不倫の戦士たち 阿部牧郎 著 目 次 第一話 クリスマスの誘惑 第二話 オンザロックスの女 第三話 旅のチョコレート 第四話 置き土産 第五話 現物支給 第六話 ベッドルームの情報 第七話 転勤前夜 第八話 区間急行 第九話 素  顔 第十話 人  脈 第十一話 かくれた超能力 第一話 クリスマスの誘惑    1  飲めや歌えの大阪同期会が終った。午後十一時だった。  会場のピアノバーのまえで、野口周一はみんなとわかれた。豊中方面へ帰る二人の仲間といっしょだった。  土曜日なのに、北新地はにぎやかだった。通りをゆききする人影が多い。男も女も酔って、のんびりあるいている。ろれつのあやしい男たちの話し声にまじって、客を送る女たちの声がはじける。  色とりどりのイルミネーションはまだ満開だった。それらのまじりあったうすあかりのなかに、人々の姿がゆらゆらとうかんでいる。減速運転のタクシーが、ときおり苛立《いらだ》たしげに警笛を鳴らして通りすぎた。  師走《しわす》のかきいれどきだった。ふだんは土曜休みの店も、今月だけは深夜まで店をあけてがんばっている。それにこたえて客もあつまってくる。夜の北新地をみるかぎり、深刻な円高不況もどこか外国の話のようだった。 「このさきにちょっとオモロイ店があるんや。もう一曲歌って帰ろうやないか」  二人の仲間を野口はふりかえった。  あすは休みだ。ゴルフの予定もない。徹底的にあそんで帰るつもりである。  この町へくると野口は無条件で元気になる。午前二時、三時まで飲むことも多い。  ところが、二人の仲間はもう元気がなかった。一人はあくびを噛みころし、一人はうなだれてふらついている。 「いや、わしらもう帰るわ。おまえ、ゆっくり飲んで帰れよ」 「土曜ぐらい早う帰らんと、おかあちゃんが傷つきよるさかいな。野口はいいよ。せいぜいチョンガーの強味を発揮してくれ」  一人が手をあげてタクシーを停めた。乗りこんで彼らは去っていった。  ちえッ。野口は舌打ちした。家庭をもつと、男はだらしなくなる。バイタリティをうしなう。哀《かな》しきマイホーム主義者になる。  こんなことでわが三友銀行は実質的な業界ナンバーワンの座を今後も保持していけるのだろうか。三友の今日を築いた先輩たちは、頭取以下部長クラスまで、元日以外は休みがないほど働きづめに働いてきた人たちである。滅茶苦茶に働き、よく飲んで、現在の栄光をつかみとった。そのかがやかしい伝統は、マイホーム主義者の増殖によって、やがて消え去るのではないだろうか。  酔っているから、野口周一は考えることがおおげさになった。  いま帰った二人の仲間も、じっさいはけっしてマイホーム主義者ではない。毎日のように残業する。休みもとらない。そうでないと、とっくに落伍しているだろう。なんせ三友銀行では「八人野球」「三人麻雀」がモットーになっている。ふつう九人でやる野球を八人で、四人でやる麻雀を三人でやる——その要領で一人一人がたくさんの仕事をこなせ、というわけである。  だが、野口からみると、彼らはマイホーム亭主だった。仲間一人をおいて女房のもとへ走ってかえるなんて、仁義を知らない。三友マンの風上にもおけない。伝統の破壊者である。二十代で嫁をもらい、ガキをつくったりするから、あんなふうに堕落するのだ。 「おれは絶対ああはならんぞ。嫁をもらっても、いまのままで通してみせる」  ひとりで野口は肩をいからせた。  野口は三十一歳である。最近、上司や先輩によく縁談をもちこまれる。そろそろ結婚せんとホモと思われるぞ。みんなにいわれる。  行員約一万三千名。大企業でありながら、三友銀行にはそうした古くさい家族主義の気風があった。適齢期の行員にまわりの者が寄ってたかって嫁を世話しようとする。おなじ職場で働く者どうしという以上の、人間的なつながりをつくろうとする。それが行員の固い団結のもとになっている。  じつは野口も上司の顔を立てて、近いうち見合をする予定だった。相手はおなじ三友系列の綜合商社の常務の娘。写真でみるかぎり、相当の美人である。  縁談にあれこれ注文をつける趣味はなかった。見合すれば、相手にきらわれないかぎり、そのままゴールインするだろう。だからこそ自分をいましめなくてはならないのだ。おれは絶対にマイホーム主義者にはならんぞ。いままでどおりやっていくからな。妻となる相手に、まえもって宣言するつもりでいる。  肩をいからせたまま野口周一は一軒の酒場へ入っていった。ビルの二階にある「ミラボー橋」という店だった。  いらっしゃいませ。女たちの声に迎えられて野口はカウンター席へ腰をおろした。  ママがピアノを弾《ひ》いて客にうたわせる店である。ド演歌からジャズのスタンダードナンバーまで、なんでもやってくれる。  歌をうたっている客はいなかった。安心して野口はおしぼりを使った。自分がうたうのはいい。上司や同僚の歌もわるくない。だが、赤の他人の歌はうるさいだけだ。一人のときは、しずかな店にかぎるのである。 「あれ。きみ、きょうもきているんか」  となりに腰をおろした女の子をみて、野口は声をはずませた。  真美という女の子である。年齢は二十二。ママをいれて八人いる女のうち、いちばん可愛いのがこの娘だった。  目が大きい。背中までくる髪をしている。均整のとれた中肉中背の体つきだった。小さな口もとが、愛らしさのポイントである。  真美はバイトだった。水曜と金曜にだけここへ働きにくる。昼間はどこかの会社へつとめているらしい。 「年末やから、とくべつ出勤やねん。野口さん、私がいて、がっかりした」 「とんでもない。なにをおっしゃる。寄った甲斐《かい》があったと思うよ。これはなにか運命的な出会いとちがうやろか」  野口は目じりがさがった。真美のぶんも水割りを注文する。  気のせいか、真美には以前から野口に好意を寄せている様子があった。同僚たちと飲んで、ふと顔をあげると、よその席からじっとこちらをみている真美と視線が合ったことが何度もある。店へ入った野口を、まっさきに真美は出迎えてくれる。  野口は週に一、二度この「ミラボー橋」へ顔を出す。いつも上司や同僚といっしょである。取引先の接待にくることも多い。  真美とゆっくり話をするチャンスがなかった。週二日しか真美が出勤しないから、なおさらである。やっと今夜サシで話せる状況になった。さっさとかえったマイホーム主義者たちに、いまは感謝しなければならない。  二人は水割りで乾盃した。真美はすこし酔っている。顔がピンク色にかがやいていた。 「真美の会社、ボーナスたくさん出たか」 「まあまあです。けど私、生活苦ですねん。そやから土曜の夜もバイト。野口さんなんかいいなあ。ボーナス、ウン百万でしょ」 「そうはいかんよ。けど業界では最高やろな。当然やで。これだけコキ使われたら、ボーナスぐらいしっかり出してもらわんと」  三友銀行は六十一年三月期の決算で、資金量は業界第二位だった。  だが、経常利益、営業利益、純利益はトップである。利益の三冠王だった。最近では名古屋のP銀行を吸収合併して話題になった。資金量もふくらんで第一位になるはずである。  アメリカの投資銀行へも資本参加した。法人金融部門の国際化へ本腰をいれはじめたわけだ。トップの打つ手はつねに積極果敢である。あおられて下も働かざるを得ない。 「三友銀行の人って、みんな元気ジルシね。生き生きしている。みてて気持がいいわ。とくにこの店のお客さんは本店のエリートが多いから、話してるといろいろ勉強になる」 「お、するときみは、この野口周一もエリートの一員と思うてくれるのか」 「当然よ。野口さん、営業第二部所属でしょ。営業一部から四部までは大企業担当。銀行業務をなんでも知ってるすごい人ばっかりなんやて。私、尊敬してるんよ」  真美はかるく体をぶっつけてきた。  大いに野口は気をよくした。ここまでよく知っているのは野口に関心があるということだ。この子、なんとかなるかもしれん。野口は胸がドキドキしてきた。独身時代の最後にあたって、神の贈り物だ。 「尊敬だけでは物足らんね。おれなんか、真美に愛を感じているんやで」 「またア。調子がいいんやから。けど、野口さんは軽薄なプレイボーイではないね。それはわかってます。女の子とあそびまわっているひまがないはずやもん」 「おれの愛はほんものやぞ。きみもいそいで尊敬を愛に変えてくれよ」  もう一杯ずつ、野口は水割りを注文した。  あらためて乾盃した。腕時計に目をやってから、野口は真美の耳へ顔を寄せた。 「きみ、十一時半で上りなんやろ。いっしょに飲みにいこうや。いい音楽をききながら、ゆっくり語りあいたい」  いわれて真美は微笑《ほほえ》んだ。  親指と人差指で○をつくってみせた。肘《ひじ》をはねあげるようにして水割りを飲んだ。    2  野口周一は真美をつれて深夜レストランへ入った。  ニューヨークで修業してきたという男の歌手がしずかな弾《ひ》き語りをきかせる店だった。  赤ワインとエスカルゴを二人はとった。一時間ばかりいろいろ話をした。  真美の姓は沢田という。短大を出て、大阪府下のT市にある小さな会社につとめている。会社の名を彼女は教えなかった。  父親もやはりT市で働いているらしい。サラリーマン、としか真美はいわなかった。  野口もとくに彼女の家族関係に興味がなかった。べつに真美とまじめにつきあう気はない。真美が昼はOLだとしても、北新地の酒場で知りあった以上、野口にとってはホステスである。「北新地の女の子」の一人にすぎない。いっしょにホテルへいけるかどうか。それだけが気になる。 「おなじ大阪でも、T市なんか田舎でしょ。やっぱり中之島とか本町あたりの会社へ入ったらよかった。後悔してるんです」  真美の家はT市にある。大阪市内のビジネス街まで、バスや電車で約一時間かかる。  家の近くで働くほうがいい。親にすすめられるまま、T市で就職した。それが失敗だった。通勤には便利でも、靴を鳴らしてビルの谷間をあるくよろこびがない。ビジネス街の中心部で働く緊張感もプライドもない。  周囲にパッとした男性もいない。単調で地味な仕事にあけくれている。夜、バイトするようになったのは、大都市の中心部の空気を吸うのがおもな目的だという。 「いまの店へきてよかったわ。一流のサラリーマンに会えるから。こうして野口さんと知りおうただけでも、バイトの甲斐があった」 「おれなんか一流やないよ。まだ卵や。上のほうには恐ろしいような人がくさるほどいるよ。怪獣みたいなおっさんたちが」 「どうしたの。急に謙虚になって。野口さんらしゅうないわ。なにか恐がってるんですか」  首をかしげて真美は野口をみつめた。心の内をみすかすような笑顔だった。 「いや、べつに恐がってないよ。謙虚でもない。ありのままをいうただけや」  野口は痛いところを突かれた気分だった。  じっさい、すこしたじろいでいた。話すほどに、真美がまじめな女の子であることがわかってきたからだ。火あそびの相手ではない。うっかり深くなると、あとで厄介《やつかい》なことになるかもしれない。  だが、野口は酔っていた。みすかされて、反撥する気持もある。真美の手をとった。しなやかな五指を束《たば》ねて握りしめる。 「それよりどう。きみの尊敬の念、まだ愛情に変ってこないかね」  野口は真美をみつめた。真美の笑顔が、胸にしみるほど美しく感じられた。 「女の気持がわかってないですね。私、両親と同居してるのよ。ただ尊敬してるだけの人と、こんな時間におつきあいすると思うの」  真美は手をはなした。おちつかない仕草でワインを飲んだ。 「そうか。それやったらきみは——」  野口は言葉がつづかなかった。  やったあ。胸の内でさけんでいた。厄介なことになろうが、もう知ったことではない。  弾き語りの演奏者が「ホワイトクリスマス」をうたいはじめた。野口と真美のためうたってくれるようなものだ。 「すこしはやいけど、クリスマスのプレゼントをくれよな。とりあえずここで」  野口は真美のあごの下に手をいれてひきよせた。かるくくちづけする。  くちびるを突きだして真美は応じた。はなれると、口をとがらせたまま野口をにらんだ。照れ笑いに変る。 「そろそろ出よう。酔っぱらった」  ボージョレが一本カラになったところだった。野口は腰をあげた。  二人は深夜レストランを出た。すぐにタクシーをひろった。T市。真美は運転手に告げた。クルマは走りだした。 「野口さん豊中でしょ。途中やから、私、送ってあげるわね」  真美の言葉に、誘導の気配を野口は感じた。力をこめて彼女の肩を抱きよせる。 「ホテルへいこう。きみを抱きたい。今夜から恋人どうしになろうや」  野口はささやいた。手に力をこめる。  独身寮で野口は暮している。部屋へ女をつれこむわけにはいかない。 「そんなん——。まだはやいわ。きょうは心の準備ができてない」 「では五分以内に準備してくれ。おれ、もうがまんできない。きょう中にきみを、おれのものにしたい。他人にわたしたくない」 「だれのものにもならへんよ私。好きなんは野口さんだけやもん」 「それやったら、なんのさしさわりもないやないか。さ、一分たったぞ。あと四分で準備完了してくれよな」  抱きよせて野口はくちづけにいった。  こんどは深いキスになった。舌をからませてゆく。むう、と呻《うめ》いて真美はあおむけになった。拒否の意志はないようだった。  真美の唾液を野口は舌でかきまわした。かすかな甘味のある清潔な唾液だった。真美の息づかいがみだれてくる。測《はか》ったような中肉中背の女体が、しだいに熱くなるのがわかった。むだのない、それでいて丸みのある裸身のかたちをコートごしに彼はたしかめた。  真美のひざに野口はさわった。コートの合せ目に手をすべりこませる。スカートのうえから真美のふとももをなでさすった。しだいに手を内側へ移動させていった。  キスを終えた。真美は左右の脚をぴったりと閉じあわせる。野口の手をとって、自分の体からひきはなした。  逆に野口は真美の手をとった。自分の下腹部へ誘導する。コートのすそをひらいて、ズボンのうえから硬いものにさわらせる。  真美は逆《さか》らわなかった。そこへ手をおいたままである。大きなため息をついた。眠ったようにもたれかかってくる。  野口は手ばやくズボンのファスナーをひきおろした。硬くなった男性をひっぱりだした。その作業に気づかぬように、真美はじっとしている。野口は真美の手を男性にもっていった。しなやかな指にそれをあずける。  ぴくりと真美の体が反応した。真美は逃げなかった。しずかに男性を手におさめている。野口の愛情と欲望の手ざわりを、たしかめているようだ。 「さ、五分たったぞ。準備はいいね」  野口はささやいた。  返事の代りに真美は頭をたれた。そのまま体をあずけてくる。 「運転手さん、ゆくさき変更、豊中の××町のホテルへいってください」  野口は声をかけた。きわめて不機嫌な声で運転手は承諾の返事をした。    3  豊中市にあるラブホテルへ、野口周一は真美をつれて入った。  各室のカラー写真のパネルが玄関わきに掲示されている。好みの部屋の釦《ボタン》をおすと、自動的に部屋まで誘導される仕組みだった。  三階の部屋をえらんで、野口はパネルの釦をおした。エレベーターの扉があいた。野口は真美の手を握って乗りこんだ。茫然とした面持《おももち》で真美は野口によりそっている。  矢印の標示にしたがって廊下をあるいた。目的の部屋に着いた。なかへ入る。従業員と顔を合わせずに部屋へ到達できるのが、ミソであった。 「ラブホテルも最近、さま変りしたなあ。内装がシックになった。垢《あか》ぬけてきた」  室内をみまわして野口はいった。不自然なほどあかるい声になっていた。  ぶじに真美を部屋へつれこんで、ほっとしたのだ。真美の手をはなした。汗ばむほどいままで握りしめていた。 「いや。そんなこといわんといて。野口さん、すごくあそび馴《な》れてる感じにきこえる」  真美はテーブルにバッグをおいた。  ソファに腰をおろした。両手で顔を覆《おお》って肘掛けにもたれる。顔から手をはなした。おどろいたような顔で室内をみまわした。なぜ自分がこんな場所にいるのか、よくわからない。そんな表情である。 「そらちがう。あそび馴れてないから、変化におどろくんや。こんなとこへきたの、何年ぶりかなあ。酒はよう飲んでるけど」  弁解して野口はバスルームへ入った。  ひろい湯ぶねだった。湯と水と、蛇口が二つずつついている。湯の蛇口を二つとも野口はひねった。水音が壁にひびきわたる。  野口はバスルームを出た。真美とならんでソファに腰をおろした。肩を抱きよせる。くちづけにいった。こんどはゆっくりと舌をからみあわせてゆく。真美の胸をさぐった。彼女の息づかいが急にあわただしくなる。  真美はモスグリーンのスーツを着ている。ブラウスは白だった。野口はまず上衣をぬがせる。ついでブラウスを剥《は》ぎとった。  甘い肌の香りが、真美の体からあたたかく立ちのぼった。真美の「女」がなまなましく顔をのぞかせた感じである。野口はたかぶった。ブラジャーのホックをはずす。乳房がとびだした。弾力に富んだ、かたちのいい乳房だった。  吸いつきたい衝動に野口はかられた。だが、真美の裸身をながめたい衝動のほうがより強烈だった。スカートをぬがせにゆく。真美は抵抗しなかった。腰をうかせて自分からパンストやショーツをぬぎはじめる。  真美は全裸になった。みごとに均整のとれた裸身だった。服をきているときより長身にみえた。背のわりに脚がながいからだ。ヒップは小さい。下腹部の草むらも、濃いわりに小さかった。すべすべする左右のふとももに草むらが圧迫されている。  情熱をこめて野口は真美を抱きしめた。首や肩にくちびるを這《は》わせた。 「いやあ。私だけ裸。いやよ、そんなん」  真美は身を揉《も》んで抵抗した。野口の上衣をぬがせにくる。  野口は立ちあがった。その場で上衣をぬぎ、ネクタイをとった。真美がベルトの止め金をはずした。ズボンをさげる。すぐに野口も全裸になった。  ソファに野口は腰をおろした。あらためて真美を抱きしめる。かわいた肌と肌が密着しあうと、それだけで大きな快感である。野口は真美の乳房を吸った。かたほうの乳房は指で揉んでやる。ゆっくりと快感をおくりこんだ。真美の腹が呼吸につれて上下するのを、うっとりとながめていた。 「ああ。まさか今夜のうちに、こんなになるとは思わんかった」  真美はつぶやいた。半眼にとじて、幸福そのものの表情である。 「おれもそうや。感激してるよ。こんなにはやく真美が応じてくれるとはな」  野口は乳房から顔をはなした。  真美のふとももへくちづけにいった。下腹部の草むらが顔にさわる。真美は声をあげた。双つの脚をとじあわせてしまう。ふとももの弾力に野口は酔っていた。  お風呂へいこう。真美はささやいた。野口は真美を横抱きにして立ちあがった。  はじけるような声で真美は笑った。両脚をばたつかせる。両手で野口の首にすがった。 「いいよ。重いのに。自分であるくよ。重いんやから私——」  じっさい、抱きあげてみると重い。  野口は歯をくいしばった。一歩一歩ふみしめてバスルームへ入った。湯ぶねにはまだ三分の一しか湯がたまっていない。横抱きにしたまま、湯のなかへ入った。  ゆっくりとしゃがんだ。真美の体があおむけに湯にうかんだ。下腹部の草むらが、ちょうど野口の顔の真下にくる。草むらへ野口は顔をふせた。濡れた草の感触を、鼻とくちびるでしばらくたのしんだ。 「わあ、だめ、もう沈む」  真美はさけんだ。バランスがくずれて、浮かんでいられなくなったらしい。  真美は野口のふとももに手をついて自分をささえようとした。はずみに野口の男性にさわった。あわてて手をひこうとする。野口は真美の手首をつかんで男性に誘導した。  真美は沈んで湯ぶねの底にヒップをついた。ひざを横に投げだして、体勢をととのえる。あらためて男性をとらえた。野口をみて微笑んだ。 「すごい。立派。野口さん自信あるのね。タクシーのなかであんなことするんやから」  真美は思いだし笑いをした。 「びっくりしたわ私。あんなことされたの生れてはじめて」 「自信があるわけやないよ。きみがほしい、と伝えたかっただけや。言葉でいうより、あのほうがずっと雄弁やで」  真美の左右のふともものあいだへ、野口は手をすべりこませた。  かすかに真美は声をあげた。さわられるがままになっている。野口はふともものあいだを手でさかのぼった。奥へ着いた。やわらかな肉を指でおしわける。湯よりも濃い、あたたかい液がそこにはあふれていた。 「真美もおれをほしがっているな。さわってみて、わかった」  野口は指を動かしはじめた。複雑な二枚の花びらのあいだをさぐった。 「ほしいわよ。すごくほしい。野口さんがほしい。ぜんぶよ、ぜんぶ」  野口の男性が快感につつまれた。男性を真美は愛撫しはじめていた。  湯のなかで、二人はたがいちがいに向かいあっていた。二人とも脚をのばしている。あわただしく手を動かした。野口の男性は、熱い鉄棒になった。  野口は指で、真美の敏感な真珠をとらえた。こまかく刺戟をあたえる。ころがすようにする。真美は声をあげた。野口の肩へ頭をあずけてくる。真珠は固くなった。  あっ、あっと真美の声がとぎれはじめる。真美は悶《もだ》えはじめた。やがて野口の男性から手をはなした。  いくう。真美は苦しそうに告白した。野口はまだ真珠への刺戟をつづける。真美は抱きついてきた。しゃくりあげるような声をもらしてから、ぐったりとなった。    4  いそいで体を拭《ふ》いて、二人はバスルームを出た。  オルガスムスの余韻《よいん》で真美は脚がふらついている。もう一度野口は横抱きに真美をかかえあげてベッドルームへはこんだ。  円形ベッドへ真美をほうりだした。真美はあおむけに倒れた。顔を横向けたきり、じっとしている。野口はその足もとの床に立って真美の裸身に見惚《みほ》れた。体内で欲望が火を噴いて、皮膚をあぶり立てる感じである。  やがて野口は、真美の両足首をつかんでひきよせた。両脚をひらかせる。野口はひざまずいて、真美の足裏にくちづけした。  真美に両ひざを折らせる。脚を立てさせた。真美は無抵抗だった。女の秘密の部分が、野口の顔のまえにひらいた。小さな木の葉をたて割りにしたかたちのピンク色の花びらが、きちんと並んでいる。さっぱりした印象の造りだった。  二枚の木の葉のあいだに、青みがかった窓があった。透明な液がそこから湧きでている。上から大粒の真珠がそれをみおろしていた。こぢんまりした、幻想的な風景だった。やさしくて、汚れが感じられない。  野口はそこへくちづけにいった。木の葉や窓のあたりを舌でかきまわした。幻想的な風景は消える。あたたかいぬかるみの感触が舌につたわってきた。下腹部の草むらが、野口の鼻をくすぐりにくる。  小さな風景が消えると、野口の行為も、真美の体もにわかになまなましい感じのものになった。のどのかわいた獣のように野口は舌をつかった。くちびるで吸った。真珠の粒を舌でころがしてやる。  真美の声がきこえた。しぼりだしたような苦しげな声だった。勢いづいて、野口はさらに獣のキスにふける。くちびるで真珠の粒を覆い、吸いながら舌でころがすと、真美の声はいっそう高くなった。  真美は手をのばしてよこした。野口の左手を握る。快感がつのると、真美の手に力がこもった。痛いくらい握りしめてくる。  やがて真美はあえぎはじめた。呻《うめ》き声が切れ切れになった。やがて、生あたたかい真美の下肢が硬直する。野口の頭を左右からはさみつけてきた。頂上にたっした、という意味のことを彼女は口走った。  一休みも野口はしなかった。くちびると舌で責めつづけた。指を真美のなかへすべりこませる。べつの指でアヌスを掻《か》いてやる。すぐに真美は二つ目の頂上へ駈けのぼった。  白い裸身がうねった。ひざを立てたまま、彼女は足をばたつかせた。ベッドのふちを足裏でたたいている。 「ごめん。休ませて。もういい」  弱々しい声がきこえた。野口の顔がはなれると、真美は動かなくなった。  顔をあげて野口はまた真美の秘密の箇所に見惚れた。ぐっしょりと濡れている。ピンク色がさっきよりもあざやかだった。複雑な花が、照れて紅くなっている。  さきに帰った二人の同僚のことをふっと思いだした。二人とも結婚二、三年目である。まだ新婚の部類といえるだろう。  いまごろ妻を抱いているのだろうか。土曜日だから、じゅうぶんありうることだ。野口は考えて苦笑いした。マイホーム主義もわるくない。家へ帰ると、こんなピンク色の花が蜜に濡れて待っているのだから。同僚をほうりだして家路につくのも、無理はないのかもしれない。おれだって、こんなに可憐《かれん》な花が帰りを待っているとなれば、飲んだくれてばかりいられないだろう。 「ねえ、こっちへきて。恥ずかしいわ。そんなにみられたら——」  真美が手をひっぱる。野口は立って、真美のとなりに横たわった。 「すごく感じたわ。最高やった」  真美は抱きついてきた。キスをもとめる。くちびるに真美はしゃぶりついてきた。  熱っぽいが、短いキスだった。すぐに真美は起きて、頭から野口の腹のほうへ倒れこんできた。ベッドに横ひざをついて丸くなった。野口の男性を口にふくむ。あわただしく頭を動かしはじめた。  上手なフェラチオではなかった。くわえてただ頭を動かしているだけだ。それでも熱心だった。野口は顔をあげて真美を観察する。横合から、ほぼ直角に真美は野口の腹に顔をふせている。ヒップを高くあげていた。ふとももが長いので、しぜんにそうなる。  真美は目をとじていた。眉根をよせて一心に奉仕している。ときおり声をもらした。自分の行為に酔っている。  真美のヒップが、彼女の頭とおなじリズムで動きだした。愛撫に熱心なあまり、そうなったのだ。口だけでなく、全身で真美は奉仕していた。ヒップが揺れる。乳房が揺れる。這った姿勢なので、真美の乳房はまっすぐ下を向いていた。やわらかな弧にはさまれた三角形である。ヒップと対になってそれは揺れつづけた。女であることを誇示するように、それらは美しく、淫《みだ》らであった。  男性におくりこまれる快感が濃厚になった。野口は息苦しくなってきた。  上体をおこした。真美の脚をつかんでひきよせる。こちらへ真美は倒れこんできた。みだれきった表情である。あえいでいた。もうなにがなんだかわからないらしい。 「抱いて。抱いて。私もう——」  真美は身ぶるいした。最後のときがくるのを待ちこがれているらしい。 「よし、待っていろ。いい気持にさせてやるからな。おれのことがわすれられんようになるぐらい——」  野口は起きあがった。真美の唾液を吸って男性はたくましくかがやいている。  投げだされた真美の両脚のあいだへ、野口はひざまずいた。  男性を真美の秘密の部分におしあてた。そのあたりのピンク色の肉が、うごめいて男性をうけいれようとしている。  二、三秒野口は停止した。二人の体の角度を調節するためだった。焦《じ》れて真美は体をもちあげてくる。はずみに男性は真美のなかへ吸いこまれた。あたたかい、重苦しい快感に男性はつつまれる。  ああ最高。野口さん最高。私、しあわせ。そんなことを真美は口走った。真美のほうから体を動かしてくる。下腹部を上に向かってこすりつけるような動作だった。  男性をつつむ快感が、たちまち増量した。真美の体は、ねじあげてくるような力をもっていた。そして、あたたかくうるおっていた。動きはあまりうまくない。だが、体そのものが真美はすばらしく性的だった。吸いついてはなれない。快感をしぼりだそうとする。  おぼれかかるのを、やっとのことで野口はこらえた。ひざに力をこめる。態勢を立てなおした。腰に力をいれて突きあげる。ぐいぐいと前進した。真美の動きを圧倒してしまいたい気持にかられている。  真美は呻きはじめた。おどろくほど太い声だった。声とは関係なく口をあけたりとじたりする。ときおり目をあけた。おどろいたように野口をみつめる。すぐに目をとじ、顔をしかめて、気を失ったような姿になる。  すぐに野口は真美を頂上におしあげた。まだ若いのに、こんなによく感じるのか。おどろきながら、動きをつづけた。すぐに真美はつぎの頂上目がけて走りだした。  野口もすでに限界へきていた。これ以上、持続をはかる必要もなさそうだった。真美は声も出せなくなって、弱々しくかぶりをふっている。もうだめ。かんにんして。身ぶりで真美は訴えていた。  終ってもいいか。野口は声をかけた。  あわただしく、何度も真美はうなずいた。いって。いって。苦しげにつけ加えた。  いとしくて野口は身ぶるいする。そのまま抑制をといた。目のくらむ快感とともに、活力が真美のなかへ注ぎこまれる。呻きながら野口は真美の背中へ倒れこんだ。  何分か二人はかさなりあったまま、呼吸をととのえた。汗まみれである。肌が張りついていた。  やがて、真美は起きあがった。サイドボードからバッグをとる。なかから化粧品をとりだした。それをもってベッドをおりる。バスルームへ消えていった。野口はうっとりとそのうしろ姿を見送った。  真美のバッグは、ファスナーがひらいたままになっていた。身分証が入っている。興味にかられて野口はそれをとってみた。  心臓が一つ、跳《は》ねあがった。「三友銀行T支店営業課・杉本真美」と書いてある。真美はおなじ銀行の女子行員だったのだ。    5  杉本真美。二十四歳。三友銀行T支店営業課勤務。いまのセックスの相手は、おなじ三友銀行へつとめる女の子だったのだ。  三友銀行には男女あわせて一万三千名の行員がいる。うち女子は約一万名だ。支店は全国に二百以上ある。どこにどんな女の子がいるか、とてもわからない。大阪本店の女子行員さえ、ほとんど名を知らない。  身分をうちあけないまま、真美は野口と深い仲になった。なぜそんなことをしたのだろう。バイトが上司に知れるとまずいからか。今夜きりのプレーにする気なのだろうか。  物音がした。真美がバスルームから出てきたらしい。いそいで野口は身分証明書を真美のバッグにかくした。なに食わぬ顔で横たわった。  真美は全裸だった。バスタオルをあごの下にはさんで体の前面をかくしている。彼女は壁鏡のまえに立った。均整のとれたうしろ姿が野口の目にさらされている。  上体を折って真美は衣類を手にとった。ひきしまったヒップが挑発的に突きだされる。真美はショーツをはいた。ヒップがかくれ、脚の美しさが急に強調される。 「なんや。もう帰るんか」  野口は声をかけた。真美のうしろ姿に新しい欲望を感じていた。 「そうかて、もう午前三時よ。両親になんというて弁解したらいいの」  ふりむいて真美は笑った。黒いパンストで下肢が覆われてしまった。  ふだんの野口なら、立って真美を強引にベッドへひきいれたにちがいない。久しぶりのセックスだった。活力が体のなかで、熔岩のように噴出の機をうかがっている。  だが、真美が同僚の女の子だとわかって、事柄は単純ではなくなった。真美がなにを考えているのか、わからぬうちはむやみに燃えあがるわけにいかない。  野口はベッドをおりた。バスルームでシャワーをあびた。部屋へもどると、真美は服をきて化粧していた。野口も帰り支度をした。  二人は部屋を出てエレベーターに乗った。  おもて通りへ出てタクシーを待った。外は寒かった。闇のなかに点々とならぶ街灯が、寒さに凍りついたようにみえる。入浴とセックスの余熱が快く夜気に吸いとられる。  タクシーはなかなかこなかった。野口はいま知った事柄を胸にしまいきれなくなった。 「きみ、うちのT支店の営業にいるんやろ。わるいけど、さっき身分証明書をみてしもたんや。バッグから出かかっていたんで」  野口は真美の肩へ腕をまわした。  なんでかくしていたんや。やさしく訊《き》いた。真美は息をのんでいた。体が硬くなる。 「みてしもたん。ひどいわ。そんなん、泥棒といっしょやないの」  泣きそうな口調だった。真美は握りしめていた野口の手をはなした。 「すまんかった。きみのことをくわしく知りたかったんや。きみが好きになった。当然やろ。知りたくなるのは」  真美の肩を抱く手に力をこめた。  なんでかくしていた。もう一度野口は訊いた。どうしてもわけを知りたい。 「なんでって。野口さんわからへんの。お店には本店の人がようくるわ、私らからみたら雲の上のエリートばっかり。そんな人たちのお酒の相手をするのよ。みじめですよ。それに、バイトが銀行にバレたら問題になる」 「それやったら、よその店にいけばいいのに。三友の人間がこない店へ」 「まだわかってないの。私、野口さんに会えるのがたのしみやったんよ。そやからよそへいく気にならんかった。どうせ野口さんは私らの結婚の対象になる人やないけど——」  タクシーがやってきた。真美はさきに手をあげて、まえへ出た。  真美といっしょに野口も乗ろうとした。だが、拒否されてしまった。 「いいんです。一人で帰ります」  扉がしまった。野口をおきざりにして真美は去っていった。  週があけた。野口周一は相変らず多忙だった。  担当している企業から企業へとびあるいた。融資の相談、資金の運用の相談、預金あつめ、さらに外国為替のとりあつかい。三友銀行の本店営業部員は、得意先の必要に応じて一人何役もこなさなければならない。預金、融資、運用、国際各部門をまたにかけて、その場その場で速戦即決のビジネスをやる。  本店営業部には優秀な人材があつまっていた。杉本真美のような支店の女の子からみれば、若輩の野口でも雲の上のエリートなのだろう。それだけに業務はきびしい。朝から晩まで目いっぱい働きながら、新しい知識を吸収していかねばならない。  女の子と恋愛するひまもない。それは野口だけのことではなかった。本店営業部の先輩たちは、見合・恋愛結婚した者が多い。上司からいい相手を紹介され、つきあって恋愛にいたるわけだ。ガールハントの余裕もない有望な若手のために、上司や先輩がいい女の子を世話してくれるのである。 「野口くん。例の見合の件やが、正月休みのうちにやろう。先方のお嬢さんも乗り気らしい。すごいべっぴんやぞ。きみ、三十すぎまで待った甲斐があったなあ」  水曜日の夕刻、野口は部長にいわれた。  わすれものを指摘された気分だった。おなじ三友系の綜合商社の常務の娘と近く見合することになっていたのだ。相手にいろいろ注文をつける趣味はない。フィーリングが合えば結婚するつもりでいる。 「わかりました。なにぶんよろしく」  野口はそう返事をした。だが、心のうちにわだかまりがある。おちつかなかった。  その晩野口は北新地の「ミラボー橋」へ顔をだした。水曜日は杉本真美の出勤日だ。ゆっくり話をしたかった。  真美の姿はなかった。訊いてみると、もう辞めたという。きょう電話があったらしい。 「やっぱりバイトの子はだめやわ。気まぐれで。風向きしだいで出たり入ったりする」  ママが文句をいっていた。責任を感じて、野口周一はだまりこんだ。  仕方なく野口は一人で飲んだ。辞めたとなると、真美に会いたくてたまらなくなった。連絡をとりたい。だが、番号がわからない。ママに訊くのは照れくさかった。  べつの女の子が話し相手にきてくれた。野口は上の空だった。ホテルの部屋で真美のとったさまざまなポーズが頭にちらついてはなれない。胸のなかに空洞ができた思いで、飲みつづけた。    6  あくる日の午後二時ごろ、野口はT市へ向かった。同市の食品会社へ預金の勧誘にゆく用事をつくったのだ。  愛車のクラウンを運転して、三時まえに食品会社へ着いた。三十分ばかりで用件をかたづけた。そのあと野口は三友銀行T支店へ向かった。カウンターのなかで働いている杉本真美の顔をみたい。見合にゆくときよりも胸がドキドキした。  T支店へ入った。ロビーは混みあっていた。今夜はクリスマスイブだ。ボーナスをおろしにきたらしい主婦の客が多かった。手形の期限に目を血走らせた男がつめかける大阪市内の支店とはまるでちがう風景である。  目をふせて野口はロビーのすみのベンチに腰をおろした。T支店には、面識のある者は一人もいない。それなのに、ガラにもなく面映《おもは》ゆかった。私用できているせいだろう。  野口はカウンターの向こうに目をやった。  三十名あまりの女子行員がいた。みんな紺《こん》のツーピースのユニホームを着ている。客に応対したり、端末機《たんまつき》を操作したり、わき目もふらずに働いていた。杉本真美はカウンターのすぐまえにいた。普通預金の係である。客からうけとった伝票を処理したり、通帳をチェックしたり、払いだしたり、息もつかずに仕事をつづけていた。  真美は口もとをすぼめていた。対照的に、大きな目がかがやいている。あかるく緊張していた。紺のユニホームのせいか、ふだんよりも色白にみえる。一分の隙《すき》もなくひきしまった印象だった。支店の女の子も気を張って生きている。  野口は真美にたいして、あこがれに似た感情がわいてきた。円形ベッドのうえで淫《みだ》らにのたうちまわっていた女が、真美だとはちょっと信じられない。いま目のまえにいる真美は、澄ましてカウンターの向こうにひきこもっていた。真美に拒絶されたように野口は感じた。  あの紺のユニホームをぬがせてみたい。全裸にして、真美のほんとうの姿をたしかめたい。そんな衝動に野口はかられた。真美がよそよそしく映《うつ》るほど、彼女の肌の香りや、ぬくもりが恋しい。  野口は席を立った。預金口座開設用の伝票にテーブルで住所氏名を書きこんだ。真美へのメッセージも鉛筆で書いた。  カウンターのまえへ野口は立った。伝票をさしだした。愛想よくうけとって真美は野口をみあげた。あ。小声で彼女はさけんだ。目をみはって、歓喜でいっぱいの顔になった。  その様子をみると、野口は見合のことなどもうどうでもよくなった。綜合商社の常務の娘がどうしたというのだ。この娘のほうがずっといい。だれよりもこの娘は野口周一を愛してくれている。セックスもすばらしい。 「あのう。口座を開設されるんですか」  あごを突きだして真美は訊いた。大きな目がうるんでいる。 「おねがいします。とりあえずこれで」  一万円を野口は出した。  伝票の余白にメッセージが書いてある。「五時半、駅のそばの喫茶店Pで。制服をきておいで」という内容だった。なぜ制服なのだろうか。真美は首をかしげていた。  口座開設の手つづきを終えた。T支店を野口は出た。クルマでしばらくドライブする。それから約束の喫茶店へ入った。  かなり待たされた。六時まえに真美がやってきた。ぴたりと身についた紺色のユニホームをきている。白い襟があざやかだった。紺のおかげで体がひきしまってみえる。 「ごめんね、お待たせして。暮やから仕事が山ほどあって——」  腰かけようとする真美を野口は制止した。  席を立って出口へあるいた。真美の通勤着の入った紙袋を途中でもってやる。  駐車場で野口はクラウンの助手席に真美を腰かけさせた。すぐ発進する。国道へ出た。しばらくいくとモーテルがある。 「どこへいくの」  真美が訊いた。声に期待があふれている。  野口はだまって真美の手首を握った。自分のズボンのまえへ誘導した。硬いものにさわらせる。いやあ。真美は身ぶるいした。 「いきなりなの。ロマンがないなあ。私、お食事したかったのに」 「モーテルで出前をとろう。けっこう美味《うま》いものがあるよ。もたもたしないで、最短距離をいこう。それが三友の流儀なんやから」  ロマンがないといいながら、真美は野口の硬いものから手をはなさなかった。  握りしめてくる。指を動かした。野口の横顔をみて笑いながらあそんでいる。 「ねえねえ、なんで制服をきてこいっていうたの。こんなん見馴れているくせに」 「きみの制服姿がすばらしかった。惚れ惚れした。あれをぬがせて抱いてみたい。さっきとつぜんそう思うたんや」 「うれしいわ。そういわれると。紺が似合うのは美人いうことでしょ。自信が出てきた」  野口の男性はますます硬くなった。真美の手がさっきから動きつづけている。  ミスをしないよう、野口は注意して運転をつづけた。なぜ自分がユニホームにこだわったのか、いまになって理解できた。ユニホームをきた女子行員を抱いてみたい。入行以来ずっとそんな欲望にかられていたのだ。  オフィスで女子行員のヒップや脚に目がいくことがあった。エレベーターのなかや計算室などで、この娘を抱きたいなと思うことも多かった。みんな三友銀行のユニホームをきた女の子だった。緊張して働いていると、かえって欲望がつのるものだ。  三友銀行のトップは、行内情事をとくにきびしく規制しているわけではない。だが、けっして野放しでもない。既婚男性が女子行員と情事がもとでトラブルをおこすと、まず左遷《させん》である。独身男性のオフィスラブも、結婚につながらないとマイナス評価を食う。  つまり三友銀行では、行内情事はほとんどの場合、不倫のあつかいをうけるのである。「お家の法度《はつと》」がまだ生きている。  だから野口は自重《じちよう》していた。女子行員をデートにさそったことがない。ユニホーム姿の娘たちを、みてみぬふりでやってきた。そのぶん欲望が蓄積された。一度でいい、制服姿の女の子を抱いてみたい。心の底で、知らず知らずそう渇望してきたのである。 「ユニホームには不倫の味がする。禁じられた恋愛の味、いうやつやな。それを一度経験してみたいということもある」 「禁じられた恋愛か。そうやね。三友銀行では、オフィスラブは成立しにくいもんね」 「けど、すぐに不倫は終るよ。われわれはおおっぴらにデートしよう。うちの部長に話して、仲人になってもらう」 「ほんま。野口さん、それ本気。私みたいな平凡な女でもいいの。奥さんになれるの」  野口のひざに真美は倒れてきた。  うまくやられたような気もする。だが、この子が気にいった以上仕方がない。いい嫁さんになってくれるだろう。おそく帰っても、休日出勤したあとも、快《こころよ》く笑って迎えてくれる。真美は三友マンをよく知っている。くだらないマイホーム主義で夫の足をひっぱったりしないはずだ。  モーテルへ着いた。空いているガレージへ野口はクルマを乗り入れた。  停まるなり真美は抱きついてきた。くちづけする。野口は真美の乳房を、真美は野口の男性をそれぞれ愛撫した。しばらくそうしていた。せっかくモーテルへきていながら、カーセックスになるところだった。  ともかく二人はクルマからおりた。二階の部屋へ入った。クリスマスツリーがかざってある。希望者にはケーキや七面鳥の出前もするらしい。  集金にきた従業員に金をはらった。すぐに二人は抱きあった。 「お風呂へ入ろう。あったまりたい」 「制服のきみを抱きたい。風呂はあとにしよう。なにもかも、あと——」  制服のスカートのうえから、野口は真美の女の部分へさわりにいった。  逆三角形の部分へすぽりと掌がおさまった。ゆっくりとこすってやる。布地を通して、やわらかな感触がつたわってくる。甘い声をもらして真美は腰をくねらせた。  真美の右手が動いている。野口のズボンのファスナーをひきおろした。男性をひっぱりだした。ぎこちなく握る。手を動かしはじめた。おずおずと快感が男性を這いのぼってくる。  野口は真美のスカートのなかへ手をいれた。パンストとショーツをひきおろした。身をくねらせて真美は協力する。紺のスカートのなかにすべすべした素肌があった。  真美の女の部分に野口はさわった。草むらの底の熱い小さなぬかるみをさがしあてる。グリグリと刺戟する。あふれる液を真珠に塗りたくる。真美は声をあげはじめる。  しばらくして、野口は真美にうしろを向かせた。そばの冷蔵庫に両手をつかせる。真美は上体をかがめ、ヒップを突きだした。野口はゆっくりスカートをまくりあげた。  ヒップと脚があらわれた。隙のない紺の制服をはねのけて、それは白くかがやいていた。まぶしいくらいである。合せ目の底から、草むらと桃色の花が覗《のぞ》いている。  野口は感動していた。たまらなくなった。ヒップを抱いて真美のなかへ入っていった。 (第一話 了) 第二話 オンザロックスの女    1  夜の九時半だった。高田正彦はきょうの巡回予定を終えて小売店を出た。クルマを運転して大阪市内へ向かった。疲労が肩にのしかかってくる。  一日の業務を終えた安堵《あんど》はあった。だが、なにか仕事が達成できなかったようなしこりが心にのこっている。焦燥が胸にこみあげる。  この一、二年、セールスの帰りには、いつも苛立《いらだ》たしい気分になる。会社の主力製品であるウイスキーが売れないせいだ。きょうもそうだった。いま訪問した小売店の社長の声が耳にのこっている。 「高田さん、わしらも努力してまんのやで。焼酎《しようちゆう》よりウイスキーを売るほうが、売上も利益も伸びまっさかいな。けど、世の中は焼酎ブームや。一般家庭の晩酌も、ビールか焼酎になってきた。時代の流れや。ちょっと抵抗できんのとちゃうか」  豊中市の小売店だった。従業員六名、無線つき配達車四台の大型店である。  以前なら、高田らの会社の主力製品である三陽ウイスキーを月に三十ケースは仕入れてくれた店だった。だが、最近は二十ケースもとってくれない。  訪問回数を以前の週一度から、最近は週二度にふやしている。それでもウイスキーが売れない。ビールやワインなどが伸びているので、会社の売上自体はそんなに落ちこんでいなかった。だが、主力製品がふるわないと、やはり不安になる。  高田の努力がたりないわけではなかった。洋酒メーカー・三陽株式会社が小売店にきらわれているわけでもない。ここ数年来の焼酎ブームが大きな原因だった。洋酒の税金が高くなったのも、わざわいしている。  焼酎はなんといっても安い。度数も高く、一瓶買えば長持ちする。消費者にとってはトクである。ハイボールやカクテルのベースに使われるようになったため、かつての「ダサイ」イメージが消えた。一種のファッションとなった。とんでもない敵に、三陽ウイスキーは出会ったのだ。  最近、焼酎の人気は下降気味だといわれている。たしかに一時のような、猫も杓子《しやくし》もの風潮はなくなった。だが、表面の華々しさが消えたぶん、地道な需要が根をおろしたようだ。三陽ウイスキーは失地を回復できずにいる。しゃれたTVCMを流し、高田ら若い営業マンが馬力にまかせて街を駈けまわっても、目にみえた成果はあがらなかった。  焼酎に対抗して、三陽株式会社は新製品「ソフト・ウオツカ」を発売した。中身は焼酎とほとんどおなじものだが、洋酒メーカーである以上、正面切って焼酎を売りだせない弱味がある。「ソフト・ウオツカ」の伸びはいま一つだった。ウオツカ、の語には日本人になじみにくい要素があるのかもしれない。 「まったくもう、しんどい話やで。ろくに休みもとらんとがんばってるのに。ウイスキーもビールも日本人はすでに飲みすぎや。新しい飲料か食品で突破口をひらく必要がある」  経営者の気分で高田はつぶやいた。  高田正彦は入社五年目。酒の業界の様相がやっとわかってきたところである。いままではなにも考えず、ただがむしゃらに働いてきた。朝から晩まで働きづめだった。土、日の出勤も、あたりまえだった。それでいいと信じてきた。努力すればするほど、実績があとをついてきたからだ。  だが、この二年ばかりそうはいかなくなった。努力に実績がともなわなくなった。会社自体も五十九年度には、二十年ぶりに減収減益の決算を発表した。こうなると、一介の営業マンにすぎない高田でも、ときおり経営者ふうの考えにとらわれざるをえない。売上のあがらなかった日はとくにそうだ。 「現代は中高年層に、健康についての意識が高まっている。体にいいウイスキーを開発する必要があるよ。味は特級そのままで、飲めば飲むほど成人病の予防になる。そんなんができたら、ぼくらもらくになるんやけど」  同僚のだれかがそういっていた。  夢物語である。だが、そんな話でも実現しないかぎり、高田ら営業マンの悪戦苦闘がつづくのはたしかだった。  成績があがらないと、部長や課長にきびしく気合をいれられる。営業会議はいつも体がヒリヒリする緊張のうちに終始する。  高田は気の弱いほうではない。タフで実行力のある人間だと自分では思っている。  だが、その高田でさえ、最近の苦しい状況には、つい弱音を吐きたくなる。仕事をほうりだして、旅にでも出たい思いにかられる。  そんな弱気でどうする。三陽株式会社を超一流企業に育てあげた先輩たちは、十年も二十年も、わき目もふらずに働いてきたのだ。毎日自分を叱咤《しつた》して高田はやってきた。朝は元気に会社を出る。だが、成果のあがらなかった帰り道は、つい弱気の病にやられて疲れを二倍に感じてしまうのだ。  高田正彦は帰りの道を東へ折れた。新御堂筋《みどうすじ》にクルマを乗り入れた。  はるか前方の空の下に、梅田の盛り場の灯々がみえた。時間からいって、梅田界隈《かいわい》や北新地の盛り場は、いまがいちばんにぎわっているはずだった。たくさんの灯が、酒場街の女たちの笑顔のように高田を招いている。灯の一つ一つが、女たちの嬌声や、甘い吐息を連想させる。男ならだれでも、なじみの酒場で一杯やりたい気持になる夜景である。  だが、高田はその気がおこらなかった。もうたくさんだ。そんな思いだった。  三陽株式会社の営業マンは、商売がら酒場へよく出入りする。そのための経費もみとめられている。だが、自分の好みの酒場で、好みの女と飲むチャンスはそんなに多くない。つねに仕事のことを考えて飲まねばならない。店の経営者と親しくなる。他メーカーのウイスキーのボトルを駆逐《くちく》し、自社のボトルを仕入れさせるのだ。  たのしむよりも、仕事がさきになりがちである。高田のような、小売店担当の営業マンでもそうだった。ときには商売熱心がすぎて、酒場から追いだされることもある。  疲れている。一杯やりたいのが本音だった。会社との連絡はもうついている。オフィスへかえる必要はない。かといって、このまま独身寮へもどる気もなかった。冷たい部屋で、わびしく水割りを飲んでも仕方がない。  考えながら高田はクルマを走らせた。新大阪駅の手まえで、友人の森島の顔が頭にうかんだ。森島は大学の同級生である。大手の電器メーカーに勤務している。  高田と同様、独身だった。年に四、五回会って酒をくみかわす仲である。森島は新大阪駅の近くのワンルームマンションに住んでいた。あいつを呼びだして一杯やろう。彼の住居のそばの居酒屋にでも入ればいい。  思いつくと、胸が晴れた。学生時代の友人は、利害関係がないので気らくである。他業界の情報を仕入れられる利点もあった。  高田正彦は一般道路へクルマをおろした。二、三分走って森島のマンションへ着いた。だが、森島は留守だった。仕事の憂さ晴らしに、どこかで羽をのばしているのだろう。  マンションのそばにスナックバーがあった。高田はそこで一杯やることにした。不在となると、無性《むしよう》に森島に会いたい。もし彼がかえってきたらいっしょに飲むつもりだ。  手紙を書いて森島の住居の扉の隙間にはさんだ。クルマを近くの有料駐車場にあずけて、高田はその店へ入った。ビデオディスクのおいてある店だった。女の客が気持よさそうに「CHA—CHA—CHA」をうたっている。客はその女をいれて五人だった。  高田はカウンター席へ腰をおろした。まっさきにボトルキープの棚へ目がいった。いやおうなしに職業意識が働く。自社のキープ棚ではなかった。ボトルも他社のものだ。おしぼりをつかいながら、高田は闘志にかられた。敵の領土へ乗りこんだのだ。    2  ママとバーテンダー、ほかに女の子が二人いる店だった。  女の子といっても若くはない。二人とも三十代のようだ。近くの団地の主婦がパートで働いているのだろう。  ママが挨拶にきた。友人をたずねたついでに寄ったと高田は正直に話した。とりあえず水割りを注文する。もちろん自社のウイスキーを指定した。 「済みません。うちは三陽ウイスキーはおいてないんです。銘柄はPばっかり」  競争メーカーの名をママはあげた。  すぐにママは高田の上衣のバッジに目をとめた。なあんだ、という顔になった。客商売の裏がえしで営業マンに冷たいタイプだ。 「いや、きょうは商売やないんです。ほんまに友達をたずねたついでなんやから」  スコッチを高田は注文した。  ママにも一杯おごった。雑談に入った。営業歴、客層、売上高などをそれとなく訊きだしにかかる。途中でバーテンダーにも一杯おごった。酒の仕入れについては、ママよりもバーテンダーに発言力のある店が多い。高田は二人に名刺をわたした。 「三陽さんはうまい宣伝をしはりますさかいなあ。けど、ウイスキーはどうですやろ。Pのほうがスコッチに近いでっせ」  バーテンダーはうすら笑いをうかべた。  Pとつながりが深いらしい。開店時、内装などのめんどうをみてもらったようだ。  高田はさらに闘志にかられた。一ヵ月のウイスキーの仕入高はいくらか質問した。三十万円前後だという。高田は胸算用をした。 「ものはためしです。うちの酒に切りかえてみてくれませんか。いいお店にたいしては、うちは誠心誠意奉仕します。最初の仕入れ一ヵ月ぶん、無料にさせていただきます」  高田はもちかけた。継続して納入できるなら、一ヵ月ぶんぐらい安いものだ。 「またア。三陽の人はすぐこれなんやから。商売ぬきっていうたくせに」  ママが大声をあげて笑った。  しまったと高田は思った。バーテンダーにこっそり話すほうがよかったようだ。 「なあに。そちら三陽の人なの。若いわねえ。前途有望やね」  となりで女の声がきこえた。  さっき「CHA—CHA—CHA」をうたっていた女が右どなりに腰をおろしている。オンザロックスを飲んでいた。女はかなり酔っている。三十前後の人妻のようだ。 「あんたら、三陽の人をないがしろにしたらいかんよ。あの会社、日本でも超一流なのよ。なにしろ大学生の人気企業ナンバーワンやから。ねえ、そうでしょ」  ママとバーテンダーに声をかけてから、女は高田の顔をのぞきこんだ。  とんだじゃまが入った。高田は苦笑いした。だが、三陽のファンとあればないがしろにはできない。女のいうとおり、三陽株式会社は昭和五十九年以降、就職情報会社の調査で「就職したい企業」のトップにえらばれている。洗錬された豊富な広告、宣伝のおかげである。 「三陽の社員である以上、あんたも一流大学を出てるんでしょ。どこの大学」  女はまた高田の顔をのぞきこんだ。  人なつこい丸顔である。笑うと目じりがさがって、とても愛らしい。あきらかに高田より年上だが、雰囲気はそうでなかった。やや舌足らずな話しかたをする。  出身大学を高田はあかした。わが意を得たように女はうなずいた。やっぱりねえ。一人言をいってからバーテンダーへ声をかける。 「××さん、三陽のウイスキー、とってあげなさいよ。国産物はなんというても三陽よ。いちばん売れてるから、安心やないの」  逆効果だった。バーテンダーもママもしぶい顔になった。  ママはほかの客の相手をしに去った。みたところ、女は酒にだらしないほうらしい。店の者にもてあまされることがあるのだろう。 「応援ありがとう。うちの会社となにか関係のあるかたなんですか」  高田は女のほうへ向きなおった。  セールスはいったん休止ときめた。ゴリ押ししても逆効果だ。きょうはこの店へいい印象をのこして去る。後日またくればよい。 「いえ。なんにもないわ。関係があるようやと、いいんやけど」  謎めいたことを女はいった。酔ってとろけそうな目でじっと高田をみつめる。  高田は自己紹介をした。ついで女の名前を訊いた。愛らしくて中肉中背。なかなか魅力的な女である。  小畑直子。彼女は名乗った。千里ニュータウンの住宅地で暮す人妻である。夫は工務店を自営しているという。 「そうか。すごいな。社長夫人ですか」  いっそう高田は興味にかられた。  直子は一流ブランドらしいスーツを着ている。装身具のコーディネートも洗錬されていた。 「そんな大そうなのとちがうの。工務店いうても、竹中とか長谷川とは月とすっぽん。マッチ箱みたいな会社なのよう」  妙にうれしそうに直子は笑った。のこりのオンザロックスを一気に飲みほした。  夫は毎月手形に追われて走りまわっている。夜は接待。日曜はゴルフ。おちついて話をするひまもない。退屈だから直子は週に二、三度ここへ飲みにくるという。カウンターの中にいるパートの主婦が友達であるらしい。 「退屈って、お子さんはいないんですか」 「いないの。そやから困るの。さびしいでしょ。つい飲みに出るの。ここではちがうけど、家ではいつも三陽を飲んでるのよ」 「ありがとうございます。しかし、さびしいのはよくないな。こんな可愛い奥さんを、ご主人はなんで放っておくんですか」 「あいつの話はおいときましょう。よかったわ、エリートの友達ができて。主人がつれてくるのは仕事関係のガラのわるい男ばっかりやねん。金と女の話しかしよらへん」 「ぼくはエリートやないですよ。毎日毎日酒屋まわり。ご用ききとおんなじです。田舎《いなか》のおふくろにはみせられない」 「若いうちはみんなそうよ。そのうち偉くなるわ。高級な仕事、するようになる。パリッとスーツできめて、秘書つきの個室で」  とろけるような目を高田に向けたまま、直子は話した。  買いかぶられている。高田はムズ痒《がゆ》い思いをした。わるい気持ではない。企業イメージのよい会社で働くと、思わぬトクがある。 「ねえ、どこかよその店へつれてって。私、ここは飽《あ》きたの。馴《な》れすぎてつまらん」  直子はささやいた。体を寄せてくる。  店の者たちを高田はみまわした。ここから直子をつれだして反感を買ってはまずい。 「この奥さんが家まで送れというんです。どうしたらいいかな」  バーテンダーに高田は訊いた。  渡りに舟、の雰囲気だった。バーテンダーは直子の友達の女を呼んで、直子が帰りたがっていることを告げる。 「そう。もう十時半やもんね。送ってもらいなさいな。直子さん、かなり酔うてるし」  おねがいします。女は高田に会釈《えしやく》した。直子の家まで、クルマで十分程度だという。 「またきます。さっきの話、検討しといてくださいよ。絶対に損はさせません」  バーテンダーに声をかけて高田は店を出た。よろめきながら直子はついてくる。  見送りに出たママが店へひっこんだ。直子は高田に腕をからませる。体をあずけるようにしてあるきだした。 「こら、エリート。きみは勇気のあるほうか。いくじなしは私、きらいやで」  舌をもつれさせて直子はいった。  いきなり抱きついてきた。キスをもとめる。歩道は暗く、人通りはなかった。  茫然として高田はうけとめた。くちびるをあわせた。直子の舌をあわただしく吸う。直子は息をはずませていた。高田の左脚を左右のふとももではさみつける。    3  まったく最近の人妻は大胆である。不倫時代というのは、たんなるマスコミの流行語ではなかった。  さっきスナックバーで知りあったばかりである。それなのに、直子のほうからキスをもとめてきた。  キスをつづけている。直子の左右のふとももが高田の左脚をはさみつける。欲望をこめて、じっと圧してくる。高田は勃起してきた。適度に熟《う》れた人妻の体のかたちと量感を、全身で吸収していた。 「可愛いわあ。三陽ウイスキーの営業の人はハンサムが多いときいたけど、ほんまやわ。酒屋の奥さんに好かれるんでしょ」  キスをやめて直子は高田をみあげた。  そばに街灯がある。表情がはっきりみえる。直子はとろけそうな目をしていた。息づかいがはやい。酔ったのと、たかぶったのと両方なのだろう。 「さあ、かえりましょう。