[#表紙(表紙.jpg)] アーサー王ロマンス 井村君江 目 次  はじめに    ——アーサー王の実像と伝説像  第一部[#「第一部」はゴシック体] アーサーの誕生と即位[#「アーサーの誕生と即位」はゴシック体]  1 魔法使いマーリン [#この行3字下げ]〈マーリンの出生とその透視と予言の力。魔術でストーンヘンジを造ったこと。湖の精ニミュエと恋におち、その魔術で永久に閉じ込められること。〉  2 アーサーの誕生 [#この行3字下げ]〈アーサーの父ユーサー・ペンドラゴンがイグレーヌを恋し、ティンタジェル公と戦ったこと。ユーサーがイグレーヌを王妃とし、生まれたアーサーをマーリンが連れ去る。アーサーが剣を鉄床からひきぬき、即位すること。キャメロットを拠点とすること。〉  3 アーサー王の戦いと名剣エクスキャリバー [#この行3字下げ]〈即位を反対する諸侯たちと戦ったこと。ペリノア王との一騎打ちでマーリンに救われたこと。湖の乙女からエクスキャリバーを授かったこと。ロット王の妃で異父姉のモルゴースにモードレッドを産ませたこと。〉  4 王妃グウィネヴィアとの結婚と「円卓」 [#この行3字下げ]〈カメラードでロデグランス王の娘グウィネヴィアと会い、王妃に望むこと。グウィネヴィアが持参した「円卓」と「危難の席」。アーサー王を誘惑した女たち。〉  第二部[#「第二部」はゴシック体] アーサー王と円卓の騎士たち[#「アーサー王と円卓の騎士たち」はゴシック体]  1 アーサー王の内外の戦い [#この行3字下げ]〈髭を所望したリエンス王と戦うこと。ローマのルーシャス皇帝に宣戦を布告したこと。聖マイケル山の巨人を退治し婦人を救ったこと。ローマ軍を破り、皇帝に即位し凱旋すること。〉  2 モルガン・ル・フェの陰謀 [#この行3字下げ]〈モルガン・ル・フェが恋人アコーロンを王位につける策略をすること。アーサー王がエクスキャリバーを持ったアコーロンと一騎打ちをすること。モルガンが夫ウリエンス王殺害を謀り、魔法のマントでアーサー王殺害を謀ること。〉  3 兄弟の騎士ベイリンとベイランの死 [#この行3字下げ]〈ベイリンが乙女の剣をぬき、湖の貴婦人を殺したこと。アイルランドの王子ランサーを殺したこと。ベイリンと弟ベイランがリエンス王を生けどりにしたこと。ペラム王に「災いの一撃」を与えたこと。兄弟と知らずに戦い共に死ぬこと。〉  4 騎士ガウェイン卿 [#この行3字下げ]〈ガウェインの最初の冒険。誤って婦人の首を切り落とすこと。アーサー王が黒い騎士の難問を解くこと。醜い婦人とガウェインの結婚。〉  5 湖の騎士ラーンスロット [#この行3字下げ]〈ラーンスロットの誕生と湖の貴婦人の養育。「嘆きの王女」を救い出すこと。カーボネックのエレインとの間にガラハッドをもうけること。王妃の怒りにあい、ラーンスロットが発狂すること。放浪の末、「聖杯」の功徳で治ること。「アストラットの美しき乙女」エレインの失恋と死。〉  6 美しい手の騎士ガレス [#この行3字下げ]〈名前と素性を隠した貴公子が、アーサー王の宮廷に現れ、手が美しいのでボーマンと呼ばれること。アーサー王に申し入れた三つの願いの第一、一年間食事を受けることを許され、台所で働き始めること。ボーマンが黒騎士、緑の騎士、赤騎士と戦うこと。第二の願いである宮廷に来た乙女の姉を、幽閉から救い出すこと。第三の願いのラーンスロットの手で騎士に任命されること。実の兄と知らずガウェイン卿と戦うこと。レディ・ライオネスを救出し、素性を明かし愛を得ること。レディの課す一年の試練の後、結婚すること。〉  7 トリストラムとイソウドの悲恋 [#この行3字下げ]〈トリストラムの出生と養育のこと。トリストラムがアイルランドのマロースと戦って勝ち、伯父マーク王を救うこと。トリストラムとイソウドの出会い。伯父マーク王に「美しきイソウド」を連れてくる船旅。イソウドとマーク王の結婚。イソウドを恋慕するパロミディスを破ること。トリストラムとイソウドが逃亡し森で暮らすこと。「白い手のイソウド」との結婚。トリストラムとイソウドの死。〉  第三部[#「第三部」はゴシック体] 聖杯探求の旅[#「聖杯探求の旅」はゴシック体]  1 ガラハッド卿 [#この行3字下げ]〈ガラハッドが流れて来た石より剣を抜いた奇蹟。聖杯探求の旅への出発。「聖杯」のいわれと探求の意味。ガラハッドが赤い十字のある白い楯を手に入れたこと。〉  2 パーシヴァル卿 [#この行3字下げ]〈パーシヴァルがはじめて騎士を見たこと。「天幕の婦人」に会い、美しいブランシュフルールを救うこと。「漁夫王」の城で、「聖杯」と「聖なる槍」の出現にあうこと。悪魔の誘惑の試練にあうこと。〉  3 ラーンスロット卿、ガウェイン卿、ボース卿 [#この行3字下げ]〈ラーンスロット卿が過去の罪を悔いたこと。「聖杯」の奇蹟にあうこと。アーサー王の宮廷へ帰ること。ガウェイン卿が探求失格を自覚すること。ボースが弟ライオネルと戦うはめに陥ること。ボースが舟にいるガラハッドに会うこと。ガラハッド、パーシヴァル、ボースが「聖杯」の奇蹟にあうこと。〉  第四部[#「第四部」はゴシック体] 最後の戦い[#「最後の戦い」はゴシック体]  1 ラーンスロット卿と王妃グウィネヴィア [#この行3字下げ]〈騎士道における愛のあり方。ラーンスロットが「荷車の騎士」と呼ばれること。メリアグランスの陰謀を破り王妃を救うこと。アグラヴェインの罠に落ちた王妃を火あぶりの刑から救出すること。ラーンスロット卿がアーサー王と戦う羽目になること。〉  2 モードレッドの反逆 [#この行3字下げ]〈モードレッドが主権を握り王妃を妻に望むこと。ラーンスロット卿との対戦とガウェイン卿の最期。アーサー王とモードレッドとの対決。〉  3 アーサー王の死 [#この行3字下げ]〈最後の戦いでモードレッドを討つこと。名剣エクスキャリバーを湖に投げ返し、アヴァロンに去ること。ラーンスロット卿が尼僧院に王妃を訪ねること。王妃の死とラーンスロット卿の昇天。〉  おわりに  あとがき  文庫本あとがき  アーサー王関係の主な文献 [#改ページ]   主な登場人物一覧[#「主な登場人物一覧」はゴシック体]  アグラヴェイン卿[#「アグラヴェイン卿」はゴシック体] (Agravain, Agravaine, Aggravayne)  オークニーのロト王の息子。ガウェインの弟。ラーンスロットとグウィネヴィアの関係をあばこうと企てる。  アコーロン[#「アコーロン」はゴシック体] (Accolon of gaul)  モルガン・ル・フェの愛人。二人で組んでアーサーの王位を狙う。  アーサー王[#「アーサー王」はゴシック体] (Arthur, Arthour)  ブリトンの王。円卓の騎士の中心者。ユーサー・ペンドラゴン王とティンタジェル公の妃(後にユーサーと再婚)イグレーヌの間の息子。エクター卿に育てられる。ケイ卿の義弟。  アリマテアのヨセフ[#「アリマテアのヨセフ」はゴシック体] (Joseph of Arimathea)  キリストの遺体を埋葬し、「聖杯」をイギリスに運んだと言われる、キリスト教の最初の司教。  イグレーヌ[#「イグレーヌ」はゴシック体](イグレイン、イゲルナ)(Igraine, Igerne, Yguerne, Igrayne)  ティンタジェル公の妃。二人の間には、モルゴース、エレイン、モルガン・ル・フェの三人の娘が生まれる。後にユーサー・ペンドラゴン王の妃となり、二人の間にアーサーが生まれる。  イソウド[#「イソウド」はゴシック体](イソルデ、イソルト、イズールト、イズー、イゾルテ、イゾルト)(Isoud La Beale, Isolde, Isolt, Iseut, Yseut)「美しきイソウド」と呼ばれる。  アイルランドのアグウィサンス王の娘。コーンウォールのマーク王の妃。トリストラム卿と愛し合う。  イソウド[#「イソウド」はゴシック体] (Isoud la Blanche Mains, Isolde, Iseut, Yseut)「白い手のイソウド」と呼ばれる。  ブリタニーのホウェル王の娘。トリストラム卿と結婚。  エクター卿[#「エクター卿」はゴシック体] (Ector)  アーサー王をマーリンの依頼で育てる。ケイ卿の父。  エクター(ド・マリス)[#「エクター(ド・マリス)」はゴシック体]卿 (Ector de Maris)  ラーンスロット卿の弟。  エレイン[#「エレイン」はゴシック体](イレイン)(Elaine, Elaine of Carbonek)「カーボネックのエレイン」と呼ばれる。アリマテアのヨセフの子孫として聖杯の守護役をする。  ペレス王の娘。ラーンスロット卿との間にガラハッドをもうける。  エレイン[#「エレイン」はゴシック体](イレイン、エレイン・ル・ブラン)(Elaine le Blank)「アストラットの美しき乙女」(the Fair Maid of Astolat)と呼ばれる。(テニソンの詩では「シャーロットの乙女」)  ベルナルド卿の娘。ラーンスロット卿に失恋し死ぬ。  エレイン[#「エレイン」はゴシック体] (Elaine)  ティンタジェル公とイグレーヌの間に生まれた三人の娘の二番目。  ガウェイン卿[#「ガウェイン卿」はゴシック体] (Gawain, Walwanus, Gauvain, Gawein, Gwalchmei, Walewein)  オークニーのロト王とモルゴースの間の息子。アーサー王の甥。  ガラハッド卿[#「ガラハッド卿」はゴシック体](ギャラハッド)(Galahad, Galaad)  ラーンスロット卿とカーボネックのエレインとの間の子。聖杯探求の代表的騎士。  ガレス[#「ガレス」はゴシック体] (Gareth)  ゲイレスとも読む。ケイ卿にボーマン(美しい手)と仇名される。オークニーのロト王の四男。母はアーサー王の姉モルゴース。ガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス達の弟。  グウィネヴィア[#「グウィネヴィア」はゴシック体](グィネヴィア)(Guenever, Guinevere, Gueni竣re, Gwenhwyfar, Guenhumare, Ginevra)  カメラードのロデグランス王の娘。アーサー王の妃。ラーンスロットと愛し合う。  ケイ卿[#「ケイ卿」はゴシック体] (Kay, Cei, Keu, Kei, Cayous)  エクター卿の息子。アーサー王の義兄。アーサー王宮廷の国務長官。  ダム・ド・ラック[#「ダム・ド・ラック」はゴシック体] (Dame de Lac)  湖の貴婦人の一人。アーサー王と円卓の騎士たちを擁護する。ラーンスロットを育てる。  ティンタジェル公[#「ティンタジェル公」はゴシック体](ゴーロイス)(the Duke of Tintagel, Duke Gorlois of Cornwall)  王妃イグレーヌとの間にモルゴース、エレイン、モルガン・ル・フェの三女をもうける。アーサー王の父、ユーサー・ペンドラゴンとの戦いで死ぬ。  トリストラム卿[#「トリストラム卿」はゴシック体](トリスタン、ドルスタン)(Tristram de Liones, Tristan, Trist�, Tristran, Tristrem, Tristano, Tristany, Tristrant, Drustan)  メリオダスの息子。マーク王の甥。王の妃イソウドと愛し合う。  ニミュエ[#「ニミュエ」はゴシック体](ニムエ、ニニアン、ヴィヴィアン、ニミアン、ニミユ、ニーナ)(Nimue, Nimanne, Nymanne, Nimane, Niniane, Vivienne, Nemiane, Nimiane, Nymue, Nynyue, Nimu・ Viviane, プi熟e, Niviene, Nina)  湖の貴婦人の一人。マーリンの恋人。かれを魔術で永久に閉じこめる。  パーシヴァル(ド・ガレス)[#「パーシヴァル(ド・ガレス)」はゴシック体]卿(パースヴァル、ペルスヴァル)(Percival de Gales, Perceval, Parsifal, Porzival, Perchevael, Pressivalle, Parsival)  ペリノアの息子。アグロヴァル、ラモラックと兄弟。代表的な聖杯探求三騎士の一人。  パロミディス[#「パロミディス」はゴシック体] (Palomides, Palamedes)  サラセン人。アストラボールの息子。イソウドを恋い慕い失恋する。  ブランシュフルール[#「ブランシュフルール」はゴシック体] (Blancheflor)  ゴルヌマン・ド・ゴルオの娘。パーシヴァルに愛を条件に城を救ってもらう。  ベイリン[#「ベイリン」はゴシック体] (Balin le Sauvage)「二本の剣の騎士」(the Knight with the Two Swords)「野蛮なベイリン」と呼ばれる。  ペラム王に「災いの一撃」を与える。ベイランの兄。弟を殺す。  ベイラン[#「ベイラン」はゴシック体] (Balan)  ベイリンの弟。兄と戦って死ぬ。  ペラム王[#「ペラム王」はゴシック体] (Pellam of Listinoise)  ペレス王の父。ガラハッドの曾祖父。ラーンスロットの妻エレインの祖父。  ペリノア王[#「ペリノア王」はゴシック体] (Pellinor of Listinoise)  ラモラック、アグロヴァル、パーシヴァル三騎士の父。森の天幕で待ち伏せし、アーサー王に一騎打ちをいどみ、後に「円卓」に加わる。  ペレス王[#「ペレス王」はゴシック体] (Pelles)  ペラムの息子。ガラハッドの母エレインの父。聖杯城に住む。  ベディヴィア卿[#「ベディヴィア卿」はゴシック体] (Bedevere, Bedywyr, Bediver, Bedivere)  ルーカン卿の兄弟。アーサー王に最後まで付き添い、エクスキャリバーを湖に投げ返す。  ボース王[#「ボース王」はゴシック体] (Bors)  ゴールの王。ベンウィックのバン王と兄弟。ラーンスロット卿の叔父。  ボース(ド・ガニス)[#「ボース(ド・ガニス)」はゴシック体]卿 (Bors de Ganis)  ゴールのボース王の息子。ラーンスロットの従兄弟。ライオネルの兄。  ボール[#「ボール」はゴシック体] (Borre)  アーサー王とサナムの娘ライオノースとの間の子。  マーリン[#「マーリン」はゴシック体] (Merlin, Myrddin)  魔法使い、予言者。アーサー王とその父ユーサー王の相談役。ニミュエに恋しその計略にかかる。  マーク王[#「マーク王」はゴシック体] (Mark, Marc, Marco)  コーンウォールの王。イソウドの夫。トリストラム卿の伯父。  マロース[#「マロース」はゴシック体] (Marhaus)  アイルランド王アグウィサンスの弟。トリストラムとの一騎討ちで倒れる。その頭蓋骨にトリストラムの剣の刃先が残る。  メリアグランス[#「メリアグランス」はゴシック体] (Meliagrance)  王妃グウィネヴィアを誘拐し、王妃との不義を暴露されたラーンスロットに殺される。  メリオダス王[#「メリオダス王」はゴシック体] (Meliodas)  リオネスの王。マーク王の妹エリザベスとの間に息子トリストラムをもうける。王妃の死後、ブリタニーのホウェルの娘と再婚。  モルガン・ル・フェ[#「モルガン・ル・フェ」はゴシック体] (Morgan le Fay, Morgain, Morgause)  ティンタジェル公とイグレーヌの三女。ゴールのウリエンス王の妃。息子ユーウェインをもうける。アーサー王の異父姉。アコーロンを愛人に持つ。アヴァロンの女王。  モルゴース[#「モルゴース」はゴシック体] (Morgause)  オークニーのロト王の妃。ティンタジェル公とイグレーヌの間の長女。ガレスらの母。アーサー王との間にモードレッドをもうける。  モードレッド[#「モードレッド」はゴシック体] (Mordred, Modred, Medraut)  アーサー王と異父姉モルゴースの間の子。アーサーの王位と王妃を奪おうとして反逆し、アーサー王に殺される。  ユーウェイン卿[#「ユーウェイン卿」はゴシック体] (Uwains le Blanchemains, Iwiin)「白き手のユーウェイン」と呼ばれる。  ゴールのウリエンス王とモルガン・ル・フェの間の息子。  ユーサー・ペンドラゴン王[#「ユーサー・ペンドラゴン王」はゴシック体](ウーゼル、ウーザー)(Uther Pendragon)  イングランドの王。イグレーヌ王妃との間に息子アーサーをもうける。  ラーンスロット[#「ラーンスロット」はゴシック体](ランスロット、ランスロ、ランチロット)(Launcelot du Lake, Lancelot, Lanzelet, Lancilotto, Lanseloet, Le Chevalier de la charrete)「湖のラーンスロット」「荷車の騎士」とも呼ばれる。  ベンウィックのバン王の息子。王妃グウィネヴィアの恋人。  ライオノース[#「ライオノース」はゴシック体] (Lionors)  伯爵サナムの娘。アーサーとの間にポールという男の子をもうける。ポールは後に円卓の騎士となる。  ライオネル卿[#「ライオネル卿」はゴシック体] (Lionel)  ラーンスロットの従兄弟。ボースの弟。  ランサー[#「ランサー」はゴシック体] (Lancer)  アイルランドの王子。乙女コロンブの恋人。ベイリンの一撃で倒れ、コロンブも自害する。  ルーシャス皇帝[#「ルーシャス皇帝」はゴシック体](ルーシャス・ヒベリウス)(Lucius Hiberius)  ローマの皇帝。(ジェフリー・オヴ・モンマスに依れば在位は A. D. 455-76)。アーサーと戦って敗れる。  ロト王[#「ロト王」はゴシック体] (Lot)  ロージアンとオークニーの国王。アーサー王の異父姉モルゴースの夫。ガウェイン、ガヘリス、ガレス、アグラヴェインの父。  ロデグランス[#「ロデグランス」はゴシック体] (Leodegrance)  カメラードの王。アーサー王の妃でグウィネヴィアの父。ユーサーの所持していた円卓を持っており、アーサーにゆずる。 [#改ページ]   アーサー王ロマンス [#改ページ]   はじめに——アーサー王の実像と伝説像  歴史的背景と民間伝承が交錯したロマン[#「歴史的背景と民間伝承が交錯したロマン」はゴシック体]  現在までおよそ十五世紀にわたって、アーサー王伝説は、本国であるイギリス、フランスはもちろんのこと、ヨーロッパ各地や日本をはじめとするアジアの国々でも、人々を魅了し続けています。そうしたアーサー王物語の面白みは、まず主人公のアーサー王が、魅惑的な謎に満ちていることでしょう。少なくとも一方では歴史的事実として考証されている英雄であり、他方では民間に語り継がれている英雄伝説の主人公として、さまざまな要素を取り込みながら両者が交ざり合い、悲劇の英雄として理想化されていっているからだと思います。物語を語る人々が、アーサー王に対する崇拝の念や憧れの気持ちから、この英雄の謎や不明の部分を自分の想像力で埋め、自在に補って創っていったからとも考えられます。  アーサーという英雄が、単なる史的実在だけであっても、また全くの空想の産物であっても、これほど興味深いものにはならなかったでしょう。少なくとも事実があって、その上に各時代、各国のさまざまな空想が付け加わって長い間にできあがったという、伝説本来の二面性を持った形成過程を経てきたことが、アーサー王ロマンスを、歴史的背景を持ちながら、しかも超自然の要素に満ちた興味深い物語にしているのだと思います。  イギリスの女流作家ダフネ・デュ・モーリエは『レベッカ』の作者として有名ですが、彼女は、少女時代に訪れたコーンウォールの魅力にすっかり取りつかれて、晩年はここに住み、この地で一九八九年に他界しています。写真家の息子と『消えゆくコーンウォール——その精神と歴史』(一九六七年刊)という本を出していますが、この中の「アーサー王とトリスタンを訪ねて」という章で、デュ・モーリエはアーサー王をこう呼んでいます。  アーサーは英雄であり、  ケルトの戦士であり、  ブリトンの王子であり、  コーンウォールの王である。  短い言葉のうちに的確にアーサーという人物をとらえていますが、この言葉を解釈しますと、まず、アーサーは紀元五〇〇年ごろに実在したといわれる「英雄」で、ローマとケルトの血を半分ずつ受け継いだ「戦士」である、ということでしょう。ですからアーサー (Arthur)という名前は、ラテン語の「アルトリウス (Artorius)」に由来するという説もあります。  またアーサーは、当時ブリトンに侵入してきたサクソン人と十二回にわたって戦い、ついにベイドン・ヒルの戦いでこれを打ち破った常勝のブリトンの王子であり、さらには全イングランドと、ウェールズ、コーンウォールを治める権利を得た「王」である、ということになりましょう。  確かにアーサーが王であったというコーンウォールには、アーサー王ゆかりの地がたくさんあります。アーサー王が生まれたといわれるティンタジェル。騎士たちの城キャメロットがあったと伝えられるキャドベリーの丘。モードレッドとの最後の戦いの場スローターズ・ブリッジ。アーサー王とグウィネヴィアが埋葬《まいそう》されているといわれるグラストンベリー僧院(正確にはサマセット)など。また、名剣エクスキャリバーが投げ入れられたとされている場所は、ボドミン・ムアーにあるドーズマリー・プールという湖と言われています。また、トリストラムが生まれたリオネスは、アトランテスのように沈み、いまランズ・エンドの岬に広がる海の中に無数に散在するシリー諸島になったといわれています。またトリストラムの墓といわれる立石がいろいろな場所に移され、いまでは港町フォイの道端に建つ石がそうであると言われています。  史実に残るアーサー王の名[#「史実に残るアーサー王の名」はゴシック体]  コーンウォールやウェールズのブリテン諸島からブリタニーに伝えられ、広く流布していたアーサー王と騎士たちの物語は、人々の口から口へと伝えられていく一方、職業的な旅回りの吟遊詩人(トルバドゥール)や語り手たちによって遠くまで伝えられます。フランスはもちろんのこと、イタリアやスペインなどの国々へも及ぶわけです。  もう少し詳しくアーサー王伝説の伝播の歴史を見ますと、五、六世紀にかけてサクソンの圧政から逃れブリタニーへ渡ったブリトンの吟遊詩人たちが、「アーサー王物語」をフランス語に訳して語っていたようです。そして、一〇六六年にノルマン王ウィリアムがイギリスを征服しますと、このフランス語訳されフランスの衣装をまとった物語が再び、イギリスへ戻ってきたと考えられるのです。また、各国の軍隊から成る十字軍の遠征の際に、「アーサー王物語」はそれぞれの国へ持ち帰られ、その国なりの変化を受けて人々の間に広まったとも推定されます。       *  こうしたさまざまな伝播過程を経て、修飾されながら創り上げられていった五世紀のローマ・ケルト伝承の戦士アーサー王の物語は、十二世紀になりますとフランスでは、クレティアン・ド・トロワによって集大成され、イギリスでは、十五世紀にウェールズの出身の騎士であったトマス・マロリーが『アーサー王の死』としてまとめたものが、キャクストンの印刷によって広く流布し、現在の形に定着するわけです。  では、アーサー王は本当に実在したのでしょうか。この疑問それ自体が、今日まで多くの学者たちが考証研究を続けている魅惑的な主題です。最も古くアーサーについて書かれたものといわれるのは、紀元六〇〇年ごろウェールズの詩人アナイリンの『ゴッディン』という詩で、その中に多くの敵を倒した恐るべき英雄が謳《うた》われており、「アーサーではないが」という表現でアーサーのことにふれています。  アーサーという人物について書かれた最も古い歴史的記述をさがしますと、アイルランドの文献の中にあります。紀元七〇〇年ごろアダム・ナンによって書かれた『聖コロンバ伝』の中にダルリアダ国の王アエダン・マック・ガブライエンの息子がアーサーという名で、勇ましい戦士で他部族と戦い、若くして戦死したと記されてあります。  紀元五〇〇年ごろ、西ローマ帝国が衰退《すいたい》してきますと、ブリテン島はサクソンの度重なる侵略に脅《おびや》かされるようになります。ローマ・ブリトン人がベイドン・ヒルの戦いでサクソン人を打ち破って、五十年にわたる脅威に終止符を打ったのですが、この戦いの総指揮をとった武人が存在しました。これがアーサーではないかと考えられているのです。  紀元八〇〇年ごろに、ネンニウスというウェールズの修道僧が『ブリトン人の歴史』を編纂しています。これはベイドン・ヒルの戦いから約三百年のちのことですが、しかしネンニウスは、英雄アーサーについて、最初にして唯一の史的な記述を残しているのです。それは、「ブリトン諸王と力を合わせて戦ったアーサーという名の戦闘指揮官がいた」というものです。ここではアーサーは王ではなく、諸王から成る軍隊の総指揮官(ドゥクス・ベロールム)となっているわけです。  そして、アーサーが参加し、勝利を収めた十二の戦いが次々と挙げられていますが、ここで興味深いことは、最後のベイドン・ヒルの戦いでは、「アーサーの一撃のもとに九百六十人が倒れた」と書かれていることです。つまりこの記述は、歴史書の中にあるのに、すでにアーサーの、超人的な力を持つ戦士としての伝説化が始まっていることがうかがえるのです。そしてこの線上で、吟遊詩人たちの語りものや詩によって、勇者アーサーの姿は伝説化されてウェールズに伝播していくわけなのです。これらはウェールズ地方で十二世紀に集大成された『マビノギオン』の中にうかがえます。  その後の史実をたどっていきますと、アーサーの平和な統治が二十年続いたことは、九五〇年ごろに書かれた『ウェールズ年代記』に記されています。その中に、「カムランの戦いでアーサーとメドライトが共に倒れる」という記述があります。「メドライト」というのは、アーサーが父の違う姉と知らないで関係を持って生まれた不義の子で、他の物語では「モードレッド」とも言われていますが、彼が反乱を起こしたためにアーサーは戦い、相討ちとなって倒れ、アーサーと騎士たちが築いた王国は滅びたと書かれているのです。これは、およそ紀元五二〇年ごろのことです。  物語化された「アーサー王伝説」[#「物語化された「アーサー王伝説」」はゴシック体]——『ブリテン王列伝』[#「『ブリテン王列伝』」はゴシック体]  次に記録されている文献として、一一三六年に書かれたウェールズ人ジェフリー・オヴ・モンマスの『ブリテン王列伝』があります。これは、アーサーの生涯を伝えている史実として後世に影響を与えた伝説の種ともいうべきもので、一三七章から一七八章までがアーサー王の一代記になっていて、アーサー王の生涯のアウトラインが短い中に非常によく書かれています。トマス・マロリーの『アーサー王の死』はこれを骨子としているわけで、十九世紀まで、この『ブリテン王列伝』の中の記述が、これまでアーサー王に関する史実の中でいちばん信頼のおけるものとみなされてきましたが、しかし今日では、多分に著者の空想によって修飾されていると推定されています。 『ブリテン王列伝』に書かれているアーサーの生涯から要点だけを挙げてみますと、まずアーサーの遠い祖先は、トロイの血統を引くと書かれています。ですから、ブルータスの子孫だということになっているわけです。  アーサーの誕生は実に奇蹟的で、魔術のおかげでこの世に生を受けたことになっています。アーサーの父ユーサー・ペンドラゴンは、コーンウォールのティンタジェル公ゴーロイスの王妃イグレーヌに想いを寄せ、言い寄りますが断わられ、戦いを仕掛けて、その夫ゴーロイスが出陣している留守にマーリンの魔術で夫の姿となり、城に忍んでイグレーヌと一夜を共にします。数時間前にゴーロイスは殺されていますので、アーサーは不義の子という汚名は逃れています。その後イグレーヌと正式に結婚するわけで、魔法の幻惑の愛の結晶としてアーサーは誕生するということになります。  父王の死によって十五歳でアーサーは王位につき、次々とノルウェー、デンマークを征服していきます。さらには、ローマからの年貢の要求に憤激し、ローマへも遠征します。  また信頼していた円卓の騎士の一人ラーンスロットと戦うことになり、この遠征の最中に、留守の執政を託していた甥のモードレッドが、王位と王妃を奪おうと企んでいるという報告を受けて、アーサーは急いでブリトンへ引き返してきます。ここでは、モードレッドは甥ということになっていまして、アーサーの不義の子であるとは書かれておりません。  アーサーはカムランの戦いでモードレッドを倒すのですが、自分も瀕死の重傷を負い、アヴァロンの島へ去っていきます。 「我らの名高き王、アーサーその人は、致命傷を受け、アヴァロンの島へ運ばれたが、そこでこの傷の手当てを受けるだろう。アーサー王は王冠を甥のコンスタンチン、すなわちコーンウォール侯カドールの息子に渡した。時はあたかも主イエスの受肉後五四二年であった。」 と、アーサーの最期をジェフリー・オヴ・モンマスは書いています。  さまざまな要素が加わって脚色された『アーサー王物語』[#「さまざまな要素が加わって脚色された『アーサー王物語』」はゴシック体]  この『ブリテン王列伝』には、まだ円卓の騎士は登場しません。聖杯の探求もありません。また、アムール・クルトワと呼ばれる宮廷恋愛もなく、ラーンスロットもトリストラムも登場しないわけです。  一一五五年にノルマンの詩人ワースによってアーサー王物語はフランス語の韻文に翻訳されて『ブリュ物語』になりますが、この『ブリュ物語』ではじめて円卓の騎士のことが出てきます。だれが上座でだれが下座かという序列をめぐって騎士たちの間に争いが起こったということが書いてあり、そうした争いをなくすために円卓が作られた、というようになっています。  この円卓については、魔法使いのマーリンがアーサーのために作ったとする話と、アーサーの父ユーサー・ペンドラゴンのために作ったとする話があります。また後になって伝わっている話のほうでは、ペンドラゴンの死後、円卓はグウィネヴィアの父のところにあったのですが、アーサーとグウィネヴィアが結婚したときにお祝いとして円卓を持ってきたということになっています。それで円卓はグウィネヴィアと共にアーサーのものになったわけです。ですからグウィネヴィアは円卓の中心の女王であるということになり、円卓の騎士であるラーンスロットが彼女に忠誠を尽くすのは当然のことである、という理屈がつけられてくるわけです。  ワースの『ブリュ物語』は、イギリスの詩人ライアモンによって、一二〇〇年ごろに英訳されて『ブルート』になり、再びイギリスへ帰ってきます。このように、イギリスからフランスへ、そしてまたイギリスへと移動するうちにさまざまな要素が付け加えられていき、ロマンチックな英雄像が創り上げられていったのです。  十二世紀になりますと、クレティアン・ド・トロワが、いろいろな形で伝わっていた物語を集大成します。この中には、初めて宮廷恋愛が登場するほかに、アーサー王の宮廷の騎士たちの冒険物語やラーンスロットやパーシヴァルの聖杯探求の物語がすべて入ってきます。ここに至って、騎士の成功や栄誉ばかりではなく、聖杯を通じてキリスト教の神秘思想が色濃く導入されてくるわけです。  これらの文献に、さらに「クルフッフとオルウェン」などを含むウェールズの古い物語集『マビノギオン』などが加わり、十五世紀に、トマス・マロリーの『アーサー王の死』に集大成されます。これは二十一巻から成る大作で、これによって、イギリスにおけるアーサー王伝説の形が定着したわけです。マロリーの物語は一四八五年にウィリアム・キャクストンが印刷し出版して世にひろまるのですが、今世紀一九三四年になってウィンチェスター・コレジの蔵書の中に、これと異なったマロリー本の写本が発見されて、一九四七年フランスの学者ユージン・ヴィナヴァー教授によって編纂出版されますが、これは八つの話のグループに分けて再構成され、ウィンチェスター版と呼ばれています。  以上がアーサー王伝説の形成過程ですが、ジェフリーの『ブリテン王列伝』からマロリーの『アーサー王の死』までの推移をたどってみることは非常に興味深いことで、各国の研究家たちが、「聖杯探求」「マーリン伝説」「円卓」「湖の騎士ラーンスロット」「トリストラムとイソウド」など物語のサイクルごとに、あるいはイギリスとフランス両圏の特色を比較しながら究明に努めています。  中世騎士道の英雄像[#「中世騎士道の英雄像」はゴシック体]  マロリーの『アーサー王の死』は、キャクストンによって印刷されたのですが、キャクストンはその巻末に過去の偉大な英雄を九人挙げています。異教徒が三人、ユダヤ教徒が三人、キリスト教徒が三人なのですが、異教徒の三人というのは、トロイアのヘクトル、アレクサンダー大王、そしてジュリアス・シーザーです。ユダヤ教徒の三人というのは、われわれにはあまりなじみがないようですが、ヨシュア、ダビデ、マカベオです。そして、キリスト教の三人の英雄の筆頭に挙げられているのがアーサー王であり、続いてシャルルマーニュとゴッドフロア・ド・ブイヨンが挙げられています。現在、この中でよく知られている英雄といえば、やはりアーサー王でしょう。  ところで英雄の条件とはなんでしょうか。  まず並はずれた能力を持ち、それを発揮して偉大なことをやり遂げることです。アーサーの場合、生活の中心は戦いですから、彼はまず武術に優れ、勇気と決断力を備えた戦士でした。そして多くの戦いで勝利を収めるという偉業を成し遂げたわけです。  さらに英雄は、長として、一団の統率者にふさわしい寛大な心と尊厳と美徳とを備えていなくてはなりません。アーサーはこれらをすべて備えていたのです。だから騎士たちは忠誠を尽くし、命をかけて彼に仕えたのです。  また、英雄は善のために命をかけて悪と戦うので、常に危険にさらされているわけですから、短命です。アーサーも十五歳で王となり、ブリテン島やヨーロッパ各地を平定し、ローマを破り、二十年間は王国を統治しますが、謀反《むほん》の剣《つるぎ》に倒れ、三十六歳か四十歳前後でこの世を去ったことになっています。人生を、短いながら凝縮して生きたわけです。  そして更に英雄をめぐる女性たち、あるいはもう一人の男性の存在との間に愛をめぐる争いも生じやすいのですが、アーサーの場合、王妃グウィネヴィアと騎士ラーンスロットとの三角関係が大きな出来事になっています。  中世時代の騎士[#「中世時代の騎士」はゴシック体]  英雄アーサーは、円卓の騎士たちを総括する王でした。王としての血統をひき、エクター卿の館で武芸を身につけましたので、騎士に任命される資格を備え、続いて王に即位したのでした。  一般に中世時代の騎士となる過程をみてみますと、貴族の生まれということがまず条件でした。七歳になりますと家族から離れ、保護者の宮廷あるいは城に移されて、同じような子供たちと生活を共にしながら、武術や狩猟、音楽そして礼儀作法を学びます。十四歳で武具をつけ馬術の訓練を受け、従士と呼ばれて、いわば騎士見習いのように騎士の身のまわりの世話をしますが、二十一歳になりますと、叙任式を経て騎士の称号を授かります。こうした過程にあるとき、城中にいる一人の婦人を心に定めて、その婦人に奉仕することが光栄であるとされていました。  騎士の叙任式は、時代を経ていきますと、形式化されていきます。任命される者は、まず告白、断食《だんじき》などの儀式を経てから、叙任者(ふつうは王ですが)の前にひざまずき、忠誠を誓ってから、婦人と孤児を保護し、虚言中傷をさけ、仲間と調和して生活することを誓います。すると叙任者は「神と聖ミカエルの名に於て汝《なんじ》を騎士に叙す。忠誠、豪胆、幸運であれ」と言って、剣の先で肩をたたいて儀式は終わることになっていますが、こうした形式や誓いの言葉には、中世騎士道の特色がうかがえます。少なくとも、アーサーも、ラーンスロット、ガウェインそしてトリストラムも、こうした過程を経て騎士に任命されたのでした。  騎士道を意味する「シュヴァルリー」の語源は、フランス語の馬を意味する「シュヴァル」ですが、馬に乗って戦いに出られる武士を本来指していました。ローマ時代には、決められた財産の額に応じて、馬に乗ることの許可が貴族や平民にも下りたのです。八世紀頃、フランスで騎馬戦術が盛んとなり、十一世紀から十三世紀の十字軍遠征は、騎士制度の確立に拍車をかけました。騎士を意味する英語は「ナイト」ですが、元来この語は中世英語ではボーイやサーヴァントの意で、そこから、武器を持つことを許された青年、従士、侍従の意となっていきました。そこから叙任された騎士をも含めた言葉になっていったのです。  騎士たちは王に仕え、王の城を守り、王のために戦いました。平和の時には、馬上槍試合《ジヤステイング》で腕を競い、奉仕する婦人のハンカチや面紗《めんしや》を兜や槍につけ、美しくデザインされた紋章が描かれてある楯を持ち、銀の鎧を馬上で光らせながら秘技をつくして戦いました。自分または尊敬する人の名誉を守り、潔白をあかす一騎打ちも、この馬上槍試合でした。また武術を試し、正義を守り悪を破るため、時としては宗教上の誓いや恋の誓いを果すためなどに、|遍歴の旅《エラント》に出かけました。騎士たちは、旅の途上で訪れる城や僧院で歓待されましたが、そうでない場合には、幾日も森の木の下や岩間などで、野宿をしたりしていたようです。  中世騎士道の理想的英雄像となったアーサー王[#「中世騎士道の理想的英雄像となったアーサー王」はゴシック体]  ダフネ・デュ・モーリエがケルトの戦士と呼んだアーサーは、幾世代もの時を経て中世の典型的英雄像となったのですが、ケルトの部族社会の仕組みには、中世の封建制度と非常によく似たところがありました。ケルトの社会では、武士、戦士たちは貴族であり、支配階級に属していたのですが、これは、中世の封建体制の中心が騎馬の武人たちであったのと同じです。ケルト神話の英雄であるク・ホリンが属していた|赤枝の騎士団《レツド・ブランチ・チヤンピオン》も、オシインのフィアナ騎士団も職業的軍人の集団であり、貴族階級、支配階級だったわけです。  ケルトの戦士も中世の騎士も、王を信奉して忠誠を誓い、国のために戦って人民の平和を守るというのは同じです。そして勇気や名誉を重んじた精神も、騎士道の掟と全く同じです。ケルトの戦士の物語が中世封建時代に尊重されたことは、容易にうなずけると思います。そしてさらに、勇気、忠誠、名誉というような騎士としての基本的な条件の上に、より洗練された能力、たとえば楽器を奏でられるとか詩歌を作れるというような能力や、女性に対する尊敬、礼儀といった美徳も加わって、騎士道は、次第に男性として守るべき倫理道徳を示すものとなっていきました。  マロリーの『アーサー王の死』を印刷して普及させたW・キャクストンは、序文の中で次のようにいっています。 「この書物の中には、気高い行動の数々、騎士たちの武勲の数々、勇気、豪胆、慈悲、愛、礼節、気品などについて語り、更に不思議な物語の数々、冒険談などもたくさん盛りこみました。——どうか善をみならって悪を遠ざけて下さい。そうすれば、皆様、良い評判と名声をかち得るでありましょう。」  アーサー王と騎士たちの行動と精神は、ここからうかがえると思いますが、つまりアーサー王と円卓の騎士たちの行動には、騎士のあるべき義務、本分、資格といったものが示されており、騎士道としてその良い面が男性の行いの鑑《かがみ》となり、高い理想と精神を示すものとして長い間重んじられてきており、その中心にアーサー王伝説が存在していたのです。  騎士の冒険と探求の旅[#「騎士の冒険と探求の旅」はゴシック体]  騎士たちは、自らを困難や危険にさらして、自分の力と勇気を試すわけです。戦いは、自分の能力を試し、また最大限に発揮できる、絶好の機会でした。困難を乗り越えて勝利や手柄をたてれば、栄光と名誉を手に入れることができ、それによって、仲間の尊敬と淑女たちの愛を得ることができました。そういう意味で、ラーンスロットやトリストラム、ガウェインなどが出会ったさまざまな出来事の話があるわけで、アーサー王と円卓の騎士たちの物語の中心は、ある意味では、冒険と探求の旅にあるといえます。  やがて騎士たちの探求の旅は、聖なる杯《さかずき》を探す聖杯探求の旅に集約されていき、キリスト教神秘主義の要素が付け加えられ、精神的なものを求める探求へと高められていきます。それらは、その高い純潔と貞節と美徳とを持った騎士が初めて聖杯を見ることができる、というふうな物語にだんだん象徴化されてくるわけです。  一方、英雄が怪物を退治する話も、神話や伝説に多く見られます。たとえば、ベイオウルフはドラゴンを退治して国を救いますし、テーセウスはモンスターを倒してクレタ島に平和をもたらします。またケルトの英雄ク・ホリンやフィンも、巨人や怪物や魔女などを退治しています。これは、悪を懲らして善を救う、すなわち人民の平和を守って秩序を回復させることが英雄の使命なのだ、ということを象徴的に示しているのではないかと思います。  アーサー王伝説でも、アーサー王やトリストラム、ガウェインらが超自然的な怪物や巨人と戦う話が伝えられています。たとえばアーサー王は、ブリタニーの隣国コンスタンチーヌの子供を食べる巨人コーモランを退治して人々を救ったり、また犬の頭をしたアイデインという山のモンスターを退治して美しい婦人を救い出したりします。これは、昔の神話や伝説に伝わる言い伝えが、アーサー王を理想化するために次々と物語に付け加えられていったものと考えられます。  たしかにアーサー王の物語は、キャクストンの言葉にあるように、「気高い騎士道、礼節、慈悲、友愛、勇気、愛、友情、臆病、殺人、憎悪、徳と罪」の物語かもしれません。後世になって各時代のさまざまな作家たちが編纂し、または縮小させて独自の物語に作り変えていますが、わが国の「与謝野源氏」「谷崎源氏」というように、「クレティアン・ド・トロワのアーサー王ロマンス」、「マロリーのアーサー」、そして「テニソンのアーサー」、「ブルフィンチのアーサー」と呼べるほど、作家の筆の跡に作意と再話構成の特色が見られます。