷲《わし》はゆうゆうと、遠く近くとびまわって、あたかも矢弾《やだま》の弱さをあざけっているようだ。 「民蔵《たみぞう》民蔵、新米《しんまい》の民蔵はどうしたッ」  龍巻《たつまき》が足を踏《ふ》みならして、こうさけんだ時、船底からかけあがってきたのは、民蔵《たみぞう》と名をかえて、堺《さかい》から手下になって乗りこんでいた、かの小幡民部《こばたみんぶ》であった。 「おかしら、お呼《よ》びになりましたかい」 「どこへもぐりこんでいるんだ。てめえに、ちょうどいい腕《うで》だめしをいいつける。あの大鷲《おおわし》の上に、人間が抱《だ》きついているんだ、島から伊那丸《いなまる》が逃《に》げだしたにちげえねえ、てめえの腕でぶち落として見ろ」 「えッ、伊那丸とは、なんですか」 「そんなことをグズグズ話しちゃいられねえ、オオまた近くへきやがった、はやく撃《う》てッ」 「がってんです!」  小幡民部の民蔵は、伊那丸と聞いてギクッとしたが、龍巻に顔色を見すかされてはと、わざと勇《いさ》みたって、渡された種子島《たねがしま》の銃口《つつぐち》をかまえ、船の真上へ鷲がちかよってくるのを待った。  と見るまに、鷲はふたたび低く舞《ま》って、帆柱《ほばしら》のてッぺんをさッとすりぬけた。 「そこだ」龍巻はおもわず拳《こぶし》を握りしめる。  同時に、狙《ねら》いすましていた民部《みんぶ》の手から、ズドン! と白い爆煙《ばくえん》が立った。 「あたった! あたった」  ワーッという喊声《かんせい》が、船をゆるがしたせつな、大鷲はまぢかに腹毛を見せたまま、ななめになってクルクルと海へ落ちてきた——と見えたのは瞬間《しゆんかん》。——大きなつばさで海面をたたいたかと思うまに、ギャーッと一声《ひとこえ》、すごい絶鳴《ぜつめい》をあげて、猛然《もうぜん》と高く飛び上がった。  そのとたんに、大鷲《おおわし》の背から海中へふり落とされたものがある——いうまでもなく武田伊那丸《たけだいなまる》であった。龍巻《たつまき》は、雲井《くもい》へかけり去った鷲《わし》の行方などには目もくれず、すぐ手下に軽舸《はしけ》をおろさせて、波間にただよっている伊那丸を、親船へ引きあげさせた。 「民蔵《たみぞう》でかしたぞ。きさまの腕前にゃおそれいッた」  と龍巻は上機嫌《じようきげん》である。そしていままでは、やや心をゆるさずにいた民部《みんぶ》を、すッかり信用してしまった。     二  堺見物《さかいけんぶつ》もおわったが、伊那丸のことがあるので、帰国をのばしていた穴山梅雪《あなやまばいせつ》の館《やかた》へ、ある夕《ゆう》べ、ひとりの男が密書《みつしよ》を持っておとずれた。  吉左右《きつそう》を待ちかねていた梅雪入道は、くっきょうな武士七、八名に、身のまわりをかためさせて、築山《つきやま》の亭《ちん》へ足をはこんできた。そこには、黒衣覆面《こくいふくめん》の密書の使いが、両手をついてひかえていた。 「書面は、しかと見たが、今宵《こよい》のあんないをするというそのほうは何者だの」  と梅雪はゆだんのない目くばりでいった。 「龍巻《たつまき》の腹心の者、民蔵《たみぞう》ともうしまする」 「して、伊那丸《いなまる》の身は、ただいまどこへおいてあるの?」 「しばらく船中で手当を加えておりましたが、こよい亥《い》の刻《こく》に、かねてのお約束《やくそく》どおり、船からあげて阿古屋《あこや》の松原まで頭《かしら》が連れてまいり、金子《きんす》と引きかえに、お館《やかた》へお渡しいたすてはずになっておりまする」  よどみのない使いの弁舌《べんぜつ》に、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》も疑《うたが》いをといたとみえ、すぐ家臣に三箱の黄金をになわせ、じぶんも頭巾《ずきん》に面《おもて》をかくして騎馬立《きばだ》ちとなり、剛者《つわもの》十数人を引きつれて、阿古屋の松原へと出向いていった。 「殿さま、しばらくお待ちねがいます」  途中までくると、案内役の民蔵は、梅雪入道の鞍壺《くらつぼ》のそばへよって、ふいに小腰をかがめた。 「少々おねがいの儀《ぎ》がござります。お馬をとめて、無礼者《ぶれいもの》とお怒りもありましょうが、阿古屋の松原へついては間《ま》にあわぬこと、お聞きくださいましょうか」 「なんじゃ、とにかくもうしてみい」 「は、余《よ》の儀《ぎ》でもござりませぬが、今日《こんにち》お館のご威光《いこう》を見、またかくお供《とも》いたしているうちに、八幡船《ばはんせん》の手下となっていることが、つくづく浅ましく感じられ、むかしの武士《ぶし》にかえって、白日《はくじつ》のもとに、ご奉公いたしたくなってまいりました」 「悠長《ゆうちよう》なやつ、かような出先《でさき》にたって、なにを述懐《じゆつかい》めいたことをぬかしおるか。それがなんといたしたのだ」 「ここに一つの手柄《てがら》をきっと立てますゆえ、お館《やかた》の家来の端《はし》になりと、お加えなされてくださりませ」 「ふウ——どういう手柄《てがら》を立てて見せるな」 「この三箱の黄金《おうごん》をかれにわたさずして、まんまと、武田伊那丸《たけだいなまる》を龍巻《たつまき》の手よりうばい取ってごらんに入れますが」 「ぬからぬことをもうすやつだ。して、その策《さく》は?」 「わが君、お耳を……」  小幡民部《こばたみんぶ》の民蔵《たみぞう》が、なにをささやいたものか、梅雪《ばいせつ》はたちまち慾ぶかいその相好《そうごう》をくずして、かれのねがいを聞きとどけた。そして、えらびだした武士二、三人に、密命をふくませ、そこからいずこともなく放してやると、自身はふたたび、民蔵を行列の先頭にして、闇夜《あんや》の街道を、しずしずと進んでいった。     三  まもなく着いた、阿古屋《あこや》の松原。  梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は鞍《くら》からおりて、海神《かいじん》の社《やしろ》に床几《しようぎ》をひかえた。  と——やがて約束の亥《い》の刻《こく》ごろ、浜辺《はまべ》のほうから、百|鬼夜行《きやこう》、八幡船《ばはんせん》の黒々とした一列が、松明《たいまつ》ももたずに、シトシトと足音そろえて、ここへさしてくる。 「民蔵《たみぞう》、民蔵」  と鳥居まえで、合図《あいず》をしたのは龍巻《たつまき》にちがいなかった。民蔵は梅雪《ばいせつ》のそばをすりぬけて、そこへかけていった。 「お頭《かしら》ですか」 「む、いいつけた使いの首尾《しゆび》はどうだった」 「こちらは、殿さまごじしんで、早くからきて、あれに待っています。そして伊那丸《いなまる》は?」 「ふんじばってつれてきた、じゃおれは、梅雪とかけあいをつけるから、きさまが縄尻《なわじり》を持っていろ。なかなか童《わつぱ》のくせに強力《ごうりき》だから、ゆだんをして逃《に》がすなよ」  龍巻は二、三十人の手下をつれて、梅雪のいる拝殿《はいでん》の前へおしていった。  縄尻をうけた民蔵は、 「やいッ、歩かねえか」わざと声をあららげて、伊那丸の背中をつく。——その心のうちでは、手をあわせている小幡民部《こばたみんぶ》であった。  しばらくのあいだ、龍巻と談合《だんごう》していた梅雪は、伊那丸の面体《めんてい》を、しかと見さだめたうえで、約束の褒美《ほうび》をわたそうといった。龍巻も心得て、うしろへ怒鳴《どな》った。 「民蔵、その童をここへひいてこい」 「へい」  民蔵は縄目《なわめ》にかけた伊那丸を、梅雪入道の前へひきすえた。拝殿の上から、とくと、見届《みとど》けた梅雪は、大きくうなずいて、 「でかしおッた。武田伊那丸《たけだいなまる》にそういない」  その時、むッくり首をあげた伊那丸は、穴山《あなやま》のすがたを、|かッ《ヽヽ》とにらみつけて、血を吐《は》くような声でいった。 「人でなしの梅雪入道《ばいせつにゆうどう》!」 「な、なにッ」 「お祖父《じい》さま(信玄《しんげん》)の時代より、武田家《たけだけ》の禄《ろく》を食《は》みながら、徳川《とくがわ》軍へ内通したばかりか、甲府攻《こうふぜ》めの手引きして、主家《しゆけ》にあだなした犬侍《いぬざむらい》。どの面《つら》さげて、伊那丸の前へでおった、見るもけがれだ。退《さが》れッ」 「ワッハッハハハハ」梅雪は内心ギクとしながら、老獪《ろうかい》なる嘲笑《ちようしよう》にまぎらわして、 「なにをいうかと思えば、小賢《こざか》しい無礼呼《ぶれいよ》ばわり。なるほどその昔は、信玄公にも仕《つか》え、勝頼《かつより》にも仕《つか》えた梅雪じゃが、いまは、主《しゆ》でもなければ君《きみ》でもない。武田の滅亡は、お許《もと》の父、勝頼が暗愚《あんぐ》でおわしたからじゃ。うらむならお許の父をうらめ、馬鹿大将の勝頼をうらむがよい」 「ムムッ……よういッたな!」  不道の臣に面罵《めんば》されて、身をふるわせた伊那丸は、やにわに、ガバとはねおきるがはやいか、両手を縛《ばく》されたまま、梅雪に飛びかかって、ドンと、かれを床几《しようぎ》から蹴《け》とばした。 「なにをするか」  縄尻《なわじり》をひいた民蔵《たみぞう》の力に、伊那丸《いなまる》はあおむけざまにひッくり返った。ア——おいたわしい! とおもわず睫毛《まつげ》に涙のさす顔をそむけて、 「ふ、ふざけたまねをすると承知《しようち》しねえぞ。立て! こっちの隅《すみ》へ寄っていろい!」  ズルズルと引きずってきて、拝殿の柱《はしら》へ縄尻をくくりつけた。龍巻《たつまき》はそれをきッかけにして、 「じゃあ殿《との》さま、伊那丸はたしかに渡しましたから、約束の金を、こっちへだしてもらいましょうか」 「む、いかにも褒美《ほうび》をつかわそう、これ、用意してきた黄金をここへ持て」  と、家臣にになわせてきた三箱の金をそこへ積ませると、 「さすがは大名《だいみよう》、これだけの黄金をそくざに持ってきたのはえらいものだ」  と、ニタリ笑《え》つぼに入《い》った。 「やい野郎ども、はやくこの黄金を軽舸《はしけ》へ運んでいけ。どりゃ、用がすんだら引きあげようか」  と手下にそれをかつがせて、龍巻も立とうとすると、 「やッ、大へんだ、おかしら、少ウしお待ちなさい」  と民蔵がことさら大きな声で、出足をとめた。 「なんでえ、やかましい」  龍巻《たつまき》は、舌《した》うちをしてふりかえった。社《やしろ》の廻廊《かいろう》にたって、小手《こて》をかざしていた民蔵《たみぞう》は、なおぎょうさんにとびあがって、 「一大事一大事! おかしら、沖の親船が焼ける! あれあれ、親船が燃《も》えあがってる!」  と、手をふりまわした。     四 「なにッ、親船が?」  龍巻も、さすがにギョッとして、浜辺のほうをすかしてみると、まッ暗な沖合《おきあい》にあたって、ボウと明るんできたのは、いかにも船火事らしい。 「ややややや」龍巻の目はいようにかがやく。  見るまに沖の明るみは一|団《だん》の火の玉となって、金粉のごとき火の粉《こ》を空にふきあげた。夜の潮《うしお》は燦爛《さんらん》と染《そ》められて、あたかも龍宮城が焼けおちているかのような壮観《そうかん》を現じた。 「ちぇッ、とんでもねえことになッた。それッ、早く漕《こ》ぎつけて、消しとめろ」  とぎょうてんした龍巻は、二、三十人の手下たちとともに、一どにドッと海神《かいじん》の社《やしろ》をかけだしていくと、にわかに、鳥居わきの左右から、ワッという声つなみ! 「海賊ども、待て」 「御用、御用」  たちまち氷雨《ひさめ》のごとく降りかかる十手《じつて》の雨。——かける足もとを、からみたおす刺股《さすまた》、逃げるをひきたおす袖《そで》がらみ。驚きうろたえるあいだに、バタバタと、捕《と》ってふせ、ねじふせ、刃向《はむ》かうものは、片っぱしから斬り立ててきた、捕手《とりて》の人数は、七、八十人もあろうかと見えた。  陣笠《じんがさ》、陣羽織《じんばおり》のいでたちで、堺奉行所《さかいぶぎようしよ》の提灯《ちようちん》を片手に打ちふり、部下の捕手を激励《げきれい》していた佐々木伊勢守《ささきいせのかみ》へ、荒獅子《あらじし》のごとく奮迅《ふんじん》してきたのは、頭《かしら》の、龍巻《たつまき》九郎《くろう》右衛門《えもん》であった。 「おのれッ」とさえぎる捕手を斬りとばして、夜叉《やしや》を思わせる太刀風《たちかぜ》に、ワッと、開《ひら》いて近よる者もない折から穴山梅雪《あなやまばいせつ》一手の剛者《つわもの》が、捕手に力をかして、からくも龍巻をしばりあげた。 「民蔵《たみぞう》、そのほうの奇策《きさく》はまんまと図《ず》にあたった。こなたより奉行所《ぶぎようしよ》へ密告《みつこく》したため、アレ見よ、沖《おき》でも、この通りなさわぎをしているわい……小きみよい悪党《あくとう》ばらの最後じゃ」  穴山梅雪は、帰館《きかん》すべくふたたびまえの駒《こま》にのって、持ってきた黄金をも取りかえし、武田伊那丸《たけだいなまる》をも手に入れて、得々《とくとく》と社頭から列をくりだした。 「手はじめの御奉公、首尾《しゆび》よくまいって、民蔵めも面目至極《めんもくしごく》です。殿のご運をおよろこびもうしあげます」 「ういやつだ。こよいから余《よ》の近侍《きんじ》にとり立ててくれる。伊那丸《いなまる》の縄《なわ》をとって、ついてこい」  いっぽう、捕手《とりて》にかこまれて、引ッ立てられた龍巻《たつまき》は、この態《てい》をみると、あたりの者をはねとばして、形相《ぎようそう》すごく、民蔵《たみぞう》のそばへかけよった。 「畜生《ちくしよう》。う、うぬはよくも、おれを裏切《うらぎ》りやがったな。一どは、縄《なわ》にかかっても、このまま、獄門台《ごくもんだい》に命を落とすような龍巻じゃねえぞ。きっとまたあばれだして、きさまの首をひンねじる日があるからおぼえていろ!」 「おお、心得た。だが、拙者《せつしや》は腕力は弱いから、その時には、また今夜のように、智恵《ちえ》くらべで戦おうわい」  久しぶりに、小幡民部《こばたみんぶ》らしい口調でこたえた民蔵は、子供の悪たれでも聞きながすように笑って、他の武士たちと同列に、梅雪《ばいせつ》の館《やかた》へついていった。     五  ここしばらく、京都に滞在《たいざい》している徳川家康《とくがわいえやす》の陣営《じんえい》へにわかに目通りをねがってでたのは、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》であった。  家康は、もうとッくに、甲州北郡《こうしゆうきたごおり》の領土《りようど》へ帰国したものと思っていた穴山《あなやま》が、また途中から引きかえしてきたのは、なにごとかと意外におもって、そくざに、かれを引見《いんけん》した。  梅雪《ばいせつ》は御前《ごぜん》にでて、入道頭《にゆうどうあたま》をとくいそうにふり立てて、かねて厳探中の伊那丸《いなまる》を捕縛《ほばく》した顛末《てんまつ》を、さらに誇張《こちよう》して報告した。さしずめ、その恩賞《おんしよう》として、一万|石《ごく》や二万|石《ごく》のご加増はあってしかるべしであろうといわんばかり。 「ふム……そうか」  家康《いえやす》のゆがめた口のあたりに二重の皺《しわ》がきざまれた。これはいつも、思わしくない感情をあらわすかれの特徴《とくちよう》である。 「浜松のご城内へまで潜入《せんにゆう》して、君のお命《いのち》をねらった不敵な伊那丸、生かしておきましては、ながく徳川御《とくがわご》一|門《もん》をおびやかし奉《たてまつ》るは必定《ひつじよう》とぞんじまして……」 「待て、待て、わかっておる……」  梅雪はあんがい、いや、大不服である。  あれほど、伊那丸の首に、恩賞のぞみのままの沙汰《さた》をふれておきながら、この無愛想《ぶあいそう》な口ぶりはどうだ。  しかし家康は、梅雪がうぬぼれているほど、かれを腹心《ふくしん》とは信じていない。  日本の歴史にも、中華《ちゆうか》史上にも少ないくらいな、武士《ぶし》の面《つら》よごしが、武田《たけだ》滅亡のさいに、二人あった。一人はこの梅雪、一人は小山田信茂《おやまだのぶしげ》である。  織徳《しよくとく》連合軍におわれた勝頼主従《かつよりしゆじゆう》が、その臣《しん》、小山田信茂の岩殿山《いわどのやま》をたよって落ちたとき、信茂は、柵《さく》をかまえて入城をこばみ、勝頼一門が、天目山《てんもくざん》の討死《うちじに》を見殺しにした。そして、それを軍功顔《ぐんこうがお》に、織田《おだ》の軍門へ降《くだ》っていった。  信長《のぶなが》の子、織田城之助《おだじようのすけ》は、小山田《おやまだ》を見るよりその不忠不人情を罵倒《ばとう》して、褒美《ほうび》はこれぞと、陣刀《じんとう》一閃《いつせん》のもとに首を討ちおとした。——そういう例もある。  ましてや、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は、武田家譜代《たけだけふだい》の臣《しん》であるのみならず、勝頼《かつより》とは従弟《いとこ》の縁《えん》さえある。その破廉恥《はれんち》は小山田以上といわねばならぬ。  ——けれど家康《いえやす》は、城之助とちがって、何者をも利用することを忘れない大将であった。 「梅雪、伊那丸《いなまる》を捕《とら》えたともうすが、それだけか」 「は? それだけとおおせられますると」 「たわけた入道よな。武田家の護《まも》り神《がみ》とも崇《あが》めておった御旗楯無《みはたたてなし》の宝物《ほうもつ》は、たしかに、伊那丸がかくしているはずじゃ。その儀《ぎ》をもうすのにわからぬか」 「はッ、いかさま。それまでには気がつきませんでした。さっそく、糺明《きゆうめい》いたしてみます」 「仏《ほとけ》つくって、魂《たましい》いれぬようなことは、家康、大のきらいじゃ。伊那丸の首と、御旗楯無《みはたたてなし》とをそろえて、持参いたしてこそ、はじめて、まったき一つの働きをたてたともうすもの」 「願わくば、ここ二月《ふたつき》のご猶予《ゆうよ》を、この入道にお与えくださりませ。きっとその宝物と、伊那丸の塩漬《しおづ》け首とを、ともにごらんに供《そな》えまする」  梅雪入道は、家康にかたく誓《ちか》って、そこそこに堺《さかい》へ立ちもどった。にわかに家来一同をまとめて、領土へ帰国の旨《むね》を布令《ふれ》だした。  その前にさきだって、小幡民部《こばたみんぶ》の民蔵《たみぞう》は、いずこへか二、三通の密書《みつしよ》をとばした。はたしてどことどことへ、その密書がいったかは、何人《なんぴと》といえども知るよしはないが、うち一通は、たしかに鞍馬山《くらまやま》の僧正谷《そうじようがたに》にいる、果心居士《かしんこじ》の手もとへ送られたらしい。  堺《さかい》を出発した穴山《あなやま》の一族|郎党《ろうどう》は、伊那丸《いなまる》をげんじゅうな鎖《くさり》駕籠《かご》にいれ、威風堂々《いふうどうどう》と、東海道をくだり、駿府《すんぷ》から西にまがって、一路甲州の山関《さんかん》へつづく、身延《みのぶ》の街道へさしかかった。  ここらあたりは、見わたすかぎり果てしもない晩秋の広野である。  ——ああそこは伊那丸にとって、思い出ふかき富士《ふじ》の裾野《すその》。加賀見忍剣《かがみにんけん》と手に手をとって、さまよいあるいた富士の裾野。  けれど、鎖網《くさりあみ》をかけた、駕籠《かご》のなかなる伊那丸の目には、なつかしい富士のすがたも見えなければ、富士川の流れも、枯《か》れすすきの波も見えない。  ただ耳にふれてくるものは、蕭々《しようしよう》と鳴る秋風のおと、寥々《りようりよう》とすだく虫の音があるばかり。  すると、どこでするのか、だれのすさびか、秋にふさわしい笛《ふえ》の音《ね》がする。その妙《たえ》な音色《ねいろ》は、|ふと《ヽヽ》伊那丸の心のそこへまで沁《し》みとおってきた。——かれは、まッ暗な駕籠《かご》のなかで、じッと耳をすました。 「お! 咲耶子《さくやこ》、咲耶子の笛ではないか」  思わずつぶやいた時である。なにごとか、いきなりドンと駕籠《かご》がゆれかえった。     六 「ぶれい者、お供先《ともさき》に立ってはならぬ」 「あやしい女、ひッ捕《とら》えろ!」数人は、バラバラと前列のほうへかけあつまった。穴山《あなやま》の郎党《ろうどう》たちは、たちまち、押しかぶさって、ひとりの少女をそこへねじふせた。 「しばらくお待ちくださいまし。わたくしは、けっしてあやしい者ではありませぬ。穴山梅雪《あなやまばいせつ》さまのご通行を幸《さいわ》いに、お訴《うつた》えもうしたいことがあるのです」 「だまれ、ご道中でさようなことは、聞きとどけないわ、帰れッ」  と、家来どものののしる声を聞いて、駕籠の扉《とびら》をあけさせた梅雪は、 「しさいあり気《げ》な女子《おなご》じゃ。なんの願いか聞いて取らせる。これへ呼べ」と一同を制止した。  うるわしいお下髪《さげ》にむすび、帯《おび》のあいだへ笛をはさんだその少女《おとめ》は、おずおずと、梅雪の駕籠の前へすすんで手をついた。 「訴えのおもむきをいうてみい。また、このようなさびしい広野《ひろの》に、ただひとりおるそちは、いったい何者の娘だ」 「野武士の娘、咲耶子《さくやこ》ともうしまする。お訴えいたすまえに、おうかがいいたしたいのは、うしろの鎖《くさり》駕籠《かご》のなかにいるおかたです。もしや武田伊那丸《たけだいなまる》さまではございませんでしょうか」 「それを聞いてなんとする」  梅雪《ばいせつ》はおそろしい目を咲耶子《さくやこ》の挙動《きよどう》に注《そそ》ぎかけた。  けれど彼女は、むじゃきに咲《さ》いた野の花のよう、なんのおそれげもわだかまりもなく、あとのことばをさわやかにつづけた。 「まことは、まえに伊那丸さまから、ご大切な宝物《ほうもつ》とやらを、父とわたくしとで、お預《あず》かりもうしておりましたが、そのために、親娘《おやこ》の者が、ひとかたならぬ難儀《なんぎ》をいたしておりますゆえ、きょう、お通りあそばしたのを幸《さいわ》い、お返しもうしたいのでござります」 「ふーむ、して、その宝物《ほうもつ》とやらはどんな物だ」 「このさきの、五|湖《こ》の一つへ沈《しず》めてありますゆえ、どんな物かはぞんじませぬが、このごろ、あっちこっちの悪者がそれを嗅《か》ぎつけて、湖水の底をさぐり合っておりまする。なんでも石櫃《いしびつ》とやらにはいっている、武田《たけだ》さまのお家の宝《たから》だともうすことでござります」 「む、よう訴《うつた》えてきた。褒美《ほうび》はぞんぶんにとらすからあんないせい」  梅雪の顔は、思いがけない幸運にめぐり合ったよろこびにあふれた。——が、駕籠側《かごわき》にいた民蔵《たみぞう》は、サッと色をかえて、この不都合《ふつごう》な密告をしてきた少女を、人目さえなければ、ただ一《ひと》太刀《たち》に斬《き》ってすてたいような殺気をありありと目のなかにみなぎらせた。  行列はきゅうに方向を転《てん》じて、五湖の一つに沈んでいる宝物をさぐりにむかった。けれども、道案内《みちあんない》に立った咲耶子《さくやこ》は西も東もわからぬ広野《こうや》を、ただグルグルと引きずりまわすのみなので、一同は、道なき道につかれ、梅雪《ばいせつ》もようやくふしんの眉《まゆ》をひそめはじめた。 「民蔵《たみぞう》はいないか、民蔵」と呼びつけて、 「小娘《こむすめ》の挙動《きよどう》、だんだんと合点《がてん》がいかぬ。あるいは、野かせぎの土賊《どぞく》ばらが、手先に使っている者かも知れぬ、も一ど、ひッ捕《とら》えてただしてみろ」 「かしこまりました」  民蔵は得たりと思った。ばらばらと前列へかけ抜けてきて、いきなり、|むんず《ヽヽヽ》と咲耶子の腕首《うでくび》をつかんだ。 「小娘ッ」まことは甲州流兵法《こうしゆうりゆうへいほう》の達人《たつじん》小幡民部《こばたみんぶ》が、こういってにらんだ眼光は射《い》るようだった。 「なんでござりますか」 「さきほどからみるに、わざと、道なき野末《のずえ》へあんないしていくはあやしい。いったいどこへまいる気だ」 「知りませぬ、わたしは、ひとりで好きに歩いているのですから」 「だまれ、五湖へあんないいたすともうしたのではないか」 「だれが、穴山《あなやま》さまのような、けがらわしい犬侍《いぬざむらい》のあんないになど立ちましょうか」 「おのれ、さては野盗《やとう》の手引きか」 「いいえ、ちがいます」 「吐《ぬ》かすなッ。さらば何者にたのまれた」 「御旗楯無《みはたたてなし》の宝物が欲しさに、慾に目がくらんで、わたしのような少女にまんまとだまされた! オホホホホ……やッとお気がつかれましたか」 「おのれッ」  抜く手も見せず、民蔵《たみぞう》がサッと斬《き》りつけた切《き》ッ先《さき》からヒラリと、蝶《ちよう》のごとく跳《と》びかわした咲耶子《さくやこ》は、バラバラと小高い丘《おか》へかけあがるよりはやく、帯《おび》の横笛をひき抜いて、片手に持ったまま宙《ちゆう》へ高く、ふってふってふりまわした。  ああ! こはそもなに? なんの合図《あいず》。  それと同時に、ただいちめんの野と見えた、あなたこなたのすすきの根、小川のへり、窪地《くぼち》のかげなどから、たちまち、むくむくとうごきだした人影。  ウワーッと喊声《かんせい》をあげて、あらわれたのは四、五十人の野武士《のぶし》である。手に手に太刀《たち》をふりかざして、あわてふためく穴山《あなやま》一党《いつとう》のなかへ、天魔軍《てんまぐん》のごとく猛然《もうぜん》と斬《き》りこんだ。  ニッコと笑って、丘《おか》に立った咲耶子が、さッと一閃《いつせん》、笛をあげればかかり、二|閃《せん》、さッと横にふればしりぞき、三|閃《せん》すればたちまち姿をかくす——神変《しんぺん》ふしぎな胡蝶《こちよう》の陣。   天翔《あまがけ》る鞍馬《くらま》の使者《ししや》     一  きょうも棒切《ぼうき》れを手にもって、友だち小猿《こざる》を二、三十|匹《ぴき》つれ、僧正谷《そうじようがたに》から、百足虫腹《むかでばら》の嶮岨《けんそ》をつたい、鞍馬《くらま》の大深林《だいしんりん》をあそびまわっているのは、果心居士《かしんこじ》の童弟子《わらべでし》、|いが栗《ヽヽぐり》あたまの竹童《ちくどう》であった。 「おや、こんなところへだれかやってくるぞ……このごろ人間がよくのぼってくるなア」  竹童がつぶやいた向こうを見ると、なるほど、菅笠《すげがさ》に脚絆《きやはん》がけの男が、深林の道にまよってウロウロしている。 「オーイ、オーイ——」  とかれが口に手をあてて呼ぶと、菅笠の男が、スタスタこっちへかけてきたが、見ればまだ十|歳《さい》ぐらいの男の子が、たッたひとり、多くの猿《さる》にとり巻《ま》かれているのでへんな顔をした。 「おじさん、どこへいくんだい、こんなところにマゴマゴしていると、うわばみに食べられちまうぜ」 「おまえこそいったい何者だい、鞍馬寺《くらまでら》の小坊主《こぼうず》さんでもなし、まさか山男の伜《せがれ》でもあるまい」 「何者だなんて、生意気《なまいき》をいうまえに、おじさんこそ、何者だかいうのが本来《ほんらい》だよ。おいらはこの山に住んでる者だし、おじさんはだまって、人の山へはいってきた風来人《ふうらいじん》じゃないか」 「おどろいたな」と旅の男はあきれ顔に——「じつは僧正谷《そうじようがたに》の果心居士《かしんこじ》さまとおっしゃるおかたのところへ、堺《さかい》のあるおかたから手紙をたのまれてきたのさ」 「アア、うちのお師匠《ししよう》さまへ手紙を持ってきたのか、それならおいらにおだしよ。すぐとどけてやる」 「じゃおまえは果心居士さまのお弟子《でし》か、やれやれありがたい人に会った」  と、男は竹童《ちくどう》に手紙をわたしてスタスタ下山していった。 「いそぎの手紙だといけないから、さきへこいつに持たしてやろう」  と竹童はその手紙を、一|匹《ぴき》の小猿《こざる》にくわえさせて、鞭《むち》で僧正谷の方角《ほうがく》をさすと、猿《さる》は心得たようにいっさんにとんでいく。そのあとで、 「さッ、こい、おいらとかけッくらだ」  竹童は、とくいの口笛《くちぶえ》を吹きながら、ほかの猿《さる》とごッたになって、深林の奥《おく》へおくへとかけこんでいったが、ややあって、頭の上でバタバタという異様《いよう》なひびき。 「おや? ——」と、かれは立ちどまった。小猿たちは、なんにおびやかされたのか、かれひとりを置き捨《ず》てにして、ワラワラとどこかへ姿《すがた》をかくしてしまった。 「やア……やア……やア奇態《きたい》だ」  なにもかも忘れはてたようすである。あおむいたまま、いつまでも棒立《ぼうだ》ちになっている竹童《ちくどう》の顔へ、上の梢《こずえ》からバラバラと松の皮がこぼれ落ちてきたが、かれは、それをはらうことすらも忘れている。  そも、竹童の目は、なんに吸《す》いつけられているのかと見れば、じっさい、おどろくべき怪物《かいぶつ》——といってもよい大うわばみが、鞍馬山《くらまやま》にはめずらしい大鷲《おおわし》を、翼《つばさ》の上から十重二十重《とえはたえ》にグルグル巻《ま》きしめ、その首と首だけが、そうほうまっ赤な口から火焔《かえん》をふきあって、ジッとにらみあっているのだ。まさに龍攘虎搏《りゆうじようこはく》よりものすごい決闘《けつとう》の最中《さいちゆう》。 「や……おもしろいな。おもしろいな。どっちが勝つだろう」  竹童おどろきもせず、口アングリ開《ひら》いて見ていることややしばし、たちまち、鼓膜《こまく》をつんざくような大鷲《おおわし》の絶鳴《ぜつめい》とともに、大蛇《おろち》に巻きしめられていた双《そう》の翼《つばさ》がバサッとひろがったせつな、あたりいちめん、嵐に吹きちる紅葉《こうよう》のくれないを見せ、寸断《すんだん》されたうわばみの死骸《しがい》が、バラバラになって大地へ落ちてきた。  それを見るや否《いな》や、雲を霞《かすみ》と、僧正谷《そうじようがたに》へとんで帰った竹童。果心居士《かしんこじ》の荘園《そうえん》へかけこむがはやいか、めずらしい今の話を告《つ》げるつもりで、 「お師匠《ししよう》さま、お師匠さま」と呼《よ》びたてた。 「うるさい和子《わこ》じゃ。あまり飛んで歩いてばかりいると、またその足がうごかぬようになるぞよ」  芭蕉亭《ばしようてい》の竹縁《ちくえん》に腰かけていた居士《こじ》の目が、ジロリと光る、その手に持っている手紙をみた竹童《ちくどう》は、ふいとさっきの用を思いだして、うわばみと鷲《わし》の話ができなくなった。 「あ、お師匠《ししよう》さま、さきほど、お手紙がまいりましたから、猿《さる》に持たせてよこしました。もうごらんなさいましたか」と目の玉をクルリとさせる。 「横着《おうちやく》なやつめ。小幡民部《こばたみんぶ》どのからの大切なご書面、もし失《うし》のうたらどうするつもりじゃ」 「ハイ」  竹童は頭をかいて下をむいた。居士《こじ》は、白髯《はくぜん》のなかから苦笑をもらしたが、叱言《こごと》をやめて語調《ごちよう》をかえる。 「ところでこの手紙によって急用ができた、竹童、おまえちょっとわたしの使いにいってくれねばならぬ」 「お使いは大好きです。どこへでもまいります」 「ム、大いそぎで、武蔵《むさし》の国、高尾山《たかおさん》の奥院《おくのいん》までいってきてくれ、しさいはここに書いておいた」 「お師匠さま、あなたはごむりばかりおっしゃります」 「なにがむりじゃの」 「この鞍馬《くらま》の山奥から、武蔵の高尾山までは、二百|里《り》もございましょう。なんでちょっといってくるなんていうわけにいくものですか、だからつねづねわたしにも、お師匠《ししよう》さまの飛走《ひそう》の術をおしえてくださいともうすのに、いっこうおしえてくださらないから、こんな時にはこまってしまいます」 「なぜ口をとがらすか、けっしてむりをいいつけるのではない。それにはちょうどいい道《みち》案内《あんない》をつけてやるから、和子《わこ》はただ目をつぶってさえいればよい」 「へー、では、だれかわたしを連れていってくれるんですか」 「オオ、いまここへ呼《よ》んでやるから見ておれよ」  と果心居士《かしんこじ》は、露芝《つゆしば》の上へでて、手に持ったいちめんの白扇《はくせん》をサッとひらき、要《かなめ》にフッと息をかけて、あなたへ投げると、扇《おうぎ》はツイと風に乗って飛ぶよと見るまに、ひらりと一|羽《わ》の鶴《つる》に化してのどかに空へ舞いあがった。  ア——と竹童《ちくどう》は目をみはっていると、たちまち、宙天《ちゆうてん》からすさまじい疾風《しつぷう》を起してきた黒い大鷲《おおわし》、鶴を目がけてパッと飛びかかる。鶴は白毛を雪のごとく散らして逃げまわり、鷲のするどい爪《つめ》に追いかけられて、果心居士の手もとへ逃げて下りてきたが、そのとたん、居士がひょいと手をのばすと、すでに、鶴は一本の扇となって手のうちにつかまれ、それを追ってきた大鷲は、居士の膝《ひざ》の前に翼《つばさ》をおさめて、ピッタリおとなしくうずくまっている。     二 「竹童《ちくどう》竹童、その泉《いずみ》の水を少々くんでこい」 「ハイ」  あっけにとられて見ていた竹童は、居士《こじ》にいいつけられたまま、岩のあいだから、こんこんと湧《わ》きいでている泉をすくってきた。 「かわいそうにこの鷲《わし》は、片目を鉄砲で撃《う》たれているため、だいぶ苦しがっている。はやくその霊泉《れいせん》で洗ってやるがよい。すぐなおる」 「ハイ」  竹童は草の葉ひとつかみを取ってひたし、いくたびか鷲の目を洗ってやった。大鷲《おおわし》は心地よげに竹童のなすがままにまかせていた。 「おまえの道案内《みちあんない》はこの鷲だ。これに乗ってかける時は千里の旅も一日の暇《ひま》じゃ、よいか」 「これに乗るんですか、お師匠《ししよう》さま、あぶないナ」 「たわけめが」  喝《かつ》! と叱《しか》りつけた果心居士《かしんこじ》は、竹童がアッというまに襟《えり》くびをグッとよせて、 「エーッ」と一声、片手につかんでほうりなげた。ブーンと風を切った竹童のからだは、珠《たま》のごとく飛んで、はるかあなたの築山《つきやま》の上へいって、ヒョッコリ立ったが、たちまち、そこからかけもどってきてニコニコ笑いながら澄《す》ましている。 「お師匠さま、またいたずらをなさいましたね」 「どうだ、どこかけがでもしたか」 「いいえ、そんな竹童《ちくどう》ではございません。わたしはお師匠《ししよう》さまから、まえに浮体《ふたい》の術を授《さず》かっておりますもの」 「それみよ。なぜいつもその心がけでおらぬ。この鷲《わし》に乗っていくのがなんであぶない、浮体《ふたい》の息《いき》を心得てのれば一本の藁《わら》より身のかるいものだ」 「わかりました。さっそくいってまいります」 「オオ書面にて認《したた》めておいたが、時おくれては、武田伊那丸《たけだいなまる》さまのお身があぶない、いや、あるいは小幡民部《こばたみんぶ》どのの命《いのち》にもかかわる、いそいでいくのじゃ」 「そして、だれにこの手紙をわたすのですか」 「高尾《たかお》の奥院《おくのいん》にかくれている、加賀見忍剣《かがみにんけん》どのという者にわたせばよい。その忍剣はこの鷲のすがたを毎日待ちこがれているであろう。またこの鷲も霊鷲《れいしゆう》であるから、かならず忍剣のすがたを見れば地におりていくにちがいない」 「かしこまりました。よくわかりました」 「かならず道草《みちくさ》をしていてはならぬぞ」 「ハイ、心得ております」  と竹童はしたくをした——したくといっても、例の棒《ぼう》切れを刀のように腰へさして、稗《ひえ》と草の芽《め》を団子《だんご》にした兵糧《ひようろう》をブラさげて、ヒラリと鷲の背にとびつくが早いか、鷲は地上の木の葉をワラワラとまきあげて、青空たかく飛びあがった。  伊那丸《いなまる》とちがって竹童《ちくどう》は、浮体《ふたい》の法を心得ているうえ、深山にそだって鳥獣《ちようじゆう》をあつかいなれている。かれはしばらく目をつぶっていたがなれるにしたがって平気になりはるかの下界《げかい》を見廻しはじめた。 「オオ高い高い、もう鞍馬《くらま》も貴船山《きぶねやま》も半国《はんごく》ケ岳《たけ》も、あんな遠くへ小《ち》ッちゃくなってしまった。やア、京都の町が右手に見える、むこうに見える鏡《かがみ》のようなのは琵琶湖《びわこ》だナ、この眼下は大津《おおつ》の町……」  と夢中《むちゆう》になっているうちに、ヒュッとなにかが、耳のそばをうなってかすりぬけた。 「や、なんだ」  と竹童はびっくりしてふりかえった時、またもや下からとんできたのは白羽《しらは》の征矢《そや》、つづいてきらきらとひかる鏃《やじり》が風を切って、三の矢、四の矢と隙《すき》もなくうなってくる。 「おや、さてはだれか、この鷲《わし》をねらうやつがある、こいつはゆだんができないゾ」  と竹童は例の棒《ぼう》切れを片手に持って、くる矢くる矢をパラパラと打ちはらっていたが、それに気をとられていたのが不覚《ふかく》、たいせつな果心居士《かしんこじ》の手紙を、うッかり懐中《ふところ》から取りおとしてしまった。 「アッ、アアアアア……しまった!」  ヒラヒラと落ちいく手紙へ、思わず口走りながら身をのばしたせつな、竹童のからだまで、あやうく鷲の背中《せなか》からふりおとされそうになった。     三  大津《おおつ》の町の弓道家《きゆうどうか》、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》は、このあいだ、日吉《ひよし》の五重塔《ごじゆうのとう》であやしいものを射損《いそん》じたというので、かれを今為朝《いまためとも》とまでたたえていた人々まで、にわかに口うら返して、さんざんに悪い評判《ひようばん》をたてた。  それをうるさいと思ってか、蔦之助は、以来ピッタリ道場の門をとざして、めったにそとへすがたを見せず、世間の悪口もよそに、兵書部屋《へいしよべや》へこもり、ひたすら武技《ぶぎ》の研究に余念がなかった。  その日も、しずかに兵書をひもといていた蔦之助《つたのすけ》は、ふと町にあたって、ガヤガヤという人声がどよみだしたので、文字から目をはなして耳をそばだてた。とそこへ、下僕《しもべ》の関市《せきいち》が、あわただしくかけこんできてこういう。 「旦那《だんな》さま旦那さま。まアはやくでてごらんなさいまし、とてもすばらしい大鷲《おおわし》が、比叡《ひえい》のうしろから飛びまわってまいりました。お早く、お早く」 「鷲?」  と蔦之助は部屋《へや》から庭へヒラリと、身をおどらして大空をあおぐと、なるほど、関市のぎょうさんなしらせも道理、かつて話に聞いたこともない黒鷲《くろわし》が、比叡の峰《みね》の背《せ》からまッさかさまに大津《おおつ》の空へとかかってくるところ。 「関市! 張《は》りの強い弓を! それと太矢《ふとや》を七、八本」 「へい」と関市《せきいち》が、大あわてで取りだしてきた節巻《ふしまき》の籐《とう》に|くすね引《ヽヽヽび》きの弦《つる》をかけた強弓《ごうきゆう》。とる手もおそしと、槇《まき》の葉鏃《はやじり》の太矢《ふとや》をつがえた蔦之助《つたのすけ》は、虚空《こくう》へむけて、ギリギリとひきしぼるよと見るまに、はやくも一の矢プツン! と切る、すぐ関市が代《かわ》り矢を出す。それを取ってさらに射《い》る。その迅《はや》さ、あざやかさ、目にもとまらぬくらい。  しかしその矢は、二どめからみな宙《ちゆう》にあがって二つにおれ、ハラリ、ハラリと地上に返ってくる。てっきり鷲《わし》の上には何者かがいる! 蔦之助ももとより射《い》おとすつもりではない。そのふしぎな人物をなんとかして地上へおろしてみたら、あるいは、日吉《ひよし》の塔《とう》の上にいた、奇怪《きかい》な人間のなぞもとけようかと考えたのであった。  矢数《やかず》はひょうひょうと虹《にじ》のごとく放《はな》たれたが、時間はほんの瞬間《しゆんかん》、すでに大鷲《おおわし》は町の空を斜《なな》めによぎって、その雄姿《ゆうし》を琵琶湖《びわこ》のほうへかけらせたが、なにか白い物をとちゅうからヒラヒラと落としさった。それを見て、 「よしッ」  ガラリと弓を投げすてた蔦之助は、紙片《しへん》の落ちたところを目ざして、息もつかさずにかけだした。  飛ぶがごとく町はずれをでたかれは、一|念《ねん》がとどいて、ある原へ舞《ま》いおちたものをひろった。  手にとって開《ひら》いてみれば、芭蕉紙《ばしようし》ぐるみの一通の書面。 加賀見忍剣《かがみにんけん》どのへ知らせん この状《じよう》を手にされし日 ただちに錫杖《しやくじよう》を富士の西裾野《にしすその》へむけよ たずねたもう御方《おんかた》あらん 同志《どうし》の人々にも会い給《たま》わん かしん居士《こじ》       四  竹童《ちくどう》は弱った。|しん《ヽヽ》そこからこまった。  大切な手紙を取りおとしては、お師匠《ししよう》さまから、どんなお叱《しか》りをうけるか知れないと、かれはあわてて鷲《わし》をおろした。そこはうつくしい鳰鳥《におどり》の浮いている琵琶湖《びわこ》のほとり、膳所《ぜぜ》の松原のかげであった。 「これクロよ、おいらが手紙をさがしてくるあいだ、後生《ごしよう》だから待ってるんだぞ、そこで魚《さかな》でも取って待っているんだぞ、いいか、いいか」  竹童は鷲にたいして、人間にいい聞かせるとおりのことばを残し、スタスタ松と松のあいだを走りだしてくると、反対にむこうからも息をきって、こなたへいそいできたひとりの武士があった——いうまでもなく山県蔦之助《やまがたつたのすけ》である。  ふたりはバッタリ細い小道でゆき会った。竹童がなにげなく蔦之助の片手をみると、まさしくおとした手紙をつかんでいる。蔦之助もまた、素《す》はだし尻《しり》きり衣服に、棒切れを腰にさした、いような小僧《こぞう》のすがたに目をみはった。 「これ子供、子供。……つんぼか、なぜ返辞《へんじ》をせぬ」 「おじさん、おいら子供じゃないぜ」 「なに子供じゃないと、では何歳《なんさい》じゃ」 「九ツだよ。だけれど大人《おとな》だけの働きをするから子供じゃない、アアそんなことはどうでもいい、おいらおじさんに聞きたいけれど、そっちの手につかんでいるものはなんだい? 見せておくれよ」 「ばかをもうせ。それより拙者《せつしや》のほうがきくが、いましがた、大津《おおつ》の町の上をとんでいた鷲《わし》が、ここらあたりでおりた形跡《けいせき》はないか、どうじゃ」 「白《しら》ばッくれちゃいけない。その手紙をおだしよ」 「この童《わつぱ》めッ、無礼《ぶれい》をもうすな」 「なにッ、返さなきゃこうだぞ」  と、竹童《ちくどう》からだは小さいが身ごなしの敏捷《びんしよう》おどろくばかり、不意《ふい》に蔦之助《つたのすけ》に飛びかかったと思うと、かれの手から手紙をひッたくって、バラバラと逃げだした。 「小僧《こぞう》ッ——」と追い討《う》ちにのびた蔦之助の烈剣《れつけん》に、あわや、竹童まッ二つになったかと見れば、切《き》ッ先《さき》三|寸《ずん》のところから一|躍《やく》して四、五|間《けん》も先へとびのいた。 「きゃつ、ただ者ではない」ととっさにおもった蔦之助は、いっさんに追いかけながら、ピュッと手のうちからなげた流星の手裏剣《しゆりけん》! それとは、さすがに用心しなかった竹童の踵《かかと》をぷッつり刺《さ》しとめた。 「あッ!」ドタリと前へころんだところを、すかさずかけよってねじつけた、蔦之助の強力《ごうりき》。それには竹童《ちくどう》も泣きそうになった。 「おじさん、おじさん、なんだっておいらの手紙をそんなにほしがるんだい——苦しいから堪忍《かんにん》しておくれよ。この手紙は大切な手紙だから」 「なんじゃ、ではこの書面は汝《なんじ》が持っていた物か」 「ああ、おいらが遠方の人へとどけにいくんだ」 「ではいましがた、鷲《わし》の上にのっていたのは?」 「おいらだよ、アア、喉《のど》がくるしい」 「えッ、そのほうか」  とびっくりして、竹童をだきおこした蔦之助《つたのすけ》は、しばらくしげしげとかれの姿をみつめていたが、やがて、松の根方《ねかた》へ腰をおろして、心からこのおさない者に謝罪《しやざい》した。 「知らぬこととはもうせ、飛んだ粗相《そそう》をいたした。どうかゆるしてくれい、そこで、あらためて聞きたいが、御身《おんみ》はその手紙にある果心居士《かしんこじ》のお弟子《でし》か」 「そうだ……」竹童も岩の上にあぐらをかいて、腰のふくろから薬草の葉を取りだし、手でやわらかにもんだやつを踵《かかと》のきずへはりつけている。 「ではさきごろ、日吉《ひよし》の五重塔《ごじゆうのとう》へ登っていたのも居士ではなかったか、恥《はじ》をもうせば、里人《さとびと》の望みにまかせて射《い》たところが、一|羽《わ》の鷺《さぎ》となって逃げうせた」 「おじさんはむちゃだなあ、おいらのお師匠《ししよう》さまへ矢をむけるのは、お月さまを射《い》るのと同じだよ」 「やっぱりそうであったか、いや面目《めんもく》もないことであった。ところで、さらにくどいようじゃが、そちの持っている書面にある加賀見忍剣《かがみにんけん》ともうすかたは、ただいまどこにおいでになるのか、また、たずねるお方とはどなたを指したものか、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》が頭をさげてたのむ。どうか教えてもらいたい」 「いやだ」  竹童《ちくどう》はきつくかぶりをふった。 「なぜ?」 「わからないおじさんだナ、なんだって人がおとした手紙のなかをだまって読んだのさ。だからいやだ」 「ウーム、それも重々《じゆうじゆう》拙者《せつしや》が悪かった、ひらにあやまる」 「じゃあ話してやってもいいが、うかつな人にはうち明けられない、いったいおじさんは何者?」 「父はもと甲州二十七|将《しよう》の一人であったが、拙者の代《だい》となってからは天下の浪人《ろうにん》、大津《おおつ》の町で弓術《きゆうじゆつ》の指南《しなん》をしている山県蔦之助ともうすものじゃ」 「えッ、じゃあおじさんも武田《たけだ》の浪人か——ふしぎだなア……おいらのお師匠《ししよう》さまも、ずっと昔は武田家《たけだけ》の侍《さむらい》だったんだ」  といいかけて竹童は、まえに居士《こじ》から口止めされたことに気がついたか、ふッと口をつぐんでしまった。