家までお送りします。近くなんでしょう」  高田は顔を車道につきだした。  タクシーをさがした。そばの駐車場に自分のクルマがある。だが、酒酔い運転で事故でもおこしたら困る。直子を送ってまたもどってくればよい。 「もうかえれいうの。いややあ。飲みにいこうよ。私どこでもつきあうよ」 「いや、かえりましょう。それ以上飲んだら毒や。朝がしんどいですよ」 「なにいうてんねん、洋酒会社の社員が。そんなことでは社長に怒られるよ。売上努力が足らんやないか、きみは」 「いいからいいから。売上はあしたがんばりますよ。まず寝るのが先決です」 「いっしょに寝ようか、朝まで」 「恐いことをいいますね。醒《さ》めてから後悔しますよ。さあ帰ろう」  タクシーがきた。直子を後部座席へおしこんで、高田も乗った。  千里ニュータウン目ざしてクルマは走りだした。揺れたはずみに直子は体をあずけてくる。その肩に高田は腕をまわした。直子はいい気持そうに高田の肩へ頬を寄せる。  どうしたものか。高田は考えていた。さそえばこの女はホテルへついてくるだろう。熟れごろ、たべごろのいい女である。裸にして組みふせたら、たのしいだろう。  だが、話がうますぎる。会ったばかりで寝てくれる女に、ろくなのがいるはずがない。裏がありそうだ。暴力団がついているのかもしれない。淫乱な女だとすると、エイズの危険もありうる。やめるほうが賢明だろう。  そう自問自答した。学生時代なら一も二もなくさそいに乗るところだが、入社五年ともなると、それほど単純ではない。  十分たらずでタクシーは千里の住宅街へ入った。しばらくいって、白い、垢《あか》ぬけた家のまえで直子はストップを命じた。邸宅というほどではないが、かなり大きなコンクリート建ての家である。暴力団の住む家ではなさそうだった。高田は気がゆるんだ。 「寄っていきなさいよ。だれもおらんから。ねえ、うちで飲もうよ。おたくのウイスキーの特級がありますよ」  高田の腕をつかんで直子ははなさない。  運転手に高田は料金をはらった。彼女を抱きかかえてクルマをおりた。直子は門の釦《ボタン》をおして鉄扉をあけた。高田の手をつかんだまま、玄関へ向かう。逃げられはしまいかと、心配しているらしい。  家へ入った。おちついた内装の家だった。壁の画や置物の壺のセンスもいい。まともな家庭のようだ。安心すると、高田は直子の体がなまなましく意識されてきた。  応接間へ通された。モスグリーンの絨毯《じゆうたん》を敷いた、おちついた部屋だった。ピアノや本箱のないのがシンプルでこころよかった。  ソファに高田は腰をおろした。直子は身をくねらせてそわそわと部屋をでていった。しばらくしてもどってきた。三陽の特級ウイスキーのボトル、水さし、氷の容器、タンブラーを盆に乗せている。チーズとレタスもいっしょだった。レタスは山盛りである。あざやかなグリーンが目にしみるようだ。  二人ぶんのオンザロックスを直子はつくった。乾盃して二人は飲んだ。目をほそくして直子は味わった。だが、もうあまり飲めないようだ。しゃっくりして微笑みかけた。 「レタスたべなさい。高田さん独身でしょ。ビタミンCが不足にきまってるわ」  気づかいに高田は感激した。  モリモリとたべた。チーズもかじった。オンザロックスをお代りする。たのもしげに直子は高田をみつめていた。 「奥さんも飲みなさいよ。ぼくだけごちそうになって、申しわけない」 「そう。そしたら飲ませて。飲みたい」  直子は立って高田のとなりへきた。  高田にむかってくちびるをつきだした。口うつしの要望である。  高田はオンザロックスを口にふくんだ。直子にくちづけした。口中の液体をゆっくりと直子の口へおくりこんだ。ストレートでは刺戟がつよすぎる。水割りではうすくてたよりないはずだ。口うつしにはオンザロックスがちょうどよかった。この発見は、CMにつかえないだろうか。  うーん。うまそうに直子は飲みこんだ。あらためてかるくくちづけにきた。目じりのさがった、愛らしい表情になる。二十四、五の女の子のような顔だ。体は成熟して、くっきりと起伏がある。高田は直子の腰に手をまわした。固く盛りあがったヒップの重みを掌でたしかめる。  つよい欲望にかられた。直子を抱きしめる。他人の家にいることがひどく刺戟的だった。もう暴力団もエイズも問題ではない。高田は直子の胸をまさぐった。手がはずんだ。  うーん。また心地よさそうに直子は呻《うめ》いた。高田の掌に胸をおしつけてくる。ブラジャーのなかで、固い乳首がコロコロしていた。掌にそれがくすぐったかった。  急に直子は立ちあがった。高田の両手をひっぱって腰をあげさせる。 「お風呂へ入ろう。いっしょに」  直子はまじめな顔になった。さきに立って応接室をでた。  廊下から居間へ入った。他人の家の生活の匂いが鼻孔にしのびこんだ。女の匂いにかすかな男の匂いがまじっている。奥からふいに男がでてきそうな気がする。高田はもう度胸をきめていた。脅《おど》されても、どうせ奪われる金はない。勝手にしろだ。  居間の奥に、廊下をへだてて浴室があった。脱衣場も風呂場もひろい。夫婦だけの暮しには贅沢《ぜいたく》すぎる住いである。さすがは工務店の社長の家だ。  湯ぶねにはもう湯が入っている。さっき酒の支度をしたついでに直子は支度したらしい。湯の量も温度も自動調節だった。  高田はためらっていた。直子は高田に背を向けて服をぬぎはじめた。するすると肌があらわになる。高田はあわてた。いそいで服をぬぎはじめた。  高田がさきに全裸になった。タオルでまえをかくして直子のうしろ姿に見惚《みほ》れた。  すぐに直子も全裸になった。肌はさほど白くない。だが、若々しく張って、光沢にあふれている。若い女とちがって、体の線にやさしい丸味があった。均整のとれた裸身である。腰がつよくくびれている。ヒップは丸くて勢いよく盛りあがっていた。脚はながいほうだ。やさしい線にかこまれている。みごとな体だった。たいへんな幸運にめぐまれたのを、高田は意識せざるを得なかった。 「どう。私の体。すてたもんやないでしょ」  動かずに直子はふりかえった。猫背になって、両手で胸をおさえている。 「すばらしいですよ、奥さん。夢をみてるんやないかと思う」  飽かずに高田はみつめつづけた。  直子はこちらに向きなおった。大きなタオルを体の前面に垂らしている。 「みせて。高田さんもみせて」  高田がまえに垂らしているタオルを、直子は払いのけた。  男性が力をみなぎらせて突っ立っている。直子の目が一瞬光った。 「ひゃあ、立派。エリートはおちんちんも立派やね。入社試験のとき、おちんちんの検査もあるのとちがうの」  笑い声が浴室の内部にひびきわたる。  直子はタイルのうえにおりた。酔いがさめてきた気配《けはい》である。    4  向かいあって二人は湯につかった。  ひろい湯ぶねだった。ゆっくりと足をのばせるスペースがある。 「ああいい気持。久しぶりで人といっしょにお風呂へ入った。いつもは一人やねん。庭に犬がいるだけ。孤独な生活なのよ」  直子は晴ればれした顔だった。  顔を洗ったせいか、さっぱりした表情である。飲んだくれていたときとは別人のようだ。多少、緊張もしているらしい。 「そんなにご主人、出張が多いんですか。可愛い奥さんをのこして、もったいない」 「きょうは出張なの。けど、いつもはちがうわ。女のとこ。ようある話よ」 「そんな——。水商売の女ですか」 「むかしはね。いまはマンションに入ってるみたい。ブスやねん。どこがいいのかと思うわ。主人、趣味がわるいの」 「美人の妻をもつと、ブスの愛人がほしくなるもんやそうですよ。そうやってバランスをとるんでしょうね」 「ブスでも向うはつよいわ。子供がいるの。主人、まんまとハメられよった。まあ離婚はしとうないいうてるけど」  たのしい話のような口調だった。目をほそくして直子はタオルをみつめる。  高田はだまりこんだ。欲望が消えた。深刻すぎる話をきいてしまった。どう返事していいかわからない。酔いどれている人妻には、やはりそれだけの理由があるのだ。 「ごめん。仕様もない話をして。高田さんになんの関係もないことやのに」  湯をかきわけて直子は近づいてきた。  手をのばして、親指で高田の顔をごしごしこすった。人なつこく笑いかける。  立って。直子は注文をつけた。うなずいて高田は立ちあがった。なんでもいい、深刻な沈黙からぬけだしてしまいたい。 「なんや。元気なくなってるやないの。若い人がこれではいけませんね」  直子は高田の男性にさわった。それは、なかば勢いをなくしている。  指で直子はしばらく男性をもてあそんだ。ふいに真剣な顔になった。背すじをのばして男性を口にふくんだ。眉根を寄せて頬ばる。ゆっくり頭を動かしはじめた。  湯のなかに直子は両ひざをついている。片手で男性の根もとをささえていた。目をとじて頭を動かしている。双つの乳房が水面上で揺れていた。心もち、張りをなくした感じの乳房だった。乳首の色は濃いほうだ。美しいだけの乳房よりも、やや難点のあるほうが淫《みだ》らでいい。高田はそう思った。  直子の頭の動きがはやくなった。小さく揺れて快感が流れこんでくる。体の奥からうねりのおしよせるのを高田は感じた。男性が固く、熱くなる。高田は歯をくいしばった。酔っているにしては、快感があざやかだ。  急に快感の性質が複雑になった。直子が口で奉仕をつづけながら、右手で下方の袋を揉《も》んでいる。しゃぶられる快感に、揉まれる快感がかさなりあった。高田は呼吸がみだれてくる。年上の女はやはりすごい。  高田は思わず声をあげた。おくりこまれる快感がさらに複雑になった。口と手を直子は相変らず使っている。手の動きに変化があった。小指でかるくアヌスを掻《か》いてくる。高田のはじめて経験するテクニックだった。 「終ってもいいのよ。私、飲んであげる。遠慮せんといてね」  あおむいて直子は微笑んだ。手は動いている。 「まだがんばるよ。おれだけいったらわるいやないか。いくときはいっしょや」  とたんに高田は呻き声をあげた。  直子の小指がアヌスにもぐりこんできた。男性の裏側をなかから突いてくる。口と手の奉仕はつづいている。二種の快感がまじりあって熱くなった。男性が脈打った。耐えきれなくなりそうだ。  待ってくれ。終りそうだ。体をくねらせながら、高田は呼びかけた。  直子はかぶりをふった。男性を頬ばったままである。きまじめな表情である。なにかの魔術のように指をつかっている。ほんとうに終らせてしまう気らしい。 「待ってくれ。まだ終りたくないんや。一人で終りたくない」  両手を直子の肩においた。男性からひきはなそうとする。一瞬、痛みを感じた。口を直子があけないので、男性が前後にひっぱられてしまったのだ。  直子は男性をはなした。目じりのさがった笑顔で高田をみあげる。 「終ってもいいのに。私、飲んであげたかった。オンザロックスよりおいしいはずよ。高田さんの、きっとそうやわ」  急に湯をはじいて直子は立ちあがった。  熱い。熱いわ。彼女はタイルのうえへとびだした。湯のなかでうずくまっていたのだ。熱くて当然である。ひたいに汗が光っていた。全身の肌が赤みをおびている。大きな、仄《ほの》赤い照明のような裸身だった。  そのまま直子は脱衣場へ出た。バスタオルで体を拭きはじめる。  高田も湯からあがった。直子とならんでバスタオルをつかった。  直子はバスタオルで裸身をくるんだ。高田のタオルをとって体を拭いてくれる。上体を拭いたあと、その場に両ひざをついた。下半身をていねいに拭きにかかる。 「私、弟が一人いたの。三人きょうだいのいちばん下。男はその子だけやったわ」  問わず語りを直子ははじめた。突き立っている男性は無視していた。  弟は一流大学の経済学部へいっていた。三陽ウイスキー株式会社に就職したがっていた。ちょうど三陽ウイスキーが、学生間で人気ナンバーワンになったころだった。 「ところが四年のとき、弟は死んでしもた。バイクの事故やったの。アホなのよ。来年は就職の審査があるいうときに、バイクで九州旅行にいって。トラックにぶつかって。ほんまにアホやわ」  私、あの子に希望をかけてたの。うちのきょうだいのホープやったわ。  直子はつぶやいた。弟にそうするように、高田の体を拭き終った。  高田ははげしい感情に揺さぶられていた。直子を立たせて、抱きしめた。彼女の体からタオルをむしりとった。乳房に吸いつく。右手を直子の下腹部へのばした。草むらに覆《おお》われた、ふっくらした肉を指でひらいた。  熱い液がそこにはあふれていた。なかに指が吸いこまれる。やわらかくて厚い肉が指にまとわりついてくる。高田はかきまわした。遮二無二《しやにむに》、快楽をおくりこんだ。彼が直子にしてやれることは、それしかなかった。  しばらく指を動かした。直子は体をくねらせて快感に耐えていた。ベッドルームへいこう。あえぎながら彼女はいいだした。抱きあったまま二人はあるきだした。  居間へ入った。畳をみると、高田は欲望をおさえきれなくなった。直子をおし倒した。直子は這ってヒップを突きだしてきた。ひどくあわてている。一刻もはやく、すべてをわすれたがっていた。  直子のうしろに高田はうずくまった。丸いゆたかなヒップを両掌でかかえた。畳の感触をひざで味わいながら侵入してゆく。  大きな声をあげて直子はのけぞった。愛情をこめて高田は動きだした。    5  目ざまし時計の音で高田正彦は眠りからさめた。自分がどこにいるのか、一瞬見当がつかなかった。  贅沢なベッドルームに高田は寝ていた。セミダブルのベッドが二つならんでいる。  部屋は暗い。淡いグリーンの厚いカーテンが、右手の窓を覆っていた。  サイドボードがある。ウイスキーやブランデーのボトルにグラス、水差しなどがならんでいた。そばの電気スタンドの豆電球がともっている。  やっと思いだした。人妻の小畑直子の家に泊ったのだ。夫が留守なのをさいわい、あがりこんで飲んだ。昨夜のうち二度セックスをした。疲れきって眠りこんだ。夢のような夜だった。  時計をみた。七時四十五分だった。そういえば昨夜ベッドのうえで、アラームを何時にセットしようかと直子は訊いていた。九時には会社へ入らねばならない。ここからの所要時間を考えて、この時刻を指定したのだ。  直子の姿はなかった。高田は起きてベッドルームを出た。廊下をゆくとキッチンだった。味噌汁の香りがする。セーターにスカート、エプロンがけで直子は流し台に向かっていた。いかにも目がさめた感じで、うしろ姿がシャンとしている。ゆうべ、だらしなく酔っていた女にはみえない。 「おはよう。よう眠れた? 寝たのが午前二時やったから、ちょっと睡眠不足やろね」  ふりかえって直子は微笑んだ。みちたりた、さわやかな表情だった。  洗面所とトイレの場所を直子に教わった。高田は朝の雑用をすませた。身支度してキッチンへもどる。直子はテーブルのまえで待っている。シジミの味噌汁、アジの干物《ひもの》、生卵、ほうれん草のおひたしがならんでいる。家庭の香りを高田は吸いこんだ。 「若い人はいつもパンでしょ。たまに和風のほうがいいやろと思うて」  目をふせて直子は味噌汁をついだ。  昨夜のことが面映《おもは》ゆいのだろう。じっさい直子は積極的だった。寝るまえに抱きあったときなど、高田の体液を飲むといってきかなかった。いつまでもフェラチオをつづけた。 「奥さん、けさはじつに若々しくみえますよ。新鮮です。新婚の人妻みたいに」  箸《はし》をつかいながら、高田正彦は遠慮なく直子をみつめた。  お世辞ではなかった。直子はうす化粧である。白のVネックのセーターの襟もとから肌がのぞいていた。白と桜色の溶けあったような肌だった。情熱の残り香が、そこから立ちのぼってくるようだ。 「恥ずかしいわ。ゆうべはすっかり酔うてしもて。あきれたでしょ。オンザロックスが効《き》きすぎたわ。こんどは気をつけよう」 「いや、ぼくはうれしかったです。夜は大胆になってくれるほうがいい。朝、こうしてシャンとしている奥さんをみると、またうれしくなる。両方ともぼくは好きです」 「洋酒メーカーの社員はお酒に寛大なのね。私、安心した。高田さんとお会いするときは、安心してロックスが飲めるわ。滅茶滅茶にリラックスできて、うれしい」  一夜の情事で終らせる気は、直子にはないらしかった。  高田も望むところだった。不倫におぼれてしまわぬ程度に、適当に間隔をあけて会うことにした。ここでまた会うのは危険である。ゆうべのスナックバーも、直子の友達が働いているのでまずい。デートの日時と場所はそのつど電話で打合せする約束になった。  食事が終った。八時十分だった。高田が腰をあげると、直子も立った。二人はその場で抱きあってくちづけをかわした。  直子のヒップとふとももに高田はさわった。はずんで重い肉の感触に欲望をかき立てられる。遅刻してもいい。この場へ直子をおし倒したくなった。  高田は右手を直子の下腹部へまわした。スカートごしに、彼女の敏感な部分にふれた。掌がぴたりとそこへ吸いついた。直子はため息をついて腰をくねらせる。 「ほしくなったよ、いま。いいだろう」  高田はささやいた。スカートのなかへ手をいれようとする。  あかるいキッチンでのセックス。考えただけで、昂奮で息がつまりそうになる。 「私もほしいわ。けど、我慢して。もうじきお客が来るの。午後からパーティに出るのでいろいろいそがしいのよ」  午後一時から、ある都市ホテルの落成慰労パーティがある。  そのホテルはまだ建物が完成したところだった。パーティもホテル側と建築関係者だけの内輪の催《もよお》しだという。直子の夫の小畑はホテルの建設に参加した。パーティに招待されている。だが、出張中なので、代って直子が出席することになっている。  小畑の会社からは、専務夫妻もいっしょに出席する予定だった。準備のため直子は夫人とともに美容院へゆく約束をしている。九時に専務夫人が迎えにくるのだ。 「Qホテルのパーティか。それなら内輪でも出席者は多いんだろう」  直子の体をはなして高田は訊いた。営業マン魂が入道雲のように盛りあがってくる。 「五百人ぐらいやて。あれだけのホテルになると、内輪のパーティでも盛大らしいわ」 「そうか。いいことを教えてくれた。きょうはこれでかえるよ。また会おう。ひょっとしたら、またすぐ会えるかもしれない」  高田はおちつきをなくした。あらためて直子にキスしてから居間へ入った。  電話でタクシーを呼んだ。つづいて会社へ電話をいれた。  早出の女の子が応答した。 「Qホテルの事務所へ寄ってから出勤する。シャンペン十ケースとビール三十ケース、ウイスキー二十ケースを手配してくれ。午後からパーティなんや。くわしいことはあとで」  話が終った。ものの三分とたたないうちにタクシーがきた。  近所の目を気にして、顔をかくして高田はタクシーに乗った。大阪駅のそばのQホテルの建築現場目がけて走りだした。    6  午後一時にパーティははじまった。  Qホテルは一階、二階だけがほぼ体裁《ていさい》をととのえたところだった。三階から上の客室はまだ内装もできていない。営業開始まであと一ヵ月。突貫工事がおこなわれるという。  パーティ会場は二階の大ホールだった。工事の完成したそこには、五百名近くの人々があつまった。建築関係者のほかテナント、銀行、旅行代理店の関係者をあつめて慰労と激励をやろうということらしい。会場はなごやかだった。ボーイやホステスが三陽ウイスキーの水割りをくばってまわっている。  Qホテルチェーンのオーナーがまずステージで挨拶した。つぎにQホテル社長がスピーチした。つづいて元請けの建築会社の社長や銀行の代表らがステージに立った。  高田正彦はホールの横の出入口のそばで会の模様をながめていた。十数名のボーイが廊下で待機している。高田は時間に注意しながら、目の端で会場の左すみをみていた。  小畑直子がそこにいた。クリーム色の地に牡丹《ぼたん》の花を配した着物をきている。専務夫人らしい女といっしょに立って、スピーチに耳をかたむけていた。ゲストのスピーチに真剣にききいる人はすくない。ほとんどの客はタンブラーを手に小声で談笑したり、挨拶をかわしたりしていた。  直子もときおり近くの人と口をきいた。タンブラーは手にしていない。女の客がすくないせいもあって、際立《きわだ》って直子は美しくみえた。男の客の地味なスーツの群れを背景に、着物姿があざやかに彫りだされている。  あれはおれの女なのだ。みていて高田はひそかに得意だった。けさ彼女を抱く時間のなかったことが残念だった。埋めあわせをしたい。着物姿の直子を抱きたい。盛装して、おおやけの場にいる彼女をみると、いっそう欲望をそそられた。  ゲストのスピーチが終りに近づいた。支配人に高田は合図をおくった。  ボーイたちがいっせいに調理場へ消えた。すぐにシャンペンのボトルを手にもどってきた。ホステスたちと手分けして彼らは会場の要所要所へ散った。一時二十五分。高田の計算とぴったりのタイミングだった。  スピーチが終った。司会者がステージに出て、乾盃の音頭とりの指名をする。 「なお、本日ここでみなさまにお飲みいただきますお酒は、すべて、三陽ウイスキー株式会社の寄贈によるものであります」  司会者がさけんだ。この一言をいってもらうのが、寄贈の条件だった。  小畑直子の家をでて、高田はQホテルの事務所へ向かった。パーティの責任者に会って酒類の寄贈を申しいれた。  責任者ははんぶんめいわくそうな表情だった。寄贈はもちろんありがたい。だが、あとが恐い。Qホテルで今後利用する酒類は、三陽製品を優先してほしいなどと、条件をつけられかねないのだ。 「そんな野暮《やぼ》は申しません。きょうは純粋にお祝いの意味でおもちします。もちろん今後ご贔屓《ひいき》にねがいたいのは山々ですが——」  三陽ウイスキーの社風は積極果敢である。  失敗をおそれず、まず実行してみろである。その精神が徹底している。一介の営業マンにすぎない高田でも、商談を前提にこの程度の啖呵《たんか》を切ることはゆるされている。  先方はよろこんで話に乗った。高田はいそいで準備をすませ、待機していたのだ。  シャンペンをぬく音が、ホールの各所できこえた。乾盃になった。五百のグラスがかかげられ、大量のシャンペンが人々の胃に落下してゆく。拍手が湧いた。  高田はまた支配人に合図をおくった。ボーイたちが調理場へ消えた。こんどはビールをはこんでもどってきた。この時刻にあわせて冷やしておいたビールである。ぬるくなく、冷たすぎず、適温に保たれた黄金色の液体がほうぼうでビヤグラスに注がれてゆく。 「ええ具合に冷えとるなあ。さすが三陽さんはやることが憎い」 「気くばり満点やな。たいしたもんや。うちも見習わなあかんなあ」  料理を突っつきながら人々が話している。会心の笑みを高田はうかべた。  会場のすみへ高田はいった。用意してあるウイスキーと氷でオンザロックスを二つつくった。両手にもって小畑直子のそばへいった。数人の人々と直子は談笑している。背中を突いて、人垣の外へつれだした。 「酒豪のマダムにはこれでないと物足りないでしょう。乾盃しましょう」  グラスを一つ直子に手わたした。  二人は乾盃した。直子は上気して、かるくしなをつくった。甘い香りがする。着物を透《す》かして白い裸像がうかびあがるようだった。 「十五分後に正面玄関へでてきてください。けさのつづきをしましょう」  高田はささやいた。冷たい酒を飲みほしてから、直子をはなれた。  新入社員の課員が三人、手つだいにきている。あとのことを高田は彼らにたのんだ。会場を出て近くのRホテルへ電話をいれる。ダブルベッドの部屋をとった。  正面玄関へ直子がでてきた。高田をみるとぱっと赧《あか》くなって笑いかける。  だまって高田は直子の手をとった。Rホテルのほうへあるきだした。徒歩五分もかからない。キタには高層ホテルが乱立している。  Rホテルへ入った。二十三階の部屋のキーをもらった。二人は一言もいわずに身を寄せあってエレベーターに乗りこんだ。  部屋に着いた。二人きりになると、静寂が全身にしみこんでくるようだった。直子の体が急に大きく感じられる。着物につつまれた裸身から雌《めす》の気配が匂い立った。抱きよせると、直子はみだれた表情になった。 「ありがとう。おかげで一仕事できた。Qホテルはこれでうちのものだ」 「高田さん、さすがやり手やわ。ちゃんと仕事をして、その上私をこんなとこへつれてきて。わるい人ですね。可愛いワル」  二人はくちびるをあわせた。両手に力をこめて高田は直子の体の起伏をたしかめる。  甘美な感覚が高田の下半身へ流れこんできた。直子の手がズボンのまえへのびてきていた。指を動かしている。高田はベルトをゆるめた。ズボンが靴のうえに落ちる。勢いこんで直子の手は高田のトランクスをひきおろした。男性に指をからませてくる。 「若いわ。ほんまに若いわ。ゆうべのきょうやのにもうこんなになって」 「奥さんが美しいからです。奥さんはどうなの。反応がおこっている?」 「当然よ。さっきのオンザロックスのせいやわ。お昼のお酒ってほんまによう効く」 「昼のウイスキーはたしかに効きます。それから昼のセックスも」  直子の着物のすそに高田は手をかけた。  ふともものあたりを左右にわけてゆく。一枚、二枚、三枚——。思ったより着ているものの数が多い。やっとふとももにたどりついた。すべすべして、厚い。内へゆくほど熱くなっている。  直子は甘い声をもらした。男性をとらえた手の動きがあわただしくなった。  右手で高田は直子の内ももをさかのぼった。奥へたどりついた。胸のうちで歓声をあげた。ショーツを直子はつけていない。高田の指は直接草むらとやわらかな肉にさわった。 「すごい。なにもはいてないのか」 「こうなりそうな予感がしたの。このほうが刺戟されるでしょ、高田さんも」  やわらかな肉を高田は指でひらいた。  あたたかいぬかるみがあらわれた。指でさぐりにゆく。人差指と中指が、深みへなめらかに吸いこまれた。声をあげて直子はかるくひざを折るようにする。草むらに覆われたやわらかな部分や内ももの一部が、高田の右掌へおしつけられる。  吸いこまれた指を、高田は上向きに折り曲げた。そのまま動かしてみる。直子の草むらを裏側から刺戟する要領である。  直子は大きな声をあげた。のけぞった。高田の男性をとらえた指に力がこもる。すぐに手をはなした。かじりついてくる。 「ああ、はじめてよ。こんなんはじめて。きついわ。きつい。ああ、なんで——」  その部分に直子は強力な性感帯をもっていた。いままで知らなかったらしい。  勢いづいて高田は指を動かした。しだいに荒っぽくなった。そうなるほど直子のよろこびは大きくなるようだ。声が大きくなる。両手で高田の首にかじりついて体をくねらせた。やがて揺すりはじめる。高田の指は熱くなった。呻いて直子は体をふるわせる。高田に抱きついたまま床へくずれ落ちた。  両手を直子の脇にいれて抱きおこした。ベッドへつれてゆく。うつぶせにおし倒した。直子はベッドと直角の向きに這った。床に立ったまま高田は直子の着物のすそをまくりあげる。思いきって下肢をむきだしにする。  白いヒップが突きだされた。光沢をおびた双つの丘が着物をおしのけて出現した。双つの丘はいっぱいに盛りあがり、たがいに圧しあっている。下から秘密の花がのぞいていた。濡れてふるえている。  両掌で高田はヒップをかかえた。位置をきめて侵入した。ぐいぐいと突いた。呻き声をあげて直子はベッドに顔を埋める。両手で毛布にしがみついた。しだいに丸くなった。  すぐに直子は頂上にたっした。休まずに高田は動きつづけた。できるだけ持続しなければならない。このあとのセールスのスケジュールを彼は頭で立てはじめた。 (第二話 了) 第三話 旅のチョコレート    1  夕刻六時まえ、田上夏夫は社のビルへもどった。正面玄関のシャッターは、まだおりていなかった。  綜合商社丸藤商事のビルの一階ホールはひろびろとしている。天井は吹きぬけである。家路につく男女社員の足音が、コンクリートの巨大な壁や、高い天井に反響もせず吸いこまれてゆく。  ここへ入ると、いかにも自分たちの城へかえりついた実感があった。苦しい仕事をしたあとは、なおさらだった。社員七千五百名、売上高十五兆円の巨大企業の一員であるよろこび、誇り、それに安心感がわいてくる。田上はまだ三十二歳だが、毎月何十億円もの取引をまかされている。おなじ綜合商社でも、これだけ大きな商権を若手社員にあずけているところはないはずだった。  田上は正面の受付へいった。もうクローズになっている。裏の控え室をのぞいてみた。人影はなかった。北野陽子はもうかえってしまったらしい。どこか喫茶店あたりで田上を待っているのだろう。  田上はエレベーターに乗った。機械事業部のある七階でおりる。二十人ばかりの男女がエレベーター待ちをしていた。丸藤商事はいまが事実上の退社時刻である。五時きっかりにオフィスをでる社員など、ほとんどいない。一時間の残業なんか、恥ずかしくて申告できない。田上もきょうは、七時すぎまで残業になるはずである。  田上は機械第二営業部のオフィスへもどった。そこの一課に彼の席がある。八人の男子課員のうち、五人が机に向かっていた。課長は席にいない。きっと部課長会ではっぱをかけられているのだろう。 「やあ、おかえり。さっき受付の美女がきてラブレターおいていきよったぞ。今晩、ホテル北の虹でお待ちしますいうて」  右どなりの席の平井が声をかけてきた。田上の机のうえの茶色の封筒を指さした。  田上はギクリとした。「北の虹」は十三《じゆうそう》大橋のそばの有名なラブホテルだ。北野陽子と何度か利用したことがある。 「またまた。そんないい話は夢の夢ですよ。つぶれかけた問屋の尻ぬぐいに半日走りまわってきたのに」  田上夏夫は茶色の封筒を手にとった。  宛名は書いていない。裏にはきいたこともない会社の名前が印刷してあった。取引先の人がきて受付に手紙をあずけていった——そんな口実で、陽子は田上の机にそれをとどけにきたらしかった。  冷やかしたものの、平井はそれがラブレターだとは思っていない。受話器をとって、どこかと商談をはじめた。彼も多忙である。  田上は手紙の封を切った。社用箋に、丸っこい字がならんでいる。 「きょうもおいそがしいようですね。七時半にビビアンへいっています。なるべくはやくきてください」 「ビビアン」は北新地にあるスナックバーだ。二人のいきつけの店である。  きょうは金曜日だ。週一度のデートの日である。五時になっても田上から連絡がないので、しびれを切らして陽子は置手紙をしたのだ。仲間と食事したあと「ビビアン」へゆく気なのだろう。  いいカンをしている。あと一時間もあれば仕事が終るはずだ。七時半というのは、ぴったりのタイミングである。  田上は気をよくして手紙をやぶった。すぐに家へ電話をいれた。残業と接待で帰宅がおそくなる。そう妻の和江に告げた。めずらしくもないことである。すぐに話がついた。 「さっきのラブレターの子、えらいべっぴんやったなあ。田上さんのお席はどちらですかって鈴の鳴るような声で訊《き》きよった。ゾクッとしたなあ。あんな子が相手やったら、敢然とオフィスラブにふみこめるんやが——」  電話を終えて平井が話しかけてきた。  彼は田上より三年先輩。課長補佐だ。丸藤商事では、入社十二年たつと課長補佐になる資格が得られる。ご多分にもれずこの課も高齢化している。課長をのぞく八名の男子のうち四人が課長代理か補佐である。 「さあ、どの子がきたのかな、受付の子はみんな美人やけど、名前は知らないから」  田上はとぼけた。まちがってもスキャンダルになってはならない。 「ほら、目のぱっちりしたキョンキョンみたいな子がおるやないか。ああいう子にゾクッとくるようでは、わしもトシかいな」 「そんなに気にいったんなら、決然とアプローチしたらどうです。あの子らは別会社の所属やからオフィスラブにはなりませんよ」  丸藤商事大阪本社の一階や、十階の役員室、秘書室などの受付には約十名の受付ガールがいる。みんな美人で応対が親切である。来客の評判が非常によかった。  彼女らは丸藤商事の社員ではない。コンパニオン会社から派遣された人材である。受付、展示会、パーティなどの要員用に専門教育をうけている。ミスなんとかの肩書をもつ者が多い。北野陽子も一昨年のミスQ市だ。 「アプローチしたいけど、顔と金に自信ないからなあ。なによりも、じっくり口説《くど》く時間の余裕がない。なんぼ今日びの若い子でも口説いてすぐやらせてはくれんやろし」  じっさい時間の余裕がない。平井のむだ口をきき流して田上は仕事にとりかかった。  陽子に会えると思うと能率があがる。すぐに田上は仕事に没頭した。  田上くん、K商事のほうかたづいたか。呼ばれて田上は顔をあげた。課長が席について、こちらをみている。きびしい表情である。会議が終ったらしい。午後七時だった。 「九分どおり終りました。あとはP造船の六百万円だけです」  こたえて田上は席を立った。課長のそばできょうのいきさつを説明した。  船舶機器の専門商社K商事が経営危機に直面している。今月末に不渡りをだしそうだ。そんな情報が昼まえに審査部からもたらされた。K商事はここ三年ばかり不定期に取引のあった相手である。田上が担当者だった。  最近の取引でK商事から二千万円ちょっとの手形をうけとっている。あれが不渡りになれば、保証金をさしひいても、丸藤商事は約一千五百万円の不良債権をかかえこまねばならない。えらいことである。課の月次利益が吹っとんでしまう。いそいで田上はK商事へ駈けつけた。売りわたした小型船舶用エンジン七基のうち、さいわい五基はまだK商事の倉庫に保管されていた。  社長へ談じこんで、田上は五基についての売買契約を破棄してもらった。経営危機のニュースを内密にすることが条件だった。手つづきをすませ、ぶじに五基を回収した。一基の価格は三百万円。焦《こ》げつきをだす危険は、とりあえず回避できたのである。  エンジンのあとの二基はK商事をつうじて和歌山のP造船へわたっていた。代金の決済はまだ済んでいない。田上はK商事の社長の了解を得てP造船へ電話をいれた。K商事とP造船の売買契約を肩替りしたいと申しいれる。手形の期日を一ヵ月ひきのばす条件である。P造船側には異存がなかった。  あす田上は和歌山へゆき、P造船と売買契約をする。P造船は小企業だが、内容はわるくない。直接取引をしても、危険な相手ではなかった。  焦げつきを回避できたことは、すでに出先から課長へ報告してある。さらに詳細を課長は知りたがっていたわけだ。 「あす和歌山へ発《た》つとなると、P造船へ着くのは十一時ごろやな。あかんぞ田上くん、今夜発て。朝いちばんにP造船へ入るんや」  きびしい顔で課長は命じた。  丸藤商事はことし一月、これまで役員会できめていた課の新設や統廃合を、各部長の判断にまかせる決定をした。円高不況で不要な課がでてきている。現場の長である部長が、よぶんな課を好きなように処理できる仕組みに変えたわけだ。これまでは各事業部が一つの企業のように活動していたが、以後は部が一つの企業のかたちをとる。  部長の権限と責任はものすごく大きくなった。課長の場合もそれに準じてくる。業績があがらないと、いつ課が消滅するかわかったものではない。課長も必死である。  事情はわかるが、田上は内心大いにめいわくだった。北野陽子とのデートがある。今夜発つとすれば、その時間がない。 「でも、そんなにいそぐ必要はないと思いますが。K商事はうちに五百万の担保をいれています。P造船の二基ぶんを肩替りできなくとも、実害はたかだか百万——」 「いまの情勢ではその百万が大きいんや。K商事かておんなじやろ。あすの朝、K商事がいちばんにP造船へ乗りこんで六百万回収しよってみい。みすみす百万の損やぞ。きみの出張旅費がそれに加算される」  あすは土曜日である。百万の損を埋めあわせるだけの商談がどこからか降ってくる可能性はない。百万の仕事に一日をついやすのも、非能率的だとはいえなかった。  がっかりして田上夏夫は席へもどった。すぐに和歌山のホテルを予約する。家にも電話して、急な出張のことを告げた。    2  午後七時半になった。オフィスはしずかだった。人影もいまはすくない。  だが、課長も平井も残業している。プライベートな電話はつつぬけになるだろう。田上夏夫は席を立って、ビル一階の公衆電話をかけにいった。  陽子は「ビビアン」にきていた。急な出張だときいて、駄々っ子の口調になった。 「いやあ、そんなん。私死にたいわ。せっかく阪急でチョコレート買うてきたのに」  あすはバレンタインデーだ。阪急デパートでチョコレートを買って持参したらしい。 「おれもがっくりなんだ。わかってくれよ。機構改革のせいで課長がやたらと神経質になっている。ノミのキンタマさ。赤字をだすと課がつぶされるもんだから」 「そんなノミキン課長、やめさしたらいいのよ。商社マンに私生活は必要ない思うてるんやわ。古いねえ。シナントロプスですよ」  早口に陽子は文句をいった。愛らしい顔立ちに似ず、激烈な言葉をつかう。  田上はひたすら低姿勢で陽子をなだめた。陽子はすばらしい娘だ。受付ガールのなかでもいちばん目立つ。頭の回転もはやい。セックスにも熱心である。ヒラ社員の不倫の相手にはもったいない女だ。大事にしている。  陽子はしばらく駄々をこねた。一人で酒場へ入って、あとどうすればよいのかとのいいぶんである。もっともだった。懸命に田上はなだめた。ノミキン課長が恨めしくなる。 「いいわ、仕様ない。お仕事やもんね。今夜はあきらめて、かえってさびしく寝る」  ようやく陽子は軟化した。が、意外なことをいいだした。田上が一息つくひまもない。 「私、いまから会社へいく。チョコレートだけでもわたしたいから。七階のエレベーターのそばで待ってて。すぐにいくわ」  気性のはげしい女の子だった。どうしてもただあきらめる気にならないようだ。  了承して田上は電話を切った。陽子に会えるのはうれしい。じっくりキスを交換して、余韻《よいん》にひたって和歌山へ発つのだ。  田上は七階のオフィスへもどった。ではいまからでかけます。課長に挨拶して外へでた。  七階のエレベーターホールのすみに非常階段がある。そのまえで田上は待った。オフィスからでてくる人の足音がきこえると、非常階段の鉄扉の向うへかくれた。課長や平井に会うと、恰好がつかない。  北新地から会社まで、この時刻ならタクシーで十分ぐらいである。それにしては待たされた。ビルの暖房はもう切ってある。あかりもうす暗い。さむさが身にしみた。コンクリートの巨大で堅牢な企業の城は、いまは巨大な刑務所のようだった。  エレベーターの扉があいた。赤いコートをきた陽子がでてきた。田上をみて、ぱっと笑って小走りに近づいてくる。 「すみませーん。クルマが混んで混んで」  あかるい声が周囲にひびきわたった。  丸藤商事の社員でないせいだろうか。人目を気にする様子がなかった。  田上は鉄扉をあけた。陽子の腕をとって非常階段のうえへつれだした。周囲はさらに暗い。小さな灯がぽつんと踊り場にあった。 「よくきたね。会社の近くで一杯やろう。九時ごろまで飲めるはずだ」  田上は陽子の肩をひきよせた。  赤いコートが夜気で冷たい。陽子の頬はあたたかかった。すこし酔っている。  くちづけをかわした。ゆっくり、執拗に吸った。甘い唾液を交換しあった。キスをやめて抱きよせる。陽子は息を切らせていた。田上の腕のなかでみるみるやわらかになる。  陽子はやがて田上をおしのけた。チョコレートの小箱をさしだした。 「心がこもってるのよ。大事におたべ」  いうなり背のびしてまたくちづけにくる。  田上は小箱をポケットにしまった。両手で陽子を抱きしめた。二人のコートを透して、陽子の体の重みとかたちを抱きしめる。とてもあたたかい。冷たく固いコンクリートのそばで、陽子の体は活気にあふれている。  二人の脚がぶつかりあった。くすぐったく甘い衝撃があった。田上は下腹にあたたかい力がこみあげるのを感じた。陽子の肌にふれたくてたまらなくなる。ここが会社のなかだと思うと、いっそう衝動がつよくなった。  陽子のコートの釦《ボタン》を田上ははずした。自分のもはずした。抱きあった。衣服を透して、陽子の体温と重みがなまなましかった。 「はなれすぎてるよ、おれたちは。この服は厚さが一メートルもあるぞ」  陽子のブルーのワンピースが、暗いので黒にみえた。  背中のファスナーを田上はおろした。肩と背中の肌にふれた。すべすべしている。肩甲骨《けんこうこつ》の脆《もろ》そうな感触に田上はふるえた。  服をぬがせにかかる。うまくいかない。陽子は田上の手をおさえた。 「無茶よ。ここでぬがせるなんて。風邪ひくわ。だれがくるかわからへんし」  だまって田上は陽子を抱きしめた。  右手を陽子の下腹へのばした。二つのふとももが一つに合わさる箇所へ手をおしあてる。逆三角形の部分へ掌がぴたりと貼りついた。吸いよせられるみたいだった。  田上は手を上下に動かした。ふっくらした逆三角形の肉の手ざわりが、スカートごしに伝わってくる。窪《くぼ》みの感触もある。ため息をついて陽子は腹をつきだしてきた。しばらくすると、腰をくねらせた。快感から逃れるべきかどうか迷っている。  田上は陽子のスカートのなかへ手をいれた。内ももをさかのぼった。陽子は一度腰をひいたが、動かなくなった。突きあたりの箇所をかるく愛撫したあと、田上はもういっぽうの手もスカートのなかへいれる。パンストとショーツをひざまでひきおろした。なつかしいふとももの感触に酔いしれる。  陽子は右足に力をいれた。ついで左足に力をいれる。待ちこがれている。内もものいちばん上部に田上の手がたっした。草むらとやわらかな肉とあたたかいぬかるみに出会う。 「やっと会えたな陽子。やっと会えた」 「そうよ。やっと会えたわ。きてよかった。欲しかったんよ。すごく欲しかったわ」  あたたかいぬかるみを、田上は指でかきまわした。やさしくくりかえした。  ついで指を下から上へ往復させた。わきでる液を敏感な真珠へ塗りつける。何度もくみだして、塗りつけた。陽子の体が揺れはじめる。かるくひざを折ったりのばしたりする。ときおり田上は二本の指で、真珠の粒をまるく刺戟してやる。陽子のいちばん好む指づかいだ。あっ、あっと小さく声をあげて陽子はしがみついてくる。 「いっちまえ陽子。いそいで——」  陽子はこたえなかった。  体をくねらせる。息をはずませた。大いそぎで快楽の坂を駈けのぼろうとしている。  エレベーターの扉の開閉する音が遠くきこえた。課長がかえったのだろうか。  いくう。陽子は口のなかで告げた。    3  やがて陽子は、田上へしがみついてきた。Sの字形に体をくねらせた。  ひざの力がぬけたらしい。田上に抱きついたままその場へくずれ落ちた。荒い息を吐いて、田上の足もとへうずくまる。  田上の手が陽子の体からはなれてしまった。手のぬくもりが急速に去ってゆく。代ってさむさと静寂とコンクリートの壁の圧迫感がよみがえった。巨大な綜合商社のビル七階の非常階段のうえに二人はいる。大いそぎで田上は陽子の体にさわったところだった。  陽子のため息が足もとできこえた。田上の両脚を抱いて陽子は余韻にひたっている。やがて田上は下腹に快感をおぼえた。ズボンのうえから陽子が固いものにさわっている。 「してあげようか、私も」  陽子が訊いた。しのび笑っている。 「してもらいたいのは山々だけどね、ここではどうもおちつかない。がまんするよ」  田上は陽子の手をとってひっぱりあげる。未練そうに陽子は立ちあがった。  ひざまでさげたパンストとショーツを陽子はもとにもどした。腕を組みにくる。二人は鉄扉をあけてエレベーターホールへでた。そこはまだ夕刻のあかるさである。人の気配とかすかな温気が廊下から流れてくる。  二人はエレベーターに乗った。下降しながら田上は陽子の肩を抱いた。 「きみはセックスの天才だな。いそぐときはさっさといってしまう。それも指だけでね。そうでないときはじっくりたのしむ。緩急自在というやつだ」 「ちがうよオ。ゆっくりたのしみたかったんよ。時間がないから、がんばって早ういっただけやないの。天才やないよ」 「がんばって早くいけるところが天才なんだよ。すばらしい女だ、きみは」  一階へ着いた。がらんとしたホールに靴音がひびく。横の通用口から二人は外へでた。  ビルの裏手にあるスナックバーへ入った。カウンター席のすみに二人はならんで腰をおろした。客は八分の入りである。大部分が丸藤商事の社員だった。綜合商社の黄金時代、丸藤商事の社員たちはキタやミナミの盛り場で派手に交際費をつかったものだというが、そんなのはむかし話である。現在はこうして会社のそばで飲む者が多い。  ウイスキーの水割りで乾盃した。八時二十分だった。大阪、和歌山間は電車で一時間たらずである。九時にここを出れば、十一時までにはホテルへ入れるだろう。あわただしいが、陽子に会わずに発つよりはよかった。 「よくきてくれたね。まっすぐ発ったら、今晩きみの夢をみていたところだ」 「私は夢どころやないわ。口惜しゅうて眠れんかったと思う。すごくたのしみにしてたんよ。いまから出張ときいて、死にたかった」 「死ぬ思いをさせてやりたかったのにな、ベッドの上で。未練たらたらだよ」  カウンターにかくして、田上は陽子のひざを握りしめた。  固くてすこしとがったひざだった。さっき指でさぐった陽子の秘密の部分の感触がなまなましく思いだされる。陽子は体を寄せてきた。上気して、目がうるんでいる。田上の手に、陽子の手がかさなりあった。 「口惜しくて眠れない場合はどうするんだ。一杯やってオナニーするのか」  声をひそめて田上は訊いてみた。  体にさわったあとである。性的な話題にたやすく入ることができた。 「そうやね。たぶんそうなるやろね」 「考えるだけで刺戟されるなあ。毎晩するのか。おれに会わない夜は」 「まさかあ。田上さんに会いたくて仕様がない晩だけよ。週一度ぐらい」 「なんだ。たった週に一度しか会いたくならないのか。案外冷たいんだなあ」 「またそんな。バレンタインデーの前夜やから負けときましょか。週二度にするわ」  第三者がきいたらあきれるような話題に、陽子は平気で乗ってくる。  受付ガールのうちでもいちばん美しい顔で、ニコニコして応じてくる。性について、とてもすなおで率直だった。ベッドの上でもそうだった。笑顔でそんな話をする陽子をみると、田上はつくづく自分の幸運を神に感謝したくなる。こんなすばらしいギャルに心を魅《ひ》かれたとしても、妻の和江以外は、だれもが当然だと思うだろう。  北野陽子と知りあって約五ヵ月になる。通勤している阪急宝塚線の車内で田上は陽子をみそめた。毎朝、田上が乗る駅より二つ梅田寄りの駅で彼女は電車に乗ってくる。陽子が乗ると、満員の車内がぱっとあかるくなる心地がした。なんて美しい女の子だろう。どこの会社につとめているのか。ため息をついて田上は陽子に見惚《みほ》れたものだった。  昨年十月のはじめ、田上は自分の社の正面玄関の受付に陽子を発見した。彼女はそれまで北区の電機メーカーの受付をしていた。十月から丸藤商事へ配置替えされたのだ。陽子の所属するコンパニオン会社では、半年ごとに女の子の勤務先を替える方針だった。  陽子に近づくことを考えただけで、田上は全身が熱くなる思いだった。結婚五年。まだ不倫の経験はなかった。いそがしくて、スナックバーの女の子を口説く余裕もなかった。  自信があるわけでもなかった。相手が美しすぎるような気もした。さんざんためらったすえ、ある朝、勇気をふるって声をかけた。阪急梅田駅から乗り換えの地下鉄駅へ向かう通路でチャンスをつかんだのだ。  だめでもともとのつもりだった。ところが反応はわるくなかった。会社のそばまでいっしょに地下鉄に揺られた。以後は毎朝のように通勤をともにした。やがて食事にさそい、酒を飲みにいった。しばらくして、ホテルの部屋へたどりついた。  陽子は兵庫県Q市の出身だった。西宮の女子短大に在学中、ミスQ市にえらばれた。卒業まえ、コンパニオン会社にスカウトされた。一般のOLよりも三割かたいい給料をとっている。アパートで一人暮しをしていた。  冒険心でいっぱいの年ごろだった。だが、美しすぎたためか、卒業して一年半をすぎても男性が近づいてこなかった。ひそかに苛立《いらだ》っていたころ、田上夏夫があらわれたのだ。自分でもみとめているとおり、田上は幸運だった。陽子に恋人ができるまで、いいつなぎ役をつとめるつもりである。 「しかし、陽子がひとりであそぶ姿を一度みたいもんだなあ。どんなふうにするの。指は一本、二本?」  田上はさっきの話題にこだわった。二人だけの秘密の話がいちばんたのしい。 「そうね。二本——。いやあ。なんでそんなこといわせるの。私、変な気持になる」 「さっきのでは不充分だものな。和歌山から電話するよ。テレホンセックスをやろう」 「そうしようか。けど、ちゃんとできるかな。途中で笑ってしまいそう。やっぱりおなじベッドであそびたいわ」  陽子は水割りをお代りした。  ふっとだまって考えこんだ。田上はこんどは陽子のふとももにさわった。 「私、いっしょにいく。和歌山へ」  やがて陽子はさけんだ。勢いよく水割りを飲んで田上をみた。  あすは土曜である。陽子は休みだ。小旅行をするのになんの不都合もない。一晩中ホテルの部屋で愛しあうことができるのだ。あす田上の仕事の終るのを陽子はホテルで待つ。いっしょに大阪へかえってくる。 「そうか。うっかりしてたよ。われわれは自由だったんだ。不自由に馴れすぎて、足もとをみるのをわすれていた」  そうときまれば、ここで飲むのは時間のむだである。  二人はスツールから腰をあげた。出張を命じた課長に感謝したくなってくる。    4  和歌山へ着いたのは、午後十時半だった。駅から徒歩十分のところにホテルはある。小旅行の気分を味わうため、二人は腕を組んで夜の街をあるいた。  大きなビルがすくない。街灯に照らされた並木の緑が美しかった。人通りはほとんどない。屋台の赤い灯がのどかだった。地方都市の空気を二人は思いきり吸いこんだ。  ホテルへ入った。予約したシングルの部屋をダブルベッドの部屋に替えてもらった。  二人きりになった。ならんでベッドに腰かけると、田上はすぐ陽子を抱きよせた。くちづけをかわした。陽子は息をはずませて舌をからみあわせてくる。ベッドへ倒れこんで、田上は陽子の服をぬがせていった。笑いながら、陽子はされるがままになっている。  電車のなかでさんざん性的な会話をたのしんできた。人目を盗んで、体にさわりあったりした。下地ができている。いまは体で話をするときだった。  陽子は全裸になった。むだな脂肪や肉がまったくない白い体が、あかりのもとにさらけだされた。かたちのいい乳房。機敏そうにひきしまったヒップ。思わず歯を立ててみたくなる、淫らな肉づきのふともも。中肉中背なのに、下肢がながいので、陽子は背が高くみえた。ベッドのうえで陽子は裸身をくねらせた。上目づかいに田上をみまもる。 「やれやれ。きょうは遠まわりだったな。やっとごちそうにありつける」  田上は陽子の乳房にくちづけしにゆく。両手で突っぱって陽子は抵抗した。 「私だけが裸なの。どういうことオ」 「このほうが刺戟的だよ。ちょっと残酷な感じがある。陽子を犯してるようで」  かまわずに田上は陽子の乳房を吸った。  乳首が固い。小粒の硝子《ガラス》玉のようだ。ころがすように舌で愛撫する。白い裸身がしなやかに反《そ》った。陽子の手がのびて田上の男性をさぐった。そこがじゅうぶんに固いので、陽子は満足そうに鼻を鳴らした。  乳房を吸いながら、田上は右手で陽子の腰やヒップをなでまわした。うっすらとあぶらのにじんだ肌の感触をたのしんだ。腰やヒップはすこし冷たかった。乳房はわずかにあたたかい。田上は陽子の内ももに手をいれた。そこは熱かった。いちばん奥の部分に欲望の液があふれているのがわかる。 「待って。待って。やっぱりシャワーをあびる。汗かいたから気になるわ」  陽子は抵抗しておきあがった。  その肩に田上はくちづけする。舌で味わった。かすかに塩分の味がした。 「このほうがいいよ。刺戟がある」 「さっぱりしてから抱かれたいわ。ね、お風呂へ入ろう。いっしょに」  ベッドをおりて陽子はバスルームへ向かった。いそいそした足どりだった。  ひきしまったヒップが小さく揺れる。腰をひねるようなあるきかただ。ヒップの合せ目がゆるんだりとじたりする。その姿を見送ってから、田上は服をぬぎはじめた。  シャワーの音がきこえた。田上はバスルームへ入った。タオルを頭にかぶって陽子はシャワーをあびていた。真剣な顔で体を洗っている。田上が近づくと、ふりかえって、首をかしげて笑ってみせた。社の正面玄関で来客に応対する顔だった。  田上は陽子のうしろに立った。体を密着させる。陽子のヒップが田上の下腹部を甘ったるくおしあげてくる。田上の男性は上を向いて、ちょうど陽子のヒップのふくらみに裏側を乗せる恰好になった。  陽子の手から田上は石鹸を奪った。両手をまえにまわして乳房に塗りつける。ていねいに掌で洗ってやる。洗うというより愛撫である。固い乳首が掌をくすぐった。下腹におしつけられた陽子のヒップが、固くなったりやわらかくなったりする。  田上はやがて両手を陽子の腹へまわしていった。うすい腰骨を越えて、掌が平らな腹へすべりこんだ。草むらにふれる。やわらかな秘密の部分を石鹸のついた指で洗ってやった。陽子は顔をあおむけにする。体をくねらせた。このまま愛撫に入りたがっている。  だが、田上は洗うだけにとどめた。たのしみをあとにとっておくつもりである。シャワートップをもって陽子の体から泡を洗いおとした。すぐに陽子はきれいになった。  陽子がこちらを向いた。石鹸をとって田上の体に塗りはじめる。上半身はかたちだけ。下半身に作業を集中する。たっぷり泡のついた両掌で男性をつつみこんだ。やわらかく揉《も》み洗いしてくれる。男性は熱い鉄の棒になった。うれしそうに陽子は田上をみあげる。  はやくベッドへいきたくなった。田上はシャワーをあび、バスタオルで体をふいた。さきにバスルームをでてベッドへ向かう。陽子は鏡に向かって髪や顔をなおしていた。  田上はベッドにあおむけになった。毛布がじゃまである。足で蹴とばした。男性が勇ましく突き立っている。陽子にみせてやりたい。枕に背中をあずけ、上体を心もちおこして彼は陽子がくるのを待った。  陽子がもどってきた。バスタオルで体をくるんでいる。田上の姿をみてさけんだ。 「いやあ、もう。お行儀がわるいんやから。得意そうにして」  陽子は田上の足もとにまわり、ベッドへのぼってきた。  田上の足首をかたほうずつもちあげた。重い物をおくようにして左右にひらかせる。田上の両脚のあいだへうずくまった。両手で大切そうに男性の根もとをおさえる。口にふくんだ。くちびるをとがらせ、頬をふくらませる。ゆっくりと頭を上下に動かしはじめた。快感が田上に流れこんでくる。  陽子の髪が垂れて、彼女の顔を覆《おお》いかくした。田上は手をのばして、その髪をかきあげてやる。すぐに髪はまた垂れさがってきた。田上は上体をおこして、手で髪を束《たば》ねてもちあげてやる。その間にも陽子の頭は動いた。快感がしだいに濃厚になる。  陽子は真剣な顔をしていた。大切な仕事に取組んでいる表情である。ときおり男性を口からだして、表面に舌をおどらせる。目をとじ、顔をしかめて舌を前後左右におどらせた。ふるいつきたいほど可愛い。頭にあわせて双つの乳房が揺れる光景さえ、田上は目に入らないくらいだった。  快感がさらに濃厚になった。持続力が不安になってくる。田上は陽子の手をとった。 「もういいよ。ありがとう。さ、こっちへおいで。交代しよう」  陽子をひきよせてあおむけにする。  まだ陽子は目をとじている。苦しそうにあえいでいた。かるく脚をひらいて投げだしている。淫らなキスのおかえしを待っていた。うながすように乳房が上下に動く。  田上は陽子の腰のそばにすわって、美しい裸身をあらためてながめた。上半身から下半身に目がいった。下腹部の小さな草むらをみつめる。やわらかそうな草、透《す》けてみえる肌。ふっくらした盛りあがり。それをながめると、いじわるな欲望にかられてきた。彼は陽子の右手をとって、草むらに誘導した。 「みせてくれ陽子。自分でさわるんだ。きみがオナっているところをみたい。すごく魅力的だと思うよ」  陽子は目をあけた。いやあ。小声で拒《こば》んでまぶしそうに笑った。 「たのむからみせてくれ。おれに会いたくなったとき、どうしているか知りたいんだ。みせてくれたら、おれ、なんでもする」  切迫した口調で田上はたのんだ。  陽子はまた笑った。仕方なさそうに体をくねらせた。指で秘密の箇所をひらいた。人差指と中指をおしあてる。中指を上下に動かしはじめた。欲望の液のあふれたふたつの花びらのまんなかと、上方の真珠の粒を、同時に指で刺戟している。  人差指は動かない。たんにそのあたりをおしひらく働きをしているようだ。  息づかいがあわただしくなった。幸福な寝顔で陽子はつづけている。しだいに体が反ってきた。大きく陽子は脚をひらいた。  田上はうっとりとなった。女のこんな美しい姿をはじめてみたと思った。    5  予想していたよりも、北野陽子はずっとはやくオルガスムスにたっした。  他人の手を借りるよりも、自分の手であそぶほうが快感の頂上にたっしやすい。どこをどう刺戟すればよく感じるかを知りつくしているからだ。  そんな話を田上夏夫はなにかで読んだことがある。ほんとうだった。陽子は二本の指で敏感な真珠のあたりを刺戟し、五分もたたないうちに頂上へたどりついた。  両脚をひらいて投げだしている。中指の腹を、下から上へ動かしつづけた。ピンク色の花にあふれる欲望の液を、中指の腹で真珠の粒に塗りつけるような仕草である。目をとじて、苦しそうに顔をしかめていた。  快楽が盛りあがるにつれて、陽子は反りかえった。腹を突きだした。体を揺すりはじめた。みてるの、みてるの。田上に訊いた。 「ああ、しっかりみてるよ。すばらしいぞ陽子。そのままいってくれ。あと一息だ」  田上ははげました。昂奮で声がかすれ、体がふるえる。陽子にのしかかって男性を突きいれたい衝動をかろうじておさえた。  陽子は声をあげた。あえぎながら、脚をとじたりひらいたりする。すこし体をねじってから、ぐったりとなった。目をあけて、ぼんやり天井をながめる。右手は秘密の部分にそえたままである。 「ああ、しんど。すごく感じた。ひとりでするときよりよかったわ」  陽子は顔をあげて笑いかける。  秘密の部分にあてた手指をすこし動かした。いま自分のしたことを確認するような動かしかただった。  田上夏夫はもうじっとしていられなくなった。陽子にとびかかった。両脚をひらかせる。びっしょり濡れたピンクの花へくちづけする。舌をのばした。筆の穂でくすぐるようにそのあたりをかきまわした。すぐに陽子の甘い声が流れはじめる。ああ溶ける。溶けそうやわ。陽子は口走った。  体のなかへ田上は舌をいれた。舌がもっと長くないのが残念だった。あたたかく、やわらかな肉を左右におしわける。さっき陽子が指でさわらなかった部分を舌でなでまわした。せまい空洞へ吸いこまれる心地になる。ときおり、つよく吸った。真珠の粒を鼻でこすってやる。陽子の声が高くなった。  