テニソンに代表される騎士道精神礼讃のアーサー物語が、今日まで影響力が強いのですが、それは前述の言葉のうち、臆病以下の面を極力避けて、ヴィクトリア朝のモラルに合う、気高く高潔な理想的な騎士たちになっているようです。しかしマロリーの描いている中世の騎士たちは、もっと豪放で残忍なまでに敵と戦い、首を斬り、本能に従って女性を奪い自分のものにしたりしていますし、城主や王の命令が唯一絶対で、それがあやまっているときには悪政となり、そうした王と騎士の城は、まわりの人々にとっては恐怖の存在ともなっていたようです。そうした城の牢獄《ろうごく》は、勇ましい騎士が武力で救ってくれるか、身代金を払って解放されるのを待っている騎士や貴婦人であふれていたと言われています。  この本では、従来のアーサー王と円卓の騎士の美しいヴェールを、みなはがすことはしませんでしたが、そうした中世騎士たちの、本能に従った奔放な行為の面も、原文を重んじてなるたけ入れるようにつとめました。トマス・マロリーの『アーサー王の死』を中心に置きましたが、他の文献も参考にして補足しながら、描くように心がけました。 [#改ページ]  第一部 アーサーの誕生と即位[#「第一部 アーサーの誕生と即位」はゴシック体]   1 魔法使いマーリン  マーリンの出生と透視と予言の力[#「マーリンの出生と透視と予言の力」はゴシック体]  時は五世紀。いまのブリテン島は、まだアルビオン(白亜の島)と呼ばれ、岩やチョーク質でできた土地は荒れており、あまり住み心地のよい島ではありませんでした。そのうえ、ローマ軍の長いあいだの支配があり、またいくつもの種族、ブリトン人、サクソン人、ピクト人、スコット人、それにノルウェー人やディーン人などが入り乱れて、勢力争いに明け暮れていたのです。  アルモリカ王族から出たコンスタンティヌスが、これらの種族を破って一時、島ぜんたいを平定して王となります。王はローマ貴族出の妻との間に、三人の息子コンスタンス、アウレリウス・アンブロシウス、そしてユーサー・ペンドラゴンをもうけました。父の死後、王位についたコンスタンスは、家老であったヴォーティガンの計略にかかり、ピクト人と戦って敗れ、家来に殺されてしまいました。  ヴォーティガンはしばらく王位につきますが、残った二人の王子の復讐をおそれ、ウェールズに堅固な砦を築こうとしました。けれど不思議なことには、ある高さまで石を積みあげますと、とつぜん崩れ落ちてしまうのです。こうして三度までやってみましたが成功しませんので、この原因を占星術師に占ってもらいました。 「土台の石を、人間でない父親から生まれた子供の血でぬらせば、大丈夫と存じます」  この言葉を信じたヴォーティガンは、その条件に合う子供を国じゅう探させましたところ、使者はカーマーゼンにいたマーリンという名前の子供を、王の前に連れて来ました。  マーリンの母は信心ぶかい人間でしたが、父親は人間ではありません。夢のうちに無垢な乙女とまじわり、子供を産ませる大気中に住むインキュバス(夢魔)だったのです。あるとき美男な旅人に姿をかえ、王の娘に求愛し子供を産ませました。王女はみごもるとすぐに高僧を訪れ、僧は王女を塔の中にかくまって、その子が生まれるとすぐに洗礼を与えてしまいましたので、悪魔の仲間に堕ちることをまぬがれて、かえって人間を越えた能力を備えて生まれてきたのです。一説に王女の父はディヴィッド王であると言われていますが、それならば、マーリンは王の血筋をひいていることになります。  ある日、幼いマーリンが道で遊んでいました。一人の男が靴屋から出て来ますと、マーリンは声をたてて笑いました。不思議に思ったまわりの者が、なぜ笑うのかとたずねますと、 「だって、あの人はすぐ死ぬんだから、靴を買ってもしようがないからさ」  こうマーリンは答えたのです。果してその男は、二時間のうちにとつぜん死んでしまいました。このようにマーリンには幼少から、人間の未来を見ぬく予知の能力が備わっていたのでした。  マーリンはヴォーティガン王の前に連れて来られ、砦の石が崩れるので人柱をたてるのだと聞いて、また笑い出しました。 「だって、砦の塔がたおれるのは、土の中に二匹の竜がいて、戦っているからなんだもの」  そこで人夫たちが地下を掘ってみますと、一匹は乳のように白い竜、もう一匹は火のように赤い竜が見つかり、二匹はそろそろと土の中からはい出しますと、また地上で戦いはじめました。手を打って喜びながら、二頭の竜の戦いを見物していたのは子供のマーリンだけで、まわりにいた人々は、驚いて逃げまどいました。 「赤い竜は王、白い竜は王の敵」  こう謎めいた言葉を、マーリンは言いました。また「赤い竜」(ブリトン人)が「白い竜」(サクソン人)と戦っているが、「コーンウォールの猪」(アーサー王)が現われて、「白い竜」を踏みつぶすまでは、この争いは終わらないだろう、「猪」はフランスを含め、大海に浮かぶ島々を征服するが、最後は謎に包まれるだろうというような予言めいたことも言いましたので、ヴォーティガンはこの子供にたいへん胸うたれました。「コーンウォールの猪」とはアーサーであることが次第にわかってきます。偉大な英雄の出現を予言したのでした。  やがて赤い竜は負け、白い竜は岩のさけ目に姿を消してしまいました。間もなくして、正当な王位をつぐはずのアンブロシウスとユーサーが大軍を率いて上陸し、ヴォーティガンは敗れ、せっかく骨を折って建てた砦の塔の中で、生きながら焼かれてしまいました。子供のマーリンの言葉が、現実になったのでした。  マーリンの魔術の力[#「マーリンの魔術の力」はゴシック体]  この挿話の舞台になったのは、ウェールズのスノードニア山地にあるベッズゲレルトの近く、ディナス・エムリスという丘の上の砦だといわれており、一九五〇年代に、ある考古学者が発掘して、この二頭の竜が現われた水たまりの跡を発見したといわれています。真偽のほどは明らかではありませんが、マーリンという人物も、実在したか否かいろいろと言われており、六世紀にウェールズのカーマーゼンにいた詩人で予言者であるメルディンがそうだと古くからいわれていました。彼は仕えていたカンブリア族長のグウェンズオライが敗れたのは自分の責任と思い、スコットランド低地地方に逃れて、森の野人のようになって未来を予知する能力を身につけたそうです。スコットランドやアイルランドにもこれと似た予言者メルディンの伝説や、魔術師マーリンの話は伝わっています。今世紀にロシアの文豪トルストイの息子ニコライ・トルストイ氏がウェールズのダンフリースシャーにあるハトフェルの山あいに、マーリンの住んでいたらしい洞穴を見つけたという説を発表しています。人里離れた岩山の温泉の湧く谷間の洞穴に住んでいたマーリンはドゥルイド僧であり、シャーマン的な力を備えて多くの神秘的知識を持ち、超人的な透視や魔術の力を持っていたとしています。今世紀になっても「マーリン探求」はまだ続いており、伝説から史実への可能性も残っているようです。  ヴォーティガン王の御前で、すぐれた透視と予言の力を発揮し、真実をあばき、難なく自分の生命を救って、王や他の魔術師を驚かせたマーリンは、次に成長して、ユーサー・ペンドラゴンの助言者、戦術者として登場し活躍します。アンブロシウスは毒殺され、末の弟ユーサーが王位についたのです。  王は兄の墓をソールズベリーの野に建てたいと言いました。するとマーリンは、アイルランドのある山の頂にあった「巨人の踊り」といわれる巨石を、魔法の力で海を越えて運び、こうして建てたのがストーンヘンジの円環巨石群の碑だといわれ、十一世紀のジェフリー・オヴ・モンマスは『ブリテン王列伝』の中で書いています。ストーンヘンジは紀元前一六〇〇年ごろには、すでに現在の位置にあったといわれており、『列伝』の作者はマーリンの超能力をこの巨石の神秘に結びつけたようです。魔法の力で巨石を海を越えて運んだというのは雄大な話ですが、もし人力でしたら、運搬の方法は、水上の船と陸上の車の力を合せたものであったろうと言われています。巨石が建てられた目的も、いまでは太陽信仰の祭祀の場であるとか、暦作成の場所だとか、占星術の場だとかさまざまな説があります。しかしストーンヘンジに使われたブルーストーンが、多くはアイルランド産であり、この石には治療の魔力があって、昔から宗教の秘儀に使われていたというのは定説で、ここからいろいろな推定が生まれ挿話も作られてきたとも考えられます。  マーリンはその術で自在に変身もでき、あるときは子供となりあるときは老人に、そして美しい女性にも、また鹿や猟犬にも身を変えることが出来ました。またその魔術で大軍を現出させ敵を恐怖におとし入れたり、敵の力を魔法で弱くしたりして、王の戦いを勝利に導く助けをしています。アーサー王の宮廷にとつぜん現われては、戦略そして政治にも知恵を貸し、またたくまに姿を消しながら、アーサー王の陰の力となって、王や騎士たちの世界をつき動かしていきます。一説には、アーサー王のために円卓を作ったのもマーリンであったといわれ、どんな剣にも破れない兜や楯を王のために作り、思うがままの姿を見られる不思議の鏡、また神秘の力をこめて壮麗な館キャメロットを建てたのもマーリンであったともされています。  ニミュエに永久に閉じこめられる[#「ニミュエに永久に閉じこめられる」はゴシック体]  しかしマーリンは、ある日こつ然とこの世から姿を消してしまいます。それはかれが愛した湖の妖精ニミュエの策略にかかったからでした。アーサー王の婚礼の日、騎士たちが大広間の円卓に座っていますと、眼の前に不思議な事件が展開されます。白い牡鹿が一匹、とつぜんかけ込んで来ますと、そのあとから白い猟犬が追って来てかみつこうとしましたので、鹿は身をひるがえし円卓の騎士をつき倒しました。騎士は立ち上がると白い猟犬をとらえ馬で走り去りました。  すると、白馬にのった婦人が現われました。 「あの騎士が連れ去った犬はわたしのもの、とり返してください!」  こう叫びました。すると次にいかめしい騎士が現われてこの婦人を無理に連れ去ってしまいました。ここで幻は消え、マーリンは騎士ガウェインに白い鹿を連れ戻ることを、騎士トーには白い猟犬と騎士を探すことを、ペリノア王には婦人と騎士を探すことを冒険として課します。  このペリノアが探し出して宮廷に連れ戻った白馬の婦人が、妖精ニミュエで、湖に棲む貴婦人の一人だったのです。マーリンはニミュエの魅力のとりことなり、溺愛するようになり、マーリンはニミュエと片時もはなれず、彼女もはじめは愛想よくしました。しかしニミュエはマーリンの愛を利用して学びたいと思う魔法の術をぜんぶマーリンに教えさせ、会得してしまったのです。  あるときマーリンはアーサー王に、自分の命がもう長くないこと、間もなく地中に埋められることを語り、王にエクスキャリバーの剣と鞘《さや》を大切にするよう、そして王の信頼する女性が盗むので用心するようにとも注意しました。 「ああマーリンよ、そなたは自分の身に起こることを知っているのなら、それに備えるがよかろう。そなたの術でその災難をとりのぞくのだ」 「いいえ王さま、そういう訳にはいかないのです、わたしの運命なのですから」  マーリンはそう言うと、王のもとを去り、ニミュエと共に海を渡り、ベンウィックの地に行きました。そこでバン王の王妃ヘレンとその子で幼いラーンスロットに会い、尊敬されるりっぱな騎士になることを予言しました。二人は、コーンウォールへ帰ってきます。マーリンは精妙なわざで、ニミュエをわがものとしていましたが、彼女はマーリンが望みをとげるために自分に魔法をかけないという誓いをたてさせていました。アーサー王の助言者で魔術にたけたマーリンもニミュエの思うままに操られていたのです。  じつはニミュエはいつも自分のそばに寝る年老いたマーリンにうんざりしていました。この年寄りから解放されたいと思っていましたが、マーリンが悪魔の子なので恐ろしく、どんなことをしても遠ざけることができませんでした。  あるときマーリンは、魔法の力で作られすばらしい不思議が隠されている岩にニミュエを連れていき、その下に案内しました。岩の中にある驚異をニミュエに見せたかったのでした。マーリンが岩の下におりていった時、ニミュエは術をつかって巧みにマーリンを閉じこめ、石のふたをして、地上に出られなくしてしまいました。マーリンは、自分の教えた魔法によって永久に地下に封じこめられてしまったのでした。  他に伝わる話では、空中の牢獄に閉じこめられたことになっています。そしてニミュエがマーリンの献身に満足せず、もっと強くかれを自分にひきつけておくためにめぐらした策略にマーリンがかかったことになっています。 「決してとけないあなたの魔術で、きれいな住みよい所を作って、二人で暮らしたらどんなに楽しいでしょうね」  ニミュエにこう言われると、マーリンは答えました。 「ではそのとおりにしようか」 「でもあなたにしていただくのではなくて、わたしが好きなようにこしらえたいので、どうやるのかわたしに教えてくださいな」 「ではその術を授けてあげよう」  ニミュエは、マーリンの言うことをすっかり書きとめると、いつになくきげんよく情愛を示しますので、二人は一日いっしょに暮らしました。  それから間もなく、プレセリアンドの森を二人で歩いているとき、美しく咲いた白バラの茂みをみつけ、その木かげの青草にすわりますと、マーリンは彼女の膝に頭をのせて眠ってしまいました。ニミュエはそっと立ち上がると、頭の頭布をとり、バラの茂みとマーリンの体に九度輪をつくり、教わった通りの魔法をかけました。それからマーリンの所へもどり、その頭を膝にのせました。  眠りからさめたマーリンは、自分が目に見えない堅固な塔の中へおし込められ、美しい寝床に横たわっているような気がしました。 「おまえはわたしをだましたね。でも、いつもわたしの側にいておくれ。この魔法をとくことができるのはおまえだけなのだから」  それから後マーリンの姿は、この地上からは消えましたが、ニミュエは気のむく時、この空中の塔に出入りしてマーリンと会っていました。このあとマーリンがニミュエ以外の人間と言葉を交わしたのは、ただ一人、騎士のガウェイン卿とだけでした。  ガウェイン卿は通りかかったひとりの女の人に、ついうっかり挨拶をしませんでしたが、その女は魔法使いでしたので、それを怒り、ガウェインをそくざに小人の姿にしてしまいました。ガウェインは身にふりかかった不幸を嘆きながら、ちょうどプレセリアンドの森に迷い込みますと、とつぜん、右手の方からうなり声が聞こえてきたのです。その方へ目を向けますと、ただもうもうと煙のようなものがたちのぼっているだけでしたが、その奥からマーリンの声が聞こえ、自分がここに幽閉され、永遠に出られなくなったいきさつを話したのでした。それから、ガウェイン卿にかけられた魔法はとけて元の姿にもどること、アーサー王にウェールズで会うことを言い、円卓の騎士たちが聖杯探求に出かけることになることも伝えました。マーリンのこの最後の予言は、すべて現実となっていきます。  空中牢にとじ閉められて三日目の昼ごろ、マーリンはすさまじい叫び声をあげて助けを呼びますと、とつぜんあたりは闇となり、嵐が起こり、気味の悪いわめき声があたりにひびき、再びマーリンの恐ろしい叫びがしました。その叫びは十三キロ四方にひびき渡り、その瞬間、キャメロットのアーサー王宮廷でともっていたローソクの火が、とつぜん消えてしまいました。   2 アーサーの誕生  ユーサー王がイグレーヌに恋し、戦いをしかける[#「ユーサー王がイグレーヌに恋し、戦いをしかける」はゴシック体]  当時、イギリス南西部のコーンウォール地方に、大へん勢力のある領主がいて、長いことユーサー王と敵対関係にありました。そのコーンウォールのティンタジェル公ゴーロイスの妃イグレーヌが、ひじょうに美しく賢い夫人であるということは、他の王国にも知られていました。ユーサー王はティンタジェル公に、夫人を連れて城に来るよう使者を出しました。  間もなく宴会の席に現われたイグレーヌ王妃のすぐれた美しさに、ユーサーは一目で恋におちてしまいました。ティンタジェル公と王は和睦をとり交わし、王は度はずれた歓迎ぶりを見せ、イグレーヌ王妃に床を共にしたいと言い寄ったのです。貞淑なイグレーヌは驚いてこの言葉を退けますと、夫にこう言いました。 「わたしたちがここに呼ばれたのは、わたしを辱《はずかし》めるためだったようですわ。ですから、いますぐに、ここを発って城へ帰りましょう」  ティンタジェル公と奥方とが、王にあいさつもせずに立ち去ってしまったことを知って、ユーサー王は大へん怒りました。顧問官たちも、公をもう一度呼び出すことにし、もしその命令に従わなかった場合には、王の命令にそむいた謀反人として扱おうと決めたのでした。  やがて使者が帰って来て、公は再び城には来ないという返事を知らせますと、王は怒り狂い、公に戦いをしかけ、「四十日以内に引きずり出してみせる」と宣言しました。公はティンタジェルの岩山の上にある堅固な城に妃のイグレーヌを入れ、自分はもう一つのテラビル城に武装を固めて籠りました。ユーサー王は大軍をひきいて攻め、激戦となって、たくさんの兵士が死にました。  ユーサー王は、大へんな腹立ちとイグレーヌへのはげしい恋心がもとで、病いの床についてしまいました。それを打ち明けられたウルフィウス卿は、薬で治せない病気を治せるのはマーリンより他にないと思い、さっそく探しに出かけました。 「どなたをお探しかな?」  森の中でウルフィウス卿の前に現われたきたない乞食にこう言われ、おまえに言う必要なぞない、と卿は答えました。 「おまえがだれを探していなさるのか、ちゃんとわかっている。マーリンを探しておいでなら、もうその必要はない。わしがそのマーリンだからな。もし王がわしの望みをかなえてくれるというのなら、わしも王の望みをかなえて進ぜよう」  驚きまた喜んだウルフィウス卿は、馬を飛ばすと王の許へ帰り、マーリンに会ったことを知らせました。 「マーリンはどこにいるのか?」  王の質問にマーリンは、 「ここにひかえおります」 ともう天幕の入り口に姿をととのえて立っており、自分の望みを聞くなら、王の望みを叶えようと言いました。  ユーサー王は喜び、その望みとは何かをマーリンにたずねました。 「わたくしの望みと申しますのは、王さま、こういうことでございます。王さまがイグレーヌさまとお床を共になさいます初めての夜、イグレーヌさまには男の子が宿ります。そのお子をわたくしめにお渡しいただき、わたくしの望むところでお育てすることをお許しいただきたいのでございます」  王が承知しましたので、マーリンはすぐに王に策略を話しました。 「ではすぐにおしたくなされ。さっそく今夜、ティンタジェル城で、イグレーヌさまとごいっしょにおやすみになれるようにいたしましょう」  それはマーリンの術で、ユーサー王をティンタジェル公の姿に変えて、堂々と城に入らせ、イグレーヌに夫が会いに来たと思わせるという計略でした。朝になってもマーリンが迎えに来るまでは、床の中に入っているように、とも注意しました。  王が馬で出かけたことを知った公は、その留守に王の軍勢を攻めようと打って出て、かえってやられてしまい、王がティンタジェル城に着くより前に殺されてしまいました。公の死後三時間以上たった時に、ユーサー王はイグレーヌと床を共にすることになり、その夜イグレーヌの胎内にアーサーが宿ったのでした。まだ夜が明けぬころにマーリンがやって来て、出発のしたくをなされと言いましたので、王は床をはなれイグレーヌに口づけすると、急いでティンタジェル城をあとにしたのでした。  ユーサー王とイグレーヌの結婚[#「ユーサー王とイグレーヌの結婚」はゴシック体]  ティンタジェル公ゴーロイスが戦死しましたので、一同はイグレーヌと王が仲直りをするよう望み、そして二人は婚礼の式をあげたのでした。しかし結婚して間もなく、日ましにイグレーヌ王妃のおなかが大きくなりますので、王はこうたずねました。 「おなかの子はだれの子なのか?」  王妃は恥ずかしさに目をふせ、しばらくして言いました。 「ちょうど前の主人が亡くなりました夜のこと、わたしがおりましたティンタジェル城に、主人がやってまいり、主人の家来のブラシヤスとジョルダンを連れて入ってまいったのです。その夜わたしは主人と寝ました。そのときこの子がわたしに宿ったのです。でもそれがちょうど主人が戦場で倒れた時刻と知り、ではいったいあれはだれだったのかと、今日まで悩んでいるのです」 「そのとおりだ。姿を変えておまえのところにやって来たのは、このわたしなのだ、心配せずともよい。わたしがその子の父親なのだ」  王のこの言葉で、イグレーヌは胸のわだかまりがとれ、たいそう喜びました。       *  月満ちて予言どおり男の子が生まれました。十二世紀の詩人ライアモンは『ブルート』の詩の中で、妖精たちがやって来て生まれたばかりのアーサーに贈り物——力、財産、長寿——を与えたことを歌っています。  選ばれし時は来た、  かくしてアーサーは生まれた。  この世に生まれるやすぐに、  妖精《エルフ》(アルヴァン)たちは、アーサーを連れていった。  ひじょうに強い魔法を赤子にかけた、  妖精たちはアーサーに力を与えた、  騎士のなかの騎士になるように、  もう一つは、金持ちの王になるように、  妖精たちは三番目のものを与えた、  久しく長く生きることを。  妖精たちはアーサーに、  王としての徳を最後に与えた。  それでアーサーは、生ける者のなかで、  もっとも寛大な王となった。  これらが妖精のアーサーに与えたもので、  このように赤子はりっぱに育っていった。  赤ん坊と別れることを王妃は大へん悲しみましたが、マーリンとの約束は守られ、赤ん坊は金の衣に包まれて、二人の騎士二人の女官に守られ、ひそかに通用門まで行きますと、待っていたマーリンが受けとって、城外に運び去りました。マーリンはエクター卿に赤ん坊をあずけ、その奥方がその乳で、自分の子供といっしょに王子を育てたのでした。王子は洗礼を授けられ、アーサーと名づけられました。それから二年と経たぬうちに、ユーサー王は大病にかかり、アーサーを王位継承者とみとめることを言い残しますと、この世を去ってしまいました。  やがて王位をねらう諸侯たちの争いの渦に巻き込まれ、王国はながいあいだ混乱の状態にありました。アーサーはそうした争いをよそに、りっぱに育っていき、剣や槍を持たせてもみごとな腕前をみせる十五歳の少年になっていました。  アーサーが剣を抜く奇蹟を行う[#「アーサーが剣を抜く奇蹟を行う」はゴシック体]  時期が来たことをみとどけたマーリンは、カンタベリー大司教に、国内の諸侯や騎士たちをクリスマスまでにロンドンに集めるおふれを出すように願いました。カンタベリー大寺院の前は、そうした人々でたいへんにぎわっていました。最初のミサが終わったときです、教会の前に大理石に似た大きな四角い石が現われ、その中央に三十センチほどの鉄床《かなとこ》があって、その中に宝石をちりばめた柄《え》のついた剣がささっていました。剣にはこう金文字で書いてありました。 「この剣を鉄床より抜いた者は、全イングランドの正当な王として、この世に生まれた者である」  王になりたいと思う者たちが、競って試してみましたが、だれ一人として剣を動かせた者はいませんでした。元旦に大馬上槍試合が行われますので、出場しようと騎士たちが、各地方より大勢つめかけて来ていました。エクター卿と息子のケイ卿、その乳兄弟のアーサーも、その会場へと道を急ぎ馬を走らせていました。近くまで来てケイ卿は、剣を忘れたことに気づきました。  アーサーは兄の剣をとりに家に帰りましたが、家の者はみな出かけてしまって、だれもいません。 「そうだ、教会の広場へ行って、あの石にささっている剣を持っていってあげよう」  こう思ったアーサーが馬を飛ばして教会に行ってみますと、そこには見張りの者はいませんでした。アーサーが剣の柄《つか》に手をかけますと、すぐに剣は鉄床から抜けましたので、いそいでその剣をケイ卿のところに持っていきました。  その剣を見たケイ卿は、石にささっていた剣であることがわかりましたが、父のエクター卿に渡し、自分が抜いたと言いました。エクター卿は驚き、三人は寺院のところへ行きました。エクター卿は剣を石にもどし、抜こうとしましたがもうびくとも動きません。もう一度やってみるように言われてケイ卿が抜こうと試みましたが、だめでした。そこで抜いたのはアーサーであると白状しました。アーサーは皆の前でやってみるように言われ、剣に手をかけますと、楽々と鉄床から剣をひき抜きました。 「あなたこそ、この国の王となるべきお方です。わたしはあなたの父親でなく、ケイもあなたの兄ではありません」  この言葉を聞くとアーサーはたいへん驚き、二人がほんとうの父や兄でないのを知ってひじょうに悲しみました。しかし生涯かけて王に忠誠をつくしましょうというエクター卿の言葉を聞いて、アーサーは安心し、喜ぶのでした。諸侯のなかには、反対して怒る者がおり、「高貴な血筋でもなんでもない小僧っ子に、この国を支配されるなんて、われらの恥だ」と言いますので、即位は何回か日延べとなり、また大勢の者たちが、剣をひき抜くことを何度もためしました。しかしだれ一人として成功しませんでした。アーサーはクリスマスの日にしたように、十二日節にも、イースターにもそして五旬節(過ぎ越しの祝い——ユダヤ暦一月十四日——から五十日目)の日にも、みなの前で鉄床から剣を抜いてみせたのでした。驚く人々、怒る騎士たち、認めない領主たち——広場はざわめきの渦でしたが、人民たちが口々にこう言って騒ぎだしました。 「アーサーをわれわれの王に立てよう! これ以上日延べをするのは、神の意志にそむくことだ!」  富める者も貧しい者もアーサーの前にひざまずきますと、即位の日をひき延ばしていた罪の許しをこいました。アーサーは石より抜いた剣を両手で持ち、大司教のいる寺院の聖壇に捧げました。それからいちばん身分の高い人の手で騎士に任命してもらうと、ひきつづき戴冠式が行われました。カンタベリー大司教がアーサーに王冠をのせますと、真の王として真の正義の味方になることを誓ったのでした。  キャメロット[#「キャメロット」はゴシック体]  こうしてアーサーは王となり、ケイ卿を国務長官とし、ロンドン周辺の治安をもどさせ、二、三年のうちにスコットランドや敵対していた一部地方を征服して、ウェールズも支配下におさめたのでした。  アーサーは拠点をキャメロットに定めました。このキャメロットはどこか、ということでさまざまな説があります。たとえば、キャメロットという名は「コルチェスター」のローマ名である「カムロドウヌム」(エセックス)から作られたとするもの。コーンウォールのティンタジェルから近いところにある「キャメルフォード」の地とするもの(キャメル川にかかっている|虐殺の橋《スローターズ・ブリツジ》は、アーサー王が最後の戦いで倒れた場所とされています)。キャメロットは「ウィンチェスター」であるとするもの。ウェールズのカーレオンかカエルウェントであるとするもの。そしてサマセットのキャドベリーとするもの等です。キャドベリーはのちにアーサーが埋葬されたともいわれるグラストンベリーから十二マイルほどのところにある小高い丘で、一九六六年の発掘で、紀元五〇〇年頃の族長の大規模な城砦跡であることがわかりました。建物の基礎や銀製の馬蹄も発見され、強力な族長の要塞であったことが推定されています。しかしこの族長がアーサー王であったかどうかはまだ明らかではありません。キャドベリーはキャメロットという説を唱える考古学者リーランドは、十世紀頃この南キャドベリーの教会の南端にキャマラットがあり、このまわりの村がクイーン・キャマラットとかキャメルとか呼ばれていたということからも、キャドベリーがキャメロットだと推定しています。いまだに決め手はありませんが、たしかにキャドベリーの丘はすばらしい自然の要塞になっていて、周囲にはいくつかの丘も残っており、アーサー王や騎士たちが馬を走らせ、城門をくぐっていたと想像するにふさわしい場所といえます。   3 アーサー王の戦いと名剣エクスキャリバー  内戦[#「内戦」はゴシック体]  アーサー王は戴冠式のあと、キャメロットで大宴会を催しました。オークニー国のロト王は五百人の騎士を従え、ゴール国のウリエンス王も四百を、ガルロット国のネントレスは七百、スコットランド王は六百、カラドスは五百、そして「百人の騎士の王」も華やかに堂々と武装した騎士を従えて、アーサーの城にやって来ました。祝宴に敬意を表わしてやって来てくれたものと思ったアーサー王は、諸侯に「私生児」よばわりされ、屈辱を受けたのでした。 「いや、違うのだ。おのおの方、よく聞かれよ。ティンタジェル公が死んで三時間以上たってから、アーサーは生を受けた。そして十三日たって、ユーサー王はイグレーヌと結婚したのだ。だから、アーサーは私生児ではない。アーサーは、全イングランドの王となるべき正当な方なのだ」  こういうマーリンの説明で納得した王たちもいましたが、ロト王をはじめ数人の王は、マーリンを「魔法使いめ!」とののしって、アーサー王と戦う姿勢を見せました。ここで王国は敵味方に分かれ、何度も戦いが行なわれることになりました。  アーサー王はマーリンの助言に従い、大陸の兄弟王であるベンウィックのバン王とゴールのボース王を味方にひきいれ、兵一万をひきいて森にかくれ、伏兵《ふくへい》としました。鋭い槍の突き合いで、人馬はともに血にまみれて倒れ、甲冑《かつちゆう》の上から剣で切られ、すさまじい戦闘となり、午前中に一万が死にました。  アーサーは王にふさわしい胸当てをつけ、竜の彫りものが付いた金の兜をかぶり、聖マリアの絵姿がついたプライウェンの楯を片手に名槍《めいそう》ロンを振って、獅子のように右に左に馬を駈りたてながら、二十人の騎士を殺すまでは、ひと息も入れることなく奮戦し、ロト王の肩にも深手を負わせ、退却させました。  激戦のさ中に、バン王が人馬の死骸の中を狂った獅子のように歩きながら戦っているのを見たアーサーは同情し、ひじょうに見事な馬に乗っていた騎士を見ると、すぐさまその騎士めがけて馬を走らせ、兜の上から騎士を切って倒し、その馬の手綱を取って、バン王のところへ引いて行きました。 「さあ、この馬にお乗りください。あなたには馬が必要です」  こうアーサーが言いましたが、王の全身は返り血にまみれ、剣には血と脳みそがついているので、バン王には王だとはわかりませんでした。 「かたじけない、騎士どの、この仇《あだ》はすぐに果そう」  こう言うとバン王は馬上の人となりましたが、またすぐにすさまじい戦いが始まりました。  ペリノア王との戦い[#「ペリノア王との戦い」はゴシック体]  ある朝、アーサー王が馬を進めて行きますと、三人のならず者がマーリンを追いまわし、殺そうとしているのに気づきました。そこでアーサーは馬を走らせ、ならず者たちをけちらしました。 「おおマーリン、わしがいなかったら、いくらすぐれた術を持ったおまえでも、こんどばかりは殺されていたろうな」  こうアーサー王が言いますと、マーリンは答えました。 「いいや、わたしは自分を救おうと思えば救えます。だが王よ、あなたこそ今、死の淵へと進んでおられますぞ」  二人は話しながら泉のほとりまで来ました。そこにはりっぱな天幕があり、武装した騎士が椅子に腰をおろしていました。アーサーが近づいて来たのを見ると、騎士はこう言いました。 「ここを通り過ぎようとする者は、わしと一騎打ちせねばならん」 「騎士どの、そうした悪い習慣はおやめなされ」 「わしはだれが反対しようとやめぬ」 「では戦ってやめさせてみせよう」  二人は楯をかまえると、槍をとり馬を走らせ激しく突《つ》き合ったので、槍はこなごなにくだけてしまいました。こうして三度まで槍をかえて戦いましたが、勝負はつきません。  こんどは馬を降り、剣を抜くと二人とも長いこと激しく戦いましたので、武具の切れ端はあたりに飛び散り、まわりの土地は血だらけになりました。騎士があびせた激しい一撃が、アーサー王の剣をまっ二つに割ってしまいました。 「わしに降伏しなければ、殺すぞ」 「死すべき時には喜んで死ぬ。だがおまえに降伏するより、死んだ方がましだ」  アーサーはそう答えますと、この騎士ペリノア王目がけて飛びかかり、地面に投げ倒しました。二人は地上で戦いましたが、力の強いペリノアはアーサー王を組み伏せ、兜をはがし、まさにその首を切り落とそうとした時、マーリンが言いました。 「その手をとめられよ、もしその騎士を殺せば、そなたはこの国を危険におとし入れることになりますぞ。その騎士はアーサー王なのだ」  騎士はそれを聞くと、かえって王の怒りを怖れ、王を殺そうと剣を振りあげましたが、この時マーリンが魔法をかけましたので、地面に倒れて眠りにおちてしまいました。この強い騎士であるペリノア王は、のちに王に忠誠をはげむことになりますし、その息子パーシヴァルものちにアーサーの円卓の騎士となり、聖杯探求に出かけることになります。  湖の精から授かったエクスキャリバー[#「湖の精から授かったエクスキャリバー」はゴシック体]  深手を負ったアーサーを、マーリンは隠者のところへ連れて行き、三日のあいだ治療して、傷は回復しました。馬に乗って出発したアーサーは、剣のないことに気づきマーリンに言いますと、 「ご心配なさいますな。この近くに剣がございます。その剣はあなたさまのものになるでしょう」 とマーリンは言いました。二人が馬を進めて行きますと、広く美しい湖に出ました。その湖のまん中に、光るように白く美しい絹をまとった乙女の手が、剣を捧げ持っているのが見えました。 「あれは湖の精でございます。あの湖のなかには岩があり、そのなかは地上に見られぬほど美しいところで、豪華な調度も整っております。間もなく小舟にのった湖の乙女が、あなたさまのそばへやってまいりましょう」  アーサー王が小舟の乙女に、湖に見える剣が欲しいことを言いますと、乙女は、 「わたしがたのんだときに、その願い事をかなえてくださるなら差しあげましょう」 と言いました。そこでアーサーは馬を木につなぎ、マーリンと小舟で湖に出ました。アーサーが手をさしのべその剣をとらえますと、腕も手も水中に消え失せてしまいました。       *  これは湖の精たちが住む異界で作られた不思議な力を持つ名剣エクスキャリバーでした。松明《たいまつ》三十本をともしたほどに輝き、鋼鉄をも断ち切り、その鞘には負傷を治す力があり、また持つ者を不死身にするのです。この時以来アーサー王を戦いの危険から守り続けます。しかし、この剣の魔力を知っている湖の精がアーサー王を亡きものにしようとしてこの鞘を盗み出し、アーサー王に身の危険が何度も起こることになります。  このように、英雄が超自然的な力のある剣を持っているというのは、他の国の伝説にもみられます。たとえば、『狂えるオルランド』の英雄オルランドの持つ「ドリンダナ」という剣、『ローランの歌』の中のシャールメインが持っている「ジョワイユーズ」の剣などが挙げられます。さらには、わが国の神話の日本武尊《やまとたけるのみこと》の持っていた「草薙《くさなぎ》の剣」なども共通点があるように思われますし、この剣はわが国でも正統な天皇家の血筋の象徴として、三種の神器の一つになっています。世界各国の人々の頭の中に、英雄と剣に関してこのような類型的な考え方があるということは、非常に興味深いことです。  モードレッドの誕生[#「モードレッドの誕生」はゴシック体]  さて、アーサー王の援軍として戦ってくれた、バン王とボース王が大陸へ帰りますと、アーサーは馬でカーレオンにもどりました。そこへオークニーのロト王の妃が、豪華に着飾って、四人の息子と大勢の騎士や侍女をひき連れてやって来ました。実はアーサーの宮廷をスパイするためでした。しかしたぐいまれな美女でしたので、アーサー王は魅了されてしまい、二人は愛を交わし、この時王妃の胎内に、モードレッドが宿りました。ロト王妃は一か月の滞在ののち帰国します。実はこの王妃は、アーサー王と母を同じくする姉モルゴースだったのですが、王はそれを長いこと知りませんでした。  そのころアーサー王は、不思議な夢を見ました。胴が獅子、頭と翼が鷲の姿をしたグリフィンや蛇が、この国におしよせ、人々を焼き殺してしまうので、王はそれらの怪獣と戦い深手を負うのですが、最後にこれらを殺すというものでした。王は目覚めても心が重く、これをはらいのけようと狩りに出かけます。すると森で見知らぬ少年に会い、すぐに八十近い老人に会いました。 「最近あなたは神のお怒りを受けるようなことをなさいましたな。あなたは姉君と床をともにし、子を宿させた。その子が後に、そなたの王国を破滅させることになりましょう」  老人がこう言いますので、アーサー王は驚きたずねました。 「わしの前途を予言するおまえは、いったい何者なのか?」 「わたしはマーリンでございます。不義の行為の罰として、神はあなたの肉体を罰せられます。しかし戦いで死ぬあなたさまの運命はりっぱです。わたしは生きながら牢の中に閉じこめられるのですからな」  マーリンはここで、王と自分のそれぞれの最後を予言したのでした。また、アーサー王を滅ぼす者は、五月一日生まれの者だということも予言しました。  そこでアーサー王は、諸侯の子で貴婦人から五月一日に生まれた子を、ぜんぶ連れて来させました。その中にモードレッドもロト王の妃から届けられました。この子供たちはぜんぶ船に乗せられ、海に流されました。船はたまたま岩に乗りあげてこなごなにくだけ、子供たちはほとんど死にますが、モードレッドは岸にうちあげられ、やさしい心の人に拾われて、十四歳まで育てられ、後にこの親はモードレッドを、アーサー王の宮廷へ連れて行きますので、騎士の一人となるのです。成長したモードレッドをもうアーサー王は殺せず宮廷におきますが、やはり予言どおり、モードレッドは後に、アーサー王とその騎士たちを滅ぼす〈獅子身中の虫〉になってしまうのです。   4 王妃グウィネヴィアとの結婚と「円卓」  ロデグランス王の娘グウィネヴィアとの出会い[#「ロデグランス王の娘グウィネヴィアとの出会い」はゴシック体]  長いことしのぎ[#「しのぎ」に傍点]をけずった内戦も、北方軍が後退していくのを見て、マーリンの提言によって終結することとなります。マーリンは大きな黒い馬に乗ってあらわれ、こう言います。 「王よ、あなたは一向に戦いをやめようとなさらん。敵六万のうち生き残りはわずか一万五千、もうこの辺で休戦なさるべきです。兵士には休養とほうび[#「ほうび」に傍点]が必要です」  アーサーはこの忠告を聞き入れ、武装をといて、シャーウッドの森にあるベドグレイン城にひきあげました。  マーリンはノーサンバランドに住んでいる恩師ブレイズのところへ行き、いかにして戦《いくさ》が始まり、だれがしかけ、いかに終わったか、だれが負けたかを、記録したのでした。それからアーサーの城をたずねました。その時美しい乙女が城にやって来て伯爵サナムの娘ライオノースだと名乗りました。戦いが終わりますと、諸侯は王に忠誠を誓いにあいさつに来るのでしたが、彼女はそうしたあいさつのためにやって来た一人でした。しかしアーサーは、この乙女に激しい恋心を燃やし、娘もまた王に愛を感じましたので、二人は床をともにし、男の子ができました。名をボールと言い、後にりっぱな円卓の騎士の一人となります。  一方北ウェールズのリエンス王が、カメラードのロデグランス王に戦いをしかけたとの報が入り、アーサーはロデグランスの援助のため、選りすぐった三十九人の騎士を連れ、カメラードに出かけていきます。そこでアーサー王は、カメラード王ロデグランスの王女グウィネヴィアに会い、たちまち恋におちてしまいました。グウィネヴィアは金髪の美しい婦人で、勇気にも富んでいました。  アーサー王たちが滞在中に、敵が急におしよせてきましたので、アーサー王たちも援軍として戦場で戦いました。王の軍勢は優勢でしたが、別の場所で父王は包囲をうけて捕虜となりました。城壁に立ってことのなりゆきを見ていた美しいグウィネヴィアは、この光景を見ると絶望のあまり、髪の毛をひきむしり気を失ってしまいました。  アーサー王は敵方の巨人コーラングと一騎打ちになり、はげしい戦いの後、巨人の首を根もとまで切り裂きましたが、首が下がったままの巨人を乗せて馬は戦場を駈けめぐりました。  この合戦を心配しながら見守っていた美しいグウィネヴィアは、思わず、 「このように、見事に巨人を討ち果たした勇ましい騎士こそ、わが夫に定められた方にちがいない」 と言いましたので、侍女たちは口々にこだまのように、この言葉を伝えました。  戦いが勝利のうちに終わりますと、アーサーも武具をとき、グウィネヴィアの案内で沐浴《もくよく》し、すばらしい宴会の席でもてなされました。アーサーはこの金髪の美しい勇気ある娘に惹かれ、王妃にと望みますと、ロデグランスも気高く武勇のある王に、娘を喜んで与えることを承知しました。しかしマーリンは、グウィネヴィアに何か不実の兆があることを読みとり、王妃にふさわしくないと言って忠告しますが、王の決心は変わりませんでした。 「円卓」と「危難の席」[#「「円卓」と「危難の席」」はゴシック体]  故ユーサー王が所持していた「円卓」を持っていたロデグランス王は、娘のグウィネヴィアにこの「円卓」と騎士百人をつけておくり、二人の結婚式は盛大にキャメロットの聖スティーブン教会で行われ、祝宴は七日間つづきました。  この「円卓」は、ライアモンの伝えるところによりますと、七人の王と七百人の騎士が集まったクリスマスの宴会で、席次のことから死者を出す争いにまでなったので、アーサーがコーンウォールの大工に席次に関係のない「円卓」を六週間で作らせ、千六百人が着席できたとなっています。一説には、キリストの使徒十二人をかたどって十三席があり、うちひとつはユダの席として「危難の席」と呼んで空けておき、十二人が着席できるようになっていたと言われています。マロリーによれば、「円卓」はマーリンの助言で、すでに父王ユーサー・ペンドラゴンのときに作られ、百五十人の騎士が着席でき、ひとつがいつも空席の「危難の席」となっていたとされています。