そのかわり、これから、居士《こじ》の命《めい》をうけて武州高尾《ぶしゆうたかお》にいる忍剣のところへいくこと、また過日《かじつ》、小幡民部《こばたみんぶ》から通牒《つうちよう》がきて、なにごとか伊那丸《いなまる》の身辺に一大事が起っているらしいということ、さては、書中にある御方《おんかた》という人こそ信玄《しんげん》の孫《まご》武田《たけだ》伊那丸であることまで、残るところなく説明した。  聞きおわった蔦之助《つたのすけ》は、こおどりせんばかりによろこんだ。武田滅亡《たけだめつぼう》の末路《まつろ》をながめて、悲憤《ひふん》にたえなかったかれは、伊那丸の行方《ゆくえ》を、今日《こんにち》までどれほどたずねにたずねていたか知れないのだ。 「これこそ、まことに天冥《てんみよう》のお引きあわせだ。拙者《せつしや》もこれよりすぐに、富士《ふじ》の裾野《すその》へむけて出立《しゆつたつ》いたす、竹童《ちくどう》とやら、またいつかの時にあうであろう」 「ではあなたも裾野へかけつけますか、わたしもいそがねば、伊那丸さまの一大事です」 「おお、ずいぶん気をつけていくがよい」 「大じょうぶ、おさらばです」  竹童はふたたび鷲《わし》の背にかくれて、舞いあがるよと見るまに、いっきに琵琶湖《びわこ》の空をこえて、伊吹《いぶき》の山のあなたへ——。  いっぽう、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》は、その日のうちに、武芸者姿《ぶげいしやすがた》いさましく、富士《ふじ》ケ根《ね》さして旅立った。     五 「まだきょうも空に見えない、ああクロはどうしたろう……?」  毎日高尾の山巓《さんてん》にたって、一|羽《わ》の鳥影も見のがさずに、鷲《わし》の帰るのを待ちわびている者は、加賀見忍剣《かがみにんけん》その人である。  快風《かいふう》一陣! かれを狂喜《きようき》せしめた便《たよ》りは天の一|角《かく》からきた。クロの足にむすびつけられた伊那丸《いなまる》の血書《けつしよ》の文字、竹童《ちくどう》がもたらしてきた果心居士《かしんこじ》の手紙。かれははふりおつる涙をはらいつつ、二通の文字をくり返しくりかえし読んだ。 「これを手に受けたらその日に立てとある——オオ、こうしてはいられないのだ。竹童とやら、はるばる使いにきてご苦労だったが、わしはこれからすぐ、伊那丸さまのおいでになるところへいそがねばならぬ、鞍馬《くらま》へ帰ったら、どうかご老台《ろうだい》へよろしくお礼をもうしあげてくれ」 「ハイ承知《しようち》しました。だけれどお坊《ぼう》さん、おいらは少しこまったことができてしまった」 「なんじゃ、お使いの褒美《ほうび》に、たいがいのことは聞いてやる、なにか望みがあるならもうすがよい」 「ううん、褒美なんかいらないけれど、そのクロという鷲はお坊さんのものなんだネ」 「いやいや、この鷲はわたしの飼《か》い鳥でもない、持主《もちぬし》といえば、武田家《たけだけ》にご由緒《ゆいしよ》のふかい鳥ゆえ、まず伊那丸君の物とでももうそうか」 「ネ、おいら、ほんとをいうと、このクロと別《わか》れるのがいやになってしまったんだよ。きっと大切にして、いつでも用のある時には飛んでいくから、おいらにかしといてくんないか」  天真爛漫《てんしんらんまん》な願いに、忍剣もおもわず微笑《ほほえ》んでそれをゆるした。竹童《ちくどう》は大よろこび、あたかも友だちにだきつくようにクロの背なかへふたたび身を乗せて、忍剣に別《わか》れを告《つ》げるのも空の上から——いずこともなく飛びさってしまった。  間《ま》もなく、高尾の奥院《おくのいん》からくだってきた加賀見忍剣《かがみにんけん》は、神馬小舎《しんめごや》から一頭の馬をひきだし、鉄の錫杖《しやくじよう》をななめに背《せ》にむすびつけて、法衣《ころも》の袖《そで》も高からげに手綱《たづな》をとり、夜路山路《よみちやまみち》のきらいなく、南へ南へと駒《こま》をかけとばした。  ほのぼの明けた次の朝、まだ野も山も森も見えぬ霧《きり》のなかから、 「オーイ、オーイ」  と忍剣の駒を追いかけてくる者がある。しかも、あとからくる者も騎馬《きば》と見えて、パパパパパとひびく蹄《ひづめ》の音、はて何者かしらと、忍剣が馬首《ばしゆ》をめぐらせて待ちうけているとたちまち、目の前へあらわれてきた者は、黒鹿毛《くろかげ》にまたがった白衣《びやくえ》の男と朱柄《あかえ》の槍《やり》を小わきにかいこんだりりしい若者。 「もしやそれへおいでになるのは、加賀見忍剣どのではござらぬか」 「や! そういわれる其許《そこもと》たちは」 「おお、いつか裾野《すその》の文殊閣《もんじゆかく》で、たがいに心のうちを知らず、伊那丸君《いなまるぎみ》をうばいあった木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》」 「またわたくしは、巽小文治《たつみこぶんじ》ともうす者」 「おお、ではおのおのがたも、ひとしく伊那丸さまのおんために力をおあわせくださる勇士たちでしたか」 「いうまでもないこと。忍剣《にんけん》どののおはなしは、くわしくのちにうけたまわった。じつは我々両名の者は、小太郎山《こたろうざん》に砦《とりで》をきずく用意にかかっておりましたが、はからずも主君伊那丸さまが、穴山梅雪《あなやまばいせつ》の手にかこまれて、きょう裾野《すその》へさしかかるゆえ、出会《しゆつかい》せよという小幡民部《こばたみんぶ》どのからの諜状《しめしじよう》、それゆえいそぐところでござる」 「思いがけないところで、同志《どうし》のおのおのと落ち会いましたことよ。なにをつつみましょう。まこと、わたくしもこれよりさしていくところは、富士《ふじ》の裾野」 「忍剣どのも加わるとあれば、千兵《せんぺい》にまさる今日《きよう》の味方、穴山一族の木《こ》ッ葉《ぱ》武者どもが、たとえ、幾《いく》百|幾《いく》千|騎《き》あろうとも、おそるるところはござりませぬ」 「きょうこそ、若君のおすがたを拝《はい》しうるは必定《ひつじよう》です」 「おお、さらば一刻もはやく!」  轡《くつわ》をならべて、同時にあてた三|騎《き》の鞭《むち》! 一声《ひとこえ》高くいななき渡って、霧のあなたへ、駒《こま》も勇士もたちまち影を没《ぼつ》しさったが、まだ目指《めざ》すところまでは、いくたの嶮路《けんろ》いくすじの川、渺茫裾野《びようぼうすその》の道も幾十里かある。  霧ははれた。そして紺碧《こんぺき》の空へ、雄大なる芙蓉峰《ふようほう》の麗姿《れいし》が、きょうはことに壮美《そうび》の極致《きよくち》にえがきだされた。  富士は千古《せんこ》のすがた、男の子の清い魂《たましい》のすがた、大和《やまと》撫子《なでしこ》の乙女《おとめ》のすがた。——日本を象徴《しようちよう》した天地に一つの誇《ほこ》り。  いまや、その裾野《すその》の一角にあって、咲耶子《さくやこ》がふったただ一本の笛《ふえ》の先から、震天動地《しんてんどうち》の雲はゆるぎだした。閃々《せんせん》たる稲妻《いなずま》はきらめきだした。  雨を呼ぶか、雷《いかずち》が鳴るか、穴山《あなやま》軍勝つか、胡蝶陣《こちようじん》勝つか? 武田伊那丸《たけだいなまる》と小幡民部《こばたみんぶ》の民蔵《たみぞう》は、どんな行動をとりだすだろうか? 富士はすべて見おろしている——   水火陣法《すいかじんぽう》くらべ     一  胡蝶《こちよう》の陣! 胡蝶の陣!  裾野にそよぐ穂《ほ》すすきが、みな閃々《せんせん》たる白刃《はくじん》となり武者《むしや》となって、声をあげたのかと疑《うたが》われるほど、ふいにおこってきた四面の伏敵《ふくてき》。  野末《のずえ》のおくにさそいこまれて、このおとしあなにかかった穴山梅雪入道《あなやまばいせつにゆうどう》は、馬からおちんばかりにぎょうてんしたが、あやうく鞍《くら》つぼに踏《ふ》みこたえて、腰なる陣刀をひきぬき、 「退《ひ》くな。たかの知れた野武士《のぶし》どもがなにほどぞ、一押《ひとお》しにもみつぶせや!」  と、うろたえさわぐ郎党《ろうどう》たちをはげました。  音にひびいた穴山《あなやま》一|族《ぞく》、その旗下《はたもと》には勇士もけっしてすくなくない。天野刑部《あまのぎようぶ》、佐分利五郎次《さぶりごろうじ》、猪子伴作《いのこばんさく》、足助主水正《あすけもんどのしよう》などは、なかでも有名な四天王《してんのう》、まッさきに槍《やり》の穂《ほ》をそろえておどりたち、 「おうッ」  と、吠《ほ》えるが早いか、胡蝶《こちよう》の陣《じん》の中堅《ちゆうけん》を目がけて、無《む》二|無《む》三につきすすんだ。それにいきおいつけられたあとの面々、 「それッ。烏合《うごう》のやつばら、ひとりあまさず、討《う》ってとれ」  と、具足《ぐそく》の音を霰《あられ》のようにさせ、槍《やり》、陣刀《じんとう》、薙刀《なぎなた》など思いおもいな得物《えもの》をふりかざし、四ほうにパッとひらいて斬《き》りむすんだ。 「やや一大事! だれぞないか、伊那丸《いなまる》の駕籠《かご》をかためていた者は取ってかえせ、敵の手にうばわれては取りかえしがつかぬぞッ」  たちまちの乱軍に、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》がこうさけんだのも、もっとも、大切な駕籠はほうりだされて、いつのまにか、警固《けいご》の武士《ぶし》はみなそのそばをはなれていた。 「心得てござります」  いち早くも、梅雪の前をはしりぬけて、れいの——伊那丸がおしこめられてある鎖《くさり》駕籠《かご》の屋根へ、ヒラリととびあがって八ぽうをにらみまわした者は、別人《べつじん》ならぬ小幡民部《こばたみんぶ》であった。  かりにも、乗物の上へ、土足《どそく》で跳《と》びあがった罪《つみ》——ゆるし給《たま》え——と民部《みんぶ》は心に念《ねん》じていたが、とは知らぬ梅雪入道《ばいせつにゆうどう》、ちらとこの態《てい》をながめるより、 「お、新参《しんざん》の民蔵《たみぞう》であるな、いつもながら気転《きてん》のきいたやつ……」  とたのもしそうにニッコリとしたが、ふとまた一ぽうをかえりみて、たちまち顔いろを変えてしまった。     二  咲耶子《さくやこ》がふった横笛《よこぶえ》の合図《あいず》とともに、押しつつんできた人数はかれこれ八、九十人、それに斬《き》りむかっていった穴山方《あなやまがた》の郎党《ろうどう》もおよそ七、八十人、数の上からこれをみれば、まさに、そうほう互角《ごかく》の対陣《たいじん》であった。  しかし、一ぽうは勇あって訓練《くんれん》なき野武士《のぶし》のあつまり。こなたは兵法《へいほう》のかけ引き、実戦《じつせん》の経験もたしかな兵である。梅雪入道《ばいせつにゆうどう》ならずとも、とうぜん、勝ちは穴山方にありと信じられていた。ところが形勢《けいせい》はガラリとかわって、なにごとぞ、四天王《してんのう》以下の面々は名もなき野武士の切《き》ッ先《さき》にかけまわされ、胡蝶《こちよう》の陣《じん》の変化自在《へんげじざい》の陣法にげんわくされて、浮き足みだしてくずれ立ってきた。と見るや、怒《いか》りたった入道は、 「ええ腑甲斐《ふがい》のない郎党《ろうどう》ども、このうえは、梅雪みずからけちらしてくれよう!」  両の手綱《たづな》を左の手にあつめ、右手に陣刀《じんとう》をふりかざしてあわや、乱軍のなかへ馬首《ばしゆ》をむけてかけ入ろうとした。  とそのとき、 「しばらくしばらく、そもわが君は、お命《いのち》をいずこへ捨てにいかれるお心でござるか!」  声たからかに呼《よ》びとめた者がある。 「なに?」ふりかえってみると、それは、伊那丸《いなまる》の駕籠《かご》の上に立った小幡民部《こばたみんぶ》。梅雪《ばいせつ》はせきこんで、 「やあ、民蔵《たみぞう》、汝《なんじ》はなにをもって、さような不吉《ふきつ》をもうすのじゃ」 「されば、殿の御身《おんみ》を大切と思えばこそ」 「して、なんのしさいがあって」 「眼を大にしてごらんあれ。敵は野武士《のぶし》といいながら、神変《しんぺん》ふしぎな少女の陣法によってうごくもの、これすなわち奇兵《きへい》でござる。あなどってその策《さく》におちいるときは、殿のお命《いのち》とてあやうきこと明らかでござりまする」 「うーむ、してかれの陣法《じんぽう》とは」 「伏現自在《ふくげんじざい》の胡蝶《こちよう》の陣《じん》」 「やぶる手策《てだて》は?」 「ござりませぬ」 「ばかなッ」 「うそとおぼし召《め》すか」 「おおさ、年端《としは》もゆかぬ女童《めわらべ》が指揮する野武士《のぶし》の百人足らず、なんで破れぬことがあろうか」 「ではしばらくここにて四ほうを観望《かんぼう》なさるがなにより。おお佐分利五郎次《さぶりごろうじ》の組子《くみこ》はやぶれた、ああ足助主水正《あすけもんどのしよう》もたちまち袋《ふくろ》のねずみ……」 「なんの、余《よ》が四天王《してんのう》じゃ、いまにきっと盛《も》り返して、あの手の野武士をみな殺しにするであろうわ」 「危《あや》ういかな、危ういかな、かしこの窪地《くぼち》へ追いこまれた猪子伴作《いのこばんさく》、天野刑部《あまのぎようぶ》、その他十七、八名の味方の者どもこそ、すんでに敵の術中《じゆつちゆう》におちいり、みな殺しとなるばかり」 「や、や、や、や、や!」 「おお! 殿《との》にもご用意あれや、早くも伊那丸《いなまる》の駕籠《かご》を目がけて、総勢《そうぜい》の力をあつめてくるような敵の奇変《きへん》と見えまするぞ」 「お、お、お、民蔵《たみぞう》民蔵、汝《なんじ》になんぞ策《さく》はないか」  梅雪《ばいせつ》のようすは、にわかにうろたえて見えだした。 「おそれながら、しばしのあいだ、殿の采配《さいはい》を拙者《せつしや》におかしたまわるなら、かならず、かれの奇襲《きしゆう》をやぶって味方の勝利となし、なお、野武士を指揮《しき》なすあやしき少女をも生《い》けどってごらんに入れます」 「ゆるす、すこしも早く味方の者を救《すく》いとらせい」  さしも強情《ごうじよう》な穴山梅雪《あなやまばいせつ》も、論《ろん》より証拠《しようこ》、民部《みんぶ》のことばのとおり、味方がさんざんな敗北《はいぼく》となってきたのを見て、もう|ゆうよ《ヽヽヽ》もならなくなったのであろう。こなたへ駒《こま》を寄せてきて、小幡民部《こばたみんぶ》の手へ采配《さいはい》をさずけた。 「ごめん」  受けとって押しいただいた民部《みんぶ》は、駕籠《かご》の上に立ったまま、八ぽうの戦機をきッと見渡したのち、おごそかに軍師《ぐんし》たるの姿勢《しせい》をとり、采《さい》の|さばき《ヽヽヽ》もあざやかに、  さッ、さッ、さッ。  虚空《こくう》に半円をえがいて、風をきること三度《みたび》。  ああなんという見事さ、それこそ、本朝《ほんちよう》の諸葛亮《しよかつりよう》か孫呉《そんご》かといわれた甲州流の軍学家《ぐんがくか》、小幡景憲《こばたかげのり》の軍配《ぐんばい》ぶりとそッくりそのまま。 「や?」  よもや、新参《しんざん》の民蔵《たみぞう》が、その人の一|子《し》、民部《みんぶ》であろうとは、夢《ゆめ》にも知らない梅雪入道《ばいせつにゆうどう》、おもわず驚嘆《きようたん》の声をもらしてしまった。     三  月の夜には澄《す》み、朝《あした》は露をまろばせても、聞く人もないこの裾野《すその》に、ひとり楽しんでいる笛《ふえ》は、咲耶子《さくやこ》が好きで好きでたまらない横笛ではないか。  しかし、その優雅《ゆうが》な横笛は、時にとって身を守る剣《つるぎ》ともなり、時には、猛獣《もうじゆう》のような野武士《のぶし》どもを自由自在にあやつるムチともなる。  いましも、小高い丘《おか》の上にたって、その愛笛《あいてき》を頭上にたかくささげ、部下のうごきから瞳《ひとみ》をはなたずにいた彼女のすがたは、地上におりた金星の化身《けしん》といおうか、富士の女神《めがみ》とたとえようか、丈《たけ》なす黒髪は風にみだれて、麗《うるわ》しいともなんともいいようがない。 「アッ——」  ふいに、彼女の唇《くちびる》を洩《も》れたかすかなおどろき。  その眸《ひとみ》のかがやくところをみれば、いまがいままでしどろもどろにみだれたっていた、穴山梅雪《あなやまばいせつ》の郎党《ろうどう》たちはひとりの武士《ぶし》の采配《さいはい》を見るや、たちまちサッと退《ひ》いて中央に一列となった。  それは民部《みんぶ》の立てた蛇形《だぎよう》の陣。  咲耶子《さくやこ》はチラと眉《まゆ》をひそめたが、にわかに右手《めて》の笛をはげしく斜《なな》めにふって落とすこと二へん、最後に左の肩へサッとあげた。——とみた野武士の猛勇《もうゆう》は、ワッと声つなみをあげて、蛇形陣《だぎようじん》の腹背《ふくはい》から、勝ちにのって攻めかかった。  そのとき早く、ふたたび民部の采配が、龍《りゆう》を呼ぶごとくさっとうごいた。と見れば、蛇形の列は忽然《こつねん》と二つに折れ、まえとは打ってかわって一|糸《し》みだれず、扇形《おうぎがた》になってジリジリと野武士の隊伍《たいご》を遠巻きに抱いてきた。 「あッ、いけない。あれはおそろしい鶴翼《かくよく》の計略」  咲耶子はややあわてて、笛を天から下へとふってふってふりぬいた。  それは退軍の合図《あいず》であったと見えて、いままで攻勢《こうせい》をとっていた野武士《のぶし》たちは、一どにどッと潮《うしお》のごとく引きあげてきたようす。が、民部《みんぶ》の采配《さいはい》は、それに息をつく間《ま》もあたえず、たちまち八|射《しや》の急陣と変え、はやきこと奔流《ほんりゆう》のように、追《お》えや追えやと追撃《ついげき》してきた。 「オオ、なんとしたことであろう」  あまりの口惜《くや》しさに、咲耶子《さくやこ》はさらに再三再四、胡蝶《こちよう》の陣《じん》を立てなおして、応戦《おうせん》をこころみたが、こなたで焔《ほのお》の陣をしけば、かれは水の陣を流して防ぎ、その軍配《ぐんばい》は孫呉《そんご》の化身《けしん》か、楠《くすのき》の再来かと、あやしまれるほど、機略縦横《きりやくじゆうおう》の妙《みよう》をきわめ、手足のごとく、奇兵に奇兵を次《つ》いでくる。  さすがの胡蝶陣《こちようじん》に妙《みよう》をえた咲耶子《さくやこ》も、いまはほどこすに術《すべ》もなくなった。精鋭無比《せいえいむひ》の彼女の部下の刃《やいば》も、いまはしだいしだいに疲れてくるばかり。 「それッ、この機をはずすな!」 「いずこまでも追って追って追いまくれッ」 「裾野《すその》の野武士《のぶし》を根絶《ねだ》やしにしてくれようぞ」  穴山《あなやま》の四天王《してんのう》猪子伴作《いのこばんさく》、足助主水正《あすけもんどのしよう》、その他の郎党《ろうどう》は、民部が神のごとき采配ぶりにたちまち頽勢《たいせい》を盛《も》りかえし、猛然《もうぜん》と血槍《ちやり》をふるって追撃《ついげき》してきた。  西へ逃げれば西に敵、南に逃げれば南に敵、まったく民部の作戦に翻弄《ほんろう》されつくした野武士たちは、いよいよ地にもぐるか、空にかけるのほか、逃げる路《みち》はなくなってしまった。  と、咲耶子《さくやこ》のいる丘《おか》の上から、悲調《ひちよう》をおびた笛の音《ね》が一声《ひとこえ》高く聞えたかと思うと、いままでワラワラ逃げまどっていた野武士《のぶし》たちの影は、忽然《こつねん》として、草むらのうちにかくれてしまった。胆《きも》をけした穴山《あなやま》一族の将卒《しようそつ》は、血眼《ちまなこ》になって、草わけ、小川の縁《へり》をかけまわったが、もうどこにも一人の敵すら見あたらず、ただいちめんの秋草の波に、野分《のわき》の風がザアザアと渡るばかり。  狐《きつね》につままれたようなうろたえざまを、丘《おか》の上からながめた咲耶子は、帯のあいだに笛をはさみながら、ニッコリ微笑《びしよう》をもらして、丘のうしろへとびおりようとしたその時である。 「咲耶子とやら、もうそちの逃げ道はないぞ」  りんとした声が、どこからか響《ひび》いてきた。 「え?」思わず目をみはった彼女の前に、ヒラリとおどりあがってきたのは、いつのまにここへきたのか、さっきまで采配《さいはい》をとって敵陣《てきじん》にすがたをみせていた小幡民部《こばたみんぶ》であった。 「あッ」  さすがの彼女もびっくりして、丘《おか》のあなたへ走りだすと、そのまえに、四天王《してんのう》の佐分利五郎次《さぶりごろうじ》が、八、九人の武士《ぶし》とともに、槍《やり》ぶすまをつくってあらわれた。ハッと思って横へまわれば、そこからも、不意にワーッと鬨《とき》の声があがった。うしろへ抜けようとすればそこにも敵。  いまはもう四|面楚歌《めんそか》だ。絶望《ぜつぼう》の胸をいだいて、立ちすくんでしまうよりほかなかった。とみるまに、丘の上は穴山方《あなやまがた》の薙刀《なぎなた》や太刀《たち》で、まるで剣をうえた林か、針《はり》の山のように、いっぱいにうずまってしまった。 「咲耶子《さくやこ》、咲耶子、もういかにもがいても、この八|門鉄壁《もんてつぺき》のなかからのがれることはできぬぞ、神妙《しんみよう》に縄《なわ》にかかッてしまえ」  小幡民部《こばたみんぶ》は、声をはげましてそういった。  無念《むねん》そうに、唇《くちびる》をかみしめていた咲耶子は、ふたたびかくれた野武士《のぶし》たちを呼《よ》びだすつもりか、帯《おび》のあいだの横笛をひきぬいて、さッと、ふりあげようとしたが、その一瞬《いつしゆん》、 「えい、不敵な女め」  佐分利五郎次《さぶりごろうじ》が、飛びかかるが早いか、ガラリとその笛を打ちおとすと、とたんに、右からも、走りよった足助主水正《あすけもんどのしよう》が早業《はやわざ》にかけられて、あわれ、野《の》百合《ゆり》のような小娘《こむすめ》は、情《なさ》け容赦《ようしや》もなくねじあげられてしまった。   天罰《てんばつ》くだる     一  たったひとりの少女を生けどるのに、四天王《してんのう》ともある者や、多くの荒武者《あらむしや》が総がかりとなったのは、大人《おとな》げないと恥《は》ずべきであるのに、かれらは大将の首でもとったように、ワッと、勝鬨《かちどき》をあげながら、丘《おか》の上からおりていった。  まもなく、馬前《ばぜん》へひッ立てられてきた咲耶子《さくやこ》をひとめ見た梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は、鞍《くら》の上から|はッた《ヽヽヽ》とにらみつけて、 「こりゃ小娘ッ、ようも汝《なんじ》は、道しるべをいたすなどともうして、思うさまこの方《ほう》をなぶりおったな。いまこそ、その細首をぶち落としてくれるから待っておれ」  面《おもて》に朱《しゆ》をそそいで、鞍《くら》の上からののしったのち、 「民蔵《たみぞう》民蔵」とはげしく呼び立てた。 「はッ」と走りだした小幡民部《こばたみんぶ》は、チラと、入道のおもてを見ながら片手をつかえた。 「なんぞご用でござりまするか」 「おお民蔵か、あっぱれなそのほうの軍配《ぐんばい》ぶり、褒美《ほうび》は帰国のうえじゅうぶんにとらすであろう、ところで、不敵なこの小娘、生かしておけぬ、そちに太刀とりをもうしつくるほどに、余《よ》が面前で、血祭《ちまつ》りにせい」 「あいや、それはしばしご猶予《ゆうよ》ねがいまする」 「なに、待てともうすか」 「御意《ぎよい》にござりまする。いまこの小娘を血祭りにするときは、ふたたびまえにもてあましたる野武士《のぶし》が、復讐《ふくしゆう》に襲《おそ》うてくること必定《ひつじよう》。もとより、千万の野武士があらわれようとて、おそるるところはござらぬが、この小娘を|おとり《ヽヽヽ》として、さらに殿のお役に立てようがため、せっかく生捕《いけど》りにいたしたもの、むざむざここで首にいたすのはいかがとぞんじます」 「奇略《きりやく》にとんだその方《ほう》のことゆえ、なお上策《じようさく》があればまかせおくが、して、この小娘をおとりにしてどうする所存《しよぞん》であるか」 「秘中《ひちゆう》の秘《ひ》、味方といえども、余人《よじん》のいるところでは、ちともうしかねます」 「もっともじゃ、ではこれへしたためて見せい」  ヒラリと投げてきたのは一面の軍扇《ぐんせん》。  民部《みんぶ》は即座《そくざ》に矢立《やたて》をとりよせ、筆をとって、サラサラ八|行《ぎよう》の詩《し》を書き、みずから梅雪《ばいせつ》の手もとへ返した。 「どれ」と、入道《にゆうどう》はそれを受けとり、馬上で扇面《せんめん》の文字を読み判《はん》じて—— 「む、どこまでもそちは軍師《ぐんし》じゃの」と膝《ひざ》をたたいて、感嘆《かんたん》した。その秘策《ひさく》とは、すなわち、これから馬をすすめて五湖の底にあるという武田家《たけだけ》の宝物《ほうもつ》御旗楯無《みはたたてなし》をさぐりだし、同時に、伊那丸《いなまる》をもそこで首にしてしまおうというおそろしい献策《けんさく》。  じつは穴山梅雪《あなやまばいせつ》も、これから甲斐《かい》の国へはいる時は、武田《たけだ》の残党《ざんとう》もあろうゆえ、伊那丸を首にする場所にも、心をいためていたところだった。しかし、この富士の裾野《すその》なら安心でもあるし、御旗楯無《みはたたてなし》の宝物《ほうもつ》まで、手にはいれば一挙両決《いつきよりようけつ》、こんなうまいことはない。すぐまた都へ取ってかえし、家康《いえやす》から、多大の恩賞《おんしよう》をうけ、そのうえ帰国してもけっしておそくはない。 「そうだ、この小娘もそのとき首にすれば、世話なしというもの……」  梅雪はとっさにそう思ったらしい、あくまで信じきっている民部《みんぶ》の献策《けんさく》にまかせて、ふたたび郎党《ろうどう》を一列に立てなおし、民部と咲耶子《さくやこ》を先《さき》にして、裾野《すその》を西へ西へとうねっていった。  そのあいだに民部は、なにごとかひくい声で、咲耶子にささやいたようであった。かしこい彼女は、黙々《もくもく》として聞えぬふりで歩いていたが、その瞳《ひとみ》は、ときどき意外な表情をして民部にそそがれた。そんな、こまかいふたりの挙動《きよどう》は、はるかあとから騎馬《きば》でくる梅雪の目に、べつだんあやしくもうつらなかった。  やがて、裾野の野道がつきて、長い森林にはいってきた。そこをぬけると、青いさざなみが、木《こ》の間《ま》から見えだした。 「おお湖水《こすい》へでた! 湖《みずうみ》が見えた!」  軍兵《ぐんぴよう》どもは、沙漠《さばく》に泉《いずみ》を見つけたように口々に声をもらした。そのほとりには、小さな社《やしろ》があるのも目についた。つかつかと社の前へあゆみ寄った小幡民部《こばたみんぶ》は、「白旗《しらはた》の宮《みや》」とあるそこの額《がく》を見あげながら、口のうちで、「白旗の宮? ……源家《げんけ》にゆかりのありそうな……」とつぶやいて小首をかしげたが、ふいと向きなおって、こんどはおそろしい血相《けつそう》で、咲耶子《さくやこ》をただしはじめた。 「これッ。武田家《たけだけ》の宝物《ほうもつ》をしずめた湖水は、ここにそういあるまい、うそいつわりをもうすと、痛《いた》いめにあわすぞ、どうじゃ!」 「は、はい……」咲耶子は、にわかに神妙《しんみよう》になって、そこへひざまずいた。 「もうお隠《かく》しもうしても、かなわぬところでござります。おっしゃるとおり、御旗楯無《みはたたてなし》の宝物は、石櫃《いしびつ》におさめて、この湖《みずうみ》のそこに沈めてあるにそういありませぬ」 「まったくそれにちがいないか!」 「神かけていつわりはもうしませぬ」 「よし、よく白状《はくじよう》いたした。おお殿《との》さま。ただいまのことばをお聞きなされましたか」  ちょうどそこへ、おくればせに着いた梅雪《ばいせつ》のすがたをみて、民部が、こういいながら馬上を見上げると、かれは笑《え》つぼに入《い》ってうなずいた。 「聞いた。かれのもうすところたしかとすれば、すぐ湖水からひきあげる手くばりせい」 「はッ、かしこまりました」  民部はいさみ立ったさまをみせて、郎党《ろうどう》たちを八ぽうへ走らせた。まもなく、地理にあかるい土着《どちやく》の里人《さとびと》が、何十人となくここへ召集されてきた。そして、狩《か》りだされてきた里人や郎党《ろうどう》は、多くの小船に乗りわかれて、湖水の底へ鉤綱《かぎづな》をおろしながら、あちらこちらと漕《こ》ぎまわった。     二  陸《おか》のほうでは穴山梅雪入道《あなやまばいせつにゆうどう》が白旗《しらはた》の宮《みや》のまえに床几《しようぎ》をすえ、四天王《してんのう》の面々を左右にしたがえて悠然《ゆうぜん》と見ていた。  と、かれの貪慾《どんよく》な相好《そうごう》がニヤニヤ笑《え》みくずれてきた。——湖水の中心では、いましも鉤《かぎ》にかかった獲物《えもの》があったらしい。多くの小船は、たちまちそこに集まって鉤《かぎ》をおろし、エイヤエイヤの声をあわせて、だんだんと浅瀬《あさせ》のほうへひきずってくるようすだ。  伊那丸《いなまる》と忍剣《にんけん》が智恵《ちえ》をしぼって世の中からかくしておいた宝物《ほうもつ》も、こうして、苦もなく発見されてしまった。まもなく梅雪入道の床几の前へ運ばれてきたものは、真青《まつさお》に水苔《みずごけ》さびたその石櫃《いしびつ》。 「殿さま、ご苦心のかいあって、いよいよご開運の秘宝《ひほう》もめでたく手に入りました。祝着《しゆうちやく》にぞんじまする」  里人たちに恩賞《おんしよう》をやって追いかえしたのち、民部《みんぶ》はそばから祝《いわ》いのことばをのべた。 「そのほうの手柄《てがら》は忘れはおかぬぞ。この宝物に伊那丸の首をそえてさしだせば、いかにけちな家康《いえやす》でも、一万|石《ごく》や二万|石《ごく》の城地《じようち》は、いやでも加増するであろう。そのあかつきには、そのほうもじゅうぶんに取りたて得《え》さす」 「かたじけのうぞんじます。しかし、お望みの物が手にはいったからは、いっこくもご猶予《ゆうよ》は無用、この場で伊那丸《いなまる》を首にいたし、あの鎖《くさり》駕籠《かご》へは宝物のほうを入れかえにして、寸時もはやく家康公《いえやすこう》へおとどけあるが上分別《じようふんべつ》とこころえます」 「おお、きょうのような吉日《きちじつ》はまたとない。いかにもこの場できゃつを成敗《せいばい》いたそう、その介錯《かいしやく》もそちに命じる! ぬかるな!」 「はッ、心してつとめます」  梅雪《ばいせつ》の目くばせに、きッとなって立ちあがった民部《みんぶ》はすばやく下緒《さげお》を取って襷《たすき》となし、刀のつかにしめりをくれた。そのまに、二、三人の郎党《ろうどう》は、小船の板子《いたご》を四、五枚はずしてきて、武田伊那丸《たけだいなまる》の死の座《ざ》をもうけた。 「これこれ、せんこくの小娘もことのついでじゃ。そこへならべて、民蔵《たみぞう》の腕だめしにさせい。旅の一|興《きよう》に見物いたすもよかろうではないか」  宮《みや》の根《ね》もとにくくりつけられていた咲耶子《さくやこ》は、罪人のように追ったてられて、板子《いたご》のならべてあるとなりへすえられた。彼女は、もうすっかり覚悟を決めてしまったか、ほつれ髪もおののかせず、白《しら》百合《ゆり》の花そのままな顔をしずかにうつむけている。  いっぽうでは、鎧《よろい》の音をさせて、ずかずかと迫っていった四天王《してんのう》の面々が、例の鎖《くさり》駕籠《かご》のまわりへ集まり、乗物の上からかぶせてある鉄の網《あみ》をザラザラとはずしはじめた。  長い道中のあいだ日のめを見ることなく、乗物のうちにゆられてきた伊那丸は、いよいよ運命の最後を宣告され、悪魔《あくま》の断刀《だんとう》をうけねばならぬこととなった。四天王《してんのう》の天野刑部《あまのぎようぶ》は、ガチャリ、ガチャリと荒々しく錠《じよう》の音をさせて、駕籠《かご》の引き手をグイとおし開《あ》け、 「伊那丸《いなまる》、これへでませいッ」と、涙もなく、ただの罪人でも呼びだすようにどなった。  が——駕籠《かご》のなかは、ひっそりとして音もない。 「やい、伊那丸、さッさとこれへでてうせぬか」  猪子伴作《いのこばんさく》は、次にこうわめきながら、駕籠の扉口《とぐち》を土足《どそく》ではげしくけとばした。と、足《あし》もとが、不意に軽くすくわれたので、伴作はあッといってうしろへよろめく。  すわ!  殺気はたちまちそこにはりつめた。天野《あまの》、佐分利《さぶり》、足助《あすけ》の三人は、陣刀《じんとう》のつかを握《にぎ》りしめつつ、駕籠口《かごぐち》へ身がまえた。     三 「おお夜が明けたようだ……」  つぶやく声といっしょに、伊那丸のすがたは、しずかにそこへあらわれた。じたばたすると思いのほか、落ちつきはらったようすに、四天王の者どもはやや拍子《ひようし》ぬけがしたらしい。 「歩けッ」  左右からせきたてて、小船の板子《いたご》をしいた死の座《ざ》へ伊那丸《いなまる》をひかえさせた。そして床几《しようぎ》にかけた梅雪《ばいせつ》に目礼《もくれい》をしてひきさがる。 「おッ、伊那丸さま——」 「あ! そなたは」  席をならべて伊那丸と咲耶子《さくやこ》は、たがいにはッとしたが、彼女は、せつなに顔をそむけ、なにげないようすをした。で伊那丸も、さまざまな疑惑《ぎわく》に胸をつつまれながら、眸《ひとみ》をそらして、こんどはきっと、入道《にゆうどう》の顔をにらみつけた。——梅雪《ばいせつ》もまけずに、 「こりゃ伊那丸、さだめし今まで窮屈《きゆうくつ》であったろうが、いますぐ楽《らく》にさせてくれる。この世の見おさめに、泣くとも笑うとも、ぞんぶんに狂って見るがいい」  と、にくにくしい毒口《どくぐち》をたたいた。 「さて大人気《おとなげ》ない武者《むしや》どもよ——」  伊那丸は声もすずしくあざわらって、 「わしひとりの命《いのち》をとるのに、なんとぎょうぎょうしいことであろう。冥土《めいど》におわす祖父信玄《そふしんげん》やその他の武将たちによい土産話《みやげばなし》、甲州侍《こうしゆうざむらい》のなかにも、こんな卑劣者《ひれつもの》があったと笑うてやろう!」 「えい、口がしこいやつめ、民蔵《たみぞう》、早々《そうそう》この童《わつぱ》の息のねをとめてしまえ!」  梅雪は、号令《ごうれい》した。  声におうじて、 「はッ」と、武者《むしや》ぶるいして立ちあがった民部《みんぶ》は、伊那丸《いなまる》のうしろへまわって、ピタリと体をきめ、見る目もさむき業刀《わざもの》をスラリと腰からひきぬいた。 「お覚悟《かくご》なさい! 太刀取《たちと》りの民蔵《たみぞう》が君命によってみ首《しるし》はもうしうけた」 「…………」  覚悟——それは伊那丸にとっていまさらのことではない。かれは一|糸《し》とりみだすさまもなく、観念の眼をふさいでいる。  正面《しようめん》の梅雪入道《ばいせつにゆうどう》をはじめ、四天王《してんのう》以下の大衆も、かたずをのんで、民部の太刀と伊那丸のようすとを見くらべていた。  湖水の波も心あるか、冷《つめ》たい風を吹きおこして、松の梢《こずえ》にかなしむかと思われ、陽《ひ》も雲のうちにかくされて、天地は一瞬《いつしゆん》、ひそとした。  そのとき、民部の口からかすかな声。 「八幡《はちまん》」  水もたまらぬ太刀をふりかぶッて、伊那丸の白い頸《くび》をねらいすました。——と、そのするどい眼気《がんき》が、キラと動いたと見えた一瞬、 「ええいッ!」  武田伊那丸《たけだいなまる》の首が落ちたかとおもうと、なにごとぞ、梅雪のまッこうめがけて、とびかかった小幡民部《こばたみんぶ》、 「悪逆無道《あくぎやくむどう》の穴山入道《あなやまにゆうどう》、天罰《てんばつ》の明刀《めいとう》をくらえ!」  耳をつんざく声だった。  ふいをくった梅雪《ばいせつ》は、ぎょうてんして身をさけようとしたが、ヒュッと、眉間《みけん》をかすめた剣光《けんこう》に眼もくらんで、 「わーッ」額《ひたい》の血しおを両手でおさえたまま、床几《しようぎ》のうしろへもんどり打ってぶッたおれた。 「曲者《くせもの》」愕然《がくぜん》と、おどりあがった四天王《してんのう》たち。同時に、その余《よ》の群猛《ぐんもう》も渦《うず》をまいて、 「うぬッ、気が狂《くる》ったかッ」 「裏切者《うらぎりもの》ッ——退《の》くな」  とばかり、一どに総立《そうだ》ちになるやいなや、民部《みんぶ》の上へ、どッとなだれを打ってきた剣《つるぎ》の怒濤《どとう》。   湖南の三|騎士《きし》     一  梅雪入道は、みだれ立つ郎党《ろうどう》たちの足もとを、逃げまわりながら、 「曲者は武田《たけだ》の残党《ざんとう》だッ。伊那丸《いなまる》を逃がすなッ」  と絶叫《ぜつきよう》した。  民部《みんぶ》はその姿をおって、 「おのれッ」  無《む》二|無《む》三に斬《き》りつけようとしたが、佐分利五郎次《さぶりごろうじ》にささえられ、じゃまなッ、とばかりはねとばす。そのあいだに、天野《あまの》、猪子《いのこ》、足助《あすけ》などが、鉾先《ほこさき》をそろえてきたため、みすみす長蛇《ちようだ》を逸《いつ》しながら、それと戦わねばならなかった。  いっぽう、民部にかかりあつまった雑兵《ぞうひよう》は、伊那丸《いなまる》のほうへ、バラバラと、かけ集まったが、それよりまえに、咲耶子《さくやこ》が、腰の縄《なわ》を切るがはやいか、伊那丸の手をとって、 「若君。早く早く」  と、よりたかる武者《むしや》二、三人を斬りふせながらせきたてた。  とたんに背《せ》なかから、一人の武者がかぶりついた。伊那丸は身をねじって、ドンと前へ投げつけ、かれのおとした陣刀をひろいとるがはやいか、近よる一人の足をはらって、さらに、咲耶子へ槍《やり》をつけていた武者を斬ってすてた。  すべては一瞬《いつしゆん》の間《あいだ》だった。  伊那丸じしんですら、じぶんでどう動いたかわからない。穴山《あなやま》がたの郎党《ろうどう》も、たがいに目から火をだしての狼狽《ろうばい》だった。そして白熱戦の一瞬がすぎると、だれしも命《いのち》は惜《お》しく、八ぽうへワッと飛びのく。——  ひらかれた中心にあるのは、伊那丸と咲耶子とである。二人は背なかあわせに立って、血ぬられた陣刀と懐剣《かいけん》を二方にきっとかまえている。  目にあまるほどの敵も、|うか《ヽヽ》と近よる者もない。ただわアわアと武者声《むしやごえ》をあげていた。すると、あなたから加勢にきた四天王《してんのう》の足助主水正《あすけもんどのしよう》。 「えい、これしきの敵にひまどることがあろうか」  大身《おおみ》の槍《やり》に行き足つけて、伊那丸《いなまる》の真正面へ、タタタタタッ、とばかりくりだした。  伊那丸の身は、その槍先《やりさき》に田楽刺《でんがくざ》しと思われたが、さッとかわしたせつな、槍は伊那丸の胸をかすって流るること四、五尺。 「あッ」  片足を宙《ちゆう》にあげてのめりこんだ主水正、しまッたと槍をくりもどしたが、時すでに、ズンとおりた伊那丸の太刀《たち》に千|段《だん》を切りおとされて、無念《むねん》、手にのこったのは穂《ほ》をうしなった半分の柄《え》ばかり。 「やッ」  捨鉢《すてばち》に柄を投げつけた。そして陣刀をぬきはらったが、たびたびの血戦になれた伊那丸は、とっさに咲耶子と力をあわせ、いっぽうの雑兵《ぞうひよう》をきりちらして、湖畔《こはん》のほうへ疾風《しつぷう》のようにかけだした。     二  そこには、白旗《しらはた》の宮《みや》のまえから、追いつ追われつしてきた小幡民部《こばたみんぶ》が、穴山《あなやま》の旗本雑兵《はたもとぞうひよう》を八面にうけて、今や必死《ひつし》に斬《き》りむすんでいる。  しかし、小幡民部《こばたみんぶ》は、こうした斬合《きりあい》はごく不得手《ふえて》であった。太刀《たち》をもって人にあたることは、かれのよくすることではない。  けれど、軍配《ぐんばい》をもって陣頭《じんとう》に立てば、孫呉《そんご》のおもかげをみるごとくであり、帷幕《いばく》に計略をめぐらせば、孔明《こうめい》も三|舎《しや》を避ける小幡民部が、太刀打《たちう》ちが下手《へた》だからといっても、けっしてなんの恥ではない。かれの偉《えら》さがひくくなるものではない。民部の本領《ほんりよう》はどこまでも、奇策無双《きさくむそう》な軍学家というところにあるのだから。  だが、それほど智恵《ちえ》のある民部が、なんで、こんな苦しい血戦をみずからもとめ、みずから不得手な太刀を持って斬りむすぶようなことをしたのであろう。なぜ、もっといい機会をねらって、らくらくと伊那丸《いなまる》を救《すく》わないのか。  民部ははじめ、こう考えた。  穴山梅雪《あなやまばいせつ》の領内《りようない》、甲州|北郡《きたごおり》の土地へはいってからでは、伊那丸を助けることはよういであるまい。これはなんでも途中において目的をはたしてしまうのにかぎる。——でかれは、出発にさきだって鞍馬《くらま》の果心居士《かしんこじ》、小太郎山《こたろうざん》の龍太郎《りゆうたろう》、小文治《こぶんじ》などの同志《どうし》へ通牒《つうちよう》をとばしておいた。  ところが、裾野《すその》へかかってきた第一日に、咲耶子《さくやこ》という意外なものがあらわれた。かれは少女のふしぎな行動を見て、ははアこれは伊那丸君《いなまるぎみ》を救おうという者だナ、と直覚したが、なにしろ、梅雪の警固《けいご》には、四天王《してんのう》をはじめ、手ごわい旗本《はたもと》や郎党《ろうどう》が百人近くもついているので、あくまで入道《にゆうどう》をゆだんさせるため、奇計をもって咲耶子《さくやこ》を生けどり、なお、心ひそかに、待つ者がくるひまつぶしに、この湖水までおびきよせたのだ。  ところが、民部《みんぶ》の心まちにしている人々は、いまもってすがたが見えない。——で、いまは最後の手段があるばかりと、途中で咲耶子にもささやいておいたとおりな、驚天《きようてん》動地《どうち》の火ぶたを切ったのである。  致命傷《ちめいしよう》にはなるまいが、怨敵梅雪《おんてきばいせつ》へは、たしかに一《ひと》太刀《たち》手ごたえをくれてあるから、このうえはどうかして、一ぽうの血路をひらき、伊那丸君《いなまるぎみ》をすくいだそうと民部は心にあせった。しかし、まえにも、いったとおり、剣《けん》を持っては万夫不当《ばんぷふとう》のかれではないから、無念《むねん》や、そこへ追われてきた伊那丸と咲耶子のすがたを見ながら、四天王《してんのう》の天野、猪子、佐分利などにささえられて近よることもできない。  それどころか、いまは民部のじぶんがすでにあぶないありさま。  天野刑部《あまのぎようぶ》は月山流《げつざんりゆう》の達者《たつしや》とて、刃渡《はわた》り一|尺《しやく》四|寸《すん》の鉈《なた》薙刀《なぎなた》をふるって|りゅうりゅう《ヽヽヽヽヽヽ》とせまり、佐分利五郎次《さぶりごろうじ》は陣刀せんせんと斬《き》りつけてくる。その一人にも当りがたい民部は、はッはッと火のような息を吐《は》きながら、受けつ、逃げつ、かわしつしていたが、一ぽうは湖《みずうみ》、だんだんと波のきわまで追いつめられて、もうまったく袋《ふくろ》のねずみだ、背水《はいすい》の陣にたおれるよりほかない。 「よしッ、もうこのほうはひきうけた。猪子伴作《いのこばんさく》は伊那丸のほうへいってくれ」 「おお承知《しようち》した」  天野刑部《あまのぎようぶ》の声にこたえた伴作《ばんさく》は、笹穂《ささほ》の槍《やり》をヒラリと返して、一ぽうへ加勢にむかった。ところへ、いっさんにかけだしてきたのは伊那丸《いなまる》と咲耶子《さくやこ》、そうほうバッタリと出会いながら、ものをいわず七、八|合槍《ごうやり》と太刀の秘術《ひじゆつ》をくらべて斬りむすんだが、たちまち、うしろから足助主水正《あすけもんどのしよう》、その他の郎党《ろうどう》が嵐のような勢いで殺到した。  あなたでは民部《みんぶ》の苦戦、ここでは伊那丸と咲耶子が、腹背《ふくはい》の敵にはさみ討ちとされている。二ヵ所の狂瀾《きようらん》はすさまじい旋風《せんぷう》のごとく、たばしる血汐《ちしお》、丁々《ちようちよう》ときらめく刃《やいば》、目も開《あ》けられない修羅《しゆら》の血戦。  三つの命は刻々《こつこく》とせまった。  そのころから、秀麗《しゆうれい》な富士の山肌《やまはだ》に、一|抹《まつ》の墨《すみ》がなすられてきた、——と見るまに、黒雲の帯《おび》はむくむくとはてなくひろがり、やがて風さえ生じて、澄《す》みわたっていた空いちめんにさわがしい色を呈《てい》してきた。  雲《くも》団々《だんだん》、陽《ひ》はたちまち暗く、たちまち、ぱッと明るく、明暗たちどころにかわる空の変化はいちいち下界《げかい》にもうつって、修羅《しゆら》のさけびをあげている湖畔《こはん》の渦《うず》は、しんに凄愴《せいそう》、極致《きよくち》の壮絶《そうぜつ》、なんといいあらわすべきことばもない。  おりしもあれ!  はるか湖水の南岸に、ポチリと見えだした一点の人影。  画面点景《がめんてんけい》の寸馬豆人《すんばとうじん》そのまま、人も小さく馬も小さくしか見えないが、たしかに流星のごときはやさで湖畔《こはん》をはしってくる。それが、空の明るくなった時はくッきりと見え、陽《ひ》がかげるとともに、暗澹《あんたん》たる蘆《あし》のそよぎに見えなくなる。  そも何者?  おお、いよいよ奔馬《ほんば》は近づいてきた。しかもそれは一|騎《き》ではない。あとからつづくもう一騎がある。  いや、さらにまた一騎。  まさしくここへさしてくる者は三騎の勇士だ。そのはやきこと疾風《しつぷう》、その軽きことかける天馬《てんば》かとあやしまれる。     三  わーッ、わーッと湖畔《こはん》にあがったどよみごえ。  さては伊那丸《いなまる》がとらえられたか、咲耶子《さくやこ》が斬られたか、あるいは、小幡民部《こばたみんぶ》がたおれたのであろうか。  いやいや、そうではなかった。——一声《ひとこえ》たかくいなないた駒《こま》のすがたが、忽然《こつねん》とそこへあらわれたがため。  