そのうち、田上は舌に濃い甘味を感じた。陽子の体から湧きでる液のかすかな甘味とはまるでちがう甘味だった。ふしぎに思って彼はくちづけをやめた。ピンク色の肉をひらいて空洞をしらべる。チョコレート色の汚れが目についた。色だけではない。チョコレートの小さな玉がなかで溶けかけている。 「なんだ陽子。チョコレートをいれたのか」  おどろいて田上は顔をあげた。  陽子の白い腹が波を打ちはじめた。くっくっと彼女は笑いだした。右手でそれが入っている箇所をおさえる。 「美味《おい》しゅうしてあげよう思って。さっきいれたの。もう溶けかかってるでしょ」 「バカだな。チョコレートなんかより、自然の味のほうがずっといいのに。陽子のここよりも美味しいものはないよ」 「けど、毎回おんなじ味やったら飽きるでしょ。飽きられたらカナンもん」  天井を向いたまま陽子は笑っている。  大阪で会ったとき、バレンタインデーの贈り物だといって陽子はチョコレートの小箱をくれた。田上はそれをコートのポケットに突っこんだままにしておいた。さっき風呂へ入ったあと、陽子はそれをとりだしてチョコ玉を一つ自分の体におさめておいたらしい。どうりでさっき陽子はその部分へのくちづけを要求する身ぶりをした。せっかくのチョコレートに田上があまり関心をしめさないので、いらいらしたのかもしれない。 「ほんまはね、チョコレートあげたのがアホらしゅうなったの。田上さん、家へもってかえって奥さんや坊やとたべるでしょ。それ考えたら、腹が立ってきた」  陽子は上体をおこした。焼餅《やきもち》かなあ。つぶやいて、抱きついてきた。  田上の肩へ顔をおしつけてくる。泣き笑いの表情だった。田上はつよく抱きしめる。割りきったようでいて、妻子ある田上との恋愛に、陽子はつらい思いを味わっていたのだ。 「そんなことをいうな陽子。きみのことしかおれ、考えていないよ。きみしか愛していない。ほんとだぞ」  田上は陽子をおし倒した。  陽子はあお向けになった。田上は陽子の右側に横向きになって寝る。右脚を陽子の左脚の下へさしこみ、彼女の右脚のうえに乗せてのばした。体を寄せる。たがいちがいに脚をからませあいながら、男と女のしるしの部分を密着させあう。ななめ下方から、田上は陽子のやわらかな空洞へ入っていった。  声をあげて陽子は動きだした。田上もリズムをあわせた。ななめに入っているので、しめつけてくる感覚が濃厚である。チョコレート玉がどこにあるか、よくわからない。陽子の右のふとももが、田上の右の腰骨をリズミカルに圧迫してくる。  田上は右手を陽子の女の部分へのばした。真珠の粒を指さきでかわいがった。陽子の声がほそくなる。体の揺れがこまかく変った。まったく陽子は天才である。いちばん多量に快感を吸収できる動きを、ひとりでにとってたのしんでいる。  田上は指の動きをはやくした。陽子の体はまだじゅうぶん成熟していない。田上の指のたすけを借りないと、快楽の頂上にたどりつけない場合がある。こうしているかぎり、その心配はなかった。陽子の呼吸がたちまち切迫してくる。動きがあわただしくなる。やがて、遠い笛のような声がきこえた。  陽子はこぶしでシーツをたたいた。顔をくしゃくしゃにしてあばれていた。真珠の粒をくすぐる田上の右手を両手でおさえる。大きな呼吸に変ってくる。いったあ。蚊の鳴くような声で彼女は告げた。  すこし待って田上は体の動きを再開する。指も動かしてやる。たちまち陽子は二度目の坂をのぼりはじめる。シーツをたたき、頭を左右にふりはじめた。まもなく頂上にたっしたことを、こんどは全身で表現した。 「おれもいっていいか陽子。もうもちそうもないんだ。チョコレートが効《き》いた」  田上は声をかけた。じっさい、もう持続の限界にきている。 「いいわ。きて。いっしょに終ろう。いっしょによ。待ってくれんと、いやよ」  陽子はあとじさりした。二人の体をはなした。  大いそぎで陽子はうつぶせになった。両ひざを折り、ヒップを上にあげる。シーツに両手をついて顔をふせた。  固くひきしまったヒップが田上に向けて突きだされた。双つの丘の合せ目がわずかにひらき、ひとすじの翳《かげ》となった。翳の下方に桃色の花が卵形にひらきかけている。まんなかにわずかなチョコレートの痕跡があった。みただけで田上は男性が甘くしびれてきた。バレンタインデーの贈り物を、いまは男性で味わっている。ゾクゾクする。  ひきしまったヒップを田上は両手でかかえた。近づいて、しずかに突きいれた。顔をふせて陽子は泣きだした。丸い、やや肌理《きめ》のあらいヒップが田上の下腹におしつけられる。しっかりと陽子の体を固定して田上は動きだした。ついでに右手を陽子のまえにまわした。真珠の粒をさぐりはじめる。  ベッドがきしんだ。すこしも気にならなかった。航海中の船の一室であるかのように、ホテルの部屋が動きだした。陽子が泣きさけんで、しだいに水平に倒れていった。二人の体はうつぶせにかさなりあった。田上の動きも水平になる。  思ったより田上は持続できた。水平にかさなりあっていると、陽子のやわらかな空洞の入口の肉が意外につよく男性の根もとをしめつける。終ろうとしても、できないのだ。  だが、それにも限界があった。ほっそりした陽子の胴がしだいに太く感じられてきた。快楽のうねりがおしよせる。田上はしっかり陽子を抱いて、うねりに呑《の》みこまれた。    6  午前七時に目覚時計のアラームが鳴った。死ぬ思いで田上夏夫はベッドからおりた。昨夜眠ったのは午前二時すぎである。頭がぼやけている。目がはんぶんしかあかない。睡眠不足で顔の青ざめているのがわかる。  陽子は起きだす気配がない。頭から毛布をかぶって、髪がはんぶんだけ外にでている。 「やれやれ。男はつらいよ。毎日毎日たたきおこされて」  ボヤきながら田上はバスルームへ入った。  出張先のP造船へはここからバスで一時間以上かかるはずだ。九時にオフィスへ入ろうと思えば、七時半にはホテルをでなければならない。朝食をとるひまもなかった。 「まったくくだらないよ。たかだか百万の損を埋めるだけの仕事じゃないか」  ぶつくさいってシャワーをあびた。  歯をみがき、ひげを剃る。顔の表面だけはさっぱりした。  田上はバスルームをでた。すばやく身支度する。終ってベッドへ近づいた。 「ではいってくるからね。ゆっくりやすんでいなさい。午前中にもどってくる」  陽子の顔から毛布をとった。かがんで頬へくちづけにいった。  陽子がなにかいった。目をとじたままくちびるを突きだした。溶けたチョコレートでくちびるが濡れている。寝ぼけたまま、チョコ玉を一つ口にほうりこんだらしい。  くちづけをかわした。チョコレートの味がするキスだった。むっと陽子の体温が田上の頭部をつつみこんだ。新鮮な欲望がわいてくる。おれも若いな。田上は思った。だが、あそんでいるひまはない。もう一度陽子の体を味わうのは、仕事からかえってきてからだ。 「————」  目をとじたまま陽子が小さな声をだした。手をのばして、田上のズボンのファスナーをひきおろした。なかをさぐりにくる。 「よせよ。時間がないんだ。もどってからゆっくりたべてもらうよ」  田上は陽子の手をおさえる。  陽子はかぶりをふった。ちょっとキスするだけ。口のなかでつぶやいた。  陽子は男性をひっぱりだした。はんぶんしかそこには力がこもっていない。頭をもちあげて陽子は口にふくんだ。裏側の敏感なポイントを舌でくすぐってくる。たちまちそれは大きく勃起した。痛いほどになった。  陽子は満足そうにそれを口からひきだした。ズボンのなかにしまってファスナーをひきあげる。二度、かるくそこをたたいた。 「はよかえってきてね。わるいけど、私、寝て待ってます」  毛布を陽子は頭からかぶった。ひらひらと手をふってみせる。  仕様のないやつだ。人のものをおもちゃにして。笑いながら田上は部屋をでた。こんな幸福な出勤は生れてはじめてである。  バスでP造船のある海辺の町へ向かった。途中、渋滞に巻きこまれていらいらした。なんとか九時にオフィスへ入ることができた。  P造船は従業員数五十名ばかりの小企業である。近海、沿岸漁業向けの小漁船のメーカーなので、造船不況からさほど深刻な打撃をうけていなかった。一本きりのクレーンが元気に動いている。ドックでは従業員が黙々と働いていた。二隻《せき》の漁船を建造中である。美しい海を背景に活動する工場をみると、田上は頭から眠気が消えていった。  応接室へ田上は通された。女の子が熱い番茶をはこんできてくれる。一口すすってため息をついた。急に腹がへってきた。ホテルをでてから、なにも口にしていない。 「丸藤商事さんですか。えらい早いお着きですなあ。遠いとこをどうも」  社長が部屋へ入ってきた。船乗りのように日灼《ひや》けした、きれいな笑顔の人物だった。 「常務の話では、K商事さんがたいへんらしいですな。きょうはその用件ですか」  いわれて田上はびっくりした。  くわしい話を社長は知らないらしい。きのう田上が電話で打合せしたのは、経理担当の常務だったのだ。 「まだくわしいお話が通ってないんですか。じつはK商事経由で御社へ納入させていただいたエンジン二基の売買契約を、うちで肩替りすることになったんですが」  きのうの打合せの内容を田上は説明した。  K商事が近く倒産する。ニュースはまだ業界に流れていない。  丸藤商事はK商事に六百万円の債権がある。漁船用エンジン二基の代金である。そのエンジンはK商事からP造船へ納入された。代金の支払いはまだ済んでいない。  P造船はK商事との売買契約を破棄し、丸藤商事から直接エンジンを仕入れたかたちにする。代償に丸藤商事は、P造船の手形の期日を一ヵ月ひきのばすことにする。 「そらあかんよ。うちはK商事とはながいつきあいや。つぶれそうになったからいうて、いまさら契約破棄やなんて。うちの信用にかかわる」  社長は気色《けしき》ばんだ。常務が勝手に約束したことにも腹を立てているようだ。  まずいことになった。田上は舌打ちした。へたをすると、出張がむだになってしまう。 「お言葉ですが、社長、これはビジネス上の問題ですから合理的にお考えいただけませんか。K商事の倒産は確実です。先方をお立てになっても、御社の利益にはなりません。今後はうちと直接にお取引をおねがいします」 「今後のことは、そら丸藤さんにおねがいするかもしれん。おたくのような大企業と親しゅうなったら、なにかとたすけてもらえるやろ。しかし今回の件は、これはもうK商事さんとの契約なんや。わしは筋を通したい」 「K商事さんも了承してくれてるんです。けっして筋の通らないことではありませんよ」 「ちがうのや。田上さん、あんたはご存知ないやろけど、K商事からけさ早う電話があった。向うの倒産のニュースはもうひろがってしもたらしいわ。うちの支払いは契約どおりにしてくれ、いうて泣きついてきよった。おぼれる者がすがってきよったんや。あんた、これがみすてられるか」  社長は田上をみつめた。彼もけっこうタヌキだった。話が通っていないようなことをいったのは、とぼけていたのだ。 「そりゃK商事のほうが筋を通していない。きのうはちゃんと話がついたんです。けさになってひっくりかえすなんて」 「まだ秘密が保たれてる思うたんやろ。そうでないとわかって、あわてたんや。かわいそうやないか。みすてたら男やないで」 「社長、率直におっしゃってください。K商事はいくら値引をいってきたんですか。少々のことなら、うちも合わせます。せっかくここまで出向いてきたんですからね」  田上は切りこんだ。現代の経営者が浪花節だけでビジネスに当るわけがない。  図星だった。社長は苦笑してだまりこんだ。頭でソロバンをはじいているらしい。  田上は手洗いに立った。気をおちつけなければならない。窓から海のみえるトイレへ入って放尿をはじめた。  ふと自分の男性へ目をやった。微笑がわいてきた。さきのほうに溶けたチョコレートが付着している。ホテルをでるまえに陽子が口で奉仕してくれたなごりだった。 「待ってろ陽子。なんとしてでも話をつけてかえるからな。おそくなるかもしれないけど、怒らないでくれ。もどったらまた、徹底的にかわいがってやるからな」  付着したチョコレートに向かって、田上は話しかけた。  闘志がわいてきた。彼は身づくろいをした。こちらの希望が通るまでテコでも動かぬ覚悟をきめて応接室へかえっていった。 (第三話 了) 第四話 置き土産    1 「堀井さん、きょうは家の都合で早うかえらしてもらいますよ。あしたやったら残業できます」  さいならあ。入社二年目の課員が声をかけてオフィスを去っていった。  堀井浩介は苦笑して彼を見送った。新人類はわるびれない。締切りまぎわで支店内がごったがえしていても、午後五時にはさっさとかえってしまう。  堀井があの年ごろのころは、もっと課長に遠慮したものだ。課長が机に向かっているうちは、五時になってもかえりにくかった。格別に仕事がない日もそうだった。  なんとなく資料に目を通したり、書類をつくったりした。それでも課長が居残っているときは、だれか上司と雑談したり、すみで将棋をさしたりした。用がなくてもオフィスから出ていきにくかったものだ。 「きみらは苦労が足らんよ。ガキのころから手とり足とりママにめんどうをみてもらって育ったから」  五つ六つ上の団塊世代の先輩たちから、堀井たちはよくいわれたものだった。  団塊世代の社員からみると、堀井たちもけっこうたよりなかったらしい。それでも課長に遠慮する神経はもっていた。にらまれないよう、課長の顔色をうかがって暮した。  ところが新人類の連中ときたら、まったく上を気にしない。マイペースである。公私をはかりにかける場合、平気で私を優先する。自主性があるのかと思うと、仕事の面ではまるでちがう。自分の判断ではなにもできない。一々指示をもとめる。こまかく教えてやらないと、子供の使いもできない。  まったくわけのわからぬ連中である。五十代の社員からみれば、堀井たちだって相当にふしぎな感性をしているのだろうが、新人類ほどかけはなれてはいないはずだ。この十年間で、日本の若者は大きく変った。ファッション商品の移り変りよりも、人の心の移り変りのほうがはげしいくらいである。 「堀井さーん、おさきにバイバイでーす」  これも入社二年目の女の子だった。  うたうように声をかけて、呑気《のんき》な足どりで去ってゆく。堀井たちの多忙ぶりがまったく気にならないらしい。  堀井浩介は胸がムカムカしてきた。怒鳴りつけて、気合をいれてやりたい。  堀井さーん。気らくに呼ばれるのが、そもそもおもしろくなかった。堀井は株式会社和幸産業、大阪支店の営業第二課長である。名刺にはそう書いてある。十二名の課員を指揮し、管理職手当ももらっている。  だが、社内で堀井を課長と呼ぶ者はいない。堀井さんである。ほかの部課長も重役もみんな“さん”づけで呼ばれている。社長の岡本雄一も“岡本さん”である。  二年まえからこうなった。いいだしっぺは岡本社長自身だった。  和幸産業はボディファッション(女性用下着)メーカーである。ファンデーション(ブラジャー、ガードル、ボディスーツなど)やランジェリー(スリップ、ブラスリップ、ランジェ、ショーツなど)を主力製品にしている。社員は仕事のうえで、若々しい時代感覚をつねに要求される。社内には自由な、クリエーティブな雰囲気がなければならない。  そのためにはいかめしい役職呼称をやめたほうがいいと社長は考えたのだ。××部長、××課長と呼ぶだけで、下は近づきにくい感じを抱いてしまう。柔軟な感性をもったマルチ人間であるよりも、会社人間であることを強要されている感じになる。これでは時代の流れに乗りおくれる。思いきって役職呼称をやめようということだった。  それがきまったとき、堀井浩介は課長になったばかりだった。堀井課長、と呼ばれることに馴れた矢先に、堀井さん、に逆もどりした。三十三歳でみごと課長になったのに、格さげされたような気がしたものだ。  とくに、きのうきょう入ったばかりの新米に気やすく「堀井さん」とやられると、どうもおもしろくない。さっきみたいなおニャン子から「堀井さーん」などと呼ばれると、胸がムカつく。入社十年のキャリアを、まるで尊重されていない気分になる。  こんなことで腹が立つのは老化現象なのだろうか。冗談じゃない。おれはまだ三十五になったばかりなのに。胸のうちで堀井は自問自答した。書類をもちなおした。締切りまぎわである。よけいなことを考えているひまに、一ページでも作業を進行させなければならない。  堀井浩介は仕事に没頭した。気がつくと、もうすぐ午後七時だった。三百名あまりが働いているオフィスに、のこっているのはもう三十名程度である。営業二課では、彼のほかに二名が残業しているだけだった。  堀井はかえることにした。身支度をして、二人の課員に声をかけてオフィスをでた。ビルの三階にオフィスはある。窓からみえる街の灯が、甘くやさしい感じで目に映《うつ》った。  朝から目いっぱい働いた。疲れている。だから街の灯がやさしくみえるのだ。 「堀井課長、いまおかえりですか」  さわやかな女の声が、がらんとしたエレベーターホールにひびきわたった。  営業所長付の名村あゆみが廊下のほうから出てきた。いそぎ足で近づいてくる。  堀井はあゆみの笑顔が胸に甘くしみこんでくるような気がした。以前から、堀井はあゆみに会うと、胸さわぎがして体が熱くなる。久しぶりで課長と呼ばれた快感もあった。 「きみもいままで残業か。所長も人づかいがあらいんだな」 「この時期やから仕方ないんです。久しぶりですね課長。こうしてお話しするのは」  エレベーターの扉があいた。二人はいっしょに一階へおりる。外へ出た。  名村あゆみは四年まえに入社した。二年あまり営業二課で堀井と机をならべていた。堀井が課長になってまもなく、営業所長の秘書係になって移っていった。当時からのくせで、いまだに堀井を課長と呼んでいる。  三月の中旬だった。昼間はあたたかかったが、夜はまだ冷えこむ。コートを着てこなかったのを堀井は後悔した。あゆみもコートなしである。さむそうに肩をすくめていた。夜風で髪が揺れている気配がある。 「さむいな。熱燗で一杯やっていこうか」 「わあ、うれしい。じつはおさそいを待ってたんです。お話したいこともあるし」 「それはよかった。じゃ梅田へでよう」  通りがかりのタクシーを堀井はとめた。梅田へ向かって走りだした。  和幸産業大阪支店は新大阪駅の近くにある。五分もあるけば地下鉄に乗れる。だが、いまは電車を利用したくなかった。あたたかい個室へ二人きりでこもりたい欲望が、心の底で働いていたらしい。  クルマ専用の新御堂筋へ乗りいれた。二人の体がときおりぶつかりあった。そのたびに甘い衝撃で体がしびれる。ほっそりしたあゆみの体には、こうしてみると意外にゆたかな弾力があった。堀井はうっとりした。あゆみと二人きりでクルマに乗るのは、考えてみると、これがはじめてである。 「私ね、会社をやめるんです。四月いっぱいで——」  とつぜん、あゆみはつぶやいた。クルマの前方にまっすぐ目をやっている。 「なんだって。やめる。ほんとか」  堀井は頭から水をあびせられた思いだった。息をのんであゆみをみつめた。  結婚するのか。彼は訊いた。だまってあゆみはうなずいた。無表情だった。 「そうか。それはおめでとう。知らなかったよ。全然知らなかった——」  すこしもめでたくなかった。冷たい夜風が堀井の胸のうちに流れこんだ。  三月いっぱいであゆみは退職するつもりだった。営業所長に申しでると、四月末までいてほしいとたのまれた。あゆみの後任には新入社員の女の子をいれたい。だが、四月早々からではまだ使いものにならない。一ヵ月そばにいて、秘書業務を教えこんでから退職してほしいという。  もっともな要望だった。あゆみは退職の予定を一ヵ月のばすことにした。式をあげるのは九月になるだろうという。 「きみがいなくなるのか。さびしくなるなあ。いつかこんな日がくると思っていたけど」  茫然と堀井はつぶやいた。  クルマは新御堂筋をおりた。梅田|界隈《かいわい》のネオンの森のなかへすべりこんだ。    2  平凡な小料理屋へ、堀井は名村あゆみをつれていった。  ほんとうはフグかなにかを奢《おご》るつもりだった。だが、あゆみが結婚するときいて、浮き立った気分が消えてしまった。  現金なほどケチになった。他人のものになる女の子に高価な料理をごちそうする必要はない。とつぜんそんな気がおこった。失意が大きかったぶん、経済観念がふくらんだ。こうしてみると、ケチな男はさびしい男だということになる。  小料理屋のすみのテーブルで、カキ鍋を突っついた。日本酒が胃にしみた。二人はおもに思い出話をした。あかるくふるまおうとしても、堀井は言葉がすくなくなった。  あゆみの相手は大きな化学会社につとめるバイオ技術者だということだった。年齢は二十八。あゆみより四つ年上である。バイオ技術者はこれからの時代の花形である。いい結婚だといわなければならないだろう。  十年間のサラリーマン生活のあいだ、いろんな女の子が結婚退職していった。べつにどうということのない女の子でも、やめるといわれると、さびしい気がするものだった。大事なものをもち去られるような気分になる。ひょっとしたらあの女の子と仲よくなれるのではないか——漠然としたそんな期待を奪いとられるさびしさだった。  男心とはそんなものだ。まして、ひそかに想いを寄せていた女の子に去られるのはつらい。どんなにあゆみが好きだったか、いまになって堀井は思い知った。 「課長になって最初の日、出勤してすぐきみに堀井課長って呼ばれた。あのときは感激したな。バカみたいにうれしかった」  堀井はその日の思い出話をした。  朝、二課へ出勤した。机の配置が変っていた。堀井の席は、部下を管理する向きに設《もう》けられていた。椅子も肘掛《ひじか》けのついたやつに変っていた。腰をおろすと、オフィスの風景が一変したように映った。出勤してきたきのうまでの同僚が、つぎつぎに会釈《えしやく》して席についた。堀井の顔色をうかがっていた。 「堀井課長、おはようございます」  書類をみていると、声がきこえた。  あゆみだった。お茶をはこんできてくれたのだ。にこにこして机に湯呑みをおいてくれた。あゆみは目鼻立ちのすっきりした日本的な顔立ちだが、笑うと目のあたりがくしゃくしゃになる。抱きしめてやりたいほど、無邪気な表情である。その笑顔が純粋な祝福をこめてそばにあった。いい香りがした。  堀井は背中から尻にかけて、心地よい電流が走った気分だった。ゾクゾクした。課長、と呼ばれる快感が、これほど大きいとは思ってもみなかった。あまりにうれしくて、自分自身の他愛なさに失望するくらいだった。 「そんなことがありましたねえ。私、ほんまにうれしかったんです。堀井課長が昇進されるように以前から祈ってましたから」  あゆみの目のあたりがくしゃくしゃになった。あの日とおなじ笑顔だった。 「いまはだれも課長と呼んでくれなくなった。きみだけだった。最後の人であるきみがいなくなるんだな。がっかりだよ」 「私にとって、堀井課長はいつまでたっても堀井課長です。結婚しても、ずっと——」 「あまり親しみを感じられないということか。おれの下にいるとき、窮屈だったのか」 「反対です。だれよりも私、課長のファンやったんですよ。それからみんなが“さん”づけで呼ぶようになってからも、私は課長で通したの。あえて規定に反したんです」  あゆみはふっと目をふせた。ずっと営業二課にいたかったわ。独り言のようにいった。すぐに盃を干した。 「おれもきみをそばにおいておきたかったよ。でも、営業所長がどうしてもというもんだから。新米課長はことわりきれなかった」 「私、あのとき悲しかったわ。会社をやめようかと思いました」 「ほんとうか。そんなにショックだったのか。事情はよく説明したのに」 「耳に入りませんでした。課長、私の気持なんかわかってないんやと思いました。けど、そのほうがいいと考えなおして——」 「どうしてそのほうがよかったんだ」 「そうかて、課長のそばにいるのがつらくなっていたから。課長には奥さんがいてはるし、私なんかに関心がないし」  あゆみはまっすぐ堀井をみつめた。  泣き笑いの表情だった。あゆみのそんな顔を堀井ははじめてみた。よろこびと狼狽《ろうばい》と未練がいっしょになってこみあげてくる。しばらくなにをいっていいかわからなかった。あわてて堀井は酒を飲んだ。 「そんな——。いまになってそんなことをいうなんてひどいぞ。あのころは全然そんなそぶりもみせなかったくせに」 「みせてましたよ毎日。課長は鈍感なんやから。食事にもさそってくれへんかった」  かえす言葉が堀井にはなかった。あゆみをさそう勇気がなかったのだ。  課長になれるかなれないかのせとぎわに堀井はいた。毎日ピリピリして働いていた。課長になってからは、なお緊張して暮した。一度あゆみをさそおうと思いながら、いそがしさもあってはたせなかった。そのうちそのうちと思いながら日をおくった。  結局、臆病だったのだ。あゆみに近づいて拒まれるのが恐かった。スキャンダルも恐かった。 「ばかだったな、おれ。恐かったんだ。冒険できなかったんだ。恥ずかしいよ。きみの気持にうすうす感づいていながら——」 「いいんです。私、お話してすっきりしました。わかってもらえたらそれで充分。たまには私のこと思いだしてくださいね」  盃にあゆみは酒を注いだ。  一息に飲みほした。目から涙がこぼれた。ハンカチであゆみは拭きとった。堀井をみて、また愛らしい笑顔になった。 「ばかだな、おれ。まったく自分に愛想がつきる。会社人間になってしまって。自分の気持をないがしろにして」  堀井も酒をあおった。生きかたをあゆみに問いなおされたような気がした。  しばらく二人は飲みつづけた。鍋が煮つまった。小料理屋にもう用はなかった。 「でよう。もっとムードのある店へいくんだ。徹底的にわかれを惜しもう」  二人は腰をあげてその店をでた。  外は路地だった。点々と淡い電飾がならぶだけで、道は暗い。ほかに人影はなかった。  あるきながら堀井は、あゆみの肩に腕をまわした。脆《もろ》そうな感触が腕に食いこんでくる。堀井は足をとめた。あゆみをこちらに向かせてのぞきこんだ。仄《ほの》かに瞳が光っている。 「課長、私のこと好きやというて。お愛想でもいいから、一度だけいうて」 「ものすごく好きだ。あゆみがいない会社なんて意味ないよ。お愛想なんかじゃない。結婚なんか、やめてしまえ、あゆみ」  抱きよせてくちづけにいった。泣きながらあゆみはむしゃぶりついてきた。    3  二人はくちづけをかわした。  堀井浩介は力いっぱいあゆみを抱きしめる。舌であゆみの舌をさぐりにゆく。  じっとしてあゆみはうけいれる。唾液にかすかな甘味があった。あゆみの口のなかはあたたかい。そして、やわらかい。やさしい気持があふれている。  さらに奥がさぐりたかった。堀井はあゆみの後頭部に手をあてて、ひきよせる。これ以上ないくらい、二人の顔は密着しあった。あゆみの鼻が堀井の頬にさわった。固くてすこし冷たい鼻である。美しいそのかたちを、頬で堀井は味わっていた。  生あたたかいしずくが堀井の顔にこぼれた。あゆみが泣いている。堀井はキスをやめてあゆみをみつめた。泣いたままであゆみは微笑みかける。目のあたりが、はんぶんだけくしゃくしゃになった。恥ずかしそうだ。  ネオンの余光でその表情をたしかめて、堀井は気持を揺さぶられた。あらためてあゆみを抱きしめた。あゆみの髪が堀井の頬をなでにくる。彼女のほそい体が弓のようにしなった。二人の腹とふとももが密着しあう。意外な重みがそのあたりにあった。  堀井はたかぶった。後悔とさびしさがやや鎮静すると、肉体が甘い熱をはらむ番だった。あゆみの肌にふれたい。体のすみずみまでキスしてやりたい。堀井はじっとしていられなくなった。両掌をあゆみのヒップにおいて、ひきよせる。 「二人きりになれるところへいこう。わかれを惜しみたいんだ。どんなにきみを愛しているか、わからせてやりたい」  耳もとでささやいた。  息をつめて返事を待った。あゆみの頭の動くのが恐い。きっと横に動くだろう。  だが、あゆみはじっとしていた。考えこんでいるように頭が動かない。苛立《いらだ》って堀井はまた彼女のヒップを抱きよせる。いこう。もうまわり道したくないんだ。堀井はささやいた。呼吸が苦しくなっている。  あゆみの頭が動いた。予想に反して、それは後方にひかれた。あゆみは正面から堀井をみつめていた。何秒かして、とびつくようにくちづけにきた。舌をねじこんでくる。すぐにはなれて、また正面からみつめる。  歓喜に堀井はつらぬかれた。あゆみは承諾してくれたのだ。彼女の肩を抱いて堀井はあるきだした。どこへいこうか。懸命に思案をめぐらせる。近くにラブホテルが何軒かあった。だが、どぎついネオンをこれみよがしにかかげたそれらのホテルへ、あゆみをつれていく気にはなれなかった。  新御堂筋にそって北へあるいた。三百メートルばかりさきに都市ホテルがある。そこを利用するつもりだった。一言も発せずに二人はあるいた。なにかいうと、せっかく成立した合意がくずれてしまいそうである。あゆみの背中にまわした手で、彼女の肩を堀井はしっかりつかんでいた。  ホテルのロビーに入った。ピオニーパープルを基調とした内装のロビーだった。あかるすぎて面映《おもは》ゆい。ボーイたちの「いらっしゃいませ」がそれに輪をかける。ソファにあゆみを待たせて堀井はカウンターへいった。目をふせて、ダブルベッドの部屋をたのんだ。  キーを上衣のポケットにいれて、堀井はあゆみのそばへもどった。ボーイの案内をことわって、エレベーターに乗る。七階へのぼった。二人は手をとりあっていた。  部屋へ入った。もどかしくて、窓から夜景をながめるひまもなかった。ベッドのそばで二人は抱きあった。あらためてくちづけをかわした。さっきとちがって、あゆみはみだれた。息づかいがはやくなる。ぐったりして堀井に体をあずけた。あゆみのほうも感情のたかぶりがやわらいで、欲望に揺さぶられているのがわかった。くちづけのあと、二人は抱きあったままじっとしていた。 「ほんとうに道草を食ってしまったな。残念で仕方がないよ。おれに勇気があれば、いい思い出がたくさんできていたのに」 「けど、そうなったら私、課長からはなれられんようになっていたわ。これでいいの。すごくうれしい。思いのこすことなしに会社をやめられます」 「人生ってふしぎだな。あのときエレベーターのまえできみと会わなかったら、おれたちのあいだには永久になにもなかったかもしれない」 「あそこでお会いしたとき、私、神さまのおひきあわせやと思いました。なにかがおこる予感がした。そのとおりになった。夢みたいです。まだ私、信じられへん」  ああ課長。ぎゅっと抱いて。あえぎながらあゆみはささやいた。  息のつまるほど堀井は抱きしめる。腹とふとももが密着しあった。あゆみの乳房が堀井の胸板でおしつぶされる。ほっそりした体のわりにゆたかな乳房である。  シャワーをあびておいで。堀井はささやいた。あゆみの着ている、コート兼用のゆったりした黒のカーディガンをぬがせにかかる。下には白のワンピースを着ていた。はじめて堀井は彼女の服装に目がいった。 「私、あとにします。課長、さきにつかってきてください」  あゆみはあとじさった。夢からさめた面持《おももち》で、ベッドに腰をおろした。  箪笥《たんす》のなかに浴衣《ゆかた》があった。それを手に堀井はバスルームのそばへいった。服をぬいでパンツ一枚になる。バスルームへ入った。手ばやくシャワーをあびた。腰にバスタオルを巻き、パンツをもって外へでた。  いれかわりにあゆみがバスルームへ消えた。彼女は浴衣に着替えていた。  扉のそばの小さなテーブルをみて、堀井は微笑んだ。彼のぬぎすてたワイシャツ、ランニングシャツ、短いズボン下がきちんとたたんで積んである。靴下とネクタイもたたんであった。スーツはクロゼットに吊されている。  彼の下着とならんで、あゆみのそれもたたんでおいてあった。スリップ、パンスト、ブラジャーである。ショーツはなかった。堀井はブラジャーを手にとってみた。自社製品である。「きもちE」という愛称のやつだ。  ブラジャーは乳房のかたちを美しくみせるためのファンデーションである。カップの下にワイヤーを配して乳房がもちあげられるようにできている。「きもちE」では、そのワイヤーに形状記憶合金が使ってある。これまでの製品では、洗濯でワイヤーが曲ってしまい、もとにもどりにくい欠点があった。  だが、形状記憶合金は、ある温度でもとにもどる性質がある。ワイヤーが歪《ゆが》んでも、身につけると、体温に反応してもとどおりのかたちになおるのである。研究所のスタッフが考案した大ヒット商品だった。和幸産業の女の子は全員が愛用者であるはずだ。  しかし、さっきあゆみの乳房が大きく感じられたのは、このブラジャーのせいではなかった。彼女のブラジャーのカップはCだった。A、B、Cのランクのうち、最大のやつである。あのほそい体にそれほど大きな乳房がついていたのか。考えるだけで、堀井はたかぶって体がふるえてくる。  ブラジャーをもって堀井はベッドにいった。横になった。ブラジャーを鼻にあててみる。かすかな肌の香りとぬくもりを感じた。「きもちE」とはよく名づけたものだ。女の下着をあつめて悦に入る男の気持が、はじめて理解できたような気がした。  あゆみがバスルームからでてきた。堀井は体からバスタオルを剥《は》ぎとり、ブラジャーとともにサイドボードの棚においた。腰から下を毛布で覆《おお》った。あゆみは浴衣姿である。髪をととのえながら、伏目になってベッドへ近づいてきた。    4  ストップ。堀井は声をかけた。ベッドから二メートルにあゆみは近づいていた。  あゆみは足をとめた。とまどって微笑んだ。愛くるしい笑顔になった。 「浴衣をぬぎなさい。きみのヌードがみたい。一生の思い出にしたいんだ」  あゆみは泣き笑いの表情になった。  しばらくしてから、うつむいた。おびを解きはじめた。堀井をみつめる。体をかるく右に向けた。肩から浴衣が下に落ちた。白い裸身がぱっとかがやいてあらわになる。部屋が一気にあかるくなった。 「はい。これでいいですかあ」  陽気に彼女はいった。努力している。  左肩をあげ、左手を腰にあてた。わずかに左ひざを折っている。顔をややあおむけてポーズをとった。下腹部をかくしている。  輪郭《りんかく》のはっきりした横顔がこちらを向いている。あわただしく堀井は、あゆみの全身に目を走らせた。乳房をみつめ、腰をみつめ、ヒップをみつめ、脚をみつめた。それから念入りに顔をみつめた。これがほんとうにあの名村あゆみなのか。夢をみているのではないか。そんな思いにとらわれていた。  乳房は大きく上向きに張っていた。対照的に肩や背中は脆《もろ》そうな肉づきだった。腰は細すぎるくらいである。ヒップはあまり大きくない。たてに短い。合せ目がひきしまって一本の線にみえる。色気がみなぎっている。  身長のわりに脚がながい。ふとももはちょうどよく充実していた。ひざと足首がひきしまり、ふくらはぎが張っている。大事な部分だけが発達して、あとは弱々しい感じの裸身だった。清潔で、しかも淫《みだ》らである。 「すばらしいよあゆみ。こんなきれいなヌードははじめてみた。目がくらみそうだ」  堀井は息苦しくなった。とびかかって抱きしめたい衝動にかられる。  あゆみは愛くるしい笑顔になった。こちらを向いて上体を折った。下腹を堀井の視線にさらすまいとしている。そのまま駈けよってきた。堀井の体におおいかぶさってくる。二人は抱きあった。堀井は毛布をわきへどける。二人は息をはずませて、たがいの体をおしつけあう。あゆみの下腹部の草むらが、堀井の下腹部にこすりつけられる。二人の腰骨がふれあった。すぐにあゆみの双つのふとももが、堀井のふとももをはさみつけた。  堀井は体の位置を変えた。白い裸身におおいかぶさった。あらっぽくふるまいたいのを懸命に抑制する。あゆみの耳にやさしく息を吐きかけた。あゆみは身をちぢめる。目をとじて、神経を張りつめて愛撫を待っていた。  あゆみの耳にくちづけした。耳たぶをかるく、ていねいに噛んだ。首すじから肩へキスを這わせた。ゆっくり、何度もくりかえした。右脚があゆみの両脚にはさみつけられている。キスをつづけながら、堀井は右ひざで彼女のふともものあいだへ切りこんだ。草むらと、やわらかな部分がひざにふれる。かるくひざを動かしてそこを刺戟してやる。  脇と横腹にキスを這わせた。すべすべした、やさしい感触を堀井のほうもたのしんだ。あとは待望の乳房である。ふくらみが大きく、乳首や乳暈は小さな乳房だった。それを口にふくむ。乳首を舌でくすぐる。かたほうの手で空いているほうの乳房を揉《も》んだ。右ひざで女の部分をやさしく刺戟しつづける。 「ああ、すごく感じる。堀井課長、私、感じていい。軽蔑しない」 「軽蔑なんかしないよ。うれしいよ。うんと感じてくれ。なんでもしてやる」  また乳房へのキスを再開する。  あゆみは甘い声をもらしはじめる。さっきより脚がひらいていた。やわらかな、あたたかい肉が堀井のひざに吸いついている。濡れているのがわかった。昂奮で堀井は頭がぼんやりしてくる。ひたすら愛撫をつづける。  乳房がやがて唾液にまみれた。これ以上ないほど丹念に堀井はそれを可愛がった。  下腹部に快感をおぼえた。あゆみが右手で男性をさぐりにきている。ためらいながらそれを握った。あゆみはため息をついた。 「ああ、堀井課長。うれしい」  じんわり指に力をこめてくる。  堀井のそれの手ざわりを記憶に灼《や》きつけようとしていた。さっき堀井があゆみの裸身をながめたのとおなじ心境なのだろう。 「おれもうれしいよ。夢がかなったんだ。あゆみのこと、わすれないぞ。つらいことがあったら、今夜のことを思いだすよ」 「私もよ。毎日思いだすわ。ほんまよ。体ぜんたいで課長のこと、思いだす」 「もっといい気持にしてやろうか。うんと感じさせてやる。泣かせてやる」 「泣かせて。泣かせて。どんなにいじめられても、私、うれしい」  堀井はもうあゆみの腹や脚にキスを這わせる余裕がなくなった。  あゆみの両脚のあいだにうずくまった。艶やかなふとももを左右におしひらく。草むらの下の愛らしい花に顔を近づけた。あゆみは目をとじて、じっとしている。  花びらが二枚、ハートをたてに割ったようにならんでいた。小さなハートだった。花びらもその周辺もあざやかなピンク色である。中央の窓に透明な液がたまって、かすかに光っていた。真珠の粒が上部にある。堀井の視線を意識して花はふるえていた。すべてが小づくりで、愛らしかった。  堀井はそこへくちづけにいった。舌で花びらをなでまわしてみる。あたたかい液がみるみる増えてきた。舌さきをとがらせて、窓のなかへもぐりこませる。ほそい、かん高い声がきこえた。おどろいたような声だった。  舌さきを堀井はくねらせた。夢中である。深くもぐりこませたり、花びらのうえを泳がせたりした。ていねいにつづける。澄んだ声が連続してきこえた。勢いこんで堀井は舌に力をこめる。指でアヌスをかるく掻《か》いてやる。声が大きくなった。あゆみの内ももの腱《けん》が浮いたり消えたりする。  真珠の粒に堀井は舌を移した。上から下へていねいに這わせる。真珠は固くなり、大きくなった。あゆみの声がさらに大きくなる。快感で頭がおかしくなりそう。そんな意味のことを口走った。  堀井は真珠に吸いついた。口をつけたまま、舌でくすぐった。花のまんなかに人差指を、アヌスに小指をすべりこませた。やさしくかきまわすように動かす。くちびると舌をつかいつづける。あゆみの声が切れ切れになった。しばらくつづけるうち、体に力がこもった。あゆみは呻《うめ》いていた。反《そ》りかえってから、ぐったりとなった。 「ああ。なんでこんなに感じるの。こんなんはじめてよ。はじめて——」  息もたえだえの声がきこえた。  体は静止している。無言でもとめていた。  堀井は愛撫を再開した。たちまちあゆみは二度目のオルガスムスにたっした。休息をもとめている。かまわずに堀井はつづけた。あっというまに三度目がきた。下半身は動かさず、上体だけであゆみはのたうちまわった。 「待って。待って。私、おかしくなる。どうにかなってしまうわ。たすけて」  あゆみは上体をおこした。  両手で堀井をおし倒した。のしかかってくる。うしろ向きに馬乗りになった。飢えたように、男性を口にふくんだ。頭を動かしはじめる。堀井の体に快感が流れこんできた。  最初からはげしい愛撫だった。せっせとあゆみの頭は動いた。堀井の顔の正面に、白いヒップが静止している。やや角ばった、たてに短いヒップ。双つの丘の合せ目がかすかにひらいて、アヌスがのぞいている。その下方に桃色の花が咲いていた。さっきより紅味がさしている。愛らしくて、淫らで、誠実で、なまなましいながめだった。  堀井の視覚をよろこばせるため、あゆみはこの姿勢をとったのだ。すべてをさらけだして、堀井の思い出にしようとしている。まわり道したぶん、大いそぎでよろこびを交換しようとしていた。今夜一晩で、すべてをなし終えるつもりのようだ。  異様な快感に堀井は呻いた。あゆみの指がアヌスにもぐりこんできた。さっきおぼえた手段であゆみはおかえしにきたのだ。  何分かその奉仕に耐えて、堀井は自制の限界にきた。起きてあゆみを抱きよせた。  正面からあゆみのなかへ入った。懸命に持続をはかって動く。あゆみは泣きじゃくった。ほんとうに涙をこぼしていた。    5  午後三時すぎ、堀井浩介は外まわりからオフィスへかえった。  五時から課内会議をやる予定だ。それまでにデスクワークをかたづけておかねばならない。堀井はいそぎ足だった。  さっきから雨が降りはじめた。すこし濡れただけで済んだ。道路が混むので、外まわりは電車を利用することが多い。ことしは雨が多くて、営業マンにはつらい日がつづく。  廊下へ入ると、名村あゆみに出会った。あゆみはぱっと赧《あか》くなって微笑んだ。相変らず胸に灼《や》きつくような愛らしい笑顔である。好意と羞恥《しゆうち》心がむきだしになっていた。  付近に人影はない。打合せのチャンスである。堀井は足をとめた。あゆみも立ちどまって堀井をみあげる。さわやかな化粧品の香りが堀井の鼻孔に入ってきた。 「どう、今夜。いつもの場所で」  ふつうの会話の調子で訊いた。  胸のうちは期待で熱くなっていた。はじめてあゆみとホテルへいって一週間目である。あれから一度デートをした。あと十日ばかりであゆみは会社をやめてしまう。毎日でも会いたい心境で堀井は暮らしている。 「きょうですか。きょうはちょっと——」  あゆみは困惑の表情になった。目を上に向けて、なにか考えている。  堀井はあせった。あすあさっての夜は特約店との会合がある。どうしてもはずせない。きょうを逃すと、三日間、あゆみと会えないことになる。そう思うと、たまらなくあゆみの体がほしくなってくる。 「だめなのか。なんとかならないのか。あと何度も会えないんだぞ」 「さきに約束してしまったの。六時に」 「約束って、フィアンセとか」  堀井は声が高くなった。場所柄を気にしている余裕はなかった。  あゆみはだまって目をふせた。ますます堀井はあゆみを抱きしめたくなる。 「フィアンセとなら、これからいくらでも会えるじゃないか。いやになるほど会える。でも、おれたちは——」 「わかりました。八時にホテルへいきます。部屋で待っててください」  まっすぐあゆみは堀井をみつめた。  婚約者とは六時に梅田の喫茶店で会うことになっている。いま婚約者は神戸へ出張中である。出さきからまっすぐ待ちあわせの場所へ駈けつけるといっていた。だから、電話でキャンセルを申しいれるわけにはいかない。とりあえず彼と会って、食事だけいっしょにしてくるという。 「できるのか。食事だけなんてことが」 「なんとか口実を考えます。ほんま、彼とはいつでも会えるんやから。堀井課長との時間を大切にします」  廊下の奥でだれかの足音がきこえた。  あゆみは目をキラキラさせて近くの湯沸かし室へ消えた。堀井も自分の課へもどった。あゆみの好意で甘く胸がしびれている。婚約者とのデートを途中で打ち切って、堀井に会いにきてくれるのだ。通りいっぺんの好意でできることではなかった。おかえしに、全力投球でかわいがってやらねばならない。  予定どおり五時から会議をはじめた。堀井の裁量でどうにでもなる会議である。七時すぎに打ち切った。デスクワークののこりをかたづけて、堀井はオフィスをでた。雨が本降りになっている。そなえつけのビニール傘をさして、彼は地下鉄の駅へ向かった。  梅田でおりると、空腹をおぼえた。五時半に、カレーライスの出前をとってみんなでたべたのだが、とても足りなかった。ホテルへ向かってあるく途中、終日営業のスーパーでカップラーメンを一つ買った。あゆみはいま婚約者とフランス料理でもたべているのだろうか。対抗してデラックスな食事をしても仕方がなかった。デートの費用がかさんで、小遣いが完全な赤字である。第一、家へかえればちゃんとした食事が待っているのだ。  ホテルの部屋へ堀井は入った。まずシャワーをあびた。気がせいている。体をふいて、浴衣に着がえた。  そなえつけのコーヒー沸かし器から堀井は熱湯をそそいだ。たべようとしたとき、部屋のチャイムが鳴った。あゆみが入ってきた。やはりビニールの傘を手にしている。あるいてきたらしい。青いスーツの腕が濡れていた。  ベッドのそばで、堀井はあゆみを抱き寄せた。思いきり腕に力をこめる。くちづけにいった。あゆみの肩や腕の水滴の冷たさが、かえって刺戟的だった。舌であゆみの舌をさぐった。婚約者とキスをしてきたのだろうか。そんなはずはなかった。あゆみの口のなかはかすかにバニラの香りがした。あたたかく、清潔な感じがした。 「いそいできたんよ。気が気やなかったわ。待たせたらあかん思うて——」  あゆみはもうあえいでいる。大冒険に刺戟されたにちがいない。  抱きあったまま二人はベッドに倒れこんだ。会話は無用である。あゆみのブラウスの下へ堀井は手をいれる。ブラのホックをはずした。肉づきのうすいわき腹と、大きく盛りあがった乳房の対照を掌でたしかめる。あゆみの肌にさわって、堀井はほっと安堵していた。婚約者からとりかえしたと思った。束《つか》の間《ま》でも、あゆみは堀井のものだった。  甘い感覚が堀井の男性にひろがった。あゆみが男性をとらえて手を動かしている。浴衣のほか、堀井はなにも身につけていない。あゆみはあおむけになって、ぎこちなく愛撫をつづけた。  とつぜんあゆみはおきあがった。堀井にのしかかって、おし倒した。浴衣をひらいて男性に頬ずりする。口にふくんだ。音をたててしゃぶった。それから頭を動かしはじめる。あわただしく動かした。婚約者に嘘をついて不倫の相手のもとへきた——そんな罪の意識を消そうとしているようだった。 「ぬいで。ぬいで。課長の体ぜんぶほしいねん。ぜんぶみせて」  あゆみはおおいかぶさってきた。  堀井の浴衣を上のほうまでおしわけた。むしりとるようにぬがせる。自分は服をきたままだった。また男性を口にふくんだ。せっかちで、はげしかった。会社では恥ずかしがり屋にみえるのに、いまは別人のようだ。  あゆみは頭を動かさなくなった。代わりに舌をおどらせた。口のなかの男性の一番敏感なポイントを舌で刺戟してくる。舌さきでなでるようにくすぐってきた。それがつづいた。堀井はうめいていた。すばらしい感触である。脚をふんばっていた。  あゆみの攻撃はさらにつづいた。舌をつかいながら、男性の下方のふくらんだものを指でやさしく揉んでくる。ときおり、べつの指でアヌスをくすぐってきた。二種類の快感がまじりあって下腹部を甘く溶かした。堀井は息がみだれはじめる。快感の盛りあがりをおさえながら、愛撫に酔い痴《し》れていた。  どこでこんな技巧をおぼえたのだろう。婚約者に習ったのか。  ふっと堀井はそう考えた。すると、ものすごく腹が立ってきた。嫉妬である。あと十日あまりであゆみは結婚の準備のため、三重県の実家へかえってしまう。そのことを思う深い悲しみが、嫉妬をさらに増幅させる。  あらあらしい感情に堀井はかられた。思いきりあゆみをいじめてやりたくなった。 「だれに習ったんだ。その舌のつかいかた、だれに教わった。結婚する相手に習ったんだろう。先週おぼえたんだな」  堀井はおきあがって床に立った。  ベッドからあゆみをひきずりおろした。両手をベッドにつかせる。うしろに立ってスカートのなかへ手をいれた。白のパンストとショーツを足もとまでひきおろした。 「そんな——。ちがいますよ。課長とこうなってから彼とはなにもしてません。先週やなんて。ひどいわ課長」  抗弁しながらあゆみはされるがままになっていた。足ぶみをして、ショーツとパンストを脚からぬきとった。 「わかるもんか。うまくなりすぎている。一人で上達するわけがないんだ」  スカートを堀井はまくりあげた。  丸いヒップと流れるような白い脚がむきだしになった。堀井は手をあゆみの下腹部にまわした。草むらの底をさぐってみる。やわらかな肉のはざまが熱く濡れていた。堀井は位置をきめる。一気になかへ入っていった。 「ちがいますよ。私、勉強したのよ。本を読んで、課長をよろこばせてあげよう思うて。あの人とはなにも——」  声がつぶれた。ベッドに両手をついたまま、あゆみは悶えた。泣き声をあげる。  荒っぽく堀井は動いた。しずかにふるまうのには気持がたかぶりすぎていた。あゆみの両手がシーツを握りしめる。丸いヒップが堀井の下腹部へ心地よくはずんでぶつかってくる。苦しそうにあゆみは泣いた。まもなくオルガスムスがきて、ベッドに頭をつけ、全身をふるわせた。  追いかけて堀井も、目のくらむような快楽のなかへとびこんでいった。    6  あゆみはバスルームへ入った。  浴衣を着なおして、堀井浩介は窓ぎわの椅子に腰をおろした。テーブルにおいたカップヌードルをたべにかかった。  熱湯を注いでからかなり時間がたっている。麺がふくらみ、スープはなくなっていた。すぐにたべ終った。堀井は冷蔵庫から缶ビールをだしてきて飲みはじめた。  情熱にまかせて活力を発射したのを後悔してはいなかった。あゆみが相手ならもう一度できる。まだ午後九時である。午前零時ごろまで徹底的にたのしんでやるつもりだ。  あゆみがバスルームからでてきた。バスタオルを裸身に巻きつけている。テーブルのうえにたたんでおいた自分の衣類のなかから、白いパンストをだしてしらべはじめた。 「いやあ。こんなん恰好わるいわ」  パンストのひざの下あたりに、茶色の大きなしみがついていた。  婚約者とレストランで食事し、終って立ったはずみにソースの瓶をひっくりかえした。瓶は落ちてあゆみの脚にあたった。いそいでいたので、そうなったという。 「こんなとき、インスタントの染料があったらいいのにな。お湯に溶かしてサッと染められるように。白はすぐ汚れるから」  パンストをもって、あゆみは堀井の正面にすわった。口をとがらせている。 「マジックインクならあるぜ。まっくろに塗ってみたら」  堀井はいった。会議でつかった黒のマジックインクが鞄にある。 「だめよ、そんなん。ベトッとして気味がわるいわ。やっぱり染料やないと」  恨めしそうにあゆみは茶色のしみをみつめている。  素脚でかえればいいじゃないか。そのほうがセクシーだぞ。いいかけて堀井は口をつぐんだ。アイデアがうかんだ。白いパンストと各色の染料。これをセットにして売ってみたらどうか。ユーザーは自分の好みの色にパンストを染めて使用できる。染料の量を調節すれば、たとえばおなじピンクでも、濃淡さまざまな色合をたのしむことができる。 「ちょっと待って。染料があれば好きな色に染められるんだな。かんたんにできるのか」  堀井は身を乗りだした。心臓が高鳴っている。これはすごいアイデアかもしれない。 「そうよ。熱湯に染料を溶かして白のパンストをつけるの。かわいたらすぐにはけるわ」 「最初白ではいて、倦《あ》きたら好きな色に染めればいいんだな。経済的じゃないか。一足買えばいろんな色をたのしめる。どうしてそれをやらないんだ」 「そうかて、染料ってわりに高いの。一々買いにいったり、お湯をわかしたり、濃淡をかげんしたり、手間もかかるわ」 「これにパンストと染料をいれて売ってたら買うかい。これより大きいの」  声がはずんだ。テーブルのうえの、からのカップラーメンを堀井は指した。 「もっと大きいカップ。白のパンストと染料。なるほどなあ。カップがソクおなべになるわけね。使いすてのおなべ」  あゆみはカップを手に考えこんだ。  すぐに堀井をみつめた。目がかがやいている。昂奮してさけんだ。 「いけますよ課長。きっと売れるわ。使いすてのおなべがミソですよ。染物をすると、あとでおなべを洗うのが大変なんやから」  バネ仕掛けで堀井は立ちあがった。  受話器をとった。中央研究所開発研究グループ所属の同期生の住居を呼びだした。新製品の開発に専念している男だ。  同期生は家にかえっていた。一杯やっていたらしい。上機嫌で応答した。 「なに。新製品のアイデア。素人《しろうと》がなにをいうか。まあきくだけきいておこう」  最初、同期生はバカにしきっていた。  だが、堀井が話しだすと、あいづちがしだいに真剣になった。説明が終ると、しばらくだまっていた。検討しているらしい。うなり声がきこえた。ぶつぶついっている。 「おい、堀井、これはいけるぞ。カップラーメン方式というのがいい。オモロイ。うん、ギャルがとびつくぞ。きっと売れる」  白のパンストを染料つきで発売することはすでに検討中だったらしい。  だが、売りかたのスタイルが問題だった。パンストも染料もそれぞれ既存の商品である。二つを組合せただけではなんの新しさもおもしろさもない。なべ代わりのカップをつけることで、面目が一新する。三つの品物が噛みあって、新製品として自立するようになる。 「こらオモロイ。あしたさっそく開発テーマにしてみるよ。たぶんいけるやろ。ひょっとすると堀井、おまえ社長賞ものやぞ」  しばらく話して電話を終えた。  そばにあゆみが立っていた。堀井は彼女を抱きしめた。二人はベッドに倒れこんだ。堀井はあゆみの体からバスタオルを、あゆみは堀井の体から浴衣をむしりとった。 「いけるらしいぞ。社長賞ものだそうだ」 「やったあ。課長、冴《さ》えてはるわ。おもしろいね、カップパンスト。よかった。私も最後に開発のお手伝いができた」 「最高の置き土産だよ。社長賞がでたらはんぶん送る。住所、教えておいてくれ」 「また私を誘惑するんでしょ。いけませんよ。私は貞淑な妻になります。誘惑には負けません」 「気が変わることを祈ってるよ。でも、よかった。頭はつかいようだ。人生これからだな」  抱きあったまま、二人は右に左にベッドのうえをころげまわった。  くちづけをかわした。そのままころがった。両手両脚をからませあった。  やがて堀井は体の向きを変えた。さかさまに二人は抱きあった。堀井が下になった。たがいに相手の大事な場所にくちびるをつける。堀井の男性にはすでに力が回復していた。  二人は舌をおどらせはじめた。どちらが大量の快感を相手にあたえるか、競争になった。どちらも負けないつもりである。  が、堀井の体におくりこまれる快感がとまった。あゆみの声がきこえた。 「ほんまに私、あの人となんにもしてませんよ。いまは堀井課長だけ。短いあいだやけど、私、課長だけの女」  ふたたび快感が流れこんできた。  いとしさで堀井は胸がいっぱいになった。愛情をこめてしゃぶり、舌をつかった。ピンク色の秘密の花に何度も見惚《みほ》れた。まごころがそこにはにじんでいた。  競争はあゆみの負けだった。まもなく彼女は声をあげて全身を硬直させたあと、堀井の体からころがり落ちた。  だが、すぐに彼女は立ちなおった。堀井の体に這いあがった。こんどはこちら向きである。男性をとらえ、女の部分へおしあてた。ゆっくり体を沈めてくる。動きだした。  愛してる。愛してる課長。わすれないで。泣きながらあゆみは動きつづけた。 (第四話 了) 第五話 現物支給    1  妻の芳子は案外デキのわるい女だった。水谷隆平は朝から不愉快な思いをした。  土曜出勤が芳子はまず気にいらなかったらしい。一家で郊外へ花見にゆく予定だったのを水谷はキャンセルした。芳子はむくれてしまった。  午前十時から工場で技術者たちとの連絡会議がある。きのう急にきまった話だった。  P電器はいま円高不況の被害で、苦しい時期にきている。水谷はカラーTV営業部の課長である。家族サービスが大事だからといって、会議に欠席できるわけがない。土曜出勤にむくれるほうがまちがっている。  芳子がさらに気をわるくしたのは、ボーナスの一部の現物支給の件だった。  昨年、P電器は二十二年ぶりに減収減益の決算を発表した。管理職は暮のボーナスの一部を現物支給でうけとった。  減収減益といっても、べつに赤字だったわけではない。これまで伸びる一方だった売上高と利益が、いくぶん減ったというだけのことだ。数字のうえからいえば、なにも現物支給の必要はなかった。社員の緊張を高め、グループ各社の一体感を強固にするため、そういう措置がとられたにすぎない。  そして円高不況はさらに深刻である。このぶんだと夏のボーナスの一部も現物支給になるかもしれない。そのことをけさ、食事しながら芳子に告げた。どの品物をもらうか、考えておくよういったのである。  芳子は顔をしかめて不平をいった。 「またなの。いやよもう。うちにはもう欲しい製品なんかないわ。ビデオも新しいし、自動皿洗い機も買うてしもたし——」  暮のボーナスのとき、その二つの製品の現物支給をうけた。  毛皮のコートが買えなくなった。芳子はそういって口をとがらせていた。夏のボーナスにも、きっちり予定があるのだろう。 「仕方ないだろう。こんな時期なんだから。大型テレビはどうかな。一つでも在庫を減らしたいことでもあるし」 「だめよ。せまい家にあんなものおいたら、疲れてしまうわ。けど、P電器もひどい会社になったねえ。要りもしない製品を社員におしつけるなんて」 「好きでやってるわけじゃない。おれたちは会社のおかげでめしが食えるんだぞ。会社が苦しいときは協力するのが当然だろう」  喧嘩になってしまった。胸くそがわるいまま、水谷は家をとびだした。  ことし水谷は三十八歳である。結婚して十年目になる。  この十年間、会社は順風満帆だった。売上・利益の両面で業界のトップにある。国際的にも超一流の評価を得てきた。低成長時代といわれながら、社員の給料もボーナスも順調に伸びた。ふつうに暮してさえいれば、年々自動的に収入が増えていった。  その状態に芳子は馴れてしまったのだ。世の中、つねにこんなものだと思いこんできた。だから、ボーナスのほんの十パーセント程度の現物支給にも不平たらたらである。欲しいものがもうなにもないなどという。  欲しい製品がない——考えてみると、皮肉な話だった。水谷たちは汗水たらして働いて、そんなめぐまれた状態をつくりあげた。かつての三種の神器はもちろん、ビデオもオーディオも電子レンジもエアコンもたいていの家庭に普及している。  結果、電機業界は売上高が頭打ちになってしまった。ゆたかな社会の実現のためがんばって、いまは社会のゆたかさにしっぺ返しを食っているのである。