城山三郎 打出小槌町一番地   はじめに  そこは、東京から私鉄で一時間、松林に囲まれた海浜の土地であった。  空気は澄み、気候もよい。冬は東京より二、三度暖かく、それでいて、夏は三十度を越すことが、ほとんどない。それに、歴史の古いゆるやかな沖積地なので、崖《がけ》くずれや水害など、天災地変の全くない土地柄でもあった。  東京への電車は頻繁《ひんぱん》に出ており、一番地かいわいだと、その駅からゆっくり歩いて五分というわけで、交通の便も上々といえた。  つまり、最高の邸宅地となる地理的条件が、早くから自然に備わっていたのだが、人工の手が、さらにその条件にみがきをかけた。  昭和のはじめ、ここを邸宅地として開発したのは、電鉄会社のオーナーである財閥当主であった。若いころから、外国生活になじんでいたその当主は、欧米の高級邸宅地の日本版をそこにつくる夢を持った。  惜し気もなく金をかけ、当時としては大がかりな土木工事が行われた。土地は平らにされ、がっしりした低い石垣を持つ広大な分譲地がつくられた。松並木を残し、やさしいカーブを伴った道路が、歩道つきでその中を縫った。最後に、田園都市風のその新しい町に、打出小槌町《うちでのこづちちよう》という縁起のいい名が、つけられた。  財閥の当主がつくった町、そして、富豪たちの住むにふさわしい町、というわけだが、由来らしいものがないでもなかった。  ひとつは、以前、その土地が、海の中へちょうど打出小槌を突き出した形に出ていたという説。さらには、その昔、打出小槌がその浜へ流れついたのだという説。だが、実際のところ、その土地の旧名は、内海小路《うつみこうじ》であった。湾の中へ下りる小さな道が通っていた土地ということだが、電鉄会社に知恵者が居たのであろう、「内海小路」と似た音の「打出小槌」にいいかえてしまったのである。  その電鉄会社は、戦後も大型分譲地を売り出すとき、同じようなすりかえを行なった実績がある。古戦場に近く、大量の戦死者の首を埋めたので「千人塚」と呼ばれていた土地を、音だけは同じだが、「仙人塚」といい変えてしまった。不吉さや悲惨さは、これですっかり消えてしまった。  いずれにせよ、打出小槌町は、その名にふさわしい生い立ちを持った。  当初は、住宅用というより、別荘地として売り出されたのだが、財閥当主にあやかろうとするかのように、資産家や高級官僚などが、続々と土地を買った。百五十坪から二百坪という区画を、二つ三つとまとめて買う例も珍しくなかった。  田園都市、公園都市をということで、居住者遵守条項というとりきめがつくられた。 一、生垣は別として、塀《へい》などはつくらない。 一、純粋に居住用の住宅、別荘以外のものはつくらない。 一、建造物は、できるだけ周囲の環境に合ったものにする。  などといったもので、売り手が買い手に注文をつける形だが、そうしたことも、金持たちの気持をくすぐったようで、かえって評判を呼んだ。  このため、当時の総理大臣のひとりが、引退後、そこへ居を構えるころには、一番地の十区画はもちろん、合計三十番地、二百五十区画に及ぶ土地が、ほとんど売り切れてしまっていた。 「打出小槌町」は、最高の邸宅地を表わす名として定着した。そして、それから半世紀近い歳月が流れた……。 [#改ページ]   第一章 御曹子《おんぞうし》  最近、ある新聞記者が、打出小槌町を「正妻の町」と呼んだ。からかいというか、悪意のあるネイミングである。  そこに住むのは、十分、二号や三号の持てる男たちである。新聞記者たちに、艶聞やスキャンダルをにぎられている主《ぬし》も、少なくない。  しかし、その町まで来てみると、夫に愛人のあることなど知るや知らずや、本妻たちが天下国家をとったような悠然とした顔をしている、世の中のすべてが彼女たちの前にひれ伏したように感じている町だ、という意味である。  打出小槌町はまた、「ベンツの町」ともいわれる。  この場合のベンツとは、「舶来の高級自家用車」といった普通名詞的な意味だが、現実に、ベンツそのものが、よく目につく町である。朝の出勤時間など、ベンツの野外展示会でもはじまったかと思わせるひとときがある。  女中を従えた老夫人が、その夫をのせた黒光りするベンツに向かい、わざとらしく深々とおじぎして送り出す光景など見ると、「正妻とベンツの町よ」と、叫びたくなるほどである。  いまも毎朝その光景を演じている女、半世紀前、はじめてベンツを持ち込み、また最初に住みついた正妻が、山科《やましな》綾子である。綾子の夫淳之助は、全国銀行の預金残では、十五位前後を往来しているQ銀行の頭取である。  一番地で二区画を占める山科家の玄関先には、二台収容の車庫、さらに二台は駐車できる広い車寄せのスペースがある。毎朝、近くの行員住宅から運転手がやってきて、淳之助のため、黒のベンツ四五〇を仕立てる。夫人用は、象牙《ぞうげ》色のベンツ二三〇。こちらには、雑用兼務の住みこみの運転手がいる。曾我といい、もう六十近い年輩で、やや猫背の男である。  遠目には白く見えるベンツが、打出小槌町地内のゆるやかなカーブを走り出すと、山科綾子は、きまってつぶやく。 「また車が放《ほう》ってあるわ。どうして車庫をこさえないのかしらねえ」  毎度のことなので、曾我は小さくうなずくだけで、黙って車を走らせて行く。  綾子が、また高い声を上げる。 「あら、いやだ。ここでも、塀をつくっているわ」  遵守事項を破って、戦後は、塀をつくる邸がふえた。はじめは、それでも竹を編んだり、地味な板塀だったりしたものが、このごろでは、コンクリートやブロックむき出しの無風流な塀が多い。芝生や植えこみが、道路から見えるままになっているのは、山科邸などむしろ少数である。  無言のままの曾我の背に、綾子がたまりかねたように、 「ねえ、曾我くん、変に思わないの」  綾子より少し年下で、若いころから邸に出入りしていた曾我は、いまだに「くん」づけで呼ばれている。 「たしかに、よくありませんね、奥さま」曾我は、口重く答えてから、一息おいて続ける。「でも、世の中が変わりましたからね」 「どう変わったというの」 (しまった、また、いつものやりとりか)と、曾我は苦笑をかみ殺しながら、 「……つまり、せちがらくなって」 「でも、約束は約束でしょ。ここへ住むとき、塀はつくらぬというとりきめを、承知してきたはずよ」  いくつになっても、綾子は子供のようにむきになり、また、子供のようにくどいところがある。そこが、彼女の長所であり、欠点でもあるのだが。  曾我は、心得ながらも、じゃれるように、 「しかし、最近は、泥棒も多くなりましたからねえ」 「あら、そんなこと関係ないわ。約束は約束よ」 「…………」 「それに、泥棒は見透かしのきく家には入らないというわよ。警察の専門家が、そういってるわ。現に、家《うち》だって……」 「一度、入りかけましたがね」 「でも、入らなかったでしょ」 「たしかに」  山科家の古い浴室には、外から出入りできる焚《た》き口用の小さな戸がついていた。その戸をこじあけようと、鍵《かぎ》を半分こわし、結局、あきらめたらしい形跡を、冬の朝、当時、中学生だった綾子の息子の継彦が見つけ、大さわぎになったことがある。  曾我は、思い出しながら、つぶやいた。 「しかし、あのときは、のんきなおまわりさんでしたね」 「ほんとにねえ」  綾子も、うなずく。  連絡すると、駅前の駐在所から、中年の巡査がやってきた。のってきた自転車がかわいそうなほど、肥った巡査であった。その巡査は、現場を検証したあと、地面を指して、仔細《しさい》らしくいった。 「砂をきれいにならしておいてもらうと、足あとが残るんだがねえ」  まじめな顔つきで、ごくまじめな意見。その場では、綾子をはじめみな、うなずいたのだが、あとから考えてみると、おかしい。泥棒のために、毎晩、わざわざ砂をならしておく家もあるまい。 「事件などなかったから、あれでもよかったけど」綾子は、そういったあと、重ねて、「ほんとうに、事件のないところだったわねえ」  白いベンツは、打出小槌町の地内をはずれ、海岸道路へ滑り出た。 「最初ここへ来たときは、まわりは松があるだけで、ほとんど家がなかったわ。その上、塀を建てちゃいけないというんでしょ。不安で不安で、お父さまにたのんで、警察へ請願巡査を置いてもらうように、おねがいしたの。そうしたら、『そういうところへ、泥棒は行きません』と、笑われてね。見晴しのよいところに、ぽつん、ぽつんと、家があるようだと、寄りつきにくいんですって。一軒だめなら、その隣りという具合いにも行かないから、泥棒としては、割りが合わないらしいのね」  曾我は、合点を打ちながら、静かにアクセルをふみこんで行く。ベンツは、ジェット・エンジンに似た低いうなりを立て、速度を上げた。 「警察がいってたとおりだったわ。十年あまりというもの、空巣ひとつなかったものね。おかしくなったのは、戦争になって、疎開を兼ねて、どっと、ひとが住みついてからよ。そこで、駅前に交番もできたのね」  綾子は、海を見ながら、つぶやいていたが、その目をルーム・ミラーに戻し、 「でも、あのとき、継彦がよく気がついてくれたわ。昔から、ほんとに気のつく子だったわね」 「はい、そうでした」 「だから、継彦が、早くうちの銀行へ移れば、主人も楽なのに。銀行にだって、変なコソ泥のようなものが、入りかけないとも限らないものね」 「…………」 「継彦も、もう四十歳よ。主人がうちの銀行に入ったのと、同じ歳になったわ。今年は、何とかして、銀行へ戻ってもらわなくっちゃね」  曾我は、無言でうなずく。ただ聞き役に回っていればいい話である。 「四十といえば、そろそろ体の無理もきかなくなる歳よ。いえ、もう無理させては、いけないわ。商社は、ひどい働かせ方をしてるものね。嫁にきけば、家で夕食をとるのは、相変らず、月に一度か二度しかないというの。あれじゃ、体をこわしてしまう。早く、うちの銀行へ入れなくっちゃ。うちなら、時間は何とでもなるわ。それに、空気だっていいんだから、こちらへ住まわせて、通わせるように……」  綾子の声は消えた。  曾我が、ルーム・ミラーでちらっと見ると、綾子は目をふたたび海に向けてはいるが、見てはいない。息子をQ銀行へ呼び戻し、さらに、打出小槌町へ迎え入れてからのことを、あれこれ想像しはじめている様子であった。それは、いまの綾子の唯一の執念、最大の希望であり、懸念でもあった。子供のようにむきになって、そのことを思い、子供のようにくどく、淳之助にも継彦にも迫っている。  逆に、曾我などから見れば、綾子は、その思い以外には、他《ほか》に何ひとつ屈託のない結構な身分であった。不公平なほど、満ち足りている女である。  その日のドライブの行先は、熱海であった。将来、継彦に銀行を任せられるようになったら、綾子たちは、より暖かな熱海か伊豆へ移る計画である。その方が、息子夫婦にも気がねがなくてすむ。  その遠い計画のため、これはと思う物件の報《しら》せがあると、綾子は車で下見に出かける。半ばひやかし、半分はひまつぶしの気楽なドライブであったが、それが家のため息子のためになると思いこんでいるところにも、綾子の幸せな性格があった。  綾子にとって、すべては、にくいほど天下泰平である。  曾我はまた、ルーム・ミラー越しに、綾子を盗み見た。形のよい口もと、やや重い感じのまぶた。ふっくらとした顔は、歳より十歳は若く見える。手入れのいいせいもあろうが、肌もすべすべしていて、ほとんど皺《しわ》が目立たない。  若奥さまのころから、綾子は、胸のかわくような、いい女であった。身分のちがいすぎる曾我だが、それでも、男の身にシンデレラのような奇蹟《きせき》が起らぬものかと夢見たり、刑務所入りしてもいいから、襲いかかりたい衝動を感じたりしたこともあった——。  ベンツは、なめらかに走り続けた。  フロント・グラスの端に、富士が浮き上ってきた。綾子はきまって声をあげるのにと、もう一度、ルーム・ミラーを見ると、座席の肘《ひじ》かけに寄りかかり、居眠りをはじめていた。綾子は健康な女であった。屈託のないせいもあって、不眠ということを知らない。  ただ、と曾我はにやりとする。曾我は、淳之助について、ひとつの秘密を知っている。その秘密をばらせば、綾子といえども、寝つけない女になるであろう。若やいだ顔も、玉手箱の煙をかぶったように、たちまち歳相応、いや歳以上に老けこみ、見るかげもなくなるかも知れない。ばらしてはいけない秘密だが、ほんの少し匂わす程度でもいい。もっとも、匂わすぐらいでは、幸せすぎる綾子には通じないかも知れぬが。  曾我は首をすくめ、ハンドルをにぎり直した。  綾子が幸せすぎるからといって、曾我には、それをじゃまする理由はなかった。綾子は気のいい女であった。少しばかり人づかいの荒いところもあるが、曾我やその家族のことを、何くれとなく面倒を見てくれる。子供が病気したときには、おせっかいなほど、入院から看護の手配をしてくれた。そうした綾子を、曾我はにくめないし、また少し好きでもある。  それに、もしばらすにしても、それには、ふさわしい汐《しお》どきがある。綾子の執念がかない、継彦が御曹子然と銀行の奥深く納まったあと、つまり、満足が満ち溢《あふ》れて、彼女が窒息しそうにでもなったとき、話してやってもいい。  山科淳之助は、結婚以来、遠隔地への出張以外、外泊したためしがない。  つき合いなどで、どんなにおそくなっても、必ず一時間あまりの道のりを、帰宅した。午前三時すぎに帰り、六時に出かけるということもあった。伝書鳩も顔負けであった。もっとも、頭取になるころからは、宴席に出ても、九時には切り上げることにし、めったにおそくなることがない。 「銀行でも、サラリーマン頭取ではそうも行かぬが、さすがオーナーはちがう」 「いや、あんなりっぱな奥さんが居ては」  などと、財界人の間では、羨望《せんぼう》と揶揄《やゆ》の的にもなった。綾子にとっては、こうした点でもまた、申し分ない夫に恵まれたということになる。  その夜も、淳之助は、十時少し前には、打出小槌町の邸に戻り、寝酒代りのブランデーを中にして、綾子と向かい合った。  綾子の話は、(熱海のマンションは気に入らなかった。このところ、どこを見ても、打出小槌町の良さを再確認するだけ)といった報告から、(こんないいところへ、なぜ、継彦たちは早く来ないのかしら)という方向へ移った。  山科は、大きな尻を、もじもじさせた。  八十キロを越す体躯《たいく》。銀髪に鼻筋が通り、堂々たる風貌《ふうぼう》である。肉づきのいい唇をはさんで、上下に二つの大きなホクロがある。まるで蝦蟇《がま》口の口金のような形だが、それがまた、淳之助の顔にふしぎに重い感じを加えていた。ただし、それらの威厳も、綾子相手には通用しない。思わしくない風向きには、半身に構える他はない。 「あなた、継彦はもう四十ですよ」 「わかってる。また、その話か」 「その話かじゃありませんよ。ほんとに、四十になったんですからね」 「よくわかってる。ただし、ものには、タイミングがある。もう少し待ってくれ」 「いえ、もうこれ以上、待てません。あの子は、わたしにとって、たったひとりの子供なんですから」 「……そ、それは、わたしにとっても、同じだ」 「でも、わたしが、どんな思いで、あの子を……。あなたには、いくら説明しても、わかりませんわ」  この話になると、淳之助はますます不利。なだめる恰好で、うなずきをくり返す他はない。  結婚して三年間、子供ができなかった。神だのみもしたし、医者にも見せた。骨盤がややせまく、子宮後屈気味だが、異常はないとのことであった。二人で、箱根や伊豆の温泉へ行き、すすめるひとがあって、恥ずかしがる綾子に、腰枕を当てさせた。そのあげく、やっと授かった子宝であった。それも帝王切開で、綾子が一時、出血多量で気を失うほどの手術で生まれた。  赤ん坊は弱かった。もはやひとりしか授からぬ子というので、綾子はむきになり、神経質にもなった。決して、はじめから屈託のない女などではなかった。  たまたま、「紫外線とオゾンに富む海浜の田園都市」といううたい文句で、打出小槌町が売り出されたときであった。  綾子は、父の頭取にたのみ、そこに、二区画の土地を買い、邸をつくってもらった。車も買わせ、土地の隅に、曾我の親に当る運転手夫婦の住む家まで建てさせた。 「ぜいたくなやつだ」  と、父親も、さすがに鼻じろんだが、綾子にしてみれば、必死であった。  そのころ、近くには、まだ医者がなかった。子供が病気したとき、すぐ車が使えるようにというのは、綾子にとって、不可欠の生活条件であった。  命より大事なひとりっ子。なんとしても、どんなにいわれようとも、この子を元気に育て上げなくては——。 「四十が汐どきだというのは、もう十年来、いえ、二十年来、二人の間で考えてきたことですもの」 「…………」 「あなたが銀行入りしたのも、四十だったというせいだけじゃなくって、あれこれずいぶん検討したあげく、四十まで待ちましょうということになったはずよ」  淳之助は、しぶい顔でブランデーをふくんだ。唇をはさんで、二つの口金の位置が、ずれている。  もともと、淳之助は、帝大出の日本銀行員であった。総務から大阪支店、さらに営業局と、かなりいいコースを歩いていたが、ちょうど四十歳のとき、綾子の兄、つまり、山科家の一人息子が病死したため、山科姓を襲うとともに、急遽《きゆうきよ》、Q銀行入りすることになった。  Q銀行は、華族銀行を柱に、地方銀行が二つくっついてできたもの。山科家自体は華族でなく、ある華族の執事であったが、綾子の祖父が華族銀行で長年、支配人をつとめる中、しだいに株をふやした。そして、合併問題でも、中心になって腕をふるったため、その代の終りには、最大の株主となった。このため、綾子の父はQ銀行頭取となり、さらに、その御曹子である綾子の兄が、次期頭取候補の位置にあった。  御曹子の死で空白となったそのシートへ、淳之助がいや応なく、代走に出された形である。  もっとも、頭取の椅子そのものは、毛並みが良いからというより、自分の力や決断でかちとったというひそかな自信を、淳之助は持っている。だいいち、その時点でQ銀行へ移ること自体が、ラッキイというより、むしろ、不利であり、危険に見られた。大戦争が進行しており、銀行員が徴兵や徴用逃れの意味もあって、軍需産業へ続々転出している時期であった。また、もし銀行にとどまるなら、一市中銀行より、政府銀行である日銀にそのまま居た方が、安全であった。  だが、淳之助は、あきらめよくQ銀に出た。淳之助は、それも、ひとつのめぐり合わせだと思った。自分がいちばん望まれているところへ行くのが、男が王者らしく生きる道ではないのか。淳之助の父親は、地方の素封家であったが、周囲から望まれて、代議士に出た。結果は、かなりの財産を失うことになったが、しかし、最後まで堂々として生きた男であった。淳之助には、その父親の血も流れていた。  四十歳で入行した淳之助は、大手支店のひとつである横浜の店を任された。  焼夷弾《しよういだん》爆撃によるはげしい炎の中で、支店のビルは、焼け残った。このため、銀行は、まわりの罹災《りさい》者たちの避難所になり、連絡場所にもなった。  そして終戦。支店のビルは、付近のいくつものビルとともに、進駐軍に接収されることになり、下見の係官がやってきた。ビルの中を見て回り、当然のことのように接収しようとするアメリカ人に、淳之助は腹を立てた。ジープの前に立ちはだかり、「接収を見合わせてくれないか」とたのんだ。 「銀行は、この辺の住民の生活の拠点なんだ。役所も交番も、焼けてしまっている。だから、みんなが銀行へたずねてくる。銀行をたよりにしている。わずかの預金を生命の糧にしているひともある。それでも、あなたたちは、ここを奪いとりたいのか」  義憤というより、当り前のことをいったつもりであった。ただ、それを堂々といった。係官は顔をしかめたが、二、三日して、第八軍司令部への出頭命令が来た。形からいえば、占領政策への反抗である。行員たちはうろたえたが、淳之助は、「なるようにしかならぬさ」と、出かけた。 「もし、帰れなければ、打出小槌町へ、だれか、泊りに行ってやってくれ」  近所に強盗が出たりした自宅のことだけを、心配していた。  結果は、Q銀行ビルだけが、接収からはずされることになった。おかげで、横浜でQ銀行は大きく成績を伸ばすことができた。  物おじしないという点では、その後も、似たようなことがあった。  淳之助が本店に戻り、取締役営業部長になったとき、Q銀行が主力銀行《メイン・バンク》をしている造船会社の組合が、ストに突入した。上部団体が応援にかけつけ、何度も逮捕者が出るさわぎ。暴力沙汰も再三なので、造船会社の経営者たちが、逃げたり、雲がくれして、争議は泥沼におちこんだ。  そうしたある日、淳之助がふいに、赤旗の林立している組合事務所へ入って行った。 「銀行の部長など、用はない。たたき出せ」  という罵声《ばせい》に、 「こっちに用があるんだ」淳之助は、大きな体で坐りこんだ。「うちだって、大衆から預かった莫大な金を貸しこんでいる。おたくがつぶれでもしたら、わたしは首をくくらなくちゃいかんのだ」 「しかし、どうせ会社側じゃないか。話したって、むだだ」 「会社側か組合側かは、わたしにとって、二の次の問題だ。それに、どっちかへ決めろというなら、その前に、まず、きみたちの考えをきいておきたい」  腕組みし、二つの口金を合わせて、唇を結んだ。棍棒《こんぼう》でなぐられることぐらいは、覚悟していた。スタンド・プレイのつもりは、なかった。(そうしなければならぬ。そういうめぐり合わせだ)という考え方からであった。  組合は、当惑した。つまみ出すにしては、大きすぎる体である。風格もあるし、わるびれたところがない。最後に、組合幹部は折れ、膝《ひざ》つき合わせての話となった。  実際のところ、組合幹部も交渉相手の居ない長期ストに、弱り果てていた。何とか、会社側にパイプをとりつけようと、模索しているところであった。淳之助の登場は、そのタイミングを読んだ上でのことであった。ただ、無鉄砲なのではなかった。出番をわきまえており、それだけに、このときも、王者のように堂々と振舞った。  このことがきっかけとなって、争議はまもなく解決した。会社側にも感謝されたが、組合幹部も、淳之助を徳とした。会社首脳がだらしがなかっただけに、よけい、淳之助の姿が印象的だったようで、その後も、銀行へ訪ねてくるようになった。  それにしても、銀行員は、慎重というか、どちらかといえば臆病。組合問題などは、避けたがる。それを、取引先の組合にまでぶつかって行ったのだから、淳之助はやはり型破りの大物と見られた。物おじしない点だけでも一級品、と評判になった。こうしたことから、淳之助の銀行内外における声望は、決定的なものとなり、その頭取就任は、太陽が東から上るのと同じ迎え方をされた——。 「継彦は、どういっているんですか」  ブランデー・グラスをテーブルに置いたとき、綾子がいった。世間では王者然とした頭取も、家では、一介の亭主でしかない。とりわけ、息子の問題がからむと、押される一方である。 「……あれからは、しばらく、何も連絡して来ていない」 「あなたから、連絡しなければ、だめですよ」 「……しかし、あれはあれで悩んでいるんだ。そっとしておいてやった方が」 「あの子は、もう四十なんですよ。ゆっくり悩んでいる年ごろではありません」 「…………」 「あなただって、いまからお考えになって、あのとき、四十という歳でよかったと、お思いでしょ」  淳之助は、半ばつりこまれて、うなずいた。あの歳より若くては、すぐには責任のある仕事につけなかったであろうし、逆に五十近くなっていれば、覇気《はき》も薄れていたかも知れぬ。たしかに、四十は男の汐どきである。継彦にとっても、それはいえるであろう。それに、商社に居て学ぶべきものは、もう学びつくしてもいるはずである。山科家の御曹子ということでは、もうこれ以上、商社に置いておく必要はなかった。  その意味では、淳之助にとっても、継彦にとっても、たしかに汐どきなのだが、しかし、Q銀行にとって、継彦を受け入れる汐どきかどうか、いや、受け入れ態勢があるかどうかということになると、問題はちがってきた。  戦後さまざまの改革で、いま山科家の持株数は、個人株主中では筆頭といっても、シェアが全体の七パーセントにすぎなくなっている。その意味では、Q銀行は山科家のものではなく、またQ銀行にとっての御曹子というものも、存在しない。それに、行内には、継彦入行の気配を察して、反対する動きが出て来そうである。  大蔵省から二人、日銀から三人と、ひとをもらい、専務をはじめとするいいポストにつけてある。その彼等の周辺から、よく、「銀行の近代化」という言葉が出る。組織の確立や、事務の近代化などが、官僚組織から来た彼等には似合の仕事なのであろうが、そうした考えをつきつめれば、同族支配色の排除ということになる。しかも、銀行内には、これに同調する不満分子が居り、組合もまた蠢動《しゆんどう》しかねない。造船会社の争議のときは、淳之助も元気よく組合とわたり合ったが、自行の組合相手に、そうした問題でやり合うことは、いまの淳之助には、ひどく気の重いことに思えた。  ただ、それでもなお、淳之助自身も、継彦の入行を望んでいた。それは、他でもない、継彦こそ、頭取を継がせるのにふさわしい器だと、考えているからである。親の慾目《よくめ》ではない。継彦は、頭もよく、また努力家であった。東大を出、一流の総合商社へ入った。「他人のメシを食い、少し広い勉強をして来たい」という言い分からである。  淳之助は、そこでまた、我が子を見直した。早くから御曹子然と銀行の中に納まるより、その方がはるかに得るところが多かろうし、それが、ひいては、銀行の将来のためにもなると思った。もっとも、そのとき継彦を入行させておけば、いまになって悩むこともなかった。  山科継彦は、いま、商社の同期の中で最初に課長になるなど、エリート・コースのトップを走っている。周囲の評判も、上々である。その継彦にくらべると、Q銀行の同年代の男たちは、淳之助の目には、ひどく見劣りがした。  戦争中、男子行員の新規採用がなかったこと、さらに戦後しばらくは、同族会社と見られ、人材に敬遠されたこともあって、中堅以上は、とくに層が薄い。役員クラスも、先代からの番頭のような男や、山科家で書生をしていた男など、ただおとなしく、まじめというだけの連中である。  そこを補強する意味でも、大蔵、日銀からの天下りを迎えたのだが、天下り派は天下り派で、営業の第一線に出るのをいやがり、かつて淳之助があげたような実績がない。理論的にシャープなところはあるかも知れぬが、ただ批評家にとどまっている。とても、行員全体からの信望があるとは思えない。天下り派に一時期、頭取を譲るとしても、それはあくまでワンポイント・リリーフ。本命は、やはり継彦である。  それだけに、綾子がいうように、犬の子でももらうように、無造作に継彦を呼び戻すわけには行かない。十分にレールを敷き、継彦自身もその気になり切ってから、迎え入れるべきである——。  淳之助は、一度閉じた栓をまた抜いて、グラスにブランデーを注いだ。打出小槌町の夜は、静かであった。かすかに電車の音が遠のくと、あとは、松籟《しようらい》の音だけがきこえる。 「おねがいね、あなた」  綾子は、そっと手をのばすと、淳之助の片手の上に置き、半ばあまえ、半ば、あわれみでも乞うようにいった。  半月ほど後、淳之助が頭取室で電話をしていると、いきなりドアが開いて、綾子が入ってきた。淳之助はあわてた。電話の主に向かい、 「あっ、ちょっと、ここで切る。……あとでまた、電話するから」  綾子は、突っ立ったまま、見とがめ、聞きとがめた。視線は、切ったばかりの若草色の受話器を離れない。それは、外線直通の頭取専用電話であった。それも、私的というか、極秘にしておくべき用件だけに使われるものである。このため、山科が留守のとき、ベルが鳴っても、秘書は出ない。  山科の机の上には、他に二台、灰色の受話器があり、これらは秘書を経由したり、秘書に切りかえできるシステムで、ほとんどの電話は、こちらを使われていた。このため、若草色の電話の番号を知らされているのは、ごくひとにぎりの政財界の重要人物、それに、プライベイトには、綾子と継彦ぐらいのはずであった。 「いまのは、継彦からじゃないんでしょ」 「……うん、ちがうよ」 「じゃ、そんな風に切っていいの」 「……どうしてだ」 「それは、大事な方とだけ話す電話のはずでしょ」 「……うん、そうだが」 「そんな方を相手に、あんな切り方をして……。まるで、忙しいとき、わたしを相手にしたみたい」 「いいんだよ、いまのは、森本君からだから」  淳之助は、とっさに、継彦のつとめている商社の副社長の名を出した。淳之助とは、高校以来の親しい同窓である。 「森本さんから……」  まだ半信半疑の綾子の顔に、淳之助はつけ加えていった。 「実は、継彦にも関係のあることなんだ」  綾子の表情が、とたんに変わった。 「なんですの」 「この次の異動で、継彦の期から、海外の支店長に出すらしい。継彦なら、まず、マニラかジャカルタあたりだろうといっていたが」 「なんですって」 「ひとに話しちゃ困るよ。それに、まだ決まったわけじゃない」 「決まってからではおそいわ。あの子は、水あたりする体質なんだから、そんなところへ行かされたら、たちどころに……。あなた、すぐ継彦をやめさせて」  綾子は、顔色を変えて、詰め寄った。淳之助は苦笑して、 「よせよ。向うはまだ、一般的な観測として、いっているだけだから」 「でも、継彦の名前が出たんでしょ」 「それは出たさ。だって、あいつが、同期のトップなんだから。何《なに》かといえば、名前が出る」 「とんでもない話よ。あなた、すぐ……」 「落ちつけよ。いずれ近日中に森本君に会って、ゆっくり話を聞くつもりだ」 「そんなのんきな……」 「もちろん、聞くだけでなく、こちらからもたのんでみる」 「外地に出すなということでなく、やめさせてもらって。それがいちばんいいの。それしかないわ」  綾子は、そこにある椅子に、くずおれるように坐った。  淳之助は、一息つくと、わざと、おだやかにいった。 「しかし、おまえ、どうして突然ここへ……」  綾子が銀行へ来たのは、ほとんど二年ぶりであった。山科家の同族銀行などといわれながらも、綾子は、銀行へは、ほとんど足を向けないことにしている。近くの日本橋のデパートヘは、白いベンツでよくやってくるのに、銀行へは立ち寄るどころか、電話も遠慮している。淳之助は、公私混同ということをきらう。綾子も、その点はわきまえていた。淳之助が養子の形だけに、よけい気をつかい、自分をおさえてきた。  綾子は答える代りに、持っていたデパートの包みをとき、テーブル・クロスをとり出した。 「良彦の入学祝いのお返しを、これに決めてきたの。でも、念のため、見ていただこうと思って」  継彦の子供、つまり、淳之助たちの孫は、二人女が続いたあと、最後が男であった。良彦と名づけたその末っ子が、ようやくこの春、小学校に上る。  たくさんの入学祝いが来たが、その中には、頭取の孫へという筋での贈り物が、かなりあった。現に、打出小槌町の邸へも、いくつか届けられている。だから、頭取としてお返しすべきだ、というのが、綾子の考えであった。一種、拡大した親心でもある。  それにしても、贈答関係は、いつも綾子の一存でとりしきっている。わざわざ見せに来るのは珍しい。  淳之助が、「それでいいじゃないか」というと、綾子は果して簡単にテーブル・クロスをしまった。 (まだ何かある)  淳之助は、綾子をうかがった。  綾子は、今度はハンドバッグを開け、折りたたんだタブロイド版の新聞をとり出した。その一面を、淳之助に突きつけるようにして、 「あなた、これをお読みになって」  淳之助は、ぎくりとした。  銀行|宛《あて》だけでなく、打出小槌町の邸へも、たのみもしない雑誌や新聞が送られてくる。広告料代りのものもあれば、スキャンダルをあばくものもある。そのタブロイド紙は、後者の部類であった。かなりはげしい新聞で、これまでも、淳之助の知人たちが、その私行などについて、手ひどく槍玉にあげられていた。淳之助は、半ば観念し、まばたきしながら、その新聞を見た。 〈外交官夫人の横暴。支店長のクビをとばす?〉  という大見出しの特集記事が、紙面を埋めていた。他の記事はない。淳之助は、顔を上げ、 「どこを読めばいいんだ」 「そこよ。そこに、木山夫人のことが出てるのよ」  外交官の木山夫妻は、同じ打出小槌町一番地の隣人であった。祖父が男爵だったというのが、夫人の自慢だが、いまはスイスへ大使に出ていた。  その新聞によると、大使主催のパーティヘ、ある大会社の支店長夫妻が、幼い子供を連れて出席した。 (どうしても、|子守り《ベビイ・シツター》が見つからぬ。といって、欠席しては失礼だから)と、恐縮しながら参加したのだが、これが社交界のエチケットに反すると、木山夫人の逆鱗《げきりん》に触れた。  夫人は、夫の大使の尻をたたいて、外務省へ報告させた。外務省は外務省で、その会社の首脳を呼んで叱責《しつせき》。海外で活動している会社は、外務省には弱い。このため、心ならずも、その支店長を解任して帰国させる破目になった——との報道である。  子連れでパーティに出ることは、たしかに非常識である。しかし、その日のパーティは、大使夫妻が日本人ばかりを呼んだ内輪のものであり、子供の世話ぐらい見てやるだけの準備と思いやりがあってこそ、大使夫人ではないのか。それを、夫をたきつけて、外務省に告げ口させるとは何事か。その夫もだらしがないし、外務省も問題。さらに、会社も……と、かなりきびしい論調であった。  淳之助は、用心深くいった。 「もし、この記事が事実だとすると、外務省が出すぎだな」 「いえ、いけないのは、木山の奥さまよ。あのひと、いかにも外交官夫人でございますって顔して、つき合いにくかったけど、こんなひどいひととは思わなかった。わたし、読んでて、腹が立ってきて。もう、あのひとが戻ってきても、二度とつき合わないわ」 「…………」 「支店長だったひと、ほんと、かわいそう。これで、もう、おしまいね。スイスは人手不足のところでしょ。女中を日本から連れて行ける大使館の人とちがって、ふつうでは|子守り《ベビイ・シッター》なんて、見つからないわ。といって、子供だけ置いて行ったら、もっとかわいそうだし。ああ、いやだ。これがもし継彦たちの身の上に起ったらと思うと、わたし、じっとしておれなくなって」  淳之助は、葉巻をくゆらせながら、何度もうなずいて見せた。子供のこととなると、綾子はたとえ自分の子でなくとも、夢中になるところがある。それに、綾子自身が、子供のように、少々、正義派的でもある。  いつか、冬の朝、私鉄の駅で、中学生たちが出札口でおとなしく列をつくっているところへ、割りこんできた男があった。  たまたま白いベンツが修理工場に入っているところで、綾子もその列に並んでいたが、たまりかねて、男に注意した。すると、いきなり突きとばされた。綾子は尻餅をついた上、足の筋を痛め、半月近くびっこをひく始末であった。 「こういう世の中だ。よけいなことは、いわない方がいい。今度は、首の骨を折られる」  と、淳之助はたしなめたが、綾子は、 「だって、おとなしい子供たちが、かわいそうで」  と、くり返すばかりであった。  淳之助は、インターホンで、綾子のためにコーヒーをたのんでやった。ついでに、駐車場に居る曾我運転手にも、コーヒーを届けるよういいつけた。  二十分ほど後、白いベンツは、銀行の地下駐車場から、道路へおどり出た。高速道路へ向おうとするのに、綾子はいった。 「曾我くん、ちょっと、継彦の会社の前を通ってくれない」 「通るだけでいいんですか」 「……そうね、どこか公衆電話があったら、そこへとめて」 「電話なら、すぐそこに」 「いえ、継彦の会社が見えるところが、いいのよ」  綾子は、少しかすれた声でいい、横を向いた。いつもとちがって元気がないし、心を鎮めようとしている。  曾我は、無言で車を走らせた。いつの間にか、雨がぱらつきはじめていた。ワイパーのスイッチを入れる。綾子が重く黙っていると、いつもと勝手がちがい、冷凍車でも運転している感じである。  曾我は、綾子に笑いながらよく聞かされていた。 (わたしが行くと、その場がパッと明るくなるって、みんながいうのよ) (あなたは困ったことなんて、ないでしょ、こわいひとなんか居ないでしょって、からかうの。損ね。わたしだって、悩みはあるのに)  みんながいうとおりだと、曾我は思う。曾我だって、そんな風にいってやりたい。ただうらやましくていうのではない。綾子のような人間が、身近に一人ぐらい居てもいいではないか、という気持である。  その綾子がふさぎこんでいると、ベンツのエンジンの音まで、おかしく聞えてくる。  右手前方に、商社のビルが見えてきた。曾我は、ワイパー越しに、目を走らせた。電話ボックスは見当らない。ただ、ビルの斜め前の煙草屋の軒先に、ひとつ赤電話がある。そこへは、冷たい雨の中を横切って行かねばならない。スピードを落としながら、 「奥さま、あそこにありますが、雨が……」 「いいわ。ちょっと待ってて」  ドアを開けると、綾子は氷雨の中を、斜めになって走って行った。 「継彦、あなた、海外の支店長に出されるんですって」 「さあ、何も聞いてないよ。それに、どうしたの、いきなり」 「わたし、心配で、心配で……。いま、あなたの会社の前から電話しているの」 「また、どうして。びっくりさせますねえ。それに、困ったなあ、迎えに行くといいんだけど、いま大事な来客中なんだ。あと、二十分ぐらい待てない?」 「いいのよ。ただ、お母さんは、あなたに海外へなんか行ってもらいたくないのよ」 「いま、そんなことをいったって……」 「銀行なら、お母さんは安心なのよ」 「弱るなあ、その話はいま……」 「ごめんなさいね。ただ、むしょうに、お母さんの気持をいっておきたくなって」  雨が頬に当たる。綾子は、涙声になりそうであった。力なく受話器を置くと、白いベンツが遠くにかすんで見えた。 「これを読んでみなさい」  その日も、十時少し前に帰宅した淳之助は、一冊の雑誌の頁《ページ》を開いて、綾子に手渡した。  すでに初夏。邸の庭にある池の方角からは、蛙《かえる》の声がきこえている。 「また継彦に反対の記事でしょ。見たくもありませんわ」 「しかし、ここには、おまえのことまで、出てるんだよ」 「わたし? わたしが、どうかしたんですって」  綾子は、大きく口をあけた。淳之助は、目でなだめながら、 「つまり、おまえが淀君《よどぎみ》ではないか、というんだね。継彦を入れることについて、わたしがぐずぐずしていた。最後に、おまえがたまりかねて、頭取室にまでのりこんできて、わたしに迫った、と書いているんだな」 「そんな、わたし頭取室へなんか……。あっ、そういえば、もう三月も前かしら。でも、あのときは、木山さんのことに腹を立てて……」 「そうなんだ。ちがう用件で来た。……それに、おまえは、淀君なんぞでありはしない。ただの母親さ。銀行へ寄るのだって、二、三年に一度だからね。誤解だ。いや、わざと誤解して、書いている」 「ひどいわねえ」 「中傷できることは、何でも書く。そういう時代なんだよ」  いいながら、淳之助は、自分の太い首筋を撫《な》でた。  継彦の入行がきまると、「前近代的経営への逆行」とか、「銀行の私物化」とか、銀行の内外から、反対ののろしが上った。行内に内応する者があるせいでもあろう、一般の経済誌や週刊誌に、かなり詳しい記事が出た。いずれも、淳之助を非難する論調である。  総会屋や万歳屋など、広告料や金一封欲しさに書き立てる新聞雑誌には、それなりに手も打てたが、それでもなお落ちこぼれがあるのか、攻撃はやまない。  行内では、組合の三役が、「歓迎できぬ人事である」と、淳之助に抗議文をつきつけ、組合機関紙は、はげしい論難を加えた。『古代人』などという雑誌が、発行人不明のまま、にわかに行内で発行され、マンガやブラック・ユーモア仕立てで、「お世継ぎ人事」をからかった。  もっとも、年輩層は、名門銀行の行員|気質《かたぎ》、よくいえば上品、わるくいえば無気力な人格が多く、この人事を、半ばあきらめて受けとめていた。  拒否反応を起しているのは、言葉には出さぬが、天下り派、それに、若手行員の一部である。思いきった近代化を進めようと、淳之助は昭和三十年代から、全国の大学から積極的に大量の新卒者を採用してきた。そうして集められた連中が、いまとなっては、いちばん、この人事に抵抗しているようであった。雑誌『古代人』の編集センスは、その世代の皮膚感覚そのものであった。陰湿な抵抗だが、それだけに、こじらせると、いつまでも尾を引きそうである。  淳之助は、行外に対しては、つとめて沈黙を守るようにしたが、行内の抵抗をそのままにはしておけない。役員会や部課長会、さらに、組合幹部や若手行員を集めて、人事の趣旨を説明した。 (未曾有の転換期であり、銀行業界も難しい局面にさしかかっている。国際化時代への対応も、急がねばならない。このためには、行外から広く人材を求め、とくに、国際感覚の持主を輸入して、人事に新風を吹きこみ、かつ若返りをはかるべきである。山科継彦は、そうした人材の一人として迎えるのであって、頭取候補として入れるのではない。後継者問題は、別問題。入行後の本人の活躍しだいで考慮さるべきもの。十分に能力があり、かつ従業員諸君の人望を得るかどうかを見た上で考える)  それは、淳之助の本心であった。 (親の慾目でなく、山科継彦は、いま求められている破格の人材である。諸君、よく見てくれ)  と、胸をはって叫びたい気分であった。ただ、率直に継彦の人材ぶりを説明するのは、さすがに面映《おもは》ゆいし、また、座をしらけさせる。淳之助は、そこで、腕を組み、厚い唇の口金を閉じてしまう。ところが、相手側には、それが、(わかってくれ)という押しつけにとられる。 「頭取の息子一人だけ入れて、人事の刷新とはおかしいではないか」  という声が出た。淳之助には、答えにくい質問である。はじめは、継彦ひとりでなく、その友人や同世代の優秀な男を、同時にあちこちからスカウトしてくることも考えた。グループで輸入すれば、継彦も心強いであろうし、また継彦ひとりへの風当りも、弱まるであろう。  だが、その場合、行内の若手たちの上に、よけいに多くの蓋をかぶせることになる。また、その人材集団が行内にひとつの派閥をつくることにもなりかねない。つらかろうとも、当座は継彦ひとりで風当りをまともに受け、人材ぶりを発揮してくれる他ない、と思った。  継彦の意見をきいてみた。 「もちろん、ひとりで行く」  継彦は、きっぱり答えた。 「適当な人材が見つかる度に、一人また一人と輸入するのが、穏当である。継彦は、たまたま、その第一号でしかない」  と、淳之助も結んだ。  これも、本気であった。銀行のためにも、そうすべきであるが、継彦が行内の抵抗を一身に受けて、つぶされるようなことがあってはならない。できるだけ早目に、第二、第三の人材をスカウトし、圧力を分散してやらなければと、親として考えている。 「なぜ、その第一号を、頭取の令息にしぼったのか」  と、質問者がたたみかけてくる。物うい気持をふり払って、淳之助は、いよいよ、息子の人材ぶりを説明しなければならない。  学生時代に通訳試験をパスしたほどの英語の実力をはじめ、抜群だった学業成績。高い競争率をパスしての商社入り。陽の当る場所ばかりといっていい商社での職歴。他の部課からのひっきりなしの引き抜き。そして、同期でトップの昇進。かつて継彦の結婚式のとき、祝辞に立った当時の社長は、おせじではなく、「絶対に継彦君を手放しません」といった、等々。  淳之助は、誇張も粉飾もなく、ただ事実どおりを話した。だが、質問者たちは、また、しらけた顔になった。淳之助は、論法を変えた。それならと、逆手をとるつもりで、つけ加えた。 「山科家の息子だという点では、取り柄もある。銀行の事情ののみこみが早いだけでなく、おそらく、他の人材以上に愛行心が強く、銀行に対する責任感も強いはずである」  うなずく者もあったが、露骨にそっぽを向く者もあった。淳之助は、もう何をいっても無駄だ、という気がした——。 「こんな風に書かれるくらいなら、わたし、どんどん銀行に押しかけて行ってればよかったわねえ」  綾子は、下唇を噛《か》んだ。冷たい雨に打たれながら、煙草屋の店頭から電話をかけた。あんな無力でみじめな思いをする女でも、世間は淀君と見るのだろうか。 「こわいわねえ。どこまで、わたしたちの悪口を書けば、気がすむのかしら」 「放っておくさ。結局は、なるようにしかならぬ」 「また、あなたのいつもの悟り……」  淳之助は、ブランデーに手をのばしかけたが、ふっと思いついたように、まともに妻に向き直った。 「わたしは、こんな風に考えてるし、そのように手を打っている。というのは、書きたければ、どんなにわたしたちをわるく書いてもいい。どんな悪者に仕立ててくれてもいい。ただ、たのむから、継彦のことだけは、わるく書かないでくれ、とね」  綾子は、目がさめたような顔で、夫を見た。じっと見つめていてから、大きくうなずく。 「ほんとうね。わたしたちなんか、どういわれてもいいのね。継彦にさえ傷がつかなければ」 「注意して見てるんだが、これまでのところ、幸い、継彦の悪口を書いたものは、ないようだ」 「それに、悪口を書こうにも、材料がないんじゃありませんの。まだ若いし、ひとに後指をさされるようなところは、ありませんもの」  淳之助は、ブランデー・グラスを掌であたためながら、さとすようにいった。 「親の目からは、子供の欠点は見えないものだ。とりわけ、わたしたちのような夫婦には、よい評判しか伝わって来ない」 「でも……」 「まあ、聞きなさい。人間、だれにだって、欠点はある。あの子の場合も、たとえば、ひとが良すぎる、つき合いが良すぎる」 「それは、欠点というより……」 「いやいや、記者たちがその気になれば、誇張や粉飾をまじえて、いくらでも攻撃の的にすることができる」 「ひどいわねえ」 「そういうものなんだ。彼等だって、雑誌なら雑誌を売らねばならない。やはり、あの世界も、過当競争なんだからね。あることないこと、とりまぜて売れるようにする」  綾子は、夫婦二人だけが、荒野に立ち、嵐にさらされ、もてあそばれるままになっている気がした。  電車の音。しばらくして、蛙の声が、またきこえてくる。蛙がうらやましい。蛙は、子供を産みっ放し。書かれることも、さわがれることもない。淳之助が、ブランデーを口にふくんでから、励ますようにいった。 「な、おまえ、割り切って考えようよ。どんなことを書かれても、事実に関係はない。すべて、あちらさんの商売だと思うんだ」  継彦のことで頭がいっぱいになっていた綾子は、気がつかなかったが、淳之助のその言葉は、ある事実への用心深い伏線となっていた。  赤坂の氷川神社に近い一画には、高級マンションが林立している。一戸一億円を越すようなところもあって、それだけに居住者の層は限られている。  このため、都心にはありながら、人の姿も少なく、深い谷間のように閑静でもある。出入りする車や、駐車している車には、高級車が多く、ベンツなど珍しくない。淳之助をのせたベンツ四五〇がその谷間に入ってきても、格別、気にするひとは居ない。住人たちはお互いに無関心。また、そうすることが、エチケットと心得ていた。  あるマンションの前で、ベンツ四五〇は、淳之助を下すと、そのまま走り去る。そして、一定の時間が経つと、また、ひっそりと迎えに来ている。マンションの場所こそ変わったが、淳之助のその行動は、二十年以上も続いていた。知っているのは、運転手ぐらい。ほとんど完璧《かんぺき》に近く隠された行動であった。淳之助には、その点で、甲羅を経た安心感というか、自信のようなものが、できていた。それが、ここへ来て、にわかに、ゆらぎ出した。継彦の入行問題から、大小のマスコミの目が、淳之助に集中してきたからである。  淳之助は、用心した。マンションの主である文枝とは、ときどき、電話で話すだけにし、二月近くも足を運ばずにいた。その文枝から、 「重大な用件があるので、ぜひお会いして話したい」  と、いってきた。日がいちばん長い季節である。淳之助は、夕方からのパーティに顔を出し、暗くなるのを待って、赤坂へ回った。記者にかぎつけられたか。それも、性質《たち》のわるい雑誌につかまって、ゆすられでもしているのではないか。淳之助は、浮かぬ顔になった。  長い間、淳之助の運転手だった男が、他から引き抜かれて、退職した。だが、行った先での待遇が話とひどくちがっていたといって、じきに復職を申し出てきた。そのときには、すでに後任者が居り、淳之助はことわらせたのだが、その運転手あたりが逆うらみして、秘密を漏らした、ということも考えられた——。  淳之助は、無数の目の壁が、自分をとり巻いて移動するのを感じながら、マンションの中へ入った。  文枝は、豊満といっていい感じの綾子とは対照的に、小柄で、眼だけが大きい痩《や》せぎすの女であった。淳之助にとっては、とくに好きなタイプの女というわけではなかったが、ひょっとしたことから関係ができた。  文枝は、新橋の一流料亭の女将《おかみ》の姪《めい》であった。若いのに、女児ひとり連れての出戻りで、料亭の会計を預かっていたが、銀行取引でちょっとしたトラブルがあったとき、女将にたのまれ、淳之助が相談にのってやった。たまたま、帳簿の上で、二人の指と指がふれ合ったとき、文枝は、顔中、桜色に上気し、動かなくなった。  控え目な女であったが、関係ができてからというもの、淳之助にいじらしいほど尽くす。淳之助の好物をおぼえ、行く度に趣向を変えながら、わずかの時間には食べ切れぬほどの料理をそろえて待っている。帰るときには、横にとぶようにして玄関へ走り、靴をみがき、コートにブラシをかける。  もともと、風采《ふうさい》の堂々とした淳之助は、花柳界でも、よくもてた。その気になれば、女には不自由しない身であったが、文枝の純情にほだされた。マンションに住まわせ、やがて、六本木に小さなアクセサリーの店を持たせた。逢瀬《おうせ》は、多いときでも、週に一度ぐらい。むしろ、淡々としていて、それだけに長く続いたのかも知れない。結婚は望まない。子供を育てながら、お店を——というのが、文枝の望みであった。  関係ができて、二十二年。アクセサリーの店は繁昌し、原宿に支店を出した。娘は、最近、学生結婚をして、家を出た。文枝は、それだけに心淋しくなり、「重大な用件」ということで、淳之助を呼び出す気になったのかも知れない。  気がかりといえば、このところ、淳之助が若草色の電話を使ってかけても、文枝がマンションにも、二つの店にも居ないことが、ときどきあった。店番の女の子に訊《き》いても、行先がはっきりしない。  それまでにないことであった。文枝自身は、「忙しくて」とか、「昔の友だちが来て」などと、あいまいな返事をするばかりである。所在をくらまさねばならぬ事情があるようにも、勘ぐれた。変なマスコミにつけられているのではないかと、淳之助はそこにも目の壁を意識し、すっと背筋の寒くなる気がする。  マンションへは久しぶりなのに、文枝は甘えは見せず、むしろ、他人行儀に近いかたい感じで、淳之助を迎えた。そして、文枝の口から出た「重大な用件」とは、意外というか、その時点では、淳之助にとっては、むしろ望外といっていいものであった。  文枝は、別れ話を切り出した。文枝にとっての初恋の男が、二年前、妻を失ってからというもの、真剣に文枝に再婚を求めてきている。先方の子供は独立して、いまは、やもめぐらし。厚木で小さな建材会社を経営しながら、アパートもつくり、将来は、アパート収入だけで、二人でくらして行ける。ただし、気ばらしになるなら、東京のアクセサリーの店を続けてもいい、といってくれている。好条件であったし、先方の熱意に負けた。それに、娘も嫁いだことだし、自分もここで心機一転して、新しい生活に入って行きたいと思う——。 「この歳をして、天下晴れて式をあげよう、といってくれるのよ」  文枝は、いかにも晴々といった。淳之助に対し、当てつけてもいるようであった。  淳之助は、自分の身の上については、秘密を守るよう、文枝に約束させていた。文枝は、口がかたかったが、ときどき、淳之助の胸に顔を埋めながら、「わたし、あなたのことを、だれにも永久にいってはいけないのね」と、つぶやいた。何ともあわれで、淳之助は慰める言葉を知らなかった。  もっとも、近年は、アクセサリーの店が順調ということもあって、文枝は、その点については、こぼさなくなっていた。継彦の入行さわぎで、二カ月間、足が遠のいていても、おとなしく耐えていてくれたが、それだけに、よけい、日蔭《ひかげ》の身であることがこたえ、「天下晴れて」にひかれる気持になった、とも考えられた。それに、文枝の気性では、初恋の男のやもめぐらしが見ておれなくなる、ということもあろう。 