まッ先におどりこんできたのは、高尾の神馬《しんめ》、月毛《つきげ》の鞍《くら》にまたがった加賀見忍剣《かがみにんけん》、例の禅杖《ぜんじよう》をふりかぶって真一文字《まいちもんじ》に、 「やあやあ、お心づよくあそばせや伊那丸《いなまる》さま! 加賀見忍剣、ただいまこれへかけつけましたるぞッ。いでこのうえは穴山《あなやま》一|族《ぞく》のヘロヘロ武者《むしや》ども、この忍剣の降魔《ごうま》の禅杖をくらってくたばれ!」  天雷《てんらい》くだるかの大音声《だいおんじよう》。  むらがる剣《つるぎ》を雑草ともおもわず、押しかかる槍《やり》ぶすまを枯《か》れ木のごとくうちはらって、縦横無尽《じゆうおうむじん》とあばれまわる怪力《かいりき》は、さながら金剛力士《こんごうりきし》か、天魔神《てんまじん》か。  時をおかず、またもやこの一|角《かく》へ、どッと黒鹿毛《くろかげ》の馬首《ばしゆ》をつッこんできたのは、これなん戒刀《かいとう》の名人|木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》、つづいて、朱柄《あかえ》の槍《やり》をとっては玄妙無比《げんみようむひ》な巽小文治《たつみこぶんじ》のふたり。  紫白《しはく》の手綱《たづな》を、左手《ゆんで》に引きしぼり、右手《めて》に使いなれた無反《むぞ》りの一|剣《けん》をひっさげた龍太郎は、声もたからかに、 「それにおいであるのは小幡民部殿《こばたみんぶどの》か。木隠龍太郎、小太郎山《こたろうざん》よりただいまご助勢《じよせい》にかけむかってまいったり。木《こ》ッ葉武者《ぱむしや》どもは、拙者《せつしや》がたしかに引きうけもうしたぞ」  黒鹿毛の蹄《ひづめ》をあげて、無《む》二|無《む》三にかけちらしながら、はやくも鞍上《あんじよう》の高きところより、右に左に、戒刀《かいとう》をふるって血煙《ちけむり》をあげる。 「いかに穴山入道《あなやまにゆうどう》はいずれにある。巽小文治が見参《げんざん》、卑劣者《ひれつもの》よ、いずれにまいったか」  十|方自在《ぽうじざい》の妙槍《みようそう》をひッ抱《かか》え、馬に泡《あわ》をかませながら、乱軍のうちを血眼《ちまなこ》になって走りまわっていたのは小文治である。 「うぬ、小ざかしい、いいぐさ」  その姿をチラと見て、まッしぐらにかけよってきた四天王《してんのう》の猪子伴作《いのこばんさく》は怒喝《どかつ》一番、 「素浪人《すろうにん》ッ」  さッと下から笹穂《ささほ》の槍《やり》を突きあげた。 「おうッ」と横にはらって返した朱柄《あかえ》の槍《やり》。  人交《ひとま》ぜもせずに、一|騎《き》打ちとなった槍《やり》と槍《やり》は、閃光《せんこう》するどく、上々下々、秘練《ひれん》を戦わせていたが、たちまち、朱柄《あかえ》の槍《やり》さきにかかって、猪子伴作《いのこばんさく》は田楽刺《でんがくざ》しとなって、草むらのなかへ投げとばされた。  と、白旗《しらはた》の宮《みや》の裏《うら》から、よろばいだした法師武者《ほうしむしや》がある。こなたの混乱《こんらん》に乗じて、そこなる馬に飛びつくや否《いな》、死にものぐるいであなたへむかって走りだした。  オオそれこそ、さきに一太刀うけて、さわぎのうちにどこかへもぐりこんでいた梅雪入道《ばいせつにゆうどう》ではないか。 「やッ、きゃつめ!」  こなたにあって、天野刑部《あまのぎようぶ》の大《おお》薙刀《なぎなた》と渡りあっていた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》は、奮然《ふんぜん》と、刑部を一刀の下《もと》に斬《き》ってすて、梅雪の跡《あと》からどこまでも追いかけた。  ピシリ、ピシリ、ピシリ! 戒刀《かいとう》の平《ひら》を鞭《むち》にして追いとぶこと一|町《ちよう》、二町、三町……だんだんと近づいて、すでに敵のすがたをあいさることわずかに十七、八|間《けん》。  すると、何者が切ってはなしたのか、梅雪の馬のわき腹へグサと立った一本の矢、いななく声とともに、人もろとも馬はどうと屏風《びようぶ》だおれとなった。  行く手の丘に小高いところがあった。そこの松の切株《きりかぶ》の上に立っていたひとりの武芸者《ぶげいしや》は、いななく馬の声をきくと、弓を小わきに持ってヒラリと飛びおりてきた。   悪入道《あくにゆうどう》の末路《まつろ》     一  征矢《そや》にくるった馬の上から、もんどり打っておとされた穴山梅雪《あなやまばいせつ》は、朱《あけ》にそんだ身を草むらのなかより起すがはやいか、無我夢中《むがむちゆう》のさまで、道もない雑木帯《ぞうきたい》へ逃げこんだ。  しずかなること一瞬《いつしゆん》、たちまち、パパパパパパパッ! と地を打ってきた蹄鉄《ていてつ》のひびき、天馬飛空《てんばひくう》のような勢いをもって乗りつけてきたのは木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》である。怨敵《おんてき》梅雪が道なきしげみへ逃《に》げこんだと見るや、ヒラリと黒鹿毛《くろかげ》を乗りすてて右手《めて》なる戒刀《かいとう》を引ッさげたまま、 「卑怯《ひきよう》なやつ、未練なやつ、一国の主《あるじ》ともあろうものが恥《はじ》を知れや、かえせ梅雪! かえせ梅雪!」  と呼《よ》ばわりながら、身を没《ぼつ》するような熊笹《くまざさ》のなかを追いのぼっていった。  だが、梅雪のほうはそれに耳をかすどころでなく、命《いのち》が助かりたいの一心で、丘のいただき近くまでよじのぼってくると、不意に目の前へ、猿《さる》かむささびか雷鳥《らいちよう》か、上なる岩のいただきから一|足《そく》とびにぱッととびおりてきたものがある。 「あッ」  おびえきっている梅雪の心は、ふたたびギョッとして立ちすくんだけれど、ふと驚異《きようい》のものを見なおすとともに、これこそ天来《てんらい》のすくいか、地獄《じごく》に仏《ほとけ》かとこおどりした。それはたくましい重籐《しげどう》の弓を小わきに持った若い、そしてりんりんたる武芸者《ぶげいしや》であるから。  梅雪は本能的《ほんのうてき》にさけんだ。 「おおよいところで! 余《よ》は甲州|北郡《きたごおり》の領主《りようしゆ》穴山梅雪《あなやまばいせつ》じゃ、いまわしのあとより追いかけてくる裾野《すその》の盗賊《とうぞく》どもを防いでくれ、この難儀《なんぎ》を救《すく》うてくれたら、千|石《ごく》二千|石《ごく》の旗本にも取り立て得させよう。いいや恩賞は望みしだい!」 「さては遠くから見た目にたがわず、そのほうが穴山梅雪入道か」 「かかる姿をしているからとて疑うな、余《よ》がその梅雪にちがいないのじゃ、そちが一生の出世《しゆつせ》の蔓《つる》は、いまとせまったわしの危急《ききゆう》を救《すく》ってくれることにあるぞ」 「だまれ、やかましいわいッ」わかき武芸者《ぶげいしや》は、その頬《ほお》ぺたをはりつけんばかりにどなりつけて、 「音にひびいた甲州の悪入道。よしやどれほどの宝《たから》を捧《ささ》げてこようと、なんで汝《なんじ》らごとき犬侍《いぬざむらい》のくされ扶持《ぶち》をうけようか、たいがいこんなことであろうと、汝《なんじ》の逃足《にげあし》へ遠矢を射《い》たのはかくもうすそれがしなのだ」 「げッ、さてはおのれも」  絶望、驚愕《きようがく》、憤怒《ふんぬ》!  奈落《ならく》へ突きのめされた梅雪は、あたかも虎穴《こけつ》をのがれんとして、龍淵《りゆうえん》におちたような破滅《はめつ》とはなった。もうこのうえはいちかばちか、命《いのち》はただそれ自分をたのむことにあるのみだ。 「うーム。ようもじゃま立てをいたしたな! 老《お》いたりといえども穴山梅雪《あなやまばいせつ》、その素《そ》ッ首をはねとばしてくれよう」 「ハハハハハハ、片腹《かたはら》いたい臆病者《おくびようもの》の|たわ言《ヽヽごと》こそ、あわれあわれ、もう汝《なんじ》の天命は、ここにつきているのだ、男らしく観念してしまえ」 「エエ、いわしておけば」  死身《しにみ》の勇を奮《ふる》いおこした梅雪の手は、かッと、陣刀の柄《つか》に鳴って、あなや、皎刀《こうとう》の鞘《さや》ばしッて飛びくること六、七|尺《しやく》! オオッとばかり、武芸者《ぶげいしや》のまッこうのぞんで斬り下げてきた。 「笑止《しようし》や、蟷螂《とうろう》の斧《おの》だ」  ニヤリと笑った若き武芸者は、さわぐ気色《けしき》もなく身をかわして、左手《ゆんで》に持った弓の弦《つる》がヒューッと鳴るほどたたきつけた。 「あッ」と梅雪は二の太刀を狂わせ、熊笹《くまざさ》の根につまずいてよろよろとした。 「老いぼれ」  すかさずその襟《えり》がみをムズとつかんだ武芸者は、その時ガサガサと丘の下からかけあがってくる木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》の姿《すがた》をみとめた。 「あいや、それへおいであるのは、武田伊那丸君《たけだいなまるぎみ》のお身内《みうち》でござらぬか」 「オオ!」  びっくりして、高き岩頭をふりあおいだ龍太郎は、見なれぬ武芸者《ぶげいしや》のことばをあやしみながら、 「いかにも、伊那丸さまのお傅人《もりびと》、木隠龍太郎という者でござるが、もしや、貴殿《きでん》は、このなかへ逃げこんだ血まみれなる法師武者《ほうしむしや》のすがたをお見かけではなかったか」 「その入道なれば、わざわざこれまでお登りなさるまでもないこと」 「や! では、そこにおさえているやつが?」 「オオ、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》が伊那丸君へ、初見参《ういげんざん》のごあいさつがわりに、ただいまそれへおとどけもうすでござろう」  いうかと思えば、若き武芸者——それはかの近江《おうみ》の住人山県蔦之助——カラリと左手の弓を投げすてて、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》の体に双手《もろて》をかけ、なんの苦もなくゆらッとばかり目の上にさしあげて、 「それ、お受けあれや龍太郎どの!」声と一しょに梅雪の体を、丘《おか》の下へ、投げとばしてきた。     二  スポーンと紅葉《こうよう》の茂《しげ》りへおちた梅雪《ばいせつ》のからだは、鞠《まり》のごとくころがりだして、土とともに、ゴロゴロと熊笹《くまざさ》の崖《がけ》をころがってきた。龍太郎《りゆうたろう》は、心得たりと引ッつかんで、さらに上なる人をあおぎながら、 「山県蔦之助《やまがたつたのすけ》どのとやら、まことにかたじけのうござった。そもいかなるお人かぞんじませぬが、おことばに甘えて初見参《ういげんざん》のお引出《ひきで》もの、たしかにちょうだいつかまつった。お礼《れい》は伊那丸《いなまる》さまの御前にまいったうえにて」 「拙者《せつしや》もすぐあとよりつづきますゆえ、なにぶん、君へのお引合わせを」 「委細承知《いさいしようち》、はや、まいられい!」  ヘトヘトになった梅雪を小わきにかかえた龍太郎は、さっき乗りすててきた駒《こま》のところへと、いっさんにかけおりていった。  と、同時に、上からも身軽《みがる》にヒラリヒラリと飛びおりてきた蔦之助。  龍太郎は、黒鹿毛《くろかげ》にまたがって、鞍壺《くらつぼ》のわきへ、梅雪をひッつるし、一鞭《ひとむち》くれて走りだすと、山県蔦之助も、遅《おく》れじものと、つづいていく。  一ぽう、白旗《しらはた》の宮《みや》の前では、穴山《あなやま》の郎党《ろうどう》たちは、すでにひとりとして影を見せなかった。そこには凱歌《がいか》をあげた忍剣《にんけん》、小文治《こぶんじ》、民部《みんぶ》、咲耶子《さくやこ》などが、あらためて、伊那丸を宮の階段《かいだん》に腰かけさせ、無事をよろこんでほッと一息ついていた。人々のすがたはみな、紅葉《もみじ》を浴《あ》びたように、点々の血汐《ちしお》を染《そ》めていた。勇壮といわんか凄美《せいび》といわんか、あらわすべきことばもない。  なかでも忍剣《にんけん》は、疲れたさまもなく、なお、綽々《しやくしやく》たる余裕《よゆう》を禅杖《ぜんじよう》に見せながら、 「木《こ》ッ葉《ぱ》武者はどうでもよいが、当《とう》の敵たる穴山入道《あなやまにゆうどう》を討《う》ちもらしたのは、かえすがえすもざんねんであった。いったいきゃつはどこにうせたか」 「たしかにここで拙者《せつしや》が一太刀くれたと思いましたが」  と小幡民部《こばたみんぶ》も、無念《むねん》なていに見えたけれど、伊那丸《いなまる》はあえて、もとめよともいわず、かえって、みなが気のつかぬところに注意をあたえた。 「それはとにかく龍太郎《りゆうたろう》のすがたが、このなかに見えぬようであるが、どこぞで、傷手《いたで》でもうけているのではあるまいか」 「お、いかにも龍太郎どのが見えぬ」  一同は入りみだれて、にわかにあたりをたずねだした。すると、咲耶子《さくやこ》は耳ざとく駒《こま》の蹄《ひづめ》を聞きつけて、 「みなさまみなさま。あなたからくるおかたこそ龍太郎さまにそういござりませぬ。オオ、なにやら鞍《くら》わきにひッつるして、みるみるうちにこれへまいります」 「や! ひッさげたるは、たしかに人」 「穴山梅雪《あなやまばいせつ》?」 「オオ、梅雪をつるしてきた」 「龍太郎《りゆうたろう》どの手柄《てがら》じゃ、でかしたり、さすがは木隠《こがくれ》」  口々にさけびながらかれのすがたを迎えさわぐなかにも、忍剣《にんけん》は、ほとんど児童《わらべ》のように狂喜《きようき》して、あおぐように手をふりながらおどりあがっている——と見るまに、それにもどってきた龍太郎は、どんと一同のなかへ梅雪《ばいせつ》をほうりやって、手綱《たづな》さばきもあざやかに鞍《くら》の上から飛びおりた。 「それッ」  待ちかまえていた一同の腕は、期《き》せずして、梅雪のからだにのびる。いまはいやも応《おう》もあらばこそ、みにくい姿をズルズルと伊那丸《いなまる》のまえへ引きだされてきた。  民部《みんぶ》は、その襟《えり》がみをつかんで、 「入道ッ、面《おもて》をあげろ」と、いった。 「むウ……ム、残念だッ」  穴山梅雪《あなやまばいせつ》は眉間《みけん》を一《ひと》太刀《たち》割られているうえに、ここまでのあいだに、いくどとなく投げられたり鞍壺《くらつぼ》にひッつるされたりしてきたので、この世の者とも見えぬ顔色になっていた。     三 「まて民部、手荒《てあら》なことをいたすまい」  もっともうらみ多きはずの伊那丸が、意外にもこういったので、民部も忍剣も、意外な顔をした。  伊那丸《いなまる》はしずかに、階段《かいだん》からおりて、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》の手をとり、宮の板縁《いたえん》へ迎えあげて、礼儀ただしてこういった。 「いかに梅雪、いまこそ迷夢《めいむ》がさめたであろう、わしのような少年ですら、甲斐源氏《かいげんじ》を興《おこ》さんものと、ひたすら心をくだいているのに、いかにとはいえ、二十四将の一人に数えられ、武田家《たけだけ》の血統《ちすじ》でもある其許《そこもと》が、あかざる慾のためにこのみにくき末路《まつろ》はなにごと。それでも甲州武士《こうしゆうぶし》かと思えば情けなさに涙がこぼれる。いざ! このうえはいさぎよく自害して、せめて最期《さいご》を清うし、末代未練《まつだいみれん》の名を残さぬようにいたすがよい」 「ええうるさいッ」梅雪はもの狂わしげに首をふって、——「余《よ》に自害《じがい》せいとぬかすか、バカなことを!」 「なんと、もがこうが、すでに天運のつきたるいま、のがれることはなるまいが」 「なろうとなるまいと、汝《なんじ》らの知ったことか。こりゃ伊那丸、縁《えん》からいえば汝の父|勝頼《かつより》の従弟《いとこ》、年からいっても長上《めうえ》にあたるこの梅雪に、刃《やいば》を向ける気か、それこそ人倫《じんりん》の大罪じゃぞ」 「それゆえにこそこのとおり、礼をただして迎え、自害をすすめ、本分をとげさせんといたすものを、さりとは未練《みれん》なことば」 「いや、もう聞く耳もたぬ」 「では、どうあっても自害せぬか」 「いうまでもない。余は汝《なんじ》らの命《めい》によって、死ぬわけがない。死ぬるのはいやだ!」 「アア、救《すく》いがたき卑劣者《ひれつもの》——」  伊那丸《いなまる》は空をあおいで長嘆《ちようたん》してのち、 「このうえはぜひもない……」とつぶやくのを聞いた梅雪《ばいせつ》は、伊那丸の命令がくだらぬうち、先《さき》をこして、やにわに鎧《よろい》どおしをひき抜き、 「童《わつぱ》ッ! 冥途《めいど》の道づれにしてくれる」  猛然《もうぜん》とおどりかかッて、伊那丸の胸板《むないた》へ突いていったが、ヒラリとかわして凜々《りんりん》たる一喝《いつかつ》の下《もと》。 「悪魔ッ」  パッと足もとをはらうと見るまに、五体をうかされた梅雪は、板縁《いたえん》の上から輪《わ》をえがいて下へ落とされた。 「人非人《にんぴにん》、斬ってしまえッ!」伊那丸の命令一下に、 「はッ」  声におうじてくりだした巽小文治《たつみこぶんじ》の朱柄《あかえ》の槍《やり》、梅雪の体が地にもつかぬうちにサッと突きあげ、ブーンと一ふりふってたたき落とした。そこをまた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》の一刀に、梅雪の首は、ゴロリと前に落ちた。 「それでよし、死骸《しがい》は湖水の底へ」  板縁に立って、伊那丸はしずかに目をふさいでいう。  折から山県蔦之助《やまがたつたのすけ》もかけつけた。あらためて伊那丸《いなまる》に志《こころざし》をのべ、一同にも引きあわされて、一党《いつとう》のうちへ加わることになった。  ポツリ、ポツリ、大粒《おおつぶ》の雨がこぼれてきた。空をあおげば団々《だんだん》のちぎれ雲が、南へ南へとおそろしいはやさで飛び、たちまち、灰色の湖水がピカリッ、ピカリッと走ってまわる稲妻《いなずま》のかげ。  濛々《もうもう》たる白い幕《まく》が、はるか裾野《すその》の一角《いつかく》から近づいてくるなと見るまに、だんだんに野《の》を消し、ながき渚《なぎさ》を消し、湖水を消して、はや目の前まできた。と思う間もあらせず、ザザザザザザザアーッと盆《ぼん》をくつがえすという、文字どおりな大雨《たいう》の襲来《しゆうらい》。  めでたく穴山梅雪《あなやまばいせつ》を討《う》ちとりはしたが、離散《りさん》して以来のつもる話もあるし、これからさきのそうだんもある折から、爽快《そうかい》なる大雨《たいう》の襲来は、ちょうどいい雨宿《あまやど》りであろうと、一同は、白旗《しらはた》の宮《みや》のあれたる拝殿《はいでん》に入り、そして伊那丸《いなまる》を中心に、しばらく四方《よも》の物語にふけっていた。   自然城《しぜんじよう》・小太郎山《こたろうざん》     一  武州《ぶしゆう》高尾《たかお》の峰《みね》から、京は鞍馬山《くらまやま》の僧正谷《そうじようがたに》まで、たッた半日でとんでかえったおもしろい旅の味《あじ》を、竹童《ちくどう》はとても忘れることができない。  果心居士《かしんこじ》のまえに、首尾《しゆび》よくすましたお使いの復命《ふくめい》をしたのち、その晩、寝床《ねどこ》にはいったけれども、からだはフワフワ雲の上を飛んでいるような心地、目には、琵琶湖《びわこ》だの伊吹山《いぶきやま》だの東海道の松並木《まつなみき》などがグルグル廻って見えてきて、いくら寝《ね》ようとしても寝られればこそ。 「アアおもしろかったなア、あんな気持のいい思いをしたのは生まれてはじめてだ。お師匠《ししよう》さまは意地悪だから、なかなか飛走の術《じゆつ》なんか教えてくれないけれど、おいらにクロという飛行|自在《じざい》な友だちができたから、もう飛走の術なんかいらないや。それにしても今夜はクロはどうしているだろう……天狗《てんぐ》の腰掛松《こしかけまつ》につないできたんだけれど、あそこでおとなしく寝ているかしら、きっとおいらの顔を見たがって啼《な》いてるだろうナ。アアもう一ど、クロの背《せ》なかへ乗ってどこかへ遊びにゆきたい……」 「竹童《ちくどう》竹童」となりの部屋《へや》で果心居士の声がする。 「ハイ」 「ハイじゃあない、なにをこの夜中にブツブツ寝言《ねごと》をいっている。なぜ早く寝ないか」 「ハイ」  竹童はそら鼾《いびき》をかきだしたが、心はなかなか休まらないで、いよいよ頭脳明晰《ずのうめいせき》になるばかりだ。 「ハハア、竹童のやつめ、鷲《わし》の背なかで旅をした味《あじ》をしめて、なにか心にたくらみおるな。よしよし明日《あす》はひとつなにかでこらしておいてやろう」  いながらにして百里の先をも見とおす果心居士《かしんこじ》の遠知の術《じゆつ》、となりの部屋《へや》に寝ている竹童《ちくどう》のはらを読むぐらいなことはなんでもない。  とも知らず、夜が明けるか明けないうちに、亀《かめ》の子《こ》のようにムックリ寝床から首をもたげだした竹童、 「しめた! お師匠《ししよう》さまはあのとおりな鼾《いびき》、いくらなんでも寝ているうちのことは気がつくまい。どれ、今のうちにおいらの羽をのばしてこようか」  ほそっこい帯《おび》をチョコンとむすび、例の棒切《ぼうき》れを腰にさして、ゆうべ食べのこした木《き》の芽団子《めだんご》をムシャムシャほおばりながら、猿《さる》のごとく荘園《そうえん》をぬけだした。  そのはやいことは、さながら風!  空にはまだ有明けの月があった。あっちこっちの岩穴《いわあな》からムクムクと白いものを噴《ふ》いている、朝《あさ》の霧《きり》である。竹童のあわい影が平地《へいち》から崖《がけ》へ、崖《がけ》から岩へ、岩から渓流《けいりゆう》へと走っていくほどに、足音におどろかされた狼《おおかみ》や兎《うさぎ》、山鳥などが、かれの足もとからツイツイと右往左往《うおうざおう》に逃げまわる。  いつもの竹童ならば、こんな場合、すぐ狼を手捕りにする、兎を渓流のなかへほうりこむ。とてもいたずらをして道草するのだが、きょうはどうしてそれどころではない。なにしろこれからお師匠《ししよう》さまの朝飯となるまでに、日本国じゅうの半分もまわってこようという勢いなのだから。 「やアどうしたんだろう、いない! いない!」  やがて、瘤《こぶ》ケ峰《みね》のてッぺんにある、天狗《てんぐ》の腰掛松《こしかけまつ》の下にたった竹童《ちくどう》は、素《す》ッ頓狂《とんきよう》な声をだしてキョロキョロあたりを見まわしていた。 「おかしいな、きのうかえってから、この松の木の根ッこへあんな太い縄《なわ》でしばっておいたのに、どこへとんでッちゃったのだろう」  がっかりして、しばらくあっちこっちをうろうろした竹童は、とうとう目から大粒《おおつぶ》の涙《なみだ》をポロリポロリとこぼしながら、あかつきの空にむかって声いッぱい! 「クロクロクロクロ。クロクロクロクロクロ」  それでも影を見せてこないので、かれはグンニャリとなり、天狗の腰掛松へよりかかってしまったが、ふとこのあいだ居士《こじ》が扇子《せんす》をなげて鷲《わし》を呼びよせた幻術《げんじゆつ》をおもいだし、 「よし、おいらもあの術をまねしてみよう」  竹童はもう目の色かえて一心である。呪文《じゆもん》はわからないが、腰の棒切れをぬき、一念こめて、エエイッと気合《きあい》を入れて虚空《こくう》へ投げる。  棒はツツツと空へ直線をえがいてあがった。 「やア、奇妙《きみよう》奇妙」竹童は嬉《うれ》しさのあまり、手をたたき、踊りをおどって狂喜した。  と見る、谷をへだてたあなたから、とんでくるのはクロではないか、間《あい》の谷《たに》を、わずか二つ三つの羽ばたきでさっとくるなり、投げあげられた棒切れを、パクリとくわえて、かれのそばまで降りてきた。竹童《ちくどう》が有頂天《うちようてん》となったのもむりではない。     二  まもなく、かれはゆうべの夢を実行して、京から大阪《おおさか》、大阪から奈良《なら》の空へと遊びまわっている。町も村も橋も河も、まるで箱庭《はこにわ》のような下界《げかい》の地面がみるみるながれめぐってゆく。そのあげくに、ふと思いついたのは、おととい忍剣《にんけん》のいったことばである。 「オオそうだ、なんでもきょうあたりは、富士《ふじ》の裾野《すその》に大そうどうがあるはずだ。おいらはまだ生まれてから戦《たたか》いというものをみたことがない。これから一つ裾野までとんでいって、勇ましいところを空から見物してやろう」  つねづね、果心居士《かしんこじ》からよくお叱言《こごと》ばかりいただいているくせに、竹童はもう鞍馬山《くらまやま》へ帰るのもわすれて、こんな大望《たいもう》をおこした。思いたっては、矢《や》も楯《たて》もたまらないかれだった。すぐその足で、富士の姿《すがた》を目あてに鷲《わし》をとばした。いかなる名馬で地を飛ぶよりも、こうして空中を自由に飛行する快味は、まるでじぶんがじぶんでなく、生きながら、神か仙人《せんにん》になったような愉快《ゆかい》さである。——だが、ここまできたときとちがって、鷲はそれから先|一向《いつこう》竹童の自由にならない。富士の裾野とは方角《ほうがく》ちがいな、北へ北へと向かって、勝手に雲をぬってとぶ。 「やい、クロ。そんなほうへいくんじゃない、こらッ、こらッ、こらッ!」  竹童はあわてて、いくどもいくども、方向をかえようとしたが、さらにききめがなく、地上へもどらんとしても、いつものようにスラスラと降《お》りてもくれない。ああいったいこれはどうしたことだ。 「チェーッ、畜生《ちくしよう》、畜生、畜生」  かれはクロの上でかんしゃくをおこし、じれだし、最後にベソをかきだした。  そもそも今日《きよう》は竹童《ちくどう》にとっていかなる悪日《あくび》か、ベソをかくことばかり突発する日だ。しかし、そう気がついてももうおそい、いくら泣いてもわめいても、鷲《わし》に一身をたくして雲井の高きにある以上、クロの翼《つばさ》がつかれて、しぜんに大地へ降りるのをまつよりほかはない。それはまだよかったが、泣き面《つら》に蜂《はち》、つづいておそるべき第二の大難が起ってきた。  すでに今朝から陰険《いんけん》な相《そう》をあらわしていた空は、この時になって、いっそうわるい気流となり、雷鳴《らいめい》とともに密雲の層《そう》はだんだんとあつくなって、呼吸《いき》づまるような水粒《すいりゆう》の疾風《しつぷう》が、たえず、さっさつとぶっつかってきた。  そして、鷲《わし》が雲より低くいくときは、滝のごとき雨が竹童の頭からザッザとあたり、上層《じようそう》の雲にはいるときは白濛々《はくもうもう》の夢幻界《むげんかい》にまよい、髪《かみ》の毛も爪《つめ》の先も、氷となって折れるような冷寒《れいかん》をかんじる。しかも、クロはこの難行苦行《なんぎようくぎよう》にも屈《くつ》する色なく、なおとぶことは稲妻《いなずま》よりもはやい。  すると漠々《ばくばく》たる雲の海から、黒い山脈の背骨《せぼね》が|もっこり《ヽヽヽヽ》と見えだした。竹童はどうにかして、ここから降りようと苦策《くさく》を案じ、いきなり手をのばして鷲《わし》の両眼をふさいでしまった。  人間でも目をふさいでは歩けないから、こうしてやったらきっと止《と》まるだろうという、竹童《ちくどう》が必死《ひつし》の名案《めいあん》、はたせるかな鷲《わし》もおどろいたさまで、糸目のくるった凧《たこ》のようにクルクルッとめぐりまわりだした。かれの計略《けいりやく》が図《ず》にあたって急に元気よく、 「もうこっちのものだぞ、しめた、しめた」  とよろこんだが、あわれそれも束《つか》の間《ま》。  たちまち鳴りはためいた雷《いかずち》が、かれの耳もとをつんざいた一せつな、下界《げかい》にあっては、ほとんどそうぞうもつかないような朱電《しゆでん》が、ピカッピカッと、まつげのさきを交錯《こうさく》したかと思うまもあらばこそ。 「あッ」  といった竹童のからだは、おそるべき稲妻《いなずま》の震力《しんりよく》にあって、鷲の背なかからひッちぎられた、そしてまッさかさまとなって、いずことも知れぬ下へ一直線におちていくなと見る間《ま》に——追いすがった鷲の嘴《くちばし》は、いきなりパクリと竹童の帯《おび》をくわえ、|わら《ヽヽ》か小魚《こうお》でもさらっていくように、そのまま、模糊《もこ》とした深岳《しんがく》の一|角《かく》へ、ななめさがりにかけりだした。     三 「ア痛《いた》、アイタタタッ……」  跛《びつこ》をひきながら、草むらよりころげだしたのは竹童《ちくどう》である。地上二、三十|尺《しやく》のところまできて、ふいに鷲《わし》の嘴《くちばし》からはなされたのだ。  これが尋常《じんじよう》の者なら、悩乱悶絶《のうらんもんぜつ》はむろんのこと、地に着かぬうちに死んでいるべきだが、山気《さんき》をうけた一種の奇童《きどう》、三歳児《みつご》のときから果心居士《かしんこじ》にそだてられて、初歩の幻術《げんじゆつ》や浮体《ふたい》の秘法《ひほう》ぐらいは、多少心得ている竹童なればこそ、五体の骨をくだかなかった。 「オオ痛《いた》い。クロの野郎《やろう》め、おいらがあんなにかあいがってやるのに、よくも恩人をこんな目にあわせやがッたな、アア痛《いた》、痛《いた》、痛《いた》、畜生《ちくしよう》畜生、どうするか覚えていろ!」  腰骨をさすりながら、ふと後ろをふりかえって見ると、なんとにくいやつ、すぐじぶんのそばに、すました顔で、翼《つばさ》をやすめているではないか。 「けッ、癪《しやく》にさわる!」  竹童はいきなり帯《おび》の棒切《ぼうき》れをひッこ抜《ぬ》き、クロをねらってピュッと打ってかかる。と、鷲も猛鳥の本性《ほんしよう》をあらわして、ギャッとばかり、竹童の頭から一つかみと爪《つめ》をさかだってきた。 「こいつめッ、生意気《なまいき》においらにむかってくる気だな」  とかんしゃくすじを立てた勢いで、ブーンと棒を横なぐりにはらいとばすと、こはいかに、鷲の片足が、ムンズとのびて竹童の胸をつかみ、 「これ竹童、なにが生意気なのじゃ」とにらみつけた。 「あッ、あなたはお師匠《ししよう》さま?」  さらぬだに目玉の大きい竹童《ちくどう》が、瞳《ひとみ》をみはってあきれ返った。なんと、鷲《わし》とおもって打っていたのは、鞍馬《くらま》におるはずのお師匠《ししよう》さま、果心居士《かしんこじ》ではないか。  ふしぎ、ふしぎ。かれは天空から落ちたときよりぎょうてんして、からだを石のようにこわくさせ、口もきけず、逃げもできず、ややしばらくというもの、そこにモジモジとしていたが、ガラリと棒切《ぼうき》れをすてて、地べたへ額《ひたい》をすりつけてしまった。 「お師匠さま。わたしがわるうござりました。どうぞごかんべんあそばしくださいまし」 「びっくりしたか、どうじゃ悪いことはできないものであろう」  居士は、ニヤリと笑って、足もとの岩へ腰をおろした。 「まったくこんな胆《きも》をつぶしたことはございません。これからけっしてお師匠さまにむだんで遠くへまいりませんから、どうかおゆるしくださいまし」 「よしよし、仕置《しおき》はさんざんすんでいるのじゃから、もうこのうえのこごとはいうまい」 「エ、じゃアとんでくるうちに、あんな目にあわしたのもお師匠さまでしたか。エ、お師匠さま。どうして人間が鷲になんかになってとべるのでしょう?」 「ソレ、ゆるすといえばすぐにまた甘えてくる。さようなことはどうでもよい、おまえにはまた一ついいつけることがある。ほかでもないが、これから富士《ふじ》の人穴《ひとあな》へいって、そこに住みおる和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》という賊《ぞく》のかしらに会うのじゃ。しかし容易《ようい》なことでは、かれにうたがわれるから、あくまでおまえは子供らしく、いざとなったらかくかくのことをもうしのべろ……」  と居士《こじ》はあかざの杖《つえ》をもって、なにかこまごまと書いて示したりささやいたりして旨《むね》をふくませたのち、 「よいか、そこで呂宋兵衛《るそんべえ》が、うまうまとこちらのことばに乗ったとみたら、そくざに、五湖の白旗《しらはた》の宮《みや》におわす、武田伊那丸君《たけだいなまるぎみ》その余《よ》のかたがたにおしらせするのじゃ、なかなか大役であるからばかにしないでつとめなければなりませんぞ」 「かしこまりました。ですけれどお師匠《ししよう》さま」 「鷲《わし》がいないというのであろう。いまほんもののクロを呼んでやるから、しばらくそのへんにひかえていなさい」 「ハイ」  竹童《ちくどう》はそこでやっと落着いて、あたりの景色《けしき》を見直した。ところでここはいったいどこの何山だろう?  いま、さしもの豪雨《ごうう》もやんで、空は瑠璃《るり》いろに澄《す》んできたが、眼下ははてしもない雲の海だ。それからおしてもここはかなりの高地にちがいないが、この山そのものがあたかも天然《てんねん》の一|城廓《じようかく》をなして、どこかに人工のあとがある。  すると、コーン、コーン、コーンと深いところで石でも切るような音。と思えば、ザザザザーッと谷をけずるような響《ひび》きもしてきた。竹童はこの深山に妙《みよう》だなと思いながら、なにごころなくながめまわしてくると、天斧《てんぷ》の石門《せきもん》、蜿々《えんえん》とながき柵《さく》、谷には棧橋《さんばし》、駕籠渡《かごわた》し、話にきいた蜀《しよく》の桟道《さんどう》そのままなところなど、すべてはこれ、稀代《きたい》な築城法《ちくじようほう》の人工《じんこう》を加味した天嶮無双《てんけんむそう》な自然城《しぜんじよう》だ。 「これはすてきもないところだナ、いったいなんのためにこんな砦《とりで》があるのだろう」  竹童《ちくどう》はふしぎな顔をして、もとのところへ帰ってきてみると、いつのまにか、ほんもののクロが居士《こじ》のそばにちゃんとひかえている。 「竹童、早々《そうそう》したくをしていかねばならぬ。用意はできているか」 「ハイいつでもかまいません。けれどお師匠《ししよう》さま、でがけにひとつうかがいたいことがございます」 「そんなことをいってるまに時刻がたつ」 「いいえ、たった一言《ひとこと》、いったいここはどこの何山で、だれのもっている砦《とりで》でございましょうネ」 「おまえなどは知らないでもいいことだが、お使いをする褒美《ほうび》として聞かしてやろう。ここは甲斐《かい》と信濃《しなの》と駿河《するが》の堺《さかい》、山の名は小太郎山《こたろうざん》」 「え、小太郎山」 「砦にこもる御方《おんかた》はすなわち武田伊那丸《たけだいなまる》さまだ」 「えッ、ここがあの小太郎山で、伊那丸さまの立てこもる根城《ねじろ》となるのでございますか」  ふかいわけはわからないが、竹童《ちくどう》はそう聞いて、なんとなく、胸おどり血わいて、じぶんも、甲斐源氏《かいげんじ》の旗上げにくみする一人であるように勇《いさ》みたった。   奇童《きどう》と怪賊問答《かいぞくもんどう》     一  富士《ふじ》の裾野《すその》に、数千人の野武士《のぶし》をやしなっていた山大名《やまだいみよう》の根来小角《ねごろしようかく》は亡《ほろ》びてしまった。しかし、野盗《やとう》の巣《す》である人穴《ひとあな》の殿堂《でんどう》はいぜんとして、小角の滅亡後《めつぼうご》にも、かわっている者があった。すなわち、和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》という怪人《かいじん》である。  あれほどしたたかな小角が、どうして亡《ほろぼ》されたかといえば、じぶんの腹心とたのんでいた呂宋兵衛にうらぎられたがため、——つまり飼《か》い犬《いぬ》に手をかまれたのと同じことだ。  呂宋兵衛というのは、仲間《なかま》の異名《いみよう》である。  かれは、和田門兵衛《わだもんべえ》という、長崎からこの土地へ流れてきた南蛮《なんばん》の混血児《あいのこ》であった。右の腕には十字架《じゆうじか》、左の腕には呂宋文字《るそんもじ》のいれずみをしているところから、野武士《のぶし》の仲間《なかま》では門兵衛を呂宋兵衛とよびならわしていた。また碧瞳紅毛《へきどうこうもう》、金《きん》蜘蛛《ぐも》のようなこの魁偉《かいい》な容貌《ようぼう》にも、呂宋兵衛の名のほうがふさわしかった。  呂宋兵衛は富士の人穴《ひとあな》へきてから、たちまち小角《しようかく》の無二《むに》の者となった。かれの父が、南蛮人《なんばんじん》のキリシタンであったから、呂宋兵衛もはやくから修道者《イルマン》となり、いわゆる、切支丹流《キリシタンりゆう》の幻術《げんじゆつ》をきわめていた。小角はそこを見こんで重用した。  しかし根《ね》が邪悪《じやあく》な呂宋兵衛は、たちまちそれにつけあがって陰謀《いんぼう》をたくらみ、策《さく》をもって、小角を殺し、配下《はいか》の野武士《のぶし》を手なずけ、人穴の殿堂《でんどう》を完全に乗っ取ってしまった。  小角のひとり娘の咲耶子《さくやこ》は、あやうく父とともに、かれの毒手《どくしゆ》にかかるところだったが、節《せつ》を変《か》えぬ七、八十人の野武士もあって、ともに裾野《すその》へかくれた。そしていかなる苦しみをなめても、呂宋兵衛をうちとり、小角の霊《れい》をなぐさめなければならぬと、毎日|広野《こうや》へでて、武技《ぶぎ》をねり、陣法の工夫《くふう》に他念《たねん》がなかった。  ——その健気《けなげ》な乙女《おとめ》ごころを天もあわれんだものか、彼女はゆくりなくも、きょう伊那丸《いなまる》と一党《いつとう》の人々に落ちあうことができた。  かつて、伊那丸が人穴の殿堂にとらわれたときに、咲耶子のやさしい手にすくわれたことがある。いや、そんなことがなくっても、思いやりのふかい伊那丸と、侠勇勃々《きようゆうぼつぼつ》たる一党の勇士たちは、かならずや、咲耶子の味方となることを辞《じ》せぬであろう。  一ぽう、山大名の呂宋兵衛は裾野《すその》へかくれた咲耶子の行動にゆだんせず、毎日十数人の諜者《ちようじや》をはなっている。  きょうも、途中雷雨にあって、ズブぬれとなりながら野馬《のうま》をとばして人穴へかえってきた三人の諜者《ちようじや》は、すぐ呂宋兵衛《るそんべえ》のまえへでて、五湖のあたりにおこった急変を注進《ちゆうしん》した。 「おかしら、一大事でございます」 「なに、一大事だ」  身はぜいたくをしているが、心にはたえず不安のある呂宋兵衛は、琥珀《こはく》の盃《さかずき》を手からおとし、さらに、諜者《ちようじや》のさぐってきたちくいち——伊那丸《いなまる》と咲耶子《さくやこ》のうごきを聞くにおよんで、その顔色はいちだんと恐怖的《きようふてき》になった。 「むウ、ではなにか、武田伊那丸のやつらが、穴山梅雪《あなやまばいせつ》を討《う》ちとり、また湖水の底から宝物《ほうもつ》の石櫃《いしびつ》を取りだしたというのか。あのなかの御旗楯無《みはたたてなし》は、とッくにこっちで入れかえて、売りとばしてしまったからいいようなものの、それと知ったら、伊那丸のやつも咲耶子も、一しょになってここへ押しよせてくることは必定《ひつじよう》だ。こいつは大敵、ゆだんがならねえ、すぐ手配《てくば》りして、要所《ようしよ》要所を厳重《げんじゆう》にかためろ」  立ちあがって、わめくようにいいつけた時、石門から取次ぎを受けた野武士《のぶし》のひとりが、ばらばらと進んできて口ぜわしく、 「おかしらへ申しあげます。ただいま、一の門へ、穴山梅雪の残党《ざんとう》が二、三十人まいって、ぜひお願いがあるといってきましたが、どうしたものでございましょうか」 「穴山の残党なら、湖畔《こはん》で伊那丸のために討ちもらされた落武者《おちむしや》だろう。こんなときには、少しのやつも味方の端《はし》だ。そのなかからおもだった者だけ二、三人とおしてみろ」 「承知《しようち》しました」  とひッ返した手下の者は、やがて、殿堂《でんどう》の広間へ、ふたりの武士をあんないしてきた。呂宋兵衛《るそんべえ》は上段の席から鷹揚《おうよう》にながめて、 「富士浅間《ふじせんげん》の山大名和田門兵衛《やまだいみようわだもんべえ》は身どもでござるが、おたずねなされたご用のおもむきは?」 「さっそくのご会見、かたじけのうぞんじます。じつは拙者《せつしや》は、穴山《あなやま》の四天王《してんのう》足助主水正《あすけもんどのしよう》ともうしまする者」 「また某《それがし》は、佐分利《さぶり》五郎次でござる、すでにごぞんじであろうが、ざんねんながら、伊那丸与党《いなまるよとう》の奸計《かんけい》にかかり、主君の梅雪《ばいせつ》は討《う》たれ、われわれ四天王《してんのう》のうちたる天野《あまの》、猪子《いのこ》の両名まであえなき最期《さいご》をとげました」 「その儀《ぎ》はいま、手下の者からもくわしくうけたまわった」 「主君のほろびたうえは、甲斐《かい》へかえるも都へかえるも詮《せん》なきこと、追腹《おいばら》きって相果てようかと思いましたが、それも犬死《いぬじに》、ことによるべなき残り二、三十人の郎党《ろうどう》どもがふびんゆえ、それらの者を集めておとずれまいったしだい、どうぞ、われわれ両名をはじめ一同を、この山寨《さんさい》におとめおきくださるまいか」 「オオ、それはそれはご心中おさっしもうす、武士は相身《あいみ》たがい、かならずお力になりもうそう」  呂宋兵衛は、ひそかによろこんだ。  折もおり、いまのこの場合、二勇士が、場なれた郎党《ろうどう》を二、三十人も連れて、味方についてくるとはなんたる僥倖《ぎようこう》、かれは足助《あすけ》と佐分利《さぶり》に客分の資格《しかく》をあたえ、下へもおかずもてなししたうえ、にわかに気強くなって、軍議の開催《かいさい》をふれだした。  妖韻《よういん》のこもった鐘《かね》がゴーンと鳴りわたると、鎧《よろい》を着た者、雑服《ぞうふく》の者、陸続《りくぞく》として軍議室にはいってくる。  そこは四面三十七|間《けん》、百二十|畳《じよう》の籐《とう》の筵《むしろ》をしき、黒く太やかな円柱《えんちゆう》左右に十本ずつの大殿堂。一ぽうの中庭からほのかな日光ははいるが、座中|陰惨《いんさん》としてうす暗く、昼から短檠《たんけい》をともした赤い光に、ぼうと照らしだされた者は、みなこれ、呂宋兵衛《るそんべえ》の腹心の強者《つわもの》ぞろい。 「わらうべし、わらうべし、乳《ちち》くさい伊那丸《いなまる》や咲耶子《さくやこ》などが、烏合《うごう》の小勢でよせまいろうとて、なにをぎょうぎょうしい軍議などにおよぼうか。拙者《せつしや》に二、三百の者をおあずけくださるならば、ただひと押しにけちらしてみせようわ」  破鐘《われがね》のような声でいう者がある。  見れば山寨《さんさい》第一の膂力《りよりよく》、熊のごとき髯《ひげ》をたくわえている轟又八《とどろきまたはち》だった。すると一ぽうから、軍謀《ぐんぼう》第一のきこえある丹羽昌仙《にわしようせん》がしかつめらしく、 「おひかえなさい轟《とどろき》、敵をあなどることはすでに亡兆《ぼうちよう》でござるぞ。伊那丸は有名なる信玄《しんげん》の孫、兵法に精通《せいつう》、つきしたがう傅人《もりびと》もみな稀代《きたい》の勇士ときく。すべからくこの天嶮《てんけん》に拠《よ》って、かれのきたるところを策《さく》によって討つが上乗《じようじよう》」 「やアまた、昌仙《しようせん》の臆病《おくびよう》意見、富士の山大名《やまだいみよう》ともある者が、あれしきの者に恐れをなしたといわれては、四|隣《りん》の国へもの笑い。これよりすぐに、五湖へまいって、からめ捕《と》るこそ、上策《じようさく》」 「いや小勢とはいいながら、かれは智《ち》あり仁《じん》あり勇ある者ども。平野の戦《いくさ》はあやうし、あやうし」 「くどい、拙者《せつしや》はどこまでも討《う》ってでる」 「だまれ轟《とどろき》、まだ衆議《しゆうぎ》も決せぬうちに、僭越千万《せんえつせんばん》な」  両名の争論につづいて、一|統《とう》の意見も二派《ふたは》にわかれ、座中なんとなく騒然としてきたころ——  これまた何たる皮肉《ひにく》! 空から中庭のまん中へ、ズシーンとばかり飛び降りてきた、雷獣《らいじゆう》のような一個の奇童《きどう》がある。     二 「や!」 「あッ」 「なにやつ?」  あまりのことに一同は、しばらく開《あ》いた口もふさがらず、ヒョッコリ庭先にたった、面妖《めんよう》な子供をみつめるのみ。子供とはいうまでもない竹童《ちくどう》で、人見知りもせず、ニヤリと白い歯を見せた。 「やア、この人穴《ひとあな》には、ずいぶんお侍《さむらい》が大勢いるんだなあ。おじさんたちは、いったいそこでなにをしているんだい」 「バカッ」  いきなり革《かわ》足袋《たび》のままとびおりた轟又八《とどろきまたはち》、竹童《ちくどう》の襟《えり》がみをおさえて、 「こらッ、きさまは、どこの炭焼《すみや》きの餓鬼《がき》だ、またどこのすきまからこんなところへしのびこんでまいった」 「しのびこんでなんかきやしないよ、アア苦しいや、苦しいよ、おじさん……」 「ふざけたことをぬかせ、しのびこまずにこらるべきところではない」 「だっておいらは空からおりてきたんだもの、空はいきぬけだから、ツイきてしまったんだよ」 「なに、空から? ——」  人々は思わず、物騒《ぶつそう》らしい顔を空にむけた。  そして、再び奇怪なる少年の姿を見なおし、こいつ天狗《てんぐ》の化身《けしん》ではあるまいかと、舌《した》をまいた。はるかにながめた、呂宋兵衛《るそんべえ》は、 「これこれ又八《またはち》、とにかくふしぎな童《わつぱ》、おれが素性《すじよう》をただしてみるから、これへ引きずってこい」 「はッ」と、又八は、かるがると竹童をひッつるして席へあがり、呂宋兵衛のまえへかれをほうりだした。  なみいる人々は、鬼のごとき武骨者《ぶこつもの》ばかりで、あたりは大伽藍《だいがらん》のような暗殿《あんでん》である。大人《おとな》にせよ、この場合、生きたる心地はなかるべきだが、竹童《ちくどう》はケロリとして、 「ヤ、呂宋兵衛《るそんべえ》は混血児《あいのこ》だ。