そしてユーサーの死後、この「円卓」はグウィネヴィアの父ロデグランス王のもとへ騎士たちが持参し、グウィネヴィアの結婚でアーサーにもどったとなっています。  百五十人の席のうち百は随行の騎士でうまりましたが、あと五十人の空席をうめるにふさわしい騎士をマーリンが探して着席させ、王に忠誠を誓わせます。そうしてから退場した騎士の席には、金の文字でその騎士の名が現われました。  しかし婚礼の日まで二つの空席があり、ひとつは王の甥であるガウェインが婚礼のその日に、騎士に着任を許されて座りますが、もうひとつは牛飼いの妻の十三人の子のひとりトーが着席できることになります。その日、やせ馬にまたがった十八歳の若者が、アーサー王の宮廷にやって来ました。婚礼の祝いとして願い事をかなえるということを聞いた牛飼いが、息子を騎士にと願い出たのでした。この若者には気品もあり、弓も剣も上手に使いましたので、王は剣を抜き、トーの襟元に刃《やいば》を当てて騎士に任命します。マーリンに言われて牛飼いの妻を呼び出し、トーの出生をたずねますと、ある日やってきた騎士に処女を捧げ、トーを懐妊し、また一頭の猟犬を愛の形見にもらいましたと告白します。形見からその騎士は、ペリノア王とわかりました。王はわが子が円卓の騎士に任命されたことを、大いに喜びました。  アーサーとグウィネヴィアの結婚は、マーリンの計画で進められたという説もありますが、マロリーでは、マーリンはグウィネヴィアよりもっと貞淑な婦人がいるはずだといい、王妃にふさわしくないとして心配しています。後に円卓の騎士に湖のラーンスロットが加わり勇名をはせることになりますが、グウィネヴィアはラーンスロットを自分の騎士として愛し、やがて二人の許されぬ愛が、アーサーとその宮廷をゆるがすことになっていき、マーリンの危惧は現実になっていきます。  アーサー王と女たち[#「アーサー王と女たち」はゴシック体]  いくつかの本をたどっていきますと、前にあげましたように、アーサー王は正式に結婚する前にライオノースとの間にポール、異父姉モルゴースとの間にモードレッドという二人の息子があったことがわかりますが、正式な妻グウィネヴィアには子供はありませんでした。またグウィネヴィアが二番目の妻であったとする説があるのです。これはグラストンベリー僧院にあるといわれるアーサー王とグウィネヴィアの墓から発見されたという鉛の十字架の墓碑銘からの推定です。十二世紀の末、ノルマンの歴史家ジラルダス・キャンブレンシスが書いていることで、その銘文には「ここに高名なるアーサー王(アルトゥルス)、二度目の妻グウィネヴィア(ヴェンネヴェリア)とアヴァロン(アヴァロニアの島)の島に眠る」とあったとされているのですが、同じもの(と推定されていますが)を一六〇七年に見たウィリアム・キャムデンは、妻についての記述は書いていません。「これはアーサーにはグウィネヴィアという同じ名をもつ妻が三人いたという伝承と関係があることかもしれない」と研究家R・キャヴェンディッシュは解釈しています。  ともあれ英雄や騎士には、女性の蜘蛛のような官能の誘惑の網にときとしてからまれ、その甘い危険をぬけ出してゆく冒険がいくつもあります。アーサー王もその例外ではなく、冒険の機会があればすぐ飛びこんでゆこうとする騎士の勇猛心が、ときとして待ち構えている罠に騎士たちを陥《おとしい》れるようです。フランス本のアーサー王物語には、アーサー王がこうした女性の誘惑にかかる挿話がいくつかあります。  アーサー王がカーディフにいたとき、一人の女魔法使いがやってきて、すばらしい冒険を見せるから森の城へ来るようにと誘うので、アーサーがついて行きますと、魔法使いの女はアーサーの指に、魔法の指輪をはめてしまいました。その魔法の力は妻のグウィネヴィアを忘れさせ、アーサー王はその魔法使いの女をグウィネヴィアと思い愛したのでした。その城にとどまっていつまでも帰らぬアーサー王を心配したダム・ド・ラック(湖の精)が、侍女の一人にアーサー王の指から指輪をぬかせ、魔法使いの女の首をはねるように命じました。女は大声で兄弟の助けを求めて叫び、王は危険にさらされますが、そのとき、トリストラム卿がかけつけ、王を救ったのでした。  もう一つの挿話では、アーサー王がサクソン人と戦っていたとき、サクソン王の妹である美しいカミールエに誘惑されます。カミールエは魔法を使い、アーサー王を塔の中に閉じ込めてしまい、王の危機をわざと手紙で知らせ、心配してかけつけた円卓の騎士、ラーンスロットとガウェインほか四人の騎士をも牢に閉じこめてしまいました。ラーンスロットがグウィネヴィア王妃に会えず気が狂ったように悩んでいるのを見て、カミールエはこれでラーンスロットを滅ぼせたと思い解放しました。ダム・ド・ラックがラーンスロットの正気をもどしてやり、指輪を与え、この魔力でラーンスロットは塔に帰ると門をあけて、カミールエの城の者たちと乱戦の末、アーサー王と仲間の騎士を救い出しました。城の奥の部屋にあった箱の魔法の本を見つけられて魔力を失ったカミールエは、塔から身を投げ息絶えたのでした。  二つともにアーサー王は女性の誘惑にのってしまい、甘美で危険な罠にかかっているところを、マーリンに代わって擁護の役をつとめている湖の精ダム・ド・ラックにその魔術を解いてもらい、他の騎士の力で救い出してもらっています。竜や怪物に真向からたち向かって戦い、それらを退治する強い英雄も、からめ手からの女性との戦いには、充分な力で防ぎきれないようで、しかしこういうところにかえって、アーサー王に人間的な親しみが感じられるようです。 [#改ページ]  第二部 アーサー王と円卓の騎士たち[#「第二部 アーサー王と円卓の騎士たち」はゴシック体]   1 アーサー王の内外の戦い  戦いのあけくれ[#「戦いのあけくれ」はゴシック体]  アーサーは即位して王妃を迎え、諸国で名の知られた勇士たちを円卓の騎士に迎えて、しだいに臣下を増していきました。しかし国内の平定と、国外への遠征をくり返し、戦いにあけくれて、さまざまな冒険を重ねていきました。サクソンを破ってから、スコッツ、ピクトの各部族と戦い、その間にヨークで聖堂を再建したり、降伏した者たちに生活の安定を約束し善政をほどこしたりしましたが、すぐにまたアイルランドに渡ってこれを征服しました。またアイスランドへ戦の船を進め、ゴスランドやオークニーを従え、ブリテン各国をその勢力下におさめたのでした。  そのあと十二年間、平和と繁栄のうちに過ごしたアーサーは、その力を海外へのばし、ノルウェーと激戦を交えてこれを従え、ゴールへ軍船を進めてパリを攻めました。パリの執政官フロロと一騎打ちの勝負に勝ってパリを掌中におさめますと、その勢いと怒りとを一つにして、ローマへ攻め込み、激戦のすえ、ローマをも征服したのでした。こうしたうち続く内外の戦いをすすめるうちで、アーサーが体験した、興味ある冒険というのを幾つかを見てみましょう。  リエンス王がアーサーの髭を所望したこと[#「リエンス王がアーサーの髭を所望したこと」はゴシック体]  北ウェールズのリエンス王は、アイルランド全土と多くの島を治めており、また十一人の王を討ち負かしたほどの豪の者でした。ある日、その使者がアーサーのところにやって来ました。 「わがリエンス王は、十一人の王を討ち負かし、それらの王たちは忠誠を誓い、あるだけの髭をすっかりそり落として王に捧げたのだ。わがリエンス王はそうした王たちの髭でマントの縁を飾っているのだが、その一部が足りていない。王はアーサーの髭を所望している。もし髭を王に捧げぬなら、アーサーの領土に侵入して、アーサーの首とあご髭とを手に入れるまで、戦うであろう」  こういう使者の伝言を聞くと、アーサーは答えました。 「おまえの伝言は、これまで耳にした最も下品なものだ。わしのあご髭がマントの縁飾りにするには若すぎるのを見たであろう。わしはおまえの王に忠誠をつくす義理はない。おまえの王の方が両膝をつき、わしに忠誠を誓うべきだ。さもなければ首をはねると王に伝えろ」  アーサー王は、使者を追い返しました。  ナラムという騎士が言うには、リエンス王は類を見ぬほどの良い体格をしており、傲慢な男だからきっと戦いをしかけてくるでしょうということでした。 「それならこちらは早速、大軍を迎えるしたくをするまでだ」  アーサー王とリエンス王とは戦うことになりましたが、リエンス王は一騎打ちに敗れ、命をとられたばかりか、アーサー王に自分の髭もとられ、髭のマントもとり上げられてしまいました。  ルーシャス皇帝に宣戦布告[#「ルーシャス皇帝に宣戦布告」はゴシック体]  アーサー王は、聖霊降臨祭《ペンテコステ》にカーレオンで荘厳な戴冠式と大饗宴を催しました。ブリテン全土の諸王はじめアーサー王に従ったゴールの諸侯、アイスランド、ノルウェー、ノルマンディからも貴族たちが盛装をこらして集まって来ました。大僧正が王に神聖な冠を捧げる儀式が終わりますと、大馬上槍試合や弓術、槍投げなどの技くらべが行われ、城内では華やかな祝宴がくり広げられました。国務長官のケイ卿が貂《てん》の毛皮の礼服をつけ、同じ装いの一千人の貴族が皿を運び、ベディヴィア卿も一千人の貴族と共に杯《さかずき》を運び酒をついでまわるというように、そのもてなしは美と贅をつくしたものでした。富においても作法においても、当時のブリテンは他国の及ばぬほど、その全盛の極に達していたのでした。  その数年後、このカーレオンでアーサー王が、円卓の騎士たちと会議をしていた時のことです。その大広間に、十二人のローマの使者たちが、手に手にオリーヴの枝を持って入って来ますと、次のように口上を述べました。 「ローマ帝国から、ルーシャス皇帝の使者として参上した。ブリテン王はローマ帝国に当然支払うべき貢ぎ物をおさめるように。もし拒むならば、反逆者として戦をしかけるであろう」  アーサー王は臣下の貴族や円卓の騎士を招集し、話し合った末、ローマの申し出を退けることを決めて使者に申し渡しますと、すぐに戦いの準備を始めました。アーサー王の拒否の答を聞いたルーシャス皇帝も激怒し、味方の諸国に使者を出して加勢を頼み、ローマ軍は十七人の国王とおびただしい数の兵士を従えて進軍して行ったのでした。皇帝はアーサー王の前線を突破するため、また自分の護衛のために、悪魔から生まれた巨人を五十人、自分の身辺におきました。  アーサー王はサンドウィッチ港からたくさんのガレー船や戦船を率いて、ローマへ向けて出発しました。その船中でアーサーは不思議な夢を見たのです。竜が一匹、西から飛んできて、多くの人々を溺死させました。竜の頭は青い皮でおおわれ、肩は金色に輝き、腹は鎖かたびらのようで、口から炎をはき出し、海は一面火のように燃えていました。そこへ東の雲の中からまっ黒な猪が、うなり声をあげて現われると、竜は猪に飛びかかり、戦いとなりました。海は血で真っ赤に染まりましたが、竜の一撃で猪はこなごなにくだかれ海に飛び散りました。この時アーサー王は目が覚めました。哲学者の夢解きは次のようでした。 「竜は航海していらっしゃる王さまご自身です。竜の翼のさまざまな色は、王さまが征服なさった領地です。ぎざぎざした尾は円卓の騎士たちです。猪は人を苦しめている巨人で、王ご自身が巨人と戦うことを意味しているのかも知れません。ご心配には及びません。ご進軍なさいますように」  聖マイケル山の巨人退治[#「聖マイケル山の巨人退治」はゴシック体]  船はフランダースのバルフリートに着きました。勢力ある諸侯たちが、アーサー王の軍隊の到着を待っておりました。そこへひとりの農民がやって来て、巨人の悪業を訴えました。ブリタニーの隣のコンスタンチーヌの国に巨人がいて、七年間子供たちを食べものにしており、子供がいなくなったので、つい最近はブリタニーの領主の奥方がさらわれたということでした。 「きっとあの化けものは、ハウエル卿の奥方を殺してしまうにちがいありません。どうかあの巨人を退治して奥方さまをお助けください」  そこでアーサーは、ケイ卿とベディヴィア卿を呼びよせ、聖マイケル山に巡礼に出ると言って馬で急いで出発しました。山のふもとまで来ますとアーサー王は二人をそこに待たせ、ひとりで山をのぼっていきました。頂上に近いところに燃えている火のそばには真新しい墓ができており、老婆が泣いていました。わけをたずねますと、 「この墓には美しいハウエル卿の奥方が眠っておいでです。巨人に殺されてしまったのです。巨人は強くて、もう十五人の王を打ちまかしているのですから、どうぞお気をつけくださいまし。王たちは人々を救うために、巨人の歓心をかおうとして王たちの髭を送りました。巨人はその髭で縁どりをして宝石を散りばめたコートを作っているのです。巨人はいま火のそばで夕食を食べています。お気をつけくださいまし」  アーサー王が燃えている火を目印に進んで行きますと、木の間から巨人が人間の足をつかんで食べているのが見えました。そのそばで三人の若い娘が、十二人の赤んぼうを刺した串を、火の上でまわしていました。  アーサー王はその光景を見ると悲しみと怒りをおぼえ、こう大声で言いました。 「なぜおまえは奥方を殺したのか。なぜ、いたいけな赤んぼうを殺したのか。さあ覚悟しろ、この大食らいめ!」  叫びながら巨人に飛びかかっていきましたが、巨人はすぐさま大きな棍棒で打ちかかってきました。アーサー王は、巨人の腹を切り生殖器も切りとってしまいましたので、巨人の腹わたは大地に落ちました。アーサー王と巨人は上になり下になり戦いながら山を転がり、水辺に出ました。そこに待っていた二人の騎士は、近寄ると巨人を切り、王を救いました。アーサー王は騎士たちに向かってこう命じたのでした。 「巨人の首を打ち落として槍の柄につけ、ハウエル卿のところに持っていくように。その後で城門の物見やぐらにさらせ。それから山へ行ってわしの剣と楯と鉄の棒を持ってくるように。数えきれぬほどの宝物があるはずだが、それはみなの間で分けてよい」  この事件は国じゅうに知れわたり、人々はアーサーに礼を言いに来ました。妻の仇《かたき》を討ってもらったハウエル卿もやって来ましたが、アーサー王は聖マイケル山の上に教会を建てるようにと卿に言いました。  ローマ軍を破り皇帝に即位[#「ローマ軍を破り皇帝に即位」はゴシック体]  こうした事があってから、王は大軍を率いてシャンパーニュ国へ入りました。アーサー王が谷間に張ったテントの中で、夕食につこうとしていますと、二人のフランスの使者がやって来て訴えました。 「ローマ皇帝ルーシャスが、フランスに侵入しました。町や村を焼いたり荒しまわったりしています、どうぞ一刻も早くお救いくださいますように」  そこでガウェイン卿、ライオネル卿、ボース卿、ベディヴィア卿は、アーサー王の命令でルーシャスのもとへ行くと、アーサー王の領土から立ち去るよう、さもなければ戦いになることを告げました。 「高慢ちきなブリトン人め、全世界を持ちあげると言わんばかりの大ぼら吹きめ!」  皇帝の従兄《いとこ》であるガイヌス卿がこう言いましたので、ガウェイン卿はひどく腹を立て、剣を抜くと、ガイヌス卿の首を切り落としてしまいました。ローマ軍のフェルデナック卿は、ガイヌスの仇を討とうとガウェイン卿をねらいましたが、ガウェイン卿がフェルデナックに切りつけますと、剣はぐさっと胸まで達し、血しぶきと共に倒れました。  やがて両軍は激しい戦となりました。ローマ軍には一万以上の死者が出ました。アーサー側も死者を出し、ガウェイン卿が重傷を負いましたが、勝利はアーサーの軍が得たのでした。  ルーシャス皇帝のもとへ、一元老が進言に来てこう言いました。 「陛下、退却をおすすめいたします。今日の戦で、アーサー王の騎士は、一人でわが軍百人分の働きをしています」 「何たる臆病者か、おまえの言葉は今日の損害よりも、心を悲しませるものだ。よいか、ローマ帝国は、全世界を支配し君臨しているのだ。ブリトン人らをけ散らしてくれよう!」  こう言うと進軍ラッパを吹かせました。  両軍は再び激しくぶつかり合いました。アーサー王の戦いは目ざましく、愛剣エクスキャリバーを抜いて敵を切り伏せ、殺し倒しては、部下の危機を救いました。円卓の騎士たちも勇猛果敢に戦いましたので、十万のローマ兵が殺されました。  アーサー王は、戦場でルーシャス皇帝が自ら剣をとって雄々しく戦っているのを見ますと、馬をとばして駈けつけ、激しく皇帝と槍を交え、剣を打ち合って戦いました。ルーシャスがアーサー王の顔に切りつけ、手ひどい傷を負わせましたので、アーサー王はエクスキャリバーを振りあげると、ルーシャスの頭から胸まで、一刀のもとに引き裂きました。皇帝が殺されたことが知れ渡りますと、ローマ軍はぜんぶ逃げ出しました。アーサー王は騎士たちと敵軍を追いかけて皆殺しにしました。  その後でアーサー王は、ルーシャス皇帝の死体、そしてエジプト王やエチオピア王たち十七名の王や六十人のローマの元老たちの死体に香油をぬって麻で巻き、生き残った三人の元老にローマへ運ばせることにしました。アーサー王はウルビノの城市やミランの城市にアーサー王の旗を立てさせ、城主たちに忠誠を誓わせたのでした。生き残ったローマの元老や枢機卿《すうききよう》たちはアーサーの許にやって来ますと、皇帝即位式の準備をすすめていることを申し出ました。クリスマスに法王の手で、アーサー王はローマ皇帝に即位したのでした。ローマにしばらく滞在して、ローマからフランスに及ぶすべての領土を治めてから、アーサー王は勝利者として海を渡り、イングランドへと凱旋したのでした。サンドウィッチ港には、王妃グウィネヴィアが喜びに頬を輝かせて立っていました。   2 モルガン・ル・フェの陰謀  魔の女王モルガン[#「魔の女王モルガン」はゴシック体]  アーサー王の異父姉で、ティンタジェル公とイグレーヌの三女にあたるモルガンは、魔術に長《た》けていましたので、モルガン・ル・フェ(妖女モルガン)と呼ばれています。モルガンがはじめてアーサー王物語に登場するのは、十二世紀ごろにウェールズ民話を基にして、ジェフリー・オヴ・モンマスが書いた『|マーリン伝《ヴイタ・マーリーニイ》』の中です。傷ついたアーサー王を、アヴァロンの島で治すことになっており、そうした治療の力や、空を飛び姿を変える魔術にすぐれており、「アヴァロンの島」の女領主で、八人の姉妹と暮らしていたとされています。フランスの『異本アーサー物語』では、モルガンはマーリンに教わった魔術を使って活躍を見せていますが、マロリーの物語になってきますと、その魔術も、入った尼僧院の学校で学んで身につけたものになっています。しかし、マロリーの物語では、その術を巧みに使い、さまざまな計略でアーサー王を陥《おとしい》れ、また命さえ奪おうとします。  アーサー王ばかりでなく、ラーンスロットにも罠をしかけ、他の騎士たちを誘惑しようとし、王妃グウィネヴィアに残酷な仕打ちをします。アーサー王と円卓の騎士を破滅させようとする、悪の力のようにさえ見えてきます。なぜ王妃グウィネヴィアに敵意を抱いていたか、これを説明するような伝説があります。フランスのアーサー王ロマンスを書いたクレティアン・ド・トロワの本では、「アヴァロン」の島には男性の支配者ギンガマルスがおり、モルガンはその愛人になっています。一方、モルガンの人間の最初の恋人は、アーサー王宮廷の若い騎士ギオマールとされていて(名前ギオマールは、ギンガマルスと重なります)、モルガンは王妃グウィネヴィアに仕える侍女でしたが、王妃が宮廷内での恋を禁じ、ギオマールを説得してモルガンをあきらめさせてしまいます。このことから、モルガンは王妃に復讐を誓い、王妃の恋人ラーンスロットとの仲をあばこうとし、他の騎士たちの恋に対しても意地悪な態度をとるようになったというものです。グウィネヴィア(白い蛇、白い女王)に対して、モルガンは、黒い女王の役が与えられているようにも思われます。  マロリーの物語では、モルガンはゴールのウリエンス王の妃となり、息子ユーウェイン卿をもうけています。モルガンは愛人の騎士アコーロンを国王にし、自分はその妃になろうと計画して、アーサー王を殺し、夫ウリエンスをも殺害しようと企て、息子ユーウェインに止められますが、ユーウェインをアーサー王は疑い、宮廷より追放するので敵対関係になります。  恋人アコーロンと王位をねらう[#「恋人アコーロンと王位をねらう」はゴシック体]  アコーロンはアーサー王の円卓の騎士の一人でした。ある日、狩に出て一頭の牡鹿を追いかけて、アーサー王とウリエンス王、騎士アコーロンの三人は、一行から離れてしまいました。あまり激しく馬を走らせましたので馬は死に、三人は徒歩でしばらく行きますと川の堤に出ましたが、そこに牡鹿が猟犬にかみつかれて死んでいましたので、王は合図の角笛を吹きました。しかし供の者は現われず、代わりに絹で飾られた小舟一艘が、まっすぐに三人の方へ向かってやって来ますと、岸辺に着きました。 「方々《かたがた》、こちらへ来られよ、小舟の中を見てみようではないか」  アーサー王ら三人が船に乗りますと、とつぜん、船の両側の松明《たいまつ》がもえあがり、あたりを明るく照らし出し、小舟の中から十二人の美しい乙女が現われました。王たちにあいさつするとすばらしい食卓を用意してもてなし、三人をおのおの豪華な部屋に案内しました。三人は間もなく眠りに落ちましたが、ウリエンス王は、妻のモルガン・ル・フェの腕の中で寝ている感じがして不思議に思いました。アーサー王が目をさましますと、暗い牢獄の中で、あたりには哀れな騎士たちの嘆きの声が聞こえていました。 「なぜそのように嘆いているのか?」  アーサー王がたずねますと、騎士たちは説明しました。 「わたしたち二十人の騎士がここに閉じ込められているのですが、ある者は七年間も出られずにいます。城主はダマスと言い、卑怯で臆病者ですが、弟のオンツレイク卿は反対に、勇敢でりっぱな騎士なのです。領地をめぐって兄弟は戦いましたが、弟が優勢で、オンツレイク卿は兄のダマス卿に一対一で戦おうと申し出ました。しかしダマスは自分では戦わず、代わりに戦う騎士を力ずくでこうして連れて来ては閉じ込めているのですが、だれ一人かれのために命をかけて戦おうとする者はいません」  ほどなくすると乙女が一人来て、アーサー王に、 「牢で死ぬより、戦って死んだ方がいいのではないか」 とすすめましたので、アーサー王もそれを承知しました。じつはこの乙女はモルガン・ル・フェの侍女でした。アーサー王はダマス城主と、他の騎士を解放する条件で、弟のオンツレイク卿との一騎打ちを約束しました。  一方、アコーロンは、豪華な部屋で目がさめたと思いましたが、深い泉のすぐ縁の所に寝ていて、危《あやう》く命を失うところでした。すると、泉から銀の管が出て、水が大理石の柱のように高くあがりました。このとき、大きな口と平たい鼻をした小人が現われ、王妃モルガン・ル・フェの使者だといいました。 「わが王妃さまのご命令でございます。お気を強く持たれますよう。あなたさまは、明日の朝、ある騎士と戦うことになりましょう。ここにアーサー王の剣エクスキャリバーとその鞘《さや》がございます。あなたさまが内密に王妃さまとお話しになりましたように、相手の騎士の首をお持ち帰りになりますれば、王妃さまはあなたさまの妻になるとおっしゃっていられます」 「承知した。約束したことは命にかけて果す、と申しあげてくれ。魔法を仕組んでわれわれ三人をそれぞれ離したのは、わが思い人、モルガン王妃であったか」  すると、騎士と貴婦人と六人の従者がやって来て、アコーロンを近くの屋敷へ連れて行き歓待しました。  モルガンの術で、そこは弟のオンツレイク卿の館で、弟は運悪く脚の傷で苦しんでいましたので、ダマス卿の挑戦を受けられず、アコーロンが領主に代わり戦うことを約束します。この兄弟の代わりに、アーサー王とアコーロンが一騎打ちをすることになりますが、アーサー王のもとへはモルガンの使いが偽のエクスキャリバーを届けていたのを、王ははじめ気がつきませんでした。  アーサー王とアコーロンの一騎打ち[#「アーサー王とアコーロンの一騎打ち」はゴシック体]  アーサー王とアコーロンは、野原の両端に現われますと、馬をものすごい勢いで走らせ、相手の楯の中央を槍で打ちましたので、二人とも地面に落ちて倒れ、剣をぬきました。二人は激しく戦い、王は数多くの傷を負って、大地は血で赤く染まりました。こうして二人が戦っているとき、マーリンを岩の下に閉じ込めた湖の精ニミュエが野原に現われたのです。この日モルガン・ル・フェがアーサー王を殺そうと陰謀をめぐらしていることを知り、王の命を救おうとやって来たのでした。アーサー王は剣がいつもと違って、斬れ味をみせていないことに気づいていました。自分の剣は相手にくい込まず、アコーロンの振りあげる剣は下すたびに斬り口をあけ、血があふれ、アーサー王はこれで死ぬのかと思ったほどでした。しかしアーサー王の激した剣がアコーロンの兜を強打したとき、剣は根元から折れ、血まみれた草の上に落ちました。アコーロンは王に降服せよと叫びましたが、王は言い返しました。 「いいや断る。最善をつくして、命ある限り戦うと、この身にかけて約束したのだ。生きて辱めを受けるより、名誉を保って死んだ方がいい。武器を失くしても、誇りは失くさないぞ、もしおまえが武器のない相手を殺せば、それはおまえの恥辱となろう」 「よかろう。恥辱などかまうものか」  アコーロンはなおもすさまじい一撃を与えようと、振り下した瞬間、湖の精の魔法で、エクスキャリバーはアコーロンの手から、地面に落ちました。  それを見るとアーサー王は、軽々と剣に飛びついて手にとってから、その鞘《さや》が相手の腰にあるのを見ますと、素早くぬきとってできる限り遠くへ投げ、相手を不死身ではなくしました。そしてアーサー王は全力で相手におそいかかって引き倒し、兜をもぎ取り、一撃を加えましたので、血は頭から顔を染めました。 「さあ答えろ、おまえはどこの国のどこの宮廷から来たのだ?」  アーサー王がこうつめ寄りますと、相手は苦しい息の下からこう答えました。 「騎士どの、わたしはアーサー王宮廷の者で、名をゴールのアコーロンといいます」  その名を聞いて王は驚きましたが、さらに、だれからエクスキャリバーを与えられたかをたずねました。 「モルガン・ル・フェが小人を使って、わたしのところへ持って来させたのです。この剣を使って、王妃の弟アーサーを殺すようにと。モルガンはアーサー王をこの世で一番憎んでいるのです。王妃の一族のなかで、王がもっとも勇敢で、もっとも人の尊敬をかち得ているからです。わたしは王妃を愛してしまいました。王妃が魔術でアーサー王を殺せたなら、夫のウリエンス王は簡単に始末できる、そうしたら王妃はわたしをこの国の王にし、自分は王妃になろうと計画していたのです。ですがいまとなっては終わりです。わたしが死ぬ前にすべてをお話ししたあなたは、いったいどなたでしょうか?」 「わたしはアーサーだ。おおアコーロン、そなたは自分の王を傷つけた反逆者だ。わが姉モルガンの邪《よこしま》な欲望に同意した陰謀者だ。わたしはあの姉を、わが妻よりも、一族の他のだれよりも信頼していたのに——姉には生きている限り、この報復はさせてもらおう」  アコーロンは王に詫び、二人は馬に乗って尼僧院に行き、傷の手当てを受けましたが、アコーロンは四日後に息をひきとりました。アーサー王は遺骸を馬につけた棺台《ひつぎだい》で、キャメロットに運ぶよう命じて、こう言いました。 「わが姉モルガン・ル・フェのもとへ運んで行け、これが王からの贈り物だと言うがよい、またエクスキャリバーの剣も鞘も王の手にあると言え」  夫殺害と王殺害の計略[#「夫殺害と王殺害の計略」はゴシック体]  その間、モルガンはアーサー王が死んだものと思っていたのです。ある日モルガンは、夫ウリエンス王が床について眠っているのを見ると、侍女の一人に剣を持ってくるように言いました。 「主人を殺すのに、これほどよい機会はないもの」  侍女は驚き、息子ユーウェインの部屋に行って、父上が危いと知らせてから、剣を持ってモルガンのところに行きました。モルガンが、夫の寝台のそばに寄り、剣を高くかざしたとき、ユーウェインは母に飛びかかると手をとらえました。 「何ということをなさる! 母親でなかったらこの剣で首を切るところだ!」 「おお息子、許しておくれ、悪魔にそそのかされたのよ。マーリンは悪魔の子だそうだが、わたしは地上に住む悪魔の腹から生まれたようだ。でも助けておくれ、二度としないから」  モルガンはすぐに馬に乗ると、休まずに馬を進め、アーサー王が床についている尼僧院にやって来ました。モルガンはまっすぐに王の部屋に入ると、エクスキャリバーを盗もうと思いましたが、剣はぬき身のまま、眠っている王の手に握られていました。そこで鞘をとると、マントの下に隠して立ち去ってしまいました。アーサー王は目がさめて鞘のないのに気づきますと、馬に拍車をかけ、その後を追いました。モルガンは逃げ足を早め森をぬけましたが、もう逃げられないのに気づきますと湖に行き、 「わが身にいかなることが起ころうと、この鞘はぜったいにアーサーには渡すまいぞ」 と言いざま、湖の一ばん深いところ目がけて投げましたので、黄金と宝石で重い鞘は、水中に沈んでいきました。モルガンは自分と家来とを大理石に変えて、アーサー王の目をくらませました。  翌朝、一人の乙女が豪華なマントを持って、モルガンさまからの贈り物でございますと言ってやって来ました。王は今まで見たこともない宝石で飾られたマントを気に入りましたが、そこへやって来た湖の貴婦人に、マントを持参した者に着せてみてから着るように、と注意されました。乙女は着ることを辞退しますが、王が強く言い無理に着せますと、乙女は一言も発することが出来ぬまま、たちまち燃えて灰となってしまいました。これを見た王は、前にもまして憤激し、モルガンの夫ウリエンス王に向かい、 「わが姉、あなたの妻のモルガンが、いつもわたしを殺そうとしている。あなたが味方とは思わぬ。そしてあなたの息子ユーウェインも疑わしい。ゆえに卿をこの宮廷より追放する」  そこでユーウェイン卿は任を解かれましたが、このとき甥にあたるガウェイン卿が同情し、共にアーサーの宮廷を立ち去ったので、王は大いに嘆き悲しみました。   3 兄弟の騎士ベイリンとベイランの死  ベイリンが不思議な剣を得、それで湖の貴婦人を斬る[#「ベイリンが不思議な剣を得、それで湖の貴婦人を斬る」はゴシック体]  アーサー王と円卓の騎士たちが、キャメロットにいた時のことです。アヴェリオンの偉大な貴婦人リールの使いとして、ひとりの乙女が大広間に入ってくると、豪華な毛皮のマントを脱いで床におとしました。すると、乙女が腰にりっぱな剣をつけていたので、王は驚いてたずねました。 「乙女よ、いったいなぜそのような剣をつけているのか。そなたにはふさわしからぬものではないか?」 「この腰の剣は、わたしにとって苦しみと悲しみのもとでございます。この刀身を鞘から抜き出していただける騎士の方を見つけるまでは、心が休まらぬのでございます。高貴な血筋と徳をそなえた騎士の方にしか、この刀はお抜きになれないのですから」  そこでアーサー王も、居並ぶ円卓の騎士たちも、ひとりひとり試してみましたが、だれひとり抜けませんでした。その時、ひとりの貧しい騎士が、従弟《いとこ》を殺した罪で一年半以上も、アーサー王の城の囚人になっていました。この騎士の名はベイリンといい、みすぼらしい服装でしたので、人垣の外でみなのようすを見ていました。乙女が立ち去ろうとしたとき、ベイリンは自分にもやらせてほしいと頼みました。 「どうかわたしにもうこれ以上、手間と苦しみをおかけくださいますな」 「ああ美しいお方よ、人の値打ちや男らしさ、そして威厳は、その人の内にあるのです。りっぱな外見にあるのではないのですから」  ベイリンはこう言うと、鞘と帯とに手をかけました。すると難なく剣が抜けましたので、多くの騎士たちは驚きました。 「たしかにこのお方は、裏切りや逆心、悪行などのない、優れた騎士です。さあ、では剣をわたしにお返しください」 「いいや、この剣はわたしがもらっておく」 「お返しくださらぬのは、賢明なことではありません。その剣であなたさまは、親友や愛する人を殺し、あなたご自身の身も滅ぼすでしょうから」  こう言うと乙女は、悲しそうに剣をベイリンの手に残したまま、立ち去ってしまいました。       *  ベイリンは馬と鎧をそろえ、出発の準備を整えていますと、馬に乗った豪華な服装の婦人が宮廷にやって来て、アーサー王にこう言いました。 「王さま、湖で剣をあなたさまに差しあげましたとき、わたしの願いをかなえてくださるという約束をなさったのを覚えておいででしょうか?」  アーサー王はエクスキャリバーを思い浮かべました。 「いかにも、いかにも。なんなりと望みを申してみよ」 「それでは、いま剣を勝ち得ました騎士の首か、さもなくば剣を持ってきた乙女の首をいただきたく存じます。と申しますのは、あの男は真の騎士であったわたしの兄を殺し、あの乙女はわたしの父を死なせる原因になったのです」  アーサーはこれを聞くと驚いて、 「別のことを願ってくれ。そうすればかなえてしんぜよう」 と言いましたが、貴婦人は、 「ほかのものでしたら、いただきたくはございません」 と、かたくなにはねつけました。こうした会話をしている湖の貴婦人を、ベイリンは目にとめ、それが三年間さがしていた、ベイリンの母を殺した貴婦人であることがわかりました。  そこでベイリンは、急いで貴婦人の前に進み出ると、 「邪悪な奴め、俺の首を手に入れるには、貴様の首をなくさねばならぬのだ」  こう言うより速くベイリンは剣を抜くと、アーサー王の目の前で、貴婦人の首を軽々とはねてしまいました。それを見たアーサーは、大変に怒りました。 「なぜこんなことをしたか。おまえは宮廷を汚した。わしはこの方に恩義を受け、またここに来た上は、わしの保護の下にあったのに」 「王よ、ご不興はわが本意ではございません。この者は魔法と魔術をもって、多くの良き騎士たちをそこない、わが母を火刑に処したのです」  こう説明しましたが、宮廷を立ちのくよう命令され、ベイリンは湖の貴婦人の首をかかえ、町を出ました。  ベイリンがアイルランドの王子ランサーを殺す[#「ベイリンがアイルランドの王子ランサーを殺す」はゴシック体]  アイルランドの王の息子ランサーは、ベイリンが剣を抜いたこと、つまり自分より武勇にすぐれていることを知って、憎しみを抱き、そのあとを追う許可をもとめました。  そこへマーリンがやって来て、宮廷に剣を持ってきた乙女が、だれよりも不義な者であることを話しました。その理由はこうでした。 「あの乙女には兄がおります。勇敢ですぐれた騎士です。ところで乙女は、ある騎士を愛しましたが、兄はその騎士を殺してしまいました。乙女はアヴェリオンのリール夫人のもとへ行き、兄へ復讐することを頼みました。すると婦人はあの剣を与え、刀身を鞘から抜ける人は、すぐれた騎士であるから、その剣で乙女の兄を殺せるだろうと言ったので、乙女は方々探した末、ここにやってまいったのです」  騎士ランサーは鎧をつけ、肩に楯、手に槍を構え、馬を走らせてベイリンの後を追い、アーサー王の宮廷に与えられた侮辱をそそぐため戦うと呼びかけました。二人は相対し、力の及ぶ限り馬を走らせてつき進みました。ベイリンの一撃は相手の楯を突きぬけ、鎖かたびらをくだき、相手の騎士の体と馬の尻とをさし貫き、ランサーは死骸となって地面にころがりました。  そのとき、馬に乗った美しい乙女が、大急ぎで近づいて来ました。 「ああ、ベイリンどの、あなたは一つの心臓を持つ二つの体、一つの体にある二つの心臓と二つの魂を滅ぼしてしまわれたのです」  こう言うと乙女コロンブは、剣の柄を地におし立てて、その身を刀の上に投げかけると、息たえてしまいました。  二人の間にあった真実の愛を見て、ベイリンは悲しみながら馬を森へ向けました。するとそこで弟ベイランに出会い、二人は抱き合って涙を流し、アーサー王の宮廷へ、再び出入り出来るようにつとめることを誓い合います。しかし二人が話しているとき、小さな馬に乗った小人の騎士が現われ、騎士ランサーを殺した者は、その騎士と血のつながった者に殺されるであろう——と予言のような言葉を言い残して立ち去りました。  ベイリンとベイランがリエンス王を捕える[#「ベイリンとベイランがリエンス王を捕える」はゴシック体]  ベイリンとベイランの兄弟の騎士は、マーリンの術の助けで、森の道を行くリエンス王に出会いました。王はヴァンスの婦人に会いに行く途中で、六十人の馬上の騎士を従えていました。ベイリンは王をうち落とし、地面に打ちふせ、とどめ[#「とどめ」に傍点]を刺そうとしましたが、 「勇猛な騎士よ、殺さないでくれ、生かしておけば得るところがあろうぞ」 という王の願い通り、生け捕りにし、この北ウェールズのリエンス王をアーサー王の門番に引き渡すと、王に会わずベイリンとベイランは立ち去ってしまいました。アーサー王はその忠誠に感じ、ベイリンを不当に扱ったことを悔いました。  兄弟の騎士は次の戦いでも、目ざましい働きを見せました。リエンス王の仇を討とうと、弟のネロが攻撃をしかけたのです。アーサー王軍の「二本の剣の騎士」が戦場ですばらしい活躍をみせ、人々は天使か悪魔かといぶかりますが、これがベイリンでした。リエンス王の援軍の一人であるロト王は、マーリンの魔術にあざむかれて出足をくじかれ、さらに「怪獣を追う騎士」ペリノア王と一騎打ちになりました。力をふりしぼっての戦いのあげく、ペリノア王の一撃の剣はそれて馬の首を切り裂き、ロト王は馬の首と共に地面に落ちますと、間髪を入れずペリノア王は、ロト王の頭から額にかけ、兜を破る鋭い一撃を与えて殺してしまいました。  ペリノア王はロト王を殺したこの責めを負うこととなり、ロト王の息子ガウェイン卿が騎士となって十年後に、父の仇を討つことになります。ロト王の妃モルゴースはアーサー王の父の違う姉で、王はその姉との間に息子モードレッドを得ているので、ロト王はアーサー王を敵として戦ったのでしたが、敗れてしまったのでした。キャメロットの聖ステファン教会の埋葬式には、ロト王の妃モルゴースはもちろんのこと、多くの参列者とともに、ユーウェイン卿の父とその妻であり、アーサー王の異父姉になるモルガン・ル・フェもやって来ていました。のちにモルガンはアーサー王に復讐をしかけることになります。  ベイリンが「災いの一撃」をペラム王に与える[#「ベイリンが「災いの一撃」をペラム王に与える」はゴシック体]  ベイリンとベイランは、十五日間旅を続け、ペラム王の城に着き、その日大宴会に出ました。じつは途中、一夜宿をとった家の息子が重傷でうめいており、最近の試合で宿の主人がペラム王の弟である隠れ騎士を二度討った報復に、息子がやられたという事の次第を聞きましたので、その騎士ガーロンを討つ約束をしたのでした。宴会に集まる騎士の中に、色の黒いたくましい体のガーロンを見つけたベイリンは、一突きのもとに槍でガーロンを刺し殺してしまいました。宴会の席にいた人々は、総立ちとなりました。 「騎士よ、おまえはわしの弟を殺した、このうえはおまえの命をもらうまでは逃がさんぞ」  ペラム王は頑丈な武器をつかむと、はげしくベイリンに襲いかかりました。  そのすさまじい一撃は、さしものベイリンの剣もこなごなにくだきました。ベイリンは武器を失い部屋から部屋へと、剣を探しました。ついに最後に、豪華に飾りつけられた大きな部屋に入りましたが、その中央の金の布で飾られた寝台にはだれかが横たわっており、その脇の黄金のテーブルの上には、金と銀で作られた器が置いてあり、その中に穂先を下にして宙づりになっている一本の槍が立っていました。それに触れるなと背後から声がしましたが、追いつめられたベイリンはその槍をとると、ふり返りざま、ペラム王をすさまじい勢いで刺しました。するとその瞬間、城の屋根も壁もくずれ落ち、ベイリンと重傷を負ったペラム王は、その下敷になって、三日間そのままでした。  やがてマーリンが現われますと、ベイリンを助け出し、この国を出て行くように言いました。 「おまえが刺して重傷を負わせたペラム王は、アリマテアのヨセフの血縁のものだ。そしておまえが使った槍こそ、ヨセフがこの国にたずさえて来た、主イエスの心臓を突いたロンギウスの槍なのだ。主イエスのなきがらはあの金の寝台にあり、主イエスの血の一部も、ペラム王の城にあったのだ。ベイリンよ、おまえの『災いの一撃』が、国土にこの先、長い嘆きと悲しみと苦悩とをもたらすのだ。この報いはおまえに必ずふりかかろうぞ」  城から立ち去っていくベイリンの目に映ったのは、建物の残骸とその下にうめく人々、立ち枯れの木々と押しつぶされた作物と荒地でした。  ベイリンは再び馬をすすめて行き、ある十字架に出ました。そこには金文字でこう書いてありました。 「いかなる騎士たりとも、単身でこの城に向かうべからず」  なおもベイリンが進んで行きますと、こんどは白髪の老人が現われて、こう言いました。 「乱暴者のベイリンよ、馬を返せ、この道を行けばおまえは身を滅すことになる」  しかしベイリンの顔をみると、姿を消してしまいました。ちょうどこの時、ベイリンは、角笛がまるで獣の死を告げるかのように、吹かれるのを聞いたのでした。  兄弟の戦いとその死[#「兄弟の戦いとその死」はゴシック体]  ほどなくして美しく装った百人あまりの婦人と騎士たちが歓迎に現われ、ベイリンは城内へ案内され、踊りや歌でもてなされました。やがて城の奥方がこう言いました。 「二本の剣の騎士さま、あの島を守っている騎士と槍試合をしていただきとうございます。ここをお通りの方は、必ず試合をなさっていただくのです」 「よろしい、御意《ぎよい》のままに、喜んで戦いましょう」  するとある騎士が、 「あなたの楯はあまりよくないようですので、この大きいのとおとりかえください」 とすすめたので、ベイリンは見知らぬ楯をとり、その島へ向かいました。島に着きますと、乙女が一人近づいてきました。 「ああ、ベイリンさま、なにゆえご自分の楯をお残しになりました。あの楯がありますれば、人はあなたがだれか知れますのに——」 「いや引き返すのは恥だ、どんなことがふりかかろうと、生きるか死ぬかだ。ふりかかってくることは、みなひき受けるばかりだ」  ベイリンは身じたくをととのえると、十字を切り、馬を進めるのでした。  間もなく一人の騎士が城から馬を進めて来ました。