「ごめんなさい。ヤブから棒に」 「そうだったのか。それで、このごろ……。それに、その男の話は、昔、聞いたことがあるね」  文枝は、うなずきながらも、大きな目で淳之助を見つめ、答を迫ってくる。淳之助は、葉巻をくわえ、あいまいにいった。 「……これが、成り行きというものなんだろうね」 「ずいぶんお世話になったのに」 「いやいや、お互いさまだ」  そのあと、淳之助は、こういう場合の模範答案を思いついて、 「きみが幸せになる、ということだ。わたしには、じゃまする資格がない」 「わたし、これまででも、幸せでしたわ」 「そういってくれるのは、うれしいが、たとえそうだとしても、もっともっと幸せになれるということなんだからね」 (うまい別れ方になった)と、つい、口に出そうであった。  これまでにも、二人の間で別れ話がなかったわけではない。ただ、女と結ばれるのはやさしいが、切れるのは、はるかに難しかった。完璧といっていいほど秘密を守ってきただけに、ボロの出ぬ別れ方をしようと、気をつかい、慎重になった。もっとも、継彦の入行を決めてからは、淳之助の中に、別れを急ぐ気持が強まった。マスコミに弱みをつかまれたくないし、継彦が身辺に来れば、気取られる心配もある。  それでも、淳之助の性格では、自分の一方的な都合から、別れ話を切り出す気にはなれなかった。まして、娘が嫁いだあとのさびしいときである。タイミングがわるすぎると、ためらっていた。  そこへ、この話である。淳之助は、ほっとした。タイミングは、わるくなかった。滑りこみセーフ、いや、逆転ホームランという感じである。これで、秘密は水も漏らさず守り通したことになる。このあと、万々一、あばかれることがあっても、すでに円満に別れたあとであり、過去完了のこととして、話題として時効になっている。  もともと、隠し女のひとりぐらい、財界人には珍しくない話であり、それが過去の物語とあっては、ますますニュースだねにはならなくなる。財界人には、女性にかけての豪の者が少なくない。毎夜のように泊る家を変えたり、いたるところで女に手を出す男もある。永い間、愛人にしていた芸者を本妻に直して、美談とたたえられる世界である。そうした男たちの中では、淳之助の場合など、あまりにも純情、あるいは、小心であった。  それだけに、淳之助には、こうした形で、つきが戻ってきた、ともいえる。目に見えぬ神に向かって、手を合わせたい気分であった。  淳之助は、しきりに葉巻をくゆらせた。おどり出す煙の向うに、文枝の大きな目。いかにもうまそうに吸っていると、気づかれそうで、淳之助は、あわてて咳《せ》きこんで見せた。大げさに未練や執着を示すべきかも知れないが、淳之助には、そうした演技ができない。それに、この時点では、何よりも、別れることが先決である。未練がないわけではないが、いまはまず別れることだ。それも、すべて、継彦のため、銀行のためである。  一月ほど後の日曜日。白いベンツは、閑散とした都内の道路を、スピードを上げて走っていた。行先は、田町にある継彦のマンションである。アーム・レストに軽くもたれ、綾子は浮々している。しぜんに、表情がほころんでくる。もともと明るい顔が、まるで満開の八重桜といった趣きである。継彦の銀行入りで、綾子の望みは、すべて満たされた。かけがえのない宝玉が掌に戻ったわけで、いまや綾子の人生は、望み通りのレールの上を走っている。  この日、綾子は、継彦の入行以来、はじめて、継彦たちに会いに行くところであった。浮き立つのも、当然である。運転手の曾我は、何となく、やけてくる気がした。言葉づかいはていねいだが、半ばからかうように、 「奥さま、もうこれで御心配はなくなりましたね」 「ええ、まずはね」 「昔、藤原の何とかいうえらい大臣が、歌を詠みましたね。自分にとって、世の中は満月のように欠けたところがないと」 「ああ、藤原道長ね。この世をば、わが世とぞ思う……という歌でしょ。でも、くらべるのがおかしいわね。あちらは、関白ですもの」 「関白も頭取も、同じようなものじゃありませんか」 「ちがうわよ」  こうした話題にも、一々、まともにのってくるところが、いかにも綾子らしく、おかしく、また曾我は好きである。 「あちらは雲の上、こちらは世間なみで、いろいろ苦労があるのよ。曾我くんにまで、そんな風に見られちゃ、たまらないわ」 「あいすみません。ただ、御曹子が銀行に戻られてからは、まるで御苦労が消えたみたいで」 「心労はなくなったかも知れないわね。でも、苦労はあるわ」  淳之助の身の回りの世話。淳之助の身につけるものは、すべて綾子が選んで、整える。料理の指図。客も多いし、淳之助の留守中に訪ねてくる人もある。綾子自身、次々に友だちのできる性質なので、そのつき合いも忙しいし、一方、大きな家をとりしきらなくてはならない。冠婚葬祭や、季節のあいさつ、つけ届け……。だが、その種のことは、曾我の目から見れば、「苦労」以前である。心労の伴わないものは、単なる労働なのだ。ここで、少しばかり本物の苦労を味わせるには、淳之助についての例の秘密を漏らせばいいのだが。  もっとも、曾我は、相変らずその気になれなかった。それは、綾子にショックを与えるだけでなく、淳之助をも巻き添えにする。曾我は、淳之助に対しては、綾子に対するのと同様、うらみもないし、ふくむところもない。経営者として、また主人として、りっぱなひとだと思うし、曾我たちにもやさしい。曾我としては、淳之助付きの運転手になりたかったくらいだが、家のことがよくわかっているというので、白いベンツを預けられた。これでもし、淳之助たちが熱海あたりへ隠棲《いんせい》し、打出小槌町《うちでのこづちちよう》へ御曹子《おんぞうし》夫婦が住むことにでもなれば、曾我は若奥さまのために、白いベンツを走らせることになろう。そして、いつかは、その若奥さまが、淳之助には孫に当る御曹子の銀行入りに執念を燃やすのに、つき合わされる……。  山科家にとって、打出小槌町を起点に、地平の果てまで、直線の高速道路《ハイウエイ》がのびている感じである。やはり、関白であった。たとえ、最終的にそうなるとしても、道中、もう少し波紋やトラブルがあってもいいのではないか。  田町のマンションに着いた。  まわりには、オフィス・ビルもあれば、倉庫や町工場もあって、少しごみごみした一画である。空気も良いとはいえなかった。綾子は反対したのだが、つとめ先の商社に近いし、身分相応だといって、継彦が自分で頭金を払い、その六階に入居していた。 「すぐ食事に出るから、ちょっと待ってて」  綾子は、一度、六階を見上げてから、マンションの中へ消えた。朝の電話では、女の子二人は友達の家へ行っていて、孫は良彦だけが残っているとのこと。夫婦と良彦を連れ出し、芝公園のホテルまで食事に行くことにしていた。  だが、手ちがいが起った。かんじんの継彦が、急に羽田へ出かけ、不在だった。かつて継彦がニューヨークへ出張した際、世話になった商社の同僚が、前夜、何年ぶりかで帰国するはずになっていたのが、飛行機の故障でおくれ、つい、しばらく前、到着した。その出迎えのため、継彦は羽田へ急行したのだという。 「すぐ打出小槌町へお電話したのですけど、お母さまがお出かけになったあとでした」  嫁の由美が、恐縮していった。おそらく、羽田で昼食をとるので、継彦抜きで食事に行くよう、いい置いて行ったという。綾子は、あっけにとられ、ついで、無性に腹が立ってきた。 「いったい、どういうことなの。継彦はもう銀行の人間なんですよ。それを……」 「継彦さんの性格なんです。そうしないと、気がすまないひとなんです」 「だって、もうやめた会社のひとでしょ」 「でも、継彦さんは、お世話になったことに変わりはない、といって」 「それなら、わたしはどうなるの。わたしがあの子を何年何十年世話してきたと思うの」 「すみません」  由美に頭を下げられて、綾子は自分をとり戻す。 「あなたが謝ることないわ。それより、もう今後は、前の会社関係のひととは、一切つき合わないようにさせなさい。そうじゃないと、体だって保《も》たないわ」 「でも、今夜も……」 「何ですって」 「商社に居たとき、取引のあった中小企業の社長さんたちと、いっしょにお食事する約束のようです」 「退職したというのに、何ということなんだろうね。それに、日曜の夜まで」 「ウィークデイの夜は、銀行のひとたちとのおつき合いで、ほとんどつぶれてしまうのです。だから、日曜の夜ならということで、お受けしたようです」 「何ということを。あの子は、ほんとに、ひとが良すぎる。つき合いが良すぎて、身を滅ぼしてしまうわ」  孫の良彦があいさつするのも目に入らず、綾子は叫び続けていた。  味もわからぬままに、ホテルでの食事を終り、二時間ほど後、三人は白いベンツでマンションに戻った。  継彦が帰ってきていた。綾子は、由美相手にぶちまけた非難を、もう一度くり返し、そのあげく、いった。 「あなたは、もう、ただのつとめ人じゃないのよ。もっと、あなた自身のために、時間を大切になさい」  軽くうなずく継彦に、 「これからは、週末だけでも、打出小槌町に住むようにしたら。そうじゃないと、あなたを銀行へ戻した甲斐《かい》がないもの」  嫁は、あてにならない。やはり、自分が手もとに置いて、監視しなくてはと、綾子は内心、勇み立った。ただ、口調は、あやすように、 「お父さんとゴルフに行くなり、良彦と泳ぎに行ってもいいわ。とにかく、ゆったり休みをとるのよ」  継彦は、うなずきながら、黙っている。承知したのか、それとも、考えこんだのかと、綾子は半ば安心し、なお継彦の顔をのぞきこむようにした。手痛い反撃を食おうとは、思ってもいなかった。 「お母さんの気持はありがたいが、そうは行かないんだよ」  目を上げると、継彦は、きっぱりといった。 「どうして」 「それでは、いよいよ御曹子然としてくるからね」 「あら、御曹子が御曹子然として、なぜ、いけないの」 「時代が変わったんだ。お父さんもいったはずだよ。ぼくを、御曹子だからというのでなく、有望な人材として、スカウトしたんだと。だから、ふつうというか、ふつう以上に働かなければね。昔、お父さんがそうしたように、ちゃんとした実績を上げなくちゃいけないんだ」 「でも、今日のは、銀行に関係ない相手ばかりじゃありませんか」  綾子は、ようやく、いたずらっ子をつかまえたという気がしたが、たちまち、手ひどく、突きとばされた。 「女は、それだから困るんだなあ」 「何をいうのよ」 「女は、小さなソロバンしかはじけないというんだ。前の会社だとか、いまの会社だとか。それは、お母さんのいったただのつとめ人の発想なんだ」 「…………」 「ぼくとしては、これからは、できるだけ世間を広くしておかなくちゃいけない。だいいち、ぼくのスカウトの大きな理由が、商社に居て広い視野を身につけてきた、ということだからね。その視野を与えてくれたひとたちを、ずっと大事にしなくちゃ。ぼくにとっての無形の資産なんだから」  継彦は、口をはさむ隙を与えずいった。綾子は呆然として、継彦を見守るばかりである。  継彦は、恰幅《かつぷく》もよく、父親似。口金に当る黒いホクロをつけ、二回りほど老けさせれば、そのまま淳之助になる。その継彦に、一気にたたみこまれると、綾子は、息子ではなく、夫にいい負かされているような気がした。いや、淳之助なら、綾子に対して、もっと、いたわりのあるいい方をしてくれる。綾子が二の句もつげないでいると、継彦はまた、おしかぶせるようにいった。 「これからが情報時代ということは、お母さんも、わかっているでしょう。鮮度のいい、いい情報というのは、インフォーマルな人間関係から生まれてくるものなんだ。お母さんが何といおうと、ぼくは、人間関係を大切にしますよ」 「でも、今夜の中小企業のひとたちとは……」  綾子がかろうじて言葉をはさみかけるのを、継彦は手を泳がせて遮《さえぎ》り、 「お母さんには、人間関係の密度というのが、わからないんでしょう。ぼくが会社をやめるとなったとき、いい歳をした中小企業のおやじさんたちが、どんなにがっかりしたことか。あのひとたちは、ぼくのためなら何でもする、といってくれたひとたちばかりですからねえ」  綾子は、また黙った。親でもないのに、継彦をそんなにまで思ってくれるひとたちが居たのかと、息子を見直す思いであった。同時にまた、息子の過してきた世界が、綾子の理解を超え、まるでアフリカ大陸のように遠いものであったのを感じた。息子を買ってくれるひとたちが居たのはうれしいが、一方では、綾子の想像もつかぬ敵も居たかも知れない。たしかに、綾子などにはわからぬ難しい世界でもあったのだろう。  その点では、銀行に戻してよかった。これからは、そういうことがなくなる。綾子にでも、目の届く世界なのだ。綾子は、そんな風に考え、ひとまず安心した。そして、調子を合わせるように、 「よかったわねえ。いいひとに恵まれて」 「会社の上役や同僚、部下たちだって、みんな、そうだったんだ。よくしてくれたし、会社としても、優遇してくれたと思うな。将来だって、ある程度のコースは約束されていたようなものだし、ぼくには何の不満もなかった。むしろ、いまさら銀行へ移って、何になる、何ができると、思っていた」 「……銀行へ来た以上、何でもできるわよ」 「それがいけないんだよ、お母さん」 「どうして」 「御曹子だからというんだろうが、おねがいだから、もうそういうことは、二度と口にしないで。ぼくにとっては、迷惑になるだけなんだ」 「でも……」  継彦は、重ねて、ぴしっといった。 「お母さんが、ぼくに愛情を持っているというなら、その種のニュアンスのことは、今後、絶対にいわないでほしい」 「…………」 「もちろん、銀行へ入るについては、ぼくが御曹子だからというのが、大きな要素だったことは認めるよ。その点、銀行は、ぼくを必要としていた。運命というか、企業は人間の意志を超えたどうにもならないものなんだ。そう思って、ぼくはあきらめた。つまり、その意味では、ぼくは、自分を殺して銀行に入ったわけなんだよ」 「自分を殺してですって」  綾子は、悲鳴に近い声でくり返した。椅子に腰かけながらも、まるで体が宙に泳ぎ出す気がした。  別れぎわ、綾子はそれでももう一度、週末を打出小槌町で過すようにといったが、継彦はとり合わなかった。 「今度の人事では、頭取だけでなく、お母さんまで、いろいろと悪口を書かれましたね。それに対して、やり返せるのは、ぼくがちゃんとした仕事をすることだけなんですよ」  その日、継彦は淳之助のことを、何度か「頭取」と呼んだ。つとめてそうしているようで、綾子は、健気《けなげ》なような、そらぞらしいような複雑な気分で聞いた。綾子は、同じようなことしかいえない。 「でも、いい仕事をするためにも、体を休めなくては」 「しばらくは、そうしているひまはありません。勉強することが、いっぱいあるんですからね。ああいう町に行くと、時間も惜しいし、気分までだらけてしまう」 「でも、週末だけなのよ」 「スカウトされた人間に、趣味的生活はお預けですよ」  継彦はそういってから、あらたまって綾子を見、 「お母さんこそ、何か趣味を持ったらどうです」 「何を急に……」 「お母さんは、ぼくのことばかり考えすぎる。ゴルフでも何でも、趣味を持って、少し発散したら」 「わたしは、いくらでも発散してます。ゴルフなんて、まっぴら」  日にやけて、ツルハシでもふるようなことをし、まるで肉体労働だ。それに、肌を痛める。それより、綾子は、夫のためにも、息子のためにも、いつまでも若々しい肌で居たい、と思う。綾子はまた、少し飽き性でもあった。欲もない。このため、稽古事や芸事は、どれも永続きしなかった。 「趣味なんて、必要ないのよ。そんなものなくたって、わたし、毎日がたのしいわ。それに、あなたという生きがいもあることだし」  顔をしかめる継彦に、 「もし、どうしても趣味というなら、あなたたちはばかにするでしょうけど、わたしの趣味は、買物よ」  綾子は、やけくそになってきた。 「デパートめぐりで、おいしいものや、きれいなものを買ってくることよ。そう、女学生みたいにね。わたし、単純だから、それで結構なの」  買物先は、デパートだけではない。毎年、小田原の在までベンツを走らせ、農家の庭先から、選《え》りぬきの梅を買ってきて、梅干をつける。伊東へ出かけ、上等のムロアジを仕入れてくる……。綾子もたのしいし、夫や子によろこばれることも、うれしかった。それが、女の趣味であってはいけないのか——。  綾子は、ぐったりして、白いベンツにのりこんだ。物をいう気力もなく、目を閉じる。継彦とのやりとりが、ひとつ、ひとつ、よみがえってくる。  ただ、綾子は、気にしないことにした。ここしばらくは、継彦も商社が懐しいし、いらいらすることもあるのだろう。そうした気持で居たところへ、たまたま綾子がふみこんだまでであって、先刻のいい合いにしても、母子《おやこ》でじゃれ合うようなものではなかったのか。  とにかく、継彦は銀行に戻った。何も心配することはないのである。  夏の終り。夕方近く、綾子が居間にいると、外から大声で呼ぶ声がきこえた。 「ちょっと、だれか。だれか居ませんかァ」  声は、車寄せを回って、応接間の近くまで来ていた。一人ではない。お手伝いが買物に出ているときで、綾子が出てみると、大きなリュックを背負った長髪の若者が二人。それに、道路ぎわに、その連れらしい女が二人立っている。浜へ海水浴に来た客らしく、見知らぬ顔ばかりなのに、綾子を見て、 「あっ、おばさん」  と、なれなれしい。綾子は、きっとしながら、 「あなたたち、どなた」 「どなたってほどの者じゃないよ」若者たちは笑い、「ぼくら、キャンプしようと思って来たんだ。でも、場所がなくってね。そこでさ、おばさんちの庭先に、テントはらしてもらおうと思って」 「冗談じゃないわ」  綾子は、とび上る思いで、首をはげしく横に振った。 「いけないのかい」 「もちろんよ」 「どうして」 「どうしてたって」綾子は、宇宙人にでも出会った思いで、「……だって、ここは、個人の家でしょ」 「そりゃ、わかってる。だから、こうやって、声かけたんじゃないか」  話声をききつけて、運転手の曾我が顔を出した。綾子は、ほっとして、声を強め、 「だめ。おことわりするわ」 「ケチだなァ。こんな広い土地があるのによォ」  若者二人は、ぼやきながら、ゆっく身を飜《ひるがえ》した。車庫にも目をやって、 「大きな家に住んで、ベンツにのって、いうことなしだなァ」 「ほんと、いい身分だよォ」  道に出て、女たちと合流し、もつれ合うように歩いて行く。綾子は、棒立ちになって、見送っていた。綾子には、とても考えられないことである。  あれが同じ日本人なのか。どういう家庭で、どういう教育を受けて、育ってきたのか。何か一言いってやるべきところだが、毒気に当てられた形で、声が出ない。曾我が傍《そば》に寄ってきて、ようやく、 「いったい、どういうひとたちだろうね」  曾我は苦笑しながら、 「ことわるだけ、まだいいですよ」 「どういうこと」 「半月ほど前でしたかね。夕方おそく、築山のかげで、三人組がテントの杭《くい》を打ちこんでましてね。おどろいて、追っ払ったんですよ」 「そう、そんなことがあったの」 「全く無茶苦茶ですよ。それに、うちばかりじゃありません。二番地の平林さんのお庭にプールがありますね。そこへ、通りがかりのひとが、『泳がせろ』といってくるんですって。それも、『海へ行ったら、きたないし、海岸のプールは満員だ。だから、ここを使わせろ』といった調子だそうで」  平林は、戦前、二枚目として活躍した映画俳優で、いまは娘がテレビ・タレントとして売り出している。打出小槌町二番地にあるその邸内には、十五メートルのプールがあり、夏のはじめのプール開きのときなど、芸能人仲間が集まり、ドラムをたたいたりして、夜おそくまでさわぐので、近所の顰蹙《ひんしゆく》を買ってもいたが、その家もまた、被害者というわけである。  綾子は、ため息をつき、 「ひどい話ねえ。うちもプールをつくらなくて、よかったわ」  子供のころから、継彦が水泳好き。体のためにもいいからと、綾子は小型のプールをつくらせようと、業者に見積りをさせたが、ちょうど、そのころ、やはり打出小槌町地内の自家用プールで、子供の水死事故が起きたため、縁起がわるいと、見合わせたのであった——。  松の梢《こずえ》を鳴らし、夕風が吹いてきた。その風にのって、どこからか、グループ・サウンズのレコードがきこえてくる。海が汚れたため、打出小槌町の住人は、ほとんどその浜で泳がなくなったが、東京に近いので、夏には相変らず、あちこちの家や寮に客が押し寄せ、町内はにぎやかになる。交通事故やコソ泥のふえる季節でもある。山科邸には、昔は大型の番犬も居たのだが、犬から子供へ伝染する病気があるときいてから、飼うのをやめさせた。すべて、継彦本位であった。  曾我が、道路に目をやりながら、いった。 「やはり、塀《へい》をおつくりになった方が……」 「でも、つくらないことに、とりきめているんですからね」 「そうはいっても居られませんでしょう。世の中が世の中ですから。現に、いまでは、塀のない家の方が、少なくなりましたよ」  とりきめは、とりきめ。どうあろうと、きめられたことは守る、というのは、綾子のいいところでもあるが、どこか世間知らずのお嬢さまの感傷に似たところもある。とにかく、現実的ではない。  曾我は、庭の管理もしなければならぬし、ガードマンを兼ねる身でもある。いわば現場の責任者として、ぜひ塀が欲しかった。道路続きの庭には、キャンパーとまでは行かなくとも、闖入《ちんにゆう》者はいくらでもあった。昼間は、学校帰りの子供たちが走り抜けるし、夜はアベックが入りこむ。週明けなどは、妙な落し物を拾わされることが、再々であった。夜ふけに、高校生たちが輪になって、シンナーを吸っていたこともある。  曾我は、もう一度、押して見た。 「塀がないと、この先また、お邸の土地で何が起るかわかりません。たとえ、低い塀でもいいのですから」  歌をうたいながら、若者が二人、通りすぎた。目は、無遠慮に邸の中をのぞいて行く。  綾子は、そうした視線に全く無防備でさらされているのを、あらためて感じた。 「……夏だけでも使える塀があるといいわねえ」  曾我は、微笑してうなずいた。そんな塀のあろうはずがない。またしても非現実的な話だが、綾子のそのいい方は、とりきめはとりきめとして、塀が欲しくなってきたことを、告げていた。  曾我は、たたみこむように、 「事件や事故が起きてからでは、おそすぎますからね」 「そうね。少なくとも、継彦たちがここに住むまでには、つくっておいてやらないと」  曾我は、ほっとした。ようやく、その気にさせた。あとは、時期を早めればいい。 「そういえば、この夏は、あまりお見えになりませんでしたね」 「子供たちだけ二度ほど来たけど、あのひとは、忙しいらしいの」 「銀行にも夏休みがありますでしょうに」 「それをとらないで、講習会だとか、セミナーへ行って、銀行業務の勉強をしてるらしいわ。ひとが十五年かかって習ってきたことを、半年でおぼえこむんですって」 「御曹子というのに、たいへんですねえ」 「もう、そういう時代じゃなくなってきたのね。それに、御曹子呼ばわりはやめてくれって、あの子にひどく叱られたわ」 「でも、おさびしいでしょう」 「何が」 「銀行入りされたら、もっと頻繁《ひんぱん》に、こちらへお越しになるものと……」 「それはそうね。でも、いっぺんに何もかもうまくは……。とにかく、あとしばらくの辛抱だと思うわ」  菫色《すみれいろ》の闇の中に、夕顔のような顔を浮かべ、綾子はうたうようにいった。  インターホンが鳴り、秘書が珍しくもたついた口調でいった。 「……あの……調査役の……いや山科調査役が、研修結果の報告に上りたいので、頭取の御都合をうかがってくれ、ということで」  山科淳之助は、インターホンに向かって、大きくうなずいた。 「ああ、いいよ。ちょうど、いまなら空いてる。すぐ来させなさい」  回転椅子を回し、チョッキのボタンに指をかける。窓の外には、ビルの谷間を照らす、おそい秋の日が、降りそそいでいた。すべてが、黄金の色にまぶされて見える。淳之助は、顔中が笑いになりそうであった。息子は、折り目正しく、申し分なくやってくれている。  継彦には、一応、若草色の電話の番号を教えてある。直接、それを使ってかけてきてもいいし、また、いきなり頭取室へ訪ねてきても構わぬ、といってある。御曹子のことである。その程度のことは許されて当然と思うのだが、継彦は、ふつうの部課長たちと同様、几帳面《きちようめん》に秘書課を通し、|面談の約束《アポイントメント》をとってから、やってくるのであった。どんな点でも、特別待遇と見られぬよう、気の毒なほど、心を配っていた。  淳之助は、満足であった。温顔が、さらに、しぜんに、ほころんでぐる。もともと、大きな体の奥深くからやさしくにじみ出てくるような淳之助の笑顔は、会うひとごとに、強い印象を残した。それに、口金状のホクロが愛嬌《あいきよう》を添えてもいるので、「山科スマイル」という愛称が生まれるほどであった。その笑顔を満開にして、淳之助は、継彦を待った。  目が、ふっと、若草色の電話に行く。別れた文枝からは、その後、何の連絡もない。それだけ、その電話の鳴る回数も減った。物足りぬ気がしないでもないが、それよりも、気がかりがなくなったわけで、解放感というか、安堵《あんど》の思いの方が強い。(自分はいくらでも悪者になる。息子はそっとしておいてくれ)と、けんめいになってたのんだ日々。綾子にもその心構えをさせると同時に、予防線もはっておいたのだが、それも杞憂《きゆう》に終わった。継彦が入行してからというもの、行内での継彦の評判のいいせいもあって、ジャーナリズムの追求は、ぴったり止まった。あれほどさわいだのに、だれもが健忘症にかかったように、絶えて追って来ない。 (御曹子もなかなかの人物で、頭取の期待どおり、うまく行っています)というのでは、ニュースにもならないのであろうが、淳之助としては、いささか、拍子抜けする思いでもあった。文枝のことまで心配しすぎた、とも思った。  ノックして、継彦が入ってきた。 「審査業務の研修が終りましたので……」  報告書をさし出し、直立したまま話し出そうとする。 「まあ、坐りなさい」  淳之助は、二重|顎《あご》で椅子をすすめた。  継彦は、部長待遇の調査役。銀行業務をおぼえるため、行内の主要な職場を、ほぼ一月単位で回り、傍ら、行外での各種の幹部教育にも出席していた。銀行家になるための短期詰め込み教育というわけで、強行日程の連続だが、継彦は、その上、その教育自体を、詳しく記録し、分析・評価することにしていた。幹部教育資料として、とくに、今後、スカウト人事があったときの資料として役立てるためである。こうした趣旨から、研修の一区切りごとに、継彦は自発的に、その成果報告にやってくることにしていた。意欲的である。銀行を背負って立つ、という自覚に燃えている。淳之助の顔がほころぶのも、当然であった。 「ところで、そろそろ研修も一段落するが、ポストについて、希望はあるかね」  淳之助の問いに、継彦は、母親似の形のよい眉を寄せて、黙っている。淳之助は、急いでつけ足した。 「もちろん、これは常務会で決めることだが、その前に、一応、本人の希望をきいておくことになっている」 「……それなら申しますが、どこか、現場へ出してください」 「支店長に出るというのか」 「はい、できれば……」 「たいへんだよ」 「覚悟してます」  綾子は、継彦の本店勤務を希望していた。とにかく目の届くところに置いておきたい。継彦の健康のためにも、継彦に傷をつけないためにも。最前線の指揮官に出れば、目立った功績を上げることもできるが、弾丸にも当りやすい。後方の司令部なら、成績が露骨にあらわれることもなく、無難であり、安全である。ただ、その場合には、結果的には、天下り派と同じことになる。現場をこわがっていては、強い発言力を持てないし、信望も湧《わ》かない。  淳之助は、うなずいて、 「それならいい。いや、そういってくれて、うれしい。現場で実績をあげてくれ」 (わたしだって、自分の力で、頭取の椅子をかちとった。わたしほどの実績をあげたら、御曹子でなくとも、頭取になっている)  淳之助は、そう続けたいところであった。 「ところで、どんな店がいい」 「完敗店へ出してください」 「うん?」  淳之助は、つまった。  Q銀行では、全支店をその成績で四つに区分していた。同じ営業地域にある同業五行との比較で、預金の増加額が五行すべてに勝っている場合は「完勝店」、四ないし三行に勝る場合は「優勢店」、これとは逆に、五行のいずれにも劣る場合は「完敗店」、四ないし三行に劣る場合は「劣勢店」、という分類である。  銀行の支店長は、一国一城の主《あるじ》といった感じで、ひとによっては終着駅。つい大きく構えたり、のんびり安住ということになりかねないが、Q銀行の場合、そうは行かない。どのランクなのか、半年ごとに査定されるわけで、支店長としては、おちおちしていられない。天下り派などが支店長へ出るのをいやがるわけである。 「完敗店か、うーん」  淳之助は、声に出して、うなった。どのランクの店を選ぶか、むつかしいところである。たとえば、完勝店の場合、失敗すれば、とたんに大きな黒星となる。たいそう荷が重いわけだが、完勝店の中には、伸びざかりで安定した顧客をかかえていたり、地の利が圧倒的によかったりして、支店長がよほど無能でない限りは、完勝が約束されているような店が、いくつかある。優勢店の場合も同様で、伸びる条件が構造的にそろっている店がある。  そうした店の支店長になれば、継彦にとって、まずは無難な船出となるはずであった。淳之助は、そのことをいってみた。  だが、継彦はかぶりを振るばかりであった。それではと、淳之助は、わざと揶揄《やゆ》するように、 「考えてみれば、完敗店なら、たとえ成績が上らなくとも、傷がつく心配がないわけだね」  たちまち、継彦は反撥した。 「とんでもない。そんな気持は、毛頭ありません。……とにかく、どれだけ力があるか示したい、いえ、自分でためしてみたいのです」  淳之助は、念を押すように、 「劣勢店ならともかく、完敗店には、支店長の努力ぐらいではどうにもならない悪条件ぞろいの店が多い。それでも行く気かね」  継彦は、目をみはり、大きくうなずいた。  淳之助は、微笑を浮かべながらも、いそがしく計算した。御曹子を賭《か》けるわけだが、結果はともかく、いまは、継彦の気概を生かすことが先決である。それに、「むつかしい場所へ行った」「行かせた」というだけでも、行内の反響は、わるくないはずである。失敗しても、プラス・マイナス・ゼロという感じで、大きな傷にはなるまい。そのように、綾子にも説明しよう。  淳之助は、もう一度、たしかめるようにいった。 「お母さんが、おまえのことを、『体だけ大きいけど、とにかく転校生。当分は、楽なところへ置いてやって』といってたけど」  継彦は、苦笑した。 「いつまで経っても、子供あつかいだなあ。それに、銀行へ戻りさえすれば安心だ、といっていたくせに」 「おまえがはりきりすぎないか、心配してるんだよ」  笑ったまま聞き流す継彦に、 「ところで、たまには、週末に打出小槌町へ来たらどうだ。お母さんは、塀をつくるについて、おまえの意見を聞きたいらしいよ」 「塀? そんなこと、ぼくに相談されても困るな。まるで、ぼくらが住むことを前提にしてるみたいじゃないの。そちらで考えてくださいよ」  若草色の電話が鳴った。淳之助は、思わず、ぎくりとした。別れたはずの文枝からではないかと、一瞬、手ののびるのが、おくれた。だが、受話器の先からは、男の声が聞えてきた。高校時代の友人でもある保守党の実力者のひとりからであった。 「それではこれで」  継彦は小声でいい、会釈すると、身を飜して頭取室から出て行った。  一年あまりの歳月が流れた。  継彦は立川支店長に出た。Q銀行立川支店は、他行におくれて出店した上、地の利がわるいせいもあり、毎期「完敗」という札つきの店であった。だが、継彦は、赴任後はじめての六カ月間に、一気に、三行の預金増を追い抜き、「優勢店」にまで持って行った。営業地域内にある六万世帯を、マッチなど持たせて漫然と戸別訪問させる、などということは、やらなかった。資産・所得・職業などを調べて、訪問世帯を二万五千にしぼった。これを外勤者三十二人に割りふり、少なくとも月に一度は必ず訪問させることにした。それも、機械的に訪ねるのでなく、毎回ちがった話題を用意して訪ねさせ、客との対話の要旨を、すべてカードに記入させた。  継彦たち管理者は、毎日、そのカードを読み、指示や助言を与え、なお必要な情報を用意させる。情報によって客を選び、情報と交換に、客からの情報を得て、さらに対応する情報を客にサービスする、というわけである。商社時代のノウハウを、そのまま応用している。客がローンを求めているなら、すぐ、融資係に接触させる。アパート経営の気持があるなら、建築屋を世話し、間借り人さがしまで手伝う。旅行好きなら、旅行代理店を紹介し、クレジット・カードの利用をすすめる……。  あれもこれもと、先手をとって情報を与え、面倒を見る。客がなんとなく銀行をたよらずに居られぬように仕向ける。これもまた、商社の手法の応用であった。  地域にある各種団体の動きも、刻明にキャッチした。商店街の大売出しの費用を、商社時代の顔を生かして、いくつかの大会社に協賛広告の形で出させた。婦人会や町内会の盆おどりや運動会には、これも、商社時代の人間関係を生かし、顔なじみの企業から、広告や景品を出させた。  こうしたきめ細かく精力的な活動によって、開店のおくれや、地理的な不便さを、またたく間に克服して行った。継彦ならでは、であった。御曹子であることで、融資問題などで、本店ににらみがきくという点も、幸いした。他行が継彦の戦法を真似しようとしても、銀行の中しか知らぬ一介のサラリーマン支店長では、限度があった。  継彦は、作戦を立案指揮するだけでなく、自らも、陣頭に立った。とりわけ、大口預金者や、難攻不落の客のところへは、担当者をつれ、自分で出かけて行った。それも、支店長用の黒塗りの中型車ではなく、軽四輪に相乗りして行く。  ある日の午後も、まだ二十代の外勤者に運転させ、そういう客の一人のところへ、軽四輪を走らせて行った。途中の道路が工事中で、せまい道を迂回《うかい》しながら進んで行くと、前方から白い大型車が現われた。ベンツである。母親のと同じ車だと思いながら、スピードを落とし、鼻をすり寄せて行く。道は、すれちがうのにぎりぎりのせまさであった。まぢかに迫ったベンツの運転席、そして、後座席を見て、継彦は、天井に頭を打たんばかりにおどろいた。曾我運転手、それに、母親の綾子ではないか。どうしてこんなところにと、目を疑った。  先方も、継彦に気づいた。車がまだ動いているのに、後のドアをはねあけ、綾子が軽四輪の直前に、ころがり出た。目と口を大きくあけ、両手をあげて、 「継彦!」  万歳を唱えるかっこうであった。  ハンドルをにぎった若い行員は、あっけにとられて、継彦を見る。継彦は、苦笑して、 「おふくろなんだ」 「すると……」  頭取夫人というわけかと、すでにフロント・グラスいっぱいに迫った綾子の姿を、あらためて見上げる。 「ちょっと待ってくれ」  継彦は、苦笑しながら、軽四輪の小さなドアをあけた。  せまい路傍で、母子は、体も触れんばかりに向かい合った。 「おどろいたなあ、お母さん。どうしたんですか、こんなところへ」 「……お友だちを訪ねてきたのよ」 「こちらに友だちが居たんですか」 「……ええ、まあ。さがしてみたのよ。そうしたら、やっぱり、二人居てね」 「さがすって」 「同窓会の名簿よ。立川にだれか居ないかと思って」 「すると……」  綾子は、いたずらを見つけられた子供のように、肩をすくめた。小さな声で、 「もちろん、あなたのことがあってよ」 「相変らずだなあ」 「でも、一人でもお客さんがふえた方が、いいでしょ。それに、あなたが働いている土地が、むしょうに見たくもなって」 「おやおや」 「ただ、お友だちが気にしてね。せっかくここまで来たのだから、銀行へ電話したら、といってくれたけど」  綾子はそこで言葉を切って、継彦の表情をうかがった。継彦は聞えぬふりをしていた。綾子は弱い声になって続ける。 「いけないことよね。あなたにも、お父さんにもいわれていたし。……だから、ひょっとして、ほんとにひょっとして、行き会えないかと、そればかり祈っていたの。よかった、よかったわ」 「相変らずだな、お母さんは。そのために、わざわざ……」 「でも、気にしないでよ。ちょうど、どちらの友だちも、昔、わりと親しかったひとだったの。だから、わたし、たのしんで、あそびに来てたの」 「…………」 「みんな、経済的にはゆとりのあるひとばかりだから、いいお得意さんになってくれるわよ。どちらでも、うちの銀行のセールスがよく来る、といってたし」  支店の選んだ重点世帯に入っているのであろう。 「毎月一度は伺っているはずですよ」 「そうですってね。どこよりも、いちばん熱心だといってたわ」  継彦は、反射的に軽く頭を下げ、 「おかげさまで。……みんなよく働いてくれます。朝は八時ごろから動き出して、夜の九時すぎまで回ってくれてますからね」  綾子は、ふっと頭取夫人に戻って、 「うちの銀行は、みんな、そんなによく働くのかしら」 「さあ、他《ほか》の支店のことは……」 「あなたも、たいへんでしょ」  継彦はうなずき、 「八時前に出て、いちばん最後まで残ってます。でも、商社に居たときと同じことですよ」 「こちらヘアパート借りたんだって」 「おそく帰ってくる若い者には、のませてやらなくちゃいかんし。それから田町へ戻るわけにも行きませんからね」  綾子は、体を離すようにして、継彦を見、 「体に気をつけてよ」 「はい」  すれちがった先で、ベンツと軽四輪は、大小の白い背を見せて、とまっている。綾子は、その軽四輪に目をやりながら、こわごわ念を押した。 「いま、お仕事の最中よね」  継彦が大きくうなずくと、少しがっかりした顔になった。継彦は、自分を励ますようにいった。 「若いのといっしょに、得意先回りの最中ですから。それも、むつかしいお客さんで、大金がありながら、全然、セールスの相手をしてくれない。『それなら、ぼくがとって見せてやる、ついて来い』といって、出かけてきたところなんですよ」 「あなたなら、とれるの」 「……なんとか、とりますよ」 「あなたに、そういう自信というのか、特技があったの」 「何もありゃしませんよ」  綾子は、そこでふと気づいて、 「でも、あなたが、支店長の山科という名刺を出せば、向うは、見直すでしょ」 「いや、そんなことはありません。山科がだれだか、ほとんど知られてませんよ」  継彦は、はね返すようにいった。少し調子が強すぎた。実際のところ、頭取の御曹子と気づくのは、ふつうの家庭では、十軒に一軒だが、企業だと、五軒に一軒はあった。継彦を見直し、言葉づかいも、がらっと変わったりする。 「そうなの」  綾子は、少しばかり落胆し、それだけに心配そうに継彦を見て、 「それでは、いまからたいへんね。どうやって、とるの」  継彦は、心もち顔を近づけ、 「大きな声ではいえないけど、秘訣《ひけつ》があるんですよ」 「そうなの」 「お母さんだけに教えましょう」  満足そうにうなずく綾子に、継彦はささやいた。 「わざと若い者をつれて行くんです。それを後に立たせて、お客さんに向かい合っていると、大きな口をきいた手前、ことわられたからといって、すぐには帰れない。たたき出されても、動けませんよ」 「じゃ、どうするの」 「そこですよ。ねばる他はないんです、後に督戦隊が居るから。いいお話をもらうまでは、絶対に動きません。翌朝まででも居ます、ということになる。それが、顔にあらわれるんでしょうかね、お客さんにわかってくるんです。『こいつは本気で帰らぬらしい』と見て、とにかく根負けして、何か土産を持たせてくれるんです」  綾子は、ふっくらした二重顎をまるく振って、 「そうなの。あなたも、やるわねえ」 「やらざるを得ないんですよ」継彦は、そういったあと、いたずらっぽく、「いいですね、これは、お母さんだけへの内緒話ですから」  綾子は、目を大きくして、うなずいた。そうしたいい方が、綾子をよろこばせた。悪事をわかち合ったような、軽いときめきさえ感じさせる。綾子は、継彦をうっとりと見上げたが、 「でも、少し顔色がわるいんじゃないの」 「光線のせいですよ」 「無理しないでね。休暇でもとって、打出小槌町へ来るといいのに」 「もうしばらくの辛抱ですよ」 「落着かないなら、塀をつくってもいいのよ」 「また、というか、まだ塀の話をしてるんですか」 「だって、あなたに話す機会が……」 「よしてくださいよ。ぼくの……」  車の音がきこえた。ベンツの来たのと同じ方向から、一台のライトバンが近づいてきた。追越しはできない。ベンツが動く他ない。綾子にもそれがわかって、悲しい顔になった。 「じゃ、またね」  継彦は、歩き出した。 「体に気をつけて。無理しないでね」  綾子の声が追いすがる。曾我が、白いベンツの後を小走りに回り、ドアをあけて立った。一方、軽四輪は、小さなドアが中から開き、継彦の大きな体をのみこんだ。ベンツの後座席の窓から、綾子がのぞく。その顔に、青い煙を吹きかけ、軽四輪は、はじけるような音とともに、走り出した。  ハンドルをにぎりながら、曾我は、ルーム・ミラー越しに、綾子を見た。  かすかに上気し、うっとりした目もと。綾子は、継彦との出会いを、あまい思いで反芻《はんすう》している様子であった。やわらかな顔の線が、とけてしまいそうである。曾我は、そうした綾子に見とれた。幸せだけが、女を美しくさせる。その見本が、この女なのだ。綾子に、つい、声をかけずには居られなかった。 「まるで、恋人にでも会われた感じですね」  無躾《ぶしつけ》かとも思ったのだが、綾子は、にっこり笑って、受け返した。 「そうよ。継彦は、恋人だし、主人以上だし、神さまだわ。わたしのすべてなのよ」  そうまでいわれては、曾我は、「はあ」というより他はない。  曾我は、淳之助の秘密をまだ漏らしていない。女と縁が切れたらしいということで、多少、パンチの力は弱くなったが、それでも、綾子に衝撃を与えるには十分なはずである。ただ、曾我は、まだその気にはなれなかった。綾子の幸福のおすそわけにあずかっているのが、たのしい気分なのである。  一呼吸置いたあと、綾子は身を起して、 「でも、ちょっと顔色がわるかったけど」 「気のせいじゃありませんか」 「そうだといいけど、少し働きすぎみたい。あまり好きでもないくせに、無理にお酒もつき合ってるみたいだし」  四十すぎの息子について、そうしたことまで心配するのは、よくよく天下泰平のせいだと、曾我が黙って聞き流していると、綾子は、さらに身をのり出して、 「そういえば、あのひと、ずいぶん、小さな車に乗ってたわね。運転してるのも若いひとだったし、事故は大丈夫かしら」 「御心配には及びませんよ。おそらく、市内だけでしょうから、スピードを出して走るということもないでしょう」 「支店長には、ちゃんとした車がつかないの」 「もちろん、ついてますよ。でも、得意先回りは、道のせまいところもあるし、それに、大きな車で乗りつけると、気分をわるくされるお客さまも居られますから」 「継彦のことだから、そこまで気をつかっているのね」 「…………」 「でも、小さくても、外国製か何かで、頑丈な車があるでしょうに」 「うんと高価な車になります。とても、セールスには使えません」  綾子は、うなずいたあと、ひとりごとのようにつぶやいた。 「早く本店へ戻るといいわね」  さらに一年経ち、継彦は、本店へ取締役兼審査部長として戻った。主要業務である貸付審査の最高責任者のポストである。凱旋《がいせん》であった。立川店の成績は、「優勢」のあと、同業五行のすべてを抜いて「完勝」、最後の半年も「完勝」で飾った。  淳之助は、口金のようなホクロをほころばせて、その人事を承認した。破格の人事だが、それは、ただ御曹子だからというのとはちがう。継彦が自分の力でそのポストをかちとったまでで、同クラスの支店長が同じだけの業績をあげるなら、いつでも役員への道がひらけるとのふくみで、その人事を発表させた。  事前に根回ししておいたせいもあるが、この抜擢《ばつてき》人事を攻撃したりからかったりする報道は、ごくわずかしかなかった。社内の批判派も、沈黙した。継彦の入行に対し、いやがらせの形で刊行された雑誌の『古代人』も、二号だけで、後が続かなかった。  運転手つきの車で送り迎えされる身分なのだが、継彦は朝はその方が便利だからと、迎えをことわり、田町から国電に乗って、通勤した。夜は、ほとんど毎晩、同僚や部下、さらには商社時代の知人たちとのむ。とにかく、つき合いがいい。遠くの部下を自分の車で送らせ、自分はタクシーをひろって帰ることも、珍しくなかった。しかも、マンションへは、書類を持って帰る。もともと、帰りがおそい上、書類を読んでいると、また目が冴《さ》えてきて、一種の不眠症状。たまりかねて、ブランデーをあおったり、睡眠薬を使ったりする。このため、日曜日も、忙しいか、「朦朧《もうろう》としている」といって、打出小槌町へもやって来ない。  綾子は、また当てがはずれた。日曜日の朝おそく、コーヒーをのみ、所在なく向かい合ったところで、淳之助に文句をいった。 「もっとひまで、大事なポストは、ないのかしら」 「どうしても通らねばならんコースだ。あと少しの辛抱だよ」 「あなたも、継彦も、『もう少しの辛抱』というのが、口ぐせね」  淳之助は、無言で葉巻をくゆらせた。 (ほんとうに、そうなんだ。それに、これしきのことは、辛抱とさえいえないんじゃないか)そんな風にいいたいところであった。  綾子も、黙っていた。綾子の耳の底には、いつか継彦がつぶやいた「自分を殺して」という言葉が残っている。話のはずみで出てきたようなせりふであったが、やはり、気にかかった。縁起でもない。そうした不安な感じは、男たちには伝えようがなかった。  弱い目を、庭先に向ける。尾長が二羽、松の梢から梢へと移って行く。風のない空に、ピアノの音が、かすかにきこえた。  尾長の姿が消えたところで、綾子はいった。 「いい歳をして、つき合いが良すぎるんじゃないかしら」 「そうしなくちゃならんと思って、やってるんだろう」 「あの子の立場なら、いまさら、そうすることもないのにね」 (御曹子である以上、まわりに気をつかう必要はない)と、いいたいのだが、継彦に注意されて以来、綾子は「御曹子」という言葉に触れないようにしていた。  淳之助が、ゆっくり答えた。 「わたしのときと、また時代がちがうんだ。わたしは、成績さえあげて見せればよかったが、いまはそれだけでは足りないんだな」 「それなら、うちの銀行へ入った価値がないじゃないの」 「いまさら何をいうんだね。おまえは、どうも要求がぜいたくだね」  綾子は、唇を噛《か》んで黙った。幸福すぎると、このひとまで思っている。世間的には、そうかも知れない。だが、綾子には、母親の不安というものがある。それを世の中のだれにも伝えられないもどかしさと、無力感が、あった。  綾子の不安は、適中した。  本店に戻って一年経たぬうちに、継彦は健康を害した。目に見えて痩《や》せはじめ、やがて、発熱や目まい。部長会の途中で気分がわるくなり、部長たちにかつがれるようにして、病院へ運ばれた。  点滴が行われ、ほぼ半月にわたる療養生活。平行して、精密検査が行われた。強度の不眠症と慢性肝炎。クスリが処方され、禁酒をはじめとするいくつかの生活上の注意が出されたが、根本のところは、職場環境に在る。肉体的な過労に加え、精神的消耗がはげしい。仮に体力を回復しても、現職への復帰は、自殺行為である——。  綾子には、「自殺行為」という医者の言葉がこたえた。「自分を殺して」といっていた継彦のせりふが、にわかにリアリティを帯びてきた。  とりあえずのところはと、腕ずくのようにして、継彦を打出小槌町に引きとった。  朝昼晩の三食、継彦の好物を中心に献立を考え、自分で調理し、自分で給仕する。規則的な日課を、というので、口争いしながら、テレビを消したり、大きな背を押して、散歩へ送り出したり。白いベンツは、車庫に居ることが多くなった。綾子にとっては、不安はあるが、思いがけぬ充実した日々が続く。  やがて、継彦は、浜へ歩いて釣りに行き、曾我の白いベンツに乗って、ゴルフの練習にも出かけるようになった。綾子は、よろこんでばかりは居られない。見舞いの電話や、ひとが来る。それが見舞いに終らない心配がある。綾子は、ふっくらした体で、ふっくらと、防波堤代りをつとめる。できるだけ客を寄せつけず、そして、早目に引きあげてもらうようにする。  二度と継彦を東京へ戻したくない気持であった。ビルにも、マンションにも、街にも、いたるところに病魔が待ち伏せていそうである。医者も、転地療養をすすめた。 「きれいさっぱり仕事が忘れられる環境がいい。いっそ、どこか外国の気候のよい土地へ出られたらいかがです」  外地で静養という話には、継彦ものった。綾子は気が進まなかった。打出小槌町から放したくないのだが、当人も医者も乗気である以上、とめようがなかった。  候補地として、まず南カリフォルニヤがあげられた。気候はいいし、Q銀行のロサンゼルス支店もあり、便利なのだが、それだけに仕事のにおいが漂って行きそうである。Q銀行は、アメリカの銀行からの中・長期の借入金があり、また期限つきコール・マネーも取入れている。カリフォルニヤはもちろん、ハワイやフロリダに居ても、それらの刻々の動きが気になる心配があった。  次に、東南アジアのペナンやバタヤ・ビーチではということになったが、タイには、Q銀行が資本参加している金融会社があり、また、マレーシアにもインドネシアにも、協調融資先の企業があって、これまた仕事の鼓動がする。  ギリシァはどうか、南仏はと、足がのびて行き、最後に、スペインに落着いた。たまたま、商社の親しい同期生がマドリッドの支店長に出ており、その男が、マドリッドから飛行機で一時間の海岸に、静養向きのホテルをさがしてくれた。 「スペインなら、生活費も安くてすむし」  と、継彦は、会うひとごとにいった。御曹子の言葉としては、しらじらしくひびくが、それでも、継彦は、やはり一言つけ加えないでは居られなかった。  審査部長の職を解かれ、非常勤取締役の身分のまま、継彦はスペインへ旅立った。  綾子は力が脱け、また、それまでの疲れも出て、一週間ほど寝こんだ。何度も継彦の夢を見、めざめると、床の中で手を合わせ、一日も早い帰国を祈った。  頭取室で、淳之助もまた、しばらくは、茫然と葉巻をくゆらせている時間が、多くなった。もっとも、継彦に大きな事故や失敗があったわけでなく、過労が原因の病気静養ということなので、後継者として傷がついたとは思わない。若干、バトンタッチに時間のおくれが出る、ということだけである。  ただ、そのおくれ如何《いかん》によっては、問題が再燃するきざしもあった。継彦の登場と活躍によって、行内には人事若返りへの期待が、ふくれ上ってきていた。若手の間で、「老害追放」などという声が出ていることも、淳之助は耳にしている。その「老害」の中には、淳之助もふくまれているようだが、老重役たちが、このため、浮き足立ってきていることも、事実であったし、一方、天下り派などの一部重役は、緊張を強め、対抗のチャンスをうかがっている気配である。  隙間風は、早く手当てしておく必要があった。そのためには、一日も早く、継彦を専務—副社長と、ナンバー・ツーにまで引き上げ、体制を固めておかねばならない。経営とか、人事とかには、タイミングがある。気合いによって勝機をつかめるものだが、そのタイミングが狂ってきている。とり返しのつかぬことにならなければ、よいのだが……。  挙措とか風貌《ふうぼう》とかは、いぜん王者そのものだが、淳之助は、内心、だれにも打ち明けられない焦りに、とらえられていた。その淳之助にできることも、綾子と同様、継彦の一刻も早い回復を祈ることだけである。  隙間風が心の中を音を立てて吹き抜けるようなときには、淳之助は、ふっと文枝に会いたくなる。銀行のことや継彦のことが全く話題に上らぬ相手と、ばかになって、ひとときを過したい。あっさり別れすぎたと、未練も湧いた。  文枝は新世帯の奥深くに納まってしまったようで、二つの店も知らぬうちにたたんでいた。店の敷き金はいずれも淳之助が立て替えてやったもので、一千万近い金とともに消えてしまった形であった。  スペインの継彦から、打出小槌町の邸へは、半月に一度は、きちんと手紙が来た。いかにも几帳面な継彦らしいが、田町のマンションヘは、週に一度の割りで便りがある、という。その差が綾子にはうらめしく、田町へ来た手紙を読みたがった。  継彦は、ゴルフをしたり、泳ぎにも行って、体は順調に回復しているようであった。