京都の南蛮寺《なんばんじ》にいるバテレンとそっくり……」  口にはださないがめずらしそうに目をみはったので、呂宋兵衛は、 「小僧《こぞう》ッ」とにらんで、一喝《いつかつ》あびせた。 「なんだい、おいらにゃ、竹童っていう名があるんだよ」 「だまれ、さっするところそのほうは、伊那丸《いなまる》からはなされた隠密《おんみつ》にちがいない、思うに、屋根の上にいて、ただいまの評定《ひようじよう》をぬすみ聞きしたのであろう」 「知らない知らない。おいらそんなことを知ってるもんか」 「いいや、汝《なんじ》の眼光、樵夫《きこり》や炭焼《すみや》きの小僧でないことはあきらかだ。いったい何者にたのまれてここへまいった。首の飛ばないうちにいってしまえ!」 「おいらが隠密なら、おじさんたちに、すがたなど見せるものか、おいらは、天道《てんとう》さまのまえだろうが、どこだろうが、ちっともうしろ暗いところがないから、平気さ」 「うーム、まったくそれにそういないか」 「アア。そこになるとおじさんたちはかわいそうだね、もぐらみたいに明るいところをいばって歩けない商売だから、おいらみたいな、|ちび《ヽヽ》が一ぴきとびこんでも、その通りびくびくする」  不敵な竹童《ちくどう》の面《つら》がまえを、じッとみつめていた呂宋兵衛《るそんべえ》は、ことばの糺問《きゆうもん》は無益《むえき》と知って、口をつぐみ、黙然《もくねん》と右手の人さし指をむけ、天井《てんじよう》から竹童の頭の上へ線をかいた。 「おや」  と竹童が、なにやらさわるものに手をやると、上より一すじ絹糸《きぬいと》のようなものがたれ、襟《えり》くびから手にはいまわってきたのは一ぴきの金《きん》蜘蛛《ぐも》だった。  キャッというかと思えば、竹童はニッコリ笑っていきなり、蜘蛛を鷲《わし》づかみにし、あんぐり口のなかへほおばって、ムシャムシャ噛《か》みつぶしてしまったようす。 「む、む……」と、呂宋兵衛はいよいよゆだんのない目で、かれの一挙《いつきよ》一動をみまもっていると、竹童は唇《くちびる》をつぼめて、噛《か》みためていたなかのものを、 「プッ——」と呂宋兵衛の顔を目がけて吹きつけた。  ——その口からとびだしたのは、きたないかみつぶしではなくて、美しい一|羽《わ》の毒蝶《どくちよう》、ヒラヒラと毒粉《どくふん》を散らした。 「エイッ」  呂宋兵衛が扇《おうぎ》をもって打ちおとせば、蝶《ちよう》の死骸《しがい》はまえからそこにあった一|片《ぺん》の白紙に返っている。 「わかった、きさまは鞍馬山《くらまやま》の果心居士《かしんこじ》の弟子《でし》だな」 「だから、竹童という名があるといったじゃないか」 「さてこそ、ものにおどろかぬはず、しかし有名なる果心居士《かしんこじ》の弟子《でし》が、富士《ふじ》の殿堂《でんどう》と知らずに、くるわけがない、なんのご用か、あらためて聞こうではないか」 「ムム、そう尋常《じんじよう》におっしゃるなら、わたくしもお師匠《ししよう》さまから受けたお使いのしだいをすなおに話しましょう」 「では、果心先生から、この呂宋兵衛《るそんべえ》へのお使いでござるか」 「そうです。さて、お師匠さまのお伝えというのは、きょうなにげなく鞍馬《くらま》から富士のあたりをみましたところ、いちまつの殺気《さつき》が立ちのぼって、ただならぬ戦雲のきざしが歴々《れきれき》とござりました。あらふしぎ、いま天下|信長公《のぶながこう》の亡《な》きのちは、西に秀吉《ひでよし》、東に徳川《とくがわ》、北条《ほうじよう》、北国《ほつこく》に柴田《しばた》、滝川《たきがわ》、佐々《さつさ》、前田のともがらがあって、たがいに、中原《ちゆうげん》を狙《ねら》うといえども、いずれも満《まん》を持《じ》してはなたぬ今日《こんにち》、そも何者がうごめくのであろうかと、ご承知《しようち》でもござりましょうが、先生、ご秘蔵《ひぞう》の亀卜《きぼく》をカラリと投げて占《うらな》われました」 「オオ」  呂宋兵衛はもとより、なみいる猛者《もさ》どもも、この奇童《きどう》のよどみなき弁《べん》によわされてしわぶきすらたてず、ひろき殿堂は、人なきようにシーンと静まりかえってしまった。     三  竹童《ちくどう》は、ここでいささか得意気《とくいげ》に、ちいさな体をちょこなんとかしこまらせ、両肱《りようひじ》をはって、ことばをつぐ。 「お師匠《ししよう》さまがつらつら亀卜《きぼく》の卦面《かめん》を案じまするに、すなわち、——富岳《フガク》ニ鳳雛生《ホウスウウ》マレ、五|湖《コ》ニ狂風生《キヨウフウシヨウ》ジ、喬木《キヨウボク》十|悪《アク》ノ罪《ツミ》ヲ抱《イダ》イテ雷《ライ》ニ裂《サ》カル——とござりましたそうです」 「なになに? 喬木《きようぼく》、雷《らい》に裂《さ》かると易《えき》にでたか」  呂宋兵衛《るそんべえ》の顔色土のごとく変るのを見て、竹童《ちくどう》は手をふりながら、 「おどろいてはいけません、それは穴山梅雪《あなやまばいせつ》の身の上でした。ところで、裏《うら》をかえして見ますると、つまり裏の卦《か》、参伍綜錯《さんごそうさく》して六十四|卦《か》の変化《へんか》をあらわします。これによって結果を考えましたところ、今夕酉《こんせきとり》の下刻《げこく》から亥《い》の刻のあいだに、昼よりましたおそろしい大血戦が裾野《すその》のどこかで起るということがわかりました」 「むウ、それはあたっていた。して、勝負の結果は」 「さればでござります。にわかにわたくしが鷲《わし》にのってまいったのもそのため、残念ながらあなたの命《いのち》は、こよい乾《いぬい》の星がおつるとともに、亡《な》きかずに入り、腹心のかたがたもなかば以上は、あえない最期《さいご》をとげることとなるそうでござります。これを、層雲《そううん》くずれの凶兆《きようちよう》ともうしまして、暦数《れきすう》の運命、ぜひないことだと、お師匠さまも吐息《といき》をおもらしなさいました」 「えッ、なんといった。しからば呂宋兵衛のいのちは、こよいかぎり腹心のものも大半はほろぶとな?」 「そうおっしゃったことはおっしゃいましたが、ここに一つ、たすかる秘法《ひほう》があるのです。お師匠《ししよう》さまは、わたくしにその秘法《ひほう》をさずけ、あなたに会って、あることと交換《こうかん》にして教えてこい、だが、呂宋兵衛《るそんべえ》はずるいやつゆえ、もしも、こっちできくことをちゃんと答えなかったら、なんにもいわずに逃げてこい——といいつかってまいりました」 「待てまて、たずねることがあらば、なんでも答えるほどに、その層雲《そううん》くずれの凶兆《きようちよう》を封《ふう》じる秘法をおしえてくれ」 「ですから、まずわたくしのほうのたずねることからお答えくださいまし」 「よし、なんでも問うてみるがいい」 「ではおききもうします」  と、竹童《ちくどう》はやおらひと膝《ひざ》のりだし、 「湖水のそこに沈めてありました石櫃《いしびつ》をあげて、なかにあった御旗楯無《みはたたてなし》の宝物《ほうもつ》をすりかえたのはたしかにあなた——これはお師匠さまも遠知の術《じゆつ》でわかっております。されどその宝物を、あなたはだれにわたしましたか、または、この山寨《さんさい》のうちにあるのですか。ききたいのはつまりそのこと一つです」  呂宋兵衛は、心中すくなからずおどろいた。果心居士《かしんこじ》といえば、京で有名な奇道士《きどうし》だが、まさか、これまでに自分のしたことを知っていようとは思わなかった。それほどの道士なれば、竹童のことばもほんとうにそういないだろうし、ひそかに湖水からすりかえてうばった宝物は、いまでは手もとにないのだから打ち明けたところで、こっちに損得《そんとく》はない——と思った。 「そんなことならたやすいこと、いかにもあきらかに答えてやろう。だが……」  と呂宋兵衛《るそんべえ》が武士《さむらい》だまりの者へ、チラとめくばせをすると、バラバラと立ちあがったふたりの荒《あら》くれ武士が、いきなりムンズと竹童《ちくどう》の左右から両腕《りよううで》をねじ押さえた。 「ア、おじさんたちはおいらをどうするんだい!」 「いやおこるな、竹童。こっちのいうことだけ聞いて逃げられぬ用心。そうしていても耳はきこえようからよく聞けよ。御旗楯無《みはたたてなし》の宝物《ほうもつ》は、ここにいる轟《とどろき》又八に京へ持たせて、いまはぶりも金まわりもよい羽柴秀吉《はしばひでよし》に金子《きんす》千|貫《がん》で売りとばした。それゆえ、いまの持主《もちぬし》は秀吉《ひでよし》、この山寨《さんさい》には置いてない。さ、このうえは果心《かしん》先生からおさずけの秘法《ひほう》をうけたまわろう」 「たしかにわかりました。では先生の秘法《ひほう》をおさずけもうします。そもそも層雲《そううん》くずれの大難《だいなん》は、どんな名将でものがれることのできぬものでござりますが、その難をさけるには、まず夜の酉《とり》から亥《い》のあいだに、四里四方けがれのない平野へでて、ふだんの護《まも》り神をおがみ、壇《だん》をきずいて霊峰《れいほう》の水をささげます。——次に、おのれの生年月日をしたためて、人形《にんぎよう》の紙をみ神光《あかし》で焼くこと七たび、かくして、十|方満天《ぽうまんてん》の星をいのりますれば、兇難《きようなん》たちどころに吉兆《きつちよう》をあらわして、どんな大敵に遭《あ》いましょうとも、けっしておくれをとるということがありません」  呂宋兵衛は、怪力《かいりき》もあり幻術《げんじゆつ》にも長《ちよう》じているが、異邦人《いほうじん》の血のまじっている証拠《しようこ》には、戦いというものに対して、すこぶる考えがちがう。それに修道者《イルマン》でもあっただけに、迷信《めいしん》にとらわれやすかった。  つまりかれがもっているいちばんの弱点に、うまうまと乗《じよう》じられた呂宋兵衛《るそんべえ》は、まったく竹童《ちくどう》の言《げん》に惑酔《わくすい》して穴山《あなやま》の残党《ざんとう》がなんといおうと、轟《とどろき》や昌仙《しようせん》のやからが疑《うたが》わしげに反省をもとめても、頑《がん》としてきかず、秘法の星まつりを行うべく、手下の野武士《のぶし》に厳命《げんめい》した。  ために、軍議はしぜんと、夜に入って四里四方けがれなき平野に、その式をすましたうえ、出陣ときまってしまった。  その用意のものものしいさわぎのなかで、有卦《うけ》に入《い》っていたのは竹童《ちくどう》だ。別間《べつま》でたくさんな馳走《ちそう》をされ、鞍馬《くらま》では食べつけない珍味の数々を、箸《はし》と頤《あご》のつづくかぎりたらふくつめこみ、さて、例の棒切《ぼうき》れ一本さげて、飄然《ひようぜん》とここを辞《じ》してかえる。  さしも、はげしかった昼の雷雨に、乱雲のかげは、落日とともに澄《す》みぬいていた。西の甲武《こうぶ》連山は茜《あかね》にそまり、東|相豆《そうず》の海は無限の紺碧《こんぺき》をなして、天地は紅《くれない》と紺《こん》と、光明とうす闇《やみ》の二色に分けられ、そのさかいに巍然《ぎぜん》とそびえているのは、富士《ふじ》の白妙《しろたえ》。  ——すると、この夕方を、人穴《ひとあな》から上へ上へとはいあがっていく豆つぶ大の人影が見えた。それはどうも竹童らしい。見るまに、二|合目《ごうめ》の下あたりから鷲《わし》にのって、おともなく五|湖《こ》のほうへとび去った。   銀河《ぎんが》の箭《や》づくり     一  富士の二|合目《ごうめ》をはなれ、いっきに、五湖の水明かりをのぞんで飛行していた竹童《ちくどう》は、夜の空から小手《こて》をかざして、しきりに、下界《げかい》にある伊那丸主従《いなまるしゆじゆう》のいどころをさがしている。 「オオ暗い、暗い、暗い。天もまッ暗、地もまッ暗。これじゃいったいどこへ降《お》りていいんだか、お月さまでもでてくれなきゃア、けんとうがつきあしない」  大空で迷子星《まいごぼし》になった竹童は、例の、寝るまもはなさぬ棒切《ぼうき》れを右手《めて》にもち、左の手を目のはたへかざして、鷲《わし》の上から、 「オオーイ、オオーイ」と、とうとう声をはりあげて呼びだした。  しかし、竹童の声ぐらいは、竹童じしんが乗っている鷲の羽風《はかぜ》に消《け》しとばされてしまった。そのかわり、人ではないが、はるかな地上にあたって、馬のいななくのが高く聞えた。 「おや、馬のやつが返辞《へんじ》をしたぞ」  と、つぶやいたが、その竹童のかんがえはちがっている。動物は動物にたいして敏感であるから、いま、下のほうでいなないた馬は、ここにさしかかってきた闇夜《あんや》飛行の怪物の影に、おどろいたものにそういない。  けれど竹童《ちくどう》は、馬が答えたものと信じて、いきなり、棒切れをピューッと下へふった。と、クロはたちまち身をさかしまにして、ツツツツ——と木《こ》の葉《は》おとしに降《お》りていく。 「あ、ここはどこかのお宮の庭だな……」  鷲《わし》からおりて、しばらくそのあたりをあるいていた竹童は、やがて、拝殿《はいでん》からもれるほのあかりをみとめ、そッと忍《しの》びよってみると、たしかに六、七人のささやき声がする。 「いた!」かれは思わず叫んで、 「おじさん! おじさんたち」  呼ぶ声と一しょに、拝殿のなかにいた者は、どやどやと、それへでてきて、七つの人影をあらわした。 「何者じゃッ」と竹童をねめつけた。 「おいらだよ、鞍馬山《くらまやま》の竹童だよ」 「おお、竹童か」  ほとんど、そのなかの半分以上の者が、口をあわしてこういった。木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》も、忍剣《にんけん》も、民部《みんぶ》も蔦之助《つたのすけ》も小文治《こぶんじ》も竹童にとればみな友だちだ。  ただ、床几《しようぎ》にかけて、かれを見おろしていた伊那丸《いなまる》だけが、すこし解《げ》せないようすである。 「龍太郎《りゆうたろう》。そちたちはこの童《わらべ》をよう知っているようじゃが、いったいどこのものであるの」 「さきほどお話しもうしあげました、果心居士《かしんこじ》の童弟子《わらべでし》でござります」 「おおあれか」  伊那丸はニッコリして竹童《ちくどう》を見なおした。竹童もニヤリと笑って、ともするとなれなれしく、じぶんの友だちにしてしまいそうだ。 「これ竹童、伊那丸君《いなまるぎみ》のおんまえ、つッ立っていてはならぬ、すわれすわれ」 「いや、そう叱《しか》らぬがよい、鞍馬《くらま》の奥《おく》でそだった者じゃ、その天真爛漫《てんしんらんまん》がかえって美しい。したが、おまえはここへ、何用があってきたのか」 「はい」竹童はかしこまって、 「お師匠《ししよう》さまのおいいつけでござります」 「なに、果心《かしん》先生からここへお使いに?」 「さようでござります。みなさまは、きょう穴山梅雪《あなやまばいせつ》をお討《う》ちになって、さだめしホッとなされたでござりましょうが、勝って兜《かぶと》の緒《お》をしめよ、ここでごゆだんをなされては大へんでござります」 「む、伊那丸はけっしてゆだんはしておらぬぞよ」 「では、湖水の底から引きあげた石櫃《いしびつ》の蓋《ふた》をとって、なかをあらためてごらんになりましたか」 「いや、ほかのところへかくしたものとちがって、湖底へ沈めておいた石櫃、あらためるまでもない」 「ところが、お師匠《ししよう》さまの遠知の術では、どうも、石櫃のなかの宝物《ほうもつ》にうたがいがあるとおっしゃいました。それゆえ、にわかにお師匠さまにいいふくめられて、この竹童《ちくどう》が、鷲《わし》の翼《つばさ》のつづくかぎり、とびまわったのでござります。どうぞみなさま、いっこくもはやく、石櫃をおあらためくださいまし」 「さては、それが伊那丸《いなまる》のゆだんであったかもしれぬ。忍剣《にんけん》、忍剣、ともあれ石櫃をここへ。また、小文治《こぶんじ》と龍太郎は、あるかぎりのかがり火をあたりにたき立ててください」 「はッ」  席を立った者たちが三つ脚《あし》のかがり火を、左右五、六ヵ所へ炎々《えんえん》と燃したてるまに、忍剣は、さきに梅雪《ばいせつ》の郎党《ろうどう》たちが、湖底から引きあげておいた石櫃をかかえてきて、やおら、伊那丸のまえにすえた。 「こう見たところでは、蓋《ふた》の合口《あいくち》に異状《いじよう》はないが」 「青苔《あおごけ》がいちめんについているさまともうし、一ども人の手にふれたらしい点はみえませぬ」 「とにかく、蓋《ふた》をはらってみい」 「心得《こころえ》ました」  と忍剣《にんけん》は立ちあがって、グイと法衣《ころも》の袖《そで》をたくしあげ厳重な石の蓋《ふた》をポンとはねのけてみた。     二 「や、やッ」まず忍剣がきもをつぶした。 「どういたした。なんぞ変りがあったか」  伊那丸《いなまる》もおもわず床几《しようぎ》から腰をうかした。 「ちぇっ。これごらんなさりませ」  と、くやしそうに忍剣が石櫃を引っくりかえすと、なかからごろごろところがりだしたのは、御旗楯無《みはたたてなし》の宝物《ほうもつ》に、似《に》ても似つかぬただの石ころ。 「むウ……」  伊那丸は顔いろをうしなった。それはむりではない、武田家重代《たけだけじゆうだい》の軍宝——ことに父の勝頼《かつより》が、天目山《てんもくざん》の最期《さいご》の場所から、かれの手に送りつたえてきたほど大せつな品《しな》。  それがない!  ないですもうか。  御旗楯無の宝物は、武田家の三種の神器《じんぎ》だ。これを失っては、甲斐源氏《かいげんじ》の家系《かけい》はなんの権威《けんい》もなくなってしまう。伊那丸《いなまる》をはじめ他の六人まで、ひとしくここに、色をうしなったも当然である。 「アア、やっぱり、おいらの先生はえらい——」  そのとき、嘆《たん》ずるようにいったのは竹童《ちくどう》だった。 「ああ、どこまで武田家は衰亡《すいぼう》するのであろうか……」  と嘆《たん》じあわして、伊那丸もつぶやく。 「大じょうぶだよ」竹童は棒切《ぼうき》れを杖《つえ》にしてふいにつっ立ち、気の毒そうに伊那丸の面《おもて》を見あげた。 「大じょうぶだ大じょうぶだ。そのなかの物がなくなっても、ぬすんだやつはわかってるから……おいらがちゃんとかぎつけてきてあるから——」 「なに! ではおまえがその者を知っているか」 「ああ知っている。そいつは、人穴《ひとあな》の殿堂にいる和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》という悪いやつだよ。そして、盗《ぬす》んだ宝物《ほうもつ》は、手下を京都へやって、羽柴秀吉《はしばひでよし》に売ってしまったんだ——これはきょうおいらが呂宋兵衛と問答して、鎌《かま》をかけてきいてきたんだからまちがいのないことなんだ」 「えッ、では御旗楯無《みはたたてなし》をぬすんだやつも、あの人穴《ひとあな》の呂宋兵衛か……」  と、伊那丸が意外そうな瞳《ひとみ》を咲耶子《さくやこ》に向けると、彼女も、思いがけぬことのように、 「わたしにとれば父をころした悪人。伊那丸さまにはお家《いえ》の賊《ぞく》、八つざきにしてもあきたりない悪党《あくとう》でござります」  と、やさしい眉《まゆ》にもうらみが立った。  伊那丸《いなまる》は床几《しようぎ》をはなれ、そしてうごかぬ決意を語気にしめしていった。 「みなのもの、わしはこれからすぐ人穴《ひとあな》の殿堂へ駈《か》けいり、呂宋兵衛《るそんべえ》の首を剣頭にかけて、祖先におわびをいたすつもりだ。一つには、恩義のある咲耶子《さくやこ》への助《すけ》太刀《だち》、われと思わんものはつづけ、御旗楯無《みはたたてなし》をうしなって、武田《たけだ》の家なく、武田の家なくして、この伊那丸はないぞ!」 「お勇ましいおことば、われわれとて、どこまでも君《きみ》のお供《とも》いたさずにはおりませぬ」  山県蔦之助《やまがたつたのすけ》、忍剣《にんけん》、龍太郎《りゆうたろう》、小文治《こぶんじ》などの、たのもしげな勇士たちは、声をそろえてそういった。 「おう、わたしを入れてここに七|騎《き》の勇士がある。咲耶子も心づよく思うがよい、きっとこよいのうちに、きゃつの首を、この剣《つるぎ》の切《き》ッ先にさしてみせよう。忍剣、馬を馬を!」 「はッ」  バラバラと樹立《こだ》ちへはいった忍剣は、梅雪《ばいせつ》一党《いつとう》が乗りすてた駒《こま》のなかから、逸物《いちもつ》をよって、チャリン、チャリン、チャリン、と轡金具《くつわかなぐ》の音をひびかせて、伊那丸のまえまで手綱《たづな》をとってくると、いままで黙然《もくねん》としていた小幡民部《こばたみんぶ》が、 「しばらく——」と、駒をおさえて頭《ず》をさげた。     三 「なんじゃ、民部《みんぶ》」 「お怒《いか》りにかられて、これより人穴《ひとあな》の殿堂へかけ入ろうという思《おぼ》し召《め》しは、ごもっともではござりますが、民部はたってお引きとめもうさねばなりませぬ」 「なぜ?」伊那丸《いなまる》はめずらしく苦《にが》い色をあらわした。 「けっして、かれをおそれるわけではありませぬが、音にきこえた天嶮《てんけん》の野武士城《のぶしじよう》、いかに七|騎《き》の勇があっても攻めて落ちるはずのものとは思われませぬ」 「だまれ、わしも信玄《しんげん》の孫《まご》じゃ! 勝頼《かつより》の次男じゃ! 野武士のよる山城ぐらいが、なにものぞ」  かれにしては、これは稀有《けう》なほど、激越《げきえつ》なことばであった。民部には、またじゅうぶんな敗数の理《り》が見えているか、 「いいや、おことばともおもえませぬ」  と、つよく首をふって、 「いかに信玄公《しんげんこう》のお孫であろうと、兵法をやぶって勝つという理《り》はありませぬ。なにごとも時節がだいじです。しばらくこの裾野《すその》にかくれて呂宋兵衛《るそんべえ》が山をでる日を、おまちあそばすが上策《じようさく》とこころえまする」 「そうだ」  その時、横からふいにことばをはさんだのは竹童《ちくどう》で、さらに頓狂《とんきよう》な声をあげてこうさけんだ。 「そうだ! おいらもうっかりしていたが、そいつは今夜きっと山をでるよ、うそじゃない、きっと山をでる! 山をでる!」 「竹童、それはほんとうか」  民部《みんぶ》は、目をかれにうつした。 「うそなんかおいら大きらいだ、まったくの話をするとお師匠《ししよう》さまが呂宋兵衛《るそんべえ》に、おまえの命《いのち》はこよいのうちにあぶないぞっておどかしたんだよ。おいらはその使いになって、今夜|子《ね》の刻《こく》(十一時から一時)のころに、裾野《すその》四里四方|人気《ひとけ》のないところへでて、層雲《そううん》くずれの祈祷《きとう》をすれば助かると、いいかげんなことを教えてきてあるんだけれど、それも、いま考えあわせてみると、みんなお師匠さまがさきのさきまでを見ぬいた計略《けいりやく》で、わざとおいらにそういわせたにちがいない」  おどろくべき果心居士《かしんこじ》の神機妙算《しんきみようさん》、さすがの民部もそれまでにことが運んでいようとは気がつかなかった。  子《ね》の刻《こく》一|天《てん》までには、まだだいぶあいだがある。伊那丸《いなまる》は一同にむかい、それまではここにあって、じゅうぶんに体をやすめ、英気をやしなっておくように厳命した。  竹童は勇躍《ゆうやく》して、 「それでは夜中になると、まためざましい戦いがはじまるな。おいらもいまからしっかり英気をやしなっておくことだ……」  と、クロをだいて、お堂の端《はし》へゴロリと寝てしまった。  と、かれは横になるかならないうちに、 「おや、笛《ふえ》が鳴ったぞ」  と頭をもたげてキョロキョロあたりを見まわした。見ると、咲耶子《さくやこ》がただひとり、社前《しやぜん》の大楠《おおくすのき》の切株《きりかぶ》につっ立ち、例の横笛を口にあてて、音《ね》もさわやかに吹いているのだった。  竹童は初めのうち、なんのためにするのかとうたがっていたらしいが、まもなく、笛の音《ね》が裾野《すその》の闇《やみ》へひろがっていくと、あなたこなたから、ムクムクと姿をあらわしてきた野武士《のぶし》のかげ。それがたちまち、七十人あまりにもなって、咲耶子のまえに整列したのにはびっくりしてしまった。  咲耶子は、あつまった野武士たちに、なにかいいわたした。そしてしずかに伊那丸《いなまる》の前へきて、 「この者たちは、いずれも父の小角《しようかく》につかえていた野武士でござりますが、きょうまで、わたくしとともにこの裾野へかくれ、折があれば呂宋兵衛《るそんべえ》をうって仇《あだ》をむくいようとしていた忠義者《ちゆうぎもの》でござります。どうかこよいからは、わたくしともどもに、お味方にくわえてくださりますよう」  伊那丸はまんぞくそうにうなずいた。  時にとって、ここに七十人の兵があるとないとでは、小幡民部《こばたみんぶ》が軍配《ぐんばい》のうえにおいても、たいへんなちがいであった。  ましてや、いまここに集められたほどの者は、みなへいぜいから、咲耶子《さくやこ》の胡蝶《こちよう》の陣に、練《ね》りにねり、鍛《きた》えにきたえられた精鋭《せいえい》ぞろい。  かくて一同は、敵の目をふさぐ用意に、ばたばたとかがり火を消し、太刀の音《ね》をひそませ、箭《や》づくり、刃《やいば》のしらべはいうまでもなく、馬に草をも飼《か》って、時刻のいたるをまちわびている。  待つほどに更《ふ》くるほどに、夜はやがて三|更《こう》、玲瓏《れいろう》とさえかえった空には、微小星《びしようせい》の一粒までのこりなく研《と》ぎすまされ、ただ見る、三千|丈《じよう》の銀河《ぎんが》が、ななめに夜の富士《ふじ》を越えて見える。 「グウー、グウ、グウーグウ……」  そのなかで、竹童《ちくどう》ばかりが、鷲《わし》の翼《つばさ》をはねぶとんにして、さもいい気もちそうに、いびきをかいて寝こんでいた。   魔人《まじん》隠形《おんぎよう》の印《いん》     一  まさに、夜は子《ね》の刻《こく》の一|天《てん》。  人穴《ひとあな》の殿堂《でんどう》をまもる、三つの洞門《どうもん》が、ギギーイとあいた。  と、そのなかから、焔々《えんえん》と燃えつつながれだしてきたのは、半町《はんちよう》もつづくまっ赤な焔《ほのお》の行列。無数の松明《たいまつ》。その影にうごめく、野武士《のぶし》、馬、槍《やり》、十字架《じゆうじか》、旗、すべて血のように染《そ》まって見えた。  なかでも、一|丈《じよう》あまりな白木《しらき》の十字架は、八人の手下にゆらゆらとささえられ、すぐそばに呂宋兵衛《るそんべえ》が、南蛮錦《なんばんにしき》の陣羽織《じんばおり》に身をつつみ、白馬《はくば》にまたがり、十二|鉄騎《てつき》にまもられながら、妖々《ようよう》と、裾野《すその》の露《つゆ》をはらっていく。  すすむこと二、三|里《り》、ひろい平野のまン中へでた。呂宋兵衛は馬からひらりと降《お》り、二、三百人の野武士を指揮《しき》して、見るまにそこへ壇《だん》をきずかせ、十字架を立て、かがり火を焚《た》いて、いのりのしたくをととのえさせた。 「念珠《コンタツ》を念珠《コンタツ》を、これへ——」  呂宋兵衛は、まえにもいったとおり、南蛮《なんばん》の混血児《あいのこ》でキリシタンの妖法《ようほう》を修《しゆう》する者であるから、層雲《そううん》くずれの祈祷《きとう》も、じぶんが信じる異邦《いほう》の式でゆくつもりらしい。  手下の者から、念珠《コンタツ》をうけとったかれは、それを頸《くび》へかけ、胸へ、白金《はつきん》の十字架をたらして、しずしずと壇《だん》の前へすすんだ。  護衛《ごえい》する野武士たちは、しわぶきもせず、いっせいに槍《やり》の穂《ほ》さきを立てならべた。なかにはきょう味方についた穴山《あなやま》の残党《ざんとう》、足助主水正《あすけもんどのしよう》、佐分利《さぶり》五郎次、その他の者もここにまじっている。  壇《だん》にむかって、七つの赤蝋《せきろう》をともし、金明水《きんめいすい》、銀明水《ぎんめいすい》の浄水《じようすい》をささげて、そこにぬかずいた呂宋兵衛《るそんべえ》は、なにかわけのわからぬいのりのことばをつぶやきながら、いっしんに空の星を祈《いの》りだした。  すると、どこからともなく、ザッ、ザッ、ザッ、ザッと草をなでてくるような風音《かざおと》。つづいて、地を打ってくる馬蹄《ばてい》のひびき。 「や!」かれはぎょっと、頭をあげて、 「あの物音は? あのひびきは? おお馬だッ、人声だ。ゆだんするな!」  叫《さけ》ぶまもなく、ピュッ、ピュッと、風をきってくる霰《あられ》のような征矢《そや》。——早くも、四面の闇《やみ》からワワーッという喊声《かんせい》が聞えだした。 「さては武田伊那丸《たけだいなまる》がきたか」 「いやいや咲耶子《さくやこ》が仕返しにまいったのだろう」 「うろたえていずとかがり火を消せ、はやく松明《たいまつ》をすててしまえ、敵方の目じるしになるぞ」  あたりはたちまち暗瞑《あんめい》の地獄《じごく》。  ただ、燃えいぶった煙と、ののしる声と、太刀や槍《やり》の音ばかりが、ものすごくましていった。  もう、どこかで斬《き》りあいがはじまったらしい。  星明かりをすかしてみると、敵か味方か入りみだれてよくわからないが、白馬《はくば》黒鹿毛《くろかげ》をかけまわしている七人の影は、たしかに襲《よ》せてきた七勇士。それに斬りまわされて、呂宋兵衛の手下どもは、 「だめだ、足を斬られた」 「敵はあんがいてごわいぞ。もう大変な手負《てお》いがでた」 「殿堂へ逃げろ!」 「人穴《ひとあな》へ引きあげろ!」  と声をなだれあわせて、思いおもいな草の細径《ほそみち》へ蜘蛛《くも》の子のちるように逃げくずれた。  それらの、雑兵《ぞうひよう》や手下には目もくれず、さきほどから馬上りんりんとかけまわっていた伊那丸《いなまる》は、 「咲耶子《さくやこ》はいずれにある。咲耶子、咲耶子」  と、しきりに呼びつづけていた。 「おお伊那丸さま、わたくしはここでござります」  近よってきた白鹿毛《しろかげ》の上には、かいがいしい装束《いでたち》をした彼女のすがたが、細身の薙刀《なぎなた》を小脇《こわき》に持って、にっことしていた。 「咲耶子、呂宋兵衛めは、いずれへ姿をかくしたのであろう。忍剣《にんけん》も龍太郎《りゆうたろう》も、いまだに討《う》ったと声をあげぬが」 「わたくしも、余の者には目もくれず、八ぽうさがしてまわりましたが、影も形も見あたりませぬ。ざんねんながら、どうやら取り逃がしたらしゅうござります」 「いや、民部《みんぶ》がしいた八門の陣、その逃げ口には、伏兵《ふくへい》がふせてあるゆえ、かならず討ちもらす気づかいはない」  とふたりが、馬上で語り合っているすぐうしろで、ふいに、悪魔《あくま》の嘲笑《ちようしよう》が高くした。 「わ、はッはわはッは……このバカもの!」 「や!」  ふりかえってみると、人影はなく、星の空にそびえている一|基《き》の十字架《じゆうじか》。 「いまの声は、たしかに呂宋兵衛《るそんべえ》」 「奇《き》ッ怪《かい》な笑い声、咲耶子《さくやこ》、心をゆるすまいぞ」  きッと、十字架をにらんで、ふたりが息を殺したせつなである、一陣の怪風! とたんに、星祭《ほしまつり》の壇《だん》に燃えのこっていた赤蝋《せきろう》が、メラメラと青い焔《ほのお》に音をさせてあたりを照らした。  明滅《めいめつ》の一瞬《いつしゆん》、十字架のうしろにかくれていたおぼろげなかげは、たしかに怪人、和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》。 「おのれッ!」 「怨敵《おんてき》」  敵将のすがたを目《ま》のあたりに見て、なんのひるみを持とう。伊那丸《いなまる》は太刀をふりかぶり、咲耶子《さくやこ》は薙刀《なぎなた》の柄《え》をしごいて八幡《はちまん》! 十字架《じゆうじか》の根もとをねらって斬りつけた。  と——ほとんど同時である。  伊那丸がたの軍師《ぐんし》、小幡民部《こばたみんぶ》は、無二無三に駒《こま》をここへ飛ばしてきながら、 「やあ、待ちたまえ若君《わかぎみ》。かならずそれへ近よりたもうな。あ、あ、あッ、危《あぶ》ないッ!」  と、かれは狂気ばしって絶叫《ぜつきよう》した。  が——その注意はすでに間に合わなかった。  ふたりのえものは、もう、ザクッと十字架のかげを目がけてふりこんでしまった。と見るまに、ああ、そもなんの詭計《きけい》ぞ、足もとから轟然《ごうぜん》たる怪火の炸裂《さくれつ》。  ぽかッと、渦《うず》をふいた白煙《はくえん》とともに、宙天《ちゆうてん》へ裂《さ》けのぼった火の柱、同時に、バラバラッとあたりへ落ちてきたいちめんの火の雨——それも火か土か肉か血か、ほとんど目を開《あ》けて見ることもできない。     二  すさまじい雷火の焔《ほのお》が、パッと立ったせつな、ゲラゲラゲラと十字架のかげで大きく笑う声がした。  怪人|呂宋兵衛《るそんべえ》の目である。口である。  悪魔《あくま》の面《めん》! それがあざわらった。 「あッ——」  伊那丸《いなまる》の馬は、蹄《ひづめ》を蹴《け》って横飛びにぶったおれた。咲耶子《さくやこ》は、竿立《さおだ》ちとなった駒《こま》のたてがみにしがみついて、焔《ほのお》のまえに悶絶《もんぜつ》した。  倒れたのは、馬ばかりか、人ばかりか、二|尺角《しやくかく》の白木《しらき》の十字架《じゆうじか》まで、上から真《ま》ッ二つにさけ、余煙《よえん》のなかへゆら、——と横になりかかってきた。  雷火《らいか》の炸裂《さくれつ》は、詭計《きけい》でもなんでもない。怪人呂宋兵衛《かいじんるそんべえ》が、ふところに秘《ひ》めておいた一|塊《かい》の強薬《ごうやく》を、祭壇《さいだん》に燃えのこっていたろうそく火《び》へ投げつけたのだ。  長崎や堺《さかい》あたりで、南蛮人《なんばんじん》が日本人と争闘《そうとう》すると、常習《じようしゆう》にやるかれらの手口《てぐち》である。民部《みんぶ》はそれを知っていたので、あわてて駒を飛ばしてきたが、一足《ひとあし》おそかった、裂《さ》けた十字架が、いましもドスーンと大地へ音をひびかせた時である。 「人穴《ひとあな》の賊《ぞく》。そこうごくなッ!」  民部は、乗りつけてきた馬の鞍《くら》から飛びおりるより早く、壇《だん》の上につっ立っているかれを目がけて斬りつけた。 「しゃらくさいわッ」  呂宋兵衛は、民部の第一刀をひッぱずして、いきなり鬼のような手で彼の右手《めて》をねじあげた。  もうふところに強薬は持っていないので、まえのような危険はないが、腕と腕、剣と剣の打ちあいでも、民部は呂宋兵衛《るそんべえ》の敵ではない。 「うーむ、この小僧《こぞう》ッ子め」  酒呑童子《しゆてんどうじ》もかくやの形相《ぎようそう》で、大きな唇《くちびる》へ|やい《ヽヽ》歯をかませた呂宋兵衛は、いきなり民部の利腕《ききうで》をひとふりふって、やッと一|声《せい》、壇《だん》の上から大地へ投げつけた。 「無念」  一代の軍師《ぐんし》、小幡民部《こばたみんぶ》も、腕の勝負ではいかんともすることができない。はねおきようとすると、はやくも、呂宋兵衛の山のような体がのしかかってきて、グイとのどわをしめつけ、 「おウ、てめえが伊那丸《いなまる》の腰について、穴山梅雪《あなやまばいせつ》を討《う》ったという小ざかしい小幡民部というやつだな。こりゃいい首にめぐり会った。山荘《さんそう》へのみやげにしてやる。覚悟《かくご》をしろ」  鎧通《よろいどお》しをひきぬき、逆手《さかて》にもって、グイと民部の首根《くびね》にせまった。民部は、そうはさせまいと、下から短剣《たんけん》をぬき、足をもがき、ここ一|髪《ぱつ》のあらそいとなって、たがいに必死。  伊那丸《いなまる》も咲耶子《さくやこ》も、みすみすかたわらにありながら、いまの雷火《らいか》にふかれて、ふたりとも気を失ってしまっている。 「うーむッ」  もみ合っているふたりのあいだから、おそろしい苦鳴《くめい》があがった。さては、民部が首をかき落とされたか、呂宋兵衛《るそんべえ》が脾腹《ひばら》をえぐられたか、どッちか一つ。     三  さきにはね起きたのは、呂宋兵衛であった。  かれの左の足に、一本の流れ矢がつき刺さっていた。つづいて民部《みんぶ》も飛びおきた。またすさまじい短剣と短剣の斬りあいになる。 「やッ、呂宋兵衛、ここにおったか」  そのとき、ゆくりなくもきあわせた巽小文治《たつみこぶんじ》が、朱柄《あかえ》の槍《やり》をしごいて、横から突っこんだ。 「じゃまするなッ」  ガラリとはらう。さらに突く。  さらにはらう。またも突きだす。  この妙槍《みようそう》にかかっては、さすがの呂宋兵衛も、弱腰になった。それさえ、大敵と思うところへ、加賀見忍剣《かがみにんけん》、木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》の三人が、ここのあやしき物音を知って、いっせいに蹄《ひづめ》をあわせて、三方から、野嵐《のあらし》のごとく馬を飛ばしてくるようす。 「呂宋兵衛、呂宋兵衛、汝《なんじ》、いかに猛《もう》なりとも、ふくろのなかのねずみどうようだ、時うつればうつるほど、ここは鉄刀鉄壁《てつとうてつぺき》にかこまれ、そとは八門暗剣の伏兵《ふくへい》にみちて、のがれる道はなくなるのじゃ、神妙《しんみよう》に観念《かんねん》してしまえ」  小幡民部《こばたみんぶ》がののしると、呂宋兵衛《るそんべえ》はかッと眼《まなこ》をいからせて、わざとせせら笑った。 「だまれッ。汝《なんじ》らのような|とうすみ《ヽヽヽヽ》とんぼ、百ぴきこようと千びきあつまろうと、この呂宋兵衛の目から見れば子供のいたずらだわ」 「舌長《したなが》なやつ、その息《いき》のねをとめてやるッ」 「なにを」  と呂宋兵衛は立ちなおって、剣を、鼻ばしらの前へまッすぐ持ち、あたかも、不死身《ふじみ》の印《いん》をむすんでいるような形。  ふしぎや、小文治《こぶんじ》の槍《やり》も民部の太刀も、その奇妙《きみよう》な構《かま》えを、どうしても破ることができない。ところへ、同時にかけあつまったまえの三人。  この態《てい》を見るより、めいめい、ひらりひらりと鞍《くら》からおりて、かけよりざま、 「おうッ、巽小文治《たつみこぶんじ》どの、龍太郎《りゆうたろう》が助《すけ》太刀《だち》もうすぞ」 「加賀見忍剣《かがみにんけん》これにあり、いで! 目にものみせてくれよう」  とばかり、呂宋兵衛の前後からおッつつんだ。  さすがのかれも、ついにあわてだした。そして、一太刀も合わせず、ふいに忍剣の側《わき》をくぐって疾風《しつぷう》のように逃げだした。 「待てッ」  すばやくとびかかった龍太郎が、戒刀《かいとう》の切《き》ッ先するどく薙《な》ぎつけると、呂宋兵衛はふりかえって、右手の鎧通《よろいどお》しを手裏剣《しゆりけん》がわりに、 「えいーッ」  気合《きあ》いとともに投げつけた。  龍太郎《りゆうたろう》は身をしずめながら、刀のみねで、ガラリとそれをはらい落とした。  と、なにごとだろう?  ピラピラと、魚鱗《ぎよりん》のような閃光《せんこう》をえがいて飛んできた鎧通《よろいどお》しが、龍太郎の太刀《たち》にあたると同時に、銀粉《ぎんぷん》のふくろが切れたように、粉々《こなごな》とくだけ散って、あたりはにわかに、月光と霧《きり》につつまれたかのようになった。 「や、や。あやしい妖気《ようき》」 「きゃつはキリシタンの幻術師《げんじゆつし》、かたがたもゆだんするな」 「この忍剣《にんけん》にならって、破邪《はじや》のかたちをおとり召されい」  と、まッさきに忍剣が、大地にからだをピッタリ伏《ふ》せ、地から上をすかしてみると、いましも、黒い影がするするとあなたへ足をはやめている。 「おのれッ」  とびついていった忍剣の禅杖《ぜんじよう》が、力いッぱい、ブーンとうなった。とたんに、一|陣《じん》の怪風——そして、わッ、と、さけんだのはまぎれもない呂宋兵衛《るそんべえ》である。  たしかに手ごたえはあったらしいが、かれもさるもの、すばやく隠形《おんぎよう》の印《いん》をむすび、縮地飛走《しゆくちひそう》の呪《じゆ》をとなえるかと見れば、たちまち雷獣《らいじゆう》のごとく身をおどらせ、おどろく人々の眼界から、一気に二、三町も遠くとびさってしまった。 「あ、あ、あ、あ、あ!」とさすがの忍剣も、龍太郎《りゆうたろう》もそのゆくえを、ただ見まもるばかり。  目《ま》ばたきするまに、二、三町もとんだ呂宋兵衛《るそんべえ》のあとには、うすい虹《にじ》か、あわい霧《きり》のようなものが一すじ尾をひいてのこった。     四  いつまで見送って、たがいに歯がみしていたところで及ばぬことと、忍剣《にんけん》は一同をはげました。そして、そこにたおれている、伊那丸《いなまる》と咲耶子《さくやこ》とに、手当《てあて》を加えた。  さいわいに、ふたりはさしたる重傷《ふかで》を受けていたのではなかった。けれど、やがて気がついてから、賊将《ぞくしよう》、呂宋兵衛をとり逃がしたと知って、無念がったことは、ほかの者より強かった。ことに、伊那丸は父ににて勝気《かちき》なたち。 「かれらの策《さく》におちて、おくれをとったときこえては、のちの世まで武門の名おれ。わしはどこまでも、呂宋兵衛のいくところまで追いつめて、かれの首を見ずにはおかぬ。民部《みんぶ》、止《と》めるなッ」  いいすてるが早いか、馬の鞍《くら》つぼをたたいて、まっしぐらに走りだした。と咲耶子も、 「お待ちあそばせや、伊那丸さま。人穴《ひとあな》の殿堂は、この咲耶子が空《そら》んじている道、踏みやぶる間道《かんどう》をごあんないいたしましょうぞ」  手綱《たづな》をあざやかに、ひらりと駒《こま》におどった武装《ぶそう》の少女は一鞭《ひとむち》あてるよと見るまに、これも、伊那丸にかけつづいた。  ことここにいたっては、思慮《しりよ》ぶかい小幡民部《こばたみんぶ》も、もうこれまでである、いちかばちかと、決心して、 「加賀見忍剣《かがみにんけん》どの。木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》どの」  と声高らかに呼ばわった。 「おお」 「おおう」 「そこもとたちふたりは、若君の右翼左翼《うよくさよく》となり、おのおの二十名ずつの兵を具《ぐ》して、おそばをはなれず、ご先途《せんど》を見とどけられよ、早く早く」 「かしこまッた」  軍師《ぐんし》に礼をほどこして、ふたりは馬に鞭《むち》をくれる。 「つぎに山県蔦之助《やまがたつたのすけ》どの。巽小文治《たつみこぶんじ》どの」 「おう」 「おう」 「ご両所たちは搦手《からめて》の先陣。まず小文治どのは槍組《やりぐみ》十五名の猛者《もさ》をつれて、人穴《ひとあな》の殿堂よりながれ落ちている水門口をやぶり、まッ先に洞門《どうもん》のなかへ斬りこまれよ」 「心得《こころえ》た」  小文治《こぶんじ》は朱柄《あかえ》の槍《やり》をひッかかえて、十五名の力者《りきしや》をひきつれ、人穴をさして、たちまち草がくれていく。 「さて蔦之助《つたのすけ》どの、そこもとは残る十七名の兵をもって、一隊の弓組《ゆみぐみ》をつくり、殿堂をかこい嶮所《けんしよ》に登って廓《くるわ》のなかへ矢を射《い》こみ、ときに応《おう》じ、変にのぞんで、奇兵《きへい》となって討ちこまれい!」 「承知《しようち》いたしました」 「拙者《せつしや》は、のこりの者とともに後詰《ごづめ》をなし、若君の旗本、ならびに、総攻めの機《き》をうかがって、その時ごとに、おのおのへ合図《あいず》をもうそう。さらばでござる」  軍配《ぐんばい》のてはずを、残りなくいいわたした民部《みんぶ》は、ひとりそこに踏《ふ》みとどまり、人穴攻《ひとあなぜ》めの作戦|図《ず》を胸にえがきながら、無月《むげつ》の秋の空をあおいで、 「敗るるも勝つも、小幡民部《こばたみんぶ》の名は、おしくもなき一|介《かい》の軍配《ぐんばい》とりじゃ。しかし……しかし伊那丸《いなまる》さまは大せつな甲斐源氏《かいげんじ》の一粒種《ひとつぶだね》、あわれ八幡《はちまん》、あわれ軍《いくさ》の神々、力わかき民部の采配《さいはい》に、無辺《むへん》のお力をかしたまえ」  正義の声は、いつにあっても、だれの口からほとばしっても、ほがらかなものである。     五  英気をやしなうため、宵《よい》のくちに、ほんのちょっと寝ておくつもりだった竹童《ちくどう》は、いつか鼻《はな》から提灯《ちようちん》をだしてわれにもなく、大いびき。  このぶんでほっておいたら、かならずや、夜が明けるのも知らずに寝ているにちがいない。  ところが、好事魔《こうじま》おおし、せっかくの白河夜船《しらかわよふね》を、何者とも知れず、ポカーンと頬《ほ》っぺたをはりつけて、かれの夢をおどろかさせた者がある。 「あ痛《いた》ッ、アた、た、た、た!」  ねぼけ眼《まなこ》ではねおきた竹童《ちくどう》は、むちゃくちゃに腹が立ったと見えて、いつにない怒《おこ》りようだ。 「おいッ、おいらをぶんなぐったのは、いったいどこのどン畜生《ちくしよう》だ、さアかんべんできない、ここへでろ、おいらの前へでてうせろッ」  あまり太くもない腕《うで》をまくりあげて、そこへ|しゃちこ《ヽヽヽヽ》張ったのはいいが、竹童、まだなにを寝ぼけているのか、そこにいた人の顔を見ると、急にすくんで、膝《ひざ》ッ子のまえをかきあわせ、ペコペコお辞儀《じぎ》をしはじめたものだ。 「竹童、おまえは大そう強そうに怒《おこ》るな」 「はい……」 「どうした。おいらの前へでてうせろといばっておったではないか。なぐったわしはここにいる」 「はい、いいえ……」 「不埒者《ふらちもの》めがッ」  なんのこと、あべこべにまた叱《しか》られた。  もっとも、それはべつだんふしぎなことではない。いつのまにか、ここにきていた人間は、竹童《ちくどう》が小太郎山《こたろうざん》にいることとばかり思っていた、果心居士《かしんこじ》その人だったのだ。  しかし、いくら飛走の達人《たつじん》でも、どうして、いつのまにこんなところへきたんだろうと、竹童はじぶんのゆだんをつねって、目ばかりパチパチさせている。  けれど、なんとしても、このお師匠《ししよう》さまは人間じゃあない。ほとんど神さま、このおかたに会ってはかなわないから、三どめの大目玉をいただかないうちに、なんでもかでも、こっちからあやまってしまうほうが先手《せんて》だと、そこは竹童もなかなかずるい。 