[#表紙(表紙.jpg)] 黒沼克史 援 助 交 際 目 次    はじめに  1 中学三年生ユミちゃんとの出会い  2 ユミちゃんたちが「ウリ」をやる理由  3 伝言ダイヤルに潜入!  4 下着を売る少女  5 「抱き心地は悪くないと思います」  6 デートクラブに棲息する少女たち  7 援助交際の至近距離に漂う少女たち  8 いわゆるふつうの女の子の日常  9 ユミちゃんからの緊急コール  10 お嬢様たちのとんでもない放課後  11 テスト前にドラッグを一服  12 本物の危険な夏    エピローグ    あとがき    文庫版のためのあとがき [#改ページ]    はじめに  テレクラがからんだ「事件」を取材したことならばあった。そのひとつは、九四年の八月に渋谷と錦糸町で立て続けに起きた「テレクラ強盗」だった。  どうしてテレクラ強盗なんかに興味を持ったのかというと、強盗の響きが一般的に与えるイメージとはまったく逆転していたからだ。つまり、二件とも強盗をはたらいたのは女の子たちで、被害にあったのが男性会社員だった。  渋谷のテレクラで約束を取りつけた三十八歳の会社員は、ボディコン風の服を着た二人組にラブホテルで痛い目にあわされた。それも、かなり容赦なく。ボディコン二人組は、特殊警棒で会社員をめった打ちにし、スタンガンを押しつけて裸にさせると後ろ手にしばり、猿ぐつわ代わりに生理用品を噛ませたうえで、「警察に届けるとばらまくからな」と言って写真を撮り、二万二千円の現金が入った財布を奪って逃走した。そして、この二人組の正体は、ついにわからずじまいだった。  ところが、翌日に錦糸町で起きたテレクラ強盗のほうは、犯人の女の子たちが怖くなって自首してきた。四十三歳の会社員とラブホテルに入り、催眠スプレーをシュッとひと吹きして十一万六千円を奪ったのは、高校一年生が二人、専門学校一年生が一人という十五歳の三人組だった。  かくして僕は、この取材で初めてテレクラの「はしご」をした。一畳あるかないかの狭苦しい部屋に案内されると、そこでは女性からかかってくる電話の争奪戦が繰り広げられていた。両隣の男たちが言葉巧みに見えない相手を口説いているのが聞こえる。うまく話がまとまった男は、あたふたと部屋を出て待ち合わせの場所に向かう。それはまさに、鳥カゴの中のおしゃべりな九官鳥が、小躍りして狼に変身する瞬間だった。この取材を通じて、男まさりの犯罪の手口とワンセットでわかってきたのは、八五年に一号店がオープンしたテレクラが、思っていたよりもはるかに日本人の日常に入り込んでいるということだった。そう、むろん十代の女の子たちの日常にも、である。  すでにこの九四年の夏の渋谷や新宿では、テレクラにいたずら電話すらしたことがないという女の子を探し出すことのほうが、むしろ難しくなっていた。  そしてもうひとつが、翌九五年の八月に足立区内で起きた「誘拐事件」だった。誘拐犯とテレクラの意外な組み合わせは、こんなふうに結びついていった。  幼なじみの二十歳と二十一歳の女性が、七歳の女の子を誘拐して身代金八百万円を要求し、その受け渡しの段階であっけなく逮捕された。日本の犯罪史上では、身代金目的の誘拐は、ほぼ間違いなく失敗に終わり、その犯人には重い罰が待っている。少なくともこれまでは、この年齢の女性のコンビが安易に手を出すような犯罪ではなかったのだ。なのになぜ? 僕はそこがひっかかって、二人のいわゆる「転落の軌跡」を追ってみた。  二人の転落は、同じ軌跡を描いていたわけではなかった。高校生になってハデな生活をおぼえたA子が、卒業後も働かないで遊び続けるために、無口でおとなしかった幼なじみのB子を仲間に引き入れた。大量に盗んだファミコンのソフトをあちらこちらに売り歩く段階では、ともに行動する二人の足跡が残っていた。しかし、その後の二人については、一方的な関係しか見えてこなかった。A子はB子を働かせ、とことん食い物にした。それはちょうど、鵜飼《うかい》と鵜の関係に似ていた。  B子はとあるキャバレーでホステスとして働き、A子が段取りをつけた週刊誌の「素人ヘアヌード」のグラビアで裸になった。そしてさらに、彼女たちの裏の仕事として浮かび上がってきたのが、テレクラなのだった。B子がテレクラ売春で手に入れたお金は、たちまちA子の遊興費に化けた。日焼けサロンで肌を焼き、海でボディボードに乗り、海外旅行をするA子にくらべると、B子の生活はひどく質素でみじめなものだった。  事件当初、犯行の動機は「ローンなどの借金を返すため」と報道されたのだが、僕にはそれがすべてだとは思えなかった。テレクラ売春まで強いられたB子が、早く捕まりたくて誘拐の計画を持ちかけたのではないか、という推測を捨て切れなかったのだ。  すでにこの九五年の夏の時点では、テレクラが女の子たちの犯罪の温床になっているということは、疑いようがなかった。  そんな九五年の暮れ、「週刊文春」の編集部から「女子中高生の生態を取材してみないか」という話があった。僕は最初、女子中高生が巻き込まれた数々の「事件」を追うことで、なんとか生態の一端を浮き彫りにできないものかと考えた。というのは、とうとう十一月には、予期していた最悪の事件が起きていたからである。神奈川県の中学一年生の女の子が、ダイヤルQ2を通じて知り合った大分県の二十六歳の男に殺された。  誰にも知られずに利用できるテレクラやダイヤルQ2は、大分と神奈川の距離だけでなく、二十六歳と十二歳の年齢差さえもつないでしまう。それが殺人事件にまで発展したのは、女子中学生が電話回線から脱線したからだった。制服を着て家を出たはずの彼女は、学校には行かずに男のいる大分に向かい、奇妙なことにこの男の実家で二カ月ほど暮らす。そして、二人でフェリーに乗って出かけていった神戸の山中で、遺体となって発見されたのだ。  もちろん、女子中高生をめぐる事件が必ずしも彼女たちの全体像を映しだすわけではないが、いくつかの事件にそれまでにはなかった共通性があるならば、ある程度その全体像に近づくことはできる。十代の事件や問題などを取材してきた僕からすると、ここまで紹介してきたテレクラ関連の事件の背景には、その共通の変化があるように思えた。  事実、テレクラ関連で少女たちの福祉を害したとして検挙された大人の数は、九二年から激増している。むろん、そこにからんだ女子中高生も激増しているわけで、取材対象には事欠かないはずだった。しかし、やはりこの方法は断念せざるをえなくなった。テレクラ売春で補導された十代も、デートクラブで補導された十代も、少年法がある日本の法律体系では、いわば被害者として扱われる。つまり、真正面から警察に当たってみても、彼女たちの素性は教えてくれないのだ。少年法が妥当かどうかの議論は別にして、少なくとも法律上は、女子中高生はしっかりガードされている。  女子中高生は大人社会に現存している売春・性産業から学習したにすぎないのだ、という言い方がある。しかし、僕はそうした分析的な物言いにとどまっているわけにはいかない。それは見境なく現実を容認する日本の大人たちの口実にはなるかもしれないが、十代を守ろうとする動きにはつながらない。たとえきれいごとだと言われようが、ノンフィクションライターとしてこの取材をはじめる僕には、「健全育成」という少年法の精神に近い期待もあるのだ。  事件から入ることをあきらめた僕は、きわめて古典的な「潜入ルポ」の方法を採ることにした。女子中高生の性行動とつながっている場所の客になりすまして、教師も親も友人も知らないのであろう彼女たちのもうひとつの素顔と対面する。実際に会うまでは「買春」する男として振る舞って、できるだけ女子中高生の生態に近づこうというわけだ。あまりフェアとはいえないこの方法は、物語化や理論化を目指す端正なノンフィクションにはなじまないが、相変わらずこのようなテーマに対しては有効なのだ。  言うまでもなくこの潜入ルポは、ある巨大組織の内実を告発するといった公的な性格を持つものではない。本来的には、ごく個人的な領域に属するテーマである。言い方を換えると、個々の学校や家庭が女子中高生の本音をじゅうぶんに聞きだしているならば、あるいは女子中高生の売春さえも「個人の自由」としてわれわれが認めているならば、まったく潜入する意味のないテーマなのである。  総務庁が九五年におこなった実態調査──岩手、埼玉、愛知、和歌山、鹿児島の五県が対象で、東京、神奈川、大阪などは入っていないのだが──によれば、テレクラなどに電話をしたことがある女子高生は二七・三パーセント、女子中学生は一七パーセントに及んでいる。こうした数字はやがて、「女子中高生亡国論」につながっていくのかもしれないが、ノンフィクションライターとしては「数字」と「論」の隙間を埋める材料になれば、と思うのだ。  テレクラはもちろんのこと、部屋にいる女の子を選んで店外デートに誘うデートクラブ、下着や制服のほかに女の子たちの写真やビデオも置いてあるブルセラショップ、にわかには信じられないような過激な写真を掲載している投稿写真誌やロリコン雑誌、赤裸々なセックスの手ほどきや体験談を満載しているティーン向けの雑誌──。予備取材の段階では援助交際というテーマに限らずにさまざまな対象に目を向けていたのだが、そのうちに伝言ダイヤルを取材の中心に据えた。家にいながらにして客になりすますことができる伝言ダイヤルは、単に取材に好都合なだけでなく、テレクラよりも平均的な女子中高生に出会える媒体だったからだ。  僕がこの潜入ルポをはじめるに当たって気をつけたのは、女子中高生の発言を恣意《しい》的に誘導せずにそのまま切り取ってこようということだった。その意味では親や教師や学者の態度は捨てた。そして僕が最も気になったのは、彼女たちが年の離れた僕にどの程度の素顔を見せるものなのかということだった。それは、とにかく潜入してみなければわからない。 [#改ページ]  1 中学三年生ユミちゃんとの出会い [#この行3字下げ]えーと、初めて利用します。私は中3の15歳のものですけど、援助交際してくれる方を募集しています。月に2、3回会って、ケイタイを買ってくれて、末永くおつきあいしてくれる方を募集しています。よろしくお願いします。  カーペットが敷きつめられた部屋に入ると、私服の女の子が三人、話もせずにじっと座っていた。髪を染めたコギャル風の二人は、疲れはてたように膝をかかえて、うつらうつらと半分眠っている。眼鏡をかけたインテリ風の女の子は、その二人とは対照的に目をしっかりと開けて、どこか遠くの一点を見つめている。それがユミちゃんだった。 「右側の眼鏡の子はいくつなんですか?」  僕は聞いた。 「あっ、ユミちゃんね。ユミちゃんは十五です」  ヤクザではなさそうな、陰気な感じの男が答えた。  渋谷のデートクラブでユミちゃんを見かけたのは偶然としか言いようがなかった。中学三年生のユミちゃんは、デートクラブにはめったに行かない。ごくたまに寄ることがあったとしても、その目的はお金を稼ぐことではなかった。というのは、ユミちゃんの収入源は、デートクラブでもテレクラでもなくて、伝言ダイヤルなのだった。  それなのにデートクラブに足を運ぶのは、店に来ている女子高生たちと友だちになって、いろいろな情報を仕入れるためだ。もちろん、最新のプレイスポットや流行のファッションといった、いかにも女の子らしい情報交換もする。けれども、あそこのデートクラブに補導が入ったとか、どこそこのテレクラで友だちがやり逃げされたとか、この伝言ダイヤルはけっこう稼げるとか、そういうこともユミちゃんにとっては大切な情報だった。  ユミちゃんは久しぶりにデートクラブに顔を出してみた。しかも、それまでは新宿がほとんどで、この渋谷のデートクラブは初めてだった。そこに、客になりすました取材者の僕が入ってきたというわけだ。その僕も、やっとこのデートクラブの場所を探して、五千円の入会金を払ったばかりのところだった。外はまだ、二月の寒空だった。  マンションの一室で営業しているデートクラブを探すのは、思っていたよりも大変なことだった。夜遊び情報誌の類にも、デートクラブは数軒しか載っていない。もっとあるはずだと探し歩いた新宿の歌舞伎町では、客引きの親玉クラスにだまされ、チャイニーズ・マフィア系の売春パブに連れていかれた。渋谷でも客引きの力を借りたが、今度は電話番号がわかっている情報しか信じないことにしていた。電話で場所を確認しながらたどり着いたのは、道玄坂を登って道を折れると見えてくる、管理人常駐の十三階建てのマンションだった。  監視カメラが設置された入口を足早にすりぬける。エレベーター脇の郵便ポストを見ると、一般の住民はほとんど住んでいなかった。  僕は迷うことなく中学生のユミちゃんを店外デートに連れ出した。まさか中学生に出会うとは思わなかったのだ。店の男に呼ばれたユミちゃんに、交通費という名目で五千円を手渡した。それが店の決まりで、そっくりユミちゃんの懐に入るお金だった。  入会金と入店料で一万円を稼いだその陰気な感じの男は、もう二人のことは自分には一切関係がないんだ、とでも言いたげな様子だった。 「一階の玄関を出たところに、ジュースの自動販売機があります。数分でユミちゃんが降りていきますから、その自動販売機の前で待っていてください」 「それで?」 「あとは二人で話してください」  むろん、管理売春で捕まらないようにするための、大人の浅知恵である。  マンションを背にして、すぐ右手がラブホテル街になっている。ユミちゃんが来たら、とにかく左に歩いて道玄坂に出ることにした。  そして数分後、ユミちゃんが現れた。 「何か食べたいものある?」 「えーと、スパゲティー」  道玄坂を渋谷駅のほうに下りながら、店外デートに誘った男の義務をはたそうとするかのように、しゃにむに話しかけていた。 「中学生、だよね?」 「うん、中三だよ」 「身長は高いしさ、ぜったいに中三には見えないよね。僕が一八〇センチだから、ユミちゃんは一六〇くらいあるんじゃない?」 「うん」 「学校でもいちばん高いほうじゃない?」 「もっと高い子、いるよ」 「肩幅、広いよね。何か運動やってるの?」 「ううん、べつにやってないよ」 「長崎宏子っていう水泳選手がいたんだけど、顔も体格もそっくりだからさ」 「誰、それ。知らない」  ぎくしゃくした会話にしかならない。つい今しがた会ったばかりの中学生なのだから、コミュニケーションの第一段階としてはそんなに悪くないのかもしれないが、たとえそうだとしても、早くどこかの店に入って正体を明かしてしまいたかった。  渋谷はいつの間にか女子中高生たちのメッカに変貌していた。だぶだぶのルーズソックスと超ミニスカートの制服姿が、続々と放課後の渋谷駅に降りて街に繰り出していく。渋谷の街そのものが女子中高生を中心に回転し、サラリーマン男性を拒むような空気ができあがっている。公園通りにも道玄坂にも宮益坂にも、テレクラのティッシュを配るアルバイトが立っている。彼女たちはそのアルバイトのターゲットで、受け取らずに素通りするのは至難のわざなのだが、僕は見向きもされない。テレクラのティッシュも女性用なのだ。  コギャルをテーマに街頭インタビューを試みるテレビ局は、まるでそこが定位置のようにハチ公前の交差点を渡ったセンター街にカメラをセットする。数年前までセンター街の話題をさらっていたチーマーも今は下火のようで、朝までたむろしている高校生の集団は以前ほど目立たない。チーマー同士の対立が激しかったころ、軒並み営業時間を短縮したファーストフード店は、いまだに深夜の営業を再開していなかった。最終電車の時刻が近づくと、駅に向かうおびただしい人の流れで、センター街は朝の通学路のような状態になる。なかには渋谷から新宿に場所を変える女の子たちもいる。歌舞伎町はひと晩じゅう眠らないからだ。チーマーが減って夜が早くなったぶんだけ、渋谷は表面的に安全になっているように見えた。  しかし、センター街が今もナンパ・ストリートであることに変わりはなかった。パンツが見えるまでズリ下ろしたズボン(僕の中学時代にもズリ下ろしは流行ったが、その限界はパンツを見せないところにあった)やボロボロのジーンズをはいた、いわゆる「だらしな系」ファッションの男の子たちは、超ミニとルーズソックスの女子中高生たちを追いかけてナンパする。まるでナンパしなければこの通りの礼儀に反するとでもいうように。また、それを承知のうえでセンター街を歩いている女子中高生も少なくないようで、そういう子はこの通りを往復しながら収まるところに収まっていく。もっとも多く目についたのは、二人連れ対二人連れのナンパ合戦だった。  渋谷にやって来た女子中高生たちの多くは、ウインドーショッピングをしながら今の流行をチェックする目的で、渋谷109に寄っていく。クラブ系の店もサーファー系の店も入っているこのファッションビルは、流行に遅れまいとする彼女たちにとって、最大公約数的な情報源になっているようだった。今の女子中高生事情を知るにはどの店をのぞいてみたらいいのか、ユミちゃんに尋ねると、彼女たちのあいだで根強い人気があるというラブボートとソニープラザの名前を挙げた。  そのラブボートは、タレントの梅宮アンナが愛用しているという店で、渋谷109には姉妹店とあわせて二店舗が入っていた。セクシーアダルト路線を特徴とするこのブランドの服を着た女性の販売スタッフが、女子中高生たちがあこがれるモデルの役目もはたしている。いわゆる一流ブランドにくらべると値段ははるかに安いのだけれど、僕が行った時にはアニマル・プリントが流行《はや》っていたせいか、おいそれと店の人に声をかけられる雰囲気ではなかった。  ソニープラザは言うまでもなく、アメリカからの輸入グッズで昔から有名なチェーン店だ。かわいらしい文房具や雑貨に群がっている女子中高生を見ている限り、それは意外な光景ではなかった。ただ、彼女たちがルーズソックス発祥の地としてこのショップを訪れていたとは知らなかった。そしてまた、アメリカ製の化粧品などを買っている女子中高生の姿を見かけると、もはや彼女たちは「かわいい」だけでは飽き足らなくなっていて、店側もそれはじゅうぶんに知っているのだと思った。  歩いているあたりに、ガーリック・スパゲティーのおいしい店があるはずだった。しかし、通りを一本間違えているのか、それともつぶれてしまったのか、それらしい看板が見当たらない。どうしたものかと立ち止まって考えていると、「そんなに時間ないから、近くの喫茶店のスパゲティーでいいよ」とユミちゃんは言った。  デートクラブの女の子たちのほとんどは、よほどのことがない限り、一時間くらいでデートを終わらせて消えていくのである。つまり、時給は実働五千円というわけだ。ユミちゃんの言った「そんなに時間ないから」には、暗にホテルに行ってHをしたりはしないという意思表示も含まれているのだった。  ユミちゃんは、僕からするとガーリック・スパゲティーよりも数段落ちる和風スパゲティーを平らげて、「わりとおいしいじゃん。ごちそうさま」と礼儀正しく言った。  ウエイトレスがお皿を下げに来たのを見計らって事情を打ち明け、日を改めて話を聞かせてもらえないかと頼んだ。 「友だちと二人でもいい?」とユミちゃんは聞いた。 「いいよ」と僕は答えて名刺に携帯電話の番号を書いた。「二人で相談して、都合のいい日が決まったらここに電話してくれるかな」 「あとさ、携帯にはコレクトコールで入れていい? だってさ、携帯って電話代高いじゃん」ユミちゃんが重ねて聞いた。  冬の空はだいぶ暗くはなっていたが、ユミちゃんは、家の人に「友だちと話し込んでたら遅くなっちゃった」という口実を使える時間帯に帰っていった。  もう一度一人で会うことを敬遠したユミちゃんの頭には、取材だと偽って近寄ってくる男に対する警戒心があったのだろう。それはそれで悪いことじゃない、と僕は思った。電話がかかってくるかどうかは、フィフティーフィフティーというところだった。  すべてはあとからわかったことなのだけれど、この日僕は、デートクラブに行ったことがある中学生のユミちゃんに取材を申し込んだにすぎなかった。それ以外のユミちゃんについては、何も知らなかったのだ。 [#改ページ]  2 ユミちゃんたちが「ウリ」をやる理由 [#この行3字下げ]もしもし、14歳です。お金が欲しいので、おこづかいくれる人、待ってます。  携帯電話の手引き書をパラパラめくっていた。この取材には欠かせないと痛感して買ったばかりで、まだ使い方がよくわからなかった。最も注意深く目を通したのは、基本操作編の〈電話を受けます〉という頁だった。誰かがこの番号を押しさえすれば携帯電話につながることを確認し、次に着信バイブレーター機能を設定して電話がブルブルと震えることを試し、胸のポケットに入れておいた。 「ユミさんからコレクトコールのお申し込みですが、お受けになりますか?」  NTTのオペレーターが聞いたのは、彼女に会った翌々日のことだった。そしてその週の金曜日の午後五時に、和風スパゲティーを食べた渋谷の喫茶店で待ち合わせることになった。  携帯電話は、その金曜日の喫茶店で、早くも必需品としての威力を発揮した。ユミちゃんとユミちゃんの友だちのサワコちゃんは、約束の五時になっても現れない。十五分が過ぎて、この日の取材をあきらめかけると携帯電話が鳴った。 「渋谷で友だちと会っちゃったんで六時にしてくれますか」  ユミちゃんの声がした。  学校帰りの二人は制服姿で現れた。白いブラウスに紺の上下。胸元の赤いリボンの左についている校章が目に入った。かなり偏差値が高くないと入れない、キリスト教系のお嬢様学校の校章だった。  私服を着ていた時にあれほど大人っぽく見えたユミちゃんが、制服だとそれなりの年齢に見える。デートクラブ用のカモフラージュだったのか、あの時の眼鏡はかけていなかった。同じ制服の二人を前にすると、ユミちゃんは背の高い中学三年生で、サワコちゃんは小柄な中学三年生にすぎなくなった。  たとえば二人の髪の毛が金色に染まっていたり、鼻や舌にピアスが光っていたり、剃《そ》った眉毛のあとに十時十分くらいの角度で細いラインが描き加えられていれば、ここでこうして二人に会っていることもわかりやすかったし、かえってそのほうが気が楽だった。しかし実際のところ、外見はごくふつうの女の子なのだ。  二人は、ひと昔前にはテニスコートでしか見かけなかったような超ミニのスカートと、レッグウォーマーと見間違うようなダブダブのルーズソックスを身に着けてはいたが、それだって今はべつに突出した外見といえるようなものではない。 「チョコレートパフェ、頼んでいいですか?」 「どうぞ」 「トイレ、行っていいですか?」 「ダメだなんて言うわけないでしょう」  いちいち許可を得ようとするこんなところに、相変わらず学校の規則で鍛えられているのであろう中学生らしさがふっとのぞいた。  二人は喫茶店のメニューにさんざん目移りしていたが、ユミちゃんは結局トマトジュースを選び、サワコちゃんはチョコレートパフェを注文した。 「トマトジュースなんてシブいじゃん」 「でしょ。で、タバスコ入れるの。でもパフェもいいな。ちょっとくれる?」  二人は、年上に対して敬語を使うこともできる。ただ、少し慣れてきてその必要がないとわかると、「超──」「──とか」「──じゃん」をふんだんに使い、デートクラブを「デークラ」、タクシー代を「タク代」、パーティー券を「パー券」というように、何でも短縮してまくし立てる。おかまいなく助詞を飛ばしていく二人の早口の会話を聞いていると、三十三回転のレコードを四十五回転で聴かされている気分になる。 「あのさー、私さー、親にウリ(売春)やってんじゃないかって疑われてんの。超ムカツく。それで泣いちゃって──。そういうの、どう思う?」  だしぬけにサワコちゃんが聞いた。 「僕は基本的に自分の子どもを信じることにしてるよ。誰にも信じてもらえないと、子どもはすごくつらいだろうから」  マジな表情になっているサワコちゃんの質問に、マジに答えた。 「子ども、何歳?」 「まだ三歳だけど」 「愛してる?」 「うん、無条件に」 「わかるわかる。なんか、そんな顔してるもん」  もし僕が社会人になってすぐに結婚していたら、サワコちゃんと同い年の娘がいても不思議ではなかった。予想もしていなかった質問に答えた瞬間に、「子どもがこの二人の年齢になってもはたして同じことが言えるだろうか」と疑問がわいた。やっぱり「無条件に(愛してる)」は取り下げるかもしれない、と僕は思った。  話がしやすいようにカラオケ店に場所を移した。ユミちゃんが伝言ダイヤルで援助交際をしていることも知らなかったし、サワコちゃんは親に「ウリ」をやっているのではないかと疑われて泣いたというのだから、当然それは「濡れ衣《ぎぬ》」なのだと思っていた。ところが、じつは二人とも伝言ダイヤルを使って「ウリ」をやっていたのだった。  伝言ダイヤルというのは、一般家庭で使われている電話で伝言のやりとりができる「有料情報番組」のことである。この呼び名は名目上のきれいごとでしかないのだが。 「中学校三年生の女の子です。女子校に通ってるんですけど、援助交際希望です。今週の週末ぐらいに会える人がいたら、メッセージ入れといてください」  ユミちゃんは、訓練を受けたスチュワーデスのような口調にガラッと変えて、最近愛用しているという伝言の実例を披露してみせた。  そして続けた。 「金額は入れないで切るの。次の日に聞くと、多い時は十何件入ってる。たまに勘違いしてるヤツのメッセージが、二・五でどうですか、なんて入ってるけど、そういうヤツは無視だよ。高いヤツのは十万円。処女だって言えばもっと高くなるよ。でも、それを言ったら言ったで相手の反応が気持ち悪いから、私はあんまりその手は使わないけどね」 「ユミちゃん、うまいよ。すごい! だからいっぱいメッセージ入るんだ。私、あんまり入んないよ。たぶん、愛想悪いんだろうね。金額は多いほうがいいです、とか入れるからかなあ」  サワコちゃんは、見事なお手本を聞いて舌を巻き、少し落ち込んだようだった。 「今度、客、紹介するよ」 「ありがとう、紹介して」  ユミちゃんが売春の斡旋を約束して、サワコちゃんはそれに対して感謝する。このやりとりが奇妙に感じられたのは、俎上《そじよう》に乗っている話題が話題だったからだ。傍《かたわ》らで聞いていた僕が、この時の雰囲気を何かほかのわかりやすい事柄にたとえるとすると、今度の期末試験で赤点をとると落第してしまう友だちにテストのヤマと勉強のコツを教え、場合によってはカンニングもさせてあげるというような感じだった。  半年ほど前、ユミちゃんは先輩にデートクラブのことを教わった。いかがわしい風俗産業としてではなく、単にお金になるアルバイト先として。しかし、そのデートクラブには補導がひんぱんに入るし、思っていたよりも効率が良くない。もっと稼げる仕事として学習したのが伝言ダイヤルだった。そして、サワコちゃんはユミちゃんに教わった。  ユミちゃんの手帳には、伝言ダイヤルの番号が二頁にわたってびっしりと書き込まれていた。情報収集の成果である。二人が通う学校では「売春」という言葉は使わずに、「ウリ」あるいは「仕事」と表現する。「ユミちゃん、遊ぼう」「きょうは仕事だからダメ」という会話が、放課後の素顔を知っている友だちのあいだで平然と交わされている。  二人がウリに手を出すようになった最初の動機は、世界の一流品を手に入れたいという物欲に目覚めたからだった。ユミちゃんに初めて会った時、彼女の化粧ポーチにはシャネルがぎっしり詰まっていた。サワコちゃんは、「ユミちゃんはファッション知識人なの」と言った。それはどうやら、世界の一流品が持つ魔力を知ったうえで、その魔力に気持ちよく負けるということのようだった。 ユミ 機能性は資生堂とかのほうがぜんぜんいいよ。でも、シャネルのマスカラも持ってるっていうのがいいんだよね。 サワコ 自己満足だよね。 ユミ そうそう。マスカラもすぐに落ちちゃうし。 サワコ 外国旅行のおみやげで買ってきてもらったけど、口紅とかもけっこう刺激が強すぎた。 ユミ 匂いとかもきついし、良くないよ。 サワコ けっこう口とかも荒れちゃったからね。 ユミ でも、ポーチには入れるんだよね(笑)。そういうもんなんですよ。 サワコ 興味のない人からみれば、やっぱバカなんだと思う。 ユミ かなりジコマン(自己満足)入ってるよね。カラコン(カラーコンタクト)もジコマンだし。 サワコ カラコンしてればさ、行きたくない学校でも、友だちにちょっと見せたい、みたいな感じで行きたくなるし。  初めてユミちゃんと会った時、彼女がいったいどんなファッションだったのか、どうしても思い出せなかった。記憶にとどめておこうとすれば、ヘアスタイルから履《は》いているシューズまで、取材した相手のおおよその感じはインプットできるはずなのだが、まるで浮かんでこない。中学生と聞いて、かなり動揺したのだろうが、とはいっても全身シャネルで身を包むコギャルのようなハデさはなかったと思う。「どんなブランドの服を着たいの」と僕はファッション知識人たちに聞いてみた。 ユミ プールスタジオとか。 サワコ ピンキー&ダイアンとかラストシーンとか。 ユミ �ラブボ�(ラブボート)のお姉さん系とか、そこらへんがあこがれなんですよ。 サワコ シャネル好きだよ。好きだけど、べつにシャネルの服とか欲しいと思わなくて、似た形のがあればいいよ。だって、シャネル着てるといかにも売春て感じじゃん。 ユミ そうそう。お店に行ってシャネルのスーツ作ってくださいって言ったら、まず断られるよ。外国ではマダムしか着ちゃいけないんだって。やっぱシャネルは小物だよ。 サワコ ユミちゃんは大人の女だからねえ。 ユミ ぜんぜん、ぜんぜん。ただ、なんかさあ、今シャネル着ても似合わないじゃん。 サワコ ウチの学校、高校生がブランド物持ってるじゃん。ヴィトンが好きな子はシャネルとか興味ない。どこそこの学校が好きっていう趣味みたいなもんだよね。で、先輩がこれ持ってたから私も欲しいなー、とか思うんだよね。 ユミ そうそうそう。ヴェルサーチ好きな子もいるし、フェンディ好きな子もいるし。 サワコ けっこうくだらない理由だよね。 ユミ うん。  くだらない理由──日本の十代がブランド物に夢中になるのは、いつの時代もだいたいくだらない理由からだ。このブランドじゃないと基本的人権が侵されるとか、このブランドこそが恒久の平和をもたらすとか、そんなことを主張してブランドを買い求める十代がいたためしはない。僕だって、生意気にも小学生でVANという当時の流行ブランドに夢中になったことがあるから、二人の言い分は部分的にわかる。とにかく、不良だと陰口を叩かれようが、VANの靴以外は靴とは思えなかったし、VANを履かないのは男じゃないとその頃は思っていた。  VANだJUNだと騒ぐ傾向は中学を卒業するまで続いたが、それにしても買いたい物のほぼ八割はがまんして見送った。小遣いは少ないし、親が僕のブランド信仰をあまり支援してくれなかったからだ。もちろん男子生徒にはウリという手段はなかったが、当然のこととして万引きや恐喝に手を出さずにがまんしたわけだ。ところが二人はがまんできない。ユミちゃんの小遣いは月に六千円でサワコちゃんは五千円。親が小遣いを増額するか、ブランド物を買い与えるかすれば、二人はウリをやめるのだろうか。 サワコ そんなに裕福じゃないから、親に買ってもらうなんてイヤだよ。私が高校に上がる時にもお金を使うし、ほかに兄弟だっているしー、まさかシャネルのバッグ買ってとか言えないよ。私のせいで、食事とかが貧しくなったらイヤじゃん。 ユミ 買ってって言えば、貯金おろしてでも買ってくれると思うけどね。 サワコ 親のためっつったら変だけど、あんまり親にお金かけさせたくないから自分で稼ぐっていう考えだよね。 ユミ そうそう。けっこう気ぃつかってるわよ。 サワコ 兄弟そろって私立だしー、塾代にもすごくお金が出てる。だから、お母さんとか自分の服とかぜんぜん買わない。化粧品とかも私のほうが持ってるもん。お父さんのお小遣いは月二万とかだって。私が最近稼いでいるお金より少なくて、よくやってられんなーとか思うよ。 ユミ 親が超金持ちだったら、月二百万とか使いたいよね。 サワコ やっぱねー、サラリーマンの給料くらい欲しいよ。 ユミ こうやってフツーに暮らしてても、月に四、五十万は使ってるもん。 