退屈しのぎに、ときどきマドリッドへも遊びに出る、とのことであったが、やがて、ニースやパリへも出かけ、三カ月目には、ふいに、ロンドンから頭取室の若草色の電話へ国際電話をかけてきた。 (紹介者があって、シティにある大手のマーチャント・バンクの首脳部に会っている。その銀行と組んで、証券引受専門会社を起す話を検討していいのか)との電話である。声も大きく、また別人のように、はりがあった。Q銀行は、ヨーロッパへは出おくれていた。そのおくれをとり戻したいと、かねがね話はしていたのだが、いつのまにか、接触をとりはじめていたのだ。  淳之助は、おどろき、また、よろこびながらも、「とにかく体を大切に」と、くり返した。継彦の答は、 「楽な気持でやってます。はり合いがあって、健康にいいんです」  淳之助は、折返し、マーチャント・バンクの副頭取のひとりに、電話であいさつし、さらに、マドリッドの商社支店長に電話して、継彦の健康状態をたしかめた。  継彦はすっかり健康になり、ロンドンへは、若者のように、安い不定期《チヤーター》便をさがして乗って行く元気さだという。 「時間はあるとしても、不定期《チヤーター》便を利用するなんて、なかなかの御曹子だと、こちらではみんな感服してたところです」ということでもあった。  打出小槌町へ来た継彦の手紙には、「あとしばらくの辛抱です。銀行へも、大きな土産を持って帰りますから、たのしみに」と、あった。 「その通り。全くその通りだよ」  と、淳之助も言葉を添えた。継彦は、自分同様、やはり、自力で頭取への道をひらく男であった。静養の旅なのに、合弁の話をまとめてくる。帰国後は、早速、国際業務管掌の専務か常務にしよう。 「『あとしばらくの辛抱』は、聞き飽きたけど、今度こそ本当なのね」  手紙をくり返し読みながらつぶやく綾子に、淳之助は思いきり大きくうなずいて見せた。  打出小槌町の邸に、綾子は、生垣をつくらせはじめた。  静養中だった継彦に雑談まじりに相談を持ちかけ、「生垣なら」と、了承をとってある。 「外国とちがって、日本では、ひとの邸をのぞきこむくせがあるものね。それに、やっぱり不用心だろうし」  継彦のその話しぶりの中に、綾子は、継彦がそこに住む日のことまで想像しているのを、感じた。帰国して、生垣のできた邸を見、また激務ではない重役の職につけば、あと一押し二押しで、そこに住んでくれそうに思えた。当面は、増築するなり、敷地の中にもう一軒、建ててもよい。そのための設計プランも考えてみよう。  夢ふくらむ思いで生垣工事を見ている綾子を、曾我がひやかした。 「今度こそ、いかにも満足の御様子ですね」  綾子は、笑顔でうなずいたあと、つけ加えた。 「満足よ。でも、まだ大満足じゃないわ」  悲報が届いたのは、生垣がほぼ半分近くでき上ったときであった。  合弁会社の話を煮つめるための四度目のロンドン行きに、継彦はまた不定期便《チヤーター》を利用したが、その飛行機が悪天候のため、ピレネー山脈に激突、乗員乗客の全員が死亡した。一三七名の犠牲者中、日本人は継彦の他に、若い画学生が一人。  第一報は銀行へ入った。淳之助は、目まいのする思いをこらえ、若草色の電話をとり上げ、自分で綾子に知らせた。  悲鳴を上げて聞き返したあと、綾子の応答がない。その場へくずおれてしまったためである。  淳之助は、部長一人と秘書を家へ差し向けるとともに、念のため、曾我にも電話して、綾子を見てくれるようたのんだ。当座の業務上の指示を急いですませ、その足ですぐ羽田へ向かった。  空港からふたたび綾子に電話すると、綾子は泣き声で、 「おねがい。継彦をそのまま連れて帰って」  半狂乱になったかと思ったが、(遺体を目でたしかめる、ドライアイスでもつめて持ち帰ってくれ)ということであった。  ニュースが流れると、打出小槌町へは弔問客が押し寄せたが、綾子は奥の間にとじこもって、一切、会おうとはしない。 「継彦が死んだと思わない。絶対、思わないわ」  髪をふるわせ、声をふるわせる。信念だけでよみがえらせる、といわんばかりである。まわりの反対も押し切って、生垣工事も続けさせた。そして、客がとだえると、庭先に出て、生垣を見つめる。目はすわっていた。ときには、うつろになった。気味わるがる工事人に、 「早くつくってよ。あの子が帰ってくるのよ」  嫁と孫たちが来たが、一晩でまた田町へ戻った。  お手伝いさんだけでは心配というので、曾我と秘書が、玄関脇の部屋に泊りこんだ。  静まり返って物音ひとつしない夜ふけ、奥の間から、綾子のすすり泣きとともに、「継彦」「継彦!」と呼ぶ声がきこえる。  朝になると、綾子の顔は青くむくみ、目は血走っている。十歳は若く見えたものが、一度に歳相応、いや、歳よりも老けて見えた。  曾我は、淳之助の秘密をもう永久に口外できまいと思った。頭取や社長クラスに、艶聞はつきもの。もともと、たいした秘密ではなかったかも知れぬが、それなら、いっそ早く話し、不幸というものを、小出しになめさせておくべきだった、とも思った。  淳之助は、わずかな遺骨しか持ち帰ることができなかった。  葬儀は盛大に行われ、淳之助自ら、葬儀委員長をつとめた。温顔に、口だけは一文字に結んで。口金のようなホクロが、永劫《えいごう》に淳之助の唇を閉ざしてしまいそうに見えた。  打出小槌町の夜は、二人には、底冷えするほど静かなものとなった。話題がほとんどない。  綾子は、人生の全部がなくなったのを感じた。淳之助も同じである。仕事がわずかに救いとはいっても、それにしても何のための仕事なのか。孫は居る。しかし、良彦が継彦の代りになるまでには、まだ三十年あまりある。淳之助は百歳まで頭取を続けなければならない——。  酒量がふえている。淳之助はブランデー・グラスを持ちながら、 「気分が変わるように、どこかマンションへでも移ろうか」 「そうね」うなずいたあと、綾子は、きっとして、いい直す。 「いえ、だめよ。継彦はここへ帰ってきてるの。つらくても、わたしたち、ずっと、ここに居なくては。かわいそうに、あの子の行き場がなくなるわ」  気がめいってくると、綾子は曾我にたのむ。 「海岸をずっと走って」  車の中から、綾子は何も見ていない。耳には、継彦の声がよみがえってくる。それも、つらい言葉が多い。「自分を殺して行く」と、継彦はいった。いちばんつらい言葉である。 「いつか雨の日、うちの会社の前まで来て、電話してよこしたでしょう。愛情だ、と思ったな。あれで、最後にぼくの肚《はら》もきまったんだよ」と、苦笑しながら話してくれたこともある。あの電話さえしなければ……。十分な満足は得られなくとも、これほど大きな不幸は起らなかったであろう。わたしは、望みすぎたのだろうか。でも、やはり、わたしには継彦のことが……。  綾子は急におびえを感じて、 「曾我くん、公衆電話の見えないところを走ってね」  難問である。それに……と、曾我はルーム・ミラー越しに綾子を見て、 「どこへ行きますか」 「どこへでもいい、走って。ガソリンのなくなるまで走って」  打出小槌町の家へ帰りたくない。でも、打出小槌町には、継彦の霊が待っている。やはり、早く帰った方がいいのではないか。  白い一台のベンツは、あてどもなく走り続けて行く。 [#改ページ]   第二章 前途洋々  電車の音が消えると、鶯《うぐいす》の啼《な》き声がきこえた。ただ、ひとつところに長くとどまってはいない。太平洋戦争がはじまって二度目の春。まだ疎開者も入らず、別荘のままの家が多いせいもあって、打出小槌町《うちでのこづちちよう》は、ひっそり静まり返っていた。  その一番地の一画に、セメント会社の副社長の邸があった。職業とは不似合いに、セメントのにおいの全くしない古びた数奇屋づくりの家である。離れになった茶室があり、庭先に、梅の木が二本、紅《あか》と白の花をつけていた。  茶室の中では、混血かと思われるほど彫りの深い顔立ちの小柄な娘が、訪問着姿で、形だけかしこまっていた。お見合いである。堤麻里子十九歳。  麻里子は、落着いていた。どうせ、こちらからことわる話にきまっている。  名門のミッション・スクール出身。父親は亡くなり、兄が大きな肥料問屋を継いでいる。お嬢さん育ちで、麻里子名義の貸家も三軒もらってある。その上、美貌《びぼう》であった。このため、次々に縁談を持ちこまれ、気も進まないのに、見合いも三つさせられた。どの男も夢中になってきたが、麻里子の方からことわった。まだまだ若いし、よほどの相手でなければ、まともに話にのる気はなかった。  今度の場合も、同様である。そこは、亡父の弟、つまり叔父の家であり、その叔父が親友の息子という海軍将校に会わせる、とのことである。「見合いらしくなく」という先方の希望もあって、本人同士だけの略式の見合いである。その点でも、話はことわりやすく、麻里子は気楽であった。  叔父も自信がなさそうで、「男は顔じゃないよ」といいながら、写真を見せてくれた。下駄に目鼻をつけたような角ばった顔。眼鏡の奥の目は小さく、獅子《しし》鼻。唇は部厚い。いいところなし。むしろ、写真を見る度に、ちょっとおかしみさえ感ずる顔である。  海軍士官の制服に包まれたその顔が茶室に現われたとき、麻里子は思わず声をあげた。 「あら、どうなさいましたの」  写真とはちがっていた。というより、さらにひどい顔になっていた。両眼の下が、コールタールでもふくませたように、黒くはれている。  男は、腰の短剣を畳の上に置き、にやっと笑った。 「修正を受けたのですよ」  ききなれぬ言葉に、麻里子は首をかしげ、 「修正? 海軍では、顔まで修正するのですか」 「そうです。げんこつで修正するんです」 「えっ」 「つまり、なぐることを、修正と称するんです」 「……でも、どうしてそんなになぐられたんですの」 「わたしひとりが、変わったことをいったからですよ」  男は、技術系専門学校出の海軍士官であった。そうした若い士官たちを集め、分隊長が、「各自、将来の希望を述べよ」といった。  これに対し、ほとんどの士官が、「護国の鬼となります」とか、「新兵器の開発に命を捧《ささ》げます」と答えた。時代が時代である。上官のよろこびそうな答え方をしたわけだが、男はちがっていた。彼は、「実業界に出て、活躍します」と、やった。 「こういう時代だから、わたしだって戦死するかも知れんと思ってますよ。でも、死ぬのが希望というわけじゃなし、それに何より、みんながあまりにも右へ習えの返事ばかりするものだから、かちんときましてね。死ぬばかりが華じゃない。兵器つくるばかりが能じゃない。技術を生かして、大実業家になったっていいじゃないかと、反射的というか、反撥してそういったんですよ。どうも、わたしには、そういうところがある。そのへそ曲りの報酬が、これなんだな」  太い指で、痛そうに痣《あざ》にさわる。 「海軍って、ひどいところですね」 「いや、そんなことはありません。わたしは好きですよ。また、好きと思わなけりゃ、つとまりません。大事な青春を捧げるわけですからな」  男は、そこまでいって、はじめて気づいたように、坐り直した。 「どうも、あいさつがおくれました。わたし、岩沢猛といいます。二十六歳」 「あら、わたしも……」  麻里子も、つりこまれて、同じ調子で名と歳を告げ、ぽっと赤くなった。それが自分でもわかり、おかしくもなる。赤くなる相手ではないはずなのに、調子を狂わされた。これまでの男たちとちがい、新鮮な出会いという気がする。  麻里子は、さらに続けて調子をみだされた。  あいさつのあと、岩沢は、まともに麻里子を見つめていたが、そのあと、ふうっと大きく息をつくと、いった。 「しかし、あなた、きれいですね」 「えっ」 「実にきれいだ。わたしの理想だな」 「まあ……」  麻里子は、口をあけたまま、次の言葉が出ない。男たちのほめ言葉は、いろいろな形できいてきたが、初対面、しかも、話のはじめにいきなりそんな風にいった男は、はじめてである。無作法というか、図々《ずうずう》しいというか、それでいて、腹が立たなかった。  岩沢は、眼鏡を光らせ、なお、しげしげと麻里子の顔を見つめている。麻里子は、さらに赤くなった。それでいて、うつむき切れず、目は岩沢を見上げている。 「美人ですな」岩沢はもう一度いってから、「率直に申しますが、わたしは世界一の美女をさがしてきたのです。わたしがこういう人間だから、みんなを、あっといわせてやろうと思いましてね」 「それなら、わたしは関係が……」  麻里子がいいかける先を遮《さえぎ》り、 「まあ、きいてください。美女は数が少ない上に、その美女を獲得するのが、また、むつかしい。だから、美女をものにできる確率は、百分の一ぐらいだろうと、見たんです。従って、百回は見合いをする覚悟なんです」 「それで、わたしは何人目」 「三十二人目です。三十二人目にやっと……」 「光栄ですわ。お世辞でも、そんな風にいっていただくだけで」 「でも、まだ、これからが……。いま会ったばかりなんですから。これから合格するやら、失敗するやら」  小さい目をいっぱいに見開いて、麻里子の反応をうかがう。麻里子は、ふくみ笑いで、ごまかした。岩沢は、頭をかき、 「わたしは今日はとくにひどい顔をしてますが、でも、麻里子さん、男は顔より中味です。中味では、絶対だれにも負けませんよ」 「あら、叔父も同じことをいってましたわ」 「そうですか」岩沢はいったんうなずいたあと、下り眉を寄せ、「予防線をはってくれたのかも知れないけど、はじめからそういうなんて、ちょっとひどい紹介者だなあ」 「…………」 「それに、よく見れば、結構いい顔、味のある顔だと、本人は思ってるんですがねえ」  麻里子は笑い、「ごめんなさい」とわびながら、また笑った。  麻里子の叔母が、カステラと紅茶を運んできた。  ふいに、すぐ近くで、鶯が啼いた。岩沢は、庭先に目をやり、 「ここはいいところですな。日本にも、こんなところがあると思わなかった」  叔母と麻里子は、顔を見合わせた。いうことが、すべてオーバーである。  叔母が去ったところで、麻里子はきいた。 「外国をよく御存知ですの」 「ええ、大連で生まれて育ったものですから。あちらには、すばらしい住宅がありますよ」  また鶯が啼いた。岩沢は、太い首を傾けてきき、 「いいものだなあ。日本に住むとすれば、ここだ。庭だって、このあたりぐらいの広さがなくっちゃ。それに、この家自体もわるくないな」  いい気なものだが、それを、まじめな顔で口をとがらすようにしていっている。麻里子は、ふき出したいのをこらえた。  岩沢は一青年士官。その父親は、満鉄職員。父子《おやこ》で力を合わせても、打出小槌町に邸など構えられる身ではない。  ただ、麻里子は、水をかけるよりも、むしろ、岩沢に調子を合わせる気になった。 「こういうところに住めれば、幸せですわね」 「あなたもそう思いますか」 「もちろんですわ。でも思うだけで、そうはできないわ。よほどのお金持でないと、この辺には……」 「なせば成る、ですよ」 「はあ?」 「なせば成る」岩沢は、もう一度いってから、麻里子の目をのぞきこむようにして、「どうです、やってみませんか」 「やってみるって?」  ゴムまりでもはずむようにとび移って行く話に、麻里子がとまどっていると、岩沢は歯を見せて、にやりと笑い、 「つまり、わたしといっしょになって、やってみるんですよ」  麻里子は、岩沢と結婚した。  海軍士官は、当時の若い娘たちの憧《あこが》れの的であったが、麻里子の場合は、岩沢の人間にもとらえられた。お嬢さん育ちだった麻里子は、少女時代、八百屋や魚屋のいなせな兄《あん》ちゃんに惹《ひ》かれた。法被姿に鉢巻、大きな声で威勢のいいたんか。いかにも、生きがいい。ああいう男と結婚したいなどと思ったりしたものだが、岩沢の中には、そうした男たちに通ずる生きのよさがあった。生活力もありそうだし、おもしろくて、退屈しない人生がひらける、と思った。  横須賀のはずれにある官舎に住んだ。 「世界一の美女を拝みに」と称して、士官仲間が、よくやってきた。酒に話がはずみ、軍歌も出る。麻里子は、関心がない。というより、男たち全部が粗野な獣に変わってしまう感じで、調子を合わせる気になれず、なるべくは台所へ逃げ出す。  軍歌の文句は、それでも、耳に流れこんでくる。威勢のいい漢語調のものが多く、お経でもきくつもりでいればよいのだが、それでも、気になる歌があった。それは、軍歌というより、兵隊たちがうたう戯《ざ》れ歌ということであったが。 「女乗せない軍艦《いくさぶね》、女乗せないものなれば……」  前後の文句はともかく、その一節が気にかかる。  新婚の麻里子にとっては、男と女で成り立つ夫婦というものが、すべてであり、絶対であるのに、夫たちは、男だけで別の世界へ船出して行くのを得意がってでもいるようである。  そういう時代だとはわかっていても、それではなぜ結婚したのかと、内心、腹が立つ。  最初に、女の子が生まれた。麻里子は、台所で赤ん坊相手につぶやく。 「軍艦《いくさぶね》に乗れない者が、二人になったわね」  終戦で、その海軍は消えた。先行きの生活に不安はあるとしても、麻里子は、まずはほっとする気分であった。幸い、東京の根岸にある麻里子名義の貸家が三軒、焼け残っていた。そのひとつを、強引にたのんで明けてもらい、親子三人、引き移った。  やれやれと思ったのも、束《つか》の間。足場がよいため、そこが、たちまち海軍時代の仲間のたまり場になった。どこでどう調達してくるのか、バクダンなどという強い酒を持ちこみ、スルメや落花生などをつまんでの酒盛り。近所への手前、さすがに大合唱こそしなくなったが、酔いが回ると、低い声で軍歌を口ずさむ。 「びくびくしながらうたうなんて。いっそ、やめたら」  みんなが帰ったあと、麻里子がいうと、 「あれが浅酌低唱といい、いちばんうまい酒ののみ方なんだ」  と、岩沢はいばる。麻里子は、角度を変えて皮肉る。 「男のひとって、ずいぶん感傷的というか、回顧的なのね」  岩沢は、それを皮肉ととらない。 「そりゃそうだ。おれたち、海軍に青春を捧げた。人生のいちばんいい時期を、四年近くも捧げてきたんだ。それに、命まで賭《か》けた。女にはわからんことだ」  これでは「浅酌低唱」が半永久的に続きそうである。麻里子はやりきれぬと思ったが、しかし、男たちは、そうした寄合の中で、当座の食いぶちになる仕事の打ち合わせもやっている。闇物資の売買をしたり、技術を生かして、焼け残りの工場の工作機械の修理に出かけたり、自転車会社の下請け仕事をしたり。若くて生活力があり、チームワークもよいようで、おかげで食うには困らない。ただし、すべてがその日暮らしの仕事であり、事業らしい事業の目処《めど》は、まだついていない。  麻里子は、そっぽを向くようにしていった。 「実業界で活躍するという夢は、どうなったのかしら」 「実業界で活躍? それは何のことだ」 「いつか打出小槌町の家でおっしゃったでしょ。そういう将来の希望をいったところ、海軍でなぐられた、と」 「あ、あのことか。それなら、いつか実現する。打出小槌町に住む身分になってみせる」 「住むためには、まず打出小槌が必要ではないのかしら」  岩沢は、はじめてうなずいたが、すぐ顔を上げ、「そんなものは、いくつも、ころがっているだろう。みんなで手分けしてさがせば、すぐ見つかる」  麻里子は苦笑して、ついに黙った。この男相手には、どんなことをいっても、闘牛に対して赤い布を振るのと同じことになるだけ。強気しかない男である。その強気のところが新鮮で結婚したものの、さて、いったい、どこまでついて行けるものかどうか。  二人目の子が生まれた。男児である。  目が小さく、父親似であった。麻里子は、岩沢の仲間が一人ふえた、と思ったが、岩沢自身は、男児の出生にもとくに関心がないようであった。  麻里子の体が回復したところで、ある日、岩沢が、いきなり切り出した。 「新しい事業に資金が要るんだ。おまえの貸家を売っていいか」  すでに岩沢は、その父親が満鉄時代に買っておいた能登の山林を処分し、その金を「事業」とやらに注ぎこんでいた。それだけでは、資金が足りぬというのであろう。一方、貸家は、麻里子にとっては、持参金代りのかけがえのない財産である。親たちの気持も考えなければならない。返事もできないでいると、 「空襲で焼けたと思えば、なんでもないじゃないか」  麻里子は、ますます物をいう気がなくなった。ほんとうに必要なものなら、話しだいで、妻として、よろこんで協力しよう。それを、頭ごなしにそんな風にいわれては。  にがい顔で黙っていると、岩沢は、さらに強い口調でたたみかけた。 「売るのは、二軒じゃない。この家も売る」 「だって、ここはいま……」 「どこか借家をさがして、移ればいい。すぐにも、まとまった金が要るんだ。男が勝負をかけるときだからな。わかるだろう」 (わかりませんわ)という声が、のどもとまで来ていた。麻里子は、それを無理に冗談に置き代えた。 「ひょっとしたら、打出小槌になるかも知れぬというのね」  岩沢は、鼻をふくらませ、大きくうなずいた。 「そうだ。そのとおりだ」  浜松の織物会社の次男である鹿野という男が、かなりの資本を出したのをはじめ、仲間たちも、それぞれ出資した。それでも、岩沢の出資が過半を占めており、また海軍士官としても先任で、リーダー格であったところから、岩沢が社長となり、「岩沢産業」なる会社を設立した。事業は、あちこちの部品メーカーから、自転車用原動機の部品を取り寄せ、これを組立てて販売しよう、というものである。  すでに、自転車用原動機については、いくつかの有名メーカーがあったが、海軍士官たちの集まった名もない会社では、代理店になることもできない。それに、岩沢たちには、自分の手で技術的に完全なものをつくって見せるという傑作意識のようなものがあった。有名メーカー品に負けるものか、という気魄《きはく》もある。  秋葉原駅近くのガード下に事務所を構え、小岩に小さな組立工場を借りた。工員三人を傭《やと》い、出資者である五人の士官もまた、工員兼セールスマンとなった。  彼等自身の目から見て、性能的には申し分ない原動機ができた。手分けして、自転車屋、それに、会社や商店などにセールスに出かけたが、一向に売れない。というより、まず相手にされない。  毎日、夕方六時すぎに、五人は秋葉原の事務所に顔をそろえることにしたが、さすがに、もう軍歌は出なくなった。頭上の高架線を通る国電の音だけが、せまい事務所にこもった。震動のはげしいときには、天井から、ごみとも煤《すす》ともつかぬものが、落ちてくる。  音がとだえたところで、つぶやきが出る。 「売れないなあ」 「とにかく、信用されない。話さえきいてくれようとしないからな」 「なんとか、話だけでもさせてくれる作戦はないかな」  何気ないそのつぶやきに、ふいに、岩沢が大声を上げた。 「そうだ、作戦だ!」 「どうしたんです、いったい」  四人の目が、岩沢に集まる。岩沢は、それらの目を見渡していった。 「問題は作戦なんだ。われわれは、作戦を忘れていた。ただ漠然と売りに回っていては、だめだ。みんなで作戦を考え、その作戦にもとづいて、いっせいに出撃しようではないか」 「作戦」とか「出撃」とかいう言葉がスイッチのように働いて、男たちの顔は灯がついたようになった。  岩沢は、目に見えぬ波の勢いに乗って、続けた。 「作戦であれば、失敗することもあれば、成功することもある。全体として勝てばよいのであって、われわれとしては、常に作戦から学んで行くことだ。そして、ただ前進あるのみ」  ふたたび、国電がガードの上を走りすぎた。事務所が船のようにゆれる。  そうだ、ここも艦《ふね》なのだ、と岩沢は思った。艦《ふね》である以上、作戦行動があっていい。ここで「作戦」というのは、「商法」とか「手口」とかいう程度のことでしかない。だが、それを「作戦」というところに、意味があった。言葉のあそびというか、自分の言葉に酔っている形だが、効き目のあることは、仲間たちの表情を見ても明らかであった。  ガード下の部屋で、五人は知恵を出し合った。  その結果、有名メーカーからの依頼といつわって、客の所有する原動機付自転車の点検をさせてもらう——という作戦ではどうか、ということになった。もっともらしく、メモなどとりながら、客を話の中にひきずりこもう、という手口である。この作戦第一号は、点検にちなんで、テ号作戦と称することにした。  その夜のバクダン酒は、うまかった。久しぶりに、低い声で軍歌も口ずさんだ。  次の日は、五人総出で、テ号作戦に出動した。  一日終って、夕方、ガード下の事務所に集まる。最初の男が、「売れなかった」とはいわず、「作戦失敗」と、高らかな声でいった。 「失敗していばってるやつが居るか」  と岩沢。みんな、笑った。その岩沢自身も、 「本日のテ号作戦、おおむね失敗」  と、苦笑しながら報告した。「おれも売れなかったよ」などというより、気分が滅入《めい》らない。ちょっとしたゲームに勝てなかった、明日は別の手でやってみればいい——といった感じなのである。  そのあと、鹿野が、にこにこした顔で立ち上っていった。 「戦果報告をいたします。撃沈一隻!」  万歳する者もあり、拍手する者もあった。長身で眼鏡をかけ、学者風のところもある鹿野を、点検ときいて、客が信用する気になったのであろう。  その日の締めくくりに、岩沢は号令をかけた。 「総員、テ号作戦を継続!」  テ号作戦に続いては、サ号作戦がとられた。  点検だけでは動かない客に対し、故障|箇所《かしよ》があれば、サービスで修理して上げよう、という作戦である。これは、かなり効果があった。いかにも「士族の商法」らしく、商売気がない。商法としてはかえって新鮮で、信用もついた。新規の注文をくれるようになる。 「戦果」が次々と報告され、事務所にも、工場にも、活気が出てきた。売れないときも、くさらない。それは、作戦の失敗にすぎないからで、別の作戦をやればいいし、何度も作戦をくり返せばいい。  もっとも、技術系の海軍士官ばかりなので、とまどうことも少なくなかった。 「手形で払うというが、いいだろうか」 「手形って何だ」 「借用証書のようなものらしい」 「要するに、紙じゃないか」 「しかし、銀行で割引すれば、すぐ、金になるんだそうだ」 「割引って、何を割引するんだ」  はずかしいのと、こちらの素人ぶりを見透かされないため、相手には訊《き》けない。本を買ってきて勉強したり、銀行へ教わりに行く。  しばらくすると、今度は、「廻し手形ではどうか、といってるけど」と、首をかしげて帰ってくる男がある。「とにかく社長に相談します、といってきたよ」  岩沢にもまた、さっぱり意味がわからない。 「女郎たちが廻しをとるというけど、あれとは関係あるまいな」  受取った手形に日付が落ちていて、無効だからと銀行に注意され、あわててまた客のところへ走ったりする。  本で勉強した手形の期限とはちがい、七カ月とか十カ月の長期にわたる手形を示されることがある。今度こそ勉強の成果があったと、突き返しにかかると、「きみは、台風手形も知らないのか」「お産手形といって、りっぱに通用するものだぜ」などとやられ、また、きょとんとする。二百十日にちなんだ期限のものを、「台風手形」。孕《はら》んで十カ月目に子供が産れるというところから、十カ月ものを「お産手形」と呼ぶならわしがあることも、そこではじめて知る始末であった。  知らぬことが多いため、結果的にプラスになることもあった。  何《なに》かにつけて、銀行へ相談に行く。C銀行神田支店の支店次長が海軍出身者であるところから、岩沢は頻繁《ひんぱん》にC銀行を訪ねた。知らぬことは恥ではない。何でも教わろうとする姿勢なので、銀行としても、しぜん情が移るようで、少しずつ資金繰りの面倒も見てくれるようになった。 「岩沢」では名前がかたすぎるというので、岩にちなんで、商品名を「ロック」とした。  原動機だけでは物足りなくなった。それに、高度の性能を望むなら、原動機《エンジン》と車体《ボデイ》をマッチさせることが必要である。  このため、車体もふくめた一貫生産を行うことにし、松戸に土地を借り、新しい工場の建設にかかった。 「将来のため、研究所とまで行かなくとも、研究室をつくってくれないか」  と、鹿野がいい出した。分不相応な話だが、岩沢はじめ士官仲間は、みな、うなずいた。だれもが、研究好き、開発好きである。目標は大きい方がいいし、研究室があるのは、恰好もいい。海軍は恰好の良さを尚《たつと》ぶ。  鹿野は工場長兼研究室長となり、専任の研究員も採用した。軽オートバイ「ロック」が誕生した。精密兵器でもつくる構えで取り組んできただけに、「ロック」の高性能は、業界の注目を浴びた。売りこみには「作戦」方式がとられ、華々しい「戦果」が上りはじめた。  見合いのときお茶を運んでくれた麻里子の叔母が、亡くなった。  岩沢夫婦は、私鉄に乗り、打出小槌町へかけつけた。弔問をすませて、すぐまた引き返す。秋も半ば、打出小槌町は、ひっそり陽だまりの中に眠っていた。久しぶりに来ると、静かさが身にしみた。  歩きながら、まわりを見渡し、岩沢がいった。 「そうだ、この町に邸を買う約束だったな」  冗談ではなく、まじめな顔つきである。麻里子は、おかしくなった。いまの岩沢夫婦には、まるで不似合いな話であった。 「もういいの。わたしは忘れたわ」 「よかない。男の約束だ」 「それじゃ、あのときは本気で」 「もちろん、本気だとも」 「負けぬ気からなの。それとも、ほんとうにここが気に入ったの」 「その両方さ。ここは、たしかに一流の邸宅地、おれがいつか住むべきところなんだ」 「…………」 「おれたちは、飲食も宿泊も常に一流の店を選べ、と教えられてきた。士官としての体面というか、品位にかかわることだからな。それは、実業界の士官にも当てはまる心得なんだ」  麻里子はうなずいたが、合点するより、軽くきき流す気分であった。  オルガンの音がする。戦争をくぐり抜けたあとも、ここには上流社会の生活が、そのまま残っているようであった。麻里子がいま家を借りて暮している日暮里《につぽり》かいわいの喧噪《けんそう》とは、まるでちがった世界であった。  貸家を手放し、雑然とした街の中で暮している身上を思うと、悲しくもなった。  ミッション・スクールの同級生の一人が、打出小槌町に嫁いできているはずであった。美人でもなければ、成績もよくない子であった。そんな子が、ここの住人となり、麻里子は通行人でしかない。麻里子こそ、この町の住人にふさわしかったはずではなかったのか。  父の死によって、まわりが麻里子の縁談を急いでいた。しかも、当時の若い男たちは、戦場へ送られる心配があった。このため、叔父は、後方勤務の多い技術系の士官との見合いを、まず麻里子にすすめる気になったのであろう。  叔父をうらめなかった。うらむとすれば、自分自身であった。あのとき麻里子は、たいへん新鮮でおもしろい男に出会った、と思った。夫に持てば飽きがくる、とは考えもしなかった。あくの強い人間ほど、早く飽きがくるのかも知れない。岩沢の大言壮語はもう結構、という気がした。  麻里子のそうした気持にも気づかず、電車に乗ってしばらくして、岩沢がつぶやいた。 「ずいぶん自動車があるなあ」  線路沿いに、進駐軍の住宅が続いている一画があり、そこには、色とりどりの外国車が、秋の陽に輝いていた。駅が近いのか、電車はスピードを落としている。  岩沢は窓の外をのぞくようにして、 「どうだい。どれか、気に入る車はあるかい」  麻里子は、また例のくせだと思った。日本人で自家用車を持てる層は、まだ限られていた。まして外国車など高嶺《たかね》の花の時代であった。  麻里子が相手にならずに居ると、岩沢はつぶやいた。 「あのブルーは形はいいが、色がどうも……。そこの真珠色のはどうだ。とてもいい色だな。ただ恰好がちょっと不細工だ」 「…………」 「いざ買おうと思うと、なかなかいいのが無いものだな」  まじめな顔つきでいっている。  麻里子は、つい、ふき出した。このひとはどこまで、という思い。そして、まだまだ憎めないひとだとも思った。  会社が発足して、十年経った。  軽オートバイ「ロック」は、モトクロスの耐久レースでも、スピードウエイでのレースでも、毎年のように、優勝を飾った。早くから研究室をつくり、鹿野をはじめとする技術者たちが、完璧《かんぺき》を期して改良を重ねてきた結果であった。 「ロック」はよく売れ、一時は生産が間に合わぬこともあった。続いて、馬力をアップし、車体を高級にした「ロック・スーパー」や、女性や少年向きの「ロック・ジュニア」も発売したが、どれも売れ行きは上々であった。  川崎と相模原《さがみはら》に工場を増設。従業員数も、五百を越した。本社の社屋も引越した。神田小川町にある木造二階建の建物を借りた。三坪ほどの社長室はあるが、役員室はない。役員会は、終業後、応接室を締め切って行う。ただし、みんな声が大きいので、会議の内容は、廊下へも筒抜けになる。  十周年記念だからといって、何か行事をしようなどという気は、だれにもなかった。むしろ、会社の進路をここらで再点検しよう、という議論になった。  鹿野が、長い首をさらにのばすようにして、切り出した。 「四つ輪をやりませんか」  役員たちの岩沢に対する言葉づかいは、ていねいなものに変わってきていた。 「乗用車か、それはだめだろう」  岩沢は、言下に否定した。猪突《ちよとつ》猛進型とはいわれるが、大メーカーが過当競争を演じている乗用車市場へ打って出るほど、身のほど知らずではないつもりであった。ところが、鹿野は引きさがらなかった。 「いや、もっと大きな車です」 「トラックかい。トラックだって、同じことだ」 「いや、もっと大きな車、つまり、ダンプですよ」 「ダンプか」「なるほど」士官重役たちは、顔を見合わせた。あきれるというより、思い当るという顔もあれば、うなずく者もある。鹿野はたたみかけた。 「もともと、われわれは海軍では油圧系統の仕事でした。ダンプの荷台を持ち上げる装置などは、われわれの専門の領域です。技術的に、たいした困難はないと思います」 「…………」 「それに、オートバイに関する限り、当社の技術は、もう到達すべき水準まで行ってしまっているんです。このままでは、研究者技術者が犬死してしまいます。技術者としての戦力は、絶えず開発していないと、温存することさえ不可能なのです。ぜひ、新しい大きな仕事をはじめてください。それには、ダンプが……」 「ダンプは大きいからなあ」と岩沢。大きいからだめというより、むしろ、食欲をそそられる、という声である。「ダンプか、ダンプは大きいぞ」  役員たちの間に、その声が、波のように、熱病のように、ひろがって行った。 「しかし、金がかかるだろうな」 「もちろん、われわれとしては、当初はダンプそのものというより、自動車メーカーと組んで、エンジンやシャシーは出してもらい、荷台をとりつけるという作業からはじめればいいんです」 「それにしても、問題は金だ。銀行からは限度いっぱい借りてることだし」  総務担当の三本木という役員が、口をはさんだ。 「社長、ダンプの問題は別にしても、いよいよ証券会社と話をされる時期にきたのじゃありませんか」 「……うん」  岩沢は、口ごもった。岩沢産業の成長性に目をつけ、株式を公開してはどうかという誘いを、すでに三つの証券会社から受けていたが、本格的な交渉ははじめさせていない。  岩沢は、気乗りがしなかった。おっくうでもある。手形のときと同様、株についても知らないことが多すぎる。いまさら恥をかきたくなかった。  それに、証券会社とか、証券会社の連れてくる株主などといったものに、違和感があった。彼等は俗世間、海軍用語でいう「娑婆《しやば》」である。俗の俗である。せっかく海軍士官ばかりでここまで大きくしてきた純血の会社へ、娑婆の人間に土足でふみこまれたくなかった。それでは、おれたちの軍艦《ふね》でなくなってしまう。 「大きくなるためには、ぜひ株を公開し、自己資本を充実させること。そうすれば、銀行だって、貸出をふやしてくれます」 (娑婆の廻し者のようなことをいっている)と、岩沢は三本木の熱弁をきき流した。  だが、三本木は、続いて、ききすてならぬことをいった。 「証券会社では、うちの会社がすでに私物化の段階をすぎている、といっています」 「なんだって」岩沢は机をたたいて、「もう一度いってみろ」  三本木が、首をすくめるようにして、くり返した。岩沢は、下り眉をけわしくし、 「とんでもない話だ。どこの証券会社だ、そんなことをいったのは」 「…………」 「私物化なんて、おれたちがいちばんきらってることじゃないか。その証拠に、おれたちは、とっくにその趣旨の申し合わせをしている」  役員たちは、うなずいた。その申し合わせとは、〈役員は粉骨砕身経営に努力し、身辺を清潔にし、公私混同の疑いを招くようなことをしない〉といった内容のもので、具体的には、たとえば、〈役員の子弟は入社させない〉といったことも、とりきめていた。  理屈は簡単であった。艦長の息子だからといって、艦長になれるわけがない。もし艦長にすれば、艦をあげての反乱が起る——。  証券会社が、次々に押しかけてきた。  三本木が折衝役に当ったが、三度に一度は、岩沢もひっぱり出される。 「おれは、娑婆の人間なんかに会いたくないんだ」というと、かえっておもしろがられた。そのあとは、先方も海軍の話題を用意してやってくるようになる。中堅どころのJ証券の法人部長などは、岩沢の海軍時代の司令からの紹介状を持ってきた。高塚という名のその部長自身、海軍の主計科出身であった。  会って話すと、理屈では勝てなかった。  成長会社が先を争って株を上場し、一回りも二回りも大きくなって行く時期であった。公開しない経営は、しぜん取り残されて行くし、体質として封建的、前近代的に見られ、市場にも限界があるし、資金繰りに制約が出てくる……。  そんな風にいわれても反駁《はんばく》のしようもなく、岩沢が四角い顔をふくらませていると、高塚は急に話題を変えて、 「海軍には、いい文句がありましたね。たとえば、こんなのが」といって、披露した。「スマートで目先がきいて几帳面《きちようめん》、負けじ魂これぞ船乗り」 「うーん」  と、岩沢はうなる。そのあと、舌うちして、 「あんたのいいたいことはわかる。スマートな経営とはいえないし、目先もきかない。負けて平気でそれでも船乗りか、といいたいのだろう」  高塚は、にやにや笑っている。  結局、押し切られて、公開にふみ切ることになった。主幹事はJ証券、副幹事会社は四大証券のひとつP証券。  公開に先立って、株に人気をつけるため、会社のPRをしなくてはならない。  傑作オートバイ「ロック」のメーカーとして、技術面ではすでにかなりの評価を得ていた。問題は経営面である。経営陣の特徴や経営のユニークさを、どういう形で訴えるのか。そこで出てきたのが、「海軍式経営」であった。  岩沢は、首をかしげた。 「海軍式経営なんてものはない。強いていうなら、海軍精神による経営とか、旧海軍士官による経営だな」 「そんな間のびした文句じゃ、キャッチ・フレーズになりません。だいいち、きりっとした海軍らしさがない。海軍式経営と行きましょう」 「しかし、海軍は正確を尚ぶ。定義も正確でなくてはいけない。それに『海軍』という神聖な言葉と、『経営』という娑婆そのものの文句とを直接くっつけることには、抵抗がある。帝国海軍の尊厳をけがすような気がして、不愉快だ」 「経営者は、自分の感情を出してはいけません。要は戦力です。戦力化できるものは、すべて最も効率よく戦力にする。それが、必勝の要諦というものでしょう」  と、押し切られた。  会社発足以来、岩沢は、ほとんど連夜、酒をのんで帰っていた。  取引先や海軍仲間とのむ。窮屈なことがきらいで、部下を連れて、屋台へ行ってのむ。にぎやかな酒であった。  それが、急に早く帰宅するようになった。上場ということで、読まねばならぬ書類や本がふえたためである。それに、海軍式経営について、雑誌や新聞による取材やインタビューの申込みが、次々にくる。娑婆の代表のような連中には会いたくないのだが、戦力化のためには、できるだけ応じなければならないし、また、多少とも、それらしい講釈ができるようにしておかねばならない。  雑談となると、すぐ海軍時代の話が出る役員会だが、それとは別に、岩沢は、経営者として、もう一度、海軍を見直す必要を感じた。そのために、海軍についての文献や資料などにも、目を通しておかねばならない。それらは、いったん読みはじめると、懐しいだけでなく、意外に教訓的であった。  ある夜も、岩沢は半ばしびれるような思いで、「艦船職員服務規程」を読んでいた。  肘掛《ひじかけ》椅子にひっくり返るようにして読み出したのが、いつの間にか、背をまっすぐのばした姿勢に変わり、声を出して読んでいる。 〈四、軍隊ノ士気ハ旺盛《おうせい》ニシテ、堅ヲ砕キ鋭ヲ挫《くじ》クノ概ナカルベカラズ。困苦欠乏ヲ常トスル艦船ニ於《おい》テ、殊ニ然《しか》リトス……。  五、命令ハ軍隊活動ノ源泉ニシテ、確実カツ適切ナルヲ要シ、又一度命ジタルコトハ命令者ニ於テソノ実行ヲ監視シ、之《これ》ガ徹底ヲ期セザルベカラズ……〉  麻里子が、お茶を運んできた。会社をつくって以来、岩沢は、家では一切、酒をのまぬことにしていた。 「よく御勉強ですね」 「ふしぎかい。おれもふしぎだ」  岩沢は、すぐ、へらず口をきく。 「いや、これは勉強などというより、一種のマスタベーションだな」  麻里子は顔をしかめたが、 「今度、うちの会社の株を上場するんですってね」 「うん」 「わたし、この前、うちへ訪ねてきた雑誌のひとからきいたの。あなたは、一言も教えてくださらないものね」 「おまえたちには、関係のないことだからな」 「あら、そうかしら」 「そうだ。銃後には関係ない」 「でも、雑誌のひとは、『奥さん、全然、御存知ないんですか』って、あきれてたわ。まるで、わたし、ばかにされたみたい」  話しているうち、麻里子の声には感情がこもった。耳には、〈女乗せない軍艦《いくさぶね》〉という歌の文句がきこえてくる気がした。  岩沢は顔をそむけ、また「艦船職員服務規程」を読み出した。 〈六、軍隊ニ於《お》ケル服従ハ絶対的ニシテ、軍人第二ノ天性タラザルベカラズ。従ツテ一旦命令ヲ受ケタル後、或《あるい》ハソノ行ヒ難キヲ訴ヘ、或ハ実行ヲ怠リ、或ハソノ当否ヲ議スルガ如《ごと》キハ断ジテ之ヲ許スベカラズ……〉  これも、いい文句である。心がひきしまる。そっくりそのまま、社訓か社則にしたいくらいである。毎朝、会社で朗誦《ろうしよう》させるのもいい。若い社員がふえ、岩沢の目には、紀律も士気も、目に見えてゆるんできているように見える。これを機会に、海軍精神によって、箍《たが》を締め直そう——。 「兜町で上場するのね。すてきな話だわ」 「えっ」 「わたし、小学生のころ、父に連れられて、取引所へ行ったことがあるの。父が株をやっていたのね。石造りの広い建物の中に、いっぱいひとが動いて、高い天井にわぁーんという風にこだまして。それに、場立ちというのかしら、声はり上げて、手をふったり、手真似をしたり。きびきびして、とても、すてきだった。男なら、あんなひとになってみたいと思ったわ」 「なんだ、すてきというのは、そんなことか」  麻里子は、遠くを見る目つきで立っていた。あの時代にもう一度戻りたいと、胸のうずく思いであった。  そうした麻里子が、岩沢には、うっとうしかった。 「おい、用がすんだら、出て行けよ」  そういってから、時計を見て、 「テレビをつけて行ってくれ。軍歌がある」  部屋の灯を消して、岩沢はテレビを見ている。  骨董《こつとう》品のような歌手が額とのどに筋を立ててうなったり、栄養満点の若者たちが気楽な調子で流したりと、歌い方に不満こそあるが、軍歌のリズムに浸っているうち、岩沢の体はとけて行く。  下顎《したあご》が砕けんばかりになぐられたり、尻の骨にひびが入るかと思うほどの軍人精神注入棒。漕艇《そうてい》訓練では、頭中がこぶだらけになった。寒夜、二列に向かい合っての総員修正、寒さと痛みだけの存在になった。  完全武装して横須賀から辻堂《つじどう》演習場までの強行軍。小休止で棒のように路上に倒れると、星座が顔めがけて舞い下りてきた。海兵団の梁《はり》で、首をくくった者も居る。そして、戦場に出た同期生の多くは、還って来なかった——。  軍歌のリズムは、そうした異常で、かけがえのない青春のリズムである。そこには、痛いほどはりつめた生と死があった。その記憶の重さにくらべれば、いまテレビを見ているのは、人間の形をしたぬけがらでしかない。そのぬけがらがとけはじめて、岩沢は眼鏡をはずし、目をぬぐった。  ふいに電灯がつき、麻里子がのぞいた。 「あら、泣いているの」  麻里子は、岩沢の顔を見直す。無神経なやつめと、岩沢はどなりたい。だが、すぐには声が出なかった。 「おどろいたなあ。紙きれが、どんどん金に変わるんだ」  役員会の冒頭、岩沢猛は、少し興奮した声でいった。 「まるで、目に見えぬ打出小槌でもふっている感じだ」  役員たちは、うなずく。それは、正直な実感であった。  岩沢産業は株式を公開し、間もなく増資した。印刷所にたのんで、株券を刷らせる。刷り上ると、J証券とP証券とが、ひったくるようにして持って行く。そして、入れ代りに、どかんと、何億もの金が、C銀行の岩沢産業の口座へころがりこんでくる。どれだけ刷っても、刷っただけ、金になって入ってくる感じであった。 「資金配分としては、まず研究所へ重点的に投資する」  三本木が手をあげ、 「また研究所ですか」 「不服か」 「ちょっと、研究所に偏しすぎるのではないでしょうか」  技術系士官の集まりということもあって、従業員三十人程度の小工場のとき、すでに研究室を設けてからというもの、研究重視の姿勢は一貫していた。「ロック」オートバイが各種レースで優勝の戦果を上げるごとに、研究熱はオーバー・ヒートするばかりであった。上場会社になっての最初の事業計画も、払込資本金の五倍を越す巨費を投じて、一流会社顔負けの研究所を建設するということであった。建設地は調布。大型特殊|車輛《しやりよう》も手がけるところから、敷地も思いきって広大にとった。雑木林がそこここに残った環境のよい土地である。  岩沢は、厚い唇をなめ、三本木を見すえた。 「偏しすぎるぐらいで、ちょうどいいんだ。そもそも日米海軍は、ミッドウェー海戦のとき……」  三本木は、あわてて手をあげて遮った。 「あ、その話ですか。それは、もう御勘弁ください。よく承知しております。わたしも海軍軍人ですから」  岩沢はじめ役員たちは笑った。三本木も苦笑して黙る。話は、それで一件落着となった。  ミッドウェー沖で日米海軍が遭遇したとき、日本側は艦船・航空機とも優勢であり、しかも、攻撃する立場に在った。それでいて、日本側が完敗したのは、アメリカの偵察機によっていち早く発見され、いちばん隙のある状態のところを強襲されたためである。雷撃機や爆撃機などの攻撃部門よりも、偵察機という索敵部門が勝敗のカギをにぎるという戦訓を残した一戦であった。  企業における偵察部門に当るのが、研究開発陣であるという風に、岩沢たちは考える。海軍の戦訓を生かすためには、何よりも研究部門を重視すべきである。「海軍式経営」が打ち出されるころから、役員間の海軍についての雑談は、重く熱っぽい意味を帯びてきた。もはや雑談ではなく、経営論議なのである——。  研究担当役員の鹿野が、眼鏡を光らせて、手をあげた。 「研究所への追加投資は、大歓迎です。ついては、懸案の研究員社宅を、早急にD案によって着工していただきたい」 「Dというと、いちばんぜいたくなやつか」 「左様です、社長」  A案は木造長屋。B案は木造一戸建て。C案は、団地風の鉄筋集合住宅。D案は、鉄筋による二戸建てテラスハウスであった。 「あれでは、まるでデラックス・マンションではないか」 「マンションでは、いけないのですか」 「いや、いかんとはいっていない」 「たとえば、A案C案では、軍歌もうたえません。B案だと、うっかり酒ものめません」  役員の中から、ヤジがとんだ。 「鹿野役員とはちがうぞ」  鹿野は頭をかきながら、 「研究員の生活は、大同小異で」  研究好きの鹿野は、独身で通している。いつも夜おそくまで研究所に残り、たのしみは寝酒だけ。洋酒棚をめぐらした部屋の枕もとには、〈予の辞書には、二日酔いの文字はない〉と、貼紙《はりがみ》がしてある。どんなにのんでも、次の朝は研究所に出る、という自戒である。ただ、酔いのため、火元がおろそかになってはというので、早くから、セントラル・ヒーティングの鉄筋のアパートを借りて住んでいた。 「軍歌もうたえず、酒ものめず、では困ります。浅酌低唱もできぬとあっては、士気にかかわるじゃありませんか」  苦笑しながらきいている岩沢や役員たちに、鹿野はたたみかけた。 「戦闘員の居住区を重視せよというのは、これまた帝国海軍の敗戦から学んだ貴重な教訓ではなかったでしょうか」 「わかっている。だから、研究所は理想的な環境につくった」  日本の軍艦は、居住区つまり寝起きする場所がせまく、その分だけ、余分に火器や弾薬を積むようにつくられていた。アメリカの軍艦は、これとは逆に、客船に近いゆったりした居室やロビイを備えている。このため、双方の軍艦が、はるか洋上で出会ったとき、アメリカの将兵が元気さかんなのに対し、日本の将兵は、窮屈な生活続きで疲れ切っていて、戦わずしてすでに敗れた感じになった——。  企業戦争においても、この戦訓は重要であって、従業員の居住性を大切にしなくてはならない。  研究所の立地に際しても、このため、まず第一に研究員の居住性が考慮された。研究員たちが、いちばん気持よく研究のできる場所を選ぼう、というわけである。  研究者たちは、研究の便宜からいって、大学や研究所の集中している東京周辺を好んだ。それでいて、ごみごみしたところではなく、静かで快適な環境を望んだ。こうしたことから、本社や工場から多少遠いのにも、地価の高いのにも、目をつむって、調布という土地を選んだのであった。 「環境は、もちろん理想的です。しかし、そこまで居住性を考えていただいていて、一方で住居に手を抜くというのでは、画竜点睛《がりようてんせい》を欠きます。優勢に進めてきた作戦なのに、最後に詰めをあまくしてしまうことになるのです。それは、かのレイテ沖海戦におけるわが栗田艦隊の……」 「いや、わかった、わかった」  岩沢は苦笑し、大きく手を振った。  一息つくと、鹿野がまた手をあげた。 「居住性に関して、社長、もうひとつ」 「なんだ、まだあるのか」 「今度スカウトした八人についてですが……」  岩沢産業は、急成長会社だけに、中堅の技術者が不足しており、また一流大学出もほとんど居ない。大学などの研究者に声をかけても、一向に応じてくれない。鹿野としては、いちばん頭の痛いところで、その酒量をふやす原因にもなっていた。  たまたま、財閥系の重機会社と自動車会社が合併するに当って、重複する研究部門を整理することになった。財閥系だけに、人材を集めている。岩沢産業では、ニュースをつかむと、さまざまのルートを使って強力に働きかけ、ごっそり八人引き抜くことに成功した。五人が東大、三人が東工大出身。年齢も、三十代半ばから四十代という働きざかり。小艦艇ばかりだった岩沢艦隊へ、いきなり戦艦巡洋艦が八隻加わる感じで、社の内外でかなり評判になるスカウトであった——。  岩沢は眼鏡を光らせ、 「八人衆に特別の社宅をつくれ、とでもいうのか」 「いや、そういう問題ではなく、教育のことです。あの男たちには、特例として、新入社員教育を免除していただきたいのです」 「ならぬ!」  岩沢は、両|拳《こぶし》で机をたたいた。その勢いに、椅子の上で思わずとび上る役員も居た。  鹿野は、しかし、心を決めたように、またいった。 「新入社員教育は、本来、新卒者に限るべきものなんです。うちのように、中途入社の年輩者まで受けさせるところは、他《ほか》にはありませんよ」 「他がどうあろうと、わが社には、わが社の規律がある」  岩沢の背後には、旧海軍提督の一人にたのんで書かせた「艦船職員服務規程」の一部が、額に入れて掲げられていた。  岩沢は、体をふくらませて立ち上ると、その一箇所を指した。 「きみは、ここのところを忘れたのか」  そこには、〈艦船ノ軍紀ハ最モ厳粛ニシテ一糸乱レズ、寸毫《すんごう》モ弛《ゆる》ブナク、上ハ艦船ノ長ヨリ下ハ兵卒ニ至ルマデ、ヨロシク脈絡ヲ一貫シテ之ヲ保持セザルベカラズ。而《しか》シテ軍紀ノ厳粛ハ、軍人各個ノ精神ヲ鍛錬スルニヨリテ初メテ之ヲ期シ得ルモノトス〉とあった。 「忘れてはいません」 「忘れていないのに、なぜ、そんなことをいうのか」 「しかし、彼等は特別な人材ですから」  くいさがる鹿野に、「特別も何もあるものか」岩沢はどなったあと、ふっと気づいて、「きみは、まさか、新入社員教育を免除すると、彼等に口約束でもしたんじゃないだろうな」  岩沢産業のスパルタ的社員教育は、マスコミの話題になっていた。