「お師匠さま。お師匠さま。どうもすみませんでございました。お使い先で、グウグウ寝てしまったのは、まったくこの竹童、悪いやつでございました。どうぞごかんべんなされてくださいまし」 「横着《おうちやく》な和子《わこ》ではある。わしのいう叱言《こごと》を、みんなさきにじぶんからいってしまう」 「いいえ、お師匠さまの叱言よけではございませんが、ひとりでに、じぶんが悪かったと、ピンピン頭へこたえてくるのでございます」 「しかたのないやつ」  果心居士も竹童の叱言には、いつも途中から苦笑《くしよう》してしまった。 「けれど、叱言ではないが——そちも大せつな使者に立った者ではないか。なぜ、伊那丸《いなまる》さまのご先途《せんど》まで見とどけてくるか、あるいは、ひとたび小太郎山まで立ち帰ってきて、ようすはこれこれとわしに返辞《へんじ》を聞かせぬのじゃ」 「はい。ですからわたしは、しばらくここに寝こんでいて、夜中にみなさまがここをでる時、ご一しょについていって見ようと思っていたのでござります」 「たわけ者め。そのご一同がどこにいる?」 「えッ」  竹童《ちくどう》は始めてあたりを見まわし、 「おや? もう子《ね》の刻《こく》が過ぎたのかしら、伊那丸《いなまる》さまもお見えにならず、忍剣《にんけん》さまも、……蔦之助《つたのすけ》さまもおかしいなあ、だれもいないや。お師匠《ししよう》さま、みなさまはもう戦《いくさ》にでておしまいなされたのでしょうか?」 「もう子の刻もとッくにすぎ、裾野《すその》の戦《いくさ》も一|段落《だんらく》となっているわ」 「アアしまった! しまった! すッかり寝こんでなにも知らなかった。お師匠さま、竹童はどうしてこういつまでおろかなのでござりましょう」 「どうじゃ。わしに打たれたのがむりと思うか」 「けっしてごむりとは思いません。これからこんなゆだんをいたしませんように、もっとたくさんおぶちなされてくださいまし」 「よいよい。それほどに気がつけば、本心にこたえたのじゃろう。ところで竹童、また大役があるぞ」 「もうたくさん寝ましたから、どんなむずかしいご用でも、きッとなまけずに勤めまする」 「む、ほかではないが、こよいの計略《けいりやく》は呂宋兵衛《るそんべえ》の妖術《ようじゆつ》にやぶられ、いままた、伊那丸《いなまる》さまはじめ、その他の旗本《はたもと》たちは人穴《ひとあな》の殿堂さして攻めのぼっていった。しかし、かれには二千の野武士《のぶし》があり、幾百の猛者《もさ》、幾十人の智者軍師《ちしやぐんし》もいることじゃ。なかなか七十人や八十人の小勢《こぜい》でおしよせたところで、たやすく嶮所《けんしよ》の廓《くるわ》は落ちまいと思う」 「わたくしもあのなかを見てきましたが、どうしてどうして、おそろしい厳重《げんじゆう》な山荘《さんそう》でございました」 「それゆえ、力で押さず、智でおとす。しかし、智にたよって勇をうしなってもならぬゆえ、わざと伊那丸さまにはお知らせいたさず、そちにだけ第二の密計《みつけい》をさずけるのじゃ。竹童《ちくどう》、耳を……」 「はい」  とすりよると、果心居士《かしんこじ》は白髯《はくぜん》につつまれた唇《くちびる》からひそやかに、二言三言《ふたことみこと》の秘策《ひさく》をささやいた。  それが、いかにおどろくべきことであったかは、すぐ聞いている竹童の目の玉にあらわれて、あるいは驚嘆《きようたん》、あるいは壮感《そうかん》、あるいは危惧《きぐ》の色となり、せわしなく、瞳《ひとみ》をクルクル廻転させた。 「よいか、竹童!」  はなれながら、果心居士《かしんこじ》はさいごにいった。 「一心になって、おおせの通りやりまする」 「そのかわり、この大役を首尾《しゆび》よくすましたら、伊那丸《いなまる》さまにおねがいして、そちも武士《ぶし》のひとりに取り立てて得《え》さすであろう」 「ありがとうござります。お師匠《ししよう》さま、侍《さむらい》になれば、わたくしでも、刀がさせるのでござりましょうね」 「差せるさ」 「差したい! きッと差してみせるぞ」  竹童は、その興奮《こうふん》で立ちあがった。  しかし、かれのひきうけた大役とはいったいなんだろう。もとより鞍馬山霊《くらまさんれい》の気をうけたような怪童子《かいどうじ》、あやぶむことはあるまいが、居士《こじ》の口吻《こうふん》からさっしても、ことなかなか容易《ようい》ではないらしい。   早足《はやあし》の燕作《えんさく》     一  夜もすがら、百八ヵ所で焚《た》きあかしているかがり火のため、人穴城《ひとあなじよう》の殿堂《でんどう》は、さながら、地獄《じごく》の祭のように赤い。  和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》たちが、おおきな十字架《じゆうじか》をささげて、層雲《そううん》くずれの祈祷《きとう》にでていったあとは、腹心の轟又八《とどろきまたはち》が軍奉行《いくさぶぎよう》の格《かく》になって、伊那丸《いなまる》と咲耶子《さくやこ》をうつべき、明日《あす》の作戦に忙殺《ぼうさつ》されていた。 「東の空がしらみだしたら一番|貝《がい》、勢《せい》ぞろいの用意とおもえ。富士川が見えだしたら、二番貝で部署《ぶしよ》につき、三番貝はおれがふく。同時に、八方から裾野《すその》へくだって、時刻時刻の合図《あいず》とともに、遠巻《とおま》きの輪《わ》をちぢめて、ひとりあまさず討ってとる計略《けいりやく》。かならずこの手はずをわすれるなよ」  一同へ軍令をおわった轟又八は、やや得意ないろで広場にたち、あすの天候を観測《かんそく》するらしいていで、暗天を見あげていたが、ふと、なにがしゃくにさわったのか、 「ふふん、この闇《やみ》の晩に、なにが見えるんだ。バカ軍師《ぐんし》め、人のせわしさも知らずに、まだあんなところでのんき面《づら》をかまえていやがる」  上のほうへはきだすようにつぶやき、そのまま、殿堂の物《もの》の具部屋《ぐべや》へ隠れてしまった。  又八をして、ぷんぷんと怒らせたものとは、いったいなんであろうか——と空をあおいで見ると、炎々《えんえん》とのぼるかがりの煙にいぶされて、高い櫓《やぐら》がそびえていた。そのてッぺんに、さっきから、ひとりの影が立っている。  山寨《さんさい》の軍師、丹羽昌仙《にわしようせん》であった。  轟《とどろき》又八がバカ軍師とののしったわけである。昼間《ひるま》から、攻守両意見にわかれて、反対していたのだ。そこで昌仙《しようせん》は詮《せん》なきこととあきらめたか、呂宋兵衛《るそんべえ》が裾野《すその》をでるとすぐ、軍備にはさらにたずさわらず、継子《ままこ》のように、ひとり望楼《ぼうろう》のいただきへあがって、寂然《じやくねん》とたちすくみ、四|顧《こ》暗々《あんあん》たる裾野をにらみつめている。  かれは、さっさつたる高きところの風に吹かれながら、そも、なにをみつめているのだろうか。  星こそあれ、無月荒涼《むげつこうりよう》のやみよ。——おお、はるかに焔《ほのお》の列が蜿々《えんえん》とうごいていく。呂宋兵衛らの祈祷《きとう》の群れだ、火の行動は人の行動。ちりぢりになる時も、かたまる時も、しずかな時も、さわぐ時も、なるほど、ここにあれば手にとるごとくわかる。  と、なににおどろいたものか、昌仙の顔いろが、サッと変って、ふいに、 「あああ」  と望楼の柱につかまりながら身をのばした。見れば、はるかかなたの火が、風に吹き散らされた蛍《ほたる》のごとく、算《さん》をみだしてきはじめたのだ。 「むウ」  思わず重くるしいうめき声。 「しまった! あの竹童《ちくどう》という小僧《こぞう》の奇策《きさく》にはかられた。もうおそい——」  と、かれがもらした痛嘆《つうたん》のおわるかおわらぬうち、遠き闇《やみ》にあたって、ズーンと立った一道の火柱《ひばしら》、それが消えると、一点の微光《びこう》もあまさず、すべてを暗黒がつつんでしまった。 「それ見ろ! このほうがいったとおりだッ」  昌仙《しようせん》は手をのばして、いきなり天井《てんじよう》へ飛びつき、そこにたれていた縄《なわ》の端《はし》をグイと引いた。と、——人穴城《ひとあなじよう》の八方にしかけてある自鳴鉦《じめいしよう》がいっせいに、ジジジジジジジジッ……とけたたましく鳴り渡る。  これ、大手《おおて》一の門《もん》二の門三の門、人穴門《ひとあなもん》、水門、間道門《かんどうもん》の四つの口、すべて一時に護《まも》るための手配《てはい》。いうまでもなく出門《しゆつもん》は厳禁。無断《むだん》持場《もちば》をうごくべからず——の軍師合図《ぐんしあいず》。  さらに、櫓番《やぐらばん》へ声をかけて、部下の一人で、もと道中かせぎの町人であった、燕作《えんさく》という者をよびあげ、かねて用意しておいたらしい一通の密書《みつしよ》をさずけた。  そして口ぜわしく、 「これを一|刻《こく》もはやく羽柴秀吉《はしばひでよし》どのにわたしてこい。ぐずぐずいたしておると、この山寨《さんさい》から一歩もでられなくなる。すぐいけよ、なんのしたくもしていてはならんぞ」  と、いいつけた。  燕作は、野武士《のぶし》の仲間から、韋駄天《いだてん》といわれているほど足早《あしばや》な男。頭《ず》をさげて、昌仙からうけた密書をふところへ深くねじおさめ、 「へい、承知《しようち》いたしました。ですが、その秀吉さまは、山崎の合戦《かつせん》ののち、いったいどこのお城にお住《すま》いでござりましょうか」 「近江《おうみ》の安土《あづち》か、長浜の城か、あるいは京都にご滞在《たいざい》か、まずこの三つを目指《めざ》していけ」 「合点《がつてん》です。では——」  と立って、クルリとむきなおるが早いか、韋駄天《いだてん》の名にそむかず、飛鳥《ひちよう》のように望楼《ぼうろう》をかけおりていった。     二  ふいに自鳴鉦《じめいしよう》を聞いた轟《とどろき》又八は、青筋《あおすじ》をかんかんに立てて立腹した。 「こっちで攻めだす用意をしているのに、どこまでもおれに楯《たて》をつくふつごうな丹羽昌仙《にわしようせん》。軍師《ぐんし》といえどもゆるしておいてはくせになる」  恐ろしい血相《けつそう》で、望楼の登り口へかけよってくると、出合《であ》いがしらに、上からゆうゆうと昌仙がおりてきた。 「おお、轟、籠城《ろうじよう》の用意は手ぬかりなかろうな」 「だまれ。いつ頭領《かしら》から籠城の用意をしろとおふれがでた。しかも、夜が明けしだいに、裾野《すその》へ討ってでるしたくのさいちゅうだわ」 「ならぬ! 呂宋兵衛《るそんべえ》さまから軍配《ぐんばい》を預っている、この昌仙がさようなことはゆるさぬ。七つの門は一寸たりともあけることまかりならんぞ」 「めくら軍師ッ。かしらの呂宋兵衛さまも帰らぬうち、洞門《どうもん》を閉《し》めてしまってどうする気だ」 「いまにみよ、祈祷《きとう》にでたものはちりぢりばらばら、呂宋兵衛《るそんべえ》さまも手傷《てきず》をうけて命《いのち》からがら立ちかえってくるであろうわ」 「ばかばかしい! そんなことがあってたまるものか」  と又八が大口《おおぐち》をあいてあざわらっていると、折もおりだ。祈祷の列に加わっていった足助主水正《あすけもんどのしよう》と佐分利《さぶり》五郎次などが、さんばら髪に、血汐《ちしお》をあびて逃げかえってきた。 「やア、その姿は——?」  今もいまとて、強情《ごうじよう》をはっていた轟又八、目をみはってこうさけぶと、裾野《すその》から逃げかえってきた者どもは声をあわせて、 「一大事、一大事。まんまと敵の計略におちいって、頭領《かしら》のご生死もわからぬような総くずれ——」  つづいて逃げてきた手下の口から、 「伊那丸《いなまる》じしんが先手《せんて》となり、小幡民部《こばたみんぶ》が軍師《ぐんし》となって、もうすぐここへ攻めよせてくるけはい」  と報告された。さらにあいだも待たず、 「あやしいやつが二、三十人ばかり、嶮岨《けんそ》をよじ登って、人穴《ひとあな》の裏《うら》へまわったようす」 「前面の雨《あま》ケ岳《たけ》にも、軍兵《ぐんぴよう》の声がきこえてきた。水門口のそとでも、鬨《とき》の声があがった——」  一刻一刻と、矢のような注進。  そのごうごうたるさわぎのなかへ、風に乗ってきたごとく、こつぜんと走りかえってきた和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》は、一同にすがたを見せるよりはやく、 「なにをうろたえまわっているかッ、洞門《どうもん》をまもれ、水門へ人数をくばれ、バカッ、バカッ、バカッ」  八方《はつぽう》へ狂気のごとくどなりつけた。そのくせ、かれじしんからして衣《ころも》はさかれ目は血ばしり、おもては青味《あおみ》をおびて、よほど度を失っているのだからおかしい。  昌仙《しようせん》は、それ見ろ、といわんばかり、 「おさわぎなさるな、頭領《かしら》。大方《おおかた》こんなこととぞんじて、すでに手配《てはい》はいたしておきました」 「おお軍師《ぐんし》。こののちはかならず御身《おんみ》のことばにそむくまい。どうか寄手《よせて》のやつらを防ぎやぶってくれ」 「ご安堵《あんど》あれ、北条流《ほうじようりゆう》の蘊奥《うんおう》をきわめた丹羽昌仙《にわしようせん》が、ここにあるからは、なんの、伊那丸《いなまる》ごときにこの人穴《ひとあな》を一歩も踏《ふ》ませることではござらぬ」  轟《とどろき》又八は、いつのまにか、こそこそと雑兵《ぞうひよう》のなかへ姿をかくしてしまった。     三  はやくも、一の洞門に鬨《とき》の声があがる。  まッ先に攻めつけてきたのは武田伊那丸《たけだいなまる》であった。要所のあんないは咲耶子《さくやこ》。すぐあとから、加賀見忍剣《かがみにんけん》と木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》のふたりが、右翼《うよく》左翼の力をあわせて、おのおの二十人ほどひきつれ、えいや、えいや、洞門《どうもん》の前へおしよせてきた。  いっぽう——人穴《ひとあな》から、どッと流れおちている水門口へかかった巽小文治《たつみこぶんじ》は、槍《やり》ぞろい十五名の部下をつれて、水門をぶちこわそうとしたが、頭の上へガラガラと岩や大木を投げつけてくるのに悩《なや》まされた。のみならず、水門には、頑丈《がんじよう》な鉄柵《てつさく》が二重になっているうえ、足場《あしば》のわるい狭隘《きようあい》な谿谷《けいこく》である。おまけに、全身水しぶきをあびての苦戦は一通《ひととお》りでない。  うら山の嶮《けん》にのぼって、殿堂へ矢を射《い》こもうとした山県蔦之助《やまがたつたのすけ》以下の弓組も、とちゅう、おもわぬ道ふさぎの柵《さく》にはばめられたり、八方《はつぽう》わかれの謎道《なぞみち》にまよわされたりして、やっとたどりついたが、はやくもそれと知った丹羽昌仙《にわしようせん》が、望楼《ぼうろう》のうえから南蛮銃《なんばんじゆう》の筒口《つつぐち》をそろえて、はげしく火蓋《ひぶた》を切ってきた。  丹羽昌仙の北条流《ほうじようりゆう》の軍配《ぐんばい》と、二千の野武士《のぶし》と、この天嶮無双《てんけんむそう》な砦《とりで》によった人穴《ひとあな》の賊徒《ぞくと》らは、こうしてビクともしなかった。  ついにむなしくその夜は明けた。——二日目もすぎた。三日目にも落とすことができなかった。ああなにせよ小勢《こぜい》、いかに伊那丸があせっても、しょせん、百人足らずの小勢では洞門ひとつ突き破ることもむずかしそうである。 「民部《みんぶ》、わしはこんどはじめて、戦《いくさ》の苦しさを知った。あさはかな勇にはやったのが恥《はず》かしい。しかし武夫《もののふ》、このまま退《ひ》くのは残念じゃ」  前面の高地、雨ケ岳を本陣として、ひとまず寄手《よせて》をひきあげた伊那丸《いなまる》が、軍師《ぐんし》小幡民部《こばたみんぶ》とむかい合って、こういったのがちょうど九日目。 「ごもっともでござります」民部も軍扇《ぐんせん》を膝《ひざ》について、おなじ無念にうつむきながら思わず、 「ああ、ここにもう二、三百の兵さえあれば、策《さく》をかえて、一つの戦略をめぐらすことができるのだが」  とつぶやくと、伊那丸も同じように、嘆《たん》をもらして、 「そのむかし、武田菱《たけだびし》の旗の下《もと》には、百万二百万の軍兵《ぐんぴよう》が招《まね》かずしてあつまったものを」 「また、わが君のおうえにも、かならず輝きの日がまいりましょう。いや、不肖《ふしよう》民部の身命《しんめい》を賭《と》しましても、かならずそういたさねば相なりませぬ」 「うれしいぞ民部。けれど、みすみす敵を目のまえにしながら、わずか七、八十人の味方とともにこのありさまでいるようでは……」  と無念の涙をたたえていると、いままで、うしろに黙然《もくねん》としていた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》が、なに思ったか、 「伊那丸さま——」  とすすみだして、 「どうぞ某《それがし》に四日のお暇《いとま》をくださいますよう」  といいだした。 「なに四日の暇をくれともうすか」 「されば、ただいま民部どのが、欲《ほ》しいとおっしゃっただけの兵を、かならずその日限《にちげん》のうちに、若君のおんまえまで召《め》しあつめてごらんにいれまする」 「おお龍太郎どの——」  と民部は、うれしそうな声と顔をひとつにあげて、 「民部、畢生《ひつせい》の軍配《ぐんばい》のふりどき、ぜひともごはいりょをおねがいもうすぞ」 「しかし、いまの戦国|多端《たたん》のときに、二、三百の兵を四日にあつめてくるのは容易《ようい》でないこと。龍太郎、それはまちがいないことか……」  伊那丸《いなまる》は気づかわしそうな顔をした。  が龍太郎はもう立ちあがって、敢然《かんぜん》と礼《れい》をしながら、 「ちと心算《しんさん》もござりますゆえ、なにごとも拙者《せつしや》の胸におまかせをねがいます。ではわが君、民部どの、きょうから四日のちに、三百人の軍兵《ぐんぴよう》とともにお目にかかるでござりましょう」  仮屋《かりや》の幕《まく》をしぼって、陣をでた木隠龍太郎は、みずから「項羽《こうう》」と名づけた黒鹿毛《くろかげ》の駿馬《しゆんめ》にまたがり、雨ケ岳の山麓《さんろく》から真一文字《まいちもんじ》に北へむかった。  すると、かれのすがたを見かけた者であろうか、 「おおうい。おおうい木隠《こがくれ》どの——」  と呼《よ》びかけてくる者がある。駒《こま》をとめてふとふりかえると、本栖湖《もとすこ》のほうから槍組《やりぐみ》二隊をひきつれてそこへきた巽小文治《たつみこぶんじ》が、せんとうに朱柄《あかえ》の槍をかついで立ち、 「おそろしい勢いで、どこへおいでなさるのじゃ」  とふしぎそうにかれを見あげた。 「おお小文治《こぶんじ》どのか、拙者《せつしや》はにわかに大役をおびて、これから小太郎山《こたろうざん》へ立ちかえるところだ」 「ふーむ、ではいよいよ人穴攻《ひとあなぜ》めは断念《だんねん》でござるか」 「どうしてどうして。ほんとうの合戦《かつせん》はこれから四日目だ。なにしろいそぎの出先《でさき》、ごめん——」 「おお待ってくれ。いったいなんの用で小太郎山へお帰り召《め》さるのじゃ」  と小文治《こぶんじ》がききかえすまに、駿馬項羽《しゆんめこうう》のかげは木隠をのせて、疾風《しつぷう》のごとく遠ざかってしまった。  難攻不落《なんこうふらく》の人穴攻めは、こうしてあと四日ののちを待つことになった。しかし、伊那丸《いなまる》や、忍剣《にんけん》や民部《みんぶ》などの七将星のほかに、果心居士《かしんこじ》の秘命《ひめい》をうけている竹童《ちくどう》は、そもそもこの大事なときを、どこでなにをまごまごしているのだろう。  いくらのんきな竹童でも、まさか、お師匠《ししよう》さまの叱言《こごと》をわすれて、裾野《すその》の野うさぎなんかと、すすきのなかでグウグウ昼寝もしていまいが、もういいかげんに、なにかやりだしてもよいじぶん。  ぐずぐずしていれば、丹羽昌仙《にわしようせん》の密使《みつし》が、秀吉《ひでよし》のところへついて、いかなる番狂《ばんくる》わせが起ろうも知れず、四日とたてば、木隠《こがくれ》龍太郎の吉左右《きつそう》もわかってくる。どっちにしても、ここ二、三日のうちに果心居士《かしんこじ》の命《めい》をはたさなければ、こんどこそ竹童、鞍馬山《くらまやま》から追《お》ンだされるにきまっている。     四  安土《あづち》の山は焼け山だ。  安土の城も半分は焼けくずれている。  岩は赭《あか》くかわき、石垣はいぶり、樹木の葉は、みなカラカラ坊主《ぼうず》になって黒い幹《みき》ばかりが立っていた。  その石段を、ぴょい、ぴょい、ぴょい。まるでりすのようなはやさでかけのぼっていったのは、竹《たけ》ノ子笠《こがさ》に道中合羽《どうちゆうがつぱ》をきて旅《たび》商人《あきんど》にばけた丹羽昌仙の密使、早足《はやあし》の燕作《えんさく》だ。  中途《ちゆうと》でちょっと小手をかざし、四方をながめまわして、 「ああ変るものだなあ。戦国の世の中ほど、有為転変《ういてんぺん》のはやいものはない。どうだい、ついこの夏までは、右大臣織田信長《うだいじんおだのぶなが》の居城《きよじよう》で、この山の緑《みどり》のなかには、すばらしい金殿玉楼《きんでんぎよくろう》が見えてよ、金の鯱《しやち》や七|重《じゆう》のお天主《てんしゆ》が、日本中をおさえてるようにそびえていた安土城《あづちじよう》だ。それが、たった一日でこのありさま。おもえば明智光秀《あけちみつひで》という野郎《やろう》も、えらい魔火《まび》をだしやあがったものだなア……」  燕作《えんさく》でなくても、ひとたびここに立って、一|朝《ちよう》の幻滅《げんめつ》をはかなみ、本能寺変《ほんのうじへん》いらいの、天下の狂乱をながめる者は、だれか、惟任《これとう》日向守《ひゆうがのかみ》の大逆《たいぎやく》をにくまずにいられようか。  けれど、その光秀《みつひで》じしん、悪因悪果《あくいんあつか》、土寇《どこう》の竹槍《たけやり》にあえない最期《さいご》をとげてしまった。で、いまではこの安土城《あづちじよう》のあとへ、信長《のぶなが》の嫡孫《ちやくそん》、三法師丸《さんぼうしまる》が清洲《きよす》からうつされてきて、焼けのこりの本丸《ほんまる》を修理し、故《こ》右大臣家《うだいじんけ》の跡目《あとめ》をうけついでいる。  だが、三法師君は、まだきわめて幼少であったため、もっぱら信長の遺業《いぎよう》を左右し、後見人《こうけんにん》となっている者はすなわち、ここ、にわかに大鵬《たいほう》のかたちをあらわしてきた左少将羽柴秀吉《さしようしようはしばひでよし》。——つまり、早足《はやあし》の燕作《えんさく》が、はるばる尋ねてきたその人である。 「おっと、見物は帰りみちのこと、なにしろ役目を果さないうちは気が気じゃない……」  と燕作は、ふたたび笠《かさ》の|ふち《ヽヽ》をおさえながら、一|散《さん》に石段から石段をかけのぼっていくと、 「こらッ」  といきなり合羽《かつぱ》の襟《えり》をつかまれた。 「へ、へい」  とびっくりしてふりかえると、具足《ぐそく》をつけた侍《さむらい》——いかにも強そうな侍だ。  槍《やり》の石突《いしづ》きをトンとついて、 「どこへいく? きさまのような町人がくるところじゃない。もどれッ」  とにらみつけた。  すると、焼《や》け崩《くず》れの土塀《どべい》のかげからさらに、りっぱな武将が四、五人の足軽《あしがる》をつれて見廻りにきたが、この|てい《ヽヽ》を見ると、つかつかとよってきて、 「才蔵《さいぞう》、それは何者じゃ」  とあごでしゃくった。 「ただいま、取り調べているところでござります」 「うむ、お城のご普請中《ふしんちゆう》をつけこんで、雑多《ざつた》なやつがまぎれこむようすじゃ。びしびしと締《し》めつけて白状《はくじよう》させい」  燕作《えんさく》はおどろいた。  そのびしびしのこないうちにと、あわてて密書《みつしよ》を取りだし、 「もしもし、わたくしはけっしてあやしい人間じゃあございません。この通り秀吉《ひでよし》さまへ大事なご書面を持ってまいりましたもの、どうぞよろしくお取次《とりつ》ぎをねがいます。へい、これでございます」 「どれ」  武将は受けとって、と見、こう見、やがて、うなずいてふところに入れてしまった。 「よろしい。帰っても大事ない」 「へい……」  燕作《えんさく》はもじもじして、 「ですが、しつれいでございますが、あなたさまはいったい、どなたでござりましょうか、お名まえだけでもうかがっておきませんと、その……」 「それがしは秀吉公《ひでよしこう》の家臣、福島市松《ふくしまいちまつ》だわ」 「あ、正則《まさのり》さま」  と、燕作はとびあがって、 「それなら大安心、これでわたくしの荷《に》も降《お》りたというわけ。ではみなさんごめんなさいまし、さようなら」  いま、ツイそこでおじぎをしていたかと思うまに、もう燕作のすがたは、松の樹《こ》がくれに小さくなって、琵琶湖《びわこ》のほうへスタコラと歩いていた。 「おそろしい足早《あしばや》な男もあるもの——」  福島正則は、家来の可児才蔵《かにさいぞう》と顔をあわせて、しばし、あきれたように竹ノ子|笠《がさ》を見送っていた。   吹針《ふきばり》の蚕婆《かいこばばあ》     一  うえの羽織《はおり》は、紺地錦《こんじにしき》へはなやかな桐散《きりぢら》し、太刀《たち》は黄金《こがね》づくり、草色の革《かわ》たびをはき、茶筌髷《ちやせんまげ》はむらさきの糸でむすぶ。すべてはでずきな秀吉《ひでよし》が、いま、その姿《すがた》を、本丸《ほんまる》の一室にあらわした。  そこでかれは、腰へ手をまわし、少し背《せ》なかを丸くして、しきりに壁《かべ》をにらんでいる。達磨大師《だるまだいし》のごとく、いつまでもあきないようすで、一心に壁とむかいあっている。  飯《めし》をかむまもせわしがっているほどの秀吉が、にらみつめている以上、壁もただの壁ではない。縦《たて》六尺あまり横《よこ》三|間余《げんよ》のいちめんにわたって、日本全土、群雄割拠《ぐんゆうかつきよ》のありさまを、青、赤、白、黄などで、一|目瞭然《もくりようぜん》にしめした大地図の壁絵。——さきごろ、絵所《えどころ》の工匠《こうしよう》を総《そう》がかりで写《うつ》させたものだ。 「あるある。安土《あづち》などよりはぐんとよい地形がある。まず秀吉が住むとなれば、この摂津《せつつ》の大坂《おおさか》だな……」  この地図を見ていると、秀吉はいつもむちゅうだ。青も赤も黄色も眼中にない、かれの目にはもう一色《ひといろ》になっているのだ。 「関東には一ヵ所よい場所があるな。しかし、西国《さいごく》の猛者《もさ》どもをおさえるにはちと遠いぞ。——お、これが富士《ふじ》、神州《しんしゆう》のまン中に位《くらい》しているが、裾野《すその》一帯《いつたい》から、甲信越《こうしんえつ》の堺《さかい》にかけて、無人《むじん》の平野、山地の広さはどうだ。うむ……なかなかぶっそうな場所が多いわ」  ひとり語《ごと》をもらしながら、若いのか爺《じじ》いなのか、わからぬような顔をちょっとしかめていると、 「秀吉《ひでよし》どの——」  かるく背《せ》なかをたたいた人がある。 「おお」  われに返ってふりむくと、いつのまにきていたのか、それは右少将徳川家康《うしようしようとくがわいえやす》であった。 「だいぶ、ご熱心なていに見うけられまするのう」 「はッはッはははは。いや|ほん《ヽヽ》のたいくつまぎれ。それより家康どのには、近ごろめずらしいご登城《とじよう》」 「ひさしく三法師君《さんぼうしぎみ》にもご拝顔いたしませぬので、ただいまごきげんうかがいをすまして、お暇《いとま》をいただいてまいりました。時に、話はちがいまするが、さきごろ、秀吉どのには世にもめずらしい品《しな》をお手に入《い》れたそうな」 「はて? なにか茶道具の類《るい》のお話でもござりますかな」 「いやいや。武田家《たけだけ》につたわる天下の名宝、御旗楯無《みはたたてなし》の二品《ふたしな》をお手に入《い》れたということではござりませぬか」 「あああれでござるか、いや例の好《この》みのくせで、求めたことは求めましたが、さて、なんに使うということもできない品《しな》で、とんだ背負物《しよいもの》でござる。あはははははは」  と、秀吉《ひでよし》は、こともなく笑ってのけたが、家康《いえやす》にはいたい皮肉《ひにく》である。穴山梅雪《あなやまばいせつ》に命じて、じぶんの手におさめようとした品《しな》を、いわば不意に、横からさらわれたような形。  しかし、秀吉はそんな小さな皮肉のために、黄金《おうごん》千枚を積《つ》んで買いもとめたわけでもなく、また決して、御旗楯無《みはたたてなし》の所有慾《しよゆうよく》にそそられたものでもない。要は和田|呂宋兵衛《るそんべえ》という野武士《のぶし》の潜勢力《せんせいりよく》を買ったのだ。  清濁《せいだく》あわせ呑《の》む、という筆法で、蜂須賀小六《はちすかころく》の一族をも、その伝《でん》で利用した秀吉が、呂宋兵衛に目をつけたのもとうぜんである。  かれを手なずけておいて、甲駿三遠《こうすんさんえん》四ヵ国の大敵、げんに目のまえにいる徳川家康を、絶えずおびやかし、時によれば、背後をつかせ、つねに間諜《かんちよう》の役目をさせておこう、——というのが秀吉のどん底にある計画だ。  と、折からそこへ、 「右少将《うしようしよう》さまにもうしあげます。ただいま、ご家臣の本多《ほんだ》さまがお国もとからおこしあそばしました」  と、ひとりの小侍《こざむらい》が取りついできた。すると、入れかわりにまたすぐと、べつな侍が両手をつき、 「左少将《さしようしよう》さま。福島正則《ふくしままさのり》さまが、ちとご別室で御意《ぎよい》得たいと先刻《せんこく》からおまちかねでござります」  ふたりは、大地図《だいちず》のまえをはなれて、目礼《もくれい》をかわした。 「ではまた、後刻《ごこく》あらためてお目にかかりましょう」  端厳《たんげん》、麒麟《きりん》のごとき左少将秀吉《さしようしようひでよし》。風格、鳳凰《ほうおう》のような右少将家康《うしようしよういえやす》。どっちも胸に大野心《だいやしん》をいだいて、威風《いふう》あたりをはらい、安土城本丸《あづちじようほんまる》の大廓《おおくるわ》を右と左とにわかれていった。     二 「野武士《のぶし》のうちにも人物があるぞ」  別室にうつって、福島正則《ふくしままさのり》の手から密書《みつしよ》をうけ取った秀吉《ひでよし》は、一読して、すぐグルグルとむぞうさに巻《ま》きながら、 「丹羽昌仙《にわしようせん》というやつ、ちょっと使えるやつじゃ。したがこの手紙の要求などをいれることはまかりならん。ほっとけ、ほっとけ」 「信玄《しんげん》の孫、伊那丸《いなまる》とやらが、ふたたび、甲斐源氏《かいげんじ》の旗揚《はたあ》げをいたす兆《きざ》しが見えると、せっかく、かれからもうしてまいったのに、そのままにいたしておいても、大事はござりますまいか」 「市松《いちまつ》、そこが昌仙のぬからぬところじゃ。われからことに援兵《えんぺい》をださせて、北条《ほうじよう》、徳川《とくがわ》などの領地《りようち》をさわがせ、その機《き》に乗じておのれの野心をとげんとする。——秀吉《ひでよし》にそんな暇《ひま》はない、乳《ちち》くさい伊那丸ごとき者にほろぼされる者なら滅《ほろ》んでしまえ」 「では、だれか一、二名をつかわして、呂宋兵衛《るそんべえ》のようす、また、武田伊那丸《たけだいなまる》の形勢などを、さぐらせて見てはいかがでござりましょうか」 「む、それはよいな。——だが、待てよ、家康《いえやす》の領内をこえていかにゃならぬ。腹心の者はみな顔を知られているし、そうかともうして、凡々《ぼんぼん》な小者《こもの》ではなんの役にも立つまいのう」 「それには、屈強《くつきよう》な新参者《しんざんもの》がひとりござります」 「それやだれだ」 「可児才蔵《かにさいぞう》という豪傑《ごうけつ》でござる。わたくしじまんの家来、ちかごろのほりだし者と、ひそかに鼻を高くしておるほどの者でござりまする」 「む、山崎の合戦《かつせん》このかた、そちの幕下《ばつか》となった評判《ひようばん》の才蔵か、おお、あれならよろしかろう」  正則《まさのり》は、秀吉《ひでよし》のまえをさがって、やがて、この旨《むね》を可児才蔵にふくませた。  才蔵は新参者《しんざんもの》の身にすぎた光栄と、いさんでその夜、こっそりと鳥刺《とりさ》し稼業《かぎよう》の男に変装《へんそう》した。そして|もち《ヽヽ》竿《ざお》一本肩にかけ安土《あづち》の城をあかつきに抜けて、富岳《ふがく》の国へ道をいそぐ——  ずっと後年《こうねん》——関ケ原の役《えき》に、剣頭にあげた首のかずを知らず、斬っては笹《ささ》の枝にさし、斬っては笹に刺《さ》したところから、「笹《ささ》の才蔵《さいぞう》」と一世に武名をうたわれた評判男は、いよいよこれから、武田伊那丸の身辺に近づこうとする変装《へんそう》の鳥刺し、この可児才蔵であった。  剣道は卜伝《ぼくでん》の父|塚原土佐守《つかはらとさのかみ》の直弟子《じきでし》。相弟子《あいでし》の小太郎と同格といわれた腕、槍《やり》は天性《てんせい》得意とする可児才蔵《かにさいぞう》が、それとは似《に》もつかぬもち竿《ざお》をかついで頭巾《ずきん》に袖《そで》なしの鳥刺《とりさ》し姿。 「ピピピピッ、……ピョロッ、ピョロ、ピョロ……」  時々は、吹きたくない鳥呼笛《とりよびぶえ》をふき、たまには、雀《すずめ》の後《あと》をおっかけたりして、東海道の関所《せきしよ》から、関所を、たくみに切りぬけてくるうちに、これはどうだろう、かほどたくみに変装《へんそう》したかれを、もうひとりの男が、見えつかくれつ、あとをつけて、慕《した》っていく。  ところが、世の中はゆだんがならない、その男はとちゅうからつけだしたのではなく、じつは、安土《あづち》の城からくっついてきているのだ。  同じ日に、浜松から安土《あづち》へきた家康《いえやす》の家臣、徳川|四天王《してんのう》のひとり本多忠勝《ほんだただかつ》が、こッそりその男をつけさせた。——というのは、竹ノ子|笠《がさ》の燕作《えんさく》が、正則《まさのり》に密書《みつしよ》をわたしたようすを、休息所の窓《まど》から、とっくりにらんでいたのである。 「はてな?」小首をかしげた忠勝《ただかつ》は、主人家康と面談をすましてから、とものなかにいる菊池半助《きくちはんすけ》という者をひそかによんだ。そしてなにかささやくと、半助はまたどこかへか立ち去った。  この菊池半助も、前身は伊賀《いが》の野武士《のぶし》であったが、わけあって徳川家《とくがわけ》に見いだされ、いまでは忍術組《にんじゆつぐみ》の組頭《くみがしら》をつとめている。いわゆる、徳川時代の名物、伊賀者《いがもの》の元祖《がんそ》は、この菊池半助《きくちはんすけ》と、柘植半之丞《つげはんのじよう》、服部小源太《はつとりこげんた》の三|羽烏《ばがらす》。そのひとりである半助が、忍術《にんじゆつ》に長《た》けているのはあたりまえ、あらためてここにいう要がない。したがって偽鳥刺《にせとりさ》しの可児才蔵《かにさいぞう》の後をつけ、落ちつく先の行動を見とどけるくらいな芸当は、まったく朝飯前《あさめしまえ》の仕事だった。     三   ピキ ピッピキ トッピキピ   おなかがへッて北山《きたやま》だ   芋《いも》でもほッて食《く》うべえか   芋泥棒《いもどろぼう》にゃなりたくない   鳶《とんび》を捕《と》ッて食《く》うべえか   ヒョロヒョロ泣かれちゃ喰《た》べかねる   そんなら雪でも食《く》ッておけ   富士の山でもかじりてえ   ピキ ピッピキ トッピキピ  だれだろう? そも何者だろう? こんなでたらめなまずい歌を、おくめんもなく、大声でどなってくるものは。  この村には、家はならんでいるが、ほとんど人間はいなくなっているはず。五湖、裾野《すその》、人穴《ひとあな》、いたる所ではげしい斬り合があったり、流れ矢が飛んできたりしたため、善良な村の人たちは、すわ、また大戦の前駆《ぜんく》かと、例によって、甲州の奥ふかく逃げこんだ。  それゆえ、秋の日和《ひより》だというのに、にわとりも鳴かず、杵《きね》の音《おと》もせず、あわれにも閑寂《かんじやく》をきわめている。いま聞こえたへたくそな歌も、一つはこのせいで、いっそう、素《す》ッ頓狂《とんきよう》にもひびいてきこえる。 「やア、こいつア、こいつアこいつア|うまい《ヽヽヽ》ものがあらあ——」  こんどは地声《じごえ》で、人なき村のある軒先《のきさき》に立ち——こういったのは竹童《ちくどう》である。  かれが、目の玉をクルクルさせ、よだれをたらして見あげたのは、大きな柿《かき》の木であった。上には枝もたわわに、まだ青いのや、赤ずんできた猿柿《さるがき》が、七|分《ぶ》三|分《ぶ》にブラさがっている。 「こッちの端《はし》にある赤いやつはうまそうだなあ。取っちゃあ悪いかしら? かまわないかしら……?」  いつまでも立って考えている。この姿を、果心居士《かしんこじ》が見たら、なんとあきれるだろう。  口に葉ッぱをくわえているところを見ると、いま、木《こ》の葉笛《はぶえ》を吹きながら、へんなでまかせを歌ったのもこの竹童にそういない。いったいこの子は、お師匠《ししよう》さまからいいつけられている計略《けいりやく》なんか、とっくにドコかへ忘れてしまっているのではないかしら、第一きょうはかんじんな、かの昇天雲《しようてんうん》である鷲《わし》にも乗っていない。 「いいや、いいや。一ツや二ツくらいとってかまうもんか。柿《かき》なんか、ひとりでに、地|べた《ヽヽ》から生《は》えてるものなんだ。これを取ったッて、泥棒《どろぼう》なんかになりゃしない」  勝手《かつて》なりくつをかんがえて、ぴょいと、木へ飛びつくと、これはまたあざやかなもの。なにしろ、本場《ほんば》鞍馬《くらま》の山で鍛《きた》えた木のぼり。するッと上がって、一番赤い柿《かき》のなっている枝先へ、鳥のようにとまッてしまった。 「べッ、しぶいや」  びしゃッと下へたたきすてる。 「ありがたい——」  次のは甘かったと見える。もう口なんかきいていない。猿《さる》のようにカリカリ音をさせて頬《ほお》ばり、たねだけを下へはきだしている。 「甘いなあ、これで一|霜《しも》かかればなお甘いんだ。おいらばかり食《た》べているのはもったいない、お師匠《ししよう》さまにも一つ食《た》べさせてあげたいな……」  食《く》うに専念《せんねん》、ことばはブツブツ噛《か》みつぶれた寝言《ねごと》のようだ。このぶんなら、まだ十や十五は食《く》えそうだという顔でいると、どうしたのか竹童《ちくどう》、時々、チクリ、チクリと、変に顔をしかめだした。 「ア痛《いた》!」と粘《ねば》った手で頬《ほ》っぺたをおさえた。  が、またすぐ食《く》う。  木を降りるのもおしいようす。と、一口かじりかけると、またチクリ。 「ちぇッ」と舌《した》うちして襟《えり》くびをなでた。こんどは大へん、なでた手がチクリと刺された。 「なんだろう、さっきから——」  そッとさぐってみると、こいつはふしぎ、針だ、キラキラする二|寸《すん》ばかりの女の縫針《ぬいばり》。 「あッ!」  そのとたんに、竹童はおもわず肱《ひじ》をまげて顔をよけた。まえの萱葺屋根《かやぶきやね》の家から、射《い》るようなするどい目がキラッとこちらへ光った。 「降《お》りろ、小僧《こぞう》!」  見ると、百姓家《ひやくしようや》のやぶれ廂《びさし》の下から、白い煙がスーッとはいあがっている。そこには、ひとりのお婆《ばあ》さん、麻《あさ》のような髪《かみ》をうしろにたれ、鍋《なべ》や、糸かけを前に、腰をかけて、繭《まゆ》を煮《に》ながら、湯のなかの白い糸をほぐしだしている。     四  柿《かき》の木から飛びおりた竹童《ちくどう》は、はじめてそこに人あるのを知って、軒先《のきさき》に近より、家の中をのぞいてみると、奥《おく》には雑多《ざつた》な蚕道具《かいこどうぐ》がちらかっており、土間《どま》のすみの土《ど》|べっつい《ヽヽヽヽ》のまえには、ひとりの男がうしろ向きにしゃがんで、スパリ、スパリ、煙草《たばこ》をつけながら火を見ている。 「ごめんよ、あれ、お婆《ばあ》さんとこの柿《かき》の木だったのかい?」  竹童《ちくどう》は繭《まゆ》の鍋《なべ》をのぞきながら、たッた一つおじぎをした。  婆《ばあ》さんは、ぎょろッとした目をあげて、 「人みしりをしねえ餓鬼《がき》だ。なんだって、人んとこの柿をだまってぬすみさらすのじゃい」 「だからあやまってるじゃないか。ああそうそう、おいらも用があってこの村へきたんだっけ。お婆さん、どこかこのへんに、物をあきなっている家《うち》はないかしらなあ」 「でまかせをこけ。この村には、ここともう一|軒鍛冶屋《けんかじや》よりほかに人はいやしない。そんなことは承知《しようち》のうえで、柿泥棒《かきどろぼう》にきやがったくせにして」 「ほんとだ、おいらまったく買いたい物があってきたんだ。お婆さんとこにあったらゆずってくんないか」 「なんだい」 「松明《たいまつ》さ」 「松明?」 「アア、二十本ばかりほしいんだがなあ」 「餓鬼のくせに、松明なんかなんにするだ」 「ちょッといることがあるんだよ。お婆《ばあ》さんの家《うち》に持ちあわせはないかね」 「ねえッ、そんなものは!」  といった婆さんの顔を見て、竹童は「あッ」と叫んでしまった。お婆さんの口の中で光った物があったのだ。三、四本の乱杭歯《らんぐいば》の間を、でたり入《はい》ったりしているのは、たしかに四、五十本の縫針《ぬいばり》だ。  これだ!  さっき柿の木の上まで飛んできて頬《ほ》っぺたを刺《さ》した針は——竹童はむッとした。 「たぬき婆《ばばあ》。もう、松明《たいまつ》なんかたのまない!」 「なんだと、この小僧《こぞう》」 「よくも、|おいら《ヽヽヽ》をさんざん悩《なや》めやがったなッ」  いきなり腰の棒切《ぼうき》れを抜いてふりかぶり、蚕婆《かいこばばあ》の肩をピシリと打っていったせつな、あら奇怪、身をかわした婆《ばばあ》の口から、ピラピラピラピラピラピラピラ糸のような細い光線となって、竹童の面《めん》へ吹きつけてきた含《ふく》み針《ばり》!  これこそ、剣、槍《やり》、薙刀《なぎなた》の武術のほかのかくし技《わざ》、吹針《ふきばり》の術《じゆつ》ということを、竹童も、話には聞いていたが、であったのは、きょうがはじめてである。 「その時に、目に気をつけろ、敵の目をとるのが吹針の極意《ごくい》」と、かねて聞いていたので、竹童はハッとして、とっさに顔をそむけて飛びのいた。     五  その時だった。  竹童《ちくどう》と蚕婆《かいこばばあ》の問答《もんどう》をよそに土《ど》|べっつい《ヽヽヽヽ》の火にむかって煙草《たばこ》をくゆらしていた脚絆《きやはん》わらじの男が、ふいに戸外《おもて》へ飛びだしてきた。  男は、やにわに、竹童の首ッ玉へ、うしろから太腕を引っかけて、かんぬきしばりに、しばりあげた。 「鞍馬山《くらまやま》の小僧《こぞう》、いいところであった!」 「くッ、くッ……」  竹童はのどをひッかけられて声がでない。顔ばかりをまッ赤《か》にし、喉首《のどくび》の手を、むちゃくちゃにひッかいた。 「ちッ、畜生《ちくしよう》。きょうばかりはのがしゃしねえ」 「だれだいッ、くッくくくくるしい」 「ざまあみやがれ。小《ち》っぽけなぶんざいをしやがって、よくも武田伊那丸《たけだいなまる》の諜者《ちようじや》になって、人穴《ひとあな》へ飛びこみ、おかしらはじめ、多くの者をたぶらかしやがったな。その返報《へんぽう》だ、こうしてやる! こうしてやる」  と、なぐりつけた。 「くそウ! |おいら《ヽヽヽ》だって、こうなりゃ鞍馬山の竹童だ」  と、ぼつぜんと、竹童《ちくどう》もはんぱつした。  なりこそちいさいが、必死の力をだすと、大人《おとな》もおよばぬくらい、ねじつけられている体《からだ》をもがいて、男の鼻と唇《くちびる》へ指をつッこみ、鷲《わし》のように爪《つめ》を立てた。 「あッ」  これにはさすがの男も、やや|たじたじ《ヽヽヽヽ》としたらしい。ゆだんを見すまし、竹童は腕のゆるみをふりほどくが早いか一目散《いちもくさん》—— 「おまえみたいな下《した》っ端《ぱ》に、からかってなんかいられるもんかい!」  すてぜりふをいって、あとをも見ずに逃げだした。 「バカ野郎《やろう》」  男は割合《わりあい》に落ちついて見送っている。 「そうだそうだ。もッと十町でも二十町でも先に逃げてゆけ、はばかりながら、てめえなんかに追いつくにゃ、この燕作《えんさく》さまにはひと飛びなんだ」  この男こそ、燕作だった。さてこそ、竹童を伊那丸《いなまる》の手先と見て、組みついたはず。  かれは、首尾《しゆび》よく、丹羽昌仙《にわしようせん》の密書をとどけて、ここまで帰ってきたものの、人穴《ひとあな》城の洞門《どうもん》はかたく閉《し》められ、そこここには伊那丸の一党《いつとう》が見張っているので、山寨《さんさい》へも帰るに帰られず、蚕婆《かいこばばあ》の家《うち》にかくれていたものらしい。 「あの竹童のやつをひっ捕《と》らえていったら、さだめし呂宋兵衛《るそんべえ》さまもお喜びになるだろうし、おれにとってもいい出世《しゆつせ》仕事だ。どれ、一つ追いついて、ふんづかまえてくれようか」  いうかと思うまに、もう燕作《えんさく》は、礫《つぶて》のとんでいくように走っていた。それを見るとなるほど稀代《きたい》な早足《はやあし》で、日ごろかれが、胸に笠《かさ》をあてて馳《か》ければ、笠を落とすことはないと自慢しているとおり、ほとんど、踵《かかと》が地についているとは見えない。  竹童《ちくどう》も、逃げに逃げた。折角村《おりかどむら》から蛭《ひる》ケ岳《たけ》の裾《すそ》を縫《ぬ》って街道にそって、足のかぎり、根《こん》かぎり、ドンドンドンドンかけだして、さて、 「もうたいがい大じょうぶだろう——」と立ちどまり、ひょいとあとをふりかえってみると、とんでもないこと、もうすぐうしろへ追いついてきている。 