業界ぜんたいがそうだし、水谷の家庭も同様だった。まったく世の中はむずかしい。比較的景気のよい電機業界でこれなのだから、鉄鋼、造船など不況業種の人々はどんな思いなのだろう。  考えながら、水谷は工場へ出勤した。  テレビ工場は大阪府下のI市にある。大阪駅から快速電車で二十分たらず。そこからタクシーで十分ばかりのところだ。  十年まえはたくさんの女子工員が工場内に散開して、組立作業などをやっていた。いまは自動化がすすんで、女子工員はほんの少数になった。人の気配がうすくなると、なんとなく工場がさびれたような気分になる。建物や設備がどんなに最先端のものだろうと、大勢の人間が働く活気のない工場はさびしいものだ。人間の感性というやつは、時代の変化にそうかんたんに即応できない。  会議は予定よりながびいた。午前中に終るはずが、午後二時までかかってしまった。  論議が白熱した。テレビ部門は昨年、中国向けの輸出が不振で業績は前年よりわるかった。関係者はみんな必死である。ボーナスの一部現物支給もいい刺戟になった。そのかぎりでは、現物支給は適切な人事政策だったという気がする。  午後二時すぎ、水谷は工場をでた。タクシーでI駅へ向かった。改札口へ向かう階段をのぼろうとすると、 「水谷課長——」  女の声がうしろできこえた。  水谷は足をとめ、ふりかえった。大きな布のバッグをさげた女の子が走ってくる。おなじ課の杉村ルミだった。  ルミはゆったりした白のブルゾンに赤のスラックスという恰好だった。会社のユニホーム姿を見馴れた目には、とても新鮮に映った。ルミは小柄である。目のくるくるした愛らしい丸顔だった。無邪気な子である。短大卒で入社二年目だが、まだ高校をでたばかりにしかみえない。  好意を顔にあふれさせてルミは近づいてきた。首をかしげて水谷をみあげる。 「水谷課長、どこへいってこられたんですか。お住いは尼崎なんでしょう」 「塚口なんだ。工場へいっていた。きみはこの近くなのか」 「ここから三つ目の駅なんです。きょうは弓の練習へいってました。万博公園のそばに弓道場があるんです」 「弓。へえ。変ったものをやってるんだな」  ルミのさげたバッグに水谷は目をやった。  稽古衣《けいこぎ》が入っているらしい。弓矢は弓道場のロッカーにおいてあるという。 「みんなそういうんです。似合うてないって。けど、あれおもしろいんですよ。すごく心がおちつくの。私みたいなパッパラパーにはいい修養になるんです」  水谷は興味にかられた。  彼の課には男子八人、女子四人の社員がいる。性格や適性はしっかり把握しているつもりだ。だが、私生活のことはほとんど知らない。杉村ルミが弓道の修業をしているなんて初耳だった。これではいけないと思う。  お茶でも飲もう。駅前の喫茶店へ水谷はあるきだした。いそいそとルミはついてくる。水谷はくすぐったい気持だった。モテているような気がした。まさかそんなことはないだろう。自分にいいきかせる。上司と個人的なつながりをもつことが、ルミはうれしいだけなはずだ。  窓ぎわのテーブルに向かいあった。水谷はまぶしかった。正面からみると、ふだん思っているよりルミはずっときれいだった。  会社ではルミは末席にすわっている。水谷と口をきく機会はめったにない。それに水谷はいつも仕事に追い立てられている。ルミの容姿をゆっくり観賞するひまがなかった。 「こうしてみると、きみはギャルだなあ。会社にいるときとちがって溌剌《はつらつ》としている」 「あ、私、会社でそんなにネクラしてますか。そやないんやけどなあ」 「ネクラじゃないよ。なんにも知らない子供にみえる。いまはもっと大人っぽい感じだ」 「よかったわ。私、わりといろいろやってるんですよ。好奇心つよいんです。会社では小そうなってますけど」 「ディスコなんか、よくいくの」 「学生時代はよういってました。けど、P電器の社員ともなると、アホなことしてられへんでしょ。そやから弓に転向したんです」  コーヒーを飲んで話しあった。  しだいに水谷は心が浮き立ってきた。課長と女子課員の枠《わく》がはずれて、ルミとのあいだに男と女の交流が成立しつつあるようだ。  ルミの胸が水谷は気になってきた。ルミはブルゾンをぬいでいる。淡いピンクのセーターのふくらみが意外に大きい。これも新しい発見である。水谷は目のやり場に困った。最初は気にならなかったのに、妙なものだ。    2  一時間ばかり雑談して二人は喫茶店をでた。午後三時半だった。  なごり惜しい気持に水谷はかられた。けさ妻の芳子と喧嘩したことを思うと、なおかえる気になれなかった。  夕刻ならルミを飲みにさそうところである。だが、食事の時間でもない。どうしようか。考えながら水谷は街路樹の桜に目をやった。白い花が満開であった。 「お花見にいきませんか、課長」  杉村ルミが無邪気に提案した。このあたりでは万博公園の日本庭園が桜の名所である。ほかにもいい場所があるという。 「花見か。それはいいな。よし、いこう」  二人で近くの路地へ入った。  缶ビールを六本買った。ツマミ、サンドイッチも仕入れる。タクシーに乗った。五分も走ると、万博公園だった。  歩道橋のうえをたくさんの人がゆききしている。日本庭園へきた人々である。ルミの話では、すこしさきのスポーツ広場の桜も美しいらしい。人がすくないという。そちらへ向かうことにした。  スポーツ広場へ着いた。樹木のゆたかな区域だった。一周二・五キロのサイクリングコース、硬式・軟式の野球場、サッカーのグラウンドなどがある。木立のなかの道を硬式野球場のほうへあるいた。球場の下手に桜林があった。満開だった。桜はみんな一つになって、淡いピンクの雲のようだ。  桜林は芝生の広場のすみにあった。花見の場としては理想的な穴場である。ゴザを敷いて飲めや歌えをやっている男女が一組だけいた。ほかに四組の家族づれがサッカーごっこやバドミントンであそんでいる。  水谷と杉村ルミは、桜の木々のあいだに腰をおろした。桜をながめながら、ビールを飲んだ。あたたかい日である。ルミはブルゾンをぬいでさしだした。ゴザの代りに敷いてくださいという。 「いいよ。おそれ多いよ。美女の服なんか敷いたら、おしりが感激して泣いてしまう」 「私こそおそれ多いですよ。課長とお花見やなんて。ふだんは話もできないのに」 「いそがしいからさ。今後はせいぜいコミュニケーションをはかることにするよ。きみと話しているとリラックスするからね」 「課長ってすごく気さくですねえ。もっと近寄りにくい人やと思うてました。そういう人って魅力あるわ。近づいてみたくなる」  缶ビールを口にあてて、ルミは上目をつかった。いたずらっぽく笑った。  水谷は狼狽《ろうばい》した。小娘にからかわれているような気がした。最近の女の子は危険である。盛りあがった胸を武器に、上司と部下の距離を一気に埋めるすべを知っている。  うっかりすると、足をとられる。女子課員に手をだした課長なんて、P電器ではもっとも軽蔑される存在である。あかるみにでたとたん、昇進の芽はつみとられるだろう。  ビールの酔いがまわってきた。水谷は暑くなった。上衣をとってルミにさしだした。ゴザ代りに敷きなさい。笑ってすすめた。 「いやあ。それこそ私のおしりが泣きます。感激して夜も眠れません」 「オーバーだな。じゃ、おたがいにおしりに感激させよう。おしりは縁の下の力持ちだ。たまにはいい思いをさせてやらなくては」  水谷はルミのブルゾンを芝生に敷いた。そのうえにすわった。  ルミも水谷の上衣をとった。顔におしつけて匂いをかいだ。男の匂いがするわ。顔をくしゃくしゃにして笑った。それを敷いた。両ひざを立てて、片手で抱きよせる。 「どうかね。おしりの感想は」 「もう大感激でーす。課長のおしりは」 「うっとりしている。しかしブルゾンが気の毒だな。きたないケツに敷かれて」 「それやったら課長の上衣も気の毒やわ」 「おれのは感激してるよ。かわいいおしりに圧迫されて、ぼうっとなってる。うらやましいよ。おれは上衣になりたい」 「またア。恐いわそんなん。私が課長のうえにおしり乗せるんですかア」  ソプラノでルミは笑った。赧《あか》くなった。  酔いのせいで水谷は口がかるくなった。ルミの胸がいっそう大きくみえる。スラックスに脚がかくれていて、残念だった。自制すればするほど欲望がつのってくる。  いつのまにか近くに二十歳前後の男女がきていた。寝そべって話している。手をとりあっていた。すぐに体を寄せあった。男がおおいかぶさって、ゆっくりキスする。 「若いやつらにはかなわないな。人目を気にするという神経がないのかね」  苦笑して水谷は目をそらせた。考えてみると、じっくり観察したあとだった。 「あんなん、ふつうですよ。私かて、愛しあってるどうしやったら平気。だれにみられても恥ずかしゅうないわ」  一息にルミは缶ビールを飲んだ。  それから、あおむけに寝た。水谷の上衣に上半身を乗せている。あーあ、いい気持。桜と空をながめてつぶやいた。あたたかい風が吹いて、花びらが雪のように降ってくる。 「ここへきませんか。いい気持ですよ」  ルミは体を横にずらした。上衣のうえに水谷が寝るスペースをとってくれる。  水谷はためらった。だが、さそいに乗らないほどの石部金吉でもない。思いきってルミのとなりに横になった。大地がどっしりと、きわめて寛大に水谷の体をうけとめる。  二人の腕がふれあった。気づかぬふりで水谷は空と桜をながめた。ルミの化粧品の香りがただよっている。そのあとに芝生の匂いがきた。これから自分はどうすればいいのか。水谷は茫然としていた。 「うれしいわ。課長って、やさしいお兄さんかおじさんみたい。私、どっちもいないの。甘えられる人って、だれもいない」 「じゃ、甘えてもらおうか。でも、お兄さんではつまらないね。血のつながりのないおじさんにならなりたい」 「私、夢みたいや。私課長のファンやったんです。けど、すごく遠い人やと思うてた。こんなに近くにいるなんて」  ルミはこちらを向いた。あおむけに寝たままの水谷のワイシャツを指でつまんだ。  むしるように指をつかう。横目で水谷はルミをみた。口をとがらせてルミはワイシャツにさわっている。そばにあるのがまぎれもなく水谷の体であることを、たしかめようとするみたいだった。 「人目が気になりますか、課長」  ルミは水谷の腕をつっついた。  水谷は上体をおこした。周囲の事物が目に入らなくなった。会社のこともどうでもよくなった。彼はルミにおおいかぶさる。くちづけにいった。  身を固くしてルミはじっとしている。その口へ水谷は舌をさしいれた。ルミの口も舌も小さかった。だまってルミはうけいれる。あえぎはじめた。胸のふくらみが、水谷の胸の下で上下に動いている。 「私、絶対にめいわくかけませんから。約束します。そやから課長、可愛がって」  あえぎあえぎ、ルミはいった。  もう夢中である。水谷の首に両手をまわして、力いっぱい抱きしめてくる。  キスがすむと、水谷はやはり人目が気になった。近くにいる男女の二人づれは、男が女にかさなりあっている。その状態で談笑していた。  水谷は立ちあがった。荷物をまとめる。ルミの手をとってあるきだした。近くの雑木林へ入った。ここなら人目がない。  立ったまま、ルミを抱きしめた。もう胸に関心はない。スラックスのうえからふとももにさわった。手を上へ這《は》わせてゆく。    3  水谷隆平は左手で杉村ルミを抱きしめる。右手をルミのふとももに這わせた。  二人とも立ったままだ。ルミは小柄である。水谷のほうは身長百七十五センチ。ルミを抱くとしぜんに背が丸くなる。  ルミの頭が水谷の胸におしつけられる。小さな女の子を抱くと、いかにもいつくしんでいる気持になる。たまらなく愛らしい。  意外にルミのふとももは肉づきがよい。赤いスラックスがはちきれそうだ。ゆっくりと水谷は手を上下に動かした。掌がはずむような感じである。ルミの若さが伝わってくる。  水谷は手をしだいにふとももの内側に移動させた。感触が心もちやわらかになったような気がする。ルミの脚がすこし動いた。いっそう水谷は背を丸くすることになった。  やわらかなため息をルミはついた。弱々しい声がまじっていた。水谷の手をルミは避けない。かえって腹をつきだしてくる。  水谷はためらいが消えた。右手をルミの下肢の中心部へもっていった。逆三角形のやわらかな部分へぴたりと掌が貼りついた。小さくなでさする。指を動かした。スラックスの壁がひどくじゃまである。それでも中指の腹が、あたたかいミゾに沈んでおさまった。 「ああ課長。そんなことするんですか」  苦しそうにルミはいった。  非難する口調ではない。目をとじている。うっとりと目をとじていた。 「びっくりしたか。でも、きみがほしくなった。きみがわるいんだぞ。可愛すぎる」 「うれしいわ。まだ私、信じられへん。課長にこんなことしてもろてるなんて」  水谷は手を動かしつづけている。  ルミの呼吸がせわしくなった。ときおり彼女はかるくひざを折る。体をくねらせた。そのたびに水谷の掌におさえられた部分が固く張りだす感じになる。水谷は中指に力をこめた。ルミは声をあげてしがみついてくる。 「いこうか。二人だけになれる場所へ」  ルミの耳にキスして水谷はさそった。  雑木林のなかに二人はいる。だが、人の手でつくられた小さな雑木林だ。いつ他人が入ってくるかわからない。人のすくない運動公園ではあるが、林のなかのサイクリングロードを、ときおり人が自転車で通る。ジョギングをしている男女もいる。  ルミはかぶりをふった。言葉をさがした。 「まだ動きとうないんです。ふらふらする。しばらくこうしていたい」 「きみの肌にさわりたいんだ。服をぬがせてキスしてやりたい。体中にね」  ルミの大事なところへあてた掌に、水谷は力をこめた。  ここへキスしたい。告げたつもりだった。ルミはこたえない。抱きついてくる。  右手を水谷はルミの下腹部からはなした。両手で彼女のセーターをたくしあげた。背中とわき腹をなでまわした。掌がよろこびでふるえた。ルミの肌もおなじ状態らしい。二人の肌の無数の細胞が感動で総立ちになり、それぞれ頭をぶっつけあう気配があった。  ルミの体から力がぬけた。ぐったりして体をあずけてくる。その重みを利用して、ルミを抱いたまま水谷は草に腰をおろした。二人は横になった。ほどよく雑草が生えている。そばにある水谷の上衣とルミのブルゾンを敷く余裕もなかった。  水谷はまたくちづけにいった。セーターのなかへ手をすべりこませる。ブラジャーのホックをはずし、ぬきとった。乳房をさぐりにゆく。掌にあまる大きな乳房だった。セーターを思いきってまくりあげる。乳房を口にふくんだ。ふくらみは大きいが、乳頭は丸く小さい。吸いながら水谷は舌で乳首をなぞった。ルミの呼吸がはやくなった。  草と土の匂いがした。頬や首すじに草がふれる。すこし冷たい。水谷は熱くなった。もうあとにひけない。どんなに厄介《やつかい》なことがおころうと、この娘を自分のものにしたい。  たっぷりと乳房を味わった。わきの下やわき腹に舌を這わせた。目をとじてルミは動かない。くちびるがゆるみ、歯がのぞいていた。幸せそうな表情である。  赤いスラックスのサイド釦《ボタン》を水谷ははずしにかかる。手がこわばってうまくいかない。釦はルミの体にほとんど食いこんでいる。やっとはずれた。ルミの腹が動いた。なかへ水谷は手をすべりこませる。なめらかに入った。ショーツのゴムは案外ゆるかった。  ルミの下腹部の草むらに指がさわった。やわらかな草だった。さらに指をすべらせる。ルミは両脚をとじている。やわらかな肉のふくらみをわけて真珠の粒をさぐりあてた。あたたかい湿りのなかにそれはある。  水谷は指を動かしはじめた。手の甲をショーツに圧されて不自由である。ルミは反《そ》りかえった。消えいるような声をあげた。  水谷は右手をぬきとった。スラックスとショーツをひきおろしにかかる。ルミはヒップをもちあげた。スラックスとショーツはひざのうえまでずりさがった。小麦色の腹とふとももがあらわになる。黒い草むらは、ルミの体にふさわしく小さい。 「おしりにゴミがついたわ。せっかくシャワーあびてきたのに」  ルミは笑って自分のヒップをはらった。  弓の練習のあとシャワーをあびてきたらしい。肌がさっぱりしている。  水谷はあらためてルミの乳房を口にふくんだ。右手で彼女の大事なところをさぐりにゆく。こんどは真珠の粒を通りこして、ほそいぬかるみのなかへ指をすべりこませた。やさしく指でかきまわした。ルミは小さくせわしい呼吸をしはじめる。  五分ばかり水谷はかきまわしていた。ついで、あたたかい液を真珠に塗りつける。ルミは声をあげた。かん高くほそい声だった。  感じるわ。感じる。すごくいい。ルミは口走った。体をくねらせはじめる。もっと脚をひらきたいらしい。だが、ずりさげたスラックスのおかげでままにならない。  上下に彼女は揺れはじめた。脚をふんばる。いかにも窮屈そうだ。 「スラックスをとってしまおうか。大丈夫だ。だれもこないよ」 「いや。恥ずかしいわ。このままして。もっとさわって。やわらかくさわって」  ルミはもう夢中だった。水谷が上司であることをわすれ去っている。  なにが恥ずかしいのだろう。大事なところがもうまるみえなのに。水谷は首をかしげた。だが、ゆっくり考えているひまはない。ルミを追いこまねばならない。  右手の指をつかいながら、水谷はルミのヒップの下へ左手をすべりこませた。左の指さきで、あたたかいぬかるみをかきまわした。右手で真珠の粒を責める。急速にルミはみだれはじめた。あっ、あっと声をあげる。  いくう。ルミは呻《うめ》いた。全身を硬くする。反りかえってから、ぐったりとなった。腹が上下に揺れて、しだいに動かなくなる。  雑木林の外で人の声がした。いそいで水谷は上衣をとり、ルミの腹とふとももを覆《おお》いかくしてやる。このままルミを抱くつもりだったが、気勢をそがれた。人は林のそばを通りすぎただけである。それでも、いまルミにのしかかるのは危険すぎる。  ルミは横たわったまま、じっとしている。ねむそうな表情である。林の外の人声がすこしも気にならないらしい。たとえ全裸であっても平気で寝ているだろう。セックスに没入すると、女はなかなか醒《さ》めない。 「風呂へ入りにいこう。やっぱりここでは気が散っていけないよ」  声をかけて水谷は上体をおこした。体のゴミを払い落とした。  ルミは目をあけた。しぶしぶスラックスをひきあげた。立ちあがって、ブルゾンで体をはたいた。急に動作が敏活になる。水谷の腕に腕をからませてきて、あるきだした。    4  タクシーのひろいにくい場所だった。二人はJRの駅に向かってあるきだした。  もう午後五時すぎである。万博公園の遊園地や日本庭園から吐きだされた家族づれで歩道はにぎわっていた。道路には、クルマの渋滞ができている。  ルミは水谷の腕にすがり、ぴたりと身をよせあってあるく。渋滞したクルマの列にそって千メートルばかり二人は歩をはこばなければならない。クルマのなかの人々の視線を、水谷は意識しなければならなかった。  家族づれの花見をやめてよかった。出ていたら、混雑に巻きこまれてひどい目にあっていただろう。クルマの列をながめて、水谷は最初そう思った。  ついで、すこし不安になった。何百台ものクルマのなかに同僚がいないとはかぎらない。ルミと睦《むつ》まじく寄りそっているのをみられたら、困ったことになる。はなれてあるきたい。だが、幸福そうにくっついてくるルミにそれをいうのも可哀相だ。 「よかったわ、きょう弓の練習にきて。課長と会えるなんて思えへんかった」  稽古衣などの入ったバッグを、重そうにルミは揺すりあげた。  水谷が手をだしても、ルミはバッグをわたさない。セックスの陶酔からぬけだすと、水谷を上司として意識しはじめたようだ。 「考えてみると、われわれはふしぎな生活をしているな。会社で毎日顔をあわせているのに、外で会ったのはきょうがはじめてだ。おたがい、好意をもっているのに、知らん顔をしてきたし」 「ほんまですね。きょう偶然会うてなかったら、私と水谷課長はなんにもなしで終ったかもしれへんのやわ。神様に感謝しよう」  話すうち水谷は冷静になってきた。  このまま家へ帰るほうがいいのではないか。そう思えてくる。  ルミを抱きたい。こんな可愛い女の子との不倫のチャンスはめったにあるものではない。すばらしいセックスができるだろう。  だが、いいことばかりではない。ルミは無邪気で、陽気である。しっかりと秘密を抱いていける性格ではない。やがて周囲の噂になる。妻の芳子にもバレるかもしれない。  まだルミと深い仲になったわけではない。いまわかれてかえれば、それきりにできる。無事平穏な生活がもどってくる。よけいな気苦労なしに水谷は仕事に専念できるだろう。そのほうが双方のためだ。 「そうだ。わすれていた。きょうは家に大事なお客があったんだ」  危く水谷は口にだすところだった。  さきにルミが口を切った。思いがけないことをいいだした。 「夏のボーナスのとき、私、またテレビ買います。一台でも売上げに協力したいから」  水谷はびっくりした。  ボーナスの一部現物支給は管理職だけのことだ。一般社員はなるべくボーナスの一部で自社製品を購入するように、と上からいわれているだけである。第一、夏にまた現物支給が実施されるとはきまっていない。 「テレビはきみ、暮に買っただろう。もう一台、必要なのか」 「すぐには要りません。けど、将来必要になるわ。お嫁にいくときに」 「無理することはないよ。いま買ったら、お嫁にいくときはタイプが古くなってしまう」 「いいの。私、お金もったらパッとつこうてしまうほうやから。貯金代りですねん」  ルミは水谷をみあげて笑った。  いまうちの課も大変でしょ。たとえ一台でも貢献したいわ。ルミはつぶやいた。  水谷はルミの肩を抱いた。力をこめた。芳子とはなんというちがいだろう。  駅のかなり手前でタクシーをひろうことができた。近くのラブホテルへ向かった。電車のなかからネオンがみえるホテルだった。  従業員に案内されて部屋へ入った。水谷は浴室へ入った。湯の支度をする。  部屋へもどった。ルミはソファに腰かけてテレビをみていた。となりに水谷は腰をおろした。ルミは向きなおる。水谷は抱きよせた。あらあらしく、くちづけにいった。 「可愛いなルミ。宝物だ、きみは」  すぐに服をぬがせにかかる。  セーターをぬきとった。赤いスラックスとショーツをぬがせる。ルミは全裸になった。 「さっき公園でスラックスをぬぐのを恥ずかしがってたな。どうしてなんだ」 「ああいうの私、弱いんです。脚の短いのが目立つもん。裸になるほうがいい」  ルミはさむそうに身をちぢめた。羞恥心でさむく感じたのだろう。  抱きついてきた。私だけ裸なんですかア。水谷の耳もとで抗議する。両手でネクタイをほどきにかかった。  水谷は立って服をぬぎはじめた。上衣やワイシャツ、ズボンをうけとって、ルミはたたんでテーブルにおいた。パンツと靴下を水谷はテーブルの下へ投げこんだ。  ソファに腰をおろした。あらためて抱きあった。かわいた二人の肌がぶつかりあって甘いひびきを立てる。二人は掌で相手の背中やわき腹をなでさすった。すぐに水谷は乳房へくちづけにゆく。さっきよりも乳房はさらに大きく感じられた。ルミが上体をおこしているからだ。 「いい体をしているなルミ。プリプリしている。青春そのものだ」 「いやあ。私、自信ないわ。短足で」 「ちょうどいいよ。セクシーだよ。あまり長いのは、かえって色気がない」  とくにルミは脚が短いわけではない。日本の女の子としては標準的な体つきだ。  身長のわりに乳房とヒップが大きい。ふとももの肉づきもよい。だから自分ではそう感じるらしい。なやみはだれにもあるものだ。  ルミの左右のふともものあいだへ水谷は手をすべりこませた。女の部分にさわった。こんどは余裕をもってひらかれている。やわらかな肉があたたかく濡れていた。指でしずかにさぐりにゆく。  水谷はルミの右手をとった。自分の下腹部へもっていった。男性にさわらせる。しっとりとルミは握ってきた。ため息をついた。疲れたような、安心したような吐息だった。  濡れたやわらかな箇所を水谷はかきまわした。さらに指をいれてみる。ルミはうっとりしている。真珠の粒を愛撫されたときのような反応がない。ルミの体はまだじゅうぶん成熟していないようだ。  ゆっくり指をひきだした。あたたかい液を真珠の粒に塗りつけてやる。ルミは声をあげた。下から上へ水谷の指が動きだすと、呼吸があらくなった。  ルミも手を動かしはじめた。ぎこちない手つきだった。目をつぶって、顔をあおむけている。ソファの背もたれに体をあずけていた。大きな乳房が突きだされたり引いたりする。脚はしぜんにひらいていた。 「さっきみたいにして。両手で」  あえぎながらルミは要求した。はやくオルガスムスを招きよせたいらしい。  水谷はルミのほうへ体を向けた。ルミのヒップの下に左手をすべりこませる。ぬかるみをかきまわした。右手で真珠の粒をさぐる。ルミの呼吸があわただしくなった。  あっ、あっとルミは声をあげた。さっきよりもするどい声だった。水谷の男性を愛撫する手がとまる。握りしめてきた。どんなに感じているか、手で伝えようとしている。  ルミはさけんだ。あおむいて、あばれた。揺れながらソファからころがり落ちた。グリーンの絨毯《じゆうたん》に横向きに寝る。ねむっているような、おだやかな横顔である。息づかいにつれて、胸と腹だけが動いている。  浴室のほうから水音がきこえた。バスタブに湯がたまったらしい。水の音が厚い。立って蛇口をひねりにゆくのも面倒である。 「さあ、風呂へ入ろう。抱いていってやるからな」  水谷はルミを横抱きにして立ちあがる。  かなり重い。歯をくいしばってあるいた。ルミは目をあけた。うれしそうに笑って水谷の首に両手をまわしてくる。  浴室へ入った。ルミを抱いたまま湯ぶねに踏みこんだ。ゆっくり身を沈める。ルミの体から手をはなした。    5  ルミの体が湯に沈みかける。顔のはんぶんまで沈んで、浮かんできた。顔だけが表面に出て、あとは湯のなかにただよっている。乳首が水面にみえかくれする。下腹部の草むらが海草の小さなかたまりのようだった。 「お尻が重いさかい、浮かばへんわ」  ソプラノでルミは笑った。  口もとにかかった湯を吹いて飛ばした。裸身がまた沈みはじめる。ルミは両手をひらき、ゆらゆらさせて抵抗した。だが、ヒップや足が湯ぶねの底についてしまった。  ルミは水谷と向かいあって湯ぶねにすわった。両手で顔を洗った。笑顔が上気している。小柄な裸身が湯のなかで青白くみえた。ルミは両ひざを立てていた。  ひろい湯ぶねである。二人の体がはなれてしまった。水谷はルミの両足首をつかんでひき寄せる。ヒップを湯ぶねの底においたままルミは前進してきた。水谷は両脚をひらいてひざを立てる。ルミの足が、水谷の男性にさわった。足は固かった。水谷は、両脚でルミの体をはさみつける。 「私、人に抱いて運んでもらったの、子供のとき以来やわ。お父さんのこと思いだした」 「思いだしたって、きみ、お父さんはまだ元気なんだろう」 「元気でーす。最近景気がわるうてたいへんなんやて。いつもバタバタ貧乏」  ルミの父親は小さな印刷所をやっている。  不況はどこもおなじらしい。ろくに団欒《だんらん》のひまもないようだ。P電器のような大企業の社員がうらやましい。ルミの父親はそうボヤいているという。 「他人の花は赤くみえるからな。おれなんかきみのお父さんがうらやましいよ。小さくても経営者だ。なんでも自由にできる」 「ダサいですよう。きたない事務所で埃《ほこり》かぶって。やっぱり課長のほうがいいわ。高級な仕事してはるもん。私、課長が会議室から出てきたり、部長なんかとむずかしい話してはるとこが好き。あこがれてました」  ルミは水谷の手をとって頬ずりした。  彼女の足が水谷の男性にさわった。さっきよりつよく押してくる。ルミは水谷の手指に歯を立てる。身ぶるいした。こんどは両手で水谷の手をとってくちづけする。  水谷はルミの女の部分に手をのばした。湯とは異質の、やや密度の高い液にそこは覆われている。さっきとはまったくちがう手ざわりだった。真珠の粒を指でさぐる。ルミは顔をしかめた。口をあけて身をよじる。 「やめて課長。またいってしまう」 「いいじゃないか。何度でもいけよ」 「いや。こんどは私がしてあげたい。課長に感じさせてあげたいわ」  ルミは水谷の男性をとらえた。  手を動かした。正面から向かいあっているので、うまくいかない。とつぜんルミは湯のなかへ顔を突っこんだ。男性にキスしにくる。すこし吸っただけで顔をあげた。  深い海の底から海面へうかびあがったような表情である。頭をふって水滴をはじきとばした。片手で顔をふいた。片手でまだ男性をとらえている。 「大丈夫か。髪が濡れただろう」 「キスしたい。ねえ、させて。たべたい」  ルミは男性をひっぱった。泣きそうな顔で駄々をこねる。  水谷はまっすぐ湯ぶねの底に両手をついた。ひっぱられるにまかせる。あおむけに体が浮きあがった。男性が水面のうえに突き立った。そばにルミの顔があった。彼女の両肩に水谷は脚をのせる。頭と男性をのぞいて、体は湯のなかにあおむけにただよった。  ルミは顔をかがやかせた。男性を手でおさえる。キスしてから口にふくんだ。目をとじている。顔をしかめてつよく吸った。上下に頭を動かしはじめる。  快感が水谷の体に流れこんでくる。全身がゆらゆらと湯にただよう。ルミは上手ではなかった。しゃぶったり、頭を動かしたりするだけである。だが、一心に奉仕する表情がたまらなく愛らしい。ながめていると、水谷は心も体もうっとりとなった。  あたたかい湯に全身が溶けてゆきそうである。毎日のきびしい商戦のストレスは、急速に溶けていった。最高だよルミ。水谷はつぶやいた。ときおり足を湯ぶねの底につけて、沈みかける体をささえる。  快感が濃厚になった。発射のポンプが作動しはじめる気配を水谷は感じる。息苦しくなった。湯から出入りするルミの大きな乳房をみていると、いっそう耐えがたくなる。 「もういいよ。ルミ。ありがとう」  呻くように水谷はいった。  ルミはかぶりをふった。頭を動かしつづける。水谷が悶《もだ》えると、ルミは上目づかいに観察していた。得意そうな目の色である。入社二年目の女の子にとって、課長は雲の上の存在だろう。その課長をこうして子供みたいによろこばせている。そんな意識でルミは勝ち誇っているようだった。  水谷はおおげさに悶えた。呻き声をあげた。いまにも終ってしまいそうだと口走った。じっさいはまだ余裕がある。ルミをよろこばせるため、そういったのだ。すると甘えた気分が湧いてきた。よろこびが増した。二十歳そこそこの女の子の手管《てくだ》でのたうちまわっている。その意識が意外な快楽であった。  しばらくおおげさに悶えたり、言葉で訴えたりした。快感は耐えがたいほどになった。 「ああ、ゆるしてくれルミ。もうだめだ。やめてくれ。終ってしまいそうだ」  芝居がかった口調で水谷は訴えた。まんざら演技でもなかった。  ルミは男性から顔をはなした。夢中になって抱きついてきた。ふるえている。物もいえない。歯がカチカチ鳴った。雲の上の男が悶える姿をみて、極度に昂奮したようだ。 「うれしい、課長。私うれしい」  しがみついてくる。ほかにどうすればいいのかわからないようだ。  ルミを抱いて水谷は立ちあがった。こんどはたてに抱きあげた。湯ぶねから出る。暑くてたまらない。タイルのうえにルミを寝かせた。両脚をひらかせ、あいだへ這いこんだ。投げだされたルミの脚は、彼女のいうとおりすこし短い感じだった。  ささやかな草むらの下の、女の秘密の花に見入る。花びらは、うすいくちびるを立てたようなかたちだった。ぜんたいに小造りである。愛らしくひらいている。くちびるのあいだに小さな暗がりがあった。透明な液がそこからあふれ出る。赤ん坊のよだれのようだ。  水谷はそこへ顔をふせていった。舌をおどらせた。つよく吸った。暗がりをさぐったり、花びらをかるく噛んだりする。くちびるで真珠の粒から暗がりにかけて、まんべんなく摩擦する。力をこめてそれをやった。ていねいにつづけた。  最後に敏感な真珠の粒をしゃぶった。高い声でルミは泣いた。大きく両脚をひらき、ひざを折って立てている。腹が上下に波打った。やがて脚をばたつかせた。ぐったりとなった。  水谷はくちびると舌による愛撫を再開した。下地ができている。たちまちルミは快楽の坂を駈けのぼってゆく。水谷は花びらのあいだの暗がりと、うす紫色のアヌスに人差指と中指をすべりこませた。真珠の粒を吸いながら、指で円を描いてやる。たちまちルミは二つ目の頂上にたっした。大きな声でさけんでから、手で秘密の花を覆いかくした。これ以上の快楽に耐えきれないらしい。  水谷ももう抑制の限界にきていた。ルミの体を裏返しにする。ルミは這ってヒップを高く掲げた。両肘をタイルについて上体をささえている。  体のわりに大きなヒップだった。みごとな水蜜桃のように盛りあがっている。合せ目は細い。一本の筋である。水谷はヒップを抱きよせて、男性を秘密の花へおしあてる。すべりこんだ。ゆっくりと動きだした。  甘ったるい快感が男性をしめつけてくる。浅い部分がとくに窮屈な感じがする。彼は動きつづけた。頭をたれてルミはじっとしている。ルミはまだじゅうぶん成熟していない。体のなかで、あまり快楽を感じないらしい。水谷にはそれがわかっていた。  水谷はルミの下腹へ手をまわした。指で真珠の粒をさぐった。強目にクリクリところがした。しばらくすると、ルミは声をあげた。感じる。いきそう。率直に告げた。  ルミのヒップが固くなった。男性をしめつけてくる。水谷は耐えきれなくなった。ルミが呻いて突っ伏すのと同時に、彼も目のくらむような黄金色の光のなかへ墜落した。    6  絶対にごめいわくかけません。最初のデートのとき杉村ルミはそういっていた。  ほんとうだった。職場でのルミの態度に以前と変ったところはなかった。  朝はきちんと挨拶する。なれなれしいそぶりはみせない。たまに仕事のことで水谷が声をかけると、無邪気な笑顔でこたえる。  上気して、真剣な面持で端末機に向かいあったりワープロを打ったりしている。水谷のほうへ視線を向けることもない。水谷のほうがデスクワークのあいま、課の末席にいるルミへぼんやり視線を向けていて、はっとわれにかえったりする。  毎日、ものすごく多忙である。水谷は課員の先頭に立って、販売店の尻をたたいてまわる日が多い。つぎつぎに新しい問題が発生する。一つをかたづけると、すぐつぎに取組まなければならない。際限もなく突きつけられる請求書に、際限もなく支払いをつづけるような生活である。おびただしい請求書がひらひらと視界を舞っている心地になる。  その白い乱舞のなかに、杉村ルミの姿が急に入ってくることがある。小きざみに歩をはこんでキャビネットに近づいたり、お茶をはこんだり、席をはなれている課員を呼びにいったりする。あかるい顔だった。まったくこちらをみないので、かえってルミが水谷をつよく意識しているのがわかった。  水谷はやさしい感情にひたる。起伏のはっきりしたルミの裸身が、ユニホームを透してうかびあがった。可愛いヒップを高くあげて這《は》った姿もうかんでくる。きびしくあわただしいビジネスと、敵なのか味方なのかわからない人間関係のなかで、ルミの姿だけが安らぎだった。禁断の木の実なだけ、その味わいも甘美である。  金曜日になった。はじめてのデートから約一週間たっている。きょうはルミと会う約束になっていた。すぐ近くの高層ホテルのダブルベッドの部屋を予約してある。夜景をたのしみながら、ルミにデラックスな夢をみさせてやりたい。  朝から水谷は猛烈に働いた。夕刻何時に仕事が終るか見当もつかない。ルミは終業後さきに部屋で待っていることになっている。一刻でもはやく仕事をすませて、夢の部屋へ駈けつけたい。  だが、おそれていた事態がやってきた。午後三時ごろだった。部長から会議の招集がかかった。午後六時からだという。部の課長が全員あつまる厄介な打合せ会議だった。午後十時ごろまでかかるのが通例である。  水谷はオフィスを出た。自社ビルの一階の公衆電話でルミに連絡をいれた。 「まいったよ。六時から会議なんだ。おそくなる。デートは来週にしよう」 「そんな——。このまえからもう一年もたちましたよ。待ちくたびれたわ私」  くぐもった声でルミはこたえた。掌で口もとをおさえている。 「私、部屋で待ってるわ。いけませんか」  ルミは涙声だった。水谷は胸をつかれた。  待ってもらうことにきめた。五時すぎ、水谷はホテルにチェックインする。部屋で落ちあう。ルームキーを彼女にわたしてから、会社へもどって会議に出る、そう約束した。  午後五時になった。仕掛りのデスクワークをかたづけてから水谷は席を立った。ルミはなに食わぬ顔で仕事をつづけている。うしろを通るとき、水谷はルミのヒップにさわった。ヒップの固くなるのがわかった。  都市ホテルへ水谷は入った。チェックインする。二十階の部屋だった。すぐにルミへ電話をいれて部屋番号を伝える。 「すぐいきます。大いそぎで」  ルミははずんだ声でこたえた。  ベッドにひっくりかえって水谷は待った。キスをして、かるくルミの体にさわって会社へもどるつもりである。胸がおどった。現代の最尖端のデートではないかと思う。  ルミはなかなかあらわれない。いらいらしてきた。五時半がすぎ、四十分になった。もう会社へもどらねばならない。ペッティングするひまがなくなってしまう。  ようやくルミがあらわれた。紙袋をさげている。待ってるあいだ、おなかが空くといけないから食料を仕入れてきたという。 「バカだな、ルームサービスをとればいいのに。部屋のツケで、レストランで食事してもいいんだぞ」 「そんなんようしません。高価《たか》いのに」  ベッドのうえにルミは紙袋をおいた。  水谷はルミを抱きよせる。ルミはとびついてきた。むさぼるようなキスになった。たちまちルミは呼吸がはやくなる。立ったまま、眠ったような顔であえぎはじめた。 「会いたかったわ課長。すごく会いたかった。毎日顔をみるだけなのがつらかったわ」 「おれもそうさ。じりじりしていた。ルミがいるとはげみになるよ。よく働いた」 「ああ、会いたかった。頭ではがまんするけど、体がいうことをきかへんのです。抱いてほしかったわ、毎日」  一人前のことをルミはいった。あえぎながら、体をくねらせる。  水谷は下腹部に快感をおぼえた。ルミの手がズボンのまえにのびてきている  さきを越された。水谷はいそいでルミのスカートのなかへ手をいれた。ルミはスカートをたくしあげる。自分でパンストとショーツをひざまでひきおろした。  ルミの下腹部の草むらに水谷の指はさわった。真珠の粒をさぐりあてる。その下方にあたたかい液があふれている。指をつかいながら水谷は腕時計をみた。五時五十分だ。十分の遅刻を決心する。 「五分しかない。ルミ、いけるか」 「いける。いける。クリクリして。すぐいくから、もっと」  あたたかい液を真珠に塗りつける。やさしく、あわただしく指をつかう。  あっ、あっとルミは声をあげた。体を揺する。いそいでいた。いそぐときにはいそいで満足できるもののようだ。  たちまちルミは頂上へ駈けのぼった。両手で水谷の腕をつかみ、のけぞって痙攣《けいれん》する。そのまま水谷の足もとにくずれ落ちた。 「いってらっしゃい。おそくなるわ。私のこと気にせんでもいいんですよ。お風呂入って、テレビみて待ってますから」  うずくまったままルミはいった。  水谷はルミを立たせてベッドに腰かけさせる。ルミの頬にキスした。 「終ったらすぐくるよ。待っててくれ」  立ち去ろうとする水谷をルミはひきとめた。紙袋から包みを一つとりだした。 「あるきながらたべて。おなか空くでしょ」  うけとって水谷は部屋をあとにした。  大いそぎでホテルを出た。あるいて会社へもどった。オフィスへかえってみると、課長たちが会議室へ向かうところだった。定刻よりややおくれて会議ははじまるらしい。  ルミからもらった紙包みを水谷は机のひきだしにいれた。紙包みをひらいてみた。お好み焼きだった。大きなやつである。洋皿にあふれそうなやつが重々しくひろがる。  むしって一口頬張った。 「現物支給だな。尖端企業の現物支給」  また一口頬張った。噛みしめる。  勇気がわいてきた。書類をかかえて、水谷は会議室へ入っていった。 (第五話 了) 第六話 ベッドルームの情報    1  二月の午後五時半だった。  立ちならぶビルから大勢の人々が吐きだされて、肥後橋駅のほうへあるいてきた。渡辺橋をへて梅田方面へ向かう者も多い。  中之島のビル街は、家路をいそぐ人々でにぎわいはじめていた。談笑しながら渡辺橋をわたる男たちは、北新地の酒場や小料理屋で一杯やるか、麻雀屋へ入るかのどちらかなのだろう。かるい足どりの女の子は、いまからデートなのだ。  風が冷たかった。だが、一日の勤務から解放されて、だれもがほっとした表情である。いそいでビル街からはなれようとしている。自分自身の生活がいまからはじまるのだ。  藤井克雄は朝日新聞社ビルの近くに立っていた。筋向いのフェスティバルホールのほうをながめるポーズである。目は地下鉄の通用口を見張っていた。義務感と期待感のまじりあった複雑な気持だった。  会長秘書の沢田敦子は地下鉄で通勤している。すでに二度、藤井は敦子といっしょに食事をした。きょうこそ二人の仲を決定的なものにしなければならない。ただのガールハントではなかった。この情事には、P電力の社員としての藤井の将来がかかっている。失敗はゆるされないのだ。  藤井克雄は三十五歳。従業員約二万五千名の巨大企業、P電力の本社企画部勤務である。ポストは副長(課長代理)だった。同期生のなかではまあ順調にきたほうだ。ここでうまくやれば、確実にトップに立てるだろう。  ことしになってすぐ、藤井は立地部の矢島部長から声をかけられた。久しぶりで一杯やろう。思いがけない招待だった。  よろこんで藤井はさそいに乗った。矢島部長は取締役である。仕事に直接関係がないので、めったに口をきく機会もない相手だ。だが、以前彼のもとで働いたことがあるので、気心は知っている。郷里がともに島根県。出身大学も同じである。矢島部長は目をかけてくれているようだった。 「じつは大事なたのみがあるんや。きみ、オフィスラブをやってくれんか」  北新地のある小料理屋の一室で、藤井は矢島部長にそういわれた。  わけがわからなかった。藤井にはもちろん妻子がいる。オフィスラブを咎《とが》められるのなら、話はわかる。だが、逆に奨励された。いったいどういうことなのか。 「相手は秘書室の沢田敦子。杉本会長を担当している。美人やで。顔をみたら、きみもたちまちファンになるはずや」 「待ってください。くわしく説明してくださいよ。なんのためにそんな——」 「沢田敦子と親しゅうなって、情報をとってほしいんや。どんな情報かはあとで話す。まず敦子をモノにしてくれ。もちろん極秘や。必要な経費はなんぼでも出すから」  矢島部長は真剣だった。  こうして話した以上、拒否はさせんぞ。そんな圧力が顔にみなぎっている。 「きみを見込んでたのんどるんや。男っぷりといい話術といい、きみならうまくやれる。もし失敗してもペナルティはない。成功したら、きみの将来はわしが太鼓判をおすぞ」  たのむ。ひきうけてくれ。社のためにあえて手を汚してくれ。矢島部長は畳に両手をつかんばかりだった。  わかりました。やってみます。藤井はひきうけた。賭けてみることにした。  P電力には中高年の社員がひしめきあっている。とくに本社の主要ポストは年功序列のもとにある。よほど努力しないと上層部へ這《は》いあがれない。ここは一つ矢島部長に協力して、昇進の突破口をひらくべきだ。  数日後、藤井克雄はなにくわぬ顔で沢田敦子へ接近した。通勤電車のなかで、偶然会ったふりで話しかけた。うまく敦子の警戒心を溶かすことができた。二度、いっしょに食事をした。そろそろ勝負のときがきたのだ。きょうも昼間矢島部長と廊下で出会って、 「例の件、たのむぞ。いそいでくれ。事態は切迫してきたんや」  と催促された。上層部の権力争いが、深刻になっているらしい。  地下鉄駅の乗降口のそばで、十五分ばかり藤井は待った。やがて、人の流れのなかに沢田敦子の姿があらわれた。うまい工合に敦子は一人である。背すじをしゃんとのばした、活溌な足どりでこちらへやってくる。  何秒か藤井は敦子に見惚《みほ》れた。澄みわたった感じの、聡明そうな顔立ちである。背が高い。美しい脚をしていた。あの娘と腕を組んで御堂筋をあるいたら、どんなにすばらしいだろう。男ならだれでもそう思うはずだ。  すぐそばへ敦子がやってきた。藤井は出ていって、肩をならべてあるきだした。 「いやあ、どうしたんですか、急に」  あかるい声で敦子は訊いた。  会社のそばで馴れ馴れしくするのはまずい。あるきながら小声で話した。 「待ちぶせしていたんだ。会議の予定が流れて、とつぜん時間が空いた。たちまちきみと会いたくなった。食事、つきあってくれ」 「はい。でも、いいのかなあ。妻子ある男性にそんなにたびたびごちそうになって。私、心配になってきます」 「大丈夫だよ。きみと食事するだけでうれしいんだから。中年のおじさんの心境ですよ。きみは杉本会長の秘書だ。おっかなくて、軽率に口説《くど》いたりはできないよ」 「それをいわれると弱いわ。会長秘書をしているばかりに男性から敬遠されてばっかり。おかげで行き遅れになりました」  藤井はタクシーをひろった。  大阪城公園のそばにあるNホテルへ向かった。予定の行動である。敦子をモノにするためのお膳立てはととのえてあった。  二十分後にホテルへ着いた。二人は最上階のレストランへ入った。窓ごしに大阪城や街の夜景をたのしめる店である。窓ぎわの席について、敦子は感嘆の吐息をついた。  白にブルーの草花をあしらったスーツを敦子は着ている。服にあわせて白ワインをとることにする。シャブリの特級をたのんだ。料理は魚を中心のメニューにする。  軍資金の心配はない。いくらでも贅沢《ぜいたく》ができる。誘惑に失敗すれば経費を請求しにくくなるだろうが、べつに心配していなかった。女は贅沢に脆《もろ》い。すぐにくずれるだろう。第一、好意を抱いてない相手と、二度も三度も食事するはずがないのである。  ワインで乾盃した。とりとめない会話をたのしみながら、料理を味わった。  敦子はうれしそうだった。会長秘書といっても、それは会社にいるときだけのことだ。料亭やレストランにお供するチャンスはめったにないらしい。たとえあったとしても、相手は六十代なかばの老人である。藤井のような若い男とこうした時間をもつのは、敦子には新鮮な経験なのだった。 「ほんとうにきみ、恋人はいないの。信じられないなあ。P電のトップという大権力者に密着しながら、私生活は案外まずしいんだ」 「さびしいんですよ。たまに若い男性と接触するチャンスがあっても、なんか物足りなくて深くつきあう気になれへんのです。会長にしても社長にしても、お年寄りやけど人間としての迫力がすごいでしょう。つい比較してだめになるんです」  沢田敦子は二十八歳だという。  大卒で入社し、すぐ秘書課へ配属された。常務秘書から会長秘書になった。仕事がおもしろい。いつのまにか月日がたった。  同世代の女性よりもめぐまれた立場にいることは自覚している。だが、華《はな》やかな思い出をつくるひまもないまま、青春を浪費している焦燥にもかられるという。 「きみの青春を無駄にしないよう協力します。ときどきこうやってデートしよう。きみに恋人ができるまで、おれ、エスコートする」 「ありがたいわ。でも、エスコートだけで済まなくなるときがくるでしょう。そうなったら困るなあ。不倫はしたくないし」 「さきのことを考えたって仕方がないよ。実るにしろ実らないにしろ、男と女はなるようになるんだ。たとえ実らなくても、おれ、後悔しないよ。きみと会っているだけでたのしいもの。こんな気持になるのは久しぶりだ」  いい雰囲気になってきた。  敦子はすこし赧《あか》くなった。目がうるんで、表情はなごやかである。警戒心がすこしずつ溶けてゆく気配である。  藤井はどんどんワインをすすめた。自分は控えるようにした。顔が赧くなってはいけない。酔えば仕事にならなくなる。    2  食事が終った。午後八時すぎだった。  二人はレストランを出た。沢田敦子はかなり酔っている。  赧くなって、恥ずかしそうにしていた。片手で頬をおさえながらあるいた。 「まだ早いね。ミナミに本場のブラジルの踊り子のすごいショーをやっているナイトクラブがあるんだ。いってみないか」 「いきたいわ。けど、おそくなるとあしたがつらいですから。金曜日の晩つれていってください。金曜やったらゆっくりできます」  杉本会長は朝がはやい。午前八時すぎには会長室へ入っている。  P電力の場合、会長はお飾りではない。代表権をもって君臨している。重大事項の決定にあたっては、社長よりも発言力が大きいくらいだ。社員よりもはやく出社して号令をかけないと気がすまないのである。  沢田敦子の家は西宮にある。通勤に約一時間かかる。会長よりさきに出社するためには、七時に家を出なければならない。おそくまであそんでいられないのは事実だった。 「そうか。では金曜のデートをたのしみにしておこう。でも、まだ八時だよ。ラウンジでくつろぐことにするか」  藤井は敦子をつれてラウンジへ入った。  敦子のためにワインのハーフボトルをとってやる。こんどは赤にした。ボージョレである。自分はビールをとった。運転があるので飲めないと説明する。 「へえ、クルマできてはったんですかあ」  敦子はけげんそうな面持《おももち》になった。だが、あれこれ質問はしなかった。  一時間ばかりそこで飲んだ。親しみは深くなった。敦子は酔って、うっとりしていた。 「あーあ、まだかえりたくないなあ。こういうときは仕事が呪《のろ》わしくなってくる」  ねむそうにシートへ体をあずける。  全身から甘い色香が立ちのぼった。敦子のように知的な雰囲気の女が酔うと、逆にすばらしく色っぽくなる。スーツを透して白い大柄な裸身がうかびあがるようだった。  藤井は欲望にかられた。もう特命事項によるデートではない。たとえいま矢島部長からストップがかかったとしても、敦子をぶじにかえす気にはなれないだろう。 「仕方ないさ。おたがい宮仕えなんだから。金曜をたのしみにして、きょうはおとなしくかえろう。ちゃんと送っていくから」  午後九時になった。二人は席を立った。  敦子は足もとがあやしくなっている。腕をとって藤井はささえてやった。  敦子はいそいで腕を藤井の手からぬきとった。まだ警戒心がのこっている。が、すぐに藤井の腕をとりにきた。 「ワインってようまわりますねえ。口あたりがいいから、つい飲みすぎるわ」  ねむそうな声だった。  また藤井は欲望にかられた。敦子は背が高い。ならんであるくと、身長百七十七センチの藤井の頬のすぐ横に彼女の髪がくる。敦子の上半身が、藤井の顔へせまってくる感じがある。甘い迫力があった。  女といっしょにあるいて、めったに味わったことのない感覚である。服をぬいだ敦子の姿が、藤井の脳裡から消えなかった。  エレベーターで一階へおりた。二人はホテルの正面玄関へ出た。 「ここで待っていなさい。クルマをもってくるから」  ささやいて藤井は敦子からはなれた。  ホテルの駐車場に愛車のゴルフがおいてある。昼のうち、停めておいたのだ。ついでにダブルベッドの部屋を予約しておいた。計画は順調に進行している。  ゴルフを運転して、藤井はホテルの玄関へまわった。助手席に敦子を乗せる。 「どうしたんですか。クルマ、ここにおいてあったんですか」  シートにもたれて敦子は訊いた。どうでもよさそうな質問だった。 「おれはサンデードライバーでね。通勤は電車だけど、たまにはクルマを使う。昼間この近くの会社へ用があってきて、めんどうだからそのまま停めておいたんだ」  高速道路にクルマを乗りいれた。  大阪市の中心部を一周して西宮、芦屋方面へ向かうコースをとる。敦子は方向をたしかめたあと、安心して目をつぶった。  しばらく走った。カーステレオのスイッチをいれる。甘い音楽が車内に流れた。待避線へ藤井はクルマを停める。敦子の肩へ腕をまわした。やさしく抱きよせる。 「やっぱりこうなの。こうなるのね」  ねむそうに敦子はいった。じっと藤井をみつめてから目をつぶった。  敦子のくちびるへ藤井はくちびるを重ねあわせた。しずかに舌をからませにいった。敦子は弱い声をもらした。舌をさぐられるにまかせる。かすかな甘味のある唾液を藤井は吸った。敦子の呼吸がはやくなった。  キスを終えた。藤井は敦子を抱きしめた。敦子は呼吸をおさえかねている。体の力をぬいて、藤井にもたれかかってきた。化粧品の香りがした。敦子の肌が香りを立てているようだった。  藤井は敦子の胸をさぐった。ふくらみはそれほど大きくない。ブラジャーの固い手ざわりがわずらわしかった。敦子はじっとしている。藤井はブラウスの前釦《ボタン》をはずしにかかった。 「だめよ。誘惑しないで。私、不倫はいやなの。恋愛をしたい」 「恋愛じゃないか。ほかのことはどうだっていい。きみが好きなんだ。会社をクビになってもいい。目いっぱいきみを大事にしたい」  ブラジャーのホックをはずした。  手で乳房をひきだした。吸いにいった。かたちのよい、愛らしい乳房だった。敏感である。乳首を舌でなぞると、敦子は甘い声をもらした。体に力がこもる。左右を代る代る愛撫するうち、藤井も全身が熱くなった。  スーツの上衣とブラウスを、藤井は剥《は》ぎとった。上半身裸になって、敦子はシートにもたれている。そばを通るクルマのライトが、敦子の体を照らしたり、闇に沈めたりする。あらためて藤井は乳房を愛撫する。肌の香りとぬくもりを吸いこんだ。  敦子の呼吸がさらにみだれた。息づかいに甘い声がまじるようになった。藤井はスカートのうえから、敦子のふとももをなでさすった。肌にさわりたくていらいらする。手をふとももの内側へもっていった。  敦子は両脚をとじた。乳房を吸いながら、藤井は手をこじいれてみる。抵抗したが、敦子は途中であきらめた。双つのふとももが一つに合流する箇所へ藤井の手はたどりついた。ゆっくりと、だが、執拗になでさする。掌に力をこめる。スカートと下着の不粋《ぶすい》な壁を乗りこえて、敦子の秘密の部分の感触が掌につたわってきた。 「どこか——。どこかへつれてって」  あえぎながら敦子はささやいた。  ときおりぴくりと痙攣《けいれん》する。吐いてしまいそうにみえる。 「わかった。ホテルへもどろう」  ブラウスと上衣を藤井は着せてやる。  敦子はブラジャーをバッグにしまった。夢からさめたような面持で外をみている。  藤井はクルマを発進させた。片手でハンドルを握り、片手で敦子のひざをつかんでいる。敦子の気が変るのではないか。不安のあまり、ひざから手をはなせない。  ホテルへ着いた。クルマを停めて、二人はあらためてくちづけをかわした。    3  二人はホテルへ入った。  沢田敦子を待たせておいて、藤井はフロントのカウンターへいった。  ダブルベッドの部屋を予約してある。チェックインした。敦子の腕をとってエレベーターに乗りこんだ。うつむいて敦子は藤井にもたれかかっている。息づかいがすこしみだれているのがわかった。  十八階でおりた。部屋はエレベーターのすぐ近くだった。さきに敦子が部屋へ入った。  二人きりになった。うしろから藤井克雄は敦子の肩に手をかけた。こちらを向かせてくちづけしようとする。  敦子はふりむいた。微笑んで藤井の手から逃れた。バスルームへ入っていった。藤井は上衣をぬいでベッドに腰をおろした。  もう大丈夫である。九分どおり目的は達成した。情事の支度をしなければならない。藤井はBGMのスイッチをいれた。窓のカーテンをしめる。部屋のあかりを調節して、黄昏《たそがれ》のような雰囲気をつくった。  バスルームからシャワーの音がきこえてきた。敦子のほうも情事の用意をはじめている。藤井は心臓がドキドキしてきた。敦子を誘惑するよう命じた矢島部長に感謝したい気持が湧いてくる。あの命令がなければ、いろんな危険をおかして敦子に接近するなど、不可能だったにちがいないのだ。  部屋の雰囲気をつくったあと、藤井は冷蔵庫からウイスキーのミニボトルをとりだした。ボトルは二本あった。水割りにして、ベッドのうえで飲みはじめた。  食事のあいだ、酔わないよう自制して酒をひかえてきた。やっと好きなように飲める。ゆっくりと味わった。テレビをみると気が散ってしまう。BGMに耳をかたむけた。  やがて、バスルームの扉があいた。沢田敦子が出てきた。裸身にバスタオルを巻いただけの恰好である。かたちのいい、ながい脚がうす暗いライトの底に立っている。 「暗くしてくれはったん。ほっとしたわ」  室内をみまわして敦子はため息をついた。ベッドへきて、腰をおろした。  藤井は上体をおこした。代ってシャワーをあびにゆくつもりだった。だが、敦子の肩や腕のしっとりした肌が目に入ると、ベッドをはなれるのが惜しくなった。  敦子の肩に腕をまわした。ひきよせてくちづけにゆく。しずかに敦子は応じた。クルマのなかでキスしたときほど、みだれた様子はない。キスのさきの段階へ心が向いているせいだろう。 「きれいだな、きみは。こうして暗がりでみると妖精のようだ。人間とは思えない」 「そんな——。女ですよ私。ちゃんと肉体があります。熱い血がかよっている」 「それをたしかめさせてもらうよ。妖精の体というのがどんなものか」  藤井は敦子の耳や首すじにキスを這わせた。そうしながらバスタオルを剥ぎとった。  目をとじて敦子は体をすぼめた。そのままもたれかかってくる。藤井は敦子をベッドにあおむけに寝かせた。みごとな裸身が、夢のように、目のまえに横たわった。  乳房に藤井はくちづけにいった。そんなに大きくはない。やさしく盛りあがった乳房である。乳首が丸くて固い。宝石のようだ。  舌さきでなぞっても、敦子はあまり反応しなかった。吸ってみると、ゆっくり息を吐きだした。人差指と中指で乳首をつまみ、親指で圧してみる。敦子はかすかに声をもらした。かたほうにキスしながら、かたほうで藤井は乳首を揉《も》んでやる。交互につづけた。敦子の呼吸がしだいに大きくなる。呼吸のたび、体に力がこもってはゆるむ。  藤井はスーツの上衣をぬいだだけである。シャツもズボンも身につけている。敦子だけが全裸である。それが刺戟的だった。  乳房からわき腹、腹とキスを這わせながら、藤井は敦子の裸身に見惚れた。しっかりした肩をしている。胴や腹の肉づきにはすこしも無駄がなかった。ふとももにはたっぷり肉がついている。たくましいくらい、量感があった。そして、ひざから下は優雅な線のもとでのびきっていた。  淡いあかりのもとに横たわる敦子。藤井はうっとりとなった。大柄なのに、一分の隙《すき》もない裸身である。オレンジ色のあかりに照らされているおかげで、敦子の体にはなまなましい感じがなかった。ほんとうに妖精のようだった。美術品をながめるような感動にとらわれて、欲望は二の次になりそうである。  敦子の腕や腋《わき》に藤井は鼻を近づけた。肌の香りを吸った。仄《ほの》かな苦《にが》みのある香りが、しずかに鼻孔へ入ってきた。