サワコ ホント? 私は十万くらいしか使ってないけど。 ユミ べつに高い買い物してないよ。シャネルのマスカラだって五千円しないしね。クラブとかパーティーとかカラオケとか遊びに行って飲んだり食べたりすると、積もり積もっていつの間にか五万なくなってる。タク代とかもかかるしね。とにかく、金は使ってるんだけど、何に使ったか覚えてないっていう感じだよ。  二人の場合、親のお金でウリをやめさせることは不可能なようだ。焼け石に水であるばかりか、たぶん事態はさらに悪い方向に向かう。「私を殴って気がすむならば」と親が自分を殴らせることによってエスカレートする家庭内暴力と同じだ。家庭で暴力をふるうのはなぜかと探っていくと、原因は暴力そのものにはなくて、その子の内部にある。そしてこの二人は、とにかくウリを「仕事」と表現する内部を持っているのだった。  ──どんな意識でウリにいったの? ユミ もう金がないから、一発仕事やるかーって(笑)。ビジネスです。でも、割り切んないとやってらんないと思うよ。客に余計な感情とかは持たない。ただやるだけ。で、ただ相手が勝手にイッてるだけ。 サワコ 彼氏と別れて、もうどうでもいいや、とか思って。 ユミ 彼女はソッコー、ウリから入る人なんですよ(笑)。サワコちゃん、切羽つまってたもんね。もう、ホント、金がなかった。 サワコ もう、どうしてもきょうじゃないとダメって感じだったもんね。  ──相手は選ぶわけ? サワコ 車で来てくれる人が優先だよね。だって、変な男と会ってて友だちとかに見られたら最悪じゃん。ソッコー、ホテル行って、終わってバイバイって感じ。車ごと入れる所だと、制服で行けるから楽だし。 ユミ 前は制服バンバンだったよね。そのほうが喜ぶ人もいるし。でも、制服で行った友だちがいっぱい補導されちゃったし、制服だと学校名とか覚えられて脅されたりとかするから、今は私服のほうがいいと思うよ。  ──ちょっと待って。あなたたち、いったい何回くらい援助交際してるわけ? ユミ 十回、二十回なんてハンパなもんじゃないよ。とにかく多いけど、何回とか、もうわかんない。だって、もう私たちのなかで、五十人も八十人も一緒なんだよ。そんな、人数なんて関係ないって感じ。 サワコ でも君、最近はめんどくさいって言ってぜんぜんやってないじゃん。 ユミ そう。やってる時は月に四、五十万とかだったけど。 サワコ すごい時は、一日三回とか言ってたもんね。 ユミ うん。一日三人とか。 サワコ そしたら、一日最低十五万くらいとかだね。 ユミ そうそうそう。  ──父親の世代のようなオヤジが相手って気持ち悪くない? サワコ どういう事情でこういうとこ来てんのかなって、密かに考えるけど、あんまりそれ以上は……。一回ね、四十過ぎたヤツとやって、すっごい気持ち悪かったの。二時間のあいだに何回も何回も求めてくるのね。それでムカツいて、それ以来、三十五歳以下じゃなきゃって思った。制服大好きっていう変態っぽいのもイヤ。ふつうっぽい人がいいよ。 ユミ 基本としては、一回きり、フェラなし、キスなしで五万。中学生って言えば、だいたい五以上にはなるね。でもね、サービス的には風俗とかに行ったほうがいいと思うよ。でも、それだけ金出すってことは、やっぱ中学生は価値あんのかな。 サワコ 私は相手がいい人だったらフェラしてあげちゃう。だって、あとからさー、フェラしてくんなかったからって値段下げられたら、超ムカツくじゃん。 ユミ イカるよ。  ──初めての頃と今と、何が変化した? ユミ はじめた頃は今以上に醒めてた。けっこう無口だったし、客にしゃべりかけられても、フーンとかだけで、答えなかった。最近はけっこう話とかもできるし、適度な間隔が保てるようになったけど。 サワコ 私ね、よく醒めてる女だって言われる。セックスなんてべつにスポーツみたいなもんだと思ってて、イッたことないからね。二十五歳のすごいHな人の時、もう少しでイキそうだったの。だから、その人にはまた会いたいなと思ってる。  ──ユミちゃんは感情は動かない? ユミ たまに、自分のお気に入りの客とかはできるけど。それ以上は……。今度、携帯を買ってくれるっていう人がいて、その人はけっこうお気に入りなんだ。 サワコ カッコ良くて若いんだって。 ユミ そうそうそう。超お金持ちで、二十六でBMWとか乗っちゃってて、携帯三台とか持ってる。すっごい、いいお客さんついたな、とか思った。 サワコ うらやましいよ。私はそんな人いないよ。  ──ビジネスとして割り切れてないじゃない。 ユミ でも、LOVEじゃなくてLIKEだもん。  ──ビジネスと恋愛にはどう線を引いてるの? サワコ 本当に好きな人ができたらやめる。その人がすっごい欲しい物があって、買ってあげたいと思ったらやっちゃうかもしんないけど。で、別れたらまたやる。フフッ。 ユミ 本当に愛してほしいよねー。愛してる証拠にお尻とかに「ユミ」とか、(刺青を)書けるような人がいい。 サワコ そしたら超尽くすよ。 ユミ うん、超尽くす。それぐらいやってほしいよ。命かけて愛してほしいよ。 サワコ 好きだったら金持ちじゃなくたっていいよね。 ユミ うん。好きな人とお金は関係ないもん。 サワコ 結婚するなら、大学出てなくてもいいから、頭のいいヤツね。 ユミ 頭の悪いヤツといるとイライラするじゃん。あと、ただ単にさー、バカでいきがってるだけのヤツとか。  二人の話をそのまま聞いていると、この子たちが中学生だということを忘れてしまいそうになる。しかしながら、間違いなく二人は学校に通っている。僕は、少し雰囲気を変えて、学校の話題に触れてみることにした。  ──学校ってさ、つまんない? ユミ つまんない。最低。 サワコ 友だちは楽しいんだけどねー、学校の先生がダメ。 ユミ 授業を聴く価値がないんだよね。 サワコ べつにさー、ピアスとかさー、勉強のさまたげになってるわけじゃないのに、学校の校風ばっか気にしてるじゃん、先生って。バカじゃないの、とか思っちゃう。 ユミ 矛盾してることばっか言うんだよね。スカート丈だってさー、短くなったからって勉強しなくなるわけじゃないじゃん。でさー、長いのが流行った時は、先生たちは長いのがダメだって言うんだよ。意味わかんないよ。 サワコ やっぱ金もうけじゃないの、学校って。 ユミ 寄附金ばっか取るよね。中高一貫で中学の卒業式もないのに、また寄附金と入学金を取るしね。 サワコ やっぱ、この学校、金もうけだって思うよね。  ──物わかりのいい先生はいないの? ユミ ぜんぜんいないよー。 サワコ 少なくとも男の先生はほっといてくれるけどね。 ユミ 女はうるさいよ。この教室はマニキュアの臭いがする、なんて急に言いだしてチェックだよ。狂ってるよ、あのババア。 サワコ あとで来なさい、だよね。 ユミ もうおばさんだから、私たちの若さをひがんでるんだよ。 サワコ このあいだ、大学生みたいって誰かが言ったら、超喜んでたよね(笑)。 ユミ 先生自身、超お嬢様だからね。 サワコ ブランド系なんだよね、エルメスとかの。 ユミ そうそうそう。  ──あなたたち、出席率はどのくらいなの? ユミ もう、バッチリ。カゼの時とかに休むだけ。 サワコ 私、学校に寝にいってるからね(笑)。  二人の父親は、ともに五十代一歩手前の、いわゆる全共闘世代だった。ユミちゃんの父親は法学部を出た大手企業のサラリーマンで、サワコちゃんの父親は準大手のエンジニア。二人とも「遊びを知らない堅物」だそうだ。しかし、ユミちゃんの家は寛容で、サワコちゃんの家は厳格だという。それは主に母親の考え方の違いによるものであり、つまりどちらの家庭でも、父親は蚊帳《かや》の外なのだった。  サワコちゃんの母親は、娘がいない隙に部屋を点検する。その部屋で大金を見つけ、売春をやっていると決めつけた。そして貯金をおろしてきて、「そんなにお金が欲しいんだったら好きなだけ持っていきなさい」と言った。サワコちゃんは売春を否定して、「パーティー券を売ってもうけたお金だってば」とトボケてきたが、いまだに信じてもらえず、それで喧嘩が絶えないという。本当は母親に軍配が上がっていたのだが。  ユミちゃんの親は、娘の売春をうすうす感づいていると本人は言う。だが、娘のプライバシーは守る約束になっていて、電話の内容に耳を傾けるようなことはしないし、机の中をこっそり見ることもない。「最近よく買い物をするわね」と母親が言い、「雑誌のモデルやったんだ」と娘が答えれば、それ以上は疑われないそうだ。  取材中、ポケベルが何度もピーピー鳴った。そのたびに二人は、学校指定のオーソドックスな紺色のカバンからベルを出して番号を確認する。最後にユミちゃんのポケベルを鳴らしたのは、彼女の母親だった。電話を入れると、母親は早めの帰宅をうながした。  すでに夜の八時をまわっていた。二人は、口裏を合わせて口実を作り、親に嘘をついて渋谷にきていた。 サワコ ウチはレシートとかも見るから、買い物してもレシートとかはすぐに捨てちゃう。 ユミ しかも、殴るよね、君の親。かなり行動派だよね。 サワコ 最近、母親に一日一回は殴られてる。「テメェなんか死んじゃえ」とか言うから。そうすると泣きだすから、もう言わないようにしてる。 ユミ 殴られるより泣かれるほうがつらいよね。 サワコ 親のこと考えると、よく泣くよね。 ユミ いや、私あんまり泣かないけど(笑)。 サワコ 親バカだからね。お弁当とかもすごい凝るし。 ユミ 私たちもね、家族の幸せ願ってるよね。 サワコ ウチのお父さんとか、一年に何回くらいHしてんだろうとか思って(笑)。そんぐらいしてないよ、きっと。私は浮気してほしいと思ってんの。それで、お母さんも浮気してほしいと思ってんの。それで楽しいんだったらいいじゃん、て。だって、今の両親とか見てると、楽しそうじゃないんだもん。 ユミ 遊び方とか、親に教えてあげたいよね。浮気とかしてもいいから、家族とかにぜったいにバレないようにして、家庭の雰囲気は壊してほしくない。そうすれば、裏であの人たちが何やっててもいいよ。 サワコ 親がかわいそう。私のことに手を焼いて、私のために泣いたりしてるから。もっと私のことはほっといて、自分たちは自分たちで楽しんでほしい。 ユミ 「駅についたら電話しなさい。お母さんが何時になっても迎えにいくから」って。それがウザいんだよな。 サワコ 寝ててほしいよね。 ユミ そう、イライラするよ、ホントに。待っててくれるのはありがたいんだけどって感じ。 サワコ ウチは、処女を奪ったのはウリだと思ってんの。「むやみにするな」とか言われた。今どき「むやみにするな」とか言わないじゃん、ふつう。それで笑ったよ。笑ったらもっと怒られたよ。 ユミ ウチはねー、お父さんは毎日七時には帰ってくるし、お母さんは出かける日は必ず子どもたちのためにシチューとか作っていく人。すごいね、いい家庭だよ。でもね、あの人たちお見合い結婚で、男と女として愛し合ってはいないの。あの人たちはあの人たちなりにいいと思うよ。でも、私自身はもっと違う生き方をしたい。 サワコ 熱い人生送りたいよ。 ユミ 熱い人生送ろう! がキーワードだよね。  僕が彼女たちの父親の全共闘世代が投げた火炎瓶について手短に説明すると、 「熱いね、それ」 「そういう熱い人生もいいな」  彼女たちは言った。  二人は少し話し疲れたようだった。ずいぶん長いあいだ、カラオケ店で歌のない会話が続いていた。「休憩にしよう」と僕が言うと、二人はすぐに元気になってカラオケを歌いはじめた。『Body Feels EXIT』『Don’t wanna cry』──彼女たちのあこがれの十八歳、安室奈美恵のダンサブルな曲が多かった。  ユミちゃんの将来の夢は、好きな英語を活かした仕事に就いて、アメリカ人と結婚することだという。そしてサワコちゃんの夢は、音楽関係の仕事に就くことだった。たしかにサワコちゃんは歌が上手だった。ユミちゃんはマイクを握った時、初めて照れた。 「安室奈美恵みたいになりたくはないの?」と僕は聞いてみた。性にからんだ質問をしたつもりではなかった。 ユミ ぜんぜんない。だってさー、人間関係がいろいろあるじゃん。 サワコ アイドルになりたいからって、プロデューサーと寝たりするのイヤじゃん。それだったら風俗嬢になったほうがいいよね。 ユミ タレントにならしてくれるんだったら、AV女優になりたい。そのほうが気をつかわなくて楽だし、上下関係もないだろうしね。私、けっこう正直者だから(笑)。  もしかしたらこの二人には、僕にはまったく理解できない、二人なりの善悪の物差しみたいなものがあるのかもしれない。幼稚すぎるうえに、間違っているにしても。  とにかく二人は、「売春してる子は軽い子だとか、何も考えずに遊んでる子だとか思われてるけど、そうじゃない」と主張して見事にハモる。そして、いつになったらウリはやめるの、と聞くと、二人の答えはやがて自己弁護になっていった。 ユミ 高二くらいになったら、たぶんやめてるよ。 サワコ そのころはパー券とか売って稼いでると思う。 ユミ いつまでもやってらんないじゃん。値段もだんだん下がっていくし、みじめになるじゃん。 サワコ 客のおかげですごい社会勉強にもなって、そこらへんの|タメ《ヽヽ》より、社会のことはぜんぜんわかってるよね。 ユミ そう。学校で勉強してるより、ぜんぜんいいよ。 サワコ 後悔? 後悔はしないと思う。 ユミ マイナス? こういうことやってるからには、妊娠するかもしんないし、病気うつされるかもしんないとか、そういうリスクがつきまとうじゃん。それだけはマイナスだと思う。 サワコ 病気なんてほかの人にうつしちゃえって感じだよ。それよりね、親の寿命を縮ましちゃったかなって……。でも、自分が傷ついたことはないよ。 ユミ 病気うつされても、それは自業自得。ただ、親とかを傷つけるのは私もちょっと……。 サワコ 私、霊とか信じてるから、死んだおじいちゃんが私のこと見てるんだろうな、どうしよう、とかは思ったりするよ。  取材を終えると、二人はもう少しカラオケを歌いたいと言った。そしてまた、安室やtrfやglobeやドリカムの歌がはじまった。僕に歌える曲は一曲もなかったが、彼女たちが言った「家族の幸せ願ってる」という言葉が頭に響いて離れなかった。 [#改ページ]  3 伝言ダイヤルに潜入! [#この行3字下げ]こんにちは。援助交際希望の15歳の女の子なんですけど、もしよかったら連絡先を教えてください。簡単なプロフィールを言うと、身長は162センチで、体重は47キロです。あの、まだ処女なのでわかんないことが多いんですけど、いろいろ教えてください。希望金額も入れてください。お願いします。 「伝言ダイヤルにお電話ありがとうございます。初めての方は♯を、登録ずみの方は会員番号か暗証番号を押してください」  初めてだった僕は、午前零時をまわった自宅の椅子に座り、コンピュータの声に従って♯を押した。妻と子どもは寝室でぐっすり眠っている。僕が相手にしたのは、初めから終わりまで、コンピュータの声だけだった。初心者用の利用システムを聞き、指示通りに自宅の電話番号を押し、指示通りに暗証番号を設定していったん受話器を置く。そうすると、十秒かそこらで本人が申し込んだのかどうかを確認する電話が入る。僕は妻と子どもが起きないように素早く受話器を取った。 「この番組は有料情報番組です。伝言サービスの料金は一分百円です。登録してよろしければ、さきほど設定した暗証番号と♯を押してください」  とコンピュータが言った。  僕しか知らない暗証番号を押すと会員登録が完了し、この段階で利用状況に応じた課金がスタートしはじめた。  録音・再生機能を使って女性と伝言をやりとりする「伝言サービス」は一分百円、電話で女性と直接話す「ツーショットサービス」は一分百五十円から二百円。料金(通話料は別)を支払う方法は、あらかじめプリペイドカードを購入するか、使ったぶんをあとから指定銀行に振り込むか、ふた通りある。僕は迷わず後払いを選択した。いったいどのくらい利用することになるのかまるで見当がつかなかったし、わざわざカードを買いにいくなんてまどろっこしいことはやってられなかった。  ところが、女性の場合は料金無料のフリーダイヤルで、しかも自宅の電話番号を押す必要もない。女性たちをエサにして、男のよこしまな欲望からたっぷりお金をむしり取ろうという魂胆がミエミエの商法だった。  伝言ダイヤルの情報を仕入れるのは、べつだん難しいことではなかった。ふつうの書店でHな雑誌を買ってくれば、次のようなキャッチフレーズがついた伝言ダイヤルの広告頁がズラッと並んでいる。 〈男の欲望デパート/選んで話してスグできる〉〈逢える! できる! 下心大満足!〉〈街頭ティッシュ月間百五十万個、レディースコミック六十五誌広告掲載中/コギャル、OL、主婦、熟女から選び放題ヤリ放題!〉  これが男性誌。 〈楽しもうよ伝言! もらっちゃおうよプレゼント!〉〈ダイヤルひとつでドラマが始まる!〉〈出会いはあなたの勇気から!〉〈あなたのなかの隠れた女、探してみよう!〉〈よ・り・ど・り・み・ど・り〉〈そろそろ貴女も大人の情事!〉  これが女の子向けの雑誌。  男性誌のほうは身も蓋《ふた》もないほどストレートに性欲に訴えかけ、女性誌のほうは伝言ダイヤルの本質とは別の感情に訴えて十代を誘惑している。  とりあえず僕は、二十番組近い伝言ダイヤルに登録した。そしてすぐに、女子中高生の利用率が低い番組とは縁を切った。彼女たちがよく利用している五本の伝言ダイヤルに入ってくるメッセージを聞き、女子中高生のいわゆる「H系アルバイト」情報以外はすぐにスキップするという作業が、僕のルーティンワークとなった。 「ことし高校を卒業する十八歳なんですけど、きょう援助交際をしてくれるお金持ちのオジサンを募集しています。顔は絶対にかわいいです。アイドル系の顔です。よろしくお願いします」 「はじめまして。十六歳の女子高生です。援助交際を希望しています。今ちょっと借金とかしてて、携帯も欲しいので金額は高ければ高いほどいいんですけど、興味を持った方がいたら折り返しメッセージを入れてください。お願いします」 「えーと、あした学校休みなので、パパになってくれる人、メッセージください。希望金額は五万くらいです。待ってます」 「もしもし。今中学三年なんですけど、援助交際じゃなくてパパが欲しいんです。Bまでくらいの関係で、欲しい物を買ってくれる人がいればいいなと思います。もしよかったら、携帯とか直電の番号を入れといてください。お願いしま〜す」 「中三の十五歳の女の子です。今援助交際してくれる人を募集しています。なるべくHなしで月に二十万くらいくれる人、いたらよろしくお願いします。私は一五七センチで体重は四三キロです」  ユミちゃんやサワコちゃんと同じように、「援助交際」という言葉を使って伝言を入れている女の子たちは本当にたくさんいる。それはじつに巧妙な言葉だが、基本的には売春の代名詞なのだった。そしてその売春を希望するメッセージが、まるでペットかCDでも売り買いするような気軽さで入っている。  もちろん、女子中高生が入れる伝言のどれもこれもがオジサンとの援助交際を希望しているというわけではなかった。「ボーイフレンドが欲しい」というこの年頃特有の切実で純粋な内容もあるし、「すごくおいしいキムチを見つけたので買いませんか?」と売り込んでいる女の子もいる。勉強熱心な女子高生が、「難解な英文和訳の宿題をFAXで送ってくれる人はいませんか?」と学習用に使っているケースもあったし、「ダッチワイフは使用後に洗浄するのでしょうか?」という電話相談室のような質問も入っていた。  目的から外れたメッセージは基本的に飛ばすことにしていたが、こうした異色の内容にでくわすと、僕はひと息抜いて最後まで聞いた。本当においしいキムチが食べたくなって買ってみようかと思ったし、難解な和訳じゃなければ手伝ってあげてもいいと思った。要するに、公序良俗の問題が表面化しはじめたインターネットと同じだが、システムそのものが悪いわけではないのだ。  ところが実際には、女子中高生だけでなく、女子大生もOLも人妻も、援助交際目的で伝言ダイヤルを利用していた。さすがに三十代後半になると、「援助交際」ではなく「大人同士の割り切った交際」という言い方になるのだが。とにかく、慣れてくると、女子中高生の声は瞬時に聞き分けられるようになった。彼女たちより年上の女性の声は、相手の男を意識して媚《こ》びている。それは、「社会化された声」と言ってもよかった。  僕が聞いていたのは、誰でも自由に伝言を入れたり聞いたりすることができる、いわば公的な「オープンボックス」だった。そのほかにもうひとつ、暗証番号などを押した本人しか聞けない、私的な「プライベートボックス」がある。そして、女子中高生たちと実際にかかわっていく時には、こんなふうに進めていくのだった。  オープンボックスを聞く→Aのメッセージに僕が興味を持つ→僕は直接Aのプライベートボックスにメッセージを送る→Aから僕のプライベートボックスにメッセージが返ってくる。さらにその先は、お互いのプライベートボックスを行ったり来たりしながらコミュニケーションを深めていくというわけだ。  でも、どうして「電話」と「性」がこんな形で結びついたのか、最初はよくわからなかった。ところが、そのあたりをたどっていくと、一九八五年に施行された「風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律」、通称「新風営法」にぶちあたるのだった。その頃僕は、週刊誌の記者として「新風営法施行前夜」を取材したことがあった。  八〇年代に入ると、それまでにはなかった性風俗が続々と出現した。ノーパン喫茶、のぞき部屋、ファッションヘルス、個室ヌード、マントル、ホテトル、愛人バンク──。まるで日本の頭脳が風俗産業に結集したかと思えるような斬新なアイデアが生まれ、新宿歌舞伎町などの歓楽街に人が集まった。しかし、じつのところこの盛況を支えたのは、それまでの性風俗にはいなかったタイプの素人っぽい女の子たちだった。彼女たちは、深夜のテレビに登場して明るくさわやかに脱いでみせ、そのなかから何人ものアイドルが生まれ、そしてアイドルのいる店には長い列ができた。  客の射精を手伝いはするが性交はしないアイドルたちは、射精産業に従事しているにもかかわらず、まるでタレントやモデルのように大切に扱われた。メジャーな雑誌のグラビアを飾り、個人写真集まで出版されていく。こうした現象を見逃さなかったふつうの女の子たちが、アイドルたちのあとを追いかけるように性風俗になだれ込んでいった。そして、昼間は学校に通う女子大生も、ピンクゾーンに足を踏み入れるようになったのだ。  性風俗においてもプロと素人の境界が希薄になったのが、この八〇年代の前半だった。客は新しい性風俗の列に並びながら、ふつうの女の子に対する見方を変え、女の子は順番を待っているサラリーマンの列を見ながら変わっていった。 「私たちは性を売っているわけじゃない。世の哀しい男性たちに幸せを与えてるのよ」  射精産業の女の子は天使のごとく語った。  愛人バンクでロマンスグレーのオジサンと性《セツクス》付きの交際をしていた女子大生は、 「需要と供給の問題よ。オジサンたちには包容力があって、私たちにはお金がない。お互いに納得してつきあってるんだから、他人にとやかく言われることはないでしょ」  と市場経済の原理を持ち出して言った。  もちろん僕は、こういう言い方をそのまま鵜呑みにはしなかった。彼女たちは、見ず知らずの客とSEXがしたくてたまらない女の子たちではなかったし、極貧のなかであえいでいる女の子たちでもなかった。つまりは、手っとり早くお金を手に入れる格好の口実を見つけたにすぎないと思った。しかし、言い訳であろうと革命的な論であろうと、こういう言い方がふつうの女の子たちのあいだに広まると、性をめぐる現象は間違いなく変化していくのだった。  手を変え品を変えて法の目をかいくぐろうとするそれぞれの「ニュー風俗」に対して、いっせいに網をかけようとしたのが新風営法だった。届出制を導入するが許可するわけではないという方針の下、警察官が店に立ち入ることができ、不法行為が見つかれば営業停止も命じることができるようになった。店側にとってさらに痛手だったのは、営業時間を午前零時までと限られたことだ。無届けで闇に潜るか、それとも店をたたむか、真剣に悩む経営者は少なくなかった。  テレクラの一号店が一九八五年にオープンしたというのは、決して気まぐれや偶然からではない。個室はあってもそこに女の子のいないテレクラは、風俗関連営業のどの分類にも入らないのだった。皮肉なことだけれど、電話回線ビジネスの出生の秘密を挙げるとすれば、それは行政の規制と経営者のアイデアとのイタチごっこにある。ニュー風俗が、監視の目が厳しくなった歓楽街を出てホテルや自宅に出張するようになったのも、まったく同じ理由だった。  また、テレクラの次の電話回線ビジネスのアイデアは、結果的にNTTが提供した。八七年にはじまった伝言ダイヤルサービス、九〇年にはじまったダイヤルQ2サービスは、いずれもNTTの技術力をもって初めて開発できるシステムだった。業者はこのダイヤルQ2のシステムを借りてボロもうけをした。むろんH目的の番組で、だ。しかし、未成年による不健全な利用が社会問題化したことなどからNTTは九一年十月、直接相手と話すこの手のツーショット番組を禁止するとともに、利用者の申し込み制度を導入した。これでひとまず、電話回線ビジネスは一応の落ち着きを取り戻すかにみえた。  ところが、コンピュータの進歩は、この予想をはるかに超えるスピードで進んだ。NTTが提供していたサービス機能を持ったシステムが、一攫《いつかく》千金を夢見る素人にも手が出る値段でそろうようになった。  僕が集めた雑誌のなかには、月々わずか十八万円の資金で月収二百万円を達成している経営者が続出、ダイヤルQ2では月収千三百万の達成者さえ現れている、とレンタル形式による伝言ダイヤルビジネスの開業を勧誘する会社の広告もあった。コンピュータも経営のノウハウも、すべて会社が提供するというのだ。ちなみにそのキャッチフレーズの一例は、〈確実に毎月百万円ほしくありませんか? 今の生活に満足していますか? コンピュータも何も知らなくても、半年後にあなたはベンツに乗っています〉である。  さらに、NTTが禁止している内容のダイヤルQ2のツーショット番組も、実際にはHな雑誌に堂々と宣伝を打って営業していた。契約時にはまじめな内容の番組として届け、そのあとは転送機能を駆使するなど、さまざまな手口でNTTの監視を逃れてひともうけしようとする人間があとを絶たないのだ。もちろん、Hな内容のアダルト番組などもなくなってはいない。そうしたダイヤルQ2の広告によく盛り込まれているのは、「復活」の二文字。過当競争になりつつある一般の伝言ダイヤルに対して、いちいち料金を振り込む必要はありません、とダイヤルQ2ならではのメリットを強調する。  伝言ダイヤルビジネスの世界は、ほかのビジネスで失敗した新規参入組も加えて、いまだバブルのただなかにあるようだ。  そして、今や女子中高生の必需品となったポケベルと、もはやビジネスマンのステイタスとは言えなくなった携帯やPHSが、コンピュータが媒介する援助交際に拍車をかけた。最新の情報ツールを利用する側にその気があれば、電波の届く場所はどこでもテレクラになりうる。日本の情報化社会は今、「歩くテレクラ時代」に突入したと言える。かくして一般回線を使った伝言ダイヤルの広告が、雑誌にズラッと並んでいるのだ。 [#改ページ]  4 下着を売る少女 [#この行3字下げ]もしもし、使用済みの制服を買いませんか? 私立のU学院の制服を売りたいと思います。平服と夏服それぞれ一着ずつ、体育着とかジャージとか短パン、そういうものも全部おつけして、それと私服を着ての写真撮影もありで、だいたい13万から15万円で買ってくれる方を探しています。まとまったお金が欲しいので、大募集です。よろしくお願いいたします。  いきなり援助交際を希望するプライベートボックスに入っていく前に、まずはウォーミングアップがてら、下着を売りたいという女の子に会ってみることにした。  この類の希望はブルセラショップが専門に扱っているものだとばかり思っていたのだけれど、意外なことに伝言ダイヤルにもけっこう入っている。伝言ダイヤルはブルセラ需要も飲み込んでしまっているようだった。 「十七歳の高校生です。下着やストッキングを売りたいと思います。そのほかにスクール水着などもあります。えーと、とりあえず伝言をお待ちしています」  僕は、わりと簡潔にまとめられているこのメッセージに入ってみることにした。人間はあらゆる状況で常に何らかの選択を強いられるものだが、この潜入ルポのように選択肢が多く、かつ勘に頼るしかないケースというのも珍しかった。  ひと口に下着関連のメッセージと言っても、じつにさまざまなのだ。下着を買えばその下着を着けたヌード写真を撮らせたうえでBまでやらせるという内容もあれば、ブルセラショップで店長にむりやり撮られてしまった恥ずかしいビデオを買ってくれないかという、三流ポルノ小説のようなメッセージも入っている。内容がハデか地味かだけでなく、女の子たちが笑いながら入れているか、それとも切羽つまった感じで入れているか、その息づかいみたいなものから嘘を読み取る勘が要求されるのだ。 「伝言聞きました。あのー、僕はその商品に興味があるんですが、もう少し詳しい商品説明と値段を聞きたいと思います。よろしくお願いします」  僕はメッセージを送った。  すると、その日のうちに十七歳からメッセージが返ってきた。 「もしもし、伝言ありがとうございました。えーと、商品のほうなんですけど、一応、使用ずみのパンツが一枚三千円です。あと、ブルマーが一枚四千円で、スクール水着が五千円。ストッキングが一足千円。あと、夏の制服なんですけど、ブラウス二枚とスカート一枚と靴下三足で二万円です。そのほかに私服とかも売ってます。もしよければ、また伝言に入れておいてください。お願いします」  過不足のない、じつに見事な商品説明だった。 「本当にこの子なのだろうか?」  声をかけようか、やめようか、僕は渋谷の街なかでしばらく迷った。  ──会う約束をしていた十七歳は、チヒロという名前の女の子だった。次の伝言ダイヤルのやりとりで、「しっかりした商品のようなので、ぜひ、購入したいと思います。待ち合わせの場所について直接話したいので、電話をもらえないでしょうか。僕の携帯電話の番号は、〇八八──」と番号を教えて、「お金がかかるからコレクトコールでかけてください」とつけ加えておいた。  しかしチヒロちゃんはコレクトコールを使わずにかけてきた。そして、日曜日の夕方六時に渋谷で待ち合わせることにした。 「それで、どの商品を持っていけばいいですか?」とチヒロちゃんが聞いた。 「とりあえず一回目だから、かさばらない商品がいいな」と僕はとっさに答えた。 「じゃあ、下着でいいですか?」 「うん、だいたい二万円ぶんくらいね」  チヒロちゃんと僕は、こんな会話をして電話を切った──。  その場所で人待ち顔にしているのは、質素な黒のコートにL.L.ビーンのリュックを背負ったお下げの女の子だけだった。身長からしても顔のあどけなさからしても、たぶん中学生だろうと思った。少なくとも二万円ぶんの下着の売買を成立させるために出かけてきた十七歳には見えなかった。でも、人を探している目つきをした女の子は、ほかに現れない。 「チヒロちゃん?」  人違いを覚悟して声をかけた。 「ああ、はい」  消え入りそうな声でチヒロちゃんが言った。  僕は冷静さを装い、じつはありのままの女子中高生の姿を取材しているのだ、と手短に事情を説明した。 「少し遅れるって家に電話してみて、だいじょうぶなようだったらいいです」とチヒロちゃんは言って、すぐ近くの公衆電話から電話をかけた。 「だいじょうぶです」  とチヒロちゃんは報告した。  秘密が漏れるのを恐れるならカラオケ店、それほどでもないならケーキショップで話そう、と僕は提案した。チヒロちゃんは迷うことなくケーキショップを選んだ。 「高二、だよね?」 「私、よく中学生に見られるんです」  ケーキショップに向かいながらも、本当にこの子なのか、まだ信じられなかった。