赤い飾りを馬につけて赤い服、二本の剣を手にした騎士を、もしや兄のベイリンかと思いましたが、その見おぼえのない楯を見て、別人と思ったのでした。二人は槍を構えますと、すさまじい勢いで打ちかかりましたので、二人は馬もろとも倒れ、気を失ってしまいました。しばらくしてから、二人は起きあがりますと、息が切れるまで戦いました。見あげますと、城には、あふれんばかりに婦人たちが、二人の戦いを見物していたのでした。赤い血が一面に飛び散り、二人の鎖ははずれ、肌もあらわでした。大きな七つの傷あとがみられました。 「おまえはなんという騎士か、わたしにたち打ち出来る騎士に会ったことはなかった」 「わたしの名はベイラン、すぐれた騎士ベイリンの弟だ」 「ああ、生きてこの日に会おうとは——」  ベイリンはこう言うと、後ろに倒れ気を失ってしまいました。  ベイランは四つんばいのまま進むと、兄の兜をはずし、あえぎながらこう言いました。 「兄さん、わたしはこの島を守っていた騎士を殺してしまったので、その代わりにさせられてしまいました。二人ともこの城の悪習から逃げられず、命をおとすことになりました」  ベイリンはまわりに集まって来た人々にたのみました。 「わたしたち二人は、ともに一つの母の胎内から出てきました。どうか、一つの墓に埋めてください」  すぐにベイランは死に、ベイリンは真夜中に息をひきとり、マーリンがその名を金文字で墓に刻みました。そしてベイリンの遺骸から二つの剣をぬくと、次の言葉を書きつけました。 「この剣を使う者は、もっとも偉大な騎士ラーンスロットか、その子ガラハッドである。この剣でラーンスロットは、最愛の友ガウェインを斬ることになろう」  こうしてからマーリンは、その島へ半フィートしかない細い鋼《はがね》の橋をかけました。この橋は気高い騎士しか渡れないのです。剣の鞘を島の北方に置いてガラハッドの目につくようにし、刀身は大理石に立てて川に流しました。剣はのちにキャメロットに着き、騎士ガラハッドが大理石からぬいて、見つけた鞘に収めることになります。   4 騎士ガウェイン卿  ガウェイン卿の最初の冒険[#「ガウェイン卿の最初の冒険」はゴシック体]  ガウェイン卿は、アーサー王の甥にあたります。王の異父姉モルゴースと、オークニーのロト王の間に生まれた四人の息子、アグラヴェイン、ガレス、ガヘリス兄弟の一番上でした。ガウェインはアーサー王の婚礼の日に、王の手によって円卓の騎士に任ぜられてからは、いつもアーサー王に忠誠をつくし、内外の戦いで手柄をたてるすぐれた騎士となります。朝から正午までの三時間に、持っている力が三倍になって、それ以後は衰えるという不思議な能力も備えていました。ガウェイン卿が、エクスキャリバーの本当の所有者だとする説もあり、楯《たて》に描いてあった五茫星《ごぼうせい》の紋章から、「マリアの騎士」と呼ばれたりしています。  その性質も、偉大な騎士、礼節と美徳を備えた勇気ある騎士とされる一方で、復讐心がつよく、血気にはやりがちで好色でもあり、寛容に欠けるなどさまざまに言われていますが、古くからガウェイン卿を主人公にした話が、いろいろ伝えられているからかも知れません。たとえば、魔法のために小人になった騎士が、首を打ち落としてもらえば魔法が解けるので、ガウェインと果し合いをし、切られて元の姿に戻るという「小人とガウェイン卿」や「ガウェイン卿とカーライルの田舎者」の話。緑の騎士(ベルシラック・ド・オーデゼール)が緑の馬でやって来て、斧で自分の首を斬り落とせと言うのでガウェインが切り、一年後にその緑の騎士の斧の下に首を差しのべるが、ガウェインの勇気に斧はかすり傷だけで止まるという「ガウェイン卿と緑の騎士」の話。いまからお話しするガウェイン卿の騎士としての最初の冒険や、「ガウェイン卿の結婚」の話、またマロリーの物語の中でも、アーサー王の近くにいていつも王を助け、聖杯探求を誓った第一の騎士として行動し、また兄弟を殺したラーンスロット卿への復讐心から、何度も一騎打ちをくり返すなどして、アーサー王の死に至るまでさまざまな活躍を見せる騎士になっています。円卓の崩壊はガウェインのせいであるとされたり、善良な騎士たちの殺害者とされたり、複雑な役割を荷わせられていますが、ガウェイン卿が死にますと、ラーンスロット卿はその墓前で号泣し、「ガウェイン卿は、この世に生をうけた、いとも気高き騎士」であったと讃えたとされています。  ガウェインが騎士に叙せられたのは、アーサー王の婚儀の日と言いましたが、自分が第一の騎士でなく、やせ馬にまたがって来たペリノア王の息子のトーであったこと、そしてペリノア王もまた円卓の「危難の席」の隣につく名誉を得たことを見て、かれは大へん立腹します。ペリノア王は父ロト王の仇敵でもあったからですが、自分の第一の騎士の位置をほかのものに奪われ、憎悪と羨望の念から剣をぬかんばかりに憤然としています。それから騎士叙任後の最初の冒険がはじまります。マーリンが見せる不思議な事件から、ガウェイン卿には、白い牡鹿を探して連れ戻ることが課されるわけです。  ガウェイン卿は、川を泳ぎ渡る白鹿を追って対岸に着きますと、待っていた騎士と戦いになり、ガウェインの強い一撃が相手の頭を割って、その騎士は倒れます。白鹿は城へ逃げ込みますが、やっと中央の部屋でその鹿を斬り殺しました。すると城の一室から、抜き身をひっさげた騎士が飛び出して、ガウェインの前で猟犬を二頭斬り殺すと、倒れている白鹿を見て、主君である貴婦人からいただいたものであったのにと嘆き、ガウェインに打ちかかりました。二人の騎士ははげしく戦いますが、相手は力つき、命だけは助けてほしいと頼みました。  ガウェインは容赦せず、アブラモーと名乗るその騎士の首を斬ろうと兜のひもをときました。そのとき、騎士の恋人である婦人がとび出してくると、その騎士の上に倒れ込みました。勢い込んでいたガウェインの剣は、誤ってこの婦人の首を斬り落としてしまいました。それを見ていた弟のガヘリスはこう嘆きます。 「何ということをなすった。不当な恥ずかしい行いですぞ。慈悲を乞う者には与えてやるべきです。慈悲のない騎士は尊敬も得られません」  ガウェインは美しい婦人の死を見て、体を石のように固くし、騎士の命を助けることにして、共にアーサー王の宮廷に急ぎます。しかし一夜を過ごした次の城で、武装した四人の騎士に襲われ、一本の矢がガウェインの腕を射ぬいて重傷を負ってしまいました。しかしガウェインがアーサー王の甥であることがわかり、貴婦人たちのとりなしで釈放されることになりました。腕の傷は、婦人を殺した悪事への報復なのだと言われています。  騎士たちは、ガウェインに白鹿の首を与え、殺した貴婦人の頭を首につるし、馬のたてがみにその体を乗せて、キャメロットまで運んで行くことを要求しました。王と王妃は、ガウェインが騎士に慈悲をかけず、婦人を斬ったことを怒り、王妃の命令で審問にかけられ裁かれました。ガウェインは命あるかぎり、婦人たちのために戦うこと、礼節を守ること、慈悲を乞う者には拒まぬことを言い渡されました。そこでガウェイン卿は、自分が一人の婦人のために戦い、敵が別の婦人のために戦っている場合をのぞいて、決して貴婦人にそむかないという誓いを、聖書にかけて誓ったのでした。  アーサー王が黒い騎士の難問を解く[#「アーサー王が黒い騎士の難問を解く」はゴシック体]  ある時アーサー王が、カーライルの城で法廷を開いていたときのことです。一人の若い婦人が王の前に出て、こう訴えました。 「わたしの愛する人が、黒い騎士のために捕えられてしまいました。その騎士はわたしの父の領土まで奪ってしまったのです。どうぞわたしの失ったものを、おとりもどしくださいませ」  王はこの訴えを聞きますと、すぐにエクスキャリバーをとりあげ、馬に鞍を置き、急いでその黒い騎士の住む城へと出かけました。  間もなくアーサー王は、その城に着きますと、一騎打ちの勝負をいどみました。ところがこの城は、イングルウッドの魔の森に建っていましたので、城に足をふみ入れると、たちまち手足がしびれ力がぬけて、剣をぬくこともできないまま、アーサー王はその黒い騎士に捕えられてしまいました。黒い騎士は剣の先をアーサー王の胸元につきつけると、こう言ったのです。 「このまま殺すのではおもしろくない。アーサー、おまえに一つ難問を出そう、今日から一年のち、再びこの城に帰って来て、わしが出す質問に答えるという約束をするならば、放してやろう。『婦人がもっとも望むものは何か』というのがその質問だ。正しい答えができなかったら、おまえはわしの家来となり、おまえの領地はわしのものとなるのだ」  それから一年のあいだ、アーサー王は国じゅうを馬で行き、会う人ごとに婦人が望むものは何かをたずねました。ある人は富だ、と言いました。ある者は栄華と身分でしょう、と言いました。陽気に暮らすこと、ほめられること、花のような騎士を夫に持つこと、などさまざまな返事が返ってきて、いったいどれが本当の答えか、決めがたく困っていました。  こうして一年の月日も過ぎていき、あと数日となったある日のこと、王は思いに沈みながら森の中を通って行きますと、ある樹の根元に座っている一人の婦人に声をかけられました。見ると、真っ赤な服から出ている手は木のように節くれ立ち、その顔は怪物のように醜く、この世のものとも思われませんでした。王は思わず顔をそむけ通りすぎようとしますと、 「何というお方でしょう。わたしにものも言わずに通りすぎようとなさるとは——わたしはこんな顔ですけど、あなたの難問を解いてあげられるかも知れませんよ」 「もしそうしてくださるなら、あなたが望むお礼を差しあげましょう」 「ではきっと、誓ってくださいよ、あなたの真心にかけて——」  言われるままにアーサー王が誓いますと、その醜い婦人はアーサー王の耳の中に答えをささやいてくれました。そこでアーサー王が帰りかけますと、婦人は王の袖をつかまえて、彼女にお礼を欲しいと言いました。 「わたしの夫として、美しく礼儀をわきまえた騎士を一人探してくださいな」  王は婦人に未来の夫を連れてくることを約束しますと、急いで恐ろしい黒い騎士の城へ出かけました。一番最後の答えをとっておいてから、次々にたくさんの婦人たちが言った答えを並べていきました。 「アーサー、降参するか、正しい答えは出来ないようだ、おまえとその領土をとりあげるぞ!」  そこでアーサー王は、とっときの答えを言いました。 「けさ森のなかで、わたしは醜い婦人に会った。樫の木と柊《ひいらぎ》の青葉のあいだに、真っ赤な服を着て座っていた。『女はだれでも、自分の思いを通したい』これがあらゆる婦人の望みだと言った。さあ、これでおまえへの借りは返したぞ」  これを聞くと黒い騎士は、無念そうに叫びました。その声はイングルウッドに響きました。 「それはおれの妹だ! きさまに秘密をあかしたやつは。ええ、いまいましい! いつかこの仕返しはしてくれようぞ!」  醜い婦人とガウェイン卿の結婚[#「醜い婦人とガウェイン卿の結婚」はゴシック体]  アーサー王は城へ帰りましたが、あの醜い婦人に、若くりっぱな騎士を夫にやると約束したことを思い出して、胸をいためていました。この心配をガウェイン卿に打ち明けますと、 「王よ、ご心配なさいますな、わたくしがその醜い婦人とやらと結婚いたしましょう」 と言いましたので、王は驚き、 「いやいや、ガウェイン卿よ、おまえはわたしの姉の子、あの醜い婦人はひどすぎる」 と言いましたが、ガウェイン卿が言い張りますので、心ならずも王は承知したのでした。一度誓った約束は、破ることが出来なかったからです。  そこで翌日、王は騎士を従えて森に行き、あの醜い婦人を宮廷に連れて来ました。人々はその婦人のあまりの醜さに驚き、結婚するガウェイン卿はどうかしているなどといろいろなかげ口をききましたが、ガウェイン卿はじっとがまんして結婚式は終わりました。しかし、祝宴は開かれませんでした。  夜になって二人きりになりますと、ガウェインは深いためいきをつきました。そのようすを見た婦人がわけをたずねましたので、率直に言いました。 「そのわけは三つ、おまえの年と、おまえの醜さと、おまえの生まれのいやしさとだ」  すると婦人はいやがりもせず、こう説明しました。 「年齢の多い者には分別がありますわ。醜ければ他の男に奪われる心配がありません。また生まれの上下で、その人の気品は左右されるものではなく、その人の性質によるのです」  このときふとふり返りますと、なんと、あの醜い婦人は消え、そこには金髪と白い肌の美しい婦人が微笑んでいるではありませんか。ガウェイン卿は驚き、目を見張りました。じつはあの醜い姿は、魔法使いにかけられた呪いのためであり、二つの事が起こるまでは、解けなかったのでした。それがいま、若く優れた騎士を夫にすることという条件の一つが、かなえられたので、魔法が半分解けたのでした。 「これから半日だけ、こうした本当の姿でいられます。でもあなたは、わたしが昼のうち美しくて夜醜くなる方がいいでしょうか、あるいは夜美しくて、昼醜い姿の方がよろしいでしょうか?」  こう言われてガウェイン卿は、 「わたしは夜になって、おまえと二人きりになったとき、おまえが美しい方がいいと思う」 と答えましたが、婦人がそれに反対し、 「でも、昼間、大勢の騎士や貴婦人がたの間におりますときに、美しい姿でいられる方が、わたしにはうれしいのですけれど——」 と言いましたので、ガウェイン卿は素直に婦人の意志を尊重して、自分の意志はすてました。するとこの時、二番目の条件がみたされましたので、魔法はすっかり解けたのでした。 「あなたがわたしの意見を通してくだすったので、魔法はすっかり解けて、夜も昼も、もうこのままでいられるようになりましたわ」  婦人は頬を紅くそめ、アンズのような黒い瞳はひかり、唇は桜のつぼみのようにふくらんでいました。ガウェイン卿は、その雪のように白いうなじに口づけをして忠誠を誓ったのでした。妹の魔法が解けると、兄をしばっていた呪いも解けて、恐ろしく残忍な黒い騎士は、アーサー王の円卓の騎士のように、勇ましくりっぱな騎士にかわりました。   5 湖の騎士ラーンスロット  ラーンスロットの誕生[#「ラーンスロットの誕生」はゴシック体]  ベンウィックのバン王は、アーサー王の忠実な同盟者でしたが、長いことクローダス王と戦っていました。しかし苦戦を続け、たてこもっていた一つの城砦を残すだけとなり、その落城も目の前にせまっていました。バン王はアーサーの助けを求める決意をし、城を主だった家来にたのむと、妻ヘレンと幼いラーンスロットを連れ、夜にまぎれて城を出ました。  しかし、まだ遠くへ行かぬうちにふり返った王の目には、城から火炎が立ちのぼるのが映り、王は悲しみのあまりその場に倒れ、息絶えてしまいました。王妃ヘレンは、幼い子を抱いて夫に従っていましたが、これを見て子供を草の上に置くと、夫の介抱にかけつけました。しばらくして幼いラーンスロットをねかしておいた場所にもどってみますと、わが子は、見知らぬ美しい女の腕に抱かれていましたが、王妃が近づいて来るのを見ると、その女は幼児を抱いたまま、そばの湖に飛び込んでしまいました。  この女は、魔法使いマーリンの恋人、湖の妖精ニミュエで、彼女はその魔法の力で、自分の住む館のまわりを湖に見せ、砂漠のなかの蜃気楼のようにして、人々を近づけなかったのでした。ラーンスロットはこの湖の館で、大勢の貴族からしつけを受け、りっぱに育っていきました。「湖のラーンスロット」という名は、こうしたところから来ています。  バン王の妃は、夫と幼い子とを一度に失い、尼僧院にこもりましたが、まもなくそこへ、バン王の弟ボーホートの王妃もたずねて来ました。ボーホートは兄の死を聞いて、悲しみのあまりこの世を去ったので、二人の息子は、忠実な騎士に助けられると、二匹の猟犬の姿にされて、この湖の館に運ばれたのでした。そして従兄《いとこ》であるラーンスロットといっしょに、育てられたのでした。  十八歳になったラーンスロットを、妖精ニミュエは、アーサー王の宮廷へ連れていき、騎士の資格を得るように願い出ました。ラーンスロットは、姿・形も気品に満ちて美しく、武芸に秀で、礼儀作法もかなったりっぱな若者でしたので、宮廷の人たちは強い印象を受け、なかでも王妃グウィネヴィアの心は、ラーンスロットが王から騎士の称号を得た瞬間から惹きつけられてしまい、生涯にわたって絶えることのない情熱となって燃えつづけたのでした。二人の愛はのちに黒雲のように、アーサー王の円卓をおおっていくことになります。  聖霊降臨祭の日(復活祭後第七の日曜日)、アーサー王と騎士たちが円卓についていますと、一人の隠者が入って来て、こうたずねました。 「なぜ円卓に一つの席だけが空いていて、『危難の席』と呼ばれているのですか?」 「この席にはたった一人の騎士しか座れぬのだ。その者がここに来て座るまで、われわれにはそれがだれなのかわからぬのだ」  こうアーサーが答えますと、隠者は次のような予言めいたことを言いました。 「その『危難の席』につく騎士はまだこの世に生まれてはいません。しかし今年生まれます。その者が聖杯も得るでしょう」 「嘆きの王女」を救う[#「「嘆きの王女」を救う」はゴシック体]  ラーンスロット卿はある日、馬に乗り、冒険の旅に出ました。コルビン橋を渡りますと、高い塔が見えましたが、下には美しい城市が広がっていました。人々は、ラーンスロット卿を喜び迎えると、こう言いました。 「ごりっぱな騎士さま、この塔の中には、『嘆きの王女』が何年も、閉じこめられているのです。火傷《やけど》をするような熱いお湯の中に、絶えず入れられ苦しんでいます。先日ガウェイン卿が助け出そうとしましたが、果たせませんでした。あなたさまがお出来になることを、わたしどもはわかっております。どうかお願いいたします」  そこでラーンスロット卿が塔に近づきますと、鍵はすぐに開きました。室内はたいへんに暑く、その中に美しい王女が苦しんでいました。モルガン・ル・フェとノースガリスの王妃が、エレインの美しさをねたみ、魔法の力で五年のあいだこの塔の中に閉じこめて苦しめていたもので、いつかこの世で一番すぐれた騎士によってその腕に抱き上げられるまでは、その苦しみから逃れられないのでした。ラーンスロット卿は、この美しい一糸まとわぬ王女を腕に抱き上げて、救い出すことに成功しました。  人々は感謝すると、さらに墓の中にいる竜を殺してくれるようにたのみました。ラーンスロット卿は楯をとりあげ、その墓に行きましたが、金文字で次のように書いてあるのを見ました。 「王の血縁の豹がここに来よう。豹は竜を殺すであろう。その豹はこの国で獅子をもうけるであろう。その獅子はすべての騎士よりすぐれた者となろう」  持ち上げられた墓の下から、恐ろしい竜が火をふきながら出てきましたので、ラーンスロット卿は剣をぬき、長いこと竜と戦ったのち、これを殺しました。そこへ、アリマテアのヨセフの近親者であり、エレイン王女の父親であるペレス王がやって来て、ラーンスロット卿に礼を言い、城内へ案内しました。  そのとき、城の窓から一羽の鳩が、口に金の香炉《こうろ》をくわえて入って来ましたが、この世のものとも思われぬ香りがあたりにただよいました。すると卓上にさまざまなすばらしい料理や酒があらわれ、美しい娘が両手で金の杯《さかずき》をささげてはいってきました。王も、その場にいた者も、全部ひざまずいて祈りをささげました。ラーンスロット卿がたずねますと、王はこう答えました。 「今あなたがごらんになったものは、聖杯なのです。この世の最高の宝です。しかし聖杯が円卓をまわるとき、円卓は解散することになるのです」  エレインとの間にガラハッドをもうける[#「エレインとの間にガラハッドをもうける」はゴシック体]  ラーンスロット卿は、この城でしばらく暮らしていましたが、ペレス王は、娘エレインとラーンスロット卿が床を共にするよう心をくだいていました。ペレス王は先を見こしており、二人の間にできる息子が、ガラハッドという名のりっぱな騎士となり、その子が聖杯を手にいれることがわかっていたからでした。  ブリーセンという魔法使いの女が、王の意志にそうような計画をたてました。それはラーンスロット卿が愛しているグウィネヴィア王妃の持っているのとそっくりの指輪を、使いの者がラーンスロット卿に見せて安心させ、夜になってカーゼ城まで連れ出すというものでした。計画通りラーンスロット卿は、王妃に会えるのを喜び、夜その城へとしのんで行きました。床にはいっていたエレイン姫をグウィネヴィア王妃と思いこみ、しっかりと両腕に抱いたのでした。エレイン王女は、今夜のうちに自分の胎内に、すぐれた騎士となるガラハッドが宿ることを知っており、また、すぐれた騎士ラーンスロット卿に愛されたことを喜んで、翌朝遅くまで床にいたのでした。  ラーンスロット卿が、窓を開けますと、すべての魔法が消えました。朝の光の中で、グウィネヴィア王妃と思い込んでいたのが、実はエレイン姫であることがわかり、ラーンスロット卿は剣を取りました。すると、エレイン王女はベッドから飛びおり、その前にひざまずきました。 「どうぞ、わたしを殺さないでくださいませ。わたしの胎内には、あなたの子が宿っています。この子は気高い騎士となるのです。わたしはエレイン、ペレス王の娘でございます」 「あなたのなさったことは許しましょう。しかし、あなたとわたしの仲に魔法をかけた女、ブリーセンは許せない」  ラーンスロット卿は、服装を整え、エレイン姫にやさしくいとまを告げると、その城をたち去ったのでした。エレイン王女は、間もなく赤子を産み、ガラハッドと名づけられましたが、これはラーンスロット卿の洗礼の時の名前でした。  ラーンスロットの発狂[#「ラーンスロットの発狂」はゴシック体]  やがて、ラーンスロット卿がペレス王の娘エレインに子を産ませたといううわさが、アーサー王の宮廷にひろまりました。グウィネヴィア王妃は怒って、不実もの、とののしりました。ラーンスロット卿は、魔法の力で王妃の姿を借りたエレインと、床を共にしたいきさつを語りましたので、王妃はしかたなくラーンスロットを許しました。  フランスに遠征していたアーサー王は、本国に凱旋しますと、大宴会を催しました。エレイン王女は、二十人の騎士と十人の貴婦人と侍女ら全部で百騎におよぶ供を従え、すばらしく豪華に装って、この宴会にやって来ました。円卓の騎士たちは、ほとんど王にならって、美しい豪華なエレインに、あいさつをしましたが、ラーンスロット卿だけは、王女にあいさつもしなければ、話しかけもしませんでしたが、心の中ではだれよりもエレインを美しいと思っていました。エレイン王女はラーンスロット卿が、声をかけてもくれないので悲しく思い、しばらくして、ラーンスロット卿が仕えているグウィネヴィア王妃にひき会わされましたが、ねたみの心も加わって、胸は苦しいほどでした。 「ブリーセンよ、わたしは死にそうです。わが子の父であるラーンスロット卿の、あのつれないそぶりを見ますと、胸がはりさけそうです」 「落ちついてください、王女さま、今夜、あの方とごいっしょに休まれるようにしてさしあげますから」  夜になりますと、グウィネヴィア王妃は、エレインの休む部屋を自分の隣にするように言いつけました。そしてラーンスロットを呼ぶと、 「今夜わたしの部屋にいらっしゃい。あなたがエレイン王女の寝床に行くのは許しません」 「王妃さま、それはむごいお言葉、王妃さまとのお約束はいつも守っているではありませんか」  ラーンスロット卿と王妃の間のその夜の約束を、ブリーセンは魔法でさぐってしまい、王妃の使いの者に化けるとブリーセンは、ラーンスロット卿を起こして、エレイン王女の寝床へと連れて行ったのでした。エレインは大へん喜びました。ラーンスロット卿も喜びにあふれていました。なぜなら、愛する別の人を抱いていると思っていたからでした。王妃は、夜中になると、侍女をラーンスロットの部屋へむかえにやりましたが、床には、その姿がなかったという報告を受けると、王妃は気も狂わんばかりに身もだえし、五時間近くも暗い寝床の上で、もんもんとして眠れませんでした。ラーンスロット卿は、エレイン王女と愛をかわしてから眠りにおちましたが、夢を見て王妃との情事の喜びの寝言を、大きな声で口ばしりました。隣の部屋でそれを耳にした王妃は、怒りと苦しさのあまり、大きなせきばらいをしましたので、ラーンスロット卿は目をさまし、それが王妃のせきばらいだということに気づき、自分の横に寝ているのが王妃でないことがわかりました。  ラーンスロット卿は、シャツ姿のまま飛び出していきますと、廊下で王妃と顔が会いました。 「裏切り者、宮廷から出ておいき。二度とわたしに顔を見せないでおくれ」  この王妃の言葉に胸をさされたラーンスロット卿は、気を失い床に倒れました。それから出窓を飛びこえ、庭に出ていばらのとげに傷つきながら、いずこともなく走り去り、二年のあいだ、だれもそのゆくえを知りませんでした。  王妃がひどくラーンスロットをののしる声を聞いたエレインは、部屋から出てくるとこう言いました。 「王妃さま、なんとひどいことをなさったのです。あなたはラーンスロット卿の気を狂わせておしまいになりました。王妃さまこそ、夫のある身で不義を犯されているのです。あんなごりっぱな王がいらっしゃいますのに——あなたさえいらっしゃらなければ、わたしはラーンスロットさまの愛をぜんぶわたしのものに出来たでしょう。わたしにはあの方の子もいるのですから」 「ラーンスロットを愛しているのなら、その秘密はあばかぬものです。あなたはすぐ、ここから出て行ってください」  グウィネヴィア王妃はこう言いましたが、気が転倒し、悲しみと怒りとで気を失って倒れてしまいました。  聖杯の功徳で狂気が治る[#「聖杯の功徳で狂気が治る」はゴシック体]  アーサー王は二十三人の騎士に頼んで、ラーンスロットを探させましたが、すぐに見つけることは出来ませんでした。ラーンスロット卿は錯乱状態のまま、土地から土地へ駈けめぐり、森の果物や谷川の水を飲みながら、さ迷いつづけていたのでした。猪に傷つけられたり、人を傷つけたり、ある者は手や足を折られたりして人々に恐れられていましたが、体も理性も弱っていき、気高かった騎士としてのおもかげはなく、まるで別人のようでした。やがてある日、あてどなくさ迷うラーンスロット卿の足は、偶然にもエレイン王女の住むカーボネックの町に向かっていったのでした。  その日カーボネックでは、カスター卿が騎士に叙任されるので祝宴があり、町はにぎわっていました。よそ者の浮浪者のような気違いラーンスロットは、からかわれおもしろがられて、道化の服を着せられると城に連れて来られました。疲れたラーンスロットが、庭の泉のほとりで眠っていますと、気づいた侍女に案内され、エレイン王女がやって来ましたが、変わり果てていてもまぎれもなく愛するラーンスロットであることを認め、うれしさとあわれさとでその場に泣きくずれてしまいました。エレイン王女は、父王を呼びに行かせ、侍女のブリーセンが、眠っているラーンスロット卿に魔法をかけると、人々は塔の中へと運んで行きました。聖杯が安置された部屋へ連れていかれ、僧侶が聖杯のおおいをとりますと、聖杯の奇蹟と功徳によって、ラーンスロット卿は元の体にもどることが出来たのでした。  ラーンスロット卿は正気にかえりますと、アーサー王の宮廷へもどれぬ身であることを思い、エレイン王女に住み家を自分のためにいただけるよう父王に願ってほしいとたのみました。鉄のさくと、広く美しい水で囲まれているブリアント城に、騎士二十人、貴婦人二十人に囲まれ暮らすことになりましたが、ラーンスロット卿はここを「|喜びの島《ジヨワイユーズ・イール》」と名づけ、自分のことは「|罪をおかせる騎士《シユヴアル・マル・フエ》」と呼びました。しかし息子ガラハッドが十五歳になったころ、ラーンスロット卿はキャメロットのアーサー王宮廷にもどってきたのでした。 「そなたのような者が、なぜ気など狂ったのであろうか——」  アーサー王にこう言われ、ラーンスロット卿は、 「わたしのしたことが愚かなことであっても、わたしは求めていたものを得たのです」 と答えましたが、宮廷の人々はかれの気を狂わせた原因は何なのかを知っていました。グウィネヴィア王妃は喜びに涙を流しながら、二人の会話を聞いていました。 「アストラットの美しき乙女」エレインの失意[#「「アストラットの美しき乙女」エレインの失意」はゴシック体]  聖母被昇天祭《せいぼひしようてんさい》(八月十五日)の十五日前に、アーサー王は祭りの当日、キャメロットで大馬上槍試合を開催するおふれ[#「おふれ」に傍点]を出しました。大勢の騎士がキャメロットを目ざして集まって来ましたが、湖のラーンスロット卿も姿を隠しながらキャメロットに馬を急がせており、たまたま夕方にアストラットの町の豪族ベルナルド卿の屋敷にやって来ました。ベルナルド卿はラーンスロットを知りませんでしたが、その風采と人柄のりっぱなことに感じ入り、丁重にもてなしました。 「あなたのようなりりしい騎士の方には、めったにお目にかかれません。お申し出の楯をお貸しいたしましょう。騎士に任ぜられたばかりの息子ラヴェインを、試合の会場までお供させることをお許しください」  ベルナルド卿には、エレイン・ル・ブランという美しい娘がいました。「アストラットの美しき乙女」といわれていましたが、ラーンスロットを一目見て熱烈な恋におちてしまいました。 「どうぞ試合のとき、わたしのかたみ[#「かたみ」に傍点]をつけて戦ってくださいませ」  王女はこう言って真珠でししゅう[#「ししゅう」に傍点]した朱色の片袖を、ラーンスロットに渡しました。 「わたしの兜につけましょう。しかしそうすればあなたの愛情に報いたことになりますね」  ラーンスロットは、そのかたみ[#「かたみ」に傍点]をつければ円卓の騎士たちに見つからず、変装できると思ったのでした。 「あの赤い袖をつけて、すばらしい活躍ぶりを見せている騎士は、いったい何者だろう?」  円卓の騎士たちは、それがラーンスロットであることに気づきませんでした。ラーンスロット卿はすさまじい剣さばきをみせ、円卓の騎士たちを敵にまわして戦いましたが、ボース卿、エクター卿、ライオネル卿がいっしょに突進して三人の槍が束になってラーンスロットの馬を倒すと、一本の槍が楯を通して脇腹にささりました。ラーンスロットは馬をとばし森へ入ると、体に残った槍のきっ先をラヴェイン卿にひきぬいてもらいましたが、血がふき出し、さしもの勇者も気が遠くなって、治療が必要となり、隠者の庵へたずねて行ったのでした。  アーサー王と円卓の騎士たちは、試合が終わるとぜんぶロンドンへ帰って行きましたが、途中アストラットに寄りました。ベルナルド卿の屋敷でもてなしを受け、ウィンチェスターの試合の模様や、すばらしい戦いを見せた騎士のうわさが出ました。 「その方は、わたしの恋人ですわ」  アストラットの王女は言いました。 「赤い袖を兜につけた騎士がだれなのか、ご存じなのですか!」  ガウェイン卿がたずねました。 「いいえ、お名前も知りませんし、どこからいらしたのかも知りません。でもわたしがあの方を心からお慕いしていることだけは、神かけてほんとうだとお誓いいたします」  ガウェイン卿は、その騎士が残していったという楯を出され、そこにラーンスロットの紋章があるのを見たのでした。 「あなたが愛されたのは、世にもすぐれた騎士です。わたしは二十四年間つき合っていますが、あの人が馬上試合で、いかなる婦人のかたみ[#「かたみ」に傍点]もつけて戦ったのを見たことはありませんでした。しかし、いまあの人は、重傷を負っているはずです」  この言葉を聞くとアストラットの王女は、心配のあまりラーンスロットを探しに出かけてしまいました。王女はウィンチェスターをくまなく探し、森の隠者の庵で、やつれ青ざめて寝ているラーンスロットの姿を見ると、気絶してしまいました。  エレインが正気になると、ラーンスロットは口づけし、王女を抱き起こしました。エレインは片時もラーンスロットから離れず、昼も夜も介抱し、こまやかな世話をしたのでした。その甲斐あってラーンスロット卿の体は、元のように回復していきました。探しに来たボース卿から、兜に赤い袖をつけて戦ったのをグウィネヴィア王妃が怒っていることを教えられ、ラーンスロットは困りましたが、アーサー王の宮廷へ帰る決心をしたのでした。  出発の朝、エレイン王女は悲しげにこう言いました。 「ラーンスロットさま、どうぞわたしをあわれとお思いになってくださいまし。わたしの夫になっていただきとうございます」 「お心はありがたいのですが、わたしは一生、結婚はしないつもりなのです」 「それならわたしの恋人になってくださいませ」 「そんなことは出来ません。お父上や兄上のご親切をふみにじることになりましょうから」 「ああ、わたしはあなたを想い、こがれ死にするより他はないのですわね」  そして悲鳴をあげると、気絶してしまいました。  兄のラヴェイン卿が、父に向かって言いました。 「エレインとラーンスロット卿とは清い仲です。エレインはわたしと同じなのです。ラーンスロット卿に会ってから、もう離れられなくなったのです。幸いわたしは騎士ですので、どこまでもお伴していきます」  ラーンスロットは、ベルナルド卿に別れをつげると、ラヴェインを連れてウィンチェスターにもどって来ました。王妃は口もききませんでした。アストラットの乙女は、ラーンスロットに別れた悲しみのあまり、食べもせず眠りもせず、恋いこがれ、十日ののちに体は弱り、死を待つだけとなりました。エレインは父に手紙を書いてほしいとたのみました。 「どうぞそれをわたしの右手に持たせてください。それからわたしに美しい衣装を着せてベッドに寝かせ、船に乗せてテムズ河に流してくださいませ」  その願いを父は聞き、船をこぐ一人の男をつけて、船をテムズ河に流したのでした。アーサー王と王妃とはちょうど窓辺で話し合っていて、この船に気づきました。騎士たちを連れて見に行きますと、美しい乙女の死体が豪華な金糸の布におおわれ、横たわっているのが目に入りました。右手ににぎられている手紙を開けてみますと、次のような文句が書き記されてありました。 『気高き騎士ラーンスロットさま、あなたさまへの恋ゆえに、死が二人の間をさいてしまいました。わたしはあなたさまを恋い慕っておりました。わたしは〈アストラットの美しき乙女〉と呼ばれていた者でございます。どうかみなさまがた、わたしの魂のために祈ってくださいませ。わたしは純なままでこの世を去ります。ラーンスロットさま、比類なきお方、どうぞわたしの魂のために、お祈りくださいませ』  この手紙の言葉を聞いた者はみな泣いてしまいました。ラーンスロットはアーサー王に言いました。 「王女の死を心よりいたみます。美しい人でしたし、心もやさしい人でした。しかしこの人のわたしへの愛は、あまりにも激しすぎました」  するとグウィネヴィア王妃は言いました。 「少しでもあなたがやさしくしてあげたなら、死なないですんだかも知れませんね」 「ああ王妃よ、わたしは愛せと無理に言われてもできません。愛は自然に心から湧き出るものなのですから」  こうラーンスロット卿が言いますと、アーサー王はうなずき言いました。 「騎士の愛情は、心の中で自由なものだ。しばろうとすれば、そこから逃げようとするであろう。だが、この美しい乙女を手厚く葬ってやろうではないか」  しばらくして王妃は、ラーンスロットに、怒っていたことをあやまりました。 「わたしはいつも王妃さまを許さないわけにはいかないのです。どんなにわたしが悲しむことになっても——」 「これからの試合には、わたしの金色の袖を兜につけて出るようにするのです」  この王妃の命令をこれよりのち、ラーンスロットはずっと守ったのでした。   6 美しい手の騎士ガレス  見知らぬ貴公子[#「見知らぬ貴公子」はゴシック体]  ある年のこと、アーサー王はウェールズのキンケナドンの城で、「聖霊降臨祭《ペンテコステ》」の祝宴を催すことにしました。この祝祭で王は、なにか大きな不思議を見るか聞くかしなければ食卓につかぬ風習でしたが、正午ちかく、馬に乗った三人の男と徒歩の小人がやって来るのを窓から見たガウェイン卿は、王と円卓の騎士百五十人に、食卓に着くように言いました。  まもなく広間に、りっぱな二人の男の背にもたれかかるようにして、弱々しいが美しい容貌をした品のある青年が入ってきました。しかし無言のまま高い台にすっくと立つと、アーサー王に三つの願いを申し出ました。一つは、一年のあいだ宮廷で飲食することを許されたいということ。あとの二つは一年経ったとき、あらためて願うというのでした。アーサー王はそれを許し、名前を尋ねましたが、青年は答えませんでした。そこで国務長官のケイ卿に、上等の飲食物を与え、面倒をみるように命じました。 「馬と鎧を願うならまだしも、飲み食いの許しを頼み、名前さえ名乗れぬとは、卑しい出の者のようだ。大きくきれいな手をしているようだから、ボーマン(美しい手)と呼ぶことにしよう。台所に連れていって毎日肉のスープをやり、十二か月もたてば、豚のように肥るだろう」  ケイ卿はこの青年を馬鹿にするので、ガウェイン卿もラーンスロット卿も腹を立て、自分の部屋を与えようと言いますが、青年はこれを辞退して、ケイ卿の言うとおり台所に寝起きして、おとなしく仕事をしながら、一年を過したのでした。  再びめぐってきた「聖霊降臨祭《ペンテコステ》」は、カーレオンで催されました。慣例によってアーサー王は、冒険を見るまでは姿を現しませんでしたが、やがて一人の乙女が広間に入ってきましたので、王はその理由をたずねますと、乙女はこう答えました。 「貴く名高い身分の貴婦人が、赤い国の赤い王に国土を奪われ、ある城に幽閉されております。王さまの宮廷には大勢の気高く強い騎士がいらっしゃるのを聞きまして、貴婦人をお救いくださる騎士を、こうして探しにまいったのでございます」  赤い王はこの世でもっとも危険な騎士の一人で、自分も危い目にあったことがあると、ガウェインは言いました。しかし乙女がその貴婦人の名前も、住んでいる国の名も言わないので、アーサー王は自分の騎士を遣わすわけにはいかないと断りましたが、その時、ボーマンが進み出てこう言いました。 「王さま、十二か月のあいだ、台所に住まわせていただき、感謝いたします。いまこのように身体も丈夫になりましたので、ここで他の願いごともお頼みいたしたく存じます。二つ目の願いとして、この乙女が頼みました冒険を、わたくしにお申しつけください。三つ目として、ラーンスロット卿の手で、わたくしを騎士に任命して頂くお許しと、そのおとり計らいとを、なにとぞお願い申しあげます」  王はそれらの願いごとを聞き入れましたが、乙女はボーマンを台所働きの青年と思って軽蔑し、ほかの騎士が現われないことに腹をたてて、馬で立ち去ってしまいました。運ばれてきた武具鎧を身につけたボーマンの見事な騎士ぶりは、並み居る人々を驚かせました。ボーマンは王に別れを述べ、ガウェインとラーンスロットに挨拶すると、いそいで乙女の後を追って宮廷を去っていったのでした。  ボーマンが、ケイ卿、ラーンスロット卿と戦う[#「ボーマンが、ケイ卿、ラーンスロット卿と戦う」はゴシック体]  ボーマンは馬上豊かな騎士に見えましたが、楯も槍も持っていませんでした。 「あの台所働きの男に、このわしが分かるかどうか試してやろう」  こう言うとケイ卿は、ボーマンの後を追い、槍で突きかかっていきましたが、剣でおしかえされ、あげくの果てに脇腹をさされて、馬から落ちて重傷を負ってしまいました。 「あなたが、アーサー王宮廷の、作法知らずの騎士であることは知っていますよ」  ボーマンはこうやり返し、ケイ卿の槍と楯とを取り上げると、馬に乗ってたち去ろうとしました。この時、乙女とその場に居合わせたラーンスロットが自分に近づいてくるのを見たボーマンは、一騎打ちを申し込みました。二人は猪のように激しく槍で突きあい、馬から落ちると徒歩で打ちあい、戦いつづけましたが勝負がつかず、ラーンスロットの提案で、引き分けになりましたので、ボーマンはこう言いました。 「それではお頼みいたしますが、あなたの手で騎士に任命して下さい」 「よろしいお引き受けいたそう。だがその前に、お名前といずれの出であるのかをお聞かせいただきたい」 「わたくしの名はガレス、ガウェイン卿と父母を同じくするものです」 「あなたが飲み食いの願いだけのために、宮廷にやって来たとは思っていなかったが、それを聞いてとても嬉しい」  その場でラーンスロットに、騎士の位を授けられたガレスことボーマンは、また乙女の後を追っていきました。しかし台所の悪臭がすると言って、ボーマンは乙女に退けられます。 「わたしはアーサー王にお誓いしたのです。ですから、この冒険を達成するか命を失うか二つに一つなのです」  こう言うとボーマンは、乙女のそばを離れずどこまでもついていくのでした。  二人は川にさしかかり、見ると向こう岸に二人の騎士がいましたが、ボーマンは一人と戦い、川の真ん中で落馬させて殺し、岸にあがると、もう一人を難なく切り倒してしまいました。まだ軽蔑の言葉を言いつづける乙女に、ボーマンは無言で従っていくうちに、二人は暗黒の国へと入っていきました。生えているサンザシの木も黒なら、掛かっている旗も黒、槍も楯も黒、絹で覆われた馬も黒、そしてそばの石さえ黒でした。  ボーマンが黒騎士、緑の騎士、赤騎士を戦いで破る[#「ボーマンが黒騎士、緑の騎士、赤騎士を戦いで破る」はゴシック体]  黒の武具に身をかためた黒の国の騎士は、近づいてくると乙女にこうたずねました。 「そやつはアーサー王のところから連れてきた、お前の騎士か?」 「いいえ、これはアーサー王の台所働きの男で、わたしの騎士ではありません。わたしについてここまで来る途中、二人の騎士を水のなかで殺すという、不幸をもたらす男です」 「それならお前は、この貴婦人から立ち去るがよい。台所の下男など、この高貴な方と一緒に、馬を並べて歩くなど不届きなことだ」  黒騎士と乙女とのこうした言葉を聞いて、ボーマンは怒りを覚え、こう言いました。 「わたしはお前などより、生まれも身分も高いのだ。このことを、お前の身体でわからせてやろう」  この言葉に黒騎士は剣を抜き、ボーマンに切りつけ深手を負わせましたが、かれもひるまず反撃し、一時間半にわたる戦いのすえに、黒騎士は力つきて馬から落ち、息絶えてしまいました。ボーマンは黒騎士から、そのりっぱな鎧をぬがせて着ると、乙女に台所の匂いがするとまだ悪口を言われながらも、なおもその後についていくのでした。  