おかげで藤井は獣の衝動にとらわれた。敦子の腋に鼻をよせたまま、手を下腹部へのばした。  草むらは多くもすくなくもない。そこを越えて、やわらかな肉のふくらみを指でおしわける。あたたかいぬかるみに指が沈んだ。内部へ吸いこまれるような感じがある。  敦子はあごをあげてのけぞった。甘い声をあげた。その表情をながめながら、藤井は指で敦子の内部をさぐりにかかる。やわらかな、厚い肉が指にまとわりついてきた。大柄な女体なのに、内部はせまい。上品なセックスだと藤井は思った。 「きれいだな、きみは。顔も体もきれいだ。とても清潔な感じがするよ。そのくせ色気がある。すごい色気が」  藤井はささやいた。  敦子は目をとじ、眉をひそめていた。かるく口をあけている。呼吸をころして、あえいでいた。こたえる余裕がないようだ。  藤井は指を敦子のぬかるみの表面に這わせた。あふれでる液を、敏感な真珠に塗りつけてやった。敦子は息を吸いながら、体をふるわせはじめる。大きく吸っては、小さく吐きだした。吸うことで快楽を濃くしようとしている。  藤井は指の動きをあわただしくした。たてに動かしていた指で真珠の粒をころがすようにする。左手をヒップの下へこじいれて、ぬかるみの部分をさぐってやった。  敦子は声をあげた。目をあけて天井をみている。とまどったように藤井をみつめる。微笑んでみせて、藤井は両手を動かした。真珠とぬかるみを同時に刺戟する。  ああ、ああ、と敦子は声をあげた。こまかく体をふるわせはじめた。 「はじめてやわ。こんなん、はじめて」 「感じるか。ちゃんと感じているか」 「ああ、ああ。はじめてやわ。こんなふうにされたのって——」  急に敦子は悲鳴をあげた。  あえぎはじめた。藤井の左掌におしつけられた敦子のヒップがすぼまったり、ゆるんだりする。また彼女は悲鳴をあげた。全身を硬直させて、動かなくなった。  藤井はびっくりした。指をすこしつかっただけで、敦子はオルガスムスにたっした。ふだん一分の隙もないようにみえる会長秘書が、意外にゆたかな性の感性をもっている。企業トップという名の老人たちへ奉仕するだけの日々に、やはりみたされないものがあるのかもしれない。 「両手でさわられたのははじめてなんだな。気にいったか」  藤井は敦子の顔をのぞきこんだ。  敦子はうなずいた。藤井はまた敦子の女の部分へ指を這わせにゆく。  両脚を敦子はとじた。横向きに寝る。藤井のネクタイをひっぱった。 「私だけ裸やなんていや。藤井さんも服をぬいでください。肌にさわりたい」  敦子は上気して赧くなっている。  もう体の関係ができたのとおなじだ。口調に甘えた感じがあらわれている。 「いいよ。ついでにシャワーをあびよう」  藤井はベッドからはなれた。  バスルームのそばで服をぬいだ。裸になって、バスルームへ入った。    4  手ばやく藤井は体を洗った。バスタオルを腰に巻いて外へ出た。  部屋がすこしあかるくなった。バスルームの扉をあけたままにしたからだ。  敦子は胸まで毛布で覆《おお》ってベッドに横たわっている。コーラの缶がそばにあった。酔いざましに飲んだらしい。  藤井はベッドにのぼろうとした。あわてて敦子が制止した。 「だめよ。体が濡れてるやないの。さ、向うむいていなさい」  敦子はベッドのうえでおきあがった。  藤井をうしろ向きにさせて、腰のタオルを剥ぎとった。背中や尻を拭いてくれる。ついで正面を向かせた。藤井のわき腹や腹を拭いた。  藤井の男性には力がみなぎっている。敦子の顔のそばへそれは突き立っていた。敦子は顔をそむけてタオルを使っている。 「おれのどう思う。立派か」 「わからへん。比較できるほどたくさん知らないから」 「比べなくてもいいさ。きみのみた感じ、ストレートにいってごらん」 「すごく力づよい。大きいわ。それから、美しい感じもある」  ベッドのそばに立ったまま、藤井はさらに男性を突きつけた。  ゆっくりと敦子はそれを手でとらえた。目は藤井をみつめつづけている。敦子は指に力をこめてきた。藤井は敦子の髪をつかんで、男性に顔をひきよせる。  敦子は微笑んだ。ベッドのうえに正座する。男性を口にふくんだ。頭を動かしはじめる。きまじめな表情だった。テクニックはほとんどない。しゃぶりながら、頭を動かしているだけだ。口もとがっている。  けっこう刺戟的だった。敦子はととのった、利口そうな顔立ちをしている。その顔が男性を頬張って、あられもなく歪《ゆが》んでいた。ふだん一分の隙《すき》もない会長秘書が、下町の気立てのよい女の子に変ったような気がする。  藤井は敦子の髪をなでた。一心に奉仕する表情に見入った。揺れる乳房や、きちんと正座したふとももをみつめた。ながいうえにふとももは肉づきがよい。暗がりのなかでも、肌の張りつめているのがはっきりとわかる。  下腹部の草むらが小さな三角形にみえた。そこをさぐりたい衝動に藤井はかられた。だが、立ってフェラチオしてもらいながら、女の体をまさぐるのは不可能である。人間の体は案外不便にできている。藤井は苛立《いらだ》ちを感じた。 「待ってくれ。おれもキスしてやりたいよ。さ、そこへあおむけになって」  藤井は両手で、敦子の顔をはさんで男性からひきはなした。  敦子の両肩をつかんで横にころがし、あおむけにした。敦子はベッドと直角の向きにあおむけになった。男性のすぐ下に、敦子の頭がきている。  藤井はベッドに這いあがった。敦子におおいかぶさっていった。両脚をひらかせる。暗がりの底にぼんやり咲いたピンク色の花に向かってくちづけにいった。藤井の男性はまた敦子の口にふくまれる。二人はたがいにくちびると舌で奉仕を開始した。  花びらのまんなかをしばらく藤井は舌でさぐった。その上や下へも、ていねいに舌をおどらせた。敦子の下肢が、ときおりぴくんと痙攣する。藤井の口もとへ、かすかな甘みのある液がゆっくり湧きだしてくる。  藤井の男性に、こまかくしぼりあげられるような快感があった。男性を口にふくんで、懸命に敦子が頭を動かしている。ときおり苦しげな声がもれる。フェラチオしながら、息を吸う声である。  やがて、藤井におくりこまれる快感が停止した。呻《うめ》き声がきこえてくる。奉仕をやめて快感をうけいれる側に敦子は専念する気になったようだ。  藤井は完全に奉仕の態勢に入った。体の向きを変える。横合から敦子の下肢へ顔をふせていった。指で敦子の内部をかきまわした。真珠の粒を吸いつづける。敦子の裸身が大きな人魚のように上下に揺れはじめた。太い声で彼女はさけんだ。全身が硬直したあと、やわらかくなる。 「もっとしてほしいか、敦子」  小声で藤井は訊いてみた。  敦子はかぶりをふった。ふっと上体をおこした。獣のポーズをとって、藤井のほうへヒップを突きだした。やや角ばった、長目のヒップである。 「入ってきて。早う入ってきて」  敦子は体を揺すった。挑発しながら、せがんでいる。  あらためて藤井はベッドのそばの床に立った。敦子のヒップを両掌でかかえて、ひきよせる。合せ目の下方に男性をあてがった。さらにひきよせる。男性は水平に、敦子の体のなかに突き立った。 「さ、動くんだ。好きなように動いてごらん。きみが感じるように」  敦子のうしろ姿に向かって声をかけた。自分は突っ立ったままだ。  敦子はうなずいた。頭をさげ、ヒップをもちあげた姿勢である。せっせと動きだした。ヒップで藤井の下腹へぶつかってくる。  白い背中に汗がにじんでいる。藤井には余裕があった。懸命に揺れる敦子の姿を、腕組みしてみおろしている。  敦子は切れ切れに声をあげた。甘い声をあげているのだが、はげしく動くので、声が断続してしまうのである。やがてオルガスムスに達した。両手でシーツを握りしめ、はげしく揺れてから動かなくなる。うつぶせになって、仔犬のように丸くなった。 「さあ、しっかりしろ。若いんだ。まだ何度もいけるはずだぞ」  藤井は敦子の腰を両手ではさみつける。  ひきよせて、ぐいぐい突いた。敦子はたちまちのどからしぼりだすような声をあげる。あえいで、ぐったりと丸くなる。彼女のほうから動く元気はなくなったようだ。 「もう終ってもいいか」  藤井は訊《き》いてみた。両手をつき、ヒップをもちあげた姿勢で彼女はうなずいた。  藤井は上体をかがめて、敦子の右手をとらえた。その手を彼女の下腹部の底へ誘導する。二人の体はまだ結合したままである。男性の下方にさがったザックを、藤井は敦子の右手にとらえさせる。敦子は這って、自分の両脚のあいだから手を後方にのばして、ザックをとらえたことになる。 「揉んでくれ。やわらかく」  声をかけて藤井は動きはじめた。  指示どおり敦子は指を動かしてくる。敦子の体に男性をしめつけられる快感と、揉みあげられる快感がまじりあった。たちまち快楽のうねりがおしよせる。藤井は呻《うめ》いた。敦子は泣きながら指をつかう。体の動きは藤井にまかせきりである。  まもなく限界がきた。腹のあたりに快感があふれ、やがて脳もふるえてきた。呻きながら藤井は活力を敦子のなかへ吐きだした。  精も根もつきて、藤井は敦子の背中へ倒れこんだ。敦子も何度目かの頂上へたどりついたところである。かさなりあって、しばらく二人は動けなかった。汗ばんだ二枚の肌が貼りついて、一枚になってしまいそうだ。  やがて、藤井は体をおこした。ベッドからはなれてバスルームへ入った。  シャワーをあびて出てみると、敦子はうつぶせに寝ていた。とろけるようなまなざしで藤井をみつめ、微笑んだ。 「さ、シャワーをあびておいで。もういっぺんたのしもう」  藤井は敦子の腕をとって立たせてやる。彼女はバスルームへ消えた。  すぐに藤井は枕もとの受話器のダイヤルをまわした。矢島部長の家を呼びだした。  矢島は家へかえっていた。藤井の声をきいて、昂奮する気配《けはい》がつたわってくる。 「やったな。うまくいったんだろう、きみ」 「いまNホテルの部屋にいます。沢田敦子とは他人でなくなりました。もう、なんでも教えてくれると思います」  彼女からなにを訊きだせばいいんですか。声をひそめて藤井は訊いた。  せきこんで矢島部長は話しはじめた。    5 「杉本会長の動きを知りたいんだ。この二、三日彼がだれと会ったか、沢田敦子から訊きだしてくれ。あすあさっての予定も知りたい。会長のスケジュールをいちばんよく知っているのは彼女だからな」  よほど大事な指令らしい。自宅にいながら矢島部長は声をひそめている。 「杉本会長のここ数日のスケジュールですね。わかりました。でも、どうして」  藤井克雄は訊かずにいられなかった。  指令の背景をすこしでも知りたい。なにも知らぬまま動くのではロボットと同じだ。 「私にもよくわからんのだがね、上のほうでなにかキナ臭いことがあるらしいんだよ。ヒントだけあげよう。杉本会長の動きを知りたがっているのは、江藤副社長なんだ。つまりきみは、江藤副社長のために情報をとっていることになる」 「まだよくわかりませんね。江藤副社長と杉本会長がライバルなのは知ってますが」 「じゃ、もう一つヒントだ。杉本会長は分割民営化の国鉄の西日本会社の社長の下馬評にあがっている。じつをいうと、この話は江藤副社長がお膳立てしたんだ。会長はなんとかそれをつぶそうとしておられる」 「なるほど。どの方面へ働きかけてつぶしにかかっているかを知りたいわけですね。それなりの対応をするために」 「まあそんなところだ。わが社の上層部の人脈図はきみも承知しているだろう。江藤副社長のために働いて損はないよ。杉本会長が西日本会社へ転出すれば、P電力の実権は完全に江藤副社長のものになるんだから」  そこまで話して矢島部長は電話を切った。  沢田敦子はまだバスルームのなかにいる。藤井はベッドにあおむけになった。自分の役割の意味がやっとはっきりしてきた。  P電力のナンバーワンは名誉会長の義原和重である。昭和三十四年の社長就任以来、二十八年間にわたってP電力に君臨してきた大物だった。現在八十五歳。実務は下にまかせて財界活動に多忙だが、社内では相変らず「天皇」である。  この義原名誉会長のもとで主導権争いをしているのが杉本会長と江藤副社長である。  杉本は社長時代の義原の秘書だった。その後営業、企画など中枢部門をへて、昭和五十二年に社長になった。一昨年、後継者に社長をゆずって会長にしりぞいた。だが、実質的には依然最大の権力をもっている。  江藤副社長も社長秘書の出身である。労務、人事など地味な仕事を担当して副社長となった。義原名誉会長の懐刀《ふところがたな》である。もっぱら機密事項をあつかってきた。  電力会社は発電所用地の買収など、政治がらみ、利権がらみのビジネスが多い。おもてに出せない実務がたくさんある。政治家を動かしたり、各地の有力者を味方につけたり、原発反対運動を懐柔したりするのがそれだ。右翼や総会屋対策もやらねばならない。  江藤副社長はそんな裏の実務の責任者である。年間二十億円の機密費を握っているとの噂だった。社員にとっても怖い人物である。睨《にら》まれたら一生うだつがあがらない。  その江藤副社長のために、藤井は一働きさせられているわけだ。江藤は杉本会長を目のうえのコブと考えている。杉本をよそへ追いだそうとしている。以前は関係官庁へ働きかけて、関西新空港会社の社長に杉本を据《す》える工作をしたらしい。こんどは国鉄である。雲の上の人たちは、ひまにまかせて、次元の低い暗闘をくりかえしているようだ。  敦子がバスルームから出てきた。裸身にタオルを巻きつけている。体をちぢめて藤井のそばに横たわった。すでに一度はげしいセックスをともにした仲である。動作に甘えた感じがあった。 「ああしんど。すこし休みたいわ」  敦子は顔を寄せてきた。藤井は抱きよせてやる。髪をなでた。 「ふだんいそがしすぎるんだよ。会長はヒマで秘書は超多忙。世の中そんなものさ」  藤井は誘導にとりかかった。  是非はともかくとして、副社長のため一肌ぬぐのもわるくないだろう。 「うちの場合は、会長もすごくいそがしいのよ。お飾りやないから。朝から晩までスケジュールがぎっしり。三十分刻みですよ」 「ほんとうか。信じられないなあ。スケジュールといっても、パーティやコンペに出る程度のことが多いんだろう」 「ちがうわ。人と会う時間が多いんです。秘書課でチェックして、どうしても必要な人だけえらぶんやけど、それでも満員。そのうえ会長のほうから相手を指名してスケジュールの調整を命じてきはることもあるし」  藤井は右手を敦子の髪から乳房に移動させた。やさしく愛撫する。  さっき活力を発射したばかりである。欲望は回復していない。だが、愛撫によって敦子の警戒心を眠らせておく必要がある。 「興味があるなあ。雲の上の様子は、おれたちにはわからないからな。会長が指名して会う相手って、どんな人。たとえば最近どんな人と会っているの」 「きょうはね、ええと、関経連会長の比嘉公正さんかな。それから国会議員のNさん。あしたはAビールの松井社長」 「なるほど、大物ぞろいだな。ほかには」 「きのうは運輸大臣と会うてました。主な人はそんなとこかな。けど、最近は社内の打合せも多いんです。ミナミの料亭で、夜おそうまでいろんな重役さんと——」  敦子は顔をしかめた。藤井の右手が女の部分をまさぐりはじめたからだ。  そこはあたたかく濡れはじめていた。やわらかな肉のひだに、欲望の溶液があふれている。透明な感じのある液である。敦子の体には生臭い感じがまったくなかった。  しずかに藤井は、敦子の真珠の粒を指でころがしにかかる。敦子は目をとじて、うっとりした声をあげる。その表情をながめながら、藤井はいまきいた名を頭に刻《きざ》みつけた。  関経連会長、国会議員、ビール会社社長、運輸大臣。国鉄新会社の社長人事に影響力をもつ人物ばかりである。杉本会長は彼らのあいだを駈けまわって、新会社への転出を阻止しにかかっている。 「なるほどな。しかし、うちの重役との打合せが最近多いというのは、どういうことかな。料亭に大勢あつまるのか」 「いいえ、一人か二人ずつみたいです。一晩に何人も会長は会うてはります。話の内容は私なんか——」  敦子はそこで言葉を切った。目をとじて、浅くせわしい息づかいをしている。  相変らず藤井は指をつかっている。濡れたひだの中心部から真珠にかけてやさしくなぞる。ときおり真珠を集中的に刺戟する。敦子は声をあげた。腰をくねらせる。  杉本会長は重役を一人ずつ料亭へ呼んで密談している。  どういうことなのだろう。ただの打合せなら社内で済むはずだ。江藤副社長はそこが不安で、神経質に情報を欲しがっているらしい。 「料亭へ呼ばれる重役って、どんなメンバーなの。若手が多いのかな」 「いや。もうそんな話やめて。なんでそんなこと訊きたがるの。私、愛されたいのに」  敦子はつよい調子でいった。  藤井の男性に手をのばしてきた。不満の声をあげた。まだそれは力を回復していない。 「ほら、よけいなこと考えるからよ。ちっとも元気ないやないの」  敦子は体を起した。横合からのしかかってきた。男性をとらえる。あわただしく手を動かしはじめる。藤井は敦子の足首をつかんでひっぱった。たがいちがいに二人は添寝する。敦子のながい脚が藤井の顔のそばに投げだされた。  その位置で向かいあった。敦子に脚をひらかせる。ふとももの奥の草の下で、ピンク色の花が咲いた。藤井はふとももに手をかけて、さらにおしひらく。ほそながくみえた花が、菱形になった。複雑な花びらが液にまみれて美しくかがやいている。  相変らず敦子は手で男性に快楽をおくりこんでくる。男性はもう硬くなっていた。藤井は手をのばして、敦子の花をまさぐる。花びらと真珠のとりあわせに見入った。  藤井の顔をみつめながら敦子は手を動かしている。秘密の花に魅入られた男の顔が刺戟になるらしい。上気して赧くなっている。美しい顔が欲望でこわばっていた。  二人はしばらく手で愛撫を交換した。こんどは淫《みだ》らなキスにならなかった。藤井は敦子の秘密の花を、敦子は藤井の顔をみつめつづける。くちびると舌をつかうと、おたがいに見たいものが見られなくなってしまう。  真珠の粒を藤井は指さきでこまかく左右にふるわせてやった。それが決定的な刺戟になった。  短く敦子は声をあげた。あえぎはじめた。懸命に手を動かしている。だが、快楽をこらえきれなくなったらしい。そりかえった。 「もうだめ。もういってしまう。きて、藤井さん。入ってきて」 「かまわないよ。いってしまえよ。女はなんべんでもいけるんだから」 「いや。入ってきて。もったいない——」  藤井の手をつかんで敦子はひっぱる。  あおむけになった。藤井は上体をおこした。白い裸身におおいかぶさってゆく。  正面から突きいれた。腹を浮かせて敦子に両脚をとじさせる。男性がぴったりしめつけられた。そのまま藤井は動きだした。  下地ができている。たちまち敦子はそりかえった。両手で藤井の腰に爪を立てる。呻きはじめた。太い声だ。 「ああ、きついわ、きつい——」  敦子は口走った。そのまま痙攣して、オルガスムスに到達する。  藤井のほうはさっき活力を発射したあとだ。いくらでも持続できる。敦子がおちつくのを待って、また動きだした。    6 「そうか。杉本会長は各重役と個別に会談しているのか。どういうことかな。社内世論を有利にする気なのかな」  藤井克雄の報告をきいて、矢島部長は腕を組んで考えこんだ。  沢田敦子とホテルでセックスをたのしんだ翌日である。二月二十五日だった。会社の近くのホテルの喫茶室に二人はいた。出勤してまもなく藤井は呼びだされたのだ。  しばらく矢島部長は思案していた。やがて、席を立って電話をかけにいった。江藤副社長へ報告して指示をあおぐのだろう。  五分ばかり部長は電話で話していた。緊張した面持だった。 「杉本会長が関経連会長や運輸大臣に働きかけをすることは、だいたい見当がついていたんだ。しかし、うちの重役と個別に会談していたことは副社長も知らなかったよ。会長と会ったメンバーをすぐ調べてほしいそうだ」  部長は藤井の顔をみつめた。有無をいわせない目の色である。 「しかし、強引にやると彼女が警戒します。きのうだって、もうすこしで」 「そこをなんとかしろ。きみは岐路《きろ》に立っているんだぞ。ここでうまくやれば将来重役だって夢じゃない。勝負してみろ」 「でも、勝負ならフェアにやりたいですね。色仕掛けで情報をとるなんて、ひっかかりますよ。ちゃんとした男のやることじゃない」 「そんなきれいごとは通らんよ。子供じゃあるまいし。きみはもうあともどりできないんだ。ここで二の足をふむようだと、会長秘書とのオフィスラブを逆に問題にすることもできるんだからな」  矢島部長は藤井を睨《にら》みつけた。  ともかくしっかりやれ。いいのこして、伝票を手に喫茶室を出ていった。  藤井はくちびるを噛んだ。いくら親分格の矢島でも、いまの高圧的ないいかたはゆるせないと思った。江藤副社長の人格についても疑問がわいてくる。こんなやりかたで杉本会長を追いだし、社の実権を握ろうとする人物を上において、社員は幸福になるのだろうか。江藤副社長に協力することが、P電力のためになるのかどうか。  だが、いまおかれた状況としては、協力せざるを得ないだろう。そっぽを向いて、副社長に迫害されるのも困る。  藤井は腰をあげた。喫茶室を出て、公衆電話のまえへいった。会社の会長秘書デスクを呼びだした。沢田敦子が応答する。藤井とわかると、たちまち声が小さくなった。 「きのうはありがとう。また会いたくなった。昼休み、Rホテルへきてくれ。部屋をとって、なかで待ってる」 「そんな。あわただしすぎるわ。会うなら夜ゆっくり——」 「あしたから十日間出張なんだ。当分会えない。きみを抱いてからいきたい」  敦子はことわれなかった。約束ができた。  会社へかえって藤井は仕事をした。昼まえにオフィスを出て、Rホテルへいった。予約しておいた部屋へ入る。  藤井はシャワーをあびた。ベッドで待機した。やがて部屋のチャイムが鳴る。立っていって扉をあけた。敦子が入ってくる。小さな悲鳴をあげた。藤井は全裸だった。通路で彼は敦子を抱きしめる。くちづけした。 「時間がない。さ、いそごう」  敦子は会社のユニホームを着ている。その胸を藤井はまさぐった。たちまち敦子はやわらかくなってもたれかかってくる。  スカートのなかへ藤井は手をいれた。パンストとショーツをひきおろした。  敦子は逆らわない。まず靴をぬいだ。ついで下着類を足からぬきとった。藤井は敦子にうしろを向かせる。壁ぎわのテーブルに両手をつかせた。スカートをまくりあげる。ヒップと長い脚がむきだしになった。  ヒップの合せ目の下から藤井は右手をさしいれる。やわらかな女の部分をさぐった。じゅうぶんに濡れている。さらに指でかきまわしてやる。敦子は声をあげた。ヒップに力がこもって窪《くぼ》みができる。体をくねらせる。 「十日も出張なの。さびしいわ私」 「きみもいそがしいんだろう。夜は会長のお供で料亭までいかなくてはならない」 「私はいかんでもいいの。手配するだけ。今夜は××常務と××取締役の番やわ」 「会長も多忙なんだな。いままで何人ぐらいの重役を呼んだんだ」 「二十人ぐらい。ほとんど全員よ。呼ばれてないのは江藤副社長と××専務と。ほんの三、四人」  ああ感じる。はやくきて。ヒップを敦子は突きあげてきた。  藤井は敦子のヒップの合せ目の下へ男性をおしあてた。一気に入った。動きだした。ゆっくりたのしんでいるひまはない。荒っぽく動いた。敦子は呻き声をあげて机に頭をふせる。両手でしがみついた。  ユニホームのスカートがときおりずり落ちそうになる。それをささえて藤井は動いた。指で真珠の粒をさぐりつづけた。  その夕刻、矢島部長から催促の電話が入った。今夜沢田敦子と会って情報をとります。藤井はそうこたえておいた。  あくる二月二十六日。P電力では朝から定例取締役会がひらかれた。  通常の議題が消化されたあと、杉本会長が緊急動議を出した。来期の取締役候補者のリストを提出し、承認をもとめたのである。  義原名誉会長と江藤副社長の名はリストになかった。事実上、二人の解任動議だったわけである。出席者二十八名のうち、二十二名がこのリストを承認した。義原、江藤らにとって、この解任劇はまったくの不意討ちだった。抵抗のすべもなく、二人はそれまでのポストを追われてしまった。 「P電力は老害がひどかったからな。江藤さんの専横も目にあまった。これですっきりした」  この人事は多くの社員に歓迎された。藤井克雄が一役買ったことはだれも知らない。 (第六話 了) 第七話 転勤前夜    1  大阪府下M市の駅で電車をおりると、午後四時だった。駅はまだ空いている。  片岡淳一はリュウエーM市店のほうへあるきだした。足どりはかるい。道路がムービングウォークのように感じられる。  片岡は大手スーパー・リュウエーM市店の店長をしている。三十五歳になったばかりだ。吹田《すいた》市にあるビジネスセンターの人事部に呼びだされたかえりだった。  転勤の内示をうけた。六月一日付で東京ビジネスセンターの営業企画本部へ移ることになった。ランクは主事。一般の会社でいえば課長クラスだろう。  がんばってきた甲斐《かい》があった。八時、九時まで働くのが当然みたいな日々だった。  リュウエーの社員はよく働くという定評がある。管理職志向のある者はとくにそうだ。片岡淳一もその一人だった。店長になってからは、休日も仕事のなかにあった。  三年まえ、店長になったとき、M市店の売上高は月に八億円だった。いまは十一億である。円高差益を生かす品揃えをやって、利益率も高い。そのあたりを評価されたのだ。  リュウエーは大阪が発祥である。神戸に本社をおいている。店舗数も大阪がいちばん多い。だが、社長以下、おも立った経営スタッフは数年まえから東京に移った。首都圏の制覇《せいは》が全社のテーマになっている。その東京へ転勤してゆくのだ。社の中枢部門へ送りこまれることを意味している。  いまは五月の中旬である。転勤まであと二週間しかない。かたづけておかねばならない仕事が山ほどあった。あすといわず今夜からいっそう多忙になるだろう。  考えながら片岡は商店街へ入った。リュウエーM市店はこの奥にある。商店街はにぎわっていた。魚屋や青果店の店員が声をからして客を呼んでいる。対面販売が好きな消費者はまだまだ多いのだ。 「店長、外出してはったんですか」  人混みのなかで声をかけられた。  女子社員の田島|沙織《さおり》だった。まだ社のユニホームを着ている。さわやかな笑顔が、白い大きな花のように浮かびあがった。 「吹田へいってきたんだ。きみは」 「市場調査です。マーケットやお惣菜《そうざい》屋さんをのぞいてきました。みなさん、いろいろ工夫してはるわ。刺戟《しげき》になります」  肩をならべて二人はあるきだした。  女子社員のユニホームは半袖である。田島沙織のふっくらした二の腕が片岡の視界にちらついた。初夏なので、まだ日焼けしていない。腕の内側は生白かった。  胸のふくらみも気になる。さほど大きくはないが、美しい乳房なのだろう。果物の香りのような魅力が沙織の体から立ちのぼっている。肩を抱きたい衝動に片岡はかられた。  田島沙織は食品売り場の担当である。お惣菜のコーナーに力をいれていた。山菜と北国の魚をとりあわせて煮たり、牛肉をよく煮こんでお握りのタネにしたり、いろいろ工夫をこらしている。最近では何種類かのお菜をそろえたランチを開発、ちょっとしたヒット商品に仕立てあげた。  アルバイトやパートタイマーとちがって、いつも創意工夫をこらしている。美しさも仕事ぶりもM市店ではナンバーワンである。 「田島さんのご主人は倖せだな。いつも美味《うま》いお菜をたべているんだろう」 「よくそういわれるんです。実態はちがうんですよ。家では手ぬき専門。カレーライスやハンバーグが圧倒的に多いんです。自分で料理するのは、情熱がわきません」 「やっぱりお金にならないからかな。最近、そういう主婦が多いね。自分のうちの家事は旦那にやらせて、パートでよその家の掃除洗濯をしにいく」 「私もそのクチなんです。今夜も外食です。主人が出張でいないから」  沙織は結婚している。年齢は二十七か八のはずだ。まだ子供はいない。  夫は大手の化学会社の営業部に勤務している。出張が多いらしい。沙織はそれを歓迎している。夕食の支度が要らないからだ。 「そうか。じゃ、いっしょに食事しようか。美味《うま》いステーキでもたべよう」  思わず片岡は口にだした。沙織といっしょに働くのも、あと二週間なのだ。 「ほんとですか。わあうれしい。デラックスな夕ごはんになるわ」  両手を胸で握りあわせて沙織はよろこんだ。二の腕がやわらかそうに盛りあがった。 「なんだ。ステーキだからうれしいだけか。パートナーがだれかは関係ないんだ」 「ちがいますよう。店長とごいっしょするよろこびが八十パーセント、ステーキのよろこびは二十パーセントです。ほんまですよ」  果物の香りのような色気が、また沙織の体から立ちのぼった。  かるい目まいを片岡は感じた。独身の女の子とはやはりちがう。若妻には男の本能をかき立てる色香がある。沙織をつれて夜の街をあるくことを考えるだけで、片岡は顔が熱くなった。  リュウエーM市店には、パートタイマーやアルバイトをふくめて約百名の女子従業員がいる。男子は三十名たらずだ。  女性が多いだけに、スキャンダルは恐い。妻子のいる男性が女子従業員と仲よくなると、ほかの女子従業員から総スカンを食う。仕事がやりにくくなってしまう。  まして片岡は店長である。まちがっても特定の女性に親しいそぶりはみせられない。働きづめでその余裕もなかった。田島沙織に熱っぽい視線を注ぎながら、これまでいっしょにお茶を飲んだこともなかった。だが、とつぜんチャンスがきた。この店にいるのもあと二週間。その意識で片岡は大胆になった。フラれてもいい。恋心を打ちあけてから、この地を去るつもりである。  駅前の喫茶店で午後七時に待ちあわせる約束をした。二人はM市店へかえった。片岡はオフィスへ、沙織は食品売り場へ向かった。きれいな脚をおどらせて階段をおりてゆく沙織のうしろ姿に片岡は見惚《みほ》れた。  地階にあるオフィスへ入った。二十人ばかりの男女がいつものように机に向かっている。まだだれも片岡の転勤を知らない。なにもいそいで知らせることはない。あすの朝全員のそろったところで発表すればいいだろう。  片岡は席についた。猛烈な勢いで仕事をはじめた。きょうは残業ができない。しわ寄せがあす以降にくるだろう。いまのうち、すこしでもがんばっておく必要がある。    2  午後七時に片岡淳一は約束の喫茶店へ入った。  田島沙織はもうきていた。片手を小さくふって片岡を迎える。  さわやかな藍《あい》染めのオーバーブラウスに白いパンツを沙織は着ていた。店内でみるのとはちがった、おちついた雰囲気である。彼女が人妻であることを意識させられてしまう。 「家へかえって着替えしてきました。せっかくのデートやから、張りきって」  沙織は笑った。表情はおだやかだが、目は生き生きしている。  店からバスで十分ぐらいの場所に彼女は住んでいるという。マンション暮しだ。 「それならミナミへ出よう。じつは、きょうはお祝いごとがあるんだ。きみとささやかなパーティをやりたい」 「なんですか。お祝いごとって」 「あとで話すよ。ともかく地元をはなれよう。人目につくとうるさいから」  コーヒーもそこそこに片岡は腰をあげた。二人は喫茶店を出た。  電車で大阪市内へ向かった。扉のそばに立って二人は雑談した。車輛が揺れて、ときおり二人の体がぶつかりあう。片岡は皮膚が敏感になって一々それを意識した。  沙織はなにも気づかないような顔をしている。化粧品の香りが片岡を酔わせる。その効果をうかがうように沙織は片岡をみて、 「きょうは記念すべき日です。夫以外の男性と会うのははじめて」  と、意味ありげなことをいった。  片岡は胸がどきどきした。沙織には不倫願望があるのかもしれない。まさか、と自分にいいきかせる。人妻が夫以外の男性と親しくなるのは、かんたんなことではないはずだ。過大な期待は禁物である。自分の想いをうちあけるだけで満足しなければならない。  ミナミのNホテルのレストランへ入った。ステーキとグリーンサラダを注文した。ワインはコルトンの赤をおごった。乾盃する。うっとりと沙織は口のなかで酒をころがした。  お祝いごとってなんですか。沙織は訊いた。転勤の話を片岡はうちあけた。 「まだだれにも話していないんだ。あした事務所で発表するけどね」  沙織は息をのんだ面持《おももち》だった。  ワイングラスをテーブルにおいた。沈んだ表情になった。目をふせて考えこんだ。 「どうした。祝ってくれないのか」 「いってしまうんですか店長。そうですよねえ。いつかはあることやと思うてたけど。店長はN社員やから」  沙織は顔をあげた。泣き笑いの表情になって、片岡をみつめた。  リュウエーは限定勤務地制度をとっている。三つの勤務コースがある。社員はその一つをえらぶことができる。  一つはN社員のコースである。Nはナショナルの略号だ。このコースをとると、全国百六十六店のどこへ勤務させられても、拒否できない。その代り将来は管理職からトップへ昇進できる。  二つ目はP社員コースである。Pはプロフェッショナルを意味する。このコースをえらんだ社員は、関西、関東、東海など特定のブロック内でしか転勤がない。各地方の風土に精通した販売主任に育成される。田島沙織はこのP社員である。  三つ目はE社員コース。Eはエキスパートの略である。このコースをえらぶと、転居が必要な異動の対象にはならない。地元に密着して生活できる。その代り管理職に登用される希望はない。高卒の女子社員などは、たいていこのコースをえらぶ。 「夕方きみに会ったとき、内示をうけたかえりだったんだ。おれ、胸がキュンとなったよ。神さまのおひきあわせだと思った」 「どういうことですか、それ」 「ずっとまえからきみにデートを申しこもうと思っていたんだ。きみが好きだった。この気持を伝えずに転勤してはいけない。神さまにそういわれたような気がしたよ」  二人はみつめあった。押し負けたように、沙織は目をふせた。  残酷ですよ店長。いまになってそんな。沙織はつぶやいた。ワインを飲みほした。 「なんでもっと早くいうてくれなかったんですか。私、うれしかったのに」 「きみは人妻じゃないか。やっぱりためらったよ。それに職場での立場もある。なによりも、いそがしくて心の余裕がなかった」 「いなくなるのなら、だまって去ってくれはったらよかったのに。私、つらいわ」  沙織は微笑んだ。目が泣いている。 「深刻に考えなくてもいいよ。二人だけで送別パーティをやりたい。わかれを惜しんでくれれば、おれ、思いのこすことはないよ」  あらためて片岡は、グラスを沙織のグラスにぶっつけた。  いまの言葉は本心だった。これから沙織をどうにかできると思うほど、うぬぼれてはいない。沙織も好意を抱いていてくれたことがわかっただけで満足である。 「人妻であることにこだわってほしくなかったわ」  沙織はつぶやいた。ステーキがきたのに、手をつけなかった。 「ご主人とうまくいってないのか」 「いいえ。ふつうにいっています。私がいいたいのは、店長かて奥さんと子供さんがおられるということ。五分五分でしょ」 「なるほど。そんな考えもあるのか」 「人妻かて人間です。すばらしい男性がそばにいたら、好きになります。店長に私、あこがれていました。もしさそわれたら、夫を裏切っても仕方ないと思うてたんです」  片岡は息苦しくなった。  歓喜と悲哀が同時におしよせる。当って砕ければよかったと思う。立場だの境遇だのにこだわって、いちばん大事なことをないがしろにしていた。人生をすばらしいものにする情熱が足りなかったといってよい。 「バカだったな、おれ。一種のなまけ者だったんだ。哀れな会社人間だった」 「そんな顔せんといてください。さ、お祝いしましょう。おめでとうございます店長。ついにエリートコースに乗られましたね」  沙織は一息にグラスをあけた。いそいで酔いたがっているようだった。  やっと二人はステーキをたべはじめた。三分の一ほど片岡はのこした。沙織も同様である。恋愛と食欲は両立しない。肉の匂いよりも肌の香りを吸いたくなる。  コーヒーを飲んで二人は席を立った。  景気よくディスコへいこう。話しあった。ホテルの地階にアダルト向きのディスコがある。二人はそこへいった。  ディスコは空《す》いていた。数人の男女がフロアで踊っているだけだ。三十五歳ともなると、空いたフロアで踊るのは照れる。テーブル席でしばらく水割りを飲んだ。  沙織はまだ若い。生き生きした顔でフロアをみている。音楽にあわせて体を揺すった。やがて、苛立《いらだ》たしそうに腰をあげた。 「元気出しましょうよ。さ、踊りましょう。私たち、まだ若いんですよ」  二人はフロアへ出た。  踊りはじめた。沙織はあざやかな身のこなしだった。たちまち片岡もつりこまれる。どっと酔いがまわってきた。暑くなる。全身を血液が駈けめぐった。しなやかな沙織の体が挑発的にくねる。片岡は学生時代に舞いもどった気分になった。沙織との恋愛がはじまろうとしている。そう考えたかった。  四、五曲つづけて踊った。曲の切れ目へきたとき、沙織はよろめいた。いそいで片岡はささえてやる。沙織はもたれかかってきた。 「いってしまうのね、店長。いじわる」  片岡の肩へ、沙織は頭をこすりつけた。  自制心を片岡はなくした。人目があろうと、くそくらえだ。沙織を抱きしめる。くちづけにいった。沙織は応じてきた。あえぎながら片岡の舌をうけいれる。さらりとしたくちびるの感触に片岡は酔った。しなやかな体を抱きしめる。沙織の体から、肌の香りをしぼりだしたい思いにかられる。 「抱かせてくれ、沙織。おれ、このままでは死んでも死にきれないよ」 「私ね、気が変ったの。いってしまう人に抱かれるのはいややとさっきまで思うてた。けど、いまは反対。いってしまう人やから、すぐに抱いてほしい。正直な気持」  人生は短いですものね。チャンスは逃したらいかんわ。彼女はつぶやいた。  二人はディスコを出た。ロビーのすみに沙織を待たせて、片岡はフロントへいった。ダブルベッドの部屋へチェックインした。  エレベーターで十二階へのぼった。沙織の手を握りしめて部屋へ入った。  あらためて抱きあう。沙織は酔いがまわってふらついていた。くちびるをあわせると、あえぎはじめた。下肢をおしつけてくる。みかけよりもゆたかなふとももだった。夢のようだ。片岡は思った。 「待ってね。シャワーあびるから」  やがて沙織は片岡からはなれた。  浴室のそばのクロゼットで服をぬぎはじめる。片岡はベッドに腰かけてそれをみていた。沙織の率直さがうれしかった。  服とパンツを沙織はクロゼットのなかへしまった。ブラジャーとパンストとショーツだけになった。それもぬぎはじめる。  沙織は全裸になった。下腹部の草むらをみて、片岡は勃起した。    3  裸になって浴室へ入るまで、田島沙織はいっさいこちらへ目を向けなかった。  片岡淳一を無視しているみたいだった。  淡々と沙織は服をぬいだ。下着類をクロゼットのなかへおいた。白い裸身をみせつけるように、ゆっくりと浴室に向かった。  服をぬぐあいだ、沙織の下腹部の草むらは黒い短冊のようにみえた。彼女がこちらを向いた瞬間、それは逆三角形になった。彼女が浴室の扉の把手をつかんだとき、草むらは横に向けて立てた黒いブラシのようになった。  沙織は浴室のなかへ消えた。窓ぎわの椅子に腰かけて、片岡はため息をついた。草むらにばかり見惚れて、沙織の裸身の美しさを味わう余裕がなかった。均整のとれた裸身が、夢みたいに思いかえされる。  われにかえって片岡は腰をあげた。服をぬいで浴衣に着替える。冷蔵庫から缶ビールをとりだして、夜景をながめて飲んだ。おちつかねばならない。緊張しすぎると、セックスの持続力がなくなる。  それにしても、夢のような幸運だった。沙織が好意を抱いていてくれたなんて、まったく気づかなかった。  思いきって沙織をさそって、ほんとうによかった。きょう機会を逃せば、好意を寄せあったことさえ知らずにはなればなれになるところだった。人生はおもしろい。ちょっとした勇気をだせば色どりが変る。小さな決断のおかげで、片岡も沙織も大きな思い出をつかむことができるのだ。  沙織が浴室から出てきた。体にバスタオルを巻いている。椅子にかけたまま、片岡は両手をのばして彼女を待った。  微笑んで沙織は近づいてきた。上体をかがめてくちづけにくる。片岡は応じた。むきだしの肩と腕からむっと色香がおしよせてくる。タオルのうえから片岡は沙織を抱きしめる。適度なやわらかさと重みとぬくもりを、全身でたしかめた。  沙織をひきよせる。ひざに腰かけさせた。首すじや肩にキスしてやる。かすかな石鹸の香りと、湿った肌の感触にうっとりする。片岡は沙織の顔に見入った。 「あんまり見んといて。恥ずかしい」  沙織は上気していた。こわばった顔に、無理に笑みをうかべる。 「まだ信じられないんだ。田島沙織とこうしているなんて」 「私も。はっと気がついたらこうなってた。三年間もなんにもなかったのに」 「うれしいよ、思いがかなって。待つのが長かったから、とくに感激が大きい」 「店長に抱かれるのが夢やったわ。けど、まさかと思うてました。夢のかなうこともあるんですね、人生には」  はげしく抱きあった。あらためてくちづけをかわした。沙織の呼吸がみだれる。  沙織のふとももが片岡の男性を圧してくる。タオルがまくれて、ふとももがあらわになった。きれいな脚だった。ふくらはぎが張って、足首はひきしまっている。毎日勤勉に働いている女の脚だ。  乳房がタオルにおしつぶされている。片岡はタオルをずりさげようとした。沙織が手をおさえる。かぶりをふった。 「シャワーにいってきて。ベッドで待ってるから」  沙織は片岡のひざからおりる。ベッドに横たわった。  片岡は浴室へ入った。手ばやくシャワーをあびた。ずっと勃起したままである。水の雨をあびせて、昂奮をしずめた。いいセックスをしなければならない。沙織が人妻であることを意識していた。夫よりへたくそでは沽券《こけん》にかかわる。  腰にタオルを巻いて浴室を出た。まっすぐベッドへ向かった。  胸まで沙織は毛布をかけている。片岡は毛布を剥《は》ぎとった。悲鳴をあげて沙織は両ひざを折った。全裸である。背を向けた。そばへ片岡はとびこんでいった。  沙織はこちらを向いた。あえぎながら両手両脚で抱きついてくる。もう切なそうな声をもらしていた。抱きしめながら片岡は手で沙織の腰やヒップをなでまわした。  腰はひきしまって固い。ヒップは後方へ突きでている。ふとももは重くて弾力があった。妻の体とのちがいを片岡はたしかめた。結婚してから、何度かソープランドであそんだことはある。だが、プロでない女の体を抱くのは、はじめてだった。  気がつくと、沙織も手で片岡の背中や腰やわき腹をなでまわしている。夫の体との手ざわりのちがいを実感しているらしい。片岡は沙織の右手をつかんで、自分の男性へ誘導した。沙織の指が男性をとらえた。やさしく握りしめてくる。  片岡も沙織の女の部分へ手をやった。やわらかな草むらを素通りして、あたたかい、窪《くぼ》んだ箇所へ指がとどく。沙織は声をあげた。窪みは熱く濡れている。妻のその部分にくらべて、肉の厚い感じがある。  片岡は指を動かした。渦を巻くようにして人差指と中指がやわらかな深みへ吸いこまれていった。片岡はかきまわした。指さきを上向けて、空洞の上側の固い部分を圧《お》してみる。沙織は大きな声をあげる。片岡の男性から、もう手をはなしている。  空洞の上側に敏感な部分があるのは、片岡の妻とおなじだった。片岡は安心した。沙織を充分よろこばせてやれるはずだ。指を二本沙織のなかにすべりこませたまま、片岡は親指で真珠の粒をおさえた。手馴れた指の動かしかたになる。  沙織は目をあけた。茫然とした表情である。片岡の指の動きにつれて、体が揺れはじめた。上下に揺れ、左右に動く。片岡の指のつけねのあたりが熱くなってくる。 「ああ、おかしいわ。おかしい——」  うわごとのように沙織はいった。まだ茫然として目をあけている。 「どうした。感じないのか」 「感じる。すごく感じるの。知らんかったわ私。そこがいいなんて」  沙織はまた声をあげた。  片岡の二本の指で圧されている部分のことをいっているのだ。  夫がここにさわってくれないのか。指をつかいながら、片岡は訊いてみた。指をうけいれても快感がなかった。沙織はこたえた。指さきを鉤《かぎ》のように曲げて空洞の上方を圧す手管《てくだ》を、夫は試《こころ》みなかったらしい。  沙織の敏感な真珠の粒は、片岡の妻のそれより大きかった。固い粒が親指の腹をくすぐる。ころがすように片岡は親指をつかう。人差指と中指で、裏側から真珠の粒を突くような動きをつづける。  ああ、いい。うっとりと沙織はつぶやいた。ふとももの内側に力がこもったり、ゆるんだりする。指をつかいながら、片岡は彼女の乳房に吸いついていた。沙織は片岡の片手を握りしめる。はじめてよ、はじめてやわ。念をおすように彼女はつぶやいた。  二本の指さきへ片岡は力をこめてみた。苦痛がないか、心配になるくらいだった。  沙織の呼吸がはやくなった。大きな魚のように、白い体がおどりだした。 「そこ圧して。もっと。ぐりぐりして」  あとは言葉にならない。  あっ、あっと沙織は声をあげた。とつぜん硬直した。呻《うめ》いてのけぞってから、やわらかくなる。乳房から顔をはなして、片岡は彼女をみつめる。  沙織は目をとじていた。大きく息をしている。口から舌がのぞいていた。乳房をもとめる赤ん坊のようだ。沙織のこんな顔をはじめてみた。秘密を垣間《かいま》みた気分になる。やさしい感情が片岡はあふれそうになった。  愛撫を再開した。しばらくつづける。また沙織は頂上にたっした。こんどは反応が大きかった。沙織はのけぞって、上体を右へ左へ反転させた。シーツをかきむしる。太い声で呻いた。白い肌が汗でキラキラする。  もう一度、片岡は指を動かそうとした。沙織がその手をおさえる。片岡は沙織のなかから指をひきだした。抱きついてきて沙織は片岡の胸に顔を圧しつける。 「感じやすいんだな。指だけでいけるなんて」 「はじめてやもん。全然知らんかった。あんなとこが感じるなんて」 「よかったよ。いい記念になる。きみの性感帯の開発に役に立ったわけだ」 「私、恐くなってきたわ。店長がわすれられなくなりそう。追いかけて東京へいこうかしら。N社員に申請替えして」 「でも、N社員になっても、希望の土地にいけるとはかぎらないからな。山のなかの小さな町に送りこまれるかもしれないぞ」 「わあ、店長、恐いんでしょう。ほんまに私が東京へいったら、どないしよう思うてるくせに。どう。図星でしょう」  沙織は片岡の胸を指で突いた。  片岡は苦笑した。図星ではなくとも、的はずれではない。 「そんなことないよ。大歓迎だよ。マンションを借りてきみを迎えてあげる」 「心配せんでもいいですよ。私かて大人です。無茶はしません。けど、店長が大阪にいてはるうちは、私、わがままいいますよ」  沙織はあわただしく上体を起した。    4  あおむけに寝た片岡の両脚のあいだへ、沙織は正座した。  顔をふせてきた。男性を両手でおさえる。口にふくんだ。頭を上下に動かしはじめる。  髪がたれさがった。顔がかくれてしまう。かたちのいい乳房が揺れ動いた。  つよく吸いながら、沙織は頭を動かしつづける。ときおり舌をおどらせる。男性の頭の裏側を刺戟してきた。上手だった。片岡は沙織の姿をみつめながら快感に身をまかせる。全身の力がぬけた。男性にだけ活力がみなぎって、痛いほど固くなった。  片岡は口にだして沙織のテクニックを賞めてやった。片手で髪をかきわけて、いっそうあわただしく彼女は頭を揺すった。  やがて、沙織は男性から顔をはなした。深くうつむいた。男性の下方にあるふくらんだものへ舌をおどらせてくる。小さな生き物のように舌がおどる。ふくらんだものをもちあげて、それをつづける。  片岡は呻いた。下肢の筋肉がこわばる。新鮮な、くすぐったい快感である。 「どう。このへん感じる」  顔をあげて沙織は訊いた。  ふくらんだものの下方がすっと冷えた。唾液がかわいてゆく。 「すばらしいよ。九十点だ。すごく感じる」 「九十点ですかあ。あとの十は」  上体をおこして片岡は沙織の手をとった。  男性をとらえさせる。手を動かさせてやった。そうしながらいまの舌の奉仕をつづけてほしい。注文すると、沙織はそのとおりにはじめた。  申しぶんなかった。しばらく片岡は陶酔した。腹のなかから快楽がおしよせてきそうになる。必死でこらえていた。  とつぜん片岡は、思ってもみない異様な感覚に突き動かされた。彼は声をあげた。沙織の指がアヌスへすべりこんできたのだ。苦痛七分、快感三分がまじりあう。はじめて味わう感覚である。  沙織の右手は男性をとらえて動きつづけている。左手の人差指を彼女はこじいれてきたらしい。片岡は顔をあげて沙織をみた。じっと彼女は片岡の男性のあたりをみつめている。目がかがやいていた。玩具に夢中になっている子供のようだ。  痛いの。沙織は顔をあげた。すこし。片岡はこたえる。安心したように沙織は自分の手のあるあたりに視線をもどした。  片岡は声をあげた。アヌスの奥のほうからするどい快感がこみあげてくる。指を鉤《かぎ》状にあおむけて、突いてきている。奥深い性感が錐《きり》のようにねじこまれてきた。  ホモセクシュアルのよろこびはこれなのだ。片岡は思い知った。いても立ってもいられない感覚である。ひとりでに体が揺れた。苦しいくらいだ。思わぬ性感帯を片岡も知らされたことになる。 「すごいこと知ってるんだな。家でこんなふうにしているのか」  息を切らせて片岡は訊いた。後方からの快楽は、しだいに厚みを増してくる。 「本で読んだの。一度してみたかった。家ではこんなこと、せえへんよう」  沙織はたのしそうだった。  指さき一つで上司の片岡を悶《もだ》えさせている。勝ち誇った様子である。  片岡は起きあがった。これ以上じっとしていると、快楽をおさえきれなくなる。沙織の腕をつかんでひきよせた。あおむけに寝かせる。ひらかれたふともものあいだへ割りこんだ。沙織の両脚を高くあげさせて、肩にかついだ。男性を秘密の部分にあてがう。  ピンク色の花が咲いていた。あてがったまま片岡はそれに見惚れた。かたちのちがう二枚の花びら。上から覗《のぞ》く真珠の粒。花びらは肉が厚い。男性に左右から巻きついてくる感じがした。おしあてた男性が、まんなかへわずかに沈んでいる。 「はやくきて。はやく」  沙織はあえいでいた。両脚を高くあげさせたまま、片岡は入っていった。  動きだした。沙織のヒップの一部が片岡の下腹部に当る。餅《もち》のようにゆたかな感触である。男性のうける圧力はまだつよくない。沙織はかるく口をあけて目をとじている。  しばらく動いた。快感がすこし濃厚になった。やわらかな肉が男性にまとわりつく感触があった。この姿勢で動くと、男性をうけいれている箇所がかなり深いように感じる。沙織は大柄ではないのに、そこは深い。  片岡は思いだした。沙織をはやくオルガスムスにおしあげるには、体のなかのあの敏感な部分を攻める必要がある。両脚を高くあげた姿勢ではうまくいかないようだ。  男性を片岡はぬきとった。沙織をうしろに向かせる。這わせてヒップを高くあげさせた。丸く張った、合せ目のひきしまったヒップだった。脂肪のひしめく肌の感触をたしかめる。それから突きいれた。角度に工夫をこらして動いてみる。 「どうだ、当ったか」  片岡は訊いてみた。動きをつづける。  沙織はこたえない。男性の角度が効果的ではないようだった。  片岡は沙織からはなれた。その場へあおむけになる。うしろを向いて馬乗りになれ。彼は命じた。沙織は乗ってくる。ゆっくりとヒップをおろして男性を迎えいれた。  動いてごらん。片岡は命じた。沙織は動きだした。うまくいかない。男性が体からとびだした。あわてて沙織はやりなおした。夢中になって息をはずませている。  沙織は動きだした。前後に揺れる。コツがわかったようだ。ヒップを片岡の腹に落して動きつづける。 「当ったア。いま当った」  沙織は泣き声をあげた。  あわただしく動きだした。丸いヒップがはんぶんつぶれた恰好で前後に揺れる。  当ってるう。当ってるわ。沙織はもう夢中だった。とびはねている。  彼女の呻き声をきいて片岡は目をとじた。    5  転勤の前日になった。  片岡淳一はオフィスでいつものように朝礼をすませた。  転勤のことにはふれなかった。今夜送別会がある。パートやアルバイトをのぞく全社員が出席する。その席で挨拶すればよい。  あすはもうこのM市店へ出てこない予定である。正午すぎの新幹線に乗るつもりだった。妻子もいっしょである。  引越しの荷づくりはもう済んでいる。あした九時に、運送会社がマンションへ荷物をとりにくる約束になっていた。荷物をひきわたしてから新大阪駅へ向かうのだ。  朝礼のあと、片岡はいつものように店内のみまわりに出た。M市店もきょうかぎりだと思うと、やはり感慨にとらわれる。売り場の一つ一つに思い出がある。精魂こめて品揃えをやった。人の配置や商品のレイアウトにも工夫をこらした。それが報《むく》われて、東京の中枢部門に招かれたのである。  トラブルもたくさん経験した。ばかばかしくなったり、うんざりしたことも多かった。だが、いまはすべてをゆるせる心境である。努力を上にみとめられた。そのうえ、田島沙織にたいする長年の想いもかなえられた。過去の小さな苦労にこだわっては、贅沢《ぜいたく》というものだろう。 「店長、お元気で。たまにはM市店にもあそびにきてくださいね」 「残念やわ。いっぺん店長とデートしたかったのに。うちら、また失恋ですよ」  パートの主婦たちが声をかけてくる。  みんな片岡の栄転を知っていた。なかには反感を抱いた者もいるはずだが、一様にわかれを惜しんでくれる。すべてをゆるす心境は彼女らもおなじなのだろう。  食品売り場へ片岡はいった。田島沙織がユニホーム姿で商品の配置を指揮している。さっきまで彼女はオフィスにいた。そのときは気づかなかったが、疲れたような顔色をしている。風邪でもひいたのだろうか。 「どうした。しんどそうだな」  近づいて片岡は声をかけた。  沙織はふりかえった。微笑んでかぶりをふってみせる。睡眠不足なのだという。 「いよいよきょうかぎりですね店長。こうしていると、発《た》つのがいやになりませんか」 「まったくだ。立ち去りがたいよ。とくに食品売り場がなつかしい」 「ほんまですよ。スーパー・リュウエー広しといえども、ここのお惣菜コーナーほど美味《おい》しいもんがおいてあるとこはありません」 「まあ今夜は盛大にわかれを惜しもう。田島さんの歌をきかせてもらいたいよ」  そばにパートやアルバイトの女性がいる。秘密の話はできなかった。  送別会、二次会のあと沙織とデートする約束である。この近くのホテルの部屋で、沙織がさきに待っていることになっていた。  あれから三度、沙織とホテルへ入った。会うたびに、ベッドで沙織の魅力が増していった。いまわかれるのはいかにも惜しい。今夜はありったけの情熱をこめて抱くつもりである。  沙織はなにかいいたそうだった。だが、そばに人がいて、思うにまかせない。だれかに呼ばれて去っていった。かたちのいいヒップと美しい脚を見送ってから、片岡は食品売り場をはなれた。  十時ごろ、後任の店長がオフィスにやってきた。片岡より一年後輩の男である。数日まえから、彼は業務の引継ぎのためM市店へ顔を出している。きょうも一日、彼を相手にしなければならない。  片岡は後任の店長といっしょに別室へ入った。必要な書類を社員にもってこさせて、打合せをはじめた。三十分ばかりたったころ、部屋の電話が鳴った。受話器をとると、田島沙織からだった。店の近くの公衆電話を使っているらしい。 「すみません。じつは今夜ゆっくりできそうもないんです。田舎から姑が出てきて——」  沙織の声には張りがなかった。  三日まえ姑が田舎から出てきた。しばらく滞在する予定である。  姑には喘息《ぜんそく》の持病がある。夜中によく発作をおこす。看病しなければならない。昨夜もそれでぐっすり眠れなかった。夫はきょうから出張である。沙織は夜、家をあけるわけにいかない。送別会には出席するが、午後八時には帰宅しなければならないという。 「まいったなあ。では、もう会うチャンスがなくなるじゃないか」  片岡は体がしぼむ思いだった。  張合いがなくなった。だが、そういう事情なら無理もいえない。さまざまなしがらみを背負っているのが人妻なのだ。 「済みません。私、もう泣きたいわ。なんとか時間がとれるように、もう一度工夫してみます。おばあちゃんに睡眠薬を嚥《の》ませて出てくるとか——」 「たのむよ。当てにしてるんだから。このままではおれ、死んでも死にきれないよ」  後任の店長がそばにいる。くわしい打合せができないまま片岡は受話器をおいた。  いそがしい一日があっというまに終った。送別会は午後七時から。場所はM市内の鳥料理の店である。六時半をすぎたころ、片岡はデスクのかたづけを終えた。  田島沙織がそばへきた。つらそうな面持で挨拶をする。姑の容態がよくない。送別会へ出ないで帰宅しなければならないという。 「ほんとうに申しわけございません。いろいろお世話になりました——」 「いいんだ。人にはそれぞれ事情がある。今後も元気でがんばってください」  オフィスではなにも話ができない。  もう沙織に会えないのか。ほどよく脂《あぶら》の乗ったあの裸身を抱きしめるわけにいかないのか。片岡は胸もつぶれる思いだった。オフィスを出てゆく沙織の美しいうしろ姿を、悲しい欲望をこめて見送った。  予定どおり送別会ははじまった。三十分ばかりたったころ、片岡は電話に呼びだされた。期待をこめて受話器をとった。沙織からだった。片岡は目のまえがあかるくなった。 「時間がつくれるかもしれません。おばあちゃん、発作《ほつさ》がひどいから入院させてしまおうと思うんです」  昂奮をおさえかねた声だった。  近くの綜合病院へ姑を入院させる。病室にいれてしまえば外出できるはずだという。 「ほんとか。じゃ、いつもの店で連絡を待ってるよ。十時半には入っている」 「わかりました。どうしても私、会いたいの。最後やもん。このままやと、あしたから仕事が手につかんようになるわ」  沙織の肌のぬくもりが伝わってくる。  人妻のはげしさが片岡はうれしかった。全身の血があらためて沸《わ》き立った。  九時に送別会が終った。数人の男子社員といっしょに片岡は二次会へまわった。  十時半、まだ飲みたそうな社員たちをふり切って彼はわかれた。沙織と約束したスナックバーへ駈けこんだ。情事のあと、いつも二人で立ち寄った店である。  片岡が席につくのを待っていたように電話が鳴った。沙織からだった。 「ごめんなさい。やっぱり出られへんの。付添うようにってお医者さんにいわれて」  沙織は泣きそうな声だった。  姑はいま眠っている。だが、発作は睡眠中でもおこる。朝までそばにいてやるように。医師にそう指示されたらしい。 「なんだ。せっかく無理してみんなとわかれたのに。当てにしてたんだぞ」  片岡は不機嫌になった。