途中でチヒロちゃんが、ごめんなさい、じつは私、いたずらのつもりで電話してみただけで、と言いはじめたとしても、「やっぱりそうか」ですみそうな感じだった。 「私が通ってるのは都内の私立女子校で、けっこう進学校なんです。偏差値六〇くらい。雰囲気はすごいまじめで、指定ソックスがあるような学校。私はお金がないと不安なんです。やっぱりお金があると精神的に余裕ができるじゃないですか」  チヒロちゃんは話しはじめた。そして僕は目の前の現実を受け入れた。彼女が語る学校というのは、都立高校の凋落《ちようらく》とともに浮上してきた、どちらかというと管理教育の肌合いの強い中高一貫の私立だった。  チヒロちゃんが下着を売るようになったのは、つい最近のことだった。今のところの売り上げ総額はブラウスとスカートの二万円で、決して商売繁盛というわけではなかった。ストッキングを買いたいという�足フェチ�の男と電話で商談をしていると、途中からその男が「じつは俺はマゾなんだ、あんたはそういうの興味があるかい?」と言いだして、もうけ話がフイになってしまったこともあるという。身の危険をともなうビジネスだった。  下着を売る女の子に会いに来ていたのに、その下着について話したのは、ほとんどこれがすべてだった。というのは、H系バイトをはじめたそもそものきっかけを聞くと、下着のことがいっぺんに吹き飛んでしまったのだ。 「去年の夏休み前、新聞にテレホンレディーのアルバイト広告が入ってたんです。ダイヤルQ2のツーショットダイヤルとかテレクラとかのサクラのバイトですよね。私、外に出るのがけっこう嫌いな人だから、これなら家でバイトできるってはじめたんです。ずっと女子校で、男の人と話す機会がぜんぜんなかったから、最初のうちはけっこう病みつきになっちゃったんですよ。時給千八百円で、あの頃は毎日のようにやったから、月五万円くらいにはなった。でも変なことを話してくる人もいて、めんどくさいと思いはじめて、だんだんイヤになってきたんですよ。  で、男の人から伝言に援助交際のメッセージがけっこう入ってるから、一気にお金が入るほうがいいかなって。援助やれば一日で最低五万円ですからね。私はまだ三回しかやったことないんです。やったあとにシャワーとか浴びるじゃないですか。そのあいだに男の人がいなくなっちゃったことがあるんですよ。ホテル代は前払いだったけど、どうしよう、これじゃお金もらえないって──」  チヒロちゃんはそのまま話を続けようとしていたが、僕は話を一度ストップさせて内容を確認した。チヒロちゃんは下着を売る女の子なのだと信じ込んでいた。密かに援助交際をやっている気配を感じて、執拗に追及していったわけではなかった。ブラジャーの話がパンツの話に飛んだ、そんな軽い感じで唐突に出てきた話だったのだ。  けれども僕の空耳ではなかった。サクラのアルバイトは夏休みの話で、援助交際はつい二、三カ月前の冬休みの話だった。三回のうち一回はお金をもらい損なったが、二回で二十万を稼ぎ、そのうち半分は洋服代に使い、残りの半分は貯金してパソコン購入資金の足しにした、とチヒロちゃんは言った。  チヒロちゃんは、表情ひとつ変えずに、あけすけに話を続けた。 「一人めは四十二歳くらいのテレビ局関係の人で、面白くて、やさしくて、けっこういい人だったから、べつにイヤじゃなかったです。すごい自然な感じでリードしてくれたし。逃げられた人の次の三人めの人がちょっとイヤだったかな、三十代のちょっと太った脂っこい人だったから。でももうホテルに行っちゃってたから、仕事だって感じで割り切っちゃいました。ある人に気に入られて、つきあおう、つきあおうってしつこく言われたんですけど、何回も会ってると情がうつったりするから、私は一回こっきりにしてます。  じつはそのほかにもう一人、二十三歳くらいの人に会ったんですけど、その人は私のことを中学生だと思ったみたいで、君みたいな子とやっちゃうのは犯罪みたいだからイヤだって、断られたんです。その人はコギャルみたいなのが来るんだと思ってたんですって。でも、来てくれたんだからって三千円くれました。ちょっと額が違うぞって思ったんですけどね(笑)。私はあんまり(SEXが)好きじゃないかなっていうのが経験してみてわかって、そういうことをしなくてもお金になることがあるよって友だちに言われて、こっち(下着売り)になったんです。でも、今のところは伝言を入れてもそんなに返ってこないんですよ。やっぱりあっち(援助交際)にくらべると能率悪いですね」  チヒロちゃんは、われわれの関係を胡散《うさん》臭そうに見ているケーキショップの空気には気づいたようで、ストレートな言葉を避けて言った。  あまり時間が残っていなかった。細部から離れた質問を二、三することにした。H系バイトで身についた金銭感覚を元に戻せると思うか、そのH系バイトの潮時についてどう考えているのか、そして遠い将来、もし娘が同じことをしたら、母親としていったいどう対処するか、という質問だ。 「金銭感覚がマヒしていくのは怖いことだと思ってるんです。けっこうお金遣いが荒くなってますからね。でもとりあえず二年生のうちにお金を貯めておいて、三年生になったらやめると思うからだいじょうぶです。三年生になると大学受験態勢に入るし、浪人すると親に迷惑かけちゃいますからね。娘? その時になんないとわかんないけど、たぶん知らんぷりはしないと思う。で、もしもお金のためだけにやってるんであれば、お小遣いを増やしてあげるとかはすると思うな。私のお小遣いは一カ月五千円なんですけど、母親は女手ひとつで私を育ててくれてるから、たまに何か買ってくれるって言われても、やっぱり悪い気がしちゃうんですよ。ただ、私はべつに後悔はしてないんですよ、ホントに」  チヒロちゃんは、商品が入ったままのリュックを背負うと、ピョコンとおじぎをして帰っていった。  下着を売るもう一人の少女、シオリちゃんに会ったのは、じつは予定外のことだった。僕はH系バイトをしていない子に会ったつもりだったのだ。  自宅に戻って、いつものように電話に向かっていた。 「あなた宛のメッセージが全部で十八件あります」  とコンピュータが教えてくれた。  今までこんな反応はなかったのだが、じつは昨日、初めてオープンボックスに自己紹介のメッセージを入れてみたのだ。ひとつ年齢をさばよんで。 「世の中、Hなオジサンとスケベなオジサンしかいないと思ってる中高生の女の子に入れてます。それは半分正しくて半分間違ってると思っている三十代の自由業です。僕はお茶したり食事をしたりして若返ろうと思ってます。本当にHなしで──」  僕の狙いというのは、だいたい次のようなものだった。伝言ダイヤルで売春をしている女子中高生には何人か会った。けれども、中高生がすべて売春目的で電話しているわけじゃない。なかにはラジオの深夜放送を聴くのと同じように、暇つぶし半分で伝言ダイヤルを聞いている子たちもいるはずだ。そう、そういう女の子にも会ってみよう。  もちろん多少の期待くらいはしていたが、それにしても十八件入るとは思わなかった。とにかく僕は、十八件のメッセージが詰まっているボックスを開けた。 「高二の十六歳の女の子なんですけど、お金に困ってるんで、本当にHなしでお金くれるんだったら喜んで渋谷まで行きます。ベル番教えるんでぜひ──」 「こんばんは。十七歳の高校生です。Hなしでお小遣いくれるんならいいかなーと思ってお返事入れました。私、けっこう明るいんで、カラオケとか好きだしー、ぜひ──」 「高校三年生です。もしよかったら一緒に遊んでください。お金が欲しいから会ってもらいたいんです。顔とかは雛形あきこに似てて──」 「十七歳の高二です。Hなしでお金くれるんだったら、ぜひ私がお相手したいと思ってます。もう一人の友だちと一緒っていうのはどうですか。その子もかわいいし、二人だったらより楽しいんじゃないかなあと──」 「高校一年生なんですけど、なんでHとかしないで平気なんでしょうか? そのへんよく知ってる友だちとかも、やっぱなんでって言ってるんですけど、私はお金欲しいんです。あなたはどういう人か教えてください」  僕はHなしの交際の数字として、さりげなく「二か三くらい」と入れておいた。それがいけなかったようだ。彼女たちの意識がこれほどまでにお金の一点に集中してくるとは想像していなかった。明らかに僕は、ウリをしない女子中高生も見誤っていた。一目散に金を目指してくる女の子への取材は、寝た子を起こす結果になるかもしれないと反省した。  そんな理由で、返ってきたメッセージのなかから慎重にシオリちゃんを選んだ。お金のことにもHなことにもまったく触れず、「私は遊んでいるコギャル・タイプではありません」とメッセージを返してきた高校二年生だ。  シオリちゃんと待ち合わせたのも渋谷だった。電話で待ち合わせの候補地を挙げて検討していくと、結局はここに落ち着くのだ。軽くソバージュをかけ、今流行りのブーツを履いていた。だが、たしかにハデな子ではなく、渋谷のセンター街でナンパされるよりはむしろ、気まじめな男子高校生に電車の中で手紙を渡されるというタイプの美人だった。朝方まで営業しているカラオケ店に入って話を聞いた。 「渋谷に近い女子校に行ってたら、私も洋服やお化粧やブランド物のこととかで頭がいっぱいになってたと思います」  シオリちゃんは、今の女子中高生の行動を決定づけているのは中学進学時の選択だ、と環境因子を重視する。シオリちゃん自身は中学受験の際、渋谷に近い女子校と都下の男女共学の両方に合格して、偏差値の高い進学校である後者を選んだのだった。  話の切り出し方からすると、進学校を選択して良かった、という方向に向かうものだとばかり思っていた。 「私立に行った友だちはみんな女子校で、そっちの子の中学の話ばかり聞いてたから、すっごいうらやましかった。女子校の子って、服装にしろ、行くお店にしろ、読む雑誌にしろ、洗練されてるじゃないですか。小学生の時は同じだったのに、みんなとすっごい差がついちゃって、それがショックだったんですよ。それで、女子校に行きたい、女子校に行きたいって……。今もそう思ってるんですよ」  この話の進み具合からすると、進学校を選択して失敗した、という方向になっていくのだと思った。シオリちゃんが入った中学は、NHKの「中学生日記」に出てくるような学校で、部活に熱心で、喧嘩もなくて、平和だけど毎日に変化がなくて、放課後、渋谷に寄る生徒がいない学校なのだという。 「夏休みにテレビで�女子高生の実態�なんてやってるじゃないですか。H系のバイトであんなに簡単にお金がもらえるのかと思うと、すっごいうらやましかったんですよ。でも、高校生になって、他人は他人自分は自分、まったく違う存在なんだって気づいたんです。私はもうこっち側の学校の価値観で、そういうのは絶対にダメだって思うから、ずっと地味なバイトをやってきたんです」 「たとえばどんな?」とジグザグに揺れる気持ちで学校生活を送ってきたらしいシオリちゃんに聞いた。新商品のデモンストレーター、スーパーのハムの試食販売、クリスマス用のケーキづくり、バレンタイン用のチョコレートづくり、コーヒーのチェーン店──。シオリちゃんはさまざまな、いかにもアルバイトらしいアルバイト経験を積んでいた。 「で、どうして伝言ダイヤルを聞いてたの?」  と僕は聞いた。 「自分でも矛盾してるなって思ってるんです。私も遊んでる子たちと同じで、やっぱりお金が欲しいのかなって」  とシオリちゃんは答えた。  じつは、地味なバイトを基本的な収入源とする一方で、お小遣いがピンチになると臨時の収入源としてH系バイトをしたことがあるのだった。デートクラブを皮切りに、テレクラのサクラ、制服売り、そして下着売りだ。 「ある時、すっごいおとなしい子が、デートクラブに行ったんだって話しかけてきたんですよ。それなりに髪の毛とかに気を配ってるけど、茶髪とかじゃなくて、ホントにふつうの子なんですよ。一時間で五千円もらったよ、とか、それでお金が入るならいいじゃん、みたいに平気で言ってる。私は驚いちゃって……。それで、実際にそのデートクラブを見せてもらって、ぜんぜんふつうの所だったんで安心して、一回やったんですよ」  警察の補導を恐れ、渋谷や新宿を避けて選んだその郊外のデートクラブは、ボロボロのマンションの一室にあったという。やって来る客はお金のなさそうな人ばかりに見えた。壁には女の子たちの成績表が貼ってあり、高得点をマークするとシャネルのバッグなどの賞品がもらえるという。生命保険のセールスレディーにはたらいているような競争原理が、デートクラブにも導入されているとは初耳だった。  H系アルバイトの初日、シオリちゃんは二番めに店に入ってきた客に指名された。「水道局の仕事をしている」と言った三十歳くらいのムサいオジサンと喫茶店に行き、どうということのない世間話をして一時間を過ごし、五千円を手にした。 「ホントにふつうの子がいて、そういうふつうの子のほうが客の人気がすごいんです。それにすごく驚いて、なーんだ、私にだってできるじゃん、みたいに罪の意識が消されちゃった。みんなやってる、私よりまじめな子もやってるんだって。ちょっと怖いけど、一時間経てば解放されるんだからと思って」  賞品獲得も夢ではなかったと思うのだが、シオリちゃんは初日で辞めた。それは、客に惚れられた友だちが、車に連れ込まれて、危うく誘拐されそうになったからだという。 「その話を聞いてなかったら、今も相変わらずデートクラブに行ってたかもしれない」  とシオリちゃんは言った。  にもかかわらずお金が欲しいという気持ちは残り、危険のない、自宅でできるテレクラのサクラに手を出した。  テレクラの客が、妙に愛想がいい子だな、これは脈があるかもしれない、とせっせと口説き、やっと話がついて待ち合わせると、女の子は来ない。こういうのをスッポカシと呼ぶのだが、男が店に払う料金の一部が時給二千円ほどのサクラのバイト代になるのだ。 「一週間くらい頑張ってやったんだけど、飽きちゃうし、なかなか一万円にいかないからバカバカしくなって辞めちゃった」  次にシオリちゃんは、友だちと二人で学校の保健室から制服を盗み出し、伝言ダイヤルで売る計画を立てた。制服を汚してしまった生徒用に、保健室には制服がたくさん置いてあるのだそうだ。 「学校の制服を誰かが十何万で売ったって聞いて、売ろうと思ったんですよ。これなら自分が傷つくことはないと思って」  シオリちゃんの話は、かなり危険度を増してきていた。  その制服は八万円で売れ、シオリちゃんは友だちと二人で山分けした。その交渉をしている過程でシオリちゃんは、自分の下着がお金に化けるということを知った。 「たぶん、男の人がブルセラに行かなくても買えるということで成り立ってるんだと思うんですよ。下着は売ってくれないんですか、という人がすっごくたくさんいたんです。パンツなんてゴミのようなもんなのに、すごい値段をつけてくるんですよ。パンスト一枚一万円とか、エッて聞き返しちゃうような値段です。これはいいと思っちゃって……。多く買ってくれる人は、生理中のパンツ一枚、フツーのパンツ一枚、ブルマー一枚って感じで種類を指定してきます。もっと変なので、唾を売ってくださいとか、尿を売ってくださいとか言う人もいるんです。公衆便所で検便の容器を渡されて、五万円だからって。私は気持ち悪いから断りましたけどね」  僕は、目の前のシオリちゃんが発散しているある種の気持ちの悪さを、本人にうまく伝達することができなかった。その気持ち悪さというのは、�ゴミのような�パンツを売る自分は清潔だと信じて疑わないところにあった。  これまで、女子中高生たちの口から「オジサンに恋してるの」などという話は一度も聞かなかった。何度か出てきたのは「オジサンは財布よ」というセリフだった。その事実が確認できて、僕はある意味でホッとした。多くの女子中高生たちが中年のオジサンたちにマジで色目を使う世の中というのも、じつに気持ちが悪い。  相手が財布だというその点に限って言えば、ウリをする子と下着を売る子のあいだには何ら違いはない。シオリちゃんの話を聞いていると、そのあたりの考え方があまりにも無邪気すぎる、と僕は感じた。 「どうしてウリはやらないの? そんなにお金が欲しいなら」と逆説的に聞いてみた。 「私はね、どんなにお金が欲しくても、見ず知らずの人に身体をあずけるなんて絶対イヤだ、という価値観なんですよ。そういう行為は恋人とかとじゃないとダメだって、小さい頃から思ってたんですよ。生理的に気持ち悪いし、ウリをやる子たちが信じられないんですよ。どうしてできちゃうのかなって」  僕はシオリちゃんの話を黙って聞いた。シオリちゃんは続けて言った。 「でも、たとえ身を売ってなくても、自分の物に値段をつけて商品化するっていうのは売春と同じかもしれない。矛盾してるんですけど、そうも思うんですよ、最近。自分は売春できないとか言ってるわりに、結局お金から抜けきれてないんだって」  別れ際になっても、シオリちゃんはチグハグな気持ちを持てあましているように思えた。ウリをすることも下着を売ることも身近な時代には、古風な理由で漠然とウリを否定していると、かえって自分の行動が見えなくなる場合もある。シオリちゃんと話していて、そう感じた。見ず知らずの相手だからウリはいけないのか、財布代わりにウリをするというイージーさがいけないのか、あるいは本能的にいけないと感じるからいけないのか、とにかく自分なりに一から考え直してみない限り、シオリちゃんに漂っていた危うい感じは消えない気がした。 「あっ、いけない。もうアルバイトに行かなくちゃ!」  シオリちゃんは時計を見ると、あたふたと自由が丘の喫茶店に向かった。  ふと思いついて、僕は中学時代の同級生に電話をしてみた。僕が通っていたのは、あまり柄がいいとは言えない、東京の区立中学だ。彼女は僕と同様、学校内で起きているほとんどのヤバい事情に通じていた女の子だった。今どきの女子中高生の生態には、テレビのワイドショーである程度通じていた。 「知ってるわよ。髪染めてピアスして売春やるんでしょう」 「俺たちの中学にもそういう子がいたのに、俺が知らなかったなんてことだったら恥ずかしいと思ってさ」 「いなかったわよ。H経験ありっていうのはいるにはいたけど、オジサンと売春ていうのはね」 「俺たちにとって、大人って敵だったじゃない。なのに、どうしてやれるんだろうと思って」 「ぜったいにやれないわよ、気持ち悪くて。高校だってそんな子いなかった。でも、大学に入るとボツボツ出てきたのよね、そういう子が」 「大学ではいたんだ」 「少しだけね。でも、中学生で売春なんて、私にはわからないわよ。そんなのわかろうとするからいけないのよ」  下着を売る二人には、あえてオジサンという敵から塩をもらうしたたかさも感じられなかった。 [#改ページ]  5 「抱き心地は悪くないと思います」 [#この行3字下げ]女子高生と援助交際してくれる人を探してます。身長は159センチで、胸はDカップあります。アンダーが67・5、トップが87です。ウエストは58、ヒップは88。うーん、抱き心地は悪くないと思います。なるべく早く、しかも平日に会っていただける人を探してます。今希望しているのは月曜日です。なるべく高額を望んでます。 「十六歳の高校生ですけど、あしたの木曜日に援助交際で会ってくれる人、探しています。私は身長が一六五センチで体重が四九キロで、ちょっとやせてるほうかな。顔はゴクミに似てるって言われたことがあります。自分で言うのも変だけど、けっこうかわいいほうだと思います。それで、値段は二時間ぐらいで、五でお願いします」 「十七歳の女子高生です。援助交際を希望しています。欲しいものがたくさんあって困っています。身長一六〇センチ、バスト83、ウエスト57、ヒップ84の中肉中背です。あしたの日曜日の昼過ぎから渋谷でお会いできる方。ノーマルでやさしい方がいいです。見た目は悪くないほうだと思いますので、よろしくお願いします」 「十五歳の高校一年生なんですけど、えーと、十五万ぐらいで処女を買ってくれる方、伝言ください。できたら四十代か五十代の方がいいんですけど。こちらは冗談で入れてるわけじゃないんで、そちらも冗談で入れないでほしいんですけど、よろしくお願いします」  本気で援助交際を希望しているメッセージは、いたずらや単なる好奇心で入れているメッセージとは雰囲気が違う。希望する日時、金額、自分の容姿、相手の条件などのディテールにおいて、本気のほうが圧倒的にまさっているのだ。照れも感じられないし、横で聞いている友だちの忍び笑いも聞こえてこない。ほとんどが単独犯だ。そして援助交際という名の売春なのに、なぜか判で押したように「お願いします」で終わる。  取材だとはいえ、援助交際希望の女子中高生のメッセージに入っていくのは、やはり気の重いことだった。彼女たちの援助交際を成立させている男たちはいったいどんな感じでメッセージを入れているのか、雰囲気だけでも知りたくなった。僕は彼女たちがかけているというフリーダイヤルの番号を押してみた。 「えー、はじめまして。あしたの月曜日、高校生までの女の子と援助交際を希望します。私は三十過ぎの者です。身長一六五センチ、体重が六五キロ。ふつうのサラリーマンをやっとります。初めて会うのにプレッシャーとか不安とかあるかもしれませんが、私は何度か援助をやったことがあるのでだいじょうぶです。よかったら伝言ください」 「もしもしこんにちは。都内に住んでいる二十九歳で、一応、結婚しています。身長が一七〇センチで体重は五八キロで、けっこうやせ型です。原宿のほうでお店をやってます。援助交際希望の十代の方、いましたらメッセージをいただきたいんですけど、こっちもスッポカシを食らうのイヤなんで、直接電話で話ができる人、メッセージをお願いします。電話で金額などの相談をしましょう。では」 「もしもし。きょう、午後から援助交際で会える女子高生、いましたら伝言ください。こちらは四十一歳なんですけど、バツイチです。このくらいの年の男でもいいと思う女の子がいましたら、伝言お願いします」  三十過ぎのサラリーマン、二十九歳の自営業、四十一歳のバツイチ──僕が予想していたよりもずっと落ち着いた口調で入っているメッセージは、年齢にふさわしいとは思えない、妙にへりくだった依頼調だった。身長や体重を入れるところまで十代の女子中高生たちと瓜ふたつで、半ばパターン化している。ひとつ違う点があるとすれば、この男たちはこの段階では具体的な金額を提示していないということだった。  援助交際が目的の伝言ダイヤルは、どうやら「早い者勝ちの原則」で動いているらしかった。酒井法子に似ているという十七歳と山咲千里に似ているという十六歳に僕はメッセージを送った。けれども、うんともすんとも反応がなかった。交渉権を得たのであろう男にくらべると、僕は少なくとも十二時間は出遅れていた。  僕はしばらくのあいだ、メッセージを聞く回数を増やすことにした。外出していても六時間ごとに公衆電話に飛び込み、公衆電話が見当たらなければ携帯電話でメッセージを聞く。そんなあわただしい日々が一週間ほど続いた。 「女子高生と援助交際してくれる人を探してます。身長一五九センチで、胸はDカップあります。アンダーが67・5、トップが87です。ウエストは58、ヒップは88。うーん、抱き心地は悪くないと思います。なるべく早く、しかも平日に会っていただける人を探してます。今希望しているのは月曜日です。なるべく高額を望んでます。絶対にバックレることはないんで、連絡ください。えーと、伝言くれた人にはベル番教えるんで、なるべくたくさんの人から伝言待ってます」  僕はすぐに伝言を入れた。このメッセージには、取材者の僕が話を聞くのにうってつけの個性と表現力があると思ったからだ。欲情しているであろう男たちへのエサ、さらっと入れてある高額の要求、アフターフォローを約束する気づかい、そして多くの支持を得ようとするしたたかさ──ただ者ではないと思った。 「とても大胆なメッセージだったけど、いったいどこまで本気なのでしょうか。もしも冗談じゃなくて本気ならば……」  と僕はその女子高生のプライベートボックスに入れた。 「伝言を入れたナツミです。本気なんで、ぜひ、携帯の番号を教えてください。教えてくれたらすぐに連絡して、ソッコー会いたいです。一応、ベル番入れときます。××××─△△△△。本気で連絡待ってます」  まもなく返信が来た。  そして二日後、新宿の地下街で待ち合わせることになった。それはナツミちゃんが言いだした場所だ。じつはこの場所指定には、犯行現場に戻る犯罪者同様の心理がはたらいているのだということを、僕はあとで知ることになる。彼女にとって、新宿には思い出したくない過去がいくつかあるのだった。  ブルーのジャケット&スカートに黒のロングブーツ。十六歳の高校一年生だというナツミちゃんは、年齢より上に見られるように精一杯背伸びをしてきたようだった。とはいえ、この種の話題を報じるワイドショーに目隠しで登場するコギャルたちとは正反対の、どこにでもいるまじめな高校生の姿がすけて見えた。 「ぜーんぜんオッケーですよ。そういう話、マジにできると思うし、Hなんかするよりぜんぜんいいですよ」  ナツミちゃんは初めての取材依頼に動じることなく言った。  カラオケ店の受付で僕が自宅の住所を書き込んでいると、ナツミちゃんは気をつかってカウンターから離れる。部屋で二人きりになると、Dカップの十六歳のどこを見て話したらいいのか、さすがに僕は目のやり場に困ったが、ナツミちゃんはそれも察してミニスカートのヒザにさりげなく上着をかける。高校から通いはじめたという私立は、指折れば十本に入る名門のお嬢様学校で、彼女の区立中学時代の偏差値は六八だった。  伝言には身長一五九センチと入っていたが、じつをいうとナツミちゃんの身長はもう少しだけ高い。 「背が低いってコンプレックスを持ってる男の人が多いから、身長一五九って入れてるの。伝言が多く入ってないと、相手を選べないでしょう。一件しか入ってないから仕方なくその人にしてひどい目にあったなんて、シャレにならないもん」  こうした機転は高偏差値のせいだけではない。中学生になると、ナツミちゃんの学校でもテレクラにいたずら電話をする友だちが現れだした。ナツミちゃんは二年生の時にハマり、話術が磨かれていったのだ。ナツミちゃんはこの頃かけたテレクラのことを「嘘つき遊び」と呼んだ。 「実際に会おうとかは思わなくて、十八歳だけど……とか嘘をついて遊ぶの。テレクラで違う自分を演じて楽しんでた。伝言は高校受験が終わってから。友だちが入れてみたら、百二十件返ってきたんですよ。それで今度は伝言にハマッちゃった。自分が入れた伝言にメッセージが返ってくるのがうれしいんですよ。前の日に三件だったのが六件になってるとかね」  一人の女の子が遊びで入れた嘘に百二十人もの男が殺到する光景を思い浮かべると、さすがに薄気味が悪くなった。この嘘つき遊びの延長で、ナツミちゃんは援助交際という言葉とその意味を初めて知った。そして、実際に肌で知るのは高校一年生の冬。人間関係のわずらわしさが耐えられなくなってマクドナルドのバイトを辞め、それを援助交際で埋めようとした。「気が向いたらBまでやるけど、今はそれ以上はできない」と入れたのだ。  カラオケ店でスパゲティーとアイスクリームを頼んだが、いったん注文を受けたあとに「スパゲティーとアイスクリームはできないんです」と言われ、ミックスピザにした。ずいぶん間の抜けた店だった。午後二時を少し回ったところだった。ナツミちゃんと僕以外に、客はほとんどいなかった。 「四十三歳のハゲオヤジで、一緒に歩くのもキビシかった」  とナツミちゃんは初めての援助交際を振り返った。 「新宿で映画を観ようってことになって、その人がコーヒーを買ってきてくれたの。飲んでから気づいたんだけど、何か薬が入ってて、観てるうちに眠たくなってきたんです。そして、その人が私の体に触ってくる。映画が終わる頃にはフラフラしちゃって、支えてもらわなければ歩けない状態。そのまま手を引っぱられてホテルに連れていかれて、されるがままでした。  ところどころしか記憶がなくて、どこのホテルに入ったかわかんないんだけど、そのあと、大久保公園で五万円もらったのは覚えてる。何の薬だかわかんないけど、眠くなっただけじゃなくて、触られると気持ちがよくなっちゃうの。お金持ちだったし、たぶん医者なんじゃないかな、その人」  ナツミちゃんには二十代前半の社会人の彼氏がいる。友だちの紹介で知り合って、三回めに性的な関係を結んだ。切実にお金が欲しくなったのは、その彼とスノーボードに行くようになってからだ。  ナツミちゃんは、ゲレンデでぜいたくに過ごすわけではない。ホテルには泊まらずに、彼氏の車で車中泊という節約型だ。家はそのたびに一万円から三万円くらい出してくれる。そのほかに月一万五千円のお小遣いをもらっているのだが、それでも足りない。「だからH系バイトをやる」というナツミちゃんの論理は、一見大人のように聞こえるが、やはり子どもだった。手段を選ばずに目的を達成するというのは、まっとうな大人の世界で通用するものではない。 「親にお小遣いの増額や借金を申し出てみなかったの?」  と僕は聞いた。 「ほかの子たちよりは多くもらってるから、これ以上親からお金をもらうのは悪いなって思うの。月に二回くらい山に行ってるんだけど、割り勘する時に、高校生だからいいよって言われたら、私としては立場ないじゃん。彼氏は山に行くために食事を一食減らした、とか言ってるの。そういうの聞いたら、ほっとけないよ。好きな人と好きなスノーボードのためだったら、私は何でもできるよ」  ナツミちゃんはきっぱりと言った。  ここでも出てきた「親からお金をもらうのは悪い」という言い方をどのように受けとめたらいいのか、僕にはよくわからなかった。かつて十代の犯罪は、家で小さな悪事をし尽くしてから外の大きな悪事に進んだ。親を脅してでもお金を出させ、家族が手に負えなくなった頃に、少年は地域のボス・クラスにのしあがって犯罪を次第にエスカレートさせていく傾向があったのだ。親にこれほど遠慮しながらワルをはたらく子たちを、今までは取材したことがなかった。彼女たちはもうこの古典的なパターンには当てはまらない。  ナツミちゃんの家庭はとにもかくにも外見上は平静を保っている。大学に行かなかった父親は、努力を重ねて今は大手企業系列の経営者に収まっている。「英会話を習いに行く必要はない、塾に通う必要はない、バイクは女の子が乗るものじゃない、テレビはNHKだけにしろ」と厳しい四十代後半の父親と、「勉強するもしないも、受験するもしないも、あなた次第なんだからね」と娘任せの四十代後半の母親は、よく喧嘩をする。しかし、離婚する気配はない。ナツミちゃんにとってベストな家庭とはいえないが、さりとて家出したくなるような最低の家庭でもなかった。 「しばらくは新宿に来るのもイヤだったし、彼氏以外の人に抱かれたっていうことを早く忘れたかった」とナツミちゃんは言った。  しかしその後、こう思うようになったのだという。 「もうすんじゃったことだし、お金が入ったんだから、まあいいか。いい生活ができるようになったのもこのおかげだし。それに、これ以上怖い目にはあわないだろう。そうだ、ビジネスとして割り切ろう。ぜったいにタダじゃ触らせないようにしよう。新宿で誰でも相手にして、抱かれてお金をもらってやろうと思ったの」  初めての援助交際でとんでもない男にでくわしたにもかかわらず、その苦い経験はナツミちゃんにとって、ブレーキになるどころか、むしろアクセルとなった。  ホテル街をぶらぶら歩くと、次から次に男たちが声をかけてきた。気持ち悪い男ばかりだったので断り続け、逃げるように歌舞伎町の表通りに出た。四十代前半くらいのまあまあの男に「お茶を飲まない?」と誘われてついていくと、そこはアダルトビデオが流れている個室喫茶だった。その男が体に触ってくる。 「私、そんなに安くないから、ちゃんと割り切って」  ナツミちゃんはお金を要求した。 「お前は売春してんのか」  男は豹変して声を荒らげた。  ナツミちゃんは「ヤバい!」と思って逃げだした。が、その男は新宿駅のエレベーターまで追いかけてきた。 「十六歳の高校生のくせに売春してんのか、この売春女!」 「触らないでください」 「よし、警察に行こう」 「何で行く必要があるの。