身心ともに鍛え直すため、新入社員は、自衛隊へ一週間、禅寺へ四日間|放《ほう》りこまれ、その間、面会・電話・手紙はもとより、テレビ・新聞など世間との接触は、一切断たれる。耐えられずに、中途で脱落し、二度と会社へ現われない若者もあった。  鹿野は、頭をかいた。 「実はそうなんです。とにかく、うちの教育は評判になりすぎています。このため、八人の中には、そんな空気ではと、二の足をふむひとも居ました。ですから、わたしは、わたしの責任で、『きみらは特待生だから、免除する』と請負っておきました」 「とんでもない話だ」  頬をふるわす岩沢に、鹿野は、まばたきしながらも続けた。 「社長、おねがいします。彼等は、引く手あまたなんですから、そこまで気を配ってやることが必要なんです。彼等にふさわしい居住性を考えてやってください」 「だめだ」岩沢は、また机をたたいた。眼鏡の奥の目が燃える。「断じて例外は認めん」  なんというあまい注文をする男たちだと、岩沢は、軽蔑《けいべつ》と憎しみさえ感じた。財閥系会社のなまぬるい水にとっぷり浸ってきた彼等が、娑婆そのものの代表にも見えてきた。 「そんなやつらを、そのまま迎えたんでは、会社はつぶれる」  岩沢は、ほえるようにいった。戦艦・巡洋艦どころか、遊覧船が、艦隊の中へまぎれこんでくる感じである。どれほどスマートで高速であろうと、そのままでは戦力にならず、むしろ、戦闘のじゃまになる。まずは、徹底的に軍艦に改造しなくてはならぬ。  初夏の夜、岩沢は、大きな包みをかかえ、上野近くから、タクシーにのった。  家への道順を告げたあと、岩沢は、運転手にいった。 「ちょっと、この中で着替えをするからな」  気にするな、という意味でいったのだが、若い運転手の目は、ルーム・ミラー越しに岩沢を見ている。  岩沢は、包みをほどきながら、短く説明をしてやった。 「アメ横で昔の軍服を売っていたんでな。これを着て帰って、うちの者をおどろかせてやろうと思うんだ」 「あそこには、アメリカ兵の軍服を売ってる店がありますね」 「いや、帝国海軍のものだって、売ってる。おれの買ったのは、士官用の夏服と帽子だ」岩沢は力んでいい、つけ足した。「それに、Z旗なんかも売ってたな」 「プラモデルですか」 「えっ」  とっさに、岩沢には、質問の意味がのみこめなかった。プラモデルで旗を組み立てるという話はきいたことがない。それとも、Z旗のマークをつけたプラモデルでもあるのだろうか。  ただ、岩沢は、すぐ運転手の勘ちがいに気づいた。 「きみ、ジェット機じゃなく、Z旗だ。例の日本海海戦のときの旗だよ」 「……日本海で、どこかと戦争をはじめたんですか」 「その開戦とはちがう」 「…………」 「きみは、日本海海戦を知らないのかい」 「日本海海戦ねえ。……そういえば、きいたこともあるような気がするなあ」 「あのとき、旗艦三笠のマストに、東郷元帥がかかげさせたのが、Z旗なんだよ」 「ああ、その東郷さんというのは、原宿のところで、神社や結婚式場をやってる……」 「やってるんじゃなく、あそこに祀《まつ》られているんだよ」  岩沢は、処置なし、という気がした。岩沢にとって、海軍は人生の八割も九割も占めた感じだったのに、この男たちは、日本海海戦さえ知らない。こんな調子では、会社の若い従業員たちに、いくら海軍精神を説いても、馬の耳に念仏である。社員教育を根底から組み変え、海軍になじませるものにしなければならぬ——と思った。  岩沢は、それ以上、運転手相手に物をいう元気を失くした。せまいシートで、苦労しながら、黙々と着替えを進める。  運転手も黙った。〈酔興なおっさんだ〉といわんばかりに、ときどき、目のはしでルーム・ミラーを見上げるだけである。  軍服は、ズボンも上着もかなり窮屈で、腹をちぢめ、背をまるめて、ようやく体を通すという感じであった。帽子だけが、ふつうにかぶることができた。  窓ガラスにうつして見て、岩沢は、ぎくりとした。娑婆《しやば》そのものの大きな顔が、飾りのように軍帽をのせている。皺《しわ》や、しみも、目についた。  岩沢は、軍帽を目深くかぶり直した。獅子《しし》鼻を中心とした四角い輪廓《りんかく》が、ようやく納まりを見せる。わるくはない。海軍士官の面影が残っている。まだまだ、たしかに海軍が生きている。  岩沢は、うすく笑った。  ルーム・ミラーの中で、運転手は気味わるそうな顔になった。だが、岩沢は、窓ガラスの自分を見て、上きげんに笑い続けた。  料金を払う段になって、運転手は、はじめて岩沢と、まともに向き合った。そして、今度は、運転手が笑った。 「おかしいか」 「……いや、似合いますよ、お客さん」 「無理するな」 「しかし、お客さんも、変わってますね」  運転手は、そこが精神病院などではなく、かなりの家であるのを見て、安心もし、また、よけい興味が湧《わ》いた、という顔になった。できれば、どんな風に家人に迎えられるか、眺めていたい気持にもなったのであろう。脱いだ背広をかかえて歩いて行く岩沢の背後で、すぐにはエンジンの音がしなかった。  ブザーのボタンを押す。行動は迅速を要す。一々名のったり、家人がのぞいたりする手間を省くため、岩沢の帰宅は、ト・ツー・ト・ツー・ツー・ト・ト・トというモールス符号調で知らせることになっている。  すぐドアが開き、麻里子の顔がのぞいたが、悲鳴とともに、そのドアがはげしく閉まった。ふたたびモールス符号を送る。  ドアは細目に開き、その隙間で、麻里子の目が、まるく光った。 「おれを閉め出すことはないだろう」 「だって、だれかと思って。まるで、タクシーの運転手さんみたい」  岩沢は、がっかりした。〈海軍士官〉は、すでにわが家でも、遠いものになっていた。  居間に通りながら、岩沢は、その服を買った経緯《いきさつ》を短く説明した。店の存在は、海軍記念日の旧友たちの集まりで知った。そして、ただ懐しいだけでなく、海軍式経営者として、海軍精神を少しでも呼び起すきっかけになれば、と思って買った。ときどき眺める掛軸のようなものである……と。 「それにしても、その歳をして……」  麻里子は、口を開けたまま、岩沢を見つめた。説明はともかく、岩沢の子供っぽさが、麻里子を打った。荒けずりで、天衣無縫。こんなだんなさまを、ミッション・スクールのだれも持ってはいまい。そう思うと、久しぶりに、救われる気分にもなった。  明るい照明の下で、岩沢は、背を反らせていった。 「どうだ、いかすだろう」 「昔は、少しは、そうだったわね」 「……この姿に、惚《ほ》れたわけだな」 「いいえ」笑いながら、麻里子はわざとはっきりいった。「それに、お見合いのときは、たしか紺色の制服でしたわ」 「なるほど、第一種軍装だったか。今度は、それを探して来なくちゃ」 「それにしても、苦しそうね。早く着替えをなさったら。子供たちに見られると、チンドン屋に思われるわ」 「おい、そんなにひどいのか」  岩沢は、しょげると、音を立てて、椅子に腰を下した。 「だって仕方がないわ。もう十五年以上も経ってるんですもの。あなたの御期待のように、颯爽《さつそう》というわけには行かなくってよ」 「颯爽か、颯爽ねえ」岩沢はつぶやいたあと、「しかし、会社だけは、颯爽と行っている」 「それでいいんじゃない。りっぱなことだわ」 「うん」うなずいてから、岩沢は急に声を上げた。「そういえば、おれたちの暮しも、颯爽とさせよう。思いきって、打出小槌町《うちでのこづちちよう》へ引越そうじゃないか」 「えっ」  大きく口と目を開ける麻里子に、 「見合いのとき、住むなら打出小槌町だと、約束したろう。もう忘れたのか」 「でも、あれは冗談だと……」 「男の約束だ。多少、オーバーにきこえたかも知れんが、おれは嘘はつかん」 「でも、あそこの地価は、たいへんらしいわ」  数年前、麻里子の叔父が死んで、その邸を売り払ったのだが、そのときでも、気の遠くなるような値段だったと、記憶している。 「わかっている」岩沢は、がんじょうな顎《あご》をふってうなずき、「任せておけ。おれも上場会社の社長になったんだ。それぐらいの金は、何とかなる」  さすがに、〈紙きれが金になる〉とは、いえなかった。 「でも、無理しなくていいのよ。会社が大事ですもの。それに、わるいけど、ほんとにわたし、期待していなかったの」  麻里子は本音をいったのだが、そんな風にいえば、ますます夫を挑発することになるのも、わかっていた。  岩沢は、一瞬黙ったあと、猛然とした勢いでいった。 「おれは、いったん口にしたことは、必ず実行する。いいな、どんなに高かろうと、打出小槌町に邸を持つ。会社のことなど、女は心配するな」  麻里子は、その一言で、せっかくいい感じに迫っていた二人の距離が、また、すっと遠のく気がした。  麻里子の気持に気づきもせず、岩沢は続ける。 「おれがりっぱな邸に住むことは、会社のためにもなるんだ。ことさら質素というか、みすぼらしい邸に住むような料簡《りようけん》では大成しない。また、社長になってもあの程度の家にしか住めないのか、ということになって、社員たちの士気を阻喪させる。上に立つ者は、それ相応の豪華美邸に住むべきなんだ。その方が、社員たちには励みにもなる」  電話が鳴った。麻里子が受けると、役員の鹿野からであった。テレビ電話なら、この軍服姿を見せてやれるのにと思いながら、岩沢は受話器をとった。鹿野の沈んだ声が、きこえてきた。 「社長、やっぱり心配してたことが起りました」  スカウトした中堅技術者八人が、社員教育二日目に、そろって禅寺から姿を消した。そのあげく、岩沢産業への就職を見合わせる旨、連絡してきたという。 「バカものめ」  岩沢は、どなった。バカものとは、八人であり、鹿野でもあった。 「いい歳をして、子供みたいに、集団脱走だって。やつらは、クズだ。そんなやつは、戦力にはならん」わめくようにいったあと、「きみにも、責任があるぞ。わかっているな」 「……はい」  鹿野は、しぶしぶ答えた。  禅寺に鉄格子をめぐらしているわけでなく、見張りが立っているわけでもない。逃亡させるなといっても、無理な話である。岩沢にも、それはわかっている。わかってはいても、しかし、やんちゃ坊主のように、怒りが爆発する。  クズとはいいながら、その実、未練は大きい。しかも、そのクズに簡単に足蹴《あしげ》にされた形で、誇りも傷つけられた。闇の中にとび出して行って、八人をひっとらえ、思いきり修正を加えたい気分である。  それを、ただお手あげといった風に報告してくる鹿野の神経が、許せない。 「どうするんだ、きみ、この責任は。捕虜を逃せば、収容所長は重罪だ。それに、逃げられるまでには、手の打ちようがあったろう。監督不行届きもいいところだ……」  大きな顔を真赤にして、どなっている。その白い軍服姿を、麻里子はさめた気分で眺めていた。 「……一高・東大卒といういわゆるエリートをありがたがる風潮は、わが社には全くありません。そういう連中を問題にしておらんのです。なぜかというと、これまた、海軍の戦訓によるものであります」  岩沢は、ホールを眺め渡した。  次の言葉を待って聴衆の目が、いっせいに集まってくる。岩沢は軽い興奮を感じた。艦橋の戦闘指揮所に立って、全艦の将兵の注目を浴びている思いである。  日本橋のビルで定期的に開かれている証券会社主催の株式講演会。講師は、上場会社の社長クラスで、それぞれの会社の経営内容や方針などをじっくり語ろうというもので、投資家などに人気があり、いつも盛況であったが、その日はとくに立見客が溢《あふ》れ、ついには廊下にスピーカーで流す、というさわぎになった。  開演前、混雑ぶりを舞台の袖からのぞき見ながら、J証券の高塚は、岩沢にささやいたものだ。 「今日の目玉は、岩沢さん、あなたですよ。ポスターにも、チラシにも、大々的におたくのことを煽《あお》っておきましたからね」 〈連戦連勝の海軍式経営〉と題した講演案内は、たしかに人目をひくものであった。その題目は、実は高塚がつけ直したもので、岩沢としては、ただ〈当社の経営姿勢〉と題しただけであった。  はでな演題に、さすがの岩沢も照れくさい気がしたが、〈会社のためですよ。あなたが宣伝しなくて、だれが宣伝するんです〉と、高塚に口説かれた。  やむなく、その演題で話を用意し、かつ、しゃべっているうち、岩沢は、それがはじめから自分が考えていた題目であるかのように、気分がのり、たかまってきた。 「一高・東大卒は、なぜ、だめか」  岩沢は、ゆっくりもう一度くり返し、厚い下唇をなめた。  場内は、ますます静まり返った。岩沢は、大海戦直前の海原の静けさを感ずる気がした。 「彼等をたとえるなら、旧帝国海軍の軍艦です。陸奥《むつ》、長門《ながと》、武蔵《むさし》、大和みんなそうですが、四〇センチ砲とか何とか世界中が仰天するような大きな大砲を積んでいた。だが、無理して、大きく重い大砲を積んだため、それだけ、重量を軽くする必要があり、軍艦の装甲の鉄板を薄くしなければなりません。これに対し、アメリカの軍艦は、それほど大きな大砲は積まない。その代り、装甲は十分に厚くしてあります」  岩沢は、日米の装甲用鉄板の厚みを手まねで説明し、 「この日米の軍艦が相見《あいまみ》えたら、どうなったでしょうか。なるほど、日本の軍艦の火器は優秀だが、しかし装甲板がうすいため、一発、敵弾を食うと、穴があいて、あっけなく沈んでしまう。これに対して、アメリカの軍艦は、火力こそ劣っていますが、装甲が厚いため、砲弾を受けても、中まで貫通しません。一発や二発食ったところで、一向に沈まない。平気で大砲を撃ち、戦闘を続けることができます」  何人かの客が、うなずいた。岩沢は、一息ついた。聴衆はひきこまれ、ほとんど咳《せき》ひとつしない。資料や数字の羅列といった話が多い中で、岩沢の講演は、ユニークであり、刺戟《しげき》的でさえあった。  八人の逃亡者を照準にすえながら、岩沢はさらに話を続ける。 「一高・東大卒のいわゆるエリートは、まさに日本の軍艦なのです。頭はいいし、いろんなことを知ってはいるでしょう。だが、根性がない。耐えるということができない。一発食うと、あっさり沈没。一度つまずくと、がたがたっとくずれて、再起不能になってしまいます。実に沈むのが簡単なんだ」  場内からは、笑い声が起った。岩沢は、胸をつき出すようにして続ける。 「これに対し、アメリカ型の軍艦に当るのはどういう人間かといえば、たとえ小学校卒でもいいから、気力・体力に満ち、根性のある男たちなんです。学歴は問わない。なぐられようが蹴られようが、何度でも立ち上ってくる男たちです。これは、気候のわるい田舎の出身者に多いだろうし、スポーツマンにも多いでしょう。当社は、意識的に、こういう男たちを全国から集めています。頭がいいだけの才子なんか、用はない。運動選手優先、面魂が第一です。そうすることで、着々と、現代における不沈艦隊を編成しつつあるのです」  うなずきが、さらに多くなった。  岩沢の顔は、ますます熱っぽく輝き、これに応えて、場内の空気も熱くなるばかり。話半ばに拍手さえ湧《わ》きかねぬ空気となった。 「いやあ、すばらしい話でした。大好評、大感激ですよ」  舞台裏で、高塚も拍手して岩沢を出迎えた。 「これでまた、岩沢産業株は、ぴんとはね上ります。それに、ここの聴衆にきかせておくだけではもったいない話です。ひとつ、当社で設営しますから、中部・関西・九州と講演行脚してもらえませんか」 「冗談じゃない。この忙しい司令官が、戦場離脱できるものか」 「それじゃ、この件はしばらく諦《あきら》めましょう。その代り、証券記者クラブの諸君に、内輪で話してくれませんか」 「記者クラブといえば、つい一月前に……」 「決算報告の記者会見でしたね。あれは、年中行事、形式的なものですよ」 「しかし、質問はぽんぽん出るし……」 「赤字会社の社長さんには、つらいでしょうな。もっとも、そういう会社は、社長は出てきません。経理担当重役かなんかが、小さくなって、やってくるわけです」  そうした姿は、岩沢には、想像するだけでも、屈辱的であった。社長をしている限り、おれは絶対に小さくなどなるものか。いや、小さくならねばすまぬような経営はすまいと、心に誓った。  高塚が続ける。 「記者諸君が、みんな、岩沢産業に興味を持ちましてね。飯でも食いながら、たっぷり、社長の話をきかせて欲しい、といってるんですよ。業績の伸びはめざましいし、今後の成長性も抜群。しかも、裏づけとなるのが、ユニークな海軍式経営とあっては、特別の興味を持つな、というのが無理です。記者諸君だって、競争でおもしろい記事を書こうとしてるんですからね」 「出た方が会社のためになる、というんだね」 「もちろん。この証券ブームでしょう。記者諸君の筆がちょっと火をつければ、パッと燃え上ります。株価は上る、増資はしやすくなる」 「また増資ができるのかね」 「いくらでもできますよ。いまの勢いなら。つまり高配当が続く限りは」  いつまでも続けて見せると、岩沢は思った。前途洋々あるのみ。  高塚が少し身を寄せるようにして、 「ただ、記者諸君に対して、本音のところは、あまり口にしてはいけません。新製品開発も匂わす程度で、具体的なところは、先にわれわれに話してからにしてください」 「どうしてだね」 「……われわれが幹事会社だからですよ。それ相応に株の手当てをし、また需給のバランスを見ておかねばいけませんからね」  岩沢がその意味が十分にのみこめないでいると、高塚は笑顔になり、軽く岩沢の肩をたたいた。 「いつもの歌の調子で行きましょう。『スマートで目先がきいて几帳面《きちようめん》、負けじ魂これぞ船乗り』とね。その精神ある限り、戦果|赫々《かつかく》たるものですよ」  八人の脱走者のことが、ふっと、岩沢の脳裏をかすめた。あの八人の代りには、十六人を入れなくてはならぬかも知れない。いや、獅子身中の虫をかかえこむよりは、それでいい。  紙きれが金になる。金はいくらでもついてくる。人も研究所も、いくらでもふやすことができる——。  一発や二発食っても、簡単には沈まぬ人間づくり。  三浦半島|油壺《あぶらつぼ》の近く、はるか相模《さがみ》湾越しに富士を望む海岸に、巨大な研修センターが建設された。講堂・教室・宿舎・食堂など、一通りの設備。グラウンドは、棒倒しのできる広さをとり、そのはしに、マストをかたどった三本の掲揚台がある。  新入社員も中堅幹部も、すべて早朝午前六時に、「総員起シ!」がかかる。  上下とも白の作業服に戦闘帽スタイルの白の作業帽。帽子と左|上膊《じようはく》部に、係長・課長は一本の黒線、部長・重役は黒線二本、社長の岩沢は三本の黒線をつけている。全員手分けして、センター内外の清掃作業。「甲板掃除」と称し、冬でも水を使って、床の雑巾がけをさせる。  八時。全員グラウンドに整列して朝礼。社歌斉唱のうちに、社旗と軍艦旗がマストに掲揚される。残り一本のマストは、祭日に日の丸が掲げられるだけで、ふだんは使われない。岩沢は、そこに、これはという場合、Z旗をかかげさせるつもりで、Z旗そのものは管理人が大事に保管していた。  研修センターでもうひとつ目をひくのは、海岸に設けられた繋留架《ダビツト》である。大きな木造の短艇が、そこに吊《つる》されている。二メートル近い太い櫂《かい》で漕《こ》ぐ漕艇《そうてい》訓練は、旧海軍の初年兵教育でも最もつらいものとされていたが、岩沢産業の研修生たちは、四十歳以上を除き、よほどの悪天候でない限り、毎日、漕艇で鍛えられた。  棒倒しは、雨天でも、行われる。全員柔道着に着替え、ときの声をあげて、激突する。数年来、運動部出身者を優先採用しているので、柔道や空手の有段者も少なくなく、投げとばしたり、取っ組み合ったりで、西部劇顔負けの乱闘シーンが見られる。さらに、近くの小山の頂上めがけてのマラソン。班ごとに分けて競走させ、負けた班は、罰直として、もう一度走らせる。午後の日課は、ほとんどそうした訓練ばかり。(どうしてこんな無茶な訓練をやらされるのか)と、つい、ぐちも出るところだが、午後の日課の終りには、そうしたぐちへの回答が用意されている。  社旗降納のあと、「艦船職員服務規程」の一部を、全員で朗誦《ろうしよう》させられる。 〈旺盛《おうせい》ナル士気ハ剛健ナル身体ニマツモノ多シ。精神|如何《いか》ニ汪溢《おういつ》スルモ、体力|之《これ》ニ伴ハズンバ、之ヲ遂行スルニ由ナキヲ以《もつ》テ、乗員タルモノハ居常衛生ヲ重ンジ、体格ヲ練リ、事ニ臨ミテ勇往|邁進《まいしん》、百折|不撓《ふとう》ノ素質ヲ涵養《かんよう》セザルベカラズ〉  こうした訓練は、たちまち、マスコミの話題になった。新聞・雑誌にとり上げられる。そのまま絵になる光景なので、テレビ局が次々に撮影にくる。各企業の訓練担当者などの見学申込みも、殺到した。  岩沢は、社長として、ひっきりなしにコメントを求められた。ときには、訓練センターへも、ひっぱり出される。 「わたしは、不言実行がモットー。さわがれるのは、迷惑至極だ。ただ、会社の宣伝になるというから、辛抱してお会いするんです」  会う早々、大きなどら声で切り出す。角ばった頬をふくらませ、眼鏡を光らせて、記者たちの目の奥までのぞきこむようにする。なんともぶっきらぼうな応接ぶりなので、記者たちはショックを受け、よけい新鮮な感じで受けとった。 「率先垂範」「陣頭指揮」などといって、話の途中で、甲板掃除にとびこんだり、棒倒しの列の中へ突進して行く。 「きみらも体験せなわからん。いっしょに走れ」  記者や見学者に大声で気合いをかけ、うむをいわさずマラソンの中へひきずりこんでしまうこともあった。  研修センターの建設とほぼ同時に、打出小槌町一番地に岩沢邸が新築された。  戦前からの古い別荘を買ってとりこわし、そのあとに、一部三階建て白塗り鉄筋コンクリートの洋館をつくったもので、土地の入手から家の設計プランまで、すべて麻里子がとりしきった。  ただひとつ、岩沢が注文したのは、最初の案では二階建てだった建物に、岩沢専用の一室を三階としてつけ加えることであった。それは、建物の一方に片寄せ、三方に窓をめぐらした艦橋風のつくりで、広さは五坪ほど。中は書斎兼居間。壁ぎわにシングル・ベッドをつけ、また洗面所などもついていて、艦長私室といった感じであった。  かなり豪華につくっただけに、土地代もふくめた建設費は、用意した資金だけでは足りず、銀行からも借り入れをした。  建物の完成と同時に、一家は都内から引き移った。庭は、荒れたままの花壇がある他《ほか》は、松の木立だけのさっぱりしたもの。塀《へい》もないので、汐《しお》の香をふくんだ風が、気ままに通り抜けて行く。  まわりは引越しそばを配るようなふんい気でもないので、麻里子は葉書五十枚に名刺を添えて、挨拶に回った。  応対に出たのは、半分がお手伝いとか書生風のひと。残り半分が、夫人たちであった。その夫人の一人から、麻里子は打出小槌町分譲当時のとりきめについて、きかされた。  初耳であった。庭つくりはゆっくり時間をかけて進めるにしても、とりあえず塀だけはつくるつもりにしていただけに、当惑もした。  麻里子は、岩沢に相談した。 「規則があれば、規則に従う他ないだろう」  簡単にいわれて、麻里子はあわてた。 「でも、それは、はっきりした拘束力があるわけでなく、昔そういうとりきめをした、というだけの話なの」 「…………」 「現に、ほとんどの家が塀をつくっているわ。実際、少しばかり道路から高いといっても、塀なしでは不用心すぎるものね」 「おまえがそういう考えになっているなら、なにも、おれをわずらわすことはないじゃないか」 「……はい」  麻里子は黙った。岩沢は家のことなど問題にしていないという口ぶりで、話し合いを深めるというムードはなかった。  いっそ、それならそれでいい。麻里子は、計画どおり、赤煉瓦を使ったしゃれた塀をつくることにした。夫に口出しされるより、麻里子ペイスで進めてしまった方がいい。  邸の工事をしたのも、研修センターを請負った建設会社であったが、その現場監督が麻里子に笑っていったことがある。 「奥さん、お宅には、軍艦旗掲揚塔をつくらなくていいんですか」  岩沢に意見をはさませると、そうしたことになりかねなかった。  役員の三本木から、新築祝いといって、岩沢は軍歌集のレコードをもらった。五枚でセットになっており、写真集もついたりっぱなものである。  ところが、それをきこうとしても、岩沢の部屋には、蓄音機がない。息子と娘がそれぞれステレオを持っているというので、岩沢はレコードを持って、息子の部屋へ入って行った。  岩沢は、東京に居たころから、ほとんど子供部屋をのぞいたことがない。もちろん新居二階の子供部屋へ足をふみ入れるのも、はじめてであった。  息子は、何事が起ったかと、おどろいた顔になったが、岩沢のたのみをきくと、すぐ立ち上って、ステレオの電源をいれた。スイッチがいくつもあり、岩沢には全くなじみのない機械なので、すべて息子にやってもらう他はない。  荘重な調べとともに、軍歌が流れ出した。すると、息子は、 「ぼく、ちょっと階下《した》に……」  と、ことわって部屋から出て行きかけたが、ドアのところで立ち止まり、 「おおよその時間を見て、戻ってくるつもりですけど、レコードが終ったら、呼んでください。かけかえますから」  それだけいい足すと、姿を消した。  岩沢は、子供の教育をふくめ、家のことは、すべて麻里子に任せてきた。ただ、息子については、一冬、新聞配達をやらせるなど、きびしく育てるよう仕向けてきたつもりである。その上、世間の評判も耳に入るのであろう、息子は岩沢に対し、畏敬《いけい》に近い感じを持っているらしく、言葉づかいもていねい。ときには、よそよそしく見えるほどでもあった。  息子の親切はうれしかったが、同時にまた、軽い失望を感じもした。もともと、息子の部屋である。ききながら、他のことをしていてもいい。全部とはいわなくとも、しばらくは、いっしょに軍歌の中に浸ってくれていてもいいではないか。これでは、いい歳をして海軍にいれあげている、といわんばかり。目に見えぬ絶縁状をつきつけられた感じである。それほどまで軍歌の世界がいやなのか、父親の世界が異質に見えるのか。  岩沢は、珍しく悶々《もんもん》とした。軍歌は耳の脇を流れすぎ、心に届かない。時間の経つのが、むしろ苦痛にさえなった。  レコードが終ると、ステレオは自動的に止まった。岩沢は立ち上ると、レコードを抱え、息子の部屋を出た。 「おい、もういいぞ」  階下に向って一言どなると、そのまま、三階の艦長私室へ上って行った。  息子が部屋から出て行ったほんとうの理由を、次の日、岩沢は麻里子からきかされた。 「おやじは、どうせ、軍歌をきいて泣きたいんだろう。だから、ひとりにしてきたよ」  階下に下りて行った息子は、麻里子にそう告げたという。側に息子が居ては心おきなく泣けまいと、気をつかってくれたのであった。 「ふーん、そうかい」  岩沢は、照れかくしに、手で顔をなで回した。〈武士の情か〉とでもいいたいところで、わが子ながら心にくい気もした。 「一枚だけで、あとはきかなくていいのかな、と心配もしてましたよ」 「いや、結構だ。ちょっと、ききたかっただけだ」 「いくつきいても、みんな、同じようなものですものね」 「おいおい」 「軍歌なんて、音楽じゃありませんでしょ」 「御詠歌とでもいうのかい」  冗談めかしてというか、遠慮していったのに、麻里子は大きくうなずいて、 「まあ、それに近いものでしょうね」  麻里子は、本気でそう思っていた。  女学生時代ピアノを習ってから、かなり中断したが、新居には、グランド・ピアノを入れた。息子や娘も、ピアノやギターをいじる。ただ、岩沢に気をつかって、彼の在宅中は、だれもやらない。出かけたあと、母子《おやこ》三人で合奏することもあった。そうした世界からすれば、軍歌は御詠歌同然であった。  とりわけ、あの「女乗せない軍艦《いくさぶね》」などは、メロディからいっても、歌詞からいっても、麻里子には、軽蔑《けいべつ》や敵意が、むらむら湧いてくる歌である。もともと、軍歌は男の歌。男だけがいい気になっている感じの歌である。女の嘆きや悲しみが、文句の中にあっても、それは男の悲壮感を煽り立てるためでしかない。男たちが陽気にうたっているのはまだしも、岩沢がひとりでそうした歌にききほれている姿を想像すると、寒気さえ感ずる。一枚きくだけでやめてくれてよかった、と思った。  しかし、そうした思いは口に出さず、麻里子は締めくくるようにいった。 「あの子は思いやりがあるんです。あなたとちがって、多感なのよ」 「おれだって、思いやりはある」 「そうでしょうかねえ」 「こうして約束を守って、打出小槌町に家をつくった。これだって、思いやりじゃないか」 「思いやりというより、男の意地でしょ」 「……それもある」 「もし思いやりというなら、会社への思いやりよ。会社のために、こういう邸に住む必要があると、あなたはおっしゃったもの」 「おい、おまえは、そんな風に……」 「もちろん、感謝もし、よろこんでもいます。でも、こんな邸に住むより、ふだん、やさしい思いやりがあった方が、女としては、ずっとうれしいわ」 「勝手なことをいうやつだ」岩沢の上機嫌は、そこまでであった。そっぽを向くと、憎々しげにつぶやいた。「女はあまやかすと、次々に増長する。女こそ、思いやりのない動物じゃないか」  岩沢は、会社でもまた、思いやりについてやり合う羽目になった。相手は、常務の鹿野である。  岩沢産業の本社は、東銀座の新築ビルに移っており、三・四・五・六の四つの階《フロア》を使い、社長室・役員室などは、その六階にあった。ただし、岩沢の方針で、社長と専務の三本木以外の役員には個室はなくて大部屋。社長室、専務室も、軍艦の中と同様、機能だけは一通り充実しているが、部屋そのものは狭く、飾りつけもなかった。  その社長室の窓を開け、岩沢は窓|枠《わく》に両手をついて、地上を見下していた。窓辺の近くの脇机の上では、ストップ・ウォッチがあわただしく音をきざんでいる。  そこへ、鹿野がやってきた。 「社長、何を見ておられます」 「走らせてるんだよ、経理部長を」 「どうかしたんですか」 「たるんどる。アカ新聞に賛助金を二重払いしとったんだ。鍛え直すため、罰直として、このビルのある一画を十周させてる」  そういいながら、岩沢はストップ・ウォッチの時間を見た。鹿野も窓に寄り、 「社長は、ここで監視しておられるわけですね」 「うん」 「少しかわいそうじゃありませんか」 「なんだって」 「あの部長は銀行から来た男で、四十も半ばすぎです。体力的にも問題ですし、人目というものもあります。あの歳をして、都大路をふうふういって走らされるのは、たまりませんよ。もう少し思いやりがあっていいんじゃないでしょうか」 「思いやりだって!」  岩沢は、かみつかんばかりの形相になった。なぜそんなに激怒したのかわからず、鹿野はとまどいながらも、 「たとえ鍛えるにしても、乗員の居住性を大事にしてやるというのが、海軍の教訓ではなかったですか。若い者ならともかく、あの歳をして走らされては、決して居住性がいいとはいえませんよ」 「きみは、またしても、社員、いや中年男をあまやかす気か」  岩沢は歯がみするようにいったあと、鹿野をにらみつけ、 「うちには、弱卒は要らん。もちろん、弱将も要らんぞ」  鹿野は答えなかった。首をすくめはしたが、同時に、うす笑いも漏らした。  謀反人に近い表情を、岩沢は、鹿野の顔に感じた。 「前途洋々」とは、岩沢産業のような会社のために用意された言葉であった。  事業は、拡大し続けた。鹿野たち技術陣が自信を以て取り組んだだけに、ダンプカー部門はとくに好調。工場の大拡張を行うとともに、勢いにのって、トレーラー車やミキサー車にも進出。さらに、ヴァキューム・カーや汚泥《グリツト》吸収車《・スイーパー》などの量産体制も進めた。オートバイ部門では、オート三輪がやや出おくれたのを取り戻そうと、専門の販売会社を設立。営業所を一挙に十三カ所も開いた。資金は、J証券・P証券の二つの幹事会社が、次々と増資をもくろんで、調達してくれる。高配当を続ける話題の会社とあって、時価発行をやれば、莫大なプレミアムがころげこむ。紙きれが金になった。その上、融資銀行には、在来のC銀行の他に、G銀・N銀の二行が加わり、競争して貸しこんでくる。人間的にも、岩沢は、G銀行の頭取と、P証券の会長に気に入られた。ふつう頭取クラスがつき合うのは、礼儀正しく、そつのない経営者が多い。話題も、当りさわりのないことばかり。ところが、岩沢は、向う気が強くて、いいたい放題。財界でのやんちゃ坊主とでもいったところがある。頭取たちには、飼猫ばかりで食傷していたところへ、野生の虎の子にでも出会った感じで、可愛がられた。しぜん、増資や融資の話も、とんとん拍子にきまってしまう。  講演などの依頼も、ひっきりなしであった。年輩者には、わかりやすいし懐しい海軍の話。それが現代経営と結びつき、しかも、滅法威勢のいい調子で語られるのだから、どこでも大好評。その評判を伝えきいて、また次々と講演の口が、かかってくる。秘書に命じて、原則的にことわらせることにした。それでも、取引関係や人間的なつながりなどから、やはり、月に数度は講演に出なければならない。  岩沢は、ウィークデイは、Tホテルに泊ることが多くなった。濠端《ほりばた》にある超一流のホテルである。  会社に朝早くから夜おそくまで出ている上、夜はのむ機会が多い。打出小槌町まで一時間の距離を深夜に帰って、また早朝に出てくるというくり返しが、ばからしくなった。  もっとも、のむのは、かなりわがままで、気に入った席にしか出ない。 「おれは、小さくなったり、行儀をよくしてのむことは、きらいだ。それに、のむと何をいい出すかわからんからな」  そういって、取引先などの接待は、すべて他の役員に任せた。  岩沢が出かけるのは、まず、銀座の一流クラブやホテルのメンバーズ・バー。役員を相手に、会社や海軍の話をしながら、気炎を上げ、ときには、低い声で軍歌をうたう。 「時代がちがうんじゃないかしら」  若いホステスが、顔をしかめることがある。 「だって、おれたち軍歌以外知らないんだ」  三本木がいいわけするのを、岩沢は横からひったくって、 「軍歌以上にいい歌があるか」 「……戦争の亡霊にとりつかれていらっしゃるのね」 「いや、亡霊を利用してるんだ」 「わるいわ。きっと、たたりがあってよ」 「とんでもない。むしろ、感謝される。みんなに帝国海軍のことを思い出させているんだから」 「海軍式とやらで、おたくの会社は前途洋々なんですってね」 「そのとおり。常に機先を制して攻撃し、社内に気力充溢しているからな」  話しながらも、岩沢は鹿野が歌にも会話にも加わらなくなっているのに、気づく。むしろ、冷ややかに、そうしたやりとりをきき流し、ひとり盃《さかずき》をあけている感じであった。 〈居住性がわるそうだな。なんなら、役員をやめたらどうだ〉  そんな風にいいたくなるのを、岩沢は辛うじてこらえた。  岩沢の中にも、さめた部分はある。少し勢いにのりすぎてはいないか、という反省もある。だが、だからといって、いったん掲げた旗印を簡単に下せるものではない。〈海軍式経営〉というトレード・マークの変更はできない。それは、敵前旋回するようなものだ。銀行や証券会社などとがっちり艦隊を組み、全速航行している中で、一艦だけ急ブレーキをかければ、どういうことになるか。勢いにのり、勢いをあやすようにして、前進して行く他はなく、そのためには、艦《ふね》の乗員すべての意思統一が必要である。まして、役員たる者、一心同体でなければならぬのに——。  役員たちとのまぬ夜は、工場や営業所など現場の人間を呼び、こちらは新橋の焼鳥屋などへ連れて行ってのんだ。その方が、彼等も気をつかわずにすむだろうという思いやりからである。のみながら、岩沢は不平や苦情をきいてやる。上役に対する不満もいわせる。家庭の様子をきき、相談にものってやる。旧軍隊の分隊長あたりが、部下の家庭事情を知悉《ちしつ》していたのと同じ心がけである。  打出小槌町の邸へ帰るのは、週末だけになる。それも、日曜日は、研修センターへ出かけて、短艇に乗ったり、棒倒しを観戦したり。さらに、大型ヨットを一隻買い、若い社員といっしょに、大島や真鶴《まなづる》沖へ帆走に出たりした。結局、自宅には、ごく限られた時間しか居ないことになる。  麻里子は、そうした夫に、多くを求めないことにしていた。夫が会社に夢中なら、無理に家庭へひき戻すことはない。麻里子は、古風というより、むしろスマートに、そして、誇り高く生きたいと思った。そうした次元で夫とやり合うような女になりたくない。  打出小槌町は、麻里子の選ぼうとする生き方にふさわしい環境であった。夫と妻が、涙や汗でくっつき合うといった猥雑《わいざつ》な環境からは、ほど遠い。夫も妻も、それぞれが、ひっそりと、澄まして生きている。ほとんど、近所づき合いもない。隣り近所のひととすれちがっても、うすく挨拶を交わすだけ。互いに関心を持たない。あるいは、持たないふりをしているのだから、その意味では、塀は不必要であり、塀をつくらぬとりきめがあったのも、うなずけた。  路上で立ち話などする姿は、ほとんど見られない。きこえてくるのは、かすかな汐騒《しおさい》と松籟《しようらい》の音。そして、小鳥の声やピアノの音ぐらいである。  麻里子もピアノをたのしんだ。また、テニスも再開した。打出小槌町のはずれには、会員制のテニスコートがある。麻里子はメンバーになり、週に二日はラケットをふるった。ミッション・スクールで、麻里子は庭球部に属していた。戦争のため、クラブ活動ができたのは低学年の間だけであったが、ふたたび白いテニス・ウェア姿でコートに下り立ったときは、時計の針が熱を帯びて逆転する思いで、眼頭が熱くなった。  ピアノとテニス、家や庭の手入れ。白い館《やかた》と赤い塀を中心に、麻里子には打出小槌町かいわいが、ミッション・スクールの延長にも見えることがあった。娘は女子美大へ上った。息子は、本格的にギターを習いはじめ、フォークの歌手をめざしている。 「家中みんな、ばらばらじゃないか」  ある土曜の夜、岩沢は部厚い唇を歪《ゆが》めていった。岩沢たち役員間では、子弟を会社へ入れないといういさぎよい申し合わせがしてある。その点、息子に期待してはいなかったが、それにしても、進路がちがいすぎるという思いである。 「いいじゃありませんか。どうせ、最後は、みんな、ばらばらになるんですもの」 「さとりきったようなことをいうな」  麻里子は微笑して、受け流した。  微笑の内容は、岩沢には通じない。麻里子は内心、母子三人はそれほどばらばらでないと思っている。夫は、「女乗せない軍艦《いくさぶね》」などといって、会社に熱を上げているが、家ではむしろ、乗らない者が三人居て、圧倒的多数である。それに、三人そろって、夫がよくいう「戦力」的な人間ではない。どちらかといえば、あそびに近いところで、優雅にくらそうとたくらんでいる。そうした人生の姿勢においても、三人は同志であった。それに、打出小槌町は、そういう三人を生き生きさせる似合いの環境であった。  麻里子としては、三対一の関係をくずしたくない気分である。  日曜日の朝など、打出小槌町では、夫婦でゴルフへ出かける家がある。うらやましい気がしないでもない。「うちもいっしょにゴルフをやったら」と、子供たちにも、すすめられた。麻里子も少しは気持が動いたが、岩沢の気性を思うと、滅入《めい》ってきた。ゴルフ場でどなられたり、あるいは、行儀わるく振舞われたりしては、心が休まらない。それよりは、ひとりで気楽にラケットを振っていた方がいい。運動としても、それで十分である。  いずれにせよ、岩沢は、自分が妻子を疎外したと思っているかも知れぬが、いまは、妻子が夫を疎外している。麻里子は、夫が少しあわれになって、つけ加えた。 「ばらばらといっても、みんなに共通したことがあるわ」 「何だ」 「ここが気に入ってる、ということよ。あなたも、わたしも。子供たちなんかは、二人とも、絶対にここを離れたくない、といってるの」 「しかし、嫁に行く以上は……」 「このかいわいの住人からお婿さんをさがす、といってるわ。さもなければ、この邸の土地の隅に、小さな家を建てて若夫婦でくらさせてもらうと」 「ムシのいいことをいっている」  苦笑しながら、岩沢の表情はゆるんだ。 「子供たちは、そんなにここが気に入っているのか」  麻里子に大きくうなずかせて、岩沢は満足した。それほどよろこんでいる家を与えてやったことで、留守がちではあっても、親としての責任の一半を果した気がした。  常務の鹿野との間に、決定的な衝突が起った。  ある日の役員会で、用意された議題が一段落したとき、鹿野が手をあげ、発言を求めた。細い顔が青白くひきつっている。何かあると感じながら、岩沢は顎で発言を許した。  鹿野は立ち上ると、まっすぐ岩沢の眼鏡に向かっていった。 「社長、トリオのS・O作戦について、再検討すべきではないでしょうか」  オート三輪「ロック・トリオ」は、専門の販売会社をつくり、営業所を各地に新設したにもかかわらず、相変らず売行不振を続けていた。  このため、「ロック・トリオ」をなにがなんでも|売り切ろう《セール・アウト》というので、|売り切る《セール・アウト》のS・Oというイニシアルをとっての作戦が行われていた。各支店・営業所は、それぞれの販売目標めがけ、猛烈な売りこみ競争中である。工場にも研修センターにも、高々とZ旗がかかげられ、事務所・営業所の壁には、Z旗が壁にピンでとめられている。その大作戦のただ中での作戦批判である。  岩沢は、声を荒らげていった。 「社をあげて火の玉となっているときに、何をいうのか」  鹿野は、長い首をすくめ、意外に素直に答えた。 「訂正します。この作戦そのものは、社長のいわれるように、発令された以上は、完遂すべきでしょう」 「……それじゃ何だというんだ」 「今後のことです。これから先、販売にせよ、技術開発にせよ、作戦という掛声かける形でやっていいかどうか、真剣に考え直す時期にきていると、わたしは申したいのです」  岩沢は首をかしげ「どういうことだ」  それにならって、役員たちの幾人かも首をかしげた。  鹿野は、心を決めたように、一気にしゃべり出した。 「会社発足以来、われわれは作戦に次ぐ作戦をやってきましたし、それによって伸びてきたことも事実です。たしかに創業時には、まるで販売ということなど知らなかったわれわれが、作戦という考え方で、ゲームでもやるような感覚で、売りこみをやることができました。こんなわたしが、作戦成功の第一号ともなれたわけです。作戦という持って行き方はまちがいではなかった。それどころか、当社発展の大きな跳躍板《スプリング・ボード》となったことを、自他ともに認めていいと思います」  岩沢は、狐につままれた気がした。再検討とは、つまり再評価のことなのか。 「それなら、何も問題にすることはないじゃないか」  ほっとした気持でいったところを、ひっくり返された。 「いや、わたしは、昔はそれでよかった、といっているんです」 「…………」 「だからといって、それを惰性的に続けるべきではない」 「惰性的であろうとなかろうと、いいことはいいんだ」 「いや、ちがいます。われわれ海軍の仲間同士でやっているときは、作戦すなわちゲームでした。失敗したところで、笑って、次のゲームをやり直せばよかったんです。それが、社員が千人も越しますと、会社の機構はピラミッド型になり、下にいる現場の連中にとっては、ゲームだなどというのんきなものではなくなってしまいます。ノルマを押しつけられるのも同然。何が何でも売らねばならぬという悲壮なものになってくるのです」 「戦闘は常に悲壮だ」 「お言葉を返すようですが、悲壮では永続きしませんし、無理が出ます。だいいち、居住性だって」 「なんだ、また居住性か」  冷笑する岩沢に構わず、鹿野は続けた。 「無理な売りこみは、いつかボロが出ます。それに、かつての大本営発表のように、誇大戦果が報告されてきます。売れそうなものを売れたといったり、代金を回収しきっていないのに、回収したといったり。そうなってくると、数字が全部おかしくなり、会社の実態がつかめなくなるじゃありませんか」 「数字のことは、公認会計士がチェックする」 「その会計士も、海軍の主計士官上りばかり集めましたからね」 「同じ穴のムジナだというのか」 「ムジナとは申しませんが」 「タヌキか」  はげしいやりとりに、他の役員たちは、息をつめるばかりであった。  ひきしまった役員会の空気の中で、岩沢は高圧的にいった。 「くだらん因縁をつけるくらいなら、もう少し売れる車をつくったらどうだ」  議論にけりをつけたつもりだったが、鹿野は細い首をもたげて、いい返してきた。 「技術的には、完璧《かんぺき》という自信があります。十分売れる車のはずです」 「販売だけが弱いというのか」  鹿野は、それには答えず、 「因縁をつけるといわれた以上、あえて申し上げますが、社長には、もう少し、いまの立場をお考えいただきたいのです」  鹿野は、ほとんど蒼白《そうはく》になり、語尾がふるえた。獅子《しし》鼻を鳴らしてそっぽ向く岩沢に、 「うちは子会社まで持ち、すっかり大きくなってしまいました。だから、社長は、もはや魚雷艇の艇長ではなく、艦隊司令長官なのです」 「だからどうなんだ」 「司令長官らしく、参謀たちや各艦長の上に君臨するという風になっていただきたい」  岩沢は、どなり返した。 「おれは頭がわるくてわからん。どこがわるいか、もっと具体的にいってみろ」 「艇長のような振舞いは、だめなんですよ。たとえば、大声で気合いをかけたり、兵員といっしょに屋台の酒をのんだりするようなことは……」 「おれの生活に干渉するのか」  鹿野は無言のまま、くずおれるように腰を下した。  逆に、岩沢は立ち上り、浴びせかけた。 「きみは傍観者か。よくいって、評論家か」 「…………」 「黙っていてはわからん。何とかいいたまえ」  鹿野は、色のわるい唇をかみ、腕を組んだ。岩沢は、大きく手を振り上げて、その鹿野を指し、 「退艦を命ずる!」  抗命である。敵前反抗は、その場で射殺されていい。 「退艦とは……」 「語義どおり。艦《ふね》から下りろ。会社をやめるんだ」 「……そうですか」  鹿野は半ば虚脱、半ばあわれみを乞うように、岩沢を見た。覚悟の諫言《かんげん》であったが、そこまでの処罰は予想していなかった、という表情であった。  最終的には、岩沢は、罪一等を減ずる思いで、特別顧問というポストをつくり、鹿野を社内に残した。二度と顔を見たくない気持であったが、そのまま、無縁の人間として追放してしまうには、抵抗があった。海軍で鹿野は岩沢の一期下。ほとんど二十年近い同志であり、戦友としての情にもひかれた。それに、急成長会社のため、もともと首脳陣は手薄である。事情に精通した技術陣のリーダー格として、やはり鹿野は必要だと思った。  特別顧問室は、調布の研究所に設けたので、ふだんは、顔を合わさないですむ。その方が、鹿野としても居心地がいいであろう。 〈十分、居住性を考えてやっているじゃないか〉と、いってやりたい気分であった。  いや、鹿野にいいたいことは、まだ他にもあった。役員会での鹿野のいい分に対する反駁《はんばく》が残っている。 〈社長自ら気合いをかけるな。平社員とのむな〉と、鹿野はいったが、とんでもない話だ。大会社になればなるほど、社員たちは官僚的というか、サラリーマン気質《かたぎ》になる。中間管理者たちの号令も、事務的になりやすいし、気合いをかけるとしても、彼等には、それを裏づける実績がなく、迫力に乏しい。創業以来の熱っぽい空気を燃え立たせておくためには、社長の岩沢が気合いをかけなくて、だれがかけるというのか。  それに、会社が大きくなればなるほど、縦にも横にもパイプがふえ、しかも、そのパイプがつまりやすくなる。上意下達はともかく、下意上達が難かしくなる。ナマの情報や空気が、会社のトップへは伝わらなくなる。そこを、なんとか工夫して風通しをよくしなければ、細胞が壊死《えし》してしまう。その最もたしかで手っとり早い工夫が、現場の連中とのむことではないのか。焼鳥屋での酒は、平社員たちの心を開き、口を軽くさせる。岩沢をごく身近なひとに感じさせるはずである。  岩沢は、経営学なるものを勉強する気はないが、その経営学でも、人間関係《ヒユーマン・リレイシヨン》論とか、スキンシップとかがやかましくいわれている時代だというのに、なぜ岩沢のそうした取組み方を非難しなければならぬのか、と反論したかった。  常務追放の一件があってから、岩沢には、役員会の空気が目に見えてひきしまったように思えた。岩沢の発言に対して、役員の反応も早くなり、議題はいつも、短い議論できまって行く。統制がよくとれ、交戦下の戦闘指揮所のようなふんい気がよみがえった。  そうした空気を強めるように、岩沢は、役員会はもちろん部課長会なども、早朝七時半から招集したりした。また、全員椅子に掛けず、立ったまま会議をすることもあった。  一方では、居住性についても、気をつかった。たとえば、タイム・レコーダーを全廃させた。もともと、旧海軍にタイム・レコーダーなどという代物はなかった。士気が盛り上り、上官が部下を掌握している限り、現代企業においても必要なしと、岩沢は判断し、部課長会で訓示もした。 「部下の心の中におどりこめ。そして、部下ひとりひとりを頭の中にたたきこめ。海軍では、五十人百人の部下について、生い立ちから家庭、経歴、性格、特技、持病に至るまで、上官がおぼえていたものだ。そして、弱い男は徹底的にたたき直し、直らぬ男は退艦させた。軍艦には、一兵たりと弱卒をのせるわけにはいかんからな。会社だって、同じことだ。百人の部下を、がっちりとつかめ。人間と人間、心と心が音を立ててぶつかり合う。その熱い音にくらべれば、タイム・レコーダーの音など、まるで亡者の世界の音だ」  こうした話は、早速またマスコミににぎやかにとり上げられた。  打出小槌町《うちでのこづちちよう》の岩沢邸では、麻里子の好みで、庭の手入れが進んだ。いつも何かが咲いている庭にしておきたいと、梅・桃・桜にはじまり寒椿《かんつばき》に至るまで、四季とりどりの花木が植えこまれた。  不動産屋に紹介された植木屋の棟梁《とうりよう》は、少し腰の曲った老人であったが、出入りするようになって半年ほどして、しびれを切らしたという風に、麻里子にいった。 「だんなさんには、まだ一度もお目にかかりませんが、よほどお忙しいんでしょうね」 「ホテルに泊っていることが多いのよ」 「こんなりっぱなお邸があるというのに、もったいないことですな」  植木屋は腰をのばし、邸を見上げた。三階の岩沢の居室は、カーテンが引かれたままになっている。 「こちらさまの会社は、軍隊式経営というんで、たいそうな人気。指折りの成長会社でございますな」 「そうかしらね」  麻里子は、この老人もまた軍歌の話でもし出すのかと、気のない返事をした。だが、老人の関心は、別のところに在った。 「ちょくちょく増資があって、配当もいい。前途洋々というんで、相場はしっかりしております。おかげで、わたしも、もうけさせてもらいました」 「うちの株を持ってらっしゃるんですか」 「少しばかり。道楽に株をやっておりますもんで、その中に……」 「それはどうも」  と、麻里子は軽く頭を下げた。その麻里子に植木屋は目を当てたまま、 「ところで奥さん、岩沢産業は今度いつごろ増資をするか、御存知ありませんか」 「いいえ。そうしたことは一切存じません」 「だんなさんから、何かその種の話は……」 「会社の話は、家ではまるでいたしませんの」 〈女は乗せない軍艦《いくさぶね》だから〉と、続けたいところであったが、老人の未練げな顔を見て、 「何かその種の話を知りたいんですの」 「もちろんですよ。増資がありそうだとわかったら、早速、株を買い増しときます。それが、新聞などに出る前にね。世間が知ると、わっと値が上りますから、そこで売るんです。いいもうけになるんですよ」 「…………」 「その点じゃ、だんなさんたちは、自分で増資を決めるのだから、増資の度に、いつも、すごいもうけができるわけだ」 「でも、主人は株を売りません。増資の度に、払いこみがたいへんだと、ふうふういってる有様です」 「なるほど、経営者ともなると、心がけがちがいますな。もっとも、持株がふえ、配当もふえるんだから、目先、欲ばらなくともいいんでしょう。ただ、だんなさんは別として、他の役員さんとか幹事証券とかは、その気になれば、うんともうけてますよ」  息子の練習するギターの音が、流れてきた。  麻里子の家では、岩沢産業の株券ばかりがふえている。麻里子には、会社の社長とはそういうものだという観念ができていた。  会社が発足してまもないころは、麻里子はまだ乏しい家計をやりくりして、少しずつ貯金をしていた。それを見つけた岩沢に笑われ、結局、会社のために用立てることになった。 「貯金は会社でいい。おれたちの財産は会社そのものだ」  それが、そのころからの岩沢の口ぐせのひとつであった。  