沙織の肌のぬくもりが、すうっと遠くなった。 「店長、あした午前中にお会いできませんか。お昼の新幹線に乗りはるんでしょ。私、お店を休んでいきます」  あえぐように沙織はいった。ベッドでの彼女の息づかいを片岡は思いだした。 「あすの午前中か——。ちょっと待って」  片岡は思案をめぐらせた。  午前中は荷物の搬出がある。が、業者がぜんぶやってくれるはずだ。店に残務整理があるといって、いつものように家を出よう。妻子とは新大阪駅で待ちあわせればよい。 「わかった。新大阪のホテルで会おう。駅に近いほうが便利だから」  大いそぎで打合せをした。  新幹線の窓からみえるビジネスホテル。さきに着いたほうが部屋で待つことにする。もう情熱のおさえようがない。    6  午前九時すぎに片岡はホテルへ着いた。フロントでたしかめてみる。田島沙織はもう五階の部屋へ入っていた。  とび立つ思いでエレベーターに乗った。部屋のチャイムを鳴らした。  扉があいた。なかへ入る。沙織が両手をひろげて片岡を迎えた。裸身にバスタオルを巻きつけている。  二人は抱きあった。むさぼるようにくちづけをかわした。体をねじこむように沙織はしがみついてくる。肌がかすかに湿っていた。石鹸の香りがする。沙織はおちつきがなかった。キスをつづけながら、腰をくねらせたり、左右のふとももをすり合わせたりする。 「ああ、やっと会えた。つらかったわ。このまま店長においていかれるのか思うた」 「ゆうべは悲しかったよ。やけ酒を飲んで、泥酔して寝た。おかげでいまは元気だ」 「ねえ店長、大阪へ出張してきはったら、かならず連絡してくださいね。待ってるわ私。ずっと待ってる。それを生甲斐《いきがい》にする」 「できるだけ出張のチャンスをつくるよ。きみも東京へ出ておいで。アゴアシつきで招待するからね。絶対チャンスをつくる」  抱きあったあと、二人はベッドへいった。  片岡は服をぬいで全裸になった。出がけにシャワーをあびてきている。たのしむ時間をわずかでも削られたくない。  二人は飛びこむようにベッドに寝た。沙織の体から片岡はタオルを剥ぎとった。裸身のすみずみにまでキスを這わせる余裕はない。沙織をあおむけにして、いきなり片岡は白い腹へくちづけにいった。舌を這わせる。  沙織はそりかえった。下腹部の草むらが片岡の目のまえに突きつけられる。沙織もあせっていた。  ふとももと下腹の継ぎ目に片岡は舌を這わせていった。舌さきをくねらせる。ていねいにくりかえした。沙織は泣き声をあげる。むっちりしたふとももが自然にひらいた。秘密の部分の上側に真珠の粒が顔をだした。ピンク色の肉をおしわけて、それはかすかに青みがかってかがやいている。  片岡は、沙織の両脚のあいだへうずくまった。秘密の花にかるくくちづけした。しばらく見惚れた。小さ目の花びら。肉は厚い。二つの貝をならべたような形状である。  周囲はふっくらしている。あざやかなピンク色だった。まんなかの空洞が、いびつに歪《ゆが》んでいる。欲望をおさえかねて顔をしかめているようにみえる。透明な液があふれていた。花びらの下のほうにそれはたまっている。 「きれいだな沙織。ゆっくりみせてくれ。当分おわかれなんだから」  真珠の粒を片岡は指でさぐった。沙織の体がぴくりと反応する。 「いいわ。みて。はっきりおぼえといて。私、アホやねん。みられるのが好き。なんか知らんけど、すごく燃えてくる」 「かわいいよ。ここをみてると、きみという人がよくわかるんだ。きみは純粋な人だ。やさしくて、はげしい」 「ああ、ああ燃えてくる。ねえ、どうにかして。私もう変になりそう。なんで店長がこんなに好きになったんかしら」  焦《じ》れて沙織は体を揺すった。  指で真珠の粒をさぐりはじめる。やや赤らんだ、ながい指だった。働く者の手だ。透明な液がまたあふれ出てくる。  片岡は沙織の手をおしのけた。真珠の粒に吸いついていった。人差指と中指を空洞のなかへすべりこませる。指を鉤形に曲げて、空洞の天井の部分をつよく圧した。  沙織の呻き声がきこえた。片岡の頭の両側でふとももが揺れ動く。沙織の体が熱くなった。空洞の筋肉が収縮して、片岡の二本の指をじんわり包みこんでくる。  沙織がいとしくてたまらない。左手をあそばせているのが片岡は惜しくなった。乳房をまさぐってやる。沙織はあえぎはじめた。 「いや。いやや。東京なんかいかんといて」  夢中で沙織は口走った。  体を揺すった。片岡の頭を両手でかかえて髪をかきむしる。鉤形の指で空洞の天井を圧され、同時に真珠を吸われると、沙織はいちばん敏感である。まもなく快楽の頂上へ駈けあがった。  片岡は愛撫をつづけた。窮屈な姿勢だが、沙織がよろこぶので苦にならない。つづけて三度、頂上へおしあげてやる。三度目のとき、沙織ははげしく腰を揺すった。すでに男性を迎えいれたような動作だった。  もういいだろう。片岡は沙織の体を裏返しにした。沙織は這って、ヒップを突きだしてくる。横幅はあまりないが、高く盛りあがったヒップである。双つの丘の合せ目が、切り立った崖のはざまのようにみえる。  うしろから片岡は入っていった。ゆっくり動いた。沙織の体のなかの性感帯を男性でさぐる。沙織はうなだれている。顔をしかめ、歯を食いしばっているのがわかる。 「どうだ沙織、当ってるか」 「当ってる。けど、もっとつよく。低目に」  日によって性感帯のありかが微妙に変るようだ。動きに工夫が要る。それが沙織を抱くたのしみでもある。  角度を変えながら片岡は動いた。沙織が呻いた。突き当ったらしい。片岡は気負いこんだ。そのとたん、沙織の体がずるずると低くなった。つられて片岡も低くなる。うつぶせのまま二人はかさなりあった。  この姿勢がきょうは効果的であるらしい。片岡は体を浮かせて沙織に両脚をのばさせる。自分は両脚をひらいて、沙織の両脚を外側からはさんでやる。そうしておいて上体を倒した。沙織の髪が頬にふれる。彼女の背中と片岡の胸は貼りついている。  その姿勢で片岡は動きだした。前後にではなく、全身を上下に動かした。沙織の体が男性をしめつけてくる。痛みと紙一重のするどい快感が体に流れこんできた。  大きな声を沙織はあげた。両手をあげてシーツをわしづかみにする。ヒップに力がこもり、片岡の下腹部をおしあげてくる。 「はじめてよ。こんなんはじめて。ああ、こんなにいいのを教えておいて、なんで東京へいってしまうのよう」  沙織は泣きだした。呻きながら、涙をこぼした。  彼女の顔は片岡のすぐ近くにある。涙が片岡の頬にさわった。沙織はしゃくりあげた。悲しいのか、快楽に耐えているのか、よくわからない。男性をつつみこんだあたたかい肉が、またしめつけてくる。転勤がやむをえない事柄であるのを、沙織のその部分は理解していない。懸命に片岡をひきとめていた。  零時二十七分に「ひかり」は新大阪駅のホームをはなれた。  妻と二人の子供が座席にすわっている。トイレにゆくふりで片岡はデッキに立った。  街なみが窓の外にひらける。列車はしだいにスピードをあげはじめた。  ビジネスホテルがみえた。三十分まえまで田島沙織と狂おしい時間をすごしたホテルである。沙織はまだ部屋にいる。  五階の窓があいていた。黄色い布がおどっている。沙織がタオルをふっているのだ。列車を見送ってから彼女はかえる気でいた。  沙織の表情はよくみえなかった。黄色のタオルだけがはっきり揺れる。すぐにそれは蝶のようになった。視界から消えた。片岡はホテルのほうをみつめつづけた。 (第七話 了) 第八話 区間急行    1  いそぎ足でホームをあるきながら、有田文彦は一人の女の子を追い越した。  ふりかえって女の子の顔をみた。やあ。思わず声をあげた。  有田は足をとめた。女の子は大橋真由子だった。うしろ姿をみて、真由子ではないかと思っていたのだ。 「おはようございます。しばらくでーす」  真由子は目のあいだにしわを寄せて会釈《えしやく》をした。  笑うと目のあたりがクシャクシャになる。とても愛らしい。彼女の笑顔をみると、有田は一瞬だが、胸が甘くしびれる。睡眠不足の朝も、頭がすっきりする。 「どうしたんだ。きみ、中《なか》百舌鳥《もず》だろう」 「はい。ゆうべお友達のとこへ泊ったんです。ニュータウンに住んでる子ですねん」  真由子はホームに入っている電車のほうへ目をやった。  いきましょう。すわれるかもしれません。彼女はうながした。つりこまれて有田は足を速めた。  電車は難波ゆきの区間急行。この光明池駅が始発である。朝のラッシュ時でも、ホームで待てばすわれる。だが、きょうのような駈けこみでは、まず無理だった。  毎朝利用しているのだから、よくわかっている。だが、説明するのもめんどうである。真由子といっしょにいそいで最後尾の車輛に乗った。席はなかった。立っている人がたちまち殖《ふ》えてくる。 「ふうん。案外混んでるんですね。区間急行の新設、成功やったんやわ」 「これまでの準急より四分はやく難波に着くようになったからね。サラリーマンにとって朝の四分は大きいよ。これまでと同じ時間に起きても、コーヒーのお代りができる。タバコを一服できる」 「ほんまですね。けど、中百舌鳥から乗るお客さんはすくのうなりましたよ。やっぱり地下鉄一本のほうが定期代が安いから」  電車が動きだした。はずみに二人の体がぶつかりあった。甘いショックをうけて有田は緊張する。あかるい顔で真由子は窓の外をみていた。化粧品の香りがかすかに鼻孔へ入ってくる。  二人はP電鉄株式会社の社員である。いま乗っているのは自社の電車だ。混み工合が気になるのは当然だった。  P電鉄の本社は大阪市内の難波にある。光明池から区間急行で約二十分だ。光明池はマンモス団地、泉北ニュータウンのなかにある。そこは人口約三十万。大阪南部におけるサラリーマンの一大拠点となっている。  これまで泉北ニュータウンのサラリーマンは、泉北高速鉄道で中百舌鳥へ出るのがふつうだった。そこでP電鉄高野線に乗りかえて難波へ出る。梅田、淀屋橋などのビル街へ向かう人々は、そこで大阪市営地下鉄の御堂筋線へさらに乗りかえていた。  乗りかえなしで難波へ出られる準急もあるにはあった。だが、これは停車駅が多かった。泉北ニュータウンの人々は、中百舌鳥で高野線の急行に乗りかえるほうが、はやく難波に到着できた。  ところが、ことし四月十八日に、市営地下鉄のなかもず・あびこ間が開通した。あびこはそれまで地下鉄御堂筋線の最南端の駅だった。それが中百舌鳥まで延びたのだ。  泉北ニュータウンの人々は中百舌鳥へ出て地下鉄に乗りかえれば、そのまま梅田、淀屋橋方面へ出られるようになった。難波まで出る必要がなくなったのだ。通勤がきわめて便利になった。  だが、P電鉄にとっては、厄介《やつかい》な事態である。光明池—中百舌鳥—難波と流れていた通勤客を、途中で地下鉄へ吸いとられてしまうのである。地下鉄側は一日十万人程度の通勤客がそちらへ流れるといっている。  P電鉄はそこで三月末から、光明池発難波ゆきの準急を廃止した。代りに区間急行を走らせることになった。光明池—中百舌鳥をつなぐ泉北高速鉄道は府の外郭団体が経営している。運行業務いっさいは、P電鉄が委託されていた。区間急行の新設には、なんの障害もなかった。区間急行は中百舌鳥を素通りして難波へいってしまう。地下鉄に鞍替えしないお客さまにかぎり、これまでより四分はやく難波へおとどけしますというわけだ。  泉北ニュータウンから難波へ通勤する有田文彦にとっては、ありがたい改正だった。個人の立場では地下鉄様々である。  だが、残念なことが一つあった。朝、通勤電車で大橋真由子に出会うたのしみがなくなったのだ。  真由子は中百舌鳥の住宅街に住んでいる。P電鉄高野線で通勤している。有田は泉北高速鉄道から乗りかえた車内で、ときおり真由子といっしょになった。遠くから会釈をかわすだけのこともあり、ならんで話しながら電車に揺られることもあった。  真由子の顔をみると、無条件で有田はあかるい気持になった。その日、なにかいいことがありそうな予感がする。ときおり予感が当った。その場合だけおぼえている。ますます彼女に会うのがたのしみになった。  だが、三月末から有田は区間急行を利用するようになった。中百舌鳥には停まらない。真由子に会えなくなった。  各駅停車で中百舌鳥へ出れば、真由子といっしょになれる。だが、それには従来よりも十五分以上はやく家を出なければならない。せっかくできた区間急行を袖にしてまで、各駅停車を利用するほど、有田もヒマではなかった。まして、真由子とは電車で顔をあわすだけである。二人でコーヒーを飲んだこともないのだ。 「ほんとうに久しぶりだな。朝、きみに会えなくなってさびしいよ」  窓の外をながめながら、有田は話しかけた。真由子はちらと横目で有田をみる。 「私もですよ。中百舌鳥の駅を区間急行がさあっと素通りしていくでしょ。ああ、有田さん、あれに乗ってはるんやなと思います」 「おれもいつも中百舌鳥でホームをみてるんだぞ。きみがいないかと思って」 「視線が合いませんねえ。こんど私、手エふりましょか。バンザイしてもいいわ」 「泉北ニュータウンの友達の家へ、ときどき泊りにいきなさい。つぎの日、いっしょに出勤しよう」 「そうしたいわ。けど、そうたびたび泊りにもいかれへん。その子、両親といっしょに住んでるんです」  短大時代の同級生だという。家はニュータウン内の分譲住宅地にある。 「だったら、おれも週一度は各駅停車を利用するか。きみに会うために」 「いやあ。そんなん申しわけないわ。朝の四分が貴重なかたに、十五分も早起きさせるなんて。バチが当ります」  電車は中百舌鳥駅へさしかかった。  大勢の人々がホームから地下鉄駅のほうへ流れてゆく。以前にはなかった光景である。やはり鉄道事業部の売上減はかなりになるだろう。小さな電鉄会社なら、経営難になりかねないところだ。  大手の電鉄会社に勤務する倖せを有田は噛みしめた。仕事は順調。家庭も健全である。この上、大橋真由子と仲よくなりたがったりしては、贅沢《ぜいたく》かもしれない。  有田文彦は三十五歳。情報管理室勤務である。課長の一歩手前にいる。サラリーマン生活の勝負どころだったが、昇進をあせっているわけではない。サラリーマン生活のさきは長い。会社にどう評価されるかはあまり気にせず、一歩一歩誠実に努力をかさねてゆくつもりである。  大橋真由子も情報管理室所属である。入社三年目。仕事ぶりはしっかりしている。あかるいのがいい。真剣に端末機《たんまつき》に向かいあっているときも、目のあたりに微笑がにじんでいる。みんなに可愛がられている。とくに部長や課長のうけがいい。  真由子と仲よくなったりしたら、部長や課長にさぞ憎まれるだろう。だから、有田は今日まで彼女を食事などにさそわなかった。通勤電車で会うだけで充分だと、自分にいいきかせてきた。  だが、そのたのしみがなくなったのだ。こうして久しぶりに真由子といっしょになると、自分がどれだけ彼女が好きか、いやでもわかってくる。ならんで立っているだけで、皮膚が甘くふるえる。車輛が揺れて腕がふれあっただけで、全身がしびれる。うぶな中学生になったような気分である。これ以上、気持を偽《いつわ》る必要はないのではないか。  有田はためらいに結着をつけた。真由子の耳に口を近づけて、ささやいた。 「最近、きみの噂をきいたよ。ある若手社員とデートしてるんだって」  エーッ。真由子は声をあげた。目を丸くして、有田をみあげた。 「私がですか。いやあ。だれと噂になってるんです。困るわ」 「相手がだれか見当がつかないほど、デートする男が何人もいるのか」 「ちがいます。そんなことないですよ。ただ、噂になるとしたら——」  真由子は口ごもった。横顔がくもって、めずらしく疲れた感じになった。 「なにか困っているのか。よければ相談に乗ろう。いっしょに食事しないか」 「ほんまですか。いいんですか」  真由子はふりかえった。  目のあたりがクシャクシャになっている。顔のなかに灯がともったようだ。有田の胸にも灯のともる感じがあった。  電車は大阪市内に入っている。終点・難波まで、あとすこしだ。    2  夕刻六時に道頓堀の喫茶店で待ちあわせる約束をした。  有田文彦は、朝からおちつかなかった。  真由子は課の末席にすわっている。有田と向かいあわせの、ずっと左手の席だ。  デスクに向かっていても、目の端に真由子の姿がちらついた。仕事に疲れてぼんやりすると、つい彼女のほうへ目がゆく。  真由子は髪がながい。顔はほそおもてだ。横顔の輪郭《りんかく》がくっきりしている。笑うと愛らしいが、横顔は惚れ惚れするほど美しい。  衣替えが済んで、ユニホームは半袖である。腕の線が優雅だった。色はそんなに白くない。だが、ふしぎに肉感的な肌だ。キスマークがつきやすそうである。  夕刻会って食事をする。そのあとどうなるのか。考えただけで胸が高鳴った。うぬぼれかもしれないが、真由子のほうも有田に好意を抱いてくれている感触がある。もし彼女と仲よくなれたら——。考えただけで、きょうまでまじめに暮していたのがやっと報《むく》われるという思いになった。  真由子のほうも、浮き浮きしている様子である。思いきって声をかけて、やはりよかったと思う。  午後三時ごろだった。森井という若い社員が情報管理室へやってきた。  あいつ、またきたか。有田は苦笑いした。けさ電車のなかで話題にした若い社員とは、この森井のことだ。  森井は経理部勤務である。一流大学を出て、まあ有能な男らしい。眼鏡をかけて、いかにも秀才らしくとりすましている。  森井は大橋真由子に熱をあげているらしかった。用もないのに情報管理室へやってくる。なにか口実をつくって真由子に声をかける。他人の目があっても、照れない。意外に無神経である。  真由子のほうはあきらかにめいわくがっている。それでも森井は怯《ひる》まない。エレベーターのまえや、社のビルのそばで真由子を待ちぶせしたりするらしい。しつこく交際をせまっているようだ。たぶんきょう、真由子はそのなやみを打ちあけるのだろう。  森井は情報管理室のオフィスにあるファイル類をのぞいたりしていた。真由子はすみのワープロのキーをたたいている。  森井は真由子のそばへいった。なにか話しかける。ふりかえって真由子は目のあたりをクシャクシャにした。首をかしげて、たのしそうにこたえている。  有田文彦は全身が熱くなった。森井は若い。独身である。将来性もある。最初はきらわれても、熱心にいいよるうち、真由子もほだされるのではないか。彼女の態度にはその危険がみえる。  ぐずぐずしてはいられない。有田は焦燥にかられた。このままでは森井にさきを越される。  電鉄会社は一般に女子社員がすくない。P電鉄も例外ではなかった。現業部門とオフィス部門を合わせて男子は五千名もいるのに、女子はたった百五十名である。現業のほうには女子社員はゼロにひとしい。  オフィス部門にも、ふつうの会社にくらべて女子社員はすくなかった。女の子はだから大切にされる。真由子のように美しい子はとくにそうだ。森井をはじめ、若い独身社員が彼女に熱い視線を送っている気配《けはい》だった。  有田はじっとしていられなくなった。席を立って真由子のそばへいった。  仕事のことで真由子に声をかけた。二言三言話しあった。それから、森井へ顔を向けた。 「きみ、最近ここへよくあらわれるな。べつに用はないんだろう。うちのアイドルに気やすく近づかないでもらいたいね」  さすがに森井は赧《あか》くなった。しどろもどろに弁解して去っていった。  真由子は口に手をあてて笑っている。うれしそうだった。有田のやったことは、めいわくではなかったらしい。  午後五時になった。三十分ばかりのち、真由子は席を立った。わざと有田のほうはみない。きれいな脚をおどらせてオフィスの外へ出ていった。  十五分ばかりして有田もオフィスを出た。御堂筋を大またにあるいた。約束の喫茶店へ入る。奥の席で大橋真由子が手をふった。白い手が魚のように宙を泳いだ。向かいあって腰をおろすと、有田の顔から腹にかけて、甘いしびれが走った。 「きょうはたすかりました。ガンと一発かましてもらって、うれしかったわ。あの人、相当きつくいうてもこたえないんです」 「あいつがつきまとうのをみて、頭へきたんだ。焼餅《やきもち》だよ。すこしみっともなかった」 「ほんまに焼餅やいてくれるんですかあ。わあ、私どうしよう。胸がドキドキしてきた」  真由子は胸に手をあてた。  乳房のふくらみをあらわして、手の甲がふくらんでいる。ほっそりした体なのに、乳房は大きい。  ジュースを飲みながら、しばらく森井の噂をした。森井は強引である。何度ことわっても食事にさそう。コンサートや映画の切符をもってくることもある。  おつきあいする気はありません。真由子がことわっても、彼は怯まない。きみはまだぼくのことをわかっていない。ぼくを理解してくれれば、かならず気持が変る。誠意をみとめてくれるはずだ。その一点張りだという。  何度も待ちぶせされた。家に電話をかけてくる。そのくせ用心深いのか、手紙で思いを伝えてきたことはない。 「ほんまに私、困ってたんです。上の人にいうわけにもいけへんでしょ。どうしたらいいか、有田さんに相談したかったわ」 「数ある男子社員のなかからえらんでもらって光栄だね。いつでも用心棒になるよ。きみにほかの男を近づけたくない」 「本気でいうてくれはってるんですか。私、ちょっとしたあそびやったらいやです。有田さんを独占したいとはいいませんけど」 「信じてくれよ。朝、きみに会うのをどれだけたのしみにしていたか。区間急行ができて、きみがどんなに好きかよくわかった」  有田は、真由子の手をとった。    3  大胆さに自分でもおどろいた。吸いこまれるように真由子の手を握りしめていた。  さっきから真由子の表情やことばには、有田にたいする好意があふれていた。おかげで自信をもった。彼女に想いを打ちあけて、情熱的な気分になったせいもある。  真由子は手をあずけたままだった。目もとをクシャクシャにして笑った。体だけうしろに引いて有田をみつめる。 「信じてくれ。自分の気持を偽るのに、もう耐えきれなくなったんだ」 「信じます。有田さんの人柄はようわかっていますから。私、この日を待ってました。ずっとまえから。ほんまですよ」  真由子は赧くなっていた。肩をすぼめるようにしている。  有田は全身が熱くなった。肺と心臓がふるえた。こんなに率直に真由子がこたえてくれるとは思わなかった。二人きりで話すのは通勤電車のなかだけ——。そんな関係に彼女のほうもじりじりしていたのだ。  手をはなしたくなかった。だが、喫茶店のテーブルのうえで握りあったままでいるわけにもいかない。有田は手をはなした。急に照れくさくなる。二人はジュースを飲んだ。  二人は喫茶店を出た。道頓堀橋でタクシーをひろった。東清水町へ向かった。  徒歩で十分ぐらいの距離である。だが、気がせいていた。時間をむだにしたくない。雰囲気のいい店へ、はやく入りたかった。  スペインふうのクラシックな建物のまえでクルマをおりた。なかへ入って階段をおりる。ブラジルの酒、料理、ショーが売り物のレストランバーが地階にある。会員制の店だった。商社マンの友人に紹介されて、会員になった。妻といっしょに二度きたことがある。 「わあ、すごい。こんなん、はじめて」  席につくなり真由子は嘆声をあげた。  すでにショーがはじまっている。白人、黒人、混血の踊り子たちがフロアでサンバを踊っている。まわりに三十組ばかりのテーブルがならんでいた。  一流企業の社員らしい客がほとんどである。外人もいる。わずかだが、女性の客もいた。ショーをたのしみながら食事している。  地酒ピンガのカクテル、牛肉の串焼、豆と肉類の煮こみを注文する。ピンガは強い酒だが、カクテルは飲みやすい。グラスを合わせて、二人は飲んだ。酒と音楽と踊り子たちの体温がまじりあって、熱風のようだ。 「外人の女性って、いい体してはりますねえ。私、自信がなくなってきた」 「あんなのは観賞用さ。たくましすぎるよ。抱きしめるなら、やはり日本女性がいい。大橋真由子のような、しなやかな体」 「がっかりされたら私、どうしよう。ほんま、たいしたことないんですよ」 「たとえペチャパイで、ずん胴で、O脚だったとしても、おれには最高さ。それが大橋真由子の肉体であるかぎり」 「そうなんです。ペチャパイで、ずん胴で、O脚ですねん。最悪のケースを想像しといてくださいね。気がらくになります」  愛らしい笑顔で、真由子は率直に話した。  有田は気を呑《の》まれていた。職場にいるときのあかるい無邪気な態度のまま、真由子はセックスの世界へ入ってこようとしている。照れたり気取ったりしない。それだけ有田を信頼してくれているのだ。  真由子は料理をあまりたべなかった。有田もさほど食欲がなかった。この店を出たあとのことで頭がいっぱいだからだ。ホテルへゆくまえに食事するよりも、ホテルを出てから食事するほうが人の生理にかなっている。  たべない代り、真由子は何杯もカクテルを飲んだ。はやく酔おうとしている。有田も同じだった。しらふではやはり緊張する。リラックスしなければならない。  ダンスタイムになった。踊り子たちが客と踊る時間である。ほうぼうの席から客が立って、フロアへ出ていった。まず全員で輪になって、サンバを踊りだした。たのしそうだ。 「踊るか。われわれも。元気よく」 「そうですね。記念すべき夜ですもんね」  二人は立ちあがった。  あるきだしたとたん、真由子はよろめいた。いそいで有田はささえてやる。 「あかんわ。私、酔うてしもた」  真由子は椅子にくずれ落ちた。右肘《ひじ》をテーブルについて顔をおさえる。  出ようか。有田はささやいた。たかぶって声がうわずった。真由子はうなずいた。  彼女の腕をとって立たせてやる。肩を抱いて出口へ向かった。真由子は体をあずけてくる。眠そうな肩や、背中の感触を有田は掌でむさぼった。はやく二人きりになりたい。この店の上がホテルだったらどんなにいいか。  二人は外へ出た。付近にホテルはない。タクシーで心斎橋のNホテルへ向かった。着くまで彼は真由子の体をはなさなかった。  ホテルの部屋へ入った。有田は真由子を抱きしめて、くちづけする。彼女の口のなかへ舌をさしいれた。真由子はじっとうけいれている。清潔な感じのキスになった。  顔をはなして有田は真由子の顔に見入った。目をとじ、眉根《まゆね》を寄せて真由子はあえいでいる。たまらなく愛らしい。  すこしおちついてきた。真由子は目をあけて笑いかけてくる。 「ああ、しあわせ。このままじっとしていたいわ。一晩中こうしていてもいい」 「冗談じゃない。おれ頭が変になるよ。さ、シャワーをあびておいで。はやくベッドへいこう」  有田は真由子の腕にくちづけした。  彼女をうしろ向かせた。ワンピースの背中のファスナーをひきおろした。  ワンピースを肩から足もとへ落した。肩にくちづけする。肉づきのうすい、撫《な》で肩だった。まっ白とはいかないが、透き通る感じのする肌だ。深いところから紅らんでいる。肩から背中へキスを這わせながら、彼はブラジャーのホックをはずした。  真由子は声をあげた。両手で乳房を覆《おお》いかくした。ペチャパイどころか、おどろくほど大きな乳房である。うしろからでもわかる。ふくらみが彼女の手からあふれている。  乳房をみるのは、あとのたのしみだった。有田はその場にうずくまった。真由子のパンストとショーツを同時にひきおろした。  白い腰、ヒップ、脚があらわになった。肌の香りと体温がむっと有田の顔へおしよせた。やさしい曲線にかこまれたヒップだった。  有田はヒップに頬ずりする。やや冷たい肉が頬に貼りついてきた。有田は両手を真由子の下腹部へまわして抱きよせる。ヒップのふくらみへ顔をふせた。  真由子は悲鳴ともよろこびともつかぬ声をあげた。よろめいて、ふんばった。ヒップに力がこもり、もとにもどる。 「やめてエ。恥ずかしい」  真由子の声がきこえた。  有田ははなさない。ヒップに顔をふせていると、奇妙な、厖大《ぼうだい》な安心感がある。  真由子は体をくねらせた。有田の両手首をつかんで自分の体からひきはなした。 「いや、もう。私だけ裸にさせるんやから」  浴室へ真由子は走っていった。  優雅な裸身が扉のなかに消える。茫然として有田は見送った。    4  真由子がバスルームを出た。入れ代りに有田はシャワーをあびた。  真由子はベッドに横たわっている。胸まで毛布をかぶっていた。  部屋が黄昏《たそがれ》のあかるさになっている。真由子は目をとじていた。寝顔に微笑がにじんでいる。そばに立って、有田はその表情に見入った。すぐに彼女のそばへすべりこんだ。 「抱いて。強く抱いて」  真由子はしがみついてきた。  しなやかな彼女の体が折れるほど、有田は抱きしめてやる。脚をからませあった。くちづけをかわした。むさぼるようなキスになった。真由子の吐く息にレモンの香りがある。カクテルのせいだった。  真由子は身ぶるいした。有田の胸に歯を立ててくる。情熱をおさえきれないらしい。かるい痛みで有田もたかぶった。真由子にのしかかる。乳房を口にふくんだ。かたほうは手で揉《も》みにかかる。  真由子は甘い声をあげる。両手で有田の頭をかかえて乳房へおしつける。かるく噛んでみる。真由子はのけぞった。有田が舌で乳首をなぞりはじめると、安心したように体の力をぬいた。しばらくそれをつづける。  有田はキスを移動させた。腋《わき》やわき腹をくちびると舌で愛撫する。気がせくのを懸命におさえて、真由子の肌を味わった。彼女の呼吸がしだいにあわただしくなる。 「有田さん、どう。私、きれい」  あえぎながら真由子は訊《き》いた。 「きれいだよ。こんなきれいな体、みたことがない。どこもすばらしい。頭のてっぺんから足のさきまで。まぶしいくらいだ」 「愛してるから、そうみえるのよね。うれしいわ。やっと有田さんのものになれた。はやくこうなりたかった」 「おれだってそうだ。夢みたいだよ。まさかきみが同じ気持でいるなんて思わなかった」 「にぶいんやから。私のことなんか眼中にないんかと思うてた。もう私、あきらめてお嫁にいこうかと思うたんよ」 「だれにいくつもりだったんだ。あの森井にか。冗談じゃないぞ」 「いやあ、やめて。考えるだけで鳥肌が立ったわ。ほら、こんなに」  真由子は腕を出してみせた。  二の腕の裏側に、じっさい鳥肌が立っている。青白い肌に粒々がうかんでいた。 「ごめんごめん。お詫《わ》びにうんと気持よくしてあげる。徹底的にかわいがるぞ」  投げだされた白い脚のあいだに、有田はうずくまった。  下腹部にうすい草むらがある。そこへ顔をふせた。草に覆われたやわらかな肉を指でかるく揉んでやる。両側からはさみつけるように圧してやった。しだいに指を下にさげた。はさみつけて揉むたびに、秘密の箇所からじわじわと液のにじみでるのがわかった。  白いふとももに手をあてて、さらにひらかせた。暗がりにピンク色の花が咲いた。花びらが左右にひらく。透き通った感じの小さな花びらである。  まんなかに暗い小さな空洞があった。それを覗《のぞ》きこむように、真珠の粒が上方でかがやいている。  花のぜんたいが、きちんと整頓された感じだった。真由子の机のひきだしのなかをみたような気分になる。手をつけるのが、もったいなかった。見るよろこびに彼はひたった。 「見てるのオ、有田さん。ああ、見てるのね。いいわ。見て。私どう。かわいい」 「すばらしいよ。顔と同じくらいきれいだ。見られるの好きか、真由子」 「有田さんに見られるのやったら好き。恥ずかしいけど、好き。ああ、私、変になってきた。変やわ。ねえ、どうしたんかしら」  真由子はふるえはじめた。熱病にかかったようにはげしく体をわななかせる。  恐怖にかられたような表情である。呼吸があわただしかった。見てるの、見てるの。真由子は口走った。彼女にマゾヒスティックな嗜好《しこう》のあるのがわかった。  真由子は脚をのばしたり、ちぢめたりしはじめた。花びらに透明な液があふれ出てくる。有田は彼女の手を取った。花の部分に誘導してやる。真由子の二本の指が、予定されていたように真珠の粒をとらえた。 「見て、見て。私、するわ。いつも有田さんのことを考えてするのよ」  指が動きはじめた。こまかく刻《きざ》むような息づかいがきこえる。  目をとじて真由子は熱中してゆく。有田は感動した。あかるく緊張した面持で端末機に向かいあう真由子。職場のみんながやさしいまなざしを送っている真由子。少女のように無邪気な彼女がいまこんな淫《みだ》らなことをしている。  たちまち真由子は快楽の頂上へ近づいた。あっ、あっと声をあげた。ついで、さけび声をあげてのけぞった。反転する。有田にうしろ姿をみせて、丸くなった。 「真由子。なんて可愛いんだきみは」  有田は真由子におそいかかった。  あおむけにさせる。彼女の秘密の花へくちづけにいった。そこは濡れて、あたたかいぬかるみのような感触だった。舌をおどらせる。やわらかなぬかるみの底にひろがる甘美な神経を揺りおこしてやる。  真由子の手がのびて、有田の手を握りしめた。真由子は呻《うめ》いている。やわらかな呻き声だった。花びらを有田は噛んでやる。呻き声が高くなった。  真珠の粒を有田はくちびるで覆《おお》った。舌でころがしてやる。白い腹が上下に揺れはじめた。草むらが有田の鼻へおしつけられたり、はなれたりする。  手を握りしめたまま、真由子ははなさない。声がいっそう苦しげになる。有田の顔のすぐそばで白いふとももが揺れ動いた。  やがて、真由子は体をふるわせた。そりかえったあと、ぐったりとなった。有田はのしかかって、うしろから彼女を抱きしめる。顔をかくして真由子は呼吸をととのえていた。  やがて、真由子はこちらを向いた。目のあたりをクシャクシャにして笑った。 「ああ、これで私、もう有田さんのもんやね。なにもかも見られてしもた。すごく安心した。もうどんな恥ずかしいことでも平気やわ。なんでもできる」  真由子の手が有田の下腹部へのびてきた。  男性をとらえた。しっとりと力をこめる。そうしながら真由子は笑いかける。 「上に乗って。私、お口でしてあげたい」  有田は起きあがった。  真由子に馬乗りになる。前進した。両ひざをシーツについて、体重がかからないようにしてやる。男性を突きつけた。 「すごいわ。恐くなるわ」  ほんとうに怯《おび》えた顔で真由子はいった。  男性を手でとらえる。口にふくんだ。くちびるを突きだして吸いこむ。口中にしたまま舌を動かしはじめた。  うっとりした表情である。力をこめて吸ってくる。頭を動かしはじめた。眉根を寄せている。幸福そうな表情だった。快感が有田の体のなかで盛りあがる。急速にそれはふくらんで、あふれだしそうになる。  だが、このままつづけてほしい。懸命に有田はこらえた。快感におぼれてしまいたい気持と、持続したい気持の板ばさみになる。  耐えきれなくなった。真由子の頭を両手でおさえて、ひきはなした。体をずらして真由子の体のなかへ入っていこうとする。 「待って。待って。うしろから——」  真由子は起きあがった。  有田に背を向けた。獣の姿勢をとる。ヒップを突きだしてきた。  うしろから有田は真由子のなかへ入っていった。やわらかな肉の圧力をおしわけて前進する。すこしきつかった。やがて安定する。もう真由子は夢中だった。シーツに顔をふせて、呻き声をもらしている。反《そ》った背中や腰がピンク色にかがやいていた。  有田は動きだした。真由子の肉が、男性の根もとをしめつけてくる。急速に快感が盛りあがった。限界に近づく。 「だめだ、真由子。あまり保《も》ちそうもないよ。きみがきれいすぎるからいけないんだ」  区間急行だ。有田はつぶやいた。それで気をまぎらわすつもりだった。 「いいわ。いって。私もすぐいけるから」  真由子は右手で自分の秘密の部分をさぐりはじめた。あえいでいる。  遠慮なく有田は動きはじめた。真由子のうしろ姿がS字形に揺れはじめる。彼女は懸命に指を動かしているらしい。  同時に二人は頂上へたっした。    5  金曜日の朝、有田文彦はいつもより十五分はやく家を出た。  きょうは区間急行を利用しない。光明池駅で、各駅停車に乗った。車内は混んでいる。出入口のそばに立つと、すぐ電車は動きだした。  区間急行は五つ目の中《なか》百舌鳥《もず》に停まらずに大阪市内へいってしまう。有田は中百舌鳥でおりるつもりだった。大橋真由子に会うためである。真由子は中百舌鳥でP電鉄の難波ゆき急行に乗る。同じ電車に乗ろうと思えば、各駅停車を利用する以外にない。  真由子と最初のデートをしたのは火曜日だった。原則として毎週火曜日と金曜日にデートする約束をした。きょう午後六時に、先日の喫茶店で会うことになっている。  昨夜から有田はおちつかない気持だった。ホテルのベッドで身悶えしていた真由子の裸身が目にちらついた。けさ早く目がさめた。夕刻になるのが待ち遠しい。一分でも早く真由子とことばをかわしたかった。  あれからまだ三日目である。きのうもおとといも真由子とは会社で顔をあわせている。だが、会社ではゆっくり話ができない。真由子の体にさわるわけにもいかない。彼女の裸身を思い描きながら、ユニホーム姿の彼女にひそかな視線を送るだけだ。  蛇の生殺しだった。一日がとても長く感じられた。やっと金曜日になった。いっしょに電車に乗って、デートの雰囲気をつくっておきたい。約束を確認する意味もあった。  各駅停車もべつにゆっくり走るわけではない。だが、区間急行にくらべてずいぶんおそいような気がした。こんな気持で電車に乗ったのは、はじめてである。  電車は中百舌鳥へ着いた。乗りかえホームに立って、有田は真由子をさがした。彼女はたいてい、うしろから二つ目の電車に乗る。そのあたりに彼女の姿はなかった。  電車待ちの行列を一つ一つながめて、ホームのいちばん前までいってみた。やはり真由子はいない。先発の電車に乗ったのだろうか。それとも一電車おくれるのか。考えながら有田は、うしろから二番目の車輛へ乗れる位置へもどった。  光明池発の区間急行がやってきた。有田がいつも利用している電車である。停まらずにホームを通過してゆく。  思わず有田は声をあげた。最後尾の車輛の出入口に真由子が立っていた。向うも有田をみつけたらしい。小さく手を振っている。ほんの二、三秒で真由子の顔はみえなくなった。区間急行はいってしまった。  なんということだ。有田は苦笑いした。前回会ったときのように、真由子は光明池駅から区間急行に乗ったのだ。有田といっしょに通勤したい一心でそうしたのだろう。  前回は光明池の近くの友達の家へ泊ったといっていた。だが、そんなにたびたび外泊できるわけがない。早起きして彼女はわざわざ光明池へいったのだ。会社へゆくのと反対の方向へまわり道したわけである。  甘酸っぱい感情が有田の胸にひろがった。ますます真由子が好きになった。ほんとうにすばらしい恋人ができた。自分の幸運が恐いくらいだ。このさきどうなるかはわからないが、精一杯彼女を愛してやろうと思う。  急行電車がホームへ入ってきた。有田は乗りこんだ。押されるまま、なかへ入った。  声をかけられた。二メートルほどさきに情報管理室長が立っていた。有田の直属の上司である。河内長野から彼は通勤している。室長は朝がはやい。通勤電車で顔をあわせることは年に一、二度しかなかった。  室長のそばへいって有田は挨拶した。 「室長にしては、けさはゆっくりですね。ゆうべ、おそかったんですか」 「常務のお供でミナミで一杯やったんや。かえったら午前一時やった。もう五十やからな。さすがに朝はこたえるよ」  室長は苦笑いした。二日酔いと睡眠不足の両方になやまされているらしい。 「きみ、泉北ニュータウンに住んでるんやろ、なんで区間急行に乗らへんのや」  やがて、室長は有田の顔をのぞきこんだ。  有田は一瞬狼狽《ろうばい》した。難波へ直行できる区間急行ができたのに、これまでどおり中百舌鳥で乗りかえるのはたしかに不自然である。 「ちょっと中百舌鳥の様子をみようと思いまして。どれだけのお客が地下鉄に流れたか」  とっさにごまかした。  市営地下鉄が中百舌鳥まで延長されたのはたしかに痛手だった。だが、業績に影響が出るほどではない。P電鉄はいま、所有球場の移転をめぐって市と交渉中である。市に貸しをつくるのもわるくないだろう。室長はそんな話をした。  関西新空港の開設に呼応して、P電鉄は難波周辺の再開発に本腰をいれている。三十八階建ての高層ホテルを建て、空港、難波間の新線を敷き、CAT(シティ・エア・ターミナル)も誘致する。社内はその新計画で沸き立っている。室長も張り切っていた。  ひそかに有田は胸をなでおろしていた。もし大橋真由子といっしょにこの電車に乗っていたら、室長にあやしまれるところだった。真由子がまわり道してくれたおかげでたすかった。今後は気をつけなければならない。  室長といっしょにオフィスへ入った。真由子がお茶をはこんできた。 「残念でした。すれちがいでしたね」  真由子は小声でいった。  目のあたりをクシャクシャにして笑った。むきだしの腕がなまめかしかった。  午後五時をすぎた。有田は会議に出ていた。議論が白熱している。当分結論が出そうもない。真由子との待ちあわせは六時である。有田も議論にひきこまれていた。  やっと会議が終った。六時二十分近かった。オフィスに真由子の姿はない。大いそぎで有田は会社をとびだした。事情はわかっているはずだ。真由子は待っているだろう。  道頓堀の喫茶店のそばへきた。六時半すこしまえである。人混みのなかから真由子がとびだしてきた。有田と腕を組んであるきだした。しなやかな体が、挑《いど》みかかるように有田のそばで動いた。 「どうした。なかで待っていればよかったのに」 「アカンねん。総務の人らがなかにいるの。あぶないとこやったわ。有田さんが時間どおりにきてたら、完全にバレてたわ」  六時に真由子は喫茶店へ入った。  有田を待ちながら、なんとなく店内をみまわした。びっくりした。奥の席で、総務部の女子社員が二人おしゃべりしていた。真由子には気づいていなかった。  コーヒーを飲むのもそこそこに真由子は喫茶店をとびだした。近くに立って、有田があらわれるのを待っていたのだ。 「そうか。おくれてかえってラッキーだったんだな。しかし、おどろいたなあ。けさも似たようなことがあったんだ」  電車のなかで情報管理室長に会ったことを有田は教えてやった。 「そうやったんですか。なにが倖せになるかわかりませんねえ。私ら、モタモタするほうが結果的にツイてるんやわ」 「不倫の恋をすると、いっぺんに世の中がせまくなるんだな。気をつけて行動しよう」 「ほんまやわ。ミナミはわが社の縄張りやから、いつだれに会うかわかりませんからねえ」  組んでいた腕を真由子は解いた。  真剣な面持で人混《ひとご》みをみまわした。    6  一時間後、日本橋一丁目の近くのホテルのなかに二人はいた。  二度目のデートである。前回とちがって二人ともあまり酔っていない。  いっしょに風呂へ入った。今夜は有田も余裕をもって真由子の裸身をみつめた。  みごとな乳房をしている。胴は細かった。ヒップは大きくない。だが、上下の幅が短いので、じっさいより大きくみえた。下から上へふくらみをしゃくりあげたようなかたちをしている。合せ目は堅かった。  脚は太くも細くもない。肉づきがよくて、しかもひきしまっていた。オフィスにいるとき、有田は真由子の脚にいちばん視線がゆく。惚れ惚れと脚をみつめてしまう。だが、真由子が裸になると、脚にはあまり関心がなくなった。乳房や腰やヒップにばかり気をとられる。現金なものだ。  ゆっくりと二人は湯につかった。湯のなかでくちづけをかわした。有田は真由子の乳房をまさぐり、やがて吸いにいった。  同時に女の部分を指さきでさぐる。たちまち真由子は顔をしかめて、ぐったりとなった。女の部分は、湯よりも密度の高い液にまみれている。有田は指が甘く溶けそうな気がした。  暑くなった。二人は湯からあがった。真由子の背中を有田は洗ってやる。愛らしいヒップを彼女は腰掛けに乗せている。白い肌が、淡い桜色に上気していた。 「ふらふらする。頭がぼうっとしてきた」  真由子は手でひたいをおさえた。  うしろへ倒れかかってくる。石鹸の膜がついた背中を有田はささえてやった。 「よし、ここへ寝なさい。ひざ枕で」  有田はタイルのうえにすわった。両脚をそろえて投げだした。  直角に交叉する姿勢で真由子は有田の左のふとももに頭を乗せる。脚は有田の右のほうへ投げだした。 「ああいい気持。やすらぎの時間」  真由子はうっとりしていた。 「世間がせまくなったぶん、二人きりになるとゆったりするな。うんとみだれてくれ。ほかにはだれもいないんだから」 「もうみだれてるわ。すごく敏感になってる。ちょっとさわられただけで感じる」 「真由子はまだほんとうのオルガスムスを知らないからな。おれが教えてやるよ。一人前の女にしてやる。まかせておいてくれ」  有田は真由子の乳房に石鹸を塗った。  掌で揉《も》んでやる。石鹸が潤滑油の働きをした。ゆたかな乳房が有田の掌のなかで丸い生き物のように渦を巻いた。  真由子はため息をついた。乳首が小さなビー玉のように硬くなっている。かたひざを立てたりのばしたりした。有田の手が女の部分へくるのを待ちかねている。  有田は真由子の下腹部へ手をのばした。真由子の胴とふとももの継ぎ目に石鹸を塗ってやさしくこすった。ふとももの盛りあがりと弾《はず》みかたが、いかにも女体のものだ。  草に覆われたやわらかな肉を、しずかに圧した。真由子はふとももをとじあわせた。あふれでる熱い液をもてあましたような仕草である。張りつめたふとももの肌が、かすかに紅くかがやいていた。美しかった。  やがて有田は女の部分に手をやった。あたたかいぬかるみをさぐった。なでるようにかきまわしてやる。真由子は声をあげた。液を真珠の粒に塗りつけてやる。真由子の足指が反《そ》りかえった。  しばらく指の動きをつづけた。真由子の体が揺れはじめる。声が高くなった。有田は左手で彼女の乳房をまさぐりつづける。 「ああ、いい気持。すごく感じる。なんでやの。なんでこんなに感じるの」 「愛しあっているからさ。相手が経理の森井だったらこうはいかないよ。鳥肌が立つぞ」 「いやあ。なんでいまあいつの名前が出るのよ。気持わるーい。醒《さ》めてしまうやんか」 「鳥肌を我慢しているうちに感じてきたりして。そうじゃないのか。真由子にはその傾向があるぞ」 「もう。なにをいうのよう。私がそんな——。そんなこと」  真由子はあえいでいた。顔をひきつらせて目をとじている。  わけのわからない激情に有田はかられた。真由子の頭をもちあげてタイルのうえに寝かせる。彼女の足のほうへ顔を向けておおいかぶさった。草むらに顔を伏せる。真由子の両脚をひらかせて、女の部分へくちづけした。  花びらのあいだから、透明な液があふれでている。吸いながら、空洞へ舌をすべりこませる。舌をくねらせた。顔を出した真珠の粒へ舌で液を塗りつける。つよく吸った。指で真由子の体のなかをさぐる。目のまえでふとももが左右に割れたり、とじたりする。  真由子の声はきこえない。彼女は男性を口にふくんでいた。なまあたたかい快感が、男性をつつんで吸っている。真由子はまだ舌の使いかたを知らない。せっせと頭を動かしているだけだった。  それでも快感は濃厚である。真由子の愛情が、甘ったるく、溶かすように男性にしみこんでくる。逆《さか》らって、男性はますます硬くなった。鉄のようだと有田は思う。  吸いつづけ、指でやさしくかきまわす愛撫をつづける。真由子の体が波を打ちはじめた。男性を彼女は口からはなした。声をあげている。苦しそうな、かん高い声だ。  真由子の体が上下にふるえた。やがて、動かなくなった。たっしたらしい。有田はくちづけをやめて、いま自分が舌を泳がせていた箇所に見入った。  最初よりもピンク色があざやかになっている。投げだされた両脚の表情がぐったりしていた。花びらがわずかにしぼんだ感じになっている。みちたりた風情《ふぜい》だった。有田は指で花びらをひらいてみる。  真由子がまた男性を口にふくんだのがわかった。ついで有田は声をあげた。快楽をおしわけるようにして、痛みがやってきた。真由子が男性にかるく歯を立てたのだ。痛みが快感をふくらませる。風船に指で圧力を加えた感じに似ていた。  いそいで有田は制止した。真由子の顔から体をはなして、向きを変えた。 「ごめん。痛かったア」 「痛かったけど、良かったよ。さあ、あがろう。ベッドでゆっくりあそぼう」  タライに湯をくんで体を洗った。  外へ出てタオルをつかった。有田は欲望をおさえきれなくなっている。  真由子の肩を抱いてベッドルームへ向かった。円型ベッドに真由子をおし倒した。  正面からのしかかった。真由子の両脚を高くあげさせる。肩と胸で彼女の両脚をささえながら入っていった。  真由子は目をとじている。目のあたりをクシャクシャにしていた。愛らしい表情である。  顔をみていると、やさしい気持にかられる。体をみると、獣じみた衝動にかられた。衝動のまま、あらあらしく有田は動きだした。二人の体がつながりあっている箇所が目に入る。男性が真由子のなかへ没したり、なかば姿をあらわしたりする。ますます獣じみた衝動がつよまる。有田は熱狂してきた。  顔を真由子は横向けている。うっとりした表情だった。快楽に耐えかねてみだれる様子がない。熱心に有田は動いた。なんとか快楽を掘りおこしてやりたい。  しばらくつづけた。有田のほうが快楽をおさえきれなくなった。息切れがしてくる。高くあげた真由子の脚をおろさせた。彼女のうえに倒れこんだ。休もうとする。 「どうしたの。いって、いって」  真由子のほうが動きだした。完了の寸前に追いこまれて有田は呻いた。  急に真由子は両手で有田をおしのけた。起きてうしろを向いた。ヒップを突きだす。  有田はあらためて後方から入った。動きだした。この姿勢だと、真由子の肉がつよくしめつけてくる。もう保ちそうもない。  前回とおなじだった。真由子は右手で自分の真珠の粒をさぐっている。ひざをのばして平らにふせた。二人はかさなりあう。  呻きながら有田は終った。真由子は声をあげて自慰をつづけている。うしろから有田は真由子を抱きしめる。すれちがったほうがいい結果が出るのだ。安心していた。 (第八話 了) 第九話 素  顔    1  土曜日の午後四時すぎ、高松信夫は心斎橋のデパートへ入った。  一階の化粧品売り場へ足を向けた。  売り場には各メーカーのコーナーがある。それぞれの美容部員が女性客に化粧法などの指導をしている。手のあいた美容部員は真剣な顔で客を物色していた。近くを通りかかった女性はたちまち彼女らにつかまって、鏡のまえに立たされることになる。  女たちの熱気がそこには立ちのぼっていた。美容部員はセールスに懸命である。客ははんぶん気圧《けお》されながら、美しくなるための手段を模索していた。  男には関係のない場所である。高松信夫が近づいても、美容部員たちは知らん顔をしていた。三十八歳のサラリーマン。化粧品にはいちばん関係のない層である。  高松はユメボウ化粧品のコーナーへいった。待機していた美容部員が笑顔で近づいてきた。やっとお客として認知されたのだ。 「カラーのパレットをください。最近発売されたバイオ製品の——」  口ごもりながら高松は注文した。  高松はユメボウ株式会社の社員である。合繊テキスタイル部門の営業課長だった。化粧品部門とは接触がない。商品知識はほとんどゼロである。 「パレットでございますね。ご使用になるのは、お若いかたでしょうか」  いたずらっぽい笑みをうかべて、美容部員は訊いた。  年齢は三十歳前後だろう。化粧品市場の第一線で働く女性らしく、彫《ほ》りの深い、エキゾチックな顔立ちだった。みつめられて、高松は上気していた。 「三十三です。うちの女房ですよ。買物をたのまれてしまって」 「わかりました。奥さまはどのようなタイプのかたですか。華やかな感じのかた——」 「ちがいますよ。あなたと正反対のタイプです。日本的で、地味な女です」  美容部員は会釈《えしやく》して商品置き場のほうへ去った。  のびやかな脚をしていた。髪とヒップが揺れ動いた。起伏のはっきりした体つきである。身長は平均よりやや高い程度だ。全身から色香が立ちのぼっている。  いい女だな。高松はため息をついた。独身にしては、色っぽさが濃厚である。人妻なのだろうか。あんな女を妻にしているのは、いったいどんな男なのだろう。  美容部員がかえってきた。三種類のパレットを手にしている。どれがいいか、男にわかるはずがない。妻にたのまれたわけではなかった。高松の妻は最近、教育ママの傾向をみせはじめた。化粧や服装にあまり気をつかわない。もうすこしなんとかしろ。言外にそんな気持をこめてカラーパレットをプレゼントするつもりである。 「フェースカラーやアイカラーは、じっさいにお会いしてみないと、自信をもってえらべませんわ。無難なものをおすすめしておきます。奥さまに一度お越しいただくようにお伝えください」  美容部員は名刺をさしだした。  紺野美希と印刷してある。主任の肩書がついていた。  彼女は高松の上衣《うわぎ》のバッジに目をとめた。小さく声をあげた。会社のかたなんですか。目に力をこめて高松をみつめた。高松は名刺を出して、美希に手わたした。 「だからユメボウのコーナーへきたんです。すこしでも売上に寄与しようと思って」 「ありがとうございます。そうなんですか、テキスタイル部門の課長さんなんですか」  名刺と高松を美希はみくらべる。  感心したような表情だった。高松は照れくさくなった。重役ならともかく、一課長の肩書にそれほど重みがあるはずがない。  代金を支払って品物をうけとった。高松は未練たっぷりだった。だが、用もないのにねばるわけにはいかない。そこをはなれた。  デパートの出入口近くで高松はふりかえって自社コーナーをながめた。胸がドキリとした。紺野美希が売り場に立ってじっとこちらをみつめている。恋人か夫を見送ってでもいるようだ。あわてて高松は体の向きを変えた。いそいでデパートを出た。  快《こころよ》く高松はうわずっていた。恋の予感のようなものを抱いた。こんな気持になったのは何年ぶりだろう。このままでは済ませたくない。無謀かもしれないが、なんとかあの女に近づいてみたい。  結婚して八年になる。何度か浮気をした。相手はスナックバーの女の子や、バイトにきた女子大生だった。ちょっとしたつまみ食いだった。心を動かされたわけではない。その意味では家庭を大事にしてきた。このあたりで少々羽目をはずしても罰《ばち》はあたらないだろう。高松にとって、美希はそれほど印象に残る女だった。  近くのNホテルの喫茶室で妻の道子と五時に待ちあわせる約束だった。きょうは結婚記念日である。子供たちは道子の母がお守《も》りにきている。二人でゆっくり食事する予定だった。妻へのちょっとしたプレゼントのつもりで、化粧品を買ったのである。  アイデアがひらめいた。高松信夫は、おなじ心斎橋にあるもう一つのデパートへ入っていった。化粧品売り場で香水のセットを買った。さっきのカラーパレットは上衣のポケットにしまった。  高松はNホテルの喫茶室へいった。しばらく待つと、道子がやってきた。香水を高松はプレゼントした。めったにないことである。道子は幸福そうだった。  ホテルのレストランで食事をした。ついで北新地のラウンジバーへ立ち寄った。高松はときおり紺野美希の顔が目にうかんだ。道子に申しわけない気がしたが、こうして家族サービスしているのだから、まあゆるされるだろう。じっさい男は女房といっしょに飲んでも、まるで心が弾《はず》まないのだから。  十時ごろ家へかえった。まずまずの一日だった。サービスのついでに道子を抱いた。目をとじると、美希の顔がまた脳裡《のうり》にうかんできた。めずらしいことだった。自分にもまだこんな若さが残っていたのか。事務的に体を動かしながら、高松はうれしかった。    2  月曜日になった。  昼休み、高松信夫は心斎橋のデパートの化粧品売り場へ電話をいれた。例のカラーパレットはポケットに入っている。  美希の声がきこえた。高松は緊張で息苦しいくらいだった。名前を告げた。 「ああ、おとといの。高松課長ですね」  美希の声はあかるかった。美希が出て、高松は積極的な気持になった。 「じつは先日の製品、女房のやつが気にいらないというんです。生意気に、もっと派手なのがいいそうです。お手数ですが、とりかえてもらえませんか」  道子の使っている製品の番号を高松は告げた。こっそりしらべておいたのだ。 「わかりました。いつでもお越しください。おとりかえさせていただきます」 「ところが、昼間はぬけだすひまがないんですよ。夕刻、デパートがしまってからお会いできませんか。よかったら、ついでに食事をごちそうします」 「夕方ですか。さあ——」  美希は考えこんだ様子だった。  高松は背中に冷汗がにじんだ。魂胆があまりにみえすいている。かるく一蹴《いつしゆう》されてしまうかもしれない。 「夕方っていつでしょうか。きょうですか」 「なるべく早いほうがありがたいです。きょうお会いできますか」 「わかりました。ちょうどいいわ。私も教えていただきたいことがあるので」  くもり空が一気に晴れわたった。  午後六時半。Nホテルの喫茶室で。きのう道子と待ちあわせた場所を告げた。ほかの場所がとっさに頭にうかばなかった。  六時すぎに高松は会社を出た。ユメボウ株式会社の本部は市の東北部の都島区にある。だが、テキスタイル部門は大阪駅のすぐ近くのビルにオフィスをかまえている。ミナミのNホテルまで、タクシーで十分ぐらいだった。余裕をもって彼は喫茶室へ入った。  びっくりした。紺野美希はさきにきて待っていた。椅子から腰をあげて一礼する。上司にたいする態度だった。 「まいったな。そう几帳面《きちようめん》にされると困ってしまう。ざっくばらんにたのみますよ」  高松は苦笑《にがわら》いした。  ワインレッドに黒の花模様が入ったワンピースを美希は着ている。笑顔がまぶしい。 「けど、おなじユメボウの課長さんやから、やっぱり緊張します。私ら契約社員にとっては雲の上の人ですから」 「おなじユメボウといっても、事業部がちがうと別会社のようなものですよ。じっさい、つい最近までそうだったんだから」  ユメボウ株式会社は資本金二百二十億円。従業員数は六千三百名である。グループ各社を合計すると、二万六千名になる。  ユメボウには繊維、化粧品、食品、薬品、住宅環境の五つの部門がある。もとは大手の繊維メーカーだったが、この三十年間、多角化を推進して現在の形態になった。繊維、化粧品が二本柱で、薬品、食品もかなりの貢献をしている。  最近まで化粧品部門は別会社だった。統合されて事業部になった。薬品、食品もまだ別会社だが、やがて統合されるはずだ。事業部間の人事交流はよくない。高松たちからみると、化粧品部門はおなじ会社とは思えないほど華やかである。  用意してきたカラーパレットを紺野美希は出してくれた。商品の交換を終えた。食事することにして二人は喫茶室を出た。  西清水町のレストランへ入った。フランス料理の店である。高松はフランス料理があまり好きではないのだが、こんな場合はやむを得ない。