売春してるわけないでしょ」  ナツミちゃんは男の手を振り払い、どうにか家路についた。 「どうしてそんな所に行ったんだろうって、自分が超みじめになったよ」  とナツミちゃんはしんみり言った。 「なのになぜ、また伝言ダイヤルに入れたの?」と僕は聞いた。 「みじめな思いをいい思いに変えて、今は楽しいんだと思いたいと……」  ナツミちゃんが答える声は小さくなっていった。  ナツミちゃんのウリにまつわる話はすっかり終わったのだ、と僕は思った。ところが、そうではなかった。じつをいうとこの春、ナツミちゃんには、彼氏のほかにパパができたのだった。  伝言で待ち合わせた男が約束の時間に現れない。新宿をふらふら歩いていると、ブランド物で身を固めた品のよさそうな中年が、「私はふだんはこんなことはしないんだけど、あなたのパパになりたいんだ」と声をかけてきた。  ヴィトンの財布のなかに、五十万円くらい入っていた。そしてナツミちゃんは、月三十万円の契約を成立させた。二回会ってから決めたのだという。 「子どもはいなくて、私に甘えてもらいたいんだって。その人、私に彼氏がいるっていうのも知ってるの。彼氏にバレないかなって心配してくれる。初めて会ってHした時に、口でしてって言われたんだけど、私は口内炎ができててできなかったのね。そしたら、無理に言い訳しないで、できないならできないって言ってくれればいいよって。そういう人だからいいかなって、妥協しちゃったところもあったわけ。私はその人を、スケベなオヤジとしてじゃなくて、ちゃんと人としてみてるよ」  ナツミちゃんの声は、再び元のトーンに戻っていた。  それは人生経験豊富なパパの側にしてみれば、そのほうが単に自分にとって都合がいいというだけの、偽りの「包容力」や「やさしさ」であるにすぎない。ところが、ナツミちゃんはそうは受け取らず、こんなふうに言った。 「私はそんなハデな服とかは買いません。三千九百円のトレーナーが六千八百円のになったとか、今のところはせいぜいそのくらい。バイトでお金が入ったからって、いきなりシャネルとかフェンディとかプラダに変わっちゃうのって、ぜったいやっちゃいけないと思う。これからはもらったお金を貯金して、結婚資金も作ろうと思ってる。大人が子どもを操っているように見えるけど、実際は女が手玉に取ってるだけじゃんて思うの」 「あなたが母親になったら娘になんて言う?」僕はナツミちゃんにも聞いてみた。 「反対はしない。でも、自分もそうだったように、痛い目にあうよって言う。それは自業自得でしょう。危ないなら危ないなりに自分で解決すればいいじゃない。それに、痛い目にあったら、それ以下のことにはメゲないわけじゃん。それで強くなるからいいじゃん。それを通して、社会情勢とか、いろいろ勉強できるしね。  ウチの母親は遊んだ人じゃなくて、二十歳を過ぎて初めてデートして、キスされそうになってひっぱたいたって言ってた。それは時代の変化なんですよ。でもウチの母親は、今のうちにちゃんと遊んでおきなさいって言うよ。結婚して一人の男とちゃんとやっていくためには、今遊んでおかないとダメだって」  オジサンたちの相手をするようになってから、ナツミちゃんは演歌を聴きはじめた。一緒にカラオケで歌うからだ。その演歌を、理由を何も知らない同年代の友だちの前で披露すると、けっこうウケるという。そしてナツミちゃんは、心理学関係の本をむさぼるように読むようになった。外見だけではなく自分の中身を磨かなくてはいけないと思ったからだそうだ。最近買った本を尋ねると、『ソフィーの世界』という答えが返ってきた。十六歳が選択した世界が間違っていると気づくヒントは、この本のなかにもあるはずなのだった。 〈ソクラテス──もっともかしこい人は、自分が知らないということを知っている人だ〉 〈ヘーゲル──理性的なものだけが生きのびる〉  本屋で、彼女が買ったという本の目次を見たら、こんな言葉があった。  ナツミちゃんの話を吹き込んだ録音テープを自宅でもう一度聞き終わると、ちょっとやるせない気持ちになった。 「私はたくさん汚いものを見てるから、ちょっとしたことでも純に見えるのよ」  彼氏に対する恋心を表現する言葉でこのテープは終わった。  僕が申し込んだ伝言ダイヤルは、すべて東京地区の利用者向けの番組だった。しかし、各伝言ダイヤルの番組網は関東以外にも張りめぐらされている。手広く営業している業者は、北は旭川地区から南は鹿児島地区まで、それこそ日本じゅうの男性と女性を電話回線で結んでいる。僕が東京地区にしぼったのは、ただ単にそれ以上は手に負えないという物理的な理由にすぎなかった。 「援助交際を希望している十六歳ですけど、横浜の〇〇にいます。こっちまで来てもらえるんでしたら──」  内容的には特別にどうということのないトモコちゃんのメッセージに伝言を入れてみることにしたのは、彼女の言った「こっち」というのが、僕の自宅のごく目と鼻の先だったからだ。  僕は「おそらく返事は返ってこないだろう」と思いつつ入れた。というのは、田園都市線沿線ののんびりとした住宅街までが、こうした援助交際の待ち合わせ場所になっているとはちょっと想像しにくかったからだ。それはやはり、東京地区でいえば渋谷、新宿、池袋が中心で、神奈川地区ならば横浜か関内あたりなのだと思っていた。  ところがすぐに返事が入り、二時間後に会うことになった。しかも、どうしても車で迎えに来てくれと言う。おそらく、待ち合わせた場所からホテルに直行しようということなのだろう。この地域には、ニュータウンを開発した名残の山や田畑はあっても、ラブホテルはなかった。しかし車で十数分走ると、東名高速のインターチェンジがある。取材に応じるような初心者ではないのかもしれないと思うと、正直な話、彼女たちが言うところの「スッポカシ」や「バックレ」の手を使いたい気分になった。  とりあえずスタンドでガソリンを入れていると、僕の携帯電話の発信音が鳴った。 「今、どこにいますか?」 「××のそばのJOMO」 「じゃあ五時三十五分には着きますよね」  バックレはないか、探りを入れる電話だった。  駅の改札を出た売店の横で待ち合わせることにした。駅から駐車場までのあいだでいいのだが、とにかく車に乗ってしまう前に、事情を説明する時間が欲しかったのだ。  白いロングブーツに白のミニスカート。そしてシャネル風の黒のショルダーバッグ。身長は一六五センチくらいで、かなり大人っぽく見える。セミロングの茶髪で白のロングブーツをはいているトモコちゃんは、住宅街にはいささかまぶしすぎた。学校の運動会に金色のナイキで走るような目立ち方だ。ふつうに取材を申し込んでも、トモコちゃんは捨てゼリフを残して消えてしまいそうな気がした。 「じつはアブノーマルな要求がひとつだけあるんだけど」 「えっ、なんですか、それ」 「Hなしでお願いしたい」 「なーんだ、びっくりした」  トモコちゃんは初めて笑った。駅の階段を下り終わるまでに、僕のオンボロ車の出番はなくなった。  見かけは怖そうなトモコちゃんだが、話してみると明るくてさばけた十六歳だった。学校名は教えてくれなかったが、神奈川の共学の私立高校の一年生で、父親は国家公務員、母親は薬剤師という、きわめて堅い家庭の一人娘だった。  伝言ダイヤルのメソッドはすべて先輩から学んだ。「お金がなくて困っている」とトモコちゃんが相談すると、先輩が何から何までセッティングしてくれた。そして、一年足らずで十八人のオジサンたちと援助交際をしてきたという。 「ここの伝言は十八歳未満は削除されちゃうからダメだとか、ここの伝言はあまりいい話が入ってないとか、テレクラにかけちゃうと値切られちゃうとか、やってる人から聞いたほうが早いんですよ。その先輩はこういうのヤリまくってて、もう百人以上だとか言ってて──。危ない目にあった話もいろいろ聞かせてくれるしね。  絶対にゴムを着けるって言ってたのに、知らない間に取られて中出しされちゃって、泣きながらシャワー浴びてたら、その隙に逃げられちゃったとか。あと、睡眠薬を飲まされて、車から降りたらバッグがなくて、お財布とかベルとか、全部盗られちゃったとか──。怖い話を聞いてるから、私はすごく慎重にやってる。そうじゃないと危険な目にあっちゃうと思うよ」 「トモコちゃんは危険な目にあったことはないの?」 「私はあんまり悪い人には当たってないんだけど」とトモコちゃんは言った。「友だち二人と男の人と3Pやることにして新宿で待ってたら、車で来た人がヤクザで、三本くらい指がなくって……。すごく怖くて二人で震えてたら、向こうが用事ができたかなんかで、途中で降ろしてくれた。それがいちばん怖かったかな」 「危なかったね」と僕は言ったのだが、トモコちゃんにとっては結果オーライでノド元を通過してしまったらしく、恐怖心はあまりリアルに伝わってこなかった。 「最初から車で迎えに来てもらうパターンなの?」  と僕は聞いた。 「男の人のほとんどが、どうせH方面に行くわけだから、最初から車のほうがいいって先輩に言われてたからね。危ないと思ったら、ナンバーを覚えておけるし。でも、わりとみんなふつうのサラリーマンですよ」  とトモコちゃんは答えた。  あまりにも明るくあっけらかんと話すトモコちゃんに、少し具体的な話を聞いてみることにした。父と娘ほど年の開いた男と女の援助交際の光景というのが、僕にはいまひとつうまく浮かんでこなかったからだ。 「ホテルに入って、とりあえずソファーに座る。こんな感じでふつうに雑談してて、紳士的な人は、じゃああなたから先にお風呂にって……。私はお風呂に一緒に入りたくないから、なるべく避けるけどね。今まで二人だけかな、一緒に入ったの。でも、車のなかからHな感じで触ってくる人とかもいる」 「そういう時はどうするの?」 「運転してるのに危ないですよ(笑)とか、かわす方向に持っていくよね。本気でやめてなんて言うと、かえって危ないんじゃないかな」 「雑談なんかもするわけ?」 「奥さんや子どもの話をする人もいるよ。娘が小学校に行っててかわいい盛りで、中学はまじめな私立に入れようと思ってるんだとか、そんな感じで言ってたりして、そん時は何か変な感じがしたけど(笑)」 「トモコちゃんなりのHのルールっていうのは?」 「キスなし、フェラなしっていう子は多いのね。私は相手がしつこいと、フェラはしちゃいます。妊娠や病気は怖いから、ゴムは着けてもらうけど。でも、一回だけ、すっごいしつこい人がいて、その人だけはしょうがなかったけど」 「キスは許さないという心理って?」 「キスはやっぱり聖域で、愛情の証《あかし》なんですよ」 「オジサンたちには感じない?」 「あのね、俺はうまいって言ってる人に限ってヘタだったりするの。うまい人の場合は、ちょっとはそういう気持ちになるかもしれないけど……。ヘタとかうまいとかはわかるようになってきた」 「それで彼とのH観が変わってくることはない?」 「彼氏の時とは受けとめ方が違って、やっぱ好きな人とのほうが盛り上がるからだいじょうぶ(笑)」 「お金はいつもらうの?」 「先にもらっといたほうがいいって聞いてたんだけど、私はなかなか言えなくて最後になったら言うんです。変だなっていう感じの人には、なるべく先にもらいますけどね」 「それで来た時のように帰る?」 「まだあるよ。終わったあとは、すぐにお風呂に行って、ちゃんと洗う。病気なんかにならないようにね」  彼氏の話が出てきたりして多少横道にそれたが、これがトモコちゃんが明かす密室でのおおよその流れだった。  僕は、その、相手からお金をもらう瞬間の気持ちについて聞いた。「少なくともいいことをしているとは思ってないんでしょう?」と。 「最初のうちは、こんなことしててバチ当たらないかなって思った。途中では、割り切ってそういうことは考えないようにしてた。今はどうだろう。うーん、やっぱりいいことだとは思わないけど、罪悪感とはちょっと違う。もちろん彼氏に対してだけは罪悪感があるんだけどね。うーん、やっぱり、みんなが言ってるように、仕事なんだって」  トモコちゃんは、独り住まいをするために三十万円も貯めてきたという。トモコちゃんが持っているバッグはシャネルかと思ったが、「違いますよ」と笑った。 「ブランド物を買って、稼いだお金がポーンと消えて、あとに何も残らないっていうのはイヤなの。私の場合、私生活で言うと、ファーストフードの食事がレストランに変わったくらいですよ。ちゃんと仕事が決まったら、私立の学校に払わせたお金とかも、少しずつ親に返していこうと思ってるんです」  将来の独立資金を貯めているトモコちゃんだが、それは両親に対する不満があるからではない。むしろ尊敬しているくらいだという。門限はそれほど厳しくないし、机の引き出しを勝手に開けて日記を盗み読みするようなこともしない。ただ、親がたまに買ってきてくれる洋服の趣味がまったく合わないことが、トモコちゃんをウリに走らせる一因にはなった。 「その親にバレたら?」と僕は聞いた。 「そんなこと考えたくないけど……」とトモコちゃんは言ったものの、あとに続く言葉を探すことには失敗した。  その代わり、なのかどうかはよくわからないが、親とうまくいっていないウリ仲間の話をトモコちゃんは明るくはじめた。 「会話がぜんぜんなくて、親が子どもを叱れない家の友だちがいて、その子がウリをやってるのがバレちゃったのね。そしたらその親は、本人とはひと言も話さないでぜーんぶ警察に任せちゃって、そのあと外国に留学させちゃった。親子が他人みたいな感じなの。  それから、お父さんが援助交際やってる友だちもいるの。その子のお父さん、急に女子高生の言葉を使うようになって、制服とかにもすごく詳しくなって、お金をバンバン使うようになっちゃったんだって。その子、お父さんに会っちゃったらどうしよう、なんて言ってた(笑)。笑いごとじゃないよね。怖いよねー」  笑いごとじゃないと同時にひとごとでもないのだけれど、トモコちゃんも自分のこととして売春問題を考えていくのは苦手らしかった。 「歴史的にみても、戦争の時には売春があるでしょう。うまく言い表せないけど、昔の人はイヤイヤ売春やらされて、今は自分のためなのね。あと、買う人がいるからこういうことをやる子がいる。伝言に援助交際とか入れてる男の人がいなかったら、女の子もそういうの思いつかないでしょう。私の友だちが相手のオジサンに、『俺は若さを買ってる。お前は若さを売ってお金をもらってる。それでいいんだ』って言われたんだって。ある程度自分の考えがしっかりしてれば、そう割り切っていいのかなって思っちゃうんですよ。ただ、親にも彼氏にも言えないっていうことイコール悪いことなのかな、とも思うし……」  僕は、質問のチャンスがあれば「親にバレたらどうする?」「あなたの娘がウリをしてるのがわかったらどうする?」と聞いた。もしも聞いた女の子たちがみんな、「それは悪いことじゃないって親を説得するよ」「娘にもそれは正しいことだって教えるよ」と答えるのだとしたら、「ウリをする自由」について、真剣に検討しなくてはいけないと思っていた。  しかし、どうやらその必要はなさそうだった。トモコちゃんも「彼氏に対してだけは罪悪感がある」とはっきり言った。  じつを言うと、僕はその後、トモコちゃんを一度見かけた。自転車を押して歩くジーンズ姿の若い男と、仲睦まじくラーメン屋に入っていくところだった。どう見ても、援助交際ではなくて恋人同士だった。トモコちゃんが言っていた罪悪感というのが、この時に初めてリアルに伝わってきた。援助交際を認め合うようなカップルが増えていくとは思えなかった。 [#改ページ]  6 デートクラブに棲息する少女たち [#この行3字下げ]こんにちは。女子高生のふたりです。今度の土曜日、ふたりの女の子があなたのチンチンを手でしごいていかせてあげます。そして、もうひとりが目の前でパンツを脱いで、そのパンツを売ります。手でしごくのが一万円。パンツが5000円です。メッセージ待ってます。  九四年の九月に、新宿のデートクラブが相次いで三店摘発された。この摘発によって、デート嬢として登録している女の子が三店だけで五百人近くもいるということや、その主力メンバーが高校生だということや、何人かの中学生がそのなかに交じっているという実態を世間は知らされたわけだ。そして、高校生についていたコギャルに対応するように、中学生にはマゴギャルという言葉が使われるようになった。  変わり身の早い業界のことだから、摘発されたデートクラブはとっくに閉店して別の商売に鞍がえしているものだとばかり思っていた。ところが、「〇〇は今もやってるよ」と二人の女の子から聞かされた。二人とも一度だけ行ったことがあるという。警察にマークされるようになったデートクラブは、すでに客足が遠のいて下火になっているようではあったが、とにかく自分の目で確かめてみようと思った。  歌舞伎町から少し外れた、名の知れたマンションの一室に、その店はあった。住人以外は管理人室を通すように、と掲示がしてある。僕がエレベーターに乗り込んだのは、いったんそのマンションを出て、建物のまわりをウロウロと三回りしてからだった。ドアを開けると、たしかにデート嬢たちは制服姿だった。「あそこは制服オッケーなんだよ」と女の子が言っていた通りだ。警察にマークされているにもかかわらず、あえて制服を売り物にしている。しかもこのデートクラブは、彼女たちのいる部屋に上がり込んで相手を選ぶ。この店では、珍しく十人の女の子と四人の客を見かけた。  高い補導のリスクをかいくぐって来るデート嬢をキープするためには、女子中高生たちを存分に受け入れることが必要なようだった。彼女たちは好き勝手に振る舞っている。スナック菓子を食べ、ジュースを飲み、当たり前のようにタバコを吸う。テレビゲーム「ぷよぷよ」に興じている子もいる。ひとことで言うと、コギャルのアジトだった。敵対していない学校が一、二校ずつ、仲間と連れだって日替わりでデートクラブを占拠しにやってきているという趣なのだ。 「それじゃ、遠慮なく。このへんに座っていいかな?」  僕は部屋のいちばん奥まで進んでいって、女の子たちのあいだに入ろうとした。 「ちょっとちょっと! みんなびっくりしちゃうじゃないですか。最初はここで様子を見ていてください」  と店の男が言った。僕は部屋の入口付近に座らされた。 「場所ですか? 靖国通りと明治通りの交差点を──。女子高生がほとんどで、入会金が一万円、入室料が五千円、デートは一回五千円で──」  制服を着た女の子が受話器を取り、店員のような慣れた口調で説明した。  二十代後半くらいの、常連と思われる見るからにオタク系の男が、彼女たちの輪のなかに入り込んでいた。度の強い眼鏡をかけ、髪の毛には寝ぐせがあってだらしなく、肥満気味で、勉強の偏差値は低くないのだろうが、十中八九、モテそうもない。 「ねえヒトミちゃん、ヒトミちゃんは彼氏いるの?」 「いるよ」 「やっぱりなー。ああ、落ち込んじゃうなー」 「あっ、ヒトミちゃんのこと好きなんだ」 「いやっ、その……。あーあ、あと十年遅く生まれてたら、ボクももっと楽しい青春を送れたと思うんだけどなー」  聞いているだけで、頭がクラクラしてくる男だった。 「あっ、サオリちゃんのストッキング、伝線してる」 「あれっ、ホントだ」  サオリちゃんはこのあと、ほころびたストッキングをトイレで脱ぎ、小さな紙袋に入れて出てきた。クラクラ男が、なにがしかの額でストッキングを買う交渉を成立させたのだった。  そしてこの時、絵に描いたような背広姿のデブ・チビ・ハゲがやってきて、一人の女子高生を選んで店の男に告げた。 「△△ちゃん、だいじょうぶ?」  店の男が腫《は》れ物にでも触るように聞いた。 「アタシ、もう帰るからダメ」  指名された子は、男の風貌を見て、聞こえよがしに言った。  男はしぶしぶ店外デートをあきらめて、別の交渉に入った。 「パンチラ写真ならいい?」 「えーっ、どうしようかなー」  その子は悩んだ。  二、三分経って、結局この男はポラロイドカメラを持ち、二人で部屋を出ていった。マンション内で即席の撮影会がはじまるのだった。  居たたまれなかった。部屋の奥を目指さずに店を出ることにした。どの時代にもあるパーセンテージでいるのであろうロリコン男とオートバイに乗っているほうが似あいそうな不良少女が織りなす場違いな雰囲気に、これ以上つきあう気はなかった。僕がここまで追いかけてきたのは、かつてはこんなことに手を出さなかったはずの、ごくふつうの女子中高生たちとごくふつうのオジサンたちのあいだで起きている変化だった。  しかし、不良っぽいタイプの女の子までが、明らかに気に入らない男たちが提示したどうっていうことのない金額に、なよなよと変化していく現場を初めて見たわけだ。僕がこれまで話として聞いていた援助交際の場での女の子たちの態度も、この時彼女が見せた態度とそれほどかけ離れていなかったのかもしれない。しかし、実際に取材者として同じ部屋にいたせいで、見事にお金に支配されてしまっている女子中高生たちの構図がよりはっきり見えた。それは、善悪の判断を云々する前に、痛々しく感じられた。と同時に、はした金で彼女たちを釣っている男たちが、その風貌よりも数倍醜く映った。彼らは今が絶好のチャンスと言わんばかりに、イメージの世界にしまってあったロリコン願望を行動に移したのだ。  予備取材の段階で客に扮して初めて入ったデートクラブでも、補導された高校生がいるという話は聞いていた。その話を耳にしたのは、世界最大の性風俗の街、歌舞伎町の一角にあるデートクラブでだった。  入会金の一万円と入店料の五千円を払うと、カーテンで仕切られただけの一坪に満たない粗末な席に案内された。壁についている電話でマジックミラーの向こうにいる女の子と話をして、十五分以内に相手を選んでくれ、と店の男は言う。お茶の一杯すら出てこない、屋台よりも居心地の悪い空間だった。  私服の女の子がスナック菓子をつまんで�午後の紅茶�などを飲み、所在なげに雑誌をめくったりテレビを見たりしていた。 「女の子は一人しかいないじゃないですか」 「三人ぐらい買い物に出かけちゃったんです。帰ってくるまでいてもいいですよ」  二十代後半くらいの無愛想な男が口を開いた。  少し待って、帰ってきたノリコという十八歳の高校三年生を誘うことにした。たぶん多くのオジサンが指名したであろう、ちょっと不良っぽい感じの美人だった。 「ごめんね、あなたの隣の子に代わってくれる?」  僕は初めから部屋にいた女の子に告げた。 「あのー、帰ってきたばかりで悪いけど、今いいですか?」 「はい、いいですよ」  代わって電話に出たノリコちゃんは店外デートに応じた。僕がデブ・チビ・ハゲで、そのうえ変態かもしれないのに。  デートクラブで「ウリ」をしている子は少ないのだが、にもかかわらずこの瞬間に、買春に最も近づいた気分になった。  店の男に、斜め向かいの公衆電話の前で待つように言われた。最後まで愛想のない男だった。  白いベンチコートを着て現れたノリコちゃんは、夕暮れの歌舞伎町をまるで自分の家の庭のように歩く。 「もう一人の子は気分を悪くしちゃったかな」  僕は、選ばれなかった女の子の気持ちについて、歩きながら聞いた。 「私だって指名されないことがあるけど、みんな覚悟してるからだいじょうぶですよ」  とノリコちゃんは言った。  僕はお腹がすいていたし、それより何よりもノドが砂漠のようにからからで、ビールを呑みたかった。ノリコちゃんはダイエット中という理由で食事の誘いは断り、その代わりにシャレたパブに案内してくれた。  ノリコちゃんのネックレスやブレスレットやライターケースは、みんな金色にピカピカ輝いていた。パブでセブンスターを吸い、ブラッディ・マリーを注文する彼女が、埼玉の県立高校の三年生に見えるはずはなかった。  ノリコちゃんはこの日、新宿のシティホテルからデートクラブに戻ってきたところだった。ベンツで乗りつけた四十一歳の不動産関係の経営者に、その男が会員になっているホテルのプールに誘われて、ひと泳ぎしてきたのだという。 「背は小さくて、見た目はふつうの人なんだけど、お財布の中に百五十万円入ってるの。すっごい高そうな時計をしてたんだけど、それは二千三百万円だとか言ってた。その人はベンツに自分の水着が置いてあって、私はホテルで買ってもらっちゃった」  高校生相手にお金の自慢をしてみせる四十一歳の客が、僕のすぐ前にいたことに、妙なリアリティーがあった。この時僕は、女子中高生とオヤジたちの関係を追っていけば、お金をめぐってどうかなってしまったこの国の一端が見えてくるはずだと思ったのだ。  事実、この男のほかにも、ノリコちゃんを指名する常連の金持ちがいた。 「私はたまの土曜とか日曜とかにデートクラブに来てるんだけど、週末に大阪や山形から新幹線とか飛行機とかで東京にやってくる客もいるよ。山形の人はお医者さんで、私がはいてる下着を五万円で売ってくれって。だってさー、パンツ一枚五万円だよー。私、売っちゃいました。代わりにブランド物の下着を買ってくれるって言うしね」  ノリコちゃんは言った。  高一の頃からデートクラブに顔を出すようになり、今では店いちばんの先輩格になってしまったことや、自分がいない時に警察がやって来て後輩が補導されたことや、同年代の男の子は幼稚すぎてつまらないと思っていることや、四月からスポーツ関係の会社に就職するということなどを、ノリコちゃんは聞かれるままに話した。 「僕は金持ちじゃないし、もちろん外車も持ってない」 「そんなのぜんぜんいいんです。私は同い年の子よりはずっと物知りだけど、もっと社会のことを知りたいの。イヤなのは、そんなに私の顔を見つめないでって言ってるのに、何もしゃべらないでじっと見てる客(笑)。お金がたくさん欲しいわけじゃないんです。きょうだってこれで一万円でしょう。お金はこれくらいあればいいんです」 「どうして大学に行かないの?」 「親がお金の余裕ないって言うし、もうさんざん遊んだから、大学なんてべつにいいよ」  初めて入ってみたデートクラブで、しかも店の雰囲気はあんなふうだったから、僕はほとんど何も期待していなかったのだが、正直言ってノリコちゃんと話すのはまったく苦痛ではなかった。 「先輩と約束があるんで、そろそろ失礼します。楽しかった。また誘ってください」  ノリコちゃんはきっかり一時間経つと言った。  なるほど上手《うま》い口実を使うものだ、と僕は彼女のしたたかさに舌を巻いた。  その後、正体を明かしてたっぷり話を聞かせてもらおうと週末に何度か寄ってみたが、そのたびに入店料の五千円を捨てることになった。ノリコちゃんは今、なかなか機転のきく社会人一年生として通用しているのかもしれない。 「最近は不景気であまり客が来ないんです。一日に五人くらい来ればいいほうで、誰も来ないこともある。私が入る前はたくさん来てたようですけどね」  シックなフェンディのワンピースを着た、高校二年生のマキちゃんが言った。東京の私立女子校に通う、極めつけの清純派のように僕には見えた。渋谷のマンションで営業していたデートクラブで指名して、今度はすぐに事情を打ち明けた。  僕はこの日が二月十四日だったと今でも記憶している。 「今日はバレンタイン・デーなのに、こんなことしてていいの?」と僕が言うと、マキちゃんは大切そうに持っていた箱を見せて、「これから彼氏の所に行くの。朝から時間かけて作ったんだから」とうれしそうに答えた。 「チョコレート?」 「違う。チョコ・クッキー」 「彼は知ってるの、このこと?」 「まさか。好きな彼氏には絶対に言えない。言ったら嫌われちゃう」  僕は日を改めて話を聞くことにした。  マキちゃんがデートクラブに行くようになったのは、ご多分にもれず、月八千円の小遣いでは足りないという経済的な理由だった。パーティーやクラブやカラオケに行く遊興費と洋服代を見積もると、どうしても月に五万円くらいは必要で、がまんできなかったのだという。高一まで地道にやっていた時給六百五十円のコンビニのアルバイトが、高二の夏にデートクラブに変わった。映画を観にきた渋谷で「デートクラブ」の看板を見つけて、自ら果敢にマンションのチャイムを鳴らした。 「五千円もらえるのは知ってたけど、いったいどんなことをする所なのか、ぜんぜんわからなかった」とマキちゃんは言った。  アイドル並みのルックスに恵まれたマキちゃんは、難なく一日に一万五千円を稼ぐことができた。中年のデートクラブの店長は、ウリはやらないように指導し、指名した客がどうしてもイヤな場合はうまく断ってくれた。そして警察の補導が入ると、このあとしばらくは安全だ、とマキちゃんにポケベルで伝えた。 「本当にいい人。けっこう仲いいし、信用してる」とマキちゃんは店長を評価した。  それでも一度、危うく補導されそうになったことがある。 「大学生の女の子が警察に身分証明書を見せて、高校生はトイレに隠れたんです」  とマキちゃんは言った。 「補導されたら親は泣くよ」  と僕は言った。 「そん時はそん時です」  マキちゃんは意外に大胆な面をのぞかせた。  客は二十代の大学生から七十代のおじいちゃんまでさまざまだという。常連だというおじいちゃんは、若い女の子を喫茶店に連れ出して、すでに何度も聞いている身のまわりの話を繰り返し、満足顔で帰っていくそうだ。だが、むろん大半の客には下心がある。 「自営業のお金を持ってる人が多くて、だいたいはホテルに行こうとか、そういう話。あまりしつこいと、怒って帰る。あと、お金をちらつかせるヤツとか、カラオケを歌うだけだからとか言ってホテルのなかにある店に連れていこうとするヤツの時も帰る。初めて指名された時、五万円でホテルに行こうとかって言われて、けっこう気持ちが揺れたけど」  マキちゃんによると、デートクラブでウリをやる子は一割かそこらで、そういう子の場合は、継続的なパパの契約を結んで店を辞めてしまうケースが多いという。男の側からすると、言葉は悪いが、相手の容姿を確認できるデートクラブに「一本釣り」に来てるということなのだろう。  我を忘れてバブルに狂奔した大人と、そのアブク銭に釣られる子どもたち。すべては金、金、金だ。やれやれと思ったまさにその時、マキちゃんはその「釣られ際」の話を口にした。 「全身ヴェルサーチの服を着た三十代ぐらいの客がいて、すごいカッコつけてて、その人が私のことを気に入ってくれたの。洋服とかブランド物とか、すごく詳しくて、ファッション関係の人っぽくて、ひと月に一回は海外に行ってるんだって。何度かつきあって、ヴェルサーチのスーツとか、クラブ系の服とか、いっぱい買ってもらった。フランス料理とかも食べさせてもらって、けっこうおいしい思いしたのね。そしたら、これだけしたんだからホテルに行こうって。イヤだって言ったら、それが最後になっちゃいました」  同様の話はもうひとつあった。マキちゃんがデートクラブに出入りするようになって四カ月ほど経った、師走のできごとだった。 「四十代の人で、何をやってるのか知らないけど、六十万円でやらないかって言うの。最初は断ってたけど、三回くらい指名されているうちに、お金に釣られちゃって、だんだん気持ちが動いてきちゃった。やる前に四十万くれて、終わったら残りの二十万を払うって言うの。それでホテルに行って──。服を脱いだりはして、ちょっと触られたりしたんだけど、怖くて震えてた。逃げようと思っても、金縛りみたいな感じで震えちゃって逃げられないの。そしたら、その人いい人だったというか、金持ちだからかもしれないけど、もういいよとか言って、四十万円は返さなくていいって」  マキちゃんは、このできごとをきっかけにウリはやらないと心に決め、四十万円は自分の部屋に隠したまま、いまだに手をつけていない。 「何かいけないことしちゃったのかな、みたいな感じで息苦しくなっちゃったけど、四十万円はうれしかった。そんなにうれしくないけど、やっぱりうれしくて、思わずバッグを握りしめちゃった。ラッキーって」とマキちゃんは言った。  マキちゃんも親に対して大きな不満はない。しかし、その親にバレないように、高価なブランド物は押入れの奥深くに隠してある。 「マキちゃんの将来の夢は?」  と僕は聞いた。 「べつにないんだけど、できればファッション関係の仕事をしたいな。そして、遊べるうちに遊んで、好きな人と結婚したい」  とマキちゃんは答えた。 「デートクラブは高校生のうちだけ?」  と僕は聞いた。 「ううん、就職しても行くと思う。