上場したときには、多額の金が入り、その後も、かなりの収入はあるのだが、しかし、貯金に見合うものは、すべて岩沢産業の株に化けていた。一時は、岩沢の言葉でいうなら、「紙きれが金に変わった」が、いまは、金が紙きれに変わる。株券という名の紙きれが、そのまま金であるうちはいいが、ある日、ふいと、もとの紙きれに戻ってしまうことはないのだろうか。  若い植木職人が寄ってきた。ギターと息子の歌声の流れる二階を見上げ、 「うまいなあ。おれ、はじめはレコードかと思った」 「あとつぎの息子さんですな」  眉を寄せてきく老人に、 「いえ、あとは継がないのよ」 「どうしてまた」  老人の質問に、麻里子より先に若者が答えた。 「フォークの歌手にでもなるんでしょ」 「えっ」  若者は図星だろうと得意げな顔で、 「うまさがちがうものなァ。それに、お金持だから応援もできるし」  麻里子が答えられないでいると、若者はさらに、 「お嬢さんは、絵描きですね」 「どうして御存知?」 「松の枝打ちしてるとき、おれ、わるいけど、二階の部屋のぞいちゃった。いや、のぞいたというより、お嬢さんが油絵描いてるとこが目に入っちまった」 「このやろう」  老人は言葉だけ若者を叱りながら、麻里子の陽灼《ひや》けした顔をたしかめるように見て、 「みなさん、いろいろ特技をお持ちですな」  麻里子のテニスまでふくめたいい方であった。  麻里子は、つまった。気ままで結構なくらしとだけ見られているようで、夫に「家中ばらばらだ」といわれたときとはもっとちがったいやな感じがした。それに、夫にどう思われようと構わぬが、世間にそんな風に見られてはたまらぬ、と思った。  麻里子には、戦後もずっと、銃後の生活が続いている思いなのだ。主人が留守がちの家庭というものは、女系家族の一種であって、かたい芯《しん》がない。船長の居ない船のたよりなさ、さびしさ、そして、けだるさといったものの中に漂っている。それをまぎらわすために、麻里子も子供たちも、知らず知らず、それぞれの趣味的な生きがいを見つけた、ということなのに。  麻里子は、声もかけず、植木屋たちから離れた。カーテンの引かれたままの三階を見上げながら、息子の歌声にたぐり寄せられるように、ゆっくり邸に戻って行く。  白いその館《やかた》は、新しいつくりだけに、打出小槌町でも目をひく建物のひとつになっていた。ひっそり静まり返った近所の家々の御主人たちが、どんな働き方をしているのか、麻里子には知る由もない。ただ、岩沢のように、いまも軍艦に乗って戦闘でもしている感じのはげしい働き方をしている男は、あまり居ないのではないか。白い館は、そうした夫の阿修羅の働きの結晶である。誇っていいし、妻子のばらばらの生活だって許されていい。そんな風に考えていると、息子の物悲しい歌声も手伝って、目には涙がにじんできた。  麻里子は立ちどまり、白い館を見上げた。  植木屋のいった増資うんぬんのことが、まだ頭に残っている。株券という紙きれが金に変わり、その金で建てた邸。つまり、これは、紙の館ということなのか。もちろん、鉄筋コンクリートづくりであって、簡単に燃えるものではないのだが、そんな風に考えていると、いつか、あっけなく炎上し、あとには灰しか残らぬもののように見えてくる。  麻里子は、うすい不安にとらえられた。夫に帰って欲しい。戦場帰りのような大声で、荒っぽい話をきかされるためではない。ただ黙って、がっしりと抱きしめられて眠りたい。いや、一度でいい、夢の中ででもいいから、〈おまえは、おれにとって、いまも世界一の美女だ。おれはおまえを愛している〉そうしたつぶやきがきけるものなら。  夫は戻らない。その日は、まだ火曜日であった。夫の帰宅するまでには、水・木・金・土と、指折り数えねばならない。いや、あの夫のことである。水・木・金・金・月・月・火となることだってある。  麻里子は、ため息をつきながら、また歩き出した。  S・O作戦にもかかわらず、オート三輪「ロック・トリオ」は、販売不振から脱しきれなかった。すでにオート三輪そのものが時代おくれになっていたためである。撤収する他《ほか》なかったが、製造停止—工場閉鎖—人員整理などという方法はとらなかった。攻撃精神あるのみである。退却のにおいは、士気を阻喪させる。  オート三輪工場は、作業員ぐるみ、ダンプカー、ヴァキューム・カー、汚泥《グリツト》吸収車《・スイーパー》などの特装車生産へ転用。特装車を増産する必要があって、オート三輪をやめた、という形である。オート三輪の販売会社は解散したが、営業所はそのまま残して、これもまた特装車の売りこみに活躍させることにした。  だが、その期の一応の決算の結果は、オート三輪部門の終戦処理が足をひっぱり、会社全体として、利益の出ない形になった。  岩沢は心外であった。会社が巨大になり、隅々まで目が届かなくなったとはいえ、そんなはずはないと思った。役員会や部課長会で岩沢が受けてきた報告や、各営業本部から上ってくる報告は、オート三輪部門を除けば、景気のいいものばかりであった。個々の戦闘に勝っていて、全体で負けるということがあるのだろうか。  岩沢は、決算諸表を持ってきた三本木専務にいった。 「計算がまちがっているんじゃないか」 「いえ、まちがいはありません。公認会計士の方にも目を通していただきましたから」 「あの連中の眼鏡だって、狂うことはある。それに、彼等も海軍の仲間だ。機械的な監査じゃなく、もっと親身になって見てくれていいじゃないか」  とまどう三本木に、岩沢はたたみかけた。 「いいか。うちはいま利益を出さなければ、だめなんだ。経理の連中も、事務的に計算していればいい、というもんじゃない。決算のことは、おれにはよくわからんが、評価益とか何とか、計算の仕方ひとつで、いろいろ数字が動くというじゃないか。その気になれば、利益ぐらい、いくらだって出るはずだ。出ないものなら、どこかから、しぼり出せ」  腹の底からの声であった。粉飾しろという気はなかった。何としても数字上の利益は欲しいし、その利益はしぼり出せる、と信じていた。  岩沢産業は、メキシコへオートバイの組立工場をつくって進出した。そうしたこともあって、いぜんとして人気株である。利益が計上され、配当が続けられた。株価は高く、何度目かの増資が行われ、資金が調達された。各銀行からの融資と合わせ、御殿場に広大な土地を入手、大規模なオートバイ工場の新設にかかった。同時に、「ロック」オートバイ販売拠点を、全国二十八都市に設けた。積極経営の連続であった。  ひとつには、岩沢産業が特装車部門などに力を入れている間に、他のオートバイ・メーカーが量産体制をとってコスト・ダウンを実現していた。そのおくれを、一挙にとり戻そうというのである。また、これまで「ロック」は、首都圏を中心に濃い密度で売りこんでいたが、ここで、全国的に売って出ることにした。さらに、「ロック」は、原動機付自転車からスタートしただけに、オートバイとして小型で、軽快さが売りものであったのに対し、若者たちの好みが、「ナナハン」と呼ばれる七五〇ccクラスの大型オートバイに向いてきたので、岩沢産業としても、その種の新車も手がける計画であった。  岩沢は、いっそう「前途洋々」信者となった。前進だけに救いがある。  ブラジルがオートバイの組立工場を欲しがっているという話がもたらされると、すぐとびついた。交渉を重ねるよりも、とにかくまず現地を見る必要がある。岩沢はブラジルヘとぶことにした。「指揮官先頭」の精神である。  出発の日、東京は朝からの雨であった。ルートはニューヨーク経由。役員などに送られ、午後一時の便でとび立ったのだが、北太平洋上へ出てまもなく、エンジンが不調となり、羽田へ引き返した。  岩沢は、タクシーをひろうと、東銀座の本社へ走らせた。会社のことが気になった。それに、アメリカへ発《た》ったはずの社長の突然の出現に、役員や社員たちがどんな顔をするか。その狼狽《ろうばい》ぶりを見るのも、たのしみであった。  だが、会社へ入ると、あてがはずれた。まだ四時前というのに、役員や部課長の何人かが、姿を消していた。羽田からそのまま帰宅してしまった者も居るようであった。  岩沢は、四つの階《フロア》を順に回ってみた。気のせいだけでなく、いつもになく空席が目立った。残っていた社員たちは、岩沢を見て、顔色を変えた。ちぢこまる者も居れば、口をあけたままの者も居る。帰り支度をあわてて隠す女子社員も居た。  その中を、岩沢は頬をこわばらせて歩いた。  岩沢は、常宿にしているTホテルの部屋へ入った。もうどこにも出かける元気はなかった。だれとも話したくなかった。  ホテルの食堂で、味もわからぬまま、ひとりで食事をすませる。部屋に戻り、窓に寄ると、暗い雨脚の底に、劇場がはねたのか、無数の傘がうごめいていた。  岩沢は、ホテルのすぐ前が劇場街であったことに、はじめて気づく思いがした。そこは、岩沢とは別の世界であった。いや、岩沢だけが別の世界に浮き上っていると、傘の群はささやいてでもいるかのようであった。  岩沢は、打出小槌町のダイヤルを回した。娘が出た。受話器越しに、ギターとピアノの音がきこえる。麻里子が息子と合奏しているのだ。そこも別の世界かと、岩沢はがっくりする思いであった。 「あら、どうなさったの」  麻里子の高い声。岩沢はそれには答えず、 「何かたのしそうな様子だな」  麻里子は、一瞬、黙った。反撥してくるところなのに、場合が場合と思ったのであろう、「……おかげさまで」かたい口調で受け流した。  岩沢は、引き返した事情を、簡単に説明した。次の日には発てるはずである、と。 「うちへお帰りになったら」  麻里子が、珍しく切迫した声でいった。〈あなたも合奏にお加わりなさい〉と、誘おうとしているかのようでもあった。  妻子の伴奏で軍歌をうたう——考えてもみなかったことである。たしかに楽譜さえあれば、ピアノもギターも、軍歌のメロディを奏でてくれるであろう。麻里子も少しは合唱してくれるかも知れない。そう思うと、わるい気はしなかった。  ただ、岩沢の口からそれをたのむ気はしない。それに、精神のこもらぬ軍歌の合唱は、無理に綿菓子でも食わされるようなものだ。軍歌は綿菓子の歌ではない。 「ねえ、お帰りになったら」  麻里子がくり返す。 「いや」  岩沢は、受話器に向かって、大きくかぶりを振った。娑婆《しやば》の世界へ着陸するより、まだ宙に浮いていた方がいい。  電話が切れたあと、麻里子は頭を抱えこんだ。海外へ行っていたはずが、一夜、余分に日本に居ることになった。当然、客との約束もない。いわば拾いものの夜である。車をとばせばわずか一時間の距離。ふつうの夫なら、家に戻って、妻子と夜をたのしむところである。それなのに、岩沢はなぜホテルに泊るのか。へそ曲りというだけではない。いまさら女々しく家に帰れるものかという男の意地があるのであろう。いまの麻里子には、つまらない意地に見えるのだが、その意地で、岩沢は奴凧《やつこだこ》のようにつっぱって、動けなくなっている。あわれだと思い、また索漠とした気分にもなった。ホテルの部屋でひとり酒をのみ、軍歌をうたう。そうした夫の浅酌低唱の姿を想像すると、夫婦とはいったい何なのかという思いが、あらためてまた胸にひろがってくる。  子供たちをそれぞれの部屋へひきとらせ、照明を落とした広いリビング・ルームの中で、麻里子は、ぽつねんと、にがい思いをかみしめていた。  電話が鳴った。  麻里子の胸はときめいた。夫が思い直して、電話をかけてきたのではないか。〈いまから帰宅する〉、それとも、〈ホテルへ来るように〉とでも。  だが、受話器から流れたのは、甲高い女の声であった。 「わたし、房枝よ。どう、お元気」  同じ打出小槌町に住むミッション・スクールの同級生であった。麻里子は、受話器を置きたくなった。  学校時代、どちらかというとお澄まし屋だった麻里子と、おせっかいな告げ口屋タイプの房枝とは、気の合う仲ではなかった。美人でもなく、成績も中位以下のそうした房枝が、建設会社の次男坊と結婚、打出小槌町に住んだときいたときは、麻里子は、不当というか、不愉快なものを感じさえした。  ただ、同じ町に住む以上はと思って、引越してきたとき、挨拶の電話を入れたが、それからというもの、折にふれて、房枝の訪問や電話を受ける羽目になった。 「あなた、この前の同窓会、お出にならなかったわねえ。みんな、さびしがってたわ。次のときはぜひひっぱり出せと、わたし、仰せつかっちゃったの」 「わたしのことなんか……」 「とんでもない。昔からあなた、クラスのスター的存在だったでしょ。その上、いまは、スター経営者の奥さま。同窓会には、必ず出席する義務があるわ」  麻里子は黙っていた。下手に反論すると、電話が長びく。夫からの電話もあるかも知れない。早く話を終らせたかった。  房枝は、受話器越しに麻里子の様子をうかがっている気配であったが、ついで声を落とすと、秘密めかして、ささやきかけてきた。 「ただね、わたし、主人の取引銀行のひとからきいたけど、ちょっと、おたく、内情が苦しいらしいわね。銀行が増し担保を要求してるっていうじゃないの」 「……それ、どういうこと」 「あら、知らないの」 「……ええ」 「借り入れの多い会社の業績がわるくなると、銀行は心配になって、担保をふやしてとろうとするのよ」 「…………」 「それに、おたくの会社は、タコ配当もしてるというわね」 「タコ何とかって」 「あらあら、タコ配も知らないの。困った奥さま。やっぱり、昔のままのフランス人形なのね。それに、海軍調とか何とかで、勇ましい御主人らしいけど、奥さまにはあまいのねえ。何も知らせないで、そっとしておくなんて」 〈あまいどころか、その逆。わたしを無視しているのよ〉といいたいところだが、房枝相手では、口にしたくない文句である。それに、タコハイとは何か、気にはなったが、房枝からきく元気はなかった。よくない話にきまっている。それを毒のある口から説明されたくはない。  麻里子が黙り続け、ようやく電話は切れた。  麻里子は、いよいよ、みじめな気分になった。スターなどと持ち上げておいて、すとんと落とす。うっかり同窓会に出れば、旧友たちの面前で、つらい思いをさせられるところであった。房枝は、麻里子の知らぬことばかり並べ立てた。麻里子としては、当惑し、沈黙する他はない。そのために、のんきで無知な女と、冷笑を浴びもしよう。いや、いまごろ、きっと、房枝はその夫と、麻里子のことを笑っているにちがいない。  そう思うと、麻里子は、怒りで胸の中が熱くなってきた。  家には、それぞれの流儀がある。岩沢家では、夫の仕事は、〈女乗せない軍艦《いくさぶね》〉なのだ。妻としては、その軍艦《いくさぶね》に顔をつっこんだり、軍艦《いくさぶね》のことを知ろうとしてはならない。夫を信頼し、夫にすべてを任せる。それが夫への敬意であり、愛情でもある。そのことは、岩沢家だけの流儀というより、夫婦の本来あるべき姿なのだ。そう思えばこそ、麻里子はさびしさにも耐えてきている。岩沢の場合、少々その度が過ぎているということはあるが。  麻里子にしてみれば、むしろ、房枝夫婦こそ冷笑に値した。房枝の夫は、妻の友人の主人の会社のことまで、家庭で話題にする男なのだ。告げ口女に、告げ口男。そんな男は、考えてみるだけで寒気がした。まだ岩沢の方が、男として、どれほどましなことか——。  二階で、息子がギターをひき続けている。  麻里子の頭には、房枝のいった「タコハイ」という言葉が、ひっかかっていた。電話で夫にきくなどということは、考えなかった。思わしくない言葉のようで、どなられそうであった。そうでなくても、経営の世界に近づくような話題は、いけない。いつか植木屋が増資の時期を知りたがっていると話したときも、別にさぐりを入れる気はなく、ただ植木屋の話をしただけなのに、「そんな植木屋はもうたのむな」と、岩沢はふきげんになった。「会社のことは、会社へききに来い」  庭の多い邸町なので、植木屋はひっぱりだこ。その辺の事情は岩沢にもわかっているはずなのに、もし植木屋に出会えば、一喝しかねぬ見幕となった——。  それにしても、「タコハイ」とは何か。房枝が知っていて、かんじんの自分が知らぬとあっては、口惜《くや》しくもある。  経営用語のようだが、ひょっとして辞書にのっているかも知れぬ。麻里子は、息子の部屋へ上って行った。 「ちょっと辞書を見せて」  けげんな顔をしながら、息子が書棚から広辞林をとって渡してくれた。「タコハイ」は出ていた。 [#1字下げ]〔蛸《たこ》配当〕(名)会社が、配当すべき利潤がないか、または少ないにもかかわらず、資本に食い込んでまでも株主に配当すること。  麻里子は、二度三度、読んだ。思わしくないことのようである。「資本に食いこんで」という表現など、かなり重大な事態ではないのか。 「お母さん、どうかしたの」 「いえ、何でもない」  麻里子はあわてて辞書を閉じ、書棚に戻した。房枝の話をそのまま信じるわけではないが、うわさとしても心配である。それなのに、夫はまた工場をふやすためブラジルへ行こうとしている。いったい、どういうことなのか。夫には強気しかないのか。その結果はどうなるのか。  麻里子は気を失いそうな感じで、そこにある椅子に腰を下した。 「大丈夫なの」  近寄ってくる息子に、岩沢の面影を見て、麻里子は思わず目をつむった。  ホテルの部屋で、岩沢は宙に浮いたままの気分であった。〈お帰りになったら〉という麻里子の声が、耳もとをくすぐるように残っている。あと一声二声哀願されたら、帰ったところなのに、麻里子には、その押しがなかった。  寝るにはまだ早かったし、見知らぬ人々の中へ、ひとりでのみに行く気もない。あわただしい日程の上を走り続け、会社のことで人々に包まれていないと、身の持ちようがなくなっていた。 〈おれのような忙しい人間を、こうした目に遭わせるなんて〉と、岩沢は航空会社をうらんだ。足踏みとか、停滞とかは、岩沢にとって、いちばん性に合わない。廃人同然の思いをさせられる状態である。心はすでにブラジルにとんでいる。せめて、ブラジルのことでも考えることにしよう。  岩沢は、ブリーフ・ケースの中から、関係書類や地図などをとり出したが、そこでふいに、鹿野に会おうと思いついた。ブラジルには、従業員五百人ほどの大工場をつくる。工場長には大物を送らねばならぬが、その候補者として、岩沢はひそかに鹿野を考えていた。いや、何としても、鹿野を送るつもりであった。たまたま、こんな風にして空いた時間である。鹿野に内意を伝えるというか、引導を渡すために使おう。前進あるのみである。そうすることで、たった一夜でも足踏みせず、無駄にせず、会社繁栄のために燃焼させるのだ。  岩沢の胸は、にわかにはずみ出した。急いで身支度すると、タクシーを拾い、鹿野のマンションのある初台めがけて走らせた。鹿野を呼びつけるとか、まず電話で都合をきいて、などということは、考えなかった。それでは、まだるっこい。体当りである。いきなり相手の懐めがけて、おどりこむことだ。もし留守なら、その近所で時間をつぶし、いつまでも待つ覚悟であった。  ブザーを押すと、ガウンを羽織った鹿野が、長い顔をのぞかせた。手には、ブランデー・グラスを持っている。 「やあ、社長」 「やあ」  二人が顔を合わせるのは、三年ぶりであった。気まずさよりも、懐しさが先に立った。  洋酒棚とステレオのある洋間の居間。|絨|《じゆうたん》が部厚くて、スリッパが沈んでしまいそうである。 「ずいぶん豪華な絨だな」 「いや、二重に敷かせてあるんですよ。酔っ払ってころんだときのために」  鹿野は、苦笑しながら、額を指した。まだ新しい傷あとがある。 「つい三日ほど前、どこかで打ったんですが、わからない。翌朝になって、気がつく始末です」  テーブルの上には、ブランデー壜《ボトル》と、小粒のチョコレート。 「今夜は、ひとりでのんでいたのか」 「いや、若いのと二人、新宿でのんで。いまは、寝酒をやりかけたところです」 「きみは、おれには若者とのむなといいながら、自分はのんでいるのか」 「立場がちがいます。わたしは、いわば、彼等の相談相手ですからねえ」  岩沢は、一瞬、うらやましい気がした。鹿野は、長身でゆらゆら歩きながら、グラスをとってきて、岩沢に手渡した。  ステレオからは、オーケストラを伴奏に、男の歌声が流れていた。岩沢は、わかってはいても、念を押すように、 「軍歌じゃないな」 「ヘンデルです」 「軍歌のレコードはないのか」 「ありません。おききになりたいのですか」 「いや……。しかし、きみは、ききたくならんのか」 「別に……」 「そうかなあ」  首をかしげる岩沢を、鹿野は慰めるように、 「きき出すと、また、病みつきになるかも知れませんがね」 「まるで麻薬のようないい方だな」  鹿野は、それには答えず、手をのばして、ステレオの音量を落とした。  岩沢は、部屋の中を見回した。やもめ暮しとはいいながら、そこには、一種の安定があり、優雅ささえある気がした。軍歌の世界とは遠い。岩沢は、そこでも疎外されているのを感じた。  もっとも、岩沢は、鹿野をその優雅さの中から引き抜くためにやって来た。眼鏡を光らせ、岩沢はブラジル派遣のことを切り出した。  工場進出予定地は、サンパウロやリオデジャネイロのような大都会ではない。ブラジルでも最も開発のおくれているアマゾン中部。ジャングルの海の中の孤島といっていい小都市マナウスである。  鹿野は、ゆっくりと答えた。 「どこへでも行きましょう。酒さえのめるなら」  マナウスがどこか、わかってもいない様子であった。念を押すと、微笑しながらうなずき、 「命令には逆らえません。今度はほんとうに退艦させられますからね」 「おれたちの会社のためだ。たのむ」  鹿野は、そこではじめてまともに岩沢を見た。 「正直なところ、とても、おれたちの会社というムードではなくなりましたね。もともと、社長は海軍ではわたしや三本木の一期上、他の役員たちの二期先輩でした。一期ちがえば絶対的服従の社会でしたから、その惰性もあるわけです。その上、社長は、最初の資本の過半を出し、いや、それ以上に強い親分肌の性格です。社長にその気はなくとも、おれたちの会社が、おれの会社に変わってしまったんです」  岩沢はグラスを置き、 「皮肉かい」 「皮肉だけじゃなく、正確にいっているつもりです。それに、ワンマン会社だから、全部わるいとは限らない。いや、それなりの良さもありましょう。たとえば、社長のその熱っぽさや責任感」  岩沢はうなずき、グラスを手にとった。 「責任だけはとるつもりだ。万一だめなときは、おれは、マストに体を縛りつけて、艦《ふね》とともに沈む。もちろん、財産も家も、すべて投げ出す。銀行や証券会社の連中にも、そういってある」 「つまり、いさぎよく戦死したい、ということですね。全く同感です」  その言葉に、岩沢は親しく迫ってくるものを感じた。この男を身近に置いておくべきだったという悔いも走る。  その思いにたぐられるようにして、岩沢は、突然会社に戻ったとき空席が目立ったことについて、こぼした。この男にだけは話せるという思いであった。 「気のせいではありませんか」  鹿野はそういったが、岩沢が首を横に振るのを見て、 「うちの社員は、まじめでおとなしい人間ばかりです。でも、軍人じゃないんですよ。みんな人間なんです。だから、たまには、ほっとしたくなったんじゃありませんか」  以前なら、居住性うんぬんの議論になるところだが、鹿野は意識してそこを避けている感じで、その辺の思いやりが、岩沢にはうれしくもあった。  酒がはずんだ。鹿野はレコードを替えながら、 「軍歌も買っておくべきでしたね」  などともいった。浅酌低唱が似合う部屋。アト・ホームな感じで、何度も来たい気もするが、すでにブラジル派遣を命じてしまった……。  鹿野が思いついたように、 「打出小槌町は、いかがですか」 「わるくはないな。もっとも、おれは、ほとんど帰っていないから」 「いけませんね。それに、こういう晩こそ、帰るべきでしたね。帰らないくらいなら、わたしのように、独身で通すべきでした」 「何だか、意見をされに来たみたいだな」 「戦友のよしみで、許してください」  左遷生活のせいか、鹿野は以前にくらベて角のとれた感じであった。これなら役員に戻してもいい。ブラジルから二年ほどで呼び戻すことにでもするか。  岩沢は、また部屋の中を見回した。そして、自分の背のところで、奥の部屋のドアが半開きになっているのに気づいた。畳の部屋で、床が敷かれている。いつも敷き放しになっている恰好である。  岩沢の視線の先を見て、鹿野がいった。 「そこも洋間だったんですが、酔ってベッドから落ちそうだし、寝ころんだまま何かするに不便なので、改造したんです」  壁の中ほどには、大きな貼紙《はりがみ》があった。〈這《は》ってでも出勤!〉  と、太い筆で書いてある。  岩沢は苦笑した。酒仙同然の長い体が、ふとんから這い出し、ふらふらしながら研究所へ出て行く姿が、目に見える気がした。ほほえましくもあったが、同時に、社長として、あらためて責任を感じさせられた。  娑婆にくらく、まるで子供のような男たちが、会社だけをたよりに生きている。そうした男たちのためにも、どんなことがあっても、艦《ふね》を沈めるようなことがあってはならない。常に威風堂々、波を蹴立《けた》てて前進しなければならない。  ブラジル進出には、銀行筋が強硬に反対した。  だが、岩沢としても、すでにマスコミに発表し、社員の士気にもかかわるというので、撤回する気はない。はげしくやり合ったあげく、規模を十分の一程度に落とす、ということで、折り合った。つまり、従業員五十人の町工場程度のものであって、最初の構想とはくらべものにならない。  それでも鹿野は、「後に続く者を信ず、という心境ですね」というだけで、文句ひとついわず、旅立って行ってくれた。  岩沢は、よけい、責任を感じた。銀行筋は、その程度の工場は、やがて自然消滅するといった風に見ているが、岩沢としては、斥候兵でも出した気持で、いまに大軍を送りこみ、世間をあっといわせてやると、心に誓った。  岩沢産業には、Z旗がはためき続けた。標語として、〈弱者必滅!〉がかかげられ、ついで、〈見敵必殺!〉が唱えられた。臨戦体制と称し、大巾《おおはば》な組織変え。というより、一種の軍隊組織への改編が行われた。  社長室、業務部、企画部などをまとめて、統合本部がつくられ、本社や支店の営業課は、すべて営業隊、課長は隊長と呼ばれた。管理部門から人員をひきぬき、重点的に売りこみを行う斬込隊もつくられた。作戦会議が頻繁《ひんぱん》に開かれる。 「とてもできません」と、目標に対して尻ごみする隊長を、岩沢は叱咤《しつた》する。 「いや、できるはずだ。男なら、できる。できるといってみろ」  期末の反省会では、また岩沢のはげしい声がとぶ。 「おまえ、できるといったじゃないか」  つまずきが起った。  ヴァキューム・カーなどの売りこみを焦った斬込隊が、市町村長や関係議員へ贈賄するという事件が発覚した。それも、一件だけでなかった。  マスコミでたたかれた。海軍式経営などと持ち上げたことなどまるで関知しないといったきびしい非難ばかり。悪材料が次々に書き立てられ、株価は急激に下落しはじめた。  巨大な御殿場工場の建設は、業界全体としては、過剰投資であった。セールス大作戦にもかかわらず、他社のシェアを食うところまで行かず、そこへダンピングのうわさが流れて、売れ行きはさらににぶくなった。各種オートバイの在庫がふえ続けるばかりである。  実際の利益もないのに、利益金を計上し配当を続けてきたので、資金繰りは極度に悪化していた。また、拡大に次ぐ拡大を重ねてきたため、銀行借入は膨大なものとなり、金利負担もかなりの額に上っている。活路としては、オートバイ関連工場や営業所網の一部を閉鎖し、収益を上げている特装車部門を中心に、こぢんまりと事業をまとめる他はない。  だが、その戦線整理のためにも、資金が要る。進むにせよ、退くにせよ、先立つものは金であった。  株価の続落がはじまってからというもの、証券会社は、もはや相手にしてくれなくなった。岩沢にかつて上場をすすめた高塚は、J証券の専務に昇進していたが、そのJ証券が、しきりに岩沢産業株を売っていた。  岩沢は、個人的に親しかったP証券会長に助けを乞おうとしたが、一向にアポイントメントがとれない。G銀行頭取についても同様で、あれほど岩沢との宴席をおもしろがっていたのに、食事どころか、十分十五分の訪問の約束さえとれなかった。三つの銀行は、そろって新規融資を拒否、さらに増し担保を要求してきた。  打出小槌町の岩沢邸では、息子はますますギターに熱を入れ、娘はよくスケッチ旅行に出かけるようになった。ただ、麻里子は、テニスに行くのをやめた。  会社が思わしくないことを、麻里子は新聞で読んだが、それ以上に、房枝によって知らされた。房枝は、電話だけでなく、一度はテニスクラブのロビイにやってきて、コートから上ってきた麻里子をとらえ、高い声で話しかけてきた。たまたまそこへ知人を訪ねてきたというのだが、それは口実でしかなく、標的は麻里子であった。麻里子は、ほとんど返す言葉もないままに、人前で、会社の悪評をきかされる羽目になった。  そのあと、岩沢が帰宅したとき、麻里子はいった。 「少しは会社の様子を教えてくださらない?」  岩沢は眼鏡を光らせて、麻里子をにらみ、 「なぜ教えなくちゃいかんのだ」 〈苦しいときは知らせ合うのが夫婦。女乗せない軍艦《いくさぶね》だって、女にできることがあるはず。また女だって心用意はしておきたい……〉  そんな風にいうつもりだったが、頭ごなしにいわれては、悲しくなって声が出ない。一息ついてから弱々しく、 「会社は大丈夫なんですね」  岩沢は胸をはり、大声で、 「心配ない。世間が、がたがたいっているだけだ」  麻里子はまた、いうべき言葉をのみこんだ。 〈家でまで大本営発表をなさらなくていいのよ〉  その代り、顔色をうかがうようにしてきいた。 「子供たちが心配してましたけど、この家を売るようなことはないでしょうね」  岩沢は一瞬つまってから、 「……もちろんだ」  わざと大きくうなずいて見せた。  別の日、岩沢は、Tホテルの一室で、ほとんど眠れぬまま夜明けを迎え、車を羽田へ走らせた。  証券会社や銀行に見限られたあと、岩沢が助けを求めたのは、最大の債権者であるL自動車工業であった。特装車のエンジンやシャシーは、L自動車のものを使っており、その供給を止められれば、岩沢産業は、その日のうちに倒産しかねない。もちろん、その場合、L自動車にも大きな痛手となるわけなので、それよりはむしろ、L自動車の資本参加を得るなり、その系列に入るなりして、生きのびることを考えるべきではないか。  L自動車首脳への交渉がはじめられたが、かんじんの社長が渡米中ということもあって、話は進まなかった。その社長が、早朝の便で帰国するときき、その日、とにかく羽田でとらえ、懇願してみようというのである。社長との会見のアポイントメントがとれそうもないため、岩沢がこっそり考えた体当り戦法であった。社長の逆鱗《げきりん》に触れる心配もあって、成否は五分五分である。それに、もともと、他人《ひと》に頭を下げるのがきらいな岩沢としては、軍門に降《くだ》るような思いでの試みであった。  そうした不安と口惜しさが入りまじって、一夜、岩沢を寝かせなかった。社長に会うことを思えば、浴びるほど酒をのんで寝る、というわけにも行かなかった。  車は国際線出口に着いた。すでに三本木専務と秘書課長が来ていた。三人で、税関出口に立つ。早朝なのに、三十人近い出迎え人が居たが、その中から恰幅《かつぷく》のいい男が近づいてきて、会釈した。 「岩沢社長ではありませんか」  男は名刺を出した。知らない会社の部長職。その男の名にも顔にも見おぼえがない。岩沢がとまどっていると、男は頭を掻《か》き、 「御存知ないわけですよ。いつか、社長の海軍式経営についての御講演を、たいへん感激してきかせていただいた者なんですから」  岩沢はぎくりとした。そこに集まっている人々の中に、他にも自分の顔を知っていそうなひとが居る気がし、覆面でもしたい思いである。男は、その思いにふみこむようにして、 「ところで、こんなに朝早く、どちらへお出かけですか」  岩沢が口ごもっていると、 「あ、ここはお迎えのわけですな。すると、外国から大事なお客さまでも……」  屈辱的であった。説明できることではない。「ちょっと失礼」といいながら、三本木たちを連れ、少し離れた場所へ移動した。  あちらからも、こちらからも、けげんな目を向けられている気がして、L自動車の社長が出てくるまでの時間が、ひどく長く感じられた。岩沢は、目に見えぬマストに縛りつけられている思いで耐えた。  ようやく当の社長が出てきた。二人の男が従い、出口には、数人の男が出迎えている。その一団の中へ、岩沢は目をつむる思いで突入した。直訴であった。訴えの内容はともかく、誠意だけでも、まず汲《く》みとって欲しい。  社長は大きく目をみはった。岩沢の言葉に軽くうなずいたが、それは、犬の吠えるのにうなずく恰好であって、一言もいわず、人々に囲まれ、遠ざかって行った。  岩沢はじめ役員たちは、持株の大部分をL自動車工業へ引き渡すことになった。  その引き渡しに立ち合ったあと、J証券の高塚専務は、苦笑を浮かべて、岩沢にいった。 「さすが、みなさん海軍軍人ですね。これまで、だれも株を売り逃げておられない」  岩沢は黙っていた。証券会社は、上場や増資でもうけるだけもうけ、業績不振がわかると、すばやく高値のうちに売りに売ってもうけた。その連中相手に、岩沢は口をきく気にもなれない。 「気のきいた役員なら、会社がおかしくなってくると、こっそり、自社株を手放して行くものですよ。みすみす損することはありませんからね。おたくの場合だって、いまの株価は、一時の七分の一。財産が七分の一に減ってしまうというのに、みなさん、こけの一念というか、痩《や》せがまんというか、よく抱えこんでいたものですな」 〈紙が金になったが、その紙が紙に戻ったまでじゃないか〉と、岩沢は叫びたいのをこらえた。高塚は続ける。 「もっとも、本気で危いとは思われなかったかも知れませんね。景気のよい決算ばかりでしたから。最初はうそとわかっていても、やがて、うそとほんとの区別がつかなくなってしまう。社全体がそういうムードでしたからね。L自動車工業側もおどろいてましたよ。提携がきまって、帳簿を洗ってみたら、押しこみ販売はある、売れないものが売れたと報告されてる、返品は記入されてない、などといった調子で、どんどん赤字がふえ出したわけですからね。役員はともかく、監査をしていた公認会計士は、いったい何をしてたんだと」  海軍主計士官上りの公認会計士二人は、会計士登録停止の制裁を受けた。仕事ができなくなるわけで、重い処分である。岩沢は、申訳ないとは思うが、その一面、役員といい会計士といい、海軍仲間が一蓮托生《いちれんたくしよう》の運命をたどってくれたことに、わずかに救いを感ずる思いもあった。その辺が、同じ海軍出でも、高塚には通じないところである。  黙ったままの岩沢に、高塚はたたみかけてくる。 「全く威勢がよかった。強気強気の連続でしたね。だれかがいってましたよ。軍艦マーチは『守るも攻めるもくろがねの……』だが、岩沢産業は、『攻めるも攻めるも』だって。その意味では、海軍式経営ではない。いや、海軍式経営なんてものは、本来あり得ないとね」  岩沢は、ついに声を出した。 「ちょっと待ってくれ。おれは、海軍精神による経営はあるといったのに、それを海軍式経営といったのは、きみじゃなかったか」 「……どちらも、同じことですよ。要するに、精神だけあって、経営はなかった」 「しかし、きみたちは、そんな会社をよくぞ持ち上げて……」 「商売になりましたからね。その点は、お互いさまじゃなかったですか」 「…………」 「ところで、打出小槌町のお宅のことですが」  岩沢は、万一の場合、いさぎよく権利証に実印を添えて引き渡すつもりでいたのに、未練が湧《わ》いた。  打出小槌町は、いまとなっては、岩沢に残っている唯一のよりどころ。そこを引き渡しては、岩沢は夫でも父でもなくなってしまいそうである。それに、L自動車工業側や高塚ら証券会社の男たちの顔ぶれを見て、いさぎよくありたいとの岩沢の気持は、いっそう薄れるばかりであった。  押し黙っている岩沢に、高塚は浴びせかけた。 「会社をここまで傾けておいて、あの豪華な邸に住まわれているのは、穏当でない。売り払って、他へ移られるようにとのことです」 「だれがそういってるんだ」 「L自動車工業側……。つまり、資本が命じているんです」 「資本か。つまり、紙になったり、金になったり、紙になったりするやつか」  岩沢は眼鏡を光らせ、吠えるようにいった。  打出小槌町の朝。岩沢は、小鳥の声に目をさました。八時を少しすぎていた。  三階の窓のカーテンを開けると、鳥の影が羽音とともに、かすめすぎた。すぐ先の松の梢《こずえ》に巣箱がある。麻里子が植木屋にたのみ、邸内の松などに十|箇《こ》つけさせたというひとつであろう。  朝日を浴び、ミモザが黄色く燃え立っていた。白い紙片を空に放《ほう》り上げたように、コブシの花も咲いている。移って九年。麻里子の丹精が実って、庭はいつも花々で色どられている。  ガウンを羽織ると、岩沢は一階の居間へ下りて行った。岩沢としては、久しぶりにのどかな休日の朝であった。とくに予定はなく、行先もない。すでにヨットは売り払ったし、研修センターは、土曜日曜は休みになっていた。 「おはようございます」  新聞から顔を上げた麻里子の表情が、さびしそうであった。居間のガラス戸の先には、濃いレモン色のレンギョウが咲きみだれ、桜が二、三輪、ほころんでいた。 「今年も桜が咲きはじめたな」  少し感慨をこめていう岩沢に、麻里子は、 「わたし、もう庭を見る元気がないの」  前夜、岩沢は、はじめて妻子に収拾策を話した。  L自動車工業から、社長以下新しい経営陣が入り、岩沢ら海軍仲間は全員、役員から退く。ブラジルの鹿野だけが常務として本社へ呼び戻される。岩沢産業の技術を、そうした形で評価し、継承させようというねらいであった。  三本木は販売会社へ出され、岩沢自身は、鹿野と入れ代りに、ブラジル工場長に出る。千五百人の会社の社長から外地の五十人の工場長へというのは、艦隊司令官が小さな魚雷艇の艇長となって、敵の泊地へ赴くようなものである。懲罰的にさえ見える人事だが、むしろ、岩沢がそのポストを希望した。  新社長は、L自動車工業の筆頭専務であった。同社の社長候補に擬せられていたほどの大物であったが、常務時代、岩沢産業に注目し、特装車部門との取引をはじめたのも、その男であった。岩沢産業が行きづまった以上、自ら責任をとるべきだとして赴任してきたもので、そこにも、資本の論理が働いていた。資本が駒を進め、駒を動かす。  会社の債務の中には、岩沢が個人保証したものがあった。その弁済に当てるためもあって、打出小槌町の邸は処分し、都内のマンションへでも移る。岩沢はひとまず単身赴任。子供たちにはそれぞれ好きな道へ進ませ、麻里子がブラジルへ行くかどうかは、彼女自身が決めることにする——。  岩沢が話したのは、そういうことであった。  息子は、夜おそくまで作曲していたらしく、まだ眠っている。娘は早朝、スケッチ旅行に出かけたが、「ここを離れたくない」と、一晩中、泣いていたという。 「わたしも同じ気持よ。でも、もう何もいいません」 「ブラジル行きは考えてみたか」 「……わたしは日本へ残ります。どうせ、あちらは、女乗せない軍艦《いくさぶね》でしょうから」  さびしい笑顔で、岩沢を見上げた。〈ついて来い〉と強くいわれれば、もちろん、ついて行くつもりであった。  だが、岩沢は庭に眼鏡を向けたままである。麻里子は締めくくるようにいった。 「どうせ、これまでも、母子家庭のようなものでしたもの」  その言葉の中のうらみっぽいひびきは、岩沢の心に届かなかった。  岩沢は、両手を腰に当て、つぶやいた。 「桜の下で、ついに、この館《やかた》も落城か」  ブラジルから帰国した鹿野に、岩沢がいった。 「こういうときのために、きみを役員からはずしておいたんだ。ひとつ、たのむよ」  鹿野は、ふき出すところであった。人事権はとっくに岩沢の手を離れ、岩沢自身とばされて行くというのに、強がりだけは相変らずであった。  鹿野は陽灼《ひや》けした上に痩せて、まるで黒い針金のようであった。長い顔には、幾本もの皺《しわ》がきざみこまれている。ブラジルの工場は苦しい経営を続け、その苦労がしのばれるような憔悴《しようすい》ぶりであった。  そうした土地へ、今度は五十半ばをすぎた岩沢が出かけなければならない。 「たいへんですよ、社長こそ」といいかけて、鹿野は、「岩沢さんこそ、がんばってください」  地位が逆転し、鹿野に対して岩沢が敬語を使うべきかも知れなかった。 「酒はのめるだろうな」 「その点、マナウスは自由港ですから、スコッチなど、かなり安く手に入ります」 「軍歌をうたうところはあるか」 「さあ……。レコードでも持って行かれたら、どうです」 「もちろん持って行く」  岩沢は、元気にいった。 「日本に居るよりは、ましだと思うな。どうせ、おれは、ひとの下では働けぬ人間だから。その点、向うなら、自由にやれる。マーケットは広いし、その上、軍事政権の国だ。気風も合う。きっと、おれの経営は成功する。今度こそ、前途洋々だ」  岩沢がブラジルへ渡って半年。ブラジル工場への追加投資を要請する書類に添えて、鹿野あての私信を送ってきた。  新しい会社首脳陣の中で、ただひとりの「仲間」である鹿野に、追加投資について、少しでも助力してもらおうとの気持から、筆不精の岩沢としては珍しく、近況を書き送ってきたものであった。 「先日、所用でリオデジャネイロへ飛んだ。港の沖合に航空母艦が碇泊《ていはく》していた。アメリカから買ったものだが、ほとんど年中、そこに泊ったままだという。動かない空母だから、もちろん離着艦訓練など行われていない。あれでは戦争になっても、とても飛び立てないし、着艦もできまい。  もっとも、御当地は、それでもいいらしい。中南米諸国の中で空母を持っているのは、ブラジルだけ。国家的威信を示し、自慢するため、いちばん目につくところに浮かばせてあるのだともいう(つまり、無用の用というところか)。  月々火水木金々の猛訓練を必要とする空母がその有様だから、他はおして知るべし。海軍は恰好よさだけが愛され、海軍精神などといっても、さっぱり通じない。きみがもう少し気合いをいれておいてくれたかと思ったが、従業員の精神面は全く空白のままだ。とりあえず、早速、掲揚台をつくらせ、中央にブラジル国旗、左右に軍艦旗と社旗をかかげさせることにした」  鹿野には、岩沢の置かれている場所が、目に浮かんでくる。  四方に原始林の海の迫った町。大きな音を立てる旧式のクーラー、ペンキのはげた壁、土色を帯びた水道の水、よく故障するトイレ……。そして、よく故障する機械、すぐ足りなくなる部品、ゆらゆらゆれるように動く褐色《かつしよく》の従業員たち。毎日のように変わる物価と資金不足。鹿野は、早々に白旗を掲げたい気分であった——。  新しい社の方針では、海外工場は行く行くは切りすてと決まった。追加投資など認められるはずはなく、鹿野としても役員会に提案する気もない。  だが、岩沢の手紙は続く。 「……自分は悲観などしていない。帝国海軍が太平洋戦争当初、アメリカという巨人をノックアウトした話などすると、ブラジル人は大|喝采《かつさい》。自分たちもそうなりたい、その秘密を教えてくれと、せがんでくる。可愛いものだ。  きみとちがって、自分はこの国に骨を埋める覚悟だから、これから一生かけてじっくり帝国海軍の戦訓を彼等に伝え、彼等を筋金入りの産業戦士に鍛え上げるつもりである……」 [#改ページ]   第三章 老女|颯爽《さつそう》  日曜日の正午《ひる》ごろ。打出小槌町《うちでのこづちちよう》の一画を、大きな女が徘徊《はいかい》していた。  胴長で上背もあり、肉づきのいい体は肩がはっていて、男と見まがうほどである。服装も男っぽかった。藍色《あいいろ》のブラウスに、茄子紺《なすこん》色のジャケット、やや淡い同系色のスラックス。女らしさをわざと殺した地味なスタイルで、それだけシックのようでいて、また、ひどくやぼったくも見えた。その上、女は、白粉《おしろい》も香水もつけず、口紅さえひいていない。脂粉のにおいひとつしないため、すれちがっても、女と気づかぬひともあった。  大きな女は、扁平《へんぺい》な顔をしていた。ただ、眉と眉の間がはり出し、白眼の多い目が、その分だけ、奥へひっこんだ感じである。  彼女は、いくつかの邸の前で立ちどまると、その金壺眼を光らせ、なめるように邸の内外を見回した。そして、ため息とも、嘆声ともつかぬものを漏らす。そのあと、さらに金壺眼を光らせ、やや外股《そとまた》に、次の邸の前へ進んで行った。  挙動不審といえた。ふつうの町なら見とがめられるところであるが、ここではちがっていた。人通りが少ないせいもあるが、それだけではなく、ここのひとたちは、余所者《よそもの》には無関心を装う。余所者に気をとめるようでは、自分もその余所者と同じレベルに落ちてしまうとばかり、よほどのことがない限り、歯牙《しが》にもかけぬふりをする。  こうした無関心さのおかげで、大きな女は、打出小槌町の街々を、小一時間かけて、ゆっくり見て回ったあと、駅に戻った。もっとも、電車に乗るわけではなく、そのまま駅横の踏切を渡り、今度は少し足早になって歩いて行く。  私鉄をはさんで、打出小槌町と反対側は、戦後になってひらけた新興住宅地で、小さなスーパーマーケットや商店街があり、その先には、アパートをまじえ、三十坪から五十坪といった土地に小住宅がびっしり並んでいる。大女は、十分ほど歩いて、そうした小住宅のひとつに入って行った。  標札には、「大河菊次郎 朱美」とある。やはり平たい顔に奥まった目をした男と、小柄な女が出迎えた。大女、大河ミヨ子の弟夫婦である。 「いらっしゃい。少しおそかったね」 「駅の向う側を歩いてきたんだよ。あちらには、ずいぶん、いい家があるね。同じ土地でも、こちら側とは段ちがいじゃないか」  菊次郎夫婦は、はじまったとばかり、顔を見合わせて苦笑し、 「そりゃ、ねえさん、仕方がないよ。あちらは、昔からお大尽の町だもの」 「お大尽だって人間だろ。なんなら、あたしが住んでやろか」 「そりゃ無理だよ。地価がちがう」 「そんなことは百も承知さ。それに、金の工面ができるからこそ、そういってるんだよ」 「でもねえ、おねえさん、あそこは、本妻とベンツの町といわれてるのよ」  朱美が鼻にかけたいい方をした。ミヨ子には、すぐそれがわかり、気色ばんで、 「本妻でなくっちゃ、住まわせぬというきまりでもあるのかい」 「……いえ、きまりがあるわけでは」 「お妾《めかけ》さんを住まわせたくないっていうんだろうが、それはそれでいいよ。でも、あたしのようなひとり者の女は人間じゃないっていうんだったら、黙っちゃいないよ」 「…………」 「あたしは、旦那と本妻と何人分かの働きをしてきたんだからね」  苦笑を深めたまま黙りこむ菊次郎夫婦に、 「ところで、本妻の他《ほか》にもうひとつのベンなんとかはなんだい」 「ベンツだよ。ドイツ製の高級乗用車だ。うちの会社でもそうだが、ちょっとした会社の社長連中が、運転手付きで乗っている車さ」 「なにかね。そういう車に乗らないと、あそこには住めないのかね」 「住めないんじゃなくって、そういうひとばかり住んでるというわけさ。つまり、こちら側とは、世界がちがうんだよ」 「あんたたちとはちがうかも知れんが、あたしまで入れることはないだろう」 「…………」 「菊次郎、おまえ、車にくわしいんだろう。そのベンなんとかより、もっと上等の車はないのかい」 「そりゃ、ありますよ。ロールス・ロイスとかなんとか、いくらでも」 「それなら、そういう車に乗ってみせればいいんだ」 「ねえさん、正気ですか」 「ああ、正気だよ。あたしゃ、これまで、人の五倍も十倍も苦労してきたんだからね。せめて、これからは、大いに贅沢《ぜいたく》しなくちゃ」 「信じられんな」「わたしも……」  菊次郎夫婦がうなずき合う。ミヨ子はたたみかけて、 「あたしだって人間だよ。いい家に住みたいさ。とびきり上等の車に乗って、威張ってもみたいわよ」 「…………」 「車といえば、おまえ……」  いいかけて、ミヨ子は声をのんだ。十五歳年下の菊次郎にきいても、おぼえているはずはない。  姉弟《きようだい》の親は、越後平野の海沿いの村で、小作をしていた。大地主である旦那さまは、東京に住んでいて、年に一度か二度、気候のいいとき、新潟から、みがき上げた黒塗りの自動車に乗って回ってくる。  車が止まると、運転手がとび下り、かけ足で後部のドアのところへきて、うやうやしく頭を下げる。小作人たちは、子供もふくめ、いっせいに最敬礼した。太陽の光が、車体に乱反射し、旦那さまは後光の中から下りてくる感じであった。  その旦那さまに、ミヨ子は声をかけられたことがある。 〈大きな娘だな。男なら、角力《すもう》取りにできたのに、惜しいことしたな〉 〈はい、まことにどうも……〉  父親は、申訳なさそうに肩をすぼめたが、ミヨ子は首をかしげた。旦那の言葉は、父親はじめ村の大人たちから、きき飽きていたせりふであった。旦那さまといっても、ずいぶん、つまらぬことをいう。車に乗ってくるところがちがうだけで、下りてしまえば、ただの大人ではないか——。  ミヨ子の予感は当っていた。戦後は農地解放のせいもあり、大地主の一家は、ごくふつうのサラリーマンになってしまった、ときいている。ベンツとかに乗る人間だって、同じことだ。きっと、あの旦那さまのように、根はつまらぬ人間が多いにちがいない。車のおかげで、後光がさしているように見えるまでのことだ。  ただ、ミヨ子は、一方では、旦那さまのように光り輝く車の中から下り立つ身分になってみたいと、夢見るように考えていた。車を背にするだけで、お伽《とぎ》の国の出来事のように、人間に後光がさすというのは、やはり、すばらしいことにも思えた。  そうした思いをこめて、ミヨ子はつぶやいた。 「みんなの頭がしぜんに下るような車に、乗ってみたいな」  せまいダイニング・ルームに、昼食の用意ができていた。お赤飯に、さしみ、ひとくちカツ、ハムサラダ……。お子さまランチ的なメニューである。  五歳を頭に、女・男・女と三人の子供が入ってきた。ミヨ子には甥《おい》や姪《めい》のはずなのに、菊次郎との歳が離れている上に、その菊次郎が若い後妻につくった子供だけに、幼なすぎて、孫に近い感じである。  子供たちは、朱美にいわれていたらしく、いつもとちがい神妙な顔つきで、ミヨ子の前に一列に並び、 「おばちゃん、おめでとうございます」  声をそろえ、ぴょこんと頭を下げた。ミヨ子は、 「おや、ありがとう」といってから、「なんだか、学芸会みたいだね」  椅子に坐ると、甥が訊《き》いてきた。 「おめでとうって、どうしたの、伯母ちゃん」 「あら、ちゃんと教えておいたのに」  朱美がにらむのを、菊次郎が横からすくいとって、 「還暦といってね、六十歳になって、これから、もう一度、新しい人生をはじめるというお祝いなんだ」  きょとんとしている子供たちに、朱美が、 「わかったわね。じゃ、坐ったままでいいから、もう一度、伯母ちゃん、おめでとう、をいいなさい」 「おばちゃん、おめでとう」  ミヨ子はうなずき、さらっといった。 「はい、ありがとよ」  感謝感激すべきところかも知れぬが、ミヨ子としては、素直に受けられない。心証をよくしようという打算を、つい感じてしまう。  弟夫婦は、その子供たちの一人を、ミヨ子に養子縁組させたがっていた。いつか、子供たちの寝姿を見渡しながら、朱美が微笑していったことがある。 〈選《よ》りどりみどりよ、おねえさん〉  まるでヒヨコでも売るようだと、半ばあきれ、半ばおもしろがっているミヨ子に、朱美はつけ加えた。 〈もしお気に入りがなければ、もっと生んでもいいわ〉  さすがにミヨ子も興ざめして、 〈冗談じゃないわよ〉  甥たちに不満があるというより、子供そのものが、にが手であった。  看護婦の中には、子供好きも多いが、ミヨ子は、ついに好きになれなかった。  ミヨ子は、手荒に見えるほど、きびきびと患者を扱うのが、性に合う。繃帯《ほうたい》交換なども、気合いをかけて、さっとやる。その方が、患者のためにもなると思うのだが、子供たちにはこわがられ、ミヨ子の顔を見るだけで泣き出す子供もいる。そうした子供に親が加勢し、看護に手間がかかるだけでなく、苦情を持ちこまれることも、度々であった。それでいて、子供たちは、少しあまい顔を見せると、とたんに、なれなれしくなり、そのあげく、「ゾウのおばさん」だの「カバ」だのといい出す。  このため、自由がきくときには、ミヨ子はできるだけ子供を避け、たとえ、むつかしい症状でも、年輩の患者につくことにした。