「あッ」またかける。燕作もいちだんと足を早めながら、 「やあい、竹童。いくら逃げてもおれのまえをかけるのはむだなこッたぞ」 「おどろいた早足だな、早いな、早いな、早いな」  さすがの竹童も敵ながら感心しているうちに、とうとう、ふたたび燕作のふと腕が、竹童の襟《えり》がみをつかんで、ドスンとあおむけざまに引っくりかえした。  そこは、釜無川《かまなしがわ》の下《しも》、富士川《ふじがわ》の上《かみ》、蘆山《あしやま》の河原《かわら》に近いところである。燕作は、思いのほかすばしッこい竹童をもてあまして、手捕《てど》りにすることをだんねんした。そのかわり、かれはにわかにすごい殺気を眉間《みけん》にみなぎらせ、 「めんどうくせえ、いッそ首にして呂宋兵衛《るそんべえ》さまへお供《そな》えするから覚悟《かくご》をしろ」とわめいた。  ひきぬいたのは、二尺四寸の道中差《どうちゆうざし》、竹童はぎょッとしてはね返った。とすぐに、するどい太刀風《たちかぜ》がかれの耳《みみ》たぶから鼻ばしらのへんをブーンとかすった。  哀れ竹童、組打ちならまだしも、駈《か》け競《くら》べならまだしものこと——真剣《しんけん》の白刃交《しらはま》ぜをするには、悲しいかな、まだそれだけの骨組もできていず、剣をとっての技《わざ》もなし、第一、腰に差してる刀というのが、頼みすくない樫《かし》の棒切《ぼうき》れだ。   石投《いしな》げの名人《めいじん》     一  秋の水がつめたくなって、鮠《はや》も山魚《やまめ》もいなくなったいまじぶん、なにを釣《つ》る気か、ひとりの少年が、蘆川《あしかわ》の瀞《とろ》にむかって、釣《つ》り糸《いと》をたれていた。  少年、年のころは十五、六。  すこし低能《ていのう》な顔だちだが、目だけはずるく光っている。鳥《とり》の巣《す》みたいな髪の毛をわらでむすび、まッ黒によごれた山袴《やまばかま》をはいて、腰には鞘《さや》のこわれを、|あけび《ヽヽヽ》の蔓《つる》でまいた山刀一本さしていた。 「ちぇッ、釣れねえつれねえ、もうやめた!」  とうとう、かんしゃくを起したとみえて、いきなり竿《さお》をビシビシと折って、蘆川《あしかわ》のながれへ投げすてた。 「あ、瀞《とろ》の岩にせきれいが遊んでいやがる。そうだ、これからは鳥うちだ、ひとつ小手しらべにけいこしてやろうか」  と、足もとの小石を三つ四つ拾いとったかと思うと、はるか、流れの中ほどをねらって、おそろしく熟練《じゆくれん》した礫《つぶて》を投げはじめた。 「やッ——」と、小石に気合いがかかって飛んでいく。  と見るまに、二|羽《わ》のせきれいのうち、一羽が瀞《とろ》の水に落ちて、うつくしい波紋《はもん》をクルクルと描《えが》きながら早瀬《はやせ》のほうへおぼれていった。 「どんなもんだい。蛾次郎《がじろう》さまの腕まえは——」  かれはひとりで鼻うごめかしたが、もうねらうべきものが見あたらないので、こんどは、たくみな水切りの芸をはじめた。一つの小石が、かれの手からはなれるとともに、なめらかな水面を、ツイッ、ツイッ、ツイッと水を切っては跳《と》び、切っては跳《と》ぶ、まるで、小石が千鳥《ちどり》となって波を蹴《け》っていくよう。 「七つ切れた! こんどは十!」  調子《ちようし》にのって、蛾次郎がわれをわすれているときだ。  そこから二、三町はなれたところの河原《かわら》で、ただならぬさけび声がおこった。かれはふいに耳をたって、四、五|間《けん》ばかりかけだしてながめると、いましも、ひとりの兇漢《きようかん》が、皎々《こうこう》たる白刃《はくじん》をふりかぶって、小《ち》ッぽけな小僧《こぞう》をまッ二つと斬りかけている。  それは、燕作《えんさく》と、竹童《ちくどう》だった。  竹童はいまや必死のところ、樫《かし》の棒切《ぼうき》れを風車《かざぐるま》のようにふって、燕作の真剣《しんけん》と火を飛ばしてたたかっているのだ。しかし、大の男のするどい太刀《たち》かぜは、かれに目瞬《まばたき》するすきも与えず、斬り立ててきた。あわや、竹童は血煙とともにそこへ命を落としたかと見えたが、 「あッ——」  ふいに燕作が、唇《くちびる》をおさえながら、タジタジとよろけた。どこからか、風を切って飛んできた小石に打たれたのである。 「しめた!」と、竹童は小さな体《からだ》をおどらせて、ピシリッと、燕作の耳《みみ》たぶをぶんなぐった。 「野郎《やろう》ッ!」  怒髪《どはつ》をさかだてて、ふたたび太刀を持ちなおすと、またブーンとかれの小手へあたった第二の礫《つぶて》。 「ア痛《いた》ッ」  ガラリと道中差《どうちゆうざし》をとり落としたが、さすがの燕作も、それを拾いとって、ふたたび立ち直る勇気もないらしい。笑止《しようし》や、四尺にたらぬ竹童にうしろを見せて、例の早足《はやあし》。雲を霞《かすみ》と逃げだした。 「待て。意気地《いくじ》なしめ!」  竹童《ちくどう》は、急に気がつよくなって、こんどはまえと反対に、かれを追ってドンドン走りだすと、ちょうど、あなたからも河原づたいに、黒鹿毛《くろかげ》の駒《こま》を疾風《しつぷう》のごとく飛ばしてくるひとりの勇士があった。——見るとそれは秘命をおびて、伊那丸《いなまる》の本陣|雨《あま》ケ岳《たけ》をでた奔馬《ほんば》「項羽《こうう》」。——上なる人はいうまでもなく、白衣《びやくえ》の木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》だ。 「や、や、あいつは伊那丸《いなまる》がたの武将らしいぞ」  と、戸まどいした燕作《えんさく》が、その行く先でうろうろしているうちに、たちまちかけよった龍太郎《りゆうたろう》、 「これッ」  と、すれちがいざま、右手をのばして燕作の首すじをひっつかみ、やッと馬上へつるし上げたかとおもうと、 「往来《おうらい》のじゃまだ!」  手玉《てだま》にとってくさむらのなかへほうりこみ、そのまま走りだすと、こんどはバッタリ竹童にいき会った。 「おお、それへおいでなされたのは龍太郎さま——」 「やあ、竹童ではないか」ピタリと「項羽」の足をとめて、 「なんでこんなところでうろついているのだ。呂宋兵衛《るそんべえ》の手下どもに見つけられたら、命《いのち》がないぞ、はやく鞍馬山《くらまやま》へ立ち帰れ」 「ありがとうございますが、まだこの竹童には、お師匠《ししよう》さまからいいつけられている大役があるんです。ところで龍太郎さまは、これからいずれへおいそぎですか」 「されば小太郎山《こたろうざん》へまいって、三百人の兵をかりあつめ、ここ四日ののちに、人穴城《ひとあなじよう》を攻めおとす計略《けいりやく》」 「わたくしがやる仕事も四日目です。どうも、お師匠《ししよう》さまのおさしずは、ふしぎにピタリピタリと伊那丸《いなまる》さまの計略と一致するのが妙《みよう》でございます」 「ふーむ……してその密計とはどんなことだ?」 「天機《てんき》もらすべからず。——しゃべるとお師匠《ししよう》さまからお目玉を食《く》います。それよりあなたこそ、どうして三百人という兵がわずか四日で集められますか、まさかわら人形でもありますまいに」 「それも、軍機《ぐんき》は語るべからずじゃ」 「あ、しっぺ返しでございますか」 「オオ、そんなのんきな問答をいたしている場合ではない、竹童《ちくどう》さらば!」  と、ふいに鞭《むち》をあげて、行く手をいそぎだそうとすると何者か、 「ばかだな、ばかだなあ! あの人はいったいどこへいくつもりなんだい!」とあざわらう声がする。  木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》も竹童も、そのことばにびっくりしてふりかえると、石投げをしていた蛾次郎《がじろう》がいつかのっそりそこに立っていた。   隠密落《おんみつお》とし     一 「拙者《せつしや》をバカともうしたのはきさまだな」  龍太郎《りゆうたろう》がにらみつけると、蛾次郎《がじろう》はいっこうにこたえのないふうで、ゲタゲタと笑いながら、 「ああおれだよ」 「ふらちなやつ、なんでさようなことをぬかした」 「だってお侍《さむらい》さんは、小太郎山《こたろうざん》へいくんだっていうのに、とんでもないほうへ馬の首をむけていそぎだしたから笑ったんだ」 「ふーむ、ではこっちへむかっていってはわるいか」 「悪いことはないけれど、この蘆川《あしかわ》を大まわりして、甲州|街道《かいどう》をグルリとまわった日には、半日もよけいな道を歩かなけりゃならない。それより、この川を乗っきって駿州路《すんしゆうじ》を左にぬけ、野之瀬《ののせ》、丸山、鷲《わし》の巣《す》とでて、野呂川《のろがわ》を見さえすれば、すぐそこが、小太郎山じゃないか」  と、すこし抜けている蛾次郎も、住みなれた土地の地理だけに、くわしく弁《べん》じた。 「なるほど、これは拙者《せつしや》がこのへんに暗いため、無益《むえき》の遠路《とおみち》につかれていたかも知れぬ。しかし、この激流を、馬で乗っきる場所があろうか」 「あるとも、水馬《すいば》さえ達者《たつしや》なら、らくらくとこせる瀞《とろ》がある。ここだよ、お侍《さむらい》さん——」  と蛾次郎《がじろう》はまえに水切りをやっていたところを教えた。 「む。なるほど、ここは深そうだ、川幅《かわはば》も四、五十|間《けん》、これくらいなところなら乗っ切れぬこともあるまい」  と龍太郎はよろこんで、浅瀬《あさせ》から項羽《こうう》を乗りいれ、ザブザブ、ザブ……と水を切っていくうちに紺碧《こんぺき》の瀞《とろ》をあざやかに乗りきって、たちまち向こう岸へ泳ぎ着いてしまった。 「ありがとう」  と、それを見送るとほッとしたさまで、竹童《ちくどう》が礼をいうと、蛾次郎《がじろう》はクスンと笑って、 「なにがありがてえんだ、おめえに教えてやったわけじゃあない」といった。  竹童はじぶんより三歳か四歳上らしい蛾次郎を見上げて、へんなやつだとおもった。 「そのことじゃないよ、さっきおいらが悪いやつに、あやうく殺されそうになったところを、石を投げて逃《に》がしてくれたから、その礼《れい》をいったのさ」 「あんなことはお茶の子だ、こう見えてもおれは石投げ蛾次郎といわれるくらい、礫《つぶて》を打つのは名人なんだぜ」  と、ボロ鞘《ざや》の刀をひねくッて、竹童《ちくどう》に見せびらかした。 「蛾次郎《がじろう》さんの家《うち》はどこだい?」 「おれか、おれは裾野《すその》の折角村《おりかどむら》だ、だがいまあの村には、桑畑《くわばたけ》の蚕婆《かいこばばあ》と、おれの親方だけしか住んでいないから人無村《ひとなしむら》というほうがほんとうだ」 「親方っていう人は、あの村でなにをしているんだい」 「知らねえのかおめえは、おれの親方は、鼻かけ卜斎《ぼくさい》っていう有名な鏃鍛冶《やじりかじ》だよ。おれの親方の鍛《う》った矢の根は、南蛮鉄《なんばんてつ》でも射抜《いぬ》いてしまうってんで、ほうぼうの大名《だいみよう》から何万ていう仕事がきているんだ。おれはそこの秘蔵《ひぞう》弟子だ」 「偉《えら》いなあ——」竹童《ちくどう》はわざと仰山《ぎようさん》に感心して、 「じゃ、蛾次郎さんとこには、松明《たいまつ》なんかくさるほどあるだろうな」 「あるとも、あんなものなら薪《まき》にするほどあらあ」 「おいらに二十本ばかりそっとくれないか」 「やってもいいけれど、そのかわりおれになにをくれる」  と蛾次郎はずるい目を光らした。  竹童はとうわくした。お金もない。刀もない。なんにもない。持っているのは相変らずの棒切れ一本だ。そこで、 「お礼《れい》には、鷲《わし》に乗せて遊ばしてやら。ね、鷲《わし》にのって天を翔《か》けるんだぜ。こんなおもしろいことはない」  といった。 「ほんとうかい、おい!」蛾次郎《がじろう》は、目の玉をグルグルさせた。 「うそなんかいうものか、松明《たいまつ》さえ持ってきてくれれば乗せてやる。そのかわり夜でなくッちゃいけない」 「おれも夜の方がつごうがいい。そしておまえはどこに待っている?」 「白旗《しらはた》の宮《みや》の森で待ってら、まちがいなくくるかい」 「いくとも! じゃ今夜、松明《たいまつ》を二十本持っていったら、きっと鷲《わし》に乗せてくれるだろうな、うそをいうと承知《しようち》しないぜ、おい! おれは切れる刀を差しているんだからな」  と、また|あけび巻《ヽヽヽまき》の山刀《やまがたな》を自慢《じまん》した。     二  木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》のために、河原《かわら》へ投げつけられた燕作《えんさく》は、気をうしなってたおれていたが、ふとだれかに介抱《かいほう》されて正気《しようき》づくと、鳥刺《とりさ》し姿《すがた》の男が、 「どうだ、気がついたか」  とそばの岩に腰かけている。見れば、つい四、五日前に安土城《あづちじよう》で、じぶんの手から密書《みつしよ》をわたした福島正則《ふくしままさのり》の家来|可児才蔵《かにさいぞう》である。  燕作はあっけにとられて、 「あ、いつのまにこんなところへ」と、思わず目をみはった。 「しッ、大きな声をいたすな、じつは、秀吉公《ひでよしこう》の密命《みつめい》をうけて、武田伊那丸《たけだいなまる》との戦《いくさ》のもようを見にまいったのだ、ところで、さっそく丹羽昌仙《にわしようせん》に会いたいが、そのほう、これより人穴城《ひとあなじよう》のなかへあんないいたせ」 「とてもむずかしゅうございます。敵は小人数《こにんず》ながら、小幡民部《こばたみんぶ》という軍配《ぐんばい》のきくやつがいて、蟻《あり》ものがさぬほど厳重《げんじゆう》に見張っているところですから」 「どこの城にも、秘密の間道《かんどう》はかならず一ヵ所はあるべきはず、そちは、それを知らぬのであろう」 「さあ、間道《かんどう》といえば、ことによると蚕婆《かいこばばあ》が、知っているかもしれません。あいつは呂宋兵衛《るそんべえ》さまの手先になって、それとなくそとのようすを城内へ通じている、裾野《すその》の目付婆《めつけばばあ》、とにかくそこへいってききただして見ることにいたしましょう」  と燕作《えんさく》は、可児才蔵《かにさいぞう》のあんないにたって、人無村《ひとなしむら》の蚕婆の家までもどってきた。 「お婆《ばあ》さん、開《あ》けてくれないか、燕作《えんさく》だよ。燕作が帰ってきたんだから、ちょっと開《あ》けておくれ」  もう日が暮れている。  とざした門をホトホトとたたくと、なかから婆さんがガラリとあけて、灯影《ほかげ》に立った可児才蔵のすがたをいぶかしそうに睨《にら》めすました。 「だれだい燕作さん、この人は村ではいっこう見たことがないかたじゃないか」 「このおかたは、姿こそ、変えておいでなさるが、福島正則《ふくしままさのり》さまのご家臣で可児才蔵《かにさいぞう》というお人、昌仙《しようせん》さまの密書で、わざわざ安土城《あづちじよう》からおいでくだすったのだ」  と説明すると、蚕婆《かいこばばあ》はにわかに態度を変えて、下へもおかぬもてなしよう。茶を煮《に》たり酒をだしたりしてすすめた。     三 「それはようおいでなされました。さだめし、昌仙さまのお手紙で、多くの軍兵《ぐんぴよう》を秀吉《ひでよし》さまからおかしくださることになるのでございましょうね」 「いや、とにかく軍師《ぐんし》と会って、そうだんをしてみたうえじゃ。ところがこれなる燕作《えんさく》のもうすには、しょせん人穴城《ひとあなじよう》へは入れぬとのこと、せっかくここまでまいりながら、呂宋兵衛《るそんべえ》どのにも軍師《ぐんし》にも、会わずにもどるとは残念|千万《せんばん》」 「いえいえ。そういう大事なお使者なら、たった一つ人穴城へぬける秘《かく》しみちへ、ごあんないいたしましょう。これ燕作さん、おめえちょっと、裏表《うらおもて》にあやしいやつがいないかどうか検《あらた》めておくれ」 「がってんだ」と燕作が家のあたりを見まわしてきて、 「だれもあやしいような者はいない。ないているのは鹿《しか》ぐらいなもの——」  というと、蚕婆は、はじめて安心して、じぶんのすわっている下の蓆《むしろ》を、グルグルと巻きはじめた。  おやと、燕作がびっくりしている間《ま》に、さらに、二|畳敷《じようじき》ほどな床板《ゆかいた》をはねあげると、縁《えん》の下は四角な井戸のように掘り下げられてあった。顔をだすと、つめたい風がふきあげてくる。 「ここをおりると、あとは人穴城《ひとあなじよう》の地下洞門《ちかどうもん》のなかまで三十三町一本道でいけますのじゃ、さ、人目にかからないうちに、すこしもはやく、おこしなさるがよい」  と蚕婆《かいこばばあ》がせきたてると、才蔵《さいぞう》は、間道《かんどう》の口をのぞいてから、ふいと顔をあげて、 「婆《ばばあ》、杖《つえ》にして飛びこむから、長押《なげし》にかかっているその錆槍《さびやり》を、かしてくれい」  と指さした。婆は彼のいう通り、石突《いしづ》きをたよりに、下へ降《お》りるのであろうと、なんの気なしに取って渡すと才蔵《さいぞう》は、 「かたじけない」  と受けとって、ポンと、槍《やり》の石突きを下へ降《お》ろすかと見るまに、意外や、電光石火《でんこうせつか》、 「やッ——」  と一声、錆槍《さびやり》の穂先《ほさき》で、いきなり真上の天井板《てんじよういた》を突いた。とたんに、屋根裏を獣《けもの》がかけまわるような、すさまじい音が、ドタドタドタ響《ひび》きまわった。 「やッ、なんだ——」  と蚕婆と燕作が、飛びあがっておどろくうちに、才蔵は、すばやく間道《かんどう》のなかへ姿をかくして、下からあおむいて笑っている。 「おどろくことはない、天井うらに忍《しの》んでいたやつは、徳川家《とくがわけ》の菊池半助《きくちはんすけ》だ、これで隠密落《おんみつお》としの禁厭《まじない》がすんだから、もう安心。燕作《えんさく》、はやくこい!」 「じゃあ婆《ばあ》さん、あとはたのむよ」  と燕作もつづいてなかへ姿をけした。その足音が地の下へとおざかるのを聞きながら、蚕婆《かいこばばあ》はすぐもとのとおり床板《ゆかいた》や蓆《むしろ》を敷《し》きつめ、壁にかかっている獣捕《けものと》りの投げ縄《なわ》をつかむが早いか、いきなりおもてへ飛びだした。 「いやがった!」  かがりのような目を磨《と》ぎすまして、あなたこなたを見まわした蚕婆は、ふと、七、八|間《けん》さきの闇《やみ》のなかで、なにやらうごめいている人影を見つけて、じっとねらった。  と——それはまぎれもなく、天井裏《てんじよううら》で膝《ひざ》を突かれた曲者《くせもの》が、小川の水で傷手《いたで》を洗っているのだ。頭から足のさきまで、烏《からす》のように黒装束《くろしようぞく》をした隠密《おんみつ》の男、すなわち徳川家《とくがわけ》からまわされた菊池半助《きくちはんすけ》。 「おうッ!」  ふいに吠《ほ》えるような蚕婆の声とともに、さすがは半助、足の痛手《いたで》を忘れて、ポーンと小川を跳《と》びこえたが、よりはやく、闇《やみ》のなかを飛んできた投げ縄《なわ》の輪が無残、五体にからんでザブーンと、水のなかへ捕《と》りおとされてしまった。   鼻《はな》かけ卜斎《ぼくさい》と泣《な》き虫《むし》蛾次郎《がじろう》     一  さすが伊賀衆《いがしゆう》の三羽烏《さんばがらす》、菊池半助《きくちはんすけ》も、可児才蔵《かにさいぞう》にみやぶられて、錆槍《さびやり》の穂先《ほさき》を膝《ひざ》にうけ、そのうえ、投げ縄《なわ》にかかって五体の自由を奪《うば》われては、どうすることもできない。 「ざまをみさらせ! 命《いのち》知らずが」  蚕婆《かいこばばあ》が毒づきながら、縄のまま半助をひきずってきて、家《いえ》の前の柿《かき》の木へグルグル巻《ま》きにしばってしまった。 「夜明けまでに、手間《てま》いらずの法で殺してやる。うぬばかりでなく、この村へ隠密《おんみつ》にはいる者はみんなこうだ」  蚕婆は、やがて枯《か》れ木を集めてきて、半助《はんすけ》の身辺に積《つ》みあげ、端のほうから火をつけてメラメラと燃えあがったのを見ると、そのまま家《うち》へはいって寝てしまった。  焔《ほのお》がたっても、はじめのうちは覆面《ふくめん》や衣類がぬれていたので、しばらくさまでは思わなかったが、やがて衣類がかわき、枯《か》れ木の火焔《かえん》が、パチパチと夜風にあおり立てられてくるにつれて、菊池半助は焦熱地獄《しようねつじごく》の苦しみ。 「ア熱《つ》ッ、ア熱《つ》ッ、アアアアア」  おもわず悲鳴をあげて、必死に縄を切ろうともだえていた。——すると、その火の手を見て、いっさんにかけてきたのは、鏃鍛冶卜斎《やじりかじぼくさい》の弟子|蛾次郎《がじろう》であった。 「おうそこへまいったもの、はやく拙者《せつしや》の脇差《わきざし》をぬいてこの縄を切ってくれ、早く、早く!」 「やあどうしたんだお侍《さむらい》さんは? 死んじまうぞ。死んじまうぞ」 「はやくしてくれ、早く助けてくれい」 「助けてやったら、なにをくれる?」  石投げの天才のほか、仕事も下手《へた》、もの覚《おぼ》えも悪く、すこし足らない蛾次郎《がじろう》だが、慾《よく》にかけては、ぬけめがない、半助《はんすけ》は一ときの熱苦もたまらず、うめきながら、 「なんでもつかわすからはやく、ア熱《つ》ッ、あッツツツ」 「よし、きっとだぜ」  念を押しながら飛びこんで、蛾次郎《がじろう》は枯《か》れ木の火を蹴《け》ちらし、山刀《やまがたな》をぬいて半助の縄目《なわめ》をぶっつり切った。火のなかから跳《と》びだした半助は、ほッとして大地へたおれたが、やにわにまた足の痛手《いたで》を忘れておどりたった。 「わるいところへ、またあなたからあやしい人の足音がしてまいった。おい、おれに肩をかせ、そして、しばらく休息するところまで連れてゆけ。褒美《ほうび》はのぞみしだいにやろう」 「じゃ、おれの親方の家《うち》でもいいかい」 「頼む、あれ、あれ、もう軍馬の蹄《ひづめ》がまぢかにせまる」 「たいへんだ! ことによると雨《あま》ケ岳《たけ》に陣どっている者たちがくだってきたのかも知れないぞ」  蛾次郎《がじろう》もにわかにあわてだして、半助のからだを背負《せお》って、一目散《いちもくさん》にそこを立ちさった。すると、たった一足《ひとあし》ちがいに、嵐《あらし》のように殺到した一団《いちだん》の軍馬があった。 「それ、常からあやしい蚕婆《かいこばばあ》の家《いえ》をあらためろ!」 「戸を蹴《け》やぶってなかへ、踏《ふ》ンごめッ」  馬上から十四、五人の武士に、はげしく下知《げち》をしたふたりの武士、これなん、伊那丸《いなまる》の幕下《ばつか》でも、荒武者《あらむしや》の双龍《そうりゆう》といわれている加賀見忍剣《かがみにんけん》と巽小文治《たつみこぶんじ》のふたり。 「おう!」  と部下は武者声《むしやごえ》をあげるやいなや、蚕婆の家の裏表《うらおもて》から、メリメリッ、バリバリッと戸を踏《ふ》みやぶっておどりこんだ。が、なかは暗澹《あんたん》、どこをさがしても、人かげらしい者は、見あたらなかった。  と、聞いた忍剣は、 「いや、そんなはずはない。たしかにあやしい男と老婆《ろうば》とが、密談《みつだん》いたしていたのを、間諜《かんちよう》の者が見とどけたとある。この上は自身であらためてくれる」  と禅杖《ぜんじよう》をひっかかえひらりと馬を飛びおり、巽小文治とともに、家の中へはいっていって八方|家探《やさが》ししたが、部下のことばのとおり、何者もひそんでいなかった。 「ふしぎだ——」  小文治は、そこにもぬけの殻《から》となっている寝床《ねどこ》へ手を入れてみて、 「このとおり、まだ人のぬくみがある。さすれば、いよいよ逃げた者こそ、あやしい曲者《くせもの》にそういない」 「む、では寝床のわきの床板《ゆかいた》をはねあげてみよう」  と、忍剣《にんけん》が先にたって、蓆《むしろ》を巻き、板をはいでみるとたちまち、一|間《けん》四方の間道《かんどう》の口が、奈落《ならく》の門のごとく一同の目にうつった。 「おお、これこそ人穴城《ひとあなじよう》へ通じる間道《かんどう》にそういない」 「しめた! その方どもはこの口もとを護《まも》っていて、あやしい者が逃げまいったら、かならず捕《と》りにがさぬように見張っておれ」  と、いいのこして、忍剣は禅杖《ぜんじよう》をひっ抱《かか》え、小文治《こぶんじ》は槍《やり》の石突きをトンと下ろして、ともにまッ暗な間道のなかへとびこんでいった。  あとにのこった部下の者は、ひとしく間道口《かんどうぐち》に目と耳を磨《と》ぎすまして、いまに、なにかかわった物音がつたわってくるか、あやしいやつが飛びだしてくるかと、夜もすがら、ゆだんもなかった。     二  菊池半助《きくちはんすけ》を肩にかけて、まっ暗な人無村《ひとなしむら》をかけていった蛾次郎《がじろう》は、やがて、おおきな荒屋敷《あれやしき》の門へはいった。  見ると、そこが卜斎《ぼくさい》の細工小屋《さいくごや》か、東のすみにぽッと明るい焔《ほのお》がみえて、トンカン、トンカン、槌《つち》と鉄敷《かなしき》のひびきがしている。そしてときどき、小屋のなかから白い煙とともに、シューッとふいごの火の粉《こ》がふきだしていた。 「親方、お客さまをつれてきた、旅のお侍さんで、けがをして難渋《なんじゆう》しているんだから、今夜とめてやっておくんなさい」  蛾次郎《がじろう》がおどおどしながら、細工場《さいくば》のとなりの雨戸をあけて、ひろい土間へはいると、手燭《てしよく》をもって奥からつかつかとでてきたのは、主人の卜斎《ぼくさい》であろう。陣羽織《じんばおり》のような革《かわ》の袖《そで》なしに、鮫柄《さめづか》の小刀を一本さし、年は四十がらみ、両眼するどく、おまけに、仕事場で火傷《やけど》でもしたけがか、片鼻《かたはな》が、そげたように欠《か》けている。  人呼んで、鼻かけ卜斎《ぼくさい》と綽名《あだな》している名人の鏃師《やじりし》。なにさま、ひとくせありそうな人物である。 「蛾次公《がじこう》、昼間からどこをうろつきまわっているのだ。このバカ野郎《やろう》め!」  卜斎《ぼくさい》は、つれてきた半助などには目もくれず、頭からこの怠《なま》け者の抜け作などとどなりつけて、さんざん油をしぼったあげく、 「それに、あとで聞けば、てめえは、夕方、物置小屋から、二、三十本の松明《たいまつ》をぬすみだしていったそうだが、いったい、そんな物をどこへ持ちだして、なんのために使ったのだ。うそをいうとこれだぞ!」  いきなり弓の折れを持って、羽目板《はめいた》をピシリッとうった。その音のはげしいこと、蛾次郎のふるえあがったのはむろん、菊池半助《きくちはんすけ》さえ度胆《どぎも》を抜かれた。  卜斎はその時はじめて、半助のほうへ気をかねて、 「まあよいわ、お客人がいるから、てめえの詮議《せんぎ》はあとにしよう。ときに旅のお武家さま、なにしろ今夜は更《ふ》けておりますから、この上の中二階へあがって、ごゆるりとお休みなさるがいい。そこに夜具《やぐ》もある、火の気《け》もある、食《く》い物《もの》もある、男世帯《おとこじよたい》の屋敷ですから、好《す》きにしてお泊りなさい」 「かたじけない、ではお言葉にあまえて夜明けまで……」  と、半助はそこにいるのも気まずいので、びっこを引きながら、おしえられた中二階の梯子《はしご》を、ギシリ、ギシリと踏んでいった。 「はてな……」と、梯子をあがりながら一つの疑念——「どこかで見たことのある男だが? ……ただの鏃師《やじりし》ではない、たしかにどこかで? ……」と、しきりに思いなやんだが、とうとう、中二階へあがるまで考えだせなかった。  卜斎《ぼくさい》にいわれたまま、押入れから蒲団《ふとん》をだして、そのうえに身を横たえながら、膝《ひざ》の槍傷《やりきず》を布《ぬの》でまきつけていると、また、すぐ下の土間《どま》であらあらしい声が起りはじめた。 「野郎《やろう》、どうあってもいわぬな! いわなければ、こうだッ」  弓の折れがヒュッと鳴ると、蛾次郎《がじろう》がオイオイと声をあげて泣きだした。まるで七つか八つの子供が泣くような声で泣いている。 「いいます、親方、いいますからかんべんしてください」 「では、何者にたのまれて、松明《たいまつ》を盗みだした。さ、ぬかせ」 「白旗《しらはた》の森にいる、竹童《ちくどう》というわたしより五歳《いつつ》ばかり下の童《わつぱ》にたのまれたんです。その者にやりました」 「あきれかえったバカ者だ。じぶんより年下の餓鬼《がき》に、手先に使われるとは情けないやつ、しかし、てめえもなにかもらったろう。ただで松明《たいまつ》をやるはずがない」 「いいえ、なんにももらいなんかしやしません」 「まだいいぬけをしやがるか!」  またピシリッと弓の折れがうなる、蛾次郎《がじろう》がヒイヒイと泣く、すぐその上にいる菊池半助は、これではとても今夜は寝られないと思った。  それに気をいらいらさせられたか、かれは寝床からはいだして、ふたたび梯子口《はしごぐち》からコマねずみのようにそッと顔をだした。そのとき、半助ははじめて、卜斎《ぼくさい》の姿容《すがたかたち》を、よく見ることができて、思わず、 「あッ」と、すべりでそうな声をかみころした。 「どこかで見たと思ったはず——あれは、越前北《えちぜんきた》ノ庄《しよう》の主《あるじ》、柴田権六勝家《しばたごんろくかついえ》の腹心だ——おお、鏃師《やじりし》の鼻かけ卜斎《ぼくさい》とは、よくも巧《たく》みに化《ば》けたりな、まことは、鬼柴田《おにしばた》の爪《つめ》といわれた上部八風斎《かんべはつぷうさい》という軍師築城《ぐんしちくじよう》の大家《たいか》。いつも柴田権六が、攻略の軍をだすときに、そのまえから敵の領土へ住みこんで、砦《とりで》のかまえ、水利、地の理、残るくまなくさぐって、一挙に掌握《しようあく》するという、おそろしい人物だ。——その八風斎がこの裾野《すその》へ巣《す》を作ったところをみると、さては、野心のふかい柴田勝家、はやくも天下をこころざす足がかりに、この一帯《いつたい》へ目をつけたものだろう。武田伊那丸《たけだいなまる》といい呂宗兵衛《るそんべえ》といい、また秀吉《ひでよし》の手の者が入りこんだことといい、いちいち徳川家《とくがわけ》の大凶兆《だいきようちよう》。こりゃ、裾野《すその》一帯《いつたい》いよいよゆだんのならぬものばかりだ……」  半助は、耳を畳《たたみ》にこすりつけて、さらに、階下《かいか》の声を一語も聞きもらすまいと息をのんでいた。と、下ではまた卜斎《ぼくさい》の声で、 「なに? ではその竹童《ちくどう》という童《わつぱ》に、二十本の松明《たいまつ》をくれて、そのかわりに鷲《わし》にのせてもらったというのか。やい! 泣きじゃくってばかりいたのではわからぬわい。はっきりと口をきけ」 「そ、そうなんです……」  ベソをかきながら答えてるのは蛾次郎《がじろう》の声だ。 「松明を持っていったら、そのお礼《れい》に大きな鷲の背なかへ乗せてくれましたから、白旗《しらはた》の森の上から空へあがって、五湖や裾野《すその》の上をグルグルとまわってまいりました」 「そうか、それでしさいがわかった」  と卜斎はうなずいて、なお、竹童のようすや、鷲のことなどをつぶさにただしたから、蛾次郎はゆるされるのかと思っていると、荒縄《あらなわ》で両手をしばりあげたまま、松明をぬすみだした物置小屋のなかへ三日間の監禁《かんきん》をいいわたされてほうりこまれてしまった。  そのあとは、卜斎も寝入り、細工《さいく》小屋の槌音《つちおと》もやんでシーンと真夜中の静けさにかえったが、半助だけは、うすい蒲団《ふとん》をかぶって横になりながらも、まだ寝もやらず目をパチパチとさせていた。 「鷲《わし》、鷲! 竹童というやつが、自由自在につかう飛行の大鷲! おお、そいつを一つ巻きあげて、こんどの手柄《てがら》としてかえろう……」  とかれは、ふと思いついた胸中の奇策《きさく》に、ニタリと悦《えつ》をもらしたが、そのとき、なんの気なしに天井《てんじよう》を見あげるや否《いな》、かれは、全身の血を氷のごとく冷《つめ》たくして、 「や、や、やッ」と、目をむいて、ふるえあがった。     三  菊池半助《きくちはんすけ》が、身をすくませたのも道理、中二階の天井《てんじよう》には、いちめんの鉄板《てつぱん》が張ってあって、それに、氷柱《つらら》のような、無数の鏃《やじり》が植えてあるのだ。  剣の切《き》ッ先よりするどい鏃は、ちょうど、あおむけになっている半助の真上に、ドギドギとぶきみな光をならべている。おお、もしその鉄板が、いちどおちてこようものなら、いかに隠身《おんしん》自由、怪力無双《かいりきむそう》なものでも、五体は蜂《はち》の巣《す》となって圧死《あつし》してしまうであろう。 「釣《つ》り天井《てんじよう》——」  半助は、とっさに壁ぎわへ、身をすりよせた。  このおそろしい部屋へじぶんをあんないしたからには鼻かけ卜斎《ぼくさい》の八風斎《はつぷうさい》は、すでに徳川家の伊賀衆《いがしゆう》菊池半助ということを見破ったにそういない——と半助は、こころみに梯子口《はしごぐち》をのぞいてみると、はたしていつのまにか梯子はとりはずされて、下には、あやしい陥穽《おとしあな》が伏《ふ》せてあるようす、ほかに出口はむろんない。  半助は絶体絶命《ぜつたいぜつめい》となった。  けれど五本の指と二本の足が、ままになる以上、こんなことで、おめおめ命《いのち》をおとすような菊池半助ではない。  かれは脇差《わきざし》をぬいて、いきなり、あっちこっちの壁をズブズブとつき刺した。そしてそとへ通じるところをさぐりあて、たちまち二尺四方ぐらいの穴《あな》を切りぬいたかとおもうと、ほとんど、猫《ねこ》が障子《しようじ》の穴をすりぬけるようにするりと身をはいだして、一|丈《じよう》四、五|尺《しやく》の上から大地へポンと跳《と》びおりた。そして、 「ここだな……」と、すすり泣きのもれている物置小屋の戸をねじあけて、なかにいる蛾次郎《がじろう》を助けだした。 「あッ、お武家さん——」  蛾次郎が素《す》ッ頓狂《とんきよう》な声をだす口をおさえて、 「しずかにせい。さっきそのほうがおれをたすけてくれた返礼に、こんどはきさまを救ってやる。徳川家へまいれば伊賀衆《いがしゆう》の組頭《くみがしら》、いくらでも取り立ててやるから一しょについてくるがいい」 「あ、ありがとう。おれもこんなやかましい親方にくッついているのはいやでいやでたまらないんだ」 「む、卜斎《ぼくさい》に気取《けど》られぬうち、そッと馬小屋から足のはやいのを一ぴきひっぱりだしてこい」 「いいとも、馬ぐらい盗みだすのは、ぞうさもないよ」  蛾次郎《がじろう》が闇《やみ》のなかへ飛んでいくと、そのとたんに半助《はんすけ》のあたまの上で、ドドドドスン! というすさまじい家鳴《やな》り震動《しんどう》。ふり仰《あお》いでみると、いまかれがのがれだした壁の穴から、濛々《もうもう》たる土煙が噴《ふ》きだしている。 「おれがここへ抜けだしているのに、卜斎めが釣《つ》り天井《てんじよう》の綱《つな》を切ったんだろう。そんな壺《つぼ》におちるような者は、伊賀衆《いがしゆう》の中には一ぴきもいるもんか」  せせら笑っていると、ふいに、家《いえ》のなかから轟然《ごうぜん》たる爆音とともに、火蓋《ひぶた》を切った種子島《たねがしま》のねらい撃《う》ち。 「あッ、気がついたな、こいつはぶっそうだ」  バラバラとかけだしていくと、暗闇《くらやみ》から牛をひきだしたという諺《ことわざ》どおり蛾次郎のうろたえよう。 「お侍《さむらい》さん、——お侍さんじゃないのかい」 「おれだおれだ、馬は? 馬はどこにいる?」 「ここだよ、馬を盗みだしてきたところだ」 「どこだ、アア、まっ暗。どこにいるのじゃ」 「ここだよ、ここだよ」  と蛾次郎《がじろう》が手をたたくと、その音《おと》をたよりにねらった鉄砲《てつぽう》の弾《たま》が、またも、つづけざまに、二、三発、ズドンズドン! と火の縞《しま》を走らせた。 「わあッ、だめだ、あぶねえ!」  ふいに、蛾次郎が胆《きも》をつぶして腰を抜かしたらしい弱音《よわね》。 「えい、泣くなッ」  と叱《しか》りつけた菊池半助《きくちはんすけ》。いったい、この厄介者《やつかいもの》をなんに利用しようとするのか、むんずと横脇《よこわき》にひっかかえて馬の鞍壺《くらつぼ》にとびあがり、つるべうちの鉄砲を聞きながして、人無村《ひとなしむら》から闇《やみ》の裾野《すその》へ、まッしぐらに、逃げおちてしまった。  いっぽう、蚕婆《かいこばばあ》の家の床下《ゆかした》から、人穴城《ひとあなじよう》の間道《かんどう》をすすんでいった加賀見忍剣《かがみにんけん》と巽小文治《たつみこぶんじ》。  瞳《ひとみ》はいつか闇になれたが、道は暗々《あんあん》として行く手もしれない。冥府《めいふ》へかよう奈落《ならく》の道をいくような気味わるさ。ポトリ、ポトリと襟《えり》もとに落ちてくる雫《しずく》のつめたいこと。たえず、冷々《ひえびえ》と面《おもて》をかすめてくる陰森《いんしん》たる風、ものいえば、ガアンと間道中《かんどうじゆう》の悪魔がこぞって答えるようにひびく。  ——と、つねに沈着な巽小文治が、ふいに、「あッ」とさけんで一歩とびのき、片手で顔をおさえてしまった。 「どうした、小文治どの」 「なにか風のようなものに、さっと面《めん》をふかれたその痛さ。忍剣《にんけん》どのもかならずごゆだんなさるまいぞ」 「そんなバカなことがあろうか、あれは年へた蝙蝠《こうもり》のたぐいじゃ」  と入れかわって、忍剣が、さきに立って二、三歩すすむと、かれも同じように奇怪ないたさに面《おもて》を刺《さ》されて、たちまち片目を押さえてしまった。そして、ふと衣《ころも》の上に、霜《しも》のように立つものを手でさぐってみて、 「こりゃ! 針《はり》だッ」  と叫《さけ》んだ。 「えッ、針?」  その時、はじめてふたりとも身がまえ直して、じッとやみをすかして見ると、白髪《しらが》をさかだてたひとりの老婆《ろうば》が蜘蛛《くも》のように岩肌《いわはだ》に身を貼《は》りつけて、プップップッとたえまなく、ふたりの面《おもて》へ吹きつけてくる針の息……  おお、それこそ竹童《ちくどう》がなやまされた蚕婆《かいこばばあ》の秘術吹針《ひじゆつふきばり》の目つぶしだった。   深夜《しんや》の珍客《ちんきやく》     一  早足《はやあし》の燕作《えんさく》と可児才蔵《かにさいぞう》は、蚕婆《かいこばばあ》より一足《ひとあし》先に抜け穴《あな》へはいったので、すぐあとにおこった異変もなにも知らず、ただひた走りに、地下三十三町の間道《かんどう》を人穴城《ひとあなじよう》へいそいでいく。  目というものがあっても、ここでは、目がなんの役にも立たない暗黒界、けれど、足もとは坦々《たんたん》とたいらであるし、両側は岩壁《いわかべ》の横道なし。——いくら盲《めくら》めっぽうに進んでも、けっして、迷《まよ》う気づかいはないと、燕作はいつもの早足ぐせで、才蔵よりまえにタッタとかけていったが、やがてのこと、 「ホイ! しまったり!」  目から火でもだしたような声で、勢いよく四《よつ》ンばいにつんのめった。あとからきた才蔵も、あやうくその上へ折りかさなるところを踏《ふ》みとどまって、 「どうした燕作」と声をかける。 「オオ、痛《いて》え! 才蔵さま、どうやらここは行止まりのようです」 「どんづまりにはちと早い、あわてずによくさぐってみい……おおこりゃ石段ではないか」 「え、石段?」 「人穴城《ひとあなじよう》は、裾野《すその》より高地となるから、この間道が、しぜんのぼりになるのは、はや近づいた証拠《しようこ》といえる」  才蔵がのぼっていく尾について、燕作も石段の数をふんでいく……と道はふたたび平地《ひらち》の坂となり、それをあくまで進みきると、こんどこそほんとうのゆきづまり、手探《てさぐ》りにも知れる鉄《くろがね》の扉《とびら》が、ゆく手の先をふさいでいた。 「燕作《えんさく》燕作、殿堂の間道門《かんどうもん》は、すなわちこれであろう。なんとかして、なかの者にあいずをするくふうはないか」 「とにかく、どなってみましょう」  と燕作は鉄門の前に立って、器量《きりよう》いっぱいな大声。 「やアやア搦手《からめて》がたの兄弟、丹羽昌仙《にわしようせん》さまの密書をもって、安土城《あづちじよう》へ使いした早足《はやあし》の燕作《えんさく》が、ただいま立ちかえったのだ。開門! 開門」  鉄壁《てつぺき》をたたいて呼ばわッたとたん、頭の上からパッとさしてきた龕燈《がんどう》のひかり、と見れば、高いのぞき窓《まど》から首を集めて、がやがや見おろしている七、八人の手下どもの顔がある。 「おお、いかにも、燕作にちがいないらしいが、あとのひとりは人穴城《ひとあなじよう》で見たこともないやつ、軍師《ぐんし》さまの厳命《げんめい》ゆえ、さような者は、ここ一寸《いつすん》も、とおすことまかりならん。開門ならん」 「ヤイヤイ、しつれいをもうしあげるな」  と、燕作はまばゆい光をあおむいて、 「鳥刺《とりさ》し姿に身を|やつ《ヽヽ》しておいでなさるが、このお方こそ、秀吉公《ひでよしこう》の帷幕《いばく》の人、福島《ふくしま》さまのご家臣で、音にきこえた可児才蔵《かにさいぞう》とおっしゃる勇士だ。うたがわしく思うなら、とッとと軍師《ぐんし》さまのお耳に入れてくるがいい」 「なんだ、福島正則《ふくしままさのり》さまのご家来だと?」  おどろいた手下どもは、すぐことの由《よし》を、丹羽昌仙《にわしようせん》へ告《つ》げにいった。昌仙は、燕作《えんさく》の吉報《きつぽう》をまちかねていたところなので、すぐさま、大将|呂宋兵衛《るそんべえ》とともに、間道門《かんどうもん》のてまえまで、秀吉《ひでよし》の使者を出むこうべくあらわれた。  しばらくすると、鉄の閂《かんぬき》をはずす音がして、明暗の境をなすおもい扉《とびら》が、ギ、ギ、ギイ……と一、二寸ずつ開《ひら》いてきたので、暗黒のなかに立っていた才蔵と燕作のすがたへ、一|道《どう》の光線が水のごとくそそぎ流れた。 「はるばるお越しくだされた可児才蔵《かにさいぞう》さま、いざお入りくだされい」  内よりおごそかな声があって、門扉《もんぴ》は八文字《はちもんじ》にひらかれた。——と、ほとんど同時である。またも間道《かんどう》のあなたから、疾風《しつぷう》のように走ってきた人間がある! すでに才蔵と燕作がなかへはいって、ふたたびギーッと門が閉《し》まろうとするところへ、あわただしくきて、 「大へんだ! わたしを入《い》れて、はやくあとを閉《し》めておくれよ」  ころぶようにたおれこんだ蚕婆《かいこばばあ》、いつもの|し太《ヽぶと》さに似ず、いきた色もしていない。 「おお裾野《すその》の見付婆《みつけばばあ》、大へんとはなんだなんだ」  一せいに色めきたつ人々を見まわして、蚕婆は歯をむきだして、がなッた。 「なんだもかんだも、あるもんか、はやくはやく、さきに門を閉《し》めなきゃ大へんだ、いまわたしのあとから忍剣《にんけん》と小文治《こぶんじ》というやつが追っかけてくる!」 「えッ、伊那丸《いなまる》の旗本《はたもと》がおいかけてくるッて? それは、ここへか、こっちへか?」 「くどいことはいっておられないよ、あれ、あの足音がそうだ! あの足音だ!」 「それッ、かたがた、はやく門をとじて厳重《げんじゆう》にかためてしまえ」 「やア、もうそこへ姿がみえた」 「閂《かんぬき》はどうした!」 「くさりをかせ! 鎖《くさり》を!」 「わーッ、わーッ」  ——ととつぜん、暴風にそなえるように、うろたえた手下どもは、扉《とびら》へ手をかけて、ドーンという響《ひび》きとともに、間道門《かんどうもん》を閉《し》めてしまった。 「むねんッ」  と、その下にふたりの声。ああ、たった一足《ひとあし》ちがい——  蚕婆《かいこばばあ》を追いつめて、人穴城《ひとあなじよう》のかくし道をきわめてきた忍剣と小文治は、いでや、このまま城内へ斬って入《い》ろうと勢いこんできたところを、内からかたく閉《し》められてじだんだ踏《ふ》んだ。 「卑怯《ひきよう》なやつら、臆病《おくびよう》ぞろいよ! わずかふたりの敵をむかえることができぬのか、和田呂宋兵衛《わだるそんべえ》の下ッぱには男らしいやつは一ぴきもいないのか、くやしければ、開《あ》けろ、開けろッ!」  さんざんにいいののしったが、こッちでののしれば、内でもののしり返すばかり、果てしがないので、 「えい、めんどうだッ」  手馴《てな》れの禅杖《ぜんじよう》を、ふりかまえた加賀見忍剣《かがみにんけん》、どうじに巽小文治《たつみこぶんじ》も、 「よし、拙者《せつしや》は、あれからとびこんでゆく」  と、槍《やり》を立てかけて、足がかりとなし、十数尺上ののぞき口へ、無二無三にとびつこうとこころみた。  グワーン!  たちまち、雷火をしかけたように、鉄門をとどろかした忍剣《にんけん》の第一撃! この鉄の扉《とびら》が破れるか、この禅杖《ぜんじよう》が折れるかとばかり。  つづいて、第二、第三撃!  間道門《かんどうもん》のなかでは、呂宋兵衛《るそんべえ》をはじめ丹羽昌仙《にわしようせん》、轟《とどろき》又八、そのほか燕作《えんさく》も蚕婆《かいこばばあ》もおおくの手下どもも、思わず胆《きも》をひやして、ただ、あれよあれよとおどろき見ているまに、さしもの鉄壁も、飴《あめ》のようにゆがんでくる。  すわこそ、人穴城《ひとあなじよう》の一大事となった。  呂宋兵衛はまッさおになった。  手下どもも、見えぬ敵の恐怖《きようふ》におそわれた。こんな猛者《もさ》に、ふたりもおどりこまれた日には、よしや、城内に二千の野武士《のぶし》はあるとも、どれほど死人|手負《てお》いの山をきずかれるか、さいげんの知れたものではないと思った。 「なにを気を呑《の》まれているか! 意気地《いくじ》なしめ!」  ふいに、そのなかで、思いだしたようにどなったのは轟《とどろき》又八。 