二十歳くらいまでは行くと思うな」  マキちゃんは、またも意外な面をのぞかせた。 [#改ページ]  7 援助交際の至近距離に漂う少女たち [#この行3字下げ]17歳の女高生です。おっぱいが大好きという人に、いま1時間触り放題もみ放題なめ放題で2万円ほどでやってるんですけど、興味のある方、連絡先とお名前を入れといてください。こちらは身長155、スリーサイズは88、63、90のCカップです。おもに場所とかはカラオケです。もちろんこの先、「本番来い!」とか全然ないんで、そこんとこよろしく。  さてここで、援助交際の一歩手前のところで止まっている女の子を二人紹介しよう。誤解のないように言っておくけれど、援助交際をしている女の子を探しあぐねてこの二人に話を聞くことにしたのではない。僕がウリをしている女の子だけをずらっと並べて紹介することを狙ったとすれば、そうすることは簡単だ。これは嘘ではない。取材をやってみて初めてわかった現実だった。しかし僕は、ウリをしている子だけにしぼって話を聞くつもりはなかった。どうして二人は一歩先に進まないのか、逆説的にとらえてみるのも、援助交際を考えるひとつのヒントになると思ったからだ。  高校三年生のカヨちゃんは今、テレクラのサクラのアルバイトをしている。彼女に話を聞くことになったのは、こんな経緯からだった。 「今の若い子たちって、クラブとかパーティーとかH系バイトとか、どんなふうに過ごしているのか、興味を持っています。わりと頭脳的に遊んでる女の子で、場合によってはクラブなんかに連れていってくれる女の子を探してます──」  と僕はオープン・メッセージを入れた。 「私立の女子高に通っている三年生です。高二の時にけっこうクラブとかに行って、今はもうぜんぜん行ってないんですけど、友だちとか多いんで、聞かれたら何でも答えられると思います──」  と返してきたのがカヨちゃんだった。  つまり、僕は彼女のアルバイトのことをあらかじめ聞いてはいなかった。ただ、そのアルバイトの話を聞いたとたんに、さっきのメッセージに続いて入っていた「オジサンて言っちゃ失礼かもしれないですけど、自分の倍ぐらい上の年齢の人と話すのはけっこう好きだし、たぶん後悔はさせないと思います」という自信たっぷりの言葉を思い出した。 「だから年上のオジサンと話すのはだいじょうぶなんだ」  と僕が言うと、 「そう。慣れてるんです」  と笑いながらカヨちゃんは答えた。  午後九時、池袋に容赦なく降り続く雨をながめていた。池袋は、下町に住んでいるカヨちゃんが指定してきたホームグラウンドだった。待ち合わせの時刻も、今まで会った女の子たちのなかではいちばん遅い。僕は、西口に東武デパートがあって東口に西武デパートがあるややっこしい池袋が苦手で、あまり土地勘がない。そこで約束より早めに行って、落ち着いて話の聞けそうなカラオケ店を二軒ほど見つけておいた。 「べつにカラオケじゃなくてもいいですよ」 「この時間にやってる店、どこか知ってる?」 「居酒屋ならありますよ」  僕は高三の女の子に居酒屋まで案内してもらうことになった。ジーンズにトレーナーというカジュアルな服装のカヨちゃんは、何の違和感もなく店の雰囲気に溶け込んだ。彼女が超ミニのスカートじゃないというだけで、僕はずいぶんと気が楽だった。 「去年までは新宿のクラブに行ってオール(朝までオールナイト)してたんですよ。クラブとかって、夜中の十二時とかそこらへんが盛り上がるじゃないですか。だから、九時くらいに友だちと待ち合わせをして居酒屋とかで呑んでて、十二時を狙ってクラブに行くんです。当時は二十代の人たちもいたんですけど、今はほとんど中学生とか高一とかの年下のコギャルばっかりでムカツくというか、ウチらはそのクラブに行っても面白くなくなっちゃった。だったら地元で友だちと呑みながら話してるほうが楽しいですよ。時代が変わって、今は中学生がシャネルとか携帯とか持ってる時代ですからね」  まるで去りゆく老兵みたいにカヨちゃんは言った。  今の中学生からみると、高校三年生はもう立派なオバサンに映るらしい。そしてカヨちゃんにとっては、女子大生やOLがオバサンに見えるという。女の子たちの旬は、以前よりもいっそう早く、かつ短くなっている、と僕は感じた。  もし僕が、「僕たち二人とも老兵ってわけか」と言ったとしたら、たぶんカヨちゃんは首を横に振ったにちがいない。しかし、十代があこがれるような成熟した大人たちの社交の場が見当たらないこの国では、ディスコに行かなくなった僕もクラブに行かなくなったカヨちゃんも、ほとんど同じ立場で居酒屋にいる。少なくともバリバリの遊び人という面では、二人とも現役を引退したOBとOGだと言っても過言ではない。  注文したイカの姿焼きや湯豆腐やアサリの酒蒸しなどが次々とテーブルに運ばれてくると、「じつは私、友だちに紹介されて、テレクラのサクラのバイトをやってるんです」とカヨちゃんが唐突に話しはじめた。  お金がなくなると、カヨちゃんは放課後から夜の九時か十時まで、個室に閉じこもって電話に向かう。そこから短縮ダイヤルを押すと、あらかじめ契約をしている複数のテレクラにつながる。放課後の時間帯のサクラ嬢はほとんどが高校生で、カヨちゃんたちが帰る頃になると、入れ代わりに昼間働いていたOLのオバサンたちがやってきて朝方まで個室に入る。ふつうの人には目につかないビルの一室で、サクラ専門の電話ビジネスは休みなく営業している。カヨちゃんがこのバイトをはじめてから、半年が過ぎたという。 「マクドナルドなんかより効率はいいですよ。相手の人に気に入られれば、どんどんお金が高くなるから。だけど、話がなくなったらおしまいって感じだから、それがけっこうつらいんですよ。たとえば、相手は新宿のテレクラにいるとしますよね。テレクラの男って、そっちはどこにいるのとか、ごはん食べようとか、とにかくぜったいに会いたいって言ってくるじゃないですか。こっちはぜんぜん違う所にいるのに、話を合わせて、今? 新宿、新宿。えーと、コマ劇の裏のあたり、とか適当にごまかして話を続けるわけです。でも、バイトの決まりで、電話の相手に会っちゃいけないんですよね」  テレクラの客は一時間三千円ほどの料金を店に払う。女の子からじゃんじゃん電話が入っても、ぽつりぽつりとしか入らなくてもそれは同じだ。その店が繁盛するかどうかは、外から入る電話の本数に左右される。そこで女の子からの電話を安定供給するために、カヨちゃんのようなサクラが必要になってくるのだ。サクラを使っていないことを売り物にしているテレクラもあるが、多くの店はサクラの力を借りざるをえない。そのバイト料は、通話時間一時間につき二千円前後。会話を長続きさせればさせるほどお金が増えるという、いわば口八丁の歩合給なのである。 「そういう関係って悲しくない?」  と僕は聞いてみた。 「向こうだって嘘ついてることが多いですからね。こっちが本気で相手の話を聞いたり、自分から本当の話をしたってムダかなって。テレクラの客って、だいたい自営業の人とか小さな会社の社長とかなんですよ。みんなお金持ってる。それで、ごはん食べようとか言いつつ、会ったらやっちゃおうっていうオジサンばっかりだから」  とカヨちゃんはクールに答えた。  僕はふと、ある重度障害児の施設をルポした時のことを思い出した。そこで僕は、かいがいしく子どもたちの面倒をみる女子高生たちがいることを知った。そういう子が絶滅してしまったわけではないのだ。H系のバイトの世界にはH系バイトなりの空気があり、福祉系のボランティアの世界にはまったく別の空気がある。僕のような仕事をしていると、世の中にはじつにさまざまな場所とその場所に見合った空気が流れていることがわかる。H系バイトも福祉系ボランティアも、たしかに得がたい社会勉強といえるのだが、カヨちゃんは大人たちの嘘々しい世界だけをのぞき、大人たちとのだまし合いに参加し、その経験で社会観をはぐくんでいる。ひどく醜悪な上澄みだけをすくって。 「デートクラブの摘発なんかでウチの学校の名前があがらなかったのは、ただ運がよかっただけだってウチの先生が言ってた。ウチの学校はコギャルっぽいのが多くて、テレクラのサクラのバイトを入れると、クラスの三分の一がHバイトをやってますよ」  とカヨちゃんは言った。  H系バイトの経験者がクラスの三分の一にまで達してしまうと、援助交際のハードルはいきおい低くなる。以前、カヨちゃんは一度だけテレクラの相手と待ち合わせたことがある。援助交際の経験がある友だちに、「オヤジなんか五分ぐらいですぐイッちゃうから楽じゃん」と言われて心が動いたからだった。そしてその友だちが、決心がつかずに揺れているカヨちゃんに代わってテレクラに電話を入れ、話を決めてしまったのだ。夜の十時に上野のマクドナルドの前で待っている、と。 「何を話したらいいの? どうやればいいの?」  カヨちゃんは友だちにアドバイスを求めた。 「ただ、感じてるフリして声を出してればいいのよ」  友だちは助言を与えて姿を消した。 「それらしき人が来たの。友だちが私の服装を相手に伝えちゃってるから、私のことチラチラ見るの。四十くらいの、ホントーに臭そうなオヤジ。お風呂にも入ってなさそうで、カッコとかもスーツとかじゃなくて、すっごくダサいの。その人がマックの前をウロウロしてるの。あー、私のこと見てる、どうしよう、とか思って……。それで怖くなっちゃって、一人で泣きだしちゃった。やっぱり実際にこんなヤツとはやりたくないと思って、必死で逃げだしました」  もしも上野のマックに清潔そうな男が現れたとしたら、おそらくカヨちゃんもウリをしていたにちがいない。カヨちゃんの母親の世代が、どんなに眉をひそめて「売春なんて信じられない」と嘆こうが、援助交際をするかしないかという問題は、カヨちゃんの周囲では紙一重の差でしかないのだった。 「私の友だちはお小遣いをもらわないでみんな自分でバイトしてる。援助交際をやってる子もホントにお金がないからなのね。私のサクラのバイトもお金がないから。理由は変わらないんですよ。やってる子は、洋服をバンバン買ったりすぐに新しいボードを欲しがるような子で、彼氏に貢いだり友だちにおごったりして、人生楽しいよ、とか言ってる。私はブランド物はあんまり欲しいと思わなくて、どっかに行く時にポイントで着てればいいってタイプだから、やってないのかな。何が何でもシャネルってなっちゃった人は、だいたい売春とかにいきますね。  一日八万円で月に四日やれば、それだけで三十二万でしょう。私も生活レベルが上がっちゃってるから、最低でも月に五万円は欲しいわけですよ。気持ちいいことしてお金もらえるんだからこんな楽なことはないよって友だちに言われると、そんならやってみようかなってなっちゃいますよ。でも、やってる子たちの話を聞くと、稼いだお金は知らないうちに消えちゃうらしいのね。そういう子たちに、労働的なことはもうできないと思うのね。楽してお金をもらうのが癖になっちゃってるから、汗水流してなんていうのはバカバカしくて。私は、それって怖いことだと思うんですよ。友だちの一人は、高校を卒業したらマジでフーゾクで働きたいとか言ってるしね」  時計はすでに十一時半を回っていた。翌日の学校が早いからそれほど時間は取れないはずだったのだが、カヨちゃんは予定をオーバーしても真剣に話し続けた。 「こんなに遅くなっちゃったから、タクシーで家の近くまで送っていこうか?」  僕は言った。 「まだ電車があるからだいじょうぶです」  カヨちゃんは遠慮した。  タクシーの話は一度で引っ込めて、池袋の駅までカヨちゃんを見送ることにした。もちろん僕は一〇〇パーセント身の安全を配慮したつもりだが、大人とのだまし合いを経験してきた彼女はそう思ってはいないかもしれないという考えが、頭のなかをよぎったからだ。  カヨちゃんは、テレクラの客に見事にだまされた、こんな友だちの話もしていた。 「その友だち、現金じゃなくて小切手で払ってもらったんだって、二万五千円。その小切手を見せてもらったんだけど、群馬銀行の池袋支店のやつで、よりによって群馬銀行なんて怪しいなって思ったの。何か嘘っぽい小切手だったしね。それで一緒に銀行に行ってみたら、そんな人の登録はありません、だって。結局、その子はタダでやられちゃった。こういうオヤジがいる限り、だまし合いはもっとエスカレートしていきますよ」  身近なところでこんなことが起きている限り、カヨちゃんが大人を信用できないのは当然のことだと思った。  もう一人、僕の知り合いが「援助交際なんてしてないと思うけど」と紹介してくれたのがリナちゃんだった。  男女共学の私立に通う高校二年生のリナちゃんは、 「ウリをやるなんてバカバカしい。なんで五万円なんかで安売りしなきゃいけないのって感じだし、私はまったく興味ないですね」  ときっぱり言い切った。  おそらくリナちゃんの言うとおりだ。何もフィジカルな理由だけじゃなくて、親にウリのことがバレないか、彼氏が勘づきはしないか、友だちに見られていないか、ヘタしたら警察に補導されないか──そんなことに神経をすり減らしたりすることから、本当にバレてしまった時のことまで一切合切を含めて考えてみた場合、五万円はたしかに安すぎる。 「思いっきりまじめな学校で、規則もすっごく厳しくて、もちろん茶髪もピアスもダメ。自分で言っちゃなんですけど、私はけっこう頭良くて、成績もいいんですよ」  リナちゃんはこう自己紹介をした。  彼女の外見上の最大の特徴は、モデルでもじゅうぶんにやっていけるくらい美人だということだった。それは渋谷109で待ち合わせた時、ひと目で気づくことだったし、彼女自身もその特徴を承知のうえで活用してきているようなところがあった。  あいさつをすませて間もなく、 「すいませんけど、私から少し離れて歩いてもらえますか。渋谷は知ってる人がたくさんいるから」  とリナちゃんは僕に言った。  一緒に歩いているところを誰かに見られて、援助交際をしているところだと勘違いされるのを懸念しているのだった。むろん言われたほうとしては気分が悪かったけれど、僕はリナちゃんの申し出を受け入れた。  道玄坂を歩きはじめるとすぐ、ダブルのスーツを着た三十歳前後の男がリナちゃんにつきまとった。システム手帳を持ったその男はどうやらスカウトマンらしく、言葉巧みにリナちゃんを口説いている。 「渋谷でいきなりあなたのような美人に会えるとは」「せめて名前だけでも」「このままではあきらめられない」──距離をおいて歩いていた僕にも、そんな歯の浮くような口説き文句の断片が聞こえてきた。  リナちゃんが困惑しているようならば、助け船を出すつもりだった。しかし、彼女は笑顔を見せながら、まんざらでもなさそうにつきまとわれている。そしてリナちゃんが連絡先か何かを教えると、男はあとを追うのをやめた。 「モデルスカウトか何か?」  と僕は聞いた。 「まあ、そんなとこですね」  とリナちゃんは言った。 「こういうこと、多いの?」 「渋谷ではけっこうありますね」 「連絡先を教えちゃったの?」 「ううん、ポケベルだからだいじょうぶ」  スカウトマンに声をかけられたことよりも、むしろ僕が約束を破って話しかけていることのほうが不愉快なようだった。  渋谷にしても新宿にしても、スカウトマンに呼び止められている女の子の姿はわりとよく目にする。テレビで活躍している若い女性タレントの多くが、デビューのきっかけを聞かれると「街でスカウトされて」と答える。こうしたことが、スカウトされる女の子たちのプライドをくすぐり、警戒心を捨てさせてしまうのだろう。 「モデルのお仕事をしてるんですか?」と声をかけているスカウトマンがいるので振り返ってみると、明らかにモデルとしての素質に欠けた女の子が立っていたりする。僕は、これはいかがわしいスカウトだな、と一瞬のうちに気づくのだが、女の子のほうはけっこうマジに耳を傾けている。  その先がどうなっていくのか追跡したことはないが、「アイドル」や「美少女」といった言葉をちりばめながら女子中高生たちのヌードを載せているロリコン雑誌やロリコンビデオが、この国ではじつにたくさん売られている。諸外国からしてみると、日本はきわめて不道徳なロリコン天国なのである。こうした事情も手伝って、女子中高生たちの鼻はますます高くなっていくのだ。じつは大人たちが巧みにだまして獲得した「ヌード商品」であるにもかかわらず、女の子たちは「私はモデルなの」という意識を持ったままで。  リナちゃんと僕は、人目につかないようにカラオケ店に入った。カラオケ店にしては珍しくまともな料理を出す店だった。 「ここは何を頼んでもおいしいよ」  と僕が言うと、リナちゃんはしばらく迷った。 「えっ、そうなんですか、どうしようかなー。私、今、ダイエット中なんですよ。でも、じゃあ、ちょっと食べてみましょう。えーと、サラダ系にしようかな」  そう言って豆腐サラダとウーロン茶を頼み、またちょっと迷うと、カマンベールの天ぷらココナッツソースを追加した。 「伝言ダイヤルとかダイヤルQ2は、中学の時に友だちとふざけて一、二回かけたことはあるけど、実際に待ち合わせしたことはない」  とリナちゃんは言った。 「だいたいみんなそう言うね」  と僕は受けた。  ウリはバカバカしいというのがリナちゃんの持論だったから、それは単なるいたずらで終わったのだとばかり思っていた。しかし、じつは高校二年生になってから一度だけデートクラブの客とデートをした経験があるのだという。 「勇気をふりしぼって行ってみたんですよ」  とリナちゃんは話しはじめた。 「私、週に何回か決まったバイトするっていうのは、めんどくさい人なんです。もちろんデートクラブの場所なんて知らない人でした。友だちからデートクラブの話を聞いて、けっこうおいしい話じゃないかって……。街は歩かないようにして、車でデニーズに行って晩ごはん食べて、また駅まで送ってもらって五千円。もっとちょうだいって言ったら、結局一万円くれました。その人は元一流ホテルのコックだとかいう三十歳くらいの人で、けっこうお金持ちなんですよ。その時、誕生日が近かったんですね、私。何かプレゼントを買ってくれるって言うから、もう一回その人と会って買ってもらっちゃった。  新宿のアルタ裏で待ち合わせて、アルタで買い物をしてすぐに出てきた。コートとブーツですよ、合計五万円くらいの。そのブーツは前から店に取り置きしてもらってて、何らかの形でお金が入ったら買おうと思ってたんです。それで、その人が買ってくれるって言うから買ってもらった。このラブボのコートも、その時に買ってもらったんですよ」  その話をする時のリナちゃんの様子は、まるで女性誌のプレゼントか何かに応募して当選したような、そんなあっけらかんとした感じだった。 「相手の男の目的は、誕生日プレゼントだけじゃなかったでしょう?」  と僕は聞いた。 「買い物が終わったら、渋谷で友だちと待ち合わせてるからってその人に言ったの。そうしたら、僕も行くって。それで渋谷まで一緒に電車に乗らなきゃいけなくなっちゃった(笑)。その人はベル番とか聞いてきたよ。でもベル番を教えなかったら、買ってもらって逃げるつもりだなって、相手はかえって警戒するじゃないですか。だから教えちゃった」 「それで、どうだった?」 「かかってきましたよ。でも、無視。誕生日とか過ぎたら、もう洋服とか買ってくれないような雰囲気だったから(笑)。やっぱ、男のほうがバカなんでしょうね」 「もしも、その男がいわゆるパパ風の金持ちだったらどうする?」 「Hしようとか、そういう話が出た時点でダメですね。まさかそんなこと本気で考えてないよね、みたいな雰囲気をつくっちゃう(笑)。それでもダメなら、いくらお金を出されても、何を買ってもらっても、そういう気はないって断ります。そういう女の子がいいんだったら、もっとほかを探してって。私、お金をもらうからヤラせるとか身を売るとか、そういうのって大っ嫌いなんですよ」  僕にはリナちゃんの言っていることがわからなかった。美少女コンテストに優勝して賞金や賞品を獲得した女の子が語っているならば、ある程度はうなずける。しかし、リナちゃんの一万円とブーツとコートは、賞金でもなければ賞品でもなかった。 「どうしてデートクラブの客がくれる物はオーケーなの?」  と僕は聞いた。 「ふつうに生活してると、どんどん知り合いが増えるじゃないですか。私、年上の友だちがすごく多くて、上は四十歳くらいまでいるんです。テレビ局のディレクターもいます。みんな若い子と友だちになろうとしますから。それで、その知り合いに晩ごはんを誘われて食べに行くでしょう。デートクラブの客と食事に行くのって、知り合うきっかけが違うだけで、それと同じじゃないですか。だったら、お金をもらって食べに行くほうがいいでしょう」  年上の知り合いが多い美人のリナちゃんは、渋谷や六本木で主催されるパーティーのパー券は、ほとんどタダで手に入る。顔の広い社長クラスの知り合いがいるおかげで、流行りのクラブにも曜日によってはタダで入れてもらえる。trfのコンサートの優待席も手に入る。毎週毎週、美人のリナちゃんには何かしら楽しいことがあるのだという。 「そうやって友だちを増やせばいいのに、ウチの学校はまじめだから、パーティーとかもイヤがるんですよ。無気力な人が多くて、何もすることないのに早く家に帰るの」  リナちゃんは言った。同級生の退屈な放課後が信じられないという口ぶりだった。  父親は銀行員で、お小遣いも食費込みで月三万円と高額で、形式的には申し分のない家庭環境に育った。 「自分で言っちゃなんですけど、けっこう家はちゃんとしてるんですよ。親は、あなたはお金をあげると遊ぶから、これ以上はあげないって。それって正しいけど、親がそういう考えしてるからデートクラブに行く人が増えるんだと思うな。三万円じゃぜんぜん足りない。一万なんて一日でなくなっちゃうのに、そんなのぜったいに無理だもん。結局、私は親のお財布からもらっちゃってるけどね」  リナちゃんはこう言うと、フフッと笑った。  たしかにリナちゃんは性を売ってはいない。しかし、それは厳密にいうと「性交」を金品に換えていないということであって、女性という「性」が簡単に金品に化けることについては、何の疑問も持たずに肯定してしまうのだ。ウリをする女の子と、Hはしないが金品をもらう女の子。かつて売春という言葉しかなかった時代にくらべると、両者にはそれほど大きな違いがなくなっているのではないか。リナちゃんの話を聞いていて、僕はそう感じた。  どうやら援助交際を「ウリ」という狭義でとらえていては、今の女子中高生のあいだで起きている現象の謎解きはできないらしい。Hなしならいいという女の子を入れると、ある一定数を越えたために、ウリは女子中高生にとってそれほど特異なことではなくなってしまったのだ。小学校の三年生から塾に通うことが、今では異常なできごとだとは思われないのと同様に。  少し意見交換みたいなことをしながら、一歩踏み込んだ話をしようと思っていた。ところがリナちゃんは、 「もうそろそろ時間かな、なーんて」  と取材のピリオドをうながした。 「もうひとつだけいい?」  僕はドラッグについて聞いた。  詳しくはあとでまとめて説明するが、僕は会った女の子になるべくドラッグの話も聞くようにしていた。 「けっこうやってる子は多いかもしれない。先輩が外人とかから買ってくるから。クサ(マリファナ)よりもS(エスあるいはスピードと呼ばれる覚せい剤)のほうが多いような気がする」  リナちゃんは言った。 「あなたも経験ある?」  僕は聞いた。 「さあどうでしょう、とか言って」  リナちゃんはまたフフッと笑って答えをにごし、帰り支度をはじめた。  それまでに会った女子中高生たちとリナちゃんとは、ずいぶんと違うところがあった。ほかの女の子たちはほとんど隠すことをしなかった。ウリをしている子も、聞いているほうがどぎまぎしてしまうほどあけすけに体験を話した。まるで自分はまったく悪くないと心底確信しているかのように。僕は当初、それを大人びた自己弁護と受けとっていたフシがある。しかしリナちゃんに会ってみて、必ずしもそうではないのだと思った。つまりはリナちゃんのほうが数倍大人びた用心深さを持っていて、質問をはぐらかすことにもたけていた。  僕はカラオケ店にそのまま一人で残って、中学時代によく聴いたローリング・ストーンズとビートルズの曲を探して小さな声で歌った。大人への反抗や自由の獲得が歌のテーマになっていたあの頃が、妙に懐かしくなったのだ。 [#改ページ]  8 いわゆるふつうの女の子の日常 [#この行3字下げ]初めて伝言するんですけど、おこづかいが欲しいんで、おこづかい付きでHしてくれる人伝言ください。身長は154センチで、体重は42キロで小柄です。えーと顔はあんまり言いたくないんだけど、神田うのに似てるってよく言われちゃって、イヤなんだけど。性格はそんなにひどくないんで、伝言ください。あ、年は高2です。  名門の私立女子校に通う高校一年生のミサトちゃんは、今回の取材で初めて会った、H系バイトとまったく無縁の女の子だ。中学合格時の偏差値が六五以上のランクに属するミサトちゃんは、髪を茶色に染めてはいないし、ハデな服も着ていない。知人の紹介だった。  読者のみなさんはすでにお気づきかと思うが、偏差値が高いということも、茶髪ではないということも、H系バイトをしない子の特徴にはならない。たしかに僕は、伝言のやりとりをするなかで、なるべくしっかりと話のできそうな女の子を選んだ。しかしながら、偏差値の高い私立の、茶髪ではない女の子にこれほど多く会うことになるとは、正直言って予想していなかった。  十人や二十人の例で全体像を語れないことは知っているつもりだが、推測としてはいくつか浮かんだ。それはおそらく、僕が取材の入口を伝言ダイヤルにしぼっていったことにも起因している。女の子たちにとって伝言ダイヤルはテレクラにくらべて面倒だが、そのぶん悪知恵を使えば自分が狙った条件をじゅうぶんに引き出すことができる。また、ポケベルなどを効果的に使いながら、親にバレないように、そして相手にもだまされないように所期の目的を達成するゲームとしてとらえてみると、その難易度はけっこう高い。ウリと呼ばれるようになった今の売春には、いわゆる立ちん坊の時代と違って、知能犯の要素がたっぷりと加わっているのだ。  ミサトちゃんの学校でも、中学二年の時に伝言ダイヤルやテレクラにいたずら電話をするのが流行った。遠足に行った先で、みんなでかけてみて反応を楽しむといった、たわいのない遊びだった。まさにその中学二年生の頃、ミサトちゃんの身にそれまでにはなかったことが起きはじめたという。 「渋谷のセンター街や新宿の東口を歩いていると、オジサンが声をかけてくるようになったんです。ヒマだったらお茶しませんかっていうのもありましたし、いつの間にか腕をつかまれていて、見るとオジサンが立っていて、お金をあげるから遊ばないかって言われたこともあります。中二の時は一、二回だけだったんですけど、中三、高一となるにつれてもっと多くなってきました。新宿の東口のアルタ周辺がいちばん多くて、池袋ではオジサンに声をかけられたことはないですね」  ミサトちゃんによると、制服を着て一人で歩いている時に声をかけられるそうだ。  偏差値の高い学校に娘を通わせている親たちは、テレビのワイドショーなどに出てきてウリの実態を告白している女子高生たちが不良っぽく見えると、それでホッと胸をなでおろし、ウチの子はだいじょうぶ、と自己中心的な安堵感に浸っているかもしれない。しかし、一歩学校の外に出ると、環境はまったく変わらないのだ。予報になかった、にわか雨が降りだせば、傘を持たないすべての女の子が雨にぬれてしまうように。  僕は、ごくひと握りの仲間にだけ事実を打ち明けるか、あるいは誰にも話さずにウリをしている偏差値の高い学校の女の子たちの例をミサトちゃんに伝え、感想を聞いた。 「ウチの学校では、ハデな感じの子も売春だけはしないって決めているみたいで、私の身のまわりでは、やってるって噂になっている子は一人しかいないんです。だから、売春自体はそれほど身近じゃないんです。でも、歩いているとオジサンに声をかけられるし、そういうことはよくある話かもしれないなと思います」  とミサトちゃんは言った。  その子の手帳にはオジサンの名前が年齢入りでずらっと並んでいて、休み時間になるとベランダに出て携帯電話をかける。ひと月の洋服代が十万円単位になることもあるそうだ。 「携帯を持っていたり売春したりするのがカッコいいって思ってるみたいで、洋服とかにしても、実際に着るのが楽しいっていうよりも、それをみんなに見せびらかすのが楽しいっていう感じなんです。家庭は裕福ですごい家に住んでいて、お小遣いがなくなればくれるのに、そのうえで売春もやるんですよね。家の人は外泊しても何も言わないんだって」  僕はありきたりの法律論とモラルを振り回さないように心がけて取材をしてきた。中学時代の自分を振り返ってみても、教師がイージーにこの二つを持ち出してくると、僕はその教師をつまらない大人だと決めつけて反抗した。それが間違いだったとある程度わかるのは、ずっとあとになってからのことであり、現役の中高生には通じないと思ったからだ。  ところが情けないことに、法律論やモラルに代わって、なおかつ彼女たちが耳を傾けるような言い方は、そう簡単には見つからなかった。何かを言いだそうとしても、そんなの関係ないじゃん、と一蹴《いつしゆう》されそうだった。 「ミサトちゃんがその子のウリをやめさせるとしたらなんて言う?」  僕は同年代の意見を聞いた。 「その子には彼氏がいるんですけど、彼氏が悲しむよって言って止まるような関係じゃないみたいだし……」  ミサトちゃんは答えに窮した。そして、しばらくしてこう言った。 「自分はやらないって決めて、ほかの人は勝手にすればっていうのがほとんどで、止める人はまずいないですね。私も、何もそこまですることないじゃんて思うんですけど……。先生も知ってるみたいなんですけど、特に何か指導したっていう話は聞いたことないです」  友だちの行動にずるずると引きずり込まれないだけでも、名門校が重んじてきた自主性が残っているというべきなのかもしれない。  おそらく僕の高校時代に同じことが起きたとしても、よっぽどの親友であるか、その級友のほうから相談を持ちかけられるかしない限り、止める人間は出てこなかっただろう。戦前の教育を受けた人たちは違うのかもしれないが、無共闘世代の走りである僕たちがタダ乗りで享受してきた「個人の自由」もかなり底の浅いものであるだけに、こうしたプライベートな領域の事例に対して無力なのだ。そしてそのツケが、今の子たちが盛んに口にする「ひとに迷惑かけなきゃ何やってもいいじゃん」という見事なまでに勝手なセリフにつながっている。 「なぜミサトちゃんはウリをしないの?」  と僕は聞いてみた。 「やっぱり、病気と妊娠があるからでしょうね」  とミサトちゃんは答えた。 「その心配がなかったら?」 「まったくその心配がなくて、ビデオを撮られたりする危険もなかったら違うかもしれない。でも、女子高生を買うような人ってきっといい加減でしょう。妊娠しても病気しても、お金出してくれるような人じゃないでしょう。そうすると親にバレちゃう」  意地が悪いとは思ったのだけれど、もう少し質問を続けることにした。 「現実にはいないと思うけど、避妊も病気予防も完璧で、万が一のことがあっても逃げないような紳士的なオジサンが相手だってわかってたら、どうする?」 「そういうことが完璧で、あと、やめようと思った時にいつでもやめられるんだったら、売春をやる子はもっと増えるんじゃないですか」 「いくらくらいならやる?」 「やっぱり、一回五万とかじゃないかな」 「家の門限とか厳しいでしょう?」 「ふつうだと思うんですけど、私が本当に売春をしたいと思ったら、六時に帰って来なさいって言われても帰らないと思う。家のしつけとか門限の問題じゃなくて、ただ私はそこまでやりたいと思わないだけなんですよ」  取材のために「Hなしで三万」と伝言ダイヤルに入れたら、あまりにも反応が多くて反省したという話をミサトちゃんにした。 「私もそんな話があったら行っちゃう。でも、そんな話に危険のないはずがないじゃないですか。体力的にはぜったいにオジサンに負けるしね(笑)。親に言わせれば、汗水たらしたお金じゃないとダメなんだと思います。