イクラや甘海老などの入ったサラダ、舌平目《したびらめ》のムース詰め、牛肉の赤ワイン煮込みを注文する。  ワインはモレ・サン・ドニの赤をとった。香りはさわやかで、味はストレートなやつだ。とりあえず乾盃した。飲みはじめると、美希は肌の香りとワインの香りを、ともに立ちのぼらせる感じになった。 「あなたはふしぎな人だ。独身のようでもあるし、人妻のようでもある」 「もと人妻。中古車なんです。そうですか、やっぱり中途半端な感じがあるんやわ」  わるびれずに美希は話した。  二年間、銀行マンと結婚生活をおくった。二年まえ、離婚をした。美希は家庭にひきこもって暮すのがいやだった。社会へ出て働きたかった。夫のほうは、妻があたたかい夕食をつくって待つ家庭を望んでいた。  何度も話しあった。だが、双方とも妥協できなかった。わかれるなら、子供のいないうちがいいだろう。このときだけ意見が一致した。美希は一人になって、結婚まえに働いたユメボウに再就職した。 「どうりで独身にしてはセックスアピールがあると思った。しかし、まえのご主人の気持がわからないな。こんな美人とよくわかれる気になったもんだ」 「ありがとうございます。けど、男性って、女が働くことになんで理解がないのかしら。会社からかえって、家の窓にあかりがついてないと、がっくりするんやそうです」 「その気持はみんなにあるだろうな。おれもそうだ。疲れてかえったときぐらい、大事に迎えてもらいたいものね」 「私は失格やったんです。もう結婚はこりごり。自由に生きることにしました」 「でも、一人で生きるのはたいへんでしょう。気楽な代りに経済的苦労も多い。人生、両方いいことはないものね」 「やっぱり疲れることがありますもんねえ。だれかに甘えられたらいいなあと思うんです。けど、へたに甘えると、弱みができるから怖いの。相手をえらばないと」  美希はじっと高松をみつめた。  だが、目が合うと、うつむいた。相手をえらんでいるところらしい。どう出るべきか、高松は迷っていた。すくなくとも、まだ口説《くど》き文句をいう段階にはきていない。 「なにか相談したいといっていたね。どういうこと」  高松は話題を変えた。会話がとぎれると、妙にあせってしまう。 「私、将来ランジェリーのお店をやってみたいんです。いろいろご指導いただけたらと思って。高松さん、ご専門でしょう」  美希は身を乗りだした。酔いと熱意で顔が上気している。  美容部員は若いうちの仕事である。身分も不安定だ。将来はどこかベッドタウンで女性下着の店をやりたい。小売店経営のノウハウを教わりたいというのだ。 「ランジェリー専門というわけじゃないけど、小売店の経営にはくわしいつもりですよ。もしほんとうに開店するなら、便宜をはかってあげます」 「ほんまですか。うれしいわ。いま必死で資金をためているんです。あと三年もすれば、なんとかなると思うの。ぼつぼつ指導していってください」 「ということは、これからもおれとつきあってくれるんですね。よかった。人生に張り合いがでてきた。たいして力はないけど、なんとかお役にたつようにします」  二人はグラスをぶっつけあった。  美希の表情がすっかりやわらかくなった。いいお友達ができた。彼女はつぶやいた。アドバイザーをほしがっていたのだ。たぶん、恋人もほしがっているのだろう。 「神のひきあわせだな。土曜日、きみのいるコーナーへいけてラッキーだった」 「お名刺をいただいて、私、ドキッとしたんです。こんな男性にめぐり合えないかなあ、と思うてたとおりの人やったから」 「女房のプレゼントなんか買いにくる男でもよかったのかな」 「家庭を大事にする人やないと、私、困るんです。ゴタゴタしたくないの。おたがいの領分をおかさないで、おつきあいしたい」  話がはずんだ。小売店経営の成功例を高松はいくつか話してやった。  二人でワインを一本|空《あ》けた。料理で腹いっぱいになった。ワインの酔いは強力である。頭がふらふらする。  デザートのあと、二人はレストランを出た。タクシーで北新地へいった。高松のなじみのラウンジバーとスナックバーを一軒ずつまわった。午後十時になった。  天王寺区のマンションに美希は住んでいるという。高松の家は堺である。順路なので、美希を送っていくことにした。 「ああ、いい気持。男性と二人で飲んだの、何年ぶりかなあ。すごく酔うた」  あるきながら美希は夜気を吸いこんだ。  男性に縁のない職場である。離婚後は親しい男性もいなかったらしい。  美希の肩に高松は腕をまわした。しぜんにそれができた。女に不器用な高松にしては、上できだというべきだろう。  美希が男としての魅力を高松に感じているのかどうかはわからない。利用価値があるから、交際する気になったのはあきらかである。それで高松は充分だった。離婚した二十八、九の女が利用価値を考えないで男とつきあうわけがない。はっきりしているほうが、さわやかである。今後、美希の心をとらえられるかどうかは、高松の腕一つだ。  二人はタクシーに乗った。ミナミに向けてクルマは走りだした。  高松はまた美希の肩に腕をまわした。美希は高松にもたれかかってくる。 「おれ、アドバイザーから恋人に昇格するみこみはあるんだろうね。いつごろ、そうなれるのかな」  高松はささやいた。ねむそうな美希の顔に、顔を近づけていった。    3  翌週の木曜日になった。  高松信夫は六時に会社を出て、心斎橋のNホテルへ向かった。  二階の酒場へ入った。紺野美希はもうカウンター席で、ビアグラスをまえにして待っていた。笑顔で高松を迎える。  彫りの深い、エキゾチックな顔立ちが、笑うと、人なつこい感じに一変した。デパートの売り場でみるよりも、ずっと親しみやすい笑顔だった。前回よりも二人の距離が大きくちぢまったのがわかる。  となりに腰をおろすと、いい香りが高松の鼻孔にしのびこんだ。二人の腕がふれあった。美希は腕をひっこめなかった。  高松はランジェリーの小売店経営に関する資料を美希に手わたした。よろこんで美希は資料の見出しに目を通した。  ホテル内のイタリアレストランで食事をとった。ワインは「マドンナ」にする。前回と同じに心地よく酔った。高松はホテルに部屋をとって美希といっしょに入りたい気持にかられた。だが、いいだす勇気がなかった。  食事のあと、北新地のピアノバーへいった。店の女にすすめられて、高松はスタンダードナンバーを一曲うたった。わずかなレパートリーを高松はうたいこなしてある。いいデキだった。美希にもうたうようにすすめたが、彼女は応じなかった。 「案外自意識過剰なんだな。美希さんは万事に堂々と生きてるのかと思ったよ」 「そうみえるでしょ。強がってるだけなの。ほんまは意気地なしなんですよ。なかなか自分をさらけだせない」 「もっと飲みなさいよ。リラックスしよう。おれは、美希さんが気をゆるせるたった一人の男性になりたいよ」 「いいんですか、気をゆるしても。どっともたれかかっていくかもしれませんよ」 「もたれかかってほしいね。男の本望だ。あらゆる苦労をいとわず、うけとめたい」  二人はならんで腰をおろしていた。  美希の肩へ高松は腕をまわした。美希はくずれてこない。反対に身をかたくする。背すじをのばして店内をみまわした。まだベッドをともにする気にはなれないようだ。  午後十時まであそんだ。前回同様、高松はタクシーで彼女を送っていった。  クルマのなかで高松は美希の肩へ腕をまわした。美希の体がやわらかくなっている。前回とはちがう。前回はキスしにいって、顔をそむけられてしまった。 「おやすみのキスをしよう。いいだろう」  高松は美希の耳にささやいた。  美希は顔をこちらに向けた。ひきつった表情になっている。高松はくちづけにいった。舌をからませると、美希はあえぎだした。小娘とちがって反応が大きい。離婚後二年間恋人がいなかったのはほんとうのようだ。 「きみがほしい。ホテルへいこう」  高松は美希の手を握りしめた。  美希は頭を横にふった。たかぶった状態から懸命に立ち直ろうとしている。暗がりのなかに、茫然とした横顔がうかんだ。 「どうして。まだその気になれないか」 「いややねん私。こんなふうに——」 「こんなふうって」 「酔ったはずみにそうなるのって、軽い感じでしょ。私にとっては大変なことなのよ。高松さんはたんなる浮気かもしれへんけど」 「おれだってそんな軽い気持じゃないよ。目いっぱい大事にしようと思っている」  高松は手に力をこめた。美希の耳へ、かるくくちづけした。 「そうだ。一日ゆっくりドライブしよう。きみ、月曜日は休みなんだろう」  高松は提案した。美希の勤務するデパートは月曜日が休みである。 「ドライブ——。どこへいくの」 「どこか海辺へいこう。新鮮な魚をたべて、泳いでかえってくる。たまに大阪をはなれて、のんびりしようぜ」 「私はいいけど、高松さん、会社が」 「年休はくさるほどあるんだ。そうしよう。月曜日、二人であそぼう」  話がきまった。美希のマンションへ、高松はクルマで迎えにゆくことにした。  彼女のマンションへ着いた。かるくキスをかわして美希はクルマをおりた。玄関まえで右手をふって見送ってくれた。  月曜日、高松信夫はいつもよりはやく目がさめた。いやな音が耳についた。雨だった。  がっかりして起きて、窓をあけた。降りつづけている。厚い雲がすみずみまで空を覆っていた。晴れそうもない。子供のころ、雨で遠足が流れた日の朝を思いだした。  会社には休みの届けを出してある。出勤してもおかしくはないが、一度休日ときめた頭を切り換えるのも厄介《やつかい》だった。まあいい、出かけよう。高松は決心した。雨でもドライブはできる。美希とホテルへ入るためには、かえって好都合かもしれない。  いつもの時間に高松は家を出た。きょうは姫路方面の得意先を訪問すると妻に告げて、愛車のスカイラインを運転した。高松はサンデードライバーである。いつもは電車で出勤する。デートのためクルマを使うのは、これがはじめてだった。  雨は降りつづいている。靄《もや》で街がぼやけていた。こんな日にドライブだなんて、非常識もいいところである。美希が行く気をなくしたのではないかと、心配になった。  高松は電話ボックスのそばでクルマを停めた。美希の住居を呼びだした。すぐに美希は応答した。待っていたらしい。 「予定どおり出発しよう。いまから迎えにいくからね。支度して待っててくれ」 「行くのお。こんな日に。大丈夫やろか」  美希はびっくりしていた。  有無をいわせずに高松は電話を切った。ここまできて、ひきさがるわけにはいかない。  美希のマンションへ着いた。傘をさして彼女はおもてへ立っていた。雨を逃れて、大いそぎで助手席へ乗りこんでくる。クルマのなかが甘い香りでいっぱいになった。  さわやかなグリーンの、ノースリーブの服を美希は着ていた。白いベルトをきっちりしめて、体の線を浮き立たせている。スカートが短い。きれいな脚がひざの上まであらわになっている。軽快な服装だった。 「カジュアルな服装もきみは似合うんだな。おれのほうは相変らずドブネズミルックだ。申しわけないな」  高松はクルマを発進させた。高速道路へ向かって走った。  どこへいくの。美希は訊いた。脚をきちんとそろえている。 「明石から赤穂のほうへいってみよう。雨の瀬戸内海もわるくないよ。こんな日はどこへいっても空《す》いていて、たすかる」  西の空が気のせいか、あかるんできた。    4  二時間ばかり高速道路を走った。  陽気なディスコ音楽をカーステレオで流しつづけた。大阪から遠ざかるにつれ、美希はことばがすくなくなった。背もたれをはんぶん倒してくつろいでいる。  大阪を離れるのも、彼女は二年ぶりだという。自立して生きるのにいっぱいで、小旅行のゆとりもなかったらしい。 「うわあ、空がひろいわ。旅行気分になってきた。のびのびする」  神戸をすぎると、美希はさけんだ。  彼女は離婚した女だ。つらい思い出もあったのだろう。大阪を離れることは、つらい思い出から離れることでもあるらしい。雨など気にならなくなった様子である。晴れやかに美希は海のほうへ目をやっていた。  相生《あいおい》で高速道路をおりた。海のほうへ高松は走った。道路の右手を内海が流れる。雨は小降りになってきた。造船所のクレーンの林や、停泊する船が目に入ると、高松も旅の気分になった。二人を祝福するように、海の向うがあかるくなってくる。  赤穂の町へ入った。義士の遺跡を見物にゆく。雨のなかでは、もう一つおちついた気持になれなかった。昼になった。どこかで昼食をとることにする。 「せっかく海辺にきたんだ。ちゃんとした料理をたべさせるところにしよう」  喫茶店へ入って、電話帳をしらべた。  海辺にホテルがあった。磯料理が売り物らしい。高松はその場で電話をいれた。料理と部屋の予約をとった。  ホテルへ高松はクルマを着けた。海辺の小さな建物だった。なかへ入る。レストランへ入るように、美希はさばさばした面持だった。やはり遠出してよかったのだ。大阪でラブホテルへ入るような重い感じがない。  座敷に案内された。となりがベッドルームになっている。硝子戸の向うに、ひろびろとした海がみえた。美希は海に向かって、背のびしたり嘆声をあげたりする。  女中がビールとツマミをはこんできた。食事の支度にすこし時間がかかるらしい。座敷机をはさんで二人はすわった。かるくビールを飲んだ。ぎこちない雰囲気になる。 「すこし疲れた。一風呂あびてくるよ」  高松はバスルームへ入った。  手ばやく体を洗う。浴衣《ゆかた》をきて部屋へもどった。料理がはこばれてきたところだった。伊勢海老の生造り、タイとヒラメの刺身、焼物、天ぷら、煮物。座敷机いっぱいに皿と小鉢がならんでいる。 「きみも入っておいで。湿気で体がべとつくだろう」  高松は美希にいった。  美希はすこし思案した。だまって消えて、バスルームへ入っていった。  ビールを飲みながら待った。ひどく長い時間に感じられた。やがて美希が出てきた。グリーンの服を着たままである。化粧も落していない。座敷とはちぐはぐな、一分の隙もない服装である。かえって高松は刺戟された。美希の白い素脚が、スカートのすそをみだして投げだされるさまが脳裡にうかんだ。  二人は食事をはじめた。競争のようにビールを飲んだ。酔って運転のできない状態に、高松ははやくもっていきたかった。食事が済んで、美希がここを出るといいだすのを恐れていた。だが、思いすごしだったようだ。美希は高松が酔うのをとがめる気配がない。すでにその気になっているのだ。  料理の品数が多いのに、食事はすすまなかった。美希も同じである。 「だめだ。食事どころじゃないよ。もっとほしいものがある」  座敷机を高松はわきへ寄せた。  美希のそばへいった。抱き寄せて、くちづけする。畳に腰をおろして、美希をひざのうえに横たわらせた。  ながいくちづけになった。美希は両手を高松の首にまわして抱きついてくる。高松は美希の口のなかを舌でさぐった。美希の呼吸がみだれる。キスをつづけながら、高松は美希の胸をさぐった。美希は弓なりになった。  高松はたかぶった。なにか気のきいたことをいいたかったが、ことばにならない。 「うれしいよ美希。きみのような恋人ができて。おれ、自信がわいてきたよ。だれにも負けない自信がわいてきた」  やっと思いが口から出た。  美希はなにもいわない。大きなため息をついた。高松は美希の乳房をまさぐりつづける。ブラジャーの不粋《ぶすい》な手ざわりの底に、やさしいふくらみの感触がある。  高松は座布団のうえに美希の頭を乗せた。スカートのなかへ手をさしこむ。パンストとショーツをぬがせにかかった。 「待って。ベッドへいこう。ベッド——」  美希は体をおこそうとする。  高松は美希を押し倒した。強引に下着類をぬがせる。スカートをみだして投げだされた素脚のイメージにこだわっていた。  それが現実のものとなった。白い素脚が投げだされた。肉づきがよく、しかも形の美しい素脚である。ふくらはぎに高松は歯を立ててみたくなる。彼は脚に抱きついて頬ずりした。案外、固い脚だった。  高松は美希の下肢におおいかぶさった。内ももへキスしにゆく。美希は抗《あらが》った。恥ずかしがっているにすぎなかった。おさえつけると、おとなしくなる。やさしく高松は内ももへ舌を這わせてゆく。  スカートに頭が覆われた。高松は思いきってスカートをまくりあげた。視界がぱっとあかるくなった。ふとももが白くかがやいている。奥に複雑な暗がりがあった。 「やめて。こんなん、いや。こんなん」  美希は呻《うめ》いた。かまわずに高松は白い双つの半島のあいだへ割りこんでゆく。  呻きながら美希は体の力をぬいた。ふとももの内側を高松の舌がおどりながら這いあがるにつれ、双つの半島は左右にわかれた。草むらと、ピンク色の花が高松の目のまえにあった。高松は顔をあげた。美希は目をとじてあえいでいる。上半身に一分の隙もなく、下半身は獣になりきっている。 「すばらしいよ美希。おれの知ってる女のなかで、きみがいちばんすばらしい」  ピンク色の花に高松は指でさわった。  小さな花びらがひらいている。まんなかの暗い部分から透明な液がにじみ出ていた。三十女のそれとは思えぬ可憐《かれん》な花だった。指でさわられただけで、美希は声をあげている。真珠の粒が淡いピンクにかがやいていた。脚が動くと、花もわずかに動く。美希の顔も同時に歪《ゆが》んだり、ひきつったりするだろう。  そこへ高松はくちづけにいった。舌を筆のように使った。下から上へ、何度もすくいあげる。真珠をくすぐる。舌をおどらせる。丹念にくりかえした。かすかな甘味が舌につたわる。一時間でもつづけていたくなる。  どうしよう、私、どうしよう。泣きながら美希は口走った。二年間セックスのよろこびから遠ざかっていたのに、思いだしてしまった。どうしようという意味のようだ。 「心配ないよ。欲しくなったら、いつでも電話しておいで。こんなふうにしてやる。美希のためなら、なんでもしてやるよ」  真珠の粒に高松は吸いついた。  舌とくちびるで可愛がった。そうしながら花の中心部へ指をすべりこませる。アヌスにも小指を沈めた。手を動かした。くちびると舌は使いつづける。  美希は泣いていた。のどからしぼりだすような太い声だった。やがて、キリキリ、キリキリという音がきこえた。ふしぎに思って高松は顔をあげた。指は動かしている。  なんの音かすぐにわかった。美希は歯ぎしりしていた。眠っているような顔で、歯を噛み鳴らしている。高松は感動した。二年ぶりのセックスにどれほど美希が陶酔しているか、その音でわかった。  もう羞恥《しゆうち》も気取りもない。美希は獣だった。腰までスカートをたくしあげて、これ以上ないほど大きく体をひらいている。高松の指の動きにつれて腹が揺れた。両ひざを立てて、足裏を畳につけている。  高松はもう欲望をおさえきれなかった。しばらくキスの愛撫をつづけたのち、美希から顔をはなした。  三度も美希はオルガスムスにたっしたあとである。ぐったりしていた。  高松は美希を抱き寄せた。海のほうを向かせて、畳に這わせる。手ばやく浴衣をぬぎすてた。全裸になる。美希のスカートをまくりあげた。大きく張った丸いヒップの手ざわりをたのしむ余裕もない。  すぐに体を寄せた。うしろから入ってゆく。両手で美希のヒップをかかえた。ゆっくりと動きだした。美希は声をあげる。畳に顔をふせてしまった。 「顔をあげろ美希。いい景色だぞ。雨があがってきた。よかったな。きた甲斐《かい》があった」  しだいに動きを大きくした。  美希は顔をあげている。まもなく顔をふせた。丸くなってしまう。太い呻き声をあげはじめた。しばらくつづいた。  やがて、歯ぎしりがきこえた。頂上にたっしたしるしだった。  かまわずに高松は動いた。売り場でみた一分の隙《すき》もない美希を思いうかべていた。    5  結合後二度目のオルガスムスに、紺野美希は突きすすんだ。  畳に顔をふせたまま、頭を左右にふった。こすりつけるような仕草だった。  両手の爪を畳に食いこませる。キリキリと歯を噛み鳴らした。背中まで垂れた髪が割れて白いうなじがあらわになっている。何本かの髪が汗でうなじに貼りついていた。  高松信夫はやっと余裕が出てきた。体の動きを小さくして美希をながめた。  さわやかなグリーンの、ノースリーブの服を美希は着ている。幅のひろい、白のベルトで腰をしめつけていた。  そのベルトがかくれるほどスカートをまくりあげている。丸く張ったヒップがむきだしだった。美希の顔よりもヒップは白かった。外はまだ雨なのに、肌がかがやいている。よくみると、合せ目のあたりに脂肪の粒がひしめきあっていた。  尾骨《びていこつ》の下方が褐色がかっている。だが、高松の下腹と密着しあって、合せ目のあたりはよくみえない。高松は動きをゆるやかにした。自分の男性が美希の体内に吸いこまれたり、なかば姿をあらわしたりするのをみる。歓喜が胸にこみあげてきた。  さらに大きく突いてみる。美希は呻いて顔を横向けた。苦しそうに顔をしかめている。また歯ぎしりする。  美希の顔はフェースカラーで塗り固めてあった。目やくちびるにもカラーやルージュが入念に塗ってある。風呂へ入ったのに、化粧を落していなかった。売り場へ立つとき同様一分の隙もないよそおいである。  それでいて、みだれきった表情だった。口もとが歪んでいる。頬が痙攣《けいれん》していた。対照的にヒップは無表情である。なまなましく静止して高松の動きをうけとめている。  高松は美希の裸身をながめたい衝動にかられた。だが、服をぬがせる手間がわずらわしかった。せめて表情をもっとよく観察することにした。美希の体からはなれる。彼女をあおむけにしてのしかかった。  あらためて正面から入った。突きあげると美希は弓なりになった。両手を高松の首にまわして抱きよせる。高松は美希と頬をふれあう姿勢になった。これでは観察できない。 「いい。いい。ああ、すごい——」  あえぎながら美希は口走った。  そのことばが耳もとできこえる。かえって刺戟的だった。かすかな髪の匂いがする。  太い声で美希は呻いた。高松の首にまわした腕に力がこもる。美希の体がおずおずと動きだした。いったん動きだすと、なにかの壁がやぶれたようだ。美希の腰のあたりが大きく揺れはじめた。二人は一体となって、大きな波に揺られた。  快感に高松は耐えきれなくなった。抑制をといた。目のくらむような黄金色の光のなかで、一瞬われをわすれた。気がつくと、美希とかさなりあって全身をのばしていた。  二人は起きて代る代るシャワーをつかった。雨がやんで海はあかるくなっている。  高松は裸のまま寝室へ入った。ダブルベッドに横たわる。浴衣に着替えた美希がやってきた。高松のとなりに倒れこんだ。 「すばらしかった。こんなセックスは生れてはじめてだ。きみとは肌が合うらしい」 「私も。くたくたになってしもた。高松さんすごいわ。私、はなれられなくなりそう」  美希は抱きついてきた。  脚をからませあう。高松は浴衣のうえから美希のヒップをさぐった。さすがにもう欲望はない。化粧品の香りがあざやかだった。 「やっぱり美容部員だな。ベッドルームでも化粧をとらないんだから」 「それをいわないで。私、もうすぐ三十なのよ。お化粧をとったら、トシがまるだしになる。高松さん、がっかりするわ」 「そんなことはない。肌が張り切っているのに。ここも、ここも」  ヒップやふとももに高松はさわった。  美希は高松の胸に顔を埋めてくる。高松も疲れていた。化粧品の香りのなかにただよって眠りのなかへ落ちていった。  目をさますと、午後三時だった。美希はベッドにいなかった。庭に面した板の間の椅子に腰かけて海をみている。浴衣をきていた。雨はやんで陽光がさしこんでいる。  全裸のまま高松は起きだしていった。悲鳴を上げて美希は立った。高松の腕をつかんで戸の陰へひっぱりこんだ。 「見られたらどうするのよ。もう——」  美希は笑って庭へ目をやった。  庭のさきは砂浜である。水着姿の男女が浜に出てあそんでいる。泳いでいる者もいた。日射しを待ちかねた行楽客らしい。雨のあとなのに、海はしずかだった。 「そうか。裏で泳げるのか。よかった。念のために水着をもってきてあるんだ」  バッグから水着を出して足を通した。  美希も水着の用意はあるという。うながされて着替えをはじめた。浴衣をきたままうしろを向いて、上手に水着姿になった。  紺のタンクトップの水着だった。 「恥ずかしいわ。デブでしょ私」  美希は乳房をかかえる仕草をする。  着やせするたちだった。紺の水着が起伏のはっきりした体に食いこんでいる。腕やふとももにまぶしいほど光沢があった。ゆたかで均整のとれた体だった。  二人は庭から浜へ出ていった。外へ出ると、涼しすぎるくらいだった。だが、水は冷たくない。かるく体操して海へ入った。  ブレストで泳ぎだした。美希はついてくる。結婚している時分、水泳教室へかよったという。波がしずかで、プールとほとんど変りがない。なめらかに二人は泳いだ。快い涼しさが全身にしみてくる。身も心もさわやかになった。ときおり顔をみあわせて、二人はほほえみあった。  赤い旗のならんでいる手前へきた。 「もうもどりましょう。恐いわ」  美希は立ち泳ぎしていた。  岸をはなれると、すこし波が高い。美希は顔をしかめて波をよけた。高松の下になってあえいでいた表情が思いだされる。高松は欲望を感じた。気持のうえだけの欲望である。体は涼しかった。  高松は泳いで美希に近づいた。美希を抱き寄せる。笑い声をあげて美希は体を寄せてくる。冷たい脚と脚が海中でからみあった。高松はくちづけにいった。  浮き沈みしながら二人は抱きあってくちづけをかわした。海の匂いがする。美希の顔から化粧品が洗い落された。すべすべする素顔になっている。涼しいせいか、わずかにあおざめてみえた。目の下にかすかなソバカスがある。化粧をとると、美希の顔はやさしくて素朴な感じになった。目鼻のはっきりした、エキゾチックな顔は、女が一人で生きてゆくための武装した顔だった。  美希のタンクトップの背中を高松は左の掌でささえた。冷たい肌の感触の底から、わずかずつぬくもりが掌ににじんでくる。右手で美希のふとももの奥をさぐった。やわらかな女の部分には、あきらかなぬくもりがあった。  水着のすそから高松は指をこじいれてみる。あたたかい、やわらかな部分にふれた。窮屈でうまく指が動かない。 「やめて。おぼれてしまうわ。しんどい」  美希は息を切らせていた。  泳いで疲れたのか、高松のいたずらでたかぶったのか、たぶん両方だろう。 「セパレーツの水着ならいいのに。もっとたのしいことができた」 「海の上では無理よ。しんどいわ。ああ、水を飲んでしまう」  美希は苦しそうだった。化粧のない顔が、ういういしく歪《ゆが》んでいる。    6  一時間ばかり海であそんだ。  雲の切れ目から日が射していた。浜にいると、暑く感じるようになった。  じゅうぶん泳いで二人はホテルの部屋へかえった。いっしょにシャワーをあびた。  体の砂を洗い落してから、裸のまま抱きあった。美希にはもう化粧品の香りはない。肌に陽光の香りがあった。 「素顔のほうが若くみえるじゃないか。目じりのしわもない。肌もきれいだ。それに、すごく気立てのいい感じがある」 「恥ずかしいわ。ソバカスがあるでしょ。なんか田舎《いなか》っぽい感じで」 「きみには営業用と休息用の二つの顔があるんだ。二人ぶんの魅力があるということさ。おれはしあわせな男だよ」 「がっかりせえへん? お化粧を落すと、私、ガラッと変るでしょ。自信なかってん」 「これで自信がないのなら、世の中の女性はみんな絶望しなくてはならないよ。とんでもない。きみはすばらしい」  高松は欲望が回復していた。海水の冷たさから解放されて男性は勃起している。  バスルームを出て二人は寝室へ入った。  ベッドに横たわった。むさぼるようにくちづけをかわす。すぐに高松は美希の乳房へ顔をふせた。大きな、かたちのよい乳房だった。わずかに外向きである。  高松の口のなかで乳房がおどる。固い乳首が舌を突っついた。高松のほうにも快感がある。美希は甘い声をあげて胸を突きだした。呼吸がはやくなっている。  やがて高松は上体を起した。美希の下半身のほうへずりさがろうとする。 「待って。待って。私、たべたい」  美希が起きあがった。あぐらをかいた高松の下腹部へ顔をふせてくる。  男性を口にふくんだ。つよく吸った。ゆっくりと頭を動かしはじめる。目をとじて、眉根を寄せていた。うっとりした表情である。全神経を口に集中させて味わっている。  上体を起したまま、高松は両脚をのばした。美希の髪をなでてやる。夢中で美希は奉仕している。愛らしい表情だった。子供のようだ。デパートの売り場で、意味ありげにほほえんでいた美希とイメージがかさなりあわない。  奉仕をつづけながら、美希は両ひざをついた。ヒップを高くして丸くなる。頭の動きにつれて乳房が揺れた。高松は両手で乳房を揉んでやる。美希がふせているのと、男性をささえる腕がじゃまになるのとで、思うにまかせなかった。  快感が盛りあがってきた。海水浴で冷えた体があたたかくなった。 「ねえ、私、へたでしょ。これでいいの」  顔をあげて美希が訊いた。男性をとらえた手は動かしつづけている。 「いいよ。へたじゃないよ。そんなに硬くなってるじゃないか」 「なんでもいうてね。私、なんでもしてあげるよ。高松さんがしあわせになるんやったら、なんでもしてあげる」  また男性に美希は顔を寄せた。  舌をおどらせる。男性の頭の部分をていねいになぞりはじめた。甘い焔《ほのお》のように快感がおどりながら流れこんでくる。高松は呼吸がみだれてきた。 「ありがとう。すごく効《き》いてきた。さ、交代しよう」  美希の顔を高松は男性からひきはなした。  あおむけに美希を押し倒そうとする。美希はかぶりをふった。投げだした高松のふとももへ馬乗りになる。男性を女の部分にあてがった。ゆっくり体を沈めてくる。  高松の男性が美希の体のなかへ突き立った。美希は高松のひざへヒップをおろした。正面から抱きついてくる。下腹をこすりつけてきた。  高松は美希の乳房を口にふくんだ。吸いながら彼女の動きをうけとめる。そうすることで、美希の体の揺れを小さくした。美希の動きかたは、高松の好みよりやや荒っぽい。  だが、上体を折って乳房に吸いついているのは苦しい。まもなく高松は顔をあげた。正面から美希と抱きあう。頬と頬を寄せあった。美希のゆたかなふとももが、高松の腰をはさんで投げだされている。  美希は揺れ動いた。ヒップの重みがまともに高松の下腹部にかかる。彼女のあえぎと甘い声が、高松の耳のすぐ横にあった。ああ、いい。ああ、いい。彼女は口走った。  やがて歯ぎしりがきこえた。ほとんど美希は動かなくなった。わずかに腰を前後に揺する。それだけでじゅうぶん感じるらしい。歯ぎしりの音が高くなった。泣き声をあげてこまかく揺れ動いたあと、美希は高松の背中に爪を立ててきた。  美希の体が重くなった。高松は彼女を横に寝かせた。まだ美希はオルガスムスの余韻《よいん》にひたっている。全身の力をぬいて、ごろりところがって動かなかった。  美希はうつぶせになっている。下半身だけがかるく右を向いていた。両ひざを折って心もち脚をちぢめている。かたちのいいヒップが突きだされて、じっさいよりも大きく映った。高松はしばらく彼女のうしろ姿に見惚れる。 「どうした。疲れたのか。第二部がまだはじまったばかりなんだぞ」  美希の肩に手をかけてこちらを向かせる。  弱々しく美希は笑った。困惑した、恥ずかしそうな笑いだった。化粧っ気のない顔が、少女のように愛らしかった。  高松の男性には力がみなぎっている。食事のとき一度終っているから、持続力には自信があった。それは突っ立っている。 「困ったわ私。せっかくわすれていたのに。セックスの味、思いだしてしもた」  美希は高松の男性に手をのばした。やさしく握りしめる。 「よかったじゃないか。セックスをわすれた人生なんて意味ないよ。中断したぶん、これからがんばって埋めあわせればいい」 「こいつがわるいんやわ、こいつが。寝てる子を起して」  男性をとらえた手を美希は動かした。じっとそこへ視線をそそいだ。 「そうだよ。そいつがわるい。いろいろ苦労のもとなんだ。いじめてやってくれ」  高松がいうと、美希は上体を起した。  あおむけになった高松の腹へ顔をふせてくる。男性を口にふくんだ。かるく歯を立ててくる。男性を左右からはさみつける感じで噛んだ。それからしゃぶりついた。交互に噛んだり吸ったりする。すばらしい感触だった。せっせと頭を動かしている。セックスの味を口でも思いだしたらしい。  美希は高松に横顔を向けて、上体をふせている。彼女の足首をつかんで高松はひっぱった。たがいちがいの向きに添寝をする。美希に脚をひらかせた。草むらとピンク色の秘密の花に見惚れる。相変らず美希は、高松の男性に奉仕をつづけている。  秘密の花をしばらく観賞した。まるでフェースカラーを使ったように、それは美しいピンク色をしていた。素朴で、ういういしく、恥ずかしがりだった。  高松をよろこばせようとして、精いっぱいひらいている。羞恥で汗ばんでいた。指で突くと、ふるえながら身をちぢめる。また勇気を出してひらく。可憐だった。生きてゆくために美希が懸命におしかくしているものが、そこにはあった。一分の隙もなくよそおって、気取って売り場に立っている美希の心の芯が、まちがいなくそこにあった。  高松は手をのばした。顔を出している真珠の粒を、指さきで可愛がった。ころがすように指を動かす。真珠がふるえはじめた。花びらもふるえる。すべてが透明な液にまみれてキラキラかがやいている。  美希は横向きに寝ている。真珠の粒も横向きに咲いていた。高松ははやく美希の体のなかへ入ってゆきたい衝動にかられる。だが、花を動かすのが惜しい気もする。  横向きに寝たままの美希の両脚のあいだへ、高松は自分の片脚をすべりこませた。二組のコンパスがからみあうようにして結合した。二人の脚の奥がぶつかりあった。 「ああ、はじめてやわ。こんなんはじめて」  美希は呻いた。男性がななめを向いて、彼女のなかに突き立っている。  すぐに歯ぎしりがきこえはじめた。 (第九話 了) 第十話 人  脈    1  壁ぎわにならんだ何十台ものテレビに、きょうの株価が映しだされていた。  株価は刻々変ってゆく。大きな変動はない。きのう買いに出たいくつかの銘柄の値動きもだいたい予想どおりである。  遠藤静夫は近くのテレビ画面に目を通してから、自分の席に腰をおろした。  きょうも株高はつづいている。噂される暴落のきざしもない。これまでどおり安定した大型株をえらんで、売買をくりかえせば、しぜんに課の業績はあがるだろう。目星がはずれて冷汗をかく場面に、ここ当分は出会わなくてすみそうである。  遠藤はゆっくりお茶を飲んだ。証券会社からファックスで入った株式の諸資料に目を通した。  P生命の資金運用部門のオフィスは、証券会社のオフィスに似ている。とくに株式課は、場立ちの時間帯には証券会社そのものである。たえず電話が鳴る。課員たちはそれぞれの担当の銘柄の値動きに目を光らせ、遠藤と相談しては売りや買いの注文を出す。いまのように相場が順調なうちはいいが、動きが荒っぽい時期には、胃の痛くなる思いをしなければならない。 「遠藤課長でしょうか。私、法人業務部の大沢玲子と申します。お話ししたいことがあるんですが、お時間をいただけませんか」  一人の女子社員が、遠藤のデスクの横に立って頭をさげた。  胸のうちで、遠藤は声をあげた。目が大きく張って、口もとのひきしまった美しい女性である。二十五、六歳だろう。さわやかなブルーのスーツを着ている。  二つ返事で腰をあげたいところだった。だが、相手が美しいので、かえって課員たちの視線が気になる。鼻の下をのばしていそいそと応対したと思われたくない。 「ごらんのとおり、この時間帯はうちは修羅場なんだ。手がはなせないよ。お昼休みになったら話をききましょう」  あまり無愛想でなく遠藤は告げた。 「わかりました。では、正午になったらこちらへおうかがいいたします」  よろしく。大沢玲子は頭をさげた。かろやかに脚をはこんでオフィスを出ていった。 「美人ですなあ。RM部隊には、あんな子がたくさんいるんですな。法人業務部のやつらが張り切るのも無理ないな」  となりの席の課員が話しかけてきた。  RMはリレーションシップ・マネジメントの略である。その要員は特定の企業へ頻繁《ひんぱん》に足をはこんで、いろんな仕事の注文をとる。企業保険や財務貸付けの営業がおもな任務だが、相手企業の営業を手伝ったり、必要な情報を提供したり、物件を紹介したり、相手に役立つことならなんでもひきうける。そうした雑務で利益をあげる必要はなかった。相手企業との信頼関係を強め、より大きな保険営業、財務営業の地盤をつくればよいのだ。  このRM要員には、大学卒の女子社員が大量に起用された。彼女らはこれまでの、おばちゃん外交員とはちがう。業務上のコンサルタントとして相手企業に役立てるよう教育された、若い、優秀な女子社員たちである。  美人ぞろいだった。そうでないと、各企業の財務、人事などの担当者に愛想よく迎えてもらえない。いまの大沢玲子はその典型だった。P生命の従業員は、内勤者の場合でも、男子より女子がはるかに多い。その多数のなかのえりぬきの美女ということになる。 「女が多い部門がお望みなら、いくらでもお世話するぞ。どこか営業所へ出るかね。キャリアウーマンの花園へな」 「いや、かんにんしてください。女は若くて美人やないとつきあいとうない。オバンの管理は家庭だけで手一杯です」  むだ口はそれでやめて、遠藤たちはまた仕事にもどった。午前十時半をすぎて、取引所は活気づいている。  正午になった。ほとんどの課員が昼食をとりにオフィスを出ていった。  しばらくして大沢玲子がやってきた。いそいできたらしい。息を切らせている。 「すみません。おそうなって。会議が正午までつづいたものですから」  玲子ははらはらした面持で詫《わ》びをいった。  目もとがかすかに紅い。案外気が弱そうである。RM要員の女の子は、もっと自信にあふれているのかと遠藤は思っていた。  遠藤はそばにあった椅子を玲子にすすめた。用件を訊いてみた。腰をおろした玲子のひざに視線を吸われそうで、困ってしまう。 「××鉄工所の山崎健一さんは遠藤課長のお友達やそうですね。あのかたにお近づきになりたいんです。遠藤課長のほうから、声をかけていただけないでしょうか」  ××鉄工所は、P生命の大口取引先である電機メーカーの系列企業だ。  そことのRMを大沢玲子が担当させられることになった。だが、玲子はRM要員になってまだ二年たらずである。××鉄工所へ乗りこんでみたものの、ほとんど相手にしてもらえない。  そこで玲子は××鉄工所の内部になにか手蔓《てづる》がないか、しらべてみた。同鉄工所の財務課長である山崎健一が、学生時代、遠藤の同級生だったことがわかった。紹介の電話をしてもらうために、やってきたのだ。 「山崎ならよく知ってるよ。いまでもときどき会って飲むんだ。すぐ電話してみよう」  遠藤は受話器をとった。××鉄工所を呼びだしてみる。  山崎健一は外出中だった。昼食なのだろう。一時にまた呼びだすことにする。 「きみ、昼めしまだなんだろう。時間待ちがてら、いっしょにたべないか」  遠藤はさそってみた。うれしそうに玲子は腰をあげた。  会社の近くのレストランへ二人は入った。ランチを突っついていろいろ話をした。玲子は壁にぶつかっているらしい。注文がとれなくて困っていた。いまの仕事に自分は向いていないのではないかと疑いはじめている。 「なんでもいいから仕事をもらってこいといわれると、かえって困るだろうな。自分でテーマをきめていくほうがいい」 「外へ出ると、女は損やとつくづく思います。相手さきの担当者がなんにも相談してくれません。女を信用してないんです」 「でも、女だから親切にしてもらえる場合もあるんだろう。五分五分じゃないか」 「親切にしてくれる人は、仕事以外の面に関心があるんです。コンサルティングはどうでもいいの。お食事とお酒にさそってくれます。もう、困ってしまうわ」  玲子は不満そうにスパゲティをすすった。子供っぽい感じになった。  遠藤は笑った。相手企業の社員にしてみれば、若い女に業務上の問題を相談する気にはなれないだろう。デートのほうへ気持が動いて当然である。それでは玲子は仕事にならない。美女は美女なりの苦労があるのだ。 「山崎のやつも、きみを食事にさそうかもしれないよ。あいつなら、やりかねない。女に関してはマメな男だから」  気がついて遠藤はいってみた。  山崎健一は押しのつよい男だ。やり手である。遠藤と同様、三十六歳だった。浮気のチャンスをいつも狙っている。 「困ります。ビジネスの相手としてあつかうように、遠藤課長から話してください」 「きみはきれいだからな。男ならだれだってビジネスの話なんかしたくないよ。音楽やファッションについて語りたい。人生や恋愛について語るのもいい」 「遠藤課長までそんなことをいわれるんですか。立つ瀬がないなあ、私」  玲子は赧《あか》くなった。口をとがらせてフォークの肉を吸いとった。  食後のコーヒーになった。遠藤のカップに砂糖とミルクを玲子はいれてくれる。親しい雰囲気が生れた。玲子はタバコを吸いはじめた。遠藤が吸わないと知って、バツがわるそうに肩をすくめた。  午後一時に遠藤は玲子をつれて株式課へもどった。××鉄工所へ電話をいれる。山崎健一は席にもどっていた。 「うちの法人業務部のお嬢さんを紹介するよ。二時ごろ訪問したいそうだ。そっちの財務の状態など話してあげてくれないか」 「例のRMのレディか。美人なら会ってもいいぞ。ブスはことわる」 「それは保証するよ。まぶしいような美女だ。いまここにいるよ。話してみるか」  遠藤は玲子に受話器をわたした。  緊張した面持で玲子は話しはじめた。 「大沢と申します。おうかがいしてよろしいでしょうか。いえ、そんなに長時間は——」  思いがけない痛みを遠藤は胸に感じた。  真剣に玲子は山崎と話しあっている。その姿をみて遠藤は嫉妬《しつと》にかられていた。    2  あくる朝、まだ始業まえに大沢玲子は株式課のオフィスへあらわれた。  山崎に会った結果の報告にきたのだ。忠実なフォローに遠藤は好感を抱いた。 「おかげさまで、親切にしてもらえました。貸付けの話がまとまるかもしれません」  玲子は頭をさげた。だが、顔をあげると、困惑した面持になっていた。 「やっぱりビジネスだけでは済まなかったな。食事にさそわれたのか」 「はい。きょうの夕方六時半に、梅田でお会いすることになっています」 「仕様のないやつだな。文句をいってやろうか」 「いいえ。せっかくのビジネスチャンスを逃したくないんです。私いってみます。お食事だけなら、どうということもないし」 「当然酒もつきあわされるね。そのあとあいつがどう出るか、手にとるようにわかる。あぶないなあ。心配になってきた」  また遠藤は胸に痛みを感じた。玲子の笑顔がまぶしくて、視線をそらせた。 「大丈夫です。私、子供やありませんから。なんとか切りぬけます。山崎さんを傷つけずに、仕事もとりたい」 「そうだ。おれも今夜、証券会社の人とキタで飲む予定がある。山崎と飲んで危険を感じたら、ここへ電話しなさい。助けにいくから」  遠藤はいきつけのラウンジバーの電話番号をメモして玲子にわたした。  そこを呼びだせば連絡がつくよう手配しておくつもりである。 「わかりました。よかった。これで安心して山崎さんにお会いできるわ。すみません課長。すごく感謝してます」  玲子はバレーの踊り子のように回転してオフィスを出ていった。  うしろ姿をみて、遠藤は闘志にかられた。山崎健一と玲子を奪いあう気分だった。  夜になった。証券会社の男といっしょに遠藤は北新地へ出た。いきつけのラウンジバーに自分の所在を教えておいて、しばらく飲んだ。九時すぎに証券会社の男とわかれて、そのラウンジバーへいった。玲子からはなんの連絡もなかった。  山崎といっしょに食事して、どこかで飲んでいるのだろう。山崎は強引な男である。チャンスとみれば、遠慮なく攻める。  玲子は酔っている。山崎はけっこうハンサムである。口も達者だ。おまけに仕事もからんでいる。玲子は抵抗できないのではないか。  遠藤はいらいらした。ラウンジの女の子と雑談しても、上の空だった。玲子に心を魅《ひ》かれてしまったのがわかった。だらしがないぞ。あんな小娘に惚れるなんて。自分を叱りながら遠藤は飲んだ。  入社十三年。無難にやってきた。P生命は外務員をあわせて従業員九万名の大企業である。総資産十兆円。業績は業界首位。給料もよい。銀行とか商社のように激烈な競争で身を削る立場でもない。着実に、たいした冒険もせずに課長になった。  考えてみると、あまりに平穏無事だった。家庭は妻と子供二人。ローンで家を建てた。家族は全員健康である。トラブルもない。月二度のゴルフだけを趣味に、遠藤は品行方正に暮してきた。浮気なんかしたこともない。オフィスラブなど、とくに縁がなかった。女子社員の多い会社なので、かえって自戒させられてきた向きがある。  玲子が出現したことに、遠藤は「運命」を感じていた。平凡すぎる暮しを神が憐《あわ》れんで、天使を派遣してくれた——そんな気分になっていた。なんとか玲子を身近にひきよせたい。できるだけ努力をして、彼女の仕事をささえてやる決心である。  だが、玲子からなんの連絡もなかった。一時間、遠藤は空《むな》しく待った。十時すぎると、あきらめの心境になった。玲子は山崎健一とわかれて、さきに帰宅したのだろう。それならそれで電話を一本いれればよいのに。案外常識のない娘である。 「新人類はこれだから困る。人を利用することしか考えないんだから」  遠藤は苦笑《にがわら》いして独り言をいった。  店の女とバカ話をしても、気が乗らない。大沢玲子にくらべたら、ラウンジバーの女なんてまるで魅力がない。  店のマネージャーが近づいてきた。女が一人、うしろにいる。遠藤は大きな声をあげた。玲子だった。身も心も遠藤は晴れ晴れとした。夢をみているようだった。 「どうしたんだ。さきに電話が入るかと思っていたのに」 「電話して店の人に場所を訊いたんです。すぐ近くやとわかったから、直接あるいてきたの。ああ、すっかり酔うてしもた」  玲子は腰かけて目をこすった。  体が揺れている。ひどく酔って、舌たらずな話しかたになっていた。 「山崎はどうした。かえったのか」 「そのへんでわかれました。送っていく、いうてくれはったけど、寄るとこがあるいうてことわってきたの」  食事のあと、山崎は玲子をつれて二軒、酒場をまわったらしい。  どんどん飲ませた。魂胆がみえすいていた。だが、仕事がある。逃げだすわけにはいかない。必死で、つきあった。友達と会う約束があるといって山崎とわかれてきた。 「で、どうだった。商売のほうは」 「まだわかりません。けど、貸付の話がモノになるかもしれないんです。不動産の売却の話もあって、その方面でうちの関連会社へご紹介することになるかも——」 「そりゃよかった。山崎のやつ、ちゃんと努力してくれたんだな」 「危険な人ですねえ、あのかた。飲ませ上手の話し上手。ルックスもいいし、ちょっと冒険してみたくなる感じ」 「やめてくれよ。そんなことになったら、おれの立場はどうなる。わびしすぎるよ。トンビに油揚げじゃないか」  遠藤は玲子の手を握った。  二人はならんで腰をおろしている。玲子は体をあずけてきた。酔っているのと好意を感じているのと、両方のようだ。遠藤は胸がドキドキしてきた。 「でも、思いきって遠藤課長へおねがいにいって、よかったわ。ずうずうしいでしょ私、一面識もない上司にたのみにいって」 「仕事のことなら、いくらずうずうしくてもいいんだ。きみのためなら、よろこんでお手伝いするよ。おなじようなスタイルで、人脈をひろげることができるはずだ」 「うれしいわ私。会社のなかでやっと一人味方ができました。いままで、だれも親切にしてくれへんかったから」 「きみが美しすぎるからさ。おそれ多くて、みんな近づきにくかったんだよ」  遠藤は玲子の肩へ腕をまわした。  玲子は体をあずけてくる。人目をかまわず、遠藤はくちづけにいった。    3  大沢玲子はくちづけに応じてきた。  玲子のくちびると舌は、やや硬い感じがした。くちびると舌そのものが硬いわけではない。顔も体も玲子はこわばっていた。硬さは清潔感と同義語であった。  顔をはなして、遠藤静夫は玲子の肩を抱きよせた。女にしてはしっかりした肉づきである。力をこめて彼女の腕をつかんだ。  遠藤は信じられない思いだった。玲子の顔をのぞきこんだ。二人はきのう知りあったばかりである。おなじP生命の社員とはいえ、おたがいまだ初対面も同様である。  それなのにキスをかわした。もう何ヵ月もつきあってきた男女のような雰囲気である。玲子はしっかりした女の子だ。むずかしい仕事に、意欲をもって取組んでいる。ディスコやカフェバーでとぐろを巻いているうすっぺらな女の子のように、かんたんに男と寝るとは考えられない。キス以上に深入りしないつもりなのだろうか。 「おれの恋人になってくれよ。とりえのない男だけど、誠意だけはつくすぞ」  遠藤はささやいて玲子をみつめた。  玲子はこたえなかった。ぼんやりした、ねむそうな顔をしている。  遠藤は玲子の手を握った。指のながい、しなやかな手だった。遠藤が指に力をこめると、玲子は遠藤をみた。ねむそうに笑った。 「私、遠藤課長が好きです」  玲子はささやいた。ほほえんで遠藤に体をあずけてくる。 「ほんとうか。うれしいな、でも、ちょっと気になる。きのう知りあったばかりなのに」 「私、ずっとまえから遠藤課長のこと知ってるんです。米沢幸代さんからいつも噂をきいてたの。彼女、私の大学の先輩なんです」  米沢幸代はことし三月まで、資金運用部にいた女子社員である。  結婚準備のため退職した。玲子の大学の二年先輩だという。大学関係の懇親会でよく顔をあわせていたらしい。 「そうだったのか。米沢くん、おれのことをどういっていた」 「素敵なかたやというてました。仕事ができて、人柄もいいって。彼女、遠藤課長にあこがれてたんです。ああいう男性となら、結婚まえに冒険してみたいって」 「過分なお言葉だな、それは」 「遠藤課長が全然見向いてくれないので、彼女、あきらめて結婚したんです。彼女の意思をひきついで、私、遠藤課長とおつきあいします。よろしくおねがいしまーす」  玲子は頭をさげてみせた。子供っぽい、甘えた口調になっている。  米沢幸代から遠藤のことをきいて、玲子は遠藤がどんな男性なのか興味をひかれた。資金運用部のオフィスに一度実物をみにきたことがあるという。好い印象をうけた。近づくチャンスをうかがっていた。××鉄工所の山崎財務課長が遠藤の友人だと知って、運命的な出会いを感じた。 「米沢くんに感謝しなくてはいけないな。彼女のおかげでおれにも恋人ができた」  玲子の腕をとって遠藤は立ちあがった。  ラウンジバーをあとにした。もつれあうようにして、おもて通りへ出た。タクシーをひろう。新御堂筋を北へ走った。  新大阪をすぎてしばらくゆくと、右手にラブホテルのネオンがみえる。最近できた、ふつうのビルのような外観のホテルだった。以前から、一度はここへ入ってみたいと思っていた。  各室の写真パネルをみて、好みの部屋をえらべる仕組みだった。二人は三階の部屋へ入った。壁は白、家具は黒を基調とした、洗練された内装の部屋である。  応接セットのテーブルのうえに玲子はバッグをおいた。すぐに遠藤は玲子を抱きよせる。力いっぱい抱いて、くちづけした。こんどははげしいキスになった。  舌をからみあわせると、玲子はあえぎはじめた。目をとじて、顔を歪《ゆが》めている。全身の力をぬいてもたれかかってきた。  かすかな化粧品の香りに遠藤は酔った。玲子の体は最初のキスで感じたのと同様、やや硬くて、しなやかだった。起伏ははっきりしている。さほど大柄ではないのだが、スケールの大きな感じがあった。  あえぐたびに、玲子の息が遠藤の頬や耳をかすめた。まだ服を着て抱きあっているだけなのに、体の大事な部分を愛撫されてでもいるようにたかぶっている。 「課長、私、はじめてなの。はじめて」  苦しそうに玲子は告白した。おどろいて遠藤は彼女をみつめる。 「はじめてって、経験がないのか。バージンなのかきみ」  玲子はうなずいた。遠藤の肩にひたいをあてて、うつむいた。 「そうなのか。おどろいたな」  遠藤はため息をついた。  玲子は二十五である。未体験にしては年齢がいきすぎている。学業と仕事で手一杯で、恋愛のひまもなかったのだろう。 「でも、いいのか。おれなんかに——。せっかく大事に保持してきたんだろう」 「そうやないの。たまたまチャンスがなかっただけなんです。課長、教えてください。私、課長のような男性に、出会うのを待ってたんです」  玲子は抱きついてきた。  たかぶるだけたかぶって、ほかにどうしてよいかわからない。そんな様子である。ただ苦しそうにあえいでいる。 「わかった。こうなったら、おたがい覚悟をきめよう。恐がったり恥ずかしがったりするなよ。まずシャワーをあびよう」  正面から遠藤は玲子にほほえみかけた。ノースリーブのスーツをぬがせにかかる。  玲子はうなずいた。すなおに服をぬぎはじめた。全裸になった。思ったほど恥ずかしがらない。かるく体をすぼめるようにして、浴室のほうへあるきだした。 「いい体をしてるなあ。惚れ惚れするよ。すぐに背中を流しにいくからね」  遠藤は声をかけた。  ネクタイをとく手を停めて、彼は玲子のうしろ姿に見惚れた。ひきしまった小麦色の裸身である。ヒップは大きくない。脚の線は長くて、すこし硬い。下半身がよく発達している。年齢のわりに幼い感じがする。体験がないせいだろう。  玲子の姿が浴室に消えた。夢からさめた気分で遠藤は服をぬぎすてた。タオルをもって浴室へ入っていった。  壁に向かって玲子はしゃがんでいた。シャワートップをもって、タイルの床に雨を降らせている。雨はまだ湯になっていない。 「さ、立って。背中を流してあげる」  うしろから遠藤は声をかけた。玲子の手からシャワートップを奪った。  壁に向いたまま玲子は立ちあがった。昂然と顔をあげている。だが、肩はこころもちすぼめていた。体の線に緊張感がみなぎっている。遠藤は玲子の肩ごしに乳房を覗《のぞ》いた。上向きの大きな乳房が、そこだけ妙にふてぶてしく静止している。  やっとシャワーの雨があたたかくなってきた。遠藤は玲子の肩から背中に、温水の雨を降らせてやろうとした。  遠藤は手をとめた。玲子の二の腕のうしろに鳥肌が立っているのに気づいた。わき腹にも腰にも、わずかだが鳥肌が出ていた。やはり緊張している。バージンなのだ。感動して、遠藤はひざがふるえそうになる。 「さあ、リラックスしなさい。だれでもやることなんだ。恐がることはないよ」  温水の雨を降らせてやる。  玲子の体から鳥肌が消えた。ながめながら遠藤は石鹸を彼女の体に塗ってやる。    4  シャワートップを遠藤は、玲子の顔のまえのハンガーにおいた。温水の雨は、玲子の肩から下へ降りそそいだ。  石鹸の泡を両手で遠藤は玲子の体へ塗りつけてゆく。ひきしまった腰、固いヒップ、優雅な脚。一ヵ所ずつ丹念にながめながら、掌を動かした。視覚でたのしみ、さらに触覚でたのしむかたちになる。  玲子の肌は若々しい。脂が足りない感じさえある。肉づきもゆたかではない。骨太だった。均整はとれているが、女の色香に富んでいるとはいえない。  だが、それこそバージンの肉体だった。玲子の体の部分部分の手ざわりをたしかめながら、遠藤はすっかり感動していた。  遠藤の妻は結婚したときバージンではなかった。学生時代のガールフレンドがそうだった。玲子は遠藤が出会った二人目のバージンだということになる。それを思うと、玲子の体のうぶ毛一本、脂肪の粒一つでもこの上なく貴重に思われてくる。  遠藤は両掌で玲子のふとももをはさんだ。下から上へやさしくなであげる。石鹸の泡がなめらかに遠藤の掌をすべらせる。  何度もくりかえした。しだいに両掌を上へもってゆく。ふともものつけねから、ヒップをやさしくこすってやる。  玲子はため息をついた。遠藤の手の動きにつれてヒップに窪みができる。遠藤は合せ目に指をいれる。やさしくアヌスを掻《か》いてやった。玲子は消え入りそうな声をあげた。両手を壁について、甲へ顔をふせた。いじめられて泣く女の子のようだ。  遠藤はその場にしゃがんだ。ヒップをみつめた。合せ目の下方から、草むらとピンク色の花が覗《のぞ》いている。まだ男の目にさらされたことのない、新鮮な花だ。  花を遠藤はさぐりにいった。濡れた、やわらかな肉に指がふれる。花がふるえた。わずかな刺戟に感応するうぶな花だ。 「いやあ——」  玲子が声をあげた。  壁に顔をふせたまま、ずるずるとその場へくずれ落ちた。ヒップの位置がタイルすれすれになり、固く張って突きだされる。両脚をとじていた。玲子はあえいでいる。 「恥ずかしがるなっていったろう。勇気をだせよ。さ、起きて」 「私、ふらふらするの。寝たいわ。ね、ベッドへいっていい。いいでしょ」  蚊の鳴くような声で玲子はいった。両ひざをかかえて、丸くなっている。  初心者に無理強《じ》いはできない。遠藤は玲子を立たせてシャワーで体を洗ってやる。  向いあわせに立った。シャワーをあびながら玲子は遠藤の男性に目をやった。いそいで視線をそらせて遠藤の顔をみる。ほほえんでいた。かなり余裕が出ている。全身に好奇心がにじんでいる。 「興味あるんだろう。さわってごらん」  玲子の右手を、遠藤は男性に誘導してやる。シャワーをとめた。  玲子は男性をとらえた。熱心にみている。手を動かして、とらえなおした。なにか機械でもしらべているような手つきだ。 「大きいわ。けど、思ったほど硬くないみたい。もっとゴツゴツしたもんかと思うてた」 「骨があると思ってたのか」 「そう。骨みたいな手ざわりの——。なんか私ほっとしたわ。これなら恐くない」  玲子は男性を握りしめた。自分の体へ迎えいれる場面を想像する表情になった。 「けど、これ最初から固くなってるんやないんでしょう。ふだんは小さいんでしょ」 「欲望にかられると大きくなるんだ。きみ、裏ビデオ、みたことあるんだろう」 「学生時代、みたことがある。けど、私、これがどんなふうに大きゅうなるのか、わからないの。一度みたいわ。ふつうの状態からだんだん大きゅうなるところ」 「とぐろを巻きながら、するする伸びるんだ。ほら、お祭なんかで売ってるだろう。吹くと、とぐろがほどけて伸びる玩具」 「嘘ォ。人をからかうんやから。これがとぐろ巻いてるなんて、きいたことないわ」  玲子は男性から手をはなした。  ああ、もう——。苛立《いらだ》たしげに抱きついてくる。欲望をもてあましていた。  二人はバスルームから出た。冷たい缶ビールを冷蔵庫からとりだして、裸のまま寝室へ入った。ベッドにあおむけになる。ゆっくりとビールを飲んだ。  玲子は満足そうにため息をついた。いまから初体験をする女にはみえない。あかるく、くつろいでいる。 「よかったわ、遠藤課長にリードをおねがいして。私、もっと暗くて深刻な儀式かと思うてました。