「すこしもはやく、水道門の堰《せき》をきって、間道《かんどう》のなかへ濁水《だくすい》をそそぎこめ、さすれば、いかなる天魔鬼神《てんまきじん》であろうと、なかのふたりが溺《おぼ》れ死ぬのはとうぜん、しかも、味方にひとりの怪我人《けがにん》もなくてすむわ」  あっぱれ名案と、誇《ほこ》りがましく命令すると、手下どもが、おうと答えるよりはやく、 「いや、そりゃ断じていかん」  はげしく異議《いぎ》を申したてた者は、軍師《ぐんし》丹羽昌仙《にわしようせん》であった。かれとは、つねに犬と猿《さる》の仲みたいな轟又八、すぐ眉《まゆ》をピリッとさせて、 「こういうときの用意のため、いつでも水道門の堰さえきれば、間道はおろか裾野《すその》一円、満々と出水《でみず》になるようしかけておいた計略ではないか。軍師《ぐんし》には、なんでお止《と》めなさる」 「おろかなことをお問いめさるな、それ、溺兵《できへい》の計りごとは、一城の危急存亡にかかわるさいごの手段、わずかふたりの敵をころすために、なんでそれほどの費《つい》えをなそうや」 「心得ぬ軍師《ぐんし》のいい条《じよう》、では、みすみす間道門《かんどうもん》をやぶられて、ここにおおくの手負《てお》いをだすとも、大事ないといいはらるるか」 「なんで昌仙《しようせん》が、それまで手をつかねて見ていようぞ、拙者《せつしや》にはべつな一計があること、又八どのは、それにてゆるりとご見物あるがよい。やあ者ども、この鉄門の前へ焼草《やきくさ》をつみあげい」  たちまち、山と積まれた枯草《かれくさ》の束《たば》。はこばれてくる獣油《じゆうゆ》の瓶《かめ》、かつぎだされた数百本の松明《たいまつ》。  洞門《どうもん》のなかでは、それとも知らず、必死にあえぐ忍剣《にんけん》と小文治《こぶんじ》のかげ。と——いきなり、バラバラバラ、バラバラッ! と上ののぞき口から投げこんできた枯草のたば! つづいて焔《ほのお》のついた松明《たいまつ》、獣油《じゆうゆ》の雨、火はたちまちパッと枯草についた。いや、ふたりの袖《そで》や裾《すそ》にもついた。  火は消しもする、はらいもする、が、もうもうと間道《かんどう》のなかへこもりだした煙はおえぬ。しかも異臭《いしゆう》をふくんだ獣油の黒煙が、でどころがなく、渦《うず》をまいてふたりをつつんだ。  目からはしぶい涙がでる。鼻腔《びこう》はつきさされるよう、咽《のど》はかわいて声さえでぬ。……そこにしばらくもがいていれば煙にまかれて窒息《ちつそく》はとうぜんだ。ふたりは歯ぎしりをしながら、煙におしだされて、しだいしだいにあともどりした——といっても、充満《じゆうまん》している煙の底をはいながら……  間道の半ば過ぎまで引っかえしてきたころ、ふたりは、やっとどうやらうす目をあいて、たがいにことばをかわせるようになった。 「や、小文治《こぶんじ》どの、どうやらここは、先刻《せんこく》すすんでいった間道《かんどう》とはちがうようではないか」 「拙者《せつしや》もすこし変に思ってはいるが、たしかいきがけには、ほかに横穴はないように心得ていた」 「しかし、このように両側のせまい穴ではなかったはず……はてな? こりゃちとおかしい……」 「忍剣《にんけん》どの、また煙の渦《うず》がながれてきた。とにかく、もどるところまでもどってみよう」 「せっかく、人穴城《ひとあなじよう》の根もとまで押しよせたに、煙攻めの策《さく》にかかって引ッ返すとは無念|千万《せんばん》……ああまたまっ黒に包んできおった」 「ちぇッ、いまいましいが、もうここにもぐずぐずしておれぬわ」  さすがの勇士も、煙の魔軍には勝つ術《すべ》がなかった。息づまる苦しさと、目にしむ涙《なみだ》をこらえながら、いっさんにその穴《あな》を走りもどった。  からくも、前にはいった床下《ゆかした》へきた。まさしく、蚕婆《かいこばばあ》の家の下にちがいない。とちゅうの道がちがっているように思えたのも、さすれば、煙のための錯覚《さつかく》であったかもしれない。 「こりゃ部下の者、この板を退《の》けて、綱《つな》をおろせ、早く早く!」  と小文治《こぶんじ》が、槍《やり》の石突《いしづ》きを上へむけて、蓋《ふた》の板を下からポンポンと突きあげた。  すると、入口に待ちかねていた部下の者であろう、板をはがして、二本の綱《つな》を無言のまま下へたれてきた。それを力に、忍剣《にんけん》と小文治《こぶんじ》は、ひらりと上へとびあがる!  ——あがったところはまッ暗であった。  だれかが、カチカチ……と火打石《ひうちいし》を磨《す》っている。部下は二十人ばかり、ここへ置いていったのに、イヤにあたりが静かである。  カチッ、カチッ、カチッ……火打石はなかなかにつかない…… 「たわけ者め!」  忍剣は、部下の不用意を叱《しか》りつけた。じぶんたちがいない間《ま》に、あるいは、軍律を破って、夜半《よわ》の眠りをむさぼっていたのではないかとさえうたぐった。 「なぜ、かがり火を焚《た》いておらぬ、この暗さで、いざことある場合になんといたす。不埒者《ふらちもの》めが、はやく灯《ひ》をつけい!」 「はい、ただいますぐに明るくいたします」  と答える者があったが、すこし声音《こわね》がへんである。調子がおかしい。  小文治は、部下の者のなかにこんなしわがれた声はなかったはずと思って、きッとなりながら、 「何者だッ、そこにいるのは!」  と、声あらく、どなりつけてみた。  にもかかわらず、相手は平気で、まだカチカチと闇《やみ》のなかで、火打石を磨っている。 「名を申さんと突きころすぞッ、敵か、味方か!」  ピラリッ——朱柄《あかえ》の槍《やり》の穂先《ほさき》がうごいて、闇《やみ》のなかにねらいすまされた。と、その槍先から、ポーッとうす明るい灯《ひ》がともった。 「わしは敵でもなければ味方でもない。そうもうすおまえがたこそ、深夜に床下《ゆかした》から忍《しの》びこんできて、ひとの家へなにしにきた!」 「やや、ここは蚕婆《かいこばばあ》の家ではなかったのか——」  忍剣《にんけん》も小文治《こぶんじ》も、あまりのことにぼうぜんとしながら、そこに立ったひとりの人物を、そも何者かと、みつめなおした。  いまともした行燈《あんどん》を前にだして、しずかに席についたその男は、するどい両眼に片鼻《かたはな》のそげた顔をもち、熊《くま》の毛皮の胴服《どうふく》に、刻《きざ》み鞘《ざや》の小《こ》太刀《だち》を前挟《まえばさ》みとなし、どこかにすごみのあるすがたで、 「あははははは、床下《ゆかした》から戸まどいしてござったのは、さてこそ、伊那丸《いなまる》が幕下《ばつか》のおかたでござるな。なんにせよ、深夜の珍客どの、お話もござりますゆえ、まずそれへおすわりください」  いう声|がら《ヽヽ》、容貌《ようぼう》も、それは、まぎれもあらぬ鏃鍛冶《やじりかじ》の鼻|かけ《ヽヽ》卜斎《ぼくさい》。     二  意外なおもいにうたれた忍剣と小文治の目は、つぎに部屋《へや》のなかをながめまわした。  ここは卜斎《ぼくさい》の書斎《しよさい》とみえて、兵書、武器、種々な鏃《やじり》の型図面《かたずめん》などがざったにちらかっており、なかにも一|挺《ちよう》の種子島《たねがしま》が、いま使ったばかりのように、火縄《ひなわ》をそえて、かれのそばにおいてあった。 「いかにもご推察《すいさつ》のとおり、われわれはいま雨《あま》ケ岳《たけ》を本陣としている、武田伊那丸《たけだいなまる》さまの旗本《はたもと》でござるが、してそこもとは何人《なんぴと》? またここはいったいいずこでござりますか?」  ややあって、忍剣《にんけん》が、こう問いただした。 「ここは、やはり裾野《すその》の村、おふたりが間道《かんどう》へはいられた蚕婆《かいこばばあ》の家から、さよう、ざっと五、六町はなれた鏃鍛冶《やじりかじ》の小屋でござる。すなわち、手まえは主《あるじ》の卜斎ともうす者」 「ではそちも、鏃鍛冶《やじりかじ》とは世をあざむく稼業《かぎよう》で、まことは蚕婆とおなじように、人穴城《ひとあなじよう》の見付《みつけ》をいたしているのであろうが!」  小文治《こぶんじ》が、グッと急所を押すと、卜斎は、ひややかに嘲笑《あざわら》って、 「とんでもないこと、けっしてさような者ではございません」 「だまれ、呂宋兵衛《るそんべえ》の隠密《おんみつ》でない者が、なんで床下《ゆかした》から間道《かんどう》へ通じるようにしかけてあるのだ」 「なるほど、それはごもっともなおうたがいじゃ。いかにもこの卜斎鏃鍛冶とはほんの一時の表稼業《おもてかぎよう》で、まことはおさっしのとおり隠密《おんみつ》にそういない」 「さてこそ、間者《かんじや》!」  小文治《こぶんじ》と忍剣《にんけん》は、腰の大刀をグイとにぎって、あわやおどりかからんずる気勢をしめした。  片手を斜《なな》めにさし向けて、きッと、体をかまえなおした卜斎《ぼくさい》、 「じゃが、おさわぎあるなご両所、隠密《おんみつ》は隠密でも、呂宋兵衛《るそんべえ》のごとき曲者《くせもの》の手先となって、働くような卜斎ではございません——」  と、左右のふたりへ、するどい眼をそそぎながら、 「——まことかくもうす卜斎こそは、北国《ほつこく》一の雄《ゆう》、柴田権六勝家《しばたごんろくかついえ》が間者、本名|上部八風斎《かんべはつぷうさい》という者、人穴《ひとあな》の築城《ちくじよう》をさぐろうがため、ここに鏃師《やじりし》となって、家の床下《ゆかした》から八ぽうへかくし道をつくり、ここ二|星霜《せいそう》のあいだ、苦心していたのでござる」 「おう……」うめくがようにふたりは顔を見あわせて、 「音にきこえた鬼柴田《おにしばた》の|ふところ《ヽヽヽヽ》刀、上部八風斎とはそこもとでござったか。してその御人《ごじん》が、なんのご用ばしあって、われわれをお止《と》めなされた」 「されば、それがしの主君勝家より密命があって、ご不運なる武田家《たけだけ》の御曹子《おんぞうし》へ、ひとつの贈《おく》り物をいたそうがため」 「はて、柴田家《しばたけ》より伊那丸君《いなまるぎみ》へ、そもなんの贈り物を?」 「すなわちこの品《しな》——」  と、八風斎がしめしたのは、かれが学力の蘊蓄《うんちく》をかたむけて、くまなくさぐりうつした人穴《ひとあな》の攻城図、獣皮《じゆうひ》につつんで大せつに密封《みつぷう》してあるものだった。 「——かねてから主君|勝家《かついえ》は、若年《じやくねん》におわし、しかも、孤立無援《こりつむえん》に立ちたもう伊那丸《いなまる》さまへ、よそながらご同情いたしておりました。折から、このたびのご苦戦、ままになるなら、北国|勇猛《ゆうもう》の軍馬をご加勢に送りたいは山々なれど、四|隣《りん》の国のきこえもいかが、せめては武家の相身《あいみ》たがい、弓取り同士のよしみの印《しるし》までにもと、この攻城図を、ご本陣へさしあげたいというおいいつけ」 「なんといわるる、ではそこもとが、苦心に苦心をかさねて写《うつ》されたこの秘図を、おしげもなく、伊那丸さまへおゆずりなさろうとおっしゃるか」 「いかにも、これさえあれば、人穴城《ひとあなじよう》の要害《ようがい》は、掌《たなごころ》をさすごとく、大手搦《おおてから》め手の攻め口、まった殿堂、櫓《やぐら》にいたるまで、わが家のごとく知れまする。すなわちこの一枚の図面は、千人の援兵《えんぺい》にもまさること万々《ばんばん》ゆえ、一刻もはやく、ご本陣へまいらせたいこのほうの志《こころざし》、なにとぞ、伊那丸さまへ、よしなにお取次ぎを」 「ああ、世は澆季《すえ》でなかった」  と、忍剣《にんけん》も小文治《こぶんじ》も、胸をうたれずにおられなかった。  越前北《えちぜんきた》ノ庄《しよう》の鬼柴田《おにしばた》といえば、弱肉強食の乱世《らんせい》のなかでも、とくに恐ろしがられている梟雄《きようゆう》だのに、こんな美しい、情けの持主《もちぬし》であろうとは、きょうまで夢《ゆめ》にも知らなかった。——なんとゆかしい弓取りのよしみであろう。  そして、むろんこれはこばむことではないと思った。  さだめし、伊那丸《いなまる》さまをはじめ同志の人々がよろこぶことと信じて、そくざに、八風斎《はつぷうさい》の願いをゆるし、雨《あま》ケ岳《たけ》の本陣へあんないすることを快諾《かいだく》した。  八風斎も欣然《きんぜん》として、衣服大小をりっぱにあらため、獣皮《じゆうひ》につつんだ図面を懐中《ふところ》にいれ、ふたりのあとについて屋敷をでた。  いっぽう、蚕婆《かいこばばあ》の家で、たむろをしていた部下の者たちは、床下《ゆかした》の穴から濛々《もうもう》たる煙がふきだしてきたので、すわこそ、忍剣と小文治の身のうえに、変事があったにちがいないと、すくなからずさわぎあっていた。そこへ意外な方角から、ふたりが無事でかえってきたので、一同あッけにとられてしまった。  やがて、勢ぞろいをして、人無村《ひとなしむら》をでてゆく一列の軍馬を見れば、まッさきに馬上の加賀見忍剣《かがみにんけん》、おなじく騎馬《きば》たちの上部八風斎《かんべはつぷうさい》、巽小文治《たつみこぶんじ》、それにしたがう二十余人の兵。——この一列が整々《せいせい》として雨《あま》ケ岳《たけ》の本陣へかえってくるまに、富士《ふじ》の山は、銀の冠《かんむり》にうす紫《むらさき》のよそおいをして、あかつきの空に君臨《くんりん》し、流るる霧《きり》のたえまに、裾野《すその》の朝がところどころ明けかけてくる。  人無村の柿《かき》の木には、今朝《けさ》も烏《からす》がむれていた。   死地《しち》におちた雨《あま》ケ岳《たけ》     一  富士《ふじ》川の名物、筏舟《いかだぶね》に棹《さお》さして、鰍沢《かじかざわ》からくだる筏乗《いかだの》りのふうをよそおい、矢のように東海へさして逃げたふたりのあやしい男がある。  海口《うみぐち》へ着くやいな、しぶきにぬれた蓑笠《みのかさ》とともに、筏をすて、浜べづたいに、蒲原《かんばら》の町へはいったすがたをみると、これぞまえの夜、鼻かけ卜斎《ぼくさい》の屋敷から遁走《とんそう》した菊池半助《きくちはんすけ》。つれているのは、そのときゆきがけの駄賃《だちん》に、かどわかしてきた泣《な》き虫《むし》の蛾次郎《がじろう》だ。  十五、六にもなりながら、人にかどわかされるくらいな蛾次郎だから、むろん、じぶんではかどわかされたとは思っていない。バカにしんせつで、じぶんを出世《しゆつせ》さしてくれるいいおじさんにめぐりあったと心得ている。 「蛾次郎、もうここまでくれば、どんなことがあっても安心だから、かならずしんぱいしないで元気をだすがいい」  半助がふりかえっていうと、あとから宿《しゆく》のにぎやかさに、キョロつきながら、のこのこと歩いてきた蛾次郎、すこし口をとンがらせながら、 「元気をだせったッて、元気なんかでやしねえや、お侍《さむらい》さんはよく腹がすかないねえ」 「ははア、どうもさっきからきげんがわるいと思ったら、空腹《くうふく》のために、ふくれているんだな」 「だってゆうべッから、一ッ粒もごはんを食べないんだもの、それで今朝《けさ》になっても、まだ歩いてばかりいちゃあ、いくらおれだってたまらねえや」 「まて、もうすこしのしんぼうじゃ。向田《むこうだ》ノ城《しろ》へまいれば、なんでも腹いッぱい食《く》わせてやる」 「もうだめだ、アア、もう歩けない、なにか食《た》べなくッちゃ目がまわりそうだ……」  なれるにしたがってそろそろ尻尾《しつぽ》をだしてきた蛾次郎《がじろう》は、宿場人足《しゆくばにんそく》がよりたかって、うまそうに立ち食《ぐ》いしている餅屋《もちや》の前へくると、ぎょうさんに、腹をかかえてしゃがんでしまった。  半助はにが笑いして、いくらかの小銭《こぜに》をだしてやった。それをもらうと、蛾次郎は人ごみをかきわけてふところいッぱい焼餅《やきもち》を買いもとめ、ムシャムシャほおばりながら歩きだした。  間《ま》もなく、ふたりのまえに見えた向田ノ城。  ここの砦《とりで》には、富士、庵原《いはら》、二|郡《ぐん》をまもる徳川家《とくがわけ》の松平周防守康重《まつだいらすおうのかみやすしげ》がいる。菊池半助《きくちはんすけ》は、その人に会って、じぶんが探知《たんち》した裾野《すその》の形勢《けいせい》をしさいに書面へしたため、それを浜松の本城へ、早打ちで送りとどけてもらうようにたのんだ。  書状《しよじよう》の内容は、徳川家《とくがわけ》の領内である富士の人穴《ひとあな》を中心に、裾野《すその》一帯の無人《むじん》の広野《こうや》に、いまや、呂宋兵衛《るそんべえ》だの、伊那丸《いなまる》だの、あるいは秀吉《ひでよし》の隠密《おんみつ》、柴田勝家《しばたかついえ》の間者《かんじや》などが、跳梁《ちようりよう》して、風雲すこぶる険悪《けんあく》である。はやく、いまのうちに味方の兵をだして、それらの者を、掃滅《そうめつ》しなければ一大事で。——という意味のものであった。  その密談のあいだに、 「ちぇッ、ばかにしてやがら」  城内の一室で、プンプンしていたのは蛾次郎《がじろう》である。もう焼餅《やきもち》を食《た》べつくし、腹はいっぱいになったが、まさか寝ることもできず、半助はいつまでも顔を見せないし、遊ぶところはなし、文句《もんく》のやり場のないところから、ひとりでブツブツこぼしている。 「いやンなっちゃうな。どうしたんだい、あの人は、向田《むこうだ》ノ城《しろ》へいったら、なんでも好きなものはやるの、うまいものは食いほうだいだのッて、いっておいてよ、ちぇッくそ! ばかにしてやがら、うそつき! 菊池半助《きくちはんすけ》の大うそつき!」  腹いせにわめいていると、ふいに、そこへ半助がはいってきたので、さすがの蛾次郎も、これにはすこし間《ま》が悪かったとみえて作り笑いをした。 「蛾次郎、さだめしたいくつであったろう」 「ううん、そんなでもなかったよ、だけれど、菊池さんはいままでいったいどこへいってたのさ」 「その方《ほう》をりっぱな侍《さむらい》に取り立ててやりたいと、城主周防守《じようしゆすおうのかみ》さまとそうだんしてまいったのだ。どうだ蛾次郎《がじろう》、きさまもはやくりっぱな侍になり、堂々と馬にのったり、多くの家来をかかえて、こんなお城に住んでみたくはないか」 「うふふふふふ、おれをその侍にしてくれるのかい」  蛾次郎は、目をほそくしてうれしがった。 「きっとしてやる。が、それには、ぜひなにか一つの手柄《てがら》をあらわさなければならん」 「手柄をあらわすには、どんなことをすりゃいいんだろう」 「その方法は拙者《せつしや》がおしえてやる。しかも蛾次郎でなければできぬことがあるのだ。これ、耳をかせ……」  と半助《はんすけ》は、なにやらひそひそささやくと、蛾次郎は目をまるくして、あたりもかまわず、 「えッ、じゃあの竹童《ちくどう》の使っている大鷲《おおわし》を、おれがぬすんでくるのかい!」 「シッ、大きな声をいたすな。——そちはたしか、あの大鷲に乗せてもらった経験があるだろう」 「ある、ある。竹童が松明《たいまつ》をくれッていったから、それを持っていって、一晩じゅう、鷲に乗せてもらったよ」 「さすれば、あの小僧《こぞう》が鷲をつないでおくところも、鷲の背に乗ることも、そちはじゅうぶんに心得ているはず——じつは近いうちに、あの辺で大きな戦《いくさ》がおきるのだ、そのさわぎに乗じて、竹童の鷲《わし》を徳川家の陣中へ乗りにげしてくれればそれでよいのだ。なんと、やさしいことではないか」 「だけれど、……もしかやりそこなうと大へんだな、竹童ッてやつ、ちびでもなかなか強いからな」 「蛾次《がじ》ッ」  半助がこわい目をしたので、かれは、ギョッとして飛びのいた。 「いやといえばこれだぞ——」  ギラリと脇差《わきざし》をぬいて、蛾次郎《がじろう》の鼻ッ先へつきつけた菊池半助は、また、左の手で、袂《たもと》からザラザラと小判《こばん》をつかみだして、刀と金をならべてみせた。 「おうといえば褒美《ほうび》にこれ。イヤといえば刀で首。さアどっちでもよい方《ほう》をのぞめ」     二  菊池半助《きくちはんすけ》の書面が、家康《いえやす》の本城《ほんじよう》浜松へつくと同じ日にいくさになれた三河武士《みかわぶし》の用意もはやく、旗指物《はたさしもの》をおしならべて、東海道を北へさして出陣した三千の軍兵《ぐんぴよう》。  精悍無比《せいかんむひ》ときこえた亀井武蔵守《かめいむさしのかみ》の兵七百、内藤清成《ないとうきよなり》の手勢《てぜい》五百、加賀爪甲斐守《かがづめかいのかみ》の一隊六百余人、高力与左衛門《こうりきよざえもん》の三百五十人、水野勝成《みずのかつなり》が後詰《ごづめ》の人数九百あまり、軍奉行《いくさぶぎよう》は天野三郎兵衛康景《あまのさぶろべえやすかげ》。  法螺《ほら》、陣鐘《じんがね》の音に砂けむりをあげつつ、堂々と街道《かいどう》をおしくだり、蒲原《かんばら》の宿《しゆく》、向田《むこうだ》ノ城にはいって、松平周防守《まつだいらすおうのかみ》のむかえをうけた。  ここで、裾野陣《すそのじん》の大評議をした各将は、待ちもうけていた菊池半助を、地理の案内役として先陣にくわえ、全軍|犬巻峠《いぬまきとうげ》の嶮《けん》をこえて、富士《ふじ》河原《がわら》を乗りわたし、天子《てんし》ケ岳《たけ》のふもとから南裾野《みなみすその》へかけて、長蛇《ちようだ》の陣をはるもよう。  西をのぞめば、雨《あま》ケ岳《たけ》のいただきを陣地とする武田伊那丸《たけだいなまる》の一党《いつとう》、北をみれば、人穴城《ひとあなじよう》にたてこもる呂宋兵衛《るそんべえ》の一族、また南の平野には、葵《あおい》の旗指物《はたさしもの》をふきなびかせて、威風《いふう》りんりんとそなえた三千の三河武士《みかわぶし》がある。  ここ、いずれも、敵味方三方わかれの形である。  甲《こう》を攻めれば乙《おつ》きたらん、乙を討たんとせば丙突《へいつ》かんという三角対峙《さんかくたいじ》。はたしてどんな駈引《かけひ》きのもとに、目まぐるしい三つ巴《どもえ》の戦法がおこなわれるか、風雲の急なるほど、裾野のなりゆきは、いよいよ予測《よそく》すべからざるものとなった。  けれど、それは人と人とのこと、弓取りと弓取りのこと。晩秋の千草《ちぐさ》を庭としてあそぶ、鶉《うずら》や百舌《もず》や野うさぎの世界は、うらやましいほど、平和そのものである。  ちょうどそれとおなじように、のんきの洒《しや》アな顔をして、またぞろ、裾野へ舞《ま》いもどってきた泣き虫の蛾次郎《がじろう》はばかにいい身分になったような顔をして、あっちこっちを、のこのこと歩いていた。     三 「木隠《こがくれ》が出立《しゆつたつ》してから、きょうで、はや四日目。——かれのことだ。よも、裏切《うらぎ》りもすまいが、なんの沙汰《さた》もないのは、どうしたのか。おいとしや、若君のご武運もいまは神も見はなし給うか」  床几《しようぎ》によって、まなこをとじながら、こうつぶやいた小幡民部《こばたみんぶ》。  ここは、陣屋というもわびしい、武田伊那丸《たけだいなまる》のいる雨《あま》ケ岳《たけ》の仮屋《かりや》である。軍師《ぐんし》民部は、きのうから幕《まく》のそとに床几をだして、ジッと裾野《すその》をみつめたまま、龍太郎《りゆうたろう》のかえりを、いまかいまかと待ちかねていた。  が——龍太郎のすがたはきょうもまだ見えない。四日のあいだには、かならず兵三百を狩《か》りあつめて、帰陣すると誓《ちか》ってでた木隠龍太郎。ああ、かれの影はまだどこからも見えてこない。  いよいよ、絶望とすれば、ふたたび、人穴城《ひとあなじよう》を攻めこころみて、散るか咲くかの、さいごの一戦! それよりほかはみちがない。すでに兵倦《へいう》み、兵糧《ひようろう》もとぼしく、もとより譜代《ふだい》の臣でもない野武士《のぶし》の部下は、日のたつほどひとり去りふたりにげ、この陣地をすて去るにちがいない。 「軍師《ぐんし》、軍師、小幡民部どの!」  ふいに、耳もとでこうよぶ声。  あれやこれ、思いしずんでいた民部が、ふと、見あげると、巽小文治《たつみこぶんじ》と加賀見忍剣《かがみにんけん》が連れ立ってそこにある。 「オ。これはご両所《りようしよ》、なんぞご用で」 「一昨日《おととい》からかなたにあって、待ちわびている者が、もういちどこれを最後として、若君へお取次ぎを願って見てくれいと申して、いッかなきかぬ。——軍師《ぐんし》から伊那丸《いなまる》さまへ、もういちどおことばぞえねがわれまいか」 「おお、上部八風斎《かんべはつぷうさい》のことですか、その儀《ぎ》は、拙者《せつしや》からも再三若君のお耳へいれたが、断《だん》じて会わんという御意《ぎよい》のほか、一こうお取上げにならぬしまつ。事情をいうて追いかえされたがよろしかろう」 「は」  といったが、ふたりの面《おもて》はとうわくの色にくもった。  じぶんたちが独断で、八風斎を本陣へつれてきたのがわるかったか。伊那丸は対面無用といったまま、耳もかさないのである。また、八風斎のほうでも、あくまで、会わぬうちは、この雨《あま》ケ岳《たけ》をくだらぬといい張って、うごく気色《けしき》もなかった。  忍剣と小文治は、なかに立って板ばさみとなった。八風斎はだだをこねるし、伊那丸はきげんがわるい。これでは立つ瀬がないと、いまも民部に、苦しい立場をうちあけていると、ふいに、帳《とばり》のかげから伊那丸の声で、 「民部、民部やある」  としきりに呼ぶ。 「はッ」  とりいそいで、幕《まく》のなかへ姿をいれた小幡民部《こばたみんぶ》は、ふたたびそこへ立ちもどってきて、 「よろこばれよご両所《りようしよ》、にわかに若君が、八風斎に会ってやろうとおおせだされた。御意《ぎよい》のかわらぬうち、いそいで、かれをここへ」  といった。  間《ま》もなく、上部八風斎《かんべはつぷうさい》はあなたの仮屋《かりや》から、忍剣《にんけん》と小文治《こぶんじ》にともなわれてそこへきた。迎えにたった民部は、そも、どんな人物かとかれを見るに、鼻《はな》かけ卜斎《ぼくさい》の名にそむかず、容貌《ようぼう》こそ、いたってみにくいが、さすが北越《ほくえつ》の梟雄鬼柴田《きようゆうおにしばた》の腹心であり、かつ攻城学《こうじようがく》の泰斗《たいと》という貫禄《かんろく》が、どこかに光っている。 「八風斎どの、それへおひかえなさい」  制止《せいし》の声とどうじに、バラバラと陣屋のかげからあらわれた槍組《やりぐみ》のさむらい、左右二列にわかれて立ちならぶ。  と——武田菱《たけだびし》の紋《もん》を打ったまえの陣幕《じんまく》が、キリリと、上へしぼりあげられた。  見れば、正面《しようめん》の床几《しようぎ》に、気《け》だかさと、美しい威容《いよう》をもった伊那丸《いなまる》、左右には、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》と咲耶子《さくやこ》が、やや頭をさげてひかえている。 「これは……」  と、槍《やり》ぶすまにひるまぬ八風斎も、うたれたように平伏《へいふく》した。     四  初対面《しよたいめん》のあいさつや、陣中の見舞《みま》いなどをのべおわってのち、八風斎《はつぷうさい》は、れいの秘図《ひず》をとりだし、主人|勝家《かついえ》からの贈《おく》り物として、うやうやしく、伊那丸《いなまる》の膝下《しつか》にささげた。  が、なぜか、伊那丸は、よろこぶ色はおろか、さらに見向きもしないで、|にべ《ヽヽ》なくそれをつッかえした。 「ご好意はかたじけないが、さようなものはじぶんにとって欲《ほ》しゅうもない。持ちかえって、柴田《しばた》どのへお土産《みやげ》となさるがましです」 「は、心得ぬ仰《おお》せをうけたまわります。主人|勝家《かついえ》こそははるかに御曹子《おんぞうし》のお身《み》の上《うえ》をあんじている、無二のお味方、人穴城《ひとあなじよう》をお手にいれたあかつきは、およばずながらよしみをつうじて、ご若年《じやくねん》のお行《ゆ》く末《すえ》を、うしろだてしたいとまでもうしております。……なにとぞ、おうたがいなくご受納《じゆのう》のほどを」 「だまれ、八風斎!」  はッたとにらんだ伊那丸は、にわかにりんとなって、かれの胸をすくませた。 「いかに、汝《なんじ》が、懸河《けんが》の弁《べん》をふるうとも、なんでそんな甘手《あまて》にのろうぞ。この伊那丸に恩義を売りつけ、柴田が配下に立たせよう計《はか》りごとか、または、後日《ごじつ》に、人穴城をうばおうという汝らの奸策《かんさく》、この伊那丸は若年《じやくねん》でも、そのくらいなことは、あきらかに読めている」 「うーむ……」  うめきだした八風斎《はつぷうさい》の顔は、見るまにまッさおになって、じッと、伊那丸《いなまる》をにらみかえして、眼《め》もあやしく血走ってくる。 「益《えき》ないことに暇《ひま》とらずに、汝《なんじ》も早々《そうそう》、北越《ほくえつ》へひきあげい。そして、勝家《かついえ》とともに大軍をひきい、この裾野《すその》へでなおしてきたおりには、またあらためて見参《げんざん》するであろう。そちの大事がる図面とやらも、そのとき使うように取っておいたがよい」  深くたくらんだ胸のうちも、完全に見やぶられた八風斎は、本性《ほんしよう》をあらわして、ごうぜんとそりかえった。 「なるほど、さすが信玄《しんげん》の孫《まご》だけあって、その眼力《がんりき》はたしかだ。しかしわずか七十人や八十人の小勢《こぜい》をもって、人穴城《ひとあなじよう》がなんで落ちよう。敵はまだそればかりか、呂宋兵衛《るそんべえ》にもましておそろしい大敵が、すぐ背後《うしろ》にもせまっているぞ。悪いことはすすめぬから、いまのうちに柴田家《しばたけ》の旗下《きか》について、後詰《ごづめ》の援兵《えんぺい》をあおぐが、よいしあんと申すものじゃ」 「だまれ。よしや伊那丸ひとりになっても、なんで、柴田づれの下風《かふう》につこうや、とくかえれ、八風斎!」 「ではどうあっても、柴田家にはつかぬと申しはるか、あわれや、信玄の孫どのも、いまに、裾野に屍《かばね》をさらすであろうわ、笑止《しようし》笑止」  毒口《どくぐち》たたいて、秘図《ひず》をふところにしまいかえした八風斎、やおら、伊那丸のまえをさがろうとすると、面目《めんもく》なげにうつむいていた忍剣《にんけん》と小文治《こぶんじ》が、左右から立って、 「若君にむかってふらちな悪口《あつこう》、よくもわれわれ両人をだましおったな!」  と、猿臂《えんぴ》をのばして、八風斎のえりがみをつかもうとしたとき、 「方々《かたがた》! 方々! 敵の大軍が見えましたぞッ」  にわかに起ったさけび声、陣のあなたこなたにただならぬどよみ声、伊那丸《いなまる》も咲耶子《さくやこ》も、民部《みんぶ》も蔦之助《つたのすけ》も、思わずきッと突っ立った。 「それ見たことか、はやくも地獄《じごく》の迎えがきたわッ!」  さわぎのすきに、すてぜりふの嘲笑《ちようしよう》をなげながら、疾風《しつぷう》のように逃げだした上部八風斎《かんべはつぷうさい》。  忍剣と小文治が、なおも追わんとするのを伊那丸はかたく止《と》めて、かれのすがたを見送りもせず、 「小さき敵に目をくるるな、心もとない大軍の出動とやら、だれぞ、はようもの見せい!」 「はい、かしこまりました」  こたえた声音《こわね》は意外にやさしい、だれかとみれば、伊那丸のそばから、蝶《ちよう》のように走りだしたひとりの美少女、いうまでもなく咲耶子である。  見るまに、物見《ものみ》の松の高きところによじのぼって、梢《こずえ》にすがりながら、片手をかざし、 「オオ、見えまする! 見えまする!」 「して、その敵のありどころは」  松の根方《ねかた》から上をあおいで、一同がこたえを待つ。  上では、緑の黒髪を吹かれながら、咲耶子《さくやこ》の声いっぱい。 「天子《てんし》ケ岳《たけ》のふもとから、南すそのへかけて、まんまんと陣取ったるが本陣と思われまする。オオ、しかも、その旗印《はたじるし》は、徳川方《とくがわがた》の譜代《ふだい》、天野《あまの》、内藤《ないとう》、加賀爪《かがづめ》、亀井《かめい》、高力《こうりき》などの面々」 「やや、では呂宋兵衛《るそんべえ》が人穴城《ひとあなじよう》をでたのではなかったか。してして軍兵《ぐんぴよう》のかずは?」 「富士川もよりには、和田《わだ》、樋之上《ひのかみ》の七、八百|騎《き》、大島峠《おおしまとうげ》にも三、四百余の旗指物《はたさしもの》、そのほか、津々美《つつみ》、白糸《しらいと》、門野《もんの》のあたりにある兵をあわせておよそ三千あまり」 「その軍兵は、こなたへ向かって、すすんでくるか?」 「いえいえ、満《まん》を持《じ》してうごかぬようす、敵の気ごみはすさまじゅう見うけられます」  咲耶子の報告がおわると、物見《ものみ》の松のしたでは、伊那丸《いなまる》と軍師《ぐんし》を中心にして、悲壮な軍議がひらかれた。まえには、人穴城の強敵あり、うしろには徳川家《とくがわけ》の大軍あり、雨《あま》ケ岳《たけ》は、いまやまったく孤立無援《こりつむえん》の死地におちた。  おそらくは、主従《しゆじゆう》の軍議もこれが最後のものであろう。軍議というも、守るも死、攻むるも死、ただ、その死に方の評定《ひようじよう》である。  時は、たそがれ刻《どき》か、あるいは、宵《よい》か夜中か明け方か、いずれにせよ、闇でも花とちる身《み》にはかわりがない。  こい! 徳川勢《とくがわぜい》——。  伊那丸方《いなまるがた》の面々《めんめん》は、馬には飼糧《かいば》、身には腹巻をひきしめて、雨《あま》ケ岳《たけ》の陣々に鳴りをしずめた。  そのころ、人穴城《ひとあなじよう》の望楼《ぼうろう》のうえにも、三つの人影があらわれた。大将|呂宋兵衛《るそんべえ》に、軍師《ぐんし》丹羽昌仙《にわしようせん》、もうひとりは客分の可児才蔵《かにさいぞう》。三人は、いつまでも暮れゆく陣地をながめわたして、なにやら密議に余念がない。心なしか、こよいはことに砦《とりで》のうえに、いちまつの殺気がみち満ちていた。  富士《ふじ》はくれゆく、裾野《すその》はくれる。  きょうで四日目の陽《ひ》は、まさに沈もうとしているのに小太郎山《こたろうざん》へむかって、駿馬項羽《しゆんめこうう》をとばせた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》はそも、どこになにしているのだろう。  かれは、よもや雨《あま》ケ岳《たけ》にのこした伊那丸の身や、同志の人々を忘れはてるようなものではけっしてあるまい。いや、断じてないはずの人間だ。それだのに、晩秋の靄《もや》ひくくとぶ鳥はみえても、駿馬項羽にまたがったかれのすがたが、いつまでも見えてこないのはどうしたわけだ?  人無村《ひとなしむら》で、とんだ命《いのち》びろいをしたッきり、白旗《しらはた》の森《もり》のおくへもぐりこんでしまった竹童《ちくどう》も、ほんとに、頭脳《あたま》がいいならば、いまこそどこかで、 「きょうだぞ、きょうだぞ、さアきょうだぞ」  と叫《さけ》んでいなければならないはず。  お師匠《ししよう》さまの果心居士《かしんこじ》から、こんどこそ、やりそこなったら大へんだという秘命《ひめい》を、とっくのまえからさずけられている竹童《ちくどう》が、その、一生いちどの大使命をやる日はまさにきょうのはずだ。  ところが、きのうあたりから、あの蛾次郎《がじろう》が、団子《だんご》や焼餅《やきもち》などをたずさえて、チョクチョク白旗の森にすがたを見せ、竹童のごきげんとりをやりだしたのも奇妙《きみよう》である。   密林《みつりん》の出来事《できごと》     一  雨のような落葉《おちば》が、よこざまに、ばらばらと降《ふ》る。  くろい葉、きいろい葉、まっかな葉、入りまじってさんらんと果てしなくとぶ。  さしもひろい湖《みずうみ》の水も、ながい道も、このあたりは見るかぎり落葉《おちば》の色にかくされて、足のふみ場もわからないほどである。  と——どこかで、 「ぐう、ぐう、ぐう……」  不敵《ふてき》ないびきの声がする。  つかれた旅人でも寝ているのであろう、白旗《しらはた》の宮《みや》の、蜘蛛《くも》の巣《す》だらけな狐格子《きつねごうし》のなかから、そのいびきはもれているのだ。  旅人なら、夕陽《ゆうひ》の光がまだ、雲間《くもま》にあるいまのうちに早くどこか、人里《ひとざと》までたどり着《つ》いておしまいなさい——と願わずにいられない。  この地方は、冬にならぬころから、口のひっ裂《さ》けた、れいの狼《おおかみ》というのが、よく出現して、たびの人を、骨《ほね》だけにしてしまう。  するとあんのじょう、森のかげから、ガサガサという異様な音がちかづいてきた。みると、それは幸《さいわ》いにして狼ではなかったが、針金頭巾《はりがねずきん》や小具足《こぐそく》で、甲虫《かぶとむし》みたいに身をかためたふたりの兵。手には短槍《たんそう》を引っさげている。  服装の目印《めじるし》、どうやら徳川家《とくがわけ》の斥候《ものみ》らしいが、きょう、天子《てんし》ケ岳《たけ》に着陣したばかりなのに、はやくもこのへんまで斥候の手がまわってきたとはさすが、海道一の三河勢《みかわぜい》、ぬけ目のないすばやさである。  斥候の甲虫は、一歩一歩、あたりに気をくばって、落葉《おちば》をふむ足音もしのびやかにきたが、 「しッ……」  と、さきのひとりが、白旗の宮のそばで、うしろの者へ手あいずする。 「なんだ……」  おなじく、ひくい声でききかえした。 「あやしい声がする」 「えッ」 「しずかに」  ぴたりと、ふたりは槍《やり》とともに落葉のなかへ身をふせてしまった。そして、ややしばらく、耳と目を研《と》ぎすましていたが、それっきり、いまのいびきも聞えなくなったので、甲虫《かぶとむし》はふたたび身をおこして、いずこともなく立ちさった。  あとは、またものさびしい落葉《おちば》の舞《ま》い。  暮れんとして暮れなやむ晩秋の哀寂《あいじやく》。  ぎい……とふいに、白旗《しらはた》の宮《みや》の狐格子《きつねごうし》がなかからあいた。そして、むっくり姿をあらわしたのは、なんのこと、鞍馬山《くらまやま》の竹童《ちくどう》であった。 「あぶない、あぶない。もうこんなほうまで、徳川家の陣笠《じんがさ》がうろついてきたぞ。ところで、おいらは、いよいよ、今夜お師匠《ししよう》さまのおいいつけをやるのだが、それにしては、もうそろそろどこかで、鬨《とき》の声《こえ》があがってきそうなもの……どれ、ひとつ高見《たかみ》から陣のようすをながめてやろうか」  ひらりと、宮の縁《えん》から飛びおりるがはやいか、湖畔《こはん》にそびえている樅《もみ》の大樹《たいじゆ》へ、するするすると、りすの木のぼり、これは、竹童ならではできない芸当《げいとう》。  数丈《すうじよう》うえのてっぺんに、烏《からす》のようにとまった竹童、したり顔して、あたりの形勢《けいせい》をとくと見とどけてのち、ふたたび降《お》りてくると、こんどは、白旗《しらはた》の宮《みや》の拝殿にかくしておいた一たばの松明《たいまつ》をかつぎだしてきた。  この松明こそは、竹童が苦心さんたんして、蛾次郎《がじろう》から手にいれたものである。かれは、この松明、二十本をなんに使うつもりか、腰に皮の火打石袋《ひうちいしぶくろ》をぶらさげ、いっさんに、白旗の森のおくへ走りこんでいった。     二  そこは密林《みつりん》のおくであったが、地盤《じばん》の岩石が露出《ろしゆつ》しているため、一町四|方《ほう》ほど樹木《じゆもく》がなく、平地は硯《すずり》のような黒石、裂《さ》け目くぼみは、いくすじにもわかれた、水が潺湲《せんかん》としてながれていた。  ギャアギャアギャア  ——ふしぎな怪物の啼《な》き声《ごえ》がする。そして、すさまじい羽《は》ばたきがそこで聞えた。見ると、ひとつの岩頭《がんとう》に金瞳黒毛《きんどうこくもう》の大鷲《おおわし》が、威風《いふう》あたりをはらい、八方を睥睨《へいげい》してとまっている。  いうまでもない、クロである。  むろん、足はなにかで岩の根《ね》|っこ《ヽヽ》へしばりつけてあるらしかった。 「やい、もひとつ啼《な》け、もひとつ啼いてみろ」  七尺ばかりはなれて、鷲《わし》とあいむきに、腰かけていた者はれいの蛾次郎、竹の先ッぽに、兎《うさぎ》の肉をつき刺《さ》して、しきりにクロを馴《な》らそうとしていた。 「おい、蛾次公《がじこう》、なにをしてるんだい」 「え」  ふいに肩をたたかれて、蛾次郎がひょいと、うしろを見ると、竹童《ちくどう》が、松明《たいまつ》を薪《まき》のようにしょって立っている。 「なにもしてやしないさ、餌《えさ》をやっているんだ」 「よけいなことをしてくれなくってもいい、さっきも、おいらが鹿《しか》の股《もも》を二つやったんだから」 「ああ、竹童さんにも、おれが土産《みやげ》を持ってきたぜ、きょうは焼栗《やきぐり》だ、ふたりで仲よく食べようじゃないか」 「いやにこのごろは、おいらにおべっかを使うな、そんなにおせじをつかってきたって、もう、そうはちょいちょい鷲《わし》に乗せてやるわけにはゆかないぜ」 「そんなことをいわないで、おれを弟子《でし》にしてくれよ、な、たのまあ、そのかわりに、おまえのためなら、おれはどんなことだって、いやといわないからよ」 「きっとか」 「きっとだ!」 「じゃ。さっそく一つ用をたのもうかな」 「たのんでくれよ、さ、なんだい」 「大役だぜ」 「いいとも」 「他人の用ばかりしていると、おまえの主人の鼻かけ卜斎《ぼくさい》に、叱《しか》られやしないか」 「大じょうぶだってことさ、おらあもうあすこの家《うち》をとびだして、いまでは徳川家《とくがわけ》の……」  と、いいかけて、さすがの低能児《ていのうじ》も、気がついたらしく、口をにごらしながら、 「いまじゃ、天下の浪人《ろうにん》もおんなじ体《からだ》なんだ」 「ふうむ……じゃね、これからおいらのために、ちょっとそこまで斥候《ものみ》にいってくれないか」 「斥候《ものみ》に?」  蛾次郎《がじろう》ぎょっと、目を白くした。  竹童《ちくどう》は、ことさらに、なんでもないような顔をして、 「このあいだから、雨《あま》ケ岳《たけ》に陣取っている、武田伊那丸《たけだいなまる》さまの軍勢が、人穴城《ひとあなじよう》へむかってうごきだしたら、すぐここまで知らしてくれりゃいいのだ」 「そしたら、いったい、どうする気なんだい?」 「どうもしないさ、この鷲《わし》にのって、大空から戦見物《いくさけんぶつ》にでかけるのさ」 「おもしろいなあ、おれもいっしょに乗せてくれるか」 「やるとも」 「よしきた、いってくら!」  よく人のだしにつかわれる生まれつきだ。年下の者のおちょうしにのって、もう、一もくさんにかけていく。  そのあとで竹童《ちくどう》は、鷲《わし》の足をといてやった。クロは自由の身《み》になっても、竹童のそばを離れることなく、流れる水をすっていると、かれはまた火打石《ひうちいし》を取りだして、そこらの枯葉《かれは》に火をうつし、煙の立ちのぼる夕空をあおぎながら、 「おそいなあ。あのぐずの斥候《ものみ》を待っているより、またじぶんでそこいらの木へ登ってみようかしら」  と、ひとりつぶやいたとこである。  すると、いつの間《ま》にか、かれの身辺をねらって、じりじりとはいよってきたふたりの武士《ぶし》——それはまえの甲虫《かぶとむし》だ、いきなり飛びついて、 「こらッ、あやしい小僧《こぞう》!」 「うごくなッ」  とばかり、竹童の両腕とってねじふせた。竹童はまったくの不意打ち、なにを叫ぶ間《ま》もなく、跳《は》ねかえそうとしたが、はやくも、甲虫の短刀が、ギラリと目先《めさき》へきて、 「うごくと命《いのち》がないぞ、しずかにせい、しずかにせい」 「な、な、なにをするんだい!」 「なにもくそもあるものか、きさまこそ、餓鬼《がき》のぶんざいで、この松明《たいまつ》をなんにつかう気だ、文句《もんく》はあとで聞いてやるから、とにかく天子《てんし》ケ岳《たけ》のふもとまでこい」 「や、ではきさまたちは徳川方《とくがわがた》の斥候《ものみ》だな」 「おお、亀井武蔵守《かめいむさしのかみ》の手の者だ」 「ちぇッ、そう聞きゃおいらにも覚悟がある」 「生意気《なまいき》なッ」  たちまち、大人《おとな》ふたりと、竹童との、乱闘《らんとう》がはじまった。  こいつ、体《からだ》はちいさいが、一すじなわではいかないぞ——とみた甲虫《かぶとむし》は、やにわに短槍《たんそう》をおっ取って、閃々《せんせん》と突いて突いて、突きまくってくる。  あわや、竹童あやうし——と見えたせつなである。にわかに、大地をめくり返すような一陣の突風《とつぷう》! と同時に、パッと翼《つばさ》をひろげた金瞳《きんどう》の黒鷲《くろわし》は、ひとりを片《かた》つばさではねとばし、あなよというまに、あとのひとりの肩先へとび乗って、銀の爪《つめ》をいかり立ッて、かれの顔を、ばりッとかいて宙天《ちゆうてん》へつるしあげた。 「わッ!」  と、大地へおちてきたのを見れば、目も鼻も口もわからない。満顔《まんがん》ただからくれないの一コの首《くび》。   信玄《しんげん》の再来《さいらい》     一  さても伊那丸《いなまる》は、小袖《こそで》のうえに、黒皮《くろかわ》の胴丸具足《どうまるぐそく》をつけ、そまつな籠手脛当《こてすねあて》、黒の陣笠《じんがさ》をまぶかにかぶって、いま、馬上しずかに、雨《あま》ケ岳《たけ》をくだってくる。  世にめぐまれたときの君《きみ》なれば、鍬《くわ》がたの兜《かぶと》に、八幡座《はちまんざ》の星をかざし、緋《ひ》おどしの鎧《よろい》、黄金《こがね》の太刀はなやかにかざるお身《み》であるものを……と、つきしたがう、民部《みんぶ》をはじめ、忍剣《にんけん》も小文治《こぶんじ》も蔦之助《つたのすけ》も、また咲耶子《さくやこ》も、ともに、馬をすすめながら、思わず、ほろりと小袖《こそで》をぬらす。  兵は、わずかに七十人。  みな、生きてかえる戦《いくさ》とは思わないので、張りつめた面色《めんしよく》である。決死のひとみ、ものいわぬ口を、かたくむすんで、粛々《しゆくしゆく》、歩《ほ》をそろえた。  まもなく、梵天台《ぼんてんだい》の平《たいら》へくる。夜《よる》の帳《とばり》はふかくおりて徳川方《とくがわがた》の陣地はすでに見えなくなったが、すぐ前面の人穴城《ひとあなじよう》には、魔獣《まじゆう》の目のような、狭間《はざま》の灯《ひ》が、チラチラ見わたされた。