大きな体で、男性的な物言いをするミヨ子は、気の弱った年嵩《としかさ》の患者には安心感を与えるらしく、受けもよかった。それに、年輩の患者は、よく気がつき、もらいものもいい。金品だけをいうのではない。世渡りの知恵や裏情報といった無形のもらいものがある。高等小学校出のミヨ子にとっては、患者一人一人が教師であり、教材であった。ミヨ子は、若いころから、貪慾《どんよく》にそうした情報を求めた。患者の方でも、ひまつぶしになるし、看護のお礼代りにという気もある。とっておきの話というのを、ミヨ子は数えきれぬほど耳にし、それが利殖の道にもつながって行った——。  ミヨ子が箸《はし》をとろうとすると、 「おねえさん、祝盃《しゆくはい》を」  テーブルの中ほどに、紅白のブドウ酒の壜《びん》が並んでいた。 「……気がきいてるわね」  ミヨ子の言葉に、朱美は、「どうも」と、うれしそうに会釈する。ミヨ子としては、それほどほめたつもりはない。実は、そのあと、続けたいせりふがある。 〈このごろの若いひとは、蓄えもないくせに、金をつかうことだけは知ってるのね〉  ミヨ子は、八重歯を見せている朱美に、目をすえた。ジーンズをはき、青いアイシャドウをつけ、口紅も濃い。とても三人の子持ちとは見えない。結構なことだが、経済の方はどうか。たしかこの年齢のころには、ミヨ子は小さいけれども、一軒、家を持っていた。  戦争末期のことで、家の持主は工場災害で指二本を落とした患者であったが、郷里の広島へ引き揚げるため、投げ売り同然に渡してくれたもの。当時はまだ農村地帯であった練馬のはずれ。土地は三十坪足らず、家もバラック並みであった。それでも、ミヨ子の約十年間の貯金全部をはたいても足りなかった。ただ、その男が後に東京に戻るときに売り戻すという約束づきでの引き渡しであった。  男は二度と帰らず、ミヨ子はそれを貸して、家賃はすべて積み立てておいた。  三十前の女であるということは同じでも、朱美とは、まるで心がけがちがっていた——。  子供たちが、けんかをはじめ、ソースの壜が倒れた。朱美がつねりでもしたのか、子供の一人が泣き出す。ミヨ子は、顔をしかめた。その点でも、家でひとり留守番をさせているエミはいい。顔立ちは整っているし、いつでも物静かで、声ひとつ立てない……。  菊次郎にブドウ酒をつがれ、ミヨ子は気をとり直し、同時に、気も大きくなって、 「しかし、本妻とベンツの町だなんて、癇《かん》にさわるね。あたしゃ、なんとしても、あの町に住んでみせるよ」 「…………」 「あれだけのところは、ちょっと他にはない。これからも、きっと値が上るよ。とびきり上等の土地というのは、どんな時代になっても、財産としては強いんだもの」 「ねえさんの話は、やっぱり、そこへ落着くのか」 「車も買えばいいんだろ。ベンツとやらよりもっといいのを」そういってから、ちょっと声を落とし、「乗ってるうちに値の上る車は、ないもんかね」  朱美がふき出した。菊次郎も笑って、 「そりゃ無理だよ」といってから、「もっとも、クラシック・カーなら、骨董《こつとう》品同然だから、値上りするかも知れんな。ただ、たいへんな値段だよ」 「どんなに高くたって構わないよ、値が上るものなら。おまえ、ひとつ、物色しといてくれ」 「そう簡単には……。日本では、めったに見られないんだから。そうだ、ねえさん、アメリカへ行ったとき、見なかったかい」  車の説明をきくと、ミヨ子も一台見た記憶があった。  五年ほど前、ほぼ四十年つとめた大学病院から退職の際、他の幾人かの永年勤続者たちといっしょに、アメリカ西海岸旅行に連れて行かれた。  そのとき、サンフランシスコ郊外で、富豪の邸宅地というのを見た。プールや日本茶室があったり、庭に鹿《しか》を飼ったりしているような邸ばかりであったが、その邸宅地の道路を、サイレント映画にでも出てくるような車が一台、軽やかに走っていた。ガイドが、目をむくような値段を教えてくれたことも、おぼえている——。  富への道は、何よりも、こまめであること。  帰りがけ、ミヨ子は、ふたたび私鉄をまたぎ、打出小槌町側に出た。こちらの駅前には、果物屋、酒屋、獣医などが、行儀よくひっそり並んでいる。その中に一軒だけある不動産屋へ、ミヨ子は勢いよくとびこんで行った。  戸口をふさがんばかりの大女が、金壺眼を輝かし、アルコールのにおいをさせて現われたのを見て、小柄な不動産屋は、おどろいて、椅子に坐り直した。  ミヨ子の来意を、不動産屋は、半信半疑の顔できいた。目は、ミヨ子の大きな体を洗っている。  化粧こそしてないが、こざっぱりと、身ぎれいではある。男っぽい服装だが、モダンといえるのかも知れない。その客が、マンションとアパートを経営しているときいて、不動産屋は、ようやく真剣な顔になった。  いま打出小槌町には、一番地に七十坪、八番地に二百坪の物件が売りに出ていると、その坪単価も教えたあと、 「でも、奥さん……」 「奥さんはやめてよ。あたし、奥さんじゃないんだから」 「じゃ何というか、お嬢さんでも変だし」 「わからんひとね。苗字を呼べばいいじゃないの」 「なるほど。では、大河さん」 「用件をさっさとおっしゃい」 「……お気づきとは思いますが、打出小槌町では、アパートやマンションをつくることはできないんですよ」 「どうして」 「はっきりしたとりきめがあるんです。現に、その種の建物は、昔もいまも、一軒もありません」 「……そんなこと、構わないわよ。あたしゃ、もうアパート経営に飽き飽きしたの。手間はかかるし、借り手が強くなるばかりでね。子供の声きくだけで、いらいらするわ。ちょうど還暦になったことだし、ここらで、ひとつのアパートを売って、ゆっくりお邸ぐらしをしてみたいのよ」  それは、ミヨ子の本音であった。  古い木造アパートは、かなり傷んできていた。故障続出で文句が絶えない。このため、ミヨ子は退職後、ときどき、たのまれて派出看護婦に出る他は、日曜大工の講習に通い、水道工事までおぼえて、自分でアパートの修繕などに当ってきたが、直すよりも傷む方が早い。さすがのミヨ子も、これ以上、苦労をしたくなくなった。  ちょうど、その土地をアパートぐるみ買いたいという話がある。もともと質素な生活なので、生活費は年金だけで間に合い、さらにマンションの家賃の一部が入る。ここらで楽な新生活に入りたいと思っていた——。  ミヨ子は、不動産屋を叱りつけるようにいった。 「とにかく、まず、物件を見せてちょうだい」  大きな女と小さな男が、昼下りの打出小槌町を歩いていた。  二百坪の家は、ミヨ子には問題外であったが、一番地の七十坪は、手ごろである。ただ、ミヨ子は、首をかしげた。このかいわいの区画として、その坪数は異様に小さい。小さければ、売れ足も早いと思うのに、なぜ残っているのか。  実際にその家の前に立ってみて、ミヨ子には、ひらめくものがあった。建坪約四十坪という家は、建築後五年あまり。窓の大きい明るいつくりにもかかわらず、家全体が陰気であった。陰々滅々という感じがする。それは、雨戸が閉じたままになっているせいだけではない。 「この家で何かあったのね」 「……わかりますか」 「わかるわよ。あたしは、不動産屋さんの親戚《しんせき》みたいなもので、もう何十年も物件を見てきたんだもの。どうせわかることだから、白状なさい」  低い竹垣を隔て、隣りに、木立に包まれたかなりの豪邸があった。邸の住人は、ある大会社の前社長。七十坪の土地は、その男の息子に分けたものであった。息子は、同じ会社で、父親の腹心のような仕事をしていたが、父親の不祥事が発覚したとき、連座した。そして、取調べを受け、いったん帰宅を許されたところで、その家の一室でガス自殺したのだという。 「それでも御覧になりますか」  否定的な返事を予想する不動産屋に、ミヨ子は勢いよく、 「もちろん、見るわよ」 「……しかし、奥さん、いや、大河さんは、ほんとにおひとりで住まわれるんでしょうね」  くどく念を押してくる。ミヨ子は面倒くさくなって、 「子供が居るわよ、エミといって」 「えっ。さっきのお話では、ずっと独身だったと……」 「うるさいわね。どうでもいいじゃないの。いずれ引越してくればわかるわよ」 「…………」 「さあ、さっさと開けて」  エミに向かって、ミヨ子は話しかける。 「新しい家を見てきたよ、エミ。とてもいい家だった。部屋は五つもあるし、それに何より環境が最高。海に近いお屋敷町でね、緑がいっぱいあるし、空気もきれいだし。そう、町の名前もいい、打出小槌町といってね、いかにも、お金持の住みそうな町。もちろん、あたしだって、りっぱなお金持。これからは、そういうところに、住まわなくっちゃ」  練馬にあるミヨ子の賃貸マンション。四階建てで、六畳・四畳半に台所浴室といったつくりが八戸。ミヨ子自身も、そのひとつに住んでいる。ひとりぐらしであるが、ミヨ子はうす笑いして話し続ける。 「ただし、そこにも、ちょうどキズものがあったの。持主が自殺したというけど、あたしには好都合だよ。ずいぶん値をたたけるんだもの」  エミは、いぜんとして答えない。澄んだ瞳《ひとみ》で、じっとミヨ子を見つめている。 「持主がガス自殺したという部屋も見たわ。八畳の和室だけど、きれいにかたづけてあったし、別に何ということもなかった。自殺だって病死だって、死ぬことに変わりはないしさ。この世の中、死人をこわがってては、住むところがなくなるよ。それに、あたしがうらまれる筋はないし。むしろ、売れなくって遺族が困っているというんだから、買主のあたしは感謝されていいぐらいだよね」  エミは無言である。永久に言葉を発することはない。  ミヨ子は、例のアメリカ旅行のとき、エミをサンフランシスコのデパートで見つけた。本物の子供が売られているのかと、思わず足をとめたほどで、大きさは、三歳児ほどもあった。寝かせれば、瞼《まぶた》を閉じる。首は上下左右に動く。手足も屈伸でき、幼児用の服や靴をつけさせることができる。ただし、値段は高く、当時のミヨ子の給料の三分の一近かった。このため、子供用の玩具《おもちや》というより、飾りものというか、ひとりぐらしの大人が慰みに買って行く、ということであった。  ユニオン広場《スクエア》に面したデパートのその売場へ、ミヨ子は三度足を運んだ。  当時、ミヨ子は退職とともに、それまで四十年近く居た看護婦寮からマンションへ移り、五十半ば過ぎてのひとりぐらしをはじめたところであった。話相手というか、気をまぎらわすものが欲しかったが、マンションでは、生物を飼わせぬことに定めてある。そうでなくとも、犬猫や小鳥は、手がかかるし、餌代《えさだい》も要る。医者にもかけなくてはならない。それでいて、飼犬に手を噛《か》まれるということもあるだろうし、死ねば悲しみ、葬ってもやらねばならない。  そうした有形無形の犠牲と、それに対する報われ方といったものを考えると、ミヨ子としては、ペットに目が向かない。ただし、ペット代りのものは欲しいと思っていたところへ、その人形とめぐり合ったわけである。  ミヨ子は、旅の終りまでには、エミという名をつけ、日本へ連れ帰った。  羽田では、大女がかかえる可愛い人形に、税関吏の目が笑った。 「おみやげですか」 「いえ、あたしのよ」 「はあ?」  税関吏は目をまるくして、ミヨ子の大きな体を見直す。 「あたしが人形買って帰っては、いけないの」 「いや、構いませんよ。もっとも、これは、ただの人形なんでしょうね」  まだ冗談の口調なのに、ミヨ子は挑戦的になって、 「いやらしいわね。疑うなら、見てちょうだい。素裸にさせるから」  いきなり、服を脱がせにかかった。税関吏は辟易《へきえき》して、 「いや、もう結構です、奥さん」 「奥さんじゃないわよ、あたし」  こうしたやりとりが、ミヨ子にそのつもりはなかったが、結果的には、税関吏の目をくらますことになった。このとき、ミヨ子は、ポルノ雑誌を五冊、体に巻きつけて持っていたからである。  出発前、懇意の不動産屋に、ぜひ一冊、とたのまれたものだが、男がそんなに欲しがるものならと、ミヨ子は、いつも金を借りる銀行の支店長と貸付係、弟菊次郎のつとめている建設会社の社長と現場監督のため、一冊ずつ買ってきた。  それは、安い投資にかかわらず、効果の大きなみやげとなった——。  ミヨ子は立ち上り、夜間電力利用の給湯器のコックをひねり、浴槽《よくそう》へ湯を貯《た》めるようにしてきた。そして、ふたたびエミに話しかける。 「おまえにも辛抱させてきたけど、もうこれで、汗くさい人生は終りだよ。とにかく、これまで、他人の数倍も働いてきたんだもの。これからは、思いきって、贅沢させてもらおうよ。そうね、優雅というか、豪華|絢爛《けんらん》というか、すてきな人生を送りたいものだね」  エミに目を当てたまま、ミヨ子は、そこで一区切りつく。「贅沢」といい、「豪華絢爛」といったものの、ミヨ子には、その内容が浮かんで来ない。あそびとか趣味とかには、およそ無縁。ただただ財産づくりだけに励んできた報いである。もっとも、打出小槌町に住むということが、そのまま「贅沢」となり、「豪華絢爛」となる。それに加えて、ベンツ以上の車を持てばいい。 「車も買うよ。みんな、びっくりするような車を。そして、おまえとドライブする。運転手は、菊次郎にでも内職にやってもらう。あたしらは、後の席にでんと坐って出かけるんだ。そうすれば、もうおまえに、いつかのように恥をかかせたり、つらい思いをさせることもなくなるからね」  ときどきミヨ子は、エミをかかえて、外出することがある。すると、きまってバスの中などで、くすくす笑いが起る。だが、ミヨ子は気にしない。無口で美貌の子供を連れているだけと、自分にいいきかせる。ただ、あまりよくできた人形のため、本物の子供とまちがえられることもあった。 「お客さん、客席では、子供さんの靴をとってくださいよ」と、バスの運転手に叱られたこともあった。 「おまえもアメリカ生れだから知ってるだろうけど、クラシック・カーとかいうのを買うよ。あれは、ベンツ以上の車だというからね。古い黒光りする車に乗って、とことこと走って行く。みんながいっせいに尊敬の目で見てくれる。そこで後光を背にして、おまえといっしょに車を下りる、というわけだね」  ミヨ子は、自分の夢に酔って話していたが、その耳に湯の溢《あふ》れている音がきこえ、あわてて浴室へ走った。  六畳の間に戻ると、ミヨ子は着ている物を次々に脱ぎ、下穿《したば》きまでもとった。身長一七〇センチ、体重八五キロ。ウエストやヒップは、最近では測ったことがない。子供を産まぬ乳房は、盛り上ったままで、腰回りも厚い。 「ちょっとお風呂へ入ってくるからね。話は、またあとで」  エミにことわり、素裸のまま部屋を横切り、浴室へ。  アメリカ旅行のときも、ホテルの二人部屋で、ミヨ子は前を隠しもせず、浴室から上った。悲鳴を上げる同室者に、 「恥ずかしいことは何もないわ。あたしのは、ただおしっこするだけの道具だもの」 「だって……」 「あたしゃ、永遠の処女よ。きれいな体よ」  高い声でうたうようにいう。同室者は、ふき出した。屈託のない冗談。いかにも男まさりのミヨ子にふさわしいと、同室者は笑い続ける。  ミヨ子は、内心、にがい気分であった。ミヨ子とて女である。そんな冗談など口にしないですむ人生を送りたかった。その辺のところは、他人には永久に理解してもらえそうにない。  ミヨ子は、何度も打出小槌町へ出かけた。こまめに動く——ということが、彼女の生涯かけての信条である。  晴れた日、雨の日、風の日。朝、昼、夜と時間を変えて、一番地のその家のかいわいを歩き回る。一度は、菊次郎の家に泊り、夜ふけの十一時、早朝の五時、七時、九時、十一時と、都合五回、現地に行った。 「酔興だなァ、ねえさん」  と、あきれる菊次郎夫婦を叱りつける。 「何事も勉強。勉強即お金なの。勉強しすぎて損するということは、絶対ないんだから」  土地についての情報を、できるだけ豊富にしておきたい。いい情報は胸の中にたたみこみ、わるい発見は、値引きの材料に使う。  夜の十一時。ミヨ子は、その家の裏手の白い洋館から、かすかにピアノやギターの音が流れてくるのに気づいた。  朝の五時。牛乳屋が軽四輪トラック、新聞配達がモーター・バイクで走っているのを見た。地域が広いせいもあってか、自転車を使っていない。それだけ音がうるさい、ともいえる。ついでに、ミヨ子は新聞配達の若者を呼びとめ、例の家を指さしてきいた。 「あんた、あの家に何かあったの知ってる」 「……どういうことです」 「たしか、自殺があったとか」 「そうなんです、これですよ」若者は首に手を当ててから「いや、ちがった。ガス自殺だった」  ミヨ子はうなずき、 「この辺のひとは、みんな、そのこと知ってるのかしらね」 「そりゃ知ってますよ」若者は答えたあと、気味わるそうにミヨ子を見、「でも、おばさん、こんな朝早く、どうしてその話を」 「いいのよ、気にすることはないわ。早く行きなさい」  わるい評判をたしかめ、さらに、わるいふんい気にしておくことは、わるいことではない。  朝の七時。その家の前が、ごみ集めの場所になっているらしく、重いポリバケツを音を立ててひきずってくるお手伝いさんの姿を見た。早朝のその時間では、迷惑な音ともいえた。これも悪材料のひとつ。自殺という決定的な材料だけに満足せず、ミヨ子はさらにこまめに悪材料を集め続けた。  ミヨ子は、集めた悪材料を、不動産屋の矢板にぶつけた。 「まいったなァ。あなたのような客は、はじめてですよ」  矢板は、ぼやきながらも、売主と交渉してくれた。  その結果、まだ新しいにもかかわらず、建物の評価はゼロ。土地の値段は、相場より一割安くなった。総額では、最初の言い値より三割近くも安くなっている。 「たいした掘出物になりましたよ。金の工面がつくなら、わたしが買っておきたいくらいだ」  矢板はかなり本気でいったあと、 「正直なところ、あなた、なかなかの買手ですな。これまでも、ときどき、こうした掘出物を拾って来られたんでしょう」 「そうよ。女は掘出物に敏感なの」 「しかし、洋服なんか買うのとちがって、不動産は、よほどの財力が伴いませんとねえ」  矢板は、さぐるような目でミヨ子を見ながら、タバコに火をつけた。縁のかけた灰皿には、吸殻が山になっている。ひっきりなしにタバコを吸う男であった。  細く煙を吐き出しながら、矢板はねだった。 「どうしたら、そんなにお金ができるか、秘訣《ひけつ》を教わりたいものですな」 「簡単なことよ。金をつかわないで、貯めるのよ。タバコ代ひとつだって、四十年五十年重なると、ばかにならないはずよ」  矢板は頭をかき、 「その辺のことは、わかってますよ。もっと別の秘訣はありませんか」 「心がけよ」 「どんな心がけですか」 「教えて欲しいの?」 〈男のくせに、情ない〉とでも続けたいところであったが、矢板が意地を失くしたようにうなずくのを見て、ミヨ子は、一気にしゃべった。 「最初に貸家を持ったときから、家賃は全部、銀行に積み立てるようにしたの。そうして信用をつけて、銀行から金を借りて、次の掘出物を買ったわ。あとは、そのくり返しよ。貸家やアパートの家賃を積み立てて、金を借りて、掘出物を買って……。そして、気がついてみたら、アパートとマンションを持っていたというわけ」 「積んで、借りて、買っておきさえすれば、あとは、しぜんにお金が湧《わ》いてくるとでもいった話ですな」  まだ何かあるといわんばかりであった。  もちろん、ミヨ子にも、補足すべきことが、いくつかある。だが、いま、こうした男を相手に話すべき筋ではなかった。  たとえば、農地解放で、小作だった父親に土地が入り、さらにその土地が、新潟市の膨張によって宅地化して、遺産相続のときには、ミヨ子にも思わぬ大金が入った。菊次郎ら弟妹たちは、その金をなしくずしにつかってしまったのに、ミヨ子はまず、そっくり銀行に預け、融資と合わせて、土地買いの資金を引き出せるようにしておいた——。  矢板は、焦茶色になった指先でタバコをつまみ直し、ミヨ子の答を待っていたが、それ以上話そうとしないのを見て、話題を変えてきた。 「あの家は、貸家にしようにも、借り手はないでしょうし、すぐ転売もできんでしょう。やはり、あなた自身が住まわれる他ありませんな」 「もちろん、あたしが住むわよ」 「でも、どんな風に」  ミヨ子は、また黙った。今度は、隠すためではなく、ミヨ子自身に十分な答ができていないためであった。  ほめられ、うらやましがられるようないい家に住んでみたいという夢を、ミヨ子も、ひと並み以上に持っていた。その思いが、還暦を迎えて、にわかに濃くなってもいた。  家については、ミヨ子は早くから、コンプレックスを抱かされてきた。  最初手に入れた練馬のはずれの家は、当時としては田園地帯、はるか畑続きの先にあっただけに、「あんなところに家があるんですか」と、よく、あきれたようにいわれた。若いミヨ子は、唇を噛むようにして、いい返したものである。 「そう、あんなところにあるからこそ、あたしのような女の手に入ったのよ」  四十年、ミヨ子は生活費の安い看護婦宿舎にくらしてきた。このため、中年になってからは、 「あんなところに住んでるんですか」  と、患者などにいわれたりした。 「あんなところでくらしていればこそ、金もでき、マンションもできたんですよ」と、いい返したいところだが、ミヨ子はいつも、こらえていた。口を滑らせば、話はそこで終らなくなり、一々説明するのが面倒だからである。  ミヨ子の建てたアパートは、地形がわるい上、歓楽街の裏手にあったりして、これも、〈あんなところに〉と、いわれたものであった。だが、それだけに、地価も安かったし、結果的には、家賃を低くおさえることができ、ミヨ子としては、入居者によろこばれているつもりである(それだけに店子《たなこ》の質がわるくて、トラブルが絶えず、ミヨ子の根気を失わせることになったが)。  いまのミヨ子は、もう二度と、〈あんなところに〉という冷ややかなせりふを耳にしたくなかった。いや、言葉は同じでも、これまでとは逆に、仰天し、感嘆していってもらいたい。 「へえ、あんなすばらしいところにお住まいですか」  相手の目に敬意がこもり、同時に相手が自らを嘆くような、そういう身分になってみたかった。  ミヨ子が打出小槌町を訪れたのは、こうした気分が最高にたかまっているときであった。  高級邸宅地としての打出小槌町の名は、かねがね耳にしていたが、一目見て、ミヨ子はとりこになった。そこへ、〈本妻とベンツの町〉などといわれ、ミヨ子の負けぬ気に火がついた。何としてでも住んでみせる、という気になった。さらに、掘出物があるということで、よけいミヨ子の気持は傾いた。そして、話を煮つめて行くうち、むしろ最初の気分以上に、いつもながらの掘出物買いの情熱に動かされる形になっていた。  ただ、いずれにせよ、買って住むということが課題であり、住んだあと、どんな暮し方をするかということまでは、十分考えていなかった。ミヨ子にしてみれば、それは考えるに値いしないことでもあった。働くことこそ苦しいが、暮し方についてまで苦労があろうとは思えない。ただ日を送ればいいのだから、何とでもなると考えていた……。  話がまとまったときいて、菊次郎夫婦は、そろって口をあけて、ミヨ子を見た。 「おどろいたなァ。ほんとにひとりで住む気なの」 「もちろんよ。わたしは、いったことは、必ず実行する性質《たち》なの」 「……姉さんは、昔から気が強かったからな」  ミヨ子は、答えなかった。よく浴びせられる言葉だが、いい気はしない。自分はしっかり者ではあっても、気が強いというのとはちがう、と思っていた。 「幽霊でも出ないかしらね」と、朱美。 「用心だって、わるいだろうしな」菊次郎も調子を合わせてから、「同居人でも置いたら」 「いっそ、わたしたちが、そこへ同居しましょうか」  朱美も、さらに調子にのってくる。 「とんでもない」  ミヨ子は、はげしく首を横に振った。一家をあげてのりこまれたのでは、どちらが主《あるじ》かわからなくなる。もともと弟夫婦には養子縁組の気持もあるくらいだから、うっかりすれば、そっくりそのまま乗っ取られることにもなりかねない。それに、ひとつ屋根の下で、三人の子供の声を連日連夜きかされるかと思うと、肌が寒くなりそうであった。  菊次郎は、ミヨ子を見つめていたが、それではとばかり、方向を変えて、 「うちの会社で、部屋に困っているやつがいる。そういうのに、声をかけてみようか」 「いや、それもだめよ」  ミヨ子は、きっぱりと断わった。同居人を置くのは、好ましくないだけでなく、危険でもある。居すわられたり、いやがらせをされたり。警察沙汰をひき起す同居人もあった。ミヨ子のアパートや貸家の住人たちが、ミヨ子に無断で同居人を置いたとき、よく問題が起った。 「でも、ひとりで放《ほう》ってはおけないな」  菊次郎は、まだ未練を残した顔である。心配してくれているのだろうが、ミヨ子には、それが素直に受けとれない。割りこみをあきらめていない、といった風にとれる。女がひとり大きな家で暮すといえば、やはり、隙を見せることになるのであろうか。  マンションの部屋に帰って、ミヨ子は人形に相談を持ちかける。 「エミ、いったい、どうしたらいいのかね」  エミは、白く澄んだ顔で、ミヨ子を見守っている。  静まり返った因縁つきの邸の中では、エミの無言が身にこたえ、その白い顔が妙に蒼《あお》ざめたものに見えてくることも、予想できた。ミヨ子にも、恐怖心はある。全然こわくないといえば、うそになった。だが、だからといって、同居人を置く気にはなれない。恐怖で夜ごとうなされ、悲鳴を上げようとも、同居人に乗っ取られたりするよりは、まだましである。  そうしたゆれ動く気分で、打出小槌町へ出かけた折、ミヨ子は、駅でひとつの広告に目をとめた。そこから私鉄で二つ先の駅近くにあるM大学が、学生下宿を求めているというものである。私立のマンモス大学で、学生数が多いため、大学周辺だけでは足りず、その沿線の駅々に、大学の学生課が広告を出しているのであった。  ミヨ子は、とびついた。天来の福音という気もした。いわゆる同居人とちがって、学生なら静かだろうし、そのまま居すわられたりする心配もない。  早速、M大の学生課へ出かけた。朝晩二食の賄付が望ましいといわれると、それも二つ返事で引き受けた。ミヨ子自身が自殺のあった部屋に住み、残りの部屋全部を貸せば、三人の学生を置くことができる。四人分の食事というと、たいへんのようだが、ひとりだけの食事だと、つくるのも味気ないし、手を抜いてしまう。むしろ、四人分つくった方が、はり合いがあっていいのではないか。  派出看護婦の仕事とか、木造アパートの管理もなくなるので、これから先は、時間を持てあます生活である。こまめに体を動かすことの好きなミヨ子にとって、四人分の炊事は、恰好の時間つぶしになり、内職仕事にもなるはずである。  賄付の部屋代は、相場よりちょっとだけ安くした。周囲にくらべて、「ちょっとだけ安く」というのが、はじめに小さな家を貸したときからのミヨ子の方針であった。木造アパートも、マンションつまり簡易鉄筋アパートの家賃も、そうしてある。おかげで、借り手の絶えることはなかった。  ミヨ子の〈ちょっと主義〉は、年期が入っている。それをミヨ子は、若いとき、特別病室の患者から学んだ。  その患者は、ホテル会社の社長であったが、「成功の秘訣は、ちょっと主義だ」と教えてくれた。料金が近所と同じときは、サービスをちょっとだけよくする。サービスの内容が同じなら、料金をちょっとだけ安くする。小さな旅館をひとつ持ったときから、その一事を心がけてきた結果、いくつものホテルを経営する身分になった、というのである。  まだ二十前だったミヨ子に、〈ちょっと主義〉の教訓は、お守り札のようにも見えた。看護婦として、人間として、一生、〈ちょっと主義〉を心がけて行こうと、ひそかに決意した。患者に対して、他の看護婦よりは、ちょっとだけよけいに親切にした。ちょっとだけ多く勉強もしたし、ちょっとだけ余分に宿直なども引き受けた……。  四人分の食事をつくるのも、最初は、ちょっとばかり苦痛かも知れない。だが、きっと、それだけの報いはあるはずである。たすきがけで、庖丁《ほうちよう》をふるってみよう——。  豪華美邸街に住みつこうというのに、ミヨ子の心は、いつの間にか、昔に戻っていた。打出小槌町の住人たちに顔をしかめられるような生活が、こうしてスタートを切った。  ミヨ子は、引越すると同時に、学生たちを受け入れたが、数日して、不動産屋の矢板が訪ねてきた。  矢板は、短くなったタバコをふみ消しながら、家の中を見渡していった。 「弱りましたね、大河さん。ここでは、アパートなど禁止だと、申し上げておいたじゃありませんか」 「アパートなんか、やってないわ。ただ学生下宿というだけ。営業というより、むしろ、社会奉仕の気持でやってるのよ」ミヨ子はそういってから、気がついて、「でも、なぜ、あなたに注意されなくちゃいけないの」 「……御町内からの苦情が、わたしのところへ持ちこまれたのですよ」 「陰険ね。文句があるなら、あたしにじかにいってくれればいいのに」 「それにね、大河さん。もひとつ、いいにくいことだが、洗濯物が何とかなりませんか」 「どういうこと」 「あなたのお部屋の窓に、女性用の肌着などが吊《つる》してあるでしょう。あれが、道路からまる見えなんです。いくら何でも非常識だと……」 「だって、部屋の中へ干してるのよ。あたしゃ、これまでも、ずっと部屋の窓に干してきたわ。自分の部屋をどう使おうと、あたしの自由じゃないの。文句いわれることないわ」 「…………」 「それに、ここは、若い男のひとばかり預かってるのよ。よけい、外では干せないじゃないの」  興奮をおさえるように、ミヨ子は腰に両手を当て、外をにらみつけた。 「乙に澄ました顔してて、結構うるさいところね。いいわよ、向うがその気なら、こちらも、その気で」  矢板は小さくなりながら、 「たのみますよ、大河さん。郷に入ったら何とやら。来た以上、この土地になじんでください」 「とげのあるいい方ね。まるで、あたしがこの土地向きの人間でないみたい」 「いえ、そんなつもりは毛頭……」 「放っといてちょうだい。あたしゃ、勝手にやるわ。町内のみんなに、そういっといて」  ミヨ子は、声をたかぶらせて、叫んだ。  お上品に澄まし返った打出小槌町の風景に、ひとつの異変が起った。  一番地の一画で、もんぺ姿に姉さんかぶりの女が、鍬《くわ》をふるって、芝生を起しはじめた。若い女ならともかく、中年すぎの骨格もがんじょうな大女である。鍬をふるう腰つきも、堂に入っていた。本物の農婦が、ふいに、その町にまぎれこんだ感じであった。道路ぎわから、黒い土を掘り起し、みごとに、うねをつくって行く。植木も幾本か引き抜き、家だけ残して一坪残らず畑にしてしまう、といった勢いである。  打出小槌町の住人たちは、最初は、あっけにとられ、ついで、いぶかしそうな目を向けた。気にするのも沽券《こけん》にかかわるという風に、見て見ぬふりして通りすぎるひともあるが、足をとめ、にらみつけるようにする老人や主婦も居た。わざわざベンツをとめ、窓越しにけわしい目を向ける男もあった。  ただ、ミヨ子が鍬を持つ手を休め、大きな体を向け直すと、男も女もきまって、あわててそっぽを向き、立ち去って行く。 〈待って。何か用なの〉  ミヨ子は、大声で呼びとめたい衝動を感じた。彼等の視線は、ミヨ子の大きな体を、針のように刺した。痛みさえ感じられる思いがした。  そうした視線のないときには、ミヨ子は、のびのびと鍬をふるい、昔のことを思い出したりしていた。  父親も母親も、働き者であった。年中、小作仕事に精を出し、冬は鉄道や道路の除雪人夫に出る。そして、二人そろって、大きなあかぎれをつくった。薬を買うゆとりがなかったのだろうか、あかぎれにはタバコのやにが効くといって、煙管《きせる》を火であぶり、とけて出る黒いやにを、悲鳴を上げなから、傷口に流しこむ。子供だったミヨ子は、その度に、両耳をふさぎ、目をつむった。そして、自分はこの土地で、決して百姓になるまい、百姓に嫁ぐまいと、子供心に決心した。  ミヨ子には、四人の弟妹が居た。一家合わせて七人の炊事や洗濯、それに畑仕事も早くから手伝わされ、高等小学校を出たあとも、そのまま家で働かされそうなのを、ミヨ子は自分から振り切るようにして、看護婦になるため、東京へ出た——。  郷里のことを思うと、ここは、ひとの目こそ冷たいが、土はやわらかく、耕す広さも猫の額ほどしかない。大きな体に鍬は軽く、まるで、ままごと遊びでもしている感じであった。  日曜の午後、アベックが歩いてくるのを目のはしで見ながら、鍬をふるっていると、そのアベックがすぐ近くまで来て、いった。 「やったね、ねえさん」 「あら、庭が全然なくなってしまったのね」  菊次郎夫婦であった。 「どうしたの、また百姓仕事なんかを」  とがめる口調である。ミヨ子は、反り返るようにして、 「あたしゃ、趣味でやってるのよ。つべこべいわんといて欲しいね」 「趣味なら、もっと他にも」 「実益も兼ねてるんだよ。とにかく、この辺は、野菜もめっぽう高いものね。八百屋にはおそく行って、いちばん安いところを見はからって買ってくるんだけど、それでも、ばかばかしくて仕様がない。それくらいなら、土地をあそばせておくこともない、と思ってね」 「相変らずだなァ、ねえさんは」  朱美も大きくうなずき、 「せっかく、こういうところへ引越したというのに。もっと楽されれば、いいのにねえ」  ミヨ子は、きっとして、 「はた|らく《ヽヽ》といってね、働くのも、楽のうちなんだよ」 「おかげで、はたが楽になるんでしょ」 「そうだよ、はたが楽になる。うちの学生さんたちだって、安くて新鮮な野菜が食べられる。結構なことじゃないか」  ミヨ子は、たたきつけるようにいったが、朱美は小姑《こじゆうとめ》に対しても、いいたいだけのことはいう当世風の女であった。 「それなら、野菜だけじゃなく、魚も自分で釣ってきたら、いいのにねえ」  ミヨ子は、一瞬つまった。朱美をにらみすえたあと、 「あたしは、殺生はきらいなのよ」 「そう、ベテランの看護婦さんでしたものね。魚だって、介抱してやりたいくらいでしょ」  ミヨ子は、目をつむる思いできき流し、 「あたしが釣らなくたって、釣り好きのひとから、釣りたての魚を安く分けてもらうルートを、ちゃんとつけておきましたよ」 「さすがは、ねえさんだ。心がけがちがうな」  黒塗りのベンツが、スピードを落として通り抜けた。お迎えらしく、乗っているのは、運転手だけである。 「ねえさん、あれだよ、ベンツというのは」 「ああ、わかってる。ほんとに、ここらに多いんだから。ふみつぶされたガマガエルみたいに不恰好じゃないの。あんなののどこがいいのかね」 「頑丈で性能がいいのさ」  朱美が調子にのって、 「おねえさんみたいに」  ミヨ子は、とり合わず、 「ベンツと本妻の町だ、といったね。その本妻というやつも、たくさん見たよ。顔だけは白くしてるけど、ずるそうで、つんとして。キツネかタヌキのようなのばかりじゃないか」 「…………」 「あたしゃ、絶対、あんな連中には負けないよ」 「ねえさんの負けたくない気持は、わかるよ」  菊次郎は、合点していってから、 「ところで、ねえさん、車はどうする」 「車? ああ、ベンツに負けない車のことだね」 「そう、クラシック・カーだよ」 「値上りすることに、まちがいないんだね」 「もちろん、保証するよ」  ミヨ子は、話の勢いにのせられた気もした。負けぬ気を表に出してきたため、引っこみがつかない。それに、打出小槌町へ移ってからというもの、学生下宿のことといい、干し物のことといい、ばかにされたという思いが続く。畑づくりも一種の反撥あってのことだが、クラシック・カーこそ、ベンツや本妻たちを本当に見返してやり、あっといわせる決定打になることであろう。  ミヨ子は、半分、目をつむる思いで、 「……それじゃ、ぼちぼち、さがしてもらおうか」 「すごいわねえ、おねえさんは。いくらでも、お金があるみたい」  声を上げる朱美に、 「……借金あってのことよ。ここだって、銀行からも借りて、土地は銀行の担保に入ってるんだし」 「でも、クラシック・カーを買うお金は……」 「それぐらいは、ひねり出せるわよ」  残っているマンションには、まだ三十坪ほどの空地がある。いまは駐車場に利用しているが、都の道路拡張用地として買収されることになっていた。菊次郎は話題を変えて、 「ねえさんが、ここへ移ったという話をしたら、うちの社長が残念がってね。そんな金があるなら、どうして、もうひとつマンションを建てさせてくれなかった、といってたよ」  その建設会社の社長も、十五年ほど前のミヨ子の患者であった。当時、それまでのつとめ先がつぶれて失業中だった菊次郎を、ミヨ子がたのんで、運転手に採用してもらった。  ミヨ子はまた、建築は不景気のどん底でやるべきだというこの社長の話をおぼえていて、アパートもマンションも、不況でこの建設会社が仕事に困っているとき、発注してつくってもらった。銀行も、よろこんで金を貸してくれた。割安の土地に、割安の資金で、割安の建物を——。ミヨ子は、それで成功してきた。 「あたしも、歳だからね。もう、そんなに欲も根気もないよ。いまのままで、お金も十分入ってくることだしね」 「これまで以上に、うんと割安に建てて見せる、といってるんだけど」 「いやいや、もう結構。それより、ここに住んでて、土地の値上りを待ってた方が気楽だわ。それに、クラシック・カーとかを買えば、車も値上りすることだし」  朱美は、菊次郎を肘《ひじ》でつつくようにして、 「おねえさんりっぱね。尊敬しちゃう。うちの子供たちにも、おねえさんの爪の垢煎《あかせん》じて、のませなくちゃ」  その言葉に、ミヨ子ははじめて思いついて、 「そういえば、今日は、子供たちはどうしたの」 「お隣りにたのんで見てもらっているの」 「まず、ねえさんの許可を得てから、連れて来よう、と思ってね」  菊次郎も口を添える。朱美もさらに、 「近所になったことでしょ。道をおぼえて、どんどん、ひとりであそびにくるようになっては、おねえさんにも御迷惑じゃないかと思って」  そこで、二人してミヨ子の様子をうかがう。  ミヨ子は、答えなかった。答えないことが、現状を肯定していた。相変らず、子供はわずらわしかった。将来はともかく、いまのところ、話相手はエミだけで十分であった。  鳴声がし、頭上を小鳥の影が、かすめすぎた。 「ほんとに静かねえ。街で立話しているひとも見かけないわ。線路の向うとは、まるで別の世界なのね」 「そういえば、立話もなんだから、家へ入ったら。お茶でもいれよう」 「おねえさんは、やっぱり、あのお部屋?」 「もちろん、あの部屋よ」 「学生さんを黙って入れておけばいいのに」 「このごろの男の子は、男の子の持物持ってないみたいだから、もし、わかったとき、泣いてうらまれたりされちゃ、いやだものね」 「神主さんでも呼んで、お祓《はら》いされた?」 「するもんかね。あたしゃ、何もうらまれることしてないもの」 「でも、夜、うなされたりすることは」 「一度もないよ」 「えらいわね。ひとりで、こわくもないし、さびしくもないって」 「たまには、あたしだって、さびしいことはあるさ。でも、そんなときは、エミとしゃべっていればいいもの」  朱美は、神妙な顔で、うなずきをくり返した。深夜、白い人形としゃべっている老女の姿を見たら、幽霊の方がこわがるかも知れぬ、と思った。 「ねえさん、夜はどうしてるの。やはり、テレビかい」  菊次郎の問いに、ミヨ子はうなずいた。  ニュースや解説は、丹念に見る。他には、お笑い番組やノンフィクションもの。ボクシングも、チャンピオン戦と名がつけば見る。男が血を流し、死にもの狂いでなぐり合う姿には、すかっとさせるものがある。逆に、ホームドラマの類いは、ばかばかしくて、見る気になれない。男のような選び方だが、無理しているわけでなく、ミヨ子の好みであった。それに、そうした番組を見ていると、患者とくに男の患者相手の話題がふえ、結果的には、他の看護婦よりも、患者に対して、ちょっとだけ親切ということにもなった。 「人形もいっしょにテレビを見るの」  ふざけていう朱美に、 「もちろん」  ミヨ子は、澄まして答える。 「……ずいぶん幸せな人形ね」  さらにからかわれたが、ミヨ子は動じない。 「おとなしいし、素直だからね。幸せになって当然なのよ」  八畳間で茶をすすりながら、朱美は菊次郎に膝《ひざ》をすり寄せるようにしていった。 「自殺する前に、そのひと、どんな思いで、この部屋を眺めたのでしょうね」 「そうだな」  といいながら、菊次郎も、部屋の壁、天井、畳と、少しおびえた目で見直す。  ミヨ子は、何もきこえぬといった顔で茶をのんでいる。 「おねえさんは、そんな風に想像することないんですか」 「ないね。想像したところで、何にもならないんだもの」  長い看護婦生活の間で、どれだけ死者を見てきたことか。そこに死者が出たということで、一々おびえていたのでは、一日として生きて行けない生活でもあった。それに、ミヨ子には、もともと、物思いにふけったり、他人の心境を思いやったりする習慣はない。他に、いくらでも、することがあった。夜も、テレビを見ているだけではない。わかっても、わからなくても、新聞とくにその経済面をじっくり読む。繕いものもするし、アイロンもかける。どんな物を着ていようと、こざっぱりとしていたいからである。洗ってアイロンをかけるものの中には、エミの衣服もある。デパートなどの二、三歳児売場で買ってきたもので、季節に合わせて着替えさせる。ときには、自分の服と共布《ともぎれ》で、エミのための洋服をつくったりした。こまめに働くばかりで、ぼんやりしている時間などなかった。それに、筆まめでもあった。今度の引越しのあいさつ状なども、一々、筆で書いて出した。見習看護婦になった当座、毎夜、お習字ばかりしていた時期があり、かなりの達筆である。  ミヨ子のこうした夜の日課の中に、このごろになって、もうひとつ、しのびこんできたものがあった。酒である。  打出小槌町への転居と知ると、あちこちから祝い酒が来たが、この町の酒屋は、とても、そうした酒を引き取ってくれそうにない。知人に進呈しようにも、その知人がほとんど酒をくれたひとたちである。菊次郎にやる気はなかった。姉としては、車好きの弟を、できるだけ酒から遠ざけておきたいからである。といって、酒を並べておいても仕方がない。最高の環境に落着いたことでもある。われとわが身を祝ってみようと、寝酒代りに、少しずつたしなみはじめた。  酒好きだった父親のことが、頭の隅にちらつく。部落の寄合などのある夜は、ミヨ子は父親の帰って来そうな時刻、家の外に立って待った。家のすぐ前を小川が流れており、父親が三度に一度は、そこへ落ちるためである。月の夜など、遠くからふらふらゆれてくる父親の姿が見える。ミヨ子はかけ寄って行き、酒くさいのも構わず、大きな体で抱きかかえるようにして連れ帰ったものである——。  親を思い、子供時代を思い、故郷を思う。酒の回りは早かった。もともと寝つきが良かったが、そうした酔いの中で眠りに落ちる早さはひとしおで、ミヨ子には、それが、夜毎《よごと》、極楽への特急便にも思えた。  打出小槌町《うちでのこづちちよう》に、珍しく雪が降った。不動産屋の矢板の話では、三年ぶりということであった。  折から冬休みで、家に残っているのは、小野寺という学生ひとりだけ。休暇中に運転免許をとるため、自動車学校に通っていた。口数の少ない理工科系の学生である。若者が一時に二人居なくなると、家の中は、空家にでもなったように、がらんとした感じになった。  雪は牡丹《ぼたん》雪となって、積もりはじめており、だれも帰りが早いせいか、夜がふけると、人通りも絶え、車もほとんど通らなくなった。家の内外が静まり返って、雪の降り積む音が、きこえてくるようである。  この夜、ミヨ子は、珍しく手持無沙汰であった。  四人分が半分に減って、炊事も簡単にかたづいた。雪のため、家の中に居た時間が長く、夜やるべき細々したことを、昼の間にかたづけてしまった。それに、その夜のテレビは、似たような題名のドラマばかり並んでいて、見たいものがない。  いつもより早く、寝酒をのもうと、燗《かん》の支度にとりかかったとき、小野寺がひとつ咳《せき》をする声がきこえた。その声は、底冷えのきびしい台所に立つミヨ子の体を貫いた。そして、ミヨ子はふいに、小野寺に酒を持って行ってやろう、と思った。それは、ミヨ子が自分でもびっくりするような唐突な感情であった。  がらんとした家の中に、自分の他《ほか》にたった一人残されている人間。それも、家主と下宿人ということで、無縁な間柄ではない。めったにない雪の降り積る夜のことである。酒を持って行ってやるのは、わるいことではない。 「エミ、どう思う。小野寺くんにも、お酒を上げようと思うんだけど」  エミは答えない。きれいな目で、ミヨ子の膝のあたりを見つめている。ミヨ子には、それが、黙認という答に見えた。 「こんなに寒いんだもの。きっと、小野寺くんは感謝感激すると思うな。これも人助け、ちょっとしたサービスだものね」  もっとも、ミヨ子は、学生を自分の部屋へ呼んでのませる、という気はなかった。ミヨ子に女という意識があるためだけではない。その部屋は、ミヨ子とエミの二人のための部屋である。処世の秘訣《ひけつ》をふくめ、さまざまの秘密がつまっている。部屋の空気をこわしたくなかった。用件のある客ならともかく、下宿人を呼びこんで酒を振舞っては、けじめが消え、あまく見られるばかり。後の管理に困る、と思った。  徳利と盃《さかずき》を盆にのせ、ミヨ子は、小野寺の部屋の前に立って、声をかけた。 「ちょっと、開けてくれない」  襖《ふすま》を開けた小野寺は、棒立ちになった。 「寒いからねえ。一本つけてきたわ」 「…………」 「心ばかりのサービスよ。召し上れ」  小野寺は口をあけ、眼鏡の奥の目をまるくしたまま、ミヨ子の大きな体を見つめる。言葉が出て来ない。とまどい、ミヨ子の真意をはかりかねている、といった顔でもあった。  ミヨ子は、すばやく管理人の目になって、部屋の中を見た。万年床のまわりに本や雑誌。壁と天井に、数枚のポスター。怪しいものはないし、とくに部屋を汚損している様子もない。  ミヨ子は、盆ごと押しつけるようにして、小野寺に手渡した。 「さあ、体があたたかくなるわ」 「……いいんですか。どうも、すみません」  小野寺は、はじめて声を出した。感謝感激というより、まだ当惑が残っている声であった。ミヨ子としては、当てがはずれたような、同時に、これでよかったような気分で、襖を閉めにかかったが、その目のはしに、ひっかかるポスターがあった。パラソルをさした女優が、黒い箱型の旧式の車と並んで立っている。  ミヨ子は、金壺眼をみひらき、見直した。動悸《どうき》が早くなる。 「あの車は、クラシック・カーというんじゃないの」 「そうですよ、おばさん」  小野寺はうなずいた。その顔に、また、別のふしぎそうな表情が走る。下宿のおばさんが、よくそんなことを知っている、という顔である。  ミヨ子は、わざと念を押す。 「いいものなんだろうね」 「貴重品ですよ。だから、こんな風にポスターにも……。もっとも、ポスター写真への掲載料というかモデル代が、一流スターのモデル代と変わらない、といいますからね」 「そうなの。写真を撮らせて、金になるのね」 「何十万というケースも、あるそうですよ」  暗い廊下で、ミヨ子の顔が輝き出す。 「ベンツじゃ、そうは行かないわよね」 「もちろんです。ベンツなんて、掃いて捨てるほどありますからね」  うれしいことばかりいってくれる、と思った。もう一本、銚子《ちようし》をつけてやりたいくらいである。  一方、小野寺は、どうしてミヨ子がそういう話をするのかと、盆を持ったまま、けげんな顔をしていた。町の住人たちにも、下宿の学生たちにも、まだミヨ子の本当の姿が、見えていない。働き者で少し風変りな学生下宿のおかみという見方でしかない。  ミヨ子は、年甲斐《としがい》もなく、少し熱くなって、切り出した。 「実は、あたし、クラシック・カーを買うつもりでいるの」 「何ですって」 「買ったら、あんたも、乗せて上げるよ」  答はない。小野寺は、いよいよ、あきれた顔になる。ミヨ子の頭がおかしくなったかという表情でもある。 「あたし、いったことは、きっと実行するのよ、小野寺くん」 「ほう……」  小野寺の顔には、ついに、うす笑いが浮かんだ。ミヨ子は、腹が立ってきた。みんな、わたしを笑っている。今度こそ、わたしがクラシック・カーの上から、笑い返してやる。 「いいから、笑いなさい」 「いえ、笑ったのでは……」 「あたしは、本気でクラシック・カーを乗り回すつもりよ」 「だって……」 「あなた、あたしのほんとの財産を知らないのよ。学生下宿なんて、あたしゃ、社会事業のつもりなんだから」  はげしくいったあと、ミヨ子は、たしかめずには居られなかった。 「クラシック・カーは値上りするんだってね」 「もちろん、するでしょうよ。とにかく、数が限られているんだから」  ミヨ子の顔に、笑いが戻った。大きな体をゆさぶるようにして、立ち去って行く。  盆を手にしたまま、小野寺は気味わるそうに見送っていた。  冬の終り、ミヨ子の家では、道路沿いの畑の一部をつぶし、工事をはじめた。  土を掘り上げ、コンクリートを流す。一見、車庫でもつくる形だが、その上に組み立てかけた建物が、まるで車庫らしくない。古材を集めた倉庫風のもので、丈も高い。  通りかかる男女は、〈また何かはじめたな〉という目をした。そして、ミヨ子が見返すと、ゆっくり視線を外《そ》らせて、立ち去って行く。  ある日の夕方、不動産屋の矢板が、またミヨ子を訪ねてきた。折から、ミヨ子は夕食の支度中であった。矢板は勝手口に回り、台所の端に腰を下した。  ミヨ子は、牛蒡《ごぼう》を刻んでいる。それも、相当な早さである。傍《そば》では、フライパンが油をはじいていた。矢板はタバコをくわえ、びっくりした目で眺めていたが、 「すごい手つきですね」 「味つけには自信がないけど、量というか、スピードだけは負けないわ。だって、子供のころから、七人家族の食事をつくらされてきたんだもの」 「なるほどね」矢板は感嘆してから、「こうやって見てると、大河さん、お金がたまる一方ですな。金持が、さらに貧乏人以上に働いているんだから」 「…………」 「でも、何のために、そんなに働くんですかねえ」  これは、ミヨ子がいちばんよく浴びせられる愚問であった。ミヨ子の答は、きまっている。 「働くのも、らくの中。人間って、働くようにできてるのよ」  矢板は苦笑し、タバコをくわえ直した。ミヨ子は、大量の牛蒡をフライパンに放《ほう》りこみ、油でいためる音で、一時、話は中断した。  ミヨ子がガスの火を落としたところで、矢板は切り出した。 「ところで、庭先に何をつくられるんですか。まさか、豚小屋とか鶏小屋といったものではないでしょうね」 「あら、そういうものを、あたしがつくると思って」 「いや、そうじゃないかって、心配してるひともあるんで」 「それでまた、あんたがやってきたわけ。御苦労なこと」 「…………」 「それに、ほんとに、いやらしいところね。文句や質問があれば、じかにいってくればいいのに。あたしに口をきくと、沽券《こけん》にかかわるというみたい」 「……いえ、みなさん、大河さんをこわがっているんですよ」 「ますます失礼ね。どうして、あたしをこわがらなくちゃいけないの」  気色ばんでいうミヨ子を、矢板は手をあげて遮《さえぎ》り、 「つまり、それなんです。そんな風にまくし立てられては、ここらのひとは、頭が痛くなり、寝こんでしまいます」  そういったあと、ミヨ子に口をはさませず、口調を変えて、すぐ続けた。 「ところで、あれは、たしかに豚小屋の類いではないんですね」 「ちがうわよ」 「納屋ですか」 「車庫よ。あれが車庫に見えないの」 「いや、車庫らしいとは思ったけど、それにしては……」 「材料もきたないし、造りもおそまつ、といいたいのね。でも、車庫というのは、容物《いれもの》でしょ。中味が問題よ」 「すると、いい車をお買いになる、というわけで」 「そう。ベンツも顔色なしという代物よ」  矢板は、タバコの灰を膝の上に落とした。 「へえ、あれ以上の車を……。わたしは、車のことはよく知りませんが、キャデラックとか何とか、そういったでかい車のことですか」 「そんなんじゃないわ。もっと、すてきで、夢のある車よ」 「夢というと……。羽の生えたスポーツカーみたいなやつですか」  ミヨ子は、首を横に振った。 「車が来たら、見てちょうだい。きっと、びっくりするわ」  この小男のことなら、ひっくり返るかも知れぬと思うと、ミヨ子はいい気分であった。  ロールス・ロイス・ファンタム・一九二六年型——これが、菊次郎が見つけてきた車の名前であった。  車の持主というか、売主の家は、川崎の奥、生田《いくた》の丘陵地帯に在った。年を経た杉木立の奥に、和洋折衷の大きな家がある。