戦艦「久遠」の生涯 [九条公人] -------------------------------------------------------------------------------- 戦艦「久遠」の生涯 第二稿 -------------------------------------------------------------------------------- 昭和18年1月10日桑港(サンフランシスコ)・・・。  その日、サンフランシスコ湾に昇る朝日にまるで迎え入れられるかのように「久遠」と名づけられた大日本帝国海軍所属の超超超弩級戦艦が、かつてゴールデンゲートブリッジと呼ばれた橋の残骸の上をしずしずと通過していった。  パールハーバー沖海戦による日米開戦からほぼ1年、日米両軍は、太平洋に於いて互いに死力を尽くし戦った。  だがアメリカは、遂にこの久遠と言う名の日本の作り出した文字どおりの「化け物」の前に、屈したのだ。  この橋は、1ヶ月前に戦われたアメリカ海軍最後の海戦、サンフランシスコ沖海戦において、久遠の前衛艦「安曇」の放った80センチ砲弾の直撃を受け倒壊した。  パールハーバー沖海戦の後、ハワイへ進出した、帝国陸海軍は、6発の戦略爆撃機「彗星」そして彗星をジェット化した「銀河」によって、アメリカ西海岸、そして中部の都市をことごとく壊滅させた。  さらに、北海道へ配備された「大陸間弾道弾」は、アメリカの政治経済の中枢である東海岸をもその射程に納め、アメリカの継戦能力をことごとく奪っていったのだ。  サンフランシスコ沖海戦に敗れ、ついにアメリカ政府は、これ以上の国土の破壊には耐えられぬとして、無条件降伏を日本へ申し入れてきた。  アメリカに一方的な出血を強いた、太平洋戦争は、この廃都と化した感のあるサンフランシスコにおいて成される日米講和条約によって終了するだろう。  その条件は、西海岸6州そしてアラスカの日本への割譲、アメリカ軍の即時解体、航空、造船、鉄鋼、自動車などほぼ全ての重工業の停止を含む国家主権の制限という彼らアングロサクソンには耐えられぬであろう屈辱的な物となる筈である。  もしも、アメリカ政府が、米内光政内閣総理大臣の携えてきたその条件をのまぬ場合、即時に、大陸間弾道弾の一斉攻撃が再開され、サンフランシスコへ進入した久遠、そして安曇によって、西海岸は、文字どおり再び灰燼と化す筈だ。    この戦いは、日本という国の底力を再び世界へ見せ付ける結果となった。  だが、国際社会は永久に知る事はないだろう。  この久遠と名づけられた史上最大最強の艨艟が、如何にこの世界に生み出されたのかを・・・。     戦艦「久遠」の生涯    それは、大正と呼ばれる元号が昭和に変わった次の年に起こった。  北関東の小さな盆地に広がる小都市に住まう、とある市井の発明家に身に起こった、さして重大ではない、いやそれよりも、普通ならば、狐付きや、神かがりと言われるような、超自然現象と言えば、言いうる。だが確かにそれは人為的な介入と言えるものであった。    それは、はるか300年の時を越え、その青年の頭蓋内へ現われた。  「ナノマシン」と呼ばれるそれら、数億機に達する高度にプログラムされた金属と蛋白質によって作られた自立ロボットは、その青年の頭蓋内に己自身を材料として使い、自己相似を利用した300年未来とこの時代とを結びつける超光速通信システムと、数百ギガバイトの分子メモリーシステム、そして蛋白駆動コンピュータを僅か数立方cmのサイズで作り上げた。  さらに、そのシステムと青年の意識とをつなぐ言わば「翻訳システム」と呼べる神経叢を設置し、機能を終えるはずであった。  だが、機能を開始した通信システムと、蛋白駆動コンピュータにダウンロードされた「ツヴァイ」と呼ばれる人工実存の仮想人格は、機能を停止しようとしていたナノマシンへ、再度の活動を命じた。  彼らが降臨し、そして彼らのプロジェクトの担い手となるはずの宿主として偶然選ばれた青年は、ナノマシンの転移に伴う、時空擾乱によって発生した電撃によって生命の危機に陥っていた。  ナノマシン達は、その青年の全身へ散らばり、彼の生命維持のための活動を開始した。    その様子を青年の立場から見るならば、こういうことになる。  彼がその地方特有ともいえる激しい夕立の中、雷電流の有効利用の研究という目的のため彼の両親の遺した自宅の庭に立てた、高さ20メートル余りの金属製のやぐらに登っている途中で起こった。  雨粒が肌に当たると痛いと感じるほどの激しい雨の中、彼は、自ら考案した、静電畜電器への蓄電ケーブルを補修するために、必死で梯子を昇っていた。  あと一歩で切れたケーブルに手が届く位置まで来たとき彼は、彼の周囲の空気が、突然生臭くなった事に気が付いた。  それは、周囲の酸素が電離しオゾンへと化学変化を起こしたたためであるが、咄嗟にそこまで考えの及ぶ程、かれは化学に精通しているわけではなかった。  その生臭さに「なんだろう?」と疑問を持つ間もなく彼は、雷の直撃を受け数メートルの高さから落下し3日間、生死の境をさ迷うことになった。  いや実を言うならば、彼の肉体は、雷に打たれた時点で死亡していたのだ。  だが、同時に降臨した23世紀から送り込まれた「ナノマシン」によって彼のからだは、その機能を維持され、その3日の間に彼の体、そして頭脳が23世紀のオーバーテクノロジーによって作り替えられていった。  ツヴァイは、翻訳システムを使い、青年の記憶を整理し、そして新たに知識を追加していき、全身へ散ったナノマシン達は、機能を停止しようとしている彼の各臓器のダメージを修復し、その機能を強化し、免疫系へ入り込み、遺伝子を操り、彼のからだの老化を押しとどめる効果のある酵素「テロメアーゼ」の生成を促した。  その青年の名は、御門 禮(みかど らい)といった。  年は25才、この時代には珍しい176cmという長身であるがやや痩せ気味の体躯をしている。  きちんと手入れされてない頭髪を後ろで束ね、常に無精ひげが顔を覆っている。  そんな青年が、その街の比較的大きな病院へ担ぎ込まれたとき彼の生命は、風前の灯火にしか見えなかった。  最早、心臓が止まるのは時間の問題であり、今度ばかりは、葬式の用意をしたほうが良いとなじみの医者に言われるほど酷かった。  しかし禮の心臓は動き続け、看護婦の免許も有していた彼のメイド、薬袋 蘭(みない らん)の渾身の看病によって、きっかり3日後の午後意識を回復した。  彼が目を覚ましたとき、目に入ってきたのは、見覚えの在る染みの浮いた天井と、裸電球だった。  「禮様!」  蘭は、初め彼が目を覚ました事に気が付かなかったのだろう。  禮が、顔をゆっくりと右へ巡らしたとき、そうやや調子の外れた声で彼にすがり付いてきたのだった。  「ああ、蘭かい、私は・・・そうだ静電畜電器の実験でやぐらに登っていたら突然・・・」  そのとき、彼の頭の中に、直接別の存在の声が響いた。  『御門禮、君の体の機能不全は、すべて修復できた筈だ、どうかね』  [・・・おれの頭の中に居る・・・あんたは・・・何者だ?]  突然のその声に禮は戸惑う。が深い知性を感じさせるその声に、彼は、咄嗟にそう尋ね返す事しかできない。  『もう少し落ち着いたら説明をしよう、とにかく機能不全はすべて修復された、安心してくれ』  [・・・ああ・・・わかった・・・]  釈然としないながらも、そう言われては、追求の仕様が無い。  そのやりとりは、たぶん一瞬だったのだろう、メイドと言うよりも、彼の遠縁であり、複雑な出生の事情によって、彼の元にいることになってしまった、蘭が言った。    「禮様は、やぐらの上で、雷に打たれたんです、もう危ない事は止めてくださいね」  「そうか心配させて済まなかったよ蘭・・・ありがとう看病してくれたんだね」  蘭は、禮の手をとると、ぎゅっと握り締めた。  「いいえ、これが私のお仕事ですから」  美しいからすの濡れ羽色に輝く長い髪を三つ編みに束ねた、青い瞳の少女は、少しそばかすの残る顔をくしゃくしゃにしてそう応えた。  「さて、じゃあ家へ帰ろうか?」  「ですが、あのお体の方は?」  そう訪ねられ、改めて自分のからだのあちこちを探り、そして手や足を動かして見せる。  「いや・・・別に痛くもないし・・・」  確かに、普段よりも調子は良いくらいだろう。  いつも感じている肩凝りも今は、全く感じない。  「駄目です、いま大先生呼んできますから、そのままここで待っていてください!」  「解ったよ蘭」  慌てて廊下へ駆け出して行く、蘭の背中へそう答えた禮だった。      「ふむ、確かに具合が悪い体ではないようだ」  蘭に呼ばれた初老の医師は、禮の体をあちこちと探った後、その口を開けさせ、聴診器を胸に当て首を捻った。  確かに、午前中までは、彼のからだは発熱し、妙な呼吸音もしていたのだ。  「う〜ん、そうだなぁ・・・ま、取りあえず御門君、帰っていいよ、ただし具合が悪くなったら直ぐに私の所へ来る事」  万年筆で、カルテに何やら書き付けた後、医師は、そう言って禮を無罪放免にした。  なぜかその書き付けられたドイツ語が禮には「心音、呼吸音とも正常・・・不可思議なり」と読みとれてしまった。  「お騒がせしました」  自分の体に起こった事態に頭捻りつつも禮は、そう言って立ち上がる。  「君が騒がせるのは年中行事じゃないか、そういうなら、蘭君の事も考えてあげるんだね」  「はい、以後気を付けます」  「・・・君の気を付けるは、3日と持たんんからなぁ」  実験中の事故で、禮が担ぎ込まれてくるのはそう珍しい事ではない。  馴染みになってしまった医師は、そういうと、大きな声で笑った。、  「そりゃあ酷いですよ」    「お大事にぃ」という看護婦の声に送られて、医院を出た二人は、屋敷までの2キロ余りを散歩のようにゆっくりと歩いて帰った。    「退院祝いといきたいところですけど・・・3日間何も食べて無くて、胃がすっかり弱ってる筈ですから、お粥で我慢してくださいね」  そういいつつ、蘭が道すがら、肉や野菜を求めたため、帰り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。  「直ぐに夕食、用意します」  土間へ買い込んだ食料品を置いた蘭がそう言った。  「ああ・・・蘭、そんなに慌てなくていいよ、少し考えたい事かがあるから」  「そうですか? それじゃあ、用意ができたらお呼びします」  「ああ、頼むよ」  そう答え、禮は、自分の部屋である、とっちらかった書斎へ足を向けた。    三日前のまま、とっちらかった書斎に入ると、禮は、裸電球のスイッチを捻り、座布団へあぐらを掻いた。  彼の目の前には、電気技術関係の洋書や日本の分厚い本が、並んでいた。  ようやく自分の居場所に帰ってきたという安堵感から「ふぅ」と小さくため息を吐いた途端、意識を取り戻したき彼に話し掛けてきた存在が再び、声をかけて来た。  『御門禮、落ち着いたかね?』  「ああ・・・それじゃあ事情とやらを説明してもらおうか?」  『まずは、私の名前は「ツヴァイ」と言う、以後君と接触をするインターフェース人格だ、よろしくたのむ』  「ツヴァイね・・・2番目にでも作られたのか?」  『ほう、良く分かったな』  「あんた私の頭の中を散々いじっただろう、先生の書いた「ドイツ語」が読めたときには何事かと思ったよ」  それらの知識が「ツヴァイ」の遺した知識であることに思い至ったのは、医院から帰る道すがらの事だった。  『それは済まなかった、しかし効率よく君と300年近い時を越えて話すためには、こうして君の頭の中に、私の相似型を作り出すしか無かったのだ、勘弁してくれ給え』  「それだけじゃなかろう、私のからだの中身まで弄繰り回したな?」  『それも謝ろう。  だが私が君の体を機能維持しなければ、今ごろは君は、墓の中だ』  ツヴァイのその言葉に禮は、思わず問い返す。  「・・・それは、私が一旦「死んだ」ということなのか?」  『そうとらえてもらって構わない、君の時代の医学では、雷の大電撃を食らった君のからだを蘇生できたとは思えないからな』  「そうか、一旦死んだのか・・・」  『・・・君は、もしかしたらそのままの方が良かったと思っているな?』  ツヴァイの声には、問い詰めるような感じがある。  「・・・いや、蘭がいる、彼女の事は放り出していけないからな・・・いちおう礼は言っておくよ」  『よかった、このプロジェクト始まって以来、初めて過去との接点が常設できたのだ、できれば、私を拒絶しないでほしいのだ』  「・・・で、そのプロジェクトとやらは、どんなものなんだ? 取りあえず話してみろよ、それから協力するかどうかは決めるさ」  『わかった、説明しよう』  そしてツヴァイは、語り出した。  23世紀の地球人類が、滅亡の縁にある事を。    第二次世界大戦後の米ソの対立、そして軍拡の果ての限りなく共倒れに近い西側の勝利、ソビエト崩壊後に生じたイデオロギーの空白状態での激烈な民族間紛争、そしてアジアで発生した近親憎悪的な大規模紛争、さらには北半球と南半球との対立、そしてそれらの紛争に大量に用いられたNBC兵器によって、23世紀の人類・・・いや地球上のすべての生命が、絶滅の縁に立っていた。  その全ての根本原因を探った歴史学者たちが「アメリカ」という超エゴイズム国家の存在に行き着くのにそう時間はかからなかった。  だが、それに気が付いたところで今更どうにもなるはずが無かった。  時間を溯る事などできよう筈が無かったからだ。  いかに、原因が解ったところで、もはや手後れであり、言うならば末期がんに冒された患者のように人類は座して静かに、その運命を受け入れる事しかできないと考えられた。  それがはっきりしたとき、最早彼らに次代を担う世代を生み出す能力が存在しないと理解されたとき、世界に、予想されたパニックも無く、そして怒りも無く、生き残っていた数億の人類は、残った寿命を、ただ人類という種が、この太陽系に生き「存在」したという記録を遺す事に集中しようとした。  ありとあらゆる人類の知識と文明の記録の詰め込まれたライブラリが軌道上や地下の数箇所に作り上げられ、人類の意識のコピーである人工実存がそのライブラリを管理するために誕生した。  まさかそれらの活動の中で、一筋の光明が生まれようとは、誰も考えていなかった。  そう、過去への干渉を行う事を可能とする「李=神崎効果」の発見が、その光明だった。  それが発見されたのは、単なる偶然だった。  太陽よりも遥かに大きく重い星がその生涯を終える際に起こす超新星爆発による、時空崩壊時に発生するエネルギーの総量が、理論上の計算値とわずかに合わない事は、20世紀の末期には知られていた。  それらは、多分未知のニュートリノによって運び去られるのであろうという仮説も立ってられていた。  そして23世紀に入りそれら強度のタキオンニュートリノによって、過去へつながるブリッジがごく短時間であるが形成される事を二人の天才科学者が突き止めたのだ。  同時に、そのブリッジが消滅してしまっても、当時開発されていた人工知能の自己相似を利用した超光速通信によって、接触が維持できるということも、発見された。  そして、李=神崎効果の解析が進む内、超新星などという超爆発ではなくとも、少なくとも大規模な核融合爆発によってもそれが発生することが確かめられ、そして過去へ向かいナノマシン程度の質量の物体であれば送り込む事が可能であることも確認された。  そして、太陽系・・・いや地球の、人類の歴史改変を目論む全太陽系的プロジェクト「R.E.D.O.」が全てに優先され、開始されたのだ。  そして、プロジェクトによって300年あまりの時を飛び越え、20世紀へと送り込まれたのが彼「ツヴァイ」だった。    西暦2289年3月2日、木星軌道において起こされた、600ギガトンという未曾有の核融合爆発によって、たった数ミリ秒というごく短時間、超高温の爆心で発生したタキオンニュートリノは、慎重に制御された爆発によって、周囲へ球状には広がらず、直径数cmというビーム状に発生した。  そのタキオンニュートリノのビームは、爆心から数万キロ離れたターゲットへみごとに収束し、そのターゲット=ナノマシン群を300年過去の地球へ弾き飛ばしたのだった。    「なるほどな・・・だが時間・・・歴史に干渉したところで、あんたらの世界が変わるっていう保証があるのか」  『それは、嫌と言うほど、考えられたよ。  300年という時間の流れは、その変更を容易に補完してしまうだろう。だが、歴史には巨大な節目が存在している、その節目へそれも決定的に干渉することが出来れば10億分の一程度は可能性が存在しているだろうという結論に我々は、達したのだ』  「・・・それってほとんど運を天に任せるって言わないか?」  『そうだ、確かにそんなものは天佑としか言いようが無い。  だがな我々の世界は最早、天佑にすがらなくてはならないほど酷い有様だということなんだ、禮』  ほとんど感情の感じられないツヴァイの語調が、このときだけ、深い悲しみを含んだ物に変わった。  「・・・遠い未来が困っている・・・か、で私に、何をしろと言うんだ」  『この国の軍を、強くするのだ』  「はいぃ?」  『日本帝国軍を、アメリカ合衆国という特異点をこの地球の歴史から葬り去れる、強大な軍へ作り替えるのだ。  史実では、あと15年でアメリカとこの大日本帝国は開戦する。  その後、1年ほどは日本が勝ち続ける、がアメリカという強大な生産力を持った国が本気になればどうなるかは、言うまでもないだろう、結局開戦から4年半で日本は負けた。  だが、これから始まる第二次世界大戦において、アメリカにも、そしてドイツにも、ソビエトにも勝たせては、ならないのだ』  「そのまま日本が覇を唱えれば、同じ事だろう」  『いや、日本は、結局そのまま覇を唱え続けることは出来ない、なぜならば中国がそしてアラブが、台頭してくるからだ。だが、アジアが、日本と中国が、その懐深い多神教の理念で一神教をみとめ、緩やかな世界の結合を作り上げることが可能ならば・・・あるいは・・・そこに一条の光が見いだせる可能性が・・・あるのだ』  「・・・それを私に信じろいうのか?」  『そうだ、私ツヴァイを、信じて欲しい』  そのとき蘭が、夕食の準備が調ったことを伝えに廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。  「今からで、間に合うのか?」  『・・・禮の力次第だろうと私は計算した』  「ツヴァイ」  『なんだ?』  「おまえなかなか、人を乗せるのが旨い奴だな」  『ほめ言葉と受け取っておこう』  禮の顔に笑みが浮かんだとき、丁度蘭が、ふすまを開け声を掛けてきた。  「あら、そんなにお腹すいていました?」  禮の笑みを誤解した蘭がそんな事を言った。      『これがこの時代の技術力で作ることが出来る最高性能の真空管だ』  禮の目の前には、ツヴァイの指示通りに作り出された、数十本の透明ガラスのチューブが紙に包まれ置かれおり、さらにその真空管を使用したラジヲが、ハワイからの短波放送を捕らえ、賑やかなジャズを奏でていた。  「すごいな・・・これが本当にハワイからの電波かなのか?  でもな、日本では誰も本気で相手をしてくれないぞ、メイドインジャパンの技術なんて、屁の突っ張りにもならんのだからな」  自分の発明を歯牙にもかけないメーカーにいつも門前払いを食らっている禮は、思わず毒づいてしまう。  その調子に、ツヴァイが驚いたという信号を送って来た。  「いや、すまん、つい興奮したんだ・・・で、この真空管で、何を作れって?」  『真空管演算機だ、そしてそれに制御される微細工作機械を作って欲しい』  「真空管・・・なんだと?」  『簡単に言えば、電気仕掛けの計算尺だ』  「どんな原理で動くんだ?」  その問いにツヴァイは、一瞬答えに詰まると、本当に済まなそうに、言ってきた。  『すまん禮、説明をしている時間はない、その基礎は、世紀の天才が数年かかって作り上げた理論だったりするのだ』  「・・・ったく信じるて言った手前、作業をするしかないんだなぁ、しかしこれだけの材料を手に入れるだけでも一苦労だぞ・・・」  『まずは、金か・・・』  ガラスから、電極に用いる金属から、かなり無理をして買い求めたものであった。  「そうだ」  『レェイディオ・・・いやこの「ラジヲ受信機」を売るしかないな』  「おいおいうちには、大量生産をする設備なんか無いぞ」  『いや、試作機と、設計図、そして真空管製造のノウハウを売ればいい』  「しかしなあ、さっきも言ったとおりの状態で、相手にしてくれるか?」  『大丈夫だ、君以外に、これだけ小型で、そして性能がずば抜けた送受信機を作れる人間は、この時代の地球上には存在していない』  きっぱりとそう言い切ったツヴァイに、禮は、頭を抱えて応えた。  「ツヴァイ、私を、ほめてもなんにも出んぞ」      こうして、2週間後、禮はそのラジヲ受信機と、送信機をいくつかの電機機器メーカーへ持ち込み、あるメーカーがそれを買い取った。  現物があっては、メイドインジャパンを毛嫌いする日本人であっても、ましてやそれが別のメーカーへ流れるとあっては、言い値で買うしかなかったのだ。  もっとも、禮がふっかけたパテント料は、かなり良心的ではあった事も確かだった。    こうして、メーカーから、それなりの性能をもった真空管が供給される様になれば、禮としても、それを買えばいいと言うことになり、真空管演算機を作ることはたやすいことだった。  そして真空管演算機によって「微細工作機」の一号機が生まれるまでは1年が必要だった。  さらに、その微細工作機によって、超微細工作機(モルマシンオーガナイザー)が作られた。  モルマシンとはモレキュラーマシンの略で、日本語に訳せば「分子機械」となる。  ナノオーダーの工作技術を達成する事が困難であると考えられたため、ナノマシンよりも100倍ほどスケールの大きい分子機械を組み立てる事のできる工作機機を作ったのである。    それらの機器を効率よく動かし、そして巨大な艨艟を作り上げるため彼に遺されていた北関東の家と、その土地を売り払い、禮と蘭は遠く北海道に土地を求めた。  知床と呼ばれる未開の土地を二束三文で、手に入れた禮と蘭、そしてツヴァイは、その地下に巨大な生産施設を作り上げた。  もっとも、実際に作業を行ったのは、モルマシン達であったが・・・。    「ツヴァイ、調子はどうだ?」  知床ドックと彼らが名づけたその巨大生産施設に新たに作られた、カメラとマイクの備えられたツヴァイのターミナルを叩きながら、尋ねる。  ようやく、禮は、頭の中での「会話」から解放された事になる。  「良好だ、君も頭の中の物が無くなってすっきりしただろう」  「なにを言っているんだ、まだターミナルが残っているのを俺は知ってるぞ」  自分の頭をつつきながら禮が言った。  「・・・やはり君には、隠し事はできんか。  まあ、もともと外部ターミナルができたらなら、移るつもりだったんだ、君の中のターミナルも、君がその気になればいつでも呼び出せる」  「それにしても、モルマシンつーのは、恐ろしいな、あっという間に、地下にこれだけの空間を作り出すとは・・・」  彼が見上げた天井は百m以上、上にあり、回りを見渡せば、一千数百メートルの幅を持った、ドックは、カクテル光線の届く限り、パースペクティブの彼方へ向かい広がっていた。  「一つの国の海軍を一手にまかなう、ドックヤードだからな、慣性制御まで使ってこんなに広くしたわけは、一隻だけ象徴となるような巨大な艦を作りたかったからだ」  「象徴となる巨大な戦艦?」  