恐かったわ」 「恐くていままで体験せずにきたのか。結局そうだったんだろう」 「年上のいい男性にめぐり合えんかったからやと思います。おなじ年ごろの男性とこんなことしたくないわ。やっぱり尊敬できる人でないと」 「どうして同年輩の男はだめなんだ」 「すなおになれないんです。私が教える立場ならいいんやけど。年上の尊敬できる男性やったら、なにもかもまかせられる」  寝室の天井は鏡張りである。二人はベッドのうえにあおむけになって、自分たちの裸身をながめながら話していた。  あおむけのまま、遠藤は玲子の下腹部へ手をのばした。小さな草むらの下をさぐりにゆく。玲子は両脚をとじた。目をつぶる。大きく息を吸って快楽を待ちうける。 「まだでしょ、課長。まだ前戯でしょ」 「そうだ。心配しないでゆっくりたのしみなさい。まずたのしまなくては」  濡れたやわらかな肉のなかに、小さな真珠の粒を遠藤はさぐりあてた。  小さくて敏感な粒だった。直接ふれると、かすかな痛みがあるらしい。周辺の果肉でくるむようにして揉《も》んでやる。  甘い吐息を玲子はついた。下肢から急速に力がぬけてゆくのがわかる。脚をひらいた。男は知らなくとも、自慰はたのしんでいるらしい。腹を突きだしてくる。  とつぜん玲子は起きあがった。 「待って、待って。みせて」  遠藤をあおむけにおし倒した。  腰の横に正座する。上体を乗りだして男性へさわりにきた。遠藤の男性は、まだなかば以上力のぬけた状態にあった。 「これから大きゅうなるんでしょ。課長、大きゅうしてみせてください」 「さわればすぐ大きくなるよ。しかし、きみの体をみるほうが効果的だな。こっちに足を向けて寝て。脚をひらいて」  遠藤は玲子の足首をつかんでひきよせた。  二人はたがいちがいに添寝の姿勢になる。玲子は脚をひらいた。うすい草むらの下の、やわらかなピンクの花があらわになった。  桜紙のような花びらがならんでいる。小さな空洞がある。ぜんたいが、うすい耳のように可憐《かれん》である。小さな真珠が上から覗《のぞ》いていた。まんなかから液があふれている。  はじめて人目にさらされた花をみたとたん、遠藤は欲望に揺さぶられた。 「ほら、大きくなるよっ、いまだ」  玲子に教えてやる。食いつくように玲子は遠藤の下腹部をのぞきこんだ。  それはもう勃起していた。玲子は希望どおりその一部始終を観察できたのかどうか、よくわからない。手で男性をとらえる。遠藤は手をそえて愛撫の仕方を教えてやる。 「これでいいの。感じるの課長」 「ああ、それでいい。すごく感じるよ。もっとはやくてもいい。やわらかく」 「これでいいですか。これでいいのね。ああやっとわかってきた。いろいろと」  玲子は手の動きを停めた。  男性の下方の袋をもちあげる。裏側をしらべる。構造に興味があってたまらないのだ。また愛撫をはじめた。遠藤は悶えてみせてやる。  とつぜん玲子は手をとめた。あおむけになって、自分の敏感な部分にさわりはじめる。    5 「ああ、もうたまらないわ。玲子、もうたまらない」  苦しそうに大沢玲子は口走った。  ふるえていた。歯がカチカチ鳴っている。恐怖におののく表情だった。  玲子は右手で自分の秘密の部分をさぐっている。人差指と中指のさきで、敏感な真珠のつぶを刺戟していた。左右にこまかく震動させるような動かしかただ。いかにも快感が濃いだろうと思わせる仕草である。  遠藤静夫の男性を丹念にまさぐって、玲子はひどくたかぶっていた。自分で自分がおさえられなくなっている。  だが、玲子はきょうが初体験である。極度に昂奮はしたものの、以後どうやればよいのかわからない。反射的に自慰をはじめた。自分の欲望をしずめる手段を、ほかに玲子は知らないのである。  夢中になって玲子は反《そ》りかえった。脚をひらき、指でさぐる光景をみせつけるように腹を突きだしている。知らないものの強みだ。遠藤は舌を巻いていた。無垢《むく》な女は恥ずかしがらない。どんな行為でも、ためらわずにやってのける。 「あの課長、どうにかして。玲子、もうたまらない。どうにかして——」  玲子の右指の動きがはやくなった。  陶酔しきってはいない。恐怖にかられた顔で遠藤をみる。たすけをもとめている。 「玲子、可愛いよ。きみ、そうやっているとものすごく可愛い。もうしばらくみせてくれ。いけるんだろう、それで」 「どうにかして。どうにかして。おねがい、課長。私、どうしたらいいの」  玲子は身を悶えた。  顔をしかめて、また遠藤をみる。苛立たしげな表情に、かすかな羞恥の色があらわれはじめた。ほうっておくと玲子はわれにかえる。自慰をやめてしまうだろう。  遠藤は体をおこした。玲子の脚をひらかせ、そのあいだへ這いこんだ。草の生えたやわらかな肉を揉《も》んでやる。淡いピンク色の花を指でひらいた。桜紙のような花びら、かたちの不確かな空洞、青白い真珠。体のわりに小造りな花にあらためて見惚れる。  玲子は自慰をやめた。じっと静止して遠藤の動きをうかがっている。観察されているという意識はあまりないらしい。  遠藤は淡いピンク色の花へくちづけにいった。舌をつかいはじめた。草むらに覆《おお》われたやわらかな肉が目のまえにひろがった。玲子は両ひざを立てて脚をひらいている。白い、弾力のあるふとももが、遠藤の顔をはさんで立っていた。  玲子の弱々しい声がきこえた。ため息まじりの声だった。  玲子が安堵しているのがわかった。秘密の部分へキスされたら、どんな感じがするだろう。どんなにいい気持だろう——これまで玲子はさんざん考えたはずである。好奇心にふくらんで、遠藤とともにホテルへきた。  想像がいま現実のものとなった。こういうことだったのか。とうとう私は淫《みだ》らなキスを体験したのだ。人生の一段階を越えた。その思いで玲子はほっとしたのである。  快感は期待を裏切らなかったらしかった。弱々しい声を玲子はあげつづけた。成熟した女のようにはげしい反応はない。消えいるような声である。  声にはおどろきがこもっていた。遠藤の舌が動くたびに、はっとするように玲子は泣いた。こんな快感があったのか、こんなに気持のいいものだったのか。遠藤の舌は、未知の世界へ玲子を案内する魚だった。  遠藤はやがてつよく吸いはじめた。淡いピンク色の花は透明な液にまみれている。吸われると、音を立てた。淫らな音だった。玲子が頭をあげてこちらをみている。恥ずかしくなったらしい。  無視して遠藤は吸いつづける。花の色がしだいにあざやかになった。玲子はこちらをみるのをやめた。あおむけになって、遠藤の口に身をまかせる。めずらしくもない顔で遠藤がキスをつづけるので、安心したらしい。こうした場合、女の体はだれでも淫らな音を立てるものだと思ったのだろう。  つよく吸ったあと、遠藤は舌で真珠の粒をさぐりにいった。  うーん。しあわせそうに玲子は唸《うな》った。腰を揺すった。真珠の粒を刺戟して玲子をオルガスムスにみちびいてやろう。遠藤はしばらく努力した。だが、うまくいかなかった。このあとのことを玲子は気にしている。手術まえの患者のようなものだ。快感に没入することができないのだろう。 「どう、感じたか。キスしてもらうといい気持だろう」 「もう最高。頭のほうまで感じてくる。やみつきになってしまうわ。遠藤課長、私、わすれられなくなりそう」 「欲しくなったら、いつでも声をかけてくれ。よろこんで駈けつけるよ。こうやって、すみずみまで舐《な》めてやる」 「いやあ、そんなことば。キスするとか、可愛がるとかいうてほしいわ」  玲子は顔を両手で覆《おお》った。まったく無防備に体をひらいている。  その間に遠藤は体をずりあげた。玲子の脚のあいだに両ひざをついた。  痛いほど男性が勃起している。玲子のピンク色の花へ、頭の部分をおしあてた。指で花の中央部をひらきにかかる。 「いよいよですか課長。そっとしてね」 「大丈夫。リラックスしていなさい。これだけ濡れていれば、かんたんに入るよ」  玲子は両手で顔を覆ったままである。ふとももに力がこもっている。  濡れたやわらかな肉のなかへ、遠藤は男性の頭をもぐらせる。なんとかうまくいった。ゆっくり侵入しにかかる。  玲子が声をあげた。体をずりあげて逃げる。男性が玲子の体からはなれた。遠藤は耐えがたいほどの昂奮にかられた。 「じっとしてろ。すぐ終るんだから」  玲子のふとももをつかんでひきよせる。あらためて男性を秘密の花へおしあてた。  やわらかな肉の隙間へ頭を沈ませる。ゆっくりと侵入しようとする。  また玲子は体をずりあげた。恐いらしい。男性が空《むな》しく突き立った。 「心配するなって。じっとしてなさい」 「すみません。じっとしてよう思うんやけど、いざとなると逃げてしまうの。私、痛がりなんです。痛みに弱いの」  せっかくの前戯の昂奮が、いまは消えかかっている。ピンクの花にあふれていた透明な液が、やや不足してきたようだ。  もう一度こころみた。だが、結果は同じだった。あくまで玲子は臆病だった。今日までセックスの経験がなかったのは、物理的な恐怖感がいちばんの理由だったようだ。 「わかったよ。じゃ、横を向いてなさい。両ひざを折って。丸くなって」  どうすればよいか遠藤にもよくわからない。とっさの思いつきで指示した。  玲子はいわれたとおりにした。丸くなって、体の左側を下にして横たわった。ヒップの合せ目の下に花がしぼんでいる。  遠藤も横向きに寝た。うしろから玲子に体を合わせにゆく。右ひざを玲子のふともものあいだへこじいれる。体を浮かせて、彼だけがうつぶせの姿勢になった。  横向きに寝ている玲子の右脚をかかえあげる。男性を彼女の秘密の花へおしあてた。思いのほか大きく花はひらいている。  やわらかな肉のなかへ、男性の頭を沈める。そろそろと突きいれた。玲子の体に力がこもる。声をあげた。だが、右のふとももを遠藤にかかえられているので、身動きできない。こんどは彼女は男性をうけいれた。  せまい道を、男性がこじあけてすすむ実感があった。男性の包皮が、根もとまでまくれあがるのではないかと思われる。やがて、安定した。玲子の肉に遠藤はしめつけられる。快感がじわじわと男性にしみこんできた。 「さあ、うまくいった。玲子はもう一人まえの女だぞ。おれのものだ」  玲子の耳もとで遠藤はささやいた。快感のおかげで、声がかすれる。  玲子は目をとじてだまっている。呼吸だけがあわただしかった。  遠藤は上体をおこした。横向きに寝た玲子の右のふとももを、自分の右腰のあたりでささえる。ゆっくりと動きだした。  あ。玲子は声をあげた。顔をややこちらへ向けて遠藤をみる。 「どうした。痛いか。すこしだけ我慢してくれ。すぐに——」 「動かないで課長。なんで動くの。じっとしてて——」  あえぎながら玲子はいった。おどろいて遠藤は玲子をみおろした。 「じっとしてても仕様がないよ。いつまでたっても終らないぞ」 「動かんといかんの。そうなの。なんでかしら。痛いのに。ね、そっとして」 「ポルノビデオをみたことがあるんだろう。動いていただろう。じっとしていては感じないんだ。そんなことも知らないのか」 「ごめんなさい。私、考えてなかったわ。こんなふうに動くなんて、思わんかった。ほんま、知らんかった」 「我慢してくれ。すぐ終るから」 「大丈夫。そんなに痛くないわ。ああ遠藤課長、入ってる。すごく深い。入ってるわ課長。ああ、こんなに——」  遠藤はたかぶった。体の奥から、目のくらむような感覚がおしよせてきた。    6  午後一時に遠藤静夫はRホテルのロビーへ入った。  土曜日である。ロビーは混みあっていた。若い男女が多い。プールで泳いだり、ショッピングしたり、リゾートホテルのように彼らはここを利用している。  カウンターのそばのベンチに大沢玲子が腰をおろしていた。遠藤をみて立ちあがった。  すその長いワインカラーのワンピースを着ている。立ちあがった瞬間、ゆったりした衣裳をふわりと打ちふった感じになった。休日の玲子はおどろくほど華やかである。 「なに、その恰好。まるでゴルフにいくみたいやないですかあ」  遠藤をみて、玲子は笑った。  青のスポーツシャツに白のスラックスを遠藤は身につけている。ゴルフ帽をかぶっていた。靴もスリップオンだ。デートにふさわしい服装ではなかった。 「仕方ないよ。ゴルフだといって家を出てきたんだから。ゴルフバッグがないことだけでも評価してもらわなくては」  遠藤は苦笑いした。  休日に家を出るのはむずかしい。ゴルフぐらいしか口実《こうじつ》がない。バッグをもって出て、大阪駅にあずけてきたところだ。  二人は地下のイタリア料理店へいった。ビールとスパゲティ、魚料理で昼食をとった。食後のコーヒーのあいだ、遠藤はそこを出てフロントへいった。ダブルベッドの部屋をとった。昼間、玲子とデートするのは、きょうがはじめてである。  レストランを出てエレベーターに乗った。最初のデートから一ヵ月たっている。週に一度ずつ会うことにしてきた。最初のころほど新鮮ではないが、それでも二人きりになると、息のつまるような欲望を感じる。部屋へ入るまで、二人はだまりこくっていた。  部屋におちついた。型どおりくちづけをかわした。代る代るシャワーをあびた。さきに遠藤はベッドに横たわった。  玲子がバスルームから出てきた。タオルを裸身に巻きつけている。乳房がタオルにおさえつけられて、苦しそうだ。あかるい室内で、ふとももが白くかがやいた。昼間のデートは、若々しく健康的だった。  遠藤はベッドのうえで上体をおこした。近づいてくる玲子を待ちうける。痛いほどたかぶっていた。均整のとれた体を抱きしめて、全身にキスを這わせてやりたい。 「待って。さきにお仕事済ませてしまいたいわ。ゆっくりあそびたいの」  ベッドの手まえで玲子は足をとめた。まじめな顔で遠藤をみつめた。 「お仕事って。ああ、例のネットワークづくりか。用意してきたよ。でも、あとでもいいじゃないか」 「いま連絡して。おねがい。なるべく早い時間のほうが、相手の人がつかまりやすいわ」  身を揉むように玲子はねだった。  まじめな子である。こんなときにも仕事のことを考えている。  苦笑して遠藤はベッドをおりた。クロゼットのズボンから手帖をだしてくる。玲子はベッドに横たわっている。ならんで遠藤は体を投げだした。  手帖をくって大学の同級生の自宅の番号をしらべる。N物産勤務の佐山という男だった。枕もとの受話器をとった。  佐山は在宅していた。たがいに手ばやく近況を語りあった。たのみがあるんだ。やがて、遠藤は切りだした。 「うちにRM部隊というのがあるんだ。リレーションシップ・マネジメント。要するに、よろずご用ききさ。そこのお嬢さんをご紹介したい。便宜をはかってやってくれないか」 「ご用きき——。保険会社のRMなら、団体保険とか融資の注文がほしいんだろ。おれ、役に立たないよ。業務部門だもの」  佐山はいぶかしそうだった。だが、めいわくがってはいない。 「わかってるよ。財務部とか人事部の部課長クラスに紹介してやってほしいんだ。それで充分。あとは本人がうまくやるさ。名前は大沢玲子っていうんだ」 「大沢玲子——。美人かね」 「きれいな子だよ。会えば気に入るさ。ともかくたのむよ。RMは新しいシステムなので、社をあげて応援することになっている。月曜日にきみのところへいかせるからね」  遠藤は下腹部に甘い感覚が波打つのを感じた。  うつぶせになった彼の下腹部へ玲子が手をすべりこませている。まさぐっていた。 「美人ときいては協力せざるを得ないな。わかったよ。月曜日にきてもらってくれ。会ってみて気にいったら、おれ、デートを申しこむかもしれんぞ。それでもいいか」 「個人の自由だ。おれは干渉《かんしよう》しないよ。せいぜいアタックしてみるさ」  遠藤はあおむけになって話した。  腰の横に玲子はうずくまっている。せっせと手を動かしていた。  話がついた。遠藤は受話器をおいた。玲子を抱きよせようとする。 「もう一軒おねがいします。課長、もう一軒だけ」  玲子はずりさがって逃げた。  あらためて手を動かしはじめる。両手でくすぐってきた。このあいだおぼえたばかりなのに、上達がはやい。仕事のできる女の子はセックスでも有能である。  遠藤はあおむけになったまま、また手帖をくった。こんどは高校時代の同級生である林という男の番号をえらびだした。  林はビルの内装の会社を経営している。取引相手になる可能性は充分である。  電話で林の会社を呼びだした。土曜日でも彼は出勤している。  さっきと同じ用件を話した。林はひきうけてくれた。団体保険への加入を考えていたところだという。美人RMが訪問するときいて、声がはずんでいる。  その美人RMは、さっきから遠藤の男性を口にふくんでいた。せっせと頭を上下に動かしている。音を立ててしゃぶった。気配を林にさとられないか、心配になるくらいだ。 「おれ程度の人間でも、こうしてみると、けっこうネットワークを張れるんだな。枝から枝へ、いくらでも人脈はひろげていける。大いに利用しなさい。ただし、ほかの男の誘惑には絶対に乗るなよ」  遠藤は玲子にいいきかせた。奉仕をつづけながら、玲子はうなずいた。 (第十話 了) 第十一話 かくれた超能力    1  小沢弘明が会社へもどったのは夜の九時だった。  株式会社洛セラの本社ビルは、この時間になっても全階の窓にあかりがついている。  社員がよく働くので有名な会社だ。大手商社や都市銀行のエリート社員がよく働くといっても、洛セラにはかなわないだろう。  小沢は電子機器の営業部に所属している。オフィスは一階の玄関のすぐ近くにあった。  小沢はオフィスへ入った。電子機器営業部の社員は、八割がまだ机に向かっている。外まわりからかえって、日報を書いたり、販売記録をチェックしたりする者が多い。  小沢たちの部は電卓、パソコン、音響機器などをあつかっている。小沢は音響機器の担当である。CDプレーヤー、アンプリファイアーなどの売りこみに、京阪神一帯を駈けまわっている。  洛セラは電子工業用、産業機械用のセラミック材料、電子部品などが主力製品である。一般消費者を対象にする電子機器の売上高は、全製品の六分の一にもならない。しかも、売上の伸びはいちばん低調である。よその部門の社員がたとえ定時に退社しても、ここだけはそうもいかないのだ。  小沢弘明は課長のそばへいった。かんたんにきょうのセールスの報告をした。  自分の席にもどった。小沢はまだ入社三年目である。八名の男子課員のうち、若いほうから三番目だった。デスクの位置も、末席に近い。  小沢は日報の作成にとりかかった。疲れでかるい頭痛がする。同期の仲間ときのう、夜中まで麻雀をやって睡眠不足だ。  瞼《まぶた》を左手でかるくマッサージしながら日報を書いた。すごい会社へ入ったものだとつくづく思う。朝九時から夜九時、十時まで勤務。毎日毎日よく体がつづくものだとわれながら感心する。  小沢のような若い社員だけがそうなのではない。中年の役付き社員はもっとすごい。役員になると、さらにいそがしい。営業部門だけではなかった。工場も似たような状態だから、あきれてしまう。  洛セラは若い会社である。設立は昭和三十四年。最初は社員七名の工場だったが、電子工業用のセラミック製品やICパッケージの製造でみるみるうちに大企業になった。業態が時代に合っていたのだ。  現在は社員一万三千名、資本金は三百六十億円である。昨年度の売上は二千五百億円にたっした。目ざましい急成長と、創業者である山森道男会長の強烈な個性とで、関西財界から注目されている。  猛烈に社員が働く会社だとはきいていた。短期間で一流企業に成長したのだから、それで当然だと思っていた。だが、入社してみると、実態は想像以上だった。  夕刻、私用で家へかえったりすると、 「あの野郎、いったいなにをやってるんだ。働く気があるのか」  という視線を翌日あびせられる。  公平にみてとても不可能と思われるセールスでも、撤退はゆるされない。  正直いってしんどい。個人が会社の繁栄のために生れてきたようなあつかわれかたに疑問を感じている。働くときは目いっぱい働くが、個人の生活も大事である。スポーツ、旅行、コンサート、デート。若い小沢がやりたいことは、たくさんある。  毎日残業で、コンサートもスポーツもいけなかった。日曜日は疲れて眠るだけだ。夏、冬の休暇なんてまず考えられない。ひたすら仕事、仕事、仕事である。  こんな会社、やめようかと思うこともある。だが、入社三年目で音《ね》をあげるのも、だらしのない話だった。修業のつもりでがんばっている。将来はここの創業者のように会社をとびだして、自分で事業をはじめる決心をしていた。  日報を書き終えて、小沢弘明は顔をあげた。となりの課の吉村裕子の姿が目に入った。裕子の席は、小沢の席の真正面にある。顔をあげると、彼女の姿がいやでも視界にとびこんでくる。  吉村裕子はコピー室へいってきたらしかった。書類の束《たば》をかかえている。席について、整理をはじめた。真剣な顔だった。  裕子はおだやかな顔立ちである。目はさほど大きくないが、ぱっちりしている。笑うと、笑窪《えくぼ》ができた。気立てのよさそうな笑顔である。とても愛らしい。  裕子は背が高い。百七十センチの小沢とあまり変らなかった。長い、美しい脚をしている。性格はすなおで、控え目なのだが、体つきは現代っ子だった。  裕子は小沢と同期生だった。短大卒だから、小沢より二つ年下ということになる。彼女をみると、小沢は胸さわぎがする。笑顔に向かいあうたび、胸のなかに甘酸っぱいジュースが湧いてくるような気持になった。  最近、とくにそれがひどくなった。朝、会社で裕子の顔をみるのがたのしみである。立ち働く裕子のうしろ姿に目をやって、裸になった彼女の姿を想像してしまう。彼女とことばをかわすチャンスがあると、胸がドキドキする。小沢は彼女を愛してしまった。  だが、まだ裕子を食事にさそったこともなかった。毎日、おそくまで外まわりをしている。会社へかえると、裕子はたいてい帰宅したあとだった。洛セラでは、女子社員も定時に退社する者はほとんどいない。それでも午後七時ごろにはたいていかえってしまう。帰り道、ちょっと待ちぶせしてさそう、というわけにはいかなかった。  それでなくとも猛烈一色の社風である。裕子をさそったのがバレたりしたら、 「あのバカ。仕事もできないくせに、女の子のケツだけ追いまわして」  といわれかねない。食事にさそうのさえ、よほど慎重に行動する必要があった。  裕子はだれにでも愛らしい笑顔を向ける。かるく首をかしげて話をした。小沢に好意をもっているのかどうか、まったくわからない。小沢は一人で胸を焦《こ》がしている。  オフィスで裕子と向かいあってすわっているあいだ、小沢はじっと裕子に想いを寄せることにしていた。デスクワークのふりをしながら、裕子の席へ意識を集中して、 「愛してる。愛してる。いまにきみもおれを愛するようになる。きっとそうなる」  と、胸の内でつぶやくのだ。念力によって彼女をこちらへ向かせるつもりである。  創業者である山森道男会長は、人間の精神力の信奉者だった。 「あらゆる事象は心の反映。純粋な心でひたすら念じつづければ、たいていのことは成就《じようじゆ》する」  と公言している。精神力重視はつまりモーレツ主義ということだ。そこから派生して会長は人間の超能力も信じている。  一代で大企業をつくりあげた人物のいうことである。多少|眉唾《まゆつば》の向きもあるが、真実のひびきも大いに感じられた。  小沢弘明はそこで、精神力を仕事だけではなく恋愛にも適用してみることにしたのだ。愛している。きみもおれを愛するようになる——もう一ヵ月近く、小沢は裕子に念力をおくりつづけてきた。もしこれに成功したら、小沢は心から会長の念力哲学に共鳴できるだろう。一点の疑いも抱かずに、仕事に突きすすむようになるはずだった。 「愛してるよ裕子さん。きみはおれのものになる。近いうちきっとそうなる」  一心に裕子へ念力を送りながら、小沢弘明は書類作りの残業にはげんだ。    2  午後十時近くなった。さすがの猛烈社員たちも、半数が家路についた。  吉村裕子はまだ残業をつづけている。彼女が居残っているかぎり、小沢も働くつもりだった。いっしょに帰途につくチャンスをつかめるかもしれない。  だが、眠かった。かるい頭痛とあくびをこらえて小沢は働いた。  裕子にたいする関心は、疲れているのに、かえって旺盛だった。彼女の腕や、襟もとの白い肌や、胸のふくらみが気になって仕方がない。妙にたかぶってくる。ソープへでもいかないと、おさまらなくなりそうだ。  そのうち小沢は居眠りした。裸の裕子といっしょに横になっている夢をみた。手で裕子の女の部分をまさぐっていた。そこは濡れて、ぬかるみのようにやわらかだった。 「おい、小沢くん。疲れたんやったら遠慮なくかえってもいいぞ」  課長に呼ばれて小沢はわれにかえった。照れ笑いして残業にもどった。  ふっと視線を感じて顔をあげた。吉村裕子がこちらをみている。目があうと、ほほえみかけてきた。上気して、目が色っぽくかがやいている。小沢は胸がおどった。裕子がこんなに好意的な笑顔を向けてきたのは、はじめてのことだった。  念力が通じたのかな。小沢は思った。  いまみた短い夢が頭によみがえった。夢のなかで、小沢は裕子の女の部分を指でさぐっていた。やさしく指を動かしていた。  机の下に右手をかくして、小沢は指を動かしてみた。吉村裕子の女の部分をまさぐっているつもりである。もやもやと動かした。夢を再現する気分だった。  裕子はデスクワークをつづけている。その顔をみつめながら、小沢は想像のなかで裕子の女の部分をさぐった。 「きみを愛している。きみもおれを愛するようになる。すばらしいセックスをするようになる。まちがいない。信じなさい」  一心に小沢はそう念じた。  山森会長のことばによれば、純な心でひたすら念じつづければ、たいていのことは成就するのだ。もしそれがほんとうなら、小沢の恋が成就しないはずがなかった。  裕子が顔をあげた。視線があった。彼女はほほえみかけてきた。上気している。念力がとどいたのかもしれない。勢いづいて小沢は机の陰で指を動かした。裕子の敏感な真珠を刺戟しつづけているつもりである。  裕子はため息をついた。うっとりした表情になった。デスクに両手をつき、顔をふせた。わずかだが、体をくねらせたようだ。  小沢は裕子の脚がみたくなった。裕子のデスクと向かいあわせにデスクがあるので、小沢の席からは彼女の脚はみえない。  さらに小沢は指を動かした。裕子は顔をあげた。はっきりと赧《あか》くなっている。彼女はデスクのうえをかたづけはじめた。  ちらりと裕子は小沢をみた。席を立った。おさきに失礼します。まだ残業中の同僚に挨拶してオフィスを出ていった。  すこし間をおいて小沢もかえり支度をした。課長や先輩に挨拶してオフィスを出た。  ビルの玄関のそばでしばらく待った。女子更衣室のほうから、吉村裕子があらわれた。  ノースリーブの横縞《よこじま》のセーターと、白のミニスカートを身につけている。長い脚が、暗がりのなかに、あざやかに浮いて出る。小沢をみても、裕子は意外そうではなかった。肩をならべて二人は国道へ出た。 「おたがい、よく働いたね。疲れなおしに一杯やらないか」  小沢は声をかけた。  ほほえんで裕子はうなずいた。しばらくあるいて、二人はタクシーをひろった。 「もうおそいけど、たまに夜あそびしよう。河原町へ出ようぜ」  裕子の了解をとってから、河原町四条、と運転手に告げた。  クルマは走りだした。はずみで二人の腕がぶつかりあった。小沢は腕に甘い電流が走った気分だった。  裕子はため息をついてシートに体をあずけた。かるく背のびをした。 「ああ疲れた。きょうはおかしいわ。ぐったりして手足に力が入らへん」 「おれと反対だな。疲れてるけど、おれは体がこわばっている。緊張しているんだ」 「なんで緊張してるんですか」 「きみといっしょだからじゃないか。デートしたいと以前から思っていた。夢がかなった」 「私もそうよ。小沢さん、さそってくれへんかなあと思うてたの。夢がかなって、私、ぐったりしてしもた」  裕子は笑い声を立てた。  肌の香りと体温が甘ったるく立ちのぼった。笑って裕子の体がふるえるたびに、それはおしよせる。抱きしめたい衝動に小沢はかられた。やっとのことで自分をおさえた。  河原町四条で二人はタクシーをおりた。先斗町《ぽんとちよう》を北へあるいた。色とりどりの酒場や喫茶店のイルミネーションが、ほそい道の上にうかんでいる。ゆきかう人々の顔が色に染まっていた。  やはり情緒がある。さっきまで、目をつりあげて残業していたのが嘘のようだ。くつろいで二人はよりそった。鴨川に面した、しずかなスナックバーへ入った。  カウンター席へならんで腰をおろした。ウイスキーの水割りで乾盃する。海産物のサラダを突っついた。酒が内臓にしみると、夢のように平和な気分になった。 「おれはずっとまえからきみが好きだったんだ。でも、いいだすチャンスがなかった。なにしろ、あんな会社だから」  小沢はささやいた。  だまって裕子は小沢をみた。よろこびが顔に出ている。小沢は裕子の手を握った。裕子は握りかえしてきた。ますます小沢は夢見心地になった。 「おれがさそうのを待ってたって、さっきいっただろう。いつごろから」  彼は裕子の顔をのぞきこんだ。裕子の笑窪が、はっきりあらわれた。 「さあ、いつごろかなあ。よくおぼえてないわ。けど、わりと最近のことです」 「最近って、この一ヵ月ぐらいか」 「そんなもんです。ふしぎですねえ。小沢さんのこと、そんなに意識してたわけやないのに、最近急に気になりだして」 「気になるって、好意をもってくれたわけだね。そうなんだね」 「はい。人間の気持って神秘やわ。急に人を好きになることがあるんですね」  念力のせいだ。愛の一念が伝わったのだ。胸のうちで小沢はさけんだ。精神力の働きはやはり大したものなのだ。 「うれしいよ。きみが恋人になってくれたら、おれ、恐いものがない。滅茶滅茶に働くぞ。きみを倖せにする」  結婚しよう。彼はまた裕子の手を握った。こんどは握りかえしてこなかった。 「どうした。結婚はいやなのか」  彼は裕子の顔を覗きこんだ。  裕子はこたえない。しばらく沈黙がつづいた。やがて、裕子は顔をあげた。 「ごめんなさい。じつは私、結婚の約束をした人がいるの。正式に婚約したわけやないけど——」  小沢は頭を棒で一撃された気分だった。茫然と裕子をみつめた。  およそ一年まえに、裕子はその人物と知りあった。電機メーカーに勤務するエンジニアである。一流大学の工学部を出て、人柄もわるくない。  裕子はそのエンジニアと交際をつづけた。二ヵ月まえに結婚の約束をした。まだ正式に婚約したわけではないが、いましがたまでその男と結婚する気でいたという。 「それがおかしくなったの。急に小沢さんが好きになって。困ったわ。どうしたらいいのやろ」 「迷うことはないよ。おれと結婚しよう。わるいけど、彼にはあきらめてもらうんだ」  カウンターの下で、小沢はあやしげな指づかいをはじめた。念力にものをいわす気だ。    3  小沢は会話には上の空だった。視界のすみで、裕子の横顔をみつめている。意識はすべて裕子に集中させていた。  そうしながら、小沢はカウンターの下で右手の指をもやもやと動かしていた。裕子の体の秘密の部分を、想像のなかで愛撫している。親指の腹で裕子の真珠の粒をこすり、右手の人差指と中指は、あたたかく湿った空洞へすべりこませていた。  心のなかで、小沢は念じていた。 「裕子さん、きみは婚約者とわかれる。おれと結婚するようになる。おれときみはそういう星のもとに生れてきたのだ。今夜それをたしかめよう。ここを出たら、おれといっしょにホテルへゆく。それが運命なのだ」  念じながら、小沢はもやもやと右の手指を動かしている。  裕子の女の部分へ、そこからテレパシーが伝わっているはずだった。わけのわからぬ快感が、女の部分を甘くしびれさせているにちがいない。  もうすぐ裕子はその気になる。婚約者である電機メーカーの技術者とわかれる決心をする。決意を固いものにするため、小沢といっしょにホテルへゆく。かならずそうなる。  小沢は真剣だった。なにがなんでも裕子をその気にさせるつもりだった。  勤務先である洛セラの創業者山森道男会長は、徹底した精神主義者である。 「あらゆる事象は心の反映である。人間の精神力がすべてを動かす。純粋な心でひたすら念じつづければ、物事は成就する」  と公言している。  正直いって小沢は、山森会長のその哲学を眉唾《まゆつば》に思っていた。念じることで物事が成就するなら、世話はないと考えていた。  だが、いまはちがう。はんぶんぐらいは山森の哲学の信奉者となっている。ためしに一ヵ月、念力をあびせた吉村裕子が、小沢に心を寄せているのがわかったからだ。  この調子でつづければなんとかなる。裕子といっしょにホテルへいけるかもしれない。もし思いどおりになったら、小沢の今後の人生が変るだろう。山森イズムを奉じて、だれよりも忠実な社員になるにちがいない。 「迷うことはないよ。おれをえらびなさい。きっと裕子さんを幸福にする。うちの会長のように出世して、いい生活をさせてあげる」  声に出して、小沢は話しかけた。右手は相変らずもやもやと動かしている。 「ああ、私、困ったわ。自分で自分がわからんようになってしもた。なんでこんなに小沢さんが好きになったんやろ」  苦しそうに裕子は顔をふせた。  赧《あか》くなっている。酒と小沢のプロポーズの双方に酔っていた。 「人はあまり身近にいると、かえって正確にみえないことがあるからね。裕子さんもそうだったんだ。身近すぎて、おれという人間が目に入らなかった。それにわが社はいそがしすぎる。周囲を観察するひまもない」 「けど、それやったら、なんで急に小沢さんが気になりだしたんやろ。ふしぎやわ」 「おれの気持がつうじたんだ。むかしからきみが好きだった。きみがこっちを向いてくれるように、毎日祈っていた」 「まるで会長の念力論みたいやわ。小沢さんがそんなに私のこと思うてくれたんやったら、すごくうれしい」  二人の腕がふれあった。  小沢は裕子の肩を左腕で抱いた。右手は相変らず、あやしい動きをつづけている。  裕子は体をあずけてきた。彼女の重みとぬくもりが同時におしよせる。小沢はうっとりとなった。身も心もやわらかになる。男性だけが痛いほど硬くなった。  キスしたくて、たまらなくなった。店のなかでは無理な話である。裕子をうながして小沢は腰をあげた。いっしょにそこを出た。  先斗町通りをすこしあるいた。小さな公園のそばへ出た。  裕子の腕をとって公園のなかへ入った。手ごろな暗がりがある。鴨川の音が、かすかにきこえた。小沢は足をとめて裕子を抱きよせる。裕子はよろめいて体を反《そ》らせた。二人のくちびるがかさなりあう。  小沢は裕子の口のなかへ、かるく舌をさしいれた。くちびるをすぼめるようにして裕子は吸う。なまあたたかい快感が、小沢の舌さきから体のなかへ流れこんだ。小沢は頭がぼんやりする。  たかがキスなのに、小沢はうっとりした。ひざの力がぬけそうになる。裕子を愛しているから、昂奮が色濃いのだ。くちびるをはなすと、猛然と欲望がこみあげてきた。  小沢は裕子の腕をとった。三条小橋のほうへあるきだした。だまって裕子はついてくる。三条通りを越えた。前方の夜空にラブホテルのネオンがうかんでいる。 「どこへいくの」  裕子が訊いた。わかっているくせに、女は訊きたがる。 「おれたちは結ばれる運命にあるんだ。それをたしかめにいく」  命令口調で小沢はいった。いまは公然と裕子を暗示にかける。  ホテルのまえへきた。裕子は足をとめた。ふりかえってうしろをみる。裏通りはまだ人が多い。だが、このへんはしずかである。 「気持わるいわ。あとをつけられてるような気がして。彼、嫉妬深いから」  婚約者のことが頭にあるらしい。おかしな妄想に裕子はとらわれている。 「心配するなよ。きみと彼はまだ夫婦じゃないんだ。文句をいわれる筋合はない」 「けど、気になるわ。不倫するときって、きっとこんな気持なんやろね」  小沢は裕子の肩へ腕をまわした。  脆《もろ》そうな肩甲骨《けんこうこつ》の感触が腕に伝わってくる。抱きしめて、玄関へ入った。    4  一間だけの部屋へ案内された。  ダブルベッド、応接セット、テレビ、冷蔵庫などが一間にゴタゴタと詰まっている。地価の高い盛り場のラブホテルは、かえって時代おくれになりつつある。  小沢はすぐ浴室へ入った。せまい湯ぶねである。これならシャワーのほうがいい。  部屋へもどって小沢は裕子を抱きしめる。あらためてキスした。こんどはねっとりと舌をからませあう。裕子の腰を小沢はひきよせた。二人のふとももが接触しあった。  思ったより裕子のふとももはたくましい。ヒップも厚かった。小沢は両手で裕子のヒップを抱きかかえる。ゆたかな肉の感触を掌にうけて、欲望が湧き立ってきた。 「シャワーをあびよう。いっしょに」  小沢は裕子の服をぬがせにかかった。  裕子は制止した。浴室へ逃げこんだ。なかで服をぬいでいるらしい。小沢はその場で服をぬぎすてた。タオルを手に浴室へいった。  扉をあけた。裕子が裸でしゃがんでいる。ぬいだ衣類をきちんとたたんで、扉の外へ出そうとしたところだった。  小沢はシャワーを調節した。裕子を自分のまえに、うしろ向きに立たせた。ぬるま湯の雨を彼女の体へ降らせてやる。片手に石鹸をもって彼女の体へ塗りつけた。 「きみは着やせするほうなんだな。裸になるとグラマーだ。ヒップが大きいの、おれ好きなんだ」 「恥ずかしいわ。お尻のわりに胸は小さいの。反対やったらよかったのに」 「きみのバストはちょうどいいよ。かたちがきれいだ。あまり大きいのはシラけるよ。乳牛みたいで、無神経で」  小沢はうしろから、裕子の胸に両手をまわした。  双つの乳房に石鹸を塗る。両掌で掬《すく》うように揉《も》んでやる。お世辞でなく、美しい乳房だ。小さな乳房が固くなって、小沢の掌をころがった。小沢のほうにも快感があった。  ゆっくりと小沢は両掌で裕子の乳房をかわいがった。夢をみているようだった。裕子のヒップがときおり小沢の男性にふれる。なまなましいその感触が、現実に裕子を抱いていることの証明になった。  裕子のヒップは大きい。だが、ひきしまっている。双つの丘の合せ目が、ひとすじの糸のようにみえた。うしろから裕子の乳房を抱いたまま、小沢は裕子のヒップの合せ目の下へ男性をすべりこませてみる。  女の部分へは押し入らない。男性の上側をそこへ接触させるだけにした。  裕子は声をあげる。目をとじて、のけぞった。そろえた両脚に力がこもっている。男性が内ももの肌ではさまれた。小沢はまた夢見心地になった。 「うれしいよ。やっと思いがかなった。きょうはおれの人生で最高の日だ」 「私もうれしい。すごく感じる」  裕子はあえいでいた。  のけぞって頭を小沢の肩へ乗せている。両脚でぎゅっと男性をしめつけてきた。それが愛の表現だと信じているようだ。  小沢は右手を裕子の下腹部にまわした。うすい草むらをおしわける。濡れたやわらかなみぞに指をすべりこませた。裕子は声をあげてかぶりをふる。小沢の腕から逃げだした。 「どうした。いい気持にしてやりたいのに」 「うしろから抱かれるのって、かなんねん。顔がみえへんさかい」  裕子は小沢のほうへ向きなおった。  正面から抱きついてくる。石鹸をとって小沢の体へ塗りはじめた。  シャワーは停めてあった。小沢はシャワートップをもって、二人の体へかるく雨を降らせる。二人の体はやがて泡まみれになった。二人は抱きあう。おたがいの肌をこすりつけあった。すばらしかった。 「きみの体はクリームのかたまりみたいだ。おれ、溶けてしまいそうだよ」 「溶けたらいや。我慢して。いつまでもしっかりしてくれへんかったら、困るわ」  裕子は小沢の男性をとらえた。  小沢の肩に裕子はあごを乗せている。天井に顔を向けながら、男性にそろそろと指をからませてきた。指に全神経を集中させているのがわかる。大きさ、硬さ、形状などを裕子は丹念に味わおうとしていた。  婚約者と比較しているのかもしれない。小沢は緊張した。  自分の男性に、べつに劣等感はもっていない。しかし、優越感があるわけでもなかった。大きさ、硬さ、形状ともまあ人なみである。裕子の婚約者のそれが圧倒的に立派なものであれば、比較して、彼女の心がまたあちらへかたむく可能性もある。  仰向《あおむ》いている裕子の顔が、わずかにほほえんだ。小沢は気を呑まれた。軽蔑の笑いではないのか。 「笑うなよ。おれのそんなに小さいか」 「なにいうてるの。うれしいから笑うたんよ。やっと小沢さんの体にさわった。これ、私のもんでしょ。私だけのもん」  ずるずると裕子の体が下降した。小沢の足もとへ彼女はうずくまった。  タライに湯を入れて、男性から石鹸の泡を洗い落した。両手でささえ、いとしそうに頬ずりする。口にふくんだ。くちびるをすぼめて、何度かしゃぶった。ゆっくりと頭を動かしはじめる。  小沢はため息をついた。大好きな裕子がいま口で奉仕してくれている。夢みたいだ。婚約者にくらべて、小沢の男性的条件はべつに劣っていないらしい。うれしそうに裕子は味わっている。  テクニックは上手というほどでもない。だが、裕子にそうされていると思うだけで、快感は二倍、三倍になった。  裕子は眉をひそめている。目をとじていた。口腔に神経を集中させて味わっている。その表情をみていると、小沢は体の奥に快感のうねりがおこった。いまにも出口へ向けておしよせてきそうである。 「ありがとう。さ、こんどはおれの番だ。おれがキスしてあげるから」  小沢はシャワーの雨を二人の体に降らせた。  裕子を追い立てて浴室を出た。タオルで裕子の体を拭いてやる。ベッドに裕子を押し倒した。投げだされた彼女の両脚のあいだへ這いこんでゆく。  体をひらかせた。わずかな草むらの下に、淡いピンク色の花がひらいた。幾度となく、あれこれ想像をめぐらせた花だった。小沢はしばらく見惚《みほ》れた。  花びらはうすかった。透明な感じがする。複雑なかたちで咲いていた。濡れているのに、それはしおれた印象だった。恥ずかしさと昂奮でかすかにふるえているようだ。  小さな真珠が顔を覗かせている。花びらのまんなかにせまい空洞があった。淡いピンク色の、やわらかな肉で空洞はかたちづくられている。円形とも四角形ともつかぬかたちをしていた。なかは秘密めかして暗い。透明な液が、涙のようにたまっている。 「美しいなあ。すごく美しい。きみの体のなかで、ここがいちばんきれいだ」  小沢は嘆声をあげた。目のまえの秘密の花へ、ゆっくりくちづけにいった。  空洞にたまった液をすすった。そのあたりへ舌を泳がせる。やさしく花びらを噛んでやった。ひとわたりすませてから、下から上へ何度も舌をおどらせる。ピンク色の花を、舌さきでふるえさせにかかる。  裕子は声をあげた。消えいるような、弱々しい声だった。どんなに耐えがたい快感を裕子が味わっているか、その声でわかる。奉仕しながら、小沢はうっとりした。いま自分は裕子を幸福にしているのだ。  真珠の粒をやがて小沢は舌でさぐりにゆく。裕子の声がはっきりしたものになる。花びらのあいだに小沢は指をいれて動かした。さほど反応はなかった。裕子の体はまだ成熟していない。つよい快感があるのは、真珠の粒だけのようだ。  小沢は真珠に愛撫を集中させた。ながいあいだ、くちびると舌を使った。裕子の声が急にかん高くなり、ほそい悲鳴に変った。こわばったあと、裕子はぐったりする。ともかく彼女をオルガスムスに追いこむことができた。小沢は一安心だった。  もう欲望をおさえきれない。小沢は裕子のなかへ入っていった。  思ったより空洞はせまかった。しずかに押し入ったが、小沢は包皮に痛みを感じた。安定すると、それは快感に変る。一息ついてから、ゆっくりと小沢は動きだした。  うっとりと裕子は目をとじている。小沢の男性に快楽を掘りおこされる様子がなかった。思ったとおり裕子は成熟していない。真珠の粒にしか、つよい感性がなかった。  男性の根もとで小沢は真珠をこすりにゆく。その角度で動いた。しばらくつづける。だが、裕子の表情にはっきりした快楽の色はあらわれない。小沢はあせってきた。ここで裕子をなんとかオルガスムスへ導きたい。婚約者にたいして決定的に優位に立てる。  胸のうちで小沢は念じはじめた。 「いまにきみは感じるよ。おれはきみと結合しながら、きみのクリトリスをしゃぶっているんだ。ほんとうにそうなんだ。神わざだろう。ほら、感じてきた。やりながらきみは、しゃぶられているんだぞ」  頭のなかで、小沢はくちびると舌を駆使した。現実には体を揺すった。  いまに感じる。かならず感じるんだ。念じながら行為をつづけた。汗まみれだった。  十五分たった。裕子は恐怖にかられた顔になり、死にそうな悲鳴をあげた。    5  小沢弘明は超能力の信奉者になった。  想いを寄せていた吉村裕子と、念力のおかげで恋人どうしになった。これで超能力を信じなかったら、罰が当るだろう。  洛セラの会長、山森道男の精神主義に心から共鳴できるようになった。 「あらゆる事象は人の心の反映である。純粋な心でひたすら念じつづければ、たいていのことは成就する」  山森会長のそんな信念を、小沢は自分のものにする決心をした。掛値なしに全身全霊をこめて、仕事に取組みはじめた。  街の電器店、デパートなどへセールスにゆく。洛セラは音響機器の市場では後発である。CDプレーヤー、アンプリファイアーなど、すぐれた性能がまだ一般に認識されていない。電器店もデパート側も、かんたんには仕入れに応じてくれなかった。  以前なら小沢は、堅い壁にぶつかると尻ごみした。技術や宣伝に問題がある。営業マンの努力ではどうにもならないと考えた。  だが、いまはちがう。胸のうちで懸命に念じながら先方の担当者へ食いついてゆく。 「あんたはいまにうちのCDプレーヤーのファンになる。そうなる運命なんだ。うちの製品は性能がナンバーワンである。あんたにすすめられて買ったユーザーは、まちがいなくあんたに感謝する。うちの製品のおかげであんたは出世するんだ。こんな製品を仕入れずにいられるものか」  念じていると、小沢自身がまずその気になる。信じる者はつよい。小沢のセールストークには大きな説得力がつくようになった。  成績があがりはじめた。仕事がおもしろくなる。毎日夜おそくまで、小沢は社のクルマで得意先をとびまわるようになった。 「かならずノルマを達成する。先月比三十パーセント増。是が非でも売ってみせる」  念じながら京阪神を走った。  毎週の営業会議がもう恐くなくなった。部長や課長に、どやしつけられる心配が消えたからだ。 「小沢くんはいま絶好調だな。迷いがふっ切れた顔をしている。ほんものの洛セラマンになった。いい恋人でもできたのか」  ある日、部長にいわれた。  小沢は照れて頭をかいた。吉村裕子のことはまだ発表していない。正式に婚約がきまったら、部長に仲人をたのむつもりである。  裕子とは週に一、二度ずつ会っていた。  デートしたくなると、小沢はデスクワークしながら、裕子に向かって念力を送る。裕子の女の部分を愛撫するつもりで、デスクの下でもやもやと指を動かすのだ。  裕子の体はまだじゅうぶん成熟していない。なかに指をいれても、快感がないという。小沢はだから、いつも人差指と中指で彼女の敏感な真珠の粒を刺戟してやるのだ。机に向かって事務をとる裕子をじっとみつめながら、ひそかに二本の指を動かす。 「おれとやりたいだろう。今夜会おうよ。おれたちは愛しあっているんだ」  空想のなかで愛撫しながら念力をこめる。  二、三分もすれば効き目が出てくる。裕子は顔をあげてこちらをみる。目がうるんでいる。上気していることもあった。  小沢は席を立って廊下へ出る。階段の下あたりで待っていると、裕子がやってくる。 「今晩デートしよう。残業、なるべくはやく切りあげるよ。九時にどうだ」 「いつもの場所ね。待ち遠しいわ。きょうあたり会いたいと思うてたとこやねん」  切なそうに裕子はため息をつく。すばやく小沢の手を握って去っていった。  愛情で小沢はいっぱいになる。脚のきれいな裕子のうしろ姿を、息をつめて見送った。どんな苦労をしても、裕子を幸福にしてやるつもりである。その自信はあった。一心に念じて実行すれば、すべて成就するのだ。  九月のその日、小沢弘明は裕子を抱きたい気持だった。仕事がいそがしくて、一週間以上もデートしていない。やっと夕刻、仕事から解放されるだろう状態になった。  いつものように彼は裕子に念力を送った。廊下の階段の下で二人は顔をあわせた。 「かんにん。きょうはあかんの。夕方から予定があって——」  苦しそうに裕子はことわった。事情のありそうな顔だった。 「予定って、どんな予定。おれをフッてまで行かなくてはならないのか」 「仕方ないのよ。じつはお見合なの」 「見合——。冗談じゃないぞ。本気か」  小沢は頭に血がのぼった。まったく最近のギャルはなにを考えているのか。 「そんな恐い顔せんといて。親の顔を立ててするだけなんやから」  裕子には結婚を約束した相手がいた。だが、最近小沢が好きになった。  相手に詫《わ》びて結婚の約束を取消した。裕子の母親が口添えしてくれた。小沢のことを裕子はそのとき両親に話した。  だが、最近知人をつうじて縁談があった。相手は外科医だった。父親は京都で大きな病院を経営している。この話がまとまれば、裕子は将来、院長夫人になるわけだ。 「小沢さんという人に反対やないのよ。けど、あんまり惜しい縁談やないの。見合だけでもしてみて。お母さんのためやと思うて」  母のたのみを裕子は拒否できなかった。  見合することにした。外科医がどんな男性なのか、好奇心もあるらしい。 「大丈夫って。私、小沢さんが好きよ。どんな人に会うても気持は変らへんわ」  真剣な面持で裕子は誓った。  小沢は信じきれなかった。結婚を約束した相手がいたのに、裕子は小沢の念力に負けたのだ。もし外科医がより強力な念力の持主だったら、裕子を奪われるかもしれない。  内心の動揺をかくして、小沢は見合の場所と時間を訊いた。午後六時、Mホテルのロビーで会う予定だという。ホテルのレストランで食事するらしい。 「わかったよ。いってこいよ。でも、おれのことをわすれるなよ。世界中でいちばんきみを愛しているのは、おれなんだからな」  うわべはさりげなくわかれた。不安で胸が焦《こ》げるようだった。    6  午後六時、小沢弘明は目立たぬようにMホテルのロビーへ入った。  外回りから直接ここへきた。アタッシェケースをさげている。  ロビーの奥の席に裕子がいた。両親につきそわれている。先方も両親がいっしょだった。仲介者らしい夫婦もいる。外科医は三十歳前後。長身でハンサムだった。一同はなごやかに談笑している。  裕子のうしろ側の席に小沢は腰をおろした。裕子には気づかれていない。念のため小沢は新聞をひらいて顔をかくした。  裕子のうしろ姿に向かって念をこらした。彼女のヒップの下へ手をいれて、敏感な箇所を愛撫しているつもりになる。もやもやと指を動かして、彼は祈った。 「きみは小沢弘明がわすれられない。医者なんか問題じゃない。きみは小沢の妻になる運命なんだ。それがきみのしあわせさ」  かたちのよい、白いヒップを小沢は思い描いていた。  合せ目の下方に指をすべりこませてかきまわしている。あたたかいぬかるみの感触がある。真珠へ指がとどくと、想像のなかの裕子の裸身が揺れはじめた。ロビーで談笑する現実の裕子のうしろ姿も、おちつかなくなっている。愛想よく話しながら、上の空でいる様子だった。念力が効いているのだ。  見合の一行は、やがて腰をあげた。エレベーターのほうへあるきだした。レストランへゆくのだ。ひらいた新聞紙の陰で、小沢は一行を観察する。  一行の姿が消えてから、小沢もエレベーターに乗った。レストランのあるフロアでおりる。一行がテーブルをかこんで腰をおろすのを確認した。  近くにベンチがある。小沢は腰をおろして新聞で顔をかくした。指をもやもや動かしながら、裕子に念力を送った。 「出ておいで裕子。きみは小沢弘明に会いたがっている。ここへくれば望みがかなうぞ」  十分ばかりひたすら念じた。気持が裕子に伝わらないはずがない。  足音がきこえた。裕子が廊下へ出てきた。トイレへゆくふりで席を立ったのだろう。 「小沢さん。どうして——」  裕子はぱっとあかるい顔になった。不安が小沢は消えてしまった。 「心配できてみたんだ。でも、もういいよ。部屋で待っている。はやく済ませて、会いにきてくれ」 「わかったわ。何号室なの」 「これから部屋をとるんだ。フロントで部屋番号をきいてくれ」  手をふって小沢は退散した。  エレベーターで一階へおりた。フロントでダブルベッドの部屋へチェックインする。部屋は七階だった。小沢は部屋へ入った。  風呂へ入ってさっぱりした。ルームサービスでステーキをとる。ビールを飲みながら食事をした。やがて裕子がここへくる。考えると、一人でとる食事も味気なくなかった。ゆっくり時間をかけて、彼はたのしんだ。  裕子はなかなかあらわれなかった。  無理もない。見合の食事なのだ。当事者だけでなく、親どうしも話がはずんでいるにきまっている。フルコースをたいらげるのに、二時間はかかるだろう。  事情はわかっているのだが、一時間もたつと小沢はいらいらしてきた。不安になった。裕子は案外見合の相手と意気投合しているのかもしれない。なんといっても向うは外科医である。病院の御曹子《おんぞうし》でもある。裕子が心を奪われてもふしぎではない。 「いや、そうはさせないぞ。裕子はおれの恋人なんだ。絶対他人にはわたさない」  小沢は、念力で裕子を部屋へ招きよせることにした。  彼女のいるレストランは、はるか遠い場所にある。ここから念力をおくっても、とどかないかもしれない。だが、全身全霊をこめて実行すれば、すこしは効果があるはずだ。  小沢はベッドにあおむけになった。食事している裕子の姿を思いうかべた。  手で裕子のふとももをスカートのうえからなでさすった。ゆっくりとくりかえした。やがて、スカートのなかへ手をいれる。指さきで女の部分をさぐる。あたたかく湿ったその部分の感触を、じっくりとたしかめる。  小沢は空想のなかで、裕子のパンストと下着をひきおろした。女の部分に、じかにさわった。指を動かしていると、そこには熱い液が湧きだしてくる。やわらかな肉が、あえぎながら指にまとわりつく。 「裕子、きみはおれと結婚するんだ。そのほうがきみは幸福になる。きみを世界中でいちばん愛しているのはおれなんだから。おれと結婚するのが、きみはベストだ」  小沢は指を動かしながら念じた。  汗ばむくらい神経を集中させる。指の動きを複雑にする。椅子にかけて食事する裕子の姿が、下半身だけ裸で目にうかんでいた。  小沢自身が昂奮してくる。自慰をしたくてたまらなくなった。だが、一人で終ってしまうのもつまらない。なんとしても裕子を呼びよせて、あの裸身を抱きしめたい。  どのくらい時間がたったかわからない。夢中で小沢は念を送りつづけた。  部屋のチャイムが鳴った。小沢はわれにかえってベッドからとびおりた。走って扉をあけにいった。裕子が入ってくる。息をはずませて、抱きついてきた。 「ああ、しんどかった。あせったわ。なかなか解放してくれへんのやから。頭が痛うなったいうて、やっと逃げだしてきた」  裕子はくちづけにきた。むさぼるように二人は舌をからませあった。  急に裕子は体をはなした。小沢の下腹部に目をやった。悲鳴のような笑い声をあげた。 「なによ、これ。大砲みたいやんか」  小沢の浴衣の合せ目から男性が顔をだしている。威勢よく上方を睨《にら》んでいた。  念を送りつづけた昂奮がまだおさまらない。じっさいの裕子の体をそばにして、いっそうそれは硬直している。 「きみのことをずっと考えていたんだ。一時間も勃起しっぱなしなんだぞ」 「そうやったの。私もお食事しながら、なんかムズムズして仕方なかったわ。小沢さんに会いとうて、たまらんかった。相手の人とろくに話もせんと逃げてきたの」  外科医はエリート意識のかたまりのような男だった。  偉そうな態度がちらちらみえた。裕子のいちばんきらいなタイプだったという。 「ムズムズしてたのか。どのへんがそうなったんだ、おっぱいか、下のほうか」  小沢は裕子の胸と、女の部分にさわった。  つりこまれたように裕子は男性を握ってくる。表情がみだれていた。 「きまってるやん、下のほうよ」 「そうか。濡れてきたのか」 「すこしね。なんでかしら。小沢さんのことが気になって、気になって」 「おれの気持がつうじたんだ。ずっときみのことを想っていたからな。ほんとうだよ」 「小沢さんに会うたらすごく濡れてきた。もうビショビショ。すごいわ」  男性を手にしたまま裕子は抱きついてくる。手を動かしはじめた。  小沢は裕子のスカートのなかへ手をいれた。パンストとショーツをひきずりおろした。ビショビショ。裕子のことばに刺戟されている。たかぶっていた。服をぬがせる時間も惜しい。女の部分へさわりにゆく。  熱い液がそこにはあふれていた。小沢はかきまわした。裕子は声をあげて腹をつきだしてくる。体をくねらせた。男性をとらえた手が動かなくなる。快楽をうけいれる側に専念する気のようだ。 「ほんとうによく濡れているな。おれのこと、やっぱり好きなんだな」 「なんでかしら。だんだん好きになっていくわ。わすれられんようになる。私もう完全に小沢さんのもの——」  裕子はあえぎはじめた。  小沢は人差指と中指で敏感な真珠をとらえ、ぐるぐる回している。裕子はぴくん、ぴくんと反応する。下半身をくねらせる。あふれでる液はますます多量になる。  小沢はベッドに裕子を腰かけさせる。となりに自分も腰をおろした。  指の動きをつづける。スカートを腰までまくりあげてやる。白い美しい脚がむきだしになった。裕子は裸足である。指さきを折り曲げて、絨毯《じゆうたん》に食いこませていた。  裕子は声をあげた。ベッドにあおむけになった。小沢は添い寝をする。右手で真珠の粒をさぐり、左手でヒップを愛撫してやる。  やがて、ヒップの合せ目の下方へ左手をすべりこませた。濡れたやわらかな肉のなかへ指をすべりこませる。ぐるぐる回した。右手は真珠の粒をさぐりつづけている。  裕子は声をあげた。そりかえる。両手で胸をかきむしった。自分で服をぬぎはじめる。下半身を小沢にあずけたまま、全裸になった。小沢も浴衣をぬぎすてる。  小沢は裕子を左向きに寝かせた。右脚で裕子の両脚のなかへ割りこんでゆく。そのまま結合した。男性がななめの角度で、裕子のなかへぐいと突き立ってゆく。 「ああ、わかってきた。感じてきた。小沢さん、私、女になってきたみたい」  裕子はあえいだ。男性をうけいれる快感がわかってきたらしい。 「裕子はもう立派な女だよ。すぐに良くなる。気の遠くなるほど良くなるからね」  小沢はささやいた。力づよく、大きく動きはじめる。  すぐにわかる。わからせてやる。ほんもののオルガスムスがいまにくるぞ。念じながら小沢は動きつづける。  裕子はやがてさけび声をあげた。 (第十一話 了) 初出誌=「週刊現代」一九八七年一月三十一日号〜九月十九日号連載。 本書は、一九八八年一月、講談社ノベルス「不倫の戦士たち」として刊行されました。