だけど、Hなしで一日三万円入るとしたらぜったいにバレないし、そのことに対する罪悪感なんてないでしょうね」  とミサトちゃんは言った。  援助交際に対して、頭ごなしに「汚らわしい」と嫌悪感を抱く大人もいるだろう。しかし、ミサトちゃんのようにH系のバイトとは無縁の女の子の話──つまりは体験談ではなくて意見なのだ──を聞けば、援助交際を売春行為ではなく経済行為とみている今の女の子たちの姿を多少は受けとめていただけよう。彼女たちの言い分に従って、ウリをする子をお金もうけの目的のために手段を選ばない人と言い換えた場合、大人はあまり偉そうなことが言えなくなる。  言うまでもないことだと思うが、バブルの時代に個人も会社もやった無茶苦茶な投資は、不労所得を得ようとする行為以外の何物でもなかった。そして、次々と暴かれていく政財界を舞台にした大がかりな金融スキャンダル……。もしも彼女たちが大人を鏡に何かを真似ているとしたならば、それは大人たちの売春行為よりはむしろ経済行為と言える。少なくとも僕が会った女の子たちの話を聞いた限りでは、彼女たちは大人の性的な部分に対してではなく、明らかにお金に対して欲情していた。しかも財テクではなく、財の消費のために。 「中二か中三あたりで髪を染めて、高一で日焼けサロンに行って、ポケベルを持って、それでいろんな物を買うようになって、お金がなければ万引きをする。デパートで化粧品類を万引きするとか、脱色剤を薬屋から万引きしてくるとか、万引きはけっこう一般的ですよ。それで、最後に売春と麻薬があるんですよ」  とミサトちゃんは言った。 「それは同一線上にあるものなの?」  僕は聞いた。 「そうですね」  ミサトちゃんは答えた。  僕がたっぷりと聞いてみたかったもうひとつのテーマは、女子中高生たちの必需品や必須アイテムは何なのかということだった。 「ポケベル、ヘアブラシ、化粧品、口紅、リップクリーム、脂取り紙、ピアス、鏡、クリーム、手帳、プリント倶楽部……うーん、すぐに浮かぶのはそのくらいですね」 「ルーズソックスは?」 「あっ、私もはきます。ソニプラ(ソニープラザ)で売ってるE・G・スミスのルーズソックス。あれもブランドなんですよ。千三百円と千六百円のがあって、今のダボダボのは千六百円なんです。そう、それをソックタッチでとめる。やっぱりスミスのじゃないとダメとか、あそこまでダボダボしてないとダメなんです。ブランド物ですからね」  春先になってラルフ・ローレンの白いベストを着ている女子中高生が目立っていた。それも必需品なのか、聞いてみた。 「やっぱりラルフじゃないと(笑)。夏だったら紺より白。一万円ちょっとで、見てすぐに安いベストとは違うってわかるブランドですからね」  この日、渋谷行きの電車で目にした光景をミサトちゃんに話した。こんな光景だった。 「ウチの制服ってさー、死ぬほどダサいよねー」 「渋谷に着いたって、これじゃ相手にされないじゃん」  公立高校の二人は、周囲の乗客に対して、これから堂々とスカートを短くするぞ、と意識的に宣言しているようだった。ヒザ下まであったスカートは、ウエストの内側に幾重にも折り込むことによって、渋谷に着く頃には超ミニスカートに変身していた。 「だいたいヒザ上二〇センチですね。買ってきてそのまま直しちゃう子もいるし、自分で折る子もいるし、元から短いのもあります。ウチの学校では何も言われません。学校にいる時は気にしませんから、トレパン姿だったりしてますけど、学校から出る時がすごいんですよ。  トイレにたまってお化粧してて、入れないんですよ。五、六時間めの授業とかは、髪の毛をコテでやってる。教室のコンセントとかにカーラーとかも差し込んである。五、六時間めになると、巻いたまま寝てるんですよ。それはちょっと異様な感じですよ。でも先生は怒らないんです。まっすぐ家に帰る時はそんなことしないんですけどね」 「お化粧は?」 「眉毛を抜いて、描《か》く。それはみんなだいたいやってます。ファンデーションをつけている人もいて、つけないで来るとぜんぜん印象が違う(笑)。みんなじゃないですけど、ピアスをしてる人もけっこう多いです」 「超〜、〜じゃん、ていうしゃべり方は?」 「私も学校では言いますけど(笑)」 「どんな時にどんな目的で渋谷に行くの?」 「私は109で買い物をするのに渋谷に寄ったり、映画を観に文化村に行ったりする。ほかの子もクラブをやって学校に夕方までいるよりは、とりあえず渋谷で遊んでるほうがいいっていう感じですね。コギャルっぽい服を売ってるラブボートは新宿のアルタの店のほうが大きいし、もうちょっとお姉さんぽいミー・ジェーンとかは池袋のサンシャインのほうがたくさんあるんです。池袋は今、高校生同士のナンパ目的の場所になってますね。サンシャインに行って帰ってくるまでに、三組くらいの高校生に声をかけられますよ」 「そういう時はどうするの?」 「あまり怖い男の子だと逃げたり、気に入った男の子の時はベル番を交換して、あとで連絡するんです」  ポケベルと携帯が普及したおかげで、かつてはストレートだったナンパもミサトちゃんのまわりでは間接話法になっているらしい。さらに不可解だったのは、そうしたいわばハレの場と制服の関係だった。ナンパの場には制服っぽい格好で出かけるのだそうだが、そういう時のためにも友だちネットワークは重要なのだという。まさに情報化時代を生きる世代なのだ。 「渋谷女子や慶応女子の人たちは、私たちよりハデで友だちも多いでしょう。知り合いになれたら世界が開けるんじゃないかと思うんですよ。たとえば他校の女友だちがいれば、その学校の短いスカートも売ってもらえる。ウチの学校のは丈が長くて、短い丈に直しづらいスカートなんですよ。いくら制服っぽいカッコをしたくても、そういうスカートって売ってないですからね」 「パーティーやクラブやカラオケは?」  と僕は聞いた。 「合コンはだいたい大学生とカラオケでやって、パーティーはクラブでやります。カラオケは週に二回くらい行きますけど、クラブは日常的には行きません。クラブに行くのも、友だちを増やすためなんですよ。それで、一緒に遊びに行くのはちょっと怖めの子になっちゃうんです。次の土曜日、暇? とかほかのグループの子にコンパとかに誘われて、ちょっと行くんです。一応、私はまじめなんですけど、放課後とかはラブボートの服とかも着る。それが、私はコチコチのまじめじゃないからねっていう印なんですよ」  とミサトちゃんは言った。 「友だちにすべてをさらけ出さないの?」  と僕は聞いた。 「そこまでするのが友だちだと思ってなくて、さらけ出したら怖いっていうか……。彼氏なんかはほかの学校の人じゃないですか。だから、別れたとしてもべつにいいんですよ。でも学校の友だちは六年間顔を合わすでしょう。いちばん気をつかわなきゃいけないんです。だからあんまり変な服装もして行けない。いろいろ大変なんですよ、六年間のつきあいって。ダサいのとウザいのがいちばんダメなんです。どんなにコギャルっぽくしてても、田舎くさいのがわかるとか、話がつまんなかったりするとダメなんです。そういう子が目の前で話してる時は調子を合わせて、そうだねなんて言ってるんですけど、いなくなったとたんに超ウザいじゃんとか言ったりするんですよ」  ミサトちゃんはまだ、自分の進路がまるで見えていなかった。文科系に行くのか理科系に行くのか友だちに聞かれても、わからないと答えるしかなかったという。それはおそらく、今のような受験体制のなかでは、強引に決めてしまわない限り見えてこない気がする。ただ漠然とキャリアウーマンや一流大学を目指して一途な高校生活を送っていれば、それでH系バイトに手を出したりする暇はない。だが、偏差値の高い私立に通いながらウリをしている女の子たちの多くは、受験を終えたあとにそれはバカバカしいことだと見破ってリタイアし、しかしながら、その先の進路がよく見えずに漂流している子だと言うこともできた。 「将来のことは考えないほうがカッコいいんじゃないですか。高三のコギャルはすごくカッコ悪いし、高二もちょっとカッコ悪い。やっぱり、高一の夏休みがいちばん遊べる気がします」  とミサトちゃんは言った。  もしもミサトちゃんに援助交際と援助交際にともなうリスクを天秤《てんびん》にかけるバランス感覚がなかったら、彼女も危険な夏をむかえてしまうのかもしれない。女の子たちが初めてH系バイトに手を出すのは、圧倒的に夏休みなのだった。 [#改ページ]  9 ユミちゃんからの緊急コール [#この行3字下げ]私は山梨県の山奥に住む17歳の女子高生です。ヤラしいことが大好きなんです。すぐやらせます。おこづかいくれる人、メッセージ待ってます。それじゃあ、また。  取材で警察庁に行っていた時に携帯電話が鳴った。 「ユミさんからコレクトコールのお申し込みですが、おつなぎいたしますか?」  NTTのオペレーターが取り次いだのは、中学生のユミちゃんだった。 「ユミです。覚えてますか?」 「もちろん覚えてるよ」  ユミちゃんを取材してからちょうど一カ月が過ぎた、水曜の昼下がりだった。 「友だちが客に�やり逃げ�されて、Hビデオを撮られちゃったらしいの。それで、どうしたらいいかと思って」  とユミちゃんは言った。 「相手はどんな男なの?」  と僕は聞いた。 「もしかしたらヤクザ屋さんかもしれないんだって」 「ほかにわかってることは?」 「客の携帯の番号だけ」  警察庁で電話を受けているのが、あまりにもできすぎた偶然に思えた。  一カ月前、危険回避についてしっかり考えているかと尋ねると、 「私はそんなにソッコー会わないようにしてるよ。待ち合わせの場所に男が来てるのを見て、危なくないか確認してから会う。特にヤクザ系には気をつけてるよ。それっぽい男が来たら逃げるからだいじょうぶだよ」  とユミちゃんは答えていた。  ところが、どうやらユミちゃんの友だちはそこまで注意深くウリをやっているわけではないようだった。 「いつでも相談に乗るよ。向こうが脅迫したりしてこないうちになんとかしたほうがいいと思うから。とにかく、またコレクトコールで電話して」  と僕は言った。 「その子もいたほうがいい?」 「どっちでもいいけど、内容がもっとわかれば、手の打ちようだってあるだろうし」 「わかった。じゃあ、また携帯入れるよ」  映画館でおかしな薬が入ったコーヒーを飲まされた女の子の話、指のないヤクザに車に乗せられてしまった女の子の話、偽の小切手をつかまされた女の子の話──。古今東西、性が売り買いされる裏社会が安全であったためしなどないのだが、彼女たちはみな、自分だけはひどい目にあわないと勝手に信じ込んでいた。  ユミちゃんの電話を受けて、あらためて基本的なことを痛感した。彼女たちがいかに威勢よくウリを肯定してみせようと、それは堂々とどこででも主張できるような代物じゃない。万が一のことが起きてしまうと、彼女たちはやはり無力で、おろおろと途方に暮れる。大人びて見える彼女たちの本質が、最悪の事態にいたって初めて現れた、と僕は感じた。  親をだましている彼女たちは、身に迫っている危機を保護者であるその親に訴えることができない。考えようによっては親子関係の再出発のチャンスだとも思うのだが、それはぜったいにできないと言う。だから警察に被害届けも出せない。捜査員が携帯電話をたどっていけば、難なくその男を逮捕できるとわかっていても、そうするわけにはいかないのだ。大人として情けないのは、危機に追い込んでいる側が、そうした彼女たちの弱みをじゅうぶん知ったうえで卑劣な行為に及んでいるということだ。おそらく水面下では、同じようなケースに直面している女子中高生がたくさんいるにちがいなかった。  僕はすぐに何人かの友人の知恵を借りて、自分なりの善後策を練った。とっておきの手だてと呼べるようなものは、警察ではない僕にあるはずがなかった。しかし、何はともあれ、女の子側の情報をこれ以上男には与えないようにしつつ、その男の情報をひとつでも多く集めていくのが大切なことだった。相手のことがある程度わかれば打つ手はいくつか出てくる。この問題に対処するには、彼女たちの友だちネットワークは幼すぎた。  ところが、ユミちゃんからの電話はいっこうにかかってこない。彼女が教えてくれていたポケベルを何度も鳴らしたが、それでも電話はかかってこなかった。それから二カ月後、男の脅迫がなかったので電話がなかったのだということがわかった。 「一日に十回くらいポケベルを鳴らしたんだよ」  と僕が言うと、 「えっ、そう? 気がつかなかった」  とユミちゃんは言った。  用心深いユミちゃんが教えたのは、彼女のベル番ではなかったのかもしれない。  短い時間だったが、僕は被害にあったアヤちゃんに会って、直接話を聞くことができた。事件当時中三だったアヤちゃんもユミちゃんも、すでに高校一年生になっていた。 「伝言で約束した人に、十万あげるから上野に来いって言われたの。それで上野に行ったら、今度は鶯谷《うぐいすだに》に来てくれって。その人は車で迎えに来ることになっていて、ケーキ屋さんの前で待ってたんだけど、いかにもヤクザっぽい人が歩いてきたの。あの人だったら超イヤだって思ったんだけど──」  とアヤちゃんは事情を説明しはじめた。  ユミちゃんと同じお嬢様学校の制服を着たアヤちゃんは、見たところウリをやっているようには思えなかった。まだ中学時代のあどけなさが残る、無口で、内向的な雰囲気の子だった。またしても、どうしてこの子が、という思いが募った。  アヤちゃんは続けた。 「金持ちそうなセーター着てんだけど、デブでハゲでサングラスかけてて、電話では三十歳とか言ってたから、絶対に違うと思ったの。だって、歩いてきたのは四十過ぎに見えたから。でも、お待たせ、とか声かけられて、こっちは服装を教えてあったから逃げられなかった」 「あとについて来い」  と男は言い、早足で歩きはじめた。 「なんでそんなにグルグル歩くんですか?」  とアヤちゃんは尋ねた。 「このへんには私服(の刑事)がいっぱいいるから」  男は答えて、やがてホテル街に足を踏み入れた。  男の態度が急変したのは、Hが終わってからだったという。 「君みたいな子がいると困るんだよな」 「えっ、どういうこと?」 「お前みたいなのが伝言を利用すると、俺たち経営者は迷惑だ」  男が答えるのを聞いて、アヤちゃんはこう思ったという。 「ヤクザが経営してるH関係の店があるっていうじゃん。だから、そういうの経営してるヤクザ関係の人なんですかって聞いたら、そうだよ、とか言われて……。  すっごい怖かったから、ごめんなさい、もう絶対にしないから帰してくださいって泣いて謝って……」 「本当にもうしないな。今度会ったりしたら、どうなるかわからないからな」  警察に捕まるのを恐れた男は、アヤちゃんに表口から帰るように指示し、本人は裏口から出て行ったという。 「お金、一円もくれなかったよ。ホントにヤクザだったのかもしれないし、ただのやり逃げだったのかもしれないけど、超怖かった」  とアヤちゃんは言った。  二カ月前のこととは言え、もらえなかったお金を話題にするアヤちゃんが、僕にはよくわからなかった。ところが、さらに不可解なのはその後のアヤちゃんの行動だった。  この時の恐怖のせいでアヤちゃんは一時はウリを控えたのだが、お金が底をついてくると、またはじめるのだ。  そして再開したとたん、またも泣きをみることになった。  五万円で約束した今度の男は、ヤクザ風には見えなかったというのだが。 「ジーンズにジャンパーとかの、ふつうの三十歳くらいのリーマン(サラリーマン)」  とアヤちゃんは言った。 「五万は高すぎないか?」  リーマンは、Hが終わると値切りはじめた。  アヤちゃんは、テレビ台の横に置いてあったリーマンのセカンドバッグの口が開いていて、その口がベッドのほうを向いているのに気がついた。 「そのバッグ、前からそこに置いてあった?」  アヤちゃんは聞いた。 「ああ、ホテルに入った時からずっとここにあったよ」  リーマンは言った。  ビデオを撮られたにちがいないと思うと、鶯谷での恐怖の記憶がよみがえってきた。 「お金がないんだったらもういらないから、その代わり何もしないで帰して」  とアヤちゃんは泣いた。  リーマンは、交換条件に自宅の電話番号を要求した。 「許してくれないから、しょうがなくて友だちの番号を紙に書いて渡したの。そしたら、じゃあ、かけてみてもいいよねって。その日は日曜日で、友だちの親とかも家にいて超迷惑かかるから、それは絶対まずいじゃん。二十分くらい嘘ついて粘ってたんだけど、それじゃ帰さないって言うんで、しぶしぶ自分ちの電話番号を教えたの。  そしたらその人、もしもし○○さんのお宅ですか。こちらはクロネコヤマトの宅急便ですが、アヤさんにお届け物がありまして……とか嘘電話を入れたの。それで確認できたから帰してくれたんだけど、すっごい怖かった。自宅の番号とかバレちゃってるから、脅しの材料になるでしょう。ホーント、しばらくビビッてたもん」  本当にビデオが回っていて、しかもしっかりと映像を記録しているかどうか、アヤちゃんは確認しないまま手玉にとられていった。撮影者のいないホームビデオがそれほど赤裸々に対象を記録しているとは、僕には思えなかった。たとえある程度映っているにしても、全国的に流通するような物にはなりえない。相手がヤクザじゃなくて、当面の危機回避を最大の目的とするならば、「売るなりなんなり勝手にどうぞ」と何くわぬ顔で言えばよかった。一か八か、逆にその男に脅しをかけて様子をうかがう手もある。いずれにせよ、自宅の電話番号を教えてしまうというのは最悪の選択だった。相手の要求が次々とエスカレートしていく可能性が高いからだ。アヤちゃんにはまだ、この手の大人とやりあうだけの不良性がないのだ。 「ユミちゃんに誘われてウリをはじめたの?」  と僕は聞いた。 「ううん、違う。別々だよ」  とアヤちゃんは答えた。 「その時はD&G(ドルチェ&ガッバーナ)のTシャツとかが欲しかったの。ノースリーブのTシャツとかなのに、ブランド名がついてるだけで三万するんです。それで、ウリをやって買っちゃった。そのあとは、お金がなくなったらまたやればいいやって……。結局、二十万近く貯金してたんですよ、急に欲しい物ができても買えるようにとか思って。そしたら、その通帳をお父さんに見られちゃって、このお金はなんだって追及された。私は、内緒でバイトして地道に貯めたの、とか言ってごまかしたの」  Tシャツ一枚がきっかけでウリに手を出したという動機も希薄だが、一度めの恐怖でピリオドを打たなかったというあたり、防衛本能はほとんどないに等しい。 「親には勘づかれてないの?」  と僕は聞いた。 「ウリに関して親には何も言ってないからね。どんなに疑われても、変にさー、私が認めるわけにはいかないじゃないですか。前に、お父さんにこう言われたの。お前、この頃夜も帰ってこないし、何なんだ。変なことをしてると、逮捕されるんだぞって。でも私は、何それ、とか言ってごまかしたの」  とアヤちゃんは言った。  この年代の娘を持つ親は、かつてなかった新たな難問を抱えている。娘のウリをうすうす勘づいてしまった親がとるべき態度なんて、どう考えたって一朝一夕には出てこない。おそらく百人百様の最適な方法があって、その最適な方法を探せるかどうかは、それまでの娘との向き合い方にかかっているのだろう、としか僕には言いようがない。  せめてもの救いは、理由はともあれ、「今は仕事やってないの」とアヤちゃんが言ったことだった。 「やめる気はなかったんだけど、好きな人ができたからね。彼氏に対する自分の気持ちがあるからやめられたって感じ」  彼女のウリをとりあえずストップさせたのは、親や教師の教育でもなければヤクザな男たちによる恐怖でもなく、新しくできたばかりの彼氏への愛だった。しかし、アヤちゃんがこのままの状態でいられるかどうかと誰かに尋ねられれば、「そういう確信はまったく持てない」と僕は答えるだろう。 [#改ページ]  10 お嬢様たちのとんでもない放課後 [#この行3字下げ]初めまして。私は高校2年生の女の子です。援助交際してくれる人を探しています。あした水曜日の夕方すぎくらいに渋谷で待ち合わせのできる方、特に女子高生が好きという方で制服のままセックスがしたい方、5万円のおこづかいでオッケーです。私は身長が155センチで、見た目にはそれなりに自信があります。年齢とかこだわりません。必ず連絡します。  かれこれ三十分以上、クミコちゃんとミツヨちゃんを待っていた。高校一年生になったばかりのユミちゃんが、「渋谷によく来る子はいっぱい知ってるよ」と紹介してくれたのがこの二人だった。二人に関して、それ以上のことは聞いていなかった。  文庫本はいっこうに読み進まないし、三杯めのコーヒーを頼むのもなんだし、もうそろそろ引きあげようかと思っていた。  するとその時、ユミちゃんがつかつかっと早足に歩いてくるのがわかった。制服姿の若い客はほとんどいない、ちょっとお高くとまったコーヒー店で、超ミニのユミちゃんはひときわ目立ったのだ。 「クミコちゃんたち一時間遅れるって。携帯に入んないから伝えてくれって、私のベルに連絡があったの。じゃ!」  携帯が入らない地下で待ち合わせたことを、僕は後悔していたところだった。 「何か飲んでいったら」  と僕は言った。 「超いそがしいの。私、そんな暇じゃないんだから」  とユミちゃんは言って、入ってきた時と同じように店を出ていった。  もちろん、わざわざ知らせに来てくれたお礼の意味もあるが、クミコちゃんとミツヨちゃんがどういう子なのか、はっきり確認しておきたかったのだ。  暇はないと言ったユミちゃんが、商品チェックをしながらソニープラザを一周し、エスカレーターを上がっていくのが見えた。 「まだウリをやめてないのだろうか」  と僕は心のなかで思った。  二人は、一時間よりさらに遅れてやってきた。僕でも知っているような有名なお嬢様学校の高校二年生だった。クミコちゃんはプールスタジオのダーク系のスーツと黒のロングブーツ、ミツヨちゃんはロッキーアメリカの白のスーツと黒のロングブーツ。むろんブランド名は二人に聞いた。僕にもわかったのは、そのファッションのせいで二人が実際の年齢より大人っぽく見えたということ、お嬢様学校の厳格な校則が茶髪もパーマも許していないせいでコギャルっぽく見えなかったということ、それでいて「──でございます」を連発する化石のようなお嬢様ではないということだ。  とりあえず、街でどんなHな洗礼を受けてきたのか、あるいは受けてこなかったのか、そのあたりから聞いてみることにした。 「中三の時に、学校の近くのケンタッキーで友だちを待ってたんですよ。そしたら四十くらいのサラリーマンふうの変なオジサンが、お金いらない? 五千円でキスまででいいからって声をかけてきたんですよ」  ミツヨちゃんがおっとりした口調で口火を切った。 「それで、お金欲しかったから、べつにキスならいいやと思って、いいよって。だって、もらわないよりいいじゃん。それで、じゃあ場所変えようかって言われて、近くのカラオケ屋へ行って、キスして、五千円じゃイヤだって言ったら一万円にしてくれたの。向こうの携帯とベル番を教えてもらって、私はベル番を教えて、そのあとも何回か会った」  僕が初耳なのは当然だが、友だちのクミコちゃんも初めて聞いたようだった。しかし、ことさら驚いた様子はなかった。 「その男はホテルに行こうなんて言いださなかった?」  と僕は聞いた。 「うん、言われた。でも私、まだイヤだったから、イヤだって言った。そしたら二回めくらいから洋服とか買ってくれて……。いちばん高いの? 一万円くらいのラブボのセーターかな。全部で五回会ったのかな。だけど結局、私がポケベルの番号を変えちゃったから、それからは連絡を取ってないけど」  その次は、はきはきと男っぽい口調で話すクミコちゃんの話だった。 「私も中学の時に、渋谷の交差点で、制服のネクタイを売ってくれない? って声をかけられたことがある。私のパパくらいの年齢の、眼鏡をかけた窓際っぽいサラリーマン風で、一万円て言うから売っちゃった。こんなのもらってうれしいのかな、とか思ったけど、深夜のテレビとかでやってるじゃん、ブルセラとか。ホントにこんな人がいるんだ、と思った。女子校の名前とかすごく詳しくて、制服とか集めて部屋に飾ってあるんだって。そのあとで、遊ぼうよって言われたけど、それは断った」  具体例をひとつずつ吐きだすと、その場にあった緊張感は一気に吹き飛び、二人の話は弾んだ。それだけ話題があるということは、街は大人たちのHでひどく汚染されているということにほかならない。 ミツヨ 新宿で電話待ってた時に、カラオケに一時間つきあったら五万円あげるって言われたことがあるよ。友だちが一緒だったから断ったけど。 クミコ 中学の時、カラオケ屋の前を友だちと歩いてたら、オジサンがいきなり、僕がオナニーするの見てくれたら二万円あげるって(笑)。それもさー、すぐ近くのビルの階段の所でいいからって。いいじゃん、やろうよって言ったんだけど、友だちが断っちゃった。私、あとから追っかけたんだけど、いなかった(笑)。  ──どんなヤツ? クミコ ジャンパーとか着て、競馬とかやってそうなオジサン。 ミツヨ そういう人、多いよねー。 クミコ 最近、ホント変な人って多すぎると思わない? 声をかければ高校生とやれると思ってる人、たくさんいそうじゃん。 ミツヨ 多いよね。テレクラで会ってみたら父親だったとか担任の先生だったとか、ホントにそんなのありそうだよね(笑)。 「このあいだも、土曜の放課後に友だちと渋谷を歩いてたら、食事をおごるからカラオケに行かない? ってオジサンに言われて、二人で行ってみたの。そしたら、足とか触りはじめてきたんで、やめてよって言ったよ。そのオジサン、三十六とか三十八とか言ってた」  と、つい最近の話をはじめたのはクミコちゃんだった。 「そしたら、今度はいきなり写真を出してきたの。ぶ厚いお札入れみたいのに女子高生とカラオケに行った写真がたくさん入ってて、全部Hな写真なの。女子高生の裸とか、自分のアソコとか、Hしてる最中の写真とかがあって、それがみんな違う女の子なの。  小学校二年生と五年生の男の子がいるって言ってたから、奥さんはどう思ってるのって聞いたの。そしたら、バレてるけどお互いに割り切ってる。女房とは一年に一回セックスすればいいほうで、若い女の子とするほうが楽しいとか言ってるの。いきなりズボンを脱ごうとかするしー(笑)。ヤバいよね、あのオヤジは。あの写真にはビビッたよ。ホント、吐きそうになったよ。リアルだった」  無分別な女子中高生を量産しているのは、彼女たちより数倍無分別な大人らしい。オジサンたちが十代だった頃にくらべると、性ははるかに解放されている。結婚という形式にこだわらずに男性と女性が対等につきあうことも、それほどタブー視されなくなった。性はかつてあった束縛から自由になっているはずなのだが、このオジサンたちは勘違いして暴走している。たとえば職場の上下関係を武器に部下に性を迫るのは、自由な性じゃなくて不自由な性だ。  このオジサンたちはたぶん、お金さえ出せば性的な魅力や人間的な魅力を問わずにHをする女子中高生にしか性をアピールできない人たちなのだ。そして、根っからのロリコンでもないのに、口実としてロリコンという言葉にすがっている。つまりは未成熟な大人たちなのだが、それゆえにお金を目的としている女子中高生と条件がぴったり折り合ってしまう。二人の話を聞いていると、僕にはそうとしか思えないのだった。 ミツヨ ホントにお金がなくなっちゃった時、テレクラに電話して新宿に呼び出したことがあるの。三十七歳のオヤジなんだけど、ホテルに連れてかれちゃって。私は途中までしかやらなかったんだけど、三万くれた。それで、友だちとかでやっちゃってる子がいたら紹介してって言うから紹介したの。その子、そのオヤジとやっちゃって、そいつに気に入られたの。私より一万多い四万だった。 クミコ そういえば、シャネル買わないかって私たちによく聞いてたじゃん。あれ、全部そのオヤジに買ってもらってたんでしょ。  ──ミツヨちゃんは援助交際をどう割り切ってるの? ミツヨ すっごく気持ち悪い相手じゃなかったらべつにいい。 クミコ お金が高ければいい。  ──すっごい気持ち悪いっていう基準は? ミツヨ なんか、アブラっぽい人はイヤなの。 クミコ 私、デブはダメ。 ミツヨ デブはまだ許せるけど、髪の毛の汚い人はヤだ(笑)。 クミコ 私、アレが臭い人はイヤだなー(笑)。  僕は、二人のお嬢様たちの会話が、いつしか度を越して遊び半分になっていくのを感じた。もうこれ以上詳細な話はよそうと思った。彼女たちもそれはわかっているようだった。その頃合いを見計らっていたかのように、ウーロン茶を飲んでいたミツヨちゃんがトイレに立った。  カラオケ店の部屋で二人きりになると、 「ホントにヤバかったのは、このあいだのヤクザ事件ですよ」  とクミコちゃんがポツリポツリと話しはじめた。  それまでとはうって変わった深刻な顔つきだった。  そのヤクザ事件が起きたのは三月下旬、ほんの一週間ほど前の春休みの話だった。クミコちゃんの友だちのマリちゃんが、伝言ダイヤルで一日で四十万円という高額な援助交際話に乗ってしまったのが発端だった。  金額が高すぎておかしいと思ったクミコちゃんは、なんとか止めようとした。しかし、四十万に目がくらんでしまっているマリちゃんは、行くだけでも行ってみると言ってきかない。そこでクミコちゃんは、やむなくボディガード役として同行することにしたのだという。  午後五時、待ち合わせた新宿マイシティの裏手にある喫茶店に行くと、バリッとしたスーツを着込んだ二十代後半くらいの男が二人を出迎えた。物腰の低いその男は、自分は社長秘書だと言い、これから車で社長のいるマンションに向かおうと誘った。  誰にも言えない社長の秘めごとなのだという説明が、二人の警戒心を緩めた。  秘書は席を外して携帯電話でどこかに連絡を入れた。二人はケーキを食べ終わると、黒塗りのベンツに乗り込んだ。  五分ほど走り、新宿区内のとあるマンションに着いた。予想していたよりはありふれた、オートロックのついていないマンションだった。 「女の子を連れてきました」  それまで社長秘書を名乗っていた男は、インターホンを押して告げると、どこかに姿を消してしまった。  クミコちゃんとマリちゃんが入ったその部屋は、社長の邸宅どころか、六、七人のヤクザが出たり入ったりしているとんでもない部屋だった。一見してそれとわかる、パンチパーマにダブルスーツの、腹の出た中年の男たちがたくさんいた。指のない男も二、三人いたという。 「ホントにヤクザの事務所らしくて、部屋に超頑丈な鍵がたくさんついてるの。ベッドもあって、オヤジたちにバーッて囲まれちゃった。指のないヤクザを見るのなんて初めてだったし、あー、これはダメだ、もう絶体絶命だと思って、ずっとマリと手をつないでソファーに座ってた。変にさからったら殺されると思ったし……」  クミコちゃんは言った。  その事務所には、大麻から覚せい剤まで、あらゆる種類の薬物がそろっていたという。  クミコちゃんは、男たちの一人がこう言ったのを記憶している。 「俺たちはな、プロの女と寝るのは飽きちゃってるんだよ」  組関係では、たとえ建前であろうとも、薬物はご法度になっている。そして、素人衆には手を出さないというのがこの道のイロハではないか。いずれも守らないこの男たちは、仁義の世界からはほど遠いハンパな男たちと言える。  そのうちに、別の一人が、スピードをやってみないかと言いだした。若い子たちがスピードやSと呼ぶようになった覚せい剤だ。今は、火であぶって煙を吸引することが多いのだが、しばしばH目的にも使われる。最初に標的にされたのはマリちゃんだった。 「最初は煙でやってたんだけどあまり効かなくて、そのヤクザが『俺は注射のプロなんだ』ってマリの腕を取って、血管を浮き上がらせて注射でSをやっちゃった。そうしたら、マリは五分もしないうちにおかしくなっちゃったの。すごかった。量が多かったらしくて、空飛んでるみたいだーとか、ワーワー言いながら、パンツ丸見えでベッドに横になっちゃうし……」  マリちゃんが異常なほどの興奮状態に陥ると、次にクミコちゃんが標的にされた。 「私はいいです」  とクミコちゃんは言った。  