その時、やおら、俎岩《まないたいわ》の上につっ立った軍師《ぐんし》民部《みんぶ》は、人穴城をゆびさして、 「こよいの敵は呂宋兵衛《るそんべえ》、うしろに、徳川勢《とくがわぜい》があるとてひるむな——」  高らかに、全軍の気をひきしめて、さてまた、 「味方は小勢《こぜい》なれども、正義の戦い。弓矢八幡《ゆみやはちまん》のご加勢があるぞ。われと思わんものは、人穴城《ひとあなじよう》の一番乗りをせよや」  同時に、きッと、馬首《ばしゆ》を陣頭にたてた伊那丸は、かれのことばをすぐうけついで、 「やよ、面々《めんめん》、戦いの勝ちは電光石火《でんこうせつか》じゃ、いまこそ、この武田伊那丸《たけだいなまる》に、そちたちの命《いのち》をくれよ」  凜々《りんりん》たる勇姿《ゆうし》、あたりをはらった。さしも、烏合《うごう》の野武士《のぶし》たちも、このけなげさに、一|滴《てき》の涙《なみだ》を、具足《ぐそく》にぬらさぬものはない。 「おう、この君《きみ》のためならば、命《いのち》をすててもおしくはない」  と、骨鳴《ほねな》り、肉おどらせて、勇気は、日ごろに十倍する。  たちまち、進軍の合図《あいず》。  さッと、民部《みんぶ》の手から二|行《ぎよう》にきれた采配《さいはい》の鳴りとともに、陣は五段にわかれ、雁行《がんこう》の形となって、闇《やみ》の裾野《すその》から、人穴城《ひとあなじよう》のまんまえへ、わき目もふらず攻めかけた。 「わーッ。わーッ……」  にわかにあがる鬨《とき》の声《こえ》。 「かかれかかれ、命《いのち》をすてい」  いまぞ花の散りどころと、伊那丸は、あぶみを踏んばり、鞍《くら》つぼをたたいて叫びながら、じぶんも、まっさきに陣刀をぬいて、城門まぢかく、奔馬《ほんば》を飛ばしてゆく。  と見て、帷幕《いばく》の旗本《はたもと》は、 「それ、若君《わかぎみ》に一番乗りをとられるな」 「おん大将に死におくれたと聞えては、弓矢の恥辱《ちじよく》、天下の笑われもの」 「死ねやいまこそ、死ねやわが友」 「おお、死のうぞ方々《かたがた》」  たがいに、いただく死の冠《かんむり》。  えいや、えいや、かけつづく面々《めんめん》には、忍剣《にんけん》、民部《みんぶ》、蔦之助《つたのすけ》、そして、女ながらも、咲耶子《さくやこ》までが、筋金入《すじがねい》りの鉢巻《はちまき》に、鎖襦袢《くさりじゆばん》を肌《はだ》にきて、手ごろの薙刀《なぎなた》をこわきにかいこみ、父、根来小角《ねごろしようかく》のあだを、一《ひと》太刀《たち》なりと恨《うら》もうものと、猛者《もさ》のあいだに入りまじっていく姿は、勇ましくもあり、また、涙ぐましい。  ただ、こよいのいくさに、一点のうらみは、ここに、かんじんかなめな、木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》のすがたを見ないことである。  上《かみ》は大将|伊那丸《いなまる》から、下《しも》は雑兵《ぞうひよう》にいたるまで、死の冠をいただいてのこの戦いに、大事なかれのいあわせないのは、かえすがえすも遺憾《いかん》である。ああ龍太郎、かれはついに、伊那丸の前途《ぜんと》に見きりをつけ、主《しゆ》をすて、友をすて去ったであろうか。——とすれば、龍太郎もまた、武士《ぶし》の風上《かざかみ》におけない人物といわねばならぬ。     二 「いよいよ攻めてまいりましたぞ」 「なに、大したことはない。主従|合《がつ》しても、せいぜい八十人か九十人の小勢《こぜい》です」 「小勢ながら、正陣《せいじん》の法をとって、大手へかかってきたようすは、いよいよ決死の意気、うっかりすると、手を焼きますぞ」 「おう、そういえば、天をつくような鬨《とき》の声《こえ》」 「伊那丸《いなまる》は、たしかに、命《いのち》をすてて、かかってきた……」  まっ暗な、空の上での話し声だ。  そこは、人穴城《ひとあなじよう》の望楼《ぼうろう》であった。つくねんと、高きところの闇《やみ》に立っているのは、呂宋兵衛《るそんべえ》と可児才蔵《かにさいぞう》である。  呂宋兵衛は、いましがた、軍師《ぐんし》昌仙《しようせん》と物頭《ものがしら》の轟《とどろき》又八が、すべての手くばりをしたようすなので、ゆうゆう、安心しきっているていだった。  が、可児才蔵はかんがえた。 「待てよ、こいつは見くびったものじゃない……」と。  そして日没《にちぼつ》から、伊那丸の陣地を見わたしていると、小勢《こぜい》ながら、守ること林のごとく、攻むること疾風《しつぷう》のようだ。  かれは、心のうちで、ひそかに舌《した》をまいた。 「いま、天下の者は豊臣《とよとみ》、徳川《とくがわ》、北条《ほうじよう》、柴田《しばた》のともがらあるを知って、武田菱《たけだびし》の旗《はた》じるしを、とうの昔にわすれているが——いやじぶんもそうだったが——こいつは大きな見当《けんとう》ちがい、あの麒麟児《きりんじ》が、一|朝《ちよう》の風雲に乗じて、つばさを得ようものなら、それこそ信玄《しんげん》の再来《さいらい》だろう。天下はどうなるかわからない、下手《へた》をすると、主人の秀吉公《ひでよしこう》のご未来に、おそろしいつまずきを、きたそうものでもない——これは、ぐずぐずしている場合ではない。すこしもはやく安土城《あづちじよう》へ帰って、この由《よし》を復命するのがじぶんの役目、もとより秀吉公は、呂宋兵衛《るそんべえ》には、あまり重きをおいていられないのだ、そうだ、その勝敗を見とどけたら、すぐにも安土へ立ちかえろう」  臍《ほぞ》をきめたが、色にはかくして、大手の形勢《けいせい》を観望《かんぼう》している。  そこには、たちまち矢叫《やさけ》び、吶喊《とつかん》の声《こえ》、大木大石《たいぼくたいせき》を投げおとす音などが、ものすさまじく震撼《しんかん》しだした。濛《もう》——と、煙硝《えんしよう》くさい弾《たま》けむりが、釣瓶《つるべ》うちにはなす鉄砲の音ごとに、櫓《やぐら》の上までまきあがってくる。  おりから、望楼《ぼうろう》の上へ、かけあがってきたのは、轟《とどろき》又八であった。黒皮胴《くろかわどう》の具足《ぐそく》に大《おお》太刀《だち》を横たえ、いかにも、ものものしいいでたちだ。 「お頭領《かしら》に申しあげます」 「どうした、戦いのもようは?」 「城兵は、一の門《もん》二の門とも、かたく守って、破れる気づかいはありませぬ。だがかれもまた、伊那丸をせんとうに、一歩もひかず、小幡民部《こばたみんぶ》のかけ引き自在《じざい》に、勝負ははてしないところです。これは、丹羽昌仙《にわしようせん》のれいの蓑虫根性《みのむしこんじよう》から起ること、なにとぞ、とくにお頭領よりこの又八に、城外へ打ってでることを、お許《ゆる》し願わしゅうぞんじます」 「む、では汝《なんじ》は城門をおっ開《ぴら》いて、いっきに、寄手《よせて》を蹴《け》ちらそうというのか」 「たかのしれた小人数、かならずこの又八が、一ぴきのこらずひっからげて、呂宋兵衛《るそんべえ》さまのおんまえにならべてごらんにいれます」 「昌仙《しようせん》の手がたい一点ばかりも悪くないが、なるほど、それでは果《はて》しがあるまい。ゆるす、又八、打ってでろ」 「はッ、ごめん」  と会釈《えしやく》をして、バラバラと望楼《ぼうろう》をかけおりていった。  可児才蔵《かにさいぞう》はそれを見て、 「ああ、いけない」とひそかに思う。  軍師《ぐんし》の威命《いめい》おこなわれず、命令が二|途《と》からでて、たがいに功《こう》をいそぐこと、兵法の大禁物《だいきんもつ》である。  大手《おおて》へかけもどった又八は、すぐ、城兵のなかでも一粒《ひとつぶ》よりの猛者《もさ》、久能見《くのみ》の藤次《とうじ》、岩田郷祐範《いわたごうゆうはん》、浪切右源太《なみきりうげんた》、鬼面突骨斎《おにめんとつこつさい》、荒木田五兵衛《あらきだごへえ》、そのほか穴山《あなやま》の残党《ざんとう》、足助主水正《あすけもんどのしよう》、佐分利《さぶり》五郎次などを先手《さきて》とし、四、五百人を勢ぞろいしておしだした。  軍師の昌仙がそれを見て、おどろき、怒《おこ》るもかまわず、呂宋兵衛《るそんべえ》のことばをかさに、 「それッ」  と、城門を八文字《はちもんじ》に開《ひら》いた。 「わーッ」  と、たちまち、寄手《よせて》の兵と、ま正面《しようめん》にぶつかって、人間の怒濤《どとう》と怒濤があがった。たがいに、退《ひ》かず、かえさず、もみあい、おめきあっての太刀まぜである。それが、およそ半刻《はんとき》あまりもつづいた。  しかし、やがて時たつほど、むらがり立って、新手《あらて》新手と入りかわる城兵におしくずされ、伊那丸《いなまる》がたは、どっと二、三町ばかり退《ひ》けいろになる。 「それ、この機《き》をはずすな」  とみずから、八|角《かく》の鉄棒を|りゅうりゅう《ヽヽヽヽヽヽ》と持って、まッ先に立った又八、 「追いつぶせ、追いつぶせ、どこまでも追って、伊那丸|一味《いちみ》をみなごろしにしてしまえ」  と、千鳥《ちどり》を追いたつ大浪《おおなみ》のように、逃げるに乗って、とうとう、裾野《すその》の平《たいら》までくりだした。     三  時分はよしと、にわかに踏《ふ》みとどまった小幡民部《こばたみんぶ》。  とつぜん、采配《さいはい》をちぎれるばかりにふって、 「止《と》まれッ!」  と、いった。  算《さん》をみだして、逃げてきた足なみは、ぴたりと踵《きびす》をかえして、稲《いな》むらにおりた雀《すずめ》のように、ばたばたと槍《やり》もろともに身《み》をふせる。 「かかれッ、轟《とどろき》又八をのがすな」 「おうッ」  たちまちおこる胡蝶《こちよう》の陣。かけくる敵の足もとをはらって、乱離《らんり》、四|面《めん》に薙《な》ぎたおす。  なかにも目ざましいのは、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》と巽小文治《たつみこぶんじ》のはたらき。見るまに、鬼面突骨斎《おにめんとつこつさい》、浪切右源太《なみきりうげんた》を乱軍のなかにたおし、縦横無尽《じゆうおうむじん》とあばれまわった。 「さては、またぞろ民部《みんぶ》の策《さく》にのせられたか」  と、又八は色をうしなって、にわかに道をひき返してくると、こはいかに、すでに逃げみちを断って、ふいに目の前にあらわれた一手《ひとて》の人数。  そのなかから、ひときわ高い声があって、 「武田伊那丸《たけだいなまる》これにあり、又八に見参《げんざん》!」 「めずらしや轟《とどろき》、小角《しようかく》の娘、咲耶子《さくやこ》なるぞ」 「われこそは加賀見忍剣《かがみにんけん》、いで、素《そ》ッ首《くび》を申しうけた」  と、耳をつんざいた。  轟又八は、思わず、ぶるぶると身の毛をよだてた。腹心の剛力《ごうりき》、荒木田五兵衛《あらきだごへえ》は、忍剣に跳《と》びかかって、ただ一討《ひとう》ちとなる。  手下《てした》の野武士《のぶし》は、敵の三倍四倍もあるけれど、こう浮足《うきあし》だってしまっては、どうするすべもなかった。かれはやけ半分の眼《め》をいからして、 「おう、山寨《さんさい》第一の強者《つわもの》、轟《とどろき》又八の鉄棒をくらっておけ」  と、忍剣《にんけん》の禅杖《ぜんじよう》にわたりあった。  龍《りゆう》うそぶき虎哮《とらほ》えるありさま、ややしばらく、人まぜもせず、石火《せつか》の秘術をつくし合ったが、隙《すき》をみて、走りよった伊那丸《いなまる》が、陣刀|一閃《いつせん》、又八の片腕サッと斬りおとす。 「うーむ」  よろめくところを、咲耶子《さくやこ》の薙刀《なぎなた》、みごとに、足をはらって、どうと、薙《な》ぎたおした。  又八が討たれたと見て、もう、だれひとり踏みとどまる敵はない、道もえらばず、闇《やみ》のなかをわれがちに、人穴城《ひとあなじよう》へ、逃げもどってゆく。  その時、はるか南裾野《みなみすその》にあたって、ぼう——ぼう——と鳴りひびいてきた法螺《ほら》の遠音《とおね》、また陣鐘《じんがね》。  みわたせば、いつのまにやら、徳川《とくがわ》三千の軍兵《ぐんぴよう》は、裾野《すその》半円を遠巻《とおま》きにして、焔々《えんえん》たる松明《たいまつ》をつらね、本格の陣法くずさず、一|鼓《こ》六|足《そく》、鶴翼《かくよく》の備《そな》えをじりじりと、ここにつめているようす。  また、人穴城では、いまの敗北をいかった呂宋兵衛《るそんべえ》がこんどはみずから望楼《ぼうろう》をくだり、さらに精鋭《せいえい》の野武士《のぶし》千人をすぐって嵐《あらし》のごとく殺到《さつとう》した。  ひゅッ! ひゅッ!  と早くも、闇《やみ》をうなってきた矢走《やばし》りから見ても、徳川勢《とくがわぜい》の先手《さきて》、亀井武蔵守《かめいむさしのかみ》、内藤清成《ないとうきよなり》、加賀爪甲斐守《かがづめかいのかみ》の軍兵《ぐんぴよう》はほど遠からぬところまで押しよせてきたものとおもわれる、その証拠には、伊那丸《いなまる》の陣した、雨《あま》ケ岳《たけ》のうえから噴火山《ふんかざん》のような火の手があがった。  三河勢《みかわぜい》が火をかけたのである。  その火明かりで、梵天台《ぼんてんだい》にみちている兵も見えた。まぢかの川を乗りわたしてくる軍馬も見えはじめた。裾野《すその》は夕焼けのように赤くなった。 「若君、いよいよご最期《さいご》とおぼしめせ」  小幡民部《こばたみんぶ》が、天をあおいでこういった。 「覚悟はいたしておる。わしはうれしい、わしはうれしい!」 「おお、おうれしいとおっしゃいまするか」 「野武士《のぶし》づれの呂宋兵衛《るそんべえ》をあいてに討死するより、ただ一太刀でも、甲斐源氏《かいげんじ》の怨敵《おんてき》、徳川家《とくがわけ》の旗じるしのなかにきりいって死ぬこそ本望《ほんもう》、うれしゅうなくてなんとするぞ」 「けなげなご一|言《ごん》、われらも、斬って斬って斬りまくろう」  と、忍剣《にんけん》もいさみたったが、かえりみれば、前後に、この強敵をうけながら、伊那丸のまわりにのこった人数は、わずかに四十五、六人。   幽霊軍隊《ゆうれいぐんたい》     一  竹童《ちくどう》にたのまれて、人穴城《ひとあなじよう》附近の斥候《ものみ》にでかけた蛾次郎《がじろう》は、どうやら戦いがはじまりだしたようすなので、草むらをざわざわかきわけてもどってくると、とある小道で、向こうからくるひとりの男のかげを見つけた。 「ア、あいつは雨《あま》ケ岳《たけ》のほうからきたらしい、あいつに聞けば、伊那丸《いなまる》がたの、くわしいようすがわかるだろう……」  道ばたに腰かけて、さきからくるのを待っている。  ビタ、ビタ、ビタ……足音はちかづいてきたが、星明かりぐらいでは、それが百姓だか侍だか判《はん》じがつかないけれど、蛾次郎は、ひょいとまえへ立ちあらわれて、 「もし、ちょっと、うかがいます」  と、頭をさげた。  おおかたびっくりしたのだろう、あいてはしばらくだまって、蛾次郎のかげを見すかしている。 「もしやあなたは、雨ケ岳のほうから、やってきたのではございませんか」 「ああ、そうだよ」 「あすこに陣どっている、武田伊那丸《たけだいなまる》の兵は、もう山を下りましたろうか、戦いは、まだおッぱじまりませんでしょうかしら」 「知らないよ。そんなことは、おまえはいったいなにものだ」 「おれかい、おれはさ、もと鼻かけ卜斎《ぼくさい》という鏃鍛冶《やじりかじ》のとこにいた、人無村《ひとなしむら》の蛾次郎《がじろう》という者だが、どうも卜斎という師匠《ししよう》が、やかまし屋で気にくわないから、そこを飛びだして、いまではあるところの大大名《だいだいみよう》のお抱《かか》えさまだ」 「バカッ」 「ア痛《いた》ッ。こんちくしょう、な、な、なんでおれをなぐりやがる」 「蛾次郎、いつきさまにひまをくれた」 「えーッ」 「いつ、この卜斎が、暇《ひま》をやると申したか」 「あ、いけねえ!」  蛾次郎が、くるくる舞《ま》いをして逃げだしたのも道理、それは、雨《あま》ケ岳《たけ》からおりてきた当《とう》の卜斎、すなわち上部八風斎《かんべはつぷうさい》であった。 「野郎《やろう》!」  ばらばらッと追いかけて、蛾次郎の襟《えり》がみをひっつかみ、足をはやめて、人無村の細工《さいく》小屋へかえってきた。 「親方、ごめんなさい、ごめんなさい」 「えい、やかましいわい」 「ア痛《いて》え、もう、もうけっして、飛びだしません、親方ア、これから、気をつけます。か、かんにんしておくんなさい……」  わんわんと手ばなしで泣きだした。もっとも、蛾次郎《がじろう》の泣き虫なること、いまにはじまったことではないから、その泣き声も、たいして改心の意味をなさない。 「バカ野郎、てめえに叱言《こごと》などをいっていられるものか。こんどだけは、かんべんしてやるから、これをしょって、早くあるけ」  と、今夜は八風斎《はつぷうさい》の鼻かけ卜斎《ぼくさい》も、家にかえって落ちつくようすもなく、書斎《しよさい》をかきまわして、だいじな書類だけを、一包《ひとつつ》みにからげ、それを蛾次郎にしょわせて、夜逃げのように、立ちのいてしまった。  門をでると、いま泣いた烏《からす》の蛾次《がじ》、もうけろりとして、 「親方、親方、こんな物をしょって、これからいったいどこへでかけるんですえ」  とききだした。 「戦《いくさ》ばかりで、この人無村《ひとなしむら》では仕事ができないから、越前北《えちぜんきた》ノ庄《しよう》へ立ちかえるのだ」 「え、越前へ」  蛾次郎はおどろいた。 「いやだなア」  と、口にはださないが、肚《はら》のなかでは、渋々《しぶしぶ》した。せっかく、菊池半助《きくちはんすけ》が、ああやって、徳川家《とくがわけ》で出世《しゆつせ》の蔓《つる》をさがしてくれたのに、越前なンて雪国へなんかいくなんて、なんとつまらないことだと、また泣きだしたくなった。  ちょうど、夜逃げのふたりが、人無村《ひとなしむら》のはずれまできた時、——八風斎《はつぷうさい》がふいにピタリと足をとめて、 「はてな? ……」  と、耳をそばだてた。 「な、なんです親方」 「だまっていろ……」  しばらく立ちすくんでいると、たちまち、ゆくての闇のなかから、とう、とう、とう——と地をひびかせてくる軍馬の蹄《ひづめ》、おびただしい人の足音、行軍《こうぐん》の貝の音、あッと思うまに、三、四百人の蛇形陣《だぎようじん》が、嵐《あらし》のごとくまっしぐらに、こなたへさしてくるのが見えだした。  八風斎《はつぷうさい》は、ぎょっとして、さけんだ。 「蛾次郎《がじろう》、蛾次郎、すがたをかくせ、早くかくれろ」 「え、え、え、なんです。親方親方」 「バカ! ぐず——見つかっては一大事だ、はやくそこらへ姿をけせ」 「ど、どこへ消えるんで? ……」  と、不意のできごとに、蛾次郎《がじろう》は、度《ど》をうしない、まだうろうろしているので、八風斎《はつぷうさい》は、「えいめんどう」とばかり、かれをものかげに突きとばし、じぶんはすばやく、かたわらの松の木へ、するするとよじ登ってしまった。  ふたりが、からくも、すがたを隠したかかくさないうちである、八風斎の目のしたへ、潮《うしお》の流れるごとき勢いで、さしかかってきた蛇形《だぎよう》の行軍《こうぐん》、その人数はまさに四百余人。みな、一ようの陣笠《じんがさ》小具足《こぐそく》、手槍《てやり》抜刀《ぬきみ》をひっさげて、すでに戦塵《せんじん》を浴《あ》びてるようなものものしさ。  なかに、目立つはひとりの将、漆黒《しつこく》の馬にまたがって身には鎧《よろい》をまとわず、頭に兜《かぶと》をかぶらず、白の小袖《こそで》に、白鞘《しらさや》の一刀を帯《お》びたまま、鞭《むち》を裾野《すその》にさして、いそぎにいそぐ。 「あ、あの人は見たことがあるぜ」  ものかげにいた蛾次郎は、目をみはって、その馬上を見おくったが、ふと気がついて、 「そうだ、そうだ」とばかり、あとからつづく人数のなかにまぎれこみ、まんまと、八風斎の目をくらまして越前落《えちぜんお》ちのとちゅうから、もとの裾野《すその》へ逃げてもどってしまった。 「おお、あの矢さけび、火の手もみえる、流れ矢もとんでくるわ、この一時《ひととき》こそ一期《いちご》の大事、息もつかずに、いそげいそげ!」  人無村《ひとなしむら》をかけぬけて、渺漠《びようばく》たる裾野《すその》の原にはいると、黒馬《こくば》の将《しよう》は、鞍《くら》のうえから声をからして、はげました。雨《あま》ケ岳《たけ》の火はまだ赤々ともえている。 「敵!」 「敵だッ!」 「討《う》て!」  と、俄然《がぜん》、前方の者から声があがった。四、五|間《けん》ばかりの小石《こいし》河原、そこではしなくも、徳川家《とくがわけ》の先鋒《せんぽう》、内藤清成《ないとうきよなり》の別隊、四、五十人と衝突《しようとつ》したのである。  暗憺《あんたん》たる闇いくさ、ただものすごい太刀音と、槍《やり》の折れる音や人のうめきがあったのみで、敵味方の見定《みさだ》めもつかなかったが、勝負は瞬間に決したと見えて、前の蛇形陣《だぎようじん》は、ふたたび一糸《いつし》みだれず、しかも足なみいよいよはやく、人穴城《ひとあなじよう》の山下《さんか》へむかった。 「おうーい、おうーい」  かけつつ馬上の将は何者をか呼びもとめた。それにつづいて、陣笠《じんがさ》の兵たちも、かわるがわる、声をからして、おーい、おーいとつなみのように鬨《とき》の声を張りあげた。     二  地から湧《わ》いたように、忽然《こつねん》と、人無村をつきぬけて、ここへかけつけてきた軍勢は、そもいずれの国、いずれの大名《だいみよう》に属《ぞく》すものか、あきらかな旗指物《はたさしもの》はないし、それと知らるる騎馬《きば》大将もなかには見えない。ふしぎといえばふしぎな軍勢。  海に船幽霊《ふなゆうれい》のあるように、広野《こうや》の古戦場にも、また時として、武者幽霊《むしやゆうれい》のまぼろしが、野末《のずえ》を夜もすがらかけめぐって、草木も霊《れい》あるもののごとく、鬼哭啾々《きこくしゆうしゆう》のそよぎをなし、陣馬の音をよみがえらせて、里人《さとびと》の夢をおどろかすことが、ままあるという古記も見える。  それではないか?  この軍勢も、その武者幽霊の影ではないか、いかにも、まぼろしの魔軍《まぐん》のごとく、|天※[#「(犬/犬+犬)+風」]《てんぴよう》のごとく、迅速《じんそく》な足なみだ。 「おうーい、おうーい」  魔軍はまた、潮《うしお》のように呼んでいる。  時しもあれ——  ほど遠からぬところにあって、亀井武蔵守《かめいむさしのかみ》の、精悍《せいかん》なる三河武士《みかわぶし》二、三百人に取りまかれていた武田伊那丸《たけだいなまる》の矢さけびを聞くや、魔軍は忽然《こつねん》と、三段に備《そな》えをわかって、わッとばかり斬りこんだ。  ときに、矢来《やらい》の声があって、伊那丸をはじめ苦境の味方を、夢かとばかり思わせた。 「やあ、やあ、若君はご無事でおわすか、その余のかたがたも聞かれよ、すぐる日、小太郎山《こたろうざん》へむかった木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》、ただいまこれへ立ち帰ったり! 龍太郎これへ立ちかえったり!」 「わーッ」  と、地軸《ちじく》をゆるがす歓喜《かんき》の声。 「わーッ」  と、ふたたびあがる乱軍のなかの熱狂。しばしは、鳴りもやまず、三河勢《みかわぜい》はその勢いと、新手《あらて》の精鋭《せいえい》のために、さんざんになって敗走した。  木隠龍太郎は、やはり愛すべき武士であった。かれはついに、主君の危急《ききゆう》に間にあった。  それにしても、かれはどうして、小太郎山から、四百の兵を拉《らつ》してきたのであろう。それは、かれについてきた兵士たちのいでたちを見ればわかる。  陣笠《じんがさ》も具足《ぐそく》も、昼のあかりで見れば、それは一|夜《や》づくりの紙ごしらえであろう、兵はみな、小太郎山の、とりでの工事にはたらいていた石切りや、鍛冶《かじ》や、大工《だいく》や、山|崩《くず》しの土工《どこう》なのである。武器だけは、砦《とりで》をつくるまえに、ひそかに、蓄《たくわ》えてあったので不足がなかった。  この成算《せいさん》があったので、龍太郎は四日のあいだに、四百の兵を引きうけた。そして、その機智《きち》が、意外に大きな功《こう》をそうした。  しかし、一同は、ほッとする間《ま》もなかった。ひとたび、兵をひいた亀井武蔵守《かめいむさしのかみ》は、ふたたび、内藤清成《ないとうきよなり》の兵と合《がつ》して、堂々と、再戦をいどんできた。  のみならず、人穴城《ひとあなじよう》を発した呂宋兵衛《るそんべえ》も、すぐ六、七町さきまで野武士勢《のぶしぜい》をくりだして、四、五百|挺《ちよう》の鉄砲組をならべ、いざといえば、千鳥落《ちどりお》としにぶっぱなすぞとかまえている。     三  鼻かけ卜斎《ぼくさい》の越前落《えちぜんお》ちに、とちゅうまでひっぱられていった蛾次郎《がじろう》が、木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》の行軍《こうぐん》のなかにまぎれこんで、うまうま逃げてしまったのは、けだし、蛾次郎近来の大出来《おおでき》だった。  かれはまた、その列のなかから、いいかげんなところで、ぬけだして、すたこらと、白旗《しらはた》の森《もり》のおくへかけつけてきた。  見ると、そこに焚火《たきび》がしてあり、鷲《わし》もはなたれているが、竹童《ちくどう》のすがたは見えない。  蛾次郎は、しめた! と思った。今だ今だ、菊池半助《きくちはんすけ》にたのまれているこの鷲をぬすんで、徳川家《とくがわけ》の陣中へ、にげだすのは今だ、と手をたたいた。 「これが天の与えというもんだ、あんなに資本《もと》をつかって、おまけに、竹童みたいなチビ助に、おべっかをしたり、使いをしたりしてやったんだもの、これくらいなことがなくっちゃ、埋《う》まらないや、さ、クロ、おまえはきょうからおれのものだぞ」  ひとりで有頂天《うちようてん》になって、するりと、やわらかい鷲の背なかへまたがった。  蛾次郎は、このあいだ、竹童とともにこれへ乗って、空へまいあがった経験もあるし、また、この数日、腹にいちもつがあるので、せいぜい兎《うさぎ》の肉や小鳥をあたえているので、かなり鷲にも馴《な》れている。  竹童《ちくどう》のする通り、かるく翼《つばさ》をたたいて、あわや、乗りにげしようとしたとたん、頭の上から、 「やいッ」  するすると木から下りてきた竹童、 「なにをするんだッ」  いきなり鷲《わし》の上の蛾次郎《がじろう》を、二、三|間《げん》さきへ突きとばした。不意をくって、尻《しり》もちついた蛾次郎は、いたい顔をまがわるそうにしかめて、 「なにを怒《おこ》ったのさ、ちょっとくらい、おれにだってかしてくれてもいいだろう。命《いのち》がけで、いくさのもようをさぐってきてやったんだぜ、そんな根性《こんじよう》の悪いことをするなら、おれだって、なんにも話してやらねえよ」 「いいとも、もうおまえになんか教えてもらうことはない。おいらが木の上から、およそ見当《けんとう》をつけてしまった」 「かってにしやがれ、戦《いくさ》なんか、あるもんかい」 「ああ、蛾次公なんかに、かまっちゃいられない、こっちは、今夜が一生一度の大事なときだ」  竹童は、二十本の松明《たいまつ》を、藤《ふじ》づるでせなかへかけ、一本の松明には焚火《たきび》の焔《ほのお》をうつして、ヒラリと鷲《わし》のせへ乗った。 「やい、おれも一しょにのせてくれ、乗せなきゃ、松明をかえせ、おれのやった松明をかえしてくれえ」 「ええ、うるさいよ!」 「なんだと、こんちくしょう」  と、胸をつつかれた蛾次郎《がじろう》は、おのれを知らぬ、|ぼろ鞘《ヽヽざや》の刀をぬいて、いきなり竹童に斬りつけてきた。 「なにをッ」  竹童は、焔《ほのお》のついた松明《たいまつ》で、蛾次郎の鈍刀《なまくら》をたたきはらい、とっさに、鷲《わし》をばたばたと舞いあげた。蛾次郎はそのするどい翼《つばさ》にはたかれて、 「あッ」  と、四、五|間《けん》さきの流れへはねとばされたが、むちゅうになって、飛びあがり、およびもない両手をふって、 「やーい、竹童、竹童」  と、泣き声まじりに呼びかけた。  けれど、それに見向きもしない大鷲《おおわし》は、しずかに、宙《ちゆう》へ舞《ま》いあがって、しばらく旋回《せんかい》していたが、やがて、ただ見る、一|条《じよう》の流星か、焔《ほのお》をくわえた火食鳥《ひくいどり》のごとく、松明《たいまつ》の光をのせて、暗夜《あんや》の空を一文字《いちもんじ》にかけり、いまや三角戦《さんかくせん》の|まっ《ヽヽ》最中《さいちゆう》である人穴城《ひとあなじよう》の真上まで飛んできた。   虎穴《こけつ》に入《い》る鞍馬《くらま》の竹童《ちくどう》     一  軍令《ぐんれい》をやぶって抜《ぬ》けがけした轟《とどろき》又八が、伊那丸《いなまる》がたのはかりごとにおちて、ついに首をあげられてしまったと聞き、人穴城《ひとあなじよう》のものは、すッかり意気を沮喪《そそう》させて、また城門を固《かた》めなおした。  敗走の手下から、その注進をうけた丹羽昌仙《にわしようせん》は、 「ええいわぬことではないのに……」と苦《にが》りきりながら、望楼《ぼうろう》の段を踏《ふ》みのぼっていった。  そこには、宵《よい》のうちから、呂宋兵衛《るそんべえ》と、可児才蔵《かにさいぞう》が床几《しようぎ》をならべて、始終《しじゆう》のようすを俯瞰《ふかん》している。 「呂宋兵衛さま」 「おお、軍師《ぐんし》」 「又八は城外へでて討死《うちじに》いたしました」 「ウム……」  と、呂宋兵衛は、じぶんにも非《ひ》があるので、決《き》まりわるげに沈んでいたが、 「おお、それはともかく——」  と、話をそらして、 「伊那丸《いなまる》と徳川勢《とくがわぜい》との勝敗《しようはい》はどうなったな。かすかに、矢さけびは聞えてくるが、この闇夜《やみよ》ゆえさらにいくさのもようが知れぬ」 「いまはちょうど、双方必死《そうほうひつし》の最中《さいちゆう》かと心得ます」 「そうか、いくら伊那丸でも、三千からの三河武士《みかわぶし》にとりかこまれては、一たまりもあるまい」 「ところが、斥候《ものみ》の者のしらせによると、にわかに四、五百のかくし部隊があらわれて、亀井武蔵守《かめいむさしのかみ》をはじめ、徳川勢をさんざんに悩《なや》めているとのことでござる」 「ふむ……とすると、勝ち目はどっちに多いであろうか」 「むろん、さいごは、徳川勢が凱歌《がいか》をあげるでござりましょうが」 「さすれば、こっちは高見《たかみ》の見物、伊那丸の首は、三河勢《みかわぜい》が槍玉《やりだま》にあげてくれるわけだな」 「が、ゆだんはなりませぬ。なるほど、伊那丸がたは、徳川の手でほろぼされましょうが、次には、勝ちにのった三河の精鋭《せいえい》どもが、この人穴城《ひとあなじよう》を乗っとりに、押しよせるは必定《ひつじよう》です」 「一難《いちなん》さってまた一難か。こりゃ昌仙《しようせん》、こんどこそは、かならずそちの采配《さいはい》にまかす。なんとか、妙策《みようさく》をあんじてくれ」  と、とうとう兜《かぶと》をぬいでしまった。 「仰《おお》せまでもなく、機《き》に応じ、変にのぞんで、昌仙《しようせん》が軍配《ぐんばい》の妙《みよう》をごらんにいれますゆえ、かならずごしんぱいにはおよびませぬ」 「それを聞いて安堵《あんど》いたした。オオ、また裾野《すその》にあたって武者声《むしやごえ》が湧《わ》きあがった。しかしとうぶん、人穴城《ひとあなじよう》は日和見《ひよりみ》でいるがいい、幸《さいわ》いに、可児才蔵《かにさいぞう》どのも、これにあることだから、伊那丸がたがみじんになるまで、一|献酌《こんく》むといたそう」  手下にいいつけて、望楼《ぼうろう》の上へ酒をとりよせた呂宋兵衛《るそんべえ》は、昌仙《しようせん》と才蔵《さいぞう》をあいてに、ゆうゆうと酒宴《さかもり》をしながら、ここしばらく、裾野《すその》の戦《いくさ》を、むこう河岸《がし》の火事とみて、夜《よ》をふかしていた。  するとにわかに、星なき暗天にあたって、ヒューッという怪音がはしった。その音は遠く近く、人穴城の真上をめぐって鳴りだした。 「風であろう、すこし空が荒れてきたようだ」  杯《さかずき》を持ちながら、三人がひとしく空をふりあおぐと、こはなに? 狐火《きつねび》のような一|朶《だ》の怪焔《かいえん》が、ボーッとうなりを立てつつ、頭の上へ落ちてくるではないか。     二  可児才蔵も呂宋兵衛も、また、丹羽昌仙も、おもわず床几《しようぎ》を立って、 「あッ」  と、櫓《やぐら》の三方へ身をさけた。  とたんに、空から降《ふ》ってきた怪火のかたまりが、音をたててそこにくだけたのである。  たおれた壺《つぼ》の酒が、望楼《ぼうろう》の上からザッとこぼれ、花火のような火の粉《こ》がまい散った。 「ふしぎ——どこから落ちてきたのであろう」 「昌仙《しようせん》昌仙、早くふみ消さぬと望楼《ぼうろう》へ燃えうつる」 「お、こりゃ松明《たいまつ》じゃ」 「え、松明?」  三人は唖然《あぜん》とした。  いくら天変地異《てんぺんちい》でも、空から火のついた松明が降ってくるはずはない、あろう道理はないのである。もし、あるとすれば世のなかにこれほどぶっそうな話はない。  しかし、事実はどこまでも事実で、瞬間《しゆんかん》ののち、またもや同じような怪焔《かいえん》が、こんどは籾蔵《もみぐら》へおち、つづいて外廓《そとぐるわ》、獣油《じゆうゆ》小屋など、よりによって危険なところへばかり落ちてくる。 「火が降る、火が降る」 「それ、あすこへついた」 「そこのをふみ消せ、ふしぎだ、ふしぎだ」  城中のさわぎは鼎《かなえ》のわくようである。ある者は屋根にのぼり、ある者は水をはこんでいる。  なかでも、気転《きてん》のきいたものがあって、闇使《やみづか》いの龕燈《がんどう》をあつめ、十四、五人が一ところによって、明かりを空へむけてみた結果、はじめて、そこに、おどろくべき敵のあることを知った。  かれらの目には、なんというはんだんもつかなかったが、地上から明かりをむけたせつな、かつて、話にきいたこともない怪鳥《けちよう》が、虚空《こくう》に風をよんで舞《ま》ったのが、チラと見えた。  それは鷲《わし》の背をかりて、白旗《しらはた》の森《もり》をとびだした竹童《ちくどう》なることは、いうまでもない。  鞍馬《くらま》そだちの竹童も、こよいは一世一代《いつせいちだい》のはなれわざだ。果心居士《かしんこじ》うつしの浮体《ふたい》の法で、ピタリと、クロの翼《つばさ》の根へへばりつき、両端《りようはし》へ火をつけた松明《たいまつ》をバラバラおとす。火先はさんらんと縞目《しまめ》の筋《すじ》をえがいて、人穴城《ひとあなじよう》へそそぎ、三千の野武士《のぶし》の巣を、たちまち大こんらんにおとし入れてしまった。 「ああ、いけねえ」  と、その時、ふと、つぶやいた竹童。  空はくらいが、地上は明るい。人穴城のなかで、右往左往《うおうさおう》している態《さま》を見おろしながら、 「こっちで投げる松明を、そうがかりで、消されてしまっちゃ、なんにもならない。オヤ、もうあと四、五本しかないぞ」  なに思ったか、クロの襟頸《えりくび》をかるくたたいて、スーと下へ舞いおりてきた。いくら大胆《だいたん》な竹童《ちくどう》でも、まさか人穴城《ひとあなじよう》のなかへはいるまいと思っていると、あんのじょう、れいの望楼《ぼうろう》の張出《はりだ》し——さっき呂宋兵衛《るそんべえ》たちのいたところから、また一段たかい太鼓櫓《たいこやぐら》の屋根へかるくとまった。  クロをそこへ止《とま》らせておいて、竹童は、残りの松明《たいまつ》を背負《せお》って、スルスルと望楼台へ下りてきた。もうそこにはだれもいない、呂宋兵衛も昌仙《しようせん》も才蔵《さいぞう》も、下のさわぎにおどろいて降《お》りていったものと見える。 「しめた」  竹童は、五つ六つある階段を、むちゅうでかけおりた。  そこは、七門の扉《とびら》にかためられている人穴城《ひとあなじよう》のなかだ。あっちこっちの小火《ぼや》をけすそうどうにまぎれて、さしもきびしい城内ではあるが、ここに、天からふったひとりの怪童《かいどう》ありとは、夢にも気のつく者はなかった。     三  果心居士《かしんこじ》の命《めい》をおびて、いつかここに使いしたことのある竹童は、そのとき、だいぶ、ようすをさぐっておいたので、城内のかっても、心得ぬいている。  おそろしい、はしッこさで、かれがねらってきたのは鉄砲火薬《てつぽうかやく》をつめこんである一棟《ひとむね》だった。見ると、戦時なので、煙硝箱《えんしようばこ》も、つみだしてあるし、庫《くら》の戸も、観音《かんのん》びらきに開《あ》いている。しかも願ったりかなったり、いまのさわぎで、武器番の手下も、あたりにいなかった。  ちょこちょこと、庫《くら》のなかへはいった竹童は、れいの松明《たいまつ》に、火をつけて、まン中におき、藁縄《わらなわ》の綱火《つなび》が火をさそうとともに、このなかの煙硝箱《えんしようばこ》が、いちじに爆発するようにしかけた。そして、ポンと、そとの扉《と》を閉《し》めるがはやいか、もときた望楼《ぼうろう》へ、息もつかずにかけあがってくる。 「ありがたい、ありがたい。これで人穴城《ひとあなじよう》の蛆虫《うじむし》どもは、間《ま》もなくいっぺんに寂滅《じやくめつ》だ。伊那丸《いなまる》さまも、およろこびなら、お師匠《ししよう》さまからも、たくさん褒《ほ》めていただかれるだろう」  望楼に立って、手をふった竹童、待たせてあるクロが飛び去っては一大事と、大いそぎで、欄間《らんま》から棟木《むなぎ》へ手をかけ、棟木から屋根の上へ、よじ登ろうとすると、 「小僧《こぞう》、待て!」  ふいに、下からグングンと、足をひッぱる者があった。 「あ! あぶない」 「降《お》りろ、神妙《しんみよう》におりてこないと、きさまのからだは、この望楼からころがり落ちていくぞ」 「あ、しまった」  竹童はおどろいた。  平地とちがって、からだは七階の櫓《やぐら》のすてッぺんにあった。棟木《むなぎ》へかけている五本の指が、命《いのち》をつっているようなもの、ひとつ力まかせに下からひっぱられたひには、たまったものではない。 「降《お》りろともうすに、降りてこないか」 「いま降りるよ、降りるから、手をはなしてくれ、でなくッちゃ、からだが自由にならないもの」 「ばかを申せ、はなせば、上へあがるんだろう」  足をつかんでいる者はゆだんがない。  竹童《ちくどう》は観念《かんねん》してしまった。  ままよ、どうにでもなれ、お師匠《ししよう》さまからいいつけられた使命は、もう十のものなら九つまでしとげたのもどうよう、呂宋兵衛《るそんべえ》の手下につかまって、首をはねられても残りおしいことはないと思った。 「じゃ、どうしろっていうんだい」  おのずから、声もことばも、大胆《だいたん》になる。 「その手をはなしてしまえ」 「手をはなせば、ここから下まで、まッさかさまだ」 「いや、おれがこう持ってやる」  下の者は背をのばして、竹童の腰帯《こしおび》をグイとつかんだ。もうどうしたってのがれッこはない、竹童は、運を天にまかせて、棟木《むなぎ》の角《かど》へかけていた手を、ヒョイとはなした。 「えいッ」  はッと思うと、竹童のからだは、望楼台《ぼうろうだい》の上へ鞠《まり》のように投げつけられていた。覚悟はしていても、こうなると最後までにげたいのが人情、かれは、むちゅうになってはね起きたが、すかさず、いまの男が、上からグンと乗しかかって、 「まだもがくか!」  と手足の急所をしめて、磐石《ばんじやく》の重みをくわえた。それをだれかと見れば、さっき、呂宋兵衛《るそんべえ》や昌仙《しようせん》とともに、ここにいた可児才蔵《かにさいぞう》である。  安土《あづち》から選ばれてきた可児才蔵とわかってみれば、なるほど、竹童が、つかまれた足を離せなかったのもむりではない。 「いたい、いたい。苦しい」  竹童も、呂宋兵衛の手下にしては、どうもすこし、手強《てごわ》いやつに捕《つか》まったとうめきをあげた。 「痛いのはあたりまえだ、うごけばうごくほど、急所がしまる」 「殺してくれ、もう死んでもいいんだ」 「いや、殺さない」 「首を斬れ」 「首も斬らぬ。いったいきさまは、どこの何者だ」 「聞くまでもないではないか、おいらはいつか、果心居士《かしんこじ》さまのお使いとなって、この城へきたことのある鞍馬山《くらまやま》の竹童《ちくどう》だ。首の斬り方をしらないなら、さッさと、呂宋兵衛《るそんべえ》の前へひいていけ」 「ウーム、鞍馬山の竹童というか」  可児才蔵《かにさいぞう》も、心中|舌《した》をまいておどろいた。  安土《あづち》の城には、じぶんの主人|福島市松《ふくしまいちまつ》をはじめ、幼名虎之助《ようめいとらのすけ》の加藤清正《かとうきよまさ》、そのほか豪勇《ごうゆう》な少年のあったことも聞いているが、まだこの竹童のごとく、軽捷《けいしよう》で、しかも大胆《だいたん》な口をきく小僧《こぞう》というものを見たことがない。     四  竹童はまた竹童で、才蔵に組みふせられていながら、肚《はら》のなかで、ふとこんなことを思った。 「こいつはおもしろい、いましかけてきたあの綱火《つなび》が、松明《たいまつ》の火からだんだん燃えうつって、もうじきドーンとくるじぶんだ。そうすれば煙硝庫《えんしようぐら》も人穴城《ひとあなじよう》の野武士《のぶし》も、この望楼《ぼうろう》もおいらもこいつも、いっぺんに|けし《ヽヽ》飛んでしまうんだ」  と、かれはいきなり下から、ぎゅッと才蔵の帯をにぎりしめた。 「あはははは、およばぬ腕だて」  と、才蔵は力をゆるめて笑いだした。 「笑っていろ、笑っていろ、そして、いまに見ているがいい、この下の煙硝庫《えんしようぐら》が破裂《はれつ》して、やぐらもきさまもおいらも、一しょくたに、木《こ》ッ葉《ぱ》みじんに吹ッ飛ばされるから」 「えッ、煙硝庫が?」 「おお、あのなかへ松明《たいまつ》を、ほうりこんできたんだ。ああいい気味《きみ》、その火を見ながら死ぬのは竹童《ちくどう》の本望《ほんもう》だ、おいらは本望だ」 「いよいよ、よういならん小僧《こぞう》だ」  さすがの才蔵《さいぞう》も、これにはすこしとうわくした。がいまの一|言《ごん》を聞いて、 「では、もしや汝《なんじ》は、伊那丸《いなまる》のために働いている者ではないか」  と、問いただした。 「あたりまえさ、伊那丸さまをおいて、だれのためにこんなあぶない真似《まね》をするものか、おいらもお師匠《ししよう》さまも、みんなあのお方《かた》を世にだしたいために働いているんだ」 「おお、さてはそうか」  と才蔵は飛びのいて、にわかに態度をあらためた。竹童は、手をひかれて起きあがったが、少しあっけにとられていた。 「そうとわかれば、汝を手いたい目にあわすのではなかった。なにをかくそう、拙者《せつしや》はわけがあって、秀吉公《ひでよしこう》の命《めい》をうけ、この裾野《すその》のようすを探索《たんさく》にきた、可児才蔵《かにさいぞう》という者だ」 「おじさん、おじさん、そんなことをいってると、ほんとうに鉄砲薬《てつぽうぐすり》の山が、ドカーンとくるぜ、おいらのいったのは、うそじゃないからね」 「では竹童、すこしも早く逃げるがいい」 「えッ、おいらを逃がしてくれるというの」 「おお秀吉公《ひでよしこう》は、伊那丸《いなまる》どのに悪意をもたぬ。あのおん方《かた》に、会ったらつたえてくれい、可児才蔵《かにさいぞう》と申す者が、いずれあらためて、お目にかかり申しますと」 「はい、しょうちしました」  ないとあきらめた命《いのち》を、思いがけなく拾った竹童は、さすがにうれしいとみえて、こおどりしながら、まえの欄間《らんま》へ足をかけた。 「あぶないぞ、落ちるなよ」  まえには足をひっ張った才蔵が、こんどは下から助けてくれる。竹童は棟木《むなぎ》の上へ飛びつきながら、 「ありがとう、ありがとう。だが、おじさん——じゃあない可児さま。あなたも早くここを降《お》りて、どこかへ逃げださないと、もうそろそろ煙硝《えんしよう》の山が爆発《ばくはつ》しますよ」 「心得た、では竹童、いまの言伝《ことづて》を忘れてくれるな」  といいすてて、可児才蔵はバラバラと望楼《ぼうろう》をおりていったようす、いっぽうの竹童も、やっと屋根|瓦《がわら》の上へはいのぼってみると、うれしや、畜生《ちくしよう》ながら霊鷲《れいしゆう》クロにも心あるか、巨人のように翼《つばさ》をやすめてかれのもどるのを待っていた。 「さあ、もう天下はこっちのものだ」  鷲《わし》の翼にかくれた竹童《ちくどう》のからだは、みるまに、望楼《ぼうろう》の屋根をはなれて、磨墨《するすみ》のような暗天たかく舞いあがった。  ——と思うと同時に、とつぜん、天地をひっ裂《さ》くばかりな轟音《ごうおん》。  ここに、時ならぬ噴火口《ふんかこう》ができて、富士の形が一|夜《や》に変るのかと思われるような火の柱が、人穴城《ひとあなじよう》から、宙天《ちゆうてん》をついた。  ドドドドドドウン!  二どめの爆音《ばくおん》とともに、ふたつに裂《さ》けた望楼台《ぼうろうだい》は、そのとき、まっ黒な濛煙《もうえん》と、阿鼻叫喚《あびきようかん》をつつんで、大紅蓮《だいぐれん》を噴《ふ》きだした殿堂のうえへぶっ倒れた。  そして、八万八千の魔形《まぎよう》が、火となり煙となって、舞いおどる焔《ほのお》のそこに、どんな地獄《じごく》が現じられたであろうか。 [#地付き]神州天馬侠 第一巻 了  本作品は、「少年倶楽部」に連載(大正一四年五月号〜昭和三年一二月号)、小社より単行本として出版されました。 本電子文庫版は、吉川英治歴史時代文庫78『神州天馬侠(一)』(一九八九年一二月刊)を底本とし、明らかな誤りを訂正したもです。     * 作品中に、身体の障害や人権にかかわる差別的な表現がありますが、作品の時代背景および著者(故人)が差別助長の意図で使用していないこと等を勘み、そのままとしました。読者のご理解を賜わりますよう、お願い申し上げます。