すこし行ったところで、馬も鎧もみな緑の騎士に出会いました。 「乙女よ、お前の連れているのは、わたしの兄の黒騎士パーカードか?」 「いいえ、これはアーサー王の台所働きの青年で、あなたのお兄さまを殺した不幸をもたらす男です」 「ああ、なんという不幸か、兄は高貴な騎士であったのに。おのれ残酷な人殺しめ、目にもの見せてくれよう」  緑の騎士は緑の楯をかざすと、緑の槍で突きかかってきました。ボーマンはこれに対抗して槍で戦ううち、槍はともに折れ、馬から落ち、こんどは徒歩で剣を抜いて激しく打ち合いながらともに深手を負い、血潮はあたりを赤くそめましたが、勝負はなかなかきまりません。しかし最後に緑の騎士は強打を受けて膝をついてしまい、降伏して慈悲を願いました。ボーマンは緑の騎士が、三十騎を連れ忠誠を尽くすという誓いを入れ、命は助けました。  その夜はこの緑の騎士の館に泊まりましたが、乙女は相変わらず、ボーマンを軽蔑して、同じ食卓の席につくことすらしませんでした。よく朝、森をぬけるとき、ここから危険な道になるのだから、ついてくるなとも言いましたが、ボーマンはそれでも乙女に従っていくのでした。  少し馬を進めていきますと、二重堀がめぐらされた中に、雪のように白い塔がそびえ立ち、そこには色とりどりの五十の旗が並んでいました。この城の主である赤騎士は、武装した騎士とお供の小人と乙女とが、こちらにやって来るのを窓から見ていました。  ボーマンが黒の鎧をつけているので、兄かと思った赤の騎士は、それが黒騎士の兄を殺し、緑の騎士の兄も降伏させた者であるのを知ると、一騎打ちをいどんできました。二時間あまりのあいだ、二人は大地を血潮で赤くそめながら戦い、最後に赤騎士は地面におさえつけられて首を切られるところでしたが、六十騎を連れて忠誠を尽くすと言う言葉を入れ、ボーマンは赤の騎士の命も助けたのでした。  次に出会ったアーサー王の次に強いといわれるインドの騎士を、ボーマンが戦って破ったときに、乙女ははじめて、これまでの侮辱にたえぬいたボーマンは、高貴な生まれの者であるに違いないと認めて、無礼な態度をわびたのでした。  赤の国の赤騎士を破り、乙女の姉を救う[#「赤の国の赤騎士を破り、乙女の姉を救う」はゴシック体]  乙女は名前をリネトと名乗り、姉のライオネスが二年近く、悪逆な赤騎士の危険の城に幽閉されていることを語りました。また赤騎士の城の大木に、四十人に近い騎士が首をつられて下げられているのは、アーサー王の騎士の一人に自分のレディの兄を殺された仇を打つためで、ラーンスロットかガウェインがやってくるまで、人質を救いにくる者を、次々と赤騎士が殺していたことがわかりました。そこでボーマンは、いままでアーサー王にすら隠していた身分を明かし、名前はガレス、父はオークニーのロト王、母はアーサー王の姉モルゴース、ガウェインとアグラヴェインそしてガヘリスは兄に当たると言いました。  赤騎士の力は正午まで増し、七人力になるのですが、ボーマンはすぐに木にかかった角笛を吹きならしました。すると赤騎士が、赤の鎧に赤い槍と楯を手に赤馬にのって城門から出てきて、一騎打ちがはじまりましたが、戦いは正午を過ぎても終わらず、二頭の獅子のように血にまみれて戦いつづけ、突きあい、刺しあい、転倒し、失神し、ボーマンも命が危ないとみえました。そのときリネトが声をはりあげ、姉のライオネスが泣いていると叫んだその声に励まされ、ボーマンは力をふりしぼり、相手の首を切り落とさんとしました。大勢の貴族たちが助命をもとめたので、ライオネスを釈放すること、アーサー王の宮廷で慈悲をねがい、この戦いのことを報告するということを条件にゆるしたのでした。  ボーマンは美しいライオネスが自分を喜び迎えてくれると思いましたのに、城内にはいったときに聞いた言葉は、苦労のあとでは冷たく響くものでした。 「ボーマン卿とやら、武者修行にすぐお出掛けなさい。一年のあいだ人々の尊敬にあたいすることを行うならば、良い知らせが得られましょう。わたしはあなたさまに、誠を捧げることをお誓いいたしましょう」  ボーマンは落胆しながら新たな試練に出掛けていきましたが、ライオネスは彼に深い愛情を感じていたのでした。彼女は近くの城の女王に変装してボーマンと会い、二人は愛を確かめ合うのでした。妹リネトは二人の性急な愛を、幾度か魔法の騎士に襲わせてさまたげますが、再び「聖霊降臨祭」がめぐってきて、アーサー王の宮廷に集まる時になり、母のモルゴース王妃も十五年ぶりにわが子ガレスに会いに来ていることがわかりました。ボーマンはライオネスに、アーサー王が馬上槍試合を催しその勝利者に褒美を与えることを約束してもらいました。  ボーマンはライオネスに不思議な力のある指輪を貰い、このお陰で試合中、緑、青、赤とさまざまな色に変り、一騎打ちの相手を混乱させて活躍します。最後に戦いはじめた騎士は手強く、二時間たっても勝負がつきません。そのときリネトが「ガウェイン卿、弟君のガレス卿との戦いをやめられよ」と叫びました。二人は兜をぬぐと認めあい、抱き合って再会を喜ぶのでした。  アーサー王とグウィネヴィア王妃、母のモルゴース王妃、壮麗な円卓の騎士たちの居並ぶまえで、若く気高く強い騎士ガレス卿と美しいレディ・ライオネスとは、愛情をたしかめあい、アーサー王の取り決めにしたがい、次の「聖ミカエル祭」の日にウェールズのキンケナドン城で結婚式をあげたのでした。緑の騎士、赤騎士、インドのパーサントたちも華やかに飾った何百という軍勢を引き連れてかけつけ、祝賀に参加したのはもちろんでした。   7 トリストラムとイソウドの悲恋  典型的な中世ロマンスの恋物語[#「典型的な中世ロマンスの恋物語」はゴシック体]  中世ロマンスとしてもっともよく知られるこの悲恋物語は、断片的な形で十二世紀のはじめごろに、恋愛詩人《ミンネジンガー》や吟遊詩人《トルバドウール》によって竪琴に合わせ、貴族の館の宴《うたげ》の席などで朗誦されていました。そのたびに物語は発展し、修飾されていって、一つの完成した形になっていったようです。ケルト伝説やブリテンの題材が基と言われていますが、フランスに伝えられドイツを通って逆にイギリスにイタリアにと広がっていきました。十二世紀のアングロ・ノルマンの詩人トマやノルマンディの詩人ベルールのフランス系の「トリスタン」のロマンスと、十三世紀ごろのドイツ系のトリスタン物語のゴットフリート・フォン・シュトラースブルクやウォルフラム・フォン・エッシェンバッハのものが知られています。十九世紀にワグナーが楽劇『トリスタンとイゾルテ』を書くときに基にしたのも、このゴットフリートの現代ドイツ語訳でした。(トリスタン、トリストラム、イゾルテ、イゾート、イズー、イソーテ、イソウドと、独仏英により呼び方がたくさんあります。)  創られていくうちに、中世の宮廷風恋愛《アムール・クルトワ》の典型となり、恋人たちの愛と死の終わりが、魂と肉体の永遠の合一という宗教的神秘にまで高められて描かれていきます。  十五世紀のマロリーは、この物語をアーサー王物語の一部に組み入れ、トリストラムを、ラーンスロットと並ぶ容姿もすぐれ武芸にも秀でた円卓の騎士として描いているのですが、この二人は生まれつき孤児であることや、忠誠と敬愛を誓った主君の妃と恋におち、忠誠と愛との葛藤にひき裂かれるところが似ています。また物語で二人の騎士は、はなばなしく馬上槍試合で戦ったり、互いに恋愛について語り合ったり、密接に関係づけられています。またトリストラムの最後が、よく知られている場面とはぜんぜん異なります。トリストラムも聖杯探求に出かけるのですが、途中で断念し、イソウドに会いに伯父のマーク王の城へ行きます。そこに滞在していたある日のこと、ハープを奏でてイソウドに歌を聴かせているところへ、マーク王が入って来て、毒を塗った槍でトリストラムを背後から刺します。イソウドは看病しますがその甲斐もなく、瀕死のけいれんに苦しむトリストラムは、両腕の強い抱擁のなかで、イソウドの息の根をとめ、二人は死ぬというものです。  トリストラムの出生と養育[#「トリストラムの出生と養育」はゴシック体]  トリストラムの出生、伯父マーク王の国コーンウォールの危機を救うため、アイルランド王の使者騎士マロースと戦うこと、トリストラムが傷の治療のためアイルランドに渡ること、王女イソウドの医術で傷が治り愛が生まれること、マーク王のためにイソウドを王妃として連れてくること、船上でトリストラムとイソウドは、「愛の薬酒」を飲んでしまうこと、イソウドはマーク王と結婚するが、トリストラムと愛の葛藤があること、トリストラムはブリタニーで「白き手のイソウド」と結婚すること、騎士パロミディスの王妃への愛とトリストラムとの試合——など二百章を含む詳細な筋書が、アーサー王物語の他の筋と織りなされて展開されていますのでそれを解きほぐしながら、最後はあまりにも有名な十二、三世紀のロマンスの場面で終わることにして、「リオネスの騎士トリストラム卿とアイルランドの王女イソウドの愛の軌跡」を、この筋書に沿ってたどっていきましょう。  コーンウォール半島のはずれ、いまは海底に沈んだといわれるリオネスの国に、メリオダスという王がいました。妃にコーンウォールのマーク王の妹エリザベスを王妃に迎え、王妃はほどなく懐妊します。王に長年思いをかけていて愛を得られなかった婦人が、ある日魔法をかけて、狩りをしていた王を古城に閉じ込めてしまいました。王妃は王のゆくえを探して森に入りましたが、その時侍女に介抱され男の子を産みおとしました。しかし森の下草の寝床で冷えた母体には死期が迫っていました。トリストラム(悲しみ)と名づけるように、と忠実な家来グーヴァネルにたのんで、王妃は間もなく息を引きとってしまったのでした。  のちにマーリンがメリオダス王を古城から助け出し、王は妃の遺言に従って王子をトリストラムと命名し、養育します。七年たってメリオダス王は、ブリタニーのホウェルの王女を再び妃にしますが、王妃は、わが子に比べ、トリストラムが美しい容姿や勝れた武芸の才があるのを妬んで、毒殺を企てて見破られます。トリストラムは宮廷を後に、忠僕グーヴァネルと共にフランスに渡りました。七年のあいだにトリストラムは豊かな教養を身につけ、ハープなど楽器も上手になり、鷹狩り狐狩りなどにかけては右に出る者はなく、トリストラム卿の書といわれる狩猟の本を書いたりして、たくましい十八歳の若者に成長していきました。  フランスの王女ベリンダは、こうしたトリストラムに恋を感じましたが、トリストラムは受けませんでした。王女の愛はすぐに憎しみと変わり、父王に、トリストラムを陥れる言葉を言いましたので、このため王国から追放されてしまいました。しかし王女は、トリストラムが王宮から姿を消しますと、その悲しみのために、はかなくこの世を去ってしまったのです。死期のせまった王女は、愛していた飼い犬を形見として受けて欲しいと、トリストラムに手紙を書きました。トリストラムは、もはや父のいないリオネスには帰らず、伯父のマーク王がいるティンタジェル城を訪ねました。  トリストラムがマロースと戦い、勝つこと[#「トリストラムがマロースと戦い、勝つこと」はゴシック体]  ちょうどこのとき、マーク王はアイルランド王アグウィサンスが弟のマロースをよこし、貢ぎ物を納めるか、一騎打ちをするかと要求されて、困っているところでした。 「伯父上、どうぞわたしをあなたの騎士に任命してください。そうしてアイルランドの騎士と戦わせてください」  このトリストラムの願いを、マーク王は喜んで受けて騎士の資格を与えましたので、マロースと一騎打ちをすることになりました。  初めて騎士となった若いトリストラムと、百戦錬磨の騎士マロースは、馬上の人となり激しく戦いましたが、マロースの強打はトリストラムの脇腹を傷つけました。その槍の先には毒が塗ってあったのです。馬を降り剣をぬき、たえず流れる血潮で大地を染めながら、狂気のように打ち合って戦ううちに、若さの力で一心こめて斬り下した剣は、マロースの兜を貫き、頭の骨までくいこみました。剣の刃先が欠けて、頭蓋骨の中に残りましたが、そのまま舟でアイルランドに逃れたマロースは、岸にたどりつくとすぐに、息絶えてしまいました。アイルランド王妃は、マロースの頭蓋骨から取り出した剣の刃の先を、仇をうつ誓いと共に小箱に納めました。この試合に勝って、コーンウォールはアイルランドに年貢を納める不名誉から救われました。  トリストラムと「美しきイソウド」との出会い[#「トリストラムと「美しきイソウド」との出会い」はゴシック体]  トリストラムの毒は全身にまわり、その毒の出所に行って治すほかはないといわれ、マーク王は、トリストラムを船でアイルランドに送ったのでした。アイルランドの海岸の岩に腰かけて、トリストラムが奏でる竪琴の美しい調べは、海辺を見はるかす王城の窓辺にたたずんでいた王女イソウドの耳に入りました。王女が父に願いましたので、この竪琴ひきは宮廷に迎えられ、名前をたずねられました。そこでトリストラムは偽名を使いました。 「わたしはリオネスのもので、名をトラムトリストと申します。この間、さる婦人のために戦い、受けた傷で、少々体が弱っています」  気の毒に思った王は、王女に傷の手当てをしてやるようにと言いました。王女は傷口に毒のあることを見て、特別の薬草で洗いましたので、トラムトリストは日増しに健康をとりもどしました。王女イソウドは命の恩人であるばかりか、またとないほど美しい人でしたので、トラムトリストは愛情を抱き、王女もまたかれから竪琴の教えを受け、しだいに慕わしく思っていきました。そのころ、この国に滞在していたサラセン人のパロミディスは、王女に恋をして贈り物をしていましたが、それを知ったトラムトリストは、この円卓の騎士に嫉妬を覚えました。  あるとき王は、大馬上槍試合を催しました。試合に勝った者は、三日後にある婦人と結婚でき、その領地も得られるというおふれでした。遠くから海を越え、多くの騎士が集まって来ました。重傷の床にいたトラムトリストは、出場する気はありませんでした。しかし、そのとき、美しきイソウドが来て、こう頼んだのです。 「おおトラムトリスト、この試合に御出場ください。さもないと、パロミディスが勝利者になってしまいます」  そこで、出場は二人だけの秘密として、王女はかれを白馬に乗った白一色の騎士に装わせて、試合場に送りました。パロミディスは黒一色の騎士姿で、二人は戦いますが、トラムトリストの一撃は相手の頭部に当たり、地上に倒れましたので、わが王女イソウドへの恋をあきらめることを条件に、命を助けました。しかしトラムトリストの傷は再び開き、出血のために城へとかつぎ込まれましたが、再び美しきイソウドの介抱で治っていきました。  ある日、浴室にいるトラムトリストの留守に、王妃は部屋で剣を見つけ、刃先が欠けていることに気づいて、小箱にしまっておいた弟の傷から出た刃先を合わせてみると、ぴったりと合いましたので、かれが王の弟を殺した仇であることがわかり、王妃は怒りをもって王に復讐をせまりました。そのときトラムトリストは、実は自分はトリストラムという騎士であり、コーンウォールを救うためにマロースを殺したということを隠さずすべて打ち明けました。王はこの勇気ある若い騎士の命を奪うべきでないと思い、しかし国内に二度と足をふみ入れないという条件で、国外へ去ることを命じました。トリストラムは王女イソウドに生涯の騎士になることを誓い、王女も七年間一人でいることを約束して、指輪を互いに取り交わすと、再びトリストラムはコーンウォールへ帰ったのでした。  伯父マーク王にイソウドを連れてくる船旅[#「伯父マーク王にイソウドを連れてくる船旅」はゴシック体]  マーク王は、トリストラムが出会った冒険の話を聞き、アイルランドの王女イソウドが、美しくやさしいことを知って、かれに何事もことわらぬ誓いをたてさせてから、彼女を王妃に迎えたいので、使者としてアイルランドに行くようにと言いました。アイルランドへ行くことは、トリストラムにとって死を意味していました。しかし伯父との誓約を守るために、船出します。数日後、船は暴風にあい、イングランドの海岸、アーサー王の円卓の騎士が集まるキャメロット近くに着いてしまいました。トリストラムは無名の騎士と名乗り、幾度かの試合で、勇ましい勝利者としてアーサー王宮廷で名が知られていきましたが、ある日、宮廷にイソウドの父王の姿を見かけました。王はアーサー王を裏切ったといわれて、その疑いをはらすために、戦ってくれる騎士を探しているところでした。トリストラムは王に昔の恩を感謝し、もし自分が勝ったなら望みのものを与えて欲しいことを言って、王の身の潔白のために相手と一騎打ちをしたのでした。  トリストラムはりっぱに戦って相手を倒しましたので、王は無罪となり、喜びと感謝をあらわすために、アイルランドへ招待したのでした。王妃も王女イソウドも、王の無事とトリストラムの手柄とを賞讃し、手厚くもてなしましたので、楽しい日々が続きました。しかしある日、トリストラムは王にこう申し出ました。 「コーンウォールへ帰る日が近づきました。お約束したことをかなえていただきたいのでございます。じつは、イソウド王女を、申し受けたく存じます」  王女は、はっと目を伏せ、顔を赤らめました。 「伯父マーク王の王妃として、王女をコーンウォールへお連れ申すことを、お許しいただきたいのでございます」 「あなたが王女と結婚するなら喜んで与えるのに——しかしわたしは、あなたの望みどおりにするよう誓ってしまった。御意《ぎよい》のままに」  王女の頬からは、みるみる血の気がひいていきました。しかし父の言葉にはそむけませんでした。トリストラムも伯父に対して誓った破ることのできぬ言葉を、胸のうちでうらめしく思っていたのでした。  やがて旅のしたくがととのい、イソウドは悲しい思いで船に乗りました。王女のそばには侍女のブラグウェインがつきそっておりましたが、出発前に王妃から一つの酒壺をあずかっていました。 「婚礼の日に、マーク王とイソウドに、この薬酒を飲ませておくれ。これをいっしょに飲んだものは、身も心も一つになって、生きてるあいだも死んだ後も、永久に愛しあって離れることはないのです」  王妃はこう侍女と家来のグーヴァネルの前で言ったのでした。船はコーンウォールを指して進み、あるときはトリストラムの奏でる竪琴の音が海上に響き、あるときはテーブルをはさんで、二人はチェスの遊びにふけるのでしたが、胸の思いに手は止まりがちでした。  ある日、風ははたとやみ、太陽はますます暑く照らし、トリストラムとイソウドはやけつくような喉の渇きを覚えました。トリストラムは飲みものを探していましたが、ふとあの薬酒の入った酒壺が目にとまり、それをイソウドに飲ませると、自分も飲んでしまいました。(他の話ではグーヴァネルとブラグウェインが喉の渇きを訴えている二人に、金の壺の薬酒を飲ませてしまったことになっています。)  杯の酒を飲みほしますと、トリストラムの眼はもはやイソウドから離れられなくなり、イソウドの恋の思いは熱い炎のようにもえあがって溢れ、二人は求め合い、やけつく太陽の下でしっかりと抱き合うのでした。このときから、トリストラムとイソウドは、抗《あらが》うことの出来ぬ強い力で結びつけられてしまったのでしたが、二人を引き離そうとする運命によって、さまざまな出来事にあっていきます。夢のような恋の恍惚にひたった二人を船は運び、非情な現実の陸地に着いてしまいました。  イソウドとマーク王の結婚[#「イソウドとマーク王の結婚」はゴシック体]  船が着いたのは「|涙の城《プルール》」の港でしたが、トリストラムとイソウドはふいに捕えられて、牢獄につながれてしまいました。この城の近くを通るものはだれであれ、力と美が試されるのでした。その悪習は、城主ブルーノーと試合をして、敗れれば首をはねられ、また同伴している婦人が城主の妃より美しくなければ、同じく首をはねられるというものでした。まずトリストラムはイソウド王女を人々の前に立たせ、抜きはなった剣を手に、王女のまわりを三度めぐりました。城主も同じように自分の妃のまわりをめぐりました。イソウドの美しさはみなの一致してみとめるところでしたので、城主の妃の首をはねるのは哀れと思いましたが、トリストラムは悪習を止めさせるために、妃の首をはねてしまいました。それを見た城主は試合によって、トリストラムの婦人を得るのだと、猛り狂ったように馬を走らせ向かってきました。力のかぎり武術のつづくかぎり、二人は戦いましたが、最後にトリストラムは城主を地面に倒し、兜をとって首を斬り落としました。この戦いの間に一人の騎士が、城主の息子である騎士ギャラハッドに知らせに走り、すぐにギャラハッドは百騎をひきいてかけつけ、試合を申し込みました。しかしトリストラムは、悪習を破るために戦うのだと説明し、刀の先を手にとって、柄《え》をギャラハッドの手の中におき、戦う意志のないことを示しましたので、さわぎは納まり、トリストラムはイソウドを連れて海上に出ると、コーンウォールに上陸しました。  マーク王は、トリストラムの連れて来た金髪のイソウド王女の美しさに喜び、さっそく盛大な婚礼の式をあげました。フランスに伝わる話では、初夜、侍女のブラグウェインが妃の名誉をかばうため、また船の上で二人の恋人に薬酒を飲ませてしまった不注意の罪をつぐなうため、イソウドの代わりに新床《にいどこ》に入ってマーク王に処女を捧げたことになっています。傷心のトリストラムは祝賀の大馬上槍試合で、最大の賞讃を得る手柄をたてました。  パロミディスとの勝負[#「パロミディスとの勝負」はゴシック体]  そうしたある日、侍女のブラグウェインが、森へ薬草を摘みに行き、何者かに襲われて縛られました。運よく通りかかったパロミディスに救われ、近くの尼僧院で養生していました。王妃イソウドは森に散歩に行き、泉のほとりで侍女がいなくなったことを嘆いていますと、パロミディスが現われました。 「イソウドさま、もしあなたさまが、わたしの望みをかなえると約束をなされれば、ブラグウェインを無事にお連れいたしますが」 「まあ、そうしてくださるのなら、なんなりと望みのものを差しあげます」 「では、あなたの夫マーク王の御前で、その望みのものをお願いいたすことにしましょう」  こう言うと、パロミディスは姿を消しましたが、間もなくブラグウェインを連れもどり、マーク王の前に出て、王妃との約束の次第を述べてから、望むものとはイソウド王妃をもらい受けたいことだと言って、王妃を馬に乗せ連れ去ってしまいました。  あいにくトリストラムは狩りに出て留守でしたので、部下が後を追い戦いますが、敗れて重傷を負ってしまいました。その間に王妃は森へ逃げこんで、泉に身を投げようとしたところを、近くの城主アドサープに助けられます。王妃は城の窓からパロミディスがやって来るのを見ますと、城門を固く閉ざしてしまいますが、パロミディスは馬を下りて城門に立ちますと、体をぴったりとつけ、眠りにおちてしまいました。かけつけたトリストラムが二度も槍でつき、起こすまではさめませんでした。二人の騎士は激しく戦い、たがいに深手を負いましたが、この光景を見ていたイソウドは、気が遠くなるほど心配しました。 「ああ、一人はわたしが愛している方、もう一人はわたしの愛していない方であるけれど、そのパロミディスが、サラセン人のまま、洗礼も受けずに死ぬのはかわいそう。どうか試合をおやめくださいまし。そしてお願いです。パロミディスさま、アーサー王の宮廷にお帰りになって、グウィネヴィア王妃にごあいさつの言葉をお伝えしてほしいのです。この国には四人のほんとうに愛し合っている者たちがおります。それは湖の騎士ラーンスロットとグウィネヴィア王妃、そしてリオネスのトリストラム卿とイソウドであると——」  パロミディスは重い心で立ち去り、トリストラムは王妃イソウドを宮廷へ連れてもどりましたので、王をはじめ人々はみな喜び迎えました。  トリストラムとイソウドの逃亡[#「トリストラムとイソウドの逃亡」はゴシック体]  再び平和な生活が続くかに見えましたが、愛の神秘的な喜びを味わい、愛のしもべ[#「しもべ」に傍点]となってしまったトリストラムとイソウドの二人は、会わずにはいられませんでした。現実には伯父の妻、仕える王の妃、その方に忠誠を尽くすべき騎士との関係は、禁ぜられた不倫のものとなってしまったのです。またマーク王も二人の間に流れる熱い思いを感じて、美しきイソウドへの思いと、甥である若いトリストラムへの妬みとの感情にかられてひき離そうとし、二人の恋人のうえには、さまざまなことが起こっていきました。  あるときは監視を命じられていた騎士の密告で、窓辺で語っている二人に密会と思って王が剣で切りつけたり、貞節な婦人のみがそこから酒を飲める角盃《ホーン》で、王がイソウドの潔白を試そうとしたり、またあるときは、十二騎の騎士におそわれ、ティンタジェルの海に面した断崖の礼拝堂におしこめられて、トリストラムが窓を破って飛び出し、けわしい岩の上に倒れて傷を負ったりしました。  この時も忠義な家来グーヴァネルに助けられますが、トリストラムが逃亡したのを怒った王に、イソウドがハンセン病患者の小屋に投げ込まれたということを聞いたトリストラムは、部下たちの手をかり、王妃をその小屋から救い出しました。森に逃げた二人は、草をふいた屋根と、花々をまき散らした地面の床の上で暮らす二人だけの楽しい日日を過ごしました。しかし、その日々も長くは続かず、マーク王の部下のひとりが、鹿を追っていくうちにその隠れ家をみつけ、王に知らせてしまいました。王は供も連れず、ただひとり森へと向かいました。抜き身の剣を手に、二人を殺そうと中をのぞいた王は、緑の小枝の屋根の下に眠る二人の間に、抜き身の剣が横たえてあるのを見ました。 「二人の体を隔てているあの抜き身の剣は、二人の潔白の証拠だ。あのように二人が無邪気に眠っているのも、罪のない証拠かも知れぬ」  こう思ったマーク王は、その剣を取り、代わりに黄金づくりの柄のついた自分の剣を置き、イソウドの指に、婚約の指輪の代わりに自分の指輪をはめると、小屋の外に出ていったのでした。目がさめた二人は、王の剣と指輪とに気がつき、二人の命が王の手の内ににぎられていることを、再び恐ろしく思うのでした。  ある日トリストラムは、森に入り狩りをしていましたが、マーク王の部下に見つけられ、その毒矢を肩に受けてしまいました。小屋に帰ってみますとイソウドの姿はなく、無数の蹄《ひづめ》の跡から、イソウドが王に奪い返されたことを知って悲しく思うのでした。 「白い手のイソウド」との結婚[#「「白い手のイソウド」との結婚」はゴシック体]  トリストラムは、森の中で一人毒矢の傷に長いこと苦しんでいました。ある日、イソウドがひそかに侍女を森によこし、傷の治療には、ブリタニーへ行って、ホウェルの王女で自分と同じ名のイソウドを訪ねるとよいと教えてくれました。トリストラムは船でブリタニーへと渡り、イソウドの治療で傷は治りました。国王ホウェルはちょうど反逆者に囲まれ、苦戦の状態にありました。そこでトリストラムが加勢して全軍を盛りあげましたので、間もなく敵を破ることができました。  王は深くトリストラムの武功に感謝し、素性のいやしからぬこともわかると、自分の娘であるイソウドを、トリストラムの妻として与えることを申し出ました。コーンウォールの王妃を「美しきイソウド」と呼ぶのに対し、このやさしいブリタニーの王女は「白い手のイソウド」と呼ばれています。トリストラムは、王の厚意を断れず、王女の治療への感謝の気持ちもあって、この結婚に同意してしまいました。婚礼の式が行われ、幾月かたってもトリストラムは、「美しきイソウド」を忘れかね、「白い手のイソウド」には手もふれませんでした。美しきイソウドはトリストラムの結婚を知って嘆き悲しみ、グウィネヴィア王妃に恋人の不実を訴えました。するとグウィネヴィアの返事は、 「悲しみの後には喜びが来ます。トリストラムは魔法にかかっているので、さめれば最後には、もっと深い愛情を示すでしょう」 というものでした。  トリストラムとイソウドの死[#「トリストラムとイソウドの死」はゴシック体]  ブリタニーの国に再び戦いが起こり、トリストラムは王の軍勢を指揮し、勇敢に戦いましたが、敵の罠におち毒槍に突かれてしまいました。かろうじて城まで帰って傷の手当てをしましたが、その毒をぬくことはどんな医者にもできず、トリストラムの容体は悪くなるばかりでした。  昔、毒を薬草であらってくれたあの美しきイソウドが、いま手当てをしてくれたなら——どうかいま一度彼女に会いたい、という願いが、生死の間をさ迷うトリストラムの最後の思いでした。枕辺で看病する白い手のイソウドに、コーンウォールに使いをやって美しきイソウドを連れてきてほしいと頼みましたので、忠実な部下が迎えに行くことになりました。 「この指輪をコーンウォールの王妃に届けてくれ。死の床にいるトリストラムが王妃の救いを求めていると言ってほしい。もしお連れできたなら、白い帆をあげてくれ。もし王妃が来られないなら、黒い帆を張ってくれ」  トリストラムはこう部下に頼みました。  美しきイソウドは、ブリタニーへ渡ることを同意しましたので、船は白い帆をかかげて、一路ブリタニーへ向かったのでした。ひと時でも早く愛する人のもとへ行きたいのに、無情な嵐にじゃまをされたりしましたが、やっと船は、無事にブリタニーの港に入っていきました。  海上はるかに風をはらんだ白い帆が見えた時、白い手のイソウドは、言いました。 「船がもどってまいりました」 「帆は白か、黒か」  白い手のイソウドは、白い帆を見たのでしたが、こう答えました。 「黒でした」 「ああイソウドよ、わたしの愛する人よ——」  トリストラムはこう言うと、そのまま息をひきとってしまいました。  コーンウォールの王妃、美しきイソウドが船をおり、岸にあがった時にまず知らされたことは、愛する人の死でした。美しきイソウドは、夢遊病のように城へ歩いていってから、まっすぐにトリストラムの床へ行きますと、くずれるように冷たい亡骸《なきがら》を抱きながら、息たえてしまったのでした。  マーク王は二人の亡骸を船に乗せて、ティンタジェルまで運んでいき、墓地に葬らせました。二つの墓は離れていましたが、一夜のうちにトリストラムの墓からは、一本のつた[#「つた」に傍点]が生え、美しきイソウドの墓までのびていきました。王は家来に三度までそのつた[#「つた」に傍点]を切らせましたがむだでした。二人の墓はいつまでも一本のつた[#「つた」に傍点]にからまれ、もはや離れることがありませんでした。 [#改ページ]  第三部 聖杯探求の旅[#「第三部 聖杯探求の旅」はゴシック体]   1 ガラハッド卿  流石より剣をぬく奇蹟[#「流石より剣をぬく奇蹟」はゴシック体] 「五旬節」(過ぎ越しの祝い——ユダヤ暦一月十四日——から五十日目)の前夜のこと、一人の美しい婦人が馬を走らせてキャメロットにやって来ると、ラーンスロットに、すぐ近くの森へ来てほしいとたのみました。ラーンスロットは次の昼までには帰る約束をし、王妃に許しをもらってついて行きますと、谷間に尼僧院があり、十二人の尼僧がガラハッドを連れて現われました。この子をすぐれた騎士の手で騎士に叙任してほしいと頼まれて、ラーンスロットは式を行いました。 「よき人たれ、美しかれ」  ラーンスロットはこの言葉を、若い騎士に与えたのですが、それがわが子であることには気づきませんでした。  キャメロットに帰ったラーンスロットは、円卓の「危難の席」に金の文字が現われているのを目にとめました。 「イエス・キリストの受難から数えて四百五十四年目に、この席は満たされるであろう」  今年こそその年であることを知ったラーンスロットは、その金の文字を絹の布でおおいました。そのとき、剣がささっている大きな石が流れてきたという知らせがとどき、川に行ってみますと、赤い大理石にりっぱな剣が立っていて、その柄に金文字でこう書いてありました。 「この世で最もすぐれた騎士のほかは、この剣をぬいて身につけることは出来ない」  アーサー王はラーンスロットに、その剣をぬいてみるように言いますが、彼はその力はないとことわりました。ガウェインが試みてみましたが、剣はびくとも動きませんでした。そのほかの騎士がやってみてもだめでした。  正餐がはじまり、アーサー王と騎士たちが円卓に着いているところへ、白い衣を着た老人が、青年の騎士を連れて入って来ました。その騎士は馬にも乗っていませんでしたし、剣も楯も持たず、ただ腰に鞘を下げているだけでした。貂《てん》の白い毛皮の下に着ている、真っ赤な上着が印象的でした。 「この若い騎士は、王の血を引く者です。そしてアリマテアのヨセフの血縁の者です」  老人はこう言って、ラーンスロットの隣の席にある「危難の席」へ連れて行き、布の被いをとりました。そこには「貴公子ガラハッドの席」という文字が浮かんでいました。円卓の騎士たちは、特別の席に恐れることなく座った騎士の勇気と若さに驚きましたが、それは神のみ心によるものと思い、ラーンスロットはそれがわが子であるのを知って、ひじょうに喜びました。  王は正餐がすむとガラハッドの手をとり、川へ案内して、大理石にささっている剣を見せました。グウィネヴィア王妃も、ラーンスロットの息子ガラハッドが宮廷に来たといううわさを聞いて、大勢の貴婦人を従えて、水にただよう石の剣をかれがどう抜くかを見に来ていました。ガラハッドはその剣に手をかけ、やすやすと引き抜くと、腰に下げていた鞘におさめました。この剣は前にベイリンが不思議な乙女から手に入れたもので、弟のベイランを斬った剣でした。また自分の祖父にあたるペラム王にベイリンがこの剣で一撃を与えたため、その傷がいまだになおっていないと、ラーンスロットはその剣の由来をガラハッドに語りました。  川べりでこの剣の奇蹟を見ていた王や多くの人々の前に、急に白い馬に乗った婦人が現われてラーンスロットに向かうと、 「剣を抜いた騎士がこの世で一ばんすぐれた騎士です。それはもうあなたではなくなりました。あなたは罪ぶかい方だからです。しかし今日『聖杯』が、円卓の騎士たちの前に現われるでしょう」  こう言ってから、もときた道を去って行きました。  聖杯探求の旅への出発[#「聖杯探求の旅への出発」はゴシック体]  翌日、アーサー王は円卓の騎士たちに、悲痛な面持ちでこう言いわたしたのでした。 「われわれは聖杯探求の旅に出ることになろうが、ひとたび別れたなら、再びもとのように円卓に集まることはないかもしれぬ。別れる前にこのキャメロットの野に集まり、槍試合を行いたい。そうすればわれわれが死んだ後も、円卓の騎士たちがこの良き日に行った最後の槍試合のことを、長く世に語りついでくれるであろうから」  こう言った王の心には、探求の旅に出て行ってしまう騎士たちへの別離のさびしさと共に、若い騎士ガラハッドの腕も見ておきたいという気持ちがあったようでした。  その日はキャメロット始まって以来の盛んな試合になりました。ガラハッド卿は胸当と兜をつけ、楯はもたずに中央に構えると、一本の槍で、つきかかってくる騎士たちの槍を次々と折る早わざを見せましたので人々は驚き、口々にその武術をほめ、喝采しました。試合がすみますと、王妃がガラハッドの顔が見たいというので、兜をぬいで王妃の前に進みました。 「なんとりりしく気高い顔立ち。ラーンスロットとまるで瓜二つ。して見れば、今日の勇敢な活躍も、ラーンスロットに劣らぬのは、不思議ではない」 とほれぼれとガラハッドを見てほめるのでした。父ラーンスロットは、主イエス・キリストから数えて八代目、ガラハッドは九代目に当たり、世にすぐれた人物です、と王妃のそばに立っていた一人の貴婦人が説明しました。  王と宮廷の人々が、夕べの祈りをすませて円卓に着き、夕食をとろうとしていました。そのとき、大地が裂けるような大きな雷鳴が鳴りひびきました。すると昼間の明るさの七倍もあるような光が射し込み、人々は互いに顔を見合わせましたが、だれもが別人のように美しく見えました。だれもみんな一言も発せずにいますと、白い絹に被われた聖杯がしずかに部屋に入って来ました。その聖杯を捧げている人の姿はだれの目にも見えませんでした。広間には芳《かぐ》わしい香りがただよい、騎士たちはいままでに味わったこともない料理や飲物を味わったのでした。聖杯が部屋を通りすぎ、とつぜん消えてしまいますと、人々には言葉がもどり、ほっと息をつき現実に返ったのでした。 「騎士たちよ、いまこうした奇蹟を目の前に現わしてくだすった主の恵みに感謝しなければならない」  こうした王の言葉が終わるとすぐに、ガウェイン卿は席を立つとこう言いました。 「明朝早くここを発って、一年のあいだ、『聖杯』を各地に探し、ただいま見ましたよりも、もっと確かに『聖杯』を見るまでは帰らない、とここに誓約いたします」  ガウェイン卿は聖杯の真実をたずねたいと思うと共に、森の目に見えぬ牢から聞こえてきた魔法使いマーリンの言葉、「聖杯探求の旅に出るべき時期は近い」というあのアーサー王への伝言が、心の中に響いていたのでした。  ラーンスロットも他の騎士たちも次々と同じ誓いをたて、その数は百五十、すべて円卓の騎士でした。アーサー王は、いま円卓の騎士と別れれば、再び一同が無事で集まることはないと思い、円卓の騎士たちが解散していくことになるのを、悲しく思いました。騎士を愛している女たちは悲嘆にくれ、共に旅に出たいと言いましたが、そこに法衣をまとった年老いた騎士が現われて、こう言いました。 「聖杯探求の旅には、女性は従ってはならないのだ。けがれのない高貴な者だけが、主イエス・キリストの秘儀を見ることが出来るのだ」  自分の部屋に閉じこもって悲しんでいる王妃を、ラーンスロットはなぐさめて別れを言いました。悲しみのあまり、一夜まんじりともしなかった王に、ガウェイン卿らは別れの言葉を述べました。武装をととのえた円卓の騎士たちは、朝の礼拝をすませますと、宮廷や町の人々の涙の中を、それぞれの方向に、思い思いの道をとり、高い希望を抱いて聖杯探求の旅へと、出発して行ったのでした。  聖杯のいわれと探求の意味[#「聖杯のいわれと探求の意味」はゴシック体] 「聖杯」は、キリストが「最後の晩餐」で用いた杯《さかずき》といわれ、「これは契約のわが血、多くの人のために流すところの血なり」と言って弟子たちに与えたブドウ酒を入れた杯といわれています。また十字架にかけられたキリストから流れた血を受けた杯ともいわれています。後者に関しては、一二〇〇年ごろにロベール・ド・ボロンの書いた『アリマテアのヨセフ』という長詩に書かれていますが、それによりますと、最後の晩餐で用いられた杯が、あるユダヤ人の手からローマの総督ポンテオ・ピラトにわたされましたが、アリマテアのヨセフが十字架のイエスを降ろす許可をもらいに来たとき、かれに与えられたというのです。ヨセフとニコデムスはイエスの亡骸《なきがら》を埋葬しようとしているとき、傷口《きずぐち》から血が流れはじめたので、ヨセフはキリストの血をその杯で受けたのでした。ヨセフは自分のために作っておいた墓にキリストの亡骸を納め、杯は自分の家にしまっておきました。ヨセフは反感を持つユダヤ人のために牢獄に入れられますが、ある日ヨセフが暗い闇の中で祈っていますと、とつぜん、光を放つ「聖なる杯」を手にしたキリストが現われました。救世主はその聖杯をヨセフに渡し、「これを見る者はキリストの姿を見る者であり、永遠の喜びと大願成就を味わうであろう、そしてこの聖杯を守護する者は『三位一体《さんみいつたい》』のしるしとして、三人にせよ」と言ってから、いつくしみと恵みに満ちた聖なる言葉を与えたということです。  ローマ兵によって釈放されたヨセフは、妹エニジウスとその夫ブロンの三人で、パレスチナの地を離れます。信者たちと共同生活をするうちに、聖霊のお告げによって、この聖杯を祭壇にまつり、魂と肉体両面の養いとして信仰の中心におきました。ブロンとエニジウスには十二人の息子が出来、一ばん下のアランは兄とその妻たちと共に、キリストの言葉を伝え広めるために、西の未開の国のアヴァロンの谷へ出発したといわれており、聖杯はブロンがたずさえていたといわれています。このことは聖杯がパレスチナからはるかな西国、ブリテンの地にどうして運ばれたかを説明しています。このボロンの説に対して、「聖杯」を運んだのはアリマテアのヨセフ自身で、これはキリストの十字架刑受難の三十年ほど後のことで、ブリテンの南西部の海辺に上陸したヨセフと仲間たちは、まっすぐに陸を進み、最後にグラストンベリーの丘のふもとまでやって来たとする説もあります。グラストンベリー伝説といわれるものですが、そこで祈りのために立ちどまると、ヨセフは持っていた杖を地につきさしました。すると杖は根を下ろして芽を出して花を咲かせ、いまでも「グラストンベリーのさんざし」と言われる木となったと言うものです。ヨセフと仲間たちは、この地に教会を建てて生活を共にし、聖杯は丘のふもとに埋め、いま|聖なる泉《チヤリス・ウエル》として、たえず水が流れ出ているあたりに、聖杯はあるというのです。しかし一説には、ヘンリー八世が一五三九年にこの修道院を閉じさせたとき、聖杯はひそかにグラストンベリーの僧院から持ち出され、ウェールズの奥深いカーディガンシャーのストラータ、フロリダにあるシトー派の修道院に運ばれて保管されていたとも言われています。しかしその後、この修道院が閉鎖されたとき、修道僧に再び運び出されて、ナンテオスにあるポーウェル家にあずけられ、何世紀もの間ここに保管されていたと言い伝えられてもいるのです。ブリテンの地に来た聖杯のゆくえを追っていきますと、別におもしろい聖杯伝説の物語が出来あがっていくようです。  先に見ましたアリマテアのヨセフは、長いこと牢獄にとじこめられていたのですが、このとき聖杯を持っていたため、飲み食いする必要がなかったのでした。聖杯は盃《さかずき》でなく高つきのような皿で、聖餐式にキリストの体である聖なるパンを運ぶものという説もあります。ともあれ、聖杯が食べ物と関連づけられていたことは、先に書きましたアーサー王の広間に聖杯が現われると——騎士たちはこの世で味わったどの肉や飲みものより、すばらしい食べ物を味わったのでした——というマロリーの一節にも、また、「漁夫王」の父は十二年もの間「聖杯」が与えてくれる一枚の聖餐用のパンだけで暮らしていた、という描写にもうかがえましょう。