庭先には、新しいスポーツカーと国産の乗用車。庭のはずれに、大きな馬小屋のような建物があったが、古びたその扉を開けると、クラシック・カーが三台並んでいた。  チョコレート色の顔をした持主は、 「こんなところへ入れておいて」と、はずかしそうであったが、ミヨ子は、むしろ、それが似合うと感心した。  先代は、その辺の大地主。当主は、ゴルフ練習場などを経営しているということであったが、肌の灼《や》け方からいえば、ゴルフに入れあげている、という感じであった。  クラシック・カーを買い集めたのは、亡くなった先代であった。 「ハイカラなひとで、戦争前に、田地田畑を売っては、こういう車を買っていたんですね。でも、結果的には、それでよかった。もし大地主のままだったら、農地解放で、タダ同然に田地をとり上げられたところですからね。道楽が幸いして、結構な資産を五台残してくれた。いい値が出て、一台売ると、三年近く食えますからね」  ミヨ子は、大きなうなずきをくり返してきいた。いよいよミヨ子の購買欲を刺戟《しげき》する話となった。  ミヨ子は、クラシック・カーを見直した。不動産に劣らぬたしかな資産が、四つのタイヤをはいて鎮座している姿に見える。拍手《かしわで》でも打ちたい気分であった。  持主が、かぶせてあった古い|絨|《じゆうたん》をめくるにつれ、ロールス・ロイス・一九二六年が、全貌《ぜんぼう》を現わしてきた。車の腰が高く、外車のしるしである左ハンドルも大きい。正面に「R」の文字。鼓のようなライト。チェックの模様の入った細いタイヤ……。  品があり、重厚であった。一見、田舎者くさいが、よく見ると、堂々たる大地主の風貌といった趣きがある。  ミヨ子は、車に乗って巡回してきた越後の大地主のことを思い出した。それに、その車の持主も、場所こそちがえ、かつての大地主。いまや、ミヨ子は、そうした大地主たち以上の身分になるわけである。因縁を感じ、軽い興奮さえおぼえた。  ミヨ子は、車の回りを、なめんばかりに見て回った。その間に、菊次郎が運転席に上り、持主も助手席に乗りこんでいた。ミヨ子も、あわてて、後の座席に上った。 「ハンドルが、かなり重いんですよ」 「クラッチも、きっとそうですね」 「ブレーキ・ペダルの踏みこみも深いから、よほど……」  男二人の会話を、ミヨ子は、微笑を浮かべて、きき流した。その種のことは、運転手が知っていればいいのである。  ミヨ子は、悠然と坐っていた。シートはかたかったが、それだけに、背をのばして掛けるようにできている。じっと坐っていると、ひきしまったいい気分になる。エミを連れてきてやればよかった、と思った。  五月晴れの昼下り。濃淡さまざまの新緑が燃え立つ中を、ロールス・ロイス・一九二六年型車は、菊次郎が運転し、盛装したミヨ子を客席に乗せて、はじめて打出小槌町へ姿を見せた。  いつもはとりすました打出小槌町も、さすがに、ざわめき立った。家の中から走り出る若者。ドアを半分開いて眺める女。散歩を忘れて立ち止まる老夫婦。手にしたラケットをとり落としそうな若夫人。ベンツも止まり、運転手も客も、しげしげと、古風なロールス・ロイスを見上げた。  車だけでも珍しいのに、女王然と客席に坐っているのがミヨ子とわかって、ざわめきは、いっそう大きくなった。車の中をのぞきこんだひとは、さらに驚愕《きようがく》した。そのミヨ子の傍に、大きな人形が、ミヨ子と同じ盛装をして、坐っていたからである。 「ごらんよ、エミ。みんな、びっくりしてるわ」  ミヨ子は、右、左と目をやりながら、喜色満面のパレードを続け、エミにつぶやく。 「洗濯物がどうの、下宿がどうの、畑がどうのと、文句ばかりいって、あたしをばかにしてきた連中よ。いい気味だわ」  ミヨ子は、菊次郎にいいつけ、打出小槌町の地内を、御輿《みこし》のお練りのように走らせ続けた。  呆然と仰いでいるひとびとの顔。車を追って走ってくる子供も居る。塀《へい》のある家も、ない家も、打出小槌町は町をあげて、ミヨ子の前にひれ伏してしまった感じであった。  一番地のミヨ子の家の前まで来て、ようやくパレードは終った。  納屋風の車庫の中に、ロールス・ロイスは、大きなヘッドライトの目をむくようにして納まった。  ミヨ子がエミを抱いて下りたあとも、菊次郎は、運転席で汗をぬぐい、動こうとしない。 「どうして下りないの。まだ走る気かい」 「とんでもない、もう十分だ」 「…………」 「ねえさんには、わからんだろうが、とにかくこの車、むつかしいというか、重いというか、運転する者には、たいへんな重労働だよ」  ミヨ子は、きき流した。この車の場合、ミヨ子が女王なら、運転者は奉仕者である。重労働でも当然、という気がした。  だが、菊次郎は、さらに、訴えてきた。 「いまの車とは、全然ちがうんだからね。ブレーキ踏んでも、すぐには止まらないし、どういう故障が起るかわからんから、走りながらも、冷や冷やのし通しだ。神経は疲れるし、力は要るし……。よほどの日当というか、運転手当をもらわんと、引き合わんよ、ねえさん」  そういう話になっては、ミヨ子もいい返さざるを得ない。 「あら、おまえは、好きで運転したいといってたんじゃないの」 「こんなにたいへんとは思わなかったもの。何なら、日傭《ひやと》いの運転手でも、たのんでみたら」 「…………」 「よほど車のことがわかってないと、動かせないし、整備だって厄介だ。部品の中には、外国にも無くなっていて、一々仕様書を出してつくらせねばならん物もある。いまのところ、おれが知ってる店で、頭を働かせて、工面したり、細工したりして、間に合わせているからいいものの、ぼんやりしてたら、部品屋に、ぼられっ放しだ。整備から運転まで、すべてそれぞれの専門家に採算ベイスでやらせてみなさい。ねえさん、たちまち破産だよ」 「おまえ、あたしを脅迫する気」 「脅迫じゃないよ。本当のことを、いってるまでさ。おれの苦労もわかってくれないで、自分だけいい気分で居られたんじゃ、こちらだって、浮かばれないからね」  おとなしい菊次郎にしては、珍しいことである。馴れない車の運転に疲れ、神経がいら立っているのであろう。ミヨ子は、相手にならないことだ、と思った。  だが、菊次郎は、なお浴びせかけてきた。 「それに、ねえさん、おれの目ききのおかげで、この車そのものがずいぶん安く買えたことも、忘れてもらっては困るよ」  ミヨ子は、ここでは逆らわぬことにし、 「……そう、たしかに掘出物だったわねえ」  軽く受け流したつもりだが、菊次郎は、なお、からんできた。 「掘出物などという簡単なものじゃないんだ。おれが苦労に苦労を重ねて探したあげく、交渉したんだから」 「不動産の掘出物だって、そういうものよ」 「わからんねえさんだな。要するに、おれの苦労を認めたくないのか」 「それは認めるわよ」  これから先、しばしばこの種の話をきかされるのかと思うと、さすがのミヨ子も、うんざりしてきた。  好きでやってくれると思っていたのに、結局は、いくらか金を出すことになろう。あてがはずれたが、ここで菊次郎にそっぽを向かれては、たしかに厄介なことになる。整備も手入れもきちんとしておいてこそ、骨董品《こつとうひん》としての価値も高くなるからである。  二人が話してる間に、車庫の前には、若者が集まってきた。下宿の学生や、御用聞き風の男たちだけではない。いかにも御曹子《おんぞうし》風の顔も見える。  ミヨ子は、元気をとり戻した。 「ベンツじゃ、こんな風に集まらないわね」  菊次郎も、気をとり直した。 「ひとつ見物料でも取って、見せてやろうか」 「とにかく、しばらく車庫の扉を開けておくことね」  エミを小脇に、車庫を出る。若者たちが、いっせいにミヨ子を見た。賛美と羨望《せんぼう》のこもった視線をまともに浴び、ミヨ子は顔がほてる思いがした。  二、三歩歩いたとき、ミヨ子は声をかけられた。 「大河さん、すごいのを買いましたね。なるほど、夢の車という意味がわかりました」  矢板であった。相変らず、黄ばんだ指に、タバコをはさんでいる。 「それに、車庫の意味もわかりました。こんな豪華な車を、豚小屋みたいなところへ無造作に放りこんでおくなんて、たいしたしゃれだ。よほどの金持じゃないと、できないことだ」  しゃれなんかではない。持主がそうしていたのをまねて、できるだけ安上りの車庫をと思ったまでである。  だが、矢板は、ミヨ子に口をはさむ隙を与えず、 「いやァ、感心したな。大河さんが、これほどのお金持だとは。そうとは知らず、いろいろ失礼をばいたしました」  ミヨ子が答える言葉に窮していると、矢板は、「たいした金持だなァ」を連発した。  ミヨ子は、くすぐったくなった。ばかにされるのは腹立たしいが、過大評価されるのも、本意ではない。負けぬ気こそあるが、といって、みえをはるつもりもない。  ミヨ子は、なお数歩歩いたところで、ようやく、 「あたし、金持なんかじゃありませんよ」 「だって、こんな車を……」 「精一杯で買ったの。これからは、当分、お肉も魚も食えないくらいだわ」 「冗談でしょう。それも、ひどい冗談だ」 「いえ、ほんとよ。借金の返済に追われ放しなの。ほら、いつかいったでしょ。銀行に積んで借りて、積んで借りてのくり返しだって」 「しかし、こんな車を買う金まで、銀行が貸してくれますか」 「これは、アパートを売った金の残りよ。でも、ここの土地やマンションに借りた金が、まだまだ山ほど……。もっとも、食うことだけは、学生さんの賄いをしてるおかげで、何とかなるけど」  浴室の中には、湯気と、若い男三人のにおいが、こもっていた。  ミヨ子は、息苦しさを感じて、上の小窓を開けた。湯気の逃げ出る先の夜空に、まるい月が、ぼやけて浮かんでいる。  湯船に沈むと、ミヨ子は、肩で大きく息をついた。疲れが体中にひろがって行く。大事業でも成し遂げたあとのような、快い疲れである。  豊かな顎《あご》まで湯に沈めながら、ミヨ子はその日の興奮をゆっくり反芻《はんすう》する。夢の車にまたがっての一世一代の晴れ姿。顔色を失った本妻たち、ベンツたち。うらやましさを隠さなかった若者たち……。  打出小槌町は、ミヨ子のものとなった。ミヨ子は、打出小槌町を占領し、席巻《せつけん》した。その歴史的な一日が終った。明日からは、ひとびとは、ちがった目でミヨ子を見上げることであろう——。  三人の男が入ったあとなので、何本もの毛髪やふけのようなものが浮かび、湯はかなり汚れていた。  だが、ミヨ子は気にしない。いつも、最後に入浴することにしている。風呂を立ててやるのも、ミヨ子のサービスのひとつであったが、学生たちを先に入浴させるのも、古風な男女のけじめというより、客に対するサービスのあらわれであった。 「おばさん、先に入ってよ」と、試験勉強などでおそくなる学生がすすめにきても、ミヨ子は笑って首を振る。 「だめよ。あたしが入ったら、湯がなくなってしまうもの」  あまりおそくなりそうなときは、ミヨ子は次の日の朝、もう一度沸かして、入浴した。そのときも、下宿人が居れば、声をかけてやる。「朝風呂はいかが」  ミヨ子は、洗い場に目をやった。  排水口近くに、小さくなった石けんがひとつ。学生の一人がすてて行ったのであろう。ミヨ子は、手をのばして拾い上げ、湯に流されぬところへ置いた。洗濯のとき使うためである。  はじめて看護婦宿舎に入った少女時代から、ミヨ子は、浴場にすててある石けんを拾っては、ガーゼの袋につめて使ったものである。倹約というより、まず、もったいない気がした。同僚たちからは、ばかにされたが、そのことから、ミヨ子に目をかけてくれる先輩や患者もできた。ミヨ子の今日は、そうしたちょっとした心がけの積み重ねの上に築かれている。  風呂については、ミヨ子には、もうひとつ、忘れられぬ思い出があった。  それは、婦長になり、五十をすぎてからのことである。ほとんど死を迎えるばかりの肝硬変の患者が、せめて正月は家で送りたいと、年末になって、一時退院した。かつて何期も議員をつとめ、都政のボスといわれた老人であった。朝湯・朝酒から一日がはじまるという生活を送ってきたひとだけに、家には自然石を組んだりっぱな浴室があり、死ぬ前に、せめてもう一度、その湯にゆっくりつかってみたいというのが、老人の帰宅の動機のひとつであった。  もっとも、老人一人で入浴はできず、だれかが抱えて入れてやらねばならぬが、老人の妻は高齢で無理。息子も息子の嫁もいやがる。派出看護婦にも断わられるというわけで、「だれか居ないものか」と、ミヨ子は相談を持ちかけられた。婦長というだけでなく、ミヨ子がよく老人の話相手になっていてやったからである。  さがせば見つからぬこともなかったが、ミヨ子は、勤務のあと、自分で出かけて行って助けてやることにした。義侠《ぎきよう》心というか、ちょっとしたサービス精神のようなものもあった。また、時間的に切迫しており、さがしたり、たのんだりしていては間に合わないし、面倒でもある。いっそ、わたしが、と気軽に腰を上げた。  老人の一家はよろこんだ。ミヨ子が水着でもつけて入浴するかと思ったようだが、その点、ミヨ子はさばけて、割り切っていた。素裸になり、老人をひろい胸に抱えるようにして湯に入り、赤子でも洗うように、全身を流してやった。老人は、目にうすく涙をためて、よろこんだ。ミヨ子は、老人の死ぬまで、三度、湯に入れに通った。  家族から謝礼ももらったが、老人はよほどうれしかったのであろう。二度目のとき、湯船の中で、ある土地を買ってはどうかというヒントをくれた。世間には知られていないが、新しい地下鉄駅ができる予定だ、という。ミヨ子は、それまで持っていた土地を処分するとともに、銀行から金を借り、砂利置場になっている土地を、二百坪ほど買った。  数年経って、そこから一分の距離に地下鉄駅ができ、地価は二十倍近くにはね上った。その土地を売り、さらに銀行から金を借りて、いまのマンションをつくることができたのである——。  浴室から八畳の部屋に戻った。  ミヨ子は、彼女なりに、幸福の絶頂に居るのを感じた。人間、心がけさえよければ、きっといい時期が来るものなのにと、自殺した男のことを、あわれむ心も湧《わ》いた。  体はなかなか冷めない。湯上りのせいだけでなく、芯《しん》から火照ってくるものがある。昼間の興奮が、まださめない感じであった。  すでに夜半近く、家の中は静まり返っていた。かすかに音楽がきこえるのは、ミヨ子の真上の部屋の学生が、寝ながらきいているのでもあろう。  ミヨ子は、その日のことについて、だれかと話したかった。いつもとちがい、エミ相手では不満である。はしゃぐように、はずむように、ミヨ子の一世一代の興奮に相槌《あいづち》を打ってくれる声が欲しい。  そのままでは、眠れそうになかった。祝盃《しゆくはい》を兼ねて、寝酒をのむことにしよう。もらいものには、洋酒もあった。気候があたたかくなったこのごろでは、ミヨ子は、看護婦仲間から教わったことだが、ウイスキーをコーラで割ってのむことにしていた。口あたりがいいし、酒をのんでいるように見えないのもいい。  だが、ウイスキー・コークを一口味わったところで、ミヨ子は急にロールス・ロイスを見たくなった。浴衣の上に茶羽織を羽織り、車庫の鍵《かぎ》と、コップを持つと、ミヨ子は、そっと庭に出た。  かさをかぶったまるい月が出て、外はうす明るかった。若葉のにおいのこもった夜気。遠ざかる電車の音がする。  車庫の正面は、街灯に照らされていた。南京錠《ナンキンじよう》を開け、閂《かんぬき》をはずす。きしむ音を気にしながら、扉を押し開いた。  がっしりと構えた車輪。高い窓。巨大なヘッドライトが、街灯を映してまたたく。ミヨ子は、うっとりした。片手でヘッドライトをなでながら、ウイスキー・コークをあおる。  電車を下りたひとの靴音が近づいてきたが、そこにミヨ子の姿を見て、悲鳴を上げた。  ミヨ子は笑った。腹の底から愉快そうに。その笑い声は、深夜の邸町の先々にまで、こだまを返して行った。  ミヨ子のロールス・ロイス・一九二六年は、打出小槌町の名物になった。  ミヨ子としては、毎日でも走らせたいが、運転手の制約がある。菊次郎の体が空いているときに限られるからである。  免許とり立ての小野寺はじめ、下宿の学生は三人とも、運転ができる。ミヨ子は、その中で、いちばん運転歴の古い学生にやらせてみたが、一町四方回るだけでも大さわぎで、さらに車庫入れに一汗かき、二度と運転するとはいわなかった。乗っているミヨ子も冷汗のかき通しで、貴重な資産に疵《きず》がついては困ると、その後は、菊次郎だけを、あてにすることにした。  ところが、菊次郎にも問題があった。 「朱美も乗ってみたいというから、ねえさん、たのむよ」  と、はじめは低姿勢でやってきたが、次には、三人の子供も連れてきて、妻子だけを乗せ、ミヨ子は置きざり。  子供が車の中であばれたり、また、その子供に気をとられて事故を起されても困ると思い、子供連れドライブをことわると、子供三人をミヨ子に預け、夫婦だけで走り出す。ミヨ子は、虚仮《こけ》にされた思いである。  といって、それ以上、文句をいうと、菊次郎の足が遠のく。  半年経った。  打出小槌町の住人は、もうだれもミヨ子のロールス・ロイスに構わなくなった。本妻たちは、〈また、あの女のあの車か〉といわんばかりの目をする。排気音が大きいので、露骨に顔をしかめて見せる女もいた。このため、ミヨ子は、もんぺ姿でリヤカーでもひいているような、時代おくれの気分だけ味わされることもあった。  他の車も遠慮しなくなった。のろのろ走っているし、発進もおそいので、ベンツたちにクラクションで追い立てられる。子供に自転車で追い抜かれ、直前をジグザグに走ってからかわれた。誇りをとり戻すには、見知らぬ町を走りたいのだが、故障が心配で、あまり遠出できない。  だが、ミヨ子は平然としていた。  エミをお供に、微笑を浮かべ、大きな体でかたい椅子にそり返って行く。  ミヨ子が動じないのは、その車を持ったのが、みえだけではなかったからである。菊次郎の指図に従って、ミヨ子はひまさえあれば、ロールス・ロイスをみがき立てていた。ワックスをひき、錆《さび》どめを塗り、ガラスを拭く。ただ、その種の車は、外見のきれいさだけでなく、走る状態に保たれていることで、さらに高い値がつく。車の健康管理のためには、犬を散歩につれ出すのと同じように、ときどきドライブすることが必要であった。  車が走る度に、財産価値というメーターの針が、ひとつずつ上って行く。その辺のところまで気づかぬ本妻やベンツたちこそ、笑いものであった。  前の持主からきいたといって、婦人雑誌がロールス・ロイスの写真を撮りにきた。  車を家の前にひき出し、傍にファッション・モデルを立たせたが、 「背景《バツク》がこんな畑のある家じゃ台無しだ」 「少しも打出小槌町らしくないぜ」  などといい出す。  一行は手分けして、街を見回りに出かけた。  そのあげく、またしても、ミヨ子を傷つける声がきこえた。 「やっぱり、すごい邸ばかりだ。この家以外なら、どこでも背景《バツク》になるぜ」  最後に、ミヨ子の家とは背中合わせに当る白い洋館と赤煉瓦の塀の家が選ばれ、ロールス・ロイスをその前に移動させての撮影がはじまった。  騒々しいのに腹をすえかねたのか、 「ひとの家の前で、何事ですか」と、その家の本妻は、ミヨ子にまで電話で文句をいってきた。  こうして、撮影にはいろいろ問題もあったが、それを埋め合わせてあまりある報酬を、ミヨ子は得た。新入社員の月給二、三カ月分にも匹敵する謝礼である。 〈掃いてすてるほどあるベンツに、こういう稼《かせ》ぎができるだろうか。本妻もまた同じ〉と、ミヨ子はスピーカーででも町内に叫びたい気がした。  ただ、ミヨ子のロールス・ロイスが稼いだのは、それ一回きりであった。  そのときから半月ほどして、ミヨ子は新聞の経済面に気がかりな記事を見つけた。 〈外貨事情の好転に伴って、並行輸入が大巾《おおはば》に認められることになった。クラシック・カーまでふくめた中古車類の輸入は、関係業者だけでなく、商社や、自動車愛好家の集団、あるいは、愛好家個人の手で、活溌に行われることになるであろう〉  クラシック・カーは、戦後、輸入がとだえており、それだけに、日本では高値についている、とミヨ子はきかされていた。それだけに、ショックを受けた。  その新聞をとっておいて、ミヨ子は、菊次郎が来たとき、つきつけた。 「どんどん輸入されたら、値段が下ってしまうじゃないの」  どうしてくれるの、といった口吻《くちぶり》である。 「そんなこと、おれには……。それに、もともと外国にだって、数が少ないのが、クラシック・カーというものなんだよ」  答を逃げている。釈然としないミヨ子を見て、菊次郎はいい足した。 「日本で買えるひとの層は、限られているもの。いくら商社だって、むやみに買いつけはしないさ」  だが、それは、菊次郎の希望的観測であった。  さらに半月ほど後、ミヨ子は、経済面の記事で、ふたたび衝撃を受けることになった。 〈関西系商社であるA商事機械部は、並行輸入の開始とともに、早速、ヨーロッパでロールス・ロイスをふくむクラシック・カー五十台をまとめて買いつけ、ヨーロッパの取引市場をおどろかせた。なお、その五十台は、ロンドンおよびアムステルダムで船積みされ、直ちに、日本へ送られることになる〉  ミヨ子は、新聞を見るのが、こわくなった。  だが、クラシック・カーの大量輸入というのは、話題として目新しいということもあるのであろう、新聞は次々とこの種の記事をのせ続けた。五十台のクラシック・カーが、横浜に陸揚げされ、埠頭《ふとう》に勢揃《せいぞろ》いしたところで、写真入りの報道。ミヨ子のロールス・ロイスによく似た車が、幾台もその中にあった。走行可能の車を集めてのパレードや、さらに、五十台を一堂に集めての販売のための展示ショーは、新聞だけでなく、華やかに、テレビのニュースやショー番組にとり上げられた。  週刊誌はじめ各種の雑誌にも、この五十台の写真が、入れ代り、登場するようになった。商社は、売るのが目的である。宣伝になるから、どうぞ撮《うつ》してくれ、というわけで、モデル料など、とろうとしない。雑誌カメラマンとしては、一々持主をさがし、気をつかい、金をつかって、撮影するということがなくなったわけで、それだけに、クラシック・カーの写真が氾濫《はんらん》する一方、それまでのように、個人持主をうるおすことがなくなった。  しかも、そうした積極的な販売促進にもかかわらず、クラシック・カーの売れ行きは、はかばかしくなく、A商事は大量の在庫をかかえる破目になった。一台当りの値がはるので、商社としては、換金を急ぎたい。ダンピングのうわさも流れた。  このため、クラシック・カーの相場全体が、下へひっぱられる傾向になった。  ミヨ子は、こうした情報を新聞記事から読みとり、菊次郎の来るたびに、問いただしてみるのだが、 「へーえ、そんな風になってるの。信じられんなァ」  菊次郎は他人事《ひとごと》のようにいうだけで、格別ショックを受けるという風ではない。むしろ、無関心に近い。 「おまえは無責任だねえ」ミヨ子は、大きく胸をふくらませて、ため息をつき、「値下りするようなものなら、あたし、買わなかったのに」 「でも、ねえさん、ベンツに負けぬ車に乗りたいというんだろう。その望みを果したんだから、文句ないじゃないか」 「おまえは、ほんとに、ひとの気持がわからないんだね。ただそれだけのことで、あんな高い車を買うもんかね」 「じゃ、おれにどうしろというんだ。おれは、ねえさんのためを思えばこそ、苦労して、あの車を割安にさがしてきた。それに、いくら、おれが車好きだといっても、あの車だけは、別だ。手入れするのも、走らせるのも、たいへんな苦労なんだから。少しばかりお礼はもらったけど、そんなもの問題じゃない。行きがかり上、責任を感じてやっているんだ。その辺のところ、ねえさんこそ、ひとの気持がわかっていないじゃないか」  おとなしい菊次郎が、顔を赤くして、ミヨ子をにらみすえた。弟の思いがけぬ見幕に、ミヨ子は話すべき言葉を失った。  姉弟は、そろって奥の方についている目で、互いに無言でにらみ合った。  ある日、不動産屋の矢板が、髪はロマンスグレイで、恰幅《かつぷく》のいい初老の紳士を連れて訪ねてきた。打出小槌町へ邸を買いにきた客だが、クラシック・カー・ファンであり、自身も一台持っている。矢板が、ミヨ子のロールス・ロイスの話をすると、「ぜひ見せてくれ」ということになった、という。  わるい気はしなかった。打出小槌町のひとびとの飽きっぽさや冷淡さを思うと、そんな風にいってきてくれる男が、ありがたくもあった。  ミヨ子は、いそいそと車庫の前に立ち、南京錠をはずした。扉を開ける。ヘッドライトを中心に、ロールス・ロイスが黒く輝き出た。  男は、一歩さがって見上げていたが、 「……なるほどねえ」  と、一言だけいった。  感心した、という風ではない。むしろ、気のないいい方にさえきこえた。ミヨ子は、半ば押しつけるように、 「いいものでしょ」  男は、その勢いにつられて、軽くうなずいたもののすぐ、 「しかし、この車は……」 「ほら、ちゃんとRと書いてあるでしょ。ロールス・ロイス・ファンタム・一九二六年型ですよ」 「それはわかってます。問題は、左ハンドルということですよ」  ミヨ子には、とっさに、その意味がわからなかった。男が何か勘ちがいしている、と思った。冷笑しながら、 「外車だから、左ハンドルでしょ。そんなことは、子供だって知ってるのに」  今度は、男が笑った。 「ちがいますよ、奥さん。ロールス・ロイスの本物は、みんな右ハンドルです。英国は、日本と同様、左側通行の国なんですからね」 「……それじゃ、これは、偽物だというの」 「いや、偽物というわけじゃありません。これは、本場の英国産でなく、アメリカ産だということなんです」 「だって、自動車の本場はアメリカでしょ」  男は苦笑して矢板を見た。早々に引き揚げたい様子であったが、ミヨ子のあまりにも真剣な顔つきに気づいて、いい足した。 「ロールス・ロイスに限っていえば、英国が本場なんです。ただ、一時期アメリカの関税が高いため、アメリカ市場向けの車は、アメリカ国内で生産したことがあります。お宅のは、そのアメリカン・ロールスの一台というわけなんです」 「でも、ロールス・ロイスにちがいはないでしょ」 「その通りです」 「じゃ、何が問題なの」 「アメリカ製ロールスは、スタイルが少しやぼったかったりしましたが、それよりも、フィーリングというか、ふんい気的に、だめなんです」 「どうして」 「もともと、ロールス・ロイスは、いちばんの金持が、最高の満足を求めて乗る車です。だから、いくら高くても、本場でつくったものでなくちゃ、だめなんです」 「…………」 「事実、このアメリカン・ロールスは、売れ残るばかりで、結局、生産中止になってしまったわけですからね」  ミヨ子は、耳を蔽《おお》いたくなった。割安に買ったと、菊次郎はじまんしていたが、それには、それなりの理由があったわけである。  ミヨ子は、質問する気も、しゃべる元気も、なくした。  男は、今度は車に近寄り、ステップに立って、車内までのぞきこんでいたが、ミヨ子をなだめるように、 「きれいに手入れされてますね」  ミヨ子は気をとり直し、 「ええ、見かけだけでなく、いつでもちゃんと走れるようにしてありますよ」 〈だから、その点では、いい値がつくはず〉と、いいたいところであったが、男はそこを見透したように、さらに不吉なことをいった。 「走るといっても、これからは、もう知れてますからね」 「それ、どういうこと」 「路上では走れなくなるんです」 「でも、走れるわ」 「いや、走ることが許されなくなる、という意味です。この公害さわぎで、きびしい排気ガス浄化が義務づけられることになりますが、クラシック・カーも例外じゃありません。ところが、何十年も前の車は、いまさら、どう改良し、どんな装置をとりつけたところで、とても排出基準以下に低めることができません。とすれば、車検をパスできなくなる。つまり、走ることを許されぬ車となるわけです」 「そんなばかな……」 「いまは、うわさの段階ですが、必ずそうなりますよ」 「そんなばかな」  ミヨ子は、闇の底へ突き落される気がした。 〈それじゃ、何のための車なの〉  と、大声で叫び出したくなるのを、こらえた。  男の予言は、適中した。  排気ガスについてのきびしい規制が、行われるようになった。中古車については、多少、その基準がゆるめられてはいるものの、それでも、クラシック・カーでは、ほとんど合格《クリア》できない数値であった。  菊次郎が、珍しく走り回った。情報を集めたり、あちこちの整備工場に交渉したが、どこでも相手にされない。他のクラシック・カーの持主たちも、多くは、観念している様子だという。 「結局、道路以外で走らせる他ない、というんだな」 「道路以外? 道路の他に、車の走るところがあるのかい」 「たとえば、自動車レース場だよ。もちろん、レースをするわけでなく、レースの余興としてのデモンストレイションに出たりするわけだ」 「見るひとが居るのかい」 「もちろん。何万人という観衆の前で走る」菊次郎はそういったあと、からかうように、「ねえさんも、ひとつ、出てみるか」  ミヨ子は受けた。 「わるくはないね。エミを連れて出てみようか」  案外、本気なので、菊次郎があわてた。菊次郎としても、さすがに、人形を抱えた大女を乗せて、大観衆の前で見世物になる気はない。車の上から、ミヨ子に手でも振られては、恥ずかしいことこの上ない。  ミヨ子の気を変えさせる材料を、菊次郎は急いで、いい立てた。  出場するためには、クラシック・カーの連盟などに入っていて、会費を納めていなくてはならない。当日だけでなく、事前に下見や予行に出かけねばならない。それに、車が主役のパレードなので、運転者以外の乗りこみは、許されないであろう。また、会場が遠いため、そこまで、車を大型トラックに乗せて運ぶ他なく、積みこみ積み下し費用や運賃が、かなりの額に上る……。  ミヨ子の気性には、最後の理由が、いちばん応えたようであった。 「ばかばかしい。自動車を自動車に乗せてやるのかい。あたしゃ、いやだよ、がまんできない」  ミヨ子は、酒が好きになったし、強くもなった。夏はコーラ、それ以外は、紅茶に大量にいれてのむ。すでに貰い酒はなくなり、いちばん安い国産ウイスキーを買っている。  のむのは、きまって就寝前。肴《さかな》はつくらず、話し相手はエミ。他人にはこぼさぬぐちを、エミにだけ漏らす。 「あたしとしたことが、この歳して、不覚だった。けど、エミ、あたしのどこがまちがってたのかね」  土地柄のわるいアパート経営に手をやいた。生活の目処《めど》もつき、還暦にもなったことだから、アパートを手放し、すばらしい土地でくらしてみたいと思った。その土地のひとびとにばかにされたくないので、クラシック・カーを買った……。 「ここまでの考えの筋道に、まちがいはないわね」  コップを持ったまま、エミに念を押す。  青く澄んだエミの目が、相槌を打ってくれたかのように見える。  不動産経営による利殖を、長年やってきて、疲れもしたし、飽きもした。家に住んでいるだけで、車に乗っているだけで、利殖になるものなら——という考えにとりつかれたのも、致し方なかったのではないか。  ただ、「本妻とベンツの町」ときかされて、変に負けん気になったのも、いけなかった。もっとも、その負けん気が、ミヨ子をここまで育ててきた、ともいえる。  家の中は、静かであった。いつか雪の夜、酒を差し入れてやった小野寺は、ミヨ子をあまく見たのか、ロールス・ロイスを運転させろと、しきりにいいはった。ミヨ子が突っぱねると、いやがらせのように、友人をつれてきては、徹夜マージャン。それをとがめると、今度は、女子学生をつれこんで泊める。ミヨ子は、大げんかして、つい最近、下宿から追い出したところであった。部屋はすぐ埋まったものの、学生下宿も楽ではない。  朝になると、ミヨ子は、一度はもんぺ姿になって、畑に下りる。虫をとったり、草を抜いたり。  ある朝、腰をかがめて働いていると、通学途中の女子高校生が二人、すぐ横へきて、立ち止まった。 「おばさん、ちょっと、おききしたいんだけど」  住民から声をかけられるのは、珍しい。ミヨ子は笑顔になり、腰をのばした。 「あの蒲田さんが自殺したのは、ここですか」  ミヨ子の知らぬ名であり、その家の前の持主の名ともちがう。ミヨ子が眉を寄せていると、いま一人が、 「あら、それはドラマの中の名前よ。ほんとうはちがうんでしょ」 「ドラマとか何とか、何の話だね」 「あら、おばさん、見ていないの」  二人は、テレビ局と連続ドラマの名を教えた。  不正を働く父親への孝行と、妻子への愛情の板ばさみになった若いエリート課長が、自殺へ追いやられて行くという筋立てで、その家での自殺者をモデルにした話のようである。若者に人気のあるスターが主演をつとめ、高視聴率をあげているドラマだという。  話の途中で高校生は車庫を指さし、少しおびえた顔になって、 「あの小屋の中に、死んだひとをおまつりしてあるの?」 「冗談じゃないよ。あれは車庫じゃないか。ロールス・ロイスが入れてあるんだよ」 「へえー、そういえば……」  と、二人は顔を見合わせる。 「なんなら拝ませてあげようか」 「いえ、結構です。時間がありません」  二人は、あわてて走り去った。  これが発端であった。芸能週刊誌や女性週刊誌が次々に訪ねてきた。  現場に来てみると、どこも庭の美しい高級邸宅街の真只中に、畑があり、古びた車庫があり、一九二六年のロールス・ロイスがある。しかも、老女が一人、人形と住んでいるとあって、記者たちの筆は走った。〈事実はドラマより奇〉〈いまも奇々怪々。モデルの家のその後〉  などと、写真入りで、おもしろおかしく書き立てる。ミヨ子は、何度も車庫の扉を開けさせられた。それでいて、謝礼ひとつくれるわけではない。  そうした記事を見て、おそらく小野寺が売りこんだのであろう、〈夜な夜な、酒を持って学生を誘惑(?)する老女〉などと書く雑誌まで現われた。恩を仇《あだ》で返すとは、このことであろう。ミヨ子は、M大の校門で毎日待ち伏せし、小野寺の胸倉をつかんでゆさぶってやりたい気持であった。  こうした無責任な記事に煽《あお》られて、高校生や主婦などが、見物にやってくる。ミヨ子を呼び出して奇声を上げたり、写真を撮る者もある。ミヨ子は負けなかった。毎日の日課を変えず、もんぺをはいて畑にも出た。  ただ、弱ったのは、三人の学生が次々に出て行ってしまい、M大の学生課にかけ合いに行っても、代りの学生を斡旋《あつせん》して来ないことである。でたらめな記事を、学生課の職員は、半ばおもしろがりながら、信じこんでいるかのようであった。  ミヨ子は、エミひとりを相手にする生活に戻った。寝酒の中味だけが、濃くなって行く。  菊次郎夫婦が、また、ミヨ子の誕生祝いを、やってくれた。  三人の子供に「おめでとうございます」といわれ、お子さまランチのような食事をごちそうになる。紅白のブドウ酒が並び、さらに食後酒だといって、ブランデーを出してくれた。値段をきくと、ミヨ子がのんでいる国産ウイスキーの四倍近かった。 「いろいろと気がきくわね」  ミヨ子は、ほめながらも、内心では、〈この夫婦、金をつかうことばかり発達して〉と、軽蔑《けいべつ》し、腹も立てている。  テレビドラマの波紋についての話が出た。 「やっぱり、たたりがあったのね。お祓《はら》いしておけばよかったのに」  朱美の言葉に、ミヨ子は食ってかかる。 「たたりたいのは、こちらだよ。あたしゃ、できることなら、死人の前に化けて出てやりたい。それに、こわいのは、死人じゃなくて、生きてる人間じゃないか」  朱美と顔を見合わせた菊次郎が、 「いまさら売るに売れないし、ねえさん、どうする気」 「あたしゃ、ちっとも、売る気はないよ。値が上るまで、がんばるわ」 「でも、あれだけの家にひとりでは……。いっそ、ぼくらが同居しようか」  ミヨ子の心は、少しゆらいだ。が、弟といっても、しょせん同居人。不動産を管理する上で、同居人は禁物である。 「気持はうれしいけど、あたしひとりで大丈夫」  菊次郎の家からの帰り道、ミヨ子は不動産屋の矢板に、その店へ呼びこまれた。  場所柄、しゃれたつくりの店だが、タバコの煙が、しみついている。ミヨ子が長椅子をきしませて、腰を下すと、 「おや、御酒を召し上って、いい御機嫌ですな」 「…………」 「とにかく、大河さんも、有名人になりましたものね」 「それ、どういう意味」 「いえ、わたしがいうんじゃなく、みなさんが……。あなたのおかげで、打出小槌町が有名になった、と」 「よろこんでいるわけ?」 「御冗談でしょう。正直なところ、あなた、うらまれてますよ。すっかり、町のイメージというか、環境をこわした、と」 「あたしが、いったい何をしたというの」 「いろんな意味で、名物女になりすぎたということですか。畑つくったり、学生下宿やったり。変な車庫つくったり、古ぼけた車買ったり。だからこそ、マスコミは、よけい、おもしろがって、さわぎ立てた」 「…………」 「それに、いまとなってはおそいけど、あの家をすぐぶっこわして、新しい邸に建て替えておけば、最初から話題になることもなかった。『自殺した家にそのまま住むような酔興な客に、なぜ、おまえ売ったのか』と、わたしがみなさんに叱られるような始末で」  矢板はしかし、困ったというより、むしろ得意そうにいった。矢板自身、〈みなさん〉の一味という顔である。  ミヨ子の怒りは、爆発した。 「みなさんって、いったい、だれなの」 「……打出小槌町にお住みの方たちですよ」 「だれでもいいから、なぜ、直接、あたしにいって来ないの」 「……みなさん、そういう方じゃありませんからね」 「じゃ、いったい、どういう方だというの。文句があるなら、じかにいってくるのが、人間というものでしょ。お互いに、怒ったり、怒られたり。助けたり、助けられたり。人間って、輪につながって生きるものだ、と思うわ。それがないこんな町なんて、いまにきっと滅びるわよ」  きき流してタバコをふかしている矢板に、ミヨ子は浴びせかけた。 「要するに、あの家こわせばいいんでしょ。車庫もこわす、車も売る、畑もなくす。ついでに、あたしが居なくなれば、もっといいんでしょ」  矢板はうす笑いしている。その頭越しに、ミヨ子は金壺眼をみひらき、街灯に浮かぶ打出小槌町の街なみをにらみすえて、叫んだ。 「あたし、いったことは、絶対実行するわ」  思う壺とうなずく矢板に、ミヨ子はたたきつけた。 「それで、あたしが、あなたたちに全面降伏したと思ったら、大まちがいよ。おぼえてらっしゃい。そんなみなさんとやらに、おめおめ負けるあたしじゃないんだから」  おどしではなかった。いったことを、ミヨ子はすばやく実行に移した。  まず、ロールス・ロイスが消えた。骨董品のありがたさで、値上りこそしなかったが、ほぼ買値に近く処分することができた。  小型トラックが来て、ミヨ子のわずかな家財道具を、東京へ運び去った。すれちがうように、クレーン車が入り、クレーンの先で大きな鉄球をふり回し、ミヨ子の怒りそのまま、家も車庫も、文字通り、たたきこわした。瓦も壁も砕かれ、柱はへし折られる。一番地の家々は、轟音《ごうおん》と振動、それに巻き起る砂ぼこりに、あわてて雨戸を閉めた。大河家はこうして、一日の中に、瓦礫《がれき》と廃材の山になった。  次の日、ショベル・カーが来た。庭つまり畑の真中に、大きな深い穴を掘る。続いて、ブルドーザーが、廃材と瓦礫をその中へ流しこみ、火がつけられた。ほぼ一日、炎と黒煙が舞った。そのあとへ、ブルドーザーがまた土をかけ、考えられる限り最も手早く乱暴な方法で、七十坪の更地ができ上った。  一番地の家々は、ほっとして雨戸を開いた。悪夢が悪夢らしく去ったという思いで、新しい土に蔽われた区画を見る。当然そこが売りに出されると思ったが、そうではなかった。菊次郎の勤務する建設会社が来て、基礎工事をはじめた。簡単な枠組《わくぐみ》をつくって、コンクリートを流す。  矢板も、〈みんな〉も、顔色を変えた。それは、まぎれもなく、アパートの間取りであった。 〈みんな〉にいわれて、矢板は、役所へかけこんだが、書類上不備なしということで、建築認可が下りたあとであった。工事中止の仮処分などに持ちこもうにも、〈居住者遵守条項は五十年も前の分譲主と当時の購入者との間のとりきめであって、今日の段階では、法的な拘束力を持ち得ない〉と、弁護士筋にいわれた。  ときどき、ミヨ子は、工事現場へやってくる。〈みんな〉の目など、もう気にしない。  もとのマンションに住み、ふたたび木造アパートも持つということになると、打出小槌町での生活は無駄な回り道でしかなかった、といわれそうだが、ミヨ子自身は、そうは思わない。その体験のおかげで、大きな体がさらにひと回り大きくなり、新しい自信が加わった気がする。  アパートの家賃は、周辺より少し安くし、管理は菊次郎に任すつもりである。打出小槌町には、見かけが華やかなだけに、やりくりに苦しむ家もある。このため、ミヨ子をまねて、他にもアパートができ、やがて、「本妻とベンツとアパートの町」に変わることも考えられた。  地味なスラックス姿で、腕組みして立つミヨ子。白いもののまじった髪を、海からの風が洗って行く。  ミヨ子は工事の槌音だけにききほれ、松籟《しようらい》も小鳥の声も、その耳に届いてはいなかった。 [#改ページ]   第四章 商法四八九条違反  捜査員たちが分乗した二台の車は、打手小槌町《うちでのこづちちよう》地内に入ってからも、スピードをゆるめず、一気にめざす邸の前へ乗りつけると、門をはさむような形で止まった。  屋根つきの塗り塀《べい》が長く続いた奥に、この町でも指折りの豪華な邸宅が、静まり返っている。大きな泉水でもあるのか、水の音だけがきこえていた。  塀と同じ屋根つきの門。その門柱の目立たぬところにインターホンがあり、捜査員の一人がボタンを押すと、女中の声が答えた。 「ちょっとお待ちください」  何度か間をはさんで、やりとりが交わされる。  杉材に手斧目《ちようなめ》をいれたなぐりの扉に向かって、捜査員たちはいら立った。  数分後、ようやく足音が近づいてきて、重い扉が開かれた。女中をやりすごし、一団となって走りこもうとした捜査員たちは、次の瞬間、声を立て、棒立ちになった。  門のすぐ後に、石の太鼓橋があり、その橋のまん中に、品のよい老女が、しかし、きびしい顔つきで、行手を遮《さえぎ》るように立ちはだかっていたからである。  老女は、先頭の捜査員に目を当て、しっかりした口調でいった。 「まず、令状とやらをお見せください」  老眼鏡をとり出し、背をしゃんとさせたまま、ゆっくりと読みはじめる。  捜査員たちは、ふたたび動きを封じられた。せまい橋の上である。突きとばして進むわけには行かない。  橋の下には、巾《はば》一メートルほどの流れが、ほとんど塀の長さいっぱいにわたって走っていた。  人工の渓流である。石組みでつくった小さな滝から奔《はし》り出て、水は音を立てて流れていた。深さも、一メートル以上はあるであろう。ところどころ、流れに逆らって、大きな鯉が群れていた。  捜査員の中から、つぶやきが漏れた。 「すごいなァ」 「まるで、内堀をめぐらした形だ」  家宅捜索令状を読み終わると、老女は、先頭の捜査員にたずねた。 「この商法四八九条というのは、どういうことなんですの」 「会社財産を危うくする罪なんです。それも、経営上の失敗によるというのでなく、明らかに会社に損害を与えることを承知の上で、自分の利益を計ることをした、というものです」 「会社財産を危うくする……」  と、老女は、ゆっくりくり返したあと、 「三谷がそれをしたというのですね」 「……いや、いまの時点では、その容疑がある、ということです」  老女は、眼鏡をはずした。 「信じたくないことですね」 〈そんなバカな〉とか、〈信じられない〉などとわめかれたり、さわがれたりするのが、ふつうなのに、あまり静かな口調なので、捜査員もつられて、うなずいた。自分もふくめた事態を、いつも客観的に見ている、という風であった。落着いてというか、冷え冷えとさえしていた。体つきも顔も痩《や》せてはいるが、ただ小鼻がふくらんで、顔の下半分にソバカスが多い。それで非人間的な冷たさから、わずかに救われている感じでもあった。  家宅捜索は、三時間近く続けられた。  捜査員が立ち去るのと入れ代りに、新聞記者たちがやってきたが、三谷の妻佐千代は、門扉《もんぴ》を閉じて、一切、受けつけなかった。  未練を残してたたずんでいる記者たちの耳に、泉水の水音越しに、琴の調べがきこえてきた。 「ほんとに、何かあったのかいな」  記者の一人が冗談をいうほど、塗り塀の向うは、平静であった。  やがて、裏口から走り出た女中を、記者たちがとらえた。花屋へ行くとのことであった。 「気分がわるいから、家中の花を活けかえると、奥さまがおっしゃいますので」  それが、記者団の知り得たたったひとつの反応であった。  奥深い邸の中では、ひっきりなしに、電話のベルが鳴っていた。  家宅捜索がはじまったのとほとんど同時に、秘書課から連絡があり、三谷が重要参考人として警視庁へ出頭を求められ、事情聴取されている、と報《しら》せてきた。  佐千代自身が、この電話には出た。 「はい」とか、「さよですか」とはさむだけで受け答えたあと、佐千代はきいた。 「柳は、どうしました」  柳は、秘書室長時代から、なにかといえば、すぐ邸へとんでくる男であった。  電話口からは、わるい返事がきこえてきた。 「申しおくれましたが、柳取締役は逮捕されました」  柳は、三谷の片腕というか、腹心的な存在である。私的な面でも、三谷家の執事か財政顧問のように振舞い、その邸の建築にしても、資金の手配から完成祝いに至るまで、すべて柳がとりしきってくれた恰好であった。その柳が逮捕とは……。  事態は深刻であり、先行きが思いやられた。  それに、腹心ということになると、息子の達夫のことも気がかりである。  達夫は三谷の秘書をつとめ、二年ほど前から用度課長をしている。秘書室長から購買担当の役員へと進んだ柳に、ぴったり密着した形である。柳が三谷の片腕なら、達夫はその柳の片腕であった。  達夫は、佐千代たちのすぐ隣りに住んでいる。三谷邸の新築と前後して、土地の一部を割いて家を建てさせたもので、両親の家が家宅捜索とあれば、達夫やその妻子がかけつけて大さわぎしかねないところであったが、たまたま、達夫は九州へ出張中で、嫁と子供は市川の実家へ帰っていた。  その点、佐千代は、不幸中の幸いだ、と思った。むやみにさわがれたり、心配されたりすることを、佐千代は好まない。さまざまの打撃があるのが、人生というものである。その打撃は、本来、当事者だけがじっと受けとめるべきものであって、波紋を|はた《ヽヽ》に及ぼしてはならない。  達夫は、もともと学者希望であっただけに、どちらかといえば神経質で無口な男であり、佐千代のそうした考えものみこんでくれているが、問題は嫁の晴子であった。  佐千代は晴子にいったことがある。 「おもしろくないことは、何事も胸の中にたたみこんでおくのよ。口外しないために失うものは、とり返しがつくけど、口外したために失ったものは、永久にとり戻せませんからね」  晴子は、目を大きくして、明るくいい返した。 「あら、それじゃ、腹に一物どころか、五物も六物もある人間になれ、ということじゃありませんか」  そんな風にいわれては、佐千代には話の接ぎ穂が見つからず、ただ黙ってこわい顔で見すえる他《ほか》なくなってしまう。 「あら、お母さま、お気にさわりましたの。それならそれと、はっきりおっしゃって。わたしたち、言葉に出ないものを読みとる力は、ありませんもの」  新興の繊維商社の副社長の娘である嫁と、職業軍人の娘であった姑《しゆうとめ》とでは、育ちも気質も、ちがいすぎた。話のかみ合わぬことばかり多い。いっそ、もっと遠くへ家を建ててやればよかったと、ときに佐千代が悔いるほどであった。  佐千代の父親の佐造は、熊本生れのがんこな軍人であった。二言目には「お国のために」を口にし、融通がきかない。正義派を以《もつ》て任じてもいた。  名古屋の連隊区司令部詰めのとき、陸軍大臣から、ひそかに、その地方の有力者の息子を召集からはずすよう、指示してきた。  兵役者名簿を調べると、該当者の項には、すでに町長からも、家庭事情などを理由にした申し送りの附箋《ふせん》がついていた。そうした附箋のある人間は、ふつう、召集しないでおいたのに、大臣がいってきたと知って、佐造はわざとその附箋をはがし、真先に召集令状を送りつけてやった。その点、どこか、エキセントリックでもあった。  佐千代は、きびしい躾《しつけ》を受けて育てられた。書道、茶、花、琴など一とおり免状をとり、長刀《なぎなた》も初段をとらされた。三谷との縁談は、佐造の友人が持ってきた。東京帝国大学法学部出身という申し分ない学歴だが、勤務先はあまり名の知られないM開発という会社であった。財閥系ではあるが、歴史は新しく、南洋や東南アジアでゴム園などの経営に当る一種の国策会社であった。  佐造にいわせれば、「帝大出のくせに、官庁や大手会社へ行かず、そうした無名会社に身を挺《てい》するところが、いかにも男らしくていい。見どころがある」ということであった。  結婚後、佐千代は大きなお腹《なか》をかかえ、テニアン島に渡ったが、生れた子は、そこで病死。続いて、達夫が生れたあと、サイゴンへ。三谷の判断で、達夫を、フランス人の経営する小学校に行かせたが、言葉の障害もあって、達夫は無口で内向的な人間に育って行ったようであった。  太平洋戦争がはじまってからは、三谷だけが、広東、そして、マニラヘと赴任した。佐千代と達夫は、内地で軍人家族同然、長い留守を預かることになった。  マラリヤにやられたり、空襲に遭ったりして、何度か危険な目に遭いながらも、いつも死地を逃れた三谷は、最初の復員船で引き揚げてきた。  M開発は、財閥系、それに、外地を基盤にした国策会社というので、戦後は大ゆれにゆれた。食いつなぎのため、闇屋まがいの商取引も多く、三谷は何度か経済事犯としてあげられそうになった。  だが、部下や上司はとらえられても、三谷はきまって間一髪のところで逃れた。ずるさもあったが、勘というか、本能的な要領のよさといったものが、三谷にはあった。  戦後もしばらく生きていた佐造には、それが、激戦地に出ては死線を越えて帰ってくる勇者の姿にも見えたようであった。 「えらい男だ、あれは。よくぞ、会社のために……。おまえ、幸せに思って、どんな目に遭おうと、あの男に仕え通さにゃいかんぞ」  そのころは、三谷に生活費の面倒を見てもらっているということもあって、佐造の三谷びいきは強まった。  佐造は、「お国のために」とはいわなくなった。代りに、「会社のために」を、よく口にした。国は亡びた。国に代って、会社だけが生活を守ってくれる。その代り、男は妻子ぐるみで会社のために尽くさねばならぬ。三谷は、りっぱにその道に徹している。選んだ婿に見こみちがいはなかったと、佐造は安心して、やがて世を去った——。  ひっきりなしに電話がかかったが、佐千代は、この日はすべて女中に受けさせた。  事態がのみこめないのに、うっかりした応対はできないし、それに、言葉のはしに心の動揺をのぞかせるようなことがあってはならないと、自分を戒めたためである。  佐千代としても事情を知りたかったが、役員をふくめ二千人近い社員の中で、そうした相談に呼び出せる相手は居なかった。  佐千代自身、会社へは一切顔出ししないし、一方、社員たちが家へやってくるのを好まなかった。 「会社の御用は、会社でおねがいいたします」  社員や取引先だけでなく、新聞記者なども、そういって断わってきた。  それは、佐造ゆずりの潔癖さによるものであった。連隊長になってからも、佐造は自宅では、ほとんど人に会わなかった。家庭が神聖、というのではない。むしろ、逆である。相手がだれであろうと、家庭で個人的に会えば、人情として不公平が生まれ、公私混同のもとになる、と考えたためである。  社員の中で三谷邸へ入りこんだ唯一の例外は、柳であった。会社と三谷家を結ぶ柳というパイプが太くなるに従って、他の一切のパイプの入りこむ隙がなくなった、という見方をすることさえできた。早くから三谷の秘書、そして秘書室長という仕事上の性格から、佐千代としては、やむなく迎え入れたわけであったが、いまでは、家人も同様、いや、ある面では、家人以上の存在であった。  佐千代は、いまだに夫から生活費としてきめられた額を渡されるだけ。その他のまとまった金は、一々、夫に話して、別に出してもらわねばならない。  夫が心おきなく会社のために働けるように、妻としては、そうした形で家計をおさえておくべきだと、佐千代はずっと考え、辛抱してきた。  このため、佐千代は夫の収入がいったいいくらなのか、見当もつかないでいる。その点は、むしろ、柳の方が明るいはずである。明るければこそ、邸の建築費など、すべて、やりくりしてくれた。