「そうだ」  「長門のようにか?」  世界のビッグセブンと呼ばれる、日本の誇る超弩級戦艦の名は、禮ですら知っていた。  「・・・あのクラスの船が、駆逐艦に見えるほどの巨大な戦艦だ」  一瞬、まるでその存在そのものを笑うかのような沈黙の後、ツヴァイは言ってのけた。  これがツヴァイの言う事でなければ、禮は、大法螺を吹くな! と一笑に付したに違いない。  だが、ツヴァイが言うのならば、それを作る事ができる気がした。  「いつから、生産を始められるんだ」  「まずは長門と同規模ではあるが遥かに高性能な艦を作り、海軍へ売り込む」  「おれは、海軍に「つて」は無いぞ」  「大丈夫だ、海軍の山本五十六次官は、石油問題に頭を痛めている、石油供給問題を解決する用意があるので話がしたいと言えば、簡単に渡りは付けられる」  「本当か? それ」  「そうだ、既に、このドックに隣接して石油タンク群にモルマシン達が石油を作り出している所だ」      こうして、モルマシンによって海底から採掘された金属を使い、55口径40cm3連装砲塔4基、10cm連装両用砲8基を備え、46cm砲弾防御、マイクロ波レーダーを備え、ガスタービンエンジンによって、基準排水量5万1千トンの巨体を34ノットで疾走させる、戦艦「土佐」が誕生した。  さらに、土佐そのままのスペックの姉妹艦、駿河、水戸、会津、越後、備前、薩摩、松前、紀伊、尾張、近江、加賀、と12艦が建造された。    「戦艦を12隻も作って、どうするんだ?」  打ち並ぶ鉄の城をため息で見つめた禮は、ツヴァイへそう尋ねた。  「扶桑、山城、日向、伊勢、霧島、比叡、金剛、榛名という36cm級主砲を持った戦艦の代艦と、予備艦だ、予備戦力の有り無しは、戦争遂行能力に大きな差となって現われる」  「なるほど、予備か」    そして、ツヴァイは、大型の飛行艇を数機作り出した。  「こんなものどうするんだ?」  「こいつで、中央へ行き、海軍と接触をする。  山本次官を連れてきてもいい」  「ツヴァイおまえ大切な事を忘れているぞ」  「なんだ?」  「私は、飛行機の操縦なんて、できないってことだ」  禮の言葉に一瞬絶句したツヴァイは、次の瞬間、そう、人で言うならば破顔一笑という言葉がぴったりな口調で応えた。  「あははは、君はできるよ。  そう君は、この時代に存在しているあらゆる機械を取り扱う事ができるんだ。  禮、君は、その事実を思い出していないだけなんだ」  そして、禮は、それを自ら確認する事になった。      「さすがに、寒いな」  私服姿の山本五十六少将が、巨大な飛行艇のハッチをくぐって出てきた。  それに従うのは、やはり私服姿の大西滝治郎大佐である。  「こんな所に、本当に人造石油工場があるのかね?」  ほとんど、人跡未踏の地と言ってもよい、北の果ての地へ連れてこられた二人は、訝しげに周囲を見渡した。  もちろん見渡したところで、打ちっぱなしのコンクリートの壁面と、彼らを乗せ、驚異的な飛行性能を見せつけた大型飛行艇の白い機体と海面以外に見えるものなどない。  「もちろんです、もっと驚くものもお見せできますよ、まずは石油から見てください」  コクピットからハッチをくぐり、二人の前に降り立った禮は、強化コンクリートで作られ、蛍光燈に照らし出された通路を歩き始める。  「それにしても、これだけのトンネルを掘るのであれば、そうとうな人手が必要だっただろうに、そんな資金をどうやって調達したのかね?」  「私は、西電が売り出した高性能小型ラジヲのパテントを持っています」  山本のもっともな質問に人手の部分は、ぼかし資金の部分のみ正直に答える。  「おお、あれを作ったのは君か?! それなら、納得できる」  それほど西電が突如売り出した「ラジヲ」の性能は傑出していた。  さらにそれは、海外にまで輸出されはじめているのだ。  それだけの品物を作ったのであれば、確かに莫大な資金を持っていてもおかしくない。  と山本達が納得するのに時間は必要無かった。    そして一同は、巨大な地下空間へ到着した。  「・・・こ・・・これは・・・」  パースペクティブの彼方まで広がる大空間と、そこに立ち並ぶ石油タンクと生成施設に、二人の軍人は、絶句するしかない。  「ここの空間は、もともとあった自然の洞窟を補強して作ったものです。  禮がそう声をかけるまで二人は、絶句したまま身じろぎ一つできなかったのである。  「こ、このタンク全てに石油が詰まっているのかね?」  ようやく口を開いた大西の口調は、どこか間が抜けていた。  「はい、ここにはほぼ300万トンの石油が貯蔵されています」  「さん・・・びゃく・・・本当に石油なのだろうな?」  「お疑いでしたら、全てのタンクについて、中をご覧いただけます」  その言葉に、大西が、手近のタンクの点検口を開けろというジェスチャーを見せる。  禮は身軽にタンクの天井へ降りると点検口を開け放つ。  途端に、油特有のむせるような有機臭が広がる。  そして、大西へ、自分で内部まで確かめろというように、数メートルの長さの竹竿を掲げて見せる。  大西は、山本へ振り返ると、肯き、狭いラッタルを意外に軽い身のこなし・・・狭い艦内を動き回るのだから、当然なのだが・・・で、禮の隣へ降り立つと、竿を受け取り点検口へ差しいれて行く。  とても底まで届くものではないが、切るようにかき混ぜ、そしてそれを引き上げる。  したたる滴は、確かに全て重油の物である。  大西は、別のタンクへ移ると同様に点検口を開けさせ、同様のことをする。  それを周囲5つのタンクに繰り返し、ようやく納得したようだ。  「確かに、石油が入っていますよ」  「・・・もっとも我々を騙すのであれば、こんな大掛かりな事はしないだろうがね」  最初から山本は石油の存在を、疑ってなど居なかったのである。  それは、彼らかここまで付けてこられて経緯を考えれば、理解できる事だった。  もしも騙すのであれば、目隠しをするなり、韜晦空路を取るなりしただろう。  「納得いただけようでしたら、人造石油の製造プラントの方へ参りましょう」  禮は、点検口を閉めつつそう言った。    「ここが、プラントの心臓部です。  有機材料・・・どんなものでも構いません・・・を投入すれば、私の開発した高効率バクテリアによって、ほぼ数分でオクタン価120以上の高性能ガソリンから、重油に至るまで自在に生成が可能です」  「有機材料というと」  「いわゆる「生物」ですが、木の葉から、石炭、魚、プランクトンの類までなんでもOKです」  禮の説明にいまいち納得しかねるような顔をしていたが、山本は、それを振り切るように声を上げた。  「すごい・・・これで、石油についてはなにも心配する事は無くなった」  「現在は、カモフラージュして有りますが5万トン級のタンカーが5隻一度に、接舷できる埠頭も用意してあります。・・・それでお願いなのですが、できれば早急にタンカーの用意を行って頂きたいのです」  「金かね?」  大西が、睨み付けるようにそう問う。  「まさか、違いますよ、タンク全てが満杯状態で石油の生産がこれ以上できないのです」  禮は、肩を竦め笑って見せた。  その答えに、いかつい大西の頬も緩む。  「そうだ、値段は、この人造石油の価格は、どうなのかね?」  さらに大西が問う。  当然であろう、高ければ、いくら事実上無尽蔵とは言え、購入には限界というものが存在している。  この時代、日本という近代国家が使っている石油の大半を海軍が使用しているという実状を考えれば、大西の問いは、当然の事だった。  その問いに禮は、かるく肯き口を開く。  「アメリカの価格の100分の1、いいえ1000分の1で結構です。私は、これで儲けようと思っているわけでは有りません。  すでに私と連れの二人は十分生きて行けるだけの資金は持っていますので」  「人造石油か! よく作り出してくれたよ御門博士!!! 君はこの日本の救世主だ!!」  山本がかなりオーバーな表現で、禮の手を取り言った。  「もっと凄いものをご覧にいただけますよ」  「もっとすごいもの?」  その言葉に、二人の軍人は、顔を見合わせた。  「はい・・・でもその前に、お茶にしましょう、時間も丁度3時になるところですし、さすがに私も冷えました」  蘭の心尽くしのお茶とサンドイッチなどを口にした山本と大西は、禮と蘭に案内され狭い通路をしばらく歩き、まるで船の内部のような場所へ出た。  「ここは、なにかの施設かね? それとも・・・そう、なにか船の内部のようだか・・・」  いならぶハッチに、山本がそう言う。  「あとは、エレベーターに乗るだけです」  4人は、あまり広くないエレベーターへ乗り込むと、一瞬体が重くなる、やがてそれが浮遊感に変わった後扉が開く  「ツヴァイ、ドックへ灯かりを点してくれ!」  「了解」  そして二人の軍人は、今度こそ絶句したのだ。  カクテル光線が彼方へ向かい次々と点灯されてゆくそこに浮かび上がったのは、巨大な12隻の艨艟の姿だった。      「なにか、悪い冗談のようでしたね」  海軍省へ戻ってきた大滝と山本は、渋いお茶に口を付けつつ知床での体験を口にした。  「5万1千とん・・・長門級を凌ぐ、戦艦が12隻か・・・」  最早、二人の念頭から石油の事は、すっかり消え去っている。  山本は、帰着早々、禮を伴い経理と資材の責任者へ引き合わせ、石油購入についての交渉事を全て任せてきたのだ。    今ごろ、経理も資材も上を下への大騒ぎになっているはずだ。  「八八艦隊どころではありませんよ」  「扶桑、山城などの36cm砲搭載艦を全て入れ替えても、まだ4隻あまるとは・・・」  「一体、あれだけの鉄鋼を、どうやって手に入れてきているのやら」  「それは、分からん、が、少なくとも欧米列強からの援助などではない、別の何かだろう」  「・・・別ですか?」  「そうだ、どう見てもあの船は、長門級の発展タイプという感じがした」  確かにツヴァイの作り出した「土佐」は、日本の作り出した最大級の戦艦の設計を再設計した物であったのだから。その山本の観察は鋭い。  「あれを購入すれば、空母も、さらに大型の戦艦も用意すると言ってましたが・・・」  「・・・民間の、しかもなんの実績も無い会社の作った戦艦と空母か・・・」  だが、やはり山本は、その性能までは信頼していなかった。  もちろん、戦艦も空母も喉から手が出るほど欲しい。  ワシントン条約によってその保有を制限されなければ、日本帝国海軍は、八八艦隊という日本という国家を確実に破産させたであろう、建艦計画を遂行していたはずであったのだ。  しかし数千名の軍人の命と、国家の命運までを担う存在である軍艦をなんの実績もない企業が作った物にそう簡単に乗り換えるというわけにも行かないのも事実である。  「重巡程度には役に立つと思いませんか?」  「12隻の実力未知数の戦艦か・・・標的艦・・・土佐にぶつけてみる・・・か?」  とんとんと机を指で叩いていた山本が、決心したかのように顔を上げ言いった。  「土佐対土佐ですか? そいつは、面白そうだ」      こうして、ワシントン条約によって、竣工前に廃艦となり、標的として使われていた「土佐」が、理由も告げられぬまま、北海道沖へ回航された。    「・・・次官、あの艦を本当に、潰してしまってよろしいんですか?」  「潰せるものならばな」  やや憮然とした口調で、山本は禮へ答える。  土佐は、腐っても巡洋戦艦なのだ。  そうそう、簡単に、沈められる筈が無いと山本ですら思っていた。  「解りました、ツヴァイ、土佐のコントロールは、君に任せる。  35キロ彼方の標的、沈めて見せてくれ」  さすがに、回航作業を行った以上、海軍の高級士官達が数十人、飛行艇に分乗し、この試験を見守る中、土佐は、標的艦をその射程に修めた。  標的艦上空には、飛行艇が数機観測のため飛んでいる。  「土佐、発砲位置へ付いた、いつでも撃てるぞ」  ツヴァイからの通信が山本と共に機上にある禮の元へ届く。  「よし、ツヴァイ土佐主砲、発砲自由!」  「了解!!」  その瞬間、4基の砲塔全てを、標的方向へ向けた土佐が、爆光に包まれる。  凄まじい火炎と爆煙が砲口から沸き上がり、その砲口から発生した衝撃波がさざなみとなり海上を散って行く。  55口径砲の初速は長門などの45口径砲に比べ4割増しになっており、射程も伸びている。  土佐から、放たれた12発の1トンもの重量を持った砲弾は、30秒余りで35キロを飛び越え、そして標的艦「土佐」へ着弾した。  その瞬間を見たものは、だれも居なかった。  一瞬、沸騰する海水の巨柱の直中に艦首と艦尾を立てた土佐が見えたと言った士官も居た。だが、着弾後に生じた爆光と爆煙、そして数十メートルへ達した海水の柱が収まった時、標的艦は、海上から完全に姿を消してしまっていた。  後に高速度撮影されていたフィルムによって、10発が土佐へ命中し、一瞬でその船体構造を破壊される様を見た山本とその他の海軍高級士官達は、土佐をなんとしても購入させる為、根回しを一斉に始めたのだった。  もちろん、海軍工廠の技官達は反対した、だが、数々の追加試験の様を見せ付けられると、まるで次元が違うと言わざるをえないその性能に、次々にその口を閉ざしていった。      こうして紆余曲折は有ったが、土佐以下12隻の戦艦がワシントン条約失効とともに海軍へ売り渡される事となった。  所がである・・・。  これだけの武力と、石油があるならば、アメリカと事を構える必要などない。  アメリカが攻めてくるならば別だが、近代国家としての生命線である石油が自国で生産でき、鉄鋼もそれなりに供給がされるならば、わざわざあの巨大な国家と干戈を交える事は無い。  対アメリカ一辺倒であった親ドイツ系の海軍軍人の中からですら、こんな意見が聞かれるようになってしまった。  さらに御門は、鉄鋼以外のアルミ、モリブデン、ゴム、など日本が輸入以外で入手できないいわゆる戦略資源を尽く、供給できることを実証して見せた。  人というのは、面白いもので、余裕が生まれれば、常識的な判断を行うようになるものなのだ。  そして、陸軍や民間にも御門から人造石油や鉄鋼などが供給されるようになると、大陸への無理矢理の進出というせっぱ詰まった心理状態から徐々に解放されていった。  そしてそれらは、泥沼化していた、中国戦線からの大規模な兵力引き上げという形となって現われたのである。      「航空機用エンジンの供給ですか?」  知床ドックの指揮所の暖房の効いた部屋の中、今、禮の目の前に居るのは、中将へと昇進した山本五十六だ。  その山本が、何気ない口調で、そう言ってきた。  彼ら眼下では、巨大な艦船が様々な作業状態で建造されて行く火花が散っている。    「そうだ。御門の技術が傑出している事は、もう疑う余地が無い。  そして、その生産能力も、最早微塵も不安を感じない。  だが、これからは航空機の時代だ、幸い我が軍には、正式採用前とは言え、傑出した性能の試作艦上戦闘機が存在している。  だが、御門が持っている、我々が連絡用に散々使わせてもらっている「あの」海燕は、双発しかもフロートを備えた飛行艇でありながら、その試作艦戦の速度を軽々と上回る時速700キロなんていう常識外れな速度を持った機体だ、その秘密は、エンジンにあるんじゃないのかね?」  「・・・ええ、そうですね」  ツヴァイの作り出した飛行艇「海燕」に使われている航空機用エンジンは、ターボプロップ方式で3500馬力もの出力を発揮する。  だが、それが存在する事が当たり前であった禮にとって、海燕のエンジンなどというものがそれほど重要な物だという認識はなかったのである。  「そこでだよ、その優秀なエンジンを他のメーカーへ供給してもらえないだろうか、という話なんだ」  「それは、構いませんが・・・いったいどれほどの数が必要なのでしょう」  「そうだな、年間1万・・・いや2万だ」  「それは、エンジンのみの数字ですね?」  「ああ、そうだすまん予備部品も考えたら3万程度になるのだな」  「3万ですか少し待ってください」  そう言って、禮は意識を切り替え、ターミナルからツヴァイを呼び出した。  『なにかな禮』  [海燕に使われている、航空機用エンジンは、年間どれだけ用意できる? ジェラルミンなど特殊金属材料も含めてだ]  『そうくると思っていた、エンジンならばもっと高性能な物を10万は用意できる  航空機用特殊材料は、数万機分のストックはあるが、最早海底からの調達では間に合わないから、私の一存でとある計画を進めているところだ』  [わかった、5万程度の数字を言っておこう]  『そうだな』  「そうですね・・・ざっと、5万はご用意できると思います」  「本当かね?」  その答えに山本は顔をほころばせる。  「はい」  こうして、4000馬力を超える出力を持ったエンジンが各航空機メーカーへ供給される事になった。      「なんだ、あの空母の飛行甲板は? ずいぶんと不格好じゃないか」  眼下を疾走している空母を見下ろし、そう言ったのは、零戦改を飛ばす「淵田美津夫少佐」だ。  『淵田少佐、着艦を許可します、着艦進入はアングルドデッキへお願いします』  「アングルドデッキだぁ?」  まるで雑音の無いクリアな、それも双方向通話を実現している通信機へ向かい思わず怪訝そうな声を上げてしまう。  『そうです、この大鳳は、斜めに突き出している飛行甲板へ着艦することによって、他の機が発艦途上で万一着艦に失敗しても着艦のやり直しが可能になっています』  「ふん! 艦載機乗りにゃ、そんなやわな奴ぁいねぇよっっ!」  『ついでにいえば、二つのデッキから一度に4機の航空機を飛ばす事ができますから、出撃速度は、2倍以上になります』  「解った、解った、もう最終進入なんだ、しばらく黙っててくれ」  『これは失礼しました』      「大鳳か、いい母艦じゃねーか・・・」  アイランドの基部で訓練風景を眺めていた淵田がひとり呟く。  「この艦が気に入ったか?」  その淵田に声をかけてきたものが居た。  「や、山口少将」  聞き覚えのあるその声に淵田は、慌てて敬礼を返す。  その向うで、蒸気カタパルトによって、全備重量9トンにたっする艦爆が軽々と打ち出されて行く  「こんな船が、10隻も有ったら、アメリカなんかに太平洋ででかい顔させないんですけどね」  「10隻? ふん良い線を付いてるな」  「い゛?」  「おまえも土佐級の戦艦は、見ただろう?」  「ええ、あの大艦巨砲の権化のような奴ですね、しかも同型艦を12隻一気に購入ときては、名前も覚えられやしません」  頭を掻きながら、指を折りつつ6隻までは、名前を言って見せる。  その様子に、自分でも覚えがあるのか、苦笑の表情を見せつつ山口が言う。  「そう、その戦艦と同数の空母が購入される」  「・・・こいつが一気に12隻も・・・す、すげぇ!」  「この大鳳は、120機以上の艦載能力がある、日本は、全体で1400機を超える航空打撃力をいきなり持っちまう訳だ」  「その上、零戦改と新型艦爆ですね」  「そうだ、陸攻の搭載能力すら超える搭載能力を持ちながら、700キロ以上の高速が出せる・・・信じられない機体だよ・・・」  「零戦改だって、自動空戦フラップ装備、最高速度760キロ、25mm回転砲身機関砲2門、携行弾数1400発、機載電探装備、増漕3つを付ければ9000キロなんていう航続距離がある上に、ロケット弾6発、携行可能なんていう化け物ですよ、いったい日本は、帝国海軍はどうしちまったんですか?」  「・・・御門だ、全ては、あの御門博士と、山本中将が変えてしまったんだ・・・」  感に耐えぬように、山口が、そう呟く。  その彼の視線の先には、サイドエレベーターから、誘導されて行く、零戦改の姿が、カタパルトから漏れる蒸気に霞んでいた。      「これが今、海軍で考えられている戦艦だそうだ」  ツヴァイが、知床ドック作業指揮所の巨大なスクリーンへ示したのは、いったいどのように手に入れたのか、海軍高官の署名の入った数隻の戦艦の諸元の書き込まれた書簡の写しだった。  曰く、50口径46cm12門装備、7万トン級戦艦。  三洋艦隊の総旗艦規模の10万トン級戦艦。  飛行甲板を片舷に備えた、改土佐級改型航空戦艦。  片舷60門の装甲シャッター付き発射管を備えた、重雷装強襲戦艦。  60口径70cm巨砲2門を艦首に装備した、突撃戦艦。    など、その場の思い付きでしかないような装備を持った戦艦のオンパレードがそこにあった。  「・・・この程度、その気になれば、全部可能だろう?」  だが、ようやくツヴァイの残した知識に慣れた禮は、冷めた口調でそう言っただけだった。  「その通りだ、こんな試行錯誤の山を築くことは、我々にとって実に簡単なことだ」  「しかし」  「そうだ、我々には、もっとすばらしい「クール」な計画が存在している」  ツヴァイの口調には、どこかあやうい響きが感じられる。  そう、言うならば、歓喜に打ち震えるかのような、ある種の興奮状態にある者と同種の「危ない」と表現する意外にない口調だ。  「そして、いよいよそのプレゼンテーションを行うときが来たのだ」  そう言って、スクリーンに示したのは、躁状態の海軍高官達ですら考えもつかないであろう、化け物のような諸元をもった戦艦の三面図だった。  時に、昭和14年12月・・・・史実では、開戦まであと二年を残していた。      「大和型には、明確な弱点がありますね」  居並ぶ海軍高官へ向かい、禮は、強気にそう口を開いた。  「・・・どういうことだね?」  もはや、禮の力を微塵も疑わぬ高官達の一人がそうたずねる。  「15.3cm副砲塔は、重巡と同じ装甲しか有していません。  そこに敵主砲弾が飛び込めば、どうなるのでしょう? 副砲塔の弾薬庫と主砲塔の弾薬庫が、接近して設置されている以上、あまり考えたくない状況に発展する可能性は皆無ではありませんね?」  「しかし大和型は、アウトレンジから46cm主砲を叩き込むのだ、敵が接近できねば、砲弾は、当たらんのだぞ」  「たしかに、本当にアウトレンジが可能であるのなら、おっしゃる通りになると思います。  しかし、実際の海戦では余程の事が無い限り、最大射程での一方的砲戦というのは、考えられない事だと思いますが?」  「ううん・・・確かにいつでも理想的な状況で砲戦が行えるとは限らないな・・・」  「そうだな・・・だいたい2万mから1万mでの打ち合いというのが考えられる海戦の状況である事は確かだ」  そう言ったのは、鉄砲屋を自任する宇垣纏参謀だ。  「そうなると、この重巡レベルの装甲しか持たない副砲塔というのは確かにウイークポイントかもしれん・・・」  「・・・ああ、御門博士の言う通りかもしれない、では、もう一つのウイークポイントとはなにかね?」  「はい、大和型では1枚1枚の装甲板のサイズが小さすぎます。  その継ぎ目に砲弾が飛び込んだ場合、46cm防御というカタログデータがどこまで信用できるかです」  「むぅううううう・・・確かにその通りだ」  設計に携わったのだろう、もしかしたなら内心かなり気になっていた事だったのだろうか、技官の一人が、机に突っ伏しうめくようにそれを認めた。  「では、私どもの用意した超大型戦艦の図面をご覧ください」  そういって目の前に広げられたのは、ほとんど「土佐」と変わらぬ艦型をした戦艦だった。  「これは・・・土佐の図面ではないのかね?」  山本が手元に回ってきた図面の写しを一目見て言った。  「よく、スケールをご覧ください」  だが禮は、噛み締めるようにそれに答える。  「55口径、は・・・80cm三連装砲塔!・・・って御門君、いくらなんでもこんな60万トンなんていう戦艦・・・無茶だよ」  「これでも、押さえた値です」  「押さえた?」  「はい、その図面の戦艦については、かなりの新技術を導入するので、試作として作られるに過ぎません、本計画では、50口径100cm、100万トンを狙っています」  その言葉に、井上成美、山口多聞、南雲忠一などの居並んだ将官達は失笑を放つ。  「それは、作ると言うのならば止めやせんよ、しかしその60万トンの戦艦を一隻作るのに一体何年掛かるのかね?」  その中の一人、井上成美がほとんど爆笑寸前という口調で言い放つ。  「私の計算では、試作戦艦に半年。本計画艦は、1年と2ヶ月で完成で完成させる事が可能だとでています」  「・・・ふはははは! 法螺もそこまでくればたいしたものだ、やりたまえ! 君の所の技術を見せてもらうことにするよ」  山本は、そういうと、さらに大笑いをした。      そして翌年・・・  本州では、雨季となり、連日雨に見舞われているが、北海道では、それも関係無く、好天に恵まれた中、一隻の巨大な戦艦が竣工を迎えた。  「まさか、本当に62万トンもの化け物を作ってしまうとは・・・」  海燕の機上でそう呟いたのは、南雲忠一だった。  付き従う、改土佐級「三河」「甲斐」などの6万トン級の超弩級戦艦が、まさに駆逐艦のように見えるその巨大と表現する以外の形容詞を持たない艨艟は、安曇と名付けられた。  「この巨体を、34ノットで走らせると言うのだから、恐れ入ったね」  「この分なら、本当に御門は100万トン級戦艦を作ってしまうだろうな」  まるで小さな「島」が動いているようにしか見えないその光景に、招待された海軍高級士官達は、そう言い合った。  安曇の全長は500メートルを越えており「その気」になれば、艦載機の運用も行える筈であった。  もっともカタパルトだの、固定翼機用の飛行甲板だの格納庫だのの艤装は一切無いので、通常の艦載機の運用は考えられていない、あくまで戦艦は、戦艦たるべしという美学がそこにはあった。    そして80cm砲の試射が、はるか140キロ離れた千島列島の岩礁へ向かい行われた。  その砲弾重量は徹甲弾で、5.6トン、榴弾でも4.9トンに達し、斉射12発で、実に60トンという砲撃を加える事が可能だった。  その瞬間、世界は白く染め上げられ、耳をつんざく轟音が、辺りを満たした。  140キロを、2分近い時間をかけて飛んだ12発の砲弾は、狙い違わず岩礁へと突き刺さり、目標となった、小さくはない岩礁は文字どおり木っ端微塵に砕け散った。    その後、ひと月余りの期間をかけて行われた様々な性能試験・・・その装甲は、改土佐級の42cm、60口径砲の零距離連続射撃にも、見事に耐えた・・・を終えた「安曇」は、海軍へ引き渡された。    「いやはや、こんな化け物を預けられても、困ってしまうのだが・・・」  などとと連合艦隊司令長官となった山本大将は、口ではぼやいていたが、その実、アメリカの鼻をこの安曇で明かしてやりたいという気持ちも、また本心であった。      こうして、日本帝国海軍は、ますます仮想敵国であるアメリカとの対決の必要を感じなくなりつつあった、だが、欧州での状況が、それを許さなくなりつつあるのもまた事実だった。  盟邦ドイツは、その総力を挙げ現在バトルオブブリテンを行っている所であったからだ。  そのドイツへ日本帝国は、密かに零戦改(丁)と呼ぶエンジンをわざわざ2500馬力級へデチューンした航空機を売り渡していた。  それをデッドコピーし、足の長い戦闘機を手に入れたドイツは、イギリスの組織的防空能力を打ち負かしつつあった。  さらに、8隻の土佐級戦艦をドイツへ売却、その回航も既に終わり、海上封鎖の任に既に6隻が付き、残りの2隻は、予備兵力としてヴィルヘルムスハーフェンにその威容を浮かべていた。  その6隻をドイツは、Uボート同様、通商破壊の遊撃兵力として運用を行った。  それら6隻の戦艦は、沿岸へ接近しての通商破壊という、使い捨て同様の作戦に従事し、イギリス艦船を次々に血祭りに上げていった。   しかしアメリカ政府は、チャーチル英国首相の矢のような参戦要求に、国内世論の統一ができずに、苦しんでいた、  ローズベルト大統領は、自ら宣戦布告を行う事は是としておらず、ドイツかもしくは日本に開戦をさせたがっていた。  そしてヒトラーがそれほど愚かな人間でないことも理解しており、そのための日本に対する石油・戦略物資の禁輸であったはずなのだ。  だが、日本は、全く堪えている様子はなく、もう一つの開戦の理由となるであろう  中国大陸においても、日本軍は満州へ引き上げ、さらに、朝鮮半島からも手を引きつつあった。      「東洋人の考えている事は、わからん!!  あれほど、われらの真似して喜んでいた連中がどうして突然それを止めようとしているんだハル!」  ホワイトハウスの執務室で、ローズベルトは、苛立ちを隠さず、国務長官であるコーデル・ハルへぶつけていた。  「石油・戦略物資の禁輸にめげないところを見ますと、かの国は、近代国家としての成立を諦め、再び鎖国へもどるのやもしれませんな」  「馬鹿な!! 開国から既に70年だぞ、かの国の食料生産能力は、三千万人を養うのが限界値ではないか!! それが今では、二倍以上に膨れ上がっている、今更鎖国へ戻れるものか!」  「それが、われわれアングロサクソンの考え方です。  しかし、東洋では、滅びの中に美を求める思想もある事を忘れては成りません」  「ふん!・・・ならば、滅ぼしてやろうではないか、あのような薄汚い我ら白人の猿まねしかできぬ国、我が合衆国の力で蹴散らしてしまえばよいのだ!」  ローズベルトもハルも、よもや無資源国日本が、自給自足体勢を(23世紀からの援助によって)整え合衆国海軍を叩き潰す準備が完了している事など微塵も考えて居なかったのである。      そして1年という時間が、あっという間に過ぎ去った・・・。  「最後通諜にしか見えませんな」  近衛内閣の閣僚達の目の前には、通称ハルノートと呼ばれる、アメリカからの交渉条件が書き連ねられた書簡の写しが、配られていた。  「いや、これは試案となっている、交渉次第でまだ道は開けると思うがなぁ」  「中国・仏印からの完全撤兵、満州の解体、朝鮮半島の独立、内南洋のアメリカ保護嶺化、南樺太の放棄・・・いやはや、これは、本気ですな」  「いったい、彼の国は何様のつもりなのですかな? 南樺太の放棄とは、完全な内政干渉ではありませんか」  「いやはやアングロサクソンらしいやり方ですな」  「相手が言う事を聞かず、気に入らなければ拳銃でズドン! あの連中のメンタリティは、100年前と全くかわっとらん」  自分達がしばらく前まで、その真似をして喜んでいた事など、全く棚に上げて、そんな事を言う閣僚も居る。  「しかし、ここで、アメリカを喜ばす事もない、どうせ中国・仏印からは、足を洗うつもりなんだ、満州はともかく、朝鮮半島の独立もいまさら構わないじゃありませんか。  内南洋と南樺太は譲歩できないという線で、交渉してみるのがよろしいのではないですかな?」  そんな風に閣僚会議において日本の方針が決定され、御前会議においてそれが承認された。  しかし、アメリカは、試案と言いつつも、その交渉条件の譲歩には一切応じる気配が無かった。    「互いに、馬脚を現わしたというところですかな?」  そう言ったのは、近衛首相だ。  最初から交渉において、これ以上譲れないという条件を出した上で、妥協点を探ろうとした日米の会合は、しかし開戦を望むアメリカの絶対的なハルノートの厳守という頑迷な態度によって、草々に頓挫を余儀なくされていた。  それでも日本には、アメリカと戦争を行う理由が全く存在していないのだ。  ゆえに、二枚腰、三枚腰での交渉をアメリカと行った。  だがそれらの交渉も、不首尾に終わり、ついに日本も匙を投げる時が来た。  「ドイツからは、アメリカと開戦して欲しいと言ってきているのだろう?」  陸軍関係者が口を開く。  「そうだ、イギリスへの援助を少しでも減らしたいらしい」  「虫の言い話だ、ソビエトと勝手に開戦しておきながら」  「だが、同盟と言う以上、助けぬわけにも行かんぞ」  「最新鋭の戦艦を8隻も売ったではないか!」  「向うの大使には、戦艦8隻では足りぬといって来たらしい、その上、丁型零戦をもっと寄越せとも言ってきている」  「・・・しかし丁型が日本に置いて、初等練習機だと知ったらドイツはどんな顔をしますかな?」  一瞬、会議室は笑いに包まれる。  ドイツからは、丁型の優位が、そして土佐型戦艦の八面六臂の活躍も伝えられてきているのだ、アメリカとの開戦になれば、超大型戦艦「安曇」と共に、太平洋艦隊などひと薙ぎで叩き臥せる事ができると、海軍の誰もが考えていた。  そんなに、戦(や)りたいのならば、戦(や)ってやる。  そういう雰囲気が海軍内部に醸成されるのに、それほどの時間は、必要なかったのである。      「コーデル・ハル国務長官、私はあなたへ、この宣言を行わなくてはならない事を大変残念に思います、我が国は、交渉において十分貴国に対して譲歩を行うつもりでいました、しかし、貴国は、我が国への石油及び、戦略物資の輸出禁止をついに解いては頂けなかった。  このような状況において、もはや我が国と貴国との国交を維持することはできぬ、という結論に達しました。  我が大日本帝国は、日本時間1941年12月8日午前0時をもって貴国及び全連合国に対し、戦争状態へ入る事を宣言いたします」  「それは、大変残念な事態としか言えません」  「なにを!」  そのハルの言葉を聞いたとき、直接交渉に当たってきた、野村駐米大使は、思わず激発するところであった。  十分な譲歩を行うと言った日本の低姿勢にも関わらず、まるで利く耳を持たなかった傲岸不遜なアメリカという国の世界戦略に対して、彼は大使という立場に居る者にあるまじき行為に及ぶのを必死でこらえ言った。  「・・・まあ、良いでしょう。しかし、一言だけいっておきます。この戦争が終わったとき、いったいどちらの国が、歴史を書き記すことになるのか、この瞬間がどう書かれるのか、それが私には、楽しみで仕方がありませんよ」  そういうと、予め集めておいた新聞記者たちへ「宣戦布告文章」の複写と交渉過程のダイジェスト、そしてハルノートの全文を配ったのだった。  この交渉過程のダイジェストと、ハルノートの公開によって、アメリカ政府は、世論を味方に付ける事が難しくなってしまった。  あまりにも自国政府が頑迷であり、まるで日本への最後通牒そのものであるかのようなハルノートを試案といいつつ日本へ押し付けようとし続けたのかがそのダイジェストには如実に表れていたからだ。  それはアメリカ国民が望んでいた、モンロー主義の尊重という世論に反する行為にほかならず、ローズベルトの支持率は、急速に降下した。  だがローズベルトは、それを全く気にしていなかった。なぜならば日本とドイツを打ち負かせば、国民は、いやでも彼を、ローズベルトを支持するようになると、考えていたのだ。    こうして、遂に日本とアメリカは、開戦した。  だが、宣戦後、半日を過ぎても日本は、動かなかった。  いや正確に言うならば艦隊の移動は行ったが、戦闘行為は一切行わなかったのである。  アメリカ陸軍によるフィリピンから台湾への渡洋爆撃があったのは、日本時間で12月8日の午前中であり、これが初めて両国間で交わされた砲火となった。    台湾最南端、墾丁に設けられた、レーダーサイトが、フィリピンから侵攻してきたB−17、50機あまりをそのPPIスコープに捉えたのは、午前8時だった。  即座に、台南から零戦改3型50機が迎撃に翔け上がった。  迎撃戦闘のため、空対空ロケット弾と25mm機関砲のみを装備した零戦改は、レーダーサイトからの誘導を受け、領空ギリギリの空域でB−17を捕捉した。      「あと、10分も飛べは、台湾の日本軍の基地の上空だ、気を引き締めろよ」  「大丈夫ですよ、こいつは、そう簡単に落ちるような機体じゃないんですから」  「そっちは、心配してしてない」  「じゃあなんですか?」  「爆弾をきちんと命中させないと、オレ達は、合衆国中の笑い者になっちまうってこったよ」  「うちのチームに限って言うなら、万が一にも、そんなことはありませんよ」  「そうだといいんだけどなぁ」  そう機長のディックがぼやいたとき、彼の操るB−17は、炸薬量60キロという零戦改の放ったロケット弾「光輝」の直撃を燃料タンクへ受け、巨大なオレンジ色の華となった。  密かにB−17編隊の斜め後方へと誘導された零戦改は、機載電探によってB−17を捉え、雲層の下から、打ち上げるようにロケット弾の一斉発射を行ったのである。  300発のロケットが、50機のB−17へ、ななめ下方から突入したのだ。  例え、ロケット弾だと理解できても、回避をする暇はなかったに違いない。  完全な飽和攻撃を食らった50機のB−17は、搭載している爆弾が誘爆するもの、エンジンを直撃され、片翼をもぎ取られるもの。不幸にも10発ものロケットに直撃され、破片すら残さず爆砕されるもの、と様々な被害を被り、総計43機余りが瞬時に高空に散ることになった。  そして、一体なにが起こったのか、生き残った機体の搭乗員達が理解不能のまま、突然下方から凄まじい勢いで飛び込んできたミートボールの国籍マークを付けた戦闘機の機関砲による攻撃を受け、接触2分後には、メーデーを発する事もできずに、B−17は全滅してしまったのである。    「一機も帰還しないとはどういうことだ?」  在フィリピン米軍最高司令のダグラス・マッカーサー元帥は、参謀へそう尋ねる。  「・・・燃料は、全機、既に切れておりますので・・・」  「私は、50機もの爆撃機が全機帰還してこない理由を尋ねたのだ、機体の状況を尋ねたのではないよ」  「も、申し訳有りません。  台湾の領空へ入る直前の連絡を最後に、全ての機体が消息を絶ちましたので、日本軍による迎撃を受けたのだと、私は判断いたします」  「ほう、迎撃かね、B−17は、空飛ぶ要塞では無かったのかね?  あの機体は、日本ごときの作った、へなちょこ戦闘機のしょんべん弾など、何千発食らおうと、飛び続けるのでは無かったのかね! え、ガーランド君、それとも私の聞き違いかね?」  「い、いいえ元帥、わたしもそう聞き及んでおります」  「だったら、日本軍に、B−17を迎撃できる強力な戦闘機があるって事ではないのかね?」  「それは、信じられません!! あんな東洋の猿まねしかできぬ国の、黄色い豚どもに、そんな高度な戦闘機が作れよう筈が有りません!」  「なるほど、君は、敵に対して必要以上に偏見を持っているようだ」  「いいえ、しかし・・・」  「判っているよ、私だってB−17が帰還しない別の理由を考えているんだ。  しかしね、ガーランド君。  私には、どうしても50機全部が帰ってこない理由が思い付けないんだよ」  このとき、マッカーサーが本気になって日本軍の実力を調査するためのなんらかの手段を取っていたなら、歴史は別の軌跡を描き出せたかもしれなかった。  だが、この時は、まだアメリカは、自分達の方が日本よりも優れていると思い込んでいた。  そしてその思い込みは、緒戦においてアメリカの太平洋における戦力に致命的な打撃を与えてしまったのだった。      「全艦隊へ下命! 全軍、攻撃を開始せよ!!」  ハワイ南方沖200キロにまで接近していた戦艦「安曇」を旗艦とする第一艦隊及び、第一航空艦隊から、連合艦隊全艦艇へ向かって、全力攻撃命令が下ったのは、日本時間で正午を回った時間であり、宣戦布告から12時間あまりを経過した堂々たる態度での開戦だった。  この時、聯合艦隊は、主力をハワイ攻略へ向かわせる一方、ミッドウェイ、グァムなどアメリカ軍の基地兵力殲滅のために、稼動状態に在る、ほぼ全戦力を太平洋各地へ振り向けていた。  ミッドウェイへは、大鳳級空母2隻、土佐級戦艦4隻が、グァムへも、同様の兵力がさしむけられた。    そこに存在していたアメリカ軍基地は、空母艦載機の爆撃機の後、さらに土佐級戦艦の40cm砲の徹底的な砲撃によって、まるでそこに基地など最初から存在していなかったように、まっ平らに整地されてしまった。  もちろんそこに駐留していた兵力は、完全に消滅してしまったことは言うまでもない。  特にミッドウェイは、ベトン破砕用に作成された特殊砲弾・・・全長6メートルに達する、槍状の超高硬度鋼砲弾、その貫通力は、最大射程で打ち込んだ場合、30メートルの強化ベトンを貫通する・・・によって地盤にまでダメージが達しており、後に基地化しようとした日本軍は、一旦それを諦めたほどであった。      ハワイ攻略艦隊である、第一艦隊、及び第一航空艦隊は、数度にわたる、高空からの航空観測によって、真珠湾から太平洋艦隊60隻あまりが、二つの艦隊に分かれ出撃しているのを掴んでいた。  もちろん、その出撃は、聯合艦隊が予めリークした聯合艦隊主力部隊によるハワイ奇襲という「偽情報」によってまんまとおびき出された結果である。  太平洋艦隊司令部は、この時、ハルゼー率いる艦隊とキンメル直率の艦隊とで、聯合艦隊主力部隊の挟撃を狙っていたのである。  山本五十六連合艦隊司令長官から命が下った時点で、攻略艦隊は、空母エンタープライズを旗艦としたハルゼー中将率いる27隻の艦隊へ90キロという至近距離にまで接近していた。  OTHフェイズドアレイレーダーと、2万mを飛ぶ、空中指揮管制機からのデータによって、現在位置とベクトルとを把握している今ならば、安曇の80cm砲によって完全なアウトレンジ攻撃を仕掛けられる。  艦隊のだれもがそう思った。  だが、山本五十六聯合艦隊司令長官も、そしてハワイ攻略艦隊長官の南雲忠一もそれを命じる事はなかった。  なぜか、それは、62万トンの超超戦艦「安曇」の存在を、アメリカへ見せ付けるためであった。  「さて、南雲君我々も行こうか」  安曇の分厚い装甲に守られたCICのGF長官席に座った山本が、低く小さい声でそう言った。  その声を待っていたかのように、南雲はアドミラルシートから立ち上がると、小さく息を吸い込んだ後。  「艦隊、全速で敵艦隊へ目視距離まで接近した後、砲撃戦に入る」  静かに、そう命じた。  その声によって、静まり返っていたCICが、にわかに活気付く。  インカムを付けた通信士の声が飛び交い、そして中央のスクリーンの表示が、それまでの世界地図から、安曇を先頭にした第一艦隊と、ハルゼー艦隊とが描き出された戦域図へと切り替えられた。  そのスクリーンには、両艦隊の進路が、そのままでも数時間後に交差する事が表示されている。だが、全速へ上げられた艦隊速度によって、表示されるその会合時間は、刻々と縮まっていった。  艦隊は、それまでの進路をやや1時方向へ戻しながら会合ポイントへ向かい加速して行く。  そして艦隊の速度が艦隊全速の32ノットまで上がったとき、宇垣纏参謀が口を開いた。  「推定会合時間、ひとよんにいまる・・・約1時間後です」  「うん、解った」  山本は、GF長官席へ座り直すと、静かに目を閉じた。  <ついに、はじまった・・・これは、我々が望んだ戦いではない、だが始めた以上、アメリカをきっと叩き潰す>  静かに、そう胸の中で山本は思っていた。  そしてその思いは、今この瞬間、聯合艦隊全将兵が擁く思いと同じだった。    そて一時間後、艦隊直衛の零戦改3型を30機あまり引き連れ、第一艦隊「安曇」そして改土佐級「三河」「甲斐」「備前」「越前」「豊後」「赤穂」「上野」「下野」9隻の戦艦を中心とした軽巡6隻、駆逐艦24隻の艦隊は、安曇を先頭にその左右に4隻の戦艦を従え、32ノットという高速でハルゼー艦隊の側方から接近する航路をとり突入を開始した。    それを発見したのは、艦隊の先頭を進んでいた、戦艦オクラホマの観測員だった。  「我が艦隊に接近する艦影有り! 10時方向距離20000!! 数、戦艦1、駆逐艦6〜8」  「なんだ? その半端な艦隊は」  ハルゼーは、観測員の報告に、訝しげな声を上げた。  だが、最早エンタープライズから、航空機を上げている暇はない。  索敵機は、いったいなにしてやがった!  と内心で毒づきつつ、発見した艦隊の規模からいって見逃した可能性もあると考え直した。  それに、こちらには、戦艦が少なくとも4隻あるのだ、よしんぱ、そのただ一隻の戦艦が「世界のビッグセブン」などとおこがましくも呼ばれた長門級の一隻であろうとも、数で圧倒できるのは目にみえているはずだ、なのに、なぜたった一隻の戦艦で突入をしてくるのだろう。  艦隊からはぐれでもしたのだろうか・・・。  だが、ハルゼーも、艦隊首脳陣も、全く考えが及ばなかった。  一隻の戦艦が巨大すぎ、長門を上回る規模を持った戦艦ですら、一見すると駆逐艦にしか見えないということを。  もちろん、この時ハルゼー艦隊が飛ばした索敵機は、すべて零戦改によって撃墜されていたのである。    「おい、ビルなんか変じゃないか?」  「何がだよ」  すでに、艦隊は、進路を変え、正面に敵艦隊を捉え、砲口は、敵艦隊へ向き仰角をとっている。  その先頭を走り、敵艦隊を最初に捉えたオクラホマの観測員が、双眼鏡の中の光景に違和感を憶え、もう一人の観測員に声をかけた。  「いや、まんなかの奴はともかく、左右の駆逐艦なあ、3連装砲塔って・・・変だろ」  「けっ、太平洋の田舎者のジャップの考える事にまともなもんがあってたまるかよ・・」  そう言いつつ、双眼鏡を顔へ持って行く  「どうだ?」  三連装砲塔に加え、その艦橋は、どうみても駆逐艦のせせこましい艦橋ではない。  立派な、今自分達が乗り込んでいるオクラホマよりもずいぶんと立派な日本海軍特有のパゴダマストにしか見えない。  もしも、あのパゴダマストを持っている船が、オクラホマよりも立派な戦艦だったとしたなら。ただ一隻の戦艦にしか見えない、あの船は、一体どれほどの大きさを持っているのだろう・・・。  そう合点が言ったとき、ウィリアム・スミス1等兵曹は、自分が震え出す事を押さえる事ができなかった。  「・・・ば・・・ばけものだ・・・ジャップは、化け物を作りやがった!!! 畜生!!」  そして高声電話へ飛びつくと、艦橋へ向かい怒鳴り散らした。  「敵艦は、未知の超超超大型の戦艦一隻と、未知の「大型」戦艦8隻の艦隊の誤認と認む!! 接近するのは危険だ!! 逃げてくれ、頼む、逃げてくれっっっ!!」    「なんだと? 戦艦1は誤認? 一隻の超大型艦と、並みの戦艦8隻の艦隊だっただと? ふざけるな!」  通信を携えてきた先任士官に通信文を叩きかえすと、ハルゼーは艦橋の外へ自ら出、双眼鏡を目に持っていった。  ばかな、なにが超大型艦だ、ジャップにそんな工業力・・・。  たが、自らの目でそれを確かめたとき、彼の口の中の毒づきは、行き場を失った。  たしかに駆逐艦にしか見えない艦のマストは、パゴダマストであり、その3連装砲塔は、今にも発砲をしようと、仰角を上げている。  では、艦隊の中心で堂々と波を切っているあの・・・あの船は、一体なんなのだ。  ハルゼーは、絶句したままその場で固まってしまった。  かれは、そのアングロサクソンの持つ矜持のみで、体が震えだすのを押さえていると言ってよかった。  もしも参謀が声をかけなければ、攻撃が開始されるまで彼は、その場で硬直していたのかもしれない。    「キンメルへ、伝えろ!! 日本は、化け物戦艦を作った!! 気を付けろとな」  それが、ハルゼーの発した最後の指令となった。  なぜならば、その通信が行われる前に、安曇の放った80cm主砲弾の直撃がエンタープライズを一瞬で木っ端微塵に、打ち砕いてしまったからだった。  その砲の威力は、両軍将兵の度肝を抜いたのだろう。  