その原因をたどっていきますと、ケルト神話の異界である|常若の国《テイル・ナ・ノグ》にある不思議な魔法の杯、大釜、大皿などと関わってくるようです。  一二〇〇年ごろのケルトの物語『タリアシンの書』の中にある「アンヌンからの分捕り品」の話、十二世紀頃のウェールズに伝わるロマンスを集大成した『マビノギオン』の物語の中などに、アーサー王が甥のクルフッフが巨人の娘であるオルウェンの愛を得るために課された試練を、仲間と遂行する話があります。  前者は魔法の大釜、後者は強い酒が出るカップ、無尽蔵に食べ物が出てくる大皿、酒をそそぐ角杯、肉を煮る大釜の四つを持ち帰ろうとする話で、大船プリドウェンに戦士たちを乗せて船出し、七回行って帰りはわずか七人となります。もちろんこの基にはケルトの神々の器、ダグダの無尽蔵の食物の大釜や、ゴブニュの飲み物の大盃、ミディールの死人を生きかえらせる大釜など、生命と再生、永遠の若さと不死を与える魔法の器具等があると考えられましょう。聖杯はキリスト教の遺物ですが、その背後にこうしたケルトの異教信仰や、さらに古典的な神秘宗教からユダヤ、ペルシア、イスラムの伝説、またグノーシス派の思想にもたどれるということで、さまざまな意味づけや象徴化がなされて、聖杯は意味深い存在になっているようです。  騎士たちが生命を賭して探求の旅に出る「聖杯」は、まず畏怖すべき神性を持ったキリストの遺品なのですが、次第に生命の秘密、深遠なその源、神秘の至高の存在となっていきます。円卓の騎士たちの前に出現した「聖杯」は、太陽のように輝いていましたが、この天体の象徴は、天国と永生を示し、生命の創造主であり、沈んでも再び現われるので、キリストの甦《よみがえ》りと不死を示すもの、「神の存在の輝き」と解釈されるようです。百五十人の円卓の騎士たちが、聖杯探求の旅に出るのですが、そのうち聖杯の出現に会うのはガラハッドと、パーシヴァル、ラーンスロットと従弟《いとこ》のボースだけで(ガウェインにも出現したとする話もあります)、あとは、冒険の途中で危険にあって生命を落としたり、あきらめて引き返したりしてしまいます。この探求の旅が騎士の武勲の獲得の旅ではなく、精神的な旅だったので、成功するための資格や条件は厳しく、それは隠者の口から語られますが、次の三つ——純潔、謙遜、忍耐——の徳だったようです。しかしそうした条件を備えている騎士でも、自らの力では神への道に達することは出来ず、神の意思によってしか、実現出来ないのでした。ラーンスロットはその人柄の気高さ、騎士精神の体現者としては不足ないのですが、王妃グウィネヴィアとの愛の罪のために、探求に成功はしていません。出現の仕方は異なりますが、童貞の騎士ガラハッドとパーシヴァルが、聖杯の栄光に浴したのでした。  赤い十字のある白い楯[#「赤い十字のある白い楯」はゴシック体]  ラーンスロットが正式の結婚ではなく、ユーサー・ペンドラゴンがアーサーを生ませたときのように、魔術にかけられてペレス王の娘エレインとの間にもうけた息子ガラハッドは、父より偉大な騎士となり、高潔のため「聖杯」の顕現に浴すことが出来ます。血統からいっても母のエレインも、父ラーンスロットの母も両方ともアリマテアのヨセフの子孫という二重の直系ですので、「聖杯」の世襲権ははじめから与えられているようです。そしてアーサー王が石より剣をぬいたように、ガラハッドも大理石から剣をぬく奇蹟を示しますし、国を荒廃におとし入れていたダビデ王の剣をぬくのもかれですし、「処女の城」で囚れた人たちを解放するというような善いことを次々と旅の間に行い、かれが武術と精神においても高いものを持っている騎士であり、探求の旅の成功へとつき進んでいけるのは、自然であるように思われます。  まず探求の旅に出た四日目に、ガラハッドが出会った冒険はこういうものでした。ガラハッドは楯を持たず馬を進めていましたが、その晩ホワイト修道院につき、一夜の宿を求め武装を解きました。修道院には先に、二人の客があり、それはバグデメイガス王とその騎士ユーウェインでした。 「この修道院には、不思議な楯があるということを聞いてまいったのですが、その楯はりっぱな騎士のみ持つことを許されるので、もしそれだけ徳のないものが持てば、三日以内に災難にあって生命を落とすか、不具になるといわれているのです。しかしわたしはこの楯で、自分を試してみたいのです」  翌朝、三人は僧侶の案内で祭壇の裏側に行きますと、雪のように真っ白な楯がかかっており、その中央には赤い十字が浮き出ていました。バグデメイガス王はその楯を手にとると、馬に乗り出かけていきました。しばらく進んで行きますと、前方から白馬にまたがった白い鎧の騎士がやって来て、二人は一騎打ちとなり槍を合わせますが、相手の槍で王は肩先を刺し貫かれ、馬から落ち、深手を負って倒れますが、命はとりとめました。白い騎士は、その楯はガラハッドが持つべきもの——と言ったかと思うと、もと来た道へ姿を消してしまいました。騎士ユーウェインからことの次第を聞いたガラハッドは、翌朝その楯を持って出かけました。しばらく行くと庵があり、そこで白い騎士に会い、白い楯の物語を聞くことが出来ました。 「この白い楯は、キリスト受難から三十二年後に、アリマテアのヨセフが持っていたものです。一族と共にエルサレムを去ってブリテンに向かう途中、サラスの国で、サラセン人と戦うイーヴレイク王のために、ヨセフの子が作ったものなのです。戦いのたびにいくたびも奇蹟を示しました。この赤い十字は、牢につながれていたヨセフが死の床で、鼻から流れ出る血で描いたもので、わが血統の最後の人ガラハッドが来るまでは、だれにもこの楯をわたしてはならぬと言い残されたのです。ガラハッドが騎士に叙任された十五日目に、この楯を手にするであろうとも語られたのです」  楯の由来を説明し終えた白い騎士は、こつぜんと姿を消してしまい、赤い十字架のしるしのついた白い楯は、これ以後ガラハッド卿のものとなったのでした。   2 パーシヴァル卿  初めて見た騎士[#「初めて見た騎士」はゴシック体]  ウェールズのスノードンの山の近く、原始林の奥深くに、少年のパーシヴァルは母親と共に暮らしていました。父はペリノアという名高い騎士でしたが、戦いで両膝に傷をうけ、この森の家に隠退して間もなく亡くなり、二人の兄も試合のときに命を落としていました。母は悲しみのあまり、あとに残された幼いパーシヴァルには、騎士や戦いのことはもちろん、森のはずれの向こうに大きな世界のあることすら知らせずに、ひっそりと暮らしていました。パーシヴァルは礼儀作法を覚えるより、鳥や獣を友として野山を駈けめぐり、一本の槍でとぶ鳥をとるというように、活発で天真爛漫な「美しい息子」(母親はそう呼んでいました)に育っていきました。  ある日のこと、パーシヴァルは馬にまたがると、三本の投げ槍を手に、畑でカラス麦をまいている人々を見に行こうとして家を出ました。すると森の中で、光かがやく紋章のついた甲冑に身をかためている、五人の騎士に出会いました。あれは天使たちにちがいない、とパーシヴァルは思い、近づいて行くとたずねてみました。 「あなた方は、天使なのですか?」 「いいや、われわれは天使ではない。騎士なのだ。アーサー王の宮廷に仕えている」 「ああ、ぼくもあなたたちと同じだといいのに。同じように輝いてりっぱだといいのに——」  パーシヴァルは、珍しそうに騎士の鎧や楯、馬の鞍やあぶみ[#「あぶみ」に傍点]をさしながら、その名や使い方をたずねますので、騎士のオーエンは一つ一つ教えてやりました。  パーシヴァルは自分も騎士になる決心をし、涙を流して止める母をふりきって、牧場へ行くと、駄馬の一頭に包みを乗せ、騎士に教わった通りに鞍の形にして、首のまわりには小枝で飾りをつくりました。 「ああ、パーシヴァルよ、行ってしまうのですね。この世の人の姿を見たうえは、止めてもだめでしょう。アーサー王の宮廷に行くのですね、そこにはすぐれてりっぱな人たちがたくさんいるでしょう。王の前で、ペリノアの子パーシヴァルだと名前を名乗り、騎士の列に加えてもらいなさい」  母は悲しみをこらえながら、パーシヴァルに田舎くさいけれど清潔な服を着せ、旅じたくをととのえてやりながら、まだ年若いわが子の門出を、人生訓を与えて祝ってやるのでした。 「もし旅の途中で、教会を見かけたなら『主の祈り』を唱えなさい。お腹がすいているとき、もし目の前に食物が並んでいたなら、ご馳走におなりなさい。苦しんでいる人は救ってあげなさい。女の人だったらできるだけ親切にしてあげるのですよ。りっぱな宝石を見たら、それを取りなさい。しかし一度手に入れたならば、惜しまず投げ出し、名誉を得るようにするのです。もし美しい婦人に会ったなら、丁重に扱い、その方の愛を得るようになさい」  パーシヴァルはやせた馬にまたがると、三本の投げ槍を手に門を出て行きましたが、その姿を見て、母は悲しみのあまり気を失って地面に倒れてしまいました。ふり返ったパーシヴァルは、母が死んだように地面に倒れているのを見たのですが、馬に鞭をあてると、見知らぬ世界へと、希望に胸をふくらませながら、走り去ってしまったのでした。  天幕の婦人に会い、美しいブランシュフルールを救う[#「天幕の婦人に会い、美しいブランシュフルールを救う」はゴシック体]  パーシヴァルは、幾日ものあいだ森の小道を、食べもせず飲みもせず進んでいきましたが、やっと少し木々がまばらになった野原まで来ますと、一つの天幕が見えました。これは母の言った教会というものかもしれぬと思ったパーシヴァルは、主の祈りを唱えました。すると入り口が開きましたので、馬から降りると中へ入って行きました。部屋には金の鎖を額に飾り、手にも金の指輪をはめた若い女の人が座っていました。パーシヴァルはその女の人の前に進んでいって、丁寧にあいさつしました。 「母が、女の人には丁寧にあいさつしなさいと言いましたので」  女の人は入って来た人に驚いたのですが、子供のような無邪気なようすに、思わずほほえんでしまいました。天幕の隅のテーブルには、ブドウ酒とあぶった猪肉の皿とが置いてありました。 「母さんは、肉と飲物を見たなら、食べてもいいと言った」 と言いながら、パーシヴァルは、幾日も食べていなかったので夢中で食べました。 「さあ、ここを早く出て行くのです。仲間のものが帰って来ると、どんな目にあうかわかりませんから」  こう女の人に言われたパーシヴァルは、 「母さんは、りっぱな宝石を見たら、それをおとりと言ったんだ」 といって、その女の人の手から金の指輪をぬいて、自分の指輪ととりかえると、また馬に乗りアーサー王のカーライルの宮廷さして急いだのでした。  そのとき宮廷では、ある騎士が王妃グウィネヴィアに無礼を働く事件が起こっていました。小姓が杯に酒を入れて運んでいるとき、いきなりその騎士が小姓の腕を打って、王妃の顔や胸に酒をはね返させてから、 「この侮蔑に復讐しようと思うものは、相手になるから牧場へ来い」  こう言うと、黄金の杯をうばって出て行ったのです。その騎士の自信にみちた乱暴ぶりに、一同は呆然としていました。  ちょうどそのとき、パーシヴァルが鞍もない小さい裸馬に乗ってやって来たのでした。 「そこののっぽさん、アーサー王はどこにいらっしゃるのでしょうか?」  こう言われた国務長官のケイ卿は、 「お見受けしたところ、あなたの乗っている馬や武具は、たいへんおもしろいものですな」  こう言いましたので、みなは笑い、この宮廷に来てから一年あまりも笑ったことがなかった少女も笑って、パーシヴァルに向かい、命さえあれば、もっとも勇ましい騎士になるでしょうと言いました。 「おまえは一年もここにいたのに、一度だって、われわれには笑顔を見せなかったではないか。こんな田舎者になぜおせじを言うのか」  ケイ卿はこう言って少女の耳を打ったので、少女は気を失って倒れてしまいました。 「牧場に一人の騎士が行ったが、そのあとを追い、その騎士と戦って金の杯をとりかえして来たなら、騎士の列に加えることにしよう」  こうケイ卿に言われて、パーシヴァルは急いで牧場へ馬を走らせました。  無礼な騎士は、馬を縦横に走らせ、威勢を示していましたが、そこに小さな駄馬に乗った田舎者の少年が来たので、命令口調で、アーサー王かさもなくば相手になるものを寄こすように伝えろ、とわめきました。 「相手になるのはおいらだよ。その金の杯を持って帰らなければならないし、お前のその馬も甲冑も欲しいんだ」  こうパーシヴァルの言うのを聞いて怒った騎士は、槍の柄を力まかせに打ち下しましたが、それより早くパーシヴァルは、先のとがった棒を投げましたので、騎士は目から頭を射ぬかれて馬から落ち、息絶えてしまいました。  田舎者の少年は、たぶんいきり立った騎士にやられてしまったのではないかと心配して、牧場にようすを見に来たオーエン卿は、パーシヴァルが例の騎士の死体から、鎧や兜をはぎ取ろうとしているのを見て驚きました。ほどき方を知らぬパーシヴァルに、オーエン卿は手伝ってやり、鎧を着せ馬の拍車の使い方を教えてやりましたので、パーシヴァルはやっと一人前の騎士としてのかっこうが整いました。しかし、したくが出来たパーシヴァルは、アーサー王の宮廷の方角ではなく、自分の勇気と力を試す道をとったのでした。しばらくして、ゴルネマンの城に着き、そこで騎士道の掟や、槍や剣の正しい使い方を教わり、馬術のけいこもして、武芸と礼儀を身につけたのでした。ゴルネマン侯は、パーシヴァルの力量を認め、騎士としての叙任式《じよにんしき》をしてやり、ここで一人前の騎士となったのでした。  若く新しい騎士は、城をあとに馬を進めて行きますと、一つの森をぬけたところに、荒れた城があるのを見てその扉をたたきました。するとやせて蒼白い顔の乙女が窓から姿を現わし、下僕が扉をあけ部屋に通されました。いま城は食糧がつき、敵方の手に落ちる寸前であり、敵の領主に結婚を迫られている乙女は、死を決意していることを聞かされました。パーシヴァルは、その乙女がゴルネマンの姪であり、ブランシュフルールという名前であることを知りました。その美しさにパーシヴァルは惹かれ、愛を得ることを約束し、その城を救うために領主と一騎打ちをすることになりました。兵士たちの戦いも始まり、はじめは形勢がわるく兵糧攻めとなりますが、風向きが変わって、運よく食糧をつんだ舟が港に着いて助かり、兵士たちの士気もあがりました。パーシヴァルは領主を討ち負かし、アーサー王の囚人となることを誓わせて命を助けました。  漁夫王の城での「聖なる槍」と「聖杯」の出現[#「漁夫王の城での「聖なる槍」と「聖杯」の出現」はゴシック体]  ブランシュフルールと共に幾日かを過ごしたのち、パーシヴァルは再び城をあとに馬を進めて、流れの早い河のほとりに来ました。近づいてくる小舟を見ると、中には、二人の男が釣糸をたれ、それをながめている白髪の老人が乗っていました。河には橋がなく、パーシヴァルはすすめられるまま、その老人の城に泊まることになりました。 「わたしはあなたの伯父に当たります。あなたの母親の兄なのです。わたしは父とこの城に住んでいますが、父は聖杯に守られ、この十二年間、一度も自分の部屋から出たことがないのです。この剣はあなたが持つ運命にあります」  王は戦いで投げ槍を両膝に受けて歩くことが出来ず、魚釣りを楽しみにし、「漁夫王」と呼ばれており、その父王は「聖杯王」と言われていました。パーシヴァルは「聖杯城」に来ていること、そしてまた自分が王と血のつながりがあることを知ってうれしく思いました。 「漁夫王」が晩餐のもてなしをしているとき、若者が白い槍を捧げて入って来ましたが、穂先から血がしたたっていました。王が話を続けていますので、パーシヴァルはその槍が何か知りたかったのですが、たずねませんでしたし、質問しようとすることを何かがはばんでいました。この槍はキリストが十字架にかけられたとき、ローマ軍のロンギウスという兵士が、キリストの脇腹を突くと、「たちまち血と水が吹き出した」という「聖なる槍」だったのです。十字軍の第一回目(一〇九六年)のころには、アンテオクにあったのですが、この町はサラセン軍に包囲され危機にひんしました。そのとき、一人の僧侶が「聖なる槍」の幻を見て、それが聖ペテル教会に埋められているのを発見しました。この槍の奇蹟によって、十字軍は再び力をとりもどして包囲軍を破ったと伝えられています。このように槍はもともとキリスト受難の道具だったのですが、次第に不死のしるし、生命の創造を司り、不毛の地に生命を与える聖なる力を示すものと信じられるようになりました。  この「聖なる槍」が入って来ると、そのあとからローソクを持った者が従い、その後に両手に「聖杯」を捧げた若者が入って来ました。「聖杯」は黄金で宝石がはめ込まれ、まぶしいその輝きは、ローソクの光を、まるで太陽の下の星のようにかすませました。そのうしろに銀の皿を持った二人の乙女が続き、この行列は広間を横切って消えてしまいました。それから三度、晩餐をとっている漁夫王とパーシヴァルの前を、聖杯は横切って行きました。パーシヴァルは槍と聖杯のことをたずねたく思いましたが、なにかが舌をしばってしまったようで、ひとつも言葉が出ませんでした。翌朝目がさめてみますと、あたりには人影もなく、昨夜の出来事が夢のように思われました。 「天幕の婦人」の騎士との戦い、アーサー王との出会い[#「「天幕の婦人」の騎士との戦い、アーサー王との出会い」はゴシック体]  パーシヴァルは再び馬を進め、森に入って行きますと、女の人が木かげで泣いており、そばには恋人の亡骸《なきがら》が横たわっていました。話のうちにこの女の人はパーシヴァルの従姉《いとこ》にあたり、かれの母に育てられたことがわかりました。彼女は、漁夫王に「槍」と「聖杯」についてパーシヴァルがたずねれば、王の傷はなおり、国土も荒地から救われたはずだと言い、もらった剣も、大切なときにくだけてしまうだろう、と予言めいた言葉を言いました。これらの不運にあうのは、パーシヴァルが母を見捨て、悲しみ死なせたことから来ていると教えられ、パーシヴァルは後悔の念とともに、「聖杯」を見つけねばならぬという決心を固くするのでした。  しばらく行きますと、見すぼらしい服装をし、髪をみだした乙女が、泣きながらやせ馬にゆられて行くのに出会いました。するとその後から一人の騎士が馬を走らせて来ると、パーシヴァルの行く手をさえぎりました。 「待たれよ、わたしは愛する乙女の指から指輪を盗み、辱めを与えて逃げた騎士を探している。わたしがその男の首をとるまでは、乙女はあのままのみすぼらしいありさまでいるのだが、その手の指輪をみせてほしい」  乙女の指輪がパーシヴァルの手にあるのを見て、騎士は一騎打ちを申し込み、二人ははげしく戦ったのでしたが、パーシヴァルは相手を槍で突き落とし、地面にたたき伏せてしまいました。パーシヴァルはその乙女に、美しい服を着てアーサー王の宮廷に出向くように約束をさせ、騎士にも宮廷に行き囚人となるよう言いわたすと、道を急ぐのでした。  パーシヴァルは谷を横切り、広い野に出ましたが、一面の雪でした。馬の足音に驚き、鷹がつかんでいた雁を放しましたので、雁は雪の上に落ちました。鳥の黒い羽根、白い雪の上の真っ赤な血——ブランシュフルールの美しい顔を連想し、パーシヴァルはもの思いにふけってじっと立ち止まっていました。そこへアーサー王と騎士の一団が通りかかり、はるか遠くにいるパーシヴァルの姿を目に留めた王は、騎士の一人にその名をたずねさせ、こちらに出向くようにせよと命令しました。騎士が声をかけても返事がなく、槍で向かっていきますと突き落とされてしまいました。ケイ卿がこんどは出向きましたが、やはり答えがなく、無礼なと思ったケイ卿が槍をふるいますと、かえって突き落とされて肩と片腕を折り、気を失ってしまいました。  これを見てガウェイン卿が、物腰を低くして、ていねいに言葉をかけました。 「失礼ながら、気高い騎士どのの冥想をお乱しいたしますが、アーサー王があなたさまのお名前をうかがい、御前にお連れいたすようにとのことゆえ、こうしてまいった次第でございます」  パーシヴァルははじめて口を開き、二人の騎士がせっかくの詩的空想を乱してしまったとその無礼をなじり、こうたずねました。 「ときに、アーサー王の宮廷には、ケイ卿という方がおられましたな?」 「いかにも、先にあなたと戦い、落馬いたしたのが、そのケイ卿です」 「ああ、それなら、宮廷で笑ったあの乙女の仇討ちが出来て、安心いたしました。わたしはパーシヴァル、ペリノアの息子です。あなたはどなたでしょうか?」 「わたしはガウェインと言います」 「ああ、あなたが優れた武芸者であられることは、わたしの耳にも入っております」  両者は礼儀正しくあいさつを交わすと、連れ立ってアーサー王の前に出ましたので、一同は丁重にパーシヴァルを迎え、宮廷に伴って厚くもてなしました。  悪魔の誘惑の試練[#「悪魔の誘惑の試練」はゴシック体]  パーシヴァルはしばらくとどまってから、再び聖杯探求の旅に出ました。森の中で、無残に斬られた騎士を棺台《ひつぎだい》で運ぶ、二十人の騎士と会いましたので、アーサー王の宮廷から来たと名のりますと、急にわっという喚声とともに襲いかかって来ました。大勢の力におされ気味のところへ、ガラハッドと思われる白い楯の騎士が現われ、加勢してくれましたので、危く一命をとりとめたパーシヴァルは、馬を失い、体には傷を負い倒れているあいだに、その白い楯の騎士は逃げる敵を追って姿を消してしまいました。  気がつくと海辺にいて、目の前の岩の下には、黒い絹でおおった舟がとまっており、中に美しい婦人がいました。 「わたしは白い楯の騎士がいた荒れた森からやって来ました。もしわたしに力を貸してくださるなら、あなたが探していらっしゃるその騎士のところにお連れいたしましょう」  パーシヴァルはこの言葉を聞き、助力を約束しますと、その婦人は侍女たちに海岸の砂地に天幕を張らせ、その中にパーシヴァルを寝かせました。目をさましますと、目の前に山海の珍味が並び、おいしい酒が出されました。その婦人が妖しい魅力にあふれて見え、パーシヴァルは誘惑に負け、その婦人のそばに身を横たえようとしました。しかしこのとき、刀の柄の赤い十字が目に入り、思わず十字を切りますと、たちまち天幕は倒れて煙となり、パーシヴァルは驚きと恐れとで、大声をあげて神に祈りました。  婦人は再び黒い舟にのると、「裏切り者」と叫び、うなるような風と共にかき消えてしまいました。パーシヴァルは一時であるにせよ、肉欲に心が乱れ、女の人の誘惑にのってしまったことを悔やみ、刀をぬくと自分の大腿部を斬り、肉体を罰したのでした。この時一人の老人が小舟で近づき、あの女は地獄の悪鬼の主領であったと教えると、いずこともなく去っていきました。パーシヴァルも身じたくをし武器を手にすると、小舟でその場を立ち去ったのでした。   3 ラーンスロット卿、ガウェイン卿、ボース卿  ラーンスロットの懺悔[#「ラーンスロットの懺悔」はゴシック体] 「処女の城」で囚人を解放し、城をあとにしたガラハッドは、荒涼とした森にさしかかりました。そこでラーンスロットとパーシヴァルに出会いますが、服装が違っているため、二人はガラハッドであるとわからず、槍を構えて向かってきましたが、二人は槍で突かれて馬から落ちてしまいます。しかしそれがガラハッドらしいと気づいた二人は、その後を追おうとしましたが、ガラハッドの姿はもうありませんでした。少し傷の重いラーンスロットは、パーシヴァルに別の道をとって先へ行くようにと言ってから、木かげで少し休み、石の十字架の建つ辻までやって来ました。そこに小さな礼拝堂があり、中には祭壇があって、六本のローソクがともっているのが見えましたが、入り口がみあたらず、ラーンスロットは道ばたの石の十字架までもどって楯を敷くと、その上に身を横たえました。  ラーンスロットは夢を見ました。白馬が二頭でかごを運び、その中に病気で苦しんでいる騎士が入っていました。病いの騎士は「聖杯」を拝することが出来ないのを歎きます。このとき、六本のローソクが十字架の前にともると、白銀のテーブルと「聖杯」が現われます。病む騎士は身を起こして手や膝を近づけ、病いが治ったと見る間に、ぱっと「聖杯」は消えました。その騎士は立って武具をつけましたが、眠っているラーンスロットのそばにあった兜と剣をとり、馬の綱をほどくとそれに乗って、 「眠れる騎士は目をさまさなかった、神の恵みにもれたのだ」 と言葉を残すと駈け去ってしまいました。ラーンスロットはここで目がさめ、いったいこれは夢か現実かと思っていると、声が聞こえてきました。       * 「石より固く、木よりも苦く、イチジクの葉よりもみのりなきラーンスロットよ、この聖なる場所から立ち去るがよい」  ラーンスロットは十字架の前に置いた兜や剣や馬がなくなっているのに気づき、また自分の罪のために言葉を発することも出来なかったことを悔いて、重い心で涙を流しながら、森の中を歩いて行きました。昼ごろ、小高いところに庵を見つけ、ラーンスロットが中に入ってみますと、一人の隠者が朝の祈祷をしていました。  ラーンスロットは名を名乗り、過去を懺悔したいと隠者にたのみました。 「この十四年のあいだ、わたしは心から王妃にはかりしれぬ愛を捧げ、今日まで成し遂げましたかずかずの武勲は、すべて王妃のためでした。王妃のためならば、善悪いずれにせよ、いかなる戦いも辞さなかったのです。しかし神のために戦ったことはありませんでした。現世の名誉と王妃の愛情を得るために、これまで戦ってきたのでしたが、それを手にしても神に感謝することはなかったのです。わたしはどのようにいたせばよろしいのでしょうか?」  隠者はラーンスロットをみとめ、あなたは騎士の中で最も尊敬を得た人であるから、神に感謝を捧げるべきであると言い、そして、 「王妃との交わりをお絶ちなさい」 と助言しました。ラーンスロットは隠者にそうすることを約束し、神の御名《みな》において、今後は騎士道に従って、高い武勲をたてることのみに専念することを誓ったのでした。  それから幾日か、この庵で隠者と共に祈ってから、ラーンスロットは再び旅を続けました。  ある夜、幻が現われ、 「起きて甲冑をつけ、最初に見た舟に乗れ」 と言いました。海辺に出たラーンスロットは、帆と櫓のない舟に出会いましたが、それが最初に見た舟でしたので、それに乗り込み、中に入って行きました。  この舟の中でラーンスロットは、日々の食糧は神によって与えられ、えもいわれぬ満たされた気分となり、日毎の祈りで聖霊の恵みに力を与えられる至福の時を得ました。ある夜ガラハッドがこの舟に乗って来て、父子は対面し、冒険や旅の話に二人は時を忘れ、幸福な半年を海上で過ごしました。しかしある日、白い騎士が岸辺に現われると、白馬をガラハッドに示し、聖杯を求めて行けと命じましたので、かれは再び森へと別れて行きました。するととつぜん、強風が起こって、ラーンスロットの舟は海上を一か月ほど流されていきました。 「聖杯」の奇蹟にあうこと[#「「聖杯」の奇蹟にあうこと」はゴシック体]  深夜、前方に城が現われ、岸からひとすじ、高い階段が城の入り口に続いていましたが、下には大海の波が逆巻いており、正面の門には左右二頭のライオンがうずくまって守っていました。とつぜん、扉が開くと、こう言う声がしました。 「ラーンスロットよ、城に入れ、お前の願いは半ば満たされるであろう」  ラーンスロットは思わず階段を上り、門に近づきますと、二頭のライオンは立ち上り襲いかかる気配をみせましたので、斬ろうとして剣をぬきました。すると、 「信仰うすき者よ、神よりも武器を信ぜんとするのか?」 という声がしたと思うと、手がしびれ、剣は音をたてて床に落ちました。ラーンスロットはひざまずき、胸に十字を切ると、こう言いました。 「わが主よ、感謝いたします。わが身の過ちをさとりました。悔い改めます」  ラーンスロットは歩を進めましたが、二頭のライオンは襲いかかりませんでした。城の中は静かで、出窓から射し込む月の光のほかには、目に入るものはありません。奥の部屋の遠くからひびいてくる、世にも美しい歌声に心が洗われるように思い、その方角に歩を進めました。 「天なる父に、喜びと栄えあれ——」  扉の前に立ったラーンスロットの耳に、歌の一節が聞こえましたので、ひざまずくと祈りました。 「わが主よ、御心《みこころ》にかないますならば、わが求むるものを示し給え」  すると扉がとつぜん開き、目のくらむような光が射しました。ラーンスロットは立ちあがり、中へ進もうとしますと、声が聞こえました。 「待て、ラーンスロット、入ってはならぬ」  思わずあとずさりしながら部屋の中を見ますと、おぼろげに美しい光景が目に映りました。白銀のテーブルに真っ赤な絹でおおわれた「聖杯」が安置され、そのまわりをたくさんの天使がとり囲んで、ローソクを持ったり、十字架を捧げたりしているのでした。聖杯の前で祈っていた僧侶は、そのそばにいる三人のうち、年の若い者を高くさしあげようとしました。僧侶が重みで倒れはしないかと心配したラーンスロットは、部屋に入って銀のテーブルに近づこうとしました。そのとき、ほのかな香りのまじった火の熱気にうたれ、ラーンスロットは気を失ってしまいました。  その日から二十四日間、生死のあいだをさ迷い、二十五日目に意識をとり戻しましたが、ラーンスロットはそばにいた老人にこうたずねました。 「なぜわたしを目ざめさせたのですか? わたしはずっと安らかな気持ちでいたかったのに——」  二十四日間の生死の苦しみは、二十四年間この世で犯した罪にたいして、神が科された苦しみだったのでした。城の人は気がついたラーンスロットに、何を見たのかとたずねました。 「口で語ることも、心で思い見ることも出来ないような奇蹟を見たのです」 「あなたの求めるものは成し遂げられたのです。これ以上探求をお続けになってもむだでしょう」  こう城の人に言われ、ラーンスロットは神の慈悲に感謝し、自分の探求の旅は終わったことを知るのでした。  アーサー王の宮廷への帰還[#「アーサー王の宮廷への帰還」はゴシック体]  このとき城主ペレスは、ラーンスロットを認めて再び会えた喜びを分かちあったのですが、王の娘でガラハッドの母であるエレインが死んだことを告げられ、深い悲しみに沈むのでした。 「王よ、あなたの娘ごの死は悲しい。美しく心やさしい方であった。そしてこの世で最もすぐれた高潔な騎士を産んでくれたのだ」  ラーンスロットは四日間、王と共に過ごしましたが、最後の日、晩餐のテーブルに、「聖杯」が現われ、窓や扉は人の手を借りず、すべて自然に閉じられていくのでした。  そのとき扉をたたく音がしました。 「この扉を開けてください」  王は立ちあがると、扉の外の騎士に向かってこう言うのでした。 「いま『聖杯』がこの部屋にあるとき、主イエスへの奉仕を怠り、悪魔に仕えて悔い改めぬような騎士が、この部屋に入ることは許されないのだ。だがラーンスロット卿はここにおられる」 「わたしはラーンスロットの弟、エクターです。神の御名《みな》において、わが兄がそこにいられるのを知り、山の隠者がわたしとガウェイン卿に告げたことは、真実であったことを知ってうれしく思います」  こう言うと、エクター卿は静かに「聖杯城」を去って行きました。  ラーンスロットは王に別れをつげると、一年はなれていたキャメロットへと道を急ぐのでした。またいくつかの冒険を重ね、アーサー王の宮廷にもどって来ますと、王もグウィネヴィア王妃も、無事なラーンスロットを見てひじょうに喜び、旅で出会った出来事や冒険の話に耳を傾けるのでした。というのは、このとき出発した円卓の騎士の約半数が、命を落としたという知らせがとどいていたからです。エクター、ガウェイン、ライオネルなどは、探求の旅にそれぞれの理由から見切りをつけてもどって来ていました。  探求をあきらめたガウェイン卿[#「探求をあきらめたガウェイン卿」はゴシック体]  ガウェイン卿は、聖杯探求をする資格が自分にないことを悟り、途中であきらめ帰ってきていたのです。キャメロットを発ってから、ガウェイン卿は長い旅のすえ、ガラハッドが白い楯を手に入れた修道院に着き、僧侶からガラハッドの不思議な冒険の話を聞きました。 「ガラハッド卿と同じ道を選ぶべきでした。これから彼を探して行動をともにし、同じ冒険をいっしょにやってみたい」  すると僧侶の一人が言いました。 「あなたはあの方といっしょにはなれないでしょう。あの方には天の恵みがありますが、あなたは罪がふかい。資格に欠けています」  こう言われてガウェイン卿が、罪をつぐなうにはどうすればよいかとたずねますと、僧侶は苦行をすべきだと言いました。 「わたしは苦行などするには及びません。冒険が仕事のわれわれ騎士は、苦しい目や悲しい目にいつもあっているのですから」  こう彼が答えますと、僧侶は口を閉ざしてしまいました。  ガウェインは幾月もぜんぜん冒険にもあわずに過ぎ、ある日エクター卿と会い、互いに冒険に恵まれぬことを歎き、他の騎士たちの上に思いをはせながら旅をつづけ、二人は荒れた礼拝堂にたどりついてそこで夜を過ごしました。ガウェインは夢に不思議な幻を見ました。美しい牧場に牡牛が百五十頭いました。ほとんど真っ黒でしたが、三頭だけは白、そのうち二頭は純白で、一頭は黒い斑点がある白牛でした。黒牛たちは、「もっとよい牧場を探そう」と言ってどこかへ行ったり、また帰ったりしていました。  この夢を解いてもらうため、山の隠者の庵を探しに行きましたが、途中の谷間で騎士と出会い、戦いの末、相手に深手を負わせますが、名前を聞けば「円卓」の騎士の一人ユーウェインでした。庵まで運ぶうちにユーウェインは息絶え、仲間を死にいたらしめたことをガウェイン卿は後悔しながら、手厚く葬りました。  隠者はガウェインの幻の意味をこう解いてくれました。 「牛は『円卓』の騎士。黒牛は罪にけがれたもの、純白の二頭は純潔で無垢であるガラハッドとパーシヴァル。黒い斑《まだら》のある白牛はボースである。ボースは童貞を失ったが、一度だけでそれ以後は貞節を守っている。『ここから出て行く』と言う黒牛たちは、罪の懺悔を行わずに聖杯探求の旅に出て行く騎士で、謙遜と忍耐の牧場に入れず、荒地へ行くことになるが、それは死を意味している」 というものでした。  ガウェインは隠者に、自分が冒険にあわぬわけをたずねますと、聖杯は罪ある人には現われないためであると言われます。真実がなく、人を斬る罪を犯している騎士たちには、「聖杯」を見る資格はないのだとも言われました。ラーンスロットも罪深いが、かれは聖杯探求の旅の途中で罪を悔い苦行も行い、人を傷つけないので彼なりに目的に達することが出来るのだ、と語る隠者の言葉を聞き、ガウェインは自分がこの探求の旅の間でも、多くの罪を犯していることを思い、これ以上旅を続けてもむだであると自分から見限って、キャメロットへ帰っていったのでした。  ボースと弟ライオネルの戦い[#「ボースと弟ライオネルの戦い」はゴシック体]  ラーンスロットの従兄弟《いとこ》にあたるボースは、旅で道づれになった僧侶と共に、道ばたの礼拝堂の祭壇の前で一夜を過ごしたとき、一子をもうけたがもはや肉欲を去ったことや、これまで犯した罪を懺悔しました。これよりパンと水で生命をつなぎ聖杯を求めるという決意を聞き、僧侶はボースの堅い信仰心と清い生活を見ぬいて、旅を続けることを力づけました。再び一人で旅をつづけ、いくたびか誘惑にもあいますが、神への信仰によってきりぬけていきました。  ある日、林にさしかかりますと、二人の騎士が馬の上に裸にした騎士をしばりつけ、両手をしばって鞭でたたきながら運んで行くのに会いました。全身から血を流しているその騎士をよく見ますと、弟のライオネルでした。すぐさま助けようとボースは身構えましたが、その時もう一つの道から、騎士が婦人を鞍にしばり駈けてくるのを見たのです。ボースは一瞬迷いましたが、婦人の悲しい叫び声を聞き、弟を助けるよりあの婦人を救うほうが先だと、とっさに判断して、槍を構えるとその騎士を追ったのでした。戦いの末、ボースの槍が相手の肩をさし貫き、婦人をその手から奪い返して城の人々にその婦人をわたし、喜び感謝する人々と別れてすぐに林へひき返しました。しかし草むらに死体のように横たわっているライオネルを見て、ボースは悲しみ、気を失ってしまったのでした。  幾日か経ち、ある城で大馬上槍試合が行われるというので、弟や「円卓」の騎士の仲間にも会えるかもしれぬと思い、ボースは出かけていきますと、森の入り口にある礼拝堂の前で、弟のライオネルが試合に出場する武装をして待っているのに出会いました。ボースは元気になったライオネルを見て喜び、声をかけますが、返って来たあいさつはこうでした。 「ボースよ、おまえはしばられて行くおれを見殺しにして、女を助けに行ってしまった。弟を見すてる無慈悲なやつは、生かしてはおけない、さあ覚悟しろ」 「ああライオネル、たしかに悪かった。だがあのとき、わたしが助けてやらねば女はどうなっていたか。すぐ助けに行かなかったことを許してほしい」  ボースは弟の馬前にひざまずいて、何度も詫びました。しかし怒り狂ったライオネルは、兄の言葉なぞ耳に入らぬとばかり、馬を躍らせ地上にいる兄をふみにじり、馬蹄の下に倒れた兄の首を落とそうとしました。  そのとき、隠者が走り出てくると、ボースの体に身を投げかけてかばいました。しかし猛り狂ったライオネルの刀は、隠者を斬り、ボースの兜をとって首を斬ろうとしました。そのとき、「円卓」の騎士コルグリーヴァンスが来合わせ、二人の間に止めに入ったのです。じゃまが入ってライオネルは悪魔に魅入られてしまったように、よけいカッとなると、激しい戦いとなって、コルグリーヴァンスをも斬り殺してしまいました。そして阿修羅のような顔を、再び兄の方に向けたのでした。ボースは、隠者を殺し、仲間の騎士まで殺した弟の罪は、神の御心《みこころ》にそむくものと思い、とうとう剣をぬき、祈りをこめて刀を弟に向けてふるおうとしました。  そのとき、どこからか声がしたのです。 「ボース、剣を引け! さもないと弟殺しとなろう」  すると二人の間に燃える火のような雲が立ちのぼり、二人の楯は焼け失せ、兄弟は大地に倒れ長いこと気を失っていました。われに返ってみると、弟が神の罰も受けず無事であるのを見てボースは喜び、ライオネルも怒りが去って、神と兄の許しを願うのでした。このときまた天から声が聞こえてきました。 「ボースよ、すぐに海へ行け! パーシヴァルが待っている」  ボースは弟と別れ、道を急ぎましたが、日が暮れて、海のほとりの修道院に泊まりました。 「ボースよ、海辺へ行くのだ!」  夢のうちに再び声を聞き、ボースはとび起きるより早く馬を飛ばし、海岸へと出たのでした。  ボースとガラハッドが舟で会うこと[#「ボースとガラハッドが舟で会うこと」はゴシック体]  海辺には白い絹におおわれた舟がありました。ボースは馬を下りるとその舟に入って行きましたが、闇のため自分一人と思い、また疲れていたので夜明けまで眠ってしまいました。目がさめてみますと、舟の中ほどに、武装した騎士が眠っているのに気づきました。兜をとっていましたので、すぐにパーシヴァルであることがわかり、二人は再会を喜び合い、ガラハッドの到着を心待ちにするのでした。  ガラハッドは、そのころ、カーボネック城に近い草の庵に泊まっていました。深夜、一人の婦人が現われ、すぐに武装をととのえて付いてくれば、三日以内に最上の冒険に出会うだろうと言いました。ガラハッドは神の恵みを願ったのち、婦人を信じて馬を飛ばし、そのあとに従いました。二人は谷間を越え、城に泊まり、海辺に出て、パーシヴァルとボースの舟に着きました。三人は再会を喜び、冒険の出来事を語り合いましたが、このとき婦人はパーシヴァルの姉で、ペリノア王の娘であることがわかりました。  舟は不思議な速さで走り、大岩が左右にそそり立ったところまで来ると、急に止まったのです。海つばめの姿を見ながら岩にのぼりますと、もう一そうの舟があり、船尾にはこう書いてありました。 「この舟に入るものは、堅い信仰の心を持つべし。われは神なり。信仰の心なくば、われ汝《なんじ》を助けず」  ガラハッドは十字を切って舟に入り、そのあとに婦人とボース、パーシヴァルが続きました。舟はすばらしくりっぱに飾られており、その中央に寝台があり、絹の冠が見え、足下にはみごとな剣が置かれていました。パーシヴァルとボースが鞘から抜こうとしましたが失敗し、ガラハッドが剣を見ますと、血のように赤い文字が浮かび、こう書いてありました。 「われを鞘より抜かんとする者は、もっとも強き者なるべし」  この剣は父王ダビデの持っていた剣を、ソロモン王が精巧に作りかえさせたものでしたが、いまガラハッドの手に抜かれ、さんぜんと輝いていました。  三人が見た「聖杯」の奇蹟[#「三人が見た「聖杯」の奇蹟」はゴシック体]  ガラハッド、パーシヴァル、ボースの三人は、馬を進め連れ立ってカーボネック城を訪れました。ペレス王たちは、彼らの訪れで聖杯探求の旅が達成されたとして喜び迎えました。王子イーライアザーは、ヨセフが腿《もも》を打たれて欠けた刃を持って来て、そのこぼれた刃先をつけてくれるように言いますが、パーシヴァルにもボースにも出来ず、ガラハッドが破片をあてると元通りになりました。  やがて手に十字架を持った人が、四人の天使を従えて部屋に現われ、その前に「聖杯」の安置された銀のテーブルを置きました。彼の額に「アリマテアのヨセフで、キリスト教初代の司教であり、聖地サラスで主イエスを助けた人である」ということが文字で書かれていましたので、三人の騎士たちは、三百年前に死んだ司教に会えたことを喜びました。扉が開きますと再び天使が現われ、血のしたたる槍を捧げたりローソクを手にしたり、�一人の輝く子供の体をパンの中に入れ、そのパンを司教が聖杯にひたし口づけせよ″、と言ったりして姿を消しました。  すると「聖杯」からキリスト受難の聖痕《ステイグマ》をつけ、血をしたたらせた人が現われ、聖杯は今夜、この国を去る、次の日舟に乗れと言い、「聖なる槍」の血を不具の王に塗れ、といって消えました。ガラハッドは槍からしたたった血を、「漁夫王」の足に塗りますと、たちまち足は治り、寝床より起きて神に感謝を捧げるのでした。  ガラハッドたち三人の騎士は、馬で三日走ったのち、海辺に舟を見つけてそれに乗りますと、中央に銀のテーブルにのった「聖杯」がありました。一同は神の荘厳さに打たれ、深い祈りを捧げるのでした。 「汝の願いはききとどけられた、肉体は死に、魂の生命が得られるであろう」  そのときガラハッドは、こういう声を聞きました。  