佐千代にとっては、柳が会社の顔のすべてであった。息子の達夫までが、ときには柳の一部分に見えた。  その柳が逮捕されたとあっては……。  夜がふけてからも、電話はしきりにかかってきた。  十時には、いつものように女中を休ませ、それ以後は、佐千代が応対した。言葉少なに、きまった文句で受けることにする。 「何かのまちがいと存じます。御心配をおかけしまして」  女たちからの電話もあった。わるいヒモがついているため、小料理屋を出させた代りに手を切らせたはずの中野新橋の芸妓上りの女からもかかった。 「一切音信を絶つ、という約束だったでしょ」  佐千代が強い声でたしなめると、 「あら、奥さま、場合が場合じゃありませんか。そんなかたいことを」 「どんな場合でも、約束は守るものなんですよ」 「奥さまらしいわ。相変らず」  高い笑い声がして、電話は切れた。名のらない電話もあったし、受話器をとると一言もしゃべらず、こちらの様子をうかがっているだけの相手もあった。  そうかと思うと、 「いよいよですな、奥さん。お気の毒ですが、覚悟はできてましょうな」  おどかすようにいって、切ってしまう電話もあった。百鬼夜行のはじまりであった。  佐千代は、下唇をかみ続けた。  商法四八九条。会社財産を危うくする罪。夫の身にどんなことがあってもいい。それが、会社のためならば。だが、夫自身が自分のために会社を危うくしたなんて。それでは、これまで耐えてきた自分の人生は、一切、空《むな》しいものになってしまう。商法四八九条。まさか……。  三谷の事情聴取は二日間にわたったが、打出小槌町の邸へ戻ってきたのは、三日目も夜おそくなってからであった。  上背もあり、骨組みもがっしりした体。太く短かい下り眉、縁なしの眼鏡、大きな鼻。酒と葉巻のにおい、そして、かすかに香水もにおった。  その前に、小づくりで痩せた佐千代が、両膝《りようひざ》をそろえて坐り、切り出した。 「二晩とも、わたしは寝巻に替えないで居ました。場合が場合です。警察の御用が終ったら、ともかく家へ帰ってくださるべきではなかったのですか」  うらみがましくというより、不良生徒をたしなめる先生の口調に近かった。  三谷は、眼鏡をはずし、レンズをぬぐった。 「おそくなったから、都内で泊った。それに、ひどい取調べで、疲れてもいたしな」 「疲れていたから、ヨウカンをつまみたくなったのですね」 「ヨウカン?」 「根津のヨウカンか、大森のヨウカンか知りませんが」 「なんだ、そのヨウカンか」  三谷は、鼻を鳴らすようにして笑った。 〈女はヨウカン。いちばん手軽に疲れが治る。食うのに、一々、理屈も要らなければ、力をいれることもない〉  というのが、最初の浮気がばれたとき以来の三谷の言い分であった。このごろでは、むしろ、それを自慢げに公言したりもしている。 「笑いごとじゃありませんよ」  佐千代が詰め寄ると、三谷は開き直った。 「ヨウカンを食って、何がわるいんだ」  佐千代は黙った。その議論は、二人の間では、とっくに終っていた。  平らで小さな胸にいっぱい息を吸いこんだあと、佐千代はあらためて斬りかかった。 「あなた、今度はいったいどうしたことです」 「……新聞で読んだろう」 「読みましたわ」 「つまり、ああいう濡《ぬ》れ衣《ぎぬ》をかぶされただけだ」 「濡れ衣といいきれるのですか」 「あたりまえだ。だいいち、会社の経理の入り組んでるところが、警察の連中に理解できるわけがない」 「…………」 「誤解だ。さもなければ、でっちあげだ。とにかく、おれを信じろ」 「でも、たとえ濡れ衣だとしても、他の濡れ衣とは問題がちがいます」 「どういう意味だ」 「わたしは、これまで、あなたにいろんなことがあっても、辛抱してきました。みんな、会社のためだと思ってきたからです」 「そのとおりだ。そう思っていればいい」 「いえ、だめです。商法四八九条で問題にされるとは何事ですか」 「なんだと」 「会社財産を危うくする罪。あなたは、それで調べられたんでしょう」 「まるで検事のような口をきく女だな。おまえは、おれの何なんだ。ただの愚妻だ。愚妻だから、置いてやっているんだ。検事になりたけりゃ、出て行け」  三谷は、声を高くはり上げた。佐千代は黙って、三谷の顔を見つめている。  三谷は、そっぽを向くようにして、つぶやいた。 「柳がいけないんだ。あいつが派手にあそびすぎた。女優と寝させろと、金を積んだりして。素姓のいやしい人間は、あれだから困る」 〈女優と寝るのがいやしくて、女給と寝るのはいやしくないんですか〉といいそうになるのを、佐千代はこらえ、代りにいった。 「あなたも男らしくない方ね。柳は柳、あなたはあなたじゃありませんか」 「そうじゃない。社長は最高責任者だ。部下の罪も全部かぶらなくちゃいけない。それも、ろくでもない罪まで。会社の金を女に注ぎこむなんて、柳のやつ、最低なことをする」 「その点、あなたは大丈夫なんですか」  三谷は、大きな鼻を振ってうなずいた。高いし厚みもあって、堂々たる鼻である。鼻が物をいったり鼻で物をいったりという感じを与える。三谷は、その鼻が気に入っていた。縁なし眼鏡を使うのも、鼻を引き立たせるためであった。 「おれの方は、ちゃんとしている。交際費というか、機密費の範囲で、おさめている。後暗いところなんかない。柳は金の出所もないくせに、そういうおれのまねをするから、ボロを出した」 「でも、柳ひとりが女に金を注ぎこむくらいで、会社が危うくなるものなんですか」  三谷は、ぎくりとしたように、眼鏡をかけ直した。 「……だから、警察の誤解だといってるじゃないか。いや、あいつ、女優相手だけでなく、ぜいたくな家はつくるし、銀座や赤坂で豪遊していた。この御時世に、派手に金をばらまく男が居るというんで、警察が目をつけ、放《ほう》ってはおけないというんで、手入れしてきたんだろう」 「でも、それなら、なぜ、あなたが話をきかれたり、この家までが捜索されねばならないんですの」 「……それは、おれが警察にききたいところだ。おそらく、警察のやる気を見せて、あいつにおどしをかけ、恐れ入りましたといわせたかったんだろう」  三谷は、葉巻をくわえ、火をつけた。  佐千代は、細い顔をしかめた。頭が痛くなる気がする。  もともと、ヘヴィ・スモーカーだった三谷は、役員になると、葉巻をやり出した。その後、かなりの年月になるのだが、佐千代はいまだにそのにおいに馴れるということがない。それに、太い煙が流れ出すと、いつも、かんじんの話が、藤色の煙に巻かれて消えてしまう気がする。  葉巻をやめてくれるよう、いつか、佐千代が真剣にたのんだことがあるが、三谷に大声でどなりつけられた。 〈おれは、葉巻のおかげで、リラックスできるんだ。おまえなんか居なくたって、どうということもないが、これがなけりゃ、気分転換もできんし、疲れもとれん。いやなら、おまえ、家の外で暮らせ!〉  佐千代は一度は顔をそむけたが、すぐ思い直し、煙にかすみはじめた三谷の鼻に、小さな目を当てていった。 「達夫は大丈夫なんでしょうね」  達夫は九州から帰ると、三谷と入れちがいに、警察に呼ばれ、事情聴取を受けている。 「もちろん、大丈夫だ。わるいのは柳だけだ。それに、いざとなれば、おれがかばってやる」  夫の言葉に、佐千代は尖《とが》った顎《あご》でうなずいた。  戦争中といい、終戦後といい、夫の運の強さというか、保身のうまさは、抜群であった。「国のため」「会社のため」とほめながらも、佐造は、一方では、自分の下手だった処世術とひきくらべ、三谷のそうしたうまさ強さを、娘のためによろこんでいたふしもあった。  その強さを、達夫に分けてやりたいと、佐千代はいま痛切に思った。運も性格も決して強くはないあの子に。  佐千代は、ぐちのつもりではなくいった。 「あの子の希望どおり学者にしておけば、こんなことはなかったわねえ」  三谷はとり合わず、葉巻をくゆらせ続ける。  私大の仏文科を出た達夫は、〈ぼくは会社づとめには向かない。フランス語でも教えてくらしたい〉といっていたが、 〈学問というのは、きびしいものだ。そんな薄弱な気持で学者になれるものか〉  三谷に一喝されて、希望をすて、M開発入りしたのである——。 「寝酒を二本ばかりつけてくれ」  長い間の深酒がたたって、三谷は肝臓がわるく、医者から禁酒を申し渡されている。 「だめですよ」  佐千代がそっぽを向くと、三谷はどなった。 「つけろといったら、つけろ。こんな不愉快な目に遭ってて、寝つけるものか」 〈わたしだって……〉  と、佐千代もいいたいところであった。寝つきのよくないのは、むしろ、佐千代の方であった。庭に泉水ができてからは、水音が気になって、よけい寝つかれなくなっている。せめて夜中だけでも、揚水用のモーターをとめてほしいとたのんだが、これまた、三谷にどなられた。 〈流れたり流れなかったりしたら、鯉がめんくらって、病気になってしまうぞ〉  佐千代より鯉が大事、といわんばかりであった。  口がかわいて、三谷は夜中に目がさめた。  枕もとには、ポットが用意してある。一口のんで、横になる。視線の少し下ったところに、佐千代の寝顔があった。  佐千代のふとんは、いつも、三谷のふとんより一尺ほど頭を下げて敷かせてある。たとえ、寝ているときでも、同じ高さで妻と顔を合わせるのが、三谷はいやであった。息がつまりそうな気がする。少しでも見下す感じがいい。  佐千代の髪には、白いものがふえ、小さな顔が、さらに一回り小さくなって見える。とがった顎のあたりなど、まるで木彫のように肉がない。 〈いつまでも苦労する女だ〉と、三谷は思った。こんな事件さえなければ、もう少しやさしくしてやっていたところなのに。そういう星の下に生れついている女なのであろうか。  眠っているときまで、かたい顔つきの女だ。軍人の娘ということが、この歳になってもぬけない。こういう妻に対しては、夫は最後まで虚勢をはり通す他ないのではないか。  三谷は、反射的に、関係のあった女たちの顔を思い浮かべた。中野の女、根津の女、大森の女……。芸者上りも、ホステス上りもいるが、みんな、喜怒哀楽がはっきりしている。よくあまえ、よく笑い、よく怒る。隙があるというか、ぬけているところのある女ばかりである。三谷は、そういう女たちとは、同じレベルでつき合えばいい。ヨウカンを食べるとは、そういうことなのだ。肩をはることも、大きく見せることもない。彼女たちには、もともと、三谷が大きなひとなのだ——。  深夜の打出小槌町は、静まり返っていた。泉水の音は、たしかに耳ざわりだが、流れをとめるわけには行かない。それは、鯉の問題だけでなく、夫の権威の問題である。  三谷は、妻の寝顔を見直した。歳をとって、よけいソバカスが目立つ。顔中で泣いている、ようにも見える。いかにも自分を殺して生きているという顔になっている。  三谷は、反撥した。このおれだって、いや、おれの方が、どれほど自分を殺してきたことか。M開発に入社して、三谷はまず社長秘書をやらされた。社長は財閥当主の遠縁の男で、女好きで、昼間から待合に入りびたっていた。〈女はヨウカン〉というのは、この社長の言葉の受け売りである。  社長は、所構わず三谷を酷使することに、嗜虐《しぎやく》的なよろこびを感じているふしがあり、若い三谷としては、心も体も休まる間がなかった。料亭で受けていい電話と、会わせていい客の選別。幇間《ほうかん》や芸者、仲居たちの手配や心づけ。按摩《あんま》が来るまでの間、腰をもまされたこともある。 「帝国大学出の学士さまが、こんなことやらされるとは思ってもみなかったろう」 「いえ……。鉄道省へ入った友人は、駅の便所掃除をやらされていますから」  当惑したあげく答えると、社長は、 「なるほど、これも一種の便所掃除か」笑ったあと、急に気色ばんで起き直り、「なんだ、便所掃除だと。もう一度いってみろ」  酒の残っている銚子《ちようし》を、肩に投げつけられた。  外地勤務に出て、ほっとしたが、今度は、軍人たちに気をつかわねばならなかった。そして、終戦後は、官庁や銀行へ頭の下げっ放し。土地造成にも、ビル建築にも、許認可事項が多い。銀行融資を仰がねばならぬし、それも、できるだけ低利の金が欲しい。M開発の経理部長、さらに営業部長として、三谷は交渉の最前線に立った。この種の会社には珍しい三谷の学歴が幸いした。三谷の同期生たちは、銀行でも、中央官庁でも、現場の権限をにぎる課長クラス。そうした友人たちのところへ、三谷は頭を低くして陳情に出かけ、下座にへり下って、宴席に迎えた。同期生でも、相手を官職名か「さん」づけで呼ぶ。決して、なれなれしい言動をしないように努めた。  パーティの会場などで、そうした友人がタバコをくわえると、三谷はすっとんで行って、ライターをすった。 「きみ、そんなにまでしなくたって。友人同士じゃないか」  鼻白んでいわれても、三谷は態度を変えなかった。もちろん、つけ届けも怠らなかった。大事な相手のところへは、自分で配って回った。それも、まず勝手口へ顔を出した。  取締役総務部長になってからは、特殊株主や新聞記者などが、頭を下げる相手に加わった。若僧の記者であろうと、ゴロ新聞の記者であろうと、三谷はいつも最敬礼して迎え、エレベーターの前まで行って、最敬礼して見送った。  その意味では、三谷の半生は、自分を殺すことの連続であった。そうした屈辱的な疲れをまぎらすためには、酒と女が手っとり早かった。だれが何といおうと、解毒剤としての「ヨウカン」が必要な働きぶりであった。それに、「ヨウカン」たちには、別の効用もあった。中野の女には小料理屋を出させ、そこで、新聞記者や気のおけない客をもてなした。愛想のいい女で、すぐ客の顔をおぼえ、三谷が居なくても代りに接待し、つけだけを回してきた。もっとも、そのつけに怪しいものが多くなり、結局、縁を切るきっかけになったのだが、三谷はその女にはまだ未練があった。  根津の女は、銀座にクラブを出し、いまはそこを接待用に使うことが多い。家で佐千代が仏頂面して応対するよりは、はるかに会社のためにも役に立っているはずであった。  三谷は、また一寝入りし、佐千代に起された。弁護士からの電話で、事情聴取を受けていた息子の達夫が、重要参考人から容疑者に切りかえられ、逮捕されたとのこと。  佐千代にとって、おそろしい出来事が続いて起った。  息子の達夫が逮捕された翌々日、三谷もふたたび出頭を求められ、そのまま逮捕された。  二週間後、達夫が保釈で打出小槌町に戻ってきたが、佐千代のところへはただ顔を出しただけ。二言三言あいさつして、すぐ隣りの自宅へ行った。九州出張に続いての事情聴取。かなり疲れているようだし、早く夫婦水いらずになりたいのだろうと、佐千代は追いかけたい気持をおさえた。  ところが、あとからきくと、達夫は調べものがあるからと、嫁の晴子を遠ざけ、晴子は晴子で安心感からうたた寝し、二時少しすぎに目ざめたときには、ガスの溢《あふ》れた八畳間ですでに達夫の体は冷たくなっていた。佐千代は、自分なら、膝を針で刺しながらでも、起きて見はっていただろうにと、悔んだ。  救急車に続いて、警察の関係者が何人もやってきた。その男たちの中から、「全く残念だなァ」というつぶやきが、きこえた。故人を惜しむのでなく、重要な容疑者の死によって、捜査が行きづまることを案じている声であった。  とすると、達夫の死によって、むしろ、三谷がかばわれることになるのではないか。 〈いざとなれば、おれがかばってやる〉といっていた夫が、息子の死によってかばわれる……。  なんとも運の強い夫。佐千代は、やりきれない気がした。三谷に対し、はげしい憎しみが燃え上ってくる。逆に、夫の死によって息子が助かったものなら、夫を殺してやりたかったのに、とまで思った。  遺書はなく、自殺の直接の動機は、不明のままであった。きびしい取調べのせいかとも思われたが、担当の捜査員からは、〈取調べはごくふつうに行ない、休養も十分にとらせていた〉という釈明が伝えられた。  泣くばかりの嫁を叱りながら、佐千代自身は涙ひとつ見せず、すばやく密葬をとりしきった。  会葬者はごく少数。幸い、打出小槌町は上品ぶっていて、町内の醜聞や不幸に耳をそばだてるということがない。内心はともかく、隣近所の人たちは、無関心を装ってくれていた。  達夫には、洋子という五つ年下の妹が居て、アメリカ人と結婚、デンバーに住んでいる。  佐千代は、国際電話をかけて知らせた。洋子は絶句したが、結局は、弔電を送ってくるだけに終った。  洋子の結婚には、三谷夫婦はそろって反対し、義絶同然になっていたが、洋子にいわせれば、そういう気持にさせたのも、両親が原因であった。  女性関係が派手で、家では横暴な三谷。じっと耐えているだけの冷たい母親。そうした両親を見ているうち、洋子は日本での結婚生活に夢が持てなくなった、といった。〈自分のふしだらを棚に上げて、親のせいにするのか〉と、三谷になぐられんばかりになり、家をとび出した。  それから十年。アメリカ国籍をとり、すっかりアメリカ人になりきって、くらしている。三人の子供は英語だけで育てられ、まるで日本語を理解しない。  佐千代にとっては、すでに失われた娘であり、失われた孫たちであった。  佐千代は、拘置所に通った。三谷を見舞うというより、跡始末の相談のためである。  晴子の両親を呼び、冷え冷えとした邸の中で、形式的な家族会議も開いた。夫の自殺だけでなく、義父も獄中に居るとあっては、晴子たちが三谷家にとどまるだけ不幸である。籍を抜き、子供を連れて、市川の実家へ引き揚げることになった。  拘置所の面会所で、三谷のいうことはきまっていた。 「あいつが先に死ぬなんて。おれはもう生きてる甲斐《かい》がなくなった。いっそ、ここで死んでしまいたい」  重い首をうなだれ、大きな鼻も垂れ下った感じでいう。そうかと思うと、急に肩をはり、 「背任だの横領だの、全部、世間と警察のでっち上げだ。もし、ほんとだというなら、腹かっさばいて、死んで見せてやる」  佐千代は、うなずいた。夫の言葉を鵜《う》のみにするわけではないが、そうでなければ、佐千代自身も救われない気持である。商法四八九条。自分の利益のために会社財産を危うくしたというのが、ほんとうなら、佐千代もまた、三谷に生きていて欲しくない。  面会所の照明のせいもあろうが、三谷の顔色はよくなかった。佐千代には、それが気になった。とにかく、潔白を晴らすまでは、長生きしていて欲しい。  体のことを心配すると、三谷は珍しく殊勝な口調になっていった。 「おまえには苦労をかけたが、もう、これ限りだ。おれも考えを改めた。娑婆《しやば》へ戻ったら、女はみんな整理する。世間からはひっこんで、おまえと二人で、達夫の菩提《ぼだい》をとむらって、くらそう。高野山へお詣《まい》りに行ってもいいし、四国八十八カ所を、二人でお遍路さんになって、毎年、何カ所かずつ回って行くのもいいじゃないか」  佐千代は、とがった顎を振ってうなずいた。  心や体の弱まりのせいだけでなく、夫は本気にそう考えているようである。佐千代には、転勤のときは別にして、夫に連れられて旅行したという経験が、ほとんどない。菩提をとむらう旅なんて、あまりにも物悲しいが、それでも、暗夜に等しい人生の果てに、かすかな灯を見る思いもした。  黄色く菜の花の咲きにおう田舎の道や、蝉《せみ》時雨《しぐれ》の濃い並木道を、大小二つの白装束の人影が鈴を鳴らして歩いて行く姿が、目に見えるようであった。  三谷と柳の罪状は、会社財産の横領と、会社役員の義務に対する背任とに、しぼられてきた。  政治献金ひとつにしても、社長には表面に出ない金が要る。簿外資金と呼ばれるこうした金を、三谷のために柳がひねり出してきた。  M開発の最近における大プロジェクトは、比企丘陵におけるニュータウン建設計画である。柳は、この工事の下請けである舗道会社と下水工事会社の経営者に話をつけ、工事代金を水増し請求させ、また架空工事による代金を請求させた。その水増し分とバック分が、政治献金だけでなく、三谷と柳の乱脈な私生活につかわれていたというものである。  この簿外資金から、役員へのヤミ賞与も払われており、三谷が株券や骨董《こつとう》などに投資し、都内のいくつかの貸金庫に分散してあるのが、摘発された。  裏金のいちばん大きな使途は、不動産関係であった。打出小槌町の邸の建築資金の一部も、裏金でまかなわれた。もっとも、三谷にいわせれば、それは、根津の家を売った金を回すつもりであった。根津の家は、もともと、三谷が東京で泊るときのために買ったものだが、そこへ女が住みこんだ。その女には、すでに銀座にクラブを出すための金を出してある。三谷としては、一時期だけ泊らせるつもりであったが、女はその母親までひきいれ、動こうとしない。  そこへ、大森の女にも、マンションを買ってやらねばならぬ成り行きになった。  それまでも、プライベイトな金ぐりが必要なときには、 「わたしが、よろしくやっておきますから」  と、柳がとりはからってくれていた。三谷としては、「よろしくたのむ」の一言ですむ。裏金として、百万単位から千万単位が動くようになってからも、「よろしくやっといてくれ」  柳としても、ただ忠勤を励んでいるだけでは、ばかばかしくなり、自分もその裏金で女に手を出したり、豪邸をつくったりした……。  こうした点に関しての三谷の言い分は、 「おれは知らぬ。おれは根津の家の売却をたのんだ。それまでのつなぎとして、柳が勝手にとりはからった」  柳はこれに反論して、「よろしく」といわれれば、それは絶対であり、命令として受けとらざるを得ない。だいいち、根津の家は妾宅《しようたく》化していて売却できる状況になかったし、すでに銀座のクラブに金を出すのに苦労し、さらに大森のマンション、打出小槌町の新築とあっては、仮に根津の家が売れたとしても、まかなえるはずはなかった。違法な資金ぐりは三谷も承知のはず、と柳はいいはった。  いずれにせよ、二人が会社に水増し工事や架空工事代金として不当な金を支払わせ、損害を与えたことは、事実であった。  二人は起訴され、裁判はゆっくりした速度で進行しはじめた。  広い邸の中で、佐千代には、女中ひとりだけを相手にするくらしが続いた。  炊事、洗濯、掃除など、佐千代はこと細かく注意する。 「おまえが結婚してから、恥をかくといけないからね」  娘が三谷家に行儀見習いにきている。帰るときには、三谷家の卒業免状つきなのだ——という考え方である。  時間を見ては、活け花を教え、茶の作法も教えた。一対一の個人教授。女中は窮屈そうである。だが、稽古事に窮屈はつきものと、佐千代は意に介さない。  ただ、琴を持ち出したときには、頭からことわられた。 「奥さま、これだけはかんべんしてください」 「どうして」  稽古事が多すぎるとか、足がしびれるなどというのではなく、予想もしない答が返ってきた。 「わたし、笑い出しそうになるんです」 「笑う?」 「そう、おかしくって」 「どうして」 「どうしてといったって、その音が……。それに、テンポだって、ものすごくのろいでしょ。それをまた、深刻な顔をしてひくなんて、わたし、とても……」  いいながら、笑っている。当世風の娘であった。そこまではっきりいわれては、佐千代も引きこめざるを得ない。  それに、これまで佐千代が物思いをこめて琴をひいていたとき、この小娘が蔭《かげ》で笑っていたかと思うと、腹立ちと恥ずかしさで、体の中が熱くなってきた。佐千代は、二度と琴をひく気をなくした。佐千代にとって、もともと数少ない人生のたのしみが、またひとつ減った。  女中の部屋には、白黒のマイクロ・テレビが置いてあるが、料理番組だけは、居間の大型カラー・テレビで、佐千代といっしょに見させることにしている。佐千代の教える料理は、和食が多い。若いひとは新しい料理をおぼえることも必要だろう、という親心からであった。それに、ちょっとしたヒントなど、佐千代にも、結構、勉強になる。  だが、ある日、番組のはじまる直前、女中にいわれた。 「奥さま、ひとつ、うかがってもいいですか」 「何なの」 「怒らないでください」 「……わかりました。どういう質問か、おっしゃい」 「わたしはともかく、奥さまがこういう番組を御覧になってても、あまり役に立たないんじゃないか、と思うんですけど」 「それ、どういうこと」 「だって、これまでだって、だんなさまは、めったに家で召し上らないし、いまはこんな風でしょ。これから先は、いったい、どうなることやら」  佐千代は、うすい唇がわななくのをおぼえながらいった。 「……役に立とうと、立つまいと、たしなみとしておぼえておくの。女というのは、そういうものなのよ」 「そうですか。でも、それだったら、つまらないなァ」 「…………」 「奥さま、ほんとにつまらないと思ったことありません」 「ええ、ありませんよ」  佐千代は、落着いて言下に否定したが、小さな顔は紅潮していた。  この小娘は、自分をこういう目で見ていたのかと、またひとつ冷水を浴びせられる気がした。はじまった料理番組が、少しも頭に入って来ない。  佐千代は、最後にとっておきの稽古事を持ち出した。長刀である。肚《はら》をきめてのことであった。  袴《はかま》をつけ、白鉢巻に白い襷《たすき》をかけた姿で、女中を呼んだ。 「奥さま、どうされたんですか」  女中は棒立ちになり、笑い出した。 「長刀を教えてあげます。ついて来なさい」  返事を待たず、庭に下りた。そして、二十分あまり、木でつくった長刀をふるって、一通りの型を演じて見せた。  泉水の近くで突っ立っている女中の姿は、もう眼中になかった。細い背をしゃんとのばし、顎はさらにとがり、小さな目はすわって、佐千代は自分の体が、ひとつの刃に変わって行くのを感じた。  次の日も、佐千代は同じ装束で、庭に下りた。女中が習うことは、期待していなかった。むしろ、笑わば笑え、と思った。泉水の音と、松籟《しようらい》の音。その中で、長刀が風を切った。  笑い声は、佐千代の耳には届かなかった。その代り、女中はひまをとった。理由としていったのは、 「なんだか、この家、気味がわるくなってきたんです」  広い邸の中で、佐千代のひとりぼっちのくらしが、はじまった。  気ままな日課でいいのに、それまでと同じように、朝は早く起きる。ひとりで使う部屋は一間か二間だが、家中の雨戸を開けて回る。中途半端なことをきらい、何事も徹底してやらないと、気がすまない。  三度の食事も、きちんとつくる。インスタントものには、目もくれない。料理のテレビ番組は、肝臓を痛めた老人向きの食事に役立ちそうなものだけを選んで見ることにした。女中にいやなことをいわれたが、しかし、今度戻ってくる夫は、いままでとはちがう。夫婦水いらずの生活がはじめてはじまるはずである。商法四八九条とかは気にかかるが、しかし、夫のいうように、誤解やでっち上げなのであろう。だいいち、佐千代の生活感覚として、これといったぜいたくをしたおぼえがない。会社のために戦い疲れた夫を、佐造にいわれたように、その死ぬまで守り通してやらねばならない。  佐千代は、小柄ではあるが、芯《しん》は強い方であった。病気らしい病気ひとつしたことなく、小学校も女学校も皆勤で通し、結婚後も、産褥《さんじよく》以外、寝こんだ記憶がない。幼いころから、毎日、乾布摩擦やランニングで鍛えさせられたせいもある。  ひとりで家事をとりしきるだけでも、かなりいい運動になるが、佐千代は夕方、雨戸を閉める前、庭に下りて、のびのびと長刀をふるった。白鉢巻、白襷姿で、ときには、小太刀も使った。だれにも気をつかわず、風を切る木刀の音の中だけに沈む。物足りなさや、さびしさもあるが、かえって気楽でいい、と思ったりした。  あまりこわいと思うことはなかった。寝室には、以前から、用心のために、木刀が置いてあるが、佐千代がそれを持って侵入者とわたり合える、といったものではない。  恐怖感がうすいのは、さとりというか、あきらめに似た気持からであった。邸こそりっぱだが、その邸の中に、佐千代の知る限りでは、盗賊にねらわれるようなものは何もない。  身に危害を加えられることも、こわくはない。生きがいも、たのしみも残り少ない佐千代としては、たとえ殺されることになっても、それを一種のめぐり合わせと思うだけの覚悟ができている。  ただ、夜になると、相変らず、泉水の音が耳についた。佐千代は、揚水ポンプをとめたい衝動にかられたが、三谷のいうように、鯉がめんくらって死ぬようなことがあってはと、辛うじて思いとどまっている。  その意味では、いぜんとして、夫の影に支配されているくらしであった。  隣りの家は、晴子たちが去ると同時に、売りに出してあった。 〈たとえ家が新しくても、自殺があったのでは売れません。思いきって上物をとり去り、更地にして売った方がいいですよ〉と、駅前の不動産屋にいわれたが、三谷家の財産は、すべて検察庁と会社に押えられていて、その工事代金も自由にできない。  晴子の実家には経済力があるが、別に売り急がない、ということなので、そのままにして売りに出してあった。  佐千代としても、意地があり、小さな不動産屋のいうなりにしたくはない。そこまで身を屈するものか、という思いである。〈家つきのまま買ってくれるひとがあるまで、待つ〉ということにした。  ひとが住まぬと、建物の荒廃ははげしかった。塗装はうすれ、錆《さび》が目立ち、どういうわけか、屋根瓦までがはがれ落ちた。大病にかかった人間のように、一気に色褪《いろあ》せ、老けこんで行く感じである。風通しのため、三日に一度は、雨戸を開けに行く。台所にトカゲが居たり、座敷に大きなクモが出たり。  日が経つにつれ、さすがの佐千代も、家事に疲れを感ずるようになった。だが、ひとをたのむ気にはなれない。疲れは自分ひとりの辛抱ですむ。いまは、少しでも出費をおさえてくらすのが、夫のため会社のためになると思った。  ただ、隣家の面倒までは見きれない。  雨戸を開けに行くのが、四日に一回にのび、五日に一回にのびた。達夫の家の屋根を見るのが苦痛になり、つとめて目に入らないようにした。  買手が現われたときいて、佐千代は、とびついた。家ごとそっくり買ってくれるなら、値段はもうどうでもいい、という気がした。  買手は意外にも、佐千代と同年代の女であった。女力士のように体が大きく、陽気で声も大きい。歩き方も物言いも男っぽく、がさつな感じがした。隣人になったからといって、佐千代はつき合う気はない。  それでも、塀ひとつ向うのことである。新しい隣人の動きは、いや応なく、目につき、耳に入った。  大河ミヨ子というその隣人は、打出小槌町に住むには、風変りな女であった。たちまち、廃屋をにぎやかな学生下宿に変えてしまった。そうかと思うと、鍬《くわ》をふるって、庭全部を掘り起し、畑につくり変える。  佐千代は、うらやましい気がした。佐千代のところでも、若い女中を一人ではなく、二人か三人置けば、にぎやかになり、居ついてもくれよう。M開発の社長邸としては、二人置くことは、おかしくもないし、できない相談でもない。三谷が女たちにつぎこんでいるであろうお金のほんの一部を回してさえくれるならば。  それに、佐千代は、かねがね、庭の一部に花壇をつくってみたかった。自分の手で、色とりどりのあでやかな花を咲かせれば、少しは気も晴れる。うまく行けばよし、失敗したところで、それもまた、おもしろい。美をつくるよろこびだけでなく、生物の運命を左右するひそかなたのしみもあるはずである。  だが、三谷に、太く短い眉を逆立てていわれた。 「高い金を払って、すべて造園の専門家につくらせたんだ。おまえなんかが、一木一草にだって手を触れてはならん」  相変らず、話し合いの余地などなかった。夫のため、ひいては、会社のためと思って、佐千代は、これもまた辛抱した。  隣人大河ミヨ子は、また突拍子もないことを、やり出した。  大きな車庫をつくったと思ったら、佐千代が娘時代にしか見たことがないような古い箱型の車がきた。やかましいエンジンの音がし、町内を走り出す。五十年も前のロールス・ロイスとかで、家が一軒建つほどの値段だと、新聞配達の少年が嘆息まじりに教えてくれた。  そして、ある日、買物に行く途中、佐千代は、その車に行き会った。道ばたの石垣にはりつくようにしてやりすごそうとする佐千代に、高い車台からミヨ子が「こんにちァ」と、まるで御用聞きの口調で、声をかけてきた。  佐千代は会釈してから、つい、 「その車、どうなさったの」 「どうもこうもありゃしないわ。あたし、こういう車を持ってみたかっただけ。どう、よかったら、乗らない」 「……いえ、結構」  ミヨ子は佐千代の体を、上から洗うような目で見て、 「そうね。その体じゃ、この車、ゆれがこたえるかも知れんね」 「…………」 「それじゃね。お隣りのよしみよ。乗りたくなったら、いつでもいってきて」  濃い紫の煙を吐き、車は走り出す。佐千代は、茫然と立ちつくして見送っていた。傍若無人。まさに、やりたい放題、いいたい放題である。同年輩のあの女の眼中には、彼女自身の人生しかない。  佐千代の身にひきくらべ、あまりにもちがいすぎ、そして、あまりにもあざやかな人生が、走って行く。  肝臓病が進んだためもあって、三谷が保釈になって戻ってきた。佐千代には、また、さらに自分を殺す生活がはじまった。  もっとも、はじめは、そのはずではなかった。隣りのミヨ子に刺戟《しげき》されたせいもあって、夫が戻ってからも、ある程度、自分の好みは押しとおそうと思っていた。  たとえば、長刀である。座敷で静養している三谷からは目の届かぬ場所を選んでやっていたのだが、やる以上は徹底してやらねば気のすまぬ性格から、鉢巻、襷がけに袴姿でやっていたため、急に三谷に呼びつけられ、露見した。  三谷は、座椅子に半身をもたせかけ、縁なし眼鏡を光らせていった。 「まるで鬼女みたいだな」 「キジョ?」  とっさにその言葉が浮かばず、きき返すと、三谷は大きな鼻を鳴らした。 「鬼の女さ。もともと、おまえには、執念深い鬼みたいなところがある」  若いうちは、浮気のたびに、佐千代はじりじりと三谷を責めた。かたがついたあとまで、くり返し、いやみをいったりもした。  佐千代はまた、三谷宛の手紙も、全部、封を切ってしまう。夫の留守中、急の連絡を要する手紙がまじっていたりするからというのだが、ねらいはもちろん、女たちからの連絡にある。大きな鋏《はさみ》を用意しておいて、かたっぱしから開封する。それで夫の浮気のやむわけはないが、一種の意地であり、つらあてである。  三谷が信書の秘密を持ち出して、何度叱ろうと、これだけは馬耳東風である。大きな鋏を手に持ったまま、黙って三谷を見すえている。ついには、三谷の方が、根負けもし、気味わるがってあきらめてしまうという成り行きであった。  だが、佐千代にしてみれば、そうしたことだって、佐千代が女だからこそである。もし鬼だったら、とっくに三谷を殺している——。  佐千代が無言でいると、三谷は、かさにかかってきた。 「おまえ、何をふくれている。ふくれたいのは、こっちじゃないか」 「…………」 「だいたい、おまえには、常識というものがない」  きっとする佐千代に、 「たとえていえば、客をきらう。新聞記者だって追い返してしまう」 「……だって、それは、あなたも了解ずみでしょ。それに、あなたの健康のことを思ってのことじゃありませんか」 「ばかをいえ。健康なんかより、それで、おれがいったいどれだけ損をしたことか。ただ、おまえの至らぬところを、カバーしてくれた連中が居たからこそ、どうやら、ここまで来れたんだ」  中野や根津の女たちのことをいっているのだ。佐千代は、下唇をかんだ。  三谷は、葉巻に火をつけた。  医者にとめられ、佐千代がどんなにたのんでも、やめてくれない葉巻。煙が体に巻きついてくる。このいやなにおいから、生涯ぬけられないのかと、佐千代が暗澹《あんたん》とした気分になっていると、 「隣りは、とんでもない奇妙なばあさんが買ったそうだな」 「……はい」 「奇妙の奇の方の奇女だな。けど、その奇女の方がまだいい。鬼の女とくらすよりは、数等おもしろいだろう」 「わたしのどこが鬼なんですの」 「これほどいってても、まだわからんのか」 「わかりません」  佐千代はそういったあと、かたい声で続けた。 「でも、ほんとうに鬼になっていいんですの」 「なんだ、その口のきき方は。おれをおどす気なのか」  佐千代は答えない。小さな目が燃え出す。それまでとはちがった光を帯びはじめていることに、三谷は気づかない。  佐千代は、鎌倉彫りもはじめていた。以前から興味を持っていたものだが、ひとりぐらしになり、気晴らしのひとつにと思い立ったものである。もっとも、その心の底では、やはり、隣りの大河ミヨ子の気ままなくらしぶりの刺戟を受けていた。  だが、三谷の帰宅によって、せっかくのたのしみも、ふみつぶされた。  三谷の居る部屋からはいちばん離れた女中部屋の片隅でやっているのに、 「漆のにおいが気になる。おれの肝臓にだってよくないぞ。おまえは、家を細工場にするつもりなのか」 〈それじゃ、葉巻のにおいはどうなの〉と、いい返したいのを、佐千代はこらえた。似たような議論をくり返す根気がない。佐千代は折れたが、それ以来、葉巻のにおいが、よけい身にこたえるようになった。  音の世界も、同様であった。女中が去ってから、ときどき思い出したようにたのしんでいた琴も、ひけなくなった。それだけに、よけい、夜の泉水の音に腹が立ってくる。  病人が居ることでもあり、また、その病人の希望もあって、日曜日をのぞいて、日中は通いの家政婦にきてもらうことになった。外出しなければならぬ用は、その時間にすます。  夫が家に帰ってから、雑用もふえた。弁護士や銀行筋、証券会社などとの連絡。税務署へは再三呼び出され、家と署との間の往復をくり返さねばならない。  一時間の電車に乗って、会社へも行かされる。三谷の失脚で重役陣が一新し、それまでどちらかといえば冷飯をくわされていた男が新社長になってから、三谷家に対する会社の態度は、にわかに冷たくなった。ほとんど、ひとが来なくなり、用があれば、逆に呼び出される。  受付のベンチで待たされていると、通りがかりの社員が肘《ひじ》でつつき合って、 「おい見ろ、三谷のばばあだ」 「また何かもらいにきやがったのかな」  佐千代は、立ち上って叫び出したいのをこらえた。膝の上にそろえた両手が、ふるえ出す。  用向き以外のことは、ほとんど三谷に話さない佐千代だが、社員たちにさげすまれた話だけは、つい口にした。 「ひどいやつらだ。どんな人相をしてたんだ」  いまさら問責できる身分でもないのに、三谷は、いきり立った。 「恩知らずめ。いったい、だれのおかげで、会社が今日あると思っているんだ」  佐千代は夫を見つめた。あのとき、佐千代自身も腹を立てたが、いまは、なぜ会社の人間にまでそんな風にいわれなくてはならぬのかと、むしろ夫をとがめたい気になっていた。  もちろん、三谷は本気で怒っていた。  ひところ三谷は、マスコミではM開発の「中興の祖」扱いされる勢いであった。三谷は、その広いつき合いを活かして、鉄道の新線計画や新駅予定地をきき出し、銀行に話をつけては、土地を先行取得。大規模な宅地やマンションの造成分譲を行った。この高収益の蓄積が、次の段階では、日本橋から赤坂、新宿副都心にかけての貸ビル群の造成を可能にした。比企丘陵のニュータウン計画こそ行きづまったが、それとても、石油危機以来の不況のせいによるもので、三谷の責任とだけはいえない。そして、この挫折《ざせつ》のおかげで、表面に出ないはずの簿外資金のしっぽをつかまれた。いや、それだって、M開発が旧態依然たる経営形態をとっていたら、問題にならぬところであった。  三谷は、積極的な営業活動だけでなく、組織の近代化を進めた第一人者であった。大蔵省や証券取引所の友人たちに話をつけ、業界ではいち早く株式を上場させたし、資金導入を容易にするため、社内の経理組織も早くからガラスばりのものとした。このため、いざ社長になってみて、裏金の捻出《ねんしゆつ》に苦しむことになったわけで、もし古い会社形態のまま、どんぶり勘定でやっていたら、もっと多くの金を、とがめられることもなく、自由にしていたはずである——。  三谷には、佐千代の沈黙の意味がわかった。  といって、縷々《るる》説明する気はないし、女に説明してわかることではない。せまい女の視野では、その金の使いぶりだけが問題なのであろう。  代りに、三谷はいった。 「若いやつらがそんなことをいうのは、おれがきびしかったからだ。信賞必罰でびしびしやってきた。だから、みんな、おれの前では、ふるえ上っていた。その反動がいわせるんだ」 「会社からばかにされる理由は、ないわけですね」  佐千代が念を押した。三谷は、肉の落ちた肩をはり、 「もちろんだ。あと五年も経てば、きっと銅像を贈ってくる」  だが、会社が送ってきたのは、一億四千万円に上る損害賠償請求であった。  佐千代は、ショックを受けた。開封した内容証明便を、寝ている三谷の顎につきつけ、 「やっぱり、あなたは、商法四八九条……」  三谷は半ば怒り、半ば苦笑し、 「おまえのばかのひとつおぼえにも困る。だいいち、いま裁かれてるのは、四八九条じゃない」 「でも、会社財産を危うくしたわけよね。だから、こんなにたくさんのお金を……」  三谷はいい返そうとして、その口をつぐんだ。佐千代の膝もとに、刃の開いたまま大きな鋏が投げ出されているのが、目に入ったからである。ふだんこらえているだけに、佐千代はどんな発作的な行動に出ないとも限らない。小地震もないままにエネルギーが蓄積されている地震源と同じである。とにかく、この場は、いわせるだけいわせておこうと、三谷はとっさに思った。 「世間や警察の誤解であって、すべて会社のためにやってきた、とあなたはいってましたわね。それなのに、これはいったい何なのですか。会社のためにやったひとが、なぜ、会社からこんな風に……」 「…………」 「若いひとにばかにされたわけが、はじめてわかったわ。わたし、もう二度と会社へ行きません。いえ、表へも出ません」  月々十万単位の生活費を渡されてきただけの佐千代にとって、その金額は、あまりにも大きすぎた。邸はもちろん、身ぐるみ剥《は》がれて、道ばたへ放り出されそうである。  それに、会社のためでなかったとするなら、これまでの人生は、何のための辛抱だったのか。先も後も、まっくらである。立っている場さえなくなる。すでに地崩れを見せはじめていた人生そのものが、決定的に崩れ落ちて行く気がする。  買物はじめ家政婦で足りそうな外出の用は、できるだけ家政婦に行かせ、銀行や税務署などの呼び出しも、二度に一度はさぼって、佐千代は家にとじこもるようになった。  そうなってみて、佐千代は、また、ときどき変な電話がかかってくるのに気づいた。ベルが鳴り、受話器をとると、相手は無言。「モシ、モシ、三谷ですが。モシ、モシ……」と促しても、何もきこえて来ない。まちがい電話でなく、だれの声なのかと、こちらの様子をうかがっている気配である。そして、そのまま切れてしまう。  佐千代相手では都合がわるい。家政婦だったら、三谷にとりつがせようという電話なのだ。佐千代は、もう怒る元気もなかった。三谷を問いつめる気にもなれない。ここまできて、また、そうしたいさかいをするのかと思うと、自分があわれになった。〈老夫婦で高野山〉とか〈四国のお遍路〉だとか、拘置所での三谷の言葉に、一時でも耳を傾けた自分に腹が立った。  会社へ行かねばならぬ用が、また出てきていた。 〈また何をもらいにきたのか〉と、乞食《こじき》か泥棒でも見るような眼差《まなざし》。この先、生きることは、はずかしめや嘲《あざけ》りに遭うばかり。槍《やり》ぶすまのような視線の中にさらされて行くだけのことだ。生きていてよいことは、ひとつとしてありそうにない。  繊細なだけあって、息子の達夫には、いち早く、それがわかったのではないか。達夫に先見の明があり、達夫は先達である。ただ、佐千代がちがうのは、三谷にも同じつらい思いを、いや、佐千代に倍する思いを味わせてやりたいことだ。ただ黙って自分だけ幕を引くわけには行かない。  達夫の三周忌がめぐってきた。市川の家で内輪の法要を営みたいという晴子のたってのねがいに、佐千代は家を家政婦に任せ、朝、打出小槌町を出た。市川までは、二時間あまりかかる。  久しぶりに会った孫は、佐千代には見向きもしなかった。もともとなつかぬ孫であり、予想はしていたものの、佐千代にはこたえた。  だが、佐千代は、もっとつらい話をいくつかきかされることになった。  市川の家では、三谷にひそかにたのまれ、書画を五点預かっている。かなりの金額のものなので、万一のことがあっては困る。捜査も一段落したようだから、別に保管先を考えて欲しいとのこと。  打出小槌町の邸は、庭に至るまで、いわば一点の非の打ちどころもないようにつくってあるが、いざというときの換金価値を、三谷ははじめから考えていた、ということ。  大森のマンションや財産は、すべて女名義になっており、差押えを免れている。女は繁昌するグリルを経営しており、最悪の場合、そこに身を寄せればいい、と三谷がいっていたこと……。  すべて佐千代には初耳であり、佐千代を打ちのめす話ばかりであった。  早々に、佐千代は帰途についた。  商法四八九条、商法四八九条……。心の中のつぶやきが、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……といった風にきこえてくる。  打出小槌町の邸には、そうした佐千代をさらに逆上させる出来事が待っていた。  六時前なのに、その時間までの約束の家政婦が、すでに引揚げていた。嗅《か》ぎなれぬタバコ、それに、脂粉のにおいが残っている。三谷の表情にも、動揺があった。  気をつけてみると、洗面所の隅に、佐千代のでも家政婦のでもないヘアピンが落ちていた。佐千代は、台所の屑籠《くずかご》をひっくり返してみた。ティシュ・ペイパーでまるめたタバコの吸殻が数本。その吸殻に、口紅がついていた。  佐千代は木刀をとり、静かに三谷に近寄った。 「おい、何をする」  三谷は、大きな鼻をふるわせた。起き上ろうともがくが、体力がない。  佐千代は、ゆっくり木刀をふり上げた。三谷は、骨と筋だけの両手をあげて、 「お、おれを殺す気か」  ひと思いに頭をたたき割りたいところだが、ふみこらえて、 「簡単には、殺しませんよ」 「……ど、どういう意味だ」  佐千代は答えない。長刀のときと同じ呼吸、同じすり足で、さらに、ふとんに迫る。 「助けてくれ」三谷は、叫んだ。「おれがわるかった。あやまる」  佐千代は無言。小さな目を、つり上げる。 「な、きいてくれ。おれは何もしやしない。ただ、たった一目、会いたかっただけなんだ。ほんとだ」  佐千代のうすい唇が開いた。 「自分だけいい思いして。最後の最後まで、いい思いして」 「わるかった。ほんとに、わるかった」  両手がわななく。佐千代の目が、金色の点になった。次の瞬間、木刀を大きくふりかぶると、気合いもろとも、三谷の腰めがけて、ふり下した。  かたい音、ぎゃあという悲鳴。気にする必要はなかった。奥深い邸内であり、泉水の音が遮ってくれる。  さらに、隣りの大河ミヨ子の家は、アパートに建てかえようとして、とりこわし中である。同じ年代なのに、やりたいことをやってのける女。だが、いまさら、うらやましがっても、もうおそい。  佐千代は、すばやく木刀をふり上げると、足めがけて、さらに力いっぱい打ちこんだ。長刀でも同じことで、足を一撃して、敵を動けなくする。息の根をとめるのは、そのあと、いつでもできる。  佐千代は、ふとんの上に馬乗りになった。木刀を垂直に構え、所構わず、三谷の体を突く。 「助けて、人殺し!」  三谷がわめけば、佐千代の腕は、さらに高く上った。佐千代が坐らされてきた針の筵《むしろ》。その針を、一本一本、お返しに打ちこんでいる思いである。  かなり時間が経ち、三谷の声が、しだいに弱くなった。大きな鼻がつぶれたようになり、頬も下り眉も、涙にまみれている。  直接、血を見るのは、いやである。佐千代は腰を浮かせて、ふとんをひき上げると、三谷の顔にかぶせ、その上から、めったやたらに木刀を突き下した。  眼が汗でくもってきた。その瞼《まぶた》に、佐造の顔が浮かんだ。佐千代は呼びかける。 〈お父さま、わたし、まちがっていないわね。まちがっているとすれば、わたしの人生全部が、まちがっていたのね〉  三谷の体が動かなくなったあとも、佐千代は、なおしばらく木刀をふるい続けていた。  腕が重くなって、ようやく、ふとんから下りる。  かなり夜はふけ、泉水の音だけがきこえてくる。佐千代は思いついて台所へ走り、その隅にある配電盤を開けると、揚水用ポンプのスイッチを切った。はじめて、水音がとまった。世の中の厄が、すべて消えたような気がする。それに、いやな葉巻のにおいも、もう嗅がなくてすみ、清々する。もっとも、それは、このあと、ごくわずかの時間のことでしかないが。  失禁するからと、佐造にきいていたのを思い出し、佐千代は湯を沸かした。  三谷の体を裸にする。汚れをきれいに拭い、新しい浴衣に着替えさせた。  病み衰えてはいても、もともと大きな体である。佐千代は一汗かいた。風呂を立てて入りたいところだが、辛抱する。  不覚にも、白布の用意がなかった。新しいタオルを、三谷の顔にかぶせる。枕もとに、線香を立てた。折から達夫の三周忌のため、仏壇が開けてあったので、これは簡単であった。  佐千代は、うす笑いした。考えてみれば、達夫が呼んでくれたのかも知れない。仲のわるい両親をいっしょに引き取ろう、と。  しばらく、三谷の枕もとに坐っていた。時計は十二時を回っていたが、ふしぎに腹が空かない。  佐千代はまた思いついて、家中の花瓶《かびん》を集め、色のある花は全部抜きとり、白い花だけで活け直した。  もう一度湯を沸かし、その清楚《せいそ》な花々に囲まれた中で茶を立て、作法どおりにのんだ。どんなにとりみだしても、女のたしなみを忘れてはならない。教えるべき女中が傍《そば》に居ないのが、残念であった。  寝室と玄関以外の灯を消して、佐千代は外に出た。だが、泉水にかかる橋まできて、足をとめた。  鯉を死なせてはならない。むやみに生きものの命を奪わない方がいい。引き返して配電盤のスイッチを入れ、水の流れ出すのをたしかめてから、門を出た。  塗り塀のはずれまで行って、佐千代は一度だけふり返った。差し押えられているこの邸は、疵物《きずもの》となって値が下り、結局は、大河ミヨ子のような買手の手に落ちるかも知れない。だが、それはもう佐千代とはかかわりのないことだ。  海岸をめざして、急ぎ足で歩く。月も風もなく、もやのようなもののかかっている夜であった。  波はおだやかで、あまえるように寄せていた。波打際で草履をそろえてぬぐと、佐千代は急いで小石を集めて回り、かたっぱしから着物のたもとにつめた。佐造からきいていた知恵である。すでに佐造の歳まで生きているのに、まるで素直な子供のようだと、佐千代はおかしかった。  一度、瞑目《めいもく》すると、佐千代は目を大きく開き、合掌したまま、まっすぐ海の中へ入って行った。 [#改ページ]   あとがき  わたしが学生時代から愛読してきた書物に、シャーウッド・アンダスンの『ワインズバーグ・オハイオ』がある。それぞれ執念というか、真理を求める二十五人の主人公たちの物語が架空の町で展開し、町そのものを浮き上らせる趣向である。  わたしは、その手法自体にも興味があったが、さらに魅かれたのは、主人公たちの持つ一種の|かげ《ヽヽ》というか、|にがみ《ヽヽヽ》といったものである。アンダスンは主人公たちを「グロテスクなもの」と呼ぶ。「人間が真理の一つを自分のものにし、それを自分の真理と呼び、その真理に従って自分の生涯を生きようとしはじめるとたんに、その人間はグロテスクなすがたになり、彼の抱いた真理は虚偽に変る」(橋本福夫訳、新潮文庫版一一ページ)という認識からである。  ところで、アンダスンがとらえたのは、時代の流れからとり残された町、とり残されたひとびとの姿であったが、わたしが打出小槌町という架空の町に集結させたのは、むしろ、時代のうわずみにあるようなひとびとである。富とか地位とかを手にし、世間的には成功者と呼ばれるひとたち。しかし、そのひとたちにとって、果して人生はすべて満ち足りたものであったろうか。色濃い|かげ《ヽヽ》や|にがみ《ヽヽヽ》はなかったのであろうか。  人間がいかにして富に挑み、そしてまた、その富がいかに人間に挑んで行ったか。これは、成功の執念とその終着駅の物語である。一種の成功物語《サクセス・ストーリイ》のようでいて、成功の内側というか、裏側の物語でもある。これらの作品を書きながら、わたしの中には、一方では、西鶴の『日本永代蔵』の現代版へ一歩でも半歩でも近づきたいという思いもちらついていた。  この作品は、一九七六年春から秋にかけて「週刊新潮」に連載された。町もひとも、すべて典型をえがいたフィクションであり、モデルはない。 [#地付き](昭和五十二年一月)