しかし、断り切れるような状況ではなかった。マリちゃんに注射した男が近づいてきて、クミコちゃんの腕をまくった。男は血管を探しはじめたが、マリちゃんのようには静脈が浮き上がってこなかった。 「おい、イヤがっている女の子には無理に打つなよ」  わりと偉そうな男が止めた。  クミコちゃんは、注射を打たれる代わりに、スピードを溶かしたコーラを飲まされた。劇的な変化は起こらなかった。  惨劇はなおも続いた。  スピードによる「洗礼」がなんとかすむと、一人の男がクミコちゃんを別の部屋に誘った。むろん、断れなかった。 「超気持ち悪いオヤジに犯されそうになったの。拒否したら余計怖いことになるかなって思ったから、私、きょうは生理なんですって嘘をついた。そうしたら、『途中まででいいから』って言われてキスされて……。  フェラチオまでさせられた。私、今思い出しただけで吐けるよ。それまでは超怖くて涙も出てこないって感じだったんだけど、そのオヤジに犯されそうになった時に、やっと涙が出てきたよ。ホント泣いた。私、いったい何やってるんだろうと思った。あんなに人生に失望を感じたことはなかった」  十六歳の春にこんな人生の過酷を味わってしまったクミコちゃんに対して、口にできるような言葉は見つからなかった。「ひどい目にあったね」とは何度も言った。しかし、慰めの言葉がかけられなかったのだ。僕は、本当にクミコちゃんが吐きだして、とまらなくなるような気がして仕方がなかった。クミコちゃんは順序立てて話す冷静さを時折失っていたし、聞くほうの僕も聞き取り能力が著しく落ちていた。僕はわかりにくい点について何度も聞いた。彼女が答えるたびに、過酷さが鮮明になっていった。  ベッドのある部屋に戻ると、そこで信じられないような光景が繰り広げられていた。素っ裸になったマリちゃんが、ヤクザとHをしていたのだ。 「犯されるっていうよりも、Sでおかしくなっちゃってて、自分のほうから、もっともっと、とか言ってるの。マリはあんまりHしたことがない子なのに、一気に淫乱て感じになっちゃって、目の前で三、四人のオヤジたちと次々にHしちゃってるの。  その時はもう二回めの注射をやられて、全部で四回ぐらい打たれちゃってた。それだけやったらヤバいんでしょう? 目つきがぜんぜん変わってて、すごいいっぱい水を飲んでるの。それで、もっと強く抱いて、とか言ってる。背中じゅうに刺青《いれずみ》をしてる人もいるし、もう、あ然」 「二度と家に帰れないかもしれない」  クミコちゃんはそう思ったという。  それは、「きょうは帰さないぞ」と男の一人が言ったからだ。  生理を理由に性交だけはかろうじて免れているものの、この先どうなるかわからない。クミコちゃんが最も気になったのは、おかしくなってしまっている友だちの安否だった。 「私だけ助かろうとしてマリが殺されたら、一生後悔する。ここまできたんだから、最後まで一緒にいるしかない」  とクミコちゃんは腹をくくった。  さっきまでマリちゃんとHをしていた男が、今度はクミコちゃんを口説きはじめた。もう今度は逃げられないと思ったという。  とその時、にわかに事務所の雰囲気が一変した。何か急に大きな仕事が入ったらしく、ヤクザたちがバタバタと外出の支度をしはじめたのだという。 「救急車を呼んだり、警察に言ったりしたら、どんなことになるかわかってるな。お前の友だちの身元は判ってるし、裸の写真も撮ってあるんだからな」  注射を止めた男が、クミコちゃんにこう釘を刺した。  そして最後にクミコちゃんに言った。 「危ないってことはわかっただろうから、もうやるなよ」  二人はこうしてヤクザの監禁から解放された。  意識がはっきりしないマリちゃんを抱えて外に出て、電話で年上の彼氏を呼んだ。時計の針は九時を回っていた。クミコちゃんは、彼氏のアパートでおかしくなったマリちゃんを風呂に入れ、介抱した。  忌まわしい体験から約一週間が経過していたが、二人の体調もまだ元の状態には戻っていないという。 「マリはずっと、頭が痛いって言ってガブガブ水飲んで、頭を殴れとか、お願いだからきつく抱きしめてとか、わけのわかんないことを言ってた。今は意識はちゃんとしてるんだけど、何か完全には戻ってない。あの時の自分のこと、よく覚えてないみたいで、ホントに写真撮られて連絡先を教えちゃったのか、ぜんぜんわかんないの。  私はSを溶かして飲んだだけで胃がおかしくて、二、三日は食べても吐いちゃった。熱は出てくるし、モヤモヤして麻薬中毒者みたいだったの。でも親に言ったら病院に行かされてバレちゃうし、変に薬飲んで副作用起きるのも怖いし、熱いお風呂に入って抜くしかなかった」  記事にすることをためらっていたクミコちゃんが、その顛末を話す気になったのは、言うまでもなく、第二、第三の被害者が出ないように願ってのことだった。 「このままいくと、女子中高生の殺人事件とか、絶対に起きるよ。私たち、死にそうだった。よく無事でいられたって思う。いろんなこと学んだよ。マリにもほかの子たちにもね、お金よりも大切なものがあるって気づけよー、みたいな……」  そう、たしかにマリちゃんのスピードの打たれ方は尋常ではなかった。それは、たとえショック死してしまったとしても不思議ではない打たれ方だったのだ。  僕はクミコちゃんと同じことを願って、刑事事件として届けることを勧めた。  しかしクミコちゃんは、 「親にバレるようなことは死んでもできないよ」  と強く首を振った。 「親にバレないようにできるとしたらどう?」  さらに僕は聞いた。それでも、クミコちゃんの気持ちは動かなかった。  軽い気持ちで女子中高生たちが入ってきているウリのマーケットに、ヤクザたちも目をつけはじめているようだった。しかも、薬物までからめて。 「ひとに迷惑かけなきゃ何やってもいいじゃん」という女子中高生たちの論理は、裏社会の論理にでくわすと完璧に敗北する。彼女たちのやることが裏社会の行動に近づけば、いつかはその論理にぶつかる。必ずしも正義は勝たない社会にいる大人の一人として、僕は本当に申し訳ない気持ちでクミコちゃんの話を聞いていた。  たとえどんなに多くのことをクミコちゃんが学んだとしても、また彼女が望んだように第二第三の被害者を出さないための警鐘になったとしても、それで失ったものとのバランスが取れるような話ではなかった。さらにクミコちゃんにとって酷だと思うのは、その悲しみがふとよみがえってきても、家族の誰にも癒してもらえないという現実だった。 [#改ページ]  11 テスト前にドラッグを一服 [#この行3字下げ]16歳の高校1年生なんですけど、あした4万くらいで援助交際してくれる人、伝言してください。あしたの朝に聞くので、午前中に連絡とれる方、伝言ください。できたら40代か50代がいいので、よろしくお願いします。  五月中旬のある日。  カラオケ店の一室に四人の女の子が集合した。まさに、箸がころんでもといった感じの笑い声であふれた。まさかそれがドラッグ談義だったとは、注文を取りにきた店の人もまったく想像しなかったにちがいない。  四人が集まったのはこんな理由からだった。ヤクザに監禁されたクミコちゃんに会った日に、つらい話がすっかり終わると、僕はあえて話題を変えた。ショッピングの話や、読んでいる雑誌の話や、漫画や音楽やテレビの話──。たわいない話に花が咲いた。 ミツヨ やっぱりいちばん欲しいのは洋服。 クミコ 109とアルタが基本だよね。 ミツヨ でも、個性的な服って高くない? クミコ 高いよ。べつに高いものにこだわる系じゃないからいいけど。 ミツヨ 雑誌は「Fine」「JJ」そこらへんだよね。 クミコ あと「ViVi」と「東京ストリートニュース!」。漫画は「花より男子」でしょ、やっぱり。 ミツヨ 私は岡崎京子が好きなんだ。 クミコ あの自由気ままさがいいよね。どうでもいいよー、みたいなね。 ミツヨ ねー、このタコ、おいしいよ。クミコ、食べてごらんよ。  この調子で話は進んでいた。  ドラッグの話になると、 「ミツヨ、きょうSやってるでしょう。目が違うもん」  とクミコちゃんが藪から棒に言った。 「ウフフフッ。やってる子にはわかっちゃうからね」  とミツヨちゃんは答えたのだ。  つらい話を聞いて、ただでさえ頭が混乱気味だった僕は、なんとか冷静さを取り戻して話を聞こうと思った。しかし二人はこの日、早めに帰らなくてはいけなかった。そこで仕切り直すことにしたというわけだ。正直な話、助かった。まさかの連続で、取材者である僕のヒアリング能力はすでに限界に達し、ひどく疲れていた。  彼女たちに突発的な予定の変更があり、仕切り直しの日程は、二度延期されていた。三度めの予定の日、やっとお嬢様学校の二人がそろって顔を見せ、ドラッグをめぐる取材がはじまったのだった。 「友だちの家に行ったらSをやってて、私も少し吸わしてもらったの。で、テスト前だったからわけてもらった。Sやると、何かひとつのことに燃えちゃうのね。夜起きてられない人だから、そうでもしないと勉強やんないんですよ。そんな感じでハマッてきて、自分で買いに行くようになった。親は医者で、最初は行動が変だって疑ってたけど、煙を吸うんだっていうことはぜんぜん知らなくて、注射するもんだと思ってるの。だから、そんな跡ないじゃん、とか言えばバレないよ」  ミツヨちゃんは自分がスピードにのめり込んだ経緯を話した。  その時、部屋のドアが開いた。 「こんにちは。お久しぶりです」  ユミちゃんだった。  クミコちゃんとプールに行く約束があって寄ったのだという。そのユミちゃんはアヤちゃんと一緒だった。まるで三役そろい踏みだった。  高二と高一のお嬢様が二人ずつ。四人が打ち解けるまで時間はかからなかった。見知らぬ者同士の警戒心が消えて話は盛り上がった。四人のうち三人がスピード経験者で、やってないのはアヤちゃんだけだった。つらい経験をしたクミコちゃんに対する気持ちを、どうやって切り換えたらいいものなのか、僕は自分を持て余したままだった。 ユミ 今は仕事(ウリのこと)やめたんだけど、やってた時は変な男の客にSを打ってもらってたんだ。去年の十一月とかガンガンで、けっこう体おかしくなって、いまだに変だよ。  ──どう変だったの? ユミ 生理不順とか当たり前だし、めまいもある。起きれなかったり、寝すぎたり、眠れなくなったりとか……。 ミツヨ そうか、眠りすぎはそのせいなんだ。 クミコ 君の場合は薬のせいだけじゃないって(笑)。  ──ユミちゃんがやめたのは? ユミ 仕事やめたから打ってくれる人がいないじゃん。自分じゃ打てないから。だからやめざるをえないっていうか……。  ──吸うほうは? ユミ それは仕事やめたあともやってたけど。  ──中学生でドラッグをやってる子は多いの? ユミ 多いよ。こないだ六本木のクラブで友だちになった中学生はすごかったよ。その子なんかガンガンだったよ。やってみたい子含めたら、九〇何パーセントとかいくんじゃない。  ──男はお金を要求したの? ユミ 客は中学生からはお金取らないよ。だけど、吸うようになってからはお金払って買ってる。デートクラブの友だちが引いて(調達して)くれるんだ。  ──ミツヨちゃんのルートは? ミツヨ まず電話するの。言ったら殺されるから、番号は言えないけどね。そうすると、ある場所にイラン人が来て、ちょっと奥に入った道で売ってくれるの。  ──いくらなの? ユミ 私の所は一グラム一・五(万円)。 ミツヨ 安ーい。私が買ってる所はすごく高くて、その時によって量も違うの。それで一袋三万。袋に穴があいてる時もあるんだよ(笑)。 クミコ バーッてこぼれてたりして(笑)。 ユミ 超もったいないって感じ。 クミコ 別の袋を持っていきなって(笑)。でもさー、ヤクザから引けば、すんごい安くなるって。 ユミ あっ、そうらしいね。  クミコちゃんはヤクザに監禁されて死にそうな目にあい、Sを飲まされたばかり。アヤちゃんが怖い経験をしたのは二カ月前。それぞれの友だち同士はそれを知っている。そんな四人なのに、今はこうして微塵の暗い影もなくドラッグの話をしている。彼女たちのようなタフな神経をどう理解したらよいのか、僕にはまったくわからなかった。ベトナム戦争に駆り出された兵士が戦場でドラッグを服用し、帰還後もやめられなかったという心理ならじゅうぶんに理解できるのだが。  ──もうすでに、やめられなくなってるの? ミツヨ まだ中毒にはなってないと思うよ。ただ、Sがないと勉強やる気になんないの。  ──彼氏とのHに使うわけじゃないの? ミツヨ うん。でも、Hの時にもあったらうれしい。あったらすぐやる(笑)。 ユミ 飛ぶよね。 ミツヨ 飛ぶって? ユミ 何か違わない? シャキシャキしちゃうの。 ミツヨ あっ、シャキシャキするする。それで、しゃべるのが速くなんない? ユミ なるなる。頭が追いついてないんだけど、口だけ速くなってんだよ。  ──体に悪いでしょうが。 ミツヨ 記憶力が悪くなったような気がする。あとさ、やってない時にケイレンしない? クミコ ヤバいじゃん。 ミツヨ 電車に座ってるとね、足がちょっと揺れてるの。 ユミ 手の震えはある。  ──とにかく、一度やめてみたほうがいいね。 ミツヨ でもね、あったらね、なくなるまでやりたくなる。 ユミ タダでくれるって言ったら、飛んでっちゃうよね。 ミツヨ 下敷きの上でアルミホイルを伸ばすのね。それ自体が楽しくなっちゃって(笑)。やり終わってから開けると、粉が少し残ってるじゃん。それ、すごい楽しいじゃん。 クミコ ミツヨさー、入れといた瓶についてるのを、もったいないとか言って一生懸命に集めてたもんねー。 ユミ ミツヨさん、別人みたいに楽しそうじゃん。 ミツヨ 粉が残ってないとね、アーッて悔しがる(笑)。 クミコ 私、くしゃみして飛ばしちゃったことがある(笑)。  ──いつになったらやめるの? クミコ 自分の立場とかがヤバくなったらやめる。 ミツヨ 尿検査の前にやらなきゃバレないでしょう? クミコ 髪の毛で、全部わかっちゃうらしいけどね。 ユミ それじゃ、私たちFBIには就職できないね(笑)。 「あなたたちね、見た目はすごくまじめそうだけど、やってることは超不良だね」  と僕は言った。  一瞬、座が静まった。  その静寂から抜け出そうとするように、ユミちゃんが最初に声を発した。 ユミ でも、学校行ってるだけ偉いよ。 クミコ イェーイ!  彼女たち流に言えば、僕はウザいことを言ったのだろう。しかし、クミコちゃんはヤクザにスピード入りのコーラを飲まされる以前にその粉の味を知っていたことになるわけだし、あんなに用心深いと思っていたユミちゃんは、吸引よりも危険な注射をやっていたわけだ。彼女たちは、一対一で話しているとかなりまじめに対応するのだが、人数が増えるにしたがって偽悪的になっていく。  四人ひとかたまりの少女たちに話を聞くということは、こうして聞く側が笑い飛ばされるということなのかもしれない。僕だって中学生の頃はそういうところがあった。しかし、当時の僕の同世代のあいだで死者が出ていたシンナーについて大人に真剣に聞かれたならば、その時は違う態度をとっただろう。もちろん、それぞれの内にある本当の気持ちを友だちには見せたくなかったのかもしれない。しかし、とにかく、ドラッグの質問をまじめに続けられるような状態ではなかった。  ただ、朗報はひとつあった。それは、月に四、五十万を稼いでいたユミちゃんが、高校生になって「仕事」をやめたということだった。 「どうしてやめたの?」  と僕は聞いた。 「彼氏ができたの。ユミ、彼氏ができたらやめようってずっと思ってたしね。だって、彼氏に悪いじゃん。薬のことがバレて、目茶苦茶怒られた。だから、今は薬もやってないよ」  とユミちゃんは答えた。  彼女たちの希望によって、ドラッグ談義はカラオケ大会になっていった。誰かがマイクを握る傍らで、彼女たちの姿を小さな写真のシールに記録したプリクラ(プリント倶楽部)の交換会もはじまった。アヤちゃんの手帳にはおびただしい数の女友だちの写真が貼ってあった。そのなかに初顔合わせのクミコちゃんが彼氏とキスをしている写真も加わった。こうしてまたひとつ、彼女たちの奇妙なネットワークが広がっていくのだった。 「ここまでの料金はフロントで払っていくけど、ここから先の追加ぶんはあなたたちが割り勘で払って帰ってね」  と僕は言った。  彼女たちには複数回、会って話を聞いた。今回の取材では例外的な四人だった。ほかの女の子たちとは、いわば出会い頭的に出会い、再び会うことはなかった。  しかし、この別れ際は戸惑った。もちろん僕は、自分の意見をなるべく出さないように心がけはしたが、とはいえ少しは父親もどきの感情もわく。親に隠れてとんでもないことをしている女の子たちの話を聞いたがゆえに。 「あなたたちは僕が何を思っているかわかる子たちだろうから、もう何も言わないね」  とだけつけ加えて部屋を出た。  親たちが実際に彼女たちのような娘から話を聞きだすのは、かなりつらいことだ。気づかないフリをする気持ちもわからないわけでない。しかし、話を聞いたうえでも毎日会えるのが、取材者の立場とは決定的に違う強みなはずだ。 [#改ページ]  12 本物の危険な夏 [#この行3字下げ]もしもし、私は17歳の女の子です。今、私の脱ぎたてのパンティーとかおしっこを買ってくれる人を探してます。私は身長160センチで体重42キロくらいでけっこうやせ型なんですけど、顔は芸能人でいえば大塚寧々に似てるって言われます。もし伝言入れてくださる人がいるんだったらケイタイの番号とかを直接入れてください。待ってます。  取材をはじめた頃、伝言ダイヤルのツーショットというサービスも利用していた。このサービスにアクセスすると、相手の女性と直接話ができる。その代わり、料金は最低でも一分間百五十円と高い。テレホンセックス、SM愛好者、人妻との不倫、OL、女子大生──煽情《せんじよう》的なメニューがたくさん用意されているのだが、僕が選んだのは「ギャル」とか「ロリコン」と呼ばれている番組だった。  ケイちゃんがだしぬけにドラッグ経験を告白しだしたのは、そのツーショットダイヤルで話していた真夜中のことだった。ケイちゃんは、神奈川県の私立女子高に通っているという三年生だった。 「ハッパ(マリファナ)は横浜で簡単に手に入るよ。場所は変わるんだけど、きょうはどこそこで売ってますって教えてくれる電話があるの」 「秘密の電話回線?」 「そう。個人の暗証番号がないと電話はかからないの」 「どうやって登録するの?」 「その番号は紹介がないとくれないの」  マリファナの入手ルートの話がはじまった時、料金はとっくに一万円を超えていた。 「ケイちゃんもマリファナやったことがあるの?」  と僕は聞いてみた。 「それで一週間停学になったの。学校の手荷物検査で見つかって……。すっごい大変だったんだよ」  とケイちゃんは言った。  まったく予想していない答えだった。どんなにうかつな日本の高校生がいたとしても、まさかマリファナが手荷物検査でひっかかるようなアイテムになっているとは、その頃の僕は思っていなかった。ピストルが学校に持ち込まれていないのと同様に、ただ単純に。 「どうして学校になんか持っていったの?」 「だってー。先生なんてハッパ見たってわかんないと思ったんだもーん。知ってんじゃん! とか先生に言ったら、開き直ってるんじゃないって怒られた」 「それで警察沙汰?」 「学校は警察に言わないもん。けど親にはバレた。泣いてた」 「懲《こ》りた?」 「うん。もうやめた。ホントだって。もうやってないってば」  ケイちゃんはもしかしたら作り話をしているのかもしれない──正直なところ、話を聞いても半信半疑だったのだ。 「停学中はどうしてたの?」  と僕はケイちゃんに質問した。  ケイちゃんは、半分疑いをかけられていることに気づかないようだった。 「家で漢字練習の毎日だよ。青い空、青い海、とか十個ずつ書かされた」と答えると、もうひとつの長い課題を、僕に聞き取れないスピードで暗唱した。「人の道は──遠き道をゆくがごとく──。急ぐべからず──」 「すごいね。ずいぶん難しいけど、論語か何かかな?」  と僕は聞いた。 「わかんないけど覚えちゃった。校長のババアが勝手に考えたみたい」  とケイちゃんは言った。 「そこはハッパだけなの? 覚せい剤やLSDやコカインなんかはないの?」 「なんか、お巡りさんみたい」 「いや、そんなにいいものなのかと思ってさ」 「Hする時にやるの。いいですよー。感じちゃうから」 「いくらで買えるの?」 「グラムで三千円のもあるし、七千円のもあるよ」  大麻や覚せい剤が売り買いされる現場を見てみたかったし、ケイちゃんにじっくり話を聞いてみたいとも思った。ドラッグに人一倍興味があるフリもしてみた。けれども、偶然つながった見ず知らずの男に、秘密の、しかもかなりヤバい内容でひと肌脱ぐ気持ちにはなれないようだった。 「いったい何してる人?」  今度はケイちゃんが質問する側に回った。  そこで僕は正体を明かしにかかった。そのとたんに電話は切れた。すぐに同じ番号を押したのだが、もうケイちゃんにはつながらなかった。  それから間もなく、僕はツーショットサービスを利用するのをやめた。母親の不倫について打ち明ける高校生とつながると、なかなか電話を切れない。そして二万円とか三万円とか、目の玉が飛び出るような料金を請求される。つまり取材をする立場からすると、あまりにも効率が悪すぎるのだった。  しかし早い時期にケイちゃんの話を聞いたので、そのあとで会うことになった女子中高生には、時間があればドラッグの話もぶつけてみることにしたのだ。その結果だが、約八割の女の子たちが、その気になれば大麻や覚せい剤を手に入れられると答えた。  その会話のなかで最も多く出てきたのは、彼女たちがスピードあるいはSと呼んで主に煙で吸うようになったアンフェタミン系の覚せい剤(戦後に日本で流行したヒロポンはメタンフェタミン系の覚せい剤)だった。そして次に多く出てくるマリファナは、彼女たちのあいだではハッパやクサ、あるいはガンジャと呼ばれていた。  ここまで紹介してきた女の子たちがドラッグについてどう言ったか、取材テープを巻き戻してみることにしよう。 「簡単にっていうわけじゃないけど、友だちルートでSもハッパも手に入るよ」  と中学生のユミちゃんは言った。 「いちばん仲の良かった友だちに、スピードが安く手に入るから一緒に売ろうよ、それでお金入るならいいじゃん、て言われたんだけど、それは一歩間違えたら警察行きだよって断った」  と言ったのがDカップのナツミちゃん。 「渋谷のチーマーとかから回ってくるし、こういう仕事をしてる子は、知り合いからもらって一緒にやってる場合は多いよ」  と車でホテルに向かおうとしたトモコちゃんは言った。  渋谷のデートクラブで四十万円を手にしたマキちゃんは、 「大麻は一回だけやったことがある。男友だちがイラン人から買ったらしくて、友だちのアパートで吸ったの。気持ちよかったよ」  と自らの体験を語った。  テレクラのサクラのバイトをしていた下町のカヨちゃんの話は生々しかった。 「友だちとか先輩とか、ガンジャを持ってる人はすごい多いよ。あれはタバコよりも害がないからってみんな言ってる。それから、Sはすごく効くらしいですよ。やってる子は目がロンパッちゃって、飛んでるーなんて言ってるからすぐわかる」 「どこから手に入れるの?」  と僕は聞いた。 「それはみんなあまり詳しく聞いてない。あるんだけど……、あっ、あるんだ……みたいな感じなんですよ。私だって、Sをやりたいんですって先輩に言っとけば、手に入りますよ。クラブでナンパされた人とかについていくと、その人が持ってたりもするしね」 「カヨちゃんはやってないの?」 「私はまだやってない。卒業生にドラッグのやりすぎで死んじゃった人がいて、その話を先生から聞いて怖くなっちゃったんですよ。先生がお通夜に行って死に顔を見たら、最初はきれいな顔だったのに、次の日にはブツブツができちゃってて、遺体を焼いたら骨がほとんど残らなかったんだって。やってみたいという気持ちはあるんですけど、だから一回だけでいいかなって」  そして僕が彼女たちから聞いた話を裏づけるかのように、十代の薬物事犯の検挙を伝える新聞記事が増えていった。  まずは三月。覚せい剤取締法違反容疑で、立て続けに三件が警察に挙げられた。  埼玉県警に逮捕された「女子高生ら九人」のうちの一人は、「覚せい剤でダイエットができると聞いて」と取り調べで理由を語った。福岡県警に逮捕された県立高校一年の男子生徒は、「授業の合間や放課後に友人らに覚せい剤を注射した」と供述している。千葉県警は十六歳の無職少年を現行犯逮捕して事情を聴いた。すると、中学の男子生徒ばかりではなく、小学六年生の男の子までが覚せい剤に手を出していたというショッキングな事実が明るみに出てきた。  続く四月。神奈川県警が「県立高校生ら六人」を大麻取締法違反容疑で逮捕。その後、この事件に関して県教委は臨時県立校長会議を開いた。そして、事件には約二十人がかかわり、校内でも使用したようだ、と生徒指導の強化をうながした。  さらに五月。その神奈川県警が今度は「私立女子高生ら五人」を逮捕。この私立女子高生は、友だちとお金を出し合って、大麻と覚せい剤の両方を買っていたというのだ。また、五月三十日までに埼玉県警は女子高生三人組を逮捕した。彼女たちも「覚せい剤でやせられると思った」とダイエットを犯行の理由にした。  今までとはまるで違うカジュアルな犯行動機や日常的な犯行現場は、逆にそれだけ薬物汚染がごくふつうの中高生たちにまん延していることを示唆している。  警察庁がまとめた九六年上半期の少年非行に関する報告によると、覚せい剤の乱用で補導された高校生の数は、前年同期の約四倍に当たる八十一人に膨れ上がっている。  しかし、これもおそらくは氷山の一角の数字にすぎない。ドラッグ汚染は、信じられないようなスピードで進んでいるという気配を、僕は肌で感じはじめていた。  東京の下町でユウスケ君に会った。取材した女の子が紹介してくれた先輩をたどっていってぶち当たった、高校三年の現役の「売人」だった。  紺のブレザーとグレーのスラックス。ユウスケ君は、制服を着たまま単車で現れた。金のネックレス以外、これといって不良っぽい特徴は見られない。無口な子だった。僕が中学の頃に新宿でアンパンを売っていた連中とは、ずいぶんと違う。スピードは地元の先輩から一グラム一万五千円で買って同じ値段で売る。もうけはゼロで、多めに入った時にタダでくれるといううま味しかないが、今はとにかく先輩の信用を育てる期間なのだという。 「先輩は堅気の社会人で、給料にぜんぜん手をつけないでベンツですよ。早く卒業して、先輩からルートを教えてもらえるようになって、後輩にさばかせてもうけようと思って。まだこのへんではシンナーのほうが多くて、こっちは別ルートで一リッター二万で買って、三万二千円で売ってる。自分で食べ(吸わ)なければ月に五、六万にはなりますよ」  取材中、ポケベルと携帯がひんぱんに鳴った。ベルが鳴ると携帯で連絡を入れ、要求されたブツを先輩の所に取りにいくシステムなのだという。 「知らないヤツ、ラリってるヤツ、ヤクザの名前を出すヤツには売らないようにしてます。警察にチクられたり、もめごとになるとヤバいですから。そうすれば、手元に現物を置いとかないから、ガサ入れがあっても逃げられる。みんな、俺がどこから買ってるのか知らないしね。  Sの客はほとんど女の子で、どんどん買ってくれます。トルエン(シンナー)よりオシャレですからね。ウリやってんのかどうか知らないけど、うらやましいくらい金持ってますよ。女の子は金が稼げていいですよ。俺だってSやりたいけど、高いからやれないですからね」  十代にあっけらかんと広がる薬物汚染はどうやら、ヤクザと切れているかに見える、彼のような「怖くない売人」の出現と無関係ではないようだった。  だが、その根幹では「怖い人たち」が関与しているにちがいなかった。  ユウスケ君ルートで交渉を続け、やっと会えることになった大物が、三十歳目前にしてこの道二十年という、自称「戦後闇市派」のナオコさんだった。 「いったいどんな小学生だったわけ?」  と僕は聞いた。 「ある家庭の事情があって、小学生の頃から私が稼がなきゃならなかったんですよ。家の内装工事と外装工事、車の修理、車のブローカー、運転手、不動産、売人──。本当にマルチにいろいろやってきました。闇市時代に育ってれば、ひと財産残ってたでしょうね。今は若い子たちの命まで守ってやらなくちゃいけない立場ですから、大変なんですよ。早いところ楽隠居したいんですけどね(笑)」  ラメ入りの黒のパンツと豹柄のシャツ、そしてヒールの高いサンダル。服装からするとまさしくその筋の女にしか見えないのだが、組織には属さない一匹狼。ていねいな言葉づかいで話すところに、えも言われぬ迫力があった。 「スピードは知識さえあれば作れる化学物質で、安く手に入るから流行ってますよね。でも、コカの葉から抽出するコカインよりもずっと有毒で、しかも混じり物が入った�ガセ�が多いんですよ。私らみたいなプロは見分けられるし、すぐにクレームがきますから、そんな物は売れません。でも、何も知らない売人や客が増えてるから、注射しちゃったりするんです。  そんな物を三、四回�追いブチ�したら、錯乱状態になっちゃいますよ。無知なうえに打つ量が多い。ショック死なんか起こすのはそのせいです。そんなことから�足がつく�ケースはかなり多いんです。すぐに病院で手当てをすれば助かる見込みがあるのに、伝言やテレクラでナンパされたおネエちゃんだから置き去りにされる。女の子も親に言えないから、公園で行き倒れになったりするんですよ」  日本の組の関係者からも相場のアドバイスを求められるという彼女に、ドラッグマーケットがどんな形で形成され、どう十代に流れていくのか、聞いてみた。 「私はイラン人のトップクラスと顔見知りなんです。でも、下のほうとは面識がない。向こうの組織は日本のヤクザより怖い。裏切り者は平気でズドンです。私のような一匹狼にとっては、向こうの組織のほうが面倒臭くなくていいんです。でも、お互いに持ちつ持たれつというのが現実で、外人と日本人は融通し合う。�物流センター�は各地区一カ所なんですよ。Sは大量生産できて、それがドッと流れてくるから、不良たちに下ろしていくんです。最上級のコカインなんていうのは、絶対に素人には流れていきません」  ヤクザの論理もわきまえている彼女は、今の女子中高生をこんなふうに突き放した。 「ヤツらがウリをやって金を持ってるのはわかってる。バカを相手にするのがいちばんもうかるんですよ。口が軽いから、一人に売れば十人に売れる。ネズミ講と同じです。宣伝費のいらない最高のターゲットですね。物のない時代の昔の人は、精神的にきつくて逃げ場がなくなって薬に手を出すとか、集団就職で上京してきて寝ないで働くためにやってたんですよ。ある意味で必要悪だった。やりすぎると生活ができなくなるってわかっていたし、自己防衛もできていたから、挙がる(検挙される)率も少なかったんですよ。  でも、今はあの子が持ってるから私も欲しいって、まるでオモチャやファッションに対する感覚と同じなんですよ。今の子は薬を持っているのを自慢したいの。自分の親に迷惑をかけるとか体に悪いとか、そういうことは頭にないんですよ。自分さえよければいい。そういうヤツは殺される確率も高いんです。なめてかかんないほうがいいですね。今は有頂天になってるけど、今後は事件が表に出てくるでしょうね。企業ヤクザはこんなおいしい状態を絶対に逃しませんよ。ウチらの相場でいえば、女には無担保で一千万円まで貸します。金に目がくらんだヤツらに借金を作らせて、実印を盗ませて合法的に家ごと沈める。シャブ漬けにして沈める。そんな手口はもう出てきてます。  返せなくなった借金のために関西方面に売り飛ばされて、そこで密かに�ワンウィーク・レンタル�という売春をやらされるヤツもいる。裏ビデオまで撮られて、それが東の裏マーケットで売られる。これも、すでに起きている現実なんです。そういうからみで起きてる一家心中なんていうのは、けっこう多いんですよ」  ナオコさんが発した警告は、僕が中高生たちから聞いた話と重なる。スピードに関する正確な知識を持っている子は誰一人いなかった。