舟は海を越え、サラスの町に着きました。パーシヴァルとボースは銀のテーブルを捧げ、ガラハッドがその後に従って町に入っていきましたが、城門のそばにいた足の悪い老人が、このテーブルにふれ、足が治ったうわさが町中に広まりました。しかしサラスの王エストロースは異教徒であり、聖杯の奇蹟を信ぜずに、三人の騎士を投獄してしまいました。  しかし三人は、聖杯の恵みで獄中でも飢えることなく満たされていました。その年の末、王は重病にかかり、三人のゆるしを求め死んでしまいました。あまり急のことで、次の新王が定まらず困っている町の人々に、ある日とつぜん、 「三騎士のうち、年少の者を王にせよ」 という声が聞こえ、ガラハッドが王に選ばれることになりました。サラスの王となったガラハッドは、黄金と宝石で箱を造って、その中に「聖杯」を納め、毎日その前で祈るのでした。  こうして満一年が終わった朝、「聖杯」の前でひざまずいて祈る人の姿を見ましたが、そのまわりには天使がとり巻いていました。そのえもいわれぬ霊界の神秘をかいま見て、ガラハッドの体ははげしくふるえました。 「神の僕《しもべ》よ、ここへ来ておまえが日頃願っているものを見るがよい。そしてわたしと来るがよい、わたしはアリマテアのヨセフだ」 「ああ主よ、感謝いたします。あなたはわたくしの望みをかなえてくださいました。口で語ることも、心で思い見ることも出来ないものを、いましか[#「しか」に傍点]とこの目で見せていただきました。これこそ力を失うことのない武勇の源、不思議にまさる不思議です。いまこそ御心《みこころ》のままに、わたくしはおそばにまいります」  ガラハッドはこう言いますと、二人の友に別れをつげ、熱心に祈るのでした。すると彼の魂はその体をはなれ、多くの天使たちに運ばれて天に昇って行くのが、二人の目にもよく見えました。次の瞬間、天からさし出された手が、「聖杯」と「槍」とを取ると、そのまま天へ昇って行きました。これより後、だれも「聖杯」を見たものはありませんでした。  パーシヴァルとボース、そしてサラスの人々は、信仰の厚い新王であったガラハッドの死を深く嘆きました。埋葬をすませますと、パーシヴァルは町を出て庵を建て、僧侶の衣を着て聖なる生活に入りました。しかし一年と二か月でパーシヴァルはこの世を去りましたので、ボースはその亡骸《なきがら》を姉のものと共に、ガラハッドの墓の側に埋めたのでした。  ボースは出家せず、再び甲冑をつけると、サラスの町を発ち、舟に乗って海を越え、キャメロットのアーサー王の宮廷にもどったので、一同は喜び迎えました。ボースはガラハッドやパーシヴァルとの冒険を物語り、ラーンスロットも自分の体験を語りましたので、アーサー王はそれらを書記に記録させました。聖杯の秘蹟と探求とを記したこの書物は、ソールズベリーの僧院の箱に納められたのでした。 [#改ページ]  第四部 最後の戦い[#「第四部 最後の戦い」はゴシック体]   1 ラーンスロット卿と王妃グウィネヴィア  騎士道の恋愛[#「騎士道の恋愛」はゴシック体]  聖杯探求の旅のあいだ、ラーンスロットは王妃への愛をあきらめる誓いをたて、精進につとめていました。しかしアーサー王の宮廷にもどり、王妃の顔を見ますと、再び激しい愛の炎が燃えはじめ、二人はもとの恋人同士にもどってしまったのでした。二人のうわさは人々の口の端《は》にのぼり、ラーンスロットはそれらの中傷やかげ口をさけようと、できるだけ王妃とは会わず、かえって他の婦人の相談ごとにのってやったりして、王妃への愛を隠そうとしていました。そういう意図とは知らぬ王妃は、ラーンスロットを部屋に呼びますと、泣きながら、きつい言葉でこう言いわたしたのでした。 「ラーンスロット、あなたはわたしのことなど忘れて、他の女の人たちに愛を向けていると聞きました。おまえは裏切り者です。この宮廷から出ておいきなさい。こんどわたしと顔を合わせたなら、首をはねます」  ラーンスロットは悲嘆にくれましたが、ボース卿がなぐさめ、王妃の興奮と誤解がしずまるまで、ウィンザーの近くにある隠者の庵に身を寄せた方がいいとすすめてくれました。重い心で宮廷を出て行くラーンスロットの後ろ姿を、王妃は平然と、高慢とも見える態度で見送っていましたが、心の中には、より高まる思いと、後悔とが渦を巻いていたのでした。  復活祭も終わり、五月が訪れました。五月は若々しい心が花を咲かせ実を結ぶ季節。恋人たちも若々しい心に芽が萌え出て、大胆な行動となって花が開く時期——トマス・マロリー卿は、ラーンスロットとグウィネヴィア王妃との愛を五月にたとえ、「まことの愛は夏のようだ」として讃美しています。だが、心の花はまず最初には神へ、次に真心を捧げると誓った相手の人を喜ばすために咲かせるもので、騎士道の誉れをないがしろにしない、こういう愛こそ純潔な愛だと言っています。そして愛は理性で持続させるべきで、「昔は男と女の間に肉体の愛がなくとも、七年間も愛することが出来たのであり、これこそ真の誠の愛なのである。アーサー王時代に人々に行きわたっていた愛は、このようなものであった。したがってこうした夏の愛に対し、現今の愛は冬のようだといいたい。夏は暑く冬は寒いが、現今の愛もそのように熱くなったかと思うとすぐ冷えてしまう。であるから、恋人である方々よ、グウィネヴィア王妃が思い出したように、五月の月を思い出していただきたい。王妃のためにわたしはここで、一言弁解しておこう。王妃は生涯、ほんとうの恋人であった。であるからこそ、最後はりっぱであった」と述べています。  ラーンスロット卿の王妃への忠誠ぶりも、恋人として騎士として、りっぱなものであったと言えましょう。どこにあっても王妃を救うため、王妃の身の安全を守り、潔白を証明するために、いつも身を賭《と》して戦おうとかけつけるのでした。次の事件も、花咲く美しい五月に起こりました。 「荷車の騎士」ラーンスロット[#「「荷車の騎士」ラーンスロット」はゴシック体]  グウィネヴィア王妃は、円卓の騎士を呼び集め、ウェストミンスター近くの野や森に五月祭の花をつみに出かけました。十人の騎士たちは美しい馬に乗り、貴婦人を従え侍女も十人、みな緑色の服に装いその服や髪を花々で飾り、王妃づき護衛の騎士たちが持つ白い楯が、五月のまぶしい陽の光に輝いて、一幅《いつぷく》の美しい絵巻のようでした。この五月遊びの日に、王妃誘拐事件が起こったのです。  メリアグランスという騎士が、長いこと王妃を恋い慕っており、盗み出す機会をねらっていましたが、いつもラーンスロットが王妃の近くにいて守っていましたので、目的が果せずにいました。しかし今日は、ラーンスロットも武装した騎士もいない、好機到来とばかり百六十人の家来を率いて、森から飛び出しました。 「待たれよ、みなのもの、王妃をおわたし願いたい。わたしは長いこと、この時の来るのを待っていた。今こそ王妃をわがものとするのだ。戦うとあらばお相手いたす」 「何をするつもりか、無礼者! おまえのその行為は、王に、そして自分自身に泥をぬることです。それに言っておくが、おまえに辱められるくらいなら、わたしは喉をひき裂いた方がましです」  王妃のこの言葉を聞いて、供の騎士たちは剣をぬき、勇敢に戦いましたが、十倍もの敵の中で、十人の騎士たちは重傷を負い、王妃は傷に苦しんでいる騎士たちの命を助けるために、メリアグランスの城へ行くことを承知しました。しかし連れていかれる途中で、王妃は指輪を小姓にわたし、ラーンスロットに届け、救い出してくれるようにとことづけたのでした。  王妃の指輪を受けとったラーンスロットは、急いで馬を走らせ、テムズ河を馬を泳がせて渡り、ランベスに着きました。森に待ちぶせていた敵は矢を射かけ、ラーンスロットの馬は倒れました。歩いて進んで行くラーンスロットに、鎧や兜、楯や槍は足手まといでしたが、これからの戦いを思うと、どれ一つも手放せず、重みは歩みを遅らせ、ラーンスロットはいらいらするばかりでした。  そのとき運よく荷馬車が通りかかりました。ちょうどメリアグランスの城へ薪を運ぶというその荷馬車の馭者に、乗せて行くように命じ、全速力ではしらせました。ラーンスロットの到着を侍女たちと待っていた王妃の目に、荷車の上につっ立っている武装した騎士と、その後から四十本ほど矢のささった馬とがついてくる光景がうつりました。侍女の一人は、しばり首にされる騎士かな、と思いました。当時、騎士が荷馬車に乗ることは、たいへん不名誉なことと思われていたからです。しかしそれはラーンスロットであることが知れ、皆は喜んだのですが、これよりのち、ラーンスロットには「荷車の騎士」というあだ名がついてしまいました。  メリアグランスの陰謀から王妃を救出[#「メリアグランスの陰謀から王妃を救出」はゴシック体]  ラーンスロットが戦いにかけつけたことを知ったメリアグランスは、卑怯にも和睦を申し入れました。重傷に苦しむ十人の騎士は、ラーンスロットが助けに駈けつけたことを喜び、彼はみなの傷を悲しみました。王妃は自分の名誉が傷つかなかったことを感謝しました。そしてその夜、窓辺に待つ王妃のところへ、ラーンスロットは、はしごをかけて登って行き、二人は恋の思いを鉄格子をへだてて、語り合うのでした。 「ああ王妃さま、部屋の中のあなたのそばに行けたらどんなにいいか」 「わたしとて思いは同じこと、あなたがこの部屋に入れたらよいのに」 「ほんとうにそうしてよろしいですか? では王妃さまのために、力のあるところをお目にかけましょう」  こう言ったかと思うと、ラーンスロットは力をこめて鉄の格子を引っぱると、石の壁から鉄の棒を折ってしまいましたが、その一本が彼の手の平を筋肉にたっするまで切り、その傷から血がとめどなく流れました。だが、愛の強さは、傷の痛みなど忘れさせました。二人は愛の喜びにひたり、時は飛び、すぐに夜明けになりました。ラーンスロットはうまく鉄格子を元におさめると、自分の部屋に帰っていきました。  翌朝メリアグランスは、王妃の部屋に行き、その寝床が血にまみれているのを見てしまいました。鬼の首をとったように、メリアグランスは騎士たちの前で言うのでした。 「王妃は、夫であるアーサー王に不貞の行為をした。傷を負った騎士の一人と床を共にしたことはたしかだ。ここに手袋を投げて挑戦する」  負傷した騎士たちは身に覚えなく、あっけにとられていましたが、この騒ぎの最中にラーンスロットは部屋に入って来て、この挑戦を受けることになってしまいました。八日後に、ウェストミンスター近くの原で、一騎打ちが行われることになりました。メリアグランスはラーンスロットを連れ、城内を案内すると言って油断をさせ、床板を回転させて落とし穴におとし、地下牢にとじこめてしまったのです。メリアグランスが王妃を、王に対する大逆罪でうったえ、ラーンスロットがその挑戦をうけたことをアーサー王は知りましたが、だれもラーンスロットがどこにいるのかわかりませんでした。  地下に落ちたラーンスロットは、苦痛をこらえ横たわっていました。毎日一人の女が現われ、食物を運んで来ては、口づけをしてほしいと言うのでした。ラーンスロットは断りつづけていましたが、試合当日となってしまい、しかたなく女に口づけをして、牢より出してくれるよう願いました。女が白い馬を用意してくれましたので、ラーンスロットは武装をととのえると、その女に神の恵みを祈り、全速力で馬をとばすと、決闘の行われる場所へ急いだのでした。  王妃グウィネヴィアは、メリアグランスの不義の訴えで火あぶりの刑に処せられることになっており、メリアグランスは自信にみちて、 「ラーンスロットは来ない、王妃の処刑を行え」 と大声で叫んでいました。かれの代わりにわたしが戦うとラヴェイン卿が馬に乗り、試合の判定者が「進め」の合図をかけたときです。  すさまじい勢いで、ラーンスロットが試合場へ駈け込んでくると、馬上からメリアグランスより受けた侮辱を大声で報告しました。すぐに試合となりましたが、ラーンスロットの一撃はメリアグランスの兜を貫き、地面に落とすと、彼はラーンスロットに助命を願いました。しかし見あげた王妃が、首をふりましたので、ラーンスロットは恐れをなしている相手に向かい、兜をぬぎ、左半身の武装をとり、左腕を背中にしばり、いわばハンディを背負って戦うと申し出て、最後まで対戦することを相手に申しわたしました。とはいえ、ラーンスロットの鋭い一撃は、メリアグランスの頭を真っ二つに割り、戦いは終わったのでした。王妃の名誉は守られ、アーサー王は喜び、ラーンスロットをより大切に思うのでした。  しかしアーサー王とラーンスロットの友情と信頼とは、やがて断たれてしまい、それと共に円卓の騎士団は、破滅の一路をたどることになっていきます。それは円卓の騎士たちが、陰謀と、王への忠誠心との網にとらえられて、自己崩壊をしていったといえるかもしれません。不幸の種をまいた者は、アグラヴェインとモードレッドの二人の騎士、父は違っても二人はガウェイン卿の兄弟に当たり、アーサー王とは血縁関係にあるのです。モードレッドはアーサー王の息子でさえあります。ですから、あるいはこれは内部崩壊だと言えるかもしれません。  アグラヴェインの罠と愛の終わり[#「アグラヴェインの罠と愛の終わり」はゴシック体]  ことの起こりはやはり五月、ラーンスロット卿と王妃グウィネヴィアの恋愛が人目につき、ラーンスロット卿に敵意と憎悪を抱いていたアグラヴェインとモードレッドが、それを王に言いつけ、策略をしかけたのでした。アーサー王は二人の仲のうわさを耳にしていましたが、ラーンスロットを心から愛し、その忠誠に感謝していましたので、その時まで問題にしようとは思っていませんでした。 「王よ、明朝狩りにお出かけのとき、野営をすると、王妃にお知らせなさい。さすればその夜、ラーンスロットと王妃とが会っているところを、とりおさえてごらんにいれます」  アグラヴェインが罠をしかけたとも知らず、ラーンスロットはその夜、迎えに来た使者と共にマントに身を包み、王妃の部屋に出かけていったのでした。二人で部屋にいるところへ、すぐにアグラヴェインとモードレッドが十二人の円卓の騎士と共に現われると、 「王妃の部屋から出よ、裏切り者!」 と叫びましたので、ラーンスロットは驚きました。 「ああ王妃さま、わたしたちの愛の終わる日が来ました。お願いがございます。もしわたしがこの場で殺されましたなら、わたしの魂のために祈ってください。アーサー王がわたしを騎士に任命してくださったあの日から今日まで、わたしはあなたさまをお慕いいたし、忠誠をつくしてまいりました」 「ああラーンスロット、あなたが死ねば、わたしも生きのびられません。わたしはおとなしく火あぶりの刑にされましょう」  二人は固く抱きあい、短い別れを交わすと、武器を持たぬラーンスロットは、はじめになだれ込んで来た騎士を殺して、その甲冑をつけて戦いました。最初の一撃でアグラヴェインを殺し、あとの十二人も倒しましたが、モードレッドだけは逃げのびました。  いっしょに逃げたい思いを王妃は押さえ、二人は指輪を交換すると別れたのでした。 「王妃さま、わたしたちのまことの愛も終わりました。これからはアーサー王とわたしは敵同士になるからです。でもわたしの命があるかぎり、どこにおりましても、王妃さまのお命を救いにかけつけましょう」  尊敬と友情とで結ばれていたラーンスロット卿とアーサー王とは、この時から敵同士となり、戦いまでも展開されることになってしまったのでした。事件の報告を、逃げのびたモードレッドより受けたアーサー王は、仲間の騎士たちの手前、「王妃を火あぶりの刑に処すべし」との命令を下さぬわけにはいかなくなりました。ガウェイン卿は、弟アグラヴェインと息子フローレンスとロヴェルの三人をラーンスロットに殺されていましたが、彼らの策略に反対して戦うことを止めていたあげくのことでしたので、まだこの時はラーンスロットを憎んではいませんでした。しかし、下着姿の王妃が人々の涙のなかを刑場にひき出され、危機一髪のときにラーンスロットがかけつけ、手向かう者を斬り殺していた剣でさらに、刑場を無防備な姿で護衛していた弟のガヘリスとガレスが殺されたことを知りますと、ガウェイン卿は深く嘆き、激怒しました。 「ああもうわたしの幸せは去った、気高い騎士だった二人、ラーンスロットを尊敬していた二人の弟を彼が殺すとは、なんということだ、ラーンスロットに復讐する!」  アーサー王との戦い[#「アーサー王との戦い」はゴシック体]  ガウェイン卿の怒りと報復の誓いは、内戦へとつき進むすさまじい加速度となり、円卓の騎士たちは、忠誠や血縁で王側につくもの、友情と信頼とでラーンスロット側につくものと、真っ二つに分れて敵対してしまったのでした。アーサー王は、王妃が刑場より助けられ、ラーンスロットの城「喜びのとりで」(ジョワイユーズ・ガード)に連れ去られ、また多くの騎士たちが殺されたことを知って深く悲しみ、ガウェイン卿の復讐戦に賛同し、大軍を編成してラーンスロットのたてこもる城を包囲したのでした。  しかしラーンスロットには、王と戦う心はまったくありませんでしたので、十五週間たっても出て来る気配がなく、そのうち秋となってしまいました。ある日ラーンスロットは城壁に現われ、戦う意志のないこと、そして戦いを止めてほしいことを懇願しました。アーサー王には王妃を受けとり、ラーンスロットと和睦する意向がありましたが、ガウェイン卿はあくまでラーンスロットと戦う気でした。  ガウェイン卿は一騎打ちをいどみましたので、城兵の中からライオネルが出て戦いましたが、胸を刺され地上に落ちました。これを手始めに、両軍は入り乱れての戦いとなりました。アーサーはラーンスロットに猛然と打ちかかって行きましたが、ラーンスロットは、楯で身を守るだけで、王に一度も剣を向けません。エクターがアーサーに一撃を与えて地面に落とし、 「王の首をはねなさい。そうすれば戦いは終わります」  こう言ったときも、ラーンスロットは再び王を馬に乗せ、 「戦いをお止めください」 と言って駈け去りました。アーサー王の眼には涙が浮かんでいました。  両軍は間もなく一時休戦となり、すぐれた二人の不和を悲しんでいた法王の命で王妃を返し、和睦することになりました。アーサー王の許へ帰るべきかどうかをたずねた王妃にラーンスロットは言いました。 「わたしは、これまで女性を愛したどの騎士より、強く深く王妃さまを愛しています。しかしこれ以上ごいっしょにいることになれば、わたしたちは罪人とされ王に対する裏切りとなってしまいます。いまあなたさまが王の許へもどられれば、体面と名誉とは守られるのです」  ラーンスロットは百騎の騎士に緑色のビロードの服を着せて手にはオリーヴの枝を持たせ、従う侍女たち二十四人も、同じく緑のビロードの服に金と宝石や真珠をちりばめた帯をして、美しく装わせました。王妃とラーンスロットは白地に金糸で豪華な模様を織った服を着て、ひづめまで美しく飾った馬を連らねて、ジョイアス・ガードの城を出て行ったのでした。  アーサー王の城に着きますと、ラーンスロットは王妃の手をとり、王の前へと進んで行き、王にひざまずいて騎士道の掟に従い、うやうやしく王妃をわたしたのでした。 「王よ、王妃をお返しいたします。しかしまた今後、王妃の貞節を立証するためでしたら、いつなりと身を賭《と》して戦いましょう。またわたくしは、これまでずっと王に対しても忠誠をつくしてまいったはずでございます」  ラーンスロットは王妃を火あぶりの刑より救ったことは、王妃の名誉を守るためであったこと、その戦いの原因は、不信な騎士たちの策略であったことなどを、王の前に堂々と釈明したのでした。  またガウェイン卿の身内を殺したことを悔い、かれらの霊をなぐさめるため、下着のまま歩き、サンドウィッチからカーライルまでの間十マイルごとに教会を建てて祈るから、戦いだけはやめてくれるように頼みました。アーサー王の頬にも、並居る人々の頬にも涙が流れていましたが、しかしその言葉も血への復讐へと激怒しているガウェインの心を、静めることは出来ませんでした。 「王妃を王にわたしたなら、とっとと宮廷から去るがいい。そしてこの国に再び足をふみ入れることはならぬ。王とて同じお気持ちだ」       *  ラーンスロットは城に帰ると、かれに従う百人の騎士としたくをととのえ、カーディフから船でベンウィック(フランス)の国へ渡ったのでした。この国を去ったなら、永久にアーサー王の宮廷に帰ることはない、王妃への愛も終わりなのだ——ラーンスロットの心は悲しみでいっぱいでした。しかし、エクター、ボース、ライオネルなど「円卓」の気高いりっぱな騎士たちがたくさん、自分のそばについて母国を去ってくれたことを感謝していました。   2 モードレッドの反逆  モードレッドの裏切りと開戦[#「モードレッドの裏切りと開戦」はゴシック体]  アーサー王とガウェイン卿は、六万の大軍を集めると、ラーンスロット卿の国へと海を渡り攻め込んだのでした。王はわが子であるモードレッドを、留守のあいだ全イングランドの統治者にし、王妃の保護もまかせました。  王の軍は上陸しますと、町を焼き、野を荒らしながら進んで行きました。人々は対戦を求めますが、ラーンスロットには王軍と戦う意志はなく、アーサー王の許に使者を送って、戦いを止めてくれるように願っていました。アーサー王も家臣たちも、その申し出を受けたかったのですが、またしてもガウェイン卿の反対にあいました。 「王よ、ここまで遠征したのに、いまさら引き返せば、ただ世間のもの笑いとなりましょう。和睦はいまでは遅いのです」  翌朝、ベンウィックの城市は、ぐるっと敵軍に包囲されていました。武装したガウェイン卿が馬を正門まで乗り入れると、大声で言いました。 「ラーンスロットよ、どこにいるのか? 一騎打ちする騎士をわしはここで待っているぞ」  これを聞き、ボース卿が武装をして打って出ましたが、槍に突かれて落馬してしまいました。こうして毎日、半年のあいだ、一騎打ちは続きました。 「逆賊のラーンスロット、隠れずに出てこい、相手になってやる。反逆者を討ちとってやるのだ」  反逆者よばわりされたラーンスロットは、もはや自分の名誉を守り、弁護のためにも戦わねばならぬと思い、身じたくをととのえると城門を出たのでした。  二人の騎士の力があまりに強く、その槍があまりに大きかったので、一撃で馬はたえられず、二人は地上に落ちて、剣で長いこと激しく戦いました。ガウェインは、ある聖者から、すばらしい力を授かっていました。朝から三時間、本来の力が三倍に増すのでした。ラーンスロットはこれに気づき、楯で身をかわして時間をかせぎ、十二時を過ぎてガウェインの力が衰えたのを見てとってから、全身の力をふりしぼって、ガウェインの兜の上から剣を切りおろしました。ガウェインが地上に倒れたのを見ると、ラーンスロットは身を引きました。 「引き返せ。卑怯者!」  ガウェインに呼ばれるとラーンスロットは答えました。 「わたしは倒れている騎士を、ぜったいに討たない。そんな卑怯なまねはしないのだ」  こういう言葉を残すと、城へひきあげて行ってしまいました。  ガウェイン卿は三週間床につき、馬に乗れるようになると、しょうこりもなく再びラーンスロットに一騎打ちをいどみ、再び同じ結果となって、こんどは一か月病いの床に伏していました。アーサー王は、ガウェイン卿を討たなかったラーンスロットの気持ちがよくわかり、戦いを起こしたことを悔い、またガウェインの重傷を案じ、さまざまの悩みから病気になってしまいました。その間にも包囲戦は、ゆっくりと続いていました。  こうしてアーサー王が海の彼方の国にいるとき、イングランドから急報が入り、王軍は本国にひきあげることになったのです。それは留守をあずかっていたモードレッドの反逆の知らせでした。  モードレッドはアーサーより届いたとにせ[#「にせ」に傍点]の手紙を作らせ、王はラーンスロットの手で瀕死の重傷を負い、ガウェインも死に、イングランドは敗れたとして、議会を招集し自分を王に選ばせ、カンタベリーで戴冠式までやっていたのでした。そしてグウィネヴィア王妃に自分の妃になるようにと迫り、結婚の日取りまで決めていました。  グウィネヴィアは王の死を確かめる使者を出す一方、本心をかくし、結婚の品をそろえるためにロンドンに行くとして、ロンドン塔にたてこもってしまいました。モードレッドはロンドン塔を包囲して攻撃したり、手紙でくどいたりしますが、王妃はモードレッドを信ぜず、結婚するくらいなら自殺をするとはっきり言いわたすのでした。  カンタベリーの司教は、モードレッドのところへ来ると、こう説教しました。 「モードレッド卿よ。アーサー王はあなたの叔父上、母上の弟です。その母上モールゴスさま、アーサー王にとってはご自分の姉上に、アーサー王がお産ませになったのが、あなたさまですぞ。その父上の妃と、どうして結婚するなどと申されるのですか。あなたは神を怒らせ、そして、ご自分の顔と、騎士ぜんぶの顔に泥をぬるおつもりなのですか?」 「つべこべぬかすな、くそ坊主め。これ以上怒らせると、きさまの首をはねるぞ!」  モードレッドは勢いにのっていました。司教は盛大な破門式を行い、モードレッドを破門すると、いち早くカンタベリー寺院を出て旅を続け、谷あいのグラストンベリー僧院にこもってしまいました。  ガウェイン卿の最期[#「ガウェイン卿の最期」はゴシック体]  アーサー王が軍をひきあげ、海を渡って本国へ向かっているという知らせが届きました。モードレッドは、いまや大勢の国内の貴族を味方につけていました。「アーサー王につけば一生、戦争と騒動ばかりだが、モードレッド卿につけば大いなる喜びと幸福がある」と当時人々の間で言われていたからでした。 「なんという情けないことであろうか、世にもすぐれた王であり騎士であり、気高い騎士の団結をあれほど愛していたアーサー王がいたからこそ、多くの人々が支えられていたのに。人々はアーサー王に満足することが出来なかったのだ。——ああ、これはイギリス人の大きな欠点である。われわれはいつも何物にも満足しないのだ」  マロリーはこう文中で書き、古い権威であったアーサー王を捨てて、このとき新しい勢いであるモードレッドについた国内の貴族が多かったことを嘆いています。いつの時代でも、どこの国でも、人の心というものは、新しいものに惹かれる移り気のもののようです。  アーサー王の軍勢がたくさんの船でドーヴァの港に着いたとき、モードレッドの大軍は陸上に陣をはり、王の上陸をはばもうと待ち構えていました。船中と陸とで戦いとなり、多くの者が死にましたが、アーサー王は先頭に立って奮戦して堂々とイギリスの岸に上陸し、モードレッドを後退させました。  しかし船中にはガウェイン卿が、瀕死の状態で横たわっていました。アーサー王は悲しみ、彼を腕にかかえるとこう言いました。 「ああ、わが甥のガウェインよ。わたしはおまえをこの世で一ばん愛していた。わたしはおまえとラーンスロットを信頼し、期待して生きて来たのだ。だがここまできて、わたしのこの世での幸せは、もはや消え失せてしまった」 「王よ、わたしの最期の日が来ました。これもわたしの短慮と強情とが招いたことです。ラーンスロット卿にやられた古傷の上を、今日また打たれたのです。いまここにラーンスロット卿がいたなら——彼がいたからいままで悪い敵も、みな王の許で静かであったのです。紙とインクをください。ラーンスロット卿に最後の言葉を書きます。どうぞラーンスロット卿をお呼びよせください。そして、どの騎士より大切にしてください」  ガウェイン卿は最後の力をふりしぼって筆をとり、ラーンスロットに許しを乞い、急いでイギリスに来て、苦境にある王を助け、またロンドン塔に籠る王妃を救出してほしい、と書いたのでしたが、一部は胸から流れる血潮で綴ったのでした。王はガウェインの遺体をドーヴァ城内の礼拝堂に葬らせましたが、マロリーの時代までその頭蓋骨があり、ラーンスロットによって受けた傷あとが、はっきりとわかったといわれています。  アーサー王とモードレッドとの対決[#「アーサー王とモードレッドとの対決」はゴシック体]  モードレッドがバーラムの丘に陣容をととのえたとの知らせを受け、アーサー王は軍をすすめ、激しい戦いがくり広げられましたが、このとき王の軍は勝利をおさめ、モードレッドはカンタベリーへと退却しました。アーサー王は軍勢を集めながら海岸ぞいに西へ向かい、ソールズベリーの野めざして進んで行きました。ここで再び両軍は戦いをすることになっていました。アーサー王側とモードレッド側に、イギリス全土の貴族や騎士たちは分れてつき、アーサー王側に寝返るものが次第に多くなったのですが、ラーンスロットを愛していた人たちは、このときモードレッド側についていました。  対戦の前夜、王はふしぎな夢を見ました。アーサーが車輪のついている椅子に、黄金のみごとな服を着て座っていますと、足元には不気味な深い沼がひろがり、その中には蛇や竜や野獣がうごめいていました。すると急に車が逆さになり、アーサーの体に恐ろしい蛇や獣が巻きつくので、王は大声で助けを呼び、従者にゆり起こされたのでした。するとまたまどろんだ夢の中で、こんどはガウェインが美しい婦人たちをひき連れて現われ、なつかしそうに近づいて来ました。 「王よ、この婦人たちは、生きているとき、わたしが救ってあげた方々です。神はこれらの婦人にめんじて、わたしが王に警告をすることを許し給うたのです。もし明朝モードレッドと戦えば、王は必ず斬られましょう。両軍も多数死にましょう。一か月のあいだ休戦をなさるのです。そうすればその間に、ラーンスロット卿が、仲間の騎士たちとかけつけて、王をお救いし、モードレッドを殺してくれましょうから」  こう言ったかと思うと、ガウェイン卿の姿はかき消えてしまいました。  アーサー王はこの夢のガウェイン卿の警告を側近に語り、モードレッドと一時休戦をとり結ぶこととなりました。長い時間をかけて交渉のすえ、アーサー王が存命のあいだは、モードレッドはコーンウォールとケントを領有し、王の死後は王位を継ぐということで話はまとまったのでした。契約のとり決めは、両軍から十四人ずつ代表が出て、アーサー王とモードレッド卿が会見し、戦場で明日行うということになったのでした。   3 アーサー王の死  最後の戦い[#「最後の戦い」はゴシック体]  アーサー王は、モードレッドとの会見の場所に出発する前、一同に向かってこう言いわたしました。 「もし敵のうち、剣をひき抜くものがあれば、すぐにうちかかって、裏切り者のモードレッドを殺せ。わしはあの男に心を許してはいないのだ」  じつは、モードレッドもアーサー王を信用していませんでしたので、同じような警告を全軍に向かって与えていたのでした。両軍ともに裏切りのしるしが少しでも見えれば、ただちに戦いの幕を切ろうと、はりつめた緊張のうちの両将の会見でした。  話し合いはうまくいき、休戦の約束が出来て、祝杯をあげようと酒が運ばれてきました。この時です。一匹の毒蛇がヒースの中からはい出してくると、一人の騎士の足にかみつきました。その騎士は剣をぬき、毒蛇を切りすてました。騎士は毒蛇を切るだけのためだったのですが、両軍とも疑いで空気がぴりぴりしていたところにきらりと剣が光ったものですから、両軍はラッパや角笛を吹きはじめ、すわ[#「すわ」に傍点]とばかりに戦いの幕が切って落とされてしまったのでした。 「ああ、なんという不運な日であろう!」  アーサー王は嘆きの声をのこしながら、自分の陣営に引きあげました。それからすさまじい乱戦がくり広げられたのでした。アーサー王は敵軍のまっただ中に馬を進め、王たるにふさわしい活躍をみせました。モードレッドも大将たる本分をつくし、危地に身をさらしながら奮戦していました。両軍は馬を進め、槍で突き合い、剣をふるい、激しい打ち合い、すさまじいののしり声、馬のひづめの音、そして重傷にあえぐ騎士たちのうめき声——激しい戦闘が終日つづいて、死者は十万を越えました。  アーサー王の側近の騎士で、生き残っているのはわずかにルーカン卿とその弟ベディヴィア卿だけになっていました。 「ああ、わたしのほかの騎士たちはどこへ行ってしまったのか。ああ、なんという悲しい日であろうか。わたしの一生もこれで終わった。それにしても、あの裏切り者モードレッドはどこにいるのだろうか?」  はるか敵陣を見渡した王の目に、そのときモードレッドが剣を杖にして、死骸の山を見下ろしている姿がうつったのでした。 「槍をよこしてくれ、この災いをひき起こした張本人があそこにいるのだ!」 「王さま、おとどまりください。ガウェイン卿の亡霊が言った言葉を思い出してください。今日の悪い日さえ過ぎますれば、必ずモードレッドに復讐は果せましょう。おやめください」  ルーカン卿が止めても、アーサー王はきかなかった。 「死のうと生きようと、もうどちらでもよいのだ。いまあのやつが、ああして一人でいるのだ。むざむざ逃がすわけにはいかない。もう二度とこれ以上の好機はめぐって来ないだろう」 と言いながら、アーサー王は槍を両手でもつと、モードレッドめざして突進して行きました。 「裏切り者め、さあ、おまえの最後の日だぞ」  槍は楯をつらぬき、モードレッドの体をぬけました。モードレッドは槍の根元まで体をつき進めますと、両手で剣をふるい、アーサー王の頭上にふり下ろしました。剣は王の兜を割り、頭蓋骨に達しました。モードレッドはそのまま地面に倒れると、息絶えました。  名剣エクスキャリバーを湖に返し、アヴァロンへ去ること[#「名剣エクスキャリバーを湖に返し、アヴァロンへ去ること」はゴシック体]  ルーカン卿とベディヴィア卿は、自分たちも重傷を負っていましたが、駈け寄って瀕死の王をたすけると、月の下で略奪者たちが死骸に群がっているすさまじい戦場から運び出しました。二人はよろめきながら王をかかえ、海に近い小さな寺院に運びこみました。もう少し遠くの安全な場所へお連れしようと、二人の騎士が再び王を持ちあげたとき、王は気絶し、ルーカン卿はその重みで内臓の一部がとび出し、心臓は破れ、口から泡をふいて床に倒れ、そのままこと切れました。 「なんという痛ましいこと、わたしを助ける一念で、自分の命を落とすとは!」  ベディヴィア卿は、兄の死を悲しんでいました。 「いや泣くまい。わたしがこのまま生き残るなら、ルーカン卿の死は、わたしの終生の嘆きの種になったであろう。しかしわたしの最後も近づいている。ベディヴィアよ、この名剣エクスキャリバーを持って、むこうの湖まで急いでくれ。そこに着いたら水中にこの剣を投げ入れ、そこで何を見たか教えてくれ」  ベディヴィアはエクスキャリバーを手に、湖へと出かけましたが、柄《つか》から柄頭にかけ、いちめんにちりばめられた宝石が月の光にひかったとき、剣を水中に投げ入れるのを惜しむ心が湧いて、木の下に剣をかくすと王のところにもどって来ました。 「何を見たか?」 「波と風のほかは、何も見ませんでした」 「うそをついてはいけない。すぐひき返し、命じたとおりにせよ」  ベディヴィアは二度まで、見事な剣を水中に投げられず、水辺に行っては引き返しました。 「おまえはうそをついている。わたしを二度もだましたな。気高い騎士であるおまえが、わたしをあざむくなどとは考えられぬ。さあ、もう一度行くのだ。わたしの体は冷えてきている。早くわしの命じたとおりにしてくれ」  ベディヴィアは三度目に、剣を木の下からとりあげると、柄《え》に帯をまきつけ、満身の力をこめて、湖の遠くへ投げこみました。すると一本の腕が水中から現われ、剣の柄をつかんで三度ふると、そのまま剣といっしょに水底に沈んでしまいました。ベディヴィアは見たとおりのことを王に報告しました。 「わたしを連れて行ってくれ。ぐずぐずしすぎたようだ」  王に言われ、ベディヴィアは王を背負うと水辺までおりて行きました。岸近くには、小舟が一そう波にたゆたい、舟の中には真黒い布で顔をおおった婦人たちが乗っていましたが、アーサー王を見ると悲しい声をあげて泣きました。 「あの舟に、わたしを乗せてくれ」  ベディヴィアが王を舟にのせますと、三人の王妃が泣きながら王を受けとり、一人が自分の膝に王の頭をのせるとこう言いました。 「ああ弟よ、どうして来るのにこんなにひまがかかったのですか? ああ、頭の傷がこんなに冷えてしまっている」  小舟は岸を離れ、湖へと出て行きました。 「わたしはこれからアヴァロンの島に行き、そこでこの重い傷を治すのだ。もしわたしのうわさを聞かなくなったら、わたしのために祈ってほしい」  やがて小舟は、霧にかくれ、見えなくなってしまいました。  この舟に乗っていた三人の王妃の一人は、アーサー王の姉で、魔術にたけたモルガン・ル・フェ、もう一人はノースガリスの王妃、もう一人はウェスト・ランドの王妃であったといわれています。また舟の中には、湖の精のニミュエもいたともいわれています。異界に通じているこれらの婦人たちが、アーサー王をその異界の谷であるアヴァロンに連れていって傷を治し、いまでも王といっしょに住んでいると言われていますし、その時代でも、キリストの意志でどこかに生存していて、そのうちアーサー王はイギリスにもどって来て、聖なる十字架をかちとるだろうといううわさもあったようです。  しかし、マロリーは、「アーサー王はこの世で死んだのだと言いたい」として、ベディヴィア卿が書かせたというアーサー王埋葬の話を記しています。それによりますと、王妃たちの小舟がアーサー王を乗せて、湖のかなたの霧の中へ消えてしまったとき、ベディヴィアは声をあげて泣き、王と別れた悲しさと、敵中に一人置きざりにされた不安とで一晩じゅう歩きつづけ、泣きながら森をぬけると、朝になって村の中に寺院と庵が見えたのでした。  ベディヴィアが寺院に近づいて行きますと、一人の隠者が、新しい墓の前にひざまずき、熱心に祈っていました。それはカンタベリーの司教であった人で、モードレッドに追放された人でした。この寺院の場所をマロリーは明記してはいませんが、このことからこの地がグラストンベリーであることがわかります。 「司教さま、どなたが埋葬されているのですか?」  ベディヴィアがたずねますと、司教はこう答えました。 「わたしにもわからぬのだが、じつは昨夜、真夜中であったが、大勢の貴婦人たちが一つの死体を運んで来て、埋葬をたのんでいったのじゃ。寺院に百本のローソクと、百個の金貨とをご寄付なされてな」 「ああ、ではご主君のアーサー王だ」 と言うと、ベディヴィアは気を失って倒れてしまいました。われにかえると、彼はこの寺院にとどまって、精進と祈りの生涯を送りたいとたのみました。隠者となった司教は快くそれを許し、ベディヴィアはその日からそまつな衣服をまとい、祈祷・精進・禁欲の生活を送って王の墓に仕えたのでした。  ラーンスロット卿が尼僧院に王妃を訪ねる[#「ラーンスロット卿が尼僧院に王妃を訪ねる」はゴシック体]  アーサー王の死後、王妃グウィネヴィアと湖のラーンスロット卿はどうなったでしょうか。  王妃はアーサー王やその騎士たち、モードレッドも戦いに倒れたことを知りますと、五人の侍女を連れ、人知れず館を出て、アームズベリーへ行って尼となり、白と黒の服をまとって、精進と祈りと施行《せぎよう》のつつましい修道院生活を送り、尼僧院の長としての務めも果していました。  一方ラーンスロット卿は、モードレッドの反逆のことを聞いて、軍を集め、船の用意をととのえ、イギリスに上陸したのでしたが、ドーヴァの港でアーサー王の死、ガウェインの死を聞き、戦いがすでに終わっていたことを知ったのでした。 「ああ、なんということだ! こんな悲しい知らせを聞いたことがない」  ラーンスロットはガウェイン卿の墓で祈りを捧げてから、みなに向かってこう言いました。 「みなのものたち、わたしによくついて来てくれて感謝する。だがわれわれが来るのは遅すぎた。生きている限りわたしはこのことを悔やむであろう。今となっては、西の方へ落ちのびたというグウィネヴィア王妃を探しに出かけたい。わたしは一人で行こうと思う。もし十五日以内にここに帰って来なかったなら、どうか本国にひきあげていただきたい」  道中を危ぶむ者たちをふりきって、ラーンスロットは一人、馬で西へ向かい、八日のあいだ王妃をたずねまわり、やっと王妃のいる尼僧院を探しあてたのでした。あちこち探しながら回廊を歩いているラーンスロットの姿を見て、王妃は三度、気を失って倒れてしまいました。  われにかえった王妃は、ラーンスロットを呼んで来てもらい、修道女たちを前にしてこういいました。 「この方とわたくしとが愛し合ったことがもとで、この戦いが起こり、わたくしのりっぱな夫であるアーサー王は倒れ、多くの気高い騎士たちが亡くなったのです。ですからわたくしはその罪を悔いてこの潔い生活に入りました。どうかラーンスロットさま、愛し合ったわたくしたちの愛にかけても、もうけっしてわたくしとはお会いにならないでくださいまし。これを最後に、お国に帰ってお妃を迎え、しあわせにお暮らしください。わたくしが過去のつぐないが出来ますよう、わたくしのために神に祈ってください」 「王妃さま、あなたはわたしが妻をめとることをお望みなのですか? そんな不実なことをわたしが出来るでしょうか。王妃さまが選ばれたと同じ生活を、わたしも選びましょう。わたしの俗世の喜びは、王妃さまがいらっしゃればこそだったのです。王妃さまが俗世をお捨てならば、わたしも捨てねば、神がお許しにならぬと思います。わたしも生涯、祈りと苦行ですごしましょう。お別れです。最後の口づけをお許しください」 「いいえ。もうそのようなことは、いまのわたくしには出来ないのです」  ラーンスロットの嘆きの鋭さは、まるで胸を槍でさし貫かれたようでした。別れに際しての二人の嘆き悲しみは深く、何度も二人は気を失って倒れたのでした。侍女たちは王妃を部屋に運び、ラーンスロットは森の中を、涙を流しながら帰って行きました。  馬を進めて行くうちに、崖にはさまれた寺院と庵とが見え、鐘の音が聞こえました。ミサを歌っているのは元カンタベリーの司教であり、ベディヴィア卿がそのそばで祈っていました。ラーンスロットは二人からアーサー王の最後の話を聞くと、心は悲しみではりさけんばかりでした。ラーンスロットは隠者の前にひざまずき、罪の懺悔をして、信者の仲間に加わりました。甲冑をぬぎ捨てて法衣にかえ、祈りと精進の日を送ったのでした。  王妃の死とラーンスロット卿の昇天[#「王妃の死とラーンスロット卿の昇天」はゴシック体]  十五日待ってラーンスロットが帰りませんでしたので、ドーヴァの港にいた軍勢は、各地へ散って行き、ライオネルは十五人の貴族とロンドンへ行って殺され、ボースは大軍を故国へ送ると、さがしたあげくラーンスロットの僧院に来て、出家をしました。半年ほどたって、また七人がこの僧院に集まり、ともに神に仕える生活に入りました。こうして共同生活をつづけ、苦行をしながら六年はすぎました。  ある夜ラーンスロットに亡霊が現われ、三度も次のようなことを言いました。 「ラーンスロットよ、急いでアームズベリーへ行け。だがおまえが行く時には、グウィネヴィア王妃はこの世を去っているであろう。仲間と共に棺《ひつぎ》を用意せよ。王妃の亡骸《なきがら》は、夫アーサー王のそばに埋めよ」  翌朝、ラーンスロットはこの夢に従い、七人の仲間と共に、グラストンベリーからアームズベリーまで、断食と苦行でおちている体力でしたが、まる二日歩きつづけて、やっと尼僧院に着きました。  王妃グウィネヴィアは、その三十分前に息を引きとったところでした。尼僧たちは、息を引きとる前に王妃はこう語ったと言いました。 「司祭をつとめていられるラーンスロット卿が、いまわたしの亡骸を引きとるため、こちらへ道を急いでいられるのです。わたしを夫アーサー王のそばに埋めてくださるでしょう。ああどうぞ、生きてこの目でラーンスロット卿を見ることができませんように」  ラーンスロットは王妃のやすらかな死顔を見てもう泣かず、ただ深いため息をつくだけでした。ラーンスロットは葬儀のすべてを行い、祈りとミサで数日を過ごすと、棺台に王妃の亡骸を乗せ、松明《たいまつ》を百個ぐるりに燃やしつづけながら、七人の僧といっしょに囲りをかこみ、祈りながらグラストンベリーの僧院までもどって来たのでした。  ロウ引きの屍衣で王妃の体を包み、鉛の板でおおい、大理石の棺に入れ、アーサー王の側に埋めたとき、ラーンスロットは気を失い、死んだように地面に倒れていました。  この時からラーンスロットは食を断ち、祈りつづけ、アーサー王とグウィネヴィア王妃の墓の上にうつぶせになったまま、まどろむだけでした。身はやつれてひとまわりも小さくなり、六週間後には病いに倒れて、ベッドにつくことになってしまいました。仲間の僧たちは心配し、司教も枕元に集まっていました。 「どうかわたしのためにキリスト教徒としての最後の儀式をお与えください。わたしの悲しみ多いこの肉体は、大地を慕っているようです。そして予感がするのです。わたしの亡骸は、昔そう誓ったので、どうか『喜びのとりで』に運んでいって埋葬してください」  みなは悲しみながら、臨終の油をぬり儀式を行いました。夜あけごろ、司教は夢をみました。天使たちがラーンスロットを天国へ運びあげ、天国の門がかれを迎えて開かれた夢でした。それを聞いてボース卿と仲間が、ラーンスロットのベッドに行ってみますと、美しいほほえみを浮かべてすでに事切れており、あたりにはかぐわしい香りがただよっていました。  司教がミサを行ったのち、王妃を運んだ同じ棺にラーンスロットの亡骸を入れると、仲間の僧たちは百本のローソクをともし、十日かけて「喜びのとりで」に運んだのでした。人々は讃美歌をうたい、祈祷文を読み、ラーンスロットの魂のために祈るのでした。  その「喜びのとりで」に、ちょうど弟のエクター卿がやって来たのでした。七年の間、兄ラーンスロットを各地に探したすえのことでした。兄の遺体が安置されていると知らされますと、エクターは、楯も剣も兜も放り出して寺院にかけこみ、ラーンスロットの遺体をのぞきこむと、気を失ってしまいました。  われにかえったエクターは尊敬する兄の死を悲しみ、はげしく泣いてこう言ったのでした。 「ああ、ラーンスロットよ、騎士の中の騎士ともいうべきあなたが、いまここに横たわっていられるとは! 楯を持てば、あなたほど礼儀正しい騎士はいなかったし、剣で戦えばあなたにかなう者はいなかった。あなたを尊敬する騎士にとっては真実の友であり、女を愛した罪ぶかい男のうちで、あなたほど誠実な恋人はいなかった。情あり思いやりがある騎士であり、謙遜なつつましやかな人であり、だれよりも水ぎわだった美しい騎士だった。そして一たび槍を構えれば、だれよりも恐ろしい騎士でもあった——」  エクターの嘆きながらの讃美の言葉を聞いて、みなは心からラーンスロットの死をいたみ、涙を流したのでした。かくしてアーサー王の円卓の騎士の代表であり、最後の一人であったラーンスロットの生涯も終わり、十五日のあいだ寺院の祭壇にまつられたのち、土に埋葬されました。しかしその魂は、天使の導きで天国の門をくぐり、アーサー王とグウィネヴィア王妃のもとへ喜びながらはせ参じたのでした。  しかしアーサー王に天国で会えたかどうかはわかりません。アーサー王のゆくえがわからないのですから。けれど、アヴァロンでいまも生きているのかも知れません。しかし、グラストンベリー僧院のアーサー王の墓に刻まれていたという次の墓碑銘の言葉は、われわれに、いろいろな臆測を与えてくれるようです。 「|ココニ過去ノ王ニシテ未来ノ王アーサーハ眠ル《ヒツグ・イアケツト・アルトウルス・レツクス・クウアンダム・レクスケ・フユチユールス》」 [#改ページ]   おわりに  アーサー王伝説のなかのケルト的要素[#「アーサー王伝説のなかのケルト的要素」はゴシック体]  アーサー王と円卓の騎士たちの世界は、「戦い・愛・聖なるもの」を中心の主題としてくり広げられる一大中世英雄ロマンスです。アーサー王と代表的な騎士のよく知られた話を中心にと心がけましたが、日本でまだ紹介されていない話も入れました。この小さい世界から、奥ふかく広い鬱蒼とした神秘の森のような伝説の世界へ入って行く糸口を、多くの方が見つけてくださればうれしく思います。 「世界の神話」(筑摩書房)の中で私は『ケルトの神話』を担当しましたが、この本と合わせて見てくださると、ケルトの要素がたくさんアーサー王伝説の世界に入っていることに気づかれるでしょう。  青銅の兜に腕輪を光らせ、御者の走らせる戦車の上から槍を投げ、敵の首を誇らしげに戦車に下げて戦う——、これはケルト神話の中のアルスターの英雄ク・ホリンの姿ですが、こうした戦士たちの集団「赤枝の騎士団」は、もう少し時代を下りますと、絹のマントを金のブローチで優雅に留め、宴会に興じて狩りを楽しむ騎士たち、フィンやオシインを中心にした「フィアナ騎士団」となります。これらケルト神話の騎士たちがさらに洗練され、理想化されていった線上に、アーサー王と円卓の騎士たちが現れてきているのです。  また、ケルトの戦士と王女の悲恋物語「ディアドラとノイシュ」、「ディルムットとグラーニャ」などは、そのまま「トリストラムとイソウド」あるいは「ラーンスロットとグウィネヴィア」の悲恋の物語につながっているようです。イソウドはアイルランドの王女であり、トリストラムもコーンウォールのリオネスの王子ですから、舞台は同じくケルトです。イソウドの母があるいはドルウィデスであったとも言われ、傷を治したりする薬や媚薬を作れることからも、ケルトの古代の世界がのぞけるように思われます。  アーサー王の良き理解者であり助言者でもあった魔法使いマーリン、これもケルトの諸王に仕えていたドゥルイド神官たちに一脈通じるものがあると思われますし、「湖の精」たちやケルトの戦士ク・ホリンたちに武芸を授ける、スキャサッハという魔法の武術にたけた女戦士や戦いの女神モリーグなども、見方によっては、アーサーをアヴァロンの島へ連れていくモルガン・ル・フェやニミュエなどの湖の妖精たちに非常によく似ています。さらに、アーサー王の騎士たちが探し求める「聖杯」は、ケルトの巨人神族ダーナの神々が持っていた魔法の大釜につながっているとも思えますし、アーサー王の「名剣エクスキャリバー」も、ク・ホリンの魔の槍ゲイボルグや、太陽神ルーの魔剣と関係がないとはいえないようです。  これらのケルト的な要素は、超自然的なものとの連関が非常に強いもので、それがアーサー王伝説の底流にあって、超自然的な不可思議で神秘的な要素をつけ加えているように思われます。  ケルト神話のドゥルイド僧と類似する魔法使いマーリン[#「ケルト神話のドゥルイド僧と類似する魔法使いマーリン」はゴシック体]  アーサー王伝説に歴史的枠組を与えたジェフリー・オヴ・モンマスは、『ブリテン王列伝』について、この書の執筆にあたり、友人であるオックスフォードのウォルターという聖職者からブリトン語(ケルト語)で書かれた古い書物を渡され、それをラテン語に訳したのだと述べています。これを基に、歴史家というよりは擬似歴史家として自分の想像力で修飾をほどこして事実を膨らませ、アーサーを理想化して中世の英雄に創り上げていったわけですから、ケルト語の文献が基にあることは確かです。  さらにジェフリーは、このウォルターという聖職者から直接アーサー王の最後の戦いとなったカムランの戦いについて聞いたのだとも言っていますが、しかし、このときすでにアーサー王の戦いの話は語り伝えられていて、それをまた書き足したということがわかります。  ジェフリーの『ブリテン王列伝』の中で非常におもしろいことは、異教的色彩の濃い魔法使いのマーリンが大活躍することです。これも空想の中で巧みに創り上げられていった世界のようですが、まだこの時代に予言や透視力を持った人物が活躍していたようで、それがマーリンに集約されているようです。ケルト神話では、王の助言者として、また予言を行う者として、ドゥルイド僧が常に宮廷に存在していました。マーリンが、透視力、予言能力、変身術を巧みに使い、王に政治や戦術で適切な助言を与えるところなどには、古代ケルトで王に仕え、立法・司政・占星・医術を行い、予言の術に長《た》け、詩人でもあったドゥルイド僧と類似した役割や性格がうかがえるように思えます。  魔性を備えた魔法使いが、美男の姿を借りて王の娘に言い寄り、産ませたのがマーリンだということになっていますが、当時は、人間の女性に子供を産ませる悪霊が存在すると広く信じられていたようで、マーリンの出生の物語はその一つの例というわけです。この不思議な生誕を考えれば、マーリンが予知や変身などの超自然的な能力を持っていることも納得できましょう。しかし最後には、恋した妖精ニミュエに教えた魔術を逆に使われ、空中か石の中に閉じこめられてしまうわけで、これはマーリンがいまでも生きていることであるとともに、賢明であっても女性の誘惑には弱い人間の男性としての要素も、マーリンは持っていたことが示されているようです。  異教とキリスト教の橋渡しの役割を持つマーリン[#「異教とキリスト教の橋渡しの役割を持つマーリン」はゴシック体] 『ブリテン王列伝』では、アーサーの誕生ののちに姿を消してしまうマーリンは、マロリーの『アーサー王の死』の中では、どこからともなく現れては、絶えずアーサー王の行動をどこからか見守っていて、王の身を守ります。アーサー王と円卓の騎士の集団をつき動かす影の力になっているようです。見方によっては、アーサー王とマーリンとは、一つの世界をポジとネガのように構成していて、アーサーを「上位自我」とするなら、マーリンは「無我意識」(イド、無意識の層で自我の基礎をなす衝動)といえるかもしれぬ存在です。アーサー王と騎士たちの世界を、この目に見えぬマーリンの意識が、潜在的原動力となって陰からすべてをつき動かしているともとれることがあります。  ジェフリーが、最初にマーリンを書いた時、モデルがあったのだといわれていますが、それは六世紀にウェールズに実在したメルディンという隠者(一説にはスコットランドのマーリン・シルヴェスター)で、この人は発狂して森で暮らすうちに、未来予知の能力、世の哲理や戦術の能力などを身につけたのだといわれ、ジェフリーは、この森の隠者の話をもとに、『マーリン伝』を書いたと推定されています。このマーリンにアーサー王の運命を予言させたり、数々の偉業を成させる助力者としての位置を与えたようです。  ケルトの王コンホヴォル・マックニエッサに仕えたカスヴァスというドゥルイド僧の姿が重なっているようにも思われますが、ドゥルイド僧ではないとしても、マーリンは古い異教信仰につながる魔術や予言の能力を備えていて、一方では、キリスト教の聖杯探求を騎士たちにうながすのですから、アーサー王伝説において、異教とキリスト教との橋渡しの役を務めているといえるのではないでしょうか。  アーサー王の誕生にかかわるマーリン[#「アーサー王の誕生にかかわるマーリン」はゴシック体]  ジェフリーの『ブリテン王列伝』では、前に述べましたように、マーリンは姿を消してしまいますが、マロリーの『アーサー王の死』では、マーリンはアーサー王の助言者となって活躍し、ユーサー・ペンドラゴンの姿を変えさせ、王妃イグレーヌとの間にアーサーをもうけさせると、消えてしまいます。アーサー王や騎士たちのたどる運命を、あらかじめすべて知っていたマーリンの存在は、筋の運びの上で次第に邪魔になってきたのかもしれません。  ユーサー・ペンドラゴンは、マーリンの魔法で、イグレーヌの夫に姿を変えて王妃イグレーヌと結ばれ、そしてアーサーが生まれたのですから、アーサーの生誕には、超自然的な力が深くかかわっていたことになります。いわばアーサーの異常な出生は、アーサーが超自然的な力を持っていることを裏付けていることにもなるわけです。またこのことは、超人的能力を持った英雄というのは、普通の男女の正常な関係からは生まれずに、この世の倫理から逸脱した原因から生まれてくるということ、そして、そのため非常に強烈な力を持ち、狂暴なまでの力を発揮して並はずれたことをやり、ある意味では異常な運命をたどるのだということを語っているようにも思われます。  たとえば、ケルトの英雄ク・ホリンは、父である太陽神ルーがハエになってコップの中に入り、それを飲んだ母から生まれたということになっています。またフィンは、母親が水泳中に、金の鮭によって宿された子だといわれています。並はずれた英雄の誕生には、常に超自然的な力が作用していると信じられていたわけで、こうした考え方が響いているようです。  アーサー王の最期にかかわるモルガン・ル・フェ[#「アーサー王の最期にかかわるモルガン・ル・フェ」はゴシック体]  ジェフリーの『ブリテン王列伝』では、アーサーの最期については、傷を癒すためにアヴァロンの島へ去ったとしか書かれていません。しかし、マロリーなどのちの物語では、モルガン・ル・フェをはじめとする湖の妖精たちが深くかかわっています。すなわち、アーサーは妖精たちによってアヴァロンの島へ運ばれていくわけですが、アーサーの出生にも最期にも超自然の力が大きく作用しているわけです。  アーサー王にエクスキャリバーを渡したのは湖の妖精でしたが、死を目前にしたアーサーは、エクスキャリバーを湖へもどします。それと同時に、湖から小舟に乗った貴婦人と三人の王妃が、瀕死の重傷を負ったアーサーを迎えにくるわけです。三人の王妃の一人は「弟よ、なぜわたしのところへなかなか来なかったのですか」という呼びかけから、モルガン・ル・フェであることがわかります。生前はさまざまな魔術でアーサー王を悩ませますが、最後には王をアヴァロンへ連れ去るわけです。  モルガンと類似しているのは、ケルト神話のモリーグという女神です。モリーグは、血と死を求めて戦場を冠烏《かんむりがらす》の姿で飛び回る戦いの女神で、ヴァハ、バズヴという三女神と一体になり、人間の首を食べる恐ろしい烏の姿をとるといわれています。  このモリーグは、英雄ク・ホリンを誘惑しようと、美しい女の姿となって言い寄りますが、拒絶されると、こんどは、さまざまに姿を変えてク・ホリンの邪魔をし、悩ませます。しかし最後には、死にかけているク・ホリンのもとへ、烏となって現われ、ク・ホリンの肩に静かに止まって、息を引きとるのを優しくじっと見守るのです。  このモリーグとク・ホリンの関係は、モルガンとアーサーの関係に似たところがあるようです。モルガンはアーサー王に対して、非常な悪意を持っていました。彼女はエクスキャリバーを取り上げてアーサーを死に追いやろうとしたり、王妃グウィネヴィアを失脚させようとしてグウィネヴィアとラーンスロットの不義を暴露しようとしたり、さらには夫のウリエンスさえ殺そうとします。また彼女は、魔法を使って騎士たちを罠に陥れ、まやかしの楽園や魔法の城に閉じ込めてしまったりするわけで、モルガンは邪悪な性質の持ち主になっています。しかし最後には傷ついたアーサーをアヴァロンの島へ連れていきます。  女性の残忍さ、破壊的な要素を多く持ち、悪の作用をするモルガンとは反対に、湖のダム・ド・ラックは、保護者の役、善の作用をする妖精になっています。ラーンスロットが湖の騎士と呼ばれるのは、湖の妖精が育てたからです。この湖の貴婦人は、ニミュエという名だとマロリーは書いています。アーサー王の最期のとき小舟に乗って迎えにきた三人の王妃の他にこのニミュエもいたことになっています。  ジェフリー・オヴ・モンマスはモルガンについて、八人の姉妹とアヴァロンの島で暮らし、医術にたけ、空を飛ぶ力を持ち、変身の術を使う、と書いています。ところで、九人姉妹の九という数字は三の三倍であり、三はケルトでは神聖な数字とされています。瀕死のアーサーをアヴァロンの島へ連れていく王妃も三人です。  アーサー王の傷を癒すのは、ジェフリーの記述に「医術にたけていた」とあるモルガンであろうと思われます。美しい妖精が勇敢で気高い騎士を妖精の国へ連れていくという話は、昔からよく見られます。ク・ホリンも、海神マナナーンの妃であるファンドに誘われて船に乗り妖精の国へ行きますし、オシインもまた、|常若の国《テイル・ナ・ノグ》の女王ニアヴに魅入られて白馬に乗り、|常若の国《テイル・ナ・ノグ》へ赴くのです。優れた騎士は妖精に愛され、永遠に妖精界で共に暮らすと信じられていたので、騎士の最後が多くゆくえ知れずとなって終わるのは、そのためのようです。  異界から来た名剣「エクスキャリバー」と「聖杯」[#「異界から来た名剣「エクスキャリバー」と「聖杯」」はゴシック体]  アーサー王の強さの象徴であり、アーサー王を守りぬいた魔剣「エクスキャリバー」は、もともとカリブルヌスと呼ばれ、ウェールズの伝説に出てくる魔法の剣「カレドフゥルフ」と同じものだと言われています。またアーサー王の槍「ロン」もウェールズ伝説の「ロンゴミニアド」から来ているといわれています。ケルト神話のク・ホリンが異界の女戦士から授かる魔の槍ゲイボルグと似ており、エクスキャリバーも異界アヴァロンの島で作られたことになっています。死が近づいたアーサーが、ベディヴィアにたのんでエクスキャリバーを湖に投げ入れると、現われた腕が剣を受けとめて水中に消えるわけですが、この剣が異界へ帰ったことを示しています。  少年のアーサーが石にささっているのを抜いたのは別の剣のようですが、マロリーはこれを持って戦うアーサーの描写のところで、すでにエクスキャリバーと呼んでいます。それはともかくアーサーが石にささっている剣を抜いて、正当な王位継承権を得たことは、やはりケルト神話の中にある戴冠石「リア・ファイル」と似ているようです。この石は「百戦のコン王」が古都ターラのある石を踏んだところ、叫び声をあげたので、それからこの石を踏み、叫び声が聞かれたら、正当な王位継承者ということになったものです。  エクスキャリバーが異界から来て異界へ戻るということは、アーサー王が異界と深いかかわりを持っているということを表わしているわけですが、もう一つ、超自然的なもの、異界から来たものとして、聖杯があります。  マロリーの『アーサー王の死』の聖杯探求の物語は、フランスのマッブが書いた『聖杯探求』を基にしているといわれていますが、キリストが最後の晩餐に用いた杯《さかずき》でアリマテアのヨセフが、キリストの脇腹から流れ出た血を受けた聖なる杯です。  しかし聖杯は、本来、目に見えない神聖なもので、その姿を現わすときには、妙なる音楽とかぐわしい香りを伴い、またアーサー王の前に現われたときには、聖杯と共に、この世で味わったどの肉や飲み物よりもすばらしい食べ物が並んだとも描かれています。  聖杯と食べ物が関連させられているというのは、ケルト神話の中の、食べ物や飲み物がいくらでも出てくる魔の大釜(マジック・コールドロン)と関係があるようです。これは、アイルランド神話の、大地と豊饒の神であるダグザ(ダグダ)の持ち物で、この大釜は異界、先に述べた|常若の国《テイル・ナ・ノグ》へ通じているので、そこから限りなく食べ物や飲み物が出てくるというものです。ですから、不死の生命と若さとの源であり、豊饒と生命の根源というわけです。  ウェールズの古書『タリアシン』の「アンヌンからの分捕り品」にも、アーサー王がプリドウェインという舟に乗って異界、つまりアンヌンの妖精の国へ攻め入り、魔法の大釜を取ってくるという話があります。この大釜もやはり、徳のある人には無限に食物を提供する豊饒と再生の象徴になっています。この大釜と聖杯には、こうした神秘的な、異界から来たものという共通点があるわけで、聖杯はキリスト教との関連が濃いわけですが、やはりその遠い先に、ケルトの神話の大釜との関連があるのです。それは、聖杯は生命を支える「活力の源」であり、「再生と不死」の象徴であると考えられるからです。瀕死の重傷を負ったラーンスロットが、聖杯の奇蹟で全快するのも、聖杯が持つ再生の力によったわけです。  もちろん聖杯は、キリストの精神を象徴的に表しているものですから、この聖杯を見ることができるのは、騎士の中でも純潔な精神を持つ者だけです。だから、ガラハッドとパーシヴァルがその探求に出て成功するわけですが、これは自分の力で神への道というものを見つけ出して、神と一体になったのだと解釈されるわけです。しかしそのことは、現世での目的を達したわけで、到達点には死しか存在しません。  異界アヴァロン[#「異界アヴァロン」はゴシック体]  三人の王妃がアーサーを連れていき、エクスキャリバーがもたらされたアヴァロンについては、いくつかの説があるのですが、まず、ケルト神話に出てくるアザー・ワールドと同じく、「常若《とこわか》の国」であるとする説。ケルト神話では、これはティル・ナ・ノグと呼ばれ、一年じゅう花が咲き乱れ鳥が歌う、不死の楽園です。第二に、「アヴァロン」という名は、フランス語のアヴァール(地下)を意味しており、アヴァロンとは「地下の妖精界」であるとする説。さらに第三の説は、アヴァロンとはブリトン語で「りんご」を意味する言葉であるから、アヴァロンとは「りんごの島」、すなわち実際の土地グラストンベリーであろうとするものなどです。  グラストンベリーがいつの間にかアヴァロンになっていったのですが、この背景には、修道院にまつわるさまざまな事柄も関係しているようです。  グラストンベリー修道院は、ブリストルの南二十マイルほどのサマセットにあります。一五三九年にヘンリー八世に破壊されてから廃墟となっているのですが、ここには人を引き込むなにか呪縛的、神秘的な雰囲気があります。ブリテン島でいちばん古いキリスト教定着の地として、ケルトの聖パトリックもここに来て、修道院生活をしたと伝えられています。  そして、アリマテアのヨセフが、「聖杯」を運んできたのも、このグラストンベリーで、ヨセフが聖杯を埋めた場所からいまでも水が流れ出ており、ヨセフが地に刺した杖から生えたさんざし[#「さんざし」に傍点]の木がいまでも茂っているのです。  ここには高い円錐形の小山(トール)があって、その上に聖ミカエルの礼拝堂が建っています。また、聖コフレン伝説では、この小山の上に妖精界の王グウィン・アプ・ニズの宮殿があり、聖コフレンは妖精の美しい宴会に招かれたのですが、聖水を振りかけるとすべてが消えてしまったと伝えられ、妖精物語の舞台にもなっています。  このトールという小山は何マイルも先から見ることができるのですが、中世期には、この山の周囲は沼や沢地でした。ですから洪水などで沼や沢地の水があふれると、ここだけが浮島のようになり、舟で行き来をしていたというのです。  また、この地にはりんごの木が多いのです。アヴァロンとはウェールズ語の「アファル」であり、「アイル・オブ・アップル(りんごの島)」の意味だとする説があります。そこで、このグラストンベリー・トールがアヴァロンであり、アーサーは小舟でグラストンベリー(『ガラスの島』の意とする説もあります)に渡ったのだという言い伝えが生まれてくるわけです。 「りんごの島」というのは、ケルト神話によく登場します。|常若の国《テイル・ナ・ノグ》はりんごの実る国であり、りんごは異界のシンボルでした。また、りんごは女性を意味し、女性の島のことも意味するので、ケルト神話でフェヴァルの息子英雄ブランが、白銀のりんごの花咲く枝で誘われて行った異界を思い出させます。  このように、グラストンベリーがアヴァロンであるという説がありますが、一一九一年に僧侶たちがここを掘って十字架と棺を見つけました。ジラルダス・キャンブレンシスの記述によるくりぬいた木のお棺というのは、丸木舟であったという説があります。これは大変に興味深く、リンゴの島へ人々が小舟で行き来していたであろうことが、この舟葬でわかるからです。  そしてさらに、アーサー王が三人の王妃によって小舟で連れ去られたことをマロリーの本で読みますと、アーサーの遺体は、海路を運ばれてこの地に落ち着いたこともありうると思えてくるのです。  いずれにせよ、アーサーはこの世とは次元の異なるアザー・ワールドへ行ったのですから、彼はそこで不死の生命を受け、いまも生きているということになります。またアーサー王は、いまでもグラストンベリーの地下の洞穴で眠っているのだとする説もあります。アイルランドには古くから、英雄は死なずにどこかで眠っており、国に大事が起こると蘇り祖国を救うのだという信仰がありました。これが、スリーピング・ウォリヤーズ(眠れる戦士たち)であり、アーサーもこの中に加わったということになり、アーサーは一年に一度、夏至の前日に馬でキャドベリーの丘を一回りする以外はずっと眠り続けていて、国の危機が来れば国を救うために目覚めるのだ、という信仰にもなっています。  ケルト人にとってアーサー王は、誇らしい過去の栄光であり、優秀な血の証であり、誇りの象徴でした。だから、アーサーは死んではいない、再び蘇って自分たちを救ってくれるのだという夢と願いと信仰が、メシア信仰にも似た「救国の英雄」の思想となったわけで、こうした考えが、アーサー王伝説をいっそう豊かにおもしろいものにしているのだと思います。  今日に生きるアーサー王伝説[#「今日に生きるアーサー王伝説」はゴシック体]  一九八二年の一月十四日と二十七日のイギリスの新聞「デイリー・テレグラフ」紙上に、おもしろい記事が掲載されました。「アーサー王の十字架の発見者はいまだに獄の中」という見出しです。アーサー王の十字架の発見者とは、デレック・マホニーというアマチュア考古学者です。  一九八一年に、当時四十九歳だったマホニー氏は、エンフィールドのホーティホールの土地で、グラストンベリーのアーサー王の鉛の十字架を発見し、これを鑑定のために大英博物館へ持っていったのです。マホニー氏がすぐに持ち帰ってしまったので、大英博物館では科学的な鑑定はできなかったが、かなり古いもののようだ、ということでした。マホニー氏は十字架をコンテナに入れてどこかへ埋めてしまって、そのありかを明かさず、「大英博物館の意見に従って湿気にあわないように注意を払っているので安全だ」といっている。裁判の結果、埋めた場所を白状するまでは牢獄に入っているべきだという判決を受けて、もう二年目になるのにまだ入っているというわけです。  その後、一九八三年三月二十二日の「デイリー・テレグラフ」紙に、マホニー氏は釈放されたという記事が掲載されましたが、実際に、この二十世紀のイギリスで、アーサー王のために牢獄に入った人物がいるということは、非常に興味深いことだと思います。  このグラストンベリーのアーサー王の十字架というのは、記録によりますと、一一九一年にこの地の修道院の学僧たちがアーサー王の墓を掘ったときに発見したものなのですが、それ以後ゆくえ不明になったと伝えられていました。  この十字架を一六〇七年にウィリアム・キャムデンという人が書き写したというのが『ブリタニア』という歴史書にありますが、それによると、この十字架にはラテン語で「ここアヴァロンの島に名高きアーサー王埋葬さる」と書かれていて、これがアーサー王のお棺に乗っていたというのです。しかし、この墓の発掘を実際に見たという記録を残しているジラルダス・キャンブレンシスは、棺には男女の遺骸が納められていて、鉛の十字架には「ここに高名なるアーサー王(アルトゥルス)、二度目の妻グウィネヴィア(ヴェンネヴェリア)とアヴァロン(アヴァロニアの島)の島に眠る」とラテン語で書いてあったというのです。アーサー王は再婚していたことになっています。  このようにいろいろな人が鉛の十字架の文字について書いており、真偽をめぐってさまざまな説があるわけで、キャムデンの書き写しも複写からの写しだろうといわれています。ですから現代になって見つけたというマホニー氏の十字架は、そのまたコピーなのかもしれませんし、アーサーの遺骸といわれるのも、あるいは他の部族の長のものかもしれないわけです。それにしても今世紀に、アーサー王伝説によってイギリスで牢につながれた人がいるということは、この伝説がいまでも人々の間につよく生きている証拠だと思います。 「過去の王にして未来の王」アーサー[#「「過去の王にして未来の王」アーサー」はゴシック体]  マロリーは「アーサーはこの世で死んだのだといいたい」といっていますが、そのすぐあとに、次の詩が王の墓石に刻まれていたとしています。「『過去ノ王ニシテ未来ノ王』ナルアーサー此処《ここ》ニ眠ル」。実に深い意味の言葉で、考えようによってはマロリーも、完全にアーサー生存説を否定したくないように見えます。ほかの説によると、これは、当時、人々の間にアーサー王は、ある日ブリトン人の救世主として再び現れ、ブリトンの主権をもどしてくれるという再来信仰があり、僧院がこれを否定するため、そして僧院に人々の関心を集めるために、グラストンベリーにアーサーが埋葬されていることにしたのだともいわれています。  アーサー王は死んではいず、ブリトン人の危機の折りにはアヴァロンよりやってくるという「アーサー王再来信仰」は、長い間民間に伝わっており、さまざまな伝説となって各地に伝わっています。  ブリトンの語り部によれば、アーサー王はシシリーでモルガンと楽しく暮らしており、聖杯の食べ物を食べているので、いつまでも若く年をとらないのだといわれています。  また、前にも記したように、アーサー王と騎士たちは、グラストンベリーの丘の洞穴で眠っており、一年に一度ミッドサマー・イヴ(夏至前夜)になると馬で丘を一巡《ひとめぐ》りし、ケルト民族が危機にあい角笛が吹かれると、起きあがって戦いに馳せ参じるという話も伝わっています。「眠れる戦士」の伝説ともいわれていますが、妖精神話研究のブリッグス女史は、アーサー王を「英雄妖精」の一人としてこの話を扱っています。  シシリー島のエトナ山の宮殿に住んでいるという話もありますし、フランスのサヴォイのモン・デュ・シャの近くの海の底の城に住んでいるというのもあります。  地下の異界で王になっている、という話もあります。山羊に乗った姿と考えられているイタリアのオトランドにあるモザイクが、異界の王となったアーサーの姿であるともいわれています。  それから、アーサー王は鳥の姿になってさまよっているという言い伝えがあり、「チャフ」という烏に似てその五倍位もある口ばしの赤い大きな黒い鳥(コーンウォール地方にいたが、現在絶滅状態)で、これがアーサー王であるから殺してはいけないというタブーがこの地方にはあります。ケルト神話では、戦いの女神モリーグや海神マナナーン・マクリールの息子が鳥の姿をとると考えられているので、これと関連があるのではないかと思われます。セルバンテスは、「イギリスでは古代の英雄は鳥の姿で生きていると信じられている」と書き残していますし、日本の神話で、日本武尊が白鳥になったという伝説が思い出されます。  今日でもブリテン島各地、とくにコーンウォール、ウェールズ、スコットランドなどには奇異な地形や変わった巨石や岩、丘などが、アーサー王の城壁、アーサー王の騎士の円卓、アーサー王の靴の石、アーサー王の床石といわれ、アーサー王の伝説と結びつけられて数多く散在しています。ブリテン諸島の人々は、その想像力によって、いまある土地とアーサーとを結びつけて、「未来の王」としていろいろな物語を創っているわけです。そういう民間伝承がこれほど多い英雄王は、イギリスでもほかにはありません。確かにアーサー王は、中世の騎士像の理想であるばかりでなく、人々の愛する「|かつての王にして未来の王《ワンス・アンド・フユーチヤー・キング》」であるのだと思います。 [#改ページ]   あとがき  アーサー王伝説の世界は広く、奥行きが深い。その世界へ入って行く足がかりになればと願い、「まえがき」及び「あとがき」を付けた。これらは一九八四年に行われた朝日カルチャー講座の共同講義の一つ「アーサー王伝説——ケルト伝説の果実」(朝日カルチャー叢書『物語にみる中世ヨーロッパ世界』木村尚三郎編・一九八五年三月、光村図書に収録)を基に加筆し書き下したものであることをおことわりしておく。  トマス・マロリー卿著『アーサー王の死』全巻の邦訳を、この数年明星大学大学院の学生と共に読みながら試みているが、広大な物語の世界であり、大海に小舟で漕ぎ出したような果しない茫漠感を覚える一方、次々と甦ってくる中世の騎士たちの生き生きとした魅力に、再び惹きつけられているこの頃である。絶えず有意義な助言を惜しまず、執筆の加速をつけて下さった編集の中川美智子女史に、改めて感謝申しあげたい。 [#この行3字下げ]一九八七年七月六日 アーサー王伝説の地コーンウォールの家にて [#地付き]井村君江 [#改ページ]   文庫本あとがき 「世界の英雄伝説」シリーズの一巻として、『アーサー王物語』を書き上げてから、五年の歳月が経った。その間、キャクストン版をジャネット・コーエンとジョン・ローラーが復刻した『アーサー王の死』(上・下)の翻訳の試みは、現在五巻までしかいっていない。試みの大海に漕ぎ出した小船は、妖精の島に行ったり、テンペストの魔の島に引き寄せられたり、ケルトの海の神マナナーンの波間の国に立寄ったり、はてはサロメの魅惑の島に惹き付けられたりして、なかなかアーサー王のアヴァロンの島一路へと進めなかったのである。しかし航海の進路は遅々としてもなお、次の章へと向っている。  キャクストン版(サー・トマス・マロリーの原本を、十五年後の一四八五年に印刷刊行した二十一巻本。キャクストンの弟子ウィンキン・デ・ウォードが一四九八年に再刻、今回その版に付された木版画を挿画に用いた)を基に、ウィンチェスター写本(一九三四年にW・F・オークショットがウィンチェスター・カレッジで発見したマロリーの写本、ヴィナヴァーが一九四七年に校訂・刊行)を参照しながら進めている。二つの版の大きな相違は、前者がアーサー王の一代記の長編になっているのに対し、後者の物語が別々の八編のロマンスから成り立っていることで、それらは次の通りである。(一)アーサーとルーシャースとの物語。(二)アーサー王の物語。(三)湖のラーンスロットの気高い物語。(四)ガレス卿の物語。(五)リオネスのトリストラム卿。(六)聖杯物語。(七)ラーンスロット卿と王妃グウィネヴィア。(八)アーサー王の死の物語。  これらロマンスのアーサー王一代記の主な出来ごと、主な騎士たちは既に本書に入っていたが、このシリーズ共通の枚数制約もあって、「ガレス卿の物語」(キャクストン版では七巻)を、前回では入れられなかった。しかしこの度、独立して文庫にするにあたり、この八編のロマンスをほとんど網羅することができて嬉しく思っている。  ガレス卿の章と他の箇所の加筆増補、ウォルター・クレーンのデザインによるゴブラン繊りタペストリー図柄の表紙への使用、デ・ウォード版の中世木版画を挿画に、との著者の希望を快く受け入れ、更に種々の適確な助言を加えて瀟洒な一巻に作って下さった、編集の中川美智子氏に心から感謝を捧げたい。    一九九二年三月四日 デンマークに発つ前日。 [#地付き]井村君江 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]  アーサー王関係の主な文献 [#ここで字下げ終わり] [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] Nennius[#「Nennius」はゴシック体] : Historia Brittonum ネンニウス『ブリトン人の歴史』 800年頃 Annalis Combriae (Welsh Annals) 『ウェールズ年代記』 950年頃 ヤCulhwch and Olwenユ (The Mabinogion) 「クルフッフとオルウェン」(『マビノギオン』) 1100年 Geoffrey of Monmouth[#「Geoffrey of Monmouth」はゴシック体] : Historia Regum Britanniae ジェフリー・オヴ・モンマス『ブリテン王列伝』 1136年 Robert Wace[#「Robert Wace」はゴシック体] : Roman de Brut ロバート・ワース『ブリュ物語』 1155年 Layamon[#「Layamon」はゴシック体] : Brut ライアモン『ブルート』 1200年頃 Chretien de Troyes[#「Chretien de Troyes」はゴシック体] (クレティアン・ド・トロワ) [#ここから1字下げ] Le Chevalier de la Charrette (Lancelot) 『荷車の騎士』 Le Chevalier au Lion (Yvain) 『ライオンを連れた騎士』 Le Conte du Graal (Perceval) 『聖杯物語』 1160-80年頃 [#ここで字下げ終わり] The Vulgata Cycle[#「The Vulgata Cycle」はゴシック体] 『異本アーサー物語集』 [#ここから1字下げ] LユHistoire del Saint Graal 『聖杯物語』 Merlin 『マリーン』 Lancelot 『ランスロット』 La Queste del Saint Graal 『聖杯探究』 La Mort de Roi Artu 『アーサー王の死』 1215-30年頃 [#ここで字下げ終わり] Robertde Boron[#「Robertde Boron」はゴシック体] : Post-Vulgate Romance ロベール・ド・ボロン『後期異本アーサー物語集』 1230-40年 The Mabinogion 『マビノギオン』(White Book of Rhydduch 1325年)(Red Book of Hergest 1400年) Sir Thomas Malory[#「Sir Thomas Malory」はゴシック体] :Le Morte dユArthur トマス・マロリー『アーサー王の死』(W. Caxton[キャクストン版]1485年) Alfred Tennyson[#「Alfred Tennyson」はゴシック体] : The Idylls of the King アルフレッド・テニソン『国王牧歌』(W. Caxton 1859-69年) E. Vinaver edited by[#「E. Vinaver edited by」はゴシック体] : The Works of Sir Thomas Malory E.ヴィナヴァー編『サー・トマス・マロリー作品集』 1947年刊行(The Winchester[ウィンチェスター版]) Le Morte dユArthur edited by J. Cowen (Penguine) トマス・マロリー『アーサー王の死』[キャクストン版]J.コーウェン編       * 清水阿や 訳『アーサー王伝説研究』(サー・トマス・マロリー著) 研究社 1966年 [#ここから1字下げ] 『八行連詩アーサーの死』(作者不詳) ドルフィン・プレス 1985年 『頭韻詩アーサーの死(全)』(作者不詳) ドルフィン・プレス 1986年 [#ここで字下げ終わり] 厨川文夫・厨川圭子 抄訳(T・マロリー著 W・キャクストン編)『アーサー王の死』 筑摩書房 1986年 クレティアン・ド・トロア 『ランスロ』『ペルスヴァル』(『フランス中世文学集』新倉俊一・神沢栄三・天沢退二郎 訳 第2巻) 白水社 1990-91年 佐藤輝夫 訳(ジョセフ・ベディエ著)『トリスタン・イズー物語』 岩波書店 1953年 [#1字下げ]『トリスタン伝説—流布本系の研究』 中央公論社 1981年 加倉井粛之 他訳(ウォルフラム・フォン・エッシェンバッハ著)『パルチヴァール』 郁文堂 1974年 石川敬三 訳(ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク著)『トリスタンとイゾルデ』 郁文堂 1976年 北村太郎 訳(シャーロット・ゲスト著)『マビノギオン』 大国社 1988年 高宮利行 訳(リチャード・バーバー著)『アーサー王 その歴史と伝説』 東京書籍 1983年 高市順一郎 訳(リチャード・キャヴェンディッシュ著)『アーサー王伝説』 晶文社 1983年 青山吉信『アーサー伝説—歴史とロマンスの交錯』 岩波書店 1985年 [#改ページ] 井村君江(いむら・きみえ) 栃木県に生まれる。東京大学大学院比較文学博士課程修了。日本における妖精学の第一人者。明星大学教授、ケンブリッジ、オックスフォード両大学客員教授を経て、英国本島のコーンウォールに移住。イギリスフォークロア学会終身会員。イギリス児童文学会顧問。日本ワイルド協会顧問。著書に『ケルトの神話』『ケルト妖精学』『妖精の国』『妖精の系譜』『妖精幻視』、訳書にイエイツ『ケルト妖精物語』『ケルト幻想物語』『ケルトの薄明』『神秘の薔薇』、ドイル『妖精の出現』など多数。 本作品は一九八七年九月、筑摩書房より「世界の英雄伝説2『アーサー王物語』」として刊行され、一九九二年四月、ちくま文庫に収録された。