一瞬、戦場が停止したかのような静寂の中で、エンタープライズが沈んで行くの断末魔だけが響いていた。    だが、アメリカ艦隊も黙って居たわけではない。  どう考えても、太刀打ち不可能であろう安曇へではなく、その周囲を固めている改土佐級に、目標を絞り、砲撃と、駆逐隊突入による、魚雷攻撃を仕掛けようと試みたのだ。  安曇の左舷を並進していた、三河の第一主砲へ、戦艦アラバマの40cm砲弾が直撃する。だが、46cm砲弾防御という重装甲を備えた砲塔の天蓋は、その砲弾を弾き飛ばし、三河の第一主砲は、何事も無かったかのように1.2tという重量をもった砲弾を放ち続けた。    そして、戦場では安曇の巨砲が炎を放つ度に、アメリカの戦力は確実に減少していったのである。    「三河以下、残敵掃討に入ります」  参謀の一人が、そう報告する。  安曇の発砲から30分あまりで、ハルゼー率いた艦隊は、駆逐艦数隻を残すのみとなっていたのだ。  ゆえに安曇のCICの臨戦態勢は、解かれていた。  「一隻たりとも逃すな」  南雲が鋭い声を発する。  「降伏してきたら如何いたしますか?」  「降伏する暇も与えるな」  それは、山本の声だ、思えば苛烈な命令である。  しかし、たしかにこの時、降伏を行う暇も無くハルゼー艦隊27隻は、一隻残さず全滅したのである。      一方、ハワイへ向かっている筈である聯合艦隊をハルゼーの艦隊と挟撃しこれを殲滅するという目的のためにパールハーバーを離れたハズバンドEキンメル大将率いる艦隊にも、危機が迫っていた。  「ハルゼーとの連絡が途絶えた?」  参謀のその言葉に怪訝そうな声で応えたのはキンメルだ。  「はい、日本の戦艦部隊を発見、交戦に入るという連絡を最後に・・・既に2時間通信がありません」  「ハルゼーの艦隊には、戦艦が4隻居たのだ、まさかたかが一隻の戦艦に、4隻の戦艦がやられる筈が無い、こちらから、呼びかけてみろ」  「解りました」  だが、キンメルは、ここで間違いを冒した、彼の艦隊には、レキシントンという空母が存在しているのだ、艦載機を飛ばし、ハルゼーの艦隊の様子を見に行かせるべきだったのだ。  そうしていれば、第一航空艦隊による艦載機、300機の攻撃に少なくともいくらかの余裕をもって対処が可能であったはずだった。    「3時方向に、航空機の大編隊です!! 戦爆連合、数およそ250〜300!!」    どうして奴等は、我が艦隊の位置がわかったんだ?  300機という驚くべき数に、だがそれでもキンメルは慌てず指示を出した。  そこには、どうせ日本の航空機など物の数ではないという思い込みがやはり存在している。  「レキシントンへ艦隊直衛機を上げる様に伝えたまえ、ジャップの作った航空機なんぞ、F4Fにかかれば、物の数ではなかろう」  だが、レキシントンが風上へ艦首を立て、発艦体勢に入り、4機程度の直衛を上げたところで、護衛の零戦改3型が、突入してきた。  たった4機のF4Fが、上昇を中止し、零戦改4機との空中戦に入ろうとした時、突入してきた4機の零戦改から、空対空ロケット「光輝」が放たれた。  固体ロケットによる、凄まじい爆煙を引きずりつつ、F4Fへ自らの発するレーダー波の誘導によって、突入した。  それは、見事にF4Fへ着弾し、F4Fは、一瞬で火球と化し、消滅した。  「なんだあれは!」  だがキンメルの疑問に答えられる者は一人としていない。  その場に居て、その光景を目撃した全ての人間が、余りの一方的な有り様に、言葉を失っていたのだ。  「た、対空戦闘開始!!」  参謀の一人が、そう叫ばなければ、キンメル直卒の35隻の艦隊は、なにもせずに全滅していたかもしれなかった。  もっとも、この時のアメリカ艦艇の対空火器は、十分な数ではなく、それらの薄い防護火力を嘲笑うかのように、零戦からは、空対空ロケットが誘導を切られ撃ち放たれ、対空火器を次々と潰してゆき、そのこじ開けられたウインドウから、流星2型が艦隊へ雪崩を打って突入を開始した。  3本もの魚雷を抱いていながら、まるで戦闘機の様な機動で火線を避けつつ、さらに、2門の25mm機関砲から、曳光弾、焼夷弾、徹甲弾などを撒き散らし、海面すれすれへ降下し、射点へ見事に突入する。  それはまるで、人間業には見えず、魔神の手による魔法の様に見えた。  35隻の艦隊に、100機の雷装流星、100機の爆装流星が突入したのだ、そしてそれらは、それぞれが3倍の数の魚雷と爆弾を抱えていた。  万が一にでも、キンメル艦隊が生き残れる可能性は、無かったのである。  そして、艦爆隊が、射点へ付こうとする前に、100機の零戦改は、対空火器へのミサイル攻撃と、機関砲攻撃をまるでゆるめていない。  キンメル艦隊において、最初に艦爆の攻撃を受けたのが一体どの艦だったのかは定かではないが、最初に沈んだ船は、空母レキシントンだった。  レキシントンは、左舷に12本、右舷に10本、飛行甲板に8個の雷撃及び爆撃を受け、特に、飛行甲板を貫き格納庫へ飛び込んだ爆弾の炸裂後、何の偶然か再び同じ個所に飛び込んだ爆弾は、先に炸裂した爆弾によって開いた破口からガソリンタンクの正面へ飛び込み、そこで炸裂した。  既に魚雷によって、ズタボロになっていたレキシントンにとってそれは、最早死期を早めただけに過ぎなかったが、彼女は、そのことにより航空攻撃で初めて沈んだ空母という汚名を歴史上に残した。    「いったい、この航空機群は、本当に日本のものなのか?!」  魚雷、爆弾共に、ヴァイタルパートに炸裂していないことによって辛うじて浮いている戦艦カリフォルニアの艦橋で、キンメル太平洋艦隊司令は、うろが来たように呟いている。  彼の思いは最もであろう、日本の航空産業など、単なる猿まねとしか考えていなかったのだ。  まして航空攻撃によって、小型艦艇はともかく、主力艦を沈める事など絶対に不可能であると考えられていた時代に、目の前で戦艦も空母も轟然と燃え盛り、喫水を下げてゆく光景を見せ付けられたなら、例えミートボールの国籍マークがついていようといまいと、それが日本が作った航空機である等と、そう簡単にアングロサクソンの価値観が染み付いた人間に信じられるはずが無かったのである。  「司令、脱出をしてください、最早この艦以外に、駆逐艦が2,3隻浮いているだけです」  「ば・・・ばかな・・・おお神よ! 悪夢であれば、私の目を覚まさせてください・・・」  その呟きが、自らの出血で白い略装を真っ赤に染めた参謀の耳に届いたかどうかは解らないが、ともかくキンメルは、司令部脱出の為、呼び寄せられた駆逐艦へ移乗し、尻尾を巻いて逃げ出したのである。      しかし、キンメルが逃げ帰るべきハワイ真珠湾は、既にその時点で壊滅状態に陥っていた。  それは、第一航空艦隊第二航空戦隊、第三航空戦隊、第四航空戦隊の大鵬型空母6隻から、淵田美津夫中佐指揮する戦爆連合、600機による、ハワイの全軍事施設への航空攻撃によるものであった。    600機の内、艦戦である零戦改3型が200機、残りの400機は、艦爆である「流星2型」が占めていた。  流星2型は、800キロ爆弾3基、または滑走路などの破壊用として250キロ爆弾を12個に加え、自衛用の空対空ミサイルを2発を携行し、さらに25mm回転砲身機関砲を2門携行弾数1400発を持ち、巡航速度670キロで2800キロを飛ぶ事が出来た。  零戦改3型も、各機が空対空ミサイル6発を携行し、25mm機関砲弾を満載していた。    その淵田指揮する攻撃部隊がハワイ諸島上空へ低空で進入したとき、ようやく各飛行場において迎撃機の発進の準備に取り掛かった所だった。  だから、航空機同士の戦闘は、ほとんど起こらなかった。  そして起こった戦闘は、すべてが零戦改の一方的勝利に終わった。  空戦で散ったアメリカ軍パイロットは思ったに違いない。  こんな航空機じゃ屁の突っ張りにもなりゃあしないと。  文字どおり、アウトレンジからのロケット攻撃に始まり、200キロ近い優速、そしてその速度からの信じられない敏捷な機動、アメリカ軍のパイロットは、まるで自分が練習機にのって、戦闘機と戦っているような錯覚を覚えたはずだ。  それほど、零戦改は、優れた機体だった。    ハワイの主要陸海軍基地の飛行場、そして主要施設は、彼らが上空に存在していた30分の間に次々と破壊され、基地機能を喪失した。  だが、ハワイの悪夢は、これだけでは終わらなかった。  ハルゼー艦隊をうち滅ぼした第一艦隊から、安曇、甲斐、下野が、そしてハワイ攻撃の空母の護衛に付いていたメガトン戦艦「久遠」がハワイ砲撃の為に沿岸に接近し、砲撃を開始したのだ。  そして第一航空艦隊の背後には、7万3千の兵員と2千両の戦闘車両を乗せた揚陸船団が待ち構えていたのである。      駆逐艦「レイド」  ようやく戦域を離脱する事に成功したその駆逐艦は、しかし同様に離脱したはずの僚艦とはぐれてしまった。  まさか無線を使うわけにも行かず、ひたすらレイドは、パールハーバーへ向かい、全速で航行していた。  「キンメル司令、前方に日本の戦艦3隻・・・発光信号を送ってきております」  「なんとだ?」  こんな時の文句は、決まっているのだが、それをキンメルは、たずねない訳にいかなかった。  「『停船せよ! しからざれば攻撃す』です」  「・・・逃げられないのか?」  「すでに相手の駆逐艦も展開を始めています・・・逃れる事は無理かと存じます」  「解った白旗を上げて、機関を停止してくれ、諸君等を悪いようにはさせない」  そういってキンメルは、己の合衆国海軍での経歴が終わった事をようやく認めたのであった。      「ハズバンド・E・キンメル太平洋艦隊司令ですな?」  「そうです。あなたが山本五十六GF長官ですか?」  「その通り、我が旗艦「安曇」へようこそ」  山本は、広々とした長官室のソファーをキンメルへ薦た。  そこには葉巻も煙草も用意されていたが、キンメルは従卒が煎れてきたすばらしい香りのコーヒーを口にしただけだった。  そうして、自分を落ち着けたのか、キンメルが口を開いた。  「・・・日本は、こんな化け物をどうやって手に入れたのだ」  その声には、怒気が篭っていた。  「もちろん我が国が作ったのです」  その言葉に嘘偽りはない。  目の前の小柄な東洋人の瞳、そして口調から、キンメルは、それを瞬時に読み取った。  だが、アングロサクソンの矜持がそれを認めさせなかった。  「うそだ!!」  ソファーから立ち上がり、山本へ指を突きつけ叫ぶ。  だが、山本はコーヒーをゆっくり飲みながら言った。  「それでは、逆にキンメル大将にお尋ねしましょう。  あなたの御国にこの艦と同規模の戦艦が作れますかな? 我が友邦ドイツ、イタリアには多分不可能でしょう。あなたがたの友好国イギリス、フランス、オランダにはいかがですか? おお!そうそう、ロシアには如何ですかな?」  畳み掛けるように聞かれキンメルは、一瞬ひるむ。  彼は、しばらくわなわなと口元を震わしていたが、やがて、観念したように首を振るとソファーへがっくりと沈み込み、そして口を開いた。  「・・・現時点では、どの国でも無理だろう。・・・だが、なぜ日本なのだ」  「なぜでしょうな、キンメル司令・・・あなたがたアングロサクソンは、我々東洋人をいささか舐めていらっしゃったようですな」  「ふん! そんなことは当然だ。  70年前、ペリー提督がおまえたちの蒙を啓かなければ、今でもおまえたちは、ちょんまげに刀を差していた筈ではないか」  「・・・我々は、別にそれでも良かったのですよ。  あなた達が太平の御世を騒がせなければ、未だ、我ら日本民族は、徳川将軍家・・・大君を君主と仰ぎ、こんな鋼鉄の城の存在など思いもせず井戸の中の平和を、貪っていられたでしょう。  あなた達アングロサクソンの価値観が世界の全てではない。  それの何処がわるいのです?」  「そんな!・・・」  キンメルは、そんな事は無い! と続けたかったのだろう。  だが、ここで東洋と西洋の価値観の違いについて、目の前の小柄な東洋の軍人と話し合っても、仕方の無い事だと気が付き、それを口にするのを止めたのだった。  「もうお聞き及びかもしれませんが、ハルゼー提督は、我が安曇の砲撃で木っ端微塵に吹き飛び、そしてハワイに存在した全ての合衆国陸海軍基地は、我々の航空攻撃によって消滅しました。  さらに、今、帝国陸軍7万のハワイへの揚陸も進んでおります。  ハワイを維持する事は、我々にとってそれほど至難の技ではありません。  いかがです、ここはローズベルト大統領へ我が国と講和のテーブルに付くように説得してはいただけませんか?」  キンメルは、山本の言葉に、ゆっくりとかぶりをふる。  「・・・それは・・・無理だ」  「なぜでしょうか?」  キンメルは薄く皮肉な笑いを口元へ浮かべると自嘲気味に言った。  「・・・敗軍の将のたわ言を聞くほど、奴は謙虚じゃぁない」  その言葉に、一つ深いため息をつくと山本は言った。  「解りました、この上は、あなたのお国ととことん戦わなくてはならぬようですな・・・キンメル司令、こちらへどうぞ」  そういうと、山本は、キンメルをカーテンの掛かった窓際へ招いた。  「あなたにはお見せしましょう、あれが帝国海軍最強の「メガトン」戦艦「久遠」です」  全長500メートルを超える安曇よりもさらに巨大な船が、彼の目の前に有った。  その巨大さをそれに並走する普通の・・・それでも合衆国が持つどの戦艦よりも巨大な・・・戦艦と比べたキンメルは、口の中で呟くしかなかった。  「神よ、我が国の若者たちを救いたまえ」と。      その巨艦、久遠が竣工を迎えたとき、同時に御門禮により命名が行われたのだが、その名を事前に知らされてた海軍関係者の中には、異議を唱えたものも少なからず存在した。  海軍の戦艦命名規則は、古い日本の国名と決められていたためである。  だが、このとき禮=ツヴァイは、頑迷に久遠と言う名に拘りを見せたのである。  「安曇は、良いだろう、地名にあるから、だが久遠とはどういう意味なのかね?」  山本が、禮へ向かいそう尋ねる。  「久遠とは、永遠、という意味です」  禮は、落ち着いた声で言う。  「永遠か」  山本がその言葉を噛み締めるように呟く。  「はい、恐れ多いながら、久遠とは、万世一系の天皇陛下を象徴する言葉と言ってもいいかもしれません。  そして同時にこの艦は、大日本帝国海軍の栄光を永遠に担う存在と言っても良いでしょう」  「だから久遠かね?」  「そうです、これだけの規模の戦艦を、欧米には、作る技術も、そして鉄鋼も資金も存在していません、そして、かれらにこの久遠を沈めることは絶対にできないでしょう、すなわち久遠は、まさに永遠に世界最大、最強の戦艦で有り続けるのです」  「なるほど、唯一無二、日本海軍の栄光をその名の通り久遠に担い続ける、か。ならば、認めようではないか、久遠、おまえは、久遠だ」  そう言って、山本は、巨大な艦橋から、100万トンの艨艟を見下ろしたのだ。      「太平洋艦隊が全滅しただと?!」  思惑通り日本から開戦させたローズベルトは、ハル国務長官からその知らせを聞いたとき、これでチャーチルに対ドイツ参戦を急っつかれる事も無くなるだろうと、肩の荷を下ろした気分になった。  如何に武器貸与法によってイギリスへハードウエアである兵器を送り付けたとしても、それを効率的に動かす軍人が居なくては戦争にならないのだ。  そしてイギリスは、ドイツ空軍のイギリス全土にわたる空襲によって、その人員の確保にすら窮している状況であった。  イギリス空軍独自のシステマチックな迎撃網の構築によって、一旦ドイツ空軍を退けたかに思われた矢先、突如出現した新型戦闘機によってイギリスの鉄壁の防空網は、ズタズタに引き裂かれてしまった。  なにしろ、相手は2時間以上もイギリス上空で対空戦闘が可能である上、700キロに近い速度を平気で出す高速機なのである。  それよりも100キロも速度の劣るスピットファイヤ戦闘機では、その新型機から逃れる事すら困難であり、バトルオブブリテンの猛者達も、次々と撃墜され、海上封鎖に喘ぐイギリスは、空でもドイツに打ち負かされつつあったのだ。  しかし、その新型機が日本製である事を信じるイギリス人もアメリカ人も皆無に近かったのである。  その窮地に陥っているイギリスを救う、イギリスへ再び恩を売る戦争をようやく始める事が可能となったローズベルトだったが、宣戦布告と同時に行われた報道機関への日本のハルノートと日米交渉のダイジェストの暴露という事態が、彼のその安堵の思いを大きく削いだ。  アメリカ国民は、自国に正義のない戦争を行おうとしている大統領に寛容である必要を認めていなかったのだ。  それでも、ローズベルトは太平洋艦隊が健在であるかぎり、日本との戦争に苦戦をするとは考えていなかった。  なによりもノックス海軍長官、そしてキンメル大将は、オレンジプランと呼ぶ対日本基本戦略によって、日本を確実に打ち負かす事が可能であると自信を持ってそのことを保証していた。  しかし、しかしである、それが開戦劈頭、その肝心要の太平洋艦隊が、日本が意図的にリークした聯合艦隊主力によるハワイ奇襲という情報に、ハルゼー提督、そしてあろうことか太平洋艦隊司令長官であるキンメルまでもが誘い出され、70隻以上の大艦隊を一気に失ってしまったのだ。  ローズベルトでなくとも、驚きの声を上げていたはずだ。    「・・・いいえ、正確には全滅では有りません、西海岸には、戦艦1隻と空母1隻、重巡が数隻このっております」  凶報を携えてきた秘書官は、杓子定規に手書きの書類の内容を伝えた。  「ばかもん! 司令部が壊滅したのだ、その時点で、残存兵力など烏合の衆ではないか!!」  「し、しかし・・・」  「いったい、どんな卑怯な手で攻撃されたのだ?」  「・・・ああ・・・いいえ、正面からの砲撃戦と航空攻撃によって、我が軍は、打ち破られたとあります」  数枚の書類をめくり、該当個所を読み上げる。  「・・・正面からだと? 正面から殴り合ってうち負けたというのか、あの太平洋艦隊がか?」  信じられん・・・。  というローズベルトの呟きは、秘書官には聞こえなかった。  「はい、カタリナ飛行艇と潜水艦によって救助されたハルゼー艦隊とキンメル艦隊の生き残り数名の話によれば、視認距離まで接近した10隻余りの戦艦を囮にした、100隻以上の戦艦のアウトレンジからの砲撃によって一方的に叩きふせられたということです。  さらに、キンメル中将直率の艦隊は、航空機約4000機の攻撃によって・・・」  だが、そのあまりにも馬鹿馬鹿しい数に、敗軍の兵の話を一瞬でも真剣に聞こうとした自分が愚かだったと思い直し、ローズベルトは言った。  「・・・もういい、100隻以上、4000機だと、だれがそんな世迷言、戯言など信じられるか、ばかもんっっ!!  とにかく、両軍の長官を呼べ! 太平洋艦隊をなんとしても再建せねばならん」  日本が攻めてくるとすれば、奇襲以外の作戦は、考えられぬと思い、これによって国威高揚と参戦やむなしとの世論の誘導を狙ってローズベルトは、堂々とした艦隊戦により旧式とはいえ、8隻もの貴重な戦艦を含むほぼ太平洋艦隊の全戦力を一気に喪失したことで、その初期目標が完全に頓挫した事を知った。  「・・・し、しかしまだ報告が残っておりますが」  「両軍長官が来るまでに目を通しておく! 書類を置いていけばいい。  なんとしても、世論を、戦争へ傾けねばならんのだ・・・」  書類を置き退出する秘書官の背中へ向かい、ローズベルトは、まるで呪詛のようにそう呟き続けたのだった。  だが、ローズベルトの悲劇は、それだけで終わるはずが無かったのである。      台湾を襲おうとした、B−17が全機が零戦改によって撃墜された、その翌日、台湾からは、6発の巨大爆撃機「彗星」50機と護衛の零戦改200機が飛び立った。  彗星は、緩い後退角を持った66メートルという翼長の主翼を持ち、その全長は、70メートル、巨大な体内に20トンの爆弾を積み込め、高度13000メートルを時速560キロで10000キロ飛ぶ事が可能だった。  レーダー自動追尾の25mm回転砲身機関砲を機体各部に5基持っており、各砲座の砲弾は、12000発を携行していた。    「目標上空へ到達しました」  田代是政中佐が率いる爆撃部隊は、迎撃のために上がってきたアメリカ陸軍のP−32や、F4Fを遥か眼下にしながら、爆弾槽の扉を開いた。  1トン爆弾20発を搭載した機や、500キロ、250キロと様々な爆弾を積んだ機などが混じってはいるが、それらは、すべて、誘導爆弾であり、綿密な偵察によって判明している施設の写真を記憶しており、その個々の施設目掛けて全ての爆弾は勝手に落ちていった。  そして、はるか4000メートル彼方にいる迎撃機の群れを尻目に、翼を翻し一機も欠く事無く台湾へ帰還したのである。    「ばかな!! 10000メートル以上を飛ぶ、6発の巨大爆撃機だと? そんなものドイツですら作っていないぞ!! 間抜けが見まちがえたのではないのかっっ!!!」  1トン爆弾の爆撃によって崩壊した在フィリピン米軍最高司令部から命からがら逃げ出し、さっさと東洋一、安全であると考えられている、マニラ湾に浮かぶコレヒドール島に作られた鉄壁の要塞に逃げ込んだマッカーサーは、愛用のパイプを叩き付けんが勢いでいきり立った。  もっともであろう、たかが東洋の島国である日本にアメリカ以上の技術があるわけがなく西洋文明のデッドコピーを作って喜んでいる猿まねの国であるはずだったのだ。  「しかし、写真もそんざいしております」  「・・・そ、そうか、それは悪かった」  そういうと副官の差し出した大きく引き伸ばされた数枚の写真を受け取り、子細に眺め始めた。  「・・・たしかに、6発であるようだ・・・信じられん、いつのまに日本はそんなものを作ったんだ! こんなものを作る技術をいつのまに身につけたのだ! それを量産する産業基盤など無かったはずではないか! 情報部の奴等は、いったいなにをしていたのだ!」  彼の立腹は、もっともだ、だが日本の変質は、産業全体の底上げによるものではない、軍事産業に偏ったものであったし、その偏りも中央ではなく、北海道の知床半島に集中しているものである。  いかにアメリカの情報収集能力が傑出したものであったとしても、日本軍が全面的に移行したデジタル化されたマイクロ波による無線交信は、傍受できぬし、よしんばそれを捉えたとしても、それを解析する事は、現在の彼らの技術では、その原理を理解する事すら困難である筈だ。  そしてなにより、開戦に至るまで彼らの目の前には「聯合艦隊」そのものがデコイとして存在していたのだ。  誰が、目の前に存在している本物の戦艦、そして空母を単なる練習戦艦、練習空母等と思うだろう。  「フィリピンの航空基地、軍港は、この巨大機による爆撃によって完全に機能を停止しました」  「・・・まあ、いい、爆撃ではこのコレヒドール要塞は、落ちやせん。  ここに立て篭もっていれば、アメリカから強力な艦隊が、来援する。  それまでの辛抱だ」  対岸のバターン半島の要塞と共に、彼は篭城する腹積もりであったのだ。  だが、それは、あまりにも虫が好すぎる考えだったのである。      ハワイ攻略をつつがなく終了させた巨大戦艦2隻のフィリピンへの回航が決定されたのは、開戦から20日後の事だった。  「バターン要塞を砲撃しろというのですか?」  山本の言葉をほぼ、おうむ返しに尋ねかえしたのは第一艦隊の長官、南雲中将である。  「そうだ「安曇」と「久遠」によって、パターン半島そのものを地図から消し去ってしまってもかまわん」  台湾、高雄沖に錨泊した二隻の艨艟の内、より巨大な船体を持つ「久遠」の長官室において、山本五十六は、将棋盤を睨みつつ、軽い口調でそう言ってのけた。  「そ、それはいくらなんでも無理だと思いますが・・・」  南雲は、苦笑を隠せなかった。  いかに、二隻の砲撃力がずば抜けていようと、一つの陸地をこの地上から消し去る事などできよう筈がない。  「それくらいの気持ちで、この作戦を行ってくれということだな」  駒を置きに行きながら再び山本は軽い口調で言う。  「・・・コレヒドールは、潰さぬということですか?」  マニラ湾を扼す二つの要害の内、マッカーサーが逃げ込んでいる、コレヒドール島の要害の方を潰すべきではないかと、南雲は言っているのである。  「うん、マッカーサーを降伏させる」  「バターンをそのために潰す?」  バターンを潰すよりもコレヒドールを叩いた方が効果が高いか、もしくは二つとも潰してしまう方が日本にとっては、良いに決まっているのだ。  だが、大本営は、そう考えなかった。  マッカーサーの篭城が早々に挫けたとなれば、アメリカの厭戦気分は高まると踏んだのだ。  「・・・南雲君、これは戦争だ」  「それは、判っていますが・・・」  もしも、日本が南方資源地帯を手に入れる必要があるならば、どうしてもフィリピンからアメリカ軍をたたき出す必要がある。  しかし、日本が自給体勢を確立した今、敢えて、戦略的価値と兵力を失ったフィリピンのアメリカ軍を攻撃する必要はないと南雲は考えていた。  そして、例え敵兵とは言え、無駄な流血をする必要もないと思っていたのだ。  「・・・そうだな、退去勧告をしてもよいか」  その南雲の思いを汲み取ったのか、山本は、そう付け足した。  「はい! それならば」  そう敬礼を残すと、南雲は長官室を退出した。    そして、攻撃の二日前から、バターン及びコレヒドールの要塞に紙爆弾が降った。  それには、日本語と英語で、こう記されていた。  『勇敢なるアメリカ軍将兵の諸君へ告ぐ。  大日本帝国海軍第一艦隊は、諸君等が立て篭もるバターン要塞を破壊するため、戦艦による砲撃を12月29日の午前10時をもって行うことを通告する。  大日本帝国は、例え敵国とは言え、諸君等、将兵を無駄に損なう事は、大変遺憾に思う。  この攻撃によって、バターン要塞は、この地上から消滅するだろう。  そのため、少なくとも要塞から5キロ以上の離脱を我々は、勧告する。  この勧告に従い、諸君等が要塞を退去する事を切に願う。  大日本帝国海軍中将、第一艦隊司令長官南雲忠一』    しかし、この勧告を聞き入れバターン要塞から逃げ出したのは、フィリピン人兵のみであった。    沿岸へ敢えて接近した安曇、そして久遠に対し、バターン、コレヒドール両要塞の持つ要塞砲は、全く歯が立たなかった。  もっとも、土佐級の戦艦であったとしても、それらの要塞砲の砲弾がヴァイタルパートの強装甲を貫くことはできなかっただろう。  「10時になったな」  腕時計の長針を見つめていた南雲が安曇のCICで呟いた。  「久遠、主砲発射準備良し」  「我が艦も発砲の準備完了しております」  その呟きに答えるように、報告がもたらされる。  「うん、全艦発砲自由!」  南雲は、CICの正面スクリーンに表示されている、艦橋鐘楼のカメラが最大望遠で捉えたバターン半島の映像を睨みはっきりと命じた。    安曇の徹甲弾は、5.6トン、それが久遠の徹甲弾になると、実に13.6トンもの重量になる。  それが音速の3倍という速度で突入するのだ。  いかに要塞を固めているベトンが厚く強固であろうとも、その運動量と、それが炸裂する、爆発の威力に耐えられるはずが無かったのである。    安曇、久遠の主砲ただ5斉射で、コレヒドールに並び東洋一とアメリカが喧伝した、要塞は、この世界から消滅した。  しかし、安曇と久遠は、砲撃を止めず、15斉射を叩き込み、これを完膚なきまでに叩きのめしたのである。  その砲撃の音は、コレヒドール要塞をも揺るがし、コレヒドールへ立て篭もった、米軍将兵の神経を逆なでした。  彼らが見た事もない巨艦の放つ巨砲の咆哮に、コレヒドールの米軍兵達は、次第に追いつめられて行く。  次は、警告無しに自分達の番かもしれない。  はたしてあの信じられないような巨艦の放つ砲撃に、この要塞は耐えられるのか。  その強迫観念に、打ち勝つ事ができる強い精神を持った人間は、それ程多くない。  実際、コレヒドール要塞の中に居てすらシェルショックと呼ばれる戦時神経症を起こす兵士たちが続発したのである。  その症状は、体の平衡を保つ事が困難であったり、手足の震え、そして硬直であったりした。  そして要塞の主である、マッカーサーは、極普通の精神力しか持たぬ、普通の人間だった。    この時、要塞に立て篭もったマッカーサーの元へも、太平洋艦隊壊滅の報告が入っていた。  その事実が、彼らの戦意を著しく挫いていたのも事実である。  にもかかわらずローズベルトからは、フィリピンの死守が命じられていた。  もしも、日本軍がバターンをそしてコレヒドールを攻め落とそうとしたならば、マッカーサーもその命令を遂行し得たのかもしれない。  陸上からの突入や、並みの戦艦の砲撃では、このマニラ湾を扼す二つの要害を抜く事は、至難の技であることに間違いはないのだ。  だが、日本軍は、信じられぬほど巨大な戦艦からの砲撃によって、バターン要塞をこの世界から消滅させてしまった。  彼らにその巨砲の砲弾に抗う術が、存在していないことなど、もはや明らかなのである。  そんな状況において司令官が口にする徹底抗戦、絶対死守という言葉のなんと虚しい事だろう。  マッカーサーは、低い天井の司令官室において、そんな事を考えていた。    「日本軍が、降伏を勧告してきました。  ・・・それから・・・パターン要塞は、沈黙したままです」  ガーランドが、焦燥しきった表情で、司令官室へ入ってきた。  彼は、沖合いの2隻の巨艦からの攻撃が始まってから今まで、バターン要塞と連絡を取ろうと躍起になっていたのだった。  「わかった、ありがとうガーランド君、在フィリピン米軍司令部は、降伏すると日本軍へ伝えてくれたまえ」  「よろしいのですか?」  そう尋ねつつもガーランドの口調は、かなりホッとしたものになったのは、仕方のないいことだろう。  しかし、ローズベルト大統領からは、フィリピンの絶対死守が命じられていた。  もしも在フィリピン米軍司令部が降伏するのであれば、大統領の許可を必要とするとガーランドは考えたのだ。  それは、マッカーサーも、もちろん判っていた。  「・・・大統領には、私が説明をしよう、それでも何か言ってきたなら、貴様がここで砲撃を受けろとでも言ってやるさ。  私は、もう二度とここへは戻ってこられんだろうがね」  そう本国では、退役軍人だった現地司令官は、余生を、その降伏時の地位にふさわしい扱いを敵国である日本で家族とともに受けつつ、過ごしたのであった。      「ぬ・・・ぬぁんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!  マ・・・マッカーサーの奴が、現地軍を放り出して、降伏しただとぉぉぉぉぉ!!」  その報告を聞いたローズベルトの第一声は、罵声だった。  そしてそのまま、しばらく憤怒の表情で顔を真っ赤に染めたまま、肩で大きく息を継いでいたという。  「どいつも、こいつも、骨の在る軍人は、前線に一人もおらんということかっっっっ!! くそ、くそ、くそ、くそぉぉっっっ!!」  余程腹に据え兼ねたのだろう、目の前のテーブルの上に置いてあった、コーヒーカップを左手で打ち払った。  カップは、壁にぶち当たり涼しい音を立てて砕け散り、コーヒーが、高価な絨緞に黒々とした染みを描き出す。  「・・・お聞き下さい、大統領」  その剣幕に、首を竦ませつつも、秘書官は、それでも追加の情報を伝えようと声をかけた。  「もういい! どうせ、太平洋にまとまった戦力なんぞありゃあせんのだ、聞くだけ無駄だ!」  ローズベルトは、両の拳を重厚な机へ叩き付け叫ぶ。  「しかし・・・ハワイの完全占領と、戦争終結後の王国として独立、そして日本が講和について話し合いたいと・・・言ってきたのですが」  「くぅぅぅぅぅ・・・ばかも休み休み言え!」  体全体を震わせ、ローズベルトは唸った。  「はあ?!」  「アメリカは、東洋のくそみたいな島国の言う事なんぞ一切相手にせん!!  徹底抗戦あるのみだ、この国が本気になったときの恐ろしさを、東洋の猿共に思い知らせてくれるわ!!」  オーバージェスチャーで再び机の上にあった、書類とインク瓶を弾き飛ばす。  しかし今、ローズベルトとアメリカ海軍にできうる事は、艦艇の大増産と、数少ない潜水艦を使った、通商破壊作戦の発動程度しかなかった。  そう緒戦で受けた傷は、軍事大国アメリカをしてもかなり深かったのである。      「機長、磁気応捉えました」  海燕へ磁気探査システムを組み込み、対潜型へと改造された「海鷹」が、その強力な磁気探査システムに、現在この海域には存在していない「潜水艦」の姿を捉えた。  高度50メートル程を、失速ギリギリの低速で飛びつつ、ハワイ東方2500キロ程に設定された広大な哨戒海域を、5時間ほど連続して監視するのである。  そして150キロ程度の距離を置いて、5機あまりが一直線に並び同様の哨戒行動を行っている。  それらのチームが幾つか別々の海域へ投入され、アメリカ潜水艦のハワイ海域への進入を24時間、監視していた。    そしてそのうちの一機、鈴木肇中尉の指揮する海鷹0107が、磁気探査システムの端末である高精細ブラウン管に海中を進む潜水艦の姿を三次元画像として捉えたのだ。  完全に電子演算処理されたその画像に、潜望鏡深度を進む潜水艦の姿が濃いブルーの影としてはっきり描き出されていた。  鈴木機は、レーダーに不信な反応を捉え、哨戒進路を変え、この海上へ進出してきたのである。  だとすれは、海上航行を行っていたその潜水艦は、接近する航空機の機影に慌てて潜水したのであろう、    いまこの瞬間、聯合艦隊に現在ハワイ以東の太平洋で活動を行う外洋型の潜水艦隊は存在していない。  それらは全て内地において改装を受けているか、日本海において訓練航海中である。  そして友邦ドイツの潜水艦に、この海域に進出する能力は、備わっていない。  すなわち、捉えたその磁気反応は、アメリカ海軍の潜水艦以外に考え様がないのだ。  だが、鈴木は慎重だった、弱装爆雷・・・海上で弾けるだけの花火程度のもの・・・を2発、一定の間隔で爆発させ、聯合艦隊所属の潜水艦であれば、浮上するようにうながした。  しかし、その爆発を攻撃を受けたのだと理解した潜水艦は、深度を下げ、そして60メートル付近の海中に微妙なツリムを取りそこねたのかやや艦首を持ち上げた、かなり不格好と言ってよい姿勢で海中に静止した。  海上を可能な限りの低速で、周回する鈴木機の磁気探査システムは、それを見事に捉え切っていた。  オレ達を、やり過ごそうという考えか。  対潜哨戒訓練の一環で10日間ほど潜水艦勤務を行った鈴木中尉はそう考えた。  だが、この海鷹は、最新鋭の磁気探査装置を備えている。  万が一にも、一旦捕捉した潜水艦の反応を、ロストすることなど有り得なかった。    ・・・残念だったな、悪く思うなよ。  そう心の中で呟くと、頭上にある60キロ爆雷投下のスイッチを捻った。  ワンセット4発あまりの爆雷が、後部に16個開いた爆雷管からすべりおちる。  それらは、感圧信管によって、規定された深度に達した後、爆発する。    投下の後しばらくすると、まるで巨大な物体が海中から姿を現わすかのように海面が丸く盛り上がり、そしてそれが弾け、はげしく飛沫を吹き上げる。  「敵潜、倒立! 深度下がります80・・・100・・・反応、喪失」  そして海面に油と、無数の浮遊物が浮かんできた。  肇の耳に、圧潰する船殻の軋む音が一瞬聞こえた。  その音を振り払うかのように、肇は、力強く言う。  「撃沈確認、現在位置を記録、ハワイ司令部へ通信、進路を規定進路へ戻す」  鈴木機の垂直尾翼に6つ目の撃沈マークが、この瞬間追加されたのだった。      『あなたの官位姓名は?』  「アメリカ陸軍元帥、在フィリピンアメリカ軍最高司令ダグラス・マッカーサーだ」  『あなたは、どうして捕虜になったのですか?』  「私が、降伏したからだ」  『どうして、徹底抗戦をせずに降伏したのですか?』  「そんなことを尋ねなくとも、君たちは知っているだろう?」  『元帥閣下、申し訳有りませんこれは、規定の質問なのです』  「・・・ならば、これ以上、喋りたくない」  『解りました。閣下、質問にお答えいただきありがとうございました。  閣下は、ハーグ軍事協定に従い、戦時捕虜として処遇されることを、確約いたします』  「すまんが・・・ああ・・・一つだけ質問をいいかね?」  『・・・どうぞ』  「・・・私の妻子はどうなる?」  『閣下のご家族は、軍人でも軍属でもありませんので日本帝国の賓客として扱われる事を、帝国海軍が確約いたします、当座の生活費などは、凍結させていただいた合衆国の資産から出されますのでご安心下さい』  「そうか・・・ほっとしたよ、大佐ありがとう」  『いいえ、どういたしまして』    「・・・まったく、ローズベルトの奴が日本との開戦を画策しなければ、こんな扱いをうけることも無かっただろうに」  がやがやと大勢の人間がしゃべり、そして物を食べている音が混じる中、マッカーサーの声だけが明瞭に響いてくる。  「そう、おっしゃいますな。本国とて、日本があんな馬鹿げたモンスター戦艦や、鬼神の如き戦闘機を作り出せるなんて思っても居なかったのですから」  「いや、そうではないぞ、ヨーロッパの戦争に足を突っ込む為に、日本との戦争を望むなど、民主主義国家の首長が考えて良い事ではない。  ドイツと戦いたければ、国民と議会を正々堂々説得して見せれば良かったのだ。  そうすれば、キンメル、君だってこんなところでベジタリアンの様な、食事を取らなくて済んだではないか」  突然アメリカ全土のラジオから流れ出したこの放送は、日本が行った物だった。  捕虜収容施設へ盗聴器をしかけ、マッカーサーとキンメルとの食事中の会話を録音し、それをハワイへ送り、ハワイから進出した電子作戦仕様の「彗星」によって、主要全周波を使い6時間に渡って、放送され続けたのである。    その間、ナレーションも、音楽も全く使われず、ひたすら捕虜となった将兵達の生の声が、流れ続けた。  安曇の砲撃を受けた戦艦から振り落とされ、駆逐艦に拾われたもの、キンメル艦隊の戦艦の機関部分に居て雷撃を受けたものの辛うじて助かった者、零戦改とドッグファイトを行い、撃墜されたもの、コレヒドールに居て、シェルショックに罹ったもの・・・。  当たり前といえば、当たり前なのだが、そこに登場したほぼ全ての将兵達は、ローズベルトが戦争を始めた事に憤っていた。    だが、この時にはまだ、彼らの言葉の端々に浮かぶ、日本軍の持つ兵器の凄さ、恐ろしさを信じるアメリカ国民は少なかったのである。    こうして開戦ひと月目は、アメリカの完敗で過ぎ去った。      昭和17年1月9日大本営・・・。  「・・・シンガポールに入った東洋艦隊も、ボルネオのオランダ艦隊も動く気配は、ありません、それは通信傍受によっても確認されております。  連合国側は、太平洋における戦力のこれ以上の喪失を避けたいと考えているようです」  「イギリスもオランダも、すばらしいフリートインビーイングを持っているようだな」  人工樹脂製の書類挟みのレポートを読み進めている、神というなの参謀の声に、ちゃちゃを入れたのは、山口多聞である。  その言葉には、出てくれば、決戦を挑んでやるものをという思いが滲んでいる。  「は?」  「いやすまん、神君、山口は、戦い足りないだけなのさ」  そう言ったのは、井上成美だった。  「南方は、南仏の艦隊で牽制しているだけでいいんだ、資源が枯渇する心配は、今の日本にはないんだからな」  井上はそういって、神へ向かってレポートの続きを読むように促した。    「はい、それでは・・・ハワイの占領は、すでに完了しております。  現在、第二艦隊(土佐級戦艦8隻、重巡10隻、駆逐艦20隻)と、第2航空艦隊(大鳳級空母8隻、大型駆逐艦20隻)がハワイへ移動中です。  さらに、第十一航空艦隊、美幌航空隊の戦闘機400機、戦略爆撃機50機、鹿屋航空隊の戦闘機400機、戦略爆撃機70機に、ハワイへ移動の辞令を発しました。  この数は、第一次の計画で、今後も増やす予定です。  なおハワイでの捕虜の数はそれ程多くありません。  なにしろ徹底して砲撃で叩きましたので、諸島全体で1200名に達しません。  付け加えるなら内7割が傷病兵です」  神は、書類挟みを置くと、自分の席へ座った。  「アメリカは、徹底抗戦の構えですが・・・ハワイ占領は、逆効果でしたかな?」  米内光政総理大臣が、誰にではなく言う。  「アメリカを叩くには、ハワイを占領するしか窓口が有りません」  それに対し、堀貞吉海軍大臣がそう返す。  「南米という選択肢もあるんじゃないのかな?」  「はあ・・・たしかに反米感情の強い国も多いのですが、それだけに政情が不安定すぎます、敢えて基地を設けるとなると、その反米感情が反日にコロリとひっくり返る可能性が高いです」  やや、心もとなげに言ったのは、新設された情報局から出席している連絡将校だった。  「なるほど、怒りをぶつける先は、どこでもかまわんということか・・・」  その答えになっとくしつつ米内は続ける。  「で、聯合艦隊の次の手は、どうするつもりなのかね?」  「西海岸に、嫌がらせの攻撃を繰り返します」  その山本の声とともに、各自の机に埋め込まれたブラウン管に地図が表示される。  「嫌がらせ?」  「というと?」  怪訝そうな声を上げたのは、米内、堀貞の二人である。  「彗星4機と零戦改10機程度で、攻撃隊を作り連日連夜、爆弾を大都市「近郊」になんの関連性も無く、無作為に落し続けます」  「すると?」  「アメリカは選挙で政権がひっくり返る国です。  人的被害は少ないが、毎日何処かが被害を受ける、となれば、迎撃の行えない政府は、信用を無くします」  「自国民によって、かの国の大統領は、罷免される訳か」  「そこまで行かなくとも、講和のテーブルには付く気になるかもしれません」  「ここで、一気に西海岸へ艦隊を送り込むというのは駄目なのかね?」  「逆に、連中のプライドを刺激する可能性が高いと思います」  「・・・水力発電所や変電施設を集中的に攻撃するというのは、どうかな?」  呟いたのは、堀である。  「それは、面白い!」  「効果的かもしれませんね」  「そりゃあ、住民はさぞ困るだろうなぁ」  「では、この作戦は、その線ですすめるとしようじゃないか」      『無差別攻撃の前兆か! ダムバスター、西海岸の生命線、フーバーダムを破壊!!』  『コロラド川大氾濫! 下流地域の死傷者の推定不能!』  『暗黒のLA、市民の怒りつのる』  『迎撃不能な爆撃機は、本当に日本が作ったのか? その性能を探る』  『次のターゲットは、どこだ!! 予言者10人に聞いた、安全な都市!!』  そんな見出しの踊る新聞が散乱し、そして正確な被害報告の載る書類の山の築かれたホワイトハウスのマップルームに、CIA長官と陸海両軍長官、そして主席参謀の姿が在った。  「君たちは、これを見てどう思うかね?」  疲れた表情のローズベルトは、一様に打ちひしがれた表情で打ち並ぶ高官達をねめつけ、そして怒気のこもった声で問う。  「・・・由々しき事態ですな」  辛うじてそう応えたのは、CIA長官のロバート・ウイロビーだけだった。  「で、全く迎撃ができないとは、一体どういう事なんだ」  ローズベルトが、ウイロビーへ向かい、手にしていた被害状況の報告書類を放りながら問う。  「そりゃあ、あんな化け物の迎撃、できるわけありません」  意外と軽い口調でそう言ってのけるウイロビーに、両軍の関係者は、沈黙するしかない。  「だから私は、どうしてだと聞いているんだ!」  「大統領「どうして」もなにもありません、そんなこと簡単な理屈じゃ有りませんか。  なぜ迎撃できないか、それは新聞の分析の通り、我が軍の主力戦闘機と、日本の「コメット」と「ジーク」とでは性能が違いすぎるからに決まっています」  「・・・この性能の差は、本当なのか?」  幾つかの新聞の比較表をまるで突き刺すようにローズベルトは指を突きつける。  そこに書かれている数値は、見るものが見れば、完全にひと世代かふた世代の性能の違いを見出す事が可能なものであった。  「それどころか、我が軍の戦闘機の方は、かなり良いように脚色された値になっています」  「ぬううううう・・・どうして今までそんな事に気が付かなかったんだ!」  ローズベルトは、ウイロビーの指し示した新聞をもぎ取ると、床へ叩き付ける。  「そうおっしゃられても大統領、あなたが「屑」だの「いも」だの「猿」だのと、そもそも日本の工業の実力を認めていらっしゃらなかったではありませんか。  我々が集めた、今日のバトル・オブ・ブリテンの形勢逆転は、日本製戦闘機の投入による物だという報告を全く無視して、開戦を焦ったのはあなただった筈です。  さらに、ドイツが突然運用を開始した6隻・・・いやヴィルヘルムス・ハーフェンに停泊したままの予備艦を加えれば8隻ですよ、その8隻の、やつらが「サーガ」級と読んでいる戦艦は、その特徴的なパゴダマストからみて日本製の戦艦に間違いないと我々からは、警告が上がっていた、それを無視されたのは、両軍の方々だ」  「・・・CIA長官、ここは、責任を追及する場なのかね?」  ノックス海軍長官が、熱弁を降るわんとしているウイロビーへ向かい冷たい声で問う。  「いいえ、我々の部署が仕事をしたとしいう事と、私の立場を明確にしただけです。 それとも海軍長官は、この場で責任を追及されたいのですか?」  自らの発言を邪魔されたウイロビーは、そうやりかえした。  「・・・いいや、とんでもない、状況分析をどうもありがとう」  「で、打開の方策はあるのか?」  ローズベルトも居心地の悪さを感じていたのだろう、ウイロビーの次の発言を遮るかのように全員へ向かい尋ねた。  「・・・日本とは講和するしかありませんな」  そっぽを向いてウイロビーがボソッと核心を口にした。  「今更、そんな真似ができるものか!!」  スチムソン陸軍長官がテーブルを拳で叩く。  すっかり冷えてしまったコーヒーのカップが鈍い音を立て飛沫が周囲へまき晒され、合衆国政府の刻印の入った公式書類に茶色い染みが広がる。  「では、一体、あなたがたは、どうするというのです?!  合衆国海軍太平洋艦隊は、開戦劈頭に壊滅、敵国は合衆国の喉元にナイフを突き付るべくハワイを攻略し占領、そして我が国にすら存在していない成層圏を飛行する6発の重爆撃機で、本土を良いように爆撃できる。  そう! 日本は、いま直ぐにでも無差別都市攻撃を開始するかもしれない。  ドイツがロンドンを壊滅させたようにね。  もし、そうなったなら、海軍は、陸軍は、あの彗星とかいう6発の爆撃機を落とせるんですか?  そんな力を持った、高射砲や、戦闘機や、もっと凄い秘密兵器が、そんな物がこの国の、どこかに存在しているんだったら、さっさと見せてもらいたいものですね」  「ま、まるで無いわけではないぞ! 現在B−17を高空迎撃用に改装を計っているし、8インチ60口径の高射砲を試作させている所だ」  まるで受けてたつようにスチムソンが大声を発した。  「で、その8インチ高射砲やB−17の高空迎撃仕様とやらは、いったいいつになったらできるんでしょうな?」  そんな情報は、もちろんCIA長官であるウイロビーに入ってきていない筈はない。  CIAとは、そういう組織なのだ。  いや、それどころか、日本の異様な工業力の上昇について、CIAは、ドイツを通じてではあったが、ある程度の情報を掴んでいたのだ。  だが、それらの報告のすべてを、ローズベルトを含め両軍首脳は、黙殺し、まったく取り合わなかったのだ。    「・・・いや、いま機体へ増設するロケットモーターを開発中であって、2ヶ月はかかると見積もられている・・・」  ウイロビーに畳み掛けられスチムソンの語尾は消え入るように小さくなった。  「2ヶ月ですと?! それでは話にならないでしょう。  問題なのは、今なのですよスチムソン陸軍長官。  それで8インチ高射砲の方は、いかがなのです?」  「試作の砲が1門、試験に入ったが・・・」  「入ったが?」  「到達高度が思うように伸びないのだ・・・」  「・・・迎撃兵器は開発中の上、期待通りの性能が出ない。  それでは、そもそも戦争にすらなりませんよ。  大統領、以上の理由から、私は早急に日本との講和に応じるべきだと考えます。  向うが、戦争を止めようと言って来ているのです、今なら名誉在る講和になると私は思います」  ウイロビーは、立ち上がり、両手を一枚板のテーブルへ音を立て突き下ろす。  だが、そんなウイロビーに視線を合わせず、そっぽを向いたままローズベルトは、ふてくされた口調で応えた。  「いまさら講和は、できんよ。それにヨーロッパはどうなる」  「太平洋は、太平洋、大西洋は大西洋ではないですか! それに、もともとも我が国が参戦する理由など1つもないじゃありませんよ!!」  「だが、日本とドイツは、同盟を結んでいるのだ。  もしも、ドイツとの戦いを止めろと言われたらどうすればいい?!」  「ヨーロッパなんぞは、ヒトラーへ「どん」と景気良く、くれてやれば良いんですよ!  イギリスがどうなろうと、いまさらわれわれアメリカには一切関係の無い事でしょう。  それに、どうせドイツには、大西洋を越えてまで、こちらへ攻め込んでくる力は、ありはしません」  「日本は、来た」  ボソッと呟いたのは、スチムソンだったが、その声は、ローズベルトに遮られた。  「ヨーロッパへ貸し付けた金は、チャーチルとの約束はどうなる!」  「援助は、続けたら良い。ちょび髭の伍長閣下だって、ジョンブルどものど根性に攻め取るのをいつか諦めるかもしれませんよ」  「君の言っている事は、御都合主義にしかすぎんじゃないか!」  スチムソンが声を張り上げる。  「違いますよ! アメリカという国を、私が生まれた祖国を守るために必要な事だと言っているんです!」  「もういい!! B−17の改装と高射砲が完成すれば、それで迎撃ができるんだな?!」  「・・・可能性があるとしか言えません」  期待を込めたローズベルトだったが、ノックスは、正直だった。  「しかし、大統領、今なら犠牲は、軍だけに限定されます!!」  「ウイロビーCIA長官、君の職務は、情報の収集と分析だった筈だ、その外の事には口をださんで良い!! 今日の会議はこれで終わりとする」  ローズベルトは、愛用の車椅子を、突き放すようにテーブルから移動させると、吐き捨てるようにそう宣言した。      『改土佐級戦艦2隻、大鵬級空母2隻、渡良瀬級駆逐艦10隻、確かに受領いたました』  「了解、ご苦労様」  そう通信機へ答えながら、禮は、ドックヤードの制御室から外を眺める。  海水の満たされた巨大船台から、鋼鉄の城塞が荒海へゆっくりと乗り出して行くのが確認できた。  「海軍の今月のノルマは、これで終了、石油の方も順調に生成されているし、これで、ジェットエンジンの量産試作が終わればしばらくのんびりできるのかしら?」  禮のすぐ横に座った蘭が言う。  「そう願いたいね」    知床へ移るにあたり、蘭にも、禮からナノマシンが移植された。  もちろん、何も説明しなくとも蘭は、きっと禮に付いてきただろう。  他に身寄りの存在しない彼と彼女は、2人で寄り添うより他に術はない。  それは、幼い蘭が、禮の家に引き取られた時から二人の暗黙の了解であった。  蘭の蒼い瞳は、彼女の父親が西洋人であったことを物語る唯一のものである。  彼女の母親が結核で亡くなる直前、初めて知らされた彼女の出生の悲しい顛末を聞いたとき、彼女は、彼女の父親とその祖国であるアメリカへ恨みを懐いたのである。    ナノマシンが移植されたとき、ツヴァイは、蘭へ尋ねた。  瞳の色が嫌ならば、ナノマシンで変える事も可能である、と。  しかし、蘭は、この瞳の色は嫌だが、他の人と違う色の瞳は、嫌いじゃないと応えた。  こうしてツヴァイを受け入れた蘭は、知床へ移る事を快諾したのだった。    「いや、すまんが10個目の小惑星を降下させなくてはならないんだ、あと1週間は、忙しいと思う」  「今度は、どんな小惑星なんだ?」  「石油資源用の揮発分の多い・・・そうだな・・・短周期の彗星のようなものだ」  知床から、道央を通るパイプラインが敷設され、石油の積み出しが、容易になると同時に、石油資源用の「有機物質」が足りなくなってしまった。  プランクトンに頼るのは、いかに豊かな北の海とはいえ限界が存在したし、地上で手に入るそれは、もっと量が限定されるかだ。  「なるほど、それにしても、宇宙から小惑星を持ってくるとは思っていなかったな」  「そうでもしなくては、あれだけの鉄量は、まかなえんよ」  知床半島のオホーツク海側の深海には、すでに直径数キロの小惑星が9個、23世紀の科学である重力・慣性制御技術によって、下ろされている。  それらは、すべてが金属成分の豊富な小惑星であり、それらを使い、安曇、そして久遠を初めとする連合艦隊の整備は進められたのだった。  船台には、さまざまな工程にある20隻以上の大型艦が据えられ、それらは完全な自動制御の元、工事が進められていた。  「それにしても、海軍さんは、際限無く戦艦と空母を作れと言ってくるなぁ」  聯合艦隊の主要艦艇である、戦艦、空母などが御門製の物に入れ替わった時点で、発注が止まるものと考えていた禮は、呆れたように言った。  「一隻の価格が海軍工廠で作った場合の数百分の1となれば、好きなだけ作りたいのだろうさ、艦長になれる士官の数がそれだけ増えるからな」  「・・・ああ、なんだ、そういうことか」  禮は、さらに呆れた声を上げた。  「そうさ「軍」だって国の機関だからな、所詮お役所以外の何者でもないのだよ」  そう言って、ツヴァイは、シニカルな笑い声を上げたのだった。      「機長、気が重いですね」  「・・・ん・・・まあ、そういうな、向うが頑固に、講和を拒絶しているのが悪いんだ」  「それにしてもですよ、市街地に1トン爆弾を落すっていうのは、こりあもう戦争じゃないですよ」  中国戦線において、行われた無差別都市爆撃を、この若いパイロットは知らないらしい。  その言葉に苦笑いをしながら、古株の機長が言う。  「おととい・昨日とシアトルには、爆撃をするから避難しろというビラを何万枚もばら撒いたんだ、逃げ出していないわけがない、逃げ出していなければ、逃げ出さなかった人間が悪いんだ、オレ達が気に病む事じゃない」  「そりゃあ、そうなんでしょうけど・・・」  しかし、まだその若いパイロットは、納得できないでいるようすだった。  「ほれ、下をみな、海軍さんの「流星」が上がってきたぜ」  「ありゃあ、本当に2航戦と3航戦の連中だ、うちらの戦略爆撃部隊が100機に、向うが艦爆だけで200機か、すげぇなぁ」  「護衛の零戦改も合わせれば500機近い大編隊だな」  彗星は、30機程度づつの集団で、編隊は組んでおらず、その集団に先行する形で3機のパスファインダーがすでにシアトル上空に進入しており、その体内に抱え込んだ1トン爆弾を放出しようとしていた。      「・・・日本の警告通り、シアトルが壊滅しましたよ、しかも聯合艦隊の空母が4隻も沿岸へかなり接近したというじゃありませんんか!  海軍は、一体なにをしていたんです?!」  ウイロビーは、会議室に入ってくるなりノックスへ向かい問い詰めるような口調で言った。  「い、いや、しかし太平洋にある戦艦1隻と空母1隻では・・・」  「沈められるのが恐かったと、おっしゃるのですか?  すばらしいフリートインビーイングですな。  しかしそれでも、出撃するのが合衆国海軍軍人の義務というものではないのですか?  その上、市街地は攻撃されても軍事施設はまったく無傷。  ・・・ただでさえ市民感情が逆なでされているのに、この上あなたがたは、自分の義務を遂行しないというのでは、あなたがたの存在意義とは、なんなのでしょうな。  われわれの情報操作にも限界というものがありますよ」  ウイロビーの言う情報操作とは、せいぜい両軍基地になにがしかの被害が出たという程度のものでしかない。  「それは、言い過ぎだ!」  「これは、失礼。  私は、ひと月前に講和をしましょうと言ったはずだ、それを無視した結果がこれです、大統領、あなたはこの数千の犠牲者にどう詫びるつもりなんですか?」  「いまは過渡期なのだよ、こちらの兵器の性能が向うを追い越すまでは、堪え忍ぶしかない、もはや合衆国の全工業がその気になっているのだ、報復の時は、近い、わかれウイロビー」  さすがに大統領にそう諭すように言われては、ウイロビーも舌鋒をゆるめるしかなかった。  そう確かに東海岸の重工業は、フル操業で兵器の生産を開始していた。  そして兵器産業に関わる全ての科学者、そして技術者達は、しゃかりきになり、新兵器の研究・開発に没頭していた。  だが、そうして生産される戦闘機は、作れば作るだけ日本とドイツの戦闘機に落され、そして研究・開発が実を結ぶ為には、今しばらくの、そう少なくとも、年単位の時間が必要だった。  「では、その性能の方は、ひと月まえとどれほど変わったのでしょうな」  それが判っていてもなおウイロビーは、そう尋ねた。  「B−17STは、試作機4機が完成、現在西海岸の基地へ移送中、明日か明後日には、実戦テストを行える」  「高射砲も、量産試作に入った、通常の装薬では13000メートルまでは、届かないが、オーバーロードさせたなら、14000メートルまでは、届くという事だ」  それは、砲身の寿命・・・命数が少くなることを意味している。  だが、そんなことを気にしている場合ではない。  「B−17STの数を揃えるには、どれだけかかる?」  「2週間で、ロケットブースターなどは、配備できます」  「高射砲の量産には、どれだけかかるのだ?」  「100門作るのに2週間、配備に6日です」  だが、それらの配備が行われるのを黙って日本軍が見ているはずはなかったのである。    「・・・空襲警報か、毎日毎日ご苦労なこったなぁ」  聞き慣れた甲高い音が、だだっ広い滑走路の向うから聞こえてくる。  ロサンゼルス近郊の陸軍の航空基地のここは、言わば最前線と言ってよい基地だった。  だが、空襲警報だというのに、滑走路に駐機されている戦闘機の発動機が始動される気配すらない。  パイロット達は、格納庫に隣接する待機室で、警報を認識してもタバコを吸ったままポーカーに興じている。  「ハワイ急行のお出ましだとさ、一応、迎撃に上がれって、隊長が言ってるぜ」  「迎撃ったってなぁ、最新鋭のP−40だって、上がれねぇ成層圏だぜ相手がいるのは、上がるだけ燃料の無駄だっうもんだ」  連日の都市郊外への爆撃が、軍事施設を全く狙っていない事に安心しきった、アメリカ兵達は、日本が、軍事施設を攻撃して、アメリカ軍を怒らせるのが恐いのだろうと勝手に解釈をしていた。  その予断は、基地上層部にまで及んでおり、例え、レーダーによる空襲警報が鳴ったとしても、スクランブルで迎撃任務に上がって行く戦闘機の数は決して多くなかった。  だが、今日の日本軍は違っていたのである。    「なに? 海岸線に設置されたレーダーサイトが、ジークの大型ロケットで攻撃されて、レーダーが全部潰されただと?」  「大編隊?! 低高度から、零戦と流星? 中高度には、彗星が凄まじい数で、押し寄せてきてる? おい、おい! どうした!!返事をしろっっ!」  この日、早朝からアメリカ国内の無線は、そんなパニック寸前の交信で飽和した。  明け方から夕刻へ渡って、アメリカの西海岸に散在していた、陸海両軍の軍事施設は、飛来したのべ3000機以上の航空攻撃によって、壊滅した。  特に航空施設と、軍需工場が激しい爆撃にさらされ、人的損害は、4万以上に達し、西海岸では、航空機を飛ばせる元気な・・・いや傷病兵をその員数に含めたとしても、パイロットが文字どおり一人も居なくなってしまった。  さらに、太平洋において唯一残っていた空母と戦艦が、サンフランシスコにおいて爆撃され、空母サラトガが横転着底、戦艦コロラドがよりにもよって第二主砲塔の弾薬庫に飛び込んだ800キロ爆弾によって、爆沈してしまった。  軍港、ドックも破壊され、潜水艦による通商破壊作戦の徹底拡大を目論んでいた海軍は、この攻撃によって、文字どおり手も足も出なくなってしまった。    しかし、未だ東海岸の重工業地帯は、無傷であり、それがアメリカの徹底抗戦の拠り所となっていた。  だが、もう一つローズベルトには、思惑があったのである。  ドイツの東部戦線は、ゼーレーヴェ作戦発動準備のため、攻勢を一時停止していた。  彼は、そのため、余裕の出来たソビエト軍に、満州の攻撃を要請していたのである。  もちろん、ハワイ方面へ7万もの陸軍を派遣している今ならば満州守備の関東軍に予備兵力が少ないだろうという見積もりも在るし、空と海は、ともかく陸軍ならば、中国戦線でも露見しているように、機甲兵力の完全な不足が考えられたためだった。  スターリンは、ローズベルトへの貸しを作るためと、上手くすれば満州どころか朝鮮半島を含めてロシア人の悲願であった完全な不凍港が手に入るという思惑から、それに同調したのである。  そう、日本陸軍は、ドイツ陸軍機甲軍団の足元にも及ばぬ、だめ陸軍だと連合国の軍関係者は、誰ひとり疑っていなかった。  だが、スターリンもローズベルトも、日本帝国陸軍の仮想敵国はあくまでもロシアそしてその後継国家であるソビエトであるということを忘れてはならなかったのである。      「国境付近へ、ソビエトの機甲師団が集結中か」  高空からの国境観測によって日本は、赤軍の動きを下手をしたならば、それを司る将軍よりも正確に掴んでいた。  「はい、定数が揃い次第、各地で国境を越え、突入してくる構えを見せております」  「・・・こちらの準備は十分に整っているのだな?」    「はい、国境付近の8個機甲師団は、言うまでもなく、零式重戦車4000両、155mm自走砲400両、24連装自走ロケット砲600両、兵員輸送車2000台、回転翼機400機を備えた機動師団です。  さらに、予備兵力として4個師団が、後方に待機中。  寒冷地仕様の零戦改3型300機、流星2型300機、彗星100機も間に合いました」  「まあ、無駄だとは思うが外交ルートから抗議もしてもらう、が」  「ええ、ロスケ風情に、国境を一歩たりともふませやしませんよ」  「・・・無理は、なくてもいいがな」    この時期のソビエト軍の主力戦車は、41口径76mm砲を載んだ重量26トンのT−34もしくは、KV1と呼ばれるT−34の1.5倍の重量を持つ重戦車だったが、日本の零式は、重量55トン、100mm55口径砲を積んだ当時としてはまさに「化け物」級の超重戦車であった。  その重量からも想像できるとおり零式の装甲は、76mm砲程度ならば、500メートルの至近距離からでも正面から弾き返す事が可能である。  そして、同戦車のシャーシに、60口径125mm砲を搭載した無砲塔、いわゆる駆逐戦車も相当数機甲師団には配備されていた。     昭和17年2月4日  満州里(マンチョウリー)郊外の雪原は、早朝の張り詰めた静寂に支配されている。  だが、国境という実体の無い境界線を挟み、巨大な軍事力が息を潜ませ向かい合っていた。  ソビエト極東軍管区ザバイカリスク方面軍機甲4個師団四万八千、そして関東軍第3軍団第2師団、第3師団一万六千が5キロという至近距離でにらみ合っている。  第2師団と第3師団合わせて、戦車1200両、対するソビエト4個師団には、戦車2600両、その戦力だけを比較するなら、完全に日本側が劣勢であることは、言うまでもない。  だが、彼我の持ちうる技術の差がその数を必ず埋めて余りあると満州里方面軍司令、滝田中将は、考えていた。  分厚いベトンと鋼板に覆われた司令部の中で、滝田は、じっと目を凝らし粗末な机の上に広げられた地図を見つめている。  時刻は、もうすぐ午前7時を回る。  その時、はるか彼方で雷鳴のような音が鳴り響いた。  同時に、司令部トーチカ内に警報が鳴る。  参謀の一人である新井少佐が司令室へ飛び込んできた。  「ロスケが動きました!」  「よし、全軍迎撃に移れ! ロスケどもに国境を越えさせるな! 哈爾浜(ハルビン)の司令部へ交戦開始を打電しろ!」  「全軍迎撃開始、司令部へ交戦開始を打電了解しました!!」  踵を返し、新井は、司令室を駆け出して行く。  司令部から4キロ西北の国境付近では、鋼鉄の騎馬が雪煙を蹴立て、その砲口から紅蓮の炎を吐き出し、国境へ殺到していた。    『全軍迎撃開始』の通信が入ると同時に、第三戦車中隊の碓井達治少尉は、寒さに震える声で、エンジン始動を命じた。  同じように、純白の冬季寒冷地兵装に身を包み、カイロの温かさだけを頼りに狭い運転席で震えていた、彼の部下、西谷文博二曹が始動スイッチを押し込む。  セルスターターが唸りを上げると、氷点下30度という冷気をものともせず55トンの重量を時速50キロで駆動する2400馬力エンジンが始動する。  「砲身出せ!」  今、彼らの乗る零式は、砲塔まで隠れる塹壕の中に身を潜め、それをカムフラージュシートで覆っている。  碓井の命令は、その塹壕を前進し、砲身をそのシートから出すように命じたのだ。  西谷がギアを入れアクセルを踏むと、軋みを上げ、55トンの車体が動き出す。  彼我の距離2000メートル。  向うは、制圧砲撃をあさっての方へぶちかましているが、こっちの存在には全く気が付いていない様子だ。  「セ弾装填!」  「セ弾装填」  100mm砲の砲弾重量は、30キロ近い、それを人手で連続装填するこことは不可能だという事で、装填作業は、自動化されている。  セ弾とは、成型炸薬弾をさす。  「装填良し!」  砲手の川田一二三一曹が、装填機のロックを確認し答える。  「照準合わせ!」  そして純白のカムフラージュシートから砲身とペリスコープだけを覗かせた碓井の零式は、侵攻してくるソビエト軍へ小さく砲塔と砲身を蠢かせ照準を合わせる。  すでに、数十両の戦車が射程内へ入っている。  「照準良し!」  ペリスコープのクロスゲージに一両のT−34が収まった。  「撃てっ!!」  川田一曹がトリガーを引き絞る。  瞬間、空気が重く震え、真っ赤に焼けた砲弾が敵戦車へ向かい放たれる。  目標にした戦車にそれは、狙い違わず吸い込まれた。  一瞬、正面装甲に弾かれたと碓井は、思った。  だが次の瞬間、砲塔と車体の継ぎ目に飛び込んだ砲弾は、数千度のプラズマのシャワーと化し、T−34車内へ吹き込んだ。  その炎のシャワーに人体は、一瞬で炭となり、そして砲塔内に置かれていた砲弾は、誘爆を起こした。  間抜けな音と共にT−34は、砲塔を弾き上げ、その車体から轟然を炎を吹き上げた。  「目標撃破!!」  川田一曹が震える声で叫ぶ。  「よっしゃあ!!」  操縦席の西谷もこぶしを叩き、気合を入れた。  「よし、次の目標いくぞ」  「了解!!」  彼らの回りでも、同様に零式が砲撃を開始しする。  さらに、後方からは、歩兵を狙い、24連装ロケット砲も打ち込まれ始めた。    こうして、ソビエト軍は、満州里においては、国境を一ミリと越えられぬまま、次々と撃破されていったのである。      ソビエト軍20個師団は、ジューコフ将軍に率いられ満州、ソビエト国境へ向け一斉に進撃を開始した。  20個師団24万の20世紀の騎馬軍団は、怒涛となって満州・ソビエト国境へ押し寄せた。  だが帝国陸軍は、それを正面から迎え撃った。  国境突破を図った20個師団の赤軍は、関東軍第3軍団8個師団と、旅順に展開した海軍航空隊による航空攻撃で機先を制され、さらにロケット弾、155mm自走砲なとの火砲による攻撃と、T−34を遥かに上回る性能の零式重戦車によって、文字どおり、蹴散らされる事になった。  この日一日だけで、ソビエト軍は、空爆、そして対戦車戦によって、戦車1000両、兵士、6万以上を失った。  そして翌日、日本本土から出撃した戦略爆撃機、彗星による後方支援基地及び兵站線への爆撃が開始された。  それだけにとどまらず航空攻撃は、さらに後方に位置する、予備兵力の集積基地にまで及び、ソビエト軍20個師団は、極寒のツンドラに孤立を余儀なくされてしまった。  航空機の支援を受けようにも、零戦改3型の高速性、そして機動性に拮抗しうる性能を持った航空機が存在する筈が無く、爆撃機である上に爆装した「流星」にすら、ソビエト軍機は追い回され、その強力な25mm機関砲によって、打ち落とされる始末だった。  実際、海軍航空隊は、東部のアメリカ戦線よりも、西部の満州ソビエト戦線において、生涯撃墜数100機を超える撃墜王達を数多く排出したのである。    臨時に設営されたトーチカで、態勢の建て直しのための会議が行われていた。  「いったい、いつのまに日本の陸軍は、あのような戦車を手に入れたのだ、ドイツの4型戦車すら凌ぐわが軍のT−34が、まるでおもちゃのようではないか!」  「同志ジューコフ、中央(クレムリン)は、早急なる事態の打開を求めてきている、君にその策は、あるのか?」  「同志ブレジネフ、君も日本のあの戦車、そして回転翼を持った航空機と、巨大な爆撃機を見ただろう、われわれは、日本の持つ驚異としか言いようのない「科学技術」に、今、打ち負かされつつあるのだ、事態の打開どころではない、我が身を守る事すら、すでに難しい状態だと言わざるをえない」  「確かに、とてもあの白兵による突撃しか能の無い、日本軍とは思えぬのは確かだ。  だが、中央の意思を無視する事はできない」  「兵站線は至る所で寸断され、予備兵力すら脅かされている。  前線では、既に日本軍が逆侵攻をかけてくる気配すらある。  このままでは、ハバロフスクはおろか、ウラジオストクすら危ないのだ」  「では、どうするというのか?」  「一旦戦線を縮少させ、ハバロフスクまで後退する。  こちらの火力を集中させ、追ってきた日本軍を叩く」  「それで、再攻勢をかけられるのか?」  「作戦が成功すればだ」  「是非とも、成功させねばなりませんな」  だが、彼らのみつもりは、甘すぎた。    「わが軍は、退避終了しましたね?」  「うん大丈夫だ。今、前線に確認した。思う存分打ち込んでくれ」  山下奉文(ともゆき)陸軍大将が禮へ向かいそう強い口調で保証する。  「解りました。 弾道弾実戦テスト、カウントダウン始めます。 1分前からスタートします」  「この佐渡から、たった20分で、10tもの爆弾を叩き込めるようになるとは・・・」  「理論的には、地球を半周させ、アメリカの東海岸を直接射程に納める事も可能ですが、なにしろ、新しい技術ですので、試験が必要でした」  「うん、それが成功すれば、アメリカを休戦させることができるかもしれない。  頼むぞ御門博士」  「お任せ下さい」  山下が見つめる先には、太い胴をした、塔のようなものが20基以上林立していた。  それは、禮・・・ツヴァイの作り出した、高度な誘導システムを備えた、大陸間弾道弾である。  もちろん弾頭は、NBC兵器などではなく、通常の爆薬であるが、そのペイロードは、実に10tもあり、それが音速の15倍〜25倍というスピードで打ち出されて行く。  既に、海上における発射、誘導などのテストは完全に終了しており、実戦への初の投入が、このソビエト侵攻軍への攻撃ということになったのである。  「・・・3、2、1、ロケットエンジン点火!  全誘導システム作動良好、離床開始!」  後に戦略ミサイル軍と名づけられる、新たな軍の始まりを告げる轟音が、佐渡の雪原に轟き渡った。      「あれは、恐ろしい体験だった。  はじめはなにが起きたのか、全く解らなかった。  突然背後からの閃光と凄まじい爆風で吹き飛ばされたんだ、気が付けば、俺は新雪の中に埋まっていた。  慌てて取って返した司令部のトーチカが、でっかい穴に変わってたんだ。  もしも司令部から伝令で出ていなかったら、俺も今ごろ、あのジューコフとブレジネフの様に骨すら残さず、吹き飛んでいたんだろう」  これは、弾道弾攻撃を生き残り、後に、その体験を満州帝国のTV局で放映された第二次大戦特集の番組内の元ソビエト軍少年兵が語った世界初の弾道弾攻撃の模様である。    ソビエト侵攻軍司令部を襲った、20発の大陸間弾道弾は、狙い違わず、ジューコフとブレジネフの休んでいた、簡易トーチカを地上から吹き飛ばした。  この総計200tに及んだ大爆撃によって、ソビエト軍は、1200名の死者を出した、それらのほとんどが、将校であり、ソビエト侵攻軍は統率者を失い、軍としての体裁を完全に失い、散り散りに抵抗をするだけの烏合の衆と化した。  それらは、関東軍第3軍団によって、追いつめられ、ハバロフスクへ撤退することすらできず、次々に掃討されていった。  そして、半月を経ずして、赤軍は極東における地上戦力を、完全にうしなってしまったのである。      赤軍が壊滅するとほぼ同時に、その情報はローズベルトの元へもたらされた。  「なに? ソビエト軍がうち負けた? 信じられんな、それは」  「はい、クレムリンから、そう報告が来ました。  ついでに航空機などの援助の要請も来ました。  20個機械化歩兵師団が、日本軍8個歩兵師団によって完全に掃滅させられてしまった模様です」  ローズベルトの怪訝そうな声に、しかしウイロビーは、真顔で答えた。  「・・・日本の陸軍は、白兵戦しか能の無いばか者の集団ではなかったのかね?」  「どうも、我々も赤軍も、日露戦争当時の古いイメージにとらわれ過ぎていたようですな」  ウイロビーは携えてきた書類を、ローズベルトの執務机の上へ置く。  「しかし、日本にも相当なダメージを与えただろう、ソビエトに再度の侵攻を要請しよう」  その書類を手に取りながら、ローズベルトは軽い口調で言う。  赤軍が近代戦という言葉すら知らないと思われている日本陸軍相手に壊滅させられたとは、全く思っていないのだ。  ウイロビーは、そのローズベルトの侮りを予測していたのだろう、言葉を継ぐ。  「いいえ、日本軍には、ほとんどダメージを与えられなかったそうです」  その瞬間、ローズベルトの書類を括る手が止まる。  「どうしてだ!! 24万からの兵力で、その三分の一に達しない8万に欠ける兵力をどうして打ち破れずに逆に掃滅させられるなどということがあるのだ!!」  そう攻める方は、守る方の三倍の兵力を必要とするという「攻者三倍の法則」程度はローズベルトですら知っている。  そして、兵力の比較は、自乗で行うという比較的単純なランカスターの法則に照らすならば、64対576という圧倒的な差がそこに存在しているはずなのだ。  「クレムリンでも赤軍の将軍たちが、そう嘆いているでしょう。  どうやら、日本の戦車その他の地上兵器の性能の差に加えて、航空兵力に差があり過ぎたようです」  「・・・ドイツ軍すら苦戦させる戦車を打ち破る戦車だと?」  「T−34の76mm砲は、零距離射撃でも、日本の新型戦車の正面装甲を打ち破れないという話です」    「馬鹿馬鹿しい、負け戦の言い訳だろうそれは」  「例え、負け戦の遠吠えとしても、20個師団が全滅したのは、事実です」  ウイロビーは、何としてもローズベルトにこの戦争を止めさせようと考えているようだった。  <全滅>とそこだけが太いゴチック体になっている部分を指差し顔をローズベルトへ押し出す。  「ええい!忌々しい、もういいウイロビー下がっていい!  ・・・い、いやちょっと待て、海軍長官と陸軍長官を呼べ、君も同席してもらう」      「コメットの迎撃態勢の方はどうなっている?」  「はい、B−17STに加え、P−38へも、高空迎撃仕様のものを試作中です。  高射砲については、配備の準備はできていますが、集中配備を行うか、分散配備を行うかがまだ決まっておりません」  「分散配備するといっても、この海岸線の長さでは、いったいどれだけの数がひつようになるのか見当も付かん都市と、基地とを集中して守る以外には、ないだろうな」  「まずは、サンフランシスコと、ロサンゼルスへの配備ですか・・・」  「で、建艦計画の方はどうなっている?」  「はい、正規空母エセックスが5ヶ月後には竣工します。  その後には一ヶ月に一隻、護衛空母については、ボーグが、4ヶ月後に竣工した後、ほぼ一週に一隻の割合で、竣工いたします。  戦艦については、建造に時間がかかりますので、8ヶ月後にアイオワ級一隻が竣工した後、半年ごとに一隻づつという建艦計画になっています」  「・・・これ以上の財政支出は、不可能だったな?」  この場でウイロビーは、完全に秘書代わりなのか、しかし尋ねられてしまえば、その答えを知っている以上、答えるしかない。  「はい、ドックの方も、現在は、満杯状態の24時間稼動体勢ですので、これ以上の工期短縮は不可能でしょう」  「反撃態勢が整うまで、ひたすら守勢に徹するしかないのか」  ローズベルトの忍耐もいささか擦り切れてしまったようだ。  「緒戦で、太平洋艦隊が全滅したのがやはり・・・」  「解った・・・」  <ない袖は振れない・・・か>  と心の中で呟くと、ふう、と大きなため息をついて、ローズベルトは、車椅子へ沈み込んだ。     ハワイ・パールハーバー沖、錨泊中「久遠」連合艦隊司令部会議室。  「これは?」  山本は、神参謀の差し出した大判の写真を受け取りながら説明を求めた。  「はい、偵察機が、撮影した、内陸部の航空基地の様子です」  「・・・ああ例のB−17にロケットブースターを付けたとかいう、無茶な品物だな?」  「はい・・・どうも、8本のロケットブースターを環状に一組にし、それを二組、胴体後部に取り付け一組目で、15000メートル程度まで上昇し、二組目で、彗星に追いつき、斜め下向きと、上向きに取り付けた大口径の機関砲によって、打ち落とそうとしているようです」  「しかし、機体が持つのかね?」  呆れたような声を上げたのは、南雲中将である。  「アメリカ軍機は、頑丈にできているから、大丈夫なのでしょう」  その問いに、大西が、答える。  「もっともいくら頑丈にできていても、彗星の回転砲身機関砲の一分間に3000発の掃射を食らって、無事で居られるわけがないんですがねぇ」  「その上、護衛戦闘機は、空対空ミサイルを装備しているというのに・・・」  「実際に、護衛戦闘機のミサイルで打ち落とされた米軍機は、それほど多くないし、まして回転砲身砲の餌食になった者もそれほど多くない。  戦訓が伝えられなければ、それに対処の仕様が無いという事なんだろう」  井上が源田の指摘へ答えた。  「彼我の力の差がこれだけはっきり出でいるのにアングロサクソンというのは、頑迷ですね」  「個人個人は、そうでなくとも「国」なんて物を背負うと、頑固になるんだろう、それが軍人ってもんだよ」  山本は、ため息とともにそう言った。      「このB−17STで、やつらの鼻をへし折ってやるぜ!」  空襲警報と共に、上空へ舞い上がった、B−17STは、規定高度に達すると次々にロケットモーターへ点火し、15000メートルにまで上昇する。  コクピットの二人のパイロットも、機銃座についている乗員も、電熱服に、酸素マスクという実に物々しい格好をしている。  さらに、15000メートルにまで上昇すると、高度を保つのが精一杯であり、少しでも機体を機動させれば、簡単に千や二千メートルは高度が落ちてしまう、浮いているのがやっとという状況であった。    その、彼らの眼下へ侵攻する彗星がやってきた。  「よぉし、見つけた! 一気に突入するぞ!!」  「了解」  彼らの乗るB−17STは、斜め下と斜め上へ向け、20mm機関砲が、それぞれ15門つづ、取り付けられている。  それだけの数があれば、文字どおり彗星を蜂の巣にできるはずであった。  だが、それは、アメリカの思い込みに過ぎなかったのである。  「こっちへ、妙な護衛戦闘機が向かって・・・」  それがB−17ST2号機が発した最後の通信だった。  さらに、30機のB−17STが、次々に撃墜され、帰還した機体はゼロ、助かった乗員は、たった4名、それも機体が破損し放り出された為であった。  そしてB−17STは、彗星に接近する事すらできなかったのである。    「さすが、1式陸戦「星電」だな、一機残らず叩き落としちまった」  「1式たって、零戦改を横に二機くっつけただけじゃないですか!」  「いいや、確かにそうは見えるがな、実際には、零戦改よりも、一回り大きな機体になってるんだ、ペラがそれ以上に大きくなってるから、みんな、気がつかないけどな」  「へぇ、そうなんですか?」  「そうだ、あれは高々度でも彗星の護衛ができるようにと作られた、言わばオレ達の専門のガードマンだな」  「はあ、妙な格好なんて言っちゃいけないんですね」  「それに、2人乗りだったら、オレ達みたいに一人が休んで、一人が操縦できるだろ? 単座の戦闘機に長距離の飛行は、酷だからな、あれはいい方法だと思うし、ペイロードも増える、護衛だけでなくて、爆撃だってこなせる機体なんだぞあれは」  「・・・はあ、勉強になりました」  「なんてな、オレも部隊長の受け売りなんだけどな」  「なぁんだ!」  新型戦闘機「星電」に守られた彗星は、内陸部へ侵攻してゆく。  その目指す先には、未だに光に溢れる、街が存在していた・・・。      「B−17STが全機撃墜、享楽の都「ラスベガス」は壊滅、死傷者が5万、大統領まだこの戦争を続けるつもりですか?」  「・・・ここへ来て、日本が態度を硬化させた、無条件降伏以外には、講和、休戦に応じるつもりは一切無いそうだ」  「無条件降伏したらいいではありませんか」  ウイロビーは、切って捨てる。  「なにを馬鹿な!」  「そもそも、戦争自体が馬鹿な事だと思うんですがね」  「そう言ったら身も蓋もないだろう」  海軍長官が、疲れた声で、CIA長官を諌めた。  「この戦争は、はじめからけちがついていたんです、ここは一旦日本に頭を下げて、再び戦力を整えるのが得策ではありませんか?」  「・・・一矢も報いることなく、一方的に殴りまくられての講和か」  スチムソンが唸るように呟く。  「それは講和でなく、敗戦と言うべきですな」  ウイロビーは、あくまで辛辣だ。  「敗戦か、後のアメリカ国民は、私の事を笑うのだろうな、初めてアメリカを負けさせた大統領と・・・」  「それなら、我々軍の指導部も同罪というわけですか」  「・・・では、われわれの為に、日本へ一矢を報いて見ますか?」  ノックスの言葉に、大統領が顔を上げた。  「なにか策があるのか?」  「一人、馬鹿な事を提案してきた者がおります、空母から爆撃機を発進させ、日本本土、帝都を爆撃すると」  「そんなことができるのか?」  「発進は空母から、着陸は中国大陸へ、すでに乗員の選抜は終了しており、訓練も開始しています」  「いつ頃、その作戦は開始できる?」  「はい発艦訓練と、空母の回航の必要がありますので、一ヶ月は、必要でしょう」  「そうか、是非ともそれは、成功させねばならん。  その間ならば、西海岸からの民間人を疎開をさせる事ができるかもしれん」  「作戦名は「ラストショット」といたしたいと思います」  「・・・むううう、あまり良い名ではないが、仕方があるまいラストショットの発動を承認する!」  「はっ!!」     再びハワイ・パールハーバー沖、錨泊中「久遠」連合艦隊司令部会議室。  「・・・ヨークタウンとホーネットが陸軍機を積んで、パナマを通過した?」  「はい、他に戦艦2隻、ノースカロライナ、ワシントン、空母ワスプ、重巡3隻、駆逐艦20隻、潜水艦6隻、タンカー6隻が同時に通過したそうです。  その二日前にも、潜水艦が4隻」  「・・・グアム辺りへ増援として送るつもりでしょうか?」  「その後の消息は、掴んでいるのか?」  「それが、パナマを出た後は、南へ進路を取っられて姿を消されてしまいました」  「大兵力と言うわけではないが・・・」  「南へ進路を取ったのならば、オーストラリアか、ニュージーランド辺りへ向かったか・・・シンガポールに篭っている英国艦隊と合流するつもりでしょうか?」  「なるほど! それは、ありうる話だ」  「しかし、陸軍機というのが解せませんな」  「・・・これが通過の模様の写真です」  「・・・なんだ随分せせこましく並べてあるじゃないか」  「本当だ、輸送ならば、もっと大量に載せるだろう、まるで・・・」  「まるでこれじゃあ、空母から発進させる様に、飛行甲板が空いて・・・まさか!」  「おいおい、山口、恐ろしい事を言ってくれるなよ」  山口多聞少将と同じ結論に達したらしい井上成美中将が頭を抱えながら言う。  「いいや、井上さん、これはその可能性が高いですよ」  「なんだなんだ2人して、気持ち悪いな」  「気持ち悪いは酷いですよ」  「いや、馬鹿馬鹿しいとは思うんですが、空母から陸軍機を発進させて、帝国本土奇襲するつもりだと私と山口は思ったんですよ」  「そんな事をしても大した攻撃にはならんぞ」  「軍部と政治指導部の面子は、保たれますよ」  「それだけのために、一万近くの人間を死地へ追いやるかね?」  「せっぱ詰まれば、平気でやるんじゃありませんか?  なにしろ、開戦させたのはアメリカですから、負けっぱなしで無条件降伏ってわけにはいかんのでしょう」  「恥の上塗りと言う言葉を知らんのか・・・」  「とにかく南への航路は、韜晦航路だと仮定して、どういう航路で本土防衛圏へ突入してくるかだ」  「哨戒機の密度を上げれは、防衛圏に入ったと同時程度にキャッチできると思います」  「うん「雷雲」は、十分数を揃えて在るんだ、それで行こう」  「本土の迎撃態勢と、2式艦戦の良いテストになるかもしれませんね」  「しかし2式のあの形は、どうもおもちゃのようで好かんなぁ・・・」  「いや、あれは、きちんと合理的な意味の在るフォルムなんですよ、山本長官」  「それは、何度も聞いたよ、山口少将、君は本当に2式艦戦が気に入っているんだな」  「ええ、あれを見ているとわくわくしてきます。  山本長官も、一度後席に乗って見てください、あれの上昇能力ときたら、ロケットが如くかっ飛んで上がりますから、爽快そのものですよ」  「2式艦戦の戦闘出力で上昇されたら、我々の様な年寄りは、死んでしまうよ」  「井上中将ぉそれは情けないですよ」  「いやいや、2式艦戦が燃料噴射の戦闘出力で垂直上昇するときにかかるGは、3〜4Gあるんだ、まさにロケットと言って良い、下手をしたら本当に心臓麻痺をおこしてまうよ」  「巡航速度が音速を超えるような化け物があると知ったら、二度と本土奇襲なんて事は考えんでしょう」  山口が、そうしめくくった。      パナマを通過してから12日後、一旦南へ下がったと見せかけ、夜間一気に北へ駆け上がったラストショット艦隊は、ニミッツ提督の指揮の下、犬吠埼東方200キロにまで接近を果たしていた。  「ドウリットル大佐、これには、アメリカの威信がかかっている、成功を祈っているぞ」  「任せてください、きっと、ジャップの帝の頭の上に爆弾の雨を降らせてやります」  「発艦作業かかれっ!!」  2隻の空母から飛び立つのは、B−25爆撃機32機である。  東京に20機、名古屋6機、大阪6機という割り振りで、一機について、500ポンド爆弾2個だけ積み、一撃を加えた後は、ひたすら中国大陸へ逃げ込む事だけを考えた作戦である。  空母が、風上へ向かい艦首を立て疾走を開始する。  全てのB−25のプロペラが回り始め、やがて一番機が誘導に従い、滑走開始位置につく。  そして、誘導員の旗が振り下ろされ。一際高鳴ったエンジン音とともに、B−25は、甲板をすべて使い切り、その向うへ消える。  やがて甲板、そしてアイランドの誰もが、祈る中、B−25が、ゆっくりと上昇する姿が、目に入ってきた。  その瞬間、期せずして歓声が沸き起こる。  こうして32機のB−25が、日本本土めざし、飛び立ち、艦隊が全速力で退避を開始したとき、旗艦である、ヨークタウンの前方に突如として高さ、2百数十メートルという水柱が沸き上がった。      一方、ドゥリットル大佐率いるB−25部隊は、6000メートルの経済高度を巡航速度で日本本土に接近していた。  「見えました! あれが房総半島のようです」  「ここまでは順調か、まさか日本も、いきなり本土が奇襲されるとは思っていないだろうからな」  「そうですね、空母に陸軍の大型機を乗せるとは思っていないでしょうし」  「そういうことだ、アメリカへ帰ればオレ達は英雄だぞ」  「英雄かぁ、いいっすねぇ」  「ジャップの奴等どんな顔をしますかねぇ」  「まあ、やつらの皇帝が死んだら、どちらにこの戦争の正義があったか分かるだろうさ」  だが、20機のB−25は、完全に日本のレーダーに捉えられており、すでに40機以上の、2式艦戦「烈風」が、帝都上空で待ち構えている事を彼らは知る由も無かったのである。      「なんだ!!」  いきなり沸き立った水柱に、艦首が突っ込み激しくゆさぶられるアイランドで、ニミッツが、手すりに縋りつきながら問う。  「解りません、突然・・・」  ニミッツの問いに、参謀が答えようとしたとき、その声は、数キロ横を並走していた戦艦ワシントンの爆発音にかき消された。  鼓膜を引き千切らんが如き大音響に、アイランドの全員が耳を押さえつつも、その音源の方向を向いたとき、ノースカロライナ級戦艦は、既に艦首と艦尾を波間に直立させ、海底へ消えようとしていた。  その信じられぬ光景に、全員の頭が真っ白になり、もしもそこへ伝令が飛び込んでこなければ、そのままアイランドの機能は、数分間は、停止していただろう。  「ニミッツ提督!! 通信が入っています『こちらは、大日本帝国海軍、第一艦隊、機関を停止し降伏せよ、返答無き場合、攻撃す』」  「ばかな、ワシントンは、戦艦だぞ! それを、たった、たった一撃で屠ったというのか、いったい奴等の兵器はなんなんだ!!」  「如何しますか?」  「全速でこの海域を離脱する」  「しかし・・・」  参謀は、逃げ切れるかと聞きたかったのだが、ニミッツは全く別の事を思ったらしい  「我が軍にとって、これらの艦艇を失う事は、大変な損失となる、アメリカへ持ち帰る事が、第一の任務だと思え」  「それは、了解しています、ですから、逃げ切れるのかを心配しているのです」  「逃げ切れなければ、同じ事だろう。今は、逃げる事だけを考えればいい」  だが、70キロまで接近していた安曇と久遠、そして上空20000メートルにある電子作戦哨戒機「雷雲」のレーダー三次元三角計測による精密射撃の射界から逃れ出る事などいかに素早い空母機動部隊といえど不可能だったのである。      「見えました、あれがトーキョーシティーです!!」  「なんだ、ビルなんか一つとも立っていない真っ平らな田舎町じゃねーか!」  「目標の位置は確認してあるな?」  「OKです、緑の濃い、細長い池に囲まれた、中央の建築物」  「うん、それだ」  「周囲警戒!! 日本軍迎撃機・・・数およそ40!!」  「弾槽開け! 高度を下げて一気に突入してやる」  「迎撃機、ロケット弾発射!! 2番機、4番機被弾!!」  機体を軽くし、燃料を多く搭載するため、B−25は、機銃を外していた。  そのため、迎撃を躱すとすれば、逃げる事しか手段がそんざいしていない。  だが、かれらが、いくら高度を落とし速度を稼ごうとも、巡航速度が音速の1.5倍という超高速戦闘機、噴式エンジン2基を搭載した、2式艦戦「烈風」を振り切る事などできるはずが無く、20機のB−25の内、18機が、打ち落とされ、周囲を10機もの2式艦戦に囲まれたドゥリットル大佐のB−25、1番機と生き残った5番機は「降伏せよ」という翼端灯による信号を受けて、東京湾へ爆弾を投棄し、霞ケ浦の防空基地へ誘導されたのだった。      「こんな、ばかな・・・」  ニミッツ艦隊が、初弾を受けて、まだ20分と経っていない、にもかかわらず既に海上に浮いている艦艇は、ヨークタウンと駆逐艦が2隻だけだった。  ワシントンの爆沈を皮切りに、重巡ダラス、ソルトレーク、ナッシュビルと次々に巨弾が降り注ぎ、数射の砲撃と思われる水柱の後、それらは、波間に漂う木片と重油の油膜と化し、数弾の至近弾の後、ノースカロライナが艦首と艦尾を文字どおり吹き飛ばされ、轟沈した。  そして、ワスプは、飛行甲板中央を船底まで打ち抜かれ、、信じられぬ事に、水柱をその破口から吹き上げつつ沈み、ホーネットは、一気に10発以上の命中弾によって、一瞬でこの世から消え去った。  「・・・提督、最早、趨勢は決しました・・・」  「解った、降伏する、全周波を用いて日本軍へ呼びかけろ、我、降伏す・・・だ」  そして、数十分後、ニミッツの視界に巨大な2隻の戦艦が、威風堂々と姿を現わしたのだった。      「ニミッツ提督、作戦は完全失敗でした」  軽い尋問の後、富士山麓、青木ヶ原樹海内の広大な敷地に立てられた、高級将校用の捕虜収容施設に回転翼機によって連れてこられたニミッツを待っていたのは、一足早く収容施設につれてこられたドゥリットルだった。  その顔をみるなりニミッツはがっくりと肩を落し、その場に座り込んでしまった。  「・・・もう私は提督でも何でもない、単なるいち戦時捕虜に過ぎん・・・」  「やあニミッツ、君もここの仲間になるとはな」  「キンメル司令!」  「ほう、新入りかね?」  「マッカーサー元帥! あんたら、こんなところでよくものうのうと血色のいい顔をさらしていられますね!!」  「馬鹿いっちゃいかんよ、これでも日本軍に負担をかけようと、日夜努力をしているところだ」  「あんたは、食事に文句を付け取るだけだろうが!!」  「何を言う、グルメな私に鯵の干物だの納豆だのと、慣れればそれなりに美味いとは言え日本人の食事はヘルシーすぎていかん! たまには、血の滴るようなステーキが恋しくならんか? キンメル」  「いや、そりゃあ・・・あんた、なにを言わせるんですか!」  「・・・あのぉ・・・本当にあなた達キンメル大将と、マッカーサー元帥ですか?」  「いかにも!」「そうだ私がキンメルだ」  二人に胸を張り、堂々とこたえられ、ニミッツは、頭痛を覚える。  「ここは、平和ですから、日本は、我々高級将校を大変丁寧に扱ってくれています」  「おまえは、それに満足してしまっているのか?」  「いや、でも、女の子は可愛いですし、どなりちらす上司は居ないですし・・・満足してしまっていますねぇ、あははははっ」  「・・・だ、だめだこいつら・・・こんな奴等で日本に勝てるわきゃないんだ最初から・・・トホホホ・・・」  する事といえば、日長一日、カードゲーム、チェス、ビリヤード、そして酒は飲み放題、さらに、世話係りの女性は、選りすぐられた美人達である。  そんな中にいきなり放り投げ込まれれば、ボケて仕舞っても仕方の無い事かもしれない、と数日後、ニミッツは、既に自分がこの収容施設の雰囲気に慣れた事を自覚しながら頭の隅で、そう考えていた。      「ドウリットルも、ニミッツも消息不明、作戦は失敗したのか成功したのか確かめることもできないとは、いったいどういう事なんだ!」  ラストショットに限りなく期待をかけていた分、ローズベルトの落ち込みかたは尋常ではなかった。  なにしろ、1週間、婦人の膝の上で泣き続けたというのだから、その落胆ぶり・・・というか壊れ具合だろうか・・・が分かるというものだ。  「もはや、我が軍は、屁もでません、これ以上太平洋へ裂ける艦艇はありません」  ノックスは、不眠のため血走った目をギラギラさせながら、そう訴えた。  「ドイツの通商破壊は我が国沿岸に迫る勢いです。  この際太平洋は、日本の好きにさせておいて、西海岸も放棄して、大西洋に集中するべきです」  まるで、悪魔に魅入られたように、太平洋でのアメリカ海軍の作戦は尽く・・・尽くたって1つしか作戦行動を行っていないじゃあないか!・・・失敗している。  どうせ、日本だって、この東海岸にまでは、やってこれないし、西海岸へ上陸したとして、ソビエトのように焦土作戦をとってしまえば、補給は続かないのだ、このさい、太平洋は、日本へくれてやろう! という雰囲気が、ホワイトハウスに生まれても仕方の無い事だった。  「一ついい事を思い付きました」  スチムソン陸軍長官が、底意地の悪そうな笑いを顔に張り付かせながらローズベルトへ向かい言う。  「なんだ?」  「日系人を西海岸へ移住させてしまうんです、そうすれば、日本軍は、航空攻撃なんて恐くてできませんよ」  「・・・スチムソン」  「はい?」  「ナイスアイディ〜ア!! そいつは、いい、人間の壁が出来れば、日本だって、おいそれとは攻撃なんぞできないに決まっているからな!」  「でしょ、でしょ! ぐふふふふっ」  「よし、早速FBIに、各州の警察、州兵達を使って、日系人どもを西海岸へ追い立てるんだ!!」  能天気に騒ぎ出した二人の親父を呆れたように見つめながら、ウイロビーとノックスは、思った。  『そりゃあ民主主義の政府が考える事じゃねーよ』と。  だが、こうして、アメリカ政府による、日系人排斥運動が、開始されたのだった。      「いったい、アメリカは何のつもりなんだ、自国民を強制的に西海岸移住させるとは・・・」  「我々が爆撃できなくなると思っているのかもしれませんな」  ラジヲや、放送が開始されたばかりのTVを使っての日系人排斥運動の異様なまでの盛り上がりに、GF司令部は、呆れた声を上げた。  「いっそのこと、輸送船団を仕立てて、差別された同胞を、国内や満州へ逆移住させてしまいますか?」  「なんだと・・・うむむむむ・・・山口君、それは、グッドアイデアだ!」  「現在我が国も、満州も、人手は慢性的に足りんのだ、アメリカから人手が戻ってくるなら、それに越した事はない!」  「一体、どれほどの人員が居るのかを調べないと駄目だな」  「しかも、アメリカに邪魔をされないように、しませんと」  「そうだ、極秘で、この作戦は進めよう」  こうして、日系移民達は、思いもよらぬ形で、祖国の土を再び踏む事となった。    それらの作戦が決定されてから一ヶ月後、それは、闇に紛れ、数十隻の船団を組み、やってきた。  高速輸送船のべ500隻、改土佐級戦艦20隻、土佐級戦艦20隻、大鵬級空母16隻、62万トン級前衛戦艦安曇、そしてメガトン戦艦「久遠」によって、西海岸へ追い立てられた日系人154万は、二週間あまりの期間をかけて、アメリカから日本本土、そして満州へ向かって移送さされたのだった。  その間、それを隠すため、ハワイからは連日、移民達が居なくなった都市近郊への爆撃が24時間、休むことなく続けられた。  そして、アメリカ政府が気が付いたときには、アメリカ国内には、日系人の姿は、最早数えるほどしか残っていなかったのである。      「・・・もう一度言ってくれ、なにが起こったと?」  「西海岸はもぬけの殻です」  「そうか解ったぞ、流石、東洋人だ! レミングがごとく、海にでも飛び込んで果てたのだな、わはははは! そいつは傑作だ!!」  「違います!!」  「では、どうしたというのだね?」  「ですから、日本軍がアメリカ市民を連れ去ったのです」  「・・・アメリカ市民たって自分達でそれを制限しようとしたくせに」  移民局長官の物言いにウイロビーが思わず突っ込む。が、誰も聞いていない。  「で、なにが問題なのかね?」  「いや、ですからっ!!」  「厄介者を只で始末してくれたんだ、いい奴等じゃないか日本軍は!」  「いや、ですから・・・ねえ、大統領聞いてますぅ?」  半べそ状態で首を横にして畳み込むように移民局長官はローズベルトへ問うが、ローズベルトは全くさっぱりしてしまった顔をして、聞く耳を持っていない。  「しかし、人間の防壁をこうもやすやすと無くされては、我々は、いい面の皮ですね」  「まったく、非人道的だと断腸の思いで打った国土防衛の切り札が、これでは、西海岸は本気で放棄するしかないですな」  「おまえらひと事のように言うな!! 元はといえば海軍が情けないから、こんなことになっとるんだろうが!!!」  「なんだと、国土の防衛は、陸軍の仕事だろう! ろくに日本軍の爆撃機も落さんくせして、でかい口を叩くな! この脳みそ筋肉野郎!!」  「だれが脳みそ筋肉だ!! きさまら海軍なんぞは、潮風で錆が浮いてる錆頭だろうが!!」  「なんだとぉ、やるか貴様!」「おう、いつか勝負付けちゃる思うとったんじゃ!!」「来い、脳みそ筋肉!」「吠え面を掻くなよ、錆頭!」  海軍長官と陸軍長官が、取っ組み合いのレスリングを開始した隅で、ウイロビーがため息を吐きつつ移民局長官を手招きした。  「はあ・・・移民局長官、消えた日系人については、日本へ移民したとでもして、処理しとけばいいよ」  「本当にそれで、良いんですか?」  「ああ良いよ、どうせこの連中は、もうそんなこと、気にもしやしないよ」  「あのぉ・・・ここは、いつも、こんな調子なんですか?」  「んん・・・まあ、そうだね、今日は少し賑やかかもしれない」  そういって、すでに匙を投げてしまったウイロビーは、ラッキーストライクに火を付けたのだった。      「ようやく、弾道弾の量産体制が整いました」  「おお、御門博士!! その言葉待っていたよ」  移民の受け入れも一段落し横須賀の専用埠頭に横付けした、久遠のGF長官室に御門禮の姿が有った。  「国内の各重工大手の方たちにもお手伝いを頂きましたので、日産なんとか200基、までこぎつけました、すでに、ストックが3000基に達しましたので、作戦に支障無く供給ができると思います」  「うん、うん! これで、アメリカも折れてくるだろう!」  「最初の目標についてですが、本当にあそこでよろしいのですか?」  「構わんよ、フランスは、怒るかもしれんがね」  「はあ・・・では、明日の午前9時に、富良野の専用発射施設から、第一号が発射となります」  「うん、私も間に合うように行かせてもらおう」  「はい」      そして・・・。    『ドイツの新兵器か! 自由の女神爆砕される』  『天空からの刺客、自由の女神を打ち倒す』  『これが日本軍の新兵器だ! はるか北極海を越えて来た、恐怖の大王』  『北からの脅威、日本軍のロケット兵器の究極の性能!!』  『防空体制は無意味なのか、軍事専門家、10人からの回答』  再び、ホワイトハウスには、無数の新聞がとっちらかっていた。  もはや、誰一人、片づける気力も出ないらしい。  「東海岸も、危ないということか? どうなんだノックス、スチムソン、ウイロビー、ハル!!答えろ!!」  「そういう事になります、最早このホワイトハウスもいつ狙われてもおかしくありません」  「だが、あんなものを量産できる力が本当に在るのかね?」  「弾頭だけで8tから15tは、ある物体を、ロケットで飛ばすなどということができるとは、到底思えないんだがね」  「ドイツが一時期飛ばしていたV2は、せいぜい2tでしたし、飛行距離も200キロから300キロ程度でした、その5倍以上の重量の物体を50倍以上の距離飛ばすというのは・・・量産ができるとは思えませんが・・・」  「あれ、一発で終わりだというのか?」  「我々を脅しつけるための工芸品だとハル国務長官はおっしゃるのですな?」  「そうだ」  「・・・あなたは、さっさと国務長官を辞任(おり)てください、日本に対する読みの甘さは、国家反逆罪に問われてもおかしくありませんよ」  「なんだと!!」  「マウントロックモアご存知ですね?」  「リンカーン大統領だのの顔が彫り付けてある恥ずかしい山だな」  「その山が今朝、10発のロケット攻撃で吹き飛びましたよ」  「な・・・そんなこと知らされていないぞ!!」  「当たり前です、たった今私の元に送られてきた情報です」  「本当なのか?」  「ここで、嘘を付いてどうするんです? 大統領、即座に、無条件降伏をするべきです」  「いや、駄目だ、戦艦も空母も揃えば日本など恐れるに足りんではないか!!」  「その前に、アメリカって国が木っ端微塵に粉砕されてますよ」  「東洋の小国にそんな真似ができる筈が無い!!」  「・・・現実認識してくださいよ、国務長官も大統領も!!」  「よせよせ、無駄だよ」  「そうそう、もはやオレ達の言う事なんて聞いちゃいねーんだ」  顔に青あざを作った両軍長官が、腕を吊った格好で、クッションの効いた椅子に座り込んでいる。  「大統領!! 日本からの最後通告です!! ラジオを付けてください!!」  そう秘書官が血相を変えマップルームへ飛び込んで来なければ、ウイロビーとローズベルトはそのままにらみ合ったままだっただろう。    『こちらは、大日本帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六元帥です』  「おお、イソロクは、元帥に昇格したのだなぁ、ああ・・・うらやましい・・・」  と呟いたのは、ノックスである。  そのノックスにスチムソンがちょっかいを入れる。  「貴様も、戦死すれば、二階級特進で、元帥になれるぞ」  「それなら、いらん、生きていてこその元帥だからな」  『私は、大日本帝国軍大元帥であらせられる天皇陛下の名代として現在こうして話しています。  アメリカ合衆国大統領ならびに同国国民へ勧告いたします。  我が大日本帝国が、太平洋を越えて、北アメリカ大陸全土を攻撃する兵器を開発したのは、昨日の自由の女神への爆撃と今朝のマウントロックモアの爆砕をご覧頂ければご理解された事だと思います。  その事実を理解した上で、よくお聞きいただきたい。  我が国は、ここに宣言します。  この放送終了後、アメリカが全面無条件降伏を行い、武装を未来永劫にわたり放棄するまで、弾道弾攻撃を24時間、休むことなく続けます。  この攻撃によって、アメリカ国民がいかなる被害を受けようとも、全ては為政者たるアメリカ大統領ローズベルト氏の責任であり、我が国は一切関知いたしません。  尚、付け加えるならば、今後24時間以内にアメリカ国土へ無差別に打ち込まれる弾道弾の数は、500発以上となります。  アメリカ国民の懸命なる判断を期待いたします。  大日本帝国海軍元帥、聯合艦隊司令長官山本五十六。  以上』  「・・・これでもまだ戦争を続けますか?」  「無論だよ、あんな放送、ブラフに決まっている、向うも補給が続かずに苦しいんだ、だからあんな事を言っているんだよ、そんなことも理解できんのか?」  「張ったりには、聞こえませんでしたけどね」  「打ち込むと言ったら打ち込んでくるでしよう、日本は妙に律義な国ですから」  「わたしも、そう思いますよ」  「・・・とにかく一日様子を見るといったら見る!!」      「いやはや、これで一体何人のアメリカ人が死ぬ事になるんだか・・・」  「本当に、薄ら寒い戦争ですな」  「向うが、折れないのが悪いんです、こちらが気にする事では有りません。  それに戦争を仕掛けてきたのは、向うからですよ」  「まあ、たしかに、我々としては手袋は投げつけたが、実際には散々挑発された結果だからなぁ・・・」  「一日経って、肝を冷やせば、アメリカも折れてくるんじゃ有りませんか? もしかしたら、1時間で泣き付いてきる可能性もあるわけですし」  「まあ、そういうこともあるかもれん」  が、アメリカは、あくまで頑迷だった。      「6450番、打ち上げ準備完了!」  「6451番、同じく完了」  「6452番、同じく準備okです」  弾道弾攻撃開始からすでに、20日が経ち、その間に打ち込まれた弾道弾「旭日」の数は、6400発余り、その99パーセントが、照準通りの個所へ着弾し、アメリカのとあるラジヲ局の集計で50万人以上の死者が出ているということだった。  その間に、日本では、さらに量産体制が進み、日産300発という初期目標に到達し、富良野発射場からは、ロケットの轟音が途絶えることなく、響くようになっていた。  「一体、何千発打ち込めば、アメリカは、降伏するんでしょうね?」  顔見知りになってしまった発射場の管制官は、インカムを置くと、背後に立つ禮へ尋ねた。  「いや降伏は、しないかかもれない。このまま都市周辺部だけを狙っていたら、駄目だろうな」  「そのとおりだ、ニューヨーク、ワシントン、東部の主要都市を灰塵と化すまでは、折れんだろうさ、だから、灰塵と化すまで、打ち続けるんだ」  「ツヴァイ」  「なんだ?」  「歴史は、変わりそうなのか?」  「ああ、向うの私と、連絡が付きにくくなっている、時間の流れは確実に変わりつつあるようだ・・・おっと、心配しなくとも、23世紀の科学技術資料は、全てこちらの私に転送してあるから大丈夫だ」  「そうか、歴史がついに変わり出したのか・・・」  「だが、日本が勝利するまでは、気を抜かないでくれよ」  「もちろんだ」      「スチムソン陸軍長官もノックス海軍長官も、日本の弾道弾によって、木っ端微塵に散華しました。もはや、この戦争の趨勢は、決しましたよ、大統領いつまであなたは、頑固に国民を殺し続ければ気が済むのですか?」  「現在、出撃可能な艦艇のリストを見せてもらえるか?」  「戦艦6隻、空母2隻、巡洋艦10隻、駆逐艦が40隻、エセックスとアイオワだけに工事を集中して、あと1週間で、出撃が可能になります。  しかし、空母に乗せるべき航空機は、半数にも達しません。  戦艦を動かすための人員は、3割りにしかなりません」  「それでも構わん、ヤマモトの横っ面を張り倒さねば、死んでも死に切れん・・・ウイロビーこれが最後の私の命令だ、アメリカの全力を持って、日本との決戦を行え! 後は、トルーマンへ任せた・・・」  そう、言うと、懐から45口径のリボルバーを抜き出し、銃口を口にくわえ込むが早いか、引き金を引き絞った。  鈍い音、ともに、アメリカ大統領だったものの血と漿液と、肉と骨とがミックスされたシャワーが、彼の背後の壁に貼り付けられた巨大なアメリカ地図にぶちまけられた。  結局、大統領を説得し得なかったウイロビーには、それが、弾道弾攻撃によって断末魔の時を迎えた、アメリカという国を象徴しているかのように見えた。  「向うが、してくれますかね」というウイロビー呟きは、結局大統領には届かなかった。      「・・・老いぼれめ、私に全ての責任を押し付けて逝ったのだな」  国葬が行われることもなく、またその余裕もなく、ローズベルトは、静かに身内のものだけに見守られ、棺に星条旗をかけられることもなく葬られた。  その故人を継ぎ崩壊した連邦議会前で、たった数十名という寂しい人垣に囲まれ聖書に右手をのせ宣誓したのは、副大統領トルーマンだった。  「そうおっしゃいますな、ローズベルト氏にも意地というものがあったのでしょう」  「で、ウイロビー、艦隊の出撃準備は、整ったのか?」  「即座に無条件降伏をなさるかと思いましたが・・・しないのですか?」  「一戦交えたいと思うのは、なにもローズベルト氏だけではないのだよ」  「はぁ・・・出撃準備に1週間、回航に2週間、戦闘終了までさらに1週間はかかるんでしょうな・・・その間に、どれだけのアメリカ人が死んで行くのでしょうかねぇ」  「・・・無条件降伏をしようとしまいと、最早、アメリカは立ち直れんよ。  産業基盤は完全に崩壊、法秩序は、保たれる筈が無く、人々は、あの忌々しい弾道弾よりも、暴力と餓えとで死んで行くのだ」  既に都市部の治安の維持は不可能になっており、武装した市民達が、食料や燃料を巡り、小競り合いをする有り様だった。  「だからといって、死ななくともいい人たちが、死んで行くんですよ」  「・・・なぜ君のような人間がCIAの長官をしているのか、理解に苦しむね」  「一人くらい、正気の人間が居ても罰は当たりませんよ」  「・・・なるほどな・・・ウイロビー、君は、三つ目の国に迷い込んだ、二つ目の人間の話を知っているかね?」  「いいえ?」  「三つ目の国では、二つ目の人間こそが、異常なのだよ」  「・・・なるほど・・・それは、含蓄のある話ですな」  ウイロビーは、大統領へ向かい吐き捨てるように応えた。      「アメリカ海軍最後のあがきと言うところですか?」  「いいや、アメリカ合衆国の最後のあがきだな、もはや船を動かす人員の確保にも支障を来たしている筈だ」  「少し、弾道弾を減らしますか?」  「いいや予定通り一日300発、打つ込み続けるんだ、ここで仏心なんぞを出そうものなら、日本はずっと舐められる、欧米には苛烈な態度で当たらなくてはいかんのだ」  「解りました、決戦海域は?」  「うん、このままの航路ならばサンフランシスコ沖になるだろう」  「出撃は第一艦隊と第一航空艦隊でよろしいですか?」  「いや「安曇」とこの「久遠」だけでゆくよ、自分達がどれだけ馬鹿げたものと戦っていたのか、教えてやろうではないか」  「しかし・・・」  「解った、大鵬級を一隻連れてゆこう」  「・・・」  「そんなに心配か?」  「もちろんです、戦場では何が起こるか分かりません」  「では、第一艦隊と第一航空艦隊を、200海里ほど離れた海域に待機させておいて構わない」  「わかりました、お気を付けて」  「うん」      そして・・・。    戦艦アイダホ、テキサス、ニューメキシコの三隻は、その主砲を全く寄せ付けない強装甲によって至近距離まで接近された久遠の1メートル砲弾の斉射によって、消滅。  戦艦アーカンソー、ニューヨーク、ミシシッピー共に、安曇の80cm主砲により同じく消滅、尚、ミシシッピーを狙った砲撃の流れ弾によってゴールデンゲートブリッジは崩壊。  二戦艦は、空母、レンジャー、ロングアイランド、エセックスの艦載機約200機による雷撃、爆撃を一切寄せ付けず、艦載機は大鵬から発進した烈風、零戦改によって殲滅。  その後、空母は離脱中を、安曇からの砲撃によって全て轟沈  アイオワに至っては、頑迷に交戦を続けるスプールアンス提督に業を煮やした山本五十六GF長官の命により、久遠のメガトンアタックによって真っ二つにされて、太平洋の藻くずと消え去った。  こうしてアメリカ海軍・・・いやアメリカ合衆国の歴史が、日本によって閉じたのだった。      「遂に、23世紀との連絡が途絶えたよ」  「そうか、歴史が変わったんだな」  「ああ、通信設備の有ったオールトの雲にまで歴史改変の余波が到達するまでに時間が掛かったらしい」  「そうか・・・なあツヴァイ、これからどうするんだ?」  「そうだな、日本は、もう少し勝ち続けなくてはいけないからな、まだがんばってみるさ」  「じゃあ、私も、それに付き合うしかないんだな?」  「ああ、もうしばらくお付き合いを願うよ」       昭和18年2月3日、アメリカ合衆国全面無条件降伏。  アメリカ合衆国内の全、軍事産業の操業停止が命じられる。  アラスカ、ワシントン、オレゴン、カリフォルニア、アイダホ、ネバダ、アリゾナの7州の日本への割譲、戦時賠償金1000億円、という条件で、講和が成立。  以後、アメリカ合衆国は、日本の軍事監視の元に、農業国家として、20世紀、そして21世紀を過ごした。   昭和18年4月23日、ハワイより引き上げられた日本陸軍20個機甲師団、シベリアへ侵攻。   同    26日、ウラジオストク、ハバロフスクを占拠。   同  5月 4日、ソビエト領内への無差別弾道弾攻撃開始。   同  9月12日、ソビエト日本へ無条件降伏。  ウラル山地以東の満州への併合及び、戦時賠償金500億円、という条件で講和成立。   昭和18年9月18日、ヨーロッパにおいて、イギリスとドイツ、ドイツとソビエトとの休戦が成立。  第二次世界大戦、終結。   昭和24年6月2日、ドイツ原子爆弾の開発を断念。  この背景には、日本の意図的な偽情報のリークが存在していた。  またアメリカへ亡命していた多数の核物理学者が、弾道弾攻撃によって死亡しており、それらの研究成果の多くが失われた事にも原因があった。  以後、核エネルギー開発は、21世紀に入るまで行われず。   昭和25年7月5日、ドイツがソビエトへ再侵攻、第三次大戦勃発。  以後、ドイツとソビエトの紛争は、ヨーロッパを巻き込みつつ3年あまり続く。   昭和26年4月3日、日本の有人ロケットが月に到達、以後、月に恒久基地が築かれる。 昭和28年9月23日、青年将校のクーデターによりヒトラー総統死亡、ソビエトに置いてもスターリンが何者かに暗殺されたため、なし崩し的に第三次大戦終結。  強力な統率者を失った両国は、経済的な結びつきの強い連合国家へと数十年をかけて変貌して行く事になる。   昭和33年5月1日、中華中国がソビエトからの援助の途絶えた中共軍の中央集団を殲滅、毛沢東は、自決、これにより中国内戦は終結するも、すでに中華中国にも中国全土を治める力は残っておらず、無政府状態が、30年以上も続く事になる。  最終的に、中華中国が、満州皇帝へ併合を求め、以後独立気運の高い地域を除き、満州の信託統治領として中国は扱われる事となった。    これ以後、小規模な地域紛争が散発するも、基本的に軍事技術、兵器を輸出する国家が誕生しなかった事によって、大規模な紛争に結びつかず、やがて、緩やかな国家連合という形で、世界は1つにまとまって行った。    前衛戦艦安曇、そしてメガトン戦艦久遠は、その時々に、地域紛争などの解決にその威容を各地に見せたりもしたが21世紀に入った年に、退役、知床の御門ドックにおいてモスボールされその生涯を終えた。  御門禮と薬袋蘭は、第二次大戦終了の年に結婚し1男2女をもうけ、21世紀を待たずにその生涯を終えた。  御門財閥は、その超越技術によって、発展を続けたが「ツヴァイ」は、禮と蘭が亡くなった年にライブラリを残し、いずこかへ去っていった。    ・・・もしかしたなら「ドライ」と言う名の歴史改変プログラムが、どこかで胎動をはじめているのかもしれない。 -------------------------------------------------------------------------------- 戦艦「久遠」の生涯 第二稿 Fin COPYRIGHT(C) 1998-99 By Kujyou Kimito --------------------------------------------------------------------------------