混じり物が入っているかどうかを見分けることはできないし、適量と致死量の境目も知らないし、むろん肉体と精神にどんな害を及ぼすのかということも知らない。そればかりか、それが覚せい剤だと知らないで手を出している子もいた。彼女たちがよく知っているのは、どうすれば手に入るかということだけだった。  援助交際という口あたりのいい言葉は当初、一見ふつうの女子中高生と一見ふつうのオジサンを歪んだ形で結びつけていたのかもしれない。しかし、少なくとも僕が潜入した時点では、もっとはるかにグロテスクな形に変わっていた。援助交際で手にしたアブク銭で女子中高生たちがドラッグを買うようになったことで、そのアブク銭がブラックマーケットに流れはじめた。性と金にドラッグまでが加わった援助交際に触手を伸ばすのは、もはやふつうのオジサンばかりではありえない。彼女たちはヤクザな社会に近づきすぎてしまったのだ。  援助交際という言葉の裏に隠れていた本質が、僕にはようやく見えてきた気がする。彼女たちの悲劇を聞くことと引き換えに。  女子中高生たちが援助交際に初めて手をつけはじめる夏休み、僕は久しぶりに伝言ダイヤルにアクセスしてみた。  暗証番号を押すと、 「押された番号に誤りがあります。確認できません」  とコンピュータが言った。  一カ月使用しないと、自動的に登録が抹消されるのだった。  ひとつだけ、再登録した。 「伝言ダイヤルにお電話ありがとうございます。初めての方は♯を──」  半年前とまるで同じだった。 「私は中学三年の女の子なんですけど──」  そのあとに聞いたメッセージの明るさも、変わっていなかった。 [#改ページ]    エピローグ  週刊文春の連載が終わって二カ月が経過しようとしていた。この取材のために買った携帯電話は充電器に入ったまま、活躍する機会がほとんどなかった。そろそろ手放そうかと思っていると、不意にその携帯電話が鳴った。 「あのー、高校生なんですけど、ここに電話すれば、話をするだけで謝礼がもらえたりするって聞いたんですけど」  初めて耳にする声だった。 「……でも、あの連載は終わっちゃったんだよね」  戸惑いながら僕は言った。 「そうなんですか。じゃあ、もうダメなんですか」 「いや、ダメっていうわけじゃないんだけど、いったい誰に聞いたの?」 「友だち」  とりあえず、一週間後にまた電話を入れてもらうことにした。しかし、女の子はそんなに待てなかったのか、それっきり電話はかかってこなかった。  この的外れの電話は、忘れかけていた後味の悪さを二カ月ぶりに思い出させてくれた。それは、僕に話をしてくれた女の子たちはその後、誰一人として考え方を変えていないのかもしれないという、ほぼ無力感に等しいものだった。  そう、たしかに僕は取材を終えた。しかし、それはただ単に女子中高生たちとの電話回線をオフにして元通りの生活に戻ったにすぎないのであって、そこに横たわっていた問題は何ひとつ解決していないのである。そして、もしも僕が再び回線をオンにすれば、こうした取材を援助交際の一種としてとらえる女の子にも出会うはずなのだった。  冷たく言い放ってしまえば、問題の解決に踏み込んでいくことは、取材者である僕の役割には入っていなかった。とは言うものの、考えあぐねてしまう部分が消えたわけではない。援助交際という問題の根は、僕が当初予想していたよりもずっと深いところにあった。やがてすたれてしまうであろう一時的な流行とは違って、問題を解決する糸口はそう簡単に見つからないように思えたのだ。当事者がこの問題を解決しようとした際に予想される困難について、取材者の立場で二、三、まとめておくことにしよう。  すでに紹介したように、テレクラはまさに歓楽街をターゲットにした「新風営法」がもたらした副産物にほかならない。そして僕が取材をはじめようとしていた頃、そのテレクラの出店を規制しようという動きは全国的に高まっていた。しかし、いざフタを開けてみると、あたかもテレクラ規制をかいくぐるかのように、どんな家庭のどんな電話からもアプローチできる伝言ダイヤルに人が集まっていた。こうして援助交際は一般回線に逃げ込んできたのだ。だから僕は伝言ダイヤルに固執した。もしもこの先、伝言ダイヤルを規制しようという動きが出てきたとしても、その頃にはパソコン通信による新手のビジネスが伝言ダイヤルに取って代わっているかもしれない。  つまり、パーソナル通信が充実していくということは、この手の問題に対する法的な規制が今までのようには効果を発揮しなくなり、善悪の判断が個人にゆだねられていくということなのだ。そこに、女子中高生たちがよく使っていた「人に迷惑をかけなければ何やったっていいじゃん」「バレなければいいじゃん」という言い分が入り込む余地もあるのだろう。もはや行政サイドの規制にすべてを託しても、期待どおりの結果は得られそうにない。あと戻りできないこの時代に新たに問われるのは、誰にもバレないとわかっていても揺らぐことのない個人の価値観なのだ。ところが、そうした個人が育つ環境はこの国に乏しい。  学校教育ひとつをとってみても、そこそこ成績が良くて、集団の和をひどく乱すようなことがなければ、個人的な考え方は問われずにきた。教師が見ている前で暴力を振るうと怒られるが、休み時間にプロレスごっこにかこつけて弱い者いじめをするような個人も、それを止めない個人も問題視されない。テレビで覚えたギャグを飛ばしているうちはいいのだが、マジな意見を言うとクラスメイトに敬遠される。人に迷惑をかけなければ何をやってもいい、バレなければいいという彼女たちの言い分は、教室に充満している空気を吸った結果、当然のごとく出てきたものと言って差し支えない。  今の子どもたちにとって、親や教師はさしたるお手本にもブレーキにもならなくなってきているし、なおかつ神の目を畏怖するような伝統的な宗教とも疎遠なお国柄であるし、そのうえイデオロギーが色あせた時代の指折りの先進資本主義国なのだ。女子中高生とオジサンを援助交際が結びつけてしまう材料は、いたるところに転がっている。  問題の解決という意味では何もできないまま、僕はとにかく元の生活に戻った。そして援助交際やドラッグとは、新聞の社会面でつながるだけになっていった。  僕の目を引いたのは、九月に逮捕された富山県の県立高校教師の記事だった。ラグビー部の監督で、教育相談カウンセラーもしていたという四十七歳の教師は、ツーショットダイヤルで知り合った中学三年生と夏休みをはさんで三回ホテルに行き、一回につき四万円を渡し、県青少年保護育成条例違反容疑で捕まった。  援助交際関連の記事に公務員が出てくるようになったのは九四年。それまでは、どちらかというと遊び人風の男が多かった。テレクラで知り合った高校生をホテルに連れ込み、カッターナイフで脅して写真を撮って逮捕された神奈川県の小学校教師。テレクラの経営に関与していた大阪府警の巡査長。勤務中にテレクラに入り、高校生とホテルに行った愛知県警の警部補。テレクラで知り合った中学生とホテルに入って逮捕された福井県の小学校の教頭——。こういった公務員の進出を、僕は援助交際が一般化した証と受け取っていた。  それまではテレクラ一色だったわけだが、伝言ダイヤルもとうとう公務員の逮捕劇の舞台になりはじめたようだった。  援助交際の記事が相変わらずポツリポツリと載る一方で、ドラッグ関連の記事はとんでもない勢いで増えていった。  こうしたなかで、七月には横浜港に荷揚げされた缶詰などから、過去最高の五〇〇キロを超える覚せい剤が押収された。女子中高生のように一人が一グラム買うとすれば、じつに五十万人ぶんに相当する量だ。  そして八月には、茨城県の十六歳の少女が覚せい剤を打たれてショック死するという事件が起きた。この少女は、ボーイフレンドの知り合いである二人の男に呼び出されて覚せい剤を注射され、死後、加波山の林道わきに遺棄されたのだ。  潜入ルポを開始した時点では思いもよらなかった麻薬汚染。取材を終えたあとも、もう少し実態を知りたくて、女子中高生たちがヒントをくれた取り引き現場を回った。しかし、張り込みでも続けない限り、収穫はえられそうになかった。そこで方針を変えた。知り合いのネットワークを借りて、組関係者に直接当たってみることにしたのだ。  三十代のYさんはバリバリの武闘派で、数年前にイラン人たちが縄張りに入り込んでチョコ(大麻樹脂)を売りはじめると、日本刀を振り回して追い出した。体を張ってでも、よそ者にドラッグは売らせないのだという。 「どこのヤクザ組織もドラッグはご法度《はつと》ですよ。おおっぴらに容認してる組織なんてありません。でも、実際にはそれで食ってるところもあるから、そういう場所ではけっこう手に入りやすいんですよ。自分なんかも、頼まれてシャブ(覚せい剤)を一〇〇(グラム)ぐらい引いて(調達して)くることはありますよ。でも、ヤクザ者から引いてきてヤクザ者に流す。堅気には売らないですから。だって、ヤクザ者はパクられても歌わない(バラさない)ですけど、高校生なんかにバイしたら(売ったら)イモヅルじゃないですか。日本人のヤクザ者は、そんなことはまずやんないですよ」  Yさんが初めてシャブを経験したのは十七歳。組に入る際の儀式代わりに、いきなり事務所で大人たちに打たれた。今のように、ふつうの子がドラッグに手を出すなんていうことは、まったく考えられないことだったそうだ。シャブとして通っていた覚せい剤が煙で吸引されている現場を、Yさんは五年前、六本木で初めて見たという。 「覚せい剤がこれだけ出回ってるのは、コカインなんかにくらべて値段が安くて、しかも日本人の体質にいちばん合ってるからですよ。コカインもやったことがありますけど、やりすぎて鼻血が出ちゃったりして、あまりよくなかった。だけど、じゃあ覚せい剤がどれだけ日本にあるのかっていう話になると、実際の話、本当にわかんないですよ。台湾ルートは主に九州に上がって、韓国ルートは北陸や新潟なんですけど、日本のまわりは全部海ですからね」  Yさんはいわゆる泣く子も黙るような風貌の持ち主なのだけれど、いまどきの女子中高生たちの行動にはけっこう参っている様子だった。 「いろんな店の面倒を見てる関係で、高校生の女の子とかも何人か知ってるんですよ。飯を食わしてくれって、本当に何人か制服でやって来るんですよ。おいおい、制服で来るなよって感じ。そういうことが何回もありましたよ。なかには、スピードはないの? なんて言ってくる女の子もいる。たとえあったとしても、そいつらにはぜったいにやりませんよ。ところが、シャブを打ったらシビレちゃって、体が動かないから助けてなんて言ってくる高校生もいる。あとで怒ってやりましたよ、お前、シャブなんかやってんじゃねえよって。自分は十代の時はよくやりましたけど、それっきりやってない。やっぱり、シャブをやっちゃうといい加減になっちゃうんですよ。何でもかんでも、もういいやって。  売春にしたって、何でこんなにかわいい子がっていう感じの子がやってるんですよね。服装とかもふつうなんですよ。俺は、何だよお前、ウリをやってるらしいじゃないか。そんなことして小遣い稼いでどうすんだって言いましたよ。周りが売春やってるからそれにのっかっちゃって自分もやるとかね、シャブぐらい知らねえとダサいとかね、どうもそんな感じでやっちゃってる。結局、大人が悪いんじゃないかな。親もちゃんと言わないしね。テレクラとかでコギャルを相手にするのを当たり前にしちゃってる大人なんて、どうしようもないですよ」  誤解のないように言っておくが、Yさんは決してやさしい人なんかじゃない。組同士の抗争時の武勇談をちょっと聞いただけでも、武闘派の怖さはストレートに伝わってきた。女子中高生に対する彼の発言が優しく聞こえるとしたら、それは堅気には手を出さないという「仁義」の部分がそうさせるのだ。裏を返せば、コギャルを相手にするオジサンたちには仁義もへったくれもない、ということになる。  僕は、ヤクザにだまされてとんでもない目にあったクミコちゃんとマリちゃんの話をYさんにぶつけてみた。 「そんなことはまずありえないというのが自分の率直な感想ですね。本当だとしたら仁義もヘチマもないですね。そんなことがわかったら、そいつらは間違いなく破門ですよ」  とYさんは言った。  しかし、二人の女の子の話には経験した者にしか語れないディテールがあった。 「それは現役のヤクザじゃないんじゃないですか。それじゃあ筋も何もない」  Yさんはため息をついた。  週刊文春の連載が終わってから、僕は中高生のドラッグをテーマにした雑誌の座談会に出席した(婦人公論九六年九月号)。そして、もうひとりゲストとして呼ばれた精神科医の発言に興味を引かれた。僕もかつてルポをさせてもらったことがある、十代の臨床例を豊富に持っている臨床医、町澤静夫先生である。  僕は今から十年ほど前に、登校拒否をしている子どもたちが集まるフリースクールで子どもたちと一緒に暮らしたことがある。フリーになって初めての取材だった。僕はその頃、彼らが学校に行けなくなったのは社会のせいだと信じて疑わなかった。しかし、取材が終わったあと、必ずしも社会のせいだけではないということがわかってきた。  もちろん、学校に行けなくなったきっかけは、学校という社会にあった。しかし、その後の経過を見ると、学校に行けない時期があったとは思えないほど明るく社会に飛び出した子どもたちがいる一方で、いまだに精神安定剤を手放せず閉じこもっている子どもたちもいる。そんな理由から、僕は子どもたちを理解するための手がかりとして、精神医学にも興味を持った。  現代人に多く見られる障害としてアメリカで注目を集めているのが「ボーダーライン」なのだが、その自己診断基準に目を通していたおかげで、今回の女子中高生の取材にもそのスケールを重ね合わせてしまうところがあったのだ。 「私は自分を傷つけたくなる時がある」「一体私は誰なのかと困ってしまう」「私は自分が何かを演じているかのように自分を見ている」「この先何をしたいのか私はわからない」「他人は私を物のように扱う」「私は真の友人を持っていない」「私はときに、自分は生きているのだと自分に言い聞かせている」「ときに私は自分自身でないと思う」——。  僕が会った女の子たちの様子をこのボーダーラインの特徴に照らし合わせてみると、合致する点は少なくなかった。そして、町澤先生はこう語った。 「ドラッグをやったり売春やってる子というのは、どこか捨てバチで自虐的です。少々病理的です。非常に衝動的で、感情のコントロールができず、社会にも適応しにくい人がかなりいる。精神科医の用語では、ボーダーライン・パーソナリティー・ディスオーダー、境界性人格障害とも言いますけど、つまりこういう人たちなんですね」  精神病と神経症の中間に位置するともいえるボーダーラインの典型として、マリリン・モンローや太宰治などが挙げられる。町澤先生はドラッグをやったり売春をやっている子がすべてボーダーラインだと言っているわけではないのだが、それなりの説得力はあった。  ただ、印象としては典型的な例よりもずっと明るいのだ。少なくとも自殺未遂の経験を語る子は一人もいなかったし、その危険を感じさせる子もほとんどいなかった。  カウンセリング的な手法を使えるだけの取材時間があれば、もう少しその心の病理性について判断を下すこともできるのだが、彼女たちはとりあえず学校という社会に適応していて、忙しそうにあいさつをして帰っていった。僕がたしかに言えるのは、ボーダーラインと診断が下せるかどうかは別にして、彼女たちの行動は病理すれすれの行動だということだ。  アメリカで進められてきたボーダーライン研究には、病理現象を社会現象と結びつけてとらえる底流がある。ところが、オジサンと援助交際をして手にしたお金でドラッグをやるという現実に関しては、すでに日本はアメリカの先を行っている。これを純然たる病理現象としてとらえるには、日本の援助交際の裾野は広すぎるように思えてならなかった。 [#改ページ]    あとがき  前略 この本を送ることができないあなたたちへ!  あなたたちに聞いた話が、こんな本になりました。とりあえず著者は僕の名前になっていますが、あなたたちも名もなき著者の一員なのだと思っています。嘘じゃなくて。  ですから、あなたたちにはぜひ読んでもらいたいのですが、事情が事情なので、親バレしないようにうまくやってください。僕も、とにかくその点には神経を使ったつもりです。  で、この本ですが、週刊文春に連載した時よりもあなたたちの言い分をたっぷり紹介してあります。そして、僕がその時に思ったことや感じたことなんかも入れました。 「あのオヤジ、超ムカつく!」と腹を立てる人もいるかもしれませんが、それはそれでしっかり受けとめようと思っています。反論の手紙か何かが届いたならば、できる限り返事を書くようにします。ただし、僕の伝言ダイヤルの会員番号は抹消されているので御注意ください。  閑話休題。ひとつお願いがあります。今現在のあなたたちへのお願いではなくて、十年後、二十年後のあなたたちへのお願いです。あなたたちの年齢で体験したことが、本当にトラウマ(心的外傷)として残らないのかどうか、あるいは行動として尾を引かないのかどうか、そのへんを見定めないと、この本は完結しない気がするのです。  その時にまた取材させてくれ、などと言うつもりはありません。でも、いずれ何らかの形でそれぞれの回答を出してもらえたら幸いです。もしそれが本になれば、僕はぜったいソッコー読みます。とにかく、あなたたちはそのくらい前代未聞の女子中高生たちなわけですから。  ついこのあいだセミが鳴きはじめたと思ったら、もうコオロギです。いやはやなんとも、ヤバイ、ヤバイですね。  では、くれぐれも御身御大切に! [#地付き]草々    一九九六年十月 [#地付き]黒沼克史 [#改ページ]    文庫版のためのあとがき  久しぶりに『援助交際』を読み返してみた。見聞きしたことをそっくりそのまま書いたのだけれど、すべてが夢の中の出来事のように思えてならなかった。当初、この本を読んだという親や教師の反応のなかには、「ショックだ」「信じられない」「誇張して書いているのではないか」といった感想があってヤレヤレと思ったが、そう思った僕にさえ、受け入れたくない現実を悪夢の棚に上げてしまおうとする心理がはたらいたようである。  このルポに関しては、女子中高生たちの肉声を聞いてしまった取材者といえども、できれば嘘だと思いたいのだ。なにしろ、援助交際の上に重ねられた、耳を疑うような卑劣な行為の震源地には、僕とそれほど年格好の変わらない大人もいるのだから。しかし、ならば夢なのかと思って頬をつねってみると、やはり痛い記憶がよみがえってくる。話を聞いた一人一人の顔や、話を聞いた喫茶店やカラオケ店の座席を、僕はいまだにはっきり覚えているし、スタートボタンを押せば、話の内容を録音したテープが機械的に回りはじめるのだ。ということは……である。人間の記憶中枢のメカニズムに大差がないとすれば、彼女たちが重すぎる体験を克服したり消去したりするのは、おそらくなまやさしいことではないのだろう。  その後、彼女たちとは連絡を取っていない。向こうからクライシスコールがあったり、相談を持ちかけられたりしたのなら話は別だが、このテーマの取材源として彼女たちを引っ張っておくのは好ましくないことだと判断したからである。ところが、さまざまなメディアが、その彼女たちと連絡を取りたがった。僕は、彼女たちをマスコミの�情報たらい回し�の渦に巻き込むわけにはいかない理由を説明し、その代わりにずっとアクセスしてきた複数の伝言ダイヤルのナンバーを教えた。彼女たちは援助交際をしている女子中高生の氷山の一角にすぎないのだという確信が、ルポを終えた僕にはあったのだ。つまり、彼女たちが再び取材者につかまってしまう可能性はほとんどなく、彼女たちと瓜二つのAダッシュ、Bダッシュ、Cダッシュが現れて援助交際について異口同音に語るに違いなかった。そしてまた、一対一でじっくり話を聞いてみれば、そこで初めてこの問題の深刻さが他人事としてではなくわかるだろうし、その結果、援助交際は不可避的に社会現象として取り上げられていくだろうと予想していた。  気の重いルポから解放されて二年半になる。九六年度の新語・流行語大賞に「援助交際」が�詠み人不詳�の受賞語として選ばれて、それまで「売春」「いかがわしい行為」「みだらな行為」と表現していた新聞も、このあたりから見出しに「援助交際」という言葉を使うようになった。僕の予想はある意味で当たったわけだが、しかし別の意味では無気味にズレてしまったように思う。それはひとことで言うと、見過ごすことのできない社会現象に対する大人たちの受けとめ方にある。この間、援助交際をめぐって起きている情勢の変化を紹介しながら、そのズレにも少し触れておこう。  ひときわ目立ったのは、東京都の法規制の動きである。長野県と並んで淫行条例がなかった東京都は、九七年の八月に「テレクラ及びデートクラブ規制条例」を施行し、同年十二月からは「青少年健全育成条例」に「買春《かいしゆん》等処罰規定」を盛り込んで、援助交際に歯止めをかけようとした。前者は、テレクラやデートクラブの営業禁止区域を広げ、広告・宣伝活動や自販機によるテレクラカード販売を規制する一方で、十八歳未満の青少年の店への出入りを処罰対象にするなど、主として経営サイドに対する規制である。そして後者では、一年以下の懲役または五十万円以下の罰金という罰則を、買う側の「客」に対して科した。ともあれ日本の首都東京は、九七年の年末をもって一応の「援助交際対策」を完了させたのだ。  僕はこの法規制にことさら反対はしない。いや、正確に言うと、悲しいかな反対する根拠が見当たらないのである。現在この時点でこの国にある、しかも女子中高生をめぐる現実として援助交際を追った立場としては、「売春は世界最古の職業のひとつ」と古代ギリシアと横並びの議論に与《くみ》するつもりはなかったし、かといって「個人のプライバシーに当局が踏み込むのは人権侵害」と大人と子どもの売買春にまで権利意識を持ち込む気にもなれなかった。法規制にどれだけの効果があるかは別にして──この規制で援助交際はなくなると思うかと尋ねられた僕は、「わざわざ淫行条例のない東京や長野まで援助交際をしに行ったという例は聞かなかったし、それまでに逮捕された大人は日本全国にいた」と答えたが──とにかく少しでも減らそうとする姿勢を大人が見せなくてはいけないという意味合いにおいて、静観していられるような事態ではなかったと思う。  だがしかし、こんなことに法規制で対処せざるをえなくなったことについて、どうして大人たちは、「またひとつ、子どもたちの信頼を失ってしまった」と赤面しながら猛省しないのだろうか。なぜこの問題を、まるで茶髪やピアスや日焼けサロンと同じように、女子中高生の流行の問題にすりかえたままにしておこうとするのだろうか。言うまでもなく、買春処罰規定を持ったということは、「日本には経済的に豊かな十八歳未満の青少年を買春する大人たちがたくさんいる」と世界に向けて発信したことになるわけだ。「論」を控えた現場報告の形で僕がこの本を書いたのも、女子中高生評論家として名乗りをあげようとしたからではなく、少なくとも教師や親たちには、大人社会の問題として読み進めてもらいたかったからだ。ところがその後、じゅうぶんな分析と反省がなされたとは言いがたい。日本の援助交際を奇異な目で見ていた諸外国だって、おそらく何ひとつ納得できずにあきれているだろう。  買春が処罰されるようになったばかりの十二月、早くも逮捕者第一号が出た。四十四歳になる足立区の寺の住職だった。外車を乗り回して女子高生に次から次へと声をかけて、数百人と援助交際をしてきた�常習犯�だそうだが、十七歳の高校二年生との一件がきっかけで逮捕され、「処罰のことは知っていたが、やめられなかった」と供述したという。まさか一罰百戒を狙って毛色の変わった第一号を待ったわけではあるまいが、買春男の根絶を法規制だけに期待するのは無理だということを突きつけた逮捕劇だった。  そこで、援助交際対策の矛先を再び女子中高生の周辺、つまりは学校と家庭の対応に戻すことにしよう。このルポをまとめてから、教師や親たちの前で話したり、教育専門誌に原稿を書いたりする機会が何度かあった。法規制(社会)、学校(集団)、家庭(個人)がそれぞれのレベルで役割を果たしてつながっていればいいのだけれど、実際にはバラバラでうまく機能していないという印象を受けた。  警察は、女子中高生を援助交際関連で補導すると、生徒の氏名を伏せて学校に非行事実があったことを連絡するようにしている。詳細は伝えられないにしても、少なくとも何年生が補導されたのか、学校は知るわけだが、そこから先は手も足も出ない。いや、出そうとしないと言ったほうがいいかもしれない。学校は呪文のように「生徒の人権を考えて」と言うにちがいないのだが、僕には「学校の評判を気にして」真相究明をあいまいにしたまま対応することで、そこにある教育チャンスを逃しているように思えてならないのだ。  特に学校の評判がそのまま経営に影響する私立の場合、「ウチの学校には援助交際をする生徒は一人もいない」という、もはや幻想ともいうべき�錯誤�を堅持しようとする姿勢が、かえってこの問題を本質から遠ざけていく。補導の連絡を受けた学校のなかには、あたかも秘密警察のように身辺を嗅ぎ回り、その事実を本人にも確認しないまま、別の理由をこじつけて自主退学させた例もあると聞いた。援助交際の情報や相談が舞い込んでも、発覚したら即退学という方針を学校がとっているために、その生徒の将来のことを思うと何もしてあげられないと頭を抱えている教師もいた。もちろん、娘が援助交際をしているかもしれないと思っている親だって、退学覚悟でおいそれと学校になんか相談できないだろう。かくして、警察には補導の事実があるにもかかわらず、学校と家庭では表面的な潔白が保たれるという�まやかし�が起きるのだ。  高校中退者が十一万人にも達している今、生徒に問題が生じると退学させて�厄介払い�する非教育的なやり方は、すでに再考すべき現状をむかえていると僕は思う。まして今の援助交際は、ごく一部の特殊な環境下の女性によるかつての重たい「売春」とは違って、まさかと思うような女子中高生でさえ手を出しかねない、「性の商品化」というカジュアルな「経済行為」(その違いを認識する意味では「売春」とは区別したほうがいい)なのである。すべてを警察まかせにせずに、学校と家庭が命がけで連携していけば、子どもとの関係に大きな変化が生まれてくるケースは少なくないだろう。  大人の醜悪さが子どもに筒抜けになっている以上、「とにかくダメなものはダメ」という態度で臨んでも、彼女たちは話し合いのテーブルにつこうとしない。学校は「そう、確かに教師も逮捕されているね」から口火を切り、親は「そう、確かに警察官も逮捕されているね」を第一声にして、未熟な性に対して欲情している大人と、アブク銭に対して欲情している子どもの人間関係をめぐって、一緒に迷宮に入り込んでみるといい。「セックスしたって減るもんじゃないのに時給五万なんだよ」とか、「男と女として愛し合ってない仮面夫婦だって援助交際みたいなもんじゃん」とか反論されて、大いにカルチャーショックを受けながらも対話していくことができれば、きっと出口は見えてくる。  もうひとつだけ、アドバイスというかヒントのようなものをつけ加えておこう。教育関係者から、こんなボヤキをよく聞いた。援助交際問題、ドラッグ問題と、次々に出てくる新たな逸脱行動を前に、対応策が追いつかない。喫煙と深夜徘徊で生徒指導をしているときに援助交際が発覚して、パニック状態に陥る教師もいるというのだ。ヤレヤレである。そう、確かに僕はノンフィクションライターとして援助交際問題を追い、その過程で出てきたドラッグ問題も追いかけた。あくまでも現象として。しかし、もしも僕が教師として、援助交際のみならず万引きからドラッグまでフルコースに手を出している生徒に接するとしたら、手持ちのカードは「なぜこの子はこんなに多くの逸脱行動に走るのか」の一枚だけである。それぞれの対応策なんて、何の役にも立たない。そういうことが理解されていないとすれば、この本と教師や親を結ぶ接点もないと思って愕然《がくぜん》としてしまった。  教師や親が最終的に見すえるべき対象は、むろん「現象」ではなく「個人」である。具体的な現象について話しながら、個人の内部のどこにどんな問題があるのか、言い訳のレベルを超えて近づいていこうとしなければ意味はない。そこに近づいて初めて、「周囲に見捨てられたという孤独感が募り、自分の方を向いてほしかったから」「ただただ純粋に性欲が強すぎたから」「性的ないたずらをされた義父に対する復讐心から」などなど、誰も予想していなかった内部が浮上してくることもあるのだろう。それが個人差である。その個人差を無視したところで成り立つような万能の援助交際対策などはありえないのだ。  僕はあれ以来、伝言ダイヤルを使ってないし、援助交際の取材もしていない。いや、正確に言うと一度だけ「援助交際の低年齢化」をテーマにアクセスしようとしたのだが、本が出た頃から僕はこの業界のブラックリストに載っているらしく、かけたことのない番組のコンピュータにまで拒絶された。電話番号だけで交信してきたのに、その気になれば名前を調べて手を打てるのだという事実を突きつけられ、この業界が情報産業の末端にあることを改めて認識した。僕のような存在は目の上のたんこぶだったに違いない。当局の取り締まりを恐れたのであろう業界は、十八歳未満の利用と、売買春や援助交際など、公序良俗に反する伝言を禁じる旨のテープを流して、この頃から自主規制のポーズを強めていた。  文庫本になるのをきっかけに、エイヤッとあの頃の取材先を駆け足で回ってみた。援助交際のメッカであった渋谷は、テレクラのティッシュをもらえない街に変身していた。デートクラブのチラシを配る男たちの姿も消えた。テレクラは相変わらず営業を続けていたが、デートクラブの多くは、場所を移動したのか廃業したのか、とにかく当時のマンションからは撤収していた。制服で闊歩する女子中高生の数もいくぶん減ったような気がする。かつてオヤジが女子中高生と堂々と待ち合わせていた喫茶店にも、それらしいカップルは見当たらない。ある程度表面的な健全さを取り戻している街を歩くと、今の状態が当たり前で、あの頃があまりにも異常だったのだとつくづく思った。  がしかし、「新風営法」について本文で書いたように、表面的な健全さを保つ代償として、現象が水面下に潜って見えにくくなったり、法規制に対処する新たなアイデアが出てきたり、イタチごっこがはじまるリスクは背負わざるをえない。女子中高生の話によると、当局のマークがきつい渋谷を警戒して、とりあえず目立たない街角でストレートに援助交際の交渉を持ちかけてくるオヤジが出てきているという。僕がいちばん危惧している変化は、女子中高生が当時持っていたのはポケベルだったが、今はダイレクトに会話ができる携帯電話になっているという点だった。ある意味では、援助交際にテレクラも伝言ダイヤルも不要な状況がそろったとも言えるのだ。  さて、ひどく気が重かったが、番号を聞いていたユミちゃん、ミツヨちゃん、クミコちゃんの三人のポケベルに電話をしてみた。もしつながったら、これで本当に最後だから、トラウマが残っていないかどうかだけでも聞かせてもらおうと思ったのだ。しかし、ユミちゃんのポケベルは「この番号は現在使われておりません」と言い、あとの二人からは反応がなかった。僕は正直に言ってホッとしてしつこくは追わなかったのだが(出版部のFさんごめんなさい)、その代わりにある方法で伝言ダイヤルにアクセスすることにした。公序良俗に反する内容の伝言が本当に消去されているのか、ユミちゃんが当時使っていた女性用のフリーダイヤルで確かめてみようと思ったのだ。 「都内に住んでる二十九歳の男です。中学生の女の子で、一緒に遊んでくれるちょっとHな女の子が希望なんですけど……」  伝言を聞きはじめて四件目だった。僕は、伝言を途中でスキップして聞く方法をとうに忘れていたのだけれど、思い出すまでもなかった。   一九九八年十月 [#地付き]黒沼克史  初出誌 「週刊文春」九六年五月〜六月  単行本 一九九六年